2011年02月

2011年02月27日

だれがこんな社会を作ったのだ? 武富士

2月が終わった。忙しさという面では一日に3〜4件の面談を毎日繰り返したのだから相当きつい日程である。今月の面談で目立ったのは将来を視野に入れた移住、起業や投資である。

 

武富士事件ではぼくからすれば普通に「おお、司法がまともに発動されたね」と思ってたら、日本の一般的な人々の間では正反対の反応が出ている。

 

「サラ金過払い訴訟で問題になっているサラ金の親玉と言えば武富士であり社会問題になった取り立て、過払い訴訟が出るとすぐに会社を倒産させて支払いを逃れる手口」

 

「まさに社会の悪玉であり、なんでそうやって反社会的な手法で儲けた金をその子供が受け取り、さらに政府からの約600億円の追加支払いなんだ!」

 

なるほどね〜、そういう見方もあるんだ。ぼくからすれば法律は出来る限り少ない方が良い、社会は出来る限り決まりが少ない方が自由に生きられると考えている。

 

しかしそれでも多くの人が様々な価値観の中で生きていく以上最低限の法律が必要であるのも理解している。

 

そしてその法律は事前に予測できるものでなくてはならない。法律文がありそれはこう解釈すると最初に決まりがあるからこそ人々はその決まりの中で生活をする。

 

ところがその解釈が国側によって勝手に判断されるようになれば、それはもう司法国家ではない。国民は一切の活動を停止する必要に迫られる。例えば空気を吸って「国家財産である空気を無許可で吸った」と言われて逮捕されたらどうする?

 

空気?バカな話をするなよとお思いかもしれないが、では電波はどうだ?これは電磁波という自然現象でありどこの国にも存在する。つまり水や空気と同じである。なのに今の日本では電波が国によって「管理」されており、勝手に使ってはいけないのだ、罰されるのだ。

 

例えばあなたが日本の海でマグロ(魚は何でも良いのだが)を釣って刺身にして食べたとしよう。2年後にマグロ愛護法案が成立して、過去10年に遡ってマグロを殺した人間は犯罪行為とする、懲役5年です!なんて言われたらどうする?

 

マグロはもちろん極論ではあるが、人々が法律の元で権利を保障される代わりに法律を守るのは当然である。したがってその法律が何を示しているのか、事前予測が出来なければダメなのは当然。

 

さらに法律は不遡及の原則というのがあり、法律がなかった時点で行った行為を後付の法律で裁くことは出来ないという大原則がある。考えてみれば当然のことで、マグロ愛護法がない時にマグロを食って、後付のマグロ法で逮捕されるなんて馬鹿な話にはならない。

 

それと今回の武富士は全く同じ構図であり、武富士側が法律に則って法律の範囲内で節税をしたのだから、国民が文句を言うのなら法律を改正するべき立場の国会や税務署が、やるべき法改正をきちんとやらなかった怠慢を指摘すべきである。

 

判決の一部↓

須藤裁判長は補足意見で「海外経由で両親が子に財産を無税で移転したもので、著しい不公平感を免れない。国内にも住居があったとも見え、一般の法感情からは違和感もある」と、俊樹氏側の行為が税回避目的だったと判断しながらも「厳格な法解釈が求められる以上、課税取り消しはやむを得ない」と述べた。

 

そう、これは普通に法律を理解しておけば何の疑問もない判決であり、本来まともに解釈されるべき法律が二審で捻じ曲げられた、それが政府の恣意によるものであれば政府の方が法の下の平等や公平性を破ったことになるのだ。

 

そういう問題を無視して、「サラ金野郎」が「鬼のような取り立て」で「反社会的に稼いだ金」を「子供に無税で渡した」上に「政府が賠償金を600億円も払うことになった」と言うのは感情論に過ぎない。

 

そしてその感情論を認めるとすれば今後は世論や政府の判断が法律より上位に来てしまい、それが結果的には政府の行動の自由を広げて結果的に国民自らを苦しめるということになる。

 

武富士の金などもともとぼくには何の関係もないし、他人に食わせてもらおうなんてこれっぽっちも思ってない。第一その金が政府のどこの部門に入ろうとどう途中で政府のに浪費されて国民の手元には殆ど回ってこないのだ。

 

それにぼくの納税先はニュージーランドなんだからってのが前提で今回の判決をとらえていたのだけど感情論ではまた違うとらえ方をするものだ。

 

この判決に対して作家である橘玲氏はブログで「法律は日本人が海外に居住することを前提としていない〜人々には移動の自由があるのだからどの国で納税するかは本人の判断だ」と書いたら「いやなら出ていけ、その方が日本が平和になるから」って書き込みがあった。

 

このような感情論が一般的日本社会の反応であり、戦前の日本ではそのような感情論が勝機のない戦争に日本を追い立て「鬼畜米英」を叫び、竹槍でB29高高度爆撃機を突き落す発想につながり結果的に日本を敗戦国にしてしまった。


もちろん国民の感情論だけではない何かがあったのだろう、仲間内で出世するための論理とかどうせ他人の金と命だとか、座して死ぬよりも討死をすべきだという強硬派とか。

いずれにしても
この敗戦国と言うレッテルを貼られて第二次世界大戦後に実質的に米国の属国にさせられて今のような日本を作ったのは、無知と無理解で無思考の感情論があることを忘れてはならない。



tom_eastwind at 13:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2011年02月25日

迷惑な善人

迷惑な善人

 

クライストチャーチの大地震は3日目を迎えて日本からの救助隊も入り活動を開始する。そういうニュースは日本で十分に入手出来るだろうから、日本では表に出ないニュースを書く。

 

まずは迷惑な善人

昨日も夕方からずっとテレビを見てたのだが、今クライストチャーチではがれきの山で二次災害を起こさないようにプロフェッショナルが真剣に活動している。

 

現場で指揮を執る人が地元テレビのインタビューに答えて真剣な顔でこう言った。

 

「ボランティアで来たいと言ってる人がいるけど、どんな資格を持っているのか先に教えてほしい。ただお手伝いに来るだけの人は迷惑だから来ないでほしい」

 

そうだろう、現場ではプロ同士が連携して作業している。そんなところに素人が飛び込んで来られても迷惑だ。

 

そんな人間に限って「ああ、クライストチャーチが大変だ、何かぼくに出来ることはないか〜」なんて思い込み、思い込む自分を愛してるだけなのだ。

 

けれど現場に必要なのは自己満足の自己愛ではなく重機を運転出来て災害救助の訓練を受けて医療経験のある人だ。

 

掲示板の書き込みで「わたしに何か出来ることはないでしょうか」とか「何も出来ないけどお祈りします」とか自己愛ばりばりの書き込みがあるが、同情するなら金をくれって感じだ。

 

でもって次はクライストチャーチ不要論

クライストチャーチの復旧についてもすでに政府内で話が始まっているが、方向性としてはこのまま放置すれば?という意見もある。

 

シティ中心部を国家の金で復旧させるくらいなら、その金でもっと違う安全な場所にシティ機能を移した方がいいじゃないかという考え方である。

 

地図でクライストチャーチを中心とする南島を見ればよく分かるが、南島を縦断するサザンアルプスはまさに断層の上に乗っかっている。ここにシティ機能を置く必要があるのか?

 

日本に東京は必要だけど大阪は必要か?という議論みたいなものだ。これだけ交通機関が発達して東京から日帰り出来る地域であればわざわざ大阪に支店を置く必要はない。

 

インターネットの発達でどんな地方にいても連絡は取れるしテレビ会議だって出来る。クライストチャーチもそれと同じで、馬車と郵便しかなかった時代には中継地点として必要だったろうが、今の時代に高い金を払ってクライストチャーチを復旧するだけの価値があるのか?

 

ニュージーランドの首都はウェリントンにある。北島の南端であり南島行きのフェリーも出ている。南島の南端であるインバカーギルへは飛行機で2時間もかからない。

 

壊れたものを原状復帰というのは普通の感覚だろうが、すでに賞味期限切れのものであり多くの企業はクライストチャーチに工場やオフィスを持つことに意味があるのか?で、数年前からクライストチャーチから撤退しており(例えばブリジストンは去年撤退した)、そのような状態での復旧が必要なのか、である。

 

オークランドのビジネスマンの間でも立ち話で「あれ復旧する金あるんだったらオークランドに持ってこいよ、よっぽど有効に使ってやる」とか「砂漠に水まくようなものでしょ」とかけっこう冷たく突き放している。

 

でもって不動産編

今回の地震で短期的にはクライストチャーチの不動産価格は下がるだろうから去年不動産を購入した人には打撃であるが、いずれにしてもいつ地震があるのか分からないような場所でこれから不動産を買う人はいないだろう。

 

今回の地震でクライストチャーチではない場所に投資用不動産をお持ちの方がいて「なんだ!ニュージーランドは地震も台風もないって不動産屋に言われたけど、全然嘘じゃねーか、エラそうに本にそんなこと書いておいて、売りつけたら終わりだけじゃねーか」と不動産業者の個人名を上げて怒っている。

 

ニュージーランドの不動産売買はキーウィの中でも非常に評判の悪いビジネスである。完全歩合制でありほかに仕事がない移民が真っ先に始めるビジネスで、それは日本人不動産業者も同じである。そういう連中がいう事を真に受けて買ってしまっても後の祭りだ。

 

最後のネタ

一番面白かったのはクライストチャーチ市場がインタビューで口を開くたびに「トイレは流すな、溜めておけ」と繰り返している。下水道管と上水道管が破壊されて水が混ざってしまう為なのだが、この大惨事の真っ最中にトイレの話ばかりしてる市長もユニークなものだ。



tom_eastwind at 16:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZニュース

2011年02月22日

クライストチャーチ大地震

第一報が13:00にクライストチャーチオフィススタッフの携帯電話から入った。

 

去年の終わり頃からに突然地震に見舞われてからは、繰り返し大きな地震と余震が発生しており、当社が入ってるビルも立ち入り禁止になったりで大変な事件だったが、ひび割れたビルでも家賃はそのまま払えってんだから、まったくもうどういうこっちゃとか思ってたら今回の地震である。


http://www.nzherald.co.nz/

 

 

現時点での確認された死者は65名だが数時間以内にも200名近くになるだろう。ラジオでは救急車も全然不足して個人の車で病院に運んでいるようだが、病院もすでに手一杯で受け入れが出来ない状態との報道だ。




tom_eastwind at 18:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年02月20日

労働組合というおらがむらについて

 国内最大の単一労働組合、日本郵政グループ労働組合(約23万8000人)は17日、都内で中央委員会を開き、2011年春闘でベースアップ(ベア)要求を見送る方針を説明した。ベア要求の見送りは3年連続。18日に正式決定する。

 

 竹内法心委員長は、あいさつで「グループ各社の事業規模縮小が顕著で、特に郵便事業会社(日本郵便)の経営再構築は急務だ」と述べた。年間一時金は前年実績(4.3カ月)を上回る4.4カ月を要求する方針。日本郵便の業績悪化を受け、経営側は人件費を削減する考えで、交渉は難航が予想される。(2011/02/17-12:18

 

年間4.3か月のボーナスですか!こりゃ誰でも役人になりたがるわな。ノルマがなくて手抜きが出来て昼飯食いに自宅に帰って昼寝出来るような仕事は滅多にないですぜ。

 

だいいちマスコミまで「ベア要求見送り」なんて調子の良い誤魔化しやってるし。だいいち何人の読者がベアの意味を理解しているのだろうか?

 

ベアとは日本語でも英語でもない組合語だが、給料の毎年の定期昇給の話である。以前の日本社会では毎年何もしなくても年を取れば給料が上がっていったのだが、それはまあ我慢しましょう、けどボーナスくらいはたっぷり頂戴ねという主張に見える。

 

けどそれは違う。何故なら毎年デフレによって数%ずつ物価が下がる中では現在の給与が下がらないということは相対的に毎年数%の賃上げ効果があるのだ。

 

つまり基本賃金の賃上げ=ベアはデフレに任せておいて、おれたちはボーナスたっぷり取りに行こうぜ、何せ今の政権は社会党である、組合の力が強いうちは獲れるものはたっぷり獲れってことだ。

 

その陰では今年は郵政は赤字だったから数千人の有期雇用者の解雇を行うという。彼らは組合員ではない。

 

ここで明確なのは、「おいこら、長いものに巻かれていう事聞くのならおれたち組合を選べ、けど組合以外の連中はどこへなりとも散ってしまえ」という姿勢である。

 

組合と役人だけが儲かる仕組みであれば、だれでもそこに入り込みたい。けどそこの仕組みとはまさに階級社会の中に組み込まれて、階級のいちばん上にいる支配者のいう事を聞くしかない。

 

彼らが気まぐれに「おいこら、そこのガキ、ちょっと飛んでみろ」と言われれば「なぜですか?」なんて聞き返してはいけない、「イエスサー、どれほど高く飛びましょうか!」が正しい答なのだ。

 

自分の人生を何とか守るために選んだ大企業や組合に組み入れらることで実はますます蟻地獄にはまりこんでいるのだが、それでも地方の中小企業やいつ潰れるか分からない実家の豆腐屋とかを継ぐよりもよほどよい、そう考えて選ぶのが役人道だ。

 

心をすりつぶして生きていく道を親も勧める、てか時には親が率先して子供の心をすりつぶしているのが現実だ、ただ毎日飯を食うためだけに。これってまさに七人の侍の百姓の話ではないか。だったら職業欄に「百姓サラリーマン」というのを新しく追加してもらいたいものだ。

 

そうかと思えば労働組合、今度は政府や経団連と組んで消費税の8%増税を管政権が作った「集中検討会議」でぶち上げている。

 

本来なら「おい、もっと減らすものを減らしてから消費税の話をしろや、例えば公務員の数と給料だ!」と訴えるべき労働組合による消費税増税合意には裏があり、それが官公労の賃上げやボーナス値上げや今回の日本郵政のような春闘要求を通すことである。

 

労働組合は組合員の生活を守るために活動しており国益は関係ないのだ、国民の税金という宝の山からどれだけ自分の分を分捕れるか、それだけを考えているのが彼らだ。

 

そういう現実を知っている母親は子供に「役人になるか大手企業の正社員になりなさい」と望むのだ。

 

これからの5年は確実に日本が泥沼の中に沈んでいく。自分たちは気づかないままに世界の中の二流国に落ちていく。

 

誰もがおらが村の目先の金だけを追い求める結果何が起こるか?てか、今まで歴史を振り返れば何が起こったか?

 

欧米列強がアジアを植民地化した時になぜ中国やあちこちの国が負けたか?それは列強による国内利益団体の分断であり、彼らに喧嘩をさせることで結果的に外資を受け入れる選択肢を選んだ。

 

つまり外資が乗り込んでくるときに国民が自分の懐だけ見てたら確実に国益が侵されて結果的に日本が乗っ取られるのである。

 

ではなぜ日本が分断されずに一つの国家として生まれ変わることが出来たか?それが維新の志士であり彼らは自分たち個人の利益など一切無視して国家としてどうあるべきかを考えて答を出すことが出来た。

 

ところが戦争に負けて日本から武士道がなくなりおらが村国家になってしまった現在、日本は外国に食われ放題である。

 

京都議定書による温暖化という欧州の詐欺に自ら首を差し出して1兆円以上の金を民間企業が払う事になった。ありもしない温暖化を餌に、空気に金を払ったのだ。

 

これも一部の官僚が「民間が払うカネだからいいや、その代わり外国に俺ら官僚がますます強くなるようなルールを認めてもらおう」となるからだ。

 

TPPでも国益を考える政治家がリーダーシップを取れないから参加各国からバカにされている。「あいつバカだからほっとけ」である。

 

管政権が作った「集中検討会議」に参加しているのがまさに日本という宝の山から自分の分を分捕ろうとしている連中の集まりであるから、外資から見たら実に潰しやすい状況である。

 

利益団体を各個分断してそれぞれに都合の良いことを言って振り回して、最終的に外資が儲かるようにするのだ。

 



tom_eastwind at 22:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2011年02月19日

武富士の判決

武富士生前贈与:1330億円課税取り消し 国側逆転敗訴

2011218 1650分 更新:218 1926


 消費者金融大手「武富士」(会社更生手続き中)の故・武井保雄元会長夫妻から海外法人の株を生前贈与された長男の武井俊樹元専務(45)が、贈与税など約1330億円の課税処分取り消しを求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は18日、課税を適法とした2審判決を破棄し、処分を取り消した。

 

判決は「元専務は当時、海外を生活拠点としていたため課税できない」と判断した。個人に対する追徴課税取り消しでは過去最高とみられる。

 

 判決で国側の逆転敗訴が確定。国は約400億円の「還付加算金」などを含め、計約2000億円を元専務側に返還する見通しだ。

 

 訴訟では元専務の生活拠点の認定が争点となった。贈与時(99年)の相続税法は、海外居住者が国外財産の贈与を受けた場合は非課税と規定。元専務は97〜00年の3分の2を香港で過ごしたが、国側は、課税逃れの海外滞在で実質的な生活拠点は国内と主張した。

 

 これに対し、小法廷は「滞在日数という客観的な要素で決めるべきだ」と判断。「税回避目的で海外滞在日数を増やしていたとしても、当時の法律では課税は違法」と述べた。

 

 1審の東京地裁(07年)は「国内に生活拠点があったと認定するのは困難」と処分を取り消したが、2審の東京高裁(08年)は「税回避目的で海外に出国して滞在日数を調整しており、課税は適法」と判断していた。【伊藤一郎】

★ここまでで記事終了

 

出たな。それにしても日本の司法がこうもまともに結論を出すとは思わなかったな。

 

基本的に日本の司法は人間の生活のすべてを違法になるように法律を作っておいて、自分たちの気に入らない人間は逮捕して告訴して有罪判決となり、自分たちの身内のことであれば明確な違法行為でも問題としない。

 

こりゃ、選ばれた裁判官の資質が良かったのか、それとも何か裏があるのか、喜びたいけど・・・、あ、そうか、分かった!この時期に同じように海外生活をしていた金持ち役人の子供がたくさんいるんだ(笑)!

 

けどまあ何にしても滞在日数の穴もそろそろ埋められていく。相続を本気で考えるなら海外滞在ではなく海外起業の方が効果的である。



tom_eastwind at 12:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

2011年02月18日

たった一度の人生

「アゴラ就職セミナー」が開催された。まさに今が旬のネタである。

 

★抜粋開始

村上さんの話のポイントは、グローバルなビジネスの中では、もうほとんどの日本企業が終わっており、今からそこに入るのは「ハイリスク・ノーリターン」だということだ。

 

グーグルから見るとどんな企業もだめに見えるのはしょうがないが、救いがたいのは当の日本企業に危機意識がなく、新卒一括採用などの古いシステムを漫然と続けていることだ。今こんな会社に入ると、人生を棒に振るリスクが高い。

.

だから彼が推奨するのは、就活なんかすぐやめて、海外留学することだ。日本の大学を卒業しても、世界の企業ではまったく評価されない。それに英語ができないと、今後の世界では「二級市民」になってしまう。中国も韓国も、トップエリートはみんなアメリカ留学している。ところがハーバード大学に昨年、入学した日本人はたった1人。

★抜粋終了

 

大学を卒業してコンビニでバイトをして65歳まで過ごすのも人生かもしれない。どのような人生を歩くかは本人が決めればよいことで、周りがどうこう言う必要はない。

 

けど、エラそうに「ぼく、普通の会社に就職しているんだよね」なんて言っても世界レベルで見れば田舎の中小企業である。

 

そして日本で働いている、日本語しか出来ないってのがすでに世界から見れば二級市民になっている。

 

日本で生まれ育って日本しか知らなくて、その中でぶいぶい威張って「おれってさ〜、いけてる!」なんて思ってるたこ野郎は、それはそれで幸せなのだから何も言う必要ない。

 

けれど世界から見れば確実に二級なのだ。

 

20年前の日本なら世界からエコノミックアニマルと叩かれる(ジャパンバッシング)ほど存在感があった。けど今では通り過ぎられて(ジャパンパッシング)ついには無視される存在(ジャパンナッシング)になった。

 

そういう事に全く気付いてない、例えて言えば自分が死んでることに気付いてないゾンビーみたいなものだ。

 

社会における存在感。それは結局いくら金を持ってるかとかではない。ビジネスの世界では今日は金持ちでも明日は金を失うかもしれない。

 

それでも自分の中に車のエンジンみたいな駆動装置を持っている人間は強いし何度も立ち上がって前に進んでいくことが出来る。大事なのはこのエンジンであり、今何を持っているかではなく今から何を作れるかが大事なのだ。

 

それなのに日本ではあいも変わらずロボット製造をやっている。あなたは自分の子供をロボットにしたいのか??

 

スペインやポルトガルに旅行に行った人は「あそこって素晴らしく綺麗で歴史的な建物がたくさんあって〜」というが、ではスペインやポルトガルは一流国家と言えるかと聞けば誰もがちょっと考えて「それはないよね」というだろう。

 

大航海時代のスペインやポルトガルはまさに世界を引っ張っていく一流国家だった。アメリカさえ存在しなかった時代である。けれどそれから長い時間をかけて彼らは過去の国家になった。なぜか?

 

このセミナーでは英語が必須であり下手な就職よりも海外留学の方がよほど効果があると書いている。自分の経験からしても賛成だ。若い時の2年なんてあっという間だ。

 

まず英語を学び、英語を使って世界にある多様な価値観を学び、その中でビジネスという戦争の中で使えるたくさんの武器を手に入れるのだ。そうなれば二級国家生まれであっても「あいつは日本人だけどすごい」と言われるようになる。

 

これから社会に出る人々の人生は60年以上ある。正社員とか学歴とか新卒とかいう下らないおまじないがあと何年続くか、またそれにしがみついたとしても残っている道は二級市民の中の競争であるとしたら?

 

人生は一回しかないし時計は過去に戻らない。なのなんで最初から二級市民の中の競争をする必要があるのか?現在50歳の人々に言っても無理だが、これから社会に出て上に行こうとするのなら(上に行く気がなければそれはそれでOK)、ちっちゃなどんぐりの背比べをするのではなく、ぜひとも高いところから挑戦してほしいと思う。



tom_eastwind at 11:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年02月17日

Large “n” Thick 3ply

 タイトルはオーストラリアのKimberly-clark社が販売しているクリネックスブランドのティッシューの、要するに鼻紙の宣伝だ。

 

最初にこれを見たとき「なんじゃこりゃ、ずいぶん消費者をバカにした商品だな、ふざけてんなーこの会社」と思ったものだ。

 

しかしうちの奥さんも子供も、今までのティッシューの1.5倍くらいのサイズなので喜んでる。だから最近は自宅に置いてるティッシューは殆ど3plyである。

 

ぼくは元々トイレットロールペーパー派だった。あれなら必要な分だけ引き出して使うので効率的だ。

 

この3plyというやつは、子供たちからすれば「見てみてお父さん、おっきいよ」と喜ばせる効果があるのをわかって作っているのだろうが、鼻の穴が人の1.5倍あるわけじゃないし要するに1回あたりに引き出す紙の枚数は同じでも無駄に消費する分が1.5倍に増えたのだ。

 

企業からすればトイレットペーパーを効率的に使われるよりも2plyのティッシュ、にして無駄な紙を使わせる、更に3plyにすることで既存の2plyよりも消費量を1.5倍にすることで売り上げを1.5倍に伸ばすという事をやってのけた。

 

つまり消費者を喜ばせながら売り上げを伸ばすって技だけど、おいおいそれなら今あんたら世間の多くの方が大好きなエコからは随分遠く離れた話ですねとなる。

 

最初に言っておくと僕は今のエコブームが嫌いである。地球全体と人類を考えたエコではないからだ。これを部分の無謬全体の誤謬というがほとんどの人はそういう事を考えようとしない。

 

消費者は自己満足、企業は売り上げ満足、お互いに「エコ」という合言葉で騙し騙されて、なんじゃこんなのはキャバクラの姉ちゃんと禿おやじ、またはホストクラブと有閑マダムの関係と全く同じじゃん、ばあ〜っかじゃないかと思ってる。

 

けれどトイロットペーパーを使ってたぼくは、物心ついた子供たちに「お父さんみっともないやめて!それはお尻を拭くものよ」と言われた。おいおいちょっと待て、お尻を拭いたトイロットペーパーを使ってるわけじゃないしどっちも木材を原料とするパルプ紙なんだからきれいなんだし効果は同じでしょと説明する。

 

ところがそれでもトイロットペーパーはお尻を拭くもの、だから口の周りやお皿の汚れを拭くなんてあり得ないと思い込んでる彼らからすれば「お父さん、、、あり得ない」なのだ。

 

冗談じゃない、江戸時代なんて葉っぱでけつ拭いてたんだしちょっと上品な厠でも「縄」だったんですぜって、そんな歴史を語ってみても意味はない。

 

要するに彼らは感情論で語っているのだ。自分たちは神聖かつ素晴らしい理論で説明しているつもりでも実は感情論にしか過ぎないのだ。

 

