2012年06月

2012年06月30日

ELEMENTS

香港で午前中の仕事が終わり、午後はホテルの入ってる大型ショッピグモールであるELEMENTSを歩いてみる。九龍側のモールとして最も規模が大きいのではないかな。それにしても目立つのはサービスの良さだ。

 

ぼくが住んでた頃の香港のモールは見た目は立派でも受付に行って「すみません、この店どこにありますか?」って聞くと可愛い顔した受付の子がにこっともせずに、いかにも「あなたが知らないものを私が知るわけないでしょ」って感じで黙ってモールのパンフレット渡されて終わり。

 

広々とした廊下は両側のお店が商品をこれでもかと表に積み狭くなり、子供たちが暴れて商品にぶつかる。歩き疲れた人が座る椅子もなくとにかく買い物終わったら帰れ又は金払ってレストランに座れって感じ。

 

サービスを受ける方も「そんなもんだろう」と思っているので気にしてない。堂々と廊下に座り込み持参のジュースを子供に飲ませている。

 

ところが新しいモールが次々と出来て97年以降の不景気も経験してどこのモールも「これじゃいかんな」って事でホスピタリティサービスを導入することになる。つまりこの時点で香港人は無形のサービスがお金を生むことに気づくようになったのだ。

 

それにしてもこのモール、日本で言うデパ地下のようなフードコート兼用の巨大な食料品売場を充実しているのだが、これがかなり高級品を並べている。普通の香港人の飾り気のない中国製の商品よりも日本や欧米の食材を仕入れており、豪州産のステーキ肉(原産地の4倍くらいの価格です)やスペインあたりの生ハムをその場でスライスして売ってたり。

 

ちなみに日本製品も健闘していて出前一丁が5袋入りで60ドル(約600円)。同じ出前一丁でも香港製がすぐ隣りの棚に5袋入りで19ドル(約190円)で売ってるわけでそれだけの価格差があっても日本製が売れるという事だ。

 

芋や野菜、肉などは基本的にすべて輸入なので高いがラーメンのような大量生産が可能で在庫を抱えることが出来る商品は大量買いしているのだろうと思う。ちなみに日本製のすき焼き肉やしゃぶしゃぶ肉もスライスされた状態で売られているが、これも品川のクイーンズ伊勢丹の価格の2倍以上だし豪州産の肉より高いが売れている。

 

土曜日の午後で台風が過ぎたばかりなので必然的にモールに人が集まるのだろうが、それにしても人が多い。子供が元気に走り回り両親は買い物や食事を楽しみお爺ちゃんおばあちゃんたちも椅子に座って孫の様子を見ている。

 

そう、今の香港は元気だという言葉が一番合う。胡錦濤がやってきて「格差デモ」とかやってるが香港人からすれば格差なんて当然の話である。世の中が不平等なのは事実でありその事実をなかったコトにして否定しようとせずに自分の腕一本で上に登って行こうとする。誰もが上に登ろうとするからその結果として社会全体が成長する。

 

いつもぼくが言う上向きの平等が香港では実現している。それが共産主義のせいなのか放任主義の英国時代の伝統からなのかは学者が分析することだろうが、ぼくのような現場の街を自分の足で歩いて感じることは、香港人の場合は現実分析から始まって現実をどうやって理想に近づけようかとする。

 

それに対して日本人は理屈が最初に来て例えば格差が悪いからなくせとか、そんな出来もしない事を要求する。その結果として他人の足を引っ張り最終的に誰もがそうすくみになり新しいものが生まれなくなる。

 

誰もリスクを取らず新しいことをせずただ年をとっていくだけの国では、そりゃ元気も出らんぞ。香港が成長する一番の理由は国民のビジネスへの挑戦を国家が邪魔をしないという事だ。

 

税金だけ払ってもらえば結構、あとは自由にやってくれ、その代わり失敗しても政府はケツ拭かないよ、自己責任だとなる。だから人々は何度も挑戦しては失敗してまた挑戦していつか成功の日を夢見ながら自分の力で頑張っている。

 

だからこの街の人々は個人力が強い。一人ひとりが考え方も独立していて自発的にいろんな事を学びそれをすぐ自分のビジネスに適用させる。うまくいかなくても「無問題」、にこっと笑ってまた街に飛び出していく。

 

ELEMENTSの特徴は今まで香港に出店していなかったようなブランドが出店してきている事だ。時計屋さんなんか、一個300万円くらいのやつがごろごろと並んでいる。プレゲの現物を見て「ほー、これがプレゲか〜」と思うのと「何じゃこの値札、ゼロが一個多すぎるぞ!」とか思ったり。

 

香港は中国に返還されたがそれをぐだぐだ言わず逆に中国の金を引っ張りこんで成長している。モールで北京語が話せないと仕事にならないくらい大陸からの客が集まっている。腹の中では「くそったれ成金大陸人め!」と思ってるのだが札束に罪はない(笑)、にこっと笑って歓迎降臨、高級時計を売りつけているのだ。本当に商魂たくましい。

 

このモールの特徴は中国直行バスのターミナルがショッピング階と同じフロアにあることだ。面白いのだがターミナルに一歩足を踏み入れた瞬間にそこは大陸中国の匂いがする。独特のスパイスの匂いがある。

 

ぼくが初めて中国に行ったのは1970年代最後、文化大革命が終了してすぐの頃で、北京では人民服を着て自転車に乗って工場に向かう人の群れにびっくりしたものだ。上海では第一百貨店でさえトイレにドアがない。

 

それから中国との縁があり雲南地方や軍事秘密のために地図が白紙になっているようなところも行った。当時は軍隊のジープで移動することもあった。1990年代の成長する上海ではヤオハン上海店の立ちあげの際にヤオハン香港から100名ほど社員を連れて鍬入れ式にも行ってきた。中国の変化をまさに現場で見てきた。

 

土曜日の午後、子供が賑やかだ。老人も楽しそう。お父さんとお母さんは疲れた顔ひとつせずニコニコしながら子供たちと遊んでいる。

 

明日は返還15周年だ。一国二制度が終了するまであと35年ある、それまでたっぷり大陸人が絞りとってやるって雰囲気がバリバリのELEMENTS。35年後に本当に制度が変わるようだったらその時は移住だ。

 

35年後の主席が誰かも分からないしどうなるかも分からない。けれど一国一制度にするぞと言って共産党が乗り込んできたら、そこには誰もいませんでしたって笑い話になるかもしれない。



tom_eastwind at 22:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月29日

1997

★記事開始

中国の胡錦濤フージンタオ国家主席は29日、英国植民地だった香港が中国に返還されて15周年を迎える7月1日を前に香港入りした。

 胡主席は一連の記念行事で、香港に「高度な自治」を認めてきた「一国二制度」の成果を強調する。胡主席の滞在期間中には香港、中国政府に対する大規模デモが計画されており、厳戒態勢が敷かれている。

