2008年03月

2008年03月28日

新しい横断歩道が出来た

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クイーンストリートに新しい横断歩道が二つ出来た。約30mごとに道路の両側を横断出来るようになった。これで道路の両方の行き来がとても便利になる。

 

クイーンストリートの速度制限を30kmにする事で、市内中心部での事故を減らす。

 

小売店がもっと活発になるように、歩道を広げて車道を狭くして、買い物をしやすい環境にした。同時に、ベンチを新設して、ちょっとした休憩に使えるようになった。

 

荷物の積み下ろし用駐車スペースを、午前6時から11時までは商業車専用にして、11時以降は一般者も最高15分まで駐車出来るようにする。これはすでにトライアルで導入されており、ビジネスマンからの評判も良い。

 

Q street parking

 

7年ほど前は、ビアダクト、またはアメリカズカップと呼ばれるヨット停留エリアの再開発が進んで、将来の繁華街はこっちに移動するぞなんて言ってたのだが、結果的にはクイーンストリートを繁華街にする事に決まった。

 

 

それにしてもオークランドと言う街を日本と比較して一番違うのは、とにかく市役所や市議会が市民目線で様々な提案、企画、実行をする事だ。

 

Q st 横断歩道

 

 

一部の利益だけを考えた行動ではなく、全市民から集めた税金を、どこにどう集中投資するか、この点を考えているから有効な結果が出ている。

 

 

 

 

勿論これでも、一部市民からは「俺たちの税金をあいつらに使いやがって」と言う批判もある。しかし、全体においては僕らガイジンから見ても、非常に安い予算でバランスの取れた投資と思う。

 横断歩道

善良な市民君、文句があるなら日本を見てみたまえ。

 

役所は一部利権と自分達だけの為に働き、市民には殆ど還元されてないのが実態だ。あれを見たら、「何だ、オークランドも、悪くないじゃないか」と、本気で思うよ。

 

 

と言うことで、今日もカメラのテスト。いや〜、デジカメ、良いですね。

 



tom_eastwind at 13:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月27日

イースターエッグ

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今日もイースター気分のようです。

 

イースター前日に、チョコレートを持ってきてくれた取引先の皆さんが、何故かにわとりの格好をしてます。いいでしょ、勤務時間中にこんな格好で街を歩いてチョコ配ってるんだから。

 

もう一枚は、やはりイースター明けのお昼時のチャンセラー広場。いつもビジネスマンがお弁当持ってきて、太陽を楽しみながら三々五々過ごしてます。

 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街を歩く人も、何だかのんびりしてますね。

 

2

 

今日は新しいデジカメのテスト。オリンパスFE320で普通に撮ると3mなので、ブログ用写真にはでかすぎて受け付けてくれない。ライブドアブログだと2mbが限界なのですが、写真はすべて3mb近いのだ。

 

 

 

 

なので今度は、教えてもらったPicasaというソフトをダウンロードして、画像圧縮とか回転とか、いろんな技を使っている最中。こいつを使うと、3mbのファイルが、見事に40kbとかになる。すごい。

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ただ、まだ使いこなせてなくて、写真があっちこっちに飛び散って張り付いてしまいます。おまけにPicasaを使ってファイルに入ると、思わぬほど昔の古い写真が、PCの奥から出て来ます。おい、ちょ、ちょっと待て!

 

決して自宅で観てはいけません。危険です。

 

 

俺の頭もまだまだイースターか?

 



tom_eastwind at 00:57|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月26日

まだまだ遊びモードです。

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今朝はイースター明けの火曜日。北半球の日本では昨日からすでに皆さん活動しているのだが、この街では、まだイースターモードだ。

 

昨日は輪廻転生の事を考えたけど、今日は労働が神への義務と考える彼らは、ちゃんと労働すると、堂々と休むんだなって考えた。

 

 

彼らは普通の週の週明けの月曜日も、平気で職場に電話して、

「あ、すみません、ちょっと家族の調子が悪くて、今日はお休みを〜」となる。

 

電話を受けるほうも慣れたもので、

「あら素敵、今日はどこの釣り場なの(笑)?」と聞き返す。

 

これをこちらでは、BLUE MONDAYと呼ぶ。

 

 

僕はどうも、労働を義務と考える習慣はあまりなく、むしろ自分を労働を通じて磨く?的な考え方が、底辺にあるんだろうなって思ったりする、イースター明けの火曜日、はは。

 

それにしても今日の道路、がら空き〜。

 

自宅を8時55分に出て、Glenfield roadから住宅街を抜けて高速に入るまで信号がないのだが、普段はここである程度の渋滞があるのに、今日は停止すること一度もないし。

 

高速でも停止はなく、Fanshaw STに入ってからHobsonST まで、信号はALL GREEN

 

飛ばしたわけでもなく、車の流れにあわせて走ってたら、15分かからずにシティまで入り、結局途中で引っ掛かった信号はAlbertSTの交差点一箇所のみ。

 

「こんなのあり〜?」とか思いながら、普段より20分ほど早く会社に到着。

 

うちではスタッフの殆どが日本人なので、オフィスに入ると皆さん、仕事をしてたり掃除をしてたり、すっかり仕事モードの連中ばかり。

 

こっちも朝から、イースター前に保留になっていた事を確認、今後の進め方の指示を出す。メールは自宅で処理してたので、すぐいろんな打ち合わせに入ることが出来る。

 

お、今日は仕事の調子が良いぞ。さくさくと進む。途中、新しいアイデアが浮かぶたびにメモリながら、あ、ちなみに僕の最近のメモリは、自分で自分にメールを打つこと。PC使いながら何かピカっと宇宙線が頭を通り抜けると、すかさずメモリ、僕に向けて発信。これ、最近の有効技。

 

HIS front

お昼は、スタッフ二人を引っ張りだして昼食をとりながら、仕事の進め方の「心構え」説明。

 

普段はあまりこういう事しなくても問題ないのだが、最近は特に仕事の速度が上がっているせいだろう、自分の立ち位置が見えなくなることがある。きちんと軌道修正をかけておかねば。

 

午後は、飛び込みのお客様あり。

 

ご夫婦でお見えになったのだが、奥さんは、よく見ると一年以上前にカウンセリングをした人だ。「その時はこう言われまして」と言う奥さんの言葉に、ああ、あれか、と思い出す。記憶のスイッチが入ったぞ。

 

「ビザは、取れるときに取ったほうが良いですよ。ルールなんてしょっちゅう変わるんだから、めんどくさいのはわかるけど、やった方が良いですよ」と助言したお客様だ。

 

結局この人は遠回りしてでも緩い坂を上がろうとしたようで、それから1年以上連絡がなかったのだ。

 

ところが結局、彼女の択んだ道では永住権がほぼ取得不能な事が見えてきた。そこでご主人を連れて相談に来られたので、再度助言をして、今後の進め方を軌道変更する提案をした。

 

今回はご理解を頂いたようで、早速今週弁護士とアポを取り、具体的な方策について打ち合わせをする事になった。

 

永住権を取得するってのは、実力が50%、運が25%、後は、運を呼び込む姿勢、なのかな。今回の彼らの訪問が、運を呼び込む姿勢であったと思う。このまま他の人の話をそのまま真に受けて進めてれば、先はどうなってただろうな。

 

そういえば、僕は新しい仕事を受ける時も、60%の成功率があれば実行するようにしている。次の20%は、本人の努力で進む。最後の20%は、そうやって頑張ってれば、神様が見てて、手伝ってくれるだろうと思うからだ。(結果的に、去年受けた起業家部門等での申請は、8件全部記録的短期間で取得出来た)。

 

vulan lane after easter 2ただし、一番大事なこと、それは、申請がお客様の為、ニュージーランドの為になるか、これが仕事の選択の際の大きな要素である。

 

これは綺麗事でも何でもない。海外で誰の助けもなくゼロから始めて今までやってきた中で、本当に肌で覚えたことだ。

 

ほんとに神様は見ている、そうとしか思えない状況に、何度も巡り合ってきた。そうでない時、つまり自分の利益だけ考えた時は、大体うまくいかない。

 

だから永住権取得のサポートをするときも、その人の為に本当に良いのか?そこをまず考える。

 

不動産の購入も同じで、ニュージーランドの事を全く知らない人に家を売りつけておいて、後は知りませんなんて業者が後を絶たないから、逆に僕らの会社に駆け込む人が増えるのだ。

 

さて、これでイースター明けの初日は終了。

 

 

vulan lane after easter来週は月曜日から南島に出張なので、その時の会議内容及び訪問先での話しの進め方をまとめねばならない。

 

それに、4月の日本出張の際のアポイントも、そろそろきちんと再確認、話の内容をまとめる必要あり。

 

 

今すでに動いている案件も、オフィススタッフに仕事の進め方をきちんと説明しなくちゃ、彼らもついてくるのが大変だと思う。

 

でもま、労働は義務ではなく求道だと思えば、実に楽しいものだ。かなり初日から調子よし。

 

・・それにしてもこの方は、今回飛び込みでうちのオフィスに来たのだが、もしその時間に僕がいなかったらどうしたんだろな?あ!そうだ、前回も、アポなしで飛び込みをした事がある人だった。

 

それを思い出したのは、お客様を送り出した後だった。

 

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tom_eastwind at 00:17|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月25日

お天気イースター 4 リインカーネーション

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最終日となった月曜日。何故かこの日は曇りで、朝起きて寝室の窓を開けると、風が少しヒンヤリしている。

 

復活祭ってのは、日本で言えばお盆の感覚と言えば良いのだろうか?実際には多くのオークランダーがあちこちに「旅行」に行くわけで、里帰りではない。

 

キーウィは元々が生まれ育った村を重視しないし、日本の田舎のように、いつ帰っても故郷がそこにあるという「一所懸命」と言う考え方もない。

 

だから、イースターを利用して家族が集まるにしても、それはどこかの別荘かもしれないし、両親が「たまたま」今住んでいる街に行くのかもしれない。

 

日本のお盆のような墓参りの習慣もないわけだから、随分明るい長期休暇と言った方が正解なのかな。

 

朝ごはんを食べてから、10時過ぎにシティに出ると、お、いきなりぱらぱらと雨が降り始めた。薄い雲と、遠くに青い空は見えるのだが、頭上には黒い雲が乗っかっている。

 

シティではイースター用に借りてた5本のクラシック映画を返すのと、ビデオショップの並びにあるお店で竜馬君のおもちゃ用の接着剤を買うこと。

 

warhammer雨が抜けたあたりで、次の目的地であるtakapunaで、やはり竜馬君用のwarhammerの部品を購入する。

 

学校でも人気の戦争ゲームで、イースター明けにはいくつかの部品を揃えておかないと、竜馬君、戦えないのだ。

 

昼前には自宅に戻り、「海国記」に戻る。

 

話が平安時代なので、ついつい仏教における「輪廻転生」とキリスト教における「復活」の比較をしながら読み進めてしまった。

 

人間は生まれ変わったら動物とか他のものになる事もあると言う教えを受けてきた仏教世界と、人間は生まれ変わったとしても同じ人間にしかならない、または神様のいる天国にいきなり行く、要するにどう転んでも動物にはならないというキリスト教世界の違いは、大きいな。

 

自分たちの分身である動物や森や自然を平等の存在として愛する気持ちを持つ仏教世界では、自然とは共生すべき、ある時は崇める対象であると言える。仏教とは言ってもいろんな宗派があるから言い切るのはよくないが、少なくとも僕は手塚治虫仏教をベースとしているので、輪廻転生はそういう事だろうと考えている。

 

ところがキリスト教では、動物や自然は、必要に応じて遠慮なく食ったり潰したりするけど、気が向いた時は可愛がる、自分たちより一等下の存在であると考えられている。

 

これも仏教と同じく様々な宗派があるから一概に決め付けることは出来ないが、少なくとも今のクリスチャンで、自分が生まれ変わったらかげろうのような虫になるかもしれないなんて思ってる人は、一般論としては思い切り少数派だって言うくらいは、誰にも認めてもらえるだろう。

 

ここんとこが、西洋社会と東洋社会の価値基準の根本的なところに横たわっているんじゃないかとか思いながら、今から1000年前の日本の歴史本にひたる。

 

naebaあ、ちなみにゆーみんのリーインカーネーションReincarnationって、輪廻転生って意味だそうです。

 

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tom_eastwind at 00:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月24日

私をスキーに連れてって

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結局3回観た。いや〜、面白かったし、本当に見事なまでによく出来てるな。

 

何よりすごいと思ったのはこのホイチョイ・プロダクションと馬場康夫さんの、時代を見抜く目がすごいということ。というのも、彼はこの後にバブル三部作を作っている。

 

1999年には飯島直子と草薙剛主演「メッセンジャー」の監督もやっている。

 

そして最近では、2007年に阿部寛と広末涼子主演の「バブルへGO!」も手掛けている。

 

つまり彼らは、いつもその時代の「平均的な日本」を切り取っているのだから、すごい。感心させられる。

 

それも、当時の日本を暗く描くことも英雄的に描くことも出来る中で、あえて「東京を中心とした平均的な日本」に焦点を絞ることで、明日はもっと良いことあるよ、明るい日本が来るよ、そんな日本を常に描いてるから、昭和の加山雄三を団体でやらせてるようなものだ。

 

原田知世2舞台は志賀高原(ここはどうでも良いが、僕が生まれて初めて滑った、最初の日本のスキー場)。

 

この映画は、折角今観るのだから、原田知世が可愛いというのはそっちに置いておき、20年前の日本がどうだったかという視点で見ても実に面白い。

 

まずいきなりびっくり!だけ、主人公の働く会社が安宅物産って、バブルの皮肉か?

 

安宅ってのは明治時代からの名門商社だが、主にオイルショックが原因で1977年に伊藤忠商事に合併された社名だ。まるでバブルの行方を暗示するような名前付けだなと思う。

 

当時は誰もそんなこと、思わなかっただろう。

 

そしてタバコ!もう、今の時代からは「あり得ん!」くらいに、誰もがタバコを吸っている。

 

社内でも車内でも貴社の中でも汽車の中でも帰社する時も、誰もが片手にタバコを持っている。ところが女性は、殆どタバコを吸ってない。これって、当時の時代背景だったのだよね。

 

タバコを吸うことが当たり前で、僕のように生まれつき全くタバコを吸わない人間は、それだけで変人と思われていた。

 

最近中国から来る留学生や団体は、町で歩きながらとかビルの入り口とかで、ちょうどあの頃の日本人のように、誰でもタバコを吸って、道端にポイ捨てして、お互いに勧めあってる。

 

今の中国人をどうこう思うなら、この映画を観て、自分たちがやってた20年前を思い出してみたらどうだろう。少なくとも、今の中国人の礼儀知らずや健康に対する意識の低さを笑ったりする事は出来ないだろう。

 

「おい、俺らも昔はそうやって吸ってたよ。でもさ、結局俺の体はヤニだらけでぼろぼろになり、見た目はみっともないし、多くの日本人男性が肺がんになってるし、食い物の味は分からないし、何も良いことはない。な、だからやめとけ」と忠告すればどうだろうか?

