2011年12月

2011年12月31日

今年もお世話になりました 2012年以降の政治予測

12月23日から家族旅行で現在は北海道に滞在中。年明けは札幌だが紅白を見ることはないだろう。

ほんとは法務省とかからの視点から見た2012年以降の検察の動きも予測をしたかったがちょっと時間切れ。

日本という国を実質的に支配する官僚組織が強い動きをしている。この動きの源流は1990年にある。追いつけ追い越せ政策でやってきた、つまり正解がありそこにどう近づくかという論理には強い官僚が、政界のない時代に放り込まれた時から日本の漂流が始まった。

ぼくは2000年当時に当社で発行していた情報誌で2005年までは起業家台頭、それ以降は官僚が力を取り戻していうことを聞く起業家とそうでな起業家を選別して片方は生き残り成長し片方は潰されるだろう、そして2010年頃には日本は官僚国家に戻るだろうと書いた。

ぼくは官僚国家が悪いとは思っていない。江戸時代から続く官僚制度はよくできた制度であり国民が従っている限り国家論としては一つの正解だと思う。

ただぼくのような跳ね返りにはどうも生きにくい。ましてや現代の日本は官僚がバブル崩壊とその後の官僚崩壊を経験して怒りに燃えて新しい官僚国家を創るために冤罪でもなんでもお構いなし、とにかくお上に逆らったらその時点で終わりという仕組みを作り上げた。

この流れは少なくともあと5年くらいは続くと思う。国会議員の選挙制度の時期や数や政党間の駆け引きの問題があるからうまく片付いて政治家が官僚制度に手を突っ込んで結果を出すとしても時間がかかる。その間に多くの政治家が牢獄に放り込まれるだろう。一般人も同じである。

政治が乱れている限り官僚にとっては天国である。個人がどれだけ官僚と戦っても勝ち目はない。残る手段はそれほど多くない。巻かれるか出ていくか、だろう。

けれど日本人の95%はこの状況にそれほど不満を抱いていない。毎日の飯が食えるのだ、何が問題なのだ?昭和のようにところてん式な人生は望むべくもないが、収縮(縮小?)した生活スタイルの中でもそれほど悪くないと思っているのだ。この状態が続く限り95%の日本人は納得しているのだ。

国民のほとんどを納得させる政治をするなんて大した組織だと思うし視点を変えればやってることも間違いではないのだ。だからぼくは日本政府(官僚組織)を機能的であり優秀だと思っている。

ぼくのブログはそういう意味では日本に住んで日本政府に批判をするという視点ではなく、日本に残る5%の人々の中で「なんかおかしいな、けどなんだろね?」と思う人に対して外国に住む日本人の視点として読んでもらえればと思ってる。

2012年は僕の中で大きな変化がある年だ。プリンシパルという言葉が頭の中を駆け巡っている。

しょうもない書き殴りをお読みいただいたみなさん、今年もありがとうございました。

tom







tom_eastwind at 01:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月28日

少子老齢化、女性の社会進出 厚生労働省の話

年金と医療を担当する厚労省は約214千億円の巨大予算と32千名の職員を抱える巨大組織であるがこの予算の多く(20兆円)は社会保障関係で使われている。国の基本税収が約50兆円。

 

厚労省は年金が隠れたとか消えたとか混合診療がどうのとか新聞で書かれているがおカネの問題は財務省が解決してくれる、厚労省キャリア官僚が長期的に取り組むべきは少子化問題、女性の社会進出、移民政策、そして老齢化社会など国家の将来の根幹にかかわる部分である。

 

少子化問題は生産人口が減少すると世界を相手に競争力がなくなると言われているが果たしてそうか?ぼくはこの問題については少子化=悪い事とは単純に捉える事が出来ない。単純に売り上げ至上主義で考える発想をそろそろ変えても良いのではないか?

 

何故なら少子化で人口が減少すると言ってもニュージーランドみたいに400万人になるわけではない。これから時間をかけて人口は減少していくだろうが2030年でも1億人は確保しているし2050年の時点でも約9千万人である。つまり内需で十分にやっていけるのだ。何時まで経っても前年対比で何%成長と言う発想は止めて、社会に必要な生産性を守りながら人々が楽しく生きていける国家と言う視点を持てば、随分視点が変化すると思う。

 

少子化問題は周囲から子供の姿が減るって言う感傷的な部分を除けば移民政策とセットで語られることが多いがこの点において大事なのは日本民族の在り方である(自分が移民しておいて何言うかって感じだろうが、笑)。

 

ぼくは日本民族が日本民族であり得るのは日本の土地、空気、水がまず日本民族の基礎にあると思うし移民も長期にかけて少しづつ入ってくるなら彼らを個別撃破、じゃなかった(笑)、日本人に同化させることも可能であるが、短期で一気に入ってくれば日本文化そのものが危機に晒されるしこれは一度始まってしまえば止まらない問題だと思ってる。

 

それは例えば豪州の移民政策がシドニーで移民の若者同士の喧嘩を生み中国マフィアの進出を許し、更に問題なのはそれまでの豪州文化を次々と破壊して(豪州文化が良い文化と言ってるわけではない)世の中を一種の無秩序状態にしてしまった事だと思う。

 

英国式の文化では法律よりも秩序を優先する傾向がある。コモン・ローと言う考え方であり、日本のように法律の条文さえクリアーしていれば何をやっても良いという事にならずその社会のその時期の秩序を重視する。だからアジア各地からやってきた移民に対して反発をしてこれが社会不安を生む。ところが一度受け入れてしまえば簡単に追い返すことは出来ない。その結果として社会不安が定着してしまう。

 

つまりこのような移民政策を取るのなら米国と同様に法で人々の権利や義務を決定する必要があるのだがそれはコモンローではない為に豪州白人には馴染まない。結果的に「冷たい社会」を生み出す。

 

豪州では今までは「言わなくても分かる」白人同士の文化があり白豪主義を続けてきたが経済問題として移民を受け入れて多人種社会とか多文化社会を作った。しかし移民政策をやるなら経済問題から入ったらまずい。非常にまずい。これこそ本当に100年単位の長期で考えていくべき問題である。少子化や労働人口などの目先の問題解決方法として捉えると将来に大きな禍根を残すことになる。

 

人口推移のグラフは総務省が作っているしそれを見れば昔から少子化は分かっていた。

http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2003.asp?fname=01-05.htm&title1=%87T%81D%90l%8C%FB%8By%82%D1%90l%8C%FB%91%9D%89%C1%97%A6&title2=%95%5C%82P%81%7C%82T%81%40%91%8D%90l%8C%FB%81C%90l%8C%FB%91%9D%89%C1%81C%90%AB%94%E4%8By%82%D1%90l%8C%FB%96%A7%93x%82%CC%8F%AB%97%88%90%84%8Cv%81F1995%81%602050%94N

 

ぼくは移民を受け入れるよりも女性の社会進出を進めることが正解だと思う。労働力が減少すると言っても日本人口の半分である女性の社会進出を進めればこれは解決する。女性が社会に進出すると少子化が進むからダメだという男性重視の発想があるから社会進出が進まないのが実態である。

 

「女は家に籠るもの」と言う古くからの男の発想を一度捨てて、女性が社会進出している国家で特殊出生率が約2くらいあるのは何故か?を学んでみるべきだと思う。男性が社会を支えており女性には出来ないと思い込んでる時点でバカ男を晒しているのだからどうしようもない。

 

20世紀のように単純に重いものを持つ労働や高いところにあるものを組み立てる仕事なら男がやれば良いだろうが、21世紀の仕事はかなりの部分が頭脳労働に移行する。そうなると世の中は使えない男ばかりだというのがいずればれる。女性の社会進出と出産率上昇は両立できる。

 

その為に必要なのは世の中の男性が少し発想を変えて働く女性を尊重しながら彼女らの出産休暇やバカ男の育児休暇(大体において21世紀の頭脳労働は女性の方が優秀なので女性が働く方が収入も増える)を理解していく事だろう。厚生労働省が本気で取り組むべき道であろう。

 

最後に出てくる老齢化社会への対応については「リタイアメントビレッジ」の延長発想である「スマートシティ」がカギになると思う。現在のように誰がどのような田舎に住んでいても一律の公共サービスを受けられるという仕組みを根本から入れ替えることだ。

 

ニュージーランドでは老人夫婦が仕事を辞めて引退したら、体の元気なうちは自分の好きな田舎に住むが公共サービスが低下する、つまり郵便はルーラル(Rural=地域)サービスを利用して郵便受けの中に郵送したい郵便を入れておくので都会のようにいつも郵便サービスを利用できるわけではない。コンビニもないので一週間に一回街に買い出しに出て山のような生活用品と冷凍食品を購入して自宅の大型冷凍庫に放り込む。病院に行くにも公共交通機関はないから自家用車で移動する。

 

そして夫婦がそろそろ足が弱ってきたとか病気がちになってくると田舎生活を止めてリタイアメントビレッジに入る。ここでは同じような世代の人々がバリアフリーの家に住んでおり彼らの為に公共サービスが用意されている。スマートシティの発想は21世紀のリタイアメントビレッジの延長であり、人々がお互いに助け合いながら一緒の場所に住むというところがポイントだ。

 

つまり今までのように人口が増えるという前提をなくせば限界集落住民は早い時期に中核都市または衛星都市に集約させる。そこで老人同士がお互いに助け合いながら便利な公共サービスを受けて、少々足が弱っても移動距離は短いのでゴルフカートに乗って移動するようになる。設備の整った病院も役所も郵便局もすぐ近くなので新たな終の棲家を得ることが出来る。

 

そしてどうしても自宅を離れたくないというなら公共サービスの低下は」自己責任でと言う事を政治家を使って国民に納得してもらう。こうすれば老齢化社会に対応出来るし行政の効率化が図れる。手か最初から行政の合理化の為に老人を一か所に集めるってのが厚労省の発想だと思う。

 

少子化問題で人口ピラミッドを見ると2か所が異常に膨らんでいるのが分かる。団塊世代と団塊ジュニア世代だ。つまりこれから30年以上も続く老齢化社会への対応は出来るだけ早いスマートシティの構築にあると思う。



tom_eastwind at 03:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月27日

東奔西走 外務省

来年からの流れは、日本外交は対中接近の方向に向かうと思う。米国から許可をもらったようだからだ。国債の持ち合いと貿易決済の通貨に米ドルを使う比率を減らすというのは米国の許可がないと出来ない。

 

今回の野田首相の中国訪問は行く行かないともめてたが結局胡錦濤主席にも会ってきた。日本の任期1年制の首相が中国の偉大なる主席様に拝謁(笑)出来るのはそれなりにお土産をたっぷり用意して(朝貢??)お返しに返礼の品を受け取ったわけで、そこに見える外交姿勢は急速に中国接近する日本である。

 

もちろん米国が許可をしたわけだからこれは沖縄基地問題も含めて中国の第二国境線がいよいよ明確になり、米国は今後の東北アジアの覇権を中国に任せて自国の経済立て直しを行い商品の売り込み相手(お得意様)として日中を位置付けたいのだろう。

 

これは日本から積極的に何かを仕掛けたわけではなくいつものように「いないふり外交」や「他人に振り回される外交」に見せかけているが、日米中の思惑が一致した珍しい案件だと思う。今後ビジネスを展開する上で長期的に見れば中国を選択することは間違いではないと思う。

 

ただし日本人はえてして即応効果を望むし何か問題があればすぐに相手と協力して問題を片付けようとする癖があるので、その意味では中国は付き合いづらい相手である。香港人でさえ腹の中では大陸中国人を嫌っており彼らの横柄で礼儀知らずな態度には愛想を尽かしているが、仕方ない、彼らは土地も工場もビジネスも持っているのだ、隣の国と言う距離の近さもあり言葉も近い(正確には北京語と広東語)から表面上はにこにこしながら付き合う事になる。

 

日本人のような真面目な人々が中国と渡り合うのは中途半端では絶対にやっていけない。彼らは最初は日本人と「ぼくらアジア人は友達だ」とか「一緒にビジネスをしよう」と言うが、それは5割以上の確率で嘘と思って良い。彼らは日本から金が送られてくると分かってる限り嬉しそうに「乾杯乾杯!」とやるが、一旦金が中国に届き投資先に送られた瞬間にそれまでの企画書は進行しなくなり金はどんどん関係ない他の会社に移されて終わりである。

 

またはビジネス案件(レストラン等)であれば彼らは自分で出来ないから最初の1年くらいは日本人にやらせておいて軌道に乗ったら日本人は合法的に追い出されて中国人に乗っ取られる。結局しゃぶられて食われて捨てられて追い出されて終わりである。

 

それでもやりかたはあるしやりかたさえ分かっていれば中国で利益を出すことは出来る。それは彼らのプリンシパルで行動する事だ。日本人の行動様式とずいぶん違うが彼らのプリンシパルを実行する事はビジネスでありそれを恥ずかしいと思ってはいけない。

 

ではそのプリンシパルはどこにあるのか?答えは中国の歴史の中にあると思う。戦前の日本では大学教育の中に孫子や孟子などを取り入れており明治時代の日本人は漢詩を書くことも出来た。1945年以降に教育体制が変化して中国が共産党独裁支配に変わってから一般的な日本人は英語を勉強するようになり外務省としても米国追従派が主導権を取るようになった。

 

しかしこれからは中国のプリンシパルを理解して、彼らがいつ笑い何に怒りこちらがどう対応すれば仲間として見てくれるのか、そういう事を知っていくことが日本人ビジネスマンの生き残る道だと思う。

 

少なくとも最低な対応は数年前に日本人駐在員が駐在先の地元レストランでウエイトレスのサービスの悪さに大衆の面前で怒鳴りつけて恥をかかせそれが地元の新聞に取り上げられその企業のビジネスに多大な影響を与えた事であろう。

 

相手に対して自分の地位を利用して自分の政治的意思を通すことが外交である。自分の地位が上でも下でも良い、どちらの場合も戦略があるしそれは孫子などの本を読むと学ぶことが出来る。そして自分の意思を相手に伝えて自分の被害なしに自分の意思を通す事が最善である。そしてどうしても自分の意思が通らない時にそれでもどうしても意思を通したい時に初めて外交戦略の最後の手段である戦争の可能性を考えて被害と利益の計算をして利益が大きければ実行する事になる。ここらへんはクラウゼウィッツも同じことを書いている。

 

日本人駐在員は事件が起こる前の日頃その店にどれだけ利益を落としていたか?その店員にどれだけ個人的に利益を与えていたか?そういう根回しなしにいきなり怒鳴った結果として相手が抵抗してきた場合、自分にどのような被害最小化をする能力があるのか?第一怒鳴る事で何が得られるのか?そういう全体像を把握しないままに怒鳴る、しかし現実的には多くの日本人が日本のサービス標準を普通の事として相手に押し付けてしまい自分の目の前にいる人間が外国人である事に気づこうとしない。

 

来年からの外交は中国に近づいていくがそれが米国から離れるという意味ではなく両方と等距離外交になるという事だ。すでに貿易相手国として日本の重要なパートナーでありながら日本人はまだ中国の事を知らなさすぎると思う。相手の実態を知らないまま新聞記事だけを見て嫌中になったりするのでは交渉上手ともいえない。

 

今までは米国追従外交を省是としてきた外務省もこれから地図のない海に乗り出すことになる。その時に最も大事なものは日本政治のプリンシパルである。プリンシパルのない人間は相手にされない。それは国家も同様である。



tom_eastwind at 02:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月26日

往復びんた=来年の財務省の話

人の右顔をぶん殴っておいてこれじゃバランスが悪いからと左側もぶん殴るようなものだ。

★抜粋開始

政府の税制調査会は、社会保障と税の一体改革での消費税率の引き上げにあわせて、所得税の構造を見直すため、所得税の最高税率を現行の40%から45%に引き上げることを検討している。

消費税率を引き上げる場合、低所得者ほど負担感が重くなるとされていることをふまえて、政府税調では、所得再配分の機能を強化するために、所得税の最高税率を現在の40%から45%に引き上げることなど、高額所得者向けの増税を検討している。

また、現在40%の税率が適用されるのは、課税所得が1,800万円を超える場合だが、これを1,500万円に引き下げることもあわせて検討していて、21日午後の政府税調の全体会合で提示する方針。

★抜粋終了

 

