2009年07月09日

diversity

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Diversity Programと言うことばが最近移民局で使われている。相違性とか多様性という意味だ。

 

実は先日の「マジョリティとマイノリティ」と言う話でいくつか意見を頂いた。

 

米国では国民に多様性を持たせるために「DV200x」なんてのがあって、グリーンカードだか永住権が抽選で当たったりする。DVとはDiversityの略です。

 

けどその条件は米国における少数民族であること。毎年人種別統計を取ってDVの対象となる国家を発表する。日本は常にDVの対象である。日本人はあまり外に出ませんからね。

 

色んな人々が集まることで新しい智恵や相乗効果が出てきて国家の活性化に繋がるという考え方であるが、ニュージーランドでもこの考え方が出てきてる。

 

え?色んな人種が集まったらかえって面倒じゃん。今なら同じ価値観をもつ人たちが「あうんの呼吸」で生活出来て楽だし、一から十まで説明するのって面倒だよ。

 

日本人は完璧なまでに周囲と同質化することを要求する社会であり、同質化することで共同生活が営まれてそこに伝統や文化が育まれてきたのも事実。

 

けどそれは日本という国が日本で閉鎖されてた時代の話であり、実質的に国境の壁がこれだけ低くなってしまうともうそういう理屈は通らなくなる。

 

合法的に移住した外国人が日本の生活に対して違う意見を持つことがある。そんな時にばっさりと「嫌なら出て行けば?」となるのが同質化社会である。

 

けど、他の価値観を認めた上で「おう、そういう考え方もあるな、学ぶものがあるよな」と自分の人間性を広げてに幅を持たせて自分自身の価値観をさらに磨く機会があっても良いのではないかと思う。

 

こういう考え方は日本人には理解が難しいかもしれない。移民社会で21世紀を生き残っていこうとする戦略は日本の純血主義とは正反対の道だからだ。

 

ぼくは純血主義を否定するものではないし鎖国だって国民全員が腹を括ってその気になってやるのであれば何もいう事はない。

 

ただ、他人の価値観を頭から否定することが純血主義と言うのは違うと思う。これは単純に何かを学ぼうとする姿勢が不足しているだけの、要するに「建前を並べて本音では現実からずる賢く逃げている」だけだと思う。

 

他人の価値観を理解するとか学ぶってのは、時には今まで自分が培ってきた価値観が根底からぶっ壊されることにも繋がる。

 

だから、折角一生懸命子供の頃からテストのたびに隣の席に坐る僕より頭の良い子が風邪をひかないかなと期待したり有名大学の名前だけで合コンに人が集まってくれて大会社の名刺を出すだけで周りがきゃあきゃあと騒いでくれる状態が心地よいのに「そんなのには何の意味もないよ、大事なのはあなたがどれだけ自分を磨いているかだよ」なんて言われると「ふざけんな!」と言いたくもなるだろう。

 

そりゃそうだ、だってこの居心地の良さを得るために小学校のお受験から始まって企業面接訓練までマニュアル使いまくってやってきたんだから、それを一発で否定されたら頭にも来るだろう。

 

けど、そんなこと言っても現実は現実である。殆どの日本人が日本国内で作り上げた自分なりの理屈や考え方や道理は、世界の様々な価値観の中ではOneOfThemである。だから常に新しい人と出会って新しい価値観を理解することで自分の価値観に幅が出てくるのだ。

 

こういうのが一般的には「自分の殻を破る」というのだけど、そういうのって年を取れば取るほど殻を破るのが面倒になるよね。

 

移民を受け入れるってのはそういう苦しみが必ず出てくるし、そりゃ日本人だけで固まる居心地の良さはない。

 

けどさ、そうやって日本人だけが固まって日本特有の言葉しか使わずに人口が減少して技術が他国に追いつかれたとき、日本が世界の中のマイノリティになる。

 

内弁慶で威張っているうちは良いが外を向いた瞬間にマイノリティになるってのは、それだけで社会の競争のスタートラインから大きく後ろになることを意味する。そしてマイノリティを恐れる日本人は日本人であることをやめてマジョリティ民族と融合しようとする。

 

今マジョリティで生きている人々は、たぶん彼らの時代まではOKなんだろうけど、子供の時代になれば日本がなくなる、子供に残すものがなくなってしまう、そんな恐怖は感じないのだろうか。

 

日本を出てから常にマイノリティとして香港とクイーンズタウンとオークランドの生活をしている僕より。

 

★抜粋開始

比較文化学者によると「日本は同質を重んじる文化」であるという。現に日本社会で働く米国人は、日本語の「違う」という言葉は、different(異なる)の意味とwrong(正しくない)の両方の意味があり、すなわち「異なるのは悪いことだ」という価値観が根底にあると主張する。とすれば、種々雑多なものを受け入れるというダイバーシティを、日本人が真に理解、賛同し、推進するのは簡単ではないといえよう。

★抜粋終了

 



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2009年07月08日

空気in香港

乗り継ぎで香港に一泊する。

夏場だとほぼ毎日オークランドから東京に乗り継ぎ出来るのだが冬場は乗り継ぎ便が週に3日しかない。なので割り切って香港に一泊する。

主な理由は空気を吸う事?かな。

朱に交われば赤くなると言うが、ずっとニュージーランドにいるとこの空気に染まってしまい、日本での仕事では使い物にならない。

かと言ってずっと東京にいると刺激があって楽しいし仕事のアイデアもどんどん浮かぶが、何か大事なものを忘れてしまいそうになる。

空気、てかその原因の一番は、そこに住む人々とその土地が発する「気」だろうと思う。

香港には何だか「明日は絶対今日より幸せになるさ」って言う空気がある。

この街では人々の挨拶は「ご飯食べましたか?」だ。

人は食わねば死ぬ。そういう原点が挨拶にこもっているから面白い。

格好付けの日本、原点の香港、のんびりなニュージーランド、それぞれ流れている空気が違う。

どの空気が好きなのか、それこそ相性である。だから自分の好きな空気を吸えば良い。

ただ一箇所にずっと住み続けて何でもかんでも「うちが一番!」というのはどうかと思う。適度に違う空気を吸ってみると人生観広がるかも。

 



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2009年07月07日

ばかでなければ生きていけない

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ばかでなければ生きていけない、周りと合わせなければ(その村では)生きていく資格はない。

 

なんつーか頭に来るのがメディアの連中であることはしょっちゅう書いている。

 

 

新聞やテレビで働く連中は高収入を保証されているのでその立場を守る為には何でもする。

 

一流の大学を出て高い給料を貰ってやることが政府の手先となって国民を騙すことだってのは、実に皮肉な話である。

 

一体何のために一生懸命勉強をして一流大学を卒業したのか?ただ安心して飯を食う為だけに自分のプライドも仕事の誇りも他人を騙すことの恥ずかしさも捨てて、そこまでして生きてたいのか?

 

勿論ここできちんとフォローはする。

 

一般社員に向っては「いやいや、皆がそんなだとは思いませんよ、あなたのようにちゃんとやってる人が殆どだと思いますよ、けどね、やっぱり上司が悪いんですよね」

 

上司に向っては「いやいや、政治家との付き合いがあるから大変ですよね、よく分かりますよ、世の中きれいごとではやってられないですからね」

 

けど下記のコメントを読んで欲しい。

 

「今の日本のマスコミには、世界的視野で分析できる記者が少ない。政府の説明をそのまま報じない報道機関は意地悪されるので、馬鹿のふりをしないとやっていけない。知的水準を高めない方がうまくいく。この状態は、かつてのソ連や中国と同じだ。ソ連や中国を嫌う日本人が、ソ連や中国と同質というのも皮肉だ」

 

上記は田中宇と言う人の最近のブログの引用だ。イラン問題や核問題での発言の一部である。

 

こういう世界的な影響を与える国際政治の世界の微妙な問題でもメディアが取り上げるときは政府の広報機関でしかなく、まさに大本営発表だ。

 

それが結果的に日本という国にどれだけ悪影響を与えようが彼らには関係ない、自分の生活さえ良ければ満足なのだ。

 

彼くらいに大人になれば腹が立つこともないのだろうけど、僕の場合はまだまだ精進が不足のようで、すぐに怒りがこみ上げてくる。

 

マスコミやテレビが政府と結託して国民をバカ漬けにしておいて、裏で自分たちが儲かるように仕組んでいる。

 

要するに言ってる事とやってる事が違うから嫌いなのだ。最初から開き直って「ふざけんじゃあねえよ、マスコミってのは世間を操る道具なんだよ、そして俺らはその手先なんだよ、騙されるお前らが悪いんだよ」と言ってくれれば、何もいう事はない。

 

幸いニュージーランドは「まだまし」である。

 

新聞は嘘を書くことが多いとまともな国民は理解しているし、テレビの記事なんてまともな取材も確認もせずに垂れ流しってのはやってる局の連中が一番理解している。

 

要するに新聞やテレビは一種の娯楽であり本当の意味での「正確な情報をすばやく提供する媒体」ではないと、見る側も作る側も理解しているからバランスが取れているのだ。

 

日本で問題なのは、作る側は「馬鹿を作り出せ、騙しまくれ!」と理解して作っているのに、見る側は無邪気に映像や記事を信じてしまうところに悲劇がある。

 

それで更に輪をかけた悲喜劇が、優秀な成績で学校を出た若者が理想をそのまま信じて本当に自分は良いものを国民の為に作っているのだと思い込んで、それが実際には事実ではないし長い時間をかけて洗脳された結果だと思いもせずに、涙を流しながら番組作りの素晴らしさを語ったりするときだろう。

 

これなどまさに中国共産党の紅衛兵が喜び勇んで自分の親戚を殴り殺したりするのやヒトラーユーゲントがユダヤ人を収容所に放り込んでその死体で石鹸を作ったり肌でランプシェードを作ったりするようなものだ。

 

まあ信じる側からすれば悲劇だが騙しているほうからすれば喜劇である。

 

テレビにのせられて納豆を買いまくってる平均的市民を見ながらテレビ局の中では「お、こいつらまた騙された!」と腹を抱えて笑ってるのだろう。

 

納豆ダイエットとか癌を予防するなんとかとか、何を言ってもテレビに映れば見る側は信用してしまうのだから、まさに喜劇でしかない。

 

世の中を楽しく生きていこうと思えば、ばかになりきることが大事なんだろうな。素直にメディアに踊らされて何も考えずに納豆買ってれば良いのだろうな、だからばかになれない人間には生きるのが辛い世の中になるのだろうな。

 

この次は健康ダイエットとか言う番組を作って「皆さん、裸で街を走りましょう、元気になるし癌の予防にもなりますよ!」とでもやってみればどうだろう。

  

 



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2009年07月06日

サミット&7月12日

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あれ?うちの移住説明会が7月12日なんだけど、これと7月12日の東京都議選と説明会が同日かいな。

 

という事は東京在住のお客様は選挙に参加したその足で当社の説明会にご参加いただくという日程になるのか。

 

7月8日~10日がイタリアで開催されるサミットだ。そして今年中(8月か)総選挙がある。

 

それにしてもサミット参加国で一国の指導者がこれだけコロコロと変わる国も珍しい。他の国では一度選ばれた人って満期まで続くのが一般的ですぜ。

 

日本人からすれば「いつもの事」かもしれないけど外国人から見ればどうなのか?

 

実際に日本が無責任な国でいう事がショッチュウ変化していればこれはどこの国も日本のいう事を信用しなくなる。

 

けど今も大国として他の国家とやりあっている以上、どこかで信頼を得ているはずだ。どこかで一貫性があるはずだ。たぶんそれが日本独特の官僚政治ではないかと思う。

 

官僚政治とは要するに「首相が誰になろうが政治の一貫性は終身雇用制と先例重視の官僚によって保たれる」であろう。だから官僚が政策を作り政治家が国民に説明する。

 

この説明役は誰でも良い、要するに官僚のスポークスマン(操り人形)であってくれれば良いのだから、官僚のいう事を聞かなければ適当な理由をつけて失職させれば良いだけだ。

 

ニュージーランドでは一度首相が決まれば大体3年から6年程度は同じ政権の中で同じ政策が続く。官僚はあくまでもいろんな選択肢を提供する黒子である。

 

国家運営のプロである官僚が提案した選択肢を、国民の選挙で選ばれた政治素人の政治家が国民の要望に合わせて選択する、これがNZの政治である。

 

素人、例えば今のジョン・キー首相は元々証券会社メリルリンチで豪腕を振るった人間であるし、経済改革を行ったデビッド・ロンギ元首相はマヌカウの弁護士、90年代の繁栄を引っ張ったジム・ボルジャー首相はウェリントンの北部で牛を飼育してた農家のおっちゃんである。

 

ヘレン・クラークだけは民間企業の経験がないが、日曜ともなると護衛もなしで普通にモールで買い物をする気さくな人である。

 

だから政治家と一般市民の距離がとっても近い。要するにその辺にいるおっちゃんやおばちゃんが政治家をしているのだ。

 

だもんで要するに本業があるから政治家辞めても生活に苦労はしないし、元々キーウィの気質もあるから賄賂で飯を食うとか票を買うといった発想がない。

 

もちろんそういうものがゼロってわけではなくやっぱり政治家の汚職ってのは事件になったりするけど、内容を見てみると汚職事件の本場である日本から見れば「それの何処が問題?」と思ってしまうようなケースばかりである。

 

これだけ政治の素人がニュージーランドの首相として舵を取っているのだけど、生活している僕らからすれば全く問題を感じさせない。

 

てか、日本であれだけカネを貰いプロとか立派なことを言ってる政治家がこの体たらくでは、むしろ政治家など居ないほうがましかと思ってしまうほどだ。

 

他にも随分無駄な国の仕事とか役所(やくしょとは、やくにたたないっしょって意味か?)が存在しているのだから、こうなったら国民が一切税金を払わない代わりに地域ごとの自治体だけにした方が余程公平ではないかと思ったりする。

 

最近は不況対策なのか環境に配慮した車の税金を免除したり安くしたりする政策でハイブリッドカーが売れてるけど、あれだって自動車産業、それもトヨタとホンダだけが儲かる仕組みでしかない。

 

本気で日本全体の事を考えるならもっと将来を見据えた集中投資を行うべきだが、予算をもらった役所は自分たちの天下り先の確保とか政治家に恩を売るとかいろんな面で“配慮”をしているから天下国家で考えるなんて思いもしない。

 

大体車の税金が安くなったと言っても、それは元々国民の金である。自分で払った金が自分に返ってきて喜んでも仕方ないだろう。

 

大体税金の「免除」と言う言葉も気に食わない。おまえら人の金で飯食ってるくせに、「免れる」って上から目線、どういう事だ?ばかも休み休み言えって感じ。

 

次の都議選でどのような結果になるのかまだ分からない。そして今年中に行われる総選挙で自民党と民主党の戦いがどうなるか、これもまだ読めない。今は自民党が最後の手段として組織を挙げて役所や警察を使って民主党のあら捜しをやってる。これに迎合するマスコミも同様だ。

 

政治家は選挙と言う禊を受けるからまだましだが、官僚のずるさには腹が立つしマスコミのずるさに至っては、何時の日か天罰が下る日があるぞと言いたい。

 

結局日本ってのはほんの一部の権力者たちが自分たちが生き残る為だけに政治を私物化しているわけで、こんなんじゃどっちが勝ってもお先真っ暗である。

 

有権者と言う言葉は結局多くの日本人には一生縁のないものなのかもしれない。



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2009年07月05日

知らない悪魔といるよりは

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「知らない悪魔といるよりは知っている悪魔と一緒にいるほうが良い」

