2007年10月

2007年10月30日

28days later & 28 weeks later

先週観たのが28weeksLater

今日観たのが28daysLater

先週VideoEasyで見かけて、「走るゾンビー」と言う新しい概念に興味を持ってみた。

ところが、これが結構出来が良い。

ちょっと調べてみると、前作があり、それは28daysLaterとの事。

ロンドンを舞台にしたゾンビーものだが、政府っちゅうか市役所の協力で、随分よくロケできてる。

早速先週amazonに注文すると、なんと、今日到着。はっや〜。注文してから一週間かかってない。

感想は、ゆっくり考えてから。どうも、28daysLaterについての一般的な評価と僕が感じる評価に「ずれ」があるようだ。

元々はロメロ作品なので、う〜ん、第一作である28daysLaterの評価者はSFファンでないのでは?と思ったりする。マジメッツか、左翼?

SFの真髄を知ってれば、色んな評価の出来る、つか、するべき作品なのに、たった一つの視線からしか見てない気がするな〜。

監督が目指した方向性は、そういう評価者と一致しているかもしれんが、出来上がった作品は決してそうではない。

う〜ん、どう言えばよいのか。。。

このあたり、専門のカタでないと意味不明と思うが、8歳の頃からキムボールキニソンシリーズを文庫本で読んでた人種で、世間的にオタク以上のキチガイと呼ばれてた時代からのSFファンには、どうも少しずれを感じるのだ。

いやいや、作品としては評価を受けるのは分かる。ただ、ナンなのか、これは一晩考えないと、なんとも答が出せない。

今晩はおそらく、仕事並みに考え込んでしまうな。

明日、起きれるかな〜。こうなると、りょうま君以上の偏執凶なので、自分で自分が怖い。

とりあえず仕事優先って事寝床にもぐりこみはするが、おそらく今晩は、このネタで寝れないだろうな。予想睡眠時間⇒3

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28日後... (特別編) ボーナス・エディション

28weeksLaterは、まだamazonで出てないようだ。検索しても引っ掛からなかった。

 



tom_eastwind at 18:43|PermalinkComments(1)TrackBack(0)最近観た映画 

2007年10月29日

「いつまでもデブと思うなよ」

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「いつまでもデブと思うなよ」

岡田斗司夫(おかだとしお)作

 

最近の日本のダイエット本の中で大当たりしている。

 

13ヶ月で117kgから67kgに減量した作者は、現在50歳。大阪芸術大学の客員教授を務めているが、作家、オタク文化の評論家が本業のようだ。

 

まだこの本は読んでないが、日経ビジネスの「本・著者に聞く」コーナーでのインタビューが興味深い。

 

本文を読んでないので、本の体裁、内容、書き方などはコメント出来ないが、作者がインタビューの中で語っているのが面白い。

 

「日本の社会は見た目重視」

作者:やせたらいいことあるのに、太っている人はそのことに気づいてない。〜中略〜自分の例では、やせたら高校生の娘がなついてくれて「一緒に歩こう」と言ってくれた。

 

俺(やせるだけでは駄目なのだが。性格の悪さやどんくささ、他人の気持ちが分からないなども一緒に歩いてくれない理由になる。まあ、太っている人が諦めてた多くのものが取り返せて、同じスタート地点に立てるのは事実だ。その後それを無くすかどうかは本人次第)

 

「ダイエットは人生の中でも最も効率的な投資だと思います」

作者:医療費がかからなくなるし、衣料費も抑えられるでしょう。100万円使って世界旅行しても、思い出しか残らない。しかし、ダイエットをすれば経験や達成感の他に、やせた自分の体が残ります。

 

俺(これって、飲み代と全く同じ理屈。とくに俺なんて、飲んでも、思いでも記憶も残ってない・・・翌日、二日酔いの体だけが残ります)

 

やせる方法を少しふれている。本文を読んでないので具体的にどういう方法か分からないが、レコーディングダイエットという方法を取っているとの事。

 

食事の内容をすべてメモにする事。

作者:太り気味の人は「他の人と同じものを食べているのに自分だけが太る」と嘆くことが多い。ところが、実際には様々なものを食べて、無意識のうちに太る努力をしているのです。太る努力さえ止める事が出来れば、運動とか1つのものだけを食べ続けるなどという難しい方法に頼らなくても、自然とやせるはずです。

 

俺(そう、思い込みが誰にでもある。自分で正しいと思うことをしていても、実はそれが間違いって事が、よくある。どうでも良い事は他人と比較するが、肝心な事は比較しないのだ)

 

食事に関しては、僕はとくにこれと言ったダイエットをしていない。普通に食べないだけだ。お腹が空けば食べるし、空いてなければ一食でも二食でも抜く。あえて言えば、夜6時以降は米を食わない、くらいかな。

 

日本にいる頃は福岡で夜中に豚骨ラーメンをしょっちゅう食ってたが、その代わり翌朝は何も食べてなかった。

 

最近は、朝は普通におわん一杯程度のご飯は食べる。お昼は山水でしっかりと日替わり定食をがっつり食ってる。その分、夜は酒の肴程度で、夜9時以降には、固形のものは、つまみも含んで殆ど一切何も口にしない。水分一筋、である。

 

記録をつけなくても、自分の体の重さで、今は食べたほうが良いかどうかは分かる。だから、スキーをした夜等は、結構しっかり食べるが、翌朝体が重くなることはない。

 

運動したぶん、体が栄養補給を要求しているから、必要な筋肉を維持する為に丁度良いバランスで消化されているのだ。

 

以前も書いたが、僕は12時だからお昼ご飯を食べると言う習慣はない。お腹が空いたから食べるのだと言う考え方を、小学校5年生くらいの頃から意識して実践していた。勿論弁当の時間以外に授業中に弁当は食えないので、午後の授業の合間にさっと飯を駆け込むという事も、よくあった。

 

記録とかレコーディングダイエットとか横文字を並べなくても、自分の体に正直に従っていれば、それほど無駄なお肉を体にまとうこともないのではないか?そう思いながらこのインタビューを読んだ。

 

写真は西郷隆盛。誰も彼の事をデブと呼ばない。それは、体格以上に大事なものがあると、実は誰でも知っているからだ。見た目重視は平均的な日本人に適用されるが、偉大な人は、体が偉大でもOKなのだ。

 

そう言えば石原東京都知事は、王貞治監督を「三国人」と呼ぶのだろうか?少し興味がある。

 

たぶん彼は言うだろう、「国籍がどうとか出生地がどことかの言い訳よりも、むしろ実質的に彼が日本人としてどれだけ日本に貢献したかがポイントだと思う」と。

 

だから本来デブであるという事は、実は人生においてはあまり大きな問題ではない。あくまでも、日常生活のお笑いの中で捉えるべき問題であり、それでその人の人格自体をどうこう言う必要はない。

 

ただ、口では「やせたい」と言いながら、やってることがその反対であれば、これは十分に反省すべきだろう。

 

それは、デブかやせてるかは問題ではなくなり、言ってる事とやってる事が違うという、全然違う次元の問題になるからだ。

 

もいっこ追加しておけば、ヨガダイエットというのがあるけど、ヨガは元々積極的に自分と戦い自分を制御して、何故生きるのかまで含めてしっかりと自分を見つめるという作業の中で、結果的に「ダイエットもある」だけで、ダイエットが目的だけでヨガをやるというのは、本末転倒であろう。

 

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tom_eastwind at 16:01|PermalinkComments(1)TrackBack(0)最近読んだ本  

2007年10月28日

Platoon

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Platoon

 

日曜の夜、家族で観る。この映画については、インターネットで検索すれば山ほど出てくるので、どうこういう事はない。子供たちに、昔ベトナムで何があったか、それを知ってもらえばと思うのみ。

 

 

 

トム・ベレンジャー:一応主人公の一人なのだが、デフォーの演技がうますぎて、すっかり食われてしまった。でも、「スナイパー」など、実力は非常に高い。

 

ウィリアム・デフォー:たぶん、ロバート・デ・ニーロまではいかないけど、その次にはこれるクラスの俳優。最近はあんまり見ないな。

 

チャーリー・シーン:人によってはお笑いのイメージがあるけど、この映画では真面目な役をこなしてた。

 

僕の好きな監督としては、

 

オリバーストーン「いっぱいある」、リドリースコット「エイリアン」、マイケルチミノ「天国の門」

 

である。

 

考えてみると、1980年代に映画に触れることが出来た僕は、とても幸せではないかと思う。あの頃、次々と出てくる名作、大作を、出来たその場で味わっていたのだから。

 

プラトーン。1968年のベトナム。米国が初めて負けた戦争。1945年の第二次大戦では大勝利、1951年の朝鮮戦争では引き分けで、1973年のベトナムで大負けした。5万人の死者を出した、何の大義もない戦争。

 

40年経ち、今のベトナムではコーラも飲めるしナイキの靴が作られている。戦争って、一体何だろう?一体、誰が何の為に死んだのだろう?

 

最後の場面を観てて気づいたけど、この映画、若き日のジョニーデップが出てたんだ、今日まで知らなかった。それにしても、顔が、違うな。男って、年取らないと使いもんにならんのか。

 

写真は沢田教一の「泥まみれの死」。たぶん日本よりも外国で有名な、てか、有名だった、てか、やっぱり、今も有名だと思う世界的なカメラマン。

 

1970年、カンボジアの田舎道で、34歳で銃撃を受けて死亡。

 

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tom_eastwind at 19:07|PermalinkComments(0)TrackBack(1)最近観た映画 

2007年10月27日

Letters from Iwojima

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Letters from Iwojima

 

土曜日は「硫黄島からの手紙」を家族で観る。

 

やっぱ、中村獅童はいいわ。かっこいい。戦艦大和からこの映画まで、彼はいいわ。

 

具体的にどうこうと言うのは専門家に任せて、渡辺ケンと中村のペア、映画をぎゅっと引き締めている。

 

クリントイーストウッドが監督をすると駄作になるってのが僕のイメージだったが、これは良く出来てる。

 

第一作「父親たちの星条旗」も、ほ〜、君はチャールトンヘストンを嫌いなのかと思わせる内容だったが、う〜ん、まだ読めん。

 

ただ、家族にとってはこの作品、日本軍の一面を見せてくれてよかった。僕の父親が戦争に参加して、その戦争ってのがこんなもんだよって説明するのに、百の言葉よりも一枚のスティール画像の方が、よほど説明力がある。

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tom_eastwind at 22:48|PermalinkComments(1)TrackBack(0)最近観た映画 

2007年10月26日

みゆきの友達 "You've got a friend"

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今日は、子供の留学の下見ご家族と、本渡航のご夫婦を迎える。

 

二組とも、到着したばかりと言うのにとても元気で、がんがんあちこち見て回り行動してた。

 

移住ってのは、要するに引越しだ。引越し先の情報が少なくて困ってる人や、引越しできるかどうか分からない人に、正確で最新な情報を提供するのが僕らの仕事。

 

仕事が終り夕方家に帰ると、みゆきの同級生が遊びに来てた。今日はなんちゃらパーティで、ウエストレイクスボーイズスクールで色んな映画を観るそうだ。

 

友達は両親が日本人だけど、こっちには小学生の時に来てて、みゆきとはフリーマンズベイ小学校の頃の同級生。

 

みゆきはそれから香港に行ったが、彼女はそのままこちらの学校で勉強したので、英語は完璧にネイティブ。そこに、日本語が混ざってしゃべるのだが、みゆきと違ってかなりシャープな日本語。やはり両親が日本人なせいか、TPOを間違うことなく、迷うことなく日本語をぽんぽん出してくる。

 

みゆきのばあいは、日本語は彼女と同じくらい出来るが、日本に住んだとこもないしどしてもTPOの問題で、「これで委員会?」って迷いがあるから、やはり語彙よりもTPOの難しさに悩んでいるのが分かる。

 

夜の7時から始まるなんちゃらナイトに備えて、二人で色んな舞台衣装を選んでる。これって一体どんなパーティじゃ?とか思いながら、でも夜遅くなるよなと思い、「夕食どうするの?」とみゆきに聞くと、全くNOアイデア。

 

すでに時計の針は6時を過ぎてたので、ご飯を炊く時間はない。貯蔵しておいた豚骨スープに、ありあわせの薄切り豚肉、かまぼこ、もやし、キャベツを加えて、さっとちゃんぽんを作る。

 

友達君に「ね〜、ちゃんぽんって知ってる?」と聞くと、きれいな日本語で、「うん!知ってる、ちゃんぽん、大好き!」と、はきはきした答が返ってきた。

 

17歳の娘二人が、舞台衣装のままちゃんぽんを食べるのも、それはそれなりに可愛い。やっぱ、どれだけ化粧して綺麗な服を着ても、子供は子供だ。

 

僕の手作りちゃんぽんを、二人はキッチンカウンターに座ってつるつると食べ始まる。二人の間に置いた胡椒が随分と活躍している。

 

友達君とみゆきが、「ね〜、私たちって何人かな〜?」って、明るく話している。「たぶん、アジア人でいいんじゃないの〜」って、みゆきが答えている。

 

その会話は、英語が70%で日本語が30%。でも、二人ともバイリンガルなので、お互いに、表現したい気持ちに一番近い言葉を選んでる、その選択肢が日本語か英語かってだけ。

 

だって彼らは今生きてるんだし、国籍がどこであろうが、使っている言葉が何だろうが、生きていたいと言う気持ちがある。

 

やっぱり思った。生きる気力を持たせること。これが、親が子供に教える、一番大事なことじゃないかな。

 

「ご馳走様〜!」元気な声で友達君が礼儀正しく声をかけてくれる。

 

やっぱり日本人っていいな、そんな、ちょいとした幸せを、彼女のたった一言で感じた今日だった。

 

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tom_eastwind at 00:38|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月25日

Keiko Lee, Voicesと煩わしさについて

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JAZZのスタンダードナンバーを、ヘッドフォンをしながら聴く。歌ってるのはkeikoLeeImagineとか Don’t Explain とかが好きだ。勿論他の曲もとても良い。

 

ここでリンクかけたのはかなり雑な写真だが、歌を聴いてもらえば実力が分かる。

 

前世紀から歌い続けてるジャズシンガーだが、声に重みがあり、特に低音で引っ張った後に、高音に伸ばしていくのが滑らかで、実にうまい。

 

ジャニスジョプリンのようなシャウト系も好きだが、一晩に何度も聴くには、ちょい疲れる。仕事のBGMに人の声が入ってるのは苦手と言う人も多いが、僕はJAZZであれば声がある方が好きだ。コレトレーンなんて聴いてるとそちらに意識が行ってしまうので、かえって苦手。

 

KeikoLeeの商業的な成功と言えば We will Rock youだとの事。2001年の日産の車の宣伝で使われて当たったらしい。僕自身は日産の宣伝は知らないが、今回買ったCD、「voice’s」にも入ってる。

 

何故か分からないが、このイントロを聴くと、Grand Funk Railroad We are the American bandのイントロを思い出す。

 

実に低音の、まさに楽器にも負けない声で、ここ1ヶ月は、夜静かに仕事をする時には、ほぼ毎晩聴いている。

 

元々は名古屋でピアノを弾いてて、そのうちボーカルに転向したと言うのだが、この声の深みが、やっぱり最高の楽器は人の声と思わせる。良い。

 

ちなみに僕の仕事机はキッチンの真横、子供のテレビから5mしか離れてなくて、そのテレビは居間のど真ん中なので、皆が起きている間は、ほぼ仕事にならない。仕事がはかどるのは、どうしても10時過ぎと言うことになる。

 

とは言っても、今日ヘッドフォンを使って夕食の時間からKeikoLeeを聴いてる理由は、ちょいと違う。実はふてくされているのだ。

 

