2017年04月23日

週末のプール

昨日と今日はいつもの週末のように近くのプールに行く。今日はスクールホリデイの日曜なので子供が多かったが彼らの遊ぶ場所は飛び込み台とかなので普通に練習で泳ぐコースに影響は出ない。

 

いつものコースを泳いでる時にふと水底を観ると2mくらいのところにダイビングの練習をしているグループがいた。皆でマスクとボンベを背負って10人くらいかな、指導者のサインに従って色々やってた。

 

僕はダイビングはやらないが面白いので少し潜って様子を観てた。するとグループの一人がこっちに気づいたようでにこっと笑ってサインをしてきたのでこちらもサインを返してそれから浮上してまた泳ぎだす。

 

僕の実家は海辺の漁師で夏休みに帰省するとデカイ家の庭の端っこから石を持って海に飛び込み5メートルくらい一気に沈んでから海底を楽しんで浮上したものだ。

 

あの頃はダイビング道具なんて軍隊しか持ってなかったろうし田舎の漁師には素潜りで十分。今も25メートルプールなら素潜りで反対側までいけるので重い道具を持ってダイビングを勉強する機会はないだろうな。

 

金曜日の夕方に10日間の日本出張から戻り土曜と日曜でオークランドの空気に身体を戻すのだけど、やっぱり僕にとっていちばん良いのは泳ぐことだ。

 

子供の頃からやってた事を繰り返すことで身体がすきっとして頭のなかで「お、ここはオークランドだ、明日から仕事だ、よっしゃ次の企画行くぞ!」と元気が出て来る。

 

体調を整えると言えば韓国式焼肉も同様である。土曜日の夜はワイラウロードのWANGで買ってきた牛肉で家族で焼肉を楽しんだ。ただこの店ではカウンターに並んでいるのがカルビやプルコギで、内臓は置いてないのか?次の機会に聴いてみよう。

 

平日は匂いの問題があるので食べられないけど週末はガンガン食って元気をつけることが出来るから家族で焼肉台を囲んで楽しい夕食だ。

 

僕が韓国式の本格的焼肉を初めて食べたのは1970年代の福岡の千代町にある玄風館だ。

 

当時はまだ路地裏のような細い道沿いに韓国商店が並びその並びに煙がモクモク出るちっちゃなお店、入り口の横開きをガラガラって開けると整地してない土間の地面の上に安っぽいテーブルと焼台があって、仲間数人とテーブルを囲みビールを注文して焼肉を食ってると土間の向こうの居間で遊んでる子どもたちと目があってニコニコ。

 

この店の牛肉は結構辛くて仲間の一人は白ご飯がないと食えなかったけど僕は辛いのも好きなのでバクバクと美味しい焼肉をビールでガンガン流し込んで食ってた。

 

当時も今もカロリーなんて僕の頭のなかには存在しない。僕は小学生の頃から常に体内時計で生きてきた。

 

腹が減れば飯を食う。12時だから飯を食うと言う発想はない。だから小学校で12時に食事が出るのは「こいつら俺たちを豚か馬か囚人並に扱ってるのか?」と本気で思ってたものだ。だから昔から先生には嫌われてた。

 

これは今も変わらない。人間は体調によって腹が減れば飯を食うしそうでなければ食わない。他人に立派なご意見で体調の調整をされたりましてや一日三食なんてアフォ化である。江戸時代の人間は一日何食食べてた?

 

第一食事のバランスでも朝食を重視する家庭もあれば夕食をたっぷり取る家庭もあるけど、その栄養補充のバランスはどうでも良いのか?

 

そんな時に一日のカロリー摂取量とかでスカーベッタが「今日は食べすぎたから明日走らなきゃ」って場面もあるけど、そんなの騙された戯言にしか過ぎない。人間はもう少し自分の体の声を信用すべきである。

 

カロリーで言えばぼくはいつも自分の身体が重いか軽いか、身体のどの部分がきつくてどの部分の調子が良いかを体内時計に聴いてた。

 

体内時計に合わせているので食べない時は一日食べなくても気にならない。その代わり食う必要があると思ったら思いっきり食う。

 

一日三食である必要などその合理性も含めて存在しない。ならば100歳近くになって一日殆ど食事をしない老人がカロリー不足で死んでいるのか?

 

人間の必要な平均カロリーなど食品業界やサプリメント業界がバカどもに自社商品を売りつけるために無理奴思いついたネタでしかない。現代のバレンタインデーや恵方巻きと同様であり売ったもの勝ち、騙されたもの負けのビジネスモデルでしかない。

 

こうやって余計なことばかり言うから小学校時代から先生に嫌われ社会人になってからは仲間にも馬鹿扱いされたが、けど人間ってもっと自分の身体と精神を信用するべきじゃないか、その気持は今も変わらない。

 

さあ明日からまた仕事だ。



tom_eastwind at 20:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月22日

趣味。

昨日の夕方自宅に戻り風呂に入り(ちなみに当家で毎日湯船につかるのは僕だけだ、お湯の無駄遣いと言われている)奥さん手作りの夕食と久々のTV6で地元ニュースを観て、その後ぼくは一人で寝室のテレビで日本から買ってきた邦画2本を楽しむ。

 

奥さんも龍馬くんも数年日本に住んでたわけだがオークランドでは日本の映画を観ることが殆どないので邦画を観る時は大体僕一人だ。

 

昨日観たのは「闇金ウシジマくん」の3とファイナルで、どちらも娯楽と思えばそれなりに楽しいし下手な香港映画のような筋書きデタラメってのが“まだ”少ないのでつっかえずに観られる。

 

勿論それでも多くの普通の人々からすれば「あり得ん!」とかな作品である。原作である漫画にしても「うっそー!」であろう。

 

けれど時には事実は小説よりも奇なりであるのは僕が生きてきた時代の中で観てきたので、どこが作り込みでどこが事実かは何となく分かる。

 

テレビ局が製作委員会で映画作るのは「海猿」あたりでテレビ番組では使えない予算でテレビ番組並の一般視聴者向けの柔らかさがあって良いと思う。

 

テレビ番組の劣化問題はまずスポンサーの減少で予算がなく番組が下らん芸人を並べてバカな話を偉そうな顔でアフォーな事を言わせるところから始まったわけで、ならば最初からカネがあればいいじゃないかって話である。

 

闇金で言えば大阪ミナミあたりを舞台にした漫画が原作になって映画化されたものもある。

 

高校生と喧嘩を絡ませたものならビー・バップ・ハイスクールやパッチギなどがありどちらも痛快で笑わせてくれる。

 

 

それなりに当時あった事を基礎にしてそこから面白おかしく戯画化しているのは読めば(観れば)分かる。深窓の令嬢には観たことがなくても世の中にはそんな現実だってあるのだ。

 

僕が幸運だったのは小学生から本を読む習慣があったのと貸本屋で少年ジャンプの発刊、マーガレットやセブンティーン、カムイ伝、火の鳥、ジョージ秋山等漫画が最高に独創性と当時の社会の写し鏡になっていた時に触れることが出来たからだ。

 

同時に米国から早川書房がSFを紹介することで子供心ながら世の中には色んな価値観があることも何となく感じて、だからどんな書物でもそこに文字や絵があれば何の屈託もなく手にとって読むことが出来た。

 

そういう視点だからこそ志賀直哉や川端康成が政府や教育委員会に受けても下らん作品であり自己中なのを感じたし山崎豊子、五味川純平、山本周五郎等の、本当に社会と読者に主眼を置いた作品の奥深さと豊かさに学べたものだった。

 

だから野坂昭如が自身の事を「俺は売文家だ!」と言うのもよく理解出来たし文章を売って銀座の山口洋子の店で馬鹿騒ぎしたのもさもありなんだし筒井康隆が彼独特の視点で十分な皮肉を混ぜ込んだ文章を読んでも「そっかー!」と笑える。ちなみにこの二人の作品を当時の文学青年少女に紹介すると蛇蝎のように嫌がられた記憶がある。

 

特に当時のジョージ秋山はしょっちゅう神奈川県教育委員会及びPTAの奥様連中を怒らせて阿修羅に至っては遂に発禁になった。

 

阿修羅はたしかに今読んでもグロい。けど人間の極限の真実と言う意味では大岡昇平とどう違うのか?

 

第一PTAは戦争小説を読んだことがあってジョージ秋山を批判したのだろうか?脊髄反射で自分の無知を晒すとはこういう事である。

 

ただそうは言ってもこれだけ切り出して観ればたしかにグロいわけでそれは今回買った映画「ミュージアム」も同様である。

 

小栗旬と妻夫木が主演する作品であるが、当時の神奈川のPTAの皆さん、これは発禁にしますか?今の時点でそのような意見が出てないのは、二人共イケメンだからOKだってか?どうせその程度の知性であろうと推測する。

週末で一気に買ってきた映画観たのは、平日にはあまりゆっくり観る時間ないし5月後半の日本出張も決めたので頭がまだ日本にある間に観ようと言う発想。けど3本ともそれなりに現在の日本映画のことが分かってよかった。

 

子供の頃から趣味は読書と映画。今も変わらんな。



tom_eastwind at 15:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月21日

オークランドに戻る。

昨晩は羽田から香港行きの飛行機が35分遅延した。僕の香港での乗り継ぎ時間は当初1時間しかなくていつもかなりぎりぎり。

 

それが更に35分の遅延だからこりゃまずい、降機口が開いて香港空港の広いゲート間を徒歩で移動しても25分後には次の飛行機が出発する。

 

飛行機がゲートで停止すると出口で係員がオークランド行きのお客様はお早く移動をお願いします。はい、自分の身は自分で守りますってことで急ぎ足で周囲を観つつ乗り継ぎゲートに移動してオークランド行きの搭乗待合室に着いたのが出発10分前だ。

 

何とか間に合ったなと思ったら今度はこの飛行機が空港混雑のために1時間遅延。香港の天候不安定と最近の就航便の急激な増加により出発準備が出来ても滑走路の順番待ちが発生しているのだ。

 

まあいいや、この飛行機に乗っていれば取り敢えずオークランドまでは寝てる間に行ける。と言うことで早速映画を観ることになる。

 

一昔前だと映画を観ることが出来るのは飛行機が離陸後しばらくしてからだったが今は機体の性能向上で地上にいるときからヘッドフォン付けて映画を観られる。

 

頭が疲れてたのであまり難しいのは不要、ベン・アフレックの「アカウンタント」にする。

 

ベン・アフレックは好きな俳優だった。アルマゲドンでのブルースウィリスの共演も実に良かった。けれどその後彼がパールハーバーに出演したことで急に興味を失った。ベンよお前もかって感じである。

 

