2010年05月

2010年05月31日

東京1975 or Homeward bound 2

かぐや姫と言われて月から来た女の人を思い出すなら10代、大分から来たフォークソンググループを思い出すなら40代か50代。

今日の東京の朝は早い。4時にはすでに太陽が昇っており、昨日カーテンを閉めずに寝たぼくは、この夜明けと共に眼が覚めてしまった。

かぐや姫の南こうせつは今も現役で歌っているが、この“東京1975”と言う歌は同じグループで主に歌を作ってた(例えばなごりゆきとか22歳の別れとか)伊勢しょうぞうが歌った歌だ。

35年前と言えば、福岡と東京の距離感は今の東京―オークランド感覚だった。当時のチューリップや長渕剛、井上ようすいなどは皆国鉄を乗り継いで東京に出てきて、それこそ右も左も分からないままに死に物狂いで頑張って何とか自分の場所を東京で見つけた。

今では東京と福岡なんてお手軽に転勤出来る距離だし感覚だが、当時はまさに「上京」である。

有名な笑い話で、ある中学生の子供が修学旅行で東京に行った。すると自由行動の間にたくさんのタクシーを見るのだが、どれも全部中型である。

福岡の自宅に帰った子供は母親に「かあちゃん知っとう?東京のタクシーは全部中型やん」って言うと母親はバカにした声で「そげなことあるわけなかろうもん、はよメシ食べり」

タクシーと言えば小型が標準である地方の笑い話だが、35年経った今、それが東京とオークランドの間で発生しているのを感じる説明会。

もちろん移住する気持ちを持っている人からすれば人生の一大決断なのだしそれはよく分かる。けど大昔に大分から福岡に出てきて、中昔に福岡からニュージーランドに出てきた僕からすれば「いつか来たあの道」である。

距離と情報、これが埋まれば残るは本人の能力である。それさえあれば1975年に東京で歌ってたかぐや姫みたいに、チューリップみたいに、井上ようすいみたいに、ましてや今もカリスマ的人気を誇る長渕つよしみたいに生き残れる。

大事なのは情報でも距離でもなく、それを克服しても余りあるだけの能力とやる気である。35年前に九州人が行った事を今日本人がニュージーランドに向けて行おうとしている、ただそれだけのことだ。

ふい、これで今回の説明会も終了、うちにうちに。


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2010年05月30日

Homeward Bound

0be16ebb.jpg何でどんべえ?

東京の滞在先は説明会参加者の皆さんはご存知のように、それなりに良いホテルである。部屋も広くて綺麗だ。部屋の窓からは左手に六本木ヒルズ、東京タワーが見えるし右側にはレインボーブリッジも見られるので夜ともなると東京の街の光が最高の景色を作ってくれる。

けど何故かぼくはそんな広い部屋の真ん中でユニクロで買った部屋着を着て床に座り込んで「どんべー」を食ってる。

今回の出張も間もなく14日目だ。こうなると一番やばいのがいつもの生活パターン(9時就寝6時起床)が壊れてしまうってことだろう。

海外移動を繰り返して現地でお客様と会議をしたり会食をしたりしているけど、これが一個一個結構重いネタである。何せ人の海外引越しと言えば簡単だけど、生活の拠点を根こそぎ異国の地に移すわけで、そこでの生活、学校、収入、などなど考える事が山ほどある。

そこで食事後にやり残した仕事をホテルのバーで片付けってことになるのだが、これで結局遅い時間まで居座る事になり眠れなくなる。

けどまあ普段の出張よりは疲れが少ないかな、今回は。普段だったら出張半ばから体調不良になってしまうのだけど、今回はおよそ8割がた済ませた後に疲れが来てる。

でもってそんな時はついつい朝起きるのが遅くなり、結局胃袋も重いので朝ごはんを食べないままに昼頃までぼやっとしている。でもってお昼ご飯がどんべーとなる。

てか、だったら普通に近くの満龍ラーメンもあるじゃん。大体ホテルの中にレストランなんていっぱいあるんだしって言われそうだけど部屋から出るのが嫌だな〜って感じで、じゃあホテルなんだからルームサービスでうどんもカレーもあるんだけど、何だかルームサービスってのは僕にとって贅沢な気がするのでどうしても頼み辛い。

そんなもん気にするなって言われそうだけど、そんなどうでも良い事が気になって、結局床に座り込んで“どんべー”になってしまうのだ。

今日はどんべーきつねそば。オークランドで食うどんべーはツユが液体状なのだけど、東京で食うどんべーは何故か昔の粉形式である。どんべーは東日本と西日本で味が違うといわれてて、ぼくが普段オークランドで食ってるどんべーはおそらく西日本から輸入されたどんべーなんだろな、粉の奴はやっぱり味が濃いな。

なんてことを思いながらどんべーを食ってる。

ただ一つ言えることは、毎日毎日一人でいると結局ナンだ?ホームシックかどんべーシックか?に罹ってしまうし、どんな立派な食事よりもうちを思い出させてくれる、自分の原点に戻れる、そういうどんべーの方がずっと体に良いってことだろう。全くインスタント世代のソウルフードだなって思う。

サイモンとガーファンクルの歌に”Homeward Bound” というのがある。
旅から旅を重ねていくギター弾きが駅のホームで次の電車を待ちながらふと、家に帰りたいなって思う歌。
“Homeward bound I wish shall home”

今日は説明会本番だ。これさえ終わらせれば僕もHomewardBound、もう一がんばりで明日の飛行機に乗ってオークランドへ戻れる。


tom_eastwind at 10:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月29日

普天間の問題点

普天間の問題点=Not in my backyard

鳩山さん、普天間問題で新聞ねたにされている。けど僕がどうもよく理解出来ないのはマスコミや地域住民の対応である。

マスコミで言えば、国民全体の合意であるはずの沖縄から米軍基地を海外移転させる話が本筋なんだから、米軍がグアムに全面移転したくなるようなマスコミ攻勢を掛けるのがやるべき仕事だろう。

それなのにまるで他人事のように「鳩山が弱い」とか「いう事が違う」とか足を取るような事ばかりである。

国民の合意が沖縄基地返還であるならばそのように動くべきなのにムダで無策な書き散らしばかりやってて、新聞の為に毎日切られている森林の方がよほど可哀相である。

そして地域住民の話もある。Notinmybackyard、つまり「うちの裏庭ではゴミを捨てないでね」である。

沖縄の基地問題は大変だ、けどそれをうちの裏庭に持ってこられたら駄目よと言うのでは、国民同士の痛みを分かち合うと言う観点が全く欠如しているといわざるを得ない。

本当に沖縄の基地が駄目で、なおかつ自分の街に持って来られて嫌なら、つまり外国に移したいなら、なぜそのように地域や住民が行動しないのか?

やり方はいくらでもある。例えば沖縄の事を考えるなら日本のすべての自治体がカネを出して、それぞれの自治体から1000人くらい時間のある人を集めて4万7千人で普天間を包囲すれば良い。そして日本政府は米軍に対して「正式に許可を得たデモなので政府としては止める事は出来ない」と言えば良い。

沖縄の基地は戦後から何十年も続いているのであり、さらにそこに歴代政権がたっぷりと積み重ねた利権が乗っかっている。そのような米軍基地の問題を今まで放置しておいて、政権が変わっただけで米国と交渉が出来るか?

何十年もかけて作り上げた米国追従、てか米国の為に働いて米軍の為に土地とカネを渡す仕組みを簡単に壊せるわけがない。

本当に米軍基地を追い返したいなら国民全体が動かなければどうしようもない。それをせずに、けど自分の裏庭には基地を持ってきて欲しくない、なんじゃそりゃである。

普天間包囲網を作ろうとせずに「お手並み拝見」をするようなマスコミと国民と野党では、一生米国の奴隷から抜けられない。自分で選んだ奴隷の道は後で何が起こっても自己責任だ。沖縄の基地なら良いのか?自分んとこに持ってくるとなると猛反対するくせに沖縄なら良いのか?

普通の国家になるためには何時まで経っても米国の奴隷で良いわけがないのも当然。だからどこかの段階で米国から離れて中立した国家になる必要がある。

その機会というのが今回の普天間問題でもあると考えている。だから国民が口先星人になり調子の良い事ばかり偉そうに言ってでも結局目先の利益のみを追い求めるのであれば、当分米国からの独立も離脱も不可能である。てか、何時まで経っても12歳の子供である(マッカーサー元帥が日本人を見て真っ先に感じたことである)。

自分たちで選んだ民主党政権なのに鳩山さんが外交で基地を追い出そうとしているときに何もせずに座視している他人任せな姿勢であれば、つまり民主主義とは誰かに任せて自分は何もしないって事と考えているなら、これからの十年も米国に搾取されながら高い税金を払って低い社会保障で毎日夜中まで働いて体をすり減らして悲しい老後を送るしかないだろう。


tom_eastwind at 19:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月28日

法令遵守

いやいや、東京にいると疲れるな、まるで悪い空気をがんがん吸い込んでいるような感じである。

言葉を換えて言えばバカが移るってのか、とにかく今の東京は負の空気で満ちてる感じ。

誰もが口を開ければ「何百円安くする」って話か「コンプライアンスの為にあれできませんこれできません〜」ってばかりで、まともにきちんと利益を乗せて普通に人を騙さずにビジネスをするって基本が抜けてる気がする。

大体がコンプライアンスの意味も分からないようなガキが偉そうに「当社の規定でコンプライアンスが〜」とヨコモジをカタカナ読みするだけで偉くなったような顔つきするなっての。

今の日本ではどこもかしこも値引きと規制強化と、誰もが騙されないように気をつけながら予防線を張るんだけど、その予防線を張るだけのコストは一体どこでカバーしているかって言えば相手への値引き要求とか自分とこの利益削減であり、どっちにしても従業員の給料UPには絶対に繋がらない話である。

ニュージーランドもずいぶん商売っ気のない国であるが、それでもあの国でビジネスをしていて何が良いかって言うと、相手を騙して儲けようとする人が非常に少ないって点だ。

勿論ビジネスパーソンの全員が良い奴ってはわけではなく、不動産業者のように買い手をだます事で成立しているビジネスもあるが、殆どのビジネスパーソンは嘘をつかずに誠実にやっている。(ただし誠実と言うことと能力があるってのは別の話で、あいも変わらず銀行の窓口でもオカネの計算間違えているが)

この理由は簡単で、真面目に長いこと商売をやる方が嘘をついて短期で儲けても将来的に誰にも相手にされなくなるよりは利益だとビジネス参加者が理解していることだ。

だから防御線を張らないけどその代わりいっぺんでも相手を騙したらそいつを次から取引の相手に入れないと言う無言の了解があるので誰もバカなことをしない。その分結局防御線の費用が不要なので取引原価が安くなるということになる。

日本も昔は随分と商売のしやすい国だったはずだ。仲間内の取引では嘘をつく原価の方が高いから嘘をつかないという当然のルールがあった。

欧米で流行っているコンプライアンスと言うのも実は今の日本のようなやり方とはちょっと違う。もっとドライでありなおかつもっと簡単な仕組みである。日本のように箇条書きのヨコモジをだらだらと並べるだけではなく、きちんと効果的に作られており、最終的に自己責任を徹底させている。

これが何故か日本に導入されるといつの間にか本当の意味の法律遵守から外れて規制だけが一人歩きしてしまい、守る為の費用をたくさんかけて結果的に利益を減らしてもそれは良いし規制に意味があるのかどうかを自分で考えようともせずにとにかく自分の責任にならないようにしているのが正しいビジネスマンの姿と思い込んでしまう。

その結果として規制だけが一人歩きして企業が萎縮してしまい利益も出せなくなるくせに細かい原価計算の時だけは5円の10円のと話をする。

おいおい、一体いくらの給料を貰って仕事をしているんだ、もっと大きな話をしようよって言いたい。法律遵守は当然のことだが、その中で何が出来るかを考えよう。単純に規制を神棚みたいに大事にして何故規制が必要なのかを考えもせずに小銭の計算ばかりしてても仕方ないだろうって感じの東京5日目。


tom_eastwind at 19:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月27日

SIMカード

469226f8.jpgすみません、ご本人でないと契約解除出来ません」

auの携帯電話の解約の話。今日は時間を見つけて子供が日本で使ってた携帯電話の解約に行く。

どうせもめるんだろうなって思いながら自分のパスポートや子供のパスポートコピーなど重装備をしていくんだけど、案の上もめる。

書き始めればきりがないんだけど、受付の担当者の一番笑わせた言葉。

「じゃあお子様のパスポートコピーを見せてください」
ぼくはPCの中にPDFファイルで取り込んでたデータを見せる。すると「これは駄目です、パスポートからコピーしたものを見せてください」だと。

OK,じゃあ今このデータを印刷して渡せばいいんですね、そう聞くと「駄目」だって。

じゃあどうすればいいんですかと聞くと、パスポートをそのままコピーしたものでないと駄目ですって。

はあ?あなたはPDFファイルを印刷したものとパスポートをそのままコピーしたものの区別が出来るんですか?非常に簡単に技術的な質問をすると、まるで鳩の豆鉄砲みたいな顔で「はあ〜?」って言い出した。

たたたあ、頭が痛くなってきたぞ、この人どう見ても20代前半だろうに、すでに脳みそは100年間一切世間の空気に触れずに劣化してきたようである。

それからもあーでもないこーでもないって交渉が続くのだけど、何で普通に考えるってことをしないのか、とっても疑問に思ったこの日。

そういえば今、SIMカードの問題で携帯電話業界がおおもめにもめている。ケータイ電話のSIM解除を認めるかどうかって議論。

写真はロンドンのヒースロー空港到着口で自動販売機で売ってたSIMカード。これを見ても答えはすでに出てるだろうにって感じの東京4日目。




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2010年05月26日

自由とは 英語と日本語

f23fb4a9.jpg昨日の続きではないが、小学校の頃に先生を本気でバカと思った話。

「君ら、自由と言う言葉を知っているか?」当時の学校のセンセーと言えば日教組の集団であったが、何かあると子どもをほっぽりだしてデモ行動をやってた連中だ。

その連中の一人がある授業の時間中にこんな質問をしたのである。

そこでぼくは普通に小学校高学年の知識として「それは自らに由る、つまり自己責任ですよね」と答えた。

するとセンセー、「おい、オマエは間違っている。自由とは無責任、自分勝手という意味だ」と言い出した。

こりゃ面白い、なるほどな、明治時代に英語が導入された時にその概念を含んで適切な日本語にしようとして賢人によって作られた自由と言う言葉を田舎のデモシカ教師が全否定するんだから面白いものである。

