2007年05月

2007年05月28日

日本出張

日本出張

 

23日にオークランドを出発して以来、全然ブログの更新ができてない。

 

なんじゃこりゃ?って感じの忙しさである。日本に到着して以来、面談や打ち合わせの連続。

 

日曜日は午前中の説明会が2時間立ちっぱなしで話して、昼飯はカップヌードルを一口食べて、そのまま個人面談会場に移動、6件続けて面談を行う。

 

ホテルでは、ずっとメールを立ち上げっぱなしでNZとのやり取り。これもやること山積み。

 

今朝8時30分の新幹線で名古屋に移動して、そのまま個人面談3時間。

 

それにしてもお客様の動きが早い。

 

最近は30歳過ぎのご夫婦が多く、今回も次々とお申し込みを頂く。皆さんの考えはほぼ一致しており、年金、医療、教育、国家財政破綻など、日本の将来の不安が彼らの背中を押している。

 

勿論ニュージーランドにやってきたからと言って、天国が待っているわけではない。最初の2~3年は、現地に馴染んで生活基盤を作るために、精神的にかなりきつい生活をしなければいけない。

 

ただ単純に、ニュージーランドを勘違いして、良い面だけ見て逃げてきた人たちからすれば、耐えられない現実が、ここには存在している。

 

それでも、日本の明確な危機と比べれば、生活基盤を一旦振り出しに戻してでも、安全なニュージーランドに生活基盤を移したほうが良い、そう判断する人々が増えているのを感じた。

 

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tom_eastwind at 16:56|PermalinkComments(3)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月22日

怒涛の火曜日

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昨晩は本当に楽しい酒を飲んだ。日本人で、あれだけさばさばしてきちんとした人たちは、本当に少ないな。

普通ならお客様と2次会に行くこともないが、昨日は珍しく僕のほうからお誘いして、行きつけのバーに行く。

お店の女の子が、お客様がトイレに立った隙にこそこそと「ね〜、あの人、かっこいいわね〜、お洒落だし〜」と話してたのが聞こえた。

飲みに行くと、その人の性格がよく出る。酔っ払うとか声が大きいとか、そんな問題ではなく、自分と違う立場の人にどう接するかで、その人の考え方が分かる。

お店の子も、その辺をしっかり見ているから、きちんと対等に話を出来る客に対しては、きちんと評価している。

対等とは、相手を飲み屋の女である以前に、きちんと一人の人間として評価しているという事だ。それが出来る人は、本当に少ない。

昼間の仕事のストレスを発散するためとは言え、暴言、妄言、中には暴力を振るうような酔っ払いがいる事も事実だ。

お客様と、日本という国の今後の破産の予想図を話すが、意見がほぼ一致。

自分の生活は自分で守るしかない。その為の海外への一時避難だ。一時が5年か10年か分からないが、生活を守るための、これが唯一の手段だ。そういう点で意見が一致した。

珍しいことだ。日本で経営コンサルタントや税務をやっている人の殆どは、日本国内でどうするか、という発想しかない。海外を見ることが出来る人は、一体何人いるのだろう。

 

そういえば以前、どうしようもないあふぉ〜がいた。

世の中は男性だけで成立してて、男性だけが脳みそがあって、男性が世の中を支えてて、それにちょっとでも逆らう女は、バカであふぉで恥知らずで、みたいな、今時ある意味化石みたいで、でも仕事ぶりもそのままってのがいた。

面白いのは、そのあふぉーは最初は客受けが良いのだが、付き合いが深まるに連れて客があふぉーの正体を知り、去っていくという点だ。

僕は客ではなかったので、男女格差で下に来るのは、むしろ男だよという事を、怒鳴りながら説明したな。

そういえば先週の会社のパーティでも、そんな話をした。これからの世の中で、多くの肉体労働が機械にとって変わってしまい、男の筋肉が不要になり、女性が家事から解放されて社会進出したら、どれほどの男が対等に女性と戦えるのか?

政治は女性に任せれば、世の中はもうちょっと平和になると思う。戦争は男に任せておけ、あれは感情の発散の強い方が、単純な方が良いから、男向きだ。

能力がないくせに学校で責任感ばかり押し付けられた男が選ぶ道は、所詮安全第一で大企業に入り、そこで更に個性を無くしてストレスを溜めて、結果的に家族崩壊ってパターンだ。崩壊しなくても、60歳になれば、社会生活能力のない濡れ落ち葉、飲みに行っても相手にされない、そんな透明人間にしかなれない。

そんな男より、21世紀は女の未来が広がっているんじゃないかな。

さあ、明日から香港経由で日本だ。東京ではほぼ毎日、一時間単位で面談が入っている。酒ばかり飲んではいられない、がんばろっと。

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tom_eastwind at 21:01|PermalinkComments(4)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月21日

怒涛の月曜日

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怒涛の月曜日

 

日曜の夜、つまり昨晩遅くに携帯電話が鳴り、取ってみるとお客様から。自宅で打撲傷を負ったとの事。

 

様子を聞き、当社メディケアスタッフ緊急当番に依頼して緊急に連絡を取ってもらう。幸い軽症みたいで、月曜日の朝10時にメディケアにて治療の予定を入れる。

 

月曜日は朝6時起床。今日の仕事の準備にかかる。

 

月曜日は元々、日本から到着した移住のお客様のカウンセリングが入っている。銀行の口座諸手続き後、弁護士事務所に移動、お客様の永住権及びEOI申請の流れを確認。その後オフィスに戻り、これからの一年間の工程を再確認。

 

それと同時に、同じく日本から週末にやってきた投資家グループ4名の対応。

 

このグループは銀行口座手続き変更、投資用住宅探し、オフィスの開設など、オークランドで行う作業がたくさんあり、移住スタッフ3名で仕事を分担しながら何とかこなす。

 

これ以外にも、週末には新規移住問い合わせが4件入っており、継続のお客様のメールと合わせて、月曜日中に処理しなければいけない。

 

その間にも、昨晩のお客様の治療の結果報告をメディケアから聞き、今後の処置を打ち合わせる。

 

同時に、今日就職先を決定出来たお客様への対応を行う。観光ビザで就職活動をするのは、かなりの困難を伴う。やってみた人は身に染みているだろうが、通常は観光ビザで面接を希望しても、まず、面接前に、はじかれる。

 

当社の場合は、就職希望者本人の適性を見ながら、就職の本音情報をオーナーから直接聞き取る形なので、両方がうまくマッチングする可能性が高い。ただ、就職先でどのように振舞うかなどの「振り付け」が大変で、千差万別、完璧オーダーメイドになる。

 

こんな事をしていたら、あっという間に夜になる。今晩は久しぶりにお客様との会食。

 

日頃はあまりお客様と食事をしないのだが、初めてのニュージーランドでもあり、現地事情を説明するのに、昼間に話をしていると、3時間以上かかる。

 

だったら夜にまとめてやった方が集中出来るし、お酒も入るのでリラックスして色んな話が聞けるということで設定。

 

一日にこれだけやったら、流石に夕方になると、頭の中がごちゃごちゃだ。昼飯も食ってないから、脳に糖分が回っていかないな。

 

それにしても、日本から来るお客様は実に幅広い。天使のような笑顔の方もいれば、酸いも甘いも噛み分けた人、海千山千で場数を踏んだ人もいる。ほんっと、日本の縮図を見るような思いだった。

 

写真は、ハーバーブリッジから見えるスカイタワー。

 

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tom_eastwind at 14:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月20日

梅棹忠夫氏

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梅棹忠夫氏

 

4月30日号の日経ビジネスの編集長インタビューで、梅棹氏のインタビューを読む。

 

86歳で現役。20年以上も前に失明しているが、今も毎日、国立民族博物館に来て資料整理をしているとの事。

 

現場重視の学者で、彼の名前で検索すれば山ほど結果が出てくるが、それにしても人間、一生仕事をしているほうが元気。

 

彼の話には、非常に学ぶものがある。

 

「思いつきで仕事するなという人もいるが、思い付きがすべての始まり」。納得だ。

 

思い付きってのは、本当に突然頭に浮かんできて、突然去ってしまう。一瞬を掴んで押さえ込み、それを企画の形にして、商品化する。販売方法を考えて、投資の費用対効果を計算する。

 

最後にその商品の寿命を考えて、その次の商品は今回の商品とどう連携させるか考える。

 

大事なのは、思い付きが頭の中に入ってきた時に、それに対応するような勉強をきちっとしているかどうかだ。思いつき自体は、宇宙線や電波が人間の体を無作為に通り抜けるように、誰にでも起こる事だ。

 

その宇宙線が入ってきた時に、それをしっかり押さえ込んで自分の頭の中にある知識と結びつけていけるか?