しかしそこは多勢に無勢である、我が家で一番の発言権があるお姉ちゃんと一番の決定権があるお母さんがタッグを組んで、そこにりょうまくんがスクラム組んで訴えられたらどうしようもない。

 

このあたり、企業は実にずる賢い。(ちなみにこの言葉は面白い、狡いと賢いの合成語だ、最近流行のきもかわってのと通じるところがある)

 

要するに消費者全体を手玉に取り心理戦に持ち込み少数のまともな理屈を大多数の“数の力”で潰していくのだ。何せ大多数の部分の無謬の人間は自分が正しいと思い込んでるから議論にならない、いくら全体の誤謬の中では間違ってると説明しても意味はない。

 

これってある意味「女性の買い物」と同じ(笑)だから、言われたら素直に従うしかないのだ。逆らう事、理屈を並べる事で失う家族間の会話を考えれば、ティッシュー一箱の値段差など安いものだ。

 

費用対効果でここまでなら我慢できる、その範囲内にあるのがティッシューだ。そうやって(ちぇ、鼻紙屋に負けたぜと思いながら)笑ってあきらめるしかないのだ(笑笑)。



tom_eastwind at 19:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年02月16日

就職待合室という大学、大学というバブル

ピカデリー広場銅像青空最近のアゴラでは就活に関する問題提起が多く出ている。就職時期になっても就きたい仕事に就けないとか、そもそも就職さえ出来ないとか。

 

話題は就活からさらに広がり、企業側が最初から大学を指定してくる以上、大学入試が企業入社の第一段階となり大学在学中はたいした勉強をする必要もない(在学中の成績はあまり問われない)けど後半の2年は就活で走り回って授業どころではない、結果的に大学の4年間というのは無駄に失われているという考え方だ。

 

そして池田ブログで出てきたのが「大学(に子供を送り込む)という教育投資と(社会の)経済成長率には全く相関性がない」し「教育(期間)は生産人口を浪費して成長率を下げている可能性がある」だ。

http://agora-web.jp/archives/1241727.html

 

ではなぜ大学に行くかというと、個人的には大卒で就職した方が自分の給料が高くなるからでありより良い企業に就職出来るからだ。ここで大学卒業者に対して出てくる批判が「大学教育を非生産的だが儲かる海賊」に例えている。

 

「日本の国家予算で大学に使われている費用が1兆3千億円である。社会成長に寄与しないどころか一部の人間を個人的に豊かにするためだけに国家予算が使われるのはまさに無駄である」とは、同じアゴラの井上ブログからだ。

http://agora-web.jp/archives/1241078.html

 

社会成長に寄与する教育はむしろ幼児教育や早期教育であり、15歳までに読み書き計算能力の基本を身に着けるだけで十分、それ以上の高等教育をするのなら政府の補助金なしか、または奨学金などを利用してくれって理屈は、おうなるほど、これなりに筋が通ってるなと思わせる。

 

もちろんこれに対する反論として「大学は無駄じゃない、相対性理論だって最初は無駄だったけど今は役立っている」

 

ここで井上、池田両氏が言ってるのは「大学全廃ではなく不必要な就職待合室のような大学は廃止して高卒中心で社会の生産性に18歳から寄与させた方が良い、研究などの一部は今まで通り国家がやっていけば良いが、正直言って文系は大学には不要かも」。

 

僕としては自分の意思を持たないロボットがとりあえず行かなくちゃ行けないからって親に言われて仕方なく行くような大学の存在価値を最初から認めてないけど、自分が高卒だから大卒がどうのこうのという立場にはないな、それに日本では消費税くらいしか納税していないから、ある意味勝手にやれば?と思ってる。

 

ロボット学生については特にみゆきが一年東京の専門学校に通ってた時にしょっちゅう文句を言われたことだ。「お父さん!日本人ってなんで自分でものを考えないの?ばっかじゃないのこんな高いお金払って学校に来ても何もせずにいる学生っていったい何よ!」

 

実際に多くの学生がロボット化しているのは間違いない。それはブログへのコメントを読んでても「今の大学は昔の高校程度の知識しかないし自分で自発的に考えることが全く出来ない」という指摘だ。

 

それは社会人を見てても分かる。とにかく上司に言われたことだけやる。なぜやるかは考えない。高校で読み書きそろばん、大学でちょびっと専門知識は付いたけどそれは首から下がとても健康でよく動く、脳みそが指示されたことを正確に実行できるって意味でしかない。

 

だから指示待ちロボットとしては優秀だけど人間としてはどうなんだ、自分で問題解決能力がないではないか、なんでそこを教育しないのかなんて指摘もある。

 

けどこの指摘だけはな〜、アゴラにコメントをする人ってのは基本的に賢い問題意識を持った人だと思うのだけど、なんでロボットばかり作ってるかが分からないのかな?

 

だってそれが文部科学省の狙いであり、世の中に出てくるまでに徹底的に個性を摘み取り自発的に考える力を奪い上司の命令を何も考えずに実行する人材こそが政府の求めている人材なのだから、まさに政府の思った通りの社会になっているではないか。

 

政府をなめてはいけない、彼らはわかったうえでロボット作りをしており、そうすればロボットは一部の支配層に逆らうことなく毎日毎日擦り切れるまで働いて最後は自殺してくれるんだから、こんな手間のかからない国民はいないよ、わははって感じだ。

 

このように日本の大学に関する問題は山積みであり小手先ではどうこうしようがない状態であるのはよくわかった。

 

結局総論としては生産性のない大学は廃止だ、無気力な学生は間違いだ、多くの親は問題意識を持っているけど、では自分の子供が大学に行くかどうかとなったら各論となり「や、やっぱり自分の子供可愛さで「とりあえず行っておけば?」となる。

 

要するに他人事ならいくらでも理屈は言うけれど実際に自分の問題となった時は理屈抜き、自分の利益だけを守ろうとする。その時に親が言う言葉は「わたしはどうでもいいの、けどこの子の為に」という。これを“お為ごかし”という。

 

日本の大学に関する議論は、その大学に送り込む親が「おらだけ良ければ」という発想を捨てなければ実現不可能である。

 

つまり日本全体が今でも「おらがむら」の集まりである以上、大学の議論をどれだけしても所詮は「は〜!ブログで匿名で書きたい事書いた、あーすっきり、さて会社に行こう」というガス抜きでしかない。



tom_eastwind at 11:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年02月15日

「獅子のごとく」 黒木亮 

獅子のごとく 小説 投資銀行日本人パートナー (100周年書き下ろし)獅子のごとく 小説 投資銀行日本人パートナー (100周年書き下ろし)
著者:黒木 亮
講談社(2010-11-27)
販売元:Amazon.co.jp
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ブログに頂くコメント、ブログから直接メールを返信することが出来ず、またメールアドレスをコピーして通常のアドレスから返信しても送信不能で返される。なんでかな。

 

新しいレッツノートCF-J9にして使い勝手はよいのだが、ワード2003からいきなり今のバージョンに来たものだから文字サイズ調整も出来ず、おまけにライブドア側の書き込み方法もどんどん進化してて写真の添付方法もよく理解出来ず失敗、進化についていけなくてかなり苦しい思いをしながら先を歩く人々の背中を追いかけている感じだ。

 

だもんでコメントは読むだけでご返事を差し上げることが出来ないのだが、今回はその中にお問い合わせが入っており、うむむ、どうしよと思いながらも、とりあえず書けるだけ書いておこうってことで、医師免許の話。

 

NZで医師免許の取得を目指した方が数年前にいたが、結局彼は日本の元の上司の関連する病院に呼び戻されてしまい、取得には至りませんでした。

 

じゃあ日本人医師がニュージーランドで医師免許を取るとすればどうするか?まずはIELTSアカデミック7.5取得と医師免許の書き換え、それから見習いを2年ほどやってからフルライセンスになる、おおざっぱに言えばそんな流れだと思ってください。

 

実はもっともっといろんな規則があるんだけど書き出したらきりがないので現状報告まで、です。

 

ところで週末に読んだ「獅子のごとく」黒木作品ですが、これはまた素晴らしい出来だ。

 

ゴールドマンサックスの持田社長をモデルにした作品で彼の生い立ちから学生時代、邦銀を経て海外留学を経験してゴールドマンサックスに入社、それからの泥臭い営業と、彼のまわりで働いてそれぞれ新しい世界に旅立っていった人々を描いているんだけど、これ、金融の素人には書けないよねって感じの実感と迫力があちこちに感じられる。

 

海外で一人で戦うってのは母国の助けも家族の助けも何もない状態で生きていくことだけど、日本でだって外資で働くっってのは大変なことである。

 

とくに金融の世界で生き抜くってのは、どこの都市であって金融で戦うのはこんなにも苦しいものかと思わせる。まさに孤軍奮闘で素手で殴り合い叩き合い、少しでも気持ちが弱ればぼこぼこにされる。常に獅子のように戦う強い意志を持たねば生きていけない。

 

一つ一つのやり方を汚いとかずるいとか言うことは出来る。立派な評論を高いところからエラそうに自分は何もせずにどうのこうのって理屈ばかり並べる奴はたくさんいる。

 

けど、生きるってのは戦いであり、そのためには手段を選ばない、ましてや日本人程度の常識や道徳や感情などいちいち考えていたら世界レベルでは即退場である。

 

日本的な感覚や常識や道徳を大事にしたいならそれでどうぞ、けど自分に都合の良い時だけ国際化〜とか言っておいて都合の悪い部分は「あ、けど日本は違うから」ってそんなずるい話は通用しない。まして世界を相手にしたファイナンスビジネスでは絶対に生き残れない。

 

この本の主人公となった持田氏は、作家の黒木氏いわく「じぶんの事書かれてあんまりおもしろくない(笑)」らしい。

 

サラリーマンとして集団の中で生きている人には理解しにくいしおそらく主人公のやってることに「え〜?なんでそこまで?」と思うだろう。

 

その意味でこの本は集団の中で生きていき他人に汚い真似をさせて自分の手を汚さずに午後の日差しの差す裏庭でお茶を楽しむ人々には理解されにくいだろう。

 

けど自分ひとりだけで戦う人にとっては、なぜ戦うのかという意味も含めて随分励まされる一冊である。



tom_eastwind at 12:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2011年02月14日

ニューヨーク 人種のるつぼにて

今日のお昼はお弁当売りさんから6ドルのエビフライ弁当を買って休憩室で食べてスタッフとおしゃべりしながら“そういえば”と思いだした。

 

現在ニュージーランドに移住する人は現地学校に通う費用とか会社を設立するだとか基本的には“ある程度”の資金がある。なければ移住出来ないのだから当然だろう。

 

けれど戦前の移民は片道切符、長男が親から畑を貰ったら次男は仕事がなくなるわけで、お金がなくて貧しい農村の次男坊は明るい未来を夢見て海外に移民した。

 

そこで話が米国に移民した人たちのことになった。とくに移民した日本人が第二次世界大戦で収容所に強制収容されて味わった苦労と“おれたちの祖国と母国”に挟まれて悩みながらそれでも米国旗の為に命を投げ出して日本人の名誉を守ろうとした若者がいた。

 

そこで「あ、思い出した、2003年に当社が発行していた月刊情報誌でちょうどその記事を書いてたな」と思い出した。

 

ちょっと古いけど引っ張り出したので、移住をお考えの方、海外で生きるという事を少し違った視点から見てみればいかがでしょうか。

 

★ここから記事開始

 

日系二世のみで編成された442部隊。第二次世界大戦で米国兵としてヨーロッパ戦線で戦った日系二世兵士は約16,000人いる。個人勲章1万8千143個、戦死傷率314%。

 

一人最低一回は勲章を貰い、最初に配置された兵は勿論、交替の兵も合わせて、ほぼ全員が何度も傷を負い、そして多くの兵が戦死したが、脱走兵が唯一人としていなかった事でもよく知られている。

 

戦死傷率、個人勲章授与数は米国史上最も多く、時の大統領が「彼らこそ本当のアメリカ人だ、肌の色の問題は関係ない」と感激した事でも知られている。勿論これは米国内の事であり、殆どの日本人が知らない事実である。

 

少し長くなるが、逸話がある。戦争中、フランス戦線で敵の包囲に遭ったテキサス部隊211名を救助する為、442部隊は休暇を取る間もなくドイツ軍によって包囲された大隊の救出を命じられた。テキサスからやってきたこの大隊は敵陣地に深入りしすぎたのだ。二世部隊は多大なる犠牲を払い作戦に成功する。

 

それで師団長はじきじきにねぎらいとお褒めの言葉をかけようと、連隊長に命令した。一件も外出許可を出すな。全員足止めさせておけ。激戦の後でうっぷんを晴らしたいのはやまやまだろうが、と。

