2010年12月

2010年12月31日

愛の国から幸福へ 

ea9ba91e.jpg昔、北海道のJR駅切符で「愛の国から幸福へ」と言うのが売れたことがある。

幸せ行きのパスポートを取得した人間は、誰もが非常に似通った顔をしている。

ちょっと上気したほっぺたと頭の良さそうな周囲を見渡す目と言葉に抑揚を付ける技術を学んでて、なによりも自分が自分の主人公になったことを知っている。

人によって幸せの価値観が違うのは当然だ。だから何が正しいかってのを議論しても時間の無駄だ。お金?家族?自由?

大事なことは自分が何をしたいかであり、それが出来るような環境に自分の身を置く事だ。ここまでは当然の事で誰でも知っているかと思う。けれど実現出来ない理由がいくつかある。

まずは家族の抵抗である。「そんな事はしないで普通に生きてちょうだい」と言う親の気持ちを断るのは結構辛い。自分の生き方よりも家族を優先する生活を送ってきたからだ。

だから本来なら親の方から子供に「自由に生きてちょうだい」と言うべきだ。けれど多くの親は自分の場傘加減を棚に上げて子供に奴隷のような生き方を強制する。

自分のしたい事が分からないという若者もたくさんいる。だったら死ぬと言うのも選択肢である。魂は絶対に失われないのだから、今の自分の肉体が滅びるだけだ。ぐだぐだと「何をやっていいか分からない」と悩みながらメシを食ったりするなら、アフリカの子供の為にも死ぬほうがましだ。

死にたくはないけど自分のしたいことが分からないというのならアフガニスタンやイラクに行くのも良いかもしれない。そうすれば生き残りたいと言う気持ちがどこから湧いてくるかよく分かる。

いずれにしても自分をぬくぬくとした場所に置いていながら「幸せになりたい」なんて贅沢を言うのはおかしな話である。なぜなら彼らは今が幸せなのだから。

本当に自分を自分の人生の主人公にしようと思えばそれなりの代価を払わねばならない。その気持ちもなくて見せ掛けの「わたし、幸せになりたいんです・・」なんてのは「青い鳥症候群」であり、今の自分が幸せであると言うことに気付いてないだけだ。

多くの日本人は長い間、おそらく平安時代あたりからそれなりに村を基本にして生活してきた。ある程度自分の個性を殺して村に同調することでそれなりに生きてく事が出来た。

今の日本でも同じである。多くの人々は今の生活に文句を言いながらもそれなりに納得して生きているのだ。

周囲と問題を起こさず正月は神社に行きお盆は海外旅行に行きクリスマスを祝い結婚式はおしゃれなホテルやレストランで周囲の納得する形で行う。

冠婚葬祭を大事にしてそれで周囲に対して「おれも仲間だ」と言うシグナルを発信していた。

けれど、それではどうしても生きていけないと言う人々がいる。普通の人々にとって普通に生活することが何の苦痛にもならないのに、ある種の人々にとっては”普通の生活”が苦痛になるのだ。

「そうじゃない、そんな生き方じゃないんだ!わたしが欲しい人生はそうじゃないんだ!」そう考えて独立独歩で生きていく人々もいる。

その人生は決して楽ではない。てか、毎日がどきどきである。でもその対価として得られるものが自分の望むもの、例えば自由とかだったら、それなりの価値があると思う。

今年も一年が終わった。良い年だった。幸せになるって方向に向っているのだけは自分なりに感じられた一年だった。来年はもっと幸せに生きていこうと思う。


tom_eastwind at 19:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月30日

政府は己の為に生きる

5e4fa01b.jpgさあ市民の皆さん、間もなく今年も終わり、納税は来年の3月ですよ~。

来年4月からはもっと税率高くするから、頑張って働いてくださいね~。

あ、もちろん僕ら役人や一部政治家や彼らとつるんで賄賂払ってくれるお金持ちにはちゃんと逃げ道は用意してありますからご心配なくね~。

そんな笑い声が聞こえてきそうな来年度の税制改革である。

先日発表された税制改正の相続税に関しては下記のようになる。
(政府案なので最終決定ではない、来年の国会で審議)

●相続税の基礎控除の引下げ
現行:5,000万円+1,000万円×法定相続人の数
改正:3,000万円+600万円×法定相続人の数

●死亡保険金の非課税枠の縮小
現行:500万円×法定相続人の数
改正:500万円×法定相続人の中の未成年者・障害者・同居人の数

●税率UP
2億円超3億円以下部分が現行:40% → 改正:45%
6億円超部分が現行:50% → 改正:55%

こんなの、おれたちに関係ねーよーな税率だぜ、と言う人も多いだろうが、実はこれ、多いに関係ある。この税率変更でも実際に影響を受けるのは全人口の5%程度だが、これは残りの95%の一般市民から広く厚く徴税する為の第一歩なのである。

納税と言えば「カネのアル奴から盗ってくれや」と言い訳するだろうから最初にまずカネのアル奴からたっぷり盗っておいて、次に一般市民の財布からごそっと持っていくのが政府方針である。

来年は税制の見直しが行われる。とくに消費税と年金の大幅な変更を行う。

消費税の議論と言っても消費税を下げる事はあり得ないから値上げしかない。どれだけ値上げするかって議論の中で各自が自分の都合の良い国のデータを持ってきて「北欧では~」とか「フランスでは~」とかやるのだ。

けれどこの議論をする時に常に抜けている視点が「費用対効果」である。北欧が税金が高いと言ってもそれだけの社会保障が徹底しているので国民に納得感がある。つまり値ごろなのだ。自分が負担した分が他人を助け、他人が負担した分を自分が受け取り、お互いに助け合ってる、そういう意識が国民全体にある。

ところが日本ではこの視点をわざと抜きにして「日本は消費税が低いから~」と言って値上げしようとする。

では年金は?失業保険は?医療保険は?教育は?国民に対する保障は?

要するに消費税を上げたからと言ってそのカネをまた役人が自分たちの懐に入れようとしたり政治家が選挙に勝つ為におらが村に誰も乗り降りしない新幹線走らせたり飛行機の飛ばない空港作ったりして、最後には「まあ作ったんだから仕方ないでしょ、後は国民の税金でよ・ろ・し・く・」と関空処理になる。

まったくふざけた話である。

来年の改正で年金の仕組みを変えるというが、年金を増やすと言う話は誰の口からも出ない。要するに原資は決まっており、今まで国民から集めてきた年金はハコモノ作ってもう使い切りそうだから、後はどれだけのカネを現役世代から搾り取れるか、または今までせっせと年金を積み立ててきた人々への支払いをどう削減するかだけである。

どうせ菅内閣は長くもないし、こいつに全部責任おっかぶせて不人気の税制を一気に通してしまおうぜ、けどおれたちの懐だけは守ろうぜとなる。

年金で言えば役人の年金は一般国民と切り離されており自分たちだけはどんな事があっても年金を貰えるようにしている。

かなり昔の話ではあるが、西武の堤の親父さんが自分の株の相続税をゼロにする為に大蔵省のエリートに相談して担当税務署の署長が税金逃れのスキームを作ったって有名な話がある。

今は民主党政権であり彼らを支持しているのが連合である。だから民主党は連合のお好みのように税制を変更もする。当然だ、選挙で勝ったのだから何をやってもよいのだとなる。

藤沢教希ブログでこのような記事を見つけた。

平成23年度税制改正大綱をよく読むと、給与所得控除が削られる一方で、「特定支出控除」が見直され、たとえば弁護士や会計士が資格を取得するのにかかった費用を控除に加えられるようになった。そしてP.44の特定支出控除の範囲拡大の項目に次のように書いてあった。

~中略、内容は飛ぶと分かります~

筆者はこの職業上の団体の経費というのが何のことかわからなかったのだが、自民党参議院議員の片山さつき氏のブログを読んで、これが何を意味しているのかわかった。つまりこのような団体は労組しかなく、組合員がその活動にかかった費用を所得から控除できるといっているのである。現政権はここまで労組に阿っていかなければいけないのかと思い暗澹たる気持ちになった。

http://agora-web.jp/archives/1159844.html


そう、まさに労働貴族の復活である。一体いつの時代から労働者より偉い労働貴族が出てきたのだろうか?ついでに言えば、主人より高い給料をもらう公僕が出てきたのだろうか?

これなどまさに、ご主人が母屋で粥をすすっている間に離れで公僕どもがすき焼き食ってるようなものだ。

こういう事をするから税に対する公平感が無くなってしまい、政府に対する信用が失われるのだ。その結果として税金が高いという不満が社会に溜まるのだ。

これでも一般市民は税金を払いたいのだろうか?


tom_eastwind at 15:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月29日

祈りだけでは

f9329e36.jpg長渕剛はぼくが日本にいた頃はここまで神格化されてなくて、アコースティックをエレキに持ち替えてボブディランを引き合いに出してるイメージだった。(これ、分かる人には分かります)

けれど最近は長渕のライブ(コンサート)に行けば信者が集まって大騒ぎのようだ。もちろんぼくは長渕を嫌いではないし、むしろ好きな歌い手の範疇に入ってる。

「祈り」などの古いレパートリーしか知らないが、それでも彼の一生懸命さはよく伝わってくる。その一生懸命がここ10年以上ボディビルに向っている。


「オレの周りには、グウタラとかヘタレといわれるヤツはいない。人の前でパフォーマンスをやる人間にとってデブは敗北。肥満を年齢のせいにするパフォーマーは人前に出るな! デブは必要ない。少なくともオレはデブにはならない。
http://goethe.nikkei.co.jp/human/101228/05.html



これも長渕だからここまで言い切れるのだろう、自分の生き方をしっかりと規定してそのままに生きてきて今の彼がいるのだから。

海外ではデブは管理職になりにくいと言うのはよく言われる事だ。これはニュージーランドでも同じである。

うちのオフィスの向かいにあるビルでは街のど真ん中でありながら最近ジムを開設して、出社前のビジネスマンが運動している。オフィス街のど真ん中のビルの4階のオフィススペースを全部ジムですぜ。

レス・ミルズと言う世界的に有名なジムがあるのもオークランドで、ここで汗を流してから出社する女性もたくさんいる。

実際にシティで仕事をしてて色んなビジネスパーソンに会うけど、それなりの地位にいる人はそれなりに自己管理が出来ている。体はがっしりしてデカイのもいるが、いわゆる水豚ではない。

そしてこれも批判を承知で書けば、ニュージーランドにおいては外見もそれなりにビジネスに影響を与える。引き締まった体や大柄でもそれなりに運動をしている人は見れば分かるから、こちらも最初から「あ、この人は自己管理しているな、言葉を選んで使った方がいいな」となる。

そして組織も下に行けば行くほど何故か肥満体が増える。地域的に言えば、北からシティを経由して空港方面の南に行くほど肥満体が増えるのも事実だ。

「違います、わたしの彼は~、ちゃんと仕事してて~、けど病気で肥満なんです、だからこんな事書かないで下さいよ~」などと言われても、ぼくが書いているのは統計であり個人別の話ではない。残念ながら人はある程度は外見で判断されるのだ。

とくに銀行の窓口で働く中国人男女は、皆非常に聡明な顔をしておりすらっとした健康そうな笑顔である。一番目立つのはASBかな。

ところが同い年くらいの中国人でもいかにも親の金で留学してますって男は大体において水豚だ。北朝鮮の金さんみたいにぶくぶくと太っており、大体において煙草を気取って吸っている。もちろんそれが全然格好悪いってのは誰も本人に指摘しないから気付いてないが。

クイーンストリートの歩道で彼女を連れていちゃつきながらギーギーガーガーと大声でしゃべりまくり、煙草の先っぽは外側向いてるんだから、ちっちゃな子供の事を何も考えてないバカだって分かる。

そういうのは親の金で留学しているので生活の苦労も分からないし社会の仕組みも分かろうとしない。だから銀行で働いている同い年の中国人男女がなぜきちんとした服装ですらっとした体格で話す言葉も抑制の利いた声なのかが理解出来ない。

まあ、水豚には親の金があるのだ、社会的にまともかどうかなんて関係ない、金がなくなればまた農民の土地をただで取り上げてどっかの企業に売りつければ良いだけだ。

西洋社会でカネや自分の肩書き抜きにある程度相手にまともに話を聞いてもらおうと思えば、それなりに見た目を気にする必要があるのは事実だ。そしてそれは一日で出来るものではない。

話し方や考え方は内側から磨く必要がある。適度な運動と体格の保持は外側から磨く必要がある。どちらにしても誰も助けてくれない、自分でやるしかない。祈りだけではどうしようもない自己管理は、まさにこれから自分の力で生きていこうとする人に必要とされるものである。


tom_eastwind at 14:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月28日

阿久根

053f0ed6.jpg阿久根市の記事を見かける人は多いだろう。市長が無茶苦茶自分勝手にやって議会を無視して公務員の給与を削減して、などなど。

批判的な意見の中には、揉める事が問題である、なんてあふぉーな意見もある。ばかやろ、世の中が一部の特権階級によって腐らされているのだからそれを元に戻す為の作業をやっている、その結果として揉めるなら市民はどちらの側に立つべきか?

「揉め事は駄目よ」なんて言ってこのまま特権階級にぬくぬくと居座らさせておいてよいのか?

しかし彼の過激発言にもかなり問題があるようだ(お前が言うなって感じだが)。なのでいずれにしてもインターネットの時代だ、実際に彼が何を語っているのかを読んでみよう。

彼が直接語る言葉を直接読んでから阿久根で起こっていることを考えるべきだろう、新聞やテレビ等の体制側メディアの偏向報道ではなく。

ぼくは実際に彼の行政行動を見てないので今の時点ではどちらにも旗を上げることは出来ないが、一般論としては彼の意見に賛成である。

とにかく議員や公務員の給与が高すぎると言う当然の主張に対して反対派の誰もがその主張に対して答をせずに関係ないところで元市長の足を引っ張ろうとしているのだ、どう考えても卑怯だろう。議員は本来ボランティアであり公務員は後片付けの役目なのに、いつから主従転倒したのか、その点だけでは是非とも明確にしたい。


元市長のブログ:12月26日

http://www5.diary.ne.jp/user/521727/

私がこの約2年3カ月で達成してきた事は言わば当たり前の事です。しかし、日本中の自治体、そして日本政府でもそれが出来ていません。多くの市長から「竹原市長にぜひ成功してもらいたい。阿久根が成功すれば自分も公約が実現できるようになる。」と言われます。
ではなぜ、選挙公約の実現がそれほど難しいのか?それは、仕事に見合わない多額の収入を得ている人たちが、それを手放すまいと必死の抵抗をするからなのです。

最大の抵抗勢力は公務員です。
 人事院が平成22年度の官民の収入格差を発表しました。それは、わずか0.19パーセント(月収にして757円)です。民主党は公務員給与削減目標を20パーセントとしましたが、それさえ達成できるかどうかあやしい。阿久根での官民給与格差はおよそ3倍です。

 このように役所が公式に嘘を言い、役所に飼われた記者クラブが役所の嘘をたれ流す。政治家も真実を言えば職員から嫌われ、マスコミからも叩かれて失職しかねないので、それに追従する。多くの研究者や学者も、自分が公務員だったり、交付金のお世話になっているので何も言えない。それで市民も良くわからない。気づいても何も出来ない。
このように、分かりきった大嘘であるにも関わらず、誰も追及しないので、今のとんでもない状態になっているのです。

 私は日本で初めて公務員の給与を正確に公開しました。議員の、収入に見合わない仕事ぶりも皆さんにお知らせしました。そして阿久根市の職員・議員のボーナスを半減し、更に議員を日当制にしました。その結果は皆さんご存知の通り、初当選から2年3ヶ月で2度目の失職です。

 誰であっても、公務員給与や議員報酬に手をつければ仕返しされます。だからほとんど出来ません。私は8年前から市民の皆さんに政治の現実を知ってもらう事を目的にしてきました。議会の不信任やリコールなど、「本当に迷惑」と思っている市民の方もたくさんおいでと承知しています。

 しかし、皆さんが社会の真実を知って立ちあがらなければ、政治家や役所、まして学者、マスコミなども皆さんを守ってはくれません。誰も彼も、特に余分な権力と収入を持つ人たちは「自分の利益だけは守りぬきたい」と思っているのです。


tom_eastwind at 18:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月27日

LOQ, Life Of Quality

012300ad.jpgりょうまくんと近くのプールに行く。

りょうまくんはスイミングスクールに1年ほど通ってそれから水球チームに参加してて、泳ぎには自信がある。

二日ほど前にはロッククライミングに行って完敗したぼくは、彼におもちゃを二つ買う約束になっていた。

そこで今日はちょっと考えて「おっし!りょうま、今日はプールに行こう、自由形ののタイムレースだ」と言うと、うれしそうにちぇっちぇと目の前で人差し指を振りながら「お父さん、また負けたいのかい」だって。

「よし、りょうまが勝ったらおもちゃを一個買ってあげる、もし負けたらりょうまがおとうさんに一個おもちゃを買うんだよ」と言うと、意味も分からないままにこにこして「LetsGo!」。

オークランドは公共のスポーツ施設がたくさんある。プール単独ではなく、大体がジムも併設しているしそれ以外のスポーツも出来るようになってる。ロッククライミングに行くバークンヘッド(Birkenhead)ではプールもテニス場もラグビー場もスケボー場も併設している。

プールの中にはサウナがありアジア人のおじさんやおばさんたちのご用達である。隣にはジャンプ台とスライダーがあり、地元の子供たちで大賑わいだ。

ここでは更衣室はあるが日本のような便利なコイン式ロッカーはない。その代わりに鍵を付けられるような無料ロッカーがある。

ん?鍵?ちっちゃな鍵を差し込めるだけのサイズなので、こりゃどういうこっちゃ??