学校ってのは日本語の本来持つ意味を訂正して新しい概念を刷り込む組織なんだなって思った。しかしそういうバカに付き合う義理もないこちらとしては、早いとこ、このバカが目の前から消えないかなって思ったものだ。

けどそれよりも面白いのが、周囲の子供たちもセンセーのいう事に一様に頷いて「そうです、センセーの言うとおり、自由とは自分勝手なんですね」と本気で野賜り始めたことだ。

これまた洗脳大好きな人々からすれば受け入れやすい話なんだろう、だって自由と言う概念を否定すれば誰も自由でなくなり、誰かが作ったルールで動くようになり、結果的にルールを作った人間のやり放題と言うことになる。

けど騙されて洗脳を受け入れてしまった人間にとっては自分で考えると言う難しい作業をしなくて良いのだから、こりゃ楽だ。いつか来るであろう、今日と違う明日が来ないって真剣に信じていることが出来るんだから、「その日」が来るまで何も考えずに能天気に生きてれば良いのだ。

自らに由るという基本的な概念そのものを理解しようとせずに周囲に踊らされて騙されてはしゃいでいる人々がとっても目立つ東京。

まあいいか、おれの人生ではないんだし、好き勝手にやってくれ、ただしこっちを巻き込むなよって感じの東京滞在3日目。


tom_eastwind at 15:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月25日

上海でもオークランドでも

42c514bb.jpg日本では、中国ビジネスに対する熱が、高まっている。中国のことを知ろうと努力しないで、日本の常識、日本の感覚だけで、中国ビジネスを行ないたいと思っても、成功する確率は、ほぼないのである。
中国でビジネスをするならば、中国ビジネスについての基本を学ぶこと。そして、語学を学び、そして、現地、中国人の利益を考えることが、中国ビジネスを成功させるための鍵になる。

http://news.livedoor.com/article/detail/4796556/

上海で企業進出のコンサルティングをしている方のブログ。

まさに書いている通りで、これは世界中どこでも全く同じである。ところがこの簡単な理屈が分からずに日本でちょっと当てたからって海外進出なんて思いつく日本人が多いのも事実。

今回の日本でも一番感じるのが、やっぱり殆どの日本人は井の中の蛙であり、ちっちゃな偶然の結果である”Beginners luck” だけで「おれはどこでも成功出来る」と本気で思い込んでいることである。

まあ自分が思い込むのは勝手だしそれを自分の金でやるのだから何もいう事はないが、そういう人を全否定して駄目出しをすると、ビジネスのレベルではなく個人的に本気で怒り出すから困ったものだ。

別にあなたの個性を否定しているわけではないしあなたの性格が悪いといってるわけではない、ただ単純にあなたのビジネスモデルが間違っていると指摘しているだけだ。

なのに本人からすればまるで自分の存在そのものを否定されたように怒り出すのだ。

まあさ、井の中の蛙は大海を見たことないんだから何を言っても仕方がないんだけど、怒るならおれ相手じゃなくて日本国政府文部科学省の教育システムにしてほしいものだ。

現在の教育システムが日本人をバカに育てる為のシステムなのは明快だし、それを好きな人がそのシステムに乗っかって子供をバカに育てるのに何のハンタイもしない。ただそうやって育った子供が偶然の成功で調子に乗って海外に出ようとすると、世界標準では思いっきりバカにされて叩き潰されるだけだ。

ニュージーランドでもこういう勘違い連中は多い。大体において飲み屋で見かけるケースでは、キーウィとたどたどしい英語で親しげにしゃべってるんだけど、内容は意味不明、でもって半年くらいしたら姿を消す、その後に聞いてみると「ビジネスに失敗したらしい」ってこと。

だ〜から、最初から分かりきっていることなのに、日本の学校教育を受けてしまうとバカなことがバカなことと分からなくなってしまい、人を舞い上がらせてしまうのである。

そして困ったちゃんの周囲には彼や彼女を追従して褒め上げてハシゴを上がらせておいて後になって「おれ、知らん」とばかりにはしごを外す連中が必ず存在する。

自分の眼でモノを見る、自分の頭で考える、そんな基本が出来ていないから、てか子供の頃に持ってた基本的な能力を学校教育の結果として消された人々を哀れとは思うが、かと言っていちいちこっちが相手をする事も出来ない。

文句があるならあなたの国の教育システムを信じてあなたを学校に送った親と、それを何の疑問もなく受け入れた自分に言ってくださいって感じな東京。


tom_eastwind at 15:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月24日

朝鮮半島の危機

f62d29b7.jpg朝鮮半島の危機になるのか?

ロンドンから到着した初日の日本の記事。いよいよ朝鮮半島危機ですな。今回のは本当に一触即発だ。一つ間違えば一気に半島全体に戦争が広がる可能性が出てきた。

韓国大統領が北朝鮮を天安号事件の犯人と断定したことで一気に両国の緊張は高まっている。

田中宇の記事を読んだ後に今日の北朝鮮記事、さて何が本当かは分からない。米軍との相撃ちなのか本当に北朝鮮の攻撃なのか?

北朝鮮は、やった時は「やったやった!」と騒ぐ国であり、今回は「知らん、そんなもん」と言ってるのを見ていると、やっぱりやってないんじゃないのって気もする。

クリントンが中国を訪問したのも、天安号事件で米中の高いレベル?での話合いをしたんじゃないのって気もする。

いずれにしても9・11テロなんて仕掛けもあるような時代であり、この偶発的事件を利用して自軍に有利に持っていこうとするのは当然であろう。どうせ沈んだ米国原潜だから有効活用しなくっちゃ。

何せイラクやイランでは失敗しているし、ここで国内問題から眼を背けさせる為に北朝鮮を叩いておこう、そんな読みもあるのかもしれない。

ただ間違いなく言えることは今回の事件であと一回くらいどっちかが何かを仕掛ければ確実に戦争である。南北問題は今でも解決しておらず、両国は今だ戦争状態である。なので北朝鮮が中国の助言を無視して単独で仕掛けてくることもあり得る。その場合は中国が武力仲介に入るまで戦争が続くだろう。

問題は日本である。北朝鮮が韓国と戦争を始めてしまった場合、日本は当然韓国側につく。そうなると米軍は安全な日本から出兵する事になる。朝鮮戦争の際も日本が出先基地となったしベトナム戦争の際も沖縄からベトナムに出兵した。

安全な後方の兵站基地、そういう位置にある日本は北朝鮮から見れば「叩く理由」も充分にある。

日本は現在多くの原子力発電所を抱えており、日本海側に面したそのような発電所は、その存在自体が充分に核兵器として使える。

そうなると日本に対して「一発かませる」為には一番効率の良いテロを行うだろうし、それがソフトターゲットである原子力発電所になる可能性は非常に高い。こういう時に原子力発電所の本当の怖さが分かる。

日本の新聞のどの記事を見ても「対岸の火事」みたいなことしか書いてない。そりゃそうだろう、すでに政府から「国民をびびらせる事は書くなよ」命令が出ているのだろうから。

北朝鮮からすればいろんな国を巻き込んで自国の大義を主張して出来るだけたくさんの国にこの事件に関心を持ってもらい、結果的に「天安号事件は米国と韓国の仕掛け」とばらせば国際社会の支持を得られる。

さあ、怖いことになったぞ。今日から東京に滞在。


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2010年05月23日

ロンドンっ子の愛想の悪さ

1c843dc7.jpgロンドンっ子の愛想の悪さ

それにしてもロンドンのビジネスマンは愛想が悪い。目が合ってもにこっともしない。

これが米国人やキーウィならエレベーター(米国英語)で乗り合わせたらいきなり「おっはよ!きょうはどうよ!」くらいなのだけど、英国紳士はリフト(英国英語)で一緒になっても何つか睨みつけてくる感じで敵対心丸出し。

おれはオマエを知らん、だからオマエは敵だ、こんな感じである。

英国紳士はお互いに誰かに紹介されるまではそこにいても全く存在しないかのような態度なので、ほっほー、これはご紳士の皆様の知られざる一面ですな。

それでも地元に長く住む日本人に聞くと「いや、あいつら一旦心を開いたらとっても頼りがいのある連中になりますよ、仲間になるだけの価値のある人種ですよ」って言ってた。

ふむ、たしかにそうだ、調子よくお笑いやってるけど大した能力もないキーウィよりは英国人の方が頼りになりそう。

しかし面白かったのがちっちゃな弁護士事務所を3軒回って会社設立やビジネスモデルの法的問題点の確認をしていた時のこと。

これがまた愛想良いんだよね。坐ったらすぐに笑顔で「お茶かコーヒーか」だし、うちはこんな事も出来るあんなことも出来るってよくしゃべるし。

オークランドの弁護士連中と同じくらい愛想が良いけど、発想や提案の内容はやっぱりプロを感じさせる。つまりできもしない事を出来るといわない。この点オークランドの弁護士よりプロっぽい(結果的にオークランドの弁護士をおちょくった言い方になるが・・)。

明治維新の英雄の一人で西郷隆盛の親戚にあたる西郷従道はあばた顔だった。京都の花街で宴会になった時にあばた顔の彼は「女に持てるのは簡単」と言って額に小判を貼り付けたそうだ。

英国も同じであり、きちんとしたルートにオカネを乗せればきちんと笑顔を見ることが出来るんだなってよく分かった。

さ、これで仕事も終了、日本に移動です。


tom_eastwind at 00:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月22日

Those were the days

ロンドン二日目の夜はソーホーに出かける。
たまたま入ったパブでかかっていた古い歌。

Mary Hopkinsの名曲。まさに青春の光と影を見事に歌いきるのだけど、今の僕から見ればこれはいつの時代も同じだと思ってしまう。


Once upon a time there was a tavern,
Where we used to raise a glass or two.
Remember how we laughed away the hours,
And dreamed of all the great things we would do.
Refrain:
Those were the days my friend,
We'd thought they'd never end,
We'd sing and dance for-ever and a day,
We'd live the life we choose,
We'd fight and never lose,
For we were young and sure to have our way.
Lalala lah lala, lalala lah lala
Those were the days, oh yes, those were the days.

いつの時代も振り返ってみれば美しくもろく、けれど間違いなく自分はその時代を生き抜いてきた、そんな感慨を歌詞に込めて彼女は歌うのだけど、その声が実に良い。

細くて切れそうな声なんだけどそれがブルースではない切なさを醸し出してくれて、自宅で夜一人で聴いてると居間で横たえてる体がそのまま“あの頃”に戻ってしまう感覚である。

けれどこの歌をビジネスと言う観点から見るとまた面白い。

過去の繁栄を謳歌した多くのビジネスやビジネスパーソンが時代の波について来れずに次々と脱落していく。昔みんなで肩を並べて楽しくやってたのに、振り返ってみればいつの間にか自分ひとり。

昔仲間と通ってたあの店に行っても、今は誰もいない。そこには過去の思い出だけが残ってて、なんだか一回り小さくなったように感じてしまうその店。

まさにそのような状況なのが今の日本やオークランドの日本人社会であろう。縮小していく中で何の解決手段もなくとりあえず今日は食えるからいいや、もうすぐしたら年金もあるしな、なんて後ろ向き志向で生きている。

生き残るのは変化に対応出来る人間だけだ、いつの時代もそう言われてきたし、彼らだって若い頃は「おいおっさん、駄目だよ変化しなきゃ!」なんて言ってニュージーランドにやってきたのだ。

ところがいつの間にか彼らも年を取り「おっさん」になっていくと、だんだんと色んな事が億劫になってきたり変化を嫌がったりして、温かい布団の中から出ようとしない日々が続くようになる。

そして気付いた時には時すでに遅し、今の自分はあの頃の自分が駄目出ししてた人間じゃあねえかよ。

変化する限り捨てていく事が必要になる。けど、あまりにしがらみがあってそんなことが出来ない、そうなったら過去のしがらみと一緒にどんどん時代から取り残されていくしかない。

この歌は発売当時全世界で500万枚の大ヒットとなった。元歌はロシアの民謡でポールマッカートニーが編曲をしたそうだ。

Those were the days my friend
ぼくはまだ過去と一緒に沈むのは早すぎる。だから悪いけど先に行くよ。

ピカデリー広場銅像青空

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2010年05月21日

地下のプール

a611d45f.jpgロンドンでの話。

一人じゃ来れないな、本気でそう思ったロンドンのホテルの地下2階にある大プール。ピカデリーサーカスのすぐ隣にあるこのホテルは交通の便は非常に良く、ここ数回利用している。

今回もヒースロー空港に朝6時過ぎに到着してそのままホテルに向かい荷物を預けたのだが、随分体がなまってたし午後一番のアポもあるのでシャワーを使いたかった僕はフロントの可愛らしくころころしている若い白人のスタッフに「ね、どっかシャワー使えるところある?午後,濃纏なんだ、でもってスーツに着替えたいし」って聞いた。

すると彼女、バラの大輪のような笑顔でにこーっと笑って「もちろんそうですよね!お仕事でお見えになればまずはシャワーと着替えですよね。はい、地下にプールが御座いますしジムも御座いますのでご利用下さい。私が荷物をお持ちします」ときびきびと対応してくれた。

このホテルで働いている人の半数以上の苗字が東欧や中東の名前であろうともサービスは一流、やっぱり競争の厳しい業界でフロントで働くってのは大変な能力を要求されるのだろう。

ましてや国際会議がしょっちゅう開かれるようなロンドンのど真ん中にあるホテルなので、要領が良くないといけない。

彼女も早速ぼくの荷物を持ってフロントから出てくるとすかさず「それではエレベーターはこちらで御座います」とにこっと笑った。ぼくは運動不足もあるので、「いやいや、わざわざエレベーターを使うよりも歩いて降りましょう」と言う。

すると彼女、またもにこっと笑ってその荷物をそばを歩いていた中東系のコンシェルジェのお兄ちゃんを捕まえて手渡し、更ににっこ^−っと笑って僕に「さあ、あなたの荷物は彼が全部責任を持って運んでくれます、ご安心下さい!」だって。

そう。これくらいの要領の良さが生き残る秘訣なんだろう。まあいいや、誰かが地下2階まで歩いて運んでくれるんなら文句はない。

このホテルは最近一ヶ月ほど全館を閉めて大改装を終えて随分綺麗になったとの事だけど、基本的に古い外装は変更していないので、どこを改装したのかよく分からないのが面白い。

古い階段をくるくると回って降りると古い木製のドアを押し開けてジムに入る。ほうほう、確かにここは最近作ったばかりと言う感じがよく分かる。壁や内装がそれまでの廊下と全然違ってて近代的だ。

既存のサイズをうまく利用して器用に改造したって感じのジムを抜けるとそこはシャワールーム。更にその先にプールがある。まさに「地下のプール」である。水着に着替えてシャワーしてから(実は出張の際は常にスイミングパンツを持っていくようにしている)プールに向う。

しかしこれがどう見ても普通のプールに見えないのは僕だけではなかろう。

天井が4メートル以上の高さであり全体がゆらゆらとする青い間接照明を使っているのだが、とにかく地下なので窓がない。まるで海の底のドアを開けて入り込んだ感じだけど、水面下にいる感じだけではなく、何故かこのプール、丸いのだ。

まるで日本の温泉旅館で見かけるような、まるーい形をしているのだ。正確に言うとホタテ貝の殻みたいで短い一辺はまっすぐなんだけど、他はまるーくなっている。そしてプールなのに何故か直径1メートルくらいのドデカイ円柱が二本も立っているのだ。

なんじゃこりゃ?である。一体どうすればこんな丸いプールと、プールの中に円柱を立てるようなことになるんじゃ?