 

残業が当たり前で、個人の生活なんて二の次だった時代。誰もが毎晩遅くまで仕事をしていた。その後ワークライフバランス(WLB)と言う考え方が導入されて日本は残業が減るかと思ったけど、これは今も変わってないな。

 

そして何よりも、今も当時も変化しないのが、「意味のない残業」だ。これは疲れる。だって楽しくないし、何も産まないんだもん。残ってることに意義があるような残業が当然だった時代は、今、益々酷くなっているような気がする。

 

原田知世笑顔スキーウェア、今ではだぼだぼが中心だけど、当時のウエアの方が好きだな。きりっとしている。

 

スキー場には若者が集まり、堤さんが宿泊設備の整備をして、毎晩どこかでパーティがあり、寝るだけの部屋でも良かった時代。

 

今、スキー場はシニアが中心になっており、前回行ったニセコでもそうだったが、スキーだけではなく、スキーを中心としてリゾート生活を楽しもうとする営業戦略を取ったホテルが生き残っている。

 

原田知世が泊まってたプリンス系の部屋設備では、もう時代の変化にはついていけないな。

 

それと、スキーのスピード!あの頃は、スキーと言ってもスピードを出すスポーツではなく、楽しく、くるくるって回る時代だった。

 

だから三上寛扮するスキーヤーも、その滑りは実にすんごいのだけど、滑り方自体が、例えばコブを滑るときなども、今のスキーからすると、かなりゆっくり大きく回ってる。スキー指導は日本が誇る海和俊宏(Kaiwa)だから、当時の最高技術でやったのだろうが、基礎を観ているようで、これはこれなりに勉強になる。後はこの基礎にスピードを乗せれば今のスキーになる。

 

三上がリフトで一緒になった初心者の原田に教える場面も面白い。

 

「あのさ、内スキーを持ち上げて揃えてるからさ、それだと動作が遅くなって後傾になるんだよ。もっとスムーズにこう、(外スキーと同時に)内スキーのトップを上げずに回してみなよ」

 

これ、スキーをする人なら分かるけど、うまい説明をするな〜って思った。さすがに指導者。

 

4人スキー

 

学校時代の仲間5人の存在感もすんごく良い。あの頃は誰もが「今日より明日のほうが楽しい」と無条件に信じていた。そんな無邪気な笑顔で、毎日を面白おかしく過ごす姿が、実にほほえましい。

 

 

とにかく会社に入って、上司に言われた事を一生懸命やりさえすれば、それでよかった時代だったよな〜と、思い出す。もう帰ってこないな、あの時代は。

 

その中でも、今も昔も変わらない場面。

 

スキーを教えてもらって早速あぶなっかしく頑張る原田知世。スキーを教えた三上は、はらはらしながら言う。

 

「無茶すんなよ!」

「無茶しないで、何が面白いのよ?」

 

 

はは、これはいつの時代も同じですな。勝ち目はないのだ、黙っておけ。

 

圧巻は横手から万座へのスキーシーン。すんごいシーンが次々と続いて、滑りに十分スピードが乗ってて、観てるこちらも手に汗握る。

 

 

原田知世ばきゅん「やった。ばきゅん!」

 

 

映画は1987年8月公開。



tom_eastwind at 11:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近観た映画 

2008年03月23日

お天気イースター2

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堂場瞬一の鳴沢了シリーズ「偽装」読了。「ついつい徹夜してしまうほど面白くておススメ傑作警察小説」で、「読み終わるのが勿体無く、でも、シリーズだから安心して読める」という、書店員からのお勧めが入るほど、確かに面白い。

 

文体は読みやすく、自分のやってる事に絶対の自信を持てないという主人公に感情移入しやすく、各巻ごとに舞台を変えて話が進むので毎回新鮮で、今まで8冊出ているが、まだ飽きたことがない。

 

原寮の沢崎シリーズも去年から今年にかけてはまってるのだが、鳴沢シリーズの前日に読了した最新刊の「愚か者死すべし」、これも良かった。最近2冊ほど「外した」ので、更にうれしい。

 

博多地図今日は朝から服部真澄の「海国記」に取り掛かる。丁度別件で大宰府の歴史を少し調べてたので、最高のアルデンテなパスタに最上級のベーコンと新鮮な卵を使ったカルボナーラがかかったように(どんな例えだ?)、話がうまく絡んで、頭に筋書きがすいすいと入ってくる。

 

それにしても日本の歴史で教えてることなんて、東京のど真ん中で堀と森に囲まれて生活してる人たちの祖先が自分の都合の良いように書いてるだけなんだが、それを丸暗記してテストに回答した連中だけが有名大学に合格して官僚になったり大企業の社員になるんだから、日本の歴史観が恐ろしくひんまがってるのも仕方ないことだろう。

 

それも、実は間違ってるって知ってるけどテスト対策で覚えましたなんてならまだ良いが、本人が学校で学んだことを信じ込んでて、更にそれを自分の子供に教え込んでいくのだから、もう始末に終えない。オームもびっくり、完璧な洗脳の出来上がりだ。

 

少なくとも僕は、自分の子供には、歴史には表と裏があるし、本に書いてることをまともに信じる前に、自分の頭で考えるという習慣だけは身につけさせたいな。

 

子供を持つ皆さん、自分が学校で学んだ知識が正しいのか、一度学びなおしたほうがよいですぜ。

 

あ、そういえばうちの奥さん、大学の勉強で「英語が世界の共通言語になった原因」をレポートするそうで、いろいろ聞いてきた。

 

「お父さん、英語は英国人が世界を探検して新しい世界を切り開いて貿易を行ったから世界に広まったんだよね?」

 

こういう風に、こんな短い文章で、これだけたくさんの歴史、経済、政治の間違いの要素を含んで話されると、どこから切りほどいてよいやら。

 

歴史的にポルトガルやスペインが果たした役目、英国は元々フランスの属領だったから、今でも英語には元フランス語ってのがたくさんあるって事、産業革命、そんなのを30分くらいかけて説明する。

 

その合間にりょうまくんが世界地図を開いて勉強しながら、「ねえ、お母さん、グリーンランドって、何で地図の上では白いの?」

 

困ったようなお母さんに、「りょうま、それはね、グリーンランドって言ってるけど、その島の殆どは氷で覆われてるからだよ」と説明する。

 

「え?氷なら、隣のアイスランドでしょ?グリーンランドなら緑があるんじゃないの?」

 

「この土地を見つけた人は、実はアイスランドを最初に発見したのさ。でもそこにアイスランドって名前を付けたものだから、誰も移住しなかった。だから次に見つけた島には、グリーンランドって付けて、一人でも多くの人を移住させようとしたのさ」

 

「じゃあ今はたくさんの人が住んでるの?」

 

現在の人口は6万人くらいで、地下資源と漁業が中心だ。デンマークの領土である。なんて事を説明する。学校じゃ教える時間はないだろな。

 

日常生活ではとても賢い奥さんでも、やはり香港の学校で学んだ歴史とか貿易の知識は、新しい知識が上書きされない限り、消えないんだろうな。そして新しい知識を上書きしようとしない限り、無知、てか、政府の都合よい筋書きを信じたままで生きていくことになる。

 

そうだそうだ、先月と先々月、二ヶ月続けて回った東北と北海道。学校で学んだことを愚直に信じてる人々は、ある意味僕にとってかなりショックだったかも。俺のほうがおかしいんだよな、そう教えられたような気持ち。

 

ランギトト途中、12時から13時30分まで、家族総動員でガーデニング。僕は車道にはみ出した木の枝を切ったりするが、それにしても良い天気。終わった頃は、ジーンズとTシャツがぐしょぐしょに濡れてた。

 

写真は、自宅から見るランギトト。

 

 

ここち良い汗をかいて、お風呂で海国記を読む。風呂上りに飲む水割りが心地酔い。やべ、今の呑み方だと、そのうち胃袋にアナが空くぞ。



tom_eastwind at 12:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月22日

お天気イースター

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昨日からイースターに入る。周囲は皆、旅行とかに出掛けている。

僕はこの4日は、日頃読む時間のない分厚い本とか、家族が誰も絶対見ないようなフランス映画(アランドロンとリノバンチェラ、ジャンポールベルモントとか)と読書と決めてたので、空が晴れていようと関係ない。

東京で仕入れた九谷焼のボトルにジョニ黒を移して、昼からウイスキーを呑む。旨し。

日本出張がうまくいき、オークランドに戻っても大きな問題もないままイースターに突入したので、ナンだか体がふわふわしてる。

そういえば4年前は、丁度イースター前に、ニュージーランド中のテレビや新聞を2日ほど騒がせたな。ふと思い出す。あの時の事を知ってるのは、何人くらいいるだろうな?

それにしても、こうも喧嘩しなくちゃ気が済まんのかと思うくらい、あの時は全く、全身で喧嘩したな。てか、多分この性格は、死ぬまでなおらんだろう。いつもお付き合いくださる周囲の皆さん、ごめんなさい。

「擬装」は、新潟出身の刑事・鳴沢了シリーズの最新刊。朝から風呂に入って読んでる。

昨晩は友達が貸してくれた「私をスキーに連れてって」を観た。

いやあ、原田知世、無茶苦茶可愛いな〜。世の中が誰も何の疑問も持たずに生きてけた時代の、一番最後の象徴的な映画かも。

この映画観ながら、ほんと、20世紀最後の時代と21世紀をまたいで、時代は大きく変わったなって思った。またいでも絶対変わらない人もいるけどね。

バブル崩壊から9・11テロ、世界が基盤から変化する中で、自分の立ち位置をどこに置くか?今は本当に戦国時代だな。秩序なんて考えてたら潰される。

そんな危機感を感じながら、それでもこの4日は真っ白なイースター。

あ、そうだ、この写真。デジカメで撮りました。成田でデジカメ、買いました。オリンパスのFE320と言う代物。

薄くて軽くて楽しいのだ。今まではケータイカメラだったので、これで随分幅が広がりました。ブログやりながらデジカメもってないなんて、どんな亜ふぉジャ?って感じですな。

棚には未読の本が10冊以上あります。そして、「クリスマスイブ、志賀高原のゲレンデで出会い、バレンタイン・デイの万座で愛を確かめあう・・・。」

うわ、この映画、あと3回くらい観そう。

 



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2008年03月20日

戻りました

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真夏のオークランドに到着。空は明るいし天気は良いし。

 

ほぼ毎月日本とオークランドを行ったり来たりしているが、ほぼ毎回空港税関は素通りだ。周囲では、掴まったとか待たされたとかの話をよく聞くが、今のところほぼ100%の確率で無事に通り抜けられている。

 

クイーンストリートの歩道拡張工事も終了し、日本の仕事も無事終了し、明日からイースター休暇に入る。

 

4日間、日本で買ってきた本をまとめて読む予定。何か、ニュージーランドに戻るとのんびりするな〜。

 

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tom_eastwind at 11:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月19日

川の流れのように

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照明を暗くしてムードを出したコンパスローズは、東京の定宿の22階にあるバーだ。

 

六本木ヒルズ、東京タワー、そしてミッドタウンを眺めながら飲む酒は、またこれが格別に旨い。

 

 

バーの片隅では、太った黒人が生ピアノを弾きながら、その良く通る太い声で素晴らしいジャズを歌っている。

 

「ア〜ア〜、カワノナガレノヨ〜ニ〜」

 

_????????___

 

あわわわ、おい、ちょち待て!今、「川の流れのように〜」って歌ってたか?おいおい、君、今、美空ひばりを歌ってたのか?

 

「今、黒人が日本の演歌を歌うのって、結構人気があるんですよ〜」一緒に飲んでた元スタッフに教えてもらう。

 

なんじゃそりゃ!アリエナイザーイナバウアーを、久々にかました僕は、思わず聞き返した。

 

ニセコには結局3泊した。スキー視察(笑!)は一日だけだったが、やっぱり日本は、東京だけ見てても分からないし、かと言って地方の視点だけでは何も解決しない問題がたくさんあると思った。

 

北海道は、日本から独立して、観光立国となり、中国かロシアに外交を任せるという方法もあるのではないか。そんな事無責任!なんていう人もいるかもしれない。でも、無責任でも、誰かが何かを始めなければ、北海道は新しいページを開けないのではないか?

 

白老アイヌ北海道にいた先住民であるアイヌを、まるでオーストラリアで白人がアボリジニを殺しまくったように駆逐してまで奪い取った領土なのに、それを全然生かせず、逆に日本の皇居のお荷物になってしまった現状。

 

夕張は今、閉鎖されようとしている。

 

人口約15000人の市だが、市役所の機能を完璧に破壊することで住民サービスが提供出来ないようになり、いずれ学校は閉鎖、病院も閉鎖、市民が払う税金はすべて借金返済に回り、市民は何のサービスも受けられなくなる。

 

 

そんな街ではもう住めないと、市民がどんどん脱出していく。最後に残るのは老人と病人だけだろう。その時点で町としての機能は完全に破壊される。

 

これから、他の地方でもそういう街が次々と出てくるだろう。自分で稼げない奴は潰れてしまえ、相手にしねえ。大きな町に出ていきな、それが政府の方針だ。

 

東京の高級ホテルのバーでブランディを飲みながら、皇居daisuki人間がそんな話をして政治を進めていくんだろうな。

 

人を信じることが出来る日本人てのは、とても良い性質だと思う。ただ、それも時と場合による。

 

yuubari coal mine

 

今の日本で政治を信じるって事は、麻薬でラリッて、片手にナイフ、片手に拳銃を持ってるキチガイと手を繋いでオクラホマミクサーを踊るようなものだ。タンタタンタン、はいそこで回って背中を見せて〜、ぐさ。

 

 

 

北海道には、2年前も家族を連れてスキーに行ったのだが、やはり観光や里帰りで行く日本と、仕事で行く日本は全く違う。こっちの視点が違うから、素敵なヴェールのかかった思い出のふるさとではなく、包丁を砥いでる醜い老婆の本当の正体が見えるのだ。

 

そうやって見える日本は、今現実に日本に住んでいる人からすれば、それこそ「アリエナイザー!」とのけぞるかもしれない。

 

誰もそうだよね、自分の友達が人殺しをしたって聞いたら、「え〜、あの人がそんな事をするなんて!」となる。今の日本が、まさにそれだ。

 

医療費負担を増やし、老人医療を切り捨て、障害者を社会の底辺に追い込み、中年失業者には電車に飛び込ませ、若年労働者は低賃金でこき使い、家庭を崩壊させて、切れやすい子供を作っては犯罪に走り、本来は国民が受け取るべき年金を、役所が全部使い込んで、法律を変えて「カネがねえから払わんよ」と開き直る。

 

たぶん、たまたま僕が今の位置にいるからそんな日本が見えるのだろう。日本に住んでいる人からすれば、やっぱりユデガエルだから、鋭い痛みを感じない。

 

ニセコを朝出て、バスで3時間近く揺られて札幌空港に着く。ここで福岡に戻る相棒と別れて、僕は羽田行きの飛行機の乗客となった。

 

ねずみ飛行機の中では色んなおっさんがいる。土建屋らしきおっさんと、どっかの田舎の町議員が、どぶねずみ色のしわのよったスーツに、生卵の殻のような色の白いワイシャツに、長さの合ってないレジメンタルのネクタイを結んで、まるで双子の精神貧弱児のような顔を寄せながら、次回の入札の話をこそこそとしている。

 

これから東京の「偉い議員さん」に「陳情」に行くんだろうな。おい親父、自分の目先の利益だけ追っかけた結果が、お前の足元に広がる貧弱な北の大地だぞ、わかってんのか。

 

もう少しアルコールが入ってれば、確実に絡んだだろうな。

 

ただ、言っとくが僕は土建業界の存在を否定しているのではない。日本が誇る建設技術は、間違いなく彼らが作ったのだ。その技術促進の為に談合も役立つ時期があった。そこを否定しているのではない。

 

ぼくが彼らに対して頭に来るのは、小泉政権で切られそうになったら、とっとと気づいて他の仕事に鞍替えするなり、もっと逃げようがあったのではないかという、トップの危機感のなさへの怒りである。戦国の武将を見習えっつの。

 

昔は建設業界25万人と言われたが、今は集票さえ出来ない組織である。悪代官と組む越後屋は、「お代官、あなたも悪ですの〜」とか言いながら、切るべきときは理解してた。ほんとに自分の会社を守りたいなら、もっと早い時期に行動すべきだったのだ。

 

それなしに、今になって開き直ってぎゃあぎゃあと騒ぎ始めるのは、国益と言う観点から見たとき、どうなのだ?その部分に頭が来るのである。

 

羽田に着き、dandan薄暗くなっていく東京の空を見ながら、今回の最終日程となる恵比寿のホテルに戻った。

 

黒人の歌うジャズに身を預けながら、いろんな事を考えた。今の日本の領土の国境、これは本当に適正なのか? 

