2006年02月

2006年02月28日

バブルか?

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バブル

 

1990年の土地バブル、

 

そこに巻き込み巻き込まれた人々は、殆どが男性である。

 

 

もしバブルの基準が

 

「論理的に破綻しているビジネスモデル」とか

「冷静な判断が出来ない」とか

「もう、単純に気が狂っている」

 

いうものならば、今の東京の男性は、まだバブルに陥ってはいないだろう。

 

少なくとも、

1・株の高騰は元々論理的に破綻しているので、特別に株バブルと呼ぶ必要はない。

2・冷静な判断が出来ないのは、金曜の夜の新宿を歩けばすぐに分る事。男はいつの時代も冷静な判断など出来ない。声をかけられたら、ほいほいついていくのだから。

3・今現在、男は財布の中身に合わせて女に貢いでる(ような)ので、気は狂ってない。

 

僕が福岡でバブルを経験した頃の飲み屋街「中洲」は、確かに凄まじい勢いでお金が回っていた。明け方の4時に普通に冷静な判断が出来るなら、こんな会話は成立しない。

客「よう、腹減ったな。何か札幌ラーメンでも食いたいね」

女「そうねえ、札幌に美味しい店があるわよね〜」

客「じゃあ、このまま早朝の直行便で札幌にラーメン食いに行こうぜ」

 

合計すれば札幌ラーメン一杯が10万円以上だから、いくらおいしいと言っても、これは異常だ。勿論現金を持ってれば何をしても良いのだろうが、彼らが持っていたモノは、土地や株券である。それ自体は、現金化されなければラーメンを食う原資にならない。だから女におごる金など、そもそも存在していないのだ。あくまでも幻想の中にしか存在しなかったのだ。

 

ゴルフ場の会員権というわけの分らんものが何百万円もして、会員権売買のお店が軒並み並んでいた通りが、東区方面にあった。今はすっかり外資に買収されたゴルフ場だが、むしろ現在の料金体系の方が余程「常識的」だろう。

 

東京では高級品や高級車が売れ始めている。しかしこれは、どちらかと言うとバブルではなく好景気だろう。株や証券で現金が入った。年功序列も終身雇用もないのだから、金は、ある時に楽しく使わなくちゃね。明日はどうなるか分からない。だったら自分へのご褒美、高級車を買ってしまえとなるのだろう。

 

男は、生まれ持った本能で、出来るだけたくさんの女に種付けしようとする。女が男を判断する時の基準の一つが、お金である。だから男は、中身がどうであろうが、一番手っ取り早い方法=金で女を釣りにかかる。

 

勿論男はあふぉだから素人女には相手にされないので、必然的に「狂った男」を相手にする夜の街に繰り出し、生殖本能の赴くまま、理由の無い大金が毎夜落とされる事になるのだ。

 

この、男が女に貢ぎ出したら、それも異様な、全く論理的に破綻している状態で貢げば、それがバブルだろう。例えば年収が一千万円しかないサラリーマンが、彼女のためにフェラーリを買ったり一食お二人で10万円の食事をしたりすれば、当然家計は崩壊する。

 

そんな事分っているのに「大丈夫、明日は今日より給料が稼げるさ」と、自助努力なしに無意味に信じている。その時代は周囲がそうだった。株価は上がり土地の値段は上がり、銀座に停めた車のトランクには、「レンガ」と呼ばれる1千万円の札束が転がっていたのだから。

 

バブルとは、このように男の気が狂う事を指すのだ。

 

今がバブルかどうか、色んな人がいろんな基準で判断している。その基準に「男が狂う」というのを付け加えてもらうと面白いのだが。

 

 

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tom_eastwind at 00:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年02月27日

田舎暮らし

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田舎暮らし

 

内閣府の調査では、50歳台の28.5%が田舎への定住を希望しているそうだ。そして何と20歳台でも田舎暮らしを希望する人が30%いる。

 

