2010年10月

2010年10月29日

初陣 隠蔽捜査3.5 今野敏

竜崎伸也シリーズの第三巻と第四巻の間のつなぎで出た本。短編集であり、主人公と彼を取り巻く人々のサイドストーリー。

なんか、踊る大走査線でゆーすけや柳葉がサイドストーリーを作って枝葉を広げたかったのか、つまり売上を出したかったのか?

既出の短編を集めて一冊にしているのだが、これ単独で読んでも意味が分からないし面白くもない。かと言ってシリーズを読んでる人間からしても、「ふーん、これでカネ取るんだ」って感じ。

だったら第四巻が出るまで大人しく待っててもよかったんだけどね、べつに、ほかに面白い本たくさんあるわけだし。

本屋にしても今野敏の新作だからと宣伝するのであれば、君らは出版社の味方であり読者の敵かと聞きたい。

ぼくら本好きは忙しい時間の中で見知らぬ本を選ぶわけで、そんな時に書店の評価は大事である。

この作品が三連休に読んだ本の一番最後になったのは、「うーん、どうなん」と思ったからだ。

シリーズを読んでいる人にも読んでない人にも、あまりお勧めではない。

それにしても2.0とかにあやかったのか、この3.5ってのは?はっきり言ってタイトルの付け方がみっともない。朝のエンタメテレビじゃないんだからって感じ。


初陣 隠蔽捜査〈3.5〉初陣 隠蔽捜査〈3.5〉
著者:今野 敏
新潮社(2010-05)
販売元:Amazon.co.jp
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tom_eastwind at 15:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月28日

トリプルA 黒木亮

三連休の間に読んだ本が4冊5巻。このトリプルAだけ上下巻だった。もう一冊は隠蔽捜査3.5なんだけど、4冊全部読み終わっての感想で言えば、今回はこのトリプルAが一番よかっただ。

ぼくがニュージーランドでファイナンスビジネスを扱うようになったのは1999年、日本の外為法改正以降だ。それまでは原則日本人が海外でお金を動かす事は出来なかったのが、この規制緩和でビジネスチャンスが出てきた。

そこでぼくが思いついたのが円(建て)送金である。今でこそどこの会社でも取り扱っているが1999年に当社が初めてこの市場を立ち上げたときは周囲は非難ごうごう。

てかイーストウィンドってのは後発のくせに既存市場をかき回すようなビジネスを作り出してどういうこっちゃと言うことである。

現地日本人向け情報センター設立の際も、当社が参入するまではどこも有料だったのが、当社が無料情報センターを立ち上げた時も大騒ぎ、あんな業界秩序を乱す奴なんてたたき出せ!みたいな勢いだった。

要するにそれまでの業界は椅子に座って黙って飯が食えることだけを努力もせずにやって何の新しい顧客向けビジネス提案もせずに放置してきたのが、それをいちいちぶち壊してきたこちらのやり方に相当頭に来てたわけだ。

そして円送金を始めた際も周囲のカラスはカーカー鳴いて「あそこにお金預けたら盗まれますよ〜」なんて平気で誹謗中傷していたものだ。

だったら自分の頭で学生の送金の受取額がもっと増える手段を考えなよ、そういう事は何もせずに他人の悪口ばかりのどうしようもない状況だった。

そこで僕は方法を変えて、競合他社に円送金の仕組みをあえてすべて説明した。するとそれまでの非難ごーごーはピタっと止まり、翌月からすべての留学会社が「当社の円送金はお得です!」とやり始めたのだ。

まあ市場なんてそんなもんだよな、むしろこの方が、当社一社で疑われながらやるよりもニュージーランド全体としての信用が付くからいいよなって思ってたら、それが次第に豪州やカナダまで広がったのは面白かった。

いずれにしてもファイナンスビジネスはすべて目の付け所であり、何かを仕入れて加工して何かを売るというビジネスモデルとは全く違う。

それからニュージーランドと日本の法律の違いなどを勉強しながら商品を広げていったわけだが、サブプライム商品など南半球から見る北半球のビジネスモデルは分かりにくかった。

何故ならぼくのやっているビジネスと言うのは顧客の利益のためであり、顧客が最終的に利益を失うのであればやっちゃいけない、そんなごく当たり前の常識が頭の中にあったからだ。

ITバブル崩壊はあまり影響がなく、「あ、痛い(イティ)」なんて冗談で済ませていた。

けれどリーマンショックはさすがに南半球の小島まで小波を送ってきた。何故大波津波でどこの家もどぼんと沈むにならなかったのか。それは非常に下らない理由だが、当時のNZ銀行界ではCDSの意味が理解出来る銀行マンはおらず、北半球から売りつけに来た証券会社に対して銀行は「よく分からんからやめときます」とやったのだ。

結果的にこれが成功でニュージーランドはいち早く市場が立ち直り、最近は海外からの投資が膨らんでいる。北半球で痛い目に遭った人が、小銭を南半球の安全な市場で運用しようって感じである。

その為銀行も定期預金レートを上げて外国からの資本を取り込みにかかっている。いずれ北半球が全面復活するまではニュージーランドで小銭市場が動くだろう。

そんなこんなだったリーマンショックだったが、ぼくにとって今一不明だったのは格付け会社の存在だった。ロンブーの格付けならよく分かるが、ムーディーズやS&Pが何をやっているのか、何故そうなるのかなんていくら聞いても分からない。

ましてや彼らが格付けをしたサブプライムやCDS商品なんて、何でそうなるおで意味不明のままだった。

そりゃそうだ、最初から素人には分からないように設計してあったんだからってのがわかったのはこの本を読んでからだ。

どんな難しい手品もからくりを見れば「あ、そうか」である。けれど何より怖いのは、こんな詐欺手品に北半球の証券のプロたちが騙されていたわけではないって事だ。彼らは分かってやってた。いずれこの商品は吹っ飛ぶ。だから早いところ売り抜けて手数料だけ稼いでおけ、残された客?知ったことかってわけである。

ニュージーランドでこれ売ったらおそらくどんな法律を後付けで作ってでも政府は犯人を牢獄にぶち込むだろう。

改めて北半球のファイナンスビジネスの怖さを感じたが、良い勉強になった一冊。



トリプルA 小説 格付会社(上)トリプルA 小説 格付会社(上)
著者:黒木亮
日経BP社(2010-05-27)
販売元:Amazon.co.jp
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tom_eastwind at 14:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2010年10月27日

Union is Back !!!

0db9b6cf.jpgピーター・ジャクソンと言えばキーウィで知らない人はいないくらいの有名な映画監督で彼が作ったロードオブザリングスが大ヒット、この映画が公開されてから毎年毎年アメリカから来る観光客が増えたのは有名な話だ。

特に映画の舞台となった地域や米国人の増えたレストランでは米国人向けに「One Bill Per One Table」とサインを出すようになった(分かってる人は笑う)。

その後もピータージャクソンは精力的にニュージーランドを映画の国とするべくウェリントンにWETAという撮影スタジオを作って海外からの映画製作を獲得してきた。

もともとなんでハリウッドがニュージーランドで映画製作をするようになったかと言えば、最初はまず製作費用の安さ、そして大自然の豊かさをそのまま映画に使えるのでムダなSFXが必要ない、そして俳優やエキストラもたくさん集まって皆フレンドリーだったからだ。

米国で映画を作ろうとすると費用の高さや規制の厳しさ、そして労働組合の強さがあり、もうこんな所で映画を作りたくないよなって考えた連中が太平洋を渡ってニュージーランドにやってきたというわけだ。

もちろんそれには伏線もあり、シドニーを舞台に使ったマトリックスの成功、ニュージーランド出身の俳優であるサムニールなど人々の好印象、そしてロケハンをした際の現地スタッフの製作能力の高さである。

このような要素が合わさって21世紀になってニュージーランドで製作される映画が増えてきて、政府としてもこれから映画産業をもっと発展させようとしていた時にLabourの問題が発生した。

それはLabour Union、つまり労働組合である。

ニュージーランドで映画を作る際の労働者の権利を守るだとか様々な規制を持ち込んできて、それをWETA社に承諾させるように迫ったのだ、労働組合幹部を背後に置いて。

俳優組合は自分たちの立場をコントラクター(契約労働者)ではなく被雇用者にしてくれと要求する。その方が俳優の支払う税金が安くなるからだ。そして映画が成功したらその配当も寄越せと言う。おいおい、カネを払うときは相手に全額ださせておいて、成功したら配当寄越せってかい。君がそれほどの俳優なのかいと言いたくなる。

本来は民間で話し合う問題であるがニュージーランド政府がハリウッドと俳優組合の仲介に入ってきたのは、ここで外資からの投資を逃がしてしまい、NZは組合がやばいぞなんて評判が立つと今後の外資取り組みに大きな問題が出てくる。

そこでジョン・キー首相自らこの件で組合の意見を聞き、「けどさ、そんな事言ったらこんな田舎の国、誰も来ないぜ、結局バカな要求をして自分で職場を失なうような真似をしても意味はないだろう。それよりも大事な鶏を大きく育てて皆でたくさんの卵を食えるようにしようぜ」

ニュージーランドが世界から隔離されてすべてが自給自足だった時代には効果のあった組合であるが、今のように自分のライバルは外国って時代になると、ハリウッドからすれば「え?あ、そ、ニュージーランドはあまり映画作りに興味がないんですね、それよりも目先の労働条件が大事なんですね、じゃあ仕方ない、他の国で映画を作りましょう」となる。

書き出すときりがないけど、ニュージーランドの労働組合の発想は経営者は敵であり彼らの利益をどれだけこちらに取るかが大事だと考えている。その為にストライキを打って企業が倒産して職場がなくなっても、その時は政府が失業保険で賄ってくれる、本気でそういう発想を持っている。

1800年代のロンドンでは確かに経営者が労働者を搾取しており、経営と労働と言うよりも搾取し続ける支配者と自由を求める奴隷の戦いみたいな環境であった。

貧しい人が虐げられる矛盾を見てきた英国貴族の子供たち、特に頭の良い連中は世の中を平等にする為に考えて、必然的に共産主義を受け入れて、彼らにニュージーランドの統治を任された時に、この国を労働者天国にしようとした。

そこまでは何の間違いもない。そしてその労働者天国と言う壮大な実験は1950年代までは見事に成功して、当時のニュージーランドは英国民に「カネが欲しければニュージーランドに移住しろ」と言わせるくらいであった。

しかし、これも結局時代の波である。その後にニュージーランドを襲った国際化の波ですべての環境は変化した。今まではNZ産の羊毛が高くても他に買うところがないので仕方なかった国際市場に新規参入した南米市場が、羊毛だけでなく食肉までもNZ産を駆逐して、遂にニュージーランド経済は崩壊した。

デフォルトを起こした1980年代初頭、これではいけないと自由化政策に舵を切った労働党は1984年の選挙で勝利しデビッド・ロンギ首相とロジャーダ・グラス蔵相率いる経済改革が実行された。

1980年代にはまだ組合が強くなかなか経済改革も進行しなかったが1989年に国民党が政権を取り労働組合法を改訂させて、組合の持つ職場立ち入り権、労働者の代わりの団体交渉権などを次々と廃止して実質的にニュージーランドの労働組合は崩壊した。

その結果として1990年代初頭から多くの起業家が現れて今までのニュージーランドでは労働規制で実施出来なかった新しいサービス産業が勃興した。

そして1994年から単年度経済は黒字化して、つい先年のリーマンショックまで黒字は14年間続いた。

ところが2000年代に労働党が政権を取るとまたも労働組合の権利を広げようとする人々が政権に働きかけて交渉権を獲得し、当時の新聞には「Union is Back!」と書かれたものだ。

もちろん労働者の権利は守らねばいけない。しかしその為に肝心の職場が失われてしまえばどうするのだ?こういう単純な事も分からないのか?

普通に考えればそう思うだろう。ところが労働組合のトップと言うのはロシアがソビエトだった時代に世界を全部共産主義にしようとした連中だ。彼らからすれば革命の途中にちっちゃな国が一つぐらい潰れてもそれは歴史的必然である、くらいの感覚である。

そして現場で旗を振っている組合員は共産思想を学んだわけでもなく歴史を学んだわけでもなくとりあえず「おい、ここで旗振ってれば時給が1ドル上がるぞ」と組合幹部に唆された頭の悪い連中である。

自分たちが旗を振った結果として企業が海外に出て行けばどうなるのか、そういう二段階の論理で考える事が出来ないのだ。彼ら組合員は、腹が減れば目の前の金の卵を産む鶏でも殺して食ってしまう程度の知能なのだ。

今朝もニュースで俳優組合のインタビューをやっていたが、アナウンサーの女性が明らかに不快な顔で「で、それでハリウッド撮影所が海外に移転して、あなたは後悔することはないんですね?」と質問していた。答える俳優は「ん、え、っと、後悔、しないよ」とかんでた。

世の中にはちょっと考えれば分かるようなことを分からない連中が多い。ニュージーランドも世界の一員として国際的な立場を考えて、何が自分の売りであるかを理解して動かなければその将来はない。

ジョン・キーとしては今週中にこの問題に結論を出す予定との事だが、俳優組合事件で実は一番腹が立っているのはジョン自身ではないかと思う。

何故なら彼は日本の明治維新で言えば維新前夜から広い世界を実際に見てきて世界の大きさを理解して、ちっちゃな国が生き残っていく為には細かな舵取りが必要だと分かっているのに、肝心の足元でこんなバカどもが折角の映画産業を潰そうとしている現状を見て歯噛みをしているだろうからだ。


tom_eastwind at 13:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZニュース

2010年10月26日

教科書の教える歴史的事実とは

f2aed603.jpgAとBと言う事実の中にこっそりと自分の利益になるCと言う嘘をはめ込んでおいて、Aは正しい、Bも事実、だからCも当然間違っていないと思い込ませる技術はどこの国でも「学校教育」と言う方法で利用されている。

連休のオークランドは、こんな短い休みなら自宅でゆっくりしたり友達と美味しいディナーを楽しんだ方が良いと思っている人々と、短い休みでさえも旅行に行く心の余裕がないジャンキーが共存している。

りょうまくんを連れてASBショーグラウンドに行く途中、高速道からグリーレーンに入るのだが、レクサスとかを余裕を持って運転しているファミリーマンは急ぐ必要もないので安全運転だが正確にハンドルを切っている。

ところが薄汚れてシートもはげかけたような車に、何日も風呂に入ってなさそうな汚い顔つきと、顔に合わせたのだろう、ぼろぼろの襤褸をまとって運転している連中はどうしようもない。

ぎゃーぎゃー騒いだり周りの車に中指立てたり、数は少ないんだけどだからこそ一層馬鹿が目立つ。こういう連中は自分が落魄れて馬鹿なのは世間が悪いと本気で思ってるし回りにいる幸せそうなすべてが頭に来るから、近くにいるものすべてを対象に怒りと場傘加減を振りまいている。いやいや、たしかにこんな連中ならアジア人の車に生卵をぶつけるくらいの事はしかねないね。

幸と不幸が隣り合わせのオークランドの三連休だが、りょうまくんを連れて行った先のASBショーグラウンドではこの連休に「アルマゲドン」と言うテレビゲームやアニメの祭典をやっている。

以前はこの祭りはシティのアオテア広場で開催されていたのだが規模が拡大してこちらに引っ越してきた。競馬場に隣接する設備で広々としたスペースを取っており、PS3の新作ゲームのデモだとかとにかく色んな催しがあるので楽しい。

でもってこういうゲームを作ったのは日本人だし、世界の中でも日本人は道徳が高いし勤勉で嘘をつかない人種だという事で好意的に見られている。

けれど日本人の弱い点はこうやって真面目にやってれば何も言わなくても誰かが見てくれるという内向きの期待感である。だから何かあった時に自分の意見を主張も出来ない。

車で自宅に帰る途中の事だ。奥さんと龍馬くんとぼくの三人でたまたま何かの話をした時に「でもさ、お父さん、日本だって中国で女を強姦したじゃないか」って言い出した。

中国人の奥さんに日本人の旦那さんが行った行為を強姦と呼ぶわけはないので何のことかと一瞬考えたら、あ、そうか、この子は最近学校で少しづつ世界史を学ぶようになってきて、そのWW供並萋鷦\こβ臉錙砲旅猝椶覇邉大虐殺の話をしているんだと分かった。

さすがに奥さんが先に怒るような顔をしたが、こんなのをそのまま怒ってもどうしようもない。

なぜなら龍馬くんの頭の中には学校の先生が話をする正しい事の一環として南京大虐殺があったと学んでいるのだから、そのままの状態で「違う!」なんて言っても意味はないし、歴史は勝者によって都合よく書き換えられるなんて一般論を話しても、ますますこんがらがるだけだ。

だからぼくは彼の一週間の授業の中で南京大虐殺がどの程度の時間を割いて先生が話をしたか、どこまで歴史的資料を用意して説明したかを推測しながら話した。

「ねえ龍馬くん、その話は面白いけど、ちょっと教えてよ。当時の南京の登録された人口は20万人で更に日本軍が攻撃してくるとなった時点で多くの民間人は郊外に逃げたんだよ。計算してみようか、20万人しかいない場所でどうやって30万人を殺す事が出来るの?」

彼は少し頭の中で考えてから、「ふむ、そりゃそうだな」と返す。

そして次に多くの民間人が殺されたとの項目について「民間人が殺された場面を見たのは誰だか知ってる?それは当時南京に駐在していた欧米のジャーナリストや大使館員だよ。竜馬はゲリラって分かるよね。そして当時の戦争の法律ではゲリラは戦闘員ではないので捕虜ではなくその場で殺された。これは平時に民間人が誰かを殺したら裁判にかかるのと同じだよね。中国政府は便衣兵というゲリラを使って民間人のふりをして無防備の日本兵を殺すような事をしたんだよ、そしたら当然その場で殺されるよね。それを見たジャーナリストが日本軍が中国の民間人を殺したって書いてるだけで、それにしても死体の合計数が合わないよね」

「それからもう一つ。もし30万人もの民間人が殺されたのならそんなのは大事件だよ。ところが日本軍が南京を攻略した時に駐在していた欧米のジャーナリストの誰一人としてそんなニュースを本国に送ってないんだよね。そして戦後最初に裁判で南京虐殺の話が出た時も死者は精々数万人だった。ところが日本が発展して中国が共産主義の失敗を重ねて、例えば1950年代の大躍進で数百万人の餓死者を出したり1960年代の文化大革命でこれまた数百万人の中国人が殺されるたびに南京の死者も増えていったのさ。これって面白くないかい?」