けれどそれから何年も経ったし今日の映画メニューの中では一番気軽に楽しめそうなので”Accountant “にしたのだ。

 

映画自体は楽しめるものでベン・アフレックが自閉症の役である。最初の場面で子役が自閉症をやってるのだが、おお、これはかなり本格的にきついな。

 

その後彼が会計士となり大手企業の監査をすることになり物語はここらから本格的ミステリー・サスペンスになる。

 

そして中盤からは主人公の知られなかった過去が現れ彼が単なる会計士でないことが少しづつ現れてくる。

 

等と遅い夕食を挟みながら映画を楽しみそのまま寝る。

 

今朝は到着の3時間前に目を覚まして、つまり機内では5時間程度寝てカバンからパソコンを出してネットに繋ぎメールとニュースチェックをする。

 

いよいよこれが癖になってきたな、まあいいや時代の進歩に合わせて自分も変化しなくちゃと思いつつスタッフからチャットが入る。

 

普通にやり取りした最後にスタッフから「あれ?もう自宅に到着したのですか?」「まだ機内です」と言うとスタッフ、「すごい時代だ」。

 

本当にそうである。インターネット前と後では全く世界が変わった。いつも言うことだが人間が生き残ろうと思ったら目の前の状況に合わせて変化するしかない。生き残るのに規模は関係ない、変化出来るかどうかがすべてだ。

 

僕は周囲に「いつも言うことが違う」と言われる。朝令暮改であり昔は悪い意味で使われた。しかしそれは日本が鎖国していた時代の話であり現在のように変化の激しい時代では変わらない事が危機を呼ぶことになる。

 

変化を面倒くさがり言われた事でだけしか考えない人は自分の仕事量が増えるし自分で考える必要が出てくるので「それって朝令暮改です」と訴える。

 

どうぞどうぞ、自分が負けたければ死にたければどうぞ、何にも変化せずに同じ生活を続けて下さい、大きいだけでは生き残れなかった東芝やシャープのように。

 

確かに昭和後期までは戦後の軽武装好景気もあり企業は人口ボーナスにより作れば何でも売れた時代であり大手企業は古くから使われる仲間言葉である「思料する」が通用した。

 

皆が同じような車に乗り同じような家に住み同じような電化製品を揃えて1970年代には人々の顔が晴れやかであった。だって明日は今日より良くなるんだもん。

 

1980年代には一億総白痴、ではなくて一億総中流と言われて世界の状況を無視して何も考えずに平和な時代を過ごすことが出来た。

 

ただこれが上手く行ったのは敗戦体験のある優秀な官僚や政治家が日本のために一生懸命に働いた結果が70%であり国民の気概と創意工夫で構築されたものは30%と言って良い。

 

そしてバブル崩壊と共に日本は失われた20年に突入することになる。ここで労働者の意味は根本的に変質した。個人の労働市場における価値だけが生き残る基準となったのだ。

 

自分を変化させることが出来た人々は生き残った。けれど変化を恐れて企業にしがみつき自分の労働者としての価値を高めるように変化しなかった人々は滅びた。

 

次代(時代)を読むだけでは意味はない。読み理解してさあ自分がどう対応するか、それが自分を変化させるという事である。

 

日本と言う国はそこに住んでいる人々を無視して変化し続けている。

 

今も毎日変化し続けている。



tom_eastwind at 15:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月20日

日本出張終了

東京ではずっと天気に恵まれ富士山も観えた。4月に富士山が観えるのは有り難いものだ。

 

今回の日本出張で感じたのは東京の景気が良い事と安倍首相が元気な事だった。一強多弱と言われて久しいが国会論戦を観ると猫が虎の顔を引っ掻こうとして「ぐお!」と吠えられてびびって逃げてであり、一強多弱それもさもありなんである。

 

ただ気になるのは日本が2020年から下降曲線に入ると言う人たちは多いのだけど、では彼らは自分や家族のためにどのような準備をしているのだろうかという事だった。

 

色んな場所で話をしながら今の東京は景気が良いけど2020年以降は落ちますねと言ってる人々が何故かその顔に悲壮感がない。

 

2020年って後3年後なのに何故か他人事の評論家のように日本の未来を批評しているけど、ではその時になってあなたやその家族はどうするのか?

 

年金制度が実質破綻して今後受け取る額が極端に少なくなり老後の資金として期待出来ない。医療制度も変化して個人負担を求めることになる。学校費用も今後大学に行くことを考えても奨学金制度に問題が出て奨学金を返せない若者も増えている。

 

それに外に目を向ければ「今そこにある危機」が北朝鮮問題であるが10年単位で観ればやはり中国である。

 

いずれ近いうちに朝鮮半島は実質的に統合されてその支配者は中国となる。そして中国は朝鮮半島を南下して日本海を挟んで日本と直接対峙することになる。

 

その時には沖縄などの中国に近い島々がどうなるのか?また日本海の日本領海は中国の論理でどんどん押し込んで来るだろう。そうなれば確実に限定戦争が起こる。それに伴い中国に進出した日系企業とその社員家族はどうなるのか?

 

その時に向かっての準備は出来ているのか?社会の大きな変化と個人生活の大きな変化、この波を乗り越えていけるのか?

 

たかが3年されど3年、準備期間としては決して長い期間とは言えない。



tom_eastwind at 16:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月19日

大手町

今日は大手町で会議。このあたりは本当にどのビルもでかくてきれいだ。ロビーなども近代的で何せエレベーターの前には専用通路があってカードがないとエレベーターホールにも行けないくらい保安もしっかりしている。

 

何せ日本の超巨大企業の本社があるわけで当然といえば当然だが日頃田舎のオークランドで仕事をしていると雰囲気が違ってビルに飲み込まれてしまいそうな威圧感である。

 

ビルの前に停まってる車も全部黒塗りのハイヤーとか豪華であり軽自動車が入り込む雰囲気ではない。

 

ビルのオフィスフロアも随分立派であり、そりゃまあ当然っちゃ当然だ、日本の真ん中東京ですだもんな。それにしてもオークランドの田舎さが実感する。

 

向かいには生まれて初めて観る経団連ビルがあり「おー、ここがそうかー、日本の大企業の総本部だー」と思う。とくに不思議だったのがビルの外壁にふくろうみたいな鳥の像があり「ありゃ何だ?」と思った。

 

仕事は1時間で終わりそこから地下を歩いて東京駅まで移動。しかし東京ってのは凄いな、隣の駅が地下通路で繋がっている。おかげで随分足の訓練にはなった。

 

東京の人の方がオークランドの人よりも足が強いな、毎日これだけ歩くんだから。何せオークランドでは靴履いて自宅のガレージから出て会社の駐車場からオフィスまでは歩いて1分、1ブロックもないから歩く距離が全然違う。

 

今日で東京の仕事も最終日。最後の日に日本のど真ん中の雰囲気を味わえて楽しかった。

 

明日は羽田から香港経由でオークランドに戻る。

 

今回はやること多くて長い一週間だった。けどオークランドに戻ったらすぐに仕事だから休むのは機内のみとなる。



tom_eastwind at 21:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月18日

Anywhere, Somewhere

英国で生意気面白い話があった。

 

Anywhere, Somewhereとは、Anywhere=どこでも, Somewhere=どこかで。


この言葉の意味するところは「どこでも生きていける人々」と「そこでしか生きていけない人々」である。

 

英国の優秀な大学を卒業した人はその学歴と人脈により世界中どこでも仕事を見つけて生活が出来る。けれど学歴の低い人は自分の生まれた街から出ていく事が出来ず、地元に残った小さな仕事に就くしかないと言う意味らしい。

 

これは、どちらが幸せかという話ではない。ただ選択肢を持てると言う意味では幸せに近づく道を複数持っていると言う意味でAnywhereの方がぜいたくはであると言うことだろう。

 

日本に生まれて日本語で生活をする普通の日本人にとっては「一所懸命」が一番大事だと教えられるが英国のように海外に山ほどの植民地を持っていた英国民からすれば雨が多くて暗い英国で生活をするよりもインドやシンガポールあたりでのんびりと過ごすのが良いと思うのだろう。

 

どんな場所で生まれてもその場所を自分に住みやすい場所にするのが良いか、それとも自分が生きやすい場所に移動するか決めるのは本人である。

 

英国流の生意気な話であるが戦う場所を自分に有利な場所にするという意味では選ぶ要素をたくさん持つ事は贅沢というよりも正しい戦略であるだろう。



tom_eastwind at 18:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月17日

監視社会

テロ防止法に関して今日の国会で議論やってる。決算行政監視委員会の審議の場で民進党がテロ防止法を追求しているが、安倍総理が実に上手く切り返している。

 

1・この場は決算行政監視委員会であり法務委員会ではない。

2・テレビ中継があるからと委員会の趣旨に関係ない話で名前を売りたいのか。

3・質問に関する事前の質問主意書の詳細説明を拒否したのは民進党であるのにこの場で詳細の質問をしても法務省は準備も出来てないので答えられないのは当然である。なのに「答えられない」ことを問題とするのはおかしいのではないか。

4・テロ防止条約は国際法であり法務大臣は国内法の担当である。質問する相手が違うのではないか。

 

これで質問した民進党の質問者山尾志桜里氏は「ち、しまった」と言う顔で蜥蜴の尻尾切りのようにさっさと捨て台詞だけ残して質問終了。あ〜あ、残念な人だ。

 

それにしても何で民進党はこうも議論が下手なのだろうか?やはり民進党は裏で自民党と組んで菅官房長官から領収証の不要なカネをもらっているのかと疑わしくもなる。

 

民進党もドミノ倒しのように議員の脱出が続いているが誰しも優秀な政治家を目指しているわけで沈む泥舟にしがみついて自分の経歴を泥だらけにしたくもないだろう。こういうのは今後未来の歴史書に「あの時民進党はタイタニック状態に陥って議員の脱出が続いて遂に党はまたも散開崩壊した」とでも表現されるのかもしれない。

 

しかしテロ防止法案と呼ばれる現在議論されている法案自体は間違いなく戦前の治安維持法であり国民を監視カメラ、通信傍受、張り込み等をして犯罪を実行しなくても犯罪行為として取締をする法律である。

 

しかしながら脊髄反射しか出来ない人々が自分のやってることの法的意味も理解出来ない社会ではお上が愚民を管理するために治安維持をするのはある意味当然である。

 

例えば赤ちゃんが寝ているベッドを他の部屋からでも見えるようにビデオを取り付けて事故が起こらないように赤ちゃんの監視をする。

 

例えば路上に監視カメラ等を設置して無差別殺人や誘拐事件などの既に起こった犯罪の効果的な逮捕に利用する。

 