 

当日、各中隊の点呼結果が報告された。E中隊がその日連隊最大の中隊だった。整列した隊員42名。中隊の定員は197名だった。I中隊はわずか十数名しか残っておらず、たった一人の二等軍曹が指揮を執っていた。

 

将軍は連隊長を叱り、こうたしなめた。「連隊全員を集めろと言ったはずだぞ。外出許可を出したようだな」

 

連隊長は答えた。「連隊全員であります。残りは負傷、もしくは戦死しました」。

 

戦闘参加者800名。戦死187名、プレイベートライアンを思わず思い浮かべるが、第二次世界大戦中に日本人が命を賭けて、命を捨ててまでアメリカ人を救ったのだ。

 

ニューヨークに行くと、第二次世界大戦中に収容所に入れられた日系移民の話をよく聞く。アメリカに渡りアメリカ人として生活をし、差別にもめげずにアメリカを祖国として愛した移民。

 

にも関わらず、祖国が起こした戦争の為に、たった一晩で敵性国民になったのだ。「移民許可証を持ってても、あいつはジャップだ。見ろ、あいつの肌の色を!」

 

そして彼らは武器を取った。母国と、収容所で飢えている、愛する家族の為に。

 

二世部隊は、命を賭けて家族を守り、家族は命を賭けてアメリカ人になった。その中の一人に、部隊に参加し負傷し、パープルハートを授与された米国上院議員ダニエル井上氏(ハワイ選出)もいる。彼は移民社会の中で国家的地位を勝ち取った。

 

彼らにとっての日本は勿論祖国だ。しかし、その祖国日本が母国アメリカに戦争を仕掛けたら、あなたはどちらの立場を取るだろう?二つの国を持つ人の、生まれ持った葛藤がそこにある。

 

また、あなたの子供はどちらの立場を取るだろう?もし子供に、「何で日本人なんかに生んだんだよ!」と言われれば、どう答えるだろう。

 

歴史に「もし」はなく、そのような決定的な瞬間に出会わないまま移民として生きていく事の方が多いだろう。起こりもしない事に悩む必要はないだろう。でも、もし「決定的な歴史の転回点」に立たされたら?そして実際に、多くの日系移民が選択を迫られた。

 

12月、人種の坩堝のマンハッタンは厳冬である。マイナス11度、道路に粉吹雪が舞う中、ゆきは風邪気味の体をコートとマフラーで包みながら、毎朝早くからダンス教室に通う。「早い時間の方がね、昨日ブロードウェイに出てた人とかが来てるんで、すごく勉強になるんです。」

 

26歳、ニューヨーク在住3年目を迎える。元々日本ではプロダンサーで、生活も安定していた。でも、ブロードウェイの踊りを見る度に、子供の頃からモダンバレーを学んだ体が自然に踊りだすのを感じた。「今しかない」そう思った彼女は、親の支援もないままに、手元のお金をかき集めてニューヨークに渡った。

 

レストランのウェイトレスや皿洗い等、様々なアルバイトをしながらも明るく答える彼女。「ニューヨークのレストランで、あたし達みたいな学生がいなくなったら、半分がとこ潰れるんじゃあないですか、やる事多すぎだけど、今は最高に幸せですよ!」。

 

多くの若者が夢を求めてやってくる街。中途半端に妥協せず、最高のものをここで手に入れる。「出来ない」とは絶対思わない。絶対出来る!そんな気持ちがなければ最初から来ていない、毎日が充実している。

 

「私の夢はブロードウェイに立つ事。オーディションも何度も受けたけど、まだまだうまい人が多過ぎて、私まで順番が来ませんよ、でもね、ここで踊りを見てるだけで目が肥えます。日本の歌番組ビデオでバックで踊る知り合いとかを見てると、おっくれてるな!と感じますね。まだまだ人生は長い、もっと勉強しますよ!」

 

二世部隊には母国と家族を守るという目標があり、泥だらけの戦場で命がけで追いかけた。ゆきにはダンスという目標があり、粉雪の降る中で夢を追いかけている。一方は究極の選択であり、片方は飽食の時代の選択だが、お互いに目標は明確だ。

 

その国の国民になる事が目的の人もいれば、その国で学ぶ事が目的の人もいる。

 

どちらも、目標があり、自分で選択した。ある意味、誰よりも幸せではないだろうか。なぜなら、目標に向って努力しているから。

 

ニューヨークは人種の坩堝だ。アメリカ人が日本人にビルを売り、日本人はメキシコ人にテレビを売る。中国人は道端で新聞やピーナッツを観光客に売り、韓国人はデリ(コンビニの一種)で黒人にコーラを売っている。

 

この街で生き抜こうとする人に肌の色の違いは関係ない。あるのは、目標を持って強く行きぬく人種と、競争に敗れて道端に座り込んでいる人種だけだ。勝者と敗者の差は大きい。目標を持たない事の怖さを感じさせる街だった。

 

次回は日本から。



tom_eastwind at 18:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

2011年02月13日

笑いのない国

「ゲラ刷り:校正者が、誤植のあまりの面白さにげらげら笑うもの」

 

ニュージーランドではこういうのは大体「いっや〜、面白いよね〜」で片付くのだが、日本では冗談が通じない事が多い。誰もが仕事をしながら責任を取らされるのではないかとびびっているのが現在の日本ではないかって、出張のたびに感じる。

 

・相対性理論:男女両性の対立を描いた理論。

・太宰治:大宰府を治める人のこと。

・立ち往生:公演中の文化人が聴衆の中に妻の顔を発見すること。

 

なんてふざけた事を書いたら、それだけで「こんな嘘を言うなんてどういうことだ!責任は誰が取るんだ〜!」みたいになる社会。実はこれ、今から40年前に筒井康隆が「乱調文学大辞典」で書いていたネタだ。その当時もこのようなパロディ本が本当に本屋の辞書の棚に置かれたりしていた。

 

当時という時代に笑いの要素があるのか、何も考えず並べたのか不明ではあるが、いずれにしても日本人が真面目であるのだけは間違いない。

 

筒井康隆がこの本を出版した当時でも日本の“一般市民”からの問い合わせや批判が多く出てきた。本気でわざわざ1970年のファックスもeメールもない時代に手書きの手紙で「大変失礼だがあなたの辞書のxxページにある相対性理論の説明についてはいささか誤解があるようだと思うがいかが?」みたいなのが届いたって、筒井康隆自身が後日語っている。

 

アシュラと言う漫画がある。出版された時は神奈川県PTA連盟みたいなところが「こんなもの、子供の目の届くところにあるなんて許されません!」と発行禁止になったほどの衝撃的な内容だ。

 

★抜粋開始

「アシュラ」は飢餓状態の果てに人肉を食べて生き延びる少年・アシュラの物語です。人肉を食べるということが道徳的にどうとか、倫理的にこうとか、人間としてああだとか、そんなたわ言を差し挟ませない状況が眼前にありまして、主人公・アシュラは人を殺して人を食べるという行動をします。それは食べられるものが人間しかいないという状況を意味しています。

 

人肉食の話は死んだ人間の肉を食うことから訪れる死生観や人間観を問う傾向がありますが、この作品には生きるために人間を食うことが冒頭から虚飾なく描かれ、生きる人間より死体の数がたくさん描出されることにより、どうしようもない極限状態を表現しています。

それがアシュラの母親にして食べられるものが「我が子」しかいないという場面を経て母親は発狂し、幼いアシュラの「食べる」ということへの執念の物語がはじまります。

★抜粋終了

 

これはジョージ秋山の作品だが、たしかに強烈ではある。同時期にジョージ秋山は「銭ゲバ」と言う作品も発表している。これも社会問題となった作品である。

 

ジョークが笑いなら、まさにその正反対に位置する内容であり、人肉を食べるとか銭ゲバでは「カネだけがすべてだ、それをオレに教えたのはこの社会じゃないか!」と当時の競争社会を批判する内容である。

 

彼の後日の作品「浮浪雲」は大学の入試試験の題材にもなったくらいで実は彼の漫画には悩める哲学思想がかなり入ってる作品なのだが、きちんと読みもしないし読む力もない連中がこのような前衛的な作品を社会的に抹殺して、それ以降誰もこのようなテーマで漫画を描くことが出来なくなった。

 

言葉狩りとでも言うかな、とにかく馬鹿に限って文章を読めず、読めないままに目に入る単語だけを見て「これはいかん」とか言う。そういう人間が社会的に高い立場にいると、これでもう作家からすれば命取りである。

 

そしてこういう連中が人のあげ足取りをして言論を潰しにかかる。しかしそのような連中は元首相の息子が朝から酔っ払って車をコンビニに突っ込ませても「若気の至り」みたいな雰囲気である。

 

実は人肉を食べると言うテーマは昔から語られてきた。大岡昇平の「野火」とか武田泰淳の「ひかりごけ」とか。だから本来はきちんと正面から向って取組まれてきたテーマだったのだが、読む側の力が落ちてきたのだろう。



tom_eastwind at 18:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年02月12日

北方領土

東京で仕事をするときは、恵比寿から丸の内までタクシーで移動することが多い。これはぼくがむちゃくちゃ方法音痴で山手線を平気で反対周りに乗るとかを何回も繰り返して、駅に降りてからも出口が分からずにうろちょろしたりとかで結局お客様との面談時間に遅刻するってつらい経験をしたからだ。

 

Time is Money、まさにその通りで東京で押せ押せの時間表で仕事しているときは結局ドアからドアまでまっすぐに送ってくれるタクシーの方が効率的なのだ(苦笑)。

 

道順としては恵比寿から六本木通り、霞が関の前を抜けて丸の内となるのだが、このコースを通るたびに役所に掲げてる「北方領土返還!」って極太の文字で書かれた看板を見ることになる。

 

都内でも一等地に置いてる看板だから民間であればずいぶんと高い広告費になるんだろうな、けどこの広告主、いったい何が目的なのかな、いつもそう思ってしまう。

 

前原外相がロシア訪問、北方領土では全く解決の目途が立たずというネット記事が出てたが、そりゃそうでしょ、最初から足元見られてるんだから。

 

内側、つまり日本国内にいると訳の分からん感情論で目がくらんでしまい事実関係が分からなくなるかもしれないけど、外から見るとわかりやすい。

 

今までロシアは日本を頼りにしてカネを引っ張って極東アジアの経済成長を考えてたんだけど、天然ガスや石油のパイプラインは結局中国と手を組むことになり、そして尖閣での日本の領土問題に対する鈍感さが見えてきたものだから、「よっしゃ、こりゃ良い機会だ、今のうちに叩いておけ」となった。

 

感情論でぎゃーすか言ったりしているけど本気でやる気のない外務省と、外交なんて内政が忙しくてまともにやってられない政府が生んだ政治的空白に、KGB上がりの戦略家が攻め込んできたわけだ。

 

イギリスはサッチャー政権時代にアルゼンチンとフォークランド諸島の領有権を巡って戦争をした。

 

フォークランド自体が何かの資源があるわけではなく、南大西洋の小島であり戦略的にどうこういう事もない。

 

つまり戦争をしても何かの資源を取れるとか戦略的に有利になれるとか、そんなもん何もないのに戦争をした。

 

それはただひたすら、国家とは領土があるから存在出来る、その基本を犯そうとした連中がいれば自分の血を流してでも徹底的に自分の領土を主張する、そういうことだ。

 

日本が本気で北方領土を返還というならロシアと戦争すればよい。今までは日露戦争で一勝、ノモンハンで一敗だけど、日本に近い場所でやれば兵站も有利だし、逆に言えばロシアからすれば部隊を動かすのに大変な場所であるから勝ち目はある。

 

自衛隊は外国に戦争には行きませんとは言いながらも国内の領土を守ることであれば憲法違反でもない。堂々と殴り込みに行けばよい。

 

戦後から今まで放置していたからなんとなくロシアのもの、みたいな雰囲気になっているが、これをさらに放置すれば国際的にも日本は領土主権を主張出来なくなる。

 

だから霞が関に看板かけてぎゃーぎゃー言うくらいなら最初から戦争仕掛ければよいのだ。

 

けど実態としては米国追従戦略の中で冷戦中に仮想敵国としておくと同時に世間に対しても「ねえねえ、ソビエトってひどいよね、なんか戦争の終わりにどさくさに北方領土かっぱらっちゃってさ、ねえねえ、ひどいね、じゃあもう一杯いきましょうか〜」と酒の肴に混ぜこんでしまい、結局一度も本気で取り返そうとしなかった。

 

