2008年09月

2008年09月30日

ゲートウェイが飛んだ!

ca628a51.jpgゲートウェイ21が飛んだ!

 

僕の作業分担として留学の仕事から移住の仕事に本格的にシフトしてもう4年、移住に専念して3年経った。

 

2001年頃は留学ビジネスが盛んで、年間に4千人のワーキングホリデイがニュージーランドに渡航してきてた。

 

彼らが一年間住むのだから、衣食住と様々なビジネスが発生する。

 

このビジネスに最初の翳りが出てきたのが2003年頃である。それまでは911テロとかサーズ問題で一時的に渡航者が激減したりしてたが、市場はそれを「一時的な」現象と考えていた。

 

ところが、そのような現象とは違った、構造的にじわじわっと来る顧客の変化がその頃から出始めていた。

 

この時に僕が真っ先にやったのはそれまで発行していた無料日本語情報新聞の廃刊とインターネットへのシフトだった。

 

他にも、手掛けていた英語学校を営業停止したり、日本で移住独自の説明会を開催したりと、とにかく周囲があれれ?と言う間に、一人でどんどんビジネスモデルを大きくシフトしていった。

 

「もう留学じゃないんだよ、移住だよ」一人でそう周囲に言いまくってたが、まともに聞いてくれる人はいなかった。

 

むしろ、まだまだ利益の出る英語学校や会社の看板である情報新聞の廃刊、無料学校紹介の縮小など、その方が「あり得ん!」と言われてた。「自分から自ら利益源を放棄するんですか?!」

 

じゃあ一体どこにその変化があったのか?

 

それがニュージーランドドルの上昇と日本人の二極化である。両方とも、最初はちょろちょろと隅っこでくすぶってるだけだったが、2004年になるとそれが一気に本格化した。

 

何故ニュージーランドに若者が来てたか?ドルが安くて若者が生活に未だ余裕があったからだ。

 

ところが今の時代、NZドルは2倍になり若者は生きていくだけで一生懸命になった。そんな時に「海外旅行」なんて出来るものか。

 

僕の仕事の一番大きな部分に情報収集がある。街に出て、人が何を考えているのか感じているのかを聞き出して、それを次のビジネスに結びつけることだ。

 

クイーンストリートを歩く日本人ワーホリの何気ない一言、レストランでアルバイトする若い女の子の何気ない話を聞く中で、はっきり感じた。ニュージーランドの留学ビジネスはもうだめだ。

 

そして東京への定期出張で留学会社の社長たちと話しながら、ここでもまた同じ事を感じた。それまではニュージーランドはもうだめですよと話してたのだが、「あ、ニュージーランドに限らず、留学ビジネスはもうだめだ」と感じたのだ。

 

これは今までも何度も言ったことだけど、2004年当時の留学業界は1970年代の旅行業と全く同じ道を歩いていたのだ。

 

そりゃそうだ、行政の指導不在の中で顧客から前受け金を貰って取引先に後払いをするシステムと、自分で全く在庫を持たずに中抜きをするビジネスモデルの組み合わせは、まさに旅行業である。

 

更に旅行ビジネスより問題なのは、留学ビジネスの場合リピーターや口コミ紹介が異常に少ない点だ。つまりお客が一回使ったら、バカらしくて二度と使わないという致命的な欠陥だ。その欠陥をどう修正するのか、その点を真剣に考えた人はいなかったように思う。

 

そしてこのビジネスモデルでは誰でも参加出来るから、次々と雨後の筍のようにハウスエージェントとかパパママエージェントが出てきた。

 

どこに頼んでも同じなら、少しでも安くてサービスの良いほうがということで顧客が浮遊化してしまい、会社の体力に関係なく安売りとサービス残業で顧客に対応するようになったのだ。

 

唯一1970年代の旅行業において有利だったのは、情報の非対称性、つまりお客様の方が情報が少なかったから旅行業者に頼るしかなかったという事実だ。

 

ところが21世紀になってインターネットが発達すると情報の非対称性が消える。そして留学会社のカウンセラーは「商品を売るため」に「販売員」となった。その時点でゲーム終了。

 

そこから後は、仕事を取るための過当競争である。だから僕は留学会社の人々にもそれとなく昔の旅行業の話をした。何故旅行業が構造的に崩壊の一途にあるのか?今後の留学業界の在り方は?結局誰も耳を貸さなかったけどね。

 

このビジネスモデルは見かけが格好良いもんだから若い社員が集まりやすい。そして目先の現金が入りやすい。

 

だから前払いを原則とするHISが安い人件費でJTBを利益額で追い抜いたように、スキーのインストラクターがいつまで経っても高賃金にならないように、留学業界が何とか続けられたのは若い人々のサービス残業とそのモチベーションを支えた「手を汚さない英語を使うかっこいい仕事」だったからなのである。

 

そして顧客と会社の情報が同量になった瞬間に情報格差がゼロになり、大手留学業者を支えるコンピュータシステムや管理費用がそのまま大手企業の経費増と言う弱みとなり、間接経費の少ない、インターネット情報を活用する小さい会社が大きな会社の顧客をとり始めたのだ。

 

取ってるほうはそれほど気づかない。蟻が象の足の一部の隅っこの端っこに引っ付いてるちっちゃなおできに噛み付いてるようなものだが、その蟻が加速度的に増えて黒いじゅうたんとなった時、大きな象さえも倒される。

 

そしてゲートウェイ21と言う、社員140名の大手留学会社が先週金曜日の夜倒産した。

 

この会社のオフィスは当社の隣であるし日頃から顔見知り。なので月曜日に話を聞いてみると、なんとびっくり、ついに来るものが来たかって感じだった。

 

ただ、あえて言えばこの会社の場合はビジネスモデル以前にいろんな問題があった。彼らの裁判記録も読んだ。

 

だから、ゲートウェイがダメだから他がダメということではない。むしろこれを機会にきちんとした会社が舵取りをしていけば業界も浄化されるだろう。

 

ただ、いずれにしても留学と言うビジネスモデルに継続性を持たせようとすれば、今の留学業界構造では大変なのがよく分かる。

 

しかしこれを機会にいかにリピーターや口コミ紹介を増やすかを真剣に考えないと、いつまで経っても業界の発展はない。

 

監督官庁不在のこの業界も、そろそろ国交省か文科省の監督下に入って、旅行業のように様々な消費者保護の規制が出てくるのではないだろうか。

 

それが役人のポストを増やすのではなく本当の意味で業界を成長させる機会になることを期待する。

 



tom_eastwind at 00:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2008年09月29日

夏よ来い!

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ネタが満載な9月後半だった。

 

リーマンブラザースの破綻、ワシントンミューチュアル銀行の破綻、麻生政権の誕生、小泉元首相の引退、そしてシメは中川国交相の自爆発言と、もうどれも4番打者を勤められるネタなのに、これだけまとめて出てきては勿体無いって感じがするくらいな9月後半。

 

リーマンブラザースの破綻は結果的に既存の金融システムに大きな穴が開いた。

 

この件で「お、いいチャンスだね」と言った経営者は一人だけ。他の人は「おおお、米国大丈夫か?」だった。「良いチャンス」と言った経営者は、元々小泉さんのような超偏屈者だけど、うちは現場で今回の動きを観ているので、彼と同様にこれが「良いチャンス」と肌で感じる。

 

ワシントンミューチュアル銀行の破綻は銀行預金の保護と言う問題に繋がるので、これからどこに取り付け騒ぎが飛び火するかわからないと言う点で、世界中の銀行がびびっているだろう。

 

あまりびびってないのがニュージーランドの銀行って感じかな。前にも書いたけど、世界の流れから周回遅れで仕事しているので、CDSとか英語略語の商品を殆ど買ってないって強み?がある。

 

「私たちはその商品のリスクがナンであるかを自分たちではっきり理解出来ない限り投資はしない」というスタンスを守って愚直にやってきたところがこれから伸びるだろう。

 

現実にそのような動きは欧州で発生している。サブプライムローンに手を出さなかった中堅プライベートバンクに投資家の資金が流れ込んでいるのだ。

 

ただしニュージーランドではどこの銀行も今は守りには入ってる。出来るだけ貸し出しを締め付けて、突然何かあっても対応出来るように構えているのは、ここ数週間の銀行の動きを見るとよく分かる。そりゃそうだ、ここで攻めを考えるような銀行ならとっくにサブプライムでこけてる。よくも悪くも愚直なのだ。

 

麻生政権は出来るべくして出来た政権だけど、選挙が終わるまでのつなぎか?唯一良かったのは国連の場で冗談を言えたことだろう。

 

英語を使う仕事の場合、冗談をどの程度使えるかってのが相手を判断するときの一つの基準になっている。使いすぎてもダメだし、全然使わなくても「面白くない奴」と思われる。

 

小泉さんの引退については、言い出したら聞かない変人なので、本気で引退するのかもしれないな。ただ過去の人ではないので、賞味期限はたっぷり残っている。誰かが本気で彼を引っ張りだすとすれば、自民と民主の分裂、再融合のときではないか。

 

個人的に一番「受けた」のが中川さんのxx発言。(xxに入れるのは爆弾、自爆、xx、何でも良い)

 

単一民族国家という発言は単なる失言というか、彼の知識をそのまま言葉に出しただけではないか?

 

宮崎の田舎で小学校教育をしっかり受ける事が出来ずに、また自分で学ぶ力もないままに大人になり金儲けの為に政治やの道を選んだのだから、個人的発言としてはその程度だろうという気がする。

 

もう政治家に多くを期待はしてないので、これだけの大事件が続くときの中にあっては、ああそうですかって感じ。

 

次の失言は成田問題で、こりゃもう自分の管轄する仕事でこれだけxx発言するんだから、覚悟の上でしょう。

 

あの時代に政府がどれだけ国民にムリをごり押ししていたか、国民の権利を根っこから踏みにじっておいて「全体の事を考えて」なんて言えるわけがない。だいたい、全体の事を考えるなら、何故成田に空港を作ったのだ?

 

あれだけ使いにくい、都心から離れた空港ってのは滅多にないぞ。自分の利権欲しさに成田の農民にムリを押し付け全国民に不便を押し付けたお前ら、全体の事を考えてないのはどっちだ。

 

一番面白いのが日教組相手の喧嘩だ。これだけは中山さん、もっと言えって感じ。

 

新聞記事を読むと、どれもが中山国交相の「失言」となってるが、どこの記事でも日教組の悪さについては書いてない。

 

失言と言う以上中山さんに落ち度があるべきで、単一民族とか成田がまさにその例だけど、日教組問題をそれと同レベルで語るのはどうか?

 

覚えている人も多いだろうけど、日教組の全国大会会場となったプリンスホテルが予約を拒否したことで裁判になった。あの時の一連の流れを見れば、日教組が自分を合法的暴力団と自認していたのがよく分かる。

 

合法的暴力団である彼らが「へ、あいつらどうせ最後は頭を下げるさ、そうでなきゃ街宣車持ち出すぞ」くらいの勢いで交渉ごとにあたったら、ホテル側のサラリーマン連中が意外と腰が据わってて、ついに締め出しに成功した事例である。

 

どこの新聞も日教組と創価学会とユダヤ人の悪口は書けないのかもしれないけど、今の教育の混乱を産んだ大きな要因の一つに日教組があるのは間違いない。

 

当時の教育現場にいて「せんせー」が授業をほったらかしてストライキに行くのを見てた僕としては、そして社会人となり日教組の「せんじゅー」なんかと話す機会があった僕としては、ありゃもう亡国の徒はどっちだって感じ。

 

教育が国の基本であるのは間違いない。ここがしっかりしてないと、まともな人間は育たない。国民の視点で教育を考えるべき人々が、子供にまともな説明も出来ずにストライキに出かけておいて、教室に戻ったら「人のため」なんて言われても、どうやって聞けというのか。

 

歴史の授業で嘘を教えておいて、テストでは嘘でもいいからそう書いておけ、それがテストに生き残る道だなんて言われて、一体子供がどう考えると思ってるのだ?

 

日教組の問題を書き始めたらきりがないけど、一番の問題は幹部連中の腹の中は主義主張なんかなくて、自分が組織の中で生き残って儲けることしか考えてないってことだ。これは自民党の一部利権派と全く同じ。表で喧嘩してるふりをして、実は裏でしっかり繋がっている労働貴族連中である。

 

僕が何より嫌いなのはこの体質。自分がやっていることが日本全体にとってどれだけマイナスになるかを全く考えてないってこと。

 

ほかの事ならいざ知らず、例えば建設業界の談合だって、それで欠陥ビルが作られるわけではない。しかし教育はそうはいかない。人がダメになるのである。そのことが日本全体に与える悪影響の甚大さと言ったら、サリンもダイオキシンもびっくりって感じだ。

 

麻原しょうこうが殺したの肉体の数は日教組が殺した数より多いだろう。でも日教組が殺した子供の健全な精神の数は、麻原だって開いた口がふさがらない、そうか、宗教やるより日教組やったほうがずっと儲かるじゃんかってことになる。彼も、生まれ変わったら日教組になろうって本気で思ってるかもしれない。

 

まあそれくらいにネタ満載の9月だったけど、それもあと数日で終わり。

 

今日からニュージーランドはサマータイムの開始で、時計の針を1時間早くした。

 

夏よ来い!



tom_eastwind at 00:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年09月28日

偽善エコロジー続き

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このテーマ、自分なりに「受けた」ので追記。

 

本の帯には「企業の金儲けと環境省の省益にまみれたエコ事業・商品にダマされるな!」と書いてある。

 

もう一つ書いて欲しいことがある。「お前らが羊レベルに従順で思考停止だから騙されるんだ!」

 

でも、そんなこと書いたら本は売れないので、こりゃ仕方ない。

 

けど、事実はそうだ。お上のいう事を真に受けてそれを何の疑問も持たずに実行するxxがいるからお上が騙しにかかるのだ。

 

そりゃさ、学校で洗脳されて失敗することを恐れることを教え込まれて、お上に逆らうと暴力的にぼこぼこにされるってのを毎日の新聞記事で読んで、上に適当におべんちゃらを使っているほうが安全に出世出来るんだってことを頭に刷り込まれたんだから仕方ないっちゃ仕方ないけど、それにしても、もうちっと自分の頭で考えようぜ。

