2010年06月

2010年06月30日

中国大使に丹羽宇一郎氏が就任

中国大使に丹羽宇一郎氏が就任

考えてみれば今まで外国に派遣される大使ってのは基本的に外務省の役人だった。これからは民間大使の時代か。

これで海外で公金使って派手な生活して東京から役人や政治家がきたら一生懸命官官接待しておきながら、民間人が助けを求めて大使館の門を叩いても相手にもせずに「ここは君らの来るところではない」と開き直ってたのも今は昔になるのだろう。

ニューヨークで大規模テロ911が起こった時に民間人が日本領事館に助けを求めたらドアを締め切られたと言う有名な話がある。

基本的に大使館や領事館は自国の役人と政治家を接待する為の現地オフィスである。だから民間人が何かを期待して役所に行く事自体が大いなる勘違いである。外国においては日本人は自分で自分の身体を守らないといけないのだ。

僕自身が1990年代の香港で実際に領事館で領事と話していたときに起こった事件など目の前で起こった事だが、まさに民間無視の問題であった。

米国のようにたった一人の米国人が拉致されただけで軍隊が動き、在外領事館では米軍海兵隊がM16で武装して領事館に駆け込む民間人を守る為に戦うなんて事は、日本の領事館では起こりえない。(ホワイトナイトと言う映画、是非観て欲しい。米国人が領事館に駆け込む一瞬の緊張感だけでなく、バリシニコフの踊りも呆然とするくらい凄い)

それどころか北朝鮮から脱北者が集団で日本領事館に駆け込もうとした時などは中国の警察が法律上日本国内である領事館内に入り込むのを許して、彼らの落した帽子を拾ってあげるような腰抜けばかりだ。

駐米大使にも民間の知識人を送り込む話があるようで、これは実現するかどうか分からないが是非とも実現して欲しいと思う。

ただ現実的な面を見れば、この裏にあるのは小沢だ。

国民から選ばれてない外務省が今まで好き勝手に権利だけ盗って一切の義務を取らなかった“外交”を、自分の利益だけの為にやってきた“外交”を、きちんと国民から選ばれた政治家が責任を持って同じ目線の民間人とやると宣言した瞬間だというのが大きい。

日本の21世紀にとって最も大きな外交は米国と中国である。この超大国に挟まれた優秀な脳みそを持つ12歳の子供にとっては、これからの100年をどうやって戦っていくかが喫緊の課題である。その意味でやっと政治家が外交に直接取組むようになった。

丹羽氏の実力に関しては何も語る必要がない。その高潔な人格や能力は素晴らしい。例えば彼がある赤字なマイナー商社の社長になった時、最初に言ったのは「おれは最初の一年は給料不要」であり、彼は毎日自宅から会社まで電車で通ったと言う実績だ。口で言うのは簡単だが、誰が出来るか。

こういう流れが広がって欲しい。


tom_eastwind at 22:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年06月29日

増税の前にやること

★抜粋開始
番号制度は、徴税などの税務、年金の支払いなど社会保障分野に使うことを目的に導入し、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)に新たな番号を付与する形式が望ましいことをにじませる内容となった。政府は国民から意見を募ったうえで、年内に具体案をまとめるが、「導入までには3〜4年かかる」ため、14年度の実現を目指す。
★抜粋終了

いよいよ背番号制度ですね。これでサラリーマンや一般の人々の収入を確実に補足することになる。そして案の定その手段は住民基本台帳だ。

これで一般国民約1億人を補足して個人の税金を確実に取る。
相続税はすでに発表されたように資産家約500万人を狙い打ちにする。
同時に事業仕分けと言うキャンペーンで国民向け大衆演劇を行い、政府が予算削減をしているふりをする。
最後は消費税。

ただ国家が今までムダ使いしてきた政府予算は誰が責任取るんだろう?その議論は全くなされていない。増税する前にやる事があるのではないか?

各省庁がOB対策で作った団体あたりで無意味どころか税金を自分のポケットに入れるのだから泥棒同様のマネをしていた役人に責任を取らせる事は出来ないのか?

民間企業がちょっとでも経理処理を間違ったら鬼のように「税金払え!」と言うくせに、じぶんとこでムダ使いした分は「あ、わたし?わあしは上から言われたことをやっただけです」で終わりってのは、確実に法律が間違っている。

公務員が公務で行った仕事は責任取らなくていいなんてルールが実は大間違いなのだ。けど日本人はルールが好きだから、今回も「あ、そ、公務員は免責なんだ、ふーん」で終わるのだろう。

そして過去何十年にわたってムダ使いされてきたお金のしわ寄せがこれから確実に子供の世代にのしかかる。

いいのか、それで?法律守った結果として犯罪人の使い込んだ金を一般国民が負担するのか?おかしくないか、この日本。



tom_eastwind at 20:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月28日

いそがし・・・

やっと企画書を書き上げた。このおかげで数日はブログ更新も出来ず。

ドロップシッピングと海外販売ネットワーク構築をセットにしたものだ。

考えてみれば20世紀は大量消費の時代で、隣が持っていれば自分も持つという感覚だった。

しかし21世紀になって物質的豊かさや他人と比較することの無意味さが段々と浸透してきて市場は変わった。

楽天は今海外に出て行こうとして経営者会議は英語を公用語とするそうだ。

ここまでは正解である。狭いニホンで何をやっても限界がある。海外雄飛である。

しかし楽天はそのビジネスモデルに日本固有の問題点を抱えている。それは「お客様は神様です」と言う間違った伝説である。

これを捨てなければ世界では通用しない。てかたぶんビジネスモデルが崩壊する。

しかしこれを捨てれば日本国内での販売は出来なくなる。

この矛盾をどのように対応していくか、非常に興味がある。

ぼくは今回の企画で海外から日本を変えていこうと考えてる。おそらくそれが日本がいつの時代も経験したことであり馴染みやすいと思うからだ。

少しづつだけど日本も変化を始めた。良い方と悪いほうが同時に動き出したと言うか、要するに悪い事があまり積み重なると日本人のDNAが自動的に作動して良い方に引っ張っていこうとする力が発生するのだろう。

しかし内部からの変化では変わりえない部分があるのが日本だ。その時に効果があるのがガイアツである。今回の企画を持ってこれからあっちこっちを走り回る予定。








tom_eastwind at 21:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月23日

IFRS

日本では長い間人件費は経費と判断されていた。当然の事だ、社員に払った給料は経費でありそのカネはすでに会社から出て行っているので資産になるわけない。

ところがこれを資産にする方法がある。

例えば何かのシステムを構築する際に社内で作るのではなく外部のシステムエンジニア会社に発注して作らせて、それを公正な価値=人件費+αで買取契約を結ぶ。

すると出て行った筈の経費が会社の決算書上には資産として計上されるのだ。これは減価償却対象となる。

そして+αの部分はのれん代(intangible asset)としてそのまま減価償却しない資産として計上される。

なぜこんな処理が可能かと言えば、ニュージーランドではすでにIFRS(国際財務報告基準)を導入しているからだ。

これを行えば会社の資産を膨らませる事が出来る。つまり減価償却などの利益圧縮手法よりも益出ししやすい手法になる。

もちろん全体を眺めれば資産にならないものがあったりするが、どうやらこのシステムを導入すると全体としては黒字企業が増えるのはすでにこのシステムを導入したフランスなどの例を見てみると分かるようだ。

このように会計とはどのような物差しで見るかで全然答が変わるのだが、現場で実際に物を作っている人間からすれば作った製品の数には何も変わりはないので、現場で仕事をした経験のある人間ほど不思議に感じる新しい会計基準であるとは言える。

ただ日本的会計にも相当グレーな部分はある。例えば決算における株式評価。元々は金融ビッグバンでそれまでは株式は取得簿価で計上すれば良かったのだが、これ以降毎年3月末の時価評価に変わった。

これはまあ何となく納得出来る。何故なら一般個人株主は毎日の株価を見ながら自分の金が増えた減ったと一喜一憂するわけで、銀行もそれと同じでしょってことだ。

ところが日経平均が7千円を割りそうになり日本のすべての金融機関が持ち合い株として保有する取引先の株価が下がったために金融庁はバブルが崩壊して潰せない大企業や銀行を生き残らせる為に「簿価でもいいよ(ほんとはもちょっと細かいけど簡単に)」と言い出した。

その代わり潰れてもいい使い捨ての中小企業は貸し剥がしに遭い追加融資を受けられずにばたばたと倒産したのはつい最近の話である。

これで株式評価損を計上せずに決算を黒字で生き残った大企業は多い。てか、要するに会計なんてそんなもの、さじ加減でどうにでもなるものである。

それよりも企業にとって本当に大事なのはどれだけたくさんの社会に役立つサービス(役に立たない電子旅券申請システムではなく)を提供したか、どれだけの役立つモノ(天下りの受け皿ではない)を生産したかである。

へんてこな時代遅れの財務会計なのに誰も変えようとしないから外からビッグバンという強風が吹いてきた時に一枚岩の対応が出来ずになし崩し的に日本の金融界は弱体化した。しかしその時でも製造業は強かった。何故なら実際にモノを作っているからである。

IFRSが正しい基準かどうかなんて議論をする事自体が何となく無意味だなと思う。と言うのもあれは所詮その時に体制側にいる連中が政府安定のために都合よくいじってる基準であり、何かの真理に導かれた数字ではないからだ。

IFRSはある意味両刃の剣であり、使いこなす事に意味がある。このルールになったからと言って金言のように真面目に考える必要もない。

けど日本人、それも大企業の担当者に限って一字一句の解釈に一生懸命になってしまい、これはどう解釈すべきかとかどう処理すれば正しいのかなんて事に一生懸命になっている。

こういうものに何が正しいって事はない。こういう時は原点に戻り、誰がこのルールを何故作ったのかを考えれば良い。何故なら大体ルールを作った奴が自分に一番有利に作っているのだ。

そしてルールを作った奴の関連している企業の会計と同じ方法を取り、更にどう使えば当社に有利なのかってやれば一番効果的にIFRSを利用出来る。けどそんな戦略的発想は出てこないだろうな、例え企業内会計担当者が会計処理の解釈の違いで不正処理で逮捕されても。

ただ会計担当者が自殺しなくて済む様に言っておけば、気にするなあんなのは不正でもなんでもない、不正とはそもそも人の道とかで正しくないって意味であり、たかが最近導入された、それもルールを作った人間にのみ有利な仕組みになってる決まりごとを解釈の違いごときで何を正義の剣を振り回して偉そうなことを言うなと言い返してやれ。

IFRSの導入されたニュージーランドで2010年6月7日発行の日経ビジネスの「IFRSが壊す日本的経営」と言う過激な記事を読みながら思ったこと。




tom_eastwind at 15:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月22日

Greater Auckland ? Greater Osaka ?

ed6a7b0a.jpg大阪の橋下知事が欧州訪問を終えたらいきなり記者会見で「すぐに大阪を改革せねばならん、グレーターロンドンのようにせねば!」と吠えてた。

ニュージーランドでは弁護士とは実務ビジネスマンと二人三脚で活動する法務ビジネスマンだと解釈されている。だからあんまり正義をぶってどうこうは言わない。

何故なら法務ビジネスをやる限り正義なんてあまり関係ないってか、法律をうまく利用して自分に正義があるとして自分の利益を優先させて金儲けしているって分かってるからだ。

日本ぐらいのものではないか、何もしなくても自分は正義によって助けられると本気で思い込んでいるのは。西洋社会では正義は常に勝者の下に跪く。

例えば南島で真面目に牧場やってる中年夫婦からある日突然彼らの土地を巻き上げるときも辣腕弁護士が書類を作って郵便で送って夫婦を「不法占有者」として追い出すのだ。じゃじゃ^ん、武装した夕陽のガンマンは正義の味方。

だから南島ではオークランドでネクタイをしてる、特に手の白い連中はあまり好まれていない。

それに対して橋下知事は白い手だけど元弁護士として正義の味方を演じているその発言が受けているから今も結構大阪の人々には人気があるようだ、あれをまさか漫才と思っているのではあるまいから。

ところでこのグレーターロンドンだが、実は今オークランドも同じような計画が進んでいる。こちらは名称もそのまんま「グレーターオークランド」である。

元々オークランド市は正確に言えばシティ周辺であり、南はマヌカウ、西はワイタケレ、北はハーバーブリッジを渡ってすぐのノースショア市に囲まれている。こういう人口全部をあわせて140万人と言う言い方がされている。

しかし行政上はそれぞれ別であり南は空港地区のマヌカウ市から北はノースショアまで、南北の距離で大体70kmくらいあるかな、かなり広大な土地である。ちなみにオークランドは東は南太平洋、西はタスマン海に挟まれているので地図で見れば真ん中をへこました糸巻きみたいな形をしている。

行政は別なのに高速道路は南北東西を横切っていたりするから行政上の調整が難しかったんで、今般正式にグレーターオークランド計画が提案され、現在はどこの市長がグレーターオークランドの市長になるかでほぼ選挙戦状態。

今までの下馬評ではマヌカウ市長のレン・ブラウンが一位だったが先週のマヌカウでの演説の際のマオリぽいアクションが不評を買い、今週はオークランド市長のジョンバンクスが数%有利になっている。

誰が勝つかは別にして今回の目的はすべての市に影響を与える大きな問題はグレーターオークランド市長の判断となり、それ以外は地域別に判断が出来てその地域に合った行政サービスを提供することになる。