これは北朝鮮に拉致された人々と全く同じ構図である。要するに政府からすれば国民が拉致されようが使い物にならない北方の島がどうあっても関係ない、東京のブラックゾーンである皇居とその周辺の人々が平和に国家運営出来ればよいのだ。

 

だから米国に対して「ぼくちゃん、あなたの犬ですよ、わんわん」と言いつつ、米国の仮想敵国であるソビエトが「おい、隣同士なんだから仲良くして極東の石油や天然ガスを掘ろうぜ、北方領土も半分くらいな返すからさ、後の二つもそのうち話をしようや」という提案に対して、そんなことされて本当にソビエトと仲良くなると米国のご機嫌を損ねるからと米国様の気持ちを“忖度”して、「ダメだよ、四つ一緒じゃないとダメだよ!」

 

要するに金にならない北方領土なんてどうでもよいし、四つと突っ張ることでソビエトが内政的に受け入れられない状況にしておくのが米国わんわん日本にとって最良の選択であったと外務省が判断して現在に至るわけだ。

 

ところが肝心のアメリカ様が最近はすっかり中東に目が行ってしまいロシアとも仲良くするようになり、更に日本を無視して中国とも取引をするようになった。

 

あれ?なんじゃこりゃ?戦後50年続けてきた体制がひっくり返ったじゃないのよ、アメリカ様、あたしを見捨てるの?だったら早いとこロシアとも仲良くしなきゃ、けど鈴木宗雄は国策逮捕で潰したからロシアとの窓口ないよねなんて思ってたところに尖閣問題だ。

 

これを見たロシアは「やったれ!」とばかりに北方領土を駒に使って日本に対して強気に出て「おい、資源不要なのですか?てか領土も不要ですよね、あんたの欲しいのは箱根から前橋まででしょ、だから北方はこっちのもんだと世界に公表しますよ」となった。

 

中国だって領土問題は国家の根幹である大問題だから尖閣だってとれるものなら取ってやるって、やる気満々だ。

 

それに対して日本がやることって言ったら朝のバラエティニュース番組でオールバックの爺さんテレビ芸人に「ほら、この古文書に書いてるでしょ、ここは日本領土って書いてるでしょ!」と内向きに騒ぐだけ。

 

北方領土も全く同じであり、要するに日本は本州を含めた四つあれば良いのだ。てか正確に言えば関東だけで良いのだ、残りの地域については他国が欲しければもってけ、その代わり政治ネタで使わせてもらいますよ、くらいの事だ。

 

それは皇居のまわりや霞が関の自分たちの領土だけは米軍の傘に守ってもらうけど騒音とか兵隊犯罪とか面倒なのは沖縄に米軍基地を押し付けて沖縄さん、あんたらはしょせん外様なんだから我慢しなさいって姿勢にもよく出ている。

 

領土問題は世界中どこでも抱えている恒久的な問題である。日本とロシア、日本と韓国、日本と中国だけが抱えている問題ではない。そして大事なのは、国境線はいつの時代も力関係で変化するということだ。

 

国境を本気で守る気があるなら、何も得るものがなくても戦い、血を流してでも自分の領土を守る、そういう姿勢を近隣諸国に対して見せる必要がある。

 

そういう毅然とした姿勢を見せていくか、それとも黙って領土を差し出すか。政府の判断だ。

 

ただ、表面的には「かえせ〜」とか言いながらも何らの実力行使をしない北朝鮮拉致問題、逮捕しても「あ、それ、おれ、知らんし」とすぐに釈放する尖閣問題、極東資源を得る機会があったのに国内問題で鈴木宗雄を国策逮捕してせっかくの機会を失ってしまった北方領土問題。

 

すべての問題に見えるのは「自分に関係ないことは知らん」という長期戦略のなさであるし、外務省や政府が国民や海の向こうの領土なんて結局どうでも良い、俺ら江戸城の近くに住んでるところだけが良ければいいんだもんね〜という姿勢だ。

 

だったらと本気で思うが、歴代首相の子供を全部誘拐して北朝鮮に拉致してしまえばどうだろう?

もっと言えば有楽町あたりに北朝鮮特殊部隊が上陸して霞が関に銃弾撃ち込んで「ゴルァ、日本は古来から朝鮮の領土だ!」なんて言わせてみれば面白いものだ。

 



tom_eastwind at 13:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2011年02月11日

今年も賃上げ

 

875284e4.jpg今年の4月からニュージーランドの最低時給は13ドルになる。

最低時給はすべての業種に適用されるし全国一律なので、日本のような地域別最低賃金とかではない。ちなみに今年3月31日までは最低時給は12.75ドル、去年までは12.5ドルだったから、毎年25セント刻みで上昇していることになる。

 

ぼくが15年前にオークランドで会社を設立したときの最低時給は6ドルだっけな、すんごい安かった。けどそれがどんどん上昇して現在は2倍以上になっている。

 

東京の最低賃金は821円だが沖縄では642円だ。

 

けどニュージーランドではオークランドのマックで働こうがハミルトンのマックだろうがクイーンズタウンのマックだろうがすべて同じ13ドルである。

 

現在の為替レートでいけば13ドルは900円くらい。でも13ドルの肌感覚は日本でいう1300円かな。

 

例えばバスに乗って15分程度で4ドル50セントかかる。バーガーキングのベーコンダブルバーガーセットで8ドル。映画は大人が16ドル。

 

この国は元々社会主義国だったせいもあり労働者に対して手厚い手当を取る。だから賃金はほぼ毎年上昇するし、下がることはあり得ない。

 

また労働者も意識?が高いから絶対にサービス残業なんてしないので、残業したらしっかりその分は手当をもらう。契約時に決めた労働条件にちょっとでも違反しようものなら大騒ぎで、すぐに労基署に駆け込まれるくらい労働者の意識は高い。

 

これが小売業に与える影響は大きく、賃金を上げすぎると経営者が委縮して雇用を縮小させる方向に向かうのだが、それでも最低賃金を上げることで現在働いている人々には恩恵となる。

 

雇用が減るじゃんと言っても、どんな企業でも一定数の雇用は必要であり、雇用されなかった人は政府の失業保険で65歳までずっともらい続けることが出来るから失業者が街に溢れるということはない。

 

日本では失業保険は半年程度で打ち切られ、それ以降は仕事がなければ飢え死にするしかないのでどんな仕事でもなんとか見つけて働くしかないから、企業を首になった中年サラリーマンがコンビニでレジ打ちをするという光景によく出会う。

 

しかしニュージーランドでは65歳まで失業手当が出るので、今の会社も飽きたしちょっとお休みしたいなーと思って退職、半年や1年くらいのんびりと失業保険で食っていくことが出来る。

 

平日の昼間からオークランドのカフェは中年男性をたくさん見かけるが、彼らは大体の場合投資家か失業者だ。どちらにしても食うには困らない状態の人々である。

 

ニュージーランドでは自分が手に汗して働くというのは「労働階級」と考えられており、金持ちになればイギリス貴族のように他人に働かせて自分はのんびりとする方が格好良いって思われてる。

 

なので昼間からカフェでのんびりしている人に「働かなくても大丈夫なの?」と聞くと彼らはのんびりした声で「あ、大丈夫、金に働かせてるから」だって。

 

これが失業者だった場合は「だって政府がおれの納得出来る仕事を用意出来ないんだもん」となる。労働者にとっては働く場所がない=仕事を提供出来ないのは政府が悪い、だから政府が罰金を払うということになる。

 

こんなの日本じゃ考えられない理屈であるがニュージーランドではこれで通る。だからWINZNZ政府のハローワークみたいな機関)がせっせと失業者の為に職探しをしたり政府の金で職業訓練学校に通わせたり、地元の企業に頼み込んで「なあ、悪いけど政府が半分給料出すから、能力のないこの子を採用して勉強させてくれないかな」となる。

 

全く恵まれた制度ではあるが、そりゃそうだニュージーランドは元々労働者天国として作られた国なのだ。

 

1840年にこの国が英国の植民地として開始され三代目のジョージグレイ総督が剛腕でこの国を労働者天国の理念を導入してその後も歴代首相によって最低賃金法、労働組合法、老齢年金、などなど様々な法律を整備していき1900年代初頭には「社会主義実験国家」として世界中の政府から視察が訪れたほどだ。


この背景にあるのは1800年代初頭のロンドンにおけるあまりに酷い労働者搾取にあり、資本主義に疑問を持つ貴族たちが新天地を作り上げようとしたのがニュージーランドなのだ。
 

それからニュージーランドは1960年代までの60年間は世界でトップクラスの裕福な国家となり、当時は英国からニュージーランドに出稼ぎに来る英国人もたくさんいたくらいだ。

 

ただ行き過ぎた社会主義がその後の国際社会で競争力を失うことになり1970年代後半には国家財政が崩壊した。

 

1984年に首相となったデービッドロンギにより市場の自由化、経済開放、国家公務員の大幅削減(8万人を3万人!)を行い、それからやっとニュージーランド経済は復活して1990年代からはまたも豊かな国に戻って現在がある。国家財政で見ると1993年から2007年まで毎年黒字を出している。


けれど国家創設の基本である労働者天国という考え方は変わらないので、今でも労働者、てか国民の基本的権利は見事に守られている。
 

のんびりとした生活、のんびりとした仕事、ミスしても文句言われない労働者、仕事がなくても食っていける人々、これで国家が運営されているわけであり、そう考えたら、やっぱり日本って働きすぎだし労働者への再配分率って、かなり悪いぞって感じですな。



tom_eastwind at 14:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZの不動産および起業

2011年02月10日

今日は個人的な話です、日本ネタではありません

bd9ad781.jpg自閉症の話

 

りょうまくんの顔がどんどん明るくなっていく。

 

ここ数か月で見違えるようになり、眼がきちんとものを見ることが出来て、時間の感覚が分かるようになり、おお、どうやら自閉症も治ったかと思ってたら、今日りょうまくんを病院の定期検診に連れて行ってた奥さんから電話があり「すんご〜い!りょうまくん、もう病院に来なくてもいいんだって!」と大喜び。

 

どうやら医者も見放した、じゃなくて見直したようで、「もう大丈夫、完治しましたね、おめでとう!これからは病院に来なくていいよ」だって。

 

へ〜、自閉症って完治することもあるんだとか思いながら、けどりょうまの父親の場合は長く引きずってるなと自分で笑ってしまった。

 

病気になったのは先天性なのか分からないが、何せ幼稚園時代は香港政府によるお墨付きで全額政府補助で幼稚園に通い、ニュージーランドに来てからも政府のお墨付きで5年くらいは特殊学級(彼はNZ生まれなので費用はゼロ)でさらに政府から一か月80ドルの補助金をもらってた身分だ。

 

この80ドルってのも最近はりょうまくん自身が冗談で「お父さん、病気も悪いもんじゃないね、おもちゃ買えるし(笑)」とか言ってた。

 

りょうまくんは最近、過去の事を少しづつ思いだし始めている。自分が幼稚園、小学校の頃どんなだったか。周囲にいつもバカにされて笑われていたのも少しづつ思い出している。

 

決して楽しい思い出ではないし自分でも“Hard Experience”と言ってるが、それでも誰を恨むわけではない、自分はこうなんだ、こんな経験をしたんだとだけわかっている。

 

だからこそこれから生きていくうえで人生の弱者や敗者に対する優しさを持てる人間になれると思う。

 

ただ単純に相手に「NO」と言えない人に対して「あの人、優しいよね」って勘違いする人がいるが、優しさとは甘いってことじゃない。

 

人生は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格はない。

りょうまは今社会の入り口に立った。これから強くなるだろうと思う、そして同時に本当の意味で優しい子供になれると思う。何故なら悲しさを理解しているから。

 

これで補助金もなくなる(笑)が、病気とともにさようならだったらOKですな、ありがとニュージーランドでした。



tom_eastwind at 20:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年02月09日

移住の話→宣伝的な記事なので予めご承知おきを。

今月は移住視察のお客様で毎日ばたばたしている。2月の予定表は1日から28日まで完ぺきに真っ黒。

 

日本社会を見て、なんとなく移住という漠然とした気持ちがあった人々が去年一年の日本社会を見て、やっぱダメだこりゃ、自分と家族の人生は自分で守るしかないわなって考え始めたのかもしれない。

 

毎日数件の面談や弁護士訪問、不動産視察、ビジネス売買の打ち合わせ、などなど、スタッフ総動員で対応しているが、こりゃダイエットには最高かもしれないが、ほんっと、疲れる。

 

お客様の将来の話をしているわけでありこちらに来られた後はお隣さんとして十年以上のお付き合いをするわけだから、間違ったこともその場限りの適当なことも言えない。

 

