2007年06月

2007年06月30日

アフリカの女王と著作権

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アフリカの女王と著作権

 

ハンフリーバガートとキャサリンヘップバーンが演じる名作「アフリカの女王」を久しぶりに観る。これって、子供の頃から通算すれば、大体20回以上見ているのではないかと思う。

 

500円DVDが出回るようになって、旧作が随分と身近になった。これだけでも、この年まで生きてて良かったと思わせる。

 

1951年制作のカラー映画で、ボギー(ハンフリーボガート)は、この映画でアカデミー主演男優賞を受賞した。

 

第一次大戦下の東アフリカで、物資を村へ届ける蒸気船「アフリカの女王」号の船長を演じるボギー。ドイツ軍の侵攻に遭い、すべてを無くした宣教師の妹。二人は敵を討つべく川を下りながらドイツ軍の砲艦に近づいていく。果たしてその行方やいかに!

 

ちゃんちゃちゃ〜んって感じの筋書きだが、正義と悪がはっきり区別されてた時代の映画作りらしく、ドイツ軍が一方的に悪者に描かれてるのも、それなりに時代背景を感じて楽しい。

 

ボギーは世界的名作「カサブランカ」でも有名だが、それ以外にも実にたくさんの名演技をみせている。

 

恐怖の報酬、長いお別れ、マルタの鷹、枚挙すればいとまがないほど、戦前から戦後にかけて一時代を築いた俳優だった。

 

背が高いわけでもなく特別ハンサムなわけでもないのに、その存在感と演技力でハリウッドのトップスターに昇り詰めた彼は、今で言えばブルースウィリスみたいな感じか。

 

ボギーの名前だけで客を呼べる、数少ないハリウッド俳優だった。

 

ニュージーランドではまだ著作権が厳しく、5ドルDVDはさすがに出回ってないが、10ドルとか20ドル出せば、旧作の良い奴を探し出せる。

 

著作権が著作者の権利を守ると言うあふぉ〜な事を言うなんちゃら団体もいるが、実のところ、彼らが守っている権利は、著作者から権利を買い取って自分のものにした上で一般聴衆に対して高値で販売しているレコード会社や著作権管理団体などである。

 

だいたい、去年から今年にかけて話題になった、著作権の延長(今までは50年だったのが70年になった)ってのも、ディズニーのドナルドダックとかの権利をディズニーが守りたいだけで米国ロビースト経由で米国議会を動かし、それを日本を含む海外に押し付けたのも有名な話だ。

 

この延長にぎりぎり引っ掛からずに自由に著作権を使えるようになったのが、アフリカの女王のような旧作である。

 

思うんだけど、演技をする人(俳優、音楽家、絵描きetc)は、本当のところ、ある程度のお金さえ入れば、お金以上に、皆に知ってもらいたいという気持ちのほうが強いと思う。

 

勿論お金は大事。だから最近は、誰でも事前の許可なしにどっかの俳優の写真や音楽を使っても良い、でも必ず後でお金払ってねというシステムが導入され始めている。「報酬請求権化」というシステムである。

 

今は事前許可を取るための権利関係の確認が非常に面倒かつ煩雑で、全く生産性のない事の為に多くの人の時間が浪費されている。

 

東京で仕事をしている時に、そういう場面に出くわしたことがある。ラップのCDを出すのに、ミュージシャン(と呼べるかどうかは別にして)が作った音を起こして、一つ一つ原曲を見つけて、その著作権者や音楽事務所に連絡を取り、利用の認可を取ると言う「事前許可制度」である。

 

そんな事せずに、とりあえず使って、後で金払えばいいじゃん、どうせ原曲を作った段階で、人に聴いてもらいたいと思って作った歌なんだから。

 

ほんとに心の底から出てくる気持ちを歌に乗せて他人に話す。それがミュージシャンの一番の喜び。それで拍手がもらえれば、ただでも歌っちゃう!でもそれじゃ食えないから、自分で作ったCDを、歌った後にお客さんに買ってもらって収入とする。

 

それがほんとの音楽の姿だったのに、いつの間にか中間媒体である音楽事務所とかJasracとか何チャラかんちゃらが、自分の利益の為だけに、作者の権利を守るとの建前で自分の金儲けに走ってる現況。

 

どうなの、これって?

 

こんな音楽活動を地味にやってる人もいます。ただでもいいから聴いてもらいのです。

 

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tom_eastwind at 00:08|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月29日

悪法でも、法は法なり

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日本大学法学部の甲斐ゼミナールを運営する甲斐素直先生の随筆を、国籍に関して調べていたら偶然見つけた。

 

国籍離脱という随筆で、その内容は明快であり、更に、今日本に住む日本人にとって、非常に大きな問題を提起している事に気づいた。

 

その文章の、一番ポイントとなる部分を下記にそのままコピーしている。

 

ご本人に確認を取ってはいないが、ホームページに掲載されてもおり、学生や様々な人に読んで欲しいというメッセージもあるので、問題はないかと思う。

 

もし後で問題されれば、責任は僕に帰す。ただ、それほど内容が濃いので、是非とも読んで欲しい。

 

*コピー開始*

 

ソクラテスは、皆さんご存じのとおり、脱獄を拒みます。問題は理由です。よく、ソクラテスは「悪法といえども法である以上守らなければならない」と言って脱獄を拒んだ、と信じている人がいます。確かに、そうした趣旨の発言をソクラテスはしています。

 

 しかし、ソクラテスの、その発言には重大な前提があるのです。

 

すなわち、アテネは従来からその法に「満足しない者があるとすれば、自分の持ち物を携えて、どこへなりと望むところへ出て行くのを、誰にでも望む者には許」してきた(角川文庫「ソクラテスの弁明」一二三頁より引用)のだから、法が自分に都合の良い間だけアテネに留まってその保護を享受しておきながら、不都合な法になったといって逃げだすことはできない、ということを最終的な根拠としているのです。

 

そして、これにはクリトンも反論できず、牢獄を後にしたのでした。

 

もう少し砕いて説明すると、ソクラテスの主張は、法は全体として一つの体系をなしているのだから、自分に都合の良いところだけつまみ食い的に受け入れ、都合の悪いところは拒む、というようなご都合主義の認容を是認したのでは法の整合性を保つことは出来ないということです。

 

したがって、人として出来ることは、ある国の法体系の全体を飲むか、すべてを拒絶するかの二つに一つで、中間はあり得ないということになります。ただし、その結論の前提としては、その国が、国民の出国の自由を認めている、ということが絶対の条件となります。

 

 現代憲法の基本原理である個人主義に立脚する限り、他の国の住民になる自由があるにも関わらず、あえてその国に留まったという自発的な選択の存在こそが、国としてその個人に法的責任を問う決め手なのです。

 

その意味で、近年までの東欧諸国のように、国民の出国の自由を制限している場合には「悪法といえども法」であるどころか、むしろ悪法に抵抗する権利が認められねばならないという結論が導かれるはずです。

 

この立場から憲法二二条を見れば、その意味はきわめて明白です。海外移住ないし国籍離脱の自由が認められるか否かは、人が国の主権を是認するか否かの分岐点を決する概念と位置づけられます。

 

この自由が認められる国においては、人は、悪法で処断された場合も、法の許す抵抗、例えば上告や再審請求は許されても、脱獄したり、国外逃亡する自由は認められません。素直に刑に服せ、と要求する権利が、その国にはあります。二二条の権利は、その裏面として常に無条件に認められるべきであると理解されます。

 

コピー終わり*

 

さあ、これを読んだ皆さん、どう思いますか?

 

皆さんは自由意志で日本に住んでいるのです。だから、自分の都合の良い時は日本の法律で守ってもらって、都合が悪くなれば、そんな法律はおかしいなんて言って、法律に従わないというのは、間違いだとなるのです。

 

年金制度が崩壊しようと、自分がお金を貰えないと分かっていても、払わなければいけない。貰えないから払わないなんて理屈は通用しない。払うのは義務なのだ。

 

NHKのお金も、払わなくちゃいけない。観てるとか観てないとか、そんなの関係ない。法律でそう書いてるのですから。

 

自衛隊が国民を監視してても、それは合法なのだから、文句を言う共産党はおかしい。

 

イラクに派兵しても文句を言っちゃいけない。だって、法律で決まったんだから。

 

今の日本のやり方に文句があれば、法律を変えるか、出て行くしかない。中途半端は存在しないのだ。

 

法律も変えようとせずに、出て行きもしないのであれば、黙って日本の法律に従っておけよ、それが政府の言い分だ。

 

ニュージーランドの国籍は、永住権取得後5年で取得出来る。ニュージーランドは二重国籍を認めているが、日本は認めていないので、日本国籍は放棄することになる。

 

ただし、ニュージーランドの国籍があれば、オーストラリアで働く事が出来る。ニュージーランドとオーストラリアは経済緊密化協定を結んでおり、この協定に基づいて、両国の国民は自由にお互いの国を移動でき、仕事をして給料を貰ってもよいのだ。

 

河野太郎さんのウェブサイトでも二重国籍に関して議論が出ている。

 

ただ、二重国籍を認めるにしろ、認めないにしろ、その国籍を自発的に持つ以上は、その国の保護も受けるが義務も発生するという事実は変わらない。

 

いずれ憲法改正で普通に戦争出来る国に変わる日本。徴兵制度は、皆さんの気づかないままに可決されるかもしれません。そして皆さんの子供が大きくなった時に、外国で戦争しているかもしれません。

 

今の日本で、政府が押し付けてくる義務、それを文句言わずに受けるだけの覚悟があるんですよね?

 

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2007年06月28日

慰安婦問題

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慰安婦決議が、米国下院外交委員会で決議された。

 

日本と米国間の問題であり、本来はあまり僕の関連のある分野ではないが、さすがに日本人として、米国のあまりに勝手な言い分、論理不明検証不能事実誤認無反省な態度にはむかっときた。

 

慰安婦問題は、僕がしょうもない事を書くよりも、このようなブログを見ればいくらでも専門家が説明しているので、そこは省く。

 

ただ、僕が今まで知ってることで補足出来ることがあるのでいくつか付け加えておく。

 

戦後大ブームになった五味川純平の小説「人間の条件」では、日本人が強制徴用した朝鮮人や中国人が満州の炭鉱で働かせる場面が出てくる。そこには売春宿があり、朝鮮人が経営している。売春宿で働くのはすべて同じ朝鮮人で、親に売られた娘もいる。

 

本の中では朝鮮人、中国人の強制徴用、囚人の強制労働など、当時の日本軍がどれだけ無茶苦茶をやったか、明確に描かれている。

 

日本軍が中国の村に押し入り、老人や子供を皆殺しにして女性を強姦殺人し、それこそ悲惨な場面も描いている。それでも、その女性を強制徴用したという事実は、ただの一つも出てきてない。

 

この小説自体、戦後の戦争の反省の上に書かれたのだが、もし軍隊が本当に売春をさせる為に女性を強制徴用していたなら、この本でもっと大きく書かれていただろう。それこそ戦争犯罪だからだ。

 

反省大好きな日本人が左翼思想で書いた本でさえ、売春の強制など描かれていない。この事実を一体どう認識すれば良いのか?

 

子供の頃からよく色んな戦記を読んでいた。

 

昭和の当時に、戦地から帰ってきた作家の本も、かなり読んだ。高木俊朗、五味川純平、小島襄などの本は、当時の中国やビルマ、シンガポールあたりの現地の様子がよく分かる。何せ高木俊朗などは軍隊と一緒に移動していた記者だったのだ。全てを目の前で見ていた。

 

その当時の様子に、日本軍に従軍して移動する民間業者の姿がある。食料、燃料、資材などに混ざって、現地で置屋、売春宿、料亭などを経営しているのは、すべて民間業者である。

 

日本国皇軍は、そのような本来業務以外の管理など、する時間も、する気持ちもない、すべて民間委託であった事は明白である。

 

兵隊にしても、お金を払って民間業者のところで遊べば良いわけだから、軍隊がその組織を使ってわざわざ強制徴用などする必要はない。

 

もし強制徴用などしてしまえば、そのための収容所が必要になり、その為に兵隊が管理すれ事になれば、それだけ兵力を割かねばならない。

 

安い金で買えるものを、何でわざわざ高いコストを支払って、そんないつ逃げられるか分からないような女性を抱えておくものか。軍隊は忙しいのだ。

 

そして70年代左翼の代表である、そして今も現役で文章を書いている本多勝一氏も、中国で日本がどれだけ残虐な事をしたか、その著書であますことなく書いている。

 

しかし、そのような朝日新聞記者のルポでさえ、日本の軍隊が女性を強制徴用して売春させたという記録は、ただの一つも出てこないのである。もし本当にやってたなら、真っ先にテーマとしてあがってくるような内容だ。

 

「本に書かなかったからなかったとは言えないだろ」って反論があるのは了解の上。それを言うなら、証拠もないのにあったというのは、もっとおかしな話だろ。

 

今現在示されている証拠は、韓国のおばあちゃんの話という「証言」だけである。韓国のおばあちゃんが出てきて強制されたと言うが、その証言しか証拠がない。

 

その反対に、もし本当に日本軍が「やっていた」なら、その全ての記録は軍隊なので厳正な管理の下に書類が残っている。軍隊が書類なしで動くことなど、それこそあり得ないからだ。

 

戦後、売春に関する一部の記録だけ削除するなんて思いつきもあり得ない。だって当時は、そんな事を全く問題と思ってなかったのだから。

 

当時の記録は日本本国だけでなく戦争をしてた外地にも残っているし、戦争に負けている最中にその記録だけを破棄する必要を、誰が思いつくだろう。

 

また、戦後押収された書類には、捕虜を殺したとか民間人を虐殺した記録でさえ軍務書類として残っている中で、何故売春のような小さな件だけを破棄するか?

 

当時は軍隊に民営の売春宿が同行するのは当然の事であり、それが問題にされるようになったのは、1980年代に入ってからだ。

 

まさか戦時中から日本が負けることを予測して、40年後に兵士の性欲処理が問題になると予測してその書類だけ破棄したなど、それこそ荒唐無稽である。

 

元々この米国決議は、在米中国人団体が、本国の指令を受けて米国でロビー活動を行った結果であり、どれだけ日本人及び政府がバカにされているかを如実に示す事実だ。

 

詳しくは専門家のブログを探せばいくらでも出てくるが、いずれにしても日本政府の腰抜けさには、呆れるしかない。

 

やった事なら素直に謝ればよい。やってない事を何となく曖昧なまま認めてしまっては、日本人の恥であるし、それが歴史的事実になるのは、様々な識者が述べている通りである。

 

いくら現在の日本が米国の非占領国家だと言っても、やってもない事で頭を下げてバカにされて、それで怒れない政府や外務省は、プライドを亡くした犬のようなものだ。

 

時に人は、ただ肉体的に生き残るよりも、そのプライドと民族の将来の為に、命を賭けてでも立ち上がるべき時がある。

 

1300万部という空前のベストセラーとなったこの本「人間の条件」では、中国人捕虜の代表である王享立が主人公の梶に語る場面がある。

 

「梶さん、小さな過失や誤謬は、あんたも犯すだろうし、私も犯す。だが、これは訂正すれば許される。けれども、決定的な瞬間に犯す誤謬は、決して許される事のない犯罪になる」

 

梶を安倍に置き換えてみれば分かりやすい。

 

 

写真は人間の条件の主人公を演じる仲代達也。

 

 

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人間の条件〈上〉

 

 



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2007年06月27日

就労ビザ取得プログラム

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全く、資源を持たざる国家の知恵というか、今、あちこちの英語学校が開発している、就労ビザ取得プログラムという商品が人気を集めている。

 

国家自体が持つデメリット、つまり地球の端っこの田舎で地政学の影響が少ないから国際治安が良いという点を利用して、安全な国家というイメージを付けている。更に田舎を工業化出来ずに(Think Big Projectの失敗)自然が残ったことと、非核三原則を守ることでクリーンなイメージを持たせる。

 

メリットは、西洋諸国の一員であり、英語圏である。差別が他の英語圏よりも比較的少なく外国人歓迎。

 

等の諸事情を生かして、世界の優秀な人々をおびき寄せようとしているんだ。

 

日本から永住権を取得するとなると、どうしても英語能力(IELTS)6.5とか、現地でビザサポートがないとポイント不足で取得出来ないという人が殆どだろう。

 

しかし、日本にいながら6.5を取るのはかなりの難関だし、ましてや仕事の合間の勉強となれば、NOVAに行っても何年かかるか分からない。

 

ましてや、仕事探しをすると言っても現地に何のコネもないままジョブオファーをくれる会社などあり得ない。

 

忙しい合間をぬって年休を取ってやってきても、こちらの雇用システムは「今日面接したら明日から来てね」の随時採用である。

 

スタッフに欠員が出たらその都度補給する仕組みなので、「じゃあ3ヵ月後に来ます」と言ったら、「じゃあまたその時に人手不足なら面接するね」となる。

 

だから、どう転んでも観光ビザで入ってきても仕事を確定させる事は、ほぼ不可能に近い。

 

とは言っても、会社を辞めていきなり現地に飛び込んでも、本当に仕事があるのか?万が一でも仕事がなければ、日本に戻っての再就職は大変だ。

 

等と、様々な問題がぐるぐる巡り巡って、さあどうしよう、夫婦でふ〜ってため息をつくしかない。

 

ところが最近、移民局が大きな方針変換をした。

 

これが、「ニュージーランドに本当に役立つ優秀な移住者にとって有利な条件を提供する」って事だ。

 