ここまで言うと竜馬も少しは考えてるようで、ちょっと苛苛しながら「だったらお父さん、正しい歴史を教えてよ!」と言うことになった。

願ったり叶ったりである。最初からその積りで13歳の子供相手に議論しているのだから、相手が見事につぼにはまってくれたのはうれしい。

しかし考えてみると、学校で子供がどんな事を教えられているのか、または教えられてないのか、ぞっとする話である。

自宅に一度帰ってから近くの本屋に行き世界地図を2枚買ってくる。歴史の本は一冊分厚いのがあるので、あれを引っ張り出そう。

そういえば半年くらい前にこの歴史の本を使って龍馬くんにヒトラーの説明をしたことがあるな。あの時も英語の説明文に何だか少し変な感じがしてた。戦争の勝者である英米によって敗者であるドイツが裁かれて、多くの歴史的事実の中に英米の役に立つような嘘、つまり二度とドイツが立ち上がれなくなるような項目を組み込んでいた奇妙さ。

いざ日本の戦争の話になって実感したのだが、やはり英米の情報戦略はすごい。こうやって子供の頃から英米思想が正しいと徹底的に教え込んで、しかしその根拠は示さない。子供だって難しい事は分からないからクロスチェックなんて出来るわけもなく信じ込んでしまい、大人になる。

歴史を学ばない怖さである。15歳で卒業してしまえばおそらく子供たちの殆どは日本=南京大虐殺と思い込むであろう。

ただ問題は外国で学ぶ歴史の間違いだけではない。日本では親が正しい歴史教育と、外国人相手の思い込みに対して冷静に反論出来るだけの知識を子供に身に付けさせているかという点である。

よくある話だが、キーウィのホームステイをしてて話がたまたま戦争のこととか鯨の事になると日本人は殆ど反論出来ない。英語が出来ないのではない、自分でそういう国際問題を整理して他国の人々に説明する訓練を受けていないからだ。

とくにアジアでも中国奥地の若者はまともな教育も受けていない上に江沢民時代に反日思想を叩き込まれているから、クロスチェックもせずにそのまま信じているからタチが悪い。こういう連中が集まって大声でぎゃーぎゃー言って来たら、いくら反論してもどうなるものでもない。

バカには近寄るなが基本である。ただしどんな時でも耳を傾ける人々はいる。彼らに対して歴史的事実と科学的事実を説明した上で、「今この場で私の言う事を信じろとは言いません。あなたも長い間信じてきた事をこの場で訂正するのも辛いでしょう。けれど少なくとも、誰かが何かを言って来た時にそのまま真に受ける事だけはせずに、必ずクロスチェックするだけの訓練をしましょう」と言えば良い。

それにしても歴史の訂正って大変だな、自分の子供相手でもこれだけ大変なのに一つの国家の国民全体を相手にこれをやるとなると個人の手に負える作業ではない。

まあ、やれるところからやっていこう、まずは壁に世界地図を貼って、龍馬くんに「何でアフリカの国境って川や山に関係なくこんなにまっすぐになってるんかな〜」くらいのところから始めよう。



tom_eastwind at 13:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月25日

コーンウォール公園にて

cc27dc5e.jpg三連休の間にちょっと時間があったので半年振りくらいにコーンウォール公園に立ち寄る。

この公園は元々マオリのものだったのを当時のオークランド市長のローガンキャンベルが取り上げて自分のものとして、本人が亡くなる際にオークランド市に寄付したものだ。

広々とした公園には羊がいたり、いかにも普通の日本の人が想像するニュージーランドの、「あの景色」である。

バーベキューはキーウィ文化のかなり大きな部分を占める。彼らは何はなくてもまずは家族や友達と週末のバーベキューを楽しむ。

それにしても屈託のない顔だな、まさに明日の事は明日考えようってところか、それとも今日を思いっきり楽しもうってのか、も、もしかしたら今の時間だけを楽しんでるのか。まあ何にしても楽しみ上手なのは大したものだ。

近くを見ると中国人の若者もあちこちで10人単位でバーベキューを楽しんでいる。ちらっと言葉を聞いてみると、あ、彼らは香港から来た若者だなってのが分かる。

香港もあんなちっちゃな島でありながらバーベキューが盛んだ。普通の日本人が観る機会はまずないと思うが、香港島南側の岸壁沿いや砂浜の端っこあたりは週末になると近くのスーパーで買ったBBQセット(肉、ソーセージ、野菜、大きい鉄串、プラスチック皿、フォーク、油、炭、新聞紙、要するに手ぶらで楽しめる)を抱えた若者がぎっしりである。

砂浜の端っこあたりでバービー(BBQの略称)をやる若者たち、これは一種の合コンであり、女は男の働き具合と脳みその程度を確認しながら、男は何も考えずにひたすらに“誰かに当たれば!”とやってる。

そのうち道化も出てきて、海に飛び込む男の子も出てくる。これは多分年齢ではなく男はいつまで経っても男の子であると言う普遍的理論の少年期における証明であろう。

男がバカなのは洋の東西は関係なく、コーンウォールのバービーサイトでもキーウィの男の子たちが広い芝生を使ってボール遊びをしながら、バービー台の近くに固まってくすくす笑いながら男の子たちを指差してるのを見て「お、おれだ!」とかぬか喜びしている。

彼らだって明日のことは分からない。洋の東西を問わず、明日の事は誰にも分からない。誰かが言ってたな、”Tomorrow Never Comes”。
日本人の弱い点でもあるのが明日の事をまず考えるという思考回路だろう。もちろんこれは大事だ。今日生き残っても明日の食料がなければ意味はない。日本人は段取りと言う発想が出来るが、これは世界を見渡すと出来ない人種の方が圧倒的に多い。こうなったらこうなる、と言う考え方だ。

例えばキーウィで言えば、彼らはちょっとビールを飲んでから中華料理レストランに行くと卓の上にある回転テーブルを「いえー!」と言いながら勢い良く回す。当然テーブルの上の醤油も塩も胡椒も見事に周囲に飛び散るわけだが、床に散らばったしょうゆを見て初めて「ありゃま?」と言う顔をする。

素直で素朴なキーウィではあるが、段取りを付けるのは本当にへたくそだ。けれど人生を楽しむって意味では、彼らは間違いなく楽しみ感情指数は高いと思う。

ちょっとしたバービーでも喜び、大変なことがあっても結構けろっとして、先のことは悩まない。もちろん限界があるけど、それでも普通にニュージーランドで働いているキーウィであれば、彼らの毎日の中で起こることは限定的であり、日本のように毎日新しいことが起こるわけではない。

だから毎日が同じ事の繰り返しだけど、それが彼らにとってはストレスのない楽しい生活であり、実際に東京に行ったキーウィの若者があまりの喧騒にノイローゼになってニュージーランドに戻ってくるという話もよく聞く。

明日は明日があるさって考えて今日を楽しむキーウィと、明日はまたあれやってこれやって、あ〜あ、会社行きたくないななんて考え込んでしまう日本人と、どっちが幸せかな。

tom_eastwind at 13:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月24日

Labour day start !

41db0825.jpgニュージーランドの三連休が始まった。労働者の日である。英語ではLabourだが米語ではLaborと書く。何で米語でUがないのかと言えば、米国人はmeは大事だがyouはどうでもよいのだそうだ(冗談です)。

今回はオークランドに残ってのんびりする家庭も多いようで、レストランはどこも結構賑やかだ。うちはクイーンズタウンの学校に通ってるみゆきが戻ってきているのでオークランドでのんびり過ごそうという事に決定。

初日の金曜日に家族で訪問した創作日本料理店「ZEN」も夜7時の時点でほぼ満席。地元のビジネスマン家族があちこちで家族単位で集まってわいわいやってた。それにしても白人は、ワインとビールは水か何かと勘違いしていないか?

確かにビールのスーパーでの特価が水の価格を下回ることがあるけど、だからと言って水みたいに飲む必要もない、そんなに飲んでるからニュージーランドの中年男性の罹り易い三大病気に「GAUT・痛風」が出てくるんだぞって感じ。それでも皆楽しそうに飲んだり食ったりして、楽しい金曜日は過ぎる。

土曜日から月曜日までがまるまる三連休で、この期間にはオークランドですっかり定着した子供向けショー「アルマゲドン」がASBスタジアムで開催される。

元々はシティのアオテア広場で開催されていた子供向けアニメやゲームの祭典だったのが、最近はますます規模拡大して大きなスタジアムを3日間借り切って、アニメ、ゲームだけでなくトータルで子供が一日中過ごせるように仮設遊園地、フードコートも出来て準備万端である。

会場にはアニメの主人公の仮装衣装を楽しむキーウィや派手なフェイスペインティングで楽しんでる子供もいる。抜けるような明るい空の下で子供たちの熱気と付き添う大人たちのリラックスした雰囲気が会場中を駆け巡っている。

そんなところに、まるで蛾が光に吸い寄せられるようにりょうまくんは「ぎゃおー!」とか叫びながら飛び込んでいく。その姿はまさにギャオーで、車を降りるや否やぼくの手を引っ張って、「お父さん、君は何でそんなに歩くのが遅いのかい!」と、いつもは一番歩くのが遅いりょうまくんが言うのだから笑うしかない。さすがに日本のアニメとゲーム、集客率は抜群である。

入場料は20ドル?だっけな、普通の映画が16ドルなので見世物の数を考えれば随分安いけど、会場内で子供たちにお金を落とす仕組みが、それはそれはしっかり作られている。会場のあちこちで気に入ったおもちゃを抱えて泣いている子供と途方にくれた顔のお父さん。

PS3の新ゲームもデモで出ており、りょうまくんと僕は行列に並んで10分程度でステージの上でりょうまくんとゲーム対戦。行列は日本ほどではなく常に10組くらいがお父さんと息子の組み合わせで大人しく並んで、ステージ上の親子の戦いを笑いながら見ている。

それからあちこち見て歩いたりゲームで遊んだり、ちょっと疲れたら仮設フードコートでコーラとホットドッグの簡単な昼食。そしてまたあっち行きこっち行きして、合計で5時間ほど過ごしたがさすがに後半は足痛いし。

その中で面白かったのが写真に出てくるニュージーランド軍のコーナーである。写真は陸軍のコーナーで空軍と海軍が並んで出店している。

軍隊の出店とは何じゃ?と思うかもしれないけど、ニュージーランドにおける軍隊は命を賭けて国を守る第一線の人々であり、日本のように隠れてどうのこうのとか自衛隊性悪論は一切ない。

空軍の出店では輸送機?か何かのシュミレーション装置を持ってきて実際に子どもに使わせている。空軍はすでにジェット戦闘機を持っていないのでいわゆる他国で言う空軍ではなく、陸軍及び海軍に付属する輸送部隊という感じだろう。

海軍の出店では魚雷の現物と対潜ミサイルを展示している。陸軍では実際に使用しているマークスマン用の狙撃シュミレーションを子供たちに解放して遊ばせている。

面白かったのは10名くらいの陸軍兵士が来ていたのだが、そのうちの二人は実際に戦闘で使用する自動小銃を持ってきており、更に一人は戦闘迷彩までびちっと決めてて、彼らの目の前の机にはリクルート用紙が置いてあったってこと。

つまりここはゲームソフトやアニメーションの祭典であるに関わらず、「おいおいそこの君、そんなにゲームが好きならちょっと軍隊に来ませんか?」と言う感じで勧誘していることだ。

陸軍のリクルート用紙でも狙撃兵などの第一線で戦う兵士もあれば、兵站補給としてドライバー、調理師、洗濯担当なども募集している。そうか、入隊したらなんでもやれって言う日本式ではないんですな、軍隊と言えど一応縦割りで日常の作業は決まってるんですな。

それにしてもアニメやゲームソフトに軍隊が出店してリクルートするのも面白いな、日本じゃすぐ誰かが足を引っ張るだろうな。

そのうち女性の兵隊さん二人が新作ゲームの行列に並んで、軍服姿のままで音楽に合わせて楽しそうにきゃーきゃー笑いながら踊りだして回りも大拍手。いいよな、こういうの。

それからもりょうまくんはあちこち見てまわり、奥さんから「NO“!」が出るまでぎゃーぎゃー言いながら楽しんでた。

今週は三連休でオークランドにいるってこともあり、昼間は家族と遊び、夜は連休に合わせて買い込んだ本をたっぷりと夜中まで楽しむ。なので順番が前後になったけど、読んだ本については2日前からのブログに掲載。


tom_eastwind at 07:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月23日

張り込み姫 君たちに明日はない3

垣根涼介作品。すでにテレビ化されたが、君たちに明日はないシリーズは、どちらかと言うと今の20代から30代の人々に対する、先輩からの明るいメッセージと言う感じかな。

今の社会のシステムに組み込まれて自分個人ではどうしようもなくて、けど何か違う、そう感じてる人々に向けてのメッセージだ。

会社に残るのも一つの生き方、辞めるのも一つの生き方、けれどその結論を出す時に必要な能力は君が高学歴であるかとかじゃなくて、明日があるかどうか分からない人生だけどそれでもきちんと自分の人生を考えて自分が何をしたいのか、何で自分は生きているのか、そういう事を徹底的に考え抜く感情と思考回路である。

この場合の思考回路は他の本では地頭(じあたま)とも書かれているが、正しい答が予め設定されている試験や大学の成績とかじゃなくて基本的に答えのないものを自分で考えてみる能力とか、目の前で起こっている現象を世の中のほかの現象と比較して果たしてこれは正しいのだろうかと疑問を持ち、目の前の現象を考え抜いて必要な情報を多方面から収集して自分なりに答を出す能力だ。

今作は前二作と比べて少し大人っぽくなった感じのろくでなし真介であるが、それでも時折見せるバカ面はあいも変わらずだ。

これもボーダーと同じでメッセージ性の強い作品ではあるが、ワイルドソウルやヒートアイランド系のぐさっ、さあどうする!と来るような強さはなく、学校で教えている事は世の中の事実の半分であり残りの半分は自分の手で掴むしかないよ、今なら間に合うよって、やさしく教えている。

ヘビーな垣根ファンにはちょっと息抜きに良いし、彼を知らなかった人が本を読む入り口として読むには丁度良い軽さの作品。

★この本は三連休の間に読んだ2冊目の本です。


張り込み姫 君たちに明日はない 3張り込み姫 君たちに明日はない 3
著者:垣根 涼介
新潮社(2010-01-15)
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tom_eastwind at 09:32|PermalinkComments(0)TrackBack(1)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2010年10月22日

ボーダー 垣根涼介

垣根涼介のヒートアイランドシリーズ第四弾。

垣根流のいつもの軽い現代的な言い回しで調子よく書かれているが、実はテーマは重い。その重さは、何でこの本が商業的に売れるのか不思議なくらいだ。

それはワイルドソウルでもそうだったし、彼の本全体に通じる事でもあるが、よく読んだら実はとんでもない事かいてて、「さあ、君はどうするんだ?」と読者に呼びかけている。

その呼びかけを理解しないで読むのか、理解した上でそんな呼びかけを無視するのか、それともその呼びかけに応えるのか?

雅の元サブリーダーであるカオルは東大生になった。その大学で同級生となった中西とは、何故か気の合う部分がある。カオルも中西の親も世間で言えば社会的地位の高い有名人である。

カオルはある偶然をきっかけに中西を連れて昔の根城の渋谷に戻る事になり、封印されたはずのファイトパーティの現場に3年ぶりに足を踏み入れ、そして事件は始まる。

中西が自分の身元を語る部分がある。

「世の中にはシステムの人間ってのが、いるんですよ」
「システムの人間?」
「世の中の制度、あるいはレールから外れずに、ずっと生きていく人間と言い換えてもいいです。進学、就職、結婚、出産、マイホーム・・・既存のシステムにのっかって生きていれば、根本的な生き方を自分の中に問いかけるようなキツイ人生を送る必要もない。そしてそれを、無意識のうちに選ぶ人間です。家庭人として、あるいは社会人として優秀とか、優秀でないとかは関係ない。いい人とか、いい人でないとかも関係ない。そういう次元とは違う問題です。無意識のうちにレールに沿った生き方をする人間がいるという事実です。それを傍目から見れば、安定した賢い生き方だという人もいる。実際、賢い生き方でしょう。でも、往々にして本人の肝心な中身は、空っぽであることが多い。ずっと昔から、自分への根本的な問いかけを拒否しているんですからね」

ボーダーと言う作品をどう評価するか?ヒートアイランドも第四弾になってそろそろマンネリ化したと言うかもしれない。確かに今までの垣根作品をまとめるような書き方になっており、ファンにとっては「ほう、このパズルがここにはまるのか」とうれしく納得も出来るが、これが一冊めの読者には評価が分かれるかもしれない。

しかし垣根作品は基本的に読者に評価を求めるというよりも、読者をけしかけている面がある。「おい、どうするんだよ、おれの本を読んだ後でも今のだらだらした生活を続ける積りなのかよ」と。

会社や親などの他人任せの自分のこじんまりした生活を守れるかどうかも分からないような状況なのに自己努力もせずに毎日愚痴ばかりこぼして、明日は今日と同じだろうと何となくぼんやりと予想しているんだろう。

それはまるで、自分は交通事故に遭わないとか自分が買った宝くじは当たるとか、どっちにしても他人任せの人生に乗っかって淡い希望を抱きながらもその為に何か努力をするという事がない生活。

そういう生活が納得出来るならそれで良い、納得出来る人はそれで良いのだ、その生き方を否定してはいない。けれど、あっち側に行ったようなふりをしながら実はこっち側でだらだらしてこっちの世の中を皮肉るのはみっともないぜ。

そして本当にあっち側に行ってしまえばこっち側にはもう戻れない。昨日まで普通に見えてた景色が普通ではなくなる。それでもあっち側に行くだけの気持ちはあるのか?

