2011年11月

2011年11月30日

いつか来た道

★記事抜粋開始

反原発の『美味しんぼ』が政府(エネ庁)の反原発世論監視活動の対象に! 

「いたずらに不安をあおる」 

作者の雁屋哲さん 「書いたことは不正確ではない。電力会社に不都合なだけだ。私も漫画の登場人物も実名を明らかにしている。(エネ庁への監視報告で)コネントした〔財団の〕人も実名を明らかにしなさい」!(東京新聞)。

この記事で特に興味深いのは、『美味しんぼ』への監視に言及した部分だ。『ビッグコミックスピリッツ』2009年12月7日号の連載では、青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場を扱った。「もし大事故が起こったら最悪の環境破壊です」というセリフ等6点に言及し、「『いたずらに不安をあおる』などとなじった」

 

20111120日の東京新聞で特集が組まれておりそこでは日刊紙の社説から中学生の意見まで情報収集してそれぞれに反論、原発がどれほど安全かを訴えてる。とくに中学生の意見は20091012日だ。「(チェルノブイリのような)恐ろしい過ちを二度と繰り返さない為に太陽光発電に転換」に対して「原発を止めるなら技術の進歩はない。太陽光はあくまで補完エネルギー。幼稚な意見」と反論している。

 

「今年からはなお、新聞や週刊誌を対象とした監視事業は昨年度で終了したが、今年度からはブログやTwitter等、ネットの情報を対象にしているという」

 ★抜粋終了


中坊相手に幼稚な意見!とばさっと切るか普通。きちんと説明しようよ。てかこの投稿が2009年に行われてて2011年に恐ろしい過ちが起こったわけで一体どっちが正解だったんだって事になる。

 

けど何よりも怖いのは政府がいよいよネット監視を始めて特定の情報発信者をリストにしてしまうという点だ。これは日本で生活をしている限り一生付きまとう事になる。

 

政府は一旦入手した情報は長期にわたって秘匿しているし役人は公安とも繋がるので一人の人間の情報すべてが政府により把握され、何かやばい事を発信しようとすればそりゃもう政府の監視、子供がいれば学校にも警察から連絡が行くだろうし大手企業で働いていれば総務担当、役所で働いてれば今は労組が政権持ってるからまだ良いようなものの、労組が政権を失ったら公安が真っ先に叩きに来るだろう。

 

こういう時に一番打たれ強いのは共産党である。何せ戦前に結党して以来何十年も日本警察公安を相手に戦ってきたわけだから。

 

元々戦後に出来た警察組織の公安はその監視対象を共産党と決め打ちしており戦後であっても共産党活動とは非合法活動に近い、てか随分非合法な事もやったわけで日本国内で共産党に入り込んだ公安のスパイもいるかと思えば共産党のシンパが政府の動きを探ってみたりでまさにくんずほぐれつの激烈な戦いがあった。だから戦い慣れているので何やったらやばいけどこうやったら大丈夫みたいな事はよく知っている。しかし一般市民はそんな事知るわけがない。

 

今の共産党は平和路線であるから公安も以前のように見つけ出し次第たいーほ、なんて事はしない。今の公安は国際テロリストや怪しい宗教団体を狙っている。公安も人員削減されたくないから常に敵を作っておく必要があり、その意味で例えば経産省キャリアが東大法学部同期卒業の警察庁公安キャリアに「おい、ちょっと洗ってくれや」と言えばパンツや褌を洗う話でない事など誰でも分かること。

 

「なぬ?お上の言う事に逆らうと?そりゃけしからん、リストを寄越したまえ、調べて前科のある奴とかやばい事をしている奴がいれば速攻で24時間監視だ。隙を見せないけどやばい奴がいればいつものように痴漢に仕立てればいい。どうしてもいう事聞かなけりゃ裏で繋がってる反なんちゃらに電話して沖縄あぽーんしてもらうさ」みたいな事になる。

 

いよいよ日本も余裕がなくなりどん詰まりまで来たようだ。まさにいつか来た道である。



tom_eastwind at 19:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月29日

大阪の生活保護手当について

 「働かなくても最終的には生活保護が面倒をみてくれる」という風潮が広がっています。大阪市の生活保護受給世帯のうち、65歳未満で働ける人がいる世帯の割合は、2008年8月は9%でしたが、11年3月には21%に増えました。他の自治体も同じ傾向です。

 08年にリーマン・ショックが起きましたが、職を失った人々への公的支援が不十分だったため「失業すれば即、生活保護」という形で、受給者が増えました。語弊があるかもしれませんが、働く能力のある人が平然と生活保護を受けられるようになってしまった・・・

(引用ここまで)

元大阪市長の平松さんの発言だ。

 

ニュージーランドでは法律により国民の生存権が保障されておりそれに基づいて様々な社会保障が実施されている。説明会で簡単に保障制度を説明すると皆さん「へ〜、そんなすごいシステムがあるんですか〜」とびっくりする。ぼくからすれば「でも40年前の日本もこれに近かったんですけど」と思うのだが。

 

ニュージーランドの場合は1840年の植民地開始以来実質社会主義国だったせいもあり平等と公平と言う点に非常に気を遣った制度設計になっている。まずは機会の均等。お金がない為に格差が固定する事のないようにどれほど貧しい家の子供でも大学まで行ける制度がある。

 

6歳から15歳までは義務教育で学費から教科書も無料である。高校も無料。大学は申請すれば学費は学生ローン(日本で言う奨学金みたいなもの)を受けられる(卒業後に就職したら給料のうち5%を政府に返済する)。学生は勉強するのが本分だからと学生手当が支給されてこれは返済不要。

 

医療に関しても貧しくて病院に行けないなんて事のないように基本的に無料である(一部疾病は有料)。出産についてもお腹の中に赤ちゃんがいると分かった時点から全額無料だ。一般的な怪我や病気については政府が作ったACCという保険会社がカバーしてくれるのだが、これは賭け金不要である。

 

さらに卒業後に社会に出て仕事を得ることが出来なければ失業保険が支給されてこれが65歳までもらえる。65才からは老齢年金を受け取ることが出来て死ぬまで支給される。支給額は同じ世代の平均賃金の65%〜だが特徴的なのは両方とも賭け金不要と言う点である。ついでに言えば死亡時点で身寄りもなく貯金もなかった場合は市役所が葬式を出してくれる。

 

つまり生まれる10か月前から死んだ後まで国家保障制度に守られており生きている間に一度も働かなくても生活出来る仕組みが構築されているのだ。

 

こんな事書くと誰もが「え?だったら誰も働かないでしょ!」と言うのだが誰も働かなかったら国が回るわけがない(笑)。このような制度があってもそれを利用している「失業者」は全体の6%だけである。リーマンショック以前は3%であった。

 

つまり多くのキーウィは制度があっても使わずに働くという選択をしているのだ。ここでよく言われるのが「そんな事ないよ〜、私がワーホリでニュージーランドにいた時は周りの若い人はみんな失業手当もらってバーでビール飲んでたよ」」

 

そう。あなたの周りはそういう人ばかりだったのだ。オークランドにあるアジア系専門のバーでは仕事もせずに女を狙ってるばかが一杯いてあなたの付き合っていた層がそのレベルだったという事だ。

 

実際には多くの人々が毎日彼らなりにまじめ(笑)?に働き納税しているから社会保障や医療や教育に予算を回すことが出来るのだ。仕事ぶりがどうかと言う話は置いておいて(笑い、てか笑うしかない)それなりに納税が大事な義務でありむしろNobleObligationだと考えられている国だから、仕事しなくても政府が食わせてくれるけどそんなの嫌だ、ぼくは仕事するよって判断する労働者が93%いるって事だ。

 

ついでに言えばキーウィの場合昔の日本人のように道徳観念が高い。それに働けるのに誤魔化して働かないという嘘を嫌う。何故なら他人は騙せても神様は騙せないからだ。

 

それに対して日本の大阪では生活保護を受ける人が日本一多く「語弊があるかもしれませんが、働く能力のある人が平然と生活保護を受けられるようになってしまった・・・」と言う発言。

 

この文章には二つの指摘がある。第一は「働けるのに」働こうとしないという指摘であり第二は「平然と生活保護を受ける」と言う部分である。

 

大阪には仕事はないのだろうか?一応都会と自称しているわけだし求人サイトを見れば仕事はあると出ている。問題は「働ける」能力があるかどうかだろうが五体満足で病気がなければこれは働けると言えるだろう。つまり仕事はやれるけどやらない、ニュージーランドのように失業保険はもらえるけどもらわないの正反対版である。

 

「平然と生活保護を受ける」というのは「恥を感じない」と言うことであろう。これは地域性の問題であろうがニュージーランドで生活保護を受ける人はそれを恥とは感じない。ニュージーランドでは新卒とか一斉採用と言う発想が全く存在しないし募集枠が少ないから一人採用して席が埋まれば次は誰かが辞めるまで空きが出ない。

 

自分のやりたい仕事に空きが出るまで待つのだけど下手にアルバイトなどしたら次の募集が来た時にすぐ辞められないから暫くの間は失業保険を貰おう、その間は何か勉強しておこう、失業保険にせよ要するに社会で皆が助け合いをするわけだから自分の仕事が決まったら次は誰かを助ける番だ、きちんと納税すればよい、政府から金をもらうわけではなく同じ社会の仲間から一時的にもらうだけだからいいやって感覚だ。

 

もちろん中には本当に文化の違いで働かない人種もいる。マオリやアイランダーは失業率が15%以上なんてデータがあるけど、彼らは確信犯的に働かない。南太平洋では仕事をするという概念がすくないから毎日ぶらぶらするのが普通なのだ。それで飯を食う為に金が必要なら政府からもらえばよいってとこだ。

 

もっと悪質なのは移住してきた中国人の一部である。彼らはオークランドで立派な家を購入して更に本国には金があるのに内緒にしておいて政府に失業保険を申請して毎日カジノに行き飲茶を楽しんでいる。でもって暇つぶしに大学に政府のカネで通って卒業しても働かないから学生ローンの返済もしない。要するに人間性善説を前提にして作られた仕組みを食い物にしているのだ。

 

日本の場合は失業保険を「お上から施しを恵んでもらう」感覚でいるから「恥ずかしい」と言う感覚になるのだろうが、失業保険は今働いている人から分けてもらってるおカネであり政府は事務作業として再配分しているだけだ、政府にえらそうなことを言われる義理はない。

 

しかしぼくは労働は社会に参加する人がより良い社会を作るための義務だと考えている。持続する社会、次の世代の人々や子供たちがより豊かに生活できる社会を作るために労働すべきだろう。だから失業保険を働ける中国人に払うってのにはかなり頭に来ている。

 

大阪の生活保護問題はその国の中だけで考えるよりも他の国と比較して、とくに目に見えない考え方の部分を理解してみると面白いし視野が広がると思う。単純に生活保護を良い悪いの二つに分けるのではなく本来この制度はどうあるべきかとか社会の助け合いとはどうなのかとかを考えた上で今の大阪の生活保護問題を見てみれば少しは違った答が出てくるかもしれない。

 

米国の社会保障システムは自己責任型だというが実際の生活はどうなんだろう、お金がなくて食えなくて自殺する人っているんだろうか。



tom_eastwind at 13:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月28日

内田さんのいつものフランス的かぐわしきブログについて

最近のBLOGOSはプロレスのバトルロワイヤルみたいな、全員がリングに上がって手当たり次第に周りにいる奴をフルぼっこ状態だがその中でも人気があるのが内田さんのブログだ。

http://blogos.com/article/25464/


今回は国民経済と言う視点からユニクロの柳井社長の発言を取り上げている。

★抜粋開始

柳井のグローバル人材定義はこうだ。「私の定義は簡単です。日本でやっている仕事が、世界中どこでもできる人。少子化で日本は市場としての魅力が薄れ、企業は世界で競争しないと成長できなくなった。必要なのは、その国の文化や思考を理解して、相手と本音で話せる力です。」


ビジネス言語は世界中どこでも英語である。「これからのビジネスで英語が話せないのは、車を運転するのに免許がないのと一緒」。だから、優秀だが英語だけは苦手という学生は「いらない」と断言する。「そんなに甘くないよ。10年後の日本の立場を考えると国内でしか通用しない人材は生き残れない。(・・・)日本の学生もアジアの学生と競争しているのだと思わないと」

〜中略〜

私が「国民経済」ということばで指しているのは、私たちがからめとられている、このある種の「植物的環境」のことである。「そこに根を下ろしたもの」はそこから動くことができない。だから、AからBへ養分を備給し、BからAへ養分が環流するという互酬的なシステムが不可欠なのである。

★抜粋終了


昨日も書いたが今は江戸時代ではない。世界がボーダーレス化しているのだ。日本の企業が役立たずの社員を抱えて世界に戦いに出る事は出来ず、世界に戦いに出ないと逆に海外企業に進出されて国内企業は滅んでしまう。根を下ろした者を根を下ろしたという理由だけで救う事は出来ないのだ。


これに対して内田氏は落語「百年目」を引き合いにして人々の助け合いをネタに「現代の企業家にとって金儲けは端的に「善」である。けれども、『百年目』の時代はそうではなかった。私はその時代に生きていたかったと思う。それだけのことである」と逃げる。


違う、全然違うんだ。企業は金儲けだけの為に存在しているのではない。社会を正しい方向に成長させるためのエンジンとして存在するのでありこの点が内田氏のような学究学者には見えてこない。現場で仕事をしてお客様にありがとうと言われる喜びを知らないのだ。


企業は不要になればいつでも社会から切り捨てられる運命にあるのだ。だから多くの産業が出て来ては退出した。古くは人力車から繊維産業、そして炭鉱など多くの産業が社会に不要になれば自然に淘汰されたのだ。その時に雇用を守れと言って人力車の車引きを政府の補助金で雇用し続けるか?あり得ないでしょ。それと同じで産業は常に勃興と安定と衰退を繰り返して時代に対応しているのだから政府がすべきは衰退する産業から勃興する産業へ円滑に雇用を移動させることである。


英国では蒸気機関車からより効率的なディーゼル機関車に変わった時に強すぎる鉄道労働組合が釜焚き職人の雇用を守れと言う事で会社はディーゼル機関車にディーゼルの事を全く知らない釜焚き職人を乗せた。そして会社が釜焚き職人にディーゼル技術を教えようとすると「労働強化である、反対である!彼は釜焚きである!」と騒いで結局釜焚き職人は何もすることもなくディーゼル機関車の窓に両肘をかけてタバコを吸うしかすることがなくなった。その結果として英国鉄道は倒産した。


もう一つ理解してほしい事は、東京の企業が優秀な外国人を東京で雇用する。そうすると外国人と言えど飯も食えば住宅にも住むし衣料も買う。つまりそのようなサービス産業にとっては顧客が発生するのだ。この点で「そこから動くことができない。だから、AからBへ養分を備給し、BからAへ養分が環流するという互酬的なシステム」が構築出来ているのだ。


そこに賃金格差は発生する。コンビニの生産性と大手商社や金融業の生産性ははるかに違うので同じ年であっても賃金に格差は発生するが、それは教育の差であり英語圏からやってきたAは一生懸命大学まで行って勉強して今のポジションを得たわけでBは言語も含めて高等教育についていく努力が出来ずにコンビニのレジで「いらっしゃいませ」と言ってるのだが、これを格差と言い出せば世界は石器時代に戻って人間同士が殺し合い更に動物の餌になるしかないのだ。少なくとも雇用が守られていて生活が出来るのだからそこから先は自己責任である。


企業は利潤を出すことによって法人税支払いや雇用増加と言う形で社会に還元出来る。同じ仕事が安く出来るなら当然安い方を使うのでこれが海外への雇用流出に繋がる。しかし賃金を完全にゼロにすることは出来ないのだからどこかで賃金は平準化する。つまり中国やインドの人件費が上昇し日本の賃金が低下すればいつかどこかの線で両方が一致する。この時点で雇用は日本国内に戻る。但し戻る先は英語のできる日本人であることも理解しておく必要がある。


雇用を守るという事と使えない人材を企業内部に保持するというのは全く違った次元の話なのだ。雇用=生活資金を保障するのは政府の仕事でありそれは企業が納税する事で支えられる。政府が何もせずに雇用まで企業に保障させてみろ、企業はすぐに倒産するか本気で海外に脱出するぞ。そうなると東京の高層ビルに入ってるコンビニは顧客を失うことになるのだ。どれだけ美味しいコーヒーを淹れる事が出来ても目の前にお客はいないのだ。


つまり今の日本で起こっているのは賃金の世界的標準化であり、言葉は悪いが海外の若者と戦う能力のない人々には今までのような給料は高いけど生産性は低い仕事がないという現実だ。経済理論を無視して情緒的に「私はその時代に生きていたかったと思う。それだけのことである」と逃げるが、それが責任ある大人のいう事か?


子供たちはこれからますます厳しい競争に晒される。そのような時に責任ある大人が公共の場で「ぼく、逃げたい、過去の、閉鎖された社会に戻りたい・・・」なんて言って何の解決方法になるのだ?


どうせそういうなら明確に鎖国論を打ち出せばよい、その方がまだ分かりやすい。今なら日本は鎖国出来るのだし国民の多くがそれを望むならそうすれば良い。しかし責任ある大人が経済理論を無視して建設的な意見も出さずにまだ発明されてないタイムマシンに乗って江戸時代に帰りたいだと、ふざけるなと言う気分である。


この人、ほんとに文章は上手だし良い事を書くのだが基本が「逃げ」だから好きになれない。逃げが何も生まない事や大きな組織とか政府に助けてもらうなんて事で結果的に自由を失う事を知っている。だから内田さんに言いたい、逃げるな、と。



tom_eastwind at 17:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月27日

ニュージーランド総選挙結果

2011年ニュージーランド総選挙の結果が出た。総議席120議席中60議席を国民党が勝ち取り労働党は43議席を34議席に大きく落とした。

 

今回の選挙で個人的に目立ったのは前オークランドシティ市長でアクト党に所属するジョン・バンクスがエプソム選挙区で勝利を得て国会議員として活動の舞台を国政に移したのとニュージーランドファースト党のウィンストン・ピーターズ(元副首相で超うるさい型)が国会に戻ってきた事だろう。

http://www.nzherald.co.nz/

 

上記NZヘラルドに詳細が載っているが絵や図がたくさんあるので英語苦手と思う人でも見やすくできてるので良ければ直接ご覧ください。おそらく英語ネイティブでない移民が20%以上いる国なのでその辺の配慮かなと思ったりしてます。

 

昨日も書いたが国民党は自由経済推進型、「みなよく学びよく働け」と主張している。対して労働党は「なんかくれ〜」と主張している。その労働党が大きく票を落として国民党が勝利をした原因はもちろんジョン・キー首相の存在が大きいが同時に彼ら国民党の主張が経済理論にも歴史的にもしっかりと裏打ちされており彼らの話が理解出来る人々にとっては当然の帰結だからだろう。

 

他方それでも34議席を持つ労働党を支持する人々は誰なのかを下記の選挙区調査から読み取ることが出来る。例えば下記オークランド南部のマンゲレ地区だが家族年収が5万ドル以下が37%を占める。年収10万ドル以上は10.6%しかいない。

http://www.nzherald.co.nz/nz-election-results-2011/?page=electorate&e_no=24

 

南島西部のウエストコースト選挙区では総年収5万ドル以下が44%だ。10万ドル以上は9.8%

http://www.nzherald.co.nz/nz-election-results-2011/?page=electorate&e_no=60

 

逆に国民党が勝利した選挙区は例えば下記の通りだ。

オークランド北部のイーストコーストベイ地区は5万ドル以下が25%で10万ドル以上が28%

ノースコート地区では5万ドル以下が29%と10万ドル以上が24%

オークランドセントラル地区では5万ドル以下が26%、10万ドル以上が35%

 

ヘラルドでは全部の選挙区の収入別、人種別、職業別の一覧表を見る事が出来る。ただしご注意。この表で人種別は合計すると100%を超すけど、これは白人でありながら先祖にマオリの血がある場合両方を選択するからだ。それからMedianと言うのはその地区の一家族全体の平均収入の事。でもってこのデータは2006年度国勢調査を基にしているので最新版は政府のこちらのサイトをどうぞ。↓(あまり大きな変化はない)

http://www.msd.govt.nz/about-msd-and-our-work/publications-resources/monitoring/household-incomes/index.html

 

こうなるとかなり明白になってくるのが教育と勤労に理解を示しているのはある程度以上の所得を持ち実際に労働してておそらく夫婦共働きの家庭であるということ。他方総収入が少ない(収入には失業者手当や扶養手当なども含まれる)層ではなんかくれ労働党を選ぶという事だ。

 

ぼくらは日本では労働と納税は国民の義務であると教えられてきたから国民党のいう事がよく分かるのだがNZでは今だ34議席分のキーウィが仕事もせずになんかくれと言ってる現実が存在する。

 

今回労働党が主張した「国家の資産を外国に売却するな」と言う話も、まともな知識があれば噴飯ものな話である。例えばニュージーランド航空売却反対など主張するが、あのね、この会社はすでにはる〜か昔にシンガポール航空に売却されてたんですよね、それも労働党の民営化政策によって。

 

でもってその後アンセット航空と言う豪州の航空会社を買収したんだけどその会社が実に下らん理由で倒産したもんだからニュージーランド航空の経営が悪化して連鎖倒産の危機が出て来た。だからフラッグキャリアを倒産させるわけにはいかず買い戻して政府保有にして合理化を図った結果またも黒字化したので売りに出すことにしただけだ。

 

たいへんに言葉は悪いが、やはり程度の低い教育しか受けてない、またはまったく教育を理解しないまま学校を去った人々の子供たちは自分の親から学問的教養を学ぶことが出来ず自国の歴史も学ばず経済も理解せず学校も15歳で卒業するから世の中のことが分からない。結局労働党のやってる事はバカを騙して票に繋げる政策である。

 

歴史を振り返る能力やこうなったらこうなるという先の事を読む力がない人々にとって「今すぐなんかくれ」と言う話の方が、もっと勉強しろとか働けなんて言う政党よりも楽だからすぐそっちに走ってしまう。彼らはなんか欲しければ他人の持っているものを暴力で奪う。実際に他のグラフを引っ張ってくれば犯罪率が出てくるがオークランド南部の犯罪率が異常に高い事が分かる。

 

しかし仕事もせずになんかくれ〜と言ってもその財源はどこにあるのだ?泥棒さんはそういう事は考えようとしない。とにかく何も考えない。昼間から麻薬でらりって暴れたり、14歳の女の子が自分の住んでいる街で昼日中に商店街を歩いている女性のハンドバッグをひったくろうとしたりする街だ。

 

こう書くと反対派は「いや、仕事がないのは政府のせいだ、もっと雇用を作れ」と言うが現実は違う。ロトルアやオークランドには今でも仕事はある。そのような街から50km程度離れた地方の街では失業率が数十%と高い。その町の若者にテレビ局が1年ほど前にインタビューしたことがある。

「あなたは車で30分も走れば行ける街に仕事があるのに何故働かないのですか?」

「だってこの街が好きなんだもん」と酔っぱらったような声で答えが返ってきた。

 

つまりここで示す現実は要するにめんどくさいことは嫌だし一生懸命働こうとする気力が最初からないということだ。自分の目の前に自分でも出来るような仕事を持ってこい、そしたら働いてやるなんて甘い事が通ると思ってるのであろうか?またそのような子供を放置している親とは一体何なのだ?