これがどのような法案に出てますかなど、日本的な質問はしないで欲しい。というのも、移民局の判断や方針などは、殆ど表に出ない。裏でじわじわと流れてきて、それが当局者の間でじわじわと浸透していくのだ。

 

だから、どこにも書いてるわけではないが、毎日その動きを見ていれば、よく分かるという性質のものだ。

 

具体的には、「本当に役立つ」とは、NZに不足している技能を持っていることであり、「優秀な」とは、英語が出来て現地に溶け込み、現地でキーウィの補助として働ける人の事だ。「優秀」には、キーウィの放つジョークをすかさず返せる技術も含んでいると、僕は個人的に思ってる。

 

そして、このような不足業種での採用需要を吸収する仕組みとして考えられたのが、ニュージーランドで1〜2年かけて学生生活をする中で、キーウィジョークを覚え、現地に役立つ仕事を学び、社会に出て即戦力となる若い人材の養成である。

 

このプログラムのメリットは

1・不況(苦境)に喘ぐ英語学校を政策で救済して雇用およびビジネスの安定を狙う。

2・学生生活の期間は、その生活費でNZ経済に貢献してくれる。

3・現地生活に馴染む事で、卒業後の就職が、いきなり永住権組よりも円滑である。

4・採用する側からしてもトレーニング不要であり、即戦力として使える。

 

これは、今までの「いきなり永住権組」が祖国の資格で永住権を取得しても、NZでは仕事に結びつかず、それが失業に繋がったり、永住権を取れたらそのまま大学に行くと、その学費が国民扱いとなり、政府の負担が増えたからだ。

 

このプログラムだと、実際に就職できる資格を取るための学費や生活費は、自分で負担してねという事になる。

 

なので、英語学校はそれぞれ様々なプログラムを開発して政府に申請、認可を貰って、プログラムとして販売している。

 

ニュージーランドに移住したい日本人からしても、英語能力5.0程度で参加できるし、コースによってはアルバイトも週20時間可能、パートナーはオープンワークビザが取れるといったメリットがあるコースもある。

 

日本人がオープンワークパーミットを取れれば、職種を選ばなければ、大体仕事は見つかる。そして日本人独特の真面目さと会社に対する忠誠心があれば、ワークビザを雇用先から再度発行してもらう事も可能だ。

 

そのうち、プログラムに参加したパートナーも卒業してワークビザ取得、就職と繋げることで、二人での収入が確保される。

 

そうすれば、生活も安定するし、現地企業で長期に働く事で英語テスト免除、職歴ポイント取得などで、永住権への道は、一気に近くなる。

 

こうやって、NZ移民局は今も、若くて健康で会話能力もジョークも飛ばせる、優秀な人材を受け入れますよと、世界に向けてアナウンスを開始した。

 

ただ、その反面、いつもの事で、「上に政策あれば下に対策あり」の中華思想の英語学校が、何だかまたやばい事をやって、プログラムそのものが取り消しになり、それが他の、真面目にやってる英語学校のプログラムにも波及しているようだ。

 

このあたり、撒いた種を一生懸命育てて大きく、たくさん収穫しようとする日本人と、目の前にあるものは種籾も合わせて全部掻っ攫え、来年の収穫なんて知った事か、後はやとなれ山となれ的な中国人とでは、かなりやり方が違う。

 

ただ、今NZ政府が求めているのは、間違いなく日本人的な発想である。嘘をつかない、真面目に取り組む、その結果が、現在の移民局の、日本人に対する高評価に繋がっている。

 

観光ビザの延長、永住権申請の際の学歴や職歴のポイントの加算、申請書類に対する調査の軽さ、等など、長い目で見れば、結局日本人の方が得をしているのだ。

 

今回のプログラム、ちょいと自社の宣伝になるが、当社でも取り扱っている。すでにたくさんの問い合わせを頂き、すでにプログラムを終了して、スタンフォードプラザホテルやその他一流ホテルで働いている人もいる。

 

興味がある方は、一度問い合わせをしてみてください。思いもよらない永住権取得の道が見えるかもしれません。

 

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2007年06月26日

黒船

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昨日書きながら、ふと思った。

 

多くの経済ブログで、小泉は国家を米国に売却したとか、外国人の食い物にしたと言う発言がある。

 

 

実は1984年にニュージーランドの総選挙で勝利して首相の座に着いた労働党党首デビッドロンギ首相も、彼は現役の最中から国民に「売国奴」とか「首切り人」と呼ばれた。

 

国家の資産を次々と外国人に売り渡したり、国家公務員を民間企業に移管させたからだ。

 

彼は改革の途中、1989年の総選挙でジムボルジャー率いる国民党に大敗した。売国奴であり首切り人を許さないという国民の意思表示である。

 

2007年現在、デビッドロンギの行った経済改革を非難する声は、それほど聞かない。

 

確かに当時に比べてニュージーランドには多くの外国人が入ってきた。国勢調査でもアジア人の人口増加が目覚しい。それだけでなく、英国からの移民、米国からの移民も増えて

来ている。

 

規制緩和により外国企業が次々とニュージーランドに乗り込み、新しいビジネスを提供している。(成功しているかどうかは別として。この点はいずれ別の機会に書きたい、これは英国式戦略だと思う)

 

その結果、電話代は10年前に比べて半額近くになり、国際線は次々と外国人によって増便され、空港は拡張して、レストランは増えて、雇用も増大して給料も増えた。

 

では、その代わりにキーウィが受け取ったマイナスの資産とは何だ?それは、外国人と肩を並べて生活をするという窮屈さだ。それを窮屈と感じるなら、ね。

 

もう一つ言えば、競争の原理であろう。今までのニュージーランドは社会に参加する機会も平等、結果もすべて同等、要するに働かなくても手取りは同等だった。

 

この部分に、機会は平等だけど結果としての受取額は同等ではないよという仕組みが導入されたのだ。

 

平等という意味は誤解があるので、おそらくこれからは表現方法が変化するだろう。手取り金額が同等であるというのは、その労働の質や結果に差があれば、それは同等だが不平等である。その意味で平等を唱えるなら、結果の差に対して賃金で格差をつけるのは当然ではないか?

 

ただ、それが下がりすぎて国民生活に不安を与えないように、税金の再配分によってセーフティネットを構築するのが政府の仕事だ。

 

資源のない小国の行う規制緩和とは、元々資源のない国が外国からの資金やノウハウを移入させる事だ。もはや自国ではどうしようもない状態になっている国家を立ち直らせる為には、少しでもお化粧をして外国人を受け入れるしかない。

 

デビッド・ロンギ首相が就任した当時、ニュージーランドでは物価凍結令が発令されてた。すべての商品の値上げを一切認めないという法律で、これは日本では1946年に発令された。つまり、国家が崩壊した時にしか出てこない法律だ。

 

そんな状況で、デビッドロンギ首相が取った方策は、痛みを伴う改革だった。もうすでに自分の力ではどうしようもないところまで来ていたのだ。

 

ニュージーランド国民も、今はそれを理解して、歴史の本では彼を肯定的に評価している。そして何よりも、今のニュージーランドの経済成長がデビッドロンギの政策を見事に体言していると言える。

 

昨日も書いたが、日本は経済戦争で敗戦したのだ。負けたのだ。国家が崩壊したのだ。その事実の認識なしに昔を懐かしがっていても、何も進まない。

 

「蛍の墓」は、本当に悲しい話だけど、泣いてばかりいても前に進めない。

 

小泉首相が就任直後に国民に説明した。「痛みを伴う改革だ」と。その言葉が、今の日本の状況をとても良く説明していると思う。

 

あの時、小泉首相が話した言葉を「ふんふん」とか、他人事みたいに聴いてた人、今からでも遅くない、これからも痛みは続くんだって事を、早いうちに知って欲しい。

 

どんな政治家も、評価が下されるのは数年先だ。おそらく小泉元首相は、日本人を信じて「痛みを伴う改革」を行ったんだと思う。苦しいけど、日本人なら耐えられる。

 

これから50年先を見据えて、今は苦しいけど、外国人がどんどん入ってくるけど、日本人は黒船の時も耐え抜いたし、入ってきた外国文化をうまく日本人向けに作り直して、更に良いものを作った、だから我慢してやっていこう、日本人を信じて。

 

そういう事ではないかと思う。

 

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tom_eastwind at 00:04|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月25日

日本の、今から

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土曜の夜にニュースを見るつもりでチャンネルを回してたら、、、って、これはテレビのチャンネルがテレビ本体に時計のタイマーみたいに付いてた時代の言い回しだ。今はリモコンをがちゃがちゃやってたら、と言うのが正しい表現になるのだろう。

 

40年以上も前のテレビでは白黒テレビというものがあり、カラーテレビを買えない家庭では、番組の左上に「カラー」と表示が出ると、何だか「こら、貧乏人、まだ白黒かよ」と言われた気持ちになったものだ。

 

それでもいつかはカラーを買える、隣のお宅がクーラーを買えばうちも買う、会社の仲間が車を買えばうちも買う、みたいな、みんな横並びに成長していた時代があった。

 

1964年、東京でオリンピックが開催されることになり、その頃東京で生活していた町中の乞食が追い出されて普通のアパートに住まわされ、オリンピックと合わせて新幹線が開通し、1970年には大阪で万博が開催され、日本が皆で手を繋いで成長してた時代があった。

 

勿論そんな時代でも、成田の三里塚闘争、安保闘争、色んなことがあったが、総じて日本全体が成長した時代だった。

 

「就職が決まって 髪を切って来た時 もう若くないさと 君に言い訳したね」

 

松任谷ゆみの作った「いちご白書をもう一度」の歌詞にあるように、学生時代が終了して、すべての日本人は企業戦士になった。

 

で、本題に戻ると、リモコンをがちゃがちゃやってたら、丁度「日本の、これから」と言う番組を見つけた。どれどれ、何やってるんだと思ったら、何と格差問題。テーマは4つ。

 

正社員と非正規社員問題

成果主義の功罪

長時間労働

すぐ辞める若者

 

スタジオに集まった様々な人々がコメンテーターと一緒に語り合う番組だ。

 

テーマ自体は面白いのだが、何となく、ガス抜き?って感じもした。と言うのも、どの問題も奥が深いし、学者の一般的労働理論と現場の主体験に基づいた感想が、対等な場で議論として成立するわけがない。

 

そんな事、NHKだって分かっていながらやっているのだろう。

 

「私がADやってた時の時給は240円ですよ!」

「平成18年に過労死した人は、認定されているだけで147人、月100時間残業です」

「残業って、大体サービス残業を計算しないで、何を言ってるんですか」

「やりたい事が見つからないから、早めに見切りをつけるなんて、世の中をなめてる」

 

実に様々な意見が出て、番組構成としては良く出来てる。

 

「お、こいつ、俺の言いたい事言ってくれてるね〜」と、お茶の間でせんべいでも食いながら観れる番組だ。視聴率は取れるだろう。

 

ただ、こういう議論は、お互いに「相手の立場が理解できない」人々の議論なので、最後は感情論になる。

 

「じゃあ、あんた現場に来てみろよ、一体どこに正社員の仕事があるんだよ!」

「自分が努力もしないで社会が悪いなんて、甘えだよ!」

「非正規社員が増えれば、正規社員は益々管理業務が増えて残業ばかりだよ!」

「正規社員の賃金は非正規社員がいるから払われてるって事実に、何で気づかない!」

 

最後は

「嫌なら辞めろ!」

「学者やエリートに何が分かるんだ!」

で、終了。

 

どう見ても、NHKは、最初から「まとめよう」とする気持ちはないようだ。

 

竹中さんも言ってるけど、小泉政権次代は、企業が体力を取り戻すために労働者に負担を強いた、大手企業が体力付いたら、次は最低賃金の値上げと正社員化による労働者の体力の取り戻しだと言うのが、現在本来あるべき姿だ。

 

が、途中まではこの計画がうまくいったのに、安倍政権に代わり、さあ賃上げとなった瞬間に経済団体が腰が引けてしまい、現在のような、過労死、自殺、鬱病、格差社会という状況になっている。

 

今の日本の状況を、以前のニュージーランドと比較してみれば分かりやすい。

 

この国も1980年に倒産した。その後1984年に民営化と規制緩和を導入し、何とか1990年代後半には、企業が体力を取り戻した。

 

その際に政府は、企業が出来るだけ自由に行動出来るように、それまで経営者の足かせとなっていた組合活動を法律的(組合加入の自由、交渉権を認めない等)に押さえ込み、法人税を下げて外国に逃げた企業を呼び戻し、企業の活性化を図った。

 

その結果1993年には国家財政が黒字化して、その後も関税障壁の廃止などを行った。しかし、それからも労働者には労働分配率は高まらなかった。何故それでもニュージーランド国民は行動を共に出来たのか?

 

それは、ニュージーランドが持つセーフティネットがしっかりしていたからだ。15歳から60歳(当時)まで無条件に貰える失業保険、60歳(当時)から貰える老齢年金、無料医療、無料教育と言う仕組みがあったから、国民が自殺者も出さずにやっていけたのだ。

 

では、セーフティネットの原資はどこから捻出したのか?それが政府企業の民営化による売却利益、公務員の大幅削減、外資の導入である。この時期、消費税を導入してもいるが、一般国民に大きな負担を与えずに、見事にソフトランディングしたのである。

 

労働党が政権を取ると、2001年以降は、企業利益の配分を労働者に手厚くし始めた。最低賃金の上昇と組合活動の再開だ。

 

「組合が帰ってきた!」と経営者には恐れられたが、それほど大きなストライキもなく労働者の賃金は確実に上昇している。経営者は最初どうなるかと見ていたが、低賃金で働く労働集約型産業でも、消費者に価格転嫁出来る企業は、商品値上げで対応して、大きな問題になってない。

 

電気代、バス運賃などが今年になって10%近く値上がりしたが、労働者の賃金も値上がりしており、「生活がぴ〜んち!」って声は、社会全体では、あまり聞かない。勿論親の代から失業している連中や、何となく技術もないままにこの国に住んでる外国人労働者からすればきついものはあるが。

 

今の日本の問題は、昭和20年代に混沌カオスになった日本が、焼け野原の中から次々と新しい技術を持った企業が出てきて、その中でトヨタやホンダのように、本当に社会貢献出来る企業が選択されて、日本経済を担うようになった状況だ。

 

まだまだ5年は格差問題が続くと思う。今やっと大手企業が息を吹き返したところだから、これが中小企業に行きわたり、全ての労働者が満足を得るまでは、どうしても時間がかかるだろう。

 

そして、その間には必ず社会に擂り潰される人々が出てくる。しかしこれは仕方ない。戦後の日本でも、多くの人が社会の中で擂り潰されていった。

 

「蛍の墓」など、最も分かりやすい例だ。一番弱い奴は、捨てられるのだ。

 

「ふざけんな、擂り潰される奴の気持ちになってみろ!」と言われるかもしれない。ただ、これだけは言える。

 

「はい、僕は擂り潰された家庭で育ちました。だから擂り潰された人の気持ちは、誰よりも分かります。だからこそ皆が幸せになる社会を作りたい、その為には結局、擂り潰されないように努力するしかないんだって事が分かりました。そうやって強くならないと、弱い、擂り潰されそうな人を守ってあげられないんです」って。

 

ただ、戦後は、全ての国民が「米国との戦争に負けた」と言う事実を、身をもって味わった。だから国家をゼロから創り上げようと言う気持ちもあった。一歩間違えれば、俺も戦争で死んでた、そういう危機意識を持った一般国民が、国家を創り上げた。

 

今の問題は、多くの若者が、自分の国が経済戦争に負けた敗戦国であると言う認識がない点だろう。自分の生活が苦しくなったとか非正規とか言ってるが、それ以前に自分の拠って立つ国家が崩壊したのだという事実に気づいてない。

 

崩壊した国家で、自分が生き残っていきたいのか?ならば、他人をどうこう言う前に、政府に守ってもらおうとする前に、自分が戦え。それしか生き残る道はないんだ。

 

その当事者意識がないままに、お互いに相手を責めても、結局NHKのガス抜きに利用されるだけで、それ以外の意味はないと思う。

 

国民啓蒙番組局としては、今の時代を若者に理解させ、それで頑張る者には正社員の座を、頑張らない者には、首を切った後で言い訳できるように(だってさ〜、あん時皆が言ってただろ、自己責任だってさ〜)状況説明しているんだろな。

 

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2007年06月24日

国際協力

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昨晩はお粥と焼きそばという、香港で標準的な朝食を夕食にした。日本で言えばご飯と味噌汁、焼き魚って感じ。お粥と焼きそばは、本来なら朝ご飯なのだが、週末に焼肉を食いすぎたので、日曜の夜はあっさりしようという事にあいなる。

 

お粥は昼頃から作り始める。基本は干し貝柱と干し海老を戻すところから始まる。この貝柱は日本が原産地。海老は中国の地元らしい。

 

貝柱と海老を水から煮出して沸騰させ、10分程度弱火にしておくと、良い感じで出汁が出る。そこに生米をドバッっと流し込む。これからは更に弱火で長丁場だ。キッチンの横に本を広げて、水割りをちびちびやりながら今読んでる「兵士の帰還」を楽しむ。

 

ところが、出来るだけ長く煮込む中国式で、生米から2時間かけてコトコトやってたら、途中から焦げたような匂いが・・・やばし!いきなりすくっと立ち上がり、手に持ってた本と水割りをテーブルに置いて鍋の元に走る。

 

あ〜あ、案の定、鍋の下にオコゲが発生してしまう。しかし、これが微妙。初期の段階だったので、上半分には匂いが少ししか移ってない。食えそうで食えないかも??って程度の匂いであり、勘が方によっては香ばしい、よく見りゃ単なる米が焦げて炭化した匂いじゃんか。