 胡主席は空港で、「香港は返還から15年で、一国二制度の実践により常に豊かさを増し、発展してきた」と記者団に述べた。

 しかし、市民の間では、貧富の格差拡大などにより、香港政府への不満が高まっている。毎年7月1日に行われるデモの参加者は今回、過去最多とされる03年の約50万人に匹敵する規模となるとの予測もある。

20126291811  読売新聞)

★記事終了

 

あれから15年にもなるのか〜、感慨深くなりますね。この街を離れたのが1996年、奥さんが「97年に中国に返還されたら出国禁止される」と本気で恐れてニュージーランドに戻る事を決めたのだが、落下傘降下でオークランドで会社を興して、そのへんの苦労は昔話だが、昨日の夜香港に到着。

 

今日は九龍側でアポイントが一件あり、明日もう一件で香港の仕事は終了する。香港が97年以降発展したか?ぼくが知っていた頃の香港ほどではないが日本よりは数段発展が優れている。この街の発展の一番の原因は、この国を愛している愛国者が居ないという事だ。

 

香港は基本的に外人の集まりだ。中国各地から流れてきた人々がいつの間にか大きな流れを作って現在の香港人を形作っている。潮州人、上海人、広東人、様々な地方から集まってきた彼らは自分たちを国家としての香港人という認識を持っていない。

 

無論香港人であり大陸中国人とは絶対に一緒にするなって無限のプライドは持っているが、じゃあ国家としての香港を愛しているかというと、それはない。自分の生活する街として好きだけどお上が中国人になるなら出ていくさ、って事で1990年代には返還後の一国二制度を信用しない香港人、当時600万人のうち60万人が海外に移住した。

 

行く先はカナダ、オーストラリア、英国、ニュージーランドなど英国連邦の国が多く、彼らは移住した街で自分たちの中国人社会を作り上げた。シドニーもオークランドも中国人街がわりかし新しいのに気づく人は多いだろう。カナダのガスタウンの近くにあるチャイナタウンとかサンフランシスコのチャイナタウンとは全然違う。

 

あれは移民の時期が違うわけで、1800年代後半の清朝の圧政から逃れて来た中国人が初代チャイナタウンを作った。当時のオーストラリアとニュージーランドはアジア人排斥をしておりどちらの国でもチャイナタウンが出来ることはなかった。唯一1860年代にゴールドラッシュで賑わったダニーデンとアロータウンに中国人の名残があるくらいだ。

 

香港はアヘン戦争のために英国植民地となり、移民する必要がなくなった。それから約100年後、1990年代に香港人の大移動が「中国返還」と共に広がった。

 

ぼくが香港で過ごしたのは1991年から1996年までで、それなりに仕事も生活も充実していたのだが奥さんの鶴の一声で落下傘〜まあいいや、川の流れに身を任せましょうって感じで今に至るのだが、今でも香港は一国二制度が続いている。その意味で中国政府は息の長い政治をしているなと思う。

 

ぼくの奥さんは中国人であることを誇りに思っているから現在の共産党中国や薄汚い中国人に対して僕以上に嫌悪感を持って接している。日本人のぼくからすれば「そんなもんでしょ中国人なんて(笑)」なのだが、そんな事を口にすれば奥さん激しく怒る。愛するがゆえの怒りなんだろね、

 

奥さんが愛しているのは中国という故郷であり大地であり香港という自分が生まれ育った街であるが、政府や政治は大嫌いだ。ジョン・ル・カレの名作「スマイリーシリーズ」でも、中国を密出国した中国人が「政治が抱けるか?政治が食えるか?」と中国に残った兄に怒りと共に問いかける場面がある。

 

それなのに香港は発展した。それは簡単に言うと割り切っているからだ。政治家は所詮悪いことをする連中、自分たちの仕事の邪魔をする連中、ならば最初から性悪説で対応すればいい、出来るだけ近づかない、距離を置いて接することだ。

 

そして政治家を選ぶ際はとにかく悪いことが出来ないような仕組みにしておいてから後は彼らに勝手にやらせる。このあたりが徹底的にドライだからうまくいく。

 

日本の場合はこのあたりがどうしても「愛国心」とか「逃げた」とかの言葉にごまかされて、実は自分が政治に騙されていることに気づかない。

 

故郷を愛しているが政治を愛していない香港人が60万人も海外に移住した。彼らは移住した先のそれぞれの街で中国人街を作りゼロからビジネスを作り上げ旧正月には龍でお祭りを楽しむ。

 

政治と故郷は別物。政治は性悪説で対応する、このあたりがとても明確な中国人は、現実に対応するのがとても上手い。

 

「理想」とか「べき論」とか、抱けも食えもしないものを実行力のない人間がうんざりするほど語っているのがまさにいまの日本ではないだろうか?

 

今国会では次々とヤバ筋の法律が通過した。まだどうにかなると思ってる間に足元はコンクリートで固められて動けなくなっていく。自分に力のない人間、他人に頼ってどうにかと思ってる人間、2017年に向けて日本は一気に急降下していく。



tom_eastwind at 23:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月28日

観察衛星

実は地球は宇宙人の観察衛星であり、いつでも壊せるとすると、中国共産党もNZも知れば不幸と恐怖を感じる〜人の幸福とは計るものなのか?基準がないと幸せではないのか?

 

「素晴らしき新世界」にコメントを頂いたのでちょうど良い、これをお借りして抜粋利用させてもらい少し説明したい事がある。上記の文章は前半と後半にわかれている。分かりやすいようにまず後半からいく。もし切り口がコメンターの趣旨と違うようであれば僕に文責があるので次回のブログで訂正記事を書く。

 

幸せとは量で語れるものだろうか?「そうだ」という人もいる。チャンドラーの「長いお別れ」の中で「金があるんだ、幸せなんて何故要るんだ?」みたいな言葉を思い出した。

 

これは価値観の問題だと思う。何をもって大事とするか、その価値観は人によって違う。だから人の数だけ幸せの種類があるのだろうし、量はあまり関係ないと思う。

 

自分の価値観、その選択肢の中では真夜中でも美味しいおでんを食えるコンビニがある東京が良いのか、夕方になると閉まってしまうデパートとろくな食い物も置いてないコンビニしかないけど発言と行動の自由があるオークランドの方が良いのかって事になる。

 

ぼくの価値観の一番上に来るのは生活スタイルの自由だ。腹いっぱい飯が食える自由ではない。自分が考えた事を実行して生きていきたい。ぼくの目標はこのオークランドに日本人5万人社会を創ることだ。その為に必要であればNZの政治にも踏み込みたいと思う。

 

今の日本に発言と行動の自由がどれだけあるだろうか?セブンイレブンで筋を食べるかはんぺんを食べるかの自由はあるが人間として生活スタイルを選択する個人の自由は思い切り制限されている。一度就職するとやめられない、人生の歯車を一つでも踏み間違えると残された道は青いテント直行、下手をすれば違法ダウンロードでたいーほ、ほりえもんのように長野刑務所に放り込まれる。

 

それはここ数年警察司法により多くの国策捜査が行われ無実の人々が逮捕され、日本警察が戦前の特高警察に変身したことが明確に示している。高知事件では警察は身内を守り村木事件では情報隠蔽や改ざんまで行われた、自分たち支配側の組織を守るためだけに。

 

そのような社会で生きていたいのだろうか?いつ自分が標的になり、一旦標的になれば全く抵抗もできないまま。けれど腹いっぱいであれば何も文句はないというのなら今の日本は物理的飽食の時代なので日本が最高だから、食べ物を価値観のいちばん上に持ってくる人には、それでOKだろう。

 

もちろんニュージーランドでも様々な政治的生活的制限はある。道端で酔っ払って寝てたら警察が捕まえるしスピード違反したら罰金刑だ。政治活動の名のもとにグリーンピースが日本の船を沈めたら犯罪行為である。しかしこれは社会で生きていくための最低限の決まりだというのは理解出来る。ここまで縛りがいやならこの社会から出ていけって事だ。

 

けどこの社会では、どんな仕事に就くかとかどんな人生を生きるかとかはあまり他人に干渉されずに生きていける。この国では15歳くらいまでは厳しく躾けるけど大人になったらかなり自由が認められる。政治家になるもよし、ビジネスをするもよし、医者になるもよし、途中でキャリア変更が実に円滑に可能である(もちろんその能力は問われるが)。

 

そして二番目の、最初に書いている「実は地球は宇宙人の観察衛星であり、いつでも壊せるとすると、中国共産党もNZも知れば不幸と恐怖を感じる」だけど、これは神様の存在と同意義ではないかと思う。

 

人はだれもが何らかの物理的制限を受けながら生きている。人は現在はそのままでは空を飛べない。何らかの飛行機の手伝いなしにまだ空を飛ぶ自由はないので物理的に「飛べない」制限がある中で「飛ぶか飛ばないか」の選択肢を持てない。その意味ですべての物理的制限から自由というのは不可能である。

 

観察衛星を自然とか物理に置き換えてみたらどうだろうか?いつでも僕を殺せる存在としての自然であれば、それは毒蛇でも爆弾でも宇宙人でも神様でも何でも同じだ。

 

つまり自分が制御できない、自分より上位にいる存在に対して絶望感を抱くか挑戦しようという気持ちを持つか仲良くしようとするかではないか。

 

ここから先は神学論争みたいなものだが、ぼくは上位の存在に対して自殺=死を持って抵抗出来る。その意味ではいくらか自由がある。最初から絶望する必要はないと考えている。だから上位の存在というのを今度は父親に置き換えてみたらどうだろうか?

 

幼児にとって父親は絶対的な存在であり彼は幼児を「いつでも殺せる」立場にいる。だからって最初から絶望するか?父親に近づこうとして父親を乗り越えようとして父親と仲良くなる、そんな神学論争があっても良いのではないかと思う。

 

自分より上位の存在がある、だからどこの国でも同じってのは、どうなのかな。絶対的上位の存在があっても物理的制限の中で中国なのか日本なのかニュージーランドなのか豪州なのか、十分に選択の自由が残されているのならぼくはそんな制限された人生でも生きてみたいと思う。

 

壁を見て止まるべき制止ラインと考えるのか乗り越えるべきものと考えるのか、発想の違いだ。ぼくは壁を見れば乗り越えたいと思う。例えそれがとても危険な事で死ぬかもしれないとしてもそれが僕の価値観なのだから仕方ない。

 

そうやって壁を乗り越えた遥か彼方に大海原が広がっているかもしれない、そう考えたら人生が楽しくなるじゃんか。わくわくしてこないか?壁の内側で每日「出来ないよそんな事・・」とかぶつぶつ言うよりも、まずは夢や希望をもってやってみよう、それから考えよう、そう思う。

 

だって命って一つしかないし、それだっていずれいつか消えて行くのだから、それだったら早いか遅いかだけだ、だったら自分のいちばんやりたい事をいつもやっていよう、そう思って生きている。



tom_eastwind at 12:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月27日

ロープを手放す勇気

ニュージーランドは冬に入った。数日前から南島では大雪が降り道路閉鎖が続き、北島でもスコールが続いている。

 

ただこのスコールは日本の梅雨とはちょっと違ってて、一日中とろとろと降るわけではない。頭の上に真っ黒な雲が来たかと思うとどっかーん!って感じで叩きつけるような雨が降るが10分もすれば雲が抜けて晴れ間が広がる。

 

けどそれから10分もすればまた黒雲が来てどーーかあん!と雨が降る。ほんとに南太平洋のスコールだ。雨といっても横殴りなので傘を持っててもあまり役に立たない。なのでこのような時は雨が抜けるまで軒下でのんびりして、抜けた時に移動するのがいちばん。

 

ぼくが説明会でよく「冬場でも傘を使わないキーウィ」と説明するのは、雨が振ってしまえば傘が役に立たないしちょっと待ってれば雨が抜けるという特徴がある。もひとつ言えば大気が思い切りきれいなので、彼らは雨が降っても洗濯物を取り込まない、何故なら「すすぎ」をもう一回やってる感覚だからだ。

 

そんな事を考えながら日本食レストランで昼ごはんを食べようと軒下をくぐりながら移動する。その店で新しく入ったキッチンスタッフさん、ずいぶん美人な日本人だけど、ほー、よく見つけたよねとかシェフと話していると、彼が「あの人、tomさんの事知ってますよ。数年前に説明会にも参加したそうですよ」と言われた。

 

その後彼女が挨拶に来て「tomさんですよね?3年前に説明会にお伺いしてその後個人面談も受けたんですよー」と言われた。彼らご夫婦はニュージーランドに移住希望だったが当時サラリーマンの旦那さんの経歴では永住権は難しく、さてどうしようかと考えていたところに当社の説明会の案内を聞いて参加した。