そして例えばオウム事件のように事前に危険を予知出来る団体がいる場合は傍聴などの捜査で事前に犯罪が発生するのを防ぐ。

 

従って法律の存在意義そのものは今の日本社会にはきちんと存在するのである。問題は法律そのものではなく法律を運用する側にあるのだ。

 

英国は既に監視社会であり米国主導で開発された通信傍受設備のエシュロンは世界で飛び回る全ての通信情報を監視しておりこれによりアルカイーダやISの位置情報も入手してこれがドローンの攻撃の際に利用されたりもしている。エシュロンはニュージーランド、豪州、カナダにも設置されている。

 

社会は人間が共同して生活することでより良い生活を築く事が目的である。その為に個人はある程度自分の欲望を抑える必要がある。自分の正義は他人の正義とは違う、だから集団で話し合って法律を作り不満でもその法律に従って生きることを要求する。

 

法律が納得出来なければ自分が法律を作る立場になるか他国に行くしかない。そのどちらも選ばずに国内で反対を実行すればこれは法律違反であるから取締の対象になる。

 

だから大事なのは監視社会をどのようにして人々の生活に有意義に利用出来るかを考えて法律の精神に植え込み国民一人ひとりが法律の運用状況を常にチェックすることである。

 

その為には国民一人ひとりが自分が国家の主権者であるという意識を常に持ち公権力に流されること無く対応していくことが要求される。

 

しかし自分の頭で考えることの出来ない脊髄反射族には自由を要求する権利も力もない。そんな人は監視社会で生きてる方が安全と言える、何せお上がいつも原発のように安全を守ってくれて一挙手一投足を決めてくれるのだから。

 

それでも一番ばあかで脊髄反射でブーメラン攻撃で自滅をする民進党よりは愚民でいるほうがましかもしれない、そんな事を思った国会中継だった。



tom_eastwind at 17:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月16日

4月16日個人面談

今日の個人面談は偶然だが30代のご夫婦が続いた。

 

この年代は人生のキャリアチェンジが出来る最後の年代であろう。

 

40代になると会社でも個人生活でもそれなりの地位になり責任もあるだろうし地域に根ざした生活をすべて投げ打って家族と共に移住と言うのは流石にきつい。

 

なので当社のお客様の年齢層は30代社会人か50代後半の起業家や経営者となる。今の40代は生活の場所が固定されてる分移動という選択肢が取りにくいのも事実である。

 

但し移住に大事な要素はたくさんあるけど何より普通の人々にとって絶対に必要なのは移住のための資金である。なので今回もこの点を強調した。色んな移住を観てきて分かったのは、カネのない移住に成功の可能性は少ないと言う事である。

 

実は移住に成功と失敗の基準を作ることは難しい。どこかの時間で成功と言う到達点があるわけではないからだ。けれど到達と自分で感じるまでの道のりに必要なのが車を走らせるガソリンである資金である。これがなければ確実に移動のための車は止まる。

 

例えば永住権を取れば成功なのかと言うわけではなく、そこから後の人生で希望する収入を得ることが出来ず折角子供は地元の学校に馴染んだのに何時まで経っても持ち家を買えなくて高い家賃に苦しめられて日本に戻ることもある。

 

長く住めば良いと言うわけでもない。永住権も取れた、仕事も上手く行って持ち家も買った、けど何時の間にか職場の若い娘と良い仲になり奥さんと派手に離婚、子供を連れて日本に戻られて慰謝料の支払い。これで移住が成功したと言えるのか?

 

移住もした、家族とも仲が良い、持ち家もある、収入もある、けれど子供が日本語をきちんと話せず日本のおばあちゃんに可哀想な気持ちをさせる、これも笑いと悲哀を含んだ困ったものだ。

 

ちなみに昨日の英語の先生に教えてもらったが、英語と日本語は相性が悪いそうだ。どっちかが上手くなるとどっちかが苦手になるとの事。だから子供にとって周囲からバイリンガルと言われても実は本当の意味のバイリンガルになることは難しい。

 

これは僕も感じている点だ。何故なら日本語の根っこの部分には中国文化があるし仏教文化を基礎にしているからそこを学ばないと日本語の言い回しを覚えることが出来ないけどNZにいては学ぶ機会はない。まさにお釈迦様でも知りますまいって事だ。

 

同時にNZに住んでても両親が日本人である場合地元キーウィのキリスト文化を学ぶ機会は少ない。ましてやシェークスピアを自宅で朗読する機会もない。ところがやはりある程度の会話になるとNZではラテン語とシェークスピアが出来るかどうかで語彙が変わる。

 

移住とはあくまでも家族で幸せになる為の一つの手段であり目的ではない。目的は幸せになることだ。だから移住と言う手段に対して成功か失敗かと言う定義を作ること自体にはあまり意味はない。幸せに至る道は移住だけではないからだ。

 

父親が死ぬ時に幸せなら、その時初めて父親にとって「移住して良かったかも」となるのではないかもしれないがその子にとってはまだ人生は始まったばかりであり「親父のやろー!」と思ってる間は移住が成功とも言えない。

 

その意味で移住に成功も失敗もない、それは道路を右に曲がったか左に曲がったかだけでありそこから先の道路をどう運転するかが大事なのである。

 

けれど手段としての移住であってもそれを自分の一回の人生で何度も繰り返してみて分かったのは、移住資金が十分であればあるほど移住と言う手段を有効化出来ると言う事実である。

 

僕の場合人生で4回の落下傘移住をしたわけだがどの時も潤沢な資金などなく頼る人もない落下傘降下なのできつい思いをした。けどいつの時も運良く落下した街が丁度地景気が良くなり始めててとにかく一生懸命働きさえすればどうにかなっただけだ。

 

1979年の福岡は日本のバブルの始まりであった。中洲が賑やかになり始めた頃である。あっと言う間に中洲の大通りが週末になると並んで歩けないくらい酔客で混み合うようになった。

 

1988年のクイーンズタウンはバブルに沸く日本からハネムーナーがジャンボに乗ってやって来て空前の観光ブームが始まっていた。

 

1991年の香港は中国返還景気でハンセン指数が2倍になるほどの好景気が始まっていた。日系大手企業が超円高で中国の広州や珠海、深センに次々と工場を移し僕が働いていた香港日通は全ての部門が毎日が戦争なほど忙しかったものだ。

 

1996年のオークランドはデビッド・ロンギとロジャー・ダグラス蔵相の「ロジャノミクス=市場の自由化」が成功して1980年の国家のデフォルトから復活してプライマリーバランスが黒字化し始めた頃で成長する景気に合わせてシティ内の建築規制が変わり高層ビルが立ち始めた時代だ。

 

しかし2017年現在のオークランドのように景気は良いけど同時に腕の良いプレイヤー、つまり世界から集まる優秀な労働者がいる街で後から来た日本人が良い給料を得るのは難しい。

 

だから最初の5年位は仕事がなくても食っていける資金を用意することは必須である、もし離婚されたくなかったら、であるが。

 

但し上に書いたようにカネでさえも幸せを保証するものではない、あくまでも家族の幸せを作るための大事な要素であるってだけでカネがあれば幸せになるってのはあり得ない。

 

どこかの生命保険会社の宣伝であるが「何である?愛である。」

 

カネで愛は買えないが子供のための保険は買える。移住資金もそれと似たようなものかもしれない。



tom_eastwind at 14:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月15日

主語なき日本語

今日の個人面談では面白い話を聞かせて頂いた。

 

「英語の文法を理解するのにはキリスト教の理解が必要です」。

どういう事か?

 

日本語で例えば男性が横にいる女性に主語なしに「好きだよ」と言ったら女性がこちらも主語なしに「好き・・・」と答えた。誰が誰を好きなのか主語がないし相手が誰か分からない。

 

「そんなん二人っきりなんだから他の人がいるわけないじゃん!」と思うだろうが、これが英語だと通用しない。

 

英語で“Loving !”とだけ言っても全く意味は通じない。誰が誰を愛しているのか? ”I love you”で「僕は君を好きだよ」になるし、  “I love you too”となって初めて「私もあなたを好きよ」となる。

 

何だかこんな事書くと意味不明かもしれないがここで冒頭の「キリスト教」の考え方が出て来る。

 

キリスト教においては「人は人を騙せても神は騙せない」と言う考え方がある。人間同士だとお互いしかいないけど神様は常に天の上から人々の行動を観ている。

 

そしてその人間が死んだら天国に召されるのだがその時天国の入り口でその人間が生前に行った行動が審査される。つまり天国は常に地上の人々を監視しているのだ。

 

だからこそ人間は普段の生活でも自分の目の前に一人しかいなくてもそこには常に神が一緒に座っている、つまりいつも3人なのだ。だから神様にも分かるように主語や伝える相手を明確にする必要があるのだ。

 

「好きだよ」

「それってあたし?それとも神様?それとも神様が私を好きだよってあなたが代弁してるの?」

 

他にもこの方は英語の専門家で英語について日頃考えもしないことを色々と分かりやすく教えてくれた。この方は元オークランド在住の方で昔話にも花が咲く。

 

10年以上前にオークランドを離れた人々には今のオークランドの発展はまったくもって想像不可能である。

 

アルバニーはその昔細い高速道路から山道に入るとそこは全く光害がなく星がキレイに見えてたとか、今のアルバニーからは想像もつかない話である。僕は星が観えてた時代も記憶にあるし現在の不夜城のようなアルバニーも知っている。

 

僕も主語を省いて日本語を話す人をよく見かけるのだけどご本人それを悪いと思ってない、むしろ「当然だ何を言ってるのだ?!」と怒り出したりする。

 

この人にとっては自分の世界が全てでそれ以外の世界は空想としても理論の勉強としても現実問題としても一切頭に入れようとしない。「わたしが言ってるのだ、何が間違いなのだ!」となる。

 

そんな事を思いだしつつ今日は個人面談とは言いつつも楽しい時間が過ごせた。



tom_eastwind at 19:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月14日

瀬島龍三とトム・ウエイツ

山崎豊子原作の「不毛地帯」をフジテレビがテレビ化したのが2009年。うちの会社でDVDは買ってたが観るのは先週が初めてだった。日本出張前に全部観ておこうと思い週末金曜の夜から日曜の夜まで一気に見終わった。

 

良いドラマだと思ってたが観る機会がなく今日になったが、何が一番びっくりしたかと言えば各回の最後に流れる野太く乱暴な声の歌だった。

 

番組自体は唐沢寿明が主演しており顔は軽いが演技が重くて好感を持てる。何より周りを固める俳優たちが実に良い。フジテレビ、あの頃は強かったよなー。

 