これはどう見ても既存の「水を満面に湛える場所」を改造してプールにしたとしか思えない。つまりもしかしたら100年くらい昔からある設備をそのまま再利用しているのだ。

でもってこの場所はピカデリーサーカスである。こんな地下に昔からプールがあったとは思えない。もっと言えば、たとえ100年前でもプールだったら長方形でしょうし、第一円柱なんて立てるわけがない。

それがこのようになっているのは・・・考えてみれば・・・・え〜っと・・・大きな建物の地下にあって、泳ぐ事を前提にしてなくて、けど水をたっぷり用意しているってのは・・・・ええっと、ここは・・・すでに泳ぐ必要がない人が使う場所だよね。オンセンではないよね、深いから。えっと、体を腐らないように横たえて地下深くの場所に保存しておく、それってまさか・・・ホルマリン漬けになった死体置き場じゃないよね・・・。

そう思った瞬間、足の下から誰から引っ張ってくるような、ぞっとする恐ろしさにかられた。何せつい最近ロンドンを舞台にした「感染地図」って恐ろしい本を読んだばかりだ。

当時のロンドンではしょっちゅうコレラが発生しておりその原因も分からなかったが、シティ内で頻発するコレラで亡くなった人の死体をすぐに隔離しなければ病気が他の人に移る可能性がある。そんな時にシティのど真ん中の地下に死体置き場があれば・・・。ぞぞぞぞ!

けどまあいいや、すでに若いアジア系の女性が一人で泳いでる、ぼくがここで引き返すなんてみっともなくて出来やしない。

そう思ってプールの中にそろっと入り込んで2往復くらいしたんだけど、プールのこちら側は深さが1メートルなんだけど、あっち側は深さが2メートル以上ある。壁にタッチしてちょっと下を見ると、当然足が届かない。

その瞬間、ぼくは「やば!」って本気で思った。ここで誰か怖い人にしたから足を引っ張られた終わりじゃんか!

すかさずクロールの全力ダッシュでこちら側に戻り、プールの壁を飛び越えるように上に上がった。

いっや〜、久しぶりにあのプール、怖かったな。一人じゃまずここを利用する事はないですね。それにしてもこのプール、本当は何だったんだろう、興味あるな。

写真はピカデリーサーカスからソーホー、劇場街を眺める場所。


tom_eastwind at 23:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月20日

観光客

76c60c1d.jpgロンドン二日目はすんごいピーカンな青空で、打ち合わせの合間にちょっとピカデリーサーカスを歩いてみる。

それにしてもここって観光客だらけですね。写真はフランス?から来た観光客が写真撮ったり地図を広げてあーでもないこーでもないって場面。

ところがそんな山盛りの観光客の間を抜けるように、スーツ姿のビジネスマンは忙しそうに歩いている。まさに「お前ら観光客さ、来てもらって有難いんだけど、ちょっと端っこに寄ってくれないかい」って雰囲気が見え見え。

この町で生活をしているロンドンっ子にしてみたら、自分のビジネスの忙しさと、そんな場所に旅行に来てくれる観光客の「おのぼりさん」的な腑抜けた顔にうれしいやらいらいらするやらって感じかな。

それにしてもロンドンはビジネスをする男性からすれば随分とお買い物場所でもある。スーツやネクタイ、靴、とにかく周りを歩く男性が皆びしっと決めているからこっちも気合が入るし、トップクラスのデザインがお手頃価格で買えるわけなのでありがたい。

東京もその意味では買い物が出来て楽しいんだけど、なんか東京は女性ものが中心であり、男性ものは2番手な感じ。それに比べればこのロンドンって街は男性ものが中心なので、ウィンドーショッピングをするだけでも楽しい。

何か観光ブログになってるな、観光で来たわけでもないんだけど。少しくらい仕事の話も書かなくては、ほんとに遊びに来たって思われそう。

tom_eastwind at 02:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月19日

感染地図 ソーホー

8ffaee96.jpg「やっだ〜、そうなんだここ!」

ロンドンで「感染地図」の話をすると、かなりの人がびびる。そりゃそうだろう、今自分がいるところで150年前に何百人の人があっと言う間にコレラで死んだんだから。

ロンドン到着初日、キャセイ航空で到着したので朝8時くらいにホテルに着いて荷物を置き、そのままソーホーに出発して、「地図」を片手に歩き回る。

今ではずいぶんと整備されたショッピングセンターとかこ洒落たお店が並んでいる通りであるが、建物はたぶん1800年代と変わらないのだろう。

この建物の中で昔多くの人々が亡くなり、その死体があのあたりの広場の地下に埋まっているんだと思うと・・・・ぞっとするな、全く。

てか、そんな話をすると皆「今晩絶対寝れない!」となる。

ピーカンのロンドン、こんな晴れは珍しいってくらいに青い空の下でソーホーの街を歩き回ったロンドン初日でした。

写真はBrewerStの入り口のパブです。

tom_eastwind at 01:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月18日

オークランドの欠陥住宅

NZdaisukiで下記の記事を読むことが出来る。

★記事全文★
水漏住宅物件の修繕費に関して、一軒につき国と地方が25%ずつ負担するという総括案の提案を、政府は発表した。住宅のオーナーは50%を支払うが、政府保証の銀行ローンを受けることもできる。

補助総括案は、水漏住宅物件の所有者にとっての経済的な救助策になる、とKey首相は話している。

以前の提案では、政府負担は10%であった。今回は、地方政権がこの案に賛同する場合に限り、提案改修を進める。

この提案を進めた場合、今後5年の間にかかる政府の費用は10億ドルを超える見積もりとなる。

被害住宅のオーナーは、この費用補助を受けるか、あるいは現在の論争を引き続き行うかの選択をすることになる。

オークランド市長John Banksは、地方政権がこの政府の申し出に賛成することを確信しており、すでに他の市長とも会話を交わしている。オークランド市にとっても、政府と同額の10億ドルの費用がかかるというのが、Banks氏の見積もりである。

ウェリントン市長Kerry Prendergastも、この補助総括案には基本的には賛同しており、政府にとっては最高のオファーだということを認めている。Prendergast 氏は、ウェリントンでは被害物件と見なされる約4000件のうち200件は解決済みとされるが、 1億2000万ドルから、2億4000万ドルと見積もっている。
★全文終了★

http://www.nzdaisuki.com/


住宅問題については4〜5年前から「欠陥住宅」であることはちょっと建築知識のある人なら分かっていたことだ。とくに僕が日本から来た建設関係に従事するお客様と視察をすると、彼らは本当にびっくりした顔で「ええ!こんなので家?アパート?」と言ってたのを思い出す。

日本では新築住宅が欠陥なんてのは考えられないが、こちらの建築市場やキーウィの仕事に関する専門性のなさを考えれば必然的に「そうなるでしょ」って感じだ。

それでも一軒家はまだまし。何故なら土地が残っているからそこに価値がある。ニュージーランドでは購入した一軒家の場合、大体半額が土地の評価額である。

けれどアパートの場合は土地が付いておらず、建物が欠陥だった場合はレントに出す事も出来ず、購入金額全額を丸損とするか、購入金額と同じくらいのオカネを払って再度作り直すかと言う悲惨な事になる。

更に問題なのは、ちっちゃなアパートだと日本のマンション管理組合みたいなものがないから、全体で修理すべき欠陥をある人は「おら知らねえ」と言ってしまえば法律的に強制執行も出来ないしだれがオカネを払うのだってことになる。

オークランドの不動産市場は確かに景気が戻り始めているけど、あいも変わらず欠陥住宅問題は後を引いてるのが現状だ。


tom_eastwind at 03:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZの不動産および起業

2010年05月17日

自衛隊海軍基地

8fbbece5.jpgウェブ版の記事では見ることがなかった4月28日AFP通信からの記事によると、ソマリアの海賊対策として海上自衛隊がアフリカのジブチに自前の基地を作るとの事。

日本政府はすでに2隻の護衛艦と2機の哨戒機を派遣しているが基地は作っていなかった。この地域ではすでに米国とフランス軍が基地を作ってソマリアの海賊対策を行っているが、これに第三番目の“軍隊”として日本が海外派兵することになったのだ。

それにしても、こういう時は社民党は何も言わないのかね?いくら連立だからって、社民党は海外派兵絶対禁止、センソーキライ!だったのに、実に都合の良い党である。

これは沖縄の基地問題とも連携している。

以前にも書いたが沖縄の米軍をグアムに送り返すのが今回の基地問題の落とし処であり、その為に地域住民に「基地反対!」を言わせておいて鳩山さんが泥をかぶって米国に謝る、けど米国は「ふざけんな嘘つき!」と文句を言いながらも“地元住民のOKがないと移転出来ないよ”って言ってる。

その間にもグアムの人々が「うちは米軍受け入れますよ」とわざわざ表明している。

つまり正面から政府が米国に「米軍出て行け」とは言えないから「民意」で最終的に仕方なく米軍のグアム移転を認めさせて、その代わりにたっぷりとした「手切れ金」を払うという事になるのだろう。

だから社民党は調子に乗って「米軍ハンタイ!」と騒いでいるんだけど、海上自衛隊の海外基地作りには全く触れていない。そりゃそうだ、なにせ与党である。国策に則って行動するのだからって理屈なんだろうけど、それにしても都合の良い党である。

海上自衛隊が海外派遣するのだってすんごい反発があったのに、今度は基地作りをするわけだから、こりゃもう間違いない自衛隊の軍隊化である。そしてそれを望んで後押しをしているのが米国である。

何故なら米国の後押し無しで外国に基地を作る事等出来るわけもない。つまり米国は早いとこ日本に「普通の大国」として独り立ちを望んでいるのだ。

だったらせっかくの機会だ、小沢の金権政治とか鳩山の根性無しとかそんな内部の細かいところをいちいちどうこう言わずに大局に立って100年の国家の計として「普通の大国」になっていこうではないか。


tom_eastwind at 16:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年05月16日

働く事を楽しめる日本人

0eec1002.JPG
大阪大学でロボットを作っている石黒浩教授はじぶんそっくりのロボットを作った天才学者と呼ばれている。

その彼がインタビューで「働く時間を楽しめる日本人にしか、最先端のモノ作りは出来ない」と言ってた。

海外を飛び回って海外から日本を見てそう確信したそうだ。

これは確かに一つの真実を突いてると思う。

日本と言う環境で仏教と八百万と言うどちらも「違いを認める考え方」を持ち、労働を社会貢献と考えて、尚且つ知的好奇心を満足させる為に夜中遅くまで働く。

(ただしここには半分強制で残業している無駄な事務仕事は含まれない)

キリスト教のように「おれしか正しくないんだ、他は一切認めない」と言う基本姿勢に加えて「労働は神との契約で義務である」と考える人々は、その基本的な考え方に他人の考えを認めない部分があり「出来るだけ自分は働かない」で儲かろうとする姿勢がある。

どっちが良い悪いではなく基本的な考え方の違い。仕事が好きで仕事をするのが日本人だ。僕は日本人に生まれて幸せだし働く事を通じて日本人やキーウィの生活が向上してくれればと本気で思えるから仕事をしていて楽しい。

たぶん生まれ変わっても日本人になりたい。

けどその日本人が一番苦手とするのがビジネスであることもよく分かる。
だから少々他人に働きすぎと言われようが、日本のモノを世界に広げるんだったら楽しい。

という事で今日から飛行機に乗って2週間の出張です。

写真はオークランド空港でよく買う「日韓弁当」です。名前は勝手に僕がつけました。地元の食材を韓国風に料理して日本食の弁当として販売してます。味が素朴でけっこう好きです。









tom_eastwind at 12:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月15日

駐車場

トヨタ自動車の社長が愚痴った言葉に「うちの技術陣はヴィッツを作らせてもレクサスにしてしまう」というのがある。

これは別にトヨタ技術陣だけの問題ではなく日本人がその遺伝子として持っているものである。そしてそれは海外の日本食レストラン市場で大きな影響を与えている。

最近新しく韓国人ファミリー経営の定食屋が出来て、オフィスから歩いて2分なのでそこで丼モノとかてんぷらうどんを食べている。

このお店、たまたま僕が使っている駐車場の真下にあるのでスタッフには「駐車場でメシ食ってきます」と言うと眼を丸くされてる。

味は良い。値段も手頃。料理も早い。何せおかずが全部ショーケースに入ってて、丼に入った白ご飯を持ってるお姉さんが「はい、おかずは何にする?照り焼きチキン?」と聞いてきて2品の肉を載せると次は「はい、それで野菜は何がいいの?」と今度は野菜をどかっと載せて出来上がり。

長いカウンターの右端から料理が出来上がる左端までが1分と早い早い、でもってカウンターの一番最後に控えているのがお勘定場に立っているおじちゃん。こりゃサブウェイ方式だ。

お客は殆どがキーウィで、料理を見ながら「ねえ、これって韓国料理?」と聞くとスタッフは「じゃっぱにーず!」と答えてる。ふむふむ、え〜?!