オークランドでは地域によってゴミ捨て袋が全く違うし回収曜日も異なる。最初はとまどったものだが長く住んでみると地域別にサービス内容が違っても良いではないかと思うようになった。

例えばマオリの多い街ではマラエ(マオリの集会所)は教会より多くても当然だろうし行政サービスもマオリの好みに近くなるのも当然だろう。つまり同じような人々が同じ街に住む事が何となく自然になり、同じような人々が集まってくるのだ。

ワイタケレでもインド人の多いエリアでは彼らに合った行政サービスを提供するから自然とインド人が集まりやすくなる。そうなるとその地区では豚肉は売れないわけだから中華料理のテイクアウェイはノースショアのノースコート地区あたりに引っ越すだろう。

たくさんの税金を払う移民が地域が多いノースショア市では小学校の設備が良くなりその結果子供は賢くなり大学進学率が高まるので子供を大学に入れたい親たちが集まる。

あれ?てーことはこのシステム、行政による人種隔離政策みたいな面もあるのではないか?マヌカウ市は元々マオリやアイランダーが多いから彼らに手厚い行政サービスをすれば他の地区のマオリもマヌカウに住むようになる。しかし彼らは教育にあまり興味を持たないから必然的に学校のレベルは下がる。

するとマヌカウ地区に昔から住んでた子育て時期の白人は住み辛くなって必然的に白人の多いノースショアに引っ越すだろう。

その結果としては地区ごとに完全に違った階層に分かれてしまい、、、おお、もしかして人種隔離の超得意な英国の血を引くニュージーランドでも今回のグレーターオークランド計画は10年単位での人種隔離政策の一環ではないか、なんて勘ぐってみた(笑)。

写真はLenBrown、Manukau市長である。



tom_eastwind at 18:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月21日

キーウィサッカー

dddc8f83.jpg今日のニュージーランドヘラルドは南アフリカで開催されているサッカーワールドカップで強敵イタリア相手に引き分けに持ち込んだオールホワイトの善戦を褒め称えた記事で一杯だった。

僕はサッカーの事はよく分からないが、それにしてもこの国の人々のスポーツ好きは見てるこちらがはらはらするくらいだ。

以前にラグビーの国際試合が英国、フランス、南アフリカ、オーストラリアなど強豪を集めて行われた際に何気なくシティのヴィアダクトにあるスポーツバーの前を通ると、大の巨漢たちが体を揺らしながらビールを振り回して大騒ぎであった。

そのバーでは対戦相手国も応援してたのだが(どこだっけ、英国のどっかだ・・・と記憶薄い)、後半で段々試合に決着がつき始めると、まさにバーの中に流れる空気が剣呑になってきたのである。

週末の夜、男たちと酒、敵同士、この状態であのバーの中では物凄い火花が散っていたのはしっかり記憶にある。

今回5月にロンドンに行ってある地元ビジネスマンと仕事の合間に世間話をした。
「そういえばもうすぐ夏だよな、地元のロンドンっ子は近くの公園で短い夏の太陽の光を浴びて楽しむんだろうね」
と聞くと彼は半分笑いながら、
「今年?この街はゴーストタウンになるよ、だって皆南アフリカに行くからさ。普段でもこういう連中は夏の間のフットボール(サッカー)をテレビがやっている時は太陽の下にいないもんだ」だって。

サッカーをフットボールという事も、更によく働くイメージのあるシティのロンドンっ子でさえもフットボールの魅力にとり付かれているのがよく分かりました。

あ、そういえば今日のローカルニュースではメディアがフットボールと言わずにサッカーサッカーって言ってたな。

ニュージーランドでも特にオークランドは土曜の夕方に地元でラグビーの試合がある時は人々の流れが見事なまでに変化する。すべての道はイーデンパーク(ラグビー場)に続くといった感じだ。

球技にはあまり興味がない自分は日本にいる頃夏場の屋台でかかるラジオの野球中継がうざくて嫌だった。てかラジオ解説とかそれを聞いてる親父連中の理屈がうるさかった。が、キーウィのスポーツ好きは何てか理屈抜きに楽しくて良さそうだ。

失敗を恐れないキーウィは(てか失敗の怖さを習ってない)どんな相手でも平然と攻めていく。普通に考えれば負けるだろうって状況下でも突っ込んでいくのがこの国の国民性である。

第一次世界大戦では負け戦と分かっているガリポリの戦いで数千人の死者を出しながら退却の最後の日まで戦い続けたキーウィ。

サッカーワールドカップではどう考えても格上のイタリア相手に引き分けに持ち込んだ。少なくともオールホワイトには「怖くて体がすくむ」と言うことはなかったのだろう、それも「引き分け」の一因かもしれない。

負けるはずのない格下相手になめてかかったイタリアと、ものおじせずに恐れずに突っ込んでいったキーウィチーム。

こういう事が起こるから人生は楽しいんですな。


tom_eastwind at 18:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月20日

全日空が格安航空会社を設立する

ニュージーランドではすでに格安航空会社が台頭しているし世界的な傾向であるから、国土交通省あたりが「やば、このままだと他の国の格安航空会社に客を取られる。JALはくたばったからANAにやらせよう」と言うことであろう。

格安航空会社は機体がぼろっちいとか整備不良と言うわけではない。整備はちゃんとした航空会社に委託するので普通の航空会社と同じレベルで整備される。ただあまり食べもしない食事や無料のアルコールなど不要なサービスを出来るだけ省いて原価を下げたってことだ。

元々航空会社は各国の旗を付けて飛ばす国策として作られて来た経緯があり、要するに国土交通省の天下りを受け入れたり政治の都合で作られた赤字空港で現地対策に費用を使ってみたり、要らん費用が山ほどかかっていたわけだ。

その上にこれは阪急電鉄のコピーだけど、1980年代に自社の飛行機が飛んでる都市で高級ホテル経営を手掛けて、これが初期投資が大きい上に全然別世界の経営なものだからなかなか黒字化できないままにこれも本体経営に影響を与えた。

飛行機の運賃は元々がIATAという世界の航空会社で組織されたグループによって設定されており、勝手に安くしたりする事は出来なかった。だから逆に言えばある程度は儲かる素地があったわけだ。

ちなみにこの運賃計算なんだけど、非常に複雑に出来ており旅行会社の社員でも普通の営業さんでは到底計算出来ない特別な世界であった。

しかしこれは裏を返せば世界の航空会社による談合であり航空規制自体が各国政府による談合だったのだから、そろそろ世界もオトナになったんだから航空自由化しようねとなり、運賃や路線をある程度自分で決めることが出来るようになった。

だから要らん費用を削ってゼロから会社を作ればこれだけ安い料金で飛行機を飛ばすことが出来ると言う分かり易い例である。飛行機は決して高い乗り物ではないのだ。

もちろん飛行機に乗る目的は人によって違うだろう。バッグパッカーで旅をする若者からすれば1万円でも安いほうが良い。しかし飛行機に乗ること自体を楽しみにしたければ、その時は普通の航空会社のサービスの方が良いかもしれない。

これはもう本人の選ぶ事であるが今までは選択肢が「普通の航空会社」しかなかったのでこれから選択肢が増えるのは旅をしたい人々の心を刺激してくれる。

また、旅行のパックツアーの原価の8割は航空券代でもあるわけで、この格安航空会社をうまく使えば旅行業界にとっても大きな利点となるはずだ。

10年近く昔だけどワーホリチャーターってのを考えてみた事がある。ワーホリは例えば豪州には年間9千人、NZには年間4千人来てた。

でもってワーホリの出発日は日曜である必要もないのだから、毎月1回チャーターベースで350人くらいの中型機を成田から関空経由でケアンズ、ブリスベン、シドニー、オークランドと飛ばせば良いではないかと提案した事がある。

「ばっかじゃないの」と軽く一蹴されたが、今でもあのアイデアは良かったと思うんだよね。


tom_eastwind at 11:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月19日

次の出張

来週末から日本出張なので各地での面談予定を確認しながら出張に持って行くものを整理している。

僕の場合売ってるものが「移住情報」なので説明会をするにしても紙に書いた資料をお渡しするだけで、後は話をして説明するのみだ。

こうなると胡散臭く思われないようにまともな格好で人と会わねばならない。売ってるものが冷蔵庫とか洗濯機ならジャンバー着て説明するほうが良いし、第一説明が少々下手でも商品さえ良ければ購入してくれる。

けれど僕の場合、「僕のいう事を信用してください」しかないので、なので最近はスーツで仕事をするのだけど、元々はジャージや運動靴で仕事は出来ると考えてた。

けどやっぱり人は見かけが8割以上、ぼくにとってのスーツとネクタイは働きやすい作業着と同じ意味を持つ。だもんで日本に行くときはスーツ2着持っていき、ホテルに着くとすぐにプレスに出すようにしている。

けどやっぱり本当に大事なのはどこで誰と何をテーマにして話をするかである。平日だと出張先の面談予定を全体的に眺める事が出来ないので週末に頭の中でシュミレーションをしながら、ここであの人に会ってこの話、この国ではこの人と会ってあの話、両方の共通点は何かなどをまとめていく。

そうやってると、どうやら今回の出張は今までの中で最も移住に関する説明時間が少ないって事に気づいた。

そろそろ仕事の主眼が変化し始めてると言うことなのだろう。次に来るビジネスは何か?たぶん今回の出張で一定の答が出るだろう。

全く未知の新しいビジネスに飛び込む時のどきどき感は、今回は特に係わってくる人が多いのでかなり息苦しくもある。しかしそんな事は言ってられない、前進あるのみだ。






tom_eastwind at 21:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月18日

狩猟民族

昨日は久しぶりに取引先の地元のビジネスパーソンとの昼食。久しぶりって意味は、彼と会うのが数ヶ月ぶりだって事とシティでお昼ご飯を食べる事が数週間ぶりだって事。

お昼ごはんを食べると眠くなるし、それよりは朝早くから昼飯抜きで午後2時頃まで一気に仕事してとっとと家に帰って夕飯食って早く寝るスタイルに切り替えたので最近はあまりお昼ご飯を食べる事はない。

香港生まれの奥さんからすれば飯を食わないなんてのは言語道断のあり得ない判断と思われている。広東語で朝や昼の挨拶、日本で言う“こんにちは”に一番近いのは「セッチョウファンメイア?」である。

これは「ご飯食べましたか?」と言う意味である。お返しに「セッチョウファンア、ンゴイ」と返すのだが、これは「はい、ちゃんと食べましたよ、ありがとう」となる。

それくらい「食べる」と言うことが生活の根幹にある(ある意味当然だが)人々からすれば僕のように「食べない」人間と言うのは理解しづらいどころか、こいつ病気じゃないかと思うようである。

しかし肉体的には至って健康である。

20年前のスーツが今でも着られるしタバコも吸わないし、ストレッチングも毎日やっている。たぶん食事をする際の消費効率が無茶苦茶良いので一日二食でもOKなのだろうと思っている。

まあそんな事は本題ではない。今日会ったビジネスマンはホークスベイを中心とするmaori族のボスの一人であるが、彼がまた新しいビジネスを作ったのでうちで販売してくれないかと言う話。

そういう話なら悪くはないと思いネタをいろいろと聞く。すると話の流れで世間話になったのだがその時に突然、「おい、日本の良い言葉を最近知ったよ」と言う。

何のことだと聞くと、「魚を毎日配るのではなく魚を取る方法を教えるのが正しい教育だ」ってこと。

俵百俵の改訂版ですなと思いながら、ほう、ずいぶん良いとこを指摘しているよね、まさにその通りだよねって話になる。

何故彼がこんな話を始めたかって言うと、先にこっちが「現在のような白人支配のニュージーランドは近視眼的なマオリの甘えが生んだのだ」というネタをふったからだ。

白人支配のうまいところは、アフリカ支配でも同じだけど、彼らに支援とか援助とか、名前は適当に付け替えながらも絶対に彼らに生産手段を持たせない、つまり奴隷のままに支配する仕組み作りである。

餌を目の前にちらつかせて内部分裂させて生産手段を持たせない政策によってアフリカは分断された。今の中東諸国でも同じである。国境の線の引き方を見ればあれが民族分断の手法である事は少し歴史を勉強すれば分かる事である。

マオリもこれと同じ手法で尚且つ狡猾にやられたものだから今だもって失業率は10%以上であるし若者がアル中や薬物中毒に陥っている。

白人によって表面的には白人もマオリも平等な扱いを受けているものの、精神的に強くないマオリは教育システムの中でオチこぼれるように仕組まれており、その事にマオリ自身が気づこうとしない。

「だから、魚と言う利権だけ貰って毎月お手当を貰うけど肝心な生産手段を持たないからMAORIはいつまで経ってもオトナになれないんだ。まさに日本の諺通りで、おれたちは魚を毎日あてがってもらうだけの立場になってしまった。おれは絶対に魚を取る機械を自分の手にしたいんだ」

彼はマオリ(まりおではない)として生まれ育ち若者の頃はずいぶんやんちゃをして今もかなりやんちゃではあるが、その血筋はかなり立派であり現役のマオリ国会議員ともオレオマエの関係である。

「おお、この前まで移民大臣してたあいつね、あいつとは子供の頃から魚釣りしてたよ、うん」みたいな感じである。

彼も今のマオリのだらしなさに不甲斐無さを感じているが彼自身マオリの持つ心の弱さをよく理解している。だからこそマオリに対する教育をどうにかしなければと常日頃思っているし、機会があるたびに周囲にもその事を訴えているがなかなか前進していないのも事実。