ワイルドスワン以来、垣根作品の根底に常に流れているテーマが本書でも随所に語られており、それだけでも読み応えのある作品だ。

★これは三連休の間に読んだ4冊の単行本のうちの一冊です。


ボーダー―ヒートアイランド〈4〉ボーダー―ヒートアイランド〈4〉
著者:垣根 涼介
文藝春秋(2010-04)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


tom_eastwind at 09:26|PermalinkComments(0)TrackBack(1)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2010年10月21日

RNZA


海上自衛隊が潜水艦を16隻から20隻にする予定を明らかにした。近年膨大化する中国向け牽制であり、これは自国軍事力が他国による侵攻を抑制する力を持つという意味で正解であろう。

英国では財政悪化の為に国防予算を8%程度削減する予定だが、ニュージーランドはコメントで「英国と同じように削減をするという事は考えていない」との事。

そりゃそうだ、英国並みに削減したらただでさえ少ない軍隊が保持出来なくなるじゃないか。すでに空軍は廃止しており海軍と言ってもフリゲート艦(日本で言う護衛艦)が2隻しかない。陸軍だっていつも海外派兵しているけどこれは国連主導のPKO専門だ。

元々1万人程度しかいない軍隊だし実際に武器を持って現場で戦う事が出来るのはその数分の一であり、多くの軍人は兵站や補給や修理や料理洗濯をやっているのだから、一定数がいなければ軍隊社会の維持は出来ない。

そうそう、軍隊は全員が武器を持って戦うって認識を持っている人がいるかもしれないが、軍隊は一つの完結した社会であり社会維持の為に必要なすべてのものを軍隊が独自で調達して、平時であれば軍隊内のPXで買い物をするし酒を飲むバーさえある。

そして戦時になると最前線に兵隊を送り込むのが輸送チームであり最前線で戦う兵士に武器や弾薬、食料や薬を届けるのが兵站だ。最前線の兵隊は貼り付けっぱなしには出来ないから当然交代の兵士も必要となる。

防衛と言う意味ではどこかの国がニュージーランドに侵攻する可能性は非常に低い。まさか羊ジンギスカンやる為にわざわざ数千キロはなれた南洋の小島にやってくる事もないし、第一この国を攻めるという事はアングロサクソン全体に対する攻撃と看做されて、英国、米国、豪州、カナダあたりが速攻で反撃してくるのは間違いない。

地下資源もない軍事的要衝でもないこの国では、軍隊は地震の際の治安維持とか豪雨で街が大きな被害に遭った時に救助に行くくらいしかない。なので主な仕事は国連主導による海外派兵で、現在はアフガニスタンのバミヤン地域に160名、他にも東チモール、ソロモン諸島に豪州軍とともにPKO任務で派遣されている。

海外派兵先で毎年数名の軍人の死者を出しているが、これはもう名誉の戦死であり、私の可愛い子供が海外で死んだからと言って海外派兵をやめろなんて議論にはならない。これはキーウィとして世界に一定の貢献をするのが当然と考えているからだ。

ニュージーランド軍の海外派兵の歴史は古く、1840年に英国植民地として英国連邦に参加して最初の海外派兵は1899年に南アフリカのボーア戦争で英国軍に加わって戦った。その後、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、マレー紛争、インドシナ紛争、ベトナム戦争、シナイ半島監視団、カンボジア、ボスニア、シエラレオネ、モザンビーク、アンゴラ、そして現在の東チモール、アフガニスタンと続いてる。よく見ると世界の紛争地の殆どに兵隊送ってるじゃん。

ニュージーランドは戦争に対して現実的であり、軍隊は必要である、時には戦いも必要であると国民的に合意がある。そして今までの海外派兵でも国連主導の下でしか活動していないから「正しい事をしている」と言う意識がある。唯一ベトナム戦争の時だけは「ちぇ、アメリカやろうの口車に乗ってついてったら、なんじゃこりゃ、平和を守る戦争じゃないぞ」って事ですぐに撤退した。

日本と言う国が地政学的にあまりにやばい場所にあるのか、それとも周囲が「おれがおれが」の強い国ばかりだから必然的にヤバイ場所になったのか、いずれにしても鶏が先か卵が先かの問題であり考えても仕方ない。

日本は引越しをする事が出来ない以上、軍事力をある程度、つまり周囲の国が簡単に攻め込もうと思わせない程度の兵力を持つ必要がある。

ニュージーランドはその意味でまさに恵まれた場所と言えるし、地下資源がないおかげで攻め込まれることもなく、一応白人国家として他の白人国家からの支援もある。

今日の地元のニュースは、宝くじに大当たりした人への独占インタビューとか、来年のラグビーワールドカップの抽選発表で試合の切符が手に入ったとか、平和ネタばっかり。

涼しい空気と晴れ上がった青空とのんびりとした人々の顔を見ながら北半球の潜水艦のネタを書いているのが段々不思議になってきた・・・。やば、ちょっとオークランドに染まり始めたか。
夏空スカイタワー

tom_eastwind at 15:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月20日

あなたの神が許すなら

2df5d3ee.jpgぼくは会社に行く途中に93.4FMを聴いてる。8時40分から9時20分頃までは二人の男性パーソナリティとか9時のニュースとか聴けるので丁度都合が良いのだ。

でもって彼らが必ず毎朝ジョークを言うのだが、ネタは毎日違う。

先日はそれが宗教や好き嫌いによる食べ物の話で、「ぼくらは犬を食う人々にぞっとする嫌悪感を感じるがぼくらが牛肉を食っている姿を見てインド人がどう思ってるかなんて考えたこともないな」だって。丁度コーラン焼却事件が起こってた時のことだ。

このニュージーランドではすべての宗教が広く許容されており、社会全体が宗教に対して「信仰の自由」を認めている。仏教寺院を建てても良いし神社だってOKだろう、誰が何を信じてもそれはその人の自由である。

これは一つの大きな要因として元々英国に住んで階級差別を受けて尚且つそれが不合理なものだと理解出来るだけの知能があるクリスチャン集団がこの国に移住してきて、「自分が嫌がることは人にするな、自分の宗教を他人に押し付けるな、人は皆平等で自由なんだ」って普通の知能があればごく普通に理解出来ることを実行した結果として、いかなる人間がいかなる宗教を持っても、それが他人にとって少しは奇異に見えても、社会全体の中で問題が起こらない限り個人の自由として許容するって土壌になったのだと思う。

だから同じ英国移民の末裔であっても犯罪人の送り込まれた流刑島でアボリジニを人間として認めずに狩猟気分で撃ち殺してたお隣の豪州人や、白人でキリスト原理主義のがちがち連中が人種差別は当然とばかりに先住インディアンを虐殺したり黒人を奴隷としてぶん殴ったりした海の向こうの米国とは宗教や文化の尊重と言う面で大きな違いがあるのがニュージーランドの特徴だろう。

米国では今もやっぱりキリスト教が政治や社会の中で大きな位置を占めているのだろう、だから例え一部の人々であってもコーランを焼くなんて事が思いつくものだ。

コーラン焼いても食えないし出てくるのは憎しみだけだ、焼くなら焼肉の方がよっぽどみんなの評判が良いと思うのだが、BBQやってもイスラム教が参加すれば豚肉は不浄となりヒンズー教が参加すれば牛肉は食えず、季節が冬だと韓国人からは「あの〜犬肉がないですかね」と聴かれるだろうし中国人からは「蛇のスープも滋養があるんですけどね〜」となる。

以前ある中国人がテイクアウェイの店をMtAlbertに開店した。家賃が安いからとその場所を選んだのだが全然売れない。

酢豚も焼肉も駄目。どうしてだろうとある人に聞いたら「MtAlbert?イスラムとヒンズー社会のど真ん中で牛肉や豚肉を売ろうとしているのかい、OhMyGod!」それからメニューをベジタリアンに切り替えたらお店は大繁盛でした。

食べ物の好き嫌いだけでこれだけあるのだからましてや宗教の違いを言い出すときりがない。

コーランを燃やすって話は、ある意味相手の家に土足で上がりこむようなもの以上だ、、、あ、そうか、土足で上がる文化の人には分からない表現だから世界的に分かり易い表現で言えば、米国国旗に小便ひっかけてからその国旗をリンカーンの銅像の顔の上にぶら下げて、その上に聖書を乗せてガソリンかけて焼くようなものだ。

今でもイランでは姦通罪で石打死刑である。それは宗教的道徳心が社会の基礎にあるからだ。米国で姦通罪で石打死刑を導入したら、米国人男性の半分くらいは確実に死刑である。

フランスでは来年から公共の場所でイスラム教徒の女性が着用する全身を覆うブルカやニカブが禁止される。

しかし各国からの移民が集まって構成されたニュージーランドは市民社会であり宗教は自由とあるならば社会秩序が優先されるべきだから姦通は「個人の自由」となる。もちろん頭にターバンを巻いても額に星を付けても和服で街を歩いてもOKだ。着る物はファッションであり他人に迷惑をかけない限り制限されるものではない。

北半球では最近とくにイスラム教対キリスト教の戦いみたいな位置付けを作ろうと画策する人々がいるようだが、ぼくら仏教から見れば「おいおい、お前らの神様って同じだろうが、何を兄弟げんかしているんだ」って感じ。

ニュージーランドではテロが起こらないと説明会で話をすると「ほー」と言った顔をする人が多い。白人社会でキリスト教だからテロがあるかもと思っているのかもしれない。ニュージーランドは英国系キリスト教国家の中で唯一イスラム国家や中東諸国からの難民を受け入れたり宗教に一切の差別をしていない国だ。

そんな国でイスラムテロリストがテロを起こそうとしても、今現在ニュージーランドに住んでるイスラム教徒が絶対に止めさせるだろう。日本人や中国人がこの国でテロを起こすことも考えられない。結果的に誰もテロを起こさないという事になる。

お互いに譲り合って相手の考えを尊重する。それだけで平和がやってくるなら武器を持って平和を獲得するより安いものである。、


tom_eastwind at 15:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月19日

夏空オークランド

6e1e3738.jpg北半球では国家間の争いが益々厳しい、てか昔から厳しいしこれから先も厳しいけれど、どうも南半球にいると雰囲気が全然違って、この写真のような底抜けの明るさと青さだ。

今日のヘラルドのネタは北半球の中国の反日デモなんてほとんど記事にもならないし、あいも変わらず平和な南半球ネタだ。

数日前に書いたポールヘンリーの発言について、TVONEに対する抗議と言うかインド人に対する抗議なのだろう、あちこちで白人アナウンサーがわざと白人の名前でも“かみかみ”して読んでる。

これはポールヘンリーの“かみかみ発言”を問題にされたから、だったらこれなら良いのかって投げ込んだ「国境の位置確認」である。同時に、これからは“かみかみ”をすればそれが発言の自由とインド人の人種差別に対する抗議を同時に意味するようになった。

ポールの発言は充分にこちら側だったのに、会話の楽しみ方や冗談を理解出来ない人種が無理やりあちら側に押しやってしまった、こんなんじゃ発言の自由が封じられるじゃないか、こんなのは駄目だ、よし、じゃあおれなりに充分こちら側でやってやろうじゃないかと言うことだ。

人の口に戸は立てられない。むしろ素直に事実を認めながら仲良くしていけば良いものを、過激な反応で社会全体から反感を買ってしまった今回のインド人の行動は将来に禍根を残すだろうな。

とか思ってたら、最近のNZドル高で海外旅行に行く人が増えたなんてネタもある。NZドルは豪ドルとともにじわじわと上昇しており、街の人々の顔は、どうやら不況はすでに乗り越えたようだ、よっしゃNZドルが強いからこれで米国や中国に旅行に行こうぜとブームになっている。

日本円はUSドルに対して強くなり、開き直った旅行会社が「お買い物ツアーじゃ!」とか言ってるけど、同じ通貨高ツアーでもこっちはなんか投げやりな感じ。

だいたい買物旅行に行くようなカネがある人は最初から旅行会社を使わずに自分でインターネットで全部予約して最新の情報を各都市のINFOから入手するって。でもってお金がない人は最初からツアーなんて参加する気もないんだから、結局これも昔の夢世今一度の旅行会社の錯覚なんだろう。

一昨日書いた中国城ネタにコメントを頂いた。中国城に参加しませんかと話があったそうだけど、どうも完成予想図と工事が違ってるみたいで取りやめたとの事。

この完成予想図ってのが面白くて、実は建物中央入り口にすでにフロアプランとして大きくプレートが作られて、どこそこのブースはxx、ここはスーパーが入居予定とか書いてる中で右側に書かれた「新鮮食物」って四文字の上には1cm四方の丸い黄色いシールを貼って文字を消してる!

他にもプレートのあちこちに印刷された文字の上にシールがべたべた貼られてて、なんじゃこりゃって思ったものだ。

当初予定してたテナントがドタキャンしたりなんだろうけど、このプレートを見たときは、さすが中国、契約観念なんてゼロですなと呆れて笑った。

そうこうするうちに午前11:32分、またもクライストチャーチで余震発生。今回は震度5だが、どうやらまたも殆ど怪我人なしのようだ。こんなんがずっと続いたらクライストチャーチで仕事なくなるんじゃないの?あ、そうか、これからは国家予算でクライストチャーチ復興計画を作れるから建築復興ブームだな。

小学校では賃金及び待遇改善を要求する先生がストライキの準備をしており、明日はお休みになる学年が出てきそうだ。今の時代、北半球の日本で賃上げストライキなんて言ったらびっくりするだろうけど、南半球の羊の国ではあまりびっくりもしない。今年だけで何回ストライキがあった事か。

考えてみると9月9日から約一ヶ月、殆ど休みなく働いて先週までは山ほど案件がありお手玉をしているのかと思うような状況だったが、今週になってやっと一息ついてる。

来週からはまた下見のお客様が数組入って忙しくなるので、その前に今週は保留になってた企画書の書上げをしておこう。

それにしてもニュージーランドはビジネスネタが多いな、どんどん出てくる。良いネタはたくさんあるんだけどあくせく仕事するより夏空の下で家族とバーベキュー楽しんでる方がいいって考えてる人が多いからなんだろうな。はは、人生は楽しんだもの勝ちかも。




tom_eastwind at 15:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月18日

激動する中国

e02a4521.jpg今お隣の中国で激しい政治闘争が起こっている。尖閣諸島の問題を発端にして反日デモが続いているが、あれは実は日本が標的ではない。日本はいつも叩きやすい所にいるし叩いても文句言わない相手だから利用されてるだけだ。

なので日本としてはあまり大きく取り上げる必要もなくこれに対して感情的に反論する必要もない。てか、それをやってしまうと後述するが中国の近代化を遅らせることになる。

じゃあ今回のデモは何が目的なのか?実はこれ、1989年の天安門事件の頃と良く似ていて、経済的自由を得た中国中央が次は政治的自由、そして地方の腐敗撲滅を目標として今年前半から温家宝首相が中国内で活動しているが、この動きを気に食わない地方や中央の軍閥や地方共産党幹部が温家宝首相を追い落とす、またはそこまでいかなくても活動を低下させることを狙っているのだ。

日本の感覚では理解しずらいが、中国は清朝の頃から現在に至るまで各地方に独立した軍閥があり、彼らはそれぞれの地域で地方政府や共産党幹部と結びついて独立国のように振る舞い、地域最大の力を持つ集団である。

軍隊と言う暴力装置を持った集団が自分の地域で電気、ガス、水道、ホテル、デパート、レストラン、あらゆるビジネス活動を行い、そこで得た利益で自分たちの軍隊の維持費を賄っているのだ。

何で?軍隊って中央政府が直接管理するし予算を出すものでしょと思ってる人からすればびっくりするかもしれないが、中央政府は昔から地方の軍閥にその土地を支配する権利を公的に認める代わりに彼らから賄賂や税金を巻き上げる仕組みを作っていた。

つまり元々が地方の有力者が軍隊を持ち自分で養いながら地方に住む農民から徴税をする仕組みが最初にあり、それが代々引き継がれてきた。これは毛沢東の時代も同じで、米は中央政府から出すがおかずは自分で作れ、つまり地方でビジネスをやって自分で稼げという方針なのだ。

この仕組みは1980年代まで公的に認められておりその後も実態として受け継がれてきた。

だから軍閥は自分たちに反対するレストランを潰し、ライバルのホテルには電気やガスを止めて使えないようにして、デパートでは商品を仕入れることが出来なくなり、それでも軍閥に逆らった場合は警察(公安)を動かして不当逮捕させて地方裁判所で死刑判決を出す。

要するにマフィアと政府が一つになってその地域にいる住民から色んな理由を付けてはカネを巻き上げる仕組みを作り、その為に賄賂や不法行為が日常行為となっている。

そのような状況に怒りを感じた人々が中央政府に対して抗議活動を行い、あまりにも地方政府のやる事が酷いので、これ以上中央政府として放置しておくわけにはいかない、中国国民が安心して生活が出来るように、人権が認められるようにと温家宝首相とその一派が動き出したのだ。

それに対して既得権益に乗っかって長い間甘い汁を吸ってきた地方政府と軍閥は、そうはさせじと北京で第17期中央委員会第5回総会(5中総会)が開始されたその日を狙い打ちにして反日デモを起こして「中央政府が尖閣問題をきちんと対応出来てない、領土問題を解決出来ない政府など辞任してしまえ!」とやったわけだ。

中国政府としても尖閣問題は大陸棚エネルギーとも繋がる問題であり、日本側とは経済問題としてきちんと対応していきたいと考えている。どちらかが感情論で勝手に「オレのものだ!」と言い出したら収拾がつかなくなってしまい、最後には戦争して決着を付けるしかなくなる。

尖閣問題は中国にとっても非常に痛し痒しの問題である。日本外交をする際の武器にもなれば、今回のように国内反対派に対政府武器として使われてしまうのだから諸刃の剣である。

中国政府としては国民感情があり領土問題で引く事は出来ないが、だからと言って日本相手に戦争をすれば世界から排除される。そういう政府の難しい立場を利用して「弱腰外交!」と訴えて「愛国無罪」の看板を背に反日デモをやらせればまさに反対派の狙った効果が出るのである。

漁船の船長が逮捕され尖閣問題が外交問題となった時から反対派の仕掛けは動いていた。もしかすれば衝突事件は偶然ではなく反対派は最初からこの漁船の船長に何らかの話をしていたのかもしれない。そして日本政府側でも中国の台頭を防ぎたい親米派が中国の反対派と通じ合っていたかもしれない。