「汚い」と言う概念について、先ほど家の中で一方的に喧嘩したからだ。

 

普段の夕食は僕が材料を買ってきて、大体の場合僕が料理を週に5回くらいするのだが、ちょうど今日に限って、ダイニングテーブルにクロスがかかってない。洗濯の最中で、予備のクロスを掛けてなかったのだ。

 

普通、家族で食事をする時は、出来る範囲で仕事を分担すべきだと思う僕は、料理全般を担当して、更に皿洗いは綺麗好きな僕の仕事なので勿論適材適所、喜んでやるが、テーブルクロスやお箸をテーブルに並べて箸置きに載せるのはみゆきや奥さんやりょうま君の仕事と思ってる。

 

料理は出来たし、鍋を手に持ちながら、ささどうしよと思ってると、奥さんとみゆきが居間のコーヒーテーブルを片付け始めた。

 

ところが、居間のコーヒーテーブルの周辺はりょうま君のおもちゃやプラモデルやガンダムが、周囲からの侵入を阻むようなバリケードを作っており、特にここ2日はりょうま君がソファとコーヒーテーブルの間に毛布と枕を詰め込んで「砦」を作っているので、片付けるのが大変だ。

 

なるほど、大型スクリーンで映画を観ながら食事狙いか。でもそこには、昨日の夜からりょうま君が作ったおもちゃの砦があり、そう簡単に壊せない。

 

だったら最初からダイニングテーブルにクロスをかければいいじゃんか。そのほうが余程時間がかからない。ところが彼らは、りょうま君のおもちゃを片付けながら、要するに端っこに押し込むだけの作業をしている。

 

これがどうも頭にくる。これは理性でも説明出来るものでもなく、日本に生まれ育って普通に家庭教育を受けた人間として感じる怒りだ。

 

部屋を綺麗にするとか、モノをきちんとあるべきところに整理するってのは、どうも日本人の特徴かもしれないが、四角い場所にあるものをマルクしても、結局食後はまた元の状態に戻ってしまう。

 

だから、片付けるにはきちんと器を用意して、いつも遊び終わったらそこに戻すとか、すべてを元の状態に戻した時点できれいになるようなセッティングが大事だ。なのに、どうしてもここのところがうちの家族には理解出来ないらしい。

 

うちの奥さんの子供の頃のあだ名が「梅菜(ムイチョイ)」である。今でも同級生には、時々そう呼ばれている。

 

梅菜とは、豚肉の三枚バラの厚切りとキャベツだったかな、野菜のざく切りを交互に並べて食べさせる料理である。

 

その、豚肉と野菜が順々に並んでいるのが、うちの奥さんが書類でも服でも何でも、とにかくそこに積み重ねるだけで片付けようとしないのに良く似ているからだ。

 

て〜ことは、彼女は子供の頃から梅菜(むいちょい)で、大人になった今も、勿論「梅菜女王」で、全然片づけをしようとしない。一ヶ月に一回くらい、発狂したように全部片付けるのだが、それも二日で元の木阿弥、また梅菜状態に戻ってしまう。

 

「いい加減にしろ!何で片付けないんだ!いつも同じ事を言ってるのに、なんでわからないの!」

 

本来はテーブルクロスの話なのだが、瞬間湯沸かし器の僕は、目の前で片づけをしている彼らを見て、突然頭に来た。

 

毎日片づけをしていればコーヒーテーブルで床に座っても食えるし、ダイニングテーブルにきちんとクロスをかけてればテーブルでも食えるのに、結局何もしない。使いっぱなし、乱れっぱなしなのだ。

 

そういうのが一気にまとめて頭にきて、結局「が〜!」って文句を言ったのだ。

 

ところがうちの家族はそんな事を言われ慣れてるから、「またお父さんの、異常な日本人の綺麗好き病がでてきた〜」くらいにしか思わない。

 

汚いとは何ぞや?日本人と中国人の価値観の違い、とかではなく、彼女と僕の価値観の違いなのだ。僕からすればみっともない、汚いと思うことでも、彼女から見ればそう感じない。実際、世間様から見ればうちはそれほど汚くないだけに、彼女からすれば標準の中国人よりは随分きれいだと思っているのだろう。

 

きれいには限界がないし、突き詰めていけば今の日本のように、異常なまでのきれい好きという人種に行き着くのだろうが、そんな事をやったら人間の体がストレスで持たないか、経済的に破綻してしまう。

 

お互いの民族代表として喧嘩をする際は理性で戦うが、「汚い」と言うのは観念、抽象的な違いなので、どうもお互いに歩み寄りが難しい。その結果、僕は椅子にふてくされて座り、奥さんは何もなかったかのように子供たちとテレビを見ながら笑うという結果になるのだ。

 

結局、これを、きちんと教えることが教育であり、単なる怒りの発散との違いだろう。ちっちゃい事を毎日きちんと注意してれば、ある日突然怒鳴る必要もないのに、普段が「なあなあ」で我慢していて、きちんと趣旨を伝えて実行させないから、何かあった時に過去のデータがまとめて「が〜!」っと出るわけだ。

 

そういう事も頭では分かっているのだが、どうも今日は昼頃から色んなことがうまく歯車が噛まずに、段々腹が立ってきた僕は、テーブルの準備をする彼らを無視して自分のテリトリー(狭い、机一個に椅子一個)に戻って、ヘッドフォンに水割りグラスという、ふてくれ作戦に出たのだ。

 

ナンだよお前らさ、やることやれよ。遊んだら片付ける、それって基本じゃない?大体、親が片付けもせずに子供に片付けしろなんて、出来るわけないじゃん、子供が悪いのは親の責任!父親は片付けdaisuki掃除daisukiなのに子供が片付け出来ないのは、奥さん、あんたの責任じゃ〜!

 

大体お父さんは召使じゃないんだから、食事の時間は分かってるんだし、何で家族なら一緒に準備しないのか〜!

 

テーブルの料理を取ってから机に戻り、もくもくと飲みながら食う。つまりお前らのいう事なんか耳に入らんぞとやってたら、そのうち彼ら、三々五々おしゃべりしながら、何事もなかったかのように食後のオレンジを食い始める。

 

う〜む、完璧に無視されてるな、俺の抵抗。

 

まあ、喧嘩と言っても僕一人対奥さん+みゆきなので勝ち目はなく、結局無視されて食事は終わったが、こちらは腹が立つので、ヘッドフォン作戦継続。

 

汚いってのは視点の問題であり、他の中国人の平均的家庭に比べれば、うちがかなりまともなのは理解している。

 

でもさ、日本人としては、やはり綺麗の基準は子供の頃に学んだ清潔さであって、その為には、床に靴下が落ちて、洗濯物が散らかってれば、もう失格。ましてや段取りも出来ないままに料理だけ作って、置くところないなんて、さいて〜!

 

それでもKeikoLeeの音楽は心地よく、少しずつ心が伸びやかになっていく。

 

ふ〜。国際結婚って、やること多いな。自分の修行には良いけれど、そうでなくて愛だけを追求するなら、たぶん8割の確率で、止めたほうがいいよって思う夜だった。

 

もう少し飲んでいたいなって思いが出始めた真夜中12時過ぎ。

 

音楽も最高に気持ちよい。

 

あ、でも、明日も6時に起きて子供たちのお弁当作んなくちゃ。ねよっと。

 

写真はQueenのミュージカル、KeikoLee の歌にもなってる、We will Rock you  もうすぐシビックシアターで始まります。

 

Voices

 

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tom_eastwind at 00:59|PermalinkComments(1)TrackBack(1)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月24日

プライベート

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ニュージーランドの電話では、発信元がこちらの携帯電話に登録されてないとか番号表示拒否をしていると、Privateと表示される。日本からだと、0000と表示されることもある。

 

自分の名刺に携帯電話番号とメールアドレスを掲載して公開しており、番号はほぼ8年近く同じなので、おそらくいろんな名簿業者に登録されているのだろう。

 

とにかく、あちこちから電話がかかる。電話に出ると、そのうちほぼ99%は何かの勧誘だ。

 

「シンガポールから電話してるんですけど、株買いませんか?」とか「やあ、僕はニュージーランド警察ギルド団体のものだけど、寄付をお願い出来ないか?」とか。

 

これじゃまるで、ひとん家にいきなり上がりこんで軒に腰を下ろして「兄ちゃん、これ、買って〜な」とやってるようなものだ。

 

実際にうちの会社では結構ローカル団体に寄付をしている。ただ、直接僕の携帯電話にかけられても、いちいち対応することも出来ない。

 

きちんと手紙でもらえれば、対応の部署で処理して適宜寄付するのだが、「あいつはちょろいぞリスト」に載っているのかどうか、何故か直接かかってくる。

 

だもんで、最近は、Private表示の電話には出ないようにしている。電話を取ってその対応をする時間が僕にとっては全くの損失だからだ。

 

僕の仕事では、全く知らないお客様が新規で僕の携帯電話に飛び込みで連絡を入れることは、まずない。大体そういうお客様の場合は、僕の携帯電話に名前が登録されている。

 

僕のやり取りの基本は、メールである。返答もメールが殆どだ。後になって言った言わないの話になった時に、お互い嫌な気持ちになるからだ。

 

「だってさ、お母さんに、知らない人に声かけられても相手しちゃ駄目よって言われたんだもん」てな感じ。

 

それにニュージーランドは狭い。僕に連絡を取ろうと思えば、僕の携帯電話にかけなくても、知り合いを通じてとか会社の連絡網を通じてとか、いくらでもルートはある。

 

いつも思うしいつも書いてる事だが、電話ってのは、例えば自宅で寛いでいる時にかかると、それは電気的に僕の家に上がりこんで居間に座りこまれるようなもので、完璧にプライベートの侵害である。君は僕のプライベートの時間を壊すだけの立場の人か?それほど緊急の用件か?

 

僕にとっての携帯電話とは、緊急で発信するものというイメージを持っている。だから、緊急でもないのに、僕がどこにいるのかも知らないのに携帯電話にかけてくるって、それってOKか?

 

ただ、僕のように携帯電話を取らない人間を嫌う人もいる。てか、結構多い。彼らは自分が携帯生活をしているから、相手も携帯生活をしているのだ、だから電話を取らないなんてあり得ないと思い込んでるのだ。

 

今の時代、老若男女が携帯を持つようになった世界では、僕等の存在はかなりの少数派だろう。

 

色んな考えがあるだろうが、携帯電話社会になっても、自分がいつも携帯を使うからと言って、使わない僕のような人間を異端視はしないで欲しい。僕は知らない人からの携帯電話を取らないリスクも不利益も理解して、それでも取らない方が自分の心の為に良いと考えているだけなのだ。

 

まるで昭和のタバコ全盛時代に僕だけがタバコを吸わずに麻雀してた時のようなものだ。いずれ携帯電話も、マナーと言うものが定着していくと思うのだが。

 

タバコは結局僕らが社会人デビューして禁煙がメジャーになるまで30年近くかかった。ケータイのマナー定着にはどれくらいかかるんだろうね。

 

写真は、先週金曜の夜のDonkeyです。カラオケがあって日本人ジモティが集まる気軽なお店。値段も手頃で遊べますよ。

 

 

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tom_eastwind at 00:15|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月23日

The eye of Judgment

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先週末からLabour Weekendで、りょうま君を連れて子供の集まる玩具屋とかモールで遊び、最終日の月曜日は、みゆきに教えられてアオテアセンターで開催されている Armageddon Expoに行ってきた。

 

昭和の時代は子供の遊び場は広場とかでチャンバラとか野球だったが、今はモールやゲームセンターが中心だ。僕が10歳くらいの頃までは公園だったが、その後インベーダーが出てきて遊び方が変わった。

 

丁度僕らが高校生になるくらいの頃は、高校生らしい遊びにゲームと言う要素が入り込んで、それ以降の生活スタイルがすっかり変わったという気がする。全共闘で戦ってた「団塊世代」の後に出てきた「しらけ世代」だが、でも「新人類」ではないと言う微妙な少数民族だった事を覚えている。

 

ただまあ変わらないのは、今の子供も家に帰ってくると即座にランドセルをポーンと玄関に放り出して遊び始めることだろう。玄関に靴は脱ぎっぱなし、居間に向かう途中の廊下に靴下が散乱し、次にジャケットが落ちてて、その先にはテレビの前に座り込んだりょうま君がいる。

 

このアルマゲドンエキスポは、今ニュージーランドで販売されている子供向けの様々な商品を取り揃えた展示即売会だ。

 

アオテアセンターを全部貸しきってのお祭りは、12時頃に行くと、何と入場までに15分ほどの行列!おまけに行列を整理する係員まで出てきてて、いやいや、このニュージーランドで行列を見るなんて、ミルフォードサウンドの観光船に乗る時以来ではないか?と思ったり。

 

お客の50%くらいはりょうま君くらいの子供で、25%くらいは図体だけがでかい、脳みそはりょうま君なみのキーウィの十代後半で、後の25%は子供を連れてきているものの、自分の方が舞い上がってる永遠の男の子だ。昔のニュージーランドじゃあ、こんなのあり得なかったから気持ちは分かるけど、、、おいおいおっさん、子供を押しのけて自分が前に出るんじゃねえよ。

 

ロードオブザリングスの関連商品?一応刃は潰してあるものの、かなり本物なナイフや刀剣、斧などが子供の前に平然と陳列されてて、「触るな!」とは書いてるものの、ちっちゃな子には触らずにはいられない、かなり苦痛な商品がずらり。

 

女の子向けの日本の漫画やアニメコーナー、テレビゲームの大バーゲンコーナー等を見て回ってると、ちょっと面白そうな、人だかりのすごいブースがあったのでりょうま君と一緒に覗いてみた。

 

すると、そこにあるのはソニーのブースで、最新のゲームである The eye of Judgmentのデモ版試用コーナーだった。

 

遊戯王が世界で大人気だし、怪獣と戦うロールプレイングゲームも人気の中で、その両方を組み合わせたようなこのゲーム、5分もすればルールが分かるので、子供たちがすぐ馴染めて遊べる。

 

wiiがPS3を完璧に攻略した理由は「誰でも遊べる、忙しい大人でも遊べる」というコンセプトだろう。

 

つまりソニーは、プロの視点、供給者側の視点に立って商品を開発して、ゲーム機のとしての最大の性能と、映像としての最大の美しさを同時に求めてPS3を発明したが、お客はそんな視点で見てなかったという事だ。

 

僕自身インベーダーの時代からゲームをやっているが、忙しい今、新しいコントローラーの使い方を覚えようなんて思わない。そんな事をやってられるのは小学生くらいだろう。

 

僕ら大人が欲しいものは、もっと単純で面白いゲームである。その視点からすれば、wiiが見事に大人の趣向にはまったのだ。

 

ゲーム人口が縮小する中で任天堂とソニーが取った戦略は、全く正反対であったが、世間はwiiを勝者として迎えた。

 

一敗地にまみれたソニーだが、今回のThe eye of Judgmentは面白い。

 

りょうま君も早速ゲームに飛び込み参加だ。相手は7歳くらいの女の子。20分ほど戦い、結局最後は負けてしまったりょうま君、大笑いしながら「でもさ〜、僕が本気でパンチを出したら負けないよ〜」って、おいおい、その年で刑務所に行きたいのかい?