確かに食材は肉と野菜とご飯だからこれで日本食は作れる。けど、照り焼きチキンにスパイシーチキンにスパイシーポークとかの上にそのまま生のレタスや玉葱とかをサラダとして載せるんだぜ、そりゃないだろ。

などと思いながら、それでも昼時になると地元ビジネスパーソンでごったがえすので商売としてはうまい方法だと思う。

オークランドに住んでいるとこんな感じで中国人や韓国人が経営している「日本食レストラン」を見かけることが多い。日本食レストランの数は多分100軒以上あるだろうけど、日本人が経営しているお店はおそらく20軒くらいではないか。

面白い事にこれはオークランドだけの現象ではなくバンクーバーでも香港でもシドニーでもどこでも、とにかくなんちゃってが多いのだ。

彼ら中国人や韓国人からすればアジア人の顔の区別がつかない白人相手に商売をする時は日本人の看板を持ち出してニホンショク!と言うほうが「かんこく!」とか「ちゃいな!」と言うよりも高い値段付けが出来るし最近健康志向の白人からすれば脂っこい中華や肉肉っぽい韓国料理よりもニホンショクが選ばれる傾向が高いのも事実。

そこでニホンショクレストランを経営するのだが、ビジネスモデルは勿論彼らのやり方なので日本の持つ独特の“やっていい事わるい事”なんておかまいなしだし“こだわり”はあくまでもお金だけ、だからなんちゃってニホンショクレストランが世界中で広まっているわけだ。

そういう現状を見た日本人が言う事は99%同じである。

「なんだこりゃ!こんなもん日本食じゃねえ!」
そして、
「だったら本ちゃんの日本人がほんもんの日本食を作ってやるぜ、美味しいものを食わせて日本の味を教えてやるんだ!」

となるのだけど、肝心の客である白人が白身魚を出されると全部同じ味にしか感じないし、第一白身魚の香りを嗅ぐことが出来ない人ばかりなので、いくら職人が頑張って美味しいもんを作っても「ふ〜ん」で終わり。

でもってここが本題なんだけど、日本人が持つ品質へのこだわりがあるから、日本人の経営するレストランはどうしても一定の費用がかかる。良い食材を仕入れて料理に手間をかけて綺麗なお皿に盛り付けて、とやるのだ。

ところが競合店舗はそんなのおかまいなしで使い残しの食材でも平気で次の料理に出すし客の食べ残しがあればそれも利用させて頂く吉兆精神である。

おまけに働く人の給料は低いし何でもかんでも交渉で値切るし、食材に至ってはまさになんちゃって中国産を平気で使う。

だから日本人から見れば明らかに「なんちゃって味」なんだけど、お客からすればそんなの知ったこっちゃないから安くて美味しい?ニホンショクレストランに行く事になるのだ。

でもって結局日本人が経営する日本食レストランは淘汰されてしまい、その街のニホンショクは中韓市場に制覇されてしまうのだ。

海外で頑張っている日本食レストランの為に日本政府認定マークを出そうと言う話があったけど結局それはお流れになった。

だから日本人がこだわりを捨ててヴィッツはヴィッツなりに作ってくれれば良いのだが、どんな安いレストランでも日本人が経営しているといつの間にかヴィッツをレクサスにしようと無意識に行動している。

まあこれは日本人の特質であり文句をいう事もないのだが、海外で日本食レストランを展開する事の難しさは、実はその日本人自体にあるのだってのが、笑っていいやら泣いていいやら、やっぱり「はあ〜っ」とため息をつくしかない。



tom_eastwind at 17:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZの不動産および起業 

2010年05月14日

眠れない一族

医療ミステリー本。狂牛病からアルツハイマーまで動物や人間の脳を襲う奇病を追い求める本格的長編。

最初はすごく面白くて知的好奇心をびんびんと刺激してくれるので非常に良いのだが、全部読み終わって感じたことは、「それで?」。

帯には「80万年前の食人習慣がすべての始まりだった!?」と書いてるけど、本文中では「〜の始まりだった可能性も考えられる」だけであり、あきらかに編集者のミスリード。売りたいが為の浅はかな知恵である。

本は他の商品と違うのだ、だから再販禁止と言う「ご祝儀」もお国から頂いているんだから、少しくらいは矜持を持って本を作ろうよ。こんな、週刊ポストのような事をやる紀伊国屋書店には文句を言いたい。

内容は確かによく出来ている。けど「それで?」と感じたのは、結果的にこの本は「狂牛病とかアルツハイマーとか、よく分かりません」で終わり。

そして科学者的視点で書かれているのに本で訴えてる趣旨「狂牛病や致死性不眠症にもっと各国政府が取組んでほしい」と言う感情論が論理の不一致。

一年間にこの病気で死ぬ人間が何人なのか?この病気が発生する事ですべての人類が1年で滅びるとでも言うのか?

この奇病が問題であり狂牛病の解決にもっと予算を付けるのは人々の安心を獲得すると言う政府の本来目的であるから、予算の使い方の馬鹿げた方法は別にして予算を付ける事は賛成。

けど、世の中ではもっとたくさんの人がもっとたくさんの理由で死亡しているのだ。病気でもない健康な人が子供や住宅ローンの為に電車に飛び込んでしまう国では、社会福祉にもっとたくさんの予算を回すべきなのは明快である。

どのような事も当事者にとっては大事件であるのはよく分かる。救ってほしいというのもよく分かる。しかし科学者的視点で言えば優先順位の高い案件から対応していくべきなのは明確で的確。

じゃあ使わないダムとか堤防とかの公共事業の金はどうなってんだ!と言う怒りは理解出来るが、それとこれとは別問題だ。

ダム予算を削ったからと言ってそれを数百万人に1人しか発症しない奇病の為に何億円も回すよりも、その予算で小学校の教育を充実させて利口な人間を作り出すほうが将来的に有効である。

なので読後感が「それで?」となってしまうのだが、だからと言って本の内容が悪いのではない。

世界中で起こる奇病、過去と現在の繋がり、動物からいかにして人に感染するか、遺伝なのか伝染なのか、アルツハイマーなど他の病名で診断された患者も実はプリオンがすべての根源的病原体ではないのか?

どれも科学的事実に基づいて書かれておりながら、読むほうからすればまるで世界中を駆け巡って犯人探しをしているようなドキドキ感もある。

でもって、これを読むと暫くは牛肉を食べたくなくなる人も出てくるだろう。

本文の冒頭に出てくるイタリア人ファミリーの家系に伝わる遺伝性の病気の恐ろしさはまさに体の中に時限爆弾を抱えたまま生きているような怖さを感じさせる。

漢字が苦手とか数字や理論が嫌いって人にはお勧めしないけど、理詰めで考えるのが好きな人にはお勧め。けど個人的には先週読んだ「感染地図」の方が数段品性と読み応えと読後感の爽やかさがあって好き。

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎
著者:ダニエル T.マックス
販売元:紀伊國屋書店
発売日:2007-12-12
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


tom_eastwind at 15:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2010年05月13日

異国の丘

a089ae41.jpg異国の丘という歌を知っている人は今では圧倒的に少数であろう。ただその歌を分かる人にとっては心の奥深く琴線に響く歌である(劇団四季を好きな人は別にして)。


ぼくの年代のように直接戦争を知らない人間にとっても父親の世代を思い起こす歌であり今でも時々頭の中のテープレコーダーが何度もこの歌をかけてくることがある。

★今日の記事「朝日新聞5月12日」
旧ソ連のシベリアやモンゴルに抑留された元日本兵らが国家賠償を求めている問題で、政府と連立与党3党は11日、抑留された期間に応じて1人当たり25万〜150万円の特別給付金を支給する方針を決めた。

生存している元抑留者の約8万人が対象。自民、公明など野党にも呼びかけ、今国会に議員立法で提出して成立をめざす。政府・与党の了解事項をまとめた案によると、元抑留者の高齢化が進んでいる現状から「多大な苦難のもと、過酷な強制労働に従事した特別の事情があることにかんがみ、特別給付金の支給を行う」と明記。

今年9月に廃止される独立行政法人「平和祈念事業特別基金」を2013年3月末まで存続させ、資本金に当たる200億円を取り崩して給付に充てる。

 また、給付金の支給を元抑留者に対する国家補償の「最終の措置」と位置づけ、国を相手取った訴訟については取り下げを働きかける。

 日本政府はこれまで「国に法的な補償責任はない」と主張。最高裁も1997年、「立法府の裁量的判断に委ねられる」との判断を示している。民主党は野党時代、特別給付金を支給する法案を国会に繰り返し提出していた。

 第2次世界大戦後、日本兵など約58万人が抑留されて鉄道建設など強制労働を強いられ、飢えなどによる死者は5万人を超えたとされる。



こういうのが国家がする仕事だよなって思う。毎日山ほどある記事からなんでこんなのを選ぶのかって言われるかもしれないけど、ブログがあくまでも個人的な日記の延長である以上、どのテーマを選ぶかってのはやっぱり主観が入る。

自分の父親が戦後に捕虜になってましたっていう経験を持つ人は、おそらくぼくの時代が最後ではないだろうか。

戦争と言うものを直接ではなくて目の前にいる父親から感じて、さらにその頃、つまり戦争に従軍した人々の多くの本を読むにつれて、なぜ父親が戦争の事をほとんど語らないのかが分かるようになったのはいつからだろうかな。

さて1、ぼくは世間のバランスから言えば左翼だと思う。誰もが平等に生きていければと考えているからだ。出来れば他人との競争ではなく自分との競争を頑張って皆が結果的に平等になればと思ってる。

よく言うよ、資本主義の権化みたいな事やってるくせに!と思われる人もいるだろう。

けど、そりゃそうだ、資本主義の世の中に生れ落ちたんだから、相手が戦いを仕掛けてくればこっちだって戦う。そしてそうなったらそう簡単には負けないだけの自信はある。そこを見れば確かに資本主義者であろう。そうしないと生きていけないならそうするだけの事だ。

けど基本思想はかなり社会主義であり、だから人々の機会が平等で結果が少し不平等でけど皆が平和に生きることが出来るニュージーランドが気に入っているのだろうと思う。

さて2、本当に激烈な戦闘を生き残ってきた人は戦争についてほとんど語らなかったという。実際にそうだった。

これが意味するものは、戦争は勝っても負けても兵隊には大きな心の傷を残すのだろうし、語るにはあまりに大きな辛さであり、誰かに話す事で昔の記憶が心の奥の閉ざされた扉を開けることになり、そんな事をしてしまえばその日一日は自分が使い物にならなくなる、だから今日を生きるためには過去を思い出すのはやめよう、そんな感じなのかな。

自分が戦争捕虜になったこともないのでこれだけは偉そうなことは言えないが、自らが祖国とした国の為に働き、銃を取り戦地に赴きそこで終戦を迎え装備を解除されてそのままシベリアなどに抑留された人々の事を考えると、今のこの平和の為に戦ってくれた人々を放置など出来るわけがないと当然に思う。

社会を守るために時に社会はその参加者に対して義務を命じることがある。それが納税であり法律の遵守であり、時には徴兵であり、徴兵の結果として戦場に送り込まれた若者が死んだとしてもそれは社会を守る為の行為である。

だから自分の身代わりとして死んでくれた人を生き残った人が祭らないような社会が長続きするわけがない。死んだ人が祭られる、栄誉として讃えられる、それが分かってるから若者は死地に赴くことも出来る。

さて3、基本左翼な僕だけど、こういう事を考える時のぼくは無茶苦茶に右翼になる。個人的には国のために戦った人を祭る靖国神社擁護派である。そこにどのようなモノやヒトがあるのかは別問題だ。

明治維新以降に国の為に亡くなった人々を祭るのは生き残った人々の義務であり、それがなければどうやって相互扶助という社会を構築できるのか、そう思う。

だからモノやヒトに問題があれば別の場所で議論してください、けど靖国は社会をきちんと運営していく上で絶対に必要なものですよと考えている。

その延長で、戦争に従軍して戦後に抑留された人々を救うのも当然国の仕事である。

「そんなの法律で救いようがない」と言う法解釈は理解出来る。法律とは元々そういうものだ。そしてその裁量を行政に任せた。その結果として民主党政権が彼ら抑留者を救うことになった。

ある意味当然の措置である。今まで何故やらなかったのか、その方が不思議である。

軍人恩給があるから充分じゃないかと言うのも一つの理屈である。けど軍人恩給は戦後すぐに本土へ戻れた人だってもらえてる。これとは別に、戦後に抑留された人々に対する手当てがあってもおかしくはないと思う。てか、それくらいしないと次は誰も戦争に行かないぞ。

そして更に言うなら、抑留された人々の本音はカネではないと思う。すでに60年以上過去の事なのだ、カネなんてどうでも良い、それよりもおれたちが生きてきた苦労を是非とも皆に知ってもらいたい、誰かに「お疲れ様でした」と言ってもらいたい、政府にも「有難う御座いました、ご苦労様でした」と言ってもらいたい、ただそれだけなのだと思う。

悪いニュース続きの民主党だが、今日のこの記事はうれしかった。


tom_eastwind at 13:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年05月12日

にやっと笑って

7d75b40d.jpg英国で13年ぶりに労働党から保守党に政権交代

労働党もブレア政権の時代は彼の個性で随分存在感があったのだけど、ゴードン・ブラウン首相は実務は強いんだろうけど政治には強くないんだろうなって感じがしてた。

今回保守党の党首であるデビッド・キャメロンが英国首相に選ばれたが彼の年齢が43歳と若いのが今日のニュースに出てた。

200年ぶりに若い首相!てな事だけど彼の経歴を見ると超一流の毛色ファミリーではないか。

貴族出身者を血縁に持ち彼の先祖ファミリーは金融とか相場で随分と財を築いてもいる。本人もオックスフォード出身で政治と行政の世界に長く生きてきて、ニュージーランドのジョン・キー首相のような“ぽっと出”の首相とは随分違う。

ジョン・キーは両親が英国移民であり母親が教育熱心だったのだろう、クライストチャーチのバーンサイド高校を卒業後カンタベリー大学で会計を学びその後ハーバードでマネージメントを学んでもいる。

けどあくまでも移民の子であり普通のキーウィなので、自分で地元の監査会社で働き衣料品工場のプロジェクトマネージャーやったりした後にウェリントンベースの為替とレーダーとなり、更にその後にオークランドベースのバンカーズトラストに勤める。

そこで彼の人生の大きな曲がり角になるメリルリンチに転職、シンガポールやロンドンをベースとして北半球の金融の世界に飛び込むことになる。

ロンドンをベースとして彼は金融の世界で頭角を現し、1990年代の彼の年収は2億円を超したと言われている。

2001年になって彼の興味が政治に向きニュージーランドの国民党で政治家としての道を歩き始める。

彼は自分の生まれ故郷であるオークランドの西にあるヘレンズヴィルを選挙区としてここでも頭角を現し、同じ国民党の党首だったドン・ブラッシュが2006年にスキャンダル(女性問題?)で辞任した後の党首に選ばれる。

そして2008年の総選挙で勝利してニュージーランドの首相になったのは彼が47歳の時である。

なのでジョンキーは貴族でも政治家のプロでもなく、どちらかと言うと金融為替のプロである。

けどこの二人の写真を見たとき、何か良く似ているな〜って感じたのは僕だけか?