ます最初に船長が過激な行動を取り、それに対して日本が逮捕と言う手段を取る。逮捕され起訴、そして裁判までは数ヶ月にわたるので、この期間を利用して大規模な反日デモを打ち中央政府から民主派を排除する。

同時に日本の親米派からしても、これで中国が中央政府に統一するのではなく各地がばらばらに活動すれば力は弱まるからチベット問題で独立させる、つまり中国を解体することで弱体化させる事も出来る。

逮捕されて起訴までいくと思っていた反対派だが、中国中央政府と小沢はそのような状況を読取り船長を早期に解放して問題を終了させようとした。

反対派にとって早期解放されたのは予定外であったが、それでも反日デモを第17期中央委員会第5回総会(5中総会)に合わせてデモを打つ。

さあ、では日本はどうするべきか?実は問題はここであり尖閣問題はあくまでも表面的な問題にしか過ぎない。

お隣の中国の近代化を進めて一党支配ではあるが国民の人権をある程度守ることが出来て経済成長をする中国を支えて日本の技術と合わせて21世紀のアジアを作るのか、それとも親米派のように中国の一党支配を「民主化」する事で中央政府を解体させてそれぞれの地域が独立国のように振る舞い、いずれ各地域が春秋戦国時代のようにお互いに争う方向に進めるのか。

いつも書くことだが中国は引越しすることも出来ない永遠のお隣なのである。お隣国家がどうあるべきか、日本はどうすべきか、これから100年をどう付き合っていくか、地球の裏側の南米やアフリカの話ではない、お隣の事件であることを認識して自分ならどちらを選ぶかを考えてみる良い機会とすべきだろう。

写真は中国の若手人気作家、韓寒。下記の文章は今回の反日デモ事件でこの作家が自身のブログで発表した内容の抜粋だ。朝日新聞から転載。

★抜粋開始
 「内政の問題ではデモのできない民族が、外国に抗議するデモをしても意味はない。単なるマスゲームだ」
(政府の土地開発で立ち退きを迫られて抗議の自殺をした庶民や、当局に拘束された作家の名前を挙げ)「もし唐福珍や謝朝平のためのデモをすることができるなら、釣魚島や(妨害された北京)五輪聖火リレーのために自分もデモに参加しよう」
 土地の私有が認められていない中国の国情を踏まえ、こう問いかけてもいる。「土地を持たないものが他人のために土地を争い、尊厳の与えられていないものが他人の尊厳を守ろうとする。そんな安っぽい人間でいいのか」
★ 抜粋終了


tom_eastwind at 14:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月17日

笑いたければ

2e2388fc.jpgこれは笑えた!久しぶりに腹を抱えて大きな声で笑うものだから隣にいる奥さんも笑いながら「あのね、あなたが笑っている理由を今ここにいる人がちょっとでも理解したらあなたは良くて半殺し、悪くて生皮剥がれて入り口に生首を飾られるわよ」と、半分心配、半分笑いながら言った。


土曜日に龍馬をStLukesのWarHammerに送ってから奥さんと二人でPakurangaに新しく出来た中国城に行く。「今度新しく出来たチャイナタウンだけど行って見る?」と奥さんに誘われて興味半分で見学に行った時の事だ。

それにしてもこの中国城、まさに「はりぼての虎」とでも言うのか、大きく見せようとしてるけど中身はすっかすかの作りである。元々は大きな工場だったのを改造したのかもしれないが、こんな建物は日本感覚で言えば戦後の闇市以下である。

闇市以下というか、闇市のセンスさえない。赤土にまみれて汚染された土壌とまともな漢字も書けず文化のブの字も知らなければまともな教育も受けた事がない中国の山の中からゾンビーのように這い出してきた連中の集まりとでも言えば良いのか、とにかくすごい。何を見ても笑いが止まらないのだ。

大連街とかシンセン街とか通りの名前を付けているのだが、君ら大連に行ってあの綺麗な街並みを一度でも見たことがあるのかい?シンセンの高層ビル群を知っているのかい?

誤解のないように最初に定義付けておくが、ぼくがここで書いている大陸中国人とはその名の通り大陸、それも生まれて一度も海を見たことのないような中部から西部に住む、教養もなければ礼儀も知らず、中国文化も全く理解出来ない一部の人々を指している。

中国大陸は広い。広州、上海や大連や天津などは元々が外国との窓口であり歴史も文化もあるから沿岸都市で生まれた人は同じ中国人とは思えないほど開けているしセンスもある。

香港やシンガポールや台湾などの中国周辺地域はもちろん発展しているわけで、彼らからすれば大陸人と一緒にされることがすでに侮辱と感じる。

なので、順番からすれば香港+シンガポール>上海+大連+天津>広州+北京>>>>>中部+西部、であろうか。

でもってこの建物は中部西部であり、今から書くこともその地域に対する限定版と考えてもらえば良いと思う。

はりぼての虎の中には更に細かくテナントスペースが作られており、日本感覚で言えば幕張のなんとかショーをイメージしてもらえば良いと思うが、それにしても写真に撮った中央会場(ここでいろんな催し物をする)にしてもまさにはりぼて。

でもって、あちこちに並んだテナントは薄汚れた白いペンキでべたべたに塗られたベニヤ板の薄い壁を挟んで3メートル四方くらいの場所。

ここに自宅から持ってきたこれも中古品市場で買ったような汚い椅子やテーブルの上にどう見ても「日本じゃあり得んような廃棄物」を商品として並べて値札を付けているのだが、店番をする店員はいつもの中国人通りにレジの前で何か食いながら上目で回りをぐるぐると睨み続けている。

まあここまで書くと酷すぎるので、一応ブースには旅行会社や電話会社、ガラス製品、あんま機械などそこそこまともな店もあるし、中国伝統の漢方薬売り場等は実にきれい、てか伝統に乗っ取って作られているからきちんと整理されている。

しかしそれ以外のブースは、何故君がここで中国製のタオルや子供服をコンクリートをむき出しの地べたに置いたハンガーに掛けて並べているのだ?まさか日本の洋服売り場がデザインとしてむき出しの床にハンガーや商品を並べているのを自分が真似しているって思っているのか?と聞きたくなるくらいだ。

そして彼らは知り合いが来たら店をほったらかして表に出てぐっちゃぐちゃとどうでもいいような話を何十分もしている雰囲気であり、ここは老人ホームか!って思うくらいだ。

オープンしたのが10月でありテナントもまだ半分くらいしか入居してなくて、メインとなる会場もあちこちに釘や板が放置されてて、入居予定のスーパーのスペースは今だとんてんかんてんやってて、フードコートだけは一応オープンしているが完璧に大陸中国の接客であり、料理もサービスも出し方も、もうあり得ないような状態である。

いやさ、日本人に生まれて良かったと思った瞬間だ。四季のある日本で綺麗なものを生まれた時から見ることが出来て親のDNAを受け継いで何がきれいできちんとしてるかを自然に学ぶ事が出来たのは、これは大きな収穫である。

殆どの日本人なら“美しい”を理解する感覚は普通と思うだろうが、そういう人に是非ともこの場所を見て欲しいと思う。これを見れば日本がGDPで中国に負けても恥ずかしくないし、どれだけ金持ちの中国人を銀座で見かけても恥ずかしいとは感じなくなる。

むしろ彼らの金の使い方を見て「ああ、何て可哀相な人々なんだろう、文化もなく学問もなく知識もなく学ぶ場所さえしらず学ぼうともせず毎日をまるでゾンビーのように食い物と寝る場所だけを探して生きている人々の虚しさよ」と感じるであろう。

この場所にはキーウィもたくさん来ていたが、彼らからしてもちょっとおっかなびっくりな雰囲気を醸し出している。ニュージーランドにいるのに中国旅行をしている感じ。

奥さんからすれば彼らは別人種、大陸中国人であり香港人ではないから、彼女からしても充分笑いの対象になる。

「まあ、人様の生きる姿を笑うなんて、何て失礼なの!」と怒る人はどうぞ怒ってください。実際におかしいんだもん。

何がおかしいかってのはやってる本人は絶対に気付かないが、例えばバスの行列に割り込んでみたり道路に唾を吐いてみたり、地方共産党の息子が仲間と一緒にクラブに飲みに行ってそこで働いている女の子をみんなの見てる前で強姦して誰もがイエー!とはしゃいだり、普通の乗り合いバスで帰宅途中の女子高生を共産党不良仲間がバスの後部に押し込んで強姦しても車内の人々は何も言わず知らないふりをしてバスの運転手でさえも気付かない振りをするような国家で生まれ育った連中が海外に来て自分の馬鹿さ加減を曝してそれに気付かないでいるんだから、こんなおかしいことはないって事だ。

人はパンのみにて生きるにあらずってのはキリストの言葉らしいが、まさに今の大陸中国人にその事を伝えたい。あなたはゾンビーですか?今日の飯さえ食えれば仲間を売り、明日の為に家族を密告して、自分だけがパンを食べて生き残って、それで人生の何が残るって言うのか?

人生ってそんなもんじゃないでしょ。長く生きる、食えるだけ食って長生きするってんなら豚やイヌとどこが違うのか?人間は自殺する能力がある。それは恥を知っているからだ。

ニュージーランドはもうちょっと文化も文明も進んでいる。あなた達がその気になれば文化や歴史を学ぶ機会はいくらでもある。現にニュージーランドで生まれた中国人二世は子供の頃からキーウィと一緒に生活をしているから自分の親のやることを見て決して楽しくはない。言葉に出せないだけだ。

奥さんはそんな事言っても一応中国人の血筋だから、あんまり僕が笑いすぎると時々本気で怒るけれどこの中国城だけは間違いなく完璧に大陸の中国人の作った、今現在の彼らの脳みそを支配している感覚と能力で作られているから、奥さんからしても安心して笑える。あたしの香港人としての感覚と能力を問われる事はないと理解しているからだ。

皮肉ってるのか笑ってるのか怒ってるのかよく分からない書き方になってしまったが、多分それは全部混ざっているのだと思う。かなり感情的になって書き込んでいるのも事実だ。

これが今の中国の現場レベルだとすれば笑うしかないし、これがぼくらの先祖の一部を占めているのかと思えば怒ってしまうし、これが今のニュージーランドで笑われずにやっていけると彼らが本気で思っているなら皮肉の一つも言いたくなる。

そして彼らが世界中どこにいってもその国の人間にどう思われようが気にしない、いずれ世界はおれたちのもの、おれたちは中国人なんだと思ってるようなら、もっと地元に同化しろと言いたい。

この記事だけ見ればぼくが中国人に対して偏見を持っていると感じるかもしれないが、古代中国に誇りを持つ香港生まれの奥さんと香港にも6年住んで中国のあっちこっちに行って現場を見てきた僕は中国に対して全く偏見はなく中国の歴史から学ぶものは実に多く(実際に西洋の近代史から学ぶものは少ない)、むしろ最近では日本よりも馴染みを感じるくらいだが、それにしても現場はまだこの程度かと笑うしかない。

12億人の中国人市場、これからどう変わるにせよ、赤土の大地で育った彼らが日本人の持つ繊細なセンスを理解する事は少なくとも数十年かかるだろうし、彼らが世界で成長する為には日本人の持つ繊細な技術は絶対に必要であり、その意味で12億人が住むお隣と付き合っていく日本人の将来の明るさを感じた。



tom_eastwind at 11:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月16日

権限あって責任なし

公務員給与下げ、勧告通りに…削減幅拡大は断念

 政府は15日、今国会に提出を予定している国家公務員の給与法改正案について、8月の人事院勧告通り平均年間給与1・5%削減とする方針を固めた。来週にも給与関係閣僚会議を開催し、正式に決定する。
 菅首相は公務員の人件費削減のため、9月の民主党代表選の政権構想に「人事院勧告を超えた(給与)削減を目指す」と明記していた。しかし、人勧以上の削減を実施すれば、民主党を支える自治労など公務員労組の反発は避けられず、党内の意見集約は困難と判断した。
 人事院は8月、国家公務員一般職の月給を0・19%、ボーナスを4・8%それぞれ引き下げるよう内閣と国会に勧告した。
 勧告通りに実施した場合、国の費用負担減額は790億円程度にとどまり、民主党が掲げる「国家公務員の総人件費2割削減」に必要な約1・1兆円には及ばない。
(2010年10月16日05時12分 読売新聞)
★記事終了

公務員給与下げに関して読売新聞でさえこんなに淡々と書いているけど、それでいいんか?毎日新聞神戸版に至っては、

★抜粋開始
ただ、財政の改善を人件費の抑制でまかなう手法には「ボーナスカットが新行革プランの想定外の段階に来ている。現場の職員には閉塞(へいそく)感が出ており、デフレスパイラルから脱却するためにも将来への安心感が必要では」(県職員労組)と懸念の声も強い。
★ 抜粋終了

ですぜ。これでいいんかいって感じ。

黒澤明の「生きる」って作品がある。死を間近にした老役人の話だ。
★ウィキ抜粋開始
主人公の渡辺勘治は市役所で市民課長を務め、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた。公園を作って欲しいという住民の要望がたらいまわしにされて受け入れられないなど、あまりに形式主義的な市役所の気質に、渡辺の部下の若い娘の小田切とよだけが反感を持っていた。あるとき渡辺は自分が胃癌で余命いくばくもないことを知った。

これまでの自分の無意味だった人生に絶望した渡辺は、何日も市役所を無断欠勤し、これまで貯めていた貯金の半分ほどをおろして酒を飲むようになった。飲み屋で偶然知り合った小説家に頼んでパチンコやダンスホール、ストリップなどに連れて行ってもらうが、結局は虚しさが残るだけだった。

その夜、渡辺は市役所を辞めて玩具工場に再就職していたとよと再会し、一緒に時間を過ごすうちに彼女の奔放な生き方に惹かれるようになる。自分が胃癌であることを渡辺がとよに伝えると、とよは自分が工場でつくっている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」といった。その言葉に心を動かされた渡辺は次の日、市役所に復帰する。

渡辺は復帰後、頭の固い役所の上司らを相手に粘り強く働きかけ、ついに住民の要望だった公園を完成させ、雪の降る夜に完成した公園のブランコに揺られて息をひきとったのだった。市役所の同僚たちは口々に渡辺の功績を讃え、これまでの自分たちのやり方の批判をはじめた。

通夜の翌日、市役所では通夜の席で渡辺を讃えていた同僚たちが相変わらずの「お役所仕事」を続けている。しかし、渡辺のつくった新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていた。
★抜粋終了

この作品が作られたのは1952年、それから50年以上経った現在でさえもこの「はんこ押し」だけで毎日の生活をムダに過ごしている人間がどれだけいるのだろうか?

大手新聞がなぜこの記事を淡々と書いているのか、それは要するに自分とこに飛び火するのが怖いから(つまり馬鹿で無能な連中が高給貰って無責任に記事を書いてその結果として多くの人が不幸になっても自分の口をぬぐって知らん振りをする輩たち)あまり目立たないようにしているのだろう。

しかし現実の社会では全く話が違う。多くの企業では中間管理職が権限なきままに責任だけを取らされて苦労をしている。ところが役所では何をやっても殆どの場合責任を取る事はない。

それは彼らの身分が法律上も労働組合との力関係上も保証されておりどれだけ無茶苦茶やってご主人様である国民に迷惑をかけても知らん振りが出来ると言う問題に尽きる。

大体なんで国家公務員は失敗した時の責任を取らなくてよくて民間企業では失敗してなくても他人の失敗の尻拭いで首を切られんといかんのかって事件が続発している。

この問題を突き詰めて言えば、結局体制側が権限あって責任なしと言う法律上の防壁を作り、何があっても自分たちだけが生き残れるような状況を長い間の時間をかけて作り上げてきた事による。

本来の民主主義社会、人々が自発的に参加して個人が集団になりその集団の利害調整を行う為に存在する機関が議会であり、議会に集まった人が決めた事を実行する作業場が役所であり、彼らの給与は我々納税者が負担しているのに、今の日本では役人と労働組合がつるんでお互いに美味いところだけかっぱらって、残りかすや毒の部分だけを一般市民に押し付けている。

何でこんな矛盾が、ご主人様が飼っている犬に噛まれてそれでも餌を与え続けるような情況になっているのだろう。一般市民とはよほどにマゾスティックなのか、誰かにカネを払って叩いてもらいたいのだろうな。

おまけに民主党の党首公約として人事院勧告を上回る賃金引き下げをするって言ったその約束を、何の大きな状況変化もないのに「ああ、あれね、だめよ、労働組合が反発するからさ」って引っ込めた菅首相の脳みそを見て見たいものだ。

あ、こんな事書いたら今の時代、「脳みそを見るとは殺人行為であり脅迫罪が適用されてタイーホ」とでもなるのは時間の問題だ。何せ民主党は労働組合も警察も官僚も自分の手の内にしているんだから強い。まるで戦前の内務省と軍部が組んだようなものだ。

人件費の抑制や公務員の削減は真っ先に取組むべき問題だし、更に言えば天下り禁止や官民交流などやるべきことは山積みである。

それなのにマスコミが腰抜け的にこんな弱気記事を書いているようではどうしようもない。

全く権限あって責任無しの連中が世の中を動かして、そんな連中に動かされて何も文句を言わない国民がいて、日本はほんとに平和ですな。

ただ結果的にそれで日本と言う国は1945年及び1990年において崩壊した。そして崩壊状態は現在も続いており、中国にはすでにGDPで抜かれて韓国には電気製品や自動車産業で抜かれつつある。

さあ、それでも今のままでいいのかって、役人ではなく国民に聞きたい。もし「これで、いいのだ」と言うならそれ以上何もいう事はない。



tom_eastwind at 16:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月15日

年率2689

4c2548b8.jpg年利2689%の消費者金融

英国では完全自動化された消費者金融が急成長している。またも日経ビジネスネタで申し訳ないが10月04日付けの記事で紹介されているのが、何と審査から送金まで完全自動化。審査から送金まで15分以内にシステム的に行われるので土日も真夜中も全く関係ない消費者金融システムである。


このシステムを構築したエロール・ダメリン氏は元々自動化ソフト開発会社などを起業した実績があり、システムの世界から消費者金融の世界に参入してきた。

日本と違って英国では与信情報が業界横断的に提供されており日本のように銀行、カード、消費者金融と分かれていないのも大きな特徴だ。つまりカネを貸す方は借り手がどこからいくら借りているかがすぐ分かる。

