2012年02月

2012年02月29日

FACEBOOK 追記

FACEBOOKの話を書いてからちょっと興味があったので「FBを使わない人」がどのような意見を持ってるのか調べてみた。するとFB隆盛の現在でさえも今後を占う上で興味ある意見があった。


まず日本人の特徴として他人と違うことをするのは生理的に嫌う。FBが実名であるって事は自分が何書いたかわかるわけで実社会と同じ。本音を書いてしまえば読んだ人に「あ〜、あの人、ほんとはこんな事考えてるんだ、やっだな〜二枚舌」と思われたら村八分である。


かと言って周りがFBやってて上司や先輩に「あたしもやってんだからさ、ね〜、あなたもやれば?」と言われて「いやです」なんてのも「あんた、かなり自己中心的よね」ってこれまたいじめの対象になってしまう。だから仕方なくFBアカウント作るけど何書いていいかわからない。へんな事書くと嫌われるしな〜、かと言って本音は書けないしな〜、村八分にならずにFBを継続更新する方法、何かないかな〜?ってことで結果的に「あ〜ん、このあんみつ、最高ですぅ!」となるのだ。


その結果FBアカウントは増大していくだろうがそこで流通する情報はきれいごとや格好つけばかりになる。つまり実社会と同じ世界をそのままネットに持ってくるだけで本音はあいも変わらず居酒屋とかでこそこそとしか言わないのでネット情報の質が異常に低下してしまう。会社を辞めようと考えている人がFBで「おれ、辞めようと思うんだ」って多数の人に発信しないでしょ。おそらく仲間を褒め合い仲間以外を貶すことで仲間意識を再確認しながら食べ物や服や芸人の話で終わりって事になるのではないか。


結果的に実名の時は「まあ、あの人なんて行動的で素晴らしいんでしょ〜〜!」と書いてるけど実社会で言えない話は2ちゃんねるの匿名で書き込み「あのくそやろ、便所でじっとしてろっちゅうの!」と書く。


また実社会と同じであるから「既存の友達や学校時代の友人」の輪は広がるだろうが新規の友人となるとまず竹のカーテンを立てて「だれじゃ?名を名乗れ」となり相手の社会的地位を確認した上で自分の仕事上影響がないか問題ないかどうか検討してからやっと自分の輪に入れるかどうかを考えることになる。


つまりFB発祥の地である米国では自分の意見をいう事を子供の頃から訓練されてるし他人と意見が違うことを当然と受け入れるし仕事はしょっちゅう転職するので日本のように相手と自分の社会的立ち位置が固定される事がないので発言しやすい。しかし日本では未だもって雇用は固定化しているから取引先の偉いさんがFBやってると下手な事は書けなくなる。また相手に「お、君もFBやってるんだ、じゃあ今度ボタン押してよ」と言われると断れない。


だから実社会と同じく見せかけの自分と本音の自分が出来上がり、FBでは可愛い自分だけが表出することになる。新しい人と付き合いたくないって思えば自然とFACEBOOKの輪は「今まで会ってた人」に限定されていくだろう。また書きこむ内容も「今日何食べた?」に収斂していくのだろう。


そのぶん誰でも読めるTwitterの方が拡散性は高いかもしれないが140文字でどこまで表現出来るか?140文字以下しか書く能力がない人が140文字以上の文章を読み解く力のない人向けに発信するとどんな炎上が起こるか(笑)これにも興味がある。


現時点ではmixiの独り負けであるがFACEBOOKが良い子の集まりでTwitterが炎上の場としてもこれから次々と新しい技術でもっとすんごいSNSが出てくると、いつどこで誰が一番になってもおかしくない。日本もGreeなど技術的にはレベル高いわけで、ただ技術者がこれを外国人仕様にするのが苦手なだけだ。そこの調整さえ出来ればこのあたりまだ勝てる可能性があるのではないか。


それにしても発言は難しい。文字も言葉も一度外に出ると戻すことは出来ない。何を語り何を語らないか、語る内容を持つ知識と言葉と場所を選ぶ知恵、時代は進化して現在がネット時代と言いながらますます古代から使われている知識と知恵が個人に要求されている。


明治から大正、昭和と生きた与謝野晶子は同時代の女性としてはぶっ飛んでて今風に言えば不倫に略奪婚何でもありだったが自分には素直に生きていたのではないだろうか。その彼女が残した有名な歌がある。

「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ遇う人みな美しき」

不倫相手である与謝野鉄幹を思いつつ作った歌だろうが、本音で自分の思ってることを表現するのは楽ではありません。

FACEBOOK,、ネット上で面と向かって実名で記す。これが今の日本だとこうなるのだろう。

「実名記 脳裏をよぎる人事部長 こよひ書くことみな綺麗ごと」

「実名記 よいしょグッドと義理いいね! 実名投稿逃げも出来ずに」



tom_eastwind at 08:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月28日

月に10万円で生活する 日本からますます仕事がなくなっていく

http://blogos.com/article/32807/?axis=p:0

日本の学校でWeb技術を磨いて月に10万円稼げればベトナムに移住するのも手段ではないかって意見があった。ベトナムあたりだと確かに月10万円で生活出来る。この意見自体は良い視点だと思う。ただ移住という仕事をしていると分かるが、人生は金のみにあらず、なのだ。お金だけあっても望むような生活は出来るかどうかは分からないのだ。


日本人は月10万円稼げる技術が何かを見出してその技術を出来るだけ短時間に学ぼうとして予定通り学んで外注で稼げるようになったらベトナムに移住、のんびりとした生活を楽しむって計画を作る。しかしこれは部分最適ではあるが全体最適を考えていないので危険である。


と言うのが、おそらくこのようなベトナム移住を考えるのは20〜30代独身男性、自由に動ける人だと想定するが、彼らに最初に襲いかかってくるのはハニートラップ。


日本の田舎の技術系のおじさんが地元フィリピンパブで知り合って好き好き!と言われてその気になって退職金持って豪遊するつもりでやってきたフィリピンの田舎町。


現地に着いてみるといきなり親戚が総出でお出迎え、宴会やってくれた後にそれぞれの苦労話をしてきて「だから家買ってくれ、親戚じゃないか」とか「仕事でどうしてもトラックが欲しい、兄弟になるんだ、買ってくれ」とかで彼女本人が悪いというよりも国民性なのだろう、とにかくしこたま“たかって”くる。


これはタイも同様でありベトナムになると更に凄い。一族の中で一番優秀な子供に一族の金を注ぎ込んで高い教育を受けさせて一生懸命働いてもらい一族全体を引っ張ってもらう習慣がある。このあたり近藤紘一氏の「ベトナムから来た妻と娘」に詳しい。国際結婚話本としても最近の「だ〜りんは〜」とかのような内容とは全く違って一冊の本として良くまとまりのある良書だ。当時の東南アジアの雰囲気を知りたい方は是非勧めたい。


だから例え10万円稼いでもそれをハニートラップで「貢いでしまえば」終わりである。これ以外にも東南アジアでは日本では思いもつかないような事件が起こる。フィリピンで車を運転してたら警察官に停められて留置場に放り込まれた。その後家族が罰金を払って釈放されたのだがこの罪状は警察官に免許チェックをされた時に渡す賄賂がなかったからだとか、笑えないような話がある。


もう10年以上前になるがオークランドに住んで繁盛しているビジネスを経営する日本人経営者がタイ人の奥さんと一緒に里帰りでバンコクに戻った。詳細は明確に記憶していないがその数日後だっけな、ある夕刻彼の部屋に強盗が押し入り彼は刺し殺された。その後警察の調査があり奥さんが逮捕された。強盗は金で雇われたチンピラで狙いは彼のオークランドの資産だったという話が当時広がった。このあたり日本の常識が海外で通用するはずもなくお金だけ持って行ってもどうしようもないアウェイの社会であることはしっかり認識して10万円生活を検討した方がいいと思う。


池田信夫氏がNECと日立製作所が出資するエルビーダメモリー、日の丸半導体の会社更生法に関して「今までの日本的研究開発と生産体制や日本式雇用はもう世界では通用しない」点を繰り返している。

http://agora-web.jp/archives/1435382.html


と言うのも彼は数年前から日本のすり合わせ技術では早晩行き詰まるので業態変換すべきだと主張していたからだが、今回は更にこれからの日本の若者の将来雇用について述べている。労働は二極化されて世界に散らばり普通の大卒という資格だけでは福祉、医療、介護、スーパー店員、コンビニなどのサービス業しか仕事が残らず製造業も賃金が低下するからサービス提供側もQBハウスのように料金も賃金も低下すると指摘している。


その結果として近い将来起こるのが中国人と日本人の賃金の同一化だ。ここ10年で中国人の賃金は4倍程度に成長しており日本はみなさんがご存知のようにほとんどの民間企業では賃下げ現象が起こっているから両方の賃金線がいずれ交差するようになり東京の吉野家が時給890円で中国人学生を雇おうとしたら「そんなに安いんじゃ嫌だ」となり仕事のない日本人が「それでもいいから働かせてください」、となった時に初めて雇用は日本に戻る。


しかしその時はすでに隣国に日本人並の給料を得る12億人の巨大な市場が誕生して隣国の企業が逆に中小市場である日本に攻め込んでくるようになるだろう。日本企業の幹部を見れば皆英語を話す米国MBA取得中国人でパナソニックがハイアールに買収されるような事態も起こるかもしれない。こういう状況は外国にいたり日本国内でも自分の考えを持って勉強していれば理解出来るのだが日本国内で毎日忙しく働いているとなかなか頭に入りにくい。いくら理屈で説明されても目の前にある松下電器のポットがハイアールなんて聞いた事もない会社になるなんてどうしても頭の中に入らない。


しかし現実には三洋電機はパナソニックに吸収され不要な人材は切り捨てられ又は部門ごとハイアールに売却されてしまった。そしてそこで働いている人々は厳しい労働市場に投げ出された。


今回のエルピーダメモリーでも多くの人が再就職先を探すことになるが半導体を作っているだけの会社で身に付けた知識が転職に際してどこまで有効なのだろうか。池田氏は労働の二極化が起こる中でおそらくグーグルやマイクロソフト、FACEBOOKなどに就職出来るのはほんの一握りであり殆どの人は日本国内で中国人並みの賃金で働かざるを得ないだろうと言ってる。しかし、だからと言って10万円稼げるようになって海外に出ても「その程度の知識と社会常識」では殆どの人は通用しないだろう。出るも大変残るも大変だ。


ある人は今起こっている時代変化を400年周期の変化と呼んでいる。つまり弥生時代が西暦ゼロ年として400年まで。そこから王朝〜藤原氏と続き、1200年代からは武士の時代、1600年戦国時代が終了して現在までの日本は安定した江戸時代。2000年にすでに新しい時代に移り2012年の今まではまだ江戸時代を引き継いでるがもうすぐ大きな変化を見せるだろうって意見。つまりぼくらは2000年という国境の長いトンネルを抜けたらそこには全く違う雪国が広がっていく事になるのだろうか。これから400年冬眠するわけにもいかない。それにしても大変な時代になったものだ。



tom_eastwind at 15:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月27日

無識の指揮官は殺人者なり

★記事抜粋

東大地震研の所長まで務めた森本良平元教授が「産経」に寄せた手記がある。94年8月31日の夕刊。タイトルは「めど立たぬ地震予知 研究現場の本音と建前」。そこから核心部分を抜粋する。

「昭和44年、地震予知計画はナショナルプロジェクトとして出発した。それからは、官僚の予算獲得技術に助けられ(略)着実に年間70億円の支出が確保されて、25年が過ぎた。しかし、いまだ予知の端緒すら開かれていないし、今後とも奇蹟でも起こらぬかぎり、開かれるとも思えない」。

これだけでも十分、驚かされるが、94年以降、奇蹟的にある程度の予知が可能になったのでは、との意見もあろう。だが、残念ながら、やはり奇蹟はそんなに簡単に起こるものではない。

 東京大学理学部教授で、やはり地震学の権威であるロバート・ゲラー氏が昨年8月末に出した著書『日本人は知らない「地震予知」の正体』(双葉社)が話題になっている。ゲラー氏は同書で、徹底して「予知はできない」と主張しているからだ。

 同書でゲラー氏は、地震予知がある程度可能とする、同じ東大でも地震研のメンバーは世界の地震専門家の考えに反しており、「ガラパゴス化する『ナマズ派』」と揶揄している。同書でゲラー氏は、確かに現在、地震研究の最先端を行く米国地震研究者の間でも、例えば、カリフォルニア州パークフィールド付近のサンアンドレアス断層が22年周期で起きるという説が唱えられたことがあったが、それは1980年代のことで、ほどなく否定されたと述べている。

 現在、わが国で地震予知の主な根拠の1つになっているのが、実はこの米国で少なくとも20年以上前に否定された「周期説」だ。実際、かつてあれだけ騒がれ、予知に巨額予算が注がれた「東海地震」だが、60周期に当たる92年を20年も経過し、現在もなお起きていないのは厳然たる事実だ。

「同じく、地震予知の主な根拠の一つに『前兆説』があります。大きな地震の前には小さな地震が多発するなど何らかの前兆があるとの説です。ですが、今回の東日本大震災でもそんな前兆はまったくありませんでした。 一方、ハザードマップ(30年内M6以上の発生確率)作成の主な根拠の一つに『固有地震説』があります。一言でいえば、基本的に各地域に同じ地震が周期的に繰り返すというものです(《上》記事中の「周期説」はプレート型地震。こちらはプレート周辺の活断層の直下型地震での説)。ですが、この説も阪神淡路大震災(95年)といい、新潟中越地震(04年)、岩手・宮城内陸地震(08年)といい、起きたところはことごとくといっていいほどマップでは確率の低いところなんです。米国ではこの説も、とっくに誤りだったと結論が出ています」(《上》記事中の匿名研究者)

 

 こうした事実から、実はわが国でもすでに80年代には、東大地震研教授も務めた金森博雄氏(その後、渡米し米国地震学会会長まで務めた)、東大理学部教授だった竹内均氏(故人)らは「予知は不可能」と公言していた。(上)記事で登場した東大理学部教授のロバート・ゲラー氏の師は金森氏。だが、こうした「正統派」の考えに反し、東大地震研を頂点とするわが国地震学者の大半はその後も、「地震予知は出来る」との立場を取り続け、今日まで何ら成果を挙げられないにも拘わらず巨額予算をもらって来た。なぜ、そうなったのか?そこで、もう一度記事で登場願った東大地震研所長だった森本良平教授の「産経」手記に戻ろう。そこには、こんな記述もあった。

「(地震予知研究の予算申請をしだして間もない69年ごろ)その(予算申請の)とりまとめの事務を引き受けた気象庁から大蔵省への書類提出に際し、担当大臣の中曽根運輸相より、研究計画では百万円単位の交付しか期待できないが、実施計画にすれば、千万円単位以上の高額予算配付が可能になる旨のアドバイスがあった」。

 

実際、そのアドバイス通り、地震予知の予算は急増して行くのだが、ここで登場する中曽根氏とはいうまでもなく中曽根康弘元首相のことだ。中曽根氏といえば、読売新聞社主でもあった正力松太郎氏(故人)と共に、原発を米国からわが国エネルギーの柱として導入した立役者。正力氏は初代原子力委員会委員長(56年)に就任し、“原発の父”とまで呼ばれたが、同じころ、国会の原子力合同委員会委員長に就いたのが中曽根氏だった。

 前出・地震研究者が証言する。「中曽根氏の入れ知恵で予算アップが出来た東大地震研を頂点とするわが国の地震研究者が、中曽根氏が旗を振る原発の国策化の妨げになるようなことをす

るわけがない。 地震大国のわが国にそもそも原発を作ることは無理があった。当然、地震は

大丈夫かとなる。ところが、なぜか原発周辺の活断層が消えたり、分断されたり(地震規模が小さくなる)する。予知はあくまでカネを地震学者にやる名目で、要するに口止め料。だから、政府は予知の可否に関係なく巨額予算を出し続けて来たということ」。

 

この結果、地震学者の“配慮”は福島原発でも見られた。09年、原発の耐震安全性を論じる政府の作業部会で、岡村行信委員が福島原発付近で貞観地震(869年)が起きた際、今回の東日本大震災のような10Mを超える巨大津波が起きた可能性があるとして、その規模への対応を迫った。(参照「しんぶん赤旗・日曜版」11年5月1日号)

 ところが、東電担当者は、貞観地震で巨大津波が襲ったことを示す証拠はないと虚偽答弁(実際は、信頼できる文献に“城が壊れた”などの記述がある。また90年代から、同様の指摘をする研究者もいた)。だが、他の委員は沈黙を保ち、誰も岡村委員の提言を支持しなかった。

 

その作業部会を主査として取り仕切ったのは、(上)記事冒頭に登場の纐纈一起・東大地震研教授だ。前出・匿名研究者はこう吐露する。「東海地震でものの見事に“短期的予知”に失敗した後、彼らは“中期的予知”を言い出し、ハザードマップ作成に至る。だが阪神淡路は元より、今回の東

日本大震災もまったく予知できなかった。というより、予想通りの無理な結果となった。

 それが世界の地震学会の圧倒的常識なのに、『無理』と明言すれば自分たちの予算が激減するから口を噤み、予知研究は適当にやり、ほとんどの予算は自分の趣味の他の研究をやっていた。国民の血税を使ってね。私に言わせれば詐欺ですよ」

 これが真相だという。これではまさに国家的詐欺、霊感商法とさえ変わらないではないか。もはや、地震予知にはビタ一文血税を投じるべきではないだろう。だが、民主党政権も自民党政権時代からのこの“犯罪”を踏襲し、耐震性は保証されたとして早くも原発再稼動を言い出す有様だ。大手マスコミもこうした真相を未だに報じようとはしない。

★記事抜粋終了

アクセスジャーナルからの抜粋。世間で公表されない裏ネタを定期的に発行する有料メルマガで有名である。

抜粋文章は長くなったが、略して言えば「中曽根と正力が日本の原発政策を推進しようとする時に困るのは、日本は地震国であり頻繁に起こる地震を予知出来ない事だ。原発直下で地震が起これば原発が吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶのはよい、そこに自分はいないのだから。けど責任を追求されたら困る。

そこでまず地震を予知できることにして地震の起こらない安全な場所に原発を作りましたと言い訳をする。そうすれば実際に原発が吹っ飛んでも「学者の言うことを聞いただけです」と逃げられる。 地震学者は金をもらえて好きな事が出来るし予測が外れても確率の問題ですと逃げられる。各省庁は予算が獲得出来るし天下り先を確保出来る。

逃げられないのが原発を安全だと思って受け入れた地域住民である。原発と地震に津波、最悪の条件下で作られた日本の原発群は長期にわたり国家に電気をもたらして人々に繁栄を与えたが、ある日突然大地震が来て大津波が起こり原発が吹っ飛んだらその地方はすべてを失ってしまう。

「日本は東京さえあれば良い」と言うなら原発を地方に置くのはそれはそれで正解だろう。「福島が滅んでも日本は継続出来る、けど東京が滅んだら日本全体が滅びるではないか。だから東京には危ない原発は置かずに地方に作りそこから長い電線で電気を運び、建設費用から維持費用、地域住民対策などの費用は国民全体が平等に負担すれば良い」と言う考え方もあるのだろう。

問題はその考え方が日本全体で共有しあえる考え方かどうかだ。今の日本で原発が必要なのか?水と電気が大量に必要な20世紀の工場が今の日本に必要なのか?地震予知も出来ず原発も危険性が明確になった現在、次の地震がどこで起こるか誰にもわからない状態でも原発再稼働が国民全体の合意なのか?

ぼくは決して当時の中曽根さんの判断を間違いだと言ってるわけではない。ぼくも当時政治家であったらそう判断したかもしれない。国家戦略として加工貿易国家を目指した日本は大量の電気と水を必要とした。その結果海は汚れたが日本は経済発展した。何を取り何を捨てるかの選択肢の中で原子力は安全で再利用可能なエネルギー(実際は安全で無いことも再利用不可能であることも後日判明するのだが)なのだから国策に一致しているのだ。

エネルギーを中東に頼りっぱなしの日本にとって原子力発電と核再利用は当時としては本当に夢のようなエネルギーと思われていたのだろうし原子力の専門家でもない彼が信じたのもある意味当然であろう、なにせ相手は東大の学者なのだから(半分皮肉半分マジです)。いつ中曽根さんが原発の危険性に気づいたのかは分からないし気づいても方針変更しなかったのは少し上の方で書いたように「福島が吹っ飛んでも日本は残るが東京が吹っ飛べば日本が吹っ飛ぶ」という二者択一の判断だったのだろう。

しかし今は21世紀である。技術革新は進み産業政策も大工場から知的集約型に大きく変化している。今は原発を捨てる良い機会である。国民は節電と原発とどっちを取るか?これから来る夏に向けて国民投票をしてみたらどうだろうか?その代わりもう嘘はつかない、政府は真実をすべて説明してから国民に信を問うべきだろう。



tom_eastwind at 19:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月26日

民主主義のコスト

オークランドで地震が起こったらどうなるか?考えてみればクライストチャーチよりもヘリテージ物件が多いわけでシティはヤバイわなって話も出てくる。一応地層的にはオークランドは安定しているようだが地震がどこに来るかってのは誰も読めないわけで、だから言えるのは絶対安全なんてないって事ですな。

 

そこで出てくるのが比較安全。ABを比べてみるとAの方が20%安全だけどAにある家はBよりも20%高い、さあどうするか?映画「パニック・ルーム」のようにどれだけ安全装置を備えていても絶対安全がないならどこまで費用をかけるのが正解なのか?