 

そこで奥さんを呼んで匂ってもらうと「いいんじゃな〜い、良い香りよ」

15歳のみゆきは「まあまあね、でも一杯しか食べないよ。ちょっときついかも」

8歳の竜馬くんは「くっせ〜!なんだこりゃ、こんなもん食えるかよ!やっきー!」

かくいう僕は、製作責任者という事もあったのだろう、「まあ食えるよ、十分」と感じる。

 

おいおい、同じ料理で、4人がこれだけ味覚違うのも、どういうことよ?同じ釜の飯をずっと食ってきてても、やはり味覚には大きな違いがあるようだ。

 

奥さんは香港生まれの香港育ち。みゆきはNZ生まれで香港生活数年、それに日本食が好き。竜馬君は、ほとんどキーウィ味覚で、チップスやバーガーが大好き。僕は日本生まれの日本育ちなので、そりゃまあ、日本食だわな。

 

結局、同じ家に住み同じモノを食ってるはずなのに、その味覚は個人によってかなり違う。それと同じ事が、同床異夢というか、食い物に限らず価値観の違いにも現われる。

 

このお粥のどこがまずいんだよ!なんて僕が言っても、竜馬からしたら耐えられない匂いなのだから、議論のしようがない。感覚の違いなのだ。

 

そう言えば「おいしんぼ」という漫画の中にも、そんな場面があった。クサヤの干物を「腐った魚じゃ!」と怒るフランス人と、トリュフの匂いを「豚の餌かよ!こんなもん、何の匂いもしないじゃないか!」と怒る日本人。

 

結局、感覚の違いを、自分が正しいとか相手が間違っているとかの議論に持ち込んではいけない。僕は20年近い家庭生活をする中で、それがよく分かった。

 

ところが、どうも海外生活をする人の中では、相手の国の文化を理解せずに、本気で怒る奴がいる。

 

例えばニュージーランドの人々は、仕事がプロフェッショナルではない。銀行窓口でさえミスはごく普通、バスは道を間違えるし、移民局に行けば、同じ質問を2人にすれば、大体二人とも答が違う。

 

これは、「人は間違いをする」という前提で社会が動いているからなのだが、それを認めようとしない。テレビで見るときは「はは、ずいぶん鷹揚ですね、いいね、のんびりしてて」と言うが、自分の乗ったバスが道を間違った瞬間に、ぎゃーぎゃーわめく奴。酷いのになると、泣き出す奴もいる。「運転手が、私の事、嫌いなんだ・・・」ここまで来ると病気。

 

でもまあ、上記の場合は、まだ分かる。仕事の上でプロであれと言うのは、文化の問題ではないからだ。

 

ところがこれが、刺身を食べるかどうかという話になると、多くのキーウィはまだ刺身を食べる習慣がないから「え〜!あの、死んだ魚の皮を剥いで、内臓を掻き出して身を齧るの?!」ってなる。

 

これはキーウィの感覚だ。彼らは刺身を食う僕らをびっくりする。でも、それに対していちいち「何よ田舎モン!世界に誇る日本食文化が、何故わからんか!」などと怒ってみても、何の意味もない。

 

また、彼らは刺身を食べる僕らを見て気持ち悪いとは感じるが、食うなとは言わない。それは相手の権利だと知っているからだ。ある種のキーウィにとって鯨は別みたいだけど、それでも僕の知ってるキーウィは、鯨の話をする事があっても「それは相手国の文化でしょ」と理解してくれる。

 

スーパーマーケットで買い物をするとき、よくその場でジュース等の蓋を開けて飲みだすキーウィがいる。すると日本人は「アリエナイザー!泥棒じゃないか!金も払わずに飲むとは!」と、びっくり3連発になる。ところが、キーウィは、飲み終わったボトルをレジに出して、普通にお金を払っているのだ。

 

だって、キーウィは嘘をつかないという習慣を持っているし、ちゃんと後で金を払うのだから、今飲みたいものを今飲む、何が悪いアルカ?となる。

 

人は嘘を付くという前提で社会が作られている日本や中国では、もちろんアリエナイザーだろう。でもこの国ではOKだ。

 

他にも、挙げればきりがない。国際結婚した日本人女性が、よく掲示板に書き込みをしているが、そういうのを見てると「あ〜あ」と思うばかりである。

 

相手の文化を理解しようぜ、べいべ〜。

 

要するに、総論賛成各論反対、自分の利益に関係ない事なら立派な事を建前ばかりしゃべって、国際貢献、橋渡しなどと立派なことを言うが、でも自分の利益にちょいとでも関わるとなった瞬間に、手のひら返したように筋の通らない文句を言い続ける人々。

 

ニュージーランドに住んだから国際人になるのではない。国際感覚とは、非常に簡単に言えば、違う価値観を持った相手の気持ちを理解出来るか?つまり、相手の立場に立って物事を考えられるか、ただそれだけなのだ。

 

相手の立場を理解する。もし僕が子供に対して日本式のルールを押し付けてみろ、竜馬君の蹴りやみゆきのパンチで大変なめに遭うぞ。それこそ国際紛争だ。

 

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2007年06月23日

クイーンストリートは今日も工事が続く

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道路を広げる作業と同時に、やしの木?の植樹と敷石の張り直しをやってるのだが、南から始まった工事も、今はちょうどうちの会社の下まで来ている。

 

この工事でもアジア人労働者の姿が目立つ。たぶん中国人だろう、中年の労働者が日焼けした顔で安全ベストを着て、マオリに混ざって一生懸命働いている。

 

オークランドは建設ラッシュが続き、現場で働く労働者が大幅に不足している。その為、下手なサラリーマンするよりは、現場労働で日当を貰った方が、よほど儲かるのだ。

 

今なら一日働いて150ドルくらいは稼げる。それに、ちょっと手に職があって、例えばトラクター運転とか高所でのクレーン作業なんて言ったら、追加手当も貰える。今の為替で計算すれば、日本で現場作業をするよりも、よほど稼げる。

 

カジノに行くと、現場監督みたいなキーウィが、派手に遊んでる。専門職である彼らの年収は8万ドル+くらいだろう。

 

移住してきたアジア人は、何とかニュージーランドに移民として入り込めるくらいだから、母国でもある程度の能力や資格(資金?)があったのだろうと思う。

 

そんな彼らでも、永住権を取れたからと言って、英語が出来るわけでもないので、働く場所はどうしても限られてくる。

 

かと言って、同胞の中国人にこき使われたら、時給も低いし労働条件も悪い。それならちょいとハードワークでも高い給料と社会保険がしっかりしている建設現場のほうが良いという事になる。

 

今のところ、日本人で現場労働をしている人は、僕の知る限り、いないようだ。勿論建設業者とか大工などの専門職人はいるが。

 

アジア人からすれば、労働の内容が何であれ、きちんと給料を貰えて家族が生活出来れば、それでよい。

 

ところが日本人の場合、特に大手金融関係で働いている人などは、非常にプライドが高い人が多いから、生き残るって事よりも、自分のプライドを守るという視点からものを見てる。

 

(勿論全員がそうではないし、実際にうちで働いてもらった人たちは、非常にフレンドリーで人間味があるが、僕が香港及び東京で会った金融関係者は、プライドの高い人が10人の内7人くらいいた)

 

学校ではYesかNoかの二択三択勉強しかしてないから、現実の世界は殆どすべてが白に近い灰色か、黒に近い灰色だとかいう社会の現実が理解出来ない。

 

社会に出ても大手で働くと、その会社の社内ルールがすべてだと思い込み、他社の人間に対しても社内ルールを適用する。そしてその事に何の矛盾も感じていない。

 

東京でも六本木あたりのレストランに行くと、お店の人に対してそのような「勘違い」な態度を見せてる場面によく遭遇する。

 

しかし、移住というのは、日本での肩書きを全て捨ててしまい、全く裸の個人が新しい社会に飛び込むのだから、他国の人間と他国の現実を理解出来ないとやってけない。

 

僕が説明会でも口を酸っぱくして言ってるのは、いつもその点だ。自分のプライドを捨てられますか?会社の看板を外して一人で生きていけますか?工事現場で労働者としても働けますか?

 

これに対して真面目な顔で「どうして今の生活を維持したままでは移住出来ないのですか?何でこれだけ優秀な僕がニュージーランド社会のハイレベルな生活を受けられないのですか?」と聞く人がいる。

 

今までの彼の生き方の中や彼の知ってる社会では、彼が世界の中心であり、彼が望むことは必ず叶い、彼は絶対に失敗しない、間違わない、そうやって生きてきた。

 

だから、それは彼の社会の中だけで起こった事実ではあっても、他の人が世の中の中心にいる他の社会ではそれは通用しないという事に、絶対に気づかない。

 

当然だ、気づくという事は、自分の人生が間違っていたという事を認めることになるのだから、それは彼にとって大変苦痛な作業だ。

 

そして本人は一生懸命に「彼の社会」を理解出来ない、この変な日本人に世の中を教えようとする。

 

「あのですね、たぶん貴方は海外生活が長いからご存知ないかも知れませんがね、私のやっている仕事はこうこうで、どこそこの何とか社長も知り合いで、子供はどこそこ学校に通わせてdesune,,etc、分かりますか、あなた?」とくる。

 

それが真面目だから、より一層哀れになる。

 

あ〜あ、こういう人が学歴偏重と親ばか塾通いと自己思考能力を失わせる社会構造の被害者なんだなと思ったりする。でもって、一つ間違って政治家の息子にでもなった日には、今のおこちゃま政権のようになるのだろう。

 

でも、だからと言って「はい、そうですか、じゃあどうぞ」という訳にはいかない。

 

実際に移住するとなったら長い付き合いになるのだから、そんな端にも棒にもかからないような愚昧な個人体験が通用しないという事を教えておかないと、後で大変な事になる。

 

中華レストランで働こうにも、中国人経営者に徹底的に搾取されてしまうような中国人社会では、今の流行?はキーウィ社会で現場作業をして稼ぐことだ。

 

現業経験のない日本人にとって一番入りやすい仕事は、やはり日本食レストランである。生まれた時から食ってるものだから味や形が理解出来るし、日本語も通じるし、まずはニュージーランド社会の中の日本人社会を少しずつ知る意味でも良いと思う。

 

そこから構築した人間関係を生かして、2年後くらいを目処にキーウィ社会に溶け込んでいけばよい。あまり頭でっかちにならないで、まずはやれるところからゆっくりやればよい。

 

焦る必要はない、人生は家族で一緒に走る長距離マラソンなんだから、途中で他の人より少しくらい遅れても、気にしなければ良い。完走して、子供にバトンを渡す。それで勝利だ、自分に対して。

 

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2007年06月22日

寒いな〜暗いな〜

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説明会ではいつも、オークランドの気候を「夏場でも30度以上にはならず、冬場でも8度以下にはならない」と説明しているが、やはり6月に限っては、いきなり雨季と冬場に入ったという事もあり、冷え込む。

 

最近一週間の朝7時ごろの温度は4度くらいで、窓には霜がびっしりと張り付いている。昼間になれば14度まで上がるので、うちのオフィスならヒーターなしでもYシャツで仕事が出来るし、一日の平均を取れば8度と言えるのだが、やっぱり朝晩の冷え込みはきつい。

 

今日も朝から霧雨でしんしんと冷え込む中、駐車場の中で車の暖気運転をしてたら、香港育ちの妻は「ガソリン勿体ないからやめなさい」だって。

 

一年中雪の降らない国から来たんだから言いたい事は分かるけど、一緒にクイーンズタウンで生活してた時の、朝になってエンジンがかからない、坂道の道路に止めてた車が、ハンドブレーキを外したショックでそのまま坂道を滑り落ちるような経験をしているのに、やっぱり生まれ育った国の癖は抜けないのかな。

 

そんな6月19日火曜日の夜、料理の支度を大体終わりかけた7時43分、ノースショアの僕の家が、突然真っ暗になった。

 

「またかよ〜」

 

半分呆れて、半分は「ほいほい、いつものでっせ」と言う感じで、慣れた手つきでロウソクとマッチを台所の棚から出す。

 

そう、停電です。普通に、平気に停電です。僕の住む付近は電信柱が地上に立っているので、どっかのあふぉ〜が酔っ払って車で電柱をぶっ倒す可能性もあるし、強風で倒れる可能性もあるし・・・どんな国じゃ!?

 

地下に電線潜らせてる地域だと、ぶっ倒れる事はないから良いのだが、うちも早いとこ地下に電線埋めてくれないかなとか思いながら外を見ると、何とタカプナから北、すべて真っ黒け。

 

うちは丘の上の方にあるのでランギトトからタカプナまで見えるのだが、それが全部真っ黒けなので、それなりに見ものである。

 

てゆ〜か、オークランドはついこの前も市内全域が平日の昼間に強風で電線が切れて停電になったっつうのに、なんだろねこの反省のなさ。

 

あれだけ大停電やったんだから、クイーンストリートの植樹するよりも、電線や変圧所の施設をしっかりしろよと思う、、、が、以前ほど停電に腹立たしくない、てか、なくなった。

 

電気が切れたら、うちの竜馬君はそれまでやってた宿題をぱ〜っと放り出して、「いえい!ほ〜ら、どうやったら勉強出来るんだよ〜!」って、うれしそうだった。みゆきは、「はい、今日はシティで外食しよう!」でもって僕は「お〜、料理は大体出来上がってるので、キャンドルディナーですな〜」と、三者三様、停電をそれなりに楽しんでた。

 

そう、停電に慣れたのだ。電気がなくても少しくらいなら、人間は生きていける。ないならないで、どうにかなる。家のキッチンはガスだし、寒ければ布団に入ればよい。キャンドルもマッチも懐中電灯もあるんだし。

 

テレビが見れなくても本が読めなくても、それなりに生活は出来る。車があるから、どっかに出かければ、それで大体の問題は解決する。電気とガソリンと水が同時になくなる事は、さすがにないだろう。

 

今でも水道が供給されてない住宅が普通に売りに出てたりするから、キーウィにとっての停電は、日本人の僕らが感じるような大問題ではないのだろう。てか、自分がだんだんキーウィ化してしまってるので、「あ、そっか、電気がなければ寝ればいいや」って感じるようになったのは、人間としての許容性が広がった感じ?鈍感?

 

以前は自宅で仕事でパソコン使ってる時に電気が切れると「何でこの大事な時に限って〜!」って、電気と一緒に切れてたけど、もう今はそんな事もない。

 

結局料理がほぼ出来上がっていたので、キャンドルディナーにした。清しこの夜だ。

 

夜8時30分に電気が点いたので、キャンドルと過ごす1時間は、何もなかったかのように過ぎて、普通にお皿を洗って片付けてベッドに入った。

 

世の中がこれだけ便利になっても、その基本は殆ど電気である。その電気が切れるってのは、本来大変な事だ、そう思ってた常識が、実は電気がなくても少しくらいなら生きていける、あんまりその事でばたばたしても、ストレスが溜まるだけよって思えるのは、良いこと、、、だよね?

 

でも、その翌朝、つまり水曜日の朝、オークランド南部でもまた停電ってのは、さすがにオークランドの危機管理、なってないのでは(笑)?

 

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2007年06月21日

NZドル高?好景気?

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NZドル高?好景気?

 

最近立て続けに日本からの移住客、下見客、投資客と、色んな筋のお客様が見えられるが、いずれも異口同音に「ニュージーランドの物価は高い!」と言います。

 

ドル高円安で、いずれこんなおかしなドル高はバブルだから吹っ飛ぶなんて言う人もいます。

 

そのような人に経済の説明をしても、自分の国が弱っている事を認識して、その結果として自分が受け取っている円という通貨の価値が下がり、世界で見れば、日本円が50%近く下落しているという事実から目を背けようとしているので、ほぼ聞く耳持ちません。

 

そんな時、面白い記事を見つけました。

 

http://gijutsu.exblog.jp/5691499

 

その中でとても分かりやすい一節がこれ。

 

2.秘密は「ドル安(=円安)」だった

・・・ここ数年、NYの物価は、感覚ではすべてが50%は高い。ふと気が付いたのですが、米ドルは、2000年以降の7年で、ユーロに対し50%〜60%も下げています。これは、当たり前のことの実感です。2000年以降は「50%から60%のユーロ高(=ドル安・円安・元安)」でした

(中略)

世界経済の実体は、以下のような関係でしょう。
・ユーロ=購買力が一定
・米ドル=購買力が50%低下
       →NYのホテルの料金や物価は50%高騰
・日本円=米ドルに連れ国際的な購買力が50%低下
       
NYの諸物価が高く見える

以上、「ビジネス知識源」より引用

 

これだったら分かりやすいかな?ニューヨークのホテルとユーロの説明なので、説得力もあるでしょう。

 

要するに、世界の中でドルと円が大幅に値下げしているだけであり、NZドルだけが強くなっているのではないという現実だ。

 

勿論ユーロとドル円の対比で言えば、ユーロが高くなったのは比率の問題だが、ニュージーランドとオーストラリアに関して言えば、経済の好調も挙げられる。

 

失業率も低く、給料は今年だけで最低賃金は10%上昇し、この波に乗れてるオークランダーにとってはこの世の春だ。

 

閑話休題

 

丁度昨日、2006年度の国勢調査の、給料に関しての結果が発表された。前回は住宅だったし今回は給料。国勢調査に参加した人全員に、きちんとその結果をメールで回答しているんだから、こんなとこに国民のための政府って感じがするのは、僕だけか?