間違った情報で渡航して、あとで話が違うじゃないかと言われ、あげくに元厚労省次官刺殺じゃないけど、視察の結果が刺殺になってはシャレにもならない。

 

ということで毎日いろんな調査をしながらお客様の要望をお伺いして処理していくのだが、その中で感じた事を移住希望の方に一つ提案したい。

 

提案、てか考え方を少し視点をずらしてみたらってことだが、移住って言うと誰もがすぐ「永住権!」と考える。けどそれは条件厳しくて取れないという現実もある。

 

けど実際にはワークビザから入国する方法もある。ワークビザで入国して2〜3年経過して、自分がこの国になじめるかどうかを考えてから永住権を申請すれば取得はかなり容易になる。

 

もちろん闇雲にどんなワークビザ(就労先)でもよいというわけではない。そこには2年先を見据えた戦略が必要だ。逆に言えば戦略を立てて戦いを挑めば勝ち目は高いということだ。

 

要するに右か左かYESかNOか、なんて二元論で考えるのではなく、紐の右端と左端の間のどの位置に自分を置くかである。

 

なんでかわからないが日本ではどうしても二元論で議論して中間を省略する思考方法が一般的であるが、現実は白か黒かではない。ほとんどの事が灰色である。

 

そういうのが嫌いな人種だから仕方ないのはわかるけど、海外に出るのであれば白黒ではなく何%の灰色かってことを理解する必要がある。

 

それからもう一つは、今年行けないから今年は何もしない、行ける時になったら申請すればよいって考え方の間違い。

 

ビザのルールはしょっちゅう変更されている。ニュージーランドが欲しい人材も常に変化している。なのに日本にいる人はそのことを考えない。ルールは不変、くらいに思ってるが、ルールは朝令暮改である。

 

なのでビザは取れるなら出来るだけ早めに取っておくこと。よく皆さんが誤解するのが「え?ビザ取ったらすぐ行かなくちゃいけないんでしょ、けど今年は無理よ〜」である。

 

話は逆である。ビザは取得しようと思ってすぐ取得出来るものではない、時間がかかる。また取得後も入国までの時間にかなりの余裕がある。

 

ビザによっても違うが、例えば150万ドルの投資でビザが取れる投資家ビザは手続き開始から最初の入国までには約2年の間がある。さらにそこからも滞在日数は限定されている。

 

つまり申請しておいて取得して入国するまでに2年あるのだからそれまでに日本で必要な手続きを行えばよいのだ。

 

技能移民も同じで申請から最初の入国まで平均的に2年程度の余裕がある。このように現場では様々なタイムフレームの組み方があるから調整が可能だ。

 

けれど移民希望者が準備出来た2年後頃に「じゃあ申請しようか」と思って移民局のサイトを見たら「あれ?このビザ枠、なくなってるじゃん」となってしまえば意味はない。

 

なので取れる時に取っておくのが基本だと思うしお客様にも常にそう説明している。このあたりは案ずるより産むが安しである。

 

ぼくはニュージーランド国内法で決められた移民アドバイザーではない。法的に規制のないパーソナルアシスタントだ。

 

だからぼくが出来るのは移民局のウェブサイトに書かれていること、弁護士からのアイデアを伝えること、そしてお客様の状況を整理して弁護士に伝えることだけである。

 

しかし実際には弁護士はビジネスを知らずビジネスマンはビザ状況を理解出来ず会計士はビジネスもビザも分からず不動産屋は家を売ることしか知らない。

 

ところが移住の現場ではぼくらのように全体図を描いてどの専門家がどのように仕事を進めていくかが一番大事である。移住なんて自分でも出来る、それは間違いない。問題は費用対効果だけである。

 

ここでいう費用とは移住にかかる費用が自分でやると100かかるとするとぼくらがお手伝いすれば50で済むし移住にかける手続きなどの時間は半減されるし、この道を行けばビザが取得出来ますと足元を照らして道案内するわけだから歩く方も安心である。

 

普段はこんな宣伝的なことは書かないのだが、日本から来たお客様と話をしているうちに、間違った情報で移住は出来ないと最初からあきらめている人が多いのに気付いたので書きました、今日は割り切って「これは広告ページだな」と思ってください。



tom_eastwind at 19:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZの不動産および起業

2011年02月08日

官費で海外旅行ですかい!

『若手英語教員 米に半年派遣 −「内向き」打破、教える側から 「生きた言葉」指導力向上、文科省など 』

「英語を教える日本人教員の力量を高めようと、文部科学省と外務省は来年度から、2030代の若手教員100人を米国の大学に半年間派遣する事業を始める。英語の効果的な教え方を学ぶほか、ホームステイを通じてコミュニケーション能力磨く。日本人留学生の減少が問題になる中、教員が率先して海外に飛び出し、若者の「内向き志向」の打破につなげたい考えだ。」

 

ほうほう。政府民主党は自分たちを支える自治労や日教組を喜ばせるために今回は何と全額公費で半年の海外旅行をご招待ですか!

 

この事業にかかる費用は5億円、それによって得られる利益は日教組に参加している組合員の喜び。

 

まったくバカな話である。

 

ぼくは留学の仕事については十数年の経験があるしこれは旅行業の派生ビジネスであるからまさにぼくの業務範囲内の話であるからよくわかるが、よっくもまあ民主党政府、次回で敗退確定しているからってんで、今のうちに出来るだけたくさん余禄を獲得しておくつもりだな。

 

それにしても、20歳過ぎた人間が半年海外で生活して、それで「生きた英語」が出来るわけないだろ〜が!ましてや英語での指導力?笑わせるな、人生で楽をしようと役人を選んだ無気力な連中がどうやって指導をするのか?

 

この事業計画、当初は1000名を1年留学とか言ってたらしいが、さすがにそれやったらお手盛りがバレバレだからと人数や期間を短くしたのだろうが、いったんこういう流れを作れば、今回は政府が全額出してってことだから次は自治体にも出させるようにして役人合法海外旅行を拡大しようと計画しているのだろう。

 

そうやって日教組大海外旅行の出来上がりである。費用?もちろん全額税金ですよ。

 

10年くらい前かな、ぼくは大学卒業の条件に一年の海外生活を組み入れろと言ったことがある。

 

大学が4年制度なんてのは誰かが決めた規則なんだからそれを社会の変動に合わせて5年にすればよいこと。

 

大学在学中に一年間海外で過ごして、その費用の一部を政府が負担する、そして外から見た日本がどうなのか、本来の日本とはどうあるべきか、そういう事を考えながら英語の勉強もしてもらえばよい。

 

けれどそんな事を日本の留学会社に話をするとせせら笑われて「現実的ではないですね〜」だってさ。「だって日本政府はそんなこと考えてませんから」。それが今は全然違った形で税金で役人に海外旅行させようってんだから、まったくふざけんなである。

 

半年の留学の間も役人の給料は保障されているわけであり、こんな美味しい話はないわな。

 

国を変えようと思えば明治時代に国費で留学した若者たちのような人々に国家として投資をしなければいけない。今の時代であれば大学在学中に一年の海外生活をさせることは費用対効果を考えれば十分に効果が大きい。

 

外国で英語が通じないつらい思いをして、日本食レストランでアルバイトをして仕事の苦しさを学び、日本がどれだけ恵まれた国かを理解したうえで、じゃあ日本をどうしようかって考えるのが本筋ではないか。

 

なのにこれはまさに換骨奪胎である。はっきり言えば「生きた英語」なんて大学卒業して役人社会に入って一生首にならない生活を保障された人間が学ぶことなんて不可能。だって苦労を知らないし知りたくないんだから。

 

生きた英語が何を意味するのか?それは生き残るための英語だ。一生を保障されている人間がなぜ努力をするか?やらなくてもよい努力をすると思うか?

 

しないって、絶対。だって、公務員を選んだその時点で彼らは人生に安定を求めているのだから、つまり楽をして飯を食える道を選んでいるのに今さら苦労して「生き残るための英語」なんて学ぶわけがない。

 

もし役人の言う「生きた英語」が、米国人にHow are you ? と話しかけられてI’m fine thank you と返すことを意味するのならそれは日本の学校で十分に学べる。これは技術であるからわざわざ留学しなくても学べる。

 

生きた英語が日常の生活会話ではなくビジネスで使う英語を意味するなら半年の留学でも全く無意味。何故ならビジネス英語はまず日本語でビジネスを理解している必要があるけど学校の先生がどうやってビジネスの基礎知識を持つことが出来るか?

 

彼らは税金を使うことだけ学んでいるのであり金を生み出すことなど全く理解できない。母国語の日本語でさえ理解出来てないことをどうやって英語で理解しようというのだ。

 

生きた英語が生き残る英語を意味するのであれば、留学に参加する教師は一旦退職して給料をなしにして海外で生き残るためにどうするのかを考えさせるべきだ。しかしもちろんそんなことはあり得ない、何故なら彼らは給料を保障されてるから海外旅行に行くのだ。

 

では半年の留学で学べることってなんだ?それは日教組が権力を持つことがどれほど素晴らしいかを学ぶことだけだ。



tom_eastwind at 11:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2011年02月07日

名古屋のミラクルだぎゃー

名古屋のトリプル選挙は河村市長の全面勝利で終わった。知事は盟友、議会は解散、自分は市長に再選される、まさにぎゃははーと笑いが止まらないでしょ。

 

名古屋にはぼくの最重要顧客がいらっしゃり、名古屋市政についてもいろいろと話を聞かせてもらってる。

 

河村さんというのは明るい方のようで、リコールが決まった時に「名古屋のミラクルだ!」と言ったそうだが、ミラクルだけ英語で言わんでちょーよって感じで笑わせてくれた。

 

自民党の小池百合子総務会長は党推薦知事候補の応援で「伊達直人は子どもにランドセルを贈るが、菅直人は子どもに将来の借金を背負わせる」。

 

これもうまいことを言ったものだ。座布団一枚ですね。

 

議員報酬の減額とか住民税の減額とかどちらも住民にはうれしいばかりの話である。その金額が多い少ないではなく、政治家が市民を見て活動していると肌で感じられるからだ。

 

こういう事を最初にきちんとやっておけば後になって「市民の皆さんにも負担を求める」ような提案をするときでも通りやすい。

 

河村さんは期せずしてこのような提案をしたのか、今日のある事を予想していたのか、おそらく予想はしてなかったと思うが、政治的に勢いがつきましたね。

 

これで市議会議員選挙で河村市長側は40人くらいの市議候補を立てると言ってるから、もしかして半数以上が河村市長派になるかもしれない。

 

リコールされた議員側では自分のブログなどでずっと防戦、ある市議は「どうせおれたち今年の4月で任期終了なのになんで一か月早めるためだけに何億円もの選挙費用をかけるなんて民主主義じゃない!」なんて書いてる。

 

「対立よりも対話を」とか「わたしたちの声が市民に届かない」とか「河村市長は聞く耳を持たない」とか、彼らのブログでずいぶんいろいろと書いている。

 

しかしな〜、少なくとも「議会」なんて立派な名前の付く場所で「議員」なんて役職をもらってんのに、反論の内容がこの程度か〜、それも情けないよな。

 

何億円もの選挙費用を払ってでもお前らをとっとと首にしたい、自分の意見を表明したい、そう思ってる人が40万人以上いたってことでしょ。

 

第一まさに市民の金だ、それをどう使おうと市民の勝手でしょ、あんたら「雇われ」が口出しするんじゃないよ。てか、あんたらがだらしないからこんな結果になるんだぎゃー。

 

「わたしたちの声が市民に届かない」って、あなたはどこに住んでるんですか(笑)。

 

まあいちいち市議会側の反対政策を取り上げて批評はしないが、どれも説得力がないんだよね、こうすればこうなるじゃないかとかあーすればいいじゃないかってんなら、リコールされる前に実行しておけよ。

 

自分たちが議員で安泰安穏としている間はそっくり返って議会内で椅子取りゲームの派閥争いで市民の気持ちを無視しておいて、いざ自分の椅子がひっくり返されそうになると突然「あーでもないこーでもない」って言い訳でしょ。

 

愛知県知事が変わり名古屋市長が再選され市議会はリコールされた。阿久根で市長が負けただけに「阿久根の市民、自己責任」と言いながらも正直がっかりしていたが、今回はうれしいな。

 

ぼくの持論であるしニュージーランドではすでに実現されているが、政治家とは市民や国民代表であり、これは名誉職である。または、誰かがやらなければいけない「高貴なる義務」である。

 

だからニュージーランドでは議員活動に報酬を払うがそれは活動費であり生活費ではない。ましてや議員特権を使って何かやったら速攻で辞任だ。2か月ほど前も国民党の中国系女性議員が「旅費の不適切な支出」で辞任したし、さらにほかの議員は出張先のホテルでエロビデオ見たのを議員のクレジットカードでついつい払ってただけで議会での役職をはく奪されるスキャンダルになるほどの国だ。

 

代々の首相でさえも本職が別にあって一時的に首相をするって感覚がこちらでは普通だ。

 

例えば1984年から1989年まで首相を務めてニュージーランドをそれまでの社会主義から市場主義に大変化させたデイビッドロンギ首相は現職の弁護士であり政治家を引退した後はオークランドで弁護士に戻った。

 

1990年から1997年まで首相を務めたジムボルジャーは元々が農夫であり30代後半になって初めて農民代表として国民党に加入して首相になった。今でも牧場を持っている。現在はキーウィバンクの会長を務めている。

 

1998年から2008年まで首相を務めたヘレンクラークは大学の講師であり首相引退後は国連のNo3として活躍している。

 

現首相であるジョン・キーは若いころから海外に飛び出て国際金融ビジネスで活躍し、最後はメリルリンチ米国本社の副社長にまで上り詰めた人物である。

 

本来の民主主義においては名誉職であり義務で参加する人が、なぜ多額の議員報酬を得て議員年金をもらい経費を役所へのつけ回しみたいな事をしておいて何期も議員を続け、挙句の果てには地盤を子供に譲る。

 

こんなのニュージーランドでは考えられないことだ。

 

てか子供に地盤を譲るんなら相続税払えっちゅうに。こういう都合の悪い部分は「いやいや、地盤は資産価値が計れない」とか言い訳する。ふざけんな、市議選挙で新人が最初の一回目に使った費用を目安とすれば地盤の計算は可能である。

 

これを機会に日本各地で議員報酬の半減や議員数の20%削減とかを住民投票で決議してみたらどうだろうか?