 

ということでこの本で指摘してたこと「身土不二(しんどふじ)」という言葉。そのまま普通に入力すると「震度富士」となるので関東大震災だけど、この言葉の意味は「身と土は二つにあらず」ということらしい。

 

元々仏教用語だったのを大正時代に地産地消(その地域で取れたものをその地域で消費する)という考えを推進する為の用語として導入された。

 

それがときは移り韓国でもこの言葉が取り入れられ大ブームになり、再度日本に逆上陸したというのだ。

 

生物は様々な栄養素を取り入れながら生きていくんだけど、体内にはほんの少しだけど金属が含まれている。

 

だからその地域の食品を食べることがその地域で生まれ育った人には一番良いのだって、なんとなくさらりと読むとふむふむってなるけど、よく考えて見ると、じゃあ九州で育った俺がオークランドで病気になっているのか?調子悪いのか?ってことになる。

 

てか、夕張の人が朝から晩までメロン食べるか?なんて思わず突っ込みどころ満載なネタなのだ。

 

でもここで問題にしたいのは、突っ込みどころ満載だけど学ぶところも多いこの本の存在よりも、体に合った食べ物っていう考え方、何となく分かるってこと。

 

よくいるではないか、「朝はご飯じゃないとダメだ」って言う日本人。ニュージーランドに来てもやっぱり朝食は白ご飯!出来れば卵かけが一番なんだけど、NZの卵って病気になりやすいんだよねってさ。

 

これと、一体人間の肉体と精神を創り上げているのはナンなのか、地域性とはナンなのかっていう、結構昔からの自分なりのテーマワークがある。

 

つまり、九州で生まれると何故に外向きになり戦争に行くと突撃に強く、何で東北で生まれると内向きになり戦争に行くと守りに強くなるのか、みたいなこと。

 

地域性とは一体なんなのか?これが大きく言えば民族とは何ぞやにつながるのだけど、今までは「食生活」ってのがそれほど僕の頭の中で大きな場所を占めてなかった。

 

そうか、食べるものによっても人間は変わるよね。考えて見れば食べ物からエネルギーを得ているわけだし、これなら地域性という状態を説明する一つの材料になるなと思った。

 

そんなこと今更思うな!って感じだけど、ちょっと食べ物に関心がいくようになったぞ。

 

もちろん食べ物がすべてではなく、人間を形作るものには先天的なものでいえば精神、DNA、魂、後天的なものとすれば宗教、両親などがあるだろうが、そこに食べ物を要素として取り込むのは面白い。

 

例えば僕は、一番安心して食えるラーメンはマルタイ棒ラーメンだ。北関東の人にとってはペヤングかもしれない。「そんなレベルか!」なんて怒らないで下さいね。

 

でもって僕は月のうち半分くらいはオークランドを離れているのだけど、特に日本出張で後半疲れるときってのがある。それはラーメンを食べないとき。それもインスタントラーメン。

 

毎日美味しいものを食べさせてもらってるのに、何故か出張の途中で一回くらいマルタイ棒ラーメンか、なければ出前一丁かを食べたくなり、食べれない状況だと本当に体が疲れて元気がなくなっていく。

 

「あふぉか〜!!!!」と思われるだろうけど、どんなに高級な食事をしようが、旅の途中で一回くらいインスタントラーメンを食わないと調子が出ない。

 

ましてや出張の帰りに自宅で一番最初にすることは、お風呂上りに水割り飲みながらインスタントラーメン作って食うことだ。卵は一つ、半熟。最近は「札幌一番塩ラーメン」や「ゴマ味ラーメン」なんかも好きで、高級な「中華三昧」とかは、もちろん圧倒的に味が上質なのだけど、何故か安っぽい袋麺に手が行ってしまう。

 

そんなもん、自閉症だからだろ!そうなんだと思うけど、そういえばコーラも同じ・・・。

 

うちは基本的にコーラを置いてない。家族は誰もコーラを飲まない。ただ唯一外食するときに竜馬くんがコーラを注文するくらいかな。

 

コーラの飲みすぎは体に悪い。よく分かる。ところが僕は、週に1回くらいは昼飯時にコーラを飲むことがある。他にお茶とか水とか選択肢があるのに、あえてコーラである。コーラの甘みとあの独特の毒々しい香りが、どうも僕の体に合っているようだ。

 

インスタントラーメンにコーラ、おまけに酒飲みとくれば、こりゃもうとんでもない不健康児である。いつ死んでもおかしくないようなデタラメな食生活ではあるが、これで本人はきちんと節制しているつもりなのだから面白い。

 

でもって作者、世の中に質による毒はない量による毒のみだと言ってる。これも分かり易い。

 

例えば予防接種ってのは毒を弱くして体に打ち込むわけだし、酒も少しなら体によい・・・あははは。

 

だから毒はアル程度は必要で、毒を全くない状態にしてしまうと、かえって体に良くないってこと。

 

水銀だって、ほんのちょっとは体に必要。でも摂り過ぎると病気になってしまうし、以前米国で味の素が爆発的に売れたとき、美味しいからと言って味の素をそのまま食べて病気になり訴訟を起こしたxxがいた。

 

だから人間の体は本当にバランスで出来てる。

 

結局何を言いたいのかと言えば、誰にも他人から見たら体に悪そうでも、その人にとってはベストのソウルフードがあるってことかな?韓国料理ではありませんぜ、魂の食い物です。

 

随分昔のうまかっちゃん、じゃなかった「美味しんぼ」で地中海出身の歌手が日本で公演した時に突然声が出なくなったという筋書きがある。

 

結局彼女は自分が子供のころから食べなれていた食事をして体調を取り戻したのだけど、それはどう見ても粗食。

 

世界でトップクラスの歌手であり、毎日美味しいものを食べているのだけど、体調を管理するという意味で言えば、美味しいかどうかではなく自分の体に合っているのかどうかが大事だ。

 

その意味で身と土が離れがたしってのが、何故かこの本ですとんと胸に落ちた気がした。

 

即席ラーメン食う言い訳か!と言われそうだが、う〜ん、そうかもしれないね。

 

少なくとも、ある種の人々にとっては少量でも体に良くないのかもしれない食い物でも、ある種の人々にとっては栄養源となっている、そういうことを理解するための分かり易い話でした。

 

これだけ書いても「即席ラーメンばっかり食べてて、死にますよ」とか「あなた、もう死んでるけど気づいてないだけでしょ」なんて言われそうだが、地域性と食材ってテーマは、とっても自分なりに受けました。

 

 



tom_eastwind at 00:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年09月27日

都市鉱山と偽善エコロジー

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日経ビジネス2008年9月8日号より

 

都市鉱山という造語を最初に公表したのは東北大学音南條道夫教授だった。

 

家電や空き缶、都市空間を占める工業製品をリサイクルに回せば立派な鉱床になるという提唱だった。

 

日本の都市鉱山の埋蔵量は現在、金は世界の埋蔵量の16%、錫は11%、液晶の電極などに使われるインジウムで61%。これは世界有数の資源国に匹敵するそうです。

 

と、ここまでが日経ビジネスの記事。

 

日本人はDNAの中にモノを大事にする要因を持っており、それは2千年以上の歴史の中で自然と共生するって事が一番良い生き方だからと知っていたからだ。

 

ところが米国との戦争に負けて彼らの物質主義が導入されると、「消費は美徳」となってゴミが増えた。

 

でも、そのようなゴミからリサイクル品を取り出す技術がなかった時代は、結局レアメタルもゴミとなっていたのだ。

 

その当時ゴミ屋ってのはかなり地位の低い仕事と見られており、ちり紙交換、鉄くず拾いなどはネクタイをしているサラリーマン連中からは白い目で見られたものだ。

 

ところがリサイクルと言う言葉が世間でやっと認知されるようになってから、そのようなリサイクルが陽の目を浴びるようになっている。

 

うれしいことに、当社の取引先にもそういう会社がある。一つの廃品をすべてばらして、全く無駄の無いようにしてリサイクルする技術を持っているのだ。

 

地球

 

まだまだ新しい業種ではあるが勢いがあるし、何よりも「もったいない」を実行している張本人なのだから、これはうれしい。

 

 

 

都市鉱山の中でレアメタルを掘り起こし、無駄を減らす。こういう発想は、元々西洋人が苦手とするものだ。

 

彼らは使ったら使い棄て、もったいないという言葉の意味が分からない。

 

あえて言えばキーウィは、昔から質素な生活をしておりリサイクルや修理を大事にするから日本人に一番近い西洋人と言えるだろう。

 

それにしても都市鉱山って言葉、今年の僕の中で結構響いてる。

 

と言うのが、今読んでる本が「偽善エコロジー」だからだ。

 

環境エコとかリサイクルってのは、殆どが西洋人が金儲けの為にやっているようなもので、その際たるものは地球温暖化だけど、そんなもんに踊らされている日本人がいる中で、こういう本が出てきたことは、とても良い時期だと思う。

 

これは是非とも多くのエコ論者に読んでもらいたい。

 

日本人はその多くが「もったいない」という気持ちを持つ人々だろう。だから自然にいろんなものを節約したり再利用したりする。

 

ただ日本人の悪い癖で、何かを始めるとすぐ行き過ぎて反対側に飛び出してしまうってのがある。

 

澄ました顔で「わたくし、少しでも地球に優しく、自分に出来ることを少しでもしてあげたいんです」と、レストランでMy箸を出す人。本人は自己満足なんだろうが、見ているほうからすれば不快極まりない。

 

何故なら彼女の動作は自発的に科学的に森林資源の需給を計算した結果ではなく、世間の流れに乗ってわいわい騒いでるグリーンピースと同じ自己欺瞞と思考停止だからだ。

 

「偽善エコロジー」ではMy箸の無意味さを訴えている。

 

捕鯨反対の連中は、必ず「鯨がかわいそう」などの無意味な感情論を持ち出す。日本人は捕鯨論議をするときには必ず「科学的根拠」を持ち出す。

 

鯨がかわいそうならイラクで今も死んでいく人々はかわいそうじゃないのか?米国の兵隊に撃ち殺されてる人々はかわいそうではないのか?

 

まあそれは置いておいて、人間が生きていくにはモノを食べるしかないけど、植物も含めてすべての生き物には命がある。その命を奪わなければ人間は生きていけないのだから、それを前提にすべて考えていく必要がある。

 

バッファローつまり人間は殺生をしなければ生きていけない。だからと言って北米大陸の野牛みたいに殺しまくって、遂に絶滅寸前まで追い込んでしまったら、生きていくための食料がなくなる。

 

だからそのバランスを取って、地球が活動をすることで発生する余剰分を、てかわかりやすく言えば定期預金の元金は使わずに金利だけで食える状態で生きていく必要がある。

 

 

今人間が地球上に60数億人いて、その人たち全員が生活出来るだけの水、食料を確保するためには、どれだけの「金利」を得る必要があるのか?

 

もし不足なら元金を増やす方法を考える必要がある。これが効率化とか食糧増産にあたる。そして地球資源を、つまり元金を食い潰さないように持続的な生活環境を作らねばならない。そこで出てくるのが科学だし統計なのだ。

 

その意味で科学的根拠もなしに「何となくテレビで言ってるから」とか「環境を守るの大事だから」などと言ってる連中にぜひ読ませたい本だ。

 

エアコンを28度にすれば一体どれだけの電力が節約できるのか?その結果不快な環境で仕事をすることで落ちる効率はどう計算するのだ?

 

例えば紙資源のリサイクルと言って新品の紙を売ってる会社、一体何のためのリサイクル?

 

コンビニ弁当食べ物にしても、1日でも賞味期限が切れたものを売ったら「毒を売る会社!」みたいに言われるけど、じゃあそれを棄てたら、今度は「食料を無駄にする会社!」と言われ、ならばと一日に売り切れるだけの数を作ったら「何でいつも売り切れなんだ!」と怒る消費者。

 

 

これもすべては異常なまでに無知で無教養な人々が誰の批判にもさらされない「消費者」と言う高みから企業を痛めつけているからだ。

 

とにかくこの本、面白い。何が最も面白いかってのは、この本自体が、どれがほんとでどれが嘘か、自分で考えないと分からない仕組みになっているからだ。

 

つまり、この本の作者の指摘している内容は、明らかな間違いもあるし正しい内容もあるからだ。

 

・リサイクルペットボトルは既得権益者を肥え太らせるだけ
・石油の余り部分で作られるレジ袋はもっと使うべき
・バイオエタノールは環境にやさしくない

・ダイオキシンは毒ではない

・吉野家の牛丼では狂牛病には罹らない

 

さて、どれが本当でどれが嘘でしょうか?ちなみに本では「全部本当」と書いています。

 

この本の内容については賛否両論だけど、どちらの派でも共通して一致しているのは「こういう本が出ることで日本人が迷信や環境業者に騙されるのではなく科学的に自発的に考えるようになる機会が増えた」と言う点だ。

 

 

 

 

偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1))

 

 

 



tom_eastwind at 00:51|PermalinkComments(0)TrackBack(1)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2008年09月26日

名古屋の定宿のバーにて

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名古屋の定宿のバーで、遅い時間に少し飲む。

 

ここは外人が多くて、それは良いのだが、遅い時間になると酔っ払いが増える。こうなると僕に直接的被害が発生する。

 

くそ、エレベータに無理やり乗り込んでうるせー事言った白人のデブ中年のお前、次に会ったら体育館の裏でゆっくりお話するぞ(最近はxxxxx!と書いたら殺人予備罪とかでやばいので、丁寧に書く)と、結構本気で思う。

 

日本最後の夜なのに、かなりへこむ。

 

でも、気分を治してバーに行く。すると、ここでも客のレベル低すぎ〜。カウンターに坐って酒を飲みながらゆっくりしていると、若い黒Tシャツ姿の白人二人組みが隣に坐ってきた。

 

とにかくFワードの連続で、一人はカリフォルニア、もう一人はロンドンから来たようだが、共通事項はFワードdaisuki、もう一つの共通事項は黒いTシャツなのか。

 

話している言語量の20%くらいは車のコンピュータ関連用語みたいで、その接続詞としてFワードを80%くらい使ってる。

 

TOYOTAと取引が出来れば、それは技術的に認められる。それでもやっぱり利益を出すのは大変だろう。そんなストレスがバーで発散されるのか、それとも最初から酔っ払いなのか、なんて思ってた。

 

いずれにしても一番やばいのが煙草。

 

「おお、ここでは煙草吸えるんだな!」なんて大声で嬉しそうに騒いでるんだけど、xx丸出し。

 

「どっから来たんだい?」白人の兄ちゃんが楽しそうに話しかけてくる。おいおい、英語が出来ることが前提かよ?