 

その結果、2001年に5万〜7万ドルの年収があった人は、15歳以上の総人口の6%だったけど、2006年にはこれが10%に上昇しているとの事。

 

15歳から70歳くらいまでという大きな分母の中での4%の増加である。それに加えて、3万ドル以上の年収をもらう人々は、この5年でどこの階層も20%以上上昇している。

 

オークランドとノースショア地区で年収5万ドル以上の人は、25%を占める。15歳以上ってのも考慮すれば、実際にはもっと多くの人が年収5万ドルを超しているだろう。

 

その間の消費者物価指数は13%の値上がりである。

 

この中で時代の波に乗り遅れているアジア人は、新入りの移民という事もあり、その個人年収平均というか中央値(median)は14,500ドル。おお、低いな〜。

 

ただ、この評価でのヨーロピアンは25,400ドル、マオリが20,900ドルなので、5万ドルと比較する必要はないが、でも平均的ヨーロピアンと1万ドルくらいの差が出てると思えば、大体あっているのではないか。

 

特に次のデータが面白くて、大卒の資格(Degree)を持っている男性の53%は、年収5万ドル以上である。女性の場合は30%が5万ドル以上。

 

つまり、大学まで子供をやれば、高い年収を確保出来る現状がくっきりと見えるのだ。

 

以前も書いたが、親が移住第一世代で贅沢出来るなんて思うな、家族のために一生懸命働けというのは、この事である。

 

アジア人として移住してきても、よほど特殊な技術がなければ、決して高い給料は望めない。

 

でも、地元の小学校からしっかり地元に溶け込んで大学を卒業させてしまえば、非常に高い確率で高所得に辿り着けるのだ。

 

だから、自分の生活を何とか文化的に保ち、家庭を安定させたいなら、十分な移住資金を持ってくることが最も大事だ。そして今の円ドルダブル安が、これからどれだけ続くか分からないが、一番やばいのは、円ドル共に、今後とも沈んでいくことだ。

 

冒頭に引用したサイトでも、ドル円ダブル安の可能性を説いている。

 

その反面、今僕が対応しているお客様は、順調にワークビザ、永住権の取得に繋がっている。

 

つまり、贅沢をせずに夢を持って資金を溜めて、きちんと正しい手順でビザを取得して渡航して、そこからも経済基盤を支える為の就職または起業を明確に工程表として作成が出来れば、殆ど100%の確率で移住出来るのだ。

 

勿論10年後の事は分からない。10年後に日本が良い国になってれば、日本に戻れば良い。子供は国籍の選択は21歳の誕生日までだから、余裕はある。日本に戻ってもバイリンガルだから、仕事を得る機会は多いだろう。

 

むしろ、10年後の世界では英語が出来なければ国際的なビジネスには一切タッチ出来なくなるのではないか。

 

年金問題が益々激化する日本だが、いずれにしても政府は皆さんの年金を使い切っているのだから、犯人探しをしても意味はない。犯人を捕まえても、そいつは皆さんのお金を使い切った状態なので、取り返しも出来ない。

 

そんな後ろ向きの事を考えて悔しい思いをするくらいなら、心を切り替えて、自分と家族が将来安心して生きていける場所を探すべきだろう。

 

写真は、オフィスの風景。

 

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2007年06月20日

相続・贈与税の知識

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週末にまとめて日本の税法関連の本を2冊読む。

 

1冊は元国税庁で調査を担当してた人の暴露本!みたいに書いてるけど、内容は会社の税法の解説なので、分かりやすいがそれほど大した事は書いてない。

 

一応売るための宣伝文句で「暴露!」みたいに書いてるけど、普通に読んで普通に税法の基礎が勉強出来るので、大まかな仕組みを知りたい人には良いのでは。

 

面白かったのはもう1冊のほうだ。「相続・贈与税の知識」というタイトルだが、内容が完全に税務署寄りで、タイトルには節税がどうのこうのと書いてるけど、実際には、「とにかく黙って払いなさい、いう事を聞いてるのが一番だよ」的、相続税自己申告のための本だ。

 

要するに税理士や税務署の手間を省かせて、犯人を自分で処刑台まで歩かせるような内容である。

 

何故相続税があるのか?(贈与税法という法律はない。相続税法の中の一つの税が贈与税)という基本的な質問に対して、作者は税務署の見解を代表して述べている。

 

どんな税金で誰が払う?

 

1・特定の人の富の集中を抑制し、社会に再分配する。

2・偶然に取得した不労財産に税負担させる。

3・整然の資産形成過程を再点検し、清算させる。

 

というのが根拠らしい。

 

では聞きたい。税金は、一つの源泉(=つまり収入)に対して2回課税してはいけないという、ごく当然の税の基本ルールがある。当然だろう、一回もらった金から税金を払って、翌年そのお金に更に課税されれば、どんな収入も最終的にはゼロになり、政府に取られるのだ。課税原則である源泉への一回のみの課税というルールは無視して良いのか?

 

例えばあなたが給料を貰って税金を払った場合、残った金はあなたのものだ。それを誰かにあげたからと言って、何故再度、受け取った誰かが税金を払わねばいけないのだ?

 

あげると言ってもいろんな形がある。バーで酒を飲んで可愛い姉ちゃんに飲み代を払えば、それは役務提供の代価で、飲み代だけでOKなのに、可愛い家族に払うと20%が課税されるってのは、法律の原則から言っておかしくないか?家族は僕の心を癒してくれる、その家族に金を渡すのが、家庭の中にまで、何故税務署が入り込んでくるのだ?

 

1についておかしいのは、富を集中させる段階ですでに税金を払っているのに、更に課税をする事の根拠がどこにあるのかという事だ。

 

そして、その法律運用において、ものすごいほどに政治的圧力がかかっていて、富が集中した西武の堤義明は、長い間税金を払わなかった。

 

相続税があっても仕方ない、国の収入確保のためだと言われれば、人の良い日本人だから「まあいいや、今まで世話になったし」という事になるかもしれない。

 

しかしである。戦前衆議院議長まで務めた西武の堤康二郎は、自分の子供、堤義明に全資産をほぼ無税で残すために「名義貸し」などの技術を、当時の廣島国税局長の山下元利などのエリートお偉いさん自らが教えて、殆ど相続税を発生させなかったというのは有名な話だ。

 

もっと言えば、偶然に得た不労財産、つまり本人は何の努力もせずにお金が天から降ってきたように受け取ったのだから、それは税金を払えという理屈も、意味不明。だって、親がちゃんと税金払っているんだよ?

 

また、もし親の努力に対しても税負担させるなら、そして財産が有形無形問わず、営業権なども財産として計算されるなら、政治家の二世が親父から受け継いだ地盤(地元票と後援会)、看板(知名度)、かばん(現金)は、何で相続税が発生しないんだ。

 

おいおい、これって不公平でしょ。政治家は税金払わなくて良いのか?国民には相続資産の50%を課税して、自宅を売却してでも金払えって言ってるのに、政治家は不要なのか?

 

そういう不公平なことをするから、今回の年金問題みたいに、国民は怒るのだ。

 

まあそれだけでなく、資産形成過程でどれだけの税金をサラリーパーソンから搾取したか?

 

サラリーパーソンは毎年貰う給料から確実に20%以上を税金として搾り取られてるわけで、大卒で定年まで働いた場合、その生涯賃金は約2億2千万円だから、最低でも4千4百万円が国家によって税金として取られているのだ。それがわかって清算すると言うなら、逆に金返せっつうの。

 

その上更に、もし資産が5千万円以上あれば相続税が発生する。10%から始まるが、3億円を越すと、50%の相続税が発生する。最近のちょっとした資産家でアパートやマンション、ビルなどを持っている資産家は、かるーく50%の納税を要求される。

 

先祖からの土地に、不動産業者に言われてアパートを建てたり、証券会社に言われて株を買ったりして作った資産は、結局その半分を、何もしない政府が、坊主丸取りみたく、がさっともっていかれるのだ。

 

勿論、その税金で医療や教育や治安が守られてたら、まだ納得できる。でもこの20数年、医療費は値上がりし年金は切り捨てられ、教育は荒廃し、治安は悪化して、それで更に税金かよ!

 

要するに、

 

1・制度として相続税と言う税金をかけるのが適当かどうかという問題と、

2・被相続人や相続人の地位によって課税価格が変化するという法の恣意性(担当者の裁量でどうにでもなる)と、

3・払った税金の使途が不明であり、国民に還元されていないという事実

 

の問題が何一つ解決しないままに、税金だけはどんどんかっぱらっていく、そんな仕組みを黙ってみている日本人って、どれだけ我慢強いのだろうか。

 

ましてや、その税金の使われ方が、緑機構とか、死者を二人も出した汚職事件に使われたり、年金までもが政府に使い込まれていて、今の30代は確実に年金がもらえないという状態で、それで納得して税金を納める日本人って、一体何だろう?

 

そのくせ、「法律は守らねば」などと、停止した脳みそで、しょうもない事だけはしゃべって、政府のエリートにうまいこと奴隷にされている人々。

 

平成18年の改正も含めて一通り読み通すが、とにかく節税の穴を防ぐために、次々と法改正を行い、今まで殆ど相続の対象とならなかった海外資産についても、締め付けを行っている。

 

日本では三代続けば資産家が倒産すると言われている。ニュージーランドでは三代続けば家が2軒建つと言われている。

 

一体誰の為の政府で、何のための納税か?

 

これから団塊の世代が退職して、いずれ10年くらいすれば相続が発生する。その時にむけて、どのような対策を打つかが、これからの60歳に要求される時代になった。

 

ちなみに、ニュージーランドでは親が子供に残す資産は、基本的にすべて無税である。所得税さえも不要、全額子供に渡せる。この仕組みは、ニュージーランドに移住しなくても構築することが出来る。

 

自分の身は、自分で守るしかない時代だ。ボディガード費用又はみかじめ料として親分に金払っても身を守ってくれないなら、税金なんて払う必要なしだ。

 

国民も、そろそろ腹を括って税金ストライキでもやってみればよいのに。政府は、本気で国民全体が税不払いを起こしたら、やっと国民の目覚めに気づくだろうに。

 

写真は、福岡県朝倉の三連水車。最初の水車の水が、自分のためだけに回ってたら、最後の水車は日干しだよね。これからも日本の水車がちゃんと回って、国民全体にお金が回りますようにって祈りたいけど、あまり可能性は、なさそうだ。

 

 

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tom_eastwind at 00:59|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月19日

人権と利権

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日曜日のお昼頃、ガソリンと洗車とジャパンマートに糸こんにゃくの買出しに出かけたら、ハーバーブリッジを渡ってシティに入るあたりから、普段の日曜の昼とは違う「道路渋滞」が発生してた。

 

週末にシティを走るのは、大体が信号のない田舎から来たようなサンデイドライバーSunday Driverなので、とにかくとろとろと走ってる。青信号になっても進まないし、右折するのにウィンカーIndicaterを出さないし、交差点で平気で急停止する、などなど、とにかく平日のペースで走っていると急ブレーキの踏みっぱなしだ。

 

ところがこの日曜に限っては、普通に皆さん、すいすいと走ってる。て〜か、いつもより車多いかも。その上、キーストリートQuay Streetに入ると、海岸沿いの道を歩く人が、まるでツアーの団体のようにぞろぞろと、どこまでも続く人の群れって感じ。

 

寒い中、屋外用の暖かな格好をして、老若男女、人種、金種に関係なく、じつに大人数の人々が東に向かって黙々と歩いてた。

 

何だ?もしかして日曜の午後からベクターアリーナでラグビーでもあるのかい?そう思いながら、行き過ぎる人々を眺めていると、普段のラグビーの雰囲気ではない。いつものキーウィの底抜けな賑やかさがなく、何となく教会に行く時の雰囲気だ。

 

そんな事を思いながらキーストリートでガソリンを入れると、洗車の行列が5台くらいあったので、や〜めた、そんなに汚れてないしとか短気で行列大嫌いな自分に言い訳しながら、ジャパンマートに行く。

 

それにしても高いな、日本製カップヌードル1個が5ドルでっせ!同じものが地元のスーパー「フードタウン」では2ドルなのにね。作っているのは香港の日清だから、味はほぼ全く同じ。僕はいつも2ドルのカップヌードルを買い込んで、会社のランチにしている。

 

ジャパンマートの前までも違法駐車の車だらけで、「あ〜あ、日曜でもレッカーされるぞ〜」とか思いながら車を走らせると、いつもの93.4FMで定時のニュースをやっていた。

 

「今日ベクターアリーナで開かれているダライラマの集会について、ヘレンクラーク首相は〜」

 

え〜!ダライラマが来てるのか?

 

それであの集団、アリーナまで歩いてきてたんだ〜。仏教信者とか、哲学としてのチベット密教の勉強とか、反中国とか、法輪功団体とか、いろんな切り口だけど、確かにダライラマがニュージーランドに来るなんて、こりゃ一つの事件ですな。

 

ダライラマとチベット問題に関しては何十冊も本が出てるし、書き始めればきりがないけど、最近の有名な事件ではYouTubeに流された、チベット国境のヒマラヤ山脈を越えて逃げる人々を、中国国境警備隊が次々に狙撃してた動画だ。

 

ヘレンクラーク首相(労働党)は、中国とFTA協定をやってる真っ最中に会うわけにはいかないと、公式の面談は断った。でも、ナショナル(国民党、松下ではない)とグリーンの党首は公式の面談を行うとの事。

 

中国からも事前の圧力を受けており、人道主義のニュージーランドとしては本来ヘレンクラークが出て行くところだろうが、ここでFTA協定を中国側にごねられると、後がやばい、そう政治的判断をしたのだろう。

 

だろうな、NZの人口400万人、12億人の中国と張り合っても勝ち目はない。中国とは将来的なアジアの連携を考えた時に、外せない取引相手だ。ここで人道に拘ってFTA協定がぽしゃったらやばい。

 

つい先週、日本に来て靖国神社まで訪問した李登輝元台湾大統領は、ある意味中国にとっては過去の人。台湾がどうなるにせよ、かさぶたどころか、ほぼ完璧に回復した古傷である。李登輝はそれほど影響力はない、それよりも今は、次第に仲良くなっている日本との友好関係を壊したくないという判断だろう。

 

ところがチベット問題は、今も血が流れている生傷である。

 

中国軍によるチベット侵攻は、ロシアがアフガニスタンを占領したように、イラクがクエートを占領したように、米国がイラクを占領したように、明白な軍事占領である。

 

今、一生懸命中国人を送り込んでチベットの中国化を進めている真っ最中で、胡 錦濤こきんとう)中国主席の以前の仕事場であるチベット問題は、中国が外国に一番触れられてもらいたくない、生傷のような問題である。

 

中国人の、面子に対する考え方は日本人の比ではない。処刑台に乗せられる瞬間まで「さ〜、誰か、俺の死んだ肉を買わないか〜」って言うくらい商売好きな連中でも、面子に関わった時は、恐ろしいほどに利害を無視して強烈なまでに反撃してくる。

 

だから、ヘレンクラークがダライラマに会うという事は、もろに中国国家主席に唾を吐きかけるような行為であり、そのあたりをヘレンクラークのブレーンが説明したのだろう。

 

人権と利権、秤にかけてみれば、自分の利権に関係なければ人権人権と訴える国だが、いざ自分の利害に関係が出てくれば、利権が優先される。これもまた、政治の世界の常識であろう。

 

見も知らぬチベット人の人権問題に、何の力もないままに踏み込んで自国民に大きな不利益を与えるわけにはいかないからね。費用対効果の問題だ。

 

このへん、日頃から鯨問題でぎゃーすか喚いてる動物愛護団体に聞きたいね。ヘレンクラークが公式に出られないなら、何でお前らが588グレートノースロードにある中国大使館を取り囲んで「人殺し!こきんとうの、根性なし!」くらいの事をしないのかって。

 

全く、都合の良い話ばかりしてる奴に限って、自分はとても素晴らしいと思い込んでるから、やってられない。ニュージーランド政府の方が、よほど政治的に大人だよ。

 

たぶんナショナル(国民党)の党首ジョンキイにはヘレンクラークから「ねえジョン、ダライラマに会ったらさ、ヘレンがよろしくって言ってたって伝えてね、そのうち静かになったら、BBQでもするから遊びにおいでって」

 

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tom_eastwind at 00:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月18日

寒いある朝の、ひんやりした青空

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寒いある朝

 

日曜は冷え込んだな。月曜の朝は4度くらいまで下がるそうだ。

 

昨日(土曜の夜)は奥さんの友達の、9歳になる可愛い女の子を一晩預かった。なんでも彼女の母親は、その夜に外せない用事があるって事で、中途半端に夜中にピックアップに来るくらいなら、家で泊まらせなよっていう事で決着。

 

ちなみにこの間の会話及び決定権は、僕には全くありません。家では、僕の役目は給料運搬人ですから、ははは。

 

可愛い女の子は、うちの家族と一緒に夕食を食べて映画を観て、最後まで観たいからシャワーは明日ねと決めて、結構遅くまで起きてた。

 

翌朝9時にお母さんが迎えに来た。楽しそうな顔でお母さんに色々と話をしていたそうだ。これは奥さんからの又聞き。僕が起きたのは11時なので、それも当然だわな。

 

竜馬とほぼ同世代なので、昨日の夜は二人でピストル持って家の中をきゃーきゃー言いながら走り回ってたな。彼女は一人っ子で姉妹がいないので、日頃子供同士で遊ぶこともないから、結構楽しんでたと思う。

 

考えてみれば、世間の皆さんは子供の学力や教育、大学受験、なんじゃかんじゃと気にしているが、うちはそれが全くない。ありえないざーなほどに、何も考えてない。

 

