2007年03月

2007年03月30日

大学病院のウラは墓場

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現役の医者による暴露本!と言うわけではない。タイトルは随分刺激的、さすが出版業界の突破者の幻冬舎だ。

 

ところがいざ内容に入ると、実際に大学病院の批判をしているだけではない。

 

この本が指摘しているのは、大学病院が象牙の塔に入り込んで一般の人々との会話をせずに安易な道に走ったため、今、日本の医療は崩壊の一途を辿っていると指摘する。

 

だが、そうなった理由には、政府による独立法人化だけでなく、それを安易に「世論の味方」みたいな顔をして政府のキャンペーンを繰り広げたマスコミにあり、更に言えば、そのマスコミが視聴率を狙って世間受けしやすい扇情的な記事を書かせた土壌を、最終的には世間にあると喝破する。

 

現場の医師であり、大学病院の教授の友達もいる作者は、遠慮会釈なしに、医療の待ったなしの状況を、具体的に描写している。

 

なぜ今小児科が減ったのか?なぜ自分の住む町でお産が出来ないのか?世間のわがまま、自分さえよければという気持ちが廻り巡って国民医療に打撃を与え、医師だけでなく国民全体に医療難民の災禍を与えている状況を、実に分かりやすく説明している。

 

例えば大学病院。大学では医学の研究を行い、現在治療出来ない病気を治す為に研究をする。薬や治療法を開発する過程では、当然安全は精一杯確保して、動物実験を行った後に、人間に対して治験を行う。つまり人体実験だ。

 

当然、実験されるほうからすればたまったものではない。しかし、誰かが実験に参加しなければ、その薬や治療法に効果があるのかどうか、副作用がどうなのか、誰も分からない。

 

治験には出来る限りの予防と、参加者への医療費の全額大学負担と、万が一の事故の際の事後補償を徹底した上で「人体実験」を行わなければ、医学の進歩はどうなるのだと訴えている。

 

至って正論だ。

 

誰しも最高の治療を受けたい。でもそのためには誰かが治験を受けて、医者による人体実験に付き合わねばならない。勿論それで効果が出て、病気が治ることが前提だ。

 

ただ、総論としては医療の進歩に賛成でも、各論としては自分は嫌だというのでは、一体どうしろと言うのだという、医療現場の声が聞こえるような、生々しい意見表明である。

 

『「あなたはこの薬の副作用で、もしかしたら病気になるかもしれません。でも、あなたの勇気と奉仕の精神が、あなたたちの子供の世代の病気を防いでくれるのです。事前の予防、治験中のすべての経費、万が一の事故の際の補償などすべて病院が面倒を見ますので、参加してください」と言って、実際に参加してくれる人は、一定以上のインテリで、かつ社会的精神のある患者に限られる』とは、作者が取材したある医者の話だそうだ。

 

他にも、なぜ産婦人科のなり手がないか、構造的な問題から捉えて、では今の日本の医療はどうあるべきかという点までしっかり自己主張を行っている、出色の一冊である。

 

啓蒙されていない世間に阿るふりをして、マスコミは政府と組んで日本国民をより奴隷の位置に落とし込もうとしている。しかし、そのマスコミワーカーも、いずれ医療の世話になるということを、どこまで理解しているのだろうか?

 

今の時代、50代の医者が集まると、自分が医者の世話になる世代になった時に怖いと言う。医者が技術を持たない時代になっているからだ。医者であるから、より現実的な怖さを知っているからこそ、自分がどの後輩の世話になるか、本気で悩んでいると言う。

 

怖い一冊だが、世間が目を開くために必要な一冊だ。

 

ただまあ、ここまでマスコミを馬鹿にして卑下してしまえば、取り扱う日刊紙も少ないだろうな。そういえば、最近は日刊紙よりも週刊雑誌の方が、良い取材をしているのではないかと思う今日この頃。

 

この本はすでにtom文庫にあるので、医療に興味のある方、是非とも読んで欲しい。

 

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追記:昨晩この本を書いたが、今朝の産経新聞のニュースである記事が掲載された。

 

ゆがめられた報告書…「結論ありきだった」

 

徳島の宇和島徳洲会病院で行われた病腎移植で万波誠医師(66)が訴えられたケースだ。この調査に携わった日本病理学会理事の堤寛(ゆたか)・藤田保健衛生大学医学部教授(55)が「多くの患者さんのために、私が発言しなければならない」と語る。

 

「万波医師の患者に向かう姿勢に深い共感を持っております。『すごい人がいる』が私の実感です。彼は患者に寄り添っています。よほどの自信と信頼がなければできないことです」

 

堤教授は専門委の討議の場でも、こうした考えを力説した。だが、報告書には盛り込まれず、翌日の新聞では「全員一致で全症例が否定された」とゆがめて報じられた。

 「びっくりしました。一体どうなっているのでしょう。私の認識と随分違うからです。学会とは融通のきかないものですね。それに輪をかけてマスコミはひどい」

以上、3月31日付け産経新聞より抜粋。

一番目を惹かれたのが下記の記述。実は全く同じ事を「大学病院の〜」で述べられている。

***********

ただ、万波医師は病腎移植にあたって倫理審査を行わず、カルテの記録もずさんで、患者やドナーへのインフォームド・コンセント(説明と同意)の手続きを文書化していなかった。これらは、新しい医療を行う上で致命的な誤りというしかなかった。

 「彼にもう少し欲があれば、科学的志向性が強ければ、まったく違う展開になったでしょう。残念です。でも、それがあの人の人となりなのでしょう」

***************

 

現場で医療に当たる人は、ただでさえ多い、医者がやる必要のない雑用に加えて、倫理審査やカルテや手続き等、どうしても後回しにしてしまう。目の前に死にそうな患者がいるのに、そんな手続きなんて、となるのだ。

 

ただ、その手続き上の不備だけを非難して取り上げる連中。

 

世間受けだけして自分の成績だけ伸ばしたい、何のために自分が存在するのかを理解さえしようとしない馬鹿なマスコミと、自分の任期だけ無事に終わればそれでよしという事なかれ主義の教授連中が、正義の医師を槍玉に挙げている。

 

患者のことを一生懸命考えて手術をしたら訴えられる、そんなんじゃやってられない、もう病腎移植をしないよと医者が言い出したら、今度はマスコミは何と言うのだろう?透析難民とか病腎難民とか言って、また医者を訴えるのか?

 

もう、いい加減にしてほしい、今の日本に一番必要なのは、痴呆構造改革ではないか?それにしても偶然とは面白い。本を読んだ翌日に、まさに小説を地でいく事実が発表された感じだ。

 

 



tom_eastwind at 18:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本  

2007年03月29日

チョイさん

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友あり。遠方より来る。

 

中国名でチョイさんと呼ばれる彼から、突然電話があったのは、自宅で夕食も終えてお皿を洗っていた昨晩8時ごろだ。

 

いきなり呼び出しがかかる。「今からシティに出てこない?」だって。はは、あいも変わらず気軽なもんだ。

 

 

クイーンズタウンに住む彼からすれば、グレンフィールドからシティに出てくるのは、クイーンズタウンヒルからショットオーバーストリートに出てくるような感覚なのだろう。実際には、電話でタクシーを呼んでシティまで行くのに30分くらいかかるのだが。

 

彼はすでに60過ぎで、突き出たお腹でゴルフは上手、クイーンズタウンで大成功したレストランのオーナーとして有名な人物だが、最近は店は奥さんに任せて、中国の株やニュージーランドの土地売買を中心に商売をしている。

 

今回はケンブリッジにある牧場の買収計画でやってきたが、どうも話がうまくまとまらずに、ケンブリッジに泊まらずにそのままオークランドにやってきた。

 

お気に入りの店「ロードネルソン」でステーキを一皿食い終わった彼は、更に突き出たお腹をぱんぱんと叩きながら、丁度お店に到着した僕を捕まえて「明日の午後の飛行機で香港だ、時間があるからどっか飲みに行こうぜ!」だって。元気良いね〜。

 

彼は中国がまだ孫文の中華民国だった時代に広州で生まれた。生家が裕福だったこともあり、それなりに良い生活を楽しんでいたらしいが、1949年の共産党政権成立により、中国では金持ちが生活しづらくなった。

 

更に追い討ちをかけるように、1960年代に始まった文化大革命に巻き込まれ、これ以上中国で生きていけないと決意した彼は、単身で香港に渡る。

 

渡ると言っても当時はパスポートは存在せず、要するに密航だ。月のない夜中に中国の沿岸から集団で海に入り、鮫のうようよする東シナ海を、香港に向けて泳ぎだす。

 

当時は多くの密航が行われていて、泳いでる最中に鮫に食われた人間は数知れず。途中で仲間が食われても、とにかく香港まで泳ぎ着くしかない。勿論鮫だけではなく、中国の巡視艇に見つかっても、その場で撃ち殺されるか強制労働所送りだから、死ぬという意味ではどれも同じだ。

 

体力の限りを尽くしてやってきた香港で彼は、イギリス政府から難民パスポートだけ貰って、ゼロから働くしかなかった。

 

朝から晩まで様々な職場で、安い賃金で働き、その合間を縫ってキリスト教会に通い、無料の英語レッスンを受ける。

 

当時の宣教師にはポールという英語名を付けられたが、後日彼は自分でウェインという名前に変える。

 

当時人気があった米国人俳優ジョンウェインの勇敢な姿に憧れて付けたという事だが、インディアン殺しでベトナム戦争を喜ぶような俳優の名前、今なら誰も付けないだろうな。

 

どっちかと言うと、下手な演技で米国の虐殺の歴史を面白おかしくしたジョンウェインよりも、除さんの生き方のほうがよほど凄まじいのだが。

 

独学で英語を身に付けた後、彼はダニーデンに住む親戚(1800年代半ばのゴールドラッシュの頃に移住してきた親戚だ!)の細いつてを頼って、香港から飛行機を乗り継いで、白人の世界に飛び込む。

 

そこからはテイクアウェイの、屋台のようなちっちゃな店を奥さんと二人で切り盛りしながら、折から始まったクイーンズタウンの観光ブームに目を付けて、クイーンズタウンに乾坤一擲の思いで、銀行から借金をしまくって店を立ち上げる。

 

1980年代後半のクイーンズタウンと言えば、日本人ハネムーンの超人気スポットだった。日本食もないし、中華料理と言えば彼の店一軒しかなかったので、これが当たりに当たった。客席数150席の店を、ディナーだけで3回転させたときもある。

 

そんな時に僕は彼と知り合って、日本人ツアーのコーディネートを専門にやったのが縁で、彼の店でワークビザ、そして永住権まで取得した、そういう長い付き合いだ。

 

彼はレストランで儲けた金で、それまで家賃を払ってた店を買取り、その後この店舗の土地の価値はうなぎのぼりに上がる。まさにビジネスと幸運と土地の値上がりと、一気に資産家に上り詰めた。

 

でも、その後も彼は決して無駄金を使わず、一生懸命朝から晩まで働いた。店の入り口のガラス窓が酔っ払いによって壊された時など、店の泥棒が入らないように、自分で入り口に寝袋を敷いて、ゴルフクラブ片手に一晩過したこともある。周りは「そこまでしなくても、金があるんだから警備員を雇えばよいじゃないか?」と言ったが、彼は聴く耳持たず。

 

それでも自分の趣味であるゴルフと車にはお金を使い、88年当時はAUDIの最新型を購入、ナンバープレートもAUDI88と付けたくらいだ。今はベンツのスポーツタイプを乗り回している。その辺の家一軒くらい買える位の車だが、彼からすれば、それは自分の趣味の範疇なのでOKだそうだ。

 

97年頃に彼が上海のデベロッパーに呼ばれて一年ほど上海で過した時のこと。最初、デベロッパーから手伝ってくれと言われた彼は「おいおい、突然言われても、クイーンズタウンから上海なんて簡単に飛行機の予約できないよ」と言うと、デベロッパーは「何言ってんだ、ビジネスクラスがあるじゃないか?」と答えて、それに喜んだ彼は「おい、tom、俺は今回はビジネスクラスで上海に行くんだ!」と、とてもうれしそうな顔をしたのを覚えている。

 

そんな彼と二人で行きつけのバーに顔を出す。このバーは、オーナーがもう10年近く変わらず、長い商売を基本とする彼からすれば、まるで同志を見つけたようで喜ぶ。

 

彼とはいつも日本、香港、オークランド、クイーンズタウン、どこかですれ違いで、会うのは1年ぶりくらいなので、お互いに近況の話をする。

 

彼には3人の娘がいるが、長女と三女はすでに白人の彼氏がいて一緒に住んでいる。次女は大学の特待生として台湾で中国語を勉強中であり、今年中には北京のニュージーランド大使館に勤務することが決まっている。

 

ちなみにウェインは自宅では広東語しか使わないので、娘たちは北京語が出来ない。なので、次女からすれば北京語は全く異なる言葉で、最初は大変だったそうだ。

 

ついでに言えば、彼の娘たちは広東語は話せるが、書けない。両親が忙しくて書き言葉を教える時間がなかったのだ。今でも彼は、それがちょっと後悔のねたらしい。もうちょっと子供たちと一緒にいる時間を作っていれば・・・・そういう感じが、話の端々から見えてくる。

 

僕が「お、それなら、優秀な中国人の彼氏が出来そうですね〜」と振ると、実にうれしそうな顔で「そうなんだよ、ほっとするよ」と言ってた。中国語が書けて読めて話せて、それでこそ俺の娘だ、そんな気持ちが伝わってくる。

 

彼自身すでにニュージーランドのパスポートを取得しており、キーウィ社会にどっぷり浸かって生活をしているが、それでもやはり彼は中国人であり、彼の故郷は中国だ。

 

だから子供には、出来れば中国人と結婚してもらいたいと考えているが、それを子供に強制することはしない。あくまでも子供の自由を認めているところは、あの年の人にしては立派なものだ。

 

彼からすれば、僕のようにアジア人同士の結婚なら、十分に許容範囲なのだろう。うちの子供の様子も聞いて、色々とアドバイスしてくれる。そんな時の彼は、人の良いお爺ちゃんだ。

 

日本人と中国人、近くて遠いようなお隣の国だ。お互いに憎みあったり喧嘩したり、時には文化交流をしたりするが、偶然という神様が、僕の人生と中国人の人生を、ニュージーランドと言う舞台の上で結び付けている。

 

彼とはそれからも色んな話をした。香港に住む兄弟や横浜に住む兄弟の話。ロスの従兄弟とウェインの家庭の間で、おばあちゃんが行ったり来たりして生活をしている話。ねたは尽きず、カラオケも進み、痛飲した結果、結局時計の針は12時を過ぎる事になった。

 

久しぶりに、安心して飲める酒。友あり遠方より来る、何故に飲まずや?

 

写真は、最近シティに出来たアパートメントホテル。キッチン付きで、短期でも長期でも滞在出来るので、一泊の旅行にも、数ヶ月の宿泊にも対応している。

 

ちなみに、こんなに明るくなるまで飲んでたわけではありません、はは。

 

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tom_eastwind at 18:14|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月26日

最低賃金上がる

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ニュージーランドの最低賃金である1時間あたりの時給は、4月から11.25ドルに上がる。年休も、今までは3週間だったのが4週間になる。3月までの最低時給が10.25ドルだったので、約10%の賃上げになる。それに年休が増えたのを加えれば、実質的に10%以上の賃上げと言える。

 

この背景にはニュージーランドの底堅い景気の推移がある。政府が予想以上の黒字を出し、企業が引き続き利益を出しており、お金持ちが増えている状況では、最低賃金を上げる事で貧富の格差を少しでも縮めると共に、企業による労働力の買い叩きを防ぐ事にある。

 

失業者に働く意欲を持たせる為に、働いた方が失業手当貰うよりも得だと知ってもらい、就職の機会を増やし、それでも働けない人にはセーフティネットを充実させて、社会の秩序を維持すると言う政策は、現時点では効果が出ている。

 

失業率は3%半ばだし、住宅と車を購入し終わったキーウィは、次の消費手段として高級レストランでの食事が流行り、客単価はここ数年で2倍近くに上昇している。高級レストランでは食事だけで100ドル、料理ごとのワイン付コースだと165ドル、それでも週末はお洒落なキーウィで満席になっている。

 

こういうのを見ると一部の日本人は「バブルでしょ?」と言う。

 

日本人は物忘れの激しい人種なのかもしれないが、では日本の昭和後半の景気はどうだったか?昭和30年代から60年代の日本の未曾有の好景気時代には、世界一の賃金を受け取り、世界一のサービスを享受したのは、僕ら日本人ではなかったか?それをバブルと呼んだか?

 

それは日本人自身の努力と共に、最初は朝鮮戦争による特需、そして1ドル360円と言う円安による低賃金を生かして、電気製品を小型化して米国と言う大市場に乗り込んで売りまくり、本家である米国RCAをテレビ事業から撤退さしめたほどの幸運に恵まれていたからだと言える。

 

その後も冷戦の最中には西側に付くことで核の傘に守られて独自軍隊を持つ必要もなく、米国に守られながら、その懐に深く食い込んで経済的利益を謳歌した。

 

1980年代後半になって国策の失敗によりバブルを招いて大失敗したが、少なくとも1985年くらいまでは、日本はバブルではなく、政治の巧妙さと、人々の勤勉さと、人口増加と、ちょっとの幸運の中で正常に発展してきたのだ。

 

今のニュージーランドが人口増加と北半球の治安の乱れによる景気であるのは間違いないが、だからと言って景気が悪いのかと言えばそうではない。理由は他動的要素であれ、景気が良いのは事実なのだ。

 

だから、バブルバブルと泡立つのではなく、素直にこの景気に乗っかって、不動産投資でも銀行預金でも、しっかり利益を得れば良い。引き際さえ間違わなければ、十分な利益が見込める。バブルで最後にジョーカーを掴んで大損したと言っても、バブルの初期でさえ利益を出した人はたくさんいるのだ。

 

要するにニュージーランドであまり欲をかかず、ほどほどに投資をして、北半球の戦争が終了する気配が見えて、移民法が厳しくなるのが見えたら、その時に投資を引き上げればよいのだ。

 

この辺のタイミングは、海外だろうが国内だろうが同じだ。海外だからやらないとか国内だからやるではなく、数字を積み上げてみれば自然と出てくる答えだと思うのだが。

 

いずれにしても、それが賃金にも反映されてニュージーランド全体で景気の良さを享受しているかと言えば、ここに「波に乗り切れない」アジア移民の問題がある。

 

アジアから移民としてやってきた人々は、今も最低賃金で働いている人が多い。移民と言ってもこの国が受け入れを始めたのは80年代後半であり、移民は今だ一世が殆どだ。だから言葉に不自由するし現地でのコネも縁もないから、良い仕事にありつけない。

 

また、白人であればCinCInなどの高級レストランで高いチップを貰って働けるのだが、中国人移民だと、どうしても言葉の通じる中国レストランで、厳しい中国人オーナーの下で働くしかない。そこでは白人が作った法律のウラをかいて、様々な形で低賃金労働が押し付けられる。

 

まあ米国に比べればその賃金差は比較的小さいのだろうが、それでもきつい仕事や安い仕事がアジア人移民に集中するのは、避けられない。特にここ数年のオークランドで目立つのは、建設現場で働くアジア系や中東系の移民である。

 

ホテルに行っても、ひげを蓄えた中東系や、専門学校を卒業したばかりの中国系が目立つ。

 

もっと苦しいのが、ニュージーランドで永住権を取得したものの、なかなか思った仕事に就けない日本人である。

 

30代半ばでやってきた彼らは、夢と希望を持ってやってきたのだが、ニュージーランドは技術、サービス共に随分遅れているから、自分が持つ技術はすぐに認められて、移住当初から高い給料と地位が保証されていると思ってくる。

 

ところが実際には地縁も血縁もない街では、経営者としても「見も知らないアジア人」を採用するには抵抗がある。どうせ採用するなら、友達の子供を高い給料を払ったほうがましだと考える。そのために、なかなか日本人移民には良い仕事が回ってこない。

 

なのでどうしても言葉の通じる日系企業で働くということになるのだが、それでは当初思ってたような高い給料も知的業務もない。

 

周囲のキーウィは、どうもたいして賢くもなさそうなのに何故か高賃金を貰っている。それに比べて日本の一流大学を苦労の上に卒業して、大企業に就職した俺が、何であいつより安い賃金なんだ?ってことになる。

 

ただ、ここで思い出して欲しい。日本で働く移民は、どれほど毎日一生懸命低賃金で働いているかを。ブラジル移民は日本に渡り何とか生活を維持しているが、それでも同世代の日本人から比べれば恐ろしいほどの低賃金だ。

 

ブラジル移民は思っているだろう、どうして同じ年なのに日本人と俺と給料がこんなに違うんだ?

日本人は言うだろう、言葉も出来ないし違う土地から来た赤の他人を雇うよりは、給料が高くても友達の子供を雇った方が、よほど気心が知れて安心だ、だって日本人同士だもん。キーウィも同じなのだ。

 

それでもニュージーランドは、最低賃金も含めたセーフティネットがあるので、決して食うに困らない。ただ、日本人として生活をするには少し不足してしまう。共働きが出来ればよいのだが、子供が小さいのでそういうわけにもいかない。

 

そうなると残された道は、ちっちゃな子供が大学を卒業して労働力になって家計に協力出来るようになるまでは、お父さんが朝から晩まで休みもなく一生懸命働いて(幸い多くのNZ企業では兼業可能)、年休は全部アルバイトに費やして、お母さんは安い食材を探して無駄が出ないような家計を運営していくしかない。

 

または、最初からある程度の金融資産を持ってきて、給料の他に金利で食えるようにするとか、最初から自宅を購入して生活費を削減するか、である。

 

どちらにしても、お金がないままに夢だけを持ってやってきても、ニュージーランドで天国のような生活を過す事は出来ない。

 

勿論例外もいる。僕が直接知っている人でも、資金が殆どない状態から数年で資産を作った人もいる。ただ、彼らは誰もが異常なほどの努力をして、幸運に恵まれ、仕事の目の付け所が良かったからだ。

 

また、家族に資産があり、それを自分に投資してもらい、そのお金で住宅を数軒購入して管理、投資額の3%程度の利回りで家族に対する返済を行うと言う方法で資産を作る人もいる。

 

ただ言えるのは、普通に日本からやってきて普通に働いて、それで普通にお金が溜まるほどニュージーランドは甘くないということだ。

 

移住をお考えの方、しっかりと経済計画を立ててからやってきて欲しい。

 

もし資金がなければ親から金を借りる。それを恥ずかしいと思うのではなく、親の金を銀行よりうまく回して儲けさせてやるくらいの気持ちで来れば良いのだ。

 

じゃあお金もないけど移住したい、そういう人はどうするか?簡単だ、ぶっ倒れるまで働け。一日の睡眠時間を4時間に切り詰めて、土日も仕事をして、出来るだけ早く投資資金を作る事だ。そうすれば23年で自己資金が出来る。住宅購入の頭金程度は溜まる。

 

後はわらしべ長者のように、すこしずつ確実に資本を増やしていくことだ。え?そんな大変なことって出来るんかって?

 

あなたのお父さんに聞いてみたらよい。昭和の日本人がどれだけ朝から晩まで働いていたかって事を。当時の日本人は、働くことに目的があったから徹夜しても翌朝は普通に会社に行った。過労死なんて言葉は存在しなかった。そして1980年代の「NOと言える日本」を作ったのだ。

 

世の中に絶対安全などない。ならば、腹を括って自分を信じて自分に投資してみることだ。

 

写真はビクトリアストリートから眺めるナショナルバンクタワー。

 

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tom_eastwind at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月25日

無限道

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週末の映画は、「departed」が一本目だった。

デ・カプリオ、マットディモンは、まあまあ好きな役者だが、それ以上にマークウオールバーグ、そしてジャックニコルソンの元気な顔が観れたのがうれしい。

元は香港の「無限道」って映画で、アンディラウとトニーレオンが主人公の、随分いけてた映画。それをリメイク、と言えば格好良いが、要するにぱくったのがこの映画。

だからストーリーはあまり拘らず、役者の演技を観て楽しんだ。それにしてもFワードが多いな。

その次は「真空地帯」。原作は野間宏で、山本薩夫監督の映画だ。当時唯一残されていた戦時中の兵舎を使って映画が作られただけあって、臨場感たっぷりだ。当時の世界に生きたわけではないが、親父の話と比べながら、はまって観た。勿論僕一人。家族に見せるには早すぎ。

「何が社会主義かも知らん馬鹿者共が社会主義を取り締まる、まさしく馬鹿げた時代だ」映画を観ながら僕自身がメモッた言葉。

赤狩りとか社会主義者の取り締まりとか言うが、警察の取り締まり対象である社会主義が何かを警察官に教えてしまえば、社会主義に感化されるから教えることも出来ないままに、反政府側の人間に「社会主義者」のレッテルを貼って逮捕するだけの、誰を取り締まるべきかは知っていても、何を取り締まるべきか分からん警察。

戦争ものと言うより日本作品の場合は「戦記もの」と言うカテゴリーで括られる事が多いが、特に有名なのが「人間の条件」だ。仲代達也主演の映画は、戦後の左翼思想が強い次代に作られただけあって、非常に重い映画だ。全6巻だが、これも見ごたえがあった。そういえば高校時代は、全6巻を一晩で観せてくれる、素敵な映画館もあったな。今はもう、誰も観ないのかな。

それから何故か竜馬君の希望で「Ailen」。これは僕もdaisukiなので当然同意。シガーニーウイーバーが、実に格好良い。時代を超えて観る事が出来る名作。

みゆきの希望で「Matrix」を観る。これまた一つの時代を創り上げた映画。

「日本沈没」は、家族全員から高い評価を貰いました。草薙くんの抑えた演技も良いが、何よりもCGが出来た事が、40年近く前の小松左京の原作を再度スクリーンでこの世に復活、見せてくれたって事で、うれしい。最後はちょいと観客向けかと思ったが、それでも十分楽しませてくれた。

それから「電通の正体」を読了。「週刊金曜日」の特集を別冊にしたものだが、高校の頃から読んでる本多勝一や、佐高信、大下英治が編集者として参加しているだけあって、思いっきり左巻きだけど、事実の部分を抜き出してみると、実に面白い。