 

 

定住を受け入れる側では、仕事がないという問題がある。

 

田舎では仕事がない。それは確かにそうだろうな。田舎は元々政府にぶら下がって、票と交換で公共事業と国家予算で食わせてもらっていた。だから多くの田舎では自活の為の知識がないから、いざ政府が「君ら自治体、勝手にどうぞ」となると、もうてんやわんやだ。所詮、他人にぶら下がって甘い汁を吸っているから、そうなるんだよ。自己責任です。

 

他に問題となるのは、医療機関の整備と安価な家屋や土地らしい。それに受入支援体制・・・あれ、ちょっと待てよ。

 

だったら、ニュージーランドに来ればいいじゃんか!

 

医療機関はあるし、日本に比べれば土地は安いし広い。失業率3.8%の国なので、その気になれば仕事は見つかる。支援体制、それは当社が現在やっている事だ。

 

でも、日本政府からすれば面白くないだろうな。人口減少の時代に、更に海外に移住する人が増えると、国力が弱体化するのだからね。労働人口としてだけではなく、消費人口としても国民は囲っておきたいだろうからね。

 

問題は、ビザと英語と、やる気・・・・。あれ、ちょっと待って?ビザ取れるくらいの能力があって英語が話せてやる気があれば、日本でも仕事はいくらでもあるでしょ?

 

という事は、20台の若者の30%って、もしかして日本でやる気もなく、永住ビザを取得出来る能力もなく、英語も出来ない層か???

 

どっちだろうな〜。もうちょっと調査の詳細が分るといいんだけどね。

 

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2006年02月25日

幸せは歩いてこない。

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幸せは歩いてこない、だから歩いていくんだよ。

 

一日一歩、三日で三歩、三歩歩いて二歩下がる

 

昭和44年というからかなり昔の歌で恐縮だが、水前寺清子という歌手がこんな歌を歌っていた。

 

何故こんなふるい歌を思い出したかというと、丁度その時に読んでた本(昭和30年代の話)に「努力せずに幸せになるわけがないだろう」という、当然の事を書いていたからだ。

 

いつの時代も、人の生き方は変わらない。ITが出ようが金融革命が起ころうが、自己責任の時代に突入しようが、基本的な生き方は何も変わらないという事だろう。

 

但しここで言う努力とは、楽しい努力である。苦しい努力ではない事を明記しておきたい。

 

例えば努力して自転車の乗り方を覚えて毎日遠乗り出来るようになると、「あ、努力すれば報われるんだな」という事を覚える。だから次に何かをする時も、勉強や努力自体が楽しく感じられる。

 

努力や勉強時に必要なものは、人間が本来持つ直感や、豊かな感情である。だからその感情を殺してしまうような教育では、例えば親に押し付けられてやる勉強くらい嫌なものはないし、子供の感情を殺してしまうだろう。

 

子供の頃に感情の芽を摘まれ、大人になる目的が、何時の間にか「お金持ちになる」事と「生活の安定」だけになった時、人は保身する。冒険と失敗を許さない日本社会では、保身する事が最も安全なのだ。

 

でも、その結果として「お金」と見せ掛けの「安定」は手に入れたけど、今度は何となく生活自体が面白くないと言う事に気付く。

 

そりゃそうだろう。自分の人生を他人が決めてしまい、そのレールの上を歩いてるだけなんだから、面白いわけがない。

 

でも、もう一旦動き始めた歯車は、後戻り出来ない。毎日、自分の気持ちを少しずつ殺しながら、無理をせず保身して、生活を騙しながら続けるしかない。

 

そんな時にふとテレビで海外移住をしている日本人家族の映像を観ると「あ〜、いいな〜、俺も海外生活してみたいな」と思ったりする。

 

でも、思っているだけじゃ何も進まない。だって、幸せは、歩いてこないんだから。 

 

物質的かつ一時的に満ち足りた生活を捨てて本気でニュージーランドに来ようと思ったら、それなりの行動力とタフな精神力が要求される。その時に貴方の背中を押してくれるのが、心の奥底から出てくる「豊かな感情」だ。その感情こそが、自分を動かしてくれる本当の原動力だ。

 

そして、その感情に従って生きている時の気持ちは、とても充実感がある。人に押し付けられてやっている作業とは違い、仕事をしながら嬉しくて笑顔になってしまう、そんな楽しい気持ちだ。

 

たった一度の人生だ。自分に素直に、楽しく努力して生きてみよう。



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2006年02月23日

今日と言う日

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先週も書いたが、何故か最近はNZの弁護士、NZの保険会社、NZ警察、在NZ日本大使館、スタンフォードホテルの交渉人など、色んな人と法律議論を交わしている。

 

別に僕が逮捕される訳ではない。実は今、ある人間を捜索中である。NZで犯罪を犯し、NZ警察の保釈中に日本に逃亡している日本人を探して告発する仕事だ。警察と大使館を巻き込んでの捜索だが、何故か法律上の問題で、僕が中心となって動かないと、大使館も動けない状態。

 

スタンフォードホテルが6月から9月末まで全面改装でホテル閉鎖をする為、その期間の山水レストランへの被害評価、どの程度まで営業可能か、その期間の水や電気がどうなるかと言った交渉もやっている。保険会社は、それとは別に前回書いたような水漏れ事件の詰め。

 

NZの弁護士とは、丁度先週から移住関連のビザについての今後の移民局や政府の取り組みについての情報交換。別の弁護士とは、知り合いの日本人の飲酒運転裁判に関する処理。

 

どれも、本当に微妙なバランスの上に立っている。相手の立場を理解し、こちらの立場を理解させ、お互いにとって最も利益になる「落しどころ」を探すのだ。

 

時には英語で怒鳴りあい、時には優しく説明し、時には泣き落とし。

 

でもまあ、すべてはNZに5万人の日本人社会を創るためだ。絶対に創る。出来る。いろんな障害はあるものの、僕の考え方が日本人やNZ社会に大きな貢献をすると信じている。

 

自利利他という言葉がある。自分の利益とは、実は他人の利益を叶える事で報われるのだという考え方である。偶然だが、この3ヶ月で、色んな方面から、その実例や理論、解釈の仕方等が立て続けに耳に入った。

 

5万人の日本人がNZに住む。これは、仕事の枠を乗越えて、というか、仕事を通じてこの国や日本への社会貢献に繋がると信じている。絶対に出来る。

 

勿論、様々な問題がある。越える事が出来るかなとか思ったり、「またかよ!」と思ったりする事もある。でも、成せばなる。取り越し苦労はせずに、いっぽいっぽ、前を向いて歩いていこう。

 

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2006年02月22日

不撓不屈

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面白い事に、宗教を勉強してしっかりした人生哲学を持っている経営者の本を、偶然ながら最近読んでいる。その一冊が「不撓不屈」経済小説の重鎮とも呼べる高杉良の作品だ。

 

結局、仕事をする事が金儲けとか肉体的生存のレベルであれば、動物と同じである。そこに、他社に対する配慮、他人に対する思い遣り、そして自分の信念など、様々な要素が加わって、初めて人間らしい仕事と言える。

 

不撓不屈の主人公は会計士。地味な職業に見えるが、その底辺を流れる哲学の凄まじさには、業種を違えても学ぶものを感じる。

 

ほりえもん問題が残したものの一つ、とても大きな一つに、哲学があるだろう。

 

例えばほりえもんはテレビ会社の株を購入した時「法律違反はしてない」と言った。それは事実だ。しかし、世の中が本当に法律だけで構成されているのか?

 

本当に法律だけですべてを縛ろうと思えば、極端な話、もっと法律を増やせば良いのだ。しかし、そうなるとこの世はますます住みにくくなる。法律を増やせばその解釈をどうするかとか、法律を知らなければ犯罪を知らぬうちに犯すこともあるから、法律を知らねばならない。

 

そんな時に便利なのが「暗黙の了解」である。同じ価値観を持っていれば、法律を作らなくても人は了解事項を守る。例えばバス停で行列を作っている時に割り込みをすれば、法律違反ではないが社会的暗黙の了解違反である。

 

ほりえもんのやった事は、ビジネス世界における「割り込み」だ。確かに法律上の規制はない。でも、「それは駄目でしょ」という事だ。

 

僕が問題にしたいのは、ほりえもんがルール違反をしたという事ではなく、ほりえもんに「暗黙の了解」をきちんと説明できなかった周囲の大人であると思う。

 

大人には子供に対する説明義務がある。人が社会参加するには、決まりがある。ここを突き詰めていくと、結局哲学や宗教の世界に入ってしまう。

 

でも、それが実は社会を構成している、法律よりも大きな命題であり、その命題をしっかり理解しないまま社会に放置されるとすれば、それは教えるべき立場の大人の問題であろう。

 

不撓不屈を読みながら、経営者のやるべき事の第一は、人生哲学を勉強する事だなと思った。

 

もう一つ偶然だが、この小説を原作とした映画が、今年6月に映画化されるらしい 

 

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2006年02月20日

コモンロー Common Law

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" In the common law countries a trial is not an exercise designed to discover the truth"

 

コモンローというのは、英米法、不文法や判例法などと訳されているが、要するにニュージーランドで一般的に使用されている法律の呼び名、と言って良いだろう。

 

その意味は、法律にどうこう書いているかではなくて、社会常識的に見て良いか悪いかが大事という考え(これ、ざっくりしすぎですが)。これに対して大陸法というのがあるが、これは成文法と呼ばれ、法律は人間が作り、その法律に従って行動しなさいという事。下記に例を挙げる。詳しくは大陸法とコモンローをどうぞ。

 

**********

「音を立てて物を食うな」という法律を決めて違反したら罰するのが大陸法なら、
音を立てて物を食べるのは日本の習慣ではマナーに反しているので、皆が口々に
「行儀が悪い」と注意してやめさせるのがコモン・ローという事になるでしょうか。

「そんなこと法律で決まってないだろ!」という屁理屈は通用しません。
なぜなら、コモン・ローとは空気のように普遍的に存在しているものだからです。

     **************

 

 

でもって、写真に撮ったのが「黄金律」とタイトルの本。一冊で5千円もする、すんごい薄っぺらいのですが、その本の一番最初に書いている英文は何かと言うと、これが実に面白い!「不文法を採用する国家において、裁判とは真実を追究する場ではない」という事なのだ。

 

実は2年ほど前に、オークランド大学法学部に入学しようと思って、法律の勉強を少しした時に買った教科書なのだが、これを読んだ瞬間に、不謹慎だが、思わず笑ってしまった。

 

これって、日本の常識とは違うよね?その通り。全く違うのだ。日本では、裁判所は真実を追究するところで、弁護士とは無実の被告を救い出す事なのだと、テレビや小説で教えられている日本人からすれば、まさに唖然とする内容であろう。

 

しかし現実に、NZでは裁判所は、世の中の秩序を保つ為に存在しており、真実の追究などは後回し。弁護士の主な収入は会社関連であり、刑事裁判なんて儲からない事は、みんな嫌がる。

 

でも、これがNZの現実なのだ。遵法よりも秩序を優先する国においては、時には法律は無視されてしまう事があるという事実なのだ。

 

これを良い悪いと議論する立場に、僕はいない。僕は、そういう圧倒的な文化の違いの中でどう戦っていくか、それを考えるだけだ。

 

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2006年02月18日

洋服屋

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先週から今週にかけて、交渉事が多い。キーウィ相手に防戦したり論理攻撃したり、交渉事や腹芸するもんだから、今日の交渉は攻めだったかな守りだったかな?等と思い出しながらやらないと、時々論理破綻してしまう。

 

防戦の交渉事の一つが、洋服屋。グループ内の和食レストラン「山水」が2004年12月に起こした水漏れ事件で、真下にある仕立て専門の洋服屋の仕立て部屋(約六畳)がびしょぬれになってしまった。水漏れ自体は製氷機の故障によるもので、スタッフの誰が悪いと言えない事だし、原因を追求しても意味はない。

 

勿論相手は保険に入っており、実害は少ない。ところがこちらが当時保険に加入してなかった為、交渉は長引いた。

 

最初はホテルや元のレストラン等を巻き込みながら交渉、最後は直接保険会社とのやり取りを、山水の社長と打ち合わせ、台本を作って話を進めてもらった。

 

保険会社からは、事故後8週間営業に影響を受けた+仕立て中のシャツや服が汚れた+掃除に金がかかった+被害額を調べる為の調査会社の費用+パソコンの買い替え費用にソフトの入れ替え〜etcと、ずらずらと請求が来た。

 

勿論悪いのはこちらだが、内容を見ると、調査会社が電話一本をかけただけで100ドル(8千円)、これが8回繰り返しで800ドル+gstとか、シャツ1枚の損害が300ドル(2万4千円)!NZでは300ドルと言えば約一週間の給料ですよ!他の項目でも、トンでもない請求額なのだ!

 

だからこちらは、それを紐解くように一つ一つ相手と確認しながら進めていくわけだ。

 

出来る限り支払いを少なくして、出来る限り支払い期間を延ばして、でも交渉なので、相手を本気で怒らせて弁護士に持ち込まれると金がかかるので、そうはさせないように、期限の利益と支払いの利益を狙っていくのだ。

 

その為には、相手側の脅しである「じゃあ、裁判所で会いましょうね」とか「あんたの会社と取締役全員を訴えるわよ」等の最終波及効果がどこまでなのかを確認しながら、出来るだけこちらの被害を減らしていく。

 

結局は、かなりこちらの要望を聞き入れてもらい(ありがとね)、分割払いや減額交渉に応じてくれたが、こうやって一個一個、交渉の実務をしていると、実に面白い。今度時間が出来れば、キーウィ相手の交渉実務手引きでも作ってみようかな。

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2006年02月17日

ニュージーランドの人口が412万人に。

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NZの人口は、確実に増えている。NZdaisukiというホームページからの転載。

昨年NZの人口が412万に達したこたことが統計局の発表によりわかった。

 2005年12月末時点で37,000人(0.9%)増加し、412万900人となった。04年度の増加44,500人(1.1%)を下回った理由は、永住・長期滞在目的の移民が減少したため。

 永住・長期滞在目的の入国者数は出国者を7000人上回ったが、04年には約倍の15,100人であった。自然増加は3万人で、04年度をわずかに上回っている。

 女性人口の半数が36.5歳以上。男性は34.8歳。年齢の中央値は95年と比較し、女性が3.1歳、男性2.8歳上昇した。

 年齢構成はここ10年で変化しており、0〜14歳の子どもは95年と比較して22,100人(2.6%)増加し、876,600人となり人口全体の21.3%を占めている。65歳以上は79,200人(18.6%)増加し、505,800人となった。

NZの統計なのでどこまで信じれるかは別にして、クイーンストリートを歩くと、その人の多さに人口増を肌で感じる。

 

 




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2006年02月14日

鴨の橋

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ある晴れた平日の朝。

 

ノースショアから高速道路をシティに向かって走っていると、ちょうどハーバーブリッジの手前で車の渋滞が起こっていた。

 

 

 

時間はすでに午前11時過ぎ、片道4車線あり、込み合う時間でもないのに何が起こったのかなと思いながら、前の車のハザードに合わせてスピードを落とした。

 

普通、橋の手前は安全上の問題もあり、円滑に流れるように計算されている。この場所はシティに向かって左側の砂浜と、反対車線の向こうにある右側の林が一番近づいている個所で、上り下りとも車が止まっているのだ。

 

道は空いているし、前方の車はハザードを出しながら減速しているので、何かあった事は分る。僕もスピードを落としながら前方を見ると、何とそこには??

 

鴨の親子が歩いていた!それも一列に、親鴨の後ろをよちよちと、コガモが六匹歩いているのだ。

 

鴨からすれば、車なんて何の事か分らない。日本のような都会と違い、この街では動物に危害を加える人間はいない。鳩でさえ人が近づいても逃げないくらいだ。

 

悠々と立ち去る鴨を眺めながら、思った。

 

「それにしても、のんびりと歩いてる鴨にクラクションも鳴らさずにブレーキを踏んでハザード出して、後続の車に注意を与えながら鴨を渡らせる国民性。好きだな、こういうの」

 

 

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2006年02月12日

男たちの大和 2

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机の上に新しく、三億円の猫に続いての置物が増えた。

戦艦大和の文鎮です。映画を観た帰りに、映画館の入口で売ってたので、大枚三千円をはたいた。

 

 

あまりに値段が高いなと思ったのだが、そこはやはり映画の余韻が残っていたのだろう。

仁侠映画を観た後で肩で風切って歩いてたらついつい他人と肩がぶつかり、勢い余って手が出たようなものだ(変な例え?)。

いずれにしても、ついつい手が出てしまった。東映の作戦勝ちだ。

今でこそ偉そうに仕事をしているが、考えてみれば今までの人生で2回くらいは窮地に追い込まれた事もある。

戦艦大和の人々は、我々の未来の為に命を投げ出してくれた。僕も、何か出来る筈だし、何か、他人の為にしなけりゃね。今の仕事は、一人でも多くの優秀な日本人に、ニュージーランドに来てもらう事だ。

大和を見習ってがんがろっと言う気持ちで、パソコンの正面に置いてみた。

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2006年02月11日

食の危機

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最近のニュージーランド移住説明会で僕が使う言葉の一つに、「資源大国」がある。

 

オーストラリアは鉄鉱などの地下資源に恵まれており、資源大国と言われても理解出来る。しかし、ニュージーランドが「資源大国」と言った場合、それは一体何を指すのか?

 

実はそれが「食料と電力」である。ニュージーランドの食料自給率は300%だ。つまりニュージーランドでは、食料をすべて自給して、更にその2倍以上を海外に安定供給出来る国なのだ。そしてニュージーランドに原発は存在せず、電力の80%は水力、20%は国内産の石炭を使った火力発電で賄われている。

 

だから、生活インフラである食料と家庭電力費用(NZ家庭はガスを殆ど使わず)が安い。極端な話、明日から世界が食料危機に陥ったり、石油が無くなっても、国民は何とか生きていけるのだ。

 

そして日本の食料自給率はカロリーベースで40%。石油は、その99%を海外から輸入している。

 

日経ビジネスの1月30日号では、日本のワイドショーがライブドアではしゃぎまくっている中、ライブドア記事が7ページで、食糧危機問題が15ページ。さすが日経である。というか、他のメディアの低俗さが目立つだけという話でもあるが。

 

今、チーズやかまぼこなどの、日頃食卓に並ぶ食品の重さが10%程度減っていると、日経記事で書かれている。原因は沢山あるが、例えばお隣の中国の12億人が食料を輸入するようになり、高級化が進んでいるとか、欧州でも肉食から魚食に変化が進んでいるなどだ。

 

実は、今の日本は、誰も言わないが食糧危機の前夜である。どこの食料輸出国も、高く買ってくれる国に食料を売るだろうし、高く買ってくれる食材を作る。たかが12千万人程度の日本市場向けを、誰がいちいち相手にするだろう。隣にある中国市場向けに商品を作った方が、余程儲かる。

 

また、本当に凶作になれば、どこの国も自国消費を最優先する。当然だ。自分とこの国民にひもじい思いをさせたまま食料を外国に売れば、国民が暴動を起こす。では、もし世界レベルで凶作が起きた場合、どこの国が一番被害を蒙るか?

 

日本である。

 

60年前、日本は石油を求めて南方に進出して、あの戦争を起こした。誰が火付け役かは別として、日本にとってエネルギーの輸入がどれほど大きな問題か分る筈だ。

 

そして、資源を持たない日本にとってそれより大きな問題は、食料である。食うものがなくなるのだ。

 

食料が無くなれば輸入するしかない。でもどこの国も普通の値段では売ってくれないから高く買うしかない。でも、そんな国の通貨は不安だから誰も買わない。結果、日本の通貨は暴落する。これがインフレーションを招き、日本は崩壊する。食料もなく、エネルギーも無い国を、誰が相手にするか?

 

食料やエネルギーが不足した時に、誰が他人の事を気にするか?昔の中国の諺にもある。「衣食足って礼節を知る」である。

 

国家の役目は、まず衣食を提供する事である。そして人は、自分が住む国を選ぶ自由がある。もしかしたら、来年の今頃は移民の目的が「食料と安全を求めて」となるかもしれない。

 

何故米国の傀儡部隊「緑豆」が鯨やまぐろなどの魚資源を獲らせないようにするか、これで答が見えてきた人もいるのではないだろうか。

 

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2006年02月09日

日本とNZの医療・国政の違い

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今日のニュース現代で「家庭医」というテーマをやってた。ニュージーランドで言う「GP」、General Participantだっけ、ホームドクターの事だ。

 

彼らは出産も骨折も老人治療も理解して、患者を一時治療して、その上で必要なら専門医に回して治療してもらい、終了すればまたGPが全般的に対応するという仕組だ。

 

医療の事は詳しく分らないが、良い仕組だと思う。というのが、ニュージーランドでは既にこの仕組が昔から導入されており、患者が自分で専門医の所に直接行くケースはなく、どのような場合でも一旦GPに行き、そこから専門医を紹介されるからだ。

 

患者の悪い部分を発見する時、患者は耳鳴りがすると言って耳鼻科に行っても、実は脳外科の範疇だったりする事がある。つまり患者自身の見立てとじっさいの病気が食い違うケースだ。

 

GP制度では、一般医にきちんとした知識と、専門医との連携さえあれば、日頃かかりつけの患者だから、大体どこが悪いか見当がつく。そこで専門医に相談しながら進めていけば、効率の良い治療が可能だという理屈の方が、患者が自分で自分を診察するよりも信頼性が高いというのは納得出来る。

 

ニュージーランドは今、医療の民営化が進んでいる。現在は黒字国家であるが、今のうちに体質変換を行い、現在は国民が税金として納めている公的医療費負担分のお金の流れを、民間保険会社等に流れるようにして、病気が発生すれば競争体質の民間医療機関に委託する事で、より効率的で低価格な医療を提供させる狙いだと思う。

 

これにより、保険会社は新しいビジネスが獲得出来て民営化が進むし、医療機関は良い治療環境と腕の良い医者を集める事で医療レベルの向上が図れる。

 

日本では「いたずらに民営化するのはいかがか?」と言ってるが、要するにお上が権限委譲をする際の監視機関がしっかりしていればそういう問題は起こらない。この、官製談合や汚職と切り離された、絶対的権限を持つ監視機関があれば、民間の競争もきちんとしたルールを確保出来るのだから。

 

役人の仕事、政府の仕事とは基本的に,国民全員が納得出来る公平、平等な世の中を維持する事であり、維持する為の作業部隊は役人である必要はない。

 

国会議員は国民の代理で国民の意見を反映して国政を運営し、その法律に落とし込んだりプロのアドバイスをするのが官僚だ。ここまでで政府の本来の仕事は終了。後は、市役所など市長と一部政策ブレーン官僚を除いて、すべて民営化しても良いのではないか?

 

本気でそう思っている。

 

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2006年02月08日

国家の名誉や、他人に対する気遣いについて

Denmarkデンマークの新聞がイスラム教の預言者モハンマドの風刺漫画を掲載して問題になっている。イランでは抗議運動の際に、制止に入った警官隊がデモ隊の数名を逮捕したとか、その他の事件が起きている。

 

全く馬鹿なことだ。他人に対する思い遣りを持てない輩は、こうやって火の無いところに火をつけていくようなことをする。

 

これは日本のメディアも同様だが、「表現の自由」と「他人に対する思い遣り」は、全く次元の違う問題である。

 

公共の利益になる事を、政治などの圧力に負けずに掲載すれば「表現の自由」であり、それこそマスコミの責務であるが、個人のプライバシーや、ある人が尊敬する者をいたずらに面白おかしく扱うのは「思い遣りのなさ」だけではなく、特にそれをメディアが行った場合は「言論による暴力」である。

 

この場合の暴力とは、その行動が直接誰かを身体的に傷つけるだけではなく、精神的にも、又第三者を通じて経済的被害や肉体的被害を蒙った場合も、同じである。つまり、やくざの脅しもメディアによるつるしあげも、同じような暴力であるという事だ。

 

やっているメディア連中も、そんな事は百も承知だろうから、これは間違いなく確信犯である。

 

そして、NZでもクライストチャーチの新聞「Press」が同じ風刺画を掲載したと言う。Pressと言えば、一昨年に当社を相手に事実無根の記事を掲載した挙句に、その後はまるで何もなかったように口を閉じている新聞社だ。

 

元々レベルの低いNZの新聞であり、基本的には英国と同じ「お遊び」程度だから、まともに相手をするのもどうかと理性は訴えるが、感情的には許せないものがある。

 

今回のような、少なくとも世界で10億人以上が信心する宗教の代表者である象徴を、遊び半分で掲載した挙句に「表現の自由」はとおらないであろう。

 

余程何かの理由があるなら、それを知りたい。何故、今、預言者の風刺画なのか?

 

イランでは対抗措置として、ホロコーストの風刺画を募集したとの事だ。当然であろう、表現の自由なのだから。

 

自分が何をやっているか、北朝鮮に限らず、世の中には少し勘違いしている人がいる。人の痛みを理解出来ない人種だ。彼らに対しては、毅然たる措置を取るしかないだろう。特にそれが国家の名誉に関わる事であれば、その時の国力や外交力などは、取るに足らない検討材料である。

 

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2006年02月07日

模倣犯

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宮部みゆきの名作として名高い「模倣犯」だが、文庫本になるまで待ってて、今回の出張でやっと購入。文庫本でも5冊という、物凄い物量だが、その内容たるや、よくここまで書けたなと思うほど、実に素晴らしい。

 

筋書きの大きな流れを作り、人生に対する作者の肯定感を描き、下町の人々の心のひだを描き、そして語り部としてその素晴らしい文章力で読者をぐいぐいと引っ張っていく力強さは、まさに宮部ワールドだ。

 

但し大きな問題あり。全部で5巻の大作であり、少しずつ読み進めるような作品でないだけに、これは一気に読む必要があり、一体どこにそれだけの時間が取れるんだよ?という向きには、辛い作品だろう。

 

そんな事を思いながら福岡空港でキャセイ航空の出発を待っていると、何とラウンジの向かいに座っていた中年のおじさんが、僕と同じように「模倣犯」を読んでいたのにはびっくり。

 

そう言えば模倣犯、文庫本になってから、またも売上が伸びているとの事。皆、同じ事を考えているんだなと思う。



tom_eastwind at 10:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本