 PS3

その後も漫画コーナー、おもちゃ売り場を見て回る。

 

一番上の階では、お疲れでしょうって感じでジュースやピザの販売をやってた。

 

おかしかったのが、どこの製品か分からないがあの味の軽さとチキン味は白人向けに作られたのだろう、カップヌードルが1個2ドルで売られてて、床に座り込んで食べるアジア人が目立った。

 

 

 

全体的に見て、このエキスポは正解ではないか。ニュージーランドの子供に、もっと色んな文化を教えて遊んでもらう、てか、殆どの展示物の発信地点は日本なので、これはもう日本文化ジャパンデーとでも言ったほうがよいような感じ。

 

白人の子供が日本語の意味が分からないまま「YUGIO〜!(遊戯王)」とか叫んでいるのを見ていると、なんとなくうれしくなる。

 

餅ついたり盆踊りしても、たぶん白人には「ライスで何そんなに苦労してやってのんの?」とか、意味不明のスローダンスにはてなマークが飛び回るだけだろう。焼きそばにたこ焼きのほうが、よほど直接的で分かりやすい。

 

自分が思い込んでいる日本と、白人が興味を持つ日本は違っていると思う。今の日本の実際の姿を見せたいのか、自分の思ってる、見せたい日本を見せたいのか、それとも白人との文化交流をしたいのか?

 

何にしても、アジア人の子供たちが日本文化の洗礼を真っ先に浴びたのはセーラームーンやスラムダンクだったし、白人世界ではポケモンや遊戯王が西洋世界を席巻し、子供たちは日本を好きになっていったのだ。

 

誰に何を見せるか、それは人によって違っても良いと思う。

 

ただ、アメリカ人がフォークダンスの「オクラホマミクサー」を日本人の前で踊るよりも、マイケルジャクソンのムーンウォークのほうが、間違いなく日本人の若者には受けるし、それでアメリカに行ってダンスしようって気になるだろう。

 

ソニーもwiiも、X−boxを相手にどんどん喧嘩を仕掛けて、子供たちにとって楽しい選択が出来るようになって欲しい。出来れば、アニメやゲームソフト業界で働く一番底辺の日本人の給料を、もっと上げてほしい。良い品なら、人件費を価格に転嫁出来るのだから。

 

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tom_eastwind at 00:02|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月22日

大地の咆哮

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キャリア外交官であった杉本信行氏がガンで亡くなる寸前まで取り組んだ現代中国の入門書がこの「大地の咆哮」だ。

 

色々考えたが、amazonの紹介文が、かなり長いもののだが正確に内容を伝えているので、そのままコピーする。

 

**********

20045月、在上海日本総領事館の館員が、中国側公安当局者による恫喝と脅迫に苦しめられ、自殺の道を選んだ事件は、日本人に大きな衝撃を与えた。そのときの総領事が著者である。

 

同年秋、一時帰国した著者は、自らの体に病巣があることを知る。医師から告げられた最終診断は末期がんであった。抗がん剤による激しい副作用と闘いながら、日本と中国の未来を見据えて書いたのが本書である。

 

「解説文」を執筆した岡本行夫氏(国際問題アドバイザー)はこう語る。「この本は現在の中国を分析するものとして世界中で書かれた多くの著作のうちでも屈指のものだと思う」「現役の外交官が、病気と闘う中で、自分の経験と考えを、脚色や誤魔化しなしに、そのまま我々に伝える決心をした」

 

著者はいう。「中国認識で大切なことは、机上の理論を排した現実に即して中国を理解することだ」と。その言葉どおり、日本人が知らない中国の実態を明らかにした大著。

内容(「MARC」データベースより)
中国は日本にとって時としてやっかいな隣国であるが、だからといって引っ越すわけにもいかない。約30年間、中国外交の第一線で活躍した元上海総領事が、知られざる大国の実態と問題点を、その歴史と現状から分析する。

 

大地の咆哮 元上海総領事が見た中国

 

**************

 

ドキュメンタリーとしても読みやすく、日中国交回復や台湾問題、米中問題、靖国問題、戦後補償など、日本と中国の間に横たわる様々な問題を、一つ一つ丁寧に説明していく。

 

特に中国人が個人的には日本人に対して敵対意識を持ってないものの、いざ国家という看板が出てくると、プライドの高い彼らはどうしても日中の現状を比較して劣等感を感じざるを得ない、それが日中の独特な関係を構築しているのだと説明する。

 

後半はかなり個人的な経験も加えて、中国の実態を描いて、将来よき隣人としてどうあるべきか、どう助言、忠告すべきかという案も加えられている。

 

日本は日米関係を堅持するのか?それとも古くて新しい友人として中国と関係を構築するのか?それとも、両方とバランスの取れた外交を続けていくのか?それぞれ一長一短だし、相手のあることだ。こっちが「好きよ」と言っても、相手にそんな興味がなければ意味はない。

 

ただ、国としてどう外交を運営していくか、その基本データを学ぶのに、実にきちんと高所大所から俯瞰している内容だ。

 

惜しむらくはココム事件やヤマハ自動操縦ヘリ事件などで民間企業の行動に批判を加える際に、外交と経済のバランスの取り方が、いま少し平衡(へいこう)感覚が欲しいなと感じた。ただ、それはこの本の内容を少しでも毀損(きそん)するものではない。

 

人間に完璧な人などいないわけで、大学を出てすぐに外務省に入った人に、日本の民間企業の行動原理を理解しろと言うのも難しいかもしれないからだ。が、少なくとも上級公務員であり上海総領事を務めたほどの人には、経済も車の両輪の片方として理解して欲しかった。

 

最近のNZdaisukiで中国人の問題が取り上げられていて、日中双方から意見が出ているが、その意見を書き込む前に、こういう秀逸な入門書を読む込む事を薦めたい。

 

写真は、ヅダと、ガンダム、じゃないんだよね、ナンだっけ、下手な事を書くとまた怒られそうなので、まあロボット2体って事にしておきます。

 

それにしても、毎回中途半端なガンダムショップに行くのはめんどい。見た瞬間に、素人筋の商品陳列って分かる。早いとこブラウンズベイの店を開店してもらいたいものだ。

 

 

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tom_eastwind at 00:13|PermalinkComments(1)TrackBack(0)最近読んだ本  | 諸行無常のビジネス日誌

2007年10月21日

TriBeCa

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TriBeCa  (トライベッカ) 

 

そろそろ薄暗くなりかけた金曜の夕方、パーネルのレストラン街が次々と明かりを点けて開店する中を、キースが運転するタクシーはゆっくりと長い坂を登る。

 

数年前に訪問したきりすっかりご無沙汰していたレストラン「トライベッカ」はパーネルからニューマーケットに走る道の途中にある。

 

シックな調度のメインダイニングは緑の芝生に覆われた庭に面しており、夏になれば庭にセットしたテーブルで食事も出来る。

 

いつも地元のお客で賑わっているが、シティで仕事をしてノースショアに住む僕からすると、パーネルはちょっと微妙な位置である。

 

飲むなら車では行けないし、かと言って酒を飲まない奥さんに運転してもらい子供連れの家族で行くような雰囲気の店ではない。

 

なので、パーネル地区自体が随分ご無沙汰だったのだが、今回は偶然地元日本語情報誌に「トライベッカで働く日本人」と言う記事が出て、それで思い出して金曜の夜に予約を入れて、いつもの飲み友達と一緒に訪問することにしたのだ。

 

この友達と飲みに行くと最後は大体漫才飲み会になって周囲を笑わせてしまうおちゃらけ状態になってしまうのだが、見かけは普通のカップルに見えるので、初めての街で飛び込みで飲むバーでもレストランでも、結構どんな店でも安心して入れるのがお得だ。

 

TriBeCaとは、ニューヨークにある古い倉庫群の街の名前だ。Triangle bellow Canal Street(キャナル・ストリート下の三角地帯)の略。

 

ダウンタウンの最南端に近い、北をキャナル・ストリート、西をハドソン川、東をブロードウェイに囲まれている、だいたい三角形をしたエリアである。有名な日本食レストラン「Nobu」がある場所としても知られている。

 

オーナーはアメリカ人、マネージャーはフランス人(食事後に立ち話をした時、最初は普通に英語で話してたけど、なんとなく少し訛りを感じたので聞いてみたら、元々はフランス出身なんだと言われた)との事。

 

古くてシックな煉瓦作りの建物の一画にあり、入り口が道路の裏側にあるため、初めて訪問する人は、どこから入ってよいか迷う。

 

トライベッカというネーミングから、古き良きニューヨーク、1920年代の、男が男だった、そして女が女だった時代を彷彿させるが、実際に煉瓦作りの店に一歩足を踏み入れると、そこは古き良き時代の書斎のような作りになっている。入ってすぐ左側にちょっとしたスタンドバーがあり、そこで軽く一杯飲んだ後に、奥のダイニングルームに行けるような作りになっている。

 

店に入った僕らは、バーには寄らずに(次の予定が8時に入ってたので)記事に載ってた日本人ウエイターの案内で、そのままダイニングルームに向かう。

 

内部がまたシックで良い。写真にあるような、古き良き時代のメインダイニングって感じだ。良い。これは良いぞという予感が心をよぎる。そして日本人ウエイターに椅子を引いてもらい、黒皮で縦長の、これもシックな感じのメニューをもらう。

 

「今日のお飲み物は、まず何になさいますか?」と、軽い笑顔を頬に載せた彼が尋ねてくる。

 

物腰の柔らかい、てか、一発で「お、これって日本の高級レストランで今一番流行ってる接客スタイルじゃね〜か!」って分かる丁寧なサービス、この時の嬉しさ!ここニュージーランドだよね、東京じゃないよねって、思わず頬をつねりたくなるような、嬉しいびっくり!この人、まるで日本のレストランで食事をしているような雰囲気を醸し出してくれるのだ。

 

実は日本でも、かなりのレストランではがっかりさせられるサービスが多い中で、更にこのニュージーランドと言うプロフェッショナルサービスの後進国では殆ど期待出来ないサービスがあるのだから、それはもう料理以前の段階でかなり盛り上がり、思わず高いワインを一本出してもらった。

 

レストランの要素は、味、サービス、雰囲気である。この3つがうまくバランスが取れているのが良い店と言える。

 

バランス、これは大事。

 

例えば銀座の久兵衛に行って、寿司職人さんが「何になさいますか?」などと語尾を下げて押えた話し方で言われると、ちょっと照れくさい。銀座のすし屋なのだ、短く切り揃えた髪にまっさらで真っ白な寿司着で「へい、らっしゃい!握りましょうか!それとも少しつまみますか!」と、きりっとして語尾が上がるような発音で会話を開始したいものだ。

 

それに比べてシックなレストランで求めるサービスは、語尾をきっちり押さえ込んでお客との心地よい距離感を取ることで知性を感じさせる一方、お客が会話をしたければすぐに乗るけど、でも話しかけられたくないなら、どうぞお二人で会話をお楽しみ下さいという無言のメッセージが伝わるような会話だ。

 

ぶっつけから「あ、すいません、ライトビールくださ〜い」って言う友達を無視して、僕は一人でワインを注文する。おいおい、この雰囲気でライトビールかよ?よほど喉渇いてるんじゃね〜か?だったらその辺の水道水でも飲んでろよとか心の中で思いながら、僕はフードメニューを眺めていく。

 

イベリコハムがニュージーランドでも手に入るんだとか思ったり、たたきとか日本食じゃん、ここのシェフ、何人だとか思ったりして、メニュー見学を楽しむ。

 

いろいろ見学してみて、どれも美味しそうだが、量が不安。どかっとこられても食えないぞ。

 

そのうちDegustation Menuと言うシェフのお勧めコースを見つける。一皿は少量で色んな料理を楽しめるやつだ。メニューの一番最後に、こっそりと載ってる。

 

やっとニュージーランドも、量じゃなくて味を楽しむ習慣が定着してきたなと思いながら、ェフのお勧めコースにする。

 

Chestnut, Shallot and Truffle Soup

 

最初のスープは、なんと取っ手付きのちっちゃなコーヒーカップのようなニップサイズで出てくる。これが可愛いだけでなく、美味しい。サイズが小さくても、しっかり味がついているのだ。これには、ちょいとびっくり。

 

クラウディベイのソービニヨンブランクと合わせても、両方とも飲み物なのに十分楽しめる。こりゃいいな、しょっぱなから「ここどこ?」空気を流して、オークランドにいる事を忘れさせてくれる。

 

Kelp Crusted Yellow Fin Tuna

 

次はツナだ。しっかりとした赤身を一筋取り出して外側を炙り、半生で辛味ソースを横に置いて出してくれる。おうおう、西洋人の魚の扱いも、少しは日本人に近づいてきたな、何とか食えるぞこれはって感じで、いけてる。付け合せのソースのバランスが良い。

 

Seared NZ Scallops
Iberico Jamon and Manchego, Char-grilled Asparagus Vinaigrette

 

これが一番良かったかも。貝柱をバターソースで合わせて軽く炒めてるのだが、貝柱の柔らかさを失わせずに、熱を通すことで味を更に馥郁(ふくいく)とさせている。隣にそろりと置いたイベリコハムが、一緒に食べると、また違う世界の別の喜びに連れてってくれる。これって何だ〜?

 

旬のアスパラガスも、貝柱に喜ばされた舌を、野菜独特の苦さ甘さで元に引き戻してくれるので、実に楽しい。

 

Seared Venison Tataki
Pear and Ginger Remoulade
Xocopili Paint

 

鹿肉のたたき。これは昔風の味だ。脂身が少ないから口の中でギトギトしない。大体日本人の霜降り信仰くらい馬鹿げたものはない。肉は赤身をがっつりと食うのがイノシン酸のうまさなのだ。

 

鹿肉は「ゲーム」なので、ゲーム肉独特の臭みを消す為にフルーツを使う。このバランスも良い。

 

新しいお皿になるたびにウエイターからの説明が入るが、これがまた気が利いている。この人、絶対NZMAとかの料理クラスの先生として接客を担当すべきだ。日本の接客を世界に!ワインをきれいに注いでもらい(これがきちんとできる店は少ない)、次の料理にトライする。

 

Roast Fillet of Beef
Buttered Cavalo Nero,
Merguez Mini Dogs and Hazelnut, Gorgonzola Jus

 

最後のメインは牛肉だったのを、お願いして二人ともラムに変更してもらった。これはちょい失敗かな。てのが、前の鹿肉ともろにかぶったからだ。ラムラックかと思ってたら、鹿肉のたたきと同じような「叩き」型式の、外側に火を通して中を半生で輪切りにして食わせる型式だったのだ。

 

勿論これはこれで美味い。美味なだけに、ここでかぶったのは、俺の責任だと自己反省。

 

Sorbet Refresher

Meyer Lemon Brulee
シャーベットとブリュレのデザートでしめてもらうが、615分に開始した食事が、その時点でもう815分。やばし、次の予定がきてる。

 

申し訳ないがと最後の素敵な飾り付けのデザートを食いながらお勘定をしてもらう。ちょいと失礼かなとか思うが、まあ仕方ない。

 

しかしまあ、かなり鮮烈な感激だった。いや〜、久しぶりに満足のいく食事だった。こんな事って、オークランドでは少ないよね。シティに戻るタクシーの中で、相棒と「こりゃいいね〜」の連発だった。

 

8時に約束してた友達も、結局そいつも別の宴会で遅くなり、丁度良い時間で会えた。馴染みの店を数軒回って、楽しい金曜日を過ごした。わいわい騒ぎ、これってまともな社会人かよとか思いながら飲む、歌う。途中でいろんな人と会って話すが、あまり記憶なし。結局土曜日の朝に目が覚めたら自宅のベッドで転がってたって状態。

 

良く働き良く遊ぶ。

 

それにしてもこのレストラン、次も是非とも行かなければと思わせる雰囲気でした。

 

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tom_eastwind at 00:50|PermalinkComments(3)TrackBack(1)諸行無常のビジネス日誌 | 世界と日本 味めぐり

2007年10月20日

鎖国ビジネス

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レッツノート!

 

今僕が使っているのは、今年の半ばに購入したレッツノートCF-W5というタイプである事は以前も書いた。

 

何せ1200gと軽い。

 

12.1型画面(B5サイズ)なのにDVDが内臓されていて、飛行機の機内でも面倒なく好きな映画を見られるし、バッテリーが9時間持つというご案内。実際にはECOモードを外しても4時間くらいかと思うが、それでも映画2本観るには十分。

 

無線LANが当然の如くあるので、新幹線の時間待ちの時にすいすいとネットにアクセス出来る等等、今の僕には本当に有難い商品である。

 

ところが、この商品で問題が起きた。てか、商品自体の問題ではなく、販売方法である。

 

「何よ!売る気あんの!」突然怒りのチャットが入ってきた。びっくりしたが、良く見ると僕宛ではないのでほっとしながら良く読むと、レッツノート宛の怒りだった。

 

このPC、表面価格も決して安くない。ヤマダやでポイント貰って買っても23万円くらいする、かなりの高級商品だ。その高級商品を買おうと、清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入しようとしたスタッフからの怒りの声である。

 

僕らの場合はPCの使用頻度がむちゃくちゃ高い。朝起きてから夜寝るまで、ほぼPCと一緒だ。さすがに風呂には一緒に入らないが、朝起きて真っ先にする事がPCのスイッチを入れること、寝る時にベッドに入る前に最後にする事がPCのスイッチを切ることくらいの頻度。

 

オフィスで使い、夜は自宅に持って帰って使い、出張先の機内で使い、旅先の、毎日転々とするホテルでそれぞれ違うシステムのLANに繋いで使いと、PCは仕事の中で最も身近な道具だし、処理する量も半端じゃないので、ビジネス使用に耐えられる頑丈さが要求される。

 

最近楽しそうに使う僕の顔を見て、数ヶ月前にレッツ仲間が一人増えたのだが、彼もハッピーで使っている。そんなこんなで他のスタッフもレッツに興味を持ち、「よっしゃ、今のPCはもう3年近く使ってるし、買い換えようかな」と思ったようだ。

 

PCの場合、大体3年くらいが寿命だ。それ以上使うと、ある日突然死する。データを抱えたまま、あの世に行かれてしまっては、残された人はどうすればよいのか?死なれる前に乗り換える、これしかないっしょ。

 

早速レッツノートのサイトにアクセスしたところ、性能はそこですぐ分かる。形に拘らなければ、電機やで買えるという事が分かった。

 

ただ、基本機能ではメモリー、HDDの容量が小さくて、自分の要求するスペックはオーダーメイドになるとの事。

 

ついでによく見ると、天板の色も替える事ができるので、かなり「MyLetsNote」になってくれる。

 

そこまで喜ばせておいて、さてじゃあ注文しようとすると、これがなんと次回の入荷が11月!何?今すぐ入手出来ないの?ってあたりから様子がおかしくなった。

 

まずはなんと、注文の場合はウィンドウズビスタが標準であり、XPはなかなか見つからない。

 

メーカー側としてはビスタを表面に立ててる、てかマイクロソフトの戦略なんだろうけど、出たばかりのビスタを頭から信用して使って不具合でデータが飛んで泣くのはこっちだ。MSが責任を取ってくれるわけではない。

 

だから発売後の不具合がほぼ解消されているXPの方が安心して使えるのだが、まずそこで躓いた。

 

次になんと代金決済のところで、てか、注文はすべてインターネットで出来るのだが、こちらが呈示したクレジットカードが使えない!何じゃこりゃ!

 

結局海外のカードは危険性が多いからと思い込み、何の勉強もしないまま何かあっても責任取らなくてよいように、販売機会を無くしても給料は変わらないし、海外からのカードなんて断ってしまえ。

 

そういえばJRで切符買うときも、1万円以上の場合、僕の持ってるカードは、ほぼ決済出来ない。香港発行のビザカード、NZ発行のビザカード、どっちも駄目なことが多い。

 

日本でも、外人が泊まるようなホテルだと海外からのお客を相手にしているので、海外カードで決済額が数十万円になっても問題ないのだが、交通機関とかデパートとか今回のパナソニックとか国内の客を相手にしている場合は、かなり保守的なのだろう。

 

そういえば、一体、海外から来る客はどうやって新幹線の切符買ってるんだろうと思ってたら、前回発見したのがジャパンレイルパスだ。これならオークランドでクレジットカードで購入出来るので、いちいち日本で現金をかき集める必要もない事に気づいた。ちなみに航空券の場合は国内線でもクレジットカードが普通に使える。

 

でもって話はレッツノートだが、結局カードが駄目って事で、次に個人口座から払うって方法を思いついたのだが、このPCの購入方法はイーバンクってシステムを使わなければいけない。ところが海外に住んでいる僕らは、このシステムは日本国内の住所もないから使えないのだ。

 

ここまで来ると、海外に住む日本人差別かい!っておもうくらいだ。そう言えば最近はないが、つい5年位前までは、ノート型PCでさえ「海外で使うと壊れるかもしれないですよ」とか「壊れても保証がないです」とかで、ずいぶん日本国内のお店からは脅かされたものだ。

 

その時はモデムの問題で、電圧が不安定な海外では、モデムが耐えられずに吹っ飛ぶという事があったのだが、実際には販売店の店員さんは、行った事もない海外でトラブルを起こされて、それがクレームに繋がるのが嫌だったのだろう。

 

変なクレーム付くくらいなら、国内居住者向けに売ったほうがらくだモンね。

 

たぶんこの、海外のクレジットカードが使えないってのも、要するに日本国内に市場があるから、あえて海外からの注文を受ける必要ないじゃん、手間もかかるし面倒があるかもしれないしね、そういう事だろう。

 

たださ、日本が戦争で負けてから、昭和30年代は日本はメーカーとして加工貿易で次々と商品を作ったけど、売る相手は国内ではなくて海外向けだった。

 

まだ日本人に対して差別の残る米国の田舎町を、メーカーの代理で回る商社マンが、自分のスーツケースに試作品を入れて、たどたどしい英語で旅をして、いく先の街で文化背景の違うお客に一生懸命売り込む。

 

城山三郎の作品にもあるが、当時の日本人は、そうやって苦労をしてリスクを取って販路を開拓してきた。怖いと思っても、懐に飛び込めば彼らもまた人間、きちんと商売が出来て、今では日本の製品は世界中で高級品として扱われている。

 

ならば、日本国内で販売していても、海外からの購入に円滑に対応出来るような仕組みを作り、販路を広げるべきではないか?

 

昭和の時代に日本人は腹を括って海外に進出して大成功した。ところがその結果経済大国になり人口も1億2千万人に増えたら、もう海外に向けて売らなくても、国内で十分やっていけると思うようになったのか。

 

でもこれから人口減少に向かう日本で、それってどうなんかな。日本の場合、海外に売るとなったら、きちんとそういう部門を作って、そこの部門は海外向けに果敢かどうかは別として取り組んでいくんだろう。海外の人が買いやすい状況を作るのだろう。

 

ところが、日本国内で販売を考える部門は、手間を省くとか、海外に住んでるのは客じゃねえくらいの感覚ではないか。

 

ここが日本人の変なところで、国内とか海外とか分けてしまう。例えばノキアは世界で一番の携帯電話メーカーだが、自分の国の人口は数百万人しかいない。最初から海外に目が行ってるのだ。

 

日本では楽天の商品も海外発送が出来ないケースが多い。まあ中小企業の集まりだからノウハウがないのだろうが、楽天も市場運営者として、このあたりを考えてみればどうだろう。

 

レッツノートだけが抱える問題ではないだろう。日本という安定して停滞して衰退に向かう国が、自分の抱える問題を理解しないままに外国リスクを取らなくなっているというのが、問題の本質にあるのではないだろうか。

 

実はリスクを取らないというのが、一番大きなリスクなのだが。

 

写真は僕の机に座っているレッツノートです。

 

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tom_eastwind at 00:21|PermalinkComments(1)TrackBack(0)日本 | 諸行無常のビジネス日誌

2007年10月19日

Plant the seed, Grow the child

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りょうま君が通う小学校はアフタースクールという仕組みがあり、仕事があって夕方まで家に戻れない両親の代わりに、民間団体が学校の施設を放課後借り受けて、子供を預かってくれる。

 

うちもよく利用してて、費用は1日15ドル?だっけな、とにかく高くない。

 

今日も学校にりょうま君を迎えに行くと、担当の若い女性の先生?てか、民間団体だから先生じゃないんだろけど、「あ、ライオーマを迎えに来たのね、ちょっと待ってて、今裏の運動場で遊んでるから呼んでくるわ」と言ってくれた。こちらの人が発音すると、どうしてもライオーマだ。

 

僕はその間体育館の隅っこ、子供たちがバックパックを置いてる場所で待っていると、体育館の壁に「写真」にあるような1メートル四方の張り紙があった。

 

「種を蒔いて子供を育てよう」と英語で書かれた大きな木の枝には、それぞれ

 

Communication

Problem Solving

Independence

Life Skills

Relationships

Thinking

Enjoyable learning

 

とあった。写真を拡大してもらえばわかる。

 

りょうま君やその友達は、ラグビー場が4面くらい取れそうなくらい広い、綺麗な芝生で覆われた広い運動場を駆け回っている。どうやら友達同士のコミュニケーションはよく取れてるようだ。ゲームセンターでもよく友達と遊んでいる。

 

詳しくは知らないが、どうもこの学校にはいじめがないのではないかと思う。みんなが楽しく遊んでる。

 

問題解決か。りょうま君の場合、それは問題ないな。あの子は3歳になっても一言も言葉が出来ない自閉症だったが、自分の欲しいものは確実に手に入れてた。それも正当な手段で。

 

僕、これが欲しいと態度で示すけど、駄目だったとしても親にぐずったり泣いたりしない。口は聞けないが耳は聞こえるようで、きちんとゆっくり説明したら理解する。いつかは手に入るよと言えば、ちゃんと我慢する。

 

独立心。これって、どうなん?うちはアジア系だから、10歳になっても結構両親と一緒に寝てる。それに、いつも甘えてお母さんにぺちゃっとひっついてる。でも、独立心って、そういう外見ではないよね。

 

普段は甘えていても、自分のプライドを持って堂々と生きることだとすれば、それならりょうま君は、あるな。これって単なる親馬鹿か?まあいいや。

 

LifeSkillって、この場合はどういう意味で使っているんだろう?生きる為の技術?それはどうも、職業訓練って話ではないな。であれば、生き残る気力と考えたほうがいいかもしれん。

 

生活技能{せいかつ ぎのう}、ライフスキル◆日常生活における多種多様な問題や要求に、建設的かつ効果的に対応する際に必要とされる能力

 

ある辞書を調べたら、上記のように出てきた。問題解決をする為の技術というより、問題解決をする為の能力であり、つまり東大卒でも使い物にならん奴より、少卒でも大臣になるほうが、生きる能力が上という事だろう。

 

Relationshipは人間関係だから、コミュニケーションと似たようなもんだ、けど、これは会話能力ではなく、他人との距離感とか思いやりとかの部分だろうな。これは竜馬君は◎だ。

 

Thinkingは、う〜ん、これがテストだとすれば、竜馬君は確実に落第だな。あいつ、日常生活で何も考えてない。

 

Enjoyable Learningに至っては、話にならん。テレビを見てる時は夜中まで起きてて、ゲームをするためには朝6時に目が覚めるが、英語の勉強の為に薄い本を一冊渡しておくと、大体どんな時間帯でも、平均10分で睡眠を開始する。あの能力、っつか切り替えの速さは、一体ナンなの?って思うほど、はたから見てて本当に笑えるくらいだ。

 

小学校では、算数や暗記よりこんな事を教えてるんだな、ええこっちゃ。算数なんて一旦その気になって原理を覚えれば出来るし、暗記なんて好きになればいくらでも出来るし、押し付けて覚えさせるようなものではない。

 

大体世の中の優秀な学者は、子供の頃愚鈍だったり自閉症だったか偏執狂みたいなもんだという。だから子供の頃は、情操教育を豊かにして、将来の成長に備えるって考え方は好きだ。この国の教育の、気にいってる点だ。

 

だけど、ふと思った。おいおい、これって、今の日本の社会人に要求されてる能力じゃね〜か!

 

Communication

他人と会話がまともに出来ない社会人。とにかく、それで社会人ですか?!ってレベル。相手の話していることが理解出来ず、自分の言いたい事をきちんと説明出来ない人々。

 

Problem Solving

問題解決能力がないから、マニュアルに載ってないお客様のクレームを抱えてどうしてよいか分からず、上司と部下とお客と取引先の間をぐるぐると回って、傍目には忙しそうに見えても、全然問題は解決してない状態。問題解決とは問題がどこにあるかを見つける能力であり、それは暗記能力では絶対に解決出来ない。

 

Independence

独立心のない、会社に甘えて、そのくせ飲みに行けば会社の文句を言うくせに自分の仕事の責任を取ろうとせず、最後は誰かに責任転嫁する。「あいつが悪いからさ〜」

 

Life Skills

これこそ一番今の日本社会人に全体的に不足しているものかもしれない。自分が何やりたいか分かってないんだから、どう生きれば良いかも分からない。

 

生きる力とは、元気なうちに危機感を感じて自発的に対応する能力⇒生きようとする気力だ。ところが小学校の頃からそのような気力を奪って、国家の歯車にする為の洗脳を受けているから、社会人になっても危機感がなく生きようとする能力もないままに、いたずらに年を取っていく。

 

Relationships

他人との距離感が分からない奴。個人的にはこれが一番嫌いだ。特に、人の利益を考えることが結局自分の利益に繋がり、全員が儲かると言う人間関係の構築が出来ない。

 

Thinking

思考能力、特に応用能力がない。最近の日本の子供の学力テストで、そんな結果が出てたな。

 

Enjoyable learning

これこそ今の日本の学校教育で最も不足しているだろう。授業が楽しくない。それに授業だけじゃ内容が不足しているから塾に行く。すると他の連中も塾に行くので、いつまで経っても受験競争が止まらない。挙句の果てに、楽しいのは塾帰りに友達と一緒に行くコンビニメシだってんだから、やってられない。親の犠牲になる子供がそのまま社会人になってしまってる。

 

京都の堀川高校がここ数年、奇跡の進学率を誇っている。世界中から視察団が来るほどだ。700人の生徒に対して70人の先生が引率している。

 

ところがこの学校、特別な受験勉強はやってない。「大切なのは生徒の将来」と言い切って、子供が自主的に勉強したくなる環境作りで、結果的に勉強を「楽しいもの」にしているのだ。

 

その代表的なものが「探求基礎」という授業だ。自分の興味のある事を徹底的に調べることで子供の好奇心を高めて、それが結果的に理数に強くなる子供を作り、平成19年度で京都大学に現役で35名を送り込み、東大にも現役で3名送り込むと言う「堀川の奇跡」を生んでいるのだ。

 

誰しも知的好奇心はある。特に子供は若いのだから、そこをくすぐってやれば、子供は恐ろしいほどに成長する。その結果が進学率に現れているのだ。これこそ、Plant the seed, Grow the child だろう。

 

君たちは一人ではない。隣で学んでいるのはライバルではない。一緒に学んでいる仲間なのだって事を教えている。日本でも、子供同士を競争させなくてもやっていける道はあるのだ。早いとこ、個人同士を競わせる受験じゃなくて、誰でも一定点数さえ取れれば大学に行ける仕組みに変更すれば、子供たちはもっと成長するだろうに。

 

りょうま君の通う学校では、ほんとに日本の学校のような暗記教育はしていない。好きなことをやらせて、その中で何が本当に好きかを学ばせるのだ。13歳で自分のやりたい道を見つけることが出来る、素晴らしいことではないか。

 

こりゃあ、今の日本の社会人、子供ともまとめてニュージーランドの小学校にもいちど入りなおしてもらったほうがいいなと思った。

 

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tom_eastwind at 00:25|PermalinkComments(1)TrackBack(1)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月18日

停電の夜のちゃんぽん

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昨夜7時過ぎ、また家が1時間ほど停電した。原因は不明、てか、原因を知ったところであまり意味はない。風が強くて雨も激しかったので、電柱の電線が一本くらい飛んだのかもしれない。停電になったエリアは家の周囲500m前後だった。

 

丁度料理を作ってる最中の停電で、あれあれとか思いながら、台所に常備してあるロウソクを取り出し、ライターで点火する。

 

幸運なことに我が家のキッチンはプロパンガスなので、毎月1回のガスボンベの充填は面倒くさいが、電気が消えても料理は続けられる。ちなみにガスは1ヶ月に1回の入れ替えで19ドル程度だ。

 

5本くらいロウソクを立てて、そのうちの1本はガスコンロの向こう側に置いて、中華鍋を照らしている。

 

昨日は、3日かけて煮込んだ豚骨スープをベースにしたちゃんぽんを作る。

 

豚肉をサイコロに切り、魚蛋(ゆーたんと呼ぶ)という香港製の蒲鉾と一緒に炒める。この魚蛋は、日本で言うとさつま揚げみたいな感じの、しっかりとした味のある蒲鉾である。

 

今日釣れた魚を大きなすり鉢に入れてゴリゴリやって、その場で団子にして蒸すのだが、中国人の食に対する思い入れの強さを感じる。日本の、味のない着色料たっぷりの蒲鉾とは全然違う。

 

そして木耳も中国産。しっかり水で洗って戻して置いておく。キャベツと枝豆、とうもろこしを準備して、その他シーフードも、イカ、小エビ等を順々に鍋に放り込む。

 

豚骨スープは、それだけでも十分にストックとして使えるが、これに業務用の「白湯」という豚骨スープの素を加えると、まさに本場九州で食べる濃い目のちゃんぽんが出来上がる。

 

麺は太平市場で購入した生麺、台湾メーカーの「油麺」だ。これは、パックされた時点で、かなり名前の通り油っぽい。麺同士が引っ付かないようにしているのだが、この油を抜くのがポイント。

 

また、麺自体が中国人好みの柔らかいタイプなので、まともに日本感覚で煮ると、あっという間に腑抜けな麺になってしまう。

 

油抜きと麺の腰を残す為に、うちでは麺を袋から出すとざる付のボウルに入れて、そこに熱湯をかけてぐるぐるとかき混ぜる。そして1分くらいでお湯を捨てると、麺が丁度良い具合になる。お湯に残った油の量は、黄色くてかてかしている。こわ。

 

日本なら、出来上がったスープ+具材の中華なべに麺を放り込んでぐるぐると味を馴染ませるのだが、それをやると麺がぶわ〜っと膨れるので、うちではどんぶりに麺を入れて、そこにスープと具材をかける方式にしている。

 

こうやってみるとちゃんぽんと言うのは中華料理のような気がする。食材も調理方法も全部中国のスタイルなのだし、中華街に行けばちゃんぽんは必ずメニューに載っている。

 

ところがうちの家族は、僕がちゃんぽんを作るまでこんなメニューがあることさえしらなかったくらい、ちゃんぽんは日本料理なのだ。

 

明治時代に長崎に住んで「四海楼」と言うお店を経営していた陳さんという中国人が、同じく長崎に住む中国人留学生の為に、安くて栄養のある料理として考案されたものだ。

 

明治時代に中国から留学してきた孫文や、大正時代の初めに留学してきた若き日の周恩来も、金がなくて腹が空いた時は、このちゃんぽんを食べたんだろうな。そんな事を思いながら、ほぼ暗闇の中で、ロウソクの光で作る料理も楽しいものだ。

 

ちゃんぽんが出来上がる頃には電気も戻ってきて、家族でちゃんぽん鍋を囲んで楽しんだ。最初に用意した500gの麺だけじゃ足りなくて、更に300g追加。翌朝も子供二人は、残ったチャンポンのスープと具材にまた麺を放り込んでぱくぱく食べてた。

 

写真は大きな中華鍋と、その向うに立つロウソク。

 

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tom_eastwind at 11:11|PermalinkComments(1)TrackBack(2)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月17日

クライストチャーチの雇用状況

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先週当社クライストチャーチのマネージャーと話す機会があり、移住者向けの求人情報やワークビザサポートをしてくれる会社の情報等を聞いた。

 

マネージャーによると、クライストチャーチの就職状況はかなり悲惨であり、「まともな仕事がなくて」日本に帰る移住者が増加しているとの事。

 

たぶん最初はワーホリビザを取得して「自分探し」にやってきて、当時は日本人観光客も多くてお土産屋さんとかガイドさん、地元レストランで働いて生計を立てていたのだろう。

 

そのうち、CHCに住む日本人相手の商売も出てきて、日本食レストランも出来て、それなりにCHCの日本人人口も増加して、現在ではワーホリを含めて約3千人の日本人がCHCに住んでいるといわれている。

 

ところがCHCは支店の街であり、独自のビジネスを持っていない。オークランドであれば、ニュージーランドの商都として様々なビジネスがあるが、CHCの場合はオークランドの支店という位置づけであり、CHC独自のビジネスが存在しないのが現状である。

 

これだけインターネットが発達して飛行機がオークランド-CHC間をほぼ1時間ごとに飛ぶようになり、飛行時間も1時間30分となれば、会社側としても、あえてCHCに支店を作る理由もなくなる。

 

今の日本でも東京が栄えて大阪の支店が閉鎖されるようなものだ。

 

そのため、昼間にCHCの繁華街の大通りを歩いていても、酔っ払った若者が群れをなしてふらついてるか、大聖堂のベンチに座り込んでる老人を見かけるくらいだ。

 

「この街、住むのには最高なんですよ。でも、仕事をするってなると、ほんとに何もないんです」そう話すマネージャーも、ワーホリで来る人々の仕事の相談を受けてあちこちに聞いてるから、状況が良く分かる。

 

勿論誰もが失業をしているわけではない。実際に政府系の調査ではオークランドの失業率が3%以上なのに対してCHCでは2.8%である。

 

この調査ではパートタイムでも「フルタイム」と同じ扱いになるので日本の失業率とは異なるが、ニュージーランド国内での比較なので、どちらにしてもオークランドの方が「仕事が少ない」という結果になる。

 

街には新しくてお洒落なレストランも増えており、住宅価格も好調で上昇しており、つまりこの街で生まれ育ったまともな家族は、ニュージーランドの好景気に合わせて生活が向上しているけど、その景気に乗り切れない日本人がいるという事だろう。

 

実際に街を歩いて日本人に話を聞くと、なかなか良い話を聞かない。日本では高学歴でも、その資格はニュージーランドでは通用しないので、結局地元の日本食レストランで最低時給(11.25ドル)で働くしかない。

 

おまけに、いくら日本食レストランで仕事を見つけても、最初の3ヶ月は「見習い」とかで、最低時給を下回る7ドルくらいしか支給されないケースも多いようだ。

 

今時そんな法律違反を堂々とする経営者もどうかと思うが、それを黙って働くしかない日本人労働者もどうかと思う。

 

「まあいいや、実際に素人なんだし、喧嘩して気分悪くなるよりは黙って働こう、どうせすぐ辞めて旅行に行くんだし」そういった短期労働者が現在のCHC労働市場を形成していったのだろう。

 

仕事がなければオークランドに出てくれば良いのだが、それは嫌らしい。だから日本に帰って働いてお金を貯金してから、またCHCに戻ってくるというようだ。

 

でもさ、35歳過ぎて日本でまともな仕事があるのか?今までCHCで過ごしてたってのは、おそらく専門的な知識も身に付けてないだろうし、今更日本に帰ってサービス残業やって土日も働いて、それでいて高給が取れるわけではないだろう。

 

それよりも為替がこれだけ強い現在では、オークランドで夫婦で働いたほうが余程ましではないか。この国であれば稼ぐお金と出て行く生活費を比較すれば、可処分所得は日本よりも多いのではないかと思う。

 

まあ個人の判断であるから僕らが何を口出しすることもないが、ただニュージーランドの経済環境が悪いとか生活に楽しみがないとかは、帰国してから言ってほしくないな。

 

だってニュージーランドの経済は絶好調で、今年も84億ドルの黒字で、来年の個人減税をしようと言ってるし、給料も毎年10%近く上昇してて、海外旅行に行く人が増加しているし、生活に楽しみがないと言っても、それはあなたの問題では?てか、そんな所に今まで喜んで自分の意思で住んでたんでしょ。

 

CHCの就職状況を聞きながら、自分に特技もない状態で何となく「自分探し」にやってきて、何となくワークビザが取れたので日本に戻るのも嫌で、そのまま毎日生活をしてて、特にその時間を勉強に費やすこともなく何かを学ぶわけでもなく、ただ単に毎日の時間が流れていった結果、今の自分があるのではないかと思った。

 

写真はオークランドの歩道拡張工事。それにしても、働いている人のうち三分の一はアジア人だな。

 

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tom_eastwind at 13:29|PermalinkComments(3)TrackBack(0)移住相談 | 諸行無常のビジネス日誌

2007年10月16日

旅行業が不況だ

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旅行業が不景気だ。

 

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旅行業者の倒産急増、運賃上昇や円安で海外旅行に割高感

 円安効果で海外旅行が敬遠され、旅行業者の倒産が急増していることが、民間信用調査会社の帝国データバンクの調査結果で分かった。

 

 調査によると、2007年1〜9月の旅行業者の倒産件数は32件で、すでに2006年の年間件数(28件)を上回った。倒産件数が前年を上回るのは、新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)の流行で海外旅行が急減した2003年(50件)以来4年ぶりのことだ。

 

 旅行業者の倒産増の背景には、原油高による航空運賃の上昇や円安で海外旅行の割高感が強まっている事情がある。帝国データバンクは「ユーロ高が続いており、欧州旅行への割高感が特に強い。今後も旅行業者には厳しい環境が続く」と分析している。

200710131952  読売新聞)

********

 

国内なら為替は関係ないが、海外旅行では為替がもろに旅行原価に影響される。旅費原価の7割以上は航空券であるが、原油高が航空運賃に打撃を与えており、円の価値が低い現状では海外旅行が敬遠されるのも当然だろう。

 

特にニュージーランドは航空券代が高い。ニューヨークに5万円で行ける時代に、誰がわざわざ12万円も払ってやってくるか?

 

インバウンド業者はホテルの宿泊代等の原価が上がれば、そのままか価格転嫁で外国旅行会社向けの販売価格を上げる。だから米国や欧州からの観光客も旅行業者も、更にそれを顧客に転嫁する。顧客もそれは納得出来る。

 

ところが日本の旅行業者はツアー毎ではなく年間で契約をするし、途中で為替が変動しても顧客向けの価格を変動させられないので、現地インバウンド業者に「値引き」を要求する。

 

ところがインバウンド業者がホテルに値引きを要求すると、ホテル側からすればそんな理不尽な日本側の要求なんて聞いてられないから、中国や韓国の、条件は厳しいなりにきちんと送客してくれる旅行会社に部屋を売ることになる。

 

結果的に、日本人客はさらに減少する事になる。その分、中国や韓国からのツアー客が増加する。

 

このような悪循環が結果的に日本からの送客を減少させる一因ともなっている。もっと言えば、現地の日本人向けインバウンド旅行業界の大不況を招いているのだ。

 

10年くらい前は当社もガイド派遣業をやっていた。ガイドが10数名在籍していて、時給が7ドルの時代だった。その時は価格破壊的な仕組みで顧客も僕らも旅行会社も儲かる仕組みだったので、利益が出た。

 

ところが一度そういう仕組みを導入すると、翌年は自分たちの利益を増やす為だけに、更に値引きを要求してくる日本の旅行会社の理不尽さ。皆で儲かろうという発想がない日本の旅行会社。

 

結局ガイド派遣業は2年もせずにやめて、きちんと利益の取れる長期滞在対応型にビジネスモデルを転化させた。そして常に商品開発を行い、他社がやっていない仕事ばかりを見つけて、価格競争のないビジネスばかりを展開してきた。

 

その頃から思ってたのは、自分で何の努力もせずに自分の利益だけを考えるような連中とは取引しないぞってことだった。

 

結局他人を叩いて利益を出すような「濡れ手に粟」的仕事は麻薬みたいなもんで、一回やると儲かるからついつい手を出すが、あっという間に価格競争に巻き込まれて結局はやった本人が自滅する。

 

SARS、イラク戦争など外的要因で旅行業が一時的に不況になることはある。その時のために利益を内部保留して置けばよい。だが、不努力や間違った業界内部慣習などの内部要因で自滅する時は、構造的な問題だけにどう手の打ちようもない。一旦全部が潰れるまで待つしかない。

 

ニュージーランドの旅行業自体は景気が良いが、日本人市場だけは死んだようになってる現状は、ニュージーランドのインバウンド業者の不努力が招いたものであり、日本の旅行業が大不況なのは、同じく日本にいるアウトバウンド旅行業者が何の努力もせずに商品開発や発想の転換を行わなかったからの人災である。

 

写真はオークランド空港国内線のロビー。写真は葉山という日本食レストランから撮影。この店には、いつもたくさんの外人のお客がラーメンやうどん、寿司等をおいしそうに頬張っている。日本人客はあまり見かけない。

 

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tom_eastwind at 00:55|PermalinkComments(2)TrackBack(0)日本ニュース | 諸行無常のビジネス日誌

2007年10月15日

新移住者パーティ

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先週の土曜日は恒例の新移住者パーティを山水レストランで開催した。

 

移住と言ってもそれぞれに目的が違うので、あまりテーマが散逸しないように今回は30歳代で英語を学びながら永住権を目指す方を中心に集まって頂いた。

 

約20名の方がそれぞれにご自分の出身地、今までの業種、今後の目標等を話して、あとは三々五々共通の話題を持つグループに分かれて、食事をしながら話が進む。

 

当然話題は子供の話にもなる。自分たちが子供をどう育てていくかは大きな問題だ。学校の事とか子育てとか、キーウィに聞いても文化背景が違うのでぴったりとした答が返ってこない。そんな時に皆で知恵を持ち寄せて話せば、それだけでかなりすっきりする。

 

移住は家族内での会議で決定する内容だが、移住した後はやはりたくさんの情報が必要となる。でも、自分と生活背景の違う人の話をいくら聞いてもあまり役に立たないのが現実だ。

 

特に1990年代にワーホリで何となくやってきてそのまま永住権が取れてそのまま生活をしている人たちの意見は、新移住者とはかなり視点が違うので、話をしていてもかみ合わない事が多い。NZdaisukiの書き込みを見れば、そのずれが良く分かる。

 

実際に最近は、将来を悲観して日本に帰る旧移住者が増加している。「何年働いても、家を買う頭金さえ貯金出来ない。元気なうちに日本に帰ってお金を稼いで、またNZに戻ってこようかな」的な発想である。

 

旧移住者は最初にNZに来た目的が「自分探し」とか、そもそも新移住者とは違うのだから、彼らが会話をしても議論はかみ合わない。

 

ワーホリでやってきて仕事を見つけたものの、そのまま何かを学んで次のステップにいこうという発想ではなく、毎日適当に楽しく仕事をして、週末に友達とバーベキューして、そういう生活を何年も過ごせればよいと思って生活をしていたのだから、今更学校に行って資格を取って〜という事にはならない。

 

ただ、初めてニュージーランドにやってきて全く知り合いのいない状態では、そのような旧移住者に聞くしかないってのが、今までの新移住者だった。

 

これからも情報交換という意味でこのようなパーティは続けていければと思う。初めての国で、一人で悩んでいてはどうしても不安になったりする。

 

決してお互いに傷の甞めあいをするのではなく、知識を交換してお互いに高い所に昇っていこうとする人たちの集まりになってくれればと思う。

 

写真は、やっと花を開かせはじめた、自宅近くにある桜。なんか昨日は物凄い大風で、花びらが殆ど吹っ飛んでた。来週くらいが満開になるかな。

 

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tom_eastwind at 07:22|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月14日

もしもニュージーランドで逮捕されたら?

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こんな記事を見つけた。

 

http://blog.goo.ne.jp/6983-kk/e/ab6463a53a5b0dc74611a9f869020988

 

 

無実の罪で刑務所に収監された人が3年後に出所、5年後に他人の犯罪であった事が発覚して冤罪(えんざい)であった事が証明されるのだが、被害者自身が言うように、失われた時間は戻ってこない。

 

事件自体は警察や裁判所の、個人と言う人格に対して何の尊厳も持たない無反省さ、マスコミの偏向報道、最初についた国選弁護人の弁護手段に対して多くの疑問を投げかけている。

 

結局真犯人は連続強姦魔である事が発覚するのだが、この強姦という事件くらい多くの人間のその後の生活に影響を与えるものはない。その罪の重さは殺人事件と同じ程度の罪を与えても良いのではないかと個人的に思っている。

 

つまり、最低でも15年または無期懲役、2件以上やれば死刑である。因果応報というが、やはり社会が納得出来る重さにしなければバランスが取れないと思う。

 

ただ、今日書きたかったのは、このような事件は実は誰に身にも起る事であり、結局警察も裁判所も役に立たない場合は、自分のみは自分で守るしかないという事だ。

 

例えば人は病気にならないように予防接種を受けたり予防医療を受けたりする。また、一旦病気になれば専門の医者に行き高度な治療を受けようとする。

 

病気に対してはそれほど神経質なのだから、自分が巻き込まれるかもしれない犯罪=冤罪についても、同じように最低の心構えはしておく必要がある。

 

ニュージーランドにおいてもこれは同じである。心構えの中で一番大事なのは、「法は正義を追求するものではなく、解決を求めるものである」という事だ。

 

「嘘!」って思う人、官庁関連の書店に行って「GoldenRule」と言う初心者用の法律の本を買ってみると良い。その本の一番最初に書かれているのがこの言葉である。

 

解決と真実は決して同じ方向を示さないことが多い。秩序と法遵守が同じ答にならないのと同じだ。

 

大体において日本人は、自分が悪いことをしていないから安心だというが、これは大間違い。ニュージーランドの裁判所は真実を追究などしないし、また、その法判断も随分と初歩的なミスが多い。

 

要するに、自分たちで作った法律でありながら、裁判の際には結構忘れていて、「まあ、後で訂正すりゃいいや」程度の、キーウィ感覚でやってしまう。

 

だから少しでも裁判沙汰になるようであれば、自分が正しいと思うことを主張して、私は正しいのだから堂々と警察の取調べを受ける等、決してやってはいけない。そして裁判所が正義の味方であるという世迷言を忘れて、どうすれば目前の問題が解決するかを考えるのだ。

 

ある日突然警察がやってきて「お前はxxな事をしたか?」と聞かれれば、答える前にまず相手の身分、所属を確認してメモを取ること。そんな事をすれば相手が反感を持つのではなどと考える必要はない、生き残るのは、あいつか君かの世界で思いやり等は全くの無駄。

 

次にやってもいない事で何かを言われたら、まず最初に、これは任意か強制調査かを聞く。どっちにしても相手が本気なら、最初は任意でもすぐに強制調査になるのだからあまり関係はないが、相手に対して「こっちも本気だよ」と言う姿勢を見せる事が大事なのだ。

 

次に何を聞かれてもYES、NOは言わずに、弁護士に電話をすると言って欲しい。ここは一番大事だ。弁護士のいない場所で何か言えば、これはすべて自供証拠として警察の手に渡ってしまう。

 

殆どの場合、その場で警察に逮捕される事はない。悪くてもパスポートを没収されて、暫くは市内から出るなと言われるくらいだ。この最初の時点できっちりと自分の為に働いてくれる弁護士を見つけて対応させることが最も大事だ。

 

その後裁判所に呼ばれるか警察に呼び出しを食うようになるが、この時は必ず自分で雇った弁護士を、費用が高くても連れて行くべきだ。お金を惜しんではならない。1回あたり1千ドル以上かかるが、それでも連れて行くべきだ。支払いは分割などで受けてくれる弁護士もいる。

 

間違っても裁判所でつく弁護士を使ってはならない。

 

裁判所で付く弁護士は国選弁護人だが、彼らは当番制で裁判所に詰めているだけで、政府から貰える手当も1日で数百ドル程度なので、本当はやりたくない。

 

また、腕の良い弁護士は自分の当番になると同じ事務所の若い連中を代わりに出させるので、結局国選弁護人は素人か若いお兄ちゃん程度になってしまう。

 

そして、国選弁護人の場合、ほぼ100%は裁判の迅速化の為に判事の希望通りに被疑者(=あなた)を操る。

 

「こういう風に話をすれば大丈夫だ」とか「少しは罪を認めた方が相手の心象が良くなる」等うまい事を言うが、大体これは誘導である。

 

弁護士としても高い金も貰えない、会った事もない被疑者の為に一生懸命にするわけがない。それより裁判所に協力することで判事の心象を良くして、「次の機会」の為に恩を売っておくほうが得という事になる。

 

これが裁判所の実態なのだ。

 

日本であれニュージーランドであれ、自分を守るものは自分しかいない。その事をしっかりと認識して対応すべきであろう。

 

写真は正義の女神。目隠しをしているのは、誰に対しても法を平等に適用するという由来らしいが、実際のところは真実に対して目をつぶっていると言うべきだろう。

 

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tom_eastwind at 06:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月11日

貸す馬鹿に返す馬鹿

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貸す馬鹿に返す馬鹿

 

20071001日付けの日経ビジネスの特集で、中国でリース事業に乗り出したノンバンクのNISの記事があった。トップは上海に移住して、中国が抱えるリスクを正面から抱えて戦いを挑む。

 

日本のビジネスマンにとって中国がどれほど恐ろしいところか、僕は自分の目で1991年から1996年まで見てきたので良く分かる。

 

特にヤオハンが香港に本社を移し中国事業を開始した勃興期から栄枯盛衰、そして倒産に至る寸前までを、ヤオハン香港社長周辺との取引から見てきた。

 

ヤオハンが初めて持ったプロバレーチームの北京試合には香港からヤオハン役員や社員を連れて観戦ツアーを作り、天安門広場にある人民大会堂での、中国側高官との数百人単位の大パーティも経験した。

 

上海浦東では今でも「バーバーバン(ヤオハンの中国名)」と呼ばれる地元デパートが、上海市民のお買い物場所として利用されているが、この鍬入れ式にもツアーを作って参加した。

 

当時の浦東は、それこそすべて何もない、赤土が剥き出すだだっ広い土地だった。

 

そこまで中国に食い込んだヤオハンが、中国側にじわじわと飲み込まれていく様は、それこそ本人だけが気づいてないけど、周囲で見る者からすれば、ムー大陸が一晩で海に沈んでいく、その場面に立ち会っているようだった。

 

ヤオハン以外にも、様々な日系企業が進出しては、次々と食われていった。中国企業との共同資本参加による新ビジネスの展開。見かけのよい言葉に釣られて資金を出した日系企業は、身ぐるみ剥がれて日本へ逃げ帰った。

 

貸す馬鹿に返す馬鹿。

 

そんな言葉が日本人ビジネスマンの間で広まったのも当然だ。中国のビジネスの常識は違う。金を貸すなんて馬鹿のする事。ましてや、借りた金をきちんと返すなんて、もっと馬鹿だ。

 

そんな中国で金を貸すビジネスを始めたNIS会長は、当初こそ同業他社から「創業家二代目の火遊び」と笑われたそうだ。

 

確かに中国をまともな取引相手とみて、リスクを取らずに儲けよう、自分の手を汚さずに利益を取ろうとした日系企業は、ほぼ全て食われてしまった。

 

ただ、彼らと同じ土俵で、同じリスク感覚で商売をすれば、決して赤字になることはない。それは僕自身が香港をベースにして6年間営業をやって覚えたことだ。

 

要するにリスク感覚なのだ。クーラーの効いた高層ビルのオフィスで、机の上に出ている数字だけ見て判断をする日本人ビジネスマンは、決して成功しなかった。

 

長期信用銀行とも取引があったが、何じゃこいつら、全然ビジネスしてないじゃんかと思ってたら、案の定20世紀の終りには倒産した。

 

北海道拓殖銀行も、立派なビルの立派なオフィスを持って、そこから一歩も出ようとしなかったビジネスマン連中が、そこから冷房の効いた通路を通って隣のビルの「四季」と言う日本食レストランに通って、日本語で注文して、日本語で香港人ウエイトレスに文句を言ってたら、やっぱりここも潰れた。

 

街全体が薄汚れていて、機械油の匂いと各階ごとの公衆トイレの匂いがフロア中に広まるような工業地帯の集合工場ビルの現場で、実際に動く機械を見ながらその企業の力を見抜く、そういう「自分の目で見る」事が出来る日系企業は成功した。ネットワークという会社だ。

 

当時から取引があり、結構可愛がってもらった荻巣社長は今も元気で、香港ラーメン横丁を企画した人物でもある。

 

それほどに、中国は自分の頭で考えてリスクを冷徹に読み取って自分の足で現場を回った人間のみが勝ち残る市場である。

 

人情とか義理とかを仕事の場で持ち出すのは、たんなる馬鹿に過ぎない。車がたくさん走りぬける幹線道路に、「俺は義理が〜!」とか言いながら体を投げ出すようなものだ。誰にも相手にされずに、ぐしゃっと潰されて終りだ。

 

しかし、そんな中国でも、実際に商売で成功している人々がいる。何故か?それは中国の理屈で戦っているから。

 

だから、金を貸すにしても、相手がそれを踏み倒すリスクと支払いをきちんとするリスクのどっちを取るかを理解して、返した方が得になるという状況を作れば、貸した金を踏み倒されるなど、起るはずがないのだ。

 

これはニュージーランドでも同じである。中国人と付き合う時は、常にこの点を理解しなければならない。

 

そして、更に大事なのは、中国人はビジネスとプライベートを割り切っているが、相手のプライベートに踏み込めば、そこからは信じられないような「義理と人情の世界」が広がっていくのだ。

 

僕自身中国人の妻がいるので、その親戚付き合いでよく分かるが、彼らは僕が家族の一員だと理解した瞬間に、それまでの冷たい態度をがらっと変えて、生まれた時からの付き合いのように大事にしてくれる。

 

NISの会長も、自分の足で中国中を回って、自分でリスクを取って戦っていき、既にその事に気づいているだろう。だから成功しているのだ。

 

ただ、寄らば大樹の陰で中国政府の肝いり企業に、何の調査もせずに金を貸して焦げ付いて、それでびっくりして二度と中国に金を貸さなくなった腰抜け金融マン(マンと言うのは、弱虫と言うか泣き虫と言うか、それとも単なるあふぉというか間抜けというか知恵遅れというか、どの表現が適切か難しいが、いずれにしても1990年代当時にそういう仕事をしていたのはほぼ全て男性だったのは特筆しておく)が次々と日本に撤退した。

 

特に証券会社など最盛期は30社近くあったのが、ほぼすべて大赤字をこいて撤退していったという事実は、やはり日本人は日本人同士でしかビジネスをするノウハウがないというだけではなく、ビジネスの基本であるリスクを取って利益を得るという発想の根源が全く理解出来なかった(今も出来てない)証拠であろう。

 

中国は広いし怖い。でも、そこに踏み出さなければ、日本の将来はあるのか?

 

戦争に負けた後、日本は焼土から立ち上がって、英語も出来ないのに勇敢に米国市場にトランジスタラジオやテレビや車を持ち込んで売りまくった。つい十数年前までは敵国だった国に、裸一貫で乗り込んで行ったのだ。

 

僕らには素晴らしく優秀な、でも無名な先輩がいる。城山三郎の作品が、その頃のビジネスマンの生の姿を良く描いている。

 

No Risk, No Return  /  No pain, No Gain /  資源のない日本で日本人が唯一無限大に持つことが出来る資源、それは戦後の日本人が持っていた「突撃力」ではないだろうか。

 

写真はリマーカブルスキー場の帰り道、クイーンズタウンのワカティプ湖を見下ろす。

 

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2007年10月10日

今日の諺

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今日の諺

 

知らないことは恥ずかしいことではない。知ろうとしない事が恥ずかしいのだ。

 

今日は朝から、お客様を入れて弁護士との打ち合わせ。日本で自営業をしていたので、起業家ビザでも申請できるし、英語力もあるので技能移民でもいける。

 

起業家ビザと技能移民のそれぞれの長所と短所を弁護士に説明してもらいながら、要所は僕から更に詳細を説明する。

 

こういう話をする度に思うのは、個々人の理解力の問題である。

 

今回の打ち合わせでは、お客様が自分の立ち位置を理解して、予め問題点を理解した上で、更に弁護士に確認を取りながら進めていくので、きちんと問題が解決していく。または、何が分からないかを理解してもらえるので、それをどう解決すればよいかの案を僕から提案出来る。

 

彼からすれば、知らない事は恥ずかしいことではない。

 

困るのは、知らないのに知ったかぶりをする人だ。恥ずかしいのか理解力がないのか、とにかく知らないままに話を進めていって、最後になって「え?そうなんですか?」って、そのこと、一番最初に言ったでしょ!って事になる。

 

僕は相手に説明するときは、相手の生まれた地域性や相手の学んだ学問、相手の職種に合わせて説明するようにしている。こちらの法律の専門用語で説明しても、何も知らない日本からの人に理解出来るわけがないからだ。

 

例えば相手が税理士であれば、理論的かつ数字的な説明を行う。問題点と、それを数値化した場合の費用対効果である。

 

ただ、中には、説明をする僕の顔をじっと見てるだけで、最後になって、「いや、それは違います」とか言い出す。おいおい、僕が説明しているのは事実であって、君がその事を好きかどうか、正しいと思うかどうかの議論をしているのではない。

 

ニュージーランドの制度や考え方を好きになってくれと言ってるのではなく、事実はこうだという事を伝えているのに、その考え方が良いかどうかを話すのは、全くポイントがずれている。

 

おまけに、そういう人に限って、余計ながせねたを頭に詰め込んで、そのネタを信じ込んでいるから始末に終えない。

 

例えば5年も前の地球の歩き方に書いてた古い移住や就職のデータを信じ込んで、でもそのデータをどこから仕入れたかを言わずに反論するから、どこまで言っても話が合わない。

 

挙句に「いえいえ、私が調べたところで、それはこうこうなってますから、tomさん、あなたのいう事はおかしいです。私を騙すつもりですか?」となる。

 

最近ではお客様が何かずれた事を話した場合、大体その内容を聞けばどこが出所か出典かが分かるので、「お客様、それは地球の歩き方200x年版から取った情報ですね。でもあの情報と言うのは毎年訂正しているわけではなく、3年くらいは同じデータを使います。そのため、お客様のデータは、実質的に5年前のデータなのです」と説明する。

 

すると、大体しゅんとなってしまうのだが、一事が万事、自分でニュージーランドの像を、自分の気に入るように創り上げて、それ以外の話を受け付けようとしない。

 

こうなるともう、お客様との間に信頼関係が成立しないので、僕としてはそれ以上の仕事を受ける事はできなくなってしまう。

 

何故なら、僕らの仕事は冷蔵庫や洗濯機を売っているのではない、毎日変化する「情報」を売っているし、それは将来発生するであろう問題の事前提起をしているから、今の時点でそれが事実かどうかを確認する手段がないので、とにかく無条件に信頼してもらうしかないのだ。

 

その点、自分が「知らない」という事を素直に認めることが出来る人は、素直にこちらの話を聞いてくれるから、信頼関係が出来上がるので、仕事も円滑に進む。

 

「無知の知」という言葉がある。自分が知らないという事を知っている人こそ、知識があると言える。自分が何が分からないかを分かってないのは、致命的である。

 

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tom_eastwind at 13:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月09日

ABs DV

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女性に優しいイメージがあるニュージーランドだが、今回のラグビーワールドカップの敗退はストレスに弱いキーウィ男性の心に大きな傷を与えたようだ。

 

NZdaisukiの記事抜粋

 

*************

ラグビー敗退を理由に虐待を受ける女性達

 

ラグビー・ワールドカップの準々決勝でオールブラックスが敗退してから、その落胆や不満のはけ口として、多くの女性がパートナーによる暴力の犠牲となっている。

各地の女性保護施設では、日曜日にオールブラックスが敗けて以来、利用者数が増加したという。

全国女性保護施設協会の広報担当者によると、同協会では警察から家庭内暴力が増加しているという報告を受けており、警察による照会が一番多いと言う。「もちろん、今回の試合結果が虐待の唯一の理由ではないが、必ず言い訳の1つに挙がっている。虐待者はその怒りを一番近くにいる一番大切なはずの人々にぶつける傾向がある」と話す。
社会   2007109

     ************

 

朝から会社に向かうラジオニュースを聴いた時は、最初は耳を疑った。「ラグビーは所詮スポーツであり、それほど熱くなる必要はないのだ」とアナウンサーが言ってたのだが、ラグビーの試合で負けたくらいで、男が女を殴るか?!

 

つ〜か、馬鹿かお前ら!

 

勿論DVの原因はラグビーだけではないだろう。ただ、NZdaisukiに「うちのキーウィ旦那が、オールブラックスが負けた時から急に無口になって〜」などと書き込みをしているのを見かけると、う〜む、やはり、恐るべしオールブラックス・・・てか、やっぱり違う!何で殴るんだ〜!

 

これって、キーウィの男性の心がストレスに弱くて、自分で解決出来ない問題が出てくると、頭で考えるのを停止して、すぐに腕力に訴えるという傾向を示している。

 

勿論そのようなDV率が増加していると言っても、最初の発生率自体が低いし、日本なら絶対に問題にならないようなちょっとした事、例えば親が子供の頭をぱちんと叩くとかでもDVになるし、お父さんが小学生の娘とお風呂に入ると「幼児性愛者」とか言われるお国柄だから、発生して訴えまで繋がるケースが多いのだとも思う。

 

でも、それにしても他人事とは言いながら、腹が立つ。何かにうっぷん晴らしをしたいなら、ジムに行ってサンドバッグを叩くか、自分でラグビーやってカウリの木にアタックしておけっちゅうに。

 

大体自分の問題なのに周囲を巻き込むと言う、その態度が気に入らん。

 

まあマスコミが面白おかしく書いてもいるんだろうが、等と思ってたら、何と同じ掲示板では、今度は男性陣だろう、オールブラックスが負けたことに対して、これまた書き込みが凄い。

 

オールブラックス擁護派、批判派、どちらも熱くなって、次々と書き込みをしている。

 

「スポーツを愛する男」って言葉の「スポーツ」を「女」とか「男」に変えたら、そりゃ熱くなるだろう。自分が愛する女を「あいつぶすじゃん」とか言われたら熱くなって攻撃するだろう。

 

逆に「お前の男は甲斐性なし〜」と言われた奥さんも頭にくるわけで、やはりネット上での大喧嘩になるだろう。

 

何か、先週末からニュージーランド中のあちこちでバトルが続いている。スポーツは熱くなるから、囲碁や将棋と比べてビジネスとしても成立しやすいのだろうが、それにしても今回の騒ぎはDVまで引っ張り出して、ちょっとびっくりだ。

 

写真は、2週間ほど前に起った事件で、警察が自動小銃をガキに向けてる場面。このガキ二人、田舎の小学校でモデルガンを小学生に突きつけて脅してたら、通報でやってきた警察に、ホンモンのM-16で脅されてしまったって、バカな話。

 

あ、そうそう、僕は説明会でいつも「ニュージーランドの警察は銃を持ってません。腰に巻いているのは手錠と無線機、せいぜいスプレーです」とは言っても、これは日頃の警邏であって、勿論警察署に戻ればSwat用の自動小銃もショットガンも持ってます。

 

 

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tom_eastwind at 11:44|PermalinkComments(1)TrackBack(0)NZニュース | 諸行無常のビジネス日誌

2007年10月08日

私は貝になりたい

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今日は会社にあるスタッフ用ビデオ(日本のビデオ配給会社から毎月定期購入している)で、今年8月の日本テレビ製作の『真実の手記 BC級戦犯 加藤哲太郎「私は貝になりたい」』を観る。

 

本来の作品である「私は貝になりたい」ではなく、作者の実体験を描く。戦中の日本が「天皇陛下万歳!」「兵隊さん頑張れ!」って国家挙げて騒いでたのに、戦争で負けた途端、兵隊さんがA級戦犯だのBC級戦犯だのって言われて、敵国によって裁かれる。

 

戦争や歴史の無情、と言うよりも、その大きな歴史の流れの中に巻き込まれてしまった個人の悲劇を描く。

 

中村獅童が良い。眼力、演技力、ともに子供の頃から演劇の世界で育ったせいだろう、迫力がある。自分の役に徹している。今後は役者力によっては遊びの1回は許す!くらいの余裕が社会に生まれればと思う。フランスでは政治家が普通に愛人を作っているのだから。

 

妹役の優香は、前半は戦前の言葉をうまく使えずに浮いてたが、後半は自分の言葉で話して、実に良い。ゆうかって、顔が可愛いすぎるから、役によっては浮くんだろうけど、基本的に演技力があると思う。

 

中村まさとしが出てて、賑やかになる。え?これって青春映画だっけと思う。あ、でも舞台は昭和23年だから、そんな事もないよねとか、少し時代錯誤に陥る。

 

飯島直子の存在が今いち意味不明。何であなたのような幸せな顔の代表みたいな人がこんな役を?などと考えながら、日曜の午後を過ごす。

 

他には「あれ?ぱっくんじゃん」とか、カンニングの竹山も出てた。

 

製作は日本テレビ。ってことは読売グループだから、右翼向けだよね。番組は戦犯をテーマにして進むが、当時のBC級戦犯の裁判に対して、極めて強い疑問を向けている。

 

約5700人のBC級戦犯が殆どまともな裁判も受けられずに裁かれ、937人が絞首刑となった。ちょっとしたミスで殺されたってのが、正しいか。

 

ましてやA級戦犯が行われた東京裁判に、一体どれだけ公平性があったのか?そんな声が画面の向うから聴こえて来る。

 

主人公の加藤哲太郎は実際に新潟の捕虜収容所の所長で、訴追された事件の関係者だった。戦後は部下の罪を被って逃走し、3年後に逮捕される。

 

その間知り合った女性と逃走を重ねて逮捕され、昭和23年には軍事裁判にかかり絞首刑の罪になる。妹の必死な懇願、遂にはマッカーサーに直訴する。さあ、彼の絞首刑判決はどうなるのか?

 

よかったよかった、面白い構成だ。この番組が、少しでも世の中の人々の知識の役に立てばと思う。

 

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tom_eastwind at 19:01|PermalinkComments(2)TrackBack(1)最近観た映画 

2007年10月07日

NZが負けた

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元々球技には興味がないし得意でもないが、今朝のニュースで、フランスで開催されているラグビーワールドカップの準々決勝でニュージーランドチームが20−18でフランスに逆転負けをくらったとのこと。

 

普段ならあまり気にしないのだが、今日に限っては何となく変なしこりが残る。何であれだけ強いラグビーチームが負けるの?それも準々決勝程度で?

 

あれ?俺ラグビー好きだったっけ?違うよな。え、じゃあこれって、もしかしたら長いこと住んでる国への愛国心か?などと思ったりした。

 

同日、何とオーストラリアもイングランドに敗れてしまった。これまた12−10で、かなりの接戦だった事が分かる。

 

なんにしても、19世紀の宗主国であった英国と、その英国の基盤を作り上げたフランスが勝って準決勝に進む事となった。ただ、イングランド、ウェールズ、アイルランド、スコットランドと、英国と言う一つの国から4つのチームが出ることがどうなの?という素朴な疑問は少しある。4つ出して1つだけ勝ち残ってさ。

 

だったら、ニュージーランドだって、オールブラックスじゃなくてブルース、クルセイダーズで登録してもいいんじゃないの?だって、それだけ実力あるんだしって思う。

 

「そりゃさ、英国は連合国家であり、それぞれの国ごとに自治権があるから云々」と言われれば、元宗主国で今でも女王陛下を元首に置いてるニュージーランドみたいなガキに言う権利はないだろうけど。

 

開催国であるフランスとしては、相手がどこでも勿論負けるわけにはいかないのだが、特に今回のように強豪のニュージーランドに勝った喜びはひとしおだろう。

 

だけど、やっぱりちょいと悔しいな。試合を見てないからどういう経過だったか分からないけど、「悔しいな」と言う気持ちが自分の中で起った事自体に、自分で少しびっくりしている。

 

写真は、日曜の朝に作った、竜馬くん用の朝ごはん。豚肉を使った炒飯です。

 

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tom_eastwind at 10:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZニュース | 諸行無常のビジネス日誌

2007年10月06日

Summer time again

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以前も書いたが、サマータイムが始まった。

 

正式名称はDaylight savingだが、やはりサマータイムと言ったほうが、何となくヘレンメリルの歌声を思い出すので耳触りが良い。

 

ただ、サマータイムの時に「1時間損した」とか「1時間得した」と言う表現をする人が多い。その人たちに質問なのだが、その「1時間」って、日頃どれくらい大切にしている?

 

何もせずにぼ〜っと過ごす時間、昨日も書いたが、結局惰眠しているだけなら、サマータイムがあろうとなかろうと、あまり関係ないのでは?と思う。

 

毎日常に何かを勉強して学び成長している中で1時間が惜しいと言うなら分かるが、それほど努力をしているなら分かる。

 

が、日頃何もしてない人が「損得」の話をすると、妙に笑えるやら腹が立つやら、ほんとに変な気分になる。少なくとも幸せな気持ちにならない。

 

寝てるだけの時間を大事と思うなら、まあそれまでだなって、昨日読んだ本が少し頭の中に残っている自分に気づく。

 

写真は自宅から見た夏の空。遠くにランギトトがうっすらと見える。

 

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tom_eastwind at 14:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月05日

あなたを変える超「熟睡短眠法」

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作者の藤本憲幸氏は、ヨガ、健康法、記憶集中力などの研究と実践を積む、偉い人(らしい)。

 

所謂HowToものなので、お風呂読書に丁度良く、湯船で1時間で読了。

 

書いてる事は分かりやすいが、この人、講演会向きですね、本を書くタイプではない。だから、文章にして説明する事が上手ではないようだ。読めば分かる。

 

内容は結構面白い。ヨガをベースにして書いてるので、それなりに説得力もある。学生とかだったら、が〜ってはまりこむかも。

 

社会人だったら、「え〜、あんただから出来るんでしょ、おれたち普通の人には、無理っしょ〜」って言いそう。

 

そうそう、そういう社会人に、「あんたも変われるんだぜ」と言ってるのに、肝心の社会人の耳には、なかなか入らないんだろうな。

 

また、入ったとしても、彼が紙に書いた事を実行するのみで、書きたかった事を理解出来ないから、結局仏作って魂いれずの状態になってしまいそうな内容。

 

ヨガと言えばやはり中村天風。

 

眠りが大事なのは誰でも知っていることだが、その為に夕食を少なめにと実行している人は、どれくらいいるだろう。

 

僕自身は、朝は軽く、昼はしっかり、夜は更に軽く食べるようにして、必要以上のエネルギーを取らない事にしている。最近では、夜に白飯を食べることも殆どない。

 

スキーに行った時など運動する時は、例えば朝はスポーツの前なので消化の良いもの(今回は友人のお店で中華粥、普段は麺類)を食べて、昼は運動の邪魔にならないように軽く済ませるか抜いて、夕食をがっつりと食う。

 

要するにバランスの問題だと思うが、食べすぎは良くないのは事実。

 

記述の中で面白いのがいくつかあった。

 

「お腹が空いた状態でマーケットに行くと、何が食べたいのかすぐ分かる。それが不足している食品である。人間は実に優れた制御系で、足りないものは自分で補給するようにふくられている」

 

これ、そうなんだよね。僕は小学校の頃から、「12時だからお昼ご飯を食べるんじゃない、お腹が空いたから食べるんだ」という考え方を実行していた。

 

だから、ビタミンがどうのこうの、栄養剤がどっちゃらへっちゃら、サプリメントがうっほうっほ等、全く無視している。

 

自分の持つ制御能力に自信があるから、どっかのわけの分からん奴が営業向けに書いた本に振り回されることなく、スーパーで適当に歩き回って、食べたいものを買う。

 

大体世の中の人、他人の書いた本に振り回されすぎ。自分をしっかり持ってれば、食い物だって自分で選べる。

 

「顔は大人でも精神は大人ではない。無駄な年齢だけを加算し、しかもその流されっぱなしの年齢の上に、単に胡坐をかいているだけなのである」

 

そうそう、その通り。これは僕がいつも、自分より年上の人間に対して「生まれっぱなしのあふぉ」と言ってたのと一致する。

 

世の中に馬鹿が多いと先日も書いたが、そうなのだ、生まれただけで偉いと思い、今まで生きてきたから経験豊富と思い込み、実は世間の事等何も知らん「人生素人」が偉そうにしゃべる時ほど、時間の無駄を感じることはない。

 

「周囲の人間の雑音に振り回されるな!」

 

これも納得。とにかく他人の目を気にしすぎる人が多い。他人なんてどうでも良い。所詮自分の人生の責任は取ってくれないのだから、人の意見に振り回されてどうする。ばっかじゃないか。

 

他にも面白い台詞があったが、何より面白いのは、HowToものと見せかけながら、実は哲学本であるってところだ。

 

自分はどう生きるべきか。何故生きてるのか?その、人生における基本的な疑問を解決しなければ、ヨガをやろうが空手をやろうが勉強をしようが何をしようが、要するに間違うのだ。間違ってしまうのだ。

 

人に言われた事を言われたままに実行して生きて、最後に後悔しながら死んでいく。そんな人生って、いやだろ。自分の人生のボスは自分でいたい。

 

だったら、何故自分は生きてるのか、そこからしっかり考えようよって言う意味のHowToものでした。でも軽く読めるんで、入門書として丁度良いかも。

 

写真は金曜の夜の「源太」で、職人さんが鉄板でお好み焼きを作ってる場面。

 

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tom_eastwind at 17:51|PermalinkComments(1)TrackBack(0)最近読んだ本  

2007年10月04日

脊髄反射

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「まじめはバカの埋め合わせにはならない。まじめなバカほど始末の悪いものはない」

 

ドイツの諺だという事をあるブログで読んだ。そうこうしているうちに、更に面白い言葉を見つけた。

 

 

 

脊髄反射(せきずいはんしゃ)。

 

いつも拝読している池田信夫ブログからだ。

 