このシステムだと消費者金融が銀行のデータを覗くことが出来るので日本では顧客を守る為と言いながらそれぞれの業界が垣根を作って顧客情報を隣の業界に提供しないから情報管理が出来なかった。「嘘言うな、要するに自分だけ守りたいんだろ」って姿勢が見え見えである。

しかしそれ以上に大きな特徴は、やっぱり上限金利である。審査は厳しく融資を受けられるのは4人に1人。しかし返済不能になるのはクレジットカードの8〜12%より低い。

例えば100ポンドを10日借りた場合、返済金額は115.91ポンド。これに手数料が5.50ポンドだから金利を年率換算すると3003%にもなる。こうやって計算すると、とても高い感じがする。ところがこの消費者金融はクレジットカードの返済不能率よりも焦げ付き率が低いのだから、実際に殆どの人はきちんと返済しているんだよね。

日本ではモラルと言う言葉が都合よく使われる。「こんな高金利はどういう事だ!消費者金融のモラルはどうなっているんだ!」とかね。

じゃあ英国の消費者金融はモラルがないのか?英国ではこのビジネスが合法なのだから、英国人及び英国議会に対する挑戦ですね、モラルがないって言い方は。

それとも国が変わればモラルが変わってでも良いというのか?国が変わったらモラルが変わるなんて、そりゃどんなモラルだ??モラルってのは倫理って意味だぞ。

自分の言ってることが正しいと思うなら今からすぐに英国議会に電話をして「金利が高すぎる!20%以下にしろ、でないとモラルが!〜」と言ってみろ、すぐに電話切られるから(笑)。

要するに日本人が使うモラルと言う言葉は日本国内の平成時代の自分の周囲か又は自分の脳内で発生する思いつきの感情であり、全体を見ればどうなのか、法律的にどうなのか、自分の意見を更に進めたらどうなるのかなどを全く理解しないままに、一段階論理でしか考えられずまともな論理展開も出来ず感情論でしか相手に反論出来ない連中が「おまえのかーちゃんでべそ」とか「そんなのへ理屈だ、ぎゃーぎゃー」と言うのと殆ど変わらないってことだ。

てゆーか、他人の足を引っ張る時の常套文句じゃないか?「サラ金の連中は大金を稼いでる。武富士なんて大悪人だ、だってあいつら、年収350万円のおれより稼いでいるんだもん・・。」

実際は英国でも上限金利の導入が検討されたことがある。ところが業界団体や専門家に加え消費者保護団体までが導入に反対した。生活維持のための短期資金を必要とする人が融資を得られなくなるというのが理由だ。

まさに分かり易い理由である。借りるかどうかは本人の判断。借りる行為そのものを否定したり貸す方がビジネスを継続出来なくなるような法律は作らない。

一段階の理論ではモラルがどうこうだから金利を下げろと良く分からない感情論だが、その結果として二段階めの理論、つまりカネが借りれずに手形を落せず会社を倒産させたり闇金融でお金を借りて借金を膨らませてしまって結果的に国民を破滅に追い込むのだが、あなたはそうやって破産した人に「ざまーみろ、自己責任だ」とでも言うのか。

まさに今の日本ではそうなっている。お金がなくて困っている人はヤミ金融に行くしかない。立派なモラルなんてヨコモジを使って結果的に困った人を更に地獄に追い込むのが日本的モラルなのか?

よく考えて欲しい。金を借りるが良いか悪いかなんて議論は意味がない。金を借りる事が悪いならすべての銀行は貸し手を失って倒産するだろう。金利が高いのが問題なら、現在銀行系の消費者金融の金利が正常で英国の金利は異常だとどうやって理論的に証明するのだ?

大企業でも設備投資にカネは必要だし手元資金は常に確保しておきたいし個人も給料日前に彼女とデートをする時には一万円くらい余分に現金を持っておきたい。そう考える事は悪いことなのか?

ましてや中小企業では毎月手形を落す為に借りる10万円は、翌月に入金があって返済する利息の1万円等会社が倒産することを考えれば安いものなのだ。

1万円借りて10日後に1千円を加えて返すだけだ。あ、今の日本だと1千円でも大金か、まあいいや、いずれにしても年利に換算すると異常に高いと言いながらもデートの保険が昼食2回抜きでお弁当にしたってくらいの話である。

だったらお金を借りる為の法整備をきちんとやって公明正大な仕組みの中で運営すればよいだけだ。そこから後は自己責任である。こういう点はやっぱり英国が分かり易いし理論的だ。

ところでニュージーランドの新聞やメディアではモラルよりもEthic=倫理と言う言葉をよく使う。moralのRが発音し難いのとは違うと思うが、Ethicはどっちかって言うと職業倫理みたいな使われ方をする。だから新聞やメディアが取り上げるのはビジネス記事や経済記事が中心となるので自然とこのEthicという言葉を見かけるようになる。

とくにこの言葉を良く使うのはテレビ局の低脳でありながら学ぼうとせずにテレビ映りの良い服を探すのに一生懸命な現場アナウンサーとか新聞社で働く白痴でありながらこれ以上活字を読みたくない記者であり、頭の悪い彼らがビジネス記事の突撃取材先の相手に「で、何が問題なの?あなたはこういう法律やこういうルールを知ってますか?」と突っ込み返された時に初めて自分がその業界のこともビジネス習慣も法律も知らない事に気づいてあっぷあっぷしながら相手にマイクを突きつけて「あ、あなたは、、り、倫理って言葉を知ってるの〜?!」って叫ぶ時だ。

ニュージーランドでは結構こういう報道もそのままお茶の間に流してくれるから夕食のつまみになって楽しい。

日本では消費者金融の最大手だった武富士が破綻した。他の消費者金融も青息吐息であり、その結果として多くの人々がカネを借りる場所を失っていく。

感情論で規制を作り、人はその規制に縛られてそれを政府がうまく利用して自分たちの天下り先を作り(実際に顧客情報を業界横断的に活用出来る団体を政府が勝手に作ってそこに天下りを送り込んでいる)、結果的に息苦しくなって起業も出来なくて困るのは国民である。

それにしてもエロール・ダメリン氏、全然ダメリンじゃないじゃん。


tom_eastwind at 10:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月14日

へネス&マウリッツ

62755613.jpgへネス・アンド・マウリッツはスウェーデンに本社を置く世界的ファッション企業だ。H&Mと書いたほうが分かり易い。これまた日経ビジネスネタで申し訳ないのだが、何故かこの号には学ぶものが多い。

ワークライフバランスと言うテーマでH&Mジャパンのクリスティン・エドマン女性社長が産休を取る話だ。

彼女は日本で高校まで育っており日本文化に馴染みがある。彼女は今回二人目の子供を産む為に半年ほど育児休暇を取る予定だ。

日本事業を統括する立場の人間が半年も?!となるだろうが、彼女も日本で長く生活をしておりその習慣もよく理解しているから当然躊躇いがあって本社のCEOに電話をしたところこういう返事が返ってきた。「1年でも1年半でも休みなさい。他の人にとってもいいチャンスになるから」

彼女は「わたしはまだ日本っぽさが残ってるんだな」と感じたとの事。

スウェーデンでは育児休暇がごく当然のように取られておりそれが社会に溶け込んでいる。けれどそれが問題となる事はない。誰もが会社員である前に人間なのだ。子供を育てる事は社会の宝を育てる事である。

「社員の誰かが育児休暇で抜けたとしても、それは「お互い様」である。かつては自分も手助けしてもらった、もしくはいつか自分が助けてもらうかもしれない。働く人みんながそんな意識を共有しているから、“あの人が抜けたせいで負担が増えた”といった意見はほとんど出ない」

こういう社会であれば子育ても楽しいだろう。子供と一緒に過ごす時間はとても楽しいし、仕事をする事で社会との繋がりを持てて友達も作れる。

ニュージーランドもこのような意味で子育てをしやすい国だ。育児休暇もあるしシングルマザー手当てもあるし社会保障もしっかりしているから、子供を産んでも生活に困る事はない。もちろん子供が大きくなればまた会社に戻って働ける。

ニュージーランドの特殊出生率は約2.1であり、自然に人口が増える割合になっている。この数字もやはり社会構造がしっかりしているから出来ることである。

日本も少子化問題でいろんな取り組みをしているが、このようなものはすぐに結果が出るものではない。何故なら長い時間をかけて作られた習慣や風習が背景にあるから、同じだけの時間をかけて元に戻す必要があるのかもしれない。

ただ、もしかしたら少子化は政府がどうやっても上記の例のような育児休暇の充実による子供を産みやすい環境作りということにはならないのではないか。

なぜなら西洋社会と日本社会の根本的な違いは、日本社会の場合は社会の為に個人が犠牲になることが無言で強要されており、半年も休むなんて言ったら社長や人事部が何か言う前に周囲の仲間が「ふざけんな、おれたちはこんなに大変なのに〜!」となるからだ。

労働法とかの問題でなく日本社会にある、誰かが何かをしようとすると自分の名前を伏せて「会社の為に!」と大義名分だけをかざしてお互いに足を引っ張りあう習慣である。

女性の社会進出がやっと出来るようになったと言っても職場ではまだ女性に対する馬鹿男どもの蔑視感があるし、差別を乗り越える為には女性はより一層働かねばならない、そうなると当然休暇も取りにくくなる。だったら子供を産まないって事で少子化になるし、働かないほうがましだからとなれば今度は無産者人口が増える事になる。

これも結局は下向きの平等だ。お互いに足を引っ張りあって結果的に誰も子供を育てる時間が取れずに子供が不良化して、その子供は自分が親になった時に同じ事を繰り返して、次第に誰もが子供を産むことに興味を持たなくなって、こうやって進んでいく少子化を止める方法は一つしかない。

それはクリスティン・エドマン社長も書くように「お互いさま」と言う気持ちをお互いが持って、社会全体で困った人を助ける自助精神を育てる事しかない。

ところが現実は、社会全体が他人に無関心になり他人が何か自分たちより成長しようとすると足を引っ張って、けれど自分は何の努力もせずに社会の将来にも無関心。

女性の社会進出は実は非常に重要なテーマだ。日本の労働人口を増やす一番簡単な方法は女性に職場に戻ってきてもらう事だ。これにより子供を預ける親が増えれば子育てビジネスも生まれるし様々なビジネスチャンスに繋がる。

しかし現実は、21世紀の現在でも女は馬鹿だと思い込んでる大馬鹿男が山のように存在する。こればっかりはどうしてか分からないが、男は自分の方が偉いと本気で信じ込んでいるから困ったものである。

つまり女性の社会進出や男女平等って観念は、馬鹿男どもの出世の足の引っ張りあいと女性蔑視がある限り現実には日本では難しいという事だ。そうやって少子化と男女差別をしている間に日本はどんどん沈んでいくのにね。

【ジュネーブ時事】世界の大企業が参加している世界経済フォーラム(本部ジュネーブ)は12日、社会進出や政治参加における性別格差ランキングを公表した。格差が最も小さい総合首位は前年に続きアイスランドで、2位ノルウェー、3位フィンランドと北欧勢が上位を占めた。日本は134カ国中94位と前年(101位)から上昇したものの、主要先進国の中では最下位だった。(2010/10/12-13:09)

ほんと、今週の日経は読み応えが多かったです。


tom_eastwind at 11:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月13日

それでもぼくはやってない

★植草一秀ブログより抜粋:
警察と検察は巨大な裁量権を活用して、政治的に抹殺したい人物を犯罪者に仕立てたり、政治権力と癒着する人々のなかの犯罪者を、犯罪者であるにも拘わらず無罪放免しているのだ。この裁量権が警察、検察の権力の源泉であり、政治家も警察・検察にはすり寄り、企業は進んで警察・検察から天下りを受け入れる。

 男性が任意の取り調べを受けたのは大阪府警東署で、男性と男性の弁護団は10月7日、大阪市内で記者会見を行い、同署の警部補(34)と巡査部長(31)を特別公務員暴行陵虐や証拠隠滅容疑などで大阪地検に告訴すると発表した。
 
 記者会見では、男性が録音した取り調べの生々しいやり取りが再生された。以下にその一部を文字にして掲載する。

「お前、警察なめたらあかんぞ、お前」(警部補)
「シランなんかで済まんぞ、お前」(警部補)
「殴るぞ、お前」(警部補)
「手出さへんと思たら大まちがいやぞ、こらあ」(警部補)
「お前、大まちがいやぞ、こらあ」(警部補)
「座れ、こら」(警部補)
「やめてください」(男性)
「わからんのやったらわからんで勝負せいや、警察と」(警部補)
 
「おまえの家も全部ガサ(捜索)行くぞ」(警部補)
「おまえなめんなよ、こら。だまるな。何か言え。殴るぞ」(警部補)
 
「お前の人生ムチャクチャにしたるわ!!」(警部補)
 
「悪いけど、嫌がらせはするで!!(警部補)」
「留置場入ったら分かるんちゃう、報道も喜ぶでこんな話…」(警部補)

警察や検察が調書を作成する基本手法が「脅迫」である。
「認めないとお前を抹殺してやる」
「認めないとお前の家族を苦しめてやる」
「認めなければ長期間牢屋にぶち込んで、生活が成り立たないようにしてやる」
「認めないとマスコミに情報を垂れ流し、家族ともども生きてゆけないようにしてやる」
 
 このような手法でうその供述を引き出してゆくのである。
 
 大声で「お前の人生ムチャクチャにしたるわ!!」などの暴言で脅すことが常とう手段であり、今回告訴された警官は、まさに警察のマニュアル通りに取り調べを行っただけにすぎないと見られる。

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-0c3e.html

★ 抜粋終了

これが今回弁護士によって公表された大阪の警察による取調べの実態である。植草ブログからutubeで怒鳴ってる警察の声を直接聞くことが出来るのは被疑者が身に付けていたICレコーダーに録音されていたデータがあるからであり、もしそのような「証拠」がなければ表に出ることもなかっただろう。

警察は一般市民を守る?全然違う、実は自分たちの都合の良いように筋書きを作る為には被疑者の家庭を破壊して仕事を首にさせて世間のさらし者にするという事がこれで証明された。大阪検察の証拠偽造に次いでこのような証拠が出てきて、ここまで警察の罵声を聞かされても「それでも警察を信じます」と言う人は何人いるだろうか?

まさに権力と暴力が一つになって市民に襲い掛かるのだから、こんな事を誰も見てない取調室でやられたらどうしようもない。こうやって脅迫されて作った供述書が後になって証拠として採用されて有罪となるのだから、一般市民はどう対応すれば良いのだろう。

もちろん1億2千万人の日本人のうちの殆どは逮捕されたり尋問を受けたりする事はないだろうから、警察と言えば交番に立っている使命感に燃える元気な若い警察官か、いかにも年季の入ったベテランで道に迷った子供の面倒から時にはガイジンの道案内までしながら、いざ渋谷駅前で事件が発生すれば真っ先に飛び出して犯人をねじ伏せるような人々を想像するだろう。

そう、警察官組織の中で働く人々のうち殆どはそういう人なのでありそれには何の間違いもない。けれどキャリアと呼ばれる東大卒業組と検察庁と言う組織の中で働く連中の脳みそは全く違った発想をする。

彼らの目的は国家を守る事であり国民を守る事ではない。そして国家を守る為なら無実の人間でも時には投獄する。これが鈴木ムネオや佐藤優、植草一秀などのケースに当てはまる。

組織は腐る。時間がかかると益々腐る。そしてどんな大組織であっても閉鎖された組織の中では絶対に浄化も循環も行われないから、どうしようもなく腐る。

腐った結果として国民を守るはずの警察がいつの間にか自分たちの不祥事を隠すために権力を行使して逆らう国民を刑務所に放り込む。

警察の威信を守る為には警察に失敗は許されない。だから停車中のスクールバスに白バイが後部から激突しても悪いのはスクールバスの運転手になるし耐震構造事件では政府及び首相を守る為にスケープゴートを仕立てて個人の犯罪として誤魔化す。

上司がそんな誤魔化しをしているのを手伝ってる連中からすれば、「よっしゃ俺達だってちょっと出世の為にその辺の大人しそうな一般市民を叩こうぜ」ってんで事件は作られて、上司だって日頃頑張ってる部下が冤罪を一つ二つ作っても、他の事件で頑張ってるからいいじゃないかと目をつぶる。

検察対小沢で始まった戦いだが、結果的に国民の前に今まで検察がどれだけ違法行為を犯して冤罪を作り出したかが明瞭になってきている。

冒頭に紹介した大阪の事件も、検察による冤罪事件が発覚しなかったらおそらく闇に葬られていただろう。これから検察に対してどこまで踏み込んで組織の変革を迫るか、それはむしろ政治家ではなく怒れる国民の反応次第だろう。

もしこのような事件の連続により、実は検察や警察上層部は国民を食い物にして生きている寄生虫だと分かれば国民は反発するだろうか?それともまたいつものように「よっく、わかんな〜い」で終わるだろうか。

今回の事件は国民の手に国民主権を取り戻す良い機会であり政治を浄化して国民の手で民主政権を取り返す絶好の機会である。

本来ならこのような機会を捉えて野党が攻勢をかければ良いのだが、肝心の野党第一党が今まで検察とつるんでた連中だからこれは難しいだろうな。

河野太郎がいくら強硬に主張しても、息子の犯罪を誤魔化してもらった森元首相とかからすれば検察にはお世話になってて息子が生きている限りこれからもお世話になる可能性が超大であるから受け入れる事は出来ない。

日本人が自分たちを現在の状態で良いと思うなら、自分は真面目に生きているから警察に捕まるはずがない、真面目に生きてれば警察のお世話になることなんかないって本気で思ってるならこれ以上言う事はない。

「それでもぼくはやってない」と言う映画があった。見た方も多いだろうが、最後の「控訴します!」と言う場面、多くの人が何とか高裁では正義が実現されてほしいと思っただろう。

しかし現実は警察と検察のやりたい放題であり控訴したって引っくり返る可能性は殆どないし、忘れてはいけないのは控訴するって事は検察権力に逆らってるんだから、検察は今度は痴漢したかどうかなんて関係なく、お上に楯突くその反逆行為自体を裁くようになるってことだ。