 

名古屋弁が使えないので「名古屋だよ」とは言えず、ついついめんどくさくなって「オークランドだよ、でも、お前の住んでるアメリカのほうじゃない」って、ぽつぽつと話す。

 

それからは酔っ払いの常で、いつの間にかこっちも話に巻き込まれて、煙草の煙もそのうち忘れてしまい、よくよく聴くと彼らは「あぶりる」という歌手のバックバンドだってのが分かる。

 

なるほど、音響効果とかの話をしてたんだな、薄れゆく記憶の中で何となく理解する。

 

名古屋のこのホテルは、以前も書いたと思うけど、世界中から「トヨタ詣で」にやってきた「寂しい外国人」が集まる場所なのだ。

 

今回はたまたまバンドだったけど、それにしても名古屋、国際化しましたね。外人がカタカナ覚える前に、ビルチ“ングをどうにかしたいと思うのは、僕だけか?

 

あれに何か意味があるのなら、知ってる人教えてくださいな。

 

でも、ところで、あぶりるって誰だ?



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2008年09月25日

食料投資

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 「最近ますます投資に関するお問い合わせが増えている」と先週書いたのがこのブログの仕込み中だったのだけど、今週に入って更に増えた。

 

「ね、どこに投資すればいいの?どこが安全?」

 

NZドルが良いのか、土地が良いのか、円建てが良いのか?

 

 

 

そこにはいろんな回答があると思う。でも皆さん、今週は100年ぶりの世紀の大倒産を皆さんが目撃したのだからそろそろ投資の発想を根本的に変えてみればどうでしょうか?

 

自分の人生で何が一番必要か?そんなところに投資をしてみるのも、面白いのではないか。

 

人間にとって究極的に必要な物。

 

 

それは毎日変動してどきどきとちっちゃな心臓を痛めつけるような為替ではないしヤギしか食わない紙切れであるお札ではないし、ましてや誰も食えない金貨でもない。

 

空気と水と食料だ。

 

でも空気は世界中がシェアしているから投資のしようがない。水源も、全部を押えることは無理だよね、国を全部買わない限り。

 

でも食料なら投資が可能だ。個人の農家を買い取って、そこから収穫出来る食料を取引材料にするのだ。

 

それを今やっている国がある。

 

川も湖もなく雨も少なく、穀物を栽培する農地もなく、乳牛は扇風機で冷やしておかねばならない国、それがサウジアラビアだ。

 

彼らは食料はないけど石油で得た金がある。その金で今スーダンやウクライナ、パキスタン、タイへと飛んでいって大型プロジェクトを組んで、その食料がサウジに輸出されるようにしているのだ。

 

食料自給出来ない国の苦しさは、輸出国による貿易制限が発動されればすぐ分かることで、石油ショックを経験した日本では資源の重要さが良く理解されている。

 

でも、今だもって食料に関しては、毎日コンビニで弁当が買えるせいだろう、あまり新聞が煽るほどには危機感がないのが事実だ。

 

でもいずれ、本当に食糧危機の時代が来たら、今の日本なんて戦後すぐの東京や大阪や神戸(火垂るの墓)になってしまう。そしてそうなった時には、時既に遅しとなるのだ。

 

そんなん、あるわけないじゃん!

 

でも今年、投資銀行最大手5行全部が実質的に破綻したよね。

 

「ありえないじぇ!」世の中ってそんなもん、ありえない事が起こるって本気で思える人が、危機感を持っている人だと言える。

 

投資と言っても人が持てる資産は限られている。でもこの際、もし余裕があるなら友達と数人でオークランド郊外の牧場でも買ってみて、そこで牛や羊、アロエを育てて見ればどうですか?

 

要するに土地を買うというよりも、土地を有効利用して価値を高める、そしてそれが日本での生活に直結するメリットを持たせるという事。

 

こうすれば毎日の為替に一喜一憂する必要はないし月末に野菜の値段を気にする必要もない。

 

終戦直後の日本では、田舎に親戚のいない人々は箪笥からキモノを引っ張り出して農家に行き、そこで米と交換していた。

 

そんな時でも宮崎では白飯が普通に食えて魚や鶏肉が食えたのだ。それほどに自作は強い。

 

あの当時を知っている人なら、もし東京に住んでても宮崎の農家が親戚なら、それほど苦労しなかったことを覚えているだろう。

 

今これだけ物流が発達すれば、ニュージーランドで作った安心な食物を日本にDHLで送ることも可能だろう。

 

その為には日本とNZの二国間の政治が安定している必要があるし検疫も必要だ。でも、投資と言うことを考えたときに、せっかく投資銀行がこれだけ一気に倒産して世界が変わったのだから、投資のルールも、もう一度根本から見直してみるべきではないか?

 

お札に投資をするのではなく、資源に投資をする。お札を受け取るのではなく、食料を受け取る。

 

お札で食べ物は買える。でも、お札は食べられない。お札しかない国では生きていけないよね。

 

牧場購入希望の方、ご紹介します。もれなく羊とアロエが付いてきますから(笑)。

 

写真はロトルアのアグロドームの羊の毛がりショーです。

 



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2008年09月24日

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毎朝通うノースショアの道路沿いに、少しづつだけど桜の花が咲き始めた。

 

冬だけど青空の出てる時にそんな道を車で通ると、何となく気持ちよい。

 

勿論それで仕事が実際にうまく進むわけじゃあないし、今目の前にある仕事の量がへるわけではない。

 

それでも気持ちが良くなるんだから、人間ってのはよくよく計算だけで動いているんじゃないなと思う。

 

どれだけ計算高くても人には心があるし、人の心がある限り人間なんてどこかで不合理な行動に出てしまう。

 

朝、急いで会社に行こうと思ってるけど、思わず車を道端に止めて写真を撮ってしまう。

 

全然合理的ではないよね、これって。てか、不合理の塊。

 

一生懸命稼いだお金を意味のないことに使ってみたりして。これも不合理。

 

でも、もっと違った視点で見れば、お金や時間は楽しむ為にあるんだから、会社に遅刻したって桜の花の写真を撮るほうが正解でしょ、とも言える。

 

つまり、当然のことなんだけど、経済の合理性を人間に求めてもその通りに行動するわけではないと言う点。

 

ところが最近の池田信夫ブログによると、経済学と言う学者の世界では、人は合理的に活動する事を前提に様々な予測を立てるのが主流らしかった。

 

その中で唯一「人は合理的に行動なんかしない。だから合理的に動くことを前提に予測したって正しい答が出るわけはない」と主張していた経済学者がいた。

 

彼はつい最近亡くなったのだが、おいおいちょと待て。経済学者と呼ばれる人々が国家の経済政策を決めてそれを実行しているのだが、その大前提となる基本的考え方が間違ってたら、そりゃあどんなにうまく舵取りをやっても失敗するじゃんか。

 

経済学を学びました!なんて言われると、ナンだかとても偉い人のように思えるが、視点を変えると4年間も間違ったことを教え込まれてそれが正しいと思い込んだ頭でっかちなんだから、こりゃあとんでもない話ではないかい?

 

それがまた社会に出て経済学者なんて言って政策を決めるようになったら、そりゃ世の中うまく回るわけがない。

 

そして、そのような学者の肩書きを使って投資銀行は様々な商品を組成しては販売していた。

 

学者の学歴が信用出来ないなら何を信用すればよいのだということになるが、人の話を少し勉強した後で普通の常識を持って聞けば、間違ったことは大体分かる。話している人の顔を見つめて、自分の心の中の声に素直に従えばよいのだから。

 

銀行預金のみとか自分の頭で理解出来る商品だけを扱っている会社や個人にとっては、今回は何もなかったに等しい。むしろ安い案件が出てくるので利益に繋げやすい。

 

皆さん、今は円とNZドルが洗濯機の中のドラムや遊園地のジェットコースターみたいに物凄い勢いで回ってます。こんな時は黙って利率の良い銀行にお金を預けて、それから後は一切為替を見ないでじっとして本業で働くことです。一年後には絶対にほっとしてますから。

 

本業が株投資(笑)?それだったら僕より詳しいですよね。

 

ただ僕なら、肩書きも合理性も人間の感性を上回るわけじゃないなと思ってるので、株は買いません。どんなに正しい株を買ってもM&Aや上場廃止であっと言う間に他人に振り回されて紙切れになる時代です。

 

それよりも、普通に毎日朝から晩まで働きます。そのほうが楽しいし。

 

もしどうしても一つ株を、と言われれば、アロエの株を買って畑に植えて、それを毎日家族で食べて体を大事に健康第一にします。

 

 写真は今年4月、弘前で見た桜です。いずれ余裕が出来たら、100本単位で桜の植樹をしてみたいですね。



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2008年09月23日

飛べない国

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450Mの大型倒産発生

 

450Mってのは英語式表現で、日本だと1Mで百万ドルになり、10Mで1千万ドルになる。だから450Mってのは4億5千万ドル、日本円で大体400億円ということになる。

 

英語の不便なのは、450百万ドルと言う表現があることで、その上の位となると日本円で言う10億(Billion)になる。

 

100万ドルの次が10億ドルなので、途中の数字を英語で話していると、こっちは日本の位で考えているので、どうしても頭の中で計算した数字がすぐに英語にならない。

 

まあこれは僕の頭が悪いことの証明なのでどうでもいいのだけど、英語で数字を話すときの注意点としていつも気をつけているところ。

 

でもって今回は、オークランドの北にある保養地オレワという町に750軒の住宅を建てて販売しようと言う大きな計画だったのだが、このデベロッパーも資金繰りで行き詰ってしまい、月曜日にギブアップ宣言となった。

 

Kensington Park Propertiesというデベロッパーの描いた全体図はニュージーランドにおいては超大型案件で、敷地内にはプール、ジム、湖などの設備を整え、勿論海に面しているのでいつでもビーチを楽しめるというのがウリだった。

 

今年の5月にはこの案件に対してニュージーランド政府も「素晴らしい!マイアミビーチのような美しさだ!」と手放しで喜んでおり、まさかその数ヵ月後にCrash!とは、思いもよらなかっただろう。

 

これは日本でも最近立て続けに起こっている事件と同じだ。日本ではスルガコーポレーションが、経営状態には何の問題もないのに突然死した。他にもいくつもの会社が同じ目に遭っている。

 

普通に考えれば経営がうまくいってれば問題なく融資は受けられる。ところが今は「普通の事態」ではなく、銀行がリスクのあるビジネスからどんどん撤退しているのだから、その大波に飲み込まれてしまえば、こりゃもう一社だけの努力でどうなるものではない。

 

日本の企業の突然死については、企業が持つ株式などの時価評価が大きい。以前なら簿価で評価しており、利益が出れば含み益として持っていられたし、損失が出ても確定させる必要がなかったので、これがクッションの役目を果たした。

 

ところが時価会計になって株式評価が一気にどーんと下がると、それまでは格付け会社のAだったのが急にbになったりする。そうすると銀行や証券会社はbに貸付出来ない規定があるので、結果的にそのような会社はつなぎの資金が借りれずに行き詰って突然死するということになる。

 

ニュージーランドの場合は少し事情が違っており、今回のケースはもっと簡単。最初から全戸売却を前提に銀行とファイナンス会社から資金を借り出していたのだが、こういう案件の場合、貸し手が全額を一回で貸し付けることはしない。

 

最初の時点で30%程度、工事の途中に20%、完成したら残額、のような小分けにしての貸し出しだが、担保は一番最初の段階で全部押えている。

 

この場合銀行が一番立場が強いので、土地を全部真っ先に押えておいてから工費総額の60%程度を融資する契約を結ぶ。

 

でもお金は最初に30%くらいしか出さないので、この時点では銀行の取り勝ち。でもって残額はクレジットと言う形で銀行に融資枠を与えるんだけど、それはもう世の中の事情が大変になると、貸しませんってことになる。

 

デベロッパーとしても750戸が予定通り青写真の時点で全部売れてれば45Mくらいは入金出来たので建設会社への支払いも困らなかったのだけど、投資家が今の事情で「引いてる」ので誰も買ってくれない。

 

ここで資金繰りに齟齬が生じた。まあ売れなくてもとりあえず建てればどうにかなるのだから、普通であれば追加担保を出して銀行から借りるのだが、今は普通ではないから銀行は貸さない。

 

ファイナンス会社はあまり担保を取れずに貸しているから、去年から次々と破綻していってる。そんな状況でファイナンス会社から追加融資を受けられるわけもない。

 

結局、Wrong place , Wrong time Wrong people となった。これを3年前にやってれば大成功だったろう。このあたり、運としかいいようがない。

 

結果的に担保が取れてないファイナンス会社がこれからも倒産を続けていくだろうが、銀行は担保をしっかり取っており、大きな損害を蒙ることもない。

 

もしかしたらまだ資金を全額貸し付けてないので、土地の担保評価を見れば、焼け太りしている可能性だってある!

 

何よりも面白いのは、先週のNZヘラルド記事だ。

 

結局キーウィ銀行家ってのはウォール街やカナリーワーフで銀行経営する「地球の王様」と比較すれば退屈で保守的だ。

Analysts and regulators said New Zealand bankers were boring but conservative compared with the "Masters of the Universe" that ran banks in Wall St and Canary Wharf.

 

だから金を貸すにも住宅不動産とか商業不動産、一般ビジネスに限定されていた。それが今回の事件でニュージーランドの銀行が大きな影響を受けなかった一番の理由だ。

 

昨日のブログでも書いたが、飛行機に乗らなかったので墜落しなかったという、ちょいと皮肉だけど健全性を見せたのが今回のニュージーランド銀行だと言える。

 

今回一番被害を受けたのはアパート投資やデベロッパーであり、商業物件や住宅物件には影響が少ないのが現状である。

 

"The most worrying speculative bubbles this time around are not the commercial property market or the housing market, but the apartment market and various bits of the land market, including coastal and resort subdivisions," said the former ASB Group Strategist.

