2006年08月

2006年08月31日

政府が作った、一番儲かるビジネスマシン

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道路脇に立つ、白い、まるで鳥の巣みたいな箱ですが、別に郵便受けでもボランティアが作った鳥の巣でもありません。

政府が効率良い増収を狙って作った新ビジネス、そう、据付式のスピード違反探知機、要するにネズミ捕りなのです。これが実に儲かる。僕も実によく切符を貰ってます、はい・・・。

 

NZでは3年ほど前に議論になってたが、道路脇に隠れてスピード違反を掴まえるのは堂々としていない、だから掴まえるならちゃんとしてくれ!みたいな話があった。

要するに道端に隠れて、違反しそうな所に置くなんて卑怯じゃないか、やるなら堂々とやれという事ですな。ところがこの据付式、普通に考えれば、「ぶあ〜か、誰でもそこの近くに来れば減速するさ〜」なんて考えてしまいそうですが、NZでは誰もが車で移動するので、僕もそうですが、結構知らない道を走ったりします。

実際に先週は南オークランドを走っていて、ネズミ捕り装置を通り越してから、「あれ!今のやばいじゃん!」というのが、同日に2回ありました。

ノースショアに住んでてシティで働いてると、南オークランドに行くことは一ヶ月に一度もありません。でも、逆に言うと、二ヶ月に一回くらいは、突拍子もない用事で行く事になります。

そうすると、おいおい、この道、車も少なくて走りやすいじゃんかと、制限時速50kmのところを、ついつい60キロくらいで走る。

するとこちらのメーターさん、とっても正直なので、そのまま10キロ超過で綺麗に写真を撮ってくれる。おいおい、少しくらい「遊び」はないのかよ?って思いますが、器械に遊びもなく、約一週間後に警察から手紙が来ます。

封筒の形や表書きも見慣れてきたので、机に置かれた郵便を見た瞬間、「あ〜あ、またかい」って感じになりますが、開いてみると案の定

「x月x日x時x分、BULxxxがxx道路で速度超過10キロ、なので80ドル払ってな〜。文句あるなら28日以内にケーサツにきてや」という手紙。

こちらでは、誰が運転しているかは関係なく、車の登録持ち主に支払い義務がある。その代わり点数には影響しないので、お金さえ払えば片付くという仕組だ。

最初は「そんな南オークランドなんて、誰が走ってるかい!」とか思って激怒するのですが、よくよく日記を調べると、確かにその時、そこに行ってます。

かっきーん、こうなったら、「まあ20キロ超過じゃなくてよかったよ・・・」と、自分で自分を慰めるしかないし。

でもまあ、日本と違って速度超過で免停になる事はないので、とりあえず黙って払ってます、何せ移民ですので、本チャンのキーウィみたいに「知らん!そんなもん、死んでも払わん!」みたく喧嘩するのも、ちょいと軒を借りてる方からすれば気が引けるので、大人しくしてます。

てゆ〜か、最近はこのような各種罰金などを支払わずに、そのくせ海外旅行には行こうとする不届きな輩が増えた為、罰金未納のキーウィが出国しようと航空会社の受付に行くと「あんた、罰金払わないと旅行行けないよ」という告知を出そうかと、NZ政府は本気で考えているようです。

まあ、とりあえず罰金とは言っても、その金を役人が山分けするのではないから、まあこれも「市民税だよね」と思って払ってます、はい。

ちなみに、10キロ超過で80ドルですが、普通のサラリーパーソンの半日分の給料に当たります。痛た・・・・。

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tom_eastwind at 00:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月30日

オークランドはせっせと発展中

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写真は、ノースショアからハーバーブリッジに行く手前である。とは言っても、知らない人には判る訳ない。

オークランドはロサンゼルス並に大きな街なんだが、例えば縦に長い串に団子を3個刺した状態を意識して欲しい。

一番下の団子は、空港地域を含むマヌカウ地区。真中の団子はシティと呼ばれる、オークランドの中心地。僕の会社もこのシティにある。そして一番上の団子がノースショア。今一番成長著しい地区である。

でもってハーバーブリッジは、一番上の団子と二番目の団子を結ぶ串に当たる。そいでもって現在、写真のように工事中なのが、この串の部分である。

オークランドを南北に縦断する高速道路は橋も道路も無料であるが、ここ数年ノースショアに住む人口が増えて、広い場所で片道4車線の高速道路が、ラッシュ時にはかなり低速道路になっていた。

とは言っても日本ほどではないのだが、昔からオークランドを知っている市役所や政府の役人からすれば、早く家に帰りたいのにこのラッシュ、到底耐えられるものではない。何と会社から自宅まで、Door to Door で30分もかかるのだ!

このあたりで、都内に2時間かけて通勤しているサラリーパーソン諸氏からすれば「ふざけんな!」となるだろうが、NZでは、これは考えられないほどの苦痛なのだろう。

でもってノースショアは裕福な家庭が多い(北高南低)ので、その発言力も強く、去年から高速道路の拡幅工事が始まったわけだ。

ノースショアに住む役人も、今回はとにかく早くしようという事で、普通なら必ず半年くらいは工期が遅れるはずのこの工事も、見た目にはかなり早く進んでいる.余程早く家に帰りたいのだろうな。

来年は団子の一番上に当たるノースショアの、その団子の更にてっぺんのあたりの部分のアルバニーという街が大開発されて、ノースショア市役所もそこに引っ越して、一大住宅地域を作る予定。

これから住宅を買うなら、値上がり必至のノースショア、よいかも。

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tom_eastwind at 16:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月29日

京の五条

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京の五条のOn the BridgeLong刀の弁慶が、come here come here hand 叩く。

 

ありていに言うなら、これが僕が中学から高校の時に学んだ英語の実態である。

 

 

 

 

ある英語教師、例えば「低脳無教養無感動自分で作った昨日の残り物を詰めた弁当を食べる事だけが学校に来る生き甲斐で、BVの発音が同じで、後何年すれば年金もらえるのかなとばかり考えている、生徒の事など一度も考えた事はなく、日教組と校長に睨まれないように両方に良い顔をして、生まれてから死ぬまでまともな人生を経験した事がないあふぉーども」とでも呼ぼうか、そういう素敵な教師から学んだ英語である。

 

1970年代の一般的な高校での英語教育とは、実際にこのレベルであった。子供を英語に馴染ませる為に取った手段が、牛若丸の歌に英語をかぶせて、少しでも英語に馴染ませようとする方法だ。

 

日本語では「今日の五条の橋の上、薙刀構えた弁慶が、おいでおいでと手を叩く」みたいな事だろう。本歌取りなのだが、いまだ本歌を良く知らない。

 

それこそどこのどいつが思いついたか理解不能だが、おそらくその当時に文部省で働いていた、小学校時代から高校までは同級生とも遊ばず相手にされず、何とか大学だけは卒業出来てしまった根暗で、何とか下級官吏の座席だけは取る事が出来て、それからの一生を文部省のこっぱ役人としてキャリア官僚にこき使われながら、その恨みを小学生や中学生に向けて、彼の定年の日まで、子供を苛める事に勤しんでいた、哀しい輩の仕事であろう。

 

まあ、そのこっぱ役人の書いた紙を教条主義の馬鹿教師が読んで、そのまま押し付けたのが、僕らの年代が喋っているカタカナ英語である。文部省の「正しい英語を教えてしまうと本当の米国や世界が分るから、出鱈目を教えて海外の扉を閉ざしておけ」政策には、見事に合致していたが。

 

今だもってBVの違いをうまく発音出来ない僕としては、最近大人になってやっと、「世の中にはそんな可哀想な人種も存在したし、これからも自分の生き方を自分で決める事も出来ず、他人の目だけを気にしてしか生きていけない、子供の頃から苛められて、世の中の良い事を何も知らずに生きていく人々」の存在が理解出来るようになったが、高校にいる頃は、こんな酷い動物並みの連中が日本の若者の将来を決定するような重大事項を担っているのかと思うと、ぞっとしたものだ。

 

1970年頃だから、僕の小学から中学の頃だ。勿論英語なんて全然分らなかったが、その当時白黒テレビの画面に出ていたニクソンというアメリカの大統領の演説や新聞記事の翻訳を読む度に、直感的に「これ、誤訳だ」と感じた。不思議な感覚なのだが、ニクソンの顔を見て、身振り手振りを見て、そして新聞の文章の論旨を読み解くと、絶対におかしいのだ。

 

詳しくは憶えてないが、ベトナム戦争に関するニクソンの姿勢について、ニクソンが英語で説明している事が、日本では違う意味で説明されていると、直感で感じたのだ。(実はこれ、1990年代になって歴史を振り返るようになって、当時の僕の直感が当たっていた事が判明した。当時は戦争反対の世論が、ニクソンを悪人扱いして、彼の発言を翻訳した後に、世論に迎合するように「編集」していたのだ)

 

だから僕は先生に「これ、間違っています」と言うと、先生は無関心そうに「お前らが英語なんて分るわけないだろうが!」と仰る。なるほど、自分で英語教えておきながら、分るわけないとはね。大した自己否定だな、まったく。

 

生徒が間違っていると決め付ける前に、少しでも考えてみないものだろうか。確かに、文章の翻訳は合っているかもしれないが、それでは理論というか、話の筋が合わないではないか、そこが何故分らないのか。

 

しかし日本の英語教育は所詮受験英語であり、趣旨や論旨はどうでもよく、目の前の言葉を正しく暗記した日本語に置き換え出来るかどうかの、記憶力テストなのであるから、多くを望む僕のほうが間違っているのだから、確かにその意味では、先生が正しい。

 

そんな英語教師や文部省を「ばかやろ」と言って切り捨てる事は出来るが、だからと言って今の僕の英語力が成長するわけではないので、まあ、無駄な時間を使うよりは前向きに歌でも歌ってみようと思う。

 

小学校の頃の文部省検定歌。

 

“しずかなこはんのもりのかげから〜、きこえちゃならないこえがする〜“

 

今日もよろしいようで。

 

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tom_eastwind at 17:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月28日

時は金なり

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仕事をしていて一番いらいらする人は、判断の出来ない人だ。

人生は一回しかないし、時間は有限だ。第一、いつ死ぬかなんて誰にも分らない。だったら、生きているうちに色んな事をどんどんやって、出来る限りたくさんの精神的満足や充足感を得ていこう。その方が、死んだ時に墓場に持っていけるネタが増えるじゃないか。人が墓場に持っていけるのは、お金ではなく記憶だけなのだから。

「僕もやりたいんだけど、xxがね〜」、とか「そうは言っても熟慮しなければ〜」等と言う人。

「僕もやりたい」ならやりなさい。やる気も無いのにやる気があるように他人に見せかけ格好つけて自分を誤魔化すのはやめなさい。

本当はやる気=情熱も無いし、何かをやる為の苦労をしたくないし、何となく毎日生きていけるからまあいいや、でも人前で良い格好だけはしたいから、そんなとこでしょ、どうせ。

「そうは言っても熟慮〜」なんて言う人、それって自分が今までその問題に対して熟慮してしていなかったという事でしょ、それを手抜きって言うんだよ。

大体仕事でも、明日NZと日本が突然戦争に入ります!みたいな、余程突拍子のない話でもない限り、大体の事は予想も想像もつく。 ビジネスをやっていればその反動は、必ずある。

なのに、問題が目前に来るまでに予想も準備もせず、いざ問題が来た時になって熟慮って、あんたさ、準備する時間があったでしょ?予想できたでしょ?結局これも、自分の時間の大事さを分っていない証拠。

判断しない事が格好よいのだみたいな顔で、僕の顔をいかにも「まだ若いな〜」みたいに見るのはやめてよね。こっちはただ、時間が有限であり大事であり、もっと精神的な満足感や充足感を得たいから、どんどん色んな事を進めているんだ。あんたらのように「終わった人」ではないのだ。

時は金なりという言葉、これをどう考えるか?

時と金は同じくらい大事という意味?

物事を早く処理すればする程お金になるという意味?

