2012年05月17日

バンコクの雨

シンガポールでの仕事を終えて朝早い便でバンコクに移動する。この日のバンコクへの約2時間のフライトは快適だったが到着時は曇だったのが黒い雨が近づいて来て一気に土砂降りになった。

 

高速道路を時速100kmで移動中、一部の区間では車がフワって浮いたり途中に水溜まりが出てきたり、危ないな。高速道路は香港の熊谷組が受注したって聞いた事があるんだけど、もしかしてこの区間は韓国企業に発注したのか(笑)?

 

シンガポールでも最近出来たマリーナサンズが開幕当日に大停電を起こして冷房のない部屋で一晩を過ごすことになった世界中から来た国際会議参加者が「ぼけ〜!賠償金払わんかい!」と怒ってたが、これは韓国企業の建設だ。

 

その後すぐに日本企業が修理をしたという話を聞いたが、他にも韓国企業の場合は実績が欲しくて赤字で受注するんだけど実際に建設する時は企業努力で合理化(手抜き)を行い最後にはデスマーチとなる案件が多い。海外に出たいのはよく分かるが建設は安全第一である。自分の家族を住まわせる気持ちで作ってもらいたいものだ。

 

あ、そうだ、ぼくが何故韓国や中国を非難しないのか、領土問題とかあるじゃないか、そうか君は親韓親中なのか?とコメントが来た事を思い出した。

 

ぼくは韓国や中国と対等に仲良くしてきたい。価値観も地理的にも欧米諸国より近いしあえて「近くて年中口喧嘩してて領土問題を抱えているから」って感情的になる必要はない。もちろん問題があればきちんと整理して話し合うべきだろうしその手の喧嘩が嫌いではない。

 

中国政府が自分たちの問題をすり替えた「江沢民の反日教育」のおかげで関係ないこっちまでとばっちりを食らって随分頭にくる話ではあるが、こちらが取るべきは大人の対応であり相手と同じレベルに陥ってはいけない。

 

「中国政府や韓国政府による反日教育を受けた若者」」がそれでも何故日本文化を好きになり日本人を好きになってくれるのか?現実的に考えてみればそれは日本人の道徳の高さや礼儀正しさ、嘘をつかない文化、他人を大事にする文化があるからだ。

 

そのような文化が自国にないことを知っている若者は必然的に日本を良い国と見てくれる。一段上の位置にいる日本が大局で利益を得ているわけであり、目先の問題でいちいち反応して自分の位置を下げる必要はないしすべきでもない。

 

多くの問題は外交的に解決可能だし引き伸ばし可能だし話し合いが出来る状態にある。それを何故僕らが自分たちの品位を下げてまで安定した状態を壊す必要があるだろうか。

 

「中国だから嫌い」とか「韓国だから嫌い」など僕の脳みそにはない。海外で20年以上生活して香港でも6年生活して中国人のイヤなところも普通の日本人以上に見ているが、ニュージーランドに来てしまえば皆アジア人だ。ぼくらが喧嘩して喜ぶのは西洋人である。彼らに東洋の猿と言われたくないからだ。

 

しかし、だからと言ってそれはニコニコするだけで何の戦略も持たずに彼ら中韓の人々にやりたい放題にさせるという意味ではない。相手と平等に仲良くなるためには絶対にこっちの実力を見せつけねばならない。

 

言葉でどうこう言っても無意味な場合は実力を見せるという意味でそれが相手をねじ伏せるのならばいつでも遠慮なくそうするだろう、その意味においてはたぶんぼくは普通の日本人以上に過激な行動を取る方なので。コメントをくれた方、ご心配なく(笑)。

 

ところで本題に戻る。

 

「今は雨季なんですよね〜」そう言われてふと目を上げて車の窓から外を見るとたしかに真っ暗な空から強い雨が降っている。こんな時にいつも思い出すのは大東亜戦争だ。

 

大東亜戦争当時、日本軍はシンガポール「昭南島」から英国軍を追い出した。そしてその後もインドネシア、マレーシアなどを植民地としていた欧州勢を追い出した。今から見れば日本の政策も東南アジアを欧州支配から解放するって部分まではOKだったと思う。

 

実際に当時の日本では様々な考え方は存在したが基本的にアジアの自立であり植民地支配からの解放であった。戦いそのものには大義があり現地の人々も日本軍に協力して自分たちなりの独立を進めていった。

 

結果的に日本が米軍に負けて日本は撤退したがインドネシアなど一部の地域では日本兵が地元独立派軍隊に義勇隊として参加してアジアの独立のための大きな礎となった。日本は戦後米国や日教組=中国の傀儡に押し付けられた偏向した歴史教育を刷り込まれてしまい日本が悪いことをしたと学んでいるが、実際には中国以外の国では日本は好意的に受け入れられている。

 

それにしても日本軍は現場では強かった。当時世界で最も戦闘能力を持った部隊と言って良い。では何故戦争に負けたか?それはひとえに軍隊という組織のトップが戦争立案能力において無能であったからだ。

 

何故無能だったか?それは長い間本格的な戦争を経験しなかった日本軍内部では上部にごますりをする連中が出世して耳に痛い直言をする部下は予備役に編入させられ上に行けば行くほど無意味な精神論とごますりと他人の足を引っ張る者ばかりが残り結果的に組織として戦争を出来る状態ではなくなっていた。

 

これは日本軍に限らず現在の多くの日本企業でも同様の状況だろう。現実を見る。出来る選択肢を考える。最良の解を出す。そのために日頃何をすべきか、そういう事を把握している社長がどれだけいるだろうか?

 

ぼくの父親がニューギニアに従軍して大本営の無謀な作戦に振り回されたが、この時ニューギニア島に送り込まれた日本軍及び軍属は約20万人、無事に日本に帰国出来たのは約2万人と言われており生存率10%の戦場だった。

 

最近民主化されたミャンマーは日本軍がインパール作戦を実行した時の出発地点となったが、約8万人がまさに3月から7月まで雨季のビルマからチンドウィン山脈に送り込まれ途中に補給なく奇跡的にコヒマの戦いで相手の陣地を一時期奪うことが出来たがその頃にはすでに武器も弾薬も食料も尽きて3個師団はほぼ壊滅状態になり約1万6千人が帰還出来た。

 

結果的に自壊した三個師団はそれぞれ撤退を開始した。この詳細は高木俊朗の「インパール作戦」に詳しいが、日本軍が歴史上初めて抗命を起こした事件でもあった。

★ウィキより抜粋

現状を正確に認識して、部隊の自壊を危惧した第31師団長・佐藤幸徳陸軍中将は、「作戦継続困難」と判断して、度々撤退を進言する。しかし、牟田口はこれを拒絶し、作戦継続を厳命した。そのため双方の対立は次第に激化し、5月末、ついに佐藤は部下を集めて次のように告げた。

余は第三十一師団の将兵を救わんとする。

余は第十五軍を救わんとする。

軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつあり、即刻余の身をもって矯正せんとす。

さらに司令部に対しては「善戦敢闘六十日におよび人間に許されたる最大の忍耐を経てしかも刀折れ矢尽きたり。いずれの日にか再び来たって英霊に託びん。これを見て泣かざるものは人にあらず」(原文のふり仮名はカタカナ)と返電し、61日、兵力を補給集積地とされたウクルルまで退却、そこにも弾薬・食糧が全く無かったため[33]、独断で更にフミネまで後退した。

★抜粋終了

 

この戦いの悲惨さは戦死した兵士のうち殆どが飢餓とマラリアであったという点だ。そのような状況に対して710日当時司令官であった牟田口は、自らが建立させた遥拝所に幹部を集め、泣きながら次のように訓示した。

「諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…」

 

大和魂と神州、こんな事を軍司令官が口にだすようになれば終わりだ。同じ司令官でも日露戦争当時の日本軍は新聞記者が「もっと戦え!」とけしかけたのに対して「わしらは大砲の数と相談しとるんじゃ!」と現実的であった。

 

ホテルのバーで出張最後の夜を過ごす。お供はいつものクラブハウスサンドイッチだ。スターウッドグループのクラブハウスサンドイッチって、どこのホテルで食べても同じ料理法で食材だ、まるでマックみたいだな。

 

近くの席でアメリカ人がはしゃいでる。お前ら自分たちのおじいちゃんが何やったか知ってるのか?思わず聞きたくなる。うるさいラップ音楽が耳に痛くて席を移った。

 

今回の出張で気づいたことがある。今後5年間で起こるだろう日本の出来事だ。今までの10年間もほぼ予測通りの動きであった。これから5年で起こることはここ1年の日本政府の動きと一致している。明日から数日に分けて書いてみる。



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2012年05月16日

シンガポール

この時期のシンガポールは真夜中から朝方にかけてホテルの部屋の窓を叩くような強い雨が降る。シンガポールでは3日滞在したが、ここは街としては暑すぎるし規制が厳しいので長期で住むにはぼくには辛いかも。けれどいろんな最新情報が転がっており、その意味では勉強になる。

 

明石(あかし)という日本食レストラン(居酒屋兼寿司屋)がホテルから歩いて2分のところにあり、ざっけないけど料理が美味いので今回も昼飯2回。働いているスタッフは全員シンガポール人かマレーシア人だ。和服を着てるけど身のこなしはどうしても日本人ではないな、オーナーもシンガポーリアンの不動産投資家とのこと。

 

それにしてもこのざっけない作りで地元のお客は喜んでやってくるわけでは、それは料理が美味しいからというよりも自分を偉く扱ってくれるからだとさ。シンガポーリアンはどうもおだてに弱いらしい、次回の訪問時には2メートルくらいの木を持って行こうと思う、豚も褒めれば木に登るというそうだから(笑)。

 

いやさ、人種差別は大嫌いなぼくだけど自己管理が出来ない奴も嫌いなんだよね。そりゃさ、妙齢の女性なのに小太りでべた靴でがに股でそっくり返って歩き「あたしゃ客よ偉いのよ」ってのには、先天的な問題よりもシンガポールがここ10年で急激に成金を生んだとしか思えないのは僕だけではないだろう。あと10年後、リー・クワンユーが死んだ後に必ずしっぺ返しが来るぞ、その時にこの連中が生き残る道は限りなく少ないだろうな(笑)。

 

ところがそのような店でもお客の中には時々とびっきりの可愛い子がいたりする。どう見ても遺伝的に有り得ない綺麗さであり「あれってミュータントですか?」と地元に住む日本人に聞いた。

 

そしたら彼女笑って「あれ全部タイランドからの女性ですよ、エンターテイメントビザでやってきて寂しいシンガポーリアン男性の心を癒しているんですよ〜」だって。なるほどな、心寂しい日本人男性がフィリピンバーではまるのと同じなんだな、妙に納得した(笑)。

 

たしかにあの木に登る豚のような気が強いだけで能力の低い地元女性を選べと言われれば政略結婚でない限りシンガポールの男性からすれば「いやです、タイ女性がいいです!」もありかも。

 

ちなみにこの「能力が低い」というのはシンガポールで弁護士や税理士、一般企業の役員と言ったそれなりの地位にいる女性が話す内容を聞いているからだ。あふぉじゃんって思うくらい自分の事ばかり喋ってて、早く仕事の話しようよっていらいらさせる。伝聞証拠ではなく直接見て聞いてあふぉ=って思ったので書ける。あ〜日本人に生まれて日本人女性を好きになれて良かった(笑。)

 

ちなみに個人的には日本でもフィリピンバーに行った事ないしそれは香港にいた頃でもシンガポールでも同じで、ぼくはどうもその方面にはあまり興味がないようだ。

 

さて本題。シンガポールにはワーキングホリデイビザを取得して中国標準語(マンダリン)を学びに来る学生も多く、彼らはアルバイトとして日本食レストランで働いたりする。

 

彼らと話してて偶然だが広東語の発音の話になった。シンガポールでも広東語は使われているがマンダリン=標準語を学ぶ学生には理解出来ない。「あのですね、言葉の最初にンゴイっていうんですよね、あれって何ですか?」

 

「それはこう言う発音で〜」と彼らの遭遇した場面を想像しながら広東語の言い回しにすると「ああ、なるほどですね〜、標準語の方言だったんですね、そんな感じだったですよ」

 

おいおい広東語が方言かい、香港人マジ怒るぞ〜(笑)?う〜ん、何と答えてよいやら。現在の中国を千年前の漢民族や清民族と同じと言えないし更に3000年前の中原の時代の民族を持って中国人とも言えない。歴史を読めば分かるが、中国はその中身=地方性?民族性?人種?をすべて入れ替えながら中国を維持しているのだ。

 

例えて言えば人間の体と同じで、人間の体を構成する細胞は部位によって数日から数ヶ月ですべて入れ替わる。つまり今ここで生きている君は肉体的には1年前の君とは全く別物であるけど遺伝子が昔の君を覚えているので外見的には何も変わってないと見えるようなものだ。

 

中国という土地が持つ「気」は崑崙山脈から発して世界を支配しており、どのような民族がその土地に入り込んでも結果的に中華民族へと変化してしまう。清朝は本来は漢民族ではないがいつの間にか中華民族に同化してしまう。

 

つまり元々中原に住んでいた民族はいつの間にか滅びてしまったが中国の遺伝子は侵略者の体と心に植え付けられて新しい中華民族として本能的に領土拡大を図るようになる。

 

そして中原と呼ばれていた場所はだんだんと領域を広げて西暦800年ころにはすでに広州から雲南地方、そしてベトナムまで支配するようになった。この頃あたりに中原で使われていた言葉(おそらく現在の標準語)と広西広州などの地元で使われていた言葉が混合して広東語になったのかな。現在では約8千万人が使用する言語である。

 

例えば日本語でも和語と漢語がある。目、腹、糞、などは漢語には存在しない。中国から伝わった言葉と地元の言葉が混ざって現在の日本語を構成している。中国の中でも同じで広東語の「食べる」は「食(セッ)」だが標準語では「吃(チ)」だ。明らかに違う。だからぼくらの住んでいる東南アジアの言語は何が語源かを明確に示すことが出来ず、クレオールってか、極端な話ムー大陸伝説まで行き着くかもしれない(笑)。

 

このブログはタイのバンコクのホテルのバーで書いているが、ここでも広東語が普通に飛び交っている。むしろシンガポールでの使用頻度より多いのではないか?

 

いずれにしても誰もが自分の言葉には誇りを持っていて「お前のってさ、うちんとこの方言だよね」って言われて笑って喜ぶバカはいない。言葉、TPO,時と場所と状況に応じて使い分けましょ。



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2012年05月15日

思考の的を絞れば

★抜粋開始

(人間は)思考の的を絞れば、ほとんどの夢や目標を達成することが出来るということだ。結局はあなた自身があなたの人生に対して責任がある。あなたが自分で、自分の思考の世界を自由に創造しているからだ。

あなたは自分で決める力があるのだ。世界は自分が考えるようにあるのだから、あなたがどのように考えることだけが重要だ。いつでもあなたの思考によって、今の貴方にとって最も都合のよい枠組みを作る事が出来る。

★抜粋終了

 

ドイツ出身のマジシャンが書いた文章だ。最近読んだ本で個人的に「あ、そっか〜!」と腹にすとんと落ちる内容だったのでその部分だけメモっておいた。

 

それはこの本が自分が今まで「不思議だな何故だろう?」って思ってた事を非常に簡明に本の中で説明してくれたからだ。旅先に持ってきてないがオークランドに戻り次第ご紹介したい本である。

 

以前も何度か書いたことだけど、ぼくはオークランドにいる時は普段は夜の9時過ぎにはベッドに入る。そして朝の3時には目が覚める。この状態で考え事を頭の中にデータや文章として放り込むとびっくりするほどの速度でワードファイルとエクセルファイルが融合して、何が問題でどうやれば解決出来るのか、解決のキーワードは何なのかが分かる。

 

昭和の頃の日本だと「夜中に起きてアイデアがあれば枕元の紙に書いて〜」という人はたくさんいた。今のようにパソコンもない時代で世の中の速度は今よりずっと緩かった。だから今と比較すればストレスもなくきっちりと睡眠が取れてなおかつ考え事をする時間もあったのだと思う。

 

ぼくの場合は紙に書く必要がないようだ。夜中に作った大きな絵?図?を結構明確に細部まで記憶しており、下手に目を開けて体をちょっとでも動かすとこの状態が壊れてしまいそうで嫌なのもある。

 

目は冷めているがリラックスしていて、心地良く安静で調和の取れている状態。この状態は潜在意識にアクセスするのに最適な状態である。(アルファ波)

 

どうやらぼくは朝の3時にこのアルファ波という状態にいるようだ。だからいつの間にか自分の潜在意識の中にアクセスしてそこで自分が望む世界を作る為の方法を引っ張りだしてくるようだ。

 

メンタルトレーニングは自分を鍛えるのだが、それは筋肉運動ではない。精神運動だ。まず最初に「今晩のネタはこれにしよう」と決めて一旦眠りに入る。夜中に目を覚ます。ゆっくりと自分をどこかの場所に置く、または自分の体を空に飛ばす。どこでも良い、月の裏側でも(どうせ見たことないし)良いし(笑)。そこで大事なのは決して自分を強制しないって事だ。自由に飛ばす、するといつの間にか心が自由にあっちに行ったりこっちに行ったりしだす。

 

次のポイントは巡りあうものすべてに興味を持つ、意識するって事だ。だから最初に頭に入れたネタが出てこなくても気にせずにとにかく心を自由にする。そうやってしばらく飛び回ったりしていると出会ったいろんなものからいろんな意識が伝わってくる。

 

その意識に耳を傾けながら自分の目標を明確にして道を探す。道を探すっても無理をしてどうこうではなく目標(ネタ)を設定してそこに至る道はどこかな〜って心を透明にしながら飛んで回る。

 

そうしてしばらくすると最初に用意しておいた目標にたどり着き、そこからはPCワークのように数字をあっちに置いたりこっちにおいたりして具体的な道筋を作り上げる。この時にはエクセルファイルとワード文書がすでに頭の中に出来上がっている。

 

ぼくが企画書を作る時は大枠は会社の机で作るが、会社ではどうしても「アルファ波」は出てこない。なので企画書のキモとなる部分は自宅で真夜中に作ることになる。

 

このドイツ人マジシャンはそのような思考は「脳内活動と一致しており」「合理的であり」「信じるものには常に答えが用意されている」というような多面的な説明をしてくれたのだ。

 

自分がアルファ波状態になるのにヨガを使うか座禅を使うか、それは本人の自由、一番リラックスする方法で入れば良い。そのあとは人種に関係なく自然と脳と体が活発に活動して自分が信じるものを導き出す。

 

(話はちょっとそれるが僕は全くヨガに興味がない。何故なら「ヨガ歴っx年、やってます」と嬉しそうに語る多くの人々を見ているからだ)

 

へー、面白いな、そう思ったのは、催眠術にかかりやすいのは催眠術を信じている人だって一文。普通に考えれば「騙されてるんでしょ」って思うかもしれないが、これは言葉を返して言えば自分の思いを信じているわけで、だから催眠術にもかかるが自分の希望する人生も創れる。逆に言えば人生の夢を「出来るわけないよね」とか「無理じゃん」と思っててはほんとに実現しないよってことだ。

 

普通の日本人の場合は常に100%の準備をしてから何かを始めるがその時点では現実の事態は更に進行しておりいつまで準備をしても追いつかないって現実がある。けれど日本人はそれでも良いと思ってる、なぜなら準備するだけなら失敗もしないし一応周囲に言い訳が出来て格好がつくからだ。

 

自分不信と言い訳とを繰り返しながら時間だけが経っていき老人になった時は体力もなくやりたいことも出来ないまま死を迎えることになる。

 

それよりはこのドイツ人マジシャンの書いた事を信じて自分のメンタルトレーニングをやってみると良いと思う。それはぼくが知らず知らずのうちに「自分のメンタルトレーニング」をやっていて、それが次第に効果を見せるようになり、今年になってからはそれはかなり強くなり実際の仕事に直接影響を与えて5年前では考えられなかったことが実現し始めているからだ。

 

「アナタハカミヲシンジマスカ〜?」的な内容とは違い、子供の頃の視覚を利用したマジック、脳波の勉強、人間の思考が人間に具体的にどう影響を与えるかっていう、非常に実践的な本だ。

 

夢は、願えば叶う、多くの人間の夢が叶わないのは自分を信じてないから、または夢が利己的であったりする場合だ。作者は言う、「だからこのメンタルトレーニングはお金儲けには使えないし恋愛にも使えない」って(笑)。



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2012年05月14日

Midnight boy

説明会当日の真夜中のフライトで羽田に移動、そこからシンガポールに飛ぶ予定だったが所用(笑)で翌日の夕方の成田からシンガポールというあまり面白くない移動をすることになった。ぼくは成田が嫌いなのだが次の仕事の時間が迫っているので仕方ない。

 

この、航空会社とか空港とかは民間と言いながら公共の要素が非常に強い。ラーメン屋であれば一度喧嘩をすれば二度と行くかって言えるが空港や航空会社はそうはいかない。

 

シンガポールに行くのにシンガポール航空以外の選択肢もあるが非常に少なく品川駅前のラーメン屋街とか池袋のラーメン激戦地帯での選択枝ってわけにはいかない。

 

その意味で本来航空会社も空港も乗客の利便を考えサービス業がどうあるかを考えて発言や行動をすべきであるが、中にはどうしようもない連中がいる。

 

自分は航空会社のイチスタッフでしかないのにまるで自分が生殺与奪権を持っているように振る舞い(お前は機長か?)いちいち人にあーせーこーせーと指示する。おいおい、おれが世の中で何より嫌いなのはネギと玉ねぎと人に指示されることって知ってますか?って感じだ。

 

シンガポールという国そのものが独裁国家であり、良質独裁だったから資源のない小国がここまで大きなったのだがそれをやったのはリー・クワンユーであり羽田空港で偉そうな顔してふんぞってる日本人スタッフではない。

 

シンガポールは自由で楽しくて買い物が出来て〜と日本人には人気の観光地である。確かにインフラもしっかりしており観光地の整備、治安維持も良くやってると思う。

 

しかしぼくの人生にとって一番大事な「自由」がないってのが、どうしても息苦しくなる理由なのだ。

 

これはどう表現するか説明のしようがないんだけど、例えば香港は混沌の中に自由があるし守られている、てか負ける自由も勝つ自由も何もしない自由も何でもして良い自由がある。悪ければ後になって当局がやってきて「おいこら!」とはなるがいわゆる事前規制ではない。

 

ところがシンガポールでは常に「あれやっちゃいけない、これやっちゃいけない、こうしなさい、あーしなさい」と指示される。最初に規制があり「何故?」と聞いたら「決まってるから」だし、納得出来ないねと指示を無視するといきなり矯正(強制?)権力を発揮する。シンガポールでムチ打ちされた白人の若者の話とかは有名でありシンガポールはルールにウルサイ国である。