子供は親が愛してあげる、そして、親の背中を見せる。子供は親のものではなくて、神様からの預かり物、大事に育てるのだ。そして子供が自分の道を選んだら、親の仕事は終了。後は本人任せだ。

 

間違っても、親の資産を子供にあげるとか、仕事を引き継ぐなんてあり得ない。仕事に関しては、あくまでも、能力のある人間が仕事を引き継ぐべきだ。

 

どうも日本にいると、このあたりが勘違いではないかと思う。子供が親の所有物と思っている人が多い。所有物だから綺麗に着飾らせて、親のいう事を聞かせて、友達に恥ずかしいからと良い学校に入れようとして、結局一番感受性のある子供時代に、感受性を叩き潰して親の言いなりにさせて、出来た子供は、社会に出ても全く役立たないバカ。

 

学歴偏重は、所詮日本社会の中で大企業や役人の奴隷になりたい人が選ぶ道だ。子供は、大人が思うより利口だ。もうちょっと世界を見せてあげれば、子供の視線は変わると思う。

 

うちの奥さんが今学んでいるのは、Sociologyって言う、社会心理学だ。AUTで勉強している。今はインターンとして、自宅近くの特殊学級に通っている。2ヶ月近く現場の勉強をするわけだが、実はうちの会社も、毎年数名のインターンを受け入れている。

 

AUTで日本語クラスを取った学生が、NZにおける数少ない日本人企業として、AUTに登録されている当社に履歴書を持ってきて、インターンを要請しているようだ。

 

毎回受け入れをしているが、大体アジア人の子供ばかりだ。しかし、大学で本格的にやっているだけあって、随分うまい。受験うまさ的な感じもするので、俗語「とっとっと〜」は分からないが、標準語で話している限り、大体通じる。

 

他人の子供を預かりながら、こりゃ本当に預かり物だと思いながら、でも、その子供に気を使わせないように、気楽におしゃべりをして映画を観て、子供同士遊ばせて、、、結局この感覚を自分の子供にも適用すればよいのではと思ったりした週末だった。

 

生きるって力を、もっと子供にあげようよ、しょうもない微分積分じゃなくて、もっと、生きるための力を。

 

もちっと、子供に気を使おうよ。親の気持ちを分かってくれないと怒るんじゃなくて、子供の気持ちを理解できなくてごめんごめん、そんな、心に余裕を持とうよ、そう思った週末だった。

 

「寒いある朝」ってのは、加川良の「その朝」って歌から取ったネーミング。歌は元々アメリカ民謡です。

 

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tom_eastwind at 00:58|PermalinkComments(3)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月17日

ずいぶんと青い空

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天空の底が抜けたような青い空だ、今日のオークランド。

 

空気が冷えてきたせいだろう、空気が澄み通っている。朝晩は窓ガラスの内側に水滴がびっしりとつく、ひんやりとした6度くらいだけど、昼間は太陽からそのまま降り注ぐような光で、大体15度くらいまで暖かくなる。

 

土曜日という事もあってか、ワイラウバレーのショッピングエリアは、車で込み合っている。ここは、日本のような全部が歩いて繋がってるような、計画されたショッピングエリアという感じがしない。

 

でっかい敷地に、それぞれの店が単独で出展して、巨大倉庫が駐車場を自前で抱えて、買い物客は店から店へ移動する際に、歩くという選択肢がないから、2軒ほど隣接した店を見ると、次には車に乗り込んで他の店に移動という事になる。

 

今日は会社で使うハンガーラックを探して、ブリスコーやウェアハウス、フリーダムなどを回る。

 

何か、こうやって固有名詞を書くと、カタカナ全開になってしまい、あんまり自分の好みではないが、固有名詞ではないので、他に方法がない。

 

冬になるとスタッフの皆さん、当然コートや長めのジャケットを着ることになる。そうなると問題なのが、自分の座っている椅子の背中に架けられないという事だ。

 

とは言ってもジャンパーばかり着てくるわけにはいかないので、やはりそこはコートハンガーという事になる。

 

あっちこっちのお店を見て回るが、それにしても家具とか少し高額の商品については、モノが増えたな、でもそれほど高くなってないなって感じ。ブリスコーはウェアハウスよりもちょっと高めだけど、日本人の品質要求に答えることは難しいなって感じ。

 

勿論ウェアハウスは最初から除外。安物買いの銭失いとは、まさにウェアハウスだもんね。ここで買うならCDとかDVDとかだけだ。

 

結局フリーダムで49ドルのハンガーラックを買う。ついでにコートハンガーも10本買う。これで今年の冬は越せるだろう。

 

ハンガー10本で30ドル。合計で約80ドルの支出だが、これで来週からスタッフがコート架ける場所が出来れば、元は取れる。

 

中級から高級品の値段に、以前ほど高級感を感じなくなったのは、勿論NZドルが強くなっているからだろう。

 

以前だと、ディスプレイ商品を欲しいと言うと、大体「オーストラリアで組み立てて、NZに持ってくるので、3週間くらいかかります」なんて、ど素人流通をやってたが、今は結構、NZで在庫を抱えているようだ。

 

このハンガーラックも、その場で現物が入手できた。

 

景気の上昇は、週末に買い物に行くと良く分かる。高いものが結構売れてる。車で来る人々を見ても、その服装や雰囲気が小洒落ている。

 

段々、都会化しているオークランドだ。

 

ニュージーランドも少しずつ二極化しているが、貧困層の問題は、ワーキングプアに悩む日本と違って、NZの家庭教育にあるように思う。

 

親の代から失業保険とファミリーベネフィットで生活をしている人々は、自分の子供に対する姿勢が、確実に悪影響を与えている。

 

「私がマリファナを吸ってるんだから、あんたの飯を買う金はないよ」と、5歳の子供に言う親。

 

「私がラリッて警察に捕まったら、8歳の妹の面倒はあんたが見るんだよ」と、15歳の子供に言う親。

 

以前、オークランド南部の裁判所に何度か行った事がある。その時に見かけた光景が上記のような話である。裁判所といいながら、そこの待合室は警察もおらず、僕が一人でまともな格好をして座っていると、かなりびびったのも事実だ。

 

今、ニュージーランド政府は、その潤沢な予算で教育に力を入れている。以前は、失業者に金を渡すだけだったWINZ(ハローワークみたいなとこ)も、カウンセリングに力を入れて、失業者を就職させる方向で頑張っている。

 

元々ニュージーランドは失業率が低い。南島では2%以下なんて地域もある。だから、その気になれば仕事は見つかる。問題は、政府の社会福祉に乗っかって働かない連中である。

 

オークランド南部に行けば、そんな連中はいくらでも見つけることが出来る。今も金曜の夜のクイーンストリートには、田舎から出てきたがきんちょが、いっしょけんめいかっこつけて突っ張ってる姿が見られる。まともな社会人は金曜日の夜にはクイーンストリートは歩かない。

 

そんな連中を尻目に、一生懸命働いて金を稼ぐ家庭では、夫婦を合わせた年収が10万ドル近くになり(旦那6万ドル、奥さん4万ドル)、自宅は親父から無税で相続されて、家賃を負担する必要がないから、年間で5万ドル近くの可処分所得がある。

 

勿論移住したばかりの世代では無理だが、3世代前に移住した人々なら、このような生活が可能だ。

 

週末にショッピングセンターを回ると、オークランドの社会の縮図を見ることが出来る。数世代前から移住して権益を持ってリッチに生活している人、移住したばかりで、着る服も現地に溶け込んでない一世、親の移住に付いてきて現地に馴染んだ子供たち、そしていつの時代も社会から落ちこぼれた人。

 

この国は天国ではない。移住したからと言って、自動的に幸せになるのではない。この国でも一生懸命働かないと、幸せな生活は作れないのだ。

 

でも、一生懸命働けば、3世代先の子供の世代には、今の経済力が続けば確実に幸せになれる。どこの時点で幸せ度を測るかによって、答えは変わるだろう。

 

週末のオークランドでハンガーラックを探して回りながら、頭の中ではハンガーよりもオークランドの移民に目が行ってた週末だった。

 

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tom_eastwind at 00:15|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月16日

訪問客あり

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木曜日の夕方、日本から税理士の先生方7名が当社を訪問。本来は通常のパックツアーで来る予定だったが、たまたまそのメンバーが、前回の日本出張で僕が行った税理士向けの事業継承プログラムを聞いて頂いており、今回の旅行に無理やり予定を詰め込んでくれた。

 

「ほ〜、ニュージーランドでは、一つ屋根の下に知らない男女が一緒に住むのですか?」とか、「え、アパートに住むのに保証人が不要ですか?」から「え?!家賃収入は課税対象ではないのですか?」まで、様々なびっくりマークが飛び回る。

 

ニュージーランドの家族信託会社の仕組みを説明すると、全員が目からうろこ状態で、「なるほど、これかい」って、本当にびっくりしていた。

 

全部で1時間半しか時間が取れなかったので詳細の説明は出来なかったが、日本では先生と呼ばれている勉強家の税理士なので、日本に帰って少し頭を冷やしてみれば、僕が提案したプログラムを理解してもらえるだろう。

 

今日は朝から1時間半、ニュージーランドへの投資に興味を持つご夫婦に個人面談。やはりニュージーランドの情報が絶対的に少ないし、たまに見つかっても、内容が「猫が可愛い」とか「犬と生活」とか、お笑い系の情報しかないので、本気でニュージーランドに移住や投資を考える人には、圧倒的に不足している。

 

お客様の業種を聞き、収入源を聞き、移住が可能である事を伝えると、やはりお客様はびっくりされる。

 

でも、今の日本のしょうもないしがらみに絡み付いて、払っても自分が受け取れない年金や、払っても結局役人の退職金にすり替わってしまう税金を払うことの無意味さは、本人たちも良く分かっているので、わりかしスムーズに話を理解してもらえた。

 

いつもいう事だが、納税は自分の判断だ。どこの国家に税金を払うかは、自分で判断することだ。日本で払うことが無駄だと分かっている以上、払っただけの見返りのある国はどこか?

 

そう考えてみれば、今のニュージーランドは日本より数段魅力的であろう。投資先としても良いし、いろんな意味でこの国は日本人の視野に入り始めている。

 

来週も、移住を目指してのご夫婦が到着だ。ますます忙しくなるが、これがニュージーランド移住5万人計画の一助となればと思う。

 

写真は、山水の影絵NO−2.香港人は、ある意味うらやましいな。世界中どこでも自分の世界を作って、楽しく生きている。

 

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tom_eastwind at 00:12|PermalinkComments(2)TrackBack(0)移住相談 

2007年06月15日

影絵の山水

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学力世界一の秘密

 

日経ビジネス5月28日号を読む。教育再生の一つの参考資料としてフィンランドが取り上げられている。

 

OECD調査における平均得点の国際比較という表がある。

 

数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシー、問題解決能力の4つのカテゴリーに分けて得点比較をしているのだが、フィンランドは総合1位である。

 

フィンランド以外に目立つのは香港、韓国で、日本も6位くらいに入ってる。ただし内容が違う。フィンランドは授業時間が長いわけではなく、教育に資金を投じていない。同国の小中学生の授業時間は最短の部類に入るとの事。

 

ちなみにニュージーランドは8位くらいだ。

 

日本は、あれだけ詰め込み教育をしてお受験をして夜中まで子供が塾に通い、それでやっと6位だが、教科書もなく受験戦争もなく宿題も殆どないニュージーランドが8位なら、どっちで子供を育てたいだろう?

 

フィンランドのオッリペッカ・ヘイノネン元教育相がインタビューに答えていた中で印象的だった言葉。

 

インタビュアー:フィンランドではテストで順位をつけないなど、他人との競争を煽らないことに配慮してきたのは何故か?

 

元教育相:人間は生まれながらに競争心を持っている。これは自然に育まれるものであって、意図的に引き起こすものではない。

 

競争は他人と比較するのではなく、自分との戦いであるべきだ。人間形成の段階で、無理に競争を煽ると子供たちが自分を見失ってしまう。

 

インタビュアー:何故、知識を詰め込むのではなく、「考えさせる」教育に力を入れたのか?

 

元教育相:知識がすべて無駄だといってるのではない。樹木に例えれば、時代が変わっても古くならない根っこの知識を教えるのは重要だが、枝葉末節まで詰め込ませる必要はない。変化が激しい時代には、むしろ情報を集めて考え抜く力を育てることが大切だ。

     以上、日経ビジネスより引用*

 

 

まさにそうだと思う。学校で太陽系の星の並び方を学んだら、大人になってそれが変わる、そんな時代には、枝葉末節の知識等、全く不要だ。

 

日本は、そんな枝葉末節の知識をいくつ知っているかでテストの点数が変わる国だ。死ぬほど勉強して個性を無くして、それで6位かよ。

 

ニュージーランドの小学校の教育はフィンランドに近い。とにかくおちこぼれを作らず、すべての生徒が自分で考える力を身に付けさせる。

 

学校嫌いの僕から見ても、先生はよくやってる。30人前後の子供を2人の先生で監督しながら、自由に遊ばせ発言させ、常に子供を褒めてあげて、やる気を出させる。

 

こんな事を書くと「おいおい、移住客欲しさのヤラセかよ」なんて思われるかもしれないが、疑問に思う人は、自分で子供をこの国に留学させてみればよい。

 

そうすれば、今僕が書いていることが理解できると思う。

 

昨日は家族で山水に行き、夕食を食べた。あ、ちなみに言っておくと、僕は山水でも常に食事代の全額を払う。一切の割引なし。僕のポリシーだが、自分の商売でも値切りは嫌いなので、僕がお客になった時でも一切の値引きや立場を利用した割引は嫌いだ。

 

まあそれはどうでも良い。写真は、夕食時に他のテーブルに座っていた香港移民の子供と、うちの竜馬君が遊戯王で遊んでいる場面だ。

 

5歳の子供が、子供同士目があって、僕遊戯王持ってるんだというと、竜馬君も手元にあった遊戯王を取り出し、「僕だってあるよ〜」ってとこから、ソファ席に子供たちは移動、そこでいきなり遊戯王で遊び始めたのだ。

 

子供たちに国境はない。全く見知りあいのない二人の子供が、突然遊戯王を仲介して、仲良く遊び始めたのだ。

 

他のテーブルの香港人も、うるさい子供がいないから丁度いいやみたいな感じで遊ばせてくれた。

 

香港だったら、あり得ないかな。この時間、子供たちはまだ塾か家で宿題やってるな〜。

 

教育の問題はよく分からんが、子供の顔が伸び伸びして生き生きして、毎日楽しめる、そんな世の中がいいな。

 

山水のおいしい夕食を水割りと一緒に楽しみながら、夜が更けていった。

 

写真は、遊戯王で遊ぶ竜馬君と即席の5歳の友達・・・竜馬って、今10歳なんだけど、良いのか?

 

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tom_eastwind at 00:27|PermalinkComments(3)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月14日

歯医者

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やっぱり高いな〜、歯医者。

 

今日は半年に1回の定期健診だったが、先生が15分ほど診てくれたが、針を歯茎に押し込んでぐいぐいやって「お〜、問題なし、次は9ヵ月後で大丈夫だよ」の言葉を貰うだけで、お支払いは110ドル。

 

いやいや、分かっちゃいるけど、やっぱり高い。今の日本は歯科治療が保険きくので良いけれど、日本の健康保険にも年金にも、何も入ってない僕はニュージーランドの医療制度と個人で入ってる保険で対応するしかない。

 

そして僕の保険では歯科治療はカバーされてないので、毎回全額自腹なのだ。

 

有難いことに、家族は皆、歯がしっかりしており、竜馬君も歯磨きをしているので、当面歯科治療は必要ない。

 

ただ、みゆきが今、歯科矯正をやっているので、これは自腹。大体2年くらいかけてやるのだが、2年間の分割払いとは言え、合計すれば7千ドルくらいになるので、こりゃ大変。

 

キーウィ、ってか、西洋人は歯並びをすごく大事にするし、日常でも歯に対するケアは徹底している。やっぱり肉食人種なのかな、太古の時代から肉を噛み千切る習慣を持った人々は、魚や葉っぱを食ってきた僕らと違うのかな、歯歯歯。

 

これから移住を考える人、とにかく歯には注意して欲しい。やばそうな所があれば、保険のきく日本ですべて治療しておく事。

 

ただでさえ生活費が上昇して、もはや日本並みの生活費が必要なニュージーランドで、移住したばかりの人は決して高い給料は取れない。そんな中で虫歯の治療!なんてなったら、地獄で閻魔大王に遭った気分になる事、請け合いだ。

 

僕も40数年使ってきた歯が流石にガタが来た時に抜いたが、一本2千ドル!抜くだけだよ、抜くだけ。おまけに抜いた所を結んでた糸がほどけて、翌日は口の中が血だらけ、おそらく胃袋にもかなりの血液が流入したのではないか?

