2011年10月

2011年10月31日

2011 NZ総選挙  ニュージーランド党首討論

月曜日の夜19:00から国民党党首ジョン・キー(首相)とフィル・ゴフ労働党党首のテレビ公開討論が始まった。TV1が主催して政治評論家が司会を務めるのだが、最低時給、若者の教育、失業率、リーダーシップなど様々なテーマを司会が正面に立つ二人に投げ込み、それに対して二人が自分や党の考えに基づいて意見表明をしていく形式だ。

 

ジョンキーのセーフティネットは若年層失業者向けには教育とセットになった失業者手当である。失業者向けに基本的な保障、住宅や食事や移動手段などは現物支給するが酒を買うカネは渡さない、学校に行くなら家賃を払うし食費も払おうというセーフティネットだ。

 

失業手当が不足していると思うのか?フィル・ゴフは「難しい質問だ、しかし彼らはお金を必要としている」と答えた。常に税金をどう使うかいくらかが話になっている。どうやって財源をねん出するかと言う発想はない。

 

ジョン・キーは「16歳で失業手当をもらって学校にも行かない子供にどんな未来や仕事があるか?誰が雇用するというのか?16歳で学校を離れた子供は高い確率で失業手当を受け取っているではないか」

 

そしてジョンキーは「ぼくが何故教育にここまで力を入れるのか」と話し始めた。

「ぼくはステートハウス(低所得者層向け公共住宅)でお母さんと育った(父親は死別)。お母さんは教育をとても大事にしていたからぼくは一生懸命勉強して大学に行けてこの国の首相になれたんだ」

そして(けどもしあの時15歳で学校を離れていたら今の僕はなかっただろう)とも言いたそうだった。ジョンキー首相の経歴を知っている参加者の間では空気が一瞬静まってしまった。努力と勉強と言う言葉を彼に言われて反論できるキーウィは今のところ国内海外共にいないだろう。

 

番組ではFACEBOOK, Twitter、テキストがフル活用されて視聴者の双方向通信として生質問が出てきたり番組後半ではどちらの主張に一票入れるかなんてコーナーもあった。このあたり小国でありながらどんどん新しい技術を導入している。

 

ある若者は「公共セクターの効率はどうなるの?」と聞いてきた。要するに無駄な役人の排除である。ジョン・キーは「無駄な部署は削減する。当然である。特に高給を払うポジションは不要であれば削減する」と明確であった。

 

しかしフィル・ゴフは労働組合が支持母体にあるためになかなか踏み込んだ事が言えず「役人と言えども働いている」だって。

 

ある中年女性経営者はビデオ動画で疲れたような顔で「わたしたち中小ビジネスは大手のように何百万ドルも儲かろうなんて思ってないけど、今の仕事は税金を払って給料を払うだけで精一杯、どうにかならないの?」

 

ジョン・キーは「当然どうにかする、あなたたちのような雇用を生む経営者がいるから雇用が生まれている。税金は薄く広く国民全員が負担するものであり(暗にGSTを指している)、一部の真面目に働く人だけが負担するべきものではない!」これも明確に言い切った。思うにジョンキーはビジネス現場で何十年も戦っており公開討論でも十分な場数を踏んでいるのだろうと思わせる瞬間。

 

ここでもフィル・ゴフは税制そのものを見直して誰でも所得の最初の5千ドルまでは無税にすべきだと少し勘違いな事を言ってた。

 

次の質問

「ぼくの弟は今シドニーで生活をしている。ニュージーランドに戻りたいと考えているけど、今のニュージーランドの失業率や生活費の高さを考えると戻ってこれない。さあ、ぼくの弟はどうすればいいんだ?」

 

ジョンキーは「ぼくはシドニーにもいたしロンドンでも生活をしていた。ニュージーランドの生活費は両都市と比べれば安い、問題はニュージーランドに帰って来てどんな仕事が出来るかだ。仕事を作るのも政治家の仕事だ、しかしその為には教育が必要なのは事実だ」とは暗にNZで仕事がないからとシドニーに逃げても仕事がない弟に対する皮肉である。とにかく勉強して力を付けろ。そうすれば海外のどこに行っても戦える、ニュージーランド国内でも仕事は見つけられる。

 

このあたりは今の日本とダブっている。NZでは15歳で学校を卒業する若者が半分近くいるが彼らは高等教育や専門教育を学ばない。多くの場合は親が無教育であり子供は怠けたいからだ。それに現金支給のセーフティネットがあるから甘やかしを産んでいる。

 

今の日本では大学に入学させるための受験勉強、つまり実践には全く役に立たない事を教えて肝心の生き残る能力を教えてない。そして大学に入っても他国の大学で教えるような実践的な授業を受ける機会がない。

 

大学を出ても世界に通用するような何の専門技術も持てず、かと言って田舎ではコンビニの仕事しかなく、仕方ないから都会に出ていく。けれど都会に出て行っても雇用は他国に奪われて給料は下がっていくばかりだ。

 

でもでも地元の田舎に帰りたくても田舎では仕事さえない。年齢も30歳を過ぎてしまえば人生を変えることは難しい、そんな悩みが分かるが、これは冷たい言い方をすれば自己責任なのだ。

 

今のような時代に生まれたからとは言っても今さらお母さんのお腹の中に戻るわけにはいかないのだ。生まれて来たからには、地元で生活をしたいなら、都会で余裕のある生活をしたいなら、それは他国の土地で生まれた人々と競うしかないのだ。それは日本もニュージーランドも同じである。

 

労働党は何かと言えば給料上げろとばかり言うし給料上げないから国民の生活が大変だという。国民党は「給料上げたらニュージーランドのような中小企業ばかりの国では雇用が減るだろ、だからこの国では中小企業しか育たないんだ。それよりもこの国は教育を向上させることだ、そこにお金を使わなければだめだ」と主張する。

 

これは日本の労働組合にも見られる現象だが、給料は会社が払って当然だ、けれど自分の職場の生産性が低いのは会社が悪いのだという理屈になる。職場の生産性が低ければ人は雇えない。給料が半額なら二人雇えるが給料が高くなれば一人しか雇えない、つまり雇用が減るのだという二段論法が理解出来ない。それともあえて無視しているのかな。

 

国民党は雇用を増加させるには今すぐ目先の給料をたくさん取って企業の競争力を落とすのではなくまずは雇用を増やすために労働者も一定の我慢をすべきだし労働者自らが自分磨きをして労働力として高めるために教育を自ら受けるべきだと考えている。

 

アフガニスタンにSASNZ特殊空挺部隊)を派遣している問題については出来るだけ早い撤退と言う事で両方とも大きな意見の違いはなかった。しかし視聴者から「これ以上NZの若者をアフガニスタンで死なせる積りか?」と言う質問に対してはジョンは明確に「一か月以内に撤退」と言いながらも「僕らは僕らだけで生きているのではない。世界とつながっているのだ。911、ロンドンテロ、ぼくらは国際社会の一員として戦う義務もあることは忘れてはいけない」とも明確に発言した。きつい事でもいう事は言うって感じ。

 

それに比べてフィルは野党だからか、明確な答えを出してない。その代わりにジョンに向かって「お前と俺、これ以上肩を並べてキーウィの若者の葬式に行くつもりか!」だって。なんだ、普段は仲良いんじゃんか(笑)。ニュージーランドが世界と繋がっている限り国際治安に一定の責任はある。アフガニスタンは国連派遣だからNZ軍だけが「知らん」と言えるわけもない。

 

大義のない戦いだから早く撤退すべきだという事と国連重視で彼らの決定を優先するという事は時々ぶつかることはある。しかし国連と言う上部組織が決定した事は守る、その姿勢を明確にすることが南太平洋の小国を世界で通用させる方法なのだ。

 

全体を通した特徴としては、ジョンもフィルも常に国民の税金をいくら使ったか、何人の雇用を生んだか、常に具体的な数字を並べて議論をしている点であり非常によく現場を勉強している。官僚の代理発言なんてあり得ない。ましてや日本の政治家のようなやじや怒鳴り合いの感情論はなく全体としてお互いに興奮しながら相手を遮る場面もあったが、全体的には良い討論会であったと思う。

 

番組終了後の視聴者の投票では、ジョン・キー61:フィル・ゴフ39でした。



tom_eastwind at 13:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月30日

「北朝鮮に消えた友と私の物語」 萩原遼

 

★抜粋開始

1979年から帰国者の家族の「祖国短期訪問」が始まった。帰国以来すでに20年経った時期である。訪ねて行った老父がみたのは自分よりも老けた息子の姿、老母がみたのはしなびて腰のまがった娘の姿である。「乞食同然の姿だった」とショックで寝込んでしまった人もいる。小屋のような住まい。動物のエサのような食事。あまりの貧しさに着替えの下着まで渡してきた人もいる。

 

肉親同士の対話から地獄のもようがもれないように案内人と称する監視人がべったりとはりつく。話をできなくさせるのだ。夜も帰らない。狭い部屋で泊まっていく。最近は北社会のワイロ横行でワイロを渡すと夜12時ごろには引き上げる例もあるときく。一週間の滞在日程の殆どを金日成の銅像や墓をおがませて時間をつぶさせ、親族との接触を極力おさえる。目的した惨状を肉親を人質にして口封じする。

★文春文庫単行本412ページの記述より抜粋

 

思うに日本人はどれほど韓国や北朝鮮のことを知っているのだろうか?嫌韓とか言ってる人も多いけどその韓国がつい最近まで海外旅行さえ自由にできなかった国だとどれだけの人が知っているだろうか?

 

韓国の現在の韓流ブームの基礎を作ったのは金大中大統領。1998年に大統領に就任したが彼は戦前の韓国で日本語を学んで流暢な日本語を話し(1925年生まれ)反体制派政治家として長年活動し、東京に滞在中には韓国情報部(KCIA)に誘拐されて殺害されそうになった時(金大中事件)は日本政府は彼を守ろうとして軍部独裁国家であった韓国側と随分と交渉したものだ。

 

韓国は戦後長い間軍部独裁体制であり自国民が海外に出て「戦争に負けた筈の日本」がどれほど豊かになったか、なぜ韓国が豊かになれないのかを見せたくない為に海外渡航に関しては常に規制を作ってきた。やっと韓国が豊かになってから海外旅行を自由化したら多くの韓国人が日本の旅行を楽しむようになり日本のインバウンド市場(つまり海外から来るお客を受けて手配する旅行会社の集まり)が活気づいた。

 

福岡のキャナルシティではプサンから高速船でやって来てマツキヨで間違いないしっかりした薬を買い(自国の薬を信用していない)牛丼やラーメンを楽しんで自国に帰る。こういった自由を味わえるのも韓国が豊かになり国民を海外に出しても内外格差でクーデターが起こらないと判断した韓国政府の結果だ。

 

じゃあ戦前から日本に在住している朝鮮人って何なの?という事になる。閉鎖された国とはいえ情報は伝わるでしょ、日本に住む朝鮮人が差別に苦しみながらも何とか日本社会で自分たちの生活基盤を作ってきたのは誰でも知ってるし日本に関する情報は韓国にも伝わるでしょって思う。

 

けれど現実は違う。

 

韓国でも情報統制が徹底しておりなかなか外国の情報が入らないし、入ったとしてもそんな情報を誰かに話したらそれだけで国家反逆罪である。何も言えない国家だったのだ。

 

光州事件を知っている日本人はどれだけいるだろうか?1980年5月18日、日本はまさに平和を謳歌していた時代に隣国の韓国では民主化闘争を平和的に行おうとしていた市民に軍部が武力制圧を行った。簡単に言えば兵隊が同じ民族同じ国民である韓国の一般市民を殺したのだ。

 

この事件は韓国内では一切情報を出さずに秘密にされていた。ドイツなどでは詳細な情報が出回っていたが日本ではあまり大きく扱われる事なくいつの間にか消えてしまった。

 

当時ぼくは仕事でプサンに行くことが多かった。そんな時チョースンビーチ沿いにある屋台でするめなどのつまみを食いながら韓国ビールや焼酎を飲んだものだ。そんな屋台をやってる若い人たち、頭良さそうな顔つきで静かにギターを弾いていた人たちに、普段は何しているんですか?と聞くと「ぼくたちは光州から逃げて来たんです」と半ば自己放棄的に苦笑いしながら教えてくれた。

 

しかし、それ以上に酷かったのが北朝鮮である。北朝鮮を共産主義国家だから悪いとか共産主義はどうのこうのと主張する人がいるが、北朝鮮は共産主義でも社会主義でもなく単純に金日成とその子供たちが支配する独裁国家だ。

 

独裁主義とは1700年代の欧州の王様のようなもので、王様が「カラスは白い」と言えばYESと言い、「飛べ」と言われれば「何故ですか?」と言う質問は許されず「どれだけ高くですか?」が正しい答となる。

 

そんな国で民主主義など存在するわけもなく、誰もがおかしいと思いながらも家族を人質に取られた状態で生活をするしかない。キンセイニチマンセーである。まさに基地外国歌としか言いようがない。

 

ぼくはどうしても分からないが、なぜ北朝鮮でクーデターが起こらないのかと言う事だった。日本ではまだ無理なのが分かる。何故なら飢え死にする若者がいないからだ。なんとか食っていける。しかし北朝鮮では1990年代以降に300万人が飢え死にしたと言われている(このデータはぐぐるとすぐ出てくる)

 

するとどうも1960年代の金日成によるクーデターで多くの優秀な人々が殺されてそれ以降体制に逆らう人間が出て来た場合、その家族全てを逮捕して収容所に送り込み一生外に出さない政策があるようだ。

 

朝鮮の人々は家族を大事にして、その家族を人質にされてるから何も言えないのだろうがけれどその家族を大事にする気持ちのチェーンネットワークが結果的に独裁国家の存在を許し今も金政権が続いている理由なのだと思う。

 

以前も書いた事があるが、日本人が拉致された事件では社会党が「北朝鮮様がそのような事をするはずはありませ〜ん」なんて御花畑発言をした1980年代、ところが事実がどんどん出てくるにつれ「あらま〜、その方はご本人に意志で渡ったのではないですか〜_」だったらお前を新潟の海辺で頭陀袋に突っ込んで小型船に乗せて旅券なしで北朝鮮に送り込んでやろうか。

 

ほんっと、日本は戦後に米国と中国+朝鮮によっておかしくされているが、そのような事実を書くと「電波少年」呼ばわりをされる。しかし間違いなく隣国がやっている政治活動は日本を弱体化させることでありその事実は数えきれないほどある。

 

いろんな問題があるけど、日本が堂々と世界に向かって発言できるこの拉致問題を放置してどうするのか?国家主権は存在しないのか?もしぼくが総理大臣なら真っ先にこの問題を解決する。

 

つまり自衛隊を北朝鮮に送り込み平壌を押さえてその上で拉致された人々を全員救助、更に1960年代前後に北朝鮮に渡った人々を強制収容所から救い出す。救い出した上で北朝鮮に残るかどうかは自主判断、しかしその際も家族を人質に取られているのなら家族ともども日本に避難させるべきだろう。

 

しかし拉致問題や帰国者問題についても日本政府があまり大きな声で抗議が出来ない歴史的背景があり、それがこの本で見え隠れするのだが、拉致も帰国者問題もその背景には日本政府による承認があったと思わざるを得ない。それがこの本の底に流れる問題であり同じ日本人として腹立たしくなる理由だ。

 

北朝鮮の問題を語るときにこの本は外せない。是非とも日本人はこれを読んで自分はどうすべきか、考えるべきだろう。



tom_eastwind at 12:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2011年10月29日

橋下知事に突然の逆風 ?

 

★記事抜粋

 橋下知事は市長選へ転じ、現職の平松邦夫市長と対決する。知事選は、橋下知事後継候補の松井一郎府議と倉田薫・池田市長との争いが軸になる構図が固まっている。

   そんな中、月刊誌の「新潮4511月号(1018日発売)は、「『最も危険な政治家』橋下徹研究」と題して4人の筆者による4本計30ページの特集記事を載せた。

   記事のテーマはそれぞれ、橋下知事の心理分析や出自、政策(大阪都構想)批判など。いずれも橋下知事に対し、厳しい視線が感じられる内容となっている。

★抜粋終了

 

それにしても大阪のダブル選挙が11月27日に行われるその一か月前と言うタイミングに知事の個人的なプライバシーを世間に晒してネガティブキャンペーンをやるとは、まさに体制派がバカを晒した瞬間である。

 

しかしこの雑誌は大阪では売り切れとなったそうだが、そんな他人の自宅の個人的な事に下ネタ的な興味を持つ人種ってのは一体何を考えているのだろうか?やるなら本来は雑誌社の不買キャンペーンだろ。

 

政治は政策で選ぶものでありその人の出自には何の関係もない事だ。出自がどうであろうと今までずっと知事としての発言や行動を見てきたわけであり過去がどうこうなど関係ない話である。

 

それが今のタイミングでこのような下ネタ的ネタを週刊誌を使ってやるなんて、かなり薄汚えーな、こいつら既得権益団体め。

 

自分の利益だけを考えて全体の利益を顧みようとしない地域は長期的には潰れていく。どれだけ健全な地域でもその健全性を守る努力をしてこそ初めて平和と繁栄が継続できる。

 

そういう事を役所から市民まで既得権益を握っている連中が何も考えてなく今日の飯を食って漫才見て笑えればそれでいいと信じているのだろう、てか、それしか考えられない。だから大阪と言う町はどんどん衰退していってるし、それをどうにかしようと橋下知事が立ち上がったわけだ。

 

そのやり方が過激と言うなら過激でない改革って一体何だ?過激だから改革と言うのだ、ばかめ。そしてなぜ改革が必要かと言えば長い時間をかけていろんなものが腐ってしまったからだ。

 

ぼくが小学校の頃に大阪でバンコクハクランカイが開催された。タイの人がたくさん来たわけではなく世界77カ国が集まってお国自慢をするのだが、当時の僕は何故それが大阪で開かれるのか疑問だった。そしてある時ふと気づいた、そうか、これは田舎の人々の集まりだ!だから東京でやらないんだ!

 

九州の山猿の情報では日本の中心は東京であり都会とは東京を示すものであった。だから1970年代に大阪に就職する人を見ていると「なんであんな地方に就職するんだろう?」と不思議だった。

 

しかし最近インターネットが発達することで様々な情報を得ることが出来るようになり、実は大阪は東洋のマンチェスターと呼ばれる大都会であり一時期は東京よりも財務的にも強い時代があったという事をしってびっくりした。

 

そっか〜、大阪ってのは豊臣秀吉の時代から300年以上日本の商業すべてを押さえていて日本一のお金持ち都市だったんだ、ほー^じゃ今の大阪は日本で一番失業保険をもらう人が多いって事実は何を示すんだ?