あ、そうだ、Jグリシャムの「大統領特赦」、最後のぎりぎりまで良かったけど、最後の最後でおおこけ。何じゃこりゃ。

映画と読書に浸った二日間だが、まだまだ見残した映画や本が残っている。2日間で処理したメールは30数件。丁度良いペースだ。

それにしてもブログプロ、まだ修復してない。そろそろ怒るかも。

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tom_eastwind at 18:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月22日

個人面談

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日本から戻って、今週は面談や会議続きだ。

 

火曜日は7件面談、水曜は4件、それに通常の書類が机の上に乗っかってて、メールを開くと、待ってましたとばかりにど〜んと来る。

 

今週は日本の連休のせいもあるのだろう、お客様の訪問が多く、非常に充実した一週間となった。

 

 

とは言ってもまだ木曜だが、月曜日の昼過ぎにオークランドに到着してからずっと働いているので、木曜日の午後になって、やっと何とかオークランドに戻ってひと段落という感じだ。

 

去年大阪からやってきたご家族は、実にさらりと技能移民枠で永住権を取得した。あとは、今後の生活をどう構築するか、その打ち合わせ。

 

「全然簡単じゃなかったし、スムーズにもいかなかたですよ〜、一つタイミングを間違えれば、どうなってたか分からなかったですよ〜」と、今は安堵の顔で笑いながら語る彼女も、確かに申請の最中は、毎日いろんな事を考えていて、苦労をした。

 

今後は日本で学んだ知識を生かして起業を目指し、そのために必要な資格を取る事にした。勿論最初は仕事をしながらある程度生活を安定させる必要があるから、大体2年程度の長期計画になる。

 

でも、普通の若者が大学に通うのは4年だし、そう考えれば、30代の2年なんてあっという間だ。40歳になって振り返ってみれば「あ〜、あの頃はよく働いて勉強したな〜」って思うだろう。

 

静岡から家族で下見に来られたお客様は、日本で自営業をしており、その仕事はそのままニュージーランドに持ってきてやれるので(さすがインターネットは世界を小さくする)、ニュージーランドで会社を設立して、そこで日本からの仕事を貰い、自宅兼事務所で仕事をするという事になる。

 

このやり方はとても有効だ。日本の受注価格は、ニュージーランドで同じ事をして受注するよりも高い。そしてニュージーランドの生活費は日本より2割は安い。何よりも、残業やストレスがない環境で仕事出来るってが良い。

 

すでに去年、そういうお客様もニュージーランドに来ている。あるウェブサイトで日本在住の日本人向けに商品を販売しているのだが、販売している本人はすでにニュージーランドにいるにも関わらず、商品の購入と販売、代金回収、物流はすべてインターネットで管理している。

 

日本にいた頃には思いも付かなかったような早い時間に仕事を終わらせて、家族とゆっくり食事が出来る。

 

「こんな生活がしたかったんですよ」そう語る彼は、ほんとにほっとした顔を見せてくれる。

 

忙しい一週間だったが、明日の金曜日は面談予定がないので、たまった書類を片付けよう。

 

そして週末は、映画三昧だ。ジョニ黒(ジョニーウォーカーブラックラベル)片手に、日本から買ってきた「独立プロ名画特集」をがんがん観る予定。1950年〜60年代に作られた、山本薩夫や今井正の作品集9巻だ。見ごたえありそう。

 

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tom_eastwind at 16:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月21日

帰路の機内ではこう過ごす。

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帰路の機内では、徹底的に読書と映画にはまる。

 

ジョングリシャムの久々の新作「大統領特赦」。あいも変わらず筆が軽く、内容が濃い割りに、すいすいと頭に筋書きが入る。前回読んだ作品「テスタメント」は、最初から筆が重くて、あれ?いつものグリシャムじゃないなと思ってたら、やっぱり最後でこけただけに、今回は、良い。

 

米国の重犯罪刑務所からイタリアの田舎町へ特赦された男の話だが、国際的陰謀、米国内での政治的駆け引き、そこに絡む、お約束の弁護士。

 

いつものように軽く楽しめる上下2冊だが、ほぼ完読。

 

香港からの機内で、一本目はデンゼルワシントン主演の「デジャブ」。これって、ハインラインの「夏への扉」を彷彿とさせる雰囲気があるね。ワシントンは大好きな役者で、大体全部の作品を見ている。特に「John Q」は、世間の評価は低かったものの、僕的には泣けた映画の一本だ。

 

今回の作品でも、ワシントンは一番お似合いの「誠実で有能な」役を演じてる。途中に思いっきり複線を張っているので、酔っ払って飲んだら見逃すような筋書き。十分注意しなきゃ。

 

ただ、犯罪に巻き込まれた亡くなった若い黒人女性がビデオで振り返る場面あたりで、SF好きなら、お、こりゃくるぞと思わせるので、その意味では最初から分かりやすい。ちゃんと構えて、お、こう来たか、じゃあ最後の場面でこうなるなと予測される。

 

手袋一枚、血で汚れたティッシュの入ってるゴミ箱、フラッシュライト、一つ一つの小道具使いが面白い。

 

ただ、この手の作品は、最後の締めが難しい。案の定、ハインラインの時代を超えてない。越える方法はあるんだけど、それをやると「逃げじゃん!」と言うことになり、夢がなくなって、作品に見ごたえがなくなる。

 

この辺、難しいな〜。SFフリークなら理解できると思う。それでも作品全体は、場面ごとにワシントンの演技を見るだけで楽しめる、一度は観ておいてOKな出来上がり。

 

それよりもびっくりしたのは二本目。なんと「うどん」!ユースケサンタマリアが主演するこの作品が、何故かキャセイ航空のアジアプログラムの中に入っているのです!

 

ニューヨークの夜から始まり、香川県の実家に帰るユースケが、その後様々な経験をしながらさぬきうどんのブーム、そして定着を行うまでが、素朴に描かれていて、お金をかけなくても良い映画は出来ますね、このうどん、腰があって塩気もあって、最高!てな感じで楽しみました。

 

飛行機に乗ってる間だけは、とにかくPCも携帯も繋がらないので、酒をつまみに映画と本を徹底的に楽しみました。

 

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tom_eastwind at 14:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月19日

コレハヤマノテセンデスカ?

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大好きなsatonaoさんのブログを読むと、いつもほっとする。

彼の3日前のテーマは、ラーメンズのお話。

偶然取れたプラチナチケットで観る事が出来て、言葉の遊びに大うけして笑っている様子が描かれていた。ラーメンズ?誰?とか思いながら、ちょっとクリックしてみる↓

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Toys/3195/shinbashi.html

びっくり!何で今まで一度も聞いたこと、なかったんだろう?爆笑オンエアバトル、見とければよかったな〜。

satonaoさんは読書daisuki人間で、音楽や古い映画も好きで、言葉を操ることを商売としているが、そのプロ職人をここまで笑わせるねたは何かと思ったのがだが、あは!これは面白い。高尚だ!演劇だな〜。

意味のなさそうな言葉や、関連性のない言葉を使い、徹底的に論理性を追求してないように見えて、実は緊張感がある理論や言葉の選び方から、笑えてくる。

言葉を通じて、なぜその言葉をその場面で発したかで、その発信者のウラにあるものが見えてきた時の喜びっちゃ、こりゃ楽しい。「ただ、笑わせたいだけです」と言い返されそうな、このねた、おもしろいな〜。

言葉は、発する人の性格や考え方が良く出てくる。難しい言葉をたくさん知っている、大学合格技術としての知識は必要はない。小学校しか出てなくても、正しい時に正しい言葉を使えば、人は感動するし、総理大臣にもなれる国だ。だから、生きてる言葉の使い方と言う知恵の上に知識が乗っかると、これがすごく楽しいものになる。

言葉と言えば、数十年前の小説で筒井康隆が「乱調文学大辞典」というお笑い本を書いて、それを真に受けた読者から真剣な問い合わせが来たという話は有名だ。

言葉の選び方に思い切りひねりをいれたのだが、ただ、その当時は、真面目に受けた方が馬鹿でしょって世間の常識や、マスコミもちゃんと文章のプロであり、読めばお笑いか学問の雑誌かくらいは気づくので放置しておいたのだ。

言葉の天才とでも言うかな、とにかく当時僕は、この本を腹を抱えて笑っており、あんまり繰り返し何度も同じところで笑うもんだから、ある真面目な友達が「ちょっと見せて」と言うので渡したところ、1分もせずに怒った顔で衝き返してきて「こんな本は一生読みません!」と、かなり本気で言われた記憶がある。

言葉はそれほどに、人を怒らせることも、笑わせることも出来る。同じ場面で同じ話をしても、発信する人によって受け取り方が変化する、実に面白い言霊。

言葉の選び方が問題になる時代。政府は世間の程度に合わせて政治を行う必要がある。時代さえ違えば、問題にさえならなかったような事が問題になる。

言葉の理解力が低下したって言う良い例が、今回のあるある事件かなと思う。数百年前から日本人が伝統的に食ってるもんに特別なダイエット効果があるかどうかなんて、テレビの言う事をいちいち聞かなくても田舎のおばあちゃんに一本電話すれば分かる事が、分からなくなっている。

言葉を操るのが仕事の咄家は、その芸に磨きをかけて、最近の優秀な芸人は、更にその先の演劇に目覚めていくんだろうな。

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tom_eastwind at 20:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月18日

お代は見てのお帰り

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最近は上方落語の人気が出ているという事で、ちょいとうれしい。それに漫才芸人でも、きちんと言葉で笑わせてくれるコンビが増えてきたのも喜ばしいことだ。

 

今までは、どっかのリーゼント頭が相方の頭を引っ叩いたりけなしてりして(おまけに実生活でも女性をぶん殴るなど)、それを笑いと思っている漫才が主流で、人間が他人を馬鹿にして喜ぶと言う低脳で下俗な趣味だなと嫌気が差していたからだ。

 

しかしまあ、そんな連中のやってる「行列の出来る〜」お笑い番組で使われている法律ねたを本気で信じて実行する、「あるある」並みの視聴者が続出したら、どうするつもりかな。

 

まあいいや。

 

言葉は言霊(ことだま)、それをうまく操り、他人を笑わせて一時の娯楽を与えてくれると言う高級な技術は、何ともお洒落な商売だと思う。それに、笑いは病気を治すという効果もあるという話も聞いた事がある。

 

普通の男は、女性をちょいと笑わせるためだけに、高級レストランを予約して高いワインを注文して、前日に本屋で買ったコネタ本でネタを仕入れて、それで「さあ本番!」と臨むのに、笑ってくれない女性の多い事。まあ、金さえ払えば笑ってくれると思うほうもかなり寒いが。

 

男たちは高いお金を払って場所を設定して面白い?話をしても相手に聞いてくれないのに、落語家は、相手にわざわざ寄席まで来てもらい、ちょいと一時の話をして、ちょいとお客様を笑わせて、それでしっかりと一人3千円とかのお金を貰うのだから、そりゃすごいわ。話をするだけで金をもらえると言う人はどれくらいいるだろうか?

 

最近では、漫才でも自由入場形式でお客の前で話をして、面白ければ納得する金額だけお金を払うと言う「お代は見てのお帰り」システムが導入されている場所もあるようだ。

 

まあ、落語家の在庫はゼロだし売り切れもない。これは、当たれば良い商売だ。その代わり、毎日が戦いだろう。世間様のようなお休みもなければ、毎日がネタ仕入れで、息を抜く暇もないだろう。常に最新の情報と、人が思いも付かない切り口で物事を見る視点が必要だからだ。

 

面白かったらお金を下さいなという商売は、落語に限らず神社の夜店でやる「轆轤首(ろくろくび)」とかでもある。

 

「さあさあみなさん、お時間のある方は是非ともこちらへどうぞ!親の因果が子に祟り、生まれてきたのがこのこども〜」で始まる縁日の旅芸人や、「はいはいそこ行くお客さん、おおいたち、見たことありますか!?お代は見てのお帰りで結構ですよ!」とやって、それならと物珍しさに入ってきたお客は、大きな板に付いた血を見てびっくり仰天。

 

金を払うかどうかは本人次第だから、これもありなのだろう。

 

日本ではこのように、元々「後払い」と言う仕組みが存在している。企業同士の取引でも、3ヵ月後の後払いとか約束手形等が常識だ。何故なら、島国では相手が逃げるとかあり得ないし、金を払わずにしらを切るなんて事をやったら、地縁血縁社会の日本では、誰にも相手にされなくなるからだし、もっと言えば、支払う方は誠実だという日本独特の環境があるからだ。

 

ただ、国際取引においては「お代は見てのお帰り」では成立しない。

 

その最たるものに旅行業があるだろう。例えばあるご夫婦が南米一周旅行で15日間の旅を楽しみたいとする。そうなると代金は一人30万円以上だろう。

 

海外旅行は様々な手配の組み合わせだ。まず飛行機が飛び、ホテルを予約し、レストランの席を予約して、バス、日本語ガイド等、南米各地の細かい手配が必要になる。

 

飛行機やホテル、レストランと言うのは設備産業であり、例えば航空会社なら、彼らはまず自己投資を行って飛行機を買って空港と契約して莫大な事前投資をする。ホテルも同じがだ、この業界に共通するのは、彼らが売っているのは「ある日のある時間」であり、「その時」が過ぎれば在庫がゼロになるリスクビジネスだという事だ。

 

洗濯機やテレビ等の家電製品なら、今日売れなければ明日売ればよいとなるし、レストランなら食材を明日使うこともできる。が、旅行業界では殆どの商品が、今日売れなければ明日は在庫としてさえ存在しない。時間が過ぎれば在庫が消滅するという商売だ。

 

だからそのリスク回避の為に先払いという仕組みが、当然出てくる。

 

だから、例えばオリンピック開催地のホテルや入場券は、旅行会社は2〜3年くらい前から仕入れを行ない、支払いもするが、ホテルの部屋は仕入れと言っても形はない。あくまでもホテル側の「あなたの予約を受け付けました」という確認書のみである。

 

払うほうからすれば、「ふざけんな、そんな2年も3年も先の、口先だけの約束で何十万円も払えるか!」という事になるのも、それなりに納得出来る。入場券もしかり、そんなオリンピックなんて、国際情勢が変化すれば取りやめになるかもしれないし、日本チームが参加出来なくなるかもしれない(モスクワオリンピックみたいに)のに、金なんて前払い出来るかって事だ。

 

しかし、ホテル側からすれば、オリンピックが開催されれば確実にホテルの部屋は需要があるし高く売れる。

 

もし前払いしてくれるお客と、当日宿泊してからでないとお金を払わないと言うお客がいれば、何せその日が過ぎてしまうと在庫さえ残らない商売だから、そりゃあ前払いのお客を選ぶ。

 

ましてや海外から来る客なんて、どう代金回収をすればよいか分からない。だったら、お金を先に貰わないとやってらんね〜よということになる。

 

何せ現地到着の数日前になって「やっぱり行くのや〜めた、金も払わん」となると、簡単に第三者に転売出来るものではないような商品だから、まるまる損をしてしまう。だからどうしても前払いという仕組みを導入せざるを得ない。

 

これは、言葉を変えて言えば、西洋ではサービスを提供する側とサービスを受ける側が平等であると言う考え方が根底にある。私はリスクを背負ってホテルを作った。ならばあなたも金を先に払うと言うリスクをいくらかでも背負って欲しいという事だ。

 

商取引の平等と言う観念がない日本で「お客様は神様」神話がある中では、前払いを要求することは非常に難しい。

 

東京の、外国人がよく利用するテルのレセプションのチェックイン時によく見かける光景が、例えば九州の山の中から出てきた雰囲気の日本人が「おい、カードギャランティって何ば言いよっとや?俺が金ば払わんで逃げるとか思っと〜とや!」と怒る場面である。

 

これは、九州人(例ですよ、他の地方でも同じと思いますが、あくらまでも、例です)はちゃんとサービスを受け取れば、ずるいことなど考えずに代金を払うと言う「支払い側の誠実」が大前提、常識として存在するから、泊まる前に金を払うという仕組みは、「俺の誠実心が信用出来んのか?」と、まるで疑われたような気持ちになるからなのだ。

 

ただでさえ短気で面子を大事にする九州人に向かって、「実はそうなんですよ、あなたを信用していないんです」と本音を言えば、おそらく喧嘩になるだろう。

 

しかし、事実はそうなのだ。ただ、だからと言って怒らないで欲しい。何故なら国が違えば、「何?前払いしなくて良いのか?それなら泊まってから払わずに逃げればよい」とか「漫才を見て楽しんで、お代は払わないよ、これ当然!」と言う常識も存在する。支払い側が不誠実である事が前提の国も、世界にはあるのだ。

 

ならば、ホテル側としても自分のビジネスを守るためには、前払いとは言わなくても、少なくともカードギャランティーはして欲しいということになるのは、当然ではないだろうか?

 

「わたしゃ海外なんて関係ないね、一生行かないし、外人さんと話すことなんてないからね」と、水上山地の人気のない農家で生活をする80歳のおばあちゃんが前払いなんて!というなら、これはそれなりに納得出来る。すべてがドメスティックだから。

 

でも、海外に目を向けるなら、海外企業と取引をするなら、顧客と企業が平等であると言う厳しさも同時に学んで理解してもらいたい。英語を学ぶのは手段であり、英語を通じてそのような「日本とは違う世界」がある事を知ってもらいたい、それが本当の国際理解に繋がるのだから。

 

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tom_eastwind at 00:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月17日

法の適用の不公正さについて

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もう去年から諦めてたけど、またやってくれましたね、日本政府。

 

日興コーディアル事件は、その内容はライブドア以上の粉飾決算にも関わらず、誰も逮捕されず、誰も起訴されず、誰も罪に問われず、会社も上場のままという、やっぱりねという幕引きになった。

 

何でこうなるの?答えは簡単で、お上に頭を下げて言う事を聞くなら違法でも許す、逆らうなら国策捜査をやって、どのような理由をつけてでも潰すという、中国共産党もびっくりして、思わず「師匠、すごいっすね!」と手を叩くような政治技術が、今回も発揮されたと言うことだ。

 

勿論シティバンクが買収するとなって、買収価格が安すぎるからそうはさせじと上場維持をさせて高値で株を買い取らせようという魂胆もあるだろう。

 

だが、もっと長い目で見れば、例えシティが買収したとしても、それは厳密な意味での外資ではない、日本の会社の本当のオーナーは政府ですよ、お上に逆らえばいつでも潰すよ、お得意の国策捜査で何かのねたを穿り出して上場廃止にして、高い金払って買った株券を紙切れにしてやるって脅されれば、誰だって本当のオーナーが誰なのかを理解する。

 

これで政府は益々民間企業への発言権、と言うか支配権を強めて、またも昭和の時代の護送船団方式を再開するのだ。日本株式会社証券事業部日興コーディアル部門の完成である。株を持っているのが誰でもかまわん、日本政府の手の中でやるならOKなのだ。

 

日本では法律で企業を取り締まる必要はなく、省通達と言う、実際には法律よりも強い手段で民間企業を支配出来る手段がある。

 

法律だと適用の方法について裁判所で議論される可能性もあるが、通達であればあくまでも民間への「指導」なので、法律上の強制はないけど実質的に法律以上に強制力を発揮できる。

 

実質的に法律よりも強く、役人の独自判断で何でも決定出来て、なおかつその責任は民間企業に負わせることが出来る通達と言う仕組みは、実に良く出来た官僚支配制度だ。権利はあれど責任はないのだから、作った方がやりたい放題だ。

 

「おい、お前の会社は、本来なら御用取締りで廃止になるところを、俺が助けてやったんだ、だからこれからもちゃんと言う事を聞けよ。そうすれば、悪いようにはせんからな」

「へい代官様、よく承知しております、つきましては粗品で御座いますが、靴箱に入れた現金、どうぞお納めくださいませ」

「ふふふ、お前も悪よの〜」

「いえいえ、お代官様こそ、誠に自己保身と出世のみに長けており、その為に法律の公正が守られずに国民がどう思おうと全く考えない、立派な悪でございますよ〜」

「ばか者、国民等一ヶ月もすればこのような事件は忘れるわ、法の公正などあるものか、法はわしが作るのだから、わしの使い勝手に良いようにするだけじゃ、ははは〜!」

 

しかしまあ、去年あたりから官僚の締め付けは、あちこちで感じる。規制緩和、構造改革といってたのが嘘みたいに、また元のもくあみ、じゃなかった、元の日本に戻り始めている。

 

特に海外送金の問題など、自分が持っているお金をどこに送ろうと自分の自由なはずなのに、いちいち送金目的を聞いて、気に食わなければ送金させないなんて話も聞く。「当行ではお取り扱い出来ません」とすべての銀行に同じことを言わせば、それで会議送金は実質不可能になる。

 

おいおい、お前は一体誰のために働いてるんだよ銀行さんって聞きたくなる。聞けば正直に言うのだろか?「はい、政府やお上のためです」って。

 

大体政府からしても、君らは国民のために働く公僕であるという意識が全くない。政府さえ残れば国民はどうなっても良いのか?民敗れて国家ありなんて、世界がちっちゃくなった今、そんなものは通用しない。それとも、国民はどれだけ虐めて不公平で不公正なことをやろうと、絶対に逆らわないと踏んでるのか?

 

国家は突き詰めて言えば民間会社の延長であり、政府が売ってる商品は治安と公平公正だ。その商品が悪ければ誰も買わない。

 

国民はお客様だ。お客は、嫌な場所には住まない。今の時代、国民を無理やり日本に留めるなんて権利は、結局政府にはないって事が、肌に染みて理解出来てない。だから今回みたいな横車を平気で押してくる。

 

そりゃ政府からすれば、1400兆円の赤字を抱えて大変な騒ぎだから、国民の大事なお金を海外に持ち出されれば、折角自分がパクるつもりだった個人資産が逃げていってしまうので止めたい気持ちは分かるが、それって公平か?

 

政府が一番保証すべき、法の下での公正公平が全く守られてないじゃんか。

 

国民から税金の名目でごっそりと金を取り、それだけじゃ足りなくて老齢年金切り捨て、健康保険自己負担増加、障害者切捨て、大手法人への税務署による強制取立てなど、大体自分が赤字を作っておいて何で個人や民間企業に負担させるのか、全く意味不明だ。

 

やってるほうからすれば筋は通っているのだろう、権利はあれど義務はなしってもんだから。でもそれは、世間一般からすれば「ばかやろ〜、ふざけんな!」って事にしかならない。

 

今回の日興コーディアル事件では、さすがにマスコミも「それで良いのか?」と言ってるが、これも一種のガス抜きだろう。一応建前では反論した事にして、実際は誰もそれに対してNOとは言わないのだから、政府からすれば「一ヶ月もすれば忘れるんじゃ、馬鹿な国民はの〜、は〜ははは」である。

 

こうなると、忘れるほうが悪いのかとも思ってしまう。

 

竹中平蔵が「構造改革とセーフティネットは同時にやらないといけない」とあるインタビューで発言していたし、まさにその通りだと思う。経済の活性化とセーフティネットは、ニュージーランドに置いてはセットで行われている。だからこそ経済が伸びている今、毎年10%近い最低賃金の引き上げが行われている。

 

ところが日本では、国民に綱渡りをさせて、そっから落ちる国民に対してはセーフティネットを用意してない。それどころか、今までは落ちても下は海、助かる可能性もあったのに、これからはコンクリートを敷き詰めてしまえということだ。

 

今までは小泉と竹中にやりたい放題にやられてた。だが彼がいなくなれば、次の安倍なんて子供みたいなもんだ、適当におだてて空を眺めさせておいて、その間に各省庁が通達や何やらの方法で足元を全部すくってやれって事だ。これからどれくらい省益が優先されて国益が無視されるのか。

 

米国や中国が強いのは、どれだけ内部でトラブルがあっても、国益を守らねば省益が守れぬと言うことを肌で知っているからだ。

 

日本の場合、省益のみが優先されて、国家の力がどんどん落ちていってる。その事の危機感を、誰も肌で感じてない。今の国家を動かしているのは、敗戦と米国占領を知らない、バブルのよき頃の恩恵を受けた甘ちゃんばかりだ。まったく、どこまでいっても甘やかされた二代目っちゅうのは、使えんな〜。

 

今は世界中で国家同士が競争している。より多くの優秀な人材を集めて国家としての力を付けようとしている。そんな中で日本だけが、あいも変わらず国民から搾り取ることだけを続けている。その環境にいつまで我慢するのか?

 

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2007年03月15日

個人面談

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連休は個人面談が集中する。オークランドに戻るのが3月19日で、その日から面談が入っており、この週は過密な予定。

下見は、やっぱり日本の連休に来るのが一般的だ。今度から日本の連休はずっとオークランドにいるようにしよう。

 

今日の夕食も「男性お一人様」だったが、料理自体はとても美味しくて、飯が美味しく食える幸せを感じた時間だった。

そうそう、おとといの夜は、その前の晩に飲みすぎたので食事のパターンを壊してしまい、せっかくの「男性お一人様」だったが、料理に集中できずじまい。これで3日連続「お一人様」だが、これも結構料理とお酒に集中出来て楽しい。

食べ物、サービス、日本は良いよな、国民が創り上げた仕組みって、本当に世界に誇れると思う。

でも、同時に今の日本を支配している人々がこれだけ暴走して、そのうち書くけど日興コーディアル事件の処理とか見てると、もう、どうしようもない恣意的な処理の連発で、法治国家とは到底呼べない状況だ。

マスコミがどんどん書けなくなっているのは、現場の記者の知識が偏っているせいもあるが、上層部も政府から圧力を受けて書けなくなっている。

日興事件ではマスコミも少し騒いでるが、タミフルは一日書いただけでもう沈静化。庶民である鶏農家のおじいちゃんだったら、殺すまで記事にするのにね。

その反面、ウェブが伸びている。発信の自由さという点で、皆が自分の立場から意見を述べているだけでなく、マスコミが発信出来ない情報がてんこ盛り。

ただ、ウェブの弱みとは、積極的に自分から取りにいかないと情報が得られないと言う点だ。

テレビや新聞は、その点受身である。自分で考えなくても、相手が「はいはい、これが今日の大事なニュースですよ、しっかり読んでね」と教えてくれる。

情報に対して受身でいるという事は、相手任せの状態であるという怖さを感じないまま、テレビや新聞に流れた情報だけを受ける人々は、この先日本が「普通の国家」になった時に自分が被害者になって、初めて後悔するのだろうか?

ちょっと興味がある。でも、命あってのものだねだから、後悔はしたくないね。

ウェブの情報が千差万別百花繚乱の状態であり、その中から正しいものだけを見抜く力は、そのうちグーグルなどの検索機能で出てくるのではないだろうか?

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2007年03月14日

堤防

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新幹線で品川を出ると、途中で大井川とかあちこちの川で堤防が目に付く。東京都内にも堤防はたくさんあるのだろうが、日頃仕事で回る汐留や恵比寿ではあまり見かけることがない。

 

僕は、山を切り開いて人工的に作られた団地の育ちなので、治水とか堤防と言うものに対する理解が薄い。

 

伊勢湾台風など災害の多い日本では、江戸時代の頃から加藤清正のように、戦争にも強く築城も出来て、そして治水が出来る政治家が優秀と言われて、実際に中部地方では治水が大きな政治問題だっと言うことだが、九州の田舎育ちでは、やはりぴんとこない。

 

大体、川の水位よりも低い土地があるってのが不思議で、「だったらそんな場所に住むなよ」と思うのだが、住んでる人からすれば「イラン世話」なのだろう。狭い土地を有効活用しなければ、1億2千万人が住むことは出来ない。今更国土が狭いからと、満州を再開発するわけにもいかないしね。

 

ニュージーランドにも川はたくさんある。数年前は北島のワイカト川が氾濫して、川に沿って走る国道が水没して、牛が水死するという事件があった。

 

でも、そんなのは頻発する事件ではないし、その事件の時も、川の氾濫に対する驚きよりも、航空写真で見たワイカト川周辺の湖状態の景色に思わず「ほ〜、すげえな」と思ったくらいだ。

 

洪水が引いた後にお客様とロトルアに行く途中、バスの運転手が明るい声で「ほら、ここらあたりが水浸しになったんだよ」とマイクを通して話しかける。

 

おいおい、君は洪水の間、仕事がなかったんだよね、随分楽しそうに話してるけど、生活感、漂ってないね〜と、思わず笑ってしまった。

 

結局、水が自然に引くのを待って、道路が再開されたが、その後も何の工事も行われずじまい

 

これに限らず、ニュージーランドでは自然災害に対して「笑って過ごす」傾向があると感じる。日本だとすぐに「政府の管理が杜撰!」とか、誰かの責任にするが、ニュージーランドではあまりそういう事は言われない。

 

ただ、米国のニューオーリンズで発生した大洪水では米国政府の管理の甘さが批判されたが、その意味で言えば日本政府はよくやっていると言えるだろう。伝統的に治水管理という感覚が肌にしみこんで、やるからには徹底的にやるという、良い意味での日本人感覚が生かされているのだろう。

 

NSPは国家安全計画と言う意味ではなく、ニューサディスティックピンクという1970年代のフォークソンググループだが、彼らの歌に「田舎の堤防夕暮れ時に、こんな河原の〜」と言う歌がある。

 

詰襟の学生服姿の少年が、セーラー服の女子生徒と、恥ずかしくて手もつなげないけど、そばにいるだけでうれしいと言う気持ちが、よく伝わってくる。昔から日本人が川と堤防に慣れ親しんでたんだなという感じのする歌だ。自然と言うよりも、自然と共生しようとする日本人を感じる歌。

 

今日は名古屋から長野まで「しなの7号」で移動。中津川あたりから段々と山が近づいてきて、トンネルも増える。

 

冷え込んだ空気のせいか、白く泡立つように見えるひんやりとした水が流れる川は、深くえぐれるように大地を切り裂いて流れている。

 

昨日から降る季節はずれの大雪のせいで、空はどんよりとしているが、中津川のあたりではまだ、山の頂上にも雪を見ることはない。

 

山を切り開き、段々畑と農家が続く景色。険しい山沿いに、山肌を削り取って作られた道。山肌に沿ってコンクリートで作られた補強壁が続く。昭和の土建国家と江戸時代からの農業や林業が、不自然に肩を並べている。

 

山肌と深い川を見ながらふと、数十年前の事故を思い出す。僕が旅行業界に入る前の事故だ。

 

飛騨川バスバス転落事故があったのは、貸切バスを強行突破で走らせたからだと、添乗員の責任が問われた事件があった。この時国会では中曽根さん(元首相、当時は運輸大臣)が「団体の管理が民間会社の添乗員にできるわけがない、あ〜いうものは、自衛隊か警察しか出来ないんだ」と言ってた。

 

狭い国土を出来るだけ有効活用しようとする段々畑、住める土地を広げようとする堤防、物流改善の為に国土のあちこちに作られた道路。いろんなものが混ざって出来上がっている土地。

 

いつもの新幹線と違って、日本の美しい自然、そこに住む人々の顔が見えるような電車の旅だった。南木曽を過ぎると、そろそろ山の頂上が白くなる。

 

ところで一つ質問。日本では治水にお金をかけるけど、何で治安にお金はかけないのか?

 

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2007年03月13日

名古屋

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東京からの新幹線で、富士山を見る。

やっぱ綺麗だよね、あれって。

東京タワーと富士山を見れば、日本人なら元気が出るって感じ。

名古屋ではあいにくの寒さで、粉雪がちらついたが、それでも街は元気一杯。

仕事を終わらせてホテルのバーに行くと、いろんな人種が混ざってて実に賑やか。それもおっさんばかりだが、大きな声で仕事の話ばっかりしてる。家に帰らなくてよいんか?って思うくらい、お昼の話の繰り返しをやってる。

う〜ん、名古屋だけ昭和が続いてるのか?って思うくらい、皆さん同じ話を繰り返している。昼間に一回話せば良いのではと思うんだけど、まあいいか、それが日本だもんね。

でも、米国あたりからトヨタ本社に出張している米国人は、どう感じるんだろうか?まあ出張先だから、楽しい思いをしようってことか?

どっちがどっちを感化するのか?少なくとも、名古屋においては米国人が感化されてる感じを受けた。

その後、錦に出る。ここも賑やか。やっぱ、名古屋はまだ昭和だわな。

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2007年03月12日

第22回移住説明会、終了

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3月11日午前中、移住・起業説明会無事終了。

今回は15名程度のお集まりだったが、参加者の関心が益々高まっているのを感じた。

遠方から参加されたお客様は、往復の旅費だけで結構かかっているのではないだろうか、それでも正確な情報が欲しいという事だろう。

実際にニュージーランドに関するインターネット情報は出回っているが、かなりの確率で個人情報であり、書き込みをした人にとっては正確な情報だが、読む人にとっては正確な情報とならないケースがある。

家族構成、移住目的、移住資金、そのような背景が一つでも違えば、回答は変化する。それなのに個人の書き込みのみを信用して移住した結果が、「日本帰国」につながる。

ビザが取れなかった、思っていた仕事がなかった、楽しい国ではなかったetc。

だから説明会では、かなりきつい言い方もする。最初の2〜3年は、今まで日本社会で築いて来た地位はゼロになるし、収入も激減する。

だから、自分のプライドを一旦横に置いて、家族のために一生懸命何でもするし、我慢もするという気持ちが必要ですと説明する。

すると、30代のご夫婦は、大体顔を見合わせて下を向くことが多い。

でも、それが現実だ。個人面談でも同じように、かなりきつく説明する。今回も東京で12組の面談をしたが、半分くらいは、きつい事を話させてもらった。

お金を貰いながらお客様に言うのもどうかとは思うが、適当に甘い事を言ってしまえば、後で困る、ってゆうか、大変なめに遭うのはお客様だ。

NZdaisukiでも、「給料安い」とか「全然面白くない国!」等と、生活の不満を訴える人が多い。

他に不満を訴える場所がないからだろうが、日本で年収1千万円貰ってた人がNZに来て、そのままの給料が取れるわけはないし、パチンコも麻雀もカラオケボックスもブランド品もないのは最初から分かっている事だろう。

気持ちは分かるんだけど、少なくとも僕が関わったケースでは、失敗はしたくない。

次回は5月に説明会を開催予定。それにしてもブログ、なかなか復活しないな、何が問題なのか?

写真は、日曜の説明会の後の夕食。新作カップヌードル、具沢山で美味しかった。単純に、昼飯を食う暇がないから腹が減ってたというだけかもしれない。

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2007年03月11日

東京の夜

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ここ二日、ライブドアプロからアクセス出来ない。普通にインターネットで「ニュージーランド 起業家」と検索すれば出てくるが、プロのアドレスからアクセスすると、ItWorks!だって。Itworksって何だろう?クレジットカードの決済の問題か?

 

日本でクレジットカードを使うと、ANZやBNZ等のオセアニア地銀発行のカードでは決済出来ないことがよくある。

 

例えばJRで新幹線の切符を買うにしても、1万円以上の場合はまずカード決済が出来ない。ホテルでも、海外客が宿泊するようなホテルならば普通に10万円単位で使えても、ちょいと地方のホテルだと、2万円くらいでOUT!になる。

 

細かい支払いにもクレジットカードを利用する習慣のある海外客は、随分と不便をしているんだろうな。

 

さて東京。

 

東京の気温は15度くらいかな、コートが不要な程度に暖かい。昨晩は前回1月の説明会で面識を得たTV番組制作ディレクターと食事。彼女は東北出身のフリーディレクター、31歳の方だが、非常に頭が良い。それだけではなく、常に危機感を持って生きている。

 

テレビ朝日、NHK、フジテレビ等で仕事を請け負い、ばりばりと仕事をこなしているプロだ。ありのままの自分を堂々と受け入れて、その上で自分に限りない自信を持って生活している。

 

それにしても日本は、地方と東京の格差が激しい。地方の街では、仕事と言えば公務員が一番偉くて、その次が銀行員らしい。

 

東京のような大手民間企業が殆ど存在しない地方においては、何をするにしても限界がある。そりゃそうだ、田舎の役人程度が同窓会で一番威張ってて「俺が勝ち組」なんて言われたら、お前さ、中央政府から出向で来たキャリア組に頭上がるのかよと聞きたい。自分で何か決める事が出来るのか?

 

所詮は田舎の小役人だ、中央の大役人には頭が上がらない。ましてや地方の民間企業勤務だと、生き残るだけで精一杯、精々が仕事帰りに駅前の焼き鳥やで同僚と日本の政治システムを愚痴るくらいしかない。地方にいて日本を変えるなんてことは不可能だ。

 

地方でどんなに頑張っても、東京に出なければ、大きな夢は叶えられない。というか、夢を見ることさえ出来ない。

 

田舎では今でも、「女は結婚が幸せ!」と、20代前半で結婚させるように、うるさいおばさんや親戚がやいやい騒ぐ。(柳沢発言がどうこう言う前に、女性自身の意識改革が必要だ)

 

自分の村の、実にしょうもない、のみの金玉よりちっちゃな価値観を子供に押し付けて、それで親の義務を果たしたくらいに思っている勘違い連中。

 

そんな環境では、めくらの世界では目明きが異常ってなもんで、まともに生きていけるわけがない。

 

雪の降る田舎街の、街灯も薄暗いような道路沿いのコンビニに、遅い残業の合間に軽乗用車で乗り付けて、肉まんと発泡酒でも買って、暖機運転している「軽」の中でぱくつく生活。

 

家に帰れば口うるさい家族が、「まだ結婚しないのか」とか「おい、もっと楽な仕事を選べよ、女が毎晩遅くまで働いているなんてみっともない」とか、夢を砕くような話ばっかり。

 

結局夜中の3時まで飲んで、いろんな話を聞かせてもらった。こんな遅くまで飲んでて記憶が残っていたのは久しぶりだが、途中はさすがに軽く寝てた気がするな。

 

東京は広い。いろんな人間が自分の夢を叶えるためにやってくる。

 

でも、その中で何とか生き残って、毎月10万円近い家賃を払いながら生活出来るのはほんの一部だ。多くの人は夢の入り口さえ入れないまま毎月の生活費の為にアルバイトに身を費やして、30歳を前にして故郷へ帰ってしまう。

 

何とか自分の夢を叶える為の仕事を見つけても、その仕事を守り抜くのは大変だ。次から次へと地方から若者が上京して、自分の仕事の地位を脅かす。

 

「あの人よりも安くて良い仕事をしますよ、何とか僕に仕事を回してくれませんか」そんな個人営業がじゃんじゃんやってくる。夢を叶えるような仕事は、地方で勝ち抜いて夢を叶えようとやってきた連中の全日本選手権みたいなものだ。

 

椅子は一つ、群がる人は多数。一度勝っても、いつかは負ける。そんな中で生き残っていこうとすれば、常に最新の知識とセンスが要求される。体力勝負ではない、頭脳競争だ。常にストレスに晒されて、タバコと酒が手放せなくなる。

 

それでも戦い続けていく。

 

さすがにそういう生活を何年もしていると、顔がきつくなる。性格もきつくなる。それが話の端々に滲み出る。

 

タクシーの運転手がちょっと道を間違っただけで、相手の人生を全否定するようなキツイ言い方で「あの、そこの道を右に曲がったほうが早かったんじゃありません?」とやる。

 

謝る運転手を無視して「サービス業もプロ意識も、あったもんじゃないわね」って感じで社内でタバコをふかす。

 

自分がプロに徹しているから、すべての相手に対して同じものを要求する。そして失敗する人を見ては、いらいらする。「何やってんのよ、あたしがどれだけプロ意識で頑張ってると思うのよ?」そんな、言葉にならない言葉が聞こえる。

 

しかし、気持ちは分かるんだよな。

 

以前、夜の10時頃銀座でタクシーに乗って「恵比寿まで」と言ったら、ものすごく嫌そうな声で「そんなんでこのタクシーに乗られると迷惑でね、次からは他のタクシー拾ってくださいよ〜」と言われ、瞬間湯沸かし器の僕は、昭和通のど真ん中を走るタクシー運転手の座席を思い切り足で蹴飛ばして「このくそったれが!ここで止まれ!」と怒鳴りあげたことがある。

 

僕も、プロとして相手の仕事ぶりを見ていると、切れることがある。ただし、ニュージーランドに長く住んでいると、かなり「余裕」が出てくるので、その範囲内で収まれば、怒らないように出来る。

 

でも、今の東京で本気で自分の腕一本だけで生きていこうと思えば、それくらいの強さは必要だろう。情けをかけている時間なんか、ないはずだ。

 

東京。日本で一番競争の激しい街。そこには優しさも思いやりも存在する余地はない。戦って勝ち残るか、負けて去るか、いずれにしても、きつくなければ生きていけない、強くなければ生き残っていけない。

 

勝者に優しく微笑み、敗者に冷たい視線を送る街、久しぶりに「東京タワーを目指した人々」を見た夜だった。良い勉強になった。

 

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tom_eastwind at 19:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月09日

キャセイ航空118便

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オークランドを早朝08時55分に出発して、香港で1時間の乗り継ぎ、成田に20:30に着く。

 

人口600万人の香港へは、一日二便がオークランドから就航している。朝の08時55分発と午後14時30分発だ。朝の便は昼過ぎに香港に到着し、香港から先の乗り継ぎ便を利用する場合に便利だ。午後の便は、朝のうちに一仕事してから香港に夜9時頃到着、翌朝から香港でビジネスをする人や里帰りの人向けだ。

 

翻って人口1億2千万人が住む日本からは、福岡−オークランドは廃止され、中部国際からオークランドも廃止され、関空からオークランドも間引き運行され、東京がかろうじて毎日一便就航しているだけだ。

 

これは何もニュージーランドが全世界の人から人気がないという事ではないだろう。観光客は増加しているし、毎年人口が増えている国だ。

 

人口比率において日本の5%しかない香港からは一日二便が就航して、それがほぼ満席なのだし、この路線はエアニュージーランドも毎日運行しているから、一日三便がほぼ満席状態で運行されていると言うことになる。

 

それだけ香港からの移民が多いのだろう。そう言えばバンクーバー路線もシドニー路線も、要するに香港人が移住した先のフライトは、全部一日二便だ。移民と言えども、彼らの多くは親戚が香港に残っているし、世界中にも親戚がいるから、それこそ世界が自宅と言う感じで飛び回っているのだろう。

 

まあ、頭でっかちで生活の知恵がなくて、自分で判断して行動する力がなくて、誰の為に何の為に生きてるのかよく分からない香港人がどこに行こうと関係ない、日本は国内需要が大きいからそれで十分やっていけるんだろうし、いちいち海外に目を向ける必要はない、国内にも沖縄や北海道のように素晴らしい観光地があるし、給料の高い仕事もある(生活費が高いのは無視しよう)、香港のようにちっちゃな国の人間がどこに行こうが関係ないよ、日本は日本だけでやっていけるんだという事だろう。

 

ちなみに80年代後半から90年代前半にかけて香港から海外に移住した人々は60万人に上る。今では香港全人口の10%が海外に住んでいる計算になる。

 

それはまあどうでも良いことだけど、キャセイ航空118便はエコノミーでも個人用のテレビが付いているA300エアバスなので、搭乗後早速機内のエンターテイメントをチェックする。

 

お、うれしいですね、ロッキーの新作「ロッキーバルボア」が入ってるではないか。

 

物語は、最愛の妻エイドリアンを癌で亡くし、50数歳になったロッキーが、過去の思い出に浸りながら自分の経営するレストランで古い友達と思い出を語っているところから始まる。

 

そこに飛び込んで来たのがレストランのバーに置いているテレビから流れる最新のボクシング番組。過去のチャンピオンの中で、もし同時代に皆が戦ったら、誰が一番強いかを最新鋭のCGで合成して、架空ボクシング試合を放映するのだ。

 

そこでは元世界チャンピオンのロッキーバルボアと現在の世界チャンピオン、メイソンディクソンが戦い、ロッキーが勝つと言うシュミレーションだ。

 

その番組を見ながらロッキーは考える。「俺は何をしているんだろう・・・」過去の思い出に浸り、体には贅肉が付き、筋肉は衰え、生気のないどろんとした目でテレビを観るロッキー。

 

その後、行きつけのバーに顔を出すと、バーカウンターで働いている中年の女性が彼に声をかける。

「君を知っていたっけ?」

「ロッキー、あなた、私が子供の頃、よく家に送ってくれたじゃない」

ロッキーは時の流れを遡って、彼女が子供だった頃を思い出す。

「お嬢ちゃん、君はいつも俺のことを変態呼ばわりしてたんだよ、覚えてるかい?」

そんな彼女も今では高校を卒業した大きな子供がいる事を話す。

 

俺はもう、終わりなのかな・・・

 

テレビを見て、かつての子供だった女性と話し、自分の子供の目に浮かぶ、終わった父親を傷つけないように見つめる、そんな優しさを見つめながら、段々彼は自分の体に、自分に対する怒りがこみ上げてくるのを覚える。

 

死んだ妻のことを思い出し、今のだらしない自分にふがいなさを感じ、もう一度戦わねばと心を決めるロッキー。そしてロッキーは立ち上がる。自分のために。

 

子供は怒る。「お父さん、お願いだから試合に出ないでくれ。僕はいつもお父さんの影で生きてきた。誰もが僕を見ずに、僕の後ろにいるお父さんの姿ばかり見ている。やっと最近になって自分の力を人が見てくれるようになったと思ったら、またお父さんがテレビに出て、僕がかすんでしまうじゃないか!」

 

「弱虫、何を人のせいにしているんだ!俺がいるから僕がどうだこうだだと!ふざけるな!お前は結局言い訳をしているだけじゃないか!自分で戦え!」

 

そう、逃げちゃいけないんだ。逃げたら、いつまでも問題は解決しないし、自分に負けたままだ。完璧を求めるから失敗を怖がる。他人に対する勝利を考えるから、負けることを怖がる。それは逃げだ。

 

人間なんて完璧じゃない。失敗なんて当たり前だし、失敗しないで学ぶことは出来ない。戦いは、他人に対してするものじゃない、自分に対してのものだ。だから、自分と戦って負けるなんて事はあり得ない。逃げた時だけが、自分に対する負けだ。

 

「お前はいつまで経っても俺の子供だ。何かあったら言って来い、でも、逃げるような事だけはするんじゃない」そう言って子供を諭すロッキー。子供は自分の人生と正面向かって戦う父親を、まるで昨日とは別の人間のように見つめる。

 

そこから先はいつものロッキーストーリーだ。嫌だった仕事を辞めて父親のトレーニングの手伝いをする子供と一緒に激しいトレーニングを積み、走り込みをして、トレーニングの最後の場面は、階段を駆け上がった彼が、昇る太陽を背にしてガッツポーズを作る、あの名場面だ。ペンシルバニア州

 

そしてラスベガスのホテルで、現役世界チャンピオンと世紀のエキジビション戦が始まる。最後にリングに立っているのは?

 

何でこの映画がここまで人気があるのか、考えてみた。

 

勿論米国人独特の英雄願望もあるだろう。しかし世界の人々に感動を与えたのは、やっぱり努力の先には必ず得るものがあるって言う「永遠の希望」だろうな。ロッキーは、それを観る多くの人に夢を与えてくれる。

 

その筋書きが荒唐無稽(こうとうむけい)かどうか、そんな事は関係ない。毎回決まり事のように続く筋書きが「馬鹿みたい」と思う人も多いだろう。演技が下手だと言う人もいるだろう。でもこの映画が人気がある理由。それはやっぱり、映画を通じて、夢が伝わってくるからだと思う。

 

人間が生きていくうえで、明日も生きようと思う一つの原動力となるのが「明日への希望」だろうと思う。

 

例えば、今日までは元気だけど、明日絶対に死ぬと分かっていたら、貴方はどうするだろう。自暴自棄にならないにしても、決して明るい顔にはならないだろう。張りのある声も出ないだろう。体から力が抜け落ちて、生気のない抜け殻のようになるかもしれない。

 

今日よりも明日はもっと酷い日が来ると分かっていたら、そしてそれが毎日繰り返されると分かっていたら、人は生きる気力が湧くだろうか?生きていく事にストレスさえ感じるのではないだろうか?そうして多くの人が電車に飛び込む。

 

反対に、「明日は今日より良い日になる」と言う絶対の確信があれば、生活に張りが出て、肌もつやつやして元気な笑顔になって、快活に人と話をするのではないだろうか。

 

でも、明日が今日より良い日だって、どうやれば信じられるだろう?そこが問題だ。

 

ロッキーは、長い人生の中で、戦っている限り、明日は今日よりもっと良い日になるって事を、今までの戦いの中から学び取った。何故なら、戦うと言うのは自分に対して行うものであり、努力している限り明日は今日より良い日になるってのを知っているからだ。

 

そして自分を無条件に信じて、明日を信じて、トレーニングを積んで戦いに望んだ。負けるかもしれないが、それでも良い。何故なら戦うこと自体に意味があるのだ。

 

試合に負けても自分に克つ、それこそが大事だ。

 

移住を希望する人の中に、たまに勘違いしている人がいる。日本が嫌でニュージーランドに移住したいと言うのは良いのだが、移住さえすればそこが天国だと思っている人々だ。移住さえすれば、今の日本と同じような社会的地位と給料と待遇が自動的に保証されていると思っている人だ。

 

そりゃそうでしょう、僕はガキどもの競争の中を勝ち抜いて日本の有名大学を卒業して大企業に就職して、下請けなんて僕にぺこぺこするんだから、僕は偉いんですよ、世界中どこでも通用するんですよ、僕の能力は〜。

 

僕のブログのトップにも書いているが、ニュージーランドは天国ではない。但し地獄でもない。だから一生懸命生きれば、それは楽しい生活を送れるだろう、今日よりも素晴らしい明日が来るだろう。でもその前提は、あくまでも自分が努力をしているかどうかだ。

 

移住さえすれば問題が解決するなんて思わないほうが良い。移住しても、毎日が戦いだ。だって、誰も君の事を知らないのだから。

 

君が日本でどれだけ偉かったか、どれだけたくさん給料をもらってたか、地域社会でどれだけ他人に賞賛の目で見られていたか、そんな海の向うの事は、海のこちらで生まれ育ったキーウィには何の関係もない。大事なのは、君に能力とやる気と、それを持続する気力があるかどうか、ただそれだけだ。

 

そんな慣れない環境で、英語もうまく出来ないままに、何とか仕事を見つけても、今度は子供を学校に送り、人種差別に悩み、進学問題に悩み、奥さんは現地事情に疎いまま将来に不安を感じ、男にとっては毎日がそれこそ全く息もつけない戦いの繰り返しだ。

 

でも。立ち止まったら、問題から目を背けたら、逃げたら、良い明日はない。人生はどこまでいっても所詮は苦労するものだ。だったらたっぷりと苦労をして、艱難辛苦(かんなんしんく)を受けて、自分を鍛えよう。

 

自分が何の努力もせずに、良い明日が来ると思っているのかい?良い明日は、自分のために何の努力もせずに「たなぼた」みたいに待ってれば落ちてくるようなものではないし、そんな「良い明日」には、何の意味もない。

 

だから、とにかく戦っていくしかないんだ。そして、一つの段階を乗り越えた時、それは素晴らしいエネルギーになって自分を一段階上に持ち上げてくれる。その時の、体を包みあげるようなエネルギーは、お金では絶対に買えないものだ。そしてこのエネルギーこそが、あなたを強くもするし優しくもする。

 

自分が努力して勝ち取ったもの、それにこそ意味があるんだ。生きるってのは、他人に勝つためじゃない、自分に克つためなんだ。

 

「明日は今日より良い日」にしたいなら、死ぬその日まで、自分と戦っていくしかない。そういうロッキーのメッセージが伝わった気がする。

 

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tom_eastwind at 08:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月08日

日本へ

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今日からまた日本出張。

 

3月11日の説明会を中心に、東京から福岡まで新幹線で移動です。

 

治安ってのは誰もが一番気になる点であり、これから生活を始める人にはとても興味深いものだと思う。

 

ただ、日本に住んでいる人にニュージーランドの治安をどう説明するかとなると、本当にこれが難しい。なぜ犯罪が起るのかっていう点から説明しないと、NZの治安と犯罪の特性を理解してもらえない。

 

日本では、警察は犯罪を取り締まる為の原価は考えない。でもニュージーランドでは、犯罪にも原価がある。

 

軽犯罪を高い原価=警察力の動員で取り締まるよりは、予め保険会社で保険を買っておいて、泥棒に遭ったら保険でカバーすれば?という考え方がある。これも、良い悪いではなく、一つの考え方だが、日本人からすれば意味不明だろう。

 

等など考えながら書いていたら、「治安について3」が大幅に膨れ上がってしまい、まとめきれずに時間オーバー。

 

いつもなら成田に着いてからホテルの部屋でNECを使って書くという事になるんですが、今回はLetsNoteCF-W5がお供なので、「最大バッテリー駆動時間10時間」が本当にいけるかどうか、キャセイ航空で試して見ます。オークランドから香港は11時間40分。たっぷりと時間があります。

 

う〜ん、でも、時間はたっぷりだけど、酒もたっぷりと飲むし映画もたっぷりと見たいし、読みたい本もあるし・・・、まあ乗ってみて、その時の気分で決めよう。

 

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2007年03月07日

治安について 2

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治安対策について

 

てゆ〜か、昨日は体感治安が良いって書いたその筆でこのブログを書いているのだが、一昨日、ある知り合いに起った事件を書く。

 

*********************

TOMさん

おはようございます。

先日、車上にあって、ノートパソコン、財布、電子手帳、免許証・カード一切合財やられました。そんな大事なものをおいている僕がわるいのですが、お店の前に停めて、すでに買ってある(料金を払ってある)商品をピックアップしただけの、ほんの30秒です。慣れはおそろしいですね。「外国」にいることを忘れていたのかもしれません。

ま、なにかのネタに使ってください。

*********************

 

早速使わせていただく。

 

彼はニュージーランドに移住して5年目、自分の会社を経営しているのだが、その彼でさえこんな様子だ。

 

これは情報としてはかなり具体的だが、更に下記の点を知りたい。

 

1・車を離れる時に鍵を掛けていたのか?

2・荷物は車外から見える場所に置いてたのか?

3・何曜日の何時頃の事件か?

4・どの通りで発生したのか?

5・その時、周囲に怪しげな人はいなかったか?

 

以前も書いたが、世の中に完璧な安全などあり得ない。人生は常に一定の危機と背中合わせだ。だから危機がある事をおかしいと叫ぶのではなく、危機とどうやって同居するか、つまり危機管理能力の優越が、その人の個人治安程度を底上げするのだ。

 

浦沢直樹という漫画家(YAWARAを描いた人)が好きで、特に彼の作品の中で「パイナップルARMY」と言う作品がdaisukiだ。

 

「民間の軍事顧問機関・CMAの戦闘インストラクター、ジェド・豪士に様々な依頼が舞い込んでくる」と言う設定で始まるこの漫画では、主人公のジェドは外国人傭兵として世界中の戦場を駆け巡り、その伝説は傭兵の世界では知らない者がないというくらいの設定。

 

そんな彼が常に「日常の生活でちょっとした危機意識を持つだけで、治安は格段に上がる。でも完璧な安全などあり得ない。だから、危機を感じたら、すぐ逃げる事だ」と言っている。

 

それほどに、通常の生活を送るというのは、実は危険と紙一重の生活をしているのだが、多くの人はそれに気づいてない。

 

実際に僕の知り合いのように、こうやって、昼間でも泥棒に遭う人がいるのは実情だ。しかし面白い事に、被害に遭った事がないという人もたくさん知っている。では、彼らの違いは何か?街の治安が良いかどうかと言う前に、被害を避ける方法があるのではないか?と思ったりする。

 

そこで今回参加してもらった「彼」の例を逆にしてみれば、少なくともこれくらいは危機管理として注意すべきだと言うこと。つまり

 

1・車を離れる時は鍵を掛ける。

2・例え鍵をかけてても、見えるところに物は置かない。

3・時間帯によって通行人の層は変化する。日頃の人の流れを見ているか?

4・同じ地区でも通り一本隔てるだけで治安が全然違う。

5・車を止める時は一瞬でも周囲に目を配り、怪しそうな人はいないか、チェックする。

 

これだけの事が出来るだけで、かなりの犯罪は減少するのだ。何故なら、かっぱらいなどは思いつきの犯行であり計画性などない。相手が付け入る隙がなければ、誰もかっぱらいなどしようと思わない。

 

勿論、本気で狙われたら、どうしようもない。例えば最初から犯人が銀行にいて、自分が銀行で人目につくところで大金を引き出して、それを持って街を歩いてるときに狙われたらどうするか。

 

その場合はジェド豪士が言うように「戦おうとするな、逃げろ」だ。素人が本気で戦っても、勝つものではない。むしろ、例えその場で勝ったとしても、失うものが大きい。とにかく大声を出して人がたくさんいるところに走る。

 

いずれにしても、銀行で予め下見までして泥棒をするほどの計画性がある奴なら、普通にサラリーマンをやっているわな。

 

今ニュージーランドで泥棒や車上荒らしをするのは誰か?何故か?

 

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tom_eastwind at 14:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月06日

治安について 1

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その1

治安情報について

 

ニュージーランド移住を検討する人にとって大きな問題の一つは、治安である。これに関しては、いろんな人がブログや掲示板で自分の意見として書き込みをしているが、安全だと言う人もいれば危険という人もあり、今だもってどれが正確な情報なのか良く分からないというのが実態ではないだろうか。

 

そりゃそうだ、ブログや掲示板と言うのは、僕も含めて個人が自分の主観で書いているものであり、客観的事実と自分の推測が併記されており、また日本での社会体験の多少で、泥棒に対するびっくり度合いも違う。

 

例えばカバンをひったくられた若い女性がいるとしよう。

 

大坂の下町で公園のベンチで寝るような生活をしているお兄ちゃんからすれば「かっぱらい」など「あ、あんなもん、たいしたことない、よくありまっせ、あんなもん、かわいいもんですわ〜、この国、治安まともでっせ」で終わる。

 

ところが生まれてこの方、世の中の危機感を一度も経験してない「無菌状態」のお姉ちゃんからすれば、普通に道を歩いていたら「かっぱらい」に遭ってしまえば、世の中が終わるのではないかと言うくらい、心臓どきどき、頭くらくらになる。

 

起った現象は全く同じ「かっぱらい」なのに、彼らがブログを書くと、全然内容が変わる。お兄ちゃんは「そんなに治安は悪くない」と言う。その背景には、「大阪湾に沈めたろうか〜!」とか言う人々を見ているから、暴力団のいない国だというだけで素晴らしく治安が良いと「主観的に」感じるのである。

 

彼からすれば「かっぱらい」なんて、取られた方が悪い、くらいの気持ちだ。日頃から危機意識を持っているから、ルンルンと肩からお下げしたカバンなど、取ってくれと言わんばかりだと思ってる。

 

お姉ちゃんは生まれてこの方一度もそんな経験がないから、てゆ〜か日本の裏社会をまったく知らないままの無菌状態で生きてるから「NZの治安は極度最低に悪い!」となる。

 

でもって、読む人からすれば「書いた側の立場や生まれ育ち、感受性、危機意識の違い」なんて分からない。文面しか読めないから、結果としてどっちが本当か分からなくなる。

 

日本だって治安の良い国だが、金曜日の真夜中に新宿歌舞伎町で、酔っ払って、いかにもお金が入ったようなサイドバッグをくるくるやってりゃ、そりゃ盗られるわな。

 

また、治安が良いはずの田舎だって、ママチャリのかごに、いかにも財布の入ってるようなバッグをぽんと置いてれば、そりゃあ誰でも「ちょっとした悪気」が出るだろう。

 

だから、治安を全国一律24時間均一みたいに捉える事自体に、まず問題がある。治安には、地域格差、通り格差、時間格差、曜日格差、住民格差があるのだから。

 

これに輪をかけるのが、読む側の問題だ。読む側にもお兄ちゃん系とおねえちゃん系がある。つまり情報を伝える流れが4つあるのだ。

 

NZお兄ちゃん⇒日本お兄ちゃん系=NZは治安ええよ

NZお兄ちゃん⇒日本お姉ちゃん系=NZは少し治安悪いのね

NZお姉ちゃん⇒日本お兄ちゃん=NZはかなり治安悪いかな

NZお姉ちゃん⇒日本お姉ちゃん=NZの治安は最低!

 

だから、自分が無菌層なのか公園ベンチ層なのか、まずそこを自己評価してから情報に接する事をお勧めする。どちらが良いと言ってるのではない。情報とは、正確に仕入れなければ何の意味もないというだけだ。

 

では、実際にニュージーランドの治安は良いのか?と言う一般的な質問に対しては、僕がいつも答えるのは、

第一段階として「年末の金曜の真夜中の新宿歌舞伎町よりは安全です」

 

更に相手によってはこれを加える。「但しそれも、地域、通り、曜日、時間帯、周囲の住民によって大きく変化しますので、住宅を選ぶ際は必ず治安を念頭にしてください。それだけで圧倒的に治安が良くなります。実際にノースショアの中流の上の家庭などでは、生まれて一度も泥棒に遭った事がない家庭が殆どです」

 

最後に必要であれば付け加えるのが「いずれにしても、NZの統計のみをあてにして予防治安に頼るのではなく、自分が普通に危機管理をする事で治安は格段に良くなります」

 

あまり具体的ではないが、これが体感治安としては一番無難で適切な言い方だろうと思っている。

 

日本人に限らず調査結果daisuki人間がいるが、机上の統計は一般論としては役立つが、治安が良いという調査結果が出ても絶対自分に事件が起らないとは言えない。

 

どれだけ治安の良い場所でも事件は起るし、その逆もまた然りだ。だから、統計結果は判断の材料としては役に立つが、その結果に従って住居を決めたからと言っても、その統計はあなたの治安を守ってくれないのだと言うことを理解すべきだ。

 

それを全部踏まえたうえで、もし誰かに一言でコメントを求められたら?

 

NZは天国じゃないけど、日本よりは体感治安が良いです。

 

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tom_eastwind at 18:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月05日

ランタンフェスティバル

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3月4日、ランタンフェスティバルに参加する。とは言っても、一観光客として、家族の手を引いて見物に行ったのだが。

日が暮れる8時頃から、オークランド市内のあちこちから人の列が出来て、すべての道はローマへ続くって感じで、誰もが三々五々アルバート公園に向かっていく。

ニュージーランドでこれだけたくさんの人が集まるのを見る事は、たぶん一年に一度ではないか。ドメイン公園でやるコンサートも数万人が集まるが、あれは会場自体がむちゃくちゃ広いので、そう圧迫感もない。

でも、ランタンフェスティバルの場合、会場がアルバートパークという場所に限定されていたので、実際の人数は多くないにもかかわらず、特にそう感じるのかもしれない。

とにかくすごい人が集まり、幅5メートルの歩道が、まるでクリスマスイブの夕方の渋谷交差点並にぎゅうぎゅう詰めで、家族4人で歩いてても、並ぶことはおろか、たて一列でも何とか手を離さないように歩くのが精一杯という感じ。

それにしても、今年は天気も良く出し物も楽しく、随分と楽しい1時間の散歩だったな。

ロウソクを入れるタイプのランタンは3ドル、電池式のランタンは5ドル。

大学とアルバートパークを二つに分けている道路には、全部で100軒近くの夜店が出ていて、そのうちの一つは、中華なべに轟々!と燃える火をかけながら焼き上げるムール貝。これは圧巻。まるでポリネシアンの火踊りを見ているようで、それだけで一皿5ドルの価値あり。

ランタンマッスル

豆腐のから揚げ等香港っぽい食い物も鼻をくすぐり、綿飴もビニール袋に入れて売っている。

公園の中では様々な電飾人形もあったり、舞台では素人さんの喉自慢か?歌合戦もやっている。

 

 

 

ランタン豚

日頃はあまり遊ぶ場がなくて退屈している香港人も、今日が盛りとばかりに、実ににぎやかにやっている。ちなみに、酒なしであそこまで楽しく騒げる香港人は、韓国人と日本人が見習う必要、あるかも。

道行く人は皆明るい顔をして、今日ばかりは中国人への差別も韓国人への偏見も日本人への軽視もなく、白黒黄色、みんな楽しくやっている。

祭りは、良いものだ。何となく与謝野晶子の歌を思い出した。

「清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵会う皆美しき」

男も女も、カップルも家族も、皆久しぶりに明るい顔で通り過ぎていく。

ランタンドリンク

こんなパーティがそれぞれの民族ごとにどんどん出てくるようになると、オークランドも本当に楽しくなるだろうなと思った。

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2007年03月04日

日本からの観光客が減少

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NZdaisukiの記事から抜粋。

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20062月〜20071月までの一年間、ニュージーランドを訪れた全体数は242万人で20052月〜20061月までの1年間と比較して約1%増加した。特に渡航者数が増加したのはオーストラリア(3%)、中国(19%)、米国(5%)からの人々だった。日本からの渡航者は減少しており1993年以降最低の133,500人だった。

***************

 

 

隣国のオーストラリアでも最大90万人だった観光客が、現在は70万人程度に減少している。

 

これは豪州政府観光局が80年代に大型のキャンペーンを日本で仕掛けて、これが大当たりして90年代に一気に高まり、時差もなく季節が反対な南半球の自然なイメージが大受けして、猫も杓子も豪州と言う、まるで青田刈りの状況になった。つまり、誰もが気持ちが熟する前に行き過ぎてしまい、二度行きたくなる観光地ではなかったという証拠だったという話もある。

 

これに比較してニュージーランドは80年代のキャンペーンの際も豪州に同行したが、それはそれは地味なもので、実は僕もこの「オセアニアナイト」に客として呼ばれた一人だが、大体豪州8割、NZ2割だった。

 

それは結果的に数字にも顕著に現れ、観光客の数は大体豪州の2割、当時から毎年1516万人の観光客が定期的に訪れており、その数に大きな変化はない。豪州の変化の激しさに比べて、NZは安定していたと言えるだろう。

 

それでも当時のアジア方面からの観光客としては圧倒的な数であり、今でも実は、韓国や中国の年間8万人程度の観光客から比較すれば、十分に多い。

 

確かに今年度の13万人は、今までになく少ない。だが、僕からすれば「これくらいがコアなお客なのだろう」と思う。テロや疫病などのマイナス要素がないにもかかわらず渡航者が減少した理由の一番は、価格競争である。この2年でNZドルが大幅に高騰した。外貨預金をしていたお客は大もうけであるが、旅行客や旅行会社からすれば大打撃である。

 

け、やってられるかよ、この為替レート。だったら、同じくらいの長距離でありながらより人気の高い欧州を売ろうぜという事になる。だって、ツアーの仕入れをしても、NZ路線が13万円なのにローマ行きが7万円なら、そりゃローマを売るわな。

 

特に欧州は、オセアニア以上にショッピングコミッションやダンピングの仕組みが完璧に出来上がって、白人による陽気でプロなサービスがあれば、利益も出ないしサービスの程度も低いNZなんかに送ってられるかということだろう。

 

つまり、最大16万人から減少した3万人と言うのは、旅行会社のパンフレットを、欧州、米国、オセアニアと値段比較をして、結局欧州に行く方が安いし格好良いしという事で「目移り」しただけだと思う。

 

去年の前半くらいから失速の雰囲気は地元旅行会社から話を聞いてたので、減少自体はあまりびっくりはしてない。

 

ワーキングホリデイ層も随分減少している。最大4千人近く来てた2001年から比較すると、約2千人は落ち込んだのではないか。ワーホリは、ニュージーランドが好きだからと決め撃ちしてくるわけではなく、基本的に観光旅行の延長な人が多いので、日本円がこれだけ安くなると、どうせ同じお金を払うなら、有名どころのカナダやオーストラリアに行くわよって話になる。

 

そういう意味では、ニュージーランドに来るコアなワーホリは、年間2千人くらいだった。それがここ数年のNZ景気で日本円の価値が下がり、現在のような状況になったと思う。

 

観光客の増減に一喜一憂しているのは旅行会社だが、NZ政府から見れば合計の数は増えており、今後も観光産業事態は伸びていくだろう。

 

旅行会社も、いい加減「航空券が高いから」とか「地元のサービスが悪いから」などと他人に責任転嫁せず、本来この国が、その良さを守りながら「持続的発展」が出来る数を見極めて、その人数で利益が出るような体質に変換しない限り、商売として成功とは言えないだろう。

 

ちなみに、旅行会社の送客では米国市場も伸びているが、米国担当旅行会社は「伸びてなかった時代」から、きちんと利益を上げていた。数で勝負してダンピングで客を取ると言う、サル並みの技術しかなければ、在庫も投資もしない旅行業では、到底生き残っていけないと思う。

 

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tom_eastwind at 19:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月03日

RはRun!

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「RはRunだと思ってたんですよね〜。だから前に進もうと思ってRにギアを入れるとですね、な、なんと車が後ろに進み始めたんですよ〜、そりゃもう、びっくりしましたよ〜、はっはっは〜!」

 

ってか、びっくりするのはこっちじゃわ。

 

ははは〜!とか快活に笑いながら語ってくれる彼女、見た目はかなりの知的なスレンダー美人で、実際に才女でもある。しかし、その生活感覚と言うか、いろんなモノに対する視点が、明らかに普通の人と違う。

 

それも、「私ちょっと人と違うんだよね〜」なんて、人と同じことを真似するか、それ以下の事しか出来ないだけなのに自分に勘違いして湯上りみたいにのぼせているあふぉとは、決定的に違う。

 

もう、生き様自体が他人と違うし、かなりハードルが高いのだが、路線が全く違う。それに本人が今だ気づいてない。とにかくたくさんの人と一緒に歩き始めるのだが、あっという間に自分ひとりだけ違う道を歩いている。それでも自分がずれていることに気づかず、皆に声をかける。「あ、そっちじゃないですよ、こっちですよ〜」

 

今時こんな人いるのかと思うんだけど、コンクリートジャングルの東京でも、時たまこのようなミュータントが生まれるようです。

 

でもまあこの人、とにかく人の話を聞かない。一切聞かない。仕事は素晴らしく出来るのに、私生活ではどうも意味不明の経済感覚。

 

そこで聞いてみた。「じゃあさ、Dは何だと思ったの?」返ってきた答えが、また笑えた。

「それがですね〜、わたし目が悪いんですよ〜、だからDがBに見えて、あ〜なるほど、これがBackだなと思ったんですよ〜、は〜ははは!」ですって。

 

言われてみると、RunとBackだからそれなりに英語だし、理解しやすい・・・ってか、この人、普通の常識とは違った視点からこの社会に参加しているなと、まじで思いました。

 

でも、そういう人が世の中には、表に出ないけど多いのではないかと思ったりする。

 

実は僕も時々こんなことがあります。

 

長い階段を歩いて下りながら、どうして右足の次に左足を出すんだろうなんて考えます。それも、今もよく、自然に考えてしまいます。

 

だから、階段が長くなると、いつも不安になるのです。右足の次にまた右足を出そうとして、こけるのではないかと。

 

実際に、階段を歩いててこけそうになった事がよくあります。足の出し方を間違った時は、最後の3段くらいを、勢い良くだだだ〜!って感じで駆け下りるのですが、あれは辛い。

 

面白い事に、そんな時には手に荷物を持ってないのです(あ、話は変わるけど、「手荷物は手に持つ」って、すんごいよく出来た広告でしたね)。

 

と言うのが、自分がそういう変わった視点で歩く癖を自分で理解しているので、荷物を持って歩くときは、わざとそろりそろりと歩いたり、絶対に脳が「あっち」に行かないように、目の前の階段に意識を集中して歩くからです。

 

あ、そうだ、英語で言えば、日本にいる時に、僕も似たような経験があった。

 

キリンビールが日本のデファクトだった時、友達がキリンビールの大瓶を見ながら僕に聞いた。

 

友「おい、このLAGERって何の意味なんだ?」

僕「あ、それはさ、大瓶って意味だよ。ほら、ラージとか言う、そのもうちょっと大きいって比較で使う時のラージャーだよ」

友「おお、そうか〜!お前、ほんとによく、色んな事知ってるな〜」と感心されたことがある。何せ言ってる本人がその場で本気でそう思っているのだから、真実感たっぷりである。

 

ラガービールとは数週間寝かせた貯蔵ビールの事だと知ったのは、それから数年してからです。あいつ、今でも他の人には「おい、Lagerって意味知ってるか?大瓶ってことだぞ」なんて、言ってないだろうな。

 

話は戻ってこの人、日本の免許証を持っているのだが、今でも殆ど運転していない。てゆ〜か、彼女が運転したら、それこそ車は、走る凶器になるんだろうな。

 

写真はオークランドのガソリンスタンド、勿論セルフです。

 

夏空のオークランド、今日は22度でした。来週から日本です。

 

3月11日は東京で「第23回ニュージーランド移住・起業説明会」を開催します。もしご興味があればどうぞ、です。

 

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tom_eastwind at 16:03|PermalinkComments(3)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月02日

中国のお正月 

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今週末はランタンフェスティバル。中国のお正月を祝うと言う意味で、オークランドの街中でもクイーンストリートにはランタンが飾られている。

今週末は中国人顧客の多い香港上海銀行でも、お客様を招いたパーティをするようだ。呼ばれてはいるのだが、さて時間が取れるやらという感じ。

それにしても、日頃はお金を使う事に対して非常にシビアな中国人だが、お正月のパーティに使うお金は、費用というよりも自分の、社会の中で自分の地位に対する面子みたいなところがある。

日頃はいくらせこくてもOKだが、この時に自分の地位に合った中国人社会への寄付やお年玉を出さないと、面子がつぶれるのだ。

そうそう、お年玉。中国では利是(レイシー)というお年玉の習慣があるが、この時は誰もがポケットに束になって輪ゴムで止めたお年玉の袋を持ち歩いて、日本以上ににぎやかにばら撒きまくっている。

当家でも、先月はしっかりと奥さんに「はい、あんた、お年玉用のお金、頂戴ね」と言われた。彼女も、オークランドの中国人の友達には現金で利是を用意して、香港の友達にはインターネットバンキングで小額だが振込みをするのだ。

随分と国際的なお年玉であるが、まあ奥さんの面子を支えるのが旦那の仕事と思えば、これも致し方ない。

写真はクイーンストリートに並ぶランタンです。

3月11日は東京で、移住・起業説明会を開催します。ご興味のある方、是非ともご参加下さい。

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tom_eastwind at 06:01|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年03月01日

あかちゃんを社内に置き去り?

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今日のNZdaisukiのニュースから

 

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赤ちゃんを車内に置き去り、逮捕

 

 クライストチャーチのレストランマネージャーを勤めるXieは、昨年末、スーパーにいる間、生後6ヶ月の赤ちゃんを十分な注意と監督なしに鍵をかけた車内に残した。

 

それに気づいた通行人が警察を呼び、St.Johnのスタッフによってその赤ちゃんは無事に至った。 

 

彼女は中国への旅行から帰ってきた昨日、クライストチャーチ空港で逮捕された。その罪は最大の処罰でさえ罰金の支払いだけが科されるわけだが、Yun Xie(25)は、クライストチャーチ地方裁判所に判事が現れるまで、留置所で数時間過ごすこととなった。Xieは罪を認めず、36日まで再拘留されることになった。

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中国ではごく普通の事でも、ニュージーランドでは通用しない。日本で、車中に子供を残してパチンコをするようなものだ。あ、普通ではないか?普通か?最近これだけ事件が増えると、何が普通か分からなくなるが、とにかくニュージーランドでは子供に対する社会的な保護が徹底されている。

 

学校の送り迎え、子供を一人で自宅に置いてはいけない等など。香港では、子供が夜中まで街路で遊んでたりするが、ニュージーランドでは考えられない。子供は9時過ぎにはベッドに入って寝てるのだ。塾という習慣が存在しないし、受験勉強も存在しない国なので、こういうことも可能。

 

日本だと「他人の子供」に注意出来ないという発想がある。その根底には、子供は親の所有物という考えがあるからだと思う。

 

でもこちらでは、子供は社会の宝だから、皆で大事にしようとする。その結果として他人の子供でも厳しく注意するし、子供にちょっとでも虐待を受けた様子があれば、すぐに警察に通報する。

 

考えてみれば、親だからと言って子供の所有権があるのだろうか?人間が平等であるなら、子供も一人の人格として取り扱われるべきではないか?子供はいつから奴隷になったのだ?おかしな話である。

 

中国人である彼女は、自分の国の習慣を持ち込んでしまい、記事によれば、今だ問題点を理解出来ていないようだが、この国の警察は犯罪に甘いと言われており、実際に甘いが、子供への虐待とDV(家庭内暴力)にだけは非常に厳しい態度で臨む。

 

例えば夫婦喧嘩で奥さんが警察に電話したら、問答無用で警察が旦那を逮捕して、警察の留置場に放り込む。

 

お父さんが子供と一緒にお風呂に入ってる写真をキーウィの知り合いに見せたら、「お前は変態か〜!」と、危うく警察に電話されそうになったという話も聞いたことがある。

 

しかし逆に見れば、それだけ子供が大事にされている国なので、子育てと言う面からは安心できる。

 

勿論良いことばかりではない。同じような記事で、スクールホリデイが終わって新学期が始まったが、子供のうち4割近くは朝ごはんも食べずに学校に通っているという「衝撃的?」なニュースが、新聞のトップ記事を飾った事がある。

 

これは、お金がないわけではなく、食べさせるという習慣を持たない一部人種への問題提起だったのだが、「所得の格差が広がっている兆候だ!子供をもっと守るべきだ!」みたいな記事の調子だった。

 

いずれにしても子供への考え方は日本と大きく違う。子供は社会の宝、皆で守るもの、そう考えれば、他人の子供でも躾を教えるのは、当然と考えるだろう。

 

ちなみに当家では、今朝は豚ばら肉を使った、目玉焼きを載せた焼きそば。毎朝のご飯作りはお父さんの大事な仕事だ。

 

焼きそばソースと卵の黄身がからんで、美味である。豚肉の油も甘みが出てて、ちょいとソースの味を濃い目にすると、子供たちは喜ぶ。油が多いとお母さんはちょい怒るけど、まあ、平和な、幸せな話である。

 

写真は、日本人だが完璧キーウィハズバンドを実行している旦那さん。週末はBBQの用意をして、肉を焼いて、皆に配り、平日は毎日子供と奥さんの為に料理を作ると言う、日本ではなかなか見られないご主人である。

 

  

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tom_eastwind at 13:08|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