 

英語の諺だけど、言い得て妙。

 

これって結婚した夫婦の多くが常に感じていることではないかいな。

 

「あ〜あ、こんなはずじゃなかったのにね〜、どうしてこうなったのかな〜、けどまあ、今からゼロから新しくってのも面倒だし、まあ相手の手口は分かってるんだからこのままでいいか」

 

でも男女間だけではなくいろんな場面でも使えるだろう。

 

ここ数年でずいぶんたくさんの中国系の若者がフードタウンやホテル、カフェなどで働くようになった。ホスピタリティの専門学校が増えているせいもあるだろう。

 

けど彼ら中国系の若者からすれば親と一緒にニュージーランドに移住して、親とは違って英語も出来て地元の大学を優秀な成績で卒業しても働き先が限られているという事実もある。

 

キーウィからすればやはり白人中心社会であるし、どれだけ優秀に見えるアジア系の若者よりは少しあんぽんたんぽんな雰囲気がしてもやはり白人の若者の方が安心して雇えるということがある。

 

「いやいや、優秀であればそれで問題ないんだよ、けどね、いくら彼や彼女が優秀でも、やっぱりなんてか、、ね」となるのは人の気持ちだろう。

 

日本だって同じ事で、少しくらい(かなり)能力が劣っていても同じ日本人を採用してしまうだろう。知らない人種を採用して本人がいくら優秀でも、その家庭に問題があったりとか彼の友達が問題あったりとかしたら、会社までトラブルに巻き込まれる。

 

それよりはやっぱり身元のはっきりしている日本人の方が良いとなる。

 

日本国内だって古い例で言えば、部落出身者や在日韓国人が採用されないなどごく普通だった。何せ昔は部落地図みたいのがあって大手企業の総務課では必ず一冊持ってて就職希望者の本籍や現住所を調べたものだ。

 

在日韓国人の場合等は明確に差別されていたから必然的に彼らは団結してパチンコ屋とか焼肉屋とか限られた職業に集中した。

 

「いやいや、差別なんてする積りもないんですけどね」どこの国でも主流派はそういう。けど腹の中までは分からない。結果的にMAORIやアジア系の人々の失業率が高くても、それは「結果的に」「当社ではOverQualifyで」「公平平等に判断した」結果なのである。

 

まあ主流派ってのは何処の国でも同じなのだしその事をどうこう言う積りはない。

 

誰だって知らない悪魔と居るよりは知ってる悪魔の方がいいのである。

 

けど主流派だって国が変わればマイノリティになる。日本で生活をする白人は、いくら日本人が白人崇拝しててもやっぱりマイノリティだ。

 

だから日本に住む彼らと話をしていると基本的に「マイノリティとしての怯え」を感じているのが分かる。またこっちが英語を話し始めた瞬間の「安堵感」もよく伝わってくる。

 

「自分にされたら嫌なことは人にしてはいけませんよ」

 

日本人は殆どの人がその一生をマジョリティとして自分の村社会の中で生活をしていくのだろう。

 

けど、自分が主流派、マジョリティで居る限り絶対に理解出来ないだろうけど、一度くらい自分の立場をマイノリティに置いてみればその苦しみが分かる。

 

そうしてこそ初めて「平等」と言う言葉が実感としての重みを持って生きてくると思うのだ。



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2009年07月04日

路地裏

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オークランドは1840年頃から作られた街で日本に比較すれば街の歴史は浅いが、それでも煉瓦作りの街路や路地裏にはそれなりの味がある。

 

5月から僕の利用しているテレコムの電話システムが全面変更になり、僕の持っている電話はそのまま日本で使えるようになった。

 

今使っている電話は Sony Ericsson walkman だっけな、あんまりよくわからんがズリズリ型。

 

ニュージーランドで登録している電話を日本国内で発信する分には良いのだけど、じゃあこの電話からニュージーランドに発信しようと思うと001では駄目。提携先がソフトバンクなのでそこに問い合わせないといけない。

 

ニュージーランドで電話を受け取るときに「日本でも使えるよね?」と聞くと、戸惑ったように「う、うん、使えるよ・・・って書いてるよ」程度。

 

まあそんなもんだろう、駄目もとで日本で使ってみると何とか電波を拾って使える。けど日本のソフトバンクに問い合わせると「日本から海外発信をする方法は当社ではわかりございません」だって。

 

古い建物結局仕方ないから前回の出張ではNZに電話するのはホテルの部屋からにしたんだけど、あれって無茶苦茶高いんだよね。

 

来週からまた日本。今の電話がそのまま日本で使えるのは有難いのだから、Better than Nothing と言うことでOK。前向きにいかなくちゃ。

 

けど次回はもうちっとソフトバンクに突っ込んで聞いてみよう。それと一番大事なのは、どう見てもこの充電器に変圧器機能があると思えないんですけど、普通に日本のホテルで充電出来るのか?

 

ということでこの写真は街角を撮ったシャメです。古い言葉か?



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2009年07月03日

スピーチ

そうそう、今回の魚試食会では、参加者が集まったところでパートナーであるMAORIが全員を前にご挨拶をしたのだけど、その時の記憶。

 

堂々とした体格の彼は、最初は英語だったんだけどすぐにMAORI語に切り替えたから話の内容は全く意味不明。けど力強い声で喋ってたからずいぶんと立派なことを話してたんだと思う。周りの人もうんうんと頷いてた。

 

それから再度英語に切り替えて一通りの説明をした後、「ところで今回のビジネスの日本側代表であるTomにも挨拶をしてもらおう、Tom、よろしく!」といきなり振られた。

 

ええ!そんなん考えたこともなかったぞい!

 

英語でしょうが。元閣僚とか弁護士を前にしてのスピーチなんて出来るわけないじゃんか!

 

その瞬間頭の中をよぎったのは20数年前、初めてクイーンズタウンで仕事をしたその冬の事。

 

お客様の搭乗予定の飛行機が満席で次の飛行機に振り替えをされた。それを降機地であるクライストチャーチのガイドに電話で伝えなければいけない。

 

対面で話すならまだしも、それとか同じ街に住んでいるクイーンズタウンの住人なら何とか僕の英語も通じるとは思ったが、違う街で全く知らない人に電話をするんだからどきどき。

 

ガイドさんの自宅に電話をする。どきどき。電話をとる音がした。「Hello」若い女性の声だった。ぼくは自分の名前を伝えガイドさんの名前を伝え用件を伝えた。

 

ほ〜、これで一仕事終わったぞと思ってた翌朝、事務所のマネージャーに呼び出されてお叱りを食らいました。

 

「お前さ、ちゃんとクライストチャーチのガイドに変更連絡しろってあれほど言っただろ!」

「え〜、おれ、ちゃんと伝えましたよ、相手にもOK?ときちんと確認取りましたよ。そしたら相手もo,okと言いましたよ」

「ばかやろ〜!お前が喋った相手はガイドの子供で、まだ3歳だよ!」

 

が〜ん!

 

外国に住んでガイドやってるから英語が出来るってわけじゃないのは、これでお分かり頂けますか(笑)?

 

そんな記憶が一瞬頭の中をよぎったけど、そんなこと言ってる余裕もない。

 

速攻でまずみんなの顔をぐるりと見渡しながら大きく笑顔。まるで一年前からスピーチを依頼されていたような顔で

 

「本日は皆様お集まりいただきまして有難う御座います」とか、「日本人は生まれた時から僕らは魚を食ってきた人種なので魚の事をよく知ってます」とか「日本の最先端技術とニュージーランドの素晴らしい自然の恵みである魚を全員で大きく育てていきましょう」だとか、よくもまあ思いつきでぺらぺら出るもんだなとか思いながら何とか無事にこなした。

 

面白いのは脳みその動きってか、頭の中の左側で0.2秒後に話す内容を組み立ててそれが右側にパスされて口から言葉として出て行く、でもって後ろの方では別の脳みそが「こいつけったいなやっちゃ」とか苦笑いしている感じ。

 

英語は広東語と違い少々アクセントを外しても話が通じるので、全体像をしっかりまとめて論理的に組み立てていれば聞いてもらえる。

 

英語学校に通ったこともないし日本でも最終学歴高卒の僕だけど論理と言うのは理解出来るので、英語会話でも「こういう言い方はだめっしょ」とか「ここはこうでしょ」というのだけは分かる。

 

もちろん文法もでたらめだしアクセントも酷いけど、それでも何とか相手に通じるのは、論理に一貫性があるからだと思う。

 

スピーチは全員の顔を見ながら話すので、相手の顔を見ているとこっちの話が通じているかどうかはすぐ分かる。どうやらこっちの言いたいことは通じたようで、皆さんそれなりに「ふむふむ、新参の日本人、これからどうやるかお手並み拝見」と言う雰囲気。

 

同じ日本人同士で日本語で喋っても会話が成立しない連中も山ほどいる。そう考えれば、こりゃもう言語発音能力の問題ではなく会話能力、一般的に言うコミュニケーション能力の問題かって思ったりしたスピーチだった。

 

一番最後に真っ赤なコートとサングラスをした上品そうなMAORIの高齢の御婆さんが指名されると、彼女はそれほど通る声でもないしましてやMAORI語!で何かを語り始めたのだけど、すると周囲にいる全員がまるでお葬式に参加して牧師の言葉に耳を傾けるように両手を重ねて腰の前に置き、軽く頭を頷くような姿勢になった。

 

MAORI語でっせ!ナンで白人まで全員そんなの?と思ってたら、彼女は最後に「アーメン」と英語、そして全員が唱和したのだ、「アーメン」。

 

あれにはびっくりしたな。一つの言葉だけで生活をしている日本国家では理解出来ないけど、ニュージーランドでは英語とMAORI語を両方とも公用語として学校で教えている。

 

だからMAORI語を話せない白人でも、最初の数行の言い回しと雰囲気で「お、こりゃ学校で教えられたあれジャンか」ってな感じで自然に体が反応するのだろう。

 

戦前の日本で言えば「恐れ多くも!」と言えば飯食ってる最中でも軍人が起立する「天皇陛下!」みたいなものか。けどその時にそれを見てた白人がどんな態度をしてたのか、そのほうに興味がある。

 

戦後の日本人が何かの言葉に自然に反応するとすれば何がある?

 

「地震だ!」

「サリンだ!」

「キムタクだ!」

 



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2009年07月02日

FISH!2

試食会1オークランドの地元で漁業に関係する業界の大御所の皆さんに足を運んでいただき本日「魚の試食会」は無事終了。

 

名刺交換をしてみると元閣僚やNZ最大の水産会社の社長、大手弁護士事務所のパートナーなど、随分大物ですね。

 

今回彼らに提案しているのは、流通改革システム。Quality Management System と一般的に呼ばれているけど、それの魚版である。

 

お魚社会である日本では江戸時代から魚を寿司で食べる等、漁法から始まって移動管理、血抜き、保存、そして食卓や魚屋さんへの提供まで様々な技術を持っている。

 

でも面白いことに多くの日本人は昔から魚に馴染んでいるので誰でもある程度までの魚の管理は理解出来てるし、知らない間にいろんな技術を構築している。それが各漁港や釣り宿、研究所などにばらばらにデータがある状態だ。

 

このようにあちこちに散らばっている「その地域の方法」を色々と組み合わせていけば、魚の一気通貫流通システムが出来上がる。

 

後はそれをいかにニュージーランドの流通システムに合わせるかである。漁法、保管方法、水温管理、配達、店での保存展示方法など、日本の方法はそのままでは通用しない。この国が持つ社会システムに合致するようにせねばならない。

 

特にニュージーランドでは国民の大多数を占める白人がつい最近まで生魚を食べる習慣が少なく、MAORIは生食ではなく燻製が中心だった為、管理とか保存と言う観念がまだ薄い。

 

非常に乱暴な言い方をすれば、彼らからすれば見たことも聞いたこともないし意味不明なことをこっちがやって、その結果美味しい魚がテーブルに出てくるのだから、「何じゃこりゃ?!」だ。

 

僕ら日本人からすれば子供の頃からやっていることの延長なのだけど、じゃあ何故今までこんな方法がニュージーランドで広まらなかったのか?

 

それには色んな理由があるけど、自分でやってみてその理由がよく分かったし、分かって見れば後はやり方次第だ。障壁の高いほうが参入者が少ないから競争も少ない。なるほどね〜って感じ。

 

試食会

 

とにかく21世紀は食料とエネルギーの世紀。そして食料が豊富なのがニュージーランドでエネルギーと国地下資源が豊富なのがオーストラリア。

伸びるじゃんか、この二つの国は。

 

間違いなく言えることは景気の良い街や上り坂の産業でビジネスをやっていれば食うに困ることはなく結構言いたいことも言えるし、とにかく楽しいということだ。

 

下り坂の斜陽産業業界、例えば日本の旅行業などでここ数年賃上げがあるか?次々と廃業が続くような業界で明るい明日が見えるか?

 

ニュージーランドではここ8年近く毎年賃上げがあって、今年はさすがに世界不況だからきついにしても、毎年10%近く賃上げがあった。

 

ここで新しいビジネスを起こすたびに、何だか明るい明日が見えるのだから、これは楽しい。だいいち仕事をしている連中(ビジネスのカウンターパーティ、提携先ってのかな、毎日顔を合わせる連中)の顔も、皆明るい。

 

「最近どうよ?」

「もう大変、どうしていいか分からん」

 

そんな言葉が繰り返される日本とは随分違うのが実態である。

 

もちろんこの波に乗り切れてない人もいるけど、そんな時でも社会がしっかりしているから彼らはセーフティネットで救われているからたいしたものである。

 

ちほえりっく試食会ではスタッフの努力の甲斐あって参加した皆さんから高い評価を頂いた。次はこれを具体的なビジネスとして企画に落とし込む作業だ。

 

このビジネスが面白いのは、魚がいけば次は肉、そして野菜、とにかく農業全体に同じビジネスモデルが持ち込めることだ。

 

更に何より良いのはこういう品質管理は日本人が一番得意とする分野であり、これからニュージーランドに移住を考える人がこのビジネスに参加することにより永住権も取得出来るし経済的にも自立できるという点だ。

 

もうちょっと時間はかかるけど、一年後の自分が見えるのがとても楽しいぞ。



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2009年07月01日

お粥

出張から戻り、鶏肉の骨を市場で買う。

 

キーウィのスーパーでは確実に買えると言えないのでノースコートの太平市場に行く。中国人市場なら必ず処理仕立ての骨があるから。

 

けど問題は、太平市場の鶏肉の骨は肉が本当にぎりぎりまで削がれているからだろうか、それとも他の理由か、何故か味がない。てかあんまり美味しくない。もしかして生まれてから死ぬまでかごの中って奴か?それとも発育促進剤でも食わされているのか?

 

ぼくがいつも買い物に行くシティ近くのスーパーだと鶏肉の骨が見つかるのは3度に1度くらいだけど、あの骨から摂ったスープは実に甘くて、お粥を作る時に最高なんだよね。

 

鶏肉に限らず中国市場では色んなものが出回ってるけど、中国daisukiなうちの奥さんでさえ野菜は必ず買ってから洗うし中国製品は一切信用していない。

 

スーパーで美味しい鶏肉が見つかれば幸せなので、その日はスープをどうやって使って料理しようかと考える。

 

という事で今日買ってきた鶏肉の骨は、骨が二つ分(つまり二羽分)。一旦熱湯で洗って汚れを取り、深鍋で煮込む。

 

よっしゃ、今日はスープが美味しいからこれを使って何でも出来るぞ!