例えば熱いものを触ると手を離すとか、ぶらぶらしている状態の膝の下を叩くと、足がぴょんと跳ね上がるとかだが、このような説明がある。

 

***

「脊髄反射」とは、外部からの刺激が脳まで伝わる途中、脊髄で折り返して反応が起こる現象です。代表的なものは「膝の下を叩くと足が上がる」反応で、「膝蓋腱反射」と呼ばれています。かつての日本では、「国民病」であった「脚気」の診断にも使われました。

 

辞書に載っている「本来の意味」は、このような「医学用語」です。医学関係者でない人たちの日常会話で、この意味での「脊髄反射」が使われることなど滅多にありません。

 

一般的に広く使われているのは、この言葉を比喩的に用いた、「もうひとつの意味」です。

 

「脊髄反射」の特徴は、「脳」を経由していないことにあります。このことから、「頭」を使っていない、「思慮の浅い」反応、行動を揶揄して「脊髄反射」と称します。多くは、行動の当事者を侮蔑する意図、あるいは自虐的な謙遜が含まれている用法です。

 

掲示板などで、記事の内容を理解しようともせず、字面だけに反応した書き込みがあったとき。そのような書き込みに「脊髄反射」というコメントがついたなら、それは「少しは考えろ」という指摘です。

 

世の中、ものごとを深く考える習慣を持たず、その場限りの対応をする人間は多いものです。それがあまりにも粗忽で浅はかな態度であった場合、その対応は「脊髄反射」として評価されます。定常的に「脊髄反射」ばかりを繰り返す者がいれば、「愚人」とみなされ、相手にされなくなるでしょう。

***

 

馬鹿を相手に馬鹿というのは簡単だが、あんまり世の中に馬鹿が多いと、言い疲れるし、言ってる自分の語彙の少なさにがっかりする。そんな時に「新語」が出てくるとうれしい。

 

こちらの論旨を理解もせずに言葉尻だけを捉えてきゃんきゃん言う連中や、物事をYESかNOか、白か黒かでしか理解出来ないお馬鹿さんは、自分の言ってることが「とても正しい!」と思ってるから始末に終えない。

 

丁度戦前の朝日新聞や、大政翼賛会の下っ端連中が、上部のいう事を真に受けて鬼畜米英と叫んで一生懸命自分の子供を戦争に送って、精神力さえあれば竹やりでB29を突っついて落とせると本気で思い、それで正義を行っていると思い込んでるようなものだ。

 

その結果子供が死んでから、初めて自分が馬鹿をやったと気づく。

 

あんたのやってる事、その結果がどう出るか分かってやってるの?お馬鹿さんは、推論が途中まで(1段階)しか出来ない。だから、囲碁や将棋で言う「先が読めない」状態である。二手三手先を読めば分かることが、どうも出来ない。

 

例えば、移住をしたいとなると、その事ばかりに頭が回ってしまい、その為にビザを取るという作業に夢中になるあまり、ビザを取った後のことを理解しない人々。

 

目的は幸せな生活であるはずなのだから、残業のない、年休が全部きちんと消化出来る為の生活を支える経済的所得の源泉を考える事が必要なのに、何も考えてない。てか、NZで通用する能力を持ってない事に気づかない。

 

だから、一生懸命ビザを取って渡航してみて、実は自分に能力がない事に気づかないまま、ジャパレスで最低賃金で働いた挙句に、「こんな給料じゃやってられん!」と日本に戻る人々。

 

それでいて、ジャパレスのオーナーが日本人をこき使っていると言うのは、開いた口が塞がらない。おいおい、その程度の仕事しか取れないのは、君の責任でしょ。仕事を選ぶ権利は君にあるのだ。

 

君に本当に能力さえあれば、どんな仕事でも出来るはずだ。英語力、コミュニケーション能力、専門知識、一般知識、そういうものの中で、どれがニュージーランドで「能力」として認められるかを予め調査しておけば、答はすぐに分かるはず。

 

その「能力」と言うのが、北東アジアの島国の、更に地方のちょいと大きな会社で、その会社の伝票の切り方とか経費の請求の仕方とか、営業と思い込んで客とゴルフばかりやったり上司のゴマをするのがうまくて、社内では仕切り役の立場にいる事だと思い込んで疑わない人々。

 

結局その会社以外では単なるでくの坊で、60過ぎたらぬれ落ち葉にしかならないのに、海外でも通用する能力を自分が持っていると思っている。

 

自分が裸になった状態、会社の看板がない状態では何も出来ないし能力もないという事を理解もせずに生きてきた、自分を磨こうともせずに周囲に流されて何の努力もせずに生きてきた、ランチタイムは1時間の休憩を取って最初の30分は食堂で会社の愚痴をこぼして、あとの30分は喫茶店でタバコを吹かしながら偉そうに店員を呼びつけて一番安いコーヒーを頼んで、後はしょ〜もないスポーツ新聞を広げて、店員に見られないようにエロ記事ばかり読んでた君の責任だよね。

 

最初から分かってたことでしょ。何できちんと考えないのかな〜と思う。

 

キーウィを馬鹿と言う人も多いが、ある種の日本人は程度の違いはあれ、キーウィ並みの脊髄反射である。むしろキーウィの方が、余程前向きで明るいから良い。少なくとも、起ってもいない事で悩んでストレスを溜める事はないからだ。

 

写真はクイーンズタウンに行った時、スキー仲間がカドローナスキー場をテレマークで格好良く決めてる場面です。

 

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tom_eastwind at 12:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月03日

10月の雹(ひょう)

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そろそろ夏が始まるぞという天候が続いている。青空の向うに真っ黒な雨雲が見えたと思うと、あっと言う間に頭の上にやってきて、土砂降りの雨を降らせる。

 

それも5分ほどすると雨雲が北東に流れていって、次に出てきたぎらぎらな太陽が、びしょぬれになった道路を焼き付けて蒸気が上がって、少し蒸し暑くなる。

 

そうこうするうちに物凄い風が吹き始めて、またも雨雲がやってきて土砂降りになる。

 

この雨、上から下に降るんではなくて、物凄い風に乗り右から左に吹き抜けるので、傘をさしても吹き飛ばされるだけ。バス停に入っても隙間から雨が振り込んでくるので、びしょ濡れは避けられない。

 

昨晩は遅くまで起きてた僕に付き合ってか、スクールホリデイで堂々とテレビゲームが出来る竜馬君は2時まで起きてたので、今朝はさすがに7時には起きれない様子。

 

炊飯器のタイマーを10時にセットして、遅く起きるお姉ちゃんと竜馬君の為のご飯だけ用意しておく。これで炒飯か目玉焼きをお姉ちゃんが作ってくれるだろう。

 

 

8時過ぎに、「天気はよいのに随分冷え込むな」と思って家を出て、目の前にあるバス停でまともな時間に来たためしのない路線バスを待っていると、なんと大風のすぐ後にばらばら!って音とともに、雹が降り始めた。

 

がんがん!ばらばた!みたいな音があたりに広がって、地面を打ち付ける雹の音で、大地の大合唱みたいな騒ぎになる。

 

その雹も5分ほどで抜けて、雨が真横に降りつけてくる。

 

普段は車で通勤しているのだが、今日は夜に永住権絡みの飲み会の予定が入ってるためバスに乗るという事になったが、時間通りに来ないバスと雹に、ちょいと苦しめられた。

 

会社に着く頃は青空が広がっていたが、その後も降ったりやんだりの、熱帯のスコールのような雨が続く。

 

毎年9月後半から10月初旬はこんな天気が続いて、そして10月中旬から夏が始まる。

 

てな事で10月が始まるのだが、今年もあっと言う間に10ヶ月経った。早い。ニュージーランドに住んではいても、仕事のペースは日本と同じなので、時間が経つのが早い。

 

それでも今日は、午前中は割合時間の余裕があったので、後回しにしてきた打ち合わせをこなしていく。

 

今後の移住の取り組み、不動産ウェブサイトの立ち上げ、不動産売却の際の処理方法、不動産投資ファンド組成の方法など、ここ一ヶ月は、やっと立ち上がった不動産部門の会議をこなす。

 

別の打ち合わせでは年末に渡航するご家族と年明け1月に渡航してくるご家族の、ビザ、車輸出、学校、資金移動などの今後の流れを確認する。そして各部門に必要な手配の落としこみを行う。

 

ほぼ毎日通う山水で、昼食を兼ねて、英語版の広告の内容を確認して、先月の売り上げ、今後の営業を打ち合わせ。

 

午後は、昨日から来ている永住権診断を3件行い、そのまま渡航後のお客様の、今後の永住権取得に向けた、お客様との面談。

 

その間にも不動産会社の物件を見て、日本の投資家にどれをどう勧めるかの打ち合わせ。ついでに11月の日本出張の手配と、相手先の面談日時の確認作業、日本で何をするか等も進めていく。

 

てゆ〜か、結局今日は打ち合わせの連続だったな。いつもは脳内作業や手作業等、自分ひとりで完結する仕事が多いのだが、今日に限ってはちょいと流れが違ってた。

 

当社は殆ど会議をしない会社だ。大体の事はメールで連絡を取るし、必要があれば全社員にメールを送信して、メールで回答を貰い、それを僕が取りまとめるので、皆が顔を揃えて話をする事がない。

 

なので、今日はちょいと新鮮な一日だった。緊急性のある仕事もトラブルもないってのが、こんなに気軽にさせてくれるとはね。今晩は、酒が美味そうだ。

 

写真は今日のスカイタワー。今だけを見れば晴天なんだけどね〜。このすぐ後に土砂降りです。

 

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tom_eastwind at 17:08|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2007年10月02日

さらば長き眠り

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さらば長き眠り

 

原リョウの約600ページの探偵小説読了。

 

レイモンドチャンドラーに心酔した素人が、プロと呼ばれている玄人をぶっちぎる作品を創り上げた。

 

プロは面子の問題もあり、他の作者の真似が出来ないが、原リョウの場合は元々レイモンドチャンドラーが好きであり、自分でもフィリップマーロウみたいな私立探偵を書いてみたいという根源的な気持ちがある為、チャンドラーの作風を真似ることに全く抵抗がない。てか、真似たいのだ。

 

でもってこの「さらば長き眠り」は私立探偵沢崎シリーズの三作目にあたり、出色の出来である。結局昨晩は夜中の2時までかかって読了した。てか、読み終わらずに寝れない。

 

最近は「はまれる本」になかなか出会えずにストレス溜まってたので、これで一気に気持ちがすっきりした今朝である。

 

舞台は1993年頃の東京。

 

私立探偵が連絡を取るときは事務所の電話で、留守番サービス会社と契約をしている。誰かを尾行する際も、携帯電話がやっと出始めの頃で、貧乏な私立探偵はそんなもの買う余裕はないから、途中で公衆電話を使って連絡を取る。

 

レコード屋に行けばCDと言われる、コースターの大きなものが売られている。

 

日産自動車が290億円の赤字で座間工場を閉鎖する記事や、円高ドル安で過去最高の115円台をつけた記事が、本文の中に散らばっている。

 

文体はまさにチャンドラーだが、状況を日本に置き換えても何の違和感もないのが作者の力量だろう。普通外国作家の真似をすると、文章に独特の「臭み」が出るが、この作品では、言葉に「浮き」が全くない。

 

ロサンゼルスを東京に置き換え、郊外の一軒家を自由が丘のマンションに置き換え、訪ねるショップを駄菓子屋にして、フィリップマーローの大好きなバーがカラオケスナックになり、沢崎に「折角の英国調のインテリアの雰囲気を、店の一番奥のステージに取って付けたように鎮座しているカラオケセットが台無しにしていた。経営者の趣味も客の嗜好には譲歩しなければならないのだろう」と言わせている。

 

そうそう、あの頃はカラオケが、それまでの本を見ながら歌う型式から、画面が出てきて字幕を見ながら歌う型式に変わり始めた頃だ。

 

僕も1987年頃に、馴染みのお店のオーナーに「ねえ、カラオケとかあったら歌うかな?店の雰囲気が壊れるかな〜」と相談を受けたことがある。出来れば入れたいのだが、馴染みの頑固な客が離れてしまってもな〜というオーナーの苦しみがよく分かる。

 

1993年と言えば、まだバブルが弾けた事に国民が本気で気づいてない時代だ。それからやってくる長い不況のトンネルなど、誰も想像出来なかった、日本の最後の「よき時代」である。

 

「あの頃」を思い出し、文体を楽しみ、ジョニーウォーカーブラックを楽しみ、久々に朝の2時まで「お一人様」の時間を楽しんだ。

 

写真は麻布マハラジャ。お立ち台が一世風靡した時代でもある。「INTO THE NIGHT」、「GIVE ME UP」等がガンガンかかっている時代を覚えている人には、少し懐かしい、昭和から平成に変わる頃の日本が感じられて、ちょいと面白いかも。

 

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さらば長き眠り (ハヤカワ文庫JA)

 

 



tom_eastwind at 11:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本  

2007年10月01日

地震とサマータイム

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ニュージーランド名物と言うか、Daylight saving が始まった。所謂サマータイムだが、名物ってのはサマータイムではない。この仕組みを取り入れている国はあるのだ。問題は、この時に必ず出てくる「遅刻者」である。

 

普通の日本人の感覚だと、一年のうちに二回、時間が真夜中に変わるのだから、パソコンからケータイから自宅の電話からオーディオに付けた時計から、勿論腕時計、何もかも準備万端って事になるのだろうが、この国では、サマータイムの始まりってのは、何か気合がない。

 

土曜日の真夜中過ぎ、つまり正確には日曜の朝3時に時間が変更になるとか、毎年10月第一週の週末に変更とか言ってるが、実際には今年はすでに一昨日変更になってる。

 

政府も、こういう事は日本ほど告知をしてない。大体、先日も書いたが、クイーンズタウン空港の電光掲示板でさえ時間が変更されてないのだ。

 

なんか、だら〜っと、だんだんと、空港や街の時計台の時刻変更が、翌週の月曜日から少しずつ行われて、大体この国の時計を3日くらいかけて変えていく、くらいな感じ。だからサマータイムの後の月曜日の遅刻は、誰も責めることはなく、「ほら、今年もまた出たぞ〜」って、むしろ笑いの種って感じだ。

 

それでも、携帯電話とパソコンは自動的に修正される。あれって、どっかの秘密基地から電波を飛ばしてやるんだろうけど、こういうところは凄いもんだと思う。

 

そんな事を皆で話してたら、突然今日の朝、あっちこっちからメールが届いた。内容は様々だが、まとめて言うと、「まだニュージーランドは浮いているか?」である。

 

何か、南太平洋のどこかで地震があったみたいで、それも北島の近くと南島の近くらしい。

 

知らんっちゅうに。

 

大体、ニュージーランドに住むほとんどの人が何も感じず、ニュースにも殆ど出てない状態で、何で日本人が知ってるの?

 

そりゃ日本の地震探知機は進歩してるから、世界中の情報を入手できるんだろうけど、その中には「ニュージーランドの近くのオークランド島が震源」なんて、知らない人が聞いたら大変な騒ぎになって、そりゃメールも来る罠。

 

ここで、メールを送ってくれた人には大変感謝します。ただ、実際には全く何も感じてませんし、グラスも割れてないしエレベーターも止まってないし、電気も普通に通じてます。

 

ニュージーランドにとって地震よりも、普通に大雨が降って増水したり、大風で電柱が倒れて停電したり、うちの入居しているビルのシンドラー製のエレベーターがしょっちゅう止まったりするのが普通です。

 

サマータイムが始まり、地震が飛び込んで来た週末でした。

 

写真は、僕の通勤路から見えるスカイタワー。まだ立ってます。

 

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tom_eastwind at 19:28|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