2018年05月26日

ビーンボール

それにしても北朝鮮、情けない限りである。中国に振り回されトランプにビーンボールぶつけられ、挙げ句に韓国にまた相談に行く。

 

言葉は言霊である。今まで思いっきり「米国を火の海にする!」とか罵詈雑言を吐いてたのに、米国が「じゃあ話すか?」と言うと飛びついて来た。

 

中国にも相談したら習近平が「えーんでねえの?」となった。

 

おっしゃ、これで金正恩体制さえ守れれば使えない核爆弾よりも安心である。

 

ところが習近平が何を思ったのか再度金正恩を大連に呼び出した。そして何かを吹き込んだ。これがまずかった。その後北朝鮮は急激に強気な発言をするようになった。「会いたいのはそちらでしょ」。

 

トランプは政治にはド素人だがビジネスではプロフェッショナルだ。世界中で修羅場をくぐり抜けてきた男である。

 

通常の国際政治では一度決めた国同士の約束、つまり6月のシンガポールでの国際会議を突如取りやめなんてのは非常識であり得ない話であるがトランプは政治家ではなくビジネスマンだ。

 

中国と北朝鮮の間でなにかやったな、そう感じた彼は直感的に北朝鮮に対してビーンボール、つまり「会議、やらん」とぶつけてきた。更に「うちの核爆弾は数も性能もおたくよりよいからね」とやった。

 

ここで北朝鮮はびっくりした。今までは外交で勝っていると思って偉そうなこと言ってたのに、いきなり自分の頭にビーンボールをぶつけられたのだ。

 

そこで態度を変えて「まあまあ旦那、そんな怒らずにさ、座敷に戻ってよ〜」となった。

 

だったら最初から大口を叩かなければよい。口から出た言葉は約束でもある。その意味を米国人は明確に理解している。

 

“My word is my bond” 「私の言葉は私の約束である」大英帝国時代から続く紳士の言葉である。

 

それに対して北朝鮮は「約束はしたけれど守るとは言ってない」と言う国だ。

 

つまり今回の米朝交渉は政治の世界から外れて荒野の決闘になっている。そうなると米国のほうが強い。持っている手玉が多いからだ。

 

米朝交渉がどうなるか、ニュージーランドから高みの見物である。



tom_eastwind at 07:03|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月25日

働き方改革法案

以前も書いたが野党が問題視している「高度プロフェッショナル」、いわゆる高プロは年収制度であり本当に高度な能力がある人が採用されて(または社内で昇進して)一定期間一定の能力を発したら何時でも次の会社に行ける仕組みである。

 

ところが野党が言ってるのは一般労働者に高プロが適用されるってことだ。高プロには一定の制限があり、その制限が緩まないようにすればよいだけだ。

 

法案は全体としてまともな事を提案しており21世紀の働き方に合わせようとしている。自分たち野党が制限が緩むことを止められないのを前提にしているのであれば、弱虫か馬鹿だ。

 

また労働者は高プロが嫌ならその会社を辞めればよいだけだ。

 

何?辞めても次の会社に行くだけの専門能力がない?その会社の内部のことしか学んでないから世間では通用しないことだけは分かっているのか。

 

ならば何故今まで自分の労働価値を高める努力をしなかったか?何故学校に居る時にもっと勉強しなかったのか?

 

例えばぼくが香港で生活をしていた頃、若い人々は転職するとすぐに夜間学校に通い新しい資格を学んだ。それは次に転職するための準備なのだ。会社を5時過ぎに終われば軽く夕食を食べて夜間学校に通い自宅に戻るのは夜10時過ぎが普通だった。

 

日頃自分を高める努力をせずに制度が変更になったら「おれ、どうなるの?」ってのは通らんでしょ。

 

てかこの制度導入で衆院で野党が大騒ぎして過労死遺族が傍聴席で涙を流して「何で数の力だけで・・・」と言っても圧倒的少数の野党は離合集散を繰り返して完璧に国民の信頼を失い、それに比べれば安倍政権の方が労働法を現在の働き方に合わせようと努力しているわけだ。

 

この法案はすでに何度も修正されており、数の力で当初案を押し切ったわけではない。だから「数の力」と言うのは間違いだ。少数意見でも取り入れられてるわけだ。

 

むしろ多数派が少数派の意見を取り入れて法案を改正して提出したら少数派が「おれの言うことだけ聴け!」となると多数派の意見はどうなるのだ?こういう簡単な常識がわからんのか?

野党がこんな事ばかりやってるから、ますます自民党は強くなるのだ。



tom_eastwind at 11:02|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月24日

視野狭窄




「かぼちゃの馬車」破綻を受けてスルガ銀行が相当ヤバイ。

http://biz-journal.jp/2018/05/post_23419_2.html

 

金融庁に追い込まれて去年まで地銀のヒーローだったのが今では金融庁から総攻撃である。

 

詳細はウェブで検索すれば出てくるが、一体なぜこのようなビジネスモデルがまかり通ったのかである。

 

まず銀行融資を受けていた人はそれなりの年収があり優良企業で勤務していたわけで、普通に考えれば「あり得ん」と分かるだろう。

 

またスルガ銀行からすればビジネスモデルを見れば到底貸せるわけがないことはプロの銀行員なら一発で分かる。

 

それでもこの図式が成り立ったのは、今丁度オーム真理教を小説化した「カルマ真仙教事件」の中で教団信者に対して警察幹部が呟いた言葉「エリート揃いらしいけど、皆おそらく視野狭窄でまわりが見えなくなるタイプなんだろうね」

「彼らはサリンやパソコンやらを作ってしまう頭脳を持ちながら、子供でも首を傾げるようなデタラメな教義を馬鹿真面目に実践しているんです」が分かりやすかった。

 

「かぼちゃの馬車」は最近のシェアハウス増加と言う噂を聴いた一般サラリーマン、特に東京の本社が大企業で給料は良いけど将来年金がないからどうしようと考えている30代から40代の人々にまるで福音のように聴こえた。

 

優秀な大学を出て優良企業で仕事をしているのに何故このビジネスモデルの問題に気づかなかったのか?そこがまさに視野狭窄、どんなに頭が良くても全方位に意識を払っていない証拠である。

 

これはFXで失敗する人、今年のビットコインFXで大損した人、彼らに共通する問題点である。周りがやってるから大丈夫なんて、完全に理性の向こう側である。

 

次にスルガ銀行であるが、彼らは実はお金を借りる人の担保はそれほど重きを置いていない。借りる人の属性を評価して貸すのだ。だから大手企業で働いて家族があって両親もしっかりしているようなら遠慮なく貸す。

 

何故なら属性の高い人は社会的地位を非常に気にする。自己破産なんて恥ずかしくてできない、だからシェアハウスビジネスが上手くいこうといくまいと、取り立てに問題がなければ貸すのである。

 

ここが今回の大きな問題点であったが、そこはカボチャの馬車を売り込む部隊が上手く話して「いやー、スルガ銀行さんが融資してくれるんだから、間違いないですよ!」と説明する。

 

すると借り手は「そうか、スルガ銀行が融資する案件なら間違いない」と思い込むが銀行が貸すのは借り手本人でありかぼちゃが壊れても御本人の給料でしっかり払ってもらいますよだったのである。

 

つまり借り手の美しき誤解をかぼちゃが逆用してスルガ銀行もそれに乗っかって高い利益率で金融庁からお褒めの言葉を頂いたのだ。そして最後に残るのは借り手の山のような借金。

 

しかし自分のメンツがあるから何とか返済しようとなるが、さすが優秀な大学を出て一流企業で勤めているだけに一旦冷静になって計算すると、どうやっても返せない、または一生銀行の奴隷。最後は退職金巻き上げられる事に気づく。

 

だから最初の時点でかぼちゃのビジネスモデルを自分の頭で分析していたら引っかかることもなかった案件である。この点がオウム真理教に引っかかった優秀な大学卒業者と同様に、賢いけど視野狭窄である。

 

今後スルガ銀行が債権放棄をするのか、他行と合併するのか、金融庁の判断次第である。金融庁だって去年までは手放しで褒めてた銀行であるから頭の痛いところであろう。

 

どれだけ頭が良くても、誰もが視野狭窄に陥れば終わりと言う好例である。



tom_eastwind at 15:14|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月23日

先生と呼ばれるほどにバカでなし




先生と呼ばれる人々は多いがそのうちどれだけの人が「先生」と呼ばれて嫌な気持ちになっているのだろうか。

 

センセイとは本来、先に生まれたから先生なのであって後から生まれた人より能力があるってわけではない。

 

そしていろんな業界で先生と呼ばれる人がいるが、それが人格的に優れているわけでもない。単なる一種の職人、専門家。

 

これが大工なら棟梁とか、大学のセンセイなら教授とか呼ばれるが、代議士、士業、例えば弁護士や税理士は彼ら固有の肩書がないからxxさんと呼ぶのも失礼と思うバカが「センセイ」と呼び始めてバカの間で定着した。

 

「ラ」抜き言葉と同じで一度定着してしまうともう抜けない。無思考でいられるからセンセイを乱発して、呼ばれる方も何時の間にか受け入れてしまっている。

 

代議士はxx代議士で良いだろう、もし敬称を付けたければ「お代議士様」とでも呼べばいい、確実に相手にされなくなるから。

 

士業の人々にどうしても敬語を付けたければ「士」が人を示すわけだから「お弁護様」とか「お税理様」とかにすれば良い。絶対に仕事の依頼を受けてくれないから。

 

このようにどこにどう敬語を付けるかは難しいし日本語の場合は特に状況によって使い分ける必要がある。社外の人に社内の人を紹介する時はどうこうと、とにかく面倒くさい。

 

なので僕は社外の人々に対して自社の社員を紹介する時にいちいち使い分けず社内用と同じにしている。そんなのどうなんか?と思う人もいるだろうが、ニュージーランドで会社同士が取引する時は非常にざっくばらんである。

 

初対面で名刺交換しないとか、最初から相手をファーストネームで呼ぶわけで、それくらいの方が気軽で良い。

 

だからNZで弁護士や会計士、議員相手にいちいち何か肩書を付けることはまずない。勿論相手が教授とかSIRの称号を持っていればそれはまず肩書を呼ぶが、普通の状況でNZの弁護士にTeacherと呼ぶことはない。バカと思われるから。

 

そしてもう一つあるのが、僕は個人的に社長と呼ばれるのが大嫌いだ。確かに立場的には会社を代表しており何かあればすべての責任を取る立場であるしすべての社員の生活に責任を持つ立場である。

 

しかしそれをやっているのは僕という個人の理性と責任感であり社長と言う立場だからやっているわけではない。社長と言うのは決算書に署名したり銀行口座の開設に必要な時だけであり、普段仕事をしている時のぼくはあくまでtomでしかない。

 

ついでに言えばうちの社内では誰も肩書で呼ばずファーストネームだけである。だから外部から来た人が、うちのスタッフが「tomさ〜ん、お客様ですよ〜」と呼ぶのを聴いて結構びっくりしたりする。

 

また社内でもいろんな話し合いをする時ぼくは彼らの中の一人であり僕の言うことよりも彼らの言うことに整合性があれば従う。だから肩書が不要なのだ。大事なのは自分の業務遂行能力のみであり本人に力があれば年齢に関係なく仕事を仕切る。

 

実力本位、社内調和、それさえ出来れば無駄な肩書など不要である。

 