 

「幸せってのは、努力と偶然の曲がり角にある」って諺があるけど、ほんと、日頃努力していなければ、どんな幸運が舞い込んでも、自分が知らない間に失ってしまう。

 

もう一つ面白かったのが、比較文明論。これはかなりの長編で梅棹氏の最も得意とする分野だが、インタビューの中で大変面白い話をしている。

 

「例えば、中国の人たちはものの価値を『交換すること』に見いだしていて、自然から物を取り出して作ることにあんまり興味がない。日本人はそれが大好き。考え方が違うんです」

 

これはまさに僕が香港で生活した6年間に、肌に染みて感じたこと。このニュージーランドで中国人と一緒に仕事をしていても、そうなんだよね〜と納得出来る。

 

物作りが得意な日本人。それを売り歩くのが得意な中国人。

 

86歳の今でも頭は冴えている、日本を代表する学者の一人だなと思った。

 

ちなみに日経ビジネスは年間購読しており、郵送料込みで毎年3万円くらいクレジットカードで払っているが、それだけの価値は十分にある。

 

写真は、シティでランチを楽しむビジネスマン、続き。

 

 

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文明の生態史観

 

 



tom_eastwind at 17:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月18日

チャンセラー広場のビジネスランチ

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晴れ。空気は涼しくて、大体19度くらい、かな。

お昼を山水で取ると、その後時間があればシティをあちこち見て回るようにしている。

今日はハイストリートからチャンセラー広場へ抜ける。

ここはいつもビジネスマンが、ちっちゃな泉のほとりに腰掛けて、三々五々、好きなものを食べている。

仲間同士のおしゃべりは、なんとも楽しそうだ。

ある人は焼きそばを紙パックに入れたものを、お箸を器用に使って食べている。広場の上の「wagamama」でテイクアウェイしたものだ。

あ、ちなみにニュージーランドではお持ち帰りをTakeAwayという。北米だとToGoになる。wagamamaは、西洋人が始めてロンドンやらあちこちに支店がある、和食+中華のお店だ。

寿司ロールを素手で口に放り込み、コーラでが〜っと流し込んでる人もいる。

それにしても街を歩きながら思うのが、最近のビジネスパーソンや道を歩く人の服装だ。

段々お洒落になってきている。1000ドルもするスーツが売られてたりするから、一昔前のキーウィだったら、卒倒するような、怒り出すような金額。

のんびりと太陽の下でランチを楽しむ風景は、その場所だけほのぼのとした感じがして、こっちまで温かくなってしまいそう。

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tom_eastwind at 14:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月17日

作家藤原伊織死す

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59歳、癌で死ぬ。

3年ほど前かな、偶然手に取った本の中の一冊に「テロリストのパラソル」があった。

ちょっと自分を突き放したような書き方、でも北方謙三より軽い語り口、そんな雰囲気に魅せられて、結局その後「雪が降る」「てのひらの闇」等も読了。tom文庫に置いてある。

 「シリウスの道」が僕として彼の最後の作品になった。最近は新作がないな〜と思っていたところだった。実は「ダナエ」という作品も書いていたそうだが、手に取る機会がなかった。

シリウスの道

読後感が諦観を感じさせる気持ちの良い作家なんだけど、語り口からまだ若いんだろうと思ってたら、そっか、もう60歳に近かったのか。

本人は、自分の死期が近づいているのを知ってて、それでもけろっとした顔で死を迎えたとの事。

滅多に人の死を悼まない僕だが、この人には、ちょっと悼んだ。でもその5秒後には、「彼は納得して生きて、納得して死んだんだな」と思い返した。

人はいつか死ぬ。何を残したか、どう生きたか。少なくとも彼は、「本を残して死んだ」という幸せがあったんだなと思った今日。

http://www.zakzak.co.jp/gei/2007_05/g2007051722.html

 



tom_eastwind at 20:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本  

2007年05月16日

修学旅行にまつわるせんせたちの珍発言

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元々旅行屋上がりの僕としては、金融が大再編されて米国支配になるとか、インターネットの普及で新聞の将来が真っ暗とかよりも、個人的には長年働いた旅行業界ネタの方に興味がある。

 

だから自然とそういうネタが耳に入るのだが、今日のネタは特に面白かったのでブログに載せておく。

 

旅行会社の儲けのネタの一つとして修学旅行がある。

 

これは大きなビジネスであり、旅行会社の営業担当者は、数年かかって営業先の学校の先生を口説き落として仕事を貰うのだが、どこが手配してもそれほど大きな違いはないので、一度獲得したら、後は先生を接待攻めにして、互いの秘密を抱え込み、切っても切れない関係を作ったものだ。

 

僕自身は修学旅行の営業はやった事がないので、いつも修学旅行担当者の話を聞くばかりだったが、今から考えると、20年以上前の営業なんて、公務員を接待してたわけで、その原資は修学旅行に参加する生徒のお金であるから、みのもんたに見つかったら大変な騒ぎだ。

 

大事な生徒の旅行費が先生の接待の飲み代に消えており、おまけに反省会で一泊旅行、温泉に浸かって酒を飲むって事だから、こりゃもう完璧に贈収賄が成立するでしょ。

 

特にK社の修学旅行担当者と仲が良かったのでいつも修学旅行の裏話を聞いてたが、とにかく先生は、飲むと乱れるらしい。修学旅行では下見を行うが、これはもう誰も見てない、知り合いのいない旅先のどんちゃん騒ぎなので、思い切り羽目をはずすそうだ。

 

本来ならそれだけで先生にあるまじき!てな事になる。

 

ところが先生は大学卒業して、いきなり学校と言う大きな組織に入り、日教組と県教委の間で、彼らの身内の常識の中だけで行動するから、黒板のカーテンと言うか、世間からは大きな黒板に阻まれていて、彼らが何をやっているか分からず、先生も殆どの場合世間の実社会を知らない。

 

だから自分たちが何をやっているのか判らないと言うことがよくある。接待が世間の目から見たらどうなのか、その辺の常識が欠如しているのだ。

 

自分にとって都合の悪い事実=自分がやっている行為が収賄であると気づかない。ところが自分に都合の良い事実=公立学校の先生は公務員法により、よほどの事ではないと首にはならないということだけは知っているのだ。

 

先生は自分が扱う旅行の仕事の大きさを実感として理解していないから、中にはちょっとした恩を売るだけですごく義理に感じてくれたり、反対に、どれだけ便宜を図って頑張っても理解してもらえないケースがあった。

 

だから、こちらの質問に対して実に陳腐な受け答えをする先生がいるのだが、それを乗り越えて、一緒に笑ってあげたり、笑っちゃいけねえ場面では、顔を真っ赤にしても笑いをこらえるのだが、これが結構辛い。

 

IT業界で例えて言えば、よく使われる言い回しだが、パソコン初心者のおじさんにパソコンの使い方を説明しながら「はい、そこにマウスを当ててください」と言うと、マウスをいきなり持ち上げて本当に画面に当ててしまう人がいるって感じだ。

 