 

一応そのこと、つまり事前規制がきつい国であり指示に従わねばと知っているが、時々どうしても「タガ」が外れてしまう。ほんのちょっとした事で余計なことをいったりしたりしてしまう。

 

今年はシンガポールに来る機会が大幅に増えるだろう。いい加減ええ年なんですからたった3日程度の滞在、我慢を覚えなければいけないな、彼らには彼らのルールがあるんだし。羽田空港で搭乗拒否食らって都内に戻るタクシーの中でしばし反省、でした(笑)。

 

 



tom_eastwind at 20:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月13日

川の流れのように

世間を無責任に飛び回っている噂話ほどうざいものはない。誰かと誰かがひっついたとか離れたとか、他人の噂話を面白おかしくして井戸端会議をやり結局は自分の人間としての品位を下げているのだが本人はそんなことを思いもせずにその場で一番たくさん「あたし、知ってますのよ」とやって差別的快感に体をぞくぞくさせている。

 

井戸端会議で発生した誰も責任を取らない言葉は「火のないところに煙は立たぬ」など偉そうにそれらしい積み重ねを行なっていつの間にか全くの嘘がひとり歩きしていく。

 

その品のない虚構に傷つく人は次第にそのようなグループから距離を置いていくのだが子供たちのいじめの対象になったのと同じであり人間が持つ最低の品のなさを見てしまい人間に嫌気が差してくる。

 

これが個人レベルであればそれはちっちゃなお茶のみグループから離れていくだけで済むがメディアレベルでそのような井戸端会議レベルの虚構がそのままニュースになってしまえば、いったいどこから離れていけば良いのか?あなたが住む地域社会から出ていくしかないのか。

 

しかし答えはそのとおりであり世間の中心層である団塊世代や家庭の主婦などの95%は未だテレビと新聞で情報を入手していかにも「自分は知ってます。あなた、間違ってます」とやる。そして彼らのほうが数が多いから少数の人間がいくら理論的に説明しても聞く耳を持たない。

 

てか、最初から今起こっている現実とその説明に使う理論が理解出来ないので聞く耳を持たない。まるでフランス語しか出来ないフランス人に日本語で一生懸命説明するようなものだ。

 

世の中が見えない人間ばかりの場所では世の中が見えるほうが異常というが、みのもんたのガラガラ声と読売新聞に書いている事がすべてだと思ってる。みのもんたが先週言ったことと今週言ったことが違うことなどすっかり忘れてしまっている。

 

てか、そこからしか情報を得ていない人々は一昨年までは見事なほどに「え〜?原発って安全でしょ、だって新聞でそう言ってるわよ、あなたおかしいんではないの?」と言われ、実際に原発が吹っ飛ぶと今度は「原発ってね、とても危険なのよ、私は知ってたのよ!」とヒステリーを起こしたように周囲に向かって騒ぐ。

 

ところが政府の流れが今年年初頃から原発再開に動き出すといつの間にか新聞も「まあ安全と言われる原子炉だけはいいのでは?現実的に電力は必要だよね?」と分かったような事を書き始め、そうなると今まで原発ハンタイ!と言ってた人々が「そういえば現実的には難しいわよね〜政府が安全って言ってるならいいんじゃないの?」となる。

 

どれもこれも非常に無責任で刹那的な発言であり何より自分の頭の中で何も考えようとしない。けれど世の中の95%がそんな人でいる以上、妥協して彼らと一緒にいるか、それとも論戦を挑んで徹底的に原発の科学的問題を議論するか?

 

しかし現実的にはいくら個人が議論をしても、そんな個人は社会という激流を流れる小枝のようなものであり、あっちにぼかん、こっちにどかん、ぶつかりながら下流に向かって流されるしかない。流される先は大海である。しょせん小枝は時代という川の流れを遡ることは出来ないのだ。だからバカと付き合うとバカが移ると言っても地域社会で全く彼らとの交流なしには生活出来ないし交流しないとそれだけで変人あつかいされる。

 

ならば最初から自分の力で大海に漕ぎだした方がましではないか?

 

すべての海はすべての陸地に続き、違う陸地には違う考え方や法律や習慣がある。広い世の中、どこかには自分と同じ価値観を持った社会もあるはずだ、そう信じて漕ぎだしていけば、少なくとも他の人々が世の中の現実に気づいた時のカオス状態、原発が吹っ飛んだ時の人々の渦に巻き込まれなくて済む。つまりポール・ニューマンの映画ではないが「栄光への脱出」である。

 

この場合、流れる川を他人より早く漕ぎだすって事は例えば早いうちの英語教育もあるだろう、子供の舌は6歳までなら英語ネイティブとして通用する。また日本の終身雇用制の企業でしか通用しないルールをいつまでも後生大事に抱えるのではなく世界の同業種で通用する共通ルールを学ぶべきだろう。

 

そして一番大事なのはビザだ。いくら海外に住んでいても期限付きのビザであればいつかは退去しなければならない。どこの国も優秀な人材は常に欲しがっているが自分が果たしてその人材となれるか?それは誰よりも早く申請するってのも大きなポイントになる。ビザ枠は一定人数に達したら締め切りになり、それからいくら頑張ってもビザは取れないのだ。

 

例えばぼくが永住権を取得したのは1988年だ。当時は欲しくもない権利でありどうでも良かったのだがその頃の雇用主に「まあ、騙されたと思って取っておけよ」と言ったその一言がぼくの人生を大きく変化させた。

 

当時はパスポートに300ドル小切手を挟んで移民局に送れば数週間で永住権が取得できた。英語テスト不要、健康診断不要、無犯罪証明不要、学歴証明不要、現在雇用されていることだけを証明すればそれで永住権が取得出来たのだ。

 

ぼくの取得した年は当たり年だったそうで、その前後はまた取得が厳しくなった。しかしそれでも現在に比べれば非常に緩かった。ニュージーランドの永住権は一度取得して滞在2年経過すれば無期限永住権になり、こうなると10年ニュージーランドを離れていても永住権は取り消しにならない。

 

日本で説明会終了後に個人面談を行うのだが、そこでお客様から聞かれる日本の話はまさに「言葉が通じない状況」である。お客様から聞く日本の事情は決して楽しいものではない。

 

ところがそのお客様もビザ取得に関しては当然の事だがニュージーランドの情報は殆ど出回っていないから自分で判断して「出来ませんよね」とかになってしまう。しかし実際には様々な方法がある。例えばビザだけは先に取得をしておいて渡航を後ろにずらすとかで3年程度は時間稼ぎができる。

 

説明会や個人面談でぼくらが話していることはまさに本に書いていない事であり自分でどれだけ考えても絶対に結論の出ない答えである。

 

先月、今年移住したちっちゃいお子さんを抱える会員の中で年齢の近い方に集まってもらい簡単な食事会をした。子供を入れて30名近い人数だ。彼らは日本を出る時は一人で移住の不安を感じながらもオークランドにやってきた。けどパーティに参加してみると何と自分に近い価値観を持っている人がたくさんいるのを知った。午後の2時間程度の予定で組んだパーティだったが話は尽きず楽しんで頂いたようだ。

 

当社の位置づけは移住後の会員のハブでお客様はスポークにあたる。これからのぼくらの仕事はスポーク同士に輪っかを付けて皆が情報交換しながら「一人じゃないんだ」ってことを伝えていくことだ。

 

自分の住む地域社会では会えなかった人々が日本を遠く離れたオークランドという社会で会うことが出来た。川は海に繋がり海は世界につながっているのだ。

 

自分一人で悩まないで欲しい。動いてみればそこに答えがある可能性は非常に高い。てか動かなければ何も変わらない。移住説明会ではニュージーランドの全体的な話をしているがもし不安があれば下見に来ればよい。

 

すでに多くのお客様がオークランド社会で自分の生活領域を確保して地元に溶け込みながらバーチャルな日本人どうしの連絡も取り合っている。何より学校嫌いだった子供が現地の学校に毎日楽しく通う姿は親にとって最もうれしい話であろう。

 

次回説明会は7月7日(七夕)午後を予定しています。




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2012年05月12日

旅日記大阪編

痛み分け?伊丹わけ?

 

戦前の空港は飛行機にとって降りやすいし飛び立ち安い場所に作られたと、どっかの機長の本で書いてた。

 

大阪で一番バカって思うのはこんな狭い地域に3箇所も空港を作った事だ。地方税で賄われるならまだしも国税使ってるでしょ、つまり大阪と全然関係ない地域の人々が負担して大阪に空港を作りながら自分の利益には繋がらないってバカな話だ。

 

伊丹空港は街の中心部まで20分くらいで行ける便利な場所であり、元々は野っ原だった。そこの周囲に大阪人が住宅を作った挙句に「飛行機ウルサイ!」と訴訟起こして後から来た連中が裁判で勝って、それが関西国際空港を作る原因になった。

 

ところが関空が出来て伊丹を閉鎖となると今度は「何で伊丹を閉鎖するんや〜、地元の雇用を守れ〜」と地元の反対意見。その結果として関空と伊丹の併設となった。

 

挙句の果てに神戸空港が出来ても利用者がいないから市役所が職員の出張はすべて神戸空港発にしなさいとか、まさに社会主義者の塊、金を作っているのが誰なのかを考えない暴行だ。

 

いやさ、それが雇用対策であれば良いのだ。最初からそういえば。なのに格好付けてどうのこうこと立派なこと云うが、どうせ税金を雇用対策に使うなら最初から伊丹空港の効率化、例えば周囲のバカ反対派を相手に裁判所で喧嘩するなり彼らの土地を買い取るなりして24時間空港にすれば随分便利な空港になる。

 

大阪における空港問題は要するに目先の金に一喜一憂したバカどもの悪夢の跡である。



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2012年05月11日

ばか

スポーツ新聞しか開いてない日本人ビジネスマンに勝ち目はあるのか?

 

福岡から久しぶりに朝の飛行機で伊丹空港に向かう。普段は新幹線なのだけど今回は時間の都合があり飛行機にした。60人乗り小型のプロペラ機であり座席から何気なしに立ち上がると確実に天井に頭をぶつける。僕以外の人も「ゴン、ゴン」ってやってた。

 

空港には待合室がありそこにはいろんな雑誌や新聞が置いてある。平日の午前10時なので当然ビジネスマンが多いのだが、ビジネスマンの半数以上が読んでいるのがスポーツ新聞、エロページも堂々と開いているのでこちらが目のやりようがないくらいだ。

 

派手なネクタイをして洒落た靴を履いているのだが読んでいるのがエロページではどうなんかな?あなたたち、今仕事時間中ですよね?飛行機に乗るって言い訳でそんなん読んでるんですかね?

 

以前も書いたが香港から日本行きのフライトでも日本人ビジネスマンはほとんどの場合日刊スポーツとかを堂々と開いて客室乗務員に変な顔されても気にせずにビール片手に堂々と女の子の裸を見て喜んでる。

 

そりゃさ、ぼくだって聖人君子じゃあるまいし見るなって言ってるわけではない(僕自身他人をどうこう言う資格もない“苦笑”)。休みの日に野球を観たり夜の新宿で無料案内所に行く人を全否定するわけではない。

 

けどさ、今って仕事してる時間だよね。なんかもう少し自分を磨くための本を読むとか出来ないのかな?ぼくは何も西洋の信奉者ではないけどオークランドから日本に行く時に機内に乗り込む白人は殆どが本を手にして勉強するかパソコン開いて書類を手元に置いて仕事している。

 

彼ら白人はONOFFが明確であり仕事中は徹底的に集中する。彼らにとって出張とは仕事でありその間は自分磨きに余念がない。もちろん休みはしっかり取ってOFFの家族旅行は旅先のホテルのプールで日がな一日推理小説を読んだり冷えたジントニックを楽しんでいる。子供はプールに飛び込んできゃっきゃと遊んでいる。

 

話はそれるがニュージーランドでは土日にホテルに泊まるお客がいないので色んなキャンペーンをやってる。週末は家族と過ごすのが当然とされているからホテルは暇なのだ。日本では逆に土曜日の夜の部屋代が高く設定されている。週末くらい狭いアパートじゃなくてちょっといいホテルに泊まろうという発想だ。

 

日本人男性ビジネスマンの場合どうしても仕事のONOFFの区別がなく、日がな一日働いているような結局だらだらと毎日を過ごしているのが現状ではないだろうか。今でも昼間にオフィス街に行くと昼休みの一時間をだらだらと過ごしている男性をたくさん見かける。

 

キーウィは残業をしない。それは家族を大事にするからだ。目的は家族との幸せな生活を築く事であり手段として働く。だからできるだけ合理的に短時間で仕事を片付けて定時に帰ろうとする。ランチタイムは30分が基本だ。オフィス街ではネクタイをしたビジネスマンが持ち帰りの巻き寿司とコーラを買って近くの陽あたりの良い公園でささっと食って仕事に戻ってる。

 

日本人男性の場合は言い訳のように「仕事が〜仕事が〜」とか言いながら喫茶店でエロ記事読んでて、それって仕事じゃないよねって思う。仕事時間中も喫茶店でだべったりタバコ吸うために外に出たりするけど、あんた仕事中だよね?

 

労働の目的は何なの?時間給で雇われているなら確実にOUTですぜ、タバコもダベリも。でもって年収で雇用されているならきっちりと雇用契約に書かれた仕事をして実績を出さないと首ですぜ。

 

終身雇用制という発想がまだ抜けない正規雇用日本人ビジネスマンは偉そうにそっくり返ってエロページを見て喜んでるが、彼らの目的の中に家族の幸せという発想はあるのだろうか?

 

これから5年で日本は大変な事になるぞ。分かっているのかなって感じだ。スポーツ新聞を否定しているわけではない。ただ、そればかり読んでると馬鹿になるし新聞しか情報源がないともっと馬鹿になるぞ。

 



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2012年05月10日

I Love you

旅日記としてお読みください。

 

シンガポールを真夜中に出発して朝8時に福岡に着き午後にミーティングを3つこなしてから友達のやっている中洲の店に顔を出す。この店は以前は2階にあったのだが引越しで1階になってからは飛び込みのお客様も来るようになったようで、ええこっちゃだ。

 

どうでもいいことだがこの店のすぐ隣りのビルの3階にあるのは、ぼくが20代の頃に通ってたフリー雀荘だ。当時は相手が誰か分からずに椅子に座ったら麻雀するわけで、ある時など麻雀やってる最中に警察が来た。「いや、あんたらの賭けを調べに来たんじゃないんで心配しないでくださいよ、それより昨日このメンバーで打ってたちょっと太めのおっちゃん、覚えてますか?」

 

そういえば何かよく笑う豪快なおっちゃんがいたな、どうしたんですかと聞くと「いえね、先週大橋で起こった銀行強盗の容疑者なんですよ」とか(笑)。指の短い人もよく出入りするお店であり1980年代の楽しかった思い出の一つであるが、あの頃はそんな事も許されたんだよね。

 

現在の中洲は1980年代の賑やかさはなく、当時は道路を歩くだけで一苦労なくらいに人が出回っていたが、今は通りによっては「もしかして客引きの兄ちゃんの方が多い?」って感じる。客引きをやっているお兄ちゃんたちはどう見ても20代前半でありバブルなんて知らないから普通に道端にウンコ座りして380円のコンビニ弁当食べて家賃7万円のアパートに友達と一緒に住んで発泡酒を飲んでる。

 

時代の移り変わりというのはこういうことだ。何時の時代も賑やかな街はあるし寂れている街もある。ところがそれは永遠ではなく常に入れ替わりをしている。

 

最近は古事記とか古い時代の本を読んでいるが、日本が京都を中心に栄えた時代には名古屋など地名も出てこないしましてや江戸などは遥か彼方の野蛮な田舎、更に北に行けば蛮夷の蟠踞する国であった。

 

ところが今の時代は当時江戸と呼ばれた東京にすべての権力と資金が一極集中して世界の大都市の一つにまで成長した。大阪の繁栄は過去のものとなり地方都市は次々と寂れていき、元気があるのは名古屋と福岡くらいのものだろう。

 

もし客引きの兄ちゃんがもっと田舎の地方都市生まれであれば客引きの仕事さえなかっただろう。もしかすれば兄ちゃんは長崎の離島の高校を卒業して夢を見て福岡に来て客引きをしているのかもしれない。結局彼らを惹きつけているのは都市の魅力である。

 

彼らの顔を見る限り自分の仕事にマイナス面を感じてる様子はない。むしろ楽しんでいるように見える。故郷の田舎で畑仕事をすることを考えれば中洲のようなきんきらした街で仕事があるだけ楽しいのかもしれない。

 

もしかして彼らを飲み屋に連れてっておでんでも食わせながら「どうよ、もっっと上に行こうと思わないかい?」と聞けば「ええ?このままでいいっすよ、今ちょうどいいっすから〜、あ、お姉さん牛すじもう一本、それとナマいっちょね」なんて答えが返ってくるかもしれない。

 

そう、職業に貴賎はない。どのような仕事であれ社会が必要としているのならその仕事は社会に役だっている。農家で野菜を作るのも立派な仕事だし中洲の夜の案内人になるのも寂しいお父さんたちの為の立派な仕事だ。

 

数年前に出張した北海道岩見沢の飲み屋街を思い出した。1960年代は炭鉱ブームで栄えた飲み屋街は今も昭和の雰囲気を残したままだけど街を歩く客はほとんどいなくて茶髪に染めた若者がたむろしてタバコをふかしながら仲間とのおしゃべりを楽しんでた。

 

ぼくは友達と二人でタクシーを降りて、だべってる兄ちゃんの一人をこっちがキャッチして「ねえ、どこかいい店知ってる?紹介してよ、おれたちよその街から来ててここの事よくわからないんだよね」と言って2千円くらい握らせた。「そこ良かったら次に行くからもっと紹介してよ」というと彼はびっくりしたように「は、はい、いいんすか、ほんとに〜?」ってちょっと緊張した若い声で答えてくれた。

 

この、少年と言ってもいいような若い男の子は炭鉱で栄えていた岩見沢を知らない。だから2千円もらっただけでうれしくて仕方ない。当時この街でゼロの桁がひとつ違うお金が飛び回っていたのを知らない。そして「誰かに頼まれてお金をもらって働く喜び」を感じたこともなかった。「しょせん客引き」となめたオヤジ連中に酔っ払った声で上から目線で「それで、なんぼになるんかい!」と言われてたのだろう。

 

けれど田舎には他の仕事もないしこの仕事だと友達と遅くまでだべってられるしおやじの畑なんてだっさいし〜。そう考えれば時給数百円の仕事でも仲間と一緒で安心だしな〜。

 

そう考えればどんな仕事だって社会が必要としていれば良いと思う。けどもし出来るなら、ぼくは彼らのような若者に昼間の雇用先を作ってあげたい、雇用先で作った友達と仲良くなってお互いに勉強しながら成長して欲しい。そして出来れば職場で知り合った真面目でちょっとはにかむと可愛い女の子と知り合って恋を楽しんで欲しい、昭和の時代の僕らがそうだったように。

 

中洲で道端に座ってギターを弾いている若者がいた。警察署の斜向かいの四つ角に陣取って尾崎豊を歌ってた。中洲に行く度に彼の前で「何か歌ってよ」とリクエストした。透き通った綺麗な声で歌う彼は通りすぎる人並みの中に埋もれてしまいそうだが、それでもしっかり歌っていた。

 

”I love you” を歌ってくれた彼の足元にあるギターボックスに千円札を入れて「じゃあまたね」というのが僕の中洲の儀式の一つだった。今回彼の姿がなく、どうしたんだろうな、どこか専属の店が出来たのか、歌をやめたのか、今日だけ具合が悪くて休んでるのか、自分に関係ないのに少し気になった。

 

職業に貴賎なし。歌をうたうのも仕事だし客を引くのも仕事である。この日本という大きな国家のなかでは様々な仕事がありうる。何をしているかではなくどのような人かで本人を判断すべきだ。

 

品川に着いてエキナカの行きつけの店で靴を磨いてもらう。マッカーサーの時代であれば子供の仕事であったが今はそれを立派にビジネスとして成長させている。可愛らし女性が靴の両端にトランプ・カードを挟んで磨いてくれるのだが、彼女らは実に活き活きとしている。社会に役だっているのだ。

 

ハートのクイーンの反対にクラブの2を挟んだのでちょっっと笑いながら言った。「豚引きいやですよ、少なくともキングとかハートってないですか?」と聞くとその子は「あ、はい、探します〜」と手元のカードをまくってた。

 

りょうまくんが将来どんな仕事に就くのかな〜、時々考える。けどまあいいや、うちの家庭の独裁者は奥さんなので彼女が決めることだし。僕が出来ることはりょうまくんにお父さんが「頑張って働いてるよ」って背中を見せるしかない。

 

岩見沢とか中洲の客引き。中洲んギター弾き。靴磨き。同時にぼくらのような仕事もある。ほんとに日本のはいろんな仕事がある。

 

ニュージーランドのように最初から田舎であり農家しかないし都会って言えばオークランドしかないし、そんな田舎ではあまり考える必要のない話であるが、これも旅の戯言かもしれない。そろそろ油切れたかな〜(笑)。



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2012年05月09日

誰が残るのか?


★アゴラより抜粋開始

「私は過去何度もアゴラに書かして戴いたが、今後、日本には、「政治家」、「公務員」、「高齢者」、「生活保護受給者」といった、謂わば「税」に寄生する人種しか残らない。納税者の不在こそが、債務問題と併せ今後日本の喫緊課題になると予測するのである。」

★抜粋終了

 

初日の夜に寄ったシンガポールのバーではパナソニックの話題で賑やかだった。昨年度の大赤字を出して国内工場を閉鎖、シンガポールに移転するとの事。詳細は未定であるがそろそろ本格的に本社移転の話が出るのではないかと地元の日系社会では噂になっているそうだ。

 

日本のパナソニックが本社を移すかどうかは別にしても工場が移るだけで日本にとっては打撃だがそれはシンガポールにとってはクリーンヒットである。本社が来てくれればホームランものだ。それはシンガポールで雇用を生むし納税が発生する。シンガポールが豊かになるのだ。そのぶん日本の雇用が減少するし納税も減るといってもそれはゲームであり負けた日本が悪いのさってことになる。

 

ぼくは以前から不思議で仕方なかったのだが、非常に単純に考えてみて欲しい。小さな海辺の村がある。そこでは海に出て漁をするのが唯一の生活の糧であった。若者が海に出て老人は浜に上がった魚を処理し、刺身にしたり干物にしたり時には山間の村に売りに現金を得たりしていた。

 

ところが次第に若者がいなくなり皆が年寄りになり誰も海に出ることが出来なくなった。そうなれば魚は獲れずに食卓に並ぶおかずもなくなり最後はコメの飯とゴボウにたくあん。それでもまだ体が動くうちは良いがいよいよ誰も畑仕事に出られなくなれば最後はいったい誰が食い物を用意するのだろう?