瀬島龍三がモデルとなっているが実際には色んな人々の話が混じっていて、戦争を挟んだ時代に生きた人々と戦後の人々、戦後起こった様々な事件が表裏一体となって様々な事件を作り上げ戦後の歴史を書き上げていく。

 

これだけたくさんの社会的政治的事件を書こうとすると事実だけを列記することは可能でも時代の内側の人々の気持ち、苦しみや悩みを時系列で書こうとするとどうしてもフィクションにするのが一番良い。

 

そこでフィクションに一番近いノンフィクションの瀬島龍三を持ってきたのはさすが山崎豊子である。

 

冒頭のシベリア抑留の悲劇とその裏にあったかもしれない国同士の駆け引き、この場面は実によく書かれており見応えがある。

 

そこから復員軍人として日本に戻り瀬島龍三は参謀の鋭敏な知識と能力を発揮して商社で内部に反感を買いながらも自分の信じる日本復興に力を注ぐ。

 

当時敗戦を体験した元軍人にはなんとも言えない鬱積した気持ちがあった。戦争中は軍隊と天皇を信じて戦い戦後は敗戦の責任の一端を感じながらも異常だった軍隊組織への反感を抱え愚痴をこぼせるのは海外の激戦地を生き残った仲間たちと開く戦友会の場だけであった。

 

しかし同時に戦前の教育を受けながらも戦後の日本を罪滅ぼしの為にも何とか良くしようとした元軍人も居た。瀬島龍三はその一人である。どれだけ毀誉褒貶があろうと彼だからこそ出来た戦後の復興がある。

 

商社、メーカー、政府、それぞれ立場は違って自己の昇進のみを考える人々や男同士の嫉妬と言う実に馬鹿げた事に血道を上げる人々も現れる。

 

この作品は何度も映画化されているしこのテレビ番組も実によく出来てた。日本の戦後を理解する上で一度は読むべき観るべき作品である。

 

ただ、番組の最後に聴こえてきた声、僕は正直ここに一番びっくりした。

 

この声、知ってる。日本に住んでた時、昔聴いてた声だ。

 

あ、この声・・・何よりもその声は物悲しく地底を引きずるような吠え声であり、、、あ、トム・ウェイツだ!

 

「トム・トラバーツ・ブルース」

 

1976年の作品であるが、まさに僕はこの頃だみ声のトム・ウエイツを暗くした場所で聴いていたものだ。

 

彼の作品はどれも暗くブルースでありそれ以外歌えない。当時のレコードでもあまりに極端過ぎてレイチャールズよりも憂歌団よりもブルースだしトム・ウェイツ独特の世界を作り上げていた。

 

それから僕は日本を離れてトム・ウエイツを聴く機会がなかった。何せ80年代当時のニュージーランドは明るい歌や音の大きな歌が主流であり米国の売れない泥臭い歌手の歌などかける店もなかった。

 

香港に住んでた頃もあそこは当時英国植民地だったので表はビートルズ、裏はエリック・クラプトンやローリング・ストーンズであったから地元の英国パブで米国の歌がかかることはあまりなかった。

 

オークランドに移住した時はまだyoutubeは存在せずGoogleもなかったし街中のレコード屋は売れない米国のCDは置いてなかった。

 

それに僕も毎日忙しくてトム・ウエイツの事はすっかり忘れていた。実は同時に僕は80年代後半から90年代の日本の流行った歌を殆ど知らない。

 

YoutubeなしにNZに生きるという事は相当の意識がない限り時代から取り残されるのは間違いない。

 

だもんで最近は一人でいる時はyoutubeを流しっぱなしにして「失われた時」を少しでも取り戻そうとしてBarbee boysの格好良さもすっかり気に入って聴いている。

 

そんな時にトム・ウェイツのテーマソングが日本のテレビ、それも山崎豊子原作に使われたのに正直びっくりだったから、番組の良さも当然だったけどそれ以上にトム・ウェイツの出現がこのDVDで一番印象に残った。

 

それにしてもこの番組を作ったプロデューサー、よくもトム・ウェイツを知っていたものだ。同時代の人間なんだろうかな。

 

歌の中に出てくる「Walting Matilda ワルティチング・マチルダ」はワルツの歌ではなく豪州の民謡である。田舎の原野を放浪する男を歌っているのだけど、これまた物悲しい歌である。豪州では古くから人気があり「国歌でもいいんでねーか?」と話に出るほどオージーの根の暗さを物語っている。

 

それにしても良い歌を久々に堪能出来て(何せ毎回最後まで聴いていた)満足な週末だった。



tom_eastwind at 11:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月13日

家畜輸送機

日本でもニュースになっているユナイテッド航空のオーバーブッキングで乗客引き釣り下ろし事件であるが、航空業界ではオーバーブッキングは常に行われている。

 

僕がいつも利用するキャセイ航空でも空港カウンターで受付をしている担当者が時々行列の中に入って聴いてることがある。

 

チェックイン担当者がチェックインの為に並んでる人達の列へニコニコしながら寄ってきて「ねえ、明日のビジネスクラスに乗らないか?今晩の宿泊代も出すよ」とやってる。

 

これは航空業界では何も珍しいことではなく昔からいつもやってたことだ。

 

僕が旅行業界に入った頃は国内線予約をする時は各航空会社の専用端末がありこれがまだ番号制であった。つまり予約をする際は日付と便名と区間を入れると席が取れると番号が出てくる。

 

航空券は手書きで発行するがその時に予約番号を記入するのだ。

 

現在はPNRと言う方式で名前を入れて予約をすることで他の人が使えないようにするのだが以前はこの番号だけで予約が取れたのだ。

 

そこで質の悪い旅行会社の連中等はお正月など予約が取れない日時については予約番号を予測して手書き航空券に番号を書き込みお客様に渡す時に「必ず1時間前にチェックインして下さいね」と伝える。

 

航空会社も名前ではなく予約番号なので番号があればとりあえずチェックインさせる。一旦チェックインした搭乗客を下ろすのは大変なので後から来た同じ番号を持っている搭乗客をオーバーブッキングとしてチェックインを拒否するのである。

 

後から来た客は自分の予約が取れてない事にびっくりするが航空約款では航空会社は搭乗拒否が出来る。

 

勿論航空会社も後で調べて旅行会社が質の悪い事やってるのが分かった場合は相当厳しく抗議するが当時は旅行会社抜きでは航空券は売れず航空会社としては痛し痒しであった。

 

今ではこんな事は出来ないが昔はこういう航空券の事を「紙飛行機」と呼んだものだ。

 

しかし今回のUAのオーバーブッキング対応は実に話にならん。元々UAなど米国系航空会社は一体誰が金払ってるのだと腹が立つくらい昔から対応が悪かった。

 

特に女性搭乗員機内キャビンアテンダント等は酷いものでアジア人等は人間とも思ってないのか、機内で食事を配るのもまるで動物の餌やりだし飲み物を一杯出したら後は何もせずに機内後部の座席に仲間と座り込んで座席をどーんと倒してワイワイやってた。

 

乗客が英語出来ないと完全にバカにして「何で英語が出来ないんだ!」と怒り出すようなのもいた。本当にアタマが悪いのだ。なので僕からすればNZ航空よりも嫌いなのが米国系航空会社である。

 

乗客の引き釣り下ろし役をやったのは今回はUAではない。しかし自分とこの交代搭乗要員をあからさまに優先するのはまさにバカの真骨頂である。

 

他にいくらでも方法があっただろうにマニュアル通りの作業しかせずに自分たちが手抜きした事で問題が悪化した。一体どっちを観て仕事をしているのだ?

 

日本ではオーバーブッキング自体を「やだー!」とか「うっそー!」とか言ってるようだから今回の事件をオーバーブッキングの問題と捉えているようだが、飛行機と言うのは必ずドタキャンが出るものであり効率的に搭乗率を上げるためにはオーバーブッキングは必要である。

 

そうでなければ毎回座席に空席が出てしまいそうなると航空会社は運賃を上げる必要がある。つまり安い運賃を出すためにはシステム的に一定のオーバーブッキングを入れておくのは当然の戦略なのだ。

 

今回の問題もUAは搭乗した客を降ろそうとした訳だがこれは本来搭乗チェックインカウンターで行う作業である。

 

予約の時点でオーバーブッキングしていても航空会社は毎年の経験と勘とビッグデータを活用すれば搭乗当日には何名がオーバーブッキングになりそうか見当がつく。

 

だからチェックインカウンターに行列が出来た時点で「お金出しますぜー」とやるのだ。そこを手抜きして乗客を機内に乗せた後に降ろそうとすることがすでに如何にも米国的アタマの悪い手抜き作業である。

 

第一、一旦チェックインすればまず預け荷物があった場合、その乗客の荷物を下ろす必要がある。また空港に提出する搭乗者名簿を変更する必要がある。これで飛行機は出発時間が遅れる。混み合ってる空港だと次の離陸時間を貰うまで時間がかかってしまい遅延によって今度は乗り継ぎ客に迷惑がかかる事になる。

 

そのような事態を考えれば交代要員が搭乗するのが分かっていれば事前にやれることがあった訳で搭乗を分かってなければどんな組織かって話である。

 

挙句の果てにアジア系米国人を引き釣り下ろしておいて自分たちは悪くないって態度でいつもの厚かましさである。

 

航空会社は運送会社でもあるが人間を運ぶサービス産業でもある。その根本を忘れた航空会社は貨物や家畜輸送に専念してもらいたいものだ。



tom_eastwind at 10:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月12日

東京到着。

東京到着日の朝は見事な青空で成田空港から都内に向かうのも清々しい。

 

ところがオークランドはこの日に大型サイクロンが直撃したようでハーバーブリッジが閉鎖される可能性があるって事で、うちのオフィスもノースショア在住の社員は自宅待機となった。結局オークランドはそれ程の被害もなくサイクロンは通過した。

 

こういう時うちの仕事はパソコンとネット環境さえあればどこでも出来るので楽である。

 

けど僕はNZとの時差が3時間なので朝930分の始業に合わせて日本の朝630分から仕事をすることになる。そして昼からは個人面談で夕方まで仕事でありこれで夜出かけると普段のオークランドの生活の2倍近い労働時間なので、これはこれで結構面倒くさい。

 

日本だとこれくらいの長時間労働はごく普通なのだけどオークランドでは930分出社午後3時帰宅の生活なので日本式長時間労働は慣れない。

 

都内のホテル到着後オークランドの自宅に連絡すると停電にはならなかったけどかなりの大雨だったようだ。

 

オークランドも大変だなと思いつつ東京でニュースを観ていると米国と北朝鮮がかなり危険なことになっており、ここも一触即発か。

 

米国は歴史的に自分から戦争を仕掛けるよりも相手に一発撃たせてから反撃するのが好きなので北朝鮮がこれ以上刺激しないように気をつければ良いのだろうがこればかりは何が起こるか誰にも分からない状況がまだ続きそうだ。

 

さあ東京の仕事開始である。



tom_eastwind at 10:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月11日

日本出張開始。

月曜は日本出張の準備で最後の確認メールをあちこちに送る。

 

それにしても日本とニュージーランドは近くなったものだ。30年前はテレックス、20年前はFAX10年前からEメールが普通、今はもうSNSで繋がっている。

 

けど、時代が変わり技術は進化しても人間ってのは進化しない。どこまでいっても僕の場合はスイートネイル“Sweet Nail”。つめが甘い、つまり僕自身の事だ。

 

日本に行く度に持参するもの連絡先をチェックリストにしているのだけど、どうしても忘れ物が出てくる。

 

なので持参リストの基本版を作りパソコン、携帯、両方の電源、シャツ、ネクタイ、着替え、洗面具と書き込み毎回鞄に荷物を積める時に自分で確認することになる。

 

それでも詰めが甘くていつも一つ二つ忘れ物をする。絶対に必要な旅券とパソコンは忘れた事がないけど洗面具の中身が違ってたりする。

 

今回も飛行機に乗ってからカバンを開けて忘れ物に気づく。あれ?である。飛行機の中でインターネットが使えるようになりそれなりに便利になりオークランドのスタッフとチャットでやり取りが出来るようになったから機内からオークランドのスタッフに向けてチャットを送り必要な資料をメールの添付ファイルで送ってもらうように依頼する。

 

今回は特に東京のホテルに預けているスーツと靴を日本の夏向けに衣替えする為にオークランドにあるスーツと靴を詰め込んで来たのだけど、こういう時に限ってその靴に合う靴下を忘れたりして「あ、これは東京で買い出しだな」となる。

 

今回はオークランドを午後出発して香港に着くのはいつもと同様だけど普段は香港で一泊するのだが今回は羽田行きが取れなかったのでほぼ同日、つまり翌日午前1時発の成田行きに搭乗することになる。成田着が朝の6時過ぎ。

 

何年ぶりかの成田でありどうせならまだ空港出口で野菜売ってるか観てみよう。

 

今回の東京は419日の夜までである。今までとは違った視点での東京訪問、数年前ならなかったようなM&Aビジネスや不動産開発が中心だ。

 

勿論移住の問い合わせでの面談も行うので、いつもより滞在日数を伸ばした。

 

日本のニュースだと韓国への渡航自粛規制が出たり米軍の北朝鮮攻撃準備が刻々と進んでいるようだ。

 

東京にいる間に北朝鮮からのミサイルが飛んで来るのかそれとも米軍によるミサイル基地攻撃が始まるのか。こればかりは誰も分からないし誰も何も決めていない。

 

地震雷火事オヤジに今後は金正恩と習近平を付け加えた方が良さそうだ。



tom_eastwind at 15:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月10日

大阪で生まれた女

日曜の夜、久しぶりにBOROの「大阪で生まれた女」を聴く。

 

BOROの一番長い3425秒版である。NHKではよく大阪を舞台にした番組があるが現在では東京が日本の中心であるのは否定出来ない。

 

しかし昭和前期までは間違いなく大阪が日本の中心地であった。江戸時代でさえ落語から食べ物まで大阪上方の文化を江戸に移植したものだった。

 

大阪と東京、うどんと蕎麦文化の違いはあるものの間違いなく大阪が日本で最も活気のある時代があった。

 

時代の変化の端境を1つを上げるとすれば新幹線だろうか。1970年代当時は名古屋はまだ田舎大名であり都会と言えば東京と大阪だった。その東京と大阪を結ぶ新幹線がストロー効果で大阪の優秀な人間を東京に移住させる事になった。

 

東北の人々は東京に集団就職して西日本では九州や沖縄から大阪に集団就職していた。

 

大阪の十三(じゅうそう)と言えば当時の繁華街であり今も往時の雰囲気を残す。東洋のマンチェスターと呼ばれたのは大阪の製造業である。

 

しかし国内移動が新幹線の発達により自由になり東京が政府でありすべての許認可権限を東京に集中したために東京が発展して1970年代には多くの大阪人が東京に移住した。

 

先を見る目がある人々は日本の権力が新幹線と共に東京に移りそれを感じて大阪から東京に移住したのだ。

 

当時の感覚で言えば大阪から東京も移住であっただろう。それは当時のNHKの新日本紀行で語られる「東北の冬の時期に東京で出稼ぎに行く父ちゃん」とは少し違うと思うが常に自分の身を発展する街に置くのは基本である。

 

東北の人々は帰る家があり父を待つ人々がいた。しかし大阪の人々は現実をしっかり見据えて東京に移住してからは東京を自分の場所として生活を始めた。

 

結果的に東京移住した人々は正解であった。その後のバブル時代から東京一極集中、そして大阪のバブル崩壊。東京もバブルが崩壊したがその後更に一極集中が続き今では完璧に日本のトップ都市となった。大阪の人々も生活拠点を移した人は生き残ることが出来た。

 

生き残る、か。嫌な言い方だな。けど生きるって戦う、そういうことだと思う。

 

「大阪で生まれた女」は彼氏と共に東京に移住した。生活に苦労しつつ学生運動を醒めた目で観ながら生き残ろうとする。

 

3425秒、これはもう歌と言うより長い物語りである。



tom_eastwind at 09:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月09日

日曜のプール

土曜日と日曜日は朝から近くのプールで泳ぐ。あいも変わらずアジア人のおじいちゃんやおばちゃん達が風呂代わりに来てスパにつかっておしゃべりを楽しんでいる。

 

いつもの風景だなと思いながら真ん中のコースに行くと日曜日の今日は珍しくアジア人のおじちゃんが一人で泳いでた。若い頃の水泳の経験があるのだろう、滑らかに泳いでる。

 

隣のコースではキーウィのおじいちゃんがクロールで長距離泳いでて奥さんなのか娘さんなのか彼女も泳ぎ慣れた姿で楽しんでた。

 

週末はここがいいよな、余計なこと考えずに水の中に没頭出来る。メガネ付けて泳いでるとプールの深い部分がよく見えて思わず潜りたくなる。途中で練習がてら潜って泳ぐ。

 

隣のプールは飛び込み専用で1mの高さから5mの高さまであってキーウィの子どもたちが次々と飛び込みを決めて楽しんでる。ほんと、キーウィの良いところは失敗を恐れない点である。

 

頭から突っ込んで回転したり後ろ向きに頭をそらして飛び込んだり、どう観ても8歳前後なのによくやるなーと感心する。下から観てると高さを感じないけど飛び込み台から観るとあれは高いぞ。

 

そんなプールで午前中を過ごして自宅に戻り風呂に入ってカルキの匂いを落として昼ごはんを食べながら今日のニュースを観る。

 

米軍が在韓米軍基地に核再配置を検討中である。米原子力空母カールビンソンは豪州に行く予定を変更して朝鮮半島に向かっている。

 

米国はシリアへ巡航ミサイルを撃ち込んで「正義のため!」と言ってるが、シリアが本当に化学兵器を使ったのか何も証拠がないままに行動しているが、ブッシュ政権でも有りもしないでっち上げでイラクを攻撃した。

 

なので今回の攻撃もどう観ても眉唾ものである。このような性急な攻撃は米国の得意技であり事実を自分の側からだけ断定して世界に報道して反論を待つことなく派手に攻撃を仕掛ける。

 

いよいよトランプ政権が何をする政権なのか分からなくなっている。米中会談は無事終わったと言ってるが習近平が何を考えているのか。

 

シリアにミサイルを撃ち込むトランプだから現在の北朝鮮の核武装に対しても強い措置を取ることが十分に考えられる。

 

中国では北朝鮮を長い間同盟国として援助して来たが革命第一世代がこの世から去り現在の軍部で朝鮮戦争を北朝鮮と並んで米軍と戦った人々はもう残っていない。

 

そうなれば中国にとって厄介者である北朝鮮はそろそろ手を切る時期でもある。問題が金正恩であれば彼を交代させることも十分にあり得る。

 

そうなると中国による金正恩体制を転覆させるためのクーデター、又は中国解放軍による治安維持を名目にした北朝鮮侵攻、様々な方法が考えられる。

 

金正恩はそのような事態が来れば確実にやけっぱちになってミサイルを撃ちまくり国内を破綻させるだろう。

 

そのような事態で最も被害を被るのは日本と韓国である。

 

新聞やテレビでは今も森友学園や豊洲市場をやってるけど、世界の目は既に終戦後のシリアやこれから盛り上がりを見せる北朝鮮に移っている。

 

北朝鮮と韓国は陸地で繋がっており次期政権候補が北朝鮮寄りと言われてて中国が厳しい決断をして米国が現実的判断をすれば何が起こってもおかしくない状況である。

 

都内のラブホテルから火事で男女が飛び降りて死傷者が出たのも記事であるだろうが、もうちょっと隣国の問題を意識しておかないと、本当に何か起こった時に国民は対応出来ないぞ、それとも国民は「それでいいのだー」と天才バカボンみたいに足元だけ見ているのだろうか。



tom_eastwind at 21:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月08日

朝会議その2

金曜日の二つ目の会議は午前1130分から道路向かいの弁護士事務所で行う。今日はランドバンキングの派生商品であるコーポレート・ファイナンスについてである。

 

去年後半から大手銀行が不動産投資への貸付を渋り始めている。個人向け住宅ローンは銀行の稼ぎ頭なのであいも変わらず賑やかにやっているが商業ビル等の開発物件は大手銀行の親会社である豪州の銀行から「控えろ」と指令が出ているのだ。

 

豪州では以前は中国向けの鉄鉱石輸出など鉱物関連産業が隆盛を誇っていたが中国向けビジネスが低下していく中で国内商業不動産投資が不振で案件によっては貸し倒れ引当金を積む必要が出てきた。

 

世界的に銀行の自己資本を厚くする必要がある中で貸し倒れ引当金が積み上がると自己資本が毀損される。そこで子会社であるNZの銀行に対して商業物件への貸付を控えるようにと指令が出たのだ。

 

オークランドは政府主導で住宅建設が勢いを増している。何せ毎年5万人の人口増加をしている街だから一家族4名としても毎年125百戸の新築住宅が必要になる。

 

しかし住宅開発は政府主導とは言え実際には民間デベロッパーが開発をする。開発資金は投資家から投資を受けて投資額と同額を銀行から調達することになるのだがその銀行が資金の貸し渋りを始めたわけで、こうなるとデベロッパーは開発を半分に縮小するしかない。

 

しかし折角政府から払い下げてもらった土地であり住宅不足の現状では建てれば必ず売れる。まさに昭和後期の東京多摩ニュータウンが売れたようなものである。キーウィも当時の日本人と同様に自宅を持つことが1つのステイタスなのだ。

 

折角のビジネス機会であり逃したくない、そうなればそこに資金需要が発生する。そこで貸し渋りの銀行の代わりの役割を担うのが投資会社によるデベロッパーへの貸付である。

 

銀行と同様にデベロッパーが保有する土地や建物と建築資材を担保として担保の60%を上限として資金を半年から1年単位で貸し付ける。

 

期間を土地取得から建設売却までとすることで資金の流動性を高め担保回収順位を最上位として更に60%までの貸付とすることで万一の担保価値が下がっても投資資金の回収に不足がないようにする。

 

投資の際の担保には順位があり銀行は常に第一順位として保全を行う。二番目に来るのがメザニンと呼ばれる。普通の英語では中二階であるが投資の場合の意味は二番目の回収順位となる。三番目に来るのが回収リスクをたっぷりと背負っているが利回りの高い「不良債権」である。

 

勿論不良債権などと言うと売れないので何だかんだと美名を付けて名前を飾ってはいるが、利回りが良くても回収順位が低くてリーマン・ショックの火付け役でもあった不動産債権ビジネスがここに当たる。

 

不動産関連ビジネスは裾野が広いがどこに自分の立ち位置を決めるかが重要である。

 

一番確実に稼ぐのは建設現場で働く作業員である。これは確実に日当が入り仕事は今のオークランドでは常に存在するので腕に実力があれば食っていくのに困らないし10年も働けば自分で設計した家に住める。

 

クイーンズタウンも建設が盛んで一時期のカジノの一番の乗客は中国人ではなく現場作業員であった。

 

現場作業員は良い給料をもらえるがそれもやはり上限があるわけで、もっと稼ぎたいと思えばマスタービルダーなどの資格を取って作業員を使うプロジェクマネージャー、つまり現場監督がよい。

 

この次に来るのが設計会社で、彼らは与えられた土地でどのような建物が建設可能かを分析して設計図を作る。

 

ここまでは個人努力でやっていける世界であるがこの次に行くと上記のような不良債権ビジネスが出てくるので注意が必要である。

 

リーマン・ショックの時は当時1NZドルが80円前後だったのが一気に40円台まで下落したので円建てローンを利用していた日本人は「派手なとばっちり」を喰らったものだ。

 

当時円建てローンを販売していたHSBCも担当者が回収に躍起になっててうちにも相談された事があった。

 

そんな裾野が広くあちこちに影響の出るビジネスであるが肝心な点は流動性と担保確保である。これをしっかり抑えられるか出来るかどうかでビジネスリスク・コントロールが出来る。

 

コーポレート・ファイナンスは今のオークランドで成立する旬のビジネスである。20年後はオークランドも人口減少が起こるかもしれないが少なくともこの10年は人口動態調査を観ても世界の人口移動を観てもこのまちの人口は増加する。

 

よっしゃ、これで金曜日の会議終了。



tom_eastwind at 12:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月07日

金曜日の朝会議その1

今日は朝から2件の外部会議。最初の案件は日系企業で当社の場合オークランドの日系企業との取引は非常に少ないが今後必要となるかもしれなくお話をお伺いする。

 

以前も起業家の話で少し書いたが、僕は基本的に地元日本人との付き合いに積極的ではない。

 

負け犬どもの居酒屋での「俺たちよく働いてるよな、時代は大変だよな、なのにあいつらだけ上手くやりやがって」みたいな傷の舐め合いやバカ同士の「まあ奥様〜今日のお召し物は素敵でございますわ〜」「いえいえ〜奥様こそご主人のお仕事がお忙しそうで素晴らしくていらっしゃって〜」などとユニクロと暇人の褒め合いに付き合うほど暇ではないしゴルフもしないしカラオケにも行かない。

 

幸いな事に付き合う相手が上記のような層ではないので気軽に色んなことが話せる。人種に関係なく自分の仕事や考え方に好影響があるのなら勿論喜んで話をする。その意味で中国人の発想はでかくて面白いし明るいキーウィの能天気な考え方もそれなりに「そっかー、そう考えれば気が楽だよね」と学べて好きだ。

 

今朝は日本とニュージーランドの間のビジネスについての話。日本居住のビジネスマンはNZの市場を見て未開発だと思い日本の新しいビジネスを持ち込もうとする。

 

その視点だけで観れば問題ないのだが日本人の場合NZに持ち込む案件で日本の市場規模でしか通用しない方法や準備を取り入れる。日本と同様の大きな市場であると言う前提で計画を作るから実際に開始してみてNZの市場の小ささに唖然とすることになる。

 

例えば水洗トイレ。ウオシュレットが普及していないNZなら水洗トイレが売れると思うのがごく普通の日本人であるが、普及していないのにはそれなりの理由がある。

 

その理由を考えもせずに「今そこにないから売れる」と言うのは市場研究不足である。何故存在しないのか、そこには必ず原因がある。その原因が「見たことない」であれば収入が増えれば売れるかもしれない。けれど現状では不要どころか気持ち悪いと認識されていれば、こりゃ売れない。他にも理由があるけど今日の本筋ではないので割愛。

 

どんな良い商品でも売れるには文化の変化と時期と平均収入の増加が必要だ。日本食とカラオケが一つの例として言えるが、僕が1996年にオークランドに来た時に最初に考えたのがカラオケ機械の輸入販売だった。

 

当時のNZではプロでない限り人前で歌うと言う文化がなかった。そこでパブにカラオケを導入して一曲ごとに課金する仕組みを提案した。カラオケ機械はこちらが無料で納品して課金売上を折半する。

 

ところがいざ導入してみると内気なキーウィが盛り上がり歌がかかる度にパブの全員が舞台に上がって歌い出す、つまりカネを払った客だけじゃなく店全体で大合唱になりそのうち調子に乗った酔客が「次はこれを歌うぞ!」となり「金払え」と言うと「ふざけんな、歌うのは自由だろうが!ほら次の歌入れろ!」となった。そして大騒ぎして最後にはマイクを投げて機械を壊す。

 

結局当時のキーウィ文化ではカラオケの利用方法やカラオケの課金制度と言うのが理解出来なかったのである。

 

これは現在も同様でカラオケの楽しさは理解出来ても課金の仕組みは理解してもらえずオークランドにあるカラオケボックスはアジア人のみが入場してカラオケを置いてるバーでは歌うのは無料である。

 

日本食は1990年代は流行らなかった。大黒や写楽は日本食レストランの元祖たちであるが当初は日本人のみが食べる食事で、キーウィからすれば生の魚を食うって文化がなくなかなか成長しなかった。

 

ところが21世紀に入った頃から健康志向のキーウィが増えてフィッシュ&チップスを止めてSushiを食う流行になりこれが定着して現在のように中韓寿司屋の、値段は安いがどう観ても寿司じゃない食い物が市場を席巻するようになった。

 

これなどはあまり良くない展開であるが、日本食=ナマの魚=健康志向が定着したのは事実である。これは健康志向だけではなくキーウィの収入増加も背景にある。

 

おかげで写楽は現在超繁盛店でお客の殆どが日本人以外である。日本人だけが「あそこ、高いわー」と言って近寄らない現状になっている。

 

長くなってしまったので最後をまとめるとこれからNZと日本の間でビジネスを考える人にお伝えしたい事は、僕が考える日本とNZの関係で言えば、もし出来るなら一番良いのはNZで生活をして日本で働くと言うことだ。これが費用対効果で一番効率的であると思っている。



tom_eastwind at 13:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月06日

楽しい田舎生活

昨晩は夕方過ぎから天気予報通り強い雨になり時には窓を叩くような飛沫の中、家族で夕食。

 

食材の1つは先日ワイラウロードの韓国食材店WANGで買った一匹丸ごとの鯖だ。これを焼いてりょうま君と半分づつ食べる。ジャパンマートは干物なのでたまにこうやって大ぶりの鯖を食べるとこれが旨い。

 

りょうま君の半身の鯖は魚の骨をとるのが苦手なので背骨がない方で僕のが背骨のある方。ところが同じオーブンで焼いたのに骨のある方が柔らかくて旨い。途中で魚を交代して食べたけど、面白いな同じ魚の右と左なのにこんなに味が違うんだとびっくり。奥さんいわく、多分骨の味が魚の身に染み込んだのか、とか。

 

オークランドは土曜日まで晴れで日曜日から雨模様。けど月曜日は降水確率50%だけど結局晴天。そして今日は降水確率90%で案の定大雨。夕方から激しくなりますよ、明日の降水確率は120%と出てた。。。。。冗談です。

 

そろそろ冬に入るんだな、朝方に霧が出るといつもそう思う。冬場になるとオークランド空港に霧が湧いて午前中の便が欠航になるのも冬の風物詩でもある。

 

先日のM&A会社社長との会議では具体的な案件の話に入る。今回の僕の案は日本側でM&Aを考えている企業向けにニュージーランドのイメージである「ピュアNZ」をキーワードとして第一次産業を議題に載せた。

 

自然と言えば水、ワイン、森林等がある。そう言えば20年近く前にはNZ産空気の缶詰なんてアイデアもあったが現代のように酸素バーが人気になるようだとNZの空気を売るのも有りかなと思ったりする。

 

ワインはNZで多品種少量生産が中心だから大量消費の販売ルートには乗らないけど例えば高級レストランをグループ経営するような飲食会社であれば自社ブランドのワインを作るためにワイナリーを買収する方法もある。

 

ニュージーランドが目指す農業の方向性は自然で安全な少量多品種の食料やワイン等を世界に高級品として輸出することである。

 

1時間わいわいと議論をして今後の方向性を確認しつつお互いに宿題を抱えてオフィスに戻る。

 

実際に大気汚染もなく原発もなく海と空と雨と大地と木の循環が実に良く回転しているからそこで育つ野菜も海の魚も飼育される食料肉も安全が確保されている。

 

中国ではPM2.5大気汚染で毎年多くの人が命を失いそれは日本も同様であるが大気汚染と病気の誘発の原因の因果関係が立証されないから公害と認定することが出来ない。

 

しかし現実的に僕も東京で一度空が真っ黒になって向かいのビルが見えなくなるようなPM2.5を経験したので「こりゃどんな事言ってもテレビが何も言わなくても公害でしょ」と昭和の公害を経験した身として感じたものである。

 

ましてやその汚れた大地で育った野菜や果物がどんなに見かけ綺麗でもPM2.5をかぶっているわけだから中国人が地元の野菜買わない、牛乳買わない、NZ産の食料が地元産の3倍しても売れると言う現実があるのもよく分かる。

 

安かろう悪かろうの食材ではなく、自分や家族が食べるものであれば安心して食べられる食材を求める、そこにこの世界の小国が生き残る可能性がある。

 

テレビではネットフリックスの番組でキーファー・サザーランドが主人公である大事件で急遽大統領に就任するところから始まる番組を観る。これ、面白いなー、カネかかってるな、役者がどれも映画に出るような一流である。

 

りょうま君はネットフリックスが自宅に来てからはテレビを観る時はいつもネットフリックスである。TVONEも面白いが所詮は普通の番組、ショートランドストリートは彼にとっては意味不明、なので自然とネットフリックスになる。

 

美しい自然と安全な食料、きれいな水を飲み安全な空気を吸いながら昼間の仕事では北半球の市場を視野に入れた議論をしつつ自宅に帰れば夕食は家族と一緒に食べることが出来て南半球の田舎の小島にいながら北半球の最新のネット映像を観る事が出来る。

 

これもまた楽しい生活である。



tom_eastwind at 19:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月05日

時をこえる風

原題は“Whispering Wind”、フレデリック・フォーサイスの2002年の短編集フォーサイスコレクションの1つであるが、この140ページあまりの短編を読了することでこの週末がとても心豊かになった。

 

子供の頃からSFが大好きでハヤカワ文庫が大好きで星新一をリアルタイムで読んでハインラインの奥深さに学びアシモフの宇宙観に魅入られ光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」を夜通し読んでたものだ。

 

フレデリック・フォーサイスと言えば本来は「ジャッカルの日」や「オデッサ・ファイル」、「戦争の犬たち」など如何にも英国らしい文体の戦争や謀略を得意とする作家であるが今回は何とSF

 

それも時を越えて愛する二人が英国ではなく米国の原野を舞台に繰り広げる恋愛物語である。SFと恋愛、これを英国人が書くとどうなるのか、どうなるのか?

 

Amazonでいろんな分野の本をまとめ買いして東京のホテルに送ってもらいNZの自宅に持ち帰りその3ヶ月後にやっと読んだわけだが、これは「大当たり」だった。

 

本を選ぶのに僕の場合は「学べる」「当たり」「大当たり」「深い学び」と区別している。

 

「学べる」という意味はその本に書かれている事実、推測、思考方法等などまさに「学び」の材料になるわけで作者がどうのこうのはない。例えば「江戸料理読本」等は作者が誰かもよくわからないが江戸時代の食べ物の勉強になる。けど本来の意味の読書の楽しさはない。

 

まるで銀座の三越デパートの食堂街で落語の格好をした若者たちを見かけるようなもので「ああなるほど、いいよね日本文化」とは思うけど伊吹吾郎が東京で売血してやっと食堂で注文して買った卵焼きを観た貧しい女の子が「た、ま、ご、や、き」と言ってその声の痛みに耐えきれず食堂を出て行く時のような感傷は湧かない。

 

つまり一度読めば学べる、二度読む必要がない本である。

 

「当たり」は大沢在昌の「新宿鮫」のように、読んでる間は歯ごたえがあり自分がまるでお化け屋敷に入ったようなドキドキ感で読書を楽しませてくれるから読んでいる間の喜びは楽しい。けど読了すると飲み終わった翌朝のようなものである。またこれかーってやつか。もう一回読むか?うーん、ちょっとなー、けど良かったよ。

 

「大当たり」は今回のような作品「時をこえる風」である。短編でありながら読ませてくれて心を豊かにしてくれて読了感が酒と違って心地よい。酒が脳を麻痺させるのと違い心を暖かくしてくれる。

 

これは映画で言えば「タイムライン」だろう。これもSF作品であるが作者は医師免許もあり「ジュラシック・パーク」の作者でもあるマイケル・クライトンである。

 

時代を飛び越えていくだけでどんな未来も作ることが出来る、未来は変わる、そんな無限の世界を楽しむ時に心はどこまでも時を越えて跳ね跳んでいる。

 

僕がハインラインの「夏の扉」を好きなのもやっぱり時代を超越しながら人間を信じている作者の気持ちを感じるからだろうと思う。「バック・ツー・ザ・フューチャー」も、源流をたどれば「夏の扉」である。未来は、変わる。

 

日本から戻り約一週間ずっと企画作りで弁護士税理士投資会社開発業者色んな人々と会議しつつ現場でどっぷりと漬かっていたのが、週末のフォーサイス作品で随分と心を洗ってくれた。

 

さあ、これでやる気が出た。有難うフレデリック・フォーサイス、明日も頑張って働こっと。



tom_eastwind at 08:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月04日

江戸料理読本

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過払い金返還訴訟を数多く手掛ける弁護士法人大手「アディーレ法律事務所」(本店・東京)が不適切な宣伝を理由に消費者庁から行政処分を受けた問題で、東京弁護士会など複数の弁護士会の綱紀委員会が、法人としてのアディーレと代表の石丸幸人弁護士(44)、複数の所属弁護士について、「懲戒審査が相当」とする議決をしていたことが2日、関係者への取材で分かった。今後、各弁護士会の懲戒委員会が、懲戒の是非や懲戒内容を検討する。

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0403/san_170403_3628175770.html

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やはりこうなるよな、一生懸命頑張って勉強してやっと司法試験に合格して弁護士になったけど仕事がない。そんな時代に弁護士として生きていくにはサラ金相手の返還訴訟が飯の種だ。

 

返還訴訟が一段落したら次に来るのは医療過誤訴訟だぞ、保険会社は医療過誤保険の整備が出来ていないようだが今後医師会と保険会社がどのような自己防衛手段に出るのだろうか。

 

それにしても弁護士が扱う案件数は年間予想が出来るわけでありそこに大量の新入り弁護士を放り込めば弁護士同士の食い合いになるのは分かりきった結論である。誰もが生きていくのに一生懸命なのだ。そんなところに法律武装した若者を放り込めば後はバトルロワイヤルである。

 

次は以前書いたビデオレンタルの結末だけど最終的にはビデオレンタルというDVD媒体からネットという媒体を使った日本の民放のネット市場進出だろうが、問題は売れる番組を持っているのか?である。

 

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IT大手のインターネットイニシアティブ(IIJ)は3日、在京キー局など民放15社と動画のインターネット配信分野で提携すると発表した。スマートフォンの普及を背景に動画配信の市場は拡大すると見込まれている。大量のデータを安定して届けるためのシステムを共同で運営し、態勢を整備する。

https://this.kiji.is/221470082758443012?c=110564226228225532

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ネットフリックスは豊富な予算で自前で番組を作り名の売れた俳優と優秀な脚本で次々とヒット作品を出しているが、それが日本の民放に出来るか?今までさんざん視聴者をバカにしてバカな番組ばかり作ってきた人々がこれから自前で良いものを作れるのか?

 

そんな事を思いつつ日本で買ってきて途中まで読みかけだった「江戸料理読本」を週末に読了した。これは学びの本であり何度も読み返す類ではないが、けどまだ見ぬ世の人々がどのような気持ちでどのような器具を使って材料をどう調理して食べてたかが分かる面白い本である。

 

特に面白いのが江戸時代の料理は上方が味付けも良く江戸は味付けが宜しくないと言う非常に明確な当時の人々の指摘である。

 

食文化が関西であるのは江戸と言っても太田道灌が整備するまではただの泥沼だったわけで、そこに首都を持ってきたけど食べるものがない。だから大阪の佃から職人を移住させたり上方料理文化を持ち込んだりしたのだ。

 

また料理とはご馳走、お客を喜ばせるためでありどんなに奇抜な料理も意味はなくお客の趣味を聴き好き嫌いを聴き味の濃淡を聴きその人が美味しいと思う料理を提供することがご馳走との事。

 

まさにその通りである。昨今のレストランの奇抜な料理に何とかついていって他人が褒めるからと自分が褒めるようなレストランは本当に客の喜びを考えているのだろうか?

 

江戸時代も現代も人によって美味しいものは違うし味付けも違う。

 

興味深かったのは豆腐百珍や大根などの野菜料理の奥深さである。現代のように牛肉や豚肉を食べる習慣があまりなく魚と野菜を取り合わせもあるのだけど、読んでいくと旬の野菜を実に上手く調理して出汁と醤油、味噌、当時すべて手作りだった調味料を料理に合わせて使い分ける様子が出ている。

 

あいにく本にも書いているように誰が読んだ本か分からないし表現が例えば「塩梅とは〜程々によきて〜」など曖昧なので現在の料理本としての参考書として読むには無理があるけど当時の人々のご馳走感覚が理解出来るのは有り難い。

 

江戸時代の江戸の料理屋では魚を切るのにも畳に座り天板のような木の板を和机のように置いてそのうえで切っていたそうだ。それが江戸後期に上方から「立って料理する」形式が導入されて現在に至るとのこと。

 

江戸時代では選び抜かれた材料に最も相応しい調理方法で客にご馳走を振る舞おうとする人々、現代では法律で武装したり視聴者をバカにして自分だけが良ければと言う自分勝手が作る現実。

 

たまには江戸時代の心が伝わるご馳走本を読むのも良いものだ。



tom_eastwind at 17:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月03日

都市間格差 南島

古くからの話をすれば1840年にNZが英国の植民地として建国されて英国を中心とした集団移民が始まったが南島のカンタベリー平野を利用した羊の飼育が盛んになり、南島の南北を結ぶ鉄道が発達した事で農場から鉄道駅、駅からクライストチャーチの港までの輸送ラインが整って短時間大量輸送が可能になった。

 

そして1800年代終わりになると冷凍輸送船が発明されて、それまでは羊毛を英国に送っていて羊肉は犬の餌にしかならなかったのが、羊肉を冷凍にして約80日かけて英国に送ることが出来、同様に牛肉の輸出も始めて南島は英国の食料基地として発展した。

 

当時のNZは英国の植民地でありながら労働者への不当な扱い等を厳しく取り締まる労働者天国の社会主義を標榜しており歴代総理大臣は北半球で叶えられなかった夢をNZで実現させた。

 

不在地主による小作人からの利益搾取に100%の課税を行い土地を耕す者に正当な権利を保障した。

 

また60歳になれば誰でも受け取ることの出来る年金制度を導入したのはセドン首相の時代である。

 

教育と医療の無料化は政治の中心にあり、どのような家庭に生まれようが人の出発地点を平等にするという考え方が徹底していた。

 

当時は行き過ぎた資本主義の弊害を訴えて民衆に平等を!と主張するのが世界の流れでありNZはその流れを受けて社会主義が発展して農業も政府が管理する農業公社によって各農家と独占契約を結んで輸出ビジネスを成長させた。

 