僕は、時はお金のように大事で、でも時の大事さが分れば、実はお金よりも時の方が大事だと気付く、そういう事だと勝手に解釈している。

つまり、

1・普通の人に時が大事と言っても分らないから、まずは世間の皆さん誰でも理解しやすいお金の話をする。

2・お金儲けの話をしたとこで、次に、それと同じように大事なのが時なんだよと教える。だって、お金があっても時間がなければ使えないからね。

3・だからお金はあくまでも手段であって、その手段でもって手に入れる一番大事なのが時間なのだ。

こういう三段の組み立てで話す。

じゃあその時間を得て何をするか?ここが肝心で、その時間を得て、また金儲けをしていては本末転倒である。その時間でやるべき事ってのが、自分が生きたという実感、満足感、充足感を得る事である。

この点を理解出来ない日本人が多いが、それは戦後教育のせいだろうと思う。僕自身もお金が一番と学校で習ってきたし、学校では時間や充足感など教えてくれなかったからだ。

でも実際に生きてみると、時間が一番大事で、でも実は時間さえも心の充足感を作る為の手段にしか過ぎないという事が分る。

そうなると、この充足感を得る事が人生で一番大事なことであり、実はこの気持ち、日常のあっちこっちにほんわかと柔らかく、目に見えないけれど存在している事に気付く。

例えば子供の笑顔。一生懸命木登りして成功した時の空の青さ。楽器を弾いてて、一つ上の高みに行けた時。そんなちょっとしたところにも、充足感がある。それはお金を儲けるという視点ではなく、他人が喜ぶかどうかという視点から見れば、自ずと見えてくる。

他人にされて嫌な事は人にするな。人の考え方を尊重しよう。そんな、実は簡単な事だ。今の時代に、僕も含めて無意識に多くの人がきちんと守っていないと思うが。

逆に、お金を儲ける為だけにいかに人を踏み潰すかという事をやっていては充足感が湧かない(というか、それで湧くようになったら、すでにそれは人ではないね)。

これは、金だけを考えて金持ちになった人に接すると、よく分る。

彼らは金を目標としてしまったから、途中で無くしたものの多さに、人生の最後に気付くようになる。そして世の中を悲観的に見るか否定的に見るか、どちらにしても、もう楽しい人生を送る手段を無くしているのである。

世の中には、多くの他人に知られなくても、お金もないのに家族と一緒に楽しい人生を送っている人も、たくさんいる。自分の人生に自分で納得して、得心している人もいる。

「虎は死して皮を残す、人は死して名を残す」という中国の諺がある。名を残すとは、世間の多くに知ってもらうだけでない、家族の心の中に、彼や彼女の心の中に永遠の記憶を刻むだけで十分なのだ。

多くの人に知られるような英雄になる必要も、偉くなる必要もない。きちんと生きていた、ただそれだけで貴方を愛する人からすれば、あなたはすでに英雄なのだから。

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tom_eastwind at 00:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月27日

あり得ない・・・・

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昨日、土曜日。ありえないようなミスをしてしまった。お客様とのアポ日程を、数回も確認を取っていたにも関わらず、何故か日程表には一週間先に記入してしまった。

これは僕の日程管理をエクセルの表管理でやっている問題点の一つだ。年中あちこち行くので、一々テーマごとに管理を分けるアウトルックはどうも使いづらい。かえって情報があちこちに紛れ込んでしまい、書類紛失という事になる。

その為、数年前からエクセルに日付と曜日だけ入れてしまい、そこに必要な書き込みとかをする事でデータを一元化、とにかくそこを見れば分るようにしていたのだ。

ところがそのファイル、一年分くらいを纏めて一枚の表にして、たくさん見れるように90%に縮小している。だから画面全体で30日以上一度に見れるのだが、同じような一週間が繰り返している上に、左端に置いてある日付が小さいので、見難い。

だから曜日を見て予定を入れたのだが、それが一週間飛んでた。

自分の出張や会議とかは、必ず前後に何か他の予定が入るので、ずれていたらすぐ分かる。しかしこの時期、8月のお盆の予定が全部終了して、空白が続いてたので、つい見逃してしまった。

理由を言ってもどうしようもない、とにかく月曜日にお会いした時に、きっちりお詫びをするのみ。全く、やばし。

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tom_eastwind at 12:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月26日

N C in Real Estate



不動産売買国家資格、とでも訳せば良いのかな、今回参加しているコース。

いよいよ今日が最後で、不動産契約書を持って二人一組になってのロールプレイングを行う。

でもやはり、テストなどの概念が日本とは全く違うので、実に戸惑う。

ロールプレイングの最中にこっちが不動産購入者、パートナーが不動産業者になって契約交渉をする。

僕「ねえ、もしこの不動産を購入して、その翌週に壁にヒビが出たり、天井が落ちてきたら、売主の責任で賠償するって項目を入れてよ」

彼「いやいや、ビルディングレポートを鑑定士が出すから、それでいいじゃないですか、売主はそんな項目は受け付けませんよ」

僕「そんな事言うけど、天井が落ちても鑑定士は知らぬ存ぜぬで終わるのがこの国じゃないか。そんな誰も責任取らないような売買はおかしいよ」

彼「先生、このお客、こんな事言ってるんですけど〜」と講師を呼ぶ。

僕「先生、僕の言ってる事おかしいですか?鑑定士の責任と言いながら、NZで鑑定士が訴えられた事は一度もないし、大体鑑定士の契約書自体、鑑定の責任は取らないって書いてますよね?これだと、買った方が目暗印押したようなものですよ」

先「何言ってるのあなた、そんなもん、買った人の責任よ。買い手がちゃんと買う前に調べてるんでしょ」

僕「おいおい先生、プロでもない買い手が、そんな壁の裏の事まで分かる筈ないでしょ」

先「そんな事言ったって、不動産鑑定士だって、壁の裏の事なんてわかるわけないじゃない、売主だって分らないのに責任取れって、おかしくない?」

おかしいのは貴様の脳みそじゃ!と思いながら聞く。

僕「なるほど、この国ではConsumer Act 」  という消費者保護法がありながら、不動産業界までは、その光は届いてないんですね」

彼「あのさ!俺の答えられる質問の範囲内にしてよ、試験が進まねーだろうが!」と、最後には切れてた。

おいおい韓国人のアレックス君、君も少しは現実を知ろうよ。いくら試験に通ってライセンスが取れても、現実の問題としてお客様が発するであろう質問に対して答えを持たないまま仕事を始めることなんて、出来ないでしょ。

最初から言えばよいのだ、NZで家を買うのは博打と同じで、不動産業者は家を売ろうとする人の味方で、購入する人は誰の助けもないのだって事を。

大体今の不動産業界、買主によい顔をするように見せながら、実はその裏で敵方と手を組んでいるようなものだ。その上、売ったら売りっぱなし。こんな業界なのですね〜。

だからこそ、僕の考え方である「お金を払う人の側についた不動産のアドバイザー」が必要なんだと思う。特にNZの法律も習慣も知らない人からすれば、あまりにも危険が多すぎるビジネスだ。

まあ、自己責任で成り立っている国なので、キーウィにとってはそれでも良いのだろうが、よその国から来た、真面目なお客さんには親切にしてよと言いたいな。個人的に知合えば、実に陽気でよいキーウィだが、仕事となると突然豹変、生き残るのは、お前か俺かとしかならない。

このへん、文化的ギャップがまだ大きいな。

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tom_eastwind at 00:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月25日

やくざが店にやってきた

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「暴力団と戦いつづけた飲食店経営者の怒涛の日々」という副題が付いてて、何か面白そうなので、早速amazonで注文。今回はインターネットで注文して、3日後には到着。

全く、日本とNZの距離感を感じさせない国際サービスですな。

 

さてその内容。最初はハウツウものかと思って読み始めた。

ヤクザとは最初が肝心とか、絶対に手を出すな、必ず警察を呼べとか、そんな項目があったからなのだが、実際に読んでみると、これは本当に作者が、30年にわたって川崎市で飲食店経営を行って、その時に体験した事を書いているのだ。

文章は大してうまくないが、その内容は実に面白い。これでうまく脚色したら、もっとヒットするだろうにとか思いながら読む。250ページ程度なので、2時間程度で読了。

しかしまあ、ヤクザ相手に一歩も引かず、殺されもせずによくやったよねと思いながら最後のあとがきを読むと、その秘密が分った!

この人、中村天風の読者なのだ。

中村天風ってのは昔書いた事があるが、福岡出身で明治時代から昭和初期に活躍した人で、最初は学生時代に人殺しをやり、あんまり乱暴で手におえないから頭山満という、これも福岡出身の愛国の士であり右翼でもあり、戦後右翼の巨頭である故児玉誉士夫も、競艇の故笹川良一も、ましてや現在では、何処のヤクザや右翼よりも上に位置し、簡単に言うとヤクザを従えた愛国の右翼を日本で最初に作った人で、この人の話をするだけで本が何冊も書ける位物凄い人で、その人の愛弟子として活躍したのが、この中村天風。(長くなったな〜、句点なしだぞ)

でもって、中村天風はその後日露戦争では日本軍スパイとして露西亜を駆け抜け、その間九死に一生を得た事もたびたびな軍人で、戦後は商売人としても大成功したものの、何故自分が生きているかを考え始めた頃に死の病に罹り、その病気を治すために米国や欧州に行き医学を学び、同時に世界一の医者にも会うが、誰にも彼の病気を治せず、欧州からの帰路の船で偶然同船したインドの導師に会い、彼に付いてインドの山奥で数年の修行をするうちに完全に病気が直り、同時に人間の生きる意味を発見して、日本に帰ってからは自分で辻説法を創めて、時の首相や経済界重鎮にも人生を説き、戦後は松下幸之助や京セラの会長である稲盛さん等も私淑したという、すんごい人なのである。(これも一文にしては長いな〜)

人は、死んだ先のことは考えるな。そんな事は神様や宗教に任せて、お前は今、目の前にある問題、どうやったら生きていけるかだけを考えろ。自分の命がどうとか自分の利益がどうとか考えるな、人はそんな事だけの為に生きてるんではない、とにかく力強く生きろ、生死などに拘るな、どうせいつかは死ぬ命だ。

強い人にしか理解しづらい、てゆうか、弱い人が聞いたら、それだけで死んでしまいそうな、かなり過激な文章を書く人だ。

そっかそっか、そんな人がいたんだな。だから、ヤクザ相手に一歩も引かず、逆に相手から尊敬の念をもらえるほどなんだな。

と思って、あ、そうだ久々に本を見ようと思ったら、本棚に置いてあった2冊とも消えている。貸し出し中だな。よかったよかった、良い本は、素晴らしい友との出会いと同じ。

話が思いっきりそれたが、「ヤクザが店にやってきた」も、勿論軽く読めて面白い。難しいのは、実践する事だ。特に今のように、警察が弱体化してヤクザと組み始めるような時代には、特に難しいだろうな。

やくざのいないニュージーランド、お店も商売も、やくざの存在なしにビジネス出切る。それだけでも、とっても幸せなことですな。

9月24日と10月15日に、東京で移住説明会をします。やくざのいない国で商売をしたい方、ぜひご参加下さい。

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tom_eastwind at 00:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本  

2006年08月24日

国家試験

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今トライしているコースは、日本で言えば宅建なんちゃらにあたるのかな、よく分らないが、ニュージーランドで不動産に関する各種サービスを提供するには、この免許がないと、支障が出るようだ。

Real Estate Sales Person ?  という、要するに不動産の仕事をするならこの免許を取りなさいと言われているやつだ。

簡単と聞いていたが、これが結構難関。日本のやり方で試験や授業を受けてた僕からすれば、話の進め方が理解不能。

簡単なテストにしても、とにかく設問自体が、答えが何通りも出るような内容で、それでいて答えは一つにしなさいと、先生が言う。

でも、他の生徒から「それっておかしくない?だってこの質問だと、答えは三通りあるよ」って言われると、「あ、そうね、でも私はこうやってるから」と。。。。

あのさ、あんた、先生なんでしょ、しっかりしようよ。君の意見を聞きに来たのではなくて、法律及び実態を聞きに来たのだ。コース全体で16万円くらいお金がかかるのだから、お願い、あんたの気持ちを語らずに、事実を教えてよ。

おまけにこっちは、先生からのまともな質問もひねくれて答えるタイプなので、今回の講師からは相当嫌われている様子。初日は結構質問に答えてもらったが、二日目からは、明らかに避けている様子。やっぱり、もちょっと普通の性格だったら、人に好かれたのになって後悔する事も、ちび〜っとあり。でもま、今更性格は変更不可。

それでも言いたい。「おいおい、不動産業者は紳士淑女であるべきだって、あなた教えているよね。その授業の最中に、好き嫌いを出すのかい?」

おばさんさあ、仕事なんだから、しっかり教えてよね。自分がどうやって不動産を売っているかって言う話を聞きに来たんじゃなくて、ルールがどうなっているのかを聞きに来たんだよ。

「不動産の契約成立後に、原本2通は双方の弁護士に、それ以外に3通の複写を取って、売主、買主、不動産会社が保管するのが決まり!」と講師が言うと、ある生徒が聞く。

「それって、どこに書いてます?法律によれば、複写の必要はないとなってますよ」ショーンと言う、二枚目30半ば、BMWの7を転がしてる色男が反論。

「でも、私は3通取っているから、これが正しいの」 講師が言う。ちなみに彼女は40代後半だけど、線が細い。

「て〜ことは、法律上は2通の原本でOKだけど、あなたは3通取ってるという事だ、そうですね?その上で、コピーを取った方が良いと言ってるんですね?」

そういうショーンの後押しをするように、現役の50歳不動産デベロッパー(彼は今のライセンスが切れて、再取得に来ている)が、「おいおい、契約署名後にコピーなんてもらった事ないぜ、この仕事、もう20年近くしてるけど、そんな現実、どこにあるのよ?」なんて言ってる。

「だって、契約書の原本に署名した時点ですべては効力を発揮しているので、それ以降にコピーを見ようがどうしようが、意味ないじゃん!」

この時点で、講師、かなり自信喪失しているはずだが、それでも強気。

「いいえ、こうすべきなんです、だって私は10年以上こうやっているのです!」

ナルほど、やっと今、意味が分かった。何故ニュージーランドのテレビやマスコミで一番批判される業種が不動産業者なのかを。

他にも、突っ込みどころ満載のコースですが、そのうちゆっくりと書きます。ちなみにこの講師、現役の不動産セールスマネージャーです。おいおい、政府の方に御伺いしたいけど、君ら本気で消費者を守りたいの?

少なくとも、購入客の為に商売をする不動産、って考えは、NZでは基本的にありえないというのがよく分ったコースです。

まだまだ、これから伸びる世界ですね。だって、お客様の事を考えずに成立している業種ですからね。たぶん、後5年でこの業界、変わるだろうな。

自分自身が不動産の売買手続とかに関わる積りはないし、あくまでも僕らの仕事の延長としての情報提供に徹する事に決めてるし、その為の勉強と思ってますが、それにしても、キーウィの不動産におけるコンプライアンアスは、少し甘いかもって思います。

不動産売買を10年やってるベテランの話を聞いても、結局お金を払う人の気持ちは全く無視。これじゃあ、消費者から文句を言われても当然かなと思う業界。

さて、口直し。

写真は、うちの竜馬君、9歳。NZでも香港でも自閉症に認定されて、現在も養護学校に、週4日通ってます。でも、かわいいっすよ。

これだけで分る、いかに医者が馬鹿かって。子供を統計に当てはめてしか考えられない医者って、本当に可哀想。

しっかり子供一人一人の顔を見ましょうね。子供に大事なのは一体何かって事を考えましょうね。

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tom_eastwind at 00:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月23日

只今英語と格闘中

 

只今、全く知らない業界の用語を勉強中。

先週から参加しているコースでは、並べられている文章を読み込むだけで結構頭痛。その上、読んで速攻にキーウィの議論に突撃だから、やっぱり劣勢。

 

でも幸運な事に、相手を撃沈するゲームではないので、何とかついていってるが、ドンケツな感じ満載。大学の弁論大会だったら負けてるね。日本語だったら、絶対に負けないのに〜とか、結構悔しがっているのだ。

それでも、こうやって一つ一つ、自分の知らない分野を広げていくのが、いずれこの国に対する見識を更に深める事が出来るんだろうし、とにかくやるしかない。

他にも日常業務でやる事満載なので、先週から今週は、結構息が詰まるような感じの忙しさ。はふはふ言いながらも、これだけやる事があってウレシイなと思えるのは、まだ余裕があるせいか?

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tom_eastwind at 05:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月21日

兵士の帰還

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米国の作家ネルソンデミルの作品を初めて読む。

米国では既に有名な作家であり、日本では「将軍の娘」の映画の原作者としても知られている、らしい。

と言うのも、この作家、全然知らなかったのだが・・・。

 

久々にはまる。上下巻遭わせて1600ページの超大作でありながら、どのページも力が入っており、全く息をつかせない、というか、読んでる間は全くよそ見出来ない程の力作だ。

結局読破に1週間かかったのも、久し振り。あんまり面白くてはまってしまい、先週の土曜に読み終わった後、速攻でビデオショップに行き、ベトナム戦争もののビデオを借りる事に。

そのうち詳しく書きたいが、やっぱり本を読んでる時が、一番の至福。

写真は、本を読みながら思わず持ち出したコルト45とナイフ。勿論モデルガンだが、「兵士の帰還」では大きなキーワードとなる。

因みに英語の題名は Up Country  である。「田舎の方」という意味の兵隊用語。今では普通の生活にも使われている。

そう言えば、家賃を払う時の言い方で、2週間後との支払いを「FortNight」と言うが、これも元々は軍隊用語らしい。

 

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tom_eastwind at 18:03|PermalinkComments(0)

2006年08月20日

ハーバーブリッジの人影

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日曜は薄曇りの天気で、竜馬君(9歳)のアイススケーティングの為にボタニーダウンまで車を走らせる。

 

自宅から大体20分くらいで到着するのだが、距離としては30km以上あるのでは?

 

 

 

1リットルあれば何と5kmも走れる僕の車は、この旅で片道6リットル、往復だと12リットル消費するので、1リットルが1.7ドルとして、約20ドルを使った計算になる。

 

まあ、ニュージーランドには有料道路もないし、使うのはガソリン代くらいなので、子供の体力増強と言う視点から見れば、1500円で健康が買えるなら、費用対効果としても安いものだろう。

 

しかしスケートの後に、コーラを2杯買って3ドル払った事を考えれば、もしかして不健全な旅だったかもしれない。

 

ところが、帰路のハーバーブリッジでは、どんなあふぉ〜か知らないが、橋の上の欄干を歩いてる超不健全なグループがいた!

 

元々はシドニーで、橋の欄干を歩いて町の景色を楽しむと言う趣向で始まったオプショナルツアーだが、オークランドでも一年位前から販売されている。

 

確かに景色は綺麗だろう。あの橋の欄干からなら、車では楽しめないような景色が見える。しかし平等の観点から言わせて貰えば、僕が住んでいる家の方が橋の欄干より高いし、ノースショアにはそういう場所がいくらでもある。

 

しかしまあ、わざわざ命綱をつけて橋の欄干に上がらなくても、しっかりと足を地面に付けた状態で、もっとよい景色が見れるのだが、自殺願望の強い人が何をするかは、一応国民の権利として確保されている、有り難い民主国家なので、その事には異論を挟むのはやめよう。

 

しかしまあ、バンジージャンプと言い橋を歩くと言い、皆、もっと死ぬ目に会って見れば?そしたらそんな事、多分しなくなるよと言いたくなる。

 

という事で、写真は偶然見かけた彼らを、すかさず携帯電話のカメラを構えて写したので、あまり良く映っては居ないが、上部右側の欄干のところに、人間の足がちらりと見えているのがお分かりだろうか。

 

予め分っていたらもっと早くカメラを構えるところだったが、時速120kmで、後部座席に竜馬君(9歳)を乗せて、車の幅とほぼ同じくらいの車線しかない細い橋の道を潜り抜け、ちらっと見上げた空の上に人間の集団を発見して、座席の横に置いていた携帯電話を持ち上げて、カメラモードにして、ハンドルに両手を乗せながら、その左手の親指で押したシャッターの結果がこれである。

 

一体どっちが危ない事をしているのか、こうやってブログを書きながら、思わず考え込んでしまった。ごめんね竜馬君。

 

9月24日と10月15日に、東京で移住説明会を行います。危ない思いをしたい人、いつでもどうぞ。

 

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2006年08月19日

あるアジア人のお話

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お客様の不動産取引の件で、ある不動産業者と会う。30歳前半に見える彼は一年前にニュージーランドに移住して、現在はノースショアで不動産の売買を手掛けている。

最初は普通に仕事の話をしたのだが、どうも英語が流暢で、しかしネイティブではないし、アジア人にしては英語を使って理論的に説明するのが上手だ。

そこで仕事の話が終わった後に雑談として聞いてみると、彼は韓国人で、米国の大学を卒業して韓国に戻って、しばらく地元の大手企業で働いていたらしい。

しかし、韓国社会に今だ残る古い習慣に、どうも馴染めない。

例えば目上の人には絶対服従だし、飲みに行っても相手の能力に関係なく年齢ですべてが決められてしまう。それ以外にも、米国の大学で西洋的な自由を学んだのだろう、理屈の通らない話があまりに多すぎるので、ついに移住を決断したらしい

「とにかく韓国の社会は息苦しくて大変なんです」

日本も同じなんだけどね。

「目上目上って、単に先に生まれただけで偉いなんておかしいはないですか」

日本じゃ金があるだけで、どんな馬鹿でも神様と呼ばれているんだけどね。

本当は米国に移住したかったらしいが、ビザの取得が大変な上に、2001年以降の米国は、決して安全な国とは言えない。そこで調べてみたところ、ニュージーランドには韓国人が3万人近く住んでおり、どうやらビザも取り易いという事で選んだとの事。

韓国から来て選んだ仕事が不動産だったが、やはりお客は殆どが韓国人。だから仕事をしている最中には、どうしても韓国の習慣を「daisuki」なふりをしないといけない。そうしないと仕事がもらえないからね。

でも、自分の家族や個人レベルでは殆ど韓国社会との付き合いもないから、この国は住みやすいし、個性を大事にしてくれるので、これからもこの国でずっとやっていきたいらしい。

勿論、自分の生まれ故郷を捨てて他の国へ行くのだから、それなりに大変な事もあるだろう。韓国の中にいて、その習慣を尊重さえすれば生きていけただろう。

しかし、そんな状況でも、彼は自由を選んだ。成功するにしても失敗するにしても、他人の判断ではなく自分の判断で道を選んだ。

今のところその取り組みは成功しているようだ。目が生き生きと輝いていたから。次に会う機会があったら、その時はもっと輝いて自信のある目になっているだろう事を、心の中で期待する。

写真は香港の俳優トニーレオンの手形。この手形がある香港ハリウッド道路は、昔働いていた会社のすぐ近くでした。

 

9月24日及び10月15日に移住説明会を開催します。今回は国際フォーラムが満室の為、汐留のラ・フォンテーヌホテルです。

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2006年08月18日

お盆明け

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裁判所は結論を出す場所だけど、真実を追究する場じゃないのです。

 

これは日本もNZも全く同じ。実は多くの日本人がその事に気付いてない。何故か、裁判所は正義を決める所と思ってる。

 

 

 

こわいこわい。

 

裁判所は、治安を守る為の組織ではあっても、その裁判所に上げる為には検察、その前に警察という組織がいる。だから、最初の組織である警察が動かないと、次に行かない。

 

そしてその警察は、正義よりも秩序を大事にしている。だから正義だからと言って自分の主張が通るほど、世の中は甘くない。

 

簡単に言えば、道端でおしっこしたら軽犯罪法違反だが、それをいちいち取り締まるか?やんないよ。だって、違法でも黙認する方がいいもん。だって警察の仕事は秩序を守る事。法律を守らせる事じゃないもん。

 

他にも賭博禁止という法律がありながら、政府がやってる競艇や競馬は合法で、パチンコも実質的には博打なのに黙認で、麻雀やの賭けも黙認で、それでいて外国の会社が外国の法律に基づいて作ったインターネットのギャンブルは違法なんて、要するに日本の法律は、胴元が日本政府だったらOKと言ってるようなもの。

 

正義とか法律とか、日本人は本当にきちんと法律を守る素晴らしい民族だと思う。真面目だなと思う。だからこそ、世界でも信用されている民族だと思う。

 

でもね、海外に出て生きていくなら、もちょっと、打たれ強くなろうよ。他人が何したどうしたじゃなくて、法律がどうのこうのじゃなくて、生き残る為に何をするか、その視点から考えようよ。

 

今日はまたも、ある特定人種からの問合せ。もう、はっきり言えばうざい。お願いだから、お互いに信用して生きていこうよ。人の事を考えながら生きていこうよ。つっかれるな〜。

 

写真はルアペフ山に向かう道路。

 

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2006年08月17日

移住コンサルタント・法の読み方

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移住コンサルティングとは、その家族の生活総合カウンセリングサービスである。

 

だから、法律だけ知っていれば良いとか、税務だけ知っていればよいというものではない。

 

 

 

1・移住に対して適性、耐性があるのか・

2・自分で自分の道を切り開く力があるか。

3・移住するだけの資金があるのか。

4・家族や親戚のOKは出てるのか。

5・生活能力はあるか。

6・どんな家族生活を送りたいのか。

7・どんな性格を持っているか。

8・どんな価値観を持っているか。

 

等など、最初は具体的だが、後半になると完璧に本人の個性や感性の問題になるが、そこまで踏み込んで移住希望者が持つその個性を理解して、その人に応じた道を提供して、その道の歩き方を説明して、道案内をするのが仕事だ。

 

道案内と言っても、僕は免許を持った法律家ではないし、登録された税理士でもない。だから法解釈などと偉そうな事は言えないし、学校に通った事もない。だが、ニュージーランドの法律や社会の実態はある程度理解している積りだ。

 

そこで専門知識のすべてを暗記しているわけでもないので、この知識はどこに聞けば分るかという情報ネットワークを作っている。そして案件ごとに常にその道の地元専門家の人々、つまり弁護士、税理士、医者、企業家、ビジネスマンなど、色んな人から正確で専門的かつ最新の情報を収集しながら道を進んでいくのだ。

 

このガイド、雨の日には傘を用意し、晴天の場合は足を早め、台風の日には動きを止めて避難小屋に入り、とにかくお客様が失敗しないように、天気を読みながら行動する。移住の道案内では天気=周辺の環境(家族の病気、資金の準備、ビザの取得、就職、子供の学校etc)が良く変わる。その度に戦略を練り直す。

 

戦略などと言うと戦いみたいな表現だが、これは実際、僕にとって戦いである。何せ相手(両親・親戚・移民局・検疫所・会社法・不動産etc)があり、相手の動きに合わせてこちらが戦略を変更しながら、最終的な戦略目標である移住の成功=永住権を取得して生活の基盤を作らねばならないのだから。

 

RPGみたいだが、旅の途中で出てくる相手は、移住希望者にとってはまずは会社の上司だろうし、次は家族の説得、そして資金の準備、次に移民局であり現地企業への就職であり、とにかく毎日いろんな、乗越えねばならない問題が出てくる。そのたびに戦略を調整しながら、遠回りをしたり一旦停止したりもする。

 

この時にどれだけたくさんの戦術案を出せるか?ここが移住コンサルタントの腕の見せ所だ。どこに秘密兵器が隠されているか?どこを押せばパワーが取れるか?殆どテレビゲームと同じ。というか、テレビゲームが人生ゲームに近づいているのかな。

 

そして何よりも大事なのが、旅の途中で挫けそうになるお客様を、如何に元気つけて前に向けて歩かせるかだ。

 

時には「NZいいっすよ、早く行きましょう」と言うし、あんまり能天気なお客様には「NZは天国じゃないですよ、そんなに期待していると、後でがくっとしますよ」とも話す。

 

そんな事をしながら、それでも一番大事なことは、とにかくニュージーランドの法律の精神の範囲内で仕事をする事だ。

 

僕は法律を解釈する時、ぎりぎりまで踏み込む。後10cmで違法というところまで踏み込んでいく。でも、決して一線は越えない。それが僕のポリシーだ。

 

でも、このポリシーを基盤として支えているのが、法の精神の遵守である。これはとても大事、というか、これが出来なければ法律をどう解釈しようが意味がない。

 

何故なら法の精神を無視するという事は、ニュージーランドの人々が営々と創り上げてきた、僕ら自身がこの国に惹かれる要素でもある「お国柄」を否定する事になるからだ。これは否定してはならない。

 

ニュージーランドの法の基本は、実は簡単である。嘘をつくな、騙すな、だ。正々堂々と、公平にやる。それさえOKなら、後は何でも自由にやりなさい、自分の才能を目一杯開花させて下さいという事。

 

この二つさえ理解して、法の精神を遵守しながら、時には法の条項に書かれている事が現実から乖離していたら、それは法の起草者の問題であり、法の精神を遵守する事にしている。

 

例えば移住申請の際の英語能力は、ILETS6.5が要求される。しかし、現地の企業で1年以上英語を使って仕事をしていると証明出来れば、IELTSは免除だ。であれば、後は現地で受け入れてくれる企業を探せば良いという事になる。そのような技術が、最終的にニュージーランドに貢献出来る日本人を増加させる技術であると思う。また、移民局は地域や担当者ごとに判断が異なるので、地域差を利用した永住権申請も大きな要素の一つである。

 

そのような、日本にいては思いもつかないような技術を駆使して、お客様の移住計画を立案して、実行し、時には作戦変更しながら、それでも絶対に法律の範囲内から逸脱せずに、最終的な戦略目標である移住を成功させる。それが僕の仕事だ。

 

時には、お客様であっても、きちんと注意する。山登りをする時は、ガイドの話を聞いてもらわなければ事故に繋がる。移住計画も同じで、お客様には見えない崖や岩が、計画の途中に転がっている。

 

お客様の好き勝手にやらせてしまうと、時には移住計画自体が失敗する事もあるからだ。勿論移住計画の経過を楽しませる事は大事だが、それが事故に繋がっては意味がない。

 

今月は日本の夏休みという事もあり、来客が多い。来月からは2ヶ月連続で日本の説明会だ。皆さん、出発前には将来像をきっちりと描いて、到着後も無事に軟着陸してくれる事を望む。

 

写真は雪をかぶったルアペフ山。きれいですね。

 

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2006年08月16日

家族の夕食

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一昨日は竜馬8歳を学校に迎えに行き、その後7時頃から、お父さん手作りの夕食だ。

最近は彼らも慣れたせいか、味付けに文句を言う。味が薄いだの濃いだの、一人前に文句を言う。

何を言う!このヤマサ様が見えぬか!本だし様の素晴らしさを理解しているのか!等と、他愛もない会話。

そんな時に時々出るのが、みゆき16歳との夕食を挟んでフルーツ時間に話す、ニュージーランドの歴史や世界の歴史。

彼女にとって歴史は、今だ馴染みが無い。香港では共産党の悪口は言えず、ましてや教科書には書かれていない。触れてはいけない問題だもんね。

そして回りの友達は、大陸中国から来た子供は嘘の歴史を学び、台湾から来た子は共産主義反対の歴史を話しているので、子供たちの中で歴史観が一致しない。

そんな時にみゆきは、僕に聞いて来る。「ねえお父さん、毛沢東の時代に何があったの?蒋介石って誰?」

その当時の歴史の背景、西洋諸国との係わりの中で、日本を含めたアジアがどのような政策を取ったか、みゆきに話す時は極力僕の主観を抜いて、歴史的事実のみを簡単に伝えるようにしている。

そのうち話が広がり、国境は一体何という事になると、僕は壁に貼ってる世界地図の、アフリカの部分を説明する。

「ね、みゆき。国境が民族や地理で分かれているなら、何でアフリカの国境は直線で作られているのか分る?」

国家は他の強大国家によって作られ、そこには蹂躙と忍従の歴史がある。でも、それを教科書に書けない国家がある。

同じ国内の世論でも、今だもってつい60年前の歴史の評価さえ定まらない。

みゆきは聞く。「お父さん、それっておかしくない?事実は一つでしょ?」

その通りだが、事実は、それを書く者によって左右されるし、真実は観る角度によって変わる。

僕らが知るべき事は、正義を追求する時も、それがどの角度から観た真実かを理解するべきだと言う事。

どの真実を選ぶか、それによって個人の行動は変わるのだが、その時に、出来れば他人の選択も尊重してあげる事。それがあるだけで、社会はかなり違ったものになる。

その後、1840年代のマオリとイギリス社会の関わり、ワイタンギ条約の成立の経緯などを、ゆっくりと説明していく。

彼女もワイタンギ条約の事はある程度学校で学んでいるようで、話についてこれる。

その間竜馬8歳は、鉄砲を持ってぎゃんぎゃん吠えながら居間を走っている。まあいいか。

写真は、先週のスキー場です。

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2006年08月15日

敗戦記念日

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敗戦  1945年8月15日。

 

日本で生まれて育った人にとって、この日が記念日であるというのは間違いない。ただ、どの視点から見るかによって、その意味は随分変わる。終戦なのか敗戦なのか?

 

 

 

 

僕にとっては、日本が戦争に負けた日であり、僕の父親にとっては、陸軍爆撃機の機関銃手としてニューギニアで戦い、すぐに撃墜されてその後5年間もニューギニア内陸部を逃げ回った期間の終焉だったにしか過ぎない。終戦が一日遅ければ、南洋の島で誰にも知られずに野垂れ死に、骨も見つからなかったかもしれない。

 

父親は敗戦後、投降。ボルネオに送られて、更に二年後、九死に一生を得て日本に辿り付いた。

 

正確な統計は分らないが、25万人がニューギニアに送り込まれ、生き残って帰った日本兵は13千人程度。それも、殆どの兵隊がマラリアに罹り、大きな傷を抱えていた。100人が送り込まれて、生き残ったのは2人もいないという戦いだ。

 

父親の例で言えば、彼は終戦後、鶏肉を食べられなくなった。おそらく人間の肉の味を思い出すからだろう。

 

そんな父の血を引いている僕の体には、食われた人の血も混ざっているのだろう。気持ち悪いと思うよりも、そんな、無念なままに死んだ人の血を引き継いで、日本人として生きている気がする。

 

新宿には東京都が作った戦争記念館がある。今年5月の出張の際に時間を作って観に行った。あれは主にシベリア送りになった兵隊や、満州から逃げて何とか日本の舞鶴港まで辿り付いた民間人たちの話。広くは無いのだが、見学に2時間程度かかる。写真、ビデオ映画、当時をテーマにした作品集などを見る。

 

「国家の品格」を書いた数学者の母親が書いた「流れる星は生きている」もある。

 

この記念館、普通に、すーっと、涙が出るし、父親の生き残ろうとした気持ちを感じる。全く日本人って、極寒の満州や極暑のニューギニアで戦い、全く日本人は、前後も分らないままよく戦ったものだ。本当に、日本人は凄いと思う。世界で誇るべき人種だと思う。

 

決して日本の戦争自体を誇っているのではない、単に、その戦い方の凄さに、国民としての自信を感じるのだ。

 

彼らには、主義も主張もない。とにかく国家に言われて戦ったのだ。少しでも日本が良くなるため、なんて考えてない人も多かったろう。運命に翻弄され、上司に言われたからやってるだけだが、打ち込むという点の凄さ。

 

でも、沖縄のまぶにの丘の記念館には比較すべくも無い。あそこの悲劇は、東京都には悪いが、桁が違う。あそこに行った後に、それでも民間人を戦争に巻き込もうと言えるなら、やってみろと言える。僕は本気で、そんな人を殺せる気がする。

 

死ぬまでにもう少し時間がある連中、例えば特攻隊は、それが家族の為と考えたろう。もうちょっと時間のある連中、例えば軍部上層部は、天皇(オヤジはいつもテンスケと言ってた)の為と言ったろう。鹿児島の知覧では、そういう記念館もある。

 

うちのオヤジが何を考えていたか知らない。戦後は共産党に加盟したのだと思うが、結局過激な人生を送っていた。平時にピストルや日本刀を持っていたのだ。

 

終戦記念日。

 

日本が武装するかしないか、それは、死人を前にして語るべきだ。空理空論を振り回すのではなく、「戦争はんた〜い」も聞きたくないし「国を愛してるでしょ」という言葉も聞きたくない。

 

武器を持つ事が戦争抑止に繋がるという事実や、武器を持たない事が結果的により多くの死者を出すという事実を、死者を前にしてどう見つめるか。

 

一年に一度で良いから、商売の為でなく、日本人として、過去の人々の死体の前で、自分が何をすべきか、考えて欲しい。

 

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2006年08月14日

カメハメハ!

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いつも竜馬君と遊ぶのが、カメハメハだ。二人で目が会うと、「カーメーハーメーハ!」とやってる。

 

ドラゴンボールを観てない方には意味不明だが、これはかなりすっきりする遊びである。怒りみたいな感情を両の手の平に集めて、右腰に拳を押し込んで、じわじわと力を溜めて、最後にばっこ〜ん!とやるのだ。

 

これはかなり気持ち良い。ストレスの多い方は、一度やってみると良い。自分の中に溜まっていたものが、すかっと飛び出す。

 

カメハメハ効果は、例えば駅の乗務員とかに教えても良いのではないか?彼らは最近、益々増加する、乗客から駅員への暴行に悩んでいるそうだから。そう言えば彼ら、乗客の暴力に対して保安要員を雇うみたいね。

 

雇用の増加という視点ではOKだが、日本人、そんなにストレス溜めてるのか?そんな、弱いもの同士が苛めあわないといけないくらい、辛い世の中なのか?同じ労働者だろ、喧嘩売る相手が違うよ。

 

まあ、本当は切符一枚200円程度のものを買って、それで駅員を怒る事が出来る、自分が何をしても良い、お客様は神様だと思い込んでる自分勝手な奴の問題、ひいては、そんな世の中にした政府の方針、というか弱い日本人自身の問題だと言えるのだが。

 

最近のある業界関連のお客からの問合せでは、まさにそんな感じがする。客は神様、でもそいつをいかに騙すかが商売、そんな歪んだ性格のビジネスをしながら、世間ではエリートと思われているから始末に終えない。俺相手にカメハメハ撃つなよ。俺は君の仲間になろうとしているんだぞ。

 

自分の思考回路でしか他人を判断出来ないから、何かと言えばかめはめは〜!おいおい、怒ってる君の姿、笑えるんですけど。

 

まあ、こっちでそのバカ片つけても良いんだが、それが俺の仕事か?なんて思ったりする。バカに向かって「バカ、ちっとは世間の常識持て!」というのは、どう見ても俺の仕事ではない。

 

そいつら、人格歪んでると思うが、それを指摘してトラブルのネタを作るのが俺の仕事ではないと思う。

 

でも、ついついカメハメハを撃ち返す俺がいる。ほぼ撃沈させる。

 

いずれにしてもカメハメハ。最近も知合いが発射したらしい。今度、その状況をゆっくりと聞く予定。

 

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2006年08月13日

日米同盟か東アジア共同体か?

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今朝のNHK討論は中曽根元総理へのインタビュー。随分年を取り、言葉も少し弱弱しいとこがあったが、要点に於いてはきちんと趣旨説明をしている。

 

靖国問題では、A級戦犯の分祀を主張。

 

その後、中曽根元総理が今後の外交や日本の方向性を語る。

 

日本と中国が東アジアの2大国家であり、日本のこれからの政策は、靖国や尖閣諸島等、一つ一つの問題をちまちまとやるのではなく、世界の中のアジアがどう安定友好的な、そして各国の独立をしっかり守れる地域を作るかという点から語っていく。

 

はっきり言えば、日本と中国の二強体制を基にして、南アジアのアセアン連合と提携する事で東アジア共同体を作り、今までの西洋中心の社会から、アジアがきちっとした発言力をもっていこうとする考え方の説明だ。

 

勿論米国は今も強大であり、日本が戦争で負けた国だから、従属関係をいきなり切る事は出来ない。しかし、今の米国に引きずられて大義のない中東戦争に巻き込まれ、アジアとも提携出来なければ、将来的な日本の安全確保が出来ないという主張は、明確だ。

 

インタビューの後半では、土性骨、根性という言葉が、ぽんぽん出てくる。やはり、自分の腕一本で政界を生き抜いてきた人の言葉は、力強いな。

 

さて、ここで考えてみたい。あなたは、日本が米国の従属関係を維持して、結果的に中東戦争に巻き込まれても良いか?それともアジアを中心とした大きな連合を作るべきか?どちらともうまくやれるという時期ではない。すでに今、判断が迫られている。ましてや、戦争ハンターイ等と無意味な議論の時期でもない。今が決断の時なのだ。

 

最後に中曽根元総理が言っていたが、「今年から来年は、大変な年になる」と言っていた。僕もそう思う。本当に、日本が戦争に巻き込まれる可能性が十分にある。

 

例えば中東が犯人のテロを東京で仕掛けられたら、今まで仲良く出来てたイスラムを敵に回して、米国と共同でテロへの戦いが広がるだろうし、そうなると今までのような治安は絶対に守られない。

 

また北朝鮮によるミサイル攻撃が発生すれば、それも米国との共同戦線で戦うしかないし、これも治安の激悪化を招く事は間違いない。

 

もっと簡単に言えば、60年間守りつづけてきた平和な日本が、遂に戦争に巻き込まれて死人が出るのだ。

 

中東戦争、北朝鮮問題等の喫緊の問題だけでなく、将来的な日本の立ち位置を明確にする為の、中国と米国への対応など、判断の時間は限られていると思う。

 

写真はニュージーランド富士、元エグモント山、今はマオリ語でタラナキ山と呼ばれている。

 

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2006年08月12日

死霊の夜明け remake版

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死霊の夜明け 「Dawn of the Dead

 

昨日、金曜日の夜はクライストチャーチのスタッフがオークランドに来た事をネタにして飲み会。要するに、理由は何でも良いのだ、飲めればって感じで、シドニーから来てる方も参加して頂いた。

 

途中から場所をバー山水に移して、しっとりとした雰囲気の中でオークランドのお化けが出てくる場所の話になり、盛り上がり。オークランドでもお化けの出る場所や、霊気のある場所がありますよ。でもま、そんな霊気を吹っ飛ばすような連中の飲み会ですから、笑い飛ばしてましたが。

 

いやまあ、当然のことだが、気の合う仲間との飲み会は、本当に楽しいし、寛げる。時計の針が12時を過ぎても盛り上がって、自宅到着は午前様だ。

 

いつも僕を自宅まで送ってくれるキースさん(72歳現役)というタクシー運転手が、今晩も無事に自宅まで送り届けてもらい(俺は荷物か?)、奥さんも、とりあえず泥酔状態ではないと言う事で、何とか自宅に入れてくれて(僕は自宅の鍵を持っていない)、就寝。

 

起きてみると、今日も天気は不安定だが、気温は15度くらい。本当に冬かよ。

 

午後からゆっくりと自宅で映画「死霊の夜明け」のremake版を観る。去年から観たかった映画で、3日前にビデオイージーで一週間レンタル2ドルを発見したので借りてた。おお、今回のゾンビ−は、よく走るな〜。

 

いや〜、やっぱり面白い。単なるホラーではなく、きっちり筋書きがある。20年前の初演の時も面白かったが、今回もきっちりと筋書きを踏襲しているな。人の生きるとか死ぬとかを、しっかり主題にしているって感じ。

 

日曜の昼間から、死人が起き上がって人の首に噛み付いて流血シーン連続の映画をどうやってみるかって感じだけど、やっぱりこの筋書き、よく出来ている。

 

人間なんて所詮死ぬんだ。死なない人間なんて今のところいない。だったら生きている事にどんな価値があるの?そう思いながらも、やはり目の前に死が迫ったら戦って生き抜こうとるす。その究極がこの映画かなと思う。

 

圧倒的な死人に囲まれながら、戦い、何とか生き残っていこうとする人々のストーリー。しょうもないと言われればそれまでで、そんな事現実にあり得ないよといわれれば、それもそれまで。

 

でも、生きていくって事が大変だと、再度認識させられる映画でもあります。これは僕の個人的な感想なので、他の人が観たら単純に「エグい!」としかならないでしょうね。

 

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2006年08月11日

ビジネスは信用なんです!

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欧米のビジネスの基本は、人は嘘をつくという視点から組み立てられている。だから紙に書いた文書を重要視するし、口頭の約束は全く無意味だ。

 

それに対して東アジアのビジネスは、人は嘘をつかないという性善説に基づいて構築されていると思う。というか、昔はそうだった、と思う。

 

 

 

製造業など日本の得意とする分野の技術系社長などは、性善説で行動しており、人と一緒に仕事が出来る。お互いに手の内を明かして腹を割って商売出来る人が多い。

 

ところが米国発の金融ビジネスが金融工学に発展し、オフショア取引、デリバティブ商品等が出回るに連れて、金融の世界は米国形式のグローバリズムに染まってしまった。

 

その結果、日本の金融業界は大きく揺さぶられて、それまで自転車で得意先を回って集金するのが仕事の中心だった銀行が立ち行かなくなり、外国の投資銀行に太刀打ち出来ず、次々と討ち死にした。

 

その頃から日本では一風変わった金融ビジネスマンが出てきた。彼ら、頭は良いのだが人間としての智恵が全く欠落していたのだ!彼らは形に見えるお金や裏切りは見えるが、助け合いとか他人の事を思いやるという感覚が、子供時代からのいびつな日本の家庭環境の中で全く育っていなかったのだ。

 

他人と関わって商売するのは自分が儲ける時だけ、それも利益は一円でも自分が多く取るという発想だ。

 

「それでよいじゃないか?実際に僕らの父親はそうやって、外国で商売をして外国の土地や畑を潰して工場にして、そこで公害が起こっても知らん顔で、せっせと日本に利益を持ち帰ってたじゃないか、それが今の日本の繁栄を作ったんだ。何が悪い?」

 

彼らは自分のやっている事に何の疑問も抱かず、他人と接触する際でも、常にお金を基準にして、西洋風に相手を疑う事を前提に物事を考える本能で成長してきた。

 

しかしそれは結果的に短視眼でしかなく、例えばガンダムの部分だけを一個づつ見ればちゃんと作られてて理論的にも合っているが、それを組み立てて全体を一個の組織として活動させようとした瞬間にクラッシュを起こして倒れてしまう理由が分からないのだ。

 

何故ガンダムが倒れるのだ?知識のある若者は一生懸命その問題点を細部に求める。AとBを合わせればABじゃないか。1と1を足せば2にしかならないよ。それなのに、どうして全体を組み合わせると動かないの?!

 

この、ガンダムを組み立てている子供には分らない。ガンダムを動かすのは人の愛であり、他人を信用してお互いに助けあう事が、1+1を3にするんだって事を。

 

1+1が3になるってのは相乗効果と言うし、助け合いが人間関係を円滑にする事で仕事が早く回る、組織が一本化されて効率が良くなるって組織論を知らない。

 

だからそんな人たちと移住カウンセリングをすると、時々疲れる。彼らの話している事は分るし、日本語としても理路整然。でもそこには、恐ろしいほどに冷たい理論と、自分がいかに儲けようか、いかに相手を突き落としてやろうか、そういう本能が、自分では全く認識しないままに剥き出しているのだ。

 

まるで薔薇の棘のように、本人は気付かない内に、相手を傷つけているのだ。

 

何が一番怖いかって、本人がその怖さ、他人を思いやる事でしか、相手を信用する事でしか世界が動かないという事を知らないという点だ。

 

西洋人の限界というか、子供のような経験しかない人は、自分の目に見えないものは一切認めようとしない。愛情や感情が理解出来ない。

 

勿論それ自体は問題ない。それも一つの考え方だ。でもね、性悪説の西洋人でも、ビジネスの基本は相手を信じる事だと知っている。中途半端に西洋人の「ビジネス性悪説」や「ゼロサムゲーム、俺が全部取るんだ、お前は負けだ!」という悪い点だけを吸収して、彼らの「家族を大事にして愛し合う」という事を吸収し忘れた若者。

 

中途半端に日本の「他人に対する思い遣りや優しさ」という伝統は捨てて、家庭を大事にしないという変な最近の流行だけは身につけてしまった若者。

 

世の中が助け合いで存在しているって言う基本を忘れているんじゃないの?少なくとも、NZまで来て人を疑って生きるなんて、僕は僕を信用してくれないお客様とは仕事出来ないな。

 

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2006年08月10日

山水で飲む

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一昨日に山水で、色んな人と酒を飲む。

飲むのが大好きで、話も大好きな僕としては、大変楽しい席だった。

やっぱり、一触即発、手に持ってるウヰスキーぶっ掛けてやろうかというくらいの飲み方って、なかなか出来ないよね。結局ぶっ掛けはなしで終わったが、そう言うば2年位前は、議論というか、しょうもないネタでお互いに興奮して、カウンターの椅子を持ち上げて人をぶん殴ってた事もあったな。

子供じゃないんだからと奥さんには怒られたが、今回は久し振りにしっかり飲む。

そこで思った。価値観の違う人がいきなり初対面で飲む時は、まずお互いに使っている言葉の意味を確定限定させる事が大事。

飲み会でも、ある二人が同じ言葉を使って議論しているが、どうしても話がかみ合わない。だって、その言葉の定義がお互いに全然違うからだ。

日本人同士だからと甘えずに、まずお互いに話している言葉が同じかどうかを確認する。定義を一致させた上で議論すれば、かなりの酒飲み議論は流血なしに収まるのではないか、そんな風に思った一晩。

おそらくこれって、他の状態(昼間の会議、デート、夫婦、etc)でも同じことだと思う。お互いに同じことを話しているようで、実は頭の中にある概念は全く違うのだと言う事が。

無駄を省く為にも、日本語の定義を一致させるってのが必要だなと思った夜でした。ともちゃん、店を忙しくさせてごめんね。

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tom_eastwind at 00:01|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月09日

ウォシュレット

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ウォシュレットはある会社の商品名で、当然登録しているのだろう、他の会社はシャワートイレ等という名前で販売している。

しかし僕らはこれを総称して、普段何と呼べばよいのか?というか、普通日本では何と呼んでいるんでしょうね、これ。

 

 

まあ、ジュリエットも、その名前が何であれ美しさに違いはないので、「これ」を、その商品名「マイクロトイレットシート」(蓋の裏側に商品名があった)という名前で呼ぶ事にしよう。

 

実はこれ、先月の月刊NZの広告を見て興味があり電話をした。

 

しかし、日本語の広告にも関わらず日本語が通じない!でもって英語に切り替えても、やはり相手の言う事はちんぷんかんぷん。英語の単語は羅列しているが、意味を成してない。

 

こりゃもしかして香港系かと思って広東語にしても、やっぱりだめ〜。最後に唯一、かろうじていくつかの単語を知っている中国語で話すと、やっと通じた。

 

でもって分ったのが、この人台湾から移住してきた商人さんで、台湾で仕入れた台湾生まれのマイクロシートと言う商品を現在ニュージーランドで販売中との事。

 

早速下見に来てもらう事になる。家によっては配線や温水が引けない場合もあるからだ。

 

台湾から来たおじさんは、いかにもおじさんって感じの小太り丸顔小柄で,ジャンパー羽織って渋谷の駅裏を朝方歩いてれば、確実に浮浪者の仲間入りをしそうな雰囲気を醸し出している。

 

一緒に仕事をしているのは、細身で背が高く、中国流ざんばら髪の若者。彼は中国生まれの中国育ち、要するに世界で中国が一番偉くて、中国は何でも一番で、だからこんな温水トイレを作った中国人は天才だと本気で思い込んでいる、英語が殆ど出来ない若者だという事が後で判明するのだが。

 

このマイクロシートは暖かい便座である。勿論お湯も出るし、性能は日本で市販されているものとほぼ同様。ただちょっと違うのが、中蓋の左側が1cmほど浮いてて、座ると沈む。その重みで人を判断するようで、日本のようなセンサーという訳ではない。

 

こりゃ面白い、早速試してみようと注文した。はい、お値段は取り付け価格込みで1,200ドルでございます。ふ〜ん、そんなものか〜・・・・ちょとまて!日本だとこいつ3万円くらいだよ!NZだと10万円もするんかい!

 

そうは思ったものの、注文した後に引っ込めるのはみっともない。衛生的な生活を過ごす為とか訳の分からない自分への言い訳をしながら手配を依頼した。

 

翌週、道具を持ってやってきたでこぼこコンビであるが、台湾人はよく喋り、日本人の市場はどうなんだ、俺はこれを売りたいんだとか、もう買ってしまった相手に営業をかけている。すると隣の若者は「おっさん、喋ってるヒマがあったらトイレを包装箱から出せよ、おめえの仕事だろ〜がよ」とまくしたててる。

 

おっさんは何故か下手に出てて、苦笑いしながら「おうおう、まっちょれ」みたいな感じで、どたばたコンビの作業開始。途中でも兄ちゃんは「お前は日本人か?どうだ、日本にはこんなトイレはないだろう、中国人の綺麗好きなのがよく分るだろう」と言ってくれた。

 

まあ、いちいち相手にしても仕方ないので、「この商品は良いよね」等と適当に相槌をうっておく。ここで相手の気分を悪くさせて、温水の代わりに硫酸水が飛び出したら、体の穴が一個増えてしまうからね。

 

取り付け作業は30分程度。トイレの中に電源を引いてきて(壁に穴を開けて差込を作る)、水の配管を二股にして、片方を温水用に接続したら終了。このへんは実に手際良い。日本人の作業を見ているようだ。

 

しかしまあ、工事中もおじさんはよく喋って、それも基本的に英語で話し掛けてくるから、基本的に何を言ってるか分らない。お互いにアジア人だから、主語と述語は省いても判るだろうくらいの勢いだが、あのねおじさん、誰が誰に何をしているのかしていないのかしたいのか、そういう基本的なことが分らない限り、あなたの言いたい事は理解出来ないのだ。

 

でもって、若者は何かと言うと、自分より目下の国である台湾のおじさんに威嚇的な態度を取る。これで一緒に仕事しているんかいな。

 

工事の終了時になると、おじさんが「あのさ、費用なんだけど、この若者と僕は一緒に仕事をしているんだけど取り分が違うんだ。悪いけどこいつには現金をいくらか払ってくれないか」だとさ。どういうパートナーじゃ。

 

結局作業は無事終了。これで寒い冬も何とか越せます。しかしニュージーランドで温水トイレを販売って、良いアイデアと思うんだけど、キーウィ生活文化には、ちょっと時期が早すぎるのかな。

 

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2006年08月08日

これって絶対リッチだよね。

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リフトパス一日券、大人が76ドル。

スキーレンタルセットが50ドル程度。

ホテル一泊185ドル。

つまり、家族4人でスキーをすると、一日で600ドル程度かかるわけだ。これに往復交通費や食事代を考えれば、一泊二日で1000ドル程度はかかっているという事。これだけ見れば随分高額なお遊びだ。

ところが先週のワカパパスキー場は、家族や若いグループで苗場状態。という事は、一体いくらの売上じゃい!?と考えたりするけど、もっと思ったのは、今のオークランドではこの程度の支出はそれほど大変ではないという現実だ。

オークランドは景気が良いし、物価の上昇よりも給料の上昇の方が早い為、市民の可処分所得が確実に増えている。去年の政府資料では平均的な男性の年収が3万3千ドルと言われていたが、すでに今年は4万ドルを超しているのではないかと思う。

これからの移住説明会では、平均収入を4万ドルと説明した方が良いな。

そう言えば先月行ったマウントハットスキー場でも、実にたくさんのキーウィ家族がスキーを楽しんでいたな〜。

ワカパパスキー場の麓にはシャトートンガリロというお城のような素敵なホテルがあるが、ここも週末はほぼ満室。あの〜、一泊500ドルくらいするんですけど、それで満室ですか?って感じ。

数年前までは、スキーは欧州から来たお金持ちの趣味として捉えられていたが、最近ではすっかりキーウィの生活に溶け込んで、リフト代やホテルでの夕食でさえ、キーウィにとっては楽しい支出になっているのだろう。

勿論1000ドルが大金!と思っている人たちもたくさんいるが、間違いなく高額所得者が増加しているのを、スキーをしながら実感してしまった。

写真は、雪山をコース間違えて引き返す途中に坂を登っているドラゴンボール竜馬。がりがりと山を登ってくる姿は、ほんとパワフル。

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2006年08月07日

スキー!

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いや、今年は雪の当たり年ですね。先週末はWhakapapaスキー場を初めて経験しました。

ごつごつの岩山に雪がたっぷりと乗っかっているという感じの山ですが、コースが広くて、あっちこっち随分遊べる山です。

あんまりきゃーきゃー言いながら下の子供(竜馬君8歳)と滑ってたら、彼はボーゲン直滑降がdaisukiなのですが、リフト待ちをしている身長180cmくらいのキーウィ男性を後ろから直撃、吹っ飛ばしてしまいました。

おかげでリフティ(リフト係)から一発レッドカードで、リフトから退場。。。

それにしてもうちのガキ、頑丈な体しているよね、でかいキーウィを跳ね飛ばしておいて、全然怪我もなくけろっとしてた。あいつ。もしかして筋肉の塊かもしれないな。大きくなったら気をつけないといかんな。

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2006年08月06日

アウェイ組(移住者)とホーム組(キーウィ)のスタート地点の違いについて

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最近の月刊NZ国内ニュースから抜粋:

 

*******

 

社会開発省が発表した国民生活水準白書によれば、76%の国民が「おおむね満足」から「非常に満足」な状態にあると発表した。その一方で国民の8%は「非常に困窮」した状態にある事が分った。

 

前回の調査に比べて非常に困窮の割合が3%上昇している理由についてポープ社会開発大臣は「物価上昇により公的扶助額が実質的に目減りした一方で賃金は上昇した為に所得格差が拡大した」と説明し「勤労世帯に養育費を助成する制度を導入する事により是正される」

 

*******

 

 

要するに真面目に働いている人は給料が増えたけど、手当てだけで生活している人は増えてないって事。だけど、手当てだけで生活出来るって、どんな国よ?それも一生、一度も働かずに政府にぶら下がって食っている「完全失業者」を抱えていながら国家財政が黒字の国って、どこにあるんだろうね?

 

てゆ〜か、みんなも頑張ればお金持ちになれるという事を実感している。失業保険にしがみいても十分食っていけるけど、それよりも働いた方がもっと食える、それを実感しているってこった。

 

だって5年前の最低賃金は7ドル程度、それが今年は10.25ドルだから、5年で50%以上の上昇をしている。毎年10%賃金が上昇しているようなものだ。

 

だから当然、失業率も低下している。

 

月刊NZからの抜粋:

**************

失業者数は3万9572人で、1982年以来4万人を割り込んだ。1999年には12万2000人もいたが、それを75%も減少出来た。

************

 

実は日本人でも同じで、地元キーウィのちゃんとした会社で就職した人や、独立してキーウィ相手に商売をしている人は、景気のよさを実感しているし年収も5万ドル前後までいってる。知合いのレストランもキーウィ客を相手にしているところは繁盛している。平日の夜で満席だからね。

 

 

ところが面白い事に、それでも「生活がきつい」「物価が上がって大変」という人々がいる。それはある一部の日本人グループだ。

 

「うちの旦那はいくら働いても給料が2万4千ドル程度(つまり最低賃金)、家賃や食費を払ったら残らないのに、生活費だけは高くなって、やんなっちゃうわ」から始まり、「ねえねえ奥様、それじゃあ生活費を切り詰める為の情報交換しましょうよ」と、堅い牛肉を柔らかくする方法や、日本野菜の代わりに韓国ストアの野菜で料理をする方法、挙句の果てにはサランラップを再利用する方法まで、インターネット掲示板での情報交換が実に盛んだ。

 

それ自体はどうこう言うものではないが、インターネットを立ち上げて文章を考えて書き込みをする、それだけの時間と労力があれば、何か仕事すれば?と思うのは僕だけだろうか?

 

どうも日本人は、愚痴を言うけど自分から何かするという事がない。どうしてか分らないが、だんなの給料が安いなら、地元の大学に行って資格をとれば、それだけで給料は上がるよ。「だって今の生活が」とか言っても、そのための政府の失業保険だしスチューデントローンでしょ。そこは堂々と利用させてもらえば良い。だってその後にNZの為に頑張るんだから。大学に行く2〜3年を我慢すれば、その後の30年の人生が安定するんだよ。

 

大体、移住してきた人がキーウィと全く同じような生活を、努力もせずに勝ち取ろうとする事がおかしいと思う。

 

だってキーウィは、スタートラインから違うんだよ。彼らは地元で生まれ親戚がいて、小学校から机を並べた友達がいて、地縁社会の中でしっかり守られて、英語も出来るしジョークも言える、どんなところにも入っていける人々だ。

 

そんなキーウィと、去年来たばかりで現地の習慣もジョークも分らないで、ましてや英語も分らないし地縁もない、そんな移民がこの社会で生きていこうとすれば、それはもう、逞しく働くしかないでしょう。そんな努力を横に置いて文句だけ言ってても、生活の改善はないと思うよ。

 

それよりも中国人や韓国人を見てみろ。失敗を恐れず独立して、実際に多くの人は失敗しているけど、それでも挑戦しようという気持ちがあるだけ立派だと思う。キーウィの会社でちまちまと安定した安月給のサラリーマンという道を選んでおいて、今更野菜が高いも何もあったものではないと思う。

 

移住者である僕らがキーウィ以上に働かないで、社会の下層に埋もれているのは自己責任ではないか。キーウィ並に生活をしようと思えば、最初の10年くらいは死ぬほど頑張って、それからのんびりすべきではないか?

 

柔らかい肉で美味しいバーベキューを友達と楽しみたいなら、まず頭を使って働こう。

 

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tom_eastwind at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月05日

ATM振り込み、現金10万円まで 金融庁

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朝日新聞記事からの抜粋だ。

 

益々締め付けが厳しくなる。金融庁の本人確認法を強化して、より一層個人資産の把握にかかるという事だ。

 

今まではATMで現金を送れば、本人確認の必要がなかった。つまり銀行口座で現金を引き出してATMに持っていき,そこで送金すれば誰が送金人か分らなかった。

 

  

これをテロ対策として、窓口で本人確認をしないと送金をさせないという事にすれば、たんすに寝ている現金や、帳簿に乗っていないお金を動かす方法がますます制限される。銀行を使って送金すると、今度はそれがしっかり記録に残るから、税務署がいつでも銀行に行って調べる事が出来る。

 

このような一連の法律の先にあるのが、日本国民の個人資産の確定と、それに対する課税強化である事は、一目瞭然。

 

本当にテロ対策だけなら、他にもいろいろなやり方がある。テロ対策に名を借りて、海外への送金規制強化、国内でも資金移動の把握をする事で、個人を丸裸にしようと言う作戦だ。

 

来年からこの制度が実施されれば、そのうち国内で「摘発される者」が急増するだろう。そして彼ら違反者は「売国奴!」等と呼ばれてしまうようになる。なぜか?それは、納税の義務を果たさないからだ!貧乏人でも高い消費税を払っているのに、税金を一円でも誤魔化すとは何事だ!不公平ではないか!という事になる。

 

勿論脱税をしていれば違法である。しかし当然殆どの日本人は、ほどほどにきちんと納税しているし、いくら売上を誤魔化しても多寡が知れている。

 

そして今まで税務署は「悪い奴から取る」という発想が強かった。

 

ところが今回は、税務署からすれば、そいつが「良い奴」かどうかは関係ない。国家の財布にお金を移す為に、合法的に個人の資産からお金を取るだけなのだ。本人の資産からすればほんの少しのお金を誤魔化しただけで、大衆に晒し者にされて資産を奪われる事になるのだ。

 

「な〜に、所詮民衆はマスコミに弱い。今の世の中は一部の金持ちと多くの貧乏人に二極分化しているから、マスコミの論調を「弱者向け」にして、「一部の金持ちが違法な蓄財をしていた!摘発すべし!」なんて論調で書いて、それにあわせて国税庁が金持ちを狙い撃ちすれば、多くの貧乏大衆は大喜びだよ。何せ日本人は嫉妬深いからね」

 

国税局は、これと狙った相手の過去7年の資金移動記録を全部調べて、すべての送金や資金移動を「違法な行為によって得た金を海外に隠した」等の罪で告発する。その際には、資産家の家や財産や車などを写真に撮って公開し、「悪徳xx、ついに逮捕される!」みたいな見出しにすれば良い。

 

「本人が正しいかどうか?そんなの関係ない。狙った獲物は、どのような理由を付けてでも、絶対に落とすのだ」

 

それから家族、例えば子供がBMWに乗ってるとかをフライデーあたりに流せば,後はハイエナ連中が飛びついて見世物にしてくれる。

 

すると貧乏人は大拍手だ。「やってくれました国税庁、いよ!正義の味方だね!」ということになる。当然少数派の金持ちは世論に弱いから、マスコミに叩かれるまま反論が出来ない。

 

その間にも金持ち向け資産課税を、「国家の発展には資金が必要!」とか「金持ち連中の違法蓄財発見!」みたいな名目で行い、通常の所得税50%以外にも、最終的に1400兆円のお金が、消費税、財産税、海外送金税など、様々な手段で個人から吸い上げて国庫に入るようにする。

 

最後の締めくくりは相続税で50%の税金を取って、はい、これで終わり、お疲れ様お金もちさん、頂くものは全部頂きましたよ、ごちそっさんという事になる。

 

いやいや、怖い仕組だ。マスコミと政府が組んで、一般大衆を操作して、最終的に国民の資産を国が奪い取る絵が、綺麗に見えている。住民基本台帳を今後更に利用拡大させて、課税の際の住民背番号制にするのもまもなくだ。

 

政府がここまで腹を括ってやるからには、国民もしっかりと身構える必要がある。

 

「私?私は関係ないわ、悪い事してないもん」なんて言う人がいる。でもそれは間違い。実はこれから先、理屈が通らない世の中になるのだ。

 

人は、何もしてないと思ってても、生きていく中で必ずいくつかの法律を犯している。最初は別件逮捕しておいて、拘留中に本チャンの罪で告訴するなんて、日常茶飯事だ。

 

自分が正しければ安全だと思ってる皆さん、それはトンネルの向こう、昭和の昔の日本です。これからは、正しいかどうかではなく、生き残る為の智恵があるかどうかがすべてなんです。

 

日本人やめますか?資産家やめますか?

 

おそらくこれからは、本当に究極の選択を迫られる人が出てくるだろう。しかし、最悪の選択は、何も選択しない事だ。敵が目の前に来た時にはもう遅いのだ。

 

自分が資産家と思ってない人でも、今回の送金改定の対象ですよ。

 

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tom_eastwind at 00:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2006年08月04日

日本の名誉の為に、亀田選手に再試合を願いたい。

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スポーツは興行であり、特にプロレス等は最初からスポーツと割り切って観てるから、結果的にお笑いでも腹は立たない。

しかし、古くはロッキーから最近では「シンデレラマン」まで、ボクシングというのは、もうちょっとマトモなスポーツだと思っていた。

言葉の通じない人同士でも、同じルールで戦い、血を流して勝敗をつける。野蛮なスポーツではあるが、男なら一度はやってみたいものだ。ラグビーも、危険度合は似たようなものがある。

最近亀田選手というボクサーがランキングを伸ばし、その背景にはテレビ会社がスポンサーについており、最終的には自分の局のお抱えのスポーツ選手を持って視聴率を伸ばしたい、ボクシング界からしても英雄を作る事で、ボクシングを広く一般に知ってもらう良い機会だと考えていたらしい。

この選手が作られた英雄であっても、それでボクシングファンが増えていけば、誰もが幸せ、被害者のない犯罪という事でOKだ。

しかし今回の王者決定戦では、いんちき判定により被害者が発生した。それは、いんちき判定で負けたベネズエラの対戦選手と観客、つまり日本人自身である。

加害者は亀田選手。プロのボクサーが見ても素人が見ても、間違いなくベネズエラの選手の優勢である試合において、亀田が判定で勝ってしまった。

亀田ではなくテレビ局が悪いと言う意見もあるようだが、今までの亀田選手の常軌を逸した発言を通して見れば、テレビ局のみの責任とは言い難い。

ホーム試合は地元選手に有利な判定が出るのは当然という意見もある。では聞きたい。ボクシングに於いては八百長を認めるのか?公平公正な立場で殴りあうのがボクシングなのではないか?一体ボクシングのどこのルールブックに、相手の国で戦う時はKO以外は負けになるなんて、そんな決まりがあるか?

この試合が日本以外の他国で行われていたら、誰もここまで言わないだろう。だって外国の人が決めた話だから、それを日本のルールで詮索するのはいかがなものかと、日本人独特の「控えめ」な態度で接するだろう。また、日本人同士の試合であっても、ここまでは怒らない。

問題は、外国からお客(ベネズエラの選手)を迎えて、身内の我侭でそのお客に迷惑をかけ、お客の地元の国の人まで怒らせたという事だ。これは国辱である。

他のコラムを見ても、読売などは自社の記事ではっきりと「試合内容は完敗」と書いている。それはそうだろう。これで普通に「亀田選手勝つ!」みたいに書いては、記者として真実を少しでも伝えるプライドが許さないはずだ。

記者も含めて、少しでも「日本民族」というものにプライドを持つ人は、今回の事件を恥かしいと思っている。

この事を日本人自身がきちんとけじめをつけて、再試合を組めるかどうか。

訂正の機会も反省の機会もある事件だ。考える時間も判断する時間も十分ある事件だ。これで日本人がけじめをつけられずにうやむやにした場合、日本人の倫理意識は失われるだろう。

倫理を守る事。それこそ「人間の条件」ではないが「日本人の条件」であると思う。法律には書いてないけど、日本人全体が共有する倫理、それは潔さと弱いものいじめをしないという倫理だと思う。みっともない事はやめよう。

このような事件は、下手な殺人事件よりも社会の倫理を低下させる。法律に触れてないからといって見逃してよい事件ではないのだ。但し言っておくが、僕は法律を守れと言ってるのではない、倫理を守れと言ってるのだ。

ネズミ小僧は江戸時代における盗賊だが義賊と呼ばれて大衆の共感を得た。法律ではなく日本人の倫理、潔さと弱いものいじめはしないという倫理は、日本人が古くから持つDNAだ。

スポーツの審判の判断は絶対であるという事も理解出来る。だから今回の亀田選手の勝ちを頭ごなしに否定はしない。しかし、再試合はすべきだろう。それも、韓国や中国などの第三国できちんとやって、勝っても負けても良い、日本は公平な国であるという事をきちんと世界に伝えるべきであると思う。

そうでなければ日本がどの面下げて中国や韓国と堂々と交渉出来るか?誰が恥知らずときちんと交渉してくれるか?

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2006年08月03日

「失敗とは、失敗から学べなくなった時である」

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それにしても全く、日本人とは失敗を恐れる人種だ。年齢性別に関係なく、みんな失敗を恐れている。

 

でも、科学者の実験などは常に失敗の連続であり、成功とは一番最後の失敗の次の実験なのである。だから失敗なしに成長などあり得ない。

 

面白い事に、失敗しないように気をつけている人ほど、失敗に弱い。逆に、いつも失敗している人間の方が腹が据わっているから、失敗してもすぐに手直しが出来る。

 

だからと言っていつも失敗していたら単なるあふぉ〜だが、失敗は適度に必要である。

 

この適度という奴が難しくて、秤で計量出来ないので、物事を白か黒かでしか判断出来ない日本人としては、ついつい「じゃあ一切失敗はしません!」という事になる。

 

それが良い方向に出れば、精度の高い工業製品を作り歩留まりを高めて高級な器械を作ると言う、誇り高い工業国家の支えになる。

 

 

でも悪い方向に出れば、学校でナイフを使わない、木に登らない、放課後の学校を誰にも使わせない、でもって何も危ない事を教えないから、プールの排水口の水圧の怖さも知らずに、子供が流れ込んで死亡したりすることになる。

 

僕は中学高校と、合計で6年間水泳部に所属していたので、排水口の水圧の怖さは良く知っている。あれば実に怖い。排水口の1メートル離れていると絶対に分らないのだが、50センチ程度に近づくと、急激に体中が接着吸盤に吸い付かれたかのように、ぎゅ〜っと体を引っ張り込んでくる。

 

目のすぐ上20センチのところには水面が見えて、水面の上の太陽までもくっきり見えて、プールの上でのんびりしている人の顔も見えるのに、体は排水口に吸い付かれてびくともしない。大衆の中の孤独ってのか、一人っきりの恐怖を感じて、体がすくんでしまう。

 

監視員はプールの監視をするくらいだから、水泳の経験はあるのだろう。でも、何が危ないかを学んでないから、排水口の蓋が取れてることがどれほど怖い事かを知らない。水泳をしているのに、危険を学んでないからだ。

 

適度な失敗は、子供の頃に経験してはじめて身に付くものだ。今回の事件、監視員が子供の頃に排水口の怖さを知っていれば、起こらなかった事件である。

 

この事件を受けて新潟では急遽プールを調査、排水口の蓋がしっかり閉まってないプールを閉鎖したという。行き過ぎとは思わない。

 

写真は、雨に濡れるスカイタワー

 

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2006年08月02日

旅行業は農業?