 

その後の個人面談でご夫婦の状況説明を受けて「今の状況ならいちばん良いのは仕事辞めて日本食の勉強をして、出来れば実際に働いてからオークランドに来ることですよ」とご案内した(そうだ、、実はぼくは人の顔を覚えるのが得意ではない・・・)。

 

そこでご主人は仕事を辞めて寿司屋に就職して料理の勉強を積み、去年末にオークランドで「調理人募集」の記事を見て募集してワークビザを取得、奥さんは自動的にオープンワークビザを取得してご夫婦でオークランドで働いているという事。

 

「ニュージーランドに行きたいんです、どうにかしてください!」という人は多い。けれど彼らは今の生活を捨てることは出来ない。今の、旦那が働きトモダチがいて、苦労をせずに生きていける生活を捨てることは出来ない。けれど「どうにかしてください!」と言う。

 

この論理の矛盾はどう考えれば良いのだろうか?移住したいんです、英語は出来ません、仕事も出来ません、それで?と聞き返したい。

 

今回偶然にお会いした奥さんシェフのように、その気になればお金がなくても(彼らに資金があるかは知らないがこのケースでは殆どお金がかからないと言いたい趣旨)ニュージーランドに渡航してワークビザを取得して収入を確保して、おそらく2年程度で永住権は取得出来るだろう、そうなれば安心してこの国の長期的な生活を構築できる。

 

彼らは安定した仕事を捨てる勇気を持っていた。新しい仕事に挑戦する気持ちを持っていた。ロープの片方を手放して次のロープに飛びつく勇気があった。

 

気持の問題だろう。不安を考え始めればきりがないし楽天過ぎてもきりがない。その真ん中辺、ロープを手放すタイミングを選ぶのは難しい。けれどいつかは判断しないと10年後に後悔することになる。やって後悔するか、やらずに後悔するか。

 

3年前にお会いした方とオークランドでこうやって偶然に再開する。良いものだ。

 

「素晴らしき新世界」に興味ふかいコメントを頂いた。回答するのに時間のかかる話だ。明日にでも何か書ければと思う。



tom_eastwind at 10:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月26日

素晴らしき新世界

「昨日の地球儀の話、結局何だったの?」と聞かれた。テーマは「時代の流れに乗ること」である。世の中を自分の身の回りの事から見るのではなくまず世界を鳥瞰して今の時代のどの地域がどのようになっているのか、これから10年で世の中はどのように変化していくか、それを理解することだ。

 

今の時代に自分はどこの地域で生きていくべきかという意味は、景気の良い地域や雇用の安定している地域で生活をしていれば自然と周囲の流れに乗ってそれほど苦労せずとも生活が成り立つからだ。

 

例えば昭和45年以降の日本で生活をするのは韓国や中国で生活をするよりはずっと楽だった。本人たちからすれば「そんな事はない、生活は忙しくてチキンラーメンが大当たりした(笑)くらい人々は忙しかったぞ!」と言いたいだろう。

 

けれど同時期の中国では文化大革命の嵐が吹きまくり数百万人の犠牲者が出て人々は毎日いつ殺されるか怯えながら10年を過ごした。自分が殺されないために公安警察に他人を密告して何とか生き残ろうとした。大学に通う若者の多くは地方の村に下放された。共産党員であっても紅衛兵に捕まって拷問の挙句に殺された。

 

お隣の韓国では当時は軍政であり非常戒厳令が何度も敷かれて1979年には朴正熙大統領がKCIA部長に射殺される事件が起こった。1980年には光州事件が起こり7000名の一般市民が負傷したり行方不明になった。北朝鮮特殊部隊による青瓦台襲撃事件も起こった、北朝鮮との戦争は今も終わっていない。

 

ベトナムでは第二次世界大戦以降続くベトナム戦争が国家を疲弊させカンボジアではポルポトによる大虐殺が行われた。アジアの近隣諸国でさえこれだけの騒乱が起こっていた。

 

★抜粋開始

代替世界システム作りの動きは、覇権国である米英のマスコミやウェブログでときどき指摘・示唆されるが、日本のマスコミには全く出ない。

 

敗戦の教訓から覇権的な動きをすべて破棄した戦後の日本では、世界に覇権が存在しないという幻想を全国民(官僚や政治家など国家の上層部を含む)に植え付ける策がとられ、世界の覇権動向から目をそむける姿勢が定着している。

 

だから日本人は「中露が米欧に代わる世界システムなんか作るはずないし、作れない」と思っている。しかし実際には今後、世界で覇権の大転換が続きそうだ。

 

日本は覇権に対する無知のために、うまく国家戦略を作れず、全体的に損失が拡大し、経済大国の地位からずり落ち、名実ともに矮小な国に戻っていく懸念が高まっている。

★抜粋終了 田中宇メルマガより 文責当方

 

世界はどんどん変化しているのだが日本ではあまりテーマとして取り上げられない。メディアも分かっているのかいないのか疑問である。

 

今の日本が進めようとしているのは、与党と野党が国会でねじれになっている状態を利用して官僚に都合の良い法律を次々と通して自分たちの望む社会主義国家をつくり上げることだ。

 

「素晴らしき新世界」は1932年にオルダス・ハックスリーによって書かれたSF未来小説であるが、同時に当時の政治的未来を予想している。本が書かれたのは米国大恐慌が起こり社会主義が台頭し始めた時代である。

西暦2004年に「九年戦争」と呼ばれる最終戦争が勃発し、終結後、全世界から暴力をなくすために安定至上主義の世界が形成された。その過程で文化人は絶滅し、西暦に代わって自動車王フォードに因んだ「フォード紀元」が採用されている。それ以前の歴史は抹殺され総統と呼ばれる10人の統治者によって支配されている。

人間は受精卵の段階から培養ビンの中で「製造」され「選別」され、階級ごとに体格も知能も決定される。ビンから出た(生まれた)後も、睡眠時教育で自らの「階級」と「環境」に全く疑問を持たないように教え込まれ、人々は生活に完全に満足している。

不快な気分になったときは「ソーマ」と呼ばれる薬で「楽しい気分」になる。人々は激情に駆られることなく常に安定した精神状態であるため、社会は完全に安定している。    ビンから出てくるので、家族はなく、結婚は否定されてフリーセックスが推奨され、つねに人々は一緒に過ごして孤独を感じることはない。

隠し事もなく、嫉妬もなく、だれもが他のみんなのために働いている。一見したところではまさに楽園であり、「すばらしい世界」である。

T型フォードの大量生産で名を馳せた自動車王フォードが神様になっている(胸で十字を切るかわりにTの字を切る)。

 