控訴の結果がどうあれ、24時間警察に見張られて真夜中の殆ど車の来ないようなちっちゃい交差点の横断歩道を赤信号で渡っただけで逮捕されて27日間の拘留、その後も徹底的に警察に付け回されて生活はぼろぼろにされる。まさに、控訴で勝っても地獄、負けても地獄である。

ここから先どうするかは、まさに国民一人一人の判断である。しかしこのままで良いと判断して行動した、または行動しなかった人々に後日警察が襲い掛かっても「冤罪です〜、たすけて〜、わたしは悪くないのに〜」なんて言っても、もう遅いのだ。

じゃあ具体的にどうするか?時間はかかるが政治から変えていくしかない。現時点で「聴取の可視化」を政策に挙げている政党及び個人に一票を入れるか又は「聴取の可視化」を政策に入れてない政党や個人には投票しない「落としたい候補サイト」を作ったりして、とにかく政治から変えて行くしかない。

他にもやるべき事はたくさんあるが、今なら検察組織にメスを入れられる。次の機会はないと思って選挙に行くべきだろう。


tom_eastwind at 11:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月12日

上向きの平等

bee010e8.jpgぼくは平等が好きだ。世の中に貧しい人がいるのを見るのは大嫌いだ。
しかし子供っぽい事を言っても現実の世界はそう簡単に変化しないし世の中が元々不平等なのもよく分かっている。

だから格差是正の為に自分の周囲だけでもみなが平等になってくれればと思う。ただその平等の方向性が今の日本社会や民主党とは全く違うようだ。

僕が望むのは上向きの平等である。

上向きの平等ってのは、自分たちの社会に成功者がいたらその人に一歩でも近づけるように自分も社会の上に登ろうとする、この場合の成功とはお金だけではなく心の幸せも含むんだけど、そういう天国にいる人に向って自分たちも成長していく、その結果として皆が上の段階で平等になるって意味であり、昨日までは手の届かなかったお金持ちの世界に自分が今日いる事が出来るって意味だ。

以前だったら買えなかったカー、クーラー、カラーテレビがどこの家庭でも買えるようになる、そういう形で誰もが文明を享受出来るって事だ。それでも格差は残るだろう、ぼくがカローラを買うときに彼らはベンツを買うだろう。それでもぼくは次の機会にベンツを買う機会があるからその意味で上向きの平等だと思うのだ。

誰もが今日よりも良い明日を期待して、例えばイトーヨーカドーがリスクを取ってコンビニエンスストアという新しいビジネスを起こしてそれが日本中に広まって今では一般家庭の冷蔵庫や台所役にまでなって世の中を便利にしている。

ソニーはビデオ戦争で負けても次はテレビで挑戦して世界市場を取った。負けた方も明日こそはこちらの番だとばかりに努力をして、お互いに技術を高めあい、それが結果的に人々を物質的に豊かにした。

精神的な部分はなんとも言いようがないけど、日本、少なくとも東京や名古屋等の大都市は世界で一番便利な国になったのだけは間違いない。

けれど今の民主党政権が目指す、てか国民の多くが望んでいるのは下向きの平等、つまり魔女狩りではなかろうか?

頑張って働いてお金を作った人に対しては「お前ら金持ちは労働者の敵だ、刑務所に放り込むぞ、嫌なら財産を全部出しておれらと同じような貧乏になれ」と数の論理で無理やり法律を変更してでも彼らから財産を巻き上げようとする。

そして耳に痛いけど直視しなければいけない事実を話す人々に対しては「オマエはアカのイヌか?!」とか「売国奴め!」とか、感情的でしかない言葉を無記名で送りつけて相手を罵倒して、これまた数の論理で彼らを自分たちの目の前から排除する。

検察に至っては自分の好き勝手で筋書きを作って誰でも逮捕出来る様な仕組みを作ってしまい、まさに共産党独裁国家である。(この件は書くと長くなるので後日)

その結果として社会に残ったものは、貧しいし働く術をしらないしましてやビジネスの拡大や持続する経営やリスクを取って戦う事の出来ない弱虫と、二段階でモノを考える事の出来ないその場の場当たりの感情論でマスコミと政治家に振り回されるバカモノばかりになる。

大体において他人の成功をねたむようになればそこから先は足の引っ張りにしかならなくなる。自分が何の努力もせず他人を妬み他人の足を引っ張ったとしても自分の利益にはならない。

それなのになんでそんなそんな事をするかって言うと、そんな事をやっても自分の利益にならないばかりか社会を衰退させると言う厳しい現実を理解したくない、または理解出来ないバカモノだからだ。

今の日本の2ちゃんねるの書き込みはまだ掲示板の中だけだが、これがいずれ社会全体に現実的に広がっていくだろう。

そうなると間違いなく社会は衰退するが、皆が足を引っ張りあってまともな人間が日本から出て行った後に、足の引っ張り合いに疲れた連中がはーはー言いながら床に膝をついて、「ほら、、、これで、やっと、皆が、平等になった・・・・」と、やせ細って垢に汚れた顔で息を切らしながら、それでもまるで勝ち誇ったように言うのだ。

これは1950年代初頭のロシア、1960年代の中国で発生した。お互いが他人を監視して当局に訴えて、怖いから誰もリスクを取らずに家の中に篭り、世の中がどんどん貧しくなって食べるものもなく、ロシアでは遂に村に住む子供の姿が小さな子供から次第に消えていき大人たちの餌にされ、最後には村人が村を捨てる事態になった。

中国では大躍進と言う名目の元に農業経済は崩壊して各地で飢饉が起きても誰も助ける事が出来ず、更に文化大革命が起こり数百万人の中国人が飢え死にしたり流刑地で処刑されたりして、残った人々は何とか自分の命だけを守る為に他人を密告して地元の小学校で行われる人民裁判で指導者を吊るし上げにして、結果的に自分たちの社会のインフラを全て崩壊させて最後に言った、「これで皆が平等になった」と。

これが日本がこれから進むであろう中の最悪の状態である事を望む。これ以上の最悪は予想したくもないからだ。

皆が他人の足を引っ張るが誰もリスクを取って社会を成長させようとしない、そんな社会にしてしまった卑怯者やバカモノの連中の子供に未来はあるだろうか?子供が大人になった時に親に向かってなんと言うだろうか?「お父さん、何でこんな世の中にしたの、何でこんな世の中にぼくを産んだの?」

みなで成長しよう、皆でリスクを取りながら成長しよう、誰かが失敗してもそれを責めるのではなくむしろ褒めてあげて、よし、もう一回やろうよと肩を叩いて一緒に歩いていく、そんな社会にしたいと思う。

そう思うからこそ今の社会党政権の方向性には疑問を感じるのだ。まるでこの社会を下に向けて落して行って、最低層に合わせようとしているとしか思えないのだ。

リスクを取って起業して新しいビジネスをしようとする個人は既得権益を守りたい役人によってすぐに潰される。リスクを取って企業の中で新しい方向性を見つけようとする改革者は自分が社長になりたい宦官連中から企業コンプライアンスと言う美名の下に左遷させられる。

他国がどのように進歩しているかなんて関係ない、今の自分が良ければ後はどうでも良い、そういう連中が他人の足を引っ張って、結局言いたい事も言えない社会を構築しているのだが、そんな事はバカモノ共にはどうでもいいことで、自分の子供の未来の事さえ考えずにとにかく足を引っ張ることだけを考えて生きている。

動物以下の生存本能や種の保存の原則さえ多分原子力発電所の放射線か高圧電線の下で長いこと机にへばりついて馬鹿相手に真面目に嘘を信じて勉強してきた為に失ったのだろうが、それにしてもこれからの社会党が、あ、違った、民主党か、何とか自分の馬鹿さ加減に気付いて軌道修正してもらいたいものである。

格差を下に向けて平等にしようとした時に妬みや嫉みが生まれて社会は衰退し、格差を上に向けて平等にしようとした時にだけ夢が生まれる。




tom_eastwind at 11:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月11日

ポールヘンリーの憂鬱

72fa16f3.jpgポール・ヘンリーの辞任が受理された。インド系総督への人種差別問題に広がり、ついにはインド政府外交筋からの謝罪要求までが出てきて、ジョンキー首相も「ポール、今回は分が悪いよ、外交問題にされちまったぜ」とでも言ったのだろう。

結果的にTVNZのリックエリス理事長はポール・ヘンリーとの面談後にポールの辞表を受け取る事になった。

元々は俳優を目指していたポールは番組の中でもしょっちゅう冗談を飛ばしていたし、それがおふざけで通るときもあればヒステリックババに捕まって吊るし上げにされる事もあったが、それは国内問題だった。

今回のようにインド政府までが「ふざけるんじゃねえ」と言うなら一旦は外交問題もあるし引き下がる、つまりポールには辞任してもらうしかないだろう。これは政治判断だ。

昔、筒井康隆が自著のSF作品で「てんかん持ちは車の運転は危ない」みたいなことを書いたら「てんかんに対する差別であ〜る!!」と訴えられて、あんまり馬鹿らしくなった筒井康隆は絶筆するぞって言い出した事件があった。これに限らずジョージ秋山の「アシュラ」発禁問題などもあった。

結局は自分の人生を真面目に取り組みもせずに自分だけが世界で一番かわいそうな被害者であり世の中は広くていろんな価値観があるって事を理解しようとしない人々が感情的に騒いでその結果として世の中で発言の自由がどんどん取り除かれて、最後は共産党政府のように誰も何も言えない社会になっていくのだが、そんな社会を作ったのは結局その社会に住む「市民」であるのも間違いはない。

「もの言えば唇寒し秋の風」は元々は普通の俳句だったのかもしれないが、その意味は現在においては余計な事を言って自分の立場を悪くするような事はしないほうがいいよって意味になっている。

自由な言論やジョークと差別用語の間の壁は非常に薄くて見えにくい。けれど確実に存在する。

ある時こんな事件があった。東京の江戸っ子ちゃきちゃきのすし屋があり、そこはいつも地元の人で繁盛している。ある時仲間に誘われて初めてこの店に来た地方出身の若者がカウンターに坐ってどのメニューにしようかと悩んでいると突然元気の良いすし屋の大将が常連さんと大笑いしながらこちらを振り向いて「おい兄ちゃん、さっさと決めなよここは東京だぜ、それともメニューも読めない朝鮮人かい!ぎゃはは!」。地方から来た若者はゆっくりと視線を持ち上げて大将にしっかりと焦点を据えてゆっくりと答えた。「大将、おれが朝鮮人じゃなくてよかったな」。

こういうのが差別である。例えその場に朝鮮人がいなくても差別なのである。

これに対してジョークは国民性や感覚によってかなり異なるのが事実だ。ポールがテレビで話したのは駄目で芸人がテレビでインド人をネタにしてからかうぶんにはOKと言うのも無理がある。

じゃあインド人はジョークを言わないのか?人を馬鹿にしないのか?君らの視線と話し方こそ、まさに人間を徹底的に差別するカースト制度の名残みたいな「上から目線」ではないかと言いたい。

昔日本人が初めて海外旅行に行き始めた時、彼らの格好は押しなべて溝鼠色のしわ入りスーツに白いシャツ、分厚い眼鏡に首からカメラと言ういでたちで、欧州の新聞などではよくネタにされたものだが、別に誰も気にしなかった。

要するに今回の事件は差別と言うよりも、むしろ何でもかっぱらう機会があれば見逃さずにかっぱらってやれって発想に立つ逆差別団体の活動とだぶって見えるのはぼくだけだろうか。

何度も書くけど自由な言論と差別は薄い壁で分けられている。その壁の名前はリテラシー、つまり情報を評価識別する能力である。この読解能力の低い人間に限ってすぐに無意味な言葉に感情的に反応してしまい言葉の裏にある意味を読み取る事が出来ずに表面だけの上ッ滑りな理解で過激な行動に出る。

こういう会話能力も読解能力もないのを世間ではリテラシー馬鹿と言うのだが、馬鹿は増殖する。何故なら自分で勉強しない方が楽だし他人の言ってることを鵜呑みにして猿真似して発言すれば自分まで偉くなった気になるからである。

ウィキより:
受信者のメディア・リテラシー
情報を受け取る側である受信者は、発信された情報には程度の差こそあれ、何かしらの偏りがあることを理解する必要がある。一方に偏った情報をそのまま鵜呑みにしていたのでは、その物事に関する正しい知識を身に付けることが難しくなる。また、今日の社会では情報への依存度が非常に大きい。それ故、場合によっては偏った、あるいは間違った情報をそのまま信じてしまったために、様々な局面で何かしらの不利益を被ってしまう可能性も十分予想される。

そのため、受信者の側に立つ人間には、発信された情報を受け取る際、「その情報は信頼できるかどうか」を判断することは無論のこと、その情報にはどのような偏りがあるかさらに一歩進めて、その情報を発信した側にはどのような意図・目的があるか(つまり、なぜ、わざわざ、そのような情報を流したのか? なぜ、わざわざ、そのように編集したのか?を考えること。)等を始め、各種の背景を読み取り、情報の取捨選択を行う能力が求められる。そしてこれが、先の「情報を評価・識別する能力」となる。

現実には、メディアが発する情報はすべて正しいとは限らず、何らかの事情や意図によって、嘘や誇張、間違った情報などが含まれていることがしばしば見られる(大掛かりな例では大本営発表、イラク戦争でのアメリカ政府発表などがある)。メディア利用者はそのことを常に理解する必要がある。そのためにはメディア情報の話者、目的、内容、背景等を的確に読み取る必要がある。また、それらを理解すれば、情報を正しく利用することが可能になる。
ウィキ終了:

まさにこの通りであり、リテラシーのある人間ならポールの顔を見て話を聞けばこれが一種のジョークでありながら吐く人種の本音でもあることに気付いただろうし、これに対して笑って返すだけの判断能力もあったであろう。つまりこの一点においてインド系住民は心が偏狭であるという事をNZ社会で表明したようなものだ。

ジョンキー首相はコメントで「政府レベルでは司会者とコメンテーターとコメディアンが世界中の事をネタに語るのは理解しているし、もしそれを毎回侮辱とか捉えるのであれば我々の外交関係はすべて消滅するだろうし世界がそんな事になるのは悲しい事だ」と語った。
"But people also recognise at a Government level that there are broadcasters and commentators and comedians who say things all over the world and if every time you took offence from those we ceased having diplomatic relations then we'd be in a very sad state in the world."

ヘラルドが今回は何が起こったかを時系列で記しているので参考にして欲しい。

下記の10月1日金曜日の発言の方がぼくとしてはよっぽどひどくないか?と思ったのだが、今は何となくこの発言さえ“ふん、全くそうだよな”と言う気持ちになっている。偏狭な心の持ち主の為にこっちまで不愉快になった。社会が言葉狩りで狭くなるのは見たくない。

* Fri Oct 1: Henry erupts into giggles on Breakfast, mispronouncing Delhi chief minister Sheila Dikshit's name. It's supposed to be "Dixit".

* Mon Oct 4: Henry asks Prime Minister John Key if New Zealand will have Governor-General who looks and sounds "more like a New Zealander" next time. He later issues an apology. TVNZ spin doctor Andi Brotherston makes knee-jerk comment to media that Henry was prepared to say things "we quietly think but are scared to say out loud".

* Tues Oct 5: Henry is stood down on a two-week suspension. There is a protest outside TVNZ's offices, calling for Henry to resign.

* Wed Oct 6: Brotherston sends email to staff apologising for "horrendous error of judgment" in not seeking a second opinion "or even paus[ing] for breath" and says she has offered her resignation.

* Thurs Oct 7: New Zealand High Commissioner Rupert Holborow called in by the Indian foreign ministry in New Delhi and handed a formal protest over "Dikshit" remarks - Indian Government lodges a formal complaint.