 

霞ヶ関ビル

北海道も沖縄も、結局は大和民族じゃないし東京のビッグホール(つまり皇居ですな、夜、東京を空から眺めれば、ぎらぎらと輝く高層ビルの中、ど真ん中が真っ暗なのが分かる⇒池田ブログ引用:だが、これは以前からそう思ってた)にとっては蝦夷とか琉球だから、どうでも良いのだろう。

 

左の写真は霞ヶ関ビル

 

 

ビッグホールにとって都合が良ければ、そこに米軍基地を置き、ロシアの盾として、とにかく扱いが二流国民であるが、何をおっしゃる田舎者、私たち皇居に住むものに少しでも近づけるんだから、黙って苦労してなさいよ。

 

だって、東北の端っこの六ヶ所?七箇所?よく分からない場所では原発でも引き受けてるんだよ。黙って我慢してなさい。

 

え?なに?そんなに原発が必要なら東京に作れって?ほほほ、何をおっしゃるの、あれは、彼らが欲しいというから、あの町に作ったのよ。

 

川の流れのように時代はうつろう。

 

結局、自分の身を守るのは自分しかいない。かと言って動物的に生きていては、生きる意味がない。

 

強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格はない。レイモンドチャンドラーの言葉が染みるような夜。

 

黒人が歌う、妙にかっこいい美空ひばりを聴きながら、ウイスキーのボトルの残量をゼロに近づけないように地球の引力と競争をした夜。勿論、結果は僕の負けだ、ゼロどころか、底を割ってしまい、もう一本引力競争をする事になった。

 

結局、ナンなのかな〜、この世の中って。日本のど真ん中で仕事をして、日本の北の端でスキーをして、最後には頭がごちゃごちゃになってしまった。

 

それでも、何とか頭を使って戦っていく人間にだけ、生き残る機会があるんだろな。

 

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tom_eastwind at 00:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日本 | 諸行無常のビジネス日誌

2008年03月18日

あいつらさー ニセコ

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「あいつらさ、ビールに白飯だぜ、合わないだろーよ。おまけにチンゲン菜をちょいとつまんでるだけなんだよ。おりゃ、あれ見た時に、思わず声がでかかったよ、そうじゃなくてさ、日本食ってのはこう食べるんだよって言いたかったのさ。でもさ、俺、英語、できねえもんな」

 

朝のリフトに乗り合わせた、東京からやってきたスキーヤーのおじさん。昨晩はニセコアンヌプリホテルのバイキングで飯を食ってた外人に、どうしてもひとこと言いたかったらしい。でも英語出来ないから黙ってたんだって。

 

今日は朝からピーカンの青空。ニセコアンヌプリスキー場のてっぺんあたりのリフトからの眺めは、実に爽快である。

 

ニセコヒラフ2羊蹄山がずいぶんでかい。

 

この感覚、写真では表せないが、とにかく山が目の前にど〜んと座ってる感じだ。

 

 

冷え切った空気はぴーんと張り詰めて澄んでおり、空はすかーんとどこまでも青く、そんな中で一本目を滑ろうとリフトに乗った時に話しかけられたのだ。

 

リフトは二人乗りだしお客も少ないので、無理して一緒に乗ることもなかったのだが、見たところおじさん、一人で旅行に来て滑ってたようで、おまけに東京生まれだからなのだろう、誰かを捕まえては昨晩の話をしたかったって感じ。

 

おじさんいわく、昨日のホテルのレストランのバイキングは中華スタイルだったので、なんで白飯ばかり食ってるのか分からん、酢豚でもエビチリでもあるのにさ、全くもー、だってさ。

 

この人、根っからの東京生まれの東京育ち、お人よしでおせっかいで、何でもすぐ口に出てしまうタイプなんだろうな〜と思った。

 

そのガイジンは、たぶん菜食主義だったのかもしれない。でも、菜食主義なんて滅多に見かけないおじさんからすれば、「日本食の食い方もまともに知らねーガイジンさん」に、何とか教えたかったのだろう、ビールに白飯はいけねえやって。

 

適当にあいずちをうちながら、心の中では「だったら、そのテーブルに行って、身振り手振りでも良いから自分の言いたい事を伝えればよかったではないか?」と思ったりする。

 

ただ、おじさんはやっぱり、良い意味でも悪い意味でも普通の日本人だ。片言でも良いから教えることよりも、英語が出来ずに自分が恥をかくという気持ちを優先したんだから。

 

「もし言い方間違ったらどうしよう?」 じつはこれが今日のテーマ。

 

うちの竜馬君が前回一緒に日本でスキーに行った時、彼は日本人と日本語だらけの中で、どんどん英語で話しかけていった。気負いもてらいもなく、要するに「失敗することは恥ずかしい」なんて後天的な教育を受けてないから、素直に他人に話しかけられるのだ。

 

NZでもオーストラリアでも、子供の頃から「Try and Error」、「 GO for Break!」 と教え込まれる。何故なら実は、ちょっと理論が飛ぶけど、これが民主主義の根幹にある大事な思想だからだ。

 

ニセコ1世の中の事は、その気になれば何でも変えることは出来る。でも、失敗を恐れていては何も出来ない。望めば叶わない夢なんて、絶対にない。だから失敗なんて恐れるな。そういう気持ちが西洋社会を成長させてきたのは事実だ。

 

こうやって一人一人が自分の頭で最高の解を考えること、これが民主主義で一番大事な部分である。皆が自分の考えを持ち寄って話し合いをして、その中で一番皆が納得出来る解を見つけるのが民主主義だ。これはアテネの時代から何も変わっていない。

 

だから、自分の意見を表明することを恥ずかしいと思うのではなく、逆に表明出来なければ民主主義は進歩しないじゃないかという事だ。

 

そして西洋社会、特に英国では早い時期から民主主義が導入され、人々は自分の権利と義務を理解した。だからその代わりに、人が失敗することを許す文化が根付いたのだ。

 

何で白人はミスが多いのだ、NZでは銀行もバスの運転手も平気でミスをするし、それを問題視する事もない。何故ならそれが民主主義を実行する代償の一つだからだ。

 

だからこのおじさん、西洋式に言えば、英語が出来ないからって理由で話しかけないなんて、身振り手振りでもどうにかなるでしょう。実際に昨日は、日本語で通して立派にガイジンと会話している道産子がいたではないか。

 

このおじさんの一言、そして裸一貫で外国に乗り出して、失敗をものともせずに違う文化の中でニセコで成功したオージー、僕にとってはこれがそのまま、今の日本とオーストラリアをあらわしているような気がした。

 

悪いおっちゃんじゃないんだよ、だから始末に終えないのだ。悪くないから文句を言うのも気の毒。だから結局いろんな事が先送りになって、今の日本になってるんだろうな。

 

アンヌプリ頂上は30度近い斜面だ。山のてっぺんは全然木がないので、3つのスキー場のどこに向かっていっても楽しめる。

 

ニセコアンヌプリ1

 

そんな中で、人が作ったコースを真面目に細かいターンしながら滑ってる日本人。オージーは、コースなんかに関係なく、楽しそうな斜面を見つけては、大きく肩を振って上体を使って大きく回り、どんどん突っ込んでいく。そこに新しいシュプールが出来る。

 

「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」

 

どうよ、高村光太郎の精神は、今はオージーに引き継がれているようだ。

 

あ、そうだ。前回も今回も、何で僕は初めての新雪、それも膝上まで来るような上級斜面を一度もこけずに滑れたのか、遂に分かりました!

 

それはファットスキー。今回も偶然ですが、サロモンを履きました。新雪にはファットスキーですぜ、相棒。

 

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tom_eastwind at 00:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本

2008年03月17日

ニセコ 大空と大地の中で

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10時前にロビーに出てみると、粉雪が軽く舞っていた。でも、ホテルのロビーの前は、多分道路暖房(ロードヒーティング)をしてるのだろう、雪が全然なくて綺麗に乾燥した道路になってる。

 

「ほんとに来るのかな〜、昨日は後半、結構おふざけで騒いだもんな、びびってないかな〜」そんな事を相棒と話してたら、10時ちょい過ぎた。

 

おお、こりゃどうなん?って思い、相棒が電話を入れる。すると、「あ〜、はい、今そっち向かってますよ、もう家出てるんで、あと5分くらいです〜」って、明るい声。君、昨日は遅くまで仕事してたのに、元気だよね。二人で、20代の体力に思わず顔を見合わせる。

 

 

もこまもなく車が到着。可愛らしい軽だ。最近の軽って音楽も聴けて、後部座席にはスキー板が置けて、トランクルームもあるのだから、こりゃもう、便利だべ。これは心地よい。

 

 

「じゃ、どこから行きますか?!」元気に切り出す彼女に、O30(Over30)の僕ら二人は結構感心しながら、じゃあ、倶知安駅に行って、それからニセコヒラフを回ろうという事になる。

 

日本の真ん中東京です、地域の真ん中は、やっぱり国鉄の駅です。駅前商店街ってのは日本ならどこでもあるので、まずはJRの駅前見学です。

 

薄暗い空で、今にも雪が降るか、それともど〜んと大風が吹くかって感じの中、車は山の中の道を走る。

 

車内では、昨晩も話した僕らの旅のテーマを再度繰り返しながら、「英語、勉強すれば?」と、軽く聞いた。

 

「やっぱ、いいっすよ(不要)〜。会話できれば楽しいだろうけどね」

 

彼女の答えは簡単なものだ。そりゃそうだ。今食えてるし、スキー客が来ても彼らはこっちの言葉を分かってくれる。何で無理して英語の勉強の必要ある?

 

日本は本当に広い。北は北海道から南は沖縄まで、それぞれの町で生まれ育った人は、それぞれの町のローカルルールが、全日本で適用されてると、本気で思い込んでる。

 

例えば、大坂発祥の恵方巻きなどは、つい最近までは他の地域では全く知られてなかった。

 

昨晩のおしゃべりを通じて(後半は例の如く記憶がないけど・・)、あやちゃんも、ローカルルールをしっかり身に付けているってのは、ほんとに良く分かった。

 

北海道では、冬になれば雪掻きをするものだし、お父さんの言う事は絶対に聞くものだし、学校の先生は偉くて、農協のいう事はきちんと聞かないと仲間はずれにされて、農産物の収穫期は大変なことになる。

 

でも、そのローカルルールの中には、英語を学ぶってのは入ってないのだ。それよりも、米の出来具合を予測する、天候の読み方とか、飲んでもちゃんと家に帰れる車の運転のほうが大事なのだ。

 

そうなんだよね〜、本当なら、そうやって人々が安心して生活出来る環境を作るのが国家の役目であり、その為に政府が勉強をして国民生活を良くしていかなくちゃいけないんだよね。

 

でも、実際はそうじゃない。一部官僚と支配階級が手を組んで、自分たちだけ儲けて一般国民に損を押し付けているのが実情だ。だからこれから地方が生き残る為には、ローカルルールを遵守するだけでは、もう通用しなくなるのだ。

 

以前はそれでも良かった。何かあれば、彼ら支配層は、[ Noble oblige ] と言う、貴族の義務を理解していた。でも最近の支配階級は哲学がないから、調子の良いときは自分の手柄、悪くなれば国民に責任を押し付ける、まるで映画で見るようなろくでなしの二代目ぼっちゃんばかりである。

 

でも、そんな事をあやちゃんに話しても、可愛い顔で「は〜?なんすか〜?」って聞き返されるのがオチなので、あえて車内ではおとなしくする。

 

倶知安駅あまり活気のない昼前の倶知安駅には客待ちタクシーが3台いた。昼間は、営業するタクシーが10台くらいはあるようだ。

 

←の写真は、イメージ検索してます。

 

 

薄暗い空に沈みこむような印象の駅と、平行するように左右に走る道と、駅からまっすぐ突き出している道と、ちょうど三叉路の真ん中が駅だ。

 

でも、所謂繁華街、アーケードがきんきらと輝くような駅前商店街ってのは、ない。食堂と、電気やと、それからシャッターを降ろしたお店が並んでいるだけの、日本の田舎ならどこにでもある普通の光景。

 

北の国の駅舎らしく、ガラスとサッシの簡単な二重ドアの向うに待合室がある。中は二つに仕切られていて、右側がお土産とか饂飩やだ。ただ、この時間はお客がいないのだろう、饂飩やは暖簾を下げてた。時刻表を見ると、次に来る電車は40分後くらいだから、電車に合わせて営業しているのかもな。

 

思わず鈴木ムネオと松山千春の顔が思い浮かんだ。そして中川親子。彼らは北の大地に、何をもたらそうとしているのか?

 

いつの時代も、甘やかされたガキは、ろくでもない人生を送った挙句に親を恨む。むしろ、親から何も与えられずに自分の力で生きてきた連中のほうがたくましい。

 

政治家は、この大地に、何をしようとしているのか?自己努力をせずに、他人(他の街)にカネを出させて自己責任から逃げようとする選挙民に、カネ(国家予算)を与えて票をもらうのが今の選挙制度なら、選挙民の程度も国会の程度も変わらないという事か。

 

自己努力を捨てて政府の補助金にのみすがり、政治家にそれを求めた結果として今の北海道があるのではないか?補助金で生きてきた人間は結局いつまで経っても独り立ちできない。

 

そんな事言っても、今どうすりゃいいんだ?!それが多くの現実的な意見だろう。それは分かる。僕も現実の中で生きてきた。誰の助けも借りずに今まで生きてきた。だからこそ良く分かるが、現実的な意見だけでは、いずれ人間は行き詰るのだ。

 

生きていくうえで本当に大事なのは、理想や思想だ。それなしに生きていくのは、動物と同じだ。メシが食えれば、それだけで良いのか?メシを与えるだけではなく、メシを作って自分で生活出来るようにすべきではないか?

 

せっかく目の前に宝が埋まってるのに、誰もそれを掘り出そうとせず、お上からの補助金だけで生活をしようとしてる。その補助金は誰の財布から出た金なのか、考えたことはあるのか?