今では公務員の規律とか法律が厳しくなっているから、そのような接待とか贈収賄はさすがにないだろうが、先日も面白いメールが友達から来たので紹介する。たぶんこれ、チェーンメールじゃないかな。

 

修学旅行にまつわるせんせ〜達の珍発言。

「旅行前にかけた保険の保険料、事故も病気もなかったら当然返ってくる訳だよね」

男子生徒が屋根を伝わり女湯を覗いたのが発覚・・・
 「一番の原因は女湯を覗ける旅館を紹介した旅行社にある」

京都市内でVIPの来日による通行規制のため行程の遅れ・・・
 「VIPの通行経路と通過時刻くらい事前にわからないの?」
 俺はテロリストかよ・・・

海外修学旅行の打ち合わせ・・・
 「シドニーの市内には日本語の標記はないの!?英語しかないとうちの生徒が混乱するじゃないの・・・」

登山学習の打ち合わせ・・・
 「蜂アレルギーの生徒が何人かいます。事前に登山道に蜂が現れないよう対応を徹底してください」
 ・・・・・・・・

 

実に受けた!今も旅行業界と学校の関係ってか、せんせのレベルは何も変わってないんだね〜。

 

まあ、勿論こんな先生ばかりではないだろうが、教育改革が叫ばれている今の時代、シドニーに日本語の表示を求める先生ってのは、生き残り、ちとやばいかも。

 

写真は清水寺。綺麗ですね、京都。

 

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tom_eastwind at 00:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月15日

鶏頭牛後

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今日のNZdaisukiの記事。

 

***

ニュージーランド統計局によると20073月までの一年間、国内の人口は1%増加して4177000人に達した。

 20063月までの一年間増加した人口数は4600人だったが20073月までの一年間には43100人増加している。

 20073月までの一年間の人口増加は移住者、長期滞在者の増加が一番の理由として、また、自然増加が理由に挙げられた。

 しかし、その一方、ニュージーランド国内の高齢化も明らかとなった。2007331日時点、男性の平均年齢は35.1歳、女性は平均年齢は36.9歳だった。この結果から過去10年間に男性の場合2.7歳、女性の場合3歳高齢化が進んだ事が明らかとなった。

     **

 

毎年約4万人、ニュージーランドの人気がこのまま続いて毎年1%づつ人口が増えていけば、10年で約40万人増になる。それでもオーストラリアの2千万人に比べれば、州みたいなサイズだな。

 

そう言えば、ニュージーランドの人口を例える時、以前なら横浜市と同じくらいと言ってたが、横浜市の現在の人口は3,609,000人だから、もう「横浜市並」とは説明できない。

 

と言っても、417万人に匹敵するサイズの市町村がない。人口数全国9位の福岡県だと500万人だし、10位の静岡県は379万人だから、この二つの県の中間。

 

まあ、元々日本の市と一つの国家を比較しても、何だか蟻が象を見てどうのこうの言ってるようなので、あまり意味はないな。

 

でも、毎年4万人増えるって分だけ見ると、日本のちっちゃな町が毎年一個づつ出来上がってくる計算になる。

 

そう考えると、年取った象よりも、若くて成長中の蟻のほうが良いのか?何だか随分サイズ違いな、変な比較だな。もっとも、人口12億で、毎年生まれる子供の数が4百万人という中国と比較すれば、象と蟻でもOKかも。

 

でも、その中国には鶏頭牛後という諺もあるぐらいだから、若くてちっちゃいけど、自由で勢いのある国の方が力が発揮出来ると思ってるような独立心旺盛な人には、良い国かな。

 

鶏頭牛後 [仕事師]. 鶏口となるとも牛後となる勿(なか)れ 【史記 蘇秦伝】. 大きな集団で人の尻につくよりも、小さな集団でいいからその頭領になれという教え。蘇秦が、韓王を説いて、秦に屈服せず戦うように勧めたときに引用したことばである。 ...

 

最近はオークランドでも少しずつお洒落に気を使う人も増えてきた。今までの、外見に全く気を使わないキーウィからすれば、驚くほどの変化である。エステが流行ったり高級レストランが繁盛したりするのも、生活水準が向上してきた証拠だろう。

 

そうなると、オークランドも世界の他の大都市と同じような変化、発展を遂げていくだろう。そこには、今までのキーウィビジネスの延長線上にはないビジネスもどんどん出てくるだろう。

 

例えば、商品のまとめ買いをしても割引が殆どないとか、絶対数の少ない国のビジネスルールってか、あんまり商売やる気なさげな習慣ってか、そういうものが変わっていくかも。

 

そうなれば、いよいよやっと、世界で人気のあるビジネスをニュージーランドに持ち込んで流行らせる事が出来るかもしれない。日本人の得意なニッチビジネスが広がるチャンスだと思う。

 

問題は、その4万人の中で日本人がどこまで増えるか、だ。僕が見る限り、日本人のお得意な「ちょっとした思い付き」で「改善」をやれば、キーウィの生活も随分楽しくなると思う。

 

例えば水洗トイレ。これは今のキーウィにはまだ早すぎるが、これから生活水準が向上すれば、病気に悩むキーウィもいるだろうから、一定の市場は見込める。台数が増えれば、今現在1200ドル(工事費込み)くらいで売られている商品も、もっと安くなるだろう。

 

100円ショップはすでに進出して、アジア系やキーウィのお客を掴んでいる。

 

レストランの接客マニュアルなんてのも、売り物になるのではないかな。日本人のきめ細かなサービスを今のニュージーランドに持ち込めば、サービス自体が売れる。

 

 

視点を変えてみれば、今の日本人が持つ品質に対するこだわり自体が、商売のねたになるかもしれない。

 

それから今度は年齢か。

 

日本人の平均年齢は43.7歳だから、約36歳のキーウィよりも7歳年上だ。かなり年取ってるな。

 

http://www.ipss.go.jp/pp-newest/j/newest02/3/t_4.html

 

日本はこれから人口減少すると言っても、元ねたが12千万人と大きいから、目に見える頭数の変化はないのだろうが、地方に行くと本当に老人が多いのにびっくりする。

 

いつも出張先が東京、名古屋、大阪、福岡なので、人口減はなかなか感じないが、家族旅行で北海道や九州を回ったり、スキーで長野に行った時は、駅の待合室やバス停でも、老人を本当にたくさん見かける機会があった。ただ、どこの街でも、外を歩く老人は元気そうだ。昔の苦労を知っているから、お国に見捨てられても慣れたもの、しっかり自分の足で歩いてるって感じがした。むしろやばいのは、今の生きる力のない中年が老人になった時かな。

 

ニュージーランドでも老人はよく見かけるが、皆さん、日本とは違った意味で元気そうだ。何よりも、みんな笑顔で街を歩いているのが良い。そして、老人を社会全体で支えるという思想が徹底しているから、良い。

 

今まで一生懸命働き、苦労もしたし、戦争にも行ったけど、楽しかったよね、この人生。いつも友達が周りにいて、何かあれば誰かが助けてくれる地域社会。郵便配達さんが村中の人の名前を覚えてて、道を通り過ぎる人が「おはよ!」って挨拶して、温かいよね。

 

だからお年寄りが増えるとか平均年齢が上がるって言っても、日本のような独居老人問題はないし、看護の社会問題もない。これは、平均年齢がいくつかよりも、どんな政府と国家を自分たちが持っているかの違いだ。

 

まあ、あんまり好い事ばかり書いても仕方ない。

 

そんな良い社会ではあるが、後から来た移民である僕ら日本人を含むアジア人にとっては、その恩恵を蒙るには、もう少し時間がかかるって感じだ。

 

これから移住を考える人にも理解してもらいたいし、いつも説明会で言うことだが、この国がよいと言っても、それはこの国で生まれ育った人にとってであり、後から入ってくる人は、当然、「場慣れ」するまでは苦しいですよ。

 

最低でも2年間は、お父さん、苦労の連続ですよ。

 

それでも、ハワイに移住した日本人が何世代もかかって日系社会を作り上げたように、そしてその子供たちの時代には日系人が米国の政治家になれるように、チャンスは誰にでもある。自分の子供の時代に幸せが来ればよい、その為にお父さん、頑張るよ、そんな長期的な視点で移住を考えてください。

 

少なくとも自分の世代で自分が幸せになれるなんて考えると、後悔しますよ。子供の為に苦労する、そんな気持ちをもてますか?