* Sun Oct 10: Henry offers his resignation to TVNZ chief executive Rick Ellis, who accepts it.
Paul Henry's statement:
"I have resigned from TVNZ, effective immediately.


tom_eastwind at 14:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月10日

オークランドスーパーシティ

9e8de120.jpgレン・ブラウンがオークランドスーパーシティの市長に選ばれた。

140万人の大都市誕生である。


とは言っても日常生活をしている人からすれば元々オークランドはグレーターオークランドと言う呼び名で南のマヌカウから北のノースショア、時にはロドニーまで含めて意識されていたからあまり違和感はない。

てか、「今まで別々だったの?」くらいの感覚かもしれない。

以前のグレーターオークランドはそれぞれに行政区が違っており、感じで言えば東京の区がそのまま中央政府に繋がっていたようなもので東京都がなかった。

これでは行政区を縦横する高速道路の管理も複雑になるし大都市としての動きがどうしても遅くなる。そこで今回スーパーシティを作ることで行政サービスからインフラ整備までを一気通貫で出来るようになり機動性を発揮することになる。

幸いニュージーランドは政治的に安定しており二大政党制であり両党の考え方に大きな違いもない事から、わりかし物事は簡単に進む。だからちっちゃな国でありながらここ数年の政治運営にブレや妥協がなく、政権交代で揉めるお隣のオーストラリアのような停滞は起こっていない。

10月1日から消費税が上がり、同時に所得税が下がることになった。自分を例にして計算してみると、ぼくの場合は減税になる。

じゃあ誰が増税になるかと言えば、政府の補助金や失業保険に頼っている人々である。ちなみにこの国では一度も働かなくても18歳から65歳まで失業手当を受ける権利がある。

そして65歳になれば誰でも、一度も支払いをしなくても老齢手当てを受ける事が出来る。これは自分が受け取っていた収入の65%〜70%が保証される。これは、あなたがニュージーランド人である限り政府はあなたを何があっても守りますと言う強いメッセージであり、だから国民は安心して働き安心してお金を遣える。

今回の税制変更では労働者が減税になるが、何よりも大事なのは政府が労働党から国民党に変わり「真面目に働いた人がきちんと報酬を受け取る事が出来る仕組みを作ります、福祉にただ乗りする人にはそれなりに支払ってもらいます」と言うメッセージを国民に送ったことだろう。なにせ消費税は泥棒からでも取れる税金なのだから真面目に働いている国民に分かり易い。

(国民党の支持層は自営農家や中小企業経営者であり労働党支持層はこの国でもやはり労働組合である)

レン・ブラウンは父親がオークランド南部のオタラと言う街のメイフィールド小学校の校長になった時にオークランド南部に住むようになり、18歳の時にはオランダにクリスチャンユース留学生として一年住んだ経験がある。その後市役所で働きながら2007年にマヌカウシティ市(空港のある街)の市長となり、今回はジョン・バンクスと接戦の末にスーパーシティの市長に選ばれた。

能力的な面はぼくはマヌカウに住んだことがないので直接は分からないが、安定した政治運営を行うジョン・バンクスを退けて市長となったのだからそれなりに優秀なのだろうと思う。

オークランドはニュージーランド最大の都市でありこの国の経済運営のかなめである。政権が安定して国民の満足度が高まっている今、オークランドが来る2011ワールドラグビーを無事にこなして市民のやる気を最大に引き出してくれる事を期待する。

写真はヘラルドからの転用。

tom_eastwind at 16:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月09日

Wall Street Money never sleeps

e047a5b2.jpg土曜日にやっと時間が取れて、製作発表された時から見たかった「ウォールストリート」の続編「Wall Street Money never sleeps」をStLukesの映画館で見る。

前評判は予めNZの映画批評で読んでおり「まあまあだな」って声が多かったのだがぼくはマイケルダグラスがdaisukiで、1980年代のジャンクボンドの帝王ミルケン一人に罪を被せたウォールストリートの連中のモラルもどうなのかと思ってたし、周囲の批評はどうであれオリバーストーンがマイケルダグラスにどのように”その後のゲッコー”を演技させるのかがとっても気になっていた。

龍馬くんをwarHammerで降ろしてから12:50開始にぎりぎりで間に合う。子供の遊び場所と映画館が同じ建物内にあるのでこれは便利だ。

全編で131分の作品だったが、見終わったすぐの結論から言えば他の批評と同じく「まあまあだな」だし、暫くして筋書きをもう一回思い起こしてみるとだんだん腹が立ってきた。

そりゃないでしょオリバーさん、あなたは製作途中に誰かに何か邪魔をされたんですか、筋が通ってないしいつものあなたの世の中の現実を切り裂くような深さがないではないか。

前回の映画のテーマが市場原理主義であるなら今回はその追認なのかそれとも社会主義の導入なのかとかがもっと前面に出ても良かったのではないか?家族を語るのがテーマなら、何も「ウォールストリート」でなくても他にいくらでも映画があるだろ。

マイケルダグラスがますます演技に磨きがかかり、親父のカークダグラスと比較しても負けない程になってるし、娘役のCarey Mulliganは若干25歳ながら素晴らしい演技を見せてくれるので、彼らの演技に16ドルを払ったという事で満足しておこうって感じでした。

見る価値ありますか?と聞かれれば、もしマイケルダグラスが好きでWallStreetが名作と思ってるなら一度は観てみるべきだし、金融やWallStreetに興味がなければお金と時間の無駄と言いますね。

ただし私は、もう一回観ようよと言われたら多分観ます。次回はこの映画の細部を楽しむ為に。それだけよく作りこまれています、この映画。





tom_eastwind at 18:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月08日

ポールヘンリーの失敗

9586d8ad.jpgNZでは毎朝「Breakfast」と言うテレビ番組があり日本の朝の2時間番組と同じような構成になっている。政治、経済から文化、映画、スポーツまで様々なテーマを朝食代わりに提供している。

その番組で2004年から司会を務めているのがポールヘンリーというパケハ(白人キーウィと言う意味)で1960年オークランド生まれの、良い意味でも悪い意味でも人気者だ。

彼のコメントは鋭く、問題点をよく理解しており、更に何よりも面白いのは、彼は頭の回転が速くて冗談がdaisukiだって事だ。実際これがニュージーランド国民の朝の楽しみと情報分析の一つのソースとなっている。

けれどあまりに頭の回転が速いものだから自分の今いる場所が国民全員の注視の中であり彼が口から発した言葉はそのままお茶の間に流れてしまうってのを忘れているのかわざとなのか(わざとの可能性が高い)、生放送でかなり強烈な発言を繰り返す人物としても有名だ。

今までもしょっちゅうモラルぎりぎりの発言を繰り返してきた。例えばグリーンピースの女性活動家をインタビューした際はその後のコメントで「口ひげが生えている女性だね」とか。

これはぼくからすればジョークの一つとして笑えるし実際に多くの日本人は「ほらやっぱり〜」と笑うだろうけど、人間より鯨がdaisukiで脳みその構造にかなり欠陥があり一段階でしかモノを考える事の出来ない、まるでクロイツエル・ヤコブ病に罹ったような人々からすれば冗談はでは済まないようで、そういう時は必ずテレビ局にクレームが山ほど届く。

でもって彼は今回もまた派手な発言をやらかした。ネタは、ニュージーランド総督を誰にするかの問題だ。ニュージーランドは実質的に独立国とは言え国家元首は今でもエリザベス女王であり彼女の代行としてニュージーランドに総督が派遣されている。

とは言えこれはあくまでもお飾りで、実際はニュージーランドが独自で総督を決めるし総督に何らかの政治的権限があるわけではない。2006年から務める現在の総督はインド系のアナンド・サティアナンドである。そして今年が改選の年となったのだが・・・・。

http://www.nzherald.co.nz/nz/news/video.cfm?c_id=1&gal_cid=1502728&gallery_id=114354

Henry made the comments while questioning Prime Minister John Key.
"Are you going to choose a New Zealander who looks and sounds like a New Zealander this time ... Are we going to go for someone who is more like a New Zealander this time?"
Mr Key seemed taken aback and said that Sir Anand was a New Zealander.

ヘンリーはジョンキー首相に質問をしている時にこうコメントをした。
「あなたが選ぶ総督は、今回は見かけも雰囲気もニュージーランダーでしょうか?我々が今回ついていく人はもっとニュージーランド人っぽい人でしょうか?」
ジョンキー首相はこれに対して驚いたように「アナンド総督はニュージーランダーだよ」と答えた。

この発言はさすがに冗談では済まなかったようで、とくにニュージーランドで生活をするフィジーインディアン社会が問題視して人種差別問題に広がっていった。

その為現在ポールヘンリーは2週間の給与なし停職を言い渡されて、最終的に司会を降りるのかどうなるかは今日時点では未定だ。

うちのテレビは壊れてて電波が受信出来ないのでTVONEを見ることは出来ないのだがNZヘラルドからビデオにアクセス出来るので、そちらで実際にどんな風に話していたのかを見てみた。

すると確かに真面目そうな顔で「あなたは今回はニュージーランド人らしいニュージーランド人を〜」と言ってる。

けどその数十秒前には今回のリストの中のある候補者の英語っぽくない名前をわざと“かみかみ”しながら読んでみたりして冗談やってる。

なのでそれに続く真面目な顔での質問も半分は冗談であり、最初は確かに「そうだよな、一般的パケハからすればそうでしょ」くらいに思ってしまったが、一瞬後に「あ、これじゃあ確かに叩かれるのもやむなし、相手はインド人じゃんか」と思ったのも事実。

ジョークで「国際会議の司会者にとって何が難しいかと言えば、どうやって日本人に口を開かせてどうやってインド人を黙らせるかだ」というのがある。

それくらいインド人はよく議論するし主張する。ぼくも何度かインドに行ったが、確かに呆れるような場面に遭ったことも何度もある。とにかく絶対に間違いを認めないし絶対に謝らないのだから、こういう価値観の違う人間とは一緒に仕事は出来んなと何度も思ったほどだ。

それはニュージーランドに来てからも変わらずで、やはりインド人は苦手である。例えば会社近くのコンビニがありそこではフィジー系のインド人が経営しているのだが、ぼくは韓国製カップ麺を買いに行ったら売ってなかったので店を出ようとしたら、すんごい迫力のある濃い口ひげを生やした親父がにらむように怒鳴るように「おい、オマエは何故何も買わないんだ、オマエが買いたいのは何なんだ!」と聞いてくる。

こんな質問のしかたにも価値観の違いを感じるし、彼らがぼくらと同じアジア人に区分けされている理由は唯一、区分けを担当した当時の欧州人が前夜のパーティで飲みすぎて思考回路が回らずに、ええい、ボスポラス海峡の向こうは全部アジアだ!と言い切った為だと本気で信じている。

ジョン・キー首相としてもヘンリーの質問を受けてすかさず「彼はキーウィだ」と言い切って難を逃れたが、もしこれでジョンが一瞬戸惑ったり躊躇ったとしてたら政治生命は危うかったかもしれない。

誰も腹の中で何を考えているか分からないが口に出した瞬間に言葉は独り歩きする。

ヘンリーからすれば普段白人キーウィが考えているけど公の場では口に出せない意見を代表した質問なんだろうし、普通の白人数人がバーに行って総督の話になれば「何でインド人が総督なんだ?」とも話すだろう。

彼の毒舌は実はかなり白人キーウィの本音を突いており、だからこそ批判が出るのと同じ数だけ擁護の数もあるのだと思う。

キーウィは西洋人国家の中では最も人種差別が少ない国である。けれどそれは彼らの理性が本音の感情を抑えさせてるだけで、酒が入っての感情論だけになれば当然「おれたちが一番」だろう。

けれどこれはぼくも同じで、僕は日本人が世界で一番真面目で優秀だと思ってるが、それを日本人の集まり以外の場所で公言することはない。

結局自国や自民族に誇りを持つってことはどうしても他民族に対する差別を生むのだ。差別がなくなるなんてのは逆に言えば自国や自民族に誇りを持たなくなった時だから通常の社会では考えられない。

しかしそれを言い出したらお互いに自分が一番!ってことになり、ニュージーランドのような多民族国家では社会が成立しなくなる。世の中は理想どおりには動かないし人間には感情がある。それを理想だけで完璧に殺す事は出来ない。だから思っていても言わない、そういう心の配慮が必要なのだ。

今回の事件で彼がBreakfastの司会を降板することになっても彼の考え=「なんでインド人が英国女王の代理で総督なんかやってんだ」と言う気持ちは変わらないだろうし多くのパケハも同じだろう。

まあこの程度の事でいちいち人種差別!などと言い出してたらきりがない。黒いものは黒いのだ。白いものは白い。そしてぼくらは黄色だ。その違いがあることを認めた上で、だけど自国民に自信を持つべきだろう。

ぼくは自分の肌が黄色いことを恥ずかしいと思ったことは一度もないし、実は腹の中では日本が一番と思っているから、もし白人が何か言ってきたら、「ほう、トヨタに乗って寿司を健康食として食べてる君が、何か言いたいのかい?気に入らないなら昔のように馬車に乗って油っぽい芋フライでも食っておけば(笑)?」とでも言うだろう。

今回の事件は白人が何か言ってきたら「ほう、だったら何故君が総督に選ばれなかったのかな?」と笑って流すだけの器量がない連中を相手にジョークを飛ばしたってのがポールの失敗だったって事くらいだろう。


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2010年10月07日

移住会社

先週木曜日にオークランドに戻り、金曜日は朝から続けて3件の会議、月曜日は朝から4件くらいミーティングをこなしてこれだけでかなりの量だが、火曜日からお客様の訪問があり準備とアテンドでばたばた。

今週のお客様はマカオ、シンガポール、マニラからと多彩で、彼らの国で今後の移住受け入れに向けた取り組みを検討する為に実際にニュージーランドで移住のワンストップサービスを提供している当社が普段東京で行っているセミナーの受講及びビジネスモデルの勉強をしてもらう。

やはり彼らは自国でいろんなビジネスを展開しているので飲み込みは早く早速自国でのビジネス展開を考えていたが、その時に出てくる疑問や質問はやはり日本での対応をどのようにすれば良いのかって事だ。

「え?そんな事日本で出来るんだ〜」から「え、そんな事日本でやってもいいんですか?」まで様々な「目からうろこ」が続いたようだが、実際に出来る。

ぼくがビジネスを開始するときは必ず専門書を読み込んで両国の法律を読み込んで両国の弁護士や会計士に確認を取り僕の解釈でいけるかどうかを確認する。

つまり思いつきや感情だけで進めているわけではなく、常にどのような状況であろうがこちらに論拠があるようにして進める。

ただちょっと違うのは、法律や習慣を学ぶ際にそれをどう解釈するかの部分だ。

例えば手元にあるA4サイズの紙を取り出す。そして最初に皆に聞く。「これはどんな形ですか?」すると誰も当然のように「長方形です」と答える。次にこの紙を筒のように丸めて円形の側を見せて「今はどうですか?」と聞くと、皆納得したように「丸です」と言う。

これは法律でもビジネス習慣でも同じで、どのようなものであれ見方を変えたり視点を変えたり考え方を少しずらせば随分と色んな解釈が出来る。

ここで当然のような質問が出てくる。「なんで御社のビジネスの方法を他社にセミナーするんですか、そんな事したらお客が他国に流れるじゃないですか?」

このあたりも実は解釈の違いである。普通の人はビジネスをする時にどうやったら儲かるかを考える。けれど僕はそれよりもまず「このビジネスは本当に社会に役立つか?」を考える。

つまり移住と言う作業は日本人の為になるのかどうか、である。そして突き詰めて考えれば間違いなく日本人が世界に雄飛する為に世界中に受け皿がある事は移住を希望する人々にとって朗報である。

ならば当社がこのビジネスを継続していけば自然と他国でも同じようなビジネス、つまり移住会社が出来上がるだろう。

けれどその時にその会社がどっかの馬鹿たれオーストラリアにある日系不動産企業のように日本でがんがんセミナーやって不動産売りたさに甘い事やきれいごとばかり言って、不動産売った後は知りませんなんて事で騙されて不動産買わされた日本人が「やっぱり海外は怖いよね」なんて事になってしまったら、海外移住そのものが疑わしい商売と思われてしまう。

それなら当社が持つノウハウを公開して、アジア各国で移住会社の展開を考えている人々にニュージーランド標準を学んでもらい、移住したお客様と10年以上の付き合いをしてもらいたいと思う。それが結果的に業界全体の信用度を高める事になるからだ。

こうやってアジアの仲間が少しづつ増えて来て彼らが「海外移住なんてちょっと大きな引越しですよ、楽しいですよ海外生活は♪」と言ってくれるようになれば、ぼくもうれしい。そうすれば日本人にとって世界が自分の庭になるのだ。日本政府の一部政治家と官僚を守るためだけの無意味な規制から逃れて自由に自分の好きな場所で生活する事が出来るのだ。

ぼくにとってはとりあえずニュージーランドで目指すのは移住5万人計画である。まずはこれを5年くらいで成功させたい。



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2010年10月04日

レアアース、レア食料

04974114.jpg食料自給問題でよく出てくる話が、米国が小麦を売らなければ他の国から買えば良いという主張である。
これこそカネさえ払えば誰でも言う事を聞いてくれると思い込んでる平和人の発想であろう。

日本は加工貿易を行っており原材料となるレアアースや鉄鉱石は他国から購入するしかない。

更に食料も戦前は自給出来てたのが戦後は米国の「肉食え小麦食え」政策でそれまでの米と魚と野菜の生活から米国頼りの肉食パン食に変化して自給率は下がり、更に国内産の牛であってもその飼料は海外から輸入するようになり、日本は海外との取引が出来なければ独り立ちできない国家になった。

それでも海外の国家と仲良くやっていれば良いが、今回のように中国と喧嘩になればレアアースの問題が出てくる。もちろん日本には備蓄があるし輸入先を変える事も出来る。しかし自分でレアアースを日本の国土から掘り出すことが出来ないという決定的な弱みを持っている以上、次の輸入国と喧嘩をしたらどうするのか?

これがレアアース程度なら実はまだ技術の努力でどうにかなる。しかし食料を外交に利用されて小麦も野菜も送らない、そして海にいる魚は可哀相だから殺してはいけないなどと世界から通知されたらどうする?

そんな事はあり得ないと思っている人に今回のレアアースの件をどう思うか、是非とも聞きたいところだ。

今回はたまたまレアアースだった。しかし次回は中国産の野菜かもしれない。そしてその次は米国からの小麦かもしれない、最後には石油の禁輸かもしれない、、、そうなれば大東亜戦争の前夜と全く同じではないか。

要するに日本は自前の外交を持たずに国民を馬鹿のままに放置させて尖閣では騒ぐけどじゃあその為に我々は本来どうすべきか、自衛隊とはどうあるべきか、国家とはどうあるべきか、その為には国民としてどのような義務を果たすべきか、そのようなことを全く放置したまま目先の事ばかりきゃーきゃー騒いで、結果的に国家としての力を落しているのが現状である。

しかし普通に日本人として生きている、そして日本人に誇りを持つ僕としては今の日本は到底納得出来る状態ではない。書き始めたらきりがないがレアアースの問題はそれだけに留まらず、今後日本向け資源が外交交渉の鍵になると理解した諸外国が日本と交渉する時は常にこのカードが切られることは絶対に忘れてはならない。

現状はある日突然「明日から君の食い分はないよ」と言われても逆らえない状態なのだ。

だからこそ今すぐ必要なのは少なくとも輸入食料確保、まずは中国が今世界でやっているような合法的な領土の拡張、つまり海外の農地を合法的に購入してそこで作る食物を自国に送り返す作業である。

もちろんこれとても輸出そのものを外国政府によって拒否されるかもしれないが、少なくとも現状よりはずっとましである。

そして自国の自給率を高める努力、つまり今のように米を作らなかったらカネが貰える仕組みではなく、食料を作って売れば利益の出る市場を作る、同時に農業を魅力ある産業にして世界に輸出するくらいの意気込みで農業の興産をすべきだろう。

食糧自給は一旦政治や外交が絡んだらカネでは絶対に解決しない。カネでどうにかなるなんて甘いことは考えずに、今出来るうちに少しでも自分の国を自分で良くしていくしかないのが今回の尖閣問題で明確になった。

むしろこの問題を奇禍として日本のあるべき立場を見直す良い機会になったと思う。


tom_eastwind at 19:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月03日

昨日見た夢降伏文書

a6805097.jpg昨日ベッドの中で眠りながら今回の尖閣事件を整理してみたら、全体図が見えてきた。

全体図を理解する為には現在の日本が置かれている状況を理解する必要がある。

日本は1945年の敗戦後、実質的に米国に支配されながら同時に中国の影響も大きく受けてきた。つまり日本は米中の代理戦争の場所となっていた。この事実を最初に理解しないと次に進まない。

そして自民党一党支配時代は、親米派の自民党と親中派の社会党による政治運営でお互いに議会ではどんぱちやりながら裏ではしっかり手を組んでいた。

具体的には面従腹背(めんじゅうふくはい)政策で、日本にとって良い事だけど米国にとって不利益になることをする時は自民党が「米さんごめんね、社会党がどうしても引かなくてね」と社会党をネタにして、同時に中国にとって不利益になる場合は社会党が「毛さんごめんね、今回は自民党に押し切られてさ」とやる事でバランスを取っていた。

ところが1990年代にバブルの崩壊と共に自民党支配が崩壊して政治が流動化、このあたりからそれまでは隠然と影に隠れていた米中が表に出てくるようになる。

米国にとってはこれからの50年を見据えて日本を引き止めて置く派閥と、少し中国側に寄せようとする派閥の両方が画策している。ある意味ニッポンはこの米国内の争いに振り回されてもいる。

中国にとってはこれからの100年を見据えてアジアの王道を歩きながらどうやって日本を取り込もうかと考えている。

つまり今は日本を舞台にして二つの強国が綱引きをしている、まるで明治維新前夜に幕府にフランスが付き薩摩にイギリスが付いたようなものである。

そして政権が全体として菅−仙石の親中派になった事で危機感を抱いた米国が、同じく検察組織を小沢によって潰されそうになって官僚全体の危機を感じた外務省を動かして今回の事件を作り、日本を中国嫌いに持っていく=やっぱり米国だよねとなるのが狙いであったと思う。

もう一つ思うのは、これは「偶発的に起きた尖閣諸島での事件」は本当に「偶発的」だったのかという点だ。

元々日本側は中国の漁船がぶつかってきた、ビデオもあると証言している。しかしこの地域が微妙な海域であり外交問題になりやすいことを知っている巡視船が、自分より足の遅い船に後部からぶつかってこられる位置に船を置くなんてあるか?