 

このあたりキーウィは結構ドライに割りきっており「人は、死ぬ時は死ぬ」なので以前も書いたが予防と治療の費用対効果を考えて、人命でさえも数値計算する。平日の午後12時にシティで地震が起こったら何人死ぬか?壊れそうな建物を修繕する費用がいくらかかるか?両方を天秤にかけて答えを出すのがキーウィであり費用対効果を無視して絶対安全感情に走るのが日本人だろう。

 

この違いは何なのか?答えは簡単で政治である。日本では「民は依らしむべし知らしむべからず」となり国民を無知のままにする方が治世者は楽だから「大丈夫、安心してください、日本は絶対安全ですから、何も考えずに毎日満員電車に乗って一生懸命働いてください、年金は100年絶対保障ですよ、ご心配なく」と徹底的に教え込む。

 

だから実は年金が崩壊してても今更その事実を言うことはできないし原発がxxでも認めようとしないし首都直下型地震が起きても「だいじょうぶ、死ぬのは10万人くらいだし、死んだ人の後釜は地方に住んでる若者を補充すれば良いのです、たかが10万人でしょ、安心して下さい」ってなる。

 

なぜなら絶対安全を保障することで国民の思考を奪い仕事に邁進させることが目的だから「実は年金、やばいっすよ」なんて本当の事を国家が認めてしまえば今まで自分が言ってた嘘がバレるし何よりも国家の信頼を失ってしまえば国民が自分でモノを考えるようになる。そうなると実はいま自分が生きてる世界が「マトリックス」の孵化器の中である事に気づく。

 

「100年絶対安全システム」は統治する側が世代的に持続することが前提であり何世代にもわたって民を支配する仕組み、つまり支配者側は変わらないのだから彼らにとって都合のよい制度である。しかし真実がバレたらパニックになる。それに対してNZではとくにこれと言った表に見える安定した支配層はいない。国民の中から選ばれた者がボランティアとして一時的に国政を担当するが政治家が辞めればただの人、元の仕事である弁護士や農夫に戻り一般市民として生活する。

 

だから国民自身がいつでも国政を理解して担当出来るように日頃からきちんと事実を伝えて国民に考えさせる。問題が起これば国民に提起して考えてもらい彼らの意見をまとめて政治家が決断実行する。これは政治家が常に変化することが前提にある制度だ。国民から選ばれる政治家がいざ選ばれる時になって「TPPって何だっけ?」では困るからなのだ。

 

どっちが良いかは制度の問題でありなんとも言いようがないが、一般的に言えば安定した時代では国民をバカのままに放置して「アンゼ〜ン!」と言わせておく日本式が効率は良い。しかし変化する時代においてはバカのままに放置してしまうと何か起こった時に国民が対応不可能になる。例えば1945年の敗戦。国民はそれまで「ゼッタイカツ!」と信じこんで何も考えなかったがいざ負けてみると茫然自失、どうしていいかわからない状態で経済は崩壊してお札は紙切れになり「コンナハズデハナカッタ」と言っても後の祭り、預金封鎖されて農地は奪われて強烈なインフレーションが家計を襲い、対抗策もないままに今までぬくぬくと生活をしてた人々は次々と地獄に突き落とされていった。

 

日頃きちんと勉強していれば次はどうなるかなんてちょっと考えればわかる。ところが政府は「だいじょ〜び、安心してちょ、気にしないで仕事してちょ〜よ、政治とか経済とか考えなくてもいいからね、あれは全部政府がやりますから、100年保障の年金ですよん」とやるものだから信じた人はバカを見ることになる。

 

英国的民主主義では常に国民が自発的に考えるという訓練をおこなっておりそれにかかる費用は平時では民主主義コストとして発生するが、いざ何かあった時、つまり変化の時代にはその投資が役に立つ。国民一人一人が自分の頭でものを考えることが出来るからだ。

 

頂いたコメント↓

★正直日本の今後なんて見えません。周りの中小、零細企業は今を生きるのに必死ですし、なるようになるなんて適当な見通しです。なんなんでしょうね★

 

そう、まさに「なんなんでしょ?」って疑問が今の日本にはぴったりだ。誰を信用していいのか、何を信用していいのか、ほんとうに混迷の時代である。しかし政府はしっかりと方針を決めた。日本を戦前のような社会主義にする、そして国家が多様な意見を持って悩みながら動くのではなく政府が決めた方針を一気に上位下達して動く、この方針は確定だ。

 

ぼくら日本人はこのような状況では自分で考えて動くしかない。政府任せで良ければそれはそれでよし。納得できないなら自分で答えを出すしかない。答えがない?出せない?申し訳ないが勉強不足を他人のせいにしても仕方がないと思うのだ。ほんと、きつい時代である。しかし生き残るためには自分の頭で考えるしかない。今更日本政府に文句を言っても何の問題も解決しないのだから。



tom_eastwind at 17:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月25日

朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀 萩原遼

1950年に始まった朝鮮戦争。侵略した韓国から撤退した北朝鮮部隊が残した160万ページもの米軍文書を作者は3年がかりで読破、ついにその全貌を解明する。

 

1945年、日本の敗戦により北朝鮮は独立しソビエトの指導の下に新たに共産主義国家として立ち上がった。その時にソビエトから連れてこられて人々の前に立ち「こんにちは、ぼく、金日成です」と言った彼、「金日成」は一般的に日本で知られている「白頭山の虎」と呼ばれた抗日パルチザンの金日成ではなかったのはウィキでも書かれている。実際の金日成はロシアによってコントロールされた戦闘実績も満足にない傀儡の若者であり北朝鮮が露によって独立した際には弱小政権であったが、そこから様々な策謀を用いてついには反対派閥をすべて潰して北朝鮮を押さえた。

 

1949年に中国共産党が国民党を台湾に追い出して中国独立を果たすとそれを見てた金日成は「ぼくちゃんもできるもんね」とばかりに韓国侵略作戦を立てて実行する。彼の目の中には韓国の李承晩大統領しか見えておらず、あんなもん3日で叩きだしやる、ソウルさえ押さえればこっちのもんだってな感じで侵略したものの、ソウル政府は南へ南へと逃げ続け遂には釜山に閉じこもり泥亀のような籠城作戦を取る。

 

38度線から南進を続けた北朝鮮部隊は釜山まで戦端を伸ばしきったところでマッカーサーによる米軍の介入、仁川上陸作戦で北朝鮮軍は完璧なまでに兵站を寸断されシャーマン戦車に次々と部隊が攻撃され壊滅的な打撃を受けて最後には夜の暗闇の中を山の尾根を抜けてほうほうのていで北朝鮮に戻るが、兵士約10万人を送り込んだ韓国から戻ってこれたのは一握りであり、米軍の北進で平壤まで侵略され鴨緑江に叩き落とされる寸前、中国共産党正規軍の応援によりなんとか米軍の侵略を食い止め、そこから膠着状態が続く。このあたり最近の韓国や中国の映画で舞台にされている。中国映画だと「Assembly」の出来が良い、日本名はわからない。

 

米軍が日本と戦って降伏させた結果として北朝鮮が独立出来た。その事実を知っている当時の北朝鮮人民(海州公安幹部)が「日本が負けたのは米軍の原爆のためだ」と言うと、進出してきたロシア(ソビエト)は「日本の敗退は偉大なロシア赤軍によってもたらされらものであるにもかかわらずそれをないがしろにしてソ連赤軍の偉大な役割を否定する反動的な言辞である」として逮捕された。

 

「解放されたというが北朝鮮のどこが良いのか?いろいろ言うけれど倭政時代は金さえ出せば寝ながら旅行が出来た」倭政治台とは日本統治時代のことであるがソ連軍による解放後は旅行の自由さえなくなったというのである。この発言を行った黄海北道平山郡に住む趙牧師はほかのいくつかの発言と合わせて1947年3月に反動宣伝罪で懲役5年を科されている。

 

ロシアによる北朝鮮支配はまさに言論統制でありロシア国内で起こったスターリンによる粛清と全く同じ構造であった。恐怖による支配。1946年に北朝鮮で起こった食糧危機の際、北朝鮮で作られた米のほとんどすべてがロシアに送られて多くの餓死者を出した。このような事実も一切表に出ていない。

 

1949年、中国共産とは北京を掌握して中共政府を樹立する。台湾に追いやられた国民党蒋介石を支持していた米国はすっかり意気消沈した。1950年1月5日、トルーマン大統領は「台湾が中共に攻撃されてもアメリカは介入しない」と声明した。1月12日、アチソン国務長官はいわゆるアチソンラインを公表した。すなわちアメリカの防衛線はアリューシャン、日本、沖縄を結ぶ線であるとのべて、韓国と台湾を外した。

 

これを機会と見た金日成は一気に韓国占領を目指すが、実はこれが米軍タカ派マッカーサーの陰謀であるとは思いもよらなかった。米軍内でさえ厭戦気分のあったアジア戦略で北朝鮮をわざと暴発させることで否応なしに米軍を動かし仁川上陸、共産党=アカの粛清に取り掛かるべくマッカーサーは動いた。

 

マッカーサーは早い時期から北朝鮮軍の動きは把握しており彼らの暴発をずっと待っていた。そして一旦暴発するとすぐに軍隊を総動員して北朝鮮を叩き、アカ狩りを行ったのだ。思うに米国指導者はいつもこのような手段を使う。第二次世界大戦ではモンロー主義であった米国はもともと日本と戦争をするつもりはなかった。ところが日本がパールハーバー奇襲を仕掛けた事で「ふざけんな!」ってことで戦争が始まった。しかし事実は米国政府は日本の動きを把握した上でわざとパールハーバーをやらせて国民に「戦う十分な理由」を与えたのだ、自国兵士の死をもって。

 

2001年も同じ事件が起こった。911は米国政府一部の人々によって主導されたがその結果として何が起こったか?石油メジャーで罪、じゃなかった財を成したブッシュ家を「もっと美味しいネタがありまっせ〜」と仕掛けた連中はわざと911を起こしてアフガニスタンやイラクへの侵略戦争を行い石油利権を得るために米国の若者の命を捨てさせた。

 

実際には更に裏があり、米国は利権を得るどころか中東から撤退することになるのだがそれは予め仕組まれていたというものだ。わざとばかブッシュに勝ち目のない戦争をさせて米国を悪者にすることで「もういいや、警察国家は出て行ってくれ、これからおれたち自分でやるよ」と中東を結束させて世界が多極化することを狙った人々もいる。

 

まさに世の中はからくりの連続であり表が裏になり裏が表になり、よほど基礎知識をしっかり身に付けてないと理解不能であるが、そのようなことは朝鮮半島でも起こっていたのである。金日成という傀儡とマッカーサーというタカ派と当時の日本で朝鮮戦争をいかに自分たちのプラスになるかを考えた官僚たちと政治家。この一冊は朝鮮戦争そのものをテーマにしている。次に取り掛かるのは「金正日 隠された戦争」、息子さんのお話ですな。



tom_eastwind at 15:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2012年02月24日

車歩道

オークランドの人口増加は以前書いたとおり毎年増加しているがここ数年のシティ中心部再開発は車よりも人間優先が目立った。例えばクイーンズトリート改装では人間の歩ける場所を増やしてベンチを置いて観光客でも座って休めるようにした。配達車や自家用車はクイーンストリート沿いの駐車時間を住み分けて使うようにして交通渋滞にはつながってない。

 

ここ半年くらいの道路工事で面白いのは、シティでも細い道路で車の出入りが頻繁でない場所は歩道と車道を区別せずに道路の端から端まで全部使えるようにして車は一方通行にして一応道路と歩道の区別の目印として高さ1メートルくらいの花壇を歩道の端っこあたりに置いて、普段は車道を人間がのんびり歩き車が後ろから来ればのんびりよける、そんな構造で街づくりをしている思想だ。

 

10年前までは週末に人が歩くなんてあまりなかったシティが今では夜間人口が増加する中、カウンシルはあの手この手で対策を考えているのがよく分かる。考えてみれば車と人間が一緒にいても何も問題はない。

 

オークランドが世界に遅れた中規模都市として何が有利かと言えば北半球の先輩国家の失敗を見ながら「ああ〜、こうやったら目先よく見えてもあとで問題になるんだな」と勉強できる点だ。

 

例えば京都の繁華街といえばたくさんあるが日本各地からバスや自家用車が来るために改装を続けてたらいつの間にか道路沿いの商店を人が歩かなくなり景気が悪くなったって話がある。これなど目先の大型交通手段を優先した結果であり、京都などは車道を削って歩道を広げたほうが地元商店街のためではないか。

 

クイーンストリートではまさに歩道を広げることで人通りが増えて横断歩道も青になる回数を以前の2倍にしたら2倍の人が歩くようになった。地元商店街の人々も喜んだが、一番喜んだのはこれでテナントの家賃を上げられるビルオーナーと地主だ。なにせ街の作り変えは国民の税金で行い増えた家賃は自分に戻ってくるのだから、土地に働かせる、金に働かせる、自分は労働しないっていかにも英国風ですな(笑)。

 

他にもシティではあちこちで工事が続いているが、以前のダサかった街並みが次々と古い佇みは大事にしながら明るく使いやすくなって街の魅力が出始めている。とくにヘリテージ(史跡、古い建物)に指摘されているビルは外装を変更することはできないので、外見はそのままで中身だけを全部くりぬいて近代的に作り替えるとかで歴史と都会化を同時に可能にしている。シドニーやバンクーバーでは同じ古い建物が残っているが裏通りがほんとに怖い作りになっている。ところがオークランドでは以前は薄暗かった路地に地元の有名なステーキハウスを入居させて味のある路地に作り替えている。以前は売春街だったフォートストリートも今ではカフェやオフィスが立ち並び20年前のシティを知らない人にはびっくりだろう。

 

街が発展していくってのは単純に人口が増えるだけではない。100万人が200万人になったら2倍ではなく2乗くらいに勢いが盛り上がる。ニッチのビジネスがモデルとして成立するようになると、次々と新しいビジネスに挑戦する人々が出てきて、彼らがまた街に活気を与えていく。

 

いま僕が生活しているオークランドってのは、まさに発展している真っ最中であり、その方向性も悪い先輩を反面教師としながら自分たちの文化に合った方向に向かっている。

 

こう書くと良いことばかりに見えるが、もちろんマイナス面もある。例えば賑やかなシティに引き寄せられる浮浪者だ。昼間から道端に座り込んで金ちょうだい〜とかやってるが、これもいずれ一掃されるだろう。もともと彼らは十分な社会保障を受けており自分のアパートに帰って寝ればいいだけなのに、基本的に寂しいのかな、街に出てきてアジア人の女性をからかったりしてそれで自分の存在価値を感じているような低能だ。

 

この国のやり方としては何かの事件が起こるまで待って一気に動くってのがある。以前なら5人くらいしかいなかった浮浪者が最近は10人を越しているから、いずれトラブルを起こすだろう、その時に「道路の座り込み禁止」とか警察官を余分に配備して職務質問するとかで自宅に戻すことになるだろう。

 

全部が良いことづくめではないが、全体を見てみれば健全に発展しているのではないか、この街。ええこっちゃです。今日は金曜日、久しぶりにニューマーケットまで足を伸ばして夜の街を楽しんできます。



tom_eastwind at 15:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月23日

HSBCプレミアサービスが日本から撤退との事

欧州危機を乗り越える為に業務を縮小して欧州内部を固めて資本増強を図るHSBCだが、アジアから見れば外資系銀行の撤退である。

http://www.hsbc.co.jp/1/PA_1_1_S5/content/pdf/120222_notice_jp.pdf

 

香港上海銀行は江戸時代の終わりに日本に進出して長崎駅前には当時の香港上海銀行の建物が残っているほど歴史のある銀行だ。ただその歴史も初期を紐解けば1800年代に英国がアジア進出して中国でアヘンを売りつける際の販売の決済サービスを提供することが始まりであった。つまり今、世界で最大級の商業銀行と呼ばれているHSBCも、元をただせば海賊英国の海外侵略の金融窓口であった。

 

今回の決定は日本の金融当局にとっても歓迎すべきだろうし、むしろどっちが主導権を持ってこの決定をしたのかには興味もある。いずれにしても金融庁からすれば日本のお金を海外に持ち出す「不埒な毛唐」であり彼らが撤退することでその資金は東京三菱UFJ銀行など政府の覚えの良い銀行に移るわけだから、うがった見方をすれば水面下でHSBCのサービスにケチをつけて「自分で撤退するならこれ以上言わんがもし逆らうようなら事件を表に出しちゃうぞ〜」みたいな脅しがあったのかもしれない(笑)。実際のところはHSBCが主体的に判断を検討する中で金融庁に話したら覚えの良い銀行として認識されたとかくらいかも。

 

さて、何でうがった見方をするかと言えば、去年後半くらいから海外銀行口座開設サービスを提供してる日本企業が次々と金融庁に叩かれてサービス停止をしているからだ。香港やマカオあたりのHSBC口座開設ツアーを提供していた現地企業と言えど実際にやってるのは日本在住の日本人であり、これは完全にOUTだ。今まで金融庁は海外をどうするかってのがまだ明確でなくて放置してきたが去年になって海外資産管理強化を行いはじめ、日本で口座開設をやってた会社は一挙に退出を余儀なくされた。

 

今回のプレミアサービス提供停止も金融庁からすれば大きな流れの一つかもしれない。最近ではシティバンクも201112月に一時的業務停止を食らっているし、クレディ・スイスはホリエモン事件など様々な場面で金融庁から年中フルボッコされてる。最近はクレディ・スイス関連で何があったかなと検索してみたら、元クレディ・スイス社員の給与申告で脱税が発覚したという理由で告訴されてこれが何と裁判にまでなってるという事件。

http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/

これなど叩かれてる本人からすれば「ふざけんな、どこが間違いだよ!」であるが本人のブログにもあるように国税局は一旦告訴するとなれば理由など関係なく告訴して、告訴すれば自分たちの兵隊全部つぎ込んで勝つまで戦うから結果的に何もしてない一般市民が負けて、これで一罰百戒出来上がり〜!筋書きは出来上がっており、お上の言うことを「ははー!」と従えればお目こぼし、少しでも逆らおうものならお上に逆らう不届き者め、手打ちにしてくれる!ってんで、ばさーっとやったって感じだ。いずれクレディ・スイスも「やってらんね〜」と撤退するだろう。

 

日本は外資系銀行がなくてもやっていける国内銀行があるのだからそこを使いなさい、外資が何やら余計な事をやればすぐに叩くよ、その姿勢が見え見えである。このまま民主党も自民党も決定的な議席を取れないままに官僚に操られていけば日本は再度日本株式会社に逆戻りだ。外資を叩き出してお金のことは日本株式会社資金運用部東京三菱銀行課あたりに任せなさいって事になる。

 

つまり日本政府が頂点となる日本最大の持ち株会社が日本政府ホールディングスであり政府を実質的に管理運用する経営陣が官僚となる。日本人はこれからは何をするにしても常に経営陣の意向を確認してから行動せねばならないのだ。

 

繰り返し書くが、ぼくはそのような社会を否定しているわけではない。一つの社会の成功例として日本株式会社が1945年から1989年まで日本社会を平和かつ経済成長させたわけであり、その期間日本株式会社資金運用部東京三菱銀行課の課長(世間では東京三菱銀行頭取と呼ばれる)の下で働く多くの銀行員は何も考えずに毎日自転車に乗って中小企業を回っては小銭を集金して夜遅く満員電車に揺られて自宅に帰りつかの間の休息を楽しんで翌朝一番の電車で出勤、今日もまた自転車で中小企業を回って小銭を集金・・・。

 

それでも自分の頭で考えたり判断したりしなくて良いのだ。まるで働き蟻のようであるが頭を使わずに言われた事をするだけで生活は保証されるのだ、こんな気楽なことはない、サラリーマンは3日やったらやめられない、酒は飲め飲め、植木等の無責任サラリーマンの登場である。

 

そのような社会が合う人にはそれで良いと思う。人生いろいろだ。ただし僕は耐えることは不可能だとわかっているからいまさら日本で生活をしようとは考えていない。

 

去年の311から日本が全体的に左傾化して社会主義政治家と官僚の思惑が一致して、バブル崩壊後に日本経済を食い物にしてきたケシカラン奴らを追い出せとしているようだ。海外口座開設サービス〜?ふざけんな、そんな事やったら速攻別件逮捕だ!そんな勢いを感じる。こうなると国内ではもう何もできることはなくなるだろう。

 

日本も関東大震災後に社会と経済がどのように激変したか?共産主義を叫べば特高に連行されて虐殺、政治的自由を訴えれば右翼による暗殺、在日韓国人に対する強烈な差別。日本人が政府によって弾圧される中、自分たちより更に低い地位にいるものにうっぷんを晴らすのは何時の時代もどこの国も同じだ。

 

これから数年は確実に、政府に寄りかからずに自由とか権利とか法律とか平等とか訴えればすべて反政府と見なされて法律を無視して国策逮捕が連発するだろう。ネットは媒体として利用される事はあってもそこに書ける事は「今日何食べた〜?」「カレー、ん、もう、最高!」しかなくなり言論が封殺される時代になる。ある意味HSBCは良いタイミングで日本から撤退したとも言える。日本がまた敗戦すればその時に再進出すれば良いだけだから。

 



tom_eastwind at 13:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月22日

己の意見もない者が

己の意見もない者が他人の意見など聞いても害になるだけだ。昼間の電車で新聞や雑誌に書いている記事と解説を読んで夜になると新橋の焼き鳥屋でまるで自分の意見のように語る連中はまさにあふぉーである。

 

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」

 

福沢諭吉の「学問のすすめ」は今の時代においても全く古さを感じさせず、古代ギリシアでソクラテスが語った学問と比較しても全く比損のないものである。現在の日本で語られる格差は、時々ぼくには不思議なものに見える。自分が努力もせずに何もせずにカクサカクサと叫んで、頑張ってる人の足を引っ張って自分のレベルまで落とそうとする、平等という美名の下に。そんなんおかしくないか?