 

そう、こんなことやりながら思うのが子供の食事。

 

朝ごはんは基本にお粥がある。美味しい鶏肉スープでご飯を煮込んで、そこにその日のおかずを入れる。楽しいな。今の日本では子供とお父さんが一週間に何回一緒に食事をしているんだろうね。

 

もちろんぼくだって毎日忙しい。けど、子供のためのスープくらい作ろうよって思う。それは親として、やって悪くはないと思いますぜ。

 

少なくとも自分の体験でいえば、ぼくは自分の子供の幼年時の顔を全く知らない父親なのでこのあたりで9回裏大きなヒットを打てるだけで幸せ。本人はヒットと思ってるけど子供たちはどうなんかな。

 

鍋で煮えてるスープを見ながらりょうまくんに今日作る料理を想像する。いや〜、これだけで楽しいぞ。

 

親子丼、クリームシチュー、などなどレパートリーは狭いが鶏肉のスープさえ美味しければどうにでもなるぞ・・・。 それにしてもレパートリー狭いな。あはは、もっと料理に興味を持たなくてはね。



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2009年06月30日

最近のビザ事情

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オークランドに戻ってきて真っ先に感じたことが「さび〜!」すんごく寒い。ここ数年でどんどん寒冷化が進んでいるニュージーランドだけど、毎年6月は雨や時には雹がちらっと降ったりするほど冷え込む。

 

特にこの日は雨も降っており夏服姿の僕はかなりきつい思いをしながら車に乗り込む。

 

一体だれが地球温暖化なんて言ってるんだろう。科学者の出しているデータでは太陽黒点活動が理由で地球はこれから寒冷化するって言ってる。

 

オーストラリアは空気乾燥での山火事や街の砂漠化が進んでいるけど、自然と同居しているニュージーランドでは正反対に普通に、冬は寒く夏は普通に過ごしやすいのである。

 

「へへ、人間性の違いですな、神様はよく見てます」と思わずオージーでもなくキーウィでもない僕が思ってしまうほど、両者の違いは目立つ。前回の豪州出張でも、街の空気が違うから同じ英国人種でもその出自の違いが明らかに分かる。

 

さてそんなオークランドで、戻って早速今後の永住ビザ取得に関する打ち合わせを行った。

 

全体的に不況の影がちらりとあるので現在はワークビザについては結構厳しい評価がされてて却下されるケースも目立つけど、却下されるケースは昔もたくさんあった。何も今だから厳しいんではないと思うけどね。

 

てか、今まで好況で本来ワークビザを取得出来てなかった人まで取得してて、これがバブルの部分だったのではないか。コアの部分、つまり本当に能力を持っていればワークビザの取得もそれほど問題ではないと思う。

 

だいいち、パートナーが特定の学校に行けばOpen Work Permit (オープンワークパーミット)は自動的に発行されるってのはここ最近のシステムなんだから、その意味では以前より恵まれている。

 

永住権についても同じくで、今は不況だけどニュージーランド政府としては常に優秀な人材を募集しているので、起業家部門ではあいも変わらず人材募集中である。

 

今日の弁護士からの一言チップは、「IELTSなしでも永住権が取れる方法」。

 

実際に聞いてみると、「ほう、そういう解釈をしても良いのか?」と言う、何だか、「おお、移民局、そこまで踏み込んだか」と言う印象だ。

 

法律は条文だけではなく解釈の部分が大きい。その意味で当局の判断がこちらに有利に出てくれればそれはもう使わない手はない。

 

問題点としては費用が高いってこと。普通の起業家ビザ申請に関する費用は大体全部で4万ドル程度だが、この場合は書類作成に更に時間がかかるため、5万ドル程度かかってしまう。今の為替60円で計算すれば300万円だ。

 

これにプラスして勿論自分の生活費、会社を運営する為の資本金も必要となるから、あいも変わらず壁は高い。けどIELTSが不要と言うのは大きな進歩である



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2009年06月29日

わらしべ長者

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東京から戻る飛行機にて。

 

「もしよければこちらに来られませんか?」笑顔で話しかけてくれたスチュワーデスの指先はファーストクラス。

 

やったね!またもわらしべ長者なり。エコノミー割引を買ってビジネスに上げてもらって更にファーストクラスのシートへ。

 

香港-オークランド路線の良いところはいつも満席ってこと。今回もオークランド-香港−東京の往復で4回飛行機に乗って、オークランド−香港間は両方とも無料でビジネスクラスへのUpgradeなり。

 

帰路は特に気持ちよし。香港発21:00でオークランド到着が11:55なので、まさに「寝てる間に目的地へ到着」である。

 

手足を伸ばして本を広げて、心はすっかり満州気分です。

 

それにしても偶然とは言いながら今ぼくが読んでる満州関連の本は、もろにぼくの移住ビジネスとぶつかる。

 

戦前の日本が大不況に見舞われ海外進出を行うしか道がないような状況で「ぼくも行くから君も来い、狭い日本にゃ住み飽きた!」のかけ声で中国大陸、それも満州方面に次々と夢を抱いて旅立つ人々。

 

旅立つ先の中国がどうなのか分からないけど、すでに多くの日本人が渡航して日本人向けのインフラも整備されている。今のまま農村の次男でいても土地はもらえないし仕事もない。

 

だったらいっそ海外でも行ってしまうか。そうして大陸浪人や集団移住が始まった。

 

日本の中国進出について色んな意見があって良いと思う。日本の侵略でも良いし中国の弱気でも良いし日本の文化発展でも良いし何でもよいのだけど、大事なことは同じ情報量と同じ知識を持った上で議論したいってことだ。

 

とかくこういう日中議論になると、どっかの週刊誌や新聞に書かれていることだけであ〜でもないこ=でもないと語る人が多い。

 

きちんと自分で学んだ上で自分の言葉として発して欲しいものだ。

 

それにしても今回の満州本、やっと今第二巻である。「事変の夜」。

 

移住と言うのは新しいビジネスではない。人は常に移動しながら生活をしているのだ。戦前の日本で大量の日本人移民が中国にいたのだ。

 

物語の中でよく出てくる舞台が大和(やまと)ホテルである。

 

本当に偶然だけど、ぼくが香港に住んでた頃に大連出張の機会があり、その時に泊まったのが大連やまとホテルである。そうか、戦前からの建物なんだな、この建物で昔日本人が政治を語りビジネスをやってたんだな〜と感慨に浸った記憶がある。

 

時間があればもう一回中国東北部を回って見たいな。

 

飛行機に乗る前に食事をしたので、機内ではお酒だけ貰って本に没頭する。ケータイもメールもない環境で本を読むのは、本当に一種の至福です。

 

写真は香港セントラルの夜景。



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2009年06月28日

朝 新聞

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朝食を摂りながら新聞を広げているのは、あれはもう中年以上の人々の習慣だろう。若い人で新聞広げている人は非常に少ない。

 

30代くらいの人は片手にパン、片手にパソコンである。

 

新聞離れが言われ始めてるしそれは売上を見れば明確だ。これから数年で新聞と言う情報伝達手段が旧式になっていって、まるで今のラジオ放送のような位置に追いやられるだろう。

 

速報性がなく情報に偏向があり正確でもない新聞に何を期待出来るのか?芸能やスポーツ記事の内容は読むに耐えず、これだったら広告とテレビ欄だけ見れば充分だとなるのもよく分かる。

 

そのためだろうか、リクルートが最近新しく発行した無料情報誌が、テレビ番組と広告だけを自宅に無料配達する新しいビジネスモデルだ。

 

これなどまさに消費者目線であることを感じる。

 

日本は確実に変わりつつある。新聞が激減し、テレビを見なくなり、保険業界が大合併し、銀行が大合併し、市町村も大合併し、とにかく時代が大きな音を立てて変化し始めている。

 

もっと言えば、今までの10年間の自由化が一気に正反対に舵を切って、全ての業界が大手2~3社で独占されてしまい、社会主義のような国作りに進んでいるのではないかってこと。

 

日本に住んでいる人は毎日の変化なのであまり感じないだろうけど、他所の国から来て毎月一回の定点調査をやってみると、本当に日本の変化はすごいものだと思う。

 

個人的に有難い変化は、夏の夜のプロ野球中継がなくなったことだろうけど、テレビ自体を見なくなったことを考えれば時すでに遅しではないか。

 

最近は外人が泊まるホテルのお客も激減しているようで、いろんな経費削減を行っている。だったらいっそのこと新聞の部屋配達も止めて見れば?

 

まあ、安く仕入れてるんだからあんまり経費削減にはならないのだろうけど、新聞はそのビジネスモデルが大きな変化を要求されている。



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2009年06月27日

東京到着

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成田空港に着くと昼過ぎだったせいか、飛行機の機体から一歩出るとその通路でさえ暑い。

 

ジャケットを片手に挟んで急ぎ足で荷物受け取り口に向う。今日のアポは成田と東京の中間点あたりだけど全く土地勘がないので早めに行かなくては。

 

荷物が出てくるとすぐに近くのトイレに駆け込んでスーツとネクタイに着替えてから出発である。トイレのドアを閉めて着替えるのがこんなに暑苦しいとは思わなかったぞ、ふ〜。

 

最近僕はタクシーに乗る前に、例えば係員のいるタクシー乗り場であれば最初にまず目的地を告げて運転手さんがそこまでの道を知っているかどうか尋ねるようにしている。あ、それとクレジットカードが使えるかどうか。

 

ニュージーランドでも以前、元副首相のウインストン・ピーターズがウェリントンでタクシーに乗った際に運転手が道を知らずにもめたこともある。

 

シドニーやオークランドでも状況は同じで、運転手が道を知らないケースが実に増えてきた。

 

日本でも最近はナビ付けてるタクシーが増えたので随分楽になったけど、商売なんだから少なくとも道路試験を定期的に行うとか、何とかならないのかな。まるで道を知らないこちらが悪いくらいの勢いだ。

 

目的地に到着したのは30分前。けど待ち合わせ場所が同じ駅構内に3箇所ある・・・どれだ?。。。

 

途中でお客様から電話を頂いて、成田で受け取った荷物をごろごろ言わせながらやっと5分前に正しい場所に到着する。いや、それにしてもこの時期の日本は暑いな、雨が降ってなくてよかった。

 

ここで2時間程度のミーティングを行い、次なるタクシー移動のために駅前広場に出る。2台ほど乗車拒否、てか運転手さんが道が分からないので次の車に順番を譲って、それでやっと3台目で乗り込み可能。

 

東京に戻り部屋に入る頃にはもう夜の8時過ぎである。汗で濡れたスーツとシャツとネクタイを早速クリーニングに出すと、すぐに風呂に飛び込む。

 

これだけは僕が日本人だな〜と思う瞬間。家族の中で僕だけが長風呂をするし、自宅に帰ったときでもまず風呂に入らないと気がすまないという性格には家族全員が毎回諦めムードである。

 

けど仕方ない、お風呂で神経をほぐすという習慣は日本人独特なのかもしれないけど、ありゃ本当に気持ちよいんだから。

 

風呂に浸かりながら今日の事を振り返ってみる。

 

香港で朝早く起きて水も飲まずにチェックアウトを済ませ空港に向う車内で水を飲みながらミーティング。

 

飛行機に乗り込む前にラウンジで「がが!」と飲茶とオレンジジュースの朝食を詰め込んで、機内では溜まった読みかけの本を少しでも読み進む。

 

てか、最近はやりの喫茶店では注文一つするだけで苦労する。何せ注文の仕方が分からないから後ろに行列が出来て「おいおい、早くしろよ」って抑圧が背中にかかってくると、何だかいたたまれなくなって「もう、いいです」と注文を取り消したくなる。

 

要領が分かっている人には手早くてさっさと出来る行動でも異邦人には辛い。こんな注文がさっさと出来るからって何が偉いんだ!なんてひねくれたくなったりする。

 

タクシーに乗るにしても、大きな荷物を持って歩くお客を前提にしていないから、駅前のエスカレーターを上がったり下がったり、挙句の果てには自分の行く先に行く為の道を知らない事が問題であるような駅の係員の顔。

 

都内に入れば渋滞だし、車のすれすれのところを過ぎ去っていくバイクを見ながら、「こいつらもしおれが突然ドア開けたらそのまま天国直行だろうねっと思ったりする。

 

歩行者用の赤信号で渡る歩行者は少ない。てかオークランドに比べると非常に少ない。オークランドでは最近特にアジア系の若者が半分面白がってキャーキャー言いながら完全に赤信号なのにばたばたと渡ろうとしている。

 

彼らの国ではおそらく跳ね飛ばされたら運転手の過失になるから突っ込む奴なんていないくらいの軽い感じで、赤信号を渡る無意味なスリルに身を浸しているんだろう。けど、あれこそ愚の骨頂。

 

こんな下らないことにきゃっきゃとはしゃいで、それでアジア系の評判を落とした挙句に運転手がいらいらとしたらどうするのか?誰にも何にも利益にならない一時の気まぐれで何が楽しいのか?

 

日本のように2メートル程度の細い道で真夜中でどう見ても車が来なくても律儀に歩行者信号を守るのは流石にどうかとは思うが、守っても大した時間の違いはないのだからこれは許容範囲。

 

お風呂で読んでるSAPIOでは「日本人のよさを見直す」ってテーマで色んな人が意見を披露している。

 

今の日本が世界の中でも珍しく格差の少ない国であることは外国に住んでみれば良く分かる。

 

水も電気もいつでも手に入る国で貧困とは極端過ぎるのでは?本当の貧困とは今日食べるものがなくて、水を飲んで寝るか泥棒するか乞食になるか、である。

 

基礎教育がきっちりしており犯罪率はそれほど高くなく、人々は小金を持って幸せに生きている。

 

技術立国として多くの技術を内製しており、1億2千万人の人口が大きな内需を作り出している。

 

どれも納得するし合意出来る。さすがSAPIO。やはりレベルが高い。感情だけではなく数字や現実をきちんと明示した上で「日本人はこう考えるべきだ」と言ってる。

 

これ自体はまったく問題ない。日本は、ある角度から見れば実に過ごしやすい国なのだ。ただそこで根本的に欠けているのが、その人生は自分で選んだのかと言う点だ。

 

要するに「自由」とか「他人の干渉」と言う言葉に敏感な人にとって日本は住みづらいということなのだ。多くの人にとっては日本は今だ素晴らしい国だと思う。他国と比較しても素晴らしい。

 

けどそれが自分で選択した結果ではなく与えられた結果であり、その結果としてこれから一生を食い物には不自由しなくても心が貧しくなっていくことに耐えれらない人もいるのだ。

 

ぼくは説明会でも移住希望者に対してきつい事を言う機会が多い。

 

ニュージーランドに行けば幸せになるなんてあり得ない。

 

日本がいやだからと言っても自分に戦闘能力がなければ海外生活は出来ない。

 

日本の良さを理解した上で、それでも海外で自分を試してみたいのならば大歓迎である。

 

長いお風呂に浸かりながら、香港の仕事、日本の仕事、そしてこれからの日本と、ばたばたの出張をちょびっと振り返ってみる。

 

写真は都内に入った時の夕暮れの東京タワーです。

 

 



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2009年06月26日

香港3日目 インフルエンザ

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香港での仕事も無事終了して、翌朝ホテルから空港へお客様と一緒に移動する途中に、更に車内会議。話し合った内容を確認してから別々の飛行機に乗り込む。

 

空港では今もマスクを付けた係員もいてインフルエンザの防止にパンフレットや何やらと賑やかである。世界全体で言えばインフルエンザパンデミックの発生の為にどれだけのお金と人手がかかったのだろうか。

 

今の季節、ニュージーランドでも新型インフルエンザが流行している。

 

けど、ふと思った。これで何人死んだのか?