 

本来なら次の世代が老人世代と同居しながら彼らを最後まで看取ることが出来るが肝心の若者が支えていけない時代がまもなくやって来る。1980年代に若者やってた人間はかなり人生を楽しんでたと思うし負担も少なく将来に夢もあった。けれど今の時代に若者やってる人々の負担の重さはどうなんか?

 

日本というサイズで考えるから誰かが助けてくれると思うかもしれないが家計に引き直してみれば分かる事だ。自宅にいるのは年取って働けないおじいさんとおばあさんに小学校に通っている子供が二人。お父さんとお母さんは給料が毎年下がって蓄えもどんどん減っていく。

 

家族全員で毎月30万円の収入が必要なのにお父さんとお母さんの給料を合わせても25万円しか収入がない。そのうち家族の生活に必要なお金が稼げなくなる。おじいさんとおばあさんには毎月5万円のお小遣いを渡す約束をしていたがそれも出来なくなった。

 

自宅を担保にして銀行からお金を借りるが、収入は増えないので返済するあてはない。借りたお金が返せなくなったら自宅を売却するしかない。そうすれば今度は借家に住んで家賃が必要となり更に生活が苦しくなる。

 

そのうち働いていた会社が工場を閉鎖して海外に移転してしまい、親の面倒を見なければいけない両親は退職するしかない。家賃は必要だし給料はなくなるし借金をしようにも貸してくれる人はいない。それがこれから起こる問題である。

 

今の日本は彼ら両親にとってどのような国に見えるのだろうか?シンガポールにパナソニックの本社が移転するのか?ソニーはどうするのか?日産はすでに外資でありタイで車を作り日本に輸出している。

 

家電メーカーからすれば今年軒並み赤字を出したのは、まさに政府に対して「出ていきますよ」の言い訳作りなのかもしれない。

 

政府からしても日本の構造改革が必要であり電気や水を使って古い技術でアジアと競争するようなメーカーは海外に出てもらっても良いと考えているのかもしれない。それによって雇用が減少しようと若者人口が減少しているわけであり介護事業がこれから成長するわけだからバランスとれてるじゃんか、そう考えているのかもしれない。

 

確かに全体の俯瞰図としては合っている。問題はその俯瞰図の中で使い捨ての捨て石になっていく人々である。日本が次に隆盛を極めるのは25年後だ。これから最初の5年は凄まじいまでの増税と仕事の減少と給与引き下げと事態が続く。富裕層の資産を取り上げて富裕層を崩壊させて全員を貧しい状態に追い込みガラガラポンの状態にする。

 

だから国からすれば25年後に向けた政策としては正解なのだから今は苦しくても「欲しがりません勝つまでは」となるのだろう。しかし今5歳の子供は30歳過ぎまで一度も楽しい思いをすることもなく日本を支えて生きていくしかない。

 

給料が毎月20万円ありません!なんて言っても更に下がる。中国の給料と同程度になるまで下がる。一応財務省の博打のネタとしてハイパーインフレーションは残っているが、それは切り札でありまだ出さない。その前にやるのは国民全体の締め付けである。

 

パナソニックがシンガポールに本社を移すようになれば日本に残る仕事はほんとうにサービス産業だけになりほんの一部の人々を除いてほとんどの子供や若者はなんの知識も学べず何の楽しみもなく毎日をただアパートと介護施設の行き来になるだろう。そんな日本に誰が残りたいのだろうか?

 

日本よさらば、パナソニックと共にシンガポールに移住しますってのが現実的な選択なのかもしれないが、ではパナソニック工場の隣で営業してた居酒屋はどこに行けばいいのだろう?これもやっぱり気合をかけてシンガポールに店を移して起業か?残ったおじいさんとおばあさんはどうするのか?

 

これからの5年の選択であなたの運命は決まる、ここで動かなくて後悔しても、それは自己責任としか言いようがない。逃げきれるか?残って運命と戦えるか?パナソニックと一緒にシンガポールに行くか?



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2012年05月08日

盗難アジア

オークランドを12時10分に出発してシンガポール到着が夜の19:00。でもって福岡に行く便が午前01:00発なので滞在時間が6時間ある。空港から街まではタクシーで15分程度だ。これはシンガポール航空がぼくに「いざ街に出よ、オーチャードプラザで飲んでいけ、シンガポール経済に寄与せよ!」という意味だと理解したのでリー・クワンユーの指示に従って街に出た(笑)。

 

それにしてもこのオーチャードプラザビルは古い。最も古い商業施設の一語ではないか?雑居ビルなので日系旅行会社のオフィスの横ではマッサージルームがあったり焼き鳥屋があったり、インド系の洋服屋さんのすぐ近くには狭っ苦しい部屋にミシンを折り重ねるように数台だけ並べた仕立て部屋があったり、でもって怪しげなナイトクラブも並んでいる。

 

ぼくがこの街に初めて降り立ったのは1979年だったと記憶にある。当時は東南アジアの小さな国でありマーライオンとピューター(錫)の飾り物と仕立洋服と免税のゴルフ道具が売ってるだけの、こう言っては失礼だがあまり魅力のない国だった。特にマーライオンの実物のちっちゃさは「ずるくな〜い?」と言いたくなるほどだった。

 

その頃の東南アジアには都市伝説があった。ハネムーンで訪れたカップルが地元の高級デパートで仕立の服を買いに行く。奥さんが出来上がったドレスの試着にと店員に案内された試着室に入る。ところが5分経っても出てこない奥さん。

 

ご主人が不安になって試着室のドアを開けるとそこには誰もいない。驚いて店員に尋ねると「え?そんな人、来てませんよ」地元の警察に聴いても「知らん」で終わり。一体何が起こったのかも分からずご主人は一旦日本に帰国する。

 

それから数ヶ月後、ご主人は奥さんを探しに再度その街を訪れる。今度は地元のガイドを自費で雇って領事館にも相談しての上だ。地元ガイドが連れて行ってくれたのはまさに地元人しか知らない売春街。そこで店を回っていて、偶然店の窓越しにガリガリに痩せた女を見かけた。それは麻薬漬けにされた自分の妻だった。終わりは他のオプションもあり、両手両足を切られた「だるま状態」で見世物小屋に置かれたたとかもある。

 

当時に比べてみれば今のシンガポールは様変わりでありアジアの金融拠点としてキンキラの高層ビルにさっそうと歩くビジネスマンが街の隆盛を見事に表現している。

 

夜の9時過ぎにもなると普通のオフィスは閉まっているが日系の旅行会社は電気が点いてて日本語で「はい、明日のオプショナルツアーの出発時間はですね〜」とやってる。

 

ぼくは1990年代に香港で仕事をしていた時にシンガポールに出張することもあったが、当時のシンガポールはあまり好きではなかった。すべてにおいてリー・クワンユーの規制があり完璧な独裁国家であり自由の空気を吸うことが出来ない、南洋の島なのに息苦しい思いをしたものだ。

 

それに比べれば当時の香港は自由であり1997年の返還を前に最後の一稼ぎとばかりにハンセン指数は上昇し人々は賑わっていた。往時に比べれば今はすっかりシンガポールが群を抜いて成長しており香港は中国に取り込まれ始めて、これが一国二制度が50年で中国に同化することなんだなって感じた。

 

それにしてもシンガポール。日系企業が増えて日本人駐在員が増えて日本人学校が大きくなって、民主主義がなくても経済的に豊かであれば誰も文句を言わない。てか民主主義なんて時間のかかる手続きを踏んでたら今のシンガポールはなかっただろう。あいも変わらず南洋のちっちゃな島のままでいただろうな。

 

もちろん以前に書いたようにシンガポール人がアパートを買えないって問題はあるけど全体的には「飯さえ食えれば政治に文句はない」的な雰囲気がある。タクシーは需要に応じた台車規制があり常に国家が統制しているけど、それでも「食えれば幸せ」なのだ。

 

1970年代から80年代にかけて東南アジア旅行は人気があったが同時にお人好しの日本人ツアー客はぼったくりの対象であった。まるで「お前ら日本人も俺も本来平等のはずだ。なのにお前の金の方が多いのだから俺に寄越すのは当然だろう!」みたいな感覚で平気でぼったくる。

 

だから当時は本当に盗難事件も多く、香港ツアーに参加した日本人の金持ちが現地ガイドに「あまり高級な時計を付けて街を出歩かないでくださいね、あなたがツアー参加中で何かを盗られても私が助けることは出来ません、だってもし私があなたを助けたら私がお礼参りされますから」と言われて、青い顔をして高級時計を外してセーフティボックスに入れてたものだ。

 

今はすっかり様変わりした東南アジアであるしこの街シンガポールでもあるが、このオーチャードプラザだけは往時の雰囲気を残している。なんとも懐かしい気持ちで上品なカウンターだけのバーで英国産シングルモルトウィスキーを飲みながらそんな事を思い出した。つい楽しくて福岡行きの飛行機にぎりぎりで滑りこんで乗り込んだのはAs Usual 、いつもの事でした。



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2012年05月07日

陽だまりのカフェ

この季節は南極から吹き込んできた自然の秋風がとても気持ち良い。特にそれが天が抜けたような青空ともなると「ここ天国?」と思いたくなる。

 

毎日の仕事は忙しいけど、それでもこの澄み切った青空と爽やかな風を受けながら昼下がりのカフェでゆっくりしていると、本当にほっとする。東京だと代官山あたりのカフェが何とか「そういう雰囲気」を作ろうとして頑張っているがニュージーランドでは普通に日当たりの良い場所にオープンカフェを作れば、まんま自然を楽しめる。

 

ニューヨーク出身のイタリア系移民のレストランコンサルタントと話していると、ニュージーランドのカフェ文化はかなり進んでいるらしい。彼はそのうちこの文化と仕組を米国に持って返ってカフェチェーンをやるって言ってた。

 

ふ〜ん、そうなんだ、米国ってそんなに遅れてるのか。最初からこれが当然と思ってるから有難みも普通だけど悪くないのは知ってる。なんてか、最初から全く苦味のない天然調味料で生活をしている感じ。

 

日本も昔は鰹節と昆布と天然塩を使って料理を作ってたが、いつの間にか手早く出来る化学調味料に変化した。

 

それは日本が戦後に急速な都市化(人口の都市集中)と工業化(農業人口の激減)により忙しくなりチキンラーメンが一大人気になり味の素が家庭の味の基本となり誰もが時間を争うようになり、いつの間にか「ゆっくりゆったり」という人間本来が要求する生理的な休憩時間を提供出来なくなった。

 

週末にカフェでお茶を飲む。陽あたりが良くて気持よくて、それが普通にどこでも味わえるって意味ではこの国は贅沢と言える。カラオケがなくても飲み屋街がなくても気にならない。だってストレスがないのだから。

 

不便な事はたくさんある。コンビニはないしお店の商品は少ないし品質は悪い。バスは道を間違うし銀行は入金額を間違えるし。それでもこうやってカフェでゆったりとお茶を楽しみながらも国が回っていけるのだからと考えれば悪くはない。急ぐ必要はない「狭い地球、そんなに急いでどこに行く」だ。

 

今日から2週間、北半球のロードショーだ。昼過ぎの便でシンガポールに飛び、そこで福岡行きに乗り換えて日本入り。福岡で始まり大阪、東京、シンガポール、バンコクと続く長いロードショーになる。

 

キーウィは仕事開始ってのを色んな言い回しをする。「ボールを転がす」てのは今でもNZに伝わるローンボーリングの名残だろう。「キックオフ」はラグビーからなのでわかりやすい。けど僕が一番馴染むのは「射撃開始!」だ。



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2012年05月06日

テロのない国 手塚治虫から学ぶ宗教戦争

手塚治虫の言葉=火の鳥「太陽編」について

「僕が言いたかった事は、結局、信仰というものは人間が作ったものであって、宇宙の原理とか言ったものではなく、時代とともにどんどん新しい文化として取り入れられていき、そこで必ず古い宗教、文化との葛藤が生まれ、それによってまた新しい世界が生まれてくる。その繰り返しなんだということを描きたかったのです。

1986年10月

 

漫画自体は1970年代から描かれており火の鳥は手塚治虫の代表作と言える。大阪で生まれ大阪大学で医学博士の免許を持ち1946年に漫画家としてデビュー。その後の事は普通の日本人なら誰もが知っている。

 

自宅の本棚には漫画がたくさんある。娘の大好きな「BillyBat」もある。ぼくの大好きな「火の鳥」と「カムイ伝」はいつも本棚の奥に鎮座している。時々引っ張りだして読むのだがどれだけ時代が経っても古さを感じさせない創造性がある。

 

例えばビートルズが何十年経っても古さを感じさせないどころか子供が聴いても「お父さん、これいいよね、誰?」って聞くようなものだ。

 

音楽について言えば2000年あたりに流行った日本の流行曲を覚えている人はどれだけいるだろうか?シンセサイザーとパソコンを使い流行の音楽を“造り”ダンスの好きな若くて可愛い女の子に歌わせるが、数ヶ月も経つと誰も覚えてなくてその頃には次の女の子が出てきて歌ってるけどそれもまた数ヶ月で忘れ去られて使い捨て。

 

聴く方も自分が持つ1日24時間という限定された時間の一部を使ってゴミ拾いをするがゴミを作る方はもっと大変である。人の人格なんて無視して夜中にレコーディングやったり売れてる時は一日3時間睡眠を要求してこき使うが一旦売れなくなると全く無視。

 

ゴミを造りゴミを食ってゴミは使い捨てられ人がどんどん荒んでいく中で自分が立ち止まってゆっくり考える時間もない、それが今の日本ではないか。そんな時に立ち止まって手塚治虫を読み人生の悠久を考えるってのは至福の時間でもあり日常生活で傷んだ心の回復の時間でもある。

 

古典は古典と言われる所以がここにあると思う。時代を超えて良い物を学び楽しむ、それが自分の人生を豊かにすると思う。ところで「火の鳥」って漢字、あの頃の流行のフォントで作ってるからこれがどうも「焼き鳥」に見えるってのはよほど僕が不謹慎な証拠であろう(笑)。

 

ところで最近「原発がない国ニュージーランド」って本が発行されたがまだ読んでない。てか、原発がないってのを今更「売り」にして本を書く心境がよく理解出来ない。そんなん1980年代からわかってることだし。

 

ニュージーランドをダシにして本を書くのは発言の自由であるがせっかくならもっと踏み込んで「テロのない国ニュージーランド」にしてもらえないだろうか。

 

というのが火の鳥太陽編に出てきたように人は宗教で争うと止まらない。利害ではなく信条で戦い自分だけが正しいと思い込むから相手を破滅させるまで戦いは終わらない。一神教の場合はじぶんちの髪、じゃない、紙じゃない、神だけが正しいと思い込み、その神以外を信じるのは「許せな〜い」となるからドンパチが始まる。

 

そしてそういう時に政治的利害関係や利権と言った現世利益を一緒に叶えてしまいましょうという連中が必ず現れてくるから最後には訳の解らん十字軍戦争になってしまう。

 

ニュージーランドには米国の富裕層が毎年1千人くらいやってくる。その半数以上は自家用ジェット機でやってきて永住権を申請する。彼らはニューヨークの豪華なマンションに住んでてもテロに遭えば終わりと分かっているから今のうちに逃げ場所を用意しておくのだ。

 

彼らは白人ネットワークの中でニュージーランドだけは世界の英語圏で唯一テロの起こらない国だと知っている。何故なら白人社会でありながらイスラム教も仏教もヒンズー教も、すべての宗教がこの国では自由に信仰出来るからだ。

 

そんなん米国だって出来るじゃんなんて表面的な部分を見ないで実態を見てほしい。今でもコーラン焼いて客集めする教会もあれば1960年代の黒人差別と虐殺を行った白人は今でも米国の中に普通に生きているのである。

 

北半球で現在起きているテロはすべて米国政府及びペンタゴンやその関連団体が引き起こした侵略戦争に端を発しているが、それは米国が撤退を決めたあとも収まる様子が見えないのは報復でありまさに十字軍戦争のような、いつの間にか宗教を戦争の原因の一つにする状況になったからだ。

 

お隣の豪州では米国に加担して侵略戦争を行い、その結果としてバリ島テロでたくさんの死者を出した。

 

ニュージーランドは白人社会の中で数少なく国連決議によく従い国連平和軍に常に自国軍兵士を送り込み毎年数名の死者を出しても決してひるまずに戦っているが、米国主導の国連決議のない侵略戦争には参加していない。

 

そして米国軍とは一応友好関係はあるものの、1985年の核搭載艦船ブキャナン号事件では核持ち込み禁止原則を掲げて追い出した実績がある。

 

また周囲数千キロに敵対国はなく、いるのはペンギンと鯨とイルカ、くらいの南太平洋の小島であるから差し迫った危機もない。自然と人々は平和を享受して他国からやってきた異宗教の人々も暖かく迎え、豪州で追い出された難民の受け入れも行ったりして、いわゆるテロ国家からの評判も良い。

 

「あいつら白人のクリスチャンだけど、悪くねえな、俺達の同胞を受け入れて学校にまで通わせてくれてるんだぜ、そんな国にテロを仕掛けちゃダメだよな」くらいの判断は誰にでも出来る。

 

つまり偶然にもこの国では政治宗教における中立性が守られており更に国家が精神的に豊かだから異宗教も受け入れて彼らがモスクを作ってもお寺を作っても信仰の自由を保障している。

 

しかしその根本にあるのは、1800年代にこの植民地を作り上げた人々の「自由と平等と公平と平和を求める精神」にある。この国はお隣の豪州と同じ英国系移民で構築されたがその中身は全く違う。

 

豪州は元々が流刑地でありその後も個人が植民してきて道徳水準の異なる人々が争うように土地をアボリジニから奪い、アボリジニを人間と認めずにまるで狩猟のように殺しまくった挙句に居留地に追い込みその子供たちを奪い取りといった蛮行を平気で行なっていた。まさに悪貨は良貨を駆逐する、である。少数の精神的にまともな人がいても全体が悪貨なのだからどうしようもない。

 

偶然だがニュージーランドの場合は1800年代初頭にこの国にやってきた貿易商人(悪人)と宣教師(善人?)がマオリを真ん中に置いてお互いの主張をして最終的にはワイタンギ条約という形で一国二民族制度が定着した。

 

書き始めたらきりがないが大雑把に言えばこの国は建国の時点から他人の宗教や考え方を認める文化と法律が作られてそれが実行され実効している点が他の白人食民国と違った歴史を作っている。

 

それが現代においては非常に効果的に平和を呼び込む仕組みになっており、すべての国家の人々を平等に扱うと共にすべての国家からやってきた人々に信仰の自由と国民としての公平を保障している。

 

もちろんこれがいつまで続くか誰も分からないが、少なくとも今の時代にテロが起こる可能性が最も低い白人国家である事は間違いなく、それは原発と肩を並べてこの国の平和と安全を守る防壁になっている。



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2012年05月04日

英米は家族を大事にしない?

★抜粋開始

OPINION実は英米より日本の方が機会平等で実力社会」

欧米人は日本人と違って何より家族を大切にする、と信じられているが、日本より欧米諸国のほうがはるかに離婚率が高い。また、アメリカは誰にもチャンスを与えられる実力社会だ、などといわれるが、所得階層間の世代を超えた移動は、実はアメリカやイギリスは、世界の中で最もむずかしいグループに入り、他の先進国よりもはるかに親の収入がものを言うのである。

 

日本は英米よりも、親の所得と子の所得の関係性が低いのである。要するには、英米より日本の方が、はるかに機会平等で実力社会なのだ。

 

筆者はこれは教育制度に起因していると考えている。英米の学校は、私立が中心で、かなり自由化されている。つまり、いい教育には高い学費が必要なのだ。一方で、カナダや北欧三国は学費は大学まで含めて無料である。日本も、公立の場合、高校卒業程度まではほとんど無料といっていいほど低コストである。

http://agora-web.jp/archives/1447416.html

★抜粋終了

 

あいも変わらず賛否両論が出ている藤沢ブログであるが、この人は時に鋭い読みをするのだけど時には上記のように大外しすることがある。それはとりもなおさず世界を見る時間が不足しているって事なのだが、コメント欄でも随分と外れた指摘があるので時間のある方は一度読んでみると良い。

 

英米のほうが離婚率が高いのは事実だけどそれをもって家族を大事にしないってのは全く現場を知らない発言である。日本の離婚率が低いのは離婚すれば経済的に不利になる仕組みがあるからで更に離婚をするのにも有責主義である日本では因果関係がなければ離婚できない。更に日本では結婚は家と家の結婚であり個人が惚れたはれただけではないのだ。

 

けれどニュージーランドも含めた英米は破綻主義が中心である。好きになれば結婚するし愛がなくなれば具体的な理由がなくても別れられるのだから当然離婚率は高くなる。さらにニュージーランドでは別れた時点で財産はきれーいに半分こだ。どっちがどれだけ働いたかなんて関係なくきれーいに半分こ。これには多くのキーウィ男性が文句を言ってるが当分法律が変わる予定はない。

 

家族を大事にするって意味ではこちらはほんとうに家族を大事にする。仕事よりも家族を優先するし仕事の時間調整をして家族の用事を片付けるなんて当たり前だ。離婚したあとでも別れた子どもとの時間を作ろうとする。

 

その意味で日本とニュージーランドの両方を見ている僕からすれば間違い無く日本人の方が家庭を大事にしていない。俺が家族のために働いてるのは分かってるだろう、忙しいんだ、子供の音楽の発表会とかにいちいち行ってられるかよ、取引先とのゴルフが入ってるんだよ。

 

日本ではそんな無理解でバカな父親に愛想を尽かしてもシステム的にわかれにくいから自然と不倫に走る。人妻不倫文化の豊かさとラブホテルの多さでは日本は世界に冠たる文明国だ(笑)。

 

成田空港から田舎町の外れにある電飾一杯のちっちゃな建物を見てHOTELという英語だけ読んで「ね〜、あんな所でビジネスが成立するのかな?」って奥さんに聞いてる英米の旅行客にはあんまり説明出来ない状況だ。

 

ニュージーランドでは残業という発想が殆ど無くて誰もが5時過ぎになるとF1レーサーのように自宅に向かって一直線に戻っていく。残業はほんとに緊急事態の事であり例えばシステムが止まったとかだし、それでも「まあいいか、ある程度やったしそんなに大きな問題じゃないよな、明日やればいいよな」って無言の合意が出来上がり6時前には我先に帰る。

 

だから離婚率を見て英米は家族を大事にしないなんて発想は現場知らずだなと思う。

 

コメントで「統計バカ」と言われてるが、バカというわけではない。日本の方が機会平等であるって指摘は統計から読んでいるが決して間違いではない。ただその原因を安い教育に求めるって点が弱い。