 

それに対して親が教育に力を入れている家庭の子供は考える力を学んでいるし親が一生懸命働く姿を見ているから両党の話を聞けばどちらが正解かすぐ分かる。そういう子供が親になり家庭を築き子供に高等教育を与えて一生懸命働いてる姿を見せれば、その子供はさらに高みを目指すことの喜びと結果を理解できる。

 

基本的に僕のブログは書き殴りでありあまり校正もしないので誤字脱字も多い。データやグラフも数字もあまり使わない。今日だけこんな風に数字を持ってきたのは、やはり机上のデータが最近の移住の判断基準になっているようだからその参考までにと言うことだ。

 

日頃の僕の仕事は数字を読むことであり政府統計や今後のNZ経済の動向はすべて数字である。同時にぼくは机上の数字と現実を比較する為にお隣のシドニー、発展最中のシンガポール、中国の窓口となっている香港、そしてもちろん日本の各都市などいろんな街を歩いて定点調査をすることで数字と現実の違いを常に調整している。

 

数字には様々なからくりがあり数字だけを見てひとり歩きしても現実がずれているという事は本当によくある。犯罪率や貧困率や自殺率など世界比較をしても元データがそれぞれの国によって違うのだから比較のしようがない。なのでブログを書くときもあまり数字は書かず現実を書くようにしている。

 

今回の選挙区のデータは自分が住むのにどこが良いかの判断基準にしやすいしその町に住んでいる人の考え方も理解出来るので掲載しておいた。

 

ちなみに数字に興味がある方は当社ファイナンス部門が定期的に発行しているNZ経済リポートがあるのでそちらをお読みいただければと思う。

http://www.eastwind.co.nz/finance/mailmagazine/nzreport105.html


そうだそうだ、最後に一つ、りょうまくんはまだ選挙権はありません。投票所に連れて行ってどんなところか見せてあげるのが目的です。昨日のブログ↓ここです。
「朝ごはんを食べてから11時前に投票所に家族四人で向かう。娘も今年から総選挙に参加だ。りょうまくんは大きくなって選挙権が発生した時の為の訓練(笑)。」


 



tom_eastwind at 13:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月26日

ニュージーランド総選挙

今日はニュージーランド総選挙の日、晴れで気温は18度くらいかな、少し湿気を感じる程度で全般的に心地よい。

 

朝ごはんを食べてから11時前に投票所に家族四人で向かう。娘も今年から総選挙に参加だ。りょうまくんは大きくなって選挙権が発生した時の為の訓練(笑)。ぼくら有権者には投票の一週間くらい前に自宅に手紙が届きその中にQuickVoteと書かれた本人確認用紙が入っている。

 

ちなみにぼくが選んだ投票所はりょうまくんの通ってた小学校だ。投票所に着くとりょうまくんは久しぶりに見る自分の小学校に「小さくなったな〜」って顔をしてた。違うよ、りょうまくんが大きくなったんだよ(笑)。

 

投票所になっている講堂に行く。ぼくの場合はNorthcote地区なのでNorthcoteと書かれた机に行く。そこには有権者台帳と言う分厚い印刷した冊子がありそこにすべての選挙民の名前が印刷されている。ぼくの名前を見つけた担当者はうれしそうに「あら、ここにあったわね〜」と言いながら赤ボールペンで線を引く。

 

ぼくはそれをにこにこした顔で見ながら腹の中で思う「だっせー、今時こんなのを印刷で手書きで名前塗りつぶしかよ」。てかさ、紙を持参した人が本人であるかの確認がないのはさすがに人間性善説の国である。

 

まあいいや、そこでぼくは二つのA4サイズの投票用紙を貰う。一つはReferendum、つまり国民投票だ。現在の小選挙区比例代表制が良いかどうかを質問Aで選択する。また質問Bでは変えるとすればどんな選択肢を望むかってので選択肢がある。Aで変化を希望しないとなればBに答える必要はない。

 

もう一枚は国会議員と政党への投票である。A4サイズの左半分がぼくの住むNorthcote選挙区で立候補している7名?の候補のうち誰か一人を選びその人の名前の右横にチェックを入れる。右半分が政党を選ぶ欄になっててこれも7つ?くらいの政党のうちどれか一つを選ぶようになる。

 

投票用紙をもらったぼくは投票用紙にチェックを記入する為の仕切り机にりょうま君と一緒に行く。りょうまくんに投票用紙を見せながら「こうやって記入するんだよ」と備え付けのオレンジ色のマジックペンを取り上げているとボランティアのスタッフがにこっとしながら「すみません、一つの机には一人しかいちゃいけないので〜」、「あ、すみません、ごめん龍馬、ちょっとあっちで待ってて」

 

ぼくは今回も国民党に投票した。ジョン・キー率いる国民党はぼくのような自営業者に「がんばれ、しっかり税金払え」と言うが少なくともぼくの考えている上向きの平等と言う考えと一致している。誰かやれるやつがリスクを大きく取って新しい事を始める。そこで雇用と利益が生まれて社会が潤う。それを見た他の人々がリスクを少し取って追従する。そうなって産業が生まれる。そうして皆が上に向かって平等になろうとする、そういう活力のある社会が好きだ。だからリスクを取って働く人の足を引っ張る下向きの平等、つまり全員が貧乏になるけど誰も努力をしない考えを主張する労働党は好きになれない。

 

チャーチル元英国首相の言葉と言われてる「若い頃は共産主義に燃えなければ情熱が足りない証拠だし年を取って共産主義を信じていれば知能が足りない証拠である」と言う明確な拠出のない言葉だが、ニュージーランドの労働党は共産主義とはちっと違う、単なるおねだり政党にしか過ぎない。自分で田植えをせずに米食わせろではふざけんなって感じだ。

 

投票所はまだ時間も早かったのだろう、来てたのは殆ど白人でアジア人は見かけず。ニュージーランドの選挙の投票率は大体70%以上だ。つまり国民がきちんと政治に参加しているという事だ。日本のような40%台の投票率と言うのは「うちの村では民主主義は全然通用しません、今でも村長と取り巻きが恣意的に村を支配しているんです」と言うようなものだ。

 

投票も終わりぼくとりょうまくんは久しぶりにStLukesWarHammerに行く。ここ一か月ほどお母さんに出入り禁止を食らっていたので今日は堂々とお店に乗り込むのだ。りょうまくんは先週までテスト勉強があったのでテレビゲームもWarHammer(リアルゲーム)も禁止、家に帰っては毎晩テキストを使って日本語の勉強をしてた。

 

「ぼくは、りんごを、すき、ですか?」などと訳の分からん事を言ってみたりじゅっぷんをずっぷんと言ってみたりと随分笑わせてくれたがそれもテスト終了で終わり。ぼくも久しぶりに行きつけの喫茶店でEnglishBreakfastTeaを楽しみながら店の向かいにあるりょうまくんが遊んでるWarHammerを見ていた。

 

選挙の結果は明日には分かるだろう。国民党の勝利が予想されているが、今の下馬評は単独政権になれるかどうかである。連立となるとまたも他の少数野党の意見を取り入れなければいけないので判断に時間がかかるし曇りが出る。ジョン・キーが首相をやっている間は余計な雑音なしで彼が民間で磨いた直観的判断力に全面的に任せて素早い動きをしてもらいたいものだ。



tom_eastwind at 18:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月25日

国境がなくなるという意味〜りょうまくんへの政治講座

明日はニュージーランドの三年に一度の総選挙。前回の選挙ではジョン・キー率いる国民党が勝利し、その後三年の間に金融危機やパイク炭鉱爆発事故、クライストチャーチ地震など様々なトラブルに対してリーダーシップを見せて多くの国民が彼に対して信頼感を寄せている。

 

りょうまくんがぼくの投票用紙を見ながら「お父さん、どっちに入れるの?」と聞いてきた。「お父さんは国民党に投票するよ」と言うとぽけーっとした顔で「ねえお父さん、毎週300ドルのおカネを払う政党ってどっちなの?」と聞いてきた。

 

あ、失業手当の事だな、学校で友達から何か聞いて来たんだろう。

 

ニュージーランドはMMPと言う選挙制度を採っている。日本と同じ小選挙区比例代表制だ。120議席1院制で二大政党となっている。

 

中道右派が現在政権与党の国民党。中道左派が野党労働党である。国民党の主な支持層は中小企業経営者や農民(NZでは農業従事者は一般企業経営者と同じ能力が求められる)。労働党はその名の如く一般労働者。

 

面白いのは現在のNZの自由経済市場制度を1984年に導入したのは労働党でありその結果として労働党支持層の国家公務員労働組合は次々と民営化され(BNZNZ航空、現在のフォンテラなど各種公社)民間の働かない労働組合員は無能による首切りや仕事がきつくなったとして自己退職して失業者となった。

 

市場自由化までは政府に「雇用」と言う形で寄生してまともな仕事もせずに生活費を賄っていた人々が市場から立ち去り能力のある若者がリスクを取って自由市場で起業して経済を成長させた事で結果的にニュージーランドは1994年から国家財政が単年度黒字になり2007年度までずっと黒字を続けて無料の教育と医療、失業手当を最大50年近くも支払う社会保障制度を守ることが出来たのである。

 

このような失業者はわがままな痛みを理由に1989年の選挙で労働党を政権から追い落として国民党が政権を取った。ところが国民党は当初の選挙公約である「昔への再帰」を放棄して労働党政権が取った自由経済主義をさらに強化させて結果的にニュージーランドは1984年から現在に至るまで方向性の揺らがない自由経済+手厚いセーフティネットを共存させることが出来たのである。

 

しかし現在ニュージーランドは大きな変革を迫られている。それが国境のボーダーレス化である。単純雇用が次々と海外、具体的にはインドや中国に流出している現在、国内雇用を生み出すためには海外の単純労働者よりも優秀な能力を身に付ける必要がある。

 

そこで高等教育に力を入れる国民党は今は時給を上げよりも教育に力を入れるべきだ、何故なら世界はすでにボーダーレスになっており簡単な仕事はすべて発展途上国の優秀で安い給料の若者に奪われると主張する。

 

これに対して労働党は今すぐ時給を15ドルにして低所得者の所得税を下げて高額所得者の負担を増やせと言う。けどそんな事をしたら何が起こるか?

 

まず企業経営者は経理などの定型業務を費用の安い外国企業に委託する。例えば中国の大学で経理と英語を学び卒業してから会計事務所に入ったような若者はNZの企業を担当する。彼らは優秀でありハングリーでありながら給料はNZの若者より数段安い。

 

これからNZで起こるのはこのような世界の標準化である。つまりNZで生まれた若者が中国で生まれた若者と競争をするようになるのだ。あまり能力もないしやる気もないキーウィの若者とハングリーで優秀な中国の若者が競争したらどっちが勝つか、答えは明快だ。

 

だから労働党の要求する時給の急激な上昇は国内雇用を減少させ若者の雇用機会を奪ってしまう。そうすると労働党が次に言い出すのは「NZの企業はNZ国内で雇用をしろ、業務の発注も国内企業に限定する」そうやって雇用を守ろうとする。

 

そうなれば次に起こるのが企業の海外引っ越しである。自由経済で誰でもリスクを取って会社を経営する事が出来るのは同時に経営の裁量が経営者に任されているからだ。それが政府によって雇用や業務発注まで指示されるようになれば海外に出ていくのは当然の結論である。

 

そうやって優秀な企業はNZから出ていき残るのは失業者と働く場所のない若者だけになる。そうなると政府は手厚い社会保障を守ることが出来なくなり結果的に国家が増税するしかなくなる。ところが増税すれば国民はますます疲弊する。そうして国家が倒産してしまう。

 

結局政府がやるべきことは規制を作る事ではなく緩める事であり企業に自由裁量権を与えて彼らにリスクを取らせて働かせて付加価値を生み出して、これが納税と雇用に繋がるようにすることなのだ。結果的に能力がなくて仕事を得られない人々には政府が直接失業手当を払って公平を保つべきであり営利である私企業に要求することは全く筋違いなのである。

 

ニュージーランドは1981年にデフォルトを起こして国家が経済崩壊した経験を持っている。多くの政治家はその事をしっかりと記憶している。だから何があろうとも経済成長を目指すのだ。

 

ただ同時にNZは自然や人々を大切にする国だ。原発を持たないしこれから持つ予定もない。その点では国民生活を一番に優先している。私企業も自然や人々を乱雑に扱う事は出来ない、そこにはしっかりと規制がかけられている。

 

だからこそ納税者がいて失業手当が毎週300ドル払われてそれでも国家は健全経営が出来るのだ。さありょうまくん、どっちの政党の主張が正しいと思う(笑)?



tom_eastwind at 12:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月24日

Say Yes ! Don’t be shy!

朝の5時に起きて昨晩の残りのチキンスープを温めて飲む。鳥が鳴きはじめる朝の6時にりょうまくんを起こして一緒にタカプナのホテルの朝食会に向かう。

 

それにしてもキーウィは内気である。今回も100名くらい集まってそれぞれ8人掛けの丸テーブルに座ったのだが、どちらの親御さんも最初にHi!って言ってからは結構下向きで子供とだけおしゃべりしたり周囲をきょろきょろしている。

 

集まっているのは今回も見事に白人だけで前回参加していた人もたくさんいた。朝食はバフェット形式の簡単なものであり、パンとコーンフレーク、ベーコンにソーセージ、芋とスクランブルドエッグにコーヒーと紅茶、最後にフルーツとオレンジジュース。

 

子供たちは気さくなもので皆でわいわいおしゃべりしながら料理を山盛りにして、といめんに座った丸顔の男の子なんかベーコンだけで200グラムくらい取ってないか?りょうまくんもお皿を山盛りにして隣の男の子を突っついたりしながら卵をがっついてる。お父さんたちは大人しく下を向いて豆食ってる。

 

それにしてもこの学校の校長、ハンサムだし若いし情熱と知性感じるしやる気あるな〜。日本のようなところてんではげになってから校長になりましたってメタボ体系でもない。校長ってのは専門職なんだよな〜、下から順々と上がってくる日本のような社内採用システムと根本的に考え方が違うってのか、本当に教育のプロって感じがする。こうやって朝食会に参加してみると日本との違いがよく分かる。

 

システムの違いってのは本当に「違う子供」を作り出す。キーウィに限らず西洋、特に英国圏で育った子供たちは自主性とか主体性をむちゃくちゃ持っている。だからそれが歩き方一つを取っても東洋、とくに日本の子供と全く違った雰囲気を醸し出す。よく言われるのがアメリカ人は肩で歩くイギリス人は腰で歩く、だ。

 

日本人が白人の真似をしても全然定着しないってか似合わないのは要するに白人のものまねをして格好良いと思ってるんだけど一番肝心な部分である自由と主体性って部分が真似出来ないまま外見だけ真似をするからだと思う。

 

ニュージーランドの教育システムは日本のようなところてんを作る仕組みではなく一人一人の個性を大事にして引き伸ばそうとするので、自分に甘い人間は更に甘くなってだらしなくなる。けれど自分をしっかり持って自分の夢は叶うんだって無条件に信じることが出来る子供はそのまま素直に育ち大きくなって組織のリーダーとなる。

 

こういう中間リーダークラスは自分の組織の中で決定権を持っている。そういう夢と決定権を持った人々がいるから社会そのものが非常に夢があり楽しい笑いが出てくる。日本のような堅苦しさがないのが特徴だろう。

 

このあたり、つまり決定権者を作り出す仕組みが子供の頃の教育にあるんだな、彼らは夢を目指して現実を生きていくから出来もしない事を言わないし理論的に夢を語れる。

 

このあたりが日本式教育では中間組織リーダーを作らせずにほんの一握りの予め選ばれた人間にだけ権力を集中させてしまうから自己判断の出来るリーダーが成長せずに判断の出来ない彼ら多数がバカな決断をしたり日本独特の空気を作ってしまい改革を潰して結果的に組織の頂点にいる決定権者の判断さえも左右させて国全体を間違った方向に進めてしまうのだが、誰もそれを止める事の出来ない日本独特の空気を作ってしまう。

 

ほんとに教育は恐ろしいと思う。国の根幹でありながら子供を人質に取られて親は誰も既成権力に文句を言えずに日教組の教える亡国教育を受けて暗記教育と放課後の塾で詰め込み教育、そして「ところてん」の箱から押し出された頃にはすっかり日本式の、自分の意見も夢も持たない抜け殻若者になってしまっている。こんなんじゃ政府はコントロールが楽で良いけど人間として何が楽しいのかって事になる。

 

今日のスピーカーはSam Wallace、日本では全然有名じゃないしニュージーランドでも土曜日に朝のニュースを見ない人は知らないがWest lake Boys High School 出身の若者で朝のニュース番組で司会を務めている。

 

彼はこの高校を卒業した後は大学に行きプロのバスケット選手としても活躍、それからテレビの世界に入りフリーの立場で様々な番組を引き受けながら今回はTVNZのニュース担当となったわけだ。年齢は30歳前後でテレビ映りが良く話も上手。

 

今回の朝食会のテーマは「夢を持とう」であるようだ。彼が自分の後輩に向けて語った最初の言葉がSayYes!だ。「はい!と手を挙げよう。夢に向かう機会があれば準備が完ぺきでなくても手を挙げて前に進もうよ」

 

自分がフリーの立場でいろんな仕事を経験する中でいつも誰かに機会を貰ったら絶対にNoと言わなかった。それが今の自分を作っている。だから前に進もうよ。“Aim High, sky is unlimited”自分で限界を作ってしまえばそれ以上に成長するなんてあり得ない。だから高みを目指そう。

 

そしてもう一つ彼が演台に軽く両肘を乗せて伝えたのは“Stich in Principal”だ。Principalと言う言葉も久しぶりに聞いたな、白洲次郎の本に「プリンシパルのない日本」があるが本の中で彼は「他力本願の乞食根性を捨てよ」「イエス・マンを反省せよ」と言っている。

 

Samが伝えたかったのは「自分を持て」と言うことだ。自分を持ち夢を持ち妥協せずに生きる。それが彼の言いたかった事であり後悔のないように生きようぜ、自分らしく生きようぜ、ほら、おれだって自信なかったけどSayYes!手を挙げて頑張って来たんだ、君らにも出来るよ、一緒に頑張ろうぜ!その気持ちがよく伝わってくるスピーチだった。

 

スピーチの最後に彼の学校時代の先生が並んで立った。ワインのボトルを飾った紙にくるんで「Sam,今日はありがとう。君の後輩も今日は良い話を聞けたよ。これからも後輩を可愛がってくれよな、このワインは俺から後輩である君への差し入れだ」

 

朝食会が終わりりょうまくんと車に乗り込んで学校に向かう道すがら「今日も良い話が聞けたよな、これっていいよな」と話した。ふと気づくと周囲にも同じ方向に向かっている車がたくさんあり、お父さんと息子が車内で話してた。おんなじような事を喋ってるんだろうな、ニュージーランドの学校、悪くないじゃん。

 

 



tom_eastwind at 16:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月23日

光り輝く原石

今日の午後「お父さん、明日は学校の朝食会だから早く寝てね〜」と14歳のりょうまくんから電話がかかる。そう、明日はまた朝の6時45分から学校主催の朝食会だ。タカプナのホテルで100人くらい集まってバフェット(バイキング形式)朝食を食べながら講師の話を拝聴するわけだ。前回はオールブラックスの選手が講師だった。良い話を聞けた。

 

りょうまくんは今日の午後でNCEA(大学受験のための予備試験?説明が難しい)の試験も終了してお姉ちゃんとお母さんと久しぶりに映画を観にシティに出て来ている。

 

午後の映画を楽しんで夕方からポンソンビーの美味しいっイタリアンレストラン“Prego”をお母さんの許可のもとに久しぶりに楽しむ。どか食い!けどお父さんは一人で家にいるから飲み過ぎないように電話をしておくってのは背後にいるのはお姉ちゃんかお母さんか、いずれにしても頭の良い家族で良かったです(笑)。

 

それにしてもりょうまくんかわいいな、身長はまだ160cmだがまるでボディーガードみたいな大岩石身体で普通の日本人の大人の腕を軽くへし折るだけの力を空手やトレーニングで身に付けているんだけど、今でも一匹のハエが舞い込んで来たらどうしていいか分からなくてきゃーきゃーと騒ぐかわいい子だ。

 

実はぼくのブログにアクセスする方の中には移住がキーワードではなく自閉症がキーワードなのもある。何でそんなにたくさんヒットするのか今もよく分からない。

 

うちのりょうまくんは香港政府及びニュージーランド政府お墨付きの自閉症である、てか、であった。こんな日本人の子供ってかなり稀少ですな(笑)、二か国の政府と医療機関が自閉症と認定して政府の費用で特殊学級に入学させてもらい更に年間数十万円の補助金が出るのだ。(週で計算すれば大した事ないですが、笑)

 

とにかく4歳くらいまでは一言も喋らずに(ここポイント、喋れないのではなく自発的にしゃべらない)いつもにこにこしてて、けれど他人と絶対に会話しなかった。生まれた時は分からなかったが1歳になる前にはすでにNZの医者によって「少しおかしいかも」と言われてた。それから香港に移住して保育所に通うようになると、先生が奥さんを辛そうに呼び出した。

 

「大変申し訳ないのですが、あなたの子供は自閉症と言う病気です・・・」そういう彼女にうちの奥さんはにこっと笑って「はい、分かりました、けど彼のお父さん(=ぼく)よりはずっとまともですから良かったです全然気にならないですね♪」と言ったのだ。

 

それを聞いたお医者さんの方がびっくりしたようで、うちの奥さんが学校から帰って来てその話をした時にぼくも思わず笑ってしまった、そうか政府が授業料払ってくれるなんて有難いね、なんて。

 

ところで自閉症は病気じゃないと思う、ただ単純に他人と違う感性を持ってて本人がまだ社会に出る時期をまだ決めてないだけの事だよ、何で他人と違う事がそんなに気になるんだろう。だったら動物みたいに洗脳された集団が集団自殺をするようになったらそこに巻き込まれて一緒に自殺するような子供になって欲しいか?

 

けどやっぱり世間って今でも自閉症を病気と思ってるんだよね〜。もちろん自閉症にもいろいろあるが、けどあれ、病気じゃないから。風邪とか咳とかガンとか、そういう肉体を蝕む病気と根本的に違う、単純に立ち位置とかスタートラインが違うだけの事だから。ダイヤモンドも磨くまでは単なる硬い石だ。いつ磨くかだけの問題だ。

 

ぼくは自分が子供の頃にその世界にいてその結果として今の自分がいて何の疑問もなくて、もちろん今の毎日の生活では普通の人が感じないような苛々を感じるけど、それを病気と言うならどうぞって感じ。病気じゃなくて普通に生きている人の方が可哀想な時代なんだから病気で結構である。

 

それにしても僕は幸せな時代を生きたと思う。ぼくの小学生の頃は自閉症と言う病気が認知されていなかったから普通学校に通えたけど、今の時代ならダメなんだな〜、変なの。

 

ぼくの経験から言えば、自閉症の子供ってのは周囲にいじられたくない。特別扱いとか異常扱いとか、ましてや病気扱いとか絶対してもらいたくないし、嫌だしあり得ん。ただ普通に飯食って学校行って、バカ先生の下らん話聞いてあふぉだなと思ってるけど、相手が刃向ってこない限りそこで机をひっくり返すような反抗的な事はしない。

 

反抗的な事をするのは相手が何かを押し付けてきた時だ。病気だなんだ、おかしいのどうの、大丈夫よ安心して、先生がいるからね、、、、、なんて!ふざけんな!おれはおれなんだよ、お前らの分からない世界に生きてるだけでお前らのばかに付き合ってやってるだけなんだよ、これいじょうこっちに関わってくるんならこっちも本気出すぞ、そんな感じ。

 

小学校5年の時に自由と言うテーマで先生と議論になった。くそったれな顔をした先生がエラそうに「おい、お前ら自由って分かってるか?」と聞いて来たのだ。当時は日教組マンセーな時代でありさてこいつが何を言い出すのかと思ったら「おい、自由とはみなと違う事をする無責任な行動なのだ、無責任は悪いよな、だから自由は悪いんだ!」って教えていた。

 

今でも覚えているあのバカの顔だが、当時はこんな事を普通に教えてた。ぼくは自分の領域に踏み込まれたと思い、ここで黙ってると次がやばいしと思い立ち上がった。

 

「先生、自由とは自らに由るという意味です。つまり自己責任であり先生の言うような無責任とは違うと思います」

 

これで大喧嘩になった。ガキをなめてかかって「自由の定義」について喧嘩売られた小学校の教師がバカか、小学校の教師に理論武装を教えなかった日教組がバカか。いずれにしても彼らの方が脇が甘かった。ガキが抵抗するなんて思いもしなかったのだ。

 

自由と言う概念を先生が完ぺきに自己利用しようとして小学生なら騙せると思ったらから押し込み洗脳しようとしたその行為にほんとに腹が立った。卑怯だと思った。ガキを相手に騙すのかよ・・・。

 

結果的にその先生が取った手法はまさに日教組、残りの黙ってる39人に向かって「あいつはおかしい、あいつはお前の仲間か?!みんなと同調しようとしない奴はおかしいではないか!」となったのだ。すると残りの39人は「せんせーまんせー」となったのだ。

 

そうですか、多数決ですか。まったくもう大人もバカなら子供も小汚い、当時のバカどもには喧嘩のしようもない。こっちゃ小学5年生だぜ、それを相手にこんなうすぎたねー手口使うのかよ。

 

僕自身がこんなにおかしかったからりょうまくんを見ててもよく分かるのだ。この子は普通だ。普通に生きて普通に美味しくご飯食べて楽しく生きてにこにこして、普通なんだよな。なんでこの感覚が分からないのだろうか?

 

自閉症の子供を持つ親御さんはたぶん現代社会的にまともだから彼らのこどもたちの感覚を理解出来ないのではないかと思う。ただぼくは自分が子供の頃から今の龍馬のような、そして他の多くの子供たちの(世間的に言う)ような変わった人生を生きて来たから何の疑問もない、自閉症は病気ではないと言えるのだ。

 

子供たちは普通に生活出来る。焦って壊すな、時間をかけてゆっくりと、子供と手を繋いでゆっくりと歩けば良いのだ。子供の話を聞く。意味が分からなくても聞く。怒っちゃいけない、とにかく自分が産んだ子供の事なのだ、話を聞く。そうすればいつの間にかあなたの子供はダイヤモンドの原石を磨いたように光り出すんだから。

 

★ウィキ開始

意思伝達の質的な障害

話し言葉の発達に遅れがある。または全く話し言葉がない。

(例)クレーン現象[9] 何かして欲しい事があった場合に、そのことを直接言葉では伝えず(伝えられず)、近くの人の手を引っ張って対象物の所まで連れていく行動。

言語能力があっても、他人と会話をし続けることが難しい。

(例)一問一答の会話になってしまう。長文で会話ができない。

同じ言葉をいつも繰り返し発したり、独特な言葉を発する。

(例)人と会話をする際に同じ返事や会話を何度もする。

★ウィキ終了



tom_eastwind at 16:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月20日

「私の年収、低いかも〜」

「え?私の年収、低いかも〜」と言った広告が最近目立つ。これは感情的に嫌いだ。何故ならバカ向けに煽って作ってる短期で目先だけで信頼性ゼロのビジネスモデルだからだ。

 

「年収低いかも〜」なんてのでその転職会社に行って登録しても、じゃあその転職会社なら「高くなるかも〜」となると本気で思っている人がいるのならそれは情報弱者であり、情弱に付け込んだ貧困ビジネスだ。長続きはしないのだから最初からやらない方が良い。

 

広告を作る人が「その転職会社なら他の会社よりも高い年収を確保できる」という自信があるならその理由を明確にすべきだろう。そうでなくてとにかくクライアントに依頼されたから作ったというのではあまりに無責任な広告ではないかと思う。

 

そしてたしかにビジネスモデルが明確で高い初期年収を確保出来る理由があればそれは短期的には良いと思う。しかしいずれ他社がコピーしてくるのでビジネスモデルとしては長期的な成功は望めない。その時にどうするのか?

 

今の日本で感じるのはとにかく短視眼でビジネスを展開して楽にさっさと稼ごうという姿勢である。自分がやっていることが相手にどう影響を与えるのか、その検討さえなく、とにかく今カネになるから売っちゃえという発想では長期的な付き合いをどう構築するというのだろうか?

 

説明会をするたびに感じることがまさにこの部分である。当社の説明会は参加費用が1万円であり東京以外から参加する人は交通費や宿泊費などを考えるともっと多くの支出をするわけだ。しかし僕の発想では移住と言う人生の一大事だから調査にも費用はかかりますよと思っていたのだが、ある時ふとした事に気づいた。

 

それは説明会に参加された方が最初はかなり緊張したように机の前に置いた資料を読んでいるのだが、説明会を終了した後にはずいぶん開放的な顔で「なっるほどね〜」と言う顔つきになっていることだ。

 

これはどうも、当社の説明会に参加したら参加費用の1万円以外にも「霊験あらたかな壺(笑)」を売りつけられるのではと言う恐怖心があるようで、説明会が終了してみると自分が今まで知らなかった話を聞けて情報を入手出来てなおかつ壺の話は一切出ずに済んだという事でほっとするようだ。

 

世間ではセミナーと称して参加してみたらオウム真理教だったりとかがあるようで、まったく今の日本って一体なんだ?って本気で疑問に思う。ビジネスなんて横文字使わなくても、人は「信の一字」で社会生活を過ごしているわけであり、その根本のところがすっかり崩れ去ってしまってるのか?

 

ニュージーランドでは詐欺商法は非常に嫌われる。詐欺と言う事を嫌う国民性なのである。太陽の下で真面目に働き、羊を追い牛を育てて実業でしっかりと堅実に食っていく狭い社会なのである、一度信用を失えば終わりだ。その代わりこの国で真面目にやっていれば肌の色に関係なく仲間に入れてくれる。

 

だからなのかいつも北半球の流行に乗り遅れており、2006年頃にニューヨークやロンドンの投資銀行がCDSで謳歌していた時にニュージーランドの銀行はあいも変わらず個人が住宅買ってローンを組むという単純なビジネスモデルしか扱わず、もちろんNZだってこの不動産ローンを原資にして束ねてCDSで売り出す事は理論的に可能だったが誰もやろうとしなかった。

 

ぼくはその時期に北半球の市場も、そしてシドニーを含む南半球も見てたから現場の感覚で言うと、シドニーでは何となく分かって商品化しようと思ったけど能力的に無理だった、ニュージーランドでは能力以前の問題で「カネを返せない人間に住宅ローンを売るって間違ってるよね」と言う道徳が働いたと思っている。

 

ニュージーランドがいつまで経っても南半球の小島でありシドニーのように成長もせずにいるのは、逆説的に言えば「成長に何の意味があるの?」って事だと思う。人間って、座って半畳寝て一畳である。それ以上でもそれ以下でもないし、どんなお金持ちでもお茶を百杯飲めるわけでもない。

 

だったら生きるって事をもう少し考え直してみようよ、自家用ジェット機は持ってないけど毎日のんびりしていて幸せだし、北半球で作られた工業製品(車、音楽、映画、洗濯機、薄型テレビなど等)で生活を少し楽しんで、後はまた毎日牧場で働いて心に何の疑問も持たない生活をする。

 

お金は日本円が1ドル60円とすれば年収なんて200万円もないけど、毎日スターバックスんのコーヒーを買えるし(自分の住む町にスタバがあればだけど)週末はたっぷりとビールが飲めるし子供の頃からの友達が隣の農場で働いているし、たいした金はないけど相続税がないから親の自宅は納税の為に売り飛ばす必要ないし、

 

だから、そんな生活だから何てか上昇志向がない。てか、何で上昇志向が必要なの?そういう事をゆっくり考える時間があるのがニュージーランドだ。

 

説明会終了。次からもっと皆さんが参加しやすい方法(うちの説明会では壺売ってませんよ〜笑)に変更しようって考えた今日でした。



tom_eastwind at 19:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月19日

おじいさんたちの恵比寿

「きみい、ダメだよ、おれたちの頃はさ〜」なんて言い出した終わりである。けどそのような人々が増える時代になってきた。

何かと言えば恵比須三越に通う定年退職した高齢化なご老人たちである。定年を迎えたとはいえ今だかくしゃくとしており背筋を伸ばして店内を歩くのだが、事あるごとに若い店員に注文を付ける。

 

「あのさ〜、欠品ってのはだな、販売機会の喪失であり大変な事なんだ、君にその危機感はあるのかい?」と聞かれても店員さんは「あの〜、おじさん誰ですか?」って感じだ。

 

彼らおじいさんたちは若い頃は日本の復興に向かって一致団結、高度成長期を経験して仕事一筋、日本を支えて働き何の趣味を作る時間もなく年を取ってきた人々が定年退職してからやる事なくなり、けれど退職金はたっぷりもらって公的年金と企業年金で十分食っていける状態になった。

 

家にいても奥さんは友達とちょっと美味しいシロガネのランチレストランにお出かけ、娘は仕事で忙しく話しかけても迷惑そうだ、孫と遊ぶにも学校に行ったら帰りはそのまま塾なので夜9時過ぎまで顔を合わせる事もない。仕方ないから散歩がてら恵比寿ガーデンプレイスにでも行ってみようか、おれたちの時代の贅沢の代表だった三越にでも・・・。

 

でもって紳士服売り場(昔に比べて随分と売り場が縮小された)で自分で選んだ事もないシャツや服を見ながら「う〜ん」と呻ってる。どっちが自分に合うか分からないのではない、何を見ても同じに見えてどれが自分に合うか分からないのだ。

 

考えてみれば現役社会人時代には洋服などすべて奥さんが購入して自分は単なる着せ替え人形だった事に気づくわけだが、今さら洋服選びをするにも時すでに遅しである。

 

友達は趣味を持つとか奥さんと旅行に行くとかしている。けど今さら奥さんに「おい、どこか行こうか?」なんて聞いて「何言ってんですか、あたしは今週は友達の踊りの初披露を見に行ったりして忙しいんですよ、お父さん一人で行ってきたらどうですの?もういい加減いい年なんだから何でも一人で出来るようにしてくださいな、あ〜ら忙しいったらありゃしないわ、あ、お昼ご飯のおそばは冷蔵庫に入ってますからね、食べる時には汁を鍋で沸騰させてから麺にかけてくださいな、あ〜ら忙しいわ〜」て言われるのもみっともない。

 

「そんなの分かってるよ、けど俺の頃はさ、趣味らしい趣味も持てずに働きづめだったんだぞ。、、」、秋の平日の昼間にする事なくってそんな事一人でぶつぶつ言いながらお店をぶらぶらと見て回ってると、売り場に立つのは孫のような娘さんか絶対に会話成立不可能な格好の若い兄ちゃんたち。てかその帽子と腰に付けたじゃらじゃらしている鎖、何だよそれ?何でそんなのがお尻の財布に繋がってんだよ、恵比寿ってそんなにすりがいたっけ?

 

日本では地方に行けばこのような景色は日常であるがそれでも明らかに服装が違う。地方の人々は少ない年金で生活をしている。東京の人々のようにお金持ちはいないから百貨店はすでに倒産して昭和の時代に賑やかだった商店街はシャッターを降ろし歓楽街ではしわに刻まれた顔で通り沿いのカウンターに腰かけて時々足早に行き過ぎる人々を眺めるだけのラーメン屋さん。

 

東京では今だデパートと言うビジネスがかろうじて成立しているし住民も日本の中では最も所得の高い地域であり、三越を歩く人々もそれなりの格好をしている。

 

地方の老人と東京恵比寿の老人の違いは、地方ではすでに「終わったな」と観念して最後の夕陽が沈むのを待っているだけなのに対して、東京恵比寿ではつい最近まで大手企業の本社の役員で忙しく働いてて、日が沈んだことは頭の中では知っているけど今だに馴染めずに理解出来ずに会社と言う大きな組織から飛び出た瞬間に自分が個人になるのは知ってたけど、知ってたけど知ってたけど、ここまでその影響があるとはどうしても理解出来ないままに恵比寿三越を彷徨う姿である。

 

「清水へ 祇園を過ぎる桜月夜 今宵会う人 皆美しき」

与謝野晶子の時代、人々は熱き恋心を謳った。

 

時代は変わり今、人々の戸惑う心を唄ってみた。

「三越へ 恵比寿を歩くご老人 昼間会う人 皆惑い気味」

 

この話、恵比寿三越で働いている店員さんとおしゃべりしている時に教えてくれた話がネタ元です。



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2011年11月18日

イノベーションのジレンマ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia

イノベーションのジレンマ(英語:Innovator's Dilemma)とは、優れた特色を持つ商品を売る巨大企業が、その特色を改良する事のみに目を奪われ、顧客の別の需要に目が届かず、その商品より劣るが新たな特色を持つ商品を売り出し始めた新興企業の前に力を失う理由を説明したマーケティングの理論。

 

ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)が、1997年の著書 The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail (『イノベーションのジレンマ - 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』)のなかで初めて提唱した。

 

 発生の経緯 [編集]

1.優良企業は顧客のニーズに応えて従来製品の改良を進め、ニーズのないアイデアについては切り捨てる。イノベーションには従来製品の改良を進める持続的イノベーションと、従来製品の価値を破壊するかもしれない全く新しい価値を生み出す破壊的イノベーションがあるが、優良企業は持続的イノベーションのプロセスで自社の事業を成り立たせており、破壊的イノベーションを軽視する。

 

2.優良企業の持続的イノベーションの成果はある段階で顧客のニーズを超えてしまい、顧客はそれ以降においてそうした成果以外の側面に目を向け始め、破壊的イノベーションの存在感が無視できない力を持つようになる。

 

3.他社の破壊的イノベーションの価値が市場で広く認められた結果、優良企業の提供してきた従来製品の価値は毀損してしまい、優良企業は自社の地位を失ってしまう。

★ウィキ終了

要するにソニーの枯れた技術を使ってIphoneが大成功したのを理論的に説明しているわけだ。ぼくがソニー香港のお客様と付き合っていた1990年代初頭は、ソニーはずいぶん開放的で楽しそうな会社だったが、結局創業者がいなくなりいつの間にか内向きで減点主義の普通の日本の大企業になってしまったという事実を考えれば上記の理論はよく分かる。

 

そう言えばソニーの経営方針にこんな一項がある。

「経営規模としては、むしろ小なるを望み、大経営企業の大経営なるがために進み得ざる分野に、技術の進路と経営活動を期する」

なのにいつの間にか「大経営企業の大経営」になってしまったから「大企業が進み得ざる分野=IPODIphone」で新興企業に先行されてしまったということだろう。技術もあった、製品もあった、なかったのは市場を常に見る「小なる」機敏で前向きな経営姿勢だった。

 

何で突然こんな海の向こうの米国人の話をウィキしたかと言うと、たまたま今日の東京での社外ミーティングの時に「君のセミナーは土曜日か、、悪いけどぼくは土曜日は働かない、家族と一緒に過ごすから。だから悪いけど君のセミナーが土曜日であれば参加出来ない、他の日にはやらないのかい?」と申し訳なくしかし堂々と言われたからだ。

 

宗教上の関係なのか詳しくは聞かなかったが、ついつい昔読んだ87分署シリーズのスティーブ・キャレラとマイヤー・マイヤーの話を思い出した。

 

エド・マクベインは米国の有名な作家で87分署シリーズで日本にもファンは多い。ある本の中でクリスチャンであるスティーブがクリスマスに当直になった。かれはマイヤーに「なあ、悪いけど奥さんとクリスマスの予定があるんだよ、良かったら当直変わってくれないかな?」って依頼する部分がある。マイヤーはユダヤ人なので「全然問題なし、家族でクリスマスを楽しんでね」。

 

日本では宗教による「働いてはいけない日」とかあまりない。神様が緩いのか(笑)、お盆も正月もクリスマスも、とにかく何でも自分の中に取り入れる事の出来る融通がある。

 

でもって話がどこに行くかと言えば、「土曜日は仕事をしない」と言う彼の話に興味を持ち何気なく検索したら、たまたま下記ブログをヒットした。

 

★ブログ抜粋

彼がいつも言うのは、人生で一番大切なのは、家族や親友といかに深い絆を築き、幸せを共有するということ。その目的を実現するためにも、家族や親友との時間は何においても最優先となる。

 

彼曰く、家族を最優先する人物は、本当の意味でも仕事ができ、成功する人が多いという。

 

これまで、HBSを卒業後、仕事にまい進するあまり、家族との関係をうまく築けずに、何度も離婚を繰り返す卒業生を何度も見てきたという。そういう人は仕事はできても決してハッピーではないと。

 

そんな状態になって欲しくないから、今君たちに言っておきたい。

人生で本当に大切なものは何かを考えて、それにしたがって、優先順位を決めなさい。

そしてそれを守り通すこと。自分に甘えて例外を作らないこと。

 

最後は、見学に来ていた奥様への感謝の言葉を述べて、みんなの拍手に包まれながら教室を後にした。

http://globetrottergirl.blog58.fc2.com/blog-entry-403.html

★抜粋終了

 

この「彼」が冒頭に書いたクリステンセン教授のことである。ビジネス理論を鋭く語りながら同時にそれよりも家族を大事にしなさいと学生に話している。そうなんだよな、ほんと東京にいるとこういう当たり前の事実が常識として広がらず「金儲けがビジネスでしょ、だからその為に家族を不幸にしてでも金儲けをするよ、世の中がぶっ壊れても自分だけ金持ちになればよい」という風潮である。

 

けど世の中がぶっ壊れたら君の生活もお金もぶっ壊れるんだよ、家族が不幸になったらお金で取り戻すことは出来ないよ、一体どれだけの子供が親のビジネスエゴの犠牲になって非行に走ったことか、そして一旦失った家族の信頼はお金では取り戻せないって、考えれば分かるだろうに。

 

久しぶりに気持ちよく読めたこのブログ。正直、ここまでまともな文章を読む機会が少ないので気持ち良い。(ご本人の許可なしにコピーしているので文責はすべて当方にあります)

 

幸いな事にニュージーランドでは家族と仕事を比較すれば家族が絶対最優先でありこれが社会の常識でありビジネスも家族を守る事を前提に仕組みが出来上がっているから「課長、今日は残業出来ません、今日はぼくが自宅の料理当番なんです」と言う残業拒否が普通に出来る。

 

ぼくはこの教授のように徹底出来るかどうか自信はないが、日本人としては今のところかなり家庭を優先して生活している・・・つもりだ(笑、仕事は大して出来ないが、笑)。

 

オークランドにいる時は家族第一で、一週間のうち5日以上は家族と夕食を一緒にするし自分も料理作りに参加する。仕事は特段の理由がなければ午後3時には終わらせてシティのニューワールドで材料購入もやってラッシュ時刻になる前に家に帰ってる。

 

朝ごはんについてはりょうまくんの朝食は大体ぼくが作っている。でもって二人でちっちゃなテーブルを囲んでTV1のニュースを見ながら「今年の選挙はどっちが強いかな〜」とかおしゃべりをしている。

 

しかしこれもニュージーランドを生活の拠点にしているから出来る話であり、日本に居住していたらこうはいかないだろうな。東京で仕事をしていると夕方になって打ち合わせが終わったお客様が「さて、今から横浜で会議がありますから」と普通に話している。聞けば夜の10時からの会議だそうだ。よほど緊急なのかと聞いたら「いや普通です」、、、そうですか、、、普通ですか。

 

「クリステンセン教授が“家族を大事に”と言ってますよ〜」なんて伝えたら日本のビジネスマン、どう思うんだろ?どうも外国のMBA取るのは良いがその基本となる精神は学んでないんじゃないの?てか学んだとしても実行したら日本社会からは「おかしなやつ」扱いになるのだろう。

 

ぼくは偶然ニュージーランドに拠点があるから日本に出張してビジネスマン諸氏と会話してて「夜の会議なんてあり得んし、毎日日の沈む前に自宅に帰ってるし」などと言うとほんとに変な顔をされて途中からあきらめたような顔されて、最後には「ああ、こいつは日本語を話すガイジンだな」とその目が物語ってたりして。

 

けれどイノベーションのジレンマが訴えるように、大企業が内向きになって本来の起業精神を失って内向きになり顧客視点を忘れてしまえば新興企業に追い抜かれるという理論が存在する。クリステンセン教授がビジネスの基本は家族を大事にする事であるというなら休みも取らずに毎日夜中まで働いて家族を大事にしないで結果的に不幸な家庭を作ってしまう日本的ビジネスは結果的にガイジンビジネスに追い抜かれる構造になっているのだろう。



tom_eastwind at 20:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月17日

米豪駐留協定

★記事開始

【キャンベラ=共同】オバマ米大統領は十六日、就任後初めてオーストラリアを訪問し、首都キャンベラでギラード首相と会談した。両首脳は会談後の共同記者会見で、オーストラリア北部に米海兵隊を駐留させる方針を発表した。将来的に二千五百人規模にまで拡大させる。最前線で戦闘任務を受け持つ海兵隊を置くことで、南シナ海で海洋権益拡大を狙う中国をけん制する狙いがある。

 

 米豪両政府によると、来年半ばをめどに二百〜二百五十人の海兵隊員を配置し、段階的に増強していく方針。両国空軍の軍事交流も増やす。米国独自の基地は建設せず、オーストラリアの軍事施設を利用する。

 

 オバマ氏は会見で「われわれは平和的な中国の台頭を歓迎する」と述べた上で「大国には責任も伴う」と強調、南シナ海で周辺国と摩擦を引き起こしている中国に問題解決への努力を促した。

米国防総省によると、オーストラリア国内の米兵駐留規模は六月末時点で約百八十人。海兵隊はうち二十五人で、本格的駐留は初めてとなる。どこからオーストラリアに展開するかは不明。日本には現在、約一万七千人の海兵隊が駐留している。

 

 ローズ米大統領副補佐官は十六日、海兵隊のオーストラリア駐留について「日本や他の北東アジアの米軍(の役割)に取って代わるものではない」と述べ、在沖縄海兵隊の移転計画などには影響しないと説明した。

 

 今年は米豪とニュージーランドの相互安全保障条約(アンザス条約)締結六十周年。両首脳は安全保障面での協力促進を確認したほか、環太平洋連携協定(TPP)を含む通商課題なども話し合った。

★記事終了

 

日本語の記事には書かれていないが同時にクリントン国務長官はフィリピンに行き会議を行ってきたそうだ。インターナショナルヘラルドトビビューンでは米国が中国の裏庭に存在感を表すために豪州に海兵隊を派遣するという。

 

そして下記の記事は英語版には勿論掲載されていない。英語版ではオバマ大統領の談話だけであり記事を読む人々にとって日本はあんまり関係ないのだ。

★ローズ米大統領副補佐官は十六日、海兵隊のオーストラリア駐留について「日本や他の北東アジアの米軍(の役割)に取って代わるものではない」と述べ、在沖縄海兵隊の移転計画などには影響しないと説明した。★

 

この記事を読んで「ほら、米国だって沖縄海兵隊の移転には関係ないって言ってるじゃないか」と本気で思える人はとても幸せだろう。

 

だが現実的にはこの話は第一列島線と第二列島線をポイントにして考える必要がある。

 

第一列島線は日本の九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたるラインを指す。このラインの内側は中国ですよ、米国さん、絶対に入って来ちゃいけませんよ、制海権は中国のモノですよって主張であり実質的に日本を中国の軍隊の支配下に置く線のことである。

 

第二列島線は伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るラインである。そしてパプアニューギニアのすぐ南にあるのが豪州。中国は有事の際には第二国境まで海軍を出して米軍の進出を防ぎますよと宣言している。

 

今まで米国は沖縄及び韓国に兵を派遣して北朝鮮や中国の有事に備えたのだが、今回豪州に駐留部隊を置くという事は、実質的に中国の第二列島線を「そこまではいいけど、そこから東はダメよ、だからグアムと豪州を結ぶ線から東は米国のモノですよ」と公表したようなものだ。

 

つまり米国はすでに沖縄の駐留に関してはそれほど関心がなくグアムや豪州に移動させることで太平洋を中国と米国で仕切りましょうと言うのが今回の記事の内容なのだ。

 

では何故すぐに沖縄から移動しないのか?それは今の米軍の費用は日本によって賄われておりグアムの引越しも日本のカネでやりたい、だから日本がもっとカネを出すのを待っているだけだ。

 

日本が米軍の沖縄撤退に関して二転三転するのは、内部で揉める事で出来るだけ基地を長く沖縄に置きそこに思いやり予算や様々な名目の予算を支出する事で防衛族が儲かる利権があるからだ。

 

つまり何のことはない、一般国民は真面目に基地問題を考えている時に日本政府は自分の懐を膨らます事だけを考えて米国はそこからいくら分捕るかを考えているのだ。そんな筋書きは社民党だって分かってる。分かって基地返還とやって一般国民の代表みたいに政府に文句を言うが、あれも裏では金が動いているのだ。社会党時代からこういう歴史は続いてきた。

 

これが世界の現実である。いずれ近いうちに米国海兵隊はグアムや豪州に向けて移動する。彼らが沖縄から出ていくのを見送っている日本人の背中にぽんぽん、次はこっちだよと手をかけるのが中国軍である。

 

何気ない記事に見えるがその背景にあるのが21世紀における米中の新秩序であり両国の狭間で翻弄する日本だ。



tom_eastwind at 16:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月16日

West meets East

シンガポールに来ている。オークランドからだと直行便はSQしかなく香港経由だと思いっきり遠回りになるので今回はSQ利用。この路線は777が就航しているので設備はしっかりしてて良い。

 

けれど今の季節、時差が5時間あるので(オークランドの方が早い)到着して定宿に到着してホテルのバーで一杯目を飲むころは体内時間は夜中の1時だ。どれだけ長距離の移動でも疲れがないのと時差ボケが全く発生しないのは、たぶん鳥のような本能があるんだろうな(笑)、現地に行くと体が自然と現地時間に合わさってしまう。

 

帰巣本能も、酔っても必ず自宅に無事に帰れるので(笑)、これまた鳥並みかも(笑笑)。

 

シンガポールはまさに東西文化の交差点であり世界中から様々な人種が集まってくる。けれど支配民族は中国人であり支配者はリークワンユー一族であり見事な独裁国家であるのも事実だ。

 

英国人が「社会の究極の自由は究極の管理の結果である」とか言ったとか。まあこれくらいに管理されてしまえばまじめさんしか生きていけないねって感じがする。

 

このホテルは静かなバーが1階にあり気軽な服装の白人男性といかにも地元中国人と言った風情のお金持ちが目立つ。それにしてもシンガポール女性できれいな人って見かけないなと思ったり(笑)。

 

同じく1階のホテル内トイレは非常に手入れが行き届いておりTOTO製の綺麗なのだけどウォシュレットは付いてない。しかし立ち上がるとセンサーが反応して自動的にトイレを流してくれる。中国人が多いんだろうなって笑えた。

 

ここから西に行けばトイレの個室の中にハンドル付シャワーが付いてるんだよなって思いながら地域ごとの文化の違いを感じる。翌日の夜に食事に行ったオーチャード通りのビルに入居している和食店で共同トイレに行った時、たしかにトイレにシャワーが付いてた。このビル、ローカルインディアンがたくさんいるんでしょうね。

 

そう言えばキーウィでもトイレを流さない人がいる。あれは彼らが生まれ育った田舎では雨水を自宅に使っており水は貴重品なのであまり毎回流すのはもったいないという発想からである。キーウィ男性で二日に一回しかシャワーしない人もいる。これも昔の雨水生活の頃の癖だ。けれど本人、少しは気にしているようで奥さんに「あんたシャワーした?」と聞かれると少しおどおどしながら「あ、うん、したよ」と答える。奥さん更に突っ込んで「いつ?」と聞くと旦那さん恥ずかしそうに「昨日・・・」なんて答えたりする。

 

旅の一番の楽しみは違う文化に触れてその度に自分の価値観が広がっていくことだろう。価値観が広がればまず怒る機会が少なくなる。他人を理解出来るからだ。ただし短期旅行ではなかなか見えない部分があるのも事実。

 

海外に出る若者が減少していると言ってもシンガポールでは最近ワーキングホリデイが導入されて元気の良い賢い日本人女性が次々とシンガポールの大学に入学して様々なものを学んでいる。中国語、英語、中国文化、シンガポール文化、いろいろと日本の自分の住んでた街では考えられないような現実を毎日見ながら学んでいる。男性は・・・ほとんどいない。日本から派遣されて日本村の中で生活のすべてを終わらせて現地の事に興味を持とうとしない駐在員だけである。



tom_eastwind at 16:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月15日

アオテア広場で「占拠せよ」デモ

今朝のTV1ニュースで「アオテアを占拠せよ」デモの様子が放映された。


今回もまた「占拠せよ」デモがオークランドの中心地クイーンストリート沿いにあるアオテア広場で平和的に開催されたがそりゃ平和だ、市役所前の治安の良い安全な公園でテント張って近くのカフェで買ったカフェオレを楽しみながら「おれたちは99%だ!」って言うんだから。


間違いなく君らは99%だよ、ニュージーランドと言う誰に攻め込まれる事もなく最低時給13ドルで社会保障がしっかりしてて誰でもその気があれば大学まで政府補助で進学出来て貧困で人が自殺する必要がない国(韓国人社会は少し違うようだが)でカフェオレ飲みながら「格差反対!」って訴えるのだから。99%が幸せに生きていける社会のどこが差別なのかよく分からん。


しかしまあ、これは誰が仕掛けているのだ?カナダのなんちゃら団体だとかソロスだとか話が出ているが、これで儲かるのは誰かって視点から見るとニュージーランドの場合はどうも誰も思いつかない。


何故なら世界でも珍しいほどに格差が少なく誰でも苦労なしに生きていける社会主義に近い資本主義国って、あんまりたくさんないでしょ。だから鯨さんと同じで北半球の誰か儲かる奴がいてそいつが「世界中で反対って事にしなくちゃ記事になんねえな、あんまり意味ないけど一応NZにも金配っておくかな」程度の乗りであろう。


公園使っても利用料金が発生するとは思えないし、もともとのんびりしてるキーウィの若者が仕事のない時間に単純に暇つぶしに仲間を求めて集まってお茶を飲んで世間話をして時間を潰しながら社会に参加しているって実感するのかな。


「天気の良い日にピクニックして楽しむくらいならまず働けよ!」と言うのは番組に寄せられたコメント。NZのテレビ番組ではFacebookTwitterで意見を集めるので反応が早い。


世の中はハイエクの主張する「自由競争と格差」と言う社会とケインズの主張する「大きな政府による管理」との間をまるで振り子のように右に行ったり左に行ったりしている。


大雑把にいえば資本主義と社会主義の間を人民感情が右に行ったり左に行ったり、その時の雰囲気で流されているようなものだが、一度立ち止まってもう少し上を見てみたらどうだろうかと思う。


格差反対と言えば他人の足を引っ張るだけで自分たちが上に行こうとする気持ちがないわけで上向きの平等と言う発想が出てこない。かと言って政府による管理をすると「もっと自由を!」と言い出すが自由を与えたらやることは他人の頭を叩いて競争して格差の発生である。これじゃいつまで経っても同じことの繰り返しではないか。


両方の極端しか言えないのが西洋人の特徴であるのは仕方ないとしても、少なくとも日本人は中庸と言う言葉を知っている。人が歩く道はまさに綱渡りと思えば良い。右に傾いても落ちるし左に傾いても落ちる。まっすぐ真ん中を歩くのは知識の蓄積も感情の抑制も要求されるが、それこそが唯一「持続する社会」を実現する方法である。


世界が自由過ぎて何でも出来る社会になれば「何でも出来るけど間違ったことはやらないよ」と言い、世界が管理社会になったら「自由を寄越せ、おれは自己責任で生きる、お前らの独裁主義に付き合ってられるか!」と訴える、そして右と左の間をしっかり見極めながら細い綱の上を歩く。


競争を嫌いだという人は一生懸命生きるのも嫌いなのだろうか?誰かに管理されて彼らに自由を手渡して家畜のように生きるのが好きなのだろうか?


自分の内側からとめどなく出てくる自分のやりたい事を実行したい気持ち、その為には政府に自由なんか絶対に手渡したくない、その為には自己責任だから失敗しても誰にも文句は言わない、そしてその為には他人がどう言おうと実現しようとする。


けど、それは必ず社会を成長させる方向性と一致していなくちゃいけないと理解するだけの抑制力もある。単純に欲望を実行するだけなら動物であるし欲望を抑制しながら成長していくのが人間の歩く道なのだ。


どうやら市役所は退去勧告を出すようだ「もういいだろ、そろそろキャンプをたたんで家に帰れよ、暖かいスープとパンのあるお母さんのいる家に」と言うことだろう。


次のニュースはシリアで反政府デモに参加して殺されている民衆の記事だった・・・。



tom_eastwind at 09:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年11月14日

寿司職人になれるか?

衰退する産業では新規雇用は発生しない。だが産業は衰退しても雇用は維持する必要があるので業態変換をして生き残る必要がある。例えば炭鉱で栄えた常磐炭鉱が1960年代に産業として立ち行かなくなった時に、それまでは石炭堀の邪魔者であった湧出する温泉を利用してハワイアンダンスと組み合わせて観光ビジネスにシフトして成功した(映画フラガール)などが良い例で失敗例は夕張だ。

 

衰退する産業で雇用を維持することは、ましてやそれが政府による保護であれば無駄に税金を払うだけで生産性のある仕事とはならない。そこで必要なのは生産性のある産業に円滑に人を移動させることだ。

 

ところが今の日本の法律ではこれがなかなか出来ない。労働組合が問題なんだけど誰もその事を指摘しようとしない、何故なら既存雇用者を守らねば次の選挙で負けるからだ。けれどニュージーランドとなると少し事情が違う。雇用の流動化が理論的に働いているのだ。

 

戦争においては自分に有利な場所で戦うのは基本中の基本である。孫子も言ってる事だが山は左に置き出来れば山の上に陣取り、守りであれば河の向こうに構えて等等。

 

ビジネスも雇用も全く同じで散髪屋が外科医の真似をしても出来るわけがない。切るものが違うんだから。

 

じゃあここニュージーランドで日本人が何になれるかと言えば寿司職人である。こればかりは面白いほど日本人の独壇場だ。子供の頃から寿司を見てきて食べてきて、形も味も雰囲気もすべて理解している。これだけはどれだけ韓国人や中国人が真似をしても同じものは作れない。

 

てーことは日本人の有利な労働市場と言うのは日本食レストランのシェフと言う事になる。韓国人がモール(大型ショッピングセンター)で巻きずしを売ってるがあれはあくまで韓国式の「酢飯を使わない巻きずし」であり、最近の味の分かるキーウィは高くてもまともな日本食レストランで日本人シェフの寿司を食ってくれる。

 

Iモードを作った人の意見


競争力の無い産業や仕事を補助金や規制で未来永劫助け続ける余裕がなくなりつつあるというのが現実の日本の姿なのである。ちなみに私個人は農業は壊滅しないと思っている。一次産品は新鮮さやおいしさが要求されるので、ただただ安いだけで消費者がそちらに流れることは無いというのが牛肉や米でもすでに証明されていると私は思っている。★

 

ぼくもそう思う。例えば米が700万トン日本で消費されているとしてタイから安いコメが250万トン入ってきました、価格は日本コメの半額以下。それでも日本人は買わない。

 

それと同じで、市場は小さくても高級品に徹して商売をすればそこに必ずビジネス機会はあるしその高級品(今回の件で言えば寿司)を日本人シェフが握るという事はおフランスで作られたおヴィトンのカバンのようなブランドとなるのだ。市場規模至上主義は忘れる事だ。

 

もちろん日本食の味が分からない多くの人々は安い巻きずしを買うだろうが、味が分かる一部の高級市場を対象にすればビジネスは成立する。

 

つまり今の日本で仕事がないって場合でも海外に出れば日本で思うよりも仕事、それも日本人が得意とする品質管理と徹底した安全性と言う分野で雇用が存在するのだ。

 

ここで日本人が陥りやすい錯覚は「おれが寿司なんてでっきるの〜?」であるが、できる。普通に半年も勉強すれば海外では十分に通用する。それは手抜きと言う意味ではない。日本人が国内で要求するのは100%だが現在海外で提供されている寿司のレベルは韓国中国系のお店であればレベル10%にも満たない。

 

普通に日本人の舌があればレベル50%程度の寿司は作れるしこれで現地寿司と比べれば5倍の品質向上なのだ。

 

あ、思い出した、戦後すぐは子供たちが靴磨きとか高級車を狙った当たり屋とかあったな。ああいうのも国策で守るのか?終わったビジネスを可哀想だからとカネを払って守る意味。分からん。毎日が戦いでしょ。

 

と言う事で日本人が海外で生きていく道はある。けれど二つだけ忠告しておきたい。逃げるために海外を選ぶならそれは最悪である。海外に行けば誰もあなたに興味を持たないし忠告もしないから人間の本性がそのまま表に出てくる。逃げを選んだ人は大体において腐る。

 

もう一つは、仕事を得られるかどうかなら答えはYESだが、大事なことはあなたの人間性だ。他人と仲良く仕事出来るか?手抜きをしようとしてないか?他人の足を引っ張ろうとしてないか?

 

要するに海外で生きるというのは寿司が握れるかどうかではない、自分自身を制御しながら成長させるだけの力量があるかと言う事だ。



tom_eastwind at 09:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年11月13日

中野先生の素晴らしい日々

先生いかがお過ごしですか?どうやらTPP参加に向けて交渉開始と言う玉虫色ながら前進することになりあなたの役目も無事終了して良かったですね。

 

今となればあなたがテレビで怒鳴ってた時に一瞬横切った不安そうな顔の意味がよく分かります。あなたが怖がっていたのは万が一何かの間違いで野田首相が「じゃあTPPや〜めた」と言う事だったのですね。

 

先生は経産省出身だから日本がTPPに参加するとは最初から仲間に聞いてた。経産省はTPP推進の立場だけど、彼らは自分たちが推進主体として経産省が悪者にされないために日頃「TPP反対」と言ってるけど古賀茂明氏のように親分に盾突いてまで自分の考えを通すつもりもないあなたをテレビ出演させて一般市民に「そうか〜、経産省出身者も反対なんだ、けっこうまともじゃん」って思わせる作戦だったんですからね。

 

だいいちあなたの日頃のTPP反対だってあれは同期入省連中と差をつけて最低でも局長、出来れば次官狙いの作戦ですよね。今回はTPPが良いネタになったのでテレビに出て自分が有名になるために、キャリア官僚として出世する為にまずはテレビ出演してTPP反対なんて大声で怒鳴り上げた。こうやって顔を売っておけば将来有利ですもんね。

 

第一TPPに参加することは知ってたんだからどれだけ反対して何を言っても後で「あんた、TPP反対だったよね、だったら不参加しなかった代わりに何か良い案があるんだろうね?」と反証を求められる事もない。それにあそこまで本気でTPP怒るんだったら何故テレビを使って経産省本省と公開討論を提案しなかったのですか?あなたの出身母体でありTPP推進派が誰なのか知ってたでしょ、なぜ下っ端の民間人相手にテレビで怒鳴ってたんですかね?不思議ですね。

 

よおくできた戦略ですね、けど最後の土壇場で野田さんが「政治決断」でもされたら一番困るのは先生ですもんね。だからその恐怖がつい顔に出たんですよね。

 

何せTPPや〜めたとなればTPP反対派はその場では自分の意見が通った事で満足するでしょう。けど後になって普通の何も知らない人々が

「よっしゃ、亡国TPPは中野先生の努力で潰してもらったけどさ、ところでどうするよこれから?TPPには参加しないままで関税もこのままって事は外国も日本向けの関税は下げないから輸出拡大(TPPは元々輸出拡大策ではない)にはつながらないよね?」

 

「でもって検疫など手続きの煩雑さは今まで通り。テーことは彼らTPP参加国の内輪だけで取引した方が手っ取り早いから日本はスルーって事になるんだよね。で、えっと、ニュージーランドと中国はすでにFTA締結しているよね。あれ?以前は日本の将来は少子高齢化で国内消費が縮小していくんだから海外進出って言ってなかったっけ?」

 

「てか、円高を利用して企業は海外に出ようって言ってなかったっけ?日本で売れないんだから日本に工場置いてても仕方ないよね。むしろ消費者のいる国に工場作った方が製造業にとっては有利だったよね。てーことは今は円高だから企業は円高を利用して海外に工場移して更に日本は税金高いから本社も海外に移すことになるよね。あれ?そうすると国内雇用がなくなるよね?それに企業の法人税、市民税も入らなくなるよね〜」

「そう言えばオバマさんは“これから米国は輸出国になる”と言ってたよね、だから日本国内で作っても米国は買わないよね。そうだ、米国産トヨタ車が韓国で売られるようになったんだよね、米韓FTAで。てか日産自動車はマーチをタイで作って日本に輸出しているよね?けど車って部品がたくさん必要だから完成工場だけじゃなくて部品工場も全部米国に引越しになるよね」

 

「あれ〜?だったらおれ、どこで働けばいいの?工場の仕事ないじゃん。てか政府はますますお金が無くなるけど学校のおカネとか医療費とか全額負担しろなんて言わないよね?失業手当もらえるよね?低所得者向けの手当てとか俺の年金どうなるの?」

 

「よっしゃ!ではTPP亡国論者(経産省キャリア)で高名(よくテレビに出てるから)でとっても頭が良い(東大教養卒)中野先生に聞いてみよう♪あれだけTPPに反対したんだ、先生ならちゃんと対案持っているよね何でも知っているもんね!!」となる。

 

要するに一般市民の方は正しい話と間違った話がごっちゃになってしまい何が正解か分からなくなって、テレビで先生が自信たっぷりにTPP反対と主張していたから中野先生に味方した。てっきり先生が何か秘策を持っていると思ってたんですね。けれどいざTPP不参加になってみても結局何も変わらないまま不況感だけが広がる。そこで先生の自宅を訪ねる一般市民。

 

市民「せんせーい、すみません、これからぼくらの仕事やこどもたちの教育とか医療とか社会福祉が昔のように貰えるんでしょうか〜?」

中野「何〜、お前の仕事〜?、そんなのおれが知るかよ!おれは原子力エネルギーと社会工学が専門で経済なんて分かるわけないだろーが、おれのウィキちゃんと見てみろゲンパツ推進って書いてるだろーがよ!仕事がない〜?、だったら原発で炉心洗いでもやってろ!これから日本は経産省がバンバン原発作るんだからよ!社会福祉が欲しいだと〜?ふざけんな、好きで作ったガキだろ、自分で面倒見てろ、政府は忙しいのだ、働きもせん奴が何言うか!自己責任じゃ〜!」

 

先生、こんな事態にならずに済んで良かったですね。ところで大学生活もテレビ出演も十分楽しんだようですので、古巣の経産省に戻って福島原発を国営化して所長でもやってみませんか?

 



tom_eastwind at 17:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月12日

農業を守ろう、農協ではなく

★時事通信記事から

全国農業協同組合中央会(JA全中)の萬歳章会長は11日夜、野田佳彦首相が環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加方針を表明したことを受けて都内で記者会見し、「参加を断念しなかったことは極めて問題だ。交渉参加阻止に向け、引き続き徹底して行動していく」と述べた。

 萬歳会長は記者会見で「ゼロ関税のTPPに参加すると日本農業は壊滅する」と強調。「今なすべき最大の優先課題はTPP交渉参加に向けた協議ではなく、東日本大震災からの復旧、復興と原発事故の早期収束だ」と訴えた。(2011/11/11-22:41

★記事終了

 

この記事はこう読む

農協のバンザイ会長は11日夜、野田首相がTPP交渉への参加方針を表明した事を受けて〜中略〜「農協の利益ゼロ関税のTPPに参加すると日本農協は壊滅する」と強調。「今なすべき最大の優先課題はTPP交渉参加に向けた協議ではなく、東日本大震災で元々米作らずに使わずにカネもらってた農地を洗浄してもらい再度「使えなくなった〜」と言って政府と東電からたくさんもらって(そうすれば農林中金に金が入る)、原発事故の風評被害を自分たちが火消しをするわけでもなく放置しておいて野菜代金を東電からむしり取って収束だ」(要するにもっとカネ寄越せ!)と訴えた。★

 

ほんっとにバンザイな脳みそだ。江戸時代から現代まで、いつまで経っても他人にすがって寄生虫のように生きる事しか考えていない連中どもの集まりだ。ぼくは真面目に働いている農家の方を直接間接に知っているがそのような人々はおしなべて「農協?ダメだよありゃ」と言う。

 

こういう寄生虫は自分では何もしないのに都会で真面目に働いて納税しているサラリーマンの税金を自分の懐に入れておいて、それでいてTPPなんて自分が真面目に働かなきゃいけない状態になると日本の消費者全体の利益を阻害してまで、つまり他人の足を引っ張るような生き方をしている。

 

まともな農民には相手にされていないのに票だけ持ってるから政府相手におこぼれで飯を食おうとしているが産業としてはすでに魅力も将来性も利益もないから新しく農業を始めようとする若者も殆どおらず平均年齢60才↑の現役世代が農業を引退したら農協組織も終わりになる。ちなみにニュージーランドでは農業は若い人が喜んで参加するビジネスであり若い頃から牧場で働いたりワインを作ったりして世界に輸出している基幹産業だ。

 

地方出身の国会議員は百姓の「次の選挙で落とすぞ!」との恫喝に脅されて間違いを間違いと言えないままに百姓の既得権益を守ろうとするが、彼らも国賊の仲間である。国会議員とは本来国家の事を考える為の存在なのにいつから地方の一部の既得権益を守るだけの泥棒になったのか?

 

百姓なのに米を作らない事で政府からカネを貰っている。おかしいと思わない感覚がすでにあふぉである。食糧自給率が下がるなどの議論があるが、安いだけで外国産の食糧を買う日本人がどれだけいると思うのだ?第一自給率を下げているのは農家に経営観念と合理化や生産性を教えずに農薬とトラクターを売りつけて米を作らせない農協と食糧政策ではないか。自分で下げておいて今さら何を言うか。

 

日本の農業は守るどころか攻める力がある。高品質と安全性で海外に輸出すればよい。世界には1%の金持ちがいる。彼らは安全で安心なものを買う。お隣の中国には日本の果物や野菜を地元中国産の10倍近い値段でも買う人がいる。そういう高品質の農産品を作る農家の努力の足を引っ張っているのが農協である。



tom_eastwind at 14:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月11日

江戸時代への回帰

ここ二日ほどのあちこちのブログの中で興味を引いたのが「江戸時代が壊れる時」だ。

http://agora-web.jp/archives/1401673.html

文章自体はまとまりがあるけど結論不明なのでどうかなと思ったがそれでも結論不明に至るまでの発想がとても面白い。

 

脱原発を唱えるのは左翼的な民社党、じゃなかった、今は社民党かな、政府からお金を取るのは大好きで自分に酔うのは大好きでけど現実を見ようとしない人々が集まる政党を中心としているが大雑把に言えば左翼と呼べる。本当の戦闘的な左翼は嫌がるだろうが。

 

これに対してTPP反対を唱えるのは国益一番!外交二番、夜のおかずは刺身に豆腐、って感じの、これはまあ右翼みたいに愛国大好きな人々である。

 

上記ブログの論旨が二つある。一つは今の日本のTPP反対派は脱原発であり、つまり右翼も左翼もなくて一つの愛国って切り口でまとまったという点だ。これに対してTPP賛成で原発もアリじゃないのと言ってるのは合理的に物事を考える人々だ。

 

そして次の論旨で出てくるのが、要するにこりゃ江戸時代を継承したい人々と江戸時代を断絶したい人々の戦いであり江戸時代の鎖国とは究極の経済封鎖で脱落者を出さない代わりに誰も成長しないけどのんびりと生活出来る社会だったが江戸時代を断絶したい人は世界を相手にもう一回明治維新やろうとしている人々だってこと。★

 

今まで例えばライブドア事件でも大問題になったが国益なんて使わなかった。当然だ、ありゃ国内問題だから出てこない。もうすぐしたら今までは植草氏のお得意専門用語だった「売国奴」が一般ブログでも見かけるようになるだろう。それから次に出てくるのが仕事を失う農協職員が政府のせいにして「首切り議員!」とか「市民カッター!」とかが言い出す。ところがその農協職員の体たらくはこんなブログで紹介されている。

http://agora-web.jp/archives/1401905.html

「福島農協の鈍さ」と称して福島の食糧を守るべき農協が何も活動せずにぽかーんとしている。その本当の理由は農作物の安全性を宣伝する為に一生懸命仕事するよりもいつものように何も作らず誰かにたかればいいや(いつもは農水省、今回は東電)と言う姿勢が見え見えだという論旨。★

 

こういうのは歴史を見ればいくらでも過去例があるわけで、どこの国も外気に触れた瞬間に大きく反応する。今まで鎖国状態だったのがいきなり開国して感情的に反応するわけだ。もちろん合理性などそこには存在しない、心の準備が出来てないし外気なんて考えもしなかったからひたすら感情論で相手をののしる言葉は出てきても具体的な数字や資料は一切出てこないのが特徴。

 

例えばニュージーランドも1984年まではかなり鎖国的国家であり世界で珍しく選挙によって社会主義者が政権を取り社会主義を100年近く成功させてきた国家である。脱落者を出さない代わりに計画経済で余計な事も革新的な事も一切認めない、要するに日本みたいな国だった。実際に1900年代初頭の世界の幸せ国家ではほとんどいつも3位以内にいた。現在の手厚い社会保障もその時代に構築されたものだ。

 

ところが1960年代から国際化の波が押し寄せてきた。それまで独占市場だった羊毛輸出に南米が参加してきて大量に安い羊毛を世界に輸出する事でNZの一番大事な市場が崩壊した。

 

そして同時にそれまで英国の食糧庫として多い時には農産物の7割近くを英国に送ってたのだが英国が経済不況でECC(今のEUの前身)に加盟することになり「悪いな、これからはフランスから肉と野菜買うのでさようなら」と三行半を叩きつけられた。これで食糧の輸出先の最大手を失ってしまったNZは、それまで使っていた国家の通貨ポンドをドルに切り替えて太平洋方面に輸出する方針に切り替えた。

 

ところが自由市場で売ろうにもNZ産は高いし特徴ないし、だから誰も買わないし。なぜ?つまり今まで社会主義だったから高い給料もらって決められた数だけ野菜作っておけばよくて品質なんて誰も気にしてなかったし改良なんてのは社会主義国家ではご法度なので誰もイノベーションを考えなかった。

 

結果的に1980年にNZはデフォルトを起こして国家倒産状態になった。この時に出て来たのがデビッドロンギとロジャーダグラス率いる労働党政権である。彼らは社会主義路線を大きく自由化路線に切り替えてそれまで国営だった公社を次々と民営化させて株式上場益でそれまでの対外借金を返済した。次に公務員の数を8万人から3万人に激減させ(民営化の為民間企業の社員になった)外国からの投資を受け入れ起業家が自由に活動出来るようにそれまで原則的に何でもNOだった政策や制度を原則的に何でもOKと180度切り替えたのだ。

 

その結果は明白に表れた。人々にやる気が出て来たのだ。そして1993年の赤字を最後にそれ以降18年経常黒字を続ける健全経済になったのだ。

 

けれどこの時もロンギ首相は多くの国民から売国奴と罵られ首切り屋と怒鳴られ1989年の総選挙では労働党が負けてしまったくらい国民に嫌われたものだ。ところがそれから4年後に景気が本当によくなって国家財政が黒字化されると国民は手のひらを返したように自由市場を謳歌して次々と新しいビジネスを立ち上げて、過去に自分たちが吐いた暴言を思い出すこともなくなった。全くどこの国でも国民とは自分勝手なものだ(笑)。

 

今一番景気の良い農業ビジネスをやってるのがフォンテラだがここは元々国営農業公社である。そして日本でキーウィ売って大当たりしているのがゼスプリだけどこれも自由化後に農家が競って良い品質のキーウィを作るようになっって大儲けした。最近はゴールデンキーウィも開発されて売り上げ急上昇、ついにはテレビ宣伝までするようになったが、これも遠因を辿れば1984年のデビッド・ロンギの時代までいくわけだ。

 

前回も書いたが日本が鎖国を続けるならそれも有りだと思ってる。但しそれに伴う痛みを、あ、そうか、喜びを知らないから痛みも感じないから大丈夫だな、じゃあこのまま鎖国でって事で良いと思うが、鎖国するとまた右翼と左翼に分かれて「じゃあ原発どうするの?」って話になるだろうな。

 

ぼくはTPPに関しては交渉には参加すべきだと考えているしそれは何度も書いたことだが僕自身がTPP発祥地の一つであるニュージーランドで生活をしてTPPの意味を外国から見ているから日本は参加すべきだと感じる。原発に関しては反対だ。脱原発よりも即停止にかなり近いものだがる。浜岡原発を止めただけでも良かったと思う。今後もやばい場所にある原発は順次停止していくべきだ。

 

ただし日本に住んでいながら原発反対の人々は明確な痛みを理解する必要がある。その一つはこれから停電が多発しても文句言うなよって事。渋谷交差点の信号が一時的に止まっても山手線が30分くらい動かなくても銀行のネットバンキングが使えなくてもいちいちヒステリックにどっかの党首みたいにキャーキャー文句言うなよってことだ。

 

もう一つは国内の製造業は確実に海外に出ていき国内の未熟労働者(若者)はこれからますます仕事を得にくくなるという事だ。電気代は工場運営にとって大きな問題だし水もそうだ。ベトナムやカンボジアで安い水と電気が手に入るなら原発を止めた日本に工場が残る理由はなくなる。

 

そしてTPP反対の人は後になって「日本経済の為に国際化しよう、外国に出ていこう!」なんて言うなよって事。だってその時には彼らに有利なTPPが出来上がってて日本には最悪の貧乏くじしか残ってないからだ。



tom_eastwind at 13:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年11月10日

「リスクマネーの威力」草野豊己

リスクマネーの威力〜ヘッジファンドの投資行動に学ぶ乱高下市場に打ち克つ勝利の法則〜
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No Pain, No Gain

 

「ホテルカリフォルニアのように一度チェックインしてしまえば二度と出る事の出来ない場所。それが今この世界なのだ」

 

我々はこの世に生まれて否応なく社会に参加した。そして金が社会の血液として回っている以上いくら金が汚いと否定しても意味はない。体の中を回っている血液を汚いと言っても意味はないし学ばなければガンになって死ぬかもしれない。知らぬふりをしても砂の中に頭を突っ込んでいても危機は去ってくれない。てか、尻から食われて終わりだ。

 

ヘッジファンドの方向性を見抜いてその裏を行くくらいの能力がなければ振り回されて終わりだ。「おれはさ、金融なんて難しい事はわかんないんだよ、ただ一生懸命モノ作って働いてりゃいいんだよ」そう言ってモノ作りに励んだ技術力のある町工場や中小企業がリーマンショックで倒産させられた。知らないでは済まない世界である。

 

Riskの原義は「絶壁の間を船で行く」だ。危険であることを知っているからこそ事前に学び備えをする。Riskから逃げてばかりでは何も学べないからDangerな状態に陥る。イタリア語でリスクはRiskale,「勇気をもって試みる」と言う意味になるそうだ(ウィキ)

 

金融の世界で働いてないから関係ないとはもう言えない。ある程度の、出来るだけの備えをする事が唯一リスクヘッジになるのだ。リスクヘッジをするはずのヘッジファンドがいつの間にかリスクを思いっきり背負って世界のマネーを動かす時代になった。

 

そしてそれは実社会にも多大な影響を与えているのは誰もが理解している。我々に今必要なのは砂の中に頭を突っ込んで知らんふりをしたり、あいつが悪いとかこいつが汚いとか言うのではなく、あいつやこいつがどのような手口で仕掛けてくるかを理解する事だ。

 

全部読むのに3時間くらいかかるけど、今の世界の状況を理解するためにも是非とも読んでもらいたい本だ。No Pain, No Gain、苦しくても自分の時間を作って学ばねば。そう思わせる一作だった。



tom_eastwind at 09:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2011年11月09日

ストップウォッチ片手に

「ストップウォッチ片手に、考えてみてください。

あなたは今、家族とはなれています。

あなたは今から1分後、事故で死にます。

その1分間 あなたはどのように、すごしますか?」


もし電話があれば家族に電話するかな?けど自分の性格的に多分、1分と分かっているのならストップウォッチを見つめながら電話もせずに死ぬだろうな。だって最後の最後なんだもん、難しい決断なんて要求しないでよ、もう死ぬんだから最後くらいのんびりさせてよって思う(笑)。


そう、世の中は毎日が辛くてめんどくさい決断の繰り返しだと思う。決断せずに何も考えずに周囲に流されて生きていくことはとても気楽であるのは間違いない。けれど自分が決断する立場である限り周囲に流されて生きていくことは許されない。


または自分が決断したのであればそれは自己責任であり「言った事、ひっこめるなよ」となるので多くの人は他人のいう事に同調して何かあっても「だって〜、あの人がこう言ったんだも〜ん」と逃げを打つ、または逃げを打つ準備をしてから参加する。


そういうのがどうしても好きになれない性格だから、自分が決断する時は他人は関係ないし自分が決断した事を他人のせいにするつもりもない、その代わりに決断をする際は出来る限り情報をクロス収集して判断するので後悔もない。そう言えば今のTPP議論はちゃんと自分の頭で考えてしゃべってるのかな、なんて思ったりしてた。だからだろう眠りについた後、TPPについて昨夜夢のお告げが出て来た(笑)。


笑うわけではないが、皆さんもやってみればどうだろうか、夜の10時前にベッドに入りたっぷりの睡眠を取り朝の3時過ぎにベッドの中で目を覚ますのだが体は一切動かさずに脳みそだけ活動させる。


すると昼間には思いつかない事がたくさん出てくる。ああそうか、こんな切り口もあるかなって。ぼくはこれを勝手に「夢のお告げ」と言ってるが科学的分析可能な話ではないかと思ってる(笑)。


よくある話で、夜の考え事は暗い結論になるので、考え事は太陽の下でやりましょってやつだ。ほんとはほんとはTPPではなく新しい企画をまとめるつもりで昨日の夜ベッドに入ったのだが、何故か今朝の夢のお告げはTPP、それも鎖国の具体的な方法だった。


今、日本人のうち30%くらいはTPP参加に反対していると推測される。その理由は米国に犯されるから。けど自分が自分で考えて結論を出して行動する人々が日本国の中に30%もいれば残りの70%は必ず追従する。それだったらTPP反対派、何でもっと踏み込んで考えないのか?今すでに日本は食糧政策で米国にぼこぼこにされて、米国に雇われた環境テロリストが体当たりして鯨食うなと攻撃したり大西洋で獲れたマグロを日本人は食うなと言い米国産牛肉食え米国小麦食えコメは作るなってやられ放題じゃないか?


だったらここで国民運動として鎖国をやればよい。実はTPP賛成論者だって米国礼賛ではなく、どちらかと言うと米国の横暴に頭に来ている連中が多い。彼らの作戦は、だからこそ二国間協議ではなく多国間協議であるTPPでやることでふすまの向こうで二人っきりで何かされて文句も言えないんじゃなくてふすまのこっちで皆の見てる前でやりましょと言ってるのだ。米国の横暴を防ごうという発想だ。同時に「日本人がやる気があるのなら少々の不便を我慢できるのなら鎖国もありだ」と書いてる人も多い。


そこで鎖国について具体的に考えてみれば、これはいける。関税障壁及び非関税障壁を高くして太平洋貿易鎖国と言う方法がある。日本は1億人内需で生きていくようにするのだ。少々不自由はあるが食っていける。その代わり米国を完全に敵に回す覚悟が必要である。TPPは反対だけどアメリカ様を敵に回すなんて出来ないよなんて言う反対派は負け犬だからここから下は読む必要なし。


まずすべての外国製品に対して関税をかける。それは日本人が国産しか買えないくらいに輸入品を高くするのだ。例えば牛肉関税は1千%、小麦は1万%みたいにする。100g500円の和牛ロースと100g1000円の輸入ランプ肉があれば誰でも和牛を買うだろう。


家畜の飼料も値段が上がれば輸入は出来なくなる。そこで牛は牧草飼育、鶏はフリーレンジ(放し飼い)のオーガニック(有機飼育)にすればよい。ちなみにNZでは両方ともすでにオーガニックがある。鶏肉は見ればすぐわかる。黄色みの強い少し硬そうな見かけだが味がしっかりして美味しい。卵はフリーレンジのオーガニックは1個1ドルするが普通のスーパーで人気商品である。


本当は関税ではなく「外国製品はどんなに安くても買いません、BuyJAPAN!」をやれば良いのだが意志の弱い人も多いだろうし日本に住む外国人もいるので法律で制限する方がよい。でもってこれを機会に肉や野菜を叩き売りにするのではなく正当な価格で売買、つまり生産者がきちっと利益が出せて継続する農業が出来るだけのおカネを消費者が払う事が肝要。ここで消費者が神様になって「なによ、安くしなさいよ!」なんて言ってはダメだ、日本全体の事を考えよう。


そうやって日本は江戸時代のように国内で獲れる魚と野菜を主食にして国内でコメの増産を行い一汁二菜の生活をする。これで米国からの輸入はほぼゼロになる。牛や豚などの飼料が減少するので肉を食べる機会は減るだろうが死ぬわけではない、これで食糧自給率は90%くらいになる。


次に石油製品は石油そのものは関税ゼロにするが石油関連製品は日本にコンビナートがあるので日本で作る。外国製品は関税をかける。その結果もしかしてトイロットペーパーがなくなれば(冗談のような話だがオイルショックの時には本当にスーパーからトイレットペーパーがなくなった)TOTOに依頼して温水洗浄から温風乾燥まで一切紙不要のトイレを作ってもらう。エコでありこれこそ工業立国!前の対戦の時みたいに米国が万が一石油を売らないなんて言い出してもボルネオとインドネシアとイラクやイラン、アフガニスタンと仲良くすればよい。昔と時代は違うのだ。


工業製品輸出で食ってきた国であるから輸出で相手国に関税かけられたらやばいっしょ、そりゃ当然。だからソニーもパナソニックも日本電産も本社はすべてシンガポールあたりに移してTPP参加国の企業にする。


完成品工場はシンガポールを中心とした周辺のタイ、ベトナム、カンボジアまたは輸出相手国(例えば米国とか)に移して日本のインフラ技術をそれぞれの国や特区に移管する。この時点で発電設備や水力設備などをセットで売り込む。集団進出する代わりにインフラ作らせてねって事だ。つまり大きな意味での東南アジアシフト、石原莞爾流に言えば大東亜共栄圏を構築すればよい(中国に食われない戦略は必要、その為にも鎖国と言う仕組みを利用するべし)


日本国内には技術開発研究所のみ残してそれは本社から切り離して日本でしか作れない世界最新技術を開発して外国本社に「技術」として売る。国内向けの電気製品製造については大手を退職した60才以上の人々が独立して町工場でその町に合った電気製品を作る。日本全国一律に同じ電気製品である必要はない。大量生産と言う古き良き夢を捨てて新しく地産地消でいく。洗濯機にしても北海道で使われるのと沖縄で使われるものは違う機能にすればよい。


本社がなくなった日本は法人税が減少するが消費税を25%にする事でカバーして、若者は農業に従事させる。汚いとか贅沢は言わせない、TPPを嫌いと言って旗を振るだけの体力があるのなら現場に行け、農業をして日本を活性化しろ。大学を出て農家に行くのだ!(なんか毛沢東みたいだな,笑)。


そして米国が「じゃあいいや、お前なんて守ってやんない、米軍撤退、グアムに行くもんね」なんて言い出したら「ふざけんな、どうせ俺たちを守る積りがないのは最初から知ってたし〜、沖縄基地なんてしょせん対中対露の不沈空母なんでしょ。グアムに戻るのも米国に金がないから米軍縮小なんでしょ、がたがた言わずに出てけ〜!」と言い返せば良い。


そして日本自衛隊は名称は変更せずに守りの軍隊に作り替える。今の日本自衛隊は敵国からの第一撃を防ぐだけの装備になっており敵が侵略してきた際の国家防衛体制が出来てない。つまり対潜哨戒機や最新鋭のジェット戦闘機を持ってても陸戦は戦えない。日本は島国であり水際で敵の侵略を防ぐのが効果的であるから法律を作り替えて陸上自衛隊は一般道路でも走れるし幕僚長の命令があれば個人所有の土地や住居でも接収出来るようにする。


出来れば戦車は狭い日本で機動的に使えるように小型化するかミサイル装甲車を増やす。こうして主な港に防衛基地を作り小型戦車と地中に埋めた対艦ミサイル発射機を配置する。当面の仮想敵国は北朝鮮、潜在敵国に中国とロシア。米国?あ、あれは顕在敵国(笑)。


ここまでやれば米国もさすがに本気で怒るだろう。日本で内通者を使ってクーデターを起こそうとするだろう。その時こそ国民団結して「おい米国よ、この前は負けたけど今度は本土決戦だ、占領出来るもんならやってみろ、アフガンでもイラクでも負けたくせに〜」と宣戦布告すればよい。


大丈夫、そうなれば日本の技術力を必要とする中国や米国嫌いなアジア諸国が味方についてくれる、アジア団結の良い機会だし米国から独立できる。一石二鳥である。

TPP
反対と言うならそこまで踏み込んで愛国行動を取るべきだろう、決断とはそういうことだ。これは結構現実性があるから主体的に判断した人が30%いる今なら鎖国政策が成功する可能性は高い。


ところで最初の質問についてふと再考してみた。これは質問の設定に基本的な問題があるぞ。と言うのが誰も未来の事は分からない。1分先の未来でさえ分からない。分かってれば誰でも競馬で勝てる。つまり1分後におそらく死ぬでしょうし未来のどこかであなたは確実に死ぬでしょうなら正しい設問だが1分後に確実に死ぬという事はないし未来は常に変化すると信じている。


そうである限りぼくはどんなに少ない可能性でも一分以内に状況を判断して生き残ることに全力を尽くす。死ぬことを前提にしないので、この質問の答えは「それでも生き残る道を探します」となりますね。



tom_eastwind at 11:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月08日

国債発行は根性の問題!

今週はわりかし時間が取れたので最近企画中の新商品のデータ調査をしていた。主に日本円とNZドルとUSドル、豪ドルの動きの関連性を見ながらついでに日本国債も調べてたらすんごいトンデモ自称経済評論家が出て来たのであんまり面白いから張り付けておく。ちなみにこれは3・11前の、2011年1月の話である。


★抜粋開始

  分かりやすいので、政府と家計しか日本に存在しない究極の状況で考えてみましょう。家計の資産がすべて国債になっている状況で、これ以上国債を発行するということはどういう状況か思考実験してみると答えが分かります。
  国民はすべて公務員(正確に言えば働いている人は全員公務員)なので、給料の支払いをお金ではなくて国債で行うと考えてみてください。
  政府は国民が国債を給料として受け取ってくれる限り、いくらでも発行することができます。その受け取りの上限は1400兆かもしれませんし、5500兆円かもしれませんし、1000京円かもしれません。
  国民が政府を信じる限り、その上限は無限と言ってもいいでしょう。ほとんど根性の問題になります。

http://www.facebook.com/note.php?saved&&note_id=168398723205488&id=138204499560943

★抜粋終了

 

いや〜、意味分かりますか(笑)??何も口に入れてない状態でこれ読んで良かった〜。ひえ、「ほとんど根性の問題になります」だってさ、本気で経済語ってるのか関東連合の一気飲みの話してるのか(笑)?。コーヒーを飲んでたら今頃机の上は真茶色だしラーメン食ってたらもっと凄まじい事になったろう。

 

こういうのが経済評論家として桜チャンネルで喋ってたりトークショーやっておカネ貰ってるんだから日本も広い。ハプニングバーでもトークショーでも何でもありだな。

 

元ネタはここから拾って来たのだがこのブログ主のトークショーの際の質問に対して上記の回答が来たわけだ。是非とも元ねたやら全文を読んで欲しい、ただし口には何も入れない状態で。

http://agora-web.jp/archives/1186862.html

 

事の成り行きはこの経済学者が「日本は5500兆円まで国債を発行できますので破たんするわけがありません!」と言った事に始まる。

 

その理屈は個人資産1450兆円が銀行にあり銀行はその1450兆円全額を使って国債を購入して政府は国債を売って現金を1450兆円を得る。そうなると個人、銀行、政府のバランスシートの資産合計金額が4350兆円だから4350兆円まで国債を買えると堂々と宣言したそうだ(残りの1千兆円がどこから出て来たか分からんがそれは本筋の問題ではないので放置)。

 

でもって井上氏が「そんな計算成り立たんでしょ」と指摘するとその場では答られずに後日FACEBOOKで回答が出て来たのが上記「なんぼでも買える。ほとんど根性の問題だ!」となったのだ。

 

なんとまあ3・11前ならお笑いで済むが10兆円になろうとする復興資金をどうねん出しようかと政府と国会で検討している時に「国債はいくらでも発行出来る〜!1450兆円は三倍になるのだ〜」と言ってみると、これは冗談では通らなくなるぞ。それにしても日本は、てか東京は広い。こういう連中が「ほとんど根性!」と話すことを真に受ける人間もたくさんいるんだろうな。

 

いずれにしても国債とは国が負う借金の事である。国債はいくらでも発行出来るぞ健全だぞって言うけど、まず健全性の根拠、その返済原資が個人資産なんですよね?でもってそれを三倍に膨らませているんですよね?どういう事だ、カネを借りるのは政府で払うのは国民ってかい?まるで「ねえ金貸してよ、あの人が返すからさ」って言ってるようなもんだ。「あの人」は君の作った借金には関係ないって理屈が分からないのか?

 

そしていくらでも発行できるって、そりゃ出来るよ輪転機があれば。問題は買う人がいるかどうかである。買う人は銀行や保険会社になっているが彼らだって資産に限界はあるのだ。外資だってこんな低金利じゃ買わない。

 

国民はすでに個人資産を銀行経由で国債を買わされている「ようなもの」だが、これはあくまでも買わされている「ようなもの」であるが直接買ってはいないので銀行預金はいつでも引出し出来る。

 

国民が個人資産(現金)を銀行から引き出そうとしたら銀行は手持ちの国債を売却して資金を回収するしかない。つまり国債と個人資産に関連性はあるが何の義理もないのだから今個人資産家が銀行からお金を引き出したら国債が市場で売却されるようになるが次の買い手が見つからなければ銀行が投資家に立て替え払いをすることになる。

 

そして立て替えするお金がなくなれば日銀がお金を印刷して無担保で銀行に貸し付けをしてくれるとでも言うのか?そういう量的緩和をしていけばいずれお札がじゃぶじゃぶに余ってまずはバブルが発生、そしてインフレが発生して、これが制御出来なければハイパーインフレーションと繋がる。戦後すぐの日本が経験した、お札が紙切れになる話である。

 

まあここまで来ればハイパーインフレ以前のどこかで金融システムが崩壊してしまうだろうからハイパーインフレまで考える必要はないかもしれない。

 

いずれにしても国民のおカネを3回転がして3倍になりました、これで政府は4350兆円の国債を発行できますなんてトンデモ話が出回り始めた事自体が政府による御用自称経済学者など魑魅魍魎が出てきて世の中の情報統制をする必要になった理由であろう。



tom_eastwind at 14:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月07日

お岩木山とタラナキ山

昨日の延長の話になるが実は今のニュージーランドも日本と同じような状況になっている。

 

ニュージーランドではこの数年で約10万人が海外に移住した。もちろんクライストチャーチ地震で職を失った人が海外に職を求めて移住した分も含まれている。労働党のフィル・ゴフ党首はキーウィが賃金の高い海外(主に豪州)に流出しないようにNZの最低時給を現在の13ドルから15ドルにしろと主張している。

 

しかし時給を上げたところで問題は解決しない、何故なら地元に職がないからだ。第一NZの企業はボランティアでやっているわけではないので同じ作業をもっと安くやってくれる会社があれば利益の確保のためには地元キーウィを採用せずに仕事を外注するようになる。外注先はインドや中国である。

 

経理の伝票処理や電話営業やシステム開発など普通の大学を卒業した程度の能力で対応出来る比較的中級の作業は海外企業に外注するわけでそうなるとフィル・ゴフの賃上げ政策は口当たり見かけは良いが結果的にNZの若者の仕事そのものを奪う事になる。

 

まさにNZでも日本と同じことが起こっている。単純労働者需要は新興国に移動しており残った仕事は高度の能力を要求される専門職かバーガーキングでバイトするか、海外に持っていきようがない農業しかない。

 

現在のNZの失業率は6.6%だ。欧州の若者の失業率に比べればまだましだがそれでも隣の豪州の失業率は6%でNZより低い。さらにシドニーで働けば15ドル51セントが実質的な最低時給である(このあたりやっつけで書いているのでかなりはしょってます、実際には賃上げ%と時給の組み合わせです)。為替差が約20%なのでNZドルで換算すれば最低時給が18ドル60セントくらいになる。現在のNZの最低時給である13ドルと比較すれば40%高い計算になる。

 

南島の地震で仕事を失った人々は、高い時給で働けて労働ビザ取得の必要もないシドニーに移住して地元オージーよりも(おそらく)安い賃金で働く事になるがそれでも地元で失業しているよりはずっと良い。最初は大変だろうがそのうち生活も安定すれば少しくらいは貯金も出来るようになり10年もすれば南島の生まれ故郷でちっちゃな家の一軒も買えるようになるさ。

 

そう考えて人々は飛行機に乗りニュージーランドの富士山と呼ばれるタラナキ山を右手に見ながらタスマン海を越えて豪州に移住している。タラナキ山はラストサムライの舞台になった山だ。

 

この現象ってどこかで見た事ないか?そう、日本の昭和後期の東北や北海道や九州である。素晴らしい自然を持つ人々の優しい街だが中学や高校を出ただけの彼らに雇用はなく何とか仕事を見つけても給料は限りなく安い。仕事がないのではない、能力が不足していたのだ(勿論彼らの時代で高卒が自己責任とは言い難い、学費の問題もあったし早い時期から労働力にしたい親の希望もあった)。

 

けれど結婚時期になるとこのままじゃ将来設計も立てられない、だったらってんで雪の降る時期は東北のおっとうはお岩木山を背に夜行電車に乗り東京に出稼ぎに出て霞が関ビルの建設現場で汗をかいて働き、夜はアパートで同じ村から来たルームシェアしてる仲間と、お金がかかるので外に飲みに行かずアパートの自室で友達と日本酒を飲みかわす。つまみは実家から仕送りのつけものや干物だ。たまの楽しみは給料日に仲間と外に出て東北料理が食える下町の故郷居酒屋で久しぶりに聞く地元の方言。まさに啄木の世界だ。

 

そんな彼らを尻目に東京の霞が関で働く若者は国家を背負って国家天下を語り安定した労働条件で役人として世界を飛び回り外国政府と英語で交渉して誇り高く働き、民間企業の本社が集まる大手町では同じく優秀な大学を出た若者がばりっとしたスーツを着て銀行や商社で高給をもらい青春を謳歌している。そんな彼らを背におっとうは建設現場で手ぬぐいで汗をぬぐいながらビル現場でリベットを打ち付け鉄筋を溶接している。

 

東京で生まれ育った若者は箱根の山を越えて西に行こうとしない。日本航空にコネ入社した若者が福岡転勤を言いつけられて「親に言われておりますので箱根の山を越えるような事があれば退職致します」と言う、嘘のような本当の話もあった。彼らは当時の1%だった。おっとうは99%だった。格差があった、けれど皆、日本全体としては「今日より明日は豊かになる」と信じてそれなりに一生懸命働いていたから今のような不満はなかった。

 

東京で冬の間働いて稼いだお金を持って青森の田舎に帰るおっとう達は数カ月ぶりに見る妻と子供の顔に心の底から喜び声もふるえて「か、かえってきたよ」と言うのが精いっぱいだろう。彼らの時代はまだ幸せだった。同じ国の中に雇用があったから国内移動をする事で仕事を得ることが出来た。

 

そしてNZは豪州とCERを締結していたから実質的に国内移動と同様にNZの田舎からシドニーと言う大都会に長期で出稼ぎに行くことが出来た。言語は同じだし文化も同じ、肌の色も全く同じなので自分から言わない限りキーウィとは分からない(話すと分かる、キーウィ訛りがあるから)。

 

しかしそれでも昭和の東北と同じで今のニュージーランドに良い仕事が全くないわけではない。ただ能力的にそのような仕事に従事することが出来ない層の人々、またはNZの田舎さと野暮ったさに嫌気をさしたやる気のある能力の高い、海外に出ても戦っていける若者が海外に出ていくことになるのだ。

 

そこで現首相のジョン・キーは今回の選挙でも口を酸っぱくして「教育が必要だ、高等教育が絶対に必要だ」と訴えている。目先の賃上げではなく教育に予算をつぎ込み国民を21世紀に出稼ぎに行かなくても食っていけるレベルにまで高めることが必要だと主張しているのだ。教育レベルを高めて若者のうち千人に一人で良いから起業してもらい起業家を支えるだけの学力を持った残りの999人が力を合わせてNZ国内で農業とサービス産業を発展させてNZ国内で雇用を生むのが最終目標である。だからNZでは起業しやすい環境を作り失敗してもまたすぐに起業出来るような法整備をしている。

 

日本で今仕事がないというがこれも正確に言えば日本の普通の大学を出た程度の能力でやれる仕事が存在しない、そのような仕事はすでに海外に流出してしまったという事だ。つまり普通の大学を出た程度の学力ではコンビニかマックでアルバイトをするしかないのが今の日本の現実だ。

 

これを自己責任と考えて自発的に学習して労働価値を高めるかコンビニの時給で満足するか、俺の責任じゃないんだ時代が悪いんだと他人に責任を押し付けて開き直るか、それとも起業するかだ(今の日本では起業のハードルが高過ぎて現実的には難しいが、技術的には例えばNZで株式会社を作り日本向けに販売する事は可能である)。

 

この点NZが幸運だったのはお隣の豪州に地下資源が豊富にありこれを中国が買ってくれて世界的な資源景気で失業率も低く為替は強く最低賃金が高く、そしてNZの市民権があれば誰でも豪州で働けるという点だ。

 

しかしこれは偶然の結果であり自己努力の結果ではない。いつまでもシドニーに出稼ぎに行けるほど世の中は甘くないかもしれない。資源景気が変化すれば雇用状況も変化する。シドニーで何とか仕事を見つけてほっとして手抜きをしていると今度はシドニーで何かあった時にどうしようもなくなる。

 

古き良き時代の事をいつまで語っても何も生まれない、結局は出来る範囲内で自分を鍛えていつの時代でもどんな場所でも戦えるだけの戦闘能力を持つしかない。



tom_eastwind at 10:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月06日

格差と国際化

BLOGOSちきりん抜粋

先進国で連鎖する「格差に反対するデモ」を、発展途上国の人たちはどんな思いで見ているのでしょう?繰り返しになりますが、経済のグローバル化は、世界における「先進国と発展途上国」という境界線を無くし、代わりに別の境界線を引こうとしています。

 

これにより「先進国の市民という既得権益」もしくは「先進国生まれという既得権益」を剥奪されそうになった人たちが、世界中で抵抗を始めているのです。デモをする人たちはいったい、誰と誰が平等になる世界を夢見ているのでしょう?

★抜粋終了

 

国境がなくなるぞ、世界が変わるぞ、今の日本人の生活がちょんまげ付けてた江戸時代の武士みたいにあっと言う間に過去になって、国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国、じゃなかった全く別の国だったって事になるぞってのは10年くらい前に書いた記事だ。

 

けれどその頃は誰もそんな事を信じなかった。日本は強いのだ、外国人と戦っても負けないのだ、そう考えていた。そりゃ組織で戦えば日本は強い。しかしこれからは個人対個人の戦いになる、その時に中国の山の中でガキの頃から苦労して北京の優秀な大学出てMBA取って三か国語くらい普通にしゃべって世界に通用するビジネスセンスを持った若者と戦って勝つのか?

 

あの頃から海外から見てたら日本を取り巻く環境がどんどん変化しているのを感じていた。でもって今人々は初めて国際化の意味を知りはじめている。そしてビビり始めている。鎖国しよう、今の俺たちが世界に直接晒されたら勝ち目はない、TPPに参加するのは止めよう、国内需要だけで生きていこう、そして国内の格差を無くそうと言い出している。

 

しかし、TPPに参加しようとしまいと、好むと好まざるとに関わらず国境はどんどん低くなっている。誰でも出来るような単純作業はコンピューターが代行してくれるしネットが発達する事で事務作業はどんどん外注されてしまい日本国内で高い給料を払って工場を運営しなくてもベトナムあたりで自動車組み立てをやった方がよっぽど安くなる。

 

日本に残された仕事は最低時給で吉野家で働くかそれとも世界の若者と互角に戦える能力を持った高給を取れる技術職だけになる。

 

日本の工場で熟練工のような仕事も覚えようとせずに給料だけは日本レベルの毎月20万円をもらってた若者はタイや中国やベトナムの熾烈な競争の中でのし上がってきた若者には到底勝ち目はなく、給料を彼ら並みに5万円に下げるか失業するかしか選択肢がなくなっているのだ。

 

BLOGOSでも遂にそのテーマが一般的に語られるようになった。格差を語るうちに日本国内の格差ではなく世界を見たうえでの格差を考えればベトナムの若者に比べて日本の若者がどれほど贅沢を享受してきたかよく分かる。そんな若者が給料が上がらないから格差反対って、じゃあベトナムの若者は給料が安くても良いのか?彼らは貧しいままでよくて自分の貧しいのは是正すべきだってのか?

 

99%の人々が貧しい生活をしているとか言うけど世界の人口が70億人いて日本人は1億2千万にしかいなくてその1億2千万人はルワンダの人々のように虐殺されることもなく毎日コンビニで弁当食えてる現実を見れば、日本こそ1%の幸せを味わっているのだ。

 

1%の幸せを味わっていながら格差反対と言う名目で更に自分の人生を手抜きして誰かよその一生懸命働いている人々からお金を取ろうというのか?そりゃ通らんでしょ。今の日本の格差反対活動はまさに先進国日本人としての既得権益の防衛をしようとしているとしか言いようがない。

 

もう一つ面白い文章を見かけた。「牛丼が20%安くなって失業率が20%になるのがTPPだ」。なるほどうまい事を言う。まさにその通りだろう。しかし知りたい。ではTPPに参加しなければ牛丼は20%安くならず失業率が20%台にならないってのか?

 

日本人が個人として力を付けて努力しなければTPPとは関係なく確実に失業率は上昇する、それが国際化だ。現実に日本企業の工場が海外で操業する事態になっている。日本人に高い給料を払わなくてもベトナム人がずっと安い給料で優秀に働いてくれるのだ、何で日本人を雇わねばならないのだ?

 

つまり国際化とは世界的に見た賃金の標準化であり今までは国境で守られていた若者の雇用が海外に流出していくって事だ。TPPに参加しようがしまいがその流れは変わらない。出来ることは唯一、流れに流されて溺れるか、それとも最初から流れに飛び込んで泳ぎを覚えるかである。国家の問題ではなく個人の問題だ。

 

そして彼ら若者が失業保険を請求して医療が崩壊して老齢年金が崩壊して政府がインフレを起こして経済を崩壊させたら富裕層は今度こそ確実に日本から出ていく。そして誰も政府にお金を払う人はいなくなる。残った人々は他国の若者と比較して労働能力もなく起業するだけのやる気もなく誰かにぶら下がって生きていくしかないがぶら下がる政府にしてもお金がなくなってしまい財政破たんする。

 

これが今あり得るかなり現実的な筋書きの一つであることは、否定するのは自由だし僕を批難する事も自由だが、現実と言う大波が近づいている時にどーのこーの言ってもどうしようもないと思わないか?今日からでも英単語の一つでも余分に覚え、ユンボの操縦を覚え、とにかく自分の市場における労働価値を出来るだけ高める事だ。



tom_eastwind at 21:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月05日

ガイフォークスデイ Guy Folks day

今晩はガイ・フォークスデイ”Guy Folks day“で花火が賑やかに飛び交っている。東洋では殆ど知られていない人物ガイ・フォークスは1570年にイギリスのヨークで生まれたカソリック教徒の兵士。

 

★ウィキ

この頃イングランドでは、国王ジェームズ1世の国教会優遇政策により、カトリック教徒は弾圧を受けていたため1605114日フォークスは国会が開かれる日に合わせてウエストミンスター宮殿の地下に火薬を持ち込み見張りと点火の任を帯びて、宮殿地下に籠った。

しかし115日未明、治安判事トマス・ナイヴェットらの捜索により、フォークスは逮捕された。115日早朝、フォークスは国王の寝室に連行され、尋問を受けた。彼は、「トマス・パーシーの使用人ジョンソン」という嘘の肩書きを語ったほかは、いかなる情報の提供も拒否した。しかし拷問の結果、自らの本名と、陰謀に関わった者の名を自白した。

 

彼に対する裁判はウェストミンスター・ホールで行われた。裁判とはいっても名ばかりのものであり、有罪の評決が下されることは初めから決定済みであったとみられる。フォークスは1606131日(グレゴリオ暦210日)、トマス・ウィンター、アンブローズ・ルークウッド(Ambrose Rookwood)、及びロバート・キーズ(Robert Keyes)と共にウェストミンスターのオールド・パレス・ヤードにて、「Hanged, drawn and quartered(首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑)」と呼ばれる、国王に対する大逆罪を犯した、貴族でない男性にのみ執行される極刑に処せられた。

★ウィキ

 

英語でガイ(男とか奴とか)と言うのは彼の名前から来ているそうだが、僕から見ると地下に爆弾仕掛けて見つかって、拷問に遭ったら仲間の名前を喋ってしまい、挙句に首つり内臓抉り四つ裂きの刑にされてしまっただけなら、なんじゃいスコットランドの騎士ウィリアムウォーレス”William Wallace”の方がよっぽどかっこいいじゃんと思うのだが、このあたりは大英帝国の中身の複雑さを感じるところだ。

 

イギリスって呼び方は日本だけで通用する発音、てか括りでありオランダ語のエンゲルスから来てるとか。正式にはイギリスの正式名は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」となる。

 

一般的にはイングリッシュ(人)とかイングランド(地名)と呼ばれているがラグビーやるときはブリテン島北部のスコットランド(首都エディンバラ)、南部のイングランド(首都ロンドン)、南西部のウェールズ(首都カーディフ)、(北)アイルランド(首都ベルファスト)の4つになったりするから日本人にはややこしい。

 

歴史的にはジモティであるアイルランド人やスコットランド人あたりをフランスから来た連中が退治して国をまとめたんだけどそのうちイングランドジモティ意識が出てきてフランスを敵国と見るようになり本国としょっちゅう戦争するようになる。けれど国内でも一枚岩ではなく先住民族を弾圧しながら一つの国として世界に見せてたんだけどラグビーやるときは別の国になったりする。

 

まあ連合国なんだからそれも有りと言えば、だったら世界で野球大会やらサッカー大会やるときは全日本チームと同和朝鮮合同チームを作ってそれぞれ代表として出すってのもありか(笑)?国内歌謡大会で歴代の日本人と朝鮮人が歌合戦すれば間違いなく朝鮮人チームが勝つだろうなと思うのは僕の思い込みか(笑笑)?

 

イギリスの場合はこのような地域性に加えて宗教弾圧の問題が根深い。元々はキリスト教だけだったのがカソリックとプロテスタントに分れて戦争、更に女好きの国王のおかげで国教会なんてのも出来たりしてますます混乱。

 

アイルランド紛争、てかアイルランド対イングランドの戦争は第一次世界大戦頃から本格的に始まり主に仕掛け爆弾で戦うIRA ”Irish Republican Army”と特殊部隊を送り込んで弾圧するイングランドが戦ったが、これもある意味プロテスタントとカソリックの宗教問題だ。イングランドはプロテスタントを選びアイルランドはカソリックを選び、お互いに相手の宗教を認めないから悲惨な殺し合いになる。

 

そう考えると戦後の日本てのは随分平和な国である。まずは何より宗教の違いで殺し合う事がない。創価学会が時々アポしているようだがあれは宗教観の違いではなく政治問題で自分の痛いところを突かれないように先に相手を突き殺すってだけだ。

 

浄土真宗と浄土宗が殺し合う事もないし仏教と神道が殴り合いになる事もない。日本では古来から八百万の神を認めていて他人の宗教に拘る事がない。唯一弾圧だったのは戦後の共産党との戦いだがあれも宗教ではなく政治抗争である。日本政府を転覆させようとした共産党を自民党率いる公安部隊が潜入捜査からたいーほまでやったが、戦前の特攻のようなむちゃな殺しはやらなかった。

 

我が家の屋根にはガンガンと花火の薬きょうが飛び散りうるさいくらいだが翌朝になると「今年はxx人怪我しました」と発表のあるガイフォークスデイ。そりゃそうだ、あいつら打ち上げ花火を平気で水平発射する連中だから家が焼けたりけが人出たりで毎年大変。今年はタンカーのオイル流出した街では花火は禁止とのこと、よかった、キーウィにも少しは常識ってのが残ってるんだ(笑)。



tom_eastwind at 16:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月04日

愛国でも有罪!

なにい?!住友化学とモンサント社が提携してる〜?

 

そりゃないだろう、ニュージーランドがあれほど嫌って実名を出して批判しているモンサントが経団連会長を務める米倉さんちの住友化学と20101020日に長期提携してたって、それで経済界がTPPを後押しするってのはダメでしょ。

 

けど住友化学は農薬作ってるわけでお客は農協でしょ、そのお客をぶっ潰すような行為をやるってどういう事?それともこれは住友グループの長期戦略で、まずはTPPで農協をぶっ潰して企業の農業参入を法律でOKさせて自分たち住友グループが農協の代わりに農業を牛耳ろうとでもいう事か?わっからんな。

 

米国は「お前ら交渉に一旦参加したら途中で抜けるなんて許さんぞ」と言われたとか。同じタイミングのニュースでは「今から交渉に参加表明してもまずは米国議会で話をしてから許可してやるから早くても半年後だぞ、その頃には大体全部決まってるからな」と言われたとか。これまたわからん。

 

9か国交渉のテーブルに乗るのに米国議会の許可が必要ってどういう事よ?9か国で日本の参加を話し合うのなら分かるけど米国議会が出てくるなんてそんなのありかい?てか、そんななら最初から参加表明しねーよって言われるのを分かりきった上でそんな発言するのは、一体米国は日本に参加してもらいたいのか?これも意味不明。

 

あるブログではオバマは来年の選挙で勝つために日本にTPPを押し付けて来たと書いているし他のニュースではオバマは日本の参加を望んでないとか書かれている。

 

これほど正反対の意見が両論併記で出てくるのは珍しいし同時に全く意味不明。TPPは米国内ではマイナーであり殆どネタにされてないって話を聞いてニューヨークタイムズやワシントンポストで検索かけたけど、ほとんど記事が出てこない。これは事実。

 

ぼくがモンサント社の名前を見つけたのはニュージーランドの英語記事からだ。その後も英語記事ではモンサント社と著作権が常に問題視されているのは分かっていた。しかし交渉は皆がやっとテーブルに乗り始めたばかりってのも英語の記事で読んだ。リマのプレス発表も英語で読んだ。

 

ところがこれが日本語記事になるとまさしく空中戦と言うかじゅうたん爆撃と言うか、もう何でもアリだ、もはめっど。

 

そしてTPPに反対する人々は「中野先生の怒りのYoutube」を次々に張り付けて「農業だけじゃないんだ、日本が崩壊するんだ」と主張するけど、その先生は元々経済産業省資源エネルギー庁資源・燃料部政策課課長補佐。つまり経産省で原子力専門職だった人だってのも最近知った情報だ。TPPは先生の愛国だけどその先生が日本を根こそぎ変えた原子力専門職って事はOKなんだな、これってどうなん?

 

「交渉に参加したら絶対に米国に押し切られるから参加するな」と言うが、あらま、他の7カ国の事は無視ですか?TPPがまるで二国間交渉のように状態になっているが実際は9か国であり更に言えばニュージーランドはいつでも離脱する覚悟で参加している。

 

最初から書いているようにぼくはニュージーランドに住む日本人として、どちらかと言うと外人の視点から書いている。英語で情報を得ている部分もあるのでこの交渉が亡国に繋がるという発想にはどうしてもならない。

 

「話し合いになれば政治家も官僚も米国に劣る日本が不利を押しつけられるのではないでしょうか。現在でさえ狂牛病の危険な牛を買わされてるのに、モンサントやカーギルを本当に排除可能なのでしょうか。現実の日本の外交に携わる連中の資質を前提条件として、可能なのでしょうか。」と言う意見を頂いた。

 

「政治家も官僚も米国に劣る」というよりも敗戦国として二度と米国に逆らえないような政治工作(恫喝と懐柔、米国にすり寄れば総理大臣5年出来るけどそうじゃなかったら小沢や角栄、もっとひどけりゃ中川みたいになるぞ)やマスコミにCIAを潜り込ませて情報操作をさせ日本を分断支配してきたから政治家や官僚が個人的にどれほど交渉能力があろうが所詮は一個人で勝てる戦いではない。各個撃破されてしまい結果的に米国の要求が通ってしまう。

 

だから政治家や官僚が出来ることは吉田茂のやったように精々米国のいう事を聞いたふりして裏で足を引っ張って少しでも自分たちの利益を守ろうとする服従背面工作くらいしかない。つまり最初から負け戦の被害を最小化するのが今までの自民党の手口だった。

 

けれど今回の交渉は9か国で行うのである。米国とだけの二国間交渉でやるわけじゃない。米国がおかしなことを言えば他の国は独立国として「あんたさ、ジャイアンじゃないんだしそんな無茶言うんじゃないよ」とたしなめる国が他に7カ国もあるのだ。

 

他の参加国をうまく味方につけて米国と交渉するくらいの外交能力があるのか?これは確かに疑問だ。しかしそれでTPPに参加しないとして、それで米国は日本に何も要求してこないと思うのだろうか?交渉に参加すれば必ず穴の毛まで抜かれると思いっきり悲観的に言いながら、では交渉に参加しなかったら穴の毛は抜かれないと思う楽観論はどうすれば両立するのだろうか?

 

彼らは欲しければTPPを作ってから二国間交渉で突っ込んで来ますよ。農業の関税を廃止しろだとかモンサントの一発で終わりの種を買えだとか。そして日本政府が「買わねーよ」なんて言ったらすぐにモンサントの使者が東京に飛んできて担当大臣呼び出して「おたく、買わないんだって?ほー、ワシントン、怒ってるよ。てか、まだ大臣やりたいよね。人生大事だよね」と飴鞭で攻めてくる。これは確実だ。何故ならこれが1960年代から中南米で行われてきた米国の手口だからだ。

 

カーギル社は世界最大の穀物商社だ。ブッシュ親子もこの会社のお世話になっているがそれ以上にこの会社は非上場でありその実態は殆ど公表されていないが、自分たちが農作物を売りたければ相手国の政権をひっくり返して親米政権にしたりバナナが欲しければ反政府部隊に金と武器を与えてクーデーターをしたりと、とにかくやり放題の国策会社である。

 

そんな会社と二か国間交渉で勝ち目があると思うか?今の状態では、まず勝ち目はない。しかし9か国で話し合いをするならまだしも勝機はある。

 

農業について言えば「トムさんは農業政策についてTPP参加は国民のためだとおっしゃてましたが、自分は反対で、慎重に保護すべきだと考えています」と言う意見もよく分かるが、守ろうとする農業は誰の農業の話だろうか?農業は守るけど農協を守る必要があるのか?

 

ぼくは農業を守るなんてよわっちいマイナス発想はない。むしろ海外に打って出るべきだと思っている。

 

海外に住んでみればどれほど日本の農産物の完成度が高いか分かる。とくにコメに関しては個人的な話であるが、家ではタイ産の米よりも3倍くらい高い山形庄内産の@ひとめぼれ「めだかのおこめ」をずっと食べている。なぜか?家族がそれ以外のコメを認めないからだ。

 

ニュージーランドに生まれて香港で美味しい飯を食ってた」子供と、香港で生まれ育ち中華料理の根っこから美味しいものを食ってきた奥さんがはっきり言うのだ「こっちの米の方が美味しい、たかっくてもこっち食べたい」。エンゲル係数は上昇するが貯金よりも今日の飯を大事にする人々にとって日本の食い物は十分に高いお金を払う価値があるのだ。

 

つまり 日本の農業は十分に攻撃力があるのだ。海外に乗り出して最高級食品として売り出していけるのだ。ところがそのような「やる気のある農民」は現状では農協に潰されて退出させられている。農薬を使わないし勝手に販路を作るし勝手に自分なりの生産方法を導入するし、とにかく農協のいう事を聞かない。今の日本では自由な儲かる農業をしようとしても法律で禁止されている。そのような「農協と農林水産省」だけが儲ける現状を「守りたい」のか?

 

この交渉に参加しようがしまいが米国は自分のわがままをジャイアンのように押しつけてくる。ふすまの向こうで強姦されても「いやあ、あいつも喜んでたよ」と言われればどうしようもない。しかし衆目の中でそのような真似は出来ない。ならば交渉に参加すべきだろう。

 

本来TPPはそんなに熱くなるテーマではない。参加国が関税障壁と非関税障壁を下げてもっと取引を円滑にしようってだけのテーマだ。今までは国と国の共通規則がなかったからこれからは隣の県の取引程度に手続きを簡単にしようって話だ。

 

それが日本では百姓の親玉と一部役人が自分の(米を作らなくてカネを貰える)既得権益を守るために医者や弁護士まで巻き込んで反対論争をして、そこに原子力推進派のお雇い役人学者を投入してテレビが久しぶりに視聴率の取れるネタだってんでどんちゃん騒ぎしているだけだ。

 

一旦参加したら退出出来ないなんてびびりんが本気で思っているのならそんなの最初から外国と交渉する能力なんてないんだから鎖国すればいい。そして今後一切の国際交渉に参加せず国連も脱退して江戸時代に戻れば良い。愛国行為で発言しているのはよく分かる。しかしその結果は中国と違い有罪である。どっちなのか、自分で責任を持って答えを出してほしい。



tom_eastwind at 09:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年11月03日

TPPにおける人の移動の自由

1)豪州・ニュージーランド経済関係緊密化協定

The Australia New Zealand Closer Economic Relations Trade AgreementCER Agreement

19831月発効。貿易・サービスの自由化に加え、法制や税制の共有化などを通じて両国の経済統合を図ることを目的としている。1990年までに商品貿易の関税・数量制限撤廃。サービス貿易についても1989年以降障壁は年々低くなっており、現在は航空、沿岸航海など一部を除き自由化」


ニュージーランドと豪州が仲良いのかと言えば決してそうではないと言える。ジャイアンとのびたくんみたいなものかな。仲が良いわけではないけど隣同士で離れることは出来ないし一応同じ言葉を使っているのでそこそこうまくやっている。けどお互い腹の中では相手との違いを探し出して何か文句を言おうとしている。


キーウィからすれば豪州は図体のでかい頭の悪い礼儀知らずの連中であり彼らに比べればキーウィはスポーツ大好きで頭はそこそこだけどお人好しで礼儀は知ってて品があるけど悪い事が苦手。オージーからすればキーウィは田舎者で小国でビジネスも大した事出来なくていつも豪州の一番最後の州みたいになってるじゃんって感じ。だけどNZに旅行に行くと好きになる。


東京人が福岡や札幌を批評するようなものかな。う〜ん、けど東京だとそこから上がないけどシドニーは中途半端な田舎であり上には東京もロンドンもニューヨークもパリもジュネーブもどこでもあるので、適当な例としては今すぐに思いつくのはソウルの人間が済州島を見下す感じだけど結婚式のハネムーンは済州島に行くって感じか(昔韓国のハネムーナーはその大半が済州島に行ってた時期がある)。


まあ細かい感情的問題はさておいて、現在のシドニーの人口は約400万人だがそのうち10%にあたる40万人がキーウィである。外見では判断がつかないし英語もよく似ているので見分けにくいが。


しかしいくらお隣とは言えなぜこんなたくさんのキーウィが豪州に合法的に住めるのか?実はこれがCER協定のキモなのだが、協定によって両国民はそれぞれ相手国にビザなしで合法的に住むことが出来て労働も出来るという権利を得たのだ。


これは相手国の永住権取得ではないので相手国市民と格差はあるものの日常生活をする分には何の不自由もない。言葉は同じだし宗教も同じ生活習慣も朝からマフィン食ってるんだから同じ、そうなるとどちらの国でも良いから高い給料と上質の生活を出来る街を両国の中の都市から探すことが出来る。両国にとってはお互いにビジネスの拡大が出来るし領土が実質的に広がったようなものだから、農業が強いNZは農業に特化して日常で使う工業製品である洗剤は豪州の工場でまとめて生産する、その工場でキーウィが働けば人はその時に必要とされる分野に移動する事で労働人口を常に流動適正化できる。


両国は偶然同じ文化と言語と補完性があったからこのような提携が可能であった。しかしこれが言語の違う、生活習慣の違う、ましてや生活レベルの違う国同士が提携したら何が起こるか?NZと豪州の間だけでも40万人のキーウィがシドニーに流れていくのだ。これがTPP国家同士で発生したらどうなるか?


今回のTPPでも人の移動の移住が議論項目の中に入っているので「こんなTPPを認めたらxx人がどんどん入り込んでしまい日本が犯罪社会になる!」とか騒いでる人がいるが、それは違う。何故なら例えばNZとシンガポールはCERを締結しているが両国間の人々の自由移動は認めていない。


つまりたくさんある協定の項目の中でスイッチONになっているものとOFFになっているものがあるのだ。そしてどれをONにしてどれをOFFにするかは両国で話し合いをすれば良いのだ。条件が合わなければOFFのままにしておけばよいだけの事。


今回の9か国協議でも人の移動の自由は協議項目に入ってはいるが現実的にすべての国がこれをONにするか?そんな事したら一番困るのは米国である。ベトナムやマレーシアから若者が大挙して押しかけてきたらどうするつもりだろう?


すべての項目を日本からの視点で見てしまうと「TPP締結するとxx人が〜」と言う話になるから、参加国同士の視点で捉えてみればどうだろうか?けどそんな視点で見られて一番困るのは農水省と農協だから彼らはあくまで国内目線でしか宣伝をしないし僕たちテレビ族はその技に引っ掛っているだけなのだが。


ではこれが「日本とNZの関係で移住(留学・就職・起業・投資)に関して現在よりどのように変化すると思われますか?」となるとどうだろうか?


これは一言で言えば「TPPでは何も変わらない」である。それは上記で述べたように人の移動の自由を米国が認めることは考えられないしNZはすでに外国人優遇策を法律化しておりその枠の中で日本人はNZに住むことが出来るから(てゆーか、これだけ緩い枠でさえクリアー出来ないなら来ないでくださいと言うことだ)あえてTPPで何かを変える必要もないのだ。NZが移民政策を変更するのは国内事情による。


最初の一つは失業率が3%になれば海外からの技能移民受け入れを増やして優秀な労働人口を流入させる。次の一つは失業率が今のように6%になれば技能移民は間口を狭くして現地に雇用を生む起業家ビザや現地の復興資金に回せる投資家移民の受け入れを緩やかにするという事だ。どちらにしてもこれはNZの国内事情でありTPPとは何の関連もない。


それにしてもここ数日のネット書き込みはすごい。農水省と農協は野田首相がハワイ入りするまでに何とかTPP交渉入りを翻意させるために相当のおカネをネット広告代理店に払ってるんだろうな。


ネット広告代理店も急な依頼だったのだろう、あちこちで馬脚を現している。例えばNZ大好きの掲示板を見るとこんなのがある。


137016 2011-10-30 13:21:55

投稿者/エクスポ(#13328)(オークランド)

無知なものでご存知の方に教えてもらいたのですが、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に日本が参加した場合にNZとの貿易にはどのような影響がでてくるのでしょうか?日本からの輸出、輸入についてニュージーランドに影響はうけますか?例えば車などを輸入しようと思っている。日本の製品を輸入し、こちらでの販売をしようと思っているなどNZとの関係にとても興味があります。ご存知の方教えていただけないでしょうか?


上記のように「無知なもので教えてもらいたい」と書き込みしたのが10月30日13:21:55だ。ところがその当人が何と天才ですか!と言うくらいその約40分後にはTPPの全容を理解して日本に及ぼす影響を理解してアッと言う間に下記の文章を書き込む。


137017 2011-10-30 14:07:30

投稿者/エクスポ(#13328)(オークランド)

少し自分なりに調べたのですが、農業がからむというのみで他の輸入など輸出などは関係してこないのでしょうか?以下のコピーは信頼性のあるものとは判断できませんが、ご覧ください。

>ニュージーランド外交貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官は「TPPが将来のアジア太平洋の通商統合に向けた基盤である。もし、当初のTPP交渉8カ国でゴールド・スタンダード(絶対標準)に合意できれば、日本、韓国その他の国を押しつぶすことができる。それが長期的な目標だ」と語った。(米国大使館公電から)

TPPに関しては、今、アメリカとニュージーランドが結託して、農地への投資制度や食品の安全性などに関する規制や基準を一本化しようとしています。その統一基準を、彼等は「ゴールド・スタンダード(絶対標準)」と呼んでいる訳。そして、この「ゴールド・スタンダード(絶対標準)」を受け入れさせて潰す、そのターゲットとして名指しされているのが、日本と韓国です。

このウィキリークスの情報が真実だとすれば、アメリカ・ニュージーランドは絶対標準を武器に”アジア潰し、アジア農業の乗っ取り”を画策しているということになります。アメリカの意図は、極めてシンプルです。アジアにおける衛生基準や知的所有権などの重要な規制、基準を、米国主導で決めていき、統一したいと。

で、東南アジアや南米の酪農、農業へもっと自由に進出したいニュージーランドが、それに乗っかった。と、こういう構図ですね。まぁ、どの国も自国の益が大事ですからね。別に驚くようなことではありませんが。ただ、TPPがこういう”潰すか潰されるか”の戦場であるということ。そして、一番目の敵にされている国が、日本であるということ。

日本は衰えたとはいえ、いまだアジアの健全な資本主義大国であることに変わりはありません。日本を”落とせば”、アジアの覇権に大きく近付く。これは、誰もが分かっていることです。日本は、一番狙われている国である。その事実をしっかりと理解した上で、TPPの議論を進めねばなりません。


いや、まさに天才!あっぱれ!何も知らない人が自分で投稿してその後たった40分で自分でここまで調べ上げて分析して問題点を見つけて「日本は一番狙われている」だから、空いた口が鯉のぼりである。今年の4月入社ですか(笑)。広告代理店の社長、素晴らしく優秀な社員をお持ちですね(笑笑)!



tom_eastwind at 16:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月02日

TPP その2

10月13日にTPPに関するウィキリークスの記事を基に書いたがその時からたった2週間でTPPに関する議論があっという間に燎原の火のように広がっている。

そこで今回はTPP自体に焦点を当てて書いてみる。

前回のTPPでも書いたようにニュージーランドで生活をしてある意味外国からの視点で見ている僕はTPPに賛成でも反対でもない。何故ならまだ何も決まってないからだ。TPPで話し合う項目は出ているが各国の意見調整をする中でどれをどうするかはまだ全く決まってない。

 

それは10月28日までリマで開かれていたTPP交渉の記者発表資料でもしっかりと触れられている。

「第9回TPP交渉は9日間にわたって900名が参加してシリアス(本気、真剣)でインテンシブ(集中的)な交渉となった(nine days of serious and intensive negotiations.)」から始まる全文は下記のサイトから原文を見る事が出来る。

http://www.mfat.govt.nz/downloads/trade/tpp-peru-opening-press-statement-28-10-11.pdf

 

発表資料では明確に「われわれは難しい項目、例えば知的所有権の問題を抱えておりある分野に置いては解決に時間がかかるであろう。しかしもちろんそのような問題(複数)は我々が(交渉を行い)問題解決の方向に向けて建設的に取り組む」と書いている。

We also have some complex and sensitive chapters, such as intellectual property, on which it will take time to find convergence in some areas. But even on these issues, our teams are engaging constructively and taking a problem-solving approach to the issues.

 

つまりまだ何も決まってないと言ってるのだ。もっと言えば知的所有権には反対の国があり時間がかかると公式に表明しているのだ。このように、何も決まってない交渉事を賛成も反対もないだろう。これがぼくの主張の主旨である。

 

もちろん交渉に乗る前から最初から拒否するのであればそれはそれで一つの選択肢、つまり鎖国と言う選択肢でありそれが日本国民の総意ならそれでよいと思う。

 

ただ、一つの事実として経済鎖国をした国家で経済発展をした国家はないし逆に経済自由化が原因で崩壊した国家はない事は知っておくべきであろう。この点池田信夫氏の意見を借りると「OECDや世銀やNBERは、保護貿易をとった国と自由貿易をとった国の成長率を比較しているが、その違いは圧倒的だ。保護主義をとったインド、エジプト、ガーナ、フィリピン、チリ、北朝鮮と、自由貿易をとったシンガポール、香港、韓国、台湾の成長率は2倍以上違う」となる。

 

更に彼は突っ込んで書いているのが経済成長をするのならそれが外資であろうが何が問題なのだ、国民がそれで豊かになるなら良いではないかと言う趣旨である。これが一部の「愛国無罪」な人々の心を騒がせているのだが「それは売国行為ではないか!」となる。

 

何もこれは日本だけの特許ではなく中国では愛国無罪と呼ばれニュージーランドでも経済崩壊した1980年から市場経済に移行した1984年以降の国民議論でも毎日のように語られたテーマである。

 

国の資産を外国に売るのか、自国の農業を潰すのか、云々云々。しかし結果として経済は成長して国民は豊かになり物価は安くなりサービスは向上して人々の幸福度は高まった。小平の言う「白い猫でも黒い猫でも、ネズミを取る猫は良い猫だ」理論である。国民にとっては目の前にあるコーラが米国企業の商品であっても良いのだ、十分に飲めれば。

 

このような議論はいつの時代もどこの国でもある。変わりたくない(既得利権を手放したくない)鎖国派と変わらなければ国が衰退すると考える開国派の間の終わらない議論である。しかし結果として経済開放をした国は成長して鎖国した国は成長しなかったという事実は中国とニュージーランドの経済開放を見てもよく分かる。

 

次に具体的な反対派の意見を検討して見よう。たくさんあるから代表的な分だけを取り出す。

 

反対派:農業が崩壊する⇒しない。崩壊するのは農協とそこに寄生するサラリーマン兼業農家が作る農薬を使った生産者の名前のない、つまり付加価値のない農作物である。これらはNZから安くて良質の野菜が入ってくれば消費者は安くて良質(安全)な野菜を買うだろうが、国産オーガニックや生産者の顔が見える野菜を買う消費者は価格よりも付加価値を優先するのでそうやって真面目に農業に取り組んでいる農家に影響は出ない。

 

つまり戦後何の努力もせずに目先のおらが利益のみを考えて田圃でコメも作らずに減反政策と言う名目で金をもらっていた事を何の疑問も感じない農家を束ねていたのが農協で、農家に農薬を売りつけて耕運機を売りつけて集票マシンと化した政治団体となり国内システムではもう排除出来ないほど肥大化した農協と農業政策を根本から作り替えるのが多くの国民の為だ。そのためにもTPPに参加すべきだと言える。

 

ちなみにニュージーランドが反対している農業問題は米モンサント社が持ち込もうとする遺伝子操作種子と種子に関わる知的著作権であり、これはNZは絶対反対である。この点で米国がモンサント社の後押しをするようならNZは交渉から撤退するだろう。

 

反対派:一旦交渉に参加したら信義上抜けられない⇒ん〜?あり得んし(笑)。日本は形式上は独立国でありこの国際交渉で決定される多くの項目は日本国内の法律改正が必要となる。そこで国民が問題であり反対であれば自分の選挙区の国会議員に「賛成したら次の選挙で落とすぞ」と明確に意思を伝えればよい。それで国会では法律改正が出来ないから交渉団が何をまとめてこようがそれが法律になる事はない。ここにしっかり防波堤がある。まさか陳情さえ出来ない、議員さんやお上に何か言うなんて出来ませんと言う負け組なら確かにTPPには参加しない方が良い。てかどのような国際交渉も参加拒否して北朝鮮のようになれば良い。

 

NZはいつでも撤退する気持ちを持って参加しているし現状では後からずかずかと入ってきた米国にTPPを乗っ取られるようならTPPからは脱退して新たに最初の4カ国だけでAOP(アジアオセアニアパートナーシップ)を再構築してそこに日本が入ってくれれば良い。AOPなら米国がしゃしゃり出てくることは地理的に不可能だ。

 

国際信義上出来ないやってはいけないなんて言うが、では京都議定書では米国は自国の不利になるとして途中から脱退したが今誰がその事を取り上げて国際交渉で米国を批難しているか?つまり途中で撤退したってその国の将来の国力や交渉力の問題には何の影響も与えない。てか、このような過去事例が交渉の要になる事などあり得ないない。

 

分かりやすく言えば新宿のフリー雀荘に一人で飛び込んで麻雀したら正面の奴がむちゃくちゃ強いしイカサマやってるみたいだから半荘で抜けましたってなもんだ。一度座ったら穴の毛を抜かれるまで退出出来ませんなんてあり得るわけがない。外交はもっと冷徹であり「今の利益」がすべてだからだ。

 

反対派:ゆうちょ銀行が金融の自由化で狙われる⇒寝言だ。またはうわごとだ。何故なら金融はすでにかなりの部分が自由化されており米国がその気になればTPPなどまどろっこしい国際公約は使わずにいきなり日米直接交渉で潰しに来るだろう、そんなのは分かりきった事だ。逆に聞きたい、ではTPPに加入しなければゆうちょ銀行は守られるのか?

 

ちょっと考えてみたら分かる理屈だが「僕たちテレビ族」は自分で思考することが出来ないからテレビで先生が話したことが自分の考えになる。「中野先生がテレビで激怒しています」なんて反対派の書き込みを見るとテレビ族のあふぉさ加減がどこまで思考停止しているかがその書き方からよく分かる。何?中野先生が激怒しているからTPPダメなんですな、はは。

 

ちなみに僕もこの動画を最初から最後まで見た。どこが「激怒」の部分か全くわからなかった。おっかしいな、違う動画を見ているのかなと思ってもう一回見直した。するとこの先生がパネルを持った解説者に「それ、違うだろ、10年分の数字じゃないか、何故ちゃんと書かないんだ」と声を荒げてすぐに椅子にカエルのようにそっくり返ってた、おお、これを今の日本では激怒と言うのだな、可愛いな、本当の激怒を見せてあげようかって感じだ(笑)。

 

ただ個人的に気になったのはこの先生の視線と表情である。解説者に向かって大声を出した際に声が怖がり震えて視線が泳いでいた。嘘やはったりをかますときの人間の特徴だ。「おれ、ちゃんと大向こう狙って発言したよね、このタイミングでいいんですね、後で間違いとか攻撃されませんよね」と誰かに問いかけるように視線が泳ぐ。その視線の先にいるのが振付をマイクで指示した番組のプロデューサーなのか農協なのかは分からない。

 

フジテレビとしてはTPP賛成に見せかけて米国に協力を申し出るようにするが裏では農水省が農協経由で「ここで反対コメント入れてくれれば農協がテレビ広告出しますよ」と言う申し込みを受けて両方に顔を立てておいてから両方から儲かろうとしているのかもしれない。僕の推測であるが30年以上人の顔を見て判断をするビジネスをしているので、とくに怖いとか怒ると言った場面を見ることが多かったのでこの先生の顔に何かあるのだけは感じた。

 

反対派:知的著作権が問題になる⇒はあ?問題は実は日本側の著作権であり消費者に不利に作られており流通業者(例えばレコード会社などミュージシャンと視聴者の中間にいる層)だけが儲かる仕組みだ。これも日本的著作権が変更されれば社会の公共財産となる映像ソフト(映画など)や音楽が現在のIT技術と融合して製作関係者(ミュージシャン、俳優、監督など)に消費者が直接支払が出来て不要な媒体の中抜きが可能である。12曲入りのCDを売れてる一曲と売れてない11曲の抱き合わせで販売する事のおかしさを分からないのだろうか?

 

他にもいろいろ突っ込みどころ満載なTPPであるが、日本側の黒幕は農林水産省と農協である。彼らが省益とおらが村利益だけを守るために国家全体の国益を犠牲にしようとしているだけだ。米国側ではモンサントやカーギルが21世紀の重要な資源である食糧支配をしようとしている。

 

だからこの交渉を通じて日本は農協制度を恣意的に崩壊させ米国はモンサントやカーギルを外国に出させないようにすれば各国とも国益を得ることが出来るはずだ。まあこれはこれからの話し合いであるが、TPPの根幹にあるのは自由貿易である。

 

今まではそれぞれの国が関税障壁(税金)や非関税障壁(検疫、通関、規格など)を作る事によって自国の利益を守ってきた。ただそれが長い目で見れば生産性を奪い何も生まない無駄な検疫や通関で時間と手間を取られ国民全体の利益を損ねていた。ただ自国だけ先に障壁を取り払ったら不公平になるので参加国が同時に障壁を下げましょう、そうすれば無駄が省けて公平さは守られるでしょって事だ。言葉を変えて言えば20世紀の冷戦時の米ソの軍縮交渉で長距離弾道弾をお互いに日にちを決めて数千発づつ廃棄するようなものだ。

 

TPPの基本的な考え方を理解して彼らと一緒に障壁を下げる交渉に参加しよう。そしてどうしても下げられない部分があれば我が国の基準に他の国を合わさせればよい、それを交渉と言うのだ。そして彼らがどうしても納得しないならTPPから脱退すればよい。それだけの事である。

 

ただ、現在の環太平洋貿易を見る限りTPPが日米貿易摩擦時のような大きな問題を呼び起こすとは思えない。むしろ全体的に流通と貿易が円滑に流れるようになるだけの、大きな変化ではないけど誰にとっても心地よい変化になるのだと推測している。

 

人と物の行き来の自由については明日また書きます。



tom_eastwind at 12:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年11月01日

最高の失業者対策→除染作業

東電と言う日本の超一流企業から直接失業者向けに資産の再配分が行われる。これってすごくない(笑)?


今までは儲かってきた企業が溜めこんだ内部留保を給与として支払えとか税金として徴収しろとかいろんな意見があったけど、今回の除染作業は実に素晴らしい失業者対策である。何せまず、除染作業ってのはがれきを取り除くだけの肉体労働だから大学卒などの資格が不要、中年だから放射線にまみれてもよしって命知らずであればだれでも出来るし現時点では科学的に見て作業者が中年であれば肉体的に大きな影響があるとは見られない。


日本では特別な能力がなければ一旦失業したら家族離散と青いテント生活と言うダブル不幸しかないわけでそう考えれば中高年に影響の少ないと言われている放射能なんてなんのその、行きます福島除染作業!ってなるわけだ。


除染にかかる費用が2兆円とも3兆円とも言われているがこれを失業対策と考えればどうだろうか?一人に一か月30万円x3年くらいを東電が支払ったとしても(みなさんなりに試算してみてください、びっくりしますよ〜)くらいの雇用が生まれる。


彼らは2年くらいかけて建設業の現場作業を学びユンボを使い重機を使いコマツと共に世界に飛び立ち建設現場を渡り歩くのだ!世界はすでに70億人の人口を抱えるようになり建設業は世界でますます必要とされる。そんなときに世界最高の技術を持つ日本の建設会社と日本人熟練労働者が世界に派遣されればと考えればどうだろうか?失業者対策と同時に職業訓練としても使えるではないか!

「狭い日本にゃ住みあきた、ぼくも行くから君も来い」、まさにこの機会を思いっきり利用して世界に出るのだ!「


池田信夫氏は「除染作業?そんな下らんムダ金があるなら他に使え!、」と怒っているが彼は経済学者と言う立場からの発言であり、今生きている人間よりも経済的合理性を求めるわけなのだから当然の発言と言えるしその意見は経済合理性と言う視点から非常に学ぶものがある。しかし政治的に見た場合、これを失業者対策と考えれば違う結論が出るのも当然であろう。


もちろん人足の送り込みで中抜きをする会社(新日鉄とか)もあるが、それでも雇用は生まれるし除染作業は東電の積み上げた資産で直接支払われるのだから、少なくとも政府による再配分ではないので普通の労働者全体(役人除く)の取り分は増加する。


役人もバカばかりではないわけだし東電負担による除染作業であれば失業者対策になるし結果的に東電を税金で助けるにしてもそれは再配分による失業者対策であり、どちらにしても悪い話とはならない。


もし最初からこの「落としどころ」を狙ったのであれば役人もあっぱれ。真相は当面やぶの中であろうがどちらにしても結果的には面白い答が出たものだと思う。出来ればこの作業を請け負う企業に対して最初から条件として彼らの費用負担でがれきの取り除きだけでなく夜間授業で建設業の基本を教えてみてもよいだろう。発想さえ変えればどのような状況もプラスに出来る。



tom_eastwind at 07:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