 

今回のような案件は、資金の出し手が海外投資家であったりNZ国内の個人投資家であるケースが殆どで、ニュージーランドの一般住民に影響が出ることはない。

 

よくも悪くも、飛べない国である。



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2008年09月22日

キッコナン、問題提起する

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三笠フーズの米偽装問題ではお茶の間が大騒ぎだ。

 

誰が死んだわけでもないし病気になったわけでもないが、安全と安心の区別がつかない人々がマスコミに乗せられてわーわー言ってる現状は、こりゃまあいつものことなので、あまり気にしていなかった。

 

 

食品偽装が問題なのは当然。国民の安全のために厳正に処理すべきである。

 

なのだけど、その処理方法で政府が自分の都合よい方向に持っていくためにマスコミを利用して世論を構築している、その一本道に見事に乗っかる人々は勉強不足なのではないか。

 

結果的に大田大臣の辞任ってなったけど、その理由も含めて今回のキッコナン(キッコがコナンになったのでキッコナン)の推理はなかなか面白い。

 

実は大阪の三笠フーズがやってた偽装ってのは、農林水産省の大阪農政事務所の消費流通課の職員も知っており、なおかつ見逃しており、なおかつ「本省が目をつけてるから気をつけてね」と助言までしてたってことだ。

 

それに坪井まきって言う自民党政治家の妻が三笠フーズの社長と長年の付き合いとか、随分な内部暴露をしている。

 

つまり、事故米食わせてたのが三笠フーズで、それを許してたのが農林水産省の役人で、それを知ってて守ることで金を儲けてたのが自民党の政治家で、こりゃもうあきれるしかないって状況。

 

きっこと言えば耐震偽装あたりから超人気が出るようになったブログで、ここには内部告発ネタがよく入ってくるので面白い。

 

今回の事件がどこまで表面化されるか不明だが、国民の皆さん、一度くらい本気で怒って農林水産省に問い合わせたり抗議をしたり関係役人の自宅にお話を伺いにいくなり選挙で自民党に投票しないなりまともな行動起こさないと、ますます役人や組織の言いなりにやりたい放題されますよ。

 

それで良いなら別にいいけど、おかしい!って思いながら何も考えないのが一番おかしいってのを理解しましょうぜ。

 

ただ、きっこの書いてることすべてを納得しているわけでもない。特に沖縄とか六ヶ所村とかの問題を捉えるときに、彼女の認識には昔の社会党、今の社民党のような知識の薄さや勘違いの理想主義みたいのが入ってて、それはとてもくさい。

 

昔の社会党って労働貴族と呼ばれてたのはご存知か?自民党から金を貰って適当に民衆のガス抜きをやってた事実は、時代が変わっても消えはしない。あの当時の労働運動を現場で見てきた人間としては、左翼を無条件に信じれるほどxxにはなれない。

 

きっこが世間のガス抜き装置ではなく、本当に問題提起をするための仕組みとして動いてくれればよいのだが。

 

 

 



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2008年09月21日

時代

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崖の上のきっこ

 

日本にいる間は忙しくて読むヒマがなかったのだけど、昨晩久しぶりに読んでみると、「崖の上のビル」ってタイトルで何と彼女なりの今回のリーマンAIG問題のツカミをやってた。

 

要するにきっこは、金融の事は全く素人で(おそらく)貸借対照表も損益計算書も分からないんだけど、10ヶ月ほど前にその直感だけで今回のリーマン・AIG危機を指摘してたっていう事だ。

 

勿論世の中には未来を予測することが出来る人がいるだろうし、そのうちの一人がきっこであるかどうかは予測不明。

 

でもその書き方が彼女なりの文体で面白おかしくちょっと狂気的で、読んでるとついつい「お、やっぱりそうか」と考えさせられてしまう。

 

サブプライム問題は去年の初めから様々な場所から指摘されており、「起こるか起こらないか」ではなく、「いつ起こるか」の問題と言われてた。

 

そしてサブプライム問題が起これば、それが連鎖的にCDS商品に影響が出るのはわかりきった問題であり、更に、なんて書きかけて、隣に坐ってたみゆきに「ねえ、お父さん、今回の問題って一体何?」と単純に聞かれて、あ、そうかって思った。

 

今回の事件では内田樹が「アメリカ人はバカ」とか池田信夫が「飛行機に乗らないでおいて飛行機に乗った人間の批判をするのはお門違い」とかホリエモンがさらっと「はげたかざまみろなんて言っちゃいけないよ、それは嫉妬の裏返し」と書いてみたり、なるほどな〜と思う。

 

要するに象の反対だ。みんな同じ言葉を使っているけど、言葉の意味が違うのだ。

 

みゆきが聞いてきた「何が起こったの?」と言う質問だって同じだ。彼女が聞きたいのは

 

1・会社の現金が不足して回らなくなる、つまり経理としてリーマンが倒産した経緯を知りたいのか?

 

2・リーマンって何を売って何で失敗したのか?

 

3・米国発の不況が何故起こったのか?

 

4・米国式のグローバリゼーションと言う美名の下に行われた資産収奪システムが何故崩壊したのか?

 

この4つのどれかなのか、それともこれ以外なのか、質問されている僕には分からない。

 

つまり今回の事件は様々な要素を含んでいるのに、一面だけを知りたいのか全部を知りたいのか、質問する方が理解していないから回答のしようがないのだ。

 

人によって皆、知りたいことが違うのに、質問するときは同じ言葉で「何が起こったの?」となるから、答えるほうもとんちんかんな回答になってしまう。聞きたいことにきっちり答えられなくなるのだ。

 

これがましてブログだと、本来は1に対して自分の意見を書いたのに、コメントを付ける人は4に対する認識が不足している!みたいなことを言うので、ずれた議論が発生してくる。

 

これが最初に書いた内田樹と池田信夫のずれである。まあ正直言えば、経済ど素人の内田がわからねー事書くんじゃねえよってのが正直言った感想。もともと彼は問題をぼかしたりずらしたりするから好きじゃない。

 

これに対して池田はプロとして「問題を正確に把握しろよ」と言ってる。さらにホリエモンは現役引退組としてちょっとはなれたところから評価している。

 

どれも問題の一面を捉えているが、全体を説明するには至らない。てか、池田の場合は説明していない。なぜなら池田は、読者が「知っていることを前提」に書いているからだ。

 

だって、全体像を知ろうと思えば、それなりの知識が必要になる。その知識を持つためには最低でも1年くらいは(1年でも無理かな)経済と政治と金融商品の組み立てと、そのほかの現場の知識の勉強が必要。

 

そういう予備知識のない人に今回の事件について聞かれても、相手が何を知らないかこっちが知らないから答えられないということになる。相手が何も知らないで聞いてきたら、それこそ答えようがない。まずは大学に行って1年くらい勉強してください、それから説明しますってことになる。

 

それを短いブログで誰にでも分かるように書こうとしたら、思いっきり抽象論になってしまうか、意味不明になるしかない。

 

それほど奥の深い問題。

 

だけど、生きていく人間にとっては、それほど大きな問題ではない。

 

簡単に説明すると、LTCMが吹っ飛んでもロシアという国では人々は生活をし続けるし、エンロンが吹っ飛んでも世界の電気は流れ続けるし、ワールドコムが吹っ飛んでも電話回線は死なないtてこと。

 

要するに今回の事件は大きいし大変だけど、とっても限定的で、毎日生活をしている人々を直接的に殺す結果にはならないから、半年もすれば過去の話になるってこと。

 

そりゃ長期信用銀行に入ったと思ってほっとしてたら倒産、次に入った外資系証券でやっと高給を手にしたと思ったらまた倒産、なんて大変な人もいるだろうけど、それはあくまでも限定された人々。

 

地球上で生きる人間ってのは、生産をしながら生活をしている。金融は血液でありとても大事だけど、血液は肉体のために存在するだけだし、もっと言えば精神面においては血液は全く無意味。

 

ましてや体中すべての血液が消え去るわけではない。リーマンの肩代わりは他の会社がやれるし、結局失った血液は誰かが補填できる。大変なのは、今回の事件で実際にリーマンの商品を購入した銀行や投資集団だけなのだ。

 

もちろん「崖の上のきっこ」の予想のように、これから銀行や証券会社の倒産が続くだろう。その結果として金融関連で働いている人はその生活を根幹から揺さぶられるだろう。

 

そして、そんなところと深い取引をしていた人は大きな影響を受けるだろう。

 

でも、それはいつの時代も世界のどこかで起こってたのだ。日本が平和を享受していた1970年代に、ベトナムでは多くの人々が殺され続けて、米国から送られた兵隊が5万人も死んだ。

 

バブルが吹っ飛んで「失われた10年」に突入した日本では、毎年3万人が自殺するような社会になったが、その時米国では高級ホテルで高級シャンパンを開けて楽しむニューリッチがいた。

 

IT業界で働く人々が「IT土方」と言って自分たちの生活の悲惨さを訴えるが、いつの時代もどこかで誰かが苦労をしている。それが世の中なのだ。

 

そして、いつのときでもモノを作る人は、「今日はガソリンが高いなー」とか言いながらでも毎日子供を学校に送り、夕ご飯を作り、普通の生活を続ける。

 

地球上にいる60億人の人間の中には、生まれてすぐ殺される子供もいる。幼児のときに誘拐されて手足を叩ききられて乞食として働かされる子供もいる。

 

中には銀のスプーンをくわえて生まれ、親父の存在に耐え切れずアル中になった「いよ!大統領」もいる。こんなのがボスやってるからデタラメな国なんだけどね。その意味で内田の言ってる事もわかる。

 

これから一年は世界中が振り回される。このがらがらポンの結果、どのような世の中になるか誰も分からない。予測不能である。

 

ただ言えることは、足を地につけてしっかりと毎日生産活動をやって、世の中の動きを見ながらついていけば、今回の問題も切り抜けられる、もっと言えば今回の問題を通じて更に成長できるということだ。

 

「リーマン事件で御社は何か影響出ましたか?」というご質問を受けることがある。答えは「YES、好影響です」と言えるだろう。これを機会に、会社は規模ではなくビジネスモデルです!ってのを積極的に訴えていける。よし、頑張るぞ。

 

金融の世界で夢を見て、リーマンで悲しい思いをした人に伝えたい歌が一つある。諦めないで、目先に振り回されないで、金のために家庭を壊すことがないように、中島みゆきの「時代」。

 

「今はこんなに悲しくて涙も枯れ果ててもう二度と笑顔にはなれそうもないけど そんな時代もあったねと、いつか話せる日がくるわ」



tom_eastwind at 20:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年09月20日

はだしのゲン

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りょうまと一緒に「はだしのゲン」アニメを見る。

 

てか、出張が終わりオークランド空港に到着して会社でちょっと仕事をして自宅に戻って風呂に入り、やっと一息ついたとこでソファに坐ると、りょうまが何故かアニメを見ている。

 

 

そのアニメが日本語でやってたので何気なしにちらちら見てると、こりゃどうも広島弁のようだ。そのうちりょうまに「君は何見てるんだ?」と聞くと「日本のアニメ!」と答える。

 

もう話しても無駄なのでパッケージを見ると、何と「はだしのゲン」ではないか。英語版で普通にニュージーランドで販売されているのだ。

 

この漫画は僕の子供の頃に出版されて、リアルタイムで読んでた。そう思い出してwikiで調べると、最初は1973年、少年ジャンプで連載が開始されたとの記録。

 

一番感性が豊かな時期にあの時の少年ジャンプと巡り合えたのは運が良いとしかいいようがない。

 

当時の少年ジャンプは後発漫画週刊誌だったけど、そのレベルの高さは今思い出してもぞっとするくらいだ。

 

何せ毎週毎週発売される漫画雑誌なのに、どの掲載作品も質が高い。てか、あの当時に質の低い漫画なんて到底生き残れなかった。

 

もちろんマガジンもサンデーもレベル高かったな〜。今の漫画やアニメや実写映画などを見ても、原型はすべてあの時代にあるって感じがする。

 

書き出したらきりがないから「子供と終戦」だけをテーマにすると、あの時代の最高峰は(漫画が原作ではなかったが)「火垂るの墓」と「はだしのゲン」だろう。

 

戦争の悲惨さ、原爆の悲惨さ、そんな体験を子供の目から見た作品であり、一生懸命に生きようとする子供たちの姿は、漫画やアニメ、小説、その媒体や言語を超えて世界中に広がった。

 

「火垂るの墓」は、今でも絶対に見たくない。涙が止まらなくなるからだ。みっともない。

 

ところが「はだしのゲン」は原作以来ずっと見てなかったので、ついついりょうま君と肩を並べて見てしまった。

 

やっば〜、これもダメじゃん・・・涙が止まらなくなる。呼吸をしようとすると胸につっかえがきてしまい、声を出そうとすると涙腺がゆるむ。

 

政治のレベルで考えれば人が戦争で死ぬのは理解出来る。しかし、目の前でこのような絵を見せられると、出来る限り戦いはせずに話し合いで片付けたいと思う。

 

同時に、話し合いだけで世の中がすまないこともよく分かっている。だから、相手が喧嘩したくなくなるような強い人間にならないといかんと思う。そういう気持ちを少しでも人に持たせることが出来る、素晴らしい作品だ。

 

この映画は反戦とか平和とか、そんな物語ではない。生き残る為の戦いを描いている。仲間を守る為に戦い、生き残る為に戦う。

 

そんな姿の前ではどんな偽善ヒューマニズムも通用しない。死ぬような苦労をして生きてきた人間にとって何より腹が立って嫌いなのは、上っ面だけの偽善と上っ面でヒューマニズムと言いながら自分だけは守ろうとする連中である。

 

立派なことを言うんなら、自分の資産と土地を全部差し出してみろといいたい。自分を捨てる事が出来もしない人間が偉そうにヒューマニズムなど、言うな。

 

りょうまが「はだしのゲン」を見ながら、時々目をうるませている。

 

「お父さん、何でアメリカは原爆を落としたの?」、「お父さん、彼らはガンになったの?」、「何でアメリカは日本と戦争したの?」悲しそうな顔で分からない事を聞いて来る。

 

勿論英語だ。英語で戦争の話をしてあげる。結局言葉の問題じゃない。心の問題なのだ。日本人だから分かるとか米国人だから分からないとか、そんなことじゃない。英語でも伝わる。良いことだ。今のうちに豊かな心を持ってもらいたい。

 

日本には、こんな素晴らしいアニメ文化がある。政府も下らないことに金を使わず、こういう本当に世界に通用する文化の背中を後押ししてもらいたいものだ。

 

聞けば麻生さん、外務大臣の頃に「はだしのゲン」の英語版アニメを核拡散条約の会議の際に各国に配布したそうだ。

 

 



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2008年09月19日

リーマン・ブラザース

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ここ数日、周囲はリーマンブラザースのネタで大変だ。誰もが英語や日本語で「大変だ〜!」と叫びまくっている。

 

たぶんオークランドでも日頃取引のある銀行やファイナンス会社の連中、上を下への大騒ぎなんだろう。

 

 

東京を離れる日の朝などは、バフェット朝食レストランで隣に坐ってた若い英国人男性(おそらく・can’tをカントと発音してた)、片手に持ったブルーベリー(果物じゃないよ)を振り回しながら大声で「一体なんだこりゃ!こいつのスワップがどこに飛んでってしまうんだ!やってられないぞ!」と、反対側のテーブルに坐っている同僚らしき白人に、まるで怒鳴りつけるように叫んでる。

 

金融関係、それもたぶん自分がディーリングしているのだろうな。周囲の顰蹙を買いそうな大声で、椅子にそっくり返って怒鳴り上げている。

 

彼の向かいに坐ってた彼女(若い)は、男子のほっぺたにちゅっとキスして放置して出て行った。あはは、男の場傘加減に呆れたんだね。

 

それからもラウンジでは、ニューヨークから来た中年男性がやっぱり「OH!壊滅状態だよ!」と話してたのを聞いた。

 

日本人のお客様と話をしていても、「いや〜、あそこ最近良い条件を出してきてたんですよ、そういうことだったのか」とか「ニュージーランドは、今回の事件で影響出てませんか」とか聞いてくる。

 

確かに今回の事件は大きい。10年に1度も起こらないような、てか100年に1度か?ってくらいの大事件だろう。

 

どの新聞を見ても大特集ではあるけど、何故か僕はあまり興奮してない。むしろ、来るぞ来るぞって、一種の静かな期待をしている。

 

何でだろうな〜?

 

ちょっと自己分析してみる。

 

ふむ、要するに起こるべき事が起こったわけで、リーマンの倒産が僕のビジネスに直接的な影響を与えないと言うことに気づいてるからだと分かる。むしろ大きな成長の機会になるのでは?と思っている。

 

このような100年に1回しかあり得ないような事が起こって真っ先に発生するのは秩序の崩壊とルールの変更である。

 

そして僕のような後から来たちっちゃな連中ってのは、秩序がぶっ壊れたときにしか活躍出来ない。それまでは業界秩序がすべてに優先し、個人の能力等は全く省みられないからだ。

 

でもこうなると、誰を信じて良いか分からなくなる。そんなときは大体において古い秩序にしがみ付いて行動している人間よりも、自分でどんどん判断して進んでいった人間の方が生き残るのだ。

 

当社が大きくその業態を変化させて舵を切ったのは、実は1997年の金融大不況(山一廃業、拓銀倒産)とそれに伴う1998年の外国為替管理法の大幅な見直しがきっかけだった。いわゆる金融ビッグバンという奴である。

 

それまでは僕らのような企業には手の出せなかった商品が作れるようになり、一気にビジネスを拡大させた。

 

面白いことに、20世紀の世界大恐慌でも、常にそのピンチをチャンスとして対応した人々は利益を出していたのである。

 

もっと言えば、僕の頭の中には「質量不変の法則」ってのがあって、それが「よっしゃ!チャンスだ!」と訴えているのだ。

 

すでにそのような兆候が実績として出始めているから面白い。

 

質量不変の法則ってのは僕なりの解釈なのだが、世界のお金がせーのどん!で縮小することはないと思ってる。

 

つまり、今のように東京株が落ちれば円為替が上がるように、金融市場に漂っている資金は、シフトを繰り返しながらあっちいったりこっちいったりするけど、合計の流通量自体が減少することはないって事だ。

 

今はそのようなお金が円相場に流れ込んで円高に動いているが、その理由は「とりあえず怖いから金庫に入れておく」と言う発想だ。

 

その結果としてニュージーランドドルが安くなったがこれは結果論。強い日本円の前では通貨供給量の少ないNZドルは振り回されるのみ。

 

ただ、日本も非常に大きな爆弾を山ほど抱えており、いつそれが吹っ飛ぶか分からない。なぜなら実態経済が思いっきり落ち込んでいるからだ。

 

そうなると今安いNZドルだけど、何かのタイミングで一気に上昇する。そうなると通貨供給量が少ないから、あっという間に1ドル90円、もしかしたら100円近くまで上がるかもしれない。

 

ニュージーランドの実体経済は好調で、そうなると多くの人間がニュージーランドに目を向けてこの国の通貨を買うようになる。

 

なにせ毎年5万人の人口が増えている国だ。人口400万人の国で5万人増えれば、毎年1.1%の人口増加。10年後には11%でっせ。

 

これを日本に置きなおせば、毎年100万人増えて新しい県が出来て、10年後に1000万人、つまり東京並みの人口が増加しているって計算。

 

移民が減るのでは?大丈夫、誰もが不安になった時には逃げ場所を探す。地理的にも政治的にも経済的にも安定しているのはどこですか?

 

今の通貨変動はニュージーランドの実体経済を反映したものではなく、あくまでも世界の流れに振り回されているだけ。

 

そうなると、誰もがびびって振り返ったときに彼らの目に入る安全地帯、そこはニュージーランドになる。そこでNZドルが安いとなれば・・・。答えは明快。

 

質量不変の法則って考えれば、この金がニュージーランドに流れ込むと、またも振り回されることになるだろう。

 

ただ、何よりも大事なのは実体経済である。

 

実態として人口が増えれば住宅が必要だし、ニュージーランドの銀行が投資をするのは殆ど土地付き住宅である。だから、実体経済としては落ち込みがないと言えるのだ。

 

以前も書いたように、1NZドルが50円まで落ちることもあるかもしれない。ただ、実体経済は安定している。だから今年はジェットコースターになるだろうけど、今回のリーマン事件は、こりゃいけるぞ、てか、来るぞって感じを受けている。

 

昨日も書いたけど、潮目なのだ。一気に潮目が動いたのだ。

 

こりゃあ、来るぞ。



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2008年09月18日

志ら玉

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志ら玉

 

昨晩は、これまた自分で行けることは一生ないような老舗料亭へご招待いただく。

 

名古屋に行くたびにいつもご馳走になっているので本当に申し訳ないくらいなのだが、お客様から「たまには純和風懐石はいかがですか?」とお勧めしていただき、料亭も懐石もテレビの中でしか見たことがない僕としては、えいや!って感じでお受けした。

 

それにしても今回は食事出張かと思うくらい食べる機会がある。普通なら出張の後半は体がべっとりと疲れたようになって飯が喉を通らなくなるのだが、美味しいものを頂いているせいか、今回は最終日にも関わらずあまり疲れもなく、食事も美味しくいただく。

 

それにしても日本の文化は楽しい。奥が深い。建国170年の歴史しかないニュージーランドと比較するのは不公平だとは思うけど、この料亭の作り、行儀作法、味、途中のてなぐさみ、どれ一つをとっても絶対にニュージーランドでは存在しない内容だ。

 

てゆ〜か、こういうのは、やっぱりその文化が生まれ育った地域から外に出してしまうと、それだけで変化していくのだろう。

 

お店では「お値打ち」と言うことばを頻繁に聞く。出された料理を食べつくすことが出来ない僕は、まるで値打ちの分からない人間だ〜みたいな視線で見られる。

 

三味線1美味しい料理を手軽な値段で提供し、更に仲居さんの素敵な笑顔と毛氈に坐って三味線を弾いてくれるお遊び。

 

聞けばすべての座敷を回って楽しませているComplimentary serviceなのだから素晴らしい。

 

 

かなり御年なおかみさんが、にこにこしながら「名古屋のPRソング、是非とも聴いてくださいな、あたしゃ昔は美人三姉妹、今は恐怖のばば三人ですが、怖がらずに楽しんでいってくださいね〜」と明るい声で話しかけてくれる。

 

甚句とは今の時代の言葉でPRにあたるそうだ。昔美人のおばあさんの時代には、PRって言葉なかったでしょう。それを今の時代に合うように変化させて、伝統の技を守りながら客を楽しませる術を知っているこの人たち、ほんとに素晴らしいなと思った。

 

「そんな素晴らしい日本をダメにしている今の時代ってのは、全部ひっくり返してがらがらポンってやんなきゃダメだよ」お客様がおっしゃる。

 

お客様は単なる知識人というだけでなく、様々な日本文化にも通じており、そして政治にも経済にも明るく、何よりも独立不羈、そして自分の頭で考えることを当然とする素晴らしい方で、いつも学ばされることが多い。

 

なのでこの晩は、食事を楽しみ日本文化に頷きお客様とのお話に学ぶものがあり、実に楽しい夜となった。

 

それにしても何よりも思うのは、ここ数年で完全に「潮目が変わった」ということだ。今まではこのようなお客様は日本における少数であり、実際にニュージーランドでビジネスをするなんて人は超少数だった。

 

ところが今、30代後半から40代前半の人々がニュージーランドに目を向けてビジネスを始めている。

 

「日本の常識は世界の非常識」って紙に書くと、それをそのまま自分の知識のようにひけらかす上場企業の社員。

 

ところが彼らに「だから世界の常識で考えましょうよ」と言うと、「え〜!そんなの非常識ですよ!」となる。

 

「だ〜から君の常識は世界では通用しないし、世界に打って出なければ少子高齢化が進む日本に市場はないのだから、ジリ貧になるではないか!」と説明しても、やっぱり理解出来ない。

 

つまり、本に書いている言葉を口にはするが、その意味することを自分の頭で理解していないのだ。自分で考えることが出来ないのだ。まさにxxである。

 

でも、いつの時代も生き残れるのは、自分の頭で考えて行動する人々だ。

 

この料亭も今では老舗だが、創業当初は様々な苦労もあっただろう。それでも打って出た。そして今も、大事なものを守りながら変化し続けている。

 

京都の歴史あるお菓子屋に言わせれば、常に変化し続けることこそが生き残る道だという。

 

つまり、常に変化し続けながら守るべきものを守ったから今があるのだ。

 

変化し続けるには、常に現状に疑問を持たねばならない。その為には現状がどうなのか客観的に判断せねばならない。そこには知識と健全な危機感が必要である。

 

しかし、だからと言って生き残る為だけに「守るべきもの」を棄ててしまっては、生き残る意味がない。

 

知識もなく危機感も持たず自分の頭で考えない人間の未来はない。常に変化し続ける日本の伝統文化に囲まれてお客様と話しながら、本気でそう思った。



tom_eastwind at 13:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本

2008年09月17日

ジョエル・ロブション

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ジョエル・ロブション

 

お客様にご招待を受けて、恵比寿の最高級フレンチレストラン「ジョエル・ロブション」訪問。

 

最近のニュージーランドの様子、今後の仕事の進め方などの打ち合わせや日本の最近の動向を、素晴らしい食事と共に楽しませていただく。

 

いつも恵比寿に泊まってはいるが、自分で行くことはないだろなと思ってた最高級レストランの一つがこのジョエルロブションだ。

 

まず予約が取れない。特にミシュランで三ツ星を取ってからは益々予約が取りにくくなったレストランだ。特別な日のための隠し爆弾みたいな使い方をされる店なんだから、皆さん数ヶ月前から予約を入れる。出張の予定が常に変化する中で、「今日は時間があるからちょっと行ってみようか」てなノリのレストランではない。

 

それに勿論値段の問題。ちょっと行きましょうかってな焼き鳥KENとは訳が違う。桁はゼロが二つくらい違う。

 

お客様からご招待を頂いた時は「ありえん!」とか思いながら、これはおそらく一生に一度の機会だからと、ついつい甘えさせていただいた。

 

当日、ネクタイをして背広を着た僕は、七五三の僕ちゃんみたいな雰囲気で、右手と右足を同時に前に出しながらレストランに向かう。

 

長い通路を歩いて重厚なドアを開けると、そこはパン屋。じゃなかった、レストランの入り口に繋がるフロア。何とこのレストラン、併設のパン屋さんがあって、それがガラス窓の向うに見えるので、思わずパン屋に入ったのかと思った次第。

 

エレベーターのボタンを押して(レストランにエレベーター?)暫く待つと、ゆっくりとドアが開いてレストランのメインフロアに向かう。

 

メインフロアの廊下に出ると、レセプションにいた黒服の人々がいきなりこちらを振り向いてにっこり、「いっらっしゃいませ!」

 

思わず固まった僕は、「・・・」誰の名前で予約が入っているのか頭が白紙になってしまい、「えっと、ぼくはxxで、えっと今日は、皆さんこんにちは」みたいな、まるでかっぺな雰囲気に陥ってしまった。

 

しかしそこはプロの黒服の皆さん、かっぺカバーという技術をお持ちで、一人の女性がすかさず笑顔で近寄って周囲にばれないように「予約されてるんですよね、安心してそのお知り合いの名前を教えてくださいな」的な助言。やっさしいな。

 

そこでお客様の名前を伝えると最敬礼、すぐにまたエレベーターに案内してくれる。

 

どこに行くんじゃ?と思ったら、ダイニング風呂、じゃなくてダイニングフロアじゃなくてウエイティングバーフロアに案内していただくためにエレベーターに再度乗るのだ。

 

ゆっくりと動くエレベーターを待つ間、開かない扉を見つめながら隣にいる黒服の女性に対して何を話していいやら。両手を腰の前に重ねて黙って「チン」という音を待つ。

 

何を言ってもかっぺになりそうで、だからと言って凍った空間も辛いし、でも下手な冗談かましたら、「おほほ」ってやられそうで、まったく四面楚歌とはこのことか。

 

やっと来たエレベーターには先客が居て「これから下に参ります」。

 

あ、そうですか、こっちも参りました。申し訳ながる黒服の方に、こちらこそ申し訳ないと何故か謝りながら一緒に階段を登る。

 

やば、階段でも右手と右足が同時に出てる。おまけに途中の踊り場でぐいっと左に曲がってるので、格差についていけないぞって感じ。

 

何とか登りついたウエイティングバーでは、お客様がすでにいらっしゃって歓談中。

 

やっと合流出来た印象は、まるで雪山で雪崩れに遭って3日くらい雪の下でじっと我慢して、何とか下山出来て友達の顔を見つけることが出来たって感じ。

 

ほっとしてジントニックを注文する。10ですか?と聞かれて、何とか答を返すだけの知識があってよかったなと思う僕。

 

それから少し飲んで広いダイニングルームに向かう。

 

「きんきらじゃないほうがいいんですよ」って案内してくれたフロア。素晴らしいコース料理と美味しいワインを楽しませてもらった。

 

普段なら出された食事の半分も食べられない僕だけど、今回だけは結構食えた。フレンチと言いながらそれほど重くないし、量も少なくしてもらってるので、お店の配慮に感謝。

 

なんだか今日はよく食べるな〜。体重、大丈夫か?思わず心配になるけどついつい食べてしまう、そんな楽しい夜だった。



tom_eastwind at 14:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年09月16日

呑まなければ

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よく言われるせりふが、「呑まなければいい人なのにね〜」である。

 

僕はどうも、お酒を飲むと酔う癖がある・・・あはは。

 

何をするにも徹底するほうなので酒を飲むときも中途半端で止めるのは良くないと本気で思っているようだ⇒それを酔っ払いと言うのだが。

 

少なくともアル中ではない。

 

検査の時は普通に酒抜けるし、やだなって思った時は3日くらい呑まなくても何ともない。さすがにこの一年、一週間続けて抜いたことはないが、医者に言われてガンマGTPを下げる為に3ヶ月連続で呑まなかったこともある。

 

ただ、リバウンドと言うのか、解禁になった時は嬉しくてついつい呑みすぎる。

 

それでまた翌日は午前中は後悔するのだが、夕方頃から調子が出てきて、また呑みだす。あはは、やっぱり単なるバカだ。

 

でもな〜、中途半端に呑むくらいなら、呑まないほうが良い。

 

なんてしょうもない事を考えながら、今日もお客様と打ち合わせの後に軽くバーで飲む。楽しい会話。

 

年齢が近いせいか、皆気軽に相手を楽しくからかいながら呑む。

 

実際は朝10時から新規案件でミーティング、昼食後に全然別件で更に重たいテーマでのミーティングをやっててかなり頭は疲れてはいるのだけど、飲み始めるとそんなことすっかり忘れて、わいわいと騒ぐ。

 

飲まなければいい人なのにね〜。

 

でもやっぱり楽しいから飲む。

 

フィッシュ&チップスは何故かたまねぎくさいけど(多分フライドオニオンを作った油をそのまま使ってるんだろうな)、気さくな会話が楽しいから全然気にならない、と言えば嘘になるけど、ちょっとだけ気になったけど、全部合計したらやっぱり楽しい。

 

なんだか高校生が放課後に三々五々集まってバカ話をしている感じってのかな、それの大人版。

 

飲まなければいい人なんだけど、、、飲まなければこの楽しみは味わえない! 



tom_eastwind at 00:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年09月15日

売上と品格の間で

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定宿にての話。

 

東京はホテルが多いけどそれだけお客も多い。だからホテルの営業は、自分のホテルの格を考えて対象顧客はこれだって決めて、自分の格に合うお客を取りにいく。

 

 

そりゃ商売の常識。だから料金設定とかも超安値のビジネスホテルから超高値のシティホテルまで並立する。

 

東京は世界の大都市の一つに数えられるし、ロンドン・パリ・ニューヨーク・香港・東京!みたいにブランドシティの代名詞でもあるから、競争も厳しい。どんな客でも受け入れますって形態では、逆にどんな客にも嫌がられる。

 

僕は仕事の都合もあるので、インターネット環境や英語環境、そしてオフィス代わりに使える様々な設備などで今の定宿をずっと使っている。

 

午後遅い今も、この広いラウンジには僕も含めてパソコンを持ち込んでリラックスしながらお茶を飲んだりしている外人お一人様が5名いる。つまり、外国から来たビジネスマンにはリラックスして使いやすいホテルだと言える。

 

でも、何故か週末はここが子供の王国になり、子供の面倒を見きれないファミリーで満席になる。

 

最近の傾向として三連休などの休みに旅行に行くのではなく、普段と違った生活って意味でシティホテルを利用するお客が増えている。

 

これに拍車をかけているのがマイレッジだろう。様々な買い物でポイントを貯めて、それをお休みのときに「自分へのご褒美」ってのか、料理も掃除も選択もしなくてよいシティホテルで過ごすのに利用するのだ。

 

とくに30代の子連れ夫婦からすれば、日常の子育てから少しでも開放されるから、お母さんも楽しいのはよくわかる。

 

でも、僕も含めた外国からやってきた連中ってのは、仕事がメインである。

 

ラウンジでお客様とビジネスの打ち合わせをして、ラウンジで会合をして、その時々にホテルの設備を利用するわけで、ホテルとしても半分近くを外国からの訪問客が占めているわけだから当然その顧客を対象として様々なプランを作るわけだ。

 

ただ、週末とか三連休などは、外国人は家に帰る。彼らにとって見ればシティホテルはあくまでもビジネス目的であり、休暇ならビーチリゾートに行くのだ。

 

だから東京に住んで子育てに両親や親戚の援助が得られず日頃は毎晩残業でストレスの溜まる生活をしている人=30代の子連れ夫婦からすれば、手近なところで息抜きできるシティホテルの広い部屋は、それこそアーバンリゾート、ということになるのだろう。

 

そうなるとホテルからすれば、平日はビジネス客、週末はファミリー客を取ると言う方針になる。そりゃ民間ビジネスだからどうやろうと客が文句をいう事ではない。あんまり嫌気が差したらホテルを変えるだけだ。

 

たださ、こっちは仕事でお客とラウンジで面談しているのに、それを「おい、あいつらうるさいぞ、ここは仕事をする場所じゃないんだ、静かにさせろ」とホテルスタッフに文句を言う家族ってのは、どうなのか?

 

どう見てもこのラウンジはビジネス客がゆったりとした雰囲気の中でパソコンを持ち込んでみたり、お客と面談したり、仕事の合間に一息つく場所である。

 

自分で勝手にこのラウンジをリゾートと思い込んでも良いが、それは人に強制しないで欲しい。少なくともこっちは、お前のガキのぎゃーぎゃーぴーぴー言う声を我慢しているんだから、お前も常識わきまえろと言いたい。

 

そしてまた、朝ごはん。

 

ここは朝食バフェット形式で、平日はビジネスマンがネクタイ着ける前のYシャツ姿で新聞読みながら朝食を楽しむのだが、朝ごはん食べるのに行列か?

 

三連休という特殊要素が大有りで、これでホテルに文句を言っても仕方ないし、彼らとしても大変だろうけど、ここはいつからファミレスになったのか?って感じ。

 

結局ここでホテルの顧客戦略という問題になる。

 

平日に主に利用する外国からのビジネスマンを狙うのか、週末のファミリーを狙うのか、という点だ。

 

ば〜か、曜日が違うんだから両方狙えばいいじゃんかと言う人もあるだろうが、目先の売上を取りにいくと、どうしてもスタッフの対応に問題が出るし、それが長い目で見るとどっちかの顧客を失うと言うことになる。この場合で言えば最初にホテルを去るのはビジネス客だろう。

 

そしてビジネス客が去った後のホテルは品格が落ちてファミリーホテルになってしまい、そうすると雰囲気を楽しみに来ていたファミリーもdandan遠のくようになる。

 

はい、これでビジネス終了。

 

売上が大事なのは僕も経営者だからよく分かる。ただ、それを守る為にも目先の売上ではなく長期の視点に立った利益確保が、もっと大事なのだ。

 

結局品格を落としてでも目先の売上を取りに行くという事は、過去に築いた品格と言う無形資産を食い潰すことになるのだ。

 

商売って大変だなとは思うが、少なくともビジネス客向けに作られたラウンジを子供向けの遊技場にして、本来の意味で正しい利用をしているビジネス客にホテルスタッフが「うるせ〜黙れって、お客が言ってたよ」なんて、あんまり言ってほしくはないな。

 

次に機会があれば、ラウンジを信号無視して走り回るがきを、大声で怒鳴りつけてやろうかな。



tom_eastwind at 01:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年09月14日

サファリツアー

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サファリパークツアー

 

最近は日本人観光客が大幅に減少している。激減とはいかないまでも、21世紀初めの16万人と比較すれば20%以上落ち込んでいる。

 

これに合わせたかのようにニュージーランドのワーキングホリデイ市場も冷え込み、これは激減と言える。ビザを取得してやってきた人の数x滞在日数で言えば、これも21世紀初めの頃から比較して70%以上の落ち込み。

 

日本全体としてもワーキングホリデイ市場はそれほど大きく伸びていない。ところがこのビジネスは古い時代の旅行業と同じで、机とパソコンと電話があれば仕事が成立する。

 

だから今は業界一位と言われているワーホリ斡旋会社も、実は1999年に設立した後発会社だったけど売り方さえうまければ企業規模に関係なく売れるのだ。

 

でも新規参入の会社が続出する一方で顧客が増えないので、当然販売競争は激化する。その結果として「たたき合い」が発生している。

 

こうなるともう、旅行業と同じ道を辿ってしまう。とにかく買ってもらいたいから、リスクを説明しないし商品を知らずに売る。

 

あ〜あ、旅行業も留学業も、ダメじゃん。

 

でもそこには、ダメになった理由がちゃんと内包されている。

 

1980年代のパッケージツアーが盛んな頃、業界大手のカウンターに来たハネムーナーカップル、とっても幸せそうに「ハワイ旅行に行きたいんですぅ〜」てなこと。ところがその依頼を聞いてコンピューターを叩いて調べた若い女性担当者、「ただ今ハネムーンは満席です」だとさ。おいおい、パックツアーがすべてかよ。

 

それから数年して、左手の小指のない人がハワイの入管でチェックされて入国した後に逮捕されたもんだから大問題。入管で退去ならまだしも、市内に出た小指レスに対して警察は犯罪者扱い。逮捕、留置、簡易裁判、強制退去。当分は入国禁止。

 

これは手続きをきちんとしなかった担当者のミスであり、旅行会社が結局は賠償することとなった。

 

(両方とも業界ネタなので何が問題かって背景をブログでは説明しずらいな)

 

パッケージ以外に商品を知らない担当者、タリフとコンピューターがすべての時代。自分で何も考えない人々。

 

つまり、旅行業界がバカやってた時代に、今の構造不況はすべて内包されている。旅行屋が叩き売りな「香港チャーター400名!」とか智恵遅れな商売やってて、21世紀になって消費者に見捨てられたんだ。

 

でも、旅って一体なんだろう?

 

それはやっぱりお客様の希望を叶えてあげることが第一で、その希望が現地との触れ合いとか観光地の感動とか美味しい食事とか目的があれば、それが旅の理由だから、それをかなえるために旅行会社は最大の努力をして、その対価として手配費用をもらう。

 

でも、旅って天候や航空会社、ホテル、バス、食事等、様々な要素が絡み合っており、どっかで問題が起こるのは、それこそ旅。だから旅においてトラブルは付き物なのだ。だからそのトラブルを、転ばぬ先の杖として事前告知をしながら、そのトラブルを楽しむ方法を教えるのが旅のコンシェルジェの役目。

 

ちょっと旅行会社的なドライなかき方になったが、旅を商売にして30年飯を食っている僕としては、この点は明確にしておきたい。

 

人に感激を与えるとき、その価値はいくらか?例えばバリシニコフのダンスを映画で見たときは800円。安すぎる。

 

お客様がクサヤの干物を何の前振りもなくいきなり食わされたら、たとえそれが名物でも本気で「二度と来るもんか」と思うお客様もいるだろう。

 

感激とはそれだけ大事なものだし、そこは付加価値の要素がたくさんあるが、同時に人によっては感激のポイントが違う。だから旅行やは相手を見て気持ちを読み取り彼らの好き嫌いを理解してクサヤの干物を説明して、旅の驚きを喜びに変えさせる方法を知らねばならないのだ。

 

旅とはまさに付加価値の塊であるが、付加価値は人によって違う。

 

人は旅行会社を使わなくても旅をが出来るし、地球の真ん中かどうかは別にして旅先で愛を語ることで、一生忘れない幸せを創れる。

 

「愛、それってなんぼ?」

 

「少なくともお金じゃないでしょう」

 

「でも、お金を払わないと地球の真ん中には行けないよね。愛も語れない」

 

じゃ、そこまで行く為の効率的なコース、愛の語り方、ホテル選び、そんな、トータルコーディネートをするのが手配担当者と添乗員。その為には二人の愛の形まで知らねばならない。

 

こういう「愛」を生む作業に付加価値はある。でも、付加価値のあるサービスを提供出来る旅行屋が今の時代、いないのだな。旅のコンシェルジェがいなくなった。てか、彼らが価値がないから消費者が切ったのだ。彼らが人間らしい生活をしてないから、お客様を理解出来ないのだ。

 

何でこんな事を書いたかと言うと、最近のツアーはまさしく付加価値のない「サファリツアー」で、見たい動物が居なければ金返せとなる現象が多いからだ。これを日程管理と呼ぶようだ。

 

おいおい、動物って動いたり止まったりする。時間によっては見えないかもしれない。でもそのリスクを背負ってるのが旅だし、旅には常にリスクがある。だから、旅のお供がいかにうまく事前説明するかが勝負なのだ。

 

もし動物が見れなくても、その場の雰囲気を空気として味わって、それを異文化として理解して楽しませる、そういうのが旅だよね〜。

 

でも、販売担当者がきちんと説明していない。「あ、あとは現地ガイドがちゃんとやりますから〜」

 

現地では動物制御できないし。

 

でもそれ・・日本の法律では違うんだって。見たい動物がいなければ返金。

 

一体いつから、旅が「消化ツアー」になったのだ。旅はトラブルの連続であり、それをも楽しませるのが旅行やの力だ。

 

オリンピックツアーで開会式のチケット付きのを買ったのに旅行会社の手配ミスで開会式に参加出来なかった。こりゃあ旅行会社のミスだ。

 

でもオーロラツアーで本来オーロラが発生する時期に天候不良でオーロラが見えなければ全額返金か?

 

一体いつから、日本人ってこうなったのだ?自己責任とか、まあ自然だからしゃあないかって言う心の余裕とかをなくすって。それは、売る側が現場知らずに机上の空論で契約ばかりわいわい騒いだ挙句に現場を無視した「旅程規約」を作ったからだ。

 

つまり本来は、トラブルも含めて喜ばせるのが旅行の本質なのに、日程どおりにツアーを運行することが目的になったから、敏感なお客様の心を変化させてしまい、クレームを発生させるようになったのだ。

 

いいんだよ、オーロラが発生しないリスクを変動係数に入れて自動的にツアー価格を高く設定しても創れる。でも聞きたい、あなたが売りたいのはそういう商品なのか?(一応言っておくがうちの会社ではそのような商品は売ってない)

 

お客が言う。「サファリパークでは、客の為に無理やり引っ張られてでも動く動物を見たい。でも自然を見たい」

 

それって矛盾。

 

じゃあ無理やりお客の前にちっちゃなライオンを連れて行けば今度は「虐待だ」と言うし、動物を自由にさせて動物が見れなければ「ツアー契約違反」と訴える。

 

自然が欲しければたまには動物を見れないこともある。どうしてもサファリツアーで動物を見たければアフリカに行くしかないのだ。

 

「やだ!そんな高い金は払いたくない!でもライオン見たい!」そういうお客様にはNOと言う勇気も必要なのだ。

 

異文化を知りたければ最低の理解力は必要!確約が欲しければ高くなる。そうやってお客様に教えていくのも、実は旅行やの仕事なのだ。

 

現場を知らない役人根性連中と、旅の素人が旅行業界を破壊させた。

 

とにかく今の日本、やばいぞ。間違った消費者保護が結局旅の喜びを失わせて、お客と旅行会社をいつの間にか対立関係に追い込んでいる。その結果旅行会社が能動的活動を出来なくなり、お客は旅を楽しめなくなっている。

 

写真はクイーンストリートにある古いビルの飾りです。古いものを大事にする、良い文化ですよね。

 



tom_eastwind at 03:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2008年09月13日

黒い革靴

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やっと黒い皮靴を買った。

 

今まで持ってた靴はすべて茶色とか赤っぽいのばかりで、服もそれに合ったジーンズとか茶系だったんで良かったのだが、最近はちょいと色気付き始めて、紺色の服も着るようになった。

 

 

そうなると茶色の靴はあまり色が合わない。おまけにネクタイもするようになったので、ますます黒い靴が欲しくなった。

 

休日を利用してオークランドのショッピングセンターを数軒回るけど、どこも気に入った靴がない。こっちではビジネスマンさえも運動靴みたいな黒靴を履くし、おまけにそれが輸入品なので、品質の割りに値段が高い。

 

シティの靴専門店にも行くが、どれもこれも5回くらい履いたらつぶれそうなのばかり。

 

もう、この国のモノの無さには呆れるほどだが、特に男性用のきちんとしたものは期待をしていなくても必ずそれを下回る失望感を与えてくれるのだから、ある意味すごい。

 

今回の日本出張で恵比寿での仕事の合間に新宿伊勢丹に足を伸ばして、やっと靴を見つけた。伊勢丹MENSは、デパートの売り場が基本的に女性を中心に作られているのに対して、ここは男性専門店になっていて、商品もよく揃っている。

 

何よりも(当然の話だけど)サービスが良い。かゆいところに手が届く、そういうサービスは日本人が一番得意とする部分だろう。

 

まずは黒い靴を選び、それに合わせてベルトと靴下を買う。どこの店でもこちらの希望を聞いて一生懸命商品を探してくれて、商品ごとの違いとか説明してくれる。きちんと包んで渡してくれる。

 

「お支払いは一回でございますか?」

一回以外で出来るもんならやってみろ、海外のカードは基本的にリボなのだ、なんて皮肉を言う気にならないほどサービスが良い。

 

よっしゃ、これで大丈夫、黒が揃った。そうなると、少し気持ちが楽になる。

 

これほどにニュージーランドにはモノがない。

 

実際ぼくは、服を買うにも靴を買うにも、基本的にはすべて日本だ。黒い靴は、どうしてもジャケットに合わないので仕方なくオークランドで揃えようと思ったのだが、やっぱり案の定揃わなかった。

 

日本食材の値段の高さと品揃えの少なさは誰しも知っている。とにかく外国から持ってくるものは、高くて品質が悪い。ウェアハウスは衣料品を中国やインドから輸入しているが、中年女性用ジャージーなど、ありゃ雑巾か?って本気で思うほどひどい。

 

ニュージーランドがとても住みやすい国であることは間違いない。しかし、モノのなさにはとにかく呆れるし、この流通は改善可能なのに、今のところ誰も本気で動こうとしてはいないのが現状だ。何せ市場が小さいので、下手に改善をすると消費がついていけずにお店がつぶれる。

 

だからこの国にモノがないのは仕方がないのだけど、この国に来るまではニュージーランド礼賛をしていた人が、この国のモノのなさに失望して文句を言われるのには、どうなのか?と疑問を持ってしまう。

 

だからあえて今日は、ニュージーランドにモノがないという事を書いた。

 

あのですね、勝手に自分でニュージーランドを理想の国と持ち上げた挙句に、実際に渡航してみて思ったのと違うなんて自分勝手に怒って日本に帰るのは、もうやめましょうぜ。

 

てか、帰るのは本人の自由なので、黙って帰ってくれって感じ。自分の勉強不足を棚に上げて相手のことをどうこう言うの、格好悪いよ。

 

KFCはありますよ。



tom_eastwind at 02:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

2008年09月09日

ジェットコースター

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先週から忙しさが爆発的。

昨晩はあまりの昼間の忙しさに頭が回ったまま止まらず、ベッドに入る時に頭の中に仕事を持ち込んだもんだから、寝付いたのは朝4時頃。6時過ぎには起きて、自宅で仕事開始。

しかしまあ、ニュージーランドの為替に比べればまだましか。この国の通貨は、とにかく太平洋の大波と雷雨に激しく叩かれて振り回される葉っぱのようだ。

一昨日もある地元大手のファイナンス会社の社長と話す機会があったけど、彼も「今年は大波、下手すれば1ドル=50円もあるかも」と怖がってた。

そりゃそうだ、たった一週間で通貨が20%も激動して上がったり下がったりすれば、こりゃもうジェットコースター。

ただ、いろんな人にNZ経済の実態を聞かれる度に答えるのは、「為替はジェットコースターだけど実体経済は強い。何よりも大事なのは、この国の国民は不安に対する反応がないから、それが何よりも経済を安定させている」ということ。

学者さんも言ってるけど、金融危機の多くの部分は、不安が産み出している。あまりの不安の為にそれがかえって不安を再創出して、それが不況になる。

ところが不安はどこから来るか?それは、明日の私の生活は大丈夫か?ということ。

さてニュージーランド。この国では明日の国民の生活は安全だ。何故なら、医療は基本的に無料だし、学校は無料だ。

18歳から65歳まで失業保険がもらえるし、この金額が平均賃金の65%程度。そして65歳からは老齢年金がもらえる。これも65%程度。

だから、他国と比べて不安が少ないから、実体経済に影響を与える部分が少ないのだ。

もちろんこの国でも現在までに23社以上のファイナンスカンパニー(銀行ではない)が危機に陥ってるが、銀行は今だ健全と言える。銀行の貸付の中心は個人住宅金融だからだ。

イメージで言えば、ビクトリアストリートの逆バンジーで悲鳴を上げている人たちの足元を、アイスクリームを食べながら歩いている人がいるってこと。

日本の皆さん、あまり教科書や新聞に頼らず、分からないときは自分の足で見て回ればどうでしょうか。

写真は香港上海銀行の入ってるビル。世界第三位の銀行も、今はすんごい身構えてます。

 



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2008年09月08日

橋の上から

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今日はタカプナで車を車検に出して、バスでシティに戻る。

片道運賃は3ドルちょい、だったかな。

車検は半年に1回。何もなければ50ドル程度で取れるので1年で100ドル。日本の車検が安くなっても、NZの方がまだ安いだろう。

最近は為替がものすごく「飛んだりはねたり」しているので1ドルいくらってのは言いにくいけど、生活実感では1ドル=100円。

そう考えるとバス代は、15分程度乗るだけで300円だから高いな。

大量輸送機関と言っても利用者が日本ほどは多くないし、営業努力よりも価格転嫁を先にするお国柄なのでバスが安い乗り物とは一概に言えない。

もひとつ言えば、運転手の態度がとても悪いのも特徴。特にバスの乗客は気づかないかもしれないが、我が物顔で縦横に走り回ってると言う感じ。

ずっと昔だけど、普通に会社の前に駐車していた僕の車にバスが突っ込んできて、それでけろっとした顔で一切保障しませんって態度。

結局は大喧嘩して全額+代車費用も取り上げたけど、実にあつかましい連中だったのを覚えてる。

今もバスは態度が悪い。時間を守らずに運行しているから、朝の通勤時間は地元キーウィも運転手にガンガン文句を言ってる。でも運転手はごめんと言わず、「俺は知らん」だ。

そのうちに乗客が集団で怒り始めると運転手は逆切れしてバスデポの担当者を怒鳴り上げている。

まあ、これもオークランドの風物詩か?でも、あんまり良くはないな。

 



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2008年09月06日

クイーンズタウン

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精神の方が肉体より優っているんだけど、多くの人は肉体をとても気にする。

ま、いいっか。

 

 

 



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2008年09月05日

夜にその名を呼べば

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「夜にその名を呼べば」 佐々木譲

 

1992年の発表なので、携帯電話もインターネットも普及していない時代。だから小説の中でも思わず「あれ?何故ケータイチェックないの?」って思ったりするけど、そう、その時代にはケータイは普及してないんです。ほんとに時代の変化激しいな。

 

この本を読みながら最初に思い出したのはジョン・ル・カレ。特に三部作の一番最後の作品「スマイリーと仲間たち」の中で、東側から何とか亡命したものの、家族を亡くした辛さと一人暮らしの辛さを描いてる場面。

 

この本には他にもいろんな上質のミステリーネタがオリジナルから練りこまれているのだから、ある意味宝探しみたいなものだけど、この宝を探す為にはこっちが勉強しておかないと楽しめない。

 

佐々木譲も自分の文体は過去の先人の優秀な文章をリメイクして合体させて、それで更に良いものにするのだと、自身の公式サイトの中でも語っている。

 

佐々木譲の筋書きが本物と思い込んでしまい、まるで「I Love you」は韓国で作られました、それを尾崎豊が歌ってます!なんて話になってはみっともない。そういえばマドンナをぱくった松田聖子のコンサートを、「松田聖子、ほんとすげ〜な〜!」と喜んでた人もいた。

 

この作品は小ぶりだけど、実にしっとりとしてて良い。そしてミステリーの雰囲気も十分に味わえてて、これまた口当たりの良い一冊でした。

 

今日からTOM文庫に入ります。よろしくです。

 

夜にその名を呼べば (ハヤカワ文庫 JA サ 2-2)

 

 



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2008年09月04日

選挙の年

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今年の11月に予定されているニュージーランドの総選挙では、永住権を持つ僕も選挙に参加する義務がある。

 

「選挙に行きましょうね」と言いながら在外邦人の選挙権さえつい最近まで認めてなかった社会主義国のような日本ではなく、民主主義の重要さを熟知しているこの国の場合は選挙民に教育宣伝すると共に参加しやすい仕組みを作っている。だから投票率も70%以上だ。

 

でもってこの国は日本と同じように小選挙区比例代表制だ。議席は120。現在は労働党が与党で国民党が野党だけど、議席数はここ数十年、両党とも50席前後を行ったりきたりと均衡してて、大体8年程度で政権が移動している。

 

記憶がちょっと曖昧だけど、1984年は労働党が政権を取り、1989年は国民党、そして1999年に労働党が取り返して、現在は労働党が政権を持っているが、今年の選挙では国民党が優勢だと下馬評では言われてる。

 

ただ、ここで面白い記事が出てきた。それは人種差別の話。

 

日本では国政選挙で外国出身の議員が出ることは殆ど考えられないが、移民の国ニュージーランドでは普通に外国人が国政に参加している。

 

同時に、最初にこの国に移民してきたマオリも特別枠を持って国政に参加している。特別枠とは要するに、一般選挙で票が取れないような候補者でもマオリ出身なら議員になれるという仕組みだ。

 

勿論どの政党もエスニック票が欲しいので、それを取り込むために民族別の「枠」を用意しているようで、今日の記事で問題になったのは、優秀なキーウィが比例代表順位の下位になっているのは、そういう民族別差別の結果だという事。

 

現在政権与党である労働党は名簿のトップ40人の中に6人のマオリ、3人のパシフィックアイランダー、3人のアジア人候補を入れている。

 

これに対して国民党は3人のマオリ、3人のアジア人、1人のパシフィックアイランダーを入れている。

 

今回訴えているのは労働党の議員で、彼女は現職なのに43番目、ところがトップ40の中には現職議員でない候補者が「several」見かけられると言う。数えりゃ分かるんだろうけど、そうは言わないところが上品か?でも結果的に「だって私の能力以下の人が私より上って、おっかしくない?」と言ってるのだから、内紛ですかな。

 

彼女の能力がどうなのか僕には知るよしもないけど、彼女からすれば白人中心の社会なのに、何よ!ってことになるのだろう。

 

ヘレンクラーク首相の指導力は認めているけど、やはり最近の経営者を潰すような労働政策については納得出来てない。だから久々に国民党が政権とって、片方に振れすぎた秤のはりを元に戻してバランスを取ってほしいと思う。

 

全部引用すると長いので、ポイントのとこだけ抜粋します。

 

*抜粋開始*

"It is surprising that here is a young Maori woman who exemplifies the kind of people we want in Parliament but there's a ranking system which may mean she doesn't get back in. I think that's very hard."

Labour's top 40 includes six Maori, three Pacific Island, and three Asian candidates - compared to the National Party which has three Maori, three Asian, and one Pacific Island candidate.

Asked if there was a "quota" for Maori in the process, Prime Minister Helen Clark said "on average, in every sixth or seventh or eight place or so there will be a Maori candidate ranked". She would not give reasons for Ms Wall's placing, saying she was only one of the 37 on the moderating committee which drew it up.

Ms Wall said it would make her fight harder in the electorate.

*抜粋終了*



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2008年09月03日

凛として生きる

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オークランドに戻ると街を流れる空気が違う。

 

当然のことだけど、ここは英国や米国よりもアジアが近い国際都市であるから、いろんな人種がそれなりに平等に、てかそれなりに置かれた立場に応じて生活をしている。

 

 

でも今クイーンズタウンにいる白人の場合は、国家とか地政学とか考える必要はない。

 

毎日豪州や米国や欧州からやってくる同胞白人を空港で迎えて、英語で喋っておいしい肉や魚を食べさせて(肉とはステーキ、魚とはサーモンか鯛のみ・選択の余地は狭い)高額の食事代を取って天井の高い豪華な洋風ホテルに泊めて、昼間はスキー場でスキーと赤ワインを楽しませる。

 

「どうですか、去年行ったヨーロッパのスキー場と比べて見ても、北半球の夏にスキーができるし、設備も悪くないし、スキーするのは白人中心ですから楽しめるでしょう!」

 

そうやってお迎えを受ける北半球の白人は勿論うれしいし、それに乗っかった豪州人も、とりあえず色が白いからって受け入れられてるので喜ぶ。ただ、彼らが飲むのはビールだけで、夜中に地元のハンバーガーで腹いっぱいにして朝方にバックパッカーに帰る連中が多いのだが。

 

結局クイーンズタウンや白人が特別なのではない。

 

同じことは、日本でも中国でもある。一昔前の日本の田舎に行けば、白人はすべて「ガイジン」である。盆踊りに参加しようとすると珍しがられるけど、そこでビジネスに参加しようとするとはねられる。

 

香港のテレビでもガイジンが出て広東語を話して下手な演技をやって香港人を笑わせているが、それはあくまでも外から来たお客であり、結局香港人からすれば自己人(じーけいやん=味方と言う意味)ではない。だからこの白人と利益を共有する発想はあまりない。ただ、サシミのツマとして存在するのみ。

 

あくまでも世界の中心は中国であり、中国は世界で一番偉いのだ。

 

その正反対が日本であり、世界は中国や米国にお任せしますけど、私のこの「おらが村」では、おらが人々が一番農民ですよ、みたいなかんっじ。

 

要するに、方向性は正反対だけど結果的に中国の選民思想も白人の優越意識も日本人の村人意識も、そこに共通するのは他人を理解しようとしないし、自分が無知だと言うことを気づこうととしない無知な人々の集合体であるということ。

 

これは20年位前の古い話だが、僕が中国の北京で民の十三稜に添乗で行った時のこと。まだ文化大革命の爪あとが人々の心に残る時代、米国から来た団体を乗せた観光バスが僕らの前を出発した。次の観光地に向かっているのだろう。

 

するとその30秒後に、建物から一人の白人中年女性が飛び出してきた。その形相は、まるで狂気の館に取り残されたヒロインってな感じで、このままバスに取り残されたら自分は死んでしまう、本気でそう思ってたような表情だったのを今でも覚えている。

 

だから、このレベルの人種差別?というのは、相手を知らない恐怖とか不満とか優越感とかが発信地である。相手を知ってしまえば、肌や言語の違いは大きな問題ではないと気づく。

 

ただ残念ながらどこの国でも、そういう「まともな教育」を受けているのは常に少数派である。またその少数派は、自分が少数派であることを知っているから、あまり表立って行動することもない。

 

所詮は今だ言語と肌の色が人間の壁を作っていると言う事実は無視しようがないが、それが多くの無知層によって形成されているのも事実だ。

 

政府はそのような状況をうまく利用して、無知を無知のまま放置することで国家運営をすることがよくある。中国政府が愛国心を高める為に反日行動を煽るのはよくある方法だ。釣られて踊るのは、その程度の知識しかない人々と、踊らないと地位が危うくなる人々である。

 

ただ、だからと言って一概に「みんな、平和に仲良く生きようよ〜」なんて、偽善と自己欺瞞の人種平等を大声でかっこつけて叫ぶ必要もない。

 

現実を理解した上で、果たしてその人々と融和する必要があるのかどうかを考えて、必要があれば融和すればよい。必要がなければ無視すればよい。

 

結局は、凛として生きるのみである。他人に頼らず他人を排除せず、ではないか。

 

日本語でも「和して同ぜず同じて和せず」と言う諺があるけど、まさにこれだろう。

 

日頃は誰とでも「和して」仲良くするが、相手が無理を吹っかけてくればきちんと「それは違うし、君の意見には同意出来ない」と「同ぜず」となる。

 

例えば米国は「じゃいあん」みたいなお馬鹿であるが、何もなければNZも普通に付き合う。でもベトナム戦争とかイラク戦争にニュージーンランドを誘ったら、NZは即刻断る。(正確に言えばベトナム戦争には当初参加したが、すぐにその趣旨を理解して撤退した)

 

その反対に、お無知どもはたいして知りもしない他人とべたべたすることで「同ずる」けど、結局お互いの誤解と自分勝手の解釈の上に成り立っているから、ちょっとでも利益が絡むとあっと言う間に喧嘩になる、つまり「和せず」となる。

 

和して同ぜずとは、白人至上主義が大好きな一部アジア人による自発的奴隷化でもないし、アジア人が世界で一番とばかり、無意味に白人を無視したり相手の国に現金を持ち込んで威張ることでもない。

 

是々非々ですべての物事に対応して、相手の事を学びながらも自分をしっかりと主張して、現実的な妥協点を見つけて共存する。

 

ただこれは、結構辛い部分もある。時には孤独に陥るからだ。そんな時に大事な心がけが、凛として生きる、だと思ってる。

 

今回のクイーンズタウンでは、やはりオークランド慣れしていたのかちょっと考えてしまったが、それでもこの街は良い街だ。

 

この街は良い意味で社会主義であり一部の白人による独裁主義がまかり通っている。下手な民主主義よりは独裁主義の方が政治がうまく回るというのは、NZ自体がジョージグレイと言う独裁者に近い総督を得て国家の基盤を短期間で作り上げたのにも現れるように、使い方によっては効果のある方法なのだ。

 

だから僕は今のクイーンズタウンの独裁主義をそれほど批判はしない。ただ、白人至上主義が行き過ぎた時にブレーキをかけるだけの勇気が独裁者にあるか?ここが問題点だろう。

 

賢い白人が街の雰囲気=白人至上主義を押さえ込んで、白人の中で孤立しながらも「凛として生きる」気持ちを貫けるか?

 

まだまだ興味のある街だ。

 



tom_eastwind at 00:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

2008年09月02日

福田政権退陣

福田政権退陣

 

今朝のニュースを見て、福田首相いよいよ決断したという感じ。

 

今朝のニュースでは外国勢の円売りが加速とか政治的無責任とか、一番無責任なマスコミ連中が言いたいこと言ってあれこれ騒いでいる。

 

僕の個人的な意見としては、これだけ政治的に混乱した状況で、よく1年も我慢したなって感じ。

 

これは一般の人々とかなり認識が違うのも理解している。でも、四面楚歌の中で誰が味方か敵かも分からないのに、切れずにやれるってのは凄い精神力だと思う。自分が異国の土地で単独でビジネスをやっているから、一般の人々と「責任」と言う意味が違うので、彼に対して肯定的な気持ちをもてるのだ。

 

彼の地元でも上州人として我慢強いから続いたと言う意見もあるようで、同意。

 

大体彼は以前も首相候補に引っ張られてたが辞退、最初からやる気はなかったのだ。それを政治的な駆け引きの結果で無理やり引きずり出したのが一年前。

 

周囲の堀を埋められた彼は、立場上仕方なく火中の栗を拾ったって事になる。

 

そのあたりは1年前のニュースを見ればわかることで、元々は麻生さんで一本だったのが、政権中枢部で何が起こったか不明だが、急遽福田さんが担がれてしまった。

 

それからは民主党の攻勢、ねじれ国会、大臣の不祥事と続き、洋上給油問題でも米国との対応に心を砕き、そりゃ大変だったろう。

 

勿論彼の政権で、個々の法案や判断についてはそれぞれの意見があるだろう。でも、合計で見ればよくやった。やれる範囲内で丸い政治をやったなと思う。

 

ただ、一番頭に来るのは最初も言ったように、一番ずるくて自分で責任を取らないマスコミ連中だ。

 

政治家は政敵を潰す為にマスコミに情報をリークして、それを知っていながら平気で記事を書いて無知な国民を騙して流れを作り、それですぐに辞任だ責任だと喚きたてる。

 

官僚も同じで、マスコミを利用して自分の省庁の大臣あたりの足を平気で引っ張る。

 

マスコミも官僚も、選挙の禊を受けもせず世間の批判にさらされもせずに、のうのうと高い給料でふんぞり返っているって点では全く同じ。

 

一体誰が誰の為に政治をやっているのか分からない、政治家対霞ヶ関対マスコミの総当たり戦だが、そこに国民は存在しない。政治家は選挙と言うみそぎを受けるが、責任を取らなくてよいマスコミと官僚はやりたい放題だ。

 

自分に都合の悪いことはマスコミに載せず、今までは騙せてきた。だがこれからインターネットにより情報の偏在化がなくなれば、確実にマスコミは衰退して、国民が直接他の国民に情報発信していく時代になる。

 

現実に今日のマスコミ発信の記事で、戦後長く続いてた月刊誌が廃刊になったと言う。

 

戦後は農家が政治に利用されて、利用効果がなくなると捨て去られた。次に建設業が集票団体として政治に利用されて、これまた捨て去られた。

 

マスコミは情報媒体として必要である。しかし現在の媒体が最適かどうか?それは広告がインターネットに流れ始めたことでも明確だ。

 

今まで政治はマスコミを利用してきたが、これからは捨て去られる運命にある。マスコミでも現場では危機感があるのだろうが、上層部には全く無いという。

 

いずれにしても、子供の頃からわき目も振らずに一生懸命勉強してマスコミの世界に入ったところが、そこが衰退産業だと知った若者の気持ちはどうだろう?もっと言えば、政治家や官僚の提灯持ちをやることがマスコミの仕事となった現在、それが若者にとって本当に望んでいた仕事なのか?

 

勝手に調子のいいことばかり書くんじゃないよって言いたい。

 

いずれにしても福田さん、この一年、お疲れ様でした。



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2008年09月01日

笑う警官

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「笑う警官」 佐々木譲

 

本屋で平積みの中に見つけた、「10万部突破で続々重版中!」という触れ込みの帯が付いてて、ましてや「警察小説の金字塔!」までも書かれているし、エンターテイメントの世界に復帰した角川春樹のハルキ文庫なので、とりあえず購入した。686円+税=ハルキ文庫への投資みたいなものだ。

 

この投資、結果から言って利回り20%くらいかな。悪くはないし、ゴミのような小説が世間で人気を得ていることを考えると、こういう良質の本は量産して、本の世界だけは「良本は悪本を駆逐する」となってほしいものだ。

 

クイーンズタウンに滞在中に一晩で読み終わった。てか、スキーで疲れて街で食事して9時過ぎに戻ってきて、それから4時間程度で450ページ程度の作品が読み終われるってのは、内容がかなり読みやすいと言うことだ。

 

全体の筋書きは最初の10ページくらいで大体見えてきたのも読み進むのが早い理由の一つ。

 

これは解説でも言ってるとおり推理小説ではなく警察小説だ。だから推理しながら読む必要はなく、警察内部をテーマにしているから、何冊かこの手合いの本を読んでれば入りやすい。

 

ただし人気の「半落ち」などの警察小説を書いてる横山秀夫の暗い文体とは違う。

 

北海道を舞台にした小説なのだけど、北の海の暗さはなく、参加するメンバーが4月第二週の春の大通公園を舞台にしてタイムリミット24時間で活動するのだが、皆明るい。

 

サラリーマン特有の暗さや諦め感がないので、読後感も悪くない。時期も、北海道警の裏金問題等不祥事などが出てきたのと一致するのでよく売れたようだ。

 

しかし、筋書き自体は既存のいろんな筋書きを引っぱって来て合成させたようなものだ。

 

クリントイーストウッドの映画の設定をちょびっと、藤原伊織の文体のような香りを少し、みたいな、いかにも「おぬし、混ぜたな」と思わせる。

 

でも決して出来上がりは悪くない。本人の文体に嫌味や特徴がないから、いろんなのが混ぜやすいのかもしれない。

 

だから、初めて本に触れる人が読むには、とても入りやすい作品だし、「よし、次を読んで見ようか」と言う気持ちにさせる。

 

この作品は映画化されるという話もあるようだ。

 

エンタメ小説が当たれば映画に持っていく筋書き。ハルキ文庫さん、よくやりましたね(絶賛と言う意味ではなく、うまく読者を誘導しているって意味)。エンターテイメントをよく分かったお方です。

 

「野生の証明」で薬師丸ひろ子を高倉健と共演させて世間をびっくりさせたハルキさん、刑務所から出てきても現役ですね。

 

笑う警官 (ハルキ文庫 さ 9-2)

 

 

 写真はクイーンストリートで違反車を止めて質問している警官。笑ってません。



tom_eastwind at 13:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本  | 諸行無常のビジネス日誌