どっちもぽっちゃりしている洋梨体型でにんまりとしている感じだけど、実はジョンキーは金融パーソン時代はにやっと笑って人を切る「笑顔の暗殺者」と呼ばれた、かなり冷酷なビジネスを行う人物である。

まあそうだろう、メリルリンチなんて超大手で世界を相手に一番厳しいビジネスをしていたんだから甘いわけがない。

そして保守党の党首であるデビッドキャメロンは貴族や王室の通う小学校から世界トップクラスの学校と言われるイートン校を卒業しており、彼の周囲はすべてイートンで固めている、つまり彼の頭の中は「世界は一部のエリートによって支配されるのが一番良いのだ、そしてそのエリートとはイートン校出身者である」と言う思想で埋め尽くされているようだ。

と言うことは優秀な血筋を持ちこれだけ頭脳明晰であり選民思想な彼が見せる笑顔の裏には、やっぱりこれも「にやっと笑って」があるのだろう。

年齢も近く金融の繋がりもあり笑顔も似ている二人は、たぶんこれから個人的に仲良くなっていくのではないかなと言う気がする。

たぶんそのうち、にやっと笑ったジョンがにやって笑ってるデビッドん家に遊びに行くんじゃないか。

けどまあどちらも優秀そうだし(ジョンキーはすでに首相として安定した実績を出している)、そういう意味では「“上”がしっかりしてくれてるので生活しやすくていいや」と思ってる下のぼくだ。


John_Key

tom_eastwind at 14:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月11日

Ipad

49760a38.jpgニュージーランドでのIpad発売は5月28日以降になる。豪州は5月28日発売開始である。つまりアップルから正式に「おまえんとこ田舎は後でね」と通告されたようなものだ。

まあ、だからと言って一生Ipadが買えないわけじゃないのでたいして気にする事もないし、どうしても欲しければ並行輸入で米国から買っても良いし日本で発売されたら一個買って帰ってもよい。

などと思ってたら日本のIpadはSIMロックがかかるようで、そうなると面倒くさいから本体は香港か他の街で買うかな、などと検討中。

いずれにしてもどのようなスペックなのかよく分かってない僕なので、まあぼちぼち考えよう、何せ田舎に住んでるんだから急ぐ事はない。なくても死ぬ事はないぜいたく品なんだから。

ただし一旦これが導入されると毎日の生活行動にかなりの変化が出るのは間違いないだろう。

Iphoneを持ち歩くようになってからもすでに多くの変化が見られるのだからIpadなら更に大きいのではないか。

Iphoneを持つようになって僕は昼間財布をポケットに入れて持ち歩く事がなくなった。なぜなら僕が使っているIphoneはすでにお財布ケータイになっているからだ(笑)。

なんの事はない、ケータイケースの裏側にカードホルダーがあるのでそこにEftpos機能付きのクレジットカードを一枚入れておき、ケースとケータイの間に緊急用の50ドル札一枚を折り畳んで入れているので、これで立派なお財布ケータイである。

ちなみに50ドルとは3500円。社会人がそれだけのカネで外を歩き回っているのか!と言われれれ正直に「ハイ」としか言いようがないけど、ニュージーランドと言う国はそれだけEftposが発達しており、ガム一個買うのもEftposだし、5000円もするようなものなら勿論クレジットカードを使う。

市内の道路わきの駐車場もパーキングメーターでクレジットカードを使えるので小銭の必要もないから小銭入れも不要である。

そしてメール機能がIphoneに付いているので、今までのように長距離の移動期間中に「何か大事なメールが来てるんじゃないか」なんて不安になって起動までに3分もかかるPCを立ち上げて無線モデムを差し込んでやっとメールをチェックして、またも3分くらいかけてシャットダウンするなんて必要がない。

気になればPCメールと同期しているIphoneでチェックすれば一発でメールにアクセス出来る。それと不思議なのは、自宅で使っているLANや無線モデムよりもIphoneの方が接続速度が圧倒的に速いのは何故だ?


こうなるとPCを持ち歩く必要もないし簡単な打ち合わせならメモ機能を使えば良い。なのでシャツの胸ポケットにボールペンをさしてメモ用紙を入れることも、スーツの胸ポケットに財布を入れることも、そしてズボンのポケットに小銭を入れてちゃらちゃら鳴らすことも不要になった。

つまり思い切り自由になったのだ!そしてスーツの形が壊れる事を気にする事もなくなったのだ(笑)!

だいいちズボンのヒップポケットにIphoneを差し込めば(長時間差し込むわけではないので型崩れの心配不要)両手が空くので、よろけても柱にどっちかの手を掛けられるし、とうもろこしを両手で持って食べられるし、ハンバーガーを両手で持って食えるので中身がはみ出してソースを道路に落す心配もない!(どれも実際にやったことは一度もないが想像)。

とか考えてたらここで面白いブログがあった。
「カバン内シェア」と言う考え方。

http://agora-web.jp/archives/1008815.html

カバンには一定量の品物しか入らない。なのでどれだけ高機能でも他の競合相手よりも優先度が低ければカバンから追い出される=市場から追放されると言うことだ。

つまり今ぼくにとってIphoneは持ち歩き度一番になり、それもダントツの状態なのだ。これって昔ケータイが出始めた頃に皆が、何がなくてもケータイだけは持ち歩いてた状態に良く似ていると思う。

これは誰のビジネスでも全く同じである。つまりカバンの中を財布の中身に例えて言えば、どれだけ美味しい料理を用意してもケータイ料金支払いが優先されるから、レストランのライバルはケータイ電話とも言えるってことだ。

旅行もまさに同じで、旅館が一泊二日の素敵な企画を作っても単なる旅行とケータイを比較すれば旅行をやめてもケータイ代金を支払うと言うことになる。

ぼくはMACは使ってないのでAll APPLEということにはならないからどこまでAPPLE戦略に乗らされるか分からないが、これでIpadが入手になって使い心地がよければ次に僕のカバンから追い出される可能性が高いのはパナソニックのラップトップPCになるかも。

実際にラップトップは重いのだ。どれだけ軽量化してもやっぱり重い。Ipadに比べれば確実に重い。

そして自宅で使用している機能がメールとインターネットだけとなれば、タッチキーでも充分対応出来るとなれば、こりゃもしかして3年くらい愛用してきた、手垢にまみれたLetsNoteがもしかして平日の夜は会社の机の上に置きっぱなしになる可能性が高くなってきた。

PC全盛の時代はLetsNoteのライバルは東芝のダイナブックやソニーのバイオだったけど、すでにそのような目先の敵だけではなく眼下の敵も視野にいれていかねばいけない時代になったのだ。

てか、偉そうにIphoneの事書くなよ、ついこの間まで「そんなもん不要!」とか言ってたくせにと文句言われそうだが、人間は進化するもの変化するもの、そうポジティブに考えましょうぜ。

写真はニュージーランドの老舗デパート?スーパーマーケット?であるFarmersの寝具売り場。彼らも競争相手を見間違ったのだろう、週末だと言うの買い物客よりもスタッフの方が多く、そのスタッフも楽しそうに仲間でずっとおしゃべりしてた。


tom_eastwind at 18:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月10日

隣の庭

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昨日はシドニーの事をいくつか書いたけど、書きながらふと思い出したことがある。

それは日本からニュージーランドに移住した日本人移住者が数年経つと「ニュージーランドは田舎でチャンスもないからシドニーみたいな大都市に行かなくちゃ」みたいな発言をする事だ。

これは何も日本人に限った事ではなく韓国人や中国人でも全く同じだ。とくに中国人の場合は豪州で直接永住権申請が出来ないので一旦ニュージーランドに来て永住権取得、5年後にまともな英語も出来ないくせにNZ市民権を申請して豪州に渡ると言うケースだ。

たしかにNZは豪州への裏の木戸であるから別に問題はないのだが、法律の趣旨からは外れているよね。

日本では法律の趣旨から外れていても法律の条文から外れてなければOKだと思ってるしそれは中国人も同じ。

キーウィからすればそんな積りで豪州と経済緊密化協定を締結したわけではないのだが、今のところうまい事外国人に利用されている。

けどま、そんな事するから穴をふさがれていたちごっこになり、そのうちあまりにたくさんの法律だらけで一体何が合法で何が違法か分からなくなったり、法律自体が矛盾してくるのはよくあることだ。

これが条例主義ってか、大陸法の問題点である。NZのように「常識で考えれば分かるでしょ法」だとあんまりたくさんの規定を作らなくても「まともにやってね」で済むのだから。

しかし今日の話は日本人でも綺麗そうな顔して中国人と同じようにずるして、それでいて澄ました顔で「あらま、何かわるうござんすか」と言うどっかのアナウンサーの話ではない。(数年前に日本人女性アナウンサーが法律の抜け目を利用してNZで出産しようとして大問題になりその後すぐに法律改正された事件)

つまり表のドアを叩いても開けてくれなかった豪州に裏口から入れたとしても、あなたに豪州で生活出来るだけの能力があるのかってのは別問題だという事。

確かに豪州は仕事が多いし色んな機会も多い。けどそれと同じかそれ以上にあなたの競争相手も多いのだ。

「豪州の方が活気があって給料が高くて〜」と言うあなた、そりゃ事実ですよ。確かに一般論としてはその通り。

けどNZのような田舎でさえまともに稼げる能力がないのに、それよりハードルの高い豪州で生活が出来ると思っているのでしょうか?大体それだけの能力があるなら直接豪州で永住権を申請すれば良いだけのこと。

それが出来なくて裏口から来ておいて豪州に渡っても、あっちにいるのは厳しい永住権審査をクリアーした優秀な日本人や中国人ですよ。

ほんと、「豪州の方が余程良いからやっぱり豪州に行く〜」なんていう人の楽観的発想は一体どこから出てくるのか?自分の身の丈を考えて話しているのか、不思議でたまらん。

中には言い訳のように「NZで10頑張っても10しか稼げない。けど豪州なら10頑張って20稼げる!」と言う人もいる。それも事実だろう、あなたにそれだけの能力があれば、ね。

第一それならNZなんかに移住せずに最初から日本で頑張れば良いだけの事。人口が400万人のNZより人口が2千2百万人の豪州の方が機会多いって理屈なら、人口が1億2千万人いて日本語の通じる国の方がもっと良いでしょう。

結局日本でも使い物にならず、かと言って豪州では永住権が取れず(もちろんそれ以外の英国圏は最初から無理)NZに来たような移住者がいつまでも身の丈を考えもせずに見果てぬ勘違いの夢を見ているのが現状ではないか。

そういうのってどこにでもいるよね。現状に不満を言いつつも結局はなにもせずに毎日時間ばかり経って、それでも自分のプライドだけは高いからどんどん一般社会から隔離されていく人々。

実は今、オークランドでも日本人移民老齢化が始まっており、20世紀にスピンアウトしてこの国に来た移住者(一般世間では日本から弾かれた、落されたという)の一部、いいですか一部ですよ(笑い)、そういう連中が20世紀の思い出に浸りながらぐっちゃぐちゃとじじばば同士で過去を語って慰めあってる姿が目立つのだ。情けない。

そんな事よりも今からでも、このニュージーランドのような、まるで病の床から起き上がったばかりの素人でも何とか頑張ればどうにかなる国でビジネスの練習して一つくらい何か成功させて、それからどうにか考えるべきでしょ。

21世紀にこの国に来る人は「一旗挙げてやろう派」よりも家族の幸せとかゆっくりした生活を望んでいる人々が殆どだと思う。

そういう人たちに言いたいことは、古い奴ら(一部ですよ、いちぶww)とあまり口を聞くな、過去を語る奴と同じ場所にいるな、である。

それよりもこの国を選んだ本来の理由を忘れずに家族でこの田舎生活を楽しんでいただき、持続出来る心豊かな生活を送ってもらいたいものだ。


tom_eastwind at 19:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

2010年05月09日

英国階級社会の末裔たち

今日は久々にシドニー出張の準備で(とは言っても行くのは6月になってからだけど)、シドニーの英字新聞のサイトから始まり、日系情報の日豪プレスとかJentaとかいろんな現地無料情報誌を読み込んで、ついでに2ちゃんねるも眼を通して最近のシドニーのイメージを頭に入れるようにした。


それにしてもシドニーは経済的にはオークランドと同じ地域だし大体が元々英国からの移民なのに人間としての気質が何でここまで違うのかなと改めて思わされる。

なんつーか、シドニーは基本的に人間性悪説なのだ。人はほっとくと悪い事をするから取り締まれ、なのである。つまり日本のやり方と同じである。

オーストラリア人は他人に騙されないように悪知恵をいろいろと考えて次から次へと素人騙してついでにアボリジニを叩き殺しておいて「あ、アボね、あいつらは人間じゃないから殺していいんだよ」とか言ってみたり、時にはアボリジニの子供を親から暴力で奪い取り、“彼らはかわいそうな子供だから”と白人の物まねをさせてみたり、白豪主義で人種差別を堂々とやった挙句にアジアの景気が良くなると突然「多文化主義〜!」とか言ってアジアのカネを受け取り、追いやったアボリジニの居住区でウランが採れると分かった瞬間にアボリジニを居住区から叩きだして白人のものにしてしまい。とにかくやり放題なのだから、世界中どこに行っても負けることはない、もっと悪いのがいない限り。

だからこそオーストラリアの一般的な小学校や中学校ではあまり自国の歴史を教えないのだろう(笑)。

なんて極端な書き方をしたけど、自分がニュージーランドと言う田舎にいるからこの国を庇うって言う判官贔屓な意味ではなくて、ほんとにオーストラリアの歴史を見れば見るほどアメリカに近いなって感じがするのは僕だけではないだろう。

実際に豪州では遠くはなれた英国よりも太平洋をまたいだ米国の影響が強く、第二次世界大戦ではAmerica+AustraliaでAAラインと言う対日本防御線を構築もした。

一般的な国民にとっては元の親玉である英国よりも米国の方が自分たちに合っていると感じているのではないだろうか。なにせ元は同じイギリス人でも、アメリカに渡った連中はそれまでアメリカで普通に生活をしていたインディアンを殆ど虐殺しまくり居留地に追い込み酒と補助金漬けにして社会に出て来れないようにしたんだから、豪州の大先輩である。

「おれたちゃ女王陛下に追い出された身分だ、今更宗主国面してもらいたくないよね」って人が何年かに一度づつ「共和制の導入!」を訴えている。

なにせ豪州人の10人に1人は先祖に犯罪人を持つと言われている。

元々この国ってのは日本の八丈島みたいなもので英国で犯罪を犯した連中を二度と英国に戻れないように送り込んだ囚人島だった。だから彼らの性悪説の発想も何となく分からないではない。