 

この人が英米では相続税がないってのを理解していれば機会平等の意味が分かると思う。日本は社会主義であり一応セーフティネットもあるし誰にも頑張れば機会平等になるような仕組みを導入している。

 

お金持ちの子供がお金持ちになりやすいってのは、これは事実である。しかしそれはお金持ちの親は教育の大事さを知っているから子供は趣味や勉強にお金と時間を使い賢くなる機会が増えるからだ。

 

そして親は子供に持ち家を含めた一定のお金を残せるから子供は生活が安定するし家賃を払わずに自宅に住めるし、親が残した金を使って投資をしても良いし更に自分に子供が生まれたらその子に教育を提供して賢い家庭は固定化していく。

 

それに比べて親にお金がなければ子供の頃からお金に苦労してアルバイトしたり大学行けずに趣味や教育にかける時間がなく自然と豊かになる機会を失う。この豊かとはお金だけではなく考え方も含めてだ。それは教育程度が低いとどうしても世の中の事を理解する能力が低くなり自分を制御する能力も薄れて、ぶくぶくに膨れた肥満体でビール飲んでタバコで歯のウラ真っ黒にしてバカテレビ見てゲラゲラ笑うだけの生活になる。

 

そうなるとそんな親を見て育った子供は教育の機会もなく親から学べるものもなく人生に夢も持てず必然的に貧しい心と生活に浸るようになり学校にも行かない友達ばかりが集まり・・・そうやって世代は繰り返していつの間にか貧しい人々は固定化していく。

 

日本が機会平等なのは社会主義的制度があるからだ。貧しい子供でも学校に行けるし心の豊かな先生やお金持ちの友達に会えるしたまにお金持ちの子供の自宅の誕生日会に呼ばれて豪邸を見て豪華な食事を食べて世の中にこんな生活もあるんだなと体験して、それが自分の人生の転機になったりする。

 

日本ではそうやって全体のレベルを底上げする仕組みが社会にある。誰もがそこそこの常識とそこそこにやっていいこと悪いことが分かるから「こんな事やっちゃまずいよな」って恥が理解出来るから犯罪率が低い。それに頑張れば何とか食っていける仕組みがあるんだし米国のような「階級の壁から抜け出られないと感じる破滅的バカ」が少ないってのに起因する。

 

だから日本が機会平等なのは正解であるがそれは日本が様々な税金を徴収して日常生活を担保し世代交代となれば相続税徴収でガラガラポンに戻すという社会主義制度を取っているからであり教育の程度が高いからだけではないってのは理解しておく必要がある。



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2012年05月03日

広東語、てか外国語について

広東語「ンーゴイ、プンチェシーヤオガイ、ンンユーチョン!」

日本語「すみません、半匹の醤油鶏、ねぎなしで!」

 

オークランドに住んでいる日本人で中国語を話す人は少ないと思う。だからだろう、ぼくがノースコートショッピングセンター(センターとは言っても青空の下に2階建ての商店がずらっと並んで、端っこにカウントダウンがあるだけ)の中国人のお店で醤油鶏を買うのに広東語を使っていると、お店の人も誰一人として不思議がらずに普通に広東語で「たれは付ける?」とか聞いてくる。

 

鶏肉のハーフサイズが11ドルで手元に20ドル札しかなくて

「レイ、ヤウモウヤッマンア?」(1ドルある?)と聞かれて

「モウイ―シーア、モウサンチーア」(ごめん、小銭がないんだよ)

こんな会話を普通にやっていると誰が見ても中国人と思うだろうが、ぼくはれっきとした日本人である。

 

香港では、とくに僕の住んでいた街では広東語が出来ないと命取りであり(結構マジ)当時香港のレストランは2重価格制度(英語だとメニュー価格が2倍になる)を採用していたので(笑)、地元の店で地元価格で食おうと思えばやっぱり広東語は必須。

 

香港に住み始めたのが32歳でその当時は全く広東語が出来なかったが、職場のスタッフと少しづつ会話を広げて半年も経つ頃にはすべての会話(バカ話を含めて)を広東語でやってた。だから日本から派遣された駐在員は最初僕の事を中国人かと思って下手な英語で話しかけてきたりしたものだ。

 

なんで半年くらいで全く違う言語を習得出来るのですかと聞かれるのだがなんとも答えようがない。ただ何となく感じるのは学び方が普通に学校に行く人と違うのだろうなって事だ。

 

彼らの話す広東語は最初は全然聞き取れないがそのうち彼らがある一定の動作をする際に必ず同じ言葉を使うことが分かる。例えば首を右にかしげて「ディムカイ點解?」は「なんで?なぜ?」だ。何かを指さして「メアレイガ〜?」は「何?」。

 

そんな具合に動作と言葉を組み合わせて言葉の基本である「いつどこで誰がなぜどうした?」を当てはめていき、次に単語を記憶する。電話なら「でぃんわ〜」、天気「てぃんへい」、麺「みん」、バス「パーシー」、タクシー「てきしー」みたいな感じで身近なものを覚えていく。

 

そのうち慣れてくると「ガムヤ、てぃんへい、ホウ(今日は天気がいいですね)」と文章を作り会社のスタッフに朝会うと必ず右手の広さし指を天に向けてにこっと笑ってこのセリフを繰り返す。最初は引かれていたがそのうちこっちの意思が伝わったのだろう、だんだん「げいほう!(いいね)」とか「おお、ちょうさん!(おはよう)」と言ってくれるようになった。

 

そして彼らも次第に「この日本人はちょっと違うぞ」と考えだして、昼飯に連れて行ってくれたりすると「ふぁいち、ちーがん、ぱくふぁん(お箸、スプーン、白ご飯)」とにこにこして指さしながら教えてくれるようになった。

 

その頃は香港島の赤柱の隣の浜辺で毎週2日きっちりとウィンドサーフィンをやっててその時周囲の友達は全部日焼けした元気な男たち。自然と話は「限定」される、随分素敵な広東語を教えてもらったものだ(笑)。

 

外国語を勉強するときのコツってのは、多分ネイティブの中に遠慮なく入って行って彼らの礼儀を守りながら頑張って昨日覚えた単語を今日使い彼らを笑わせて、ぼくに言葉を教える楽しさを伝えるって事があると思う。

 

ただ当然ながら言葉は手段であり目的ではない。どんなに発音が良くても中身がなければまともな人間は相手にしてくれない。子供がきれいな英語を話してもそれでは法廷に立って弁護士活動は出来ない。

 

その意味で例えば高価な万年筆を買って「ほらすごいだろ、この万年筆!」とか自慢しても肝心の字がぬたくるようでは洒落にならない。ましてやぼくは英語は28歳になってやっと本格的に使うようになり発音でたらめ、広東語だって主に若い女性から教えてもらったので女言葉?になってる、つまりヘタな道具しか持ってないのだから自慢にもなりゃしない。

 

僕の目的は明確で、この「生き馬の目を射抜く街」で生き残ることだった。そのためには30過ぎた僕が20そこそこの女の子に笑われても言葉を学ぶ必要があった、それもできるだけ早く。

 

なので今もあまり言葉の話はしない。「海外に住んでるんですか〜英語出来るんですよね〜私も英語勉強したいんです〜」なんて人に聞かれても「あまり出来ませんよ、今もシェークスピア英語を読んでも全く理解出来ませんから」と言ってる。事実だし出来たってそれだけでは意味ないし。

 

所詮言葉は意思疎通としての会話をする武器であり道具でありそれ以上でもそれ以下でもない。なのに何故か日本人がこっちに来て英語の勉強をするというと完璧を目指そうとする。何故か手段が目的化しているのだ。

 

外国人がおとなになってからどんなに頑張っても発音の矯正は難しく八百万社会で育った人間にはキリスト教社会で生まれ育った人々の英語の冗談はまず理解出来ない。言葉の背景となる文化や価値観が全く違うのだから当然だろう。

 

ぼくがりょうまくんと一緒に英語のテレビ番組を見てても彼の笑うタイミングとぼくの笑うタイミングは微妙にずれる。それは彼がこの国で子どもとして学んだこの国の文化が背景にあるしぼくにはないからだ。

 

面白いのは、これが広東語の番組だと同時に笑える。奥さんも僕もりょうまくんも同時に笑える。これはおそらく中国も仏教文化があり同じ価値観を持っているからだろう。

 

ちょっと話はそれたが語学を学びたいという人は自分がその言葉を使って何を話したいのか何を言いたいのかを最初に決める必要がある。何故学ぶのか?どこまで学ぶのか?それは戦略だ。

 

戦略的終了地点を作らないままにいたずらに「英語勉強したいんです〜」ってのはあまり意味がない。だって落とし所がないからだ。そういう英語の学び方だと結局だらだらと学校に行くだけで失敗を恐れて街で使うことも出来ず恥ずかしくて地元社会にも入り込めずにいれば、そりゃ英語は伸びないわな。

 

外国語、とくに英語を学ぶって場合は大人になってからどれだけ学んでもやはり発音や正確な理解には限度がある(例外はある、外務省にはすごい英語使いがいるらしい)

 

昔ぼくが香港で夜のアルバイトで日本語を教えていた時、生徒は多種多様だった。40過ぎのおばちゃんがいかにもさっきお店から来ましたって格好でちょこんと座ってる。「何を学びたいですか?」と聞くと「おかゆの種類と味の説明。それだけ分かればもういいから」だった。

 

わっかりやす〜。まともに学問も学んでない裏通りのお粥屋のおばちゃんが戦略を立てて「おかゆの営業」の為に日本語を学びに来る。2ヶ月もすれば彼らは学ぶべきことを学び学校を辞めて仕事に戻る。

 

香港のお粥屋で見かけるヘンテコな日本語表示を見ると日本人は最初きょとんとして次にあ〜あと思うが、あれの責任の一端は僕にもあると思う(笑)。もちっと学んでくれれば、「おかゆ」が「おかわ」になることもなかったのだが・・・。

 

これからニュージーランドで生活をする人は日常生活で当然のように英語が必要になる。その時にまず理解すべきは外国語を学ぶのも戦略であり何をどこまで学びたいか領域を明確にしておかないと、いつまで経っても何を言いたいか分からない英語しか身につかないと思う。

 

先週友達と飲みに出た時に日本人の集まるバーがありそこでわいわいと情報交換しながら飲んでたら、2つほど離れたボックスで二人組のおっさんが女の子相手に威張った顔で「おれさ〜、香港にいてさ、広東語出来るんだよね〜」と言い出した。

 

「へ〜、すごいですね、何か喋って下さい!」と予定調和の回答を受け取ると彼はいきなり「ンンゴイ、や、いーさん、せい、んー」と数を数え始めた。「ありがと、いちにいさんよん」だ。10まで言ったあたりでふーふー言いながら「ほら、出来るだろ〜!」だって。優しい日本人の女の子は予定調和で「あ、すごいですね〜」

 

ぼくは隣の友人に「おい、あいつに112って何て言うのか聞いてみようか?それとも“今日の天気は良いですね”って何て言うのか聞いてみようか?」笑って腰を上げそうになる友達の手を隣に座っていた女の子が苦笑しながら押さえて「やめてくださいよ〜!」

 

言葉は所詮武器であり武器自慢をしても何の意味もない。おれんち金持ちだし〜って言うような空疎な空威張りにしかならない。

 

大事なのはその武器でどのような戦いが出来るかだ。その意味で香港の小学校しか出てないようなお粥屋のおばちゃんは明確な戦略を持っており日本の一流大学を出た駐在さんはあまり明確な人生戦略を持っているとは思えなかった夜だった。



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2012年05月02日

政治家

りょうまくんが今日は嬉しそうに僕の迎えの車に乗り込んできた。「ねえねえお父さん、今日はとっても楽しかった〜、あのさ、歌を歌ったんだけど、審査員の先生に“りょうまくんは自分の声帯と選曲が良いから聴いてて気持ちいいわね」って言われたんだ〜」

 

なんじゃそりゃ?そう言えばここしばらくりょうまくんがIphoneをマイク替わりに右手に持って音楽に合わせて歌って録音して練習してたな、なるほど学校の授業でこんなのもやってるんだな。

 

「へ〜、先生がほめてくれたんだ、良かったね」というと「違うよ〜、みんながすごいね〜って言ってくれたんだ」とニコニコしながら言ってる。

 

「それってもしかして人前で歌ったの?」

「そーだよ〜」

りょうまくんは面白いほどに「ものおじ」をしない。どこでもなんでもどんどん突っ込んでいく。日本人の、悪い意味で言う恥を気にしない。日本人の場合は99%出来てもまだ「え〜、恥ずかし〜できませ〜ん」という。

 

けれどりょうまくんはやっぱりこっちの学校で育ったせいか、他人の目を全く気にせずに自分のやりたい事をやる。出来るできないではなく、まずやってみる。それで失敗すればもう一回やればいいや、最初から成功なんかするわけないしって考えている。

 

ん〜、考えているってのは正解ではないかもしれない。りょうまくんの場合は何も考えていないからだ(笑)。理屈でどうのこうのとか、こう考えてみようとか、そんな小難しい事は一切考えない。

 

「人前で歌えば失敗すれば恥ずしい、だから歌わないなんてのは成長にとってマイナスじゃないか」なんて理屈さえ存在しない。歌いたい、だから歌う。皆が聴いてくれて喜んでくれるともっと気持ちいい、ただそれだけ。

 

この子、香港の幼稚園とニュージーランドの小学校で正式に自閉症と認定されて政府から補助金もらってて11歳過ぎてやっと普通学級に入ったけれどそれでも最初の1年くらいは全然周囲と会話が成立しなかったくらいの国際的自閉症だったのだが、最近はすっかり人が変わったように毎日をケラケラと笑って周囲と楽しく遊んでいる。

 

この子には友達の肌の色が白とか黄色とか全く目に入らない。みんな友達なんだし楽しくやろうよ、そう本気で信じることが出来る子供になった。

 

これもある意味ニュージーランドの障害児教育のレベルの高さだと思うしこうやって人前で堂々と歌えるなんて親からすれば嬉しくて仕方ない。「ほら、やっぱり言ったとおりでしょ、坂本龍馬も子供の頃はおねしょしたりぼけーとしたりしてたけど若者になった瞬間に急に人間が入れ替わったように明るく楽しい元気な青年になった。それと同じだよ、ずっと昔から言ってたでしょ」って昔りょうまを馬鹿呼ばわりした連中に言いたい。

 

子供の時から親の顔色見て育って小利口に回りを立ち回り学校で良い成績を取って回りを蹴落として大学まで行き優秀な企業に入社したけど結局は自分ってものがないし周囲と仲良くして全体を盛り上げようよってのが出来ない小利口バカは目先の自分の利益しか理解出来ない。

 

偶然だけど今朝奥さんに会社まで送ってもらう車の中で「ねえ、りょうまくんは法律の勉強してから政治家になるってのもありよね〜」と言い出した。へー、うちの奥さんがこんな事言い出すのも珍しいなと思って聞くと、彼女は最近りょうまくんの変わり様にいろんな将来の選択肢が広がったようで、その中で世の為人の為って考えればやっぱり政治家いいかもね、あの子の性格にも合ってるしねと考えているようだ。

 

ニュージーランドでは日本のような二世政治家がいない。政治家はあくまで国民の代表として働く人間であり偉くもなくバカでもない普通の人間である。お金儲けであればもっと他の仕事があるわけで、子供に財産を残すなら家族信託を作れば相続税はゼロである。

 

なのに政治家をするってのは自分がやりたい事が国民全体の利害調整だし自分が出来ると思うからだ。そこには自分が儲けようとかの発想はない。技術的な事は官僚に任せれば彼らが計算してどの選択肢ならどうなるかと提出する。政治家はそれを見て国民の視線で「じゃあこれで行こう」と決断する。それが政治家であり官僚である。

 

地盤看板カバンを残そうなんてのはある意味政治活動において最低の動きである。政治が商売になってしまい最後は誰がたくさん手下を集めたか、餅代を払えるか、選挙時の弾丸をくれるかしかない。

 

そしてその政治家を押すのは地元に利益を誘導したいだけの後援会会長のハゲチャビンだ。偉そうに政治がどうのというが要するに地元に利権を引っ張りたいだけであり全体最適を全く考えていなかったから今の日本がこんな無茶苦茶になった

 

ぼくはりょうまくんが大好きだが、それは彼が学校の成績が中の下だからでもついこの前まで特殊学級に通ってたからでもなく要領が悪いからでもなく、とにかく他人の気持ちを考えることが出来る子供だからだ。

 

もうかなり昔の事だが僕の友達がオークランドで居酒屋をやってた。お昼時はどこの店もやってるように店の前にお弁当を積み上げておいた。そこに通りがかった中年の髪ぼさぼさの浮浪者。少し酔ってるのか疲れてるのか、ふらっとしながら体を動かして積み上げていた弁当の一番上にあるのを取ってそのまま歩き去ろうとした。

 

当然店主は怒るわけで店を飛び出して「こら、金払わんかい!」となる。それでもふらふらとするだけの浮浪者。

 

そこに偶然通りがかったきちんとした身なりのビジネスマンがその光景を見て近寄ってきて「あ、ごめん、彼は僕の知り合いなんだ、弁当買う金を持ってくるのを忘れたようだね、大丈夫、僕が彼の代わりにお金を払うから。さ、このお弁当いくらいだい?迷惑かけてすまなかったね」と謝る。

 

びっくりした店主は「えっと、9ドル・・」と言ってお金を受け取り、浮浪者はそのまま去り、ビジネスマンも何事もなかったように去っていった。どう考えても浮浪者とつきあいがあると思えないビジネスマンがたまたま目の前で見た出来事を誰も納得できるように解決しようとする。

 

「法律ではこれは窃盗で〜」とか「社会主義においては誰もが平等で〜」とか、そんな小難しい理屈ではない。今目の前にある状況でどうやって皆が幸せになれるかを考える、それが肌で分かる人間が世の中を良くしていくと思う。

 

ところが今の日本では、自分だけが儲かればいいとか親が政治家だから俺も政治家になりましただとかおらが村に新幹線通すためにおらが村出身の政治家を使いおらが村だけの利益を考えるとかの結果として日本という国がズタズタにされているのではないかと感じる。

 

ニュージーランドの政治汚職が世界で最も少ないベスト3に選ばれたりするのは偶然ではないしやはりその背景に何かあると思う。この国で子供を育てて分かるのは、他人との競争ではなく自分との競争を楽しみながら努力出来る人材を作れる仕組みである。

 

もちろん怠ける子供は結局怠ける。自分との戦いに負けて浮浪者になる人もいる。そんな浮浪者に対して自分のポケットから直接9ドルを支払い名前も言わずに「富の再配分」を行う人もいる。

 

口先だけの平等論や偉そうな資本主義者が本当に日本を良くするのか?あり得んな。大事なのは実行力であり、それは日頃からやってないと何かあった時に絶対に出てこない。そしてその実行力とは考えていては間に合わない性質のものだ。

 

りょうまくんがこの国でもうすぐ15歳になる。車の免許を取れるようになる。次は出来れば大学かな。行かなくてもきにしないけど、彼の性格に合った仕事、社会と楽しくうまくやっていける仕事を見つけてくれればと思う、例えそれが政治家であれ。



tom_eastwind at 18:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月01日

日米共同宣言

★抜粋開始

【ワシントン時事】野田佳彦首相は30日午前(日本時間1日未明)、ホワイトハウスでオバマ米大統領と会談した。両首脳は、日米がアジア太平洋地域の平和と繁栄に「役割と責任」を果たしつつ、地域の秩序づくりへ連携していくことで一致。軍事・経済両面で台頭する中国をにらみ、安全保障協力を進展させる方針を確認。両首脳は会談後、共同記者会見に臨み、包括的な同盟深化に向けた共同声明を発表した。

★抜粋終了

全部取り上げてたらそれだけで一冊の本になるので本文は下記をお読み頂くとして。

http://i.jiji.jp/jc/i?g=pol_30&k=2012043000239

 

ポイントだけ拾って「こう読む」を入れてみたい。但しこれは新聞からの「伝聞」なので入手情報に違いがあればお詫び。

 

 首相の公式訪米は、2009年9月の民主党政権発足後初めて。両首脳は会談で、同政権下で揺らいだ日米関係を立て直し、新たに発展させる足掛かりを築きたい考えだ。

★小沢と鳩山の急速な中国寄りに頭に来たペンタゴン系が鳩山を普天間で蹴落とし小沢を告訴して、民主政権後急速に中国寄りになった日本を引きとめようとした。ペンタゴンの戦闘は成功したが時代はすでにオバマを支持するモンロー主義者の時代だ。

 

両首脳が日米関係を立て直すってことは、オバマも「うちの跳ねっ返りが悪かったな、おれは日中関係も一定の範囲内で認めるしアジアから米国は引くし小沢も無罪にしたんだから、長い付き合いなんだからもちっと話し合いながらいこうぜ」だろう。

 

野田首相はそれに対して「日本は元々日米同盟だし俺も一気に中国に偏るなんて考えてないっすよ、お互いこれで次の選挙に勝ったら長期政権、仲良くやりましょう」となる。

 

野田にとってはこれで次の選挙で首相が継続出来れば良いし(日本の首相選出に米国が無関係だった事は戦後何度あったのだろうか?)オバマとしてはこれから古き良き製造業の時代に戻り輸出先に日本を出来ますよってメッセージを国民に送れるから秋の選挙に向けてプラスである。

 両政府が取りまとめた共同声明は「未来に向けた共通ビジョン」と題し、日米同盟を「アジア太平洋地域における平和、安全保障、安定の礎」と位置付けた。

これはアジアから米国は引くけどこれかも日本とは仲良くしたいねって儀礼的なお話。ポイントはここから↓。

 

その上で、こうした課題を実現するため「あらゆる能力を駆使し、われわれの役割と責任を果たす」と明記。

★アジアって言葉が曲者だけどそれはあとで分かる。まず「あらゆる能力」とは外交能力、特に外交の先端にある圧倒的な軍事力を保持していこうね、であることが分かる、お互いに出し合おうね、これをどう実現するかって部分で次の「役割と責任」ってのが骨で、日米は今せっせと日本自衛隊の司令基地と厚木とかの米軍司令基地を同じ敷地内に移転させて自衛隊即応部隊は実質的に米軍の中国抑制力になるって意味だ。

 

米国の役割は戦い方を教える、つまり米軍の圧倒的な情報収集力によって得たミサイル発射情報や中国海軍情報を教えることであり、日本の責任とは“金出せ”だ。今回の追加予算だけでも300億円という数字が簡単に日本側から思いやり予算として出てきてる。普通300億円あったら何が出来るかな?