 

おーじーたちヒラフ。

 

 街を歩く人の半分がガイジン。

 

 

すし屋で普通に座ってスシとサシミを食べてるオージー。メニューはすべて英語併記だ。

 

コンビニで置いてる食料品は、どう見ても完全に地元日本人向け。お茶漬けとか売ってる。それでもガイジンが友達と一緒に買い物に来て、ここでも自動翻訳機が稼働しているのだろう、立派に会話が成立している。

 

りんごやバナナを買ったり、ビールやワインを、あ〜だこうだと言いながら比べて見たり、こいつらガイジンは、ここでもすっかり「いついて」るなと思う。

 

ニセコヒラフスキー場では、香港や台湾から来たアジア人も目立つ。リフト乗り場では、広東語で話す若者グループが、スキーで暑くなったのだろう、ジャケットを脱いでからだの熱を逃がしながら、友達と肩を組んで写真を撮ってる。

 

香港に帰ったら、友達との食事会に持っていって、「ね、ニッポンってすごいけど、スキー場もすんごいよ!次は絶対一緒に行こうよ、こんな楽しい遊びってないよ!」、そうやってYokosoNipponの代わりに、ほんとの営業をしてくれるのだろう。

 

もう一枚写真撮って、友達に見せてね、そう、本気で思った。それこそが、今の北海道を成長させる基盤ではないだろうか。

 

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2008年03月16日

ニセコアンヌプリ 朝食会場にて

ニセコスキー場 

翌朝は軽い二日酔い。

 

あやちゃん来る前にメシ食わなくちゃとか、最近飲み過ぎかも〜とか思いながら、朝食会場に向かう。

 

「朝食のレストラン」ではなく、「朝食会場」ってのが良いよね。

 

 

何だか、15年くらい前にヤオハンツアーで北京の人民大会堂で数百人が集まって大宴会をやった時のような、言葉と現実の場違いさに、その町の人々の感覚と僕の感覚のずれを感じて、そのずれが物差しになるので、距離感がつかめる。

 

そういえば、「かにかま」の事を思い出した。北京の人民大会堂で最初に出た前菜に、何と「かにかま」が出てたのだ。「お^−、こういう風に味付けして食うのか、おもしろいな〜」と感じた。

 

中国の人々にとっては、「かにかま」は「かに」ではないとわかった上で、魚のすり身料理の一つとして重宝しているのだ。ところがそれから数週間して、日本のある新聞がこの問題を取り上げた。

 

「本場の中華料理といいながら、かにかまのような誤魔化しな食い物を出すとは何事か!」と言う趣旨である。

 

それはそれで言いたいことは分かるのだが、その視点、違うんだよね。それ、日本人だけが持つ、「凝ったこだわり」であり、そんな事、世界ではあんまり考えてないんだよよね。日本人の持つ、作る側の視点が、実は経済の観点から見ると、とても多くの無駄を産んでいるってことだ。

 

ここは会場の窓からリフト乗り場とスキー場の一部も見えるので、窓際の席に座って料理を食いながら、スキーしているお客を見ながら、ついでに周囲を見渡す。

 

バフェット形式(バイキングの事)なので、大人も子供も楽しそうに、白黒黄色と混ざって、三々五々に行列を作って「え?なに、これ?」とか言いながら、順々に食事をお皿に載せてる。楽しい場所に、人種も肌の色も国籍も関係ないよね。

 

ニセコアンヌプリリフト焼いたばかりのパン、シリアル、新鮮な牛乳、スクランブルエッグもあるし、目玉焼きはその場で焼いてくれる。炊き立てのご飯、おかゆ、お味噌汁は3種類から択べる(但し固形になったものを汁椀に入れてて、お湯を入れてを溶かすインスタント・なんでこれだけインスタントなのか?)。

 

僕はいつものように、日本食。ご飯、海苔、生卵の代わりの温泉卵、それに漬物を少々、である。味噌汁は、インスタントでねぎが入ってるので、今回は敬遠。日本茶にした。

 

洋食も充実しているので、幸い僕の周りのガイジンたちは、楽しく洋食の朝ごはんを食べてた。さすがに、白ご飯に牛乳をかけている人はいなかった。

 

ただ、お箸で食事をするアジア系の家族旅行もあちこちで目立ち、これはまたちょいと違った言葉の壁だ。肌の色も行動律も同じなので、見かけからは日本人と区別がつかない。なので、レストランのスタッフも話しかけてみて初めてガイジンと分かる。

 

だが、たまたまこのときだけの偶然だろうが、面白いことに、この日のアジア系の人々は、家族の中の一人が普通に日本語を喋ってて、日本語で会話が成立している。

 

年の頃30代半ばでやってきた、ちっちゃな子連れの香港人ファミリーは、お父さん、君はアニメで日本語覚えたでしょって感じ。お父さんは「あ〜、そう、うんうん、わかった」とか、ちっちゃな子供は多分お父さんに教えられたんだろう、スタッフを見ると「おはよ、ごじゃいま〜す!」とか言ってた。

 

台湾からやってきた3世代ファミリーでは、おじいちゃんが今の日本の世代の誰よりもしっかりとした日本語を話している。お孫さんは日本語を流暢に使っているおじいちゃんに、何の違和感もないようだ。

 

シンガポールから来た、やはりこれも3世代ファミリーでも、おじいちゃんがしっかりした日本語を話してた。上記2組が家族内ではそれぞれ広東語、マンダリンを話してたのに対して、この家族は基本が英語の会話である。さすがリークワンユー。

 

このシンガポーリアンの、じいちゃんと4歳くらいの孫とは、昨晩大浴場で偶然一緒になったのだが、お二人、最初から最後まで英語で話してた。ただ、孫が自分のおばあちゃんを呼ぶ時に「ぽぽ」と言ってたので、ああ、広東語圏出身ですねというのがかろうじてわかったくらい。

 

香港から直行便が札幌に飛ぶようになり、雪を見たことがないアジア人にとって、札幌は素晴らしい冬の観光地と一変した。

 

生まれた土地では絶対に雪が降らず、普通に生活してたのでは子供にも孫にも見せることが出来ない雪。

 

彼らにとっては、戦前も戦後も、日本は一種の憧れの土地だ。ちょうど戦後の日本人が米国の生活に憧れてたように(いつかは夢も醒めるのだろうが)。そんな彼らからすれば、日本でスキーが出来るなんて、こんな楽しいことはない。

 

多くのアジア人は、やはりアジアの文化の発信地は日本という感覚を未だ持っており、実際にディズニーランド、新宿、原宿、銀座、アニメ、カラオケ、ソニーと、とにかく見て回りたいところがてんこ盛りだ。そこに更に「安くて楽しくて、絶対に自分の国では出来ない経験!」と言うので注目されているのが、北海道のスキーだ。

 

日本人は今日本が不況だからと、何でも値段を下げようとする。しかし、それは1億2千万人の日本人相手にものを売ろうと考えてる時だけであって、世界に目を向ければその市場は全く変わる。

 

勿論世界で60億人いるといっても、その全員が市場になりうるわけではない。ただ逆に言えば、全員を相手にする必要はないのだ。年間にニセコに来るスキーヤーは何万人だ?アジアやオセアニアに住んでる富裕層は何万人だ?単純に考えれば分かること。

 

日本人の悪い癖は、市場を考えるときに、その全員に何かを売ろうとする。車や食料品などのビジネスならそれは良いのだが、サービス産業においてはそれは違う。

 

サービスを提供する市場を、だれかれなしに広げてしまっては、サービスビジネスは成立しない。何故なら、今日のご飯にも困っているアフリカの人々と、明日は飛行機に乗って札幌ラーメンでも食いにいこうかと考えてるアジアのお金持ちは、要求するものが違うのだ。

 

だから、自分のサービスが誰にいくらで売れるのか、まずはそこから考えねばならない。

 

北海道にやってくる観光客は、何も北海道庁が世界中にまともな営業をかけて呼び込みをしたわけではない。YokosoJapanなど、実際はどこの国でもまともに相手にされてない。ニセコは、アジアオセアニアの富裕層である彼らが、自ら発見してやってきたのだ。丁度、1800年代後半に日本が鎖国していた時にやってきたペリーのように。

 

片方では観光立国と言いながら、長距離電車に荷物置き場はない、ビザ発給は厳しい、何かと言えば「ルールですから」と、言ってることとやってる事がちぐはぐな日本の観光政策をまともに相手にする外国人はいない。

 

では何故オージーやアジア人は「高いおカネ」を払ってニセコにやってくるのか?それは、逆説になるが、彼らにとっては、高くないからだ。

 

自分の国にいたのでは、絶対に見ることが出来ない雪、自分の国では期待出来ないパウダースノー。彼らからすれば、今のニセコは、安いのだ。

 

ガイジンは、能動的に北海道にやってきて、自分の頭で考えて、これは売れると判断し、キャセイ航空は直行便を飛ばし、オージーは不動産開発をやった。

 

彼らと日本人の発想の違いはどこか?答は明快であり、今までの日本が繰り返し失敗してきた、てか見過ごしてきた視点だ。

 

それが顧客視点である。お客から見れば、北海道の雪にはいくらの価値があるのか?

 

日本人はメーカー主導の考え方でいつも両極端に走る。「良い技術なら誰でも買う」とか「この商品は絶対に売れる」等と、供給者側の視点でものを考える。ところが、受け取る側は決してそうではない。ソニーのPS3と任天堂Wiiの売上を見れば分かる。

 

その反面、全然売れなければ、原価も考えずにすぐ安売りに走る。どちらにも共通しているのは、マーケティングがないままの製造である。良いものを作ってから、それから考える。

 

日本人は製作者主導で、すぐに凝ったものに走る。マニアックになる。スキーをやるとなれば、スキーの道具がどうとか滑り方とかがこうとか。

 

でもその雪山で昼飯を食おうとすれば、重くて歩きにくいスキーブーツを履いたまま、テーブルに座ってカレーを食べてる人の後ろに立って、いつ食い終わるのかといらいらしながら待ってなきゃいけない。

 

ホテルの部屋はすし詰めで、何の遊びもない。単なる箱、でしかない。

 

でも、今こうやってニセコにスキーに来る人々は、スキーの技術がどうこうとか考えてない。ゆっくりと、好きな時間に美味しいお昼ご飯が食べられて、ゆったりとした部屋でCNNなどの世界中のテレビを英語で見ながら、温泉につかり、その合間に天気が良ければ滑るのだ。

 

 

今ニセコに来る旅行客にとっては、ニセコは安いのだ。ニセコの原価がいくらか、彼らは知る必要もないし、知りたくもない。大事なのは、彼らが母国で稼ぐ可処分所得から比べれば、また母国で同じカネを払って得られる満足感に比べれば、ニセコは十分に安いという点なのだ。

 

払っただけ以上の対価を受け取っていると感じるからこそリピーターが激増しているのだ。そんな時に、日本国内で一生懸命値段を下げて競争して自分で自分の首を絞めるのではなく、彼らがいくら払って何を望んでいるのかを理解するというのが、顧客視点=マーケティングだ。

 

考えても欲しい。世界を相手に商売しているハングリーなビジネスパーソン連中が、日本に来たときだけ高い金を払って悪いサービスで満足すると思うか?彼らは、価値を見いだしているからこそおカネを払うのだ。

 

昔の北海道の日本人にとって、雪はごみでありおカネを払って排除すべきものだった。そこにスキー文化が導入されて、雪が売れることに気づいた。だから、雪の原価は無料、雪かきの費用よりリフトの係員で少しだけ余分に稼げればよい、そんな値段設定だった。

 

ところがバブル崩壊後、スキー人気は減退、こうなると生き残る為に安売りをするしかなくなり、ニセコの一日リフト券は、NZのコロネットピークのリフト券の半額になった。

 

コロネットピークで10ドル出しても、食えるものはRubbishである。誰もがご存知の通りだ。ところがニセコでは、900円出せば美味しい札幌ラーメンが食える。

 

そんな美味しい話が、どこにありますか?!

 

だから日本人も、今日本人が何も買わなくなったからと言って価格を下げるのではなく、もっと外に目を向けて、世界にいるスキーリゾートdaisukiな人々に対して、素晴らしい商材(パウダースノー)に素晴らしい付加価値(食事、笑顔、サービス)を付けて、本来あるべき価格で販売すればよいのだ。

 

ところが日本では、サービスを提供する供給者が、マーケットリサーチの経験もない人々が、開発コストを考えて、じゃあまあ、これくらいでいいやって値段を付ける。

 

このミスマッチこそが日本が今陥ってる大きな価格問題だ。

 

逆の悪い例で、最近の新聞で見かけるのは、メーカーがまず最初に日本の消費者の値ごろ感で売価を決定して、それに合わせて原価を計算していくから、下請けになればなるほど叩かれる図式になっている。

 

ならば何故、売る相手を変更して、まず最初に適正な原価を積み上げて売値を決めてから、それを喜んでくれるようなお客を作るというマーケティングをしないのか?

 

やってる作業は同じなのだ。ただ、値段を下げる為にするのか、適正価格を守る為にするのか、だけの違いである。

 

安売りに流れてちゃ駄目だ。ものには値段がある。そして、人は夢を観て生きてる。夢を叶える為の会社、事業、そういうものを作るのが、社長の仕事でしょ。それが国家で言えば、政権政党のするべき事だ。人が夢を持って働ける、そんな環境作り。今の北海道なら、可能だ。

 

 

ニセコアンヌプリリフト朝からついつい色んな事を考えて見た。でも、北海道は素晴らしい資源を持ってる。世界を視野にして、誰にどう売るか、それさえ間違えなければ、絶対にクイーンズタウンより大きなビジネスになるぞ。

 

お、やばし、あんまり熱くなってる時間はない。もうすぐ”あやちゃん”が来る。早いとこメシ食わなきゃ。

 

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2008年03月15日

あやちゃん

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実は今回のニセコ出張で一番協力してくれたのが、あやちゃんだ。

 

その前にごめんなさい、先日のブログの訂正が一つ。「道の駅」とは、農協ではないとの情報あり。

 

「道の駅は、国や県が基本的な施設である駐車場やトイレを整備し、市町村、またはそれに代わり得る公的な団体(ほとんどは第三セクター)が地域側施設を設置する形が取られる。」

 

たまたまそこに地元農協が共同で、地元で取れた野菜や地元の食材を使った料理を出しているので、てっきり農協主催と思い込んでたが、正解は上記でした。謹んで訂正です。

 

さて、話は戻って、あやちゃん。

 

いかにも北海道の子供って感じな、小柄で子顔で色白で明るくて目がキラキラしてる、ほんとカントリーガールのあやちゃんは、今年二十歳。

 

僕は未知の旅先で地元情報を仕入れる時には(まあ、そうでない時も)、大体地元の人間が通うバーに行く。彼らはどこかの業界に特別肩入れしてるわけでもないから情報に色が付かないし、色んな業界の人が飲みに来るから、実は情報通である。

 

今回も、ホテルで夕食を済ませると、早速、てか人口4千人の街ニセコの夜にはタクシーが3台しか走ってないの、早速予約しておいたそのタクシーで、山中のホテルからニセコの町に向かった。

 

ここまで自然な環境で真っ暗な道を走ってると、キタキツネが横切ることも普通にあるようだ。道路標識にも、キタキツネや熊のサインが出てた。道端で熊が手を挙げて振ってたら、その時は運転手さん、止まるのか?

 

所要時間10分程度だが、思ったよりタクシー代は高く、2500円である。う〜ん、でも日頃タクシー使う人なんていないから、それくらい取らないと合わないだろうね。

 

昼間のチェックインの際に、レセプションの女性スタッフから、「はい、これは隣の温泉の割引クーポン、これは朝食クーポン、それからスキーのレンタルはあっちで、ホテル内のお風呂はこっちで、夕食は予約制になってるので気をつけてetcetc」と、約10分にわたって講釈を拝聴した後に、僕は普通に聞いた。

 

「この辺、飲みにいくとこあります〜?」

 

するとこのスタッフ、豆鉄砲みたいな顔で

「はあ?」一体あなた、何を聞いてたの?って顔つき。

 

「いや、だからお酒を飲める場所とか教えてもらえませんか?」

こっちは普通に、きちんとしたホテルのレセプションでごく常識的な事を聞いてる積りなのだが?

 

ホテルのバー「はい、レストランでも御座いますし、売店でお酒も売っておりますが〜」彼女のお酒を飲む場所のイメージは←。

 

 

 

 

「いやいや、そうじゃなくて、街で地元の人を相手にやってる、カラオケバーとかスナックとかラウンジとかバーとか、名前は何でもいいんですけど、女の子がカウンターとかボックスに一緒に座って話をしてくれるようなお店なんですけど〜」

ここまで言わないと理解しないんだろうな〜。ここ、元は日航ホテルだったし、それなりに一流って聞いたのだが、一流では聞いちゃいけない質問をしているのか、僕は?

 

スタッフ、やっと意味が通じたようだが、この女性、生まれて初めてこのような質問を宿泊者から受けたようだ、しばらく「う〜ん」とか言ってて、後ろにいた男性スタッフに、いかにもすけべ親父から話しかけられて嫌そうな顔で「ね〜、この町で女性がいてお酒が飲める店なんてあったっけ?」だって。君ら、一応プロだよね?

 

その男性スタッフも、自分では行った事がないようで、「そういえば、そんな店もあるとは思うんですが〜・・・・少々お待ち下さい」てなことで調べてもらった。

 

その時点でニセコ調査隊としては、「あ〜あ、こりゃ外れかな」とも思ったのだが、結局街のガイドブックを良く見ると、レストランや居酒屋、ホテルの賑やかそうな案内の隅っこの一番下のところに、照れくさそうにお店の名前と電話番号だけが出てた。

 

全部で5軒あるのだが、そのうち「一番ましなのは、この青い鳥らしいですね」とホテルのスタッフが教えてくれた。

 

そうかそうか、まし、なのか・・。ますます調査隊の気持ちは落ち込むが、まあそれでも、ホテルのバーで雪見しながら酒飲むのが目的ではない。あくまでも街に出ての情報収集。

 

てな事で、やってきました青い鳥。

 

ニセコ町の雪夜だからなのか昼間もそうなのか、車は全然人気のない薄暗い街の大通りから裏道に入り、両端に雪が積もってる壁に挟まれて電球がかろうじて道路を照らしているような一方通行の細い道に入って、その更に行き止まりの、いかにも昔の昭和初期の映画に出てきそうな裏玄関みたいなところに停まった。

 

 

「お客さん、着きましたよ」

 

入り口はどう見ても内地(本州)のラーメン屋の裏口ですねって感じの、愛想も色気もないガラスのサッシドア。これが二重になってて、おっかなびっくりドアを開けたら、何と中は!