 

大きな牛の尻尾にしがみつくか、ちっちゃくても鶏の頭になるか。どっちにしても今すぐ楽になる、なんて事だけは思わないで下さいね。

 

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2007年05月14日

Infection

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日本語のタイトルは「感染」。レンタルショップのVideo Easyで新作を探していたら、棚の中にたまたまInfectionというタイトルで、でも日本語がちょびっと書いてたDVDがあったので手にとって見た。

 

そしたら佐藤浩市主演の映画で、一本が一晩レンタルで9ドルだった。ちっとばかり高くないか?日本円なら800円だべとか思ったが、まあ新作でもあるし、NZでは見る機会がないだろうからと借りてきた。

 

その晩早速家族と一緒に見たのだが、どうも家族には不評。

 

その原因は、やはりハリウッド型ホラー=(筋書きが簡単で、前提や背景が分かりやすい)に慣れているため、このような意味の分かり辛い筋書きは、感覚的に理解しにくいようだ。

 

***

増改築が途中で中止され職員の給料は未払いのまま、しかも院長は行方不明
そして注射器や点滴の在庫が底をつきかけてる経営難の病院で、
人手不足から疲労がピークに達している医者と看護士たち
そんな中で医療ミスが起こった
彼らが隠蔽工作に奔走している最中に原因不明の病魔におかされた
急患が運びこまれ、病院内に謎のウイルスが蔓延し始める・・・

***

 

僕も観ていて思ったのだが、結局これって、人の心の中にある罪悪感が謎のウイルスの引き金みたい。

 

奥さんもみゆきも、その辺がどうも理解不能だったらしい。「それなら、誰だって過去に一回か二回は間違いをしただろうし、そんな事で病気が広がるんだったら、生まれたばかりの子供以外は、世界中の人間全部が死ななくちゃいけないでしょ」

 

最初に出てくるりんごも伏線だが、これも「だから何?当たり前でしょ」で終わり。

 

やっぱ、貞子の恐怖は、スリルから謎解き、最後の結末まで、きちんと引っ張ってくれる映画だったので、それに比べると、ちょっとな〜。

 

佐藤浩市、高嶋政伸、星野真理、南果歩、佐野史郎、みんなうまい演技をしているのだが、全体が何となくしまりがない。勿体無いなと思った作品。

 

もしかして日本病?作り手がこだわり過ぎてて、肝心の視聴者の程度を忘れていて、「何でこんなにすごいのに、誰も喜ばないんだ!」ってやつではないか。

 

にしても、この映画、製作は2004年だ。それが今になってVideoEasyの棚に新作として出てきた、その流通経路の方が興味のある話だった。

 

昨今の日本ホラーブームで、レンタル屋の仕入れ担当者が「これも良いかも」と思って仕入れたんだろうか?それなら良い意味の世界的感染だ。

 

写真は、現在大改築中のブリトマート地区のビル。昔この地区は、オークランド港の輸出入で盛んだった。これからは、昔の外観を残しつつ新しい街に変化していく予定。

 

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感染 プレミアム・エディション

*どうでも良いが、検索する時には必ず「感染 佐藤浩市」でする事。「感染」だけで検索すると、パソコンの画面を覗き込んでる家族に笑われるよ、「すけべ日本人!」って。

 



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2007年05月13日

WTR

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永住はワークビザから

 

ビザVisaとパーミットPermitを混同する人が多い。これはまあ、よく似たものなので分かりにくいのも事実。だいいち、一生に何回もお世話になるようなものでもない。

 

ただし、ニュージーランドに移住しようとか働こうと思ってる人は、一応知っておいたほうが良い。

 

Visaは、日本出国前に、相手国に対して、「私が入国しても良いですか」と確認(申請)して、取得する事前許可証だ。

 

これに対してPermitとは、名前のごとく許可証で、入国の際に移民局担当者によって発行される入国許可証。一般的には旅券に押されるスタンプだ。

 

だから事前許可証であるVisaと、到着時に発行されるpermitは、どちらも入国許可証ではあるが、事前かその場での取得かという違い。

 

でもって、最近の永住権の流行は、永住権をいきなり取得するのではなく、まずはワークビザを取得して、仕事を見つけてくださいって方向性。

 

今までは永住権をいきなり申請して取得してたのだが、これだと永住権を取得しても就職せずにそのまま社会保障のお世話になる「ある種の人々」が増えて、それがキーウィからすれば「おいおい、俺たちの税金で外国人を養うのかよ?」という苦情になった。

 

そのような苦情に対応する為に、永住権をそのまま取得できるレベルの人でも、まずはWORKVISAを発行して様子を見る、つまり半年間の猶予を与えてニュージーランドで仕事探しをさせて、本人のスキル(熟練した業務)に見合う仕事がうまく見つかれば、永住権を付与するという方法だ。

 

このような永住権の取得方法をWork To Residenceと言い、WTRなんて略して使用している。

 

このビザの事をそのままWork To Residence Visa と言う人もいるが、これはビザの正式名称ではない。あくまでも最初にもらえるのは、OpenWorkPermitである。

 

最近の法改正で、それまでは仕事を探す期間を6ヶ月としていたのを9ヶ月に変更されたが、以前のルールでWorkPermitを取得した人は、以前のまま6ヶ月以内に仕事を見つける必要がある。

 

もし見つからなかったら?また、見つかったとしても、自分のスキルに関連しない場合は?永住権がもらえない。

 

自分は永住ポイントが140点以上あると思う人でも、ジョブオファーについては十分注意する必要がある。

 

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2007年05月09日

生き残るって事の続き

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暗い本、例えば「限りなく透明に近いブルー」が初刊で出た時に読んだが、その時に僕が感じたのは、ぞっとするほどの無気力感だった。

 

これで日本は大丈夫なのか?こんな本が売れるようでは、日本はもう終わりではないのか?その後、その本が売れたのは本屋の戦略だったと分ってほっとしたが、僕が感じたこの本自体の評価は、今も変わっていない。

 

この本、自殺をしたい人には向いているだろう。読みながら、魂が透明になって、力が抜けていって、す〜っとどこかに飛んでいきそうになるからだ。

 

ふと思い出した。第二次世界大戦前のハンガリーで作られた歌で、それを聞いたハンガリーの若者が自殺して、発禁になったと言う、いわくつきの歌がある。その後も1936年にフランスでダミアと言う歌手がシャンソンとして歌ったのですが、これは発禁にならなかったようだ。

 

暗い日曜日「ヤーヴォル・ラースロー作詞」

http://morita.tateyama.hu/

 

 

これは盛田常夫さんという東欧ハンガリー在住の方が翻訳したものだが、非常に学ぶべきものがある。勝手にリンクしたので、後でクレームがついた場合、削除せねばならない。

 

いろんなブログで原曲が聴けるので、興味のある方はどうぞ。

■暗い日曜日(Sombre dimanche)
http://www.akzt35.photoshot.com/SombreDimanche.wma

 

若者が自殺した理由は、スエデンボルグみたいに死んだ人に「どうして?」と聞く能力がないので確認は出来ないが、当時の戦争の影に悲観した若者が、これ以上生きてるよりはと選んだ道だとも言われている。

 

いずれにしても、言葉の重みである。言葉が、言霊が人を死にたくなるような気持ちに追い込む事が出来るという一つの事実を示していると言える。

 