オルダス・ハックスリーは社会主義が台頭していた時代にすでにその危険性を指摘していた。人々は完全に洗脳されて自分では幸せと思い込み素晴らしき世界で生きていると信じている。

 

しかしこの「素晴らしき新世界」こそ社会主義者が目指すものだ。ほんの一部の支配者が社会をすべて支配して非支配者は自分たちが殺されるその日まで幸せなのだからそれはそれでアリなのだ。ある意味支配者からすれば完璧な世界である。

 

時代に乗るとは、その時代に何処の国で生活することが自分にとって一番良いことかを判断することである。日本のような素晴らしき社会主義国家で生きるも良し、自分で自分の人生の主人となるという怖い思いをしながら日本以外に行くも良し。

 

ただどうせ生きるなら時代の波に乗るべきだ。食うか食われるかの自由社会で戦うにしてもその社会が成長しているなら戦いののりしろがある。昭和後半の日本のようなもので社会そのものが成長している時、その社会には優しさも鷹揚さもある。

 

成長のない社会では誰かが一人だけ得をしてないかと、人が人を監視してすぐに「不公平だ不平等だ!」と訴え、街でちょっとしたことで喧嘩になりナイフを他人に突き立て、誰とも親しい関係を作れない殺伐とした生活を送ることになる。

 

どのような人生を送るにしてもそれはその人の自己責任であり自己判断だ。あなたにとっての「素晴らしき新世界」がどこなのか、自分の住む街だけしか選択肢がないと思わず、地球儀を見て自分がどうするべきかを考えてみよう。そして自分の力だけでなく時代の力も利用して波に乗ってみよう。

 



tom_eastwind at 19:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月25日

地球儀

エジプトでム(モ?)スリム同胞団の代表が選挙で選ばれた。昨日ベッドの中で観た夢は地球儀。東はイラクから始まりイスラム国家がそれまでの独裁政権からグギつぎとドミノ倒しのようにイスラム政権に移っていく。

 

現在中東で起こっている革命はすでにリビア、エジプトなどを転覆させてイラクやアフガニスタンからは米国が撤退しパキスタンは米国のカイバル峠利用を禁止した為に米軍はロシア領を通って撤退することになる。

 

ドミノは次々と広がりイスラム穏健勢力であるムスリム同胞団が最終的には大イスラム連合国家を作ることになるだろう。この際にキーとなるのがトルコだ。元々オスマン・トルコ帝国は中東を支配していたが第一次世界大戦の敗退で欧米にその覇権を奪われた。

 

しかし今米国が中東支配から撤退することで19世紀の夢、イスラム連合国家が蘇る。そうなると困るのは米国寄りのサウジアラビアだ。この国は、というより王家は米国寄りだが国民はイスラムでありその意味でいつ革命が起こってもおかしくないが、何故かまだ起こっていない。

 

今回の革命の特徴はインターネットによる情報共有だ。ネットの管理は米国によって行われている。シリアでは未だ戦いは続いているが、欧米はシリアをすでに悪者にして革命勢力に肩入れしている。

 

ネットはその気になれば米国によって封鎖できる。シリアがやってたこととサウジアラビアがやってることは同じだ。けれど欧米の人々はサウジ独裁国家については何も語ろうとしない。これから語るのか?

 

そうなると次に問題になるのがイスラエルだ。彼らは周辺のイスラム国家と妥協して平和国家になるのか、それとも徹底的に戦い核爆弾を使うのか?このあたりが見えてこないが、現実的な見方をするユダヤ人であればおそらく米国に捨てられた事に気づいて周辺国家と妥協していきパレスチナ国家建設に同意するだろう。これで中東のイスラム圏がいっちょ上がり。

 

EUはギリシア危機を引き金に崩壊すると言ってる人が多いが僕はそう思わない。逆にこの危機を利用して通貨統合から更に踏み込んで財政統合までいくだろう。ギリシア国債が危機と言ってもその危機を作り出しているのはQEによってFRBからばら撒かれた札束を使って「売り」を仕掛けている米国のファンドである。

 

しかしその目的は、米国自身が抱える債務危機の目先をそらすだけの作戦でありオバマが再選されて軍事費の縮小と製造業への回帰が明確になればいずれ収まる。その時に漁夫の利を得るのはメルケルだ。

 

米国は世界の警察から撤退して昔のモンロー主義に戻る。EUは一体化された連合体となる。地球儀を東に回すと中東はイスラム連合国家が出来上がる。中国は肥大化するが日本を中心とした大東南アジア共栄圏=真珠のネックレスス国家連合は海に出ようとする中国と対等の立場でアジアの繁栄を構築することになる。

 

ロシアは西の端を欧州に、東の端を中国と日本に繋がっており、自国の繁栄のためにその軸足を欧州に移したり中国に移したりしながら成長していくだろう。

 

北半球の今後はそれぞれの地域ごとに自立した政策で動いていく。そうやって地球儀を見ていると地球から自分の体が浮かび上がって、じゃあぼくらはどこにいるべきか?というのが何となく考えるようになる。

 

その視点から見ているとユーラシア大陸の一番東のちっちゃな島の東京という場所で民主党が割れるとか、そんなの政治家の年中行事でしょ、それよりその後ろで日本を操ってる官僚が今後の日本をどのような国にしようとしているか、そこを見定めた上で自分の住むべき場所を考えるべきだ。

 

東電が実質国有化されて検査院の検査の対象となるとのこと。まさに官僚の政策のど真ん中、社会主義においてはインフラ産業は国家が直接支配するのだから。6月22日の首相官邸前デモでは主催者発表で4万5千人が集まって原発反対を訴えたがそれを取り上げるテレビは殆どなく、徹底したマスコミコントロールが行われている。

 

戦後長期にわたって米国支配を受け続けてきた日本だが、いよいよ米国が日本から撤退することになり独自路線を歩く時、その方向は確実に戦前から官僚が目指していた官僚主導による社会主義になる。

 

この社会主義においては国民に財産を持たせない。お金はすべて国家が管理して必要に応じて国民に再配分する。馬鹿な国民が個人で持ってると下らんことに金を使うから国家が管理するのだ、素晴らしいではないか、ははって感じだが。

 

今の日本の体制をガラガラポンしたいのは官僚も同様である。しかしそのガラガラポンの方向性が今までたるんでた国家を社会主義という旗印のもとに再構築するのだ。国会で次々と決まる法律はすべて官僚独裁の方向に向いているのは明確だ。消費税増税、相続税増税、所得税増税、何でもかんでも増税、とにかく国民に最低限の金しか配らず国家が資金を管理する、まさに北朝鮮と同様の動きである。