 

オバマ政権のアジア太平洋重視路線を踏まえ、日米が手を携えて同地域の秩序づくりを主導する姿勢を鮮明にした。特に、安全保障面では、先に発表した在日米軍再編計画見直しの中間報告に沿って、中国の海洋進出を念頭に、日米がともに警戒監視活動に当たり、自衛隊や米軍施設の共同使用を促進する「動的防衛協力」を打ち出した。

★ここがコツであり上記の文章の具体的裏付け。米軍と日本自衛隊は太平洋においてひとつの軍隊として戦いましょう、けれど命令を出すのは米国ですよって事。

 

★一方、野田政権が交渉参加を目指す環太平洋連携協定(TPP)に関し、共同声明は「2国間協議を引き続き前進させる」と言及するにとどめた。会談で首相は、国内の根強い反対論や慎重論に配慮し、交渉参加表明を見送ったとみられる。 

★ここはどじょう踊りです。どじょうは「いやちょっとさ、国内まとめるのに時間頂戴よ、てか何か良い案を米国から出せるかな?」って駆け引き。もちろん実際に裏で操ってるのは外務省だが、ここで無理にTPPを出さないところがうまい。

 

★会談では、長距離弾道ミサイルを発射し、核実験の強行が懸念される北朝鮮情勢についても協議し、引き続き緊密に連携して対処していくことを確認。

★これも大きなコツで、北朝鮮はこれからも締め付けようぜ、中国経由でね、なんだが、ぼくは正直言って北朝鮮の暴発が原発よりも怖い。北朝鮮の独裁体制は独裁者がチャウセスクのような死を迎える恐怖から逃れるためには平気で日本にミサイルを撃ち込む。外交の通じない相手であり中国を巻き込んでしっかりと緊密にやってもらいたいと思う。

 

どこの国でもそうだが自国民に愛国心を(表面的にでも)持たせるのは外国との戦争だ。北朝鮮が国民を固めるなら日本を敵国にすればよい、だからいつドカーンとくるか本当に読めない。中国が「あいつらやべーな、政権交代!」と言ってる準備している間にミサイルが日本に落ちたらそれだけでこっちは多数の死者を出すのだから、これは本当に気をつけてやって欲しい。

 

★このほか、民主化努力が進むミャンマー情勢やイランの核開発、治安が悪化するアフガニスタンへの支援問題も議題になったとみられる。

ここでやっと鳩山さんが中東訪問をしたのかが見えてくる。冒頭に出てくる「日米同盟をアジア太平洋地域における平和、安全保障、安定の礎にする」というのは、北東アジアで中国相手にどうこうだけじゃなくてイランやアフガニスタンまでよろしくって事だ。イラン、イラク、アフガニスタンなどはすでに米国の話を聞かないしイスラム国家として独立していく。その時にアジア全体でうまく固まってね、つまり中国の労働力と日本の技術力とロシアの暴力で抑えて欲しいって事だろう。

 

ミャンマーについてもアジアで大量の若者を抱えて低賃金で雇える市場として解放しようぜ、おれたち白人が表立って行けばベトナム戦争の再来とかトゲたつけど、民主化をお題目に日本などが行けば何とか格好つくじゃんか、だからよろしく〜でしょうな。もちろん最初に工場を作るのはナイキであろうが(笑)。

 

それにしてもぼくからすればイランやアフガンなどはアジアと思ってないのだが欧米から見ればスエズ以東はアジアとか、全く関係ないお荷物押し付けやがって、けど日本外務省からすればあそこって石油が採れるから何とかその線でどうにかなるかなって事だろう。

 

★両首脳は、民生用原子力や宇宙分野の日米協力などを盛り込んだ関連文書も併せて公表した。(2012/05/01-03:27

記事はこれで終了。原子力を進めていきますよって宣言は分かるが宇宙は具体的に何を指しているか分からない。

 

けどまあここ数年の外交にしては時期も良かったのだろうが、それなりに相手からきちんとした言葉がとれたのではないかって気がする。

 

My Word is My Bond” という古い英語がある。白人、特に英国系ってのは個人的に良い奴が多いし、ビジネスでも約束した事はわりかし守る。(仕事が上手かどうかは別だ)。個別の案件では基本条件がまとまっただけでありここから日本外務省のどじょうのようなぬるんるんとした駆け引きが始まり、いつの間にか最初に決めてた事と違う方向に動くことがある。

 

大事なのは穴の中に入った相手を引っ張りだすことであり、出してしまえば官僚は強い。いろんな評価がこれから出てくるだろうが、第一報を聞く限り「ほお、よくここまで押し込んだな」って思った今日の時事通信であった。

 

ついでに言えば、時事は通信と言うくらいなのだから他社よりも早くネットデビューしたらどうだろう。速報性と国際報道分析に限定すれば食っていけるのではないかな。



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2012年04月30日

夜行バス

★記事抜粋開始

今回事故を起こした「貸し切りバス」は、2000年から規制緩和で参入する業者が増えて競争が激しくなり、2007年には大阪・吹田市で、スキー客を乗せたバスが運転手の過労による居眠り運転でバスが橋脚に衝突して27人が死傷したほか、2010年にも三重県から東京ディズニーランドに向かっていた夜行バスが、静岡県富士市で大型トレーラーに追突して27人がけがをしています。

 

この事故を受けて、バスの運行距離が670キロを超える場合は原則として交代の運転手を乗せるという指針を国土交通省が定めています。今回の事故では運行距離は670キロ未満であり、法的には運転士1人で問題はありません。

 

2010年、総務省が貸し切りバスの運転手にアンケートしたところ、78%が基準を超える長時間運転をするなど過酷な勤務を余儀なくされ、90%の運転手が居眠り運転や事故につながるおそれを感じる「ヒヤリ・ハット」を経験していたということです。

★抜粋終了

 

この事件を昨日のニュースで聞いて「やっぱりやったか!」という気持ちと、「乗客45名のうち、7人が死亡、39人がけがという事故が発生しました」という内容にもびっくりした。単独事故で大型バスでそんなに死者が出るはずないだろ??

 

今朝のTVONEのニュースで日本の事故の現場を報道してて、何故こんなに死人が出たのかやっと分かった。バスが真っ二つに切断されている。これはもうあまりに悪い偶然が重なりすぎたとしか言いようがない。

 

けれど不思議なのはニュースではこれがバス会社の過酷乗務によるものだと報道されていて運転手まで逮捕の見込みとの事。おいおい、それじゃいつものように表面だけ見て問題の本質を報道しようとしてないじゃないか、って、あ、そうか、これはニュージーランドの地元テレビだから事実報道はするけど調査報道をするわけじゃないから仕方ないか。

そんな時に下記のようなコメントを読んだ。

 

★コメントの抜粋開始

バスに限らず、価格競争と言うのはどんな業界にでもあると思うんですが、バス会社や旅行会社がどんな仕組みになっているのか理解が及びませんので、自分でははっきりこうと答えが言えません。ただ、どこの業界でも人件費が最も削りやすい部分であるのは確かです。消費者が何処の金額を削っているのか確り判断出来ないのであれば、自分の身を守るためにそのバスを使わないのが得策ですね…

★抜粋終了

 

そうです、現状の貸切バスは、どれが事故を起こしてもおかしくない状況です。例えば都内の新宿から一晩のうちに福岡まで13時間かけて走るなんてのは業界の常識を知っていればまさに死の行進です。今回の事件はバス運転手個人にだけ問題を転嫁するのではなく、業界のシステムとして変えていかないとこれからも何度も起こるって事です。

 

そして旅行においては決して値段だけに釣られていはいけません。そこには常に原価計算があり業界の人間が見ればどれが異常なのかすぐわかりますから、自分の命をバーゲンにかけるような真似は止めましょう。皆さんが乗らなければ自然とそのような安売りバスは淘汰されて安全な運行基準で旅が出来るのです。

 

最安値情報!夜行バス比較ナビ。ほんの数千円安いとかであなたは自分の命を賭けますか?だったら普通電車を乗り継いで東京から博多に行くことだって出来ますから、そのほうがずっと安全です。

 

そして価格競争について。そう、価格競争はどこにもあるものですし多くの人々がその社会に消費者として参加して何かあれば「ボッタクリだ!高い!」と言い、自分の命がかかっている事をあまり認識せずに消費者としてひたすら価格を追求した結果としてこのようなバスが仕立てられるのです。

 

しかし自分が労働者となった場合、つまりバスの運転手になった場合はその激務の為に事故を起こす。じゃあそんなブラック職場で働くな?それでは家族を食わせられないでしょ。失業保険は数ヶ月で切れるし自宅のローンは残ってるし子供の学校にも金はかかる、今ここで首になったり退職することは出来ないんですよ。

 

「それはお前の能力がないからだ、自己責任だ!」それで解決する問題ですか?じゃあ会社辞めて家族全員殺して最後に自宅に放火して自分も死ねばいいのですか?そんな事件になって初めて「そうなる前に相談出来なかったのか」などと偉そうな事を言う連中は多いが、世の中にいる間は誰も救ってくれず、仕方ないから何とかバスの運転手をしているのですよ。

 

だから本来は社会全体がもっと目先のお金ではなく社会全体の安全を考えて、きちんと原価を払っていくべきなのです。それがいのちを守るという事です。

 

ではこの業界の仕組みとは?少し長くなりますがぼくの経験した範囲で書いていきます。

 

ぼくは日本や海外で旅行の仕事をしてきて30年以上になるが日本国内の旅行会社とバス会社の関係がどのようなものかは分かっている。僕自身が日本にいる頃はしょっちゅうバス会社と取引をしていたからだ。

 

貸切バス会社にとっては一般個人が貸切バスを発注することはまずあり得ないので旅行会社からの注文がすべてであるから自然とバス会社の営業マンがいかに旅行会社に良いバスを安い価格で提供するかが勝負になる。

 

GWにダブルデッカーを配車出来れば立派だし一日のチャーター料金をドライバーとガイドを入れて20万円くらいで手配出来れば上出来だった。

 

1980年代ころのバス手配は、まだ時代に余裕があったし一日で700km近く回るって事は北海道の一部くらいしかなかった。夜行であれば二人乗務は普通でありバス料金もしっかりと払われていた。正確に計算してはいないが旅行会社から聞く話によればぼくらが1980年代にバス会社に払っていたバス代が、今は半額くらいになっているようだ。

 

バス会社にとっては営業マンが旅行会社との接点であり運転手とバスガイドは添乗員との接点であり40歳過ぎのバス運転手さんが20代なかばの日帰りバス添乗員に頭を下げるのがこの業界の常識となった。

 

旅行業は当時は旅行業界の頂点に立ち、偶然旅行会社に入ればガキでも天下のJTB社員となり田舎旅館の営業マンなどいちいち会いもしないくらいお高くなる時代だった。

 

つまり業界の頂点に立つJTB社員添乗員からすれば「たかが貸切バス会社の」「何百人もいるたかが運転手の一人」であり「俺の言うこと、分かったか?こっちの道を行け〜!」と間違った方向を示されても運転手は逆らえないので「はは〜、どこまで行きましょうか」となる。

 

当然だ、JTB社員からすれば気に食わないバス会社のバス運転手など下の下である。会社に戻ってバス会社の営業に電話して「あいつ気にくわねーんだよ、首にしろよ!」と言えばすぐに営業担当者が責任者と一緒に菓子折り持ってお詫びに来るような時代だった。

 

そしてそのあたりからいつの間にか旅行業界が情報を提供するビジネスから野菜のたたき売りをするビジネスモデルに大きく変化した。その理由はB-747、通称ジャンボが日本の空を飛ぶようになってからである。

 

当時はまだインターネットがなくて航空券を買うのは旅行会社からというのが一般的で、飛行機の全座席の7割くらいは旅行会社経由で予約が入っていた。だから航空会社も下手に旅行会社大手には逆らえない。

 

その代わり航空会社が導入したB-747を有効活用するために旅行会社に香港チャーターを特別運賃で持ちかけてきた。そこで今度は旅行会社が競うように座席を買い、何席売れるかが勝負になりどこもが安売りを仕掛けるようになった。

 

航空会社がどこであっても空を飛んでくれるなら一円でも安いほうがよい、そういうたたき売り市場を作ったのは実はお客ではなく航空会社と旅行業界自身だった。

 

そして香港3泊4日39,800円!なんてチャーターツアーが出るようになった。おいおい、ホテルに飛行機に食事、どう計算しても無理でしょっては明確。当然ツアー出発時点では一人当たり1万円程度の赤字なのでこれを当時は「赤字発進」と呼んでいた。

 

そのかわり現地に到着すれば日本語ガイドがニコニコしながら観光など殆どせずに一日におみやげ屋を3軒くらい回り翌日からはそれこそボッタクリの高値でオプショナルツアーを売り、夜景を見に行けば帰りのバスの中で写真を売りつけ、初めてのお客には「こんなもんなんかな〜」と思わせるくらいだったが、これが次第にお客にもバレるようになり(当然だ)旅行会社の安売り香港ツアーはおもいっきり顰蹙を買うことになった。

 

それほどに当時の旅行会社は目先の売上しか考えず安全とか他社の利益などは全く無視した結果として旅行業の大衰退を迎えたわけだ。21世紀の今になってもバスの座席のたたき売りをやって現場では運転手のみに責任を押し付け旅行会社は知らんふりか?

 

「え?なに?この料金じゃ出来ない?そうか残念ね〜来期のこの路線はオタクに頼もうと思ってたんだけどね〜」とやって毎年毎年料金を下げる旅行会社とそれに従わざるをえない貸切バス会社。そのしわ寄せはバス運転手に来る。無理とわかっててもおもいっきり注意して運転するしかない。どう考えてもいびつでありその構造が今回のような事故を招いた。

 

旅行会社の本業とはお客様に「まだ見たことのない場所」を見せて旅先で美味しい物を食べてもらいホテルを満足してもらい十分に楽しい経験をしていただくのが醍醐味である。だからお客様ともしっかり付き合いがなければ彼ら家族がネギ嫌いなのか去年どこに旅行に行ったかなど分かるはずもない。逆に言えば顧客の嗜好が分かるから良い旅を作れる。

 

その代わりそのためには費用がかかる。美味しい物はお金がかかるし静かなホテルはバックパッカーではないのだから寝ている間の治安を守ってもらうという意味でも当然費用がかかる。

 

そういう費用を積み上げて最後に旅行会社の手配料金を戴く。こうすれば現地の受け入れ旅行会社も利益が出せるしホテルもレストランも日本人旅行客と仲良くなれてきちんと費用も払ってくれて、最後に旅行客がホテルを出る際には心からの笑顔で「また来てくださいね」といえる。お客はまだ見ぬ世界を満喫し関係者も利益が確保出来てビジネスとして継続性も出てくる。僕の中ではこれが本来の旅行業だと考えている。

 

ところが現場で起こっているのはネットで募集して一円でも安いバスを仕立てて、お客の顔も知らずに700km近くを高速で移動させる仕事だ。これこそまさにデスマーチ、腐った野菜のたたき売りである。

 

今からでも遅くはないので、どれだけ安いと言っても貸切バス、ありゃ危険な乗り物である事を認識して下さい。JRなら13,440円で東京から博多まで普通電車を乗り継ぐって方法(約20時間、旅を楽しんで下さい)があります。確かに東京から博多まで5,300円ってバスチケットもあるけど、安全と費用は常に比較の問題です。



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2012年04月29日

BOSCH

冷蔵庫は去年買い換えたのだがうちの奥さんは冷蔵庫と倉庫の区別が付かないのは今も変わらない。

 

香港人の性格と言うのか自分の冷蔵庫をいっぱいにしておかないと気が済まないようだ。彼らには「食べること」が大事なのはわかる。香港人の日常の挨拶が「おはようございます」ではなく「御飯食べましたか〜?」なのだから「武士は食わねど高楊枝」なんてのは全く理解されない。

 

しかしぼくは日本で生まれ育ち「畑→配達→調理場→スーパーマーケット→冷蔵庫」と順番がある流通を信じてているし、自宅の冷蔵庫を食料で満杯にするのはどうしても好きになれない。何となくだけどみっともないって気がするのだ。

 

奥さんは買い換える前は「うちの冷蔵庫はちっちゃいのよ、だから大きなのにしないと余裕も出なくてダメなのよ」と言ってたが大きな冷蔵庫にしても結局は満杯にしてしまい同じ事である。だから買い換える前にも「お母さん、結局同じ事だよ、またいっぱいにするだけだよ」と言ったのだが全然聞く耳を持たず。我が家で一番発言権がないのは僕。

 

Boschはドイツのメーカーで車の部品から家電まで作っており娘は「ドイツ製ならOK」と言ってたのだが現物が届いてみると韓国のBoschで作ってる冷蔵庫であり娘は少しお冠だ。中国人からすれば韓国は一段階低い地位の国家であり中国の属国であるから属国で作られた製品など、どうよ?って感じなのだろう(笑)。

 

このBoschは優秀で冷蔵庫のドアを開けなくても氷が取り出せるのだけど、出来る氷の量が少ない。奥さんは「買うときにはね〜、これだけの時間でこれだけの氷が出来るって書いてたんだけどね〜」と言ってる。

 

でもってぼくは大量に氷を消費するので結局氷不足になり何のためにこんな冷蔵庫を買ったのかわからんって話である。

 

本題は氷ではない。冷蔵庫があればモノをいっぱい入れておかないと満足出来ない中国人の性格だ。香港に旅行に行った人なら分かるだろうが、中国料理の場合は小さなお椀になみなみと料理を盛るのが大好きだ。ぼくはどうもこれが好きになれず、いつも大きめのお皿に程々に盛るようにしているが、気づいたら奥さんは必ずちっちゃいお椀に料理を山盛りにしてる。

 

お互いの子供時代の生活体験が全く違うのでなんとも言えないが、ぼくが生まれた頃の日本はすでに豊かであり平和でありぼけてても生きていける時代だった。だからスーパーに行けば食べるものがあるのになんで自宅の冷蔵庫を一杯にするのよ、みっともないって思える時代だった。

 

けれど奥さんが生まれた当時の香港と言えばまだ生活は厳しく奥さんのお母さんは共産党から逃げてきた難民だから生活の苦労とか他人が何かしてくれるとか甘い事は全く考えずに自分で出来ることは全部自分でやる、それが冷蔵庫を常に一杯にしておいて食べるものを確保するってのが当然の行為だった。

 

奥さんが小学生の頃住んでいた団地のアパートの窓から見る景色は、香港の素晴らしい夜景をバックにアパートの隣にある公園でヤクザ同士がしょっちゅう殴りあったりする景色だったらしい。奥さんが住んでた街の若者は背中にモンモンしょって繁華街に出かけて集金したり喧嘩したりが普通で、おじさんたちはモンモンを消そうともせずに昼間からアパートの庭で麻雀してた。これはぼくが1990年代に自分の目で直接見た景色なので間違いない。

 

とにかくあの当時ぼくら夫婦が住んでた街は、住民の半分が元ヤクザで残り半分は現役ヤクザって感じの、ある意味すごいところだった。もちろん普通に働いている人もたくさんいるのだけど、そういう人の影が霞むほどに昼間から楽しい景色を見ることが出来る。ある意味彼らが普通の人に見えてきて、たまたまそういう職業を選んだんですねって感覚になる。彼らも社会を支える人々だったのだ(多分今でも同じではないかと思う)。

 

確かにな〜、こういう世の中で生きてたらとにかく自分の食べ物を確保することが何より大事ってなるんだろうな、実感として思った。共産党の圧政から逃れて難民としてやって来た母親、街では普通に喧嘩があり警察はその権力を自分の利益のためにだけ使い(これも本当の話。香港では警察になることは金儲けをすることだと1970年代には考えれていた)、一般市民は自分の身は自分で守るしかなかった。

 

その頃ぼくらは日本のグループサウンズとかサイモン&ガーファンクルとか聴いてて、スーパーに行けばインスタントラーメンが売ってて誰もが学校を卒業したら就職できて、ある意味すべてが平和で「予定調和」の中で動いていた。生意気な事を言っても責任を取る根性がないままに言いっぱなしでOKで平和なところから自分に災難が降りかからない距離を取って「ベトナムに平和を〜」とかやってた。

 

同じ頃うちの奥さんは冷蔵庫を常に食べ物で一杯にするように、道で警察に会ったら目を伏せてすぐに通り過ぎること、ヤクザの喧嘩が始まったらすぐ逃げることってお母さんに教えられてた。

 

21世紀のオークランドの日曜日の午後、りょうまくんに「ねえお父さん、なんで遊戯王のしずかちゃんが英語ではSerenityになるのかな〜?」と聞かれた。日本語のアニメに英語字幕なのでそういう事がよく起こる。「平和だな〜、やっぱり平和っていいよね」りょうまくんと二人で遊戯王を見ながらそう思った日曜日の午後でした。



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2012年04月28日

糊を食らう

4月25日はアンザックデー(AnzacDay)と呼ばれる祝日だ。第一次世界大戦当時にトルコで行った上陸作戦でキーウィは豪州と手を組んでAustralia NewZealand Allied Company という部隊を作り英国軍の指揮下で戦った。頭文字を取ってANZACとなる。

 

結果的にボロ負けでありNZだけで約8千人の死傷者を出したのだが、当時の敵国であったドイツやトルコが果敢に攻めてくるキーウィとオージーに対して呆れて「お前らいい加減にしろよ、もういいじゃんか、お前らの親分の英国軍は後ろに引っ込んでるじゃないか、終わったんだよ、もう自分の街に帰れよ」と同情するようなメッセージを送ってきたほどだ。

 

この戦いは豪州でもNZでも幾度も映画化されている。最近の豪州映画では元々炭鉱夫だった連中を使って敵軍の地下に穴を掘るってのがあったしNZでは旦那が戦争に出征している間にあれれ?なんてのがあった。戦闘には負けたけど北半球の人々にオージーとキーウィの勇敢さを見せたという意味で祝日になっているのだと思う。

 

今年のアンザックデーではかなり高齢のおばあちゃんがテレビに出演して彼女が第二次世界大戦当時に日本軍の捕虜になり内地に送られた話をしていたそうだ。ぼくは直接見てないがテレビを見てたキーウィがその話をしてた。

 

おばあちゃんは随分寒いところに送られたようで冬場になると水が凍ってしまい午前中は全く水が飲めないようだった。内地にそこまで寒い場所あったか?てか満州だって井戸水は凍らないしな〜とか思いながら話を聞いてたらそのおばあちゃん、「わたしは日本でGlue(糊)を食わされてました」と言い出した。

 

聞いてて思わずきんぴらごぼうの話を思い出した。日本軍の捕虜になった白人兵士が「ぼくは戦争捕虜として虐待を受けた〜」と訴えたのだ。その理由を聞くと「日本軍はぼくに木の根っこを食わせたのだ〜虐待だ〜」だって。

 

それ、きんぴらごぼうです。日本軍でさえ食べるものがなかった時に捕虜に対して食料を提供したって事実が逆に明らかになったわけだ。

 

このおばあちゃんの「糊を食わされた」のも同じ事で、彼女が言ってるのは「お粥」である。日本人の主食を食うことが出来て健康食、良かったですねとは言えないがもう少し相手の文化を知ってもらいたいものである。

 

西洋人はどうしても自分の理解の範囲内でしか物事を理解しようとしない。常に自分が一番偉いと思ってるからそれ以外のものが出現した場合、思考停止になるか否定するかのどちらかである。

 

これは宗教的な影響だと思うが八百万の神から仏教まで何でも受け入れる日本人は常に外部の情報を吸収して学ぼうとするし自分が知らないという事を知っているから人に対して頭を下げることが出来る。

 

これに対して白人というのは何でも知っているような顔で話すからあまり外人慣れしていない日本人はすぐに「はは〜っ」って頭を下げるけど実は彼らってそれほど賢くないケースの方が多い。平均的に言えば日本人の方が知的水準は高いと思う。

 

けど平均的な日本人は「知らないという事を知っている」からいろんな知識を身につければつけるほど「頭を垂れる稲穂かな」となり、白人のような知ったかぶりが出てくると「もしかしてこの人は本当にたくさんいろんな事を知っているのかもしれない」と本気で「はは〜っ」ってやる。

 

けれどぼくの外国生活でぼくの個人的な経験の範囲内で言えば大体において一般的な白人は「糊やゴボウ」の程度である。良い奴ではあるのだが想定の範囲内でしか行動出来ず「次の動き」が見えてしまう。

 

これは歴史を学ばないという学校教育に大きな問題があると思う。白人にとって歴史は「高等学校で学ぶ専門的な知識」と考えているのかもしれない。おれたちゃキリストを知ってるんだ、それ以上に何かを学ぶ必要なんてないくらいに思ってるのかもしれない。

 

りょうまくんの学校でもあまりまともな歴史は教えていないしたまに教える歴史でも「白人から見た歴史」であるから第二次世界大戦で民間人を無差別に虐殺した東京大空襲は「正しい行動」であり原爆2発は「戦争を終わらせるために必要だった」となる。おいおい、戦争では民間人を殺さないってお前らが決めた原則だよね、自分で作っておいて都合の悪い時は破り都合の良い時は「戦争捕虜の虐待〜」と言ってごぼうや糊の話をする。

 

「あふぉ?」と言いたくなるのだが彼らの想定出来る範囲がその程度なのでどうしようもない。目の見えない人に色を説明しても分かってくれないようなものだ。(最近の学説では色に温度があり目が見えなくても温度で色を分かるって話もある。これ何となく説得性がある)。


白人は基本的にお人よしだし愛すべき人々である。夢を信じて生きてるから話してても楽しい。けれど歴史とか物理とかの「知識」という点から見ると残念!