あ、分かった、鍵は受付で買えってことだな。受付に戻ってぼくは
"Excuse me , key please "と聞いた。
"N? we don't have keys" 受付の健康そうなキーウィの女の子が言う。あ、そうか、鍵をくれって言われたと思ってるんだなこの人。アジア人なら「おい、鍵貸せ」なんて言う人もいるだろうし。

けどぼくの目的は違うんだ。じゃあ君の後ろの壁ににぶら下がっている、水泳用ゴーグルの隣にあるのはナンだ?と思いながらもう一回聞いた。
"No, I mean , I wanna buy that Key" と指差した。すると彼女は笑いもせずに
"So, you wanna buy Locks" 、、、負けた・・・。

どうしても日本語の言い方になるから、鍵はKEYとなる。けど錠前が欲しいならLOCKだ。いつまで経っても日本語の癖が抜けないな~とか思いながらプールに戻る。

プールは25メートルで8コースあり、そのうちの4コースはコースロープを外して子供用に、残りの4コースは真面目に運動する人の為にロープを張ってある。

軽く運動してから50mほど流してりょうまを振り返ると、、、いない。隣のプールのスライダーにきゃーきゃー行って遊んでる。地元の友達も来ているようで、彼らと一緒だ。

なんじゃこりゃ。まあいいや、プールは久しぶりなので30分ほどりょうまくんを遊ばせておいてお父さんは軽く流す。

30分後にりょうまを呼び出して「おい、決着つけるぜ」と言うとけらけら笑いながら「You, Loose !(お前、負けだよ!)」と言い返す。なんとかここまで成長してくれてうれしいな。

試合は簡単で、25mプールの一往復のタイムで競うだけだ。にやっと笑ったりょうまくんはプールの端からいきなりクロールを始める。

型は悪くないけどムダの多い泳ぎ、トイレの100Wだ。スクールで習ってるので変な癖はないからOKだが、子供らしい無茶苦茶に体を動かせば前に進むと思ってる泳ぎだ。勝てばおもちゃ一個なんだから力もこもるだろうが。

タイムは50mを50秒。悪くない。

ぼくの番になった。せーの、どんでスタートして最初の25mは水に乗るように泳ぐ。ターンキックで後半は少し力を入れて泳ぐ。結果は50m35秒。長い間泳いでないにしては悪くないが、まじめに泳ぐのは久しぶりなので息が切れるな、ふい。

りょうまはびっくりしたように「お父さん、どこかでトレーニングしてたの?」。てか、お父さんは中学校と高校で6年間水泳してたから体が覚えているんだよね。

次は平泳ぎ50mだ。最初に僕が泳いで50mを45秒。あわてたりょうまくんが途中でプールに飛び込んで「お父さん、Hey,Stop!(笑)]と邪魔をしなければあと5秒くらいは縮まったかも。

残念!オリンピック記録にあと15秒ほど足りない!もうちょっと頑張ればオリンピック参加くらいは出来るかな(笑)。

現在の50m自由形オリンピック記録が21秒03で、平泳ぎは北島康介の100m58秒91が金メダル。

なので、自由形なら15秒、平泳ぎならあとたった30秒ほど縮めれば勝負になるかも(大笑)。

子供と二人でこうやって遊びながらいつも思うことは、人間の寿命なんて所詮80年とか短いものだし、結局何を残せるのかってこと。

「虎は死して皮を残し人は死して名を残す」と言う諺がある。子供たちがより良い環境で毎日を楽しく過ごせて、そして何よりも大事なのは問題解決能力を持って生きていく力を与えてあげられるかどうか。

子供たちが自分で気付かないままに社会に流されて自由を失って、鶏小屋の中で餌を与えられてそれでも父親が隣のケージから子供に向って「おい、飯が食えるからいいじゃないか、それより今日は麻木久仁子と山路徹のインタビューだぞ!」なんて喜んでる生活が良いならば何もいう事はない。

ただ、今の日本を外から見ているとあそこで子供を育てたいとはどうしても思えない。小学校に入るときから定規の長さに髪の毛の長さに服装に何もかもにルールを作って子供を外見的に型にはめた挙句に授業では間違った事を平気で教える教師がいる。

そしてジュクに行けば間違った歴史や国語を教える教師がいる。心ある教師は言う、「これは間違っている。しかし受験の際にはこう書かないと正解にならないから間違っている事を教えるぞ」。

学校やジュクで学んだ事が結局実社会では殆ど役立ちもせずに、大事な事は人間力なんだけどそれは幼稚園の頃から擂り潰されてしまい残ったものは暗記だけ出来るけど目の前にゴキブリが出てきたらどうしていいか分からないような子供だ。

21世紀は間違いなく国境のなくなる世紀であり、そうなれば世界で通用する人間でなければ戦っていけない。

大丈夫、うちの子供は国内サービス産業で一生の仕事をするのよと言うかもしれない。しかしこれはゼロサムゲームだ。つまりどこかの労働者がたくさん取ればどこかの労働者は”わりを食わされる”のだ。

一週間に35時間しか働かずに残業をしない労働者と一週間に70時間近く働く労働者の賃金が同じであり、なおかつ一年に丸々一ヶ月休める労働者と一年に一日の病欠さえとり辛い環境の労働者と、どちらが幸せであろうか?

「おい、おれ、ちょっと休みたいんだけど・・・」
「駄目だよ、仕事があるんだぜおれたち・・・」

まるで南アフリカのダイアモンド鉱山で反政府ゲリラに働かされている労働者のような会話である。

最近の日本ではLOQなんて言葉が出てきてるようだ。Life of Quality 。南半球の小島で子供とプールで遊びながら思った。この国ではまるで空気のように最初からLOQがあるから、語る必要さえないって事を。

写真はクイーンズタウンの湖畔。これ、やらせでも何でもなく、これが普通の景色です。


tom_eastwind at 18:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月26日

BOXING DAY

22ff1920.jpg今日は12月26日、キリスト教国ではボクシングデイという休みになる。
初めてニュージーランドに来た時この休みの意味が分からず普通の日本人の反応「え?クリスマスの翌日にボクシングするの?」と思ったものだ。

それがクリスマスプレゼントのハコ=BOXを開ける日で忙しいだろうからお休みになったのだと聞いて「なんだ、クリスチャンでも結構うそつきじゃん、25日にハコを開けておきながら26日も休むなんて、とか思ったものだ。

けどまあ日本だってお盆と言いながら海外旅行を売ってるわけだから、どこの国でも大人の考えでそれぞれうまくやってるんだな(笑)。

現在のニュージーランドでは、てかオークランドでは25日は公共機関以外の殆どすべてのサービスがお休みになりショッピングセンターも閉店。その代わり26日に大型ショッピングセンターがセールをするのだがこの時の人の流れがすごい。

だだっぴろい、とにかくだだっぴろい駐車場さえも朝から満車になって殺気立った車同士が駐車場所を探してうろうろしている。

りょうまくんを降ろしてからモールの電器屋でUSBを買おうと思ったけど駐車場の場所取りゲームに参加するのも面倒なのでシティで買う事にする。

パソコンの調子が悪いので万が一のバックアップデータを取っておこうと最初はシティのWhitcoulという文房具や兼本屋に行ったのだが、カウンターの奥に並べてある高級品扱いのUSB、25ドルもするのに4GBしかない!

「これしかないの?」そう聞く僕にお店の若い女の子店員はけろっとした顔で「そうよ、いっぱいあるでしょ」って。。。数の話はしてないし・・・今時北半球で4GBなんて言ったら子供のおもちゃだぜ。

仕方ないのでクイーンストリートを2ブロック下りたところにあるBondBond(電器専門店、Ipadも扱ってます)に行ってみると、正月の初売りのような賑やかさ。全店20%割引で客を集めているようだが、これで客が集まるんだから日本の電気やさんからすればまさに天国である。

大きな籠に山のように放り込まれたUSBは、パンダの格好をしたり普通のスティックだったりするが、どれを取っても2GBか4GBばっかり。それでいて4GBで19ドルするんだもんね。電器屋さん、是非とも並行輸入でニュージーランドで商売やってくださいって感じだ。

背に腹は変えられないので4GBを4本買っておいたが、このあたりはまだまだ田舎ですな。

店のカウンターでは若い生意気そうな中国人カップルが買った商品がどうのこうので払い戻しをしろと文句を言ってて(女の前では男は格好つけるのは世界中どこでも同じか)、混み合うレジでそんなめんどくさい事をやられてたまらないインド人店員は「お前何言ってるんだ、どれだけ忙しい時間にそんなカネにもならん事を言ってるんだ!」と言う顔で、明瞭にふてくされた顔で「それで、お前の免許証は?自宅の番号は?連絡先とか保証書とか~」と、うだうだと言ってた。

インド人と中国人の言い合いは見てて楽しいものがある。とにかくボクシング選手がバスケットボール選手と競技している感じでお互いに”かんでない”のにやりあってる。おう、そういう発想もあるのかって感じだ。

その後は朝飯抜きだったので一息つこうと会社の1階にあるスターバックスに立ち寄る。こういう店が出来てからぼくらのような古いシステムに馴染んだ人間は苦労する。とにかくメニューが多いのだ。

10年前はコーヒーと言えばブラックかホワイトしかなくて一杯一ドルでボトムレス(底なし、転じて飲み放題)が常識だった。お茶と言えばTeaBagに入ったお茶が出てくるのが当然だった。考える必要も選択肢もなかった。

それが今は、コーヒーと言えばラテかモカかヘビかイノシシか、冷たい奴か熱い奴か、ミルクはどうする、塩でも入れるか?などと、まるでチベットのお寺で説教問答をしているみたいにめんど臭い。(へびとイノシシと塩は冗談ですが、それほどに意味不明なことを聞かれます)

そんなのいちいち全部覚えていられるかよ、何でもいいからコーヒーくれよと言うと、最後の一発が「で、サイズは?グランデ?」だ。もういう事ない、老兵は死なず、ただ立ち去るのみである。

やっと手に入れた普通のコーヒー(アメリカン)を普通のサイズ(トール)のカップに入れてもらってふかっとした椅子に座って、おお、やっとこれでゆっくり出来た。

まずはパソコンを開いてメールチェックと対応、その後はニュースに一通り目を通してから仕事をする。

それにしても今日も良い天気だ。街を歩く人々も浮き足立って楽しそうだ。オークランドでクリスマスと正月を過ごすのは何年ぶりだろう。

夕方になってモールにりょうまくんを迎えに行き、ゲームがまだ終わってなかったのでちょっと近くのジュースバーに寄ってスムージー(ジュースとアイスクリームと氷の混ざった奴)を注文した。これもめんどくさいが仕方ない、時代なのだ。

夕方で忙しいお店で、注文にちょっといらっとしながらブログ用にジュースバーの写真を撮ってたら、5~6人の白人の若者が後ろにいて、写真を撮る瞬間にそのうちの一人がバーカウンターに手を伸ばしたのでカメラに写った。

すると背後にいたそいつの仲間がけらけらバカ声で笑いながら「おい、写真撮ったのかぁ?!」とすっとんきょうな声を出した。帽子の前と後ろの区別もつかないようなガキである。いつもの感じでアジア人をからかってやろうとでも思ったのか。

スターバックスのコーヒーとジュースの注文に少しいらいらしてた僕は、ついついゆっくり振り返ってガキの顔を見ながら「お前の友達に興味はねえよ、ジュースの写真撮ってたんだよ、お前はめくらか?」。

言い返されてびっくりしたのか、またも少し裏返ったバカ声で「ひやー、なんだ、」とか騒いでるが、回りをきょろきょろと眼を泳がせて友達を引っ張り込もうとしている。自分ひとりで出来なきゃ最初から余計なこと言うなっつうの。

もう一度ゆっくりと相手の顔を下から上に見ながら「何だ~?」と言ってしばらくそのにきび面をにらんでからそのままジュースカウンターに目を向けた。

背後ではしばらくごそごそしてたがそのうち彼らの気配が消えた。彼らもお目出度い日に余計な事をしないだけの知恵はあったのだろう。店の中の女の子店員はほっとしたような顔で、周りのお客も何もなかったように注文を再開した。

今日がボクシングデイにならずにすみました(笑)。


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2010年12月25日

つかの間の安定と尽きぬ恐怖の間で

21051255.jpg12月25日はほとんどすべてのビジネスがお休みとなる。欧州のように大雪が降ってお休みになるわけではなく、燦々と輝く太陽の下でバーベキューを楽しむのだ。

ほんとにこちらの人はバーベキューが大好きで、25日の午後になると近所のあちこちでバーベキューの歓声が聞こえる。

今年は取締りが厳しいので運転手さんはビールも飲めないだろうけど「その分はオレが飲んでやる、心配するな、ゆっくり肉でも食ってろ、ぐわははは!」と言う笑い声も聞こえるようだ。

これから約2週間はニュージーランド全体が毎日こんな感じになる。毎日毎晩どこかの友達の家に集まってバーベキューをやって、わいわいおしゃべりして今年一年を振り返って、来年の事を語って、そのうち男どもは固まり出してからそいつらの中でだけ通用する「え~?!ついにか!」とか「あいつか!」とか、女たちはそんな男どもを子供を見るような眼で半分あざ笑いながら楽しいバーベキューの時間は過ぎていく。

バーベキューはこちらでは略して「バービー」と呼ばれる。集まった同世代の人々の中には失業者もいるだろうしビジネスで成功してイケイケの人もいるだろうし、最近離婚した人もいればその奥さんと再婚した人もいるだろう(さすがにこれはないか・・)。

それにしても皆明るい。なんにしても、誰にでもクリスマス!みんな楽しいね!って雰囲気がバービー会場を包んでいる。

誰もが来年は今年より幸せになると信じてるのだ。どんな人でも特別に何かをするわけじゃなくて、それでもなんだか来年は今年より幸せになると信じていられるのだ。これがこの国の良いところなんだろうな。明日はまたいろんな事があるだろうけど、それでも無条件に明日を信じることが出来る幸せって大事だな。

他人と自分の財布の中身を比べずに、会社の肩書きで人を判断するのではなく、今は仕事がなくても夢があれば良いし、幸せな家族があれば一番だ、そういう価値観がある。

だから皆が他人がどうであれ自分が幸せかどうかを考えられる余裕がある。その為の社会制度も完備されているから安心して自分のやりたい事がやれるし言いたいことが言える。

そんなご近所のお庭でのバービーを遠めに見ながら日本のニュースを検索していると、「就活講座15万円」ってのが出てきた。

大卒の就職率が下がり、親としては子供を何とか良い会社に入れたいものだから15万円払ってでも「講話」を聞こうとする。そして講話が終われば次の質問は「先生、うちの子供は就職出来るでしょうか?」である。

けどな~、人生は長いのだ。大企業に入ったからって、それで将来が保証されるわけではない。

1990年代後半には、戦後の日本にはあり得なかった銀行、証券会社の倒産が続いた。護送船団方式でとにかく就職すれば一生食っていけるし、バカでも名刺の輝きでどこでもフリーパスみたいだった時代は終わった。

拓銀、長銀、三洋証券、それに続く金融界の激震は、それまで最も安定した職場であった護送船団を見事に撃沈した。

そしてバカでなくても寄って立つ会社が潰れてしまい、その後は自分の腕一本で稼ぐしかなくなってしまった人々は外資に糊口を求めたが彼らのハードルは高く問題解決能力を失ってしまってた多くの人間がガイジンに勝てずに途中で振り落とされていった。

一体自分が子供の頃から何もかも棒に振って目指してきた人生って何だったのだろう?これだけ努力したのに、何もなくなってしまった。

親は子供のことになると誰もが心配になる。這えば立て、立てば歩けの親心はよいのだが、それがこの記事のように22歳の大学生にまで親心で心配されるようになると一体どっちが就職活動をしているのか分からなくなる。

一体22歳まで何を教えてきたのか?生きる力は自分しか創り出せないのに、親がそれを勉強勉強で型にはめて摘み取ってしまい、出来上がったのは22歳になっても自分で何も出来ないバカ息子である。

親からすれば、自分が歩いてきた成功した道を歩かせたいから大手企業に入れたい、又は役場に入れたいとなる。または自分が失敗した道を歩かせたくないからやっぱり大手企業や役場が目標となる。

けれどその基準はたった一つ、安定した収入だけが目標である。

大手企業の場合は確かに遣り甲斐のある仕事はたくさんある、本人にその能力があれば。しかし役場の場合はほぼ死人である。基本的に一般市民が忙しくて出来ない仕事を下請けするだけの「御用聞き」である。

自分の人生の物理的時間の三分の一と考える力とか問題解決能力とかをすべて喪失して、その代わりに自分が得るものは食い物を買う金だけだ。

そしてこの御用聞きももちろんヒマにあかせて組合活動をしたり地域活動に参加してお茶を濁す事は出来るだろうが、それで終わりである。

つまり金の為に、もっと言えば毎月もらう給料の為に、つまりつかのまの安定の為に自分の時間を売り渡しているのだが、問題はそれで尽きぬ恐怖、つまり失業とかから逃れられるのか、である。

だから役場に限らずだが企業に就職すると次に恐れるのは首になることだ。今は会社の肩書きで周囲からも尊敬されるが、一旦首になれば近所のおばさんのひそひそ話の餌食になるのは間違いない、恥ずかしくて外にも出られない。