 

官僚と国家の方針に従うものには少し美味しい飴を与えて国家に逆らう連中はどんな理由をつけてでも排除する。ネットを使ってデモの宣伝なんかやる奴は今国会で通ったダウンロード法で逮捕だ・・・。

 

そうやって東京を中心とする日本から次第に体が浮かび上がってまた地球儀が見えてきた。

 

中国が大きく見え始めてゴビ砂漠から舞い上がる砂、そこに中国中部から湾岸部の工場で作られる公害汚染物が付着している。それが風に流されて香港、日本と流れてくる。日本は国内でセシウム問題を一生懸命語っているがその頭上を舞っているのは中国から流れだしてきたもっと危険な公害汚染物である。

 

中国では人の命や他人の汚れなど全く意に介さいない。工場でどれだけ公害が発生して労働者が病気になろうが日本人が苦しもうが「今がすべて、俺がすべて」であり社長は自宅でのうのうと過ごすのだから関係ない。「汚い空気は風に流されて日本に行くだけだ、おれには関係ないね、問題が表面化する前にカナダあたりに移民するもんね」くらいの感覚だ。

 

日本人が同時多発的に様々なアレルギーを発症し始めたことを誰も疑問に思わないのだろうかな?日本がだんだん黄砂に覆われていく。

 

地球儀は西に向かってゆっくりと回る。インドは何も見えてこない。何故だ?アフリカも白紙のままだ。このあたり、北半球の支配層は自分の事に忙しくて手がまわらないのか?

 

欧州の片隅の田舎の豪邸では重厚なドアの奥に集まった白人がおもむろに語り合っている。「地球温暖化ビジネスもそろそろ終わりだな。温暖化は御用学者が作り上げた嘘だってのもバレてしまったから誰も金出さなくなったな」

「日本はまだ嬉しそうに温暖化〜とかCo2〜とか言ってるが、肝心の中国が罠にかからなきゃどうしようもないな」

「よっしゃ、次は地球寒冷化ビジネスでも仕掛けてみるかな?」

「昨日のことをすぐ忘れる日本人はすぐ引っかかるだろうけど中国人はどうかな?」

ドアが閉まる。

 

ぐるぐると地球儀を回しながら自分の体が宇宙に浮かんでいる感じで目が覚めた。世界は激動している。日本というちっちゃなコップの中で水が揺れている。自分の視点をどこに置くか。何を観るか?どう動くか?



tom_eastwind at 04:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月24日

ベルリッツティーンズ

今日も小ネタ。英語に関してです。

 

ベルリッツ・ティーンズでは、大人も教える外国人教師がレッスンを担当。「英語コミュニケーション力」の習得はもちろんレッスンの中で行なうケーススタディやプレゼンテーションなどを通じて「考える力」を養い、世界各国のトピックスを取り上げたディスカッションで「異文化理解力」も深めます。これら3つの力を柱にしながら、グローバル・リーダーへとステップアップできる体系的なプログラムを提供しています。

 

ベルリッツという会社が提供している子供向け英語プログラム。良いと思う、日本人が国際化する第一歩の道具として英語は必要だ。この会社も指摘するように「英語が話せる」ではなくて「英語を使って何を話すか」を鍛えることが必要だ。

 

来週から日本出張なので先週から今週にかけて弁護士や会計士との会議連チャン。南島出身キーウィ、北島キーウィ、フィリピン、香港、韓国、それぞれ出身は違うけどオークランド大学あたりを卒業して資格を取り、まさに現場の最前線で働いている連中だから言葉がきつい。

 

きついという意味は平気で俗語”What is the plan B?”も使うし法律の専門用語”That is confliction of intrest”を持ちだしたりするし人の話を途中で区切って勝手に解釈して喧嘩売ってきたり、自分の意見をまくしたてたりとか、いわゆる英語の弁論術でかかってくる。

 

ぼくが英語をまともに覚え始めたのは28歳だから発音はひどい、あとはいかにたくさんの専門単語を並べて文法を誤魔化すかに必死。相手は子供の頃から英語環境なので、ぼくの英語を聞いて腹の中で「こいつ、ほんとに下手だな〜」と思ってるだろう、苦笑。

 

感覚的に言えば昔の中国人が日本に来て「らーめん食べるあるよ〜おいしよ〜」とかだろう。通じるけど、笑いを誘う。WorkとWalkの発音が同じだったりFernとFanが同じだったり。

 

発音と文法、こればかりは子供の頃にきちんと学んでいればな〜と本気で文部省に文句を言いたい(苦笑)。あの頃はBVの発音が同じ“びー”だった。「これはペンです」的な英語ばかりだったので、誰でも英語嫌いになったのは当然の帰結、それが文部省の狙いだったんでしょ、一般人を外国人と会話させないための〜とか、思わず勘ぐりたくなる。

 

けどまあ、故郷を離れて20数年、異国の土地で英語を使って仕事をするわけだから今更日本の英語教育に文句を言っても仕方ない。ひたすら単語を並べてしゃべるばかりだ。

 

そんな中、ある英国人紳士に言われた。「英語は流暢に喋れば良いというものではない」とは、自分で考えながら話をまとめていけば途切れ途切れもあるだろう、むしろ立て板に水のような英語をしゃべる連中のほうが信用出来ない、あいつらは自分の頭で考えて喋ってるのか?という意味らしい。

 

英国の英語使いで有名なのはやはりチャーチルだろう。常に葉巻と皮肉をくゆらせながら言葉だけで英国民を統率して見事に第二次大戦を乗り切った。戦後は選挙に落ちたりしたものの、まさに有事の統率者である。

 

日本で普通に学ぶ英語は、正確には米語と言うべきだ。米国に1800年代に移住してきたイタリア人とかでも理解出来るように、難解な英語を砕いて米語にしたのが今の日本人が学んでいる英語だ。

 

わかりやすく言えば、ブルース・ウィリスが使ってるのが米語でシガーニー・ウィーバーが使ってるのが英語だ。どちらも映画向けに編集されているが、よく聞くとその違いが分かる。もっとわかりやすくしようと思えば、CNNBBCでやってるアフガニスタンのニュースを聴き比べればすぐ分かる。

 

しかしそれでもベルリッツの指摘するように、英語を話すのは目的ではなく、英語を使って何を話すかが大事である。この点においてぼくがベリリッツに少し疑問を感じるのは、日本で普通に学校に通いながら短期の英語コースで英語的思考回路が身につくのかって点だ。