 

福沢が言いたかったのは、皆しっかり勉強して上に向けて成長しようということだ。ところが現実の日本では自分の意見を持たず知識も持たず「ぇ〜、長谷川理恵、振られたんだって〜?」みたいなくだらんネタではしゃいでいる。それでいながら勉強して頑張った人の取り分を「おれにもちょうだいよ〜」って。

 

そりゃいいよ、ぼくも基本は社会主義者だ、皆が平等に生活することは良いと思いますよ、一つのパンを皆で分けあうのは賛成。けど君のやってることは単なる寄生虫にしか過ぎないよね?何も生産してないよね?自分が何もせずに他人からモノをもらうのが当然と思い、その結果として社会が荒廃してしまえば無意味どころか、あんた害虫でしょ。

 

学ぶという事を放棄した時に人は怠ける事を覚えて、それが気持ちよくなるからずるずると怠けたままになり、成長を止める。けどとりあえず今日の社内の飲み会では気に入ってる女子社員も来るから偉そうな事立派な事も言いたい、だからとりあえずキオスクで買った雑誌でネタを仕入れておく。

 

ところが自分に地頭とか基本的知識がないからとりあえず読んだだけでは何がなんだかよくわからない。お気に入りの女子社員が君と同じレベルのあんぽんたんであれば「あ、すっご〜い、せんぱ〜い、よくご存知ですね〜」と祭られるが、相手がちょっとまともだと「あれ?いつも言ってることと違いますよね?」ってすぐネタバレする。

 

なんで突然こんな事を書きだしたかというと、今丁度NHKの「坂の上の雲」を観ているからだ。司馬遼の原作も何度も読み、NHKでテレビ化された時も観たかったが最終回が出るまで3年待ってた。いいよね、香川照之、阿部寛も味あるし。

 

当時の日本が今から見れば素晴らしく成長してた時代と思うかもしれないが、けれど彼らの時代には部屋暖房も携帯電話もインターネットもなかった。だからどう考えても「物質的」には現代の方が贅沢である。

 

それでもあの時代が良かったという人の話を聞くと、あの時代は夢があったという。では今の時代は夢がないのか?少子高齢化する日本、介護疲れのあげくの親殺し、幼児を車に放置して母親がパチンコ狂いで子殺し、追い上げてくる中国や韓国の電気製品や車、そんな場面を見れば確かに悲観するかもしれない。けど明治時代はすべて明るかったのか?日本が成長する中でも女工哀史のような野麦峠があり島崎藤村の描いた部落差別があり関東大震災があり、それなりに暗い面もあった。

 

つまりいつの時代も同じなのだ。現実をどう捉えるか?それによって答えは変わるのだ。そう考えれば今の時代だって明治と同じだ。実はたくさんの機会があるのだ。

 

ぼくらが今歩いてるのは峠道である。右側は千尋の谷で、落ちたら底さえ見えない怖さ。けど左側を見ればどこまでも天に向けて登っていく道。右側だけ見れば怖いだけだ。左側だけ見れば底抜けにあふぉに明るくなる。ぼくらが今スべきことは僕らが今立っている場所が峠道であり、右側も左側も見ながらまっすぐに自分の道を歩いていくって事だろう。

 

そのために必要なのが手引きであり、この道をこう曲がったら次はこうなるますよってガイドブックだ。それを世間では学問と呼び、歴史教育とか先達のあらま欲しきたりことなり(吉田兼好)となる。学問とはネットを使って「このカレー、ばり美味しいっす!」「Like!いいっすね!」と書くことではない。

 

まずは己の意見をもつこと。そのために勉強をする。一体自分のやりたい事ななんなのか?古今東西の歴史や政治や経済を学び、自分がどういう立ち位置が一番納得できるかを決めて、それから時事に入る。そういう順番を踏まないと何も知らないままにネット情報に振り回されて他人の意見に洗脳されて終わりだ。

 

LikeでもTLでも良いが、もすこし地頭付けてから自分に合った事をやったら?と思う今日この頃だ。



tom_eastwind at 19:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月21日

河村氏発言、南京市が名古屋との交流を一時停止

【中国総局】中国の華僑向け通信社「中国新聞社」(電子版)によると、中国江蘇省南京市政府は21日夜、1937年に起きた南京事件について、「虐殺はなかった」と河村たかし名古屋市長が発言したことを受け、同市との交流を一時停止することを明らかにした。名古屋市と南京市は友好都市提携を結んでいる。

20122220157  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20120222-OYT1T00085.htm?from=navr

 

この背景がどのようなものかまだわからないが、中国側が常に自分の領土を広げるために自己に都合の良いことを言うのはこれはもう国民性であり、それをいちいち真面目に聞いて対策を考える日本人は単なるお人好し、ましてや中国の言うことをまに受けて「中国様申し訳ございません、馬鹿な日本人の代わりに私どもがお詫びします〜」ってのがマゾ的洗脳バカ、そして一番ひどいのは「中国様を怒らせるような事をする日本人は何事か!国家の恥である〜!すぐに全面的謝罪をして二度とこのような事は言いませんと反省文書を書け!ついでに金払え〜」と騒ぐのが亡国の徒、社民党あたりである。

 

ほんっと、社民党だけはとっとと解散して出身地の似非同和団体と合併して取れる地元自治体から税金吸いとるだけしておけばいいのだが、こいつらすぐに虎の威を借りて国政に口を出すからうざい。

 

南京事件があったのか?たしかに日本軍が南京に攻め込み南京で中国兵と戦い彼らを殺したの事実であるしそれを南京事件と呼ぶなら呼べ。しかしそれは戦争だ。民間人を殺したとか言うが、これは中国軍兵士が民間の服装を着て便衣兵として日本軍の背後を襲ったからであり、殺すか殺されかの一瞬の判断で相手が本当に民間人か便衣兵かを見抜くのは難しく、中には間違って民間人を殺したかもしれない。しかしそれは戦争においては古今東西同様であり誤差の範囲内である。

 

もともと住民登録によって明確になっている南京に住んでいた中国人人口よりも多い人間が虐殺されるなど物理的に不可能であり、だいいちそれだけ殺したら南京は人口ゼロになりますぜ。ところが日本軍占領後も多くの中国民間人が日本軍のために(かなり自発的に)働き、「なんだ、中国軍という泥棒豚よりも日本軍というよく吠える犬の方が番犬としては優秀でないか」と言われた。

 

つまり当時の南京市民は誰が支配者になるかが問題でありどれだけ搾取されるかが問題であり、中国軍が豚のように何でも喰らい略奪するのに対して日本軍はルールを守りわんわん吠えて治安も守ってくれた、その意味で日本軍の方が労働分配率が圧倒的に良いのだから当然地元民は日本軍を贔屓にした。

 

戦後になって日本から金を巻き上げようと画策した蒋介石中国は、いかにも南京で大事件が起こったように見せかけて英語の上手な奥さんがそれを英米に主張していつの間にかありもしない虐殺事件が捏造された。

 

民間人虐殺というなら米軍による東京大空襲は良いのか?原爆は良いのか?戦争を早く終わらせるために原爆を使ったという理屈が通るなら、例えやってない虐殺でも「戦争を早く終わらせるためにやった」と言えばいいのか?

 

要するにすべてが勝者によるでっち上げであり政治の駆け引きでしかない。ぼくらは自分たちの先達が何をして何をしなかったか、一人ひとりがしっかり勉強して理論武装すべきである。ぼくは奥さんが中国籍であり子供は多国籍であり教育は白人国家で受けているから、第二次世界大戦の歴史的認識の間違いを訂正するのはぼくの仕事だと思っている。

 

西洋式の理論で彼らに説明をする時のポイントは、数字で詰めることだ。

「日本人は南京で我々の同胞を30万人も虐殺した」と言われれば「では当時の南京の人口は何人でしたか?中国自身の統計でも20万人もいなかったのにどうやって30万人を殺す事ができるのですか?」と聞き返せばよい。

「日本人は民間人を虐殺した」と言われれば「あなたは便衣兵というジュネーブ条約に違反した中国兵がスパイとして活動した事実を知っていますか?あなたは当時の中国ではすべての中国人が武器を持って戦え、でなければお前の背中を撃つぞと言った蒋介石の言葉を知ってますか?つまり殺されたのはすでに民間人ではないのですよ」

「日本軍人は日本刀で捕虜の首を切った!」と言われれば「それは殺し方の違いですよね。中国では同胞に対してどのような殺し方をしましたか?例えば文化大革命時期では罪もない人々を市中引き回しにして小学校の校庭で集まった大衆の面前で殴り殺したり肉を斬りつけて、中には人肉を喰らったり脳みそを吸った例もありますよね。それはすでに中国人自身が告白しています。むしろすぱっと切った方が痛みもなくていいでしょ」

 

どのように言い返すかは本人次第だろうが、平和ボケの日本で外国人が日本の悪口を言って金をむしり取ろうとするような状況では、ぼくらはきちんと立ち上がって説明する「時代的義務」がある。今この時代に生きている限り過去の日本人の名誉を守るためにも、言うべきことはきちんという、そのためにも自分自身が南京事件で何が起こったのかを学ぶ必要がある。

 

冒頭に書いたとおり河村市長の狙いも中国側の狙いもわからないままなのでこれ以上は意見表明のしようもないが、とにかく自己防衛のためであっても常に歴史を学び日本が何をやってきたか、何をやらなかったかはしっかり学ぶ必要がある。ある意味、空手と同じか?空手に先手なしとりょうまくんは教えられてるようだが、僕らも自分から相手の国の悪口を言って喧嘩を得る必要はないが、相手が理不尽な事を言ってくれば毅然と跳ね返すだけの知識は蓄えておくべきだと思ってる。



tom_eastwind at 18:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月20日

赤い車 

社会主義者が運転しているのか?朝、会社の近くに借りてる(ほんとに近い、会社のビルまで1ブロックだけ)駐車場に行くと、堂々と真っ赤な日本のワンボックスカーが僕の契約している場所に駐めてる。

 

この駐車場は坂道を利用した8階建てで上半分が時間借りで下半分が月極契約となっており僕はこの場所にもう3年以上借りている。もちろん入り口では大きな文字で「時間借りは上に、下は全部月極です」と堂々と書いているのだが、そんなもんを無視して停める輩がいる。

 

なのでぼくは緊急用の場所に車を止めて係員に事情を説明するといかにも機械的に「ではそのままそこに止めておいてください」だって。おいおい、違法駐車している車はレッカーしないの?と聞くと「明日も止めるようなら考えます」だって。

 

当然こちらはヘッドカムカム(頭に来る=HeadComeCome)なので「ざけんな、こっちゃ毎月高いカネ払って場所借りてるんだ、違法駐車を放置しといてなんで俺が緊急用のスペースに停めなくちゃいけないんだ、すぐレッカー呼べ!」というと係員の若い兄ちゃん、苦い顔で小声になり「おれもそう思うんだけどさ、ちょっとマネージャーに話しておくよ」だって。そこで彼の顔をよく見ると最初はマオリ系と思ってたら、なんだか米国系黒人の痩せたラッパーって感じでどうやら移民の子供のようだ。

 

ぼくは「あのさ、君の仕事だってぼくの払った家賃から支払われてるんだぜ、ぼくはお金を払って一時的に所有権を借りている。だ・か・ら・違法駐車ってのは借家に他人が上がりこんで召し食ってるようなものなんだよ、おかしいよねこれ?」

 

「う、うん、君の言ってることはよく分かる。だからボスにはちゃんと話すけどさ、だって止める場所あるんでしょ、ならいいじゃん」で終わってしまうんだよね」だってさ。

 

この国で生きてて一番頭に来るのはこのように個人の所有権があまり尊重されてないってことだ。ぼくが昔クイーンズタウンのスキー場で仕事をしていた時のことだが、米国人インストラクターが昼食休憩を終わりスキー場に戻ると自分のポール(日本名=ストック)がない。スキー(日本名=板)はそこにあるのにポールだけない。

「おい、誰か俺のポール知らないか?」

「見えないほどちっちゃいのかい(笑)?」

「冗談じゃなくてさ、ほんとにないんだよ」

という事で他のイントラも集まってポール探しに出てみたら、山の上からキーウィのイントラがやっほ〜と滑り降りてくる。そして彼の手にあるのは米国人イントラのポール。

 

「おいおい、何を勝手に使ってんだよ、それ俺んだぞ」そういう米国人イントラに対してキーウィはケロッとした顔で「あ、そこにあったから使ったんだヒョ、もう終わったからいいよ」だって。おいおいお前さ、それは普通に窃盗というのだよ。けどキーウィにはそれが理解出来ない。今そこにあるものを今必要としている人が使う。テーブルの上にある胡椒を回しているようなものじゃないか。

 

そう。ある種類のキーウィは未だに原始共産制であり個人の所有権が理解出来てないのだ。なぜこんなことが起こるか?その理由は2つあり、ひとつはまず先住民族であるマオリはまさに原始共産制社会で生きてきた。彼らは1千年くらい前に部族ごとにタヒチあたりから移住してきたのだが、自分たちの部族が持つものはすべて共有であり、社会を構築する皆がそれぞれ能力を出しあって食料を得てそれを必要に応じて分配するという制度を長く取ってきた。

 

つまり能力があればたくさんとれて自分の取り分が増えるという発想がない。人はこどものうちは親に育てられ、青年になれば働き、女性が適齢期になれば子供を産み、彼らが年を取れば子供たちが漁に出ておじいさんやおばあさんは孫の面倒を見たり海から上がった魚を捌いて料理をする、そういう生活サイクルがあるから三世代の助け合いで組織が成立する。

 

その中では個人所有という考えがない。例えば海の魚は誰のものか?本来なら国家全体の財産であるが実態は日本では漁協の権利であり個人や企業のの専有権利ではない。NZでは漁業権はほとんどマオリが支配しておりこれも問題ではあるのだが、要するに誰か個人が所有しているわけではないのだ。

 

むらのものは村のもの、必要な人が必要な時に使えば良いし、終わったら元の場所に戻しておく。能力があるものは遠慮せずに能力を使ってたくさん魚を獲ってくるが、食べるときは能力がある者もない者も同じ量だけを受け取る。まさに究極の共産主義である。

 

第二の理由は1800年代に植民してきた白人が当時の英国の階級社会を嫌いこの国を労働者天国にしよう、ひいては社会主義国にしよう、つまり働いても働かなくても受け取るものは同じ、大前提として誰もが能力があればそれを社会のために使い切ることが当然という考え方があった。

 

つまり社会全体が豊かになれば個人の生活も豊かになるし、個人が自分だけの所有権を訴求し始めたら誰もが共同作業をしなくなり社会全体の利益から見ればマイナスってことだ。誰もが歳を取れば働けなくなる。その時に老人は死ぬしかないのか?そうではなくて、老人だって若い頃は社会のために働き(つまり老後に向けてポイントを貯めて)歳を取って働けなくなれば若い人に食わせてもらう、そういう社会主義が存在した。

 

その頃の名残が今でもある。ぼくの借りてる駐車場は市役所がオーナーであり1970年代に市役所に入った人たちからすれば「駐車場?他の場所が空いてるんだからそっちに止めればいいでしょ」って脳みそがある。

 

英国の植民地であったニュージーランドで、なぜこのような個人所有が理解されないか、それはマオリの原始共産制度と白人の持ち込んだ社会主義によるものが多い。結果的にこの主義がニュージーランドを1970年代に経済崩壊に追い込み1980年には国家デフォルトを起こすのだが、やった連中は未だもってこの駐車場のボスのような考え方、何も変わっていないのである。

 

ぼくは平和主義者だし社会主義だって好きだが、こいつらの社会主義って結局他人からむしりとる下向きの平等だから嫌いなんだ。だもんで争いは嫌いだが相手が何か仕掛けてくれば瞬間湯沸かし器となるのがぼくの特徴のようだ。けど目の前にいる若いお兄ちゃんだってある意味ぼくと同じ労働者階級で労働貴族の被害者でもある。「にいちゃんさ、じゃあ今日はここに止めておくけどさ、あんたのボスにしっかり言っておいてくれよ、Propertyって英語をもいっぺん辞書で読んでおけってさ」兄ちゃんもどうやらこれで終わったと思ったようでにこっとして「ごめんな、後でオフィスで“俺、怒られたっすよ!”と言っておくよ」

 

ちょっとした事ですが、これからニュージーランドに来るかた、この国では個人の所有権に対しては英国式に契約がどうこうと糞真面目にやる反面、現場ではこんな社会主義も起こるって事は予め覚えておいてください、でないとむっちゃハラ立ちますから(笑)。



tom_eastwind at 18:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月19日

人生「裏ワザ」手帖 飯島勲

小泉元総理秘書官が明かす 人生「裏ワザ」手帖
小泉元総理秘書官が明かす 人生「裏ワザ」手帖
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小泉元総理秘書官であった飯島氏がプレジデント社から発行した「裏ワザ」。読み切りのテーマを数ページづつご開陳しているのだが、現実的でなかなか面白い。

 

“「りさ」と言う子が留年しかけた理由”では子供の名前を付けるのにも十分注意する事がテーマ。りさは日本の旅券ではRISAだが英語圏ではLISAが一般的である。りさが英国に留学する事になった際、学校でついLISAと登録してしまった。問題が起こったのは英国留学終了後に米国の学生ビザを申請しようとした時。旅券ではRISAとなっているのに英国に留学してたのはLISAでありRISAが英国に留学した事実はないとして却下されそうになった。ご両親が必死の思いで各所に働きかけ(これは政治家ですな)ギリギリで事なきを得たが(後略)〜。

 

自分の子供に名前を付けるのにまるで自分が成れなかった夢をおっかぶせるように訳の分からん名前を付ける親がいる。かと思えばどう読んでも日本語表記としては最悪でしょって名前(あくまとか)もある。そして外国で子供を産んだ母親は白人との子供が生まれて自分の夢がかなったとばかりにうれしくて仕方ないから英語名を付けて一生懸命英語名で呼びかける。けれどその名前は日本で使った時におかしくないか?猪木さん家の男の子がアンドレアスイノキ〜!生まれた時からあご長そうですね。日本でも近藤さんちで女の子が生まれてむつこちゃんなんて名前を付けたら学校でいじめの対象になりやすくてやばいよね。

 

だから名前を付ける時は将来外国で生活をする可能性も考えた方がいいってわけで、これなどうちのように父親が日本人で母親が香港人で子供二人がニュージーランド生まれってごちゃごちゃな環境では生まれる時に中国語+日本語+英語チェックを真っ先に考える。発音、漢字の意味、同音異義語がないかとか。

 

りょうまくんの場合は日本語は意味、発音とも問題なし、英語だと地元の人が発音出来なくて今ではライオーマと呼ばれているが綴りはRyomaのままなので別に問題なし。ちょっと笑ったのが広東語にした時で父親の名前と龍馬の名前を同時に発音すると香港のお正月の「今年は昇竜!」みたいな意味になるので奥さんと笑ったのだが、これはまあ平和な意味でありOK。今でも香港にお正月に帰ると当家の複雑な事情を知らない人はびっくりしている。

 

他にも「間違いだらけのマニュフェスト選挙」ってのは政治家としての信念と現実の政治をよく理解してて今の民主党には是非とも読んでもらいたい。ダム建設反対などマニュフェストを作っておいて政権奪取後に次々とマニュフェスト破りをする民主党。政治家の個性を無くすマニュフェスト選挙は日本に合わないという指摘もうなずける。

 

普天間に関する見立てはぼくも同意見。様々な理想論や現実論、財政問題、防衛相や米国ペンタゴンの利害が重なる中でぽっと出の民主党が妥協の産物ばかり並べているようでは何も決まらない。とくに困るのは元々ジュゴンのいない海域で「ジュゴンを守れ」と主張する人々だ。「あの、ジュゴンいませんけど」とでも言おうものなら「あなたたちが追い出したのよ!」と言い返されそうである(笑)。

 

他にも理想論ではなく現実的に物事を判断する基準がよく書かれてて面白い。会議での席順や冠婚葬祭など日本的な物事の処理の仕方はぼくにとってはすでに意味不明処理不能であり「故郷は遠くになりにけり」だった。政府内の各部署のボスのイスの配置では政府内では皇居に背を向けないのが原則とか。思わずグーグルマップで自分のイスをチェックしたら背中は東北向きだったので大丈夫、ほっとした。

 

肩の力を抜いて読める一冊でした。同時に読んでいる一冊が非常に重いのでバランス的にはちょうど良いかもです。もう一冊は「朝鮮戦争・金日成とマッカーサーの陰謀」で元赤旗記者が綿密な取材で金日成の生い立ちの虚実を暴き朝鮮戦争は北が計画的に国家として南に侵攻した事実を一つ一つ証拠を挙げながら話は進んでいく萩原遼シリーズの一冊ですがこのあたりはシリーズ全部読まないとコメントできない状況です。

 

ちなみにぼくはいろいろ考えたけど当面FACEBOOKTwitterともやらない予定です。あれってささっと書けそうで、何かあると一気に感情的に書き込みしそうで、それが怖いですから。もう少し大人になってから考えます(笑)。




tom_eastwind at 14:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月18日

KENなう

昨日は久しぶりに古い仲間とアンザックストリートのKENで焼き鳥と焼酎を楽しむ。IT系の社長さんと教育関連で働いてる仲間。みんな昼はくそみそに現場で頭使って働いてるので、今日は何があったとかどれもリアルな話ばかりだ。つまり社長夫人の午後のお茶会ではなく現場で油で手を汚しながら感じた事を話すので学ぶことが多い。

 

ニュージーランドの留学環境や教育業界の今後とかアジア人の動向とか、新聞では出ないネタや日頃は聞けない裏話をお互いに情報交換して楽しむ。焼き鳥KENさんとはもう13年くらいの付き合いかな、彼が初めてKロードにお店をオープンしたのが20世紀最後、その開店当時からお客として家族で通い、今はアンザックでこうやって古い仲間と焼き鳥食ってると、おお、時間の流れを感じますね。

 

数日前にもネタになったSNSが、それぞれの業界ではどう取り組むべきかなんて話も出て来た。FACEBOOKやるべきか?これは結局あなたが所属する業界xあなたの社内での位置づけx市場=やるかやらないかって事であり一人一人答が違ってて当然だと思う。

 

ただ一番ダメなのは「xxちゃんがやってるからわたしもとりあえずやってみようかな」とか、社長が「何だ、最近SNSが流行ってるんだって?だったらうちもやんなくちゃ」と言う、目的が明確でないし戦略もないしましてや効果が目に見えないのにどう評価するのかとか、そういう全体的な戦略がないままに始める事だ。

 

生身の自分を外に晒すことが出来るのか?仮面はどれだけ長くかぶっててもいずればれる。本音の自分を語る事がSNSを長続きさせるコツだと思う。だから本音がないままに周りに格好付けでやるのなら、止めた方が良い。ペットブームに乗って可愛い猫を飼うようなものだ。結局自分で面倒見られずに捨ててしまい、子猫は野生にも戻れずに野山で朽ち果ててしまう。

 

昨晩は311のすぐ後に福島にボランティアで入った人と話をする機会があった。震災後一週間もせず、ちょうど仕事を辞めて次の予定まで時間があったのですぐ動けたとの事。当時は現地でさえも食糧調達に苦労していた時期で、彼らは地元の人の迷惑にならないようにすべて自給自足で食糧を用意してしっかり足固めして現地に入り込んだ。この団体は主に動物愛護が目的であり震災後に放置された動物を助けるのが目的だった。

 

現地ではほとんどすべての家で動物を飼っていたようで犬小屋があるのだが、鎖に繋がれたまま死んでた犬とか。ほんっと、ここだけは声を大にして言いたいのだが、日頃はペットを「家族の一員です、きっぱり」と言いながら自分がやばくなると捨てるって、あんたそれでも人間ですかと言いたい。だったら最初から飼うな、動物が人間並みの扱いならその動物をお金で売買するなんてまさに奴隷貿易じゃんか。ほんとに家族と思って動物と一緒に生活するのなら、きちんと最後まで面倒を見てほしい。

 

その団体には被災者から電話がよくかかってきたという。「あのさ、うちの犬、xx番地なんだけどさ、ちゃんと助けてくれよな」本人は被災先の温泉地で風呂に入りながら、全く立派なものである、お前の首に鎖かけて犬小屋に放り込んでやろうかって感じだ。

 

福島とか原発はぼくはあまりテーマにしていない。原発事故以前はかなりネタにしていた。とくに浜岡原発とかは即時停止がぼくの意見だった。何度も書いた。しかし現実にこのような事故が起こってしまうと、ぼくの立場でこれ以上書ける事がなくなった。あまりに身近過ぎるのだ。

 

ぼくが今まで「311以前」事故が起こるまえに自分なりに学んだ事がこれから現実に起こるわけであるがそれを書いてしまうと「ステマですか?」とか「左巻きの原発反対派」とかレッテルを貼られてしまう。ぼくが軽水炉の仕組みを勉強したのは高校生の頃だ。構造的にぶっ壊れるよね、直観的にそう思った。理論的に考えても、やはり危険だった。費用対効果が合わない、普通に計算してそう思った。原子力の研究はするべきだがそれは神の世界に近づくことであり使用する人間がそれだけの心構えがないままにおもちゃのようにもてあそぶ危険性は、あまりにリスクが高過ぎると思った。

 

ぼくは文明を発達させるべきだと思ってるが原発が必須の手段だとは考えていない。ほかの手段があるわけだしその為には文明の発達を100年くらい遅らせてもよいと思う。ニュージーランドは50年前までは馬車が牛乳配達をしていた。今は水力発電と石炭発電でエネルギーの殆どを賄っているし地熱発電も盛んである。自分の制御出来る範囲内で生きていける国だ。急ぐ必要はないでしょ、明日地デジがなければ人が死ぬわけではないのだし。

 

犬は私の家族よ、そう言ってブログで写真を載せておきながらいざ震災となると犬小屋に鎖を付けたまま逃げ出して「かぞく」を見殺しにする奴ら。被災地の温泉からボランティア団体に電話して「あ、助けといてね、よろしく」で終わる奴ら。原子力の制御も出来ないままに目先の金儲けに走る奴ら。

 

昨日の唯一の救いは、KENで働いてる菊川玲似の可愛いアルバイトの子がピース写真を古い仲間のツイッター投稿に提供してくれた事かな、はは、よければ「NZ大好き」から検索してみてください。



tom_eastwind at 11:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月17日

予防と終末医療について

★抜粋開始

意外に思われるかもしれないが、医療経済学、公衆衛生のアカデミックな論文で、予防で医療費・介護費が減ったことを報告している論文は、私の知る限りほとんど存在しない。多くは、むしろ予防で費用が増えるというものである。

 

それは良く考えれば当たり前の話で、予防のメインは健診を徹底化することである。しかしながら、健康診断を受けようとしない人々とはそもそもどういう人かと言えば、生活習慣に何か後ろめたいことがある人、病気をもっている可能性があると自分で思っている人である。

 

こうした人々に、強制的に健診を行えば、かなり高い確率で、何かしら病気を見つけてくるのである。病気が見つかれば治療をせざるを得ないので、予防で返って医療費は増えることになる。さすがに、「がん」ぐらいは予防で早期発見する方が医療費が減りそうに思うかもしれないが、多くの論文は「がん」でさえ、予防でむしろ医療費が増えることを報告している。

 

これは、健診せずに「がん」に気づかなかった人々は、気づいた時には既に手遅れの状態となっているからである。手遅れなので医療費をあまりつかわずに亡くなってしまう。その意味で、医療費が例えかかっても、がん検診などで早期発見をすることは患者にとっては良いことであるが、しかし、それで医療費が減ると言うのは間違いである。

 

介護についても、残念ながら、予防で介護費が減ると言う事実は、アカデミックな論文ではほとんど報告されていない。効果があるとする論文も、費用的にはほとんど無視しうる大きさであると報告されている。こうしたことを考えると、表中の(2)にある金額は全て、効率化分1.2兆円から削除する必要がある。

★抜粋終了

 

どこかのブログから抜粋したものだが元ネタ添付忘れたので上記のデータが正しいかどうかは証明できない。しかし少なくともニュージーランドでは予防と言う考え方は殆ど存在しない。それはまさに費用対効果の問題だからだ。予防よりも治療の方が費用がかからないから予防をしない。

 

まさに「ガンになってから来てください」だ。更に医療費節減効果?があるのは、ガンに罹った人の次の診療は半年先です、でもって半年後に行くと「今忙しいから2か月後にもう一度来てください」となり、順番待ちのままガンで死んでしまうというケースが散見されるのでこれはさすがに報道でも時々取り上げられる。しかし政府関係者の姿勢は明確であり「そこまで予防や医療受けたければ自分の費用でやってください」となる。

 

つまりニュージーランドでは国民の税金で賄う医療費を大雑把に二つに分けて、怪我や急病などはすぐに治療するし政府が費用を負担するが年を取ってかかるような慢性の病気はゆっくりと静かに寿命を迎えてください、その分子供の教育に税金が回せますからって事だ。ドライではあるが合理的である。最近では男性の前立腺がん、女性の子宮がんと乳がんについては国費で予防をするようになった。これは単純に計算して予防費用の方が安いと判断したからだろう。

 

日本人が苦手とするのは本音と建前を使い分けて生活している結果、治療してもお金が無駄なだけの植物人間にパイプを繋げて長生きさせようとすることだ。医者は尊厳死を提案すれば殺人罪に問われるし家族は親戚の目があるからチューブを外せとは言えないし親戚からすれば無責任な建前で「あそこの家族はひどいわね、お世話になった父親が死んでもいないのにチューブ外してくださいなんて言い出すのよ」となる。

 

こうやって全員が三すくみ状態の中、日本では医療費だけが突出して激増していく。厚労省も長期対策を検討しているだろうが、この際ドラスティックに今までの日本の伝統である「親の世話は子供が見る」と言う発想を切り替えて「老老介護」や「リタイアメントビレッジとホスピスの本格導入」により介護疲れ殺人問題を解決させ現役労働者が仕事に就けるようにして老人も人生最後の時を苦しまずにチューブだらけにならずにゆっくりと死を迎えさせる発想が必要だ。

 

てかここまではいつも書くことでここから先が今日の本題だが、日本から移住してくる人たちはニュージーランドで定期健康診断がないのにまずびっくりする。「医療は整っているんでしょ、なぜ予防をしないのですか?」予防が当然と思ってる人からすれば「その方が費用がかかりますからね」と言う答えにびっくりする。医療をお金で計るのか、おかしいじゃないか!となる。けれどじゃあ予防と名目が付けばいくらでもお金を出すのか?片方では政府の財源は不足して医療費も不足しているので税金上げると言えば反対するのに予防でおカネが出ていくのは問題ないというのか、それが治療よりも余分に費用がかかるとしても?

 

この点は「あの世がある」とか「天国を信じると」か「現生だけでっせ、今を楽しみましょ」と人によって宗教や哲学が違うからどこにお金をかけるかは個人の価値観の問題だろう。ただ日本の場合は一般社会人がその哲学議論に踏み込まずに、そのずーっと手前で皆が本音と建て前でばかり逃げまくって真剣に考えようとせずに肝心の議論に踏み込んでいない気がする。だからいつも上滑りの議論になり自分の親が病気になったら建前を押し付けられて苦労することになり親戚の親が病気になったら今度は建前を押し付けて鬱憤を晴らすくらいだ。

 

誰もがしっかりと議論しないから目の前に介護が出て来てから初めて「どうしよう?」と悩む。しかしこれなど皆が元気な時に家族できちんと議論をして価値観を統一しておけば問題にはならない筈だ。そして終末チューブ医療と子供の未来のための教育とどちらに自分のおカネを使うか、10対0ではなく2対8くらいの予算配分でいいんじゃないのとか、きちんと意思統一を図っておくべきだろう。

 

日本はこれから大増税の時代になる。しかしそのお金がほとんどすべて医療に使われるとなったら?それも治る見込みのない病気に対してお金を注ぎ込み、結果的に儲かるのは製薬業界と役人だけとなってしまえば実に馬鹿げた話だと思わないだろうか?

 

それよりは「死」と言う誰もが避けられない現実をしっかりと見据えて、自分を含めて「医療はこれで十分、あとは安楽死させてくれ、臓器は大学や臓器バンクに寄付するよ」と意志表明しておけば病院側も随分と効率的に活動できるってものだ。

 

定期検診や予防が当然と思う国から来れば予防と言う概念がない国がとても不思議に思えてくるだろうが、それは医療水準が低いとかではなく医療経済学や哲学の違いなのだという事を理解しよう。

 

と、こんな事を言いながら何だがうちの会社では社員に定期健康診断を会社の費用で受けてもらってる。これは医療経済学ではなくそろばん学?(笑)である。当社の平均年齢は若く社員数が少ないから病気で長期休暇を取ってしまうとシフトを組み替えるのが大変、だから病気にならない為の仕組み作りもしておく。これは道徳観ではなくそろばん学だから社員が感謝する必要もない、むしろ「しゃっちょさん、あんたも悪でんな〜」とでも言ってもらえば良い(笑)。

 

会社の運営を円滑にするために国家の税金に頼る気持ちはない。ぼくは定期検診を会社に導入する事で対応する。けれどそれと国家が老齢者も含めた全体の財政、税金の再配分をどうするかってのは別問題だ。

 

予防がテーマではあるがそれは結局終末医療にまでつながっているからめんどくさくてついつい議論を避けるだろうがあなたは自分の子供たちと「医療と教育」について話をした事があるだろうか?子供に「お父さん、医療費よりも教育に税金を再配分するべきじゃない?」って聞かれてどう答えますか?

 

日本でも最近はジェネリック医薬品が導入されるようになった。それでも今はまだ皆が払った税金の多くが医療費として支払われ、製薬業界と役所だけが潤うようになっている。それって、嫌でしょ?どうせ税金払うなら将来の為に子供の教育に使いたいとか考える人もいるでしょ?だから税金の再配分を含めて予防と終末医療とをどう考えるかが大事になるのです。

 

結果的に東洋的思想が強い日本では西洋のようなドライな結論にならないかもしれない、けれどそれでもいいのです、大事なのは自分で考える事、人ときちんと話をすることなのですから。



tom_eastwind at 11:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月16日

時間を買い始めたキーウィ

映画監督のジェームズキャメロンがニュージーランド北島最南部のワイララパに2千万ドルで牧場を二つ買って今年後半から家族で移住する。ワイララパと言ってもピンと来ないけどウェリントンのちょっと南と言えばイメージわくかも。

 

彼の作品はタイタニックとアバターが有名だけどぼくとしてはエイリアンやターミネーター、古くはabyssなどで彼の名前が頭に入力されている。カナダ出身のキャメロン監督は牧場経営をしながら映画作りも、あ、逆か、映画作りをしながら牧場経営もするとの事。

 

でもって何でウェリントン?かと言うとここにはwetaと言う映画会社があり、指輪物語3部作(Road of the Rings)あたりから映画界では非常に有名になり、ピーター・ジャクソン監督率いる特撮を撮らせれば天下一品部隊がキャメロン監督の目に留まり「アバター」では特撮に参加したいきさつがある。

 

カナダだって良い場所いっぱいあるのにって感じだが、白人にとってのニュージーランドは北半球とは一味違った何かを感じる場所なのだろう。北半球に移住した労働を大事にする白人がいつの間にかお金の世界でマネーゲームをするようになり、すっかり忘れてしまった手を使って働くとか他人を信用出来る人間性とか堂々と空を見上げて楽しめる空気とか。

 

そうそう、空気と言えば北半球と南半球の大気汚染度をぐぐって見ると面白い。世界で今一番汚くて真っ赤になってるのが中国東部で日本は真っ赤と黄色がぐちゃぐちゃに混ざっている状態。ところが同じ地図でも南半球を見ると真っ青。あの色の違いを見るだけで移住したくなるよなって感じだが、実際に北米から移住してくる有名人が後を絶たないのは面白い現象だ。彼らはもしかして北半球の将来の何かこれから起こりそうな陰謀事件でも知っているのか(笑)?

 

彼に限らずだが平和で静かな生活を求めてニュージーランドに移住する人は毎年増えている。オークランドは1990年代は人口100万人都市と言ってたのが今年はついに150万人を突破する。2030年には200万人を突破すると市役所も予測しておりその為に道路拡張など都市整備をせっせと行っている。現在のハーバーブリッジも渋滞が激しいので次はトンネル掘るかもう一本橋架けるかで専門家の間で議論が進んでいる(筈だ、さぼってなきゃ)

 

毎年平均して約2万7千人がオークランドに移住してくるわけで、日本ならちょっとした町が毎年一個づつ出来上がるようなものだ。これはいくつかの要因があるが子供を産みやすいので特殊出生率が2.0を超しているだけでなく今までニュージーランドからシドニーや英国など出稼ぎで流出していた人々が出稼ぎ先から戻り始めて(20世紀は流出が5万人流入が3万人くらい)、流出3万人に対して流入が4万人くらい。それに海外からの移住者が年間3〜4万人だ。だから多くの移住者はオークランドにやって来てる計算になる。

 

ほんとはワイララパのような田舎がニュージーランドらしくて良いのだがキャメロンクラスの映画監督なら良いとしても普通の人にはちょっと住み辛いので、仕事や学校の都合が良いオークランドに自然と人が集まってくる。そして以前はシティと言っても夜間人口がほとんどいなかったが現在はあちこちにアパートが建設されて大学に通う学生やシティで働く人々が激増した。

 

その結果として夜間人口に対応する為にシティに大手スーパーマーケットが最近立て続けに2店出店してきた。一つはうちの会社から歩いて1分、道路の向かいにあるカウントダウン、そしてもう一つがぼくもよく利用するニューワールドだ。

 

両方のお店の特徴はお一人様用やカップル用の作り立ての料理が並んでいることだ。今までのたいていのスーパーと言えばモールの中にあり4人家族が郊外から買い付けに来てトロリーいっぱいに冷凍食品やコーラを積み上げてたのが普通だったがシティのニューワールドでは完全に個人向けになっている。

 

ニューワールドはクイーンストリート沿いのBNZビルの地階にあり(山水レストランのすぐ下にあり歩いて10秒)エスカレーターを降りるとすぐに出来たてのローストチキンや焼き立てのパン、フルーツの盛り合わせパックが所狭しと並んでおり(家賃が高いのだろう)、籠を持って順々に回っていけばレジにたどり着くころは今晩の夕食の材料が全部そろってるって事になる。セルフレジが4台ありコンピューターを使い慣れた世代にはレジで人を話しをするよりもこっちの方がずっと気軽だ。

 

オークランドも次第に都会の様相を見せてきて、慣れないキーウィだとこのスーパーが一方通行の作りになってる事に気づかずあっち行きこっち行きしてその度に人にぶつかり、Sorryとか言いながらレジに行くとセルフなので自分が持ってるものをどうかざせばいいかも分からずにおたおたする事になるだろう。なんだか初めてニューヨーク見物に来た中西部の田舎アメリカ人が忙しそうに歩くニューヨーカーに道を尋ねて「あの、これ、どっち行けばいいんかな、それともおれ自分でクソッタレって言おうか?」なんて事になる。

 

オークランドは南北に長い都市であり東西の一番細いところは南太平洋とタスマン海に挟まれて13kmくらいしかない。オークランド南部は地域にもよるが全体的に治安も良くなく新しくやって来る人には住みにくい。なので移住者は自然と北部に住むようになりアルバニーあたりがすでに新興住宅街として大開発されているがこれからはさらに北部が開発されていくだろう。

 

アルバニーから車で10分ほど行ったところには山の斜面を利用した人工スキー場がありそこは現在は牧草地帯であるが、この地域に住宅開発が広がってくるのも間もなくだろう。

 

中食が増え始めたという事はオークランダーの生活形態が変化し始めたということだ。料理を作る時間を惜しんでそこそこ美味しい出来合いのものを買って自宅に持って帰って奥さん又は彼女と一緒に食べる。食べ終わればささっとお皿を洗うかまたはプラスチックのお皿をそのまま捨てて、あとはテレビを見たりして一日の残りの時間を楽しむ。

 

こうやって見ればオークランドで次に出てくるビジネスがだんだん見えてくる。そう、日本が3世代家族から4人家族へ、そしてさらに核家族化していった時代に都会で何が売れていたか?オークランドでもこれから同じような状況が起こるだろう。

 

そしてこれから人々は品質管理を求めるようになる。そう、まさに日本人が一番得意としている高品質サービスがすべての産業に求められていくだろう。時間を惜しんで中食を買うのだ、次に来るのは何でもかんでも自分でやるDIYキーウィスタイルではなく、シティライフを楽しみ時間を惜しんで他人にプロとしてのサービスを提供してもらいサービスそのものを楽しむシティライフってことになるだろう。

 

ここにビジネスチャンスを見つけ出すのか何も気づかずに通り過ぎてしまうのか、それはすべて本人次第であるが日本人には有利な機会がやってきたと思う。



tom_eastwind at 16:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月15日

ASIMO

★日経ビジネス抜粋

最新型のアシモに関する記事を読む。今までアシモは他のアシモの動きがあっても自分の動きに影響は出なかった。例えばアシモがプレゼンをしている時に他のアシモがお茶を持ってきた。今までのアシモだとそのままプレゼンを続けていきお茶アシモの存在は無視されるのだが最新型ではお茶が来ればプレゼンを中断し「お茶が来ました。どうぞ」といった気の利いた発言すらするようになった。

 

これは背景にあるのはプログラミングに対する考え方の全面的な変更だ。これまでは1から10までの行動を、順を追ってプログラミングし、実行させてきた。これでは指示通りの行動しか出来ない事を意味する。状況が変化して順番を変更しなくてはいけない時や、想定外の行動を求められている時に、機転を利かせることが出来ない。

 

そこで新型では1つの行動を単位としてプログラムをモジュール化し、そのモジュール群を状況に応じて組み合わせるという手法を取った。例えばAからEまでの5つの行動を順番通りにこなすのではなくACEBDのように組み替えることが可能になった。組み合わせは数万パターンに上るという。

★抜粋終了

 

そうかそうか、だったらアシモより先に人間に対してプログラムを挿入してくれないものだろうか。世の中にはそれほどに機転の利かない人間が増殖している。言われた事しか出来ない、言われた事しかしない、状況が変化しても同じことをしている。「だって聞いてないですもん」とか「それって私の仕事ですか?」とか、言い出せばきりがない。

 

あるファミレスで若い女性店員さんがお客のいないテーブルに頭を下げて「終わりましたもの、片付けさせて頂きます」と言ってた。まさにマニュアル。

 

ある日の午後新幹線に乗った時のこと。ぼくの座るはずの座席が他の人に座られており、おまけに寝てるっつうの。他に席も空いてるし、まあいいや近くの席に座っておいて車掌さんが来たら状況伝えようと思ってたら間もなく制服姿の可愛らしい車掌さんがやってきた。小声で事情を説明すると「ちょっとだけお待ちください」と確認に戻った。

 

この、「ちょっとだけ」と言う言い方が良い。マニュアルっぽくなくて個別の気持ちがこもってるな。そう思ってたらすぐに戻ってきて今度はちっちゃな紙に「xx駅までだったらこうこうで、xx駅までだったこうこうで」と空席案内を書いててくれた。寝てるお客が万が一でも起きた時に不愉快にさせないための対応だ。あれにはびっくりしたな、毎日何百本と走ってる新幹線で車掌がここまで個別に対応するのは、なかなか出来る事ではない。彼女は今頃出世しているかな?てか出世出来なきゃJR、男尊女卑だよねって思わせた瞬間。

 

社会全体に「あれはダメこれはダメ」って雰囲気が広がって行けば最後はマニュアルのみになり決めた事だけすればいいんでしょ、余計な事すれば違反ですからねって事になり、最後は大東亜戦争突入だ。

 

自由に物事を考えようよ。マニュアルじゃなくて、目の前にいる人にどうすれば喜んでもらえるか、その為にはマニュアルなんてあったらいけないんだくらいの気持ちを持とうよ。でないとぼくらはアシモと同じロボットになってしまうよ。ロボットがどんどん人の心に近づいてる時代に、人間はどんどんロボットの世界に近づいている。この世界、おかしくないか?



tom_eastwind at 17:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月14日

賢いふりして

世の中で誰が一番生き残れる可能性があるか?それは巨大な組織でもなく現在のお金持ちでもなく有名な俳優でもなく立派な血筋でもなく、ただひたすら時代に合わせて変化出来るものである。そして変化は自分自身が情報収集して読み取り理解して納得しなければ行動へとは移行しない。情報弱者はまさに変化しない人々のことを言う。昨日と同じ明日があると合理的な理由もなしに信じ込んでる。

 

世間の仕組みを何も知らんで自分を賢いと思い込んでるあふぉーが自分のブログのヒット数を増やしたい為にすこし謙虚なふりをして「あまり分からないんですけど〜」と経済っぽい記事を書いてみるけど内容は支離滅裂。まさに謙虚以前のおばかであり全く何もわかってない事を晒すことを一般の世間では「恥」と言うのだが文章の前後の矛盾を指摘すると「そうなんですよ、私もそのあたりよく分からないんですよね、難しいですよね」って。じゃあ電気代の無駄だから最初から書くなっちゅうの。

 

とくに一時期池田ブログにしきりにひっついてる気持ち悪いおばさんがいて、池田氏は何とか無視しようとしているんだが彼女は自分の存在を認めてもらいたくてひたすらひっつきまくる。あんまり気持ち悪いから池田氏が「これ以上バカ書いたら立ち入り禁止」とまで言われ、周囲のブロガーにも「あの人、おかっしいんじゃないの?よっぽどさびしいのかもしれないけど恥さらしだよね」と言う意見が続出した。寂しいからって関係のない他人の世界に顔出すんじゃないよって感じ。

 

今の時代はSNS全盛であり誰もが誰もに繋がることが出来る。だもんで流行大好っきな人間が何も考えずにとりあえずFACEBOOKやったりする。けど肝心の中身がない。書くことがないのだ、今まで何かを書く、つまり創造するって訓練を受けてないからだ。だもんで池田氏やそのほか有名ブロガーにひっついてひたすらコメントを書き込みまくったりするのだが肝心の中身がすっかすか、バカ丸出しなのだ。恥だから書くなって感じだがそれでも本人は時代の最先端を行ってる積りなのだろう、「おれって、イケテル?」

 

少なくともぼくの時代では文章を書くというのは公衆に対する意見表明でありそれは起承転結があり文意が整理されており自分の意見表明か明快で、社会に対する感想か反論か、いずれにしても意思明快であったから反対意見に対しても議論が可能であった。ところが今のブログは「カレー食べちゃいました〜、ん、もう、さいっこ!」と書き込むと「うわ!すご、超よくなくない?いえ〜」みたいな反応でこれが新時代の文章ですって言うのならその文章で世間に出てみろっつうの、君の時給は一生880円のままだから。

 

今の時代は個人同士の情報交換である場所と公開された場所が一緒になっていて非常に危険と言える。個人間の口頭による会話とFACEBOOKやツイッターやブログは根本的に違う。友達同士が会っておしゃべりしてカレーの話をしているのではないのだ。すべては公衆の面前でやっていることなのだって事に気づこうよ。渋谷道玄坂のラブホで風呂上りに女友達と素っ裸でベッドに転がってビール飲んでぎゃははと話するのは良いが、そこで写真撮ってうpしたらそれはプライベートが突然パブリックになるのだ。冗談では済まなくなるのだ。日本のホテルでは「廊下に出る際は浴衣はお断りします」と言うサインがあるが、これがTPOである。着るものは場所を選ぶし言葉も文章も場所を選ぶ。それをわきまえてこそ人は大人と呼んでくれて評価してくれる。

 

スーツは元々ビジネスのTPOに合わせて作られたものでありこちらはビジネスルールを理解していますよって証明書であった。だから相手も一応安心して会う事が出来た。つまり自分が現在帰属している社会を理解してますよ、危険分子ではないですよの意思表明である。

 

高級でも旅館の廊下なら浴衣でOKだが高級ホテルの廊下は場所が違うから浴衣はダメなのってのが分からない奴が多い。「同じ泊まるとこじゃん!何がダメなんだよ!」だったら「同じ地球ジャン、ホテルのトイレでおしっこしても駅前の道端で座り込んでおしっこしても同じ、何がダメなの?」ってのと同程度の理屈である。垂れてろ、しかし二度と来るな、である。

 

文章も同じでありブログで何を書いても良いって考えてる若者は、TPOを理解せずに高級ホテルの廊下を酔っぱらって浴衣で歩き回って「これの、何が悪いんじゃ〜!」と騒いでるすだれ頭の田舎のおっさんと同じ知的水準である。場所をわきまえて理解して行動する事こそがまずは他人と会話を成立させる第一歩である。

 

出たがりな気持ちがあるのなら何で知的足腰を鍛えないのか?情報収集と分析の為には自分自身がまず基礎知識を身に付ける必要がある。最低賃金と雇用とインフレーションの関連性など少し考えれば勘の良い子ならすぐ分かる。「あ、これってぐるぐる回って上に登って行くんですね、それで物価も上昇するけど賃金も上昇して景気が上向くんですね、そっか、インフレと言ってもこんな風に中身のあるのならいいんですよね」と理解する。

 

地頭の良さと言うのは生まれつきなのか生まれた時に頭を石にぶつけたからなのか分からないが、こうなればこうなるという二段階以上の推測が出来る子や難しい理屈はよく分からないけどこの人の言ってる事は途中で理論のすり替えしているなとか気づく子は暗算の処理能力ではなく思考能力に長けている。

 

もしあなたたちがFACEBOOKTwitter,ブログ、これからの交信媒体を使ってこの社会に繋がろうとするなら、その前に何よりも自分は何なのかを理解すべきであり現時点での教養と基礎知識を理解して成長させる技術を身に付ける事を望む。何故なら今までは様々な壁があり君の語る事がそのまま世間に飛び出る事はなかったしネットで写真が流出することもなかった。けれどこれからは裸の君、君の教養、知識、歴史感、ビジネスセンス、地頭、すべてが裸のままで表に出るのだ。

 

今はSNS全盛の時代でありこれから先更に様々な情報媒体が激増してくる。これからブログやFACEBOOKTwtterのような実名ネットを使うのであればネットリテラシーを持つ事が何より大事になるし、読む人が読めば同じようなカレー記事でも作者の意図や知的レベルはかなりの確率でばれると思った方が良い。

 

社会に繋がるというのは、まさにそういう事なのだ。「カレーうまいっす!でいいんです、わたしはこーいうスタイルでやってるんです」ってんならどうぞぞうど、ただし最初に書いたように時給880円が永遠に続くぞ。

 



tom_eastwind at 16:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月13日

さよならどんべえ君 E思い出でした。

出張最後の夜の話。越後湯沢から東京へ戻った時にはお腹ぺこぺこで改札口近くのおにぎり屋さんで温かいおにぎり一個買ってタクシーに乗り込んだのだがホテルに着いて近くのコンビニでどんべー買わなくっちゃと思いつつもめんどくさくてとりあえず部屋に入り荷物を整理してたら、何とラッキー!ホテルに預けてあった荷物の中にどんべえきつねうどん発見!(何でそんなもん預けてるのか?)

 

これはもう神の賜物ですね〜なんて思いながらラベルの横を見るとE。そう、これは関東地域で売られているどんべえです。関西はWと表示されて液体スープなのですがEは粉スープ。寒い身体が温まるな、うれしいなとうきうきしながら包装をはがしてみると、あれ?いつもなら麺の間にある乾燥ネギがない・・・。入れ忘れ?不良品?それとも神様が更に賜物?けど、もしかしたら??と思い注意しつつ粉スープの袋を開けてみると、ああ、やっぱりここに小型ネギが潜んでいた。この悔しさ、最後の最後までうまくいってる積りが一番最後でおおこけしてしまった感じ。

 

自宅であればいつも茶こしがあるので茶こしで粉スープをささっと振ればネギは網に残りスープだけ取れるのだけどここは旅先、そんなしゃれたものはない。仕方なくティッシュの上に粉を広げてネギを拾いだそうとするのだが、いつもの大きなネギではないのでなかなか取れない。5分ほど格闘してもなかなか取れず、最後はいい加減に頭に来て、スープ全部捨ててしまった。

 

さて、残ったスープなしのどんべーときつね、一応お湯を入れて少し食べたがやっぱり食えたものではない。けどお腹空いてるし、仕方なく全部胃の中に押し込んでしまった。鮭の入った暖かい塩おにぎりがあったのが幸いでした。

 

でもってここからが本題ですが、普通の人に「ぼくはねぎ、玉ねぎ、ピーマンが食えないのですよ」と言うと殆どの人が「え〜!あんなに美味しいのに!」と言って派手に驚いてくれる。ありがと。彼らの人生からすれば生まれて初めてそんな人を見たから一回だけの驚き!だろうが、ぼくは生まれた時から今まで会ってきた人皆に同じ反応をされるわけでいい加減に飽きてくる。またかよって感じ。

 

次のセリフも大体同じで「こんなちょびっとなのだから味なんてしないでしょ〜」だ。子供だましみたいな事言うな、味がしないなら最初からネギなんか無駄だから入れるなって事でしょ。ちょびっとでも実際に味がするわけで口の中に入れた瞬間に吐き気が込み上げてくるのだからどうしようもない。

 

学校給食でも家庭でも「偏食せずに何でも食べなさい」と教えている。「ホウレンソウは鉄分がたくさん入ってて体に良いのよ、しっかり食べなさい」とか言う親は農水省が発表しているほうれんそうの鉄分が戦後どれだけ急激に減ったか知っているのだろうか?あれはほうれんそうと言う名前の緑色の雑草でしかない。おまけに昭和の時代は農協の指導を守って農家がたっぷりと農薬を振りかけてスーパーに出荷していたのだ、要するに農薬まみれで全く栄養のないくそまずい毒性食品が出回ってたわけで今なら速攻で返品と告訴ものである。

 

当時ぼくのお客様にも農家の方がたくさんいて、田圃や畑にお邪魔すると四角い大きな畔の中に更にちっちゃな四角い畔がある。これは何ですか?と聞くと「ああこれね、これはうちで食べる分だよ、農薬使ってないからね。全く農薬まみれの野菜なんてよくみんな食べるものだ、あんなもん、食ってたら病気になるぞ」と言ってた。ちなみに言うと天皇へ献上するお米は更に厳しく品質管理されてて一切農薬を使わないだけでなくコメの粒もそろったモノだけを供出しているとの事。

 

ほ〜、そうなんだ、、、え?なに?野菜を作ってる農家が食べないような危険な野菜を食わされてたのか?やっぱり子供なりに自分の舌が正しかったんじゃんか、ぼくは子供の頃一切野菜を食わなかった。大人になっても同様。ニュージーランドにやってきて人参を食べて初めて「人参って甘いんだ」と感激した事がある。それ以降人参やじゃがいもは良く食べるようになった。

 

親は誰かに言われた事をそのまま真に受けて子供に無理やり野菜を食わせようとするが、それは単なる惰性ではないのか?人間の体、特に鼻や口と舌は食べ物が美味しいとか不味いと判断するが、あれは第一に自分の体に危険性がないかどうかの確認作業である。美味しい食べ物は栄養もあるし味が良い。美味しくないってのはそれだけで何か問題があるわけで腐ってたら人間は匂いで分かるから食べない事で体を守ってる。

 

つまり子供は本能的に毒性の植物は自分の体によくないと分かってるから拒否反応を起こしているのに親が無理に押し付けて食わせるのは、子供の口をねじ空けて農薬を飲ませているようなものだ。そしてそれ以降は拒否反応が出たからどんな美味しい野菜でも食べなくなる。

 

ぼくは幸運な事に日本では殆ど野菜を食べずに子供時代を過ごしたし大人になっても殆ど食わず、ただ面白い事に時々体が野菜を欲しがるときがあった。食事時になると目の前に食べたい野菜が浮かんでくる。当時はそれがトマトであり、週に一回くらいトマトを2個食べてた。そのトマトもスーパーで買うのではなく農家からおばあちゃんが現金収入を得る為にリヤカーに乗せて直売している無農薬の、形は悪いけど味が良い奴だったのを覚えている。

 

思い起こせば昭和の当時は形の良いキュウリを作るために品種改良してどれもこれも規格にはまったものしか出荷出来ず、結果的に栄養のない農薬まみれで形だけきゅうりの「きゅうりもどき」が出回っていた。

 

当時は人間だけでなく野菜までも型枠に嵌め込んで内容はどうでもいいから外形だけ同じにしてところてんのように押し出して、野菜は市場に出る時はどれも同じ形だがすでに野菜ではなく人間はどれも工場のねじのように同じ形をしてそのまま社会と言う工場に送り込まれて型に填められていたわけだ。

 

子供を無理やり社会の枠に嵌め込むのが教育なら、そんなもん不要である。偏食も個性の場合があるのだ。親が自分の未熟な社会経験だけで子供が偏食だとか言うなら親の頭は偏脳だ。子供は褒めて育てる、強制はしない、個性を大事にしてあげる、型にはまったきゅうりもどきで見かけはまともでも味はなし、中身すかすかでバカ丸出しの子供よりも、見かけは少々悪くても味のある子供が出来上がるならその方がいいではないか。

 

ニュージーランドに来てからキャベツもレタスも人参も食えるようになり野菜が野菜の味をして栄養を体に送り込んでるんだなってのが実感出来た。けど今も玉ねぎ、ネギ、ピーマンだけは全く駄目だ。これはたぶん玉ねぎに含まれているあのつ〜んとした刺激がぼくの体に合わないのだろう。玉ねぎでもカレーに入れて形が無くなるまで煮込めば美味しく食えるし、ネギだってすき焼きに入ってるよく煮込まれた長ネギなら気にならない。けどラーメンに乗っかって出てくる刻み葱とかどんべーに入ってる乾燥ネギはOUT

 

ホテルの部屋の中で一人でぶつぶつ言いながらスープなしのどんべえを食いつつ思い出した事でした。



tom_eastwind at 15:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月12日

橋下市長及び維新の会について

★今日は7800文字くらいあるので政治に興味のある方だけどうぞ。

昨日偶然だが橋本市長及び維新の会についてどう思うかと聞かれた。個人的には今の時点ではまだ打ち上げ花火であり官僚が本気になればすぐに土砂降りの雨に投げ込まれて消えてしまうだろうと考えていた。なのであまり真剣に政策を考えてみた事がなかった。そこでお得意の「夜9時に寝て朝3時に起きてベッドの中で脳みそを使う機械」にテーマを与えて勝手に遊ばせていたら、結構現実的な案が出て来た。

 

昔からぼくのブログを読んで頂いてる方はご存じだと思うが寝ていると頭の中に自然に三次元の空間が浮かび上がり、そこにテーマを放り込むと映像や写真、ワードやエクセルなどのソフトがそれぞれ勝手に立ち上がり三次元の中をぐるぐる回りだし、そのうち脳の中の見えない手が右のデータを左に置いたり、上の数字を下に下げたり映像を編集したりしながらだんだん一つの形に構築していく。全体像を作り方向性を作り問題点をあぶり出し数字を裏付けして全部のファイルをもう一度見直して抜けてるとこがなければ最後にプレゼンテーションの形に落とし込む。これで朝の5時ころに一旦寝て6時過ぎに起きてそのままパソコンを立ち上げて企画書にする。そとから見ると朝6時までずっと寝てるように見える。

 

昨日の昼まではあまり期待していなかった橋下市長だが、維新と言う言葉をキーワードにするともし彼が本気で国を変える、つまり平成維新を起こすなら、今なら可能であるのが分かった。実は今と言う時期は熟している、問題はそれを実現出来る政策プロデューサー、予算、そして「本気でここまでやるのか?」ってくらいの政策についてこれる人材が短期で揃うかどうかである。朝の3時に思い付いたことなのでまだ粗削りだがとりあえず文章にしてみる。

 

テーマ:維新

革命に必要なのは天の時・地の利・人の和である。

★まず天の時。今は外交的に見て米国が日本から引き揚げ始めており以前のような暴力を含む激しい干渉を受けることはなく中国もまだ単独覇権は台湾以外は視野に入れておらず近隣友好国として日本と仲良くしていたい。つまり外交的に一瞬空白の状態なのだ。こんなのは1945年以来実は初めてである。内政を見てみると国民は民主党に失望し、かと言って自民党に戻りたくない、政治的に群雄割拠の状態である。今なら草履持ちとして民主党にも自民党にも加盟せずにいきなり政治の世界に入れる。これも戦後数十年の中で珍しい政治的空白だ。安定政権が出てきたらこのような中抜きは出来ない。

 

★地の利。天の時にも関連するが日中露の間で不沈空母として浮かぶ日本列島は地政学的に要衝である。だから大国の間をうまく立ち回れば柔を持って剛を制する事が可能だ。国土そのものは水産資源に恵まれており田畑も多く国民がその気になれば(てか米国の陰謀に負けなければ)実は自給も可能だとぼくは考えている。そして多くの国民は気づいてないし少し神がかりと思うかもしれないが、日本人の緻密で精巧な民族性や礼儀、諦念などの日本的精神を産み出しているのは日本の大地、森、空気、水、海の自然循環システムであり、その循環システムの中で日本的な自然と調和して持続する文化を構築することが出来た。これが西洋のような自然と対決する中で文化を作ってきた文化との一番の違いである。そして21世紀は持続する社会つくりであり日本はまさに時代の最先端を数千年前から走ってきたのだ。今原発を排除して自然循環システムを取り戻せば日本は世界の目指す国家となれるだろう。

 

★しかし何より大事なのが人の和である。そこが橋下市長がどこまで本気でやって周囲を巻き込めるかだ。ただこれにもやりようがある。これを当面、電撃作戦と呼んでみよう。

 

維新:全般的な戦略=電撃作戦。

電撃作戦開始から3か月内にすべての戦術を実行して誰も引き止める事が出来ないところまで持っていくこと。平成維新を起こす。表と裏のキャンペーンを車の両輪としてそれぞれに司令官を置き車の神輿には橋元市長が乗る。

 

戦術の「表のキャンペーン」としては具体的にはまず政策決定を行い公表し新党結成と同時に既存政党から汚れていない次の選挙で勝てそうな政治家を引き抜く。「あんたは優秀だが今の党では次の選挙で負けるよ、うちは今なら立候補枠あるよ」とおだて脅かし引き抜く。この時点で衆参で最低でも過半数を占める数を揃える必要がある。

 

その為に政策キャンペーンをテレビとネットで並行して行う。電通と博報堂の政治が分かるクリエーターを動員する。テレビではキー局で夜8~11時の時間帯を各局ごとに毎週3~5時間の生番組を買い取る。地方でも生番組を放映して地方選候補者をテレビに出して維新の党の政策の中で自分の得意な分野を語ってもらう。学者、反対派とも生議論を行い一切の編集なし。出来ればNHKでも取り上げてもらう。

 

ネットキャンペーンはニコ生、各議員の主張などを取りまとめたサイトを作り政治に興味のない普通の若者が理解出来る「目に見える政治サイト」を立ち上げる。維新の会を選べば何が起こるかを伝える。

 

「裏のキャンペーン」では亀井静香のような警察官僚を仲間に引き入れ警察が今回のキャンペーンで捜査をしないように仕向ける。その為の餌は後述するがここは非常に大事で、警察を押さえない限り勝ち目はない。次にマスコミに強い政治家を押さえこみ維新の党を常に取材させてニュースで流す。読売のナベツネが最後の国家へのご奉公で動いてくれればもっともよい、それは自民党の重鎮である中曽根も了承した意味になるからだ。面白い奴だ、一度やらせてみろって気持ちに仕向けるにはじじい殺しの論客が必要になる。マスコミを押さえるというのは維新の党の候補者を守る意味でも重要だ。

 

そして3か月以内にすべての国会議員に踏み絵を踏ませて「うちにつけば勝つ、でなければ負ける」と飴鞭を使い衆院選挙区すべてに立候補者を出す。この時に既存政党とは組まないことも大事だ。民主や自民からの反発は強烈なものがあるだろうが、警察とマスコミを押さえておけば短期なら戦える。両党からごぼう抜きで人材を獲得するのだ。公明党などはすぐにすりよってくるだろうが無視する。3カ月の短期勝負だ、長期なら負ける相手でも3か月で一気呵成にやってしまえば彼らが体制を整える暇もなく制覇できる。

 

新政党は野田首相に対して衆院解散総選挙を促す、または首相罷免決議をする。出来れば選挙で国民の信託を勝ち取った方が良い。衆院獲得席は三分の二以上で目標は370議席。今回取れなければ負けである。電撃作戦は短期集中でやるからこそ少数でも勝てるが長期化したら数に優る敵に絶対に負ける。

 

外交交渉=主に米中を対象に自分たちの目標を説明する、それが両国にとって利益になる事を説明して選挙妨害をすることのないよう交渉する。維新が勝てば両国にとって初めて「西洋理論の通じる交渉相手」が生まれるのだから「日本は分からん」と悩んでいた政治家にとっても日本海国になる。もちろん閣僚クラスはビジネス英語は必須として国会議員クラスでも英検1級程度の英語力を要求する。すぐに英検が取れなくても議員就任後1年以内などの制約を付ける。

 

政策決定は国民に訴求する重要な分野である。他の党が主張出来ない内容を盛り込み国民に夢を持たせることを肝要とする。

=続く=



tom_eastwind at 14:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

橋下市長及び維新の会について

★★★スローガン:「日本を維新する!」★★★

維新政府はすべての国民に人が人たるに値する生活をおくれるだけのセーフティネットを提供しつつ起業家の夢を育て失敗しても再起できる制度作りをします。そしてこれから迎える高齢化社会に対応した豊かな生活社会を道州制度と同時に構築します。さらに誰もが望めば無料で専門教育を受けられる大学無料化により教育格差を根絶します。若者の雇用問題は深刻ですがこれを解決する為に雇用の自由化と雇用バウチャー制度を導入します。

これに伴う財政及び財政再建については「財政再建のための増税はしない」を基調に増税なしの財政再建を行う具体策として下記を提唱します。

すべての公務員を一律30%削減する。 約15兆円の削減目標(最低でも15兆円を削減できる為にどこで何人切ればよいか再検証必要。刑務所の民営化などを取り入れる、但しキャリア官僚、警察消防は対象とせず事務作業員や地方公務員の削減を中心とする)

この時点での狙いは既存労働組合つぶしである。大阪市のように規律厳守も導入する。要するに労働組合に加盟してても良い事はない、それより維新の党の為に働こう、維新は市民の為に働けと言ってるので市民向けの行政をしようという気持ちにさせる。その為の賞罰も導入する。つまり維新の党が労組に代わって新たにボスとなるのだ。財政再建には財務省も反対はない、むしろ組合を潰してもらった方がよいと考えるだろうから彼らとの利害も一致する。

(キャリア制度には手を付けない。官僚制度そのものは実は優れた仕組みであり貧乏人の子供でも優秀であれば日本の実質トップ近くまでいけるような仕組みは他の国ではない素晴らしい平等な制度であるからこれは守る。選挙で選ばれないから長期で物事を考えられる仕組みは必要だ)

スマートシティの導入により医療費の10兆円削減。更に将来的に医療費を増加させない仕組みを内包させる。これは即時やるべきだ。具体的には過疎地の一人暮らしや夫婦だけの老人を地方中核都市(スマートシティ)に国家の費用で引越しさせてシティではリタイアメントビレッジを作る。これは総合病院を中心に置きそこから放射線状にバリアフリー介護住宅を建ててビレッジの中にコンビニも郵便局もお寺も神社も、要するに老人が日常生活に必要なすべての設備を一か所に集中させてそこで老人たちに余生を楽しんでもらう。これにより過疎の村に郵便を届ける必要はなく救急車が山の中に行く必要もなく患者も病院に行く時間が一気に短縮出来て孤独死も防げる。

 そしてここがミソなのだが、老人を一か所に集中させてピンピンコロリの生き方を教える。毎日楽しく皆と笑い美味しい食事を楽しんである朝起きたら息を引き取っていた、そんな生活だ。体中にチューブを付けて植物人間になるのではなく、人にはすべて寿命があると教えて無理に長生きせずにしょうしょうの事では病院に行かない習慣を付けさせる。例えば今週病院に行かなければ緑のバッジを一つもらえる。これが10個揃ったら金のバッジになり、老人はこれが周囲に対する自慢となる。老人の集まりでは健康の話だけでなく寿命の話とか医療費と子供の教育費、どっちにお金をかけた方がいいと思いますか?と話してみる。

 日本人は家族の中ではかっこつけて「うちの親に向かって!」と言うが老人同士が集まる場所でなら老人も本音になれるしかっこつけのガキが出る幕もない。そしてこれの副作用は大きい。家族による介護が不要になり子供夫婦は自由に働きに出られて収入を得ることが出来るし映画も見れる食事にも行ける。週末はおじいちゃんおばあちゃんをビレッジに迎えに行って自宅で一緒に過ごし日曜の夜にビレッジに送れば良い。

 ビレッジ構想はすぐに東北から取り組むべきだ。「じさまの墓があるでよ」とどうしても動きたくない人は仕方ない、一人暮らしをしてもらう。但し行政サービスは制限される事を覚悟してもらう。郵便は週に一回、その時に介護資格を持った配達員が様子見をするがそれだけだ。原則救急車も来ないのでタクシーで病院に来てもらう。じさまと一緒にいたければそのぜいたく費用は自己負担して欲しい。厚労省が喜んでくれそうな案だ、彼ら役人からは言い出せない内容である。

原発からの全面撤退と六ヶ所村の即時閉鎖、もんじゅの停止により約10兆円の削減目標。これも数字は精査が必要だが今の日本に原発は不要だ。輸出産業として技術開発するのは良いが原発を持たなくてもやっていけるエネルギーシステムを作る。もちろんこれは工場の海外移転に繋がるがそれでよい。電気を食って重いものを運んだり水を使っての作業はいい加減に新興国に任せよう。国民が今一番望む政策であり民主党も自民党も主張出来ないので差別化可能である。

米軍のグアム移転への全面協力で将来的な米軍思いやり予算を削減する。撤退に一時的に費用はかかるが長期的には年間1兆円削減可能だろう。ただし防衛族とペンタゴンには要注意なので米国から陸軍兵器を購入して防衛戦力を強化する。今の日本は米国のレーダー的な装備配置で地上戦に弱い。これは国民に分かりやすく同時に一気に今までの防衛利権を吹っ飛ばしてしまう事が出来る。

道州制の導入による地域活性化で10兆円以上のビジネスと地域雇用を生み出す。

これも精査が必要だが日本を10程度の大きな行政区に分けて行政の長を公選首相としてその下に任命制の副首相を置き自治、警察、医療、福利などは地域で立法権限を持たせると同時に予算編成権と徴税権を持たせる。当然官僚は「へ、ばか、あいつらが出来るかよ」となるが、そこですかさず官僚と取引をする。「そう、彼らには出来ません。だから最初の10年間はすべての州ごとの数席の副首相クラスの席は官僚の指定席とします。副首相ですよ、おまけに自分でなたを振ってよいのですよ。ただし片道切符ですから天下りのような“あがり”の人材は不要です、実際にやる気のある優秀な人材のみよろしく」とやる。逆に首相が官僚から指名しても良い。官僚としても一つの地域国家の実質的No2になれるのだから相当な名誉職であり任期終了後も州内で仕事を見つけることが出来るだろう。つまりキャリア官僚になれば自分が学生の頃に望んでいたような国家改造も40歳代で実現可能となる。

道州制度の中に起業家税制優遇制度と特区制度を導入する。起業家と投資家を直接結び付けるエンジェルミーティング制度を導入して地方銀行の審査はアドバイザリー業務にシフトする。起業家はネットでプレゼンテーションを行い最低1万円程度から出資出来る仕組みにしてビジネスモデルは銀行審査部が審査してリスク表示をする。銀行は直接融資はしないのでリスクはないし審査したビジネスモデルが実際に起業した場合はメインバンクとなる事で利益を得る。起業家は個人担保が不要なので万が一倒産しても起業家はまたやり直すことが出来る。投資家は自分の目で見た自分の町のビジネスに投資出来るので分かりやすい。特区制度はすでにいろいろと検討されているのでここでは割愛する。

教育制度改革。現在約700ある大学を人口50万人に対して一校として250校程度を残して他を廃止、または補助金廃止する。現状は地方大学を卒業しても専門能力を使った職種にはまず付けず結局地方企業で営業とかフリーターとか引きこもりとかになるだけだ。ならば彼らは高卒で地方社会に参加すれば良い。そして本人が望んだ時に再度大学で専門教育を受けられるようにする。地元で一生生活出来ればその方が幸せだ。

政府は残った補助金を250校にすべて投入して大学の完全無料化を図ると共に在学中は返済不要の学生手当(月額5万円程度)を支給する。現在の大学受験制度を廃止して高校3年までに一定の成績を出せれば誰でも入学できるようにする。こうすれば受験競争はなくなり自分との闘いになる。受験の日に隣の頭の良い子が風邪ひいて休んでも喜んでいられなくなる。