その結果として企業や役場が決めたルールに従わざるを得なくなり、次第にそのルールに馴染んでしまい、いつの間にかそれが正しいものだ、これが世間を渡る為の道なのだと思い込むようになる。

そしてこれが大阪のどぶ川のどぶさらいの公金横領になったり自治労のヤミ専従になったり、挙句の果てはいかに自分たちが手抜きをするかと考えた教師どもがゆとり教育という名の元に子供たちを犠牲にすることで社会を更に悪化させる。

ニュージーランドの良い点は、社会の常識と企業や官庁の常識が近いという点だろう。労働市場での移動が頻繁であり常に新しい人々が他の業界から入ってきて企業も官庁もシャッフルされているから、組織が常に”社会の常識に洗われている”のである。

悪い点もたくさんある。コンビニもカラオケも数えるほどしかないしパチンコはないしレストランの食い物は高い。ホスピタリティってのが全く理解されていないなど、数え出したらきりがない。

けれど社会の基本的な部分に安定がある。18歳から65歳まで支給される失業手当、65歳から自動的に支給される老齢年金、医療と教育の政府保障など、社会保障という物理的な面でも保証されている。

さらに社会全体が、例えば子供がいる社員は少し早めに帰るし皆がそれを当然と受け取る文化がある。つまり会社の作業よりも個人の生活を尊重する文化があるのだ。

だから仕事を辞める事も恐怖にならないし無理をして法的に間違った仕事をする必要もない。安心して子供を産める社会だ。この国の出生率は約2.0だ。失業や精神的ストレスで自殺する人はゼロ。

つかのまの安定を求めて親が15万円払って22歳のバカ息子の為に走り回り、それで得られるものがやっと就職できて自分の個性を売り渡した後で、今度は60歳までの間に首になるかも知れないと言う尽きぬ恐怖。

そして会社の命令であれば法律違反でも犯してしまうし、その結果として社会全体がいびつになっている現代、一体日本人は何をしているのだろうか?


tom_eastwind at 14:07|PermalinkComments(0)TrackBack(1)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月24日

クリスマスイブ

c7261949.jpg1980年代当時、クリスマスイブと言えば東京中の高級ホテルが満室になってた時代だ。
あっしー君、ミツグ君が流行り言葉でBMWのお迎えじゃないと乗ってあげないわよってのが普通に通用した時代。

今の日本では(東京の一部高級ホテルで見られるかもしれないが)普通のカップルが「今日はクリスマスイブだから東横インに泊まってサイゼリアでちょっと追加料理でも頼もうか、ワインもチリワインの安いのがあるよね」となるかもしれない。

だから今でも日本ではクリスマスイブを祝う習慣があっても祝い方の桁が下がってきてるのは間違いない。あと数年で発展途上国並みのクリスマスイブになるのか。

オークランドではここ数日どこのショッピングセンターも大賑わいで、一年中で一番大きな商戦である。商業における戦争の良いところは人が死なないことだ。

それにしても2000年前に中東の馬小屋で生まれた子供の為にお祝いをするなんてたいしたものだよクリスちゃん。

今ではその地域にバカスカ砲弾を撃ち込み政府を転覆させて多くの孤児を生み出しているのに、自分たちの土地では「クリスマスばんざい!」、まさにバンザイ!である。

彼らの発行している本や映画を見るとこの子はどう見ても白い肌であるが、2000年前の中東に住んでた民族はどう見ても現在のゲルマンやスラブやアングロサクソンではないと思う。

けど白人の考えからすれば自分たちの信じる人がアラブ人ではまずいのだろうから彼をマイケルジャクソンしたのだろうが、それにしても都合の良い宗教である。

だいいちこの子が本当に良い子だったとしても、彼の教えた事は5世紀あたりに宗教を利用しようとした政治家連中の集まりで聖書(旧約聖書とごっちゃにしないように)として完全に換骨奪胎されたわけで、そのような事実は公になっているにも関わらず、今でも米国では聖書が正しいとされてて、挙句の果てにはダーウィンの進化論さえ否定する連中もいる。

日本人の皆さん、ダーウィンの進化論とそれに反対するキリスト教原理主義の事を一度くらい真面目に考えてみれば、米国の拠って立つものがどれほど砂上の楼閣かよく分かりますよ。

旧約聖書の創世記を開くと最初に出てくるのが「神様は自分と同じ形に人を作った。ついでにそいつの肋骨を取って人の女を作った。それから彼ら人が彼ら以外の動物を制御?するようになった」となってる。つまり男が最初で女が後って、男尊女卑にも繋がる発想だ。だったら男が子供を産んでみろよと言いたい。

だからダーウィンの話は旧約聖書と違うので駄目なのだ。

ついでに言えば動物をペットとして飼う習慣も同じで、人間だけが世界の支配者って考えを平気で言えるからこそペットと言う発想が出来る。死んだらあなたの魂は次は動物になるかもねって考えは絶対に認めようとしないのだ。

西洋社会ではイヌや猫を「わたしの家族よ!」と本気で思い込んでる人が多いが、だったらあなたはそのイヌや猫を買ったのだから人身売買してるんですよね。片方では人権とか人身売買反対と言いながらイヌや猫ならOKなのですか?

このあたり完全に論理破綻しているのだが、なにせ彼らがここ数百年世界を支配しているので「おまえなんてすっ裸のバカジャンか!」と言っても声が届かない。

実はこういう事、キーウィとの集まりでも相手を見ながら時々話しているが、多くの人は結構同意してくれる。「そうなんだよね、キリスト教は良いと思うし社会の繋がりって意味でも大事だけど、それを政治目的で使ったり金儲けに使ってしまったりするから嫌なんだよね」

ニュージーランドはキリスト教信者が一番多いのは当然だが、中身は長老派とかなんちゃら派とかに分かれているし、なんだかうまいことキリスト教の良い部分だけを使って社会の中に浸透させてる気がする。

もちろんぼくはキリスト教信者ではないから教会には行かないが、それでも彼らを見ていると「うまいことバランスとってるね」って感じがする。

けどまあ、堅苦しいことは抜きにして、2千年前に馬小屋で生まれた子供のおかげでこうやって長い休みが取れるのだから文句をいう事はない。

ついでに言えば2千年前に生まれた子供の言ってたことの趣旨は改ざんされた聖書からでもある程度は読み取れるので悪いやつじゃないと思うし決して嫌いではない。悪いのは彼を政治利用した連中だ。

彼の残した功績は実に多いと思うが、その中でも一番は非キリスト教国の日本でさえ堂々とお休みを取れるようにしたことかもしれない(笑)。

それでは皆さん、メリークリスマス!


tom_eastwind at 22:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月23日

泥棒、とくに空き巣と車上荒らしについて

8d248600.jpg泥棒と売春は古くからの商売でこれはニュージーランドでも同様であり、凶悪性の無い事件や愉快犯的万引き、空き巣、車上荒しは後を絶たない。

これにはいろんな背景があるのだけど、大きく分けて二つの原因があることを理解して欲しい。そしてそれは日本とは根本的に違う考え方に根付いている。言い換えればこの国に住むのであれば楽しく生活する為にも是非とも理解して欲しい点である。

ニュージーランドで泥棒をしました、悪いのは誰?
=泥棒を作り出すような社会教育システム。

こんな事書くとバカヤローと言われそうだが、これはぼくの持論ではなくこの国の仕組みである事を理解して欲しい。

この国では普通の白人の子供はちっちゃい頃から「君は何でも出来る!失敗を恐れるな!」と教えられる。けれどそれは「だから万引きが出来る」と教えているわけではない。普通に学校で学び育った子はまともに育つ。

もちろん中には普通に育てたはずなのに犯罪を犯す子供もいるかもしれない。しかし犯罪発生率は圧倒的に一部人種に偏っているのが事実だ。

失業保険と泥棒と麻薬で生計を立ててる親を持った子供たちは学校にさえ行かずに親が万引きや強盗をするのを見て毎日生活をしているから感覚的に麻痺している部分がある。子供の頃から親の背中を見てきたのだ、10歳くらいで万引きをしても何の罪の意識もない。何が悪かったかって、捕まったことが悪かった、くらいの感覚である。

例えばあなたは病気の子供に「おい働け!怠けてるんじゃない!」とは言わないでしょう。それと同じで社会的に精神病と看做されている子供は実は本人の自己責任ではなく周囲の問題なのです。

なのに子供に自己責任を取らせて刑務所に放り込んだり施設に放り込んでも治るわけがない。だから時間をかけて学校で学ばせてカウンセラーがきちんと教えて、と言うことになる。

この点がまず日本とは根本的に違うのだ。子供が悪いのは親や周囲の問題と考える教育者が多いので、子供が犯罪を犯しても重い罪に問うことはないのだ。このような教育者は1970年代のハッピーチルドレン世代であり政界左派に今でも目立つ人権派である。

次に被害者であるが、「おっかしい!うち、空き巣に入られたのにケーサツは何もしてくれない!」と怒るだろう。これまた日本感覚からすれば当然だ。

けれどそのような被害を受けたのなら保険でカバーすれば良いではないか。どこまでカバーしてくれるかはいくらの保険料を払ったか次第であるが。

ここで日本流に「だってだって、泥棒が入ったんですよ、気持ち悪くて夜も眠れない」のだったら寝なければ良い。

「だって精神的にダメージを受けたんですよ、どうしてくれるんですか?」だったら強い精神を持てば良い。

気持ち悪いとか精神的ダメージとか、それが通る国ならある程度相手にもされるだろうけどとおらない国では通用しない。ましてや気持ち悪いって、英語でなんて表現するつもりなのだろう。

統計によると泥棒等の犯罪被害を受ける人は6%程度で住む地域も限定されていると言うデータもあるようだ。ぼくも肌感覚として納得出来るが、犯罪の少ない地域はたくさんある。

「警察は犯罪人を捕まえるのが仕事でしょ!ちゃんと捕まえてください!」なんて言えば「じゃあ済みませんが警察官を増やすので税金も上げますよ、良いですね」と言う話になる。

いつ出るか分からない空き巣の為に警察官を雇い、空き巣を捕まえる為に警察官を二人くらい捜査に当たらせていくらお金がかかるか見当がつくだろうか?少なくとも一人雇えば毎年10万ドル単位で費用がかかる。人件費だけでなく装備やバックアップチーム、研修施設、どれをとってもおカネがかかるのだ。そのお金をあなたは負担してくれるんですね?

だから捕まえて欲しければ増税しますよ、けどそれよりも保険でカバーする仕組みの方が合理的ではないですか?となる。

増税は駄目だ保険は高いから嫌、けど犯人は捕まえて欲しいではないものねだりである。そろそろ社会の仕組みと納税のことを理解しよう。

警察は居住者の税金で賄われている。そして警察の仕事の第一義は社会の秩序の安定であり犯罪人をいちいち捕まえる事ではないのだ。

大体において世の中がうまく回っていれば安定しているわけで、秩序の安定と法の厳格な執行は別問題であると言うことを社会人として理解する必要がある。これは日本でも同じだ。

ただニュージーランドの警察が日本よりましなのは、(あくまで”まし”)なのは警察にとっての秩序の安定はかなりの部分が住民の生活の安定を意味しており、日本のように国家の安定と政府の保護が第一義であり住民は二の次と言うのではないと言う点だ。

この理由の一つは採用であろう。民間人が明日から警察に入ることもあればその反対もあり、官民交流が日常茶飯事なので民間の常識がある程度(あくまで”ある程度”)警察でも通じる。

例えばオークランド南部で犯罪が多いからと警察官をそこにだけ導入すれば北部の人からすれば不公平であるとなる。北部の人は治安も考えて少し高い住宅を買い、地域でお互いに声をかけて治安を守っている。つまり治安コストをきちんと自己負担しているのだ。

なのに日頃そういう負担をしていないで自分の都合の悪いときだけみんなの金袋に手を突っ込むってのはどうなのか?

全員が公正に受けられる年金や社会保障なら理解も出来るが、自分で南部を選んでそこで犯罪が起こったからと言ってケーサツ呼ぶことで北部の人の税金を使わないでくれと言うのがオークランダーの意識の中にあるのも事実だ。

決して口には出さないが、そのような彼らがオークランド市議会の中枢を握っている事も忘れてはならない。

こういう考え方が良いかどうかの議論はここでしようと思わない。何故なら他人の家に上がりこんでおいて「あんたんとこのやり方はよくないでしょ!」なんて言えるほど移住一世は厚かましくはないのだ。

ジモティに「どう思う?」と聞かれれば「割れ窓理論から見れば小さな犯罪のうちに厳罰に処すべきだろう。ただ誰が税金を負担するのか、住居選択の自由も移動の自由もある中で負担には整合性を持たせるべきだろう」となる。うん、どっちにもOKな良く出来た答(笑)。

今の警察の流れだと要するに犯罪が一部地域で起こってる間は放置しておこう、けどそれが北部にまで広がってきたら一気に取り締まり強化をしようってのだろうと思う。

どこの社会に参加するにしてもそれなりのコストが必要なのだ。そのコストが民主主義を支えているのだから。


tom_eastwind at 15:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月22日

ビーフ天丼

c439209b.jpg日本では政局が動き始めてますな。年末の大波はこのまま自民党と民主党を含めた再編成になりそうな勢いであり、政治家の皆さんも年末の海外旅行はキャンセルするしかないだろう。

噂話によれば、前原率いる民主右派と自民党中堅と自民党に近い野党が大連立するなら米国もOKとの事。

政治でいけば南から始まって、

普天間:だ~から、去年から言ってるように最初から木に竹を括りつけるような話であり、最終的な落しどころはグアムである。これを外務省と防衛省の米従属派閥が飲んでくれれば、あとはこれをどれだけ安いカネで話を付けられるかどうかだ。しかしこれ、国内問題ですぜ。

諫早開門:これは今年後半のダークホースですな。有明海の海が死ぬってことで閉門当時は大闘争になったものだが、今度は開門することで大闘争になっている。どっちにしても長崎県と熊本県の一部の「これからも坐っててもお金が政府から落ちてくる仕組み」にあやかりたい利権者同士の喧嘩である。

関西3空港問題:国民の金を一番ばら撒いたってのは、やっぱりこれだろうな。戦前から空港として利用されて付近に何もなかった大阪郊外に伊丹飛行場があり、戦後その周りに後から、つまり空港があることを知っていながら住宅を建ててから「うるさいからカネ払え」。でもって政府が「じゃあいいや、伊丹は閉鎖して関空で」となると、今度は「おい、伊丹の住宅保障の金はこれからも払えよ」。

八つ場ダム問題:おいおい、バイパスが出来てテープカットしているけど、このダムは作らないことに決まったんじゃないのか?

どれをとっても総論賛成各論反対、自分で仕事はしないけど政府からもらうのは大賛成って事だ。それだったら空港もダムも作らずにその分をすべて減税すれば国民全体に平等になるのにって思う。まあ政府は自己増殖をする必要があるから絶対に受け入れはしないだろうが、今の日本の税の再配分が一部既得権益者に回りすぎてると感じるのはぼくだけではないだろう。

東京では来年の税制がほぼ決定して、政治的に増税不可能となってる消費税、政治的に減税必至となっている法人税の間に挟まれて個人資産向け課税が行われる。

国際的に見ればますます日本の地位は低下しているが、それが心地よい人々は認めようとせずにすぐに「何言ってるんだ、日本の技術は凄いんだよ、世界一なんだよ!」と言ってる。

あのですね、こういう時の国際的地位は日本の技術者の持つ技術の話ではなく世界の中で存在感を見せているか、発言力があるかと言う意味なのです。

現実に今年は太平洋諸国がTPPの話を進めているが日本は蚊帳の外である。国内農業に遠慮してまともに交渉も出来ない日本は仲間にいれてやらないよって事だ。

世界の中では今でも日本の技術力は評価されているし日本製の神話は薄れてはいるものの消えていはいない。しかし技術力があっても政治力や外交力や販売力がないから外国の電気やでは韓国製のテレビが一番良い場所に飾られている。

今日は青い空、りょうまと一緒にロッククライミングで遊んでから、それにしても日本は今年もいろいろあったな、一体来年はどうなるのか、増税の挙句に国債金利上昇したら1946年の繰り返し、がらがらポンになるんだ、とか思いながら自宅に帰る途中にアジア食材店の並んだショッピングコートに寄る。

数百台は入りそうな広い駐車場を両手で囲むようにしてちっちゃな小売店、不動産、お土産屋、食材店がずらりと並んでいる。

ここではどこかの店に行けばうどんやカレーとかお味噌汁とかの簡単な食材なら手に入るし調味料は長持ちすると言うこともあるのだろう、おたふくお好み焼きソースとかもあるので重宝している。

肉は基本的に太平(タイペン)市場で購入する。ここはスープ用の骨が手に入るからだ。けど今日はちょっと違ったものを買いに行く。

お店のショーケースの前に立って店員さんに「ビーフテンドン、プリーズ」と言うと何もなかったかのように「で、何グラム?」と聞かれる。

初めてこの単語に接する日本人はびっくりするだろう。「え?!中華の肉やさんに牛肉(ビーフ)天丼なんてあるの・?}」

あるのだ、それが。実はこれ、牛スジの事である。広東語ではアウガン、英語ではビーフテンドンと発音する。

お店の中国人店員もまさかビーフテンドンの日本語の意味なんて考えもしないから無機質に対応しているけど、知ってたら大笑いだろう。

他にも牛肉のホルモンを作りたかったら、「テロテロ、プリーズ」となる。テロを繰り返すとホルモンになるのだから世の中は面白い。

北半球の日本の喧騒をよそに、南半球の小島の肉屋で中国人店員相手にビーフ天丼で笑っていられるのは平和なものである。


tom_eastwind at 21:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月21日

醤油カレー

ae645fba.jpgぼくは口が悪いとよく言われる。その積りはないのだけどついつい余計な事を口にするようだ。”ようだ”と言うのも言ってる僕自身は変なことを言ってる積りがないから周囲から指摘されるまでワカラナイノだ。

今日の午後は素晴らしい青空の中、タカプナに向う。りょうまくんのWarhammerの遊び仲間が今日はこちらで遊ぶから来ないかって電話があったからだ。

タカプナは南太平洋に面した古くからの高級住宅街で、今ではちょっと古くなってるが商店街も映画館もあり生活に必要なものはすべて揃う。

りょうまくんの友達はまだ来ていなかったので近くの日本食レストランで軽く昼食を食べる事にした。

居酒屋スタイルのその店ではメニューは日本語できれいに印刷して料理の写真も綺麗に載せているんだけど、最初のページのトップに「写真はディスプレイオンリーです。実際の料理とは違いますのであしからず」と英語で書いてある。

?ん?写真が違うなら載せなければよいだけの事だろうが、まあたぶんTONKATSUなんて書くだけではキーウィが分からないから大体のイメージで載せてるのだろうくらいに思った。

りょうまは海老のてんぷらととんかつを注文したいと言ってるが、それではご飯も味噌汁も付いてこないのでとんかつセット定食を注文。これなら海老天も付いてくる。

ぼくはメニューを見ながら「すみません、野菜が苦手なので一番野菜の少ないカレーありますか?」と聞くと「あ、どれも同じようなものですよ」だって。

写真では随分違うぞ、写真ではまっ黄色で芋ごろごろのカレーの写真と真っ黒で普通のビーフカレーの写真があったのだけど、写真が違うってのならいう事もないのでビーフカレーを注文する。

その時の若い日本人ウエイトレスの少し戸惑った顔をしっかり理解すべきだった。

日本へ電話する必要があったのでちょっと店を出て5分ほどで用件を済ませて店に戻ると料理が来てて、、、、なんじゃこりゃ???

平べったいお皿の真ん中にお子様ライスのようにご飯を盛り上げてその周囲にうすーく広くまっきいろなカレーソースをかけているのだ。そして牛肉がソースの下にあるのだが、これが本当に焼肉のような牛肉を使っている!

その外見と写真の違いにやっと気付いた時は、時すでに遅しである。たったのカレーなのにこんなに違うのか??

ここは韓国人オーナーがチェーン展開しているお店だが、以前は日本人が「監修」しており、その時には普通に美味しかったものだ。ところがその人が辞めてからは韓国オリジナル日本食に戻ったのだろうか。

一口食べてみて、、、
これ、カレーか?
カレーって何なんだ?
ぼくら日本人がカレーを語って良いのか?
などと美味しんぼみたいな哲学的悩みを抱えながら食うカレーと言うのは、実に奇妙な思いである。

例えば寿司を注文したら普通の白いご飯に生の人参が乗っかって出てきたようなものだ。(実際にフードコートではこんなsushiが売られています)これが寿司か~?違うと思うけどこのお店ではこれが寿司か~?と言う感じだ。

仕方ないので途中から醤油をかけまわして食べてるとりょうまくんが驚いて「お、お父さん、何してるの、それ醤油だよ!」と言い出した。

ぼくは龍馬くんを見て一言「しょうゆでもかけなきゃまずくて食えんのだ」と言うと、りょうまくんは口に入れてた料理を思わず噴出しそうになった。「お父さん、何て失礼なの!」

「だいじょうぶ、ぼくらは今、広東語でしゃべってるから分かる人はいないよ」

そしてお皿に半分以上カレーを残して立ち上がろうとするとりょうまくんは呆れたように「お父さん、ほんっとに失礼だね、作った人の為にも注文したものはちゃんと食べなきゃだめでしょ」

「けどさ、これはぼくの注文したカレーじゃない。ご飯のグラム数だってぼくは指定してない。彼らがビーフカレーの中に入れた焼肉さえ食べないといけないのか?じゃあ彼らが寿司飯にカレーをかけて”これがカレーだ、さあ食え”と言ったら食わねばならないのか??」

ここまで来たら世間一般の人は「へらず口叩くな!」と怒り出すだろうが、ぼくはぼくなりに筋の通った話だと思っている。

りょうまくんも短い人生ながらお父さんの性格を理解しているようで、ここで黙り込む。ああ、お母さんから教えられた「出されたものはちゃんと食べる」って道徳をお父さんが見事に打ち砕いたようなものだ。ごめんね、りょうま。

けど、出されたものは全部食べろって、じゃあナンだ、カレーが口に合わなくて食えなくても全部食べないといけないのか?もったいないってんなら、日本のコンビニの消費期限の短さでまだ食える弁当を廃棄しているのはもったいなくないのか?

そんな、弁当を破棄しているローソンの新浪(にいなみ)社長は三菱商事出身だ。天下の大企業が弁当を捨てるのは良くてぼくが美味しくもないカレーを”もったいなから”と無理してでも食べなくてはいけない理由は、大企業だと何やってもOKだけどお前みたいなくそ生意気な野郎は何をやってもいかんってか。この不公平を是非とも説明してもらいたいものだ(笑)。

諦めたように椅子を立ってりょうまくんはゲーム会場に向う。ぼくはタカプナビーチまでぶらぶら散歩する。平日だけどクリスマスモードなのか、サイドショアの風を受けながらウインドサーファーたちが楽しんでた。


tom_eastwind at 22:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月20日

世界は、せまい!

57562854.jpgあんまり面白かったのでそのまま記事をコピーします。サンケイさん、これで読者が増えますように(笑)。
英国とニュージーランド

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101214/erp1012141214006-n1.htm

 英ロンドンでスピード違反で違反切符を切られた運転手の男性が、2年後に南半球のニュージーランドで、同じ警官に再びスピード違反で捕まるという珍事が起きていたことが、13日までに分かった。直線距離で約1万9000キロも離れた“地球の反対側”で、同じ人物同士が2度にわたって、同じ立場で遭遇したというのだから、まさに天文学的な偶然?!(サンケイスポーツ)

 地球1周が赤道上で約4万キロ。ほぼ半分の約1万9000キロも離れた地球の反対側に位置する国での“奇跡の再会”。男女の仲だったら何ともロマンチックな“出会い”だが、警官と違反者(しかも男同士)では笑うに笑えない?

 地元紙などによると、英国に住んでいたアンディ・フリットン巡査(47)は、ロンドン警視庁で26年間勤務したのち、ニュージーランドのクライストチャーチ近郊のランギオラに移住し、同じ警察官として勤務していた。

 今年9月、ニュージーランドの南島で、フリットン巡査がスピード違反の取り締まりをしていたところ、違反者を見つけ路肩に誘導した。英国と南アフリカの免許書を提示した運転手の男性は、違反切符を書き込んでいるフリットン巡査の顔を見て、突然こう尋ねた。

 「自分は12年間英国に住んで、最近ニュージーランドに移住してきた。あなたは?」

 フリットン巡査が「ロンドンに住んでいた」と答えたところ、男性はさらに「北ロンドンのA5号線でスピードガンを使って取り締まりをしていなかったか」と質問。

 フリットン巡査が「YES」と答えると、男性は「そうだと思った。この前、切符を切られたのは2年前、あなたにもらったんだよ」と話したという。その瞬間、フリットン巡査も当時を思いだしたそうだ。

 男性は2週間前にニュージーランドへ移住してきたばかりで、住まいも決まっていないうちに取り締まりに遭遇。しかも男性にとって生涯2回目の交通違反だったが、2回とも同じ警官から違反切符を切られることになった。

 フリットン巡査は「何か縁があるに違いない。世界は狭い、の典型だね」と話したという。

 ちなみに2年前のロンドンでのスピード違反の罰金は60ポンド(約8000円)、今回のニュージーランドでの違反の罰金は120ニュージーランドドル(約7500円)だったという。




tom_eastwind at 13:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月19日

変集者

どこかの本の編集者が下記のブログを書いている。

http://agora-web.jp/archives/1148840.html


日本語冗長化というのはブログでは紙媒体のような文字制限が無い為にだらだとなってしまう、要するに本を書くときは文字数制限と言うのがあり、だからこそ文字をそぎ落とす中で引き締まった文章になると言いたいのだと思う。

けど、、、、・・・・・、、、それだけ?

ブログで書かれる文章は元々ウェブログ、自分のメモ張として書き込みをしているだけであり、書籍化してどうのとか、ましてや文字数に思い切り制限のある俳句などを一切考慮しない文体である。

うちの会社でも5年ほどフリーペーパーを出していたのでよく分かるが、印刷する文章の文字数制限は結構大変だ。それなりに職人仕事になる。しかしそれは最初に印刷ありきだ。そして印刷の前に文章ありきだ。印刷のないところに文字をいじるだけの低級編集者は不要である。

なのに編集者は自分の存在価値を「ふ、おれは片隅のいぶし銀だぜ」みたいに構えてる。おまけに「冗長化」だと??自分は何様だ?編集者様か?

編集不要の文章がブログであり、これから電子書籍化が進むにしてもそれとブログは全く別の世界である。ブログは書き散らしの意見表明なのだ。

書籍として人様からお金を貰うとなった時に初めて校正や編集が出てくる。素晴らしい俳句を作ろうと思えば、それはもう何日もかかって文章を練りこむだろう。

お金を貰って書籍として人様に読んでもらおうと思えば一字一句を再確認しながら磨いていくだろう。つまりその世界には永遠に編集の生きる場所があるのだが、いじりしか出来ない編集者にはそのような世界では生きる道がないだけだ。

なのにそれだけの詰まらん事をわざわざアゴラで「文句を言われれば言い返す言葉も無いが」なんて書くのだったら最初から書くな。てかせっかく文章で書いているんだから「文句を書かれれば書き返す文章も無いが」とか”編集”してみろ、そしたら少しは笑ってやるから。

こういう、いかにも私は文章を分かってます、プロの編集者です、コホン、皆さんより文章の勉強しているんです、だからわたしは~、と言う連中には本当に頭に来る。無産階級が何を言うかである。

文章が米を作るのか?文章が野菜を育てるのか?文章が食えるのか?

文章の無力さを感じながらも、それでも生活の一部としてや自分の気持ちを誰か愛する人に伝える手段として例えば”防人の歌”や”百人一首”があり、文化を伝える手段として”枕草子”や”平家物語”があり、そういう文章を通じて自分の生活に潤いをもたらす、そういう内面を磨くための化粧品が文章である。

時代が変われば社会の要求する仕事も変化するのが当然だ。つい30年ほど前までは写植工という仕事が重宝されたが今の時代はDTP(デスクトップパブリッシング)になり彼らの仕事は消滅した。自分の存在価値が時代と共に無くなっていくことくらい、本を読んでるんだったら分かるでしょってかんじ。

こういうのが本読みの本知らずである。文章を飯の種にしているがその文章が何を訴えようとしているのかわかってない。

グーテンベルグ時代の活版印刷じゃあるまいし、時代が変わったのに気付きもせずにちょっと斜に構えてる編集者ってのは、まるで時代遅れのベレー帽かぶって似合いもしない葉巻をぱかぱかしながらバーの片隅でバーテンダー相手に偉そうなこと言ってるようなもんだ。ばかったれ。


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2010年12月18日

ノガミで会いましょう

dd083d69.jpg今の時代、例えばぼくが(あくまで例えばです、ぼくは結婚しているので実際には,あり得ません、絶対に、が)東京で知り合った彼女と次の再会を約束するときにちょっと気取って「次はノガミでね」なんて言ったら100人が100人ともドン引きするだろう。

たぶんひきつった笑顔で「そ、それ、どこのこと?」と聞く彼女に、ちょっと澄まして「上野のことだよ、ノ・ガ・ミ・」なんて言ったら、腹を抱えて大笑いされることだろう。

けど、上野という漢字を反対にして違う読みにしてノガミという呼び方は戦後の一時期にあったのは事実だ。

これはぼくが知る限り東京山手線で働くスリたちが使っており、似たような業界でも使われていたと推定出来る。

”ジュク”も同じで、いまどき新宿の事を”ジュク”なんて言うと口に放り込んでたカッパエビセンが生えびになって噴び出してくるんじゃないかってくらいおかしいだろう。

けれど戦後の一時期にこのような言い方が存在したのは事実であり、それは六本木がポンギになり、ギロッポンに変化して六本木大学何回生がイタメシ食ってます~みたいな言い方が流行る時代になったり、イタリア料理と言えばスパゲッティナポリタンと言うアルデンテを全く必要としなかった時代の喫茶店料理から1980年代にアルデンテのパスタが日本に広がってからはすっかりスパゲッティの地位を失ったのと同じで、その時代にはそれなりに正しい言い方だったのだ。

だから略語を使うのは時代の符丁であり、同業者ですよって意味でもあった。会話相手にこちらが同業だと知らせる意味で「暗号」とか「符丁」と言う合言葉だ。そうすればお互いに話が早いし突っ込んだ事も聞ける。

相手が素人なのか業界人なのか、英語を使う人種なのか、これも意志伝達をする際に大事な確認要素であり、伝達能力=コミュニケーション能力がある人は言葉を交わすことで相手の言ってることではなく言わなかったことを読み取って相手との会話を構築する。

だから業界と時代をよく理解した上で言葉を選ばないと「ドン引き」か「大笑い」か、どっちに転んでも冷たい空気が流れるのは間違いない。

そしてこれは英語になると更に面倒なことになる。

これは大きく分けて二つの要素がある。一つはある業界で通常使われている英単語が他の業界では全く違う使われ方をしたり、もう一つは英単語本来の意味とは全く違う意味で使われている場合だ。

デフォ、と言えばIT業界ではデフォルト(Default)、つまり標準装備とか初期設定みたいな意味で使われている。

が、ぼくがこの言葉をHSBCで「これがまあ標準ですね」と言う意味でデフォルトを使ったら彼らは間違いなく顔面蒼白になり、どきどきしながら「え、これが債務不履行になるってのか???」と本気で不安な顔になる。

ぼくは最初に銀行用語でデフォルトを学びその意味は債務不履行だと学んでたのでIT業界でデフォルト=標準と言う言い方をするのを聞いてびっくりしたものだ。IT業界では倒産することが標準なのか(笑)。

これ以外にも自分の業界だけで使うレターコードが困る。英語3文字で略して書くのだが、それは他の業界では通じない。

例えばCBDはオークランドではCentral Business District で皆が了解している地方の方言である。ところがこれを北半球の東京に住む人にいきなり「このCBDは~」なんて言うと、金融業界だと「何?新種のConvertible Bond Default」かと思われる。

逆に金融界からいきなりCDS(Credit Default Swap )なんて言われてもオークランドの不動産業者からすれば「何?Central Distrit Suberb か?」なんて思われるかもしれない。

そしてどちらの3文字にしろ南島で羊飼いをしているおじさんに言ったら「こらくそがき!英語でしゃべらんかい!」と怒鳴られるのは間違いない。実業をしている人々からすれば虚業関係者は嫌いなのだ。

日本語でも「うなとけ」なんて言ってもまず意味不明だろうが、これは「即取り消し」の略である。鉄道用語だ。

こんな風に、世界中の地方ではその地方でしか通じない方言のような言い方があるし業界でしか通じない言い方もあるし、時代が変われば同じ業界でも変化する。

言葉はこのように変化していくものであり、だからこそ今自分が誰と何を話しているのかを真っ先に理解しないと、業界人ぶってるバカと思われたり、こいつ素人と思われたり、こいつ仲間じゃないなとなる。

なんでこんな事を書いたかって言うと、最近のメールや会話の中で取引先が使う英語が意味不明になり始めているからだ。

彼らは「相手もわかるだろう」を前提にやり取りしているが、ぼくからすれば「ちょっと待って!その単語、どんな意味で使っているの?」といちいち聞き返さねばならない。

とくにオークランドでも日本人同士なのにひたすら英語を並べてくる連中がいるのだが、そりゃオークランドで住んでる者同士でも業界が違えばわかんねーよ。

インボラシングルでってカタカナで書くなよ、そこの旅行屋人。
Involuntary Single ってのは旅行屋用語で自分の希望でないのに一人部屋になった人なので追加料金は取れませんとか取らないでって意味だ。誰が知るかい。

メールの場合、電話よりも更に内容が固くきつくなる。そこで有無を言わせないような英単語を突っ込まれると、こっちの仕事が止まるぞ。

先日もうちで働いてもらってるキーウィ男性が「ホッチキスって何の意味ですか?」と質問。英語ではStaplesなのに日本で売られているStaplesは何故かホッチキスと呼ばれている。

これは製作者の名前や企業名を取って呼ばれている。だから英語ネイティブがいくら英語がうまいからって言ってもこの意味が分かるはずがない。

メキシコでは「マルチャン」と言うのは「早い」とか「早くする」の意味だそうだ。けどメキシコ人が日本に来て「早くしろ」って言うのに「マルチャン!」なんて言ったら赤い狸が飛び出すぞ。

他人との会話は片道ではない。相互通信をするならば相手側の事を思いやって言葉を選ぶ、社会人としてビジネス会話をする時でもメールを送るときでも充分に配慮することで相手からすれば「お、こいつ、わかってるじゃん、話せるね」となる。

ビジネス会話にこのような「思いやり」を加えることで相互通信が円滑になる。コストゼロで営業力うpである。(うp分かる人、それなりの情報収集している証拠です)。全くもう今回の旅行屋め、一度自分のメールを読み直して見ませんか。(あ、これも懐かしい)