今日も香港のホテルに滞在中。W香港と言うのは本当に個性があるよな、まるで「嫌なら出てけ、けど居残る人には最高のサービスを提供しますよ」的な空気がある。最高とは言っても日本のようなサービスではないので濡れたサービスが好きな日本人にはちょっときついかもしれない。日本でもリッツカールトンのサービスは秀逸であるが、あれは何だろうな、乾いたサービスと濡れたサービスのどちらにも対応できるマニュアルを持っている。

 

リッツカールトンで唯一嫌なのは4階のバーに集まる地元の大声大会で優勝したようなそして他人を呼ぶときは「にいっちゃん、はようこんかい!」と怒鳴り、仲間内では「しゃっちょ、しゃっちょ」と下卑た薄ら笑いで手もみをするはげ連中の顔を見る事くらいか。

 

来年はかなり日本が大変化する年になる。それは政府が、つまり各省の官僚が日本の50年後を見据えて日本の方向性を整え、今の政治の乱れを逆手に取り政治家を使って国家と国民を動かす時期に来たという事だ。

 

そこで来年以降の日本全体の方向性を官僚から見た視線で数回に分けて書いてみる。もちろんこれはぼくの推測であり外国から日本を見ていろんな情報を集めてみるとこうなるよねって予測なので、来年敦賀原発が吹っ飛んで北朝鮮が戦争仕掛けてきて関東大震災が起こったら話は別であるが、もしそういう大きな事件がなかったら、または事件が単発であり短期で収束したらと言う前提で書いてみる。

 

まずは財務省。役人の中の役人、官僚のエリートのみが集まる集団が今何を考えているか?まずは財政の健全化だ。これは魚が水を求めるように財務省人としては自然な行動であり日本を背負って立つ人々からすれば「金がないのに何が出来るか」と分かりやすい理論で行動する。

 

今の日本が長期の自民党政権下でばら撒きをやり短期の民主党政権がさらにばら撒きをやる事でとんでもない赤字を作った事は日本国民であれば誰もが理解している点だ。個人的に自分の財布に入ったお金は「ありがと」だが他人の財布に入ったカネを「不公平だ!」と文句を言うのが日本のはげちゃびん連中であるがどちらもまともに働かないという点では共通している。

 

そのようなおらが村の長く溜まったうみを現在の政治の乱れを利用して一気にかき出したい財務省は日本と言う国の「あるべき姿=お上がすべてを支配する社会主義」を持っている。それが実現するのはまず財政の健全化から始まる。

 

多くの識者が指摘するように日本が抱える財政問題を解決するには増税と福祉の切り捨てしかない。それ以外の解決方法は税収増加であるが現在の日本の経済事情ではあり得ない事だと誰もが分かっている。

 

なので国民に理解してもらえるまで与野党の政治家をうまく使って「政府の税収が減少してこのままではあなたたちの福祉を支えることは出来ませんよ」とメッセージを発信して消費税を上げる。10%なのか15%なのか、どれだけの期間をかけてあげるのかは技術的な問題であり大事なのは消費税を上げる事だ。これで泥棒からでも税金を取れる。

 

次には消費税を上げられて納得出来ない低所得者のガス抜きをする為に税金全体としては殆ど効果がないのだが金持ち増税をする。相続税を50%から55%にして基礎控除を減額して世の中にたったの5%しかいない「昔からの資産家」から税金を取るパフォーマンスである。

 

次のパフォーマンスは上記の記事にあるように「現在高給を得ているサラリーマン」から税金を取る手段だ。これも政府の収入としては大したことないが消費税を上げる事の怒りへのガス抜きである。

 

こうすれば片手で一般消費者のほっぺたをひっぱたいて次の一発で少数派であるお金がある人のほっぺたをぶったたいて、結果的に両方から税金を取る仕組みの出来上がりだ。

 

インフレを起こして国民全員の財産を吹っ飛ばすか増税で切り抜けるかと言う議論が良く出るが現実的な判断は、どちらかではない、両方だ。まず増税してそれでだめならインフレだ。インフレは財務省職員としては痛くない。個人的には公務員と言う立場が守られておりインフレになれば給料は上がるし退職金もたくさん入る。

 

次に大事なのは福祉の切り捨て。これから老齢化社会になる中で問題なのは医療費抑制と老齢年金支給開始の遅延だ。まず医療費についてはカネを一番使う75才以上の後期高齢者を対象に「自腹でよろしく」政策となる。これは小泉政権時代に一度潰されたが明日に書く厚生労働省の人々は決して忘れたわけでも捨てたわけでもない政策であり日の目を待っているだけだ。

 

そして2012年ならどうやらこの政策が通りそうだ。何故なら今は若者が弱者となり彼らの将来の年金が不足しているわけだから、そこを逆手にとってキャンペーンをやればよい。「おじいさんおばあさん、お孫さんの将来の為にあなたが我慢をしませんか?病気は自腹でよろしくう!」。このキャンペーンが通れば後期高齢者の設定を75才から少しづつ下げて65歳くらいから「医療は自腹でね」とやればよい。現在の年金世代は世代としては十分な資産を持っている。病気で病院に行きたければ自分のカネで行ってくれと言う話だ。その代わりに混合医療を容認する方針でいくだろう。

 

なにせ政府は急いでない、彼らは時間はあるのだ、時間は常に役人の味方だ。役人からすれば民間人が「ただだから」と医療費を無駄使いしていると考えているから、甘えはもう許しませんぜって事だろう。

 

老齢年金はすでに今年しきりに観測気球が上がったが、75才からの支給と言う線が見えている。まるで馬人参のようだが、目先に年金はあるのだが自分がその年齢に近づいたら人参は少し先に行ってる状態だ。これは定年延長とセットで使われる。企業の定年を65才にしておいて60才からは賃下げを認めてやれば労働者もそれほど不満はない。60才で退職するよりも65歳の方がその間安くても給料が入るので安心だ。

 

今の日本政府の支出問題が医療と年金である事は誰もが分かっている。だったらこれから医療と年金を受け取る世代は個人資産を持っているのだから国に対する最後のご奉公としてその資産を使ってもらいましょう、自分が死ぬまでの大事な生活費だからちゃんと日本の銀行に預け入れててね、間違っても海外に持ち出すとかしちゃダメですよ、それに関しては来年4月からの税制改正で個人の5千万円以上の海外資産の報告義務を課しますからね。

 

大きな流れは大体こんなところだろう。老人世代が自分の貯金で生活するのだから今の若者に負担はかからない、財政の健全化も図れる、これで政府も安泰である。

 

続く



tom_eastwind at 21:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月25日

ニュージーランドにおける格差拡大

ニュージーランドが今でも世界の中では平和で公正な国であるのは客観的に見ても事実だと言えるがそれが格差がないという事と同意義ではない事も事実である。とくにこの国の場合は隣に人口2千万人のオーストラリアを抱えており(NZ400万人、NZが常に20%経済と呼ばれる所以にもなっている)優秀な人間は常に高給を求めてオーストラリアに出ていく為にますます格差が広がる傾向にある。

 

最近の地元記事でも格差拡大についての問題提起があったが、以前の格差問題はマオリやアイランダーなどの親子二代から三代にわたる失業者と一生懸命働くキリスト教白人家族が何代にもわたって少しづつ蓄財した結果子供に住宅を2軒残せる(NZでは相続税がない)事で発生した格差であった。

 

ところが現在の格差は普通に学校を卒業して以前なら何らかの事務職で年収4万ドル程度を稼ぐことが出来た「一生懸命働く気がある若者」が仕事を得ることが出来なくなっているという点だ。

 

この事は先週街に飲みに出て帰りにキーウィのタクシー運転手でありいつも僕の帰路の安全(笑)を確保してくれるキースとも偶然だが同じ話題になった。70歳の彼は今でも毎日タクシーを運転して人生を楽しんでいるが、彼が中学を卒業した頃は働くということは自分の住む町にある工場やオフィスのドアをノックしては「何か僕が出来ることはありませんか?僕は何でも出来るしやる気があります」だった。

 

彼らの時代はそうやって仕事を見つけて地域に貢献して正当な報酬を受けとり税金を払っていた。しかし今の時代ではそのようなやり方が通用しなくなった。

 

とにかく世界は小さくなり国境の壁は低くなり今までの若者中産階級の仕事(雇用)は次々と中国やインドに逃げ出している。そうなると年収4万ドル程度の事務職の仕事は消失してしまい彼ら若者の次の職場はカフェやレストランなど移転の出来ないサービス産業に集中していく。

 

カフェ等の場合若者の時給は通常16ドル程度だから年間労働時間2千時間で年収で4万ドル確保するのはかなり苦労する。それでも仕事があれば良い方で、最近のNZのカフェは専門学校を卒業した若者バリスターがかなりがんがっているから、普通に生まれ育ってきました、NZの平均的なサービス(=人は良いが素人)は通用しなくなっている。つまりNZで50%を占める中卒では1970年代の社会主義時代のような平和な時代を過ごすことは出来なくなっているという事だ。

 

同時に世界のどこでも通用するようなレベルの高い仕事は世界どこの都市でも常に求められており、NZの大学で法律や会計や国際関係の勉強をして高得点を取ったような学生はオーストラリアに渡る。キーウィはオーストラリアでビザなしで働けるからだ。

 

その結果としてオークランドで同じような人材を募集するとなればオーストラリアの給料の少なくとも8割程度をを労働者に支払う必要があり彼らの年収は必然的に10万ドル前後になる。こうなると片や4万ドルを稼ぐことも出来ない若者と10万ドルを普通に稼ぐ若者が出て来てその格差は明確になる。

 

それでも1970年代であれば収入の出口である税金を累進課税にする事で実質受け取り収入を同等にすることも出来たがNZが1984年に自由経済に移行してからは機会は平等でも結果の不平等が出てくるようになった。1980年代から2000年代にかけてNZが急激に格差が広がってきているのが分かる。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4652.html

 

そしてこの流れはリーマンショック以降急激に広がっており、これはインドや中国の若者の賃金が先進諸国に追いつくまで止まらない。そして彼らの賃金が先進諸国に追いついた時に次の戦い、つまり知識を身に付けたアジア人と今だ知識が身に付いていないキーウィとの個人的な競争が始まる。これはキーウィに限った話ではなく先進国である日本も全く同じ状況である。多くの仕事が賃金の安い海外に流出しているしそれを止める事は出来ない。どうしても止めるならそれは鎖国しかないわけで国民が鎖国と言う道を選ぶならそれもありだろう。何せ日本は今だ人口1億人の国家であるから内需で食っていくことは出来る。

 

しかしNZのような人口400万人でおまけに英語圏である国にとっては国境の壁は低く優秀な人材が海外流出する事で残った人間はB級である為に国際競争力がない状態に陥り鎖国をしても結果的に経済が崩壊する事になる。だからこそ今のNZに必要なのは基礎教育だけではなく大学で資格を取る高等教育なのである。

 

もちろんこちらが教育を身に付けても相手が更に高度の教育を身に付けてしまえばまた競争が再開される。しかしこれが自由主義経済の行き着く道であり、つまり自由主義経済とは常に生き残りを賭けた戦いに参加するという事なのだ。

 

そこで社会の安定を維持する為に必要となるのが敗者復活戦の機会を常に用意する事と弱者に対する社会保障を構築する事だ。

 

今日は12月25日、香港のホテルでこのブログを書いている。ホテルでは小奇麗に着飾った人々が楽しそうに飲茶やコーヒーを楽しんでいる。しかしこの街でも確実に格差が広がっており目端の利く人間は皆中国でビジネスを展開し、そうでない人々は大家族の中で守られながら生きている。これが現実であり目をつぶったからと言って問題が消失するわけではない。昔のような「時代に乗ってれば流されて生活出来るところてん的生活」が出来なくなった以上自分の頭で考えるしかない。

 

子供たちには僕らが過ごした時代のようなのんびりした世界を提供出来ないから少し可哀想だけど仕方ない、世界の中で生き残る戦い方を学んでもらうしかない。きつい世の中になったものだ。



tom_eastwind at 20:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月24日

クリスマスイブ

 “雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう、サイレントナイト、ホーリーナイト”山下達郎の名曲がW香港ホテルから眺める夕焼けの中で、頭の中で勝手に回っている。

 

それにしてもこのホテルのコンセプトは面白い。ここまで型破りに斬新なアイデアを持ち込んでおいて商売を成立されるのは簡単な事ではない。

 

今日はクリスマスイブ。家族で香港に来てイブを楽しむ。香港の良い点は人々がとても現実的だということだろうか。とにかく「こうあるべきだ」よりも「現状はこうだ、ならどうする?」と言う思考回路である。日本と言う国が定期的に失敗をするのは現状を把握する事よりも「べき論」が先に来るからだ。そして多くの人間がその「べき論」に殉じる。その結果として木に竹を接ぐ様な無理をして失敗する。

 

出来ないものは出来ないのだ。竹槍でB29は落ちない。考えても仕方ないし理想論を語っても無意味である。生きる事を否定するなら理想論を語って死んでも良いだろうが、継続したいなら、持続したいなら現実を無視してはならない。

 

けれどそんな現実ばかりを語っていても人生は楽しくない。やはり夢は必要だ。そこで出てくるのが生き残りながら夢を語り実行していく「政治的すり合わせ技術」である。この点で中国人は実に上手な生き方をする。自分に出来る事をしっかり把握した上で50年とか100年単位でじっくりと実行する事が出来る。夢に溺れず現実に言い訳せず、小平の時代には100年前に英国に乗っ取られた香港の返還を勝ち取り香港には次の50年間の一国二制度を大胆に導入してきた。

 

次の狙いは台湾であり平和的に併合した後は日本を視野に入れるだろう。日本を併合するというよりも政治的に中国の経済圏に組み込むと思う。彼らは日本と中国の文化の違いを理解しているから日本を併合してしまえば食あたりになるかもしれないという考えもある。食うよりも組んだ方が利益が大きい。元々中国は4千年の歴史でものを考える。彼らからすれば10年や20年などほんの一息でしかない。

 

これにしたいして目先の細かい部分を大事にする日本人はどうしても「今、ここにある問題」を針小棒大に捉えて、更にそこに「こうあるべきだ」と言う「べき論」をぶつけるものだから出てくる答えが全然違うものになる。

 

それにしても旅を仕事にして30年以上これで飯を食っているわけだが、今までも何度も大波が来たが乗り切ってきた。けれど来年からの日本を覆うであろう大波は正直「さて、どうするかな」と答えを出しあぐねている。日本の政治がどこまで変化するのかが全く読めない。官僚の方向性は分かっている、問題はそれを政治が止めるのかそれとも政治が後押しをするのか、それとも第三の波が起こるのか?