「土方殺すに刃物は要らぬ、雨の三日も降ればよい」なんて歌があるが、人を殺すに刃物は要らぬ、である。生きる気力を失わせてしまえば、人は死ぬのだ。

 

その意味で、食い物はあるけど、生きる目的がよく分からない、気力がない、そして叩かれ弱くて他人の意見をとても気にする、敵から食い物を奪ってでも生き残っていこうとする気力を持たないんだけど、でも飢え死にするのは怖いって人がいる。

 

なんだかループ。ぐちゃぐちゃ理屈をこねてる間に、時間は動いている。

 

海外に来たんだから、どんどん自分で判断して動かないと、あっと言う間に置いてけぼりにされる。のんびりと構えたり、自分は知識がないからゆっくり考えますみたいな、そんな甘いことは言ってられない。

 

自分の人生を賭けて戦うのだ。

 

でも、実際は多くの人が、生き残る事の現実的な恐怖を知らないままに、毎日を「まあ、明日やればよいよ」って、過ごしてる。

 

これが結局、平和ボケなのかなと思う。実際の銃を使った戦争状態だけでなく、ビジネス競争も、一種の戦争だ。だから、ぼけっとしてたら、あっと言う間に足元をすくわれて、親から受け継いだ資産を、あっと言う間に無くしてしまう。

 

今、君の周囲にはどちらの型の人間が多いか?

 

友達、選ばなきゃね。

 

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tom_eastwind at 20:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月08日

海外で生き残るって事

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生き残るって言うこと。

 

人が苦しい状況に追い込まれた場合の、生きようと思う気力=言霊の問題を考えてみた。

 

と言うのが、最近聞く話で、「ニュージーランドには来たけれど〜」と愚痴をこぼす人の話が小耳に入るからだ。

 

良い仕事がない、上司が理解がない、子供が学校で差別されてる、サービスが悪い、etcetc。

 

ニュージーランドは天国ではないし、嫌なこともたくさんある。日常生活の中で、日本と違った面もある。当然嫌なこともあるだろう。

 

ところがよく聞くと、文句しか言わない、そんな人に限ってあまり努力をしていない。

 

少なくとも、愚痴ばかりこぼして何もしないってのは、駄目だな〜と思う。何故かって言うと、愚痴を言っても絶対に問題は解決しないし、周囲を結局はネガティブに巻き込んでしまうからだ。

 

精々が、良い仕事はないけど、食えるから幸せだねとか、上司が馬鹿なら会社を辞めればよいなんて、日本と違って楽だよねとか、子供が学校で他のキーウィを学力で差別してるみたい、とか、サービスが悪いから、俺程度の人間のサービスでも「日本人最高!」ってなるんだよな、日本じゃ僕なんてごく普通なのに、て〜くらい言えないのかな。

 

苦しいなら、一人で苦しめ。他人を巻き込むな。他人が迷惑だ。自分の仕事が見つからないのは、この国のせいじゃない、自分の責任なんだって事を、しっかり理解することだ。だって、この国で生まれ育った人は、ちゃんと仕事を見つけて働いているんだから。

 

この国の人間のレベルが低いのどうのと片方で馬鹿にしながら、その馬鹿よりも安い待遇でしか仕事ができない人って、もっとxx??

 

どんなに苦しくても、まずは今、自分が生きている事、周囲に生かされている感謝と言う積極的思考をすれば、自然と周囲には積極的な人が集まる。ネガばかり言ってるから周囲もネガマンばかり集まって、結局いつまで経っても状況は解決しないんだ。

 

とは言っても、愚痴をこぼす人々はそんなことを言い続ける。何故か?答えは簡単、とりあえずどれだけ貧乏でも食っていけて、インターネットさえ出来るくらいの、何とか最低の生活環境があるからだ。

 

殺されるとか、食い物がないとか、学校にも行けないとか、そういう、本当に苦しい状況には生まれて一度も追い込まれたことのない人が、以前の生活と今の生活を比較してどうのこうの言ってるだけだ。要するに多いか少ないかの、「比較」の問題。生きるか死ぬかと言う「絶対」の問題ではない。

 

ほんとに食えなくなったら、そんな悠長なことを言ってはいられない。子供ならゴミ箱を漁ってでも、大人なら持てる知恵を振り絞って食い物を探す。でも、意外とそんな時の方が、生き残るという気持ちは充実しているんではないだろうか。

 

ここからは僕が座右の銘として出張中も常にかばんに入れている「中村天風」の言葉の引用だ。

***

やっぱり人間の意志の強さ。(中略)とにかく人間は造物主から、言語活動という、本当に考えきれないほどのありがたいお恵みを受けている。

 

やたらに消極的言葉を使う事が、造物主が特別に与えられたお恵みであるかのように思っている人がいる。例えば体の悪い時に「ここが痛い」と言う。言うのは構わない。痛くないと言えば嘘になるからだ。けれど、その後がいけない。痛いから「痛くて仕方ない」とか「もう駄目だ」と言う。それがいけないのだ。

 

何故痛いものに、更に理屈をつけて消極的言葉をわざわざ言う。

 

「痛くて仕方がないから痛くてどうしようもないと言うのだ。何が悪いのか」

 

しかし、よく考えてみろ。痛くてどうしようもないと言って、どうにかしようがあるか?じつにつまらない事だ。

 

例えば暑い時でも「暑いな、やりきれないな」。これがいけない。暑い寒いは感覚だから、それは言って悪いとは言わない。でも、暑いなと言ったら、その後にもっと積極的な事を言ったらよいではないか。「暑いな、余計元気が出るな!」と。

 

「丸い卵も切りようじゃ四角、ものも言いようじゃ角が立つ」と言うではないか。言ってるそばから自分や周囲を傷つけているだけだ。

 

久し振りに会った人に、いきなり「何?最近顔色悪いね?」とか「調子悪いみたいね?」等と言われてうれしい人はいない。

 

嬉しさも悲しさも、周囲に伝染すると言うことをしっかり理解すべきだ。そして積極的に生きれば、自然と周囲に同じような人が集まる。どうしてか?彼らも積極的に生きていて、積極的な人と知合いになりたいからだ。

 

反対に言えば、消極的な人間と言うのは、お互いにネグラに篭って傷を舐めあい、後悔と諦めの言葉ばかり繰り返しながら、それでいて何もせずに、自分が格好良いシニカルな生き方をしていると本気で思い込む。

 

言葉にはそれだけの力がある。気だ。言霊と言う古代からの日本語は、まさにそれを表している。気が心を動かし、体を支配し、気が弱ければ病気になり、気が強ければ健康になる。病は気からというのも、そこに通じる。

***

ここまでが中村天風からの引用。

 

音楽や文字も同じだ。何故人は、ある音楽を聴くと元気が出て、ある音楽を聴くと暗くなるのか?何故本を読んで明るくなるのか?そこには言霊が大きく影響していると思う。自分が発する言葉、まずそこから積極的にしようではないか。

 

移住と言う仕事をしていて、海外で生活する日本人でも、適応性のある人とそうでない人の違いは、積極精神があるかないかではないかと思う。

 

先週はお客様のご自宅でパーティを開催したが、30名ほど集まった皆さん、実に元気よく、生き生きとおしゃべりをしていた。あれが駄目なんですよ、これが駄目なんですよ、なんて言う人は、一人もいない。みんな自分で積極精神で人生を切り開いてきた人ばかりだ。

 

勿論皆、それなりに苦労していると思う。楽しいばかりの人なんていやしない。でも、パーティではそんな事を口に出さない。楽しい振りをしているのではない、楽しんだほうが得だから、そうするのだ。

 

皆初めて会う人が多いのに、どんどんその場の雰囲気で積極的に話しかけていって、それが更に相乗効果として、皆の間に良い雰囲気を醸し出す。

 

そういう人に囲まれて話をすると、こちらも、とても元気になる。また、そういう人は、訳の分からない、理不尽な話をしない。きちんと筋を通して、自分がすべきことはちゃんとわきまえている。その上で、どうやればもっと良くなるかと考えることが出来る。

 

とにかく移住を考えようと思う方に知っていただきたい。あなたのその姿勢は、消極的ではないか?ニュージーランドに行きさえすればどうにかなると思ってはいないだろうか?

 

積極的に生きる、それを言葉に表す、それこそがすべての第一歩だ。

 

写真はクライストチャーチの黄葉。紅葉と並んでとても綺麗だった。

 

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tom_eastwind at 18:59|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月07日

到着

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到着。

今日月曜日は、朝から1時間単位でアポイントが入ってる。

あ、ちなみにアポイントと言う英語はあまり好きではない。使いやすいのだが、どうもすぐアポと短縮する人がいるし、福岡ではあまり良い意味ではないからだ。

 

なので、日頃は面談とか予定と書いている。

今までの書き込みを見ていただければ、僕がアポイントと言う言葉を殆ど使っていないのが分かると思うけど、まあ、他の地方の人からしたら、どうでも良いようなことから今日が始まる。

9時45分に、新しくウェブ担当で採用したパートタイムさんと、新しいページの打ち合わせ。

10時00分に、昨日到着した移住のお客様の面談。ご家族があるのだが、まずはご主人が観光ビザで渡航して現地でワークビザ取得、その後に日本の奥様と子供がオープンワークパーミットで入国すると言うパターンだ。

この場合、一旦入国してしまえば、夫婦でワークを取り合って、4年程度は問題なくこの国で合法的に仕事が出来る。その間に英語力を高めてローカルの知り合いを作り、永住権取得と言うパターンだ。

英語がIELTS6.5でなくても、まずはワークビザで入るという方法も現実的である。ワークビザで生活して、街の雰囲気が合わなければ日本に戻ればよい。

11時00分にはやはり日本からワークビザ取得の為に渡航した方の面接。これは、当社で採用枠がないかとやってきた方だ。実に真面目で誠実な感じを受ける。あまりに真面目過ぎて、この国のような、ある意味「いい加減さ」を受け入れ可能か?なんて思ったりする。

12時00分には、10時のお客様と同じく、到着したばかりの移住会員のお客様。すでに今まで下見渡航もしており、場数を踏んでいるため、余裕の到着。掲示板を見ながら、時間調整をしてたようだ。

到着後初日の面談は、仕事やビザと言う本ちゃんの話よりも、口座開設、バスの乗り方、当面のアパートの探し方などで殆どの時間を費やす。

実際のビザ取得や仕事などは、数日してからでないとゆっくり話をする気持ちの余裕もないのが事実だ。

しかしまあ、これから長い付き合いなので、ゆっくりやっていこう。

13時00分には、当社の携帯電話レンタルの精算システムを簡素化する為に、EFTPOSを販売している業者さんとの打ち合わせ。ガタイの良いお兄ちゃん、丸坊主頭がかっこいい!なんて言ってる時間はなく、実は担当者に任せてしまった。10時と12時のお客様の面倒を見るほうが先だから。

14時30分には、同じく携帯電話レンタルで長い付き合いの、テレコム販売店の社長さんと社内でミーティング。新しい機種や料金について打ち合わせながらも、掲示板やインターネットに接続しているお客様に目が行ってしまう。

結局全部終わったのは16:00頃で、接客の間中も、週末にロトルアに行ったお客様の様子伺いや、土曜に開催した、渡航客を集めたバーベキューパーティの様子伺い等、etc。。。

勿論僕の担当はそれだけではないので、通常の月曜日の忙しさである、各部門からの週間報告や売り上げ報告にも目を通して、ある支店からは販売方法の変更の提案も受ける。

そうだな、地域によって営業方法は変化する。それもしっかりこまめに対応しないとな、そんな事を考えてたら、もう16:30。

それにしても今日は、僕だけでなく、すべての部署が忙しかった。朝から全部署のスタッフが走り回り、お昼ご飯もゆっくり食べてないって感じ。僕は、案の定、お昼抜き。他にも昼抜きスタッフは数名いたな。ほんとに今日は、皆さんお疲れ様。お客様もスタッフも、よく走った一日だった。

本当は月曜日の朝にする予定だった移住会員向けのメルマガサービスの打ち合わせは、明日に延長。

月曜日は、本当に一週間の始まりって感じで、楽しい!この忙しさが、どこまでも続きますように!そして皆が楽しく働けますように!

写真は、オークランド空港の到着ロビー。

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tom_eastwind at 17:43|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月06日

パシフィックプリンセス

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そろそろ夏も終わりのオークランド。

山水での昼食後に市内観光。それにしても山水、昼食でさえも予約なしでは、カウンターにも座れないほどの人気。それも口コミなので、有難い。

オークランドはちっちゃな街だが、しっかり見ておかないと、毎日あちこちで変化が起きていて、それに取り残されそう。

今日はヒルトンホテルの近くの埠頭まで足を伸ばすと、またも随分と上品な客船が泊まっていた。

ぼくの携帯カメラではここまでが限界だが、名前を見ると、パシフィックプリンセスとある。

最後の南太平洋のクルーズを楽しもうとするのか、その日は胸にちっちゃな名札を付けた老夫婦観光客が、クイーンストリートのあちこちを楽しそうに歩いてた。

クルーズの停泊期間は1泊程度だが、お土産や、レストラン等は期待して揉み手で待っている。

楽しそうな顔で船から出てくる人々を見ると、イラクの戦争はどこのこと?日本の格差は何の話?と、ついつい思ってしまう。

オークランドっ子も、実に楽しそうに仕事をして街を歩いてるから、何だか世の中がどこも幸せの塊みたいな感じがした今日この頃。

勿論そうじゃないのは、新聞を見ればよく分かるのだが。

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2007年05月05日

クイーンストリートの道路工事

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クイーンストリートの道路工事

 

写真はクイーンストリートの道路工事。クイーンストリートのアップグレード計画と名付けられていて、道路と歩道の全面的な作り直しをしている。

 

オークランドシティの北側、高層ビルのすぐ足元に、東西に横たわるようにして伸びるワイテマタ湾。湾と平行に走っているカスタムストリートと、それを十字架の縦線のように真っ直ぐ南に向かって伸びるクイーンストリート。

 

今回の工事はこのクイーンストリートの拡張工事である。拡張と聞いた時、道路を広げるのかと思ったら、何と歩道を広げる計画で=道路を狭める計画という事。

 

戦後の日本は区画整理や道路整備の為に、住んでいた人が立ち退きをして道路を広げるのが普通だったから、1年半ほど前に、初めて計画を聞いた時、僕の英語能力に問題があったのかと感じたほどのカルチャーショック。

 

元々クイーンストリートは、上下2車線ずつ確保されており、更に道路が歩道側にえぐれた形の一時駐車場所が91箇所確保されていた。これは短時間(15分程度)の駐車や荷物の上げ下ろしをする商業車の為に確保されていた。

 

ところが2年ほど前からクイーンストリートの人ごみがどんどん増えてくるに従い、交差点で人が渡りきれないほどになり、その為信号も作り変えられたくらいだ。それでも人が増えてきて、普通に歩く歩道でも、込み合う時間帯は二人が肩を並べて歩くもの大変なくらいになった。

 

そこで2年ほど前からシティカウンシルが研究を始めて、通り沿いの企業にアンケートを行い、現在のプランになったのだ。

 

ニュージーランドの窓口であり、オークランドの目抜き通りであるクイーンストリートを、人が安心してゆっくり歩ける道にしよう、そういう趣旨で導入された今回の工事は、約1年かけて、91箇所あった駐車ベイを51箇所に削減し、その分を歩道拡張、タクシーやバスの乗り入れ禁止にして、歩道に木製のベンチを並べて、やしの木を並べて、市民や観光客に楽しんでもらおうと言う算段だ。

 