 

東京から新大阪に新幹線が走るようになると大阪人は自慢げだったが、その新幹線に乗って多くの優秀な大阪人は東京に移動した。インターネットが発達して国内線飛行機路線が整備されて日本のどの地方都市っでも東京から日帰りできるようになると大阪支店は不要になった。せいぜいが地方事務所で十分間に合うようになったから大阪に大きな仕事はなくなり大阪の優秀な大学を出ても東京の一流企業で就職するようになった。

 

例えば住友商事は、長年に渡って大阪に本社を構えていたが、197011月に大阪・東京の2本社制に再編し、その後2001年の組織再編により本社は東京のみとなった。

 

丸紅株式会社は19664月 東通株式会社(旧・浅野財閥)を合併する。その際に管理本部機能の殆どを大阪本社から東京支店に移した。20036月 本店を大阪市から東京都千代田区に移転する。

 

他にも多くの企業が本社を大阪から東京に移して大阪は格下の地方支店扱いとなった。これらの事が1960年代から長い時間をかけて行われたのだ、その間誰も気づかなかったのなら完全なお天気バカであるし気づいてて何もしてなかったら悪質な脳天気バカである。

 

こういう大きな視点で見た大阪のインフラストラクチャー構想を、そういう事を考えるべき立場の人たちが能力的に考える事が出来なかったのか、または大阪市役所大阪府の役人も漫才見るのに忙しくて忘れてたんだろう、いずれにしてもすべてのインフラが成長する度に東京に吸い込まれていって東京一極集中が出来上がった。

 

そして大阪府の形は東京によって決められてきたと橋下知事が2010年1月にテレビで発言した時、どれだけの大阪人が反省しただろうか?むしろ事実を暴露された恥をかかされたと思う人の方が多かったのではないか。

 

いずれにしても大阪の将来を決めるべき選挙でこのような低レベルの出自ばらし攻撃をやるなど人格的にあり得ないでしょ。話し合うべきは政策であり人々の生まれではない。そんな事も分からない連中が選挙で勝ってしまえば、その時こそ大阪の終わりであろう。

 

ちょっと長いけど本人の10月29日付けのツイッターの一部を貼りつける。

★抜粋開始

僕自身、実父が正式な暴力団員であったこと、従兄が人の命にかかわる重大な犯罪事実を犯したことは週刊誌報道で初めて知った。実父の出自も今回の週刊誌報道で初めて知った。僕は成人だから良い。しかし僕には子供がいる。思春期多感の子供だ。子供は、事実を初めて知った。

posted at 08:48:05

 

週刊誌の見出しがここまで躍ると、子供の友達の親も皆知ることになっているだろう。妹も初めてこの事実を知った。妹の夫、その親族も初めて知った。妻やその親族も初めて知った。子供に申し訳ない。妹夫妻、妻、義理の両親親族、皆に迷惑をかけた。メディアによる権力チェックはここまで許されるのか。

posted at 08:55:38

 

子供は親を選べない。どのような親であろうと、自分の出自がどうであろうと人はそれを乗り越えていかざるを得ない。僕の子供も、不幸極まりない。中学の子供二人には、先日話した。子供は、関係ないやん!と言ってくれたが、その方が辛い。文句を言ってくれた方が楽だった。

posted at 08:59:42

 

僕は暴力団との付き合いは一切ない。特定団体への補助金を優遇したことは一切ない。以前の同和事業に相当する補助金については、僕が知事に就任してから厳しく見直した。週刊誌は9億円しか削減していないと報じていたが、9億円も削減したのは僕になってからである。お金以外のところも厳しく見直した

posted at 09:02:35

 

僕はメディアによる権力チェックは最大限尊重する。メディアによるチェックこそが民主社会の根底である。その方針でメディアに対して対応してきた。もちろん反論するべきところは徹底して反論する。しかし、権力チェックは万能の権利なのだろうか。

posted at 09:05:11

 

報道による権力チェックは民主主義の根幹。しかし公人と言えども人間だ。公人に人間の権利は一切ないのか。公人本人はどうでも良い。自分で選んだ道だから。では公人の家族はどうなんだ?公人の家族も一定の負担をしなければならないだろう。しかし人間としての最低限の権利は保障されるべきだ。

posted at 09:08:27

 

親と子供は別だ。日本社会の、人権尊重、子供の尊重というフレーズはど絵空事か。親が公人でも、子供の権利は最大限尊重され、配慮されるべきだ。権力チェックに必要な、選挙にとって必要な情報はどんどん有権者に開示されるべき。しかし無制限ではないだろう。

posted at 09:12:43

 

このようなことをメディアがやるから人権救済機関の話が出てくる。メディアは権力が報道に干渉するなという。そうであれば、言論機関同士できっちりと議論を詰めて一定のルールを確立して欲しい。公人報道について。本人や成人の家族はある程度やむを得ない。しかし子供は別だと思う。

posted at 09:15:45

 

子供には本当に申し訳ないが、今回の一連の報道で闘志が沸いてきた。怒りのエネルギーを、大阪の統治機構を変えるエネルギーに転換する。これも政治家の能力だ。ある意味、週刊誌には感謝だ。大阪維新の会は燃えに燃えて、政治決戦に挑む。


http://twilog.org/t_ishin


★抜粋終了



tom_eastwind at 12:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月28日

ニュージーランドの住宅


今日はお客様同伴でオークランドの建設現場を視察。日本で住宅建築を手掛けているお客様とオークランドで住宅建設をしている会社の社長と現場でミーティング。工法の違い、似てるところ、二人のプロが話をしているのを聴くだけで随分学ぶものがある。

 

例えばオークランドの住宅建築では駐車場がダブルガレージと言って二台分のスペースがある。なので駐車場の横幅が6メートルくらいある。その上の2階部分が住居となる場合はガレージの天井に鉄製の柱を入れて支えにするのだが住宅自体は木造なので鉄の柱の周りはすべて木だ。お客様はこれを見て「うわ〜、日本じゃあり得んですね」

 

どういう事か聞くと鉄と木はそれぞれ膨張率が違うので混合で建てることは日本の建設基準では認められないとの事。ほ〜、ではこの家は日本の建築基準ではOUT!ですな。けどNZでは鉄を入れないとOUT!なので、ところ変われば品変わる。

 

この住宅はツーバイフォー(2X4)工法だけど壁の中にはすかいを入れてない。その代わりに格子状に木を組み合わせている。これも日本じゃあり得ない工法で、地震の横揺れを防ぐためにはすかいは基本でしょと言うとNZの社長は「これがこちらの常識です」。NZは地震国家なんだけど本格的な地震はまだ少ないから横揺れで人が圧死するという発想がないのかもしれない。

 

水漏れ防止の技術については、壁に必ず隙間を作り空気が入るようにした上で壁の途中または下部にちっちゃな穴を空けておき、空気を通して湿気を抜き穴を使って水を抜く。この技術は日本もNZもあまり変わらんなと言ってた。

 

けれど屋根の部分を見た時日本のお客様は「あれ〜!そのまんま瓦じゃん!」とびっくり。これは僕もよく日本から来たお客様に指摘されるのだが、こちらでは瓦を乗せたらそれで終わり、防水シートは敷かないのだ。これでは雨もりするでしょうって、そう、その通りなんだけどNZの大工にいくら言っても「これで間違いない、雨は漏れない」って一点張りで、実際に雨が漏れると「それは瓦の問題だ」。ちがうし・・・。

 

NZの社長はその問題を理解しているから彼は予算のある限りシートを敷くようにしているが、このあたりキーウィの発想と言うか、良いものを見たことがない人間にいくら説明しても、ゴジラ映画を観た事ない人にゴジラを説明するようなものだ。

 

そして地震の時の一番のポイントとなる地盤強化。NZでは勿論家を立てる前に地盤調査をするのだが、粘土質の場合はかなり深く掘って玉砂利みたいなものを埋め込む。でもって2X4工法ってのは一つのブロックみたいな作りなので地震が起きても地盤が揺れても家が玉砂利の上を左右に滑るようになるから壊れにくいという。

 

ほー、そういうもんか、勉強になるなーって思いながらひょいと横を見ると大きな発泡スチロールがある。ちょうど大型テレビを包むような感じの大きさだ。「あれ?何ですか?」資材を搬入する時に使ったのかなと思ったら、「あー、あれっすね、あれを地盤の底に敷くんですよ」だって・・・。ちょっと待て!地盤は発砲スチロールかい!かなりびっくりだけどこれもこちらNZでは普通の方法。

 

確かにこちらの家を見ると、ぼくの自宅もそうだけど斜面に建つ家は床下に柱を打ち込んでる。木の柱を打ち込んでるんだけど、その上に家が乗っかっている状態で柱と家は留めてない。発泡スチロールもありなんですな・・・。

 

日本のお客様が「ほー、これは良いな」と言ったのが外壁に使う木製の横板。こちらの住宅ではごく普通に住宅の外壁に横板を使っている。これは耐震性もあるし見かけも良い。日本にはないのですかと聞くと、これを使うとコストが高くなってしまい、住宅を売るという事があまり一般的ではない日本では、住宅は30年くらいで建て替えをするし引越しをすることも少ないので外見よりも「住めれば良い、費用は安い方が良い」と言うことでどうしても横板は嫌がられるようだ。うーむ、日本にいる間はアパートしか住んだことないから全く記憶にないが、そうか、そういうものか。

 

こちらでは住宅は10年ごとにライフスタイルに合わせて引越しをするのが普通。例えば結婚してすぐなら郊外のちっちゃくて安い、新婚夫婦でも手の届く住宅を買う。数年して子供が出来て5歳くらいになると郊外の広めの、3ベッドルームに引っ越す。子供たちが18歳くらいになると大体家を出ていくから、そうなると夫婦二人なので街に近い便利な2ベッドルームに移る。

 

そういう時に家を毎回売るわけで、だから家を買ってもいつでも売れるように小まめに手入れをするし外見をきちんとする。これはご主人の仕事なのでこの国の週末の旦那さんの仕事は芝刈りとペンキ塗りと塀の手入れとなる。

 

住宅建設一つをとってもいろいろと基準が違うのは当然としても、家を売ることを前提とした文化のある国と家を終の棲家と考える文化の国の違いとかも勉強になった。まだまだ学ぶことが多いNZ生活でした。それにしても、この国にはもっとプロの日本人建築家がいればな、仕事は山ほどあるんだけどな、って思った一日でした。



tom_eastwind at 11:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | NZの不動産および起業

2011年10月27日

ガスが漏れた!

今日は戦後の大阪を舞台にした在日朝鮮人問題を「北朝鮮に消えた友と私の物語」を通じて書こうと思ってたらオークランドを直撃したガス漏れによるガス供給停止と言う緊急事件?が起こったので先にこれを書いてみる。

 

ニュージーランドに原発がないのは皆さんご承知の通り。そして電気の供給元の50%くらいが水力発電、20%くらいが石炭発電だ。石炭発電に関してはオークランドの南100kmにあるハントレーと言う発電所で電気を作りオークランドの電力の70%くらいを賄っている。このあたりの割合は電気需要に応じて水力や石炭を使い分けている。

 

今も覚えているが前世紀の終末頃(1998年2月から3月にかけて)このハントレーからの送電線が老朽化してぶっちぎれてオークランドシティが約一か月にわたって大停電になりシティ内にあるオフィスはパソコンを持って郊外の工場に緊急引越しをして作業をしたり隣国オーストラリアから石油発電機を空輸してスタンフォードホテルの宿泊客用に利用したり、いやまあそれは大変だったことがある。

 

その時はぼくもシティで仕事をしてたがエレベーターもパソコンも動かない中での仕事だから大変だったがシティ内のレストランや小売店(デイリー)が一番被害を蒙ったのではないだろうか、冷蔵庫が使えなくなり(何せ夏場の一番暑い時期)食料やアイスクリームが全部溶けてクーラーも使えずに営業停止してしまった。

 

それでもオークランド住民はあまり苦にするでもなく信号は全部停まっても交通渋滞も起こらずに約一か月を無事に過ごした。

 

そして一昨日から今度はオークランドに送られてくるガスパイプが割れてしまいガスリーキング。ニュージーランドは天然ガスが北島の西海岸で採取されていたがフォンテラなどが運営する搾乳作業所はガスを使って牛乳を加熱してた。そのうち数百キロ離れたオークランドにもパイプを通すようになりオークランドシティでも都市ガスが利用出来るようになったのはここ最近の事だ。

 

以前のニュージーランドはオール電化社会だったが最近は政府の指導もあり大都市には都市ガスを敷設するようになり、大邸宅とかレストランとかビル内でお湯を沸かすのに利用するようになり電気だけの生活から少しづつガスを導入するようになった。

 

それでもまだ普及率は低く、うちの自宅でもキッチンはガスだけどこれは日本で言うガスボンベ、こちらでシリンダーと言う9リットル入りのタンクを使っている。四人家族で一か月に一回ガススタンドで入れ替えるペースで満タンにして25ドル程度だが、電気料理はどうしても火力が弱いので奥さんからしたら絶対ガスである。

 

なので今回のガスリークで影響を受けたのはガスを導入している工場とか大きなビルとか市内のレストランである。例えばバーガーキングもその一つでシティ内にある2軒とも店の前に張り紙してて「大規模なガス漏れでオークランド市役所からの指示により問題解決までお店を閉めます」だってさ。中華料理レストランのオーナーは相当怒ってるだろうな。

 

でもってシティ内にたくさんある空きオフィススペースを利用したスポーツジムがあり、キーウィは出勤前にジムで一汗かくのが普通だがこのシャワーもガスでお湯を作ってたのがこれが出来なくなったので、今朝何も知らずにジムで汗をかいた人は汗臭いまま出勤・・・つらいかろうな(笑)。

 

もちろんテレビでも一面ニュースだしどう修復するかとか誰が悪いのかとか議論が始まっている。けど町の住民は「今日もまた何かあったわよね〜」と、まるで話すネタが一個増えて楽しそうだ。一部レストランオーナーにとっては「商売にならんではないか!」となるところだが、こちらではビジネス保険があり自己責任以外で営業停止した場合は通常営業分の売り上げが保障される。だから「おほ、臨時休業かい〜、海にでも行こうかな」みたいな店長もいるのが実態。

 

電気でさえもぼくの自宅地域では年に数回停電するけどその時はキャンドルナイトを楽しむ。ガスが止まればレストランを閉めて自宅でストレッチングすればよい。要するに社会全体が「ない事」にわりかし鈍感、ではない(笑)、気にしてない。しょせん人間が作ったものなんだから壊れる事もあるでしょ、そんなもんだろうという無自覚の認識を持っているのだ。

 

インターネットでも銀行のネットバンキングが平気で数十分停止したりするけど誰も文句を言う人もない。モノはいつか壊れる、だから壊れても困らないように常に対策を考える。人は時々失敗する、けど失敗を許す土壌があるから再度挑戦しようという気にもなる。

 

日本の場合はモノは壊れないから壊れたら作った人間の責任って事になるから完璧なものしか作れないし壊れない事を前提にしているから壊れた時の対策を考えずにパニックになる。人は失敗しながら成長するなんて格好良い事を言いながら失敗したら叱るから誰も失敗出来ずに挑戦もせず成長もしない。当たり前だ、努力して叱られるくらいなら他人と同じように何もしないのが一番安全だとなる。

 

突き詰めて言えば日本は安全神話の上に平和が乗っかってて事故が起こらない事を前提にしているから事故対策準備費用がかからないし心の準備も不要だけど激動期には準備が出来てないからパニックになる。

 

ニュージーランドでは安全なんてない完璧なんてないって皆が考えているから日頃から事故対策準備をする(例:蝋燭買うとか)ので平和時には不要で余分なコストがかかるけど激動期には準備も対策も出来ているからパニックにならない。

 

これは西洋社会が発展する時点で常に戦争に明け暮れ領主が変わり国家が変わりしてきた、つまりいつも激動期ばかりを切り抜けてきたから庶民の生活の知恵として自然に学んだことなのかもしれない。

 

社会全体にあえて「無駄になるかもしれない、だけど準備が必要だ」と分かっているからやっていける事であり日本のように300年の平和を享受してきてその間徹底的に効率を追求していけばそのような緩衝は「無駄」と見做されて捨てられてしまう性質のものだ。

 

いずれにしてもガスなし状態はしばらく続きそうな感じだ。



tom_eastwind at 11:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月26日

大阪 北朝鮮に消えた友と私の物語 1

★記事開始

大阪府警の警察官6人が飲酒した帰りに電車内でつり革にぶら下がるなどして騒ぎ、注意した乗客が頭をたたかれたと申告していることが25日、府警への取材で分かった。6人は「悪ふざけはあった」と認めており、府警は暴行の有無についても調査している。

 府警天王寺署によると、6人は20〜50代。2人は生活経済課に所属し、残る4人は八尾署員。

 6人は21日午後11時半すぎ、八尾市内で飲んだ後、JR八尾駅から乗車。天王寺駅までの車内で騒ぎ、一部の警察官はつり革で懸垂をしたり、逆上がりをしたりしていたという。

 乗客の30代男性が注意したが、トラブルとなり、車内から110番。天王寺駅で下車し、駆け付けた天王寺署員に「頭を2回たたかれた」と申告した。男性の被害届は出ていないが、同署が6人から事情を聴いている。(2011/10/25-22:06

★記事終了

 

暴行ね〜?どうなんだろう、大阪でしょ。ぼくが日本にいる頃から大阪では漫才とか芸人とか称する連中が人前でしょっちゅう相棒の頭を叩いてた、警察官もそれを見て笑ってた。誰も逮捕されなかった。先輩漫才師が後輩に暴力沙汰をふるっても犯罪にならずテレビ番組で裸踊りをさせても誰も咎めず、どんな地域かって本気で考えたもんだ。

 

20代前半で大阪に出張に行くことがあった。大阪で同業者と初打ち合わせをしてたら同業者の知り合いが通りかかって紹介された。「このおっさんがやなー、福岡から来たんや」びっくりした、おれがおっさんか?てかあんたに会うのも初めてだよね、なのにいきなり「このおっさん」かい??

 

大阪は一つの地域国家であり日本の他の地域で普通に適用される暴行罪とかも存在しない、言葉の礼儀も存在しない地域国家なのだと思った。要するに日本語の通じる外国なのだろう、本気でそう思ってた。

 

ニュージーランドに来てもこれは同じで、大阪の人間が団体旅行でお土産を買いに来る。キーウィの人形とかが並んでて値札が付いている。その人形をがしっと掴んだおばちゃん、店員が日本語分かるかどうかも確認せずいきなり「これ、なんぼや?」と聞く。

 

値札が読めないのか?数字は一応世界共通だろう。店員さんが「この価格ですけど」と言うとこのおばちゃんは「そんなんわかっとる、なんぼになるか聞いてるんや〜」である。話にならんな。

 

世界中どこに行っても自分の文化や価値観を押し通そうとするその血気は良いが、それが同時に他人の文化を傷つけ人を馬鹿にしているって事に気づこうよと思ったものだ。

 

今回の事件でも頭を引っ叩いた警察官からすれば「たかがこの程度のことやんか」なんだろう。そして叩かれた方も相手が警察官と知って「やば、訴えたらこっちが付け狙われるぞ、やめとこ」となる。さすが放置国家(笑)。

 

本来なら酔っ払いの喧嘩で終わらせるところだろうが、もしかして周りに共産党員がいて赤旗にちくったので仕方なく立件の方向性とかか(笑)。

 

今よんでいる本は萩原遼の「北朝鮮に消えた友と私の物語」である。大宅壮一ノンフィクション賞を取った作品だが、これは戦後日本の在日朝鮮人問題、共産党、そして北朝鮮の金日成に繋がる暗部を見事にえぐり出した作品だ。

 

1959年から祖国帰還事業が始まり10万人近くの在日朝鮮人や一部韓国人が北朝鮮に渡った、地上の楽園と信じて。そして最低でも1万人が北朝鮮で殺された。生き残った者もスパイの嫌疑をかけられて収容所送りで何十年も強制労働させられた。

 

舞台は戦後すぐの大阪の生野から済州島で1948年に起こった悲劇4・3事件、そして日本共産党と在日朝鮮人グループとがどのように共闘してその運動が北朝鮮及び在日朝鮮人幹部によってねじまげられて私腹をこやす、ただそれだけの為に10万人の朝鮮人同胞が自分と家族の財産すべてを北朝鮮国家や在日朝鮮人団体に寄付させられて万峰号に乗っていって帰らぬ人となったか。

 

内容の濃さに正直びっくりして、どこから文字にするか分からない、まずは読み終わってみてもう一度あの昭和の時代を思い出しながら何か書いてみよう。



tom_eastwind at 13:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月25日

日本人はなぜ日本のことを知らないのか 竹田恒泰

 

子供の頃に日本書紀とか古事記とかをきちんと読んだ人は少ないだろう。ましてや中国の古典など、なかなか触れる機会がないままに大人になりバカをやり、振り返ってみると「そっち行ったらこけるよ」って中国の古典に書いてたのに、勉強してなかったな〜って後悔したりすることもあるだろう。

 

その意味でこういう本を一度は読んでおくと日本の古代史、とくに天皇を中心とした文化がどのようなものであったかを理解出来るし、何よりも読みやすい。最近の流行かな、分かりやすい教科書的な本がよく売れる。

 

最初にいきなりガツンと来るのが「日本書紀は嘘を書いているから信用出来ない」と本を否定する人たちに対して「じゃあ聖書のマリアの処女懐胎が科学的に間違っているからと言って聖書を否定するのか?」と言う非常に面白い視点から投げかけてくる。

 

こういう視点で日本書紀を捉えるってのはとても新鮮であり楽しい。そうか、そういう視点があったか。新しい価値観を学べた感じだ。

 

確かに聖書に書かれた内容が現在の科学からすればどう見ても眉唾であるとしても、内容の非科学さゆえに聖書全部を否定する人はいないだろう。聖書は基本的に「信じて読む本」であり疑いながら調べるようなものではない。信じない者は信じなければ良い、信じたとしても自分に役立つ部分だけを取り出して学べばよい、そう考えてみれば随分と幅が広がる。

 

その後は日本を戦争なく成立した奇跡の統一国家、中国から守り抜いた独立と自尊など面白いテーマが並ぶ。

 

ただ惜しむらくは2点ある。

 

第一の点は宗教である聖書と天皇の出自を書いた家系図を同じ場所に置いて語る点である。日本書紀が家系図であり個人が信用するもしないも自由と言うなら戦前の天皇崇拝時代に家系図を批判した人間を近代国家の「法律」で裁いた歴史があるというのはどうであろう。

 

米国では聖書の内容を批判しても法律で裁かれることはない。コーランの内容を批判して裁かれるのは宗教国家であるイラクやイランやアフガニスタンであり姦通罪で衆目の前で石をぶつけて殺される国家である。つまり日本が天皇教であり天皇批判が法律によって裁かれる野蛮国家であれば日本書紀を信じなさい議論をしてはいけないという話も分かるが、少なくとも近代国家においては信教の自由は保障されており日本書紀が宗教であると言うなら反対して批判する自由もあるべきだという事だ。だから現代日本で天皇の家系図を宗教と同一化する事でかえって余計な議論を招くような危険を感じる。

 

ぼくは天皇の存在を認めているし、あの人も大変だろうなと思ってる。しかしだからと言って宗教書である聖書を持ってきて比較する必要はないのではないかな。

 

ぼくなら「日本書紀に記載されている事すべてが正しいかどうかって議論をするのは自由だけど何の意味があるの?議論は建設的であるべきでしょ」で終わりだ。過去をほじくって大書の一部の間違いを指摘して、だから全部を否定するなんて非建設的な議論に何の意味もない。一冊の歴史書として読み、あきらかな間違いは放置しておき学べる点だけ学べば良いと思う。

 

もう一点は歴史教科書の部分で天皇は渡来人なのか縄文人なのかを明確にしていない点だ。神武天皇が宮崎の高天原から近畿地方に東征したのはわかるが、では彼らは縄文人と同じように15000年前から宮崎の高天原に住んでいた縄文人の末裔なのかと言う点だ。

 

この点、天孫降臨を読むと彼ら神様のような人々は最初に出雲地方に攻め入り伊勢神宮に鏡を置き宮崎の日向が住みやすいと移住してきた書き方だが、では最初はどこの地方にいたのか?雲の上か(笑)?

 

天皇が中国や朝鮮半島から来た部族であればそれもよし、縄文人ですと言うならそれもよし、邪馬台国議論をしたくなければそれもよし。しかしせっかく天皇の出自や神武天皇を書くならもう少し踏み込んで、なにせ物語であるのだからもっと自由度を膨らませて天皇は宇宙からやってきたとか実は朝鮮人であるから日本人も朝鮮人も同根だよ、変な差別すんなよって筋書きがあっても良いと思う。けどそうするとテーマが広がり過ぎてぼやけるのかな。

 

途中までは考古学的な古代史を書き途中からは天皇の天孫降臨と言う神話にするものだから話が途切れてしまってる。新天地を求めて宇宙からやってきた宇宙人が最初から地球にいたサルの子孫である縄文人と一緒に生活をするようになった、彼らを圧倒的な科学技術と進化した文化で正しい方向に導いたから日本では大きな戦争が起こらなかった、そんな話でも良いのでは?と結構まじで思う。

 

この本の作者は旧皇族・竹田家の末裔なので当然に天皇家の事はよく知っている。明治天皇の玄孫(やしゃご)に当たる方であり、今まであまりはっきりしていなかった天皇家に関する具体的な知識も学べて面白い。

 

この本を買う時に合わせて「古事記」と「原発〜」と「日本はなぜ〜」も買ったので、天皇家側から見た日本史を勉強できそうだ。ぼくの書き方が悪くてこの本が面白くないという印象を受けた方には予め誤解を解いておきたいが、この本は十分に面白くお金を払って読む価値がある。

 

それは作者が天皇の直系であるだけでなく慶応大学を卒業して憲法学・史学を専攻しているという肩書きではなく、本の内容自体に学びが多いからだ。日本人であり日本古代史の話を知りたいなら一回は読んでおくべき本だ。



tom_eastwind at 11:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2011年10月24日

上向きの平等 2011年総選挙本格化

約2カ月にわたったラグビーワールドカップも無事終了、ニュージーランドが有終の美を飾り月曜日は最高の晴れの青空の下でクイーンストリートを凱旋行進、10万人のファンに囲まれて一日中幸せな日だった。

 

カップは今日はクライストチャーチに移動して凱旋行進を行う予定だが、同時に今までは控えめにしていた2011年総選挙が本格化する。

 

ニュージーランドは二大政党制で2008年以来現在まで政権担当をしているのは国民党(NationalParty)、野党は労働党(LabourParty)である。120名の定員である国会では現在国民党が58議席、労働党は43議席、緑の党(GreenParty)が9議席となっている。

 

緑の党ってのは日本で言えば社民党みたく、出来もしない事ばかりわーわー言って他人の足をひっぱる環境保護テロリスト団体であるが自然大好きなニュージーランドでは一定の票を得ている。

 

これはまあ1970年代の社会主義時代の夢よもう一度って夢見るキーウィ左翼が今だ残っているって事だ。まるでバブルよもう一度株価4万円!って本気で願っている日本の証券会社のおじさんと同じだわさ、時代変わった事に気づこうよ。

 

でもって労働党の英語名は書き間違いではなくLABOUR、英国方式ってかUが入る。他にもニュージーランドで使っている単語は米国で使っている単語とは違うものがある。CentreCenter、車のTrunkBootだったりGasolineがなくてPetrolだったり。

 

総選挙時が近づいてくると労働党は政策提言をするわけだが、当然の如く「貧富の格差増大は国民党の金持ち優遇政策のせいだ、だから労働党に清き一票を!」と言うことになる。

 

国民党はこれに対して「ニュージーランドほど中進国で格差の少ない国はない(そりゃそうだ元々が社会主義国なのだから)。セーフティネットを厚く手当しており生まれる10か月前から死んだ後まで国が面倒を見てくれて、生まれて一度も働かなくても食っていける制度があるではないか」

 

「おまけにこの健全な制度は皆が働いて負担する税金によって賄われているがPAYEPayAsYouEarn、労働した際に負担する税率)は今までの19%から15%に下げたではないか。消費税は国民全体が平等に負担するものとして12.5%から15%に増税したが真面目に働いている人はこの措置で減税になっている」と主張する。

 

つまり国民党からすれば負担が増えたのは今まで負担すべきものを負担してなかった人々でありそれは不平等だ、平等とは真面目に働いた者に報いる事も平等の一つであり結果だけの平等論は人々のやる気を失わせ国の収入を減らすことになり結果的に予算がなくなりセーフティネットを維持出来なくなり最後に困るのは真面目に働かずにカネばかり要求する連中ではないかと言うのが本音。

 

労働党はこれに対して数字を持ってきてどうのこうのと言うが、労働党の発想は同じ平等でも下向きの平等となる、つまり貧しい連中がお金を稼ぐ努力を捨ててお金を稼いでいる人から奪い取る仕組みだから最終的に破滅に至るが、その事は政府がどうにかすべきであり破滅になるのは政府の努力不足だって言い方になる。

 

2008年から政権を担当しているジョン・キー首相の前職は米投資銀行メリルリンチ為替担当重役でありこの時代に年収35千万円で働いて今の財産を作り上げた。ある意味キーウィドリームであり資本主義のど真ん中で戦い抜いた人間だから労働党の甘っちょろい意見を論破出来るし実際に論破して現在の政権を安定したものにしている。

 

国民党の「平等」とは上向きの平等であり誰かが先に金持ちになれば下の連中を引っ張り上げる事である。実際にこの国ではほぼ毎年最低賃金が4〜5%上昇しており現在は最低時給が13ドルとなっている。物価も毎年4〜7%程度上昇していて、つまり経済成長をしているのだ。賃金が上昇し商品価格が上昇し物価が上昇しまたも賃金が上昇し商品価格が上昇し、と言う上昇ループを描いている。

 

これは中国でも小平が改革開放で「先に稼ぐ人に稼がせろ、そして残りの人を引っ張り上げろ」で成功した政策であるがその当時も改革開放政策による中国沿岸部の特区が一時的にお金持ちを作り上げて沿岸部だけが豊かになる事に国民の間で「格差だ!」と不満があった。

 

しかしそれも現在の様に沿岸部から山間部、つまり西へ西へと工場や人が移動して西部が次々と豊かになっているため、昔ほど格差は言われずむしろ東に負けるなと次々に工業化してお金持ちが増えている。(まあそれはそれで全然違う弊害を生んでいるのだが)

 

つまり平等と共産主義をうたう中国でさえ格差が出る政策を現実的に行い国家を強くしていったのだ、ニュージーランドも同じように上に向かって平等になろうとするのが当然である。

 

何もなければ11月の総選挙では国民党が勝利を収めるだろう、問題は議席をあと3つ積み上げて単独政権つまり61議席を取れるかどうかである。今は政策により少数野党と連立しているが出来れば自分たちだけで政策を妥協せずに決めてきたいと考えている。

 

この3年で豪州はかなり政治が方向性を失いそれでも経済は資源開発で活気があるからばら撒き政策になっているがニュージーランドはジョン・キー首相がしっかりと手綱を押さえてリーマンショックを乗り切り現在の景気に結びついている。

 

実体経済はすでに復活したがそれでも世界の情勢は非常に不安定だ。だから政策金利も据え置きして小さいなりに体力を温存して来たるべき大不況に備えておこうという構えだ。同時にTPPを進めて農産物の世界輸出に向けて拡大していこうとしている。途中からうまい汁を吸いに来た米国は、本音では「あっち池、しっし!」だ。

 

このような状況ではあるが1126日の総選挙まで残すところ一か月。今回も国民党の勝利を祈る。



tom_eastwind at 12:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月23日

国家と国歌

オールブラックスの試合が始まった。強豪フランスを相手の決勝戦である。ヘンリー・ウエスティンラが透き通るような天使の歌声でニュージーランドを国歌斉唱。


国歌は最初がマオリ語、続いて英語となるのだが、この歌が始まるとりょうまくんがまるで夕方家に帰って部屋の電気のスイッチを押したようにマオリ語と英語で大声で一緒に国家を歌いだす。こりゃ国民の義務ってよりも歌うのは国民の権利だ!って感じで楽しそうに大声で歌う。


それを聴きながら「国歌ってのも悪くはないよな」と思った。ぼくは個人的にはどうしても「国」とか“つるむ”とかが苦手なので国歌斉唱なんて言われて強制されて一緒に謳うのは苦手だが、普通の人が皆自分の国に誇りを持って歌ってるのは良いと思う。例えば対戦相手のフランスは「ラ・マルセイユーズ」だが、これもずいぶんかっこいい歌だ。皆が自分の国の歌に誇りを持っている。


りょうまくんは白でも黒でもない黄色だがキーウィだ。結局この国では肌の色ではなくその国の文化を納得してその国を誇りに思っているかどうかが国民としての帰属心だろうと思う。その点で中国人としてのアイデンティティを持ったままニュージーランドにやってきた中国人は辛いだろうな、自分の存在がどこにあるか見えないからだ。


りょうまくんは中国人の母親と日本人の父親を持ちながらも非常に単純に自分をキーウィとして納得している。このあたり、もしりょうまくんが第二次世界大戦の時代にハワイで生まれてたら間違いなく日系二世部隊に参加して欧州戦線で銃を持って戦ってただろうな。


米国人として武器を持ち欧州戦線に出征し、母国の収容所に入れられた日本人の父親の為に戦い祖国と母国の両方を何とか一つにしたいと思いながら敵に対して一歩も引かずにフランスのパリに向かって前進していっただろう。


何度も書くことだが日本人はハワイで結成された日系二世442部隊の欧州での活躍を知るべきであり愛国心とは何かを真剣に考える際に目先のメザシの目ん玉のちっちゃいところがどうのこうのではなく世界に飛び立っていった日本人がその国でどう行動しどう評価されたか、そして素晴らしい事に世界中どこの国でも個人レベルで日本人を評価してくれる地元民の多さを見ながら自国の愛国心を考える事が大事だと思う。


歌はいいな、心が一つになるもんな。それぞれの国が国歌を持ち国旗を持ち、その出自が革命で勝ち取ったものであれどうであれ実態として国際的に認められている、そう感じる決勝戦の始まりだった。


そう考えてみると日本は随分不幸な国だ。国民が歌いたい歌があり国民が見たい旗があるのに、国民の税金で飯食ってる連中が「そんなの間違いだ!日本は歌も旗もないんだ!」って言ってる。何だか中国共産党もびっくりな連中だとしか言いようがない。


ぼくは右翼ではないが今の労働組合運動はどう見ても、とくに日教組と言う組合は日本人に対する裏切りでしかないと感じている。日本の労働運動をニュージーランドに住んでる人間がどうのこうの言うのもおかしな話だが、日本人は小学校教育でもうちょっと国歌を歌い国旗を敬い国に対して誇りを持たせる教育をすべきだろう。


そんな事を考えながら決勝戦を見る。日頃スポーツを見ない僕だがラグビーだけは面白い。てか、キーウィのラグビーが面白いというべきだろう。まだ人間らしいスポーツマンシップが残ってる競技であり勝ち負け以前にきちんとルールを守って何の為にラグビーやってるのかをしっかり考えている気がする。


点を取れば良いのか?勝てば良いのか?勝つって事は大事だけどそれ以上に地元の子供たちに夢を与えることが出来るチーム、それがオールブラックスだろうな。


フランスも強い。一人一人の力で言えば間違いなくキーウィの方が強いけれど今回のフランスはチームワークがすごい。皆がきちんとまとまって戦っている。こういうチームと試合したら勝てる可能性思いっきり下がるかもって本気で思う。個人同士の力量ならオールブラックスが負ける事はないが、相手がこんなフランスのような一個の塊になったようなチームでは勝てないかもしれないぞ。


最初に1が点を入れたがその後は一進一退、全然テレビから目を離せないままにゲームは続く。どきどきだ、これで負けたらキーウィ精神はどうなるんだって思うくらいどきどき。あー、こわいな、どきどきだな、ほんとにこわい試合だ。


::::::::::そして接戦のままゲーム終了。


良かった、なんとか勝った!一点差なんてラグビーではゼロ点差であり後半は一点を守るために絶対にペナルティを取られない作戦に出たオールブラックスだが、それでも前に進む姿勢は良かった。


勝つって大変だよな、苦しいプレッシャーの中でよくやったよな。ほんとにすごいと思う。フランスは試合実績からしてもここで負けてもフランス国民から文句は言われない。けれどオールブラックスはそういう訳にはいかない。まさに国家の威信をかけて戦っているのだ、そのプレッシャーは普通の人間の心臓を止めてもおかしくないくらいだろう。それでもオールブラックスは何とか一点差を守り抜いた、決して逃げずに。大したもんだな、ほんとにうれしい。


りょうまくんが優勝パレードを見ながらうれしそうに大きな声で言った、「お父さん、この国はラグビーカントリーだよ!」うれしかった、移住してよかったと思う瞬間だった。



tom_eastwind at 07:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月22日

九州の農家について


葉タバコの一大産地、九州で生産農家が存亡の岐路に立たされている。健康志向による販売量の先細りに、昨年10月のたばこ増税が追い打ちを掛け、さらに政府・与党が復興財源として、新たな増税案を示したからだ。先行きの不透明さに九州の1299戸が来年以降の作付けをやめる「廃作」の意向を示す。全国たばこ耕作組合中央会が20日に東京で開く増税反対の大会に、九州からも多数の農家が参加し、反対の声を上げる。

 

 「来年から何を作るか悩んでいます」。熊本県合志市の谷川邦利さん(61)は、地割れが目立つ畑に視線を落とした。葉タバコ生産量が日本一の熊本県。20歳で父親から60アールを譲り受け、3倍近くに広げた。葉タバコは日本たばこ産業(JT)が品質に応じた価格で買い取る。麦や水稲も手掛けるが、価格が安定的な葉タバコで収入の8割を支えてきた。

 

 今年の収穫を終えた8月、JTが廃作の募集を始めた。昨秋のたばこ増税(1本3・5円)でたばこ消費が約2割減り、供給がだぶつく恐れがあるためだ。耕作面積10アール当たり28万円の協力金を支払うという。「たばこをめぐる状況は悪くなる一方」。悩んだ末、谷川さんは廃作を決めた。

 

 同中央会によると、葉タバコ生産量は熊本県に続き宮崎県が全国2位、鹿児島県が6位。その大産地の九州で、熊本県で260戸、宮崎県で435戸、鹿児島県で309戸が中央会に廃作の意向を報告した。九州では葉タバコ農家3104戸のうち42%が、全国では1万650戸のうち39%が廃作の意向だ。

 

 さらに政府・与党は、1本2円の増税を東日本大震災の復興財源にあてる臨時増税案に盛り込んだ。政府保有のJT株の全株売却を検討する考えも示しており、農家には「JTの経営自主性が増せば、国産葉タバコの全量をJTが買い取る現行制度が維持できなくなる恐れがある。安価な海外産に流れるのでは」と心配する声が広がる。

 

 熊本県たばこ耕作組合の緒方泰弘組合長(71)は「なぜ、たばこばかりがやり玉に挙がるのか。このままでは、国内からたばこの灯が消える」と憤る。中央会が東京で20日に開く「全国たばこ耕作者総決起大会」に参加し、増税やJT株売却に反対を訴えるという。

 自治体も対応に乗り出した。宮崎県は「半数の農家が廃作意向で、非常に大きな問題」として、転作希望者に別の農作物の紹介や融資制度の相談に応じる。熊本や大分両県も転作相談などを始めている。

2011/10/20付西日本新聞朝刊=


 

九州がそんなに煙草の葉を作っているって知らなかったな。昔からタバコは吸わなかったしうちの家族は生まれつき誰一人としてタバコを吸わないし、だからあまりピンとこなかったけど、へー、そうなんだ、煙草の葉をたくさん作ってたんだ。

 

記事の様子では何だか政府がたばこ増税を決めたからタバコの葉農家が被害を蒙って廃作になるって書き方だ。じゃあ書き方はそのままで煙草をマリファナにすればどうだろう?放射能よりもガンにかかる確率が高い煙草を作ってそれを政府系の企業が全量買い取りをしていたってならマリファナよりもやばいかもしれない話だ。

 

もっと言えば政府は賭博を禁止しているがケーサツが天下りするパチンコ業界や政府自ら運営する競艇や競馬はOKだってのは、世間の常識で考えてもまともとは思えない。

 

タバコ農家が戦前の日本で一定の仕事をしていたのは理解出来るしそれを政府が全量買い上げしていたのも分かる。しかし今の時代、福島原発で放射能をこれだけ問題視している時に放射能よりもガンになりやすいやばいヤクである煙草を作っているのはどうなのか?

 

タバコは個人の趣味と言うならマリファナも個人の趣味であろう。すべての個人的嗜好を社会的に認めないというのはさすがにやばいが、個人的嗜好が幼児性愛や自らをガンに陥れるタバコとなれば社会的に認めないというのが筋ではないか?政府が賭博をやれば許すが民間は許さんとかマリファナはダメだけど政府が管理するタバコはOKってんなら、それはどんな理屈?って話だ。

 

コロンビアでは他に仕事がないから麻薬栽培をするって農家が多い。それを買い付ける麻薬組織がある。麻薬組織を叩くのが米国の仕事であるが同時に麻薬を一番高値で買ってくれるのが米国人であるのも事実だ。

 

なんかな〜、やらせゲームと言うかマッチポンプと言うか、いずれにしても政府に面白おかしくいじられてるような気がするのは僕だけか?

 

タバコ農家が作物を変えるてのなら、そこにこそ政府の補助金を突っ込めば良い、そして出来れば日本ではタバコを作らないって言う状況に変化すればもっと良いと思う、それが社会の進化だと思う。

 

タバコを吸う人でこのブログを見て不愉快になる人には悪いが、謝るつもりはない。個人の権利と福利厚生が社会に参加する人全員の平等な支払いで賄われている以上、そしてタバコはガンになる可能性が放射能よりも強いという現実がある以上、煙草を吸うという非近代的な下らん自己満足手法は経済的にも社会的にも止めて欲しいと思う今日である。



tom_eastwind at 16:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月21日

仏山 楽な生き方が出来ない中国


[北京 17日 ロイター] 中国広東省仏山市で13日、2歳の女児がライトバンにひき逃げされ、通行人十数人が女児を無視して通り過ぎるという事件が発生。その一部始終をとらえた監視カメラの映像がテレビで放映され、ネットユーザーから怒りの声が上がっている。

 新華社が17日に報じたところによると、女児は狭い路地でライトバンにひかれ、通行人らに無視された上、さらに別のトラックにもひかれた。女児は最終的に女性が助け出したが、事故現場に約7分間放置されていた。

 

 女児は病院に搬送されたが昏睡状態で、英字紙チャイナ・デーリーによると、脳死宣告を受けた。ひき逃げした運転手2人は、その後逮捕されたという。

 

 インターネット上では、女児を無視した通行人らを非難するコメントが殺到。ユーザーの1人は中国版ツイッター「新浪微博」に「中国国民の恥だ」と書き込んだ。また別のユーザーは、「本当にわれわれの社会はどうなっているんだ。みんな、こういった無関心を断ち切るために反省すべきだ」と訴えた。

http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPJAPAN-23671520111018


 

このニュース、ニュージーランドでもやってた。中国の監視カメラ映像をそのまま放映しててかなりエグイのだが、中国社会はこの通りです。

 

最初にテレビニュースで流れた時にりょうまくんが「ね、お母さん、中国だよこれ!」って言って、奥さんとりょうまくんが見始めたのだが、通行人が無視して通り過ぎたのをうちの奥さんは「ね、りょうま、中国ではこんな時絶対に立ち止っちゃだめよ、知らないふりをして通り過ぎるのよ、そうでないと立ち止まって助けようとしたあなたが犯罪人にされるからね」

 

全くもう、常識の違いとしか言いようがないけど、うちの奥さんからすれば中国で立ち止まることはそのまま公安(警察)に逮捕されて拷問に遭わされて自分が犯人と白状させられて最後には刑務所から死刑台と言う道が見えているのだ。

 

カネにもならない交通事故で公安がいちいち真面目に取り締まるわけがない、それよりもその辺にいた連中を逮捕して罪をかぶせてしまうのが簡単、こんな理屈が分かるのも中国人同士だからだろう。

 

なんにせよ生きている場所と習慣が違えば綺麗事が通らないのは世の常である。自分の理屈だけで生きていけないのがこの世なら、この世を自分に合わせるか自分をこの世に合わせるか、どっちにしても楽な世の中ではないな。

 



tom_eastwind at 16:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月20日

スターバックス

最近は会社の一階にあるスターバックスでアメリカンコーヒーを買う機会が増えた。買ってそのままエレベーターに乗り込みカバンとコーヒーのバランスを取りながらオフィスに行き、机に置いてあるヴェンティサイズの陶器カップに移し替える。

 

コーヒーの美味しい香りが広がって、さあ今日も仕事開始って事になるのだが、このスタバでは働くスタッフの半分以上はアジア人とインド系だ。インド系と言う意味は相手の顔だけではパキスタンなのかアフガニスタンなのかフィジーなのか分からないから。

 

アジア人と言ってもほとんどは中国人であり親の移住でついてきて地元の学校を卒業したか、または現在大学に通っててシフトで働いているのだろう。このビルからはオークランド大学(略して“ユニ”と地元では呼ぶ)とオークランド工科大学(AUT)がそれぞれ歩いて10分以内にあるので学生アルバイトにも便利なんだと思う。

 

男の子も女の子もネイティブ並みの英語を話し仕事も手早く処理して、おうおうさすがに学生さんですなきびきびしているって感じがする。きびきびしてないのは仕事よりも無駄話とおしゃべりが大好きなキーウィの若い女の子や自分のペースで仕事をするインド系(笑)。

 

但しスタバで働くスタッフに共通する問題点として、あ、これはマックもKFCも同じであるが彼らは毎日毎日同じ言葉を繰り返し使っているのでそのうち早口になり、初めて注文する時は相手が何言ってるか分からないという面倒がある。

 

最初の頃はこっちが注文すると真面目そうに眼鏡をかけたお姉さんが真面目な顔で「名前は?」と聞くから「君に興味はないよ」と答えようと思ったが、さすがに朝のカフェでナンパされる年でもない事に気づき「何?」って顔をしたら「お前、英語分からないのか?」的な白い目で見られた。

 

「いやいや、英語は分かりますよ、なぜあなたがそんな質問をするか分からないだけですよ」なのだが、名前を聞くならお前が先に名乗れって事でもないようで、どうやら忙しい時は注文を間違えないようにカップに書くのだという事にやっと気づいた。

 

閑話休題だが、最近の日本人ワーホリの傾向でジャパレスで働きたくないという人が増えた。ニュージーランドに何かを探しに来たんです、英語の勉強もしたいです、日本人とつるみたくない、日本人以外の友達たくさん作りたいです、それは良い。お金があまりないんです。それも当然よく分かる。

 

ただその次に来る「ジャパレスで働きたくない」と言う言い方にどうしても「あんなとこ」ってとげを感じるのはぼくだけだろうか。それって職業差別?と言えばおそらく彼らは「そうじゃなくてジャパレスだと英語が成長しないし勉強にならないし」と言うだろう。それだけ取ればなるほどと言えるかもしれない。

 

しかし大変失礼だが一体どれだけの若者が英語ネイティブのカフェで仕事が出来るほどの英語力が最初からあるのだろうか?英語を使わない環境で生まれて今まで生きてきてニュージーランドに到着して一か月程度英語を勉強しただけで、地元で生まれ育ったアジア人と肩を並べて仕事が出来ると思うのだろうか?

 

「そんなん頑張って履歴書持っていろんな店回ればいいじゃん!」なんて無責任に言う人もいるが、ではその面接の為に時間を使う経営者の事は考慮してくれないのだろうか(笑)?若いのだから四方八方に気が利かないのは仕方ないけど、やはり社会と言うのは助け合いで出来ているのだから他人に迷惑をかけてしまうとその次に面接を受けようとする実力のある日本人を最初から門前払いするって迷惑をかけるという風に考えてみたらどうだろうか?

 

一昨日の「おきゃぱい」でも書いたけど今の日本の普通の若者が晒されているのは外国に住む若者との競争である。英語も出来ない日本人がニュージーランドに来て英語を使う職場で働きたいと言っても失業率6%の国ではなかなか難しい。やれる仕事とすれば英語不要なフルーツピッキングである。けどそれならジャパレスの方が英語を使う機会は多い。

 

ジャパレスで働く自分が格好悪いと思うのは本人の自由だが、それだけの能力しかないしジャパレスでさえ雇ってくれるかどうかわからないという現実を無視しても、あなたがニュージーランドにいる限り現実はつきまとい就職の不利に働く。

 

これは悪い意味で言ってるのではない、これこそが今の日本の若者やこれから社会に出る人々の現実であるという事を理解する良い機会だと言ってるのだ。日本人の若者は日本語が出来るから日本社会の吉野家では何とか外国人とどっこいの給料で働けるが、日本語が何の利益にもならない日本以外の世界では実力がすべてでありこれから60年以上の人生をどうやって楽しく生きてくのか、今のうちに考えておいた方が良いと思うよって、先輩からの助言だ。



tom_eastwind at 14:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月19日

第64回新聞大会開催開催

第64回新聞大会(日本新聞協会主催)が18日午後、京都市東山区の人里離れた山の中、一般市民の目につかないホテルで始まった。そして一般市民やネット記者にカギつかれないように内容がばれないように封鎖した中で協会加盟社の代表ら530人が参加。東日本大震災を受けて大会初の「特別決議」と、「大会決議」を採択した。

 

 特別決議では、被災地で多くの人が電気もなくケータイも使えず仕方ないから新聞で情報を得ようとしたことを自分たちがまだ人気があると勘違いして「新聞を必要とする読者のために、政府が発表する原発情報で紙面を作り、思い切り余分に印刷し、販売所に押し込み配達する」との原点を改めて確認し、社会の公器としての責務は果たさず自らの生活の糧として利用することを改めて誓った。

 

 ◇本紙2記者に協会賞

 式典では、秋山会長(朝日新聞社社長)のあいさつの後、毎日新聞社元社長の小池唯夫氏への身内向け「よく頑張ったで賞」、別名新聞文化賞の贈呈、もらった方も一応立派な大学出てるだろうに身内のやらせに喜ぶ始末。これじゃあ大相撲のやらせと同じじゃないかと言う批判も出ないまま東山三十六峰、一般市民の預かり知らぬ夜は始まる。

 

その後新聞協会賞の表彰が行われた。今年度の協会賞は、毎日新聞東京本社「大相撲八百長問題取材班」(代表・千代崎聖史社会部警視庁キャップ)と、同写真部の手塚耕一郎記者のほか、震災で被災しながらも地元住民に密着した報道を続けた岩手日報社(岩手県)の東日本大震災取材班(2件)、河北新報社(宮城県)編集局など編集部門6件、経営・業務部門1件、技術部門1件の計8件6社。

 

こういう政府の圧力のかからない取材では新聞記者はよく働く。つまり日本全体につきまとう「バカ将軍と優秀な兵隊」の図は新聞業界でも全く同じであることをよく表している。

 

大相撲八百長問題取材班は力士の携帯電話に八百長をうかがわせる多数のメールが記録されていることをスクープ。これはまるで政治汚職を手掛けているようではないか、そう思いながらも政治ネタは記事に出来ないのでここぞとばかりに大相撲を思いっきりはたく。これでカネもらってんだ、悪い場所に悪い時にいた力士が悪いんだよ、諦めな。

 

手塚記者は、大津波襲来の瞬間を新聞社で唯一、空撮した。毎日新聞の編集部門での受賞は2年ぶり25回目で、ダブル受賞は初めてだが受賞対象となる新聞っていくつあるのか?おまけにヘリまでさっと飛ばせる新聞っていくつあるのか、とりあえずそういう野暮な事を言うのはな〜し、だって今日はお目出度なんだからさ、ほらほろ、あの力士だって分かっててこの力士の為に負けてんだからさ、今年は星、譲ってよねxx新聞さん、もうすぐ人事異動だしここで局長くらいにはいきたいんだからさ、よっろしく、けど来年は回すからね〜。おかげで編集部門の受賞は計26件となり、最多記録を更新した毎日新聞ですた。

 

 ◇新聞大会決議(全文)

 日本経済新聞は慢性的な財政危機を脱することができず同じく苦戦の朝日・読売とネットで合併、これで弱小毎日と産経が潰れてくれれば残存利益で暫くは食っていけると考えている。

 

旧態然とした新聞産業が疲弊するなか、自分の頭で論理的に考える事の出来ない一流大学卒の若者を採用したおかげで高い給料を払ってもまともな記事も書けずに記者クラブに守られて大本営発表ばかり垂れ流し、上層部のおっさんたちはインターネットと言う100年に一度の情報文化の大津波にも対応出来ず戦後最高の経営難に苦しめられている。

 

東日本大震災と福島第1原発事故がもたらした甚大な被害は、我々がそれを更にかき乱して政府広報でぐちゃぐちゃにすることで国中を大きな不安で満たした。人々はわれわれのおかげで日々の生活と将来に希望が持てないでいる。

 

 われわれは、この業界難に際し、ジャーナリズムの公共的な使命を心に深く刻むべきなんだけどそれだけの気迫を持った者はおらず、政治に取り込まれ、経済界に美味しい毒まんじゅうを食わされ、環境などうるさい事を言う連中を叩くべく多角的な視点から、日本が進むべき道を勝手に読者に提示して損させておいて、自分たちだけの未来への展望を切り開いていかねばならない。

 

 今後も読者にすり寄り、騙し目つぶし偏向報道、政府財界から信頼されるメディアであり続けるよう全力を尽くすことを誓う。

 

原文に興味のある方は下記へどうぞ↓

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111018k0000e040054000c.html


第64回新聞大会(日本新聞協会主催)が18日午後、京都市東山区のホテルで始まった。協会加盟社の代表ら530人が参加。東日本大震災を受けて大会初の「特別決議」と、「大会決議」を採択した。

 

 特別決議では、被災地で多くの人が新聞で情報を得ようとしたことを踏まえ、「新聞を必要とする読者のために、紙面を作り、印刷し、配達する」との原点を改めて確認し、社会の公器としての責務を果たすことを誓った。

 

 ◇本紙2記者に協会賞

 式典では、秋山耿太郎会長(朝日新聞社社長)のあいさつの後、毎日新聞社元社長の小池唯夫氏への新聞文化賞の贈呈、新聞協会賞の表彰が行われた。今年度の協会賞は、毎日新聞東京本社「大相撲八百長問題取材班」(代表・千代崎聖史社会部警視庁キャップ)と、同写真部の手塚耕一郎記者のほか、震災で被災しながらも地元住民に密着した報道を続けた岩手日報社(岩手県)の東日本大震災取材班(2件)、河北新報社(宮城県)編集局など編集部門6件、経営・業務部門1件、技術部門1件の計8件6社。

 

大相撲八百長問題取材班は、力士の携帯電話に八百長をうかがわせる多数のメールが記録されていることをスクープ。手塚記者は、大津波襲来の瞬間を新聞社で唯一、空撮した。毎日新聞の編集部門での受賞は2年ぶり25回目で、ダブル受賞は初めて。編集部門の受賞は計26件となり、最多記録を更新した。【堀智行】

 

 ◇新聞大会決議(全文)

 日本経済は慢性的な財政危機を脱することができず、国内産業が疲弊するなか、戦後最高の円高に苦しめられている。東日本大震災と福島第1原発事故がもたらした甚大な被害は、国中を大きな不安で満たした。人々は日々の生活と将来に希望が持てないでいる。

 

 われわれは、この国難に際し、ジャーナリズムの公共的な使命を心に深く刻み、政治、経済、環境など多角的な視点から、日本が進むべき道を読者に提示し、未来への展望を切り開いていかねばならない。今後も読者に寄り添い、人々から信頼されるメディアであり続けるよう全力を尽くすことを誓う。

★記事終了

 



tom_eastwind at 08:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月18日

あなたが比較される相手

あなたが比較される相手、それは中国人や地元高校生です

 

一物二価と言う言葉がある。例えば同じ岩手産のりんごなのに場所によって値段が違うってことだ。東京の成城石井で一個100円で売ってる美味しいりんごだけど岩手の農家の直売所で買えば一個50円。盛岡はりんごの産地だから東京までの輸送費がかからないし卸売業者も中継ぎ業者もいないからとっても安いって事になる。

 

そんなの当然じゃん、あふぉちゃう、何エラそうな事いっとんねんと言われそう(苦笑)だが、ではこれがオフィスの仕事にも適用出来るとなったらどないでしょ?例えば東京で経理業務経験者を募集すると時給1500円でないと人が集まらない。けれど同じ経理事務でも盛岡では時給900円で同じ能力の人が来る。東京は生活費が高いから600円の違いが出る。

 

ここまでは当然の話だ。では東京で発生した経理事務が盛岡で処理出来るとなれば?経理データは当然のことながらりんごと違い輸送費は殆どかからないから盛岡で仕事を処理できる。これも当然の話。

 

一物一価と言うのは一物二価の最終形であり同じ商品なら最終的に価格は一つに収斂するという理論だ。これもまた当然。ではこれが日本国内だけでなく世界規模で起こったらどうなるか?例えば会計処理。世界は現在新国際標準の会計制度を導入しようとしている(NZではすでに導入されている)。

 

IFRSFinancial Reporting Standards)と呼ばれる会計制度が導入されれば世界中が同じ標準で会計処理をするわけで外国で上場している大企業や外国人投資家向けにIR(企業情報提供)をする企業は英語で資料を作るわけで、そうなると言葉の壁はなく日本企業は英語が出来て中国の優秀な大学を卒業した若者が働いている上海の税理士事務所に依頼すれば費用は10分の1で済む。

 

つまり大学を出ただけの普通の経理会計知識しかなければ上海の若者と格差がある限り仕事は取れず、そうなると当然日本側の給料を下げて対抗していくしかないしそれが現実に起こっているのだ。昔なら大学で会計を学んで税理士の資格を取ればそれで一生安泰ってのもあったが、これからは大学を卒業しても常に海外の同資格保持者との競争になるのだ。

 

すでに日本企業のコールセンター業務は海外に移転している場合もある。つまり今までは国境と日本独自のルールと島国と言う条件があって国内に置かれていた雇用でもネットが発達し世界標準が導入されて飛行機が高速化していくと、ある意味誰でも出来る仕事はどんどん賃金の安い国に流れていく。

 

流れていかないのはパチンコ屋、牛丼屋、コンビニ、スーパーなど要するに「その場所になければ成立しない」ビジネスであり、そのようなビジネスは高校生のアルバイトでも出来るわけで牛丼屋に求職に来た40歳リストラに遭ったサラリーマンだからと言って時給2,000円を払う事はない。時給950円で高校生と並んで950円で働くか失業のままでいるかだ。

 

つまり今までは日本と言う特殊な雇用環境の中で終身雇用と年功序列で何もしなくても生きていけたが1990年代に労働者を守ってくれた両方の労働条件がなくなり2000年代に入ってからは雇用の越境化が始まった。その結果として高等教育を受けたと本人が思っている大卒であってさえも世界の中で比較すると実は中国の若者の方がずっと専門的で優秀であり彼らの方が賃金が安いから当然日本の平均的サラリーマンの仕事は国境を越えて中国に流れていくことになった。

 

日本に残る仕事は結果的に給料の安いアルバイト的な仕事か本当の専門能力を要求される超高品質の仕事しかなくなる。つまり普通に地方の私立大学を卒業しただけでは今の日本ではアルバイト的な仕事しかなくなるわけで、その結果として給料はいつまで経っても上がらずにケータイで遊ぶしかなくなる。

 

それでも仕事があれば良い方で、アパートを家賃滞納で追い出されたらもう終わり、あとは難民である。今の日本で発生しているのはまさにこの現象であり、1%の非常に優秀な若者が高給を得る中で残りの99%の若者が貧しい生活を強いられているのだ。

 

東京でも「東京を占拠せよ」と言うデモが行われた。どうでも良いがオキュパイなどと言う変てこなカタカナ英語は使わずにそのまま「東京を占拠せよデモ」と新聞には書いてもらいたい。てか、記者バカか(笑)、一つ発音間違ったら大笑いだぞ。

 