 

それにしても英語は手段である。英語を覚えることを目的としたら英語は頭に入らない。けれど何とか自分の意見を理解してもらいたい、そういう気持ちがあれば英語の上達は早い。

 

その意味でこれから移住を目的として英語を勉強する人たちは、どちらかというと発音よりも状況に合致した正確な単語を使い分ける技術と、それを並べて何を訴えるのかを明確にすることが大事だろう。話したいことを決めたら余計な話題を入れずにテーマだけに合致した単語を並べる。修飾しようとして余計な事をいうとかえって意味不明になる。

 

例えば日本では何故喫煙率がニュージーランドよりも高いか?とかを話す時に以前は政府が集めていたテラ銭(税金)だったのが今では地方税に変わったとかは余計な話なので加えない。

 

周囲に同意しやすい日本人の性格とタバコの危険性を伝えなかった政府と今更米国のように集団訴訟しようとしても誰も受けてくれる弁護士がいないとかだけでやるほうがいい。

 

それとか菜食主義者の独善的な発言を如何に潰していくかとかは結構面白い。選択の自由から入って仏教思想に持って行き、最後には「いただきます」と「ごちそうさま」を言わない白人の問題に持っていけばよい。けれど鯨・・・、これはニュージーランドでは議論しない方がいい、キーウィが唯一本気で怒るネタになるからだ。腹の中で文章を作るのは良いが発言は控えめに(笑)、TPOを大事にしましょう。



tom_eastwind at 13:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月23日

ニュージーランド産の水が日本で販売!

今日は小ネタです。

 10日ほど前の記事だが、遂にニュージーランドから日本向けにミネラルウォーターの大容量タンクによる海上輸送が実施されたそうだ。24トン相当の飲料水を日本に送り飲料水充填工場でペットボトルへの充填に成功したとのこと。

 

以前から多くの日本人が「この水、日本に送られないかね〜」と言ってたが、商業用に水を送るとなると大企業でなければビジネス的に難しい。水源の確保、輸送、日本の成分検査など、とにかく手間暇と時間とお金のかかる作業であり、ちっちゃな会社が取り組むことは事実上不可能だった。

 

今回このビジネスを手がけたのはオークランドに本社がある日系企業だが、確かにこりゃ大手だわ。ぼくらの住む業界では有名な日本人でもありながら一般的な日本人社会には殆どその存在は知られていない。

 

ニュージーランドの水が美味いのはこの国に住んだことのある人なら誰でも知っている事実だ。ぼくが最初に住んだクイーンズタウンのワカティプ湖という湖の水は、そのまま湖水の水が飲めて、これが透明で甘くて実に美味しい。南島の山裾の沢に流れる水も一切手を加えることなく飲める。

 

それは自然を守るというキーウィの長年の姿勢が今の自然の素晴らしさに繋がっている。そうは言っても1800年代後半は英国からの植民が自然など考えずにどんどん木を切って英国に送り家具にしていたのでオークランド中心地には殆ど森林がない。

 

気づいた人もいるだろうが、オークランドの海は日本のような潮の香りがしない。それは森の木や土から流れ出る栄養素がないために海に栄養が届かず海にミネラルも溜まらずにそのまま蒸留されて次の雨になるからだ。

 

南島最南端のスチュワート島に行くと非常に強い海の香がする。ここは島全体が国立公園になっており昔からの手付かずの森林と川と湾に囲まれた海が好循環して、雨→森→土→川→海→蒸発して雨→と良い連鎖がおこっているからだ。島の港に行くと水が透き通っており桟橋から見下ろすとたくさんの昆布が自生しているのが分かる。

 

ニュージーランドだって最初から自然が豊かだったわけではないし、最初は自然を破壊するところから始まった。けれど今は自然と共生することの大事さをよく理解している。白人の中では珍しいとも言える。これでもう一歩踏み込んで、人間も動物も植物もすべて自然の中では平等であり誰かが一番だなんてないんだよって分かってくれればなと思う。

 

それにしてもこれから日本でニュージーランドの水が売られるようになるのはとても嬉しいことだ。



tom_eastwind at 13:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月22日

言論統制、ですな。

★抜粋開始

著作権法の一部を改正する法律が20日に開かれた参議院本会議で可決、成立しました。この改正により、違法ダウンロードの刑罰化とDVDリッピングの違法化が加えられます。

 

違法ダウンロードに対しては、2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金。DVDリッピングについては、技術的保護手段を回避して行う複製を私的使用目的の複製の範囲外とし、刑事罰はないが違法とするということです。

 

この法改正についてはさまざまな議論があります。権利侵害を防ぐために一定の罰則もやむなしという意見もあり、一方では警察によって恣意的に運用される危険性もあります。読者の皆さんは今回の法改正についてどう思いますか。

 

参考記事

101日からDVDリッピング違法化&違法DL刑罰化、改正著作権法が可決・成立―INTERNET Watch

★抜粋終了 BLOGOS編集部から

 

この話、日本の紙メディアでは殆ど出てない。音楽のダウンロード取締りという切り口で書かれているが、海外で生活してネットが日常生活のユビキタスのようになっている立場からすれば「あ、これはいよいよ日本でのネット言論統制だな」ってすぐ分かる。

 

今時普通の人ならYoutubeを観たことくらいあるだろうが、そこにある映像を見る時に実はそれはすでにダウンロードされているという事実を認識しているだろうか?正確にはプログレッシブなんちゃら(興味のある人は検索してみてください、まともに書くには長すぎる)という技術が使われており、つまり一度見たらそれは違法になる。

 

この方法は一般市民を出来るだけネットから切り離してみのもんたに近づける政策なのだが、一般的な民主国家からすれば言論統制と呼ばれる。しかし日本ではお上が作った「著作権を守るための法律」と認識される。

 

ちゃうねん。著作権というけど、実際に音楽を作っているクリエーターはいくら金をもらっているのか?儲かっているのは流通業者である音楽事務所やレコード会社であり、歌を創りだす人は歌を作った時点でその権利を事務所に渡しているから自分の利益は殆ど残らない。

 

この法律は既得権益、円盤(CD)を売って儲けたい音楽事務所、つまり若い可愛い子を集めて政治家や有力者にあてがう連中とそれを享受するすけべ親父代議士とこれを機に言論統制を図りたい官僚の、まさに野合なのだ。

 

一般大衆がネットで情報を得て困るのは政府。ネットで音楽を聞いて困るのは音楽事務所、ネットで事実を知られて新聞が売れなくて困るのは既存新聞。彼らがチームを作ってこの法律を作った。見事な既得権益チームだ。