これとは逆にニュージーランドは中流階級の人々でキリスト教の教えを真面目に信じた人々が集団で移住してきており、社会が根本的に人間性善説で構築されている。

そして先住民族であるマオリと戦争ではなく同化を目指して1840年のワイタンギ条約ではマオリをイギリス国民とする事で異民族共同社会を構築した。

勿論歴史の途中ではマオリ戦争も起こったが結果的に20世紀初頭にはマオリと白人が一緒に南アフリカのボーア戦争や第一次世界大戦の戦いに参加した。

つまり同じイギリス人を先祖に持ちながらも片方は銃を振り回して地元先住民を人間扱いせず虐殺しまくり、片方では先住民族の文化を尊重して共同社会を作り上げた。

この違いは結局イギリス人という国民性ではなく、その新しい国がイギリス階級社会のうちどの階層で構成されたかで違いを表すのが最も適当ではないかと思う。

しかしこれが、つまり人間性善説を持つニュージーランドが経済的にオーストラリアに負けている理由でもあろう。つまり悪貨は良貨を駆逐するのだ。資本主義においてはお人よしは何の意味も持たないのだ。

ニュージーランドはそのお人よしさゆえにオーストラリアの人間に対して悪気を持たない。

オーストラリアはうまい事言ってニュージーランドでスーパーマーケットを経営してモールを運営してお金持ちになる。キーウィはスーパーで働くかモールで出店させてもらうかである。

ただまあニュージーランドもそれなりに要領が良いから、めんどくさい工業は豪州に任せて自分ちは自然と観光でのびのびと生活しますよ、洗濯洗剤や自動車はオタクんとこで作ってください、こっちは値段が少々高くても買いますから、そんなすみわけが出来ている気がする。

しかし若者からすれば何もない田舎の牧場の生活よりは、シドニーの夜の更けないきらびやかな生活を楽しみたいわけで、大学を卒業したりオークランドである程度の経験を積むと皆さん飛行機に乗って給料が2倍になる国、オーストラリアを目指す。

シドニーの人口400万人のうち40万人はキーウィと言われているくらいで、札幌の大学を出て東京の会社に就職するようなものだ。

ぼくから見ればシドニーなんて所詮中途半端な都会でしかないし、どうせならオークランドの大学を卒業した若者が英国や東京や香港を目指したりするほうがよっぽどいいかと思う。

アジアに生まれ育った日本人が何を言うかって事になるんだけど、10年くらい前かな、シドニーに進出しようかった思ったこともあった。

けど何度か視察するうちに「あ、これはオレのやり方が通らない、つまり合理性のない力で叩き合って潰しあうビジネスモデルの国だな」と思ったので結局止めて、あくまで市場調査の為に訪問する事に決め打ちした。

同じ頃にバンクーバーに展開した二つの会社は、あそこはきちんと合理性が働く場所だったのでうまくいって3年くらい稼がせてもらった。

日本にいる日本人からすれば「同じ白人だから」と考えるかもしれないし契約社会であるのは英国圏は皆同様であるが、やはり微妙に違う。

アメリカ人、カナダ人、オーストラリア人、ニュージーランド人、そしてイギリス人、彼らと一通りビジネスをやってきたが、あえて言うならオージーとキーウィの違いは東京人と大阪人の違い以上、日本人と韓国人の違い以下の中のどこかだと感じている。


tom_eastwind at 14:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月08日

資源節約と指、来たっす

50623400.jpg田中宇のメルマガは有料会員として登録しており(年間6千円)日経ビジネスの年間購読料に比べればずっと安いけど内容は非常にUp to Date なのでいつも重宝している。

今起きている問題をどう解釈するかの手助けとして彼が集めて分析した情報を提供してくれるので、自分のビジネスで次をどうするかって時の判断材料として随分役に立っている。


なにせ8400km離れた地球の上から地球に下にメルマガ送るのに1秒もかからないんだから随分と便利である。

情報収集という意味では日経ビジネスも重宝しているのだが、何せ年間で3万円以上する購読料のうちいくらが「印刷費用」と「カラー紙面の紙」と「配達費用」に消えているかを考えれば、日経ビジネスも記者とインターネット配信にすれば随分安くなるだろうしもっと利益も出るんじゃないかと思う。

でもって印刷会社や製紙会社や新聞配達に従事している人たちは新しい産業、つまりインターネット関連の産業に意向すればそれだけで社会はとても便利になるのではないかと思ったりする。

こんな事書くと既得権益者から文句が出そうだ。けど例えば昔石炭で走る蒸気機関車があった時代には機関車の釜焚きを専門とする人がいたけどディーゼル車両が出来てから彼らの仕事はなくなった。

ところが英国の労働組合が強いところでは雇用を守ると言う理由でディーゼル車両に釜焚き職人を乗せてしまった。その結果誰もがまともに働かないと言う英国病が発生して英国経済が疲弊して遂にはECに加盟するしかなくなったと言う現実がある。

結局時代の流れに逆らう事は無意味であり産業構造が変化すれば既得権益をとっとと手放して新しい産業に行くのが正解だし世界の為なのだ。

時代がすでにインターネットでユビキタスの時代に近づいているのに既得権益者のせいで不自由な生活を強いられている日本人だけど、こういうのって日本にいると鉄道駅の時間待ちでついキオスクで週刊東洋経済を買ったりコーラを買ったりすることが出来る環境の人には分かりにくい。

何故なら日本ほどインフラ整備が出来てて、インターネットがなくてもユビキタスに近い状態をEnjoyできる国はないからだ。

僕が住んでいるニュージーランドと言う国は日本から物理的に8400kmはなれており、日本の本州程度の国土にたった400万人しか住んでない。

とくに南島の名前もないような田舎に行くと情報収集の手段は毎日一回だけクライストチャーチからクイーンズタウンの間を走る長距離バスの運転手が自宅の前を通り過ぎる瞬間にバスの窓を開けて見事な角度で投げ上げた新聞が庭先に落ちる、それのみだ。勿論雨が降ってても気にしない、乾いてから読めばよい、一日は長いのだ。

そんな国にいるからこそユビキタス状態で情報が入手できるインターネットは素晴らしい道具であり、日本にいる人にはなかなか理解しづらいくらい重宝してて、そのうちの一人がぼくであり、こうやって田中宇のメルマガも読めるとなるのだ。

と、まあ枕が随分長くなったけどこれはいいぞと思った記事(これは無料版なので誰でも読める)を下記に転載する。著作権法違反と言われれば済みませんと謝る事を前提に、けどこれだけのネタを放置して多くの人々にいろんな視点がある事を理解してもらう機会を失うのも勿体ないので、出来ればほんちゃんの記事を読んでください。でもってこういう有料記事を会員となって読むようにして鉄道駅の日刊スポーツは読まないようにしてもらえれば地球の資源の有効活用に繋がると思います。

ほい↓

▼第3ブイに沈没する米潜水艦

 天安沈没の謎は解けないままだが、この事件をめぐっては、日本でほとんど報じられていない「もう一つの沈没」が起きている。天安艦の沈没現場の近くの海域に、米軍の潜水艦とおぼしき巨大な物体が沈没しており、韓国軍の潜水隊などが捜索にあたり、米軍のヘリコプターが米兵の遺体とみられる物体を運び去る映像を、韓国のKBSテレビが4月7日に報じている。KBSテレビは公共放送で、韓国のマスコミで最も権威がある。

ペンニョン島は、韓国で最も平壌に近い場所で、平壌まで170キロほど。米韓軍にとって、通信傍受や有事の反撃の拠点として最適だ。米軍がペンニョン島の周辺にミサイルを発射できる潜水艦を長期滞在させていれば、北朝鮮軍がソウルを攻撃してきた時に、数分で平壌にミサイルを撃ち込める。

天安艦は、ペンニョン島の南の沖合を航行するはずが、予定より岸に近づき、その結果、韓国軍に存在を知らされていない米潜水艦の存在を探知し、北朝鮮の潜水艦が潜入していると勘違いして発砲し、攻撃されたので米潜水艦も瞬時に撃ち返し、2隻とも沈没するという誤認の末の同士討ちが起きたのではないか。米潜水艦は、受信専用のパッシブソナーを使い、天安艦の接近を察知しただろう。だが、米軍が韓国軍に対しても秘密にして米潜水艦を潜行させていたのなら、米潜水艦の方から天安艦に無線連絡を入れるわけにはいかない。

★ ここから後は下記へどうぞ。

↓   ↓   ↓

田中宇の国際ニュース解説 無料版 2010年5月7日
http://tanakanews.com/

◆好評です「田中宇プラス」有料配信(月あたり500円)
資本主義の歴史を再考する http://tanakanews.com/100504capitalism.php
ユーロ危機はドイツの問題 http://tanakanews.com/100430euro.php


写真は1840年代のオークランドの港の部分です。昨日の夜、調べごとをしてて自宅からオークランド図書館のウェブサイトにアクセスして情報貰いました。便利な世の中です、夜の9時過ぎでも図書館に出入りできるんだから。

調べごとはオークランドシティ内のお化けの生息地調査の一環です。そのうちまとめて書きますが、この街、結構出ますよ。苦手な方やすぐ気が付く人には要注意な街です。ぼくは個人的には、住むならクイーンズタウンと思ってます。





tom_eastwind at 15:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月07日

かつまxひろゆき

BSジャパン「デキビジ」の勝間和代 VS 西村ひろゆき対談

これは面白い!是非とも見てみましょう。不況の昨今、元気の出る自己啓発系で人気のカツマーが政府のなんちゃら会議に出てみたり貧困ビジネスとか若者ビジネスで色んな発言で世間をにぎわしている。(てかメディアが安い広告塔として利用しているのが現状だろう)

その彼女が2チャンネルで有名になったひろゆきと対談をするのだけど、この二人のずれがまさに今の日本のずれをそのまま現しているようで、下手な漫才よりよっぽどおかしく面白い。

結局彼女は自分の取材対象から「あんた、バカ?」と軽くかわされているのだけど、その度にかっかして「それって君、おかしいよ、人間ってそうじゃないでしょ、成長しなくちゃ駄目でしょ」と訴えるのだが、その度にひろゆきは「いや、そう思うんならそうすればいいんじゃないですか」で終わり。

http://news.livedoor.com/article/detail/4751096/

内容は“若者の起業”、“ネットの匿名性”、“日本の幸福度”とテーマを区切っているのだけど、実はこれこそが今の日本の問題の一つってよく分かる。

テーマそのものではなくてこれをテーマと思い込む「側」と、これがテーマにはなり得ないと肌で理解している「側」とでのずれである。

勝間氏の能力は僕は彼女の本を読んだ事がないし実際の声を聞いたこともなかったので今までは評価も文章化することもなかったのだが、ぼくが日頃読んで納得出来るブログを書いている人たちからの評価は「テレビ芸人」であるとの事。

そして今日初めて彼女の話し方、内容、相手に合わせてテーマを絞り込む能力を見て分かった。

一言でいえば“利口ぶってるけど目の見えないばか芸人”である。

結局カツマーも村上春樹のアンチテーゼとしての存在は出来ても、それは1980年代の食に困らない、理屈をこねて生きていける「終わった時代」の残滓にしか過ぎず、今を生きるひろゆきからすれば「なんすか、それ〜」になるのだ。

ところが自分が「終わっている」と言う事実に全く気付かない彼女の話し方を見ていると、まるで下手な女優が場末の小屋で自分は最高って笑顔で田舎の親父相手に演技らしきものをして自己満足を得ているか、連合赤軍の最高幹部の女性が山の中で「そうじゃないんだよ君、自己批判とはそうじゃないんだよ!」と言いながら次々と仲間の首を絞めて殺しまくる場面を思い出す。

場末の女優も赤軍幹部も本人が本気で信じている、それしかないって思い込んでる時点で痛たたあたあたである。

ひろゆきの時代は今ここにあり、この日本の根底に広がっている。東京の限られた生息地(テレビ局とか出版社とか政府とか)で生活をしている限りこの肌感覚は理解するのが難しい。

なにせ「こっち側」にいる限り「あっち側」の生活態度や考え方が理解出来ないし、だいいちひろゆきのように「あっち側」に行ってしまうと、「こっち側」に伝える手段がない事に気づく。だから次第に説明するのも面倒くさくなってしまうのだ。

彼女の言葉の軽さは、まさにこの人が人生とは何か?と言う根源的な問題から議論を積み上げてないから出てくる軽さであるのがよく分かる。

ジョンルカレのスマイリーシリーズに出てくる有名な?せりふで香港で成功した弟が中国で共産主義を広げようとする兄に向って「共産主義だと!そいつは抱けるのか?食えるのか?」と言う場面がある。

中国の極貧の中で育った兄弟の一人は鮫のうようよする南シナ海を命を賭けて泳ぎきって香港で大金持ちになって大成功する。それに対して兄は中国で共産革命に参加して人々の幸福を追求しようとする。

カネか政治か?そんなある程度議論が二極化した場所や時代にいればかつまーだって商売になるし、今でもそういう事が好きな人の集まる場所が東京にはたくさんある。

かつまーはひたすら「人は幸せを追求すべきだ」とか「誰でも個性があるんだから一生懸命頑張るべきだ」と言うけど、その言葉のあまりの軽さにびっくり。

要するに彼女は自分の価値観を他人に押し付けているだけであり彼女が二者択一しか常に考えていないのがよく分かるバカさだ。今の日本がどれほど多様な価値観を持ち始めているかと言う現実を見ようとしてない。

「頑張るって、それがあなたの価値観なら頑張ればいいんじゃないっすか。けどおれ、今のままで充分しあわせっすよ」

イグアナドンの凶暴で激しい攻撃に対しても柳に風と、さらりと流しているばかり。

それにしてもひろゆき氏の簡潔かつ乾いた回答と話し方は立派なもので、別に本人が意識して立派にやろうってんじゃなくて普通に毎日思っていることをそのまま言葉にしたってだけの清さがある。

彼の世代はバブルも知らずに落ち込んでいく日本経済のど真ん中で一番被害を受けてきた人々ではあるが、それでも淡々と「けどジンバブエで生きるか死ぬかって人よりは幸せでしょ、20代前半の女の子がケータイ使って10万円くらいするカバン買って夜の街を歩いてても殺される事もない。これって充分幸せでしょ」と語るあたり、おお、さすがへこみ世代に生きてきた連中の強さだなと思ったりする。

“かつまー”なんて呼ばれる彼女のフォロワーがたくさんいるようだけど、小屋の檻の中のぬくぬくとした布団の中で青い鳥を探しているドリーマーの皆さんに現実を見てもらう良い機会だと思いますぜ。