それにしても白人の支配方法ってのはたいしたもんだといつも思う。本当に彼らの場合、冷徹に相手を見抜いて個別に分断させてから叩き潰しにかかるから、生半可なやり方では勝ち目がない。

日本人は限られた場所で限られた材料を使って最高のものを作り出せるが、肝心の場所と材料はすべて英国製であるって感じかな、とにかくPCの世界でもインターネットの世界でもその発想とか最初にOSを押さえる上手さと言うのは彼らに敵わない。

しかしそんな事ばかり言ってたらいつまで経ってもやられっぱなしだ。マオリの彼と日本食を食いながらニュージーランドと言うアウェイだし白人の実質支配する土地ではあるが時には彼らに「おお、やるね」と言わせてやりたいな、日本人としての存在感を出していこうと思った。


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2010年06月17日

チェイス 国税査察官

2414c4a1.jpg「パパもう一回乗りたい、パパ100円ちょうだい」

江口洋介が主人公で国税査察官の役である。

久しぶりのNHKだけど、おお、NHK,復活したよねって思わせる実にがっちりとしたドラマである。

矛盾。警察と国税のやってるずれ。国と国の駆け引き。どこにも真実は存在しない。あるのはその時の力関係だけである。

そんな事を分かりながらも自分が正しいと思う道を歩く主人公。

ある会社の株を買う。その後株価を下げる。相続をする。そして株価を上げる。これは堤義明の親父がやった手法だ。

50円で買った偽のダイヤモンドを持ち出して外国で100万円で買ったダイヤモンドを持ち帰る。誰がやったか言いたくない。

他にも海外を使った様々な節税方法から脱税方法まで、おいおい、ここまで具体的に書いてよいのですかって思うくらいに結構踏み込んで書いている。

実際に海外で生活をしていろんなことを現場で学んでいる人間からすれば「あ、この脚本を書いた人の情報は2年前のだね」てのが分かるけど、それにしても素人さんがよくここまで書けたなってびっくりすると同時に、よくもまあNHKがこんな番組放映を許したもんだと、その方が歴史的びっくりである。

これはもしかして本当にNHKが国民の番組として変化しようとしているのかな、もしそうだったらすんごく嬉しいし、どっかの度外れプロデューサーの一発勝負だったのかもしれないけど、やっぱりNHKだよね、画質も内容も民放とは全然違う。

こういうのを見ると、ああやっぱりぼくも日本人なんだなって思う。日頃ぼろくそに日本の事書いてるけど、やっぱり日本daisukiなんだよな。その日本を代表するNHKがこれだけしっかりした番組を作ってくれることがとっても嬉しい。

面白かったのは、何故か日本語を分からないりょうまくんまで一緒に見てて、落しどころになると必ず「ねえ、お父さん、今この人なんて言ったの?」と聞きながら一生懸命に画面を見てたことだ。うれしいな、龍馬君、早いとこ日本語勉強しようね。

それにしても江口洋介、いつまで経っても“あんちゃん”のイメージだよな。他の連中がやっても臭いだけの演技が、江口だけは何故か絵になる。

江口だけでなくこの出演者たち、皆さん役者ですな。NHKだからって事もあるのかもしれないけど、演技の気合の違いかな、それとも監督の腕の良さで見事に役者をまとめることが出来たのかな、とにかく誰一人として外さない演技だった。ほんとに久々にはまって見てしまった一日。日本人でよかった満足。


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2010年06月16日

キャッツ株価操作

キャッツ粉飾:会計士の有罪確定へ 最高裁
 害虫駆除会社「キャッツ」の粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)に問われた公認会計士、細野祐二被告(56)に対し最高裁第1小法廷は5月31日付で、上告を棄却する決定を出した。懲役2年、執行猶予4年とした1、2審の有罪判決が確定する。細野被告は一貫して無罪を主張していたが、白木勇裁判長は「虚偽記載を認識しながら適正意見を付しており、元社長らとの共謀が成立する」との判断を示した。
1、2審判決によると、キャッツと監査契約を結んでいた細野被告は、元社長=同法違反で有罪確定=らと共謀。元社長が仕手筋に渡った同社の株を買い戻すために同社から60億円を借り入れたことを隠すため、02年9月期の半期報告書と03年3月期の有価証券報告書に虚偽記載して関東財務局長に提出した。【伊藤一郎】

6月1日の記事なので新聞とは言えないが、これだけ見れば誰も細野と言う会計士が悪い事をしたんだな、だから捕まって最高裁でも有罪になったんだなって思うかもしれない。

けど彼が上告中に書いた本を読んだ僕としては、またも検察及び司法による国策捜査かいって感じ。本人も周囲の人間も皆彼のために証言をして彼が正しい事をしたって言ってるのに、事情を知ろうともしない検察は自分の書いた筋書きを通すだけの為に無実の人間を罪に落す。

一体日本はいつからこんな国になったのだろうか?

もちろん警察だって裁判所だって間違うことがあるから、今だって再審請求があるのは分かっている。けど経済事犯のこのような場合、バカが経済を理解しないままに筋書きを書きまともな人間を捕まえて犯罪人に落としこむ、このシステムがどうしても理解出来ない。

バカはおとなしくしてればよいのに分かりもしないままに人を犯罪人扱いする。バカどもが人間の気持ちを理解出来ないままに大学を卒業してバカに囲まれて誰にも何も言われない状況で権力を持っているからこのような無法な結果が出るのだ。

彼らバカ集団からすれば、「オレ様に逆らった、生意気に本まで出した、それが犯罪だ!」くらいの勢いなのだろう。

しかしそれは間違いである。絶対的な、認めてはならない間違いである。この細野祐二氏の書いた本を読んで検察の訴えの内容を読んで、そして普通の頭で考えれば、どう考えても無罪である。

検察からすれば自分の書いた筋書きに逆らう人間はそれだけで許されない存在であり、逆に言えば権力にぺこぺこする蛆虫どもこそがこの世で正しい存在だと思っているのだろう。

しかしまあ、それをまともに新聞記事にして検察批判をしない新聞って一体なんだ??まさに権力側のスピーカーでしかない。

まさに日本はまともな人間の住める国ではなくなった。今日は思いっきり気分の悪い一日だ。



公認会計士vs特捜検察公認会計士vs特捜検察
著者:細野 祐二
販売元:日経BP社
発売日:2007-11-15
おすすめ度:4.5
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tom_eastwind at 08:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZの不動産および起業 

2010年06月15日

消費税2

コピー開始
“とにかく、働いても働いても楽になれない世帯をこれ以上苦しめないでください。

私は「バブル崩壊」時にリストラされて以来、有限会社なのに「社会保険にも雇用保険にも労災にも加入の義務はない」と言い切る経営者のもとで10年働いて、「社会保険に入ってほしい」と言った途端に辞職を余儀なくされました。

今はタクシーに乗ってます。月手取りは16〜7万あればいいほうですが、月総収入は25〜6万あることなってます。扶養控除が無くなってただでさえ苦しいのにこの上消費税を上げられたらどうやって生活したらいいですか?

妻は難病で、心臓に負担をかけないために運動の一切を禁じられており24時間酸素吸入が欠かせない障害者です。本人は働きたいと言ってますが、もし働きに出れば命にかかわります。幸い福祉制度のおかげで、妻の医療費が掛からないことと貯金を切り崩すことでなんとか生活している状態です。

妻の両親は要介護の状態で、私の両親も高齢です。私自身、老後の生活資金としての蓄えも使い果たし、年齢も50を越えて、心細い限りです。せめて日用品や主食、贅沢でない食費は非課税にならないでしょうか。今まで30年間働いてきたうち、10年間分は国民年金しかもらえないため、老後の生活も苦しいことは決まったようなものです。
Posted by おいちゃん at 2009年10月18日 19:49
★ コピー終了

小飼弾の404BlogNotFoundと言う有名なブログの消費税に関するコメント。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51308484.html

二日続けて消費税もどうかと思ったが、このようなコメントを読むたびに思うのが、「だからこそ消費税でしょ」と言う気持ちだ。

何で子供が親の面倒を自費で見なくてはいけないのか?何で生活が苦しいのに国から手当てが出ないのか?何故タクシー会社の給料が安いのか?

それは国にお金がないからであり、そのお金を集める手段として税金という手段があるのだ。彼の場合は奥様の医療は国家の福祉で賄われているようだが、それだけでもたいした制度だと思う。

中国の山の中やアフリカに行けばそんな制度さえ存在しないし貧乏人は野垂れ死にするしかない現実がある。

では国家は何故存在するのか?それは相互扶助精神を具体的に実行する為の事務組織であり、国民からお金を集めてそれを適正な場所に再配分する為である。つまり国家自身はお金を作る能力はなく、あくまでも再配分しか出来ないってのが根底にある。

つまり誰かが何らかの形で応分の負担をしなければコメントの方のように50歳になっても将来の不安を感じるようになるのだ。

では応分の負担をするとすればどこから取るかと言う問題になる。ここで考えるべきは、金の卵を産む鶏と金の卵のおかげで生活出来る人々の関係だ。

以前も書いたが金の卵を産む鶏を殺せばその場では満腹するだろうが将来的に誰も金の卵を産まなくなるから必然的に現在よりも更に悲惨な生活に追い込まれるのは単純に分かることだ。

つまりお金を稼ぐ能力のある人を潰すような税制にすれば国家自体が衰退すると言うことである。それは法人税でもすでに多くの企業の社長が述べているが、これ以上現在の法人税が続くなら日本から出て行くと明言していることでも分かる。

日本人だから日本に残りなさいなんて命令も出来ないし、出て行く人に非国民と叫ぼうと、彼らは言うだろう「おれはオマエには付き合えない、変化もしようとしないお前こそ日本人の面汚しだ」。

所得税も同じであり、カネを稼ぐ連中はそれなりに(小役人や組合活動家などリスクなしにカネだけ分捕る連中は別にして)リスクを背負って夜中まで働いてお金を作っているのだ。そのリスクを取る人々に対してノーリスクでカネを奪うようなマネをしてみろ、誰がこの国で納税なんかするかって気持ちになって当然である。

だから誰にでも納得出来る税制なんてありはしないし、誰かが応分の負担をしなければ社会は成長しないのだから、その意味で消費税は逆進性があるとか貧乏人に不公平とか言いながらでも少なくとも全員が、遣ったお金の分だけ負担するのだから他の税制よりは我慢が出来るのだ。

だったらお金をもっと印刷しろって理屈もある。しかしそうやってお金が天から降ってくればインフレが起こる。そうすれば彼らの生活はもっと大変になる。

消費税12.5%の国で20年近く生活して香港のように殆ど税金不要の国で6年過ごしてその国の人々と話をして人々の顔を見てきた人間として、現実的に日本が取る手段は消費税を10%にする事であろう。

そして昨日も指摘したが、大事なのはそのお金が正しい場所に使われるようにする事である。単純に消費税を上げてそれで終わりではない。無駄なことに使わせない国民の政治参加であり、それこそが冒頭のタクシー運転手のような人々の生活を安定させる手段なのだ。

東京では仕事の都合もあり移動はタクシーをよく使うのだが、車内では出来るだけ運転手さんと話をしないようにしている。何故なら自分が子供の頃に貧乏な生活を経験して、相手の話を聞くと他人の話とは思えなくなりこっちまで涙腺がゆるむからだ。

僕が外国生活をして客観的に日本を見て言えるのは、逆進性とかどうとかの細かい理屈を並べて目の前で貧乏をしている人々を救おうとしない金持ち連中の議論に付き合っててもきりはない、とっとと増税してくれってことだ。

消費税導入を嫌だという人は感情的にはよく理解出来る。これ以上の増税をされたらたまったものじゃないって気持ちは分かる。しかし消費税は内税にすればすぐに慣れる。消費税12.5%の国で毎月たくさんの税金を払っているぼくが言うのだから信用してくれないだろうかと言いたい。

どこから税金を取るかを議論している間にもお腹を空かせている子供は社会に対する反抗も出来ないまま苦しんでいくし、病気になっても病院に行けない子供は痛みを抱えたままどうしていいのか分からないままである。無駄な議論を並べるよりも今目の前で苦しんでいる人を救うほうが余程大事ではないだろうか。


tom_eastwind at 12:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月14日

消費税

95efec52.jpg消費税

日本人の消費税に対する反対意見はしょっちゅう耳にするが、ニュージーランドでは12.5%の消費税を15%に上げると言ってもそれほど大きな反対意見は出てない。英国やカナダに行けば消費税はもっと高い。

日本の5%が高いかどうか、これはあまり議論する必要のない点だと思う。5なのか6なのか7なのか、これは技術やである役人が綿密に計算して算出すればよいところだ。

大事な点は、国家の運営は国民の参加と納税によってしか成り立たないと言うことであり、あれはいやこれはいや、けどあれもこれも欲しいという子供じみた議論では何も前進しないし、むしろそれは他国による経済的支配を受けかねない危険な道筋になるという事だ。

目の前に働けない老人がいる。彼が飢え死にするのは問題ないのか?彼が青いテントで寒い東京の冬を過ごすのは問題ないのか?

子供が病気になっても保険を払ってないから医療を受けられない、それは問題ないのか?

自分に関係なければ他の人のことはどうでも良いのか?

社会とは参加者全員が相応の負担をしながら万一の時に助けてもらう相互扶助の仕組みである。そうでなければ全員が森に戻って毎日動物の襲撃に恐れながら木の上で生活をすれば良いのだ。

木の上の生活は嫌だけどお金を払うのも嫌、他人が困るのは良いけど自分が困るのは嫌、そんな理屈が通るわけないでしょう。

必要な金は皆で拠出する。その上で使用方法についてはきちんと皆で話し合う。そういう全員参加型社会ではないから消費税値上げいやだと言う議論になってしまう。

政府のお金の使い方は気にしないくせに払うときになるとうだうだと文句ばかり言うようでは他国にバカにされても仕方ない。

ふざけんな、政府のお金の使い方は気にしているし、おかしいときは文句を言ってるという人もいるだろう。しかしそれさえも、じゃあ諫早干拓や長良川堰などの利権がらみの時はどうだったのか?

結局長いものには巻かれろ的に自分が社会に参加する意識もないままに、そこに生まれたからそこで生活をしていると言う程度の認識しかないから、要するに国民がいつまで経っても社会に参加していると言う認識がないから税金の使い方には何も言わないのに払うときだけ文句を言うという変てこな仕組みになっているのだ。

これはまさに16世紀頃の中世欧州や日本と同様の“領民”であり民主主義の下の市民ではない。自分の位置付けを都合の良い時は“市民”と呼んであれくれこれくれと言ってるくせに都合の悪い時は“私は領民ですから”と開き直るのはご都合主義ではないか。

消費税は堂々と値上げすれば良い。実際に12.5%を払っている側からすれば最初から内税なので大した痛みは感じない。日本のように外税表示をするから税金を感じるだけであり、あれは内税にすれば感覚として痛みは大幅に減る。

例えば99円+消費税5円と表示されていても内税になれば同じものがそのうちに99円になる。販売側がいずれ消費税を込みの表示にしてしまうからだ。

だいいち皆が自動車で高速道路を走っている時に1kmごとに「あ、おれ今ガソリン代のうちいくらの税金を払っているんだ」とか考えないでしょ。

つまり目の錯覚なんだけど、あまり痛みの感じないところで課税をしてその税金で青いテントに寝てる人が普通のアパートに住めるようになればいい、ちっちゃな子供が自分は健康保険に入ってないからと親に遠慮して病気になっても病院にも通わない、そんな現実を解決しようとしないままに消費税反対って言うのはどうかな。

払うものは払う、しかし使い方にはきちんと責任を持って意見をする、それが全員参加型の社会だろう。


tom_eastwind at 10:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月13日

やる気の問題

4073c88e.jpg6月10日の池田信夫ブログで書き込まれたコメントが面白いのでそのまま掲載。

ブログ自体は「日本の税問題をどう見直すか」と言う本の批評であり、テーマは新内閣が取り上げる税制のあり方についてである。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51431345.html

池田信夫は冷静に普通にこの本に書かれた税制について分析しているのだが、そこに色んな人が書き込みをしている。そのコメント欄で所得税最高税率の引き上げが語られて、それに対する反論が下記である。


所得税最高税率引き上げを主張する人がいるのは心外ですね。 所得税の最高税率を上げたら絶対に日本から出て行きます。

今でも検討中ですが、税率引き上げは迷っている私に決断させるでしょう。 多少不便でもネットでいくらでもやりとり可能なので、会社組織に縛られない人はみんなそうすると思います。

最高税率を引き上げたら、企業におんぶ抱っこの人以外の税収は望めなくなります。 私のような無名な人間が何書いても説得力がないのでユニクロの柳井さんの言葉を借ります。

国にお金がないのに、国民に分配ばかりしていると、将来、日本は潰れる可能性があります。国民も、国からお金をもらうことばかり考えているようでは、おしまいです。 一生懸命働いて税金を納める人が敬意を払われるような社会にしていかないといけない。今の日本は税金を払わない人のほうが、声が大きい気がします。それはちょっと違うのではないでしょうか。

つまり所得税の最高税率引き上げというのは税金を払わない人達の大きな声に過ぎません。 日本は現在でも世界で4番目に最高税率の高い国です。

相続税世界一、贈与税世界一、法人税世界一、これに所得税も世界一になったら日本はますます衰退することでしょう。

これ以上税金上げられたらリスク取るのもバカバカしくなってきます。私はモルモットになるつもりは更々ありません。


まさにこのコメントの通りの事が今起こっている。

移住ビジネスを扱う当社へは年間で1000件近い問い合わせが来る。

30代の人々は子供の教育と将来の日本への不安、40代後半から50代前半の方は明確に税金の使途と社会のあり方に対する怒りである。

本来は自民党が吸収すべき“自分で働いて稼いで納税する人たち”の意見が採用される機会は民主党が政権に就いている限り見込みは薄いだろう。

今の民主党が元々労働組合の票で支えられており特に日本の官公庁系の労働組合=日教組などがいかに働かずに自分たちだけが楽をして子供に教える時間を短くして自虐反日教育や間違った歴史や使えない英語を教えているかを見れば、そしてそのような連中が民主党を支えているのを見ればまともに働く人たちの将来がないのは目に見えている。

今の労働組合の発想でいけばすべての経営者は略奪すべき支配層であり経営者がいなくても日本人が働かなくても国家経営が出来る世界が正しいと本気で信じているわけだ。

が、誰も働かなければ国家の収入はなく、そうなると食料を外国から買う事も出来ないし石油を買う事も出来ないし世界に相手にされなくなってアフリカの地下資源の取れない三流国に成り下がるのは目に見えている。

しかし下級役人や組合幹部どもの考える事は“自分が楽できればいい”だけなので彼らに国家観はなくひたすら目先の自分の給料と生活だけなので、今この国で頑張って一番働いている人々を食い物にして少しでも先送り出来ればよいとしか考えていないのだ。

要するに明日の金の卵を産む鶏を絞め殺して今日の夕食のおかずにしているだけなのだが、下級役人にはそれが分かっていないからどうしようもない。

まさに今の政治の方向性は、やる気のある人々からやる気を奪い、やる気のない方が得になるようにして国家全体を沈める沈没戦略である。

しかし、上記のコメントで税金の問題を書いた人も下級役人のバカぶりまでは理解しているがその先の上級役人に対する読みはあまりしていないようである。

下級役人がどれだけバカでも実際に国家の舵取りをしているトップクラスは決してそこまでバカではない。では何故政治家や官僚のトップクラスがこのような事態を放置しているのか?

実はそれは放置ではなく意識的にやっているとすればどうだろう。日本国内にいると非常に理解し辛い事実であるが、外国で生活をして外から日本を見ていると実によく分かる。

日本は敗戦国となった瞬間から米国の奴隷になったのは少しでも歴史を勉強すれば分かることで米国は日本を相手に儲ける為に毎年さまざまな要求をしているのも事実である。

同時に中国は敗戦によって軍備を解かれた軍隊のエリートなどを中国に抑留して共産主義で洗脳させて彼らを優秀なエージェントとして日本に送り返したのも歴史的事実である。

中国からすれば日本は優秀な子供だけどほっとくとすぐに力を付けて調子に乗って自国に乗り込んでくるやんちゃ坊主である。米国からすれば東洋の中でも一番読めない考え方をする国でありながらその団結力の強さは充分理解している。

なのでこの両国家からすれば日本が適度に弱ってもらって団結力をなくしてもらい、どちらかの属国になってもらうのが一番良い。

どっちの属国になるかは米中の力関係で決まる事になるだろうが、いずれにしても日本には弱ってもらうのが得策なので、そこまでは米中で仲良く日本を弱らせましょうと言う魂胆である。

ええ?そんなことを本当に米国とか中国が考えているの?そんなのあるわけないじゃん、一つの国を他の国が弱くするなんて〜と思っている人が日本に多いのは知っている。

けれど外国に出て国家政策の冷徹さを理解して世界の歴史を勉強してみると、優秀な国家は50年単位の国家政策を貫いているのがよく分かる。

米国では政権が変わっても世界戦略研究をやっている部門は50年の戦略を立てているしその中で日本をどういう位置に置くかを考えている。お隣の中国でも全く同じで、彼らは100年先の国家の大計を考える。

では何故日本のエリートがそのような他国の戦略を許すのであろうか?それは実は日本政府にとっても利益のある政策であるからだ。

つまり政府にとっても国家の安定を揺るがすような政府に盾突くような賢い連中には日本にいてもらいたくないからだ。

日本の人口からすればたった5%程度の人々が政府に盾突いて、その5%の意見が江戸時代から長い間愚民政策を敷いて来た日本政府の方針を変化させてしまい国民を目覚めさせてしまうと安定したお上の地位がぶっ壊れるわけで、そのようなことになれば大変なことである。

それより自分たちはどちらかの国に追従して自己の利益だけはしっかり確保しながら愚民の皆さんには何も考えずに朝から晩まで働いてもらうのが良い。

その為には5%の国民を追い出して残った人々に「あいつらは日本を売る売国奴だ!卑怯者だ!」と宣伝して残った国民が出て行った国民の話を聞かないように仕向ける。

その結果としていくらかの資産が海外流出したからと言っても残った国民から絞り上げればそんなもんいつでも回収出来る。それよりは国家の安定の方が大切である、例えそれがどこかの国の属国となるとしても。

そう考えていけば今の日本政府の動きはまさに彼らが考えたとおりに動いているのであり、それならばこれから間違いなく沈没していく日本で生活をしていくよりは早いところもっとましな国に移った方が、例え一時的に苦労をしても家族の将来を考えればよほど安全である。

やる気を奪う政策を推し進める政府の下で将来の光もないままに働いていくよりは今のうちに出て行こう、そう考えている人が確実に増え始めている。




tom_eastwind at 21:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月12日

巨大投資銀行

「巨大投資銀行」

1985年3月、日本がまだイケイケだった頃日本の銀行や働き甲斐に疑問を持った優秀な銀行員が外資のニューヨーク支店に転職、そこから日本の銀行では想像も出来ないような世界の金融ビジネスに飛び込んでいく話である。

転職した時期がまさにバブルの真っ最中からバブルが崩壊して世界が引っくり返るまでであり、そのすべてを現場目線で描いており、1989年の株価がまさに4万円にもう少しで届こうとしたその時の日本中の歓喜の叫びから翌年になって一気に株価が下降、そして不動産向け貸し出しの総量規制が発表されてついにバブルが崩壊するまでの話が実に面白い。

いやー、それにしても面白いなこの本。ぼくはその時代を日本で生きてたし、ニュージーランドに渡った後も一体あの時代って何だったんだろうって考える事も多くて色んな本を読んだ。

けどここまで金融の分野から“あの時代”を描いているのは珍しいし、何より読ませる読み物になっているのが良い。

シドニーからオークランドへの飛行機の中で下巻を読了。

それにしても“あの頃”の話を書き始めればきりがない。本当に日本と言う国を襲った大嵐であり多くの人々がそれに巻き込まれてたくさんの事件が起こった。

あの頃、誰もあんな大企業が倒産するなんて思いもしなかっただろうな。

あの頃、誰もが日経平均は4万円を越すだろうと思ってただろうな。

あの頃、誰もが東京の不動産は永遠にどんどん上がると思ってただろうな。

けれどそんな誰もが描いていた夢はバブルの崩壊と共にすべてがガラスのように砕け散ってぼろぼろになって地上に叩きつけられた。そしてそれから始まった失われた時代。

株価が右肩下がりに下がりまくって一時期は7千円台まで落ちたり日本中の不動産価格が下がりまくり、日本人の頭の中には株は下がるもの不動産は下がるものと言う神話が刷り込まれた。

ぼくはニュージーランドの不動産の見通しについては基本的に「買い」だと案内する。ただしそこには調整も必要だ。土地付きの一軒家ならロケーションの良いところを選べれば長期投資としてはお勧めですと話している。

しかし多くの日本人は土地の価格が上がるという事が信じられないようで、「おいおい、不動産は買ったら下がるものだよ、何を言ってるの君〜」みたいな負の勢いである。

けどさ、1980年代までの日本は間違いなく右肩上がりで土地は値上がりしたんだよね。その時は誰も彼も「土地は一生値段の上がるものだ、何で価格が下がるなんていうんだ、オマエはおかしい」と言う風潮であった。そして今、誰もが「土地や建物は買ったら下がるんだよ、何を値上がりなんて言ってるんだ」と普通に言う。

要するにどちらにしても自分の意見じゃないって事でしょ。自分で考えたわけじゃなくて誰かの言ったことをそのまま自分の意見と思い込んで大声で話しているだけでしょ。

なんで皆さんそんな風に日本社会のちっちゃな常識に囚われて偉そうにしゃべるくせに、自分の話していることが正しいかどうかの検証をしようとしないのだろうか。全く不思議。

この本では1980年代から世界中で起こった様々な経済事件を背景に話が進む。例えばジャンク債の帝王ミルケン、裁定取引で金融界に全く新しいビジネスモデルを持ち込んだLTCMのメリウエザーなど実在の人物の実名が出てきたり、実名は出せないまでも起こった事件をテーマにした話など、どれもあの時代を現場で生きてきた人間にしか分からない、非常に濃い内容になっている。

シドニー最後の晩にあるお客様と食事をする機会があったが、彼はまさに東京の都銀でバブル時代を経験した人物であり、「ああそうだよ、当時の銀行の仕事なんてカネを貸しつけまくるのが仕事だったし、銀座のバーでビジネスの話を普通にしてたよな」などと当時の思い出を語ってくれた。

この本は巨大投資銀行に飛び込み、ニューヨークやロンドンなどの“外”から日本を見る視点で書かれている。

だからいかに日本人や日本の銀行がレベルが低いか、天下の大手銀行でも外から見れば赤子同然かをある場面で描いている。

主人公が久しぶりに東京出張で2600億円のホテルチェーン買収に関する取引をまとめようとしてハイヤーに乗りかけたとき、偶然ラーメン屋から出てきた元の同期が歯をしーしー言わせながら「よう、久しぶり」と声をかける。

「今何やってんの?M&A?へー、かっこいいね、立派なスーツなんか着ちゃって、しかも黒塗りのハイヤーでお仕事かよ。おれなんか虎ノ門支店の次長だってのに、自転車だぜ」

男は劣等感と優越感がないまぜの眼をしていた。劣等感は安いスーツで自転車で駆けずり回ってる自分に、優越感は社会のコースを踏み外して外資に行った主人公に対して。

この場面がまさに今の日本を現している。一流銀行の虎ノ門支店の次長のやってる事が自転車で客先を回ってお金を集めるだけなのに、同じ年の主人公は顧客に緻密なビジネスプランをプロフェッショナルとして提供してその代価として高いスーツやハイヤーを使っている。

日本の銀行が結局金集めしか出来ずに運用は国債などの低利回り商品しか販売する能力がないのに対して、外資は徹底的に理論武装をしてそのような日本の銀行からカネを集めて世界中で大きな投資をしていく。

これは銀行に限らず殆どすべての産業でも同じ事がいえるのではないだろうか?朝一番から会社に行って戻るのは終電、土日もなく働き詰めで年休も取れない、それなのに住んでるのはちっちゃなアパート(日本ではマンションと呼ばれているが世界基準で言えばあれはアパートだ)。

そうやって作り上げた最高性能のテレビやオーディオは米国に住む人々がプールの付いた自宅の居間で残業もせずに家に帰って家族とゆっくりと楽しむ為に使われ、日本製の高級車は日曜の家族のドライブで使われ、結局一番きつい目をしているのは日本人で、その日本人をうまく利用して楽しい生活を送っているのが米国人だ。

ところが日本に住む日本人は日本にいるだけが幸せだと思い込み海外に出るとか外資で働く人々を軽蔑の眼で見る。どっちが幸せかをお金だけで語ることは出来ないが、少なくとも日本人の方が状況をきちんと認識していないのは事実である。

ぼくが海外に出たのとこの主人公が海外に出た時期が非常に近いこともあり、彼の心情がよく分かる。

誰の助けもなく一人で海外で生きていくことの不安や、少しずつ自分に力が付いてきて回りも認めるようになって友達も出来て生活が少しづつ安定していく時の安心感。

そして外国から日本を見るようになって初めて日本の問題が次々と見えるようになる。それに連れて日本人に対して「何でもっと目を開いて自分の頭で考えないんだ、もっと頑張れ!」と言いたくなる気持ち。

いかに外国、特に英米のビジネスが凄いかを肌で感じながらそういう英米人に手玉に取られる日本人を見るに連れて感じる“あ〜あ、またかよ”と言う諦念。

いずれにせよ日本で現在40代の人々は是非とも読むべき一冊であろう。どうやって日本人がいつも騙されるか、何が日本人の問題か、そういうものを外から見せてくれる優秀な一冊である。

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tom_eastwind at 18:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2010年06月11日

シドニーでビジネスをしない理由

d638d8e0.jpgよく人に聞かれるのが、何でバンクーバーとかロンドンとかで会社作るのにお隣のシドニーでビジネスをやらないのかって事。

これ、理由はいろいろあるんだけど一番最初に来るのが“この街は過当競争”であるって事だ。

ん?過当競争?ビジネスに競争は付き物でしょって思うだろうけど、勿論品質やサービスの競争については僕は大賛成、どんどんやってけ派ではあるんだけど、そうじゃなくて単なる無知な連中の値段の叩きあいである点がどうしても好きになれないからである。

例えば旅行業。地元の無料情報誌に広告を掲載してるんだけど、大体において書く内容はどこよりも安いとか何でも無料とか、とにかく安い安いの一点張りである。

旅行業と言うのはお客様から手数料を頂いて手配するものと言う基本を全く理解出来てないど素人が自分でも何となく簡単に始められそうだからと旅行業をやっているのだけど、その会社を作る時のお金は結局親からの投資であることが殆どである。

つまり日本のど田舎のどんくせーバカ議員が自分で面倒見れなくなった子供を海外に留学と言う名目で追い出したが、毎日クサやったりまともに漢字も書けないままに大人になった子供が今更日本に帰って来られても地元の選挙民に合わせる顔がない。

そこで子供に「おい、オマエ何か会社やれよ、そしたらオレは“うちの息子は海外で独立起業して社長です!”と威張れるじゃないか」とカネを渡し、バカなガキは親父の本音も理解せずにのぼせ上がって本気で旅行会社を作る。

でもって原価計算も人件費も理解出来ないままに野菜の叩き売りみたいにとにかく「よそより安い!」だけを新聞で連呼して客を呼び込む。

しかし最初から原価なんて考えてないからいくら売れても利益は出ない。そのうちカネが回らなくなると親父に電話してカネ送ってもらう。そして数年して一応「青年社長」と言う呼び名が定着すると会社を適当に誰かに売り飛ばして日本の地元に帰って二代目議員の誕生である。

そういうバカを伝統的に送り込みやすい、つまり授業に来なくても出席した事にして学生ビザを取らせる語学学校や私立大学がたくさんあるのがシドニーであり、ここはカネさえあればバカでも過ごせるから街の本質や内部は一切知らないまま、勿論英語なんて出来やしなくても生きていける。

金があるのだ、英語の勉強とかそんな面倒な事をする必要がないってことになる。

ちなみにオークランドでは語学学校はそういうずるは絶対にしない。お国柄と言うよりも英国のどの階級出身者が創った国かの階級の違いであろう。

そういう街でいくらまともに旅行ビジネスをやろうとしても結局は野菜の叩き売りに巻き込まれてしまい商売は成立しない。

なにせサービスを受ける客も高品質のサービスを期待していないからそんなサービスを提供出来る旅行会社も必要ないしそんな事やってても無駄な経費が出るばかりであるとなって、最後は値段だけの叩き売りになる。

つまり程度の低い客が程度の低い旅行会社とお互いに信頼関係が構築出来ないままに相手の利益をいくら食い潰すかしか考えてないから、そのような街で旅行業をやってもビジネスが成立するわけがないのだ。

これは丁度オークランドで言えば今の不動産業者と同じような状況である。ただしオークランドの不動産業者の程度が低いのは不動産業法による規制が大きく影響してるのに比べてシドニーの場合は法律の問題でなく経営している人間の素質の問題だってところが違う。

じゃあ高級レストランとかやればいいじゃんかって話になるのだろうが、ぼくは自分がレストラン経営の素質があると思ってないし、やっぱり人には向き不向きがある。人生は一回なんだからやりたくない仕事で稼ぐよりもやりたい仕事で飯が食えればそれでよい。だいいちなんでレストランをシドニーでやらんといかんのか、と言う話にもなる。

シドニーで流行ったものは半年から一年後にはオークランドに波及してくると言われている。なのでぼくの中でのシドニーの位置はあくまでも情報収集と美味しい食事が出来る街であり、半年に一回くらい来れば充分かなと思っている。

写真は成田空港出発口で見かけた笑える掲示板。これを考えた人、本気で「お洒落な警告」だと思っているのだろうか?


tom_eastwind at 17:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZの不動産および起業 

2010年06月10日

12歳

5b0d5423.jpg
“三つ子の魂百まで”と言う日本の諺、最近ますます「良く出来た格言だな」と思う。

ニュージーランドで生まれ育ったアジア人の子供は見かけはアジア人でも中身は完璧にキーウィ、まさにバナナである。
(バナナとは外側は黄色いけど中身は白いの意味)


同じ日本人の子供の中に放り込んでてもすぐに見分けが付くのは、その仕草や視線やちょっとしたおしゃべりすべてに違いが現れるからだ。

こういう子供たちはニュージーランド式の考え方をするんだけど、その基礎となる物の見方は3歳までに出来上がっていると思える。もちろん中には変わった子供もいるだろうけど、大きな流れの中ではやっぱりキーウィだ。

これと同様に、日本で生まれ育った子供はやっぱり日本流の考え方をする。一番特徴的なのは何時まで経ってもオトナになろうとしないその思考回路である。

子供のままでいてそれで何とか毎日を過ごせる、たぶん死ぬまでこのぬるま湯の中で何とか食っていける、新宿都庁の裏側に青いテントを広げて生活をするような人には多分ぼくたちはならないだろう、何となくぼんやりと、けれど3歳までの間に見ている周囲の景色やオトナたちを見てそういうのが頭の中に浸み込んでいるのだろう。

何の根拠もなく自分だけは何とか生き残れるだろう、これだけたくさんの人間がいて食肉獣に襲われたら誰か一人くらい食われて死ぬだろうけど、それは自分じゃないだろう、だからこのままぬるま湯でやっていければそれでいいだろう、そう思っているのを感じる。

マッカーサーが米国で「日本人は12歳の子供である」と喝破したのも60年前の話であるが、それは今も基本的に変わっていない。あいも変わらず子供のままで、それで何の疑問も持たずに生きていけるのが日本人だ。

1年ぶりのシドニーでは学ぶものが多かったが、その殆どが反面教師としての学びであったのがちょいと痛い。一番きつかったのが、オージー男性と日本女性が国際結婚をしてる場合は、大体において男がヒモになるか女が自分だけ偉い白人社会に成り上がれたと勘違いすることだ。

どっちも辛いけど、それもやっぱり“自分で何も考えない”と言う日本人が持つ“三つ子の魂”が原因なのだろう。

まあ自分で考える事が出来ないんだからオージー男性の腕にぶら下がって相手の言いなりになってれば良いんだろうけど、いずれ彼は他の若いアジア人女性を見つけて自分は捨てられてハーフの子供は今更みっともなくて日本に連れて帰れず結局は失業保険と母子手当てでシドニーの街を放浪するしかなくなる。

海外で住むときに一番気をつけるべきなのは実はここである。日本にいさえすれば何も考えなくても毎日がだらだらと流れて、それでも飢え死にをすることもない。しかし海外で生きていこうと思えば自分の考え方を持ち自分の頭で生き残る事を考えねばならない。

ところがそういう基本を理解せず、英語も話せないままに白人崇拝をする連中は「私が好きになった人がたまたまオージーだったのよ」と平気で言う。

そうやって言う人は頭の中で何度もそのせりふを繰り返しているからいつの間にかそう信じ込んでいるのだろうが、現実はそんなに甘くない。あなたが好きになったおとこは単なるアジ専(アジア人女性を大好きな貧乏白人)でしかなく、そのうちすぐに他のアジア人に手を出す。そして離婚。

何故ならそのような男性は殆どの場合同国人である女性が怖くて逆らわれるのが嫌で反論を聞きたくないから英語の下手な文句を言わないアジア人女性を選ぶと言う現実があるし、要するに彼らからすればアジア人であれば誰でも良いわけで見境無しに手を出す。

まあこんな事を書くと世界中で国際結婚をしている日本人女性から100万通のクレームが来るだろう事は覚悟の上であるし、国際結婚でも何十年もうまくいってる家庭があるのも知っている。

だいいち他人の事を言う前にオマエはどうなの??と疑問符を100個くらい付けられそうな国際結婚をしているぼくが偉そうに言える立場ではないのも重々承知の上である。しかし誰かが現実を指摘しないといけないと思うし、要らん世話と思う人はこのようなブログは無視してもらえばよい。

国際結婚をうまくこなしている家庭を見かけると、そこにはやっぱりいくつかの特徴がある。それは女性が自立して自分で物を考える力を持っており、旦那はそんな奥さんをきちんとパートナーとして受け入れて、旦那なりに日本の文化を尊重出来るし更に日本語がある程度できるなどである。

そのようなカップルは実に良い感じで毎日を楽しんでいながらお互いをきちんと認めているしそういう家庭がたくさんあるのも理解している。

ただ、僕の書き方に怒る人もいるだろうが現実としては国際結婚の8割は10年以内に離婚していると言う事実を無視出来る人はよほど平和な“12歳”だけである。

そんなデータ、どこにあるんだという人に反論するのは面倒だし、第一そんなデータを出したら今度はそんなデータは信用出来ないって水掛け論になるのでもし疑問に思う人がいれば自分で日本人女性で国際結婚をしたことがある人を調べて統計を取ってみればよい。今はインターネットの時代だからそれほど苦労せずにデータは取れるだろう。

シドニーで見かけるぶら下がりコアラを見て、地元の良識ある日本人がそれに顔をしかめている現実を見ると、ああ、やっぱり三つ子の魂は百まで続くものなんだなって思ってしまったシドニー最終日であった。




tom_eastwind at 14:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月09日

黄昏の国

f4b50d16.jpgシドニーでもロンドンでもオークランドでも共通しているのは、多くの日本人は地元の人間に比べて低賃金であると言うこと。

シドニーでは地元オージーであれば10万ドルくらいは最低貰うマネージャー仕事でも、同じ事を日本人がやる場合は4万ドルくらいになる。

英語がネイティブではないしビザの問題もあるんだろうけど、それ以上にニホンジンと言う農耕民族的性格上、あまり給料交渉をすることが苦手だからかもしれない。

今回の出張では久しぶりだったのと仕事の話もあったので地元の有名なおすし屋さんに行ったんだけど、昨日のレストランに引き続きお客の殆どは地元オージー。去年まではリーマンショックのせいで空席が目立ったのだが、今回は7割くらい埋まっていた。

お客が少しづつ戻り始めましたね、そんな世間話をしながら、こちらのお願いである魚の骨抜きペンチ、英語名がなかったので地元民に分かり易いように“BoneCollector”と名付けた道具を実際に使ってもらうためにお渡しした。

このおすし屋さんで食べると一人AU100ドル以上だけど、その話をある会議の雑談の際にすると「え〜、あそこに行かれたんですか、すごいですね〜」と感心された。

シドニーで働く日本人には簡単に行ける店じゃないですよ、そう言われると「けどオークランドのような田舎じゃあ、カネを出してもこんなものは食えませんからね、福岡の田舎もんがカネ溜めて六本木ヒルズの高級料理店で食事するようなもんですよ」と返しておいた。

ただ実際にどこの街でも日本人の存在、とくに消費者としての存在感が薄れているのは事実である。

今回行ったシドニーの老舗的バーでも以前は日本人のみ会員制ですとうたっていたのだが、最近は中国や韓国のお客でもきちんとした人なら入れているようだ。話を聞くと「やっぱり日本人だけでやっていくのは、今の時代は難しいですからね」と苦笑いしながら言ってた。

日本人駐在員が全世界的に日本へ撤退している。更に駐在員が昔のようにカネを使わなくなった。それは彼ら今は駐在と言ってふんぞり返っていられるけど、日本に帰ればしょせん課長クラスだしいつ首切りに遭うかもしれないから、出来るだけ駐在手当てを貯金しておこうって事だ。

そして移住して現地に住む日本人も地元民に比べて安い賃金で仕事をしているし、高い金を払ってまで飲み食いなんてムダでしょうとなる。

バブル期の日本人は、明日は今日以上にカネが入ると思って世界中の土地や建物を買い占めた。ニューヨークのロックフェラーセンターを日本の大手財閥系不動産会社が高値で購入した時は随分米国人に批判されたものだ。

それが今ではJapanNothingである。消費者としての地位も低下して現在世界中で買い物をしまくってる中国人にすっかり存在感を奪われている。

中国人からすれば日本人の高級料理店に行ったり銀座で買物をしたりするのはステイタスであり、何せカネがあるだけではなく夢がある。明日は今日よりも稼げる、そう信じて中国から飛び出しているのだ。

今の日本の外国での地位低下は、どうも単純にお金がないってだけではなく夢のなさと自信のなさと将来の不安とが混ざって出来上がった現象のように感じる。

明日は今日より給料が下がるだろう、白人と比べられても仕事出来ないしな、リーマンやってても大して実力ないからいつ首切られてもおかしくないもんな。そんな弱気が日本を覆っているのではないか。

けど、そんな状況を変化させる事は可能である。自分で実力を付ければ良いのだ。

まずは何よりも英語で仕事が出来るだけの語学力を身に付ける。そして発音の下手さを通り越しても雇いたくなるだけの専門的能力を身につけ、自分の労働価値を数字で表して「ほら、私を雇ったらあなたの支払いは10万ドルだけど、私は一年で50万ドル稼ぎますよ」と狩猟民族的に説明出来れば、それで雇わないボスはいない。

今更英語の勉強はしたくない、専門知識ったって、元々大学でも麻雀とカラオケばかりで何も身に付けてない、今更勉強するにしても英語でしょ、サラリーマンやってると明日の給料の不安よりも今日とりあえず何とか過ごせるからそれでいいやとなってれば、これはもう仕方のない話である。

しかしさ、一生食っていけるだけの職場がこれから先も一生存在するのか?誰かに生殺与奪権を握られたまま仕事をする事の危険性の方が余程人生の不安定要素ではないか。

その不安定要素を取り除く為に勉強をして専門知識を身に付けて誰にも首を切られないようにして、出来れば独立して更に安定を目指して自分の生殺与奪権を自分に取り返すほうが安全ではなかろうか?

まあ日本には1400兆円の個人資産がある。これだけあれば今の60歳代の人々は問題なく生き残っていけるだろう。

問題はその後の世代、個人資産を使いきった日本で自信も実力もない人々ばかりが社会の真ん中に来てしまった時、日本は確実にスペインやポルトガルのような“過去の国”になって行くと言うことだ。

今更農耕民族的発想を変えることも出来ないんですよね〜と言うのはよい。けどその結果として地位の低下が発生するのだ。自分を変化させずにじわじわと弱っていって最後はスペインやポルトガルみたいな「昔は良かったけどね」となるか。

生き残る為に狩猟民族的に外国で戦いを挑むかどうか、それが21世紀の日本の分かれ目になる。少なくともぼくは戦い続けるな。

写真はシドニー空港のカンタス航空ラウンジから眺めるシドニーの街。この街では毎日が戦争だ。


tom_eastwind at 16:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月08日

中庸 真ん中に立つ大事さ

c32d53c7.jpgシドニーのある日本食レストランでのこと。

その店はシドニーでもかなり有名であり昼食時になると地元オージーのビジネスパーソンで満席になるほどの人気店である。

シドニー初日は夕食食べずに寝てしまい、翌朝も朝食摂らなかったので結構空腹。ホテルから歩いて10分程度の場所なので散歩を兼ねてそのレストランを一人で訪れる。

12時丁度に開店してその時間ぴったりに行ったのだけど、最初に出てきたウエイターさん、
僕:「すみません、予約してなくて一人なんですが今から入れますか?」
彼:予約台帳を見ながら「ご予約はされてますか?」だって。

午後からの会議がありここであまり体力を使いたくなかったので暫く黙っていると、フロアマネージャーらしき女性が飛び出てきて、「いらっしゃいませ、お一人様ですね、少々お待ち下さい」ときりっとした対応。

海外の日本人社会の現場においては女性の方が圧倒的に男性より優れていると言う統計を取った事はないが、肌感覚では女性の方が確実に優秀である。

13:00までに食事が終わるのなら一席ご用意出来ますとの事で、勿論OK。

しかしここで次の問題発生。店内中央にあるバーカウンターを背中にして数名の日本人フロアスタッフがいるのだけど、開店早々私語ですかい。

楽しそうにスタッフ同士でべちゃくちゃやってるんだけど、話の内容がどうでもいいような昨日のフラットで起こった事や友達情報の交換。これをいきいきとした顔で堂々とやってて、更にバーカウンターの中にいる男性もそれを止めようとしないばかりか、自分から話題にはいっていってる。

おしゃべりをする顔を見ながら、何故彼らはこんな誇らしげにしているのだろうと疑問に思った。そこで「あ、そうか!」と気付いた。

彼らはオージーのレストランのフロアスタッフの真似をしているのだ。

シドニーに限らずだがこっちのレストランのフロアスタッフは仕事中でもよくおしゃべりをする。別に客の注文を無視しているわけではなく、ちゃんと目はお客を見ながらも隣のスタッフと楽しそうにどうでも良い事をおしゃべりしているのだ。これはもう彼らの文化であり、こちらがどうこう言う事もない。きちんと仕事をしてくれてこっちに迷惑がかからないなら、楽しそうに働くのもそれなりに「あり」だと思う。

しかし一応シドニーでも有名な日本食レストランでこの程度の教育かい?と思ったんだけど、そうじゃないんだ、彼らは単純にオージースタッフと同じようにしたいのだ。

どういう事かって言うと、海外で長く生活をしたことがない人には少し意味不明かもしれないが、シドニーと言う街はオークランドと違い非常に生存競争が厳しい。ビザも取りにくい。ましてや英語を使う職場では生半可な事では接客も出来ない。勿論サービスもプロ並みを要求される。

そんな厳しい環境で何とか仕事を見つけて白人を相手に仕事出来て、もうそれだけで嬉しくて仕方ないのが彼らの気持ちなんだろうと推測した。

そんな彼らが職場でおしゃべりをするのは、そうすることで「おれたちシドニーでもやれるもんね、オージーみたいにおしゃべり楽しむもんね」と自分の社会的地位を再確認しているのだろう。

その姿が同じ日本人が見ててどう思うかよりも、おれたち日本人なんてあまり相手にしてないもんね、オージービジネスパーソンばっかりで満席になる店なんだから、日本人客だからと言って気を使う必要もないものねという空気をびんびん感じるのはこっちが気にし過ぎか。

席に付いてすぐにうどん定食(36ドル)を注文して、喉が渇いてたので「ミネラルウォーターを下さい」と言うと、「はい!」って言ったウエイトレスさん、グラスに入ってレモンを浮かべているガスウォーター、つまりスパークリングを持ってきたのにはびっくり。

オークランドの店だってミネラルウォーターを頼めばキーウィスタッフに「Stillか、Sparklingか」と必ず聞かれるよ。

なのにこの店では何も聞かずにレモンを浮かべたスパークリング。多分言いたいことは「あらま?このお店は高級日本食レストランで、わたしたちはプロのウエイトレスで、あなたが何も言わずにミネラルと言えばガスにレモンが当然でしょ、他のオージーのお客様は皆さんそうされてますよ」だろうと、これも推測。

要するに「あたしはこの街で生活しているのよ、まるで観光客みたいなお一人様がしけたうどん定食頼むのに一々Stillですか?なんて聞いてられルカよ、」なのだろうと、これも推測。もしかしたらStillという単語を知らないのかもしれない。

こういう人間に限って下手な英語で“Opps!(日本語で”おっと“の意味)”なんて言うんだろうね。

ガスでもキライではないし午後一番で会議もあるし、まあいいやこれでも飲んでおこう。

とか思って料理が来るのを待ってたら、同じスタッフが「Here you are」と料理を運んできた。おいおい、さっきは日本語だったよね。これまた推測だけど僕に何か言われたら「あら、ついつい英語が出ちゃった、すっみませ〜ん」くらいに、にこっと笑うのだろうね、いかにも優越感に浸りながら。

まあいいんだけどね、この店は僕の店でもないし、料理はちゃんと美味しいし、うどんのだしも一ひねりしているし、付けあわせで出た照り焼きチキンも実に柔らかくて美味しいし、最初のフロアマネージャーの対応もしっかりしているし。

その後ほんとうにぞくぞくと地元オージー客が入店してきて、周りを見渡しても日本人客はその時点で僕一人であった。嬉しそうに笑顔でお客をテーブルに案内するスタッフの皆さん、楽しそうですな。

30分で食事を終わらせて、フロアスタッフに声をかけて「ここはテーブルチェックですか?」と聞くと一瞬きょとんとした顔で「どっちでもいいです」との事。テーブルチェックの意味が分からなかったのかな、それともオレの性格が悪くなったのかな。

伝票を待っている間にオージーが注文したワインが続々と出ている。昼間っからよく飲むな、それにしてもバースタッフの男性のワインに関するしょうもないうんちくを昼時の忙しい時間にワーホリらしきウエイトレスに教えるのもどうかな、下らないおしゃべりが止まらないな、などと眺めていた。

5分ほど待って届けられた41ドルの伝票にチップを4ドル乗せて45ドルを支払ってお店を出ようとすると、最初に対応してくれたフロアマネージャーが気付いて「有難う御座いました!」と声を掛けてくれた。

日本人は白人社会に入って生活をすると、ほぼ確実に二つに分かれる。地元社会の猿マネをして自分が偉くなったと錯覚して同じ日本人をバカにする人々と、その正反対に何があっても「だからこいつら駄目なんだよ、やっぱり日本が一番だよ」とひたすら日本信仰を持つ人々。

その真ん中で現地の良いものは素直に取り入れて、けど日本人の良さを失わずに生きるってのは、かなり意識的に自分を毎日磨いておかないと出来る事ではない。何も意識していないと、いつの間にかどちらかに流されてしまい、結局相手の良さも理解出来ず自分のバカさ加減にも気付かなくなっていく。

彼らを見てぼくも反省反省、自己反省である。

写真はマーティンプレイスのランチタイム。ビジネスマンがビジネススーツを着て地べたに座り込んでいろんなもんを食ってました。日光浴を楽しむのは良いけれど、このあたり鳩も目立つのでご注意ですな。


tom_eastwind at 12:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月07日

ロゴを見ながらBKを食う

ANZのロゴが変更された。新しいロゴは「やっほ〜い!」である。メールの絵文字によく使われる、両手を上に広げてやっほーしている、あれだ。

時間があって最近笑ってなくて笑いたい人は是非とも一度ANZのサイトにアクセスしてほしい、彼らが楽しそうに「やっほ〜い!」とやってるのが見られて、すぐに笑えるから。

つい最近BNZのロゴも変更されて、今までのBNZと書いてたまともな字体を子供がぐちゃっと壊したようでかなり酷評だったのが、それを上回るANZの妄動なのでBNZの愚行がかすんでしまったような気がするのは僕一人ではないだろう。

大体ロゴを提案した広告会社は、よほどANZに恨みでもあるのかと思ったりする。いやいや、けれどいくつかのデザインの中でこれを選んだのは銀行側だろうから、広告会社の策略だけではない筈だ。

とすると、ANZ内部にANZに対する恨みを持っている重役がいるのかもしれないな。子供の頃にANZのATMにチューインガムを突っ込んだのが銀行員に見つかってお尻ぺんぺんされたとかさ。

いずれにせよデザインを選んだ際に将来どうバカにされるかを考えなかった読みの甘さは南半球の銀行全体に共通する認識ではなかろうか。人が良いというか先を考えないと言うか。

しかしまあ、基本的な問題として世界で利用されるロゴであれば他の地域や世界でそのロゴが何の意味を成すのかを事前に調査くらいはするものではなかろうか。

そのロゴを目の前に見ながら今はオークランド空港内のバーガーキングでNo−4、ベーコンダブルチーズバーガーと言うのを食べているのだけど、これもどうやったらこう不味くなるのか教えて欲しいくらいだ。

速さが売り物のはずのバーガーキングなのに働いている店員はの〜ろのろでお客をまともに順番待ちさせることさえ出来ないので、誰が順番の先なのか分からない。おまけに手が空いた店員は適当に視線の合った人間に声をかけるので順番を作る意味さえない。

注文するまでに5分くらい待たされ、注文してから出来るまで10分程度かかり、出来上がったハンバーガーはぱっさぱさで味気もない。注文してから温蔵庫に入れてあった作り置きのハンバーガーをチンするにしても、もっと早く出来るだろうに、何でこんなに待たされるか意味不明。

おまけにCokeと大きく書いているボタンを押すと出てきたのはガスの入った水のみ。おいおい、コーラはどこだ〜?結局カップに入ったガス水は捨てて反対側のCokeと書いてあるボタンで事なきを得たが、ちゃんと本当の事を書こうよ。

ロゴにしろバーキンにしろ一事が万事、せっかくの良い素材をぶっ壊してしまうのが伝統的とでも言うか、最近は街でもお洒落な店が増えたしレストランも随分味が良くなったのだけど、やっぱり銀行業界とか空港あたりで利権を持ってるオールドキーウィとかオージーってのは人が良くてもセンスは今いちなのか。

と言うことで今日からANZの本社があるオーストラリア出張。飛行機の中の3時間はひたすら本に没頭する予定。今読んでるのは「巨大投資銀行」、上下2巻と分厚いけど充分に読み応えあり。


tom_eastwind at 13:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月06日

大工がシェフに

d13d323d.jpgニュージーランドに限らずだけど、海外に来ている日本人で勘違いが目立つのは、自分が能力あると思い込んで、それを主張する事がカッコいいと思ってて、それがガイコクでは当然!みたいに信じている人。

特に給料を貰う立場の人で何かの資格を持っている人は、すぐに「私はxxの資格がありますから」と言うけど、おいおい、大工の資格を持っててもうちはレストランだよ、料理作る資格じゃないと意味ないんだぜって説明するのに時間がかかる。

そういう人は普通に平気に「何故ですか、わたしは大工の資格があるのに、何故駄目なんですか?」と本気で聞いてくる。

恐らく今の日本の学校教育か両親の教育か本人の無能かのどれかが影響しているのだろうけど、「資格と給与は連動する」と言う部分だけが頭の中で反芻されており、「その資格とこの仕事は関係ない」と言っても分かろうとしない、てか本当に分からないようだ。

東京で説明会をしてても気になるのがここであり、日本で一流大学を卒業して一流銀行あたりで仕事を10年くらいして年収が1千万円くらいある人は殆どの場合この事実を認識出来ない。知ろうとしないってんじゃなくて、子供の頃から親に擦り付けられた考えがどうしても抜けない、つまり洗脳が解けてないのだ。

仕方ないのでそういう人には現実を見せる事にする。

「よっしゃ、あんたは立派!じゃあ今から一流のレストランのオーナーの電話番号を教えるから、あんたがいくらの給料なら採用されるのか、是非とも聞いてくれ。もちろんオレからの紹介だと言って貰って結構!」

電話の結果は常に同じであり、レストランのオーナーから「うちは大工はいらねえよ、で何?料理出来るの?出来ない、あ、役立たずだね、手に職をつけてからもいちどおいで」で終わり。

同じ日本人であるぼくに言われても絶対に信用しようとしなかった彼は、キーウィのオーナーに真実を伝えられてやっと現実に目が覚める。

たまたま大工を例に取ったが、どんな職業でも同じである。現場が求めているのは即戦力となる人であり、他のどんな無意味な学歴をいくつ持ってても意味はないのだ。

移住は決して簡単なことではない。なのにそれを簡単にしようとか、今の地位と年収をそのまま守った上で移住しようとか、そんな裏道はないって。現実は厳しいのです。

今読んでる小説も邦銀から外資に移籍して高給を貰いながらも毎日が修羅場という人生を歩いている人の話だ。

この主人公の場合、まだ運が良かった。日本の普通の銀行員は、世界標準で言えば「ガキ」にしか過ぎず全く使い物にならない。一生自転車で中小企業を回ってお金を集めるだけの集金マシンにしか過ぎない。

そういう現実を知った上で自分の労働者としての価値をしっかり理解すること、これが海外に出るための第一歩だ。




tom_eastwind at 17:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZの不動産および起業 | 移住相談

2010年06月05日

子供の教育

787dc292.jpg東京での話。

説明会は大体2ヶ月に1回程度の回数で開催しており、その前後に個人面談というのを行っている。これは説明会に参加された方が具体的個別的に「私は移住の可能性がありますか?」と質問を受けて、その人の家庭環境や家族構成などをお伺いして具体的個別的な方法を提案するのが主な目的だ。

その中でぼくはお客様に聞くようにしているのは「何故ニュージーランドなんですか?」である。すると家族を持つお客様の殆どは「子供の教育や日本の将来を考えると今のうちに移住しておいた方が良いと考えてます」となる。

30歳代前半なので人生はまだ折り返し地点でさえない。社内でも身動きが取れない位置でもない。子供は就学前とまだ小さい。今なら新天地に飛び込んでもまたゼロからやれるかも、そう考えているようだ。

面白いのは、彼らは全く良くの繋がりがないのに全く同じ考え方をしていると言うことだ。つまり誰かが情報を発信してそれに感化されて、“よっしゃオレも”と言うわけではないのだ。

全く関連性のない二つの人間がある状況で全く同じ考え方をする。それは世の中全体の流れが変わってきているということだ。

その大きなものは、やっぱり子供の教育だろう。実際にぼくがニュージーランドに移住のお手伝いをしたお客様で渡航した際にちっちゃなお子様がいらっしゃった方は「移住して子供がバイリンガルになって活発になって元気に毎日楽しそうに学校に行くのを見ると、苦労はしたけど正解だったなと思います」と言う話だ。

日本だとある小学校は学校に持っていくノートや鉛筆まで基準があるようだ。すべてに決まりがあってそれを守れない子供は「異常」であり規則に従えない子供は「おかしい」のであり、そんな子供は先生がきちんと「教育」するのだそうだ。

なるほど、弱虫で使い物にならない連中のたどり着いた先がセンセーであり、そのバカが偉そうに子供にモノを教えるわけだから、どんなまともな子供でも最後は擂り潰されてしまう、もういいや、所詮世の中ってこんなもんだ、そう開き直って生きるしかなくなる。

子供の頃からこうである。かわいそうなものだ。それに比べてみればニュージーランドの教育は実にのびのびとしている。人を人としてきちんと扱ってくれる。

もちろん素晴らしい先生ばかりではない。中には“あれ?”って思わせる人もいるが、全体としては実によくプロフェッショナルとして子供に教育をしていると思う。

日本人の両親に生まれた子供でニュージーランドで教育を受けた子供は、顔つきは完璧に日本人だけど、雰囲気が全く違う。

なのでその子を日本人の同い年の子供たちの中に放り込んでも10分もせずに違いが分かる。とにかく活発で元気があって言いたいことを言ってるのだ。ものおじせずに堂々と大人相手でもきちんと自分の言いたいことを言う。

その仕草を見た時の親の誇らしげな顔は、まさに「やったね!」である。

移住するにはかなりの決断と根性と柔軟さが必要になる。大体、英語からして難問である。それでもちっちゃな子供が成長する姿を見たらそんな親の苦労は一発で吹き飛ぶ。

悲しいことだけど、教育という面では日本は江戸時代から“ところてん的”に同じ形のモノを社会に押し出すシステムでしかない。子供を心の底から笑顔にさせて人間らしい生活をさせるためには、やっぱり生活を根本から変えるしかない。

親が子供の為に出来ることはたくさんのお金を残す事でも日本の生活に馴染ませる事でもない。人間らしく生きるための手段を教える事だ。




tom_eastwind at 17:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

2010年06月04日

夢で見ること

オークランドに帰ったその日からいつものオークランド生活パターンに戻ったので、あっと言う間に調子良くなる。

出張時の後半は体に悪い気がたまるのだろう、結構ばててしまい、大好きな本を読んでても文字が全然頭に入ってこない。

おまけに普段以上に食欲がなくなるから(つまり普通の人の一日一食程度)になり、ますます調子悪くなる。こういう時は出来るだけ部屋に篭ってどんべー食って仕事をするかバーでサラダをおかずに一人で飲んでるのが一番良い。人と話すと相手を不快にさせてしまい、何も良い事はない。

それに比べるとオークランドでは夜9時には自宅の心地よいベッドで寝れるのですんごい気持ちよく、仕事もはかどる。

そうそう、この一週間は特に新しい状態に突入。毎晩9時に寝るのだけど、時計で測ったように必ず朝の3時に目が覚める。眠れないってんじゃなくて、もう充分眠った、さあ働くぞって感じ。

この場合の“働く”とは日本にいた頃から同じで、目が覚めても暫くはベッドの中にいて頭だけで仕事をするのだ。

こういう時の頭は不思議なもので、脳みそがほぼPCと同じ動きをする。

頭の中の画面にまず最初のファイルが出てきて昨日までの経緯と問題点がヨコナガのカレンダーがヘッドに来てその下に箇条書きのワードファイルが添付されている。ワードの文章に目を合わせると画像や動画が出てきてデータ補足を行う。

経緯と問題点を把握、整理を行い明日以降の行動指針を作り、そのままファイルに戻す。すると自動保存されてまた次のファイルが出てきて、と言う状態だ。

こういうのを1〜2時間程度やって、そのままベッドでもう一度寝て6時30分過ぎに起きるのだけど、大体最後の1時間は半覚醒状態なので必ずクリアーで頭の中に残っている事をテーマに殆ど現実と同じような感じの夢を見る。

でもって今日の話は昨日に続くんだけど、こんな事を考えていた。

いま日本では普天間問題で鳩山が辞めて新体制で誰が首相になるかとかやっているけど、おいおい、世界からすれば今誰が日本の首相になるかよりも遥かに大きな問題が、北朝鮮と韓国が一触即発の状態になっており、偶発事故が一つでも起こればそのまま38度線を越えて北朝鮮がソウルの街になだれ込む事は間違いないと言う状況である。

海を隔てた隣の国でたった今戦争が起ころうとしているのに、一般マスコミは「海兵隊が日本を助けてくれるから」とか平気でバカ言ってるし対米追従派は海外に目を向けずにどうやって鳩山と小沢を追い落とすかと内政に一生懸命、一般国民は「おきなわ?しらねえよ」と耳にヘッドフォンを当てて電車で他人の迷惑を無視して足をだらっと広げている状況である。

けどもし戦争が起こったら確実に日本は巻き込まれる。北朝鮮からすれば韓国は奪還すべき故国であり韓国を軍事支配する米国は敵であり、その敵の供給基地となっているのが日本なんだから、戦争が始まれば供給を断ち切るために日本を攻撃するのは当然だ。

それも朝鮮半島は土地と人々を支配する為だから下手に爆弾を落す事は出来ないが、占領する気もなければ占領できる力もなく、更に歴史的納得性もない日本はミサイルを叩き込んで土地が吹っ飛んでも痛くも痒くもない、むしろ日本人に対して「戦争から手を引け、でないとまたミサイルを撃ち込むぞ」と脅迫出来る最高のソフトターゲットなのである。

半分寝ぼけた頭で北朝鮮から見た軍事作戦を想像してみる。まず38度線から攻め込む“Xデイ”を決めてそれに合わせて「偶発事件」を捏造する。そして38度線から陸軍部隊が侵攻すると同時刻にノドンやテポドンというミサイルを日本の敦賀、新潟、浜岡原発に向けて発射する。一つの原発につき10発づつ撃ちこむ。

このミサイルは日米に対する牽制であり本丸はソウルである。戦車と歩兵輸送車で一気にソウルに押し入った北朝鮮軍は予め送り込んでいたスパイの手引きで放送局、国会、政府などを次々と押さえていく。

そして数時間のうちにソウルを制圧して勝利宣言、新しい国境をソウルの南に設定して、「さて、韓国の皆さん、ゆっくり話し合いましょう、50年くらいかけてな」とやる。

次の侵攻までは韓国の首都は釜山に置くしかないだろう、55年前の朝鮮戦争の時のように。これで当面の支配は終了である。あとは北朝鮮の親玉である中国と韓国の親玉である米国の話し合いに持ち込まれる。

しかし日本。飛んで来たミサイルに対してどう対抗するか。

現在の日本に装備されているミサイル迎撃装置であるパトリオットでは、10発のうち打ち落とせても精々が5発だろう。何せ発射されたのを気付いて対応するまでに数分しかないし、迎撃能力の低さはイラク戦争の際にイスラエルに撃ち込まれたミサイルを防ぐ事が出来ずに多くのイスラエル人死者を出してしまった事でも知られている。

浜岡原発の上に飛んで来たミサイル、数機はパトリオットが撃墜するものの、残ったミサイルは核燃料の入った工場に向って突っ込んでいく。

分厚いコンクリートの壁もミサイルを防ぐ事は出来ず破壊され、精密に作られた核燃料制御棒が故障、更に緊急燃料棒抜き出し装置も破壊され緊急停止装置も作動せず、核燃料は次々と高熱を発して遂に臨界点に達する。すると、

ドッカーン!

その瞬間、浜岡原発の周囲数キロに渡って炎が一気に走りぬける、そして一瞬後に酸素を無くした炎が消えると同時に周囲のすべての灰を吸い上げたきのこ雲が御前崎の上空にぽっかりと正体を現す。

その時風が西から東に吹きぬけ始める、そして数十分のうちに放射能にまみれた死の灰が東京の空に飛んできて人々の上に舞い堕ちて行く。

放射能。すぐにその場で発症する人は数日のうちに髪は抜け歯はぼろぼろになり皮膚は血だらけになって死んでいく・・・・・。

おお、いつの間にか半分寝ぼけた頭が夢の中に入り込んでしまった。

現実問題としては浜岡にミサイルを撃ち込むのは日本を戦争から手を引かせる最後の手段になるであろう。しかし敦賀や新潟であれば被害は限定されている割に効果はでかい。

また世界に対しても「日本が米国の補充基地になっているから攻撃するんだ」と言えば、それなりに理屈も通る。

つまりその気になればいつでも北朝鮮は日本を攻撃出来るし、それに対して米海兵隊は日本人を守る気持ちもなければ装備もないのであり、そんな状態なのに当人の日本人は一生懸命内向きに足の引っ張り合いや無関心で対応している。

いっぺんくらい目の前で爆弾落されてみろ、家族を殺されてみろ、そしたら本当に平和の有難さが分かるし平和を守る為にはしょうもない小理屈を並べてどうのこうのってんじゃなく、自分で行動するしかないってのをよく理解できる。ぼくは家族を守る為に出来る限りの事をする。

結局突き詰めて言えば平和を守る為には相手と同程度の武装は常に必要であり、その武装を他人に任せてしまえば最後に後悔するのは自分だと言うことになる。普天間問題を政治化せずに、これを機会に日本全体でもう一度平和と国防を考えるときであろう。


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2010年06月03日

鳩山辞任 転進

それにしても突然だけど、よく聞けばオバマ大統領と電話で話した後に突然辞任を決めたようだ。

ここに至る経緯でマスコミは「食言」だとか「いい加減」だとか書きたい放題だし、中には「やっぱりあの人は」みたいな批判が出ている。

うーむ、書くのは自由だけど、自分の書いている文章がこれからもずっと残ると言うことを前提に書いているのかな?と思ったりする。おそらく考えてないだろう、今すぐの記事ねたが欲しくて広告欲しさに記事を書くんだから、あまり先のことは考えてないと思う。

今まで日本の首相が米国によって首を挿げ替えられたりしたことは何度もある。

丁度同じ日の記事に米国のグアム移転予算が大幅に削減された記事が小さく載ってた。

ではこんな読みはどうだろう?

元々対米追従外交を止めて米中等距離外交を行いたい小沢と、彼に付き従って役者をやってる鳩山。小沢が書いた筋書きは、鳩山があっちこっちに調子の良い事を言いふらして世間の眼を沖縄に向けさせて、沖縄自身も基地反対、その他の県も基地反対のムードにして、一旦普天間にしておいて世間から強力な批判を浴びる、その後にもう一回態度を変えて「米国に申し入れる、日本としてはこれ以上米軍基地を思いやり予算で抱えたくない、出て行ってくれ」とやる。

時期的には6月中旬、この大見得を切って世間をびっくりさせて「やっぱり宇宙人!」とか「二枚舌どころか三枚舌!」とびっくりさせながら世間の評価を勝ち取り参院選では「日本を米国から救った英雄」の切り口で選挙に勝利する。

こうやって政権を磐石にしてからは、富裕層に対する資産課税の強化を行い、返す刀で消費税の導入、最終的には国債の個人購入に持ち込んで国の負債をすべて個人に移してからインフレーションを起こして国家財政を一気に黒字化する。

こういう筋書きであれば日本は復活するし、米中平等外交が成立する。

ところがそんな小沢のやり口に乗っかって米国の金づるである日本を手放したくないオバマとしては、伝家の宝刀を抜く。

「田中(カクエイ)さんに、なりたいのですか?」それが昨日の電話会談だとすれば。

スキャンダルを作らせれば東京地検よりも数段上の技術を持つ米国CIAを使えば、いつでも小沢と鳩山を政治の世界から追い落とせる。最悪の場合、実際に死んでもらう事もある。

そうやって脅かされれば小沢、自分の師匠である田中の晩年を良く知っているから、「よっしゃ、ここまで米国を引っ張ったが、一時転進である」と鳩山に伝え、二人で同時に「一時転進=退却」を図ったのではないか。

こう考えるのは、ぼくはどうしても物事をすべて戦争の戦術や戦略で見る癖があり、尚且つ政治の世界はまさに戦争であり、現在の米国と日本の関係は戦争によって起こったからだ。

国会議員程度ならばかも多いが、そいつらを取り仕切るのはバカでは出来ない。政党経営能力が必要であり、そいつらがバカでない事だけは分かる。

であれば彼ら政党指導者がテレビで面白おかしく語られるようなバカであるはずがないのも普通に考えれば分かる事だ。

であればもっと違った物差しを当ててみればそこには自然と「今回はやり過ぎた鳩山と小沢が一時退却した」と読むのが一番自然ではないか。

次に菅さんが来るかどうか分からないが、いずれにしても問題は次の参院選である。ここで小沢軍団が勝利すれば米国は一歩引くしかない。もちろん小沢は当分米国に直接攻撃はかけないだろう、その代わり国内で思いっきり社会主義化する方針を米国に止めさせることもさせないはずだ。

「何故なら私の率いる民主党が勝利したのが民意ですからね」そう言って小沢は上にも書いたが富裕層向け資産課税、消費税導入、インフレの三本柱で日本国経済の復活を狙うだろう。

その間数年は米国に刃が向くことはない。米国だって刃が向かずに上納金を貰えば良いのだから、これ以上小沢と鳩山を追い詰める事もない。

第一米国の中でも小沢の「日本独立」を容認しているグループもあるのだ。ここで小沢を追い詰めて潰せば政治的混乱が起きる、その結果将来日本が米国のお荷物になる可能性もある。

そう考えれば小沢を残しておいたほうが良い、そう判断しただろうし、ギロチンに首を載せられた小沢も最後に「ごめん、ちょっとやり過ぎた、暫く引っ込むわい」と幹事長を辞任したのだから、それ以上はないだろうと踏んでいると思う。

まあ、こう考えてみるとまさに政治は魔物であるが、まさに戦争である。小沢は今回の戦闘で負けを認めて撤退した。しかし7月には再度攻勢をかけて戦術的勝利を得るほうを選んだのだ。

戦いには3つある。個人的な力技で殴りあうのが戦闘、集団で一定の時間と一定の場所の所有権を争うのが戦術、最終的に自分の欲しいものを奪い取るのが戦略である。

戦いの第一幕は充分な戦略の元に沖縄と言う戦場で弱兵の小沢が米国にゲリラ戦争を仕掛けた。結果的に米国が力技で小沢を追い出した。ここまではある程度読み通りだ。

小沢は次の戦闘と戦場を頭に入れて計算している。そこは参院選だ。ここで米国が直接的に選挙戦で仕掛けてくることはないと読んでいる。ここで勝利する為に沖縄で一時撤退。

日本全体を見てみれば、ここで小沢を残せたのは正解であるし、最後の最後に米軍攻勢からさらっと身をかわした小沢の技も見事なものだと思う。などとうがってみる今日。


tom_eastwind at 18:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年06月02日

プライベートバンク

スイスのプライベートバンクの口座開設と資産運用を行っている会社と海外で会議した時の話。

「プライベートバンキングサービスとプライベートバンクとは全く違います」ってとこから話が始まって説明を聞く。

「スイス政府によって認可を受けたプライベートバンクと正式に呼ばれる銀行は14行しかなく、それ以外の銀行は商業銀行と投資銀行であり、あのHSBCでさえもプライベートバンキングサービスは提供しているものの、プライベートバンクではないのです」

ふむふむなるほど。ここまでは何となく理解出来る。けどそうなるとプライベートバンクをそのまま日本語にすると「個人銀行」じゃん。子供銀行とかなら知ってるけど、ていうことは個人が銀行業をやってるって意味?

そういうあふぉな質問をすると、「はい、まさにその通り、プライベートバンクとはお客様の資産を預かるのみで、個人が無限保証をして経営されており、当社の取引先プライベートバンクは数百年続く家族によって信用を積み重ねております」。

なるほど、こりゃもう本格的なユダヤ人ビジネスですな。

その後、欧州におけるプライベートバンクの歴史の話などを聞き、具体的な口座開設の方法、最低預け入れ金額などの条件を聞く。

香港では一時払いの生命保険、シンガポールではプライベートバンクを利用した資産運用、それにしても金融街には実にたくさんの情報がある。

ニュージーランドでは資産運用と言えば銀行預金か不動産しかないので、東南アジア、特に香港やシンガポールで販売されている商品を見ると、まさに田舎もんが大都会に出てきてぽかーんとしている感じである。

東京からオークランドに戻る機内で読んだ外資系大手投資銀行を舞台にした小説にしてもだけど、ほんとに北半球ってのはすごいね。

超一流の大学を卒業した、やる気の塊のような連中がしのぎを削りながら他人より頭一つ飛び出そうと一生懸命に働いている。

ただ面白いのは、そうやってがむしゃらに働いている人たちに「お金持ちになったらどうするの?」って聞くと、大体が「そうさな、早いとこ、出来れば40代半ばでリタイアして南太平洋の小島でのんびりと釣りでも楽しみたいな」って言う。

うん、それ、今すでに南太平洋の小島で多くの人が若い頃からそうやって人生を楽しんでますよ、ニュージーランドでさえ残業せずに土日休み年休は一ヶ月取り更に月曜日の朝は腹痛のふりをして週末の魚釣りを続けている人もいますよ。

う^ん、北半球の人みたいにがむしゃらに働いて家族が壊れて、カネがたまって小島で生活、、んん、どうなんかな、南半球の人間の方が人生の楽しみ上手なのか、北半球のエリートビジネスマンが実行したいと切実に望んでいる生活を20代から実現している、ある意味まともなのかもしれないな。

てか、カネだけが人生じゃないって、赤道を越えるたびに毎回感じれるぼくも、多分幸せ組(良い意味でも悪い意味でも・笑)なんだろなって思う。

さて、そうは言ってもある程度は働かねば食えない。今回の出張の報告を各部署に行い、これからの進め方を打ち合わせする。

さ、北と南のビジネス温度調整だ。皆には北の温度を伝えて熱くさせて、僕は南の温度で頭を冷やす。






tom_eastwind at 18:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年06月01日

リバースモゲージ

リバースモゲージ

ヨコモジをカタカナで書くとめんどくさいな。リバースだけならまだしも、モゲージなのかモーゲージなのかモゲッジなのか、表現に困る。

そもそも英語をカタカナで書こうとするから無理が出る。最初からReverse Mortgageと書けば良いのだが、読むほうからすれば意味だけでなく発音までが分からなくなるので仕方なくカタカナ表現にしているのだろう。

けど、だったら最初から日本語で書けば良いではないか。逆住宅ローンとか持ち家担保ローンとかで表現出来るんじゃないか?

まあいずれにしても日本の銀行が2000年頃から始めたビジネスモデルであり、都内に土地付き住宅を持つ人が住宅を担保として銀行からカネを借りて、本人が死んだら住宅を銀行に売ってローン返済する商品である。

これから相続税が一気に上昇するので都内に住宅を持っている人は、おそらく相続税として住宅まるまる一軒持っていかれるだろう。相続税の基礎控除5千万円って枠がなくなり最高税率70%になれば、都内で評価額が2億円くらいの家に住んでいればほぼ確実に現金が1億円以上必要になる。

けどそんな現金を持っていないのが普通だから当然住宅を売却して納税しないといけない。そうなるとせっかく親が頑張って働いて作った資産もすべて相続で失ってしまい子供に何も残せずに終わりである。

だからそうなる前に予め住宅を担保にして銀行からオカネを借りておきましょう、自分が生きているうちに豪華客船で海外クルーズとかレクサス買うとかして自分の人生を楽しみましょうぜと言うわけだ。

これは政府としても景気浮揚対策なのかな、個人にカネを使わせて消費税から取っていく、みたいなビジネスモデルかもしれない。

節約して生活しても結局相続税で取られるなら、生きているうちに自分で使い切ったほうがましなのは間違いない。

貸出額の上限や利用方法に限定はあるようだ、また金利分は生きているときから返済が必要だが、うまく使えば資産の有効活用になる。相続対策としても有効活用出来る。こういう商品は出来たばかりのときが利用者にとっては一番使いやすい。設定者、つまり銀行側が商品に慣れていないのでけっこうこちらのいい分がとおったりする。

今までもこの商品は存在してたのだが、あまり宣伝もされずに活用もされてなかったとの事。つーことは2〜3年もすれば銀行も賢くなって彼らの儲かるように仕組みが変更されて、さらに1年くらいすれば利用者が本格的に節税に利用し始めて、そして政府による停止と言う流れだろう。

だからそれまでにうまく使っておく必要がある。

日本では東京スター銀行が取り扱っているようなので、一度問い合わせてみれば面白いのではないか。べつにぼくは東京スター銀行の回し者ではないけど、たまたまインターネットで検索してたら真っ先に出てたのがここだっただけで、他の銀行でも扱っているところはあります。



tom_eastwind at 18:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