 

まさしく地獄で閻魔に遭って、その後にエイリアンとプレデターの戦いに巻き込まれて血だらけになったようなものだ。

 

翌日、土曜日にもかかわらず歯医者さんが出勤してくれて(勿論5歳くらいの子供連れ)、普段着のまま治療してくれて、何とか血液ドバ!は収まったが、全く、踏んだり蹴ったりだった。

 

今もその歯医者に通っているが、客筋を見ると、皆さん高級住宅街にお住みの上品そうな方ばかり。1年以上通っているが、アジア人は僕以外見たことがない。

 

丁寧だし、上品にやってくれてるので、とりあえず文句はない。手術のあとの糸結びの失敗くらい、可愛いもんさ。はは、人間だもんね、失敗くらいあるさ。

 

病院に連れてきた自分の子供に「大丈夫、お父さん、すぐ終わるからさ、ちょっと待っててね」って言われても気にしない。すぐ終わるような手術で失敗かい!なんて怒ったら、ニュージーランドでは生きていけない。

 

それにしても、強くなければ生きていけないニュージーランドだが、金がなければ、生きていけないとも言えるな。

 

くれぐれも、歯の治療は日本でどうぞ。

 

写真はダグラスウォーターズって言う、Periodontistからの請求書。

 

 

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2007年06月13日

移民法改正の発表

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移民法改正

 

以前から噂が流れていた移民法の改正が、発表された。

 

投資家部門と技能移民部門の変更だ。

 

投資家は、今までは200万ドル+IELTS5.0が条件だったが、今後は3億円持って来い、ついでに英語も学んどけよ、となる。

 

でも、1,000万ドル持ってくるなら、IELTSは4.0でいいよ。

更に、2,000万ドル持ってくるなら、英語テストは免除!だってさ。

 

英語テスト免除でっせという、やはり2ヶ月ほど前に聞いた通りの話だったが、ここまで金額が膨らむとは・・・。

 

まあ、僕のお客様で投資家ビザを申請する人(検討する人さえ)は、殆ど居ない。

 

2億円の資産を持っている人は、普通に考えれば日本で何かの商売をしている人であり、その商売をニュージーランドで継続しさえすれば2年で起業家部門のビザが取れるのだから、頑張ってIELTS5.0を取得して、普通に起業した方がよほど簡単だ。

 

投資家の場合、以前の移民大臣がウラ商売をした為に、投資したお金は(細かいルールは別にして大雑把に言えば)5年間塩漬けとなるルールが導入された。それだけのお金を5年間寝かすなら、ましてや金利が付くかどうか分からないなら、そりゃ起業した方が資金が有効に使えるよ。

 

大体誰が、IELTS5.0も出来ないままにニュージーランドで永住権を取得して生活しようと思うのだろう?そこがもともと不思議。

 

だから移民局も、英語も出来ない外国人は、所詮NZに貢献することもない、だから中途半端な金では移住させないぞという意思の表れだと思う。それは正解だと思う。

 

この国の定住者になれば様々な保護がある。その仕組みに安い金でただ乗りされちゃ、国民が納得しないでしょう。

 

勿論5年前の100万ドルは大金だった。しかし好景気が続き、100万ドルの住宅が普通になった今ではキーウィにとって、「たかが」100万ドル程度の金だ。たった200万ドルを持ってきただけで投資家なんて言うんじゃね〜よみたいな強気だろう。

 

近視眼的なキーウィの発想だが、それはそれでこの国では整合性がある。何せ過去をすぐ忘れてしまうし、歴史を学ばないし、その場や未来がすべてだから、そして国自体がその仕組みになっているから、今回も彼らからすれば納得しやすい判断だと思う。

 

それに比べて技能移民部門は、これで随分緩くなった。詳細が出てないので早尚な判断は出来ないが、今までに比べて、日本人で優秀な人間なら、ますます入りやすくなったということに感じる。

 

ちゃんと学校で学び、日本できちんと世間の役に立つ仕事をして、英語を学び、ニュージーランドに来て更に学校に行って能力を得れば、この国の定住者として社会の一員になれるのだ。

 

具体的にどうなるかは、来月になるまで待つしかないようだが、社会福祉に頼るような生活資金不足や、この社会に貢献出来る能力がなければ移住させないよって事だ。

 

ただ、優秀という点で以前も書いたが、日本で暗記漬けの、実戦で全く役立たないお受験用の頭の良さを要求されているわけではないという事をしっかり理解してもらいたい。

 

実社会では答えは一つではない。学歴ではなく、どれだけ自分で答えを導き出せるかが大事な点だ。

 

今の時代、移動と情報が世界共通になれば、その時の政府が作った国境なんか、全く意味をなくす。能力がある人々は、行きたい国に行く。

 

国も企業も同じだ。優秀な人間は、自分の働きたい企業で働く。自分が納得する企業で働く。企業からすれば、その候補者がどれだけ自分の企業で稼いでくれるか、それだけが大事だ。

 

どんな企業でも、欲しい人材は優秀な能力で仕事を取れる奴か、親のコネで仕事を持ってこれる奴だ。

 

噂によれば、電通はその代表格らしく、とびきりクリエーティブな連中か、政治家や大企業の子供で占められているらしい。どっちも客を持ってこれる。

 

ニュージーランドで言えば、とびきりクリエーティブな連中が、技能移民である。英語が出来て、NZに貢献する業務が出来て、健康で、将来的にも税金を納めてくれる人々だ。投資移民は、親が金持ちで、その金を引っ張ってこの国にやってこれる人だ。

 

今回の移民法改正の詳細は未だ不明だ。ただし、僕のお客様である技能移民には多くのプラスになりそうだ。

 

金利の上昇と言い、今日の移民法改正と言い、ほんっと、この国は常に激しく動いてるな、それも外向きに、って感じる。

 

日本が内向きの年金や教育法、自衛隊改編をやってる間に、世界はどんどん変化している。

 

あ、そう言えば、「会議は踊る」って映画があったな。会議は踊る、されど進まず。今の日本がそうじゃないか?

 

300年前の大国スペインも、今ではたそがれの国。19世紀の大国は英国だったが、今では米国。時代は常に変化するし、変化についてこれる国のみが、国際社会の中で健全に生きていける。

 

 

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tom_eastwind at 08:15|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月12日

為替はギャンブル

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為替はギャンブル

 

今朝(つまり昨日の朝)、ひんやりとする霧雨の中、ハーバーブリッジを過ぎる頃、車のラジオから9時のニュースが流れた。トップニュースは「ファイナンスって、ギャンブルよ」である。

 

昨日(一昨日)、金利上昇の影響を受けて為替が97円まで跳ね上がったと書いたが、その当日の午後2時頃、急降下したのだ。現在は95円くらい。

 

ファイナンス担当者が超びっくり、一気に2円も下がってしまい、昨日の午前中はずっと上がり基調で、早く円売れドル買えと、すごい勢いだったのに、ドイツのユンカースもびっくりの急降下で、各社のファイナンス担当者はお互いに連絡を取り合い、「おい、一体今、何が起こったんだ〜!どこのファンドがドル売ってるんだ〜!」と、昨日の夕方はこのテーマ一辺倒だった。

 

*その後、深夜になって正体がはっきりしてきた。下記は当社ファイナンス担当者がその日の記事をとりまとめた内部用資料。

 

***

本日はニュージーランド準備銀行(RBNZ)2004年以来の為替介入を実施した。対ドルでNZドルの売りを0.7620レベルで実施し0.7550レベルへと押し下げ、やや値を戻した0.7570レベルで2度目の介入を行った模様、総額は10NZドル程度ではないかと指摘されている。

 

これを受けてNZドル/ドルは0.7520割れまで急落し、その後もゆっくりと0.75割れ
となっている。

当初は介入についてコメントを拒否していたRBNZだったが、その後Webサイトで介入実施を肯定しており、また、介入に関してボラード総裁は「6月の金融政策声明でも述べたように、われわれは現在の為替相場水準は異常で、経済ファンダメンタルズに照らして正当化できないと考えている」とコメントしている。

 

さらに、「今回の措置は将来の金融政策を前もって示すものではなく、金融政策は常に経済のトレンドに左右される」と述べた。

 

NZドル高が日本を筆頭とした世界の資金をニュージーランドに流入させる要因となっており、この結果ニュージーランドの長期金利が恒常的に低下圧力を受けることになる。

 

これによりRBNZが利上げを継続してもその効果はRBNZが期待するものとはならず、金融政策の舵取りが困難となっていたことは事実だろう。

 

問題は、この介入が今後も継続するのかどうか、またNZドルをさらに押し下げる介入
を実施するのかどうかということだろう。

 

金融政策の効果を高めるためにNZドル高を牽制する目的であるのなら、追加的な介入は見送られるのかもしれない。

 

この場合は、NZドルの上昇スピードは遅くなることはあっても金利差を享受するキャリートレードに大きな変化はなく、NZドルの買い手も慌てる必要はないものといえる。

 

しかし、RBNZNZドルを一段と押し下げることを表明したり、押し下げ介入を継続するような場合は、積み上がったNZドルロングの巻き戻しが加速するリスクが高まり非常に危険だ。

 

また、NZドル/円の介入があった場合も同様にキャリートレード巻き戻しのリスクが高まることになる。

 

今後RBNZから出てくる方針を見極めつつ、本日の海外市場でマーケットがもう一段反応するのかどうかを注視したいところだ。

***

 

この文章を読めば分かるように、今回の相場の急変かは、実は政府が為替介入したのだ。高すぎるNZドルはどうのこうのと言って、引き下げるための大幅介入だが、一体その理由が何なのか、この文章からでは分からない。何故なら、これから更に上げようとしているようにも読めるし、冷やそうとしているようにも読めるからだ。

 

ところが今朝のラジオのニュースで、答が出てきた。

 

今朝の大臣発言で、「現在のニュージーランドの景気はこのまま継続すべきで、世界の中におけるニュージーランドの位置を考え、今後の外国からの投資呼び込みを考えれば、高い為替と金利は、ニュージーランドが採るべき政策である」と訴えていたのだ。

 

おいおい、昨日の大臣発言とは正反対じゃないか?そこでこのラジオのキャスターがヘッドラインで付けたキャプションが「ファイナンスはギャンブルだ」である。

 

まさにその通り、この2円の動きは、本来の市場の動きに連動したものではなく、第三者による意図的調整なのだ。

 

つまり、住宅ローンの加熱を冷やすとか、適正為替とかうまい事を言ってたが、やはりその本音は、昨日も書いたように、ニュージーランドに更に外貨を呼び込むための、ちょいとした策略だったというわけだ。

 

だからニュージーランドドルが財政基盤がどうのこうのと語らう人々は、為替の持つギャンブル性を、あまり理解していないのではないだろうか。

 

為替はギャンブルだ。それも、飛び切り頭の良い連中が自分の儲けを一円でも多く稼ぐための、禿たか同士の一秒単位の戦いだ。

 

そんなとこに素人が出てきて、一日単位でレートを読もうなんて、それは無理な話だと思う。

 

以前も2000年頃に米国の大手ファンドがNZドルに仕掛けをしてきた事があったが、この国の経済規模は、米国の大型ファンドがその気になれば、根っこからがたがたに振り回せる程度の小規模市場なのだ。

 

こんなちっちゃな、恣意的な市場なのに、ある人々は為替が動くたびに、一生懸命「いや〜、NZの農業生産はどうのこうの〜」、「NZ政府における借金はどうのこうの〜」と講釈を垂れるが、経済の基盤については、何よりも現場で毎日仕事をしている人々が一番よく知っている。

 

経済指標と今日の為替は別問題である。

 

為替はギャンブルだ。

 

通貨は、その通貨が欲しいと思う人の間で高く取引され、ある日突然、皆が不要と思って安く売り飛ばされるものだ。その意味で長期的に見れば為替は経済の指標の一つとなる。人々に人気があるかどうか、ただそれだけが通貨の意味だ。国家が大きいとか経済が大きいとか、あまり関係ない。

 

もっと簡単に言えば、人は勝ち馬に乗る。そして最後に乗った人間の重みで馬は潰れて、その時その馬は負け馬になる。

 

短期においては、為替相場は確実にギャンブルだ。

 

ただ、この国にこれから住もうと思う人にとっては、自分のお金をいつかは間違いなくNZドルに両替、送金しなければいけないのだ。だからそのタイミングはとても大事なものになる。

 

一番良い両替のタイミングはいつかという質問を受ける。

 

僕が答えるのは、よほどの事がない限り「今です」と答える。実際にここ6年間、為替は大体説明会でご案内した通りの、のこぎり型上昇を描いている。この国を視察してみれば、何故伸びているか分かるようなものだ。

 

為替レートは神様でも読めない。ならば、早めに送金して金利で確実に稼ぐという発想を持つのが一番賢明だろう。

 

金利差が1年でいくら出るか分からないが、金利差は差益にも差損にもなる。ところが金利は、損はない。確実に1年で7%は利益が出る。

 

ならば、為替には目をつぶり、その気になった時に送金するのが一番だ。

 

そして、送金してニュージーランドドル定期預金にしたら、そこから先は当分為替レートを見ない。送金した事さえ忘れてしまえ。満期になったら、金利を見て喜べばよい。決して日本円に換算するな。いくら日本円に換算したところで、そのお金はニュージーランドドルで、ニュージーランドの住宅購入や食料費に変わるのだから。

 

素人が為替をどれだけ見ても答が出るわけがない。それよりもできるだけ時間をかけずに、さっと送金して、後は自分の本業に力を入れて、残業するなりアルバイトするなりして金を稼ぐことだ。

 

しかしまあ、為替を専門にやっている人たち、よくも毎日心臓が持つものだと、正直感心する。

 

写真はノースショアハイウェイの工事中の一場面。外国人投資家のお金は、こういう公共事業に投入されている事が多い。投資家のネーミング権とかも作ればよいのにね。実際、クライストチャーチには献金した人の名前を書いてる桟橋もあるし、あ、そうだ、日本なら神社の柱に献金した人の名前彫ってる。

 

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2007年06月11日

金利8%時代に突入

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先週末に、更に金利上昇が発表された。これで金利8%時代に突入だ。銀行に預ければ7.5%くらいで運用してくれるし、逆に銀行でお金を借りると、住宅ローンでも10%近くなる。

 

日本でも20年位前、バブルと呼ばれた頃には11%の金利なんてあったな。

 

借りるには大変だけど、預けるには大変有利な時代になった。

 

これにあわせて、案の定NZドル通貨が買われて、今日の銀行両替レートは97円まで来た。

 

思い起こせば今年の初め頃から、僕は説明会や個人面談があるたびに、NZドルは100円までいきますよと説明していた。もう一息で、本当に100円である。

 

今年の初頭に、「もうちょっとドルが下がったら送金します」って言ってたお客様、残念でした。NZドルの動きを米ドルと混同している人がいる。

 

日本円と米ドルなら、100円から125円の間を行ったり来たりしているから、「下がったら」という発想はよく分かる。でも、米ドル以外の通貨、ユーロ、ポンド、豪ドル、NZドル、すべて強くなっているのは、これは世界全体が日本と米国に対して「どうなの?」と疑問カードを突きつけているようなものだ。

 

だから、NZドルが強くなっているのではなく、日本円と米ドルが弱くなっているのだ。

 

今回の利上げは、景気が良すぎるニュージーランドの不動産価格があまり過熱しないようにとの意味合いで行ったものだ。

 

例えば、住宅ローンを組んで高い家を買おうと思っても、金利が高いから買えなくなる、これで購入希望者が減少するので、値上がりを抑える事が出来る、表面的にはそういう考え方だ。

 

但し、これは現金で購入する人には関係ない。銀行からお金を借りないのだから、金利がいくらになろうと関係ない。今回の措置で影響が出るのは、外国人がNZの銀行でお金を借りて家を購入する場合と、キーウィが家を買う場合だろう。

 

今、政府が注意している点は、元手がないのに不動産を購入して、値上がりを利用して含み益で更にお金を借りて、住宅の頭金にして儲けようとするキーウィである。

 

彼らは元手もないのに含み益で稼ごうとする「サブプライムローン」を利用しており、そのような人々は、本来額に汗して稼ぐというキーウィの感覚からは、少しずれている。彼らが今回の金利上昇で控えてくれれば、それでOKくらいの感覚だろう。

 

それ以外の外国人が投資をするのは、国益という点から見れば、現金が外国から流れ込んで来るので国家が潤うし、そのお金を福利厚生に回すことが出来るから、問題ない。

 

将来的に住宅の価格が下がっても、それで困るのは外国人投資家だ。持ち家のキーウィからすれば、家の値段が上がってしまうと、逆にRateの支払いが増えるから、それほど単純に嬉しい事ではないという実情もある。外国人が損をしても、NZの国民に影響はない。

 

そして当然だが、ニュージーランドドルの金利が上がれば、為替とは別に外国からの銀行預金が増える。世界でもトップクラスの金利であり、政治的にも治安も安定しているから、投資先としては安心だ。

 

金利の上昇は外国からの現金投資を呼び込み、不動産投資も外国人移住者によって盛んになるだろう。

 

結果的に、今まで先進国の後塵を拝していた農業国が、北半球の敵失(イラク、テロ、財政危機、社会保障の切捨て)によって挽回の機会を見つけて、それを見事に利用したというのが、現在の偽らざる状況ではないだろうか。

 

写真はグレンフィールドショッピングセンターのエスカレーター。

 

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2007年06月10日

キーウィセーバー

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ニュージーランドに新しい年金制度が導入される。キーウィセーバーと呼ばれて、労働者と企業がお金を出し合って、将来の年金を保障する制度だ。

 

現在のニュージーランドは財政的に潤っており、日本のような年金問題はなく、年金世代は現役時の賃金の約70%が保証されているが、将来的に更に安全を保障する為の仕組みだ。

 

つまり、65歳になって退職した時に、生活水準が現役世代と比較しても低下しない為の仕組み作りだ。

 

ところで、ニュージーランドの年金はすべて税金で賄われている。僕ら労働者が毎月支払う19.5%のPAYE ( Pay as you earn ) と呼ばれる所得税の中に含まれているのだ。

 

ニュージーランドは税金が高いですねと言われる事があるが、制度を知らない日本人に言われたくないなという感じだ。

 