 

そして議員になる人々全員に必ず聞く。「あなたは金の為に議員をするのですか、市民の為に議員をするのですか?」



tom_eastwind at 16:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2011年02月06日

ワイタンギデー Waitangi day

今日はニュージーランドの植民地開始の日だ。ワイタンギという場所でイギリスの代表のホブソン総督とマオリの族長たちが英国植民地となることを決めた。

実は1840年のこの日まで正確にはニュージーランドには中央国家は存在せず各部族が日本の戦国時代のように群雄割拠していた。

そこに白人が表れて「おれらと契約しろや、ゴルア!」とやったのだ。

英国からしても理由があった。1837年に刑務所から出てきたウェイクフィールドというすけこまし(刑務所に放り込まれた理由が未成年女子の誘拐、本人は結婚したって言い訳)がニュージーランド移民会社を作り、当時のロンドン中流階級に対して「自分の土地が持てますよ、安いでっせ」と宣伝して数千名の客を集めたのだ。

当時のロンドンは産業革命の真っ最中で、貴族層はいつまで経っても貴族であり仕事をしなくても領地からの上りで食える、下級階層はドイツや東欧からやってきた、英語もろくに出来ない工場労働者。

街は汚れていた。ロンドンのソーホーでは1800年代に幾度にもわたりコレラが発生し数千人の市民が死亡した。

テームズ河は衛生局により市民の汚わいを流す河となり、ロンドン市民のすべてのうんこが流し込まれ、これが夏場になると汚臭を発生させて、ついにロンドンでの議会を閉鎖するまでになった。

うんこで議会停止ってのはすごい話だが、当時のロンドンの衛生環境を考えればある意味当然のことであり、だったら同じ時代の日本、江戸の清潔さを考えれば、日本がいかに清潔な国であったかよくわかる。

まあいいや、日本の話ではないのでロンドンに話を戻すと、このような上流階級である貴族は既得権益で下流階級は英語も出来ずに夜のロンドンを歩けないような犯罪都市にして、そして間に挟まれた感じの中産階級、つまり医者や弁護士、学校の先生、農民などが自分たちの将来を不安に思い、すけこましの新聞広告に乗ったのだ。

当時の1エーカー1ポンドが高いか安いかは分らないが、自分は何とか金があるけど子供には残せない(相続税、土地が持てない、治安が悪い)中流階級の人々が、新天地に夢を見たのだ。

政府としても問題点は十分に理解しており、中流階級の人々がロンドンに残ってクーデターを起こすよりはニュージーランドに脱出してもらったほうが良い、そのためにはこのすけこましの計画を実現させることは出来ないかと考えた。

え?すけこまし計画のどこが問題?

今の日本からすれば理解しづらいが、当時のニュージーランドは戦国時代って書いたよね、つまり中央政府が存在しないためにだれもが何も国家としての決定ができない、さらに問題なのは彼らは原始共産制度であり私有という考え方がなかった。

つまり今の日本で言えば村の持つ漁業権とか入会権みたいなもので、個人が何かを持っている状態ではなかった。

だからすけこましが土地を売るったって、肝心の土地がだれのものでもないから売りようがない。なのにすけこましは自分の土地のように宣伝したのだからこりゃ詐欺だ。

1937年に申し込みを開始して1940年に第一回目の移民船を出発させる予定にしていたウェイクフィールドは1939年に弟に下見に行かせたが、どこの土地もだれのものでもなく買えるわけもない。

政府は不満を持つ中流階級の人々のガス抜きをしたい、すけこましは何とかだましとおしたい、その結果としてニュージーランドに派遣されたのがホブソン総督であり、彼はなんとしてでも1840年の第一回目の移民船が到着するまでに土地買収を成立させる必要があった。

ホブソンの努力によって大多数の部族長が私有制度の意味も分からないままサインして結果的に「今日から君は大英連邦の一員だ、もうオーストラリアのアボリジニとかアメリカのインディアンみたいな虐殺はない、君らは英国市民だ!」となったのだ。

ほんとはもっと伏線があるけど、とりあえずのポイントとしては、政府は不満を持つ人々を押さえつけて虐待するよりは、そんな少人数なら海外に追い出してしまえ、残ったいうことを聞く連中から搾取してしまえと考える。

ニュージーランドはそうやって英国の中産階級が集まって出来た国だ。もっと書きたいネタだけど、今日は夜の10時過ぎなのでここまで。いずれゆっくりとまとめて書きたい英国からの移民の歴史である。

tom_eastwind at 22:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZニュース

2011年02月05日

てか、マスコミの役目とネット

昨日の相撲記事を書きながら思った。

てか、昭和の安保で学生運動が崩壊してからは、マスコミの役目はとにかく人々をバカな情報で一日中頭をいっぱいにさせて、政治とか経済とか海外とか難しいことを一切考える時間を与えさせないことが目的だった。

政府からすれば何とか安保闘争を乗り切ったけど、次にまた同じような学生運動が起こったら国家が転覆する、そうならないためにはとにかく人々を日々の生活に忙しくさせてしょうもないことに時間を使わせることが大事だった。

そしてマスコミも政府の既定路線に乗って政府の決めたことだけ書いてそれ以外のやばそうなネタは一切報道しない時代がずっと続いてきた。

この政府による情報操作は大成功して、日本は1980年代には世界第二位の経済大国になり「NOと言える日本」となった。

ところがその後のバブル崩壊で日本は転覆してしまい、次に出てきたインターネットで世界は一変してしまった。

人々は、とくに若者はテレビを見なくなった。新聞を読まなくなった。なぜなら彼らは無意味な大本営発表には何の意味もないと気づき始めたからだ。

政府が「経済せいちょ〜!」とか「雇用がだいじ〜!」とか言いながらも現場でないも変わらない現実をよく理解している若者は、政府に直接逆らうことはしないけれど政府のいうことを無視するようになった。

そして彼らの「側」の世界であるネットとケータイに情報を求め交換するようになった。

広島市長が辞職するのに記者会見を開かずネットテレビで直接市民に向かって発表した。これは大事件である。マスコミの存在そのものを無視して拒否してしまったからだ。

この事実に対してマスコミはこぞって「記者クラブを無視した暴挙」とか「会見要請を拒否した」とか、いかにも市長が悪いって書き方だ。

けれど市長からすれば自分の意見を「編集」されて嘘八百で作り変えられてしまう「記者クラブ」やマスコミ報道ではなく、自分の声がそのまま伝わるネットテレビ、一切編集されない自分の本当の声を届けたかったのだ。

マスコミとかメディアとか偉そうに言うが、こいつらは要するに蚊や蠅とかと同じレベルの「媒体」であり、それ以上でもそれ以下でもない。虫レベルの連中が今までは情報を握って偉そうにしてたのだが、媒体をどう使うかはコンテンツを持っている人間が決めること。

そして今回広島市長はネットテレビを使うことで直接自分の思いを市民に届けた。

今年になって小沢さんもネットで直接国民に向かって自分の意見を語った。

5年前なら考えられなかった技術の進化であるが、小泉さんからすれば「ちぇ、おれも今首相をやってりゃ、もっと良かったな」って本気で思ってるかも。

なんにしてもすでに時代に取り残されて売上激減のマスコミ、自分たちの生き残る道はあるのだけど上層部が言うこと聞かないのかな、とにかく変化しようとしない。

その結果として日本人は毎日郵便受けにたまったごみのような分厚い紙を受け取りそれを電車やバスの中で後生大事に読んでる自分を「おれって、エライ!」と思い込み、ごみを垂れ流す連中は「おれたち、まだいけるかも〜」なんて思いこんでしまうのだろう。

環境保護を考えるなら印刷なんて数百年前の最新技術をやめろよ。出来ないのは自分たちが印刷所を抱えているからだろ?じぶんたちが作った販売店をつぶすわけにはいかないからだろ。

要するに自分たちの目先の金の問題だけ、紙面では偉そうなこと言ってるけど自分たちだけの既得権益にぶら下がって、明日も何とか飯が食えますようにってお祈りしているだけのばか連中だろ、このマスコミってのは。

そんな連中の書いてることをいちいち「ご説ごもっとも!」なんてやったてら蚊や蠅なみの媒体にバカを移されるぞ。


tom_eastwind at 08:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年02月04日

はっけよーい、のこれるか?

大相撲の問題で大阪の春場所が取り消しになるとのこと。

いつもニュージーランドから見た日本という視点で書いてるので、この問題をニュージーランドのALL BLACKSというラグビーチームに例えてみると、まさに「あり得ない」だ。

りょうまくんの小学校の頃のテストでこんなのがあった。5名くらいの顔写真とその下の枠に職業が乗ってるのだが、だれがだれかを当てましょうって内容だ。

そこに出てたのはニュージーランドの首相とALLBLACKSのキャプテン”ショーン・フィッツパトリック”の写真。

ニュージーランドではそれほどにスポーツマンの地位は高く、なおかつ彼らは全く威張ったり偉そうにしたりしない、本当の意味で「いいやつ」である。

よその国に遠征に行って酒場で喧嘩したり女を連れ込んだりしてしてニュースネタにはなるが、嘘つきとかずるいとか、そういう観念が全くゼロの明るい人種である。

そのALLBLACKSが八百長をしてたら????

あり得ん、絶対にあり得ん、たとえ太陽が西から昇ることがあってもそれだけはあり得んだろうと言い切れる。

なぜなら彼らは自分のプライドが大事だし、だいいちそんなことをやる意味も必要もない、なぜなら彼らは金儲けのためにラグビーをやってないからだ。

だからALLBLACKSの連中がこのニュースを聞いたらびっくりするだろうね「なんでそんなことをしなくちゃいけないの?」

ぼくは相撲の「やらせ」は気にしていない。これは石原都知事も言ってることだし多くの人間がわかっていることだが、相撲はもともとプロレスと同じでショーである。

ショーには筋書きがあり、その筋書き通りに皆が動く。そして巨体のぶつかり合いを見て楽しむタニマチが彼らを場所後に連れまわして楽しむ、ある意味動物園のサルと同じようなものである。

だから相撲はプロレスと同様にショーであり、だれもがそれを理解して楽しんでる。

だからぼくは昔から相撲には全く興味なかったし、ついでに言えばプロ野球にも全く興味はなかった(理由を書くと長くなるので割愛)。

だってサルと猿回しのお遊びでしょ。こっちは生きていくのに一生懸命なのに、そんなのを実質国営放送であるNHKで毎日夕方に放映するってんだから腹が立つ。

しょせんは金持ち同士の遊びじゃないか、なんでそんなのをNHKでやるんだろう、昔から不思議だった。

今回の事件でマスコミはまたも「こんな事件発覚!」なんて初めて知ったように書くが、ふざけるのもいい加減にしろ、相撲がショーであり筋書きがあり見世物であるってのは昭和の時代から知られていたことであり、タニチマだった分ったうえで彼らを連れまわしていたのだ。

そんなことを本当に知らなかったら記者失格だし知っててこんな記事を書くなら人間失格だ。

マスコミはモンゴルの横綱がいなくなってからほかの力士を一生懸命宣伝して「何十連勝!だれそれ以来!」なんて書いてて恥ずかしくなかったのか?