 

「あ~らいらっしゃい!」赤を基調とした照明が、高い天井と広いホールをぼんやりと包んでいる中で、正面に伸びた6人くらい掛けられるカウンターと、手前から右奥へ広がる、広大な赤い椅子のボックス群。

 

こえをかけてきたのはお店のママさんだろう、でも、その声が途中で中途半端に途切れて、「あらら、、、いら、、しゃい。ええっと、、、初めてですよね〜?_?>」

 

真冬の北海道の山の中、夜に雪を掻き分けてタクシーでやってくる観光客がいるなんて、おそらく熊に出くわすより確率は低いのだろう、その驚きは理解出来る。

 

キタキツネ1

まあ、間違いなくキタキツネに出くわすよりも、大幅に確率は低いだろう。

 

何故なら僕は今回泊まったホテルで毎朝雪山から降りてくるキタキツネを見てたからだ。

 

 

 

だからまあ、ママさんからすれば、熊に出会った感覚で「ご挨拶」をしてくれたのだが、こっちは相手がヤクザでもボッタクリでもないと分かれば、いきなり愛想よく雰囲気に溶け込むことが出来るという特殊技がある。

 

さらりとボックスにすわり、お絞りで手を拭きながら、これまたさらりと「すみませんね~びっくりさせて。泊まってるホテルの人に教えてもらってきたんですよ」これで言外に、ちゃんとしたホテルに泊まってるよと表明する。

 

「いやいや、旅先で地元の人が飲む店に飛び込むのが趣味でしてね、いろいろと地元の話でも聞ければと思ってきたんですよ〜」と、語尾はちょいとキーを上げて、ちょいと馬鹿っぽくふりまく。

 

「で、システムはどんな風になってます〜?」と聞けば、まあ食い逃げはしませんよとの意思表示。実際にはタクシーも3台しかなく、街に人が歩いてないんだから、食い逃げしても10分後には道端で凍り付いて、20分後にはその死体も雪を被った小山になるだろうね。

 

だんだん安心した彼女、そのうち明るくなって、「あ、そうですか〜、じゃあ地元で育った子がいるので、ちょっと待っててくださいね」と、その日の出勤はママを含めて3人しかいなくて、おまけに1人は他のカウンター客に付いている状態で、最後の一人の子を差し出してきた。

 

前振りが長くなったけど、これがあやちゃん。

 

最初は彼女もちょいと緊張してたようで「あれま、内地の人が来たっぺ。どうすりゃいいんだ?」みたいな感じだったらしい。(これは翌日聞いた話。その時点では結構きちんきちんと接客やってた)

 

そこで再度、相手がびびらないように調査隊が自己紹介して、さあ、情報収集開始だ。

 

ニセコふかし芋あやちゃんの生まれはニセコ。お父さんはお米とお芋を作ってる農家で、冬は雪掻きの仕事している。

 

お母さんは専業主婦で、兄弟も一緒に自宅に住んでる。高校を出てからしばらくしてこのバイトをやってるん。

 

だけど、お店のお客は常連ばかりで、人口4千人のニセコじゃあ、親戚や高校の先輩とかもお客になっちゃたりするよね〜と、明るく語る。

 

ここまで街が狭いと、飲みに来る連中もあんまりハメは外せないよねと聞くと、「いや、それがですね〜お客さん、聞いてくださいね。男ってのはどこに行っても同じで、やっぱり酔ったら変身しちゃいますよ〜」だって。う〜ん・・・。

 

彼女の気分をほぐすべく、差しさわりのない質問をしながら、dandanとお隣のヒラフの話を聞いていく。こういうのって、いきなり本題になると、こっちの期待に応えようとついつい話を膨らませる人もいるので、何気なくさらりと聞く。

 

「え〜そうなんっすよ、最近はガイジンさんが増えてですね。でも彼らはヒラフの中でガイジンさん向けの、バーってんですか、あのシートチャージもかかんないし突き出しも出ないお店で飲んで、一杯いくらでお金払ってんですよね〜」

 

うんうん、世界の中で日本だけが、普通のお店に座って飲むだけで「チャーム」とか「シートチャージ」とかあるの、知ってるかなお嬢さん?

 

話を続けてもらうと、やはりここ数年でガイジンが移り住むようになり、町のガイジン人口は増えたとのこと。でも彼女からすれば、内地から来る人も移住者だし、それがもちっと遠いところから来たとこでも、所詮は同じ移住者。

 

自分たちも元々は移住者だって感覚があるのだろう、あまり余所者に対する抵抗がないようだ。

 

あやちゃんは、お父さんお母さんにきちんと育てられたのだろう、何を話すときでもきちんと礼儀正しく喋る。勿論今風の話し方になるのは仕方ないけど、それでも、お店だからってんじゃなくて、自然に出てくる人の良さがある。

 

仕事のプロではない、社会に生きる人間としてプロってのか、きちんと社会の一員として共同体の中で生きてるって感じ。

 

これに比べれば、東京の薄汚い道端やコンビニで、カラスみたいなうつろな目でぼやーっと周りを見るともなくうんこ座りしてる若者が、どれだけ社会に適合していなかってのがよく分かる。

 

そんな彼女の当面の夢は、10万円貯金して東京に行くことらしい。

 

「だってですよ、生まれがニセコでしょ、札幌に出ることもあんまりないし、東京なんて、きゃ〜!って感じですよ。10万円貯金出来たら、すぐにでも行きたいです〜!」と、今の東京がどんな街なのかも知らずに、夢が膨らんでいるようだ。

 

東京も、綺麗なところもたくさんあるけど、変な街でもあるよ。興味があるのは良いけど、夜の街とかはニセコとは全然違うんだから、夜9時過ぎたら外を歩いちゃ駄目だよ、そんな忠告をしたくなるような、あやちゃんの住むニセコ。

 

それからも、オーストラリアの話を交えながら、遅くまで地元の話を聞く。田舎の子は、本当に素直である。疑うとかしない。

 

「ねえあやちゃんさ、仕事だからお客さんとお酒飲むこともあるよね、そんな時は誰か送ってくれるの?」さらりと聞く。

 

「普段はあまり飲まないから、自分の軽で帰ってるんですよ、でも、よほど飲みすぎた時は車を置いて、マスターに送ってもらってます」

 

てか、それ飲酒運転をほぼ毎晩やってるって事だよね。なので、柔らかく最近の内地の交通事情を説明した。

 

「ねえテレビとか見てると、飲酒運転の取締りとかしている場面があるよね、あれってさ、お酒飲んで運転しちゃいけないって事だよね。あやちゃんは、お酒飲んで運転しても大丈夫なの?」

 

すると彼女、明るく笑って、「大丈夫ですよ、酔って運転してるわけじゃないから〜」「それに、自分で運転しないと帰れないじゃないですか〜、そしたら毎日マスターに送って迷惑かけるわけにもいかないし、お店に来るときも困りますよ、お母さんに送ってもらうとかですか?それも迷惑ですよね〜」と、「考えれば分かるだろ、あふぉ」と、まるで馬鹿に言い聞かせるかのように話す。

 

そうなのだ、彼女の理屈で言えば、家族に店まで送ってもらい、マスターに自宅まで送ってもらうなんて、そんなのは他人に迷惑をかけること。でも、だからと言ってお客さんに勧められれば、これは大事な人間関係だから飲まないといけないでしょ、そうなれば自然と、私が車で通勤するってのが、皆にとって良いことでしょ、そんな事も分からない、あなたはお馬鹿さんですね〜となるのだ。

 

そう、この街では日本国が制定した法律よりも、街のローカルルールが優先するのだ。実はこんなのはよくあることで、一応ルールはあるけど、適用はしないって言う方法で、日本はうまく回ってるのだ。

 

これが面白いのは「いちいち法律にけちをつけたり、決まりとか言ってたら、生活なんて出来ないでしょ」と理屈っぽく開き直って言うわけではなく、とにかくこの街ではこうなんです、これまでもこうで、これからもこうなんです、それ以上、何を考える必要があるんですかって事。

 

そういえばうちの会社にもいるな、約1名。絶対に人の話を聞かない人。

 

なるほどな。これも偉大なる生活の智恵、かもね。政府のやることにいちいち文句をつける自分が、何だかやっと異質な存在に思えてきた。

 

結局この日は、20歳の女の子にいろんな事を教えてもらった。

 

あ、そうだ!今日は情報仕入れて、翌日はタクシーでヒラフの街を回ろうと思って僕らだが、よくよく聞けば、最高の運転手が目の前にいるではないか!

 

「あやちゃん、明日の昼、ヒマ?東京行きの旅費稼ぎに、アルバイトしたいよね?」

 

初日の長い夜、終了。

 

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tom_eastwind at 14:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日本 | 諸行無常のビジネス日誌

2008年03月14日

道の駅 ニセコのたび 1

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長距離バスを降りる時の、米国人中年夫婦と運転手の会話。

 

手元の飲み物の空き瓶を振りながら

Can I put the rubbish here ?

 

すると運転手、すかさず、

「ああ、いいよ、あとで投げとくからさ」

 

Oh, thanks !

「大丈夫さ〜」

 

See you !

「じゃあな、さんくすべりまっち!」

 

良く日に焼けた中年の、ちょっと北海道なまりの運転手と、旅行に来た中年米国人夫婦の会話。

 

おいおい、こいつら宇宙人か?片方は日本語で、片方は英語で話しているのに、お互いにしっかり通じているのだ。

 

札幌・新千歳空港からニセコに向かう長距離バスは、乗客合計10名で、僕と相棒以外は皆外人。てか、僕らもNZ在なので、そう考えれば全員がガイジンである。

 

ニセコに行くバスは、色んなバス会社が色んな旅行会社と提携して走らせている。僕らは、札幌空港に着いてとりあえず一番手近の案内所に行き、空港でお昼を食べてから出発する頃の乗り合いバスを予約した。

 

約3時間のバスの旅は、ちょうどオークランドからロトルアに行くような距離感だ。お一人様運賃が2350円。NZドルで30ドルって事は、おお、安いじゃんか。

 

バスの時間が来るまでに早速札幌ラーメンを食べようと、バス会社の受付の、いかにも北海道?的な、色白、小顔、小柄、そして何よりも素朴できらきらした瞳の女の子に教えてもらった。

                   

                   空港の1階にあるこうしろうこのラーメン屋、程ほどにお客も入ってるし、地元の人も旅行客も利用していたし、一応美味しい店に入ってるのだが、それほど飛びぬけて旨いラーメンではなかったのだが、勿論まずいわけではない。

 

ごくごく標準、ただ、札幌市内のラーメンと比べると、う〜ん、どうかな。などと思いながら・・・。

 

 

でもふっと思った。このラーメン、値段を見れば840円。これがやっぱり一番の衝撃。この値段で、ここまで手間のかかったラーメンが食えるんですか!しっかりと出汁の効いたこくのあるスープ、本格太め縮れ麺、手間のかかった焼き豚、新鮮なコーンがどっさり!

 

オークランドのランチでは、10ドルじゃ絶対にこんなものは食えない。

 

日本人は、ほんとに凝り性と言うか、何か方向性さえ決まれば、そこから徹底して突き進むのは、大得意。その特性は、逆に言うと自分でものを考えないという悪い面もあるんだけど、ちゃんとお上が正しい方向に導いてやれば、後は現場の努力で何でもやってしまう。

 

たかがラーメン一杯で何を言うかという感じだが、凝り性の日本と、万事にわたって大雑把なNZを往復していると、その違いをひしひしと感じるのだから、これはもう仕方ない。

 

ただ何よりも、バス代と言いラーメンの値段といい、こりゃやっぱり、景気の良いオージーからすれば、「安いよ!」って事になるのだろう。これが最初の洗礼。

 

バスの出発時刻の10分前になると、順々にお客が集まってくる。ウィスラーのTシャツを着て時々フランス語を混ぜて喋っているのは、どうやらカナダから来たスキー客のようだ。てか、君、寒くないかい?

 

がっちりした体格でよく笑って、大声で喋ってるグループは、ありゃあ間違いなくオージー。やっぱりあいつら、地球の反対側に来ても陽気だわ。

 

おとなしそうな中年スキーヤーは、その巻き舌アクセントから米国系と思う。

 

そして僕ら、外国に住む日本人チーム。

 

こうしてチームグローバルは出発と言うことになるはずが・・・案の定、カナダチームの一人がどこかに買い物に行って戻ってこない。

 

集合役の女の子は、いつもの事と思いながらも、あっちこっちくるくると見回ってる。それを見たカナダチームの一人は英語で「いや、ごめんごめん、あいつ、コーラを買いにいっただけなんで、すぐ戻ってくるよ〜」と話しかけてる。

 

すると彼女、普通に日本語で、「あ、そうなんですか、コーラですね、はい、じゃ待ってますね」とにっこり。するとカナディアンも、ほっとした顔でにっこりと「すぐ戻るからね」。

 

もしかして北海道では、その全土をカバーするような無線LANの自動翻訳機が備え付けられてるのか?

 

買い物に行ってたカナディアン、結局コーラのちっちゃな缶を買ってきてて、友達に「ほら、こんなちびコーラがあるぜよ」って、珍しそうに皆に見せてた。

 

バスに乗り込む際、普通にNZでは、お客が手伝いながら運転手が荷物を入れるのだが、ここでは道産子の女の子が、自分の背丈より高いボードバッグを、うんにゃらこっちゃと持ち上げてバスのトランクに詰め込んでた。

 

心配そうに見るオージー、てか、普通にオーストラリアでもNZでも、こんな場面はないよね。女性がこんな大きな荷物を載せこもうとするんだから、思わず手伝おうとするオージー。ところが女の子は、「これは私の仕事です、大丈夫です!」って感じで、きりっとした態度で荷物を載せこんでる。

 

いいよね、道産子女性。そういえば日本で一番離婚率の高いのが北海道と言う話を聞いた。子供の頃から自立してれば、社会人になって馬鹿な男と間違って結婚しても、即別れる勇気と環境が整っているのでしょう。

 

同じ日本でも、先月回った東北とは全然違いますな。

 

まあまあそれは置いておいて、最後に女の子が車内アナウンスで、今度はいきなり英語で話し始める。

 

「このバスは約3時間でニセコに到着します。途中でトイレ休憩を10分程度取りますが、どこで休憩するかは運転手次第なので、途中休憩の際は、必ず運転手さんに確認して下さいね」

 

おいおい、いくら毎日話しなれた英語とはいえ、流暢ジャンか。だったら最初に日本語で話してたのは、ナンなのよ?

 

まあ、バスは無事出発進行、途中粉雪の舞う中をニセコに向けてGO!