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自分の出身業界ながらこんな事を書くのもみっともないのだが、いつから旅行業は農業になったのだろう?

 

雨が降れば客が集まらない、SARSがあるから旅行が売れない、テロがあるから商売にならない、とにかくニュージーランドの旅行屋の殆ど全部が、天気や環境に振り回されているように見える。

 

売上が伸びない日本の旅行業界だ。旅行に行く人の数は増えているが、個人旅行の多くが旅行会社を通さずにインターネット等で直接現地のホテルを手配しているのが現状である。

 

航空券は、若いお兄ちゃんが働いているHISで買えばよい。何も偉そうなJTBのカウンターに行って買う必要もない。もっと言えば、航空会社が堂々と割引運賃を売るようになったのだから、HISでさえ必要ない時代が、いずれ来るだろう。

 

旅行業を支える付加価値とは、情報である。昔は国内旅行で選ぶ旅館一つも、旅行会社の公平な情報によらなければ判断出来なかった。顧客には判断基準が全くなかったからだ。

 

旅行の基本要素は、あご・あし・まくらである。

 

あご=食事は旅行で一番大事な要素、どこで何を食わせるかが旅行屋の腕である。北海道名物、かに料理を食べ放題!ってやつですな。

 

あし=移動手段です。昔は国鉄とバス、今は飛行機とバスと、時代は変わりましたが、移動出来なければ旅ではないのですから、いかに心地よい移動手段を確保するかが勝負。カラオケ付きのサロンバスが走り始めた頃は、週末の予約を取るのが大変でした。

 

まくら=人間は、寝ないと死にます?気が狂います?いずれにしても、安眠を保障するのも旅行屋の大事な仕事。どんな旅館でどんな効能のお風呂に入れるか、どこのホテルは治安が良いか、ついでにどの温泉旅館なら殿方が遊びに行けるか?どこの路地を入ればどんな店があってと、それこそ添乗員の腕の見せどころ。これこそ添乗員がまくらゲイシャと呼ばれた所以でもある。

 

と言う風に、旅の3元素でさえ、実にたくさんの知識が必要である。そしてインターネットの無い1980年代までは、この「知識の格差」が旅行屋にとっての付加価値であった。

 

ところが旅行雑誌が溢れるようになると、旅行屋が持っている付加価値がどんどん薄れていった。それに追い討ちをかけるように、航空会社がジャンボ機を導入する事で格安運賃が自然発生、旅行が質から量に変化し、付加価値ではなく価格が勝負の時代に突入した。

 

本来ならこの時点で、毎年一回しか出ない雑誌に負けない情報収集力で付加価値を付けて販売すべきだった旅行商品だが、結果的には新規参入の旅行会社のダンピング競争に晒されて、ツアーの陳腐化が始まる。

 

挙句の果てには、去年会社に入ってパスポートを取った事がないようなカウンターレディがハワイやヨーロッパを売るのだから、お客様はカウンターで聞く話と現地の様子の違いにびっくり。おまけに価格競争のため、一回のツアーでどれだけお土産屋を回るかが勝負の時代では、お客様の満足などそっちのけである。

 

「儲かるなら何でもやっちまえ!韓国のオンナは日本の男に抱かれたがってんだよ、彼女は外資稼ぎの戦士なんだ、旅行屋が協力して送客する事は国策である!」みたいなばかちんが台頭した時代でもある。誰も何も考えない。先の事を見通しもせず、その場その場の利益に阿鼻叫喚した。

 

その結果、買春ツアーは社会的に叩かれ(当然である)、量に走って情報提供が出来なくなった旅行業など、種付けできない種馬みたいなもので、後は新規業者の草刈場になってしまった。

 

誰もその当時、旅行会社を通さずにお客が手配する時代が来る等、思いもしなかった。しかし、その時代は来た。人は、2000年の昔からユビキタスを求め、それは実現に向けて進化するという事を忘れた人間への鉄槌である。

 

時代に取り残された旅行会社は、馬肉になるか羊の餌かってくらいの選択しかなくて、日本旅行はJRの子会社になり、東急観光は実質倒産、KNTは自社の資産切り売りで青息吐息。天下のJTBは会社を分社化して地域別賃金の導入、要するに大幅な人件費の合理化で今回の状況を切り抜けようとしているが、それもどこまで続くか。

 

産業自体が死にかけている時に、どうあがいても仕方ないと言うのだろう、ここ3年ほどの旅行業は、SARSやテロを理由に、だから売上が伸びないんだよね〜という言い訳ばかりだ。でも、去年から今年にかけての、特にニュージーランドでは伸びないどころか対前年で大幅な送客低下なのは、何が原因だ。てゆ〜か、原因探すヒマがあれば売上伸ばそうよ。文句を言ってても、誰も客を送ってくれないよ。飯をくれないよ。

 

あげくにニュージーランド航空からは中部路線を廃止させられて、その便は中国行きに回されて、ニュージーランド航空の日本スタッフは大幅合理化。

 

こんな状況になりながら、全く動きが取れずに空を眺めて愚痴るだけだったら、江戸時代の農民と同じじゃないか。長いものに巻かれろ、いずれお上がどうにかしてくれるさ、そう思っているのだろうか?

 

在庫も不要、設備投資も不要、すべては他人のふんどしで商売が出来る、そんな楽な仕事をしているんだから、頭くらい使え!

 

火を焚け!空を焦がして雨雲を呼べ!水を引け!災害に強い作物を作れ!どうしても駄目なら、土地を捨てて、もっと恵まれた土地へ行け!

 

でも、結局何もせず、農民の時間だけが過ぎていく。そして最後は、同じ愚痴だ。「お前は良いよな、いつも色んな事出来てさ。NZの旅行屋なんて、結局日本の取引先が動かないと何も出来ないんだよ」

 

それでいいのか?!

 

 

他人の事は言ってられない、僕の業界も日進月歩が基本だ。健全な危機感を持って常に目標を持って新規商品や新企画を練る。走り続けよう。

 

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2006年08月01日

知識の限界と智恵の無限

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知識の限界と智恵の無限

 

僕はどんなに苦しくても、絶対に苦しいと言わないようにしている。それは、苦しいと言ったり思ったりした瞬間に、人間の能力が収縮、低下するからだ。

 

 

 

「苦しいと言わなくても、苦しいモンは苦しいじゃね〜か」と言う事自体は間違っていない。でも、口に出して言ってしまって自分の能力が下がるようなら、言わない方がましじゃないか?

 

間違っているかどうかよりも、もっと優先するモノがあるはずなのだ。それが「生き残る」という事ではないか。

 

痛いとか苦しいと言うのは、困った状況に陥った時だろう。でも、そんな時こそ持てる力をすべて発揮して戦うしかない。だって、困った困ったと言っても誰も助けてくれないし、ましてやそれで能力が低下するのだから、言わない方が良いどころか、絶対に言ってはいけないのだ。

 

困ったと言うと能力が低下するかどうかという問題は、人によって違うのかもしれない。でも、恐怖を目前にして「立ちすくむ」という言葉があるように、普通の人間はほぼ、自分の常識以外の物体や現象を目前にすると、思考停止に陥り、動きが止まるのだ。

 

脳みそも同じ事で、例えばサラ金で金を借りて自殺する人は、それ以外の選択肢を見つける事が出来ないからだ。その時点で、すでに思考停止状態になり、視野が思い切り狭まっており、他の選択肢を探すよりも、最も手近で分りやすい、自殺と言う道に走ってしまうのだ。

 

どうせ死ぬくらいなら、サラ金に殴り込みをかけろ!あいつらは金儲け、こっちは命張ってるとなれば、そう簡単には負けないし、相手だって減額交渉に乗ってくれるかもしれない。駄目といわれたら、その時に死ねば良い。急いで死ぬ必要はない。

 

「いやいや、あんたら強いからそんな事言ってられんだよ。俺はもう、疲れちまったよ、このまま死なせてくれ」

 

そうか?それが本当に正しいのか?それは単に思考能力が停止して、一番楽な解決方法しか見えなくなっているからじゃないのか?疲れたのは生活ではなく、生き残ろうとする能力ではないのか?

 

サラ金で金を借りる人でも、見事に逃げ切ったり交渉して減額させたり、しっかり戦う人もいる。この違いって何だろう?

 

僕はそこに、知識の限界と智恵の無限を感じる。知識は学校で学ぶもので、10円に10円を足したら20円になると知っている。サラ金に年利200%で金を借りたら、借金が2倍になる事を知っている。だから、どうやって返済しようかと悩む。これは普通の知識だろう。

 

でも、そこに智恵があればどうなる?立ち止まって、生き残る為に考える智恵。

 

「ちょっと待て。こんな金利が大体OKなのか?てゆ〜か、払わなければどうなるのか?この国は法治国家だ。何か手段があるのではないか?」と、契約の内容ではなく、契約自体が正当かどうかを考える智恵。

 

弁護士に相談したりする時の恥の重さと、自殺する事の重さの比較。それが出来れば,選択肢は広がるのではないか?

 

香港あたりでは、サラ金の金など普通に踏み倒す。何故なら、金を返さねばならないという「間違っていない理論」は「生き残る」という理論よりも優先度が低いからだ。

 

それと同じで、有名な大学を出て立派な一流企業に勤めていて、知識がどれだけ豊富な人でも、美人局に引っかかって自殺する事もある。彼らが自殺に走るのは、色んな理由があるだろうが、大体の場合は、思考停止に陥るからだ。

 

どうせなら美人局に騙されたふりをしてダブルエージェントになれば良い。そしたら、美人の彼女とも遊べるではないか。奥さんに聞かれたら、それこそ「国家の仕事だ、我慢しろ」と言えばよい。

 

「いやです、国家の為に一生を棒に振るような事をするなんて!」というくらい根性なしなら、最初からよその畑に種まきするような真似はやめておけ。一生を棒に振るったって、棒を振った結果なんだ、諦めろ。少なくとも自殺するくらいのことではないぞ。

 

こんなエリートは、日常で智恵を使う訓練をしていないのだろう。智恵を使う訓練とは、自分のしたい事をする事で身に付く。例えば12時だから飯を食うのではない、腹が減ったから飯を食うのだという物事の本質を理解していれば、世の中の大体の事は見えてくる。

 

智恵を磨く事は難しくない。でも、多くの日本人は親の引いたレールの上で、あれは駄目これは駄目という教育を受けて育っているので、感情を我慢する事ばかり憶えて、結局楽しむ事や生き残る事の喜びを、つまり生きる智恵を失ってしまった。

 

だから最近の若者はよく「何で生きてるんだろうね?」なんて、究極的な質問をする。そりゃそうだ。子供の頃にきちんと感情を育てる訓練をしていないから、生きる事の喜びが分らないから。喜びは罪だ、そう学んだ子供たちが大人になれば、そりゃあ「何で生きてるのか?」って自問するだろうね。

 

我慢する事は大事だが、親の引いたレールを歩く我慢は「そうすればもっと良い生活があるよ、だから無駄な智恵は捨てなさい」という、智恵と引き換えの我慢だから、結局大人になった時に、組織の歯車としては有用だが、一人の人間としては全く生存能力のない状態になっているのだ。

 

死にたい人を止めようとは思わない。でも、苦しいとか死にたいとか思ったら、本当に思考停止してしまうよ。その前に、一つ大きく深呼吸をしてみな。楽しい事を考えてみな。それだけで選択肢が広がる。

 

写真は香港の海。このあたりのフェリーの船底には、博打で借金漬けになった人が海面からちょびっと首だけ出した状態で縛り付けられてた、という噂です。多分、本当の事だろうと思います、はい。

 

 

 

 

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tom_eastwind at 00:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