理系教育を進める。ここは本気で腹をくくって日本は業態転換をする必要がある。日本は技術開発立国として常に世界で最新の技術を作り、その特許や知的所有権を販売する事で新たな技術立国になるのだ。電気や水を大量に使う既存の工場はタイやベトナムなどの新興国に企業が工場と技術を移転して雇用を生み出しそこに日本ビレッジを作る。ここでは60才で停年するけどまだ元気で優秀な技術者を派遣してビレッジで生活してもらいなが新興国の若者に一昔前の技術を教える。もちろん最新技術は日本から門外不出にしておくくらいの戦略は必要だ。

雇用改革

現状の雇用問題は一度入社したら解雇4原則により実質的に解雇不能になりこれが大手企業の社内失業を生みだし更に若者の雇用創出にブレーキがかかっている。若者が社会に出ようとするその入り口で門を閉ざされているのである。そこでセーフティネットの整備を前提として原則解雇自由にする。解雇権乱用禁止は残しておいて不当解雇の場合は訴える事が出来る。

雇用バウチャー制度は制度に登録された認定企業(制度を利用した悪質企業排除目的)に就職を希望する場合、当該企業の試験を受けて合格すれば最初の一年は雇用バウチャーを若者が企業に提出する事で企業の負担(給与、社会保険など)をゼロにすることが出来る。バウチャー利用は最高1年のみでその間何回転職しても良いが通算期間が1年で打ちきりとなる。

★セーフティネットの導入

失業手当、生活保護など様々に分かれて事務手続きが煩雑な制度をすべて一本化して支給する制度作り。ここに将来的に社会保険、国民保険も一元化して納税者番号制度を導入して総収入を把握しながら日頃は保険料を徴収し必要に応じてセーフティネットを発動して国民生活を守る。この管轄は税務署が行い強制徴収権を持つ事で未納を防ぐ効果がある。

電波オークションで1兆円の予算を獲得する(これは一回のみなので効果は限定的だが東北震災財源に使える)

 

このような政策が3か月の間に次々と戦術として繰り出されていくのだが、政策発表されて3か月以内に解散総選挙または首相罷免なので利害関係者は互いに手を結ぶ時間がないしこんな突拍子もない政策を出されたら対抗策を作るだけで時間がかかる。その時間差を利用して国民を一気にこちらに惹きつけて政権を奪取する。

 

この間米中政府もびっくりだろうし国内勢力もびっくりだろうが、短期決戦であれば資源は多くは要らない。敵は多いが有象無象の敵を個別撃破などせずにひたすら大将を取りに行く。この場合の大将とはつまり国民である。常に国民に向かって訴えていく。

 

敵は当然「ファッショだハシズムだ」と言うだろうがいちいち反論せずに「じゃあ対論出せよ」と言って目は常に国民を見つめる。

 

この政策のポイントは世の中の半数を占める母親に受験から解放させて子供を伸び伸びと育てさせる政策であり彼ら母親票が取れるという事。そして40代の家庭が抱える親の介護からの解放による幅広い得票。最後にこれらの政策は既存のキャリア官僚の権利を守りながらかれらの能力を国家及び州の政策運営に発揮してもらえることだ。つまり国政の目指す方向と官僚の目指す方向が一致するのだ。

 

この戦略で電撃作戦を行い成功させれば、血を流さない合法的な維新として将来の歴史に名を残すことになるだろう。もちろん粗削りであり精査と修正は必要だが今までの政治のように一部既得権益団体だけを守る政策でないのは国民も理解すると思う。

 

実は選挙に勝つための最後の隠し玉がないではない。しかしこれは両刃の剣であり使い方が難しい。一つ間違えばこちらが全滅する可能性があるがうまくいけば400議席まで届くかもしれない手段だ。

 

いつもの2倍以上の長さになったのでこの辺で冒頭の方の質問に対する回答としておきます。



tom_eastwind at 14:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月11日

もし今日が人生最後の日だったら

★抜粋開始

「もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。」人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。

 1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」

「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。

 2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」

男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」

世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。

4. 「友人関係を続けていれば良かった」

人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。

 5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」

「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。

 以上、どれも重く響く内容でした。これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。

(文=阪井亮太)

★抜粋終了

 

元ネタは豪州のガーディアン紙だ。英国系の考える事なので日本人とは違うかなと思ったが、意外と変わらないな。

 

最近のコメントで「それだけ飛んでいると非効率というか、もっとなんとかできないものでしょうか?社長が忙しい会社は信用がある会社ですが、大きくならない会社です。」批判ではなく、社長が自分で動き回るのは非効率であるというのはよく理解出来ます。ご指摘ありがとうございます。

 

この問題はもうかなり昔に自分なりに結論を出した問題なのです。他にも日本から出張で来たビジネスマンが「これだけの事をここでやるくらいなら、同じことをアメリカやアジアでやればもっと事業展開出来るでしょ」と、何故そうしないのか分からないという風に質問された。

 

もっともっと仕事を効率だけで考えれば北半球で展開した方がよほど大きなビジネスになる。その為に社長が自分で動くんじゃなくて社員を育ててと言う理屈も当然です。けどそれは成長を前提とした計画であり成長を前提としなければ現在の効率で考えればぼくが直接お客様と最初のコンタクトを取る事が一番手っ取り早いのは事実なのです。

 

それだと社員が育たないというけど、結構それでも成長しますよ。当社は社長も社員も同じ立場で適材適所に配置した結果、ぼくの出張が増えて他のスタッフがオフィスワークをするようになった面もありますね。ぼくは事務作業がとても苦手なのです(苦笑)。

 

実際カナダのバンクーバーにオフィスを二つ持ってた時期があるがニュージーランドよりもよほど稼げる。しかしその為には年に数回バンクーバーまで飛ばねばならない。通常の出張に合わせてバンクーバーとなると、まさに一か月近い出張となる。それが果たして良い事なのか?

 

最初の記事にもあるが、誰しもいろんな後悔があると思う。誰しも幸せを求めて生きようとしている。そして幸せとは、僕なりに追求した結果、それは冷徹な「自己満足」である事に気づいた。つまり人によってドーパミンの発散方法は違うわけで、社会における他人の存在などどうでも良いところで自分だけのサークルに立てこもってサリンをばら撒いた人もその時点では間違いなく「法悦」を得ていたのだ。

 

だから幸せと言うのを何かホンワカしたものだとだけ捉えるとしたら少し違うと思う。もちろんホンワカな部分もある。幸せとは悲喜こもごもで両方あわせもっているものなのだ。だからサリンを撒いた人はその時点では法悦であり今は自責の念にかられているから不幸せ。

 

お金儲けも同じようなところがある。儲けている最中は楽しくてしかたがない。毎晩遅くまで仕事をして家に帰らず。夜中まで会議を行いそれで企業を発展させてきた、その結果ある日久しぶりに自宅に帰ると「子供と実家に帰ります」と一枚の置手紙があった。

 

お金儲けを家族全員が大好きでお父さんはおカネだけ持って帰れば良い、あとは不要と言う家族全体の合意を得たうえで仕事を遅くまでするなら良かったが、合意なしでやったものだからお金だけ手元に残り晩年は子供に見捨てられた寂しい生活になる、そういう事だってある。

 

ここが幸せの一つの秘密で、「それは持続できるのか?」と言う点だろう。一瞬幸せでもその後がダメだったら、どうなのよ?お金儲けは手段であるとよく言うが中には出世が全てと言う人もいるだろうし色んな価値観があるだろう。

 

だから大事なのは自分の価値観が何なのかを理解して、それは持続できるのかを考えてみて活動を起こすべきだと思う。そしてぼくにとっては自分の仕事もとても大事だし5万人社会を作っていきたいと考えているが、同時に家族と過ごす時間がとても大事で、その時間こそ最もゆっくり出来て家族の為に何かして家族が喜んでくれたらうれしい、そういう「与える喜び」に無条件に浸れるのが家族の良い点だろう。

 

ぼくも奥さんも大都市で生活をしてきてカラオケ、パチンコ(僕はしないが)、麻雀、クラブ、映画館、などなどの娯楽施設は十分に遊んできた。今はそれよりも静かな田舎で綺麗な空気を吸って自然を眺めて楽しむ方が好きだ。

 

だから仕事のサイズは小さくても利益は少なくても毎日3時過ぎには会社を出て途中で買い物したり自宅に帰って料理を作ったり、奥さんが自宅の庭で栽培しているハーブを採ってきて料理に乗せて喜んだり、そんな生活を選んだ。

 

これは価値観の問題だ。今ちょうどNZ大好きで「NZの良い点悪い点」の書き込みが盛り上がっている。NZから出ていきたい派は当然の如く「田舎で何もなく娯楽もなく人はなまけてバスは時間通りに来ないし」と言う。そう、それはすべて事実。そしてその歴史的政治的な背景を理解したからと言って退屈な人には退屈であろう。

 

だから住みたくないのに住んでいるから腹が立つのだ、自分の価値観に合った場所を見つけてそこに引っ越すべきなのだ。その方が精神衛生上よっぽど良い。

 

冒頭の抜粋記事は豪州なので精神構造は日本人よりもキーウィに近いと思う。ただもしキーウィにこういうアンケートをした場合「後悔、それって何だっけ?」と回答が返ってくるかもしれない。それほどに殆どのキーウィは「自分に忠実に生きている」し「あんなに一生懸命働かない」し「自分の気持ちは素直に出す」し「友達を大事にする」し、同じ英国から来たけどその後の歴史的地理的変化が両国民に違いを生んだのは事実だ。

 

では豪州で何が起こりNZで何が起こらなかったか?簡単に言えば豪州は急激な経済成長を望んだ。農業国として広い農地を確保する為にオージーはまずアボリジニを虐殺して居留区に押し込めて子供を奪った。次にウランがアボリジニ居住区から発見されたのでアボリジニを追い出して大ウラン鉱山を作った。次々と大地に穴を空けて鉱石を取りだし元々誰のものでもなかった地下資源を一部白人だけが手に入れて大金持ちになり、豪邸を買いヨットパーティを楽しみ一流ホテルのレストランで最高の料理を食い、そしてふと気づいた。あれ?周りに誰もいない・・・。田舎の土地成金がはしゃいでいるだけで学も品もない事に気づいた。

 

お金がなければ誰も近寄ってこないし電話をしても返事もない、おカネさえあれば誰でも集まるけど。一緒に騒ぐ仲間はいても大事なことを相談出来ない。まるで一人じゃんか。

 

NZは基本的に貧乏な国である。娯楽もない。ただ、助け合いとか家族のきずなは強い。お金がなくても相談できる友達があり、街に戻れば友達がいる。世界に飛んで行った友達とも連絡を取ってて旅行に行けば狭い家でも泊めてくれる。

 

NZでは皆が笑顔だ。たぶん最初誰かが思い切って他人に笑顔で接したのだろう、笑顔は無料だもんね。そしたらその他人が次の他人にもやっぱり笑顔で話しかけた。すると次の他人は次の次の他人に笑顔で接客をした。そうしていつの間にかNZではいつでも笑顔の社会になり、それが都市生活のぎすぎすさを少しでも緩和させて(当然だ、笑いながら怒れる人は少ない)田舎では誰もが笑顔で生活をするようになった。

 

NZが良いのか豪州が良いのか、それはその人の価値観であろう。若くて挑戦したい人は東京やニューヨークや上海を目指せば良い。言葉は悪いがオークランドを田舎とすればシドニーは独自の文化を持たない中途半端な成金町である。挑戦と言うなら世界のトップを狙うべきだ。

 

ただ僕は自分がいろんな国で生活をしてきた経験上言えるのは、幸せってのは実は一番近いところにあるって事だろうと思うので、皆さんなりに「持続できる幸せ」が何なのか、週末に考えられてみればいかがでしょうか。



tom_eastwind at 09:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月10日

光る風 自己規制の時代

やまがみたつひこと言えば「死刑!」で有名な「ガキでか」のこまわり君だろう。1980年代には大ブームになった漫画だが、ぼくはやまがみたつひこの代表作と言えばいつも思い出すのが「光る風」である。

 

1970年、少年マガジンに連載されたポリティカルコミックであるが決してコメディではなく政治小説を絵で描いたというのが正確な表現だろう。当時文庫サイズ本も出てて、最初は軽い気持ちで読み始めたが終わった頃には背筋がぞっとなっていた。

 

中学生をビビらせるその作品は当時の少年マガジンだからこそ発表出来た作品であろう。今あの作品を再発表するとなると、どこも二の足を踏むのではないか?何故ならあの作品の舞台となった昭和10年代、言論が次第に統制され始めていつの間にか人々は大本営発表しか聞くことがなくなった。何を考えててもそれを言葉にすることは出来ず政府のいう事にYESとしか言えない状態が続き、周囲が周囲を監視する、その時代がまさに今の日本とダブるのだ。

 

当時は他にもジョージ秋山の「銭ゲバ」や「あしゅら」など度抜いた作品が連発されてた漫画界だった。その中でも最高峰と言えば少し時代は古くなるが白戸三平の「カムイ伝」だ。常に政府と戦い個人の自由や権利の平等がカムイ伝の中でしきりに訴えられたいた。

 

そのような群雄割拠の時代であるがやまがみたつひこの「光る風」も孤峰のように輝いた作品であった。1970年と言えばよど号事件が起こり安保闘争が決着し三島由紀夫割腹自殺事件があった年だ。

 

ところがその時代以降政府は全く新しい政治闘争を導入した。テレビに漫才やお笑いや歌番組などを流し込み、とにかく人々が何も考えなくなるようにマスコミソフト統制を行った。「ややこしい政治の話よりも、さ、こっちに来て一緒にバカ漫才見て笑おうよ!」吉本とホリプロ、フジテレビと日本テレビが一気に成長する時代となった。ドリフターズが驚異的な長寿ヒット番組を作り人々はテレビの前で下らぬ下ネタに釘づけになり子供はドリフターズの真似をして笑い、遊び、いつの間にか政治は人々の頭の中から消え去っていった。

 

しょせん政府に勝たないのだ、出来もしない事を厳しい顔して真夜中まで議論するより、こっちに来てバカ番組見て酒飲んで笑おうよ、そういう思考統制が行われてそれは大成功を収めた。日本政府はついに国民を政治バカにしてしまったのだ。そして現代、政府はいよいよネット統制に入った。

★記事開始

無関係の会社員宅を捜索 兵庫県警が誤認捜索 不正アクセス事件めぐり

2012.2.10 14:48

 インターネットの会員制交流サイト「アメーバピグ」をめぐる不正アクセス禁止法違反事件があり、兵庫県警が今年1月、事件と無関係の大分県内の男性会社員(45)宅を誤って家宅捜索していたことが10日、捜査関係者への取材で分かった。プロバイダーが県警に誤った情報を提供したのが原因といい、県警はすでに会社員らに謝罪したという。

 捜査関係者によると、神戸市北区の中学1年の女子生徒(13)が昨年4〜5月、同サイト内で別の利用者にIDとパスワードを教えてしまった後、不正に変更されてサイトに接続できなくなった。

 女子生徒側の訴えを受け、県警はプロバイダーに照会。神奈川県と大分県に住むいずれも14歳の男子中学生4人と、会社員の自宅から、不正変更後にアクセスがあったとの回答があり、1月に容疑者不詳のまま5人の自宅を捜索した。

 会社員宅の捜索では、女子高生(16)ら家族全員から事情聴取したが、一貫して否認。不審に感じた捜査員がプロバイダーに再確認したところ、別の大分県の男子中学生(15)宅からのアクセスだったことが判明した。

 不正アクセスが確認された中学生5人について県警は、不正アクセス禁止法違反容疑などで神奈川県内の14歳の男子中学生3人をすでに補導。大分県の男子中学生ら2人についても10日午後に書類送検した。

★記事終了 MSN産経ニュースより

この記事は一見「不正アクセス記事」のように見えるが実は警察が本格的にネット捜査に踏み出した事を表している。ここ数か月このような一般人逮捕記事が目立つが、2ちゃんねるの書き込みでさえ警察が出動して書き込みした人間を特定してたいーほしているのは、警察が捜査方針を明確にした、つまり表現の自由なんて警察の裁量次第で逮捕するよって事実上表明した事である。

 

警察は以前なら「あっちの世界の話」と放置していたが、次第にネットが社会の役割を背負うようになるとネットをどう扱うのかを決める必要が出て来た。そして当然の帰結としてネットは匿名ではなく実名と同じ扱いになり実名で誰か他人に危害を与えると書くとそれだけで脅迫罪などの犯罪が成立するようになった。

 

2ちゃんねるは匿名で書き込みの出来る大掲示板であったが今後は急速にしぼんでいくだろう。例え匿名で書き込んでもやばい事を書けば警察捜査で見つけ出して逮捕に繋がるからだ。どれだけネットと言う媒体が広がってもそこに流通するコンテンツ=情報が「今日何食べだ?」であれば政治的意味は全くなくなる、政府の勝ちである。

 

FACEBOOKがまさに実名書き込みで一世風靡しているが今後の世界のネットの流れは実名にシフトするだろう。匿名ならどんな薄汚い便所の書き込みでもしてたチキン連中は実名になった瞬間に何も出来なくなる。

 

書き込みに責任を持つのはぼくからすれば当然の事と思っているので警察が便所の書き込みを取り締まる事になったのは良い方向性だと思う。しかしぼくが同調出来るのはそこまで、つまり書き込みに責任を持つという点まであり、警察が望んでいるのはそれ以上、つまり完全なる言論統制である。

 

腹の中で何を考えてても結構、けれど国家が右と言えば「それはおかしい、左もあるはずだ」なんて書き込みをすれば、一般市民なら別件逮捕で罪状は電車の痴漢、風呂屋の万引き、酔っぱらっての婦女暴行、何でもアリだ。経済評論家や教授クラスであればマスコミを使って社会的に潰してしまう。

 

こうやって人々が考えるのは「おお、こええ、やっぱ警察ってこええわ、書き込み止めとこ」と言う事になる。つまり自主規制である。警察としても大事にしたいわけではないから一罰百戒で「そうかそうか、分かったのならよろしい、お利口にする人間は多めに見るぞよ」って事で予定調和が図られて、今後は政府の望むことを書けば一点もらえてそうでなければ一点減点、三点減点でたい〜ほ、みたいな事になるのだろう。

 

これがまさに昭和初期の日本で起こった現象である。大正デモクラシーがいつの間にか軍部の台頭により言論統制が行われ、美濃部博士による天皇機関説が不敬罪となり、こうなるともう法律的に正しいかどうかではなくその場の雰囲気を理解しているか、その場の空気に従っているかがすべてであり、そうでなければ「法的に正しいと言えども倫理的にどうなのか?」などと言う議論が出てくる。

 

そう、法よりもその場の空気が優先される時代になり、隣近所の人にも下手な事が言えなくなるのだ。ドイツでも日本でもイタリアでも最初は国民に熱狂的な人気のある政党が出て来て政府が作られいつの間にか国民の為の政府が国家のための政府に変わってしまい、ドイツではユダヤ人迫害の「水晶の夜事件」が起こった。

 

今の日本の空気もネット捜査を見ているといよいよかと言う感じがする。これからは政府が気に入らない人間やある特定の層についてはマスコミを使って叩き税務署を使って税務調査して警察が強制捜査に入り徹底的に潰し、それを見た他の人々は何も言えなくなるだろう。言論は個人が怖いなって思った瞬間から自己規制が始まる。

 

こんな事を書くと「え〜?まっさか〜」と思うのが殆どの人の反応だろうと思う。それは分かる。ただ、歴史には常に一定の起承転結がある。歴史は繰り返す。今の時代の流れを昭和10年頃に当てはめてみると非常に危険な気がする。

 

日本が今後武器を持って戦う戦争と言う選択肢を取るか、武器を持たずに戦う金融戦争なのか、国家同士がサイバー戦争をするのか、いずれにしても一旦何かが始まれば国民が一切逆らえない中で物事が急速に動き出す。その時に何かしようとしても、もう遅い。一旦動き出した巨船の方向は個人がどれだけ抵抗しても変えることは出来ない。

 

ぼくが2000年頃に書いてた新聞コラムでは2010年までの予測をしていたが、大体予想通りになった。2005年までは起業家が盛んに出てくる。玉石混交であるがそのうち振り分けが終わり政府に従う起業家は生き残り成長し政府に逆らう起業家は潰される。それからの5年は官僚が力を付けていく時代になり、2010年頃を迎える。

 

ここまで何故当たったか?それは2000年当時の流れが1945年の日本、つまり官僚が完全に自信を失い民間を制御不能になり個人が次々と起業していった時期とダブルからだ。その後1950年頃から官僚は再度タッグを組みオールジャパンで再起して乱れ立つ民間企業を次々と整理して1955年の政治的統一(55年体制)を行い官僚は日本株式会社を作った。

 

これからの10年がどうなるか?世界の流れは三極化である。日本は中国の極に入る。もちろん出来るだけ良い位置に付けられるようにするだろうがそれは外務省の腕次第である。これから多くの法案が次々と出て来て多分一年前なら絶対に通らなかったような法案が通るだろう。自衛隊は海外常駐となり中国海軍と共同作戦を行っているだろう。消費税増税、高所得者への所得税増税、相続税強化を含む大増税が行われ、同時に「可哀想な若者たちの為に」高齢者への福利厚生が切り捨てとなる。それでもダメならインフレを起こして国債を紙切れにすればよい、これで健全な財政改革は成功する。

 

その方向性に対して既存メディアが逆らう事はない。総務省に首根っこを押さえられた彼らはすでにジャーナリストではなく政府広報部なのだ。そして個人がネットで逆らうような記事を書けばすぐに別件逮捕である。ネットに流れる情報は「今日何食べた?」であり既存メディアは政府広報をするのだからそれ以外の政治的意見は国民の耳に届かないので存在しないのと同様になる。

 

デモをしようにも昭和初期と違い国民はそんな事言っても何とか食えているのでまだ本気でデモにはならない。そのうち次々と法案が通り政府が望む通りの国家が出来上がる。社会主義日本の誕生だ。言論統制とは結局そのような事なのだ。今は昭和10年頃と考えてみたらどうだろうか?そして昭和10年から昭和20年までの間に何が起こったか?



tom_eastwind at 09:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月09日

食べ物の定義 オークランド空港にて

オークランドに定刻通り無事到着。香港で乗り継ぎが一時間なので成田からオークランドまで合計で17時間の旅だ。直行便を利用すれば11時間で来れるが、たかが6時間の為に超不愉快な社会主義者がサービスの意味も分からずに飛ばしている飛行機には乗りたくない。

 

飛行機と言う交通機関の最大の欠点は途中下車出来ないという事である。タクシーなら途中で頭来たら運転手に金ぶつけてその場で降りれば良い。その際にいくつか追加の言葉を発するかどうかは本人の道徳心次第だ。電車だって次の駅で降りられる。

 

ところが飛行機だけは11時間と決まったら「気に食わん、じゃ降りるからパラシュート貸して」ってわけにはいかないので、社会主義者の優越的ブルジョワジーの拷問にあうくらいなら乗継便で5時間余分にかかっても他人の気持ちとプロのサービスが理解出来る飛行機に乗りたい。

 