巡視船からすれば外交基本は彼らと問題を起こさないようにしながら追い返すのであり、そうならば漁船の後部から追い立てるはずだし、または充分に距離を取ってから対応する。

ところが今回に限っては、ぶつかって下さいみたいな位置に船を配置して足の遅い漁船が追いついてこれるようにしている。これが偶発かどうか分からないと考えるのは、数ヶ月前には韓国で天安号事件が起こり南北朝鮮が一触即発状態に陥ったからだ。

「日本の領土内に外国の船が入ってきたのだから当然国内法に従って逮捕」としたのは、その伏線に同じく数ヶ月前に日本が公海上で逮捕、日本国内で起訴した環境テロリストのシーシェパード号事件で国民としては「よくやった」と言う評価が高かった。だから今回の船長逮捕も国民から「行き過ぎ」と言う声は出ない、そう判断して踏み切ったのだろう。

米国による仕掛けが発生したのが政治の空白期であるから、ある意味絶妙のタイミングだ。初動対応に遅れた日本は米国の仕掛けに乗せられて船長を逮捕拘留してしまった。

ところがこれに最初に対応したのが小沢であり、部下の細野をすぐ北京に送り込み問題解決と説明にあたらせた。船長の早期釈放と引き換えに正常化を図るのが目的だろう。

その間米国としては、ついでにロシアにもけしかけて「おい、今なら北方領土で脅かしておけるぜ、ちょっと日本にかましておけば?」くらいの事を言ったのだろう、早速メドベージェフ大統領が北方領土訪問などを打ち出した。

これは中国がロシアに仕掛けたなんて意見もあるが、中国からすればロシアと組んでも何のメリットもない、逆に自国の問題がぼやけるだけである。自分とこで領土問題はやれるし、本音で言えばここで日本と大きな問題にしたくないからロシアに声を掛けるわけがない。

結果的に親中派の対応で船長を超法規的措置で出国させて中国に返して、問題は賠償責任と言う程度まで下がった。

しかしこれでも対米従属派からすれば成功である。それは菅政権に対して「ほら、やっぱり米は怖いでしょ、だから親中なんてやめましょ」ってメッセージを伝えた事だ。これは外務省とその友達である官僚全体としても良い事だ。何故なら小沢による検察潰しが進んでおり、ここで検察を潰されるとせっかくの飛び道具を奪われてしまうから、政府に対する牽制としても効果的である。

このように外交や政治は表だけを見ていても分からない点がたくさんある。領土問題で政治家が古文書を持ち出したりするのは演技にしか過ぎず、実際はこのような政治的駆け引きがすべての基本にあるのである。

だからこそ日本人は自分たちの置かれた代理戦争の舞台と言う位置を良く理解して、どちらの国の利益でもなく日本の国益を考えていくべきだ。

米国が仕掛けた事件で中国が喧嘩をしてもその舞台は日本である。こんな馬鹿な話があるものか、やるなら両国の間で勝手にやってくれであるが、日本が戦争で負けたと言う大前提があるのでどうしようもない。

残った手段は国民が賢くなって選挙に参加して米中どちらに擦り寄るのでもなく日本の国益を考える人々を政治に送り込むと言うことだろう。

民主党政権としては基本的に社会党生き残り組みが支配しており、方向性としては中国向きである。そして資本主義者の塊と言うレッテルを貼られている小沢も反米と言う意味で中国向きである。

つまり小沢ラインと菅−仙石ラインは思想は違っても同じ船に乗っているのだ。今回の事件でそれはお互いに再認識したのではないかと思う。現在の政治家の中で良くも悪しくも米国の戦略と互角に戦えるのはこの3人くらいだ。

これに対して前原−枝野ラインは親米派のようであり、彼らは情熱家ではあるが戦略的発想はまだ難しい、そうなると既存官僚の外務省アメリカスクール派と手を組むことがあり得る。

岡田はその意味で純粋に日本の国益を考えており、相手が小沢でも国益の為なら組むかもしれないし、反対に前原ラインを重視するかもしれない。その意味で今はまだ保留だろう。

お互いにしっかり議論をしてもらって良いと思う。民主党内で議論を重ねて日本の国益を考えてもらえば良いと思う。

ただ唯一、政治家として自分だけが生き残るような矮小な程度に問題を格下げして、結果として日本全体の国益を失うような事だけはしてはならない。そんな事をしたらこの植民地状態が更に50年続くか、本当に国が割れてしまう。

ある意味、今こそ日本は明治維新前夜であり、政治家が政治生命を賭けて自分たちの主張をすれば国民は必ずそれを理解して支持してくれるはずである。


tom_eastwind at 18:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月02日

悪しき隣人

★記事開始
民主党の枝野幸男幹事長代理は2日、さいたま市で講演し、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件に関連し、中国を「悪しき隣人」と呼ぶなど、厳しい批判を展開した。

枝野氏は「悪しき隣人でも、隣人だからそれなりの付き合いをしなければならない。だが、この国と、例えば米国や韓国と同じように信頼関係をもって物事を前に進めることを期待する方がおかしい」と述べた。

 日中が目指す「戦略的互恵関係」についても、「外交的な美辞麗句は良いが、本当に日本のパートナーになりうるのか。政治体制が違い、私たちにとって当たり前の法治主義がない」と指摘。「法治主義の通らない国だから、突然、身柄を拘束される。そんな国と経済的なパートナーシップを組む企業は、よほどのお人よしだ」とも語った。

 枝野氏は講演後、中国を「悪しき隣人」と呼んだことについて記者団に聞かれると、「良い隣人だと思うか?」と反論した。
(2010年10月2日20時02分 読売新聞)
★全文終了

う〜ん、日本が法治主義?まさに現在その法を実行する立場の人間が自分勝手に証拠を改ざんして無実の人間を逮捕拘留しておいてマスコミはそれを犯罪者として扱い、内部で身内の犯罪を訴えるものが出てきても無視して裁判を継続するような国家組織があるのが法治主義ですかい?

今までもどれだけ無実の人間が検察の作った筋書きに合わせて逮捕されて刑務所に送り込まれたことか。そんな事を考えればよくも法治主義などと恥ずかしくもなく言えるものだ。

そりゃ中国だって共産党が無茶苦茶をやるのは周知の事実だ。法輪功やチベット問題等山積みだけど、だからと言って日本が法治主義というのは、この時期にはふさわしくない言葉だと思うな。

何度も書くけど、今の日本で皆がいろんな意見を言うのは自由だけど、自分が公の場所で発言した言葉に対して直接責任は取れるのかという事。

戦争はお互いに愛国を言い出したらすぐに始まる、非常に危険な感情である。特に今回のようにどこかの一部の人間が自分個人の利益の為に日本全体を危機に晒すような事になった場合、その尻馬に乗っかった君は戦後に責任を取れるのかって事。

実際に大東亜戦争の最中に軍隊を誉めそやした朝日新聞などのマスコミは戦後にどれだけの責任を取っただろうか?全く取ってない。書きたいだけ書いて言いたいこと言って、普通に「この戦争おかしいよ、ちょっとやめて話しようよ」って人々に「売国奴」とか「裏切り者」ってレッテルを貼り付けて戦地に送り出して殺した。

けれど戦後は手のひらを返して平和平和と騒ぎまくり、今に至っても何の責任も取っていない。それどころか今でも鶏インフルエンザの際には真面目で一生懸命働いていた老夫婦を自殺に追い込み自分たちは高給を稼ぎながら社会の木鐸としての役目を全く果たさず目先のカネにうろちょろしているのが現状だ。そんな連中が偉そうに今回の尖閣諸島問題を語れるのか?

今も多くの自称評論家やマスコミが中国の行動を非難しているが、それ以上の多くの中国メディアが日本を非難しているのは知ってるだろうか?その結果として最初は単なる威嚇行動だったのが、相手の胸にこっちの胸をぶつけて、次は相手の頭を小突いて、そしてぶん殴りあいが始まって、最後には殺し合いになる。

尖閣諸島の問題は今まさに政治問題になっている。これは現在の歴史で見れば日本の領土と言えるのだしその立場で交渉するのは当然であるが、相手だって次々と言い分を出してきているのだ、自分だけが正しいという姿勢では何も話が進むわけがない。

「中国の方が“自分だけ正しい”と言ってるじゃないか、だからおれたちも主張すべきだ」と言う真面目な人々の話もよく分かる。

けれどもう少し中国人の事を知ってほしい。彼らは何があっても常に「自分だけ正しい」と言う民族でありそのような応答辞令の言語なのだ。腹の中では常に落としどころを探しながら、しかし最後まで表面的には自分の主張を一歩も曲げないという姿勢である。

つまり「突っ張ること」がすでに駆け引きなのだ。ところが日本人は自分が主張するときは本気で主張するから落しどころなんてない、相手が引くかこっちが物理的に負けるかまで戦う。

これは「主張」と言う表現の持つ意味合いのずれなのだが、これがお互いの国で分かっていない。日本人にとっては命を賭けてでも主張するようなことでも中国人からすればすべてが駆け引きの材料でしかない。

つまり尖閣諸島問題で本気で熱くなってしまえば、中国側からすれば「オマエ、本気か?」となるわけであり駆け引きの限度を越えてそのまま戦争に突入することになる。

この、モノ作りに一生懸命になって個人利益のためでなく真理の為に議論をする人々と、議論は所詮自分の手元にいくら金が残るかって考えて、その代わり本気で自分の意見を通すときは一切の利害を無視してチベットに襲い掛かるように突然殴りかかってくる隣人との「主張」や「意識」の違いをしっかり理解してから事に当たるべきである。

このあたりをきちんと整理してまとめていくのが外交であるが、今回はどうも外交がうまく働いていない。まるで民主党のお手並み拝見と言った感じである。まるで民間から中国大使になった丹羽さんと民主党を追い込んでおいて「ほら、だから官僚が大事でしょ」とでも言いたいのだろうか。

そしてこの「悪しき隣人」発言はやばい。枝野さんがどのような背景でこんな事やったのか分からないが、中国と日本の関係を悪くして米国従属を継続したい人々が日中関係をぶっ壊したいのかと思うしかない。

とにかく冷静に考えて欲しい。隣国とは隣人である。あなたが飛騨の山中の数百年続く農家に生まれて山持ちであり、隣家も同じように土地持ちであるが、お互いに何十代も続くうちに隣家と当家の山の境が分からなくなった、そんな時にどうするかって事だ。

今回は日本に分があるとしても、だからなんだ?これで希土類レアアースを止められたら?北朝鮮を嗾けられたら?要するにこの問題は国内問題ではなく外交問題なのだ。それも、2000年前から現在まで漢字や仏教文化を共有している隣家であり、これから数百年先も間違いなく隣にいる人々なのだ。

彼らは僕らを助けることもあれば、僕らが彼らを助けることもある。一番いけないのは隣家に対する礼儀を失って暴挙に走ることだ。

そうなってしまえばロミオとジュリエットじゃないけど全面戦争だぞ。これも何度も書くけど、必要なら兄弟げんかはやっても良いと思う。けれどそれに比べて今回のような事件程度でお互いがここまで角を突き合わせる必要があるのか?

事件の規模の割に騒ぎすぎである。だいいちこれは未決着の問題であり、それを無理やり国内問題であり領土問題はないなんて何の準備もないままにいきなり民主党政府が打ち上げるものだから問題がこじれてしまう。

誰がけしかけたか知らないが、日中が喧嘩をして誰が一番得をするのか、そう考えれば自ずと今後の日本が取るべき姿勢は見えてくるのではないかと思う。


tom_eastwind at 10:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年10月01日

お隣さん

8d013919.jpgオークランドに戻ると机の上に日経ビジネスの最新号が置いてあった。偶然だけどこの号の特集が韓国。サムソンに続く企業として新規上場企業のデータや1年半で時価総額50倍以上の企業の紹介などだ。

ぼくの場合は市場調査をする際にはまず自分の肌感覚で考えるようにしている。それから数字を当てはめていくので、下から順々に現実をベースにして何でこんな数字になるんかいなって考えていくようになる。

今回のソウル訪問でも、彼らビジネスパーソンと話してて何よりも感じたのはその判断の速さと今までの実績に囚われず今目の前で起こっている事をそのまま受け入れる現実的感覚だった。

日本だと中小企業や外国から来た会社がどれだけ優れた技術を持っていようと「ほう、すごいですね、ところでお宅は当社と取引がありましたっけ?」となる。

ところが彼らは外国にあってでも優秀な技術と思えばすぐに投資するし自社の取引先とする。

そして決定権者が何よりも若い。1997年のアジア危機以降韓国は一気に若返りが進み、それまでの上意下達や老人支配から英語を話す国際感覚を持った若者がビジネスの前面に出てくるようになった。

ソウルの街は東京よりもごみごみしているが、人々の勢いは東京よりも生き生きとしている。1970年代に東京でねずみ小屋(うさぎより小さかった)に住んでいた日本人が、プール付きの豪邸に住む米国社会にトランジスタラジオを手にして殴りこみをかけた時も、最初は笑って見ていた米国人が次第にこれを恐怖と感じるようになるのに時間は掛からなかった。

韓国と日本それぞれの新規上場企業数と言うデータが日経ビジネスの特集で出ている。
2007年は日本が120件で韓国は90件。
2008年はリーマンショックの為に両国とも落ち込んだが日本は50件、韓国は70件。
2009年は日本が19件、韓国は80件。
2010年は予想だが日本は20件、韓国は100件である。

つまり日本は2007年以降立て続けに新規上場が落ち込んでいるのに対して韓国では毎年上昇しているのだ。

勿論これには理由があり、日本では上場に対する法的費用、制限があまりにも厳しくなり、上場しないままで個人投資家などから資金を集めるほうが簡単となったからである。

つまり逆に言えば日本では昭和から平成10年頃までは新規上場が金持ちになる一番の道だったのに対して、それ以降は上場以外の道を探すようになったのに対して韓国では今でも株式上場の方が有利であるから上場企業が増えているという現実がある。

言葉を変えて言えば、韓国では株式市場に対する政府の規制が日本のような人治主義でない、つまり人々にとって公平と思えるから上場するわけだ。

そりゃそうだろう、日本で上場をするとなれば様々な規制があるし、第一上場した後の数年後でも平気で犯罪人扱いされるような無法状態である。

建築偽装事件で潰された民間企業などはまさに良い例であり、上場時に適正と判断された会計処理が建築偽装事件に巻き込まれて政治家と黒幕を守る為に犯罪人扱いにされてしまう国である。馬鹿らしくて日本で上場など出来るかって感じだ。

結局日本は失われた20年を通じて更に既得権益者だけが儲かる仕組みを作り、新しく出てくる若者は既存の連中によって潰されてしまい、誰もがリスクを取る事をやめて長いものに巻かれるという江戸時代からの「お上支配」になってしまった。

ところが韓国ではアジア通貨危機を通じて社会そのものが大きく変化して、積極的にリスクを取って戦う若者の背中を押す空気が出来上がり、それが政府によっても後押しされて、結果的に皆がやる気を出している。

韓国は自分の弱さを理解した上で国家が一つの方向に向って戦略を構築しているので人々が安心して仕事が出来る。イ・ミョンパク大統領は「株式会社韓国のCEO」と呼ばれているそうだ。

国家の最高責任者が経営と経済を理解しており国民が同じ方向に向って進んでいる。われわれは少なくとも彼らのビジネスの姿勢から何かを学ぶべきだろう、彼らを通じて昭和の時代に日本のビジネスマンがどれほど同じ方向に向って一丸となって進んでいたかを思い出すべきだろう。

はっきり言えば今の日本は官製不況である。お上に逆らえば国策逮捕、お上に意見をすれば国策逮捕、会社で新商品を作ろうとすればコンプライアンスや顧客クレームを恐れた上司に止められるし、個人では何も出来はしない。

個人がどれほど優秀な能力を持っていてもそれを統合して一つの商品にするためには果敢にリスクを取ってプロジェクトを進める人間が必要だが、そんな事やったら逮捕されますとか会社を首になって家族が世間のさらし者になりますってリスクがあったら、一体誰が一歩前に出るだろうか?

まさに今の韓国と日本を比較すれば、日本はまるで共産主義国家の下で言いたい事も言えずにびくびくしながら頭を下げているソビエト国民みたいなものである。

オークランドに到着してそのままオフィスまで自分の車を運転して出社して、最初に見た記事がこれだから、日本人として少しへこむな。まあいいや、少なくとも僕個人のレベルではオークランドの日本人としてアジア人の中で自信を持って生きていこう。


tom_eastwind at 18:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