この工事に限らず、西部高速道路の建設についても、とにかくしつこいくらい、市役所からアンケートや質問や希望はないかなど、頻繁に連絡がある。

 

クイーンストリート工事の時も、通り沿いのお店のオーナーに、荷物の積み下ろし時間や希望を聞き、必要ならいつでも市役所に来てください、公聴会もやりますので、是非意見を述べてください、それから総予算はいくらで、何にいくら使って、いつからいつまでに工事を終了させます、出来上がりはこうなりますって、すべて市役所のウェブサイトで公表されている。

 

ニュージーランドは工事が遅いとか程度が低いと、日本から来た建設関係の人から言われるし、僕としてもそれは同感だ。

 

でも、道路か歩道かってなったら、市民のための道路を取る、タクシーの乗り入れ禁止など、市役所は市民の為に働いているって姿勢は、とても評価出来ると思う。

 

工事の終了は来年になるそうだが、出来あがった時は、やしの木の下で木製のベンチに座り、オークランドの昼下がりの陽光を楽しむ人々を見かけることが出来るだろう。

 

写真は工事現場。オレンジが鮮やかです。

 

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2007年05月03日

軍歌の響き

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先月の月刊ニュージーランド最新号で稲葉一男氏の最新コラムが掲載された。

読売新聞経済部の元記者であり、退職後クライストチャーチに移り住み、月に一回発行される現地無料日本語情報誌である月刊ニュージーランドにコラムを寄せている。

 

 

「『防衛省』発足の彼方に」というコラムでは、日本が戦争を出来る普通の国になろうとしている様子を書き、今こそ国民が政治に対する姿勢を明確にしないと「(戦地に)征かされるのは君かもしれない」と訴えている。

 

コラムの中でも興味深いのは、すでに日本の現在の有事法で、政府はいつでも自治体職員や土木、医療、運輸企業の社員には政府が協力を要請出来る事を指摘している点だ。

 

防衛省発足から現行憲法改正、特に普通の軍隊が持てて海外に派兵出来るようになった現在の仕組みは、まさに戦争の準備である。

 

そして一番同意したのが、これから日本は、戦前の日本がそうであったように「非国民」と言う言葉が復活するのではないかという点だ。

 

僕もこの点に同意する。

 

「そんな馬鹿な事、ありゃしないよ〜」なんて言ってる皆さん、日本に国家総動員法が施行されたのは、一九三八年 (昭和十三年)五月五日である。その第一条には、「国家総動員法は、戦時に際し国防目的達成のため、国の全力を最も有効に発揮せしめるよう人的および物的資源を運用することをいう」とあった。

 

こうして、政治はもとより、産業経済、教育、文化、報道、通信などすべての組織、機関が戦争貫徹のために組織され、動員された。

 

では、誰が戦争をしたいのか?答えは簡単、現在すでに戦争状態にあり、これ以上自国の兵隊を殺したくない、軍備費用を負担したくない米国と、彼らに同調する愛国右翼である。

 

右翼政治家の場合、自分のお金が目的ではない。国は自衛の為の軍隊を持つべきだという思想信念なので、それはそれで一つの筋が通っているからたちが悪い。その思想に、米国の目論見が一致して、共同して日本の軍備化を進めているのだ。

 

これからは、何か正当論を言えば、「非国民!」「欧米か!」などと、突っ込まれることになるだろう。

 

でも、なんで日本が米国のいう事を聞かねばならないの?

 

これも答えは簡単、日本は前回の戦争で米国に完敗してから、独立国の形を取りながら、実は米国に支配されているからだ。これは実は簡単な理屈なのだが、国家単位で考えるから分かりにくい。

 

ここまでは、実は4月半ばに書いたネタだが、ゴールデンウィークで国民がお祭り気分の中、更に永田町のお祭りで盛り上がっている政府は、ついにここまでやってくれた。

 

***************

今日の北海道新聞

 

議員 新憲法大綱案を「提言」(05/03 00:05

 自民、民主、国民新など超党派の保守系議員有志でつくる新憲法制定促進委員会準備会(座長・古屋圭司衆院議員)は二日、天皇を国家元首と明記し、「防衛軍」創設などを盛り込んだ新憲法大綱案をまとめた。三日に東京都内で開く憲法フォーラムで正式発表する。

 

 大綱案は提言の形を取っており、天皇制については象徴天皇制を維持しつつ、条文で天皇を国家元首と位置づけ、皇位継承権は男系男子に限定する考え方を示した。

 

 戦力の不保持と交戦権否認を定めた現行憲法九条二項は全面削除。首相が最高指揮権を持つ「防衛軍」を創設し、「国際社会の平和と安定に寄与できる」ことを明記するとした。集団的自衛権行使の権利明確化、国民の「国防の責務」、軍事裁判所の設置、憲法改正発議要件緩和も打ち出している。

 

 準備会は今後、現在二十五人の参加議員を拡大して「新憲法制定促進委員会」を発足させ、大綱案をたたき台に条文化作業に入り、各党の憲法論議に反映させる考えだ。

     **********

 

まさに戦前の「軍歌の響き」が、そのまま戻ってきたようだ。

 

写真は学徒出陣式の光景

 

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2007年05月02日

耐震偽装問題

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今日はちょいと番外編。

スタンフォードプラザホテルが改装中なのは時々書いてますが、ここはクリントン、英国王室から初代ジェームスボンドまで、実に様々な有名人が宿泊した、オークランドで最も格式の高いホテル、、、、と言える。

消去法とも言うが。

何にせよ、最近の新しいホテルラッシュで、負けじと老舗スタンフォードも大改装をやっているのだが、元々30年近く前に10階建てとして作られた構造だから、その当時のニュージーランドの建築技術から考えても、地震がない国として自己解釈されている国としても、10階建ての時点であまり耐震構造を考えているとは思われない。

そこが10階建ての建物の上に、更に10階を付け加えて高層ビルにしようとして、現在営業中のホテルの横にクレーンを張り出して取り付けて、工事の真っ最中だ。

勿論日本とニュージーランドの建設基準は違うし、地盤や地震の問題など、根本的な問題も違うから、素人の僕が口をだすところではない。

ただ気になるのは、最近になって、というか、去年の10月頃から既存の部屋やテナントが再開するようになってから、雨漏りがするようになり始めたってことだ。

山水日本食レストランでも、雨が降ると3箇所くらい雨漏りする。おいおい、10階建てビルの1階に位置するのに、雨漏りですか〜。

おまけにうちのすぐした、地下にあたる部分に入ってるテナントであるHISにも雨漏りがしており、これって、もしかしたらどっかに大きな隙間が出来たのでは?と思わせるほどだ。

今日も鉛管工のおじさんが来てとんてんかんてんやってたが、任せざるを得ないとは言え、出来れば雨漏りの補強をもすこしいれてくださいと思ったのは、僕だけか?