ついでに言っておくと社会主義航空は今年のAirLine of the Year に選ばれたそうだ。あり得ん。白人には友達感覚でおしゃべりしてアジア人には支配的立場でものを言い、こちらが何かを要求すると「待ってろ、おれだって忙しいし疲れてんだよ、ちょっと休んでからな」で終わり。サービスに時間が含まれてないって思ってるのか、ばかたれが。これからも余程の立て込んだ理由がない限り社会主義航空には乗るつもりはないし、もし乗ったとしたら頭から毛布かぶってもちこんだ水とパンとお菓子で成田の地元野菜直売所到着までいないふりをするつもりだ。

 

オークランド空港では常にビデオサービスが行われている。空港に到着した人々の荷物を検査するBiosecurityと言う場所で乗客とMAF(検疫所)の喧嘩をビデオに収めてそれを時々テレビで放映しているのだ。

 

入国の際に記入するカードがあるが、実はあのカード、たくさんの仕組みがある。持ち込みのおカネが1万ドル超す場合は申告の必要あり。申告しても税金が取られるわけではない。とくに厳しいのが食料品の持ち込みで、これは冗談では済まない。

 

ぼくは食料品でYesと書いて一時間以上待たされるBioSecurityは受けたくないので食糧は持ち込まない。しかしここで食料品の定義が問題になる。キャンディはFoodか?クッキーはFoodか?これがNZへ初渡航をする人を悩ませる基準である。

 

飛行機内で出た食事の中にバナナ一本ってのがよくある。あれなんてまさに乗客を引っ掛ける罠みたいで、機内で食べずにカバンに入れて後で食べようと思って「持ち込み食料品」とはついつい思い至らず申告せずにBioSecurityで発見されてInstantFineの400ドル!(約25000円!!)が即時に請求される。そんなん航空会社に言ってよ、食べ物大事にするの当たり前だし、ダメだったら最初からバナナなんてメニューにいれなきゃいいじゃんって言いたくなる。

 

このあたり本当に連携が悪いのか航空会社にノルマがあるんじゃねえかって思うくらいだ。ちなみにこれも社会主義航空の仕業である。皆さんもニュージーランドの検疫に厳しさ、せっかくの旅を楽しく過ごすためにも十分に神経質になってください。

 

ところでキャンディとかのど飴ですが、これは食料品とはみなされていません(今日時点)。なのでぼくは喉飴はいつも持ち込んでます。もちろんSecurityで「何これ?」と聞かれることがありますが「キャンディ」と言うと「あ、そうだね、はいOKですよ」で問題なく通過できる。

 

こんなBiosecurityであるが、申告地点の右側を見るといつものように中国人とインド人が大行列を作っている。そう、彼らは何故なのか分からないがとにかく「食料品」を持ち込もうとする。それもBioにもろに引っ掛りそうな種子や肉や土の付いたようなものだから通るはずもない。なんで彼らに出発前に忠告しないのかなと思うんだけど、とにかくよく持ち込む。

 

笑って冗談で済むとでも思っているのかもしれないのは最初の会話を聞くとよく分かる。よくあるパターンで、彼らは最初に食料品の持ち込みにNOと書く。けど検疫もバカではないから膨れ上がった大陸袋を見て「これ開けて」と言う。中国人、にこっとしながらジッパーを開けるとそこには瓶詰のやそのままのやとにかく食料品がぎっしり。係が「またかい〜」と一気に疲れたような顔で「これ全部持ってBioに行って」と言う。その時点では中国人、自分が何か問題を起こしていることに気づいてない。

 

問題は長蛇の行列が終わり自分の荷物を検査台の上に広げた時だ。係が聞く。

「あなたは食料品がないと書いてましたね。ここにあるのは食料品ではないのですか?」

「これは食糧ではない、これはお菓子と酢につけた漬物と干物肉である」堂々!

係官疲れたように

「これは食べるものですか?」

「だから違うって言ってるだろ、これはお菓子と付け元と干し肉、食べるものではない。食べるものとは米とか炒めた豚肉とか野菜とか温かいものを指すのだ(きっぱり)」中国人は本気で温かいものが食べ物であり主食であり、漬物や干し肉なんて常温なのは食べるとは言わないって本気で認識している。
「けれど口から入れるんですよね?」

「そうだ」きっぱり!

「それは食べ物と言うのですよ、あなたは虚偽申告をしたのでこれすべて没収して今からInstantFineを計算しますからちょっと待っててください」

すると威風堂々の中国人、その時点になって初めて相手が格下の中国人でない事に気づき

「えへへ、いやいや、係員さん、あ、何かの勘違いですよね、ここにあるのは中国では食べ物とは呼ばないしそりゃあなたの基準がちょっと、その、ちょっと違うと思いますよ、えへらえへら」

けどNZの検疫には通用しない。冷静に見つめながら

「これは食べ物です。没収します。税金計算するまでここでじっとしていてください」となる。

ここに至って中国人、逃げられない事に気づき最後の抵抗を大声で始める。

「ふざけるな、これが民主主義か!おかしいじゃないか、俺は何も聞いてないぞ!こんなんで没収するなんてお前ら法治国家なのか!」どっちがじゃ(笑)と聞きたくなるが検疫官も慣れたもので

「これ以上抵抗するなら罰金だけでなく懲役刑を科します。どうしますか?このまま警察に行って裁判になるまでずっと留置場にいますか?」

 

最後に中国人は自分が負けた事に気づき、ルールを守らなければNZでは生きていけないという民主主義の洗礼を受けてがっくりして窓口から立ち去って行く。海外旅行慣れしていない、アウェイに弱い中国人、ここに至って気づく。「ああ、誰だ、NZが地球の楽園だなんて言ってたのは〜!中国の方が無理も融通も利いて、ずっと過ごし易いじゃないか〜!」

 

いつも見かけるオークランド空港到着口での風景でした。皆さんも到着の際にはくれぐれも不要な食料品の持ち込みは止めてくださいね。



tom_eastwind at 18:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月08日

上越の雪

上越にて

 

自由席の話。東京に戻る為に越後湯沢駅で新幹線の切符を買おうとすると、何と午後2時から午後9時ころまではグリーン車も含めてすべての指定席券が売り切れとの事。なんじゃそりゃ?この路線を今まで何度も旅してきたがいつもがらがらで指定席を取ってがらーんとした車両にいるのが寂しいくらいだったのに。

 

どうやらいろんな偶然(日曜、大雪後の晴天、ゆーみん、シーズンど真ん中)が重なってしまったようで駅員さんもびっくりしている様子だ。窓口に急いで貼り付けた手書きの案内で「本日はグリーン車も含めてすべての指定席は満席となっております。自由席特急券は自動券売機で購入出来ます」と書いていた。

 

わ〜、すげえな、こうなると越後湯沢始発の列車を狙って早目にホームに並んでおこうと思いホームに出ると、同じように考えてる人たちがすでに長い行列。けど30分待てば乗れる次の列車のホームはまだ10人くらい並んでただけだったのでそっちの行列の後ろに陣を張る。

 

時期的なものもあるのだろうが大学生の友達同士でスキーに来てるような若者が目立った。その中で4〜5人の知性ありそうなグループが楽しそうにおしゃべりをしている。「おい、今日は慶応いないよな、あれ?誰か慶応入ってなかったっけ?」と一人がひょうきんな声で話していると隣の友達が「いねえよ、いつになったら思い出すんだよ、KO、いないっつうの」と答えていた。

 

天下の慶応を軽々しく扱うのだからこいつらはもしかして旧帝大組なのかな、そんな事を考えてたら次のひょうきんが突然こんなことを言いだした。「おい、これ自由席なんだろ、自由だから何やったっていいんだろう、治外法権じゃん!」と笑いだしてた。さらっと治外法権が出るあたりバカでないのはよく分かる。しかし同時に自由の意味をわざとなのか冗談なのか完璧に違う解釈をして冗談ネタにするのはびっくりした。

 

治外法権的は自由とは呼ばずに権力と呼ぶのがより近い言い方だろう。自由とは自らに由る自己規制であり、出来るけどやらない、やるからには自分で責任を取るという意味となる。それが日本の教育ではいつの間にか自由=無責任となり、何をやっても良いと解釈されるようになったのは、日教組と文科省の思惑が一致したからだろう。

 

今時スキーに行くような若者は少なく「そんな寒いとこ、いやだ〜、こたつでケータイで遊んでる方がずっといいじゃん」と思うのが中心である。そのような時代の中でもグループでスキーに来る元気があるだけでうれしいが、自由をはき違えているのか冗談でもそのように言われてしまうと、なんか「がくっ」とするな。

 

けれどそれ以外では非常にまともなグループであり、もちろん若者だからちょっと騒いだりするがそれでも周囲のバランスをよく理解しているので不愉快にはならない。30分待って乗り込んだ新幹線MAX谷川はぼくの乗った駅でほぼ満席となりそれから約1時間30分、東京駅に着くまでずっと満席のままだった。

 

東京駅に近づいてごみを捨てに下に降りていくと(MAX谷川は2階建て新幹線です)長い通路にじかにケツを下ろして足を投げ出してうつむけでぼさぼさの長髪を前に垂らしているボーダーがずらっと行列を作ってて、その姿はまるでこの列車が難民列車になったのかと一瞬勘違いするくらい。

 

そう言えばホテルでも張り紙で「床に座りこまないでください」と書いた張り紙の真下に座り込んでる薄汚いのがいた。頭が悪いのか他人の迷惑が理解出来ないのかそれが格好良いくらいに思っているのか、いずれにしても見苦しい。

 

田舎に行けばコンビニ前の駐車場でうんこ座りしてる連中を見かける。本人たち、それが格好良い、少なくとも恥ずかしくないと感じられるだけの知性しかないのは、本人幸せ周りは不幸せと言うべきか。

 

上越を後にして東京駅に到着。すでに日は落ちて腹はぺこぺこ(MAXでは車内販売が回ってこないし売ってる号車まで遠いし行列待ってる間に弁当買うの忘れたしで水しか飲めなかった)なので八重洲口を出てすぐ右にある「あったかい作り立ておにぎり」で鮭にぎり一個160円を買う。

 

お店の人は申し訳なさそうに「あの〜、おひとつでよろしいんですか〜?」と聞かれた。ぼくも汚いキャップに薄汚れたジャンパーと言う恰好だったし荷物もぼろザックに入れてたのでおにぎり一個しか買えない経済的事情があるのかと思われたようだ。言い訳するのもめんどくさいので「はい、それだけでいいです、きっぱり」と言い、ついでにわざと小銭入れを出して五円玉と一円玉も使って160円払った。なんか彼女、哀れそうな顔でこっちを見てたので思わず「ただでくれるならも一個下さいよ」と言いかけてやめた。冗談が通じなかった時の方が居心地悪いから。

 

たった2時間足らずの上越新幹線でしたが、今の日本を感じる事が出来ました。



tom_eastwind at 18:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月07日

東京駅にて

昨日に引き続きぶつかりネタだが、今回は東京駅をスキーブーツの入った大きなバッグを右肩に持って肩が真っ赤になるくらい歩いた。てかたぶん20kg以上はあるだろうな、そんな荷物を持って広い東京駅を歩くのだから良い運動である。八重洲口に着いてから上越新幹線の切符を買う場所までもずいぶん歩く。でもって出発まで時間に余裕があったのでエキナカのお店を見て回る。それにしてもこれだけ広くて古くからあるんだから、天皇や閣僚の緊急時の避難壕とかも作ってるんだろうね。

 

現在の東京駅は日本の東側、北陸や東北からの窓口になっている感じだ。昔は上野だったのだろうが新幹線が東京駅まで入るようになって東北人は終点の東京まで来るようになった感じ。品川駅は東京の西側、名古屋や大阪そして福岡までの玄関口になっている。(福岡は飛行機を使う人が多いがぼくは時間があるときは新幹線を使う事にしている)

 

だからと言うのではないだろうが、東京駅と品川駅を歩いて比較してみると、客層が全く違う。これは東京に在住の方ならご存知だろうが、地域的に割ってみると東京の新宿から品川周りの東京駅までが西側、東京駅から上野、池袋あたりまでが東側って感じだ。

 

ぼくは西から移動する時は品川駅で降りてタクシーに乗り換えたり山手線に乗るのだがこの時も荷物は多い。けれど品川駅の人々はおしゃべりをしながらでもぼくの大きな荷物が目に入ってるのだろう、ひらひらと避けながら歩く。ぼくの体のサイズとバッグの幅を寸時に計りバッグにぶつかったら痛いかどうかって読むのだろう。

 

ところが今回の東京駅ではそれが全然違う。歩く人がなんだか殺伐としてて周囲を見ようともせずにぼくの体の分だけよけるから確実にバッグにぶつかる。お互いにすれ違いながらだから、当たり所によってはスキーブーツで蹴られたようなものだ、彼ら痛くないのですかね〜って心配になるが、それが一人だけではない、つぎつぎとぶつかるのだ。こちらも人混みの中でカバンを出来るだけ身に寄せて人を避けながら歩いてる積りだが距離感の取り方が彼らと僕では違うようだ。

 

昭和の昔、この駅には東北の田舎のおらが村の議員が政府から金もらおうと思って風呂敷抱えてやってきたものだ。田舎の村から乗り合いバスで近くの駅まで出て来て駅から新幹線まで鈍行列車、新幹線ではビールと日本酒するめにちくわでわいわい言いながら東京駅に着くと一泊二日用の風呂敷を持って本郷とか近くの旅館に向かった。

 

昭和の時代は超大型公共投資が立て続けに行われており新幹線がどこを通るかで全然利権が違った。おらが村を通ってくれば政府が田圃を言い値で買い上げてくれる。こうなると村単位でどこが何の利権を取るのかで次の村議会議員になれるかどうかが決まるので、自分が勝つ為に村同士のぶつかり合いが始まる。大衆にコミットメントを行い主張する公開選挙ではなく根回しで舞台裏で行い、その活動は次第に街を巻き込み市を巻き込み県を巻き込み最後には地方出身の国会議員がおらが村代表として自民党内で激しい駆け引きを行う。この時代に活躍したのが田中角栄であり小沢が続いた。

 

それでも当時の彼ら利権獲得競争の際は必ず仕切り屋がいて利権関係者を一堂に集め「おい、今年はこの村でダム作るからお前のところのダムは諦めてくれ。その代わり来年作る公共施設はお前の村に回すからな」とやってた。

 

昭和の日本的政治は自由選挙によるものではなく利権再配分をうまくまとめる政治家が勝つ談合選挙とでも言うべきものだったと思う。だから今回利権を失った者でも次回は何かが回ってくると分かってるから黙って利権を手放す。

 

文句があるからと言って利権を手放さないなどあまりしつこくすると組織全体から「村八分」にされる。そうなっては生きていけないからぎりぎりのところで談合が成立する。そして皆で決めたルールは皆が守る、だって一人だけずるしたらまたも村八分ですからね。

 

この結果として自由選挙によるぶつかり合いではなく談合による話し合いのぶつかりあいが成立してその社会構造が昭和の間はうまく回った。自分たちが選んだ政治家が「今回は泣いてください、社会全体の為なんです」と言えば住民はいう事を聞いた。人々は正面からぶつかる事なく距離感を置いて生きていくことが出来た。

 

ここからが本題であるが、実は田中角栄の時代にも新潟で地震と津波が起こり沿岸部で大きな被害が出た。当然人々は補償を要求した「元の家に帰してくれ、金もくれ」。これに対して田中角栄は「みなさん申し訳ない、しかし沿岸部はまた津波が来る可能性が高い。皆さんの命の方が大事だ、だから今回は申し訳ないが政府が土地と家を用意するので津波の届かない近くの丘の上に引っ越してください。その代わりそれ以外の事なら、田中角栄何でも致します!」と地域住民を説得して結果的に住民は丘に引っ越して、それ以来その地域では津波による被害は発生していない。これで政府によるその後の津波の補償費は不要になった。長期的視点と言える。

 

今経産省に座り込んで「自分の家に帰してくれ」と言う人たちがいる。では次に地震が起こったらまた同じことを言うのか?「自分の家に帰してくれ、政府のカネで」と?引越しと言う選択肢はないのか?原発はぼくも基本的に反対である。しかし原発と津波被害をごっちゃにするのはダメでしょ。福島は少なくとも原発のおかげで自助努力をせずとも今まで雇用と利益が発生していたのだ。原発のない地域は自分たちで頭を使って町おこしをして地域の雇用を生み出した。

 

その事実を棚上げして東電の会長の退職金をすべて避難補償に充てろと言うなら、福島で原発関連で利益を得ていた人も同じように負担すべきではないだろうか?それで言うなら地元のアパート経営者も不動産会社も居酒屋も、皆原発で食ってたわけだ。自分たちが飯を食ってたネタが何であるかも知らず、儲かるときには儲かっておいて損をしたら突然「補償寄越せ」と言うのもあまりに一方的ではないかと思う。

 

むしろ本当にかわいそうなのは原発とは関係ない生活をしており原発に基本反対だが廃止運動までは起こせなかった人々だろう。彼らは今は後悔しているだろう「やっぱりあの時、もう一歩踏み込んで引越しするか反原発運動をやっておけば」と。

 

昭和の時代であればここらで仕切り屋が出て来て「お互いそうは言っても、この辺が落としどころじゃないのか?」となるはずだ。ところが平成の民主党ではそういう仕切りやがどうも存在しないようである。

 

その結果福島県民は津波と原発をごっちゃにして原発で少しでも儲ける時はごねてたくさん取り津波で損をしたら政府に払えという。これではちょっと都合が良すぎやしないか?僕は何も復興の手伝いをするなと言ってるのではない。政府も予算を作り民間企業も新しい東北の地図を描き始めている。ただそんな時に被災者が自分だけの目先の感情でわがままばかり言ってたら何もまとまらない。

 

世の中には現実的に経済価値で引き直す必要のあるものと、経済価値では引き直せないものがある。それをきちんと区別して議論しないと何でも目先の感情論で経産省にテントを張るなどの示威行為は誰の利益にもならない事を気づくべきだ。

 

原発と津波はまず別問題としよう。津波による被害は少なくとも住民も高台に集団移住をするくらいの気持ちを持つべきだ。「おらがじさまの住んでた家にさ、はー、もどりてえべ」と言われても、それはすでに流されたのだ。少しくらい譲歩出来ないだろうか?それでこそ他県民も協力するようになる。破壊された街は民間企業が提案してくるスマートシティ構想など、百年の街づくりを考えよう。そこでは新たな安全な雇用が生まれる。そうやることで初めて自分と全体の望むものが一致する。

 

そしてがれき受け入れ問題は、今度は逆に他県民がわがままを言ってる。政治的側面を無視すれば、がれきはすべて太平洋に持って行って日本海溝の上で捨てれば良い。放射能の危険性と言うが日本海溝に沈めてしまえば放射能被害は殆どゼロである。

 

実はこれが一番良い方法だ。ところが政治的理由で実行出来ない。まあ外交的には海続きのロシアが文句を言って来たりするだろうし内政的にはがれき運搬と除染で儲けようとしている一味が何とか利権を手放さずに日本国内をあっちやりこっちやり除染もやって一稼ぎしようという腹であろう。

 

いずれにしても今の時代は政治が機能していない。この状態でおらが村が自分だけの目先の利益ばかり要求して一切責任は取らないし決まった事も守らないというのでは泥舟の沈む速度は速くなるだけだ。皆さんに理解してほしい。泥舟が沈んでも官僚は困らない。何故なら泥舟が海の底に沈もうと、海の底で国民が生きて徴税権を政府が握っている限り、泥舟であろうが鉄船であろうが関係ないのだ。

 

つまり国民が自分たちの生活を豊かな木の船で守りたいなら国民自らが一旦権利放棄をして広場にすべての権利を抛り出して全員でその権利を整理して、どこに何を配置するのが一番良いかと考えるべきなのだ。実は一部の若手官僚でさえそう考えている。しかし政治的に言えない、言えば選挙で負けるからだ。

 

今いちばんやばいのは、今までおらが村をとりまとめていた自民村長もいなくなり小沢系フィクサーは逮捕され、かといって新たに出て来た民主党は現場を理解出来ず政治の意味を理解出来ず右往左往しているだけで、その結果として国民は自分の利益だけは何とか確保しようと、ぎすぎすと行動するようになった。

 

駅構内で寝ている浮浪者には目もくれずホームでふらついてる人を助けようともせずとにかく自分の利益だけを求めて一切の義務は出来るだけ無視して、その結果として実におかしな社会が出来上がった。あ、おかしいってのは違うかも。昭和の、誰もが誰もを助け合い、犯罪も浮浪者もなかった時代はもう過ぎ去ってしまったというのが正解であろう。

 

結局誰もが目先の自分の利益ばかり考えて、東京駅の正面から来る人間を避けるための最低距離を測りながら自分は利口だ、うまく逃げてると思ううちに、想定外のスキーブーツに蹴飛ばされてしまうのだ。



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2012年02月06日

強い者には弱く、弱い者には強い自転車

最近の道交法改正で自転車は基本的に車道を走るようになった。これは良い事だ。ぼくは東京に来るたびに自転車が歩道を猛スピードで突っ走って子供や老人の横すれすれを走るのを見て「こりゃキチガイの街だ」と思ってた。

 

他人に対する思いやりなど全くなく、とにかっく自分だけが良ければ回りの歩行者なんてどうでもいいって感じで、ほんとに街を歩いていてもぎすぎすしている。とくに下町の歩道の細いところでは非常に危険だから、今回の「自転車は車道へ」の改正は歩行者を守るという意味で正解である。

 

しかし今日も恵比寿の細い道をタクシーで走っていると、あいも変わらずバカがママチャリに乗っかり耳にはしっかり栓をして目はケータイを見つめかちゃかちゃ押しながらひたすらペダルを押しているのは、どう見ても完璧に右側か左側の脳みそが耳から溶け出しているんだろうとしか思えない。

 

考えてみよう、耳を塞ぎ目を閉じて歩くだけでも危険なのに、ましてやそれを自転車に乗ってやるわけだから、そんなにやりたかったら曲芸団にでも参加すれば?と思う。

 

彼らは自分たちの行為がどれだけ危険か分かっていない。教えようとしても覚えようとしない。ならば体で覚えてもらうしかない。どうするか?耳を塞ぎ目を閉じて歩道を走っている自転車が正面から来たら左によけて相手の右ハンドルに軽〜く自分の右ひじをぶつけるのだ。

 

右ひじなら筋肉もあるし軽く当てて手を後ろに振って力を逃がすだけなのでこちらはけがはしない。相手はほぼ確実にこける。知らないふりをしてそのまま立ち去っても良いし「あら、すみませんね」と言ってもよし、「気を付けんかい、ヴォケ!」と更に突っかかっても良い。こちらは避けたのだし正義はこちらにある。オプションはたくさんあるのでどれを選ぶかはあなたの人柄次第だ。

 

元々自転車は車が付いているので車道を走るのが規則だった。ところが自転車は車道においては自動車に対して弱者であり危ないからと警察が自転車を歩道に移すとした。すると今度は逆に歩道の王者になり歩行者に危険をもたらすようになった。

 

このように事故の便利さを追求して自転車に乗りながら弱者の顔をしてお上から歩道を走る特権をもらうと今度は既得権益者として歩行者に対して強者として「おらおら、どかんかい!」と威張り散らすのだからどうしようもない。まるでこうもりのような存在である。お前は鳥か獣か?

 

自己の都合の良い事ばかり繰り返した挙句に車道に戻されて車の餌食になるのも自然の道理であろう。墓場の下ではイソップも「ほう、現代のこうもりとは自転車の事か」と自分の先見の明に喜んでいるのではないだろうか。

 

今回自転車が車道を走るようになったが、下町はまだ道路整備が出来てないので自転車道路のない道が多い。これから自転車を被害者とした事故が起こるだろう。けどそんな時ぼくは、あまり自転車に同情出来ない。むしろ自転車さえなければ事故にならなかったのにと自動車運転者に同情を感じるくらいだ。

 

自転車は車であり車の持つ危険性は常に存在する。その事をしっかり認識せずに自分勝手な権利のみ主張して周囲に迷惑を振りまいてきた自転車は、今回は車道を走って自分たちが歩行者に対してやってきた事をしっかり再認識すべきだろう。

 

そして社会はお互いに助け合いながら共同生活をしているのだから、日本の狭い道を共有する為には自転車乗りは歩行者がいれば降りる、自転車運転中は携帯もヘッドフォンも使わない、それくらいの助け合いの気持ちを持つべきだろう。そうなれば歩道の再利用もあって良いと思う。自転車が歩道を共同利用して良いと思う。けれどそれはまず自転車利用者が自分たちの今までやってきた事を十分に反省してからだ。自分は鳥なのか獣なのか、自分たちなりに答えを出すことだ。

 

ついでに言うとオークランドでも最近ショッピングモール内を耳をふさぎ目を塞ぎして歩く人々が増えた。音楽を楽しむもよしヘッドフォン付けて携帯電話使うもよし、けどそれをクリスマスの人混みの中でやればどうなるか?

 

皆うきうきしながらウインドウショッピングをしている。そんな人混みでヘッドフォンの紐をぶらぶらさせてたらどうなるか?正面から来た浮かれた態度で全然前を見てない奴がいる、こちらは右によける。しかしよけた距離が足りなかったのか(笑)ヘッドフォンの紐が長すぎたのか(笑)、紐は見事にぼくのバックパックに引っ掛り、相手は全然周りを見ておらず気づかないままそのまま前進したものだから、ヘッドフォンは耳から飛び上がり繋がっていた携帯電話も手の中から飛び出してくるくると舞い上がって床にぐっちゃーん、見事にばらばらになった。

 

「お、ごめんね」だけ言ってぼくはそのまま立ち去った。呼び止めるつもりなら土曜日だし時間はあったからいくらでも話をしただろうし周囲にたくさんの人がいて皆も黙り込んでいたから本人も何が原因かよく分かったろう。一言大きな声で「くそったれ^!」とか言ってたな。皆さん、これが実際に起こった事故です(笑)。

 

それにしても彼ら二猿族(見ざる聞かざる)がケータイ使ったりヘッドフォンしたり、自分の耳を塞ぎ目を閉じる行為が格好良いと思う前に今の時代に公衆の中でやる事がどれだけ危ないか、そういう器機を使いこなせるくらいなんだから脳みその一部だけでも使って自分がどれだけ危険な行為をやっているかはよく考えた方が良い、大きな事故になる前に。



tom_eastwind at 17:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月05日

オークランドは三連休

 

何だか先週も今週も三連休のオークランド。「あれ?そんな休み、あったっけ?」「オークランドアニバーサリーですよ」「ワイタンギデイですよ」はいはい、そうかそうか。てか何年オークランドに住んでいるんだと思うけど、すぐ忘れる。


でもって日本にも休みがあり出張の予定を作るときにいつも忘れるのでとっても困る。「じゃあこの日に行きます」なんて言うと相手が少し困った顔をする。そういう時にカレンダーを見ると、あれ、やっぱり祝日じゃんか。日本では115日がお休みと思い込んで成人の日が毎年変わるのをすっかり忘れてるのは僕の頭がまだ昭和だからです。


逆に日本から問い合わせを頂くお客様もニュージーランドの休みが分からないから「何で返事ないんだ?」と思うだろう。だってニュージーランドのお休みが分からないから当然そうなる。ぼくも日本にいて休みの感覚がずれているから「あれ?何でこの返事出してないの?」と思ってオークランドのオフィスに連絡すると「今日はオークランドはお休みです」と返される。あ、そうか。


言い訳がましいが(苦笑)一か月のうち半分近くは旅ガラスなので日本と香港とシンガポールとニュージーランドに豪州、それぞれの国の休みを覚えるのは大変だし、日程を作るときはとにかく予定を先にがーっと詰めるからついつい休みの事を忘れてしまうのだ。


今回もそんな祝日分からず移動の繰り返しでちょうど2週間経過した。大阪から始めて新幹線に5回乗り車は合計で10時間以上、今回は移動が多かったな〜、明日の午前中の会議を終わらせたら成田に向かい明後日の昼頃やっとオークランドに戻る。ぼくの場合は、仕事のない日が休みだと考えることにしよう。

 

 

 

 



tom_eastwind at 01:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月04日

守ってあげたい

今日は小咄なのでまじめな話を期待している人は読まないでください、腹が立ちます。

 

「ご気分の悪い時やおこまりのときは、受話器の非常用ボタンを押してください」

今泊まってるホテルのバスルームの壁に取り付けられた電話の下に付いてるパネル。

 

ぼくはたぶん頭の中が普通ではない構造になっていると思う。例えば過去に遭った事故が精神性の病気を引き起こしたりするのは、僕の頭の中ではタイガーホース(TigerHorse)となる。これこそトラウマ(笑)だ。

 

だもんで上記のパネルを見た瞬間、思わず笑ってしまった。

「御気分の悪い時」なるほどね、「おら〜、おれさ、今日さ、むっちゃむかついてだよ、気分悪いんだよ〜!」って電話に向かって怒鳴ったら、電話を受けた人、どう感じるだろうか?

「おこまりのとき」これも笑える。「あの〜、宿泊代が払えないんですけど〜、困ってるんですよね、助けて下さいよ。え?だっておこまりのときは電話しろって書いてるじゃないですか〜」

 

英語ではこのような表記になっていた。

If you feel unwell or require some assistance, please push the Emergency Button.

 

このように日本語で表記する場合は妙に丁寧に書きすぎると違う意味に取られる事があるので要注意だ(笑)。てか、そう取るお前の方がおかしいだろと言われたどうしようもないが、日本人が日本語に対してよくいう事に「日本語は英語に比べると曖昧な表現が多いよね」があるが実際はどうだろうか?

 

実際にそうだ。英語の方が表現が直接的ではある。ただここで誤解して欲しくないのは、日本語だって理論的に話すことは十分に可能だという点。そして英語だって意味不明なYesNoか分からないような表現をする人もいるのは事実。

 

ちなみに広東語は英語に近く、直接的に分かりやすく表現する。文章の作り方も例えば

英語=I want to buy this.

広東語=我想買1個

我(私は)想(望む)買(買う)1個(これ⇒正確には1ではなく“リ”と言う発音だけど対応する文字出てきませんので代役参上です)

英語のBecauseも広東語では最初に「やんわい〜」と来る。日本語だと後ろに来る。

 

日本語だとYesNoが最後に来るから最後まで聞かないと分からないと言われるからそれを理由に日本語が分かりにくいと言ったりするが、最初にYesを持ってきても良いのだ。「はい、そうです」「いいえ、違います」を最初に持ってきて「その理由は〜」とやっても良い。ただそうすると日本語は「きつく」なってしまい日本人が好まない言い方になるからあえて遠回しの言い方を選んで、それがいつの間にか日本語がYesNoがはっきりしない言語であるって言われるようになった。

 

ちなみにぼくはいつも結論を先に持ってくる、それから理由を説明する。その話し方はいつも奥さんを怒らせる。例えば「ねえお父さん、これ食べる?」と何か持ってくるとぼくはにこっともせずに「いらない」と言ってしまう。奥さんはそんな時必ず”Say , Thank you” と言う。少なくとも最低の礼儀はわきまえろと言う事であろう(笑)。

 

説明会や個人面談でもいつもそんな感じでストレートに話をするので、人によってはかなり不愉快にさせる事がある。申し訳ないとは思うが内容が内容だけに曖昧な話をすることも出来ないのでYesNoは明確にしている。

 

それにしても言葉とは難しいものである。想っているのに伝わらなかったり悪気はないのに相手を怒らせたりその気もないのに妙に期待させたりやる気もないのに「頑張ります!」とか。

 

ホテルではユーミンの歌「守ってあげたい」が生ピアノで演奏されてます。

♪初めて言葉を交わした日のその瞳を忘れないで〜♪

そうだ、言葉だけじゃなくて目も大事。「目は口ほどにものを言い」と諺がありますからね(笑)。

 

さて、明日は東京に戻り月曜日の会議の準備です。



tom_eastwind at 22:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月03日

EU

人里に下りてくるとやっとネットも繋がり情報も手に入るようになった。どうやら1月末でEUがギリシアの予算編成権を奪いEU主導で財政再建、他諸国に対しても経済赤字が一定比率を越すと財政再建をEU主導で行うようになり実質的にGDP比3%が目安となった。

 

これで今回のユーロ危機も終了、欧州は英米と決別する道を取る事が出来たようだ。ただこの意味は大きく、20世紀は国家が国境だったのが21世紀は欧州が国境となる。考えてみればドイツも連邦制であり一つの国歌になるのに時間がかかった。イタリアも同様である。ならばそのような連邦国家が更にもう一つ上の欧州と言う形で合併するのは何ら無理のない話である。

 

いよいよ21世紀は国境が変わる。日本で言えば廃藩置県のような、それまで自分が支配してきた地域がもっと大きな組織の中の一員となっていくのである。けどここで多くの人が見落としている点があると思うのは僕だけではないだろう。

 

結局一つの社会とは三人以上の人間が共同体として生活を始めれば自然に発生するものでありそれが村になり次第に大きな社会となり国家となった。ならば国家の更に大きな組織EUが出来ても何ら矛盾はない。

 

組織としての大きな部分、例えば防衛とか外交は大きな組織に任せ、小さな昔からの組織は社会福祉などを提供していけば十分にやっていける話だと思う。

 

世の中の流れとしてどうも21世紀は米国が世界の警察の立場から降りて北米大陸の一員となり、アジアは中国主導、欧州はEU主導を目論んでいるのではないかと感じる。

 

この件、もうちょっとまとめてから一本の記事にしたいと思ってます。あと数日はまともにものを考える時間がないので来週、かな。いずれにしても世界の中の日本、日本の中の自分の生活圏、そして家庭、そう考えて行けば今回のユーロ危機も自分の家庭の食卓に間接的につながっているというのは間違いないです。



tom_eastwind at 05:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月02日

進化論

最近のアンケートで宇宙の始まりを進化論(ビッグバン)とするか神の創造とするかで西洋人の中でも随分違いが表れていた。それによると欧州やオセアニアでは神の創造と信じる人々は20%前後だったのに対して米国では50%近くいるとの事。

 

神様がこの宇宙を含む地球や世界を作ったと考える、こうなるともうキリスト教原理主義者であるから彼らの脳みそからすれば自分たちの神様だけが世界で一番、てか他の神様は存在そのものが間違いと思うって一神論だからイスラム教なんて潰して当然、くらいの感覚があるのかもしれない。コーランを焼くと言って問題を起こしたキリスト教の聖職者もいたくらいだからキリスト教原理主義者の存在の危険性はイスラム原理主義者と同じようなものだ。

 

イスラム原理主義のテロが犯罪でキリスト原理主義の侵略戦争が正義となるのは、どちらがたくさんの武器を持っているかの違いだ。人殺しに何の違いもない。

 

イスラム教はキリスト教と同じ神様を信じている兄弟宗教だしユダヤ教だってキリスト教と同じ神様を信じている兄貴分みたいなものだ。今の北半球で起きている戦争はほとんどの場合この3つの宗教が絡み合った兄弟げんかだと言ってもよい。

 

★抜粋開始

高校の生物教師は進化論を支持していた。そして教える前にはこう言った。

「これは君たちの幾人かにとっては、かなり反感を買うテーマであることは理解しています。だけど私は気にしません。これは科学の授業であり、今からこれを教えます。ここは神学の授業ではないので宗教上の討論はしません。私は普遍的な真実について述べるだけであって、あなたがたの気分を害しないために嘘を言うつもりはありません。これを学びたくないと言うのであれば、出て行ってもらってかまいません。このクラスに出席しないという許可も与えます。ただし出席しない場合は成績は今学期はゼロです。無知でいることがそんなに重要だというなら、ドアはあちらです。来年会いましょう」その先生が好きだった。

★抜粋終了

これはある米国人が上記アンケートに対して行った書き込みである。

 

もちろんぼくは宗教が不要だと言ってるのではない。人によっては必要だろう。宗教とは弱い人間が心の支えを求めて自分を浄化して強くなる過程において効果はある。そして同じ考えを持つ人々が助け合いながら生活をすることは良い事である。それを否定はしない。同じ価値観を持つ人々が社会を作るのは良い事ではないかなと本気で思ってる。だから既存の4大大手宗教から最近の中小の宗教を含めて「お好きにどうぞ」と思っている。誰にも選択の自由はあるのだ。ただし僕は既存の宗教を否定する道を選んでいる。ぼくも「お好きな事」をやってるわけだ(笑)。

 

しかし宗教が科学的事実とぶつかった時は常に問題となる。科学について益川教授がこのような事を言った。「わたしは科学と言うのは自由を獲得していく過程だと思ってます。つまり、ああすればこうなるという法則を明らかにすると、じゃあこうしようよと言う次の新しい選択肢が増える。」(今週号の週刊誌に載ってたので拝借しました、文責は小生にあります)。

 

このような科学的事実を認めないままに宗教のみの視点から世の中を見れば自分が行う虐殺でも聖戦となる。この事を人々は知るべきだろう。サリン事件などは分かりやすい例だ。

 

もっと分かりやすい例で説明してみると、今の世の中では普通の大人なら遺伝子の存在を知っている。あなたも当然知っている。そして遺伝子が傷つくとガンになりやすい事も当然しっている。そして優秀な遺伝子が黒人をスポーツや音楽に秀でた人種にしていると言われても疑う者は少ない。つまり遺伝子には優秀なものとそうではないものがあるのだ。では遺伝子が劣性であると分かっていたら、または自分の遺伝子が確実に優秀であると「知っていたら」あなたはどうするか?

 

これは例題なので「分かっている」とか「知っている」の証明はとりあえず置いておく。遺伝子の優劣により黒人の子供に音楽を教えて歌わせるしスポーツでは積極的に黒人を発掘してエリート教育を受けさせる。これと同じように自分の遺伝子が優秀であれば世界をよくするためにはどうするか?(例題なので実際に優秀かどうかは別問題)自分たちの遺伝子だけ残せば良いのだ。そうすれば世界は優秀な遺伝子を持った者ばかりになる。ここまでは理論的に成立する。

 

しかしそうやって起こったのがヒットラーによるユダヤ人虐殺のホロコーストだ。第二次世界大戦当時に虐殺されたユダヤ人の正確な数は今だ不明だが、明確なのはヒトラーがユダヤ人を殺すときに使った理論が優性遺伝である。ドイツ民族のみが優秀でありユダヤ人は劣等遺伝子であると決めつけて虐殺を行ったのだ。

 

もし本当に遺伝子を調査することが出来て自分たちの遺伝子が一番優秀であれば他の遺伝子を滅ぼすことに何の疑問があろう?台所に出てくるゴキブリを一撃シュコロ!とやっつけるようなものだ、何の罪悪感もない。

 

もちろん実際には優性遺伝子だけが原因ではないし全ドイツ人がその話を信じていたわけではない。しかし片方で遺伝子の優劣を認めながら片方ではドイツ人による世界平和を狙ったホロコーストを認めないと言うのであればこれはおかしい。理論的に矛盾する。だから「ドイツ人だけが優秀である、またはユダヤ人は劣性遺伝であるという科学的事実」が間違いである事を見つけて彼らの理論をを突き崩さねばならない。

 

そして遺伝子の問題は更に大きな神の領域に踏み込む。遺伝子が悪ければ彼らに子供を産ませなければよい。そうすれば次に生まれてくる子供は優性遺伝を持った子供だけになる。こうやって少しづつ世の中から劣性遺伝子を排除していく。この結果として精神障碍者、肉体的欠陥者が世の中からいなくなる

 

はげもぺちゃ鼻も黄色も黒もぜ〜んぶ排除!白だけが正しいのよ〜、そうやって旗を振ってる連中は自分のやってる事に一寸の疑問もない。

 

自分が子供を生みたくても生めない時代になったらどうする?勝手に奴らに判断されて自分が社会において劣性遺伝だからと殺されたらどうする?そして遺伝子操作の結果、生まれてくる子供たちが全員、鼻が高くて肌が白くてすらっとした八頭身になったら?それこそ住み心地の悪い社会になるだろう。

 

遺伝子問題と言う科学だけでもホロコーストが起こるのに更にキリスト教原理主義者の宗教のように「世界は神が創造したのだ、キリスト教だけが正しい、キリスト教信者だけが正解である、だから十字軍だ〜!」なんてやってしまったらもう無茶苦茶である。

 

人間が生きていくのに社会は必要である。しかし個人生活に介入し過ぎてはいけないと思う。社会に参加するかどうかは個人の判断であり、どの社会を選ぶかも個人の判断である。その時には科学的思考が大事である。やってみて失敗したら他に答えがあるんじゃないかと探してみる。そうやって自分の住みやすい社会を見つけて参加する。どうしても社会そのものが嫌なら無人島で一人暮らしをすれば良い。

 

人は自分の大義名分のために殺人さえ犯す。そこに多様な価値観を持った人々が同居する社会と言う観念はない。自分だけが正しいと思う、そのような「優性遺伝子」や「原理主義」など、はっきり言って犬に食わせておけと言う感じだ。

 

宇宙がどうやって出来たか、それは皆が自分の考えを持ってて良いと思う。ただそれを人殺しの理由にしたり他人に押し付けるのは別問題だ。

 

ぼくは自由を愛する。だから他人の自由を侵害しない。自由とは自らに由るという結構大変な作業であるがそれでも世の中を科学的に考えて多くの選択肢を持とうとする努力は、人間である限りするべきだと思っている。それが人間に課せられた義務だと思っている。

 

あれ?読んでみて今日はまとまりが悪いなって思った。話、広げすぎましたね、すみませんでした。なので突っ込み歓迎です。



tom_eastwind at 22:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年02月01日

裏が表に変わる時

今日は記録的寒波で木曽福島でスキーするなら死にますか?くらいの大どか雪。これじゃ下手すると中央道も閉鎖になるかもって事でスキーは取り止めで開田高原を朝出発する。途中の中津川でチコリ村観光。ここは村おこしのような道の駅のようなドライブインの大型版だが野菜好きな方は時間を作っていく価値あり・1時間程度の観光時間でお昼ご飯は野菜バイキング1380円?だったか、自家製で安全な野菜を提供している。さすがにこの地方は自然が豊かである。今時この値段でわざわざ車でしか来れない場所に客を呼べるなんて大したものです。

 

昨晩泊まったホテルもすごくお洒落で食事も野菜中心の素晴らしい内容だった。春から秋にかけては自家栽培の野菜を畑からそのまま食卓へ届けるビジネスモデルがうけていて、安い部屋代ではないが経営も10年続いておりオーベルジュのような位置づけになっている。

 

ただ野菜大嫌いなぼくにはかなりやばいメニューとなった。このあたり地域性ではなく僕の個性で、てか単なる偏食とアレルギーがぶつかってるだけなのだが、本当にスキーツアーに招待して頂いたお客様には申し訳ない限りである。恥ずかしいな・・・。かと言って今さら野菜が食えないのも現実だしな、ちょっと悩んでいる今日です(恥・・)。

 

中津川あたりで「ちょうどここらで裏日本から表日本に移りましたね」とお客様に説明された。お客様は名古屋の方で古い歴史にも詳しく僕が私淑している方である。彼らの年代からすれば太平洋の向こうの米国相手の取引が日本の加工貿易の中心であったし彼らの時代は米国に留学したり米国と貿易をすることが国是であった。だから日本の表玄関は太平洋側でありそうなると裏玄関が日本海なので裏日本と言う事になる。実際にぼくも学校で裏日本と言う言い方を学んだ。

 

しかし学校を出て自分なりに歴史の本を読み日本のここ2千年の歴史を振り返ってみると日本の表は間違いなく日本海側だ。古くは天皇家の渡来から始まり日本の弥生文化は大陸からやってきた。その後も中国から朝鮮経由で唐津や博多に大陸文化が伝わり交易が盛んになり平清盛の時代には瀬戸内海を渡り関西に送られた。唐津と言う地名はその名の通り唐の港である。

 

今年の正月に家族と旅行した時、太宰府天満宮観光をした。なんでうちの会社がイーストウィンドなのか、その由来は菅原道真にある。「東風吹けば匂い起こせよ梅の花」の東風がイーストウィンドなんだよって説明したら家族皆「へー^、そうなんだ」と初めて社名の由来を知りちょっとびっくりしてた。

 

ただこの神社、見かけは古いお宮であるが元をただせば中国貿易の政府側窓口である。鴻臚館(こうろかん)と言う建物が古い昔に博多にあったが、これは中国から使者を迎える迎賓館であった。その頃は江戸などただの草野原であり米国など影も形もなかった時代である。

 

何で大阪が昆布だしで関東がかつおだしか?なぜ昆布の取れない沖縄が日本で有数の昆布消費県なのか?それはやはり日本史に答えがある。

 

その昔に北前貿易と言うのがあり、江戸時代に盛んにおこなわれていたのだが北前船貿易は北方のハバロフスクから始まり小樽、十三湊、新潟、福井、境、博多港と九州までやって来て更に長崎、鹿児島経由で沖縄へ。鹿児島から沖縄に届いた荷は中国まで渡りこの鹿児島から中国の部分が島津藩の抜け荷貿易となり莫大な利益を得た。島津はその金で江戸時代に終わりを告げさせることが出来た。

 

この日本海を利用した貿易で北海道の昆布が若狭湾経由で京都大阪に送られて大阪は昆布文化になった。さらにこの昆布は沖縄にも届き健康に良い昆布と豚肉を一緒に料理する「くーぶいりちー」となった。江戸は当時昆布が届かずにかつおを使っていたのでかつおだし文化になった。

 

江戸時代以前も日本海貿易は盛んだったようでロシア本土と直接取引をした商人や香港からタイあたりまで貿易は拡大していた。朱印船や倭寇、山田長政の日本人町などが有名である。

 

日本は大東亜戦争で米国に負けそれ以来米国のモノを買い米国にモノを送るビジネススタイルに無理やり変更されたと言っても良い。今もまだ米国の半植民地のようなものであるが、幸運な事に20世紀の米国は取引先としても十分に利益を得ることが出来た。そして中国は共産党支配と竹のカーテンで囲まれてしまい、日本海はいつの間にか裏になってしまった。

 

しかし中国が復活してアジアが成長し米国に衰えが見え始めて来た現在、すでに貿易では日中が日米を抜いているのだからそろそろ裏日本と言う言い方を変えて見てはどうだろうか。それにしても日本の歴史を勉強すると楽しい。学ぶことがたくさんある。目先のちょっとした事に一喜一憂など実にちっちゃく見えてくる。

 

裏が表に変わるとき、それが21世紀だろう。



tom_eastwind at 21:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