写真は朝のニュースでクリスマスソングを唄ってるキャスターさんたち。時々訛ってAを”アイ”と発音する人々、その度に東北弁を聞くようなほのぼのとした感じを受けます。





tom_eastwind at 12:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月17日

卒業

078c973b.jpg今週でりょうまくんの中学が終了して、水曜日は卒業式に参加。450人くらいの生徒が自分の学校のホールじゃ入りきれないからお隣のタカプナグラマースクールの講堂を借りての開催。

9時15分から始まった卒業式では、子供たちのクラブ活動の成果であるオーケストラ、コーラス、グリークラブ、ハカなどを続けて披露。

そしてクラスごとに今年よく頑張った子を6人くらい選んで表彰をする。クラスは大体30名程度。

その後も個人向けに「あなたはロンドンで開かれたスポーツ大会で頑張ったで賞」とか「国内算数大会の成績が優秀でしたで賞」とか比較可能なものから「苦労にもめげずクラスをまとめてよく引っ張っていきましたで賞」、などなど次々と壇上に上がってSurprize(賞品)をもらってる。

その間後部座席に坐ったり椅子の数が足りなくて壁によりかかったりしている親御さん、自分の子供が出る場面になるとすかさずカメラを持ち出してパチリとやってた。

ぼくは親御さんを見ながら「ほー^、まさに色んな人種が集まってるし同時にこの地域の生活度合いも表しているな」と感じた。

まず最初に感じたのが子供たちの中にマオリ系はいるもの全体数は10%以下であり、参観父兄には見かけはマオリ系の親が全然いなかったってことだ。

親が教育に興味がないのかノースショアのこの地区に子供をやるのが元々嫌だったのか、この学校から車で10分ほど西に行けばノースコートと言う地域にマオリばっかりの学校もあるからか、いずれにしてもオークランドの平均的なマオリ人口の20%はここでは適用されてないようだ。

アジア系は見る限り韓国系が目立ってて、日本の運動会の時の親のようにソニー製のビデオ回しっぱなしにしてた。アジア系はこの学校では10%超だがタカプナは確かに韓国系教会もあるし中国系よりも目立つのだろう。

面白いのは白人で、男性の場合はどれも同じようなごつごつがっちりの典型的キーウィ。ところが旦那が仕事に出ているのだろう、奥さんたちだけでやって来た人たちは皆一様に小洒落れてて、あれ?ここ、北半球ですかって思わせるくらいだ。

服のセンスもバッグと靴の合わせ方もどっかの山出しの中国人みたいに昨日生まれて初めてストッキングを履きましたなんてのではなく、子供の頃からきちんとした家庭に育って身だしなみを学んだ人々である。

そんな奥さん同士のおしゃべりもジョークが良く利いてて知性を感じさせるわけで、同じ白人でも典型的なキーウィアングロサクソン、つまりジャガイモ顔の女性は三分の一くらいである。やはりダーウィンの進化論がここでも証明されたのか?

あとはこまっしゃくれて小顔で可愛い南欧系とかギリシャの女神か札幌大倉山のジャンプ場みたいに鼻が高いドイツ系とか、けど彼らにも共通するのは品の良さと知性である。

これは学校のスクールゾーンに影響されるのだろうが、ほんとにオークランドは”東北高西南低”がもろに分かる街である。

結局2時間程度にわたる楽しい卒業式だったが子供たちはこの学校ともこれでおさらば、自分の生まれ故郷である中国や韓国に帰る子供たちも10人くらいて校長が一人一人名前を呼んで「ふるさとに帰ってもこの学校で学んだ事を忘れないでね」と言ってた。

学校教育の重要性は多くの人が認めるところだが、ではどう教育制度を組み立てるかとなると国ごとに全く違う。

ニュージーランドはNCEAと言うフィンランドで始まった教育システムを採用しており、小学生の頃には子供を褒めて喜ばせて自分の好きなことをさせて集団生活の中で自分の立ち位置を学ばせる。

中学校になるとそろそろ自分の行きたい道を考えさせる為に中等教育、つまり世界の歴史とか算数とか英語を学ばせていく。

そして高校に行く頃には自分が何をしたいかの目的を持たせて、必要であれば大学進学をも視野に入れて勉強を開始する。ただ自分が好きなことを学ぶので親が強制する必要はない。進学率は約25%である。

高校までは学費無料だし基本的にどんな子供でも学べる環境を作っている。

難しいのは大学に入ってからだ。大学には入学試験はないが高校までに一定の単位を取らねばならない。そして一旦ペーパーを決めたら教師から次々とテストが出されて、これをクリアーしていくのが実は一番大変である。

何せ暗記教育ではないので答が一つと言うことはない。一つの現象に対してどのように分析を加えていくかを徹底的に考えさせる。

日本であれば”いいくにつくろう”鎌倉幕府で、1192年に鎌倉幕府が出来ましたと書けば正解だが、ニュージーランドでは最初に1192年に鎌倉幕府が成立したと状況説明をした後に、「では何故鎌倉幕府は1192年に成立したのか?もし鎌倉幕府が成立しなければどうなったか?何故平安朝は終わりを迎えたのか、その政治制度にどのような問題があったのか?」などを、最低何千文字でレポートしなさいとなる。

だから子供からすれば住んだ事も行った事も見たこともない時代の話だけど一生懸命ネットと図書館で資料を山ほど集めて一生懸命自分で仮説を立てる。そしてそれの論拠を「これはこのデータから取りました、これはこの本からです」と現していくのだ。

大学でも学費は全額政府から借り入れが出来て、返済は卒業後に給料をもらってそのうち5%を返済すれば良い。大学で勉強中は生活費補助と言うことで学生手当てが出る。これは返済不要。

ラッキーなことにりょうまくんは大きなコリンズ辞書をもらえた。理由がナンなのか本人は「ん?わすれた」と言ってて不明。縦横30cmくらいで厚さ5cmくらいの、まるで木の塊のような辞書を抱えて卒業式を後にした。りょうまくんの学校は水曜日からお休みだ。


tom_eastwind at 11:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月16日

Help !

37d997b2.jpgそれにしても日本は豊かな国ですね。

今朝のニュージーランドのニュースの一面は、イランやイラクから難民として逃れて来た人々が乗った漁船がオーストラリアのクリスマス島まで辿りついたものの、時化により岩礁に叩きつけられて子供を含む20数名が死亡、40数名が何とか救助艇や岩礁からの救助チームに救われたそうだ。死者の数はまだ増えるらしい。

現場からのビデオ中継では大波の中、何度も繰り返し岸壁に叩きつけられる漁船、海に放り出される人々、何とか救助しようとする人々、ビデオを撮影中のクルーもあまりの現場の惨状に自らのライフジャケットを船に投げ込み助けようとするなど、朝から見るにはちょっときついくらいの内容だった。りょうまくんもお箸で掴んだ焼きソバを口に運ぶのも忘れて画面を見つめたまま。

日本では大学を卒業したけれど就職先がないってことで「しっかたねーな、留年するか留学でもして時間稼ぎするかな」とか「学生が就職出来ないのはシステムがおかしいんだ」とかネットで議論が盛んである。

上海の大学を卒業した中国人学生が「結婚するまでに就職出来ればいいかな~」なんて事を言ったら、日本人学生は一気に引いた。

ニュージーランドでは大学卒業を待たずに世界旅行に出て、1年くらいしてから就職するのが普通である。日本人学生は言った、「ふん、外国はいいよね」。

新卒であることが当然、大企業に入る為に生まれてきた、命令される事に慣れてるから自発的に考える事が出来ない、そんな僕にしたのは社会が悪い、中小企業に就職しようにもナビに情報がないから探せない、などなど、外国から見たら「おまえらまとめてアンポンタンか!」と言いたくなる状況だ。

そんなのは実に下らん「今だけの基準」であり、常識でも規則でもない。なのに彼らは目の前の事ばかりに気を取られて、それは歴史的に見てどうなのかとか現在の世界標準から見てどうなのかとか、違う物差しを持とうとしない。てか、他の物差しがあることさえ知らないのかもしれない。

池田ブログでも大卒の就職率低下の背景に下記の状況を挙げている。

1・大学生の絶対数が増えている。1980年代と比較しても大学進学率が上昇して、更に大学を潰さない為に「全入」が採用されるからだ。

2・今の大学生は基礎学力がない為に昔の高卒程度の知識しかないから入社しても再度基礎から教える必要がある。なので大卒として即戦力は期待出来ない。

3・地方の中小企業で募集をしても「ぼく、大卒だから」と問い合わせをしようともしない。

4・ナビに掲載するにしてもそれなりの原価がかかるわけで中小企業からすればそこまでの募集費用は出せない。ウェブサイトには採用記事があるのだが積極的になろうとしない。

結果的に大卒のプライドとガキでも食っていける安全でぬくぬくとした社会が存在するから就職と言う大きな壁を乗り越えようとしない。

クリスマス島岸壁で今も波に叩きつけられてる若者からすればまさに天国のような話である。

日本では昔、鯨尺というのがあった。今ではメートルが基準になっている。これは昔、世界中で計り方の計算方法が違う為に統一させようと言うことになりフランス基準のメートルを世界標準にしたのだが、知恵不足の米国民はメートルの意味が分からなかったようで今でもガロンとかマイルとか使ってる。ばかにはまいる。

世界標準を持つということは一つの物差しとしてあるべきだと思う。でないと世界で何かを比較するときに困ったちゃんになる。しかしそれだけを物差しとして見ていると日本の良さは分からない。何故なら西洋的な発想と物差しでは計れないものが東洋には存在するからだ。

だから世界標準と共に同じ事を日本標準の物差しで計りなおして、両方を比較して考える必要がある。

だから卒業したら1年くらい旅行するのもアリだし、とにかく社会の中に入っていくことも一つの選択である。ところが世界標準も日本標準も知らないし認めようともしないで「今の日本の基準」だけで考えるからおかしな就職活動になるのだ。

「今の日本」の基準だけで入社してもその基準は10年後には変化している。これから少なくても40年近く在籍しなければいけない「大人の社会」を選ぶのだから、もっとたくさんの基準、物差しを持って考えるべきではないか。



tom_eastwind at 10:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月15日

クリスタルナハト 水晶の夜

64a1424f.jpg★抜粋開始
政府税制調査会は13日の全体会合で、11年度税制改正大綱に盛り込む所得税と資産課税の改正案を取りまとめた。各種の控除の縮小により主に高所得者や資産家に負担の増加を求めることが特徴で、増税規模は5500億円に上る見通し。政府が16日の閣議決定を目指す11年度税制改正大綱に盛り込む。
<中略>
また、相続税は増税規模が最も大きい2600億円程度となる見込み。基礎控除額を現行から4割削減することで控除対象者を拡大する。さらに最高税率を現行の50%から55%に引き上げる。一方で贈与税は、生前贈与の優遇措置の対象に孫を加え、若年層への所得移転を促進する。
★抜粋終了

ほらほら、始まったぞ、下向きの平等が。

一般市民向けには年金減額とか各種手当の削減とか、てか大きく言えば「雇用の自由化」と言う名目で労働者賃金を大幅に減額させてその利益を第三者が奪う搾取システムを作り上げてここ十数年で一般労働者を完全に「生かさず殺さず」、つまり毎日一生懸命働いていれば何とか食えるけど”家族の将来をゆっくり考える時間”も”この社会の仕組みってちょっとおかしくない?”と考える時間も与えずにひたすら労働するしかない、まるで共産党国家の強制労働キャンプみたいにして、そのシステムから落ちこぼれた人々は自殺するか浮浪者になるしかない状態を作り上げた。

次は日本における少数民族であり社会の仕組みも抗議の方法もある程度心得ている高額所得者や資産家を狙い撃ちである。個人資産1300兆円を持つ人々を対象に、これから様々な形で政府が没収していくのだ。相続税が第一弾であり、これからは資産課税という方法もあるし、要するにどうでも名目は付けられる。

政府が自分たち個人の財産だけは守りながら民間から資産を収奪する仕組みは東大出身の優秀な連中が束になって作るのだから少数民族が個人レベルでどう反対しようとムダだ。逆らったら余計に巻きあげられるのだから黙って払うしかない。

まさに奈良平安時代から続く民間収奪システムなのだが、この社会に参加している人々は長い間にこのシステムに慣らされてしまい何の疑問も持たずに自分の生活が苦しくなってもお上に上納することだけは守り続ける、自分が自殺するか飢え死にするその日まで。

自分の血で自由をを勝ち取ってきた一般的な民主社会の人々からすれば、納税とは社会に参加する人々が相互扶助の為に支払う最低限必要なお金であり、自分が困ったらそのお金は貰う権利がある、政府は相互扶助の為に集めたお金を効率的に再配分するだけの組織であると考えている。

だからニュージーランドでは25歳くらいで「お、おれ、ちょっと新しい仕事したいよな」と考えた貯金のない若者が大学に通えるしその間の生活費の補助も国から出るが、誰も恥ずかしいとは思わない。相互扶助なのだ、自分が必要とする時には受け取るし、その代わり自分が稼ぐようになったらきちんと納税するという意識が明確である。

失業保険だって、シングルマザーが子供の学校の都合などで仕事が出来なければ当然のように社会保障を受ける。しかしその子供たちが大人になって働き始めればきちんと納税するし、大人になったその時に周りに仕事がなくて困ってる人がいれば再配分組織を通じて扶助するのは当然のことだと考えている。

そして両親が頑張って働いて作ったお金は子供が受け取る権利がある。政府がそこに介入する理屈も正当性もない。だから多くの先進国では相続税が存在しない。

ところが日本では、両親が頑張って作ったお金でも、「そりゃおれたち役人の作った仕組みの上で儲かったんだから、死ぬときは全部政府に返せよ」と言う発想になる。

ひどい理屈に至っては「いやいや、子供が生まれた時からお金持ちだと格差社会が定着するしお金持ちの子供が社会競争の中で有利に働いてしまう、だから貧乏人の子供と同じスタートラインに並べなくちゃね」となって、やはり親の資産は政府に巻き上げられる。

そんなもんは実は社会参加する子供の教育費用と医療を政府が全額賄えば解決することであり現実にニュージーランドでは子供たちのスタートラインは制度上まったく平等になっている。教育費用と医療費用は納税者が全体で負担している。この国の一般消費税は15%になったが、国庫収入の3割を占めている。この国の支出の8割は社会保障である。

もちろんニュージーランドでも働かずにだらだらと生きてるデブ連中がいるし、そいつらは教育の大切さを理解しようとしないから彼らの子供は大体中卒後は何もせずに道路際に仲間とぶらぶら集まって走りすぎる車に石をぶつけるくらいしか出来ないのだが。

だからニュージーランドでも「子供たちの教育の重要性」や「労働することの大切さ」を政府が訴えているのだが、それは社会全体を良くするためであり政府の金儲けではない。

ところが日本では政府の金儲けの為に個人から資産を巻き上げておいて教育も医療も有料にして貧しい子供がますます貧しくなる仕組みを放置したまま格差社会を作り上げて、政治家、高級役人、労組役員、政府系企業の大幹部等、ほんの一部の人間だけが子々孫々まで儲かる仕組を作ってる。

「そうなの?」って思う人、電通や日本航空にコネで入った人や富士通の元社長、官僚の中でも出世の早い人の両親が何してたか聞いてみたらよく分かる。

そんな仕組み、おかしいよねと思わせないだけの「忙しさ」を作り出すことで一般市民は自分たちが収奪されている事に気付かされてない。高所得者や資産家はある程度考える時間があるけど、横に団結して政府と戦う仕組みが作れないから結局個別撃破されておしまいである。

1938年11月9日、第二次世界大戦の前夜、ドイツのあらゆる街で裕福なユダヤ人や普通に生活をしているユダヤ人が真夜中に突然ナチスによって自宅を襲撃されて、彼らの資産は奪われ自宅からは追い出されてその日からゲットー暮らしが始まり、それが遂にはホロコーストにつながり多くのユダヤ人が殺された。(殺害されたユダヤ人の正確な人数は不明で、最近の調査による35万人から戦後すぐから定着してる600万人まで様々だ)

しかしヒトラーの動きを注視していた人々はヒトラーが1933年にドイツ国首相として就任した頃から早い時期に財産を処分して米国や英国に移住していて大戦中のホロコーストから逃げる事が出来た。そして海外で新たに自分たちの社会を再構築したのである。

クリスタルナハト、水晶の夜。「シンドラーリスト」と言う映画で詳細を観る事が出来る。



tom_eastwind at 07:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年12月14日

タイタニックの椅子取りゲーム

934df38b.jpg★記事開始
クリントン元米大統領は10日、金融危機後の景気低迷にあえぐ米経済について、バブル崩壊後に「失われた10年」を経験した日本のようにはなりたくないと述べた。オバマ大統領とホワイトハウスで会談した後に記者団に語った。
 クリントン氏は、オバマ氏が野党共和党と合意した高所得層向けを含む所得税減税の2年延長法案について、減税が景気刺激効果を持つとの立場から支持。「われわれは、日本のように(景気後退へと)逆戻りしたくない」と述べた。

 高所得層向けを含む所得税減税の延長合意については、民主党内から「筋を曲げた」などの批判が出ているが、クリントン氏は米経済の立て直しが最優先との考えを強調、延長法案への支持を求めた。(共同)
★記事終了

クリントンが相手なら「お前に言われたくない」とは言い返せないかな。1990年代の米国を引っ張ってきた立役者であり奥さんは現在米国国務長官である。

これがバカブッシュなら「お前には言われたくないね。お前こそ自分のケツを拭いてろ、てかお前、大統領辞めてからどっかで一回でもまともな講演会してもらったか?」と聞きたいが。