だって、この税金が国民の教育、医療、失業保険、老齢年金に回っているのだから、キーウィでも税金が高いと問題にすることはない。日本の場合はこれが実に細かく分かれていて、所得税、失業保険、厚生年金、市民税、なんちゃらかんちゃらと税金が盗られている。

 

それに比べれば、ニュージーランドの場合は、payeのみですべてが賄われているのだから、比較をしてみれば分かる。

 

今の日本の年金問題で、日本人が決定的に勘違いしている部分がある。それは、年金は税金であるという事だ。つまり、年金を払わないのは脱税と同じなのだ。だから今回の年金改革でも、国税庁と社会保険庁を一つに統合しろという話が出てくる。

 

そりゃそうだ、税金を取る機関が二つある必要はない。集めた税金をどう使うかは、財務省が考えればよいことだ。

 

そうならないのは、年金制度を導入した際に、国がこれを税金と言わずに年金保険ですよ、って誤魔化しをしたからだ。

 

何でそんな事をしたかって言うと、元々税金が高い国家なので、更に税金が増えますよと言うと、国民が嫌がる。だから目くらましみたいにして、年金制度という名目で導入したのだ。

 

導入した際にはっきりと、「これは税金ですよ、毎年皆さん労働世代が払うお金(年金)は、年金世代が受け取るのです、あまったお金はグリーンピアなどに使ったり、政府のお金に回すのですよ」そうはっきりといっておけば今回の問題はなかったのだ。

 

年金は税金ですよ。今の労働者世代が年金世代を養うために払っているお金であり、社会保険庁は、労働者世代のお金を年金世代に渡すための橋渡し機関です。

 

だから今の労働者世代が年金世代になった時点で労働者世代がいなければ、年金はもらえないのです。

 

当然日本は人口減少していくし、老人が増えるわけなので、今の40歳が年金を受給する25年後には、ほぼ受け取り不可能です。そして今の30歳代は、今後の日本の人口バランスがよほど大変化して労働者が増えない限り、不可能です。

 

ね、分かりやすいでしょ。要するに、皆さんが払ったお金は皆さんの為に貯金されているのではなく、今の世代の老人の為に全額使っているのです。そしてあなたたちのお金がもらえるかどうかは、その時になって労働者世代が支払いをするかどうかにかかっているのです。

 

未来の労働者世代が少なくなり、ましてや老人が増加すれば、到底労働者は負担出来ない。だから法律を改正して、老齢者に対する年金を減らすしかない。

 

今のレベルの年金でも老人が生きていけないというのに、更にこれを減らすわけだから、当然老人は、死ぬまで仕事をしなければ生きていけないという事になる。

 

企業年金などで守られている人は大丈夫だけど、国民年金しかなくて年老いて仕事がなければ、確実に飢え死にする。

 

そんな時代が、もうすぐやってこようとしている。そしてテレビや新聞はその事実を知っているけど、本当の事は書かない。

 

国民が、自分が払っている年金が、実は年金ではなく税金であり、自分の為に貯金運用されているのではなく、毎年入金されたお金は、毎年政府によって全額消費されているという事実に気づいたら、それこそ誰も年金を払わなくなる。

 

そうなると、新たに税金として年金制度を導入しなければならない。しかし、今更10%以上の税金が追徴されるとなれば、誰が納得して支払うだろう?

 

これで年金制度の崩壊だ。

 

ニュージーランドは年金を、最初から税金として扱っている。国民が払う税金を原資として、その一部を年金世代の生活費に充当しているのだ。それで年金世代は毎日のんびりとガーデニングをしたり旅行に行ったり出来るのだ。

 

少なくとも国民がバカだという事を前提にお上が取り仕切っている国と、国民に本当の事を伝えて、その上で、さあどうしましょうってやる国では、これだけ結果が異なる。

 

一体いつになれば、日本国民をバカにするって言う日本政府の悪い癖は治るのだろうか?

 

話はがらっと変わるが、写真は、何故か万座毛。今沖縄では米軍基地問題で自衛隊が出動して反対する民衆を撤去させている。成田空港事件の時でさえ自衛隊は出動しなかった。

 

きっこのブログの6月8日付けを見て欲しい。

 

誰の為の自衛隊なのか?誰の為の日本政府なのか?

 

 

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tom_eastwind at 14:46|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月09日

寿司職人

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前回の日本出張時に個人面談を行った。

 

都内の有名大学を卒業して一流の日系大手金融関連企業に就職し、色んな部門を回り、30歳半ばで年収1200万円。都内に住み、ちっちゃな子供が二人いるが、安定した生活。

 

こういう人が、実は一番移住しにくい。何故なら、手に職がないからだ。

 

大体において日本の大手企業は、終身雇用を前提として社員を採用するから、企業が独自のシステムや仕事の流れを構築していて、その企業でしか通用しないルールを持っている。

 

だから、その企業の中で覚えた専門知識は、他の企業、ましてや移住先では通用しない事が殆どなのだ。

 

大学で学ぶのも、経営とか文学とか、ほとんど移住には役立たない内容である。

 

僕は金融業で十数年・・・だから?いやいや、ニュージーランドの銀行で働いて、日本人顧客を対象としてビジネスを・・・・あのですね、400万人の中で日本人は1万人ちょっとしかいないし、彼らは移住してくる中国人20万人と比べれば、個人資産でも投資でも、一桁小さいのです。

 

だから面接をしても

面接官「ビザはありますか?」

本人「ありませんが、一生懸命頑張って・・」

面接官「じゃあ、金融関連の国際資格を持っていますか?」

本人「いえ、それは特にありませんが、銀行での経験が十数年・・・」

面接官「あなたは中国語が出来ますか?」

本人「いえ、それは出来ませんが、でも日本語が・・・」

面接官「おととい来てください」

となる。

 

ニュージーランドにおいては、英語は必須である。出来て当然、そこからプラスして何が出来るかだ。ビザもない、資格もない、中国語も出来ない、ましてやニュージーランドの環境も知らず、現場で即戦力を募集している銀行に対して「僕に仕事を教えてください、頑張ります」では、全く通用しないのだ。

 

自分がどれほど能力があるか?それを客観的に表現出来る日本人は少ない。ましてや、実際にニュージーランドで役立つ能力があるのかとなれば、これはもう確実に、ない人が多い。日本の大企業のシステムでは、海外で役立つ能力を付ける機会が全くないからだ。

 

そして、多くの日本人は、就職した瞬間に「生涯の座席を確保した」と思ってるから、そこから自己啓発をしようとしない。

 

自分への投資。本当に海外に住もうと思ったら、自分への投資を怠ってはいけない。

 

僕が香港に居た頃は、20歳代の香港人は、一旦どこかの会社に就職したら、すぐに夜間学校等に通い、日本語を学んだり、秘書検定資格を取ったり、コンピューターの勉強をしたりと、週に3晩は自己啓発講座に参加していたものだ。

 

香港では就職は一つのステップであり、就職できたら、次にステップアップするため、すぐに違う能力を身に付けようとする。彼らは、どこの国でも生きていけるように常に自己啓発や努力を怠らないから、実際に海外に行っても通用する。

 

だから日本人も、企業に就職してそれで終わりと思わず、常に自己啓発を行う必要があるのだ。特に海外でつぶしの利く仕事としては、出来るだけ現場に近い仕事を学ぶべきだ。

 

例えば調理師、美容師などは有利だ。すし職人なら、ほぼ間違いなく就職出来る。一旦就職してこの国に入り込めば、そこで人間関係を作り上げて、本来自分がやりたかった仕事に再就職することも出来る。

 

皆さんがよく勘違いするのは、ビザの取得と実際の労働を混同することだ。ビザはあくまでも入国して生活をするための手段であり、一生その仕事をするわけではない。だから、自分が望まない仕事でも、まずは入国して滞在するために、ビザのために働く。

 

そして永住権が確定してから、自分が本来やりたい仕事に転職するのだ。それまでの間は寿司を握りながら、英語の勉強と現地に溶け込む努力をすればよい。

 

「え〜、やだよ、したくもない仕事なんて〜」、そんな贅沢は言わない。お金が2億もあれば仕事しなくても投資家ビザで永住権は取れるけど、そんなお金がないのなら(普通ないよね)、我慢してビザが取れる仕事をするしかない。

 

例えば、今から移住を計画してて、実行に移すのが2年後だとすれば、これはもう、現地で通用する資格を日本にいる間に取るべきだ。そこで出てくるのが調理師だ。

 

今、西洋社会では日本料理のヘルシーさが人気を呼び、ツナの値段が高騰しているし、これは一過性のブームではない。

 

なので、日本食を作るシェフ、つまり寿司職人は世界中で人気がある。やはり白人や中国人が握る寿司よりも、日本人が日本語をしゃべりながら握る寿司のほうが、雰囲気がある。

 

自己啓発と言えば、なんちゃら講座とかセミナーって思うかもしれないが、移住という視点から見れば、むしろ日本人が慣れ親しんだ日本食を極めるほうが、ずっと効果的なのだ。

 

また、「僕が寿司なんて、出来ないよ〜」なんて言っても、子供の頃から食べている食い物だから、味をしっかり掴んでいるのだから、半年も勉強すれば、そこそこのものは作れるようになる。

 

そして、海外で期待されている日本食は、実はその程度で学べるものなのだ。銀座で寿司を握るような高級な技術は期待されていない。

 

日本人はその性格的にどうも完璧を求める嗜好があるが、ニュージーランドではそこまでの完璧さは求められていない。このあたり、日本よりも気楽にいけるのだ。

 

日本の社会では自分を商品化して、客観的な価値を付けるという習慣はない。しかし、海外で生きていこうと思えば、いかに自分を客観視出来るかが勝負である。

 

金を数えるよりも、寿司ネタを握るほうが金になるのが、ニュージーランドである。

 

写真は、殆ど放置してある自宅の庭に出来た、ポン酢みたいな果実。先週まではりんごも成ってました。

 

 

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tom_eastwind at 00:13|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年06月08日

移住とは、逃げることではなく、違う土俵で戦うこと。

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30歳過ぎて、自分に何の能力もないと知った瞬間の恐怖って、どんなものだろう?

 

最近のNZdaisukiで、「永住権を取れたものの、数年してニュージーランドにいる目的がなくなったり、将来性が見えなくなってしまう」という書き込みがあった。

 

何となくニュージーランドにワーホリでやってきて、住み心地が良いからそのまま住み着いてワークビザ取得、永住権取得と、割合ここまでは円滑にいったのだが、日本人観光客相手の旅行関連産業は不況で、肝心の経済基盤は出来ず、生活費は毎年上昇する中で、不況なので給料も上がらない、今更手に職もないし、英語も結局は仲間内で通用する程度しか出来ないから、地元キーウィ系の会社で面接を受けても採用されない・・・。

 

こういう人は、NZdaisukiに書き込みをしない人の中にも多いと思う。何となく「自分探し」にやってきて、「気持ち良い」=「日本のような周囲の煩い干渉がない」から、ついつい過し易くて、永住権を申請してみたら、英語テスト免除で取れちゃった。

 

1・ニュージーランドに来ればどうにかなるなんて事は絶対にない。来てからが戦いですよ。

 

2・英語が話せるのは、ニュージーランドでは当然の能力。それに加えて何が出来るかが大事。

 

3・将来にわたって経済基盤を支える資金または能力があるのか?

 

4・NZ生活の目的が明確なのか、最低でもNZ到着後2~3年の計画を作っているか?

 

これが、僕が移住を希望する方や説明会で、いつも口を酸っぱくして言ってる事だ。

 

僕としても言いづらい。将来的な潜在顧客に向かって「来るな」と言ってるようなものだし、夢を見させてもあげたい。でも、失敗する事が目に見えてる人に「大丈夫ですよ」とは、どうしても言えない。

 

人によっては、のんびりしているようで最後には成功するタイプの人もいる。日本では能力があるように見えても、それは日本のその大企業でしか使えない能力で汎用性がなく、NZでは使い物にならない場合も多い。

 

今までメールも含めて200件以上のカウンセリングをしてきたが、そのうちの半分近くは、自分を客観的に評価することが出来ない人である。悲しいが、これは現実だ。

 

外国で生きると言うことは、日本という暖かく優しい国に生まれた人にとっては、本当に大変なことなのだ。

 

ニュージーランドで生活が出来る人と言うのは、ざっくりと言えば、下記の4つかな。

 

1・日本の村社会が耐えられない人である。馴れ合いが嫌い、親が貧乏なら子も貧乏みたいな不公平な社会が納得出来ない、公平な社会でなければ耐えられないという、そういう気持ちを抑えきれない人である。これはかなり反社会的思想があるので、1960年代の学生運動に傾倒、少なくとも共感出来る人々だ。

 

2・キーウィと結婚して、相手の国にやってきて、そのスタイルに自然に慣れた人。反社会的ではないが、どのような国でも抵抗なく住める。基本的に日本daisuki人間。付け加えて言えば、親にある程度の資産もあるので、家を買う時などは相応の分担をしてくれる。

 

3・どんな国でも住める鷹揚な性格であり、手に職を持っているため、どんな国でも食っていける人々。彼らは日本の金儲け的な忙しさよりも、NZの、家族を大事に出来る生活のほうが好きだから、盆と正月は日本に帰るが、後はNZでキーウィ相手に自分の速度で商売をする。

 

4・いつも日本とNZをビジネスクラスで往復出来る資産とか、安定したビジネスをNZや日本で展開してて、国境に拘らないビジネスをしているか、すでに金利で生活出来る基盤を作った人。

 

だから、この4つに入らない人は、例え永住権が取得できても、その使い道がないから、結局は将来の不安を考えて「日本に戻ろうか?」という事になる。

 

来たのも漠然なら、住むのも漠然としている。だって、来た時は自分探しだし、住んでる間は日本人の友達と楽しくやってるんだし。

 

住んでいる間に努力して何かを学ぶって?やだよ今更学生なんて〜、それより週末に友達とBBQするほうがよっぽどいいもんね。

 

そして20代後半から30代前半の楽しい時は経ち、結局今のままの英語力と能力では例えNZであっても世間に通用しない事が分かる。昇給もなければ昇進もない。ましてや起業の道もない。

 

でも、今更そんな英語の勉強とか資格を取るとかの努力をするくらいなら、少しくらい家族や親戚の干渉が煩くても、母国語の通じる日本にいるよ、そのほうがよっぽど楽しいよ、家に帰れば家族も迎えてくれるし、もしかしたら遺産相続なんてあったりね。

 

1から4に当てはまらない人なら、当然そういう帰結になるだろう。

 

移住すればそこはバラ色なんてあり得ない。

 

移住とは、日本と違った土俵で戦うことだ。

 

戦うのは、生きてる限り当然だ。でも、日本のように、政府が恣意的に自分勝手に政府に都合が良いようにルールを変えるような、そんな不公平で、法律による権利さえ保障されない土俵で戦うのは嫌だ、そう思っていれば、ニュージーランドで一生懸命勉強も努力も出来る。

 

では、1から4に当てはまらない、そして戦いたくない人は、どうすれば良いのだ?日本でじっとしてろ、それが一番安全だ。

 

今の日本の政策は江戸時代と同じ、生かさず殺さずである。一生懸命働いていれば、社会的に落ちこぼれる確率は100分の1くらいだろう。例え二極化しても、夫婦で共働きして子供を作らなければ、何とか食っていける。

 

自分の人生をどう生きようが、それは本人の自由である。その意味で「漠然」と外国に来れるだけの余裕がある人が、正直うらやましい。子供の頃から赤貧に耐えてきた身としては、「漠然」という気持ちでさえ、そんな時間の余裕を持てる人が、贅沢で羨ましい。

 

だから、正直言えば、漠然と来れる人に対しては、折角それだけの時間があるのだから、その時間を使って自分を高める努力をして欲しいと思う。

 

だってその時間は、貴方たちの両親が汗水垂らして作った社会と生活の上に成立しているのだから。

 

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2007年06月07日

食料大国

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昨日も書いたが、食料大国という考え方が今米国で発生している。当然の話だが、人間、食うものがなければ死ぬ。ガソリンがなくてもすぐ死ぬことはないが、食料の場合、確実に数週間で、人は死ぬ。

 

そうなると、食料が十分にあるかどうかというのも、その国の国力を測る一つの目安となる。

 

最近のニュージーランドは、水と、そこから作られる電気、そして食糧自給散る300%という、圧倒的な食い物の豊富さが米国の目に留まり、米国からの移住者が増えているのだ。

 

勿論、治安の問題もある。米国ではどんな金持ちでもテロに遭う可能性はある。だが、ニュージーランドでテロに遭う可能性は、殆どゼロに近い。

 

何故ならニュージーランドだけが、西洋白人社会で唯一イスラミックに対する差別を持たずに、難民も受け入れている国だからだ。

 

イスラム民からすれば、世界で叩かれている自分たちを受け入れている国に刃を向けることなどあり得ない。イラク戦争にも派兵せず、国連主導の平和維持活動のみに限定されているニュージーランドは、日本以上にテロに対して安全である。

 

自然、水、電気、食料、そして安全となれば、米国のお金持ちは、いくらでも金を払って「避難所」の席を買うだろう。

 

勿論一生ニュージーランドに住む必要はない。世の中が安全になれば、また文明世界に戻るさ、それまでの間は、安全な国で過ごすのが、おりこうさんってものだ。

 

ちなみに、日本人で食糧問題を考えて移民する人は、まだいない。だって、日本では食料自給率40%と、先進国でも最も低い数字だが、実際の街には食料が溢れているから、実感として食糧危機が理解出来ないからだ。

 

でも、ここに一つ面白いデータがある。

 

世界で作付け出来る穀物は年間で20億トン。これで賄える人口は83億人だ。でも、2050年には世界の人口は90億人になる。そうなると、毎年7億人は飢え死にするという計算になる。

 

自分がその7億人になるのか、83億人になるのか、今の日本だと、おそらく83億人の方に入れるだろう、もし外国が穀物を売ってくれれば。

 

ただ、食料が不足するとなれば、どこの国でも、まず自国の食料を守る。その結果、外国に売る場合は、思いっきり値段を上げるか、物々交換をするか、いずれにしても輸入する側に不利な交渉をするしかない。その結果、輸入国では輸入食料の価格が高騰する。

 

とうもろこしでは、既に値上げによる食糧市場の変化が発生している。

 

今はまだ、日本人の殆どが食料に対する危機意識を持っていない。しかし、子供の世代には確実に、食料は国策となっていく。

 

不利な条件で交渉させられるだけではない、食料をもらっている国とは、戦争さえできないのだ。

 

丁度日本が1930年代後半に、米国による石油の輸入停止を受けて、戦争で東南アジアの石油を奪うか、米国に隷属するかの判断を迫られたようなものだ。あの時は石油、今回は食料というわけだ。いずれにしても、資源のない国の辛さである。

 

今の世界情勢で、食い物がないからと戦争をしたところで、世界が許すわけがない。必然、戦争もできないし、不利な交渉を押し付けられるだけなのだ。

 

そうなると、どこの国が強いか?当然だが、食料をたくさん持っている国だ。それが、今のところ世界を見渡せば、ニュージーランドである。

 

日本の本州と同じ土地を持ちながら、人口はたったの400万人。おまけに農業国で、毎年作っている食料が、国民が必要な量の3倍以上という国だから、少なくとも、食うに困ることはない。

 

世界が飢饉に襲われたとしても、どう見てもニュージーランドで食い物がなくなるという事態は、考えにくい。むしろ、食糧危機が高まれば高まるほど、ニュージーランドドルも高くなるだろう。

 

日本は今、貿易の自由化という名の下、次々と食糧輸入が自由化されている。そうなると、大量に作って安く売れる食料が出回り、結果的に国内の食糧生産量が激減する。農家がなくなって外国の輸入に頼るようになって、その国が「もう売らないよ」と言ってきたらどうなるだろう?