デモの方向性もはっきりしないとは書かれているがそらそうだ、米国に比べれば日本は格差が少ないし一部の銀行員が個人的に大儲けをする仕組みが存在しないから文句の言いようもない。だから「雇用を生み出せ!」と言うプラカードになるのだろう。

 

しかし問題は、例えば「政府は雇用を生み出せ」と若者が訴えようが民間企業では平均的な若者の現在持つ能力で出来る仕事がどんどん海外流出(特に中国)している事であり、残るは政府が例えばダムなどの公共事業を作って都会の若者を山の奥の飯場に1〜2年くらい送り込むことだろう。

 

こういうのはダムと言わずにムダと言うがそれでも若者のガス抜き効果はある。そうやって国のカネで土木現場作業を覚えておけばこれは英語不要なので海外の土木現場でも通用するから食っていけるので自立支援プログラムでもある。

 

しかしそれは自動的に政府の負債を増やすことになり将来にわたって増税に繋がるわけで結果的に国民の首を絞める事になる。増税は不況を招きさらに国民生活は苦しくなるという図が見えてくる。

 

だから日本が目指すべきなのは教育を本当の意味で世界に伍して戦っていけるだけの高い品質のものにする事である。しかし教育は改革されずあいも変わらずほとんどのポン大学で無意味な勉強を日本語だけでやっている。それで21世紀、生きていけるかっつうの。

 

お隣の競争相手は12億人の国で子供の頃から厳しい競争社会の中で目をぎらぎらさせながら大学まで上り詰めた連中である、最初から気合が違うし脳みその鍛え方も違う。

 

これからも日本の教育改革が成される事はないだろう、政府に期待しない方が良い。何故なら政府及びその周辺の特権階級はまさに人口全体の1%であり彼らだけが本当の高等教育を受けて残りの99%はバカなままにしておきたいのだから。

 

賢くなられて今の日本の実態に気づかれて日本改革なんてされたら特権階級の既得権益が吹っ飛んでしまうのだから自分の頭で考える教育など怖くて教えられないのだ。民は依らしむべし知らしむべからず、徳川家康時代からの統治方法が一番効果的なのだ。

 

だからあなたに残る道は3つ。特権階級に入るために東大法学部に入るかキー局の女子アナで玉の輿を狙う。または中国人に負けない専門技術を習得して値段に左右されない高品質さサービスを提供する。もしくは高校を卒業して土木現場作業を覚えるかである。

 

ちょっと余談になるが土木の仕事は海外でも通用するし食える。しかし建設の仕事は食えない。要するに清水建設で社員としてビル建設の受注が出来ても海外起業では通用しないが、現場の仕事は世界中同じであり日本人の真面目さと手先の器用さは現場で通用する。

 

いずれにしても時代は変わった。雇用は国境を超えたのだ。政府に「オキュパイ!」とか、酔っ払い親父が飲み屋でねーちゃん相手に使う下らんジョークみたいなカタカナ英語で文句を言っても自分の能力は高まらない。今やるべきことはまだ食えているうちに中国人や高校生と比べて自分が何が優れているのか、自分の労働市場での価値を見直して即座に自分の価値を高めるべく対策を取る事だ。



tom_eastwind at 13:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月17日

みんな良い顔してるな

普段は9時過ぎにはベッドに入るのだが昨晩はオールブラックスの準決勝戦だし対戦相手は宿敵のオーストラリアなので久しぶりに11時過ぎまで起きてテレビを見てた。、

 

実力世界一と言われているオールブラックスだがなぜか長年ワールドカップでは勝てずにいたが、今日やっと宿敵オーストラリアを20−6で破り決勝進出決定!ニュージーランド対オーストラリア戦ってのは実質的に決勝戦のような感じがしたのは僕だけではないだろう。

 

しかし試合内容をよく見るとお互いにかなり苦戦していた。試合開始直後のオールブラックスによる素晴らしい連携のトライで試合は一気に盛り上がったがその後がな〜。もちろんスピード、技術、破壊力、どれをとっても実力世界一同士の試合なのだが、お互いに普段なら絶対にあり得ないようなミスが目立った。実質優勝戦で緊張してたか?勝てば次はフランス、どちらが決勝に行ってもかなり高い確率で勝ち目がある。ならばここを切り抜ければ世界一へほぼ手をかけたも同然だ。

 

普通の試合なら90%の確率を誇るウィープ(選手)のキックが決まらない。これで何だか流れがオーストラリアに行きお互いに押しつ押されつの試合になり、実力としてはオールブラックスがほんのちょっと上だけどオーストラリアの一発パワーに一気に押し込まれてみたりしてた。

 

ところが今度はオーストラリアのラフプレイ。ペナルティを取られて引き離されてお互いに興奮しているのか、ぶつかり合うたびに鼻血を流す選手も続出。お互いに興奮しているのか、味方のいない場所にパスしたオージー選手、簡単なパスを取り落すキーウィ選手、うむむむ。

 

しかしオールブラックスキャプテンのリッチーマッコーの格好良さは何ともいえないな。ほんとにいい顔してる。

 

南島の田舎オアマルの農家の子供として生まれ7歳からラグビーを始めるが進学したリンカーン大学では農業を専攻、これがいかにもキーウィらしい。大学在学中から世界レベルで頭角を現した彼の実力は今回の試合でも十分に楽しめた。ボールのあるとこマッコーあり。常に大事な局面でボールを押さえこみ、自分が派手なプレーをするのではなく見方が負けそうな時に頭から敵陣に突っ込みボールを取り返して仲間に渡す、そんなプレイをしていた。

 

とにかくよく走る。巨体が物凄い勢いでラグビー場を縦横無尽に走り回るのだから迫力がある。そして宿敵オーストラリアの同じような巨体と正面衝突!テレビを通してもどか!って音が聞こえてきそうだが、結局キーウィってラグビーにしてもヨットにしても山登りにしても、すべては自分の子供の頃から親しんできた自然とのふれあいの延長なんだなって思う。

 

試合はかなりラフでありそれがペナルティを招いた事もあり翌日のオーストラリアの新聞では自国チーム「ワラビーズ」に対する非難ごうごうであった。

But when it came to a match that really mattered, the Aussies played with the ambition and imagination of wombats. Is that all they have got?

(豪州チームの“大志”と“ウォンバット精神”(ラグビー場を縦横無尽に飛び回るって意味か?)ってこれだけだったのかい?)

 

オールブラックスラグビーで特徴的なのは、彼らはサッカー選手に比べれば非常に紳士的であるって点だ。何よりも紳士である点はまず、点を入れてもシャツを脱いで裸踊りをしない。うれしそうに仲間の背中を叩いて少しはにかんでにこっと笑って自分のチームに戻るだけだ。

 

地面につばを吐く癖は西洋人なのでどっちも同じだが(日本人としては好きになれない、大地を愛そうよ)、それ以外では試合中は殴り合いになっても試合が終わったらそれまでの喧嘩が嘘のように手を握り合って「またやろうぜ!」と相手の背中を叩いている。

 

ラグビーとサッカーのプレイヤーの違い、これはちょうど、スキーヤーとボーダー、サーファーとウィンドサーファーの違いに似ているな。スキーヤーはルールを守りきちんと滑る。ボーダーはルールを守らずスキー場のど真ん中にバリケードの様に真横に並んで下を向いて座り込む。そしていきなり立ち上がっても右に行くのか左に行くのか分からないから上から滑ってくるスキーヤーにとっては衝突の危険があるのだがそんなのお構いなしだ。ちなみに僕はボーダーが立ち上がる場合はその方向にエッジを立てて自分の身を守るようにしている(笑)。

 

要するに他人と共存って発想がなくておらが村だけなのだ。まるで百姓が水を飲ませてもらったらどこまでも飲む、そういう意味で「おらはなにやってもええんだ〜!」ってタイプだろう。やれるけどやっちゃいけない、その区別がつく人とつかない人の違いだろう。(こう書くと必ず“でも良いボーダーだってたくさんいます”って話が出るが、いい加減に統計と例外の話はごっちゃにしないようにねと言いたい)。

 

ウィンドサーフィン(略してウィンド)とサーフィンの違いも全く同じであり、ウィンドはルールを守ってお互いに見知らぬ人にも声をかけながら楽しむ。けれどサーファーは他人の迷惑かえりみず。これはぼくが実際にハワイのマウイ島にウィンドサーフィンに行った時の経験やゴールドコーストに滞在した際の経験などから言えるが海外で遊ぶ日本人サーファーの多くは自由と無責任をはき違えた自民党三バカの延長線上だろうなと思った。具体例を書いてもいいがあんまり書くと警察沙汰になるのでやめとく。

 

似たようなスポーツでもどちらを選ぶかで随分違いがある。ニュージーランドでもサッカーをする若者が増えたが、地元びいきと言うわけではないが基本的には彼らは紳士的である、ラグビーの影響を受けているのだろう。だから悪貨は良貨を駆逐する世界ではあまり強くなれないのかもしれない(笑)。

 

どれだけ強くても大衆の面前のゲームでたかがボールを一個ゴールに入れただけでシャツを脱いで裸踊りやサル踊りって、他に表現方法はないのかな?てか表現するほどの事か?てか彼らは人生の大きな境目でうまくいったら何踊りをするのだろうか?ビルから飛び降りるのか(笑)?とても興味がある。

 

彼らはもしかして心が貧しいから他人に見られたい、けれど脳みそが薄いから表現方法を知らない、だから大衆の面前で裸踊りをするのだろうか?それともニューギニアの首狩り族の様に敵と戦って相手の脳みそや肝を食う時の踊りみたいに何か宗教的な理由があるのかな?あるなら是非とも知りたいところである、学術的に興味がある。

 

今週末は決勝戦だ。夜更かしをすることになるが幸運な事に翌日は祝日だ。ゆっくりと紳士のスポーツを楽しもう。



tom_eastwind at 10:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月16日

知られざる日本の特権階級

知られざる日本の特権階級 (宝島SUGOI文庫)
知られざる日本の特権階級 (宝島SUGOI文庫)
クチコミを見る
わはは、笑える笑える、経歴詐称の項目では有栖川結婚詐欺事件が書かれているけど、2003年に事件が起こった時はなんで超一流大学を出たような人々があんなおっさんとおばさんにころりと騙されるんだろうねと不思議だった。

 

けどこの本を読むと「なるほどな、東京に住む特権階級な人々は思考回路が違うんだなってのがよく分かる。「ニッホンのマンナカ、トウキョデス〜」って感じで閨閥学閥派閥と、とにかく群れるのが好きな様子がよく分かる。みんなで手を握って輪になって「カラダのマンナカオヘソデス〜」と言う下の句を付けて歌えば楽しそうだ。

 

岸家佐藤家から鳩山家まで政治家の系列や正田家小和田家などの天皇家系列、財界では岩崎住友家、あげくの果てにはあそこの家みたいな閨閥から麻布>東大>財務相、政界+財界+官僚などなど、とにかく山手線の内側では誰とお付き合いしているかがとても大事なようで、だから特権階級の頂点に位置する天皇一族の結婚式にご招待されたともなれば誰もが有頂天、相手の身元を確認する事もせずに何が何でも祝儀袋持って駆け付けてって、それでころりと詐欺に引っ掛る。

 

彼らの思考回路は、高貴な痴、じゃなかった、血=金持ち=嘘つかないとなるようだし、高校の同級生や家格なんてのがパスワードになってて「開成!」と言えば「開けゴマ!」みたいな事になるし「福岡の麻生です」と言えば筑豊やくざの大親分ではなく「吉田茂の血を引く名門!」総理輩出の名家となる(そう言えば今回の暴対法で麻生さんどうするんだろな?)。

 

まあこれで相手の事前のボディチェックが不要なのでお気軽にお付き合いが出来て「肩書を外した個人」を判断する能力を持たなくて良いという生き方が出来る。「これ!いいじゃん世襲!ぬくぬくの環の中にいれば親の遺伝子をそのまま受け継いでも生きていけるってんだから自民党の三バカ息子を抱える政治家にとっては世襲の大事さがよく分かる。

 

中でも笑ったのが安倍元首相に関する話だ。

「彼は成蹊大学卒業後に南カリフォルニア大学政治学科に2年間留学していたと言われるが実際は途中で挫折。単なる箔付け留学の典型だった。田中真紀子には“バカだから成蹊大”と屈辱的だがある意味本当の事を言われてしまった安倍氏。学歴が政治力と無関係と言うことを悪い意味で証明してしまった」

 

ぼくのような九州の山猿の高卒からしたら全く手の届かない雲の上の世界の話です(笑)が、こういう世界が好きな人もたくさんいるんだろうな、平目、じゃなかった華麗な履歴書がすべて、一度入ったら出たくなくなる特権階級は要するに阿片窟みたいなものだろう。

 

まあ、あまり書いたらびんぼーにんのヒガミって言われそうなのでやめとくが、ぼくは子供に残すのは教育だと思っている。そしてぼくが教えたい事は答のない世界で一人で生きていく力であり胆力だ。どれほど賢くても胆力がなければいざと言う時に絶対に、絶対にと言ってよいが体も脳みそも動かなくなる。そして海外で生きていくには肩書きなどトイレの硬いボール紙みたいなものでほとんど役に立たない(少しは役に立つ、ひりひりすることを覚悟すれば)。結局すべては個人の能力と胆力である。

 

それにしても政治の閨閥や世襲、データで見せられると改めてニュージーランド政治との違いを感じる。この国では基本的に世襲と言う発想が存在せず政治家はボランティアの延長であり地盤看板カバンの相続などまず考えられない。あ、そう言えば政治家の父親から地盤を譲ってもらったら相続税を払うんでしょうね二世政治家さん(笑)。

 

今の日本がなぜこれほど長い間マヒ状態になり世界から取り残されているのか、この本を読むと悪い意味で良く分かった。受験頭は良いけど胆力のない連中が父親世代が一生懸命作った水洗トイレを1990年代にぴーひゃらやってバルブを吹っ飛ばしてしまい水がちょろちょろと溢れ出した。

どうしていいか分からずにトイレにふたをして先生にばれないように隠してしまい、周りの友達も気づいてても仲間だからと気を遣って注意もせずに放置、結局トイレの汚物が廊下にまで溢れ出してから「せ、せんせい、ぼくじゃないですー、あいつです〜」って言い出したようなものだ。

群れは強いが群れる奴は弱い。そして群れに入らなければ出世出来ない、これが今の日本の悲劇である。




tom_eastwind at 19:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近読んだ本  | 諸行無常のビジネス日誌

2011年10月15日

「あおさのレシピ」から「日本人が知らなかった海外口座資産運用術」まで

 

出張から帰っても日本の空気の重さに胃が痛い状態が続く。こういう時はインスタントラーメンを食うと良くなるのだが、今回は一個くらいでは全然効果なし。卵も入れたのにな〜と思いながら他のラーメン付け合せ食材がないかと思って食糧庫を漁ってたら奥の方に「あおさ」があった。

 

あおさ?どうやって食うの?ふりかけ?大体これ何?誰が買ったの?え、おれか?ラーメンの具にならんかな、そう思いながらクックパッド検索すると、味噌汁に合うようだ。ほー、そうか、じゃあ明日の朝は味噌汁に生卵にあおさで体力回復をしましょうかなんて思いながら、いつものように経済関連ネタをちらちらとめくってみる。

 

ある経済ジャーナリストが本を出版してて、そのタイトルが「日本人が知らなかった〜」なのだが、衝撃的なタイトルだけど中身は「笑うしかない」ばかり。

★はじまり

「ゼロ金利」の日本ではできないお金の殖やし方を教えます!〜本書はガイド本です。海外口座を開設する方法を説いた書籍は数多く出版されており、またネットのサイトでも数多くのガイドページがありますが、本書では以下の内容を中心に、海外口座を使った資金運用術のノウハウそのものを紹介していきます。

● 海外口座開設後の資金運用術

● 現金の出入れに関する具体的な情報

★おわり

本気かい(笑)?これで印税もらうつもり?まあ笑って失礼なのはぼくの方だろうな、すみません作者さん余計な邪魔しまして・・・。けどな〜、本で書けるようなことはすでに時代遅れでありその本を買って実行する人は更に周回遅れであり、要するに群れの一番後ろを走る弱い羊でありその筋の人からすればとっても税金を取りやすい対象なのだ。

 

僕は英米圏の海外で20年以上ずっと生活をしてきて、香港で6年生活をしていた時は金融街ど真ん中で働く若いバンカー連中と普通に昼飯食いながら当時英米で主流となり始めた債権を束ねて売る商品(CDS)や日本の金融ビッグバンのバカ話して、夜は彼らの自宅で軽いホームパーティしながら当時米国ではやり始めた「知的所有権をどうビジネスにするか」をネタに議論を楽しみ、どうやって無から有を産むかって金融システムの中身を教えてもらった。

 

知的所有権と言う英語を覚えたのもその時である。ちなみに当時のANZ香港で働いてて連中もHSBCのアジア統括についてた女性秘書もうちの奥さんの同級生であり、要するに香港人社会ではうちの奥さんのコネで随分いろいろ教えてもらった。

 

以前も何度か書いたが日本人社会では日銀香港支店を顧客とさせて頂いたので日本の銀行の話も随分教えてもらった。「晴れの日に傘を貸すのが銀行、雨が降ったら取り上げる」ってのがどういう事か(笑)よく分かった。自転車で取引先のおカネを集金する機能が地方銀行の支店であり、それはすでに金融でさえなくヤクルトおばちゃんや新聞配達の集金と同じレベルでしかないって現実。そうやって現場で集めたお金を政府が再配分して国家として強力な金融武器にするって方法。

 

ニュージーランドは金融システムはむちゃくちゃ田舎でまともな商品などないが情報は英語で整理されており、世界の、つまり英米で今何が起こっているかはかなりよく理解出来た。カナダでは現地法人を持ちお金を動かしてどこの銀行からどのような問い合わせが、またカナダ税務署からどのような連絡が来るか現実の書類として理解した。香港、ニュージーランド、日本、これらの国で資金移動をするのはどのような方法があるか、リスクとリターンを学べた。

 

だから難しい経済「学」の理屈は分からなくても現場の作業で何がどうなるかは大体理解出来る。何が出来て何が出来ないかも分かる。要するに20年以上英米システムの中でお金を動かしてきたからどこのボタンを押せば何が起こるか分かる。だから押しちゃいけないボタンも知っている。押さなきゃいけないボタンも分かる。

 

そういう状態でこのような本の見出しを見ると「はあ?甘くない?日本の国税、そんな甘くないよ」って思ってしまう、わざわざ本を有料で買うような情報じゃないでしょって思う、てかこれ信じて行動したら地雷原を目隠しして歩くようなもんだよ、足を吹き飛ばされた読者に、本を書いた人はどう責任を取る積りかな、本気で疑問がわく。

 

海外で口座開設しましょうって、当社でも移住サービスの一環として口座開設のお手伝いを提供しているが、それだけを切り出してビジネスになるってどういう事なんだろう?口座開設だけではどうしようもないですぜ、本に書いてるような運用ならまず最初に全体設計図を描いて資産のうち他と分離されて持ち出し可能のもの、そのうちどれとどれを外に出すか、どうやって出すか、出した後にどうするか、その後の運用は?戻しは?そういう全体図がないままに口座だけ作ったって意味ないし。

 

なるほどな、あ、そう言えば昔は全くなかった質問に最近ぼくのセミナーの参加費用1万円は「他社と比較して高いように思えるが何か特別な事があるのでしょうか?」とほんとに時々聞かれることだ。他社とはどこ?あ、あはは、なるほど、短期投資希望者がニュージーランド投資と言う視点で見るようになったのだ、今までは移住希望者だけだったのに全く畑違いの人々がやってくるようになったのだ。

 

まあ投資をどうとらえるかだが投資の視点で言えばぼくのセミナーは数年単位の金融投資の話ではなく投資の中心は親子二代の超長期投資であり二カ国以上を生活の拠点にするリスク分散投資である。もし目先のポートフォリオだけを考えるならぼくのセミナーに参加する意味はないです、1万円は親子二代のポートフォリオの話なのです。

 

ロスチャイルド家が作った戦略の一つは子供たちをすべて別の国に移住させることであった。そしてどこか一つの国で革命があっても他の国の兄弟が助け出すことが出来る仕組み作りであった。目先に落ちてる小銭をどれだけ短時間で拾うかの話ではなかったのだ。

 

移住とは結局家族全体のを守るための地球的リスク分散投資なのだ。その分散のためのお手伝いをするのが僕の仕事である。移住先としてニュージーランドを選ぶか、その為の情報収集費用として1万円が高いと思うならお金の無駄なので参加しないほうが良い。

 

ぼくが作るのは人生のポートフォリオである。家族、教育、医療、生計、保険、住宅、いろんなものをそれぞれの価値観に合わせてバランス構築して、現実的にそれが実行可能かどうかを検証した上で選択肢を提案する。おカネの投資はあくまでその一部分だ。もちろん実行するのはご本人である。

 

人生の一部分としておカネの投資がありそのポートフォリオをどう構築するかはあくまでも家族や子供が幸せなのが前提である。家族と一緒に食事もせずに数字そのものに快感を覚えて今年の利回りいくらでした♪と楽しむのならぼくのポートフォリオは不要である。

 

金融もこれと同じで、難しい理論は分からないけどどこのボタンを押せばどうなるかが分かる。だって20数年現場で実際にお金を動かしてきたのだからお客様に提案も出来る。しかし中には「いや、そんなのはぼくがxxセミナーで聞いた話と違う、君は何もわかってなーい」となる。

 

はいはい、だったらご自分でどうぞ、ところでその本書いた人、どこに住んで何年個人のおカネを海外で動かす仕事やってるんですか?まさか海外の銀行を訪問して毎年転勤で変わる担当者から聞いた「伝聞」だけで本書いてないでしょうね、てかそうでない事をあなたの為に祈りますって感じだ。

 

ぼくにとっては海外を使ってお金を動かすというのはぼくが子供の頃に体で覚えた水泳をするようなものだからどうやればどうなるかはざっと頭で絵を描けば分かるが難しい理論は知らない。でもって、あんた、そんな手足を縛って海に飛び込むような事やったら溺れますよってのは分かる。

 

けれど彼らが持ってくる「専門書」を基に「xx先生はこのようにおっしゃってる。本をたくさん出しているのだから偉いのだ、君は何も出していないのだから分かってない」って議論を吹っ掛けられてもどう返しようもない。だって理論勉強してないし大学出てないし、けど出来ないものはできないんだからとしか言いようがない。

 

「あおさ」。ぼくはこういうのを食糧庫の奥から発見してもどうしていいか分からない。そんなの日本の普通の奥さんからしたら「あんた、ばっかじゃない?」と言われそうだ。味噌汁に入れる事さえ思いつかなかった。そう言えば日本のコンビニに行くとカップ状態の「あおさの味噌汁」があるじゃないか、検索語に気付いたぼくは日本の一般家庭では完ぺきにあふぉ状態でしょう。

 

ぼくにとってのあおさがたぶんこういう本を買う人の金融と同じでつまりあおさも金融も、分からなければ手のつけようもない。たまたまあおさは平和な世界の食い物でありクックパッドで親切に教えてもらえるが、金融は親切で教えてくれる人はいないし、だからと言って少し本を読んだだけで知ったつもりで手を出すと「やべーことになる」と言うことだ。

 

それにしてもここ1~2年で海外と日本を結ぶ金融市場に30代の若い人々が飛び込んでくるようになった。活発であることは良い事だ。望むべくは常にお客様の目線で仕事をすることだ、それを十年繰り返すことだ、それが結局お互いにとって利益になるし信頼関係を構築出来る事になる。

 

そういう気持ちを持った人間だけが生き残れる世界だ。そうでなければ早々と違う仕事を選ぶことだろう。でないとどこかの誰かのようにお客に訴訟を起こされそうになってレッドカード、市場から即退場になるよ。



tom_eastwind at 13:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月13日

TPP

872 :名無しさん:2011/10/09() 11:43:13.12 ID:9JLF08ev

ウィキリークス 米国公電「TPPで日本と韓国を潰せる」

ニュージーランド外交貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官は「TPPが将来のアジア太平洋の通商統合に向けた基盤である。 もし、当初のTPP交渉8カ国でゴールド・スタンダード(絶対標準)に合意できれば、 日本、韓国その他の国を押しつぶすことができる。それが長期的な目標だ」と語った。(米国大使館公電から)

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉でニュージーランドと米国は、農地への投資制度や食品の安全性などの規制や基準を統一した「絶対標準」を定め、受け入れ国を広げることで経済自由化を進めようとしている――。

873 :名無しさん:2011/10/09() 11:44:15.07 ID:9JLF08ev

続き、TPP交渉を主導する両国のこうした狙いが、在ニュージーランド米国大使館の秘密公電に記載されていた両国政府の交渉当局者の会話から浮かび上がった。ニュージーランドの交渉当局者は「絶対標準」を受け入れさせる国として日本と韓国を名指ししている。これは国内の規制や基準の緩和・撤廃につながり農業だけでなく国民生活の多くに影響を与える可能性がある。公電は、内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公表。

 

ニュージーランドの当局者らへの取材と合わせて分析した結果を報告する。ウィキリークスからショッキングな情報が出たけど。 ニュージーランド好きだっただけにショックだわ。もう少し親日の国かと思っていたんだけどね。 拡散よろしく!

874 :名無しさん:2011/10/10() 04:00:59.91 ID:hTZnwH+U

NZLが親日国家? なにがそう思わせたのかね。

★2ちゃん終了

 

TPPを推進する日本人は「TPPによって自動車や第二次産業製品の輸出が盛んになる。農業が影響を受けるというがそれは日本のGDPの数%。ならば輸出による利益で農家に直接補填をすれば日本全体としては儲かるではないか」と言う。これに対して「TPPは日本にとって不利だ」と述べる意見を最近よく見かける。農業団体以外からも出ている。

 

では肝心のニュージーランドと米国の関係はどうなのかと見ていると、さすが2ちゃんねる、上記のような情報が出ている。まさにNZと米国が組んで日韓に狙いを定めてぶっ潰してやろうと書いているようだ。しかし面倒だけど下記の記事を読んでみてほしい。

 

The Journal

Gold Standard(黄金律/最高水準)を目指して

 TPPに関連するニュ−ジ−ランドの国内状況に関して、NZのマ−ク・シンクレアTPP主席交渉官は、ニュ−ジ−ランド政府にとって米国との自由貿易協定を決着させることが長年の懸案であり、それは産業界にとっては"エル・ドラド/理想郷"であるとの一般認識がある、ということを強調した。しかし、彼は、米国はすでにニュージーランドとの貿易・投資の面でかなり開かれており、現実は"エル・ドラド"という訳にはいかない、と述べている。シンクレア氏は、すでにニュ−ジ−ランドは多くの自由貿易協定を結んでいるものの、これほど政治的な(意味を帯びる)重要関心事項(sensitive issues)についての自由化交渉は初めてと述べた。彼は、ティム・グロ−ザ−通商相はこのことを充分承知しており、「米国をTPPに関わるようにすることは容易であるが、交渉の過程はまさに難物で特にgold standardを達成するのは大変なことだ」、と言っていると言及した。

 

3.(SBU)戦略分野毎の課題:多国間関係の課題について

 

 NZのシンクレア氏は、NZTPPが将来のアジア・太平洋地域における通商に関する統合のプラットフォ−ムであると見ていることを強調した。 もし最初の8ヶ国がgold standardに辿り着けば、TPPは日本や韓国、その他の国々に対する強力な圧力(put the squeeze)となり、まさに長期的な利益を得ることとなるだろう、と彼は強調した。更に、交渉過程におけるもう一つの重要な課題は、今の経済状況が国内課題に大変な難題を突き付けてしまっていることであると述べた。従って交渉担当者は、国内の雇用、賃金その他関連する事柄が受ける影響について深刻に認識しなければならないのである。

 新たなTPP参加国を加えることについてのスタンスを尋ねたところ、彼は現時点での交渉については少ないほど望ましいとの見解であった。しかし、もっと重要なことは米国議会における承認であり、最初の8ヶ国でcritical mass/量から質への飛躍が出来るかどうか、であると強調した。

 ニュ−ジ−ランドはもし最初の8ヶ国が、例えばマレ−シアを加えるなど加盟国が増える必要があれば、その時は前向きに捉えるだろう。

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/05/_tpp.html


同じウィキリークスからの記事となっているが似たような文章だが意味が大きく異なる事が分かると思う。2ちゃんでは「日韓叩きであり“なんだ親日と思ってたのに”」とまとめているが、下の記事では「最初の8カ国が自分たちのルールを先に作ってしまえば後から来る日韓はそのルールに従わるを得ずそれは自国の利益になる」と言ってるのだ。

 

そんなの当然でしょ、自国の不利益になるような国際協定を推進するバカなどいるわけがない。ニュージーランドにとって輸出貿易で売り物と言えば農産品であり品質では負けない自信があるからこそ最初に安全基準を作っておいて後から参加する日本などに自国ルールですがよろしく〜ってやりたいのだ。

 

親日である事と自国の利益を確保するのは全く別の問題である。ではNZを大好きな日本人はNZにただで車を輸出するのか?当然両国共に自国の利益の拡大を狙いながら落としどころを作っていく。その交渉を有利に運ぶために交渉のルールを自国に有利にしておこうってのは誰でもやる戦略でしょ。なのに反対派は文章をほんのちょっといじるだけで自説を通そうとしている感がある。

 

しかし次の文章を読めばTPPにおけるもっとも大きな問題が分かる。


環太平洋連携協定(TrancePacificPartnership、以下TPP)は海外でどう議論されているか。《THE JOURNAL》では内部告発サイト「ウィキリークス」が公開した秘密公電を全文日本語訳で掲載する。今回の文書は在ニュージーランド米国大使館の秘密公電に記載されていたもので、今年2月に両国政府の交渉担当が話した記録だ。

 

 TPPはもともと2006年に4カ国で結ばれたP4協定(加盟国:ニュージーランド(以下、NZ)、シンガポール、ブルネイ、チリ)を土台に、米国主導で拡大してきた構想だ。20103月から始まったTPP参加表明国による協議は、NZ・米国会談の時すでに5回の開催を終えて焦点や問題点は見えていた模様だ。

 

 P4協定のメンバーであるNZTPPを雇用改善の足がかりとしたい米国の会談は、参加国の狙いやTPP交渉の焦点を浮かび上がらせる。

(中略)

4.(SBU)戦略分野毎の課題:合意に到達するための重大な国内的障害について

 NZのシンクレア氏は、ニュ−ジ−ランドにとっての多くの重要関心事項について言及した。

 彼はまず、モンサント社がGMOに関するニュ−ジーランドの規制が好きでないという事実は誰も知ることであると述べた。知的財産権問題も眠れる障害であり、ニュ−ジ−ランドのディジタル生活を侵し始めれば懸念を呼び起こすだろう。シンクレア氏はまた、海外からの投資はニュ−ジ−ランドでは常に大衆の目を引き付ける問題で、特に土地取得や象徴的なニュ−ジ−ランドブランドに関わって来ると重要関心事項になり得ると付け加えた。更にNZのデイビッド・テイラ−氏は、資源採取のためにいくつかの保全地域を解放するという最近の政府決定を考えると、天然資源に関わる海外からの投資も重要関心事項になり得る、と 付け加えた。シンクレア氏によれば、製薬分野もまた争点になり得る分野である。


そう、この交渉の農業における大きな、てか根本的な問題はニュージーランドが遺伝子組み換えを認めていない点であり組み換え作物を売りたい米国と大きな隔たりがある、また組み換え技術で派生する種子は知的財産権となり今後NZで独自に開発した種子でも米国の会社に訴訟を起こされる可能性があるって点だ。

 

つまり交渉を進めるにもNZが農業の自由化で遺伝子組み換え製品を認めるような状態になれば自然大好き原発だいっ嫌い、更に遺伝子組み換えなんて絶対反対の一般国民がデモを起こすだろうし農家が自分でせっせと開発した種子を後から来た米国に「あ、それ、おれが去年作った種子だ、真似したな、カネ払え」なんて言われたら絶対に米国人をニュージーランドからたたき出すだろう、1985年に起こった核搭載艦ブキャナン号入国拒否事件のように。

(以前のブログでは間違ってロジャーズ号事件と書きましたがほんとはブキャナン号事件です、すみません、訂正します・ただ何か所で書いたか分からないので見つけ次第順々に訂正する予定です)。

 

このようにそれぞれの国で様々な問題が横たわっている現状であるが、確実に言えるのは今このルール作りに早い時期から参加しておけば日本の利益を主張出来るが後になって参加しようとすれば相手のルールを押し付けられることになるって点だ。

 

もちろんゲームに全く参加しないって選択肢もある。ある意味鎖国に戻してしまう政策だ。これは日本が主体的に判断すればよいと思う。ただし海外からの商品を受け取らずってのは同時に海外に品物を売るとなればTPPの恩恵部分は受けることが出来ず、厳しいルール(安全基準や関税)で戦う事になるから日本製の車は高過ぎて売れないって事になる。

 

このあたり日本の車はすでにタイで作っているし部品も日本調達ではなく現地調達なので日本車ではありませんって便法で逃げようって通産省は考えているのかもしれないな。工業製品はTPP協定国内で作って輸出して農業は日本に輸入させないって事だ。確かにこれだけ現地化すればそういう発想もあり得る(これが通るかどうかはわからないが)。

 

ちなみにNZと豪州は経済緊密化協定を締結しており二国間の物品および人間の行き来は国内扱い感覚になっている。だからキーウィはビザなしで豪州で働けてシドニーには現在40万人のキーウィが住んでいる。その代わりNZで売られている洗剤などは殆ど豪州製である。

 

けど豪州から仕入れるにしても商品の原材料が一定量以上豪州以外で作られている場合はこの協定が適応されずに関税が発生する。

 

TPPについては開国か鎖国かってだけでなくこのように技術的にうまく立ち回るって発想もあるかと思う。けれど最初からまるでTPPが悪魔であり日本を滅ぼすから感情的に一切ダメ!という単純な視点は持たない方が良いと思う。交渉には早い時期から参加する、しかし最後まで付き合うかどうかは交渉の行方を見据えてだってのもありだと思う。

 

戦後の米国は自国の食糧を敗戦国日本に様々な手練手管で売りつけた。日本が自前で賄える食糧の一つである鯨については自国の食糧政策に不利になるのでNZの基地外団体に金を渡して反捕鯨と言う米国利益誘導をやった。日本人でも自称「わたしは自然を愛するのよ、クジラは大事なのよ〜」と米国の明白なペテンに乗ってしまうお調子者もたくさんいる。国際社会の駆け引きも知らずにすべての日本人が目先の感情で「鯨バカ」をやってしまえば、その時こそ日本が滅びる時である。



tom_eastwind at 18:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月12日

怒りの葡萄、ウォール街を占拠せよ

 

今ニューヨークに始まり全米に広がりつつある一風変わったデモンストレーションが発生している。

 

10月1日ニューヨークのブルックリン橋の車道を団体で歩いたから一斉逮捕されたという記事を見かけた方もいるだろうが米国の普通の若者が金融企業に対して静かな怒りをぶつけている。

 

彼らが要求らしきものをしているのは医療制度の社会化と銀行の国有化とかだそうだが、どうもはっきりしない。何か静かな知性的な怒りを感じているんだけどその背景にあるものが政治的運動なのか愛国的運動なのか米国の伝統である家族を守ろうとする運動なのか、どうもこのデモ団体、どこが頭でどこがしっぽか分からず何かを声高に要求している様子でもないと、デモを取材した記者は書いている。

 

http://www.nikkei.com/biz/world/article/g=96958A9C93819584E2E4E2E2E08DE2E4E3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;p=9694E3E7E2E0E0E2E3E2E6E1E0E2

 

北京の春と言う「(第二次)天安門事件」を覚えている方は多いだろう。中国の民主化を要求して学生が平和的に天安門広場に結集し、決して暴力行為には訴えず政府に直訴した行動だ。若者はダンスを踊り会話をして未来の話をした。

 

その結果は人民解放軍兵士の天安門広場への突入と一方的な銃撃、そして戦車の前にたった一人で立ち塞がった学生の映像。多くの若者が殺され残った若者も故郷にも帰れず米国に政治亡命をしたり逃亡中に捕まって刑務所に放り込まれた。

 

今回の米国でのデモが暴力や流血に繋がるとは思えないがそれでもこのデモと天安門事件の共通点は多い。

 

荒れ狂う世界経済の中で目先の効くほんの一握りの金融業界で働く人々が己の利益だけの為に更に経済を乱して大儲けして、挙句に自分の働く銀行を倒産寸前にまで追い込むが、その銀行は政府の税金によって救われ銀行で働く人々は大儲けをしながら一般経済は破綻に追い込まれ多くの一般企業は倒産に追い込まれた。

 

それでも賢い銀行家は最初に法律を学び法律の穴を見つけて法律家と契約書を作ったから彼らは合法であり倒産した何も知らない一般企業のみがバカを見る事になった。

 

そんなのおかしくねえか?一部の人間が自己利益だけの為に世の中を乱して金儲けしておいてそのツケは大多数の無辜の人々の税金によって払われたのだから。若者が普通に大学で勉強していたら真面目一筋の父親がある日突然解雇され住む家を奪われ保険もなく道端に放り出されてしまった。そんな状態に疑問と怒りを持ち誰が悪いかを考えてその「悪い奴ら」に「そんな事やめろ!」と訴える。ごく当然の行動である。

 

つまり中国の若者は地方政府の腐敗と暴力に怒りを感じて北京の中央政府に腐敗防止と民主化を直訴し米国の若者は政府と一部企業の違法行為に怒りを感じてデモを起こした。

 

そういう意味ではどちらも無垢(Innocent)な若者だと言える。だって政府は何かしてくれる、世の中を正してくれると思い込んで平和なデモを行ったのだから。

 

記事の中では無政府主義者と言う言葉が出てくる。悪い言葉として使われやすいが本来は「個人の自由を徹底して自己責任で生きる人々」と言う意味である。

 

個人は一人一人では弱い。ライオンと戦えば確実に食われる。けれど皆が一致団結して社会を作り工場を作り火薬を作り鉄砲を作ればライオンと戦える。けれどその代わりに一人の時に持っていた「何でも自分で決める自由」を失ってしまう。なぜなら社会を作れば全員の意見が常に一致するわけではな全員の意見を多数決でまとめていく中で誰かが妥協しなければならない。社会に参加する全員の利害関係も調整しなければならない。

 

こういう意見をまとめて利害関係を調整するのが政治家であり政府だ。つまりぼくらは一番大事な自由を少しづつ削って自分で稼いだお金を政府に渡して彼らに利害調整をしてもらってるだけなのだ。ならば政府がやるべき事は本来は最低の再調整作業のみであるはずだ。

 

ところが政府と言う組織はすべての組織と同じく一旦作られると自己保存機能が発動されて政府自体が生き残りと一番多くの利益を取るようになる。そうして政府は一般国民の望まない、自分たちが望む政治を行う事になる。

 

今の日本政府を見てみろ、役人はどんな既存の法律でも自分で都合よく解釈して新しく作る法律は自分の都合の良いように作り替えて自分たちがミスをしても絶対に責任を取らない仕組みになっている。民間企業であれば働きが悪ければ左遷だしミスをすれば降格だし問題を起こせばクビである。ところがこの常識が役人の世界では通用しない、何故なら自分たちだけは法律で守るようにしているからだ。

 

だったらそんな政府は不要である、自分は自分の自由を政府から取り戻して自分が稼いだお金は一切税金を払わずに自分でどう使うかを決める。病気になっても怪我をしても政府に頼らない。自己責任だが自分で何を決めるにしても自分の自由である、他人の決めたルールなど関係ない。高度凝縮型な社会は失われるが個人が自由を取り戻す。

 

デモには無政府主義者が参加していると記事で書かれているが、無政府主義とは「政府がなく治安が乱れた状態で国家が荒れる」という意味ではない。国家に頼らず個人が自己責任で生きるという意味だ。社会保険も不要、年金も不要、教育も自分で稼いだ金で子供に与える、その代わり税金も払わない、そういう生き方もあるはずだ。

 

この若者たちの社会に対する動きは普通に生きていれば誰でも共有できる感覚である。しかしそれはあくまで市民感覚であり巨大化して自己保存に走っている政府と法律を自由に作り自由に解釈して自分たちの利益だけの為に利用する取り巻き連中には到底通用しない。

 

だから今回であればその動きを止めるのが警察でありすでに逮捕者も出た。この行動がだんだん激化すると偶発的であれ暴動に繋がる可能性が高い。けどこのデモは間違いか?銀行でしこたま儲けた連中は放置しておいて無辜の一般市民を逮捕するのか?それこそ社会的弾圧だろう。

 

法律でこう書いてますから銀行家は無実ですというのは、まさに自己保全の詭弁にしか過ぎない。頭の良い連中はまず法律を作って自分を守ってから道徳的には絶対にやっちゃいけない事をする。そして法律を知らないけど真面目に生きてきた人々が当然の怒りを持ってデモをしたら逮捕する。これっておかしくないか??

 

アメリカは合衆国である。各州はそれぞれ独立した国家であり中央政府は各州を取りまとめる調整役にしか過ぎない。しかしその調整役が不必要であるだけでなく各州の利益を侵害するような場合、各州は独立宣言をすることができる。わが州ではUSドルは不要で毒実の通貨を発行する、合衆国軍隊は不要であり州兵だけで防衛を行い独自の外交を行う、そうすれば実質的に独立国である。

 

「怒りの葡萄」は1939年に発表されたジョン・スタインベックの名作である。オクラホマの貧しい農家の息子トム・ジョードが一家と共に当時の大恐慌や機械化農業の為に生まれ育った土地を出ていくことになり(大脱出)乳の出る大地カリフォリニアに苦難の末に移るが、そこも法律で権利を守られた大規模農業家の実質的奴隷としてしか働くことが出来ない状態で人間性さえも奪われた彼らは反撃に出る。

 

ジョンフォード監督ヘンリーフォンダ主演で映画化もされており、社会の中で真面目に生きていたけれど結局真面目だけでは生きていけないアメリカの現実を1930年代の大恐慌の中で戦ったちっちゃな農家の挫折と怒りを描いた名作である。

 

もしかして今の時代は1930年代のような誰も経験した事のない大嵐の中に突入しようとしているのではないか?法律はあなたをまもってくれない。むしろ法律はあなたから「合法的」に財産と生命さえ奪ってしまう収奪システムを合法化するだけのものになった。

 

民主主義の旗頭であると言われたはずの米国で民主主義がうまく活動せずにいる。考えてみればもともと米国に民主主義が存在したのか?そんな疑問さえ出てくるが、いずれにしてもこのような時代には自分だけの力で家族を守るしかない、頼るものはない、そうしっかり理解すべきであろう。



tom_eastwind at 17:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月11日

ユニセフとかアフリカの子供、または深センの子供たちとか


キャセイ航空に乗って良い点はたくさんあるが嫌な点も少しある。そのもっとも嫌な点は搭乗して最初に渡されるユニセフ募金の封筒だ。

 

封筒の表には貧しいアフリカの子供や中東の子供たちの写真があり「この子がかわいそうだろ、だから金払え」と言う人質ビジネスだ。しかし封筒を渡す君、ぼくがこの封筒に一万円を入れたらそのお金は全額確実にその貧しい子供の手に渡り、渡った後も誰かに奪われずに自分の生活向上の為に使われるって信じてるほど幸せな生活を送ってるのか?

 

そんな事は何も考えずにぼくに渡しているだけなら君はすくなくとも無知か詐欺師の片棒を担いで「あたしって〜人助けしてるシャカイコウケンしてる〜」って思い込んでるだけだ。今のアフリカや中東がどのような状態か、また国際貢献と言われて支出されたお金のどれだけが肝心な子供たちに渡らずに独裁者やその取り巻きに奪われているか。

 

お金がどのように動くかご存じだろうか?あなたが入れた小銭がどう流動するか?例えばユニセフによって集められた小銭で買われて食料となった場合はその食糧は具体的にはトラックなどで貧困地域へ輸送される。しかしその輸送ルートはその地域の支配者が押さえており通行するすべてのトラックから食料を奪い軍隊の食い物にする。たまに食料を受け取って喜んでいる子供の写真が出たりするが、あの食料は写真を撮った後に「お前の仕事は終わったよ」と支配者に言われて子供の手から奪われてしまい軍隊の食糧となる。

 

そういう事を知ってしまえばこのような寄付は単なる自己満足でありかえってその地域の支配者、つまり飢えている子供の支配者にお金や食料を渡す犯罪行為と化する。そういう事を考えた事があるだろうか?

 

だから上司の指示で封筒を配る一つの行為と言っても自分が何をしているか考えてみればどうだろうか?必要なら寄付の袋は機内の雑誌棚に置くって配慮はないのだろうか?

 

ぼくは寄付をする行為がすべて悪いと言ってるのではないしユニセフで働く人は良い人が多いとも思う。また人間が助け合いながらこの社会を作っているのだから寄付は絶対に必要な行為である。しかしその「必要な行為」であり「善意」である部分を逆手に取って薄汚いビジネスが成立しているのも、これまた事実なのだ。

 

可哀そうな子供の写真を使って、寄付をする人には心の満足を与えて金を集めて食糧や武器にして一部支配層を太らせるのは「支払った側にも利益=心の満足を与えているんだから文句ねーだろ、外野が口出すな、被害者のいねえビジネスなんだよ」と言われば何もいう事はないが少なくともぼくはそのようなビジネスに加担したくないし心の満足を味わう事が誰か他人を太らせて肝心の子供には何も届かないという現実を知ってしまえば満足など感じる事さえ出来ずこのような寄付行為はむしろ恥を感じる。

 

ぼくの奥さんはこのような寄付を絶対にしない。ぼくと知り合う前からそうだったし今もそうだしアフリカについてはこれからも変わらないだろう。あれだけ優しい奥さんが何でユニセフとかに絶対に寄付しないか、それは多くの香港人は生き馬の眼を射抜くような厳しい社会で生きて常に現実的であるってからだ。

 

ぼくも自分の眼で見て来た事だが1990年代のシンセン駅前には手足のない薄汚れた子供がたくさん座り込んだり並んだりして乞食をしていた。中には5歳くらいの足を切られた女の子が3歳くらいの痩せたちっちゃな赤ちゃんを抱いてたりしてぼくら外国人に「お金を下さい」って話しかけてきたものだ。米国人ビジネスマンなどはもう目をそらすことさえできず自分の見ている光景を信じられず、けど子供たちに近寄っておろおろしながらポケットの中からお金を出していた。

 

しかし彼らの数十メートル後ろには、子供たちを四川あたりで両親が隣の田圃仕事に出ている隙を狙い田舎の家から誘拐して手や足を叩き切って治療してから駅前に並ばせて子供が集めたお金を回収する担当者が目を光らせているのだ。そう、中国ではこのような犯罪行為として誘拐乞食ビジネスが横行していたのだ。金を稼げない子供はもう片方の手を切られ病気になれば川に投げ込まれて終わりだ。

 

見るのが辛くなる光景であったがそれが現実であった。

 

駅前のシャングリラホテルは超高級レストランでコーヒー一杯飲むのにも香港側でお昼御飯が食べれるほどの金額がかかるが、その「あるフロア」では部屋いっぱいの売春婦がホテルの治安を担当する公安(警察)に賄賂を渡して客引きをしており。カネモチそうな香港人がしょっちゅう出入りしていた。

 

そして彼ら香港人の中には女を使った美人局で誘拐されてその場で殺されて、更に身代金を運んで来た秘書や奥さんも殺しその死体を香港人が乗ってきたベンツに詰め込み、数千キロ離れた田舎の町に捨てていく事件が多発して毎日新聞を賑わしたものだ。それが現実だった。

 

じゃあアフリカの貧しい子供たちはどうすれば良いのか?何もしないより少しでも何かをすべきでしょ、そう反論したい方には「じゃあどうぞ、アフリカの子供たちの為に寄付をしてください、少なくともぼくはアフリカではしません、ぼくは寄付は直接行為でない限りしません」と言うだろう。

 

東北の大震災やクライストチャーチの地震では違った判断があるだろうが、長い間世界でいろんな現実を見て来たしロンドンではアフリカの支配者が真っ黒な体に立派なスーツを身に付けて葉巻を吸いながら白人ビジネスマンとやり取りして「じゃあいいや、それで俺には何をくれるんだ?」と大声でしゃべっているのも見て来た。

 

世の中は「Innocent」であるだけでは生きていけない。世の中の現実を理解していけば「強くなければ生きていけない優しくなければ生きる資格はない」と言う言葉の意味がよく分かる。



tom_eastwind at 13:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月10日

W香港

Wホテル香港

 

ぼくがなぜ今香港にいるのかは大きな問題ではない(笑)、香港にいるのなら香港でしか学べない事を学ぼう、そう考えてWホテルを楽しむ。W香港は昨日のaquaに続いてここも感性を磨かせてくれるホテルだ。

 

単純に「寝る場所」としてホテルを考えるであればもっと違った選択肢もあるが、ぼくの場合は「今そこにないもの」を創るのも仕事の一部であり、その意味でこういうホテルは実に勉強になる。

 

「今そこにあるもの」は誰にも見えるしどう改良するかも思いつける。けれど「今そこにないもの」を具現化する作業がどれほど大変かはよく分かる。これ、やったことがある人間にしか理解出来ない世界だ。だからこんなホテルを思いつくだけで大したものなのにそれを具現化した建築家やデザイナーや様々な人々に感謝である。

 

そっか=、こうやって具現化するんだな、出来てしまえば「すごい〜」で済むことだが実際にこれを形にするまでの苦労は、やっぱり南半球で生活していると思いつかないし実現出来ないな。

 

これが例えばインドネシアのバリであればどのような一流ホテルを見てもそれほど感心することはない、ある意味バリの中の延長にしか過ぎないから想像も実現も可能である。けれど今存在する既存の「宿屋」に違った視点から新しい価値観を加えるというのはなかなか出来るものではない。つまり今あるものに新しい空気と価値観を吹き込んでいるのだ。

 

想像することさえ決して簡単ではないが創造することははるかに難しい。自分が信じる事や自分の直感をどれほど大事に出来るか。周囲がどうかじゃなくて自分がどう強く思えるかだ。特に今の日本では誰もが「空気読めよ」って言われて中学のガキでも周囲に合せないと生きていけない時代になってしまい、まさに第二次世界大戦直前の日本のような「空気」であるが、そんな空気では自分の直感などあっという間に潰されてしまう。

 

誰も何も言えない、マスコミは大衆に迎合して大衆は学者に騙されて学者は政治家に食い扶持をもらって政治家は官僚の振り付けで踊ってて、その官僚は先輩の作った内向きの仕事にのみ集中してそういうごますりが出来る人間だけ(=空気を読めるけど自分の信念のない直観のない人間)が出世をする仕組みになってて結果的に皆が目をつぶって地獄に向かって一直線に落ちていく。まさに狂気の戦争だ。それにしても、今回の日本出張は精神的に苦しかったな。後半は吐き気の連続だった。

 

そんな日本を出てから何の偶然か香港で二泊しているのだけど、ほんっと、こういうホテルで感性を磨く機会があるとうれしいな。社会が均一化して画一化してしまうと異質なものを受け入れることが出来なくなる。けれど進化は変化から始まるし「変な奴」がいるから世の中は楽しいのだ。

 

田舎の南半球で天敵のいない田舎の猿山の大将みたいに「おれってすんごい〜」と勘違いで自惚れるのではなく、かと言って北半球の日本で「空気読めよ」と埋められるのではなく、香港のような場所で自分を少し勉強させて自分の感性を磨く、そういう意味で今回の二泊ってのは多分神様が「こら、手抜きすんなよ!自分をきちんと磨けよ!」と与えてくれた時間なのだろう。しっかりと神様のメッセージを受けて勉強しようっと。明日からオークランド、現場の仕事が待ってます。




tom_eastwind at 16:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月09日

aqua


今日は香港で人気のレストランAquaに行く。ただしこれは香港サイドにあるAquaだ。九龍側のaquaは現在改装中なので香港セントラルにあるアルマーニと提携したaqua。しっかしまあ、人口が多い事の強さって言うか北半球の教育熱心で良いものをどんどん作り出そうとするレベルの高さってか常に競争に晒されているから必然的に個性的で良いものを作り出そうとするのか、いずれにしても人間の創造性には感心する。


こんなん、どういう脳みそだったら作れるのか?それに、脳内で描くことが出来てもそれをどう実際の素材を見つけてきて、柱にしてもテーブルにしても椅子にしても自分の想像を現実にするのか、そういう意味で南半球でレストランをやってる自分が恥ずかしくなるくらいレベルの高いお店だ。


なんだか久しぶりにヒガミ(笑)を感じるほどの素晴らしいお店だ。セントラルのチャータービルの2階にアルマーニ旗艦店と同居して、ショップのあるフロアからエスカレーターで一階分上ったところの左手にレストランがある。上がったすぐ右手はバーになっており、レストランが夜の6時から開店なのにこのバーではウエイティングラウンジとして早い時間から飲める。


バーが目を見張るほどお洒落でありカウンターで働くフィジー出身のでっぷりしたお兄ちゃんとおしゃべりしたり、きりっとしたお洒落な若い香港人のバーテンダーとおしゃべりをして待ち時間を楽しむ。


フィジー出身の大柄な黒人のお兄ちゃんはいかにもフィジーだな、明るくて人生の幸せを目一杯楽しんでる。香港の若い彼はカウンター越しに明るく話しかけてきながらしっかりこっちを値踏みしているのがみえみえちゃん。けれど悪い感じではなく、「おれ、これくらいいけてんだけど、あんた、おれのどこの部分と会話したい?」って挑戦的な気持ちがあって気持ち良い。


そうそう、若いのだ、それくらい常に喧嘩する気持ちで上昇志向を持って仕事しようぜ。今の日本にはもうないよな、こういう喧嘩っパやい若者。日本じゃ規則や決まりや空気で、結局潰されるもんな。


バーを楽しんでからメインダイニングに移動するのだが、「テーブルの用意が出来ました、いつでもお声をかけてください、テーブルにご案内します」という声のかけ方もタイミングもうまい。それにしても北半球のホスピタリティの進化には目を見張る、南半球はどうしても遅れてるなって思う一瞬。


メインダイニングは明るくお洒落で素晴らしいのだが、何よりも良いのはレストラン入口からダイニングまでの通路だ。「ここから別世界ですよ、さあ、気持ちを整えてくださいね」ってメッセージがばんばん伝わってくる。すんごいな。


この店は和食とイタリアンを揃えているのだが、大トロ中トロも立派なものを揃えており、これは築地から空輸ですねってくらいの品質。見かけだけ和食ってんじゃなくて、和食はちゃんと和食であり、イタリアンで注文したミネストローネは単純にトマトソースの野菜煮込みではなく季節の野菜の美味しさをぎゅっとしぼってスープが邪魔をしないようにバランスが取れてる。


ただ単純に食べるだけの立場ならどうでも言いたい事が言えるだろうが、一つのレストランに全く違う二つの料理を並べておいて、それでどちらも美味しいのだからこりゃ確かに美食王国の香港でも勝っていけるだけのことはある。


美味しい食事に欠かせないのがワインだ。メニューを見せてもらう、おお、ここにもニュージーランド産のソービニヨンブランクがある。うれしくなって思わず「これちょうだい」と言うと白人の若いウエイターが「お、ニュージーランドですか〜」と言うので、ぼくも思わず調子に乗って「自国経済への貢献ですよ、ぼくはニュージーランドに住んでいるので」。彼は楽しそうに笑って「そうなんだ、ぼくはロンドンから来たんだけど、いいですよね経済貢献!、ぼくは今晩の仕事が終わったらギネスを飲まなくちゃ〜」。


こういう何気ない会話の一つ一つから相手の知識レベルが分かるしこっちが試されているのが分かる。


出て来た寿司、スープ、パスタ、いずれもよく出来ててスタッフとの会話も楽しめて、いいよなこんな店を作ることが出来るオーナー、うらやましいよな、おれも南半球だからと手を抜くのではなく、もっと自分のお店に時間をかけて感性を磨かないと、もっとやんなきゃ、そう思わせる今日のaquaでした。ほんとうに良い刺激、そんな時間は絶対に必要。


 



tom_eastwind at 14:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月08日

移動中

日本からニュージーランドに向けて移動中。毎月往復しているとは言え、今回は短期の移動ばかりでさすがに疲れたかも。ブログもネタはあるのだが文字に変化しない・・・。まあいいや、とにかく移動中でオークランドに戻るのは月曜日の予定。

tom_eastwind at 21:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月05日

好きになってね、頼むよ!

「好きになってね、頼むよ!」という見出しに惹かれて読んだ記事。

1NHK・民放連共同ラジオキャンペーン「はじめまして、ラジオです。」

102日日曜日、第1NHK・民放連共同ラジオキャンペーン「はじめまして、ラジオです。」が開催された。AKB48、オードリー、ももいろクローバーZをはじめ、各ラジオ局の人気パーソナリティが渋谷に集結し、若者のラジオ離れをなんとか食い止めようと、NHKと在京ラジオが協力しての一大キャンペーンとなった。民放側の総合プロデューサー、TBSラジオの加藤嘉一社長にお話を伺った【取材・構成 BLOGOS編集部 田野幸伸】


 

ラジオの凋落が始まって久しいがご存じのとおり日本で最初に公共に向けた放送(一方通行)はラジオである。江戸時代のかわら版から始まり人々に対して情報提供をするビジネスは新聞からラジオ、そしてテレビと様々に形を変えながら現在ではインターネット(双方向)も利用されるようになった。

 

BLOGOSと言う情報発信源はネットを媒体として情報を発信するのだが、そのBlogosで上記ラジオの活性化の話がネタになっていたのが皮肉でやってるのか面白い。

 

けど、あれれ?記事を読むとどうも「ラジオは面白いのに高校生が聞いてくれない」その理由は高校生がスマートフォンが持てないとかパソコンがないとか、こっちは新しいラジオ発信をやってるのに彼らが受ける事の出来る機械がないって話。それとかラジオはアナログ中心で高層ビルの増加で電波が届かないとか。

 

うむむ、これは自虐ネタで書いているのか?なんでこの業界に限らずだがテレビの人々も含めて、放送の一番大事なものはコンテンツ、つまり伝える中身だって事が理解出来ないでいるのだろうか?

 

これはかわら版の時代から全く同じであるが、人々が欲しがる情報を提供せずに「うちのシステムは良いのに使ってくれない客が悪い」と訴える日本製携帯電話会社や大手電機会社みたいなものである。

 

放送とは何か?通信とは何か?媒体とは何か?この根本的な問題を理解しようとせずに常に仕組みやシステムなど「今ある既存のもの」にのみこだわり、一番大事な「中身」を守ろうとしなかった人々が顧客から捨てられるのは当然の事である。

 

これは何もラジオに限ったことではなく日本の多くの業界で見かける現象だが、誰もが目先の仕組みにとらわれて時代の変化についていけず過去の身を振り返りながら「なぜみんなわかってくれないんだ?」と悩んでいるが、あのさおっちゃんたちよ、ちょっと視点を変えて顧客の立場で考えて見なよ。

 

誰もが労働者の時間と消費者の時間を持つ。その消費者の目線が、なぜか自分の会社の事になると労働者目線で物事を考えてしまう。そういう矛盾を自分で理解していますか?おっちゃんたちさ。

 

あのね、年を取るって事は本来楽しい行為なんですっよ。若い頃と同じくらいの体を進化した医学で維持しながら脳みそにはどんどん新しい知識と社会経験が増えて行って若い人がどれだけ逆立ちしても敵わない知識と経験を積んで深みのある人生を送れるんですよ。

 

ところがそんな楽しい行為をラジオの連中は分かろうとしない。自分で脳みそを停止させて自分で体を(無意味な付き合い残業やタバコやその他不健康な事)老いさせてその挙句「今の若者はラジオを聞かない」なんてさ、ばっかじゃないの?

 

要するに面白くない情報を垂れ流しているのだ。例えばぼくらの高校の頃はラジオブームだったが、それはパーソナリティと呼ばれる人々が中島みゆきだったり谷村しんじだったり、とにかく今でも超のつく有名で実力のある人々が本音で楽しく話しかけてくれたのだ。

 

今のパーソナリティって、要するに関西系のバカお笑い芸人でしょ。人生の深さが全然違うんだよね。そんなのにしゃべらせておいて客取れるかっつうの。

 

好きになって欲しいなら脳みそ整形してこいって感じの今日の小ネタでした。



tom_eastwind at 15:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年10月04日

週刊ダイヤモンド10月8日号

東京に着いてホテルの近くのコンビニでいつものようにカップヌードルとどん兵衛うどんにそば、バームクーヘンとか南アルプスの天然水とか午後の紅茶を仕入れて、本棚にある週刊ダイヤモンドを買い物かごに入れた。

 

ぼくの泊まってるホテルに無料の水を置いてないわけではないが、ぼくは「いろはす」の味は口に合わないので飲みたくないのだ。でもって冷蔵庫に冷やしている有料の水はエビアン。日本の皆さん、どう思いますか?

 

エビアンは硬水でしょうが、ウイスキーの水割りになら使えるがそのまま飲むには日本人、苦手でしょう。格好だけで売れた商品の最たるものだ。でもって「いろはす」は中身同じで全然売れなかったのをコカコーラが容器を潰しやすくしてエコ!って言い出してからじゃあんじゃん売れるようになったけど、この水もやっぱり臭みがあるのに宣伝で売れた水だ。

 

水の味なんて個性なんだから文句言うな、「嫌なら飲むな」とエビアンやエコファンから言われそうなので最初に言っておくと「はい、だからコカコーラに電話して文句を言うつもりもありません、ただ嫌だから飲みません、南アルプスの水にしてます、です。

 

話はそれたが東京の人が食べるどんべえと関西の人が食べるどんべえが違うというのは都市神話ではなく本当だと思う。関東のどんべーは液体スープだけど関西のは今でも粉スープだし。ホテルなんだからルームサービスでおいしいうどんだってあるでしょって言われても、どうも仕事の合間に食えるどんべえが一番胃袋が落ち着くのだ。

 

全然話がそれた、今日の話は籠に入った週刊ダイヤモンドの話でした。何と「あなたにもできる!資産&家族を賢く「海外疎開」させる全ノウハウ公開」だって。移住と海外投資〜?なんじゃ、まさにうちがやってる事じゃん、どれどれ内容は?と読んでみると、これがどっきんこ。

 

海外に資産を移動させて相続税を節税する方法が、おお、そのまま出てるではないか。こんなのを週刊誌で書いても良いのか??それもこのスキーム、数億から数十億円まで対応出来るスキームだ。スキーム構築にかかる費用は1千万円以下だろうから何もせずに50%以上を持って行かれる人なら費用対効果は十分にある。

 

よく読むとかなりの「肝心の部分」は省いている。記者がそこまで知識がなかったのか、怒った国税局に税務調査に入られるとやばいので敢えてそこまでは書かなかったのか(笑)は分からないが、スキームの基本の部分はきちんと書かれている。

 

なのでこの記事を読むだけでは具体的にどう進めればよいか、またその方法が自分の資産に合った方法かどうかは分からないようになっているが、シンガポールの日系コンサル企業はその辺のノウハウはもちろん持っているだろう。

 

これから10年間、毎年50兆円の資産が海外流出すると書かれているが、それも有り得る。今の民主党は金持ち叩きをやりたくして仕方のない連中ばかりだから資産家向け増税は確実に来る。その対策を早急に打たねば確実に資産は激減するのだから誰しも資産防衛の為に行動を起こすしかない。

 

でもって移住の話も面白い。移住の良い面と悪い面をきちんと書いているし、中途半端な情報で行けば極楽と思っていた場所が実は地獄だったと気づいて、その時はもう遅いよなんてのも書いている。現地の日本人のいう事を鵜呑みにするな、これもその通り。

 

現地にいる日本人でありながらこんな事を言うのも不思議かもしれないが、当社はニュージーランドの不動産でトラブルに遭った人の駆け込み寺になっているので、ほんっと、不動産のトラブルだけはもう勘弁してくれ、外国に不安を感じる人がますます不安になって結局健全な投資でさえすくんでしまいますからって感じだ。

 

ここ数日はまたも欧州危機が円高に繋がり、ユーロ>ポンド>豪ドル>NZドルと繋がっているためにNZドルまで急激に下がっているがダイヤモンドでは特集で「欧州を襲う10月危機」ってのもあり、これもよく分かる。

 

お客様から突拍子もないタイミングで「いつまで円は上がり続けるのか、何が原因なのか?」なんて聞かれるが、僕の推測を語ったところで裏付けを取ることは出来ないから信用出来ないって話になる。けれど金融は裏付けを取ることが出来ない世界でお金が流れているのだから最後は自分の知識を鍛えて自分で推測をするしかない。

 

いくつかの普遍的な事実を取り出して言えば「歴史は繰り返す」であり「世の中に偶然なんてない」と言う試金石を使って現在の為替を見ればある程度こたえは出てくるしそれは僕の推測に近いものになると思う。ただそれを自分で信じることが出来るかどうか、だけだ。

 

はっきり言えば数週間程度の急激な短期の為替は普通の人には誰にも読めないし結局は大きなところが勝つようになっている。自分が勝つような状況にしておいてからゲームを開始する連中がいるのだから一般の人が考えても分かるわけがない。輝く金があると思い込み洞窟に飛び込んだらそこは真っ暗な世界で出口も見えないまま最後には竪穴にどっかーんと落とされて終わりだ。

 

ああ、今週号は読みごたえがあって面白かった。



tom_eastwind at 23:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月03日

フラットメイト

シェアハウス、ほうほう、日本もやっとそういう時代が来たか。東京で偶然見かけた記事だけど、見る限りまだまだ本来のフラットメイトではなく村の若者の青年団の交流って感じがするな。青年団は良いのだ、適正な若者が適正に交流する場所だし古くから村祭りを通じてわははしたりしてたのだ、これで次世代が構築されるのだから良いと思うが。

 

今だから言える話だが、ぼくは20代半ばの頃まさにフラットメイト生活を一時期送っていた事がある。シェアハウスなんて言葉さえ存在しない、何の関係もない男女が一つ屋根の下にいるなんて考えられない時代に、同棲でさえないフラットメイト。

 

いつも飲みに行く店で働いてたその女の子がたまたま一緒に住んでた女性の友達に男が出来てアパートから出ていくことになった。彼女はそのアパートが職場に近いし気に入っていたが家賃全額負担はさすがにきつい。そこで僕に「ね、一緒に住まない?」と持ちかけてきたのだ。

 

綺麗と言うより可愛らしい系の彼女がぼくに声をかけてきたのは、たぶんこいつは酔っぱらっても私に無理やりなんかするなんてのはないだろうなって女の直感で思ったのだろう。ちゃんと期待を裏切らずに(笑)、約一年一緒に住んでた。

 

時代が時代であるからあまり他人に言う事も出来ずマンガの「翔んだカップル」状態だったが(このマンガ、知ってる人いるかな〜)、若さもあったのだろう、勢いで生きてた時代だった。

 

フラットメイトは合理的な仕組みである。今の日本で高い家賃を一人で負担する仕組みは無駄が多い。電気代も高いわけで、そんな費用を二人で半分こすれば、例えば東京で15万円のアパート(マンション)に住んでも自分の負担は75千円で済む。

 

ただ自立していない人々が集まってしまうと村仲間の青年団の夜の公民館状態になり必要以上に相手にべたべたしたり気にいらないからと意味もなく相手を排除したりする。

 

まだまだ日本人には難しいシステムだと思う。これが目先の家賃を抑える意味では効果的であり一時的に広まるだろうが次に起こることは恋愛沙汰のトラブルでありマスコミが面白おかしく問題を取り上げてしまうんだろうな。

 

フラットメイトで何より大事なのは自立と他人の価値観の許容である。今の日本の若者でもワーキングホリデイなど海外での「一つ屋根の下」生活を経験した人ならOKだろうけど、日本の生活しか知らない人にはまだまだ理解しがたいんじゃないかなと思ったチョイネタでした。



tom_eastwind at 16:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月02日

一方的ないじめ?ならば戦おうではないか


今の日本は韓国や北朝鮮からの「一方的なイジメに似た状態です」テレビの株主が30%以上外国人、在日の人々の生活保護費用が年間2兆円、なのにあなたはニュージーランドにいるからって「関係ないや、仲良くすれば」と言えるなんておかしい!


 

昨日の韓国ネタの続きになるが、コメントを頂いたご本人の掲載了承確認を取ってないので文章の主意だけ書くと上記のような内容である。

 

なるほど。ぼくと同じ経営者と言う立場の方から頂いたコメントだが、さてどう答えるか?実は僕の立場は「韓国の人々と仲良くしようぜ、どう切り離したって朝鮮半島が地震で沈没することもないし2千年以上の付き合いをしてきたんだから感情論を持ち出して兄弟げんかをするよりはお互いに兄弟として助け合って最近500年くらい付け上がってる西洋人に「持続する社会」を教えてやろうぜって発想である。

 

この発想はニュージーランドに住んでいるから言える事だと反論されることもある。その点まさにこの方の指摘する通り、「石をぶつけられない対岸の安全圏からかっこいいこと言うな」って論点が出てくる。じゃあ君は言論の自由を弾圧したいのか?どこにいれば発言していいなんて決まりがあるのか?

 

ニュージーランドと言う西洋の第三国に生きているからこそ日本と韓国の仲の良さを感じるのも事実である。ちなみに当社では韓国出身の社員が数名働いていた事がある。みな優秀だったし日本人と同じ価値観で仲良く仕事をしていた。付け加えれば彼ら全員が日本語を流暢にこなしていた。けどこの職場に全然価値観の違うインド人がいたら?アフリカ系黒人がいたら?かなり世界の広さに仕事どころではなくなるかもしれない。

 

そう、まさに僕は石をぶつけられない対岸で生きている。だって石をぶつけられないから怪我をすることもない選択をしたのだから。自分が一方的にいじめを受けない場所を選んで生活をしている、これが間違いなのか?

 

では聞きたい、あなたは「一方的ないじめ」に遭っていながら何もしないのか?嫌なら喧嘩しろ。同じ日本人である僕に文句を言うだけで肝心の「事件を起こしている半島人」に喧嘩を売らないのか?それこそおかしくないか?

 

自分の住む世界を自分に合うように住みやすくするのは自分の責任ではないのか?その、住みやすくする努力をしないままに遠く離れた僕に文句を言って何が解決するのだ??

 

僕の場合6歳くらいから具体的に政治家を意識して何とか日本を平和に出来ないかって考えて来た。しかしそれって当時の自民党のシステムの中では不可能と思った。小学生の頃には自分が火星に行って火星人を集めて地球を襲来する、その結果として地球が国同士のいがみあいを止めて協力する、その為に自分が死ぬのなら安いものではないかと本気で思っていた。

 

ぼくが現実的な判断をするには理由がある。それは子供の頃から現実的に戦ってきたからだ。脳内不満ではなく実際にやってみて社会の壁の厚さがよく分かったから非生産的な感情論に走らないだけだ。

 

どんな事を言っても日本は合意のうえで動く国(村)であり僕の意見が少数派である以上、僕が彼らを納得させることが出来なければ彼らにも選択の自由と言う権利がある以上ぼくの少数意見を強引に押し通すことは出来ない、社会と言う組織なのだから多数意見が通る、自分がその町で黙って生きるかその町を支配するか、それともその町から出るかである。

 

コメントを頂いた方に聞きたい。あなたは韓国からの一方的ないじめを受けながら彼らに対して反撃をしないのか?あなたが生活保護を受ける半島人を納得できないなら政治で取り上げれば良い。政治が動かなければ個人的に彼らに抗議をすればよい。

 

生活保護制度を作っているのは法律であり法律を作っているのは官僚と政治家であり彼らは日本の東大法学部を出た賢い人々と民衆に選ばれた人々であり多数派なのだ、つまりまさにあなたたちが選んだ人々が国会で議論をして作り上げた多数意見なのだ、だから法律は変える事が出来るが自分が多数派でなければだめだ。

 

政治家になるかテロリストになるか自分の住みやすい国に引っ越すか、いずれにしても自分で行動を起こさなければどうしようもないじゃないか。

 

今の日本には韓国を好きと言う人と嫌いと言う人がいる。けれどチベット人が中国を嫌うのとは随分違う程度であるしスペインのバスク人やアイルランド人がイングランド政府を嫌うのに比べたら余程平和的である。

 

そして何よりも理解しなければいけないのは、そのような好き嫌いの感情論だけで喧嘩を始めれば止まらない流血の事態になりそれは両国にとって何も生まないという事だ。バスク人の独立運動やアイルランド解放運動でどれだけの人が死んだか?それと同じことを日韓でやりたいのか?

 

ぼくは現実的であり生産的である選択としてあえて好き嫌いを乗り越えて韓国と日本はきちんと会話をしながら仲良くすべきだと思う。

 

バランスを取るために北朝鮮の教科書問題も掲載しておく。サンケイの記事である。

 

組織的偽装の疑い 文科省提出は「ダミー版」

2011.10.4 07:07 1/2ページ)[朝鮮学校]

 朝鮮学校への無償化適用を審査している文部科学省に、学校側が「ダミー版」教科書を提出した疑いが強いことが3日、分かった。学校側は拉致問題などに関する記述を訂正した、審査対象10校分の教科書を提出したが、関係者の証言から生徒が使うものではなく、教員指導用に作った資料書だったことが判明。無償化獲得に向け、組織的に改訂を装っていた疑いが浮上した。(桜井紀雄)

 

 無償化審査の対象となる朝鮮高級学校(高校)の歴史教科書には「日本当局は《拉致問題》を極大化し…反朝鮮人騒動を大々的に繰り広げ」といった拉致問題への日本の取り組みを否定する記述や、大韓航空機爆破事件を「捏造(ねつぞう)」とする記述があり、政府内から訂正を求める声が上がった。

 

 高木義明前文科相も「全力で改善を促す」と表明。無償化審査の過程で文科省は「実際に記述を確かめる必要がある」として審査対象の全国10校に対し、9月末までに授業で使っている教科書の提出を求め、3日までに10校分全ての教科書が届いた。

 

 文科省によると、教科書はいずれも「2011年3月25日再版発行」とされ、従来の教科書にあった大韓航空機爆破について書かれたコラムなどが差し替わっていた。文科省は、ハングルで書かれた文章を詳しく比較していないが、学校側が拉致問題や大韓航空機事件の記述を削除・訂正したとしている「改訂版」が提出されたとみている。


 

こういう、怒るべき部分は怒ろう。北朝鮮礼賛をするのは個人の自由であるがそのような学校の学費を日本政府から出してもらうというのは筋が違うのではないか?日本国家の見解や一般国民の考えや歴史的事実を議論もせずに一方的に無視して何かを学ぶのであればそれは宗教団体みたいなものだから信教の自由として守るべきだろう。

 

だが日本国は特定の宗教に国のおカネを出すことは禁止しているのだから、こういう状態で政府が北朝鮮の学校に助成金を払うのは反対すべきだろう。日本で生活をする限り日本の感情や考え方を尊重すべきなのは誰が考えても当然であろう。こういう時はきちんと大きな声で怒ろう。政府に対して抗議をしよう。

 

しかし怒るべき政府は北朝鮮政府ではなく日本政府、つまりあなたたちが選んだ人々に対してだ。誰が彼らを選んだのか、よく考えて抗議しよう。



tom_eastwind at 16:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年10月01日

チョウコウ

「おれさチョウコウにも行っとランしね、別に愛国心やら無いしね、日本に帰化した方がいいっちゃんね、奥さん日本人やもん仕事は今の税理士で食えるけんね」結婚式の引き出物を持ったオシャレなスーツ姿の若者が隣のテーブルで仲間と話してた。

 

出張先のホテルのカフェで仕事の打ち合わせをしていた時に耳に飛び込んできた言葉だ。若者はお酒が入ってるのだろう、声のトーンが結構高くて近くのテーブルにでーんと座ってた60代の日本人夫婦の耳にも入ったようで、旦那さん少しいらっと嫌な顔をしていた(笑)。

 

この若者の愛国心とはこの場合朝鮮半島(だろうと思う、チョウコウって言ってたから。もし間違いであればご指摘ください)を指すのだろう、少なくとも日本ではないって事だ。60代の旦那さんからすれば「お前さ、いくら親が半島出身でもお前は日本生まれの日本育ちだろう、何だその物言いとか愛国心の方向性とかさ」って気持ちなんだろう。

 

ぼくは両方の人を見ながらなんかコップの中で悩む狭い世界を見たような複雑な気持ちになった。「それじゃ聞きます。日本人の父親と香港人の母親を持ちニュージーランドに生まれてニュージーランドで成長した子供はどこの国に愛国心を持てば良いのでしょうか?

 

愛国心の二重国籍とか多国籍とか、ダメなんだろうか?どっか一つの国を愛せば他の国は愛せないのだろうか?一穴主義?どうなんかな、それならぼくは4人の妻までは愛せるイスラムの方がまだましだ(笑)。

 

冗談は別にして半島出身の両親を持つ子供からすれば日本国籍を取るってのは大変な決断かもしれない、彼からすれば二つのうちどっちか一つって発想なのだろう。そして常に悲壮な気持ちで物事に取り組んでしまう、まるで日本人の様に。

 

日本は明治以降多くの移民を送り出した。石川達三の「蒼茫」と言う作品ではブラジル移民の問題が描かれる。ペルーでは藤森さんが大統領になった。

 

第二次世界大戦の最中にはハワイに移民した人々が敵性国家の人々と見做されて収容所に隔離され、彼らの息子は自分たちの米国に対する愛国心を示すために武器を取り日本人だけの部隊である442部隊でヨーロッパ戦線に出撃、数多くの戦績を立てて当時の大統領に「君たちこそ真の米国人である」と言わせた。この部隊は多くの白人で構成される米軍の中で唯一脱走者を出さず、米軍の中で最も多くの死傷者を出し、米軍の中で最も多くの勲章を得た、それもすべて生まれ育った米国への愛国心を証明し日本人である愛する両親を収容所から救い出す為であった。

 

この部隊で戦った一人がハワイ出身のダニエル井上上院議員だ。彼は米国で最も長く上院議員を務めており今も日米の為に一生懸命走り回っている。

 

この彼に誰か質問してみればどうだろう、「お前の愛国心はどちらにあるのだ?」って。井上議員から直接喝破されるか、こんこんと「おまえさ〜」って教育されるかだろう。

 

いずれにしても今の日本で教育を受けた半島出身の若者がまさに日本式の発想しか出来ず愛国心は一つしかないってところで止まっているのがいかにも日本の教育を受けた子供らしい。

 

ところで愛国心の多国籍化を更に進めて、世界の地域のどこか一部だけを愛するのではなくて地球全体を愛するって発想を持ってみればどうだろうか?韓国問題、ここまで踏み込んで書くつもりもなかったがコメントを頂いたしせっかくの機会なので明日もう一つ書く。



tom_eastwind at 16:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