ただまあ、これが世界の日本に対する正直な評価である。今日のニュースではニュージーランド航空がオークランドと中国の広州を結ぶ路線を開設して当面は週3便飛ばすとの事。

日本行きの便は次々と閉鎖(福岡、中部)、間引き(成田、関空)されてる時期にお隣の中国では路線拡大、なんじゃそりゃとなる。

広州の隣街は香港だ。オークランドから香港へはニュージーランド航空が毎日1便、キャセイ航空は毎日2便飛ばしてる。香港から広州は電車で1時間程度の場所であるから、感覚で言えば成田と羽田に同時就航しているようなものだろう。

それほどに今の中国には旅行需要があるし観光だけでなくビジネスや移住でも多くの人々が飛行機を利用している。航空会社からしても、同じ運賃をもらえるなら乗客が日本語を話そうが中国語を話そうが関係ない。

日本の地盤沈下については日本国内にいては感じることが出来ないし、国内人口の半分は3大都市圏(東京、中部、関西)には住んでないので海外から見た日本などの情報は、よほど意識していないと入手出来ない。

今でも成田に行けば地元の野菜と同時に海外行きの航空券も買えるし外国のお客がたくさんきとるぎゃーと感じるだろうが、実はもっと多くのビジネスマンがプライベートジェットで世界を飛び回ってるが日本ではプライベートジェットを管理出来る空港が少ないから日本を跳び越して香港やシンガポールで世界レベルの会議が開かれているんですよと言っても自分の見えない世界のことがわかるわけがない。

日本が経済衰退圏に陥ってると言っても今日の飯が食えて来年も盆踊りがあることが既定の村では「そりゃどこのこっちゃ?おらが畑は沈んでないべ~」となるだろう。

笑い話がある。関空から来たビジネスマンが「日本が沈んでるなんて違いまっせ、あたしが今日乗ってきた飛行機は満席でしたよ」と言ってふんぞりかえってた。

そりゃそうだ、その飛行機は他の曜日の直行便が間引きされた挙句に747型ジャンボが中型機に「小型化」されたから満席になったのですよ。けれどおじさん、そのような事は考えようともしない。

昨日も少し書いたが、本当に政府が雇用を大事にするのなら茨城空港や佐賀空港の埋め立て工事を国でやれば良い。国にはまだお金が残ってるし個人の資産もあるのだから今まで先人が作ってきた資産を切り売りしてれば、後十年くらいは日本も続くだろう。その後は?誰も知らん、どうせその時までは生きていないのだから関係ない、である。

実際には国家政策による激しいインフレーションが起こり国民の財産を紙切れにされて65年前の日本のように「がらがらぽん!」ゼロからのやり直しとなる。その結果として子供たちは親の借金を払うためだけに働く事になるのだが、それはまだ先のことだからよい、となる。

移住の問い合わせで多いのは、東京と神奈川だ。情報の集中する地域に住んでいる人は自然と危機感が高まるのだろうと思う。もうそろそろ日本もやばいな、今のうちに西洋諸国で永住権取れる国で取っておこうとなる。周囲も「おう、そうかい、いいね、おれもそのうち行くよ、最初は旅行で、気に入ったら永住権申請でもするかな」。

地方ではそうはいかない。いまだもって情報源はテレビだし、みのもんたは人気者であり、ニュースでは羽田空港に世界から国際線が飛んできてるニュースを観ることになり、ニッポンチャチャチャ!すごいすごい!となる。

彼ら地方の人々からすれば東京に出ることが移住であり、東京には国際空港が二つもあってヨーロッパやアメリカから飛行機が飛んでくるわけだし、渋谷に行けば朝まで遊んでる人がたくさんいて、おらが町の駅前商店街のように昼間からシャッター閉めてないしおらが空港と言っても定期便飛んでないから、東京に出て行けさえすればうまくいくと思ってる。

まさに「タイタニック号の椅子取りゲーム」である。沈むときはどこに坐っててもみんな沈むのだ。「日本のようになりたくない」とクリントンに言われて誰が「日本は沈んでない」と言い返せるだろうか。


tom_eastwind at 10:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月13日

茨城ショック

14d56369.jpg★記事開始
茨城県議選(定数65)は12日投票され、即日開票の結果、民主は推薦1人を含めた24人のうち当選が6人にとどまった。現有議席をかろうじて維持したものの、擁立した候補者の4分の3が落選。菅政権の支持率が下落する中、地方選でも極めて厳しい結果となった。

 県連会長の郡司彰参院議員は結果を受け、「閣僚の失言や問責決議案に加え、国会閉会後も党として一体感が打ち出せず、力が分散化した」と敗因を語った。

 推薦を含め44人を擁立した自民は39人が当選。今後、自民会派入りするとみられる無所属の当選者を含めると、ほぼ現有の45議席程度は維持する見通し。みんなは自民からくら替えした現職と、新顔の計2人が当選し、党として初めて選挙で都道府県議の議席を獲得した。公明は現有4議席を確保。共産はつくば市区の現職1人が落選し、現有2議席を守れなかった。

 市町村合併を反映した新しい区割りで初めて実施されたが、投票率は49.00%(前回47.94%)と、3回連続で50%を切った。
★記事終了

茨城県の総人口が2,964,229人、選挙人口が2,433,933人で投票率が49%か。120万人が選挙に行って約50人を選んだわけで、その殆どが自民党に票をいれただ。

たいしたもんだ、誰が政治家をやろうがおらが町がどうこう変わるわけないっぺさと思ってる人が120万人もいるんだ。「たいしたもんだ」とは茨城では「それはよかった」の意味になるそうだ。

要するに県議会選挙などはその日の気分であり、晴れてればちょっくら行ってみっかだろうし雨が降れば「うざったいさ」となって行かない。

自民党は組織票に強く民主党は一般市民に強い。2年ほど前から自民党の自失で民主党に流れが来たがそれもどうやら賞味期限切れである。

ましてや一度は縁を切れた社民党とまたも組みなおすのか?これには呆れる。まあ今の民主党の中心部にいるのは元々社会党左派であり社民党とは相性が良い。

社会党左派とはできもしない事を政府に要求して裏で金を受け取り一般市民のガス抜きをしながら自分たち組合員の利益だけをかっぱらう事を得意としている連中である。

そのカネがどこから来たか、誰が頑張ってこの社会を支えているか、彼らにどう政治による再配分をするかなんて全く考えもしないのだからお気軽である。

「日本では何故市民がクーデターや暴動を起こさないのですか?」と聞かれることがある。ロンドンでは大学生が学費値上げに反対して暴動を起こして二股やろうの車にペンキを投げつけた。

ところが日本では1970年代以降、殆ど暴動らしい暴動は起こってない。その一番の原因は「食えるから」だろう。どんなに生活が大変と言いながらも、日本はいまだもって世界でもトップクラスの品質とサービスと美味しい食事を安く食える国である。

アフリカや南米とは基本的に生活水準が違うし、フランスや英国の学生並みに自己主張をする事もない。長い物には巻かれておいてめんどくさい政治は誰かに任せておいて、おらは日曜日の午後はドライブでもいくべさとなるんだろう。

発展国家の中でも数少なくまともな民主主義を経験せずにいつまで経っても「おらが村の倫理」で生きてるから、自由は自分で獲得するものであり天から勝手に降ってくるわけではないという事を理解していない。

日本の民主主義は「だって、みんながOKって言ったじゃんか」と他人のせいにする為に使われており、自由とは無責任のことであると理解しているから誰かが自由に生きようとすると「自分勝手、他人のことに気を使わない無責任なやつ」という事になる。

茨城ショックと言われているが民主党内の内輪もめが理由でありその原因は民主党を結成した際に、選挙に勝つ為にあまりに左右両方から人を集めすぎたからだ。

今の民主党は自由を主張する左派(つまり自分勝手な連中)と米国寄りの右派(前原系)、そして真中に小沢がいる状態だろう。

今回の選挙を受けて民主党がいよいよ分解するかもしれない。がらがらぽんで政党組み換え、自民党と民主党とみんなでお互いの主張が近い人々が集まれば良いかとも思う。

まあそれにしても日本の地方は幸せなんだろう、皮肉ではなく、茨城に限らず日本の地方はどこも同じだと思う。

生まれてから死ぬまで同じ価値観の人ばかりで構成された社会で生活し、食うに困らず政治に悩まず友達いるし茨城弁通じるし時々居酒屋で立派な事だけ言ってればまわりがちやほやしてくれて、青年会主催の盆踊りで楽しんで、その後は若い連中で江戸時代から続く習慣を楽しんで、時には結婚してからも楽しんで、年取ったら老人会の集まりでお互いに過去のちっちゃな思い出を思い切り膨らませておしゃべりにふけるのだから、これはこれで幸せなのである。

たかが茨城の地方選挙とは言いながらも、今の日本を凝縮したような選挙結果だった。

写真は最近完成した「作るだけが目的」の茨城空港だ。

次は政府の民間失業対策として茨城空港を埋める公共事業を作って雇用を生めばどうだろう、でもって埋め立て終了時点でもまだ景気が悪ければ勿論もう一回同じ場所に空港を作るのだ。茨城県民は大喜びであろう。


tom_eastwind at 11:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年12月12日

火の鳥

b0f1ee7e.jpg火の鳥全巻を揃えたら1万円以上かかる。しかしそこから得られるものを考えればどう見ても1万円以上だ。
永遠の生をテーマにして輪廻転生や渡来人による日本支配、仏教と八百万など歴史的テーマから始まり、未来における地球人がどうなるかを予測して、人間とは何かを語る。

手塚治虫の天才はまさに天賦の才としか言いようがないが、それにしても同時代にこの作品に触れることが出来た自分は幸せだ。

けどまあそれを言い出したらビートルズと同世代ではないしチャップリンとは数世代離れているし徒然草とは数百年の違いがあるのであまり意味はなく、単なる自慢としかならない。

「おれってさ~、手塚治虫の最新刊をいつも読んでたんだよね~」なんてのはツッパリハイスクールのように「オレって、決まってるぅ??」みたいなものだ。

大事な事は火の鳥から何を読取るかであり、その意味で火の鳥が日本での自由表現の最後の世代だったのかなって思う。黒人をくろんぼと書いて平安時代に電話での会話を成立させて、けれど今の時代ではどのような表現も常に規制を気にしながら書かねばならないようになった。

これは結局、人がどんどんバカになっていく方向性だ。モノごとを理解する能力もなく何が正しいかを理解しようとする気持ちもなく単純に周囲に流されてその時々の”良い学校”と”良い会社”だけがすべての価値となり、人間が本来持つ自由な価値観が次々と破壊されていく方向性だ。

その結果としてバカは動物のレミングのように狂気に走り、ある日突然暴走を始めて自らを海に沈めてしまう。

問題は、バカは自己増殖をするのだが自分をバカと気付かないままに何の疑問も持たずに小数の「違う価値観を持つ人々」を平気で台所の包丁で殺してしまい、本人はにこにこしながら血をぬぐって料理を続けるということだ。

神様のどういう配慮か分からないが、こうやって海外でいろんな価値観を学びながら生きていけることは本当に幸せだと思う。

真夏のオークランドで自然の涼しい風を楽しみながら火の鳥を読める自由な幸せは、子供の世代にも引き継いでいきたいと思う。


tom_eastwind at 12:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月11日

カムイ伝

bb95733f.jpg漫画で最高作を二つ、てか、一生読みたい漫画と言われれば、第一に火の鳥が来てその次にカムイ伝だ。
どっちを一番にするかってのはその時の社会体制にもよるだろうが、20代はカムイ伝であり今は火の鳥だ。


例えばカムイ伝がどうしようもない閉塞的社会を破壊しようとする時の最高の読み物であるのに対して、火の鳥はもっと根源的な人間の自由を訴求する。人間っていったいナンだ?みたいな感じである。

8歳くらいから文庫本を読み始めて少年ジャンプの創刊号を生で読む機会があり、「ハレンチ学園」とか「アシュラ」におけるくそったれ神奈川県あたりのPTAのばかばばあ連中が自分たちが性欲処理出来ないからって理由だけで漫画の表現規制に政府を利用したのは今でもよく覚えている。


ハレンチ学園は性欲処理の問題でありアシュラは反政府体制問題を扱っていてそれぞれに表現内容は違うのだが、とにかく「大人の視線」ですべてのモノごとを片付けよう、つまり大人の方が子供よりも偉い、自己規制が出来るって前提で子供向け規制を行った。

東京都が子供向けエロ本規制を行おうとしている。同じ価値観を持つ人々が道徳を法律にするのは昔からよくある話だ。

ニュージーランドでも子供に対する様々な規制がある。幼児ポルノの禁止などだ。ある日本人の父親が職場で自分の2歳の娘をお風呂に入れて頭を洗ってる写真を見せたら逮捕された。

スーパーのコーラ売り場で子供がぐずついてる動かないのをお母さんが無理やり手を引っ張っていこうとしたら警備員が飛んで来た。

ぼくは日本と言う国に生まれて幸せだと思う。なぜなら火の鳥やカムイ伝や少年ジャンプの創設期に同じ時間と同じ価値観を共有できたからだ。つまり自由と言う価値観だ。

今回の東京都による規制は、はっきり言えばいつの時代にも存在する、自分の性欲処理さえ満足に出来ないくそばばあ連中がカナキリ声で叫んで世の中の不自由を増やしているだけだ。

自分はお上品な奥様として他人に見せてるが、実はガキ以上に性欲に餓えている。ところが立場上それを表に出せないものだから子供が自由に漫画を読むことを規制するのだ。

まったく子供からすれば迷惑である。第一何歳までが子供なのか?子供が見ちゃいけないものを大人が見ても良いのか?

バカな自称大人たちが性欲処理と道徳をみそくそに一緒にして法律規制しようとしているが、そんなもん親がきちんと子供に説明して躾をすれば良いだけではないか。

子供にとって悪いものなら親がきちんと説明すれば良い。その能力がないバカPTA連中が自己責任を放棄して政府や法律による規制を要求するが、だったらお前の親としての責任はどうするのだ?

子供が夜の9時にコンビニでパンをかじって夕食とするような社会に誰がしたのか?その子がそこに置いてある漫画に手を伸ばす、そういう社会に誰がしたのか?

自分の性欲で子供を産んでおいて、子供は出来たけど教育の仕方が分からないからそこだけ政府に頼るってか?日頃は政府が消費税増税をすると文句を言うくせに、自分の都合の良いところだけは政府任せにするのか?

火の鳥は1970年代と言う時代背景もあるが、今で言えば差別用語の連発であり、スヌーピーのコピーとかも確実に著作権違反であろう。しかしあの時代は誰もが自分の言葉で発言していた。火の鳥で平安時代を背景にした巻では電話で話している場面がある。「平安時代に電話があるわけないです、おかしいです!」と言うPTAの声が聞こえてきそうだ。

法は世の中の最低限の規制であるから政府が強制的に導入する。なので法は少なければ少ないほど良い。道徳は世の中の最高の規制であるから親と家庭で守っていく。

何故イスラムでは4人の妻を持てて日本では一人しか妻をもてないのかを子供にきちんと説明出来ない、性欲処理も満足に出来ないバカ親がますます日本を住みにくくしている。


tom_eastwind at 12:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年12月10日

World Vision's work

c8c9af48.jpgこの時期になると財布のヒモが緩むと思われてるのだろうか、テレビでは募金の広告をずっとやってる。

ワールドビジョンと言う団体がアフリカの貧しい子供に援助をしよう、一日一杯のコーヒーを子供の為に。

言ってる事は分かるのだが、それが君ら白人の口から出てくると不快感を覚える。

何故アフリカが貧困で誰があんな国境を作ったのかを無視して、さらに送られた金や物資の殆どは途中で軍隊や役人に賄賂として抜き去られて、残り少ない物資が貧しい村に届いても子供の手には渡らずに一部の大人だけで食べてしまう現実を考えれば到底寄付に応じる気持ちが湧かない。

もともとアフリカは欧州の植民地であった。古くは奴隷市場として西洋人に売り飛ばされて1800年代には西洋人が支配する大規模プランテーションなどや鉄鉱石鉱山などで劣悪な条件で働かされていた。

第二次大戦後にアフリカ諸国が独立するようになると世界の眼もあるからってんで独立を認めたけど、その時に彼らにわざと民族紛争を起こさせる為に違った部族を一つの国に押し込んだり、一つの民族を二つの国にばらしたりしたのは欧州である。

世界地図を見ればすぐ分かる事だ。アフリカ大陸と同じようなサイズの南米大陸では自然の地形、山や河とか、また民族で国境を分けているのでアフリカのような民族紛争は起こらない。

ところがアフリカ大陸の国境は線で引っ張ったように真っ直ぐになっている。民族紛争が起きますようにって、欧州人の置き土産だ。

アフリカでは地下資源が豊富であり、独立後も西洋人の都合の良いように自分たちの味方になる政治家や将軍を政権に付けて、自分たちの有利になるように地下資源の権益を押えた。てか、今も押えている。

国家が一つにまとまらないように「分割統治」をさせて言う事を聞かないようになった政治家や将軍は映画「ワイルドギース」のように暗殺してしまう。

ダイアモンドが良い例である。ユダヤ系企業のデビアス社がアフリカのダイアモンド鉱山を支配して、同時に世界のダイアモンド市場を支配して価格決定権まで持ち、結婚がdaisukiな人々に「結婚するときはダイアモンドですよ」と、単なる固い石ころを高値で売りつけて喜んでる。これはまあ騙されてるほうも納得してるのだから「余計な事言わないでよ」となるのだろうが。

