2012年03月

2012年03月31日

セーラームーンや3つ折りティッシュとか

Q84?随分低いな、あ、そうか、村上しゃんのIQですな(笑)。はは、冗談ですよ、冗談。ハルキストはテロリスト的な傾向があるのであまりからかわない事にしています。昔筒井康隆が乱調文学大辞典の中で、ある有名で無能で非生産的でありながらなぜか銀座のおねえちゃん達に人気のある作家のことを「彼のことはからかわない。次に銀座に行った時におねえちゃん達に嫌われるからだ」と書いてた。

 

そうなんですよね、世の中にはどう見ても非生産的でありながら人気のある人物や商品とか存在価値のないものがあります。けどそういうのを批評すると必ず「おめーに関係ねーだろ」とか「何様のつもりだよ、ぼけ〜!」となる。ましてやそれが政府によって行われてる場合は「職務質問で〜す」とか「」税務調査ですが」となる。非生産的なものを批判して更に非生産的な叱りを受けても時間の無駄なので、ぼくも基本スルーです。

 

けれど、以前なら書けなかったタブー的な内容も今なら書けるってネタがあります。その一つがセーラームーン。美少女戦士セーラームーンは一世風靡した人気漫画でこれをバンダイが人形とかいろんな派生商品を作り更にセーラームーン終了後も次々と続編を出した為にその派生商品はリーマンショック前のゴールドマンサックスのように、もう何でも売っちまえ!ってくらいに増えた。

 

これに飛びついたのが当時の子供たちであり、常に最先端のセーラー関連商品を見るたびにお母さんに「買って買って!」とおねだりの大合唱となった。あまりの商品の多さと子供の人気に腹が立ったあるお母さんがバンダイに電話をした。「あなたたち、いったい何を考えているんですか!こんなに続編とか商品とか作ったら子供が買って買ってとおねだりして大変だっての、わかってないんですか!」バンダイ担当者いわく、苦笑しながら「いやいや、わかっているから作ってるんですよ」

 

身の回りにあるもので言えば3つ折りティッシュボックスがある。「ほ〜ら、こんなに大きくてお得ですよ〜」って言うけど、あんなにでかいのは半分も使えば十分。ぼくは鼻をかむときは半分にちぎって使っているが、あれだって単純に販売量を伸ばしたいから作った製紙会社の戦略である。

 

これがセーラームーンやティッシュくらいなら笑える範囲内であるが、笑えないネタが山ほどあるのは誰もがご存知の通りである。存在自体が無用であり不要でありながら存在することで社会的コストとなり人々に税金という形で存在を負担させる。

 

田舎の地方議員などは非常に低能でありながら生き残る技術には精通しているからいつまでも居座り続ける。労働貴族などは本来の労働組合の役目を全く無視して自分の出世だけの為に現場組合員に無理無駄を押し付けて自分は葉山でクルーザーに乗って楽しんでる。

 

この手のネタは書き始めたらきりがないが、じゃあどうすればいいのか、世の中から無駄なコストを省くためにどうすればいいのかとなると、意外と答えは簡単である。それは人々が賢くなり世間を学ぶことだ。今の時代においてはネットを通じて多くの情報を集める事が出来る。政治であれ経済であれ、昔のようにいちいち図書館まで行って本を引っ張り出す必要はなくなった。

 

リバタリアニズムという考え方がある。リベラルと混同されることが多いが基本的に政治は最小限であれ、人々は自助努力で生きていくから邪魔をするなという事だ(ホントはもっと複雑だけど大雑把な定義です)。ハイエクやミルトン・フリードマンが主唱しているがリベラルも元々はリバタリアニズムであったのがいつの間にか換骨奪胎されてリベラルは現代においては社会主義と同義になっている。

 

つまり国民はバカであるから政府が福祉制度を構築せねばならない、だから税金払えである。また教育についても国民はバカだから教育制度は国家によって作らねばならない、そして子供たちが義務教育期間中は無償で教育を受けられるように税金払えとなる。そうやって集めたお金をどう使うかは馬鹿な国民に教えると勘違いするから教えない。

 

原発事故の際の情報公開も、ほんとの事を発表したら国民がパニックになるから発表しない、政府内だけに留めておくとした。その結果政府がパニックに陥ったのは誰もがご存知の通りだ。

 

一事が万事、国民はバカであるという前提でシステムが出来上がっており政府はバカな国民を正しい方向に導く優しき父親なのである(その父親が一番ぱにくるバカだったってのは原発事故で実証されて大笑い)。

 

だからごく当然の事なのだが人々は時間を取ってしっかりと勉強する必要がある。でなければいつまで経っても税金という名目で政府に様々な形でむしり取られて文句も言えない奴隷状態を続けるしかない。

 

多くの人々は政府のシステムに洗脳されて今でも政府は立派な父親だと思ってる人が多い。そんな場所でいくら周囲に「違いますよ〜、みなさんが払った年金はもうないですよ、電気代の値上げは東電を黒字化して原発を再稼働させたい経産省の戦略ですよ〜」と事実を伝えたところで時間の無駄、むしろ「あいつ、赤だ!」とか言われて村八分にされて終わりだ。

 

政府の作った洗脳システムに対して個人がどれだけ抵抗しようが勝ち目はない。相手は足の引っ張り合いでは天下一品、なにせ子供の頃かすさまじい受験勉強で勝ち残ってきた「優秀な人々」なのだ。そんなのが霞が関に4万人もいて何十年もかけてシステムを作り上げた。それに対して個人がどう抵抗出来る?

 

「光る風」でも少し触れたが、どうやらこれからの日本は確実におかしくなる。バブル崩壊、官僚敗戦、経済沈没、その後に官僚が復権を狙って露骨に政治家を操り国家を動かしだした真っ最中に東北大震災が起こった。

 

彼らにとっては大震災でさえ自分たちの目的貫徹の為に利用する。では彼らの目的とは何か?それは日本を自由社会ではなく官僚を頂点とした管理社会に作り変えることでありその途中で抵抗や反対をするものがいれば政治犯として監獄に放り込むか痴漢として逮捕する。

 

ぼくたちが自由を欲しければまずは世の中の事を勉強するしかない、そして自分が政府のくびきから逃れる方法を考えるしかない。

 

もちろんいつも書くことだが、管理社会の奴隷だって悪いことはない。何も考えずに生きていけるのだ。政府が仕事や教育や医療を提供してくれて自分は何も考えずに毎日決められた事を何も考えずに黙々と続け、時期が来れば親の薦めた相手と結婚して子供を産み、その子供も同じように何も考えずに生きていける喜びを覚える。それを洗脳と呼ぶか盲の幸せと呼ぶかは本人の自由である。

 

誰にでも選択の自由はあるのだからぼくはその決定に対して反論するつもりはない。ただ自分を奴隷社会に置いておくという選択をしながらセーラームーンの事でバンダイに文句を言ったり味の素の穴が大きすぎると文句を言ったりティッシュがデカすぎと文句を言ったり税金が高いとか学校のセンセーがバカとかを言うことは出来ない。自分の決定した事だ、自分で責任を取るしかない。

 

ぼくは個人的にそのような選択はしない。どれだけ苦しくても自由を選ぶ。自由な社会の中で生きていくのは本当にきつい。多くの自己責任が要求される。けど、それでも僕は自由を捨てることが出来ない。これは理屈ではなく体の中、心の底から出てくる原始的欲求なのだ。だからこそ欲求を叶えるためにもまずは勉強が必要なのである。

 

今まで勉強したことないからって言ってたらいつまで経っても一歩前に出ることは出来ない。一歩でも前に出れば次は二歩目がある。そして少しづつ世の中が見えてきたら自分の置かれている環境が分かるようになる。それから少しづつでも良いから行動を起こせば良い。自分で自分を守るために今何をすべきか?人によって環境は違うのでこれが全員にとって正解というものはない。

 

自分にとっての正解は自分にだけしか分からない。家族、仕事、生活環境、教育、どれをとっても正しい答えは自分で導き出すしかない。まさに「産みの苦しみ」だ。けど、一度自由を理解して世の中が見えてくると突然頭の中がすっきりして、今までわからなかった事が分かるようになり新聞やテレビで報道されることのほんとうの意味がすぐ分かるようになる。世の中の次の動きも見えてくる。だからこそ対抗策を立てることが出来るのだ。上に政策あれば下に対策ありだ。



tom_eastwind at 15:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月30日

会社承継プログラム

今回の日本出張では国際税務を専門とする税法弁護士と東京で会議を持った。そぼ降る雨の中、虎ノ門のオフィスを訪問したのだが、このあたりは何か時代が止まったような雰囲気のビル街で今時喫茶店xx「サイフォンコーヒー置いてます」って、昭和村狙いかと思わせる(笑)。

 

今年ぼくが力を入れている案件の一つが会社承継ビジネスである。昭和の時代に多くの起業家が少ない資本で町工場を立ち上げておやじの腕一本で技術開発し完成品を小型トラックで元請けに納品して何とか会社を大きくしてきた。

 

従業員も数十名雇う事が出来て彼らの生活を守る義務も社長である自分にある。しかし親父は歳を取りそろそろ子供に仕事を引き継ごうとする。そこで発生するのが相続税である。親父は今の時代から比べれば紙くずみたいな金額で起業して成功しており株式をそのまま相続するとなれば現在の法律でも50%、来年には55%になるだろう。

 

そうなると潤沢な運転資金を持っていれば良いがそうでない会社は相続税が払えない為に会社を廃業しようかという話になる。けれど彼ら起業家こそが日本の繁栄を支えて来た人々であり政府のために会社を潰すなど馬鹿らしい話である。そこでぼくらもこの問題を検討して、どうにか日本の企業を継続出来る方法はないかと考えて作ったのが会社継承プログラムである。

 

日本ではすでにいろんな税理士事務所が取り組みを行なっているが、彼らのビジネスモデルは基本が日本の税務署が毎年発表する税務処理方法の細目を使って日本国内での処理であるからどうしても処理に限界がある。

 

数カ月前もパチンコ屋業界を顧客に持つ税理士事務所が細目を利用して本社を移転させたり合併させたりして税金を軽減したり逆に税務署から還付をさせるなどの荒業を使った挙句に税務署を本気で怒らせて大反撃を食らって1千億円近い追徴が行われた。

 

しかし当社のビジネスモデルはオーナーが持つ株を海外に設立した資産管理会社に売却して売却益に対する分のみを譲渡益として納税してビジネスを子供に継承するというモデルなので簡単かつわかりやすく、何より合法である。

 

このビジネスモデルはすでにユニクロの柳井氏や某大手教育関連企業の創始者オーナーが行なっており一般的には広く知られているが、では具体的にどうするのか?海外の当該国での納税はどうなるのか?相続時の税務はどうなるのか?などなど具体的な案件となると日本の税理士のほとんどがその方法を知らないのが実態である。

 

ぼくは幸いにニュージーランドで24年生活をしており(正確には香港で6年居住を含む)自分で起業をして様々な分野で税務面で実務をやってきたのでNZ側はいかようにもなる。あとは日本側であり、最近の法令変更などがないかを確認する作業が必要であり、これを行ったのが今回の虎ノ門での会議である。

 

しかしまあ、日本政府は何をやろうとしているのだろうか?日本から中小企業を廃業させようとしているのか?それに対して日本の殆どの税理士は自分の免許が没収されるのを恐れて国内での細目で対応しようとしている。彼らは中小企業を見捨てようとしている。それってありか?

 

例えば自分を一生懸命育ててくれた親に対して「あんた、もう寿命だから会社畳んで税金払ってちょうだい」ってなものだ。それでいて日本のものづくり再生??あふぉか、完璧に経産省と国税庁の意志不疎通である。

 

これはどんな民間企業にもある。それぞれの部門が部門最高益を考えた結果として助け合いやすり合わせが発生せずに全体がマイナスになる構造だ。本来はこういう時は全体を管理するボスが裁定をして全体最適を決めるべきだが困った事に現在の日本では全体を管理するボスがいない。

 

普通ならそれは「総理大臣でしょ??」と思うだろうが、日本では実務的にそうなっていない。各省庁は自分の部門最適化の為に法案を提出して部門担当の大臣は何も分からないままにはんこを押して次官会議で実質的に日本の経営、旗振りは決まってしまう。

 

今日も消費税で内閣がOKしたよ、なんてふざけた話があったが仕掛けは財務省である。いつも言うことだがぼくは財務省のスタッフはよく働いていると思うし評価もしたい。けれど日本国全体の最高益を考えた時に果たして彼らは現場をどこまでわかっているのかは疑問である。

 

この次官会議では法的地位としては誰もが平等であり誰かが法的トップに立って判断するって事が出来ない。あくまでも合議制という形を取りながら実際にはその時に一番賢い次官、今で言えば勝財務相次官が仕切る。

 

けれど法的には何の責任もないので彼ら次官会議で判断した答えが間違いでも誰も責任を取らない。責任を取るのは法的に判断をした政治家であり、政治家でさえ責任を取った後には次官から美味しいポストを用意されているから、これでいっちょ上がりである。

 

日本は昔からこのような集団合議制でありその時に一番発言権の強い人間が仕切るが法的な責任を取る必要がないってのが中国政府と全く同じって意味で「な〜んじゃ、普段は日本人は中国がどうこう言ってるけど、実際にやってることは同じじゃん!」って事に気づく。

 

つまり日本は江戸の昔から合議制が変わらず、多分江戸以前も同じだと思うが「ムラ制度」が徹底していたのであろう。その組織のままにこれからもやっていければ良いのだが問題は世界が国際化して西洋などの全く倫理観も道徳観も違う国と取引をするようになると、自分たちのルールを相手に説明なしに押し付ける事が出来なくなったってことだ。