法律や耐震条件の細かい点は分からないが、日本で問題になった耐震基準も、世界で言えばトップクラスで厳しいんだろなと思った今日でした。

写真は、山水側から見た工事の現場。万国旗の下に並んでる窓が山水で、HISは右の下側です。

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tom_eastwind at 00:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年05月01日

アンザックデイと日本の関係

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毎年4月25日はアンザックデイ。今年は水曜日がアンザックデイという事もあり、一週間が二つに割られて二週間になった気がする。

 

アンザックデイ自体は検索かければすぐに出てくるものだ。

 

第一次世界大戦中の1915年、地中海と黒海を結ぶ細いダーダネルス海峡を封鎖すべく、ガリポリ半島に兵を進めた英・仏・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどの連合軍が約半年近い戦いの後に、遂にドイツ・トルコ軍の鉄壁の守りを破ることが出来ずに撤退した。

 

この戦いで多くのオーストラリア兵やニュージーランド兵が死傷し、負け戦なんだけど、この日を戦争記念日にしている。

 

そのあたりは辞書で調べれば、うにでもいくらでも出てくるが、あるスタッフに「じゃあその時日本軍は連合軍にどんな酷いことをしたの?」と聞かれ、はあ!?とびっくりマークが出てしまった。

 

そうかそうか、戦争と言えば第二次世界大戦くらいしか習ってないし、おまけに敗戦の記憶のみが植え込まれている歴史のみを学び、授業中にはよく寝る子だった元学生さんからすると、社会人になっても全然修正されてないままなんだと、歴史教育の怖さにぞっとしたものだ。

 

確かに日本兵は勝ったけど、第一次世界大戦では日本は連合国軍側についており、戦争が始まるとドイツ軍が守る青島(チンタオ)要塞を奪った。つまり英国やニュージーランドの味方だったのだ。

 

と、ここまでは授業中に起きてたら高校生の時には理解されているはずだが、実はこの第一次世界大戦の話は、もうちょっと先がある。

 

第一次世界大戦当時、連合国軍の一員として欧州に出征!と言えども、ニュージーランドが持っていた船は羊毛や羊肉を運ぶ商船のみ。

 

つまり戦うための軍艦を持っておらず、欧州への兵隊輸送はすべて羊肉や羊毛を運ぶ輸送船=商船で行われていた。ところがインド洋や地中海にはドイツ軍潜水艦や砲艦が網を張って商船が来るのを待っている。それこそ、羊の群れが狼に突っ込むようなものだ。

 

そんな時、約8千キロも離れた日本海軍が北半球から赤道を越えてニュージーランド軍の為に巡洋艦や駆逐艦を送り出し、1914年の戦争初期から終戦時まで、ニュージーランド兵の欧州輸送を護衛していたのだ。

 

考えてみれば日本が開国したのは1868年で、ニュージーランドが英国の植民地になったのが1840年だから、ニュージーランドは何と日本より古くから英国連邦の一員だった。

 

ところがニュージーランドよりも28年も遅く開国した日本は、それから軍備を整え、立て続けに清国、ロシアと言う大国を破り、1904年の時点では世界でもひけを取らない軍隊を擁し、東洋の小さな島国ながら、同じような南太平洋の島国ニュージーランドを守って戦ったのだ。

 

今でもオークランド戦争記念博物館に行くと、当時の日本軍の駆逐艦の写真や、護衛を終えてオークランド港に戻ってきた日本海軍兵が、疲れを取るためにロトルアの温泉につかった写真が残っている。ヘラルド新聞にも取り上げられており、当時ニュージーランド軍がどれほど日本軍を頼りにしていたか、よく分かる。

 

ついでに言えば、と言うかこれが隠れ本題なのだが、ニュージーランド人にとって日本人は他のアジア人とはちょっと違った見方をしているのは事実だ。ではその事実がどこから作り上げられたのかと言うと、大きく分けて3つあると思ってる。

 

一つは上記に書いたように第一次世界大戦で日本軍がニュージーランド軍と一緒に戦った仲間だという事実。

 

二つ目は第二次世界大戦なのだが、運よくと言うか、第二次世界大戦では日本が太平洋を舞台に戦争したのに対して、ニュージーランド軍はその軍隊の殆どを欧州に送った為に日本軍との直接組織戦闘が行われなかった事にもよる。

 

太平洋戦争では日本軍は、南アジア及び南太平洋各地で米軍及びオーストラリア軍との戦いを行い、ある時などはシドニー湾に潜水艦を進入させて市街に砲撃を加えたこともある。

 

この場合、戦闘自体というよりも、戦闘終了後に日本軍が行った残虐な行為がオーストラリアの人々の心を傷つけ、反日活動の原点となっている。

 

この残虐な行為に関しては「え、そんな事ないよ」など諸説あるが、オーストラリアの人々がアンザックデイの度に日本に対する反発を招いているのは間違いない。

 

話はニュージーランドに戻るが、要するに組織戦闘をしなかった為に、キーウィは日本人に対する反発はそれほど起こらず、むしろ米国人を嫌いなキーウィらしく、戦後は「あんなちっちゃな島国が、よくもまあ米国を向うに回して戦ったよね」と、ある意味賞賛をしている。

 

また、終戦前には原爆や東京大空襲で日本の国土を焦土化されたにも関わらず、たったの10年で戦後の復興を遂げてしまう、その働き者の姿は、キーウィの心意気と一致するものだった。

 

以前も書いたが、今の50代のキーウィはとっても働き者である。マルガリータバーに出入りしてる無職若者酔っ払いキーウィと同次元で扱ってはいけない。自分の目の前にいる馬鹿キーウィを見て、すべてのキーウィがどうのこうのと言う輩もいるが、君が出入りしている場所がそもそも問題であると言うことを知るべきだろう。

 

そして三番目は、僕も直接体験したのでよく分かるが、1980年代に東京からオークランド直行便が就航して、多くのハネムーナーがニュージーランドを訪れたことだ。

 

そりゃなんじゃ?と思われるかもしれないが、当時の日曜夜や月曜夜のオークランド行きジャンボ機は、殆どすべてが新婚さんで占められており、オークランド・クライストチャーチ・クイーンズタウンと言うお決まりの8日間観光コースが一人50万円くらいしていた時代だ。

 

その時の新婚さんは、まるでおしどり夫婦のように仲良く手を繋いでペアルックで、初めて訪れる白人の街をにこにこしながら歩き、お土産やさんに入れば、棚の端から端まで同じようなキーウィ人形をごそっと買い込んだものだ。

 

キーウィからすれば、何で同じ人形を何十個も買うのか意味不明。そりゃそうだ、結婚式に来てくれた人へのお祝い返しという発想がないのだから、「何で自宅にそんなもんをたくさん並べるんだ?お土産やでもするのか?」と考えてしまうくらいだ。

 

それでも、値引きも要求せずに、にこにこして商品を買う新婚さんは、キーウィにとっても実に可愛し美味しい商売。おまけに店を出るときに店主に「一緒に写真撮ってください!」と言われては、こりゃもう嬉しくておいしくてしかたない!

 

夕食にニュージーランドワインをカスクで出せば、うまいうまいとよく飲んでくれる。ラム肉を出せば、おいしおいしいと食べてくれる。こんな楽しい商売はないやね。

 

この時の旅行関連産業は日本人観光客により潤い(ぼろ儲けとも言う)、自分の年収並みのおみやげをたった一週間の旅行で使ってしまう、まるで子供みたいな日本人観光客に、キーウィの皆さんはびっくりするやら愛着心を感じるやらだった。そりゃそうだわな。

 

僕がクイーンズタウンに定住を始めた1980年代後半も、まだまだ日本人観光客が続々とやってきて、僕自身も当時は現地コーディネーターとして随分稼がせてもらった。貯金ゼロの男がたった一年働いただけでクイーンズタウンに一軒目の家を買ったのも、その頃だ。

 

ちなみにこの家、6年後に売却したら、購入価格の2倍になってた。その間は香港に住んでたので他人に家を貸してたのだが、家賃もしっかりもらえたので、旅行業は実に楽しいものだと実感した。

 

まあそれはいい。要するに、民間親善大使である新婚さんがニュージーランド中にばら撒いてくれた良い噂や話は、ますますキーウィを日本人好きにさせることになったのだ。

 

同じ時期に日本人男性連中は台湾や韓国に集団で乗り込んで「買春ツアー」をやり、アジアでは散々に批判されたことを思うと、実にニュージーランドと日本は、良いタイミングでこれたと思う。

 

現在も総じて日本人に対するキーウィのイメージは良い。勿論個人的に嫌な思いをした方もいるだろうが、それはどこの国でも馬鹿はいると理解して欲しい。

 

アンザックデイと日本の関係から1980年代の観光旅行まで日本とニュージーランドは、非常に良い関係を保ってきた。これからもこの関係が続くことを望む。

 

写真は巡洋艦明石(あかし)です。

 

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