先生とか社長とか呼ばれて喜んでいるのは、その時点で危険な兆候だと思った方がよい。



tom_eastwind at 14:28|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月22日

1Q ランドバンキングボード会議



今日はランドバンキングのボードミーティングでシリーズ3の建設現状と今後5年の計画の話し合いと各種報告事項通達。議題や報告内容は予め添付ファイルで送られているのですぐ会議に入られる。

 

ノースショアのグレンフィールドのステージ1からオークランド南部のTakaniniのステージ2、そして現在のステージ3まで無事に進み2Bフェンチャーチでは110軒の住宅を建設して更に追加のステージ4をやり、これが2020年には完工するので(合計110軒約90億円)、その次にどこの開発やるかって話になる。

 

今日もNZ経済ニュース用にNZヘラルドを翻訳してたら、今はオークランドから車で3時間程離れた街にも住宅不足が飛び火しているようで、ホークスベイでは2年前の不動産中間価格25万ドルだったのが現在では44万ドルと、まったく大変な騒ぎである。ホークス・ベイでは30代のビジネスマンが組めるローンは40万ドルが限界である。

 

とにかく今政府が求めているのは格安の住宅である。オークランドの30歳代のサラリーマン夫婦が銀行ローンを組めて買えるのは60万ドルが限界だ。当社が政府と提携して提供している住宅がまさにその価格帯であり青写真の段階で売れているが、その背景には政府の補助があるからだ。

 

若いキーウィビジネスマン夫婦ではそのままでは買えないが銀行ローン補助など様々な恩恵を付けているから何とか買える。表立ってやるとあちこちで反発があるので政府補助として「来た人だけに教えるね」と言う仕組みだ。しかし転売目的はダメ、NZ国籍保持者のみとか色々と条件が付いている。

 

この会議でぼくを除いた全員がキーウィであり30年以上こういう業界で働いているから案件の目利きが出来る。「このプロジェクトは上手くいくのか?」

 

不動産開発には様々な認可が必要であり普通に申請してたら1年くらい軽く待たされる。だから政府側担当者と強いパイプを持った人間が必要なのだ。

 

政府からしても開発を委任しても、本当に計画通りに建設されるのかが大事だ。土地を買ったが大工が集まらずカネが集まらずで工期延期になったら、またもマスコミや世間から突き上げを食らう。だから付き合う相手を選ぶ。

 

今後の開発予定について報告をもらう。現在の2Bフェンチャーチプロジェクトが完成後は次の政府案件を狙っているようだ。

 

まだ2年先であるが政府が大規模開発の為に整地を始めているので、あとは政府とのコネで話を仕入れてきてオークションに参加してこの案件では1000軒分の土地を仕入れるようになる。

 

2020年頃のプロジェクトでは当社だけで1,000軒の住宅を造成するのだけど今のニュージーランドの住宅はたしかに去年から100万ドルの不動産売買は縮小しているが60万ドルの市場はものすごい勢いがあるのを感じる。

 

とにかく既にオークランド住宅市場は賃貸も含めてどこも満室であり政府が緊急に民間モーテルをまとめて「賃借」して低所得者向けに提供しているほどだ。

 

何よりも自分の家を持つことが出来ればその地域の治安は良くなる。政府が目指しているのは安心して住める街であり決して二極化ではない。



tom_eastwind at 10:09|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月21日

誰でもいい

名古屋のインターネットカフェで殺人事件。若者が見知らぬ若者を果物ナイフで刺殺した。

 

誰でもよかった。

 

時代の流れからしてこの手合の事件は増えるだろう、それもここ3年で急激に。何故ならマスコミが事件を報道で広げるからだ。それほど今の日本は不安定なのだが多くの人々はその事実に気づいてない。

 

事実を隠す必要もないが、この手合の犯罪は「じゃ、俺も」と来やすい。世界の要人が暗殺の危機に遭うことは多いが大体においてマスコミ沙汰にならない。

 

何故なら「要人でも襲えるのか!」と思った切羽詰まった人間や極端思考の人間は「俺でも出来る!」と思って素人暗殺に走るからだ。

 

これがレーガン大統領の暗殺未遂のようにテレビの前でやられたら流石に隠すわけにはいかない。

 

けれど暗殺事件は一人の大統領や首相に対して任期中に10回程度は計画されている。未遂事件は絶対表に出さない、だから一般の人が知ることはなく世の中は平々凡々と進んでいるように観える。

 

けれど現実は違う。毎日要人に対する暗殺計画は世界中で作られているのだ。それが本当に弾けたのはオウムサリン事件だが、あれは集団で行った事件である。

 

しかしこれから起こるのは個人が起こすテロである。

 

今の日本は急激に過激化している。時代の閉塞感である。

 

大学を出た22歳の俺がこれから先どんな未来、何があるんだろう?

 

まともな仕事もなく親は年を取り、自分は毎日アルバイトや残業でこき使われ、安月給からはしっかり税金や年金が引かれ手元に残るのはいくらだ?

おまけに年金払ってもどうやら自分が年金世代になる頃には何も頂けそうにないぜ、おいおい、こんな人生馬鹿らしくてやってられねーぜ!

 

だったらそのへんのヤツぶっ殺して刑務所でタダ飯食ってる方がましだ。

 

死刑?それもいいんじゃねーの、それはそれで。だってこの世でずっと人生の最下層で何十年も苦しく生きるよりゃ、誰かに殺してもらった方が簡単だ。

 

これがこれから確実に、そして急速に増えてくる層である。

 

これは1970年代の安保闘争とはまったく別である。あの頃は集団がゲバ棒持って殴り合ってた。

 

現在は個人のテロリストが横の繋がりを持たずネットで情報を交換しながら標的を定め、自分だけがナイフを持って動くのだ。

 

ある時偶然見かけた子供を何日も行動確認する。そして子供が一番無防備な場所を選んで殺す。

 

車に乗りどこでもよいから人混みに突っ込む。

 

日本が諸外国に比較して安全なのは銃と爆弾を使ったテロ行為がないという点だ。つまり使える武器が限られている。これから起こる無差別殺人はある程度避けようがある。

 

だから、

1・通学路や通勤路は毎日変える。

2・常に人通りのある場所を歩く。

3・万が一襲われたら、とにかく笛を吹きながら逃げる。

4・歩く時は視線を上や下ではなく常に水平に周囲に向ける。

5・定期的に後ろを振り返るが、その時は遠くを観るふりをする。

6・絶対に戦おうとするな、逃げろ。とにかく人のいるところまで。

 

そして、本当にどうしようもなく追いつめられた時に、首からぶら下げた

すぐ抜ける小型ナイフで相手のどこでもいいから刺す。出来れば足。そうすれば相手は追跡に不自由になる。

 

こんなことを今の日本で実行出来るかどうか分からないが、本当に生き残りたいなら、注意すること、逃げること、そして最後の手段として反撃手段を持つことだ。



tom_eastwind at 19:51|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月20日

あいまい

夢の中で南米の旅をしていた。地元の人々と一緒に食事をするのだけどぼくは当然異邦人だから珍しそうに話しかけられる。夢の中だから会話が通じる。珍しい食材に楽しい会話と皆の情熱的な踊り。

 

そうこうしているうちにぼくは日本の田舎を旅している。ここでも地元の人の集まりに参加したのだけど、いかにも自分が賢いと思いこんでるおっさんが近づいてきて「あんた、いえはどこ?」と聴いてくる。

 

僕はこういう質問がどうも苦手である。この質問の意味するのは

1・僕の生まれ故郷はどこか?

2・僕が今生活をしている場所はどこか?

3・僕が今日寝る場所はどこか?

 

ところが質問する方からすれば田舎に生まれ田舎に育ち田舎で働き田舎で小利口に一つの村の中で立ち回っているだけで、彼からすれば生まれ故郷も今生活をしている場所も今日寝る場所も同じであるから、そのすべてが別々である人生という事に想像がつかない。

 

大分で生まれ福岡で働きクイーンズタウンに渡りその後香港で生活をして更にオークランドで20年以上を過ごして、今はこの夢の街に寝る場所があるのだから、僕は相手の質問の意味を正確に捉えられずになんと答えていいか分からず困惑するのだ。

 

あの、お願いだからもう少し具体的な話や質問をしてくれませんか?「あんたも分かってるでしょ」が前提で質問されても、こっちは分かってないのだ。

 

それからもう一つ、これは日本に行く度に感じる面倒臭さでもある。多くの日本人の初対面の際の質問は何時も犬も倒れるワンパターンなのだ。

 

相手の年齢、職業、住所、家族、まるで警察の尋問である。何で初対面のあなたにそんな話をしなくちゃいけないのか?プライバシーというものがない田舎で生きてる人間だから出来る質問なのだろう。

 

質問する方はそれが当然と思い込んでる。相手がどう感じるかではなく、自分が相手と話す時に先輩なのか敬語なのか社会的地位を確認しなければ会話が始まらないのだ。

 

じゃあいいよ「年齢80歳、職業無職、住所ブルーシート、家族?いない」とでも答えるか。

それとも「年齢28歳、職業社長、住所オークランド、家族?幸せ」とでも答えるか。

 

質問する方からすれば完全な嘘と分かる。だからその時点で会話を停止すればよいだけだ。こっちも気楽だ。

 

特に困るのが日本国内を移動する時である。例えば博多の屋台に行けばそこは美味しい料理が並んでおりぼくが18歳の頃から通った雰囲気がそのまま残っている。

 

お客は自転車でやって来たりしてビール一本とおでん食ったりして屋台のご主人と楽しく会話するのだが、ある程度こなれてくると大体「お客さん、どっから来たと?東京?」と聴いてくる。

 

こんな時に本当のことを話し始めたら1時間かけても終わらないし途中の追加質問に答えてたら夜が更けてしまう。

 

なので面倒くさいからこういう時は素直に「はい、東京の方から来ました」と言う。間違いではない。羽田空港国際線に到着して東京で仕事をしてそれから西進して福岡に入ったのだから「東京の方」であっている。

 

これなどは消火器を売りつけるのに「消防署の方から来ましたー」とやる詭弁であるが、別にぼくは何かを売りにこの屋台に来たわけではなく、座って黙って飲み食い出来ればそれで十分、だったら「東京の方から」で穏便に済ませる方が良い。

 

そして話が東京のことになれば適当に相槌も打てるし話も合わせられる。相手が良さそうな人ならちらっとリップサービスで「実は30年前に福岡に住んでたんですよー」と言うとすごく喜んでくれる。そして福岡の話に持ち込む。

 

しかしこちらから初対面の相手に細かいことは聴かない。相手が話したければ聴くけどこちらからいきなり聴くことではない。

 

でもその割に誰もが質問の內容があいまいなのだ。お互いに分かってるでしょてのを前提に自分と同じ環境で生きていると思い込んで質問するから「これで意味分かるでしょ」となる。

 

わからんちゅーに。

 

この地球は広く様々な民族や価値観や主義主張があり戸籍のない国もあるし、風呂のない家なんて普通だし掘っ立て小屋に住んでる人々もたくさんいる。

 

日本語は本来正確に使おうと思えば使える。ただ使っている人間が手抜きをするから意味が分からなくなるのだ。

 

「オフロに入った?」

「う、うん」

「何時?」

「昨日・・・」

この場合は最初から「最近何時お風呂に入った?」と聴けば良い。

 

質問の仕方があいまいで、それで分かるだろうと思う日本人の民族性は鎖国時代は良かったかもしれないが国際化と言うのならまずは日本語からでも明確に定義付けしていくほうが相手に伝わりやすい。

 

明確な日本語の使い方を勉強すれば英語も通じるようになる。日本語が曖昧なままでそれを英語にするからどんなに発音が良くても意味不明になる。こういうのはよく見かける。結局自分ってのがなくて周りが観えてないのだ。

言葉は意思を伝えるために存在する。つまり伝わってなんぼ。到達主義。そこをよく考えて、どう言えば相手に正確に伝わるかを考えるべきだ。 


tom_eastwind at 18:56|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月19日

ひらめき

僕のビジネスモデルは誰もやってない事を手がける事だ。すでに存在するビジネスに飛び込んで競争しようとは思わない。

 

その代わり、今の世界を見渡して日本を観てニュージーランドを観て、それぞれ何が不足しているかを考える。

 

例えばニュージーランドで戦車を操縦する。スピットファイアー体験搭乗もある。これなどは大人数にはならないだろうが戦争オタクには受けると思う。

 

ただオプショナルツアーにして売っても利幅は少ないし他社が同様の商品を販売して安売りしたら競争状態が発生して利益が減る。だから大事なのは自分でその戦車とスピットファイアーを買い取ってしまう事だ。

 

こうやることで誰にも手が出せないビジネスが成立する。この好例が日本人が南島で行っている星を観るツアーである。満天の夜空に光る星の美しさに北半球の都会から来た人々はびっくりする。

 

けれど星なんて仕入れの必要がなく毎晩空に上ってくるもので原価ゼロ、そりゃ儲かる。けど最初にこのツアーを思いついた人には周囲から「そんなもん売れるわけがない、ただで観られるんだから」と言われた。それでも都会から来た観光客をきちんとガイドしていくと売れた。今は大成功である。

 

これは彼らがひらめいて始めたビジネスであるが、同様の例で言えば冬の北海道の網走、屈斜路湖あたりの観光ツアーも今は外国人に受けだしている。

 

流氷の上を歩いたり(勿論万が一の際のウェットスーツ着用)網走監獄体験入所、雪も氷もそれまでは単なるゴミと思われていたのが地元の人々の努力でお金を生み出すようになった。

 

星も雪も流氷もすべて原価ゼロである。地元で運営するから利益はしっかりと地元に落ちる。ビジネスとはそうやって「思いつき」で「まずはやってみっか」から始まる。駄目でいいではないか、やらなければ確実にダメになるのだから。

 

この時の思いつきが実はひらめきでありそのひらめきは過去に自分が見聞きしたものからしかひらめかない。だから見聞が必要なのである。

 

見聞を広める、その為に何より大事なのが日頃からの読書や常の情報収集である。そうやって知識=見聞を広めておけば今目の前に出て来た現象に対して他の人には観えない絵図が観えてくる、様々な選択肢を持てる。

 

もちろんビジネス化するのは簡単ではないし、ましてや当たるなんて確率は非常に低い。ただ1000個やれば3個位は当たる、千三(せんみつ)ビジネスである。問題は1000個のビジネスを思いつくかどうかである。

 

1000個のビジネスをひらめく為に必要なのが日頃の見聞なのだ。

 

例えば一冊の小説には作者のたゆまない調査と勉強が打ち込まれている。例えば今日読了した「コマドリの賭け」ではノルウェーに行かなくても当時や現在のノルウェーに関する知識を身につけることが出来る。

 

作者としては本を作るにあたり様々な詳細な点をしっかりと自分の時間とカネで調べ上げる。そして僕は日本にいながらそういう作者の知識を身につけることが出来るし主人公と一緒に行動することで追体験が得られる。

 

そうやって得た知識は僕の体内に蓄積されていく。そして常に世の中に不足しているものを考えていれば、ある時ふとひらめきが出てくる。ノルウェーの方法が使えないか?このひらめきはノルウェーの知識がなければ出てきようがないのである。

 

今も一つの仕事を進めつつ、このやり方を他のビジネスに転用出来ないかと考える時に、既存のビジネスではなく今ここにないモデルを考えることで他人が手を出せないビジネスを構築出来る。

 

勿論そうは言っても同じことを3年もやってれば他社が参入するわけだが、それでも先行者利益は得られるし老舗であることは強みである。

 

こういうひらめきビジネスで注意すべきは撤退時期である。立ち上げで先行者利益を取りそこから数年利益が安定するが、必ず市場が変化する時がある。そこを見抜いて一番早く撤退するのが大事だ。

 

この、撤退時期の見極めは徹底的に戦史や歴史本を読むことである。そうすれば「あ、これか!」と、ピンとくる瞬間がある。その時に撤退する、他社を残して。

 

そしてその頃には先行者利益で得た資金で次のビジネスを立ち上げている。後はこれの繰り返しである。他社より早くひらめいてビジネスを立ち上げ先行者利益を得て安定している間に次のビジネスを「ひらめく」。

 

ビジネスは見聞+ひらめき+千三+努力、撤退の見極め、これの繰り返しだ。



tom_eastwind at 00:35|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月18日

即時対応能力

朝が寒い。11度であるからベッドから出るのが面倒くさくなるオークランドの冬の季節が来た。でもオークランドは昼頃になると10度近く温度が上がるので会社に到着する頃は少し暖かくなっている。

 

東京、大阪、大分、福岡と回ったが初日の東京のみ冷え込んだが後の日程は結構暖かくて良い天気だったのでやはり気温差が大きい。

 

そうは言ってもオークランドは南緯37度、東京とほぼおなじ緯度だけど冬に雪は降らないし夏場でもクーラーなしで過ごせる。

 

これはオークランドが南北に長く東西に細く、東に南太平洋の暖流、西にタスマン海の暖流が流れているため、冬場は暖流がこの街を温めてくれ、夏場はこの海の水がオークランドを冷やしてくれて過ごしやすい環境が維持されているのだ。

 

全く東京の人からすれば11度で文句言うなであるしクイーンズタウンの人からすれば11度は「暖かいですね」なのだから、まさに「文句言うな」ではある。

 

そんなこんな思いながら出社するとビルの中はすでに暖かくなり始めておりオフィスの椅子に座ると背中に当たる日光がきついくらいでシェードを下ろす。ほんとに一日の中に四季があると言われる所以である。

 

11日ぶりに出社したけど何が変わったわけでもなく何時もと同じようにいつものスタッフが普通に働いてる。

 

うちの会社は基本的に年俸制である。入社してから5年間は自動昇給するようになっている。年率5%程度の昇給率である。その代わり残業代はつかないので自分で自分の仕事をしっかり把握して効率的に時間内に終わるようにしろよってことだ。

 

実際にうちの会社は17:30終了で、殆どのスタッフは定時に帰るし帰れる社会環境がある。もちろん緊急案件が入り残業好きな人は残ることもあるが、土日はお客様の送迎がない限りおやすみ。

 

年休も一年目から4週間取得出来て実際に会社のクリスマス休暇は3週間あるのでこの時期に固めて年休を取ってもらい次はイースター休暇などに合わせて取得出来るし取得している。

 

勤務体系はNZの企業とほぼ同様(ただ金曜日にオフィスでビールを飲む習慣はない)だから日本と比べれば随分ゆるい労働環境であると言える。

 

体育会系でもなく皆が結構言いたいことを言える(もちろん限度はある、ハゲ!等は言語道断である)。

 

そんな事を思いつつ今朝の日本のニュースにアクセスしてみるとまたも過労死。

http://blogos.com/article/297807/

 

昨年8月に死亡したのは過労死であったと今年4月労災認定されたのだ。

昨年7月の本人のツイッターによると

***

「ねむい。13時から翌日の18時までってなんなん」(41224分)
「仕事終わるまであと22時間」(同日2020分)
「外明るいと思ったらもう6時かよ。アーメン」(5632分)
「うおー! やっとしごとおわったぁー!社会人になってから36時間ぶっ通しで働いたの初めてやがな」(6120分)

***

 

ちなみに彼は専門型裁量労働制度の適用を受けていたとの事。男性は去年8月に自宅で死んでいるを発見された。クモ膜下出血である。

 

こういう事があるからいくら安倍首相が「働き方改革」と言っても要するに労働者のこき使い倒しだけじゃんかとなるのである。

 

もちろんそれだけでなく普通これだけ残業したら本人がどうなるのか、管理職はしっかり管理していたのだろうか?第一本人もここまで無理して働く前に「辞める」と言う選択肢はなかったのだろうか?

 

いずれにしても、NHKでも既に死者を出しており、まずは自分から労働の仕組みを考えて社会に発信しろって話である。

 

実際に僕も日本社会を観ていると「実に無駄な仕事」をしている場合が多い。その理由の一つとして資料作りがある。「もしこうだったら?」を考えてすべての場面に対応出来るように準備するのだが、そんなもんいくら用意しても必ず「想定外」が起こる。

 

第一想定内であったとしても実際に使われるのは多くの資料のうち一つだけだ。それなら責任者が日頃から知識と知恵を身に付けておけば良いだけだ。

 

山ほどの資料がなくても自分で大体の回答と方向性が示せるようにして部下の「無駄な仕事」を省かせる事が必要だ。

 

ところが相手が自社の部下で大手企業の正社員となると、どれだけ仕事を押し付けても辞めるわけがない、だから自分の手抜きの為に「あれやれこれやれ!」となる。

 

それより自分が日頃から学び即時対応能力を持っていればどんな状況でも対応出来るはずである。つまり日本では上に行けば行くほど楽をしたがるバカが多いから下が苦労をする仕組みなのだ。この仕組みは1918年以降現在まで全く変わっていない。

 

そうそう、ちょっと話が逸れるが民主党の小西議員に喧嘩を売った自衛官が処罰されるそうだ。この事自体の良い悪いではなく国会議員たるもの国民の陳情を受けるのは当然でありその場で罵倒されて言い返せなかったのか、これが即時対応能力のなさである。

 

その場で言われたら国会議員として論点整理して反論するか納得するかである。更にそれが明らかな暴言であれば「それは論点ではないですね、暴言ですね」と返せばよい。そういう能力もなく国会野党として下らんことをタラタラとやってるから自衛官にもバカにされるわけだ。

 

日本の組織を観ていると二流社員が二流上司に引っ張られて昇進する傾向がある。何故なら二流上司は一流社員が昇進すると自分のポストが奪われるから一流社員は出世させないか早いうちに外に出してしまう。結局組織の真ん中に残ったのは即時対応能力のない二流社員のみになり大企業でさえ崩壊してしまう。

 

話を戻すとこの「労災認定」は専門型最良制度だけでなく他にも様々な要素が含まれており、その中でも一番大きいのは労働者自身が「自分だけ生き残れば良い」と思っていることだろう。

 

大企業の社長でも多くは元労働者、現役サラリーマンであり、自分が上に行く過程で周囲の社員と共同して皆が同時に成長出来る良い労働環境を作り決して落ちこぼれを出さない、そういう環境構築が必要だと思う。

 

誰しも得意技や苦手なことがある。自分がリーダーであれば部下の出来ない点を突くのではなく、部下の得意な点を早く見出して適材適所の業務を与えて皆で一緒に成長していくことだ。

 

足の引っ張りあいではなく皆で一緒に成長していく。これが出来れば過労死は減るだろうが今の日本の労働環境では、これから過労死はますます増えていく。



tom_eastwind at 21:34|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月17日

欧州、特に北。

昨日の午後、福岡を出発して香港経由でオークランドに戻ったのが今日の昼過ぎ。自宅に戻り日本で買った面白そうな入浴剤を風呂に入れて楽しむ。

 

その後は風呂の中で読んでたジョーネスポの「コマドリの賭け」をそのまま居間で読み続ける。

 

なんか冷えてきたな、オークランド。日本では30度前後だったのでオークランドの夜の14度となると、たしかに気温差が激しいな。

 

日本で買った夏用のジャケットを明日着るか?寒いかな。

 

それにしても今回も出張は無事終了。出張中にも山ほどメールが来てその対応をして面談もしてであるが、不思議にあまり疲れを感じない。仕事が自分の思う方向に上手く進んでいるからだろう。こういう仕事なら疲れない。

 

自宅でソファに転がりエディット・ピアフを聴きつつ「コマドリの賭け」の続きを読む。お、そっか、「コマドリの賭け」はノルウェーの作家だしこの国はフランスと同様に第二次大戦時はドイツに占領されてた国だ。

 

さ、明日からまたオークランドで仕事だ。今日は早く寝ようっと。



tom_eastwind at 17:50|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月16日

TPO

福岡での仕事を終わらせて荷物を片付けてから、さて今日の夕食はどうしようかと考えて結局ホテル近くのコンビニで水と弁当買って部屋に戻り福岡のテレビ番組を観ながら飯を食ったのが15日の夜。

 

516日のフライトは16時台の遅い飛行機だったが早くに目が覚めて非常食のどん兵衛うどんを食べる。東京で買ったのだが食べる機会がなく大阪、大分、福岡と旅をしたどん兵衛はオークランドに戻る最終日に福岡で食べることになった。

 

ちなみに何時も書くことだけど、どん兵衛は東と西で味が違う。福岡でラップを開いて茶こしでネギ取って粉スープを入れた時には強い鰹節味がある。これが福岡や大阪で買えば鰹節でなく昆布味が強い。

 

僕はどちらの味も好きだが東京で買った鰹節どん兵衛が一緒に旅して最後に福岡で鰹節で締めるってのも面白い話である。

 

僕は出張では普通の人よりもかなり荷物が少なめであり今回はキャリヤーバッグに東京で買ったどん兵衛と豚汁を入れる余裕があった。

 

最低限の2日分の着替えと洗面用具に読書用の文庫本2冊、それに部屋着だけであるので確かに気軽な旅である。これで10日の旅をしても不自由しない。

 

多分3週間でもいけると思う。何故なら着替えは常に部屋で洗って干して翌日使えるようにしているし、会うお客様からすれば私が昨日何を着て明日何を着るかはご存知ないことであるから僕は毎日同じ服で対応出来るのだ。

 

要するに仕事に合った服を着ていればよいわけでその意味でTPOだけは考えるが、今回の出張でお会いする方の顔を思い出し目的を考えて最大公約数の服装を考えて最低限の荷物にする。

 

旅行と言うとサムソナイトとかの大きなキャリー付きスーツケースを印象するだろうが僕の場合は足の付いたキャリヤーバッグとアタッシュケース一つだけである。

 

なので空港内の移動とか旅先の移動は随分便利で重宝している。今使っているキャリヤーバッグはつい2ヶ月前に買ったもので、去年まで17年間使っていたキャリヤーバッグが流石に足がもげていよいよジッパーが壊れてしまったので買い換える事にした。

 

僕はスーツを入れる大型のスーツケースを持っている。これは足が付いてないので新幹線移動がある時は使えないが東京滞在が長い場合で大都市を飛行機で移動する場合はスーツケースを使う。

 

ところがこの、スーツケースとキャリヤーバッグとキャリーケースの違いが日本ではあまり明確でないらしい。

 

移動可能な荷物入れをキャリヤーバッグと呼び、その中にスーツケースが入る。たまたま僕のスーツケースは足がないけどサムソナイトの旅行かばんにはすべて足が付いて移動に便利になっているから、あれはキャリヤーバッグである。

 

だから、移動=キャリーと認識する。

 

次に機内預け荷物と持ち込み荷物がある。預け荷物がキャビンチェックドインバゲッジで機内に持ち込むのがキャリードインバゲッジとなる。

 

キャリヤーバッグすべてを機内持ち込み手荷物と考えている人もいるがこれは正確ではない。サイズによっては持ち込み出来ないからだ。

 

移動出来るバッグがすべてキャリヤーバッグであり旅に利用する足のないスーツケースは、スーツを入れることが出来る移動用のキャリーバッグである。

 

そして荷物は飛行機の機内持ち込みと言う概念を持つ人も多いが、元々カバンは船旅であった。1800年代の欧州から豪州、米国、NZなど長い船旅では自室に持ち込むカバンと旅先のホテルで3ヶ月位利用する部屋に置く荷物は区別されていた。

 

「タイタニック」でも荷物詰め込みの画面があったが1800年代は船旅であり一回の旅行が3ヶ月など珍しくなかった時代である。

 

カバンの歴史は学ぶものがある。カバンの形状の変化がそのまま社会の変化だからだ。話しだしたら長いのでここまでにしておくが、その中で最近の若いビジネスマンに一つだけ注意しておきたいのは、スーツでバッグパックを背負うなと言うことだ。

 

カバンメーカーによってはバックパックにスーツをお勧めするところもあるようだが、スーツの身体の線を壊すようなバックパックはあり得ない選択肢である。

 

冒頭に書いたようにスーツで会う人にバックパック担いでいるのを観られたら「こいつは一兵卒だな」と思われるだけだ。

 

バックパックが便利なのは分かるが仕事で使うならあなたはそれなりの扱いしか受けない事を十分に理解しておく事だ。

 

ファッションとは着飾ることではなくTPOをよく理解して相手に無言で「この会合の意味は分かっていますよ」と伝えることだ。



tom_eastwind at 14:35|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月15日

HAZUKI

女の名前ではない。メガネの名前である。

 

外見はまさにメガネ。これは本を読むための拡大鏡である。記事で見かけて今回日本で買おうと思ってて、大分のヤノメガネで店員さんに聴いたら「あ、これですね!」とすぐ出してくれた。

 

外見は完璧にメガネだけど、本をよむ手元の距離とだけ合ってて、少しでも外れるとぼける。

 

面白い眼鏡である。拡大鏡だからいわゆる一般のメガネではなく、暗い場所で本を読むときに役に立つ。名前がHAZUKIなので少し誤解されそうだが、間違いなくメガネ、ん〜、メガネではないな。これは拡大鏡だ。だから使いづらい。

 

僕の主な目的は自宅のお風呂で本を読むときに使いたくて、自宅のお風呂は光が少ないのでこの眼鏡を買ったのだが、旅先の大分や福岡の風呂場で使ってみるとこれは良い。

 

重ねて申し上げるが、HAZUKIは眼鏡屋さんの名前である。

 

作りは1.6倍から1.3倍までありサイズや色にデザインがあるが、この眼鏡はいわゆるメガネではないので距離感は自分で判断する。

 

今読んでる本が「コマドリの賭け」で、最初にHAZUKIをかけて読んでその後にHAZUKIを外すと字が小さいなって感じる。

 

ふーん、本当にこの国はいろんなものを作るな、メガネ一つで感心した日だった。



tom_eastwind at 13:09|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月14日

久留米本田商店

九州の中核都市として福岡は人が増え続けているがキャナルシティでは中国や韓国からのお客でごった返している。

 

キャナルシティの一番上がラーメン専門店街になっているのだが「久留米本田商店」に昼飯を食いに行った時、1240分だったので10名位行列が出来てた。

 

普段ならめんどくさいので他の店に行くとこだけど本田商店の味は本田商店でしか食えないしラーメン屋なので10名程度ならまあいいかと思って行列に並ぶと、なんと全員が中国からの観光客。

 

それも日本語ガイドがついて食券の買い方を説明したり入り口で中国語のメニューを見せたりして、なんと賑やかだ。

 

キャナルシティでは天ぷら専門店もあるのだが、ここも中国人観光客に大人気。

 

彼ら観光客は旅行会社やガイドの言うことなど一切信用せずSNSで発信された情報を基に行くところを決めてる。

 

だからキャナルシティのラーメン屋と言えば他に何軒も店があるにも関わらず、また他の店のラーメンの方が安いにも構わずここに行列を作る。ちなみにラーメン一杯820円、餃子5個で350円税込みである。

 

それにしてもキャナルシティはマツモトキヨシも中国語と韓国語のパンフレッテオを作成しているし、ほんとにアジア特需である。そして何より良いのがリピーターが増えたことである。

 

観光地として大事なのはリピーターが取れるかどうかだ。例えばハワイは日本人お気に入りの観光地でありまたリピーターが多いためにハワイにマンションを買う人もいるくらいだ。

 

リピーターが増えると何が良いか?初めての人を相手にする宣伝費用が不要であり、その費用を現地の設備に回すことが出来る点だ。

 

中国や韓国から福岡は近い。元々江戸時代以前から中韓と福岡は距離的にも近く交易があり今も韓国の釜山から高速船、中国から客船がやって来て福岡を楽しんでいる。

 

食の福岡、観光の福岡、中国や韓国では経験出来ない楽しみを持つ街であり、福岡をベースとして阿蘇や別府、そして何故か門司、鹿児島までがあり、リピーターの通ぶりを見せてくれる。

 

一回来て気に入って調べたら、その周囲にたくさん見どころがある。だから何度も来たくなる。飛行機でも2時間かからずなので随分気軽に来ることが出来る。

 

日本は元々内需として国内旅行が盛んだった。ハネムーンでも昭和中期は別府・宮崎・鹿児島が中心でありそれから沖縄にシフトした。伊豆箱根熱海などは東京の奥座敷であった。

 

ところがバブル崩壊後旅行需要が減り会社の慰安旅行がなくなり熱海では次々と廃業する旅館が続出、名門旅館の3代目であっても世間の変化についていけない旅館は退場するしかなくなった。

 

しかしここに中韓特需が発生した。外国からの観光客が一気に増加した。これを受ける魅力のある観光地やRestaurantやホテルは一気に急成長した。

 

東京、大阪、京都清水寺、変わり種で言えば白川郷や「君の名は」の尾道などが観光地として人気を集めている。

 

ただしこれが「日本の旅行会社」に利益が出ているかと言えばそうではない。

 

インバウンドと言う言葉が一般に知られるようになったが中韓の旅行客は殆どが中韓の旅行会社によって運営されており、また中韓の個人客がSNSで得た情報で個人でインターネットを使って手配している。

 

つまりリスクを取ってRestaurantやホテルや観光地を運営している場所にお金は落ちるがその途中の中抜きビジネスでは利益が出ないビジネスモデルが定着しているのだ。

 

その意味でリスクを取って経営している久留米本田商店に行列が出来るし土地を買ってホテルを建てた会社は利益が出せているし発展している。

 

福岡の定宿では今日も中韓台湾香港からのお客が後を絶えない。団体客、個人客、大きなスーツケースをガラガラと運んでやってくる。帰りにはお土産で一杯になるのだろう。

 

福岡は地の利と言うか、運の良い街である。菅原道真からすれば島流しかもしれないが「海の道」として平安時代から交易に利用され今も栄えている。

 

 