 

ぼくが役所に期待するのはまさにこの部分の変化であり、国際化をするのならムラ社会ルールは通用しないよ、国際化したいならムラ社会ルールを変えようよ、そうでなければ鎖国して1億人の国内需要だけで食っていこうって事だ。

 

経産省によってルールは国際化しておきながら税務面では中小企業を殺すような税法では誰もが「ふざけんな、いい加減にしろ!お前らどっちにしたいのかはっきりしろ!」という経営者の悲鳴が聞こえる。

 

ここから先は会社宣伝になりますが、もし会社継承にお悩みの方がいらっしゃれば遠慮なく問い合わせ無料メール下さい。たぶんニュージーランドを使ったスキームとしては一番の能力があると思っています。



tom_eastwind at 17:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月29日

「光る風」 山上たつひこ

1970年に少年マガジンで連載された近未来SF漫画。その当時はあくまで空想だった。けどこれはまさに2010年代、今の日本か?と思うような話が続く。当時米国支配下にありながら次第に自衛隊が軽装備から中装備になり、今の時代になって震災があり国民思想取締りが少しづつ強まり言いたい事も言えない空気が社会全体を覆う中、防衛庁が防衛省に格上げになり国民側も社会の空気を読んで(忖度して)政府と共に「赤狩り」を始める。

 

少しづつ危機意識が高まっていく日本では社会の底辺に置かれた人々が団結して自分たちの為の社会つくりを計画するようになる。今の日本で言えばまさにニートや失業者がいずれこの層になるのではないか。

 

今の日本のように一部の支配者が残りすべての国民を支配する中、すでに平等という意味がずれ始めている。ニートに残された社会はない。テレビで女優が素敵な笑顔で君を見つめてくれるけれどニートや年収200万円、実物の彼らに君は届かない。年収2千万円の金持ちにはすぐに手が届くが貧乏人にとってはいつまでも手がでない。

 

漫画の中では水俣病をイメージしたような公害による奇形を抱えて生まれた若者が言う。

「きみたちのように“正常”な人間として生まれ“正常”な環境でそだった人間とおれたちのように奇形人としてこの世に生まれてきたものとでは平等という言葉の感覚そのものが違うんだよ。」

 

そうなんだよね、同じ言葉を使っているけど、もうその定義、意味が違っているんだよね。いいとこに生まれて美味しいもん食って育った子供が卒業式の晩に考える“平等”と、貧乏人の子供として生まれて自分の責任でもないのに、あの同級生はこの街一番の美味しいステーキハウスで家族と一緒に誕生パーティでステーキ食べてるのに、ぼくは家族がちっちゃな食堂で鶏肉食って、ああ美味しいな久しぶりだなっておもって、けど両方共資本主義の下では“”平等なんだよね。

 

日本という資本主義にみせかけた共産主義のような国に生まれて、子供にどう戦えと言うのか?資本主義における機会の平等も共産主義における結果の平等も担保されなかった僕ら子供は資本主義でもないし産主義でもない社会から飛び出すことで唯一平等と公平が守られる事に気づいた。

 

漫画では関東を襲う大地震が起こりそれを機会に国賊を取り締まる警察及びカンボジアに海外派遣される日本国防軍を賞賛するという筋書きだ。これなどまさに朝鮮人虐殺事件だ。

 

もう随分前になるが自衛隊がイラクに派遣されて海外派遣が実施された。その後もソマリア海賊退治のために少しづつ海外派遣が行われ、それまで防衛庁だった組織が防衛省に格上げされて自衛隊が実質的に世界でも軍隊として認識され始めた。今の日本の自衛隊員が本当によく頑張っているのは十分以上にありがとうと言いたい。しかし個人意識と組織は別である。

 

何十年かぶりに読んだ山上たつひこ、世間では「こまわり君」で知られたお笑い漫画家だが、本当の熱い力は「光る風」にかかっていると思う。

 



tom_eastwind at 19:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2012年03月28日

500 Hundred Miles

月曜日に羽田空港から香港に飛ぶ。4時間のフライト後に1時間の乗り継ぎで夜の9時過ぎから12時間、オークランドに到着するのは翌日の12時40分。

ピーターポール&マリーの時代は500マイルで遠い旅だったが今は16時間の旅で7,500マイルを移動することになる。往復で15,000マイル、毎月このルートを往復しているので3ヶ月でほぼ地球一周した計算になる。

昨日オークランドに到着したのだが縦移動なので時差ボケはない。てか元々ぼくは時差ボケがない。世界中どこの国に出張してもその国の太陽と共に目が覚めるので不思議がられるが、そうなのだから仕方ない。

今朝会社に出社して机の上を整理して出張の書類を整理して打ち合わせを一件やって山水でランチミーティングやったらもう午後1時過ぎ。改装以来売上は伸びているから次はスタッフの長期雇用をどう確保するかが大きな点だ。売上と人件費、レストランは本当にさじ加減が難しい

これから旅先で読んだ本、漫画、出来事を整理して順々にブログに落としこむ予定。例えばあるホテルで関西弁のビジネスマン二人が2階から僕の乗る下りのエレベーターに乗り込んで1階に到着すると「何でやねん!何でこのエレベーター、下に行くんねん!」と怒りながら飛び出して近くのホテルスタッフを捕まえてまず「何でエレベーターが下がるんねん!」と怒り「上に行くエレベーターはないんかい!」と叫んでた事とかも含めて。関西ではエレベーターは常に自分の望む方向に動くのだろうな、すごいな(笑)。



If you miss the train I'm on,
you will know that I am gone.
You can hear the whistle
blow a hundred miles.
A hundred miles, a hundred miles,
a hundred miles, a hundred miles,
You can hear the whistle
blow a hundred miles.
Lord I'm one, Lord I'm two,
Lord I'm three, Lord I'm four,
Lord I'm five hundred miles
away from home.
Away from home, away from home,
away from home, away from home,
Lord I'm five hundred miles away from home.
Not a shirt on my back,
not a penny to my name,
Lord I can't go back home this a way.
If you miss the train I'm on,
you will know that I am gone.
You can hear the whistle
blow a hundred miles.
A hundred miles, a hundred miles,
a hundred miles, a hundred miles,
You can hear the whistle



tom_eastwind at 13:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月25日

移住ビジネス

今日はお客様に「あなたの会社はビザコンサルティングの資格はあるのですか?」と聞かれた。ああそうか、こういう基本的な説明が出来てなくて申し訳なかったなと思う。

 

当社はあえてビザコンサルティンの資格を取ってない。その代わりにオークランドの弁護士事務所4社およりビザコンサルタント1社と契約して彼らにビザ業務を一任している。だから当社に仕事を依頼すると当社への費用にプラスして弁護士費用が発生する。お客様が直接弁護士とやり取りすれば当社の費用は発生しないのでお得である。

 

ライセンスを取得するのはそれほど難しくないのだが問題はライセンスを取得してしまうと「やってはいけない業務」が出てくるという事だ。

 

これは不動産ライセンスも弁護士ライセンスも同じで、この3つ、最初は全部ぼくが自分で取得しようと思ってコースにも参加したのだが、そこで分かったのが当社のように医療通訳から留学、旅行からファイナンス、不動産から携帯電話レンタル、それ以外にもいろんなビジネスをしていると、何かのライセンスを取得すると他の業務ができないという、まるで日本のような現実問題。

 

だもんでぼくらもファイナンスだけはライセンスを取得したけど他のビジネスについてはすべて現地のライセンスを持つ企業と提携するという方針に切り替えた。だからお客様から見れば当社はNZの玄関口でありここから各専門家に業務は回される、ハブ&スポーク形式のビジネスモデルになっている。

 

このビジネスモデルの良い点は地元の弁護士、不動産会社、税理士、旅行会社、英語学校、などの会社にお金が落ちるという事だ。これは実はやってみれば大正解であり、彼らからすれば当社と提携していれば仕事は自動的にやってくる、だから何かがあっても常に彼ら専門家がぼくらのようなコンサルタントを守ってくれるという事だ。

 

どんなこんな言ってもニュージーランドは白人社会である。その白人にしっかり取り分を回せば彼らはハッピーだし、逆に言えばもしぼくがすべての仕事を自分でやってしまえば彼らがライバルとなり何かあっても助けてくれない。

 

NZは本当にちっちゃな社会である。その中で助けあいは非常に大事であり目先の利益ではなく将来の利益を考えた場合、ハブ&スポークのビジネスモデルの方が正解なのだという事に気づいたのは実際にやり始めて1年くらいしてだ。おお、結果的に正解だったよなって思いながら今に至る。

 

当然の話だが日頃から弁護士事務所4社を味方に付けてれば大体の法的問題は解決する。税理士3社を味方に付ければ税務相談は解決する。不動産会社が味方ならどの物件が本当の適性価格か分かるし助言も頂ける。要するに長い目で見れば全員がwinwin、近江商人の3者一両得となる。

 

さあ、今日でロードショーは終了、明日の飛行機でオークランドに帰る。飛行機の中で映画と本を楽しめるのが待ち遠しい。そしてオークランドに着いたら奥さんが迎えに来てくれてる。うれっしいな♪



tom_eastwind at 21:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月24日

今回も説明会無事終了

説明会無事終了。今回も満席でありがとうございました。12名という設定は長年の経験で大人数でやってしまうと質問や興味のある部分がバラけるから少人数にしている。ところが普通のビジネスマンの発想だとたくさん集めた方が儲かるじゃないかとか、会議室もこんな豪華な所を使わなくてもいいじゃないかとか言われる。

 

日本だとどうしてもスケールメリットを考えたビジネスを行うからそうなるのだろうが、ぼくのポリシーはすでにキーウィスタイルであり良いものを無理なく提供して末長く付き合ってもらいたいという発想だから少人数の方にしっかりと説明をして質問に答える方が好みだ。

 

大人数でやってしまうとどうしても後で「え?そんな事言った?言ってないし」という事になる。誰しも自分の聞きたい事だけを聞きそうでないところは省略してしまうからだ。

 

個人面談も満席で、普段ならこちらは2名で一組の顧客に対応するのだが今回は申し込みが多過ぎて一人で一組の対応になり、こりゃなんじゃ?という忙しさだ。


説明会と個人面談は本当に緊張する。耳をダンボにして目を開いてお客様の質問の意味の真意を理解して相手の言ってる事ではなく言いたいことを理解して正確に回答を返す。この作業は本当に体重を減らす。終わった時はもう飯を食う元気もなくなる。

 

それにしてもお客様の感じる危機感がこちらにもひしひしと伝わるしニュージーランドがいかに日本人に知られてないかを感じる。日本国内にいる限り日本政府と戦っても勝ち目はない。新しい人生を踏み出そうとみなさんが集まったのだろうと思う。

 

ニュージーランドの社会保障や教育の話をすると皆さんがびっくりされる。ニュージーランドがイギリスの植民地になって以来、お金がなくて自殺した人はいない、それだけ政府の社会保障がしっかりしているのだと説明するとびっくりされる。18歳から65歳まで一度も働かなくても失業保険で生活出来る、65歳からの老齢年金は掛け金不要と言うとまたびっくりされる。

 

そんなんで国家財政が回るわけないじゃん、よっぽど税金が高いのだろうと思われるが、税金は所得税、市民税、厚生年金、失業保険、健康保険をすべて込みで15%であり消費税も同じく15%であり、それで国家財政が成り立っていると言われると更にびっくりされる。

 

そんなんで国家財政が回るのですよ。現在はリーマンショック処理とクライストチャーチ地震の復興の為に財政は厳しいが基本的な部分は健全である。数年もすればこのような突発事故も手当がついて健全な財政に戻るだろう。

 

国民も地震復興のための増税には反対していない。それは税金の透明性が高いからだ。国民が支払った税金のうち70%以上が直接国民に再配分されている。小さな政府、優秀な官僚、清廉な政治家、そのような仕組みが国家を支えている。

 

もちろん問題点もたくさんある。パチンコ屋はないし麻雀屋もやカラオケやもすくないし

コンビニもシティにしかない。ニュージーランドだって天国ではない。けれど少なくとも今の日本よりはずっとましだというのが分かる。

 

2時間立ちっぱなしで喋り続けその後の個人面談で4時間しゃべり続けると最後には喉が枯れてしまう。ふい〜、ヤバイぞ。けどもう一息、明日の個人面談と会食を終了すればオークランドに戻れる。ああ、やっと戻れる。



tom_eastwind at 21:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月23日

「最後の証人」柚月裕子

ホラー小説「リカ」のブログに対して頂いたコメント「今の日本のホラーな人は香山リカ、、、」そう来ましたか(笑)。特攻の島、そんな漫画が出ているのですね。ぼくは子供の頃「紫電改のタカ」という漫画をいろいろと考えながら読んでました。特攻は家族のためと言いながら実は特攻では家族を救うことはできないのですよね。

 

でもってこの本「最後の証人」。う〜ん、良い出来であり上品だしまとまりもあり最期まで引っ張ってはくれるのだが、なんつ〜か、そう来るんでしょうね、あ、やっぱりそう来ましたねってお利口さん作家の作品だ。

 

悪くはないから惜しい。そう思いつつamazonで書評を見ると結構似たような評価が多い。なんか思いっきりお利口さんなのだ。世の中が彼女の世界だけで完結しており、幸せな世界で生きてきたんだろうなと思わせるのだ。

 

けれど現実の世界はもっとドロドロしておりそんな綺麗な話では完結しないから現実と言うのだ。てか、法廷ものを書きたければまず自分が被告として留置場に放り込まれる経験とか刑務所に放り込まれてマリファナ狂いのマッチョオカマみたいな訳の分からん同房者と数日生活してみれば、もっと現実に即した現実感のある物語を書けると思う。