 

石油でさえ、中東や米国の言い値で買うしかないのに、食料までそうなってしまえば、日本は独立国家として主権が発揮出来るのか?

 

今はまだぴんとこない食糧事情だが、危機が目前に来た時は、もう遅い。逃げ込むべき避難場所は、そのドアを閉じているだろう。

 

少なくとも、自分の身は自分で守るしかない。

 

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2007年06月06日

バイオエタノール

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日本人の75%は、殆ど本を読まないそうだ。20%が、軽く読む程度。最後の5%が、専門書を読む、という事らしい。

 

「本」の範疇に漫画が入ってるのか?と軽く突っ込みたくなる。

 

日本の漫画は西洋の小説に値するものがたくさんあるので、読書率の比較であれば、出来れば漫画も入れて欲しいな。

 

ただ、本をあまり読まない西洋人でも、読んだ連中の実行力はすごい。これは、読むけど内容を理解出来ず、他人が書いたことをいかにも自分の知識のようにのたまわる、ましてやそれを行動に移すなんてありえないざーな日本人など、足元にも及ばない。

 

先日も中州のバーで、カウンターに座った偉そうなおっさん(僕も近いものがある)が、女の子相手に、日本の学校教育について偉そうなことを吼えてた。「子供に教えるのは、何故かなんて言わせちゃいかん。駄目なもんは駄目なんだと、言い切ることが大事だ!」

 

ところがそこでおっさんの話している内容は、去年出回った「国家の品格」の言葉そのままだし、女の子に「え〜、何でそうなるんですか〜?」と聞かれると、「そんなもんは聞くもんじゃない、感じるものだ」とか、わけのわからん事を言ってた。

 

「え〜、じゃあお客さんが子供の頃に先生に聞いて、駄目なモンは駄目だって言われたら、納得しますか〜?」そう返されたおっさん、思わず「いや〜、俺が子供の頃は、分からんものはしっかりと聞いてたぞ」と威張ってた。ほら、自己矛盾。

 

まあ、これなら最初から読まないほうがよほど時間の節約にもなるが、そこはおっさん、やはり脳みそがからっぽなので、なにかを詰めておかないと不安なのだろう。

 

この点、西洋人は、間違った知識や教養の上に乗っかって平気で間違った判断をするが、その態度が堂々としているので、よわっちい日本人としては、ついつい、「あ、そうか」なんて納得してしまう。

 

知識の量と正確さでは日本人の教育の方がずっと優れているんだから、もっと胸を張って堂々と交渉してもらいたいんだけどね。

 

今までは学校で暗記ばかり詰め込んでたけど、社会に出るとそれじゃ通用しない事に気づいて、でも今更自分で考える力なんてないから、とりあえず本屋で売れてる本を読んで、暗記している事で、ほっとしている猿脳に、交渉力を期待するのは無理かもしれんな。

 

むしろ、開き直って「あたし〜、本なんて読まないし〜、バカだもんね〜」と構えている女の子の方が、よほど腰が据わっている。間違っているものは間違いと、本能的に知っている。英語が出来なくても、間違いは間違い、西洋人相手に堂々と渡り合ってる日本人を見ると、大体が女性だ。

 

本題はそんな事じゃなかった。

 

専門書というわけではないが、最近よくブログねたに出てくるのがエタノール。とうもろこしなどの穀物を原材料にして、ガソリンに混ぜて車を走らせる代替燃料の一種である。

 

日本でも試験的に使われ始めて、石油依存からの脱却を狙っている日本の国家戦略と一致している。

 

と、そこまでは良いのだが、これが自然に優しい、CO2が出ない、なんて言う宣伝が出回っている。

 

ところがエタノールを燃やせばCO2はちゃんと出る。エタノールの原料である穀物が成長する過程で光合成をしてCO2を吸収するので、最終的に燃やして発生するCO2と差し引きゼロという考え方だ。

 

また、合成燃料を使ったとしても、その使用量は所詮ガソリン97に対してエタノール3だから、車が吐き出すCO2はそれほど減らない。

 

むしろ問題なのは、エタノールを作る過程で発生する「地球に優しくない」問題である。

 

その中で一番分かりやすいのが、ガソリンの代替燃料になると分かった途端、それまで食料として作っていたとうもろこしを、米国の大手メジャーがまとめ買いしてエタノール会社に売りつけ、その結果穀物価格が跳ね上がるという事態だ。

 

また、とうもろこしが儲かると知った農家が、他の農産物を減らしてとうもろこしを作るから、結局減産された他の食料品の価格が上昇する。

 

 

でもって、こんな穀物を国内で作っている分にはまだ良いが、日本の場合、食料自給率が40%、穀物に至っては小麦の89%、大豆の95%が輸入に頼っている。

 

食料自給率が40%

 

つまり、バイオエタノールを利用しようとすれば、ご主人様である米国に頭を下げて売ってもらわないといけないという、いつか来た道をここでもまた繰り返すわけだ。

 

沖縄ではさとうきびを利用してエタノールを作る研究がされているが、それでも全体の消費量からすれば、到底追いつかない。

 

バイオエタノールが自然に優しいという「まやかし」が通用するのも、新聞等で知識の付け焼刃しかせず、自分で検証せず、自分で考えることもしない国民性が、その背後に横たわっているからだ。

 

地球環境を考えることは大事だが、そのウラにある環境ビジネスで儲けようとする連中に釣られてはいけない。その為にこそ、世の中の事象をしっかりと自分の頭で理解して、何が正しいかを見抜く力が必要だ。

 

その為の読書であり、そして、実行するための読書であるべきだ。

 

食糧問題、続く。

 

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2007年06月05日

平和な国

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ニュージーランド 世界で2番目に平和

 

 英誌エコノミストの調査部門EIUは、世界121か国を対象にした「平和度指数」を発表し、ニュージーランドは、1位のノルウェー続き2位にランクされた。

 平和度指数は、犯罪傾向や軍事費の国内総生産(GDP)比など全24項目を比較、各国で平和が実現されている程度を初めて数値化したもの。ニュージーランドは、政治的に安定し、オーストラリアをはじめとする近隣諸国との関係や治安が良好な点が評価された。

 報告書では、ニュージーランド国内の犯罪傾向において、暴動と殺人の指数がとても少ないが、ノルウェーに比べ暴力犯罪が多く、投獄された人の数も北欧諸国に比べ多いことが明らかとなった。また軍事面では、ニュージーランドが太平洋地域の安全を守る役割を担い、2003年にはオーストラリアが主体となった平和維持軍の一部として35人の警官と230人の軍人がソロモン諸島に行き治安にあたったことが評価された。

 日本は主要8か国(G8)では最高の5位にランクされ、オーストラリアは25位、英国が49位、米国は96位、最下位はイラクだった。上位10ケ国は以下の通り。


1 Norway
2 New Zealand
3 Denmark
4 Ireland
5 Japan
6 Finland
7 Sweden
8 Canada
9 Portugal
10 Austria


社会   200763

 

今日のNZdaisukiの記事より。

 

まあ、最下位がイラクってのは、よく分かる。米国が安全ベスト10に含まれていないのも当然だろう。日本が5番目に安全ってのも、最近は確かにやばい事も多いけど、それほど違和感はないな。

 

アイルランドが平和ってのは、ちょっとびっくり。1980年代のIRA闘争を知っている年代からすると、とても疑問。あの頃は、米国に逃げた多くのアイリッシュが米国で働き寄付したお金で、アイルランドの爆弾テロが行われた。

 

英国王室の貴族でさえテロのターゲットにされて、「ニューヨーク大聖堂」なんて作品を読むと、80年代のアイルランド闘争は、今のイラク戦争並みの大問題だったと分かるほど。

 

僕は個人的にIRAに肩入れするほうだが、今でも緑色とリバーダンスを見ると、どうしてもIRAの歴史に思いが飛んでしまう。

 

それが、最近のイギリスの譲歩により、またアイルランド側も、血で血を洗うテロ戦争にアイルランドの将来はないと気づいたことにより、一気に近寄り、アイルランドが急速に発展、平和な国になった。

 

ニュージーランドの2位ってのは、それに比べてどうだろう?確かに日本よりは治安が良い。しかし、2位になれる程か?それほど何かの努力をしていたかな〜?

 

そう思った時に、ふと、違う意味で2位だなと感じた。つまり、ニュージーランドが結果的に2位になったのは、比較対象として、他の国の治安がどんどん悪くなってるからだ。

 

例えば米国の治安の悪さは評判だが、英国でもテロが発生し、ドイツではデモで負傷者が出てるし、トルコ移民への迫害が酷い。中東がやばいのは周知の事実だし、南米でもしょっちょうクーデターやら強盗やら、ブラジル等は今や犯罪者天国、中南米では麻薬戦争真っ盛り。

 

アフリカに至っては無政府状態で毎日仲間内で人が殺されているし、出稼ぎに行った中国人技術者も殺されている。

 

北東アジアでは、中国の治安が良いなんて誰も言わないし、北朝鮮と国境をはさんでいる韓国は、いつ戦争が起こってもおかしくないし、何せ徴兵制度が残っている国だ。フィリピンやタイではイスラム戦争だから、そう考えれば、日本はまだまだ治安が良いほうだ。

 

その点欧州は、田舎とかちっちゃな国家で、何だか悪く言えば衰退した国の集まりだけど、同時に、のんびりと老成した安全な国だと言える。

 

その欧州の中で2位になったって言うことは、それなりに嬉しいことでもある。

 

ただ、実際に生活をしてみると、特にオークランド南部では、こそどろ、車上荒らし、ひったくりなどの、しょう〜もない犯罪が時々起こるのは事実だ。

 

一番の問題は、親の教育が出来てないから、親の馬鹿さ加減が子供に伝染して、人のものを盗る事が泥棒だと理解出来てない連中が、今も存在するって事だ。子供にとって泥棒が遊び感覚だから、こりゃもう、どうしようもない。

 

この国では学校に教科書がない。先生が授業のたびにコピーを生徒に配り、生徒はコピーを見ながら授業が進められる。今週はこのページまで、みたいなのがないから、画一的な指導はできない。先生によってかなり程度の違いが出てくる。

 

住民レベルが高い地域では、先生もしっかりとした教育が出来るが、失業者地域のひなびた学校では、子供に何を教えるにしても、その親が泥棒奨励みたいな事を平気でやってるから、子供に正しいことが伝わらない。

 

僕自身は今まで一度もそういう事件に遭ったことはないが、移住してきたアジア人という事で、虐めやすいと考えているあふぉ〜な地元民がいるのも事実だ。

 

だから、このような「世界で2番目に平和」なんて記事を見ると、どうしてもコメントしたくなる。

 

平和と秩序は一致してても、個人レベルでの治安は、自分で守るしかないですよ。事件が少ないとは言え、全くないわけではないのです。

 

個人レベルの治安は、ちょっとした注意で確実に防げる。車の中には、どんな小さなバッグも置かない、家の中が道路を走る車から見えるようにしない、周辺の住民と日頃から仲良くしておく、道を歩くときも目を泳がせない(日本人はこれが一番多い)、周囲を見回すときは、目力でしっかりと見つめる、などなど、これだけ守るだけでも、個人が犯罪に巻き込まれる確率は、確実に減る。

 

ニュージーランドは安全な国であるが、それは安全を理解して、それをきちんと守るための努力をした場合のみである。他人に安全を守ってもらおうとする日本社会のルールは適用されてない。

 

写真はチャンセラー公園。

 

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ニューヨーク大聖堂〈上〉

 

 

 



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2007年06月04日

日本出張も終了

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やっと日本出張も終わり、時間が取れるようになった。ブログ再開。

出張前は、渡航してきたお客様や視察に来たお客様のアテンド、出張中は毎日の個人面談や説明会、そしてメールの問い合わせ対応で、ほぼ24時間体制の仕事。

やっとオークランドに戻ってきたら、翌日からは三連休。毎日パソコンに向き合って仕事をするも、なかなか片付かず。

あれれ???自宅の作業をしない言い訳ばかりになってしまったな、これは良くない。

自宅では、故障してエンジンがかからなくなった車の修理でAAにも連絡したり、古い服の整理をして(季節が違う国を行ったり来たりしてると、一年中夏服と冬服が同じハンガーにかかっている)少しでも洋服箪笥の場所作りをしたり、使えない鍋を新しいのに買い換えたり。

あれれ??これまた、仕事をしない言い訳になってしまうな。

どっちにしても、この3週間に処理した事と、これからやらねばならないお客様への回答とか、どう見ても仕事が減る様子はない。

それにしても、世の中が東京を中心に、どんどん変化していく様子が、毎回の出張で手に取るようにわかる。

逆に言えば、地方には若者を含めて殆ど危機感がないということだ。

最終日は福岡の中洲で飲みに出る。僕が行きつけのバーで働いているアルバイトの女の子、23歳で美容師学校に通う学生だが、実に素朴。生まれは長崎の離島で、五島列島という場所から福岡に出てきて、彼女からすれば、それだけで大冒険。

「僕の仕事はニュージーランドに渡航する人のお手伝い」と説明しても、なかなかぴんと来ないようだ。けらけらとあっけらかんに笑ってるその目が、僕の話を聞いた瞬間、意味不明に停止して、さまよいだす。どこに落とせばいいんだろ、そんな感じ。

そりゃそうだろう、今までホストクラブの話をしてたのが、突然「僕は宇宙から来たんだ」みたいな事を真剣に言われたようなものだ。

彼女がやった事も、実は海の外=海外移住なのだが、たまたま旅券が不要で同じ言語だから、移住という事に気づいてない。

今の日本は財政状態がよくないから、税金が増えて国民の負担が増えて、企業は益々国家の戦略に押さえ込まれて、自由な行動が出来なくなるんだよって説明しても、「は〜?」で終わり。

彼女からすれば、五島という小さな社会から出ることが出来ただけで、もうとても楽しいのだ。ましてや、憧れの福岡!

毎日母親に電話しているそうだが、福岡の生活が楽しくて仕方がないという雰囲気がよく伝わってくる。それはそれで、とても良いことだ。幸せって、基本的に自己満足だから、満足できる環境を自分で作ったという事だけで、実は大した事なのだ。

英国から毎年2万人以上の英国人がニュージーランドに移住しているが、これは日本と同じ島国英国でも、NZは同じ民族だし同じ言語だから、日本人が考える移住とは、重みが違うのかもしれない。

日本人にとっては、住み慣れた土地を離れて新しい土地で生活を始めるのは、かなりな気力が必要だ。これは年齢ではなく気力の問題だから、多くの日本人には、やっぱり海外移住なんて選択は、あり得ないだろうなと思う。

ある経営コンサルタントが、日本人の海外移住に対して「絶対にメジャーには、ならない。日本人はどれだけ生活環境が悪くなっても、違う言語や文化の中に飛び込んでいく気質は持たない」と言ってた。

僕もそう思う。

国内移住で、東京の人間が五島に引っ越して、自然と海を楽しんでも良い。地方なら、まだ十分に食っていける。多くの団塊世代の楽園は、日本の地方にあると考えても良いのではないか。

ただし、石垣島みたいに、移住者が群れてしまい、地元民に迷惑をかけるのはちょいとやばいが。

写真は、行きつけのバーのカウンター風景。日本の、どこにでもあるような、本当にありふれた風景。

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