結局彼女の本を買わなくて(つまりお金をムダにしなくて)よかった。これからも一生買う事はないだろうね、この調子だと。


tom_eastwind at 12:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月06日

銀行の話

d2876898.JPG豪ウエストパック銀、純利益32.2%増=10年3月中間決算
 【シドニー時事】オーストラリアの4大銀行の一つ、ウエストパック銀行が5日発表した2010年3月中間決算(09年10月〜10年3月)によると、純利益は前年同期比32.2%増の28億7500万豪ドルとなった。総収入は、6.1%増の85億8100万豪ドル。預金や豪州の住宅ローン貸し出しが好調だったほか、不良債権処理額が減少した。(2010/05/05-10:01)
★ 記事終了

オセアニア経済ってのは豪州とNZの二つあると思っている人が多いけど実態はNZの経済は豪州とほぼ一体化されており、豪州の7番目の州(8番目?)と考えてもらって問題はない。

と言うのも豪州とNZは1980年代にすでにFTA(正確には経済緊密化協定)を締結しており、両国間の物品関税はなく人の行き来もビザ不要でどちらで働いても良い、つまり東京と札幌という感覚なのだ。

なので豪州が調子良ければキーウィは豪州に行き、豪州で作るものが安ければ豪州から買う。だからこのニュースはオセアニア全体が調子いいぜって事だ。

幸いな事に投資銀行など積極的な活動をする銀行が少なくて北半球で売られていたサブプライム関連商品を買う事が出来なかったから北半球の銀行のように大きな問題とならなかったなどと揶揄するつもりはない(笑)。

不動産担保の物件にしかカネを貸さず、それも一番美味しい一番抵当だけしか取らず顧客の債務不履行で叩き売っても全額回収出来る60%までの貸付にして、まるで土地を担保にしてる質屋じゃねーかなどと言う積りもない(笑)。

実際、仕組みの分からないサブプライム商品は買わない、回収出来る相手にしかカネを貸さないという単純で明快なシステムが結果的に成功だったわけで、ビジネスは結果がすべてであり結果的にオセアニアの銀行の傷は浅くて済んで現在の経済回復に繋がっている。

しかし銀行の現場では決してそうもいってないようだ。

地元銀行の取引先支店の副支店長が代わったのであいさつしたいと言う。てっきりあっちから来るのかと思ってたら「こっちに来い」である。なんじゃこいつとか思いながらも、歩いて2分の場所にあるので散歩がてらどんなおっちゃんなのか見に行った。

支店に入ると早速出てきたこの副支店長、見かけは若いおにいちゃんだけど、何となく数週間前に意味もなく帰宅中のぼくのクルマを停止させて言いたい放題言って去っていった白バイのにいちゃんに似ている。

この白バイ、どうやら僕がファンショーストリートから高速に入る際の車線変更が気に食わなかったようで、こっちは安全運転でハーバーブリッジを超えてるっちゅうのにずっと追いかけてきて、オネワロードで高速を降りたすぐのところで急にサイレン鳴らして「停まれ~!」だって。

なんじゃこいつと思って窓を開けると「おまえさ、たった今左側に停まってる車を見てブレーキ踏んだろ、危険運転だぞ」だって。

おいおい、一般道で片道一車線しかないんだから当然ブレーキ踏んで前方を確認するだろ、そう答えると「何を答えてるんだ、おれはおまえに言ってるんだ、話してるんじゃない!」“ I’m not talking , I’m speaking ! ”だってさ。

最初は車線変更の時点でどうにかしようと思ったのだろう、けどハーバーブリッジを越すあたりから冷静に考えてみると、あの程度の車線変更をねたにどうこう言えないと彼の理性で気付いたのだろう、全然関係ない停止ネタでこっちを停めやがった。

ナンだ東京地検もまっさおな別件逮捕だぜとか思いながら、どうやらこのにいちゃん、鬱憤を晴らしたいだけなんだな、じゃあまあいいや聞いてやろうって感じでいると、どうのこうの言って2分で去っていった。

話を銀行に戻すと、この副支店長もとにかく機関銃みたいにしゃべりまくるんだけど、突き詰めて言えば話の最初の半分は「おれは副支店長だけど、支店長と同格なんだ、支店長はクイーンストリート全部の支店を見ているから忙しい、だから実質おれがこの店を見ているんだわ〜」と言う自己満足の表現。

そりゃそりゃ昇進おめでとう。

でもって彼が本題を切り出した。最近の金融規制強化でこれからは銀行業務でも今まで以上に審査が厳しくなると厳かな顔で言い出したのだ。

知ってるから、そんなこと。日本はすでにもっと厳しくなってるし、第一そんなのはオタクの支店の中国人とインド人顧客に言うべき話じゃないの?

思わず、おいおいオマエは警察か銀行なのかはっきりしろよ、もしかしてオマエの弟もしかして白バイに乗ってねーかと思わず口に出そうになった。

が、要するにこいつは態度が悪いだけで言ってることはごく当然なので、「ああいいよ、もちろん。当然だよね」と言っておいた。

ただその彼が一生懸命主張する内容の端々に「おれはここまで来たんだ、くだらん書類仕事で不備が見つかって降格されたくもないし、それくらいだったら他のスケープゴートを見つけてそいつに責任被せてやるぞ」って態度がみえみえちゃん。

要するに彼にとっては自分のポジションが大事であり、「取り締まり強化をする事でお客様が面倒になり他の銀行のプレミア口座に移ってもそんなのはどうでも良い、今はおれの椅子をどうやって守るかがすべてだ」なのだ。

たしかに金融規制強化は米国でもすでにゴールドマンサックスを餌食としてボルカーが激しい攻撃をかけてるし、銀行はとにかく自分の立場を守る事で精一杯なのはよく分かる。

特にIFRSが世界的に導入されて監査が厳しくなり、監査官が銀行に入ってきて顧客書類を全部ひっくり返して「おい、この身元確認は出来てるんか、どうやって確認したんか、おい、この署名と登録した署名が少し筆跡のずれがあるのに誰も確認してないのか」などと銀行のあら捜しをやるわけだから、銀行だって手続きに慎重になるのは当然だろう。

しかしな〜、自分だけ儲けて相手はどうなっても良いってビジネスモデルは日本では通用しない。

日本では“あいみたがい”で助け合ってお互いの利益をどうやったら増やせるか、そう考えるのが基本だし、それは世界でビジネスをする上でも同じなんだけど、銀行だけは違う世界なのかな。


tom_eastwind at 21:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年05月05日

英国移民

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「オレの親父は1950年代にニュージーランドに来たんだよ。大道芸とかよく言えば音楽家、いろんな楽器でパブやレストランを回ってたそうだ。あの頃はニュージーランドの景気が良くてな」

たまたま仕事の夕食の際にある一人のキーウィのおじさんがぼそっと言ってた。

そう、1950年代のニュージーランドは農業の近代化に成功し英国の食料庫として繁栄を謳歌し、同時に国家の計画経済と社会主義を柱にして医療や教育の無料化など徹底した国民向け社会保障を提供して、世界でもご本の指に入るほど「幸福な国」と言われて、戦争で疲弊した宗主国である英国からも多くの移民がやってきた。

英国人の父親を持つ彼は今すでに60歳近いが、社会主義時代の景気の良かったニュージーランド、1970年代の大不況と国家財政破綻、そして1980年代から市場主義を導入して新しいニュージーランドに生まれ変わり1993年以降の財政黒字に見られる経済の完全復活、そして現在のマインドリッチな国となった流れをすべて見てきていた。

まるでジェットコースターのような激しい流れであり国がちっちゃいだけにその変化の速度は大国よりも一層激しいが、最近のニュージーランドはまた違った意味で宗主国から見直されているようだ。

最近のロンドンの記事を知り合いが送ってきてくれた。内容はイギリス人の自営業者の4人に1人がオーストラリアやニュージーランドの移住を考えていると言う記事だ。

現在ロンドンとか英国の大都市で仕事をしている人々からすれば、まさに生き馬の眼を射抜くような忙しい生活と、ちょっとでも気を抜いたら他人に蹴落とされるか追い落とされるかして生活の糧を失い、高い生活費や子供の教育費を考えたらそれ以上ロンドンで住んでいくことなど出来ない現状だ。

ならばある程度うまく生活出来てる今のうちにワークライフバランスの整った国、つまり、
1・楽に働けて〜(失敗しても許される職場環境、つまり甘いって事)
2・そこそこ稼げて〜(生活費はロンドンの半額だからそれで充分)
3・将来の不安もなくて〜(徹底した社会保障)
4・子供の教育も問題なく〜(完全無料教育と大学までいける仕組み)
ついでに本音を言えば、「私はイギリスから来たんだぞ」と言う、東京生活者が地方に行って感じる優越感があるので威張ってられると言ういわれのない気持ちを保てるって事だろう。

これってさ、知り合い同士で「君、どこから来たの?」って話になった時に「おれ、イギリスから」って言われると周囲の空気が一瞬低い場所で固まってしまう、“あれ”です。

恥じる必要もないキーウィだけど、やっぱりあの、毎日使う20ドル札でにやっと笑ってる女王陛下のお住まいの国から来たとなると、それだけで無条件反射で固まってしまう“あれ”は、ぼくのような全く関係のない余所者から見ると興味深いです(笑)。

けどこれで本格的に英国移民がニュージーランドに来るようになると、ニュージーランドとしてはわざわざ文化不明言語不明瞭なアジア人に永住権を発給する必要もなくなるわけで、対岸の火事と笑ってるわけにもいかない。

そうなると多文化主義を主張してアジア人枠を作ってもらわないといけないな。それと米国が採用しているDiversity、国家ごとの受け入れ枠を設定してくれれば日本人枠も確保出来る。けどどっちにしても移民の年間枠は約5万人。やっぱり早い者勝ちですね。

写真は2月のピカデリーサーカス。やっぱ、暗いっすね。

4 May 2010 12:21am
Almost one in four people in self employment are considering moving abroad

ad to work in the next five years, according to a new study.
A survey of 2,000 bosses of small to medium-sized firms by currency broker Foreign Currency Direct showed that the main reason for wanting to quit the UK was achieving a better work/life balance.

Two out of five of those considering moving abroad said it was because of the prospect of further tax rises, while a third believed that overseas countries offered greater chances of building a more profitable empire.

Australia and New Zealand were the most popular destinations, while the prospect of working overseas was most popular among smaller businesses in the banking and finance, hospitality and leisure, and professional services sectors.
Stephen Hughes, director of Foreign Currency Direct, said: "Given the state of the UK economy it's hardly surprising that so many self-employed people are considering moving their business interests abroad.

"We've seen a significant jump in self-employed people transferring money abroad to set up their businesses as well as paying for big ticket items such as rental deposits and cars."


tom_eastwind at 12:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

2010年05月04日

在日米軍のTwitter

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在日米海軍でもTwitterを利用して一般市民に向けて情報発信している。その中にこんなのがあった。


“駆逐艦が寄港したある地方の記者の方に、「この駆逐艦というのは、いわゆる空母ですか?」と質問を受けたこともありました。でも、御存知ない方はそういうものですよね? 9:01 PM Apr 28th webから”

あり得ん・・・。地方の記者じゃなくて痴呆の記者だろう。国内ならまだしも米国人に対して無知を晒したわけであり、日本人として恥ずかしい。

この記者はおそらくヘリ搭載型駆逐艦の後部にあるヘリ発着用甲板を見て“空母!”とでも思ったのだろうが、これは例えて言えば電動機付き自転車を見て“これがBMW7シリーズの最新型クルマですか?”と聞くようなものだ。

たしかに丸い車の上にモノを載せているという意味では電チャリもBMWもクルマであるには間違いないけど、それって情報のプロ集団であるはずの新聞記者が発する言葉ではないよね。

ヘリ搭載型駆逐艦も空母も海の上に浮かんでいて駆動装置を使ってスクリューを回して移動してミサイルや機関銃で武装してて、そういう意味では同じフネだろう。けどその形状も運用目的も主たる武装も全く違うモノであるというのはインターネットで調べれば10分で分かる。

ちなみに駆逐艦とは1800年代後半に開発された小型艦で、主に魚雷を積んで戦艦を攻撃する水雷艇を駆逐する為に作られた。足回りの良いフネであり戦艦のような巨砲を積んではいないが機雷や魚雷や小型艦砲を装備しており、第二次世界大戦では対潜水艦攻撃をやったり艦隊を組む際の外縁に配置されて大型艦艇の間をくるくると走り回る連絡役にもなったりした。

現在ではミサイル防空システムを持ったイージス駆逐艦が外国侵攻用に作られた空母とセットで運用されている。

日本では第二次世界大戦の敗戦までは駆逐艦と言う名称があったが現在の日本では軍隊が存在しない事になっているので自衛隊の軍艦=護衛艦と呼ばれている。もひとつ言えば最新の護衛艦「ひゅうが」は、あれならちょっと見で小型空母と呼べる。

こういう田舎記者と言うのは自分がプロとして仕事をしていると言う自覚が全くゼロで、地方の大学を出て痴呆の新聞社に入社出来てうれしくて周囲の友達に言いふらして同窓会では「おれさ、 xx新聞なんだよね、今。毎日忙しくってさ」と言うのが楽しくして仕方ないけど、実際は全く世の中の勉強もせずにせっせと上司のゴマすりと通信社から送られてきた記事を意味も分からずに掲載したりして弱いものいじめの片棒を担ぐのが関の山。

ところが何の準備もしないままに取材に行って本当に自分の目の前におっきな船が見えたら、それがなんて船なのか名前も知らない。

こういうのに限って劣化ウラン弾とタングステン弾の違いも分かってないままに通信社から送られて来た「米軍の劣化ウラン弾が中東でどうのこうの〜」記事を何の疑問もなくそのまま掲載してしまうのだろう。

べつに一般の素人が駆逐艦と空母の違いを分からなくても良い。劣化ウラン弾とタングステン弾の違いを知らなくても当然だろう。けど、情報でメシを食っている奴が情報収集する時に頭の中空っぽで何も予備知識無しで行くか?普通行かないだろ。

この米海軍のツイッターをフォローしている人は結構たくさんいるけど、それをブログでねたにしている人はほとんどいない。つまり米海軍のツイッターをフォローしている人でさえも「あれ?そういえば駆逐艦と空母って何が違うのだろう?」程度なのだろう。だからネタとして書けない。