 

そんな事を考えながら今晩のレストランで家族と合流。夜景の綺麗な中華レストランだ。ここも非常に高いコンセプトで店とサービスつくりが行われている。テーブルにはクラッカーや銀色帽子が置かれてて西洋人も楽しめるように出来ている。そんな雰囲気で皆がうきうきしながら夜景を楽しみながら食事をしていたら、なんとBGMでかかりはじめたのがほんとにびっくり、山下達郎の「クリスマスイブ」!神様ありがとって感じだ。

 

今年もいろいろあったけど、とにかくメリークリスマス!



tom_eastwind at 20:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月20日

これが世間の現実かも・・・

★コメント抜粋開始

20111215 12:27 PM

時給800円、毎日8時間、月22日労働して得られる賃金は、140800円。

これがまずいのでしょうね。今の日本の場合。物価も給与も二倍程度のインフレが望ましいのかなと思います。(中略⇒マイクロクレジットなどの操作不要ですし。)インフレなら既得権者も諦めざるを得ない。

それと同時に富の上位偏重も是正しないと。累進制はもっと厳しくすればいい。働くだけ損だとか言う人は、働かなくていい。その分他の人に雇用や仕事が回ることになる。海外に逃げるという人もどうぞご自由に。イチローや松坂、ダルビッシュがいなくても野球は回るように日本は回る。

生活保護制度で対応するとなると、これはもっと薄く広くしないとダメでしょう。それを拡大解釈していくと、ベーシックインカムになるのかな。

http://www.tachibana-akira.com/2011/12/3576#comments

★抜粋終了

 

橘ブログが取り上げた「マイクロクレジット」への淡々としたコメントを見つけたのだが上記のような気持ちは現在の日本人の若者の中では一般的であるのかもしれないのかなと、思わずぞっとした。

 

このコメントは内容となるとすべての論点も現実社会の構造を理解せずにきれいごと感覚で書かれているのだが見かけはたくさんの漢字を使い問題点を取り上げて一つ一つ自分の意見を加えていくのはそれなりに知識的に見えるので何も知らずに聞いている高校生とかが「ほうほう、この若者、結構良い事を言うじゃないか」と褒めるかもしれないのが問題なのだ。

 

ちょうど文化大革命の時に年端のいかない学生(紅衛兵)が社会の現実も知らずに社会を支えていた知識層を皆殺しにした時のプラカードに書かれていた「反革命修正主義分子」のようである。中国で1949年に成立した中華人民共和国が掲げる共産主義革命とは何なのか?それは要するに毛沢東による政権奪取であり共産主義でさえない独裁主義でしかない。それはソビエトも同様でスターリンが独裁政権を長期にわたって続けたというだけだ。この二つの国に共産主義と言う間違った看板を付けるから話が民主主義対共産主義とか混線するのだ。

 

資本主義で民主主義と言うのも日本ではなじみがないし民主主義で共産主義ってのも英米では馴染みがないだろうが民衆が主体となって国家を運営するという意味では両方とも同じ民主主義である。ただそれを戦後中国+ソビエト=独裁国家:対:英+米=資本主義的民主国家で比較するからずれてしまうのだ。

 

しかしそのような現実はある程度の知識を持ってからでないと自分の頭の中でも整合性が取れずに、平時においては人々は悩みながら考えながら成長するものなのだが、文革時は勢いでプラカードを持ってしまった紅衛兵たちは途中で思考停止をしてとにかく金持ちと知識人を彼らがブルジョワで反革命的だからと言う理由だけで迫害を開始した。

 

文化大革命など最初の事件が起こる1年前までは誰も想像すらしていなかった。知識人は素晴らしい詩や文章を書き演劇を作り(これが文革のきっかけになった)共産主義者と労働者と経営者が一緒になって農地を耕して工場でトラクターを生産していたのだ。少しでも予兆があれば誰もがとっとと香港や米国に逃げていただろう。ところがある日この状況を一変するような文化大革命が起こった。足の速い中国人でさえ逃げ切れない状態で皆殺しが始まったのだ。

 

これが最近の日本で感じる議論である。若者が異様なまでに負担を強いられていて政府はそれを放置して、若者は現状を目先にいる金持ちや特権階級に焦点を合わせて怒りを爆発させるのではないかと言う恐れだ。

 

社会全体の構造を理解すれば若者の怒りの方向性は絶対に違う方向、つまり政府に向かうべきなのだがそこは政府が本職だ、うまいこと世代間抗争や格差問題に付け替えして増税に結び付けている。そこに気づかない人々は文化大革命時の紅衛兵のように一部政府派閥によって扇動されて文化を破壊していくのだ。

 

つまりこれは「パンがなければケーキを食えば良い」的な現実を無視した問題すり替えであり一時的な感情論でしかなく、けれどその感情論は結果的に自分たちに不利益になるという事に気づかない一般的な日本人には心地よいから受けるのではないか、そう思ったので今日のネタにしてみた。


時給800円、毎日8時間、月22日労働して得られる賃金は、140800円。これがまずいのでしょうね。今の日本の場合。物価も給与も二倍程度のインフレが望ましいのかなと思います。マイクロクレジットなどの操作不要ですし。インフレなら既得権者も諦めざるを得ない。

★論旨意味不明。給与が上がっても物価が上がれば可処分所得は増えない、つまり起業家として投資するお金がない状態は何も変わらないのだ。インフレなら既得権益者もあきらめざるを得ないというが既得権益者とは誰で何を諦めると言ってるのか?

 

何となく想像ではインフレが起これば給料が上がる、物価も上がって給料も上がる、みんな幸せだよね〜、インフレが起こってお金持ちが貧しくなっても仕方ないよねと言いたいのかな?と思う。けれど残念ながら現実的にはそんな事はおこらない。インフレが起こればモノを持っている人がますます豊かになり貧乏な人はますます貧乏になるのだ。

 

++

それと同時に富の上位偏重も是正しないと。累進制はもっと厳しくすればいい。働くだけ損だとか言う人は、働かなくていい。その分他の人に雇用や仕事が回ることになる。海外に逃げるという人もどうぞご自由に。イチローや松坂、ダルビッシュがいなくても野球は回るように日本は回る。

★累進性を厳しくすれば富のある人は現在の日本国憲法で保障されている移動の自由の権利を行使して海外に脱出する。彼ら投資家はリスクを取って戦っている。毎日サラリーマン生活をしているわけではないのだから出てけと言われれば、はいはい分かりましたよ、税金の安い、規制の少ない国でビジネスをして日本には里帰りで帰りますよとなる。

 

彼らは自分で労働をせずにカネに働かせているわけだから彼ら投資家が海外に出たからと言ってそこには何の代替雇用も生まれない、仕事が回ってくることもない。

 

「働くだけ損だという人は働かなくてよい」など言い切るのは良いが彼らの生活保障はあなたの税金で賄うのですよ?働くだけ損と言う人々には日本国憲法及び人間の道徳として仕事をすべきだ、仕事がなくて政府から生活保障をするのなら仕事のない期間中は政府により公共奉仕(道路清掃とか街路樹の枝払いとか)をすべきだというなら分かるが、働かなくてよい?では少し現実的な意見とは言えないのでは?これは下記ベーシックインカムでも一度書く。

 

イチローたちはリスクを取って海外に出て自分に挑戦した。国内にいればぬくぬくと野球は回る、けどそんな傷のなめ合いみたいな誰も努力をしない野球を見たいのか?イチローがいなくても野球は回っている、確かに今は回っているが日本の野球はどん底の経営状態である。それがあなたの望む野球の将来なのか?

 

+++

生活保護制度で対応するとなると、これはもっと薄く広くしないとダメでしょう。それを拡大解釈していくと、ベーシックインカムになるのかな。


主語は「働かない人々」だろうと思うが薄く広くとは支給金額を減少させて対象を拡大するって事かな?総予算を決めた上で分配するって発想か?食えない人が出て来て泥棒をしても総予算は動かさないのかな?ベーシックインカムは国民の生活を守るセーフティネットであり総予算がないから減らしますとは言えない。だったらベーシックインカムを受給する人が増えて財源がなくなったらどうするのか?おそらくお札を刷れと言うのだろうが、そうしてハイパーインフレが起こったらあなたたちが真っ先に影響を受けて仕事は失いアパートは追い出されて家族で橋の下で生活をすることになるのですよ?

 

全体像を理解するまでに時間がかかるのは当然だ。だから勉強すればよいと思う。ただ怖いのは、世間が学ばない状態で政府に操縦されて片方では消費税を導入され反対側では累進課税を導入して、要するに政府は誰からも税金を取ろうとしているのに自分たちは表に出ずに両者を手玉に取って自分たち官僚の望む国づくりをしているって事だ。



tom_eastwind at 17:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月19日

車が減らない?

今日は今年最後の週であり今週からお休みに入る会社も多く、当社も水曜日まで仕事をしてから110日まで20日間のお休みとなる。日本にある日系企業であれば考えられない長期休暇だがニュージーランドではごく普通であり何せジョンキー首相から閣僚の殆どが115日頃までお休みに入る国である。

 

ただ今年は先週まですごく車が混んでた。今週も今日はそれほど減っていない。シティで仕事をする人々はPark&Rideと言う仕組みを使ってくる人が多い。これは自宅から近くの郊外のバスターミナルまで車で来て無料駐車場に車を止めてそこからバスに乗ってくる仕組みだ。市内の交通渋滞対策である。とくにシティは駐車料金が高いしガソリンも値上がりしている。

 

だから車があまり減ってないって事はシティに駐車場を借りる事の出来るミドルクラスの立場の人でありそのような人々は普段ならとっくに休暇に入ってるのだろうが、休めない。

 

これは推測するに、今年は思ったより景気の戻りが早く彼らの仕事が増えたが、彼らはまさかこんなに増えると思わずに仕事をさぼってたら、いざふたを開けてみると「やば!休めないじゃん!とっとと仕事終わらせなきゃ!」または「やば!休みを少しずらさないと仕事が終わらん!」みたいな状態になったのではないかと思う。

 

それにしても日本にある会社からすれば羨ましいくらいの長期休暇であるがこれは社会構造そのものが「この時期は全員お休み」となっているから、例えば「こちらがオフィスをオープンしてても取引先が全部閉まっているからやることがない、じゃあいいやこっちも休んでしまえ」となる。これが良い循環を作り誰もが休める環境になるのだ。

 

この国の有給年休は4週間であり会社がお休みになる事で誰もが長期の年休を取得出来る。そして残った年休はイースターあたりに合わせて消化する。それに土日は完全休日なので年間労働日数は日本と比べれば思いっきり少ないが、それでも不足とばかりに月曜日に勝手に休んでしまう強者もたくさんいる。

 

地元の英語でBlueMondayと呼ばれているが、土日のんびり魚釣りでもしようものなら月曜日に労働意欲が出ずに釣りに行った先の宿から「すみません、今日は調子が悪いのでお休みさせてくださ〜い」と会社に電話を入れる。

 

電話を受けた方も慣れたもので「おお、そうか、大物期待しているよ!」となる。一応病気の場合は最大5日まで有給で休むことができるが診断書を会社に出す必要がある、てかあるはずだが田舎の社会ではそのような無粋なものはあまり要求されない。てかお互い様ですもんね♪と言う感じがあるので結果的に月曜日の朝の交通渋滞は火曜日の朝よりも少ないという事態が起こる。

 

年末年始で3週間休み、イースターに一週間程度の休暇を取り土日は完全に休み時には月曜日も休み残業は全くしない国。それでも社会で皆が飯を食えて家族が楽しく生活出来て国家が回るのだから大したものだ。

 

それにこの国は毎年3%〜くらいの給与上昇があり実質物価情報率が3〜5%だし人口は毎年増加している。

 

だからそう考えると日本ではサラリーマンが一生懸命朝から夜遅くまで働き休みもなかなか取れず年末まで仕事をして、それで毎年賃金が下がり労働強化が進みうつ病で自殺するようになり、この労働強化が年を経る事に進んでいて、家族と満足に食事する時間も取れないとなると、NZと日本、一体何が違うのだろう?てか日本はそんなに要領悪いのかって疑問に思ってしまうだろう。

 

例えば日本の企業であるキャノンは30%以上が外国人株主と公表資料で書かれているが決算で利益が出たら当然株主は配当を受け取る。つまり金に働かせているのが外国人投資家、金の為に働いるのが日本人労働者と言う図が成り立つ。。

 

さて、どんなこんな言ってもこれで今年も終わり、ゆっくりと休んで来年を迎えることになる。来年も生活の基盤はニュージーランドに置いて家族と幸せを楽しみたい。



tom_eastwind at 13:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月18日

カティン

りょうまくんの今日の朝ごはんは海南鶏飯。昨晩奥さんと娘が作った料理だが、我が家では毎週土曜日が海南鶏飯の日となって数か月経つ。その理由が面白くて、奥さんと21歳の娘がオークランドのいろんなレストランで海南鶏飯を食ったが全然美味しくない。そこで自分たちで美味しい海南鶏飯を作ることになったのだ。

 

彼らの作る料理は時間と手間はかかるけど、この海南鶏飯にしてもどこのレストランで食べるよる美味しい。そりゃそうだ、普通のレストランではビジネスとして絶対に採算の取れない時間と手間をかけて旬の食材を使った料理にするから、土曜日の夜に家族でゆっくりと食卓を囲んで会話を楽しみながら食べるには最高の料理だ。

 

けれど昨晩はりょうまくんは夕食に欠席。彼の通っているスカッシュ(日本語読み。正確にはSquash、発音はスクウォッシユが一番近いと感じてる)クラブでパーティがあり、りょうまくんが家に帰って来たのは9時過ぎで、パーティではピザやパイが出たのでお腹一杯、彼一人だけ今朝のごはんに持ち越すことになった。

 

だもんで朝ごはんを作るというよりも昨晩の料理を温めなおしているというのが正解で、ぼくがご飯と鶏を温めなおしていると、何を思ったのかりょうまくんが突然アンジェイ・ワイダの「カティン」を持ち出して観始める。

 

おいおい、カティンが分かるのか?びっくりして「どうしたの?」と聞くとけろっとした顔で「ここにあるんだもん、観てみたい」だと。そう言えば平日の朝はTV1のニュースで政治経済を観ているからカティンもそろそろ勉強するのもありかなと思って一緒にゆっくり観る事にした。

 

日本語では「カティンの森」と訳されているが英語ではそのまま「KATYN」となっている。原語のポーランド語ではNがひっくり返る。

 

この事件は1939年のソ連によるポーランド侵攻時に起こった事件でポーランドに侵攻したロシア軍がポーランド軍将校約4千人(赤十字社が死体の数を確認出来た分)をカティンの森の近くで虐殺したのだが戦後ロシア(当時のソ連)はこの事件がドイツ軍によって行われたものだと主張して世界の多くの蝶花平和主義者や確信犯的社会主義者が「ドイツはだーめだめ、共産主義ばんざ〜い」と戦後50年近く騒いでいた。

 

ただこの事件はすでに戦時中にドイツが「ロシア軍による虐殺である」とニュースでも公表しておりポーランド人もロシアの仕業と知っていたが当時のポーランドはロシアに支配されており事実を公にすることは出来なかっただけ。

 

だから歴史的事実は最初から明確だったのが政治的に歪曲されたまま50年が過ぎたのである。1990年代になってソ連がロシアになってからやっとこの歴史的事実は公にされるようになったが日本では例えば1972年にゴルゴ13の作品の一つとして取り上げられたりもしている事件だった。米国では1950年代に議会で報告されている、半分くらい公な事実だ。認めてなかったのはソ連と中国ダイスキな日本人左翼。

 

ただぼくはそれよりもこの映画を作ったアンジェイ・ワイダの方に興味があった。彼の戦争映画「地下水道」を初めて見たのは高校生の頃だと思うが、とにかくその徹底したリアリズムに顎をがくっと撃ち落された。まさに打ちのめされる感じで、次に見た「灰とダイアモンド」では当時の日本の平和さと比べてその落差に唖然であり愕然としたものだ。要するにぼくら日本人の平和ボケを徹底的に指摘されたような感じだった。

 

勿論アンジェイ・ワイダに日本人を狙い撃ちするような考えはなく、とにかくポーランドが経験した事を世界に伝えたい、そういう気持ちだったのだろう。

 

当時のソ連支配下でこのような映画をよくも作れたものだともびっくりしたしその後1980年代にポーランドのグダニスクで起こったレフ・ワレサの主導する連帯運動に彼が参加してポーランドの実質的独立を目指した事に置いても「ああ、この人、やっぱり本物なんだな」って思ったり、とにかく僕の頭の中では昔からかなり最高位に位置する人であった。

 

その彼が今回作ったのが「カティン」であり、彼の父親がカティンで殺されたという事実をベースにして物語は作られているのだが、とにかく重くて暗くて最後まで見るのが嫌になるくらい面白味のない映画である。複雑な筋書きと淡々と描かれる物語は、カティンを事前に知らなかった人からすれば「もっと面白く作れや」となりハリウッド的どんちゃん騒ぎを期待していた人からは「なんじゃこりゃ?ホテルルワンダを見習えや」と言う批評になる。

 

確かにドン・チーゲル主演のホテルルワンダの出来が良いのでそのような批評もあると思うが、こりゃもう映画作った人の人生観の違いでありポーランドと言う欧州の中で何度も消し去られた国家が発する暗さをどう捉えるかと言う問題になる。

 

だからよほど歴史好きとかでない限りこの映画を満足して楽しめる人は少ないだろう。途中から奥さんも参加して一緒に見たのだが、観終わって奥さんがぽつんと一言「次の映画は何か明るいのを見ようよ」と言ったのがすべてを語ってる感じ。

 

それにしても1980年代後半ってのは世の中が見事にひっくり返った時代だった。欧米では冷戦が終結して東西ドイツが統合されゴルバチョフが時代の雄となるが中国では198964日の天安門事件が起こった。

 

当時ぼくはポーランドのワレサが連帯を率いてソ連の共産党体制からどうやって独立を確保するのか非常に親近感を持って見ていた。何となくこの素朴なおじさんは成功するんじゃないかと思ってた。その反対に中国の天安門事件では不安を感じた。「北京の春」と外国新聞が持ち上げていたが、今でも頭の中にある一枚の写真が天安門広場で学生カップルがダンスを踊る場面である。

 

「やるな!絶対殺される!中国政府には優秀で若い人々が必要なのに一時的な感情で政府に盾突くな!」本気でそう思った。中国から1万キロ以上離れたニュージーランドで毎日英語新聞で報道される記事を読みながら「とにかく早く逃げろ!君らはまだ若い、もう少しすれば何故小平が君らを殺すかを理解出来る年になる、だからそれまでは逃げ切れ!」と本気で思った。

 

その数日後、つまり63日深夜から64日にかけて人民解放軍が天安門に突入して、中国の若者である兵隊が中国の若者である学生を殺しまくった・・・。

 

カティンの事件は当時のポーランドの軍備や軍制度を理解しておくと良いと思う。貴族が将校となり馬に乗りサーベルを持ち正々堂々と特攻していくのが戦争と思っていたポーランド軍に対して、ドイツの農家で生まれた兵士が大砲を撃ち込み戦車で突っ込み、それまでとは全く違う戦争を見せた。そして東側では飢えた農民であるロシアの兵隊がずんぐりと武器を持ち攻め込んできた。

 

つまりポーランド軍は自分たちの倫理と論理が正しいと思い世界でもそれは共通だと思っていたのが、いざふたを開けたら全然話が違う、敵は貴族の倫理もなく鉄の塊で武装していた農民出身だったって事だ。戦闘において英雄は存在するし勇敢さも存在するが、戦争に関しては無知や無能や実務的でない人間が政治の中心にいれば絶対に勝ち目はない。

 

そうしてポーランドは滅びた。西半分をドイツに奪われ東半分をソ連に奪われ、捕虜は大量虐殺されてそれから数年は全土をドイツに支配され、戦後は東半分を奪ったソ連に支配され、結局は大国の政治軍事に振り回されて1990年にやっと実質的独立を得るまで臥薪嘗胆の日々を送る事になる。

 

歴史はいろんな事を語ってくれる。「カティン」は本当に重い映画であり、これを最後まで黙って見てたりょうまくんに感心する。14歳だぜ、ゲームの方が楽しいでしょ、途中で退屈するでしょって思うくらいだけど最後まで黙って見てた。重い映画だ、欧州の歴史に興味のない人や映画に娯楽を求める人には絶対勧めない作品「カティン」だ。


カティンは時間があればもう少し描きたいネタだ。国家とか社会とかがどう滅びるのか、どう再生できるのか、その意味でカティンには学べることがあると思う。



tom_eastwind at 13:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月17日

幸福な金曜日

今年もいろんな事があった。辛い事があった。うれしい事もあった。合計なんて出来ない、一つ一つに人生設計がかかっているのだから統計で計れるようなものではない。どっちかと言えば99件の成功した案件よりも結果的に失敗となった1件の案件の方がどうしても心に残る一年だった。

 

それでも一年は過ぎたし来年は後数日寝たら来る。年を越すって事に何の意味があるのか、結局毎日が戦いではないか、それでも人々は松飾を用意してテレビを見て越年する。地震も火事も正月だからと言って避けてくれるわけではない。

 

今日は実質的に会社の終了日、山水で貸切パーティを開いて皆に美味しいものを食べてもらい一年を終わる。


偉そうなことを言えないのに、なんかな、どう言えばいいいのかな、戦いは終わらないけどとりあえずこの期間は休戦ってことか(笑)?それでも男でいる限り戦うしかないもんな。。



tom_eastwind at 12:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年12月15日

慰安婦問題2

【ソウル澤田克己】韓国外交通商省の趙炳※(チョ・ビョンジェ、※は王へんに弟)報道官は15日の定例会見で、17日から訪日する李明博(イ・ミョンバク)大統領が野田佳彦首相との首脳会談で、従軍慰安婦問題を取り上げるという見通しを明らかにした。

 趙報道官は、元慰安婦への賠償問題に関する2国間協議の開催を韓国が日本に求めてから15日で3カ月になるが、日本から公式な返答がないと指摘。「(首脳会談で)この問題に対する適切な水準での協議があるだろう」と述べた。

 韓国では14日、ソウルの日本大使館前に支援団体が元慰安婦をモチーフにした少女像を設置した。日本は韓国政府に撤去するよう求めているが、趙報道官は「日本政府は撤去だけを要求するのではなく、被害者たちの望む名誉回復をしてあげる方法は本当にないのか真剣に省察してほしい」と語った。

 一方、首脳会談準備などのため訪韓した外務省の杉山晋輔アジア大洋州局長は15日、ソウルの日本大使館での記者会見で、元慰安婦への賠償問題は1965年の日韓国交正常化に伴う請求権協定で解決済みだという日本政府の立場について、「国際社会でも十分に理解を得られる」という考えを示した。

毎日新聞 20111215日 1931分(最終更新 1215日 2123分)

 

「日本政府は撤去だけを要求するのではなく、被害者たちの望む名誉回復をしてあげる方法は本当にないのか真剣に省察してほしい」

 

これが韓国政府の限界であれば池田氏の言うように韓国全体が今だ発展途上国だと言われても仕方ないだろう。個人的に素晴らしい人がいても政府はその国の一般的国民の程度をそのまま反映するわけで(その意味では日本もまさに同じ)やってもいない事を謝れとか言われてもどうしようもない。

 

2000年にわたる長い付き合いがあり肌の色も宗教観も大きくは変わらない隣国の友人と仲良くするのは当然だが、やってない事を謝れと言われてはいそうですかとは絶対に言えない。

 

南京虐殺事件と言うねつ造事件も同じ構造であり、要するに「たかれる」と思ったら事実がどうであれ何でもたかろうとするのは隣人と言えども認めることは出来ない。間違いはきちんと指摘すべきだ。

 

日本人の悪い癖は「同じて和せず」だから、何か言われたらとりあえずごめんと言っておこう、けど悪いとは思ってないからその後の賠償はしないよって発想だ。でもってこれは一般的に世界では通用しない。ごめんと言えば間違いを認めた事になりそれはそのまま賠償に繋がるのだ。

 

言わなくても分かるのは日本人同士だけの話であり隣国人と話をする時には相手と同じ理論で話をしなければ間違ったメッセージを伝えることになる。「言わなくても分かる」は何となく日本人の美徳と言う感じがするかもしれないが、では言葉を変えて「相手に間違ったメッセージを送る」では日本人はどう思うだろう?間違ったメッセージ?そりゃ駄目でしょ、そう思うのではないか?

 

間違ったメッセージとは無言でも同じ意味を持つ事がある。だから面倒くさくてもきちんといちいち訂正しておく必要がある。慰安婦問題などは朝日新聞やたかり連中が火のない場所で勝手に煙を焚いておいて「火のない所に煙は立たぬ」などいかにも分かったような理屈を持ってきて「何か悪い事をしたんだろう」と迫ってくるような連中のやってる「たかり」にしか過ぎない。一回カネを渡したら今度は「おかわり」を求めてくる。

 

このようなたかりを潰すのはまさに何の生産性も感じない無駄な作業であるが、それでもやっておかないと後で更に面倒になる。ごきぶりを駆除するのと同じだが、やらないと更に汚染が広がるのだから仕方ない。

 

本来ならこのような生産性のない作業ではなくもっと知的で生産性のある分野で競争をすべきなのだが隣国政府がこのような「反論」を持ってくること自体が発展途上国であることを如実に示しているわけで、本来なら韓国内でしっかりと議論をしてもらいたいものだがそれが出来ないなら仕方ない、日本からしっかりと反論をするしかないだろう。

 

慰安婦問題については両国の識者が歴史的認識を一致させた上で問題点を整理してもらえば、誰が日本軍に売春婦を送り込んでいたか、それは実はほとんど韓国人自身であり韓国人が自国の女性を売買していた女衒であったという歴史的事実を発見する事であろう。

 

実に無駄で生産性のない作業であるが、それを韓国が要求するなら徹底的に調査すれば良い。そうする事で一番恥をかくのは韓国人自身である。韓国人の友達には申し訳ないが、やってない事を謝るほどぼくはお人好しにはなれない。和して同ぜずの精神でいたい。



tom_eastwind at 10:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月14日

慰安婦というたかり、またはごめんなさいドーパミン現象について

★「慰安婦騒動と言う“たかり”」 池田信夫ブログより抜粋開始

ソウルの日本大使館前に「慰安婦」の像が置かれた問題は、韓国がいまだに精神的な途上国であることを思い知らせる。こういう行動が自分をおとしめていることに、韓国人はそろそろ気づいたほうがいい。当ブログでも何度も書いたように、「従軍慰安婦が日本軍に強制連行された」などという話は、何の証拠もないでっち上げであり、論じる価値もない。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/

★抜粋終了

 

池田氏の意見は傾聴に値する内容であるが言ってる事すべてが正解とは思わない。例えば原発ネタについてはぼくは彼と同じ視点に立っているが見えるものが全く違うので原発はなくすべきだと考えている。

 

彼は徹底的に原発の安全性とエネルギーの安定供を訴える。彼の意見の組み立ては納得できるが彼の意見は原発で働く人々が合理的に働くことが前提である。

 

しかし実際に現場で働いているのは日雇い労働者であり放射性物質を浴びて死んでも誰も困らない大阪の西成地区に住むような身寄りのない人々であるのが実態だ。これは数年前にも外国ジャーナリストのリポートでも発表されている。

 

そして彼らは時に原子炉の内部を洗い終わった後に工具を置き忘れるような「ポカ」としか言いようがない失敗や原子力発電所の仕組みを知っていれば全くあり得ないバケツの中で核物質を撹拌させる、つまり合理的でない行動を取る。システムがどれだけ合理的であっても実際に現場で働く作業員が合理的行動を取れないのだからどうしようもない。これは作業員を全員東電の正社員にしたところで同じだろう。外科医が手術をした患者の腹の中に手術器具を置き忘れるような事故だってあるのだ。

 

池田氏からすれば「そんな事言い出したら世の中なんだって危険だ、テロリストが空からサリン撒いたら同じような被害が出る」と言うだろう。ただ核については最悪のケースを予想してそれが一定の被害で抑え込みが可能かと言えば現時点では不可能と言う事だ。もし敦賀原発が吹っ飛べば名古屋から東京まで全滅する可能性もある。

 

このあたりが池田氏とぼくの理解の違いである。原発事故で一人も死んでいないという彼の主張はよく分かるが、同時に誰一人死なない程度でも今回のように福島原発付近では人が住めなくなるような事態を招くのが原発だ。これで本当にメルトダウンが起こったらその被害は今回程度では済まないという視点から原発問題を考えるべきである。

 

ゆっくりしっかり原発の問題を考えていれば東京がどれだけ浜岡原発による危険に曝されているか(いたか)、そして六ヶ所村の危険度は東京どころではなく東日本全部を人が住めない場所にするという問題は理解出来るはずだ。そして実際に今回起きた福島原発問題は、人間が制御できる限界をよく示していると思う。

 

原発がなければ電気代が高くて工場がやっていけない?ならば工場は海外に移転させればよい。それで仕事がなくなる?それでなくなるような仕事をぼくら日本人がすべきなのか?もう少し、せっかく世界の一等国で生活しているのだ、時間と場所に縛られる工場作業は発展途上国に任せて、ぼくらはもう少し付加価値の高い仕事をしようではないか。

 

そして能力も体力もある60~65歳で退職するリタイア世代を工場設備とセットでアジア各地に派遣して日本の技術の高さを世界に誇れば良いではないか。あえて何もかも日本国内で抱え込む必要があるのかと思う。

 

今日は原発ネタではないのでこの程度にしておくとして韓国の一部たかり連中がまたバカな事をやった。そして韓国政府はそれを「国民感情を考えて」止める事さえできないでいる。

 

慰安婦問題は原発と同じで、普段何もない時に戦争問題の勉強をせずに生活を送ってた人々がある日突然「たかりや」(朝日新聞とか一部左翼とかともいう)が吹いた笛で踊らされているだけのことだ。

 

当時の歴史的背景や軍隊組織を理解していれば元々あり得ないねつ造であるのは一目瞭然であるのだが、普段の生活で本を読んだり歴史を勉強してみたり日米の戦争や日中戦争を勉強などめんどくせーと放置していた人々からすれば目からうろこが落ちるような素晴らしい自虐物語であり自分がやってないのだからいくらでも無責任にお詫びが出来て自分が良い人になった気分になれる。こんな気持ちの良い事はないとたかりやの笛で踊って喜ぶのだ。

 

日本人で慰安婦問題で騒いでいるのはこのように最初の「掴み」で朝日新聞やたかり連中から間違った情報を入力されて、それでドーパミンが活性化されて「日本ダーメダメ!戦争ハンタイ!」と単純な思い込みで行動を起こしてしまい「何て自分は素敵なんだ、私は正しいことをしている〜!」とドーパミン行動を起こしたものだから今さら後に引けないという自己意見保存本能が働き慰安婦問題に対する違った意見を全く入力出来なくなった状態であると思う。

 

今からでも遅くないから蝶花世界の人々はこの問題を無視して意見撤回すべきだろうと個人的に思うのだが、南京事件と言い慰安婦問題と言い、本気で大東亜戦争を学んでいれば「あり得ない荒唐無稽の話」を外国人にねつ造されて日本人が振り回された挙句にカネを巻き上げられて、まさにお人好しの極みである。日本人がお人好しであるのは個人的には良い事であるが国家レベルでお人好しになり外国に振り回されるのでは外交的にやばし!である。

 

慰安婦事件では中曽根元首相が女衒だったみたいな話も出てくるが当時の軍隊のシステムを少しでも理解していれば「軍隊組織による強制連行」などあり得ない事だというのが分かる。てか戦争をするシステムの中に女性を強制連行する部隊など用意出来る余裕もないのは分かりきった事だが蝶花人(社民党には今もたくさんいますな)には下々の事など関わった事もないし理解しようとする気持ちもないのだろう。

 

人々を強制的に連れてきてそれを24時間逃げないように監視して彼らに食事を与えて時には風呂にも入れさせるという作業がどれほどのものか少しでも脳みそがあれば分かる事だ。そんなのは空想映画の観すぎにしか過ぎない。

 

実際には戦時においての慰安婦はすべて民間に委託されており日本人や朝鮮人などの民間人が商売として日本や当時の日本統治領であった朝鮮半島で貧しい家庭の若い女の子を彼らの親にカネを払って集めて自発的に軍隊の駐屯する場所の近くに売春宿を作りそこで兵隊はカネを払って慰安婦を買っていたのである。

 

慰安婦は明治初期の「からゆきさん」と全く同じ構図である。からゆきさんの事を知りたい人は「サンダカン八番娼館」と言う映画を観てみると良い。親が自分の子供を売ったのだ。売られた子供は女衒に連れられて売春宿に連れて行かれ、そこで逃げないように女衒の下っ端に監視されるが、監視するのは軍隊ではなく同じ朝鮮民族の同胞であった。そのような現実を無視してありもしない事をこじつける事だけはどうしても納得できない。お前らたかりやがカネが欲しけりゃもっと他のネタでやれやって気持ちだ。

 

もちろん戦時であるから時には兵隊が個人的に乱暴を働いたり小隊単位で村人に暴行を働くこともあっただろう。しかしそれはいつの時代の戦争でも起こった事実であり、それを言うなら韓国がベトナムで行った組織的強姦事件により今でもベトナムに多くの「韓国兵士の子供」がいるという事実はどうなのだ?