公社制度が最大の力を発揮したのは世界大恐慌の時である。北半球の冬に南半球で作られた食料を輸出するビジネスはもし農家がすべて民営だった場合に北半球の食料会社に各個撃破されて値段が叩かれて大恐慌に巻き込まれただろう。

 

ところがNZでは農業公社がすべての輸出食料を一括管理するために買い付ける側の方が弱い。指値で買うしかない。これが功を奏してNZは大恐慌を無事にくぐり抜ける事が出来た。

 

その後も1960年代までは農業の成長で国家が豊かになり国別幸福度調査で常に3位以内に入り、戦後の疲弊した英国から仕事を求めてやって来る英国移民が増えた時期でもある。

 

NZの政治家でTPPを担当した大臣であるティム・グローサーも父親が楽器弾きで家族とともに英国から移民した二世である。

 

しかし1970年代に入り英国のEC加盟でNZは農作物の輸出先を失い同時期に南アメリカ産の羊毛が破格の値段で北半球の市場に参入して来てNZの農業は壊滅的な打撃を受けた。

 

その為輸出先を太平洋、米国やアジアにシフトして同時に通貨もそれまでのポンドから現在のドルへ切り替えて太平洋諸国で計算しやすいようにした。

 

しかし社会主義の弊害が出始めた。それは誰も熱心に働かず知恵を使わず黙ってても農家の食料は政府が全量買ってくれるから品質改善にも熱心でなかったと言う社会主義の必然的弊害がNZ全体を襲ったのである。

 

ロシアの社会主義を笑った冗談がある。ある工場経営者が労働者にこう言った。「君は働いたふりをしてくれ、僕は給料を払ったふりをするから」

 

つまり社会主義の下で人はやる気をなくし自由市場の社会では競争力がなくなるがそれでも労働者は政府にどうにかしろと言うだけで自分で努力することを拒否したのだ。

 

その後1980年代に労働党が政権を取りデビッド・ロンギ首相の下で自由市場の導入、国営企業の民営化を行いこれが成功して1993年からNZはプライマリーバランスが黒字化されて現在まで続く(但し2008年から2015年まではリーマン・ショックと大地震による赤字国債発行で赤字になった)。

 

ところがその時南島の農民や労働組合はデビッド・ロンギに対して「首切り悪魔!」とか「売国奴!」と罵った。何故なら今までぬくぬくと過ごしてきた公営企業が民営化されてムダな職員が解雇されたし、公営企業が民営化されて外国の企業に株を買われて国営財産を売ったから売国奴と呼ばれたのだ。

 

勿論実際は首切り役人でも売国奴でもないデビッド・ロンギの政策は成功してNZはまた軌道に乗ったのだが目先の自分の利益しか考えない農家や組合に選挙で負けて首相の座を降りた。

 

ところがデビッド・ロンギを批判した当時の国民党の首相が政権を取って掲げた政策はデビッド・ロンギの政策の強化と労働組合への締め付けであった。

 

北島のオークランドやウェリントンでは国民党の流れに乗って企業が成長し始めた。ところが南島ではあいも変わらず組合が強く古い農家と組んで古いままの仕組みを残してしまった。

 

その結果として1850年代はNZで最も人口の多かったダニーデンや南島の中心であったクライストチャーチでは発展の機会を逃し更に組合のうるさい南島から工場が撤退して北島や豪州に移転したために南島では産業が育たなくなった。

 

それでも南島はクイーンズタウンやミルフォードサウンド、マウントクックなどの観光地があり観光業が成長した。

 

それまで南半球の果てであったNZに北半球から直行便が就航して世界から観光客が集まるようになったのだ。

 

同時に教育政策の変更で外国人留学生を受け入れるようになったので教育産業が成長した。この為南島、特にクライストチャーチは観光と教育産業、具体的には英語学校や専門学校が発展したのだ。

 

ところがクライストチャーチの労働組合は従前のまま何も変わらず自分たちだけが利益を得る組合と言う立場を守り続けた。企業や工場は次々と撤退していった。

 

そこに2011年2月22日のクライストチャーチ地震が発生した。ビルの崩壊により日本人学生を含む多くの死傷者を出し、そして大聖堂は崩壊しシティ中心部は立入禁止、観光地としての価値を大きく毀損した。

 

この為に留学先や観光地としてのクライストチャーチの位置は大きく低下して現在に至る。一時的な復興需要と言ってもその資金は国民の税金であり更に何かを新しく生み出すことも出来ていない。

 

復興と言っても地元市民の意見はまとまらずシティ内をどう生まれ変わらせるのかどう成長させるのか具体的な進展がないまま既に6年経過した。

 

勿論よそ者である僕がこんな事を書いてしまうとまたもぼこぼこにされるかもしれないがクライストチャーチに支店を作り営業して地元のキーウィと付き合っていくと、どうしても北島の人々との違いを感じたものだ。

 

クライストチャーチ出張中の繁華街で昼間から酔っ払った若者集団と警察が乱闘を起こしたり留学中の日本人学生が夜地元の若者に捕まって殴られて川に放り込まれて殺された。ワーホリ女性が強姦されたりひったくり等があったし街中でアジア人に対するヘイトデモが発生しても当時の市役所幹部がテレビで「まあ、こういう事はまだずっと続くでしょう」と平気な顔で述べていたのには唖然としたものだ。

 

ちなみに昼間の乱闘は僕の目の前で起こった事件で川に放り込まれた殺された留学生は当社のお客様であった。

 

つまり市場の自由化で優秀な人々はオークランドやシドニーに行き残った人々は仕事のない街で昼間から政府支給されたカネで酒を飲み車に乗ってアジア人歩行者に卵を投げつけたり暴れたりして政府にもっと金よこせとやってたのだ。

 

どんな都市にも必ず隆盛と衰退がある。古くから歴史と栄光のある街は早い時期に衰退する。しかし残った人々は過去の栄光を忘れられず「夢よもう一度」とありもしない未来にすがりつく、自己努力をせずに。

 

ローマも2千年前の一時期は世界の中心地であったしスペインやポルトガルも大航海時代の英雄であった。

 

しかし時代は変わる。ニューヨークでさえその繁栄の歴史は200年程度である。ロンドンや江戸から東京のように400年近く続く都市など世界で数えるしかない。

 

どんな大都市であっても変化出来なければ時代に取り残される。時代の変化に合わせて変化出来た都市のみが時間を刻むことが出来る。そうでなかった都市は過去の歴史の中に消えていく。

 

クライストチャーチが今後どのように変化していくのか、それとも変化しないのか、それを一番よく分かっているのが今回の会議で雑談してた白人キーウィたちだろう。



tom_eastwind at 14:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月02日

都市間格差

一昨日の金曜日は朝からランドバンキングの会議。フェンチャーチ2bの110棟の一軒ごとの設計図を含む全体図が出来上がり5月から建設開始である。政府開発案件なので建設許可もすぐに発行されて2030棟程度を4期に分けて順々に建設を開始して完成売却資金回収するとすぐ次の期を開始する。

 

建設期間は4回ともそれぞれ45ヶ月程度で現場の大工が流れ作業で一気に作り上げるので工期が短いし同じ材質の建材をまとめ買いして安く仕入れるので通常の注文住宅と違って建売の販売価格が70万ドル前後と割安である。

 

通常のオークランドの不動産価格である100万ドルより30%安くこれなら銀行ローンもおりるので30代の家なしサラリーパーソン夫婦にとっては少々狭くても是非とも手に入れたい物件であるから設計図が出来上がった時点で販売契約が決まる。シリーズ1とシリーズ2では完工前に70%が販売完了していた。

 

またこのような政府主体の開発の場合は住宅供給公社が政府や公共団体が持つ土地を通常の民間保有の土地よりも30%程度安くデベロッパーに売却しているけど、購入者が一定期間居住後に生活スタイルに合わせて売却する場合は通常価格で売れるので30%は購入者の利益となる。

 

また同時に住宅は一定割合で政府の住宅供給公社が買い取り公社管理である。

 

これで次の家を買う時は以前から自宅を持っていたキーウィと肩を並べて不動産市場で家を選べる。これが政府の現在の持家政策である。

 

そんな会議の中でウェリントンベースの投資会社の白人キーウィ(もう60歳後半かな、年齢を聴いたことがない)と雑談になり、今のニュージーランドの建築需要は圧倒的にオークランドとクイーンズタウンに集中しておりウェリントンは好調、逆に住宅建設需要がないのがクライストチャーチとの事。そこでクライストチャーチの話になる。

 

オークランドは人口の一極集中が起こり昭和の東京のように全国から人が集まってきており北半球からの移民もオークランドに集中するから人口が急増しており当然のように建設需要が急上昇している。

 

クイーンズタウンは世界の観光地の1つとして北半球の夏に南半球の美しい自然の中でスキーが楽しめる。街から車で30分程度のところから1時間ちょっとのところまで4箇所のスキー場があり更にハリス山脈などヘリスキーを楽しめる。

 

この街が上手いこと少数の白人に支配されて良い意味でシンガポールのような独裁的な街の発展を遂げて大成功している。湖の畔の狭い街であるから郊外や山裾を開発して住宅を作り世界中のお金持ちが別荘を建てたり移り住んでくる人々が多い。

 

ウェリントンは政治とカフェの街である。オークランドのような喧騒はなく人々は洗練されており政治や研究が行われている。商業はオークランドが担当してウェリントンは政治を担当して国会議事堂もここにある。

 

山に挟まれた海辺の街で風の街としても知られているが自然博物館や海沿いのカフェもお洒落で政治の街と言うよりも江戸時代の江戸城下と言った方が良いような感じである。

 

この街は人口35万人程度だがきちんと整備管理された街であり治安も良く政府関連企業や外交関連の人々で賑わっており上昇し過ぎのオークランド程ではないが地価も堅調に上昇しておりこれから人口増加が緩やかに起こる街の兆しがある。

 

オークランドが東京とすればウェリントンは横浜とでも言うべきか、経済規模はオークランドが大きくてもウェリントンの人々は一歩余裕を持って構えつつ、けどオークランドには負けてないぞと言う空気がある。

 

ところがクライストチャーチは2011年の大地震以降人口減少が起こり今後の住宅建設の需要は出てきていない。その為建設業者は地震修理の終わった住宅を後にして他の街に移っている。

 

クライストチャーチは大地震の影響もあり人口が減少しているが、クライストチャーチの需要減は地震だけが原因ではなくやはり地域的な問題が大きい。この点はキーウィ同士の会話でも公式には言わないが普通にビジネスをしている白人からすれば皆が心のなかで考えている事がある。

 

この話は長くなるので明日。



tom_eastwind at 18:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年04月01日

サマータイム