 

約3時間の長旅は、丁度2時間程度走ったところでトイレ休憩。そう、このバスはトイレが付いてないのだ。

 

道の駅

バスが停車したところは、「道の駅」。大きなドライブインには、全国どこでもあるような、お土産、レストラン、飲み物、トイレ、などなどだが、この運営者は、相棒の話によると、農協らしい。

 

(この項目、3月15日訂正です。正しくは農協ではなく、

「道の駅は、国や県が基本的な施設である駐車場やトイレを整備し、市町村、またはそれに代わり得る公的な団体(ほとんどは第三セクター)が地域側施設を設置する形が取られる。」でした、謹んで訂正です)

 

僕は子供の頃から農協ってのサイズが分からない。

 

大人になってやっと、農協ってのは随分大きな集合体であり、悪い奴らが頭の弱い奴を騙して金儲けする為に作った仕組みだってのが分かってからは、相手にもしていない。

 

自民党の票田及び農薬の販売、そして何よりも、自分たちが働かなくても食っていける仕組みを作ろうとした「おらがむら」の末裔がこいつらだ。

 

自分の利益だけを目的に政治を巻き込んで騙してるから、日本でこれだけ多くの展開が出来るってのが頭にくる。それ、国民を騙して作った金だよね。

 

すでに自民党には見捨てられ、国民には跡継ぎも出来ないほど無視され、今になって減反がどうのこうの、食料政策がどうのこうの。少なくとも戦後50年間にわたってやってきた農業政策のツケを払うのは、旧態依然とした農家である。

 

まあそれはいいや。

 

ふ〜んとか思いながらバスは所定の位置で停車。ここで運転手後ろを振り返り、にこっと笑った人懐こそうな笑顔で、右手を大きく開いて、指をピースマークにして、大きく日本語で「20分だよ〜!」。

 

乗車時の説明では10分だったので、大丈夫かい?と、思わず後ろを振り向くと、何故か皆さん、三々五々にうなずいてる。

 

おそるべし北海道。

 

道の駅は、入り口の右側がレストラン、正面がお土産コーナーで、そこを通り抜けると団体でも利用出来る小奇麗なトイレがある。でも、トイレフロアに何故か自動ピアノが置いてあって、あれは意味不明。ピアノのリズムに合わせて用を足せという事か?こぼしたらどうする?

 

手洗いを済ませてから入り口の左側にある軽食コーナーのガラスケースに並んだスナックを見る。フレンチフライ、チキンナゲット、芋のコロッケ、等など。

 

僕はジンギスカンのから揚げを300円で購入。隣にいたオージーは、ガラスケースの中をじろじろ見ながら、結局はチキンナゲット。彼の友達はチーズ芋だ。この二人も自動翻訳機を持っているようだ。

 

Can I have this chicken nugget ?

「はい、こちら200円になりますね、ありがとうございます」

 

[Could I have this cheese potato ?]

「はい、こちら250円でございま〜す、ありがとうございます、ケチャップはここにありますからね〜」

Oh, Thanks !

 

「お次の方、どうぞ〜」

 

慣れもあるのだろうが、ガイジンが来て英語で買い物をする事に全く抵抗も不思議さもなく素直に受け入れて、かと言って英語を覚えてもっと何か売ってやろうとする気負いもないまま、道産子とオージーの国際貿易と観光は僕の目の前で発展していく。

 

ニセコの旅は続く

 

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tom_eastwind at 08:05|PermalinkComments(3)TrackBack(0)日本 | 諸行無常のビジネス日誌

2008年03月13日

ニセコ

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今週は、ニセコにいる。オーストラリア人村の視察。

 

なんじゃこりゃ?

 

粉雪の舞うニセコヒラフの街を昼間に歩いてると、半数以上が西洋人!これ、殆どがオージーだろうが、それにしてもびっくり!普通にコンビニで買い物をして、すし屋でお昼ご飯食べてる。

 

オージーの不動産屋で話を聞いたり、実際に別荘地帯を車で回り、オージーが自分の別荘で暖炉の横のソファで寛いでるのを見ると、ここはどこじゃ?と言う感じ。

 

 

ニセコのオージー、夕張、今の北海道を象徴してるかも。

 

これ、まとめてゆっくり書きます。

 

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tom_eastwind at 08:08|PermalinkComments(1)TrackBack(0)日本 | 諸行無常のビジネス日誌

2008年03月11日

体質変換?

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最近の食生活⇒食い物の話の続き。

 

今回の出張では、何故か飛行機の中の食事も、ホテルの食事も、牛乳とコーンフレークを食ってる。自分でも意味不明だけど、何かこれが美味しく感じられる。

 

ついでに、トーストにたっぷりとバターを塗って、ぱっくりと食らいつく。隣にあるのはフルーツ盛り合わせ。紅茶を2杯飲んで、お腹一杯なり。

 

体質変換か?

 

普段なら和食ばかり食っているのだから、たぶんこれは何かのサインなんだろな。

 

でもま、体質変換なら、今一番必要なのは自民党と民主党だろうな。

 

世の中がひっくりかえりそうな時に、日銀総裁がどうのこうの。もっと大きな舵取りが必要な時に、あえてこんな事をやっているのは、どう見ても「わざと」ですかね。

 

世界が間違いなく大不況に陥る。そんな時に生き残れるのは、実物を持っている国だ。

 

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tom_eastwind at 18:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月09日

倹約遺伝子

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お隣の国に住む先住民族アボリジニの平均寿命は51歳。

 

その原因は、1960年代までの白人による同化政策により都市に拉致されて強制的に住まわされるようになったアボリジニが、白人並みに小麦粉、ラード、塩、砂糖などの食料を与え続けられた生活習慣病のせいだという記事が、3月8日の日経夕刊の「あすへの話題」に掲載されてた。

 

元々アボリジニや日本人は、わずかな塩と食で生きられる優秀な倹約遺伝子の持ち主だったとも紹介されている。

 

そうだろうそうだろう。アボリジニの事は知らないが、実は僕は自分のことを典型的な古いタイプの日本人と思い込んでいるし、だからこそ日頃から食が細い自分の事を、これは絶対倹約遺伝子のせいだ、消費効率が良いだけであり、正しいと思いこそすれ、おかしいなんて一度も思わなかった。

 

大体、今の日本人が食いすぎなのだ。

 

本来は魚と野菜で生きてこれたのに、濃度の高い食い物を食っておいて、そいでもって運動もせずにぶくぶくと太っておいて、次はダイエットだなんて、馬鹿の循環式じゃんか。

 

大金使って無駄に食わせて太らせておいて、次はやせるためにカネ使わせて、結局テレビや広告の奴隷じゃんか。よく考えれば、食われる為に生まれた豚と同じようなもんだ。

 

僕が、出された料理をきちんと食えずに残すと、「残すなんて勿体無い」と言う人がいるけど、作るほうが出す料理の量の問題は放置しておいて、出されたら全部食べなきゃって、出した方の責任はどうなのか?問題のすり替えだよね。

 

大体、俺は豚じゃね〜んだ。ばくばく食っといて、後で体重計に乗って嫌な思いなんて、したくないんだ。

 

大体、一日三食きちんと食わねばならんとどっかの医者や栄養学の先生が言うなら、江戸時代や鎌倉時代の日本人は一日何食食ってたのか?

 

popaiほうれん草は体に良いから食べなさいなどと、バカの念仏みたいに僕に向かって話しかけてた大人たち、昭和40年代当時のほうれん草が農薬まみれで、戦前のほうれん草のような鉄分が激減していて、栄養どころか農薬被害のほうが大きいって、知ってたのか?だから天皇の食い物は、特別に無農薬で作った米と野菜を食ってた(今もだろう)。

 

 

 

「ほうれん草=鉄分が多い」と言う大前提を何の疑問も持たず、農薬にまみれた現実がどうなのかっていうのを無視して、要するにお上に植え付けられた「常識」だけを念仏のように唱えるだけの思考停止なのだ。

 

むしろ、口に入れて不味いと感じて、子供の頃から野菜を食べなかった僕は、なんて素敵な感性の持ち主だったのだろうって、結構自己満足(笑)。

 

てな風に書くと、またも批判を食らいそうだ。半分は皮肉な冗談と笑い飛ばしてもらえばありがたし。

 

いずれにしても、食べ物を効率的に消化出来るかどうかってのは、個体差があると思う。僕の場合は、かなり少量の食い物でも十分に生活出来てるし、それで体の調子が悪くなることもないし、アルコール被害(ガンマGTP)以外は全く健康なので、食い物の消化効率が良いのは間違いないと思う。

 

知ってる人は知ってるが、僕はむっちゃくちゃ汗をかく。お昼にざる蕎麦を食っても汗をかくような体質だ。それも、汗は頭のてっぺんにしか、かかないのが面白い。

 

乱伐した禿山では鉄砲水が起こりやすいってのを、僕は自分の頭でいつも証明しているので、初めて一緒に食事をした人に見てもらうと、かなり受ける。

 

とにかく、ちょっと辛いものでも食べようものなら、頭のてっぺんから禿山を伝った汗が、本当に洪水のように、頭頂から眉毛を抜けて鼻の横を凄い勢いで通り抜けて、あごの下で合流して、ぼたぼたと汗が出るのだ。

 

表だけではなく、裏山でも大洪水!僕はかなり見事な絶壁なので、ミルフォードサウンドの絶壁もびっくりするくらい、後頭部でも滝のような汗が沸いてくる。どわ〜って感じ。

 

普通にバンダナがぐっしょりなるくらいの汗って感じ。だから、韓国料理を食べに行くときは手ぬぐいは必須である。

 

ichibanboshi ramen以前、シドニーの一番星で激辛ラーメンを食った時など、本気で店員さんに心配されて、「大丈夫ですか、ご気分が悪いんですか?」と、声をかけてくれた。

 

君さ、場所と時間を変えて声かけてよ、今はちょいとまずいから、なんて、結構まじで思ったほど可愛い女性だったが、・・・・あのさ〜、おれ、病気じゃないし!

 

これは僕の体質であり、僕の体が必要とすることを僕の体が実行しているだけなので、病気と思ったことはない。汗をかいた後の頭って、すんごいすっきりして気持ちよい。思考能力が高まるのだ。

 

要するに今日言いたいことは、人間は個体差があるし、毎日三食食べるのが体に良いなんてのは一般論だし、ほうれん草が体に良いから食べなさいといっても、出されたほうれん草が農薬まみれであれば意味はないって言う基本的な事実を自分の頭で考えて理解してもらいたいって言う、自己弁護。

 

僕の場合、他の人よりもかなり少量で効果的に栄養を吸収出来ると思う。だから、人間はどれでも同じ、て思い込んで何かを僕に勧めたり注意したりする人、特に君!その基準は君の世界でだけ使ってくださいね、ちゃんちゃん。

 

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tom_eastwind at 18:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月08日

マスコミを使って何が出来るか?

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日本にいると、実に色んな話をお客様から直接伺うことが出来る。また、テレビをつけているだけで、今の日本がどっちの方向に向いているのかが見えてくる。テレビは下らないから見ないというのは一つの正解だが、僕のような立場からすれば、反面教師としてのテレビ番組としてみることが出来る。

 

マスコミを使って何が出来るか?実はたくさんの事が出来る。特に最近の流行としては、一部の弱者を虐める方法である。

 

弱者とは、何もお金がない人だけではない。

 

議員が女性アナウンサーと仲良くなった。立場上不倫である。これだけで、世間の多くの人から見れば「卑怯者!」であり「少数民族」である。だから弱者なのだ。一言で相手を罵れる、そういう存在は常に「少数民族」なのだ。

 

戦前はそのような立場に、部落差別や在日問題があった。ただ、彼らは自己啓発と社会啓蒙と武力行使を通じて、自分たちの地位を日本社会で飛躍的に高めた。

 

誤解がないように言っておくが、ここ20年のえせ同和運動の適正さを認める気にはならない。同和とは言葉通り、他の人と和する事であり、他の人よりも良い生活条件を勝ち取ることではない。

 

同和運動をするなら、まずは「橋のない川」を読み込んで、あるおばあちゃんが何を言いたかったのかをしっかり理解してから行動を起こしてほしいという事だ。

 

ただ、今後発生するであろう多くの少数派に対するマスコミの虐めが、そろそろ次の段階=非国民の段階に来始めているのではないかと思うのは、僕くらいだろうか?

 

多くの少数派は、国民全体を一致団結させずに、常に「叩かれるグループ」を新聞で焙り出して、運良く「叩かれなかったグループ」の人は、叩くマスコミに喝采しながら、心の中では「おお、次にうちが叩かれたらどうしよう?」と、次第に恐怖を感じ出す。

 

 

そこで、「じゃあもういいや、お上に逆らってもろくなことはない、長いものには巻かれろ、マスコミには逆らうな」となる。

 

戦前、日本が軍国主義に走り始めた時、多くの知識人はそれに反対した。理論武装をして国会などで議論を展開した彼ら政治家は、非国民というレッテルを貼られて、国家に反逆するものとして、多くは右翼に殺されたり警察に逮捕された。

 

右翼が時の軍部と組んでいたのは周知の事実であり、国体を守る為の戦いを聖戦と信じていた彼らからすれば、大学を出たガキが、偉そうに理屈ばかりぬかして、大日本帝国の恐れ多くも天皇陛下を天皇機関説などとぬかすアカ連中が許せなくてしかたない。

 

こうやって、警察が一般市民を国賊とか非国民とか呼んでしょっぴいて特高で惨殺して(蟹工船)、特高が取り締まりにくい連中(主に政治家)は右翼が暗殺を担当して、結局軍部独裁が出来上がった。問題はこの独裁、頭、つまりリーダーシップを取れる人がいないという事だ。まあこれは別問題だ。

 

これから本当に怖いのは、マスコミが一部政府と結託して、政府の都合の良い情報だけをマスコミを通じて流して、国民を少数派に分けて叩き、その時の理由として「国民としてあるまじき行動!」と叫び、これがそのうち「非国民!」などと、扇情的な言葉を使うようになる。

 

フジテレビ例えば自分の株を売るとか相手の会社の株を買うとか、ビジネス上で法律的に認められた権利を行使したら、「それは道義的にはどうなのか?」となる。おいおい、法律で決まった範囲内で行動したんだよね?

 

 

 

だったら文句を言う相手は法律を作った政府であり役所ではないのか?法律の不整備の問題でしょ。今まで何もしなかった不作為の罪は、ビジネスマンにではなく役所にあるよね。

 

なのに、役所に弱いマスコミは、絶対にそんなところは突っ込まない。そりゃそうだ、電波が使えなくなるからね。

 

最近の偽装事件などや食品事件でも、テレビ局が追っかけまわして質問をする際に、実に奇妙な聞き方をする。

 

「あなた、それで良いとおもってるんですか?」

「それは道義的に考えて良いと思うんですか?」

 

おいおい、法律違反とか安全性の話をしていたんじゃないのか?作ってるほうからすれば、自分たちのプロとしての経験から、問題ないと判断したんでしょ。良いと思ったんでしょ?

 

こういうのは姉歯事件から目立つようになったが、今だもって建設省の不作為を責める声は出てこない。マスコミが政府に味方しているからだ。

 

一事が万事で、とにかく日本にいる限りは、お上とマスコミには逆らえない。本当はみんなが一致団結すればよいのだが、そういう国民風土がないもんだから、結局各個撃破されてしまう。

 

これから狙われるのは富裕層だろうと思う。今の格差社会では、毎日の生活にも苦労をしている下流層が存在している。人数的には、間違いなく富裕層の数倍以上ある。

 

その下流層が「ふざけんな!俺たちがこれだけ苦労してんのに、お前ら何を脱税やってんだ!」てなもんだ。

 

勿論脱税してれば問題だが、実際は政府や税理士に従って、安く収まる部分は節税した上で、きちんと納税している人が殆どだ。

 

それに対して税務署が、どんどんルールを後付けで変えてきて「以前の納税額が不足してますよ、追加で払ってください」となる。

 

これ等は「法の不遡及」という世界でも共通の大原則があり、新しい法律が出来る以前の行為を、新しい法律で裁いてはいけないという、当然の事だ。

 

ところが日本の税務署は、この大原則を平気で無視して課税して、払わなければ「脱税!」と認定するのだから、困ったちゃんではすまない。

 

それで頭に来た納税者が裁判を起こすと、まるで訴えたほうが悪いみたいな論調で新聞記事になる。

 

日本テレビ

 

ちょっと古い例で言えば、マイクロソフト日本の元社長がストックオプションで得た所得を、税務署の指示に従って一時所得として計上したが、その数年後に、とうの税務署が「いやいや、あれは給与所得ですよ、だから一時所得との差額を払いなさい」とやったのだ。

 

 

 

ふざけんな、お前らの言ったとおりにやったことを、後になってお前らが変更するのかよ!ってことで裁判起こしたけど、一般市民からしたら「え〜、社長さん、そんなたくさんお金貰ってたの〜」みたいな論調にされてしまう。

 

そして、カネを払わない人々に対しては、「無法人」としてマスコミが取り上げて、これらの人が日本で納税するのがあんまり馬鹿らしくなって、そのうち海外におカネを持ち出し始めると、「日本が大変な時に何て事するんだ、非国民!」という論調に持っていける。

 

そうなれば法律改正なんて簡単なものだ。「海外に持ち出し禁止」なんて法律も、多くの無知な国民を味方につければすぐ出来る。

 

非国民。国賊。そんな事、今は思いもよらないだろう。でも、5年前の日本から、今の日本が想像できただろうか?