 

てか、アフリカでは毎日飢餓の為に何百人が死んでいるのか?

 

てかてか、例えばこれもアフリカでは独裁政治体制側による住民虐殺なんてことで数十万人が殺されることが頻発していた。ホテルウガンダなどがまさに良い例である。

 

彼らに対する国際社会からの手助けはないのに、飛行機に乗るような自国民であれば守るという事なんだよね。

 

要するに人命の重さには違いがあり、権力やカネに近い人の人名は重く、権力やカネから最も遠いところにいる人の人命は鳥の羽程度の重さしかないってことだろう。

 

実はそんなこと、皆自分の腹の中では分かっている。けどそれを言うといかにも差別主義者だとか言われそうだから公の場では言わないだけだ。

 

この街香港では金のある奴が勝ちで、それがすべてって部分がある。お隣のシンセンでは金と政治権力がすべてで、それがすべて。

 

ぼくが香港に住んでた頃シンセンによく出張に行った。今でこそ見ないが1990年代はシンセン駅を出た瞬間に手足を叩ききられた5歳くらいの乞食の子供に囲まれたものだ。

 

中国の田舎で農作業の最中に誘拐された赤ちゃんの手や足を病院で切除してシンセンまで連れてきて乞食をさせる。

 

稼ぎが悪ければ食い物も与えられず、病気になっても薬ももらえず、それで死んだ子供は近くの川に流されて終わりである。

 

そんな現実を目の前に突きつけられた、特に米国や欧州から出張してきた白人ビジネスマンからすれば耐えられない場面だった。

 

眼をそらすにそらせず、けれど国が違うから何も出来ずうろたえるだけ、そんなビジネスマンをたくさん見てきた。

 

彼らはその後自分の家に帰ってから妻や子供にそんな話をしたのだろうか。

 

世の中、強くなければ生きていけない。誰でも生まれただけで人間の基本的権利を保証されるという近代的な考え方は、果たして正しいのか?少なくとも僕は「生まれただけで」権利が保証されるという考え方には納得出来ない。

 

自分を守り、自分の周囲を守り、そしてその立場になれば例えば自分の住む地域を守り、それが最終的には政治まで繋がると思う。

 

だから政治に無関心で他国に無関心でいながらテレビでインフルエンザを見ると「あらま、こわいわね〜、人の命は大事なのに政府はもっと頑張ってほしいわね〜」となる。

 

権利は自分で守るしかないし、弱ければ弱いなりに頭を使って自分の権利を守る必要があるのだ。それがどこかの村、地域社会、企業、学校、親戚など、同じ利益を共有する集団に所属するという事でもある。

 

しかし最終的には人間である限り人間を守ろうとすれば、本来ならば地球の裏側で今死んでいく人々への配慮もされて当然なのだ。それが本来の政治の役目であろう。

 

インフルエンザがパンデミックを起こして突然変異をしたら、世界中で何十万人もの人が死ぬかもしれない。

 

けどこれは「死ぬかもしれない」であって、世界の片隅で「今死にかけている」人を救うのとは緊急度合いが違うのではないか。

 

以前の鳥インフルエンザで中国で死人が出た時にある中国の高官が「一体それで何人死んだというのだ」と失言したことがあるけど、あれが本音でしょう。12億人もいる中国で数百人死んだって「それがどうした」である。

 

共産党時代だけに限っても政治的理由で中国国内で数百万人が殺されているのだ。

 

このあたりを人権主義者と自称するような連中は、きれいごとで理屈だけ並べて結局自分が素晴らしい理想の持ち主で社会に貢献してるって顔するけど、僕からすれば中国の高官の言ってることの方が余程現実的だと思う。

 

初めて香港を訪れてからもう何十年が経つだろう。その間にこの街は綺麗になっていくが、けど香港人や中国人の根っこの部分、つまり小奇麗な理屈よりも現実を見据えるというその習慣は、彼らが先祖から連綿と続く数千年の歴史から学んだことである。

 

人の命は平等とか人間は誰にも(何もしなくても)平等な権利があるとか、今まで自分が信じてきた常識をもう一度疑ってみることも必要ではないか。

 

税関に並び飛行機に乗り込んで周囲が次第に日本人で満ちてくると、空気が段々と清潔になり小奇麗になり上品になり周囲を見なくなり自分の殻の中に閉じこもり自己責任なしに政府が無条件に守ってくれると言う雰囲気が醸成されてくるから変なものだ。

 

写真はビクトリアハーバー。ここ、両岸からの埋め立てでどんどん細くなっていくのを感じる。あと5年もすればトンネルと別につり橋がかかるんではないかと思うくらい。



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2009年06月25日

香港2日目

この会社は1990年代後半に米国の金融のプロが集まって作った独立系の集団である。今では金融をやっている人なら誰でも知っている「アービトラージ」が彼らの開発した技術である。

 

これは厳密に言えば金融業の仕事ではなくシステム構築の仕事であり、プロの金融ディーラーとかではなくパソコンに向ってじっと指だけ動かしているシステムエンジニアの分野である。

 

これは更に言えば投資ではなく決済資金の提供だ。なので理論的に投資リスクは発生しない。

 

つまりロシア市場で100ドルで石油を買いますと注文が入っている、同時刻にパリの市場では石油を80ドルで売りますという注文がある。ではパリで石油を買ってロシアで売れば差額が利益になる。

 

20世紀はこれをディーラーが何本もの電話を首に巻いて大阪市場とシンガポール市場などで僅かな価格差を発見しては売り買いしていたものだ。

 

そのディーラーの代わりに24時間365日文句も言わずに働き続けるのがシステムである。システムの中にある自動検索機能が常に世界中の市場を駆け巡り、価格差が発生すれば数十分の一秒以下で売りと買いを成立させる。つまり今普通の人々がYahooとかGoogleで使っている検索機能と同じ理屈である。

 

誰よりも早く価格差を発見するためのポイントはシステムのスピードの速さと正確さだ。そしてこれこそがコンピューターを動かすシステムエンジニアの世界であり、人間である為替ディーラーがどれだけ頑張ってもシステムに敵わない部分だ。

 

ただこれは市場に参加する際に証拠金を求められる。取引市場が増えれば増えるほど証拠金も必要になる。この証拠金が多ければそれだけ大きな価格差の決済も行える。この決済に必要な証拠金、つまり数十分の一秒の間に起こる決済を保証する資金のみが必要なのだ。

 

そのためにLTCMは設立当初に資金を必要としていた。だからCEO自ら世界中の機関投資家を回って商品説明にあたったのだ。

 

そして当初は投資銀行や日本の銀行等から数百億円単位で資金を集めて運用していたのだが、そのうちこれがすごく稼ぐようになり、3年目になると自己資本だけで充分な資金が出来たので銀行からの投資を受けずに自己資本でまわすようになった。

 

そんな矢先に起こったのがロシア通貨危機である。LTCMは理論的に「これ以上下がらない」と言う価格で自動的に買いを入れた。ところが相場はますます下がり、LTCMは遂に手元資金が不足してしまい証拠金が払えずにお手上げになった。

 

そんな彼らに援助の手を差し伸べたのがゴールドマンサックスなどの大手銀行である。

 

結局LTCMのシステムは大手銀行にすべて買い取られてしまい、急激に下がっていたロシア通貨もその後元に戻して結局大手銀行がLTCMに援助したお金はほぼ全額が返ってきた。

 

という事は?

 

要するに一年目に稼ぐシステムを作り上げたLTCMが思いっきり儲けてるのに大手銀行である自分たちはその手法が分からないし、おまけに自分の投資していた金は引き揚げろと言われた大手銀行がLTCMを潰す為にロシア通貨を意識的に急激に下げたのだ。

 

LTCMのメンバーはその後も大手銀行に対して一切悪口は言ってない。そしてこの会社LTCMのCEOだったジョンメリウェザーは再度金融業界に復帰して、最近のサブプライムでも逆張りで大儲けしたようだ。

 

こんな風に、ロシア金融危機などと言いながら実際はそれが誰かによって何かの目的があって引き起こされたというのが実態ではなかろうか。

 

もちろんロシア通貨危機は、ソ連崩壊後に地に落ちたロシアの威信を復活させるために動いたロシア人連中を潰すのが主な目的だったろう。けど一石二鳥でついでにLTCMもやっちまえ、そしてあいつらの技術を盗んでしまえというのが本音ではなかったろうか。

 

結果的に今アービトラージ技術は大手銀行が利用しており、銀行の利益の3割以上はこの部門が稼いでいるのではないかと言われている。

 

今回の会議ではそういう大手にぶつからないようにする方法を考え出して、地球の端っこのちっちゃな島で運営することにした。

 

こんな打ち合わせを香港のファイナンシャルセンターの中心地であるセントラルでやるんだから、これは結構盛り上がる。何せ周囲にはゴールドマンもCITIBANKもHSBCも、とにかく世界中すべての商業銀行や投資銀行、機関投資家がオフィスを構えているわけなのだから。



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2009年06月24日

香港初日その2

コーズウェイベイにある行きつけのバーに顔を出す。この店は地元スタッフもいるので景気の話をしたり日本人市場の動向を聞いたり見たりして夜を過ごす。

 

日系企業も去年終わりほどの悲壮感はなくなったようで、「何とか生き残ったぞ」と言う雰囲気が漂っていた。むしろ地元香港の市場の方が傷んでいる感じがした。

 

いつも飲みに行くこのバーは飲食集合ビルの14階なんだけど日本人向けと地元向けがある。去年の前半までは10階以下にある地元向けのお店がすんごい繁盛しててエレベーターに乗るのも一苦労だったけど最近はそんな事もなく割合スムーズに乗れる。

 

そう言えば5月に親戚の結婚式で香港に来た時もペニンシュラホテルの中華メインダイニングの席がちらほらと空いてた。普段ならこのお店、香港でもトップクラスの店だから予約を取るのも大変なくらいなんだけどね。

 

統計に表れない一般庶民のお話なのでお偉いさんの「景気回復宣言」と比較しても意味はないが、肌感覚で言えば世界全体の経済はまだきちんと立ち直れて居ないような気がする。

 

今はリーマンショック後の一時期の恐慌のような落ち込みから、落ちる速度が少し緩まっただけと言う感じ。けど日本は最初から飛行機に乗ってなかったので落ちることもない。これが今回日本の被害が少ないと言われた理由。

 

リーマンショックはロスチャイルドやロックフェラーが仕掛けたんだという「ロスチャイルドの陰謀」が本当かどうか知らない。

 

が、ゴールドマンサックスの主な株主がロスチャイルドで、投資銀行が次々と潰される中でゴールドマンだけが生き残って、てか他の会社を食ってしまい、何かいつの時代でも金融のど真ん中に居るゴールドマン。歴代の米国財政関連のボスもゴールドマン出身者が多い。ああなると陰謀説も信じたくなるね。

 

今回の香港の会議での主要な議題が「システム決済取引」の話。当社のウェブサイトをご覧頂くとトップページにバナーをリンクしているのだが、実はこのシステムもゴールドマンサックスと大きな関係がある。

 

ノーベル賞を受賞した数学者が作り出した「ブラック&ショールズ理論」と言うのがある。これは一物二価はいずれ一物一価に収斂されるという理論だ。

 

例えば江戸時代の札幌で食べるほっけは一枚が100円だったとする。ところがこのホッケ、京都で注文すると一枚が200円するのだ。これは輸送費用がかかるから値段が上昇するのは誰でも分かる理屈。

 

江戸時代で円はおかしいけど、まあそれはもののたとえ。

 

けど金融の世界では移動費用は限りなくゼロに近い。例えばAさんの口座からBさんの口座に500円移そうが5000万円移そうが、作業は一回である。

 

ロシアのモスクワで売られている石油が1リットル100円で、パリで売られている石油が1リットル80円だったとすれば、誰でもパリの方が安いことが分かる。

 

けどパリで石油を買うことはない。モスクワから車に乗って移動するガソリンの方が高くつくからだ。

 

でももしこれが石油ではなく石油商品だったら?つまり1リットル100円で石油を買いますという権利の売買であれば、これは移動コストはゼロである。

 

つまりモスクワで1リットル100円で石油の権利が買われるのなら、パリで1リットル80円の石油の権利を買ってモスクワで売れば20円の儲けと言うことになる。

 

けどそのうち格差に気づいた人が次々と市場に参加してきて、石油を買うほうは安く買おうとするし売るほうは高く売ろうとする。そして最終的に利益がゼロになる状態が発生する。ここが一物一価である。

 

でもってこのノーベル賞学者を採用して実際にコンピューターで完璧に管理出来るシステムを作った会社があった。それはLTCM(LongTermCapitalManagement)と言う米国の会社だ。

 

長くなったのでまた明日。



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2009年06月23日

香港初日

オークランド空港では大体出発前に「葉山」で食事を摂るようにしている。

 

機内食、あまり好きではないのだ。

 

だからと言って葉山が素晴らしく美味しいわけでもなく、それでも座席に押し込まれてブロイラーのように食べるよりはかなりましって事。ここのメニューに最近加わったのが、カウンターで自分でお皿からとる形式の焼鳥や魚フライ、鳥のから揚げなどである。

 

いかにもB級だけど、これが結構いける。魚フライなんて大ぶりで、ちょいとお醤油を付けてぱくっと食えばそこはもう日本のビジネスマン向け定食屋。

 

がらがらっと引き戸を開けてガラスカウンターの中に並んでいる「本日のおかず」を適当にトレイに載せて「おばちゃん、これ温めて」と頼んで、出来上がる間にご飯と味噌汁を注文する。

 

さばの味噌煮とか塩さばとかアジフライとか豚の生姜焼きとか、温かいほっこりとしたご飯と一緒に食べれば箸が進む進む、もう止まりませんって感じ。

 

やっぱり上品な白身魚のソテーとかフレンチよりもアジフライの方がいいよね。第一飽きが来ない。毎日食べてもいいくらい。

 

そういえば僕はカレーでもアジフライでもお醤油派。アジフライにお醤油でもかなり変な顔をされるけど、カレーにお醤油をかけた日にはもう非国民扱い。

 

何で?カレーにお醤油は駄目なのか?それってあなたの地域の人がたまたまソース派または何もかけない派なだけであって、日本を探せばカレーに醤油って人もたくさん居ると思うけどな〜。

 

とか何とか日本の昔を思い出しながら魚フライをぱくつく。ちなみにこの魚はHOKI。白身で鯛のような堅めの肉質ではなくあっさりしっとりした肉身で、ぼくは好きだ。

 

キャセイ航空の午後便は13:40出発なのでチェックインを済ませて食事すれば丁度良いタイミングで搭乗開始アナウンスが始まる。

 

今回も幸運でビジネスクラスにUpGradeされてた。チェックインの際に何気なく座席番号を見たら12Kなので、カウンターの係員と二人で「今日はらっきいでい!」とおしゃべりした。

 

けどこれもある意味航空会社の策略である。オークランド−香港間はいつも満席になることが多く、そうすると誰かをビジネスに移動させないといけない。

 

ところが乗客の多くは家族やカップルなので彼らをUpGradeさせようと思ったら2席同時に必要出し尚且つビジネスクラスで並んで2席とか取る必要がある。

 

その点一人旅であり窓際に坐る必要のないビジネスマンは、ビジネスで席が空いてればとなりが巨体のおっさんでも問題なく移動してくれる。その上でこれで喜んでもらえれば次回もキャセイを利用してもらえるんだから一番楽チンである。

 

オークランド−香港間がいつも満席なのは元々が予約システムの問題でもある。航空会社の座席販売は実際の座席数の120%を販売する。つまり満席になれば自動的に20%程度オーバーブッキングするような仕組みなのだ。

 

それでも120%と設定しているのは、予め急な予約取り消しが頻繁に発生するから見込みで多めに予約を受けているのだ。

 

でもって実際に全員が乗り込むようになったら僕のようなお一人様をビジネスクラスに移動させる。どうせ空気を運ぶならエコノミーを一席売ってそこに坐ってた人をビジネスに移せば利益になるのだから効率的と言える。

 

割引エコノミー航空券を購入してキャセイのビジネスにしてもらい、更に運が良ければファーストクラスのシートに坐れることもある。わらしべ長者の現代版かいな。

 

オークランド-香港間は2クラスで販売しているのだが、機体のやりくりをする中で欧州路線に配備された飛行機がニュージーランド路線に来るとファーストクラスが設備されているので、ビジネス料金でファーストとなるのだ。ちなみに飯とサービスはビジネスもファーストも同じ。

 

この日の香港は大嵐の天気予報だったのが、雲が足早に香港上空を抜けたのだろう、ぼくが到着する夜の9時には星と雲が交互に夜空の中に浮かんでた。

 

本当ならこの夜に合流する予定だった日本からのお客様が急遽便名変更で翌日になったため、自由行動開始。



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2009年06月22日

安心社会と信頼社会

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池田信夫ブログの中で取り上げられていた記事のテーマ。

 

これはまさに海外で仕事をするぼくとしてはずきっとするくらい頭の中に入ってしまう理屈である。

 

 

 

長いので前後は省略するけど、池田信夫ブログ  

 

★抜粋開始

これは山岸俊男氏の一連の研究でもおなじみの定型的事実で、ゲーム理論で合理的に説明できる。日本のような安心社会では「一見さん」を仲間に入れないことが長期的関係のレントを維持する上で重要なのだ。しかしこれはネットワークを広げる上では不便なので、まず相手を信頼して取引し、裏切り者は法的に処罰するのが欧米型の信頼社会である。

★抜粋終了

 

日本で取引をしようとすると、まるで取引をしたくないのかと思わせるくらい参入障壁が高い。紹介はあるのか、取引先銀行はどこだ、日本で支店はあるのか、どんなビジネスをしているのか、挙句の果ては株主構成???

 

おいおい、そんな外見で取引が始まるようならバブル期以降の日本の大不況と超大手企業が倒産する現状は一体どういうことだ?

 

これに比べて西洋人との取引は、シビアではあるが間口が広く敷居が低い。良いものであればどんどん買ってくれる。その代わり切るときも早い。

 

日本の地方の革新的技術でも東京では採用されず、米国で最初に採用されてそれから日本に逆輸入された技術が多いのも、まさに日本の企業間の「参入障壁」である。

 

けど、ここまで学術的に言うよりも更に前段の、もっと低いレベルに今の日本企業の問題がある。それは「自分で考えて評価する能力がない」と言うことだ。

 

自分がバカでありながらバカであるという事を知らないから自分の判断が正しいと思い込む。ところがその判断の根拠と言うのは全く意味のないものであったりする。てか、かえって社会の成長を阻害するような内容であったりする。

 

その結果、折角の技術が潰されていくのが日本である。更に問題なのは「安心」と言うネットワークで繋がってしまうと、自分が相手を信用するのでそこから先相手のやることを疑わなくなる。

 

また自分がネットワークの中にいるとそれだけで「安心」だから、それ以降何の勉強もしなくなる。

 

日本の大学等まさに良い例だ。一旦中に入ればあとは努力の必要なしという組織が、日本には実に多い。

 

ところが西洋社会では転職等当然だし現場に入ってからも毎期ごとに実績を出さねば相手にされない。ビジネスを拡大する為にはリスクを取って全く見知らぬ市場に参入する必要もある。

 

けどその分新規市場の勉強もするし日常に置いても自分の知識を磨くために様々な分野の人と話をしたり本を読んだりする。

 

そうやって日頃自分を磨いているから、見ず知らずの人間が来て話をされても理解出来るだけの素地があるのだ。それが相手を信頼出来る素地なのだ。

 

こっちが何の知識もなしに相手のいう事をはいはいと聞くのは盲信であり、これは日本人の陥りやすい癖。

 

それと池田ブログの抜粋の最後の部分に書いている「裏切り者は処罰」と言う考え方も、組織を守る為には権力の行使が必要だし、権力を行使するだけの実力があるから言えることだ。もちろんこれには大前提としてキリスト教的倫理観念が必要だけどこれを書くと長くなるので省略。

 

日頃は組織の中で安住して何もせずに、さあ会社が新しいことをするぞとか外部から新しい提案があってもその意味が分からずに結局すべてを駄目にしてしまうのが最近の風潮ではないだろうか。

 

日本の場合、企業に限らず村社会でもどんな社会でも、とにかく通過儀礼のときだけきちんとすれば後は大丈夫、どうにかなるさと言う発想が強すぎる。

 

だから技術がどれだけ優れていてもこういう外部との摩擦によって成長する部分がないから、結局外部に一番美味しいところを吸い取られてしまう。

 

「存在感のない日本」と言うことばがぼくの頭の中にある。

 

安心社会が日本一国で続くなら逸れも一つの選択肢だと思う。世界が日本でしかなかった鎖国時代なら、その中で安心で生きてこれた。同じ価値観と同じ文化の中で生活できた。

けど今はもうそんな時代ではない。否が応でも門戸は開かれているのだ。

 

そんな時に恐れて萎縮して何もせずに食われて、それで周囲が悪いと批判したって誰も救ってはくれない。自分で自分を磨いて社会に向って外に向って戦っていくしかない時代なのだ。

 

かと言って再度の鎖国は今更不可能である。少なくとも経済的には利益よりも不利益の方が圧倒的に多い。それでも政府が鎖国をするとなれば、その理由は政治的安定のための人心掌握だけでしかない。政府は損はしない。何故なら鎖国で損をするのは国民だからだ。

 

自分を磨いて未知の世界に飛び出して向い傷を気にせずに突っ込むか、それともオストリッチのように目の前にある問題に眼をつぶって何もせずに砂の中に頭を突っ込むか。

 

安心社会はもう存在しないのだ、それくらいの気持ちでないと生きていけないのだ。西洋人と真っ向から立ち向かって対等の立場で仕事をしようと思えば、こちらも理論や技術や文化で武装をする必要があるのだ。

 

まあ最終的にはどちらを選んでも自己責任。ただ、後になって「あいつ、いいよな」なんて、間違っても言ってほしくない。自分が選んだ道なんだから。

 



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2009年06月21日

海底からの生還

海底からの生還 ピーター・マース

 

超簡単に言えば第二次世界大戦前夜に米国近海で沈没した潜水艦から乗員救助をする物語。

 

前半は実に良くできてる。構成のうまさ、バランスの良さ、まさに時間と共に自分がそこにいるような臨場感を与えてくれる演出である。

 

これを買う理由になった本は「脱出記」と一緒に評価されていたから。ちなみにヒマラヤの雪男はこの「脱出記」によって世界に広く紹介された。

 

海底からの生還―史上最大の潜水艦救出作戦 (海外ヒューマン・アドベンチャー・シリーズ)海底からの生還―史上最大の潜水艦救出作戦 (海外ヒューマン・アドベンチャー・シリーズ)
著者:ピーター マース
販売元:光文社
発売日:2001-08
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

でもってこの本の紹介のコラムで「これも面白いよ」って書かれてたので即amazonに注文したのだ。

 

でもって潜水艦。

 

2年ほど前にシドニーに行った時にそこに係留されている観光用の潜水艦に乗り込んだことがあるけど、ありゃあ狭いよね。

 

閉鎖された空間で撃沈されて、空気がなくなるまでじわじわと追いかぶさって来る死の恐怖。

 

時間との競争で沈没した潜水艦乗組員を救助しようとする海軍。

 

官僚的な仕組みが革命的な開発を排除するのは何時の世も同じだけど、それにめげずに自分の信念を貫いた人々。

 

潜水艦の中で少しでも生存時間を伸ばそうとする方法を考えながら救助を待つ乗組員。

 

これら関係のある人々の感情が見事に表現されており、それが過剰でないところがまた良い。

 

ただ、後半になると一気に話が変わる。

 

この潜水艦救助で有名になった人々が今度は潜水艦技術を使って太平洋で日本軍相手にウルフパックと呼ばれる潜水艦攻撃シフトを作り、これが見事功を奏して多くの日本軍輸送船を撃沈していったのだ。

 

その中には軍需品だけでなく離島に残された兵隊の食料、兵員補給に向う兵隊も乗っており、彼らはたった一発の弾を撃つ機会もないままに南洋の海に沈んだのだ。

 

もちろんこれは米国海軍の戦略の勝利である。本来なら「すげ〜な、プロの戦略家でもないのにこんな強力な攻撃力を開発して敵軍の船を次々と沈めたんだな」となる。

 

けど、ぼくにとってはあまりに近すぎた。自分の父親の従軍体験を直接聞いており、更に戦後発行された戦記などを読むと、米国海軍ウルフパックのあまりの正確無比さ、その強力なパワーに怒りさえ感じるのだ。

 

第三者ではいられない話である。これがウルフパックを仕切った潜水艦の艦長の話なら良い。彼らだって同じ海の中でリスクを取って戦ったのだから五分五分。

 

ところがこのウルフパックを作った連中と言うのは南洋の島や米国本土で毎日家族と楽しく過ごしながら敵軍の殲滅を企画して、自分はたった一歩も現場に足を踏み入れずに潜水艦戦略を指揮して多くの日本軍兵隊を南太平洋の海の中に沈めたのだ。

 

後半の太平洋戦争の話は、個人的にはかなりどこにもぶつけようのない気持ちがこみ上げてきた。こいつか!戦争だから仕方ないとは言いながら、やはり心の中の下の方ではどうしても「このやろ!」って気持ちが抜けない。

 

読み終わった今も、心の中の端っこの方にしこりがあるのが分かる。

 

上記は僕の個人的な感想であり、脱出小説とか米国のある種の戦記として冷静に読めば実によく出来た本である。

 

けど自宅の鴨居に爺さんの軍服姿の写真を飾っている、とくに九州出身の人にはあまりお勧め出来ません。「こいつか!」と思ったら、そのまま米国に爆弾落としたくなるような内容ですから。



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2009年06月20日

フィッシュ!

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北朝鮮の貨物船が米国のイージス艦に追っかけられそうだ。2年前のマカオの銀行閉鎖の時よりも今回の方が迫力あるな。すぐに軍事行動に繋がりそうな雰囲気だ。

 

かと思えばイランでは先日の総選挙で大勝利を収めた大統領に対して反対派が暴動を起こしている。

 

イランの事件はどう見ても米国との繋がりを感じるな〜。それも米国が二つに割れて、オバマ大統領を中心とする対話派と軍部などにいる強硬派がそれぞれイランに対して違う仕掛けをしているようだ。

 

そんな北半球の様子を南半球の平和な国からインターネットで眺めながら、今日もショッピングセンターで魚の値段を見たりしている。

 

流石に冬なので気温も12度と低いけど太陽が燦々と輝いているのでそれほど寒さを感じない。

 

てか、周囲の人たちがサングラスにTシャツで過ごしているからますます寒さを忘れてしまう。

 

鯛が1kgで32ドル。けどお店によって全然鮮度が違う。あるお店では鯛のフィレットの上に直接細かい氷をぶっ掛けている。あれじゃあすぐ氷が溶けて魚の身の中に染みこんで水っぽくなってしまうよ。

 

焼けば何でも同じと思っているのだろうけど。この国ではサシミ文化が入ってきたのが10年程度だし白人がサシミを食べるようになったのも最近のことだから、あまり区別がつかないのだろうけど。

 

ちなみに白身魚の味の違いを理解出来るのは日本人と韓国人だけという。ちなみにうちの奥さんは白身魚の味の違いをあまり感じないそうだ。

 

日本人だって風邪引いて鼻づまりしてる状態で白身の区別は難しいかもしれない。

 

青酸カリのアーモンドの匂いを感じることが出来るのも10人のうち半分くらいでその原因はDNAと言う話をスカーペッタ本で読んだことがある。

 

味はどうやらDNAにも関係があるのかもしれない。牛肉の脂身を有難がって「霜降り最高!」なんてのは、あれは味自体ではなく周囲が美味しいというから自分も美味しいと思い込むレベルの話だけど、魚については日本人のDNAがあるんではないかと思う。

 

日本人が普通に知識を持って普通に扱えば、今のニュージーランドの魚流通は劇的に変化するし品質は一気に向上する。

 

買い物客2今やってる真っ最中の魚プロジェクトはいよいよ第三段階に来てる。次は新流通システムを現地の水産会社に提案する。これがOKになればまず3〜4ヶ月の会社立ち入りトライアル期間を経て本格的に新流通システムを導入するようになる。

 

新流通システムには同時にMAORIの若者の雇用改善と海外輸出による外貨獲得という2面がある。

 

意外と知られていないがニュージーランドの農業の殆どはMAORIが権利を持っている。例えば日本が南太平洋でマグロを取る時にニュージーランド政府と毎年漁獲高の交渉を行うのだけど、最終決定権を持っているのはMAORIだ。彼らがOKと言わなければマグロは獲れない。

 

これは元々ワイタンギ条約に端を発する。1840年に白人とMAORIが条約を締結した際に白人側は「土地はすべてMAORIのもの、これを白人が買うことが出来る」とした。

 

ところがその条約にはLANDとPROPERTYの解釈の違いがあり、その解釈の違いを見つけ出したのが1970年代のMAORI運動の活動家である。

 

当時のMAORI活動家は大学で法律を学びMAORIの権利復活に向けた活動を行っていたが、この条約の解釈によって漁業権、伐採権などニュージーランドのPropertyMAORIのものであることが正式に裁判所で認められて、それ以降MAORI裁判所やMAORI省が設立された。

 

今回ぼくがカウンターパーティとして組んでいるのがまさにその当時の活動家やその後を継ぐ新しい世代の人々である。

 

最近はMAORIの権利が多すぎるとして既得権益を削減する方向になっているが、それでも漁業についてはMAORIの権利が100%である。

 

魚ビジネスについては最初はオークランドで技術を確定させてニュージーランド全体の水産会社で流通システムを導入していく予定。

 

けどこんなもん、日本人からすればそれほど難しくはないけどキーウィやMAORIからすれば「信じられない」となる。

 

要するに日本人のDNAに染み込んでいる魚の扱い方と美味しい魚の味と、何よりも「きれいに使う」「ていねいに使う」「もったいない」を長い間に実践してきた結果だろう。

 

魚ビジネスで新しい会社が出来ればこのビジネスモデルをベースにして漁業ファンドを組む予定。ニュージーランドに関心があって何かニュージーランドと関係を持ちたいと思う人に案内していきたい。

 

けどそれよりも何よりも、やっぱり日本人の持つ技術力の高さをキーウィに見せることが出来るほうがうれしいね。ようするに日本人でいる事がうれしい瞬間である。

 

そしてこうやってビジネスを広げていけば、そこに新たにニュージーランドにやってくる人の職場や起業の機会が作れる。これも実は大きなポイントだ。

 

魚に限らず他のビジネスも展開が始まっている。先週行われたFOOMAという展示会でも色んなネタが入ってきた。

 

日本には本当に素晴らしい技術がごろごろしているが、これをカネに替える、つまりビジネスにして利益の最大化を図るという部分が本当に弱い。てゆうか技術者によってはお金の話を「聞きたくない!」ような人もいるようだ。

 

ニュージーランドは周囲をすべて海に囲まれた、まるで日本のような島国である。獲れる魚も日本と非常に良く似ている。

 

今回の魚ビジネスで日本の技術とニュージーランドの自然の恵みが合体して雇用や経済貢献に繋がれば関係者全員にとってHAPPY! 三方一両得という当社のビジネスモデルと見事に一致してくれる。あとはいかに関係者全員に彼らに納得してくれるように説明をするか、である。

 

偉そうなこと言ってるけど、UPした写真を回転させる方法が分からない・・・。

 

 



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2009年06月19日

ゆめたまご

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 「ゆ・で・たまご!」

「ゆっ、めっ、たまご!」

  

何度教えても11歳の竜馬君の耳には夢卵となるようだ。それはそれで語呂が良いのでとくに訂正はさせてない。

 

それにしても日本語を話している僕らは一体誰に日本語の使用に関する特許使用料を払っているのだろう?

 

 

以前も何度か書いたけど、ぼくはどうしてもこの「特許」と言う考え方が好きになれない。最低限必要なものは守った上で、あとは出来る限り社会全体が有効に使えるようにするべきではないだろうか。

 

てか、技術なんて発明した人の名前を付けて「お、すげーな、お前!」と褒めるだけで充分だと思う。

 

それを囲い込んでそれをネタにして後は何もせずにじっと座り込んでいるなんて、あんまり世の中の役に立ってるとは思えないもんな。

 

それがいちいち特許の何のって言い出したら、そんなもん使わなくてもいいもんね、他に似たような技術を使うもんねとなるだけだ。

 

ディズニー商品の特許期限が来る度に米国では特許法を延長しているってのは有名な話だ。けど、そんな事にあぐらをかいて何もしなかったから後発の日本アニメに対してアメリカアニメーションは全滅したわけだ。

 

例えば大分県に行けば「りゅうきゅう」と言う食べ物がある。

 

さかなを使ったお茶漬けであるが、これなど特許は誰にも存在しないのに皆が大分名物と理解している。大分にとってはそれで充分ではないか。皆が美味い美味いと喜んでくれる、それで対価は充分であろう。

 

札幌のスープカレーが美味しいかどうか、ぼくはまだ食べたことがないので何とも言い様がないけど、あれだって誰も特許を申請していないが札幌出身と言うことで「札幌」は充分な対価を得ている。

 

あ!そんな事言えば豚骨ラーメンだってそうじゃんか!あんな美味いものを1970年代の東京の人々は「臭くて近寄りさえ出来ない」ほどに嫌ってた。

 

当時の東京では豚の骨など捨てる場所に困るような廃材であったのだ。それを食材にしたのだから、河原さん(なんでんかんでんの創始者)は特許とればよかったのにね。

 

勿論カネのかかる特許もあると思う。薬なんてその代表的な例であろう。数十億円の開発費をかけて作ってるんだから、これは特許で費用回収をしても当然だと思う。

 

 

要するにすべての特許を否定しているわけではない。ただ特許は限定的であるべきで、これがナンにでも適用されるとか何でも特許にしてやれなんて風潮は、僕の好きな考え方ではないという事。

 

そう、行き着くところは考え方の問題。ぼくは嫌いだけどそれを好きな人もいるだろうし、好きな人がたくさんいる社会ではそれがルールとして認められても良いと思う。

 

何故ならこれは人間の尊厳とかに影響を与えるようなものではないし、最終的にカネの問題なんだから、自分の技術をカネに替えたければそうすれば良い。

 

ただ、カネが欲しいくせに「自分のプライド」なんて偉そうなことは言うなと思う。カネなんでしょ、要するに。

 

間違いなく言えることは、特許を尊重するような閉鎖的な社会はそうでない社会に比べて発展が遅れるという事だ。

 

今日もりょうまくんは「ゆ、め、た、ま、ご」と言ってる。

 

日本語を作った人、ありがとです。

 



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2009年06月18日

ポスターカラー

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一昨日書いたブログだけどパンデミックで後回しになりました。

 

今日は晴れのち雨そして曇り、何でもありの冬場に移りつつあるオークランドの典型的な天気。南島のダニーデンではブラックアイスが発生しているので無用な遠出は控えるようにとのラジオアナウンスが出た。

 

懐かしい言葉「ブラックアイス」ってのは日本ではあまり馴染みがないけど、こちらではよく使われる言葉。黒いカキ氷のことではない。

 

冬場の夜や朝に気温が冷え込むと街から街を繋ぐ高速道路の崖沿いの道路の日陰部分に薄く溜まった水分が凍ってしまい、そのまま昼過ぎまで目に見えない薄い氷が張った状態が続く。

 

高速道路とは言っても日本で言う山道であるし、乗用車からでも湖の景色がよく見えるようにとの配慮なのだろう、まともなガードレールもなければ道も細い。

 

分離帯もない対面走行で互いに時速100km以上のスピードで走るから、対向車の巻き上げた小石でこっちの車のフロントガラスが割れるくらいだ。

 

こんな道が冬場になるとブラックアイスの発生する場所となる。朝方何気なく自宅を出た車が湖沿いの道を走っていったまま帰ってこないってことが起こったりする。湖に落ちているのだ。

 

ブラックアイスは名の如く真っ黒な透明で、場所も丁度日陰で、それも下り坂のコーナーとかに出てくる。朝方に太陽が出ててもブラックアイスは陰に隠れて見えないので知らない運転手はそのまま時速100km以上のスピードで突っ込んでしまい、後はスピン!

 

当然地元の人も冬場は気をつけるのだけど、誰でも最初ってことがある。だから毎年冬になると、必ず事故が起こるのだ。

 

僕も20年前のクイーンズタウン時代に経験したけど、あれはほんとに怖い。

 

当時はファーンヒルに住んでて、ある朝偶然サンシャインベイ側に降りてクイーンズタウンに向かう途中の何のことはない普通の下り坂右カーブ。

 

左側が切り立った山で右側が断崖でその下がいきなり湖と言う状況で、ぼくが当時乗ってた青い日産サニーを道路に合わせて軽く右にハンドルを切った瞬間だ。勿論それなりに注意して時速50kmくらいに落としていたのだが・・・・。

 

ブレーキを踏むヒマも、ずれた!とも感じないままにいきなりそのままの速度で車の後部が大きく左にスリップして、そのままの状態で左側の壁に激突!

 

その反動で今度は後部が思いっきり湖側に飛び出していった。「やっべ!まじやべ!」そう口の中で唱えながら、高校生の頃に小学校の土のグランドで練習して覚えてた逆ハンドルで思いっきりカウンター当てた。

 

けど長いことそんな練習もしてなかったのでつい間違ってブレーキを踏んでしまい、2車線の道路を塞ぐように横滑りを始めてそれからきゅるきゅるとスピンを繰り返す。ギアが前進に入ったまま車は後ろ向きに滑るという格好。

 

その状態でもう一回山側の壁にぶつかり、その時に何とかスピードも死んでたのだろう、ずずずって感じで車が止まり始めて、ギアを外して何とか停止した。ふ〜。

 

車は完全にぼこぼこで廃車状態だったが、不思議に体は怪我一つもなく無事だった。あの時はほんとに幸運!って思ったな〜。あれが左カーブでブラックアイスだったら確実に湖に向かってビッグダイビング、今こうやってブログを書くこともなかっただろう。

 

そんな思い出もあるブラックアイスなので、会社に向かうラジオで聞きながら「ああ、今年もまたブラックアイスの季節なんだな」と思った。

 

でもってそれが理由ではないのだけど、今日のお昼は近くの定食やさんに向かった。午後一番の会議があるので早めに昼飯を終わらせようと思って11:30にお店に入る。

 

メニューを見ながら「チキンカツ丼もいいな〜、けどこれ玉葱抜きって言わなくちゃいけないけど、料理する人が失敗したら取り返しがつかないもんな、どうしよっかな」とか「あ、カレーもいいな〜、チキンカツカレーかな、けどカレーとカツだとちょいと重いよな」とか悩む。

 

そう。僕は実は一人で料理を選ぶときは思いっきり優柔不断なのだ。

 

「こうなるとおれって怖がりで優柔不断、最低じゃん」なんて自分で思いながら、結局柔らかそうな味のフィッシュフライとカレーの組み合わせ、フィッシュカツカレーに決めた。

 

でもってコーラはいつもの如く注文。お昼にコーラ飲むなんて!と健康信者から文句言われそうだが、まあその議論をするのは今日のテーマではない。

 

今日のテーマは食後のカキ氷とポスターカラー。食後にデザートを見ていたら、そこにカキ氷と書いてる。ほんとか?

 

思わずウエイトレスのお姉さんに「すみません、これって日本の“あの”カキ氷ですか?」と聞いた。

 

すると入ったばかりの新人なのかもしれないが、「私もカキ氷知りません・・」って、君は夏の海の家に行ったことはないのか?昭和のレストランに行ったことはないのか・・・・ないだろうな、どう見ても平成レディである。

 

「キッチンに聞いてきまーす」と言われて、はいはい、待ってますよ。

 

すぐに戻ってきて嬉しそうに「はい、“あの”カキ氷です!」う〜ん、通じてるんだよ、、、ね。

 

今日の午後のアポを考える。外部向けはない。だったら舌がピンクでも良いだろうと思ってラズベリーソースを注文した。

 

しばらくすると半オープンのキッチンの向うから氷をがりがりと掻く音が始まった。

 

ほっほ〜、冷凍カキ氷ではないのですな。ほんとに氷を掻いているんだ。

 

この店も開店前の工事中から知ってる、ある意味思い出の店だ。

 

「こんな小さなカキ氷を食べながら、君を思い出しました」

 

古井戸のポスターカラーのコピー。これを書きたかったのです。



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2009年06月17日

パンデミック

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パンデミック?!

 

書こうと思っててつい他のネタがあったので流れたのだけど、先週の日曜日(14日)にりょうま君を連れてSt Lukes shopping Mallに行き War Hammer Gameのパーツの塗装教室に行った時のこと。

 

教室では子供たちがキャーキャー言いながら騒いでるけど、ごほごほ言ってるのが半分くらいいるではないか!

 

でもってりょうま君をそのまま教室に残してモールを歩いて見ると、ここでも若いオトナや子供たちがやっぱりあちこちでごほごほやってる!

 

やばくない、これって?

 

僕は年齢のせいなのか全く問題ないし、東京に行ってもシドニーに行っても問題なし。けろっとしているんだけど、確かに子供や若い年代ではかなりの影響が出てるな〜。てか、モールに来るなよって思ってた。

 

そんな矢先の昨日のニュースで、ついにオークランドの学校の一部が緊急閉校!

 

最初はオークランドの西側、ヘンダーソンあたりの話かと思ってたら、何とうちの娘が通ってたウエストレイクスまで閉鎖!おお、こりゃすんごいな。

 

そういえば今回のインフルエンザは長期にわたって続くぞ、特に今は「暑くて」大丈夫だけど、今年の冬は大流行だぞってニュースで言ってた。

 

冬?冬! 今のニュージーランドではないか!まさに今のニュージーランドは冬に突入している。てーことはこれから更にインフルエンザが広まるってことになるではないか。

 

日本からの修学旅行が大量取り消しになったけど、アレでよかったんではないか。もし強行してたら、おそらく生徒の親たちが騒ぎ出して今すぐ飛行機で帰せ!と言う緊急事態になったろうな。

 

てか、たった人口400万人で人口密度の薄いニュージーランド、オークランドだって一戸建てが殆どのこの人口140万人の街でさえこうなんだから、たしかにこれが今年の冬日本を直撃したら、大変な騒ぎになるだろうね。

 

大都市圏の学校はほぼ全て閉鎖、会社も特別な理由がない限り出社禁止、公共の場所では常にスプレー撒きっぱなしとかになるのだろう。

 

ニュージーランドはのんびりした国だしこの風邪はそれほど強力ではないから、子供からすればお休みが増えたくらいの感覚だしお父さんからすれば「よっしゃ、人のいない所に行こう、そうだ、釣りに行こう!」となるだろう。

 

けど忙しい東京ではそうはいかない。「やはり出社せねば」と言うことになる。けど、もしかしてこのインフルエンザが突然変異して致死性の高いのになったら・・・。

 

パンデミック、怖いですね。そうだ!おれも人気のいない所に行こう!スキーに行こう!あ、けど寒い所をインフルエンザが好むんだよね、これもやばし。

 

ニュージーランド、スキーシーズンが始まりました。去年以上に雪が多そうです。

 

写真はウエストレイクスの様子。



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2009年06月16日

からっぽのハコ

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成田・羽田の国際線拡大、年9800億円の経済効果 国交省試算

 

 国土交通省は12日、2010年からの成田空港と羽田空港の国際線拡大について、年9804億円の経済波及効果をもたらすとの試算をまとめた。

 

成田・羽田の国際機能拡充に関する懇談会で提示した。訪日する外国人が増え、消費などが拡大するとみている。

 

 滑走路の延長や新設で、10年から成田・羽田の国際線が増える。運用が軌道に乗る11年度には、国際線の発着回数が07年度に比べ、成田で2万回、羽田で5万回増える予定だ。

 

 その結果、訪日する外国人が年219万人、海外に渡航する日本人が年387万人増えるとみている。訪日外国人と海外渡航者の消費額は計4100億円増加すると試算した。(12 22:01)

 

 

旅行取扱額、4月は14%減 6年ぶりの落ち込み

 観光庁が12日発表した4月の主要旅行会社62社の取扱額は、前年同月比14.5%減の40929700万円だった。前年実績割れは9カ月連続。減少率はイラク戦争や重症急性呼吸器症候群(SARS)の影響などで落ち込んだ2003年6月の19.4%以来の大きさとなった。景気後退を受け、国内、海外とも落ち込んだ。

 

 海外旅行は18.4%減の14761600万円だった。マイナスは11カ月連続。消費者の旅行意欲が冷え込んでいるうえ、韓国などの近場を選ぶ人が増えているのも一因という。国内旅行は11.8%減の25624300万円で、6カ月連続のマイナス。訪日した外国人の旅行は23.2%減の543700万円だった。(12日 17:36)

★抜粋終了

 

両方とも同日の日経の記事。空港を作れば客が増えるのか?現実に旅行業では次々と対前年を割るような危機的状況なのに、ハコを広げただけでどうにかなるわけ、ないじゃん。

 

羽田と成田の関係も明確ではない。今後の国際線をどう扱うかが不明なまま、中部や関空、成田で減便が続いている。

 

日本とニュージーランドの路線も、多いときは福岡・関空・中部・成田とあったのに、福岡と中部は完全に廃止、関空は大幅間引き、成田も間引きと機材の小型化と、要するに役所の言ってる事と正反対のことが現実には起こっているわけだ。

 

これは別にニュージーランド路線だけではなく、豪州線も同じだ。日本向けの格安路線が運行停止になったりと、とにかく旅行・航空業界では良い話がない。

 

また国内地方路線は近くに二つも空港があるのに3つ目を作った神戸空港や、中部でも羽田でも成田でも使えるのに静岡空港のように黒字化の目処もないままに作られたりしてる。けどその赤字は結局税金で賄われるのだ。

 

地方のいう事は決まっている。「地域住民の要請だし利便の為に必要だ」

 

だったら極端な話、一家に一つ空港作れというようなものだ。でもそんな事出来るわけがない。

 

だから日本を全体的に見て最適な場所に置くのが空港行政だし、その為に不便になる地方には我慢してもらうしかない。その代わり貴方たちには空港の騒音に悩まされなくても良いという利点もある。

 

だいいち、神戸にしても佐賀空港にしても、誰が使いたいと思うのか?要するに土建利権などと同じで、本当の意味での地域住民の意思は生かされていない。一部の声の大きい人間に行政が負けて便宜供与をしているようなものだ。けど何度も言うがそれは国民や地域住民の税金で賄っているのだ。

 

大事なことは、飛んで行く先(目的地)が高い運賃を払うだけの価値があるのかどうかって事。空港がきれいだからと飛行機に乗るのは航空マニアだけだし、中部国際空港に風呂があるからって、高い駐車料金を払って風呂に入る奴はいない。

 

中部国際空港が出来たのはトヨタがあるからだ。全日空の中国路線がここ数年好景気だったのも、日本と中国の取引が広がったからだ。

 

一つまたは二つの点に魅力があるときに、それを結ぶ線が出来る。線が先ではない。

 

勿論東京には世界的な魅力がある。では国民的視点から見て何故最初から羽田一本で拡張しなかったか?または霞ヶ関を再利用する方法もあった。そこに利便よりも利権のみを考えた千葉県出身の自民党の政治屋の利権が絡んだから山の中の田んぼを潰して成田空港が出来て、そこで野菜を売っているという奇妙な景色が出てくるのだ。

 

だから何をやるにしても折角民間がまともな感覚でやろうとしている時に政治が出てきて変な方向になるのが日本の問題点であり、空港に限ったことではない。

 

航空業界は以前は完全規制業界であり、国際線はJAL、国内幹線はANA、国内地方線はTDA(東亜国内航空)と割り振られていた。

 

当時は航空行政も政治家の票田に利用されていたから、田舎の議員が風呂敷抱えて霞ヶ関にやって来て「おらが村に空港作ってくんろ」となり、政治家は票が欲しいので運輸省を恫喝する。

 

それで赤字路線を抱えるのは航空会社だけど、彼らだって独占している幹線で利益を出して赤字の地方路線を支える方式が続いてきた。

 

もし本当に赤字が膨らめば、そこは幹線運賃の値上げを運輸省がやってくれるのだからこんなうまい商売はないね。

 

ところが世界は航空自由化への道を歩む。そうなるとお役所体質のJALは真っ先に大赤字を出して組合問題も発生して、遂にはTDAと合併したり路線撤退したりと、あっという間に鶴のマークは世界でその存在感を失った。

 

航空自由化になるとどこの航空会社も利益を出さないといけないから、今度は地方の赤字路線をばさばさと切り捨てていき、地域住民の要請なんて本音では何も考えてないのがよく分かる。

 

航空会社の人間からすれば、地方出身の「おらが村にカネを持ってきてくれる政治家」に頭を下げて赤字路線を作ってれば政治家に気に入られて出世するような気楽な航空会社勤めが可能だったから、自分の腹が痛むわけでもないので路線を作り、航空自由化で利益が問題になれば今度は赤字路線の住民なんてどうでもいいからバンバンと路線を叩ききる。

 

そうしないと自分の首がバンバンと飛ぶからね。結局役人体質の航空会社は役人の延長的な存在であり、世界の航空行政の中で日本がどうあるべきかなんて話が出るわけもない。

 

ゼロ戦結局国家としての大局観が全く存在しないのが日本の航空行政。てか、昔の国鉄も同じで、政治家が地図の上に線を引くとそこに線路が出来たってのは有名な話。

 

要するに誰も彼も国家の話はせずに、自分の目先の話だけで終わっている。だって国家が鎖国状態であれば最大のパイは国家であり、だからその中で利権を獲ればよかった。

 

けど国境がなくなり世界が最大のパイとなった現在、日本は世界によって食われ始めている。

 

国策アジアハブ空港として香港、シンガポールなど東南アジアの大手空港が次々とサービスを増やして利便性を追求して拡張を続けている。彼らはすでに世界の国境がなくなったことを理解しており、ハブになることで利用客を大幅に増やせる。

 

けどハブの端っこのスポークになってしまえば成田はアジア地域の端っこの一空港としての扱いしかなくなり、成田で乗り継ぐのはリムジンバスかJR、行き着く先はおらが村と言うことになる。そんな空港、誰が使う?

 

少子化や格差が進み若者が海外に興味を持たなくなり毎日の生活にしか眼が行かない現状で、これから先を見ても乗客が増えるような明るい未来はない。

 

戦前戦中にわたってパイロットだった人々が民間航空会社に再就職していう事の一つに「戦前の空港の方が使いやすい。風の流れや地形をよく考えてた」と言う。そりゃそうだ、今よりは利権よりも国益が優先していた時代だったからだ。

 

中島飛行機また戦前の日本ではゼロ戦など名機があったが、戦後日本の航空機製造産業は米国によって徹底的に潰されて、やっと最近になって小型ジェット開発が出来るようになったという屈辱的な事実も有名な話である。

 

 

航空会社、旅行産業、ともに50年に1度の変化である。ここで道を過てば、確実に業界は崩壊して、世界中から「うまいように食い物にされる」だけだ。

 

「成田は東アジアの地方の不便な空港で東京にも遠いし海外にも都合の良い乗継便がなくて不便なんだよね、だから会議は香港でやろう」となる時代は、もう来ている。



tom_eastwind at 11:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌  | 日本ニュース

2009年06月15日

ワークビザ

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★NZdaisukiより

 

ワークビザ取得がますます難しくなる?

 労働省が、ビザ取得に関係する Immidiate Skill Shortage List (ISSL)から615日より44の職種を削除することを決定した。

 その他87の職種は残されることとなるがその後も見直しを随時行っていく。

 今回は深刻さを増す失業率の高さから、より多くのニュージーランド人に仕事獲得を最優先させるため、Shortage List の中でもスキルの高さをあまり必要としないと判断した職種をリストから外したという。
 
 リストから外されたからとはいえ、雇用者はリストに載っていないスキルを持った海外からの就労者達を雇ってはいけないわけではない。

 実際に労働市場を調査した上で、現地では見つからなかったと移民局が判断した場合に限り、労働ビザが許可されることとなる。

社会   2009614

     終了

 

この記事の読み方。書いてることはすべて事実ですね。ニュージーランドでの失業率が高まれば、どんな国でも労働移民政策は変更するでしょう。

 

けど、さてここで考えて見よう労働移民政策。これって結局、ある一つの国が健全な労働力を得ようとして行う「こっちの水は甘いよ」的政策。

 

労働ビザと移民ビザの違いは、外国人を短期の労働者と見るか、つまりいずれは自国に戻る人々と考えるか、それともいずれは自国の生活者になる人と考えるかの違い。

 

日本ではまだこのあたりの区別が明確ではないし、だからこそ日本に住む外国人、特にブラジルからの労働移民に対して行政と市民の理解の違いが大きい気がする。

 

日本は純血主義が長く、移民慣れしていない国だからそりゃ仕方ない。

 

ニュージーランドの今回の決定は何もすべてのワークビザ希望者のドアを閉めたわけではなく、また能力のある人間のドアを閉めたわけではない。

 

このあたり、日本に住んでいる限り「さじ加減」の理解は難しいと思う。

 

今日もアグリビジネスで地元先住民であるMAORIと会議を持った。2時間近く、何か近い言葉で喋ってるようではあるが、彼らは白人の更に向うにいるって感じ。

 

彼らと喋っていると、「ビザ?おう、いつでもOKだ!」である。

 

この国は日本の田舎と同じで、法律を越えたところにいくらでも判断の要素がある。問題はそこに手を突っ込んで正しいボタンを押せるかどうかだ。

 

今月末にはもう少し上まで行く予定。そうなれば当社がやっているビジネスのほかの部門にも大きな影響が出せそうだ。

 

ただ言えること。ワークビザは、能力がない人間には出せないけど、この「能力」の内容について日本人が一般的に考える要素とキーウィが考える要素は全く違うってこと。

 

どこの国でも同じだけど、紙に書いてある法律や文章だけでは理解出来ないのがNZなのも事実である。



tom_eastwind at 20:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌  | 移住相談

2009年06月14日

馬で走りながら花を観る、馬を下りて花を観る

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馬で走りながら花を観る、馬を下りて花を観る。

 

元々は中国の諺だったと聞いてる。それを誰かが日本語に翻訳して、その本を偶然読んだ僕の頭の中に残っていた。トウショウヘイだったか?

 

 

日本とシドニーの出張の間が短かったので、頭の中ではこの3週間が一本の棒線のように繋がっている。

 

馬で走りながら花を観る。これは出張中の印象。会社全体を見回すには丁度良いのだが、移動や会議やなんやかやが一つに固まってて、分解してゆっくり見るヒマがない。

 

とにかく一つの事を落ち着いて考える暇がない。出張だから仕方ないのだけど、全体像は見えてもその細部をどうするかと考えてられない。

 

そう言えばオフロードラリーとかは一台の車に二人が乗り込んでいる。一人は運転に専念してもう一人はナビゲーションをするって奴。

 

子供の頃は何故二人必要なのか分からなかったけど、出張も同じで一人で全部管理しながら準備、面談、その後のまとめ等など、出来る人には良いのだろうが僕の場合どう見ても効率的に悪い。

 

つまり移動中に細かいことをいちいち聞かれても応えるだけの準備もなければ余裕もないし状況の把握は出来ないのだ。

 

もうこうなると、下手に連絡を取るのが弊害になる。こっちは何しろ馬に乗って走っている最中なのに、野辺に咲いてるちっちゃな花の育て方を聞かれても、応えてるヒマもない。

 

今回のシドニー出張が終了して何かの弾みで頭のスイッチが切り替わると「馬から下りた」状態になり、細かいものが見えてくる。この弾みって、ほんとに何が弾みになるか分からない。機内でEDカードを記入した瞬間?飛行機を降りた瞬間?空港ターミナルを出た瞬間?毎回違う。

 

けど、切り替わった瞬間、それまでピンクと思ってた花が赤かったりしているのが分かる。全体図が細部まで見えてくる。

 

今回はそうやって改めて細部を見ると「ナンじゃ!」と言う状態。こりゃ当面は自分で全部仕切っていかんとやばいな。

 

これから先一月くらいは長期出張の予定はないので会社内部で腰を据えて、まだ手付かずの案件や、ずれが発生している分を訂正する作業だ。



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2009年06月13日

世界恐慌という仕組みを操るロックフェラー

世界恐慌という仕組みを操るロックフェラー (5次元文庫)世界恐慌という仕組みを操るロックフェラー (5次元文庫)
著者:菊川 征司
販売元:徳間書店
発売日:2009-02
おすすめ度:4.5
クチコミを見る

世の中にはトンデモ話ってのがあって、例えば月の裏側には宇宙人がいるとか、アポロは月に着陸していないとかである。

 

ましてや今日のニュースでは北陸地方におたまじゃくしや小魚が降って来ただって。鳥が咥えていた小魚を何かの拍子で落としたとか竜巻とか色々語られているが、空想や推測だけでよければ僕だっていえる。「ありゃあエイリアンですぜ」

 

所詮ほんとかどうかは僕には分からないし手元に資料もないんだからあんまり考えても仕方ない。何せ直接僕の毎日の生活に影響が出るわけではないからだ。おたまじゃくしがオークランドに降ったわけでもなく、降ったとしても生活に影響は出ない。

 

ところがそれを調べる為に一日のうち3時間くらい使ったりすると、その方が被害が大きい。それだけあれば本も読めるし持ち帰りの仕事も出来るし映画も観れるからだ。

 

だから餅は餅や、ある程度はその担当者にお任せするしかない。ただこっちはどんな答が出てもそれを無定見に受け入れることはせず、その後に出てきた「トンでも話」でも、それなりに筋が通っていれば頭の中に入れておけば良いと思う。

 

そこで何が正解かを追い詰める必要はないのだ。両方とも頭の中に入れておいて忘れないようにすれば良いだけだ。

 

勿論月の裏側の宇宙人が地球を攻めてきたりすればこりゃ一大事だけど、それを言い出せば飛行機の中でインフルエンザに罹る可能性だってあるしハーバーブリッジを渡っている時に橋が落ちるかもしれん。

 

だから一定以上の距離があるものに対しては、それが真実かどうかを追究する手間隙よりも、その事については事実かどうかは何も考えず、それよりも目前で次々と出てくる問題処理をした方が費用対効果が良いという事。

 

けど今回読んだ本、ロスチャイルドとロックフェラーが金融を利用して世界を乗っ取るとか、共産主義は金融資本家が作り出したとかは、これはかなり現実に近い話だと思う。

 

てか、ユダヤの陰謀なんて言うと大げさだけど、ユダヤではなくてある一部の理想主義者がその持てる力を利用して世界を平和にしようとしているという話なら、これはかなり現実に近いのではないかと思う。

 

こういう本は以前は発禁処分だったのだが、最近は少し緩くなってきたのかな、本屋にヒラ積みにされている。

 

内容はかなり濃厚であり、それなりの予備知識がないと読んでも意味が分からないまま「そんなんあるわけないじゃん!」で終わってしまいそうな話。

 

問題は陰謀説を語る人がわざと派手に大騒ぎしてヒステリックにやることで、かえって一般の人々の信用を失う行動を取っているという事。

 

そう考えれば、ヒステリックにやってる人間の背景にどこからお金が来ているのか、思わず考えて見たくなる。

 

真珠湾攻撃が米国の陰謀だったと書けば極端だけど、当時戦争に参加したかった米国が口実を作るために日本の連合艦隊の動きを知っていたにも関わらずわざと「知らんふり」をしてハワイの太平洋艦隊に攻撃を受けさせてから太平洋戦争を開始したとなれば、これは真実っぽくなる。

 

9・11も同じで、あのビルの倒れ方を見ればどう見てもプロが爆薬で破壊したとしか思えない。それも周囲のビルに影響を与えないようにした破壊方法。

 

これだって、米国のある組織が仕掛けたとか言ったら「トンでもネタ」になるけど、中東の連中が仕掛けるのを知ってて無視したか、または彼らに爆薬を提供した、くらいなら何となく「そうかも」と思ったりする。

 

さてさて何が真実やらである。

 

けどこんな内容ならどうだろう。かなり検証可能な事件である。

 

★引用開始

昭和30年7月28日、林間学校のような形で三重県津市の海岸の海岸を訪れ、その海で泳いでいた中学生たちが突然、集団で溺れ死ぬという事件が発生した。

この時の死亡者は36名。普通に水泳を楽しんでいた、この中学生たちに一体何が起こったのか・・。かろうじて生き残った生徒の話を聞くと、例えばある生徒はこう証言している。



「私が泳いでいると、突然友達のAさんが、〇〇さん、あれ見て!と叫び声を上げました。彼女の指さした方向を見ると、同級生たちが次々と海の中に引きずり込まれていってました。そして波の上には何か黒い人間たちの集団がひたひたとこちらに迫ってきていました。

その黒い人間たちの集団はどんどん私の方にも近づいてきて・・・よく見るとそれは防空頭巾をかぶった大勢の女の人たちだったのです。その人たちは泳ぐというより波の上を移動しているといった感じで・・あっ・・と思っと瞬間、いきなり私も誰かに足を引っ張られて海の中に引きずり込まれました。

海の中で薄れていく意識の中で、私は足をつかんで放さない、無表情な防空頭巾の女の人をはっきりと見たのです。」



この生徒を含めてこの時助かったのは9名。なんとかこの生徒は助かったものの、その後肺炎を併発して30日間入院することになった。入院している最中も彼女は「亡霊が来る・・亡霊が来る・・。」とうわごとのように言い続けたという。

ここで昔、この地に何があったのかを調べてみると・・・、この事件のちょうど10年前の昭和20年7月28日の終戦間際、B29の大編隊が津市上空を襲い、実に250名もの死者を出していることが分かった。この時、死体の大半はこの海岸の砂浜に埋められていたのだ。

 

★引用終了

 

ロスチャイルドと海辺の亡霊、さあ、どっちが怖い?!

 

 



tom_eastwind at 12:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌  | 最近読んだ本 

2009年06月12日

シドニーの夜2日目

二日目の今晩の食事もまた一人。珍しいな、ここまでオーガナイズに失敗するのは。

 

予め予約しておいたシドニーで行きつけのお寿司屋さんにお邪魔する。ここの料理は間違いなく美味い。有名な漫画原作家も絶賛するほどの出来のよさ。

 

ビールで口を湿らせながらいろんな話を聞くのだけど、最近はお客さんが減っているそうだ。聞けば居酒屋に客が流れているとの事。

 

おいおい、客層が違うでしょう。

 

けど結局市場の変化だ。美味しいものを少々高くても食べる客層が減り、ほどほどの居酒屋料理を安く楽しむのが今のシドニーの日本食の流れのようだ。

 

シドニーに限らず今の世界はどこも縮んでいく市場であり、安売りが幅を利かせている。それはそれで戦略として当然なのだけど、でも今の状態では本当の食文化が壊れてしまうぞ。

 

結局シドニーの日本食はあだ花、根付かないのかな。

 

BlogPaint杉板焼きと言う料理は日本でもあまり食べる機会がない。薄い杉の板の間に白身のムツを挟んで焼いてくれるのだけど、これがまた絶品。

 

見事な火の通り具合と味、そして眼で楽しむ和食という要素も兼ね備えている、実に素晴らしい料理だ。

 

 

けど周りを見渡すと、たしかに週最初と言うこともあるのだろうけど、お客様の入りもあまり良くない。

 

食文化ってのは、それを支えるお客がいてこそ初めて成立する。なのに食べるほうが値段や量ばかりこだわっていたのでは文化が育つわけがない。

 

この日はおまかせで作ってもらったのだけど、とにかくお客を見ながら料理を出してくれるから、料理の出すタイミングも非常に良い。料理の減り具合を見ながら次の料理にかかると言った具合だ。

 

BlogPaintあわび。これも素晴らしい。他にも小鉢がどれも気が利いてる。本当に楽しくなる。料理って、人を楽しませてなんぼだよね。財布の中身が気になるならスーパーで食材を買って自宅で料理すれば良い。

 

3年前にこの店で一緒に食事をしたお客様の最近の話を聞いたりすると、やっぱり諸行無常の響きあり、ですね。

 

豪州はますますビザが厳しくなっているようだ。豪州の技能移民は本当に卓越した技術がないと取得出来ない。NZとは随分違う。

 

ビジネスを興すにしても昔のように「よっしゃ一旗!」的なノリではなく、どちらかと言うと日本の企業が市場調査をやってきちんと出てくる、そんな「硬い市場」になってきた気がする。

 

街は昔に比べて人が世知辛くなっているし、世の中、変わっているんだね。

 

やっぱり現地に行って現地の情報を直接聞き込まないと分からないことがたくさんある。

 

お店のオーナーから古い人の話を聞く。あの時は元気良かったのにな、あの人。

 

けど、自分もそうならないように平常心を忘れずに同時に常に変化して新しい商材を見つけていかねば。再度心に深く刻んだ夜。ほんと、時代はジェットコースターだ。

 

途中から日本酒に切り替える。僕は寿司とワインの組み合わせはそれほど好きではない。酢飯の中にあるモノと日本酒の中にあるモノは合うんだけど、ワインの場合は何だかそこが喧嘩をしているようだ。

 

二日目の夜は昼間の仕事がわりかし円滑に回ったこともあり、ゆっくりと寿司を楽しんでリラックスしてホテルに帰り、ぐっすりと眠れた。ヘンなのは出てきませんでした。

 

さ、明日からまた頑張ろう。



tom_eastwind at 22:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌 

2009年06月11日

シドニー初日の夜

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シドニー初日の夜は、何てか恐怖で終わった。

 

ここ、怖いんだよね、一人で寝るのは。

 

酔っ払ってたらすぐに寝付いて朝までぐっすりなんだけど、あまり飲まないままにだだっ広い部屋に一人でごろりとなっていると、どうしても周囲の音が気になる。

 

時々ぎーって音がしたり、ドアのほうからばん!って音がしたりすると、その場で心臓がどきん!とする。

 

そう、実は僕は怖がりなのだ。

 

おまけにこの夜に泊まった部屋は広くて運動会できるほどだし、場所がシドニー発祥の地マーティンプレイスだから、たぶんこの時計台の建物の地下では色んな事件があったんだろうな・・・そんな事を考え始めると、やっばし!

 

そのうち半分くらい眠り込む睡眠が始まり、夢と現実の区別がつかなくなる。

 

時計台SYD・・おおお、そうか、昔のシドニーってこうだったのか。なんか色んな人が歩き回ってるのが見えてくる。

 

おお、そうか、時計台の歴史って、かなり暗い過去を背負ってるんだね〜。

 

写真は部屋から見える時計台。くら。

 

ホテルから歩いて数分のところには歴史博物館もあるけど、飾っているのは刑務所内で作った自家製ナイフとか大不況で食べるものもない人々の写真とか。悪趣味、てか当時の犯罪人の扱い、酷かった。

 

真っ暗な部屋の中で突然耳元で「HI!」と大きな声をかけられる。どき!!!けど周囲には誰もいない。どきき!!!

 

ベッドルームとバスルームがすりガラスで繋がっているんだけど、そこからぼやっとした光が漏れてくる。動く。ぼや〜っと、動く。あああ、寝る前にちゃんと電気消してカーテンしておけばよかったな〜と思うけど、もう遅い。

 

オークランドでもなんか怪しい雰囲気の場所が数箇所あるけど、シドニーも半端じゃないっすね。

 

そんなこんなで初日の夜は、朝方までまんじりともせずにベッドの毛布をかけたり脱いだり繰り返しながら、シャツは汗でぐっしょりして結局6時くらいにはベッドから出てしまった。

 

出張はいいんだけどさ、ホテルに一人で泊まるってのは、場所によってはこりゃ辛い作業ですな。そういえばクライストチャーチのホテルでも何度か経験したな、これ。

 

結局シャワーを浴びて朝飯は抜き、緑茶だけで済ませてから仕事を始めて今日訪問予定のお客様のオフィスへ。

 

このお客様、最初にお会いしてもう8年くらい経つんだよね。現場をよく知っている人々で、話をしてても彼らはシドニーと現場を見ているから、ほっとする。ついでにお昼ご飯までご馳走になる。

 

食事の間は最近のニュージーランド市場の話とか、旅ネタを提供する。喜んでくれる話なら何でもお話OKでっせ。滑らない話なら得意。特に旅ネタ。けど、さすがに昨夜の「眠れない話」は出来なかったな、あはは。

 

 



tom_eastwind at 19:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌 

2009年06月10日

一人飯

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シドニー出張では事前の手配不足?と認識不足で、初日の月曜日が祝日と知らず、ホテルに入ってから初めて「あれ?今日の飯どうしょ?」となった。

 

夕方ホテルに入り一風呂浴びたらもう夜の8時過ぎだ。ホテルのバーに行くと閑散としているし、フロントに人気もない。白人は休日に出張入れないもんなとか思いながら、洋食は胃に重いし仕方ないのでインターネットで和食を検索すると、中華街のど真ん中にある居酒屋が開いてた。

 

夜の9時に電話して「あの、一人は入れますか?」と聞くと電話機の向こう側で忙しそうなお店の雰囲気が伝わりながら「あ〜、えっとですね、そうですね、ちっちゃいテーブルなら何とか〜」。

 

別にテーブルを食うわけではないので「はい、問題ないですよ、こちらの〜」と名前を言おうとしたら、相手はもう電話を切る勢いだ。名前聞こうよ。

 

ホテルの玄関でベルボーイに住所を見せて「この住所が分かるタクシーに乗せてくれ」と言うと、上品な言い方ではあるが「誰でも知ってる、問題ないし」だった。

 

あ〜あ、”nothing worries in Sydney Syndrome “ だ。パンデミック対策よりもシドニーのNoWorries対策をやってもらいたいよと思う。

 

タクシーに乗り込むと案の定、よく太った老人運転手が口の中をもごもご言わせながら「こんなとこ知らん」である。

 

とにかく中華街の近くなのでそこまで行ってもらうけど、案の定ダーリングハーバーの橋の近くで立ち往生。どっち行っていいか分からんな。住所は合ってるけどどうみてもここは道路とビルしかない。

 

このおじいさん多分移民一世なんだろうけど、英語が思い切り聞き取りにくい。訛り以前に、口をもごもごしかしないから、口から単語が出てきません。

 

なのにいかも「お前は英語が分からんのか?」みたいな態度である。道が分からないのがまるで僕の英語力問題だ、みたいな。

 

全くな〜、ほんと、この街には優しさってもんがないよね。皆が生きていくのに一生懸命でいるのは分かるけど、「優しくなければ生きる資格はない」って言ったのはフィリップマーロウですぜ。

 

大体のところまで来たと思ったら、そこでタクシーを止めてもらい、13ドルのメーターに対して20ドル出して「おつりはいいですよ」と言うと嬉しそうにもごもごさせながら、タクシーから降りた僕に対して一生懸命手を振って「店はあっちの方だ」と示している。知らんくせに。

 

結局5分ほど歩いて店を発見。なんっじゃ、これは中華街の端っこの商店街ではないか。この時間でもどこの店も込み合っており、中華街独特の香りが周囲に漂う。

 

最近はシドニーでも居酒屋が流行していて、手頃な値段で和食が食えるってんで中国人や韓国人の若者に人気がある。

 

全部で70席程度のお店は確かに込んでて、たった一つ空いてたキッチンの横の二人掛けの椅子に案内された。その時はまだ他のウエイトレスがテーブルを一生懸命拭いてた。

 

うむうむ、繁盛は良い事。

 

礼儀正しいウエイターのお兄さん、きちんと目が行き届いてますね。一人で飯を食う僕はヒマなのだ、だからお酒や料理はさっさと出しましょうって雰囲気が伝わってくる。

 

ウエイトレスのお姉さんたちもワーホリなんだろうけど、かなりしっかりしてお客を観ている。一人だけ天然さんがいたけどね。たぶんこの子だろうな僕の電話取ったのは。

 

そうそう、最近のワーホリ市場においては思いっきり変化が起きている。

 

ニュージーランドにおいて一昔前はワーホリと言えば独立起業の第一歩、ここ5年くらい前まででも真面目で良く働く人々が中心であった。

 

ところがここ2年くらいでワーホリ層が大きく変化している。まず働く人が少ない。それは雇用する側の労働条件云々ではなく、最初から働く気がないのだ。

 

また観光ビザ代わりにワーホリビザを取得して半年くらいで帰国してしまうのだから、何のために来たのやら。あ、観光か。

 

5年ほど前までは実はオーストラリアのワーホリが「やる気ない系」の集まる場所だった。ゴールドコーストに行くと毎日だらだらとして働かずに、どうやって保険金詐欺をやるかとか、どこならマリファナを吸えるかとか、そんなことだった。

 

ところが今シドニーに来て見ると、昔NZにいたようなワーホリが多い。30歳手前で何かを掴みたいと考えている女性が豪州にやってきて頑張っている。ほんっと、一昔前とは様変わりだ。

 

居酒屋メニューは手頃な値段で、周囲はアジアのあちこちから集まってきた人たちの賑やかな声。

 

豚の耳、ミミガーとホッケ、牛タンを注文して料理が来るまで周囲を見渡す。てか一人飯なので他にすることもない。

 

すると結構普通の日本人社会人が混じっているのが分かる。日本のどこの居酒屋でもあるような飲み会である。

 

「わたしはね〜、こう思うのよ!あなたどうよ!」なかなか声高におしゃべりをしている女性グループ。

 

「くしゃみが止まんないっすよ、ハクション!」こら、そこの男出入り禁止だぞ。豚インフルに罹ってるんじゃね〜か。

 

料理が出てきたが、ここらあたりからdandan雰囲気が変わってくる。

 

というのが、ミミガーはどう見てもついさっき業務用の袋から取り出しましたって状態の、全く味付けも何もない、でれーんと伸びた状態。お味は醤油か塩かと聞かれたので塩と応えておいたら、この塩が完全に塩化ナトリウム。こんなしょっぱカライものをよく出すな。

 

次に出てきた牛タンだけど、あの〜、丸々焦げてるんですけど。おまけに分厚いし完全に表面が乾ききってて、こりゃゴム草履ですよ。

 

でもってホッケ。勿論新鮮なのがあるわけない、冷凍で輸入したんだろう。けど、解凍して焼くときにもうちっと味付けとか出来ないか?「そのまま」のホッケは思いっきり水っぽい。それに魚のドリップが真ん中あたりに溜まってて、これが臭い。

 

贅沢は言うもんじゃないと思いながら、端っこのほうをちびちびと齧る。

 

でもって最後に白いご飯を注文した。これがないと魚が喉を通りそうもないからだ。けど出てきたご飯、明らかに前回炊いて乾き切ってごっちんになった状態の上に温かいご飯を乗せましたよね。

 

せっかくのサービスと雰囲気なのに料理がぶち壊しだよね〜とか思いながら周囲を見てると、およよ、キッチンからシェフらしき中年の人が出てきた。仕事中に金のネックレスやサングラスは不要でしょうと思うのはぼくだけか。

 

とか思ってたら何といきなり知り合いを見つけたようで、「おう、今日はお休みかい、じゃあこっちで飲もうぜ」と自分でビールを持ってきて僕のすぐ後ろのテーブルに座り込んだ。

 

へ〜、この店はキッチンのシェフがフロアに出てきてビール飲んでお客さんの女性グループときゃーきゃー騒げるんですね、ずいぶん伸びやかな雰囲気ですね。

 

けど面白いことに、フロアのウエイターは出来るだけシェフと眼が合わないようにしているし、シェフを見つめている僕に済まなさそうな顔をしている。君の責任ではないよね。

 

料理は結局半分も食べれずだったけど、まあそれなりにお腹も一杯になったのでお勘定を頼む。

 

するとそれまでも気を使ってくれてたウエイトレスさん、「お料理、大丈夫ですか?」と声をかけたりしてくれてたのだけど、こっちの食べ残しを見て「ほんとうによろしかったですか?問題ございませんでしたか?」とか済まなさそうな声になる。

 

いやいや、貴方たちの問題ではないですよご心配なく。ただ料理を作ってる人があれじゃあ、どうなのかな。まあ居酒屋であるしお客も外国人が多いのだからこの程度でOKなんだろうけどね。

 

結局お勘定を終わらせたのが10時過ぎだったけど、その時間でも次から次にお客が入っており、これは立派な繁盛店。

 

家賃高いんだろうけど、これだけ市場があればいいよね。帰路はチャイナタウンの端っこまで歩いてタクシーを拾って戻った。すると今回の運転手さんは中東系だったけど、ホテルの場所を知ってるのがとても嬉しいのだろう、「オレは知ってるぞ!」と何度も何度も繰り返していた。

 

オークランドで生活をしているとシドニーで生きていくのが辛いと感じた瞬間だった。早く寝ようっと。

 

 

 

 

 

 



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