本当にアフリカの貧困を無くしたいなら簡単だ、欧州企業がアフリカから得られる利益をアフリカ人に平等に分配すれば良いのだ。学校を作り初等教育を無料化して病院を作り若者に働く場所を提供すれば良いのだ。

そういう一番大事なことはやらないで、クリスマスの時だけ寄付だどうだと慈善団体が出てきて、お金を払うほうも目先の免罪符でも買ったような気持ちにさせてお互いに気持ちよくなってるんだろうが、それでアフリカの貧困がなくなることはない。

一つの民族や部族を腑抜けにさせる一番簡単な方法は補助金や寄付金漬けにして自活する方法を忘れさせてやることだ。そういう事のお手伝いの為に寄付を募るのだから、まさに恐るべし欧州人である。


tom_eastwind at 14:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月07日

秩序と正義

50e5e8f4.jpg鈴木宗男氏が収監されることになった。裁判で何度も争い一時は勝ち目があるかに見えたが、やはり権力闘争の中では不利な立場に立たされており、結果的に負けた。

政治の世界において法律ってのは魔法の杖のようなものだ。杖=法律の解釈権を持った方が常に自分に有利な解釈をして相手を破滅に追い込む。

今回の事件は国策捜査であり政府が自分の身を守る為に鈴木氏を追い落としたのは明確であるが法的に証明することは出来ない。何故なら法律の解釈権は鈴木氏ではなく政府側にあるからだ。

例えば役人の天下り問題でも、それを禁止した法律もあれば認める法律もある。どちらを適用するかはその時の権力者である。

元々は自民党時代に天下りを廃止しようとなって天下り禁止法案もあったのが、何故か民主党になって天下りを実質的に認める法律に「見直し」をされてしまう。

一度作った法律でもすぐに「見直し」をされればどうしようもない。時の権力者のやりたい放題だが、日本人は法律を守るのがdaisukiなので、法律の趣旨や精神は何だったのか、どのような経緯で法律が出来たのか、何故それを見直すのか、どういう方向で見直すのかなどの経緯は一切関係なく、民間企業であっても杓子定規に「あ、それ、法律で決まってますから」と言う。

ところがその法律が翌月変更されると平気で「あ、今はこうですから」とやる。法律は元々社会参加者間の利害調整の為に最低限必要な措置として施行されるのだから、見直しの際の議論は国民を含めた充分な議論が必要であろう。

ところが鈴木氏裁判においては全くそのような事は勘案されず、とにかく有罪ありきで話が始まって鈴木潰し=ロシアとの関係悪化を狙ったのだから、国民の利益とか北方領土なんて関係ない。

鈴木氏の有罪判決は結局のところロシアと日本を仲良くさせないために仕組まれた国策であった。

日米同盟を前提にしてすべての政治判断を行う外務省や政治家からすれば、ロシアはずっと仮想敵国で置いておくのが良い。だからロシアが絶対に飲みそうにない「四島返還」をスローガンにして外務省の入り口にポスターまで貼って長年やってきた。

ロシアなんて1990年代はぼろぼろになった国でありまともに相手にする必要もない、近づいてきたら「四島返還!」と言えば黙ってモスクワに帰るしかないだろう、そう考えていた外務省と政府に対して鈴木氏とその仲間は本気でロシアとの仲直りを考えて「二島返還、残りは後で」とかも考えていたが、それが最初の頃は夢物語だったのが、鈴木氏の政治力で実現しそうになった。

そうなると困るのが日米同盟を堅持したい連中だから国策捜査として特捜部と組んで鈴木氏追い落としを図った。それが今回の図柄であろう。

今になってロシアの極東ガス油田が次々とエネルギー問題の俎上に載っているが、もう鈴木氏のような政治力のある人間はおらず中国に権益を奪われる事になった経済産業省からすれば頭に来るだろうが、国策としてやった結果がこれである。

日本人の多くはいまだ法律が正義とか裁判は真実を見つける場と思い込んでる人が多い。しかしロシアではそんな甘いちゃんは一人としていない。

法律とは紙に書いた合法的抹殺文書であり正義など殆どひとかけらもなく、裁判はあくまでもその抹殺文書をうまく自分の側につけた者に微笑む場所であるだけだ。

ニュージーランドの法律を学ぶときの第一歩が「法律とは秩序を守らせる為に存在するのであり正義の味方ではない。裁判とは正義を追求する場所ではなく社会秩序を守らせる場所である」だ。

その意味で言えば鈴木氏は自民党及び外務省の堅持する方針を乱したのだから逮捕されて当然である。

正義と秩序は全く別物である。正義は例えば100人いれば100個の正義がある。秩序とは100人の中のリーダーが定めた事であり、それが正義であるか正しいかどうかは100人が判断することではないのだ。

こういう現実をしっかり見据えた上で世の中を生きていかないといけない。真面目に生きてるだけではある日突然とんでもない落とし穴に放り込まれて、それでも裁判に出てお上に申し立てをすればどうにかなるなんて思ってついつい自供した結果として痴漢として有罪判決ってことにもなるのだ。

痴漢判決と鈴木氏の裁判を比較するのもどうかと思うが、いずれにしても人々が理解すべきは、本来自分たちの生活を良くする為に存在するはずのシステムが、いつの間にか自己保存と増殖の為にその社会に参加する人々に対して様々な形で「彼らの正義」と「彼らの為の社会秩序」を押し付けているという事だ。

写真はシンドラー製のエレベーター。ドアが開いてもそこにリフト(籠)があるとは限らない。踏み出す前に足元を見よう。



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2010年12月06日

3年目の移住

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3年後に移住を希望しますという問い合わせに対しては、では2年後にお話しましょうとお伝えする事にしている。

この意味は、移住に関する法律はしょっちゅう変化しており、今現在の法律がこうだからと言って3年後が同じとはならないからだ。3年後の移住を考えるのであれば最低限の英語(IELTS6.5)と手に職(シェフや大工とか)を持つことではお勧めではある。

ところが最近の移民法改正で、ビザは今取っておいて実際の渡航は3年後と言う方法も見えてきた。それが投資移民のカテゴリー2である。

これは150万ドルの投資を4年間すれば永住権が取得出来る枠なのだが、「いや、資金は何とか用意出来ても今は仕事しているから身柄を移せるのは3年後なんですよ」と言うケースに対応出来る。

移住やビザと言えば、申請すればすぐに渡航というイメージがあるが、実際にはどのビザでも発給後から渡航までに1年程度の余裕を持たせている。

これをカテゴリー2に適用してみよう。

勿論150万ドル(約1億円)を用意出来ることが前提であるが(なくても諦めずに最後まで読んでみましょう)、投資と言っても内容はトリプルA企業や市役所の市債や国債など銀行レース並みの投資先で利回り6%程度のポートフォリオで構成されており、日本の30年もの国債よりはかなり安定していると言える。

投資期間は4年だから既発債を4年だけ持っておいて永住権が取れれば市場で売却すれば良い。簡単に言えば日本円だけで作るポートフォリオは安定性がないので外貨を加える、それをNZドルにしてリスク分散を狙うという事だ。

こういう投資を行った上で永住権を取得出来るとなれば、

1・高い利回り(約6%)+
2・為替リスク(米ドルと円は分散とは言えない)+
3・カントリーリスク(つまり日本国家にいる事の危険性)の分散

と言う意味で非常に効率的な投資であると言える。

永住権は、結果的に不要であれば取り消しをすれば良いだけで、取らなくても何の罰則もない。もちろん投資は4年以上続けても構わない。満期まで保持しても良いし組み替えても良い。

では日数計算をしてみる。

例えば2011年1月に申請をしようと決めたとする。最初の仕事はまず弁護士との面談である。ここで自分の経歴と今後の方針を説明すれば、彼らがそれに合わせて必要書類を作成にかかる。

一般的に初回面談で弁護士から「これとこれを日本で用意してください」と言われる書類を揃えるのに3ヶ月程度かかる。無犯罪証明、健康診断、資金の出所、などなどである。

でもって全部揃って弁護士が書類を作成し終わったら再度弁護士と面談をして弁護士が揃えた書類に問題はないか、方向性と内容の再確認である。これで問題なければ移民局にLodge(提出)する。これが4月上旬である。

次に移民局の審査であるが、これは大体3ヶ月程度かかるので、移民局と弁護士がやり取りをしながら最終的に申請が受理されるのが8月頃である。

8月に「あなたの書類は全部OKなので、これから12ヶ月以内に投資を開始してください」となれば、ANZなどの銀行経由で投資を行う事になる。

つまり2011年8月から1年後の2012年8月に投資を開始すれば良いのだから、それまでの間永住権を取得する権利は留保されている。

そして2012年8月に投資を開始しても実際に渡航するのはまだ先だ。最初の一年目は渡航する必要がないので、実際に渡航をするのは2013年8月である。

でもって2年目に必要な滞在日数は146日だがこれは約5ヶ月なので最初の半年は渡航する必要がない。つまり実際に渡航して生活を開始するのは2014年2月で良いのだ。

これで3年分の日数が稼げた。

実際には投資に必要な150万ドルを最初にNZに移しておいて移民局に申請する際には「すでに私は資金移動もしているし確実に投資が出来る人物である」と証明することも移民局の心証を良くするのでお勧めしている。

更にこれは裏技だが、投資開始時期については最初の1年で資金は準備出来たけど気に入った投資先がないと言えば更に1年延長してくれるので、実質的には4年後の渡航でもOKなのだ。

最近ひしひしと感じるのは、世界中のあちこちの国が自国に優秀な人材や資産家を取り込もうという姿勢の強さである。

シンガポールや英国等はすでに国境や人種の意識がかなり薄れており、自分の地域経済を活性化させて優秀な人物により国を構築しよう、その為には永住権は優秀な人材を呼び込むための「寄せ餌」であり、原価ゼロの商品を高く売りつけようという姿勢だ。

ビザと言うと日本では今だもって「お上が発給して下さる有難いもの」と言う感覚が強いが、ニュージーランドではすでに「売り物」となっている。これはビジネスとしては利回り良いよね、原価ゼロの永住権を150万ドルで売っておまけに人材まで引っ張り込んで今後の人生で納税をNZで行わせるのだから。

ビザについては思いっきり割り切って考えて良い。自分が優秀であれば、資産があるのならそれを利用して永住権を買ってしまえ、そして生活はのんびり出来るニュージーランドで、仕事はカネになる日本で。

これも裏技であるが、最初の投資金額である150万ドルなんてないよ~、そう思う人もいるだろうが、これも考え方次第である。もしあなたが自分の暮らす街や家族親戚に信用があるのなら、「年利回り3%でNZドル建て商品に4年間投資をしませんか、期間中の管理は私がきちんとやります!」と言って良い。何人かから投資を受ければ良いのだ。

これは起業家ビザの際も利用出来るのだが、移民局からすれば資金の出所がきちんとしていて説明が出来るのならば問題ない。

もちろんここにも実際は細かい規則があるのでその当たりはケースバイケースで対応する必要があるし、筋書きはきちんと整理しておかねばならない。ただ、こういう方法もあるのだ。

何だかそれで良いの?と思うかもしれないが、それは日本の常識が頭の中に入ってるからだけだ。世界の常識は「優秀な人材は国境を越えて移動出来る」なのだから、移住を考えるのであれば日本の常識は捨てて様々な方法を検討してみることだ。

写真はお隣のビルの10階で窓拭きをしているクライマーの皆さん。よーく見てください、サングラスして壁を磨いてる楽しそうな連中が見えますよ。まったくこの街は、趣味と実益が一致しているなって思わせる瞬間でした。


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2010年12月05日

PAYE

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ニュージーランドの税金はPAYEと呼ばれると前回書いたが、そのフルネームはPayAsYouEarnで、これは元々英語のPay As You Go から来ている。

PAYGは使っただけ払うと言う、日本で分かりやすく言えばプリペイド電話みたいなものだと考えてもらえばよい。Pay=払うで、Asyougoが使っただけ、となる。

ニュージーランドでは最後のGOの部分が”Earn=稼ぐ”になってるので、PAYEと略される。

なので、社会保障など社会全体で必要な部分を使っただけ社会全体で負担するという意味になる。もちろんここには社会全体では不要な車が走らない道路とか行き止まりのトンネルは含まれない。

社会保障は社会全体で負担するがその中には医療、教育、老齢年金等の基本的保障からシングルマザー手当、失業手当などの細かい部分まで含まれる。

住宅供給については日本のような仕組みではなく、ハウジングニュージーランド(Housing
New Zealand)と言う政府組織がまず投資家を募る。

「あなたの使ってないお家を政府に貸してくれませんか?政府がきちんと責任を持って管理しますし家賃は政府が年間7%を10年間保証します」

こうなれば政府保証の投資と同じなので、投資家が指定された地域で一軒家を30万ドルくらいで購入して毎21千ドルの家賃を収入として得られる。10年後に土地が値上がりすれば売却して売却益(キャピタルゲイン)を無税で得る事が出来る。ニュージーランドでは現在キャピタルゲインについては税金がかからない。

これは政府側からしても良い話で、初期投資がゼロで低所得者向けに住宅を提供出来るので大量の税金を投入する必要はない。負担するのは低所得者が払った家賃と家主に払う家賃の差額のみで済む。まさに「使っただけ払う」だ。

日本だと「低所得層の為に~!」と政府の掛け声で税金をどーんと投入して住宅を作るが、結局売れ残ったり古くなって価値が毀損した場合、その税金が無駄になってしまうから、効率からすればニュージーランド方式の方がカネがかからなくて良い。もちろん日本は高度成長時代があったので仕方ない面もあっただろうが、これからは政府保証と言う発想もありではないか。

ある市や地域で道路や橋を作る場合も基本的には市債を発行して一般から投資を募り、利回り6~7%で配当をする。集めた資金で民間建設会社の入札を行って発注する。だからお金の使われ方が非常に明快であり、どこに誰がいくら投資をしてその建設の進捗状況も良く分かる。

自治体のウェブサイトを見れば、どこの工事でいくらのお金を使っているかはよく分かるし建設現場では一般市民向けにも「この道路はxx百万ドル遣って作ってます」と出てる。建設技術については日光から見れば今市だが、橋が突然落ちたとか道路に穴が空いたという話は聞かないので充分耐用性はあるのだろう。

政府はあくまでも公平な再配分を行う組織であり、実務は基本的にすべて民間に任せる。政府は余計な工事はせずに、人件費分だけ、遣った分だけを国民から集める。

最初からこの考え方があるから日本のような天下りと言う発想も出てこないし天下り指定席もない。役人として優秀であれば最初から高給が払われるし、能力があれば民間に転出する。その逆もありである。

政府機関や自治体が最低限必要なものだけを国民に平等に負担してもらい、具体的な事業については民間に任せるし、その際には「これは政府でなければ出来ない」とか「役人でなければ能力的に無理」とか「バカに任せられん」などと言わない、民間がバカであれば、その民間の集まりである自治体もバカの集まりとなるのだから。

そう言えば香港ではお札の印刷は民間銀行が請け負っている。だから同じ100ドル札でも3種類くらい違うデザインがある。

結局社会保障とは国民全体による助け合いである。今は自分が元気で働けるから、稼いだ給料から政府に一定額を納めておこう。それで社会の反対側にいるシングルマザーや子供たちの医療費になるのだから。もし自分が年を取って働けなくなったら同時代の納税者のお金で助けてもらおう。

政府の役割はその配分をどれだけ平等に行うかであり、社会保障に必要最低限の費用を現在働いている人に負担してもらおう、その代わり現役労働者が失業した場合は政府がお金を配分しますよって仕組みだ。

PAYE、この仕組みは民間と役所の間に全く壁がなくお互いに行き来が出来て組織硬直化がなく、政府が自分の役割を「再配分だけ、後は民間でどうぞ」と徹底しているからうまく機能している。

最低限必要なお金だけ集める仕組みだから、どっかのバカな先読み出来ない国の役人が「お、カネあるじゃん、温泉施設作ろうぜ!10年後?そんなもん知るかい」とか「とりあえず年度末で予算使わないといけないから、ここの道路掘り起こしておこうぜ、でもって年度明けには次年度予算で埋めればいいや」なんて使い方にはならない。

日本が何故こんなバカなことをやっているかと言うと、突き詰めて言えば役人が自分たちを特権階級と思い込んで民間がバカだと思い込んでるところからすべてが始まっている。

おれたちは最高学府を卒業して高い意識で国家運営をしているんだ、お前ら民間に何が分かるか、すべてはお上に任せて、お前らは米を作っていれば良いのだ、そういう意識が巡り巡って貫通しないトンネルや馬や鹿しか走らない道路を作ることになるのだ。


tom_eastwind at 15:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月04日

ウエストフィールド指数

b81a65be.jpgハリーポッターの最新作が来るというのでAlbany(アルバニー)のWestfieldShoppingCentre(ウエストフィールドショッピングセンター)に向う。

こういう複合エンターテイメント施設は英国人の得意とするところなのだろう、オークランドでは各地域に一箇所づつある。

英国人がこういうのが得意と言う意味は、彼らは自分の土地を使って横にどんどん広げて合法的に大きな施設を作りそこで人々を遊ばせるという意味だが、要するに英国人としては一度開発したら後はカフェでお茶を飲んでるだけでお金がちゃりんちゃりんと落ちてくる仕組みがdaisukiなのだ。

彼らの手の上で踊る、つまりテナントとして入居して入店客相手にビジネス展開をするのがdaisukiなのが商売熱心な中国人や中東や南欧州の賑やかな連中であり、その店で一生懸命従業員として真面目に働くのが日本人と言う構図が出来上がっている。

りょうまくんを映画館に放り込んで近くのカフェでキーウィブレックファースト(KiwiBreakfast、パンとソーセージと卵とその他なんちゃら乗ってる典型的な英国式朝ごはん、けど終日朝食やってるのでいつでも注文できる)を頼む。

追加でオレンジジュースとブレックファーストティーを注文すると、ほっそり可愛らしいアジア系の女の子が少したどたどしい英語で「卵はどうされますか?」と聞いてきた。「SunnySideEggでお願いします」と言うと、小首をかしげて”何じゃそりゃ?”、そこで名札を見ると日本人の名前なので小声で「目玉焼きですよ」、するとそれまでちょっと緊張してた態度がほぐれたようで、うれしそうに「え、日本人の方ですか~」「けどここ、日本語使っちゃいけないって言われてるんですよ~」だって。

だったらオーナーさんも気を利かせて名札を「Y子」じゃなくてYevvonneとかSunnyにすればいいのに。折角日本語が出来るのに使わせないのは、スタッフが日本語で来店客とだべるのを防ぐのか、またはお店の労働条件の悪さを日本人社会に広めさせたくないからか。

それにしてもウエストフィールドの面白い点は、ほんとにその地域ごとに見事に客層が違うという事だ。

経済指標の中にはMAC指数ってのがあって、世界各地の値段を比較してその地域の経済力を図ってみたりするものだが、オークランドにおいてはウエストフィールド指数が適用出来ると思う。

ウエストフィールド指数には二つあり、一つは消費動向、もうひとつは人口構成である。


消費動向で言えば、北高南低である。つまり空港近くの地域では一人当たりの消費単価が15ドル程度なのに対してアルバニーあたりでは30ドル程度になる。つまりお金がある人は北に住み彼らの経済圏を作っている。これに東西を入れるともっとオークランドが分かりやすくなるが、東高西低である。

そして人口構成であるが、北に行けば行くほど白くなる。こんな事書くと人種差別!みたいな事を言われるかもしれないが、事実は事実である。

空港近くにはまず最初にインド人住居地があり、次の地域ではアイランダーと一部農村系中国人が住み着いている。どちらの地区も車から降りて楽しくお散歩はしたくない地域だ。

そこから更に北に行くと最近出来たシルヴィアパーク(SylviaPark)ショッピングセンターがある。ここは広大であるが粗雑でもあり、深南部(DeepSouth)から少し生活水準の上がったインド人と中国人が集まっている。アイランダーは目立つが深南部のような恐怖心を感じるほどではない、彼らと一緒に公衆トイレに入りさえしなければ。

ハーバーブリッジを超してタカプナ(Takapuna)あたりに来ると人々の雰囲気が随分変わる。上品な髪型が良く似合う白人のおばあちゃんたちが楽しそうに午後のお茶とおしゃべりを楽しんでいる。南のような不健全なぎらぎらさが全然ない。

しかしそれでもTapapunaは東だから良い。同じ緯度でも西のノースコート(Northcote)に行くと、アイランダーのガキと2ドルショップで働く若い中国人店員のおっかけっこがしょっちゅうである。万引き。遊び感覚でやってるし逮捕されてもすぐ釈放される。店としては死活問題だから相手を捕まえたら一発くらいぶん殴りたい気分だが、それをやれば店主が逮捕される国である。

この国では軽犯罪においては泥棒の人権が経営者の生活よりも優先されるのだ。最近はさすがにこりゃ駄目でしょって事で方向性が変わってきてはいるものに、それでもまだまだガキと泥棒に甘い国である。

この点においては何で英国型統治を導入しないのかなって思う。割れ窓理論を適用してガキのうちにしっかり社会的責任を教え込むというわけにはいかないのだろうか。

しかしそれも北西のグレンフィールド(Glenfield)ショッピングセンターがちょうど分かれ目になっているのかな、グレンフィールドに来るとガキの数は減る。ガキどもも、ここじゃやばいと思っているのだろう。

でもって北の一番賑やかなアルバニー(Albany)に来ると、今までの橋向こうの恐怖はナンだったのって思うくらい町が明るく上品になる。もちろんここでも週末は駐車場の取り合いで大変ではあるが、少なくとも南部のように「駐車場で車に乗ったら、まず最初にドアロックしろ」と教えているのとは随分な違いである。

昔のニューヨークにはJJタウンと言うのがあったそうだ。JapaneseとJewishは安全を大事にするので彼らは安全な街に住む。するとそこが安全だという評判が立ち、更に多くのJJが引っ越してくる。結果的にその街はJJタウンとなり治安の良い地域となる。

その正反対にあるのがハーレムだろう。昔から住んでいた住人が治安の悪さに出て行って、そこにガラの悪い奴らが移り住んできて更に治安が悪くなる。

日本はまだまだ単一民族である。在日、部落、アイヌ、沖縄など一応人種問題は抱えているものの、それは世界が抱えているものから比較すれば、まだまだ緩い。在日が差別されたからと言う理由だけで暴動が起こる事もない。

なのでどうしてもどこの街も均質化されているのだが、そこに住んでる人々からすればほんのちょっとした理由で耳くそみたいな差別を見つけて「ほら、おれたちの街だって差別があるんだ、まるでニューヨークみたいだ」と言うが、困るのはそれを本気で信じてしまい、日本の地方にある差別とオークランドにある地域別格差を同じと思ってしまい、「人が人を差別するって~、人道的に~、おかしいと思いま~す」なんて、全然当事者意識のない状態で発言する。

しかし実際は違う。人道的におかしいと思いま~すって言う連中、じゃあHunterCityあたりで生活をしてみろ、安全を感じるか?ってことだ。人権とか人道なんてのは自分の命を守ってからゆっくり考えれば良い事だ。

どこに住むか、これは本当に大きなポイントである。例えばマヌカウ(深南部)で30万ドルの住宅があるとする。同じものをNorthshoreで買えば50万ドルはするだろう。確かに20万ドル高い。しかし、子供が怪我をしたり住宅に強盗が入ってくることで発生する損失を考えれば?

どこに住んでも事故が起こるときは起こる。まさにその通りで、Northshoreに住んだからと言って事故に遭わないわけではない。ただ確率が低いだけだ。

オークランドに移住をお考えの方には、もし時間があればウエストフィールド巡りをお勧めしたい。一日で3箇所くらい見ることが出来るので、二日もあれば僕が上記で書いたことの意味も分かるだろう。


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2010年12月03日

所得税率

「ニュージーランドの所得税は結構高いですね、こんなに高くてよく国民から文句が出ませんね」と言われる。そういう人に限って偏った情報しか持ってない。

普通に「ニュージーランドの税金ってどうなってるんですか?」と聞いてくれれば普通にこの国の仕組みを説明するのだが、税金を考える際には所得税だけでなくセーフティネット、保険、学費、医療、などなど全体を俯瞰する必要がある。


2010年9月30日までの個人所得税率】
 $14,000以下/12.5%
 $14,001~$48,000/21%
 $48,001~$70,000/33%
 $70,000以上/38%

 【2010年10月1日以降の所得税率】
 $14,000以下/10.5%(-2.0%)
 $14,001~$48,000/17.5%(-3.5%)
 $48,001~$70,000/30%(-3.0%)
 $70,000以上/33%(-5.0%)


上記が今年10月01日から施行された新しい税率。一般消費税を15%と2.5%上げる代わりに所得税を減税したのだ。

結局くせものはこの「所得税」と言う言葉だろう。日本では所得税以外に市民税、健康保険料、国民なんちゃら保険とかで、1000分の1単位でちょこちょとと盗っていく、じゃなかった取っていくが、ニュージーランドはそんな面倒な事をせずにPAYEと言う名目ですべての税金を賄っている。

なのでPAYEを所得税と呼ぶのが誤解の発端なので、本来ならPAYEは所得再配分とでも呼んだようがいいのだが、日本にそんな言い方がないから今度は日本側が誤解する。だからどうしても分かり易いところでいけば単純に「税金」とでも呼ぶか。

いずれにしても税金の比較をする場合は、全体を把握してから個別の項目を見るようにして欲しい。この国の人々が何故貯金をせずに入ったお金をぱっと使うか?何故教育保険とかが存在しないのか?

セーフティネットを政府が構築してそこに民間が払った税金がまとめて投入されている。日本の場合はセーフティネットは自分で構築するしかないから保険や貯金が必要となり、それが結果的に消費を下げることにもなっている。


tom_eastwind at 13:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2010年12月02日

連合のたわごと

98c6d530.jpg★ 記事開始
菅首相は1日午前、首相官邸で連合の古賀伸明会長らと会談した。古賀氏は「政治とカネや外交などへの国民の視線は厳しい。国民の声に危機感を持ち、緊張感を持って重く受け止める必要がある」と苦言を呈した。民主党最大の支持団体である連合のトップが首相の政権運営に注文をつけるのは異例だ。首相は「政府としてきちっと受け止める」と語った。

 古賀氏の発言は、来年4月に統一地方選を控え、連合傘下の労働組合に政権への批判が広がっていることが背景にあるとみられる。また、会談では、首相と労働界・産業界の代表が労働政策を協議する「雇用戦略対話」を近く開催することで一致した。
(2010年12月1日 読売新聞)
★記事終了

だってさ。国民の代表ね~。よっく言うよな。寝言は寝てから言えってのは、こういう組織向けに使用すべきですね。

現在連合の組織率は全労働者の何%なのかな~。平成20年度の統計局のデータによると6650万人が総労働者数(失業者含める)で、失業者を除いても6385万人が労働をしている。

連合は680万人くらいの労働者の集まりだから全労働者における組織率は11%くらいにしか過ぎない。ましてや非労働者を含めた総数は約1億1千万人であるから、彼らの「国民の視線」は全体の0.5%程度にしか過ぎない。

そしてこの組織の参加組合は、例えば100万人以上が日教組のガッコの先生や自治労の役所の公務員であり、残りも自動車総連、電気総連、ゼンセンなどの大企業の正社員が殆どを占めている。

つまり60歳までほぼ仕事と収入を保証された「安定した立場にいる特権階級連中」が残りの99.5%をも代表して何かを政府に注文したわけだが、どう代表しているつもりだろうか?

一度でもいいから渋谷の駅裏の青いテントで明日の仕事をどうやってありつこうかと考えている日雇い労働者や、いつ会社から雇い止めをされるかも知れず不安なまま働いている契約社員の立場に立ってみればよい。その不安を自分の体で味わってみれば良い。

労働組合として政権に発言力を持つようになり特権階級、労働貴族と成り果てた連中が、来年の選挙で負けて権力を失わないようにと民主党政権にハッパをかけるのは当然であろう。

ただこういうのは政府に対する「苦言」ではなく、自分の特権を守る為の「保身」と言うのだ、正しい日本語を使おうぜ、一応ガッコオのセンセーも組合員の中にはいるんだろうからさ。

連合と言う組織は企業寄りの御用組合であった同盟と戦闘的集団であった総評が合体して出来た組織である。1987年当時でさえ800万人程度の組織だったが、時が経つにつれ組合の存在意義がなくなり、くしの歯が抜けるように組織率は落ちていった。

★ウィキペディア抜粋
1960年代以降の日本では、労使協調路線の下で、御用組合幹部は経営者から特権を与えられ、組織内での出世が約束されることが多かった。支援政党(民社党など)から国会議員や地方議員に立候補し、組合員の支援を受け当選して権力を手にした者も少なくない。現在ではこのような組合員支援による国会議員立候補及び当選は民主党に多くみられる。

また、バブル崩壊以降の日本では、派遣社員、契約社員など非正規雇用の労働者が急増したにもかかわらず、組合への加入資格を正社員に限定し続けたために(もっとも派遣社員は派遣元の社員であり企業別労働組合が主流の日本では「別会社の人間」ということになる。)、割合として決して高くなく、比較的優遇されている正社員のみによる組合が「労働者の代表」として労使交渉を行っていた。その結果、「正社員の新規採用を停止し、少数派の正社員の雇用、所得を確保するためにそれ以外大部分の労働者の待遇を切り下げる」といった事態が発生し、まず組合員を守るのは組合として当然であるにもかかわらず「結果的に正社員側が労働貴族と化してしまっている」と見られるケースも見受けられる。
★抜粋終了

要するにおらが村だけ良けりゃ残りの99.5%がどうなろうと関係ない連中が集まって政府に向って「もっとおらがむらにカネ寄越せ、おらがむらの仕事は減らせ」とのたまわってるわけだ。

官公労とはもともとの意味は日本官公庁労働組合、である。しかし実態としては官僚と公務員と労働組合がお互いに「うまい汁」を国民の見えない場所で吸い上げる組織となっている。

まさに母屋では皆が粥をすすってる最中に離れですき焼きを食っている連中である。

この組織が持つ「自分だけ儲ければ良い仕組み」に官公労共済会と言うのがある。この組織の合言葉が面白い。「一人は万人の為、万人は一人の為」なのだ。つまり1万人でお互いに助け合いましょう、けれど1万1人目から先にいる人は私たちの組織でないんで搾取の対象にしましょうって事だ。

政治とカネと外交を問題とか雇用問題と言ってるが、これは霞ヶ関文学だから平文に戻すとこうなるだろう。

♪政治については次の選挙で負けることのないように”ばらまき”よろしく。
¥カネについては身内以外から税金として搾り取って身内の天下り給与とか公務員共済として年金にするとか、身内だけで回すようによろしく。
■雇用についてはぼくら組合員だけが守られるようによろしく。

ぼくが現在の連合を全然好きになれないのは同盟時代の組合特権階級を見てきたからだろう。総評系だったぼくからすれば三井三池炭鉱ストで腹に電話帳をさらしで巻いて戦った連中を見てきているから、同盟の連中が組合のカネでヨットを買って女をはべらしているのを見ると激怒したものだ。

このあたりは高杉良の「労働貴族」を読んでもらうとよくわかる。小説のモデルとなった日産自動車労組の塩路“天皇”の、一般組合員からかけ離れて常軌を逸した生活が描かれている。

日本は民主党が政権を取ったときは非常に期待したものだった。あの時点ではここまで民主党左派が権力を伸ばすとは想像もつかなかった。

しかし国民が民主党に期待したのは国民全体の幸せであり、特権階級の連中だけが既得権益にしがみ付いて一般労働者を搾取する筋書きではなかったはずだ。



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著者:高杉 良
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tom_eastwind at 17:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2010年12月01日

師走!クリスマス!

3d3e6938.jpg今日から12月01日、街ではクリスマスソングが賑やかで人々の心もクリスマス気分で一杯だ。12月のご挨拶は「ハイ、今年のクリスマスはどこに行くんだい?」である。

もともとのんきで遊ぶのdaisukiなキーウィが12月になると更に強力に遊びモードに入るのだから、こりゃもうハイ!だ。

皆がクリスマスに向けて毎日プレゼントの買い物をして、ニュージーランドの小売店の売上の3割はクリスマス商戦で占めると言われてるくらいに、普段お金を使わないキーウィがこの時だけは財布の紐を緩めて楽しそうに街を歩いているのだ。

そして彼らの心はゴールドコーストやララトンガなどの海外旅行、タウポ湖のほとりの別荘、友達数人でシェアしている大型ヨットでの旅行等、すでに旅の空の上である。ジョンキー首相は今年もハワイの豪華別荘に行く予定なのだろうか。

それにしてもキーウィと比較すれば昔は日本人の方が平均所得が高いとか生活水準が高いとか言われていた。しかしその時代でさえ普通の日本人がヨットや別荘を持ってることは少なかった。

今の日本は長引く不況とデフレで平均賃金は下がり、生活水準は元々ねずみ小屋暮らしでヨットも別荘もないし海外旅行なんて激減、それは大手旅行会社すべての長期不況を見ればよく分かる。

そんな二つの国を比較してみると、結局どの時点で自分の幸せの目標に到達させるかを考えてしまう。毎日の生活はつましいけどいつも笑顔と笑いが耐えないキーウィ。年に1回のクリスマスを楽しみに働いている。それでもこの国では相続税がないので、おじいさんの代に移住してきてお父さんも一生懸命働いてれば、子供の財産にはローン支払いの終わった自宅が2軒残る計算になる。

日本は毎日楽しい事があってコンビニがあってゲームセンターがあってパチンコがあってカラオケがあって麻雀も楽しめるし、けどいつも気ぜわしくてなかなか休みも取れないし、まじめに働いても相続税などで常に税金が取られて子供にはあまりお金が残らない仕組みになっている。百姓は生かさず殺さずをまさに実践しているのが日本だ。

当社もあと2週間で長期休暇に入る。12月18日から1月9日までのお休みなので3週間の長期休暇。日本じゃあり得ませんな、てか社会の仕組みがそうなってないから休めない。

ニュージーランドでは首相が率先して4週間の休み(彼らは12月18日から1月16日まで休みます)を取るから、当然その下部組織である閣僚も国会議員も、そして上級役人も休む。だからそれにつられて一般企業も休む。もちろんスーパーや公共バスや銀行などは間引きして開いてるが、クリスマスホリデーが終わっても社会全体が再稼働するのは実質的に2月にハイってからである。

これはクリスマスホリデイだけじゃなくスクールホリデイも影響している。日本の夏休みにあたるスクールホリデイは学校によって期間は少しづつ異なるが1月末までなのだ。

真っ青な夏空はどこまでも広がり、師走に入り人々の笑顔は絶え間なく、人間が人間らしい生活を楽しめる季節が始まった。


tom_eastwind at 15:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