 

明治から大正、そして昭和初期。その頃、一体誰が日本の軍部の台頭を予想しただろうか?誰が、自分の子供が徴兵で戦争に行き、返らぬ人となると予想しただろうか?

 

気づいた時には、もう逃げられない。ゆでがえるになるかならないか、それは本人の危機感次第である。

 

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tom_eastwind at 12:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月07日

いずれ日本は倒産する

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「いずれ日本は倒産する。そうなった時に、一緒に泥舟に乗って沈むのですか?」

 

「政府の倒産と個人の倒産、どっちが早いですか?政府は世界経済への影響もあるから倒産は出来ません。世界恐慌を生むからです。でも今のままでは日本経済は崩壊しています。この債務超過問題を解決するには、大幅なインフレーションを起こすか、増税して国民の資産を奪うか、大手会社を儲からせてそこから大量に税金を収奪するか、です。」

 

「いずれにしても、国民の資産しか奪うものがないのですから、まず外国にカネが逃げないように法律改正して、それから国内の銀行のお金を名寄せさせて、資産家から順番に収奪していきます」

 

「収奪の方法は簡単です。マスコミを使って個人資産家のスキャンダルを暴き、その資産形成の途中で起こった事を、マスコミで叩くのです」

 

「どんな資産家でも、叩かれたり暴露されて困る秘密の一つや二つはあります。もしなければ、捏造すればよい。そしてマスコミが無知な国民をけしかけて、資産家の家に石でも投げ込んだりしてくれれば最高、彼ら資産家はビビッてしまいます。そして彼らの資産は税務署によって簡単に追徴課税で持っていけます」

 

「このような筋書きを読んで、「まさか自分が?」と思う人、それは貴方が日本政府の怖さを知らないからです」

 

最近は司法書士、社会保険労務士、経営コンサルタント、企業経営者などと話す機会が多い。そのような職業の方から、同時多発的に上記のような話を聞くようになった。彼らは日本全国に散在しており何も繋がってないのだが、彼らが独自に調べて考えて推測した結果として、上記のような発言が「同時多発的」に発生するようになったのだ。

 

弁護士や税理士の場合は立場もあるし、基本的に政府側に付いているので、上のような事は絶対に話さない。何故なら彼らは、日本の法律に守られて商売をしている典型的な規制産業であり、免許取り消しで自分の職業を奪う事になるような発言は、怖くて出来ない。

 

大体弁護士等は、学校を糞真面目に勉強して、社会に出ることもないまま法曹試験を受けて、ある人は裁判官になり、ある人は検事になり、ある人は弁護士になるが、いずれにしても免許を国から貰っているし、社会人としての常識はかなり薄く、商売人と違って自分の才覚で飯を食うと言うことがない。

 

税理士だって、税務署で働いて、そのご褒美として無試験で免許を取る人がたくさんいるんだから、彼らは当然政府のお手伝いとして企業や個人から政府へと資産移動を行う。

 

だから、近い将来に見えそうな現象でも「見えませんね、考えすぎじゃないですか〜?」となる。

 

ところがあまり規制に守られない人々にとっては、才覚だけが命である。自分の頭で将来を先読みして、それを如何に実行するかがすべてであるから、目の前に見えてる近い将来の現実に対して「見えませんね〜」とは言わない。

 

そこが、民間企業でも同じだが、規制に守られて甘い汁を吸ってきた業界と、世界の荒波にもまれて戦ってきた業界の認識の違いでもある。

 

それでもつい5年前は、そんな考えをしている人は殆どいなかったと記憶している。

 

僕が移住の話を日本で始めたのが5年前だが、その頃は説明会に集まる人は、退職者のセカンドライフか、ワーホリで生活した人が永住権取りたいってのが殆どだった。

 

ところが時代が変わり、今説明会に参加したり個人面談をするのは、企業の社長だったりコンサルタント、ファイナンシャルプランナーだったりする。

 

そして特に去年あたりから、僕よりも過激な判断をして行動を起こす人が増えてきた。

 

日本が変化を始めたんだなって感じだ。

 

特に最近の話で皆に共通するのは、もう日本は終わったという点である。去年くらいまでは、「復活までに後何年ですかね〜」という感じだったのが、今回の政治不在による官製不況が遂に一線を越してしまい、これが日本の最後の体力を奪ってしまったという事だ。

 

日本政府がいう事と官僚が出す通達に矛盾が出ている。特に空港の外資規制や去年からのM&Aの法律規制、まるで外国人には日本株を買うなと言ってるようなものだ。だから外国人はその希望に応えておカネを引き揚げて、そのおカネを中国やインドに振り向け、株価が下がりはじめた。

 

企業は全く売上に繋がらないコンプライアンスコストを毎年数千万円負担せねばならず、連結決算と監査による費用は増加して、その費用をお客に振り返ることも出来ずにいる。

 

そして建設業界はあふぉな官僚により建築申請が出来なくなり、新規着工数が激減している。

 

自由な活動を縛りつけようとする、自称東大卒のバカどもが、日本をぶち壊そうとしている。いや、彼ら流に言えば、壊そうとなんかしてない、自分たち役人官僚が生活しやすい国家を構築しようとしているんだって事だ。

 

小泉改革で人々は、良いか悪いかは別として、少なくとも国民に夢を与えられた。構造改革で、新しい日本が出来るんじゃないかと期待した。

 

ところが、今の政治は、見事にそのすべてをぶっ壊した。

 

いつもいう事だが「月曜日の失敗は金曜日の成功より大事」である。国家運営も、一度基本方針を作ったら、それが少々悪いからと言ってまた作り直したりするよりも、方向性を一致させてそのまま続けるほうが、結果的には良いのである。一番いけないのは、方向性が定まらずにふらふらすることだ。

 

「もう夢なんてないですよ。ここから先は、日本が外資に食われまくって、世界の先進国の植民地として、安月給と長期労働と休暇のない生活を送るようになるんですよ」

 

もちろん自分たちは外国人と比較することがないから、自分たちの生活がどれだけ悲惨になるか、ゆでがえるなので実感しない。

 

しかし、これから力を付けてくる中国、すでに強い米国の間に挟まれた日本は、いずれにしても国民に過大な負担を押し付けていくようになる。

 

誰かがこの国家存亡の危急時に、国を一つにまとめて引っ張ってくれれば、今のような状態にはならなかっただろう。

 

やはり政治不在によるツケは大きい。

 

しかし、そんな事を言っても仕方ない。人々は自分や家族の生活を考えねばならないのだ。戦って生きていくしかない。その為には、生活の品質を守って子供に未来を与える為には、海外移住も一つの選択肢なのだ。

 

そう思い始めた人たちの流れを毎日感じる。

 

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tom_eastwind at 18:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月06日

今日から日本

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最近は、日本に出張に行くのに、香港で一泊する機会が減った。2年前と違い、今では朝早くオークランドを出れば、その日のうちに香港で乗り継いで東京に到着するからだ。

 

人口600万人しかいない香港だが、オークランドと香港の間には一日二便(早朝便は週4日、午後便は毎日)のエアバスが就航している。てことは、一日で700人近い人が移動しているって事だ。てことは、一年で25万人がこの区間を移動しているって事だ。

 

香港からは、バンクーバーにも一日二便、シドニー同じく、なので、勿論ハブ空港という事もあるだろうが、ずいぶんたくさんの人が国際線であっちこっちに出入りしている。

 

翻って日本。福岡からオークランドに行く便が取り消し、名古屋からも取り消し、大阪便も間引きしようとしているし、東京便も、すでに中国や韓国からの直行便に乗れない、中国や韓国のお客を獲得している。

 

つまり人口1億2千万人といいながら、その移動は実に貧しいものであり、ニュージーランド航空からしても「あんまり相手にしていない市場」って事になる。

 

そういえば、友達が日本からの帰路にニュージーランド航空のスタッフと話す機会があったそうだが、「日本路線?赤字でしょ、どう見ても。縮小するか撤退するか、いずれにしてもあんまり良い話はないよね」だって。

 

年間にニュージーランドを訪れる観光客の数で言えば、あいも変わらずアジアでは一番多い、年間12万人である。中国は8万人くらいかな、韓国はもっと少ない。

 

それでもクイーンストリートの高級カバン店に行けば、店員の半分以上は中国人である。今時、ニュージーランドに来て高級カバンを買う日本人は少ない。

 

ましてや免税品店では、真っ赤な口紅を鬼婆のように両端広げて塗りたくってだらしなくあくびしてる日本人店員が、「ああ、今日も客来ね〜な〜、ま、いいや、給料は保証されてるもんね〜」みたいな顔で、ぼけぼけ〜っとしてる。

 

こんなとこにも、Japan Passingの片鱗を感じるのは、僕だけか?

 

そういえば、エミレーツ航空が新型エアバスをオークランド路線に導入するようだ。沈む日本、沈んでる本人は、全く自覚がないようですな。あいもかわらず国内問題でわいわいやってる。

 

さて、そんなとこで、また今日から日本です。

 

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tom_eastwind at 00:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月05日

一番ベターなのは

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一番ベターなのは〜

 

日本に出張すると、ホテルのカフェとかで小耳に挟む、英語交じりの日本語。最近あちこちで聞く、実に変な英語。

 

Betterが一番なら、Bestはどうなるんだ?東京のホテルの喫茶店で話をしていた、柄っぽいスーツにノーネクタイの親父二人が、「一番ベターなのは〜」なんて会話をしていた。

 

主に話をしている親父は、話の端々にポロポロと英語単語を入れるのだが、それがどうも微妙にずれてる。問題は、自分がずれてるって事を気づいてない事。

 

「だからさ〜、リストラでクビになった連中が増えて〜」

「うちの会社もインフラ整備しなくちゃさ」

 

英語については勿論僕もたいした自信がある訳ではないが、彼らが喋っているのはすべて日本語に置き換えることが出来る。てか、何で英語を使わないといけないんだ?日本人でしょ?思わず英語が出た!なんてことは、どう見てもないよね。

 

第一、リストラは首切りをする事を示してないし、インフラとは社会基盤整備なのだから、どう考えても状況に合わない言い回しだ。

 

「オルタネーティブにリザーブしておくけど、ドタキャンするかもしれないので、ペイメントはカードギャランティーでね」

 

ホテルに電話予約する連中が使いそうな言い回しだが、実にみっともない。

 

それも、英語が母国語で日本語を日頃使ってて不自由という人なら英語を使うのも分かるが、どう見ても日本で生まれて日本で育って、日本の学校で英語教育を受けた、つまり、英語は発音や文法、言い回しにおいて全くど素人という人間が、何故英語を言葉の端々に入れるのか?

 

答は簡単で、そうやれば英語を使ってて格好良いだとか、えらそうに見えるってだけだ。

 

それが頭にくる。日本人としてのプライド、日本語へのプライドはどこにあるのか?英語なんて所詮は手段であり、自分が伝えたいものがあれば、通訳を雇って英語にすればよい。

 

中身空っぽなくせに、会話に英語を混ぜて喜んでる連中を日本で見るたびに、どうなん?!って、大声で言いたくなる。てか、実際に時々それが言葉になって出るから、やばい。

 

実は、東京で行きつけのバーなんかで、こっちが酒はいってる時に隣のボックスに座ってる「やに連中」がそんなぐちゃぐちゃ英語を使ってると、わざと大声で「全くさ、今の日本人って英語うまくなったよね〜、日常会話にバンバン英語入れてるんだからね〜、いや、たいしたもんだ、まいったまいった〜!」なんて言ってしまうことがある。

 

おかげで一緒にお酒飲んでる人には、いつも結構ひやひやさせてるようだ。関係者の皆さん、すみません。

 

外国に住んでるせいだろう、日本にいる日本人よりも、日本語に対してどうしても神経が過敏に反応する。

 

たいした事ないじゃん、って言われそうだが、外国に住むってのは日本人の存在理由が問われるわけで、じゃあ日本語って何なの?日本人って何なの?とか、ついつい考えてしまう。

 

たぶん日本で普通にカタカナ英語を使ってる人は、それさえも「たいしたことないじゃん」的にやってるのだろう。

 

実際、香港人も日常会話の中にバンバン英語をからめてくる。

 

ただ、彼らの場合は、どうも適材適所、その場で一番自分の気持ちを表す言葉として英単語を挿入していると思う。

 

広東語の場合、一つの言葉がたくさんの意味を兼ねる。だから、「これ」って一つに決め打ちして意味を説明したい時は、英語のほうが都合よい事が多い。

 

ただ、日本語の場合は、一つの意味に対してたくさんの表現方法がある。だからあえて外国語を持ってきて表現しなければいけないケースは、それほどない。

 

僕の今までの経験では、英語が出来る日本人は、それほど会話の中に英語を挟まない。逆に、英語にするときは最初から英語でいってる。

 

たかが言葉で、とも思うが、また明日から日本なので、ちょいと心を引き締めて、飲み屋で余計な事を言わないように、この場で言いたい事を書いた。

 

「日本人なら、もっと日本人としての誇りを持とうね」

 

あ〜、少しすっきりした。

 

写真は、最高級和牛を100%使用してビールで熟成させた和風ハンバーグ。ビールとハンバーグはさすがに外来語、日本語よりも、このまま「ビールとハンバーグ」と使ったほうが収まりが良いですな。「泡立つ芳醇麦酒と和牛ひき肉洋風鉄板焼き」っちゃ、なんか収まりが悪い。

 

まあ、言葉はどんどん変化する。今僕がおかしいと思ってる外来英語だって、そのうち普通に日本語に取り込まれて、こっちの方が変人扱いされる日が来るのかもしれない。

 

いいや、その時は「うるさい偏屈親父」になろっと。

 

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tom_eastwind at 19:03|PermalinkComments(1)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月04日

何だこれ?

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これ、何だ?

 

最近、うちの会社のエレベーターの階数表示ボタンの上に貼ってあるシール。

 

外国(つまりに本)に住んでるの人が見てもよく分からないと思いますが、1は大きなRubbishBin(つまり大型のゴミ箱)を押して、下りエレベーターに乗ってる女性の姿です。

 

でもって、2はそのゴミ箱の先っぽがエレベーターの縁に引っ掛かってそのまま上にずり上がり、籠の後ろでゴミ箱を持ってた女性は、逃げる場所もないままエレベーターの籠とゴミ箱に挟まれて首吊り状態になってるとこです。

 

FAIL

 

そりゃあ、失敗だわな。でも、このイラスト、実に生々しい。

 

ニュージーランドでは、公共広告でもこういうのが多い。交通事故防止の為の宣伝が、例えば後部座席に乗ってるいたいけな女の子が、運転してるお母さんが急ブレーキをかけた衝撃で前に吹っ飛ばされて、全部ガラス窓を突き破って車の前方に放り出されてアスファルトの道路の上で血だらけになるとか。

 

田舎の農家でパーティやってて、ビールを飲み終わったおやじが車で帰る。翌日の朝になっても家に辿り着かず、家族が探し始める。次の場面では、崖から落ちた車が映されて、その車から放り出されて、これまた血だらけになって死んでいるおやじの死体。

 

広告の影響は、その国民性に影響される。公共広告はキーウィの間では、さすがに過激だと言う悪評もあったが、アレを日本でやったら、歌劇どころかミュージカル、じゃなくて、即日放送停止だろうな。それほどに生々しい。

 

その点面白いのが、香港で作られる広告だ。これは、日本人の性格にぴったり合って、柔らかい。

 

例えば昔の日本の生命保険、「何である?愛である」とか最近は小田和正の「言葉にならない」を使った広告が良かったが、あれと同じような家族愛を語る広告が、香港ではうまい。

 

香港電話広告情緒的ってのかな、例えば携帯電話の広告では、中国の山奥で一生懸命ダム建設とかの現場で働くお父さんが、夜、仕事が終わって宿舎に戻る。すると、香港にいる子供たち家族からの電話がかかってくる。ふっと緩む父親の顔。

 

 

キーウィの場合、広告にあまり情緒を感じないのは、彼らは広告は商売の一貫であり、広告自体がデザインとして独立することはない。売れればよい、だから同じ商品を連呼してカメラの前で大声で飛び回る、商品のマイナスなんて絶対に感じさせない、そんなイメージだ。

 

話は変わるが、そういえば最近は日本の保険会社でも、外資系でけっこう西洋的な広告を見かける。

 

特に「何歳でも入れる!」とか「まだ知らないの?」とか「お金がこれだけ返ってくるよ!」とか、目先の事ばかり俳優がしゃべりまくってるが、あれはどうかな?

 

純粋(単純)な日本人のおじさん連中、あんなのをみると、ころりと引っ掛かるのではないか?しかし、どう計算しても、あの保険の仕組みでそんなにたくさんの保障があるわけない。

 

つまり、入り口では商品が良いように見せかけておいて、いざおカネを払う段階になって、あの手この手でけちをつけて保険金を支払わないって方法だ。

 

米国でもこの手の保険が大問題になった事がある。ジョン・グリシャムも、弁護士モノの小説で同じテーマで描いている。

 

それでも、米国のように自己責任が徹底している国ならばまだしも、日本のような自己責任が明確でない国でこのような保険を売ってしまえば、これから先一体どうなるのだろう?

 

製造物責任の一つとして、広告制作会社も、そのうち告訴されるのではないか?

 

話は逸れたが、僕が日頃利用しているこのエレベーターがシンドラー製であり、籠とドアがぴったりと一致することはまずないし、大きいときは20cmくらいの段差が出たりするし、また世界のどこかでエレベーターに挟まれて誰かが死んだ事件が起こったのかもしれないね。

 

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tom_eastwind at 10:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年03月03日

自動皿洗い機

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最近、dishwasherを使うようになった。自動皿洗い機。

 

元々手洗いで生きてきた人間なので、皿洗い機とか邪道!って思ってたのだが、ちょっとした機会に皿洗い機を使ってみると、何と!これが結構綺麗にお皿を洗ってくれる。

 

 

勿論最初に軽く汚れを落とす必要はあるけど、後はお皿やお箸、お碗などを放り込んでおくと、あれまびっくり、30分後には綺麗に乾燥した状態で、つるりんぴっかり、こりゃ便利と言うことに気づいた。

 

僕はどうも、なんでもやる前から自分勝手に「あれはいやだ!」と思い込んで判断する事が多く、何かを決めたら、そればかり繰り返す癖がある。だから、料理は毎日同じものを食べても全然辛くないし、むしろ新しいお店探しや料理法がめんどい性格だ。

 

ただま、そんな性格じゃいかんな、人間なんだもん、どんどん自分を変えていかなきゃ、そう思って最近の性格改造計画(人と積極的に話をするし、いろんな新しいやり方を自分の生活に取り入れる)の一環として去年の後半から意識的に努力はしている。

 

別にたいした事ではない。今までならこーいう事は右手でしかしない、左手だったらやらない、なんて状態でも、「いいじゃん、左手でもやってみようと」と思うようにしている。

 

例えば朝起きて最初にひげを剃ってクリームを塗ってからから朝ごはんを作るのは嫌だった。料理の湯気が剃ったばかりの肌に触れるのが嫌だったからだ。

 

でも、朝の時間を効率的に使おうと思えば、朝一で洗顔、髭剃り、歯磨きと片付けたほうが効率が良い。だもんで、料理の湯気が問題なら、ひげだけ剃ってクリームは出社前にシャツ着る時に塗ればよい。

 

そんなふうに毎日のちょっとした事を、少しずつ変えていってる。まだ変わらないものもある。短気で勝手に思い込んで一人で塞ぎ込んだりするとこだ。でも、これも、変えていってやる。

 

自分を少しづつ変えていくと、今まで見えなかった世界が見えてくるのと、生きるのが少し楽になることに気づいた。

 

あふぉかい、今頃って感じですな。

 

しかしまあ、皿洗い機は実に便利なものだ。昭和の主婦が掃除、洗濯、料理、片付け、などなど、次々と家庭の作業から解放されたのだから、やっぱり日本の電器産業、凄いですな。

 

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2008年03月02日

福島県 過去へ帰る

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福島県、廃止した指名競争入札を復活

 

 

以下、日経新聞2月23日よりの抜粋

 

 

 福島県は昨年10月に廃止した指名競争入札を、4月から一部の工事で復活させることを決めた。一般競争入札で疲弊している建設業者に配慮した形だが、指名競争の廃止は談合事件を教訓に県が取り組んてきた入札改革のシンボル。それが4カ月で見直しを決めたことに疑問の声が上がっている。

 

「談合との決別」を旗印に押し進めてきた入札改革がなぜ立ち止まることになったのか。その舞台裏を探った。

 「県議会との全面対決を避けるためだった」。18日、県庁5階の入札制度等監視委員会。清水修二委員長(福島大教授)は県側が提案した指名競争入札の一部復活を受け入れた理由について苦渋の決断だったことを強調した。表情には悔しさがにじみ出ていた。

 県は前回の委員会で4月から指名競争を1000万円未満の工事に限って1年間試行する案を提案。一般競争は少額工事の発注手続きに時間がかかるほか、応札者ゼロの工事が増えていることなどが理由だが、一番は県議会からの強い要望だった。

 

***抜粋終了***

 

日経は全国版なのでこういう書き方だが、同じ記事を朝日新聞福島支局が3月01日に記事にすると、こうなる。

 

辞任監視委員、県を批判 

20080301

 県による指名競争入札の「復活」決定から一夜明けた29日、県への抗議として「入札制度等監視委員会」(監視委)の委員辞任を表明していたNPO法人「寺子屋方丈舎」の理事長・江川和弥氏が会津若松市内で記者会見し、同日付で辞任が正式に決まったことを明らかにした。

 

07年1月に県から選任されたが、2年の任期半ばでの辞任となった。江川氏は「業界の意向を受けて政治との妥協を図った県と、知事の姿勢を問うため」と改めて県側を批判した。

 

 

 この日は、県入札改革グループの職員が同NPOの事務所を訪れ、江川氏に委員解職の辞令を手渡した。職員からは指名復活の意義について「業界のためでなく、低価格入札を防ぐ意味もある」と説明があったという。

 

 その後の会見で江川氏は、県議会の3会派からの要望で復活を決めた県の姿勢を重ねて批判し、「まず試行ありきで審議期間が不十分。試行から本格復活へ移行するための基準も不明確だ」と訴えた。

 

 県の穴沢正行総務部長は「意見は重く受け止めているが、個々の事情でお辞めなったことについてコメントする立場にない」と話した。

 

***抜粋終了***

 

で、朝日新聞としてのコメントは?日頃あれだけ色んなところに噛み付いてるわけですから、この事件でも当然、コメントがありますよね?

 

それとも福島県では、すでに改革などはやめて、官僚と県議会と、それにしっかりひっついた土建屋さんが、また古きよき昔に戻ろうとしているのでしょうかね?

 

だからマスコミも、これ以上突っ込んだ事は書かないのでしょうかね?去年福島県知事が逮捕された時は大騒ぎでぎゃんぎゃん、倫理がどうのとか書いてたのに、その問題の根幹である土建業者と役人の癒着は、それが民意だからOKなんでしょうかね?

 

「元々福島県は、小針さんという人が仕切ってた国であり、土建屋の利害調整なんかも、ちゃんと偉い人が仕切ってやってきた。改革なんて言ってるけど、そんなもんで飯が食えるわけね〜だろ」

 

「一般競争入札で、どこの土建屋も悲鳴を上げてる。ここらあたりで救ってやるのが、県民の代表である県議会でしょ」

 

大体まあ、こんなところだろうな。でもさ、自分たちが政治、自民党とべったりひっついて組織選挙をやってた頃は、しっかり儲けたんですよね?

 

ところが今の時代、土建屋てか建設業界が完全に破壊された。自民党にも見放され、談合事件で叩かれ、姉歯事件でぼろぼろになり、遂に虫の息。

 

でも、建設業って、銀行や保険会社と同じで、最初から役人と規制に守られた産業だったですよね?

 

今更ずるくね〜か?

 

こっちは生まれてこの方、一度として政府に守ってもらうような業種で働いたことはない。おまけに旅行やなんて何の特許もないし毎日が値段と付加価値の競争だ。

 

そんな世界で何十年も飯を食ってきたわけで、土建屋が昨日今日苦しいからって議会を動かすのは、どうなのよ?

 

てか、それで文句を言わない福島県の人って、どうなのよ?まあ、それで良いって県民全体がそう思ってるんなら、他所の人間がどうこういう事もない。

 

ただ、後になって福島県全体がカネなくなって中央政府からカネもらおうなんて事にはならないように予めお願いしたいね。

 

中央政府が回収している税金は、日本全体の為に使うものだ。一部地域が、「おらがむら」の延命策として、よそで一生懸命働いて納税したおカネを使うようなら、そりゃずるいよな。

 

写真は、福島県猫魔スキー場。小針さんの古きよき時代、ですな。

 

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2008年03月01日

札幌 医療の崩壊

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2008.2.27 13:55

改善なければ2次救急撤退/札幌市に産婦人科医会通告

 

 札幌市産婦人科医会(遠藤一行会長)が先月中旬、産婦人科の救急医療について札幌市に対し負担軽減策をとるよう求め、具体策が示されない場合には、重症患者を担当する2次救急から撤退すると申し出ていたことが27日、分かった。

 

 輪番で2次救急を担当する各病院の負担が重くなっているため。同医会は、市の夜間急病センターに産婦人科を設置するよう市側に要求。具体的な改善案が出ない場合には9月の撤退も辞さないとしており、市側は3月中に医師や市民による協議会を設置し、負担軽減策を検討する考えだ。

 

 土日や夜間などの救急医療体制は(1)軽症者を診る初期救急(2)初期救急医療機関から転送されてくる重症患者を担当する2次救急(3)より重症の患者を24時間受け入れる3次救急−の3つに分かれている。

 

 産婦人科医の減少などの影響を受け、同市では4年前に14カ所あった2次救急を引き受ける病院が9カ所に減少。9病院は平日夜間の初期救急にも当たっているため、担当医から「慢性的な人手不足で、これ以上は2次救急を分担できない」との声が上がっていた。

 

***勝手抜粋終了***

 

札幌の医療だけではない。日本全国で同じ問題が発生している。医療が仁術であるためには、医療関係者が安心して働ける環境作りが欠かせない。その意味で医療は算術も必要である。

 

てか、元々医療とは誰でも平等に受けられるはずの「ヒポクラテス」だったのが、医療を資本主義の中に組み込んで、そこで儲ける仕組みを作ってしまったのは資本主義を択んだ国民と政府である。

 

ややこしい事は置いといて、(てか、ややこしい事を言うと頭が痛くなる人がいるので)問題点は何かを簡単に整理すれば

 

1・儲かる仕事があると聞いて医者を択んだ。

2・ところが医療では、建築などと違って、作り間違ったからもっぺんやりますという事がきかないので、万が一失敗した場合、患者は死ぬ。

3・以前はそれでも、医者は人の命を救う為に、「難しいけどやってみよう」と言う気持ちになった。何故ならそこには、患者からの信頼があり、成功するにせよ失敗するにせよ、努力に対して正当な報酬が用意されたし、社会的にも尊敬されたから、努力して失敗しても訴えられることはなかった。

 

4・ところが今の時代は、下手に難しい患者を診て、ましてや夜中に送り込まれる、今までの問診履歴も分からないような緊急患者を診て、一生懸命努力しても結果が失敗であれば、医療過誤で訴えられる。

 

5・おまけに厚労省が医療に対する報酬もガンガン減らしている。

 

6・最後のおまけは、患者が妙な智恵を付けて、医療過誤とは言えないようなケースでも平気で訴えてくる。

 

そんな中で誰が一体、苦労ばかり多くて、もし訴えられたら一生懸命勉強した身に付けた医療免許まで取り消しされるような緊急患者を受けるものか。

 

こんなの、当たり前の理屈だ。責任ばかり多くて権限または利益が少ない、そんな仕事を誰がやるかい。おまけにこの仕事、失敗した場合の危険度がでかすぎ。何十年真面目にやってても、一発で免許取り消しだ。

 

なのに今回は、札幌の役所は「ねえ、やってよ」と言う。だったらお前がカネ出すのか?または、絶対に訴えられないと言う保証を出すのか?

 

どっちもないまま、おまけに貰える報酬も少ない。誰がやるか、ばーか。

 

そこで困るのは、当然であるが一般住民である。ただこの場合、住民に責任がないと言えるのか?

 

一体誰が、北海道の政治家を択んだのだ?一体誰が、医者を医療過誤で濫訴したのだ?一体誰が、自分の事ばかり考えて全体の調和を考えなかったのか?医者も人間である。努力した結果のミスさえも訴えられるようであれば、誰も努力なんかせずに、「ヤバイのは全部放置!」となるでしょ。

 

今の医療の崩壊は、決して官僚だけの問題ではない。官僚の独走を黙認した政治家の問題であり、そんな政治家を択んだ国民の問題だ。

 

今までは、このような問題は、あふぉなマスコミが一部の被害者を叩いて、どっかの養鶏農家の老人夫婦の首を攣らせて、あふぉな一般国民には痛みのない状態で終わっていた。

 

ところが今回は、ホストクラブの兄ちゃんのようなマスコミが一部官僚を叩いてホストクラブの客である一般無能国民をお笑いの渦に巻き込み、その場でシャンパン一気!で喜ばせてた無責任図式が変わり、そのシャンパンが客の膝の上に飛び散り始めているのである。

 

無責任にマスコミに乗っかって医者の医療過誤をぎゃんぎゃん騒ぎ、権利権利と訴えてたあふぉな大衆に対して、遂に被差別者が声をあげ始めたのだ。

 

「わかった、もういいよ、お前ら、俺たち医者を嫌いなんだろ、訴えたいんだろ、じゃあもお、いいよ、俺はめんどい患者を診ないよ。だって、安月給で責任だけ重くて、訴えられた免許も取り上げでしょ、だったら、そんな緊急医療なんてしね〜よ」

 

さ、医者のストライキだ。こうなったらどうする?札幌の人たちよ、どうする?

 

自分たちで、安心出来る医療機関を作るか?その医者が頑張って治療したけど治せなかった場合は訴えないって、言えるか?

 

やります!背に腹は変えられません、緊急医療を受けてくれる病院を作ります!

 

だったら、そういうなら、実は今の仕組みの中でも出来るのだ。今の仕組みの中で、一生懸命やる医者は、たとえ失敗しても許す、努力に見合うお金を払う、以前の日本に戻す、そうすれば、すべて収まるのだ。

 

え?以前の日本って?じゃあ、いつ日本は変わったんですか?

 

変えたのは政府。変えさせた一番の原因は財政赤字。財政赤字を作ったのはばら撒き政治をやった政治家。その政治家に一票を投じて、「おらがむら」だけの利益を考えたのが、くそったれ有権者だ。結局、自分で自分の首を絞めた結果として、医者の反乱が起こったのだ。

 

勘違いの権利ばかり要求して、国民としての義務を果たそうとしなかった連中が、実はこのようあな問題の根底に横たわってる。

 

結局、民主主義は参加者に大きな費用の支払いを求めているのだ。そんな事も知らずに権利ばかり考えて民主主義に参加するくらいなら、北朝鮮で生活をして欲しいものだ。

 

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tom_eastwind at 09:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