 

良い書き方をしているだけに、あまりに脳内不幸福で完結していてもったいないと思う。じゃあこれを他人に薦めるか?相手によるな、女子高生や結婚したばかりのオシドリ世間知らずご夫婦にはお勧めだと思う。「まあ、あなた、恐いわ、どうしましょ〜」みたいな高評価が出ると思う。けれど新宿のゲイバーや吉原あたりの労働者にはお勧め出来ない。

 

くれぐれも言いたいが、決して悪くはないし習作として読むにはお勧めだし、こりゃ多分僕自身が汚れすぎているからなんだろうと思うしかない(苦笑)。Tom文庫には来週入庫予定。



tom_eastwind at 19:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2012年03月22日

名古屋から東京へ移動

名古屋から東京に移動する。それにしても便利な世の中になったものだ、名古屋-東京間が2時間かからないのだから。

 

さて一体昨日は何を怒っていたのか?と聞かれた。「愛国」という偽名の下で多くの差別が行われて来た現実を見ており、その反対に原発などまさに国家を滅ぼすような事を粛々と自分たち支配者の目先の利益だけの為に行なってきた連中に腹が立ったからだ。

 

経産省あたりの原発推進派の考えは「ちぇ、俺達だって被害者だぜ、あそこで千年に一度の津波さえこなけりゃバレなかったんだし、発電所の連中がちょっと気を利かせて高台に電源用意しておきゃよかったんだよ、現場はバカが多いな〜」くらいの考えだろう。

 

だから今まで通り原発を推進することに何の疑問もない。そりゃそうだ、原発があるのは田舎だし東京に影響はない。ぼくは「科学的に見れば石炭火力発電の方が危険」という池田氏の指摘は理解出来る。

 

しかしそれは現時点で計算した話であり原発の処理費用、メルトダウンの場合に一つの県がまるまる吹っ飛んでしまう危険性、そして何よりも現時点の技術ではもんじゅも六ヶ所も使えないという現実。ではこの核物質を将来どうするのか?だから科学的に考えても費用対効果が合わないというだけだ。

 

立場上原発の危険を煽る事はしたくないのであまり書かないようにしているがぼくは今回の事故が起こる前から原発反対の立場でブログも書いてきた。国会討論でも「原発の安全性はどうなっているのか!?」と怒る自民党議員。これは逆に言えば安全性が保障されれば原発を再開出来るという理屈に使われる。てか経産省と東電が裏から手を回してやらせているのだろう。そこでストレステストがどうとかこうとか、もういい加減に茶番はやめて欲しい。

 

さて東京では説明会と個人面談を行うので一番疲れる時間となる。説明会も満席だし個人面談も普段はこっちが二人で対応(一人が話して一人がメモ取り)するのだが今回は申し込みが多いために一対一の個人面談になることも。ふい〜、ヤバイぞ体力、しっかり運動して御飯食べないと最後までやり抜けられないぞ。



tom_eastwind at 19:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月21日

一体何を愛しているのか?

愛国という言葉がある。中国では愛国無罪とか、要するに国を愛して取った行動であれば何をやっても良い、その「何をやっても良い」が犯罪であっても民間による暴力行為であっても良いと解釈されている。

 

しかしこの文字を2つに分けて考えてみよう。愛するってのは誰でも分かる。愛する者を守るために戦う、これも分かる。しかし次の文字である国とは何を意味するのか?この文字を更に分析すると分かるが、玉を囲む、つまり王様を囲んで守る城壁のようなものだ。

 

つまり愛国とは国家を愛することであるが、現代において国家は政府と同様の意味を持つ。つまり愛国とは政府を愛することであり政府を守るために民間が体を張って城壁を作り場合によっては命を捨てろ、更に政府の為であれば民間による犯罪行為でも許されるという意味になる。

 

では僕らが大好きなこの日本とは何だろうか?それはふるさとの友であり家族であり親戚であり町であり故郷であり山野であり海や川辺ではないのか?どのような政治形態になろうとも僕らが愛しているのはふるさとであり、それは一年ごとに変わる総理大臣や世襲制になっている政治屋ではなくましてや日本を支配している階級でもない。

 

ところが多くの日本人はこの愛国という言葉に騙され政府に利用されている。例えば「国を愛するから北方領土問題で四島同時返還でなければいけない、これは愛国だから正しいのだ〜!」そう思い込む、時にはそれをうまく利用して私欲を満たしたりする国民がいる。しかしあんなもん北方四島は日本の敗戦後に米国が作った冷戦策略であり日本とロシアを仲良くさせない、両国を切り離す陰謀でしかない。

 

冬でも凍らない港が欲しい、民族本能的に南進するロシアが絶対に飲めない条件を突きつけて「北方領土四島同時返還〜!」と叫んでいるのは愛国でも何でもなく単純に米国と日本政府に騙されているだけだ。

 

領土問題は世界中どこでも存在する。キプロスを巡ってはギリシアとトルコが戦争まで起こして取り合いになり現在は半分こしているがその為にトルコのEU加盟問題が進まずにいる。日本など領土問題で隣国と本格的戦争になってないだけ幸せといえる。

 

僕は竹島もガス田も北方領土も日本が領土として主張することは全く問題ないと考えている。ただしその為に鉄砲をぶっ放すとなればこれは話が別である。なのに今の政府がやろうとしていることは国民に愛国を訴えて領土問題を主張して実は自分たちの都合のよいような外交問題にすり替えている事実だ。つまり本当に日本とロシアが仲良くなってしまうと自分たちが今まで甘い汁を吸ってきた利権がなくなるからわざと国民を煽動して愛国という美名の下で国民という奴隷をこき使い自分たちの既得権益を守ろうとしているだけなのだ。

 

これは隣国である中国政府も同様であり愛国無罪という免罪符を与えた政府が国民を煽動して領土問題を煽り国内問題から目を逸らさせる作戦である。国民側もバカのお調子者は政府の言うことに乗っかってピーヒャラと笛を吹き少し賢いものは政府の考えを忖度(そんたく)してわざと大声を出して船を出して政府に覚え良き者になろうとしている。その結果としてチベット問題も法輪功も無視されて国民は支配者による国が民を支配する仕組みに乗っかっているだけだ。全く馬鹿な話である。

 

僕らが愛しているのはふるさとであり家族であり友であり、決してたった今政権を取ったような政府や世襲制の政治屋を愛しているのではない。うちは偶然であるが3カ国をまたいだ家族だ。日本で生まれた父親と香港で生まれた母親を持ち自身はニュージーランドで生まれている。子供たちは3つの国すべてが好きだ。とくにりょうまくんは吉野家の牛丼が大好きだ。今も日本に行けばカタコトの日本語で「ぎゅうどん、いっこ、ちょーだい、なまたまご、いっこ、ちょーだい」と、お姉ちゃんに教えられた日本語で注文している。

 

彼らにとっては日本や中国のような「愛国」という考えは全くない。家族を大好きで日本を大好きで香港を大好きでもちろん自分が生まれたニュージーランドも大好きで、でもそれはふるさとの一つとして好きなのであり民主党や共産党政権を好きなのではない。例えば東京で生まれた子供がお母さんのふるさとである青森とお父さんのふるさとである佐賀県を好きなようなものだ。

 

国とは日本政府であり中国政府であり彼らは自己保存本能に従って動いているだけの動物であり彼らは今生活している国民の為に何かをするという発想は根本的にない。ただ国民という奴隷がたくさんいたほうが現場の労働力にもなるし税金も取れるから飼っているだけの存在にしか過ぎない。

 

その証拠に奴隷が使い物にならなくなれば、つまり不要になれば国民が狐狼死しようと餓死しようと生活保護費が少なくてまともに飯が食えなくても気にしない。そりゃそうだ、彼ら支配層、日本の全体人口から言えば1%にも満たない人間には常に食えるものがあり酒があり第二次世界対戦当時のインパール作戦においてはタイからビルマにかけて国民が兵隊となって駆り出されて途中で餓死しても本人たちはシンガポールの日本料亭で毎晩酒を飲んで芸者と遊んでいられるからだ。

 

もちろん大本営である日本の真ん中トウキョではガダルカナルでどれだけの兵隊が餓死しようと気にせず自分たちは新橋で芸者をあげてどんちゃん騒ぎである。沖縄戦でどれだけ民間人が死んでも「どーでもいいじゃん、あいつら日本人じゃないもんね」みたいな感覚で(これは現政権でも同様である、基地問題を見ればすぐ分かる)自分たちだけは美味しいものを食って女遊びしてた。ところが米軍がいよいよ原爆持ちだして長崎と広島に落とすと、それまでは「本土決戦あるのみ〜!」と叫んでいたような連中が急に「やべえじゃん、本気で東京に落とされたらおれたち終わりじゃん、やめよやめよ、天皇使って戦争終わらせよーぜ」となった。

 

全くもって身勝手で馬鹿な話である。ただそのバカに情報操作されて「愛国」などという偽名の下で勝手に自分を愛して愛国している自分を愛してそんな自分が愛おしいと思ってるあふぉどもが愛国の名の下に人民を苦しめる事になる。

 

原発、大増税、学校教育、人権、働く場所のない若者、自分たちの既得権だけを守る労働組合貴族、日本が抱える問題は、実は国民自身が「自分はこの社会と契約して参加して自分と家族の身体及び財産を守ってくれる権利を得る代わりに個人による武力行使を停止して法律を守り税金を払っているのだ、その社会が自分の生命や財産を守ってくれなければ脱退するのみだ」という事に気づけばすぐに解決するのだ。

 

今の日本人は1700年代のフランス人ジャン・ジャック・ルソーが「社会契約論」で主張した事をしっかり理解するべきだ。ぼくらが持つべき精神は愛国ではなく愛郷精神であり家族を守る愛である。今年の東京で感じるのは言論統制である。誰もが公共の場では原発の話も出来ないし本格的な政治批判も教育批判も出来ないしその結果として自分の子供が不幸になることについて抵抗も出来ず、本来守るべき子供を不幸に追いやっている。そのすべては愛国と愛郷の区別がつかない不勉強によるものだ。

 

国民は何が民主主義なのかをよく理解して自分たちの放棄した権利の代わりに得た権利をしっかり主張すべきである。そして国家が義務を履行しなければ彼らに手渡した権利を取り戻すのだ。「すべては子供たちの生存のためであり、われわれの権利のためである」とはちょうど今日手にしたウェッジ4月号の中国の農村に関する記事の中にあった言葉である。自由と言論が弾圧されているあの中国でさえ国民が権利を主張して行動を起こし一定の成果を得ることができた。自由があると言われている日本でどうしてそれが実行できないのだろうか?



tom_eastwind at 16:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月20日

リカ

リカ
リカ
クチコミを見る
恐いですね、こういうネタ。タイトルが面白くてホラーと知ってて買ったんだけど、いやさこりゃヤバイわ。つーかバカな男には必ずつきまとうネタですな。

 

都内の出版社で普通に働くおじさんが40歳すぎて子供もいるのにネットで出会い系にハマる。普通の女性には「ばっかじゃないの?」って思う設定だけど、今時こういう馬鹿、現実にいるんだろね。

 

物語は今時のスピード感ある語り口で最後まで引っ張ってくれて読み応え充分。読後感を考えてみたがこれも十分納得出来る。ああ、そうか、こう終わるのか〜。主人公と奥さんが事件現場で毛布にくるまりながら目の前を走る救急車を見つめる場面。これって以前に読んだ「長い腕」と同じような米国のスピード感のある映画を観てる感じ。一気に盛り上げてくれて最後に綺麗にストンと落としてくれてやっと全体がまとまる。

 

しかし男ってバカだな〜、何の知識もないまま軽い気持ちで手を出したネットで人生を棒に振ることになるとはまさか思わなかっただろう。自分も男なのでなんともいいようながないが、ネットにアクセスするバカの気持ちだけは分かるだけに「おれも馬鹿だな〜」って思う(苦笑)。

 

それにしても時代は完全にネットにシフトした。今更40過ぎだからあまりコンピュータの事分からんでもいいやって甘えが穴居人を作り上げるが50代になった時に逃げ切れなかったらどうするのか?それこそ人生で最も大事で失敗の出来ない時期にパソコンの使い方が分からないからってだけでネット的に丸裸にされて自分のすべての情報が晒されて逃げようのない事態になる。

 

ぼくが20歳代の頃旅行業界では「英語なんて出来なくても関係ない、営業が一番大事なんだよ」とタバコスパスパ吸いながら威張ってた先輩がいたけど彼はその後どうなったのかな?田舎の弁当屋さんで弁当売ってるのかな?30歳代になって香港でも次第にメールアドレスが普及してきた頃「そんなメールなんてどうでもいいんだよ、だいじなのは会社の看板だよ〜」とか言ってた人もいた。旅行業が情報産業であり情報格差がビジネスになるという事を理解出来なかった彼は今何をしているのか?海運や空運や宅配もある会社なので看板を利用して大型トラックの免許を取って自分の適性に合った仕事をしているのだろう。

 

1990年代のバブルが崩壊して長期信用銀行や拓銀が倒産した時、それまでは大学を出て銀行に入社出来た事で一生世の中の勝ち組に回ったと思い込みその後の努力をしなかった人々は今そのツケを払っている事だろう。そしてこれからも同じような事は起こる。今は景気の良い総合商社でも二昔前の商社不要論時代には随分と厳しいリストラをされた。

 

世の中いつ何が起こるか分からない。出来る時に出来るだけの情報武装をしておけば何かあった時の対処法を思いつく。ヒマにあかせて出会い系サイトにアクセスしてドボンしてからでは間に合わない。ふざけた気持ちで自分の人生を棒に振るようなバカはすんなよって意味で40歳過ぎの男性に読んでもらいたい本だ。



tom_eastwind at 19:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2012年03月19日