ただ福岡の一番の問題点はすぐ「付け上がる」ことである。ちょっと調子が良いとそれがずっと続くと思って調子をぶっこいて転ぶ。まあ元気があるだけ良いのだが、今回のアジア観光客特需をどのようにリピーターとして安定して何度も来てもらえるような街づくりにするか。

 

旅行の三大要素は顎・足・枕、つまり食事、移動手段、宿泊場所が大事である。

 

この点、福岡は大型客船が泊まれる埠頭があり国際空港が市内から地下鉄2駅と近く博多駅周辺には手頃な価格で宿泊出来るホテルがあり食事はラーメンから魚まで美味しいものが揃っている。また博多駅からの移動手段は九州新幹線、山陽新幹線があり移動にも便利である。つまり顎足枕がきちんと揃っているのだ。

 

後はとにかく調子をぶっこかず安定成長で観光都市として海外からの収入を得て内需不足を補うことである。



tom_eastwind at 18:26|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月13日

ハイボール福岡

福岡に到着。今回の出張は移動が多いな。大阪と大分を回った後では、何つか福岡の陳腐「勘」を感じる。

 

何つか、自分が都会の勝ち組って、それは間違ってないんだけど、実際に景気も良いんだけど、こういうのって滅びる前のローマなんだと感じる。

 

僕が生活していた頃の福岡は景気が良かったけど、何つか成長する空気があった。中洲の店が成長して住吉がキャナルと名前を変えてどこも上を観て生きていた。

 

今?どうなんだろう。何だか誰もが成功感覚で「おれ、いけてる!」くらいかな。空気空気。良い街なんだけど、一息ついて回りを観たほうがいいぞ、そんな感じの福岡、博多。ハイボール、投げんなよ。



tom_eastwind at 16:45|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月12日

五車堂

10年ぶりの大分。仕事ではなく故郷訪問なのでゆっくりと駅前から中央商店街を歩く。

 

中央商店街の入口には僕が高校生の頃に長崎屋と言うスーパーがあり、当時デビューしたばかりの中島みゆきが入り口で無料ライブやってて僕はパイプ椅子に座って彼女の声を聴いたものだった。

 

それにしても大分、良い意味での大変化である。街が、なんつか安定している。自分たちが老化しているけど、それをきっちりと受け入れて変化して若い人々が集まるようなまちづくりにしている。つまり老人と若者が同居しているのだ。

 

若者は大分のような田舎から出ていって福岡や東京に行くって感じがしない。大分に生まれ大分に育ち大分で働く、なんか街を歩いててそんな感じを受けた。

 

五車堂。ここは僕が高校生の頃からあった中央商店街のど真ん中にある、サンドイッチとカレーの専門店だ。今もまだやってる。

 

一体何十年だ?外見が全く変わらずサンドイッチが相変わらず美味しく、隣のヤノメガネで買い物した時にお店の人と話したが、やはり昭和の時代から続く美味しさは変わらないとのこと。

 

昨日の大阪に引き続きだけど、何だか日本の地方が腹をくくって「おれたちはこれで生きてくぞ!」って元気を感じた。

 

日本は机の上の数字ではなく現場を観ないとわからないことが多いな、そう思った大分訪問だった。



tom_eastwind at 16:26|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月11日

大阪 凡

大阪のホテルで串カツ屋の「凡」と言う店を紹介されて行ったら、これがびっくりだった。

 

実に旨い。

 

大阪は元々食い物の旨い街であるが、北新地にあるこの店の串かつは実に旨い。普段は食わない方だけど、この日はよく食った。

 

そしてなんつかここ1年くらいで大阪人の東京に対する感覚が変化したように感じる。

 

2年くらい前までは東京方面から来たってだけで何か冷たい敵対心を感じて、けどおれ、東京じゃないんだけどと思いつつ、まあ仕方ないかなと。

 

けどそれが去年くらいから大阪の人が東京の人を普通に受け入れ始めた。これはあくまで僕の感覚でありビジネスのデータがあるわけではない。けど人々の心に余裕が出てきたのは、やはり売上が伸びてきたせいだろうと思う。

 

何せ大阪のホテル稼働率は94%で一年中ほぼ満室。パナソニックも復活して人が戻ってきて実に元気である。

 

小売店も調子良いしホスピタリティ業界も調子良いし、おまけに串かつもミシュラン一つ星を取るわけで、大阪復活と感じた二日間。



tom_eastwind at 16:11|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月10日

いたみ

伊丹空港に到着するたびに思い出す歌がある。松田聖子の「スイートメモリーズ」だ。

 

“懐かしい〜、いたみだわ〜”

 

羽田から大阪に移動するのは以前は新幹線だったけど今は飛行機にしている。東京のどこから大阪のどこに移動するのかで微妙な選択肢なのだが、今では東京の恵比寿から大阪駅前と固定されているので、これなら飛行機の方が時間的に便利であるので最近はずっと飛行機を利用してる。

 

ところが以前利用し始めた時はちっちゃな飛行機だったのがここ数年で大型機が導入されて、たった1時間の旅なのにご飯が出たりして満席便が続出で、やはり羽田と伊丹の便利さが再認識されたと言うべきだろう。

 

国際線においては羽田から成田に移し北関東国際空港にして都内からの移動が思い切り不便になった。大阪では伊丹空港が騒音でうるさいからと海の上に沈みかけの空港作って大阪中心地からの移動が思いっきり不便になった。

 

どちらの空港も政治利権でありカネ目当てであり空港利用者の利便性など全く視野に入っていなかったのだ。その結果利用者は思い切り不便をかぶることになった。

 

伊丹空港は本来関空が出来た時点で廃止される予定だったのに、今までダニのようにたかってた連中が、たかる相手がいなくなったら困るってんで継続。そしていざ継続してみると市内から20分で移動出来て、福岡→伊丹→羽田と戦前からの便利な路線が復活した。

 

福岡→伊丹など最初はプロペラ小型機だったのが、需要が拡大してジェット機になり伊丹→羽田はジェット機を1時間に1機飛ばすようになり、すっかり国内需要を取り込んでドル箱路線になった。

 

そして今回約半年ぶりに伊丹空港に到着すると、あ、建物が全面改装されている。以前のブログをお読みの方はご存知かと思うが伊丹空港って昭和のままのターミナルで、御飯食べるとこも雑誌売ってるとこもすべて昭和であった。

 

それが今回到着すると、あ、びっくり、全面綺麗に新しくなっている。わお、である。つまり大阪では伊丹空港を再認識して、これを有効活用しようぜって発想に変わったわけで、だから設備投資して平成様式に作り直したのだ。

 

これは良いことである。利用者視点で考えてサービスを提供する、ごく当たり前の事が実行されたのだ。これなら伊丹空港、これから福岡→伊丹→羽田で利用したいと思う、こういう行政をやってくれれば良い、そんなうれしい気持ちになった。



tom_eastwind at 15:50|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月09日

ジンギスカン

東京で夜テレビニュースを観ていたら最近ジンギスカンがまたブームになっているとの事。札幌でも東京でもジンギスカンの店が増えて羊肉を出しているのだけど、どうやらマトンらしい。

 

それも日本国内消費の99.4%が輸入品。観てたらニュージーランドからも羊肉を輸入している。

 

マトンでジンギスカンって、あの匂いが日本人には合わずに羊肉は臭いってイメージが定着してしまったのに、またマトンか。

 

けど羊肉と言ってもニュージーランドでは人間様が食べる羊肉は生後1年未満のラムのみである。マトンは生後3年の羊でありNZでは犬の餌である。

 

羊肉は細かく分けると、生まれてから母親の乳のみを飲んだだけのミルクラム、1年未満でまだ歯が生えてない状態のラム、1年経過して2年目になり歯が生えてきた羊がホゲット、3年目の羊の肉をマトンと呼ぶ。

 

なので昭和の時代に牛肉を食べることが出来なかった人々がジンギスカンと言う事で毛刈りを何度も済ませた用済みの安いマトンをバーベキューで食べる習慣が出来た。

 

当時の北海道では数十万頭の羊が飼育されておりその肉を食べる為に札幌でジンギスカンが定着した。その後僕の大分県でも城島高原でジンギスカンが流行り、僕も匂いも気にせずガンガン食べたものだ。

 

けれど今では北海道の羊は一万頭と減少している。羊の数を増やすために北海道ではNZと提携して羊の大量飼育技術をまた学ぼうとしている。

 

土壌改良についてもNZの技術が次第に北海道に導入されているし、何だかNZが日本に接触しようとしているのを感じる。

 

ジンギスカンだけでなくNZの牛肉の赤肉「WAKANUI BEEF」を日本に輸出している場面もあり、おおびっくりである。

 

けど実際問題として日本人の霜降り信仰は馬鹿げたものであり牛肉の味がわからなかった時代に作られた伝説であっても本当に美味しいかどうかとは別問題である。

 

もちろん好き嫌いの問題だから口の中をネチャネチャして霜降りを食べる人はそれで良いが、NZでは本当に美味しい牛肉とはイノシン酸をガチッと含んだ赤肉であると考えて草を食べる牛肉を飼育している。

 

最近ではNZの畜産企業が東京にもステーキハウスをパイロットショップとして進出して日本人がどれだけ赤肉を食べるかの研究をしている。

 

牛肉に限らず羊肉もだが、日本人は「流れ」に拘らず自分の舌で美味しい食べ物を理解して欲しいものだ。



tom_eastwind at 15:47|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月08日

人口減少

東京で仕事開始。最初のお客様に聴かれたのが日本の人口減少だ。

 

人口減少は移民受け入れで対応と言う意見があるが僕は反対だ。何故なら日本人は村社会であり米国などのような移民社会ではないから移民が大挙して来て彼らの文化を持ち込めば必ず地元民と喧嘩になる。

 

それは欧州への移民流入による混乱やドイツにあるトルコ人街へのドイツ人の攻撃を観れば分かることだ。文化や価値観が違うと言うのはそれほど大きな問題なのだ。

 

少人数が少しづつやって来て彼らが日本社会を理解して共有した上で彼ら独自の村を作るなら良い。例えばチャイナタウンやコリアンタウンがあってもよい。

 

普段は彼らの街の中で彼らの文化で生活をするがタウンを出て電車に乗れば日本文化と価値観を理解、尊重していけば地元民と共同生活も出来る。日本人は日本にいながら時々外国人の街に行って美味しいものを食べて買い物を楽しめる。

 

では人口減少に対してはどう対応するのか?

 

けどニュージーランドは人口450万人でも国家として運営出来ている。日本の人口が12千万人が1億人になったからと言って、まだ1億人もいるではないか、十分に食っていける。

 

こういうと「いやいや、内需が減少してー」と言うが2千万人の需要が減少すると何が問題なのか?

要するに既存企業が既存の商品を既存のままで売っていきたい、その為の消費者が2千万人減るから問題と言うが、それはその企業がビジネスモデルを変換しないから問題なのだ。

 

例えば家電製品を作ってて内需が減少と言うが、元々国内にもライバル企業がいるわけでおまけに中国や韓国からの家電メーカーも進出しているわけで内需減少以前に企業間競争の問題の方が大きいわけである。

 

人口減少と言っても世界の人口は増えているわけだから日本国内でライバル企業と競合するよりも世界に出ていけば良い。自分の商品に自信があるならあとはマーケティングを強化して世界で通用する製品を作れば良い。

 

つまり日本国内だけを対象に今までと同じビジネスモデルを続けていこうとするから、つまり自分が変化しようとしないから人口減少が気になるのだ。

 

例えば米国のデュポンと言う会社は元々が黒色火薬を作る会社だった。それが1900年代にはナイロンを作り他にも様々なビジネスを創出して時代の要請に合わせて常に変化している。

富士フィルムはフィルム事業が消滅する中で、更にデジカメも減少する中で大きく事業内容を変化させて生き残った。何もしなかったイーストマンコダックは消滅した。

 

日本は元々人口が多いわけで国土の多くが山である。だからこの際中核都市にスマートシティを構築して自宅と病院の移動も歩いていける距離にして老人が老人を介護出来る老老社会を作り、そこに子どもたちの学校を作り3世代が同居出来るようにする。そうすれば今までにない新しいビジネスが必ず生まれる。

 

そこに日本企業がビジネスチャンスを探せば良い。電化製品を作ってるからそれしかやらないと言うことはないだろう。自分の企業が持つ人的資産をどう利用するかをよく考えれば必ず答は出る。

 

人口減少はビジネスモデルの転換で対応すべきであり移民政策を持ってくるのは間違いだ。



tom_eastwind at 08:56|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月07日

デパート

朝早く香港を出て昼過ぎに羽田空港に到着。ホテルに着いて荷物を置き近くの行きつけの散髪屋に行く。

 

オークランドからの飛行時間合計が約14時間で昨晩は香港到着が夜遅くシャワーもせずにそのまま寝たもんで髪の毛がバサバサなままで店に入り髪を洗ってもらい切ってもらいすっきりして、ついでにクイックマッサージをしてもらうと「おや?今日は少し凝ってますね」と言われた。

 

まあそうかもしれない、飛行機の中でずっと身体を動かせずにいたわけで身体がバリバリしているのだろう。自分では凝ってると言う気持ちはなかったがマッサージを受けると気持ち良いのでやはり凝ってたのだろう。

 

それから近くのデパート食品売り場に行き水と弁当を買って部屋に戻る。

 

しかしまあデパートの専門店フロアはお客より店員の方が多いようだし夕方の食品売り場にはお一人様用にちっちゃな料理が並び、時代は変わったと実感する。

 

ぼくが日本を出たのは昭和の最後の時代だからデパートと言えば客が溢れるほどにいて家族が賑やかに買い物を楽しみ一番上のレストラン街で食事をして帰るというのが普通だった。洋服は飛ぶように売れて屋上の遊園地では子供が遊び持ち帰り料理は4人サイズで、皆がデパートを楽しんでいた。

 

それが今ではデパートはすっかり閑古鳥である。夕方の食品売り場ではお一人様向けの小分けされた料理や弁当を売っていて一人でやって来たお一人様が一人用の夕食を買って帰る。

 

もうデパートの今までのビジネスモデルは通用しないのだろうな、人々の行動範囲が変化したのにデパートは変化しなかった。どれだけ大きな売上があろうがどれだけ地元で有名で名士であろうが、変化しなければ退場するしかない。

 

すでに地方では名門デパートメントが次々と廃業している。時代は変わるのだ。けどそれを実際にこうやって観てみると昔を知っているだけにきついものがある。

 

さあ弁当を食いながらパソコンを開いて仕事再開である。夕方外を観ると何だか暗くて強い雨だし空気は全然暑くない。てかひんやりしているくらいである。

 

連休中日本から来た人には「日本は暑いよー」と言われてたのでちょっと拍子抜けだ。梅雨前線の為なのか気温も昼間で16度くらいとか、何じゃこりゃである。

 

天気予報も外れるなら全て外れてくれれば準備も出来るのにな。



tom_eastwind at 17:01|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月06日

英国紳士

オークランドから香港へのフライトは約11時間。二次元地図で観ると東京よりずっと近い感じがするが、香港も東京もシンガポールも飛行時間は約11時間と同じである。

 

飛行機に乗って真っ先にするのが着替え。ユニクロの部屋着に着替えてスリッパ履いてゆっくりする。

 

このフライトは欧州人、特に英国人が多い。彼らは元植民地であるニュージーランを訪れて「田舎だなー」とか「空気と空が綺麗だなー」とか思いつつ英国に戻るのだが、直行便がないためどこかで乗り継ぎとなる。

 

その意味では同じように元植民地である香港は馴染みがあるので、オークランド→香港→ヒースローと乗り継ぎをすることになる。

 

この場合飛行機に乗っている時間だけで約25時間、乗り継ぎを含めれば30時間程度の長旅である。

 

船旅ならまだしも狭く監禁された機内で、飛び降りることも出来ず外の空気を吸うことも出来ない。

 

それだけならまだしも、やはり英国紳士と言うのかな、一部の男性は飛行機に乗る時も乗ってる時も乗り継ぎの時も次の飛行機に乗る時もスーツを着たままネクタイも外さず革靴のままで真面目にずっと座っている。

 

あそこまでいけばもう根性とか忍耐とかじゃないな、自分の持つ親から教えられた矜持だろうな、ほんとに大したものだと思う。

 

英国では貴族の子供の世話をするのに2人のナニ−がいると言う。一人はウェットナニ−と言って本当に子供の身体の面倒を観るのだがもう一人のナニーはドライナニ−と言って精神教育をする担当である。

 

子供は三歳までに叩き込まれた精神はなかなか変わるものではない。「戦場にかける橋」で英国軍将校達が炎天下で立ち続けていた場面のようなものだ。

 

僕にはそういう英国人のような矜持はないので自分がいちばん楽に出来る服装で機内を室内のように過ごすのだが、彼らを観ていると本当に大変だなと思う。

 

これって飛行機の機内と自宅の室内の区別だと思う。

 

日本人は旅先の旅館で玄関先で靴を脱ぎスリッパに履き替え部屋で浴衣に着替えて旅館の中を浴衣のままで過ごす習慣がある。つまり日本人にとって旅館は旅先であろうがそこは自分の室内であり、だから浴衣で過ごせる。だから僕は飛行機に乗ったらそこは旅館の中と同じでリラックスした服装になることに何の抵抗もない。

 

しかし英国人等の場合、ドライナニ−に子供の頃に叩き込まれた教育が肌に染みており、自室を一歩出ればそこは外部であり共用施設でありスリッパや部屋着などはあり得ない。だからホテルでも廊下をスリッパで歩くなどはあり得ない。

 

そういう生活を感覚で学んでいるので飛行機の機内と言えどもそこは共用施設、街を歩くような格好でいるのが当然であり、それ以外の選択肢はない。だからネクタイも革靴も当然着用となる。

 

随分と生きづらいなとも思うがそれが彼らの主義である限りこちらが口を出すことではない。

 

そんなことを考えつつ香港に向かう飛行機で映画と本をゆっくり楽しむ。



tom_eastwind at 21:39|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月05日

GYOZA BAR in Ponsonby

金曜日と土曜日は連チャンでポンソンビーの餃子バーに行く。それにしてもポンソンビーはお洒落な街になったものだ。

 

勿論オークランドのシティの中では元々お洒落な街ではあったが、それでも20年前はお店の絶対数が少なくて大体4軒の店のうち1軒がRestaurantであったから夜になると櫛の歯が抜けたような町並みだった。

 

ところが今はお洒落なRestaurantが軒を並べて競い合っている状態だ。古くからあるPregoSPQRなどの老舗も元気だし新しいお店も個性を活かしつつ頑張っている。

 

ただまあニュージーランドの場合、大人の客があまり成長していない。子供の頃に美味しいものを食べてない世代だから何が美味しくて何が美味しくないのか分からない。

 

だもんで彼らはメトロ等の雑誌に掲載されたRestaurantに行って人気メニューを味も分からずに食って、後はワインとビールで大騒ぎして「俺、この店行ったよー!」と自慢するだけだ。このあたりは一部の日本人と同様である。

 

日本で次郎ラーメンやカレーや居酒屋の食べログを書いてても要するに相手が絶対に反発できないから書きたい事を書くが、やたらに量が多くて安いものを好みそれを「コスパ」等という日本語英語で書いてるがその料理の生い立ちも知らず、更に肝心の料理を作る側の事は考えてない「ナッツリターン女王」状態である。

 

Restaurantビジネスは厳しい業界である。原価計算をきちっとやってお客に喜ばれるメニューを考案して利益を出さなければいけない。またメニューに特許はないから一つ作ればそれで終わりではなく、常に新しいメニューを考える必要があり尚且つ常連のお客のために既存のメニューの味も守っていく必要がある。

 

だからほっとくとメニューも料理方法も増えるがそれでは店の手間が増えるだけだ。Restaurantはどれだけ手間が増えても座席数は変わらない。なので売上高の上限があるなかで手間暇かければ今度は原価が上昇する。かと言って売値を上げれば客足は落ちる。

 

このあたり本当にさじ加減が難しいのだ。だから食べログ書くなら作る側の事情も理解した上で書いてもらいたいものだ。

 

さて今回連チャンで通った餃子バーはこのあたりを相当考えている。メニューを絞込み出来るだけオペレーションを簡素化させて狭いキッチンを効率的に利用している。

 

餃子は福岡式の一口餃子で具は豚、和牛等選べる。他にも一品料理があるがキーウィは子連れでやって来て餃子を珍しそうに、手で摘んで食べてたりする。

 

日本から来た餃子がGYOZAとしてお洒落な街ポンソンビーに進出してキーウィにGYOZAを食べてもらう。これで日本人の雇用が生まれ日本のB級料理が広まってくれるとうれしい。



tom_eastwind at 21:27|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月04日

不沈空母沖縄



今日が出社最終日、日曜日の飛行機で日本に向かう。朝から日本に持っていく書類を印刷したり整理したりしてカバンに入れて、自宅に帰ると今度はタンスの中の夏服を取り出す。今日のオークランドの天気は10度くらい。

 

僕の場合は日本とNZを行ったり来たりなのでタンスの衣替えがない。冬服も夏服も全部まとめてハンガーやタンスに入れている。

 

「それにしても毎回飛行機の旅、よく疲れませんね」と言われるが、僕にとっては飛行機の中の方が良い。誰にも話しかけられないから考えることなく映画や読書の静かな時間を過ごせて有り難い。

 

月曜日に東京に入りその後大阪などを回るのだが、何だか日本の空気って面白い。殆ど皆が本当に同じ動きをする。けどほんの一握りの人たちが「何かおかしいぞ」と思って人と違う動きをする。

 

そういう人たちは常に危機感を持って世間を観て政治を観て次に何が来るかを予測して対応する。第二次世界大戦の敗戦も危機感を持って日米を比較すれば勝ち目のないことなどすぐ分かる。

 

しかし多くの新聞は鬼畜米英を叫び愚民を踊らせ政府は大本営発表で踊りに応えた。そして左右の隣人が日本バンザイ!と言ってるからと自分も日本バンザイ!と言って、それを観た近くの人が日本バンザイ!と叫び、最終的には理性が吹っ飛び竹槍でB29を落とす等バカな状態に陥った。

 

それでもほんの一握りの人々は事態を冷静に判断して今何をすべきかを考え抜いて実行した。

 

それまで満州や朝鮮で商売をしていて利益も上げて自宅も建てたが、商売を売り自宅も売り日本のそれも田舎に引っ込んだ、大都会で戦勝国兵隊の直接の暴力に触れないように、食料を自給自足出来るように。

 

彼らは歴史書を読み敗戦国に起こる事態、食糧不足や現金不足、戦勝国による賠償要求と国家の仕組みの変更。

 

そしてそれは起こった。起こるべくして起こった。地震の予測は難しいが未来の歴史はそれほど難しくない。歴史を振り返り現在の状態にあった同じような街や国がどうなったかを観れば良い。同じ人間がやっているのだ、結果はそんなに大きく変わらない。

 

動的防衛協力

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防衛省が開示した文書で削除された「共同使用」や「共同訓練」を記したページには、▽キャンプシュワブ、ハンセンへの陸自1個連隊の配備▽米海兵隊の伊江島補助飛行場での上陸・降下訓練▽北部訓練場での対ゲリラ戦訓練▽嘉手納弾薬庫地区に陸海空共通の兵たん部隊を配備―などが示されています。27日に発足した陸自水陸機動団の1個連隊を沖縄に配備する構想など、一連の動きのベースになっている可能性が濃厚です。

***

 

現在国会でも取り上げられているが僕がこの文書を最初に見た時に感じたのは「こりゃまた戦前に逆戻りだな」である。違いは、ただ今度は相手が西にいるだけだ。

 

この配備構想は米軍の沖縄からの撤収とグアムで防衛戦を作るというのが一つ、もう一つは今回は自衛隊を中心に、またも沖縄を戦争の舞台にしようとしていることだ。

 

日中全面戦争は考えられないが尖閣諸島を中心とした限定戦争は十分有り得る。その時に本土に影響が出ないように沖縄に自衛隊を集中させて中国人民解放軍が上陸作戦を行うにしても、まず沖縄からと言う状況を作っておく。

 

そして沖縄上陸戦を戦いその間に中国と停戦交渉を行う。こうすれば前回の敗戦時と同様に本土に影響は出ない。沖縄で毎日戦いが行われていても本土の人間からすれば遠い場所の問題でありニュースを観て「まあ怖い、あなた、今日の夕食はお刺身よ」となる。

 

所詮霞が関にとって沖縄は大和民族ではなく日本を守るための不沈空母でしかない。



tom_eastwind at 12:46|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月03日

新大阪駅のたこ焼き

最近は新幹線を利用する機会が減ったが、新大阪駅で売ってるたこ焼きは車内持ち込み禁止だとのこと。へー、知らんかった。

http://blogos.com/article/294669/

 

勿論新大阪駅でたこ焼きを買って車内に持ち込もうとは思わない。改札口手前の店でお寿司とか神戸牛の美味しいお弁当買ってチューハイ買えば十分に幸せなので、あえて匂いのきつい、おまけにソースこぼしたら面倒そうなたこ焼きは、自分の選択肢にはないなと思ってた。

 

けれどそれはあくまでも自分の基準であり他人に「持ち込み禁止」と強制されると少しいらっとする。

 

おまけに蓬莱の豚まん迄禁止になるという噂もあり、その原因も匂い。新幹線は密封された狭い空間で、たこ焼きや豚まんなど匂いの強い食べ物は他のお客の迷惑になるとの事。

 

う〜ん、分かるけど日本人は極端に走ることがあるから、それを言い出したら弁当でさえ駄目でしょ、ましてやビールなんて酒臭いわけで駄目、チョコは甘い匂いがあるので駄目、ついでに香水臭い女性も乗車禁止、汗臭い人も駄目、いびきをかいて寝るのも駄目。そのうちブスもハゲも観てて不愉快になるから駄目なんて言い出したら一体どうするんだろう。

 

例えば銀座ウエストが最近のツイッターで子供が店内を走り回るのは、炎上覚悟で言うけど止めてくれ、この店はそんな店じゃないんだと書いて、肯定的な意見が多かったとのこと。

 

じゃあ新幹線は「晴れの場」なのか?

 

TPOと言う言葉がある。Time, Place, Occasion, 時と場所と機会、これは男性がその日のスーツを選ぶ際によく使われる言葉だ。「誰と会うのか、何故会うのか、何処で会うのか」によってスーツを選ぶ。

 

それと同じで自分が置かれた場所では何をして良くて何をしたらいけないかを把握することは大事である。

 

そう言えば電車の中にテーブルを持ち込み宴会やってた中年グループがいたり、なんかおかしいのが増えてきたので規制強化でやらないと共用施設で他の人の迷惑になるってのがある。

 

ただこれはマナーの問題と法規制の問題の、丁度グレーゾーンである。食べ物の自由?匂いの規制?タバコは?

 

これを日本だけで考えるとわかりにくいので、例えば香港を例に出すと、あの国では超ご立派なオフィスビルで働く社員でも平気でにんにく臭い持ち帰り料理をオフィスで食べている。だからオフィスはにんにくの臭いが広がるけどこれはOKである。

 

ただしドリアンだけはオフィスビル持ち込み禁止。さすがに香港人でも限度があるのだろう。

 

住宅ビルでは夏の夜遅くに玄関を開けて大きな音で麻雀しているが子供は普通にぐっすり寝てるし文句言う人はいない。

 

ニュージーランドだと、金曜日の午後などオフィスでビール飲んでたりするから匂いにはこだわらないかもしれない。

 

新大阪駅のたこ焼き、そして蓬莱。これからどんな議論に発展するか分からないが、基本は他人に気遣うマナーだと思う。



tom_eastwind at 21:59|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月02日

AIに関する間違った認識

日経ビジネスの「賢人の警鐘」で書かれていた記事で、日本証券業協会会長である鈴木氏でさえやはりこういう認識なのかなと、日本社会の古さを感じた。

 

AIは今までのパソコンの延長ではないしグーグルでもない。独自に自分で判断する疑似人間なのだ。決められた事だけをするのは機械だがAIは機械を飛び越して人間の脳みそに近づいているのだ。

 

「人間にはまだ出来る仕事がある」と言って証券業界では高速取引やロボアドバイザーが出てきてるその延長でAIを考えているが、AIは全く別物だ。

 

AIは決められた事は出来るが不測の事態に遭遇した時に対応できない」と言うが、それこそ今の日本人の多くがそうであろう。自分で考えることを小学校時代から奪われ上司の言うことに従い不測の事態には何の対応も出来ずおたおたするだけ。

 

それに比べれば、AIに最初から四書五経を入力してアシモフのロボット三原則を追加しておけば、AIの方が余程優秀な経営者になれる。

 

「火の鳥」にマザーと呼ばれるAIが独立した都市を管理するようになる物語があるが、マザーが最終的に人間に近づきすぎて人間のような感情を持ち他の都市と戦争を始めると言う、まさに笑い話がある。

 

AIに対して人間が対応すべきこと。それは人間が歴史を学び四書五経を読みアシモフを読むことだ。出来ればファウンデーションシリーズが良い。あれは本当に未来を表している。僕らがどうすれば子供に未来を残せるか、そしてその限界と次の未来をも示している。



tom_eastwind at 12:03|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年05月01日

ギブソン

これは僕の仕事とは全く関係のない話だけど個人的には非常に胸に刺さる記事だった。

 

ギターメーカーのギブソンが倒産するとの事。

 

100年以上続き、ギターの最高峰であり名門でありなにせギター一台が普通に25万円以上するわけで、ギブソンを持つだけですごいのだが、下手くそが持ってると逆に笑い者だった。

 

ナッシュビルに本社を置き、エリック・クラプトン等の大御所にも利用されて1960年代にはプロミュージシャンの誰もが一台は持ってるギターだった。

 

1970年代になり日本でもギターが不良の道具じゃないと分かりだし、街の楽器屋でも扱うようになり、その頃始まったフォークソングブームでもプロが使うようになった。

 

京都をベースとした憂歌団が福岡の天神近くの店でライブをやった時には、ビール瓶の頭を使ってギブソンをスライド・ギターみたいにしたり、それを目の前でかぶりつきで観て音を聴いて「やっぱ、すげーギターだな」と本当に思った。

 

とにかくブルースに合う音なのだ。低音と重音がすごくて、これはヤマハにもマーティンにも出せない音で、だから皆が自分の財布を観ながらギターを使い分けてた。

 

初心者はヤマハでまずギター教室に行き、その時持参するのは1万円程度の初心者用ギター。そうは言っても弦はちゃんと6本あり音もきちんと出る。ここでギターコードを勉強すると街の店に行って弾き語りをするようになる。

 

けどこの時点ですでに弾き語りの実力は年齢もギターも越してくっきりと区別されており、このような「出来る連中」は何年かするとギブソンかマーティンかってなる。そこでカントリーソングを選ぶ人はマーティン、ブルースを選ぶ人はギブソンとなる。

 

どちらを選ぶにせよ当時におけるギブソンは世界最高峰であった。

 

記事を読むと若者のギター離れ、特に20代の若者が聴く音楽がDJだったりしてギターを弾くのはせいぜいジャスティン・ビーバー、彼一人ではギブソン飯食えない、そこで多角化経営を図ったがすでにギブソンは若者の「魅力ある将来持ちたいギター」ではなくなったのだろう。

 

そだなー、世の中は変化するなー。

 

ギブソン、これからもギター部門は継続するし株主も納得すみってことなので「古き良いブルースギター」はこれからも期待したい。



tom_eastwind at 11:36|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年04月30日

海外ネット通販に消費税。

いよいよニュージーランドでも海外企業がNZに向けて行うネット販売に対しても消費税を払う政策を導入した。1年後から実行すると言うのは、要するにどう海外企業に把握させてどう正確にNZに消費税を払わせるかだ。

 

NZの場合は消費税が15%でありNZ国内の通販企業は消費税を払うが、例えばAmazonにキーウィが注文してその品物が海外からNZに届いた場合は今までは消費税はかからなかった。

 

しかしこの為にNZ政府としては毎年数千万ドルの損害を被ってきておりNZ国内企業よりも安く物販をする海外のネット企業はNZの地元企業に対する明確な営業妨害であった。

 

小売市場がここ数年で急激に変化しているのは事実だしNZが田舎だからって外国企業が消費税を払わなくても良いなんてことはない。

 

しかし現実問題として外国企業にどう課税していくのか?これから一年かけて法整備をすることになるが、Amazon等は明確に確信犯でありNZ政府の法整備と本格的に戦うのか、それとも米国などでも同様の動きがありここはおとなしくするのか、興味のあるところだ。

 

これも結局G20の動きである。国家は何時の間にかお互いの壁を越えて共闘するようになり、それが次々と法制化され、Amazonやスターバックスのような国際企業を狙い撃ちにしだした。

 

表面的には正解な動きであろう。しかし問題は米国などではG20に参加するメンバーがAmazonの元社員だったりG20に参加していたメンバーがAmazonで働いてたり、要するに官民交流が良すぎるので情報戦になっているという事だ。

 

ネット通販については外国企業が消費税を払うべきか?これはサービスがどこで提供されたかによる。外国の小売会社がNZの居住者に本やCDを売った場合、サービスはどこで提供されたのか?この場合NZ居住者がNZで本を読み音楽を聴けばサービスはNZで提供されたと主張出来る。

 

しかし外国の会社が「サービスは郵送するまでで郵送した後は何のサービスもしていない」と主張した場合、NZ政府はどう反論するのか?

 

Amazonが正面からNZ政府と喧嘩するのか、その他通販会社がどう動くのか、これはいずれ日本にも影響の出て来る問題であり興味を持って観て行きたい。



tom_eastwind at 21:37|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年04月29日

今の日本の旅行業界に未来はない。

2019年の就職人気企業ランキングにJTBが日経ビジネスでは10位、ネットでは8位になっている。他にもKNT35位とかもあったりだが、現在の日本の旅行業に未来はない。

 

現時点ではインターネットを使えない人々相手に数年は食えるだろうが、既に個人旅行はセルフブッキングでホテルも飛行機も現地での移動手段も手配出来るから大手の旅行会社から個人客が離れていくのは当然である。

 

団体旅行も1980年代のような「団体慰安旅行」がなくなりその結果として熱海の旅館群も1990年代に次々と倒産した。団体で移動する習慣が次第になくなっていった。

 

インバウンドは実態としては中國からのツアーは中国人同士の手配ですべて完結しており日本の旅行会社にお金は落ちない。

 

つまり外国から観光客が増えて日本から海外に行く観光客が増えて国内旅行が盛んになっても、それは既存の旅行会社の手から擦り落ちているのだ。

 

唯一未来があるのがMICEであるが、現在の日本の旅行業界でMICEを出来る人間は限られており、第一MICEが出来るなら独立開業するほうがやってる担当者からすれば余程自由度が高まり仕事がやりやすくなる。

 

僕は1980年代に自分がMICEをやってたので分かるが、MICEは広告代理店が得意とする分野であるから広告代理店が本気で参入すれば代理店の下請けとして仕事をするしかない。

 

例えば今年ニュージーランドで行われたワールド・マスターズゲームでは日本からもチャーター便で多くの人々がやって来たが、仕切ったのは電通である。彼らの下請けでオークランドのインバウンドエージェントが動いた。

 

では何故旅行業界は世の中の変化を見て自分たちも変化しなかったか。

 

大きな原因としては2つ。

 

1つ目は老害である。1980年代にジャンボで香港チャーターを飛ばした夢が忘れられず何時も売上と総客数だけ観て利益率を考えず航空会社からの接待に喜び、インターネット時代になったのに全く対応出来ず外国から来た予約システムや日本国内の「旅の窓口」に後れを取った。

 

2つ目はやはり1980年代からの悪い習慣であるが、お客様の要望を聴かず自分の売りたいものだけを売ってきたことである。まるでたちの悪い銀行や保険の営業マンと同じである。

 

旅行業が提案するものは旅という非日常で絵や本でしか知らない場所に連れていき、事実確認をする満足感と旅の途中に起こる色んなハプニングが楽しいのだ。

 

銀行や保険ならカネも返ってくる可能性もあるが旅行では払ったお金は絶対に返ってこないし、むしろ旅先でお土産や食事の支払いで旅行費用と同じくらい確実に使う。

 

それでも人々は旅をした、その好奇心を満足させる為に。ならば旅行業者としては顧客ご家族一人一人の旅の歴史を把握して、この家族は去年はあそこに行ったから今度はこちらをお勧めしよう、お子さんが来年高校受験だから長旅は駄目だなとか、プロとしてその家族に提案した。

 

そして団体旅行を組むならその団体の存在目的は何なのか?彼らが忌諱するものは何で彼らの興味があるものは何なのかを考えて「先生、次の旅行は、こちらはどうですか?」と提案した。

 

つまり顧客と営業担当が旅行情報を共有して営業担当はプロとして誠実に顧客に提案していた。当時はインターネットもなく旅先の旅行情報は旅行会社にしかなかったからその情報格差を利用してビジネスが成立したのだ。

 

ところが1980年代に旅行業が急成長すると同時に航空会社がジャンボジェットを導入して座席を大量に旅行会社に販売した。当時は航空会社が自前で航空券を売る仕組みを持っておらず、旅行会社に依頼するしかなかったのだ。

 

そこで旅行会社の各支店は自分の担当航空会社と交渉して香港34日チャーターを組み300人募集をコミットする。

 

一旦コミットすると支店全員が顧客に売りに行く。そうなると本当はシンガポールを勧めるべき顧客に「今は香港っすよ!ジャンボチャーター!」全然顧客の顔を見ずに自分の支店ノルマだけ考えた。

 

更に支店長クラスになると自分とこの会社と送客契約をしている近辺の旅館やホテルの社長に声をかけて「おい、旅行に行こうぜ!」とやる。相手もプロだから「悪いけど今は丁度決算やってて休めないんだ、悪いけどその旅行で支店長んとこはいくら利益が出るの?その分払うから勘弁してよ」となる。

 

そしてチャーター担当者も他社と価格競争になるから香港3448千円!とかやる。これは業界では赤字発進と呼ばれており原価計算上では一人2万円くらいの赤字が出る。

 

だから香港に到着してバスに乗るとまずは日本語ガイドが両替を全員にする。続いて現地でのオプショナルツアー、例えば水上レストランの夕食とかを売り込み、最初にネイザン通りを観せたらすぐにお土産屋に連れていき30分以上缶詰めにする。

 

夕食後はお決まりのピークに向かい、九龍側の景色を背景に写真を撮るのだが、カメラマンは地元ヤクザである。彼らがニコニコしながらポラロイドを使って帰りのバスの中で即売する。

 

もうこうなると完全なぼったくりツアーであり、顧客は旅行会社のボッタクリに嫌気が差して「もう旅行会社なんて使わない」と思ってた。丁度その頃にインターネットが発達を始めて、今までは旅行会社が独占していた旅行情報を個人が得ることが出来るようになった。

 

何だ、だったら自分で予約するよ、そんな時代に個人がホテルや旅館を予約出来る「旅の窓口」が出来て、ビジネスマンを含む多くの人々がセルフブッキングを始めた。

 

それでも老害達はネットを無視して「へ、あんなの旅行会社じゃねー!」と言ってるうちにネット旅行会社に客を取られてしまった。

 

これは丁度1980年代にHISが安売り航空券会社として成長した時に当時のJTB幹部が「あんなの旅行会社じゃねー」と言ってたのと全く同じ状況である。

 

つまり消費者である顧客の旅の気持ちを読み取らず自分たちだけの情報格差が永遠に続くと思って顧客に寄り添わなかったからだ。

 

現時点でも既存大手旅行会社の売上は毎年減少している。これから先もネットでは客を取られ団体は減少しインバウンドも利益を取ることは出来ない。

 

MICEは利益を取れるが今まで古い旅行会社はMICEの知識を社内に蓄積しなかった。

 

これで勝ち目があるわけない。

 

本当に企業ってのは規模ではない。どんなに大きくても変化出来なければ退場である。生き残るのは企業規模に関係なく、時代に合わせて変化出来るかどうかである。

 

その意味で現在の大手旅行会社があいつら老害を抱えて変化出来るか?間に合うか?到底そうは思えない。だからこれから就職を目指すのに大手旅行会社を選ぶのはお勧めではない。かと言って中小旅行会社は更にきつい。なので既存の旅行業界をその知名度で判断するのは止めた方がいいって話である。



tom_eastwind at 21:34|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年04月28日

BNZクレジットカード

ニュージーランドには大きな銀行が3つある。ANZWestPacBNZである。

 

ただ大きいと言っても所詮人口450万人の国でありオークランドも150万人の街である。北半球の日本のような規模がない。

 

その為に僕が一番困るのがクレジットカードである。例えば日本のホテルを予約する時に会社用VISAクレジットカード番号を伝えるのだけど、これが通らない事が時々ある。

 

VISAカードで前払いするのだからいいだろうと思いつつも現実にカードが使えないので個人的に使っているAmexの番号を提示するのだが、そういう時は大体において日本とNZの銀行の関係である。

 

例えばVISAと言えども実際にはこちらが予約をしている日本の会社の取引先銀行で決済をするわけで日本の銀行がNZBNZと提携していない場合、日本の銀行は受け取りを拒否する。つまりビザカードといえど決済が出来ないのである。

 

日本の銀行からすればそんな南半球の田舎の銀行で発行されたカードなど怖くて決済出来ない。別にそんなとこと取引しなくても北半球だけでやってけるもんね、となる。

 

ところがNZBNZは自分たちが大銀行と思っているから堂々とVISAカードの宣伝をする。世界どこでも使えます!みたいなものだ。だから実は自分たちの発行しているビザカードが北半球で使えない場所があるなんて信じられない。

 

当然だ、銀行の担当者は北半球に行ったことさえないから顧客から「使えなかった」と言われても「お前の使い方が悪い」で終わりである。

 

しかし現実は表面のVISAカードではなく発行している銀行同士の契約問題である。だから日本でもBNZビザカードが普通に使えるちっちゃな商店もあれば大きなRestaurantなのに使えないこともあるとなる。

 

ましてや最初から銀行がそのシステムに「海外発行のカードは利用不可」と設定されている場合があるが、これもお店の人には分からない話であるから何故使えないのか分からない。

 

こういうのは日本国内で日頃カードを使っている人からすれば「うっそ〜、ビザでしょ?使えないのは残高不足じゃないの?」と白い目で観られる。

 

日本人がいかにドメスティックかと言うべきかニュージーランドが如何に田舎と言うべきか、両方だなこりゃ。



tom_eastwind at 09:52|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年04月27日

黄砂の進撃

「黄砂の籠城」と対をなす松岡圭祐の歴史作品。

 

1900年の北京で起こった「義和団事件」を舞台にして、まずは日本側から観た義和団と約60日間の籠城戦を戦い抜く中で清朝側と欧米日露の公使団が様々な政治的駆け引きを行い、日本帝国陸軍中佐柴五郎が籠城戦の主役として活躍する。

 

しかしそれは決して単なる暴徒と公使団の戦いではなく中国人が自分を自覚するきっかけにもなった戦いでもある。

 

そして「黄砂の進撃」では義和団側から観た義和団の乱を描いている。義和団と言っても最初は各地方にある拳法団がバラバラに活動していた。それが次第にリーダーを作りそのリーダーが義和団と改名して一つの大きな組織にしたが、所詮は田舎の百姓の集まりでありまともな武器も食料もなく単なる大人数の集団だった。

 

当時は中國との戦争に勝って欧米から派遣されたキリスト教宣教師が各地方で横暴の限りを尽くし村人を改宗させ、改宗しない村人には薬を一切渡さない。宣教師が女性を犯し男を殺し村の土地などの権利を奪いそこに鉄道を敷いた。

 

それに対して何も出来ない清朝政府。そのような状況に怒った人々が集まり義和団を作ったのだ。

 

リーダーもバカではない、自分たちの兵力で欧米露日の軍隊とまともに戦っても勝ち目はない。ただ彼らは北京の公使たちに自分たちの窮状を伝えて何とかして欲しいだけだった。その為には死をも恐れない人々が自分たちの命を投げ出して戦った。

 

ところが途中から清朝政府は次第に義和団の力を認めて清朝政府の軍隊として銃を渡したのだ。これで義和団は反乱軍ではなくなり清朝政府と公使たちの国際戦争になった。

 

結果的に公使たちは約2ヶ月の籠城を戦い抜き天津の港からやって来た連合軍約5万人が公使たちを解放することに成功した。西太后等一部の幹部は服を着替えて逃れた。

 

こうやって義和団の乱を戦い抜いた人々はそれまでの義和団の反乱を思い起こしつつ、ある公使は「義和団が反乱を起こすのは当然だ。私が中国人なら義和団に参加しただろう」とも言った。

 

この2冊は2セットになっており最初にどちらを読んでも次の一冊を読むとその伏線が分かるようになっている。ただ流れからすれば最初に「黄砂の籠城」を読み、そして「黄砂の進撃」を読むほうが未来の広がりが感じられて良いと思う。



tom_eastwind at 09:10|PermalinkComments(0)