 

テレビのインタビューの最後に司会者が「日本での捕虜生活は大変でしたね」というとおばあちゃん最後に「けどね、日本人はみな良い人でしたよ」と話したらしい。バカ話の最後に少し心が救われたAnzacDayだった。

 



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2012年04月27日

国境のない時代

シンガポールでもグローバリゼーション?

 

シンガポール出身の中国系弁護士と打ち合わせをした。今回の出張ではシンガポールで弁護士や会計士との会議が入ってるのでその下準備。

 

彼は温厚な人でいつもニコニコしているのだが今回の打ち合わせの最後に雑談でシンガポールの就職事情の話になった時に少し暗い顔をして「考えても見ろよ、隣国のマレーシアやインドあたりはシンガポール人の半額の給料で喜んで働いてくれる、能力はシンガポール人と同じとなれば普通のシンガポール人じゃ勝ち目ないじゃん」と嘆いてた。

 

シンガポールは世界でもトップクラスのスピードで発展している国の一つだが人口は500万人程度であり経済規模は17兆円、日本の福岡県と同程度、隣国との付き合いは人的交流を含めて必要だ。毎朝マレーシア側から越境してくるトラックの荷台に乗ったマレーシア人出稼ぎ人を見ると「お、シンガポールに来たな」って気になるのは僕だけではないだろう。

 

シンガポール生まれの女性は無茶苦茶自分勝手でろくに働きもせずに偉そうにして文句ばかり言って生産性ゼロなのにシンガポールで中国系の政府に繋がる家庭に生まれたからってだけでそんなに偉そうにしてていいのか?てか足太いし服のセンス無茶苦茶悪いしってのは僕の言ってることではありません(笑)。

 

結局平等ってのは誰にも平等に存在するものではない。何時の時代にどこの国で生まれたかってだけでも十分に差別であるのに同じ時代に同じ地球に生まれて何の努力もしないxx(ぼくは言ってませんよ、ある人の受け売りです“笑”)が威張り腐りやがってさ、普通にまともに勉強している俺たちなんてどうなるんだよってのは、これも地元の人のご意見です。ぼくの意見ではないので最初にお断りしておきますね。

 

シンガポールの海辺のスターバックスに入った時でも学生が分厚い本を分厚い眼鏡越しに読みながら冷たいコーヒーを飲んでるのを見かけた。ほんとにシンガポールの教育熱心なのには頭がさがるが、ここまで勉強しても結局は生まれ育ちの時点で負けているって現実はひっくり返しようがない。

 

だもんで最初に出てきたシンガポール出身の弁護はまだ幸運な方だろう、英国の大学で法律を学びシンガポールとニュージーランドの両国で弁護士資格を持ち現在はのんびりとしたニュージーランドでキーウィペースで仕事をしてるからだ。

 

ちなみに1NZドルは1SINドルと大体同じ価値でありNZの弁護士の年収が10万ドルとすればニュージーランドでは幸せな部類に入るしストレスなく仕事をして毎日自宅で家族と食事が出来る。

 

けれどその彼からしてもお隣のインドやマレーシアは脅威に映るわけで、インドあたりの学生の頭の良さってのは他の人種とは違った一種違ったものがあるしシンガポールにはすでに多くのインド人が住んでいるので彼らを通じてインドがビジネスパートナーとなる場合はシンガポールに生まれ育った若者がインドで生まれ育った若者と直接競争にさらされる。

 

シンガポール人は外食が中心なので美味しい料理を作る料理人ならシンガポールで楽しく生活も出来るだろう。けれど普通にシンガポール大学を卒業した普通に頭の良い子では自分の給料が高いというだけで隣の国に仕事が流れていき、今のシンガポールで起こっているグローバリズムはまさにこの中流階級を狙い撃ちにした現象である。

 

1990年代までは国境という壁に守られて国内需要である程度良い生活が出来てた中流の人々が国境の消滅により直接海外との競争にさらされてしまい、すべての先進国の中間層が開発途上国?であるインドや中国の人々と競争にさらされている。

 

その結果は経済合理性からいって両国の賃金格差がゼロになるまで続くわけで、それは日本でもシンガポールでも関係なく発生している「経済現象」である。シンガポールでも日本でも、両親からすれば子供が優秀な大学、東大やシンガポール大学に入学できたらそれで一安心していた時代はもう終わった。

 

「おっかしいな、おれたちの時代はこれで良かったんだけど、何が間違いだったのかな〜」そうやって頭をひねっている両親もいるだろう。ぼくが話をした弁護士も友達の子供の就職事情を聞いて「どうしてかな〜、おれたちの時代はこれで良かったのにな〜」と考えている。

 

そう、あなたたちの時代であれば大卒というだけで良かった。時代のせいにして問題が解決出来るのならそれも問題ない。リー・シェンロンに縁のないのを親の生まれのせいにして問題が解決するならそれも良しだ。周囲を気にせず美味しい海南鶏飯を作ることに集中するのも楽しいと思う。どのような人生を選ぶのも本人の選択である。

 

シンガポールの普通の家庭に生まれ賢くて英国で勉強して行動的だからニュージーランドにやってきてキーウィペースで弁護士として働く彼は幸せな人生を送っているように思う。他人に見えない苦しみもあると思うがそれでもいろんな国を渡り歩くだけの技術を身に着けている状態はグローバリズムの大波のなかでも有利だと言える。

 

パーネルの彼の事務所を出てシティに戻るとクイーンストリートにいつものように暇つぶし乞食が道端に座って「金くれ」とダンボール紙にマジックで書いて俯き加減に道行く人を見ている。キーウィである限り金がなくて死ぬなんて事はないが、自宅では退屈してやることもないし人と話す機会もないから街に出てきてバカな事をやっているのだが、それもその人の人生。

 

ぼくは彼らの選んだ人生も否定はしないが、けれどぼくには近寄るなと気を送りながらオフィスに戻った。



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2012年04月26日

対岸の火事か?

スマイリーキクチという芸人がインターネットで中傷されていたのは聞いてたが実際に書き込みをした犯人を警察が特定して書類送検されたのは知らなかった。あるブログで「突然、僕は殺人犯にされた」というスマイリーキクチの本の評価コメントを読んだだけなので詳細は分からない。本文からコメントで抜粋された内容を少し抜粋する。

 

★抜粋開始

・今までは生活安全課に向かっていたが、良い噂を聞き、刑事課に直接話をすることにした。そこで事件解決まで付き添ってくれるO警部補に出会う。

20089月。最初の犯人が分かった。有名大学に勤める公務員だった。他にも鉄筋工の男性などの身元が判明した。

・警察が鉄筋工の男性の事情聴取をしたところ、「二度としない」と反省していたが、なんとその男性は再びスマイリー氏のブログに中傷コメントを書き込んだ。これで捜査方針が変わった。

20091月、18人の人間が特定された。妊婦、ディーラー社員、家電メーカー下請け社員、プログラマーなど。誰一人面識は無かった。「謝罪したい」と警察に泣きながら語る犯人は多数いたが、実際に謝罪に来た人はいなかった。

20101月、摘発した犯人たちのうち、7名が書類送検され、結果的に不起訴処分となった。しかし「嫌疑なし」の不起訴処分は誰もいなかった。「ブログのコメント欄に誹謗中傷や脅迫のコメントを投稿することは刑罰に値する」という判断が認められた。

 

★ここから先はウィキから抜粋

中傷犯たちは関東だけでなく宮城県や滋賀県や大阪府にもおり、北は北海道から南は大分県まで全国幅広くに存在し、警視庁の刑事が実際に出向いて摘発した[36]。年齢は半数近くが30代後半だったが上は47[35]から下は17[37]までいた[38]

男性だけでなく女性も含まれており、女性の中には妊娠している者もいた[38]。精神の病にかかっている者が4分の1近くいたが、それ以外には仕事や家庭を持つ社会人がおり、大手企業のサラリーマン・会社セキュリティ部門の責任者・会社の通信機を利用して中傷コメントを書き込んだ者もいた[38]

中傷犯たちは実際に起きた殺人事件とは何の関係もなく、他の中傷犯たちや被害者のキクチとは実生活で一切面識がなかった[38]

2009327日までに、起訴できる見込みがあると警察が判断した7人の中傷犯が検察に書類送検された[49]

神奈川県川崎市の29歳の女性派遣社員(脅迫容疑)[50][35]

大阪府高槻市の45歳の国立大学男性職員(名誉棄損容疑)[51][35]

東京都東村山市の46歳の会社員(名誉棄損容疑)[51]

埼玉県戸田市の36歳の会社員(名誉棄損容疑) [51][49]

神奈川県横浜市の46歳の左官業経営者(名誉棄損容疑) [51][49]

埼玉県入間市の36歳の男性鉄筋工(脅迫容疑) [51]

東京都練馬区の23歳の元パート女性事務員(脅迫容疑) [51]

 

★本文から抜粋

考えてみてください。パソコンや携帯電話の画面とにらめっこしながら、素性を隠して、人のことを「キモイw」と書き込んで優越感に浸っている人間の方が、よっぽど気持ち悪いと思いませんか?

(中略)

人でも仕事でも趣味でも何でもいいから「生き甲斐」を見つけると気持ちも和らぎますし、人前で言える趣味を持てば、ちゃんとした人脈も広がって人生を何倍も楽しめると思います。

 

インターネットで中傷している者は人前で「私の趣味は、匿名でインターネットに誹謗中傷の書き込みをすることです」なんて言えません。履歴書にも書けません。それは自分のやっていることがみっともない行為だと自覚しているからです。

★抜粋終了

 

「みっともない行為」であり「履歴書にも書けません」と言うことが誹謗中傷している本人は理解できていない。ましてや自分のやっている行為が犯罪であるという事は全く理解できていない。だから警察が来たらおたおたして泣きながら「もうやりません」とか言いながらまたも繰り返す。

 

こういうのを「ネットリテラシーがないバカ」と言うのだがバカは自分がどうバカであるかが分からないから警察に逮捕されて初めて自分の馬鹿さ加減に気づく。

 

そういえば最近まで日本の警察はネット被害について殆ど犯罪捜査をやってなかった。だからネット被害が広がり以前であれば考えられないようなネットを使った犯罪が出現した。そこで警察もネット社会も実社会も同様と判断して行動したのだろう。

 

ネットが強力な伝播力を持つ媒体である事は間違いない。それは広告売上を見ればすぐ分かる事で、テレビや新聞が広告売上を落とす中でネットだけは売上を急速に伸ばし、とくにグーグルを見れば新参企業でありながら会社のブランド評価を高めて多くの企業が利用している。

 

だからインターネットとは大人の付き合いをしなければいけないのだがそこに気づいてない。つまりネットリテラシーのない人々はそういう事が理解出来ず、例えば無免許で車を運転して通学途中の子供の列に突っ込んで人を殺しておいてから初めて「あ、ごめんなさい」というようなバカである。

 

世の中が発展すればするほど覚えることが増える。ネットがなかった時代はネットリテラシーは不要だったし自動車がなかった時代は運転免許も不要だった。けれどりょうまくんは現在14歳でもう普通にインターネットで検索をして使いこなしているし学校からの通知もメールで届いたりする。

 

だからこそ親が子供にネットの利用方法をしっかり教えないとダメなのだが親が使いこなしてなければどうしようもない。時代はどんどん複雑になっていき、いつの時代も技術を覚えなければ前に進んで生きてくことは出来ない。ましてやこれから社会に出る若者はネットとの付き合いは必須である。

 

車を運転出来れば仕事が見つかるって発展途上国ではよく聞く話だしインターネットも使える方が何かと有利である。しかし自分の持っているものが実はとてつもなく危険な道具であることは同時に理解しておく必要がある。

 

「そんな事知りませんでした〜」では世間で通用しないのだ。人を殺しておいて「だって、殺したら悪いなんて聞いてなかったもん」では済まない。社会で生きる限り守るべきルールがあるのは厳然たる事実だ。

 

もちろん世間から全く隔離されて生きる生き方もある。米国ではベトナム戦争の帰還兵が適応障害になり山の中に住んでいるとかあるし食料と着るものがあれば最低限生きていける。

 

そのような生き方を選ぶのであれば社会とも殆ど関わりを持たないから問題はない。ネットを使う必要もないし運転免許も不要だ。時々社会保険事務所に行って傷病兵手当を受け取ったらまた山に篭ればよい。

 

しかし、片方で文明の利器であるネットや車の便利さを享受しておきながら片方では無責任に「知りませんでした、分かりませんでした、え〜んえ〜ん!」では通らないのだ。

 

同時に僕らがこれから考えるべきなのはネットリテラシーのないあふぉーが何かを書いて捕まる問題ではない。これで警察がいよいよネット犯罪取締をするようになると反対側に針が振れて一般意見に対する「言論弾圧」がおもいっきり派手に可能になるし政府の批判をカキコすればソッコータイーホ「光る風」となる可能性もあるって事だ。

 

実際に今年になってネット書き込みを脅迫罪として逮捕されているケースが増えている。飛行機の爆破予告とか小学校を吹っ飛ばすなどは明らかにバカだが政府の一部機関では去年の原発事故以来ネット監視を続けており一部有名人が原発反対意見を書いて政府の要注意人物リストに入れらりたりしている。

 

今まではスパイ映画の中だけだった「この電話じゃ話せない」なんてのがこれからは「これはメールじゃ送れない」とかになっていくだろう。携帯電話のデータはすべて警察に通報されるしインターネットに繋がったパソコンにデータは残せないし、どのように自分にセキュリティをかけていくか、これからのネットリテラシーはもしかしたらネットを使わないって事になるのかもしれない。

 

「私の趣味は、匿名でインターネットに誹謗中傷の書き込みをすることです」なんてバカが逮捕されて「あー、これでやっとネットも正常化されるな」とか対岸の火事とするのではなく強い風に煽られてこちら岸に飛び火して来る可能性は常にある事をしっかり理解しよう。ネット発言には十分気をつけましょう、良い子は真似しないでね、ですね。



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2012年04月25日

逆淘汰

淘汰といえば変化出来るものが生き残り変化出来ないものは滅びることを指すが今の日本ではそれと正反対の逆淘汰が起こり始めている。

 

ぼくの仕事はニュージーランド移住や企業の移転・買収であるが、日本を出ていく人々を見ると皆実にごく普通で昭和の世代であれば社会のど真ん中で一生懸命働いて、盆踊り実行委員会の委員長やったり会社の中でまとめ役になったりするような人々である。

 

資産家にしても同じで、自分で資産を作ってきた人は昭和の世代なら地域の名士として様々な機会に自分の住む地域のためにお金を含めて貢献していただろう。

 

そのような「普通に良い人」が海外に出れば日本に残るのは誰なのか?それはおそらく昭和の時代を楽しんだ団塊の世代や古さから抜け切れない企業であろう。

 

もちろんそのような人ばかりではないだろうが少なくとも彼ら退職した団塊世代がこれからの票田であり彼らはこれから20年は生きるだろうから日本の政治は組織票ではなく地域に散らばった団塊世代の票を拾っていく必要がある。

 

そうなると薄く広く日本全体に散らばる団塊世代が喜ぶ政策を導入することになり、それは老人介護施設の充実とか70歳でも楽しめる社会つくりである。それは当然税金で賄われるし70歳でなくても税金を払うことになる。

 

つまり簡単に言えば今の若者がただでさえ不公平感のある年金だけでなく更に団塊世代を支えるために税金を払うことになる。それでも財源が不足する場合は国債を発行する。

 

実はここに問題がある。国債は例えば30年かけて償還する場合、今5歳の、政治的に全く発言力のない立場やまだ生まれていない世代が30年後に国債を償還するためだけにお金を作り税金を負担することになる。

 

「代表なきところに課税なし」という米国独立戦争時の有名な言葉がある。当時の英国議会に米国の意見を代表する議員は送られておらず、それなのに米国で作った製品に税金をかけるとなった。この時米国人は「そりゃおかっしい、政治的に発言出来ないのに納税をしろってどういう事だ!」として英国に反発、これが独立戦争の引き金となった。

 

この理屈でも分かるように今の日本政府がやっていることは子供の世代や生まれてない赤ちゃんたちに税金を負担させようとしているのだ。

 

つまりいまの日本のやばい点は大地震でもデフレでもなくこれから育ってくる若者が普通に生活しても親の世代の借金返済のためだけに働くしかなくなるって点だ。学校に行きたくても教育費は削減されて高くて行けない。病院に行きたくても自己負担が多すぎるので行けない。

 

まるで江戸時代の女郎である。親が貧困のために子供を売り飛ばす、子供は親のために吉原で客を引く、病気になったらそのまま捨てられる。それがこれからの子供世代となるのだ。

 

これはすでに現在の日本でも一部発生している。親が突然のリストラに遭い次の仕事が見つからないまま健康保険も払えず給食費も払えず次第に学校に行かなくなる子供が増えている。将来はこれが普通になっていく可能性があるのだ。

 

厚生労働省は最近世代間格差を調査した資料を公表したそうだが、それは既得権益を守りたい世代の人々の為の「公益」でありまだ生まれてこない世代も含めた持続する社会作りと到底思えないのは僕だけだろうか。

 

今の日本で起こっていることはほんの少数ではあるが変化出来る人が海外に出ていき大多数の変化出来ない人が国内に残るという逆淘汰である。

 

いや、国内に残ってても良いのだ、その人々が変化を恐れずに日本の雇用の流動化を制度化し起業家が出やすいように規制緩和を行い同時に起業家の失敗を許して再挑戦の機会を与え、団塊の世代が国家の借金を自分の世代で返すような制度にして生まれくる子供たちの為に素晴らしい日本を残してくれれば良いのだ。

 

変化、出来るか?



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2012年04月24日

昭和の夢

6千億円の援助について反対意見が多い。当然だが

「まずは自国の震災復興でしょ」

「全部減税に回す」

「自分の家がボロボロになっているのに他人の家を助ける余裕があるのか?」

などなど。

 

日頃政府批判の多いぼくが今回は政府を好意的に見ているのはこのブログを読んで頂いている方からすれば奇異に見えるかもしれない。でも政府を自分に当てはめてみたらどうだろう?いつも失敗ばかりじゃなくて時には良いこともするだろう。

 

そういう時にはきちんと評価すべきだ。単純に「政府だから全て悪い」と言い出せば二元論にしかならないし二元論では思考停止にしかならないし思考停止は結局自分がバカになるって事だ。4万人もいる霞が関だ。いろんな考え方があるだろう。財務省と外務省が全く同じであるわけもない。日本にとって良いことをするなら誰であってもぼくの友達だ。

 

ただし今後の舵の切り方には十分注意してみたい。時間が取れれば今年中に南アジアを回ってみて現場がどうなのかを知りたいと思う。日本は最初は良いのだが途中で調子に乗っておべっか組がせっかくの理想をぶっ壊す傾向があるから、そこは注意すべきだと思う。

 

さて反対意見。これはこれで発言者はその視点で見ている限り間違っているとは思わない。べつに誰かに書けと言われて書いているわけではないと思う。だから傾聴に値すると思う。但し世の中にはいろんな視点があり日本の将来を見た時にこの6千億円という大型投資が10倍になって返ってきたらどうだろう?

 

経済援助と言っても実質的には日本の商社が相手国の必要とするインフラをプロジェクトファイナンスなどで整えて日本の大手建設会社が進出常駐すれば、そこにまず日本人技術者の雇用が生まれる。

 

大型建設工事を外国で作れば立派な投資ビジネスだ。税金投入というがそれは国民の資産であり国民が間接的に海外投資をしていることになるのだ。高速道路や橋を作りその利用料を20年くらいかけて回収するプロジェクトファイナンスは日本なら出来る。

 

今ならまだ日本円も強く技術も残っており南アジアは物価が安いから日本の6千億円の感覚は現地では数十倍にもなるだろう。建設業は日本国内では耕すものはなくて食っていけないから無駄と分かっててもダムを作ったりしている。

 

けれど日本で今更使わないダムを作るより同じお金で数十倍の効果がある海外投資=ダムや橋を作ったりする方がずっと効果的ではないか。ちなみに日本では英語を使って「ダム」という。「ムダ」って言えないからだ。

 

ムダな金を群馬の山の中に投資して回収の見通しもつかないってならその金を海外投資に振り向けばもっと大きな投資効果があると思う。また投資効果だけではなく、実はこちらの方がもっと重要なのだがこのようなインフラ投資は日本人主導の日本人街作りに繋がる。

 

このような大事業は数年に渡り続くわけでそのあいだ日本人建設労働者や駐在員が現地に滞在する。そうなるとそこには必ず日本人向けの料理屋が出来る。そこでも日本人に安い費用で起業の機会がある。

 

現地のインフラが整えば日本の工場が進出出来る。日本人が増えれば次は散髪屋も開業の機会があるだろう。そうやって日本人が増えれば日本食材販売店も進出出来る。ちっちゃなスーパーだけど現地の若い人材を使って展開すれば利益は出せるだろう。

 

このあたりかなり端折るけど、そうやって日本人が増えれば自然と地元の人々も日本人と関わりを持ち地元日系企業に就職するために日本語を学びいずれは日本に出張する機会も出来て東京に行けばその発展に魅了されて、自分の生まれ育った街をいつか日本のようにしたいと思うだろう。

 

「課長島耕作」は女性によくもてるバツイチ男の出世漫画だが実際の女性読者からはあまり評判がよろしくないらしい、島耕作がフィリピン駐在になった時に地元採用の優秀な女性を連れて東京の本社出張に行く。優秀な彼女はプライドも高く自信があり日本人なんかに負けるものかって気負いがある。

 

その彼女が島耕作に東京の街を案内される。そして「何てすごい・・・わたしだけがこんな経験をしてていいのか、早くフィリピンを日本のようにしたい」と語る場面がある(セリフは正確でないので文意だけ汲み取ってください)。

 

戦前の日本では台湾や中国から多くの人々が日本に留学して日本を目標にして勉強に励んだ。魯迅、孫文などは清朝末期の中国を立て直すために日本にやってきて玄洋社の頭山満の経済的援助を受けたりもした。台湾の李登輝は日本で学び軍隊にも入り、今も実に堂々とした立派な日本語を話す。インドのチャンドラ・ボースも英国植民地からの脱却を図るために日本と手を組んだ。

 

結果的にチャンドラ・ボースや孫文などとあまりうまい提携が出来ず(そのころ日本はおらが大将になってしまい、いつの間にか本来の意味である大東亜共栄圏を忘れてしまっていた)日本に残ったものは神戸中華街と新宿中村屋のカレーだけになったが、それでも日本は明治から昭和初期にかけてアジアの星でありアンチ欧米支配の本拠地だったのは事実だ。

 

米百俵は幕末から明治初期にかけて活躍した長岡藩の藩士小林虎三郎による教育にまつわる故事だ。

「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」

 

今なら日本人はまだ飢え死にしない。350円の弁当が食える。年収200万円でもなんとかやっていける。その日本人全体を底上げするための6千億円であれば、出すべきだ。

 

5千億円が正解なのか7千億円が正解なのかそのへんは僕ら素人には分からないから専門家に任せるしかない。当然商社から政治家に金が動きどろどろしたものもあるだろう。けれど大局という視点から見れば日本に残された数少ない「今」という貴重な機会を精一杯利用して外に打って出るべきであろう。



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2012年04月23日

地開く

朝日新聞4月21日記事抜粋

「日本と東南アジアのメコン川流域5カ国による日メコン首脳会議が21日午前、東京都内の迎賓館であり、共同文書「東京戦略2012」を採択した。来年度から3年間で約6千億円の途上国援助(ODA)を日本政府が行うなどの支援策が盛り込まれた。

 日本が支援する対象事業の総額は2兆3千億円。高速道路や橋などの交通インフラ整備によって域内の「連結性」を高めて経済成長を後押しし、日本企業の進出を促すねらいがある。」

★抜粋終了

 

久しぶりにまともな日本の記事を読めてよかった。

 

最近開催された天皇陛下主催のお茶会(正式には別名があるようだ)に台湾の実質的な日本大使館の大使が初めて呼ばれた。このような動きは大東亜共栄圏の再来である。(最初は今回のタイトルを「再来する大東亜共栄圏」にしようかと思ったがそうなると略されて再来軒になりそうなのでやめた)

 

これは主体的な外交であり良い事だと思う。今までチャイナ・スクールは対米従属派に主導権を握られていたが肝心の米国が第二国境まで引くことに決めたので日本は独自外交を行えるようになった。その最初が対アジア外交である。

 

中国が利己的に自国権益を拡大しようとして進出国から嫌われるのに対し日本はその他アジア地域ではお互いに成長しようとする本能的なものがあり、もちろん主導権は日本が取るのだろうが南アジアの人々は日本に好意的である。

 

第二次世界大戦で日本がやった事は細かいことを挙げれば戦時中だからきりがないが全体的には彼らは「アジア解放の仲間」という認識が強く日本人が自虐的日本悪人教育を植え付けたのと実態は違う。

 

台湾はもちろん親日だしマレーシア、インドネシアではすでに日本企業が進出して現地企業と共同でビジネスを展開して信頼関係を築いている。今のところ中国だけが反日教育の為に日本とうまくいってない。

 

台湾が今後独立していくのか中国に併合されるのかは分からないしそれは台湾人自身が決定することだろう。しかし今までは中国に遠慮して台湾大使館さえ作らせずに国家として承認していなかった日本が正式に台湾を認めていくとなれば中国も「おや?」と思うだろう。

 

今までの日本と違うぞ、なんか独自の動きをしているぞって理解した中国は当然対日政策を見直すことになるだろう。米国がグアムまで撤退して中国からすれば「しめしめ、これで日本と台湾は頂きだ!」くらいに考えていたのだろうが、日本が対中包囲網を作り上げれば中国もわがままばかりは言ってられなくなる。それでこそやっと中国と対等の外交ができる。

 

戦前も米国さえいなければ日本はこの地域で一定の地位を保持していた。日本が負けたのは米国にであって中国ではない。

 

「ムルデカ17805」という映画がある。インドネシアで敗戦を迎えた日本兵たちが大東亜共栄圏の理想の下にインドネシア独立戦争に参加してインドネシア兵と共に銃を取りオランダから独立を勝ち取る内容だ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%AB17805

 

1958年に訪日したスカルノ大統領は、日本へ感謝の意を表し、独立戦争で特に貢献した市来龍夫と吉住留五郎に対し感謝の言葉を送った。

「市来龍夫君と吉住留五郎君へ。独立は一民族のものならず全人類のものなり。」1958815日東京にて。スカルノ

 

こういう事ができるのが日本人の本来の良さである。インドネシア独立戦争当時の日本兵の戦いに日本政府は「白人支配に逆らう跳ね返り者」に対して苦慮したそうだ(笑)。

 

日本人もそろそろ社会党的自虐歴史観から本当にアジアで起こったことをしっかり見なおして、もう一度大東亜共栄圏思想をしっかり勉強してみればどうだろう。福田和也の「地開く 石原莞爾と昭和の夢」などはわかりやすく勉強になると思う。

 

http://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E3%81%B2%E3%82%89%E3%81%8F%E2%80%95%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E8%8E%9E%E7%88%BE%E3%81%A8%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%81%AE%E5%A4%A2-%E7%A6%8F%E7%94%B0-%E5%92%8C%E4%B9%9F/dp/4163577807

 

日本は中国を除くアジア全体と連帯して対中包囲網を作りながら同時に中国と対等の付き合いをする、そういう外交は今なら出来る。米国がアジアから手を引き中国がまだそれほど力を蓄えていない今ならアジアの小国全体がひとつになり大東亜共栄圏を再建することが出来ると思う。

 

あ、最後に付け加えておくと、ぼくは日本という故郷が大好きだ。その故郷で頑張っている奴がいれば応援もしたいと思う。それが例え政府内部の人間であっても日本のために頑張ってるならエールを送りたいと思う。日本という国を伸ばしてくれる人なら誰でも友達だ。



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2012年04月22日

日曜の小ネタ、不正受給と歩きタバコ

「疑問ですが不正受給はないのですか?」というコメントを頂いた。昨日書いた中の失業手当の話だと思う、まさか年齢をごまかして老齢年金をもらう(笑)ってのはあまり一般的ではないので。

 

さて不正受給という考え方の反対は公正受給、つまり公明正大に受け取っているという意味なので言葉だけを取れば不正受給はない。なにせ働かずに政府の手当にぶら下がっているのだから失業者手当の受給資格としては不正ではない。

 

不正となるのは例えば建設現場労働者が怪我をして全治3ヶ月と診断されると3ヶ月分の生活費を政府に請求出来る。しかしキーウィは元々ガタイが良いので1ヶ月程度で職場に復帰して給料を受け取りならが生活費を政府からもらえば、これは不正受給だ。

 

但し質問された方の意味はおそらく「働けるのに仕事に行かない連中」の事であろう。その意味ではニュージーランドだって天国ではないので悪い奴もいて不正受給もするだろう。

 

しかし人口の比率からすれば悪い事をする人は限られており、悪いことをする一部の連中の為に本当に必要な人に失業手当が払われない方が問題だとこの国では考える。

 

例えばいま働いている仕事は面白いけどそろそろ新しい仕事に挑戦したい、けれどそのポジションは現在募集中でない。だから募集枠が出るまでしばらく失業手当をもらって自分で何か勉強してみようって考える人もいる。それを違法として「おまえはとにかく何でもいいからすぐ仕事をしろ」と強制する、または生活費を支給しないことが果たして国民全体のために良いことであろうか?

 

現在は赤字財政が続いているとは言えそれは偶発的事件(リーマン・ショックと地震)のせいであり国民生活は安定しているし経済も順調である。不正受給を公平の原則に照らしあわせて無理して失業者問題を取り上げるなんてのはこの国のやり方ではない。この国は法律よりも秩序を優先する。つまり失業手当を払うことで泥棒が減ってると考えれば犯罪防止とも言える(かな?)。

 

そしてもう一つ知っておくと良いのが、この国は人間性善説であるって点だ。日常生活でも身元チェックが日本に比べるとずっと“ゆるい”のはこの国で生活をした人なら分かるだろう。日本のような人間性悪説から見るとこの“ゆるさ”はそれで良いの?と思うだけで中国人はこの“ゆるさ”を利用して最大限にアクドイ事をする。ホーウィックの豪邸に住み本国の父親から送金してもらいながら生活保護を受けてる中国人もいる。

 

この国では人は嘘をつかないと考える。てか、人を欺けても自分の心に嘘は付けないし神様も見ているって考えたりする。だからふだんは“ゆるい”が、何かあったら法律を平気で無視して人民裁判をやるのも特徴だ。だから中国人があんまりアクドイことをするとすでにNZ国籍を取得していても中国に強制送還させる。

 

裁判官は互選制度であり彼らは社会主義者で構成されているから悪いことをするのは政府や制度が悪いと考える。だから犯罪者に甘い。このあたり普通にこの国で生活をしている日本人が空き巣や車上荒らしなどの犯罪に遭遇すると気づくだろう。

 

しかしそれはこの国の良い点を支えるための陰の部分といえる。今の裁判官が現実に合わせて「世の中には悪い奴がいる」と考えて取締を強化すれば、それは自然と表の部分で不自由が出てくるようになる。性悪説にするのが良いのか性善説のままが良いのか、それは外国から来たばかりの僕らが判断するものではないと思う。

 

外国から来ていきなり「日本のやり方が正しい!NZはおかしい!」なんて言い出したらアメリカ!って言われるぞ。

 

あ、今日書こうと思ったのはゆるい話ではなかった。タバコの話を書きたかったのだ。東京の歩きタバコ禁止区域から来てクイーンストリートを歩くと、歩きタバコが目立つかもしれない。これには理由があり喫煙者が多いのでなく道路でしか喫煙出来ないからだ。

 

NZの喫煙率は20%程度であり一般的にタバコを吸うのは頭の悪い自己制御出来ない人種と見られる。実際に喫煙する人種はかなり人種的に偏っており、クイーンストリートを昼間から薄汚いボロをまとって物乞いしたり英語学校の前でたむろう中国のガキや最近増えた中東(脳みそは下等)の金持ちの息子かオークランド南部のギャングかめちゃくちゃに肥満していて朝からコーラを飲むような薄汚い体格のおばさんとか、要するに自己制御の出来ない人種に限定される。

 

だからまともな人で占められる一般住民はタバコに反対して政府がタバコの税金を上げて喫煙率が落ちる度に拍手をしてニュージーランドのすべての公共施設やビルは禁煙にした結果としてクイーンストリートに出現した限定人種は仕方なく道端で吸う事になる。

 

しかしそれも今年までだろう。今年中にはオークランド議会で歩きタバコ禁止法案が可決される予定だしクイーンストリートはすでに週末の路上での飲酒は禁止されており、そうなれば公共の道路であるクイーンストリートでは酒もタバコも見かけることはなくなるだろう。

 

これからニュージーランドへの移住をお考えで現在喫煙中の人がいれば強くお勧めする、今のうちに禁煙にした方が良いですよって。今日は日曜、小ネタでした。



tom_eastwind at 16:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌 

2012年04月21日

タクシー

鈴木雅之と聖美のタクシーって、いつ聴いてもいい歌だよね。「タクシーに手を上げて ジョニーの店までと 」最近のカバーCDブームで古い名曲が聴けるようになってありがたい。それがまた、カバーが上手い。さすが日本。ばかアメリカのように目先の売上だけで何もかんもラップするような低レベルではなく、しっかり歌い手と原曲のバランスを考えている。

 

鈴木雅之のカバーも聴き応えがある。しかしまあ流通方法は本当に変化したよね。昔はお店でLP買って聴いてたのがカセットテープ主流になり次にはCD,そして現在はインターネットのダウンロード。音楽業界もふんぞり返って著作権だけで飯を食ってるようじゃ時代遅れだ。

 

ほんとはダウンロードで買いたいのだがItuneでは基本的に英語の歌しか買えない。日本語の歌は殆ど売っていない。でもって日本版サイトに行くと今度は海外発行のクレジットカードが使えない。まさに「つっかえねーな」である。

 

なので仕方ないから今はとりあえず東京のAmazonで購入して東京のホテルに送ってもらい出張の度に受け取るようにしている。国境がないはずのAmazonでさえ本は輸出出来てもCDDVDは海外に送れないのだ。音楽業界も早いとこ国境取り除いて日本の歌を英語版にして世界に売り出すくらいの覇気を見せてもらいたいものだ。

 

でもって今日の本題。

 

説明会でよく使うネタの一つに「タクシー」がある。ニュージーランドでは一般的に乗客はタクシーの助手席に座る。日本で横に座ったら変態と思われる。中国で横に座ったら強盗だと思われて運転手が逃げる。けれどニュージーランドでは乗客は助手席に座る。

 

ニュージーランドで生活をする時にいくつか理解しておくべき点があるが、タクシーの助手席乗りもそのひとつだ。10年以上もニュージーランドに住んでる日本人に「なぜキーウィは助手席に乗るのか?」と聞いてもほとんどの人は明快な答えが出てこない。何故なら自分の周囲で起こっている事に関心がないからだ。

 

本題のタクシーの助手席乗りだが、これをキーウィに質問しても彼らも答えられない。日本人が自宅で靴を脱いだり畳で正座したり、頂きますとご馳走様をうまく英語で説明出来ないようなものだ。

 

けれどその動作の語源?にはきちんと意味がある。場所を置き換えてみよう。あなたが友達の車に乗るときに後部座席に座るか?座らないよね?普通は横に座っておしゃべりするよね。

 

キーウィの助手席座りも実はこれと同じで、タクシーの運転手も乗客も社会を構成する一員でありその意味で仲間であり見知らぬ友達だ、だから当然のように横に座るのである。金を払うから神様とか金をもらうから奴隷とかそんな発想は全くない。

 

互いに人間なのだ、お互いに社会にとって必要なことをしているのだ、例えば彼はタクシーの運転手をすることで僕を空港まで送ってくれるし僕は飛行機に乗って中東にガソリン(LPG?)の買い付けに行く、それでお互いの商売が成立しているって考え方だ。

 

非常に簡単な話で職業に貴賎なし人間に上下なし、あるのは仕事処理能力の上下だけなのだ。テレコムの社長がタクシーに乗っても助手席に座って普通に運転手とおしゃべりをする「おい、テレコムの使い勝手どうだい?」とか。

 

給料が高ければ偉いのか?金を払えば偉いのか?そんな事ないでしょ、誰もが社会の中で必要な位置で必要な仕事をしている。むしろ高い給料を得てリーマン・ショックを引き起こした挙句に退職金をがっぽり貰った連中のほうがよほど社会の害悪である。

 

これは僕の持論だが、人間はその気になればなんでも出来るけどやっちゃいけない事がある。それは反社会的行為だ。社会に参加する以上その社会に害悪を与えるような仕事はやるべきではない。

 

その代わり社会を成長させる仕事であれば現場が無理と言おうが世間の実態がどうだろうが他人がどうだろうがガンガンやればいいと思う。ちなみに僕の反社会的行為には今世間で言われている「反社」は含まれていない。権力を持った暴力が正当で権力を持たない暴力が不当だなんて、臍が茶を沸かすぞ。反社と呼ばれる人たちを使って一番金儲けしているのは世間の特権階級なくせにさ。

 

まあいい、それは置いておいて、ニュージーランドは原始的社会主義が今でも残っている。皆は社会に参加して社会のために働きそれで正当な報酬を得て生活をする。仕事が出来ない状況だったり病気だったりする人は報酬が得られないので社会全体で守る、それがセーフティネットだ。

 

例えば江戸時代のクジラ漁をしている漁村を考えてみよう。鯨を見張るのは遠くまで見える子供たちの仕事だ。鯨が来れば元気の良い若者が船に乗って鯨を獲る。鯨を浜まで運んでくれば次は老人たちの仕事だ。鯨を解体して全員に配りおばあちゃんたちは様々に料理をする。

 

それでも全員の取り分は平等でありお互いに与えられた仕事をしている。子供はいつか若者になり若者はいつか老人になる。中には近視の子供もいるだろう。前回の漁で怪我をして今回ので漁に出られない若者もいるだろう。足腰が動かなくなった老人もいるだろう。そのような人たちは村で助けて守り彼らの出来ることを与える。そして寿命の来るまで面倒を見る。

 

寿命が姥捨て山なのか畳の上なのかはそのムラの習慣であろうが、いずれにしても村という共同体はお互いを助けあいながら出来るだけ落ちこぼれがないようにして社会を守る。でなければ弱いものから順々に死んでいって最後は若者が老人になって漁に出られなくなり村は滅びる。

 

ニュージーランドの失業保険は半年とか1年とかの区切りがなく、誰でも65歳まで支給される。65歳からは老齢年金が支給される、生まれて一度も年金を払わなくても失業保険を払わなくても、である。

 

考えてみれば当然である。もし人間に上下があって金がある奴だけが偉くてそうでない人々は能力がないのだからセーフティネットなんて必要ない、死ねと言うのならいつか人類は全部滅びるぞ。

 

人類は一人では弱い。生まれたばかりの子供は歩くまでに半年以上かかるが羊の子供は生まれて数時間で歩くようになる。人間を山の中に一人で放り出せば餌も見つけられずに飢え死にするか肉食動物に食われて終わりだ。

 

人間が何故これほど地球上で繁栄出来たか?その理由の一つ都市化して生きることが出来たからだ。固まってもその中には落ちこぼれもいるだろう。しかしそのような人間でも守っていく、その保証が社会に参加する人々に安心感を与え女性は子供を生むことが出来るのだ。

 

そのような発想からいけばタクシーの運転手もジョン・キー首相も同じ社会の構成人であり仲間なのだ、仲間だから隣に座って話をする、当然の事なのだ。

 

無論そのようなことを今更日本でやれと言うわけではないし僕も習慣としてタクシーは後ろに乗る。今更高邁な理屈を鼻の先に付けて助手席に乗るのは社民党みたいで自分に嘘を付いているだけなのでやらないが、少なくとも何故キーウィが助手席に座るのか、その理由が分かればそれだけこの国に対する理解力が高まりニュージーランド生活の許容力が身に付くと思う。

 



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2012年04月20日

English man in NewYork

ゴードン・ラムゼイ

 

「あいつは英国人だ、英語がわからねーんだ!」 中南米辺りから移住してきてレストランを経営する兄弟があまりの店の不振にゴードン・ラムゼイに店舗改革を依頼した。

 

ヘルズキッチンの話である。うちの家族はこの番組は結構好きで夕食の時間にやってればチャンネルを合わせて一緒に見てる。半分くらいは演技の入った番組ではあると推察出来るが下手な番組(コロネーション・ストリートとか)に比較すると非常に面白い。

 

とくに娘は料理が大好きで最近はいつもキッチンに立っている。奥さんの料理を家庭料理とすれば娘の料理はレストラン料理、お金を貰って提供するレベルなのでゴードン・ラムゼイの番組を見ながら「へ〜、こんなのあり?」とか喜んでる。りょうまくんはいつものようにぽけーっとして大口開けてお姉ちゃんが作った料理をひときれでも多く食べようとお皿に向かって突撃している。

 

ぼくが興味があるのは、英国人であるゴードン・ラムゼイが米国に行った際に起こる英語と米語の違いを聞くことだ。巻き舌でアクセントの強い米語は英国人からすれば超下品に聞こえるし米国人からすれば糞生意気で偉そうな意味不明な言い回しをする英国人など糞生意気で偉そうで意味不明な連中である。

 

昨日の番組ではバリバリのFワードを使ってべらんめえ口調で騒ぐ兄弟が経営する店でゴードン・ラムゼイと大げんかする場面が受けた。「あいつはブリティッシュだ、英語なんてわかりもしねえ!」と怒る兄と、まあまあと慰めに入る弟の場面はどこまで演技か分からないがとても臨場感がある(笑)。

 

実はうちのオフィスでも英語派と米語派がある。てか殆どは米系かな。だから彼らスタッフが初めてオークランドで仕事を始めた時、電話の向こうで話している相手の英語が全然分からずに「パードン?」を繰り返した挙句に電話を切ったあとに「こいつらのは英語じゃねー!」と発狂する。

 

お母さんってのはニュージーランド英語ではMumだが米語ではMom、お互いに自分が正しいと一歩も引かない。そんな単語の違いを通り越してついには発音の違いまでが社内でネタになる。誰かが「ねー、ここ、宇宙?」みたいなことを言い出すと他の米語派も「そうなのよ〜、一体あの発音って、本人分かって使ってるのかしらね〜?」と、もうけちょんけちょん。

 