NO Smoking


キーウィは横綱不要論なのだろう、どこのお店に行っても「NO SMOKING」の貼り紙がある。日本ではまだ少ない。だから横綱が多いのだろう。

 

クライストチャーチの222と東北の311を同時に経験した人ってのは少ないだろう。僕は今までの経験でいつも「本当にヤバイ状況」のすぐ横をすり抜けて来たような気がする。しかしその状況のどまんなかで見事にすり抜けて来た人も知っている。あいつ、大したもんだわな。

 

今朝の東京はここ一番の冷え込みらしい。品川で新幹線に乗る。「カネカはカガクでネガイをカナエル会社」誰が思いついたんだこんな昭和のおやじのようなだらけたギャグ。てかわざわざ新幹線の車内電光掲示板でここまで恥を晒さなくてもいいでしょ(笑)。昭和だったらTDKが「テケテケデケデケドコドコ!」なんてやって何とか受けてたが、こういうのって平成では通用しなくないか?多分だけど、上司に何か面白いセリフを考えてみろって言われて無理やり昭和の上司頭向けに作ったら世間では完全に平成でずれてたって業務の典型ではないか。

 

今日は新幹線で東京から名古屋に移動、明日からの仕事に備える。今朝の東京は6度くらいと冷え込みおまけに突風が凄まじい。天気晴朗なれど波高しだ。日本海側は雪が降ったそうで富士山は雲に隠れて見えずだが青空が気持ち良い。

 

静岡県の掛川を通り過ぎたあたりから「ああ、そうか、ここが徳川家康のあっち行ったりこっち行ったりの舞台にもなったとこだな」って思い出す。時代は時に英雄を世の中に一気に送り出す。最近は明智光秀を主人公にした「覇王の番人」を読んだが、織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、そして徳川家康と随分賑やかだった。

 

江戸時代が平和になると実力は英雄でも太平の世では能力が適応出来ないそのような英雄たちは町道場でやっとうやったり寺小屋で教育とかしたのだろう。徳川家康の並外れた管理能力と世界の流れが偶然日本に向かわなかったという偶然の為に日本は約300年の平和を享受して平時管理能力のある官吏が取り立てられた。危機管理能力のある軍人たちは竹光を腰にぶら下げてやっとうしかすることがなくなった。

 

ところが「正喜撰」がやってきて太平の眠りを覚まされると平時管理能力では通用しないことが発覚して下級武士が実力によって取り立てられ明治維新を実行した。

 

明治は当初やる気のある若者によって運営されていたが、いつの間にか平和になりまたも平時管理の得意な官僚によって国家運営されることとなった。大東亜戦争で敗戦したものの官僚制度だけは残り今に至る。

 

その結果が今回の311における危機管理能力の無さに見事に現れた。東北のある小学校で地震発生後に山に逃げて命を拾った学校の先生が手記で「あの時、もうちょっと教頭先生に山に逃げましょうと言えば・・・」と書いてある。しかし現場の小学校では危機管理が出来る先生などいやしない。山に逃げた先生もある一瞬の判断で命を取り留めたがそれが正解だったと分かった時にはすでに遅かった。

 

悲しい話だ。誰も正しい答えは知らない。ただ一つわかっているのは、平時の管理能力がどれだけあっても危機管理という意味では全く無意味であるという事だ。

 

「カネカハ〜」なんて書いているのは平時管理能力としては優秀なのではないか?上司の覚えが良いから出世するだろう。しかしおそらく危機管理能力はほぼゼロに近いだろう。危機管理とは目の前で次々に起こる「想定外」の事態に対応することであり、現実の問題に対応することだ。自分がしっかりと原理原則を理解していなければ対応出来ない。上司の覚えが良いってのでだけは役に立たないのだ。

 

その点徳川家康の凄さは平時管理も危機管理も対応出来たという点だろう。名古屋に到着してこの街の底力の強さを感じる。江戸から名古屋を往復しながら徳川家康は何を考えていたのか?

 

日本が今、民主党によって大変革を成し遂げようとしている。良い意味だと思う。かき混ぜる酒は混沌であるが、自民と民主の大連立出てきたし、維新も頑張ってる。名古屋では減税日本が動いている。名古屋市議会の中村議長が辞任との事。動いてる動いてる。

 

政治はまさに一瞬先は闇であるが、乱闘に強い人間にとっては戦い甲斐のある舞台である。今年は日本の政治が動く。そして僕を囲む世界も大変化する。ならば僕らは今何をすべきか?自分にとって何が大切なのか?優先順位を作ることだ。そして冷徹に実行することだ。世の中は甘えを許してくれない。ある人に言われた、今年は運が良いんだと。あの人に言われたんだから間違いないだろ、だから戦略を立てて戦っていく。2年、それですべてを変化させてみよう。あの、階段を落ちる2年ではないですよ、Sさん(笑)。



tom_eastwind at 19:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月18日

お父ちゃんが、落ちてきた〜!

金曜日にオークランドから香港へ移動。だからふつう木曜日は飲み会を入れないのだが今回だけは時間調整してたら木曜日しかない。結果的にとても素敵なレストランで、普通は10回行けば9回以上ダメ出しをする僕だけどこの店は十分に満足出来ましった、ありがとうございます。

けど、翌日仕事がないってのでついつい調子よく飲んでしまい、キースに送ってもらって自宅に着いたら午前様。うちは坂を利用した二階建てで玄関が二階にある。だもんで普通に靴を脱いで右手にカバンを持って左手で手すりを持とうとしたら・・・ごろごろどっか〜ん、転びましたよ階段のてっぺんから一番下まで。家の階段には左側には手すりがないんですよ。

ベッドに入ってた娘が起き上がってけらけら笑いながら「お父ちゃん落ちてきた〜」だって(苦笑)。結果、右の脇腹が今日も痛いですぜ〜。偉そうに中国政治がどうとか言うけど、日常生活に気をつけいやって感じですね(大爆笑)。いやさそれでも、この家、いつか階段で落ちるだろうなって意識していたので今回軽くて良かったなって思います。多分次に落ちるのは2年後でしょう、ははは。

仕事は明日から開始です。名古屋に行って3日仕事、それから東京に戻り4日仕事。頑丈な体に産んでくれた親に感謝です。



tom_eastwind at 16:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月17日

大東亜共栄圏

早速ご指摘を頂いた。やはり中国ネタは反応が早い。中国の成長のつけとしての土地バブル。銀行の貸付、いつかは吹っ飛ぶよ。そのとおりだと思う、ただ日本も二回の石油危機を乗り越えた。中国がいつ「こける」か?これはまさに次期指導者の実力による。胡錦濤は何とか10年無事にやり遂げた。チベットという大きな問題を抱えながら。


ぼくは中国は強いと思う。中国の組織は人気取りの選挙ではなく何度か失敗をしても実力で上に上がっていく、日本で言う官僚システムによく似ている。運も大事だが何よりも実力だ。10億人の組織のトップになるのは生半可な実力では無理だ。胡錦濤の次に来るのが習近平氏であり彼は父親の文化大革命による失脚も経験して毛沢東政治の失敗も肌で理解している太子党であるから、天国も地獄も経験している。


政治はあくまでも大多数の意見を代表することにありすべての人々を幸せにする事ではない。てか、全員を幸せにするなんて不可能だ。せいぜいが「次はお前の番だから今日は我慢してくれ」って田中角栄的政治しかない。


中国はこれからも大波を何度もかぶりながら成長していくだろう。中国の唯一の本質的危機は国家が分裂することだ。チベットが独立すれば必ず台湾でも独立運動が起こるしモンゴルも動く。そして北朝鮮も中国の足元を見て自分勝手な行動を起こす。そうなるとやばいのが韓国と日本だ。北朝鮮からミサイル一発撃ちこまれたら東京なんてあっという間に吹っ飛んでしまう。原発や地震の危機管理レベルではない。


だからこそ中国には安定して成長して欲しいと思う。確かに不動産バブルはいつか弾けるだろうがそれは短期的な問題でありまたすぐに成長軌道に戻れる。問題は領土だ。ぼくは決して妥協する必要はないと思ってる。けど同時に、何をもって日本人とするのか?領土、国家、このあたりの線引きを100年前のルールで考えて良いのかって点だ。


日本とアジアの付き合いはこれからも続く。お互いに得意な分野で業務分担して仲良く成長していけないものかと思う。例えば中国には政治を任せて欧米とハッタリのかましあいをしてもらう。韓国にはここ10年で力を付けた営業力でモノを売ってもらう、日本は得意の最高技術で常に最新で最高のものを作る。心配する必要はない、日本のもの作りは環境と国民が生み出すものであり他国でおいそれと出来るものではない。


21世紀になったのだ、20世紀の発想は捨ててアジア、東北アジアで日中韓が一つになって世界と戦っていく、そういう発想で行くべきではないだろうか。



tom_eastwind at 16:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月16日

DownUnder

オークランド空港国際線ターミナルでキャセイ航空を待つ。これから約2週間の日本ロードショー。それにしてもいつもなら前回のロードーショーとの間の約2週間はゆっくり仕事出来るはずが、今回は全然だめ。次々に舞い込む仕事と新しい企画作りと2年後のこの街創りで全然休むヒマなし。奥さんさ、少しくらいお酒飲んでも、文句言わないでよって泣き言も言いたくなる感じ(笑)。

昨日は久しぶりに「お呼ばれ」の食事で美味しいレストランにご案内頂いた。久しぶりとは、ぼくはお客様と食事に行くことは殆どなく(偏食なので)、誘われて食べても美味しいと感じないという意味で、久しぶりにまともな美味しい物が食えたって意味。

日本人が経営するフレンチレストランだが正確には欧州料理。かなりこってる。まだ正式開店ではないのでお酒は売れないが、イイネ日本人、がんがれ!この街に日本人が、同じ価値観を持った人々が集まり、正しく良い日本文化を広めていければと思う。日本人がオークランドで欧州料理を作る。それが美味しい。この意味の凄さはやってみないとわかりませんぜ。この店は是非とも流行って欲しい。背中を押すために何が出来るか検討中。これから香港です。

tom_eastwind at 14:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月15日

全人代

★記事開始

「文化大革命の過ち繰り返す」中国首相、改革訴え

 温家宝首相は14日の記者会見で、共産党内の民主化など政治体制の改革を訴えた。全人代で改革論議が広がらなかったにもかかわらず強調したのは、秋の共産党次期指導部の発足を前に勢力を強める保守派をけん制する狙いがありそうだ。全人代閉幕後、記者会見する中国の温家宝首相(14日、北京の人民大会堂)

 「文化大革命の過ちと封建的な影響は完全には払拭できていない。政治改革を成功させないと歴史的悲劇を繰り返す恐れもある」。温首相は1966年から76年にかけて建国の指導者、毛沢東の専横で暴力が吹き荒れた文革に言及。共産主義の原点回帰を志向する保守派の台頭を念頭に、改革開放路線が揺らぎかねないと警鐘を鳴らした。

 暗にけん制するのは、保守派が多いとされる党の老幹部の子弟ら「太子党」の動きだ。リーダー格は次期最高指導者に内定している習近平国家副主席。親子にわたる人脈のつながりを権力基盤とし、法治より人治を重視する分、法や制度の改革には消極的といわれる。

 その象徴が元副首相を実父に持つ重慶市の薄熙来党委員会書記だ。暴力団一掃運動で民衆の支持を得たが、法を無視し政敵に汚職の罪を着せて葬り去っているとの噂は絶えない。薄氏は毛沢東時代の革命歌を歌う運動も呼びかけており、大衆運動で政敵を倒した文革と重ねる党関係者は多い。

 重慶市では薄氏の元側近の王立軍前公安局長が米総領事館に駆け込む事件が発生。王氏の後任に太子党と勢力を二分する党の青年組織「共産主義青年団」出身者が就任するなど、混乱が続く。温首相は「(薄氏がトップの)重慶市党委員会は反省が必要だ」と批判した。

 「私はいまや馬車を引く老馬のようだが、最後まで引くことはやめない」。温首相の一言は、1年を切った退任まで権力闘争が続くことを覚悟しているかのようだった。(北京=島田学)

★記事終了

 

中国の歴史を考えてみれば実は過去200年の疲弊は過去2000年の栄光に比べれば実に10分の1の時間であり今は栄光ある過去に戻ろうとしているといえる。その過去はゆるやかな朝貢政治であり地方自治を認めた上で独裁的中央政府があまりたくさんの決まりを作らない。しかし中央政府では常に政争に明け暮れる人種がおりクーデターが起こるたびに首都は次々と変遷し、遂にはその分散的政権の弱みを西洋諸国に突っ込まれてアヘン戦争、義和団の乱、そして中国清朝の崩壊に繋がった。

 

僕らが今見ている中国はその意味では1978年頃から始まった「新しい中国」だと考えて良い。それは過去の世襲的独裁王朝を否定して毛沢東的経済思想を否定して人民のための国家を作る、その為に世襲的独裁中央政府を作り毛沢東的経済思想を利用するという非常に矛盾したものであった。

 

その矛盾がありながら経済が成長している限り国民は幸せであった。ちょうど日本の1960年代の高度成長のようなものだ。毛沢東の死後に見事返り咲いた小平は中国の近代化を躍進させて矛盾を抱えながらも国家を豊かにした。まだまだ世界の評価は低いが、50年後になれば歴史的人物の一人として西洋のチャーチル、レーガンやサッチャーと並び評価されるだろう。

 

その彼は経済の成長を見事に成し遂げると同時に64(天安門事件)では最終的に数百名とも数千名とも言われてる民主国家を要求する学生を戦車と銃で殺した。うちの奥さんは今でも64の話をするとすごくイヤな顔をして「ほんとに中国のトップなんてどいつもこいつも!」と怒っている。

 

しかし僕は隣国出身の人間として少し冷静に見ることが。1千人の若者が同胞の軍隊によって殺された。しかし西洋の軍隊に1万人の若者に殺されて国が略奪されることに比べればどちらがましか。小平の事業の進め方の見事さには本当に学ぶことが多く毛沢東の組織作りの巧さには舌を巻くしかない。しょせん人間のすることに完璧は求められないが、それでも今の中国を作ったのは間違いなくこの二人である、それが血を流して作られたとしても彼らがいなければもっと多くの無駄な血が流されたと考えれば事業家としてはきちんとしたダメージコントロールを行なっていたと思う。

 

小平はぼくが香港で生活していた1990年代に隣の深センをゴミクズと養豚の村から人口100万人の超近代都市に変革させた。小平は死ぬ前に「後50年くらいはおとなしくして力を蓄えろ、それからゆっくり外に出ろ」と言ったと伝えられているが、事実かどうかは知らないが彼らしい洞察力だと思う。その意味で今の中国は少し走り過ぎか?

 

その中国のこれからの10年を決める会議が今年行われる。この会議の行方は殆どの日本人、つまり毎日電車やバスに乗って会社に出勤して決められた業務をこなして夕方に疲れた体を新橋のガード下の焼き鳥と会社の悪口でほぐしたりとっとと家に帰って子供と遊んだり、出会い系で見つけた新しい彼・彼女と遊ぶ人間には興味のない話であるが、その殆どの日本人のこれかの10年に大きな影響を与える会議でもある。

 

言葉は悪いが今の毎年変わる日本の首相が誰であるかよりも10年変わらない中国の首席が誰であるかの方が日本全体の動静としては影響が大きいのだ。それは去年起こったレアアース禁輸事件だけでなく尖閣諸島とかそんなちっちゃい問題ではなく、例えば大東亜戦争後に疲弊した日本が朝鮮戦争特需であっと言う間に経済の再興をしたり1990年代の円高で中国華南に工場を移した時などに現れるし、実は政治的にもっと大きな影響を与えている。

 

そして金正日が死んだ後に出てきた息子、こいつはどうやら完璧に「中国によって承認された人物」だ。当然だろう、彼が北朝鮮の独立を主張すれば間違いなく中国によって瞬殺されて中国が現在囲い込んでいる金正男が送り込まれるのだから。それによってぼくらと同じ国民である日本人が北朝鮮から自由に戻る権利を取り返せるか?これも中国次第なのである。

 

中国国民をひとりひとり取り上げて下品であるとか無礼であるとかそれはすべて事実であるが、だからと言って中国全体を語ることは別問題であり、それは1970年代に日本農協が薄汚れた白シャツとよれたねずみ色のスーツに身を固め首からカメラをぶら下げて分厚いメガネ越しに「おい、もし〜と右じゃ、おお、シャンジェリジェが良かね〜」とやってたようなものであり所詮は五十歩百歩、東洋人の歩いてきた道なのだ。

 

中国を好きとか嫌いとか言う前に中国の実態を知らねば、次の自分の一手が打てないではないか。そのお隣である中国で今、10年前には起こらなかった政争が起ころうとしている。きな臭いな、嫌だな、早いとこ終わらせてくれないかなってのが正直言った感想だ。そして個人的には経済優先で現実主義の小平の路線が維持されてくれることを祈念する。

 

追記:この手のネタは書きたいことだらけだが限られた字数ではきつい。内容不足に文句のある方は「これを書かんかい!」と叱咤して欲しい。何でも書く。中国ネタならだいたい書ける。



tom_eastwind at 13:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月14日

「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」 竹田恒泰

日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)
日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)
クチコミを見る
天皇家の血を引く竹田氏は慶応大学で法律を学び憲法や天皇に関する研究を行いすでに作家としてのある程度の地位を確保しているが、むしろ彼の場合は作家という枠に入れる必要はなく、自分の意見を表明する場所の1つとして本を書いているのだから、研究者と呼ぶべきだろう。彼の開催する古事記や天皇や憲法に関する勉強会はすでに3千人を集めて人気がある。

 

その理由の根源にあるのが彼の理路整然として語り口、客観的事実と主観を切り離していながら自分の主観を支えるために客観的事実をうまく使っている。それも自分に都合良いデータを集めて「だ〜から、これ、ダメなにょ」ではなく、必要なら相手方のデータを持ってきて相手方の理論に乗った上で相手方を論破する手口(笑)。

 

手口と言えば言葉は悪いのだけど、よく見るとこの人は高校時代にディベート、つまり英語の討論会でインターハイで優勝した程の実力の持ち主である。だからこの本も実に論理明快に語られている。例えば↓

 

BBC2006年から行なっている調査によれば世界に良い影響を与えている国は3年連続日本で2009年は四位だったものの日本を肯定する比率は最も高く2010年はドイツに次ぎ二位となった」こりゃもう事実の塊である。データのとり方や参加国などは本を買って読んでもらうと良いが、ぼくの肌感覚とほぼ同様である。

 

2006FIFAの優勝国であるイタリアの代表選手の多くはキャプテン翼のファンである。翼が歩んでいた道こそ僕らの夢そのものだったんだと語っている。〜中略〜日本の漫画アニメには主人公が成長していく作品が多い。TomJerryTomが成長したらネズミ取りが上手になり追っかけっこは成立しない〜中略〜日本の漫画はふざけているように見えて常にその根底に正義があり正直で真面目で勤勉な日本人の価値観が漫画、アニメを通じて世界に伝播されていることになる」数字ではないものの事実であり彼の主観とは言えず漫画世代のぼくも十分に共感出来る。

 

「シベリア抑留で25千人の日本人がウズベキスタンに連行されたが、待遇の改善ばかり要求するドイツ兵捕虜と違い日本人は過酷な労働を強いられ813名の死者を出したが理不尽かつ非人道的な状況の中でも手抜き一つすることはなかった。彼らが建設したナヴォイ劇場は丁寧な仕事をして見事な劇場を作り上げた。19664月、タシュケントを中心として震度8の地震が発生して市内の建物の三分の二が倒壊したが見渡す限りの瓦礫の山の中で凛と輝いていたと言う」これは事実の上に自分の主観を混ぜている。実際には崩壊した建物の埃の中で砂色に埋まっていたはずだが、それをあえて「凛と輝く」という言葉を選択する。これが上手い。ちょうど良い、文句の言えないぎりぎりセーフの表現だ。

 

これ以外にも黒船来航後すぐに日本人が黒船を作り上げたとか蒸気機関車を作ったという「事実」を羅列していく。こうなると反日でも逆らうことは出来ない。そして次に縄文の歴史や日本語の成立、明治維新で多くの中国人が日本に留学した学んだ事実を出した上で「もったいない」「いただきます」「ご馳走様でした」の語源に触れていく。

 

「もったいない」は普通の日本人なら分かるだろう、分からない人もいるが反日の為に時間の無駄な議論をするつもりはない。「いただきます」は「あなたの生命を頂きます」とすべての野菜や肉や魚や米や、生けとし生けるものの命を奪って生きているから命を奪った相手に対してまず感謝の言葉を伝える。「ご馳走様でした」はその生命を一生懸命料理してくれた作り手に対する感謝であり、食前食後の言葉として発するものである。

 

以前どっかのバカ親が「金を払って飯を食ってるのに“頂きます”とは何事だ!」と学校に怒鳴りこむ事件があったが、これなどまさに日本人のまともな日本語と歴史を知っていればあり得ない発言である。ましてや学校側がそれに対して「すみませんでした、やめます」なんて事になったら教育崩壊である。学校の先生事態の質が思いっきり落下しているのがよく分かる。

 

この本は海外で生活をしている日本人にこそお勧めしたい一冊だ。日本人が何によって成り立っているか、海外の人間と日本人論を語る時に感情論ではなく理論で語り武装出来る本だ。海外に住んでても日本のAmazonで購入出来る。郵送料と本代金と同じくらいだがこれから長い人生を海外で送るつもりなら安い投資である。



tom_eastwind at 21:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月11日

とぼけた、日曜の昼下がりのお話

今日はくだらないネタなので真面目な話が好きな人は無視して下さい・

マッサージクッションは日本では普通に出回っているがニュージーランドではまだ見かけた事がない。一個6,800円なのでNZドルで100ドル、まだこの国には高すぎるのかな?当家では大小2個のマッサージクッションが活躍しており、最近ちっちゃいのが見えないなと思ってたら奥さんのベッドに備え付けられてた、はは。

 

でもってこのマッサージクッション、東京ハンズのプロの店員さんに聞いても絶対に分からない現実がある。それはこのマッサージクッション、変圧器不要って事。うちの家族でお正月に東急ハンズに行った時に「どうなんかな〜?」と思いながらお店の人に聞いても当然お店の人も全く知識なし。そりゃそうだわな、東京で買った電化製品が電圧も差込口も違うニュージーランドで使えるのかって聞かれても分からんわな。

 

そこで一応小型変圧器も買ってニュージーランドに持って帰ったのだが、どうもこれ、このまま使えるんじゃね?って事でそのままぐさっとNZ電圧を流し込む。すると予想通りグリンゴグリンゴと気持ちよく回ってくれるではないか!

 

さらに面白いのが、僕の使っているレッツノートの電源コードはそのままマッサージクッションに転用出来るってことだ。これも実は偶然の産物であり、ぼくの座ってるソファの足元に電源コードがあり、そこにレッツノートのコンセントがある。レッツノートは一回満タンにすると5時間以上は持つ。

 

ある日何気にクッションの差込口とレッツノートの差込口を見ると、どうもこれが同じサイズ。よっしゃ、やってみようってんでレッツノートのコンセントをマッサージクッションに挿したら、これがまたぴったりと合ってしまいそれ以来レッツノートとマッサージクッションは同じ電源で対応しているという、実におとぼけだけど現場の知恵で動いてます。

 

とぼけた、日曜の昼下がりのお話でした、ちゃんちゃん。



tom_eastwind at 16:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年03月10日

「金正日 隠された戦争」 萩原遼

北朝鮮で1990年代後半に大量の餓死者が出た事が事件になった事がある。当時は本当に北朝鮮が洪水や飢饉で大変なのだろうと思い多くの国際援助団が食料を持って北朝鮮に入った。しかし彼らがどうしても入れない地域があった。そしてその地域で数百万人の人々が餓死した。

 

1996年に香港からオークランドに落下傘降下して会社を立ち上げて、自宅兼オフィスで朝4時から夜中の1時過ぎまで仕事をしていて当時はまともなネットもなかったから情報弱者で、たまに日本から送られてくる新聞などで北朝鮮が飢饉で餓死者が数百万人という記事を読んで「ほー、大変だな」と思ったくらいの記憶しかない。

 

けれど今の時代になって振り返ると、あれって国家における一地方の住民の集団虐殺だったてのが分かる。国家を完全に独裁体制にして食料を完全配給制にして米国などが今にも攻めこむぞと国民を脅して、だから食料なんてなくても我慢しろ、餓死しても米国に乗っ取られるよりはましだろうって教宣して、北朝鮮の一部地方の住民を餓死させた。

 

その間世界から送られてくる食料は軍部や特権階級(成分)にのみ配られたり転売して現金を得て核開発に使われたりもした。つまり北朝鮮の薄汚い詐欺に世界が騙されたのである。

★本文抜粋

会場いっぱいに張りのある凛とした声が響いた。

「人間の尊厳や権利や自由はおろか、いちばん初歩的で基本的な食、衣、住すら保障されない未開な社会です。お腹がすいたとなく子供をうるさいと殴り殺し、その死体が幻覚症状で肉の塊に見えて食べてしまうような例が珍しくない、すさまじい社会です」

北朝鮮から脱出した三十代の女性である。

「たぶんわたしの耳から生涯あの泣き声は消えないでしょう。あまりの飢餓に生まれたての子供をビニールにくるんで縛りました。泣き声が止むまで部屋の隅に置いておきました。雨はしとしと降り続けていました。雨漏りのする部屋で赤ん坊はいつまでも泣いていました。あんなちいさな体でどこにそんな力があるのかと思うほど似時間も泣き続けていました。泣き声がやむまでわたしは石のように呆然と座っていました」

★終了

 

この本では金正日が金日成を暗殺した筋書きから始まり、なぜ大量餓死者が出たのか、そして核開発疑惑における国際的詐欺までを暴き切る。そして同時に米国も中国も国益のために北朝鮮を利用しており、その最大の被害者が北朝鮮人民でありながら誰も彼らを助けることが出来ない政治的現実を表している。

 

日本では最近拉致問題が拡散していないようだ。けど、あんなもんどう考えても北朝鮮相手に戦争仕掛けるだけの理由があるでしょ。日本国民が日本領土内で誘拐されたんですぜ、それなのに国家が国民を守らない?だったらなぜ国民は法を守り納税しているのか?国民が誘拐されたのだ、それを金を払って返してもらうだと?それも一部だけだと?ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。

 

いつも言うことだが僕ら一般人民は日本や米国や中国などの国家において一部支配層に支配されている。一般人民の自由という意味ではニュージーランドは世界の中でかなり進んだ人権国家といえる。国家という縦割りではなく一般人民対支配層と言う横割りで考えてみると、実は今の北朝鮮も世界の支配層が狡猾に利用しているという部分ではガキであるのかもしれない。

 

一般市民であるぼくにできる事は限られているが、もしぼくが日本にいて日本の家族が北朝鮮に誘拐されたと分かったら、僕はその日から一切の日本の法律を無視するだろう。ぼくはこの社会に自分の意志で参加した。それはぼくの個人的な自衛権を放棄してでも社会に参加することで予防的に家族の安全が守られると考えたからだ。

 

それなのにもし家族が誘拐されたなら社会が僕との契約を破った事になる。更に社会が事後的に問題解決に当たらないのであれば僕は社会に参加することで放棄した自衛権や復讐権を僕の腕に取り戻すことになる。裏庭に埋めていた銃と弾薬とナイフを取り出して家族のために戦うのだ。

 

ぼくは日本人として生まれて貧乏人の子供として差別を受けてきたが日本人であるからまだしも喧嘩は出来た。しかし在日として生まれた人々は日本語しか話せないのに日本人から差別され朝鮮から差別され、北朝鮮を天国と思い帰国するとありったけの財産を没収されたあげくに北朝鮮北部に押し込まれてまともな畑も作れない僻地での生活を強いられ最後には計画的な食料不配による餓死に追い込まれた。

 

こんなキチガイの金正日もやっと死んだが中国はすでに北朝鮮を自国と見做して次の支配者を傀儡として利用しようとしている。日頃は中国政策には理解出来る僕だが、北朝鮮政策に関してだけは個人的に納得出来ない。何にせよこの本は一読に値する。tom文庫に来週から配置。



tom_eastwind at 16:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2012年03月08日

電気代が上がった日

魚が出てきた日 [DVD]
魚が出てきた日 [DVD]
クチコミを見る
枝野大臣が電気料金10%値上げを示唆し始めた頃からニュースのトーンが急激に変わった。「電気料金が10%程度値上げする方向です。値上がりした場合一軒あたり700円程度の追加になります」で終わり。この激転の裏にあるのは財務省ですな。

 

元々去年の原発事故を受けて焼け太りを狙った経産省は東電乗っ取りを画策した。そしてその計画はほぼ成功して赤字の東電の費用を政府が支出する代わりに東電株を株主として保有して実質的支配者となり経産省出身者送り込み先の大口として確保した。

 

ここまでは良かったのだが実際に東電を乗っ取った場合に赤字が出れば税金で補填をすることになる。そこで今まで対岸の話として傍観してきた財務省が「こら経産省、お前らがポストを取るのはいいけど赤字にして税金下さいなんて言ってもださないからな。きちんと黒字化してからにしろよ」って釘を刺された。

 

枝野さん、元々は民主党の論客として頑張ってきたのだがいつの間にか政治家になり政治生命を長期化させるには官僚のバックアップが何よりも必要だと理解してきた。そこにこの東電問題。糞生意気な半官半民なヤローたちはやっつけたい、経産省は権力拡大したい、お互いの思惑が重なって一気に東電国有化って事で話は進んだのだが財務省が口を突っ込んできたら政治生命第一な枝野さんとしては当然どこかに落とし所、つまり東電の黒字化予測見込みを作らねばならない。

 

それが今回の電力料金10%値上げである。東電が稼いでる限りその利益は国庫に入るので財務省も文句はないしポストがとれた経産省もはっぴ〜、財務と経産の覚えめでたくなりました枝野さんもほっと一息。あれ?見たとこ誰も困ってないような、まるで被害者のいない犯罪ですねって感じだが、よく見るとすべての損害をかぶっているのが国民だという図式がよくわかる。

 

各種ブログでは東電の国有化は当然とか民営化して発送電分離すべしとか様々な意見が出ているがマスコミはすでにお上の大本営発表により「10%値上げ」は規定の方針となり反対意見を書く事はお上の気持ちを忖度(そんたく)して自己規制することとなった。あ〜あ、結局またこれか。

 

東電問題は原発が吹っ飛んでから初めて様々な根深い問題が表出してきた。一個の問題に対して答えが二択ならまだしも、原発政策、核燃料問題、原発利権、発送電分離、地域独占、東電OL殺人事件(冗談です)などなど複雑怪奇に根が広がってるだけにどこから突っ込んでいけばよいやら一般人には手の出しようがない世界である。

 

けどまあ、今回も結局は国民不在の中で問題が進み決着が付きそうだ。じゃ皆さん、パチンコの回数減らしてタバコ減らして700円作って納税の準備、よろしくです。

 

 

 



tom_eastwind at 19:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月07日

SGI

来週のニュースに出るだろうが、創価学会の池田大作名誉会長の病気がこれ以上良くなることはないだろうと言われてる。最近になって元公明党委員長の矢野さんと創価学会が手打ちをすることになったのも、ポスト池田対策を進める中で矢野さんとの戦争は継続不能と判断したのだろう。

 

矢野さんが創価学会を告発した本はtom文庫(会社の本棚です)にも一冊あるけど、読んでみればわかるように矢野氏は基本的に今も池田氏に対する尊敬の念は忘れていない。ただ公明党委員長を退任して一般市民として見れば、やはりどれだけ正当化しようとも公明党と創価学会は一体であり、そうなれば日本国憲法第20条に違反するのは明白であり、このことはどうにかせにゃならん程度の発言をしたところ学会が猛烈な攻撃を仕掛けてきた。

 

その時点でこのままじゃ矢野さんも関東の女性議員みたいにビルから突き落とされてポアされるんじゃないかくらいのガチ迫力ものだったのが、対抗策として矢野さんは暴露本を出してそれが裁判闘争にまで広がったものだから、ここで矢野さんが吉川線たっぷりの首つり自殺なんてしてしまえば警察もさすがにそこまでは目をつぶれなくなる。

 

矢野さんは今後も裁判闘争を通じて戦うことを公表しているし更なる暴露本、つまり学会とG組のおててつないで裏表、わたしは表できれいごと、あなたは裏でふるぼっこ、これで相手は黙りこむ、そんな図式も表にだそうとしてた。

 

池田氏が健在であれば学会も戦うだろうがどれだけ立派な賢人であれ人である限りいずれ死ぬ。世代交代をする時に矢野氏のような喉にひっかかる小骨を抱えていたのでは何が起こるか分からない、だからとりあえず手打ちって事になったようだ。

 

と、ここまではまともな書き方してきたけど、ぼくは創価学会の憲法違反についてはまさにその通りだと考えている。ありゃどう見ても憲法違反。なのに何でこんな無理が通って道理が引っ込むかといえば、それが池田氏の陣痛力である。あ、違った、神通力。あ、けど何かを無から生み出したって意味では陣痛力でもあってるかも。

 

昭和の時代における学会活動の凄まじさは童話もジャパンレジデンスもびっくりするくらい。今の言葉で言えばインテリヤクザ、とにかく大卒の立派なエリートが他の宗教団体に他流試合を挑み相手の宗是を論破しては道場破り、看板かっぱらて来るって事件が続いた。現場のあまりの強烈な行動にさすがに本部も「おいおい、もうやめとけ」って言うくらい、池田式文化大革命が吹き荒れた時期でもあった。

 

矢野さんご自身も京都大学出身であり超エリートだ。自民党で60歳になってやっとコネと引きで党三役に就くなんてのが三輪車で遊んでた子供がやっと二輪車に乗れましたレベルだとすれば、公明党の書記長や委員長になるってのは子供がいきなりフェラーリに乗って鈴鹿ハイウェイを300キロでぶっ飛ばして事故なしでピットインするようなものだ。それほどに創価学会は強いし賢い。公明党からすれば自民党のちんぴら代議士なんていつでもハエたたきで潰せるだけの議論力があるのだが、政治のバランスを考えてやらないだけである。公明党はそろそろ民主党との提携も視野に入れ始めており、ますます優秀な実務能力のある組織に変貌している。それはそれで政治のためには良いことだ。

 

ただ唯一おかしいってか面白いのが、公明党の天敵が共産党であることだ。共産党は公明党に輪をかけてずば抜けて賢い。更に戦いがうまい。実際に戦前も戦後持ちを流してその力を保持している。組織力の強さも公明党より強いのでないかと個人的に思っている。

 

じゃ何がおかしいかって言うと、両組織ともトップを委員長と呼び実質責任者を書記長と呼ぶ事だ。(追記:公明党は最近は代表と呼び方を変えている、現在は東大卒の山口さんがこの位置である)これって自民党や民主党やその他どこの政党を見てもないんですよね。唯一この2つだけが同じような組織を持ち、そして永遠の敵として戦い続けているのがおかっしい。やってること同じじゃん、どちらも社会的に貧しい人を救う組織であり人間を支配から開放する組織であるのだから、両者が手を組んで自民党と官僚組織を敵に回せばいいのに、敵に回しているのがお互いだってとこが皮肉である。

 

ぼくは貧乏人の子供として生まれてこの世の差別をかなり経験してきた。それは人によっては「その程度たいした事ないじゃん」って言うかもしれないが、自閉症の僕の心の中ではほんのちょっとした差別が思いっきり拡幅されて、子供の頃はこの地球ふっ飛ばしてやろうかといつも思ってた。

 

小学生の頃から議論ばかりしてて、誰かに言い負かされた事がなかったことだけは覚えている。それなりに議論上手な子供だったのだろうと思う。けど議論に負けた相手が最後に「けどお前の家貧乏じゃん、いつも同じ服しか来てこれない貧乏人じゃんか」って言われた時の悔しさだけはどうしようもなくて、それが核爆弾製造に関する勉強をしたきっかけでもある(苦笑)。

 

大人になって社会が理解出来るにつれ、なるほどな、世の中ってこうなってるんだなってわかってきた。だから核爆弾ではなく自分がこの世で何をしたいかを考えるようになり、そして世の中に宗教団体ってのがあるのを知り、彼らが社会問題化してるのも分かって「ばかじゃん、誰がそんなクソ信じてるんだ、しょせん弱虫の集まりだろ、固まってクソして死んでろ」くらいに思ってた。とくに当時の創価学会活動については個人的に怒りを持っていた。

 

それが時代を経るにつれ、世の中には弱い人がいて固まらないと生きていけない、自分では判断できなくて組織に依存する方が幸せであり、組織が幸せを提供しているって現実に気づき「あ、そうか、宗教ってのもそういう人たちには使い勝手の良いものなんだな」って分かるようになってからはあまり宗教批判はしなくなった。他人に迷惑をかけずに固まって幸せって思ってるのだから他人が余計な事をいう必要もない。

 

だから創価学会問題についても「ほお、矢野さんがこんな事やったか」って感じであったが、昭和の代表の一人である池田大作氏の後継問題が出てきて暫くはこの問題がぼくの頭の中で鈴をならしていきそうだ。もうしばらく注視していきたい。

 


ちなみにタイトルのSGIとは創価学会インターナショナルの略称です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 19:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月06日

スイートメモリーズ

懐かしい〜痛みだわ〜ずっと前に忘れていた〜

 

もしかして松田聖子も僕と同じ持病を抱えていたのか?

 

二週連続で本当に久しぶりに美味しいワインをたっぷりと頂いたのだが、ぼくはニュージーランド人男性の三大疾病の一つであるGAUT、贅沢病と言われる痛風持ちだ。本来ならワインやビールは控えるべきであり実際にはほとんど飲まないようにしているのだが、でも美味しいワインをみたとき〜時間だけ後戻りしたの、だ。

 

だもんで懐かしい痛風の痛みが襲って来たのは先週末。ぼくの場合は右手首関節に症状が出るので、まるで右手首骨折したくらいの痛みである。薬を飲んでじっとしているしかないが発症初日はあまりの痛みで夜は全く眠れない。これも久しぶりにまんじりともせずに朝を迎えることになった。

 

おかげでほとんどキーボードも触れずにブログも暫くお休みしていました。それにしてもあのワインは美味しかったな、もいっかい飲んで痛風やりますか、我慢しますかと両天秤にかけられてしまうと、これこそ天国の罠である。ほんっと贅沢な悩みだ。けど、たぶん、痛みを忘れた頃にまた美味しいワインを飲んでしまいそうな自分が怖いですね(笑)。

 

そう言えばキーウィ男性はビールとワインをよく飲む。だからクイーンストリートを歩いてても立派なスーツ姿で痛そうに足を引きずってるビジネスマンをよく見かける。彼らは階段で降りるときなど立派なスーツで手すりにしがみついてそろそろと片足づつ下ろしていくのだが、理由が分かってる立場からすれば「ほほえましい」とでも言うべきか(笑)。

 

美食と健康。このバランスをどう考えるか?実は突き詰めて見ると人間の幸せ、生きることって何だ?って根幹にたどり着く。

 

ワインは美味い。そしてエビもカニもカキもマッスル貝も、美味い。とくにバルカンレーンのオキシデンタルカフェのマッスルの酒蒸しの旨さはもう最高である。ニュージーランド特有の抜けるような青空、よく晴れた日曜の昼下がりにガーデンテーブルで冷えた白ワインとマッスルを合わせて楽しむ幸せは極上。

 

そんなのダメダメ病気になるからって言われても、道を歩いてても車に轢かれるかもしれないしビルの上から落ちてきた植木鉢で頭の鉢を割って死ぬかもしれない。どうせ人はいずれ死ぬんだし痛風やりますかと言われても発症確率が5割くらいなら勝負挑みたくなるのが人情では?ない?あらま、やっぱりダメですかね。

 

こういうのを女性に言うと「あんたバカじゃないの?病気になるまで食べなくてもいいでしょ」と言いながら本人は美味しそうに鍋の中のタラバガニの足を両手でつまんで美味しそうにちゅーちゅーしているんだからまこと女性はである。

 

女性がかかる中年病といえばリューマチだそうで痛風には罹らない、彼らが食べ物を遠慮しているのをあまり見たこともがなく「お前に言われたくないよね」と言い返したくなるのも事実。

 

しかしまあ、美味しい物を我慢して長生きしても楽しい人生と言えるのかって思わず考えてしまう。だってエビもカニもイカもシーフードは美味いのだ。人はいずれ死ぬのだが痛風だけで死ぬ事はない。だったら満足して死にたいと思いませんか?あ、思わない?やっぱり我慢する・・・?けど、次に誘われたら悪魔の誘惑にころっといきそうで恐い、てか、ころっていくだろうなって自分を知ってる。ああ、サウジアラビアに移住すれば良いのか(笑)

 

痛みも納まったので書きためたネタ、早速続けていきます。

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 19:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月05日

平野貞夫氏の無料拡散希望について

「無料拡散希望」って面白い新しい日本語だ。10年前には存在しなかっただろう。けど個人が自分の意見を公に表明出来るようになって多くの人に知ってもらいたいから「この件拡散希望」となるのは私の著作権は放棄します、それよりも公共の利益を優先しますって事になる。それが更に「無料で」となるのは本来有料メルマガでお金を払った人だけが読める内容なのにあえてお金を払った人には不公平になる「無料拡散」でも「著作権を放棄して」でも情報を多くの人に知ってもらいたいという気持ちがわかる。

 

今まさに民主党と自民党の大連合が出来上がりかけて小沢氏がそれに対して当然の如く反論しているわけだが、小沢氏の援護射撃とでも言うべき「無料拡散希望」記事が出てきた。発信元は平野貞夫元参院議員である。

 

そこでこの記事、僕も無料拡散したいと思う。ただし平野さんがどんな人か知った上で記事を読まないとこれまた「騙し」になるかもしれないと思う。なのでもし時間のある方は平野氏がBlogosのテレビ取材で小沢について良くも悪くもを語った2010年9月19日の記事を読んでみて欲しい。日頃テレビで語られない政治の裏側がよくわかる。その中でぼくは「あ、これが小沢の主張かな」って思った部分があるので勝手にコピーさせてもらった。

 

平野:(小沢氏の場合→tom追記、本文に無し)アメリカ的合理主義というと何もかも硬くなってしまいますが、要するに日本的談合の、みんなで渡れば怖くないというようなああいう思想は合理的な論理と倫理と効率性のある仕組みにしないとだめだという思想ですね。

http://blogos.com/article/23587/?axis=&p=11

 

その上で下記内容をご覧頂きたい。普通あんまりこういう僕の意見の入ってないコピーは趣味はないのだが時期的に是非とも皆さんに知ってもらいたいと思った。ここに書かれた事は小沢氏と長く二人三脚で戦ってきた平野氏の意見表明であり何ら事実確認など裏のとれた話ではない。しかし政治に裏の取れる話など存在しないのも事実であり、残るはその話が合理的であるかどうか、つまり誰が儲かるかを読めれば自然とそのネタが真実かどうかもわかるという世界だ。

 

★記事抜粋開始

情報発信元は、平野貞夫・元参議院議員。

 平野氏はメルマガを配信しているが、その2月20日の分(89号)で、驚くべきことを暴露している。 東京地検特捜部は小沢氏捜査の課程で、ゼネコン50社、100名を超える社員を絞り上げたが、(1)水谷建設以外に、小沢氏に裏献金したとの証言は出なかった。(2)逆に、別の自民党の政治家につき複数、裏金を渡したとの証言が出て来たという。


 その聴取メモは70通あり、今回の公判で小沢氏側は開示を求めているが、未だ開示されないという。これが事実なら、捜査すべきは小沢氏ではなく、そのメモに載っている自民党議員だろう。


 だが、そうしないのは、捜査の目的は真相究明ではなく、小沢潰しだからだろう。また、このメルマガによれば、唯一、小沢氏に1億円の裏献金をしたという川村尚・水谷建設社長(当時)の証言に関しては、「政治家の名前を使って会社の金を『女』に使っていたことを業界ではよく知られていたので、特捜部では水谷建設への小沢氏への裏献金を真に受ける人はいなかった」とも。


 本紙が2月16日に報じた川村社長の愛人の件を裏付ける結果となっている。それにも拘わらず、米国寄りや、赤レンガ派の自分の出世しか考えない検察上層らの政治的思惑の結果、強制起訴されたのだから、「わが国は、民主主義の仮面をつけた暗黒国家」であると平野氏は断じている。


 なお、問題の自民党政治家だが、本紙の調べでは二階俊博氏とのことだ。この平野氏のメルマガ、基本は有料だが、この号は、無限拡散希望につき、転載許諾はいらないとのこと。入会申し込みは下記からどうぞ。

「日本一新の会・入会案内」

http://nipponissin1.blog136.fc2.com/blog-entry-95.html

★抜粋終了・以上有料メルマガアクセスジャーナルより

 

政治はその場では検証のしようのない問題が次々と出てくる。市民からすれば毎日ニュースを賑わすネタだけで追っていくのが大変で、ついつい新聞や週刊誌の解説を自分のネタとする癖がある。しかし自分の住んでる国の話だ、一日のうち30分、お昼ごはんの後の喫茶店でタバコ吹かしながら「今日の吉原探検隊実録!」なんて見る暇があったら、その30分を自分の住んでる国がどうなってるのか考えてほしいものだ。




tom_eastwind at 20:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月04日

On the Beach

今日は朝から手首が痛くて自宅でじっとしている。今日は天気晴朗なれども風強しだ。体を動かせない分居間のソファに横になってネットと本に繋がってる時間が長くなる。

 

イランの選挙がどうも現役のアハマディネジャド大統領派は議席を伸ばせず大敗する公算が大きくなった。大統領と対立関係にある最高指導者ハメネイ師は現役よりも欧米嫌いとの事で、こうなると次の政権ではいよいよイラン対イスラエル、ガチになるぞ。こいつらは冗談の通じ無い関係になってるから、どっちかが滅びるまでやりましょうか?ってまじガチだから先の見えない強硬派がイランのトップに来ると怖いな。

 

北朝鮮では核開発カードをちらつかせて食料をくれって乞食外交を未だやってるが、今読んでる本ではどうも1994年7月7日頃に病死したと言われてる金日成は自分の子供に殺されたのではないかってネタになってる。第一その核開発カードだって、よくよく見れば金さんちが自分の権力保全の為にやってるだけで、本来なら経済特区を作りインフラを整えれば済むこと、核なんて不要な話だし絶対に中国が使わせないのはわかってる。今の米国による北朝鮮援助は背後に中国がいて「ねえ米ちゃんさ、金ちゃんにこれだけ米と重油上げたら中国の権益上げるよ」ってかんじだ。

 

米国では共和党の代表選びでロムニーさんが伸びてますな。オバマがどう対抗するのか、てか彼らの後ろにいる人々がどう今回の大統領選を位置づけるのか?イスラエルを切っていけるのか?重商主義の人々と白豪主義の人々、両方共白人ってのが面白いが、あまり他人の世界をいじくるなよ、お前の神だけが神じゃないんだぞってかんじだ。

 

父である元国務院副総理習仲勲が批判された文化大革命において反動学生とされ、1969年から7年間、陝西省延川県に下放された経験を持つ習近平も今年いよいよ政権移譲で胡錦濤の次を担い、これから日本にとっても最も大きな影響力を持つ一人となるだろう。

親のおかげで文化大革命、ガキの頃、日本で言えば明治以来の華族の家柄のお子様なのに飛行機もまともに飛んでない時代、ある日突然東京のお屋敷から九州の人吉あたりの百姓屋に送られても腐らずに勉強して成長しておやじの仇討ちってわけではないだろうが、彼がこれから何もなければ10年間の中国を仕切るのだ。強いだろうな〜。

★ウィキ

リベラルな姿勢で知られる。党員、官僚の腐敗に対しては厳しく臨み、政治的にも経済的にも開放的な姿勢をもった指導者として知られる。現在の中国共産党幹部の演説や文章を、「冗漫、空虚、偽り」で覆われているとし、文章や演説をもっと判り易くし、国民に理解できるよう改革する必要性を主張している。「一般大衆は歴史を作る原動力だ。腹を割って話さなければ、大衆は理解できない」と述べ、自身の持つリベラルさの片鱗を見せた

★ウィキ

これはぼくが数年前から彼の発言を聞いて感じてた事であり、並のゴマすりでは中華帝国の王になることは出来ないわけで、上海派と言われたり太子党と呼ばれたりするが、トップとしての実力は未知だが十分に力強いものを感じる。うまくいけば小平まではいかなくてもそれに近い能力を発揮するのではないかと期待している。ちなみにうちの奥さんは小平さえも嫌いだ、ぼくは偶然だが彼が経済改革をやって広州や深センを巡った時代を知っているので個人的に好きである。

 

ニュージーランドのような田舎でも時々は良いこともある。それは英語の言語で記事が読めるって事だ。NZヘラルドが取り上げた記事とCNNとを比較してNZヘラルドが何を掲載してないか、なんてのも日曜の午後の動けない時の楽しみの一つだ。ちなみにNZヘラルドはBBC系のニュースを好んでる取り上げる傾向のようです。

 

今年は日本に直接関わる海外国家で選挙が立て続けだ。おとなりの韓国でも今年が総選挙、てかもうすぐじゃん。

韓国は金大中の時に一気に改新やって大成功してそれが今のKポップや韓国映画に繋がるわけだが、その後のリーダーは、うむむ、どうなんかな。金さんちに勢い負けしてるみたい。金大中が太陽政策を取ったのが成功かとすれば決してそうは思わないが、韓国経済ボロボロの時にもいっかい朝鮮せんそ〜なんてやってるヒマはないから、金大中大統領からすれば「とりあえず北には米食わせておけ、その間にこちらは経済成長だ」という発想だったのかもしれん。

思い出せば東京で韓国CIAによって拉致誘拐されて殺されかけた彼の事であるから甘くはないと思う。意外と太陽政策ってのは時間稼ぎではなかったのかとも思える。

 

ひるがえって日本・・・。沖縄とか原発とか、答えの出ていることを子どもの遊びですかいってくらいテレビに出て議論が繰り返されてる。政治ごっことしか言いようがないがそれで利権を持っている連中は儲かるのだからそれで良いのだろう、実際に政治をするのは政治家の背後に控えておられるの勝様ご一行という明治以来日本を実質的に支配してきた行政組織であるからだ。

 

ぼくは官僚組織も実に賢いと思ってる。ただしそれは決まったレールの上で速度をゆるめたり早くしたり電車が走るときだけの話であり、明日もしイランがイスラエルに戦争仕掛けたら日本はどうする?その時線路はないのだ。自国の石油は今だもって中東から買っており備蓄にも限度がある。戦争が起こって米国が石油を売ってくれると思うか?かと言って対米従属でやってきた日本が今更どうすればいいのか?今米国は世界の警察官を辞めようとしているのだ。日本はどうする?答えを持ってる官僚はいるのだろうか?

 

米国にとっては日本は何時の時代においても政治的なトラブルがない国ではなかったかと思う。考え方に大きな違いはなく価値観も近く、戦争はやったけどそのあとは仲良くして今では米国の売り込み先No1である。そして売り込まれる当事者もそれなりに気に入ってるのだ。普通に働いてる市民レベルではお互いに仲良くなれる民族同士だったと思ってる。

 

中朝関係はある意味国家間ではなく国家元首同士の個人的な駆け引きの上に成立している。中国は十分に大人であり日本海に出る港を持ってる北朝鮮も取り込むし、いずれ韓国との通商も仲良くやっていく。その先にあるのは日本。中国にとってはここが本丸だ。だから金ちゃんの子供が暴れるようなら遠慮なく排除するだろう、そして次に立てるのは中国寄りの傀儡政権である。金ちゃんとこは北朝鮮を忘れて自分が生き残ることばかり考えた瞬間に国家は食われたようなものだ。中国もそのことはわかってるからあえて無理に韓国に手を出さない。北を押さえて日本と本格的に通商を始めれば両側に南北を挟まれた国だから自然と同化するだろうって考えだと思う。

 

北半球の経済や自然の影響に直撃されない場所で偉そうにどうのこうの言うなって感じだが、手首が痛くて動けない今日くらいは地球儀を見ながら考えてみたい気持ち。オークランドの夕焼けがきれいです。なんかネヴィル・シュートの「On the Beach」 の気分です。



tom_eastwind at 19:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月03日

ハロー注意報です。

今日は北島全体をものすごい嵐が襲っておりぼくの住んでいるオークランドでも朝から天気が無茶苦茶だ。太陽と共に横殴りの大雨が降るかと思えば雨雲が抜けた後は青空が広がりしばらくすると家を揺さぶるような強烈な風が吹いてきてその後土砂降りの雨の繰り返し、海上は波浪注意報が発せられている。

 

オークランドは一日の中に四季があると言われるくらい一日の気温差が激しく10度程度は変化する。それに加えて南太平洋のような、朝土砂降りかと思うと出勤準備が出来る頃にはカラっと晴れててお昼ごろは曇り空になり夕方からまたも強い雨なんてのは普通だ。

 だからオークランドのビジネスマンはあまり傘を持って歩かない。傘をさしても吹き飛ばされるのがオチだし10分も待ってれば天気が変わるしシティのクイーンストリートは歩道がアーケードのようになっているので濡れずに歩けるし、第一空気が綺麗だから雨で服が汚れるという感覚がない。

 

 実際にニュージーランド及び南太平洋の大気を成層圏あたりから見ると真っ青であり、澄み切った大気と自然の森と綺麗な川が海に流れてこれがくるくると繰り替えしているわけで途中に工場排水もなければ赤潮もない。NZでは田舎に行けば今でも雨水を貯水して生活用水に利用している。雨が長く降らないと近くから消防車が来て放水してもらう。ちなみにキーウィがトイレを使用後に水を頻繁に流さないのもシャワーが1回5分となっているのも昔の節水の歴史が残っている。(日本人はトイレを流さないキーウィライフにびっくりして汚いというが毎回水を流してムダ使いしている日本人はどうなのかと言い返されそうだ。トイレを流すのは2回に1回が正解か、笑)?

 それだけ自然に馴染んでいるキーウィでも今日の天気の移り変わりにはびっくりしてあちこちのニュースで取り上げている。時速120kmの強風が吹くぞ、とか。ブログを書いている今日の午後は東の空がだんだん明るくなっているが西の空はあいも変わらず黒いです。

 

 そんなのんびりした南半球から日本のニュースをネットで見ていたら、野田さんと谷垣さんが都内のホテルで密談して、どうも増税と話し合い解散選挙をセットで取引した様子。そして両者の話し合いをセットしたのが財務省となっている。どうやら今の財務次官は実質的に日本国王のような立場であり自分の部下である民主党と自民党を「ハロー、お元気でっか?お互いに困りもんですな、落とし所がありまっせ」とやったのだろう。

 現在の民主党がやっていることは選挙の時とは全く変わって、ダムは作り続け米軍は金儲けの手段となり増税でさえ手のひらを返したようになり官僚主導で政治が動いてるのだから自民党と何も変わらない。ならば右から左までいろんな考え方が烏合の衆として集まっている民主党の右の部分と自民党の左の部分を組み合わせて政界再編ってのはありですね。

 官僚としては言うことを聞く今の野田首相や民主党と自民党は良いけど、そのままではどうも消費増税が通りそうにない、ここは両党を組ませて同時に小沢叩きがどうもうまくいかないから小沢を民主党から追い出す計画なのだろう。

 それにやばいのが橋下大阪市長率いる維新があまり強くなって総選挙で成長される前に安定政権として自民党と民主党を組ませろってことかな。もともと「自由民主党」と「民主党」の違いは、民主党には「自由」がないだけだって皮肉をいう人もいたくらいだから。

 どうもこれから一気に政局になるのか?増税法案を成立させてすかさず総解散選挙、その時点で民主党は小沢派、興石左派、残りの右派で3つくらいに分裂することもあるかも。左派は今回の政権で味をシメたからもしかして右派についていくかもしれない。誰と誰がハローするのかわからないが、ニュージーランドでは波浪注意報で自然と暴風が暴れまくってますが日本では政治が暴れまくってますね、ここもハロー注意報です。



tom_eastwind at 20:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月02日

<日本人の72%は10年後に食いっぱぐれる!?>

★記事開始

 “これからの経済はグローバル化だ!”。そんな言葉に踊らされて、英会話や資格取得に躍起になっている日本人は少なくない。

 しかし、どんなにスキルを身につけても、グローバル化で確実に日本人の手を離れていく仕事がある。そして一方では、日本人であること自体がスキルとなる仕事も数多く存在する。渡邉正裕著「10年後に食える仕事 食えない仕事」(東洋経済新報社 1500円)では、仕事における“日本人メリット”を考えながら、10年後の可能性について分析していく。

 まず本書では、あらゆる職業を4つのタイプに分類している。弁護士や税理士など、日本人メリットが高く、日本市場向けの高度専門職である「グローカル」。日本人ならではのサービスマインドが武器となる、保険・証券セールスなどの「ジャパンプレミアム」。日本人メリットは低いが、勝ち残れば青天井の「無国籍ジャングル」には、建築家や会計士が含まれる。そして、著者が一刻も早く抜け出せと警鐘を鳴らす「重力の世界」には、プログラマーや検査・組立工、タクシードライバーなどの職業が挙げられている。

「重力の世界」の職業は提供者の人種が無関係であり、グローバル化とIT化の影響をモロに受ける。たとえ日本人がこの職に就いても、将来は最低水準賃金となることを覚悟する必要がある。しかし現在の日本では、実に72%の人が重力の世界の就業者であることも分かっているという。

 あなたの10年後は?

(日刊ゲンダイ2012227日掲載)

★記事終了

 

税理士がグローカルで日本人メリットが高いのに会計士は無国籍ジャングルってこのくくり方はちょっと分からんな。ニュージーランドでは税理士も会計士も特に区別はなく全部まとめてAccountantである。

ちなみに司法書士とか弁護士とか法律を扱う人々がいつも境界線が明確でなくて縄張り喧嘩になっているがNZではこれらすべて弁護士であるので分かりやすいし境界線もない。

まあいいや、日本でもやっとこういう「その仕事で食っていけるか?」という考え方が出始めている。昭和の時代であれば一億総中流でありどんな仕事でもとりあえず一生懸命働けば食っていけた。しかし世界の国境が低くなりネットが発達すると仕事は最適を目指して世界中を飛び回り地域格差がどんどんなくなり上記にあるような「10年後に外国人に奪われない仕事」が重要となってくる。

ただ日本の場合は以前も書いたが移民政策は積極的に受け入れるべきではないと僕は思っているしその為に人口が50年かかって1億人を切ってもきにすることはないと思う。数だけがすべてではない、民族性の質の問題なのだ。日本人はすでに民族として優秀であり働き手として単純労働者として外国人を必要とする場合があっても移民として受け入れるかどうかは別問題だ。

オークランドやシドニーやニューヨークではタクシー運転手は殆ど外国人である。とくに最近のオークランドではろくすっぽ道も知らないのに知ったかぶりしてぼったくる外国人にはうんざりで非常に不愉快だ。

話はそれたが日本政府が積極的移民政策を取らなければタクシー業界が外国人によって賃金が下がることはない。しかし他業界の賃金が下がることによって結果的に影響を受けて賃金が下がるだろうというのは言える。

 

実はニュージーランドでも高学歴だけど仕事がないって若者が増えている。オークランドでは会計学を学んだ中国人学生がなかなか仕事が見つからない状況がある。これは元々オークランドには大企業は少なく需要が少ないところに優秀な中国人が会計士は稼げると思って資格取得に走った結果である。

若者が自分でお客を持っていないからどうしてもすでに客を持っている会計士事務所で働くしかないがなにせ需要よりも供給が多い場合は賃金が低下する傾向になる。彼ら若者が学んでいるニュージーランドの会計学はすでに新国際会計基準なので中国に戻れば仕事はあるのだろうが、せっかく出てきた中国に今更戻る度胸があるなら最初から保守的なビジネスである会計士は選ばないだろう。特に頭の良い女の子であれば将来の結婚も考えるわけでそうなると大陸中国人?あり得ん!だろう。だから彼らは中国に戻らずオークランドは供給が多い状態が続く。

 

日本人移民の子供は6歳でやってくれば8歳までには地元の子供と同じ英語能力と学力を身につける事ができる。そこから先は自分でやりたい事を見つけて勉強をするわけだが、NCEAで一定の成績が取れなければ大学に行く事は出来ない(21歳以上の場合は別途入学の方法がある)。

 

NCEAは自分が望む教科で絶対評価の点数を取るわけだからテストの時に隣の席の頭の良い子が風邪を引いて休んでも自分の成績に関係はない。自分が頑張って目標を持って自分で勉強するしかない。そして子供の頃の成績が社会人になった時の給料の位置づけに影響を与えるのは事実である。

なにせニュージーランドのようなちっちゃな国では日本のようなニッチビジネスは少なく、あったとしても食っていくだけで精一杯となるので起業してもかなり大変だ。だからと言って大手企業は進出していないのだからNZ国内で精々頑張っても電話会社、電気会社、政府などインフラに近い仕事でないと安定して高給を得ることは出来ない。

 

大変なのは日本だけではない。世界中が今ガラガラポンの時代に否応なく飛び込んでしまっている。子供の教育をどうするか?無闇に社会的地位が高そうってだけで資格系を取りに行っても10年後にそのビジネスで飯が食えるのか?は別問題だ。

オークランドで学歴が低くても食えるのは大工だ。建築家だと外国の建築家と競争になるが現場の仕事は現地に住んでる人間でないと出来無いからだ。医療ビジネスも食える。だが問題はそれが常に需要が供給を上回ってる業界であるかって事だ。NZの場合で考えれば常に豪州の方が給料が高いから海外に流出しやすい仕事として医療ビジネス(医者、看護婦など)があるからたぶんこれはNZが豪州を上回る高賃金にならない限り流れは変わらないだろう。

ちなみに記事の中で英語の勉強ってあるが、英語と言っても日本国内で勉強して身につくような英語では、はっきり言って国際社会では通用しない。何故なら必要なのは英語の論理で英語的思考で文章を組み立て相手に伝えることであり日本社会にいて日本的論理で日本語を英単語に置き換えるだけでは伝えることに限度があるからだ。もし英語を使って仕事と考えるなら少なくとも英語を使って授業をしている大学クラスの勉強が必要だと思う。

 

何にしても72%。72%の中でも食っていけるならそれでいいやって思えれば別に無理して勉強する必要はない。これも本人次第なのだ。とここまで書いてふと思った。今の若者世代は日本の下り坂しか見ていない。これからも更に下って行くこと、まさにこれから来る72%を本能的に理解してあえて生活を質素にし始めているのかもしれない。



tom_eastwind at 20:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年03月01日

期待する権利

米国家庭で子供が親に手伝いを頼まれて手伝うたびにクーポン1枚、10枚貯まったら1ドルになるなんて話がよくある。日本でも同じで親が子供に何か頼むとそのたびに報酬を払う方がよいと言う意見がある。

 

うちの家庭では小遣いを渡さない。もちろん普通の意味での小遣いは渡すが、奥さんの考え方は家族の財布は一つであり親は親の仕事、子供は子供の仕事をそれぞれ必要に応じて行いそれは家庭を守るための共同作業であるから何かをしたらお金を払うのは違うってことだ。その代わり何かあれば家族が子供をコストがいくらであろうと無償で守る。

 

これを社会に当てはめて見る。豊かな社会を維持する為に今出来る人が今できることをする、適材適所である(これは社会維持のためであり個人の利益の部分ではない点にご注意)。今日誰かが助けてくれた、だから明日誰かが困ってたら助ける、出来る人が出来る事をして社会を支えるという発想だ。報酬をもらってしまえばその時点で助け合いが定量化してしまい、次に何かをもらう時は「少なすぎる」とか、助け合いがまるで通貨のようになってしまう。

 

助けあいは通貨ではない。誰かが困った時に助けられる人が助ける、その繰り返しで自然と適材適所が決まってくる。クジラを捕る村では子供は遠見をしてクジラを見つけたら、それまで昼寝してた若者が起き上がり船を繰り出してクジラと戦い見事に捕らえると浜辺に運ぶ。浜辺でクジラを解体してそれぞれの用途に分けるのは老人の仕事だ。肉を分けている間若者は休憩して風呂に入り疲れをとる。受け取るクジラの肉の量はそれぞれの必要に応じて受け取る。

 

若者が「おれが特別に頑張ったからクジラを獲れたのだ、だからもっとたくさん寄越せ」と言い出して一人で食えない肉を受け取り、それを干し肉にして都会に売りに出て現金収入を得る。ここだけ切り出せば何となくそれもありかなって感じがする。

 

しかし彼が子供の頃、誰が彼に肉を与えていたのか?彼が歳を取ったら誰が肉をくれるのか?そして若者はいつか年寄りになると漁には出ずに浜辺に上がったクジラを解体する作業に就く。その時にある若者が「俺の取り分が少ない、もっと寄越せ、おい爺さん、お前は何もしてないじゃないか、だから肉は少ししか渡さない」と言い出したら生活が維持出来るのか?

 

漁に出てクジラに足を食われて仕事が出来なくなった若者は村全体で守るべきだろう。その費用がいくらであれ助ける事で「あ、この社会は助け合いなんだ、おれも何かあって困った時はむらの人が助けてくれるんだ、だったら今できることをして頑張ろう」となる。

 

つまり社会の持続的発展を図る為にそれぞれの世代で出来る事をしてその仕事量の多い少ないはこだわらず「誰だって適材適所で出来るだけの事をやってるんだ」と性善説で考えて皆が平等に獲物を分けあう、けれど仲間が働けなくなったら村全体で助けるという発想。

 

昔博多の中洲で飲んでた時に先輩に言われた言葉。「おれはおまえにおごる。お前は後輩におごれ」と言われた。世代間の助け合いである。ぼくはそれ以来自分の後輩と飲む時はすべて僕が払うようにしている。払えない時は飲みに行かないけど、後輩の飲み代も払えるくらい人一倍頑張ろうと思った。

 

今の日本の世代間格差を見ていると、なんだか自分だけの生き残りで一生懸命な気がするけど、今自分が元気で生き残れてもいつかは歳を取る。その時に「知らねえよ、爺さん!」と言われたらどうなるのか?てか、自分の生活で精一杯で子供を産んでも社会が守ってくれるかどうか分からないと将来が不安で産めない。少子化と騒ぐ以前に社会全体で子供を無料で育児教育して社会に現役世代として送り出すする仕組みはあるのか?

 

現役世代は子供を育てて老人の世話をするくらい一生懸命働く。しかしその代償は余分には求めない。これはかなり社会主義に近い考え方だが、僕がよく「日本国民の選択の自由がある」と書いているのは「社会全体の維持と平和と安定を考えれば日本が社会主義を選択するのもありだ」と言う意味だ。

 

今一番大きなクジラの肉を手に持ってる人が他の人に無償で差し出す気持ちを持てるか?それが社会が維持出来るかどうかの曲がり角だと思う。社会の助け合いを「期待する権利」が今の日本に保障されているか?



tom_eastwind at 17:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