つまりそれほどに軍事知識と言うのは平和日本においては知る機会もないし情報のプロであるはずの新聞記者でさえ知らないし、おそらくテレビでキャスターとして出てくるアナウンサーでさえ「クルーザー」と聞いて巡洋艦を連想出来る人は少ないだろう。

だから「知らない」ってのは一般的日本人なら問題ではない。ただ知らないなら知らないで余計な事を言わなかったり書かなかったりすればよいだけなのだ。

ところが問題は軍事知識がない連中が日米安保や現在の辺野古や米海兵隊の記事を書いて地元の居酒屋の飲み会で同級生相手にいかにもそれらしくあーでもないこーでもないと無知をひけらかして偉そうなことをバカ面さげてしゃべって、聞いてる芋ちゃんたちも「おお、こいつは記者だ、こいつのいう事は間違いない」と思い込んで、それが結局間違った世論となり日本を間違った方向に引っ張っていく危険性だ。

要するにバカは単独でいてくれれば他人に感染しないのだが、何故かこいつらはメディアという媒体を持っていてすぐにごそごとそ集まってぐちゃぐちゃとバカ話をやる。(最近はコレラとかプリオンとか感染系の医学本を読んでるのでついつい発想が“そっち”に行ってしまいます)。

そして何の根拠もないしデータもないままに、「おい、米海兵隊がいなくなったら日本人を救出してくれる兵隊がいなくなって大変だぞ。自衛隊は憲法で縛られているからそういうときこそ米海兵隊が大事なのだ!」なんて本気で語られてそれが世論になってしまったら亡国って事だ。

問題は結局ここに来る。記者が社会の木鐸(ぼくたく)として活動する為に自分の取材対象に関する知識を持つことは記者の社会的地位を守り記者の存在理由を明確にするものだが、最低の知識さえない記者は存在理由そのものが喪失してしまうだけでなく下手にメディアという媒体を持っているから社会にとってはコレラやエイズや狂牛病のような害毒をばら撒く病原菌となってしまうと言う事実だ。

だからと言って別に彼らに対して歩く百科事典のように常に専門知識を頭の中に持っていろとは言わない。旧日本陸軍歩兵が使用していた38式歩兵銃とM1ガーランドライフルの違いを見ただけで分かれとは言わない。けど少なくとも38とM1の違いを表すデータがどこにありどうやったら調べられるのか、そして実際に調べると言う行為は記者という商売をする以上は最低限必要である。

バカは隔離しておくべし。痴呆記者はもう一回世の中の基本を学びなおすために小学校に戻って自分の金で勉強するべし。本当にそう思った。


tom_eastwind at 16:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年05月03日

子供は社会の宝

bf9b5457.jpgスカイシティカジノは地元の人々、特に中国人やマオリ、アイランダーに人気である。

僕自身は全くカジノに興味はないのだが時々日本から来たお客を連れていった事があるので大体のレイアウトは頭に入ってる。

スカイシティホテル内部の3階に入り口があり、そこで年齢チェックされて入館するのだが、今日のヘラルド記事によるとその入り口の外側で10歳の男の子が一人で待ちぼうけをしていたそうだ。

時間は朝の10時30分であり、おじいちゃんと一緒に来たのだけどおじいちゃんだけビンゴゲームをする為に中に入り、子供は中に入れないからそのまま外で待ってたとの事。

おいおい、よりによってそんな場所で子供を一人で待たせるなんて、あまりにニュージーランドの法律を理解していないってか、このおじいちゃん、何を考えているのだろう。

案の定警察に通報が行きカジノマネージャーはお叱りを受けるわおじいちゃんはカジノ2年間立ち入り禁止になるわの騒ぎだったんだけど、警察はこのおじいちゃんを「すぐに逮捕はしなかった」との事。

そう。問題はカジノよりも10歳の子供を放置しておいたって事で、ニュージーランドではそれだけで立派な犯罪になり、逮捕されて当然の行為なのだ。

ニュージーランドに住んでるならそれくらい知ってるでしょ、おまけにこれが自宅に放置くらいならまだばれないだろうけど、場所がカジノですぜ、ギャンブル中毒の連中をカウンセリングする人々が出入りする場所の入り口で子供を立たせておくなんて、逮捕してくださいってのと同じだ。

日本だと幼児を車に放置してパチンコにはまってる若い親がいるようだが、ニュージーランドだとそれだけで逮捕、ましてや子供が熱中症なんかに罹れば確実に監獄行きとなる。

「何いってんのよ、うちの子供のことを他人のあんたにどうこう言われるなんて関係ないでしょ!!」多くの親がこういう理屈で「他人」に文句を言う日本では、何故ニュージーランドが「他人の子供のこと」に口を出すかが理解出来ないと思う。

ニュージーランドでは子供は社会全体の宝であり社会全体で保護すべきものである、親はたまたま神様から子供を授かって社会の代表としてその子を育ててるけど、何かあれば親から子供を取り上げて「きちんとした環境」で育てるのだと考えている。

他にも家庭内暴力についても非常に厳しく、万が一でも旦那が奥さんを一発でも叩こうものなら、後で奥さんがどれだけ「違うんです、私が転んだんです」なんて言おうとも旦那は速攻で留置場行きで翌週月曜日の朝の地裁出頭まではシャバに出て来れない。

「いやいや、ありゃ冗談だよ」とか「ふざけんな、おれは明朝一番で仕事があるんだ!」なんて言っても警察は一切相手にせず「何か言いたいなら裁判所で言え」で終わりである。

家庭内の問題であろうが子供のことであろうが、「うちの問題だろ!」とか「あの子はオレのものだ!」なんて言っても駄目。

そう、この国は少しお節介なくらい個人生活の中にも入り込んでくるのだ。ただしそれは一つの基準がある。それは社会秩序を守って生活をする限り個人の自由は保障しているって点だ。

つまり暴力や子供の保護と言う問題は個人の問題ではなく社会全体の秩序を乱す行為だから取り締まるのだ。

日本ではこのあたりがどうもあべこべになっているようだ。

「子供はあたしのもんよ」なんて言って「個人の自由」を主張するバカもいればそれを素直に納得する学校や保護機関もあり、その結果として子供が虐待を受けて死亡してしまう事件が相次いでるが、それを問題と考えない、てか個人の自由と社会秩序の区別がつかない連中が結果的に子供を虐待しているって事を考えようとしない社会ってどうなんか。

この国では確かにお節介でいらっとする時もある。

けれどもし僕がある日突然子供を見ることが出来なくなった時でも、この国であれば国の責任として政府が子供の面倒を見てくれて教育も医療も寝る場所も提供してくれると分かっていれば、それだけで親としても少しほっとする。

そう考えてみれば日本のように子供を個人の所有物のように扱った挙句に殺してしまうような社会よりもこの国の方が子供にとって住みやすい国であると思えるのは僕だけではないだろう。


tom_eastwind at 00:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZニュース

2010年05月02日

僕が小型車に乗らない理由

6bafdbc6.jpg今は世界中でエコエコで、お買い物に便利な小型車が売れ行きを伸ばしている。軽自動車と普通自動車の税率の区別がないニュージーランドでも最近は都市でよく見かける小型車。ガソリンを食わないから年間の経費を考えれば随分と安く収まる。

その小型車、三菱ミラージュ2ドアハッチバックに5人が乗って平日の昼間に運転してたんだけど、クライストチャーチ北方郊外でバスに正面衝突して前部座席に“座っていた”3人が死亡、後部座席の1人は大怪我、もう一人は「重くはない怪我」と言う惨事に繋がった。

ここで三菱ミラージュの名誉の為に書いておくけど、これは車の構造の問題ではなく2人しか座れない前部座席にどうやってか3人が坐っており、衝突と共に一人が窓ガラスから飛び出してしまったという事だ。

つまり構造上2人分の座席と2人分のシートベルトしかない場所に3人が座っていたのだから、車メーカー側も「想定外の使われ方」だったと言える。

前部座席の残りの2人もほぼ即死だったって言うのはおそらくシートベルトをしてなかったのではないかと推測される。

後部座席の2人は死亡を免れたが、自分たちの行ったチキンレースの結果は一生忘れないだろう。

ただもし、彼らが大型トラックに乗ってて事故ったら、たとえ相手がバスでも彼らが死ぬ事はなかっただろう。

相手が死ぬ事が良いかどうかの議論ではなく、自分の身を守るならある程度のサイズの車でないと不可能なのは予測可能な事実である。

そして、ある程度のサイズと言っても昔の日産のように「当社の鉄は柔らかいので衝突の衝撃を鉄が吸収します」と言うよりも昔のトヨタのように「うちの鉄は思い切り堅くて衝突しても絶対に運転席までは衝撃の影響は出ません」の方が効果的であることは結果的に証明された。

一時期の欧州の高級車などは、正面衝突すると車体前部のエンジンそのものがどさっと落ちてしまい、それがブレーキの役目を果たすなんて宣伝もあった。

今でもボルボは(その体型は別として)運転者を守る作りとして業界では有名である。

ちょっとした高級車ならエアバッグは当然の標準装備として付けられており、いかにして運転者を守るかと言うのは車メーカーにとって大事な問題となっている。

けど、けどさ、エアバッグもドア側面の強度もとっても大事なんだけど、それよりはトラックを運転するほうが安全だって事実は何も変わらないよね。

単純に物理的に二つの物体がぶつかればちっちゃい方は紙切れのように潰れてしまう。

今回のクライストチャーチの交通事故でも、小型車はバスの下にはまり込んで全く原型を留めておらず、鉄の塊に閉じ込められた死者と怪我人を救い出すために救急車のファイアーレンチでガー!とやったとの事だが、これはどう考えても小型車の構造上の問題である。

いや、三菱が悪いってわけじゃなくて、小型車に乗れば何処のメーカーであっても安全基準には限界があるって事。

もちろん事故らない事を前提に車を作っているならそれで良い。けど実際に事故は起こる。「そんなのおかしいと思います!」みたいなピースボート宣言をしたって、現実の世の中では事故が起こるのだ。

だから大事なのは事故が起こるって事を前提に、どうやったら事故が起こらないようにするかって事と、事故った時にどうすれば怪我をしないかを運転者として考える必要があるって事だろう。

政府側の道路対策やスピード対策も大事だけど、運転する側の自己防衛として一つの方法が「事故っても怪我をしない車」を選ぶ事だと思う。

もちろんこれには費用対効果の問題がある。本当はハマーを買えばいいんだろうけど、さすがにあれは高すぎるし、大体自宅の駐車場に入らないなんて事もある。

けど、費用対効果と言っても自分が死んでしまえば全く無意味である。ガソリン代をけちって事故って死ぬよりも、生きて費用を稼ぐためにも少しは大き目の車、事故っても怪我をしない車選びを考えたほうがニュージーランドでは正解だと思う。

日本のように高速でも時速90kmとか、事故る以前にスピードを出せない国なら軽自動車も可愛くてOKなんだろうけど、普通の国道を時速130kmくらいで走るニュージーランドで軽自動車は、やっぱり怖いな。

てか、クイーンズタウンに住んでた頃に結構たくさん交通事故を見てきて、その被害者が直接僕の知っている人だったってのがやっぱり小型車に乗らない理由になっていると思う。

http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=10642080

皆さんも、もし旅行でニュージーランドを訪れてレンタカーを借りる予定なら、少し大きめの車にして下さいね。とくに南島の道路なんて、地元の人間でも事故るくらい危険な道が多いですから。


tom_eastwind at 18:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZニュース

2010年05月01日

5月1日に思うこと

f831170a.jpg今年のメーデーは数日前に終了した。5月1日にやるとゴールデンウィークの休みに参加できないからなんだろう、つまり労働者の記念日であるメーデーは労働者の休みを奪うような日程じゃ駄目だって事なんだろう。

なんとまあ恵まれた組織労働者め、自分たち組合員だけ美味しい思いをして、これから社会に入ろうとする若者の就職機会を奪っておいて自分たちだけGWの楽しい旅行かい。



とくに公務員、日教組なんていかに働かずにカネを政府から奪い取るかだけを目標にしているから始末に終えない。でもってこういう連中が民主党の中で政治的圧力を持っているんだから創価学会もびっくりの圧力団体となっている。

高校教育の無償化とかも日教組の要望で上がってきて、今度は年休の完全消化なんてのが国策で出てくるようだが、やる事違うでしょって感じがするのは僕だけではないだろう。

これなら「国家公務員になるのがぼくの夢です!親もそれを望んでます!」なんてのが子供の口から出てきても何の不思議もない。

結果的にそういう国は滅びる訳だが自分の選んだ道と国である以上どういう言う必要も権利もない。勝手にやってくれ、おれは外国で生きる日本人だからと開き直るしかない。

ただまあ今思うことは、マスコミにしろ日教組にしろ政治家にしろ完了、じゃなかった官僚にしろ、お前ら自分の名前と住所はきちんと後悔、じゃなかった公開記録に残しておけってこと。

こうすれば彼らのような今の日本を無茶苦茶にした連中の家系も分かるし、子供がどこにいるのかも分かる。そうして2030年、つまり20年後くらいに「2010年の総括」ってのをやって、2010年当時に日本を亡国に追い込んだ首謀者連中ってことで吊るし上げにする。

現在亡国ごっこをやってるマスゴミや日教組や官僚(政治家はOK,彼らは自分の信念と公開制度を持っているから)は、自分がうまく立ち回って美味しい地位にしがみついて、そこで稼いだ金を子供に残せて、けどそんなことは一般国民が知るわけもないから、おれだけ美味しい思いをするぞ、そんな事を考えているかもしれないが、その子供に対して親の責任を被せてやるのだ。

そういう公開制度をつくり、記者の署名制度を作って、「おまえさ、自分の信念に基づいてこの記事書いてるんだよな、だったら孫子の代までオマエの影響が出るってよく理解しておけよ」と圧力を与える事が出来る。

官僚にしても同様であり、「この政策を提案したのがこの官僚です、その結果日本の学力が落ちて子供がバカになって2030年の今、日本は発展途上国となりました」となれば、その官僚の子供も決して楽しい人生を送ることはないだろう。

そういう制度を作った上ですべての政策決定や学校教育や現場で公共事業を行う人々に「あなたは自分の信念に従って仕事をしてますか?」と問いかけてみよう。

それが新しいメーデーになればと、つまり労働者が労働組合と言う組織の影に隠れて自分たちだけが美味しい思いをしておいて普段の生活ではまるで立派な紳士淑女のふりをして実はジキルとハイドなみにひどい奴らだという事を理解させて、21世紀は労働者が主体となって「労働者として市民として責任を持ってこの国をよくする」と言うメーデー、つまり権利の祭典ではなく義務の祭典になればと思う今日である。


tom_eastwind at 16:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース