2007年09月

2007年09月30日

徐さん一族

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今日はスキーツアーの最終日。

 

本当はコロネットピークに行く予定だったが、前夜の大雨に温かい気温のダブルパンチで、本来なら雪になるはずの水滴も、見事に水滴のままコロネットピークに降り、山は閉鎖になる。

 

カドローナも同じく閉鎖。

 

唯一リマーカブルだけ開いているが、頂上に雪が降ったって事は、コンディションは素晴らしいかも知れないが、途中の山道でチェーンを付けなくちゃいけないし、今日が最後の休みと構えている多くのスキーヤーがすべてこの山を目指すわけで、片道1時間半以上かかるので、どう見てもオークランド行きのフライトに間に合わないって事で、結局諦める。

 

その代わり、最近クイーンズタウンで人気のワイナリーツアーに行く。

 

クイーンズタウンでワインが作られ始めたのは、僕の記憶では20年くらい前からだと思う。

 

最初は世界中、特に欧州からのお金持ちが、旅のオプションの一つとして「ほう、ワイナリーね、ちょっと見てみようか」って感覚で訪れていたのが、1990年代から欧米で賞を取るようになったNZワインってのが人気が出てきて、続々とワイナリーツアーが出てきた。

 

ワイン畑の見学とランチを楽しむワイナリーツアーは、なかなかお洒落で金持ちの気持ちを満足させるらしい。

 

貧乏人の僕としてはお洒落の意味が良く分からんが、それでも「今が旬」のツアーに参加するってか、ワイナリーを訪れるのもそれなりに勉強になるかと思い、ギブストンバレーワイナリーに足を延ばす。

 

ここはクイーンズタウンから北に20分、バンジージャンプのあるカワラウゴージにあるワイナリーで、老舗である。レストランにランチの予約を入れて、トランジットで繰り出す。

 

クイーンズタウンで作ったワインといえども、その木はマルボーロ地方から来たりしてて、種と産地と掛け合わせで、随分味が変わる。ギブストンバレーは岩山があり、そこの岩盤を刳り抜いたワイン貯蔵庫があり、見学ツアーも盛んに出ている。

 

12時丁度についた僕らは、早速レストランに入りワインリストを見る。お店自体は太陽の光が燦々と入る作りで、天井も高くて明るい。団体さんが入れる作りになっており、8人掛けの長方形のテーブルがずらっと並んでて、更に中庭にもテーブルがあり、あれなら200名くらい収容出来るのではないかと思わせる。

 ワインレストラン

広い割にはスタッフが2〜3人しかいなくて、あんまり仕事をしている雰囲気ではない。店に入った時に感じる、心地よい緊張感がない。予約してある名前を伝えた時も、何となく「それが何か?」という感じでテーブルに案内される。

 

メニューを持ってくるのだが、渡し方もなんかな?という感じ。あれ?もしかしてこの店って、団体専門なのか?

 

椅子に座り、ざっとメニューを見てから、まずは白ワインを注文する。ただ?ちょっとどうかな?味はシャープなのだが、酸っぱさが強すぎるってか、旨みを感じさせてくれない。

 

友達の店で散々美味しいワインを貰い、また、その店には名ワイナリーのオーナーもよく集まって飲んでるので、かなり個人的情報を仕入れた後に、一般客としてワイナリーに行くと、やはり少し物足りない感じがする。

 

写真の「洋風酒のつまみ」を皆で食いながら、この白ワインはちょいときついかなとか、この赤ワインは、軽いからランチに合うよねとか話す。ただ、皆心の中では、「な〜んだ、晩飯の店で飲んだワインが一番美味しいじゃん」と思ってる。

 

ついでに言えば、この料理、普通にテーブルに置いてあれば、おそらく前の人の食い残しか、腐った残飯と思って、速攻でゴミ箱に捨ててしまうようなものだ。予め「これは料理だ」と聞いておいて、本当によかった。

 

テーブルは団体用にセッティングされており、昼過ぎから順次埋まっていく。ただ、どうもレストランのウエイティングパーソンの動きが気になる。

 

テーブルにいる僕らが追加が欲しくてアイキャッチしているのに、勘違いしているのか、こっちに来ない。

 

また、白ワインから赤ワインに変えた時も、ウエイティングパーソンのお兄ちゃん、僕らの前で赤ワインのスクリューをぐりっとひねり、そのまま白ワインのグラスに注ごうとする。

 

ほ〜、これってNZスタイル?って、思わず感じさせるほど自然な動きなので、知らない人が見たら、「そうか、NZでは白と赤を混ぜるのか、木を掛け合わせるよりも大胆だな」と思わせる狙いかもしれない。

 

もしくはこのお兄ちゃん、生まれてこの方、ワインと言えば箱のパーティワイン、それ以外はビールしか知らない若者が、単純に日曜日のアルバイトと言うことで作業しているのかもしれない。

 

まあ、期待してた僕らが間違いだと思えば腹も立たない、諦めて新たにしっかりと、「グラス代えて」と言うと、「ほい、がってん!」と承り、両手に一杯グラスを持ってきてくれる。

 

こういうのって、ワインの味を分からない日本人を馬鹿にしたわけじゃなくて、ウエイター自身がワインの最低の知識さえない事を全く気にかけない人なんだな、ほのぼの、って思わせる・・・てか、ちぇ、クイーンズタウンはまだそのレベルかい!って、全員がちょいと呆れる。

 

これならワイナリーレストランとか言わずに、プロとしてのホスピタリティ抜きのサービスと家庭の味をそのまま何の手直しもせずに出す料理を呆れて楽しむツアーとでも呼べば良いのではと思いつつ、1時間ほどでワイナリーを終了する。

 

残飯を半分ほど残して、ワイナリー併設のお土産や、それからクイーンズタウンのお土産屋に行き、それぞれ買い物を楽しむ。

 

この頃にはすでに天気はピーカン、16度くらいの気温で、「これってオークランドより温かくない?」とか言いながら、スキージャケットを脱ぐ。

 

空港に向かい、40分ほど遅延した飛行機に乗り込みオークランドに戻る。途中は気流が悪く、かなり揺れたが、どうやら落ちずにオークランド空港到着。

 

案の定、オークランドは大雨で寒くて、セーターの襟を立てて荷物の到着を待つ。30分ほどで全部がそろい、駐車場に3日前に留めてた車を引っ張り出す。

 

7時30分を過ぎててお腹も空いてたので、空港から奥さんに電話してご飯を作っておいてねとお願いすると「え?今はまだ6時半過ぎよ」と言う。奥さんの頭の中は、まだサマータイムの頭にも時計にもなってない。そういえばクイーンズタウンの空港の電子表示板や飛行機の発着時刻表示も冬時間のままだった。

 

「ねえりょうま、スキー楽しかった?」

「うん、とても楽しかった、僕は今フレンチフライ(パラレルの事)が出来るようになったよ〜!」と、嬉しそうに話す。

 

よしよし、レッスンの効果あり。あと数回やれば、スキー中毒になりそうだ。これでお父さんのシンパが増えてくれれば、スキーに行く機会が激増できるぞ、そう思いながら家路につく。

 

今回、りょうまくん10歳は、よくなついてくれて、父親の存在をかなり理解してくれたと思う。

 

「三つ子の魂百まで」と言うが、僕のような素人が3歳児を育てることなど出来ない。奥さんが二人の子供を9歳くらいまでは育ててくれた。

 

僕はどうも、ちっちゃい子供が好きでないようだ。自分の子供を含めて。だから、うちの二人の子供が3歳以下の頃の記憶が、あまりない。

 

このあたり、良く言えば経済合理性、悪く言えば義務の放棄?要するに奥さんにすべて任せて、こっちは働くほうに専念したので、分業という意味では正解だろう。

 

その結果として子供は2年位前までは、お母さんは愛の対象、お父さんはお土産を運んでくる人として位置づけられていた。

 

ここ1年でお父さん、かなり主権を回復して、こうやって一緒に旅行も出来るようになったのは、お父さんの戦略が当たったというべきか。

 

しかし、家族戦略と言えば何よりびっくりしたのは、クイーンズタウンにいる間に、僕の最初の職場「マンダリンレストラン」のオーナーである徐(チョイ)さん一族の百年祭?だ。

 徐さんパーティ

今から約100年前に中国の広州から華僑としてやってきた徐一族の開祖は、ダニーデンで金鉱堀りをやり、その後はビジネスを興して大成功した人物だ。

 

その後このファミリーは広州、香港、日本、オーストラリア、ダニーデン、ロサンジェルス、バンクーバーなど世界中に広がっていった。その子孫が一同に会する大集会がクイーンズタウンで行われていたのだ。

 

この徐一族、今では世界中に散らばっているが、今回集まったメンバーだけで400名以上、そして3日間、毎晩パーティをやっている。初日はマンダリンレストラン貸し切り、二日目はクイーンズタウンのスカイラインレストランを貸しきって大パーティをやっている。

 

全くもう、中国人のこの規模のでかさには舌を巻くしかない。彼らは4日ほどクイーンズタウンに滞在して、お金をばら撒いてから、それぞれの故郷、ロスや広州、香港やオークランドに戻るのだろう。

 

何よりも、徐一族はここで初めて出会った人々が殆どだが、彼らはこのパーティに参加することで、仲間内=ファミリーの信頼と言うクレジットカードをもらったようなものだ。

 

つまり、ここで一旦知り合いになれば、例えば自分の子供がバンクーバーに行く時は、現地で泊まるところも仕事も世話してくれる。世界中どこに行っても、「徐一族」という事で仲間内の信頼をしてくれるのだ。これってやっぱりすごいことだよね。ファミリービジネスの凄さの一端を垣間見た気がした。

 

日本の核家族化は、その時代の選択肢として正解だったかもしれない。しかしそれは部分の無謬であり、100年単位の長い歴史で考えれば、日本全体にとっては実は誤謬だったのではないかと思う。

 

特に今回のように徐さんの集まりを見ていると、家族と言う集団の単位をどこに置くかって言う点で、そのサイズの大きさには舌を巻くしかない。

 

写真は、ワインレストランと徐一族のパーティでカラオケやってるところです。

 

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tom_eastwind at 14:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年09月29日

ホテルカドローナ

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当初の予定では午後が雨と言われた土曜日に、カドローナスキー場に向かう。実際の天気は、午前中はうす曇で、昼頃晴れて、3時過ぎからみぞれが降り始めるような天気だったが、雪が柔らかくて素敵なコンディションだった。

 

ちょっと柔すぎとも言えるが、この山からは、片方にワナカ湖、反対側にワカティプ湖が遠望出来る景色も楽しめて、眼下の景色に向かって突っ込んでいく爽快さは、かなり満足度が高い。

 

カドローナは、クイーンズタウンを中心に行けるスキー場としては、3番目に近い。

 

一番近いのはコロネットピークで約30分。ただ、標高が1600mと低いので、雪質はあまり良くない。シーズンど真ん中でも結構石が出てる。

 

次に近いのはリマーカブルで、ここはチェーンなしで大体40分程度。標高が2000mなので雪質はよいのだが、何せコースが短い。特にここ数年の風向きで、一番面白いホームワードコースに雪がないので、滑る場所がないのが難点。ただ、家族向けに楽しめるようにエンターテイメントは充実している。

 

3番目がこのカドローナで、車で丁度1時間、約60kmの距離にある。クラウンレンジという峠を越して向かうのだが、上記の二つに比較しても、かなり危険な道のりだ。標高は1800mだが、斜面のバリエーションに富んでいるので、初心者から上級まで、一日かけて十分に楽しめる。また、雪質もとても良い。

 

唯一の欠点と言えば、クイーンズタウンから3番目に遠いという事くらいで、スキーフリークなら迷わずにこの山でスキーキャンプをするだろう。

 

ただ、世界中からやってくる金持ち観光客は、スキーはあくまでも遊びなので、手近で楽しめるコロネットが一番人気があるのだ。

 

金があるのだ、雪質なんてどうでも良いって事かもしれない。

 

一番最後、4番目に近いのが、ワナカの先にあるトレブルコーンだが、これは2時間近くかかるし上級コースなので、あまり好まれていない。

 

昨日は雪質を考えてリマーカブルだったが、今日は時間もたっぷりあるので遠出をしてやってきたカドローナ。

 

最後に滑ったのは、もう20年前だ。その頃はロッジもレストランも、そう呼ぶのが恥ずかしいようなお粗末な、まるで山小屋みたいなちっちゃな設備だったが、今回訪れると、その設備の拡充にびっくり。

 

綺麗に整備された駐車場、おもちゃのお城のような、城塞のような作りのカフェ、カウンターの端から端まで20m以上あるような屋内チケット売り場、ビールやワインも充実しているレストラン、レンタルショップなど、お客を楽しませる作りになっている。

 

レンタカーをほぼ半分くらい空いている駐車場に止めると、僕らはブーツを履いてスキーを持ち、ロッジに向かった。

 

それぞれ準備をする。ある人はトイレに行き、ある人はブールをはき、ある人は子供をキッズクラブに入れて、ある人はタバコにコーヒーと、各自準備を整える。

 

りょうま君は昨日に引き続きヘルメットをかぶせようとすると「やっだ〜、こんな窮屈なの嫌い!」実際に、彼の頭にはヘルメットよりも、ヘルメットで守るための脳みそを補充したいほどなので、まあいいや、スキー帽にしよかって事で、急遽青い毛糸の帽子を買う。

 

11時ちょい前から、準備が整った人から順々に5人乗りのリフトに乗るが、リフト待ちは土曜日と言うのにゼロ。すいすいと乗り込んで、最初のコースに向かう。

 

一本目はなだらかな初級コースで、上半分はほどほどに柔らかくて良いが、下半分はそろそろ地面が見えてるので、雪が茶色い。でも、シャーベット状になった雪なので、りょうま君のスピード制御には丁度良い。

 

ただ、りょうま君は昨日の疲れが残っているようで、5本ほど滑ったら、「お父さん、もう足が疲れた、小屋で少し休んでいい〜?」と聞くので、こちらとしては自由滑走の時間が増えるので、満面の笑顔で「いいよ〜、ゆっくり休んでね〜」と20ドルを渡して、コーラとチップスを買うように言った。

 

それから僕は、早速隣のリフトに移動して、色んなコースを楽しむ。ほんっと、この山のコースは多彩で面白い。山の作りがコロネットとかなり異なっており、場所によっては駐車場よりもリフト乗り場の方が低いところがあるように、コース取りが長い。

 

ある人は「苗場もびっくりの長いコース」と言ってたが、なるほどそんなに長いんだ。ただ、メイントレイルはそれほど斜度もないので、快適に滑れる。また、トレイルの真ん中は茶色いものの、その端っこのコースは十分に白い雪で、ちょっとクラスト状態になっているが、しっかりと踏みつけていけば、ガシガシと滑れて楽しい。

 

1時に休憩を取り、ニュージーランド名物の不味い、無茶苦茶不味いスープとパンを購入。PEAって言う、要するにさやえんどうをスープにしたような、どうしようもない不味いスープだが、20年ぶりなのでもしかしたら?という淡い期待で17ドルを払って注文したが、20年後の今も、やはり不味い。

 

こいつらの味覚は、一体どうなってるんだ?と思いながら、一緒に注文したコーラのみを飲む。りょうま君はすでに先にコーラとフレンチフライを食べて満腹してたので、車から持ってきたDSで遊ばせる。

 

何かこんな事書くと、りょうまがいつもコーラとかフライトか体に悪いものを食べているように見えるが、そんな事はない。実は家にはコーラは置いておらず、彼は週に2〜3回程度しかコーラを飲む機会はない。またチップスも、日頃は食わせてないので、週末のショッピングセンターでKFCに行った時に齧れるくらいだ。

 

DSは、これは彼の生甲斐の一つなので取り上げるわけにはいかない。てゆ〜か、僕もインベーダーゲーム世代なので、彼の気持ちは分かるから、遊んで良い時には遊ばせる。

 

そうこうして、不味い飯とゲームとコーラの時間が終了、2時からりょうまはスキーレッスンに参加。

 

スキーのインストラクターに、「ごめん、彼は少し精神的に問題があってね」と真面目な顔で言うと、キーウィらしき若い男性のインストラクターは、少し目にしわを寄せて、でもあくまでも相手を客と思い、ここでドタキャンされたくないので、無理に作った明るい笑顔で「え?何かスキーで問題あるの?」と聞く。

 

僕はゆっくりした口調で、「そうなんだ、実は彼、スピード狂なんだ、去年も北島のスキー場でリフト待ちの群れに突っ込んで、180cmくらいのキーウィのおじさんをふっ飛ばしてね、それでリフティから、リフト登場禁止にされたんだよね」

 

続けて、「あ、それから、ボーゲンで滑り出すと、自然と重心が後ろに行って、そのうち僕も追いつかないくらい高速で滑り出すんだ、たぶん普通の子供にぶつかれば、軽くふっとばすよ」と言うと、彼は半分笑った顔が凍りついたように、心の中で「この子にどう教えるべきか」って顔で約2秒ほど固まってた。それから頑張ってにこっと笑い、りょうまに向かって「ね、りょうま、スキーはね、谷足から履くんだよ」と教え始めた。

 

それでよし、そう思った僕は、グループに戻り、皆で再スタート。その後、キャプテンズクワッドという、午前中には行かなかったコースに出発。

 

ここから先は書くと長くなるが、トレイルパスには載っているコースを、最高の雪ジャンとか、皆できゃあきゃあ言いながら滑り降りると、途中から雪がなくなってしまってた。

 

どうしようもないので板を外して、きゃあきゃあと叫びながら下ったコースを、はあはあぜえぜえ言いながら30分かけて戻った。ありゃあ、楽しい経験だった。

 

何より良かったのは、メンバー5人全員がポジティブで、コース閉鎖のサインを出さなかったスキー場をどうこう罵りながら山登りするんじゃなくて、「いや、こりゃ山歩きの良い練習だわ」とか、結構笑いながら上っていたことだ。なかなかこういうメンバーに会える事はないな〜。

 

30分ほど歩いて汗だくになり、手袋も半分外してジャケットもチャック全開放ってくらいになって、やっと元のコースに戻る。

 

結局、リフトの最終時間である夕方の4時まで滑り、かなりハングリーに遊ぶ。心地よい疲れを引きずり、小屋に戻ってブーツを脱ぐ。来年もよろしうね。また来るからさ。

 

車に乗り込んだ5+0.5+0.3、つまり大人5名と子供1名、ちっちゃい子供1名のメンバーは、山を下って、最初の途中下車地点であるカドローナホテルに向かう。「向かう」っつか、クイーンズタウンに戻る道の途中にある最初のバーである。

 

1860年代に建築されたカドローナホテルは、今もスキー客の帰りの一杯に利用されている。

 

ホテルを作った当時は、まさか自分のホテルのすぐ裏山がスキー場になるとは思わなかっただろうな、ここのオーナー。

 

それでも、入り口には1900年代初頭のフォードを置いてるこのホテルは、実に瀟洒でアンティックな雰囲気を漂わせている。

 

薪のはぜる暖炉や、木張りの床に合った古いがっしりしたテーブルが、木造の建物に風格を与えている。

 

今から150年近く前というのは、英国から帆船で100日かけてニュージーランドにやってきた英国の開拓者が、道なき道を幌馬車と荷駄馬で移動しながら、途中でカドローナホテルに泊まってた時代だ。

 

移住者。一度も行った事がない国へ、おそらく二度と戻ることもないだろう故郷を背に旅立ち、地図もない南ニュージーランドを旅してきたのだろう。

 

彼らの多くは、一体自分がどこに向かっているかも分からないまま、とにかく明日は今日よりも幸せになると頑なに信じて、クライストチャーチの港からここまで下ってきたのだろう。

 

ある者は、貧しかった故郷を出て、当時ゴールドラッシュに沸いていたダニーデンから、更にその奥のクイーンズタウン、アロータウンを目指してやってきたのだろう。

 

当時のダニーデンの人口は25万人と言われている。金を掘るために、遠くは中国からも多くの金堀がやってきた。

 

そのうちの誰がこのホテルに泊まったのか、当時の宿帳も公開されてないので知る由もないが、多くの無名の人々が、その人生の一こまとしてこの宿、この、僕が今座っている椅子や床を歩いたんだろうな。

 

南島、ダニーデンの名物ビールである「スパイツ」をタップで飲みながら、そんな事を思った。一杯5ドルのハンドルビールが、スキーに疲れた体に、心地よく染みこむ。

 

150年前の開拓者も、同じようにビールで喉を潤したのだろう。ただ、当時は冷凍技術がなかったので常温で飲んだのだろうが、感じる喜びは同じだったろう。

 

ホテルの内庭を走り回る子供を見ながら、結局時代が進化しても、人々が感じる移住の不安、まだ見ぬ土地への希望、移住後の苦しみ、なんてのは何も変わってないなと思い、150年昔の人々を思い起こしながら一時を過ごす。

 

写真はカドローナホテルの正面玄関。ほんとはカドローナホテルって言うらしいが、気分的にはホテルカリフォルニアだったので、ホテルカドローナとした。

 

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tom_eastwind at 22:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年09月28日

スクールホリデイプログラム

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木曜日にクイーンズタウンに入る。目的はスキー。

 

前回7月に出張で来た時に、スクールホリデイまでがシーズンだと聞いた僕は、スクールホリデイに入ったりょうまを連れて今年最後のスキーに行くことを、その時に決めてた。

 

日本出張や会議、講義の合間を見ながら、何とかこの日程を作る。

 

りょうまからすれば、スクールホリデイにスキーに行くってのは特に何も感じないが、お姉ちゃんからすれば、「何であたしとお母さんを置いていくのよ?」という気持ちらしい。

 

でもね、それは、去年クイーンズタウンにまでスキーに行った君らが、ロッジに2週間滞在して、滞在先の部屋にヴィデオ付のテレビがないからと街の電気屋にテレビを買いに行きゲームを楽しみ、結局スキーには2日くらいしか行かなかったという実態に対する罰則なのですよ。

 

という事で元気印の竜馬と、今回参加のメンバー、大人5人とちび1人でクイーンズタウンに行く。

 

距離的には、ワカパパやトロアと言った北島のスキー場のほうが近いのだが、この山の場合はオークランドから車で5時間かかる上に、途中で見るものと言えば、国道沿いに死んでいるオポッサムやウサギの死骸だけ。とにかく退屈な道のりだ。

 

おまけに到着した麓の街は、どこも寝るだけ。バーもレストランもない。街の入り口には街特産の大きな人参がで〜んと2mくらいの看板を出してるくらいだ。山に上がっても、雪は良くてコースも広いけど、設備が古い。そりゃスキーだけをしたい人には良いかもしれないが、やはりスキー+アフタースキーを楽しもうと思えば、クイーンズタウンが楽しい。

 

オークランドから直行の飛行機で約2時間、空港から町までは車で15分、そうして南島随一の観光地であるクイーンズタウンに到着する。今回は大人数なので、空港で全員が乗れるフォードトランジットを借りて、僕らのスキーツアーは開始だ。

 

人口15000人の町クイーンズタウンには、季節を問わずに観光客が世界からやってくる。

 

今回も、主流となるオーストラリアの観光客から、サンキュウーと発音するドイツからのスキー客家族まで、様々なお客を見る。

 

当社のクイーンズタウン支店のすぐ向かいにあるクラウンプラザホテルが僕の定宿で、今回もここに泊まる。

 

初めてこのホテルに泊まったのは、大体30年前だ。当時はTHC(ツーリズムホテルコーポレーション)という、国家が運営するホテルグループだった。デビッドロンギによる経済改革で民営化されて、それから数度民間企業に身売りされて、現在はクラウンプラザと名乗っている。ただ、僕にとってはいつまでもTHCだ。

 

外壁には厚いペンキを塗りながら、内側から見ればコンクリートブロックを積み重ねた事が一目で分かる作りで、ドア、トイレ、内装、バー、当時の日本でも考えられないぼろホテルだったが、それからもつい最近、てか、半年前の工事までは基礎は同じだった。

 

今回は完璧にリニューアルした状態だったので、かなり住み心地は良くなった。インターネットも無線LANが走り、壁掛け式の薄型テレビ、エレベーターの近代化?、ロビー周りの電子化による作業効率の向上など、かなり良い。

 

部屋に入ると、随分立派なクイーンサイズのベッドが二つ入ってる。竜馬と僕には勿体ないくらいだが、仕事を考えると、これは仕方ない。今だもってクイーンズタウンの殆どのホテルでは、インターネットの意味が分かってない中で、最新の設備を持っているホテルでは仕事がはかどる。

 

夕食は友達のやっているレストランで、皆で「鍋」を食べる。

 

いや、鍋を齧ったわけではない。正確には鍋に入ってる肉や魚を食うのだが、この料理の場合、寄せ鍋と言うには中華風だし、火鍋というには日本的な材料も多く、しゃぶしゃぶというには牛肉が厚切りだし、結局「鍋」としか言いようがないのだ。一度食べて頂ければ、その意味が良く分かると思う。

 

腹いっぱいになるまで飲んで食って、11時過ぎにはすっかり出来上がった僕は、そのままホテルでばたん9。

 

初日はリマーカブルに行く。トランジットが山道を上りながら、バンバンと跳ね上がる。この山道には、殆ど安全のための柵がないし、対面通行と言いながら離合出来ない場所がたくさんあるので、結構スリルを感じるコースだ。前回来た時もひやひやしたが、あの時は四駆、今回に比べれば、まだましだった。

 

薄曇の山に到着すると、おお、結構山は空いてる。外側のリフト売り場が全部閉まってて、スキーインフォメーションセンターの中で買うようになってる。並ぶ人もいないくらい。

 

早速コースに飛び出す。あいも変わらず狭いコースだし、シーズンの終りで雪も少ないので、滑れるコースは限定されている。実質、リフト一本が可動しているようなものだ。

 

それでも午前中はりょうま君を連れてあちこちを回ってみる。りょうま、あいも変わらず、ほっとくと突然ボーゲンで中級コースに突っ込む。慌てて追いかける父親。まあ、しゃあないか。

 

リマーカブルの昼食はそれほど酷くはない。メニューも背伸びをせずに、田舎の兄ちゃん姉ちゃんが作れるホットドッグとかチップス、ラザーニヤ程度なので、それほど腹も立たない。

 

皮付きのポテトフライにファッジをつけてコーラのコップ一杯で、大体6ドル程度。大したものではないが、温かい料理であり、下手に余計なことをしていないのが正解。

 

午後はりょうま君をスキースクールに入れて、インストラクターにスキーの基本を教えてもらう。

 

僕はそのままリフト下を滑る。雪が吹き溜まって波打った状態で表面が氷になっているクラストスノーのちょっと硬いコースを、がりがり言わせながら滑り降りる。結構足に来るが、心地よい筋肉の使い方で、あまり疲れを感じない。

 

この山にはボーダーが楽しめるように、たくさんのジャンプ台が用意されている。以前はこの山も日本人ボーダーが出入りしていたが、最近はすっかり見かけない。

 

ボーダーとスキーヤーは、その性格が全く異なるようで、スキーヤーは真面目で体育会系で質実剛健、着ているジャケットの襟がちょっと曲がってるだけですぐに直すような性格なのに対し、ボーダーは、だらしない服をさらにだらしなくして、出来るだけ「おれさ〜、今の世の中から、ちょっとはずれちゃってるんだよね〜、なんつ〜か、ほら、あんまり真剣に生きてないかもね〜」みたいな、怠惰な自分に酔ってるような雰囲気を漂わせてる。

 

自由と無責任の区別が付かない彼らは、クイーンズタウンのスキー場でリフトパス詐欺をやったり、本来が食事客のために用意しているテーブルを、持込の料理を広げて、少人数ででかいテーブルを占領して、周りにいる人間が異様な視線で彼らを見ると、それがどうも「あれ〜、おれって、世の中からちょいと外れてるのかな〜、いひひっひ」みたいに喜ぶ。

 

街では夜中までバーでどんちゃん騒ぎした挙句に、真夜中に近くの車の屋根に乗って奇声を発して、それが自由だと思い込んでる。警察に捕まっても「何が悪いんだよ〜、おれたちゃ自由なんだよ!」と逆切れする。

 

まあ、ボーダーの格好を見てそれをかっこよいと思い込んで真似をするわけだから、かっこよいというのが外見だけで決まると思い込んでる貧しい性格や環境を良く表している。

 

山のロッジにわざわざ日本語で貼られた注意書きには「リフトパスは本人しか使えません。他人のものを使ったりした場合は、その場でパスを取り上げて、更に990ドル払って新しいパスを買っていただきます」という、一見丁寧だが、どういう状況かよく分かるように書かれている。

 

同じような内容の文章は、英語は勿論、韓国語、中国語でさえも書かれていないのだから、いくらスキー人口が少ないからと言っても、どれほどスキー場がわが迷惑をしていたか想像がつく。

 

日本でまともな学問も受けず、就職しない事がかっこよくて、自分探しの最中ですなんて言って、アルバイトで溜めた金でこの国にやってきてボードをする1990年代の子供たち。

 

そりゃ、地元の人の反感を買うよ。

 

僕自身、クイーンズタウンに住む日本人から、当時の様子を直接聞いて知っている。

 

何よりも哀れっていうか、結局そういう連中は、世の中で益々進む不況と、彼らも年齢が上昇して自分がどれほど馬鹿だったかを気づいた2000年頃にはもう遅く、フリーターのままだから結婚も出来ず、給料も安いままだからの将来の不安で外国にボードにも行けず、貯金もないまま、毎日

タバコをふかすしかなくなるってるという状態だ。

 

自由と無責任を勘違いして、失われた10年の間にフリーターという言葉がかっこよいと政府に信じ込まされ騙されて、自由に生きてると思い込まされて実は低賃金労働力として正社員を支えてただけで、都合が悪くなれば真っ先に首になり、30歳になった時にはすでに同期の正社員から完全に差をつけられて、後はもう残された長い人生を、毎日の不安と退屈と将来の見えなさに怯えながら生きるしかない。

 

青テントで生活する浮浪者を見るたびに、怪我をすればすぐ首になる自分もいつああなるのか考えて、それでも毎日下請けや孫請けの、更にその先のハケンで生きていくしかない現状。

 

アパートで老人が「おにぎり食べたい」とメモを残して孤独死してた等という記事を見るたびに、自分もいつかああなるのかと思ってしまう。

 

彼らが自業自得(じごうじとく)という言葉を学校で習ったかどうかは知らないが、今経験しているのは、まさにこの言葉の意味するものであり、そんな彼らに今一番適切な言葉は、「世の中、騙されたほうの負けさ」だろう

 

まあここまで書くと必ず「ボーダーにも良い人はいます!」と言う意見もあるだろうが、僕は当時のクイーンズタウンの状況を見て、今の日本の非正規労働者の実態を見ながらこれを書いている。

 

もちろん良いボーダーもいるのかもしれないが、見たことがないのだから仕方ない。反対に、当時ボーダーをやってて「自由を満喫していた」若者が今苦しんでいるのは、現実としてみている。

 

不満に思うボーダーがいれば、まずスキー場の日本語で書かれた張り紙を見てからにして欲しいと思う。

 

何せ、キーウィでもボーダーはいるが、勿論かっこもだらしないが、これはスキーヤーも同じで、キーウィが服装に無頓着であるという事実が存在するのみで、ボーダーがだらしない生活をしているかというと、決してそういう事はない。

 

また、欧州等他の国からやってくるボーダーは、むしろ小奇麗なスキーウェアを着て、丁寧に楽しそうに滑ってきゃっきゃと騒いでるのだから、やはり日本人だけが異様な感じを受けるという事実は変わりようがない。

 

キーウィのボーダーが次々とジャンプを決めるのを見ながら、日本の非正規雇用問題が抱える底の深さと、時代の流れを感じた初日のスキーだった。

 

写真はリマーカブルの帰路に見るヘイズ湖。ます釣りで有名だ。

 

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2007年09月27日

大脱走

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大脱走

 

スティーブ・マックウイーンは、マッキーンと書く人もいるが、僕は初期の表示に慣れているのでマックゥーンで通してる。

 

NZでの発音もマックウイーンと全部発音している感じがある。まあ、ドナルド・レーガンかドナルド・リーガンか程度の違いだ。

 

ジェームスコバーンも随分格好良い。荒野の七人でも渋い役だったが、この人、本当に片隅のいぶし銀って、日本人好みの役がぴったり。

 

一昨日、何故かみゆきが「大脱走を見たい!」って事でビデオを借りてきた。他にキアヌリーブスの「Speed」とか「AI」などもあったが、日曜の夜に早い時間に夕食を食べながら見るのだから、やはりじっくりと観たい、172分と一番放映時間の長い「大脱走」が最適。

 

つ〜か、みゆきはどこから「大脱走」を知ったのだろう。

 

この映画が出来たのは1963年、欧州戦線で捕虜になった連合軍(英米加)の中でも、特に脱走を得意とする連中を集めて作った特別収容所が舞台である。そこで敢えて脱走計画を作る不敵な捕虜と、ドイツ国防軍のせめぎあい。

 

多くの困難を乗り越えながら、遂に脱走計画は実施される。特にこの映画、ってか、この時代の映画を表現する時に非常に良く使われる、スティーブマックイーンの、バイクによる国境越えである。アルプスを背景に広がった草原を、スティーブマックイーンのまたがったバイクが空中に飛び上がり、ドイツスイス国境の鉄条柵をひらりと飛び越える。

 

当時その映画を見た人は、誰もが色んな思いを感じながら、それでもスティーブマックイーンの格好良さに惹かれたのは間違いないと思う。僕はあのジャンプを見て、自由に向けて羽ばたく人間を想像したものだ。

 

その後も何十回も、機会がある度に繰り返し見た映画だが、日本にいた当時は英語も分からず、当然日本語字幕で見ていたので、今回のように字幕なしでスティーブマックイーンの生の声を意識して聞くことは初めてだった。

 

ほ〜、彼ってわりかしキーが高いんだな、とか、あれ、良く見ると周囲の俳優の方が背が高い、もしかして彼って、昔で言えばアランラッド、最近で言えばトムクルーズみたいに、平均身長が低いのか?俳優って、背が低いほうが演技力あるのか?うどの大木って言うし、小柄な方に何かあるのかな?などと、しょうもない事を考えながら、次々と場面が進行していく。

 

戦争当時の様子をあちこちに挿話しながら、ストーリーは進んでいく。

 

途中でみゆきが次々と質問してくる。ニュージーランドではまともな歴史は教えないから意味不明な点もたくさんあるだろうし、それ以上に、ある程度戦争の知識もないと分かりづらい。

 

連合軍というほどなので、米軍と英国軍が連合して戦っているのだが、米国の独立記念日に米国軍人がパレードをやって密造酒を作り皆に振舞っている。

 

と、そこにやってきた英国軍人が、酒のカップを受け取り、にこっと笑って「For the colonies!」と乾杯する。それに対して米国軍人もにやりと不敵に笑って「For the independent!」と答える。

 

「ねえねえお父さん、米国と英国って連合国なんでしょ、今の言い方って何?」

 

独立戦争を習い忘れたか、学校できちんと教えてないのか?植民地からの利益収奪構造が結果的に米国の反発と戦争に繋がった背景を説明する。

 

このあたり、日本人の僕らからはちょっと想像もつかないが、平成時代の福島人が鹿児島県人に感じる何かとは、ちょいと種類が違うのだろうか?

 

そして敵国であるドイツも、それなりの事情がある。日本で言えば軍隊版成金であるゲシュタポやヒトラー親衛隊は、何かに付けて光輝あるドイツ国防軍に対して敵対心を見せる。

 

「ねえねえお父さん、この人たち同じ仲間なのに、何で仲が悪いの?」

 

第一次世界大戦では伍長であった異端児が、連綿たる歴史を持つドイツ国防軍を無視していくのは、当時のヒトラー台頭と国民の圧倒的な人気、それに対して前回の戦争に負けた遠慮がある国防軍が押さえ込めないまま第二次世界大戦に突入。実際にはどれくらいのドイツ人が戦争に反対していたのだろうか?

 

マックイーンがオートバイで国境のドイツ側の柵を飛び越えようとする場面。

 

「ねえお父さん、何でスイスに行けば彼は助かるの?」

 

スイスは元々傭兵の国であり、同じ国民が敵と味方に別れて戦争をした事もある。欧州の戦争に巻き込まれる事を避ける為に「永世中立国」を宣言したので、そこに逃げ込めば敵がそれ以上追いかけて来れないんだ。

 

その他、ドイツ軍が使っている車はベンツ、ダイムラー、フォルクスワーゲンなど、現在のドイツ車の原型である。「ほら、あれがベンツだよ」とか、街中を走っている大衆車を「あれがフォルクスワーゲン」と言うと、かなりびっくりしてた。

 

レジスタンスがドイツ軍にテロを仕掛ける場面では、今のイラクを例に取って説明する。敵国軍が侵入して政府が取られて傀儡政権が出来ても、侵入者は侵入者だ。そこに住む人々にとっては敵であり、敵がやってくれば家族を守る為に戦うのが、今も当時も普通の行為だという事を説明する。

 

今年に入ってから日本で洋画の旧作や名作を自宅で観るようになった。最初は「え〜!白黒、いやだ!」なんて言ってた家族も、最近では少しづつ抵抗も減ったようだ。

 

大脱走などの戦争モノ、ローマの休日などの恋愛モノ、大地震、ポセイドンアドベンチャーなどの70年代大型映画、それぞれに映っている時代背景や歴史背景を観たり聴いたりするだけで、ずいぶんと歴史の勉強になる。

 

**上記の文章は出張前にある程度書いていたが、まとまらないまま出張に突入したので、今回整理した。

 

今回の出張では「明日に向かって撃て」を買ってきた。早速家族で観る。映画が始まって15分ほどすると、ポール・ニューマンが自転車にキャサリンヘップバーンを乗せて牧場を走り回る場面がある。

 

そこでかかってきた主題歌を聴いた途端、りょうまくんが「お父さん、これ知ってる!」と言って、一緒に口ずさみだした。

 

出張はかなりハードで疲れるが、オークランドに戻れば残業もなく、こうやって家族と一緒に映画を観れるのは幸せだ。家族一緒に映画を観る時間、皆さんありますか?

 

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tom_eastwind at 00:58|PermalinkComments(3)TrackBack(1)最近観た映画 

2007年09月26日

負けないで

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「駄目だったら、もういっぺんやればいいじゃん」

 

偶然知り合ったある人が、これから1年後を目処に永住権を申請しようとしていると言った。

 

聞くと、かなり安易なプランだ。安易というのは一応相手に敬意を払った丁寧な表現であり、自分の気持ちとしては、もしその話がスタッフから一つの移住プランとして上がってきたら、杜撰を通り越して無謀なプランであり、「一体何考えてるの!」と怒り出すような発想である。

 

「Aさんって中国人がこうやって永住権取れたって言うから、私もそうやって永住権取れるから、だから今頑張って仕事しているんです」って、じゃあ、君の学歴は?職歴は?全然ポイントが不足している上に、IELTSテストも免除されると思い込んでる。

 

もっと言えば、その中国人のAさんが、本当に「こうやって」取れたという筋書きを信じているのか?中国人だよ。

 

移民局のリストには「優先される職種」というものがあり、その中に今の仕事が入ってるからと言うが、スキルリストを見れば分かるように、xx業に従事しているというだけでは駄目で、具体的な業務内容がマネージメントクラスまで達しているかがポイントなのに、そういう細部の、一番大事な点を全く理解していない。

 

これが、お金を貰ってコンサルティングをしている時なら速攻で、「そのプランは駄目です、あまりにも杜撰だし、不確定要素が多すぎる中で、無責任な他人の言葉を何の疑いもなく信じている状態では、ほぼどこかの段階で、コケます」と、はっきり言うだろう。

 

もう一回ゼロからプランを見直す必要あり。特に資金面で、将来的に何時頃から損益分岐点がプラスになるのか、またその手段は?という点をしっかり把握する事が必要だ。

 

簡単に言えば、貯金残高がいつまで減り続けて、いつから増えるのか、いつになったら家を買う頭金が溜まるのかの計算だ。

 

だから資金面で考えることは、現在の職種がNZではどの程度の給料になるのか、自分の担当している仕事が現在のNZではその業種のどの位置にあるのか、ではその仕事を得る為にどのような資格が必要か?である。

 

そういう要素を全部検討した上で、NZで専門学校に通うとか日本で資格を取るとか、具体的な手段を見つけ出す必要がある。

 

また、それは現在の状況であり、世間が変化すれば、仕事にも変化は出るという危険因子もあるから、その為の二の矢はあるのか?という準備もしておく必要がある。

 

そういう事を全く無視または無知な状態で、一発勝負でやりますか、普通?

 

ただ、一発勝負を狙っている人が多いのも事実である。実際に、それで通る人もいるから、そういう成功神話を聞いてやってくるのだろう。まるでゴールドラッシュでやってきた金掘り人みたいなもんだ。

 

そしてゴールドラッシュでやってきた人々は、殆どがお金を使い果たして故郷に戻ってしまう。1850年代にゴールドラッシュで栄えたダニーデンの当時の人口は25万人、NZ最大の都市であった。

 

今のダニーデンの人口はガイドブックやネット検索ですぐ出てくるだろうが、その人口落差がそのまま、甘い夢を追って来た人々の行く末なのだ。

 

 

ザードのCDを日本で買ってきた。死んだからというわけで香典代わりに買ったのだが、オフィスに持って帰るとなかなか評判が良い。好きな世代が集まってるんだな。唯一「誰がザードかけてんの?」と文句を言った人もいたが、全体的には「コピーさせてくださ〜い」とか、OKじゃん。

 

“負けないで もう少し” “最後まで 走り抜けて”

 

永住権を狙うのに一発勝負は怖いと思う。ただ、永住権ってのは何度でも挑戦が出来るから、それこそ「負けないで」もう一回トライしてみればと、最後に話をした。駄目なら、取れるまで、最後まで走り抜けていけば、いつかは取れるよ。

 

ただ問題は、取れた後の生活をどうするかだ。ザードも、そこまでは教えてくれない。自分で解決するしかないのだ。

 

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tom_eastwind at 00:46|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年09月25日

清水港の名物

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清水港

 

品川から新幹線で、約1時間で静岡に到着。右手に富士山が見えるかと思ったが、あいにくの曇り空で、裾野のあたりから厚い雲に覆われていた。

 

静岡は生まれて初めて訪れる街であり、大きいのかちっちゃいのか、都会なのか田舎なのか、全く見当もつかない状態で駅のホームに足をつける。

 

駅は何となく名古屋駅に似た作りで、小奇麗だし人の顔も何となく柔らかい。東京ほどではないが、人も歩いている。ただ、若者が少ない。

 

駅から歩いて2分のところにあるホテルに入ると、丁度連休という事もあり、あらま、日頃はどんな服を着ているか分からないようなおっちゃんたちが、赤ら顔でロビーに三々五々固まって、お酒が入ったとき独特のだみ声で、ロビー全体に響くような声で「お〜い、あっにき〜!こっちこっちや〜!」とか、がやがやと騒いでる。

 

このホテルは静岡では一番格式の高いホテルだと聞いたが、たぶん地元の人にとってはこのホテルで結婚式を挙げることが、自分の人生における最高の幸せということなのだろう。

 

やはり誰にとっても結婚式というのは一族郎党の大事な儀式のようで(僕自身は日本人の常識で言うまともな結婚式はしてない)、普段は会わない親戚が、普段は感じないような、アルコールが入った時にのみ出る妙な親愛さを醸し出している。これで遺産相続でも絡めば同じ顔同士が憎しみあって大喧嘩するんだろうなとか思いながらチェックイン。

 

ホテルのスタッフに案内してもらった部屋の正面が山に向かっているので、この部屋は富士山ビューかいなと思って尋ねると「富士山は、本来ならあそこの山の二本の鉄塔の向うに見えるんですけど〜、夏場はいつも雲がかかっていて、なかなか見えないんですよね〜」と教えてもらう。

 

確かに麓のあたりから雲が立ち込めており、富士山が全く見えない。富岳百景ってのは、主に冬に描かれたのかな?そう言えば東京から富士山が見えた時も、いつも真冬だったなと思い出す。

 

荷物を置き、早速ホテルの周辺を少し歩いて7・11コンビニに入る。働いている人はみんな女性で元気良く明るい声を出しているが、良く観るともうすぐ50歳に手が届きそうな年齢層か、どうみても高校生って感じの女の子のみ。

 

買い物をしているのは、クールビズに合わせて、いかにも時代に迎合しましたって感じの会社の方針に意味もなく追従した上司にネクタイを外しなさいと言われて外したものの、全然板につかないままの中年リーマン親父がパンを買う姿と、もうすぐ70歳に手が届こうとするおばあちゃんグループが惣菜を眺めている。

 

「静岡ってのはね、東京に近いんですよ。だから若者は、すぐに東京に出て行ってしまう。もしくは、仕事を求めて名古屋に行くんですね」

 

そう言ってた地元の人の言葉の意味が良く分かる。ただ、前回回った九州の田舎のシャッター街よりは、かなりましだ。

 

夕刻、待ち合わせしていたお客様と合流、駅中の居酒屋に行く。

 

日本で一番気になるのはタバコだが、静岡でも居酒屋に行けば普通に禁煙席はない。お客様もタバコを吸わないので、予め気を使ってもらい、お客の少ない「小上がり」に案内される。隣は10数人が座れる席を作っているので、あと1時間もすれば満席になるのだろう。

 

40歳半ばらしい職人さんらしき人が料理着のままウエイターをやってて、早速焼酎の水割りを作ってもらう。いかにも、100年前からここにいます、100年後もここにいます、世の中は何も変わらないし、私も実直一筋ですって感じの人たちだ。

 

実に美味しい魚が次々と出てくる。実に美味い。地元ならではの「いるか」も食えた。鯨とは一味違うが、いるかはなかなか食う機会がないので、久々に楽しむ。これ、キーウィに言ったら発狂するだろうな。

 

たたみいわしとかも美味いし、よく考えたら静岡って、漁港じゃん!てゆ〜か、清水港の次郎長も有名だし、そうだそうだ、静岡って、僕の頭の中では名古屋と東京の間の、地図で言えば空白地帯なんだけど、日本の歴史の中では、九州なんかより余程文明世界ではないかと気づく。

 

このあたりの人々は昔から静岡に住んでて、これからも静岡に住んで、たぶんずっと静岡の穏やかな気候の中で、美味しいものを食べていつもと変わらぬ住民同士が、何世代も続いていたんだろうし、これからもずっと同じような生活をしていくんだろうな。

 

そうだろうな、殆どの日本人にとっては、政治がどうなろうと戦争が起ろうと景気が変化しようと、実はそれほど日常生活に大きな変化はないんだろうな。

 

特に魚や野菜、食べ物が豊富で昔から住んでる家はローンなんてとっくの昔に終わってて、生活にそれほどお金がかからない人たちにとっては、毎日ってのは変化がない事が一番なんだろう。

 

自民党万歳だな。あれ?静岡って、自民党王国だっけ?違うな。民主党と自民党が2議席づつ持ってるな。それにしても穏やか。

 

穏やかってのは、そういう環境が気持ちよい人にとっては最高に居心地が良くて、たぶん一生離れたくないんだろうな。だから移住なんて考える必要もないし、周囲の人々とうまくやって、PTAとかも楽しくやって、、、、、、、でもたぶん、俺はこの街には住めないだろうし、たぶんこの町の人も、俺を受け入れてはくれないな。

 

そんな事を考えながら、隣町の清水に行く。

 

静岡市と清水市は元々別の町だったが、今回の市町村大合併で一緒になり、今では両方とも静岡という事らしい。清水の人間からすれば気に食わんが、まあ政府のやることには逆らえないなって感じ。

 

商店街の2階にある、ちょっと古いスタイルのレストランバーに行く。学生街の喫茶店。中年のおじさん店長が一人でやってる店では、先客が5名いた。皆若くて、地元で働いている様子。女性4名に男性1名で、結構アルコールも入ってて、「てやんで〜!」みたいなノリでわいわいやってる。お、女性の方が強いね〜、元気よし。

 

店の窓から見える商店街は、いかにも昔は繁盛してました、でも今は、昼間からシャッター街ですって感じだ。昭和の昔を感じさせるのだが、住んでる人からすれば、昔から何も変わらないから心地よいのか。

 

「このあたりの商店街は、昔からオーナーが商売やってて、代替わりした今でも、昔と同じような商売やってるんですよ。自分の家だから家賃も要らないし、周囲はみんな昔からの知り合いだから気心も知れてるし、特に何か新しいものを入れる必要もないんですよ」

 

ふ〜ん、要するに、とても穏やかで波風を立てない街と人なんだ。

 

お客様と分かれてから、清水駅前の飲み屋街を歩く。3人も肩を並べて歩けば細い路地が一杯になるような通りを歩くと、夜の10時というのに、随分静かだ。外見を見て、悪くなさそうな店に飛び込み、がらがらの様子を横目に見ながら、街の話を聞く。

 

実は旅先で飛び込み酒、特にバーに飛び込むのがdaisukiで、「え〜!ぼったくられるんじゃないの〜?」とか言われたりするが、今んとこ、ぼったくられた経験はない。ぼったくりとは、適正価格を理解した上でそれ以上に請求される状態であり、その街の適正価格を知らなければ、ぼったくりも何もないのだ。

 

でもってその店。ドアを開けた僕に、ぽか〜んと言った顔の女の子。たぶんここって、地元の常連しか来ないんだろうな。どう観てもよそ者の僕に、「え〜っと、初めてですか?」

 

「そう、初めてで、旅行で来てるんで、ボトル入れるとかじゃなくて、時間制で飲ませてくれますか」と丁寧に聞く。この辺が大事で、偉そうな顔や酔っ払ったような声で話しかけると、まず「うちは一見さんはお断りです」と言われてしまう。

 

今時どこの店もそれほど儲かってるわけではないから、本当に美味い話なら乗ってくる。よそ者の飛び込みでも、それが金になって店でトラブル起こさず、きちんと現金払いしてくれるなら、文句はない。

 

という事でソファに座った僕は、水割りを作ってもらいながら、清水の街について、相手に失礼のないように話を聞く。

 

そっかそっか、漁船がばんばん出航してた時代は景気良かったんだ。なるほど、線路向うの飲み屋が船員さんの行きつけで、こっち側はサラリーマンなのか。

 

漁獲高規制ってのが世界中で流行りだすと、資源のない日本は、外国で魚を取ることが出来ない。これは清水だけの問題ではなく、遠洋漁業を行うすべての港にいえることだろう。

 

ニュージーランドから来たんですって言うと、いつもの通り、最初は「え〜、お客さん、冗談うまいですね〜」から入り、ほんとだっちゅうにと免許証とか見せたりすると「!!!ほんとだ〜!」となる。

 

ニュージーランドでも、つい数年前までは日本から遠洋漁船がやってきてた。船が着くたびに、オークランドのカラオケバーのお姉ちゃんたちが迎えに行ってたものだ。船員さんは気前が良く、お土産屋に行けば奥さんのお土産と一緒に彼女たちにも何かを買ってあげて、夜は、てか、朝まで飲んでどんちゃん騒ぎだった。

 

それが今ではすっかり影を潜めて、もう「船」と言う言葉を聞くことがなくなった。時代の変化は早い。

 

お店の女の子から、東京に行った女友達の話や、名古屋に働きに出た男の同級生の話を聞く。

 

穏やかで静かな清水の街で、何となく穏やかな夜を過ごした。

 

写真は清水の次郎長。人情もろくて義理堅い、おっちょこちょいだがのんびりや。それが静岡、清水の人柄らしい。そんな人柄を満喫した一日だった。

 

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tom_eastwind at 18:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年09月16日

今日の東京は快晴

毎日、色んなネタを仕入れて書いているのだが、どうも文章の最後がうまくまとまらない。だもんでそのまま置いておくと、もう次のネタが来る。

毎日移動してれば、そりゃそうなるわな。

だもんで、書きかけの文章がず〜っと溜まってて、気づいた時にはもうオークランド。戻ってもばたばたが続き、結局月曜日になって、何とかまとまる。

なので、古いネタからですが、順不同に書いていきます。時系列がずれますが、その辺は書いた日付と掲載の日付のずれという事でよろしくお願いします。

さて、初日

今日の東京は快晴、見事なまでの青空で、東京タワーの赤と六本木ヒルズの銀色が目立つ。更にその向うに見える防衛庁跡地に建設された新しい高層ビルも、夏空の曙光を浴びて光っている。

 

昨晩は、まだ陽の明るい夕方6時からバーで軽食を取りながらのミーティング。経営コンサルタントの皆さん3名を相手に、資産継承プログラムの内容を説明する。

 

コンサルタントにしても税理士、会計士の皆さんにしても、弁護士と呼ばれる人々は、元々日本の学校で学んでいるし国内法を基本にして考えるので、僕らのような外国を出発点としたプログラムを説明しても「本当にそんな事が出来るのか?」と言う疑問を持つのは当然だろう。

 

日本での税制とNZでの税制は、根本的な点が違う。それは主権者が実質的に国民であるのがNZで、日本では主権者が政府なのだという事。

 

政府が発展する為に、世界に冠たる日本国として世界に伍する為に存在するのだから、その為に日本国領民がお金を払うのは当然だ。

 

名目が何であっても、政府が要求すれば出すのが当然である、それを前提にして全ての税制が出来上がっているから、そんな税制がおかしいとか理論がずれているなど、何を高卒や私大卒の連中が言うか!俺たち東大が国家を動かしているのだ。お上に、黙ってついてこい。

 

それに対してNZでは、主権者である国民は、政府に対して実に良く文句を言う。田舎のおばちゃんが直接国会議員に文句を言う。

 

勿論ある程度政府に任せる部分はあるが、政府自体も国民の生活と秩序を維持する事が政府の目的として理解されているので、国の視線が国民を見ている。

 

だから一つ一つの、累進税制とか福利厚生だとか雇用法、移転所得課税、相続税など、表面的な部分を説明しても、根本の部分を理解出来ないと、全体的な「枠」が理解出来ず、話について来れないという事になる。

 

それにしても、今回の皆さんは一生懸命勉強しようとしている。これからは日本の資産家が海外に住む事が珍しくなくなってくる。

 

時代が変わる。そんな時にコンサルタントが海外の法律をある程度でも理解しておかないと、お客が海外のコンサルタントと直接取引をしてしまい、自分たちが海外コンサルタントの下請けになってしまい、積極的な運用が出来なくなる。そういう健全な危機感を持っているから、忙しい中をわざわざ時間を取って会いに来てくれたのだ。

 

この日は説明会当日で、午前中に国際フォーラムで説明会を2時間、午後は4組の個人面談を、それぞれ1時間ずつみっちり、そして6時からミーティングと、一日中しゃべりまくったので、夜8時過ぎには、かなりハスキーボイスになった。

 

明日は午後一本面談を済ませてから静岡へ移動。

 

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tom_eastwind at 12:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年09月15日

ガラスホール

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9月12日から出張。香港で1泊してから成田経由で東京に入る。

毎日いろんな事が起こるけど、書く暇もなし。

移動しながらメールをどんどん返すってのは、戦場でライフル持って、正面の敵を叩きながら、周囲から受ける攻撃に反撃するようなもので、かなりゲームセンターで遊んでいるような気がする⇒意味不明か?

昨日は東京で取引先の方とホテルのバーで夕食ってか、酒を飲みつまみを食いながら情報交換。東京の現場で働いている人たちとの会話は、非常に有意義である。

今日は説明会を午前中に行い、午後は個人面談。

今晩はオークランドに以前訪問頂いたお客様と、新規のお客様を数名入れて、やはりホテルのバーで飲みながら情報交換。

明日は静岡に移動、起業家のお客様と、やはり飲みながら情報交換。

つ〜か、毎晩飲んでるな。

写真は説明会会場の国際フォーラムガラスホールの屋根。ここ、あっち〜。役所なみに省エネで冷房を弱めてんのかな。

 

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tom_eastwind at 17:43|PermalinkComments(2)TrackBack(3)移住相談 

2007年09月12日

中国人

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家族みんなが大好きな「焼き鳥ken」は、月に1回は家族で顔を出す。大体週末の夜6時に、開店と同時に飛び込み、どんどん好きなものを注文して、7時過ぎには腹いっぱいになって帰宅する。あ、帰宅の前に近くのビデオショップで新作を借りて帰ることもよくある。

 

この店、あいも変わらず焼き鳥がうまいし何度も来たくなる。なんなんだろ、この美味さ。

 

材料も勿論だけど、炭焼きの美味さってか、材料の組み合わせの美味さってか、たれの美味さってか、サービスの一生懸命さとか、とにかくいつ行っても外れがないのは、夕方6時から8時過ぎまで焼き台に立っているけんさん(オーナー)の技(焼く技術だけでなくチームを運営する技術)としか言いようがないが、とにかくレストラン難民なオークランドでは有難い存在だ。

 

ちなみに、有難いというのは言葉の通り、有ること自体が難しいというくらい、存在がうれしいという事になる。

 

薄くスライスした牛タン、鶏腿肉の焼き鳥も柔らかいし、キッチンメニューも豊富で、いつもジモティで賑わっている。最近では店の中にあった秘密の小部屋を改造して掘りごたつ式のテーブルも「開発」して売り上げに貢献している。

 

先週も日本から来たお客様を、「だめっすよ、あのお客さんじゃ、こんな庶民的な店は嫌がりますよ〜」と言われながら、「いやいや、本当にビジネスをしてれば、こういう店は参考になるはず」と押し切ってお客様をご案内したのだが、「お〜、これはうまいですな〜」と褒めて頂いた。

 

そりゃそうだ、オークランドに来て毎日洋食で、その日は片道200kmのドライブを半日で往復して、お腹も空いてるし喉も渇いたところに、きりっと冷やしたビールや焼酎ですから、これはうまいっしょ!

 

なんて言ったら「空腹は最大の調味料」という事になるが、実際に、この店は美味い。お客様も堪能して頂いたとおもう。

 

Kenでは、座ると真っ先に半玉のキャベツが出てくる。胃薬のキャベジンでもご存知の通り、キャベツには消化促進作用があるらしく、九州でも焼き鳥やに行けば普通にキャベツが出てた。ただ、九州のは千切りに近い状態で、上に酢醤油がかかるお店が多く、ケンのように半玉というのはない。

 

一時期野菜の値段が上がってキャベツが有料になったが、今はまた無料で食わせてくれる。付け合せのマヨネーズとかお味噌は3ドルと有料だが、キャベツだけでは食いにくい時のマヨネーズは有難い。

 

そうそう、ふと思い出したが、「美味しんぼ」でも書いてたが、野菜は元々食べにくいのだ。美味しくないのだ。美味しくないものを、人間様はよくもまあ思いついたもので、色んな味付けで、少しでも美味しくしようとする。それが酢醤油だったりマヨネーズだったりするが、どっちにしてもそのままじゃ食えないくらい不味いのだ。

 

だから、野菜を生のままがりがり食べるってのは、よほど野菜が自然の状態で甘みがある時とか、とにかく口に入れても「いや〜!」って気持ちが湧かない時=体がそいつを欲しがっている時。

 

健康のためってのは分かるが、野菜って、基本的にまずいのだ。美食のためには、野菜は存在していないと幼児の頃から思ってたわけではない。ただ、子供の頃から異様にまずい野菜を食わされて、一発で野菜嫌いになったのは記憶に鮮明だ。

 

大体、当時の日本の野菜等は、大量生産の為に農薬をばら撒き、形を整えるために農薬をばら撒き、農協と農薬会社を儲けさせる為に農薬をばら撒き、それが結果的に自民党が農業支援金をばら撒きに繋がり、まあすべての農業関係者がばらばらまきまきな時代だった。

 

大人になった時、近くでお米を作ってた農家の人たちと仲良くなった時に、天皇陛下に食わせる米は無農薬で、農家が自分で食う米も無農薬で、野菜だって自分が口にする分は無農薬だったって言ってた事を思い出す。

 

そうなんだよな、世間の馬鹿親は、ほうれんそうは鉄分があるからしっかり食べろって、おいおい、それって農薬まみれですよ。人参は体に良いからって、おいおい、形を整えるために整形された人参の、一体どこにあの甘みが残っているのよ?

 

そういう世の中の「真実?」に気づいたのは、ニュージーランドに来て野菜を食べるようになってからだ。この国の野菜は美味しい。人参は甘いし、ほうれんそうもにがみがない。勿論農薬を使っている分もあるだろうが、とにかく野菜に野菜の味がある。

 

などとしょうもない事を思いながら、「キャベツ無料!」って書いてあるメニューを何となく見てたら、「無料!」のすぐ下に「Not for Take away」って書いていた。

 

あは、持って帰る客がいるんだな〜とか思って笑いながら、一体誰だろうと思ってたら、ふと、今朝奥さんと話してたのを思い出した。

 

「無料って書いてるのに利用しないのは、バカだけよ」って言ってた。

 

そっか!Kenに来る中国人は、キャベツが無料なら持ち帰るという発想をするんだ。

 

そこで奥さんに持ち帰りは駄目よって書いてる部分を見せたら、「でしょうね、中国人ならやりかねないわよね」と、半分苦笑いしながらそう言った。

 

中国人らしくない、てか、感性としては今の時代の普通の若い日本人よりも数倍レベルの高い道徳観を持った奥さんを見ながら、ふと最近ある英語学校で起った事件を思い出した。

 

「中国人?香港人?」

 

ある英語学校で、「あなたは中国人ですか?」という先生の質問に対して、生徒たちが「いえ、私は香港人です」とか「台湾人です」と答えたところ、大陸から来ている中国人が怒り出して、「お前らも皆中国人じゃないか!」となった。

 

学校側も、大陸、台湾、香港、全部含めて一括りに「中国人」と思ってたのだが、当の香港人からすれば、あんな田舎モノと一緒にされたくないし、台湾人からすれば、自分たちは台湾人であり、共産主義国家の中国人とは絶対に違うという意識を持っている。

 

その事件以降、学校では中国人という分類をやめて、中国人、香港人、台湾人と区別するようにしたそうだ。

 

焼き鳥を食いながら、みゆきや奥さんと、学校で起った話をする。

 

みゆきからすれば「そりゃ香港人は怒るよ。お父さん考えてみて、例えばお父さんがJAPANESEと呼ばれる代わりにJAPと呼ばれたら嫌でしょ、香港人からすれば、大陸人と一緒にされるのは、最大の侮辱よね」となる。

 

彼女自身は日本人の父親を持ち香港人の母親を持ち、ニュージーランドで生まれて香港で育ち、また今ニュージーランドで学校に通い、英語、広東語、日本語、北京語を話す。勿論友達に大陸人も台湾人も香港人も日本人もいる。

 

お父さんからすれば、JAPと呼ばれても気にはならん、うざいだけだが、みゆきからすれば、お父さんが嫌がると思ってるのだろう。

 

ただ、みゆきからすれば、どっちにしても、薄い膜の向うの話だ。彼女はすでにアジア系キーウィであり、どこかの既存国境の中の人種ではない。また、21歳になって日本国籍を取得すれば、完璧に日本人になれる。もちろん日本国籍を捨てれば、香港系キーウィとなる。要するに、なんにでもなれる。だから、今いちどこか、そのような熱い議論には、「ふ〜ん」というところがあるのだ。

 

ところが奥さんからすれば、現役バリバリの香港人だからそうはいかない。モロに怒りを出す。

 

「まったくもう!キーウィが中国人の事わかってないのは仕方ないけど、外国人受け入れする語学学校なんだから、もっと考えてよ、この3つの国は、歴史的にも文化的にも一つではないのよ」

 

歴史的に見れば、1949年の中国共産党支配の中華人民共和国の成立により、孫文の創った中華民国は台湾に逃れ、それ以降戦争状態が続いている。今の北朝鮮と韓国みたいなもんだ。

 

文化的に見れば、香港はアヘン戦争以降1997年まで中国から英国に99年間養子に出されてた捨て子のようなものだが、この養子先が実に良く出来た親で、香港は自由放任主義の中でビジネスを拡大してきた。

 

で、今まで何もしてくれなかった生みの親が、今更偉そうにやってきた。香港人からすれば、あんた一体何様だよ!って怒りと同時に、やってきた親の文化、知識、見識、道徳観念の程度の低さに唖然とするばかり。道路に唾は吐くし、バスの割り込みはする、とにかく同じ人種である事が恥ずかしいほどだ。

 

日本人が大陸人を見ても、どうせそんなもんだろと思うだけで済むが、香港人からすれば、他人から「同じ中国人」と思われていることが、顔から火が出るほど恥ずかしいことだから、怒りが2乗になる。

 

ただ、現状では、多くの香港人からすれば、ぼったくれる奴はすべて客だ、相手が親でも構わないとなるのだろう、にこにこして札束を持ってくる大陸人相手に逞しく商売している。

 

まあ、仕事を抜きにすれば、殆どすべての台湾人と香港人が、大陸中国に対してはある程度の怒りを感じているのは間違いない。また、怒りを感じられる側の大陸中国人の脳みそが実に見事に協賛政府により洗脳されてて、大陸人からすれば、自分たちが本流の中国人、香港人や台湾人は二流市民と思っているのも事実だ。

 

うちの奥さんが何より嫌いなのが馬鹿で、もっと嫌いなのが、馬鹿者に馬鹿にされることである。だから大陸中国人に対しては(勿論学問のある良い人もいるが)、一般的に嫌いなのだ。

 

結局この英語学校、その事件以降は、中国人という括りを外して、台湾人、香港人、中国人と分けたそうだ。あ、ちなみに大陸中国人と言わないのは、「大陸人」と言うのは「ど〜しようもない田舎モノ」という意味があるからだ。

 

そんな学校の話をしながら、横で口の周りを焼き鳥のタレでべたべたにお化粧している竜馬君は、:全く我関せずって顔でにこにこして焼き鳥のお皿に残ったタレを、更にぺろぺろ甞めていた。

 

日本にいると、部落民問題とか在日問題が差別問題として取り上げられる。古くはアイヌ民族も差別対象となった事があるし、結局彼らはその誠実さ、平和主義な為に和人に取り込まれて、民族としての自立した文化や形を残す事が出来なかった。

 

ケンには毎晩多くの人種が集まる。白黒黄色だけでなく、同じ黄色の中でも日中韓、フィリピン、ベトナム、インドネシア、タイ、マレーシア、とにかく世界中の人が焼き鳥を楽しみに来る。

 

そんな彼らの人種差別話とか歴史的な分断の話を聞いてると、日本人が井の中の蛙で、他国との比較をしないままにコップの中でお互いに興奮して、いつの間にか個人に対する中傷にまでなり下がってしまう国内差別の話が、実に小さく見える。

 

台湾は、中国から逃げてきた国民党により地元民が大虐殺された歴史を持つ。香港などは英国と中国の戦争の結果に割譲された土地だ。その意味では上海も一時は魔都と呼ばれ、中国内にありながら無法地帯になっていたこともある。

 

お隣の韓国では戦争に負けたわけでもないのに米ロによって南北に国が分割され、欧州のドイツでは二度と立ち上がれないように東西に分割され、日本は奇跡的に一つの国でいる事が出来たが、左翼と右翼という形で、政治の世界では二分割されている。

 

そういう大きな視点で日本を見れば、今でも同和とか在日とかでで熱くなって議論している人々が、随分下の、コップの底で議論しているように見えてくる。

 

所詮は大きな視点から見下ろされた政治の世界に振り回されているだけで、それでもそれはまだ一つの国の中の問題であり、暴動や内乱や戦争にまで発展することはない。

 

まだまだ他の国に比べれば幸せなんだし、その事を知るためにも、日本に住む人々はもっと海外に出て学ぶべきではないかと思う。そうすれば、話し合いで分かり合えることも出てくると思う。

 

今の中東がまさに良い例だ。米国が出て行ってテロが減ったか?復讐を復讐で返したら、どこまでも終わらないってのは、人間の歴史で、もう十分に学んだのではないか?

 

住井すえが訴えたかったのは、差別の終了であり、新たな差別の発生ではなかったはずだ、どちらも、振り子の針が触れすぎではないか?

 

てか、いつも政治的煽動に振り回される猿回しのサル役は、もうやめようよ。もう少し、もう少しで良いから学ぼうよ、そしたら自分の置かれている場所が良く分かると思う。

 

奥さんとみゆきは、その後も学校の問題について広東語でぎゃんぎゃん話している。僕は一人で、日本の差別問題や自衛隊の海外派兵、階級差別を考えている。竜馬と言えば、あいも変わらずわれ関せずと言った顔で、皿をぺろぺろなめている。

 

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tom_eastwind at 00:34|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年09月11日

ムーンライトブルース

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1979年に「一人咲き」を引っさげて九州から飛び出して嬬恋(つまごい)で入賞、その年に「一人咲き」でシングルデビューしたチャゲ&飛鳥は、僕が今でも大好きな歌手の一人だ。

 

デビュー曲の「一人咲き」や「男と女」、「万里の河」、チャゲが作った「エピローグ」など、時代を越えた名曲だと思う。

 

特に「エピローグ」を聴くと、丁度ビートルズの歌の殆どがジョンレノンの作品なのだが「Yesterday」は珍しくポールが作曲してて、ポールはそれ以降仲間内で「昨日だけの男」って呼ばれた話を思い出す。

 

そしてチャゲ&アスカの名曲「ムーンライトブルース」が発表されたのは、1984222日だ。バブルの前兆を感じさせる時代、その歌は日本中を駆け巡った(と、思う)。

 

お願いだから 今夜はそばにいて とてもひとりじゃ夜を越せないから

あなたは あなた わたしは わたし とても そんな気になれない

 

このながい髪 とてもきれいでしょ 薄めに引いた紅が綺麗でしょ

今更なんて思わないでよ みんな あなたに あげたもの〜

そして、”MoonLight 揺れてLastnight blues 〜“ と続く、失恋の夜を綴った名曲。

 

この歌、当時遊んでいた中洲でよく歌ったものだ。

 

ほぼ毎晩太陽が昇るまで遊び、ちょっと仮眠してそのまま仕事をしていたのを思い出す。

 

てか、その当時は、飲みながら仕事を取っていたのだから、24時間ほぼびっちりと仕事をしながら遊んでたことになる。

 

なにせ旅行屋は遊びを売るのだ。非日常をアレンジして楽しんでもらうのが仕事だ。そんな立場の人間が、朝9時から夜5時までで、後はきちんと自宅に帰ってご飯作って食って風呂入って寝ますってんじゃ、商売にならない。

 

中には、夜の12時過ぎから営業開始というお客もあった。その時はあまり酔わないように飲んで、お客の仕事(夜の9時頃から仕事が始まるのだ)が終わって事務所に戻ってくる真夜中の2時頃に、一升瓶を提げてタクシーに乗って営業に行ったものだ。

 

その頃は中島みゆき、谷村信司、谷山浩子など、今では大御所と呼ばれる人々が毎晩ラジオでおしゃべりしてた。実に楽しかったな〜。て〜か、谷山浩子は一時期7枚くらいLPを持ってた記憶がある。今は皆いい年になったが、声も脳みそも全然衰えてない。

 

てゆ〜か、小田和正もそうだが、あいも変わらずメッセージを発信し続けている。ポリシーがあるからだし、大きな意味でのプライドがあるからだと思う。

 

今の時代、何が乏しいかって言うと、教養とか、おっきな意味でのプライドかなって思う。

 

教養ってのは金にも体力にもならないものだが、それがあると生活がとても豊かになる、そういう、文化の豊かな時代からしか生まれないし、得る事も難しい知識である。

 

皆、実にナンセンスな事を面白おかしく語っていた。ムーンライトブルースなどの名曲に、あえて替え歌を作ったりする。

 

“”

お願いだから、今夜はそばにして とてもうどんじゃ夜を越せないから

あなたは たぬき わたしは きつね とても そんな気になれない

 

このながいそば とてもうまいでしょ 薄めにつけた味がとても素敵でしょ

更科なんて無茶言わないでよ 全部 あなたが 食べたから〜

“”

 

ムーンライトブルースを大好きな人からすれば「馬鹿にすんな!」と言われそうだが、あはは!って笑えるのは教養と心の余裕がある証拠だと思ってる。

 

そういえば更に昔、一世を風靡したセピア、じゃなくて、ピンキーとキラーズとかの時代にこんな替え歌があった。

 

本歌

“”

森と泉に囲まれて 静かに 眠る ブルーブルー ブルーシャトー

 

替え歌

もりとんかつ いずみにんにく かこまれてんぷら

“”

 

これだけの短いセリフだったが、これが週刊誌や当時出てきたテレビの歌番組で取り上げられた。誰が作ったのかわからないままだったが、当時本歌を歌ってたグループがどう反応してかって言うと、「いや、こりゃ面白い!この替え歌作った人に100万円あげますよ!是非とも名乗り出てください!」とやったのだ。

 

これが肝っ玉のちっちゃな連中だと、「人を馬鹿にしやがって」とか「ふざけやがって」という事にはなる。ところが彼らはあくまでも、替え歌のうまさを褒めて、お金まで払おうとする、そこが心の余裕じゃないかなと、子供心に思った。

 

最近ワーホリメーカーでニュージーランドにやってくる人を見ると、どうも心の余裕がないように感じる。

 

ちょっとした事で切れるのに、でも自分でどうしていいか分からない。薄っぺらくて、ペーパーナイフでちょっと引っ張れば、簡単に破けてしまうようなプライドだ。プライドでさえないのかもしれない。単なる見栄なのかもしれないな。

 

文学や歴史の知識がない連中は、他国の人とどう接するか、怒ってよいのか笑ってしまえばよいのかが分からない。

 

そして一番大事な教養がないから、ニュージーランドの初めての海外生活で自分が持つべきプライドと寛容という事がわからないままに戸惑っている。

 

相手に反論するにしても、結局感情論で、「気分悪いっす」とか「おれ〜、よくわからないけど、それってまじおかしいっす」とか、まるで子供のおねだりかぐずぐずである。そして日本人同士でつるんでしまい、お互いに傷のなめあいをする。

 

それが2歳や3歳の子供ならまだしも、20歳過ぎた大人のやることかと思う。

 

自分がしっかり教養を身に付けて知識や識見を持てば、たいていの事は誇り高く笑って過ごせる。

 

それがないまま動物のように、オークランドにやってきて薄汚いカッコウをして街を歩き、それが自由だと思い込み、自分で何も出来ないままに周囲にぎゃんぎゃん吼えている。実にかっこわるい。

 

ただ、今の20歳から30歳の年代ってのは、たしかに日本全体が大不況で、何をどうすれば良いか分からず、大人は自分の生活のためだけに右往左往して、子供の事など気にかけることも出来なかった時代の子供たちだ。

 

当時の学校の先生は、元々デモシカ教師で自分の立場ばかり考えて(勿論そうじゃない人もいただろうけど、一般論を語る時に私の先生は〜なんて個別論を持ち出さないでね)、組合がど〜のこ〜のとかやってたから、結局失われた世代になってしまったんだろうな。

 

1980年代に生まれた子供は、小学校の頃はバブルを知るほどの大人ではなく、社会に興味を持つようになった1990年代からは未曾有の大不況が起り、一生安泰と思ってた親の会社が倒産して、就職氷河期に突入し、フリーターってのが格好良いものだと思い込み、結局は世の中の大人に労働人口のクッションとして使われた事にも気づかすに、さあ今になってどうしようかという事になる。

 

勿論そんな時代だから、ゆっくりと中国の古書や日本の歴史を学ぶ時間もなければ、哲学を学ぶ暇もない。結果できあがったのが、他人を思いやれず、生きる意味を見失い、すぐ切れる現在の20歳代ではないだろうか。

 

これは本当に恐るべきことだと思う。大人が、自分たちが生き残るためだけに子供から教育や教養を学ぶ機会を奪い、収入を得る機会を奪い、大人の生贄となったようなものだ。

 

今の時代の格差ってのも、この時代から始まっているのだから、当時の政府が若者をどう思ってたのか、つまり「使い捨て」と考えていたのがよく分かる。

 

まあその意味で言えば、政府ってのは元々国民を、自分の知恵さえ持たない奴隷としか思っていないのだから、十分推量出来る。

 

久しぶりにムーンライトブルースを聴きながら、そんな事をふと考えた。

 

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tom_eastwind at 00:20|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本

2007年09月10日

手洗い 2

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ゲーセンを走り回るりょうまくんを見ながら、僕は小腹が空いたので、ゲーセンの一つしたの階にあるフードコートで食い物を物色する。家族だといつもKFCなので、今日は違うものを食べたい。

 

かと言って、韓国人がやってる寿司や京都鉄板焼きはさすがにな〜、あれ、たぶん喉を通らんなとか思いながら、かと言って中国人がやってるバフェット方式の、あの、一皿に盛れるだけ盛ってなんぼ!ってのも自分の美的感覚に合わない。

 

てか、お皿に山盛りにした、こぼれそうな料理を飲み物と一緒に支えながら歩くってのが、どうもいや。

 

そんな時に限って、少し湾曲したプラスチックトレイにあぶなかそうに載せたコーラが倒れたりして足にじゃぱ!ってひっかかり、その弾みに足をぴょんと上げたら、今度はつるつるのトレイの上を、つるつるのプラスチック製のお皿が勢い良くすべりだして、反対側にがっちゃーん!と落ちて、周囲20メートルくらいの人が皆振り返って、可哀そうよねなんて視線を当てられて、そいでもってそんな状況に耐えられなくて逃げ出したいけど、そこは日本人だからやっぱり汚したものをそのままにして泣きながら去っていくなんてのも出来ないから、周囲の視線を浴びつつ、跪いて料理を片付けるって事になる場面を想像しただけで、絶対にこの料理は取らないと決断する。

 

たかがフードコートの料理でそこまで考えるか!って思うかた、すみません、これが自閉症の症状です。

 

かと言って、中東系のケバブなど、最初から野菜、特に天敵のたまねぎをどっさり標準で入れる料理等、食いたいくもない。

 

どんなにケバブが美味しそうでも、たまねぎ抜き、野菜抜き!なんて僕が連呼すると、カウンターの内側にいる中東系の兄ちゃんが、いかにも見下した様子で「おい、たまねぎは体に良いのだ、何故食べない?」なんてのを、そのひげづらで偉そうに言われた日にゃ、おそらく僕はその場で金を叩きつけて去るだろうってが見えてる。

 

20年ほど前、日本でもそういう事件を起こした事があり、その頃からあまり変わってないので、今もおそらく同じ事をするだろな。

 

その時は江ノ島で旅館に3泊して会議の予定だったのが、旅館の受付で服のクリーニングに関して何かありぶち切れて、僕はその旅館で予約してた3泊を、全額払ってキャンセルした上で、毎晩会議後には東京に戻って朝までやってるマージャン屋に行き、適当に麻雀して仮眠して、翌朝旅館の会議に参加するってのを3日続けてやった記憶がある。何故怒ったのか原因はもう忘れたが、この制御不能の性格、今でも時々出ることがある。まさに、ヤバシ!である。

 

僕は中東やインド系の人に敵意はないが、あの、人を見下したような、いかにも自分だけが世の中の事を何でも知ってるって基本姿勢が嫌いなのだ。

 

かと言ってその隣の、キーウィ店員がいるフィッシュ&チップスは、あれ食った日にゃ、たぶん夜の水割りがまずくなること請け合いってくらい油っぽくて、魚が新鮮じゃないからくさくて、おまけに魚を揚げた油でそのまま芋のフライまで揚げられたら、ダブルくさいって事になるので、遠慮する。

 

その隣はマックなので、最初からフル無視。結局ぐるっと回って、若いアジア人の女性(たぶん中国人)店員が働いてるカレーショップに行く。インド人はスーパーバイザーみたいに命令するだけで客を見てないので、これなら安心して注文が出来る。

 

中国人女性らしき二人組みは、丁度1時頃の込み合う時間に、注文をさっさとさばきながらネイティブ英語で「は〜い、何食べる?」って聞いてきた。年の頃20代前半のようだが、3代前からニュージーランドに住み着いている華僑の子供のような横着感がないので、子供の頃に親と一緒にニュージーランドに来たのだろうと推測される。

 

バターチキンカレーとナンを一枚、ご飯は少なめ、それにそこにある3ドル50セントのコーラ一本(500ml)と注文すると、「はい、合計で13ドルね、持ち帰り?それともここで食べるの?」と、にこっと笑って軽い調子でさらさらと話しかけてくる。

 

この子達も、自分の判断で移民したわけじゃなくて、親に連れられて来たんだとしても、今は学校を卒業して、人生の入り口としてまずはフードコートのレストランで働いている。

 

オークランドの場合、大学さえ出てれば、そして仕事をそれほど選ばなければ、就職率は100%に近い。仕事も、ネクタイをして冷房の効いたオフィスで書類作業をするという事になる。

 

また、狭いオークランドを跳び越してシドニーで働くという方法もある。ただ、高卒で特別な技能がない場合は、どうしてもキーウィ社会の最底辺から入るしかない。

 

それが洋服店の販売スタッフだったり、フードコートの店員だったり、荷物運びとかの仕事が中心だが、時給はどうしても安い。12ドルくらいから始まるだろう。その後も、特別な技術を身に付けない限り(例えば大工とか調理とか)、あまり高給は期待出来ない。

 

更にその後も、ニュージーランドの社会では年齢ではなく業務内容で給料が決まるので、やはりこれは25歳程度になってある程度資金が出来たら、再度大学に入りなおして資格を取るという方法が、人生における資金的成功の一つだ。

 

ただ、そこまで計画的にものを考えることが出来るなら最初から大学に通っているわけで、この国は大学に通ってもあまりお金はかからないのだから、これはやはり親があまり教育に熱心でないまま、子供を早いとこ社会に送り出し、家計の手助けをさせるという事だろうか。

 

まあ、このあたりをあまり詮索してもしょもない事だ。今、目の前で働いている可愛い女の子たちは、料理用の大匙で白いボウルにカレーを注ぎ、水気の少ないご飯をお皿に盛り付けて、その上にトングで掴んだ白いナンを乗せてくれる。

 

横のレジでお金を払ってコーラを受け取ると、僕はすぐ近くの二人掛けの椅子に座ってトレイを乗せて食事を始めた。

 

食事をしながらよく見ると、このカレーやの厨房では、ひげを生やした若いインド人の男の子が、器用にフックを使ってナンをタンドリー?タンドゥール?(tandoor)から取り出していた。

 

そういえばこのチキン、実にジューシーだ。これ、タンドリーチキンだよね。ぱさぱさの奴じゃないから、この値段で食えればラッキー。

 

ナンをカレーに浸してぱくつきながらあたりを見回すと、やはり中国人が目立つ。態度があつかましいという事もあるが、やはり絶対数の多さかな。

 

それにしても、さっきの洗車ビジネスと言い、ここに集まってる中国人と言い、カレーやでスーパーバイズするインド人、タンドリーからナンを取り出すインド人、そこで働く中国人、隣の店の韓国人と、こりゃまさに人種の坩堝だ。

 

勿論この社会のトップに君臨するのは、今の時代に成人としてジモティとして存在する、つまり天の時、地の利、そして小学生時代からの同級生を抱えて人の和を謳歌しているキーウィだ。

 

世界から移民を受け入れるキーウィは、その心中では「来てくれて有難う、秩序を守ってしっかりこの国に利益を落としてね」だし、移民側では「住まわせてくれて有難う、しっかりこの国で新しい人生を楽しませてもらいます」だろう。

 

移民として生きていくってのは、その社会の最底辺に入り込んで、そこから自分の子供の代までかけて社会の中層に入り込んでいく、とても息の長い作業である。

 

だから、今の日本で移住したいという人にも、一体どれだけ覚悟があるのかと聞きたいなって思ったランチタイムだった。

 

さて、1時間後、ゲームの軍資金を半分以上(つまり20ドルくらい)使い終わったりょうまくんを、無理やりゲーセンから引っ張り出して車に戻る。

 

お〜、実に綺麗!ワックスかけてるので、表面がソフトにすべすべする。またも愛想の良いおにいちゃんがこちらの姿を見かけて、にこってしながら、「はい、鍵はこ〜れ、お金はさんじゅううどるです〜」と話しかけてきた。

 

「ありがと、ほんと綺麗になった、こりゃいいな、また来るね」と、現金を渡して車を駐車場から出した。何となく気持ちよい。どのような環境でも頑張っている人を見ると、こちらも頑張ろうという気持ちになるし、すがすがしい思いが胸にふわっと浮いてくる。

 

また次に車を洗うときも、ここを使おう。30ドルは高いけど、それでも費用対効果を考えれば、10ドルの子供洗いの3倍以上の価値がある。そして、少しでも彼らの仕事に利益が出ればと思う。

 

移住をしたければ、よほどたくさんの資産を持ってくるか、それとも今までの社会的地位をゼロにして忘れて、なおかつ2年程度はキーウィ社会の最低限の生活を覚悟してくださいって、いつも説明会で話している。

 

大体この話をすると、それまで目を輝かせてた30代の夫婦、特にご主人の方が、風船がはじけたように、しゅーっと縮むのが、演壇から見ても良く分かる。

 

日本の説明会でも必ず案内することだが、移住は逃避行ではない。新しい世界への挑戦だ。戦いを拒否して逃げ込む人には、ニュージーランドのバリアーは高く越えにくい。

 

日本で戦うにしても、日本のルールは不公平だ、だから公平な国で挑戦するってのなら良い。その時は庭師でも道路工事でも、とにかく手を汚してでも働くって気持ちがないと、まず数年のうちに潰される。それも、自分のしょうもないプライドによってだ。

 

手洗いは、水作業だ。吹きっさらしの駐車場で冷たい水を使いながら一日中頑張って働く彼らは、少なくとも自分が住んでいた国の生活よりも治安や経済面で豊かで、明日は今日よりはもっと良くなるだろうと夢を描いているのだろう。

 

写真はSTルークスのフードコートの写真。グレンフィールドの写真、撮り忘れてしまった。

 

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tom_eastwind at 00:37|PermalinkComments(4)TrackBack(0)移住相談 | 諸行無常のビジネス日誌

2007年09月09日

手洗い 1

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土曜日の朝は竜馬君を連れてスイミングスクールへ行く。

 

半年ほど通った成果として、彼は最近クロールが出来るようになった。まだ水に乗り切っていないから腰のあたりがぴょこぴょこと浮いたりするが、息継ぎも悪くない。背泳もまっすぐ進むようになったので、一ヶ月50ドル前後の会費を払った結果としては、父親としては結構満足。

 

これで子供が海に泳ぎだしたとしても、溺れる危険はかなり減少した。たかがプールごときで溺死と比較するのも極端だと思うかもしれないが、元祖自閉症の僕としては、どうも極端な話に飛んでしまう癖がある。

 

プールの後はグレンフィールドショッピングセンターでゲームだ。

 

今日は天気予報は雨だったのに、どうやら天気は持ちそうだな、少しは青空も見えてきたね、そろそろ車を洗わなくちゃ、そうだそうだ、行きつけの洗車場(セルフと自動洗車機)に行こうなんて思いながら車をグレンフィールドショッピングセンターの駐車場に入れる。

 

「そうだそうだ」が出始めると、そろそろぼけの始まりと思っている僕からすると、たかが会社がお休みの土曜日だからと言って「そうだそうだ」が出るのは良くない。

 

何故かって言えば、洗車という小さな問題ではあるけど、すでに一度は問題として認識しているのに、それを実行、又は計画的な処理もしないまま記憶の闇に眠り込んでしまい、何か他の事があってふと思い出すってのは、危機意識がないからだ。

 

たかが洗車くらいの事で危機意識ってのも随分話がワープするわけで、そういう極端な話しか出来ないお前の思考回路が危機ではないかと言われたらそりゃそうだが、再度、元祖自閉症の僕としては、極端な話しか思いつかない。

 

問題点が危機意識の欠如であれば、それが洗車であろうが戦車であろうが原因は同じで、やはり自己反省が必要なり。

 

極端な話と言えば、実は僕が他人と話をすると、すぐ極端な話に飛んでしまうことがよくある。

 

日本にいる時も、人が「なんだかこれがさ〜、困っててね〜」などと言えば、解決策が見えている場合はすぐ提案するのだが、これが結構極端だったりする。

 

すると相手は「いや、そしたらこれがさ〜」とか、困っている本人が、実は解決したくない、つまり「出来ないための言い訳」をする。

 

要するに解決する気持ちもないし、解決に向けて努力するつもりもない、更に要するに、自分が抱えている問題の重要さの優先順位がきちんと整理出来てないから、問題をこねくり回して、「僕(又は私)って問題抱えてる、なんてかわいそうな僕(又は私)」って筋書きを作って、自分で自分のプチ不幸を弄んで、それでうまくいけば女を誑かす時のネタにしようくらいの気持ちを持っている。

 

そんな気持ちが見えるから、「つまり、問題を抱えて楽しんでいるんですね、じゃあ話は終りですな、このテーマ、さいなら」という事になる。それ以降は他の何を話しても、僕自身がまったく心ここにあらずなので、他の問題についても一緒になって困ることもしないし、無駄な時間を潰すこともしない。

 

実は、そういう状態になった時の僕は、ひたすら苦痛を感じる。ほんと不思議なのだが、ものすごいストレスを感じて、そのまま椅子を蹴っ飛ばして出て行きたくなる。

 

問題を抱えている場合、大事なのはその原因がどこにあるかを突き詰めて、原因を治療する事である。対症療法が効果的なのは、コレラになったらとにかく水を飲ませるしかないって時くらいで、これだって極端な例だが、自閉症なので、どうしても生半可な「風邪になったら治す薬がないから対症療法で鼻づまりの薬を飲む」なんてアイデアが出てこないのも、僕の悪い癖だ。

 

だから、あんまり人との会話が成立しない事が多い。

 

とか、車を運転しながら、実にしょむない事をあれこれ考えながら車を駐車場に入れたら、あ〜、そうだそうだ、ここ、最近駐車場の一部を借り受けて洗車サービスが始まったのだという事を思い出した。

 

「あ〜、そうだそうだ」ってのは、前回ここで洗車しているのを見たわけだから、今回はきちんと目的意識を持ってこの場所に向かうべきで、偶然車を洗いたいと思った時に偶然洗車場を見つけるってのは、あまりに偶然に任せすぎで良くないと、更に反省。

 

「お買い物のついでに車を洗いませんか?手洗いでワックスもして、1時間でピッカピカになりますよ」って売り文句で、ショッピングセンターの5階建ての駐車場の4階部分に入居している。

 

とは言っても僕が車をビルの4階まで上げたわけではない。このショッピングセンターは崖沿いに作られてて、グレンフィールドロードから入ると5階に乗り入れるような構造で、だから4階ってのは、入り口から一つ下の、屋根付の駐車場って事になる。

 

でもってこのショッピングセンターは、各階ごとにショッピングエリアと駐車場が併設されているので、車を止めた階からそのままショッピングエリアに入れる。

 

確かに、自分で車を洗ってワックスまですると、どうしても1時間近くかかる。だから、ついつい手抜きで自動洗車をするのだが、あれだと今一ピカピカ感がない。

 

なんつーか、シャンプーはきちんとしたけどリンスをしてないような感じ。これはあくまでも「感じ」であって、丸坊主の僕は最後にリンスを使ったのが何年前なのか思い出さないくらいだから、あくまでも感じ。

 

そんな消費者心理をついての新たな商売だが、1時間で手洗いをやってくれるその対価は、普通車で30ドル、4WDで35ドルだ。車内も綺麗にしてくれるサービスは、45ドル?だっけな。

 

でもま、日頃自分で車を洗う時間もないし、自動洗車じゃ物足りず、やはりたまにはワックスも欲しいし、りょうまくんのゲーム代を考えれば、30ドルならOKだなと思う。

 

ただ、何がすごいかって言うと、僕の前に道はない、じゃなくて、僕の前にはすでに3台ほど洗車中の車があり、僕のすぐ後ろにもオーストラリア製の図体のデカイホールデンが待っており、スタッフが3名くらいでせっせと車にワックスかけてたって事だ。

 

おいおい、これだけ需要があるんかいな?そりゃまあ土曜日って事もあるし、今日は曇り空って事もあるし、最近は雨が多いので車が汚れやすいって事もあるだろう。

 

でもさ、30ドルでっせ、30ドル!それだけのお金を、お買い物の後にピッカピカの車を運転して帰るって優越感を持つためだけに、たった1時間の洗車の為に払い、満足するって、キーウィって、いつの間にかこんなにリッチになったのだ?というすごさ。

 

商売を思いつく奴も立派だし、それを商品として購入するほうも大したもんだ。このショッピングセンターだって、中流地域に立っているので、ノースショアのどっかのような優雅な人々がメインの客層とは言い難い。

 

一昔前なら、こんなビジネスは絶対に成立しなかっただろうし、誰も思いつかなかっただろう。実際、車洗いってのは、近くの子供が週末に1台10ドル程度で洗うのが主流だった。

 

もしくは子供がお父さんと一緒に週末にごしごし洗うってのが一般的だから、こんな商売、誰が思いついて、誰が成功?とまではいかないけど、これだけ行列の出来る商売にしたのだろう。

 

そんな事を思いながら車を入れて、隣で車を洗っていた作業着のインディアン系(つまり黒い肌)のおじちゃんに話しかける。すると彼は、何語か分からんがちょっと待ってくれ的な仕草で、更にその隣の車にいた白人系のお兄ちゃんに声をかける。

 

綺麗な金髪と使い込んだような作業着の、ひょろっとした体格の彼に「ここ、鍵をつけたまま置いておけばいいの?それと、時間はどれくらいかかるの?」と聞くと、思いっ切り訛りのある英語で、「お〜、そうね〜、か〜ぎはな、つけとい〜てな、洗ったあ〜とで、う、動かすからね〜」と、愛想良く答えてくれる。ほうほう、東ヨーロッパか南米の方ですな。

 

良く見ると、後ろの車の運転手が話しかけている、同じくインディアン系のおばちゃんは、殆ど話が通じてないようで、僕の話しているお兄ちゃんの方をしきりに指差しながら、「ちょっとまって」のサインを運転手に送っている。

 

な〜るほど、移民のビジネスってわけだ。

 

勿論この商売を思いついたのが移民かどうかは分からないが、ニュージーランドにやってきたものの、まだ言葉が出来ないけど、働きたいし働かないと食べていけない移民の受け入れ先になっているんだ。

 

何だか、英語も出来ないのに頑張っている姿を見て、うじうじして格好ばかり気にする日本人に見せたくなった。

 

「じゃあね」と車を置いて、そのままりょうまくんとゲームセンターに入る。あいも変わらず盛況で、さっそく友達を見つけたりょうまくんは、狭いセンターの中を走り回ってた。

 

長くなったので、続く。

 

写真はジャガーXJ8。僕の車ではないが、これくらい輝いてたって意味。

 

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2007年09月07日

タバコ増税

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今ニュージーランドでタバコを買うと、20本入り一箱が10ドルくらいする。それが今後も値上がりを続け、10年後には25ドルになるという予測が出てきた

 

そうなったら、元々タバコを吸う人々の多くは低所得で低脳なので、もうタバコを買えなくなるだろうという読みらしい。

 

つまりタバコを吸う人でも弁護士もいれば医者もいる、でも全体的に見れば、やはりタバコを吸う人々の多くは低所得で低脳であるという意味だ。ご注意⇒タバコを吸っている人全員が低所得で低脳というわけではない。

 

タバコを吸っている人の多くは低所得だってのは、僕が言ってるわけじゃなくて禁煙団体の専門家が指摘していることで、タバコを吸っている人の多くが低脳だってのは、マオリ、アイランダーが全体の人口比率では20%程度なのに、刑務所人口の80%がマオリ、アイランダーであるという事実とか、マオリ、アイランダーの失業率は白人に比べてとても高いという事実や、大学卒の比率などを総合的に見て、ニュージーランドに住む人々が持つ、一種の暗黙の了解と思うからなのだ。

 

これがニュージーランドの喫煙者と日本の喫煙者の違いだ。日本では所得や脳みそに関係なく、吸う。国民の多くがdaisukiな政府のために、毎日ぱかぱかとタバコを吸って、税金高い!とか言いながら、その傍らせっせと政府に納税しているのだ。

 

そういえば、NZdaisukiのニュースでこんな調査結果が出ていた。

 

***

- タバコ税による税収は年間10億ドルで、歳入全体の2%を占める。
-
ニュージーランドには現在約75万人の喫煙者がおり、年間約16億ドルがタバコに消費されている。
-
喫煙による死亡者数は1日あたり14人と推定されている。

***

 

売り上げが16億ドルで、税収が10億ドルって事は、60%以上が税金って事じゃんか!それにこの売り上げがもしGST(一般消費税)である12.5%を含んだ数字だとすれば、更に税金は増えて12億ドル!って事になるので、何と75%が税金だ。

 

もう少し計算すると、一人が一年間で買っているたばこの平均額が2,133ドルで、そのうち1,280ドルが税金で、残りのお金はタバコ販売店やタバコ会社に回ってるとは言っても、その会社はGSTを払っているし給料も払っているのでIRD(税務署)に源泉徴収を収めているのだから、タバコに支払うお金のほとんどの部分は税金だと言える。

 

毎月払うタバコ代が177ドルってのが多すぎかどうか、本人の財布とご相談ではあるが、低所得層や仕事をせずにせっせと政府から補助金をもらっている人からすれば、そら痛手だわな。

 

でもタバコの害で毎年死亡する人が5110人ってのは、交通事故の死亡者数よりも多いわけで、注意してても偶然発生する交通事故と違い、タバコは確実に死への道を歩くわけで、その意味で確信犯だ。

 

確信犯の自殺志願者が支払う税金と、自殺に至るまでにかかる病院や薬代を比較するデータがないのでどっちが多いか分からないが、病気になると確信しながら吸ってて、それで病気になったら自分の金で自分の面倒を見て欲しいと思うのは、僕だけだろうか。

 

記事の続報で、ニュージーランドの喫煙率は23%という数字が出ていた。面白いのは、

「毎日喫煙する人の割合は大人で23%のままあまり変化がないが、年齢が下がるにつれて次第に減少し1415歳で9%程度」という事で、おいおい、ガキがタバコ吸ってんじゃね〜よって感じ。

 

かなり昔、タバコに関するコラムを書いた事がある。

 

2005年に大阪で書いた記事

http://tom.livedoor.biz/archives/50178942.html

 

2001年に秋葉原で書いた記事

http://tom.livedoor.biz/archives/cat_50005234.html

 

いずれにしても、ニュージーランドはタバコの喫煙者を減少させる方法として値上げという手段を取っている。

 

日本では、今までは大事な国税だったから、タバコ訴訟が起らないように弁護士を押さえつけた上で政府が専売公社にして利益を独占して売ってきた。

 

ところがタバコ税を地方自治体に財源移譲という事で政府がタバコ被害による訴訟リスクから逃れ、尚且つ今後はタバコ税は自分のぽっけに入らないのだから、堂々と禁煙キャンペーンをやれる。それも一種のタバコ問題解決方法か?

 

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tom_eastwind at 13:44|PermalinkComments(1)TrackBack(0)NZニュース 

2007年09月06日

カップヌードルが値上げ?

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日清食品が作ってるチキンラーメンやカップヌードルが、200811日出荷分から値上げになるそうだ。その理由は外国から輸入する原材料の値上がり。つまりバイオエタノール問題に繋がっているのだ。

 

全く、最近の問題は、地球の裏側で起ったことが、地球の反対側にすぐ影響を与えると言う、ほんっと、これこそ国際化だ。

 

バイオエタノールとは、地球に優しいという標語のもとに、ガソリンの代替燃料としてとうもろこしを原材料としたガソリンを作ったのだが、これがどこまで環境に優しいか意見が分かれる。

 

とうもろこしは、成長する過程で温暖化の原因の一つである二酸化炭素?だっけな、そいつを吸収する。でもってガソリンとなって排出する二酸化炭素の量よりも、成長過程で吸収する二酸化炭素の方が多いから「環境に優しい」となるようだ。

 

ただ、石油ガソリンに混ぜられるエタノールは10%以下だし、そんな事するより、ガソリンを馬鹿みたいにばら撒く米国民が、車の運転をちょいと控えれば、そんなもん、わざわざ食い物を燃料にしなくても良いじゃないか、そしたらカップヌードルの値段も上がらないのにと思う。

 

実際に、小麦粉の値上がりで困るのは、貧困地域で生活する人たちだ。小麦粉を主食とする人たちの家計を直撃するのは間違いない。

 

貧困ではないが小麦粉等の食料を海外からの輸入に頼らざるを得ない日本では、価格転嫁が出来る日清は良いが、競合が厳しい養鶏農家では、小麦粉を飼料として輸入しているが、価格転嫁が出来ないために次々と倒産している。

 

これってのは、マスコミの連中も、田舎のじいさん虐めて自殺させるくらいなら、今回の養鶏農家の問題でも特集しろって感じだ。

 

本来は、原価が上昇すれば価格転嫁で対応するのが当然で、今までは不況の中、企業が赤字部分を吸収したってのは、結局人件費の削減やサービス残業で対応してただけ。

 

企業が赤字分を九州するってのは、実は社員の給料が下げられるわけで、消費者側の稼ぎ手である労働者の賃金が低下する事になる。だから結果的には消費者の家計に、回りまわって価格転嫁されているのだ。

 

ただ、家計を握っている主婦は、スーパーに行くと王様のように振る舞い、値段が高いとか質が悪いとか、どうのこうの文句を言ってる。でもさ、文句を言う相手にも家族があるのだし、あなたの値切りの結果が彼らの給料低下に繋がるって事を考えた時にも、そこまで言えるか?と思ったりする。

 

ニュージーランドでカップヌードルを購入する機会の多い僕からすれば、カップヌードルの定価が、155円から170円に上がると言っても、「それでも日本で買えば安いよね〜」という事になる。

 

カップヌードルをジャパンマートで買えば、一個5ドル〜6ドルする。1ドル90円で計算しても約500円です。日本だったら、普通のラーメン屋でラーメンが食える価格だし、激安ラーメン店なら、大盛りにしてチャーシューまで追加出来る値段だ。

 

でで、更に面白いのが、同じカップヌードルでも、香港で作られたものは、何と2ドルで買えるのだ。

 

香港のタイポというところに工場を持つ日清は、香港で生産したカップヌードルをニュージーランドに送っている。品質管理も徹底しているから、味も殆ど変わらない。

 

ちなみに出前一丁も同じく、香港で生産してニュージーランドで売っているが、日本製の出前一丁が4ドルするのに比べ、殆ど同じ品質の香港製で前一丁は1ドルで買える。すごい価格差だ。

 

香港製の出前一丁のスープは、日本で作ったものをそのまま持ってきてて、麺だけを工場で作っているからだが、この価格差は、ほんとにすごい。

 

じゃあ一体、日清が設定した値段である155円って、一体どこから来たんだって事になる。

 

ジャパンマートの場合、賞味期限が短い商品を船便で送るわけで、輸送費や期限切れを考えれば、どうしても高い値段に設定せざるを得ない。

 

でも、殆ど同じ商品が地元スーパーや中国市場では2ドルで売られてるわけで、じゃあ味が殆ど変わらなければ、中国市場で買ったほうがよほどましじゃないかという事になる。

 

という事で、僕は出前一丁とカップヌードルは太平市場などで購入している。

 

店内の飾りつけも薄汚くて、出前一丁は埃をかぶって、店員は無茶苦茶愛想もないけど、僕の目的はラーメンを買うことであり、彼らの笑顔を見ることではないので、埃をはらって余所見をせずにレジに並んで、こっちも無口で金渡して、それで終り。

 

日清の値段設定の国内外での価格差の疑問、小麦粉の価格上昇がバイオエタノールって疑問、養鶏農家が倒産してるってのに農林水産省もマスコミも問題視しない疑問、ジャパンマートと地元市場での価格差があるのにカップヌードルを置き続けるって事は、買う人がいるのか?という疑問。

 

だから、あふぉな米国人がガソリンばら撒かずに節制して、オークランド在住の日本人(だと思う、まさか中国人が5ドルのカップヌードルを買うとは思えない)がジャパンマートでカップヌードルを買わずに地元スーパーで安いのを購入して、養鶏農家に対する農林水産省の指導をきちっとして、日本でも香港産のカップヌードルを売れば、ずいぶんと皆の負担が少なくなるのではないかと思った。

 

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tom_eastwind at 10:05|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2007年09月05日

最近の旅行会社について

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今、ニュージーランドでは旅行業界で二極化が発生している。日本人市場は2年前に比べて激減、米国は急上昇、中国、韓国市場は底堅く送客を伸ばしているのだ。

 

「そりゃそうだ、こんなにNZドルが高いのに旅行なんか出来るか!」ってことになるが、ただ、NZドルは対米ドル、対中国元に対しても強くなっており、もしNZドル高が原因であれば、米中からの送客が激減してもおかしくはない。

 

ところが実際は、2年前に年間16万人の送客があった日本市場が、現在では13万人程度と落ち込んでるだけで、他の市場は伸びている。

 

更に問題なのは、昔は13万人の観光客と言えば旅行会社がほぼそのすべてを取り扱ってきたわけだが、最近は13万人の観光客と言えど、旅行会社を通さない数が激増しているのが実態だ。

 

東京からオークランドに来る便は、最近はビジネスクラスから埋まっていくと言われているが、彼らが空港に到着しても、迎えに来るガイドはいない。彼らビジネスマンは、そのまま空港からレンタカーやタクシーに乗り、自分の目的地にまっすぐ向かうのみだ。

 

「いちいち旅行会社を通さなくても、インターネットで飛行機もホテルも予約は出来る。レンタカーも当日空港カウンターに行けば、大体予約なしでも借りられる。ある程度の英語力さえあれば、自分で全部出来るよ。今更旅行会社を通して、おいしくもないメシ食わされて、行きたくもないお土産店を回されるなんて、馬鹿らしくてやってられないよ」という事になる。

 

完璧なまでの旅行会社離れ。

 

一体何故こうなったのか?それは、日本が二極化してしまった事と、旅行会社が自分たちで旅行業の本来あるべき姿を放棄したからだと言える。

 

日本の旅行会社は元々、一億総中流と呼ばれた中流層を相手にパックツアーを販売してきた。

 

ところが、世間が二極化して格差社会の底辺に落とされた人たちは、生き残るのに一生懸命で、旅行になどお金を使っている余裕はない。

 

そして、幸運にも格差社会の上辺にいる人たちは、団体旅行でお土産屋に行くこと等望んでない。ビジネスクラスでなければ飛行機に乗らない、そういう人たちが増加したのだ。

 

ここまでは世間の変化であるが、もう一つの問題は、旅行会社が自ら抱える構造的な問題だ。

 

旅行とは、形のない「満足」を売る事が仕事である。これを完全に理解している人がどれだけいるだろうか?

 

旅の場合、目に見える基本部品は、アゴ(食事)、アシ(移動)、マクラ(宿)である。ただ、この部品を揃えればそれで終わりというのものではない。

 

一番大事な部品は目前にいるお客様の性格を読み取り、正確で最新なプロとしての情報と、それをどのような形でお客様に「見せる」かである。

 

宿や航空券の手配をするだけなら、これはチケット屋の仕事だ。宿の部屋による景色の違いや機体の情報など必要がない。お客様の指定したものを用意するだけだからだ。お客様が飛行機に乗りたいから切符を代理で購入する。これはチケットやの仕事。

 

僕らは、何故そのお客様がその飛行機に乗りたいのかを考えて、航空会社を選び、航空券の条件を決める。キムチの匂いが嫌いなら大韓航空は駄目だ。英語が苦手で途中乗り継ぎが嫌いなら、高くても日本人スタッフが搭乗している直行便にすべきだ。

 

しかしNZ航空のエコノミーは窓側でも3人掛けである。キャセイ航空の香港−オークランドならエアバス330を使っているから、エコノミーの窓側は二人掛けだから、ハネムーンでも安心して乗れる。ただし香港で6時間ほど待ち時間がある。そのような情報が付加価値と呼ばれ、そこに旅行会社のノウハウとして利益が付加出来るのだ。

 

だから、航空券を売るだけなら何も考えずに、言われた条件で一番安い航空券を用意すればよいし、それはチケット屋のやる仕事だが、旅行屋と言うのは、お客様の旅行目的まで踏み込んで、旅を幸せにするための手配をするのだ。

 

例えばお客様が「温泉に行き露天風呂に入りたいから」と旅行会社に宿を手配依頼する。旅行会社は、言われた通りに露天風呂のある宿を手配する。お客様が帰ってくるといきなり怒り出し、「あの旅館、露天風呂に虫が入ってる!」とクレームになる。

 

よくあることだが、この場合、どこにミスがあったか?それは、プロとしての情報とお客様に説明する技術の不足である。この場合、手配する前に、まずお客様の性格を読み取るのが本来最初に行うべき作業だ。その上で相手の性格に合わせて、

 

1・露天風呂に虫が入らない仕組みになっている宿を探す。

(その時点で実はもう露天ではないが、露天という言葉、つまり名を取り、ゆったりするという実を放棄する)

2・露天風呂に虫が入るのは当然の事だと事前に説明する。

(常識のある人ならこれが一番だが、手配時点できちんと説明するのが肝要、後になって何を言っても無駄)

3・高級ホテルの高層階で都心の夜景を見ながらバスルームを利用した方がずっと気持ちよいと説明して、手配変更する。(お客の目的と性格を理解した上で、露天という名を捨てて、リラックスという実を取る)

4・手配そのものを断る。(これなど今の旅行屋には理解不能だろうが、失敗すると分かっている仕事を請けること自体が自殺行為だ)

 

上記のどれかを選ぶ。言われた事を黙ってやるだけなら機械と同じで、人間なんて必要ない。そしてそういう機械的な処理が、後になってクレームを生み出す。

 

ここで必要なのが、「お客様の言ってること」ではなく、「言いたいこと」を正確に理解して相手に合わせた説明をする能力と正確で最新なプロ情報なのである。

 

そして見せ方。例えば添乗中に綺麗好きな男性客と一緒に露天風呂に入ったとしよう。そこでアクシデント!虫がぴょんと飛び込んできた。さあどうする?

 

すかさず「さすが名湯!虫まで入りたがってるんですね〜!」とやる。これで、怒り出しそうだったお客の気が削がれる。その上で「でもね、今は大事なお客様が入ってるんだ、僕らの後にしてくれよ」と言って、露天風呂の外に出す。

 

同じ状況で、お客と一緒にきゃーきゃー騒いで、旅館の支配人を添乗員と言う看板で呼びつけて怒るなど、愚の愚である。

 

これが「見せ方」だ。相手が問題にしそうな問題を、全く発想を変えて、問題ではなくさせる。そのうち相手も「やられた」事に気づくが、その時はもう気持ちが治まっているので、冷静に考えて、露天風呂であれば虫が飛び込むのは当然と言う事に気づく。

 

同じことでも、どう説明するかで、その反応は全く変わる。これは今までの長い旅行屋生活で身に付いた技術だ。

 

このような事は、以昔の旅行屋なら誰でも知っていて身に付けてきた技術だ。

 

お客様が旅に求めるものは二つある。

 

ひとつは、好奇心の満足である。自分が絵や本から得た情報が、実際にそこに存在しているのかを確認する為=好奇心を満足させる為に旅にでる。だから、ミルフォードサウンドで絶景を楽しんで写真に撮った後、日本でアルバムを整理していると「ここ、何日目に行ったっけ?」と思い出すのが一苦労になる。

 

もうひとつは、旅の語源とも言われているトラブルとの出会いである。今ではトラブルと言えば全面的に悪い響きしかないから、ハプニングと呼んだほうが良いだろうが、要するに「偶然思いがけないものに出会う」である。

 

それは、目の前で大海原に落ちていくアラスカの氷河を見た感激でも良い。「君の名は」で真知子に偶然出会った春樹でも良い。カナダのバンフのロッジで夜中に大鹿が庭の木を齧っていてもよい。男性の皆さんも、旅先のバーで偶然美人に会って話でも出来れば、一生記憶の中に残るだろう。

 

そのような、何らかの思いがけないハプニングが、旅を更に楽しくさせる。何故なら、通常の生活の中ではハプニングなどまず起り得ないからだ。

 

好奇心を満足させ、更に何かを期待させ、旅の終わり、成田に着いた時にふっと旅の終わりを感じて、また日常生活に戻っていく。

 

そういう、日常から非日常、そして日常へと戻る、非日常の部分を演出するのが旅行屋の役目である。

 

そして、そんな旅行を手配してくれる旅行会社は、他社より10%高くても、お客様は必ず買ってくれるし、感謝してくれる。それが付加価値である。

 

お客様を満足させて、より楽しい旅をしてもらう、その為には旅行会社も利益を出さねばならない。優秀なスタッフを揃えようと思えば、それなりの給料を払わねばならない。その為に旅行代金は、他社より高くても、結局はお客様のためなのだ。

 

そんな旅行会社は、お客様の旅行履歴をしっかり把握して、嗜好を熟知して手配するから、お客様からすれば安心して旅行が出来る。それこそが本来の意味での旅行屋なのだ。

 

スーパーに野菜を並べて叩き売りするように「他社より安い航空券!」等と宣伝するんなら、旅行会社と言う看板を外して、「チケット屋です」と正直に正確にお客様に説明してほしい。

 

旅の価値は、時にお金に替えられない思い出を作る。思い出作りを企画するのが旅行屋だ。それが、値段だけでどうこう言うようになれば、そしてお客様に言われるようになれば、それは社会的存在価値がなくなったという事だ。

 

今ニュージーランドが日本人に売れなくなっている理由、それを為替や値段のせいにする旅行屋が多いし、それが一理あるのも分かる。

 

ただ、そんな市場にしてしまったのは、あなた方旅行屋なのだ。お金だけに価値を追及して、付加価値を理解も出来ず付けることも出来ないまま、手を汚さない格好良い仕事と思って働いてきた人々への、市場からの回答なのだ。

 

写真は、ハイストリートから見た昼下がりの景色。

 

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tom_eastwind at 18:28|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年09月03日

男尊女卑と言う時代遅れの麻薬について

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1・坂道をものすごい勢いで、つんのめるように走り下る若者がいる。

 

2・そのすぐ後ろには、同じく髪を振り乱しながら若者の後姿を追いかける若い女性がいる。まるで買い物に行くかのような普段着のままだ。

 

3・走る若者、追いかける女性。その場面は、まるで泥棒と、それを追う被害者の光景を成す。

 

4・と、次の画面では若者が一気に飛びかかり、彼のちょっと先を、すごい勢いで滑り落ちていた乳母車を捉える。

 

間一髪、目の前の大通りに飛び出す寸前に、乳母車は無事に止まり、追いかけてきた母親は、座り込んで半分泣きながら、勇気のある若者に、「本当に、本当に有難う御座いました」と感謝の言葉を伝える。

 

こんな4コマ映画?コマーシャル?何だったか忘れたが、かなり以前に観た記憶がある。

 

何故こんな事を突然思い出したかって言うと、最近もよくあるのだが、大体の場合、人間は全体を見ずに、目先の場面だけで判断することが多いからだ。

 

特に自分に自信がつくような年になり、誰も注意する人がいなくなったような状態のおっさんは、脳内梗塞が発生して、自分のいう事は何でも正しい、すべての事について俺は正しい、それが10年前の知識であろうが、今も正しい、そう思い込むのだ。

 

この「4コマ」で言えば、1の部分だけを見て若者を泥棒扱いして、「だから最近の若者は〜」とかくだんのおっさんは文句を言うのだが、最後の4コマを見た時、この人、どうするんだろうなって思ったりする。

 

最近も、まさに時代錯誤としか思われないようなおっさんが日本からやってきた。

 

まともに書くと長いので簡単に言うと、世の中を支配しているのは男であり、男はどんな状況でも女より偉くて、女っちゅうのは何にも分からずにぶつぶつと文句ばかり言う動物で、男がちゃんと教えてやらないと、すぐに間違ったことをすると、本気で思い込んでいる輩である。

 

まあこんなのは、いっぺん遥洋子のコラムでも読んでもらえばよい。確実に、彼は怒るだろう。もし社会的地位が高いと自分で思い込んでいれば、おそらく直接彼女の事務所に怒鳴り込むか何かするだろう。それでそのまんま、留置場にでも放り込んでもらえば、自分の馬鹿さ加減が理解できる、、、かな、、無理かな。まあいいや、どっちにしても、自分の価値観がすでに時代遅れという事に気づいてもらうだけでもね。

 

僕の会社に女性スタッフが多いのは、採用の際に女性を優先したわけではない。数少なく当社を無事に卒業した男性スタッフの名誉の為に言えば、優秀な男性もたくさんいる。

 

ただ、元々僕らのような業種(所謂旅行業)に置いては、首から下の能力、例えば荷物をたくさん持てるとか、飛行機で上の棚に荷物を上げられるとか、そういった身体的能力は、あまり重要ではない。

 

むしろ、ツアー一本企画するのに、お客様の立場になってどうすればよいかを考え、どの価格ならお得さを感じてくれて、どう売れば買ってくれるかを考えるのは、首から上の、脳みその部分で行われる。

 

だから、自由な発想で自己責任で何かをしようとすれば、何故か結局女性スタッフの方が、本気で腹を括って仕事をする。それに比べて、男性スタッフはすぐに「義理」とか「いや〜、それは筋が〜」とかなる。

 

おいおい、仕事をしているのだよ。義理や筋の話なら、おでんやでさえずりでも食いながら語ってくれ。僕は今ビジネスの話をしているのだ。君の道徳観念や古い日本の習慣を持ち出して、合理的な結論を出すことが出来ないなら、去ってくれ。

 

その結果として女性が多く残っているわけだが、まあこれは、海外に出るという選択をした女性の、自然な結果だと思う。自分が、もっと自分らしく生きようとすれば、リスクを取ってでも行動するだろう。その結果として海外という選択があれば、その先には更に「精神的自立」が出てくる。

 

そういう人は自己責任が理解出来るから、結果的に採用した方としても「残ってもらいたい人材」となる。

 

世の中すべての男性が駄目だと言ってるわけではないし、男性だから駄目、女性だから良いなんて人種差別をするつもりもない。女性でも使えない奴はたくさんいるし、その逆もしかり。

 

ただ今、僕が最近知ったこのおっさん男性が持っているような、ほんっと、どうっしようもない田舎の田吾作の偏見と先入観念に凝り固まった男尊女卑を見ると、異様に腹が立つのだ。

 

そして、そういうどうしようもないおやじが、相手を小娘と見下して馬鹿にしたような、いかにもモノを教えるみたいな態度で話して、そいでもって隙だらけの理論構成なもんだから、そういう「女の子」にぼこぼこに逆襲されて、グーの音も出なくなって、最後に大声で怒鳴るしかなくなるって、そういう猿回しの猿みたいな話を聞くと、爽快な気持ちになる。

 

こういう相手は理論で叩くのも面白いが、もっと面白いのは、1の場面でぎゃーぎゃー吼えさせておき、がちがちに相手の言質取った後に、4の場面を見せてあげて、ど〜んと落とす方法である。

 

何で男なのに、男尊女卑にご立腹?と思う人もいるだろう。確かに男性にとって損ではない観念だし、男尊女卑グループに入って、わいわいと旗を振っておけば、何となく友達も出来ていいじゃん。

 

でも、そうやって楽しめるほど、僕は陽気にはなれないし楽観的にもなれない。

 

現実を無視することが、それが、自分の人生を停滞させて、世の中にマイナス思考をばら撒いて、結果的にすべての人を不幸にするって事に気づいてしまったら、今更そんなわがまま少年団の仲間入り等、出来るわけがない。

 

特に自分自身が子供の頃にいわれのない差別を受けて育ってきた場合、男と女という区分けに安住するよりも、被差別であるという区分けの方が強くなるから、理不尽な差別に対して、どうしても異様に怒りを感じる。

 

これからニュージーランドに来る人たちに忠告しておきたい。この国に住む日本人にも、随分たくさんの男尊女卑論者がいる。そして、そういうのに限って、何も関係ない他人の生活に口出しして、偉そうに指図して、それで正義を司ったような顔をしている。

 

このおっさんにしてもそうだが、おっさんはまだ、年を取っているから仕方ないとも言える。ただ、このおっさんの予備軍みたいな若いのが、どこの街にもいる。

 

クイーンズタウンに行けば、初めて会うような女性を、自分の勝手なスケジュールに合わせて連れまわり、「あんたはやな、今日はこうやってここに行き、夜はこれを食べて、それからこうや〜、それがあんたの幸せなんや」と、自分の貧弱な経験と価値観を押し付ける。

 

クライストチャーチに行けば、あ、これはやめておこう。

 

オークランドに行けば、酒を飲んでは女を馬鹿にする(俺じゃないよ)事で昼間の憂さ晴らしをやっているような連中がごろごろしている。

 

髪の毛を逆立てたちんぴらが、薄い唇をとんがらして、偉そうに町を歩いて女に偉そうに説教しているが、実は家に帰れば、嫁さんのけつに敷かれて、「うん、僕、今日はカレーが食べたいな!」なんてのもある。

 

今日は、何となく怒りモードで書いてしまったので、分からない人にはごめんなさい。ただ、ニュージーランドに来てまで男尊女卑をする連中を、「子供だね」と見逃せるほどに僕は大人ではないので、一気に書きなぐってしまった。

 

僕がお付き合いしているお客様の中には、百獣の王のような女性もいる。次に男尊女卑ボーイズを見つけたら、彼女と一緒に食事をしてみよう。キングが男性向けだけの呼び名でなく、力のある者への呼称だという事に、彼らは早晩気づくだろう。

 

写真の車、拡大してみたら、面白いですよ。

 

 

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tom_eastwind at 18:41|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2007年09月01日

会議中の電話

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「こら〜!会議中に電話を取り次ぐなと言っただろうが!」

 

一昔前の会議では、会議中の電話取次ぎなんてなかった。そんな事すると必ず出てくる理論が、「今ここで10人で会議をしている。君が電話を取って他の話を1分すれば、ここに集まった僕ら10人の1分だから、合計で10分の損失を出したことになる。この10分の損失と君の電話の緊急性は、どちらが重いと考える?」だ。

 

僕としては、こういう連帯損失ってのは連帯責任と同じくらい好きじゃない言葉だが、言ってること自体は間違いではないと思う。

 

会議とは皆が会って議論をする場なのだから、そこで決めたことは全員に責任と権利が発生するわけで、それなりに皆が時間の都合をつけて集まっている場所なのに、そんなところで自分のケータイが鳴ったからって、今この時間にこの場所で取らんといかんのか?

 

これは何も日本人に限ったことではない。キーウィ、アジア人も同じように、ビジネスをしている最中に、ケータイが鳴ったら普通に取ってる。

 

まあビジネスマンでなければ、例えば家庭の主婦の自宅に上がりこんで住宅の修理の打ち合わせをやっている時に、子供の学校からの電話とかがかかってくれば、「あら、ちょっとごめんなさい、子供からみたい」そりゃ奥さん、電話を取るだろうし、打ち合わせはその後でも継続出来るからよいとは思う。

 

ただ、普通にビジネスマン同士が前日に時間を決めて議題を決めて会う時間を作って場所を設定して、いざその時間になって会議が始まると、ケータイが鳴って、「あ、もしもし、何?」となると、こりゃどういうことよとなる。

 

これじゃあ会議をしているこちらも白けるわな。ほんとに会議をしたいのか?忙しいならこの時間にアポ入れなきゃいいのに、何でそのケータイ、自分の机に置いておかないの?と思う。

 

最近のケータイは、かかってきた相手を着信音で分けることが出来る。だから、かかってきた電話に緊急性があるかどうかって、ある程度見当はつく。また本当に「親が死んだ」とかの緊急であれば、ケータイに出ない場合でもオフィスに電話がかかるだろう。

 

一度だけ、キーウィの中年女性を入れた3人くらいでミーティングやってた時に、彼女のケータイが鳴った。彼女は「ちょっとごめん」と席を立ち、隣にいたキーウィ男性は、ちょっと鼻白む顔色になった。俺と同じ派閥だなと思ってたら、彼女30秒後に戻ってきて、「皆さん、申し訳ないのですが、ちょっとここで失礼させて頂きます」と礼儀正しく言って書類をまとめ始めた。

 

隣にいたキーウィが不審そうに「おいおい、どうしたんだよ?」と聞くと、彼女、申し訳なさそうに、「すみません、実は父親が入院してて、様態が悪くなったみたいで、どうも死にそうなんです」って。

 

だったら書類をほっといてでも、すぐ行けよっていう、本当の緊急事態があった。

 

緊急のための連絡なら必要だし、仕事や会議よりも大事なものは世の中にいくらでもある。しかし、ケータイにわざわざ電話しなきゃいけないような緊急性の高い用件が、一日何件もあるかい?

 

そこでふと思った。僕の電話に対する基本認識が間違っているんじゃないか?

 

本来なら必要ないことまで、わざわざケータイにかけるってか、この「わざわざ」がすでに「わざわざ」ではなくなってしまい、昔のケータイ電話が持っていた本来目的である「緊急時の連絡」というのがすっかり「本来目的」ではなくなり、通信手段の一種のユビキタスとして変化したのだと思う。

 

いつでもどこでも誰とでも、話も出来るしニュースも読めるし写真も撮れるし友達にメッセージも送れるし音楽も聴けるしお金も払えるし目覚まし時計になるし予定表も書けるし住所録にもなるし、えーと、他に何があったかなとケータイ取り出して機能ボタンを押すと、ストップウォッチに世界時計に計算機にカウントダウンに青い歯?

 

まったくこれじゃ、日常生活に必要なすべてがケータイ機能に収まっているのに、はたと気づいた。

 

今頃気づくなよ、おまえんとこ、ケータイレンタル何年やってんだと言われそうだ。

 

携帯電話は、最初はトランシーバー会社であったモトローラ社によって、1980年代に開発、実用化された。モトローラ社が最初に作ったケータイの重さは約8kg。

 

僕が生まれて初めてケータイ電話を持つようになったのは、1991年の香港からである。本当に大型のトランシーバーみたいで、重さ5kgはあった。長さも20cmくらいあり、警察が使う大型の懐中電灯を太くした感じだった。

 

おまけにバッテリーが、待ち受けだけで10時間も持たない。だから自宅と会社に充電器、そして常に予備のバッテリーを持ち歩くことになるから、常に肩掛け式のストラップを付けていたくらいだ。

 

そんなもん持たされたのは、僕が当時の香港日通旅行社員で一番新参であり、日本から来た駐在員よりはちょびっとだけ英語と広東語が出来たので、香港滞在中のお客様に何かあった時の緊急連絡先として「一番ふさわしい」という、要するに、重くて面倒で、おまけに香港あたりに当時やってくる、それも夜中に電話をかけてくるような問題に、いちいち日本から来た駐在員がやってられっかよというのが理由だった。

 

香港でも当時はケータイを持っている連中ってのは、何か訳ありって感じだった。携帯電話の事を当時は大可帯?だったっけな、要するにやくざ用語の「兄貴の持ち物」って呼ばれてたくらいだ。

 

それが通信の自由化で、日本では電信電話公社だかNTTだか忘れたが、それまでのケータイの「お上からの貸し出し」から売り切りになって、爆発的に広がった。それから十数年、すでにケータイは日常生活の中に普通に入ってきた。

 

だから、最近では会議に紙と鉛筆を持ち込む感覚でケータイを持ち込んでくるようになったのだろう。

 

そりゃそうだ、会議中に計算したりボイスメモを取ったり予定を確認する為には、ケータイは必要なのだ。

 

ただ、その結果として、何だか他人とのコミュニケーションの取り方を忘れた、てか、生まれた時からケータイ世代なので、最初からコミュニケーションの取り方を知らないって人種が増えたのではないだろうか。

 

なるほど。じゃ今度から会議もケータイでやりますかって気になるような時代の変化だが、しかしやはりケータイの機能が発達するって事と、会議中はケータイは取らないって言う、会議本来の機能を重視するし、他人への気遣いも考えるってのは、矛盾するものではないと思う。

 

打ち合わせの最中に電話がかかってきたら、ほっときゃいいさ。緊急ならまたかかってくるし、メッセージを送ることも出来るし、留守番録音もある。ケータイは発達しているのだ。

 

結局ケータイの発達ってのに振り回された連中が、コミュニケーションの本来の意味を忘れて、会議中でも他人を無視してケータイを取るなんて本末転倒な事態を招いているんではないか?

 

ケータイは、人を幸せにする為に作られた機械だ。それが鳴こうと喚こうと、取りたくない時は取らない、取っちゃいけない時は取らない、そういう、人間同士の間で生きる為の知恵を忘れてはいかんだろう。

 

それとも彼ら、実は僕との会議がめんどくさくてケータイ取ってるんかな?次回、誰かが会議中にケータイ取ったら、それとなく聞いてみよう。

 

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tom_eastwind at 10:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