ぼくはキーウィ英語をベースにしているが仕事柄相手に合わせてアクセントを強くしたりして相手に通じるようにしている。数カ月前のブログでも米軍パイロットと東京のホテルのバーで偶然飲む機会があったが、その時の彼のアクセントはかなり控えめなものだった。まさに世界中を飛び回って色んな国の基地で働いているので自然に言葉を押さえることを身に着けたのだろうと思う。生き残り術、とでも言うか。

 

スティングの歌で”English man in New York” がある。合法的な異邦人ってのもきつい言い方だが、確かに英国人がニューヨークに行けばエイリアンだよね〜。

 

去年から随分たくさんのご家族が移住を実現されて、お子様の数を数えると就学年齢の子供だけで一学級出来るほどだ。この子たちはキーウィ英語を覚えることになるな〜、それにしても人間って近ければ近いほど、ほんのちょっとした違いを大きな問題にして差別化しようとするな〜。

 

英国と米国なんて同じ発祥じゃないか、更に豪州とNZも遠縁である。カナダ人が海外旅行するときのスーツケースにカナダ国旗を貼り付けるのは、あれは何もお洒落じゃなくて米国人じゃないよって意見表明らしい。

 

「カナダの人って絶対に米国人と一緒と思われたくないんですよ〜、だから意識して違いを強調するんですよね〜」とはカナダ生活経験者の意見。

 

うちの会社は日本ではまず出会うことのないような日本連合軍である。北は北海道から南は鹿児島まで普通に仕事をしてれば同僚になる可能性が少ない人々が集まっている。その時点ですでにお互いの方言が分からない。

 

同じ職場なので殴り合いの喧嘩になることはないが(笑)、食べるものからお祭りまで全然違う。ソースカツ丼の生息地域を調査すると北陸から琵琶湖を経由して大阪から岡山あたりまで続いている。うどんにしても大阪は元々ふにゃりうどんだったのが最近は固めの讃岐うどんが支配力を持っている。東京は元々うどん文化がない。

 

40年くらい前の話だが沖縄から集団就職で大阪にやってきた子供たちが、会社の寮で出されるみそ汁の味の薄さにたまらずバターを入れてたら寮母が「なんや、沖縄の子は汚い食べ方するな〜」と言ってたという話がある。味噌汁飲むだけ近い文化じゃんか、パンとコーヒーを出せと言ってるわけじゃないし。

 

これは日本人に限らずだが人間というのはどうも近隣の同じような人々とは違いを強調して差別をして遠方の人々とは共通点を見出して喜ぶようなところがある。日本人が米国に留学して米国人の優しさに触れて「何だ、同じ人間じゃんか!」とすっかりファンになるがおとなりの韓国や中国とは見えもしない細かい点で差別を強調する。

 

海外に住む一番の、本当の利点とは「人はみな違う価値観で生きている、相手の価値観を理解して尊重することこそが楽しく生きるコツだ」と言うことが分かる点だ。しかし多くの人々は移住先でも自分と似たような相手の些細なミスを見つけては鬼の首を取ったように吠えまくり、次の機会に相手がこっちの些細なミスを見つけて鬼の首を取ったように吠えまくられて感情的になる。

 

米国人が英国人に怒り英国人が米国人を馬鹿にしてキーウィ英語を笑うオージーがいてカナダ人は米国と一緒にするなと主張して、同じようなことをアジアでもやるのか(笑)?やめとこうよ、馬鹿な手本が目の前にあるのだから、少なくとも海外に出たアジア人は助けあおうよ、お互いの違いを強調するのではなく共通点を見つけ出してみようよ。



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2012年04月19日

ピンポンダッシュ ある韓国人家族経営の酒屋にて

ぼくが会社から帰宅途中によく寄るショッピングセンターに韓国人家族が経営する酒屋がある。たぶんフランチャイズだろうと思うけど韓国人家族経営の酒屋はオークランドに多い。

 

そして彼らに特徴的なのは、お父さんやお母さんは殆ど英語が出来ずに店番はしているけどいつもニコニコしているって点だ。

 

これは酒屋さんだけではなく、やはり自宅から車で7〜8分程度のところにある韓国人マーケットに入ってる肉屋さんも同じ。マーケットに入るとニコニコと「ヨボセオー」と声をかけてくれるが、ぼくは韓国語は「メッチュウハナチョセオ」しか知らないのでこっちもニコニコするしかない。

 

でもってマーケット内の肉屋さんに行くとガラス冷蔵庫の中に並んでいる美味しそうな肉なんだけどすべて韓国語表示のみ。一切英語なし。これがカルビだろうなと思うんだけど同じような肉が隣に並んでて、こっちがマリネでこっちがマリネしてないって事かな?

 

いくら見つめても肉は話しかけてくれないのでお店の人(まだ30代半ばの女性)に英語で「すみません、この肉はカルビですか?」と聞くと、ニコニコしながら韓国語でばばばば!と話しかけてくる、、out!勝ち目なし。仕方ないので肉を指さして「ワン、ワンケージー!」何とか通じた。

 

けどこれは何も韓国人だけではなく中国人も同じで、彼らはもっと大胆であり英語が全く出来ない人が多い。英語できないふりをしているのではなく、最初から英語を学ぼうとも話そうともしていない、完全に「おらが大将!」なのである。

 

韓国人と中国人の目立つ違いと言えば、お店で働いている中国人は数字だけは英語で言えるってことくらいか(笑)、このあたりやっぱり中国人の方が商魂たくましいのかもしれない。

 

当社の入居しているビルは1960年代に建設されたビルであり、経済成長していた時代に作られたしっかりしたビルである。しかし当時の設計者は白人がお昼にサンドイッチとお茶を飲むくらいの給湯室しか想像していなかった。21世紀になってアジア人がこれほど入居してくるとは予想出来なかったのだろう、給湯室にラーメンの食べ残しを捨てる場所がない。あの、三角網がないのだ。

 

彼らテナントの中国人は近くのコンビニで買ってきたカップ麺をオフィス内を歩きながら客の前でぱくついて、食い終わるとそのスープをそのままトイレに流すのだが、彼らのことだからハネがあっても拭き取ろうなんて考えもしない、だから昼過ぎになると彼らの入居している階のトイレは結構大変なことになっている。

 

幸いな事にうちのフロアは日系とキーウィとうちだけなのでトイレはきれいだ。女性用トイレはうちの経費負担でウォシュレットを導入している。だからビル側からしてもうちの入ってる階だけは安心しているようだ。

 

そしてここでも中国人は派手にやってくれる。あるときなどエレベーターに乗ったら壁に10cm四方の紙切れが貼り付けてある。何と近くの食堂の配達用メニューと電話番号である。速攻で全部剥がされたが、中国人にとって世界は自分の庭なのだろう、自分の街で通用することが世界でそのまま通用すると本気で信じ込んでいる。

 

でもって最近はビル管理会社がトイレに張り紙をした。トイレも元々ゴミ箱がなく、あるのはお手ふき用のハンドペーパーを入れる箱だけ。ところがそこは昼過ぎになるとカップ麺の空箱の山になる。中には汁を捨てないまま放り込む大胆な行動も見かける。

 

そこでビル管理会社が「ここはペーパータオルだけ捨ててください。それ以外のゴミはオフィス内のゴミ袋を使ってゴミ出しをしてください」と張り紙をだしたのだが、これが英語の張り紙。管理会社の人に一度聞いてみたいと思う、ゴミは減りましたかと(笑)。

 

今日の話のポイントは英語力だ。日本人は海外に出ると英語で話さなくちゃとか、英語が出来ないから海外で生活なんて出来ないよとか言うのが一般的だ。そりゃまあ英語が出来る方が良いのは間違いない。けれど中国人も韓国人も堂々と自国語だけで通しているのも事実だ。てか彼らは自国語で生きててストレス感じてないようだ。

 

もちろん技能移民や起業家部門で申請する際に申請者本人に英語能力は要求される。アイエルツ(IELTS)というテストでそれぞれの部門ごとに要求される点数を取らないと申請出来ない。だから日本人にとっては申請するだけで非常に高いハードルとなる。

 

では中国人はここをどうクリアーしているのか?答えは簡単、上に政策あれば下に対策ありで代理受験だ。最近では代理受験がバレるようになったので証明書には指紋を導入している。次はどんな対策を考えるのかな、中国人(笑)。

 

話はそれるが技能移民の場合は大学の卒業証明書が必要となるが、これも中国では本物の卒業証明書や職歴証明書を買うことが出来る。だから偽物ではない、おかげで最近は中国人については技能移民のポイント部分で学歴と職歴が削除された(大笑)。

 

ニュージーランドでは中国人が一人入るとそこから家族と称する人々がずるずると芋づる式に入ってくるのが特徴だ。だから誰か一人、何とか技能移民や起業家部門で取得出来る人間がいれば、そのあとから入ってくるのは英語力がなくても永住権は取得出来る。おじいちゃんおばあちゃんや兄弟達は誰かの家族という事で入ってきたのだろう。中国語の発音を英語にすると一文字くらい綴りが違っててもわからないので本当に同じ芋づるなのかどうか分からないってのが味噌だ(笑)。

 

それに比べて日本人はある意味おとなしすぎるというか、英語が出来ないから移住出来ないとか思ったりする。移住しても大変だと言う。そりゃそうだ、それは日本がそれだけ住みやすいからだ。

 

中国人からすればいつ共産党の怒りに触れて殺されるか分からない。要するにどれだけ頑張ってでも永住権を取得したい理由があるのだ。だから一旦ニュージーランドに渡り永住権さえ取れてしまえばあとはこっちのもの!間違いなく母国よりも幸せな生活が待っているのだ。

 

日本人の生活する環境が今後どう変化するか分からないが、少なくともこれから10年は成長することは考えられない。そしてその後に現れる日本がどのような環境になっているかも分からない。多分多くの日本人は昨日までと同じ生活が明日もやってくると思っているだろう。そうかもしれない、そうではないかも知れない。不確かな未来だ。

 

中国人や韓国人の強い点は、現時点でどう比較してみても自国よりはニュージーランドのほうがましだと理解したらすぐに行動に移せる点だ。英語?そんなもん、なくても生きていけるさ。「ケンチャナヨ精神」や「地球は僕の庭精神」である。

 

日本人は国家が安定しているし飢え死にする人も少ないし国策捜査で逮捕されるのはトップばかりだし給料は安くても物価が下がってるし結婚出来なくても不自由しないし、そのうち親の遺産が入れば後半の人生楽勝じゃん、あえて海外に出る必要なんてない。

 

実はこの状態こそ日本政府が江戸時代から一番得意としていた「百姓は生かさず殺さず」政策の骨子でありお上に逆らわずにいれば何とか食える「民は依らしむべし知らしむべからず」の醍醐味である。

 

いつも言うことだが、どのような人生を生きるかは自己責任だし自己判断だ。ただその判断をするための知識と必要に応じた敏捷な行動力=ピンポンダッシュ能力だけは持っておいた方が自分の満足できる人生のために良いと思う。

 

今日も会社の帰りに酒屋のおじちゃんとこに寄ってきた。ピンポーンってブザーが鳴るお店に入るとおじちゃんは僕の顔を覚えてくれて、うれしそうに指を二本立てて「ツー!」と言って店の奥からお酒を持ってきてくれる。

 

韓国の人独特の右手の肘に左手を載せる仕草でエフトポスカードを受け取って、ぺたっとした鼻の上にちょこっと載せたメガネを上にしたり下にしたりしながら右手の人差指一本でかちゃかちゃとボタンキーを押して、正しいキーを押せて正しい数字が出てきてほっとしたように「ぷりーず」。

 

日本の田舎のおじいちゃんも優しくて微笑ましいが、こうやって海外に出て頑張ってるおじいちゃんも微笑ましい。長生きしてくださいね、ほんとにそう思った。



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2012年04月18日

DEATH MARCH システムが止まる日

★日経ビジネス4月16日号より抜粋

3月29日東京地裁でひとつの判決が下った。「日本IBMはスルガ銀行に74億1366万6128円を支払うこと」

 

地銀の勘定系システムを作ると500億円くらいかかるらしい。出来合いのソフトウェアであれば100億円くらいで作れる。2004年、スルガ銀行は自行の勘定系を再構築するためにIBMと「じゃあま95億円くらいでやりましょか」と基本合意を交わしてから要件定義にかかった。

 

出来合いのソフトウェアでは当然出来ることに限界がある。ある程度はソフトの仕様に業務を合わせる必要がある。ところが銀行は出来合いのソフトを買ってから「業務内容は変更しない、ソフトをうちのやり方に合わせろ」と言ってきた。IBMとしては「だったら出来合いのソフトに追加機能を加えるので金もかかるし時間もかかるよ」となった。

 

そこでお互いの関係が悪化して最終的には裁判沙汰になり今年判決が出たというわけだ。この件では別にIBMに肩入れするわけではないが、日本では本当に発注側のトップがシステムを知らないままに勝手なことを言うから現場でとんでもない、起こさなくても良い無用な騒ぎを起こして、挙句に裁判沙汰になる。しかし一番迷惑を被るのは現場で働くSE(システムエンジニア)である。

 

東京証券取引所では2月2日にシステム障害が発生して終日市場は混乱に陥った。この時は富士通が請け負っていたが担当者は真夜中に連絡をもらいサーバーを確認したが「いけそう」だったので翌朝に処理をすることにした。そしてその翌朝、システム障害が発生して取引が大混乱に陥った。

 

上記2件の記事は日経ビジネス4月16日号の特集から抜粋した内容である。緊迫感のあるよくできた特集だが、この記事ってシステム開発会社(日本IB<とか富士通とか)とITを知らない発注側企業の話に特化している。

 

けれどぼくのような移住屋からすると全然違う状況、つまり現場のSEが発注側と受注側の間に挟まれて24時間体制でこき使われ「システムは止まらない神話」と「発注側は金は払いたくないし元請けはがさっと中抜きしたいし下請けは安くても断れないし結局孫受けの現場SEは最低の給料で使われ、出来ないことを押し付ける」という企業の論理と倫理のなさが現場のSEをすりつぶしているという現状だ。

 

統計的に言えば当社の説明会に参加されるお客様にシステムエンジニアは多い。彼らは日頃からネットを使いこなしているしリテラシーが高いので当社のような海外の情報でも情報精度が判断出来るので気軽に問い合わせを入れてくる。

 

その彼らが何故か大体30代なかば。最初の頃は分からなかったが次第に親しくなると業界事情を説明してくれた。

 

「tomさんね、SEは日本では35歳になると管理職になって現場を離れるか下請けに転職して現場で仕事をするしかないんですよ。でもって管理職になると新しい技術を勉強する時間は全くない。発注側である大手企業と下請けや孫受けのSEを繋ぐブリッジSEになるんですけど、現場の最新知識がないからいつまでも古臭い枯れた技術でやろうとして無理が出るんです」

 

かと言って現場が好きで下請けに行けばそこから給料は殆ど上がらず元請けの奴隷状態、このままシステム開発を進めても絶対に失敗しますよって分かっててもやるしかない。こういうのを業界ではデスマーチ、死の行進と呼ぶそうだ。

 

まさに戦時中の日本軍を想像させる。技術も現場も知らない大本営(大企業)の将校(技術を知らない技術担当部長)が机上の空論で作った作戦を発動させる。現場の司令官(つまり元請け)は命令を受け取ったら絶対に逆らえない。だから部下に向かって「突撃〜!」と叫ぶのみ。

 

部下は聞く。「失礼ではありますがこの部隊が移動して敵陣に攻めこむためには距離や難度から見てこれこれの戦略でなければ実現不可能です。またその間の兵站(食料や武器)はどうされるのでありますか?」

 

司令官は「そんなこと、俺が知るか!決まったことなのだ、食料が欲しければ敵陣に行けばある、武器は敵のものを奪って戦え、それでも不足するときは竹槍を作って戦え!」

「失礼ではありますがここはブナの林であり竹は生えておりません。ブナでは人を刺せる程の強度はありませんが」

「ここにブナしかないのが俺の責任か!」

そして誰も失敗するとわかっていながら死の行進が始まる。

 

なぜ日本では当然の事が当然とならないのか?人が作ったものはいつかは壊れる。システムは障害を起こす。ミスは起こる。それを前提にしてシステムを構築しなければ大敗するのはわかりきったことだ。

 

しかし日本では「絶対安全神話」や「システムは止まらない神話」があり、事実を指摘する部下は遠ざけられる。何故か?それはボス、つまり企業で言えば社長や会長が戦争やシステムについて全く知識のないままに「システムは止めるな」とだけ言い、それに逆らうこと自体が反逆であり出来ないという事が弱気であるとなるのだ。

 

現場がどれだけ頑張っても出来ないものは出来ない。竹槍でB29は落とせない。その事実を指摘すると「それは気合が足りないのだ!」となる。そのすべての原因は馬鹿な上層部にあり、そこを突き詰めれば結局は社長や会長が現場知らずのバカなのだ。

 

なぜバカが社長になれるか?それは本当のことを言うまともな部下は先代バカ社長によって遠ざけられ、へこへこ虫のバカだけが生き残って先代の覚えよろしくバカを引き継ぐからだ。

 

ニュージーランドなどの国では一般的にSEが現場の仕事をしながら経営まで上り詰めるから常に最新の現場の知識を持った人間が判断する。だから出来ること出来ないことがわかる。

 

説明会に来る人々と面談をしていると「外国から来たSEさんと打ち合わせをしていると本当にびっくりします。あちらでは社長や副社長クラスが現場の技術を知っていてその場でどんどん判断出来るんですね。けどコチラ側ではあいも変わらず稟議書を上げて印鑑10個くらい貰ってやっと次の話でしょ、その頃には相手のほうが白けきってますね、痛いっすよ」なんて話を聞く。

 

彼らは日本ですり潰される前に何とか海外に出て新しい生活を構築しようとしている。30なかばならまだ間に合う、そう考えてニュージーランドに移住して現地のIT関連学校に入りなおして資格を取り直して現地で採用、その後2年程度で永住権申請という道を選ぶ。

 

今の日本がおかしいのではない。日本がおかしいのだ。それでも何とかやっていけてるのはすべてにおいて現場の努力である。一週間で40時間残業してますなんてしょっちゅう聞く。死ぬことが分かっていても突撃して散っていった兵隊がいる。

 

日本の構造は本当に不公平に出来上がっている。バカが出世する仕組みだ。これは平時では良い。しかし現在のような激動期でそんな事をやっていたら通用しない。戦時の司令官は現場を知って自分で判断出来る人間であるべきだ。

 

今が激動期であることも考えずに自分が社長の間だけは何もなく終われば良い、そうやって先送りばかりして最後は撃沈される。バカが自爆するのは良いけれど、現場で死ぬほど働いている連中を一人でも多く救って欲しい、そのためにこそ社長自ら現場に降りていって何が起きているかを理解すべきである。

 

そんな当たり前の対応が出来ない日本、システムが止まる日。それを敗戦と呼ぶ。



tom_eastwind at 12:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌 

2012年04月17日

Sandbagging

サンドバッギング

 

キーウィ英語の俗語になるのかな、Sandbaggingという言葉がある。辞書で調べても出てこないが、ぼこぼこにされるという時に使う。”I’ve got sandbagged”だと「ぼこぼこにされた」。 先週から週末、そして今朝までがほぼサンドバッギング状態だった。

 

先週はかなり忙しくて脳みそが擦り切れそうになり自宅に帰る時間や自宅に帰ってやる家事ができそうにもないので「レストラン山水」の入ってるスタンフォードプラザホテルに3日間泊まった。一般的には家出とも言える(笑)。

 

ホテルの受付で住所を書き込んでいると「シドニーからですか?」と聞かれた。キャリーケースにガーメントバッグなのでそう見えたのだろう、住所の最後にAuckland, NewZealand と書くとびっくりされた。

 

週末には自宅に帰ったのだが両手に抱えている案件がどれも即座に答えを出さないといけないし一つでも間違ったボタンを押したらそれで終わりってことばかりなのですべての案件を四方八方からチェックして落とし穴はないか水漏れはないかと再度頭の中で引っ掻き回す。こうなると脳みそはまさに周囲からぼっこぼこにされているサンドバッグ状態。

 

こんなの久しぶりで戦争で言えば接近遭遇戦である。2つの部隊が戦場で偶然に遭遇して互いにびびりながらも「おりゃー!」って叩き合いをするだ。銃を撃ってる暇もない、ライフルの先に付けた銃剣で殺しあう感覚。

 

ただこういう戦いは決して嫌いではないので(笑)一歩も引かずに進んだ。一歩づつぐいぐいと前に進む、絶対に引かない。一気に片付ける。それにしても先週は、なんでこんなに案件が固まってくるんかなって思うくらい、一気に固まってやってきたな。足元に地雷、頭から空爆、正面にバズーカ砲を持った敵、けどなんとか火曜日で戦いもだいたい終了、無事勝利。

 

その代わり終わった後の疲れが半端ではなく、本当に吐き気がするくらいきつい。「ニュージー良いとこ一度はおいで♫」なんて日本で宣伝してるが、やってる本人がこれでは笑いものだ(笑)。

 

基本的にニュージーランドはのんびりしたストレスのない国であるがぼくだけはまだ日本の東京にリンクしている感じ。そんな状態であるが5月もまた日本出張。5月上旬に日本に入り5月12日(土曜日)の午後には東京で移住セミナーを開催する。

 

その後シンガポールに移動して現地で弁護士、税理士と会議。会議の目的はまさに今が旬の「資産の海外移動」である。ポイントはとにかく実際の個別スキームと両国の法律のすり合わせだ。一つでも穴のないようにすべてのポイントを埋めていく。

 

シンガポールの弁護士や税理士は自分の領域においては強いがそれが海外を絡んだスキームとなると分からないので「ほ〜、そんなこと、出来るんだ〜」彼らからすれば何だか魔術を聞いてるような感じがするが、一つ一つの取引はすべて合法であり両国できちんと納税もするし何らかの商行為は行為の時点で両国に存在する法律を順守していれば合法であるしすでに武富士事件で最高裁の合法判断が出ているので問題ない。

 

彼らからすれば帽子からうさぎが飛び出すような感じだろうが仕組み(手品のネタ)がわかってしまえばなんの事はない、あ、そういうことかってかんじでさくさくっと進む。

 

ぼくの海外相続スキームは移住から入るので海外の投資銀行や日本国内の税理士が作る節税スキームとは基本的に違う。彼らは金融のプロであるが移住やそのサポートについては顧客が満足できるレベルの十分な知識がない。

 

そこで彼らは飛行機リースとかいろんなスキームを作るのだが、海外に住むという選択肢を取れるなら方法はたくさんある。相続税とは相続が発生するから税金がかかるのだ。相続が発生しなければ良い。手本にある資産を売却すれば売却時の税金のみで済むし至って合法である。

 

他にもいろんな打ち合わせが各地で入ってるがとにかくSandbaggingな毎日だ。



tom_eastwind at 11:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!諸行無常のビジネス日誌