 

自分たちが1960年代から70年代に組織的に行った強姦事件は無視しておいてベトナムの女性には全く賠償金も払わずに放置しておいて、日本軍が組織的にやった事もないあり得ない事件をギャーギャーと騒ぐたかり連中の程度の低さは池田氏が指摘するように「韓国はまだ発展途上国である」と半分同意見である。後の半分は、韓国人皆がこのような人々ではない事をニュージーランド社会で韓国人と付き合って理解出来ているので「一部韓国人はまだ発展途上国の脳みそである」と言うのがぼくの意見だ。

 

慰安婦問題を語るならまずは五味川純平の「人間の条件」を一度でも読んでみたらどうだろう。六部作に分かれているがそのうちの第一部で当時の売春宿の実態を見事に説明している。「人間の条件」は日本軍の非人道的な在り方を事実を基にして描いているが、まさにその描き方によりいみじくも慰安所がどのようなものであったか理解出来るし軍隊が強制連行とかあり得なかったというのがよく分かる。

 

とにかく外国人に言われたから脊髄反射でドーパミン!ではなく、歴史的事実と言うのは自分でしっかり勉強して事実を理解すべきである。自分で学ぶこともなく自虐的ごめんなさいドーパミンだけで行動すれば結局バカを見るのは自分である。



tom_eastwind at 17:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月13日

常在戦場

元々はこのタイトルで別に書くことがあったのだが昨日のニュージーランドから見た欧州危機問題を書いたのでついでに中国ネタを書いておく。

 

あ、その前に一つ。うちの会社が払っているACC(労災保険)は0.22%です。旅行業として登録しておりかなり安い税率を適用されていると思いますよ、ただこの計算の根拠はよく分からん。時間のある時に会計士さんに聞いてみますね。

 

本題:

温州商人と言う言葉がある。中国の中でもビジネスに卓越しており常に最新のビジネスを作り出してきた商人達の住む温州に今異変が起きている。

 

ちょうど一年くらい前か香港市場から資金が流出しているという話が出回った。その資金がどこに行くのかと言うと温州である。温州商人がビジネスを拡大するにも中国内の銀行が資金引き締めになり借りられない。そこでノンバンクビジネスが発生した。毎月2〜10%の金利で資金を提供するのだが年利にすれば24%から120%!まさに武富士もびっくりするくらいの金利であるがそれでも温州商人からすれば借りたい。

 

香港側からしても株式市場で運用するよりも確実に稼げるからって温州に投資をして温州のビジネスパーソンはその資金を不動産投資や工場の設備拡大に使った。ところがそこからいよいよ米国の消費が落ち込み中国の工場で作った商品が米国で消費されなくなった。そして中国内の不動産の売れ残りが激増して温州商人が購入した不動産が値崩れで大損。

 

中国の幽霊マンションとは投資家が投資用に購入したアパートであり実際に住むわけではない。だからアパートが完成しても電気は消えており誰も住む人はいない、ひたすら投資用にぐるぐる回る駒のようなものである。

 

その駒も誰かが勝ってくれてるうちはよいがバブルの特徴である「ある日突然一人の投資家が“これって高過ぎない?”と考えた瞬間」にバブルが弾けてそれまでの価格が一気に下落してそれが連鎖して不動産価格の下落が始まる。

 

このような誰も買わない下落物件が去年から深川、広州などで広がっている。この現象は中国内では知られているが外国に情報が出ていくことはあまりない。時々経済雑誌で単発に情報が出ることはあるが、それが時系列で情報分析として語られることは少ない。

 

なので欧州よりも実は中国の方がやばいのではないかと言う話は中国系金融では広く知られている話だがその情報が西側世界にはあまり出回ってない。

 

簡単に言えば中国は米国と言う購買者がいて工場が成立して明日は不動産価格が上昇すると信じた人々が不動産を購入したが、今はその歯車がすべて反対に回り始めたという事である。

 

もちろん中南海ではすでに対策を検討中であろうが、この事実が欧州や米国の金融マフィアの狙い撃ち目標になった場合、かなりの危険度がある。何故なら欧州はすでに金融制度が発達しておりリスク対応も出来上がっているが(それでも十分ではないが)中国の場合は国民性としてそのようなリスク対応にお金を使う発想がないから、一旦狙い撃ちにされた場合は今までスキップして踊って飛び上がった瞬間に足元を蹴っ飛ばされたような効果がある。てか、吹っ飛ぶ。

 

西洋の連中とは言ってもカネは常にどこかに置いておく必要がある。個人資産の数千万円なら畳の下の隅っこに隠しておくことも出来るが、数千億円となるとそうはいかない。どこかの場所に何らかの形で保持しておく必要がある。

 

大きく分けて米国・欧州・アジア・日本と言うおカネの預け先がある。米国に置いてある資産の価値を守ろうとすればどうするか?アジアと欧州の金融危機を発生させればよいのだ。日本円?あれは特別で最後の逃げ場であるし彼らは政治的存在価値を主張しようとしないから放置でよい。

 

しかし中国はこれから台頭してくる。今彼らは足元で時限爆弾を抱えている。米国も米ドル刷り過ぎの爆弾を抱えている。ババ抜きが始まっている。欧州に押し付けた金融爆弾の行く先が中国になる可能性は十分にある。

 

欧州が新聞ネタになっているが、だからと言って中国が安全なわけではない。そしてこの二つの要素が解決された瞬間に米国の金融危機が発生する。本職でない限り今はとにかくリスクを最小限にするべき時期である。

 

少なくともここ半年は大きなことはリスクを取る投資はやらない方が良い。まずは来年3月まで欧州の動き、その前後に中国のバブル崩壊の危険、どれかが現実的に発生しない限り次の道は見えない。今は安全資産に逃げてどきどきしないクリスマスを迎えるべきだと思う。

 

そうは言ってもこの世に生きている限り常在戦場だ、逃げることは出来ない。知らないからと言って救われるほど世の中は甘くない。最低限の知識だけは常に身に付けて最低限の防御陣だけは作っておく必要があるのも事実だ。

 

今日のネタは推測でありちょっと答えが出しにくい話なので読んでさらに悩みを広めた人にはすみません、けど「努力している限り人は悩むに決まったものだ」と言う若きウェルテルの悩みがいくらかでも慰めになればと思います。



tom_eastwind at 20:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月12日

英国外交の珍しい失敗

ここ数週間、欧州危機についてお客様から「見通しはどうなのか?」と聞かれてます。ぼくは欧州に詳しくないし欧州でぼこぼこやってる当事者同士がまだ結論出してないのにニュージーランドに住む田舎者が何を分かるはずもなしという状態。

 

けれどニュージーランドにとって英国は宗主国であり欧州大陸から移住したドイツ系も多いし、今回の欧州大陸対英国と言う構図はキーウィにとってもかなり感情の入った話になっています。なので地元キーウィ金融界で一般的に話されている事を書いておきます。

 

「今回の欧州危機はドイツが、またはEUがお札を刷る事で問題解決を図る。どのような形でお札を刷るか、それはドイツの判断次第だがそれしか答えがない。英国がEUに追従するかどうかは英国の判断次第だがEUは経済統合に向けて進む。つまり欧州危機はいずれ収束する、来年の3月が目途だ」

 

これがキーウィ金融界の一般的見解である。この話を聞いたのが11月下旬。でもってどうなるかと見ていたら12月12日のブリュッセルでのEU首脳会談で英国のキャメロン首相がEU経済統合を拒否ってしまった。はは、どうやら今回はキャメロンさんの戦略ミスですな。

 

ここから先はあまり表では話されない内容であるからあくまでも伝聞推測憶測情報として聞いてもらいたい。↓

 

日本語版ではあまり触れられていないようだが英国が主張していた「英国の権益」とは要するにすべての金融取引に税金(トービン税と呼ばれている)をかけるのを止めろ、または英国の大事な権益である金融業界が損をしないようにと言う事だ。

 

英国は産業革命やってた頃は製造業が強かったが第二次世界大戦で疲弊して製造業が次々と国際競争に負けて1970年代には遂に欧州の傘に入るまでに落ちぶれた。ニュージーランドが自国通貨をポンド制度からドル制度に転換したのもその時期だ。

 

それが1985年の金融ビッグバン以降はすっかり金融産業にシフトして大成功、ロンドンのシティはニューヨークのウォール街と肩を並べてわが世の春を謳歌したわけである。リーマンショックで発生した金融恐慌でも結局金融業界で働く者の利益だけは守られて各国が蒙った痛手は各国民の税金で賄われた。

 

これに対してドイツは製造業が中心であり金融産業のやってるマネーゲームを苦々しく思っていた。しかし金融産業がどのようにお金を動かしてどのような戦略でEU加盟国であるギリシアなどを潰そうとしているかが掴みようがなかった。

 

そこですべての金融取引から税金を取る事でおカネの流れを掴むと同時にEUが自前の徴税権を持ちEUの独立性を強める事を考えた。お金の流れが掴めれば金融爆弾がいつどこに向けて発射されたかが分かるので金融危機の際の犯人がすぐに見つかるしEUは各国からの拠出金で賄われているから独立性が弱いが独自の予算を持つ事が出来れば各国に対してより強い発言権を得る事が出来る。

 

これに対してキャメロン首相は「英国の国益を守るための保護条項を導入しろ、そしたらEU条約改革にも賛成してやる」とやったのだが、北欧などが英国の意見に賛成すると思ってたらあっさり振られて英国一人ぼっちで反対と言う事になりEU加盟国からは「ばーか、いつまで大英帝国とかのぼせてんだよ〜終わってんだよ、お・ま・え〜」と笑われ自国に戻ると国会で「ばーか、なんで恥晒してんだよ〜」と批判の大合唱。

 

今回はキャメロン首相の作戦は英国にしては珍しく外交の失敗である。このような駆け引きは勿論キャメロンがすべて自分で仕切るわけではなく多くの場合は英国外務省から上がってきた報告を基に戦略を作る。キャメロンは元々がよいとこのぼっちゃんでありニュージーランドのジョン・キー首相のような叩き上げではない。だからおそらくは外務省から「ボス、どうやらドイツは妥協しますぜ」とか「北欧や東欧はこっちに付きそうですぜ」と言う話を聞き「おおそうか、良きに図らえ」みたいな状態で自分で情報を確認する事はなかったのかな。

 

今までの英国ならEU加盟国を内部から切り崩してそれぞれに喧嘩させて自国の味方を引き込む間接誘導外交で成功していたのだが、失敗の原因がドイツのメルケル首相の動きを読み間違った事と北欧の動きをしっかり押さえる事が出来なかった事であり、要するに情報収集ミスである。世界で最も強い諜報組織を持っていたんですがねーって感じだ。

 

今頃英国外務省はキャメロン首相から大目玉を食らって、下っ端の連中はクリスマスそっちのけで情報収集に走り回る事だろう。

 

しかし怖いのはこれからだ。英国はこの失敗で本気出してくるだろう。キャメロン首相はこれだけ人々の前で恥をかかされれば絶対に攻撃に移る。今度は自分で情報確認もするだろう。次の大波は来年3月だがそこまでユーロが続けばドイツの勝ちだしユーロ切り崩しに成功すれば英国の勝ちになる。

 

このような欧州の状況であるが、ニュージーランドの通貨供給量は恐竜で言えば大きな図体のしっぽの一番端っこみたいなものである。恐竜がくしゃみをすればしっぽが跳ね上がる。吹けば飛ぶようなニュージーランド通貨はまさに恐竜のしっぽなのだ。

 

だからニュージーランドのような小さな国家は常に北半球の大国がどのような動きをするか注視している。英国が勝とうが大陸が勝とうが自国への影響を最小限にする為に。同時にニュージーランド通貨を理解する時に豪州と提携している経済緊密化協定(CER)を理解しておくことは必要だ。この協定によって実質的にNZと豪州の経済は一体化している。豪州は資源国であると言っても通貨の供給量で言えば北半球とは比べ物にならない。

 

これからも欧州の動きは目を離せない。第一ラウンドでは英国の負けってのが世間の評価であるが第二ラウンドがどこでどう発生するのか。おそらく男どもは誰もが子供の前では見せられないけど、どきどきのクリスマスを迎えることになるのだろう。

 

当社の取引先も今週で終わり、クリスマス休暇に3週間〜4週間入りますって状態。当社も21日から3週間のお休みです。誰もが束の間の休戦だけど、年明けからの攻防戦、すごい事になりそうです。



tom_eastwind at 18:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月11日

坂の上の雲

NHKで第三部がやっと始まった。3年もじらすなって感じだ。僕には変な癖があって、映画やテレビで連載物が出た場合は連載が終わるまで見る事をしない。全部出終わってから見る。米国のテレビ連載番組、例えば「プリズンブレーク」は各シーズンが終了してDVDになってから見てた。

 

香港のテレビ番組は連載と言っても25回程度で月曜日から金曜日まで週5でやる。だから2カ月もする頃にはDVDになっているのですぐ見られて楽しかった。ところが日本は一つの番組が週に1回で半年続くから、何ととろくさいはなしだろうと思っていた。

 

ところがさらに大トロなのがNHK、なんと3年だと。だもんでぼくは坂の上の雲の最初の2年分をまだ観てない。会社の貸し出し用DVD棚にはあるのだが、性格的にまだ観る気がしない。随分よく出来た内容なのだろうと推測できるだけに悔しい。じらすな、とっととやれって思うのだが日本のテレビ業界の習慣なのだろうからNHKの受信料を払ってない僕がどうこう言う権利もないのでここで愚痴るだけにしておく。

 

ちなみにうちの会社ではDVD100本以上ある(数えた事はない)、また本も800冊近く本棚に置いてある(本の数は把握している、自分が読んだものを置いてるから)またDVDamazonや放送番組協会認定会社などからお金を払って正式に購入したものでありロケフリとかではないので著作権のご心配は不要です(笑)。

 

あ、ちなみに話は逸れますが、著作権の考え方は文化によって全く異なります。中国は著作権と言う概念がもともと存在しません、その方が良い文化が早く流行するという考えです。そして日本は著作権について何の疑問も持たず盲信的に「法律で決まってるんでしょ、だからどんなに無意味で無駄でバカらしい制度でも守るのが当然でしょ」と言ういつものお決まり、自分の頭で考えようとしない御花畑な人々によって手段が目的化した教条主義に陥ってます。

 

けど著作権とはもともと英国から発生した考え方で、それまでは本を印刷する会社が永遠の権利を独占していたのを、良い文化を早く世界に広めるためにとどんな著作でも50年経ったら独占権は消滅すると規定したのです。つまり片や無限永遠の既得権を有限にして法律で手放させるようにしたのが著作権です。ですのでミッキーマウスの権利が切れる寸前にすぐ著作権を延長するような手口は本来の著作権の精神に反しているわけです。

 

話を戻して、ぼくが司馬遼太郎を最初に読んだのは中学生の頃ではないかと言う記憶がある。同じ時期に山本周五郎も読んでた。てか、小学校5年の頃に太宰治に関する作文も書いてて今も手元にあるが「こいつの書いてる事は軟弱だ」みたいな事をガキが言ってるんだから1970年代と言うのはまったく日本のイケイケ最成長期だったのだろう。

 

坂の上の雲が描く明治の日本は、当時の僕らの心を駆り立ててくれた。世界に羽ばたく日本、そこには明治維新を断行して資源のない国が一生懸命頭を振り絞って成長する姿が描かれていた。

 

坂の上の雲は何度読み返しただろうな、最初はとにかく血沸き肉躍る日本の躍進物語として楽しんでいたのだがある程度社会経験が付いてから読んでみるとまた違う面が読めて、そのあたりからぼくにとっては司馬遼太郎対山本周五郎と言う比較が出来上がった。

 

常に馬上にあって霞が関から天下国家を語る司馬に対して、周五郎は馬から静かに下りて本所深川のどぶ臭い細い路地に分け入り、雨漏りするような安普請の長屋で語られる市井の人々の日々の生活の苦しみや現実を描き、それでもそれでも人間を肯定的に描き人間に期待をして本を書き続けた。好きな作品ばかりだが特に好きな作品は「裏の木戸は開いている」だ。

 

20歳代の頃は司馬遼太郎よりも周五郎に傾倒していた、左翼だったのだろう(笑)。30歳代の頃は、そんな事よりも世界だ、司馬遼太郎だ、日本を語るべきだと感じていた。その頃はすでにニュージーランドや香港で生活をしていたからだ。日本人は海外に出るとその半数は右翼になる(笑)。

 

今再度読み返すと、結局これって車の両輪なんだなって思うようになった。天下国家を語りその進むべき方向が市井に生きる人々の幸せにつながる、市井の人々は国家や人々を信用して社会に貢献する、そういう車の両輪なんだって気がする。

 

ところが現実は天下国家を語る人はおらず政治家や官僚は自己利益に走り市井の人々は他人を信用せず倫理のないビジネスを行い、今の日本は両輪ともぶっ壊れた車輪の下である、人々はヘッセヘッセと毎日苦しんでいる。こうなってしまえば車ごと入れ替えるしかない、がらがらぽん!ってやるしかない時期に来ている。

 

偶然だが周五郎には「長い坂」と言う作品がある。江戸時代ある武家屋敷街の細い道をいつも父親と一緒に歩いて魚釣りに行ってた男の子がいた。ある日その道が塞がれて「通るべからず」と札が書かれていた。父親は「そうだな、、通れないよな・・・」とつぶやいたところから物語が始まる。

 

これは子供が一生懸命学び働き立身出世をしていく物語なのだがその基調精神にあるのは既得権益による不道理を認めない、人々は皆平等であるべきだという考え方だ。人々の平等を確保する為に人々を支配する必要がある、これは世の中の矛盾であるがこれが現実でもある。それが車の両輪である。

 

この考え方、人々の平等を確保する為に人々を絶対的権力で支配する必要があるというのは英国にも存在する。同時に英国では「権力は腐る、絶対的権力は絶対的に腐る」と言う事をよく理解しているから支配する人間はその職務を金儲けの為ではなく「貴族の義務」として一定期間負い期間終了後は常に支配者が交代する事で「転がる石は苔むさず」とする事で政治の透明さと平等を確保した。その伝統は現在のニュージーランドに引き継がれている。

 

長くなったが本にはこのような効能がある。本を読むことで歴史を学び政治を理解しそれで自分の知見を膨らますことが出来る。

 

だからそこの奥さん、テレビばかり見て本の購入禁止なんて言わないで下さいよ(笑)。ところで今は青空文庫と言う無料で読書を楽しめるサイトがある。有志が集まり著作権の終了した小説を中心にうpしている。辻井喬も夏目漱石もある。金がなけりゃウェブがあるさ。幸せな時代に生まれた事を感謝しよう。



tom_eastwind at 13:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2011年12月10日

万引きの指

毎年12月になると当社オフィスの道路を挟んだ隣のビルに高さ10m以上(目測)のサンタクロースの像が立つ。ここ数年は横にトナカイやクリスマスプレゼント箱を飾ったりして、何とか彼らなりに飾りつけを頑張っている。


このころになるとサンタパレードと言う行列も出て来て日曜日のクイーンストリートを人で埋めるほどになるのだが、ニュージーランドの子供たちはこれが楽しくて仕方ないようで午後からのパレードなのに朝から道路に茣蓙を敷いて場所確保している。日本の花見感覚かな。


パレードはオフィスの真下を通るので7階のオフィスの窓からよく見える。そう、キーウィには年に一度の大事なお祭りなんですよ。


ところで昔はこの大サンタクロース人形の右手の人差し指が前後にリモコンで動いてて「ありゃどう見ても万引きの仕草だわな」と思ってたら5年ほど前かな(遠い記憶)、新しいサンタに作り替えた時に指が内側に曲がって動く動作かなくなってた。


多分日本に出張したキーウィビジネスマンが自慢そうに「どうだこの指、リモコンで動いてるんだぞ〜」と言って、それを見た日本人ビジネスマンがすまなさそうに「これ、日本じゃ万引きって意味ですぜ、作り直すならいろんな国の人の意見聞いてみたら」と言われたのかもしれない。


キーウィ文化的には何か良い意味のある仕草なのだろうが世界から見れば「違うくない?」と言われれば一応考えたりするのだろう。もちろん大事な文化にはすべて歴史的背景があるわけで、アンザックデイが負け戦だったとしてアンザックデイは国民の祝日である。勝った負けたではなくキーウィらしく勇敢に戦った事に意味があるのだから祝うとなる。それは正しい。


どこの国でもそうだがその国民が無意識に取っている行動には必ず背景となる歴史的、文化的原因が存在する。


そう言えば最近隣のオフィスに新しくガタイの良い人のよさそうな白人キーウィが出入りするようになったのだが(隣はファイナンス系の会社)、その頃から男性トイレの入り口の電気が切られるようになった。トイレはこじんまりしており個室x2に男子用お立ち台、手水が2台である。ちっちゃいし頻繁に利用するしどうせ夕方になればお掃除さんがやって来て電気を切る。だから今までは特に気にもせず付けっぱなしにしていたのだが、こうやって節電するキーウィが男子チームに入ってくると、おお、そうか、小まめの節電もありだなと思って最近はぼくも電気を切るようになった。


ニュージーランドでも田舎に行けば今でも自家発電だったりするから子供の頃から田舎に住んでたキーウィは小まめの節電が習慣になっているのだろう。


同じ習慣でも時々日本人ワーキングホリデイメーカー(ワーホリ)がキーウィとフラットシェアをすると、彼らの生活態度に文句をいうものもある。


何を言ってるのかと言うと、

まず「トイレに入った後に水を流さない〜、何て不潔なの〜!」

次に「シャワーの利用時間が5分だけしか使っちゃいけないなんてあり得ない!」

とか「隣の部屋の人、何日もシャワーしていない、汚い!居間のソファに座るな!」

とか。


けどトイレ、電気、シャワー、これはどれもキーウィ生活では彼らなりに普通の習慣である。日本人からすれば節電は分かるがトイレとシャワーが意味不明、きっちゃなーい!となるがこれは先ほどの電気と同じ理屈で、ニュージーランドの田舎では今も水は雨水に頼っている家庭があるのだ。


だから節水に心がけており一回程度のおしっこなら流さない。もしかしておっきいほうも・・。シャワーなど5分以上もお湯を使うなんてあり得ん!NZの住宅は日本のようなガスでポンと沸かす方法ではなく、160cmくらいの大きなドラム缶みたいなものに水を入れてそこに電熱バーを突っ込んで沸かす方法なので日本式に使っているとすぐにお湯がなくなる。


てかドラム缶のサイズはベッドルームと比例しておりシャワーしか使わない事を前提としているから日本人が普通にお風呂にお湯を張ったら二人目がシャワーする時は水、、なんて事もよくある。


だから田舎で生まれ育ったキーウィは子供の頃から節水や節湯を心がけており、郷に入らずンば郷に従えって事でローカルルールをフラットルールに導入している。


これは日本人が日本の自宅にいる時に訪れて来たキーウィに「靴脱げ!」と言うのと同じことだ。靴がそれほど汚れてなくてもやはり日本人としては「土足で上がられること」は科学的にどこまで汚染が許されるかではなく習慣の一部なのだ。


世界が小さくなっていく中で人は思いもよらない人種の思いもよらない習慣とぶつかることがある。そんな時、予め理解していれば説明も出来るし怒る事もない。時には相手の習慣が今の時代に合理的であれば自分の習慣を変化させて万引きの指を止めても良いと思う。要するにフレキシブルになる事だ、プラスの変化なら受け入れる事、プラスかどうか分からなければまず相手の習慣の背景を理解して納得出来れば実行してみる事も良い。それでなくてもこだわる事は世の中に多いのだ、


すべての習慣や考え方を一つにするなんてあり得ないし、だったらお互いに話をして大事なこだわりでなければいっぺんくらい相手のいう事を実行してみたら新しい世界が広がるかもしれない。もちろんトイレとお風呂と土足厳禁は日本人の譲れないこだわりだが、それ以外なら話し合う事で譲れる部分がたくさんあると思うしそれがお互いの文化を理解することに繋がり文化的衝突を避ける大事な要因でもあると思う。


ちなみにうちの自宅では日本、中国、NZの文化が3つがっぷりと組み合っているから食後のお皿を洗わない事が気にならない奥さんに対して食後にすぐ綺麗にしないと気がすまないぼくのぶつかり合いがある。大体負けてるので皿洗いはぼくの役目となっている(笑)。



tom_eastwind at 12:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月09日

読書の効能

本文に入る前に「大阪の生活保護」ネタの内容に訂正があります:私が書いた下記部分↓

>一般的な怪我や病気については政府が作ったACCという保険会社がカバーしてくれるのだが、これは賭け金不要である。

 

上記の表現は正確に言えば間違いです。ACCがカバーをするのは怪我のみで病気の場合はDHBと呼ばれる政府組織が直接病院に支払いをします。でもって病気の種類によっては支払いをされないので個人負担になるケースもあります。私立病院に行けば診療費、薬代など、基本的にすべて有料です。

 

ACCの掛け金不要と言うのも正確には年に一回企業に請求書が来てその年に会社が支払った総人件費に一定の率を掛けたものが請求額となります。ちなみに当社は旅行業として登録しているのでACCからの請求率は0.22%前後です。

 

けどこのネタの種子(冗談です、笑ってください)は、働いてなくても払ってなくても受け取れる社会保障が存在するって点で、もちろん仕事をしてなければACCを払う事もないし病気や怪我をして公立病院に行った時に「あなた、おカネ払ってないから治療しません」と言うことはない。失業保険や生活保護手当がネタだった為にNZの制度については適当に端折って書いたので間違ってしまいました、すみません。ただ「賭け金」はわざとです、ある意味正しいかも(笑)と思ったからです。

 

これからも読んで頂いてる方が「これ?違うくない?」とか「これ、ほんと?」と言う疑問点があればコメントください。僕がブログを書くときは仕事の合間のちょっとした時間を利用して自分の頭の中にあるイメージをそのまま文字にするので事象を一面からしか見てない事が多いです。

 

もちろん意見表明の論旨は明確にしていますのでそれがポイントで「それ、違うし!」と言うご意見であれば必要であれば再度論旨を明確にしますし僕の情報不足であればお詫びして訂正もします。ただ僕からすれば「それ、ポイントじゃないよね?だから適当な記憶で書くぜはしょるぜ」と思う点でも、その情報をとても大事にして全面的に細部まで信じられる事があると後でまずい事になります。なのでこのブログで書くことはあくまでもぼくの個人的意見表明であり詳細はそのサポートデータだとご理解頂き健全に疑ってかかってコメントください。個別に頂いたコメントについてはきちっとした答えをお返しします。

 

では本文★抜粋開始

千田氏の本は一見すると成功哲学っぽいイメージがするが、読書家としての意見は参考になることが多い。 例えば、

 「残業より読書をした方が給料は増える」

 「本を借りて読む人は、自分も一生使われて終わる」

 「本にかけたお金とその人の年収は比例する」

 「本の買い過ぎで貧乏になった人はいない」

 「読書をしないと外見が劣化する」

 なるほどな…と思う。給料と年収は読む本にもよると思うが、身銭を切って読書しないといけないというのは、なんとなく実感として解るような気がする。

★抜粋終了

このブログには「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ」と書かれているが、まさにその通りだと思う。本を読む人は自分が置かれている状態を同じような過去の状態と比較してどうすべきかを判断出来る。それに比べて愚者は自分が置かれている立場が理解出来ず判断も出来ないから原始時代から残った動物的恐怖本能、すなわち「食われるのではないか?」と思い込みその場の感情論で突っ走りまっしぐらに失敗に向けて飛び込み、大けがをして学ぶ。大けがなら良いがそのまま人生が終わってしまうかもしれない。

 

日本人が海外に行けばいろんな経験をするわけだがその度に「なんでこうなるの!?」と怒るだけでなくその背景にあるものが理解出来ればそれまでの怒りがすっと納まって相手に対する親密感が出てくる。

 

何故こうなるのかを考える時に、それまでに読んだ本を辿っていくと結構正しい答えにたどり着く。戦前の帝大生は哲学や歴史の本をよく読んだと聞いている。試験に受かるための直接の点数には繋がらないが卒業後官僚として政治を動かすときに答えのない世界で答えを探すしかない、そんな時に哲学や歴史が非常に役立つ。

 

教養とは哲学や歴史から学ぶものであり、その意味で今の東大はどれだけ哲学や歴史を勉強しているのだろうか。時々意味不明で国民を苦しめるだけの政策を見ると本当に疑問に思う。またどれほどの高級官僚が本当に日本の行く末を憂えているのだろうか?聞いた話によると高級官僚を狙う若者の中には引退後の天下りまで考えて東大法学部を受けるという強者がいるという。大したものだ、その能力を国家天下の為に生かしてくれればいいのにな・・・。

 

知識とは現在発生している事象に対して学ぶもの、東大生には得意な世界であろう。だから彼らは議論には強い。とくに自分が得意としている分野で答えが明確であればひたすら論理的に強い。しかし中卒の米国海兵隊のような臨戦にあたって突発的に⇒か←かを判断する能力がないから「どっちでもいいから逃げろ、おめえ死ぬぞ!」と言われるとびびってすくんでしまう。だって答えがどちらか分からないからだ。

 

大事なのはこれから世界で起こるであろう事に対してどう準備をするかって事。世界がどう変わるかを今の時代を歴史の軸に一度引き戻して、今の時代はいつの時代と同じ動きをしているのかを調べ出して、その時代の勝者が誰だったのかを読み取り、その人間と同じ行動をすれば生き残れるのだ。そしてその上で自分が何をしたいのかを決めれば答えは簡単である。読書をすることも大きな意味での【リスクマネジメント】といえますね。何歳からでも遅くない、本を読みましょうぜ。



tom_eastwind at 12:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月08日

深刻化する日本の刑務所の老人ホーム化問題。

東京FMで表題の特集が組まれたとの事。

★記事抜粋開始

獄中生活、5ヶ月になる堀江貴文受刑者も収監先の長野刑務所では「介護衛生係」に配属され、高齢受刑者の入浴の世話やオムツ交換の面倒までみているのだそうです。現在、日本の犯罪者に高齢者が急増しておりその数は、ここ10年間で2倍に。高齢者が犯罪を犯す→出所する→刑務所の居心地が良いからまた犯罪に手を染めて戻ってくる…という悪夢の連鎖をどう止めたらいいのか考察します。

★記事抜粋終了

 

早速このような日本人らしい手作り感のある対比表が出て来た。

 

6 (西日本) 2011/12/05() 17:29:17.02 ID:MMYXeBZh0

 

条件   刑務所>社畜

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労働時間 8時間厳守>10時間以上

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通勤手段 徒歩数分>満員電車1時間

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朝食   食う>食えない日がある

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昼食   食う>食えない日がある

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夕食   食う>食えない日がある

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夕食後  テレビや読書など自由>仕事

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残業   全くない>ない日がない

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残業代  残業がないから無い>残業があってもほとんど無い

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休憩   午前午後それぞれ15分>上司次第

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土日祝  確実に休み>働くこともある

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年数   刑罰に応じる>自動的に40

 

ワロタ!

 

ニュージーランドは犯罪に対して非常に甘い国である。とくに置き引きや万引きは殆ど犯罪と言う認識が犯人にはない、ゲーム感覚の延長であるし警察や裁判所でも同様の感覚である。

 

例えば100円ショップで万引きして店から飛び出していった少年をお店の人が捕まえて押さえこんで怪我させたらお店の人が傷害罪で逮捕される可能性がある。

 

駐車中の車から座席に放置していた大型カメラが盗られるなら分かるが、置いてたのはセーター一枚なのに犯罪少年は自分が持ってなくてそこにあるから勝手に使う。原始共産主義とでも言うか、私有と言う観念を持たずにすべてのものが共有であるという認識だ。これは多くの場合彼らの親もそうやって生きて来たからであり何も少年が自分で独創的に考え付いたわけではない。

 

しかし刑務所が老人ホームであるという発想は全くない。ニュージーランドの老人は老齢年金を受け取り夫婦で楽しい老後を過ごしている。例え相方を亡くしてもリタイアメントビレッジと呼ばれる老人村で同じような年齢の人たちと毎日楽しく過ごす。

 

世界の先進国のどこに「刑務所が老人ホームで安心して飯が食えて孤独死する事もない場所」なんてあるだろうか。

 

犯罪者の人権を大切にして刑務所生活を豊かに過ごせるようにする反面、社会は常に犯罪を取り締まるように警察に要求する。けれど犯罪そのものを無くすための社会保障の充実と言うことにはならない。人権派弁護士と目先だけの安心社会を求めるPTA系と税金を取るのは好きだが国民に再配分するのは嫌いな官僚と、それぞれの思惑が一致した結果が今の刑務所の実態なのかもしれない。

 

けど個人的には、それで3食が保障されて孤独死もなく老後を過ごすことが出来るなら、それも緊急避難としてありかなと思う。記事の中で一番面白い書き込みは「(犯罪を)やるんなら偽札偽造だよ、コンビニ強盗くらいじゃ確実に刑務所に入れる保障はない、偽札ならもしばれなければ儲けるしばれたら確実に刑務所だし誰も怪我しないもんね」だった。ははは。



tom_eastwind at 22:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月07日

ブリック&モルタルがクリックになった時

海外には日本人向け無料雑誌や週刊誌、月刊誌がある。日本人が1万人くらい住む町では日本語で無料情報を提供しつつ日本人市場向けに広告を出したい会社から有料広告を取る事でビジネスを成立させていた。

 

オークランドには現在3誌が紙媒体として存在しているがすべて月刊ベースだ。当社も学生やワーキングホリデイメーカー(ワーホリ)向け無料情報センターとして運営していた頃の2004年までは無料月刊情報誌を発行していた。当時はニュージーランドも年間4万人のワーホリがやってきて当社情報センターを訪問して、あまりの人数の多さにビル管理事務所から苦情が来たほどだ。

 

けれど変化は2003年頃からすでに表れていた。紙媒体を使ったビジネスモデルがインターネットに徐々にシフトを始め、日本から自分の携帯電話を持ってこれるようになりインターネットを使った無料学校紹介も広がり学生向け両替に日本の銀行も本格的に乗り出してきた。

 

何よりもビジネスモデル自体がブリック&モルタルからクリック&モルタルに変化をしていった。そこで当社は2004年に紙媒体を廃止してウェブサイトによる情報提供に大きく舵を切った。当時は紙媒体を発行している会社が紙媒体を廃止するという事は周囲から見ればコアビジネスに失敗したとみなされて「ネットなんて〜ばっかじゃない、要するに撤退でしょ〜」と笑いものになったものだ。

 

それから4年ほどして当社でニュージーランド発の商品を世界の日本人市場で販売する事を考えた時に世界中で紙媒体を発行している日系企業と連絡を取り、紙面を使ってアフィリエイト記事広告を載せる事を提案した事がある。

 

何でそんな事を思いついたかと言うと2008年の時点ですでに紙媒体はどこも広告主を集める事に限界が出て来て経費節減の為にページ数を削減したり広告の安売りに走っていたからだ。

 

アフィリエートであれば世界中の商品をお互いに紹介しあって広告主の減少があっても自社で商品を販売出来るのでかなり自由度の高い経営が出来るのではないかと考えたからだ。

 

けれどこの提案は結果的には全滅、どこの会社も乗らなかった。「そんな事しても売れないよ」とか「うちは広告を集めることが仕事で自分で広告を作る部門なんてないし」とか、海外で生きているとは思えないほどの保守的な意見が出て、ぼくが「そんな事言ったって変わるしかないでしょ、うちは紙媒体に未来がないから残存者利益を狙うよりもネットに切り替えた、しかしあなたたちは紙媒体で行くというならそれなりにビジネスモデルを変化させる必要があるでしょ、待ちの営業では未来はないでしょう」と訴えたのだが、だ〜め、でした。

 

何でこんな昔話を持ち出したかと言うと、今日ある会社から手紙が来て、それまでの週刊発行を隔週発行、つまり毎週発行していた新聞を2週間に1回にするとの事。その手紙を読みながら思った、何で日本人は時代に合わせてビジネスモデルを変更させることが苦手なのだろうかと2004年の頃を思い出したからだ。結果的に誰が生き残っているのか?

 

今の時代がどれだけネットが発達しても情報伝達手段として紙媒体が完全に消えることはない。けれど紙媒体の必要性が激減することは間違いない。ましてこれからスマートフォンやIpadの時代になればますます古い情報しか載らない「新聞」の価値は低下してネット広告にシフトしていくのは目に見えている。

 

見えていても自分が最後の一紙になれば残存者利益は取れる。しかしそのようなチキンレースで他社が潰れるのを待つようなビジネスモデルが果たして健全と言えるだろうか?チキンレースをやる限りスタッフの給与を上げることは出来ないしサービス残業が発生するし休みもなかなか取れなくなる。

 

それでも海外で新聞に携わる喜びは海外生活を始めたばかりの日本人にはうれしいだろう。だから働く人を探すのに困る事はないだろう。しかし労働条件が向上しない限りその国ではいつまで経っても「中の下」から抜け出すことは出来ない。

 

チキンレースをやる中で潰れていく新聞会社のスタッフは最悪日本に帰るという選択肢があるから日本で毎日や産経が潰れると言った大きな問題になる事はない。しかしどこの国でも日本人がいつまで経っても中の上に行くことは出来ない。

 

結局は個々の経営者の判断であるが、ぼくは日本人が外国の地域社会である程度以上の生活が出来るようにしっかりとした雇用体系や給与体系、休暇などを確保するのが経営者の責任であると考えている。ぎりぎりの給料と労働条件でこき使う事はどうなのだろうかと考えている。それは経営者にとっては労働者の生活など関係なく、稼ぎの範囲内でしか給料は払えませんと言う考え方もあるだろう。

 

けれど経営者が時代に合わせてビジネスモデルを常に変化させることをしなければ時代に取り残されるだけではない、その会社で働く人々の生活にまで影響が出るのである。そういう事を考えれば目先の恥など大した事ではない。ビジネスモデルの変更は経営者にしか出来ない。その意味で経営判断は非常に重いのである。

 

日本の紙媒体も大変な苦労のようである。毎日と産経、どっちが先に逝くか?と言うネタで笑えないような笑い話がある。ある日産経の記者が仲間に言った、「潰れるならうちが先じゃないとやばいよね、毎日が潰れたら記者は朝日と読売に職を得ることが出来るだろうがその後の産経記者まで受け入れる余裕はない。だからうちが先に逝ってくれれば朝日か読売に転職できるからね」

 

時代は常に変化している。中島みゆきの「世情」と言う歌を知っている人も多いだろう。知らない人はぜひとも一度youtubeで聴いてもらいたいものだ、いつの時代も変化する事だけが生き残る道だということが感じられる。変化しないものは退場するしかないのだから。



tom_eastwind at 21:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月06日

世界汚職ランキング

★抜粋開始

[ベルリン 1日 ロイター] 汚職・腐敗防止のために活動する国際非政府組織(NGO)、トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が1日発表した2011年の世界汚職認識指数(CPI)で、北朝鮮が最低のランクとなった。

同指数は、183カ国・地域を対象に、汚職・腐敗についての独立調査に基づいて10(非常に清潔)から0(非常に腐敗)のスコアでランク付けしている。北朝鮮は今年初めて対象国となったが、スコアは1.0でソマリアとともに最下位だった。

 

TIのマネジングディレクター、Cobus de Swardt氏は、ロイターの取材に「北朝鮮には抑制と均衡がない。公への説明責任はなく、司法は完全な政治的支配。その上、市民社会というものも存在しない」と指摘。深刻な汚職・腐敗で食糧の流通が損なわれている点が最も懸念される部分だと述べた。国連児童基金(ユニセフ)は北朝鮮に「栄養危機」が来ると警告している。

 

日本は8.0でドイツと並び14位。最も清潔とされた国はニュージーランド(9.5)で2006年以降6年連続でトップとなった。2位はデンマークとフィンランド(9.4)。アジア地域ではシンガポール(9.2)が5位で最高だった。

★抜粋終了

 

「世界汚職ランキング最下位は北朝鮮」は日本語として少し不明瞭ではないか、汚職ランキングを賞金ランキングと置き換えたら意味が分かるが、汚職ランキングで最下位だと読み方によっては北朝鮮が一番汚職が少ないという意味にも取れる。ならば清潔度指数とか清潔度ランキングとすれば意味明瞭になるかと思うのだが。

 

ところで日本の8.0はオリンパスのような民間会社や日本政府のような公的機関が公共への説明をせずに司法が完全に政治的支配されてて罪を罪として認識せず、その上、法の支配による市民社会が存在しない、あるのは空気が支配する村社会だけであるから西洋における汚職に当たるものだがないだけだ(笑)

 

オリンパスは東洋的な基準で考えれば何となくOKなんじゃないかって気がする。ニュージーランドでこれやったら確実OUTだけど日本なら先輩のミスをかばって何とか最後まで処理をした、ある意味よく頑張ったね的な部分も正直あるのではないだろうか。

 

全体のスキームとして現在までの情報であれば、これで上場廃止なら「そりゃないよ、会社の為にやったのに〜、けどまあうちの会社の時じゃなくて良かった」と胸をなでおろす多くの東証一部上場企業幹部の顔が目に浮かぶ。

 

閑話休題、ニュージーランドが世界で最も清潔と言うのは実際のビジネスを毎日しててよく感じる事だ。多くの在NZ日本人はキーウィは失敗ばかりして手が遅くてと文句を言うしそれは事実だが(笑)、決して何か悪い事を考えているわけではない。

 

スーパーのレジで釣銭を間違う事はよくあるが、そのような時に日本人は「まあ、何て事!私の釣銭をくすねたわこの店!」と怒り出すが、それはあなたがレジに立った時に釣銭をくすねようと考えているからだ。

 

この国で釣銭を間違って渡すのは単純に算数が弱いし注意散漫だからである。悪気はないのだ。悪気のある国から来るから悪気で考えて、人間性悪説で判断してしまう。けどこの国は人間性善説で出来ているから同じ状況でも正反対から見てて全く違う結論になるというだけだ。

 

何で世界で最も汚職が少ないかと言うのには当然原因がある。それはこの国の1840年代の初期移民の歴史にまで遡る。当時この国に集団で移住してきた人々は厳格なクリスチャンであり英国のあちこちの地域ごとに移住してきたから(移住するだけの資金があったから)地域の文化や道徳規範をそのまま持ち込んできた。そして彼らの一番の特徴は当時の英国で高い知識や道徳観を持っていたという事だ。

 

手に汗をかく労働を大事にして神との契約で嘘はつかず、家族を大切にして週末は働かず酒は日曜日は買わない(実際にNZではつい数年前まで日曜にお酒を売る事は禁止されていた)人々だった。

 

そういう人々を取りまとめて国家を率いたのがジョージ・グレイ第三代総督であり彼の理想とした労働者天国国家論が基礎になり、その後も優秀な首相を輩出しながら次第に法整備を人間性善説で行い、1900年代初頭には当時の世界で最も進歩した社会主義国家として女性の参政権、労働法、不在土地所有法(地主が小作人に土地を貸して金儲けをすることを実質的に禁止する法律)、老齢年金法など、現在の世界が適用している考え方を法制度として構築していた。

 

このように「真面目で教養と道徳があり労働者を大切にする人々」が「優秀な政治家による国家作り」を行い早い時期に法制度を整備して「人々が嘘をつかなくても生きていける世の中」にしたのがニュージーランドだ。

 

別にこの国を手放しでほめるわけではない。良い面があれば悪い面もある。ただ両方を合計すれば「北半球の人々に比べて年収は少ない」けど「無理して汚職をしなくても清廉潔白に生きた方が幸せになれる社会」と言う良い面の方が少しは多いと思う。

 

今回のオリンパスは日本だからこそ起こった事件でありニュージーランであれば損失が発生したらすぐに損切りして社長は特に責任を取る事もなく「ごめん!」で終わりである。犯罪にもならないし社長の解任にもつながらない。

 

何故ならこのような投資は事前に取締役全員でOKするという企業コンプライアンスがあるから「皆で失敗したので皆無責任」となり誰も責任を取らない、なおかつ頑張った結果の失敗は許すという社会システムが出来上がっているからだ。ある意味日本に近いがもっと現実的で法律がきちんと稼働している点が違う。

 

このあたり実際にニュージーランドでビジネスをしてみないと理解しづらいと思うが、ビジネスを狡猾に進める事はあっても汚職と言う手段に訴えることはしない。お金を出す方も受け取る方も恥ずかしいからだ。収賄者と贈賄者がお互いに顔を見合わせて「やっぱり、これ、やめようぜ・・・」と言う環境があるのだ。

 

このような背景はこの国に住むだけでは理解出来ない。やはり毎日のビジネスをちゃんちゃんばらばらとやりながら、その中でお互いに「これ以上やっちゃいけない」と言う空気、暗黙の了解を理解する必要がある。

 

てか、これもある意味日本と同じで唯一違うのはNZは法による事前合意の支配があるからルールさえ守っていれば何をやっても後で文句を言われることはないが、日本は村長や空気による気まぐれな支配があるからルールを守っても後でぐさっとやられるという点だ。

 

だからこそ裏ワザ、根回しが必要になり「おれ、今からこうするけどいいよな?」と空気を確認する。目に見えない空気はその場の感情に流されるから理論的思考を「冷たい」として受け入れず判官贔屓と言う流れを作る。会議の場で正論を理論的に語りその場ではOKなようでいて会議終了後に足を引っ張られるなんてのは今回のウッドフォード氏を見ればよく分かる。

 

何にせよビジネス的に清廉であるという事は間違いないがそれが日本的ビジネスと相性が良いかと言うと決して手放しで「はい、そうです!」とは言えないし現実にニュージーランドで日本人とキーウィが裁判をして日本人が契約の不備をつかれて裁判で負けた例もある。清廉であるという事と契約よりも付き合いを優先するという発想はないのでこのあたり十分注意して調査結果を理解してもらいたいと思う。



tom_eastwind at 16:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月05日

いよいよ音声認識♪

普段誰かのブログで紹介されているAPPを一発で購入する事など殆どない。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51755129.html

 

本は成毛ブログで一発購入するがそれは書いた人の実力が分かっているし本だったらぼくも理解出来るのだが、APPはどこに落とし穴があるか分からないからまず買わない。

 

1年ほど前かな、キャセイ航空の機内販売で「革命的携帯電話充電器」てのがあった。バッテリーを接続しなくても20cm程度の鉄製の敷物の上に乗せればどこに置いても充電出来るてんだからすごい。バッテリー充電器が不要だし差し込まなくても良いのだからこんな楽はない!

 

喜び勇んで機内で購入して自宅に持って帰って箱から出して早速奥さんに組み立てて?もらったところ、、、、動かない。敷物そのものに電源コードが必要で、それは別売りだったのだ・・・。

 

そんな苦い経験から電気音痴のぼくとしては何をするにしても家庭内であればまずは奥さんに見てもらい社内で使うものであればメディアスタッフ(電気が通ってればパソコンからファックスから何でも担当する部署です;笑+)に聞いてる。

 

彼らメディアスタッフはとても我慢強く、20数名の社員の殆どが日本人女性なのだが彼らがいつも「きゃー、パソコンが動かない、助けて〜」と言うと駆けつけてきてくれて抜けてた電源を文句も言わずにもう一度差してくれる優しい人々なのだ。

 

ところがDanKogaiの紹介で書かれてたアプリ、どうやら思いっきり簡単なようである。1ダウンロードで1ドル25セント。・・・んん、、、考えた。けどDanKogaiが「簡単だ」と言うのなら落とし穴なしの簡単なアプリなのだろう、そう思って清水の舞台を飛び降りる気持ちでリンク先をクリック。

 

さあ買うぞ、ボタンはどこだ??探しているとぼくのレッツノートが「ばか、Itune立ち上げんかい!」と罵ってきた。ちぇ、知ってますよ、忘れただけですよ、一人でぶつぶつ言いながらItuneを立ち上げてその後にリンク先をクリック。

 

左上に出て来た「Buy?」ボタンをどきどきしながらオス。日本円だと85円だけどぼくはニュージーランドのクレジットカードで買うのでNZドル決済、、だったっけな、1ドル25セントと言う表示が出て来た。米ドルじゃないのか?まあいいや、とにかくボタンをぽちっとオスと、後は電脳が勝手にどんどん進めて行って(お前あっち行ってろ状態)、ものの10秒くらいでダウンロード終了。

 

はっやいな〜、でもってIphone4をケーブルで繋いでさらにデータ共有させるとこれも10秒程度で「音声認識メール」のAPPが表示される。そして自動的に機械がぼくに「アー言えこー言え」と文字表示をするので、ばかみたいな顔しながら電話に向かって話しかける。すると、、、おおおお!見る見るうちに文字になるではないか〜!

 

あり得ん!すごい!なんじゃこりゃ!

「明日は焼きそばとラーメンを食べます」

「毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれます」

・・・全問正解。

 

うお〜、すご。まだカタカナ英語は苦手のようだが日本語と認識されているカタカナ英語はOkのようだ。

「今日は東京でレクチャーがあります」

「明日は福岡でセミナーがあります」

いけるじゃん。

 

今晩は楽しく過ごせそうです(笑)。奥さんがIphoneSを買う予定なのでSIRIの機能と比較するのも楽しそう、

 

それにしても人の夢って実現するんだよね。望めば叶う、です。じゃあ望まない場合は?叶うわけないし実現するわけないしいつまで経っても他人の成功を眺めながら自分が出来ない事の言い訳ばかり考える、そして最後はこのアプリに対して「おれって滑舌悪いのかなorz」くらいならまだしも「標準語でビジネスしか対応ないじゃん」って、いきなり何を望むのだ、文句あるなら自分で最初から完璧なものを作れと言いたい。

 

最初から100%じゃなきゃいかん、すべての方言に対応してないといかん、これって東北震災の時に人数分のゲーム機がないから不公平だと騒いだバカ親とよく似てますねって感じ(笑)。平等と進歩と不公平が時間軸で調整されるってのも理解出来ずに完全に頭の中で今目の前の事しか見えずどろどろの壺になってる人に将来はないし相手にする必要もなし。このアプリ、更なる発展に期待です。



tom_eastwind at 19:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月04日

シャープのアクオスについて〜ブランドジャパン

ソニーのブラビアからシャープのアクオスに変えたらびっくり!全然映りが違う。

 

なんじゃこりゃ!って思うくらい綺麗だ。ソニーが悪いわけではない、ソニーのブラビアは4年くらい前に買ったのだがそれ以前のテレビと比べると段違いに綺麗。ところがアクオスは段違いではない、上下の問題ではなく全然別物に見えるのだ。

 

言っときますが当社ではシャープの商品は扱っておりません(笑)。亀山ってのがブランドであるとは知っていたがここまで違うとはな〜。

 

でもってここからが本題なのだが、何でこんな素晴らしい商品が韓国や中国のテレビと並んで価格競争をさせられるのかと言う点である。

 

アルバニーショッピングモールに行きCB-HIFIと言う電気製品のお店に入ると一番良い場所を陣取っているのが韓国製のテレビである。くっやしいな、ビジネスだから勝ち負けはあるにせよ、なんで確実に品質の劣っている韓国製品がニュージーランドの電気製品売り場の一番良い場所を占めているんだろう、とっても腹が立つ。画面見れば分かるでしょ、日本製の映りは全然違う。ところがこの店ではシャープ製品を置いておらずソニーとパナソニックと韓国の製品が競っている。

 

ぼくにはソウルに住む仲の良い韓国人の友達もいるが、それとこれは別問題だ、ビジネスとして競争してて負けるはずがないのに売り場の取り合いで負けるという点がとても悔しいのだ。何故日本人は価格ではなくブランドで競争出来ないのか?

 

それは日本人の一番悪い癖である「言わなくても分かるだろ」が根本にある。それは日本国内では同じ常識と論理を持っているのだから通る。しかし違う常識と違う論理を持っている海外では通用しない。韓国製品はその点をよく理解しているから最初は価格で勝負して次に大量商品投入で一気に販売店の棚を埋めるようになり遂には一つのブランドとして強くなっていく。この戦略が実に上手である。安かろう良かろうで市場に入り次は高級製品としてパナソニックやソニーの横に堂々と並ぶのだ。米国留学帰りの優秀な連中が韓国メーカーで働いているんだろうな、悔しいけど負けてる。

 

だから日本製品が本来訴求すべきは「高級品」である「日本製品」を「稀少価値で」売ると言う戦略」だ。いたずらにたくさん商品を作るのではなく良いものをしっかり付加価値を付けて高い価格で売る、それでも人々は買いたくなる、そういう戦略でいくべきなのだ。

 

日本ビジネスの悪い点はすぐに販売量に拘る事だ。たくさん売れば立派、エライって発想はそろそろやめて、これからは量ではなく質、低価格ではなく高価格、大量生産ではなくじっくり手作り、そうする事でブランドを維持して利益を確保していく、そういう戦略を考えるべきであろう。

 

Iphoneなんてソニーの枯れた技術を寄せ集めて作ったようなものだが利用者からすればすごく使いやすい。日本の製造業はまさにその点を考え直してブランド戦略を練り直すべきだろう。

 

今日は雨、午後から中国製の映画「Assembly」を観ている。中国共産党と国民党の内戦をテーマにした戦争映画だ。プライベートライアンをベースにした最新の映像技術であり、実によく作りこまれた映画である。中国の映画もどんどん実力が付いてきている。ただし彼らがどれほど技術的に優れた作品を作ろうとも絶対に彼らに作れない作品がある。それは宮崎アニメやホラー作品。日本人にしか想像出来ず創造出来ない世界である。中国人は、言葉は悪いが真似は出来るが想像は出来ない、ここが日本人の強みだ。

 

そういう部分がまだ何とか残っている間に日本の戦略を大きく変えるべきであろう。良いものは高いのだ、Good is Gold , 日本人として自信を持って日本製であることをブランドにしようではないか。



tom_eastwind at 15:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月03日

面白い恋人?面白くないし。

★記事抜粋開始

「面白い恋人」笑えない 石屋製菓、販売差し止め求め吉本興業提訴

 北海道を代表する土産菓子「白い恋人」を製造・販売する石屋製菓(札幌市西区、島田俊平社長)が28日、吉本興業と子会社など3社に、類似商品の販売差し止めと廃棄を求めて札幌地裁に提訴した。吉本興業の子会社が発売した土産菓子「面白い恋人」に商品名や包装をまねされ、ブランドを侵害されたとしている。島田社長は「いくら何でも悪のりしている。こういうことがまかり通るなんてびっくりした。全然面白くない」と憤った。

★記事抜粋終了

 

今日もまた大阪記事だけどべつに大阪を狙いうちにしているわけではない。生活保護は大阪だけでなく福岡でも問題になって裁判沙汰になって結果的に日本に到着して日の浅い人々が生活保護をもらえるようになったとの事。

 

著作権問題でもめるのは世界中よくある事で文学界からマイクロチップまでお互いに企業戦略上の戦いとして「わかっていて」知的財産とか所有権とかでガンガンやっている。お互いに法律武装して「越えちゃいけない一線」を常に理解しながら裁判で争い権利を主張する。

 

今朝のニュースで初めて「面白い恋人」と言うお菓子が大阪に存在しているのを知った。北海道を代表するお菓子であり地元に根付いて雇用も生み寄付もしている立派な地元企業である。彼らからすれば白い恋人が売り上げの多くを占めており登録商標もしておりネーミング、デザインなど外形的に白い恋人と似ていれば当然抗議をすることになる。

 

ところが今回のニュースで感じたのはよしもと側にブランド侵害や法律違反と言う認識がないのではないかと言う点だ。「わかっていて」仕掛けたわけではなくましてや「越えちゃいけない一線」など考えもしなかったということではないか。

 

このあたりが地域性と言うべきか「何でもええねん」で通用するし、ばれても冗談で通ると本気で思い込んでいる人が大阪に多いと思うのはぼく一人の意見ではないだろう。

 

以前も何度か書いたが他人に対する礼儀を知らない事を「ふれんどり〜や」と言い漫才でくそちんぴらが相棒の頭を叩いている場面で笑うことが他人や人間性自体に対する侮辱とは思わない独特の文化を持っている。

 

でもって「本家の“白い恋人”も当時人気のあった映画の邦題をそのままぱくったものであるからどうなん?」と言う書き込みがあったり「大阪の冗談が分からんのかな」とかだったり。

 

事件に関してBLOGOSでよしもと擁護の書き込みに対して多くの反対意見が寄せられており日本全体としては「ダメでしょ」の方向性である。当然だ、北海道の人が一生懸命考えて北海道のためのお菓子を作り何年もかけてブランド構築して何とか成功させてそれを持続させているのだ、その努力は並大抵のものではない。それをからかうように「面白い恋人」などふざけるなと言いたいが、それを言うと大阪では「何言ってまんねん、冗談でっしゃろ〜」で通るというのだからどうしようもない。

 

どのような文化を持つかは勿論その地域の問題でありその事にぼくが何かを言うつもりはない。けれどよその地域で作ったものをパクっておいて自分の地域でしか通用しない、理屈にもならん理屈で「ええやんか」とやってしまうのは止めてもらいたい。

 

少なくとも日本は法治国家であり個人の自由は認めるが他人の権利の侵害をすることは余程の理由がない限り認められない。どうしても自分の文化を押し通したいなら大阪都ではなく大阪国を作ってその中で独自の文化に合致するような法律を作って好き勝手にすればよい。

 

そうやっておいて日本と言う隣国の作った商品をぱくったり違法コピーしたり偽ブランド品を売れば良いのだ、「大阪ではこれ、合法やねん」と言いながら。そしたらまさに今の中国みたいに世界から評価されるようになるから。

 

少なくとも自分の冗談が相手に通じるかどうかはよく状況を見てからやるべきだ。そうでないと冗談の通じない国と戦争になる。てか、今のままやりたいのであれば中国と合併すればどうだろうか?中国でもかなりの確率で礼儀知らずで下品で偽物コピー大好きな人に会えるから相性が合うのではないか。

 

そう言えば橋下さんが大阪市長選に当選したその夜に2ちゃんねるの書き込みでどうやら市役所の役人らしいが「ハシゲの顔なんか見たくねえ、明日は年休取って休もう」みたいな書き込みがあったのだが、あっと言う間に激しい勢いで「一生寝てろ」とか「明日は出勤しろ辞表持って」とか連続攻撃。そうだろうな普通の感覚で言えば「新社長の顔見たくないから年休取る」のなら「辞めれば?」である。

 

同じ価値観を持つ人々が一つの国家を作り一つの制度を持つ、そういうのが一番無理のない政治である。よしもとにしても市役所職員にしても彼らはどうやら同じ価値観を持っているようだから独立国家を作るべきであろう。



tom_eastwind at 14:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月02日

ニュージーランドは天国ではない。

[ウィーン 29日 ロイター] 世界で最も「生活の質」が高い都市に、オーストリアの首都ウィーンが選ばれた。米国の組織・人事コンサルティング会社マーサーが、世界200都市以上を対象に調査したスコアを基にランク付けした。

 

 重大な犯罪が少なく、自転車用道路や公園も充実したウィーンは、インフラや路上の安全性、公衆衛生サービスの良さなどで高い評価を得た。

重大な犯罪が少なく、自転車用道路や公園も充実したウィーンは、インフラや路上の安全性、公衆衛生サービスの良さなどで高い評価を得た。

 

 トップ10にはチューリヒ(2位)、ミュンヘン(4位)、デュッセルドルフ(5位)、フランクフルト(7位)、ジュネーブ(8位)、ベルン(9位)と、ドイツやスイスの都市が多数入った。

 

 一方、最下位はイラクのバグダッド。アジア太平洋地区では、ニュージーランドのオークランド(3位)をはじめ、シドニー、ウェリントン、メルボルン、パースが上位20都市に入った。アジアの都市ではシンガポールが最上位で25位。日本の都市は、東京が46位、神戸と横浜が49位だった。

 

オークランドが3位と言うのは何となく理解できる。生活の質は確かに高い。教育とか経済とかレベルが低いと言われるが合計してみれば実に住みやすい国である。

 

シンガポールでスターバックスに入った時、分厚い目が目をかけてる中学生くらいの女の子がコーヒーを飲みながら分厚い参考書を左手に何だか一生懸命メモを取ってたのを見て後で他の人に聞くと、シンガポールでは教育がむちゃくちゃに重視されてて競争から落ちる事は許されない環境だとさ。

 

もちろん教育は大事なんだけど、それって本来の教育から外れて他人を蹴落とすだけの競争になってないか?ニュージーランドの教育は他人と自分を比較しない。自分の目指す夢に向かってどこまで成長出来るかがテーマとなっている。だからテストの時に隣の席に座ってる優秀な子供が風邪をひいたら喜ぶのが日本の教育であり隣の子供が風邪をひいたら自分の答案を見せて「ほら、早くメモれよ」と、ちょっとこづるいけど助けてあげるのがこの国だ。

 

自転車用道路も最近は整備されてきた。物価は他国と比較すればまだ安い。犯罪も、確かに銃犯罪は少ない。軽犯罪は目立つのだがその背景にある左翼主義的な発想はいずれぼくが首相になったら潰してやりたいと思うが、今の首相のジョン・キーがかなりやってくれるのではないかと期待している。

 

けどこのデータを見て「ああそうなんだ、良い国なんだ」と単純に考えてもらっては困る。何故なら良い国ではあるが同時に単純労働者には仕事がない。この国は最近の日本と同じで労働の二極化が進み、まともな教育と専門能力を持ってない労働者では食っていけない仕組みになっている。

 

この点、ニュージーランドに夢だけを描いてきても「食っていく」と言う現実の為にどうするかは真剣に考えておかないといけない。はっきり言えば普通の日本人と言うだけではこの国ではいつまで経っても中の下の生活しか出来ない。

 

貯金がありますとか親の資産がありますだったらそれで良いと思うが、自分ひとりの腕で稼ぎを取ろうと思えば決して「質の高い生活」を構築することはできない。この点だけはしっかりと理解してもらいたい。

 



tom_eastwind at 10:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2011年12月01日

公僕

★記事開始

政府は2012年度税制改正で、海外に保有する資産について、5000万円を超える資産については報告義務を課すことを税制大綱に盛り込む方針であることが121日、日経新聞の報道でわかった。

 同紙によると、海外に5000万円以上の資産を持つ個人を対象にして、税務署への年1回の報告を求める方針だという。違反者には罰則を課すことになるという。

 米国などは、人に対して課税するという考え方のために、すでに報告は義務付けられている。税収減に悩む日本も、海外資産逃避が増えている今、こうした税制に近づけていくのは時間の問題とも見られていた。

 09年事務年度(7月から6月まで)に相続税の税務調査で見つかった海外資産の申告漏れは91億円、426件となっている。01事務年度以降では過去最多。

★記事終了

 

ですって、って感じだ。なるほどね、企業からの吸い上げじゃ食っていけない事が分かったから次は個人向け海外資産に目を付けて徴収ですか・・・。

 

それはそれで良いと思う。国家が存続することは大事だ。ウガンダのパスポートを持ってても誰も相手にしてくれないが日本のパスポートを持つって事はそれだけで思いっきり有利で生まれながらの不平等な権利を手にしているのだから、それにかかる費用負担をしろと言われれば了解である。

 

けれど問題は、何故それをお前ら官僚から言われないといかんのかって部分だ。自分たちだけ身分保障を受けてだらしない生活をして天下りで金儲けをしておいて国民に「あんた、払っといて」と言われて、「はいわかりました!」なんて言うと思ってるのか?

 

お前ら公僕だろ、公衆の為に働く下僕だろ。だったらまず自分たちの生活態度を改めろ。1950年代以降の日本の繁栄を築いたのはお前らではなくお前らの親の世代の、戦争で死ぬ思いをして敗戦を迎えて国家をゼロから作り直した人々だ。

 

彼らの貢献の上にあぐらをかいて自分たちが何の失敗経験もないままにくそがきがバブルに踊り国民のカネを使い果たしておいてその責任は民間に背負わせ、今さら「金がないからもっとよこせ」だと?ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。お前らは国民に雇われたってのを理解しているのか?

 

日本と言う国は真面目に運営していれば必ず利益の出る国土であり真面目な国民性がある。だからはっきり言えばまともな心を持っていれば誰でもこの国の管理は可能である。国家が余計な事をせずに国民に自由を与えれば良いのだ。ところが真面目に働く国民と言うその一番大事な金の卵を絞め殺すような真似をしているのが今の日本政府である。

 

そんなのに付き合えるか、あふぉ。官僚が国家を動かすなら民主主義に基づいて官僚を公選制度にすべきである。元々科挙と言う官僚制度は頂点に立つ独裁者がいて独裁者の判断に従って動く組織である。それが独裁者であるべき天皇をお神輿に乗せて黙らせて何も言わせずに自分勝手に走る方向を決めるのだから、まさに権利あって義務なしの官僚独裁である。これこそ無責任である。

 

今後具体的にどのような条件が出てくるのか、細目に注目ってところだが、政府がこれだけ短視眼になればなるほど、日本の大きな変化が近づくと思っているのは僕だけではないだろう。問題は国民がどれだけ自分の権利を主張する気持ちを持てるかだ。



tom_eastwind at 10:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