勝つことが既定である時に「また勝った!」って、ほんと、バカか?と思ってた。てか、いくら仕事とは言え、よくもそこまで恥知らずなことが出来るよねって、スモウレスラーではなくて記者連中に対して思ったものだ。

ぼくの個人的な意見は「相撲はショーである」だし、それでよいと思ってる。日本人が仕事の疲れの癒しの一つとして巨体のぶつかり合いを楽しむのも良いと思う。ぼくが個人的に全く興味がないだけだ。

音楽を聴いていちいち「この歌のこの部分は昔のあの歌手のあの部分のどこそこをコピーしているようで著作権がどーのこーの」なんて言わずに、好きなら黙って聴けば?という感じ。

いずれにしても、これをマスコミが取り上げるなら最初にまず議論してほしい。

相撲はショーなのか、それとも厳格なルールに乗っ取った競技なのか?




tom_eastwind at 12:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2011年02月03日

やりたい放題

国税OB税理士を聴取 愛知・知立の業者も捜索、脱税容疑で名地検

201123 1309

 名古屋国税局OBの税理士(50)が主導したとされる脱税疑惑をめぐり、名古屋地検特捜部は3日午前、愛知県知立市の運送業「刈谷配送」が架空経費で所得約2億円を隠し脱税したとして、法人税法違反(脱税)の疑いで強制捜査に着手した。同社や、名古屋市天白区の税理士宅など関係先を、国税局と合同で家宅捜索。特捜部は税理士らから事情を聴いている。

 会社関係者によると、2007年12月の刈谷配送買収を機に経営に参画した税理士は、自らが関与する2社に「経営指導」名目の架空コンサル料を計上する手口で、数年間にわたって法人所得を圧縮していた。脱税額は6千万円前後とみられる。

 昨年末からの任意での特捜部の事情聴取に対し、税理士は自らの主導について否認しているもようだ。一方、税理士と一緒に刈谷配送の代表取締役に就いた日本介護サービス(同県豊田市)の役員3人は脱税を認めているとされる。

 一方、名古屋国税局は10年5月、刈谷配送と関連会社の売却益2億5千万円を申告していなかった所得税法違反(脱税)の疑いで刈谷配送の創業者(68)を、また同11月には、架空経費で所得を圧縮したとして法人税法違反(脱税)の疑いで日本介護サービスをそれぞれ強制調査(査察)した。いずれも、税理士が脱税指南した疑いがあり、特捜部はこれらの関連捜査も順次進めていくとみられる。

(中日新聞)

 

こういう事件は国税局からすれば「個人の例外的な違法行為」とでも言うのだろうが実際には長年にわたって行われてきた「組織犯罪」である。

 

税理士というのは面白いもので、大学出てから税理士になろうとすると一生懸命勉強して免許を取る必要がある。けれど税務署で一定期間働いた公務員については、退職後に試験を受けることなく免許を取ることができるという特例(抜け穴)がある。

 

だから国税局を退職した後に税理士を開業して国税時代の客?に天下り顧問として入り込んで、その企業には税務調査が入らないようにさせる。

 

現役国税マンからすれば調査先はたくさんあるわけで、自分を鍛えてくれた先輩OBが「おいこら、うちには入るなよ」と言われれば、当然そのような企業には査察をしない、ほかにもたくさん「客」はいるのだから。

 

国税局職員の数は限られているし予算も限られている。その中で効率的に「徴税」しようとすれば、街の噂で儲かっていそうな企業を狙うわけで、つまり法律の根本である「誰にも平等に」という発想はそこにはない。

 

だから税務署が行きたがらない会社は、例えば風俗店舗で後ろに怖い人がついてるとことか要するに自分の身に危険が及ぶかもしれないところと、先輩が天下りで顧問をしている大手パチンコ屋である。

 

逆に、法律にも詳しくなくて真面目に税理士を雇ってるIT企業なんてねらい目で、おとなしくやっている企業はガンガン査察をして会社をつぶすくらいの勢いで徴税する。

 

何せ税金がたくさん取れれば優秀な国税マンですからね。国税マンにとっては日本経済の再建なんて自分の仕事ではない、日本経済がどうなろうと起業家精神が冷え込んでやる気ナッシングになろうと関係ない、とにかく自分の仕事である徴税を行うのだ。

 

そして面白いのが警察がからんでる案件でも国税は手を出さないってことだ。パチンコ屋は税理士OBだけでなく警察OBも雇う。警察と国税は表面的には別組織なんて言ってるが、調査の際にはお互いに協力している。

 

だから警察が目こぼししている風俗営業の店がどれだけ儲けてても、そこには税務調査をしない。そんなことしたらせっかく目こぼししてくれる警察のメンツをつぶすことになるからだ。

 

ことこれほどに税務調査は恣意的であり彼らに頭を下げなければ、下げないというそれだけで重加算税35%が加算される(笑)。

 

サラリーマンはほぼ完ぺきに捕捉されている税金であるが、役人同士では見事に合法的脱税をする仕組みが出来上がっているのだ。

 

今回のたいーほについてはおそらくだがこの国税OB税理士が何らかの理由で元の職場、つまり国税局の言うことを聞かなかったので見せしめにやられたのだろう。

 

こうすることでほかの国税OB税理士に対しても「組織の言うことを聞けば脱税はOKだけど組織に逆らったら速攻逮捕ですよ」とメッセージを送ったのだ。

 

これからも国税OBの税理士開業で客を取る天下りシステムは続くだろう。真面目にやってる人々からはごっそりとふんだくり、仲間内ではしっかり脱税する。これでいいのかな、ほんと。



tom_eastwind at 17:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

2011年02月02日

七人の侍

 

昨日のブログ、あ、そうか、こう書くと意味が通じないんだ。

 

昨日の自分のブログの抜粋開始

★そう、自分の生活を守るためには「長いものに巻かれる」しかないのである。住民が自決して自分たちを助けるべき改革者を抛り出したのだ。まるで「七人の侍」を見ているような気分になった。

 

ここで農民が自分で立ち上がり、武士と一緒に竹槍をもって戦わなければ、もう次はないですよ、阿久根の皆さん。★

 

昨日のブログのコメントで「お前は長いものに巻かれろと言うのか!」というご指摘があった。読み返してみると確かにそうだ。

 

お詫びを言うと、ぼくは子供のころから本が大好きで小学校の頃から文庫本やら古い文体の本を読んでいただ。

 

だもんで古い文体なんかで使われる敢えて皮肉を込めた遠回しの否定形として「〜しかないのである。」を普通に使ってたのだが、率直に結論を出す現代仮名使いでいくと、確かにこりゃおかしいな。意味勘違いされても仕方ないよなって納得。まさに時代錯誤の使い方でした、ごめんなさい。

 

この文意は「おらが阿久根村のちっぽけな百姓生活をなんとか守るために役人山賊という長いものに巻かれることが結果的に七人の侍の映画に出てくるような状態になる、つまりおらが村を毎年理不尽に税金という名前で襲ってくる山賊から自分の身を守るためだけに自分の身内から若い女を差出しなけなしのコメを差出し大事な畑を荒らされ野武士から侮辱を受けても、ただ命欲しさにへらへらと“はい、お役人様〜”と頭を下げ、そうやっていつまで経っても、死ぬまで耐えていくしかないのですか?」なのです。

 

だから七人の侍をつい思い出したのです。「おらたち百姓は、いつまでこんな暮らしをせんといかんのずら〜」と嘆く笠智衆の声を思い出したのです。生きている間永遠に続く百姓地獄をどこかで断ち切ろう、そう考えた百姓が侍を呼んだのです。

 

日本という大きな枠組みでもそうです。納得出来ないけど全体がOKなら仕方ないかな、そう思って世の中の決まりに従う人は多い。けれどそれは本当に全体が納得してOKしたことなのか?

 

実は自分たちはもっと稼いでいるしもっと良い生活が出来るはずなのに税金という仕組みの為にどれだけ頑張ってもいつまで経っても自分たちの取り分が増えず、金持ちアメリカ人や6人に1人がヨットを持って生活を楽しんでいるようなキーウィのような生活が出来ない。

 

今の日本はまさに映画「マトリックス」のような世界で自分たちが実はどれだけ変てこな世の中で生きているかは、当事者にはなかなかわからないものです。

 

けれど外から見ればかなりおかしい。「それって奴隷じゃない?騙されてない?なんで皆は夜中まで働いて休みもなく貰った給料で生活は何とか出来るけど家を買ったらローンで定年まで払い続け、そしてその家も自分が死んだら相続税のかたに政府に取り上げられる仕組み、一年に三万人の自殺者が出てもクーデターが起こらない国って、北朝鮮ですか?」と思わせる。

 

書きたかったのはこんなことでした。



tom_eastwind at 21:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年02月01日

阿久根

839bf299.jpg昨日コメントを頂き竹原元市長が鹿児島地検で取り調べを受けたことを知った。

 

正義と平等を愛するマスコミはこの記事には一切コメントを付けず。

http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20110131-OYS1T00208.htm

 

普段なら彼がやったことには必ず「このような暴挙は過去の市政で発生したことは一度もなかった」とか「市議会と問題を起こすことそれ自体が問題であると考える市民が多い」など他人のなりすましでやらせ記事を書いてきたわけだが、今回は自分たちの狙い通りになったので今度は「知らんふり」だ。

 

それにしても公職選挙法違反!なんて書いてるが、ブログの更新を選挙期間中にやっただけで地検に呼び出しされるのか??

 

これはもう、正しいと思うことを選挙で公約にしてそれを市長として実行した結果として市議会と市役所職員を敵に回したってことは日本の役人全部を敵に回したってことだ。

 

だから職員を管理する自治労が「竹原のようなやつを許しておいては他の市長もどんどん真似をして市役所職員を首にしたり減給にしたりする。そうなったらおれたちが今まで築き上げてきた裏金とか闇専従とかたくさんの特権がなくなるじゃないか!これじゃあ昼飯食いに自宅に帰って昼寝も出来ないじゃないか!」と訴えたのだろう。

 

中央政府からすれば「何はともあれ役人は日本国家の為に存在するのであり日本国民のためではないのに、こいつ何をエラそうに住民至上主義なんて言ってるんだ。今回の選挙で落ちたのが良い機会だ、検察に逮捕させて他のつけ上がり市長が真似をしないように晒し者にしてやれ」ってことだ。

 

そこで役人仲間である検察庁は彼らの意見を忖度して鹿児島地検に指示をして「叩け!」となったのだ。

 

結局長い間に作られた役人文化が自己保全の為に改革者を潰す仕組みは、阿久根のような田舎では変えようがないのだろうか。

 

 

竹原元市長のブログより抜粋

http://www5.diary.ne.jp/user/521727/

 

2011/01/20 () 公務員の目が怖ろしい、悔しい

 

さるさる日記-住民至上主義の読者さんからメールが届きました.

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お名前:阿久根市民

コメント:市民ホールで阿久根市政を
考える会をされているという事で、

自分も行ってみたいと思っています。


しかし、行けません。


理由は役場の目が怖いからです。

わたしの親、親戚はみんな自営業です。

お客さんに役所関係の人がいて、
もし竹原さん側を支持してると知られると

もう店に来てくれないかもしれないから、
公に言うのはやめてほしいと

頼まれています・・・


実際、村八分にされた人もいて、本当に怖いです。

その親戚も本音は竹原さんを支持していますが、
絶対に言えずにいます。


こうやって、わたしたちはずっと役所関係者の目を気にしながら

生活してきました。こんな事じゃいけないと分かっています。

しかし、やはり怖いです。


選挙だけは名前バレしないので、投票できますが、表だって活動する事ができません。


悔しいです。情けないです。


たぶん、わたしのような人が沢山いると思います。

そんな市民の心の声に気づいて
行動されている竹原さんは凄いです。

今の公務員天国の市では、
陰ながら応援する事しか出来ずにいます。すみません。

 

そう、自分の生活を守るためには「長いものに巻かれる」しかないのである。住民が自決して自分たちを助けるべき改革者を抛り出したのだ。まるで「七人の侍」を見ているような気分になった。

 

ここで農民が自分で立ち上がり、武士と一緒に竹槍をもって戦わなければ、もう次はないですよ、阿久根の皆さん。

 



tom_eastwind at 00:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース