2012年05月

2012年05月31日

明日への讃歌

★記事抜粋開始

焦点:広がる「日本脱出」、個人マネーは安全求め海外へ

[東京 29日 ロイター] 起業家の小坂博志氏が立ち上げた日本人向け海外不動産購入支援サイト「暮旅(クラタビ)」は、一般的な不動産情報サイトとは、かなり趣を異にする。

 

「命とお金、しばらく日本を離れてみませんか」という文句がトップページに浮かび、きらびやかなコンドミニアムなど物件情報の代わりに掲載されているのは、日本の公的債務残高や財政破綻シナリオなど、格付け機関かと見間違うかのような情報の数々だ。

 

こうした「日本からの逃避」を指南するサイトは最近急速に増えており、財政破綻を懸念する預金者が、資金の安全な避難先として海外不動産を探すのに一役買っている。日本経済の先行きに対する悲観論の深まりを背景に、書店では「日本脱出 この国はあなたの資産を守ってくれない(午堂登紀雄著)」などの本がベストセラーとなり、ニュージーランドからマレーシアといった国々では、日本人によるセカンドハウス購入がブームとなりつつある。

★抜粋終了

http://sp.reuters.co.jp/article/vcJPboj/idJPTYE84T05G20120530

(原文執筆:Stanley White記者、翻訳:宮井伸明、編集:梅川崇)

 

この記事にでてくる小坂氏とは偶然だが2年ほど前に名刺交換したことがある。非常にまともな人物であり当時彼は確かに海外物件を扱っていたが、へー、最近はここまで過激にやっているのかとちょっとびっくり。

 

マレーシアはジョホールバルでイスカンダル計画が進んでおり日本のロングステイ財団も力を入れているからリタイアメント層に人気がある。不動産購入も面白いと思うのだが、ただ注意すべきは最近随分多くの日本人自称不動産会社が不動産ビジネスに参入しており、彼らは以前はマカオの不動産物件を扱っていたとかでネットで経歴を調べてみるとあやや?というのもある。

 

小坂氏のようなまともな人物や昔からマレーシアに力を入れている会社はきちんと仲介するから良いと思うのだけど、もし「あなたも10億円の資産が作れる!」みたいな宣伝文句はご注意だ。

 

ニュージーランドは移住対象地としてマレーシアやシンガポールと比較されることがあるが比較になるのか?と素直に疑問に思う。

 

一年中暑い所が好きでビジネス活気があって真夜中までお店が開いているってなら当然シンガポールやマレーシアだけどニュージーランドは一応二季があり東南アジアに比べれば彼らのようなビジネス活気はないしお店は夕方に閉まる。

 

人生の活気という意味ではスポーツを楽しみ自然を楽しみ週末のBBQを楽しみ、その意味では十分に楽しいが、決して一旗上げてみようと言う国ではない。

 

「命とお金、しばらく日本を離れてみませんか」であればどこの外国でも良いわけで、国を選択する条件としては言語、治安、物価、医療、教育だろう。

 

言語であれば日本人に一番馴染むのが英語だからニュージーランドは英語圏であるのでOKだろう。マレーシアも一応英語は通じる。ニュージーランド英語は訛ってるのでは?と聞かれることがあるが、これは訛っているのではなくクイーンズイングリッシュだから米語を学んだ日本人にわかりにくいだけだ。

 

例えばレンタカーを借りる時に「トランクは?」と聞けば「ブーツの事だね?」と聞き返される。英語と米語の違いだ。ガソリン(Gasoline)を入れようと思ってもガスステーション(Gas Station)はない。ペトロールステーション(Petrol station)ならある。これも単語の表現の違いだ。

 

治安はどうだろうか?NZでは警察が普段拳銃を携帯してない。警察の武装は犯罪者に対するストッピングパワーなので日常生活で銃を使った強盗犯罪などが殆どないからだ。

 

かと言って決して天国ではない。犯罪は存在する。ただし犯罪の殆どは経済犯でありNZは経済格差が米国ほどにひどくないし自分がカローラに乗ってて隣の家がマーク2に乗ってるくらいの格差ならあえて泥棒をする必要もないからあまり大きな犯罪が発生しない。

 

物価は決して安くない。移民一世として渡航するなら最低でも最初の1年の生活費として400万円、2年目は300万円、3年目でやっと生活が安定してプラマイ0くらいと考えればマレーシアの方が圧倒的に有利だ。

 

これは僕が常に説明会で話す事だし無料問合せの際にも必ず質問事項に入れておくのだが、移住には資金が必要だ。いくら必要かはその人が事前にワークビザを取得できるか永住権を取得して仕事を見つけることが出来てるか、それとも金融資産の金利で生活出来るのかなどで変わる。

 

ちょっと話はそれるが移住をお考えの方はこの点はぜひとも理解して欲しい。資金の問題もワークビザの問題も分からないで「移住相談を受け付けます」なんて輩がNZにもいる。とくにここ1年で急激にシロウトが増えたので彼らのウェブサイトを見て「お、おれでも行けるかも?」と思うのは自由だし、数日前に書いたようにある程度の条件さえクリアーすればいけるが、その為には準備するべきことがたくさんある。

 

「とりあえず来てみるべきです」なんて助言は最悪だ。事態を最悪に追い込むだけだ。来るための準備、ここで何が必要かも理解せずに仕事ほしさに助言する輩には充分気をつけて欲しい。これはNZでもマレーシアでも同様だ、とくに不動産屋は不動産を売りたいたが為に調子の良い事ばかり言って、一旦売りつけたら後は知らん顔である。

 

僕の仕事はある意味お客様にダメ出しをして問題点を指摘して「今のままでは移住出来ませんよ、あなたは移住する前にこれとこれをして下さい、そうでなければ移住は出来ません」と伝えることだ。夢は持つべきだが夢を叶えるためには毎日の努力が必要なのだ。

 

話を戻して、医療について。マレーシアとは言っても隣にシンガポールもあるしお金さえあれば高い品質の医療は受けられる。NZで医療のレベルが低いという人がいるが、当社は医療通訳チームもいるし彼らは全員日本の看護師資格を持っているし病院内にオフィスを置いているので実態がよく分かる。

 

NZの医療は低いのではない、むだな薬を出さないだけなのだ。そして病院訪問者が「先生、何か具合がわるいんですけど〜」と言うと「あなたにわからないものが私に分かるわけないですよね」となる。

 

つまりNZの医療は税金で賄われており必要な医療は提供するけどむだな薬を出すのは税金の無駄使いと考える。また病院やお医者さんは寂しい人のおしゃべり相手ではない。日本では薬をたくさん出す医師やどこが悪いかをわからないままだらだらと寂しい人の話を聞く医師が良いと言われてるそうだ。

 

しかし彼らが医療費として政府に請求する費用はそのまま国民の税金で賄われるのだ。増税は嫌だけど薬もおしゃべり相手も欲しいしなんてわがまま言ってたら、そりゃ医療も崩壊するわな。

 

教育については問題ないと言えるが、それは両親が何を期待しているかによる。日本の有名大学を卒業させて日本の一流企業に就職させてと考えるならそれはNZはちょっと方向性が違うだろう。この国では子供を自発的に物事を考えさせる教育を行うし15歳で学業を終えて親の農業を手伝う子供もいる。

 

だから子供が高等教育を学ぶのであれば本人が周囲の子供に振り回されずしっかり勉強剃る必要がある。いずれにしても子供次第だがヤル気があれば西洋社会で通用するバイリンガルの学生が出来上がる。

 

このように「どこの国に住むか?」はそれぞれ具体的に重要な点を切り出してそれを移住希望国ごとに比較することだ。

 

長くなるのでまた明日。明日への讃歌はアリスの名曲です、ぜひとも一度聴いてみて下さい。



tom_eastwind at 19:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月30日

水曜日の朝

オフコースの「水曜日の午後」を最初に聴いたのは1970年代だ。歌詞そのものをいくら読み返しても意味が分からないのだけど、小田和正の透明な声と一つ一つの単語がいつまでも頭の中でくるくると回ってて、そんな時はとても気持ち良い。

 

今日は飲み会があるのでバスで会社に行く。最近は週一ペースでバスに乗ってるな、体によくない(笑)。けれどバスは街と人々を計る大きな指標の一つだ。

 

ニュージーランドにも優先座席ってのがあるのだけどあまり活用されていない。てか、必要あるのか?今朝のバスでも座席に座ってるビジネスマンは後から乗り込んで来た女性に次々と席を譲っている。それも「こちらへどうぞ」ではなく、まるでバスから降りるような仕草で席をたって自然に席を空けて、そのことに気づいてるのかどうか分からないが女性が空いた席に座る。

 

こういうのって気持ち良いな、親切心をルール化したりして議論にする国と違ってこの国はまだ優しさが残っている。忙しさの中でも女性に席を譲る心の余裕がある。

 

バスを降りて近くの立ち飲みコーヒーで3ドルのアメリカンコーヒーを買う。可愛らしいキーウィの女の子二人が仕事してて、注文を受けると一人がきびきびとエスプレッソマシンを使い一人が会計を受け持ってる。

 

「ミルクは?」アメリカンでミルクってあったっけと思いながら「ミルク不要」とにこっと笑って答える。「はいどうぞ」、出来上がったばかりのコーヒーを右手で持って胸のあたりに持ってきてその香りを楽しみながらクイーンストリートを上っていく。

 

オフィスまでは軽い上り坂でポケットに入れたiPhoneでアズナブールの歌を聴きながら、通勤する人々の顔を眺めお店の開店準備をする店員さんの顔を眺め、のんびりと歩く。

 

移住ビジネスの大きな進展があった今週だ。複数の弁護士とのミーティングで投資家の投資額に実は様々な「対応策」があるし起業家ビザでも同様、とにかく今はニュージーランドが国を挙げて世界中から投資と雇用を集めようとしているのがひしひしと感じる。

 

これはニュージーランドだけではなく、米国でも豪州でも投資移民のルールを緩めはじめて、こっっちからすると「何かチキンレース」って感じだし、「3年前にお前ら偉そうな事言ってたよね、今のこの態度何?」って聞きたい(笑)。

 

これから少しづつまとめて投資家部門と起業家部門での永住権取得の実態を書いていこうと思う。たぶん5年後に読めばまたも「あんな緩い時代もあったのかな〜」って思い出すために。

 

今年になって起業家ビザで永住権を取得したお客様が続出。ありがたいことだ。彼らはこれからニュージーランドで消費税を払い納税をしていく。この国にとってもありがたい事だ。ご本人たちにしても「早くやっといてよかった」となる。

 

小松左京の「日本沈没」という小説はまさに今の日本を表しているのかと思う。皆が本当に危ないと思った時に外国に逃げようとしても、その時にはビザ枠はもうない。日本を出ても住める国がなくなる。一生海の上を漂流するか?

 

今とにかくビザだけは取っておいて移住に必要な最低滞在日数は後でゆっくり稼ぐ、そんな話がこれから半年以内にあっという間に日本全体に広がるだろう。現実にその動きが当社への問い合わせで感じられる。

 

日本人が1万人やってくるだけでニュージーランドの経済は上向く。ぼくはこれからはニュージーランド経済のために仕事をするようになる。何故ならぼくは今週ニュージーランド市民になったからだ。この国の市民権を取得して日本国籍から離脱する。

 

日本が嫌なら出てけとか言われるが、はいはい、これで完璧に出ていきます。ぼくが嫌いなのは日本政府であり日本という故郷ではないので国籍は返納であるが日本を大好きなままだ。

 

国籍と民族は別だ、ぼくは日本人だが日本国籍ではない。国という言葉に惑わされて政府と故郷の区別さえつかないあふぉーにどうこう言われたくない。

 

日本にいることだけが日本人である証拠とか立派とか思って生活保護を受けるよりは海外に出て自立して誰の助けも得ずに逆に現地で雇用と納税を行う日本人として誇りを持って生きていきたい。

 

水曜日の朝、少し気持よく街を歩けた。今日からぼくもキーウィだ。



tom_eastwind at 17:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月29日

パイの配分

ニューヨーク州議会でインターネットの書き込みの匿名性を認めるかすべて実名にするかと議論になっているネタがあった。

 

僕自身は匿名でもありだと思っている。すべて実名にするとせっかくの良い考えを持っていても周囲や取引先に遠慮して発言出来ないこともあるからだ。遠慮せずに話す、その意味で匿名性は良いと思う。但しその匿名性を下記のように利用する場合は「残念な人ですね〜」と思ってしまう。

 

「ネガ言わない」にコメントがありました。

http://tom.livedoor.biz/archives/52085988.html#comments

--Posted by ああああ

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IP   :178.33.255.188

企業家だかなんだかしらねーが、

えらそうな肩書きならべて上からものいってんじゃねーぞコラ!!

しねくずが!!

バーカ!!

企業家だからっつっていばってんじゃねーぞコラ!!

くたばれカス!!

 

アホ!!

 

そんなに「企業家」って威張りたいなら

スクランブル交差点のど真ん中で「企業家」ってプリントされたTシャツでも着て

突っ立ってろ!!ぼけ!!

 

あと安いグーグル広告はりつけてんじゃねえwww

ケチな専業主婦のこづかい稼ぎのブログと同レベルwww

どこが企業家だよwwww

酒が入っているのか脳に何かのストレスが溜まっているのかは不明であるが、これはどう見ても電気代のムダ使いですね(笑)。安いグーグル広告を貼り付けているのは僕ではないし小遣いが入るわけでもないってのはわかってるブロガーなら常識だがなー。

 

1996年に会社を興してから様々な事件に遭って来た。2004年にクライストチャーチの労働組合騒ぎで巻き込まれたインターンシップ事件ではTV1の夜6時、10時、翌朝6時と報道され新聞社や他のテレビ局が取材に来て僕自身がテレビ局の取材を受けて「今回の事件についてどう考えているのですか!」とインタビュアーに突っ込まれ「あなた方は北半球では常識となっているインターンシップ制度をご存知ですか?」と聞き返すと相手は知らなかったようで「じゃ、あなたは倫理って言葉を知ってますか!」と言い出す。ガチいきなり本番である。

 

「倫理?聞いたことないですね」と言ったら相手はびっくりしたような顔をしていた。当然だ、お前らの倫理ってのは自分だけが良ければ他の人間がどうなっても良いって言う既得権益にしがみつく労働組合の倫理だろう、新しく社会にデビューしようとする若者を排除するだけのわがままな倫理ではないか、そんなの知った事かである。

 

当時家族が6時のニュースでお父さんがテレビに出てるのを見ると、みな「きゃっきゃ、お父さん、何やったの〜?」って笑われた。彼らからすればその程度か(笑)?

 

まあとにかく頭にきたのでクライストチャーチにすぐ飛んでいき地元カウンシル、労働局、移民局すべてに掛け合いに言って話をしたら「おまえのやってることは全て合法、けど相手が悪かったな、組合には勝てねーよ、しばらくじっとしとけ」だって。結局一ヶ月もせずにインターンシップを再開して今回は「NZ労働局及び移民局のお墨付き!」として売りだした。

 

当時うちと同じようにインターンシップを手配していた会社はうちのニュースが出た瞬間に自社のサイトからすべてデータを削除して「当社はそのような商品は扱っておりません」みたいな態度。そしてうちが再開すると彼らもウェブサイトを再開した・・・。世の中はこんなもんだろうなと思った。

 

それ以前もそれ以降も実に様々な問題に巻き込まれながら今までやってきた。税務署、移民局、労働局、地元日本人、日本在住日本人、おかげで随分と戦い方も覚えた。誰をいつ味方に付けておくべきかの距離感も身に付けた。

 

そんな経験の中で覚えたのは、結局ほとんどの人間は集団の中で作られたパイの自分の取り分が少ないと嫉妬をして他人の足を引っ張るが、自分がパイを大きくしようとする努力は全くしないという事だ。

 

奥さんにも指摘される僕の一番の欠点は嫉妬という感覚を持てない事だ。たぶん自閉症のせいだろう、他人が何やってるとかどうこうが全く視野に入らないのだ。パイを大きくすることそのものに楽しみを覚えるが他人が余分に取ってもあまり気にしない。いいじゃん、そのぶん自分がもっとパイを大きくすれば同じ事だと考えてしまう。

 

パイを創りだす自信はある。他人に配れるだけ大きくする自信もある。ないのは他人のふところに手を突っ込んでパイを奪う嫉妬心だけだ。

 

なのでこの丁度の書き込みは「かわいいな〜」としか思えないくらいだが、何だか残念。せっかくパソコン使えるのだからもっとその知識を自分のために前向きに使えないものかと思う。

 

社会に参加する皆が、漁師が海に出て獲ってきた魚の分配で嫉妬したり議論したりするより、もう一回海に出て漁が出来るように効率化する、そういう発想になれないものか、本気でそう思っている。



tom_eastwind at 16:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月28日

紙と生きる?

半年ほど前のNHKラジオ「文芸選評ー川柳」に流れた川柳だとあるブログで書いてた。

「所在なく 昨日を開く 休刊日」

「休刊日 なんだか孫の 来ぬに似る」

「休刊日 うろうろ熊の 檻みたい」

「恋人に 振られたみたいな 休刊日」

 

新聞業界は現在、新聞始まって以来の激震に見舞われている。売上の激減は日本だけではなく米国でも老舗新聞社が紙の発行は週3日とかにしようとしている。日本でも毎日宅配のビジネスモデルはすでに限界に来ている。

 

明治時代に始まった現在のような新聞の内容は新着情報と分析情報でありその「新しい」という部分はテレビの登場で新聞よりも早くお茶の間に情報が伝わるようになった。

 

それでも新聞社はテレビ局を新聞社の支配下に置き総務省が県別にテレビ局認可を出して情報の一元化(つまり情報統制)は出来たし、情報のもう一つの役目である記事分析や文化欄とかでテレビ局との違いを見せることが出来た。

 

ところがインターネットの出現で情報統制が出来なくなり広告主が既存媒体の効果に疑問を抱き自社が独自のウェブサイトを持ち広告をするようになると新聞広告欄はにこっと笑った女の子が人差し指を出して「詳しくはウェブへ!」となった。

 

これは誰もが分かっていた事態だった。媒体とは情報を伝える手段であり取材と分析が本来の新聞の目的であったが、いつの間にか記者の取材は手抜き、官報と大本営発表のみに堕して分析はその時その時の政治権力に合わせた提灯分析となったわけで、これではまともに記事を理解出来る読者からすれば全く不要どころか毒まんじゅうのような存在になってしまった。食ったら死ぬぞってやつだ。

 

ましてや媒体は手段であるのだからもっと有効な媒体が出ればそちらにシフトするのは当然の事である。ところが長年にわたって構築された新聞販売店、宅配システム、巨額の投資が行われた印刷所とその設備、そういったものがすべて一夜にして不要になってしまう。

 

長年にわたって新聞社で出世して来た人であればあるほど販売店などのずぶずぶの人間関係から離れられず、ここで切ってしまえば確実に倒産する販売店、なんとか自分の定年までは今の状態を引っ張っていけないものか。誰もがそう思って先送りにした結果として現在の新聞不況がある。

 

これはパナソニックやソニーがデジタル化によってそれまでの日本のお家芸であった「すり合わせ技術」が不要になったのにいつまで経っても時代遅れになったテレビ製造ビジネスモデルから離れられずに大赤字を出したのと同じクライシスモデルだ。

 

ところが個人レベルでもクライシスモデルが存在する。今も新聞とテレビの大本営発表しか情報源とせず統制されている自分は何も考えずに今朝のニュースで新聞が書いてた分析をいかにも自分が分析したように昼ごはんの時にとくとくと周囲に語って若い女の子から「きゃー、課長ってよくご存知ですね〜!」とほめられて喜んでいる人々だ。

 

団塊世代はこれからも紙に執着するだろうが彼ら約800万人がおそらく最後の紙媒体読者となるだろう。このような人々は新聞社が発行する紙を愛しているから新聞を手放すことが出来ずに上記のような川柳が出来上がるわけだから彼ら向けに追加料金で印刷してクロネコヤマトで送るって方法もある。

 

問題はここから見えてくる。人は成功体験にしがみつきいつまで経っても同じ事を繰り返し失敗を繰り返す。しかし白人ビジネスの場合は理論や数字で物事を考えることが出来るから途中まで失敗を繰り返してもどこかで引き返す事が出来る。

 

ところが日本人の場合は理論や数字ではなく神風が吹いたり一丸となって「竹槍B29」やったりして、そうなれる自分を「何て健気だ、おれは自分のためじゃなくて組織のためにこれだけ頑張っているんだぞう!」と自分が組織のリーダーとして理論的に解決すべき問題をいつの間にか精神論にすり替えてしまう。

 

そうやってIT業界のデスマーチのように前提となる要件がすでに変化しているのに変化に対応しようとせず全滅するまで徹底的に前進することだけが目的となり予定通り全滅する。

 

新聞が来なければむずむずするって言うのは感傷的には理解出来るがそれでは時代に乗って前に進むことは出来ない。時代は激しく変化する。その変化に一旦取り残されてしまえば原状回復するのは難しい。てか多くの人はその時になって「もういいよ、俺の年でさ、今更さ〜」とやってしまう。

 

けど、それでいいのか?残された人生は何十年あるのか?50歳の親父が「もういいや〜」って言って変化することを止めたらそこから30年間は世捨て人ですぜ。

 

新聞やテレビなどのビジネスモデルの変化は時代の流れと共にやってきた。止めることは出来ない。それを他人事と捉えて自分は手抜きの人生を送るのか?



tom_eastwind at 16:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月27日

ネガ言わない

最近の問い合わせの特徴として最初から自分で「これダメですよね、これもダメですよね」と自分で自己規制をかけていることが目立つ。

 

ネガ言わない。これが移住の基本。

 

ダメかどうかを何故情報を持たない自分で判断するのだろうか?もちろん客観的に「ダメな人」はいる。しかし僕が見る限りお問い合わせをいただく人の半数以上は移住可能である。

 

問題は方法論でありその組み立て方が日本的だから「ダメですよね」ってなるのだが、おいおい、君の移住したい国はニュージーランドであり方法論はNZの理論でいくべきじゃないかって言いたい。

 

そりゃさ、航空券買う金なけりゃ移住出来ない。点滴受けて動けないような病気であれば移住出来ない。日本で犯罪歴があれば移住出来ない。けれど逆に言えば、それさえなければ大体の人は移住出来る。

 

そして移住の目的が何なのかを明確にすれば取得するべきビザの種類も明確になり「ああ、それならこんなビザがありますよ」と提案できる。それなら今の状態でも取得出来るのだ。

 

ぼくの仕事はニュージーランドの法律的にはビザコンサルタントではなくライフコンサルタントという位置づけになる。何故ならビザコンサルタントの資格を取ると「やっちゃいけないこと」が業法で縛られるからだ。

 

他にも起業とか不動産を取り扱っているが、これもすべて現地の弁護士、税理士、不動産会社、医療法人など専門の免許を持った会社とチームを作って仕事をすることで法律面をクリアーしている。

 

どこの国でも同じだが、免許を修得するというのは「やっちゃいけないこと」を許容することになる。ところがぼくの仕事は世界でもあまり存在しない「道のないところに道を作る」仕事なので既存の業法で縛られていては動けない。

 

そこでぼくは自分で法律や不動産業や税務の勉強はひと通り行った上で、後は彼らを取りまとめてお客様の夢を叶える立場に立つ。彼ら「専門家」が薄っぺらい知識でどうこう言えば「ざけんなバカ!、この法律はこう読むんだよ!」って「ご進講」する(笑)。この際に大事なのは彼らの可愛らしいちっちゃなプライドを傷つけないことだ(大笑)。

 

そうやってお客様の移住の絵を描くのだが、時には社員からも「tomさん、それっていいんすか?」みたいな意見でも出る。あはは、いいんですよ、踏み込むってのは前に進むって意味だし前例のない世界にバンバン出ていくのだからネガで考えてたら何も進まない。

 

やるよ。そうやって今まで約250組の移住を成功させてきたし、99%成功させてきたし。

 

結局ぼくが仕事をしていて一番親近感が湧くのが日本の官僚だとすれば、今までブログをお読みいただいたい人からすれば「何じゃそりゃ?」と思うかもしれない。けれど国造りという意味ではぼくは彼らと全く同じ活動を行なっている。

 

彼らも道無き道を進んでいる。自分なりに歴史を理解して日本を良くしようとしている。その意味においては彼らは素晴らしい能力を持った4万人の集団である。

 

ただ、その方向性「まず国家を成長させて次に国民を養う」と言う発想には、ぼくはどうしてもなれない。つまりぼくは北一輝の方向性が嫌いなのだ。ぼくは、時間がかかってもいいから「まず国民を成長させて次に国家を成長させる」なのだ。

 

この点は好き嫌いの問題なので議論の対象にならない。

 

彼ら北一輝派閥は日本人人口比1%以下の東大法学部卒業の優秀な人材が残り99%のバカを操る仕組みが良いと考える。ぼくは、国民全体の底上げをしていきたい。どれだけ時間がかかっても、バカを減らす事で底上げをしていくほうが100年単位の視野では国家が安定すると考えている。

 

考え方の違いである。議論にならない。あとはどちらが実現性が高いかしかない。

 

自分が子供の頃から思ってた事、日本人が中国大陸に個人として進出してた事、中には馬賊となり中国人の為に活躍した人々がいる。

 

馬賊が良いのかとか中国大陸進出が良かったのかとか、いまさら素人と議論したくない。ただ一個だけ言えるのは、ネガ言わないって事だ。言葉は本当に言霊であり、口からでた瞬間にその人にまといつく。

 

ネガ言わない、その気持ちを持って移住を考えて欲しい。

 

 



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2012年05月26日

夢のお告げ

昨日も古い友だちと飲みに出たのだが珍しく一次会で終わらせて9時過ぎには自宅に戻った。と言うのも今日は朝から大事な会議があり頭をしっかり開店?回転?させておく必要があったからだ。

 

自宅に帰り「あらま、早いわね」という奥さんに「俺だって出来るんだもん」って顔でにこっと笑ってシャワーを浴びてすぐ寝たら、なんだか嫌な夢を見た。それは3〜5年を目処に北朝鮮と日本が戦争になる夢だ。

 

ぼくは予知能力はないけど足し算と引き算と集団心理というのは普通に分かる。まともに書けば10ページくらいのレポートになるが思い切り端折って書くと、それは現在の北東アジアが置かれている情勢から予測されることだ。

 

その夢は日本を中心とした北東アジアを空から見つめるところから始まる。

 

今年2012年はプーチンがロシアの大統領に返り咲きこれから豪腕を振るうのは目に見えている。彼らは南下して不凍港が欲しい。北朝鮮では金正恩が周囲の助けを得て指導者になったがまだ完全に軍を押さえていない。韓国ではイミョンパク後の大統領選がある。中国では習近平が首席となることはほぼ確定している。

 

つまり東北アジアの中露韓北朝鮮と日本を囲むすべての国が今年せーのどん!で指導者が変わったのだ。日本に彼らの国家で言うような指導者は存在しない、その代わり集団無責任短期交代型会議が長期間にわたって日本を支配している。

 

そして今年一番の役者が米国である。今年の大統領選で民主党共和党のどちらが勝つにしても米国が日本と韓国から撤退して第二国境線(グアム以東の放棄)まで下がりモンロー主義(米国単独孤立主義)が復活するのは明確であり、それは去年末の米軍の沖縄政策の大変化によって確認された。

 

つまり今までは対米従属主義で米国の不沈空母として中露に睨みを利かせていた日本が米国の後ろ盾を失い自立を迫られる事になった。そうなると日本で出てくる世論が「普通の大国になろう、軍備を持とう」だ。それはすでに海外派兵という形で進んでおり防衛庁は防衛省に格上げされて災害救助の自衛隊という形で国民に信頼を得る方針を取っておりそれは成功を収めている。

 

南進して北海道を欲しいロシアは最初は二島返還で平和的にいこうとしたがこれに対して積極的に受け入れなかった日本に対しては次は強硬策である。日本を太平洋の盾として使いたい中国。両国との貿易で国を豊かにしながらも国民と軍隊の不満を向ける先を考える金正恩。

 

彼はあるとき閃く。「そうだ!ロシアが北海道の不凍港を使えるようにして日本が独立国でありながら中国に朝貢するようになれば、ぼくちゃんの覚えは目出度くなるじゃん!」と考えて日本挑発を行う。

 

中国だって北朝鮮は自分の東北の属領くらいに考えているから米国の傘を失った日本を北朝鮮が挑発するのは今後100年の計を組むためにも役立つのであえて止めないしロシアも同様である。

 

そうなれば日本民族の個性として今まで米国という右側に振れまくっていた針がまずは真ん中、つまり愛国精神に一気に戻る。一旦日本に対して挑発行為が行われたら日本は理論的に計算した対応が出来ない。スピードメーターを振り切ったオートバイのようにものすごい勢いで突き進む。

 

ここで中国もロシアも常に誤解するのだが、日本人の一番の得意技は目的と手段をすぐ逆転させる事だ。つまり戦争とは本来自国の意志を他国に強制するための最後の手段であり、その手段でさえ結果的に他国を完璧に破壊したり国民を殲滅させてしまえば本来目的を果たせなくなるのだが、日本はそれが分からない。熱くなると目的を忘れて相手を叩き潰すまでやってしまい戦争という手段にのみ固執してしまう。

 

ここで思い切り端折るがこれはもう日本民族の持つどうしようもない個性としか言いようがないが、日頃は何の勉強もせずに不満は一人前にこぼして、そんな時に税金が上がったり仕事を失ったりでも政府に対してデモも打たないが他国が攻めてきたら我も我もと愛国精神満ちコさんになって武器をとって最前線で戦い後備では竹槍でB29を落とす訓練をするようになる。「高度1万メートルを飛ぶ爆撃機を竹槍で落とせるかどうか、それはキミらの愛国精神次第なのであ〜る!」

 

世界では国境を挟む両国の戦争は常に起こっている。最近ではタイとカンボジアがプレアビヒア寺院付近の国境紛争で軍隊が出動して発砲騒ぎになったのは新しい話だ。キプロス紛争では今だギリシアとトルコがお互いを不倶戴天の敵としている。

 

そんな中、戦後60年以上も平和が続いたこの北東アジアは、ある意味ではかなり高度な政治的中立が出来ていたと言える。しかしこの地域の指導者が一斉に交代して皆が自国民に対して影響力を行使したく、金正恩が自国の軍隊を抑えきれなくなった時にどうなるか?

 

これが日本が北朝鮮と戦争行為に及ぶ直接的理由であるがその後押しをするのが中国とロシアであり本来抑止役となる米国がいない場合、戦争が拡大する恐れがある。今までの北東アジアの均衡が崩れてそこに国内問題を北朝鮮が持ち込んで来たら何が起こるか?

 

ニュージーランドのような南太平洋の小島で他国が数千キロの海路を侵攻して戦っても得られるものは羊肉くらいしかないとすればまず現在の世界情勢でニュージーランドが戦争に巻き込まれることはない。

 

夢の中で韓国が見えなかったのは、この時点ですでに北朝鮮政策に同化しているからなのかもしれない。同化はしているが国境は今だ閉鎖している。今ここを開けてしまえば金正日がどれだけ嘘を言って国民を騙していたかが暴露されて民衆の怒りを生み出してしまう。もっと経済発展しない限り開放は出来ない。

 

1989年ルーマニアのチャウシェスク政権が冷戦終了後その北朝鮮を真似た独裁体制に怒った民衆によって反乱を起こされ国外逃亡寸前に逮捕投獄され妻と共に公開銃殺された事件が金一家の脳裏から今だ離れないから外国を見せるわけにはいかないのだ。

 

日本はまさに東北アジアで米国の「不沈空母」となり得るし逆に言えば中国の「太平洋の盾」となり得るしロシアの「不凍港」にもなる、まさに戦争銀座みたいな位置にある。北朝鮮は支配者が何もせずに国民の反乱で座して命以外に失うものがないならく外国に戦争仕掛けてひとりでも多くの道連れを選ぶだろう。

 

その時自立する道を選ばされた日本は愛国主義に走り北朝鮮相手に戦うのか、それはどこまで戦火が広がるのか?どうなるだろうか?ぼくらはどうすべきだろうか?

 

夢のお告げは朝6時30分の目覚ましIphoneで一気に霧消してそこで終わり。



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2012年05月25日

新日鉄が韓国鉄鋼大手ポスコを訴えた件について

新日鉄は何十年もの時間とお金をかけて作り上げた「方向性電磁鋼板」技術がポスコに不正流出したことで1000億円の賠償請求を行った。

 

事の起こりは最近の日本メーカーの技術者の再就職問題である。新日鉄の持つ技術は門外不出であり特許さえ申請していないブラックボックスである。しかしその技術を開発した技術者が中国や韓国のメーカーに再就職して自分の頭の中にある知識を再利用している。

 

これは2000年代初頭から始まった話である。日本の大手メーカーが1990年代に導入した人事制度=成果主義とか能力給etcの弊害を受けて50代で早期退職した技術者が中国で再雇用される例が激増した。

 

その背景には、中国企業は自前開発よりもすでに能力を持っている日本人技術者が欲しい、その為に日本と香港経由中国の航空券を手配し中国の空港から工場まではベンツで送迎を行い専属の通訳を付けて高級アパートを準備して生活に困らないようにして立派な肩書きを用意して、給料は日本でもらってた時より安くなるけど「頼りにされてる、存在価値を感じる」その気持良さが転職に繋がった。

 

当時、香港のバーで飲んでいると時々それらしきおじさんに出会うことがあった。「アレなに?」って店の女の子に聞くと「最近珠海のっxって中国系企業で働くようになったらしいですよ、英語も中国語も全然出来ないけどいつも通訳が横にいるので不自由ないし、単身赴任を楽しんでますよね〜、あのおっさん。あ、そうだ、いつもラブイズオーバー歌ってますよ〜」って回答だった。

 

そりゃまあそうだわな、地方の高校や大学を出て下積みを重ねて技術者として日本メーカーの最盛期を支えて来た技術者は現場のすべてを知っているし経営陣でさえ出入り出来ないブラックボックスの職場でまさに最先端の仕事をしている。

 

そんな人間をバブル崩壊後に「成果主義〜!」とか言って追い出したのは日本企業であり、彼ら技術者を迎い入れたのはまさに彼ら技術者の知識が欲しい中国企業であった。

 

技術流出と言っても技術者の頭の中にあるものまで日本企業が「独占的に所有」することは出来ず結果的に中国の電機業界では一気に製品仕様が向上して日本製品と肩を並べるようになった。当然だ、日本人技術者が製品仕様を作っているのだから日本並になるのは自明の理である。

 

技術流出が嫌なら日本企業は最初から技術者と雇用契約の中で「会社内で得た情報を他社で利用することは認めない」とか「業務上知り得た情報を第三者に提供することを禁じる」項目を入れるしかない。

 

ところが片方では「終身雇用は終わった、これからは成果主義であ〜る!」と言いながら雇用契約には業務内容を指示したり秘密保持条項がなかったりするからミスマッチ、挙句に技術者には道徳的に「情報を他社に提供するなんてしないよね」って勝手な思い込みで「成果主義〜!」と言って早期退職を迫る。

 

そりゃあんた、技術者としても道徳心はあるけど同時に首切られた会社に忠誠心は持てないよね。明らかな産業スパイ的な情報提供は別として今まで技術者として学んだ知識を次の会社で活かすのは当然でしょ。

 

今回のポスコ事件で笑えるのは、技術流出が発覚したのは韓国ポスコが中国の宝鋼製鉄を「「方向性電磁鋼板」技術を盗用した事で訴えた裁判で証言台に立った技術者が言ったのは「わたしが渡した技術は韓国の技術ではなく新日鉄の技術です」と証言した事だ。

 

笑えるよね〜、本当に今の三国関係を良く表している。世界でトップの技術を持つ日本企業の強みは実は人であるのに、その「人」を切ってしまい、技術者が中韓企業に引き抜かれて彼らが「日本技術」の「コツ」を伝えて中韓企業が成長して日本メーカーを食ってしまった、まさに笑うしかない話である。

 

今回の事件で新日鉄が学ぶべきは雇用契約の概念である。うちの会社は日本人だらけだがNZ企業であり雇用契約はかなりきっちりと作っている。採用の時はJob Description(職務内容)を明確にして年収で採用して機密情報保持契約も含まれている。つまり会社情報を第三者に提供したらOUT=犯罪ですよって契約だ。

 

日本人同士がそんな事するかって思うかもしれないが、NZのように人々が数年で転職するような国では必須の項目であり退職の際も機密情報保持に関しては必ずサインをもらうのが普通である。

 

つまり終身雇用制度を取って雇用契約を作らないか、随時採用で雇用契約をきちっとするかの違いなのに、日本企業の人事担当者は両方の都合の良いところだけ取って終身雇用制度じゃないのに雇用契約を明確にしないって「ずる」をしたもんだから、つまり自分が泥を被りたくないからこんな事態を招いた。まさに笑うしかない、天に唾をする話だ。



tom_eastwind at 15:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月24日

偽善者の群れ

日本も同じなんだな、昨日のブログを書きおわっていつものアゴラやBlogosを読んでるとこんな文章があった。

from tom iPhone

例えば、昨今の生活保護に対する執拗な批判や、マンガを読まない人達によるマンガ規制の要求など、自分と関係のない人達の権利に対してはトコトン強気に厳罰化や規制の強化を口にする。そうした姿勢をさも「私は社会派ですよ」とばかりに気取り出すのが、日本人の困った癖である。

Sent from tom iPhone

 

「社会派」ね〜。まさに非生産的馬鹿の集まりですな。

 

月収1万元以下の中国人が日本人を嫌いだとするのに対して1万元以上の中国人は日本人に好意的であり収入が増えれば増えるほど日本人に対する高評価が上昇するって調査があった。

 

ある人が「結局人種とか国家じゃなくて個人なんですよね、個人がしっかりと教育を受けてちゃんとした道徳を学んでいるかどうかなんですよね」と言った。まさに同意見だ。

 

バカは国家を超えて伝染する。てか人間の持つ「放置しておくと自然と悪くなる部分」を表面化させるのがバカだ。普通の人間は馬鹿にならないように教養を身に付け礼儀を学ぶ。だから常に自分に手入れをして気をつけておかないと馬鹿になる。その意味でバカは人間が背負った宿命でありバカにならないためには意識的に自分を磨く必要があり、それは国境に関係がない。

 

国家ではなく教育であり、教養があれば人種差別とか実に馬鹿なことだと分かる、だからまともな仕事をしている多くのキーウィは肌の色の違いを気にしないし隣に来た英語の下手な日本人家族を助けようとする。それは何のリターン(適切な日本語が思いつかない)も求めない気持ちであり歓迎、よく来たね、それだけでしかない。

 

このような直接的なリターンを求めない行動も大きな目で見れば実はリターンがある。それは人にやさしい国家が成立することで人が増えて都市が発達して最終的に自分の子孫が安定繁栄するという考え方だ。しかし殆どの「まともな人」はそんな何十年も先の事は考えてない。目の前で困った人がいる、胸が痛い、だから自然に助ける、胸のつっかえが取れる、気持ちよくなる、人間として当たり前の感覚、ただそれだけだ。

 

今年も多くの移住のお客様を迎えたが、彼らが一様にびっくりするのはキーウィの人柄の良さだ。仕事は別にして個人的に隣同士に住むキーウィは実に暖かくて新しく来た居住者を優しく迎えてくれる。「何故なんですかね?」そう聞かれて「何故そう思うのですか?あなたの生まれた街ってどんなとこだったんですか?」と逆に聞きたくなる。

 

日本にもバカが急増している理由の一つに教育の無力化があると思うが、それを個人的に防ぐためにはお金をかけて個人的に子供に教育を与える必要がある。しかしお金がない家庭ではこどもに教育を与えることが出来ない。

 

てか親がバカの場合はまず教育の重要さが理解出来ないから子供を無教養のまま放置する。その結果として子供は何の努力もせず怠けて他国の人々の悪口を言い隣の家の悪口を言い自分の仲間うちで傷を舐めあって慰め合う。

 

そういう連中が大人になると他人に見てもらいたくて自分のカッコを付けるために社会主義的な顔をして平等を訴えて子供の徒競走に「みんな一番!」とやる。そして行き着く先は他人叩きだ。

 

問題は、世の中は何故か常にそういうバカ層が圧倒的に多くてそいつらがマスコミに引っ張られて魔女裁判をやり法律を無視して馬鹿な騒ぎを起こすという事だ。この手のバカは勉強しなくて良いし努力しなくて良いし自分の間違いを他人のせいに出来るだけの面の皮の厚さもある。数の多さだけを頼りにお互いに信頼出来ないままに一部の人間をつるし上げにかかる。

 

中国では紅衛兵と呼ばれた糞ガキが1960年代に中国知識層を皆殺しにして愛国無罪とほざいた。

 

何も知らない十代のノーなしガキが毛沢東に踊らされて当時の知識層の自宅を襲撃して紐で縛り上げ頭に三角巾を載せられトラックで市中引き回しされて小学校の校庭で台の上に載せられて反省文を読まされて吊し上げられて、挙句に中国西部の山の中の強制収容所に連行された。多くの人は病気になって死ぬまで働かされた。

 

その結果として中国は20年近く近代化が大幅に遅れそれは毛沢東死後に小平が改革開放を断行する1970年代後半まで続いた。

 

次期中国リーダーとなる習近平も父親と共に一時文革の迫害を受けて下放された経験があるから、当時の紅衛兵が今中高年になってちゃっかりと共産党地方幹部の椅子に座っているのを見ればどう感じるだろう?ガキバカが大声出して知識層を叩きだして作った、結局何も生まない非生産的な文革とその勢威で地方幹部に上り詰めた中年バカ。

 

それはお隣の韓国でも同様で、今年韓国の最高裁で戦時中の賠償問題で「韓国政府が間違っている。韓国人は日本に対して賠償する権利がある」なんて言って、三菱韓国の資産凍結なんて話も出ている。おいおい賠償金はもうすでに支払っておりその金を当時の韓国大統領が自分のポケットにいれたからって、それ日本には関係ないよね、みっともない事は外に出さず身内でやってくれないかって感じだ。

 

バカは国家を超えて伝染するわけで、一番怖いのはこのバカが誰を魔女にするか誰にもわからないし魔女にされた瞬間に何を言っても通じず処刑台まで引き摺られて火あぶりにされるって事だ。

 

「あの家、何だか変よね、こんな時代に毎日成城石井でお買い物しててさ、もしかして悪いことしてるんじゃあないの〜?」みたいな主婦の井戸端会議から魔女狩りは始まる。

 

人々は正義の名を借りて立派な事を言うが実は偽善者であり、その偽善の狙う先は自分より豊かな人であり、徹底的に他人の足を引っ張り下ろして自分と同じレベルになるまで容赦しない。

 

まさにゴキブリでしかないがそのゴキブリが世間の95%を占めているのだ、そんなのを相手に理屈や理論で戦っても勝ち目はない。彼らに理屈も理論も通用しないからだ。大きい声の方が勝つのだ。

 

偽善者はあなたのすぐとなりにいる。学校のPTA役員かもしれないし町内会の役員かもしれない。自分が次の魔女狩りの対象にならないためには自分が常に誰かを魔女として訴え続けるしかない。

 

偽善者は貴方のすぐとなりにいる。



tom_eastwind at 13:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月23日

こたつの中の社会主義

日本にいるとやけに「格差がど〜の!」とか「不公平がど〜の!」とか聞こえてくるが、あのさ、あなたたち毎日の飯があるよね。清潔な水が飲めるよね。じゃアフリカの子供たちはどうでもいいのか?ウガンダで虐殺された数十万人の人々はどうでもいいのか?彼らは今日も満足に食べるものもない、汚れた水しか飲めない。

 

その原因も彼ら自身にあるのではなく17世紀以降の欧州による植民地政策の結果であり、その欧米に近づいて利益を得てきたのが日本であり、その意味ではすでに日本は全員が「富裕層」なのだ。富裕層の中で格差がどうのこうのっってのはコップの中の格差だ。

 

だからぼくらが本当にやるべきことは先進国であるぼくら日本がもっと頑張って上に行き世界全体を引っ張りあげる事だ。アフリカの子供たちが綺麗な水を飲めて学校に行けて活躍する機会を与えることだ。なのに今の格差格差って訴えてる連中は上に行こうとする人々の足を引っ張りおろして何の努力もせずに自分だけ利益を得ようとするハイエナのような連中だ。

 

要するに自分の利益に絡むときだけいかにも正義の社会正義のように格差とか不公平とか言うけど、そんなのは利己主義なんて言葉以前に薄汚い卑怯者でしかない。自分さえ良ければいいのだ、彼らの中には他の国に住んでいる肌の違う人種のことなど全く視野になく、自分さえ良ければいいのだ。

 

ぬくぬくと暖かいこたつに自分だけ足を突っ込んで「平等〜」とか「公平〜」とか言ってるけど、じゃあなたのこたつに他人が足を突っ込んできたらどうするのか?受け入れるのか?「ちょっとあんた、足どけてよ〜」そうやって格差に苦しんでいる人を追い出し不公平の渦巻く環境に押し返すのが実態ではないか。

 

自分では何も生産せずに努力もせずに他人が作ったものを食い荒らして世の中全体を低くしようとしている。平等という名のもとにがんばろうとする人間の足を引っ張って他人と同じレベルに下げようとしている。

 

本当の社会主義とは先に上に行ける人々が努力して出来るだけ上に行き下の人々を引っ張りあげて結果的に社会に参加する全員が平等に飯を食えて寝るとこがあって着るものがある生活にもっていき、衣食足って礼節をもてる社会にすることだ。

 

それを今のバカクソどもは人の足を引っ張って社会全体を落とそうとしている、平等とか公平という美名の下に。

 

「ニュージーランドは天国じゃないんだ、かと言って地獄でもない」ってのは僕のブログの最初の言葉だ。知ってる人は知っているThe Blue Heartsの「TRAIN TRAIN」から転写。

 

この国は天国じゃないんだ、日本よりちょっとましってくらい。ただ、自由はある。事前規制さえ理解して守っていればかなり自由に生きていける。それは間違いない。

 

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格はない」は探偵フィリップ・マーロウの言葉。原文は下記。

If I wasn't hard, I wouldn't be alive.

If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

                   Raymond Chandler

 

そう、例え社会主義国でも誰かがリスクを取って前に進まねばならない、弱音を吐いて「あれ出来ませんこれ出来ません、社会主義バンザイ!」ではなにも変わらない。怖いけどhardにリスクを取って前に進むってのは道のないところを歩くようなものだし誰もやった事がないからどうなるか分からない。それでもやってみる。

 

そういう行動を見て批判する奴は結局自分では何もしない。何も変えようとしない。そして奴らは優しくない。他人の言うことにNOと言えない自分をやさしいと勘違いしているが、優しさとは本当はNOと言える強さでもある。

 

昔、高村光太郎が「僕の前に道はない、僕の後に道は出来る」と詠った。学校で習った人も多いだろうがその字面だけ暗記するのではなくその意味するところをしっかりと理解して欲しいと思う。道のないところに道を切り開く勇気、日本人にはそのような気概を持って行きていって欲しい、とくにせっかく海外生活という道を選択した人々ならば。

 

少しいらいらした一日、同胞が同胞の足を引っ張る愚、“今日も暮れゆく異国の丘”で思ったこと。



tom_eastwind at 12:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月22日

ぼくも行くから君も来い、狭い日本にゃ住み飽きた!

いつも引き合いに出して恐縮だがニュージーランドでは歳入と歳出が透明であり払ったお金がきちんと学校や医療やセーフティネットにつながっているから税金を払う立場からしても疑問はない。うちの龍馬くんが養護学校に通っていた時はすべて政府負担でありさらに月2万円程度の補助もあった。

 

奥さんは少し困った顔で申し訳なさそうに政府から毎週振り込まれるお金を見ているのだが「うれしいけど、無理してもらわなくてもうちは自分できちんとりょうまくんの面倒は見れるのだけどな〜」これはシステムなので「断る方法」がない。

 

なのでそのぶん奥さんは近所の学校で寄付のチョコレート(子供たちが先生から預かってチョコを売り歩く仕組み)を配られた時はたくさん買うようにしてた。そのチョコは当然ぼくの会社の休憩室でスタッフの栄養補給に使われた。よく出来た循環システムだ。

 

2012年から2013年の政府予算は過去20年で最も緊縮、歳出増ゼロで対応している。2014年には黒字化を目指したいジョン・キー首相の英断である。それでは国民は経済的に困っているかと言えばそんな事はない、実際にオークランドのビジネスの現場に出てみれば分かるがレストランは次々とオープンしビジネスは増えて街に活気が溢れて、7月から始まるスクールホリデイに向けてオークランドからスキーリゾートであるクイーンズタウンへの便は次々と満席になっている。

 

この国のビジネスモデルは外国からの投資を受け入れることで国内産業を成長させる方法でありそのために永住権を餌にしている(笑)。餌とはあまりに率直な言葉だが、NZのような貧しい国ではビザを売ることは原価ゼロの一番儲かるビジネスなのだ(大笑)。

 

真面目に生きてきた日本人からすれば口をぽか〜んと開けるような状況であるが、それがNZという400万人の小国の生きのこる方法なのだ。

 

外国人にも理解出来る法制度を整備して後出しじゃんけんで騙すのではなくきちんと法治国家として事前に法律をクリアーしてればOK、その後に法律がどう変わろうとそれは関係ない、このあたりは非常に実務的に真面目にやっている。安全、安心、治安と教育と医療がしっかりしていればお金持ちからすれば「じゃあま、行ってみようか」そういう気持ちにさせる国づくりに励んでいる。これが小国の戦い方だ。

 

大きく分ければ日本はお上が支配する絶対的な徳治政治でありNZを含む西洋は誰もが法律という事前規制のかかった法治政治だ。法治政治においてはルールが決まっておりその中であれば新しいビジネスを作ることが誰にでも出来る。

 

けれど日本のような徳治政治においては事前ルールを作らず誰かが法律内の仕事をして儲かったとしても、その手口がお上の気に入らなければ大岡裁きで「悪人め〜!」とばっさりいくのが正解なのだ。つまりお上は絶対的に正しくそこには徳治政治がありぼくちゃんの言うことはまちがってないもんね、理屈?理論?そんなもん不要なの、ぼくちゃんが悪いと言ったら悪いの、がまかり通る。

 

僕は自分の主張として、何よりも自由が欲しい人間なのでその自由にどれだけの費用がかかろうとも自由を獲得したい。その自由とは非常に単純で「自分に選択の余地がある、その選択の幅は自分の能力次第」という事である。予めルールが分かっていればその範囲内で行動をする。

 

けれど徳治主義ではルールが決まってない。誰かが何かをやると後付のルールで「違反で〜す、たい〜ほ」となる。じゃあどうすりゃいいのか?今の日本では一般国民に自由を認めようとしていないので何をするにしてもすべてはお上の判断に従いなさいという事になる。逆らえば最初に来るのは税務署、次は警察、最後はタイーホだ。つまり自由を認めようとしていない、中国と全く同じ国家なのだ。

 

北朝鮮や中国よりましなのは、日本では「いきなり殺す」という文化がなくて「ここで詫びを入れれば家にも帰れるぞう、どうじゃ、大した事ではないではないか、一言、悪うございましたと言えばこの拷問から逃れて家族の待つ暖かい家に戻れるのじゃぞ」というお上の慈悲がある点だ。

 

けど僕が何よりも嫌いなのはこの「慈悲」である。ふざけんな!お前らいつから俺より偉くなったんだ、お前らに慈悲なんて言われたかねーよ!俺は自分の力でここまでやってきた、お前ら役人がリスクを取らずにぬくぬくと何もせずに人の懐に手を突っ込んでんじゃねーぞ!」と言うだろうな。自分の性格を変えることは出来ない。

 

だからぼくのように自由が欲しい(短気で怒りっぽい人種?笑)人々はこれ以上日本で我慢をする必要はないのではないかと本気で思ってる。

 

そこで今回の「大東南アジア共栄圏」の話に繋がるのだが、大きな企業が海外に出て工業団地を作ったりして、例えば今香港で約2万人の日本人が住んでいて彼らにサービスを提供するビジネスがある。シンガポールも上海も同様である。

 

そこでは散髪屋とか食堂、居酒屋、クリーニングなど手先の器用な日本人が出来る仕事が増えてくる。ならプノンペンで今から食堂をやればどうだろう?ミャンマーで駐在日本人向けアパート賃貸って仕事もある。

 

逆の例で言えば、例えば青山や赤坂六本木あたりでは外国人が外国人向けのビジネスを手がけている。不動産だけでなくバーから外人専用、外人が外国=日本に来ても時には自分の街に帰ってきたような雰囲気になれる店が成立している。

 

ぼくはニュージーランド移住の仕事をしているが、血気盛んな若者が規制の多い日本を飛び出して何かしようと思うのなら、それはニュージーランドではない。この国は家族が大好きな人々がゆっくりした空気の中で子育てを楽しみ家族一緒に毎晩食卓を囲んで週末には海や山に行って自然を楽しむ、そんな生活を望む人向けである。

 

戦前の日本でも血気盛んな若者は「僕も行くから君も来い、狭い日本にゃ住み飽きた」の掛け声で満州開拓団に参加したり南太平洋や東南アジアで起業して頑張った。彼ら若者からすれば当時は船旅であり一度日本を出れば次に日本に戻れるのは何年後か分からない、そんな環境の中でもリスクを背負って飛び出した。

 

サイパンあたりでは戦争末期になって民間船で日本に帰る民間人もいたがそのままそこに残って戦後米軍に保護された起業家もいた。彼らの仕事は散髪とか洗濯とかすぐに現場に役立つ仕事であり捕虜収容所でも重宝された。

 

今は東南アジアなんて飛行機でひとっ飛びだしシンガポールを中心にすればほぼどこの国でもカバーできる。これから数十年の成長を迎える東南アジアと、毎年の増税に給与引き下げを要求されて可処分所得もなく貯金も出来ず働き蜂の様に個人に生きていく日本と、どっちが楽しいだろうか?

tom_eastwind at 14:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月21日

南方進出だ! その1

5年後の日本が見えてきたと言ってもそこに至る国民負担の垂直なまでの下り坂はすごい事になる。ぼくが書いた5年後の日本の姿というのは表面的には穏やかであるが、実情は明治初頭の日本と同様に国家が国民におもいっきり負担を押し付けてくる時代でもある。

 

明治初期の日本は西洋化して東京では鹿鳴館で洋服を着た日本人が踊りに興じて文明開化を祝っていたが、地方では野麦峠のように農家の若い娘が命をすり減らして働き体を壊して故郷の村を見下ろす峠で兄の背中で息絶えた。

 

九州の島原地方からは生活苦の農家が娘を女衒(ぜげん)に売り娘は東南アジアに売り飛ばされほとんどの娘は一生日本の土地を見ることもなく現地で死んでいった。ボルネオのサンダカンに売られた日本人の娘たちを描いた「サンダカン八番娼館 望郷」は有名な話だ。

 

偶然だが今日届いた日経ビジネスは健保、厚生年金掛け金がこれから数年で労働者負担が激増しそのピークは2017年に来るというものだった。まさに5年後。日経ビジネスによると家計の可処分所得は8%程度落ち込むだろうって事。給料が下がるという第一給与の低下に加えて第二給与である健保・年金の負担が増大する。

 

そして現在の可処分収入レベルに戻ることは通常家族の場合は10年以上ない。これは実生活においてはすんげーパンチとなる。だって旦那の小遣いだけではなく家計全体にパンチを喰らわせるからだ。おそらく奥さんならピンと来るだろうが実は大増税なのだ。

 

パートの奥さんが年収100万円以内にして健康保険や年金の支払をしなくてよかったけど、これからは年間で14万円の負担になる。いくら将来年金がもらえるからって言われても、その年金システムが壊れて受け取り出来ないのでしょ、だったら払いたくないよね。

 

可処分所得が減少するという事は貯金が減少するって事だ。増税されて源泉徴収された手取り給与から家賃又は住宅ローンを支払い光熱費を払い電話代を払い子供の学費を払い食事を払ってしまえばお金が残らない。だからモノを買わなくなる。

 

消費者が買わなくなれば企業は困るので買ってくれるように更に価格を下げてくる、けど価格を下げる原資は当然人件費に跳ね返って来るから労働者の給料はますます下がるようになる。給料は下がり源泉徴収が増えるわけだから可処分所得が減少するのは当然だ。

 

そこに至る道程ではすべての国民に収入や資産に応じた負担を求める事になる。これは厚生労働省幹部も明確に「所得に応じた負担を求めるのは公正の観点から見て当たり前(ある官僚)」と日経ビジネスの取材に対して語っている。

 

つまり「金があるなら頂きますよ、出して下さいね、これからは様々な名目で新しい税制を導入しますからね」という明確なメッセージだ。それは収入に対する増税だけではなくすでに現在ある資産に対しても課税する資産税となる。

 

例えばあなたが今100万円持っていれば毎年3%、3万円程度を課税することにする。つまりあなたの貯金は今年100万円なのが来年は97万円になるのだ。毎年減る貯金、それが現実になる。

 

今政府内で検討されている社会保障・税の一体改革では65歳から74歳までの医療費と75歳以上の医療費を区別してそれぞれを健保組合に負担させることになっている。健保組合はこれからどんどん潰れていくだろう。

 

団塊世代は約800万人、1947年から1949年に生まれた人々がまさにこれから福祉の時代に突入する。そして彼らを支えるために現役世代はこれから30年間、様々な形で納税を要求されて

年収150万円時代、中国と同じ賃金レベルになるまで賃金は下がり続けるけれど税金は上がるのだ。

 

つまり簡単に言えばこれからの日本の労働者は日本政府に徹底的に搾り取られるためだけに休みも取れずに朝から夜中まで働きろくに年休消化も出来ず貯蓄はほとんど出来ず子供の給食費を払うのが精一杯で病気にでもなったら会社はクビになるかもしれないし将来の自分の年金がどうなるか分からない不安の中で生きていくしかない。

 

不安だから更に今の仕事にしがみつくようになりそれがストレスになりますます体への負担がきつくなる。父親の生きてた時代、1980年代は日本人がどんどん海外旅行に行ってたというがぼくらの時代では考えられない贅沢だって話になる。

 

親の持ち家があると言っても相続税は増税されて基礎控除は減らされるので結果的に親の家を売却して納税するようになるので親が資産を持っている者でも次の世代でなくなる。すべての人々が平等に貧乏になるのだ。

 

しかし外見から見た日本国家は随分としっかりしたものに見える。何故なら国家資産は豊富にあり官僚統制が行き届き国民の隅っこまで官僚や警察、税務署の目が行き届き、更に国民総背番号制を導入してすべての資産を把握するからだ。

 

スマートシティに住み仕事があり食っていけて、円高のおかげで外国製品は安く買えるが、その個人消費はすべて税務署が管理している。「所得に応じた負担」とはお金を持っている人からはお金を取り上げるという意味である。

 

スマートシティの中は昔の日本のムラと同じであり古い日本的なご近所付き合いが要求され古き良き日本が戻ってくる、誰もが平等であり同じような物を食べて同じような家に住み

 

この状況を好ましく思うかは個人の判断である。ある人は「いいんじゃないの、お金のある人がお金を出してお金のない人を助けるって当然よね」とか。ぼくもそれは否定しない、誰もが自分の考えを持つことは自由だ。

 

けどそれを政府から押し付けられて「あんた銀行口座にこれだけ貯金あるよね、じゃ来年から3%の納税よろしき!」と言われて「は〜い、納税します」ってのは違うと思う。少なくとも僕は奴隷ではない。納得出来れば自分のお金を出すが、どこに使われるか分からないようなお金を勝手に持っていかれては納得出来ない。

 

これから20年以上、政府に搾り取られる為だけに働きますか?あなたの子供をそんな時代の日本で生活させたいですか?長くなったのでここで一度切ります。

 

続く



tom_eastwind at 16:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月20日

古き良き時代の復活

これから地方大学は次々と閉鎖されるだろう。それは地方大学が教える程度の教育では中国の精華大学クラスで学んだ中国の学生に対して勝ち目がないからだ。

 

精華大学クラスを卒業した中国の学生は日本で言えば旧帝大クラスの能力に匹敵するし出世したい情熱においては10倍の違いがあるし四書五経を原書で読んでいれば日本の東大卒でも敵わないかもしれない。

 

高い学費を払って子供を駅弁大学にやっても昭和後期のようなネクタイを着けるような就職先がない。むしろ老人向けの理容師とかケアギバーとかのサービス産業が成長産業になるのであれば高校卒業の時点で専門学校に通わせて「手に職」を身につけさせた方が良いと思うのは親の自然の選択であろう。

 

おまけに若者人口は少子化であり、よほど特徴のある大学で無ければ生徒に選ばれる事はない。そうなれば大学は自然淘汰されていく。だから今大学に就職先を見つけたとしても潰しのきかない年になってから首になる可能性が高い。早いうちに違う仕事を探すべきだ。

 

工場は確実に海外移転をする。優秀な若者は海外に駐在して日本とのパイプ役になる。日本国内に残る産業はサービス業となる。何てかのんびりした、人のよい、戦前の日本の田舎のような国になるんだろうな。

 

散髪屋に集まったおじいちゃんたちが髪を切ってもらいながらおしゃべりを日がな一日楽しみ、皆がにこにこして昔の話に花を咲かせて「あの頃はさ〜、どこそこのゆきちゃんが好きだったんだよね〜」みたいなネタでわ〜っと笑いを取って・・・。

 

銀行に行けばたくさんの老人が整理券を持って自分の順番を待ち、30分ほど待たされて呼ばれたカウンターには40代の女性担当者が「はい、おじいちゃん、今日は年金の引き下ろしですか〜、あ、そういえばお孫さんどう?元気〜?」と言われ、おじいさんはそれだけが一日のなかで最高の時間であり胸の中に溜めていた「イイタイコト」をずっと話し続ける。

 

担当者も慣れたもので、予め上司から残高に応じて一人当たりっx分と決まった時間の中で話を片付けてにこっと笑い「は〜い、手続き終わりましたよおじいちゃん、また来月来てくださいな〜」と明るく声をかける。

 

40代の女性担当者に要求されるのはCDSやシンジケート投資などの難しい金融技術ではなく目の前にいるおじいちゃんを喜ばせて預金を積み上げる「キャバクラ嬢」としての能力なのだ。少なくとも駅弁大卒という肩書きがこれから必要になるとは思えない。

 

人口減少が問題というが、ぼくは人口400万人の国家に住んでいるから人口が減少して8千万人になるから大変と言ってる国の言い分がよくわからなくなった。日本は分権国家、1千万人を単位にしてそれぞれが法律を作ればいいのではないかと本気で思う。

 

8千万人もいるのに移民が必要か?日本にとって大事なのは「日本人的なもの」を守ることであり人口不足を外国人でカバーすることではないはずだ。これはおそらく外務省も同じ考えだと思う。日本人は人口が減っても次に地方都市に人口を集中させるスマートシティを作れば良い。

 

旧帝大のある地域を地域大都市として500万人単位の行政区にする。この行政区の中心には大学と大学総合病院があり人々の教育と医療を守る。自宅から歩いて10分程度で行き来出来る範囲内にちっちゃいクリニック(かかりつけのお医者さんがいる)があり小学校があり職場がある。

 

地方都市は50万人くらいが効率よいのでは?と思う。適度に都市化されていながら自分の先祖の墓とはそれほど離れていない距離だ。大都市に比べれれば行政サービスも少し劣るし散髪屋に集まる人々もいつも同じだが、それでも心地良いと思う人の住む町だ。

 

移民は良い意味での日本人精神を壊すと思う。少量を少しづつ受け入れるのは良いが、一気に移民導入はやめておいた方が良い。自分が移民として20数年海外で生活していろんな人々や国を見た結果として言えるが、日本に移民を急激に受け入れることは日本が寄って立つ根本を壊すことになるからやめたほうが良い。

 

個人的には移民としてやってきた外人が「ニポンのテンノーヘイカのソンザイは〜」って言われたら「ふざけんな、帰れ!」と言いたくなる。ぼくはNZの宗教に対する寛容さは好きだし、だから公共の場でこの国の君主であるエリザベス2女王に対しては敬意を払う気持ちは十分にある。

 

だから外国から来た外国人も最低の道徳として日本の天皇家を無条件に敬う気持ちを持って欲しいが、それは大量に移民が来てしまうと違う価値観で判断されてしまい違う国家になるのではないかというのが僕の嫌な点だ。

 

そういえば最近天皇陛下がイギリス訪問をされてエリザベス女王の記念式に参加したって記事を見たが「いいね〜、お互いに苦労して自分なりに国家を支えて、大したもんだ」と言いたい。少なくとも俺にはできんな。片方は自分のバカ息子が不倫してるのを良くコントロールしたなって思うし片方は日本の因習と闘いながら何とかじぶんちを少しでも開放的にしようって思いを感じる。

 

話はそれたがこれからの日本は5%の優秀な人々が残りの95%を率いる「徳治政治」になると思う。日本に民主主義は合わないと思う。普通の人々にとって給料は下がるしネクタイをする仕事はなくなるけど、でも今よりもっとのんびりした生活が来るとなればそれはそれで良いのではないか?

 

無理して心殺してポン大行ってJRの保線区で鉄道のレールを真夜中に修理するよりは、楽しい仲間と小学生の頃からチームを組んでバカやりながら高卒程度で就職して、手は油で汚れるけどそれでも飯が食えて周りに小学校時代からの本当に信頼出来る友達がいて、生まれた町で一生涯を終える幸せ、ありじゃないかな。

 

まさに江戸から昭和初期まで続いた日本的生活ではないかな。ある意味大東亜戦争で負けた後に米国から押し付けられた「民主主義」が日本をおかしくていると考えたらどうだろう。

 

日本人に西洋的民主主義は合わない、不要です、返上します、そういう時代が来るのではないかと思う。もちろん一度始めた民主主義を簡単に変更することは出来なが、換骨奪胎は可能である。

 

そしてどう見てもこれからの時代は換骨奪胎が起こりそうなのだ。その時にあなたの子供がどうやって職を得るか?どんな職を得るか?



tom_eastwind at 18:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月19日

大東南アジア共栄圏 大学は出たけれど

続き1

 

昨日は日本が取るべき大きな進路を考えてみた。中国包囲網というがどこも中国と本気で喧嘩をしようと思ってはいない。ただしこちらが強いという事を常に見せつけてないと、軍事力しか理解出来ない中国人はすぐにちょっかいを出してくる。特に中国は1979年にベトナムによるカンボジア侵攻の懲罰のためと称して本格的な戦争(中越戦争)をベトナムに仕掛けた経緯がある。

 

ある意味そのような戦争を起こさないための専守防衛的包囲網であり中国と東南アジアが対等に付き合う為に絶対に必要な東南アジアの真珠の輪なのである。(この輪に韓国が入るのかどうかは今は不明だ)これは国策としては非常に良い戦略だと思う。

 

しかしそれがそのまま日本に住む一般的な人々を個々に物質的に豊かにするかと言えばそうではない。昭和初期の日本は世界に冠たる大国であり白人支配を受け付けない国家であったがそれでも人々は不況に苦しみ「大学は出たけれど」という小津安二郎の映画が上映されたのは1929年である。

 

「大学を卒業したものの定職につけない徹夫は、故郷の母親に「就職した」と嘘の電報を送ったことから、母は婚約者(町子)を連れて上京。ふたりの嬉しそうな顔を見ると、徹夫はなかなか本当のことを言い出せずにいるが、徹夫の嘘を見抜いた町子は、徹夫に内緒でカフェで働き始めた…」

 

これから出現する「国境の長いトンネルを抜けた先」の日本は、まさに「大学は出たけれど」の時代である。当時の日本は帝国大学を出たほんの一握りの超優秀な若者だけが日本の未来を背負って東京に出て世界に出て日本の国威を発揚した。

 

少し話は古いが1900年代初頭の「坂の上の雲」で秋山兄弟は四国から東京へ、兄は中国大陸で、弟は日本海でロシアと戦った。石原莞爾は山形県の警察署長の息子として生まれ陸軍幼年学校を卒業、その後関東軍を率いて満洲国創設に貢献した。帝国陸軍の異端児としても有名である。

 

ある意味日本は平等であった。人々は個人が優秀でさえあれば出自に左右されず陸軍大将にもなれた。しかし残りの95%の「普通の人々」は時々故郷に帰って来る「秋山のぼん」と酒を飲むことはあっても自分が陸軍大将になれることはなかった。

 

それは今も同様であり貧しい家の子供でも東大法学部を卒業すれば日本を動かすような人物になれる。しかしそれは全体の一部、5%以下である。

 

この5%の若者はほんのひとにぎりであり95%以上の若者は父親が残した畑を耕すか丁稚奉公で働くしかなかった。四国の田舎で生活をして東京に出ることなど考えもせず一生その村で過ごすことが当然の時代であった。つまり完璧な二極化、固定化した格差があったのだ。

 

ただ偶然にも昭和の中期は残りの90%の人々もそれなりに幸せに生活が出来た時代があった。地方の三流大学を出てもそれなりにネクタイをして働く場所もあった。親の家はアメリカの豪邸に比べたらちっちゃいとは言えど世界の中で見れば設備の整った一軒家であり、自分も大学を無事に卒業出来ればどこかしら就職先があった。

 

一億総中流時代となり誰もが自宅に車を置きクーラーを買いカラーテレビを買って時々海外旅行に行く幸せを味わえた。青山でリクルートスーツ買って大学の友だちとやり取りしながら何とか会社に馴染んでいけば60歳までの人生が保証された。その後は年金生活で死ぬまで保証されていた。

 

だから何となく格差のない「一億総中流」というイメージが社会全体に広がり、昔もそうだったと思い込んでいるが、実は官民格差や能力格差のない国家社会主義的な時代が実現したのは1960年代以降1990年までの30年間なのである。

 

現在はまたも「大学は出たけれど」の時代が始まった。この一番の原因は「国際化」だ。普通に大学を卒業して就職出来るはずの会社の業務は中国やインドの優秀な若者に奪われてしまい、中途半端な大学を卒業する若者の将来は全く保証されていない。

 

そうなると大学を卒業する理由さえあるのか?基礎的学問を高校まで学んで、18歳で社会に出て働くほうが良いのではないか?

 

もちろん最優秀の5%の学生は旧帝大+早慶など優秀私立に行けば良い。しかしそれ以外の駅弁大学に行く価値はあるのか?子供が大学に行く4年間に金がかかるしその間子供はなんの生産性もない居候状態である。親が苦労して工面して作ったその金を払って得た大学の知識は実は社会では一生使い物にならない。

 

ならば普通の能力の人間であれば高校を卒業したら看護婦になるとか美容師になるとか自分の好きな専門の仕事を選ぶべきではないだろうか?だって普通に駅弁大学卒卒業しても就職出来ないし役立たず、ならば大学4年のムダな学費を使わずに社会に出た方がよほど良いと思う、

 

たぶんこれから国家が要求している国民ってのは、そのようなサービス産業を成長させることなんだなって思う。世の中のトップ1%に入れないのであれば最初から大学など行かずに専門技術を身に付けていくべきではないか。

 

*日本から戻ってきて山積みの仕事とお客様の訪問などでブログの更新が遅れてます、日頃お読みの皆さま、済みませんです、これからしっかり更新していきます。



tom_eastwind at 17:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月18日

大東南亜細亜共栄圏 遙かなるメコン

シンガポールからバンコクに向かう飛行機の中でフライトフィフォメーションを見ているとだんだんヘンテコな既視感がしてきた。あれ?この逆三角形のインドシナ半島、東はベトナムから西はミャンマーまで一本の横線が見えてきた。

 

そうすると今年4月21日の日本政府による発表に繋がる↓

日本と東南アジアのメコン川流域5カ国による日メコン首脳会議が21日午前、東京都内の迎賓館であり、共同文書「東京戦略2012」を採択した。来年度から3年間で約6千億円の途上国援助(ODA)を日本政府が行うなどの支援策が盛り込まれた。日本が支援する対象事業の総額は2兆3千億円。高速道路や橋などの交通インフラ整備によって域内の「連結性」を高めて経済成長を後押しし、日本企業の進出を促すねらいがある。

 

次につい一週間ほど前のシンガポール地元の話↓

パナソニック日本工場を東南アジアに移転のニュースがシンガポールの日本人社会を駆け巡り、まさにその晩パナソニックの担当者の方の顔を見て、いろんな企業の駐在員がニコニコしながら「これからはシンガポールを中心とした東南アジア圏の時代だ、インドなんかに今行かされたらいつ帰ってこれるかわからないからな〜」とのちょっと酔ったダミ声。

 

なるほど、地球という規模から見ていけば自然な流れがここにある。21世紀が三極化されるってのは何度も書いたしアジアはひとつの塊になる、その時に中国とどう対応するかが日本の戦略の要であると分かっている。

 

人口12億人の中国とまともに戦って勝てる国などアジアには存在しない。けど発想を変えてアセアン(東南アジア諸国連合)+日本と考えればどうだろう?総人口数は8億人近くあるし日本にはまだ資金がありアセアンには真面目でよく働く若い労働者がたくさんいる。資金と労働力をひとつにする。更に自国で製品を作り自国で消費する地産地消が可能になる。

 

ミャンマーの人口は約4700万人、カンボジアでも約1400万人の人口がある。彼らの給与は中国よりも安く価格競争力のある製品は十分に中国製品に太刀打ち出来る。品質面で言えばMADE IN MYANMERの横にPRODUCED BY JAPANESEと入れる事で品質面でも優位に立てる。中国製よりも安いPANASONICがあればどうだろう?

 

米国は製造業に戻ろうとしているから米ドルが強くなる可能性は少ない。日本円が高いのは製造業が海外に商品を売る際には不利でも、そのお金を使って海外投資をすれば1ドル120円の時と比較して30%以上有利になる。ならば日本は製造業の中でも水や電気を使う中流下流の部分は東南アジアに移転させて技術開発研究と言った上流だけを日本に残せば良い。電気を使わなくなれば原発も不要だし水を使わなければダムも不要だ。

 

思えば家電などの製造業が軒並み赤字決算発表したり「これ以上円高が続くなら海外に出る」と息巻いていた企業の社長は予めこの路線を見据えていたのではないか。ある日突然出ていくのではなく、状況が出ていかざるをえないではないか、だから雇用は海外に流出するけど我慢してくれって事を既成事実として作り出す。

 

では受け入れる側の東南アジアのメリットは?これはひとえに対中共同防衛網である。この事を考えるときに大事なのは歴史である。例えばベトナムはここ百年はフランスに支配されたとは言え古代から常に最大の脅威となっていたのは中国であった。

 

越南というベトナムを意味する漢字は中国の領土を更に「南に越えた」地域という意味だ。中国の侵略の脅威に常に耐えて来たベトナムからすればメコン川一体の国家が協力して戦えるならありがたいことだ。

 

実はベトナムとカンボジアもしょっちゅう国境を挟んで戦争をしている。タイとカンボジアも国境を接して実弾撃ってる。シンガポールとマレーシアはお互い反目しあっている。けれどそれらすべての国と全く国境を接してなくて中国と違い自国を侵略するのではなく自ら進出して自国の技術を提供して支援をしてくれる心の優しい人々であれば各国の調停役としてもまさにうってつけではないか。

 

資金は出して高速道路や鉄道を作ってくれる。自国の工場を移転させて地元の若者を教育して採用してくれる。侵略はしない、自立を促してくれる。そう考えればアセアン側からすれば中国包囲網の要としてぜひとも三顧の礼で迎えたいところだろう。

 

手元に一枚の写真がある。グアム、サイパンに進出した日本は地元の歓迎を受けながら農業や漁業を発展させてサイパンの日本人は約1万人が敗戦の日まで地元の人と共に島で生活をした。

 

そう、日本人は何故か他国を侵略するという発想を持たず彼らの自主独立を支えていく性質を持っているのだ。そしてそれを知っている東南アジアの人々は、英米軍によって一度追い出された日本人を再度受け入れてくれるのだ。

 

けれどそれは日本人全体を豊かにするという事ではない。これから日本に起こるのはさらなる二極化である。片方は「大学は出たけれど」という映画の主人公のように、少々優秀でも大臣になれない学生は失業、片方では帝大を卒業して「末は博士か大臣か」と呼ばれるような飛び抜けて優秀な一部の人材か?どちらかになる。

 

つまりこれからの日本に起こるのは中流から下流の製造業がすべて海外に出ていってしまい日本に残る仕事は本当に高度な最新先端技術開発者か、彼らの為にパンを焼いてお弁当を作って毎日の国内需要を支えるサービスワーカーのどちらかになるのだ。



tom_eastwind at 15:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月17日

バンコクの雨

シンガポールでの仕事を終えて朝早い便でバンコクに移動する。この日のバンコクへの約2時間のフライトは快適だったが到着時は曇だったのが黒い雨が近づいて来て一気に土砂降りになった。

 

高速道路を時速100kmで移動中、一部の区間では車がフワって浮いたり途中に水溜まりが出てきたり、危ないな。高速道路は香港の熊谷組が受注したって聞いた事があるんだけど、もしかしてこの区間は韓国企業に発注したのか(笑)?

 

シンガポールでも最近出来たマリーナサンズが開幕当日に大停電を起こして冷房のない部屋で一晩を過ごすことになった世界中から来た国際会議参加者が「ぼけ〜!賠償金払わんかい!」と怒ってたが、これは韓国企業の建設だ。

 

その後すぐに日本企業が修理をしたという話を聞いたが、他にも韓国企業の場合は実績が欲しくて赤字で受注するんだけど実際に建設する時は企業努力で合理化(手抜き)を行い最後にはデスマーチとなる案件が多い。海外に出たいのはよく分かるが建設は安全第一である。自分の家族を住まわせる気持ちで作ってもらいたいものだ。

 

あ、そうだ、ぼくが何故韓国や中国を非難しないのか、領土問題とかあるじゃないか、そうか君は親韓親中なのか?とコメントが来た事を思い出した。

 

ぼくは韓国や中国と対等に仲良くしてきたい。価値観も地理的にも欧米諸国より近いしあえて「近くて年中口喧嘩してて領土問題を抱えているから」って感情的になる必要はない。もちろん問題があればきちんと整理して話し合うべきだろうしその手の喧嘩が嫌いではない。

 

中国政府が自分たちの問題をすり替えた「江沢民の反日教育」のおかげで関係ないこっちまでとばっちりを食らって随分頭にくる話ではあるが、こちらが取るべきは大人の対応であり相手と同じレベルに陥ってはいけない。

 

「中国政府や韓国政府による反日教育を受けた若者」」がそれでも何故日本文化を好きになり日本人を好きになってくれるのか?現実的に考えてみればそれは日本人の道徳の高さや礼儀正しさ、嘘をつかない文化、他人を大事にする文化があるからだ。

 

そのような文化が自国にないことを知っている若者は必然的に日本を良い国と見てくれる。一段上の位置にいる日本が大局で利益を得ているわけであり、目先の問題でいちいち反応して自分の位置を下げる必要はないしすべきでもない。

 

多くの問題は外交的に解決可能だし引き伸ばし可能だし話し合いが出来る状態にある。それを何故僕らが自分たちの品位を下げてまで安定した状態を壊す必要があるだろうか。

 

「中国だから嫌い」とか「韓国だから嫌い」など僕の脳みそにはない。海外で20年以上生活して香港でも6年生活して中国人のイヤなところも普通の日本人以上に見ているが、ニュージーランドに来てしまえば皆アジア人だ。ぼくらが喧嘩して喜ぶのは西洋人である。彼らに東洋の猿と言われたくないからだ。

 

しかし、だからと言ってそれはニコニコするだけで何の戦略も持たずに彼ら中韓の人々にやりたい放題にさせるという意味ではない。相手と平等に仲良くなるためには絶対にこっちの実力を見せつけねばならない。

 

言葉でどうこう言っても無意味な場合は実力を見せるという意味でそれが相手をねじ伏せるのならばいつでも遠慮なくそうするだろう、その意味においてはたぶんぼくは普通の日本人以上に過激な行動を取る方なので。コメントをくれた方、ご心配なく(笑)。

 

ところで本題に戻る。

 

「今は雨季なんですよね〜」そう言われてふと目を上げて車の窓から外を見るとたしかに真っ暗な空から強い雨が降っている。こんな時にいつも思い出すのは大東亜戦争だ。

 

大東亜戦争当時、日本軍はシンガポール「昭南島」から英国軍を追い出した。そしてその後もインドネシア、マレーシアなどを植民地としていた欧州勢を追い出した。今から見れば日本の政策も東南アジアを欧州支配から解放するって部分まではOKだったと思う。

 

実際に当時の日本では様々な考え方は存在したが基本的にアジアの自立であり植民地支配からの解放であった。戦いそのものには大義があり現地の人々も日本軍に協力して自分たちなりの独立を進めていった。

 

結果的に日本が米軍に負けて日本は撤退したがインドネシアなど一部の地域では日本兵が地元独立派軍隊に義勇隊として参加してアジアの独立のための大きな礎となった。日本は戦後米国や日教組=中国の傀儡に押し付けられた偏向した歴史教育を刷り込まれてしまい日本が悪いことをしたと学んでいるが、実際には中国以外の国では日本は好意的に受け入れられている。

 

それにしても日本軍は現場では強かった。当時世界で最も戦闘能力を持った部隊と言って良い。では何故戦争に負けたか?それはひとえに軍隊という組織のトップが戦争立案能力において無能であったからだ。

 

何故無能だったか?それは長い間本格的な戦争を経験しなかった日本軍内部では上部にごますりをする連中が出世して耳に痛い直言をする部下は予備役に編入させられ上に行けば行くほど無意味な精神論とごますりと他人の足を引っ張る者ばかりが残り結果的に組織として戦争を出来る状態ではなくなっていた。

 

これは日本軍に限らず現在の多くの日本企業でも同様の状況だろう。現実を見る。出来る選択肢を考える。最良の解を出す。そのために日頃何をすべきか、そういう事を把握している社長がどれだけいるだろうか?

 

ぼくの父親がニューギニアに従軍して大本営の無謀な作戦に振り回されたが、この時ニューギニア島に送り込まれた日本軍及び軍属は約20万人、無事に日本に帰国出来たのは約2万人と言われており生存率10%の戦場だった。

 

最近民主化されたミャンマーは日本軍がインパール作戦を実行した時の出発地点となったが、約8万人がまさに3月から7月まで雨季のビルマからチンドウィン山脈に送り込まれ途中に補給なく奇跡的にコヒマの戦いで相手の陣地を一時期奪うことが出来たがその頃にはすでに武器も弾薬も食料も尽きて3個師団はほぼ壊滅状態になり約1万6千人が帰還出来た。

 

結果的に自壊した三個師団はそれぞれ撤退を開始した。この詳細は高木俊朗の「インパール作戦」に詳しいが、日本軍が歴史上初めて抗命を起こした事件でもあった。

★ウィキより抜粋

現状を正確に認識して、部隊の自壊を危惧した第31師団長・佐藤幸徳陸軍中将は、「作戦継続困難」と判断して、度々撤退を進言する。しかし、牟田口はこれを拒絶し、作戦継続を厳命した。そのため双方の対立は次第に激化し、5月末、ついに佐藤は部下を集めて次のように告げた。

余は第三十一師団の将兵を救わんとする。

余は第十五軍を救わんとする。

軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつあり、即刻余の身をもって矯正せんとす。

さらに司令部に対しては「善戦敢闘六十日におよび人間に許されたる最大の忍耐を経てしかも刀折れ矢尽きたり。いずれの日にか再び来たって英霊に託びん。これを見て泣かざるものは人にあらず」(原文のふり仮名はカタカナ)と返電し、61日、兵力を補給集積地とされたウクルルまで退却、そこにも弾薬・食糧が全く無かったため[33]、独断で更にフミネまで後退した。

★抜粋終了

 

この戦いの悲惨さは戦死した兵士のうち殆どが飢餓とマラリアであったという点だ。そのような状況に対して710日当時司令官であった牟田口は、自らが建立させた遥拝所に幹部を集め、泣きながら次のように訓示した。

「諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…」

 

大和魂と神州、こんな事を軍司令官が口にだすようになれば終わりだ。同じ司令官でも日露戦争当時の日本軍は新聞記者が「もっと戦え!」とけしかけたのに対して「わしらは大砲の数と相談しとるんじゃ!」と現実的であった。

 

ホテルのバーで出張最後の夜を過ごす。お供はいつものクラブハウスサンドイッチだ。スターウッドグループのクラブハウスサンドイッチって、どこのホテルで食べても同じ料理法で食材だ、まるでマックみたいだな。

 

近くの席でアメリカ人がはしゃいでる。お前ら自分たちのおじいちゃんが何やったか知ってるのか?思わず聞きたくなる。うるさいラップ音楽が耳に痛くて席を移った。

 

今回の出張で気づいたことがある。今後5年間で起こるだろう日本の出来事だ。今までの10年間もほぼ予測通りの動きであった。これから5年で起こることはここ1年の日本政府の動きと一致している。明日から数日に分けて書いてみる。



tom_eastwind at 23:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月16日

シンガポール

この時期のシンガポールは真夜中から朝方にかけてホテルの部屋の窓を叩くような強い雨が降る。シンガポールでは3日滞在したが、ここは街としては暑すぎるし規制が厳しいので長期で住むにはぼくには辛いかも。けれどいろんな最新情報が転がっており、その意味では勉強になる。

 

明石(あかし)という日本食レストラン(居酒屋兼寿司屋)がホテルから歩いて2分のところにあり、ざっけないけど料理が美味いので今回も昼飯2回。働いているスタッフは全員シンガポール人かマレーシア人だ。和服を着てるけど身のこなしはどうしても日本人ではないな、オーナーもシンガポーリアンの不動産投資家とのこと。

 

それにしてもこのざっけない作りで地元のお客は喜んでやってくるわけでは、それは料理が美味しいからというよりも自分を偉く扱ってくれるからだとさ。シンガポーリアンはどうもおだてに弱いらしい、次回の訪問時には2メートルくらいの木を持って行こうと思う、豚も褒めれば木に登るというそうだから(笑)。

 

いやさ、人種差別は大嫌いなぼくだけど自己管理が出来ない奴も嫌いなんだよね。そりゃさ、妙齢の女性なのに小太りでべた靴でがに股でそっくり返って歩き「あたしゃ客よ偉いのよ」ってのには、先天的な問題よりもシンガポールがここ10年で急激に成金を生んだとしか思えないのは僕だけではないだろう。あと10年後、リー・クワンユーが死んだ後に必ずしっぺ返しが来るぞ、その時にこの連中が生き残る道は限りなく少ないだろうな(笑)。

 

ところがそのような店でもお客の中には時々とびっきりの可愛い子がいたりする。どう見ても遺伝的に有り得ない綺麗さであり「あれってミュータントですか?」と地元に住む日本人に聞いた。

 

そしたら彼女笑って「あれ全部タイランドからの女性ですよ、エンターテイメントビザでやってきて寂しいシンガポーリアン男性の心を癒しているんですよ〜」だって。なるほどな、心寂しい日本人男性がフィリピンバーではまるのと同じなんだな、妙に納得した(笑)。

 

たしかにあの木に登る豚のような気が強いだけで能力の低い地元女性を選べと言われれば政略結婚でない限りシンガポールの男性からすれば「いやです、タイ女性がいいです!」もありかも。

 

ちなみにこの「能力が低い」というのはシンガポールで弁護士や税理士、一般企業の役員と言ったそれなりの地位にいる女性が話す内容を聞いているからだ。あふぉじゃんって思うくらい自分の事ばかり喋ってて、早く仕事の話しようよっていらいらさせる。伝聞証拠ではなく直接見て聞いてあふぉ=って思ったので書ける。あ〜日本人に生まれて日本人女性を好きになれて良かった(笑。)

 

ちなみに個人的には日本でもフィリピンバーに行った事ないしそれは香港にいた頃でもシンガポールでも同じで、ぼくはどうもその方面にはあまり興味がないようだ。

 

さて本題。シンガポールにはワーキングホリデイビザを取得して中国標準語(マンダリン)を学びに来る学生も多く、彼らはアルバイトとして日本食レストランで働いたりする。

 

彼らと話してて偶然だが広東語の発音の話になった。シンガポールでも広東語は使われているがマンダリン=標準語を学ぶ学生には理解出来ない。「あのですね、言葉の最初にンゴイっていうんですよね、あれって何ですか?」

 

「それはこう言う発音で〜」と彼らの遭遇した場面を想像しながら広東語の言い回しにすると「ああ、なるほどですね〜、標準語の方言だったんですね、そんな感じだったですよ」

 

おいおい広東語が方言かい、香港人マジ怒るぞ〜(笑)?う〜ん、何と答えてよいやら。現在の中国を千年前の漢民族や清民族と同じと言えないし更に3000年前の中原の時代の民族を持って中国人とも言えない。歴史を読めば分かるが、中国はその中身=地方性?民族性?人種?をすべて入れ替えながら中国を維持しているのだ。

 

例えて言えば人間の体と同じで、人間の体を構成する細胞は部位によって数日から数ヶ月ですべて入れ替わる。つまり今ここで生きている君は肉体的には1年前の君とは全く別物であるけど遺伝子が昔の君を覚えているので外見的には何も変わってないと見えるようなものだ。

 

中国という土地が持つ「気」は崑崙山脈から発して世界を支配しており、どのような民族がその土地に入り込んでも結果的に中華民族へと変化してしまう。清朝は本来は漢民族ではないがいつの間にか中華民族に同化してしまう。

 

つまり元々中原に住んでいた民族はいつの間にか滅びてしまったが中国の遺伝子は侵略者の体と心に植え付けられて新しい中華民族として本能的に領土拡大を図るようになる。

 

そして中原と呼ばれていた場所はだんだんと領域を広げて西暦800年ころにはすでに広州から雲南地方、そしてベトナムまで支配するようになった。この頃あたりに中原で使われていた言葉(おそらく現在の標準語)と広西広州などの地元で使われていた言葉が混合して広東語になったのかな。現在では約8千万人が使用する言語である。

 

例えば日本語でも和語と漢語がある。目、腹、糞、などは漢語には存在しない。中国から伝わった言葉と地元の言葉が混ざって現在の日本語を構成している。中国の中でも同じで広東語の「食べる」は「食(セッ)」だが標準語では「吃(チ)」だ。明らかに違う。だからぼくらの住んでいる東南アジアの言語は何が語源かを明確に示すことが出来ず、クレオールってか、極端な話ムー大陸伝説まで行き着くかもしれない(笑)。

 

このブログはタイのバンコクのホテルのバーで書いているが、ここでも広東語が普通に飛び交っている。むしろシンガポールでの使用頻度より多いのではないか?

 

いずれにしても誰もが自分の言葉には誇りを持っていて「お前のってさ、うちんとこの方言だよね」って言われて笑って喜ぶバカはいない。言葉、TPO,時と場所と状況に応じて使い分けましょ。



tom_eastwind at 14:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月15日

思考の的を絞れば

★抜粋開始

(人間は)思考の的を絞れば、ほとんどの夢や目標を達成することが出来るということだ。結局はあなた自身があなたの人生に対して責任がある。あなたが自分で、自分の思考の世界を自由に創造しているからだ。

あなたは自分で決める力があるのだ。世界は自分が考えるようにあるのだから、あなたがどのように考えることだけが重要だ。いつでもあなたの思考によって、今の貴方にとって最も都合のよい枠組みを作る事が出来る。

★抜粋終了

 

ドイツ出身のマジシャンが書いた文章だ。最近読んだ本で個人的に「あ、そっか〜!」と腹にすとんと落ちる内容だったのでその部分だけメモっておいた。

 

それはこの本が自分が今まで「不思議だな何故だろう?」って思ってた事を非常に簡明に本の中で説明してくれたからだ。旅先に持ってきてないがオークランドに戻り次第ご紹介したい本である。

 

以前も何度か書いたことだけど、ぼくはオークランドにいる時は普段は夜の9時過ぎにはベッドに入る。そして朝の3時には目が覚める。この状態で考え事を頭の中にデータや文章として放り込むとびっくりするほどの速度でワードファイルとエクセルファイルが融合して、何が問題でどうやれば解決出来るのか、解決のキーワードは何なのかが分かる。

 

昭和の頃の日本だと「夜中に起きてアイデアがあれば枕元の紙に書いて〜」という人はたくさんいた。今のようにパソコンもない時代で世の中の速度は今よりずっと緩かった。だから今と比較すればストレスもなくきっちりと睡眠が取れてなおかつ考え事をする時間もあったのだと思う。

 

ぼくの場合は紙に書く必要がないようだ。夜中に作った大きな絵?図?を結構明確に細部まで記憶しており、下手に目を開けて体をちょっとでも動かすとこの状態が壊れてしまいそうで嫌なのもある。

 

目は冷めているがリラックスしていて、心地良く安静で調和の取れている状態。この状態は潜在意識にアクセスするのに最適な状態である。(アルファ波)

 

どうやらぼくは朝の3時にこのアルファ波という状態にいるようだ。だからいつの間にか自分の潜在意識の中にアクセスしてそこで自分が望む世界を作る為の方法を引っ張りだしてくるようだ。

 

メンタルトレーニングは自分を鍛えるのだが、それは筋肉運動ではない。精神運動だ。まず最初に「今晩のネタはこれにしよう」と決めて一旦眠りに入る。夜中に目を覚ます。ゆっくりと自分をどこかの場所に置く、または自分の体を空に飛ばす。どこでも良い、月の裏側でも(どうせ見たことないし)良いし(笑)。そこで大事なのは決して自分を強制しないって事だ。自由に飛ばす、するといつの間にか心が自由にあっちに行ったりこっちに行ったりしだす。

 

次のポイントは巡りあうものすべてに興味を持つ、意識するって事だ。だから最初に頭に入れたネタが出てこなくても気にせずにとにかく心を自由にする。そうやってしばらく飛び回ったりしていると出会ったいろんなものからいろんな意識が伝わってくる。

 

その意識に耳を傾けながら自分の目標を明確にして道を探す。道を探すっても無理をしてどうこうではなく目標(ネタ)を設定してそこに至る道はどこかな〜って心を透明にしながら飛んで回る。

 

そうしてしばらくすると最初に用意しておいた目標にたどり着き、そこからはPCワークのように数字をあっちに置いたりこっちにおいたりして具体的な道筋を作り上げる。この時にはエクセルファイルとワード文書がすでに頭の中に出来上がっている。

 

ぼくが企画書を作る時は大枠は会社の机で作るが、会社ではどうしても「アルファ波」は出てこない。なので企画書のキモとなる部分は自宅で真夜中に作ることになる。

 

このドイツ人マジシャンはそのような思考は「脳内活動と一致しており」「合理的であり」「信じるものには常に答えが用意されている」というような多面的な説明をしてくれたのだ。

 

自分がアルファ波状態になるのにヨガを使うか座禅を使うか、それは本人の自由、一番リラックスする方法で入れば良い。そのあとは人種に関係なく自然と脳と体が活発に活動して自分が信じるものを導き出す。

 

(話はちょっとそれるが僕は全くヨガに興味がない。何故なら「ヨガ歴っx年、やってます」と嬉しそうに語る多くの人々を見ているからだ)

 

へー、面白いな、そう思ったのは、催眠術にかかりやすいのは催眠術を信じている人だって一文。普通に考えれば「騙されてるんでしょ」って思うかもしれないが、これは言葉を返して言えば自分の思いを信じているわけで、だから催眠術にもかかるが自分の希望する人生も創れる。逆に言えば人生の夢を「出来るわけないよね」とか「無理じゃん」と思っててはほんとに実現しないよってことだ。

 

普通の日本人の場合は常に100%の準備をしてから何かを始めるがその時点では現実の事態は更に進行しておりいつまで準備をしても追いつかないって現実がある。けれど日本人はそれでも良いと思ってる、なぜなら準備するだけなら失敗もしないし一応周囲に言い訳が出来て格好がつくからだ。

 

自分不信と言い訳とを繰り返しながら時間だけが経っていき老人になった時は体力もなくやりたいことも出来ないまま死を迎えることになる。

 

それよりはこのドイツ人マジシャンの書いた事を信じて自分のメンタルトレーニングをやってみると良いと思う。それはぼくが知らず知らずのうちに「自分のメンタルトレーニング」をやっていて、それが次第に効果を見せるようになり、今年になってからはそれはかなり強くなり実際の仕事に直接影響を与えて5年前では考えられなかったことが実現し始めているからだ。

 

「アナタハカミヲシンジマスカ〜?」的な内容とは違い、子供の頃の視覚を利用したマジック、脳波の勉強、人間の思考が人間に具体的にどう影響を与えるかっていう、非常に実践的な本だ。

 

夢は、願えば叶う、多くの人間の夢が叶わないのは自分を信じてないから、または夢が利己的であったりする場合だ。作者は言う、「だからこのメンタルトレーニングはお金儲けには使えないし恋愛にも使えない」って(笑)。



tom_eastwind at 01:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月14日

Midnight boy

説明会当日の真夜中のフライトで羽田に移動、そこからシンガポールに飛ぶ予定だったが所用(笑)で翌日の夕方の成田からシンガポールというあまり面白くない移動をすることになった。ぼくは成田が嫌いなのだが次の仕事の時間が迫っているので仕方ない。

 

この、航空会社とか空港とかは民間と言いながら公共の要素が非常に強い。ラーメン屋であれば一度喧嘩をすれば二度と行くかって言えるが空港や航空会社はそうはいかない。

 

シンガポールに行くのにシンガポール航空以外の選択肢もあるが非常に少なく品川駅前のラーメン屋街とか池袋のラーメン激戦地帯での選択枝ってわけにはいかない。

 

その意味で本来航空会社も空港も乗客の利便を考えサービス業がどうあるかを考えて発言や行動をすべきであるが、中にはどうしようもない連中がいる。

 

自分は航空会社のイチスタッフでしかないのにまるで自分が生殺与奪権を持っているように振る舞い(お前は機長か?)いちいち人にあーせーこーせーと指示する。おいおい、おれが世の中で何より嫌いなのはネギと玉ねぎと人に指示されることって知ってますか?って感じだ。

 

シンガポールという国そのものが独裁国家であり、良質独裁だったから資源のない小国がここまで大きなったのだがそれをやったのはリー・クワンユーであり羽田空港で偉そうな顔してふんぞってる日本人スタッフではない。

 

シンガポールは自由で楽しくて買い物が出来て〜と日本人には人気の観光地である。確かにインフラもしっかりしており観光地の整備、治安維持も良くやってると思う。

 

しかしぼくの人生にとって一番大事な「自由」がないってのが、どうしても息苦しくなる理由なのだ。

 

これはどう表現するか説明のしようがないんだけど、例えば香港は混沌の中に自由があるし守られている、てか負ける自由も勝つ自由も何もしない自由も何でもして良い自由がある。悪ければ後になって当局がやってきて「おいこら!」とはなるがいわゆる事前規制ではない。

 

ところがシンガポールでは常に「あれやっちゃいけない、これやっちゃいけない、こうしなさい、あーしなさい」と指示される。最初に規制があり「何故?」と聞いたら「決まってるから」だし、納得出来ないねと指示を無視するといきなり矯正(強制?)権力を発揮する。シンガポールでムチ打ちされた白人の若者の話とかは有名でありシンガポールはルールにウルサイ国である。

 

一応そのこと、つまり事前規制がきつい国であり指示に従わねばと知っているが、時々どうしても「タガ」が外れてしまう。ほんのちょっとした事で余計なことをいったりしたりしてしまう。

 

今年はシンガポールに来る機会が大幅に増えるだろう。いい加減ええ年なんですからたった3日程度の滞在、我慢を覚えなければいけないな、彼らには彼らのルールがあるんだし。羽田空港で搭乗拒否食らって都内に戻るタクシーの中でしばし反省、でした(笑)。

 

 



tom_eastwind at 20:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月13日

川の流れのように

世間を無責任に飛び回っている噂話ほどうざいものはない。誰かと誰かがひっついたとか離れたとか、他人の噂話を面白おかしくして井戸端会議をやり結局は自分の人間としての品位を下げているのだが本人はそんなことを思いもせずにその場で一番たくさん「あたし、知ってますのよ」とやって差別的快感に体をぞくぞくさせている。

 

井戸端会議で発生した誰も責任を取らない言葉は「火のないところに煙は立たぬ」など偉そうにそれらしい積み重ねを行なっていつの間にか全くの嘘がひとり歩きしていく。

 

その品のない虚構に傷つく人は次第にそのようなグループから距離を置いていくのだが子供たちのいじめの対象になったのと同じであり人間が持つ最低の品のなさを見てしまい人間に嫌気が差してくる。

 

これが個人レベルであればそれはちっちゃなお茶のみグループから離れていくだけで済むがメディアレベルでそのような井戸端会議レベルの虚構がそのままニュースになってしまえば、いったいどこから離れていけば良いのか?あなたが住む地域社会から出ていくしかないのか。

 

しかし答えはそのとおりであり世間の中心層である団塊世代や家庭の主婦などの95%は未だテレビと新聞で情報を入手していかにも「自分は知ってます。あなた、間違ってます」とやる。そして彼らのほうが数が多いから少数の人間がいくら理論的に説明しても聞く耳を持たない。

 

てか、最初から今起こっている現実とその説明に使う理論が理解出来ないので聞く耳を持たない。まるでフランス語しか出来ないフランス人に日本語で一生懸命説明するようなものだ。

 

世の中が見えない人間ばかりの場所では世の中が見えるほうが異常というが、みのもんたのガラガラ声と読売新聞に書いている事がすべてだと思ってる。みのもんたが先週言ったことと今週言ったことが違うことなどすっかり忘れてしまっている。

 

てか、そこからしか情報を得ていない人々は一昨年までは見事なほどに「え〜?原発って安全でしょ、だって新聞でそう言ってるわよ、あなたおかしいんではないの?」と言われ、実際に原発が吹っ飛ぶと今度は「原発ってね、とても危険なのよ、私は知ってたのよ!」とヒステリーを起こしたように周囲に向かって騒ぐ。

 

ところが政府の流れが今年年初頃から原発再開に動き出すといつの間にか新聞も「まあ安全と言われる原子炉だけはいいのでは?現実的に電力は必要だよね?」と分かったような事を書き始め、そうなると今まで原発ハンタイ!と言ってた人々が「そういえば現実的には難しいわよね〜政府が安全って言ってるならいいんじゃないの?」となる。

 

どれもこれも非常に無責任で刹那的な発言であり何より自分の頭の中で何も考えようとしない。けれど世の中の95%がそんな人でいる以上、妥協して彼らと一緒にいるか、それとも論戦を挑んで徹底的に原発の科学的問題を議論するか?

 

しかし現実的にはいくら個人が議論をしても、そんな個人は社会という激流を流れる小枝のようなものであり、あっちにぼかん、こっちにどかん、ぶつかりながら下流に向かって流されるしかない。流される先は大海である。しょせん小枝は時代という川の流れを遡ることは出来ないのだ。だからバカと付き合うとバカが移ると言っても地域社会で全く彼らとの交流なしには生活出来ないし交流しないとそれだけで変人あつかいされる。

 

ならば最初から自分の力で大海に漕ぎだした方がましではないか?

 

すべての海はすべての陸地に続き、違う陸地には違う考え方や法律や習慣がある。広い世の中、どこかには自分と同じ価値観を持った社会もあるはずだ、そう信じて漕ぎだしていけば、少なくとも他の人々が世の中の現実に気づいた時のカオス状態、原発が吹っ飛んだ時の人々の渦に巻き込まれなくて済む。つまりポール・ニューマンの映画ではないが「栄光への脱出」である。

 

この場合、流れる川を他人より早く漕ぎだすって事は例えば早いうちの英語教育もあるだろう、子供の舌は6歳までなら英語ネイティブとして通用する。また日本の終身雇用制の企業でしか通用しないルールをいつまでも後生大事に抱えるのではなく世界の同業種で通用する共通ルールを学ぶべきだろう。

 

そして一番大事なのはビザだ。いくら海外に住んでいても期限付きのビザであればいつかは退去しなければならない。どこの国も優秀な人材は常に欲しがっているが自分が果たしてその人材となれるか?それは誰よりも早く申請するってのも大きなポイントになる。ビザ枠は一定人数に達したら締め切りになり、それからいくら頑張ってもビザは取れないのだ。

 

例えばぼくが永住権を取得したのは1988年だ。当時は欲しくもない権利でありどうでも良かったのだがその頃の雇用主に「まあ、騙されたと思って取っておけよ」と言ったその一言がぼくの人生を大きく変化させた。

 

当時はパスポートに300ドル小切手を挟んで移民局に送れば数週間で永住権が取得できた。英語テスト不要、健康診断不要、無犯罪証明不要、学歴証明不要、現在雇用されていることだけを証明すればそれで永住権が取得出来たのだ。

 

ぼくの取得した年は当たり年だったそうで、その前後はまた取得が厳しくなった。しかしそれでも現在に比べれば非常に緩かった。ニュージーランドの永住権は一度取得して滞在2年経過すれば無期限永住権になり、こうなると10年ニュージーランドを離れていても永住権は取り消しにならない。

 

日本で説明会終了後に個人面談を行うのだが、そこでお客様から聞かれる日本の話はまさに「言葉が通じない状況」である。お客様から聞く日本の事情は決して楽しいものではない。

 

ところがそのお客様もビザ取得に関しては当然の事だがニュージーランドの情報は殆ど出回っていないから自分で判断して「出来ませんよね」とかになってしまう。しかし実際には様々な方法がある。例えばビザだけは先に取得をしておいて渡航を後ろにずらすとかで3年程度は時間稼ぎができる。

 

説明会や個人面談でぼくらが話していることはまさに本に書いていない事であり自分でどれだけ考えても絶対に結論の出ない答えである。

 

先月、今年移住したちっちゃいお子さんを抱える会員の中で年齢の近い方に集まってもらい簡単な食事会をした。子供を入れて30名近い人数だ。彼らは日本を出る時は一人で移住の不安を感じながらもオークランドにやってきた。けどパーティに参加してみると何と自分に近い価値観を持っている人がたくさんいるのを知った。午後の2時間程度の予定で組んだパーティだったが話は尽きず楽しんで頂いたようだ。

 

当社の位置づけは移住後の会員のハブでお客様はスポークにあたる。これからのぼくらの仕事はスポーク同士に輪っかを付けて皆が情報交換しながら「一人じゃないんだ」ってことを伝えていくことだ。

 

自分の住む地域社会では会えなかった人々が日本を遠く離れたオークランドという社会で会うことが出来た。川は海に繋がり海は世界につながっているのだ。

 

自分一人で悩まないで欲しい。動いてみればそこに答えがある可能性は非常に高い。てか動かなければ何も変わらない。移住説明会ではニュージーランドの全体的な話をしているがもし不安があれば下見に来ればよい。

 

すでに多くのお客様がオークランド社会で自分の生活領域を確保して地元に溶け込みながらバーチャルな日本人どうしの連絡も取り合っている。何より学校嫌いだった子供が現地の学校に毎日楽しく通う姿は親にとって最もうれしい話であろう。

 

次回説明会は7月7日(七夕)午後を予定しています。




tom_eastwind at 20:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月12日

旅日記大阪編

痛み分け?伊丹わけ?

 

戦前の空港は飛行機にとって降りやすいし飛び立ち安い場所に作られたと、どっかの機長の本で書いてた。

 

大阪で一番バカって思うのはこんな狭い地域に3箇所も空港を作った事だ。地方税で賄われるならまだしも国税使ってるでしょ、つまり大阪と全然関係ない地域の人々が負担して大阪に空港を作りながら自分の利益には繋がらないってバカな話だ。

 

伊丹空港は街の中心部まで20分くらいで行ける便利な場所であり、元々は野っ原だった。そこの周囲に大阪人が住宅を作った挙句に「飛行機ウルサイ!」と訴訟起こして後から来た連中が裁判で勝って、それが関西国際空港を作る原因になった。

 

ところが関空が出来て伊丹を閉鎖となると今度は「何で伊丹を閉鎖するんや〜、地元の雇用を守れ〜」と地元の反対意見。その結果として関空と伊丹の併設となった。

 

挙句の果てに神戸空港が出来ても利用者がいないから市役所が職員の出張はすべて神戸空港発にしなさいとか、まさに社会主義者の塊、金を作っているのが誰なのかを考えない暴行だ。

 

いやさ、それが雇用対策であれば良いのだ。最初からそういえば。なのに格好付けてどうのこうこと立派なこと云うが、どうせ税金を雇用対策に使うなら最初から伊丹空港の効率化、例えば周囲のバカ反対派を相手に裁判所で喧嘩するなり彼らの土地を買い取るなりして24時間空港にすれば随分便利な空港になる。

 

大阪における空港問題は要するに目先の金に一喜一憂したバカどもの悪夢の跡である。



tom_eastwind at 19:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月11日

ばか

スポーツ新聞しか開いてない日本人ビジネスマンに勝ち目はあるのか?

 

福岡から久しぶりに朝の飛行機で伊丹空港に向かう。普段は新幹線なのだけど今回は時間の都合があり飛行機にした。60人乗り小型のプロペラ機であり座席から何気なしに立ち上がると確実に天井に頭をぶつける。僕以外の人も「ゴン、ゴン」ってやってた。

 

空港には待合室がありそこにはいろんな雑誌や新聞が置いてある。平日の午前10時なので当然ビジネスマンが多いのだが、ビジネスマンの半数以上が読んでいるのがスポーツ新聞、エロページも堂々と開いているのでこちらが目のやりようがないくらいだ。

 

派手なネクタイをして洒落た靴を履いているのだが読んでいるのがエロページではどうなんかな?あなたたち、今仕事時間中ですよね?飛行機に乗るって言い訳でそんなん読んでるんですかね?

 

以前も書いたが香港から日本行きのフライトでも日本人ビジネスマンはほとんどの場合日刊スポーツとかを堂々と開いて客室乗務員に変な顔されても気にせずにビール片手に堂々と女の子の裸を見て喜んでる。

 

そりゃさ、ぼくだって聖人君子じゃあるまいし見るなって言ってるわけではない(僕自身他人をどうこう言う資格もない“苦笑”)。休みの日に野球を観たり夜の新宿で無料案内所に行く人を全否定するわけではない。

 

けどさ、今って仕事してる時間だよね。なんかもう少し自分を磨くための本を読むとか出来ないのかな?ぼくは何も西洋の信奉者ではないけどオークランドから日本に行く時に機内に乗り込む白人は殆どが本を手にして勉強するかパソコン開いて書類を手元に置いて仕事している。

 

彼ら白人はONOFFが明確であり仕事中は徹底的に集中する。彼らにとって出張とは仕事でありその間は自分磨きに余念がない。もちろん休みはしっかり取ってOFFの家族旅行は旅先のホテルのプールで日がな一日推理小説を読んだり冷えたジントニックを楽しんでいる。子供はプールに飛び込んできゃっきゃと遊んでいる。

 

話はそれるがニュージーランドでは土日にホテルに泊まるお客がいないので色んなキャンペーンをやってる。週末は家族と過ごすのが当然とされているからホテルは暇なのだ。日本では逆に土曜日の夜の部屋代が高く設定されている。週末くらい狭いアパートじゃなくてちょっといいホテルに泊まろうという発想だ。

 

日本人男性ビジネスマンの場合どうしても仕事のONOFFの区別がなく、日がな一日働いているような結局だらだらと毎日を過ごしているのが現状ではないだろうか。今でも昼間にオフィス街に行くと昼休みの一時間をだらだらと過ごしている男性をたくさん見かける。

 

キーウィは残業をしない。それは家族を大事にするからだ。目的は家族との幸せな生活を築く事であり手段として働く。だからできるだけ合理的に短時間で仕事を片付けて定時に帰ろうとする。ランチタイムは30分が基本だ。オフィス街ではネクタイをしたビジネスマンが持ち帰りの巻き寿司とコーラを買って近くの陽あたりの良い公園でささっと食って仕事に戻ってる。

 

日本人男性の場合は言い訳のように「仕事が〜仕事が〜」とか言いながら喫茶店でエロ記事読んでて、それって仕事じゃないよねって思う。仕事時間中も喫茶店でだべったりタバコ吸うために外に出たりするけど、あんた仕事中だよね?

 

労働の目的は何なの?時間給で雇われているなら確実にOUTですぜ、タバコもダベリも。でもって年収で雇用されているならきっちりと雇用契約に書かれた仕事をして実績を出さないと首ですぜ。

 

終身雇用制という発想がまだ抜けない正規雇用日本人ビジネスマンは偉そうにそっくり返ってエロページを見て喜んでるが、彼らの目的の中に家族の幸せという発想はあるのだろうか?

 

これから5年で日本は大変な事になるぞ。分かっているのかなって感じだ。スポーツ新聞を否定しているわけではない。ただ、そればかり読んでると馬鹿になるし新聞しか情報源がないともっと馬鹿になるぞ。

 



tom_eastwind at 19:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月10日

I Love you

旅日記としてお読みください。

 

シンガポールを真夜中に出発して朝8時に福岡に着き午後にミーティングを3つこなしてから友達のやっている中洲の店に顔を出す。この店は以前は2階にあったのだが引越しで1階になってからは飛び込みのお客様も来るようになったようで、ええこっちゃだ。

 

どうでもいいことだがこの店のすぐ隣りのビルの3階にあるのは、ぼくが20代の頃に通ってたフリー雀荘だ。当時は相手が誰か分からずに椅子に座ったら麻雀するわけで、ある時など麻雀やってる最中に警察が来た。「いや、あんたらの賭けを調べに来たんじゃないんで心配しないでくださいよ、それより昨日このメンバーで打ってたちょっと太めのおっちゃん、覚えてますか?」

 

そういえば何かよく笑う豪快なおっちゃんがいたな、どうしたんですかと聞くと「いえね、先週大橋で起こった銀行強盗の容疑者なんですよ」とか(笑)。指の短い人もよく出入りするお店であり1980年代の楽しかった思い出の一つであるが、あの頃はそんな事も許されたんだよね。

 

現在の中洲は1980年代の賑やかさはなく、当時は道路を歩くだけで一苦労なくらいに人が出回っていたが、今は通りによっては「もしかして客引きの兄ちゃんの方が多い?」って感じる。客引きをやっているお兄ちゃんたちはどう見ても20代前半でありバブルなんて知らないから普通に道端にウンコ座りして380円のコンビニ弁当食べて家賃7万円のアパートに友達と一緒に住んで発泡酒を飲んでる。

 

時代の移り変わりというのはこういうことだ。何時の時代も賑やかな街はあるし寂れている街もある。ところがそれは永遠ではなく常に入れ替わりをしている。

 

最近は古事記とか古い時代の本を読んでいるが、日本が京都を中心に栄えた時代には名古屋など地名も出てこないしましてや江戸などは遥か彼方の野蛮な田舎、更に北に行けば蛮夷の蟠踞する国であった。

 

ところが今の時代は当時江戸と呼ばれた東京にすべての権力と資金が一極集中して世界の大都市の一つにまで成長した。大阪の繁栄は過去のものとなり地方都市は次々と寂れていき、元気があるのは名古屋と福岡くらいのものだろう。

 

もし客引きの兄ちゃんがもっと田舎の地方都市生まれであれば客引きの仕事さえなかっただろう。もしかすれば兄ちゃんは長崎の離島の高校を卒業して夢を見て福岡に来て客引きをしているのかもしれない。結局彼らを惹きつけているのは都市の魅力である。

 

彼らの顔を見る限り自分の仕事にマイナス面を感じてる様子はない。むしろ楽しんでいるように見える。故郷の田舎で畑仕事をすることを考えれば中洲のようなきんきらした街で仕事があるだけ楽しいのかもしれない。

 

もしかして彼らを飲み屋に連れてっておでんでも食わせながら「どうよ、もっっと上に行こうと思わないかい?」と聞けば「ええ?このままでいいっすよ、今ちょうどいいっすから〜、あ、お姉さん牛すじもう一本、それとナマいっちょね」なんて答えが返ってくるかもしれない。

 

そう、職業に貴賎はない。どのような仕事であれ社会が必要としているのならその仕事は社会に役だっている。農家で野菜を作るのも立派な仕事だし中洲の夜の案内人になるのも寂しいお父さんたちの為の立派な仕事だ。

 

数年前に出張した北海道岩見沢の飲み屋街を思い出した。1960年代は炭鉱ブームで栄えた飲み屋街は今も昭和の雰囲気を残したままだけど街を歩く客はほとんどいなくて茶髪に染めた若者がたむろしてタバコをふかしながら仲間とのおしゃべりを楽しんでた。

 

ぼくは友達と二人でタクシーを降りて、だべってる兄ちゃんの一人をこっちがキャッチして「ねえ、どこかいい店知ってる?紹介してよ、おれたちよその街から来ててここの事よくわからないんだよね」と言って2千円くらい握らせた。「そこ良かったら次に行くからもっと紹介してよ」というと彼はびっくりしたように「は、はい、いいんすか、ほんとに〜?」ってちょっと緊張した若い声で答えてくれた。

 

この、少年と言ってもいいような若い男の子は炭鉱で栄えていた岩見沢を知らない。だから2千円もらっただけでうれしくて仕方ない。当時この街でゼロの桁がひとつ違うお金が飛び回っていたのを知らない。そして「誰かに頼まれてお金をもらって働く喜び」を感じたこともなかった。「しょせん客引き」となめたオヤジ連中に酔っ払った声で上から目線で「それで、なんぼになるんかい!」と言われてたのだろう。

 

けれど田舎には他の仕事もないしこの仕事だと友達と遅くまでだべってられるしおやじの畑なんてだっさいし〜。そう考えれば時給数百円の仕事でも仲間と一緒で安心だしな〜。

 

そう考えればどんな仕事だって社会が必要としていれば良いと思う。けどもし出来るなら、ぼくは彼らのような若者に昼間の雇用先を作ってあげたい、雇用先で作った友達と仲良くなってお互いに勉強しながら成長して欲しい。そして出来れば職場で知り合った真面目でちょっとはにかむと可愛い女の子と知り合って恋を楽しんで欲しい、昭和の時代の僕らがそうだったように。

 

中洲で道端に座ってギターを弾いている若者がいた。警察署の斜向かいの四つ角に陣取って尾崎豊を歌ってた。中洲に行く度に彼の前で「何か歌ってよ」とリクエストした。透き通った綺麗な声で歌う彼は通りすぎる人並みの中に埋もれてしまいそうだが、それでもしっかり歌っていた。

 

”I love you” を歌ってくれた彼の足元にあるギターボックスに千円札を入れて「じゃあまたね」というのが僕の中洲の儀式の一つだった。今回彼の姿がなく、どうしたんだろうな、どこか専属の店が出来たのか、歌をやめたのか、今日だけ具合が悪くて休んでるのか、自分に関係ないのに少し気になった。

 

職業に貴賎なし。歌をうたうのも仕事だし客を引くのも仕事である。この日本という大きな国家のなかでは様々な仕事がありうる。何をしているかではなくどのような人かで本人を判断すべきだ。

 

品川に着いてエキナカの行きつけの店で靴を磨いてもらう。マッカーサーの時代であれば子供の仕事であったが今はそれを立派にビジネスとして成長させている。可愛らし女性が靴の両端にトランプ・カードを挟んで磨いてくれるのだが、彼女らは実に活き活きとしている。社会に役だっているのだ。

 

ハートのクイーンの反対にクラブの2を挟んだのでちょっっと笑いながら言った。「豚引きいやですよ、少なくともキングとかハートってないですか?」と聞くとその子は「あ、はい、探します〜」と手元のカードをまくってた。

 

りょうまくんが将来どんな仕事に就くのかな〜、時々考える。けどまあいいや、うちの家庭の独裁者は奥さんなので彼女が決めることだし。僕が出来ることはりょうまくんにお父さんが「頑張って働いてるよ」って背中を見せるしかない。

 

岩見沢とか中洲の客引き。中洲んギター弾き。靴磨き。同時にぼくらのような仕事もある。ほんとに日本のはいろんな仕事がある。

 

ニュージーランドのように最初から田舎であり農家しかないし都会って言えばオークランドしかないし、そんな田舎ではあまり考える必要のない話であるが、これも旅の戯言かもしれない。そろそろ油切れたかな〜(笑)。



tom_eastwind at 22:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月09日

誰が残るのか?


★アゴラより抜粋開始

「私は過去何度もアゴラに書かして戴いたが、今後、日本には、「政治家」、「公務員」、「高齢者」、「生活保護受給者」といった、謂わば「税」に寄生する人種しか残らない。納税者の不在こそが、債務問題と併せ今後日本の喫緊課題になると予測するのである。」

★抜粋終了

 

初日の夜に寄ったシンガポールのバーではパナソニックの話題で賑やかだった。昨年度の大赤字を出して国内工場を閉鎖、シンガポールに移転するとの事。詳細は未定であるがそろそろ本格的に本社移転の話が出るのではないかと地元の日系社会では噂になっているそうだ。

 

日本のパナソニックが本社を移すかどうかは別にしても工場が移るだけで日本にとっては打撃だがそれはシンガポールにとってはクリーンヒットである。本社が来てくれればホームランものだ。それはシンガポールで雇用を生むし納税が発生する。シンガポールが豊かになるのだ。そのぶん日本の雇用が減少するし納税も減るといってもそれはゲームであり負けた日本が悪いのさってことになる。

 

ぼくは以前から不思議で仕方なかったのだが、非常に単純に考えてみて欲しい。小さな海辺の村がある。そこでは海に出て漁をするのが唯一の生活の糧であった。若者が海に出て老人は浜に上がった魚を処理し、刺身にしたり干物にしたり時には山間の村に売りに現金を得たりしていた。

 

ところが次第に若者がいなくなり皆が年寄りになり誰も海に出ることが出来なくなった。そうなれば魚は獲れずに食卓に並ぶおかずもなくなり最後はコメの飯とゴボウにたくあん。それでもまだ体が動くうちは良いがいよいよ誰も畑仕事に出られなくなれば最後はいったい誰が食い物を用意するのだろう?

 

本来なら次の世代が老人世代と同居しながら彼らを最後まで看取ることが出来るが肝心の若者が支えていけない時代がまもなくやって来る。1980年代に若者やってた人間はかなり人生を楽しんでたと思うし負担も少なく将来に夢もあった。けれど今の時代に若者やってる人々の負担の重さはどうなんか?

 

日本というサイズで考えるから誰かが助けてくれると思うかもしれないが家計に引き直してみれば分かる事だ。自宅にいるのは年取って働けないおじいさんとおばあさんに小学校に通っている子供が二人。お父さんとお母さんは給料が毎年下がって蓄えもどんどん減っていく。

 

家族全員で毎月30万円の収入が必要なのにお父さんとお母さんの給料を合わせても25万円しか収入がない。そのうち家族の生活に必要なお金が稼げなくなる。おじいさんとおばあさんには毎月5万円のお小遣いを渡す約束をしていたがそれも出来なくなった。

 

自宅を担保にして銀行からお金を借りるが、収入は増えないので返済するあてはない。借りたお金が返せなくなったら自宅を売却するしかない。そうすれば今度は借家に住んで家賃が必要となり更に生活が苦しくなる。

 

そのうち働いていた会社が工場を閉鎖して海外に移転してしまい、親の面倒を見なければいけない両親は退職するしかない。家賃は必要だし給料はなくなるし借金をしようにも貸してくれる人はいない。それがこれから起こる問題である。

 

今の日本は彼ら両親にとってどのような国に見えるのだろうか?シンガポールにパナソニックの本社が移転するのか?ソニーはどうするのか?日産はすでに外資でありタイで車を作り日本に輸出している。

 

家電メーカーからすれば今年軒並み赤字を出したのは、まさに政府に対して「出ていきますよ」の言い訳作りなのかもしれない。

 

政府からしても日本の構造改革が必要であり電気や水を使って古い技術でアジアと競争するようなメーカーは海外に出てもらっても良いと考えているのかもしれない。それによって雇用が減少しようと若者人口が減少しているわけであり介護事業がこれから成長するわけだからバランスとれてるじゃんか、そう考えているのかもしれない。

 

確かに全体の俯瞰図としては合っている。問題はその俯瞰図の中で使い捨ての捨て石になっていく人々である。日本が次に隆盛を極めるのは25年後だ。これから最初の5年は凄まじいまでの増税と仕事の減少と給与引き下げと事態が続く。富裕層の資産を取り上げて富裕層を崩壊させて全員を貧しい状態に追い込みガラガラポンの状態にする。

 

だから国からすれば25年後に向けた政策としては正解なのだから今は苦しくても「欲しがりません勝つまでは」となるのだろう。しかし今5歳の子供は30歳過ぎまで一度も楽しい思いをすることもなく日本を支えて生きていくしかない。

 

給料が毎月20万円ありません!なんて言っても更に下がる。中国の給料と同程度になるまで下がる。一応財務省の博打のネタとしてハイパーインフレーションは残っているが、それは切り札でありまだ出さない。その前にやるのは国民全体の締め付けである。

 

パナソニックがシンガポールに本社を移すようになれば日本に残る仕事はほんとうにサービス産業だけになりほんの一部の人々を除いてほとんどの子供や若者はなんの知識も学べず何の楽しみもなく毎日をただアパートと介護施設の行き来になるだろう。そんな日本に誰が残りたいのだろうか?

 

日本よさらば、パナソニックと共にシンガポールに移住しますってのが現実的な選択なのかもしれないが、ではパナソニック工場の隣で営業してた居酒屋はどこに行けばいいのだろう?これもやっぱり気合をかけてシンガポールに店を移して起業か?残ったおじいさんとおばあさんはどうするのか?

 

これからの5年の選択であなたの運命は決まる、ここで動かなくて後悔しても、それは自己責任としか言いようがない。逃げきれるか?残って運命と戦えるか?パナソニックと一緒にシンガポールに行くか?



tom_eastwind at 22:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月08日

盗難アジア

オークランドを12時10分に出発してシンガポール到着が夜の19:00。でもって福岡に行く便が午前01:00発なので滞在時間が6時間ある。空港から街まではタクシーで15分程度だ。これはシンガポール航空がぼくに「いざ街に出よ、オーチャードプラザで飲んでいけ、シンガポール経済に寄与せよ!」という意味だと理解したのでリー・クワンユーの指示に従って街に出た(笑)。

 

それにしてもこのオーチャードプラザビルは古い。最も古い商業施設の一語ではないか?雑居ビルなので日系旅行会社のオフィスの横ではマッサージルームがあったり焼き鳥屋があったり、インド系の洋服屋さんのすぐ近くには狭っ苦しい部屋にミシンを折り重ねるように数台だけ並べた仕立て部屋があったり、でもって怪しげなナイトクラブも並んでいる。

 

ぼくがこの街に初めて降り立ったのは1979年だったと記憶にある。当時は東南アジアの小さな国でありマーライオンとピューター(錫)の飾り物と仕立洋服と免税のゴルフ道具が売ってるだけの、こう言っては失礼だがあまり魅力のない国だった。特にマーライオンの実物のちっちゃさは「ずるくな〜い?」と言いたくなるほどだった。

 

その頃の東南アジアには都市伝説があった。ハネムーンで訪れたカップルが地元の高級デパートで仕立の服を買いに行く。奥さんが出来上がったドレスの試着にと店員に案内された試着室に入る。ところが5分経っても出てこない奥さん。

 

ご主人が不安になって試着室のドアを開けるとそこには誰もいない。驚いて店員に尋ねると「え?そんな人、来てませんよ」地元の警察に聴いても「知らん」で終わり。一体何が起こったのかも分からずご主人は一旦日本に帰国する。

 

それから数ヶ月後、ご主人は奥さんを探しに再度その街を訪れる。今度は地元のガイドを自費で雇って領事館にも相談しての上だ。地元ガイドが連れて行ってくれたのはまさに地元人しか知らない売春街。そこで店を回っていて、偶然店の窓越しにガリガリに痩せた女を見かけた。それは麻薬漬けにされた自分の妻だった。終わりは他のオプションもあり、両手両足を切られた「だるま状態」で見世物小屋に置かれたたとかもある。

 

当時に比べてみれば今のシンガポールは様変わりでありアジアの金融拠点としてキンキラの高層ビルにさっそうと歩くビジネスマンが街の隆盛を見事に表現している。

 

夜の9時過ぎにもなると普通のオフィスは閉まっているが日系の旅行会社は電気が点いてて日本語で「はい、明日のオプショナルツアーの出発時間はですね〜」とやってる。

 

ぼくは1990年代に香港で仕事をしていた時にシンガポールに出張することもあったが、当時のシンガポールはあまり好きではなかった。すべてにおいてリー・クワンユーの規制があり完璧な独裁国家であり自由の空気を吸うことが出来ない、南洋の島なのに息苦しい思いをしたものだ。

 

それに比べれば当時の香港は自由であり1997年の返還を前に最後の一稼ぎとばかりにハンセン指数は上昇し人々は賑わっていた。往時に比べれば今はすっかりシンガポールが群を抜いて成長しており香港は中国に取り込まれ始めて、これが一国二制度が50年で中国に同化することなんだなって感じた。

 

それにしてもシンガポール。日系企業が増えて日本人駐在員が増えて日本人学校が大きくなって、民主主義がなくても経済的に豊かであれば誰も文句を言わない。てか民主主義なんて時間のかかる手続きを踏んでたら今のシンガポールはなかっただろう。あいも変わらず南洋のちっちゃな島のままでいただろうな。

 

もちろん以前に書いたようにシンガポール人がアパートを買えないって問題はあるけど全体的には「飯さえ食えれば政治に文句はない」的な雰囲気がある。タクシーは需要に応じた台車規制があり常に国家が統制しているけど、それでも「食えれば幸せ」なのだ。

 

1970年代から80年代にかけて東南アジア旅行は人気があったが同時にお人好しの日本人ツアー客はぼったくりの対象であった。まるで「お前ら日本人も俺も本来平等のはずだ。なのにお前の金の方が多いのだから俺に寄越すのは当然だろう!」みたいな感覚で平気でぼったくる。

 

だから当時は本当に盗難事件も多く、香港ツアーに参加した日本人の金持ちが現地ガイドに「あまり高級な時計を付けて街を出歩かないでくださいね、あなたがツアー参加中で何かを盗られても私が助けることは出来ません、だってもし私があなたを助けたら私がお礼参りされますから」と言われて、青い顔をして高級時計を外してセーフティボックスに入れてたものだ。

 

今はすっかり様変わりした東南アジアであるしこの街シンガポールでもあるが、このオーチャードプラザだけは往時の雰囲気を残している。なんとも懐かしい気持ちで上品なカウンターだけのバーで英国産シングルモルトウィスキーを飲みながらそんな事を思い出した。つい楽しくて福岡行きの飛行機にぎりぎりで滑りこんで乗り込んだのはAs Usual 、いつもの事でした。



tom_eastwind at 22:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月07日

陽だまりのカフェ

この季節は南極から吹き込んできた自然の秋風がとても気持ち良い。特にそれが天が抜けたような青空ともなると「ここ天国?」と思いたくなる。

 

毎日の仕事は忙しいけど、それでもこの澄み切った青空と爽やかな風を受けながら昼下がりのカフェでゆっくりしていると、本当にほっとする。東京だと代官山あたりのカフェが何とか「そういう雰囲気」を作ろうとして頑張っているがニュージーランドでは普通に日当たりの良い場所にオープンカフェを作れば、まんま自然を楽しめる。

 

ニューヨーク出身のイタリア系移民のレストランコンサルタントと話していると、ニュージーランドのカフェ文化はかなり進んでいるらしい。彼はそのうちこの文化と仕組を米国に持って返ってカフェチェーンをやるって言ってた。

 

ふ〜ん、そうなんだ、米国ってそんなに遅れてるのか。最初からこれが当然と思ってるから有難みも普通だけど悪くないのは知ってる。なんてか、最初から全く苦味のない天然調味料で生活をしている感じ。

 

日本も昔は鰹節と昆布と天然塩を使って料理を作ってたが、いつの間にか手早く出来る化学調味料に変化した。

 

それは日本が戦後に急速な都市化(人口の都市集中)と工業化(農業人口の激減)により忙しくなりチキンラーメンが一大人気になり味の素が家庭の味の基本となり誰もが時間を争うようになり、いつの間にか「ゆっくりゆったり」という人間本来が要求する生理的な休憩時間を提供出来なくなった。

 

週末にカフェでお茶を飲む。陽あたりが良くて気持よくて、それが普通にどこでも味わえるって意味ではこの国は贅沢と言える。カラオケがなくても飲み屋街がなくても気にならない。だってストレスがないのだから。

 

不便な事はたくさんある。コンビニはないしお店の商品は少ないし品質は悪い。バスは道を間違うし銀行は入金額を間違えるし。それでもこうやってカフェでゆったりとお茶を楽しみながらも国が回っていけるのだからと考えれば悪くはない。急ぐ必要はない「狭い地球、そんなに急いでどこに行く」だ。

 

今日から2週間、北半球のロードショーだ。昼過ぎの便でシンガポールに飛び、そこで福岡行きに乗り換えて日本入り。福岡で始まり大阪、東京、シンガポール、バンコクと続く長いロードショーになる。

 

キーウィは仕事開始ってのを色んな言い回しをする。「ボールを転がす」てのは今でもNZに伝わるローンボーリングの名残だろう。「キックオフ」はラグビーからなのでわかりやすい。けど僕が一番馴染むのは「射撃開始!」だ。



tom_eastwind at 08:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月06日

テロのない国 手塚治虫から学ぶ宗教戦争

手塚治虫の言葉=火の鳥「太陽編」について

「僕が言いたかった事は、結局、信仰というものは人間が作ったものであって、宇宙の原理とか言ったものではなく、時代とともにどんどん新しい文化として取り入れられていき、そこで必ず古い宗教、文化との葛藤が生まれ、それによってまた新しい世界が生まれてくる。その繰り返しなんだということを描きたかったのです。

1986年10月

 

漫画自体は1970年代から描かれており火の鳥は手塚治虫の代表作と言える。大阪で生まれ大阪大学で医学博士の免許を持ち1946年に漫画家としてデビュー。その後の事は普通の日本人なら誰もが知っている。

 

自宅の本棚には漫画がたくさんある。娘の大好きな「BillyBat」もある。ぼくの大好きな「火の鳥」と「カムイ伝」はいつも本棚の奥に鎮座している。時々引っ張りだして読むのだがどれだけ時代が経っても古さを感じさせない創造性がある。

 

例えばビートルズが何十年経っても古さを感じさせないどころか子供が聴いても「お父さん、これいいよね、誰?」って聞くようなものだ。

 

音楽について言えば2000年あたりに流行った日本の流行曲を覚えている人はどれだけいるだろうか?シンセサイザーとパソコンを使い流行の音楽を“造り”ダンスの好きな若くて可愛い女の子に歌わせるが、数ヶ月も経つと誰も覚えてなくてその頃には次の女の子が出てきて歌ってるけどそれもまた数ヶ月で忘れ去られて使い捨て。

 

聴く方も自分が持つ1日24時間という限定された時間の一部を使ってゴミ拾いをするがゴミを作る方はもっと大変である。人の人格なんて無視して夜中にレコーディングやったり売れてる時は一日3時間睡眠を要求してこき使うが一旦売れなくなると全く無視。

 

ゴミを造りゴミを食ってゴミは使い捨てられ人がどんどん荒んでいく中で自分が立ち止まってゆっくり考える時間もない、それが今の日本ではないか。そんな時に立ち止まって手塚治虫を読み人生の悠久を考えるってのは至福の時間でもあり日常生活で傷んだ心の回復の時間でもある。

 

古典は古典と言われる所以がここにあると思う。時代を超えて良い物を学び楽しむ、それが自分の人生を豊かにすると思う。ところで「火の鳥」って漢字、あの頃の流行のフォントで作ってるからこれがどうも「焼き鳥」に見えるってのはよほど僕が不謹慎な証拠であろう(笑)。

 

ところで最近「原発がない国ニュージーランド」って本が発行されたがまだ読んでない。てか、原発がないってのを今更「売り」にして本を書く心境がよく理解出来ない。そんなん1980年代からわかってることだし。

 

ニュージーランドをダシにして本を書くのは発言の自由であるがせっかくならもっと踏み込んで「テロのない国ニュージーランド」にしてもらえないだろうか。

 

というのが火の鳥太陽編に出てきたように人は宗教で争うと止まらない。利害ではなく信条で戦い自分だけが正しいと思い込むから相手を破滅させるまで戦いは終わらない。一神教の場合はじぶんちの髪、じゃない、紙じゃない、神だけが正しいと思い込み、その神以外を信じるのは「許せな〜い」となるからドンパチが始まる。

 

そしてそういう時に政治的利害関係や利権と言った現世利益を一緒に叶えてしまいましょうという連中が必ず現れてくるから最後には訳の解らん十字軍戦争になってしまう。

 

ニュージーランドには米国の富裕層が毎年1千人くらいやってくる。その半数以上は自家用ジェット機でやってきて永住権を申請する。彼らはニューヨークの豪華なマンションに住んでてもテロに遭えば終わりと分かっているから今のうちに逃げ場所を用意しておくのだ。

 

彼らは白人ネットワークの中でニュージーランドだけは世界の英語圏で唯一テロの起こらない国だと知っている。何故なら白人社会でありながらイスラム教も仏教もヒンズー教も、すべての宗教がこの国では自由に信仰出来るからだ。

 

そんなん米国だって出来るじゃんなんて表面的な部分を見ないで実態を見てほしい。今でもコーラン焼いて客集めする教会もあれば1960年代の黒人差別と虐殺を行った白人は今でも米国の中に普通に生きているのである。

 

北半球で現在起きているテロはすべて米国政府及びペンタゴンやその関連団体が引き起こした侵略戦争に端を発しているが、それは米国が撤退を決めたあとも収まる様子が見えないのは報復でありまさに十字軍戦争のような、いつの間にか宗教を戦争の原因の一つにする状況になったからだ。

 

お隣の豪州では米国に加担して侵略戦争を行い、その結果としてバリ島テロでたくさんの死者を出した。

 

ニュージーランドは白人社会の中で数少なく国連決議によく従い国連平和軍に常に自国軍兵士を送り込み毎年数名の死者を出しても決してひるまずに戦っているが、米国主導の国連決議のない侵略戦争には参加していない。

 

そして米国軍とは一応友好関係はあるものの、1985年の核搭載艦船ブキャナン号事件では核持ち込み禁止原則を掲げて追い出した実績がある。

 

また周囲数千キロに敵対国はなく、いるのはペンギンと鯨とイルカ、くらいの南太平洋の小島であるから差し迫った危機もない。自然と人々は平和を享受して他国からやってきた異宗教の人々も暖かく迎え、豪州で追い出された難民の受け入れも行ったりして、いわゆるテロ国家からの評判も良い。

 

「あいつら白人のクリスチャンだけど、悪くねえな、俺達の同胞を受け入れて学校にまで通わせてくれてるんだぜ、そんな国にテロを仕掛けちゃダメだよな」くらいの判断は誰にでも出来る。

 

つまり偶然にもこの国では政治宗教における中立性が守られており更に国家が精神的に豊かだから異宗教も受け入れて彼らがモスクを作ってもお寺を作っても信仰の自由を保障している。

 

しかしその根本にあるのは、1800年代にこの植民地を作り上げた人々の「自由と平等と公平と平和を求める精神」にある。この国はお隣の豪州と同じ英国系移民で構築されたがその中身は全く違う。

 

豪州は元々が流刑地でありその後も個人が植民してきて道徳水準の異なる人々が争うように土地をアボリジニから奪い、アボリジニを人間と認めずにまるで狩猟のように殺しまくった挙句に居留地に追い込みその子供たちを奪い取りといった蛮行を平気で行なっていた。まさに悪貨は良貨を駆逐する、である。少数の精神的にまともな人がいても全体が悪貨なのだからどうしようもない。

 

偶然だがニュージーランドの場合は1800年代初頭にこの国にやってきた貿易商人(悪人)と宣教師(善人?)がマオリを真ん中に置いてお互いの主張をして最終的にはワイタンギ条約という形で一国二民族制度が定着した。

 

書き始めたらきりがないが大雑把に言えばこの国は建国の時点から他人の宗教や考え方を認める文化と法律が作られてそれが実行され実効している点が他の白人食民国と違った歴史を作っている。

 

それが現代においては非常に効果的に平和を呼び込む仕組みになっており、すべての国家の人々を平等に扱うと共にすべての国家からやってきた人々に信仰の自由と国民としての公平を保障している。

 

もちろんこれがいつまで続くか誰も分からないが、少なくとも今の時代にテロが起こる可能性が最も低い白人国家である事は間違いなく、それは原発と肩を並べてこの国の平和と安全を守る防壁になっている。



tom_eastwind at 17:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月04日

英米は家族を大事にしない?

★抜粋開始

OPINION実は英米より日本の方が機会平等で実力社会」

欧米人は日本人と違って何より家族を大切にする、と信じられているが、日本より欧米諸国のほうがはるかに離婚率が高い。また、アメリカは誰にもチャンスを与えられる実力社会だ、などといわれるが、所得階層間の世代を超えた移動は、実はアメリカやイギリスは、世界の中で最もむずかしいグループに入り、他の先進国よりもはるかに親の収入がものを言うのである。

 

日本は英米よりも、親の所得と子の所得の関係性が低いのである。要するには、英米より日本の方が、はるかに機会平等で実力社会なのだ。

 

筆者はこれは教育制度に起因していると考えている。英米の学校は、私立が中心で、かなり自由化されている。つまり、いい教育には高い学費が必要なのだ。一方で、カナダや北欧三国は学費は大学まで含めて無料である。日本も、公立の場合、高校卒業程度まではほとんど無料といっていいほど低コストである。

http://agora-web.jp/archives/1447416.html

★抜粋終了

 

あいも変わらず賛否両論が出ている藤沢ブログであるが、この人は時に鋭い読みをするのだけど時には上記のように大外しすることがある。それはとりもなおさず世界を見る時間が不足しているって事なのだが、コメント欄でも随分と外れた指摘があるので時間のある方は一度読んでみると良い。

 

英米のほうが離婚率が高いのは事実だけどそれをもって家族を大事にしないってのは全く現場を知らない発言である。日本の離婚率が低いのは離婚すれば経済的に不利になる仕組みがあるからで更に離婚をするのにも有責主義である日本では因果関係がなければ離婚できない。更に日本では結婚は家と家の結婚であり個人が惚れたはれただけではないのだ。

 

けれどニュージーランドも含めた英米は破綻主義が中心である。好きになれば結婚するし愛がなくなれば具体的な理由がなくても別れられるのだから当然離婚率は高くなる。さらにニュージーランドでは別れた時点で財産はきれーいに半分こだ。どっちがどれだけ働いたかなんて関係なくきれーいに半分こ。これには多くのキーウィ男性が文句を言ってるが当分法律が変わる予定はない。

 

家族を大事にするって意味ではこちらはほんとうに家族を大事にする。仕事よりも家族を優先するし仕事の時間調整をして家族の用事を片付けるなんて当たり前だ。離婚したあとでも別れた子どもとの時間を作ろうとする。

 

その意味で日本とニュージーランドの両方を見ている僕からすれば間違い無く日本人の方が家庭を大事にしていない。俺が家族のために働いてるのは分かってるだろう、忙しいんだ、子供の音楽の発表会とかにいちいち行ってられるかよ、取引先とのゴルフが入ってるんだよ。

 

日本ではそんな無理解でバカな父親に愛想を尽かしてもシステム的にわかれにくいから自然と不倫に走る。人妻不倫文化の豊かさとラブホテルの多さでは日本は世界に冠たる文明国だ(笑)。

 

成田空港から田舎町の外れにある電飾一杯のちっちゃな建物を見てHOTELという英語だけ読んで「ね〜、あんな所でビジネスが成立するのかな?」って奥さんに聞いてる英米の旅行客にはあんまり説明出来ない状況だ。

 

ニュージーランドでは残業という発想が殆ど無くて誰もが5時過ぎになるとF1レーサーのように自宅に向かって一直線に戻っていく。残業はほんとに緊急事態の事であり例えばシステムが止まったとかだし、それでも「まあいいか、ある程度やったしそんなに大きな問題じゃないよな、明日やればいいよな」って無言の合意が出来上がり6時前には我先に帰る。

 

だから離婚率を見て英米は家族を大事にしないなんて発想は現場知らずだなと思う。

 

コメントで「統計バカ」と言われてるが、バカというわけではない。日本の方が機会平等であるって指摘は統計から読んでいるが決して間違いではない。ただその原因を安い教育に求めるって点が弱い。

 

この人が英米では相続税がないってのを理解していれば機会平等の意味が分かると思う。日本は社会主義であり一応セーフティネットもあるし誰にも頑張れば機会平等になるような仕組みを導入している。

 

お金持ちの子供がお金持ちになりやすいってのは、これは事実である。しかしそれはお金持ちの親は教育の大事さを知っているから子供は趣味や勉強にお金と時間を使い賢くなる機会が増えるからだ。

 

そして親は子供に持ち家を含めた一定のお金を残せるから子供は生活が安定するし家賃を払わずに自宅に住めるし、親が残した金を使って投資をしても良いし更に自分に子供が生まれたらその子に教育を提供して賢い家庭は固定化していく。

 

それに比べて親にお金がなければ子供の頃からお金に苦労してアルバイトしたり大学行けずに趣味や教育にかける時間がなく自然と豊かになる機会を失う。この豊かとはお金だけではなく考え方も含めてだ。それは教育程度が低いとどうしても世の中の事を理解する能力が低くなり自分を制御する能力も薄れて、ぶくぶくに膨れた肥満体でビール飲んでタバコで歯のウラ真っ黒にしてバカテレビ見てゲラゲラ笑うだけの生活になる。

 

そうなるとそんな親を見て育った子供は教育の機会もなく親から学べるものもなく人生に夢も持てず必然的に貧しい心と生活に浸るようになり学校にも行かない友達ばかりが集まり・・・そうやって世代は繰り返していつの間にか貧しい人々は固定化していく。

 

日本が機会平等なのは社会主義的制度があるからだ。貧しい子供でも学校に行けるし心の豊かな先生やお金持ちの友達に会えるしたまにお金持ちの子供の自宅の誕生日会に呼ばれて豪邸を見て豪華な食事を食べて世の中にこんな生活もあるんだなと体験して、それが自分の人生の転機になったりする。

 

日本ではそうやって全体のレベルを底上げする仕組みが社会にある。誰もがそこそこの常識とそこそこにやっていいこと悪いことが分かるから「こんな事やっちゃまずいよな」って恥が理解出来るから犯罪率が低い。それに頑張れば何とか食っていける仕組みがあるんだし米国のような「階級の壁から抜け出られないと感じる破滅的バカ」が少ないってのに起因する。

 

だから日本が機会平等なのは正解であるがそれは日本が様々な税金を徴収して日常生活を担保し世代交代となれば相続税徴収でガラガラポンに戻すという社会主義制度を取っているからであり教育の程度が高いからだけではないってのは理解しておく必要がある。



tom_eastwind at 11:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月03日

広東語、てか外国語について

広東語「ンーゴイ、プンチェシーヤオガイ、ンンユーチョン!」

日本語「すみません、半匹の醤油鶏、ねぎなしで!」

 

オークランドに住んでいる日本人で中国語を話す人は少ないと思う。だからだろう、ぼくがノースコートショッピングセンター(センターとは言っても青空の下に2階建ての商店がずらっと並んで、端っこにカウントダウンがあるだけ)の中国人のお店で醤油鶏を買うのに広東語を使っていると、お店の人も誰一人として不思議がらずに普通に広東語で「たれは付ける?」とか聞いてくる。

 

鶏肉のハーフサイズが11ドルで手元に20ドル札しかなくて

「レイ、ヤウモウヤッマンア?」(1ドルある?)と聞かれて

「モウイ―シーア、モウサンチーア」(ごめん、小銭がないんだよ)

こんな会話を普通にやっていると誰が見ても中国人と思うだろうが、ぼくはれっきとした日本人である。

 

香港では、とくに僕の住んでいた街では広東語が出来ないと命取りであり(結構マジ)当時香港のレストランは2重価格制度(英語だとメニュー価格が2倍になる)を採用していたので(笑)、地元の店で地元価格で食おうと思えばやっぱり広東語は必須。

 

香港に住み始めたのが32歳でその当時は全く広東語が出来なかったが、職場のスタッフと少しづつ会話を広げて半年も経つ頃にはすべての会話(バカ話を含めて)を広東語でやってた。だから日本から派遣された駐在員は最初僕の事を中国人かと思って下手な英語で話しかけてきたりしたものだ。

 

なんで半年くらいで全く違う言語を習得出来るのですかと聞かれるのだがなんとも答えようがない。ただ何となく感じるのは学び方が普通に学校に行く人と違うのだろうなって事だ。

 

彼らの話す広東語は最初は全然聞き取れないがそのうち彼らがある一定の動作をする際に必ず同じ言葉を使うことが分かる。例えば首を右にかしげて「ディムカイ點解?」は「なんで?なぜ?」だ。何かを指さして「メアレイガ〜?」は「何?」。

 

そんな具合に動作と言葉を組み合わせて言葉の基本である「いつどこで誰がなぜどうした?」を当てはめていき、次に単語を記憶する。電話なら「でぃんわ〜」、天気「てぃんへい」、麺「みん」、バス「パーシー」、タクシー「てきしー」みたいな感じで身近なものを覚えていく。

 

そのうち慣れてくると「ガムヤ、てぃんへい、ホウ(今日は天気がいいですね)」と文章を作り会社のスタッフに朝会うと必ず右手の広さし指を天に向けてにこっと笑ってこのセリフを繰り返す。最初は引かれていたがそのうちこっちの意思が伝わったのだろう、だんだん「げいほう!(いいね)」とか「おお、ちょうさん!(おはよう)」と言ってくれるようになった。

 

そして彼らも次第に「この日本人はちょっと違うぞ」と考えだして、昼飯に連れて行ってくれたりすると「ふぁいち、ちーがん、ぱくふぁん(お箸、スプーン、白ご飯)」とにこにこして指さしながら教えてくれるようになった。

 

その頃は香港島の赤柱の隣の浜辺で毎週2日きっちりとウィンドサーフィンをやっててその時周囲の友達は全部日焼けした元気な男たち。自然と話は「限定」される、随分素敵な広東語を教えてもらったものだ(笑)。

 

外国語を勉強するときのコツってのは、多分ネイティブの中に遠慮なく入って行って彼らの礼儀を守りながら頑張って昨日覚えた単語を今日使い彼らを笑わせて、ぼくに言葉を教える楽しさを伝えるって事があると思う。

 

ただ当然ながら言葉は手段であり目的ではない。どんなに発音が良くても中身がなければまともな人間は相手にしてくれない。子供がきれいな英語を話してもそれでは法廷に立って弁護士活動は出来ない。

 

その意味で例えば高価な万年筆を買って「ほらすごいだろ、この万年筆!」とか自慢しても肝心の字がぬたくるようでは洒落にならない。ましてやぼくは英語は28歳になってやっと本格的に使うようになり発音でたらめ、広東語だって主に若い女性から教えてもらったので女言葉?になってる、つまりヘタな道具しか持ってないのだから自慢にもなりゃしない。

 

僕の目的は明確で、この「生き馬の目を射抜く街」で生き残ることだった。そのためには30過ぎた僕が20そこそこの女の子に笑われても言葉を学ぶ必要があった、それもできるだけ早く。

 

なので今もあまり言葉の話はしない。「海外に住んでるんですか〜英語出来るんですよね〜私も英語勉強したいんです〜」なんて人に聞かれても「あまり出来ませんよ、今もシェークスピア英語を読んでも全く理解出来ませんから」と言ってる。事実だし出来たってそれだけでは意味ないし。

 

所詮言葉は意思疎通としての会話をする武器であり道具でありそれ以上でもそれ以下でもない。なのに何故か日本人がこっちに来て英語の勉強をするというと完璧を目指そうとする。何故か手段が目的化しているのだ。

 

外国人がおとなになってからどんなに頑張っても発音の矯正は難しく八百万社会で育った人間にはキリスト教社会で生まれ育った人々の英語の冗談はまず理解出来ない。言葉の背景となる文化や価値観が全く違うのだから当然だろう。

 

ぼくがりょうまくんと一緒に英語のテレビ番組を見てても彼の笑うタイミングとぼくの笑うタイミングは微妙にずれる。それは彼がこの国で子どもとして学んだこの国の文化が背景にあるしぼくにはないからだ。

 

面白いのは、これが広東語の番組だと同時に笑える。奥さんも僕もりょうまくんも同時に笑える。これはおそらく中国も仏教文化があり同じ価値観を持っているからだろう。

 

ちょっと話はそれたが語学を学びたいという人は自分がその言葉を使って何を話したいのか何を言いたいのかを最初に決める必要がある。何故学ぶのか?どこまで学ぶのか?それは戦略だ。

 

戦略的終了地点を作らないままにいたずらに「英語勉強したいんです〜」ってのはあまり意味がない。だって落とし所がないからだ。そういう英語の学び方だと結局だらだらと学校に行くだけで失敗を恐れて街で使うことも出来ず恥ずかしくて地元社会にも入り込めずにいれば、そりゃ英語は伸びないわな。

 

外国語、とくに英語を学ぶって場合は大人になってからどれだけ学んでもやはり発音や正確な理解には限度がある(例外はある、外務省にはすごい英語使いがいるらしい)

 

昔ぼくが香港で夜のアルバイトで日本語を教えていた時、生徒は多種多様だった。40過ぎのおばちゃんがいかにもさっきお店から来ましたって格好でちょこんと座ってる。「何を学びたいですか?」と聞くと「おかゆの種類と味の説明。それだけ分かればもういいから」だった。

 

わっかりやす〜。まともに学問も学んでない裏通りのお粥屋のおばちゃんが戦略を立てて「おかゆの営業」の為に日本語を学びに来る。2ヶ月もすれば彼らは学ぶべきことを学び学校を辞めて仕事に戻る。

 

香港のお粥屋で見かけるヘンテコな日本語表示を見ると日本人は最初きょとんとして次にあ〜あと思うが、あれの責任の一端は僕にもあると思う(笑)。もちっと学んでくれれば、「おかゆ」が「おかわ」になることもなかったのだが・・・。

 

これからニュージーランドで生活をする人は日常生活で当然のように英語が必要になる。その時にまず理解すべきは外国語を学ぶのも戦略であり何をどこまで学びたいか領域を明確にしておかないと、いつまで経っても何を言いたいか分からない英語しか身につかないと思う。

 

先週友達と飲みに出た時に日本人の集まるバーがありそこでわいわいと情報交換しながら飲んでたら、2つほど離れたボックスで二人組のおっさんが女の子相手に威張った顔で「おれさ〜、香港にいてさ、広東語出来るんだよね〜」と言い出した。

 

「へ〜、すごいですね、何か喋って下さい!」と予定調和の回答を受け取ると彼はいきなり「ンンゴイ、や、いーさん、せい、んー」と数を数え始めた。「ありがと、いちにいさんよん」だ。10まで言ったあたりでふーふー言いながら「ほら、出来るだろ〜!」だって。優しい日本人の女の子は予定調和で「あ、すごいですね〜」

 

ぼくは隣の友人に「おい、あいつに112って何て言うのか聞いてみようか?それとも“今日の天気は良いですね”って何て言うのか聞いてみようか?」笑って腰を上げそうになる友達の手を隣に座っていた女の子が苦笑しながら押さえて「やめてくださいよ〜!」

 

言葉は所詮武器であり武器自慢をしても何の意味もない。おれんち金持ちだし〜って言うような空疎な空威張りにしかならない。

 

大事なのはその武器でどのような戦いが出来るかだ。その意味で香港の小学校しか出てないようなお粥屋のおばちゃんは明確な戦略を持っており日本の一流大学を出た駐在さんはあまり明確な人生戦略を持っているとは思えなかった夜だった。



tom_eastwind at 19:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月02日

政治家

りょうまくんが今日は嬉しそうに僕の迎えの車に乗り込んできた。「ねえねえお父さん、今日はとっても楽しかった〜、あのさ、歌を歌ったんだけど、審査員の先生に“りょうまくんは自分の声帯と選曲が良いから聴いてて気持ちいいわね」って言われたんだ〜」

 

なんじゃそりゃ?そう言えばここしばらくりょうまくんがIphoneをマイク替わりに右手に持って音楽に合わせて歌って録音して練習してたな、なるほど学校の授業でこんなのもやってるんだな。

 

「へ〜、先生がほめてくれたんだ、良かったね」というと「違うよ〜、みんながすごいね〜って言ってくれたんだ」とニコニコしながら言ってる。

 

「それってもしかして人前で歌ったの?」

「そーだよ〜」

りょうまくんは面白いほどに「ものおじ」をしない。どこでもなんでもどんどん突っ込んでいく。日本人の、悪い意味で言う恥を気にしない。日本人の場合は99%出来てもまだ「え〜、恥ずかし〜できませ〜ん」という。

 

けれどりょうまくんはやっぱりこっちの学校で育ったせいか、他人の目を全く気にせずに自分のやりたい事をやる。出来るできないではなく、まずやってみる。それで失敗すればもう一回やればいいや、最初から成功なんかするわけないしって考えている。

 

ん〜、考えているってのは正解ではないかもしれない。りょうまくんの場合は何も考えていないからだ(笑)。理屈でどうのこうのとか、こう考えてみようとか、そんな小難しい事は一切考えない。

 

「人前で歌えば失敗すれば恥ずしい、だから歌わないなんてのは成長にとってマイナスじゃないか」なんて理屈さえ存在しない。歌いたい、だから歌う。皆が聴いてくれて喜んでくれるともっと気持ちいい、ただそれだけ。

 

この子、香港の幼稚園とニュージーランドの小学校で正式に自閉症と認定されて政府から補助金もらってて11歳過ぎてやっと普通学級に入ったけれどそれでも最初の1年くらいは全然周囲と会話が成立しなかったくらいの国際的自閉症だったのだが、最近はすっかり人が変わったように毎日をケラケラと笑って周囲と楽しく遊んでいる。

 

この子には友達の肌の色が白とか黄色とか全く目に入らない。みんな友達なんだし楽しくやろうよ、そう本気で信じることが出来る子供になった。

 

これもある意味ニュージーランドの障害児教育のレベルの高さだと思うしこうやって人前で堂々と歌えるなんて親からすれば嬉しくて仕方ない。「ほら、やっぱり言ったとおりでしょ、坂本龍馬も子供の頃はおねしょしたりぼけーとしたりしてたけど若者になった瞬間に急に人間が入れ替わったように明るく楽しい元気な青年になった。それと同じだよ、ずっと昔から言ってたでしょ」って昔りょうまを馬鹿呼ばわりした連中に言いたい。

 

子供の時から親の顔色見て育って小利口に回りを立ち回り学校で良い成績を取って回りを蹴落として大学まで行き優秀な企業に入社したけど結局は自分ってものがないし周囲と仲良くして全体を盛り上げようよってのが出来ない小利口バカは目先の自分の利益しか理解出来ない。

 

偶然だけど今朝奥さんに会社まで送ってもらう車の中で「ねえ、りょうまくんは法律の勉強してから政治家になるってのもありよね〜」と言い出した。へー、うちの奥さんがこんな事言い出すのも珍しいなと思って聞くと、彼女は最近りょうまくんの変わり様にいろんな将来の選択肢が広がったようで、その中で世の為人の為って考えればやっぱり政治家いいかもね、あの子の性格にも合ってるしねと考えているようだ。

 

ニュージーランドでは日本のような二世政治家がいない。政治家はあくまで国民の代表として働く人間であり偉くもなくバカでもない普通の人間である。お金儲けであればもっと他の仕事があるわけで、子供に財産を残すなら家族信託を作れば相続税はゼロである。

 

なのに政治家をするってのは自分がやりたい事が国民全体の利害調整だし自分が出来ると思うからだ。そこには自分が儲けようとかの発想はない。技術的な事は官僚に任せれば彼らが計算してどの選択肢ならどうなるかと提出する。政治家はそれを見て国民の視線で「じゃあこれで行こう」と決断する。それが政治家であり官僚である。

 

地盤看板カバンを残そうなんてのはある意味政治活動において最低の動きである。政治が商売になってしまい最後は誰がたくさん手下を集めたか、餅代を払えるか、選挙時の弾丸をくれるかしかない。

 

そしてその政治家を押すのは地元に利益を誘導したいだけの後援会会長のハゲチャビンだ。偉そうに政治がどうのというが要するに地元に利権を引っ張りたいだけであり全体最適を全く考えていなかったから今の日本がこんな無茶苦茶になった

 

ぼくはりょうまくんが大好きだが、それは彼が学校の成績が中の下だからでもついこの前まで特殊学級に通ってたからでもなく要領が悪いからでもなく、とにかく他人の気持ちを考えることが出来る子供だからだ。

 

もうかなり昔の事だが僕の友達がオークランドで居酒屋をやってた。お昼時はどこの店もやってるように店の前にお弁当を積み上げておいた。そこに通りがかった中年の髪ぼさぼさの浮浪者。少し酔ってるのか疲れてるのか、ふらっとしながら体を動かして積み上げていた弁当の一番上にあるのを取ってそのまま歩き去ろうとした。

 

当然店主は怒るわけで店を飛び出して「こら、金払わんかい!」となる。それでもふらふらとするだけの浮浪者。

 

そこに偶然通りがかったきちんとした身なりのビジネスマンがその光景を見て近寄ってきて「あ、ごめん、彼は僕の知り合いなんだ、弁当買う金を持ってくるのを忘れたようだね、大丈夫、僕が彼の代わりにお金を払うから。さ、このお弁当いくらいだい?迷惑かけてすまなかったね」と謝る。

 

びっくりした店主は「えっと、9ドル・・」と言ってお金を受け取り、浮浪者はそのまま去り、ビジネスマンも何事もなかったように去っていった。どう考えても浮浪者とつきあいがあると思えないビジネスマンがたまたま目の前で見た出来事を誰も納得できるように解決しようとする。

 

「法律ではこれは窃盗で〜」とか「社会主義においては誰もが平等で〜」とか、そんな小難しい理屈ではない。今目の前にある状況でどうやって皆が幸せになれるかを考える、それが肌で分かる人間が世の中を良くしていくと思う。

 

ところが今の日本では、自分だけが儲かればいいとか親が政治家だから俺も政治家になりましただとかおらが村に新幹線通すためにおらが村出身の政治家を使いおらが村だけの利益を考えるとかの結果として日本という国がズタズタにされているのではないかと感じる。

 

ニュージーランドの政治汚職が世界で最も少ないベスト3に選ばれたりするのは偶然ではないしやはりその背景に何かあると思う。この国で子供を育てて分かるのは、他人との競争ではなく自分との競争を楽しみながら努力出来る人材を作れる仕組みである。

 

もちろん怠ける子供は結局怠ける。自分との戦いに負けて浮浪者になる人もいる。そんな浮浪者に対して自分のポケットから直接9ドルを支払い名前も言わずに「富の再配分」を行う人もいる。

 

口先だけの平等論や偉そうな資本主義者が本当に日本を良くするのか?あり得んな。大事なのは実行力であり、それは日頃からやってないと何かあった時に絶対に出てこない。そしてその実行力とは考えていては間に合わない性質のものだ。

 

りょうまくんがこの国でもうすぐ15歳になる。車の免許を取れるようになる。次は出来れば大学かな。行かなくてもきにしないけど、彼の性格に合った仕事、社会と楽しくうまくやっていける仕事を見つけてくれればと思う、例えそれが政治家であれ。



tom_eastwind at 18:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年05月01日

日米共同宣言

★抜粋開始

【ワシントン時事】野田佳彦首相は30日午前(日本時間1日未明)、ホワイトハウスでオバマ米大統領と会談した。両首脳は、日米がアジア太平洋地域の平和と繁栄に「役割と責任」を果たしつつ、地域の秩序づくりへ連携していくことで一致。軍事・経済両面で台頭する中国をにらみ、安全保障協力を進展させる方針を確認。両首脳は会談後、共同記者会見に臨み、包括的な同盟深化に向けた共同声明を発表した。

★抜粋終了

全部取り上げてたらそれだけで一冊の本になるので本文は下記をお読み頂くとして。

http://i.jiji.jp/jc/i?g=pol_30&k=2012043000239

 

ポイントだけ拾って「こう読む」を入れてみたい。但しこれは新聞からの「伝聞」なので入手情報に違いがあればお詫び。

 

 首相の公式訪米は、2009年9月の民主党政権発足後初めて。両首脳は会談で、同政権下で揺らいだ日米関係を立て直し、新たに発展させる足掛かりを築きたい考えだ。

★小沢と鳩山の急速な中国寄りに頭に来たペンタゴン系が鳩山を普天間で蹴落とし小沢を告訴して、民主政権後急速に中国寄りになった日本を引きとめようとした。ペンタゴンの戦闘は成功したが時代はすでにオバマを支持するモンロー主義者の時代だ。

 

両首脳が日米関係を立て直すってことは、オバマも「うちの跳ねっ返りが悪かったな、おれは日中関係も一定の範囲内で認めるしアジアから米国は引くし小沢も無罪にしたんだから、長い付き合いなんだからもちっと話し合いながらいこうぜ」だろう。

 

野田首相はそれに対して「日本は元々日米同盟だし俺も一気に中国に偏るなんて考えてないっすよ、お互いこれで次の選挙に勝ったら長期政権、仲良くやりましょう」となる。

 

野田にとってはこれで次の選挙で首相が継続出来れば良いし(日本の首相選出に米国が無関係だった事は戦後何度あったのだろうか?)オバマとしてはこれから古き良き製造業の時代に戻り輸出先に日本を出来ますよってメッセージを国民に送れるから秋の選挙に向けてプラスである。

 両政府が取りまとめた共同声明は「未来に向けた共通ビジョン」と題し、日米同盟を「アジア太平洋地域における平和、安全保障、安定の礎」と位置付けた。

これはアジアから米国は引くけどこれかも日本とは仲良くしたいねって儀礼的なお話。ポイントはここから↓。

 

その上で、こうした課題を実現するため「あらゆる能力を駆使し、われわれの役割と責任を果たす」と明記。

★アジアって言葉が曲者だけどそれはあとで分かる。まず「あらゆる能力」とは外交能力、特に外交の先端にある圧倒的な軍事力を保持していこうね、であることが分かる、お互いに出し合おうね、これをどう実現するかって部分で次の「役割と責任」ってのが骨で、日米は今せっせと日本自衛隊の司令基地と厚木とかの米軍司令基地を同じ敷地内に移転させて自衛隊即応部隊は実質的に米軍の中国抑制力になるって意味だ。

 

米国の役割は戦い方を教える、つまり米軍の圧倒的な情報収集力によって得たミサイル発射情報や中国海軍情報を教えることであり、日本の責任とは“金出せ”だ。今回の追加予算だけでも300億円という数字が簡単に日本側から思いやり予算として出てきてる。普通300億円あったら何が出来るかな?

 

オバマ政権のアジア太平洋重視路線を踏まえ、日米が手を携えて同地域の秩序づくりを主導する姿勢を鮮明にした。特に、安全保障面では、先に発表した在日米軍再編計画見直しの中間報告に沿って、中国の海洋進出を念頭に、日米がともに警戒監視活動に当たり、自衛隊や米軍施設の共同使用を促進する「動的防衛協力」を打ち出した。

★ここがコツであり上記の文章の具体的裏付け。米軍と日本自衛隊は太平洋においてひとつの軍隊として戦いましょう、けれど命令を出すのは米国ですよって事。

 

★一方、野田政権が交渉参加を目指す環太平洋連携協定(TPP)に関し、共同声明は「2国間協議を引き続き前進させる」と言及するにとどめた。会談で首相は、国内の根強い反対論や慎重論に配慮し、交渉参加表明を見送ったとみられる。 

★ここはどじょう踊りです。どじょうは「いやちょっとさ、国内まとめるのに時間頂戴よ、てか何か良い案を米国から出せるかな?」って駆け引き。もちろん実際に裏で操ってるのは外務省だが、ここで無理にTPPを出さないところがうまい。

 

★会談では、長距離弾道ミサイルを発射し、核実験の強行が懸念される北朝鮮情勢についても協議し、引き続き緊密に連携して対処していくことを確認。

★これも大きなコツで、北朝鮮はこれからも締め付けようぜ、中国経由でね、なんだが、ぼくは正直言って北朝鮮の暴発が原発よりも怖い。北朝鮮の独裁体制は独裁者がチャウセスクのような死を迎える恐怖から逃れるためには平気で日本にミサイルを撃ち込む。外交の通じない相手であり中国を巻き込んでしっかりと緊密にやってもらいたいと思う。

 

どこの国でもそうだが自国民に愛国心を(表面的にでも)持たせるのは外国との戦争だ。北朝鮮が国民を固めるなら日本を敵国にすればよい、だからいつドカーンとくるか本当に読めない。中国が「あいつらやべーな、政権交代!」と言ってる準備している間にミサイルが日本に落ちたらそれだけでこっちは多数の死者を出すのだから、これは本当に気をつけてやって欲しい。

 

★このほか、民主化努力が進むミャンマー情勢やイランの核開発、治安が悪化するアフガニスタンへの支援問題も議題になったとみられる。

ここでやっと鳩山さんが中東訪問をしたのかが見えてくる。冒頭に出てくる「日米同盟をアジア太平洋地域における平和、安全保障、安定の礎にする」というのは、北東アジアで中国相手にどうこうだけじゃなくてイランやアフガニスタンまでよろしくって事だ。イラン、イラク、アフガニスタンなどはすでに米国の話を聞かないしイスラム国家として独立していく。その時にアジア全体でうまく固まってね、つまり中国の労働力と日本の技術力とロシアの暴力で抑えて欲しいって事だろう。

 

ミャンマーについてもアジアで大量の若者を抱えて低賃金で雇える市場として解放しようぜ、おれたち白人が表立って行けばベトナム戦争の再来とかトゲたつけど、民主化をお題目に日本などが行けば何とか格好つくじゃんか、だからよろしく〜でしょうな。もちろん最初に工場を作るのはナイキであろうが(笑)。

 

それにしてもぼくからすればイランやアフガンなどはアジアと思ってないのだが欧米から見ればスエズ以東はアジアとか、全く関係ないお荷物押し付けやがって、けど日本外務省からすればあそこって石油が採れるから何とかその線でどうにかなるかなって事だろう。

 

★両首脳は、民生用原子力や宇宙分野の日米協力などを盛り込んだ関連文書も併せて公表した。(2012/05/01-03:27

記事はこれで終了。原子力を進めていきますよって宣言は分かるが宇宙は具体的に何を指しているか分からない。

 

けどまあここ数年の外交にしては時期も良かったのだろうが、それなりに相手からきちんとした言葉がとれたのではないかって気がする。

 

My Word is My Bond” という古い英語がある。白人、特に英国系ってのは個人的に良い奴が多いし、ビジネスでも約束した事はわりかし守る。(仕事が上手かどうかは別だ)。個別の案件では基本条件がまとまっただけでありここから日本外務省のどじょうのようなぬるんるんとした駆け引きが始まり、いつの間にか最初に決めてた事と違う方向に動くことがある。

 

大事なのは穴の中に入った相手を引っ張りだすことであり、出してしまえば官僚は強い。いろんな評価がこれから出てくるだろうが、第一報を聞く限り「ほお、よくここまで押し込んだな」って思った今日の時事通信であった。

 

ついでに言えば、時事は通信と言うくらいなのだから他社よりも早くネットデビューしたらどうだろう。速報性と国際報道分析に限定すれば食っていけるのではないかな。



tom_eastwind at 13:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