 

この法律は確実に一般市民をフリーネットから遠ざけることが可能になる。一般市民が使えるネットは政府によって制限された部分だけであり、それ以外のネットにアクセスすればその時点で違法、たいーほとなる。

 

もちろん警察も忙しいから誰もかれも逮捕するわけではない。けれど政府に「こいつ怪しい」と思われたらいつでもこの法律を持ってきて「別件逮捕」出来るのだ。刑罰付きですぜ。

 

このやり方(逮捕)なら、大学教授の痴漢事件とか経済学者が風呂やで他人の時計を盗ったとか、世間的にも「それほんと?」と思うよりも明確にたいーほできる。

 

非常に良く出来た法律だなって思う。まさに国民から情報の自由を奪うって意味では、



tom_eastwind at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月21日

投資移民

昨晩も夜8時過ぎにベッドに入り真夜中の「思考」をやってみる。ある人によるとこれは長考と呼ぶらしい。昼間にオフィスにいればどんなに考え事をしていても電話の音とか訪問客とか遮るものがあるが、自宅のベッドで朝の3時に脳みそだけ目覚めさせればこれは思考に集中出来る。

 

朝の3時に自然に眼が覚めてそのまま思考に入り、今考えているビジネスモデルを大きな図に書き込み計算してどう見せるかを考えて大体固まったところで4時過ぎにまた寝る。これはうまくいった。けど次がまずかった。

 

普段はこの睡眠時間で色んな夢を見る。これが一種の夢のお告げみたいなものがあり面白いのだが、今朝の夢は強烈だった。あまりに強烈すぎて、目が覚めても心臓に重石が乗ってるような息苦しさを感じた。

 

311地震に関する夢だけど、地震被害に遭った方にあまりに不謹慎であり申し訳ないが、ぼくはパラレルワールドはある程度信じているのでぼくが観た夢は多分お隣の、殆どこの世界と変わらない他の世界で起こった事実なのだろうと思う。この世界で本当かどうかはまだ分からない。

 

この夢はあまりに現実的で最後までストーリーが出来上がっておりまるで映画を観るようだった。いずれまとめて書きたいと思うが、今ではない。

 

さて今日の本題は投資移住についてだ。最近は本当に移住現場知らずの「自称」が紙に書いてる事や他人からの聞きかじりだけで移住希望者に助言をしている。

 

移民局の解釈はほぼ毎月変化している。現時点でOKなものでも3ヶ月後にダメになるなんてのはしょっちゅうだ。法律そのものは変化していないが解釈によってどのようにもなるし、それは文章化されておらずあくまで弁護士経由で移民局に探りを入れて「このケース、どうよ?」と聞くことが必要になる。

 

お客様から問い合わせが来るのは良いのだが、その時点ですでに間違った情報が入力されており、それを消し去るのがめんどくさい。

 

今回もそんなケースで投資家部門(一般的に投資家2と呼んでいる)の資金について書く。(他にも経営経験や英語力3級程度とかいくつか決まりがあるけど今日は資金についてのみ書く)。投資家の投資資金については自己資金である事が規定されている。借入資金で申請することは出来ない。

 

しかし何故そのような規定があるのか?そこには歴史的経緯があるのだからこの規程が出来た経緯が理解出来ていれば自己資金の解釈の仕方が随分変化する。その歴史的経緯が分からなければ規定に書いた事しか説明出来ない。

 

投資家ビザは150万ドルの投資を4年間続けることで永住権が即取得出来る。別途100万ドルの資金証明が必要だ。しかし本人にはその資金がない。

 

親は子供や孫のためにニュージーランドに移住してもらいたいと思ってるし資金の用意もできる。けれど親から資金援助を受けてしまえば投資家ビザの規定を満たさない。または親の資産といっても不動産であり渡すべき現金がない等々。結果的に投資家ビザ申請は出来ずとなる。

 

とまあ、普通の理屈では上記のようになる。しかし現場ではこのような場合でも申請に持っていけるケースがある。

 

ここが大事で、一般論ですべての人に同じ説明をするのではなく個別の家庭の事情をしっかり聞き込んだ上で日本の税法とニュージーランドの移民法をチェックしながら問題点を一つ一つ潰していけば可能性が出てくる(他にも経営経験、英語力など条件があるがそれは割愛する)。

もちろんすべてがOKとなるわけではない、この点あくまでケースバイケースだ。

 

法律にはすべて立法時の精神がある。これが時代によって解釈が変化する。同時に立法時の精神が生かされる可能性がある。ここが現場で実際に案件を毎日やってないとわからない部分だ。



tom_eastwind at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月20日

マザーテレサの言葉

思考に気をつけなさい それはいつか言葉になるから

言葉に気をつけなさい それはいつか行動になるから

行動に気をつけなさい それはいつか習慣になるから

習慣に気をつけなさい それはいつか性格になるから

性格に気をつけなさい それはいつか運命になるから

 

ヒンドゥーの教え

心が変われば、態度が変わる。

態度が変われば、行動が変わる。

行動が変われば、 習慣が変わる。

習慣が変われば、人格が変わる。

人格が変われば、運命が変わる。

運命が変われば、人生が変わる。

http://quasimoto.exblog.jp/

 

文頭にマザーテレサの言葉を書いたが、これ同意。人は思うことを現実化する。自分が不幸な将来を描いていたらそれは実現する。自分が幸せな未来を描いていたらそれも実現する。要するに人間は自分の思った未来を歩くのだ。

 

言霊、とでも言い換えると日本語では理解しやすいかもしれないが、出来ないと思ってることは絶対に出来ない。出来ると思ってやっているといつの間にか実現する。

 

そしてそれは、多くの一流企業の50歳代の人々の運命に影響を与え始めているのではないだろうか。みなさんも周りにいるだろうが一流企業に勤めているのに話がネガティブばかりで何かと言えばやらなくて済む言い訳に徹して人生を生きていく人々。

 

彼らは就職した事で人生成功、すべてが終わったと考えて後は無事に務め上げて退職するのみと思ってるから毎日の人生で「考える」ことをしない。自分の頭で思考をしないから自分の言葉が出てこない。

 

たまに出てくる言葉は愚痴。新橋の焼き鳥屋で同僚と愚痴をこぼして人事の話をして、それでも一流企業のプライドはあるから中小企業の社員に対しては上位であるように威張る。

 

自分で何も考えず愚痴をこぼしていれば自然と行動もだらしなくなり、タバコと肥満でずいぶんとみっともない体格になる。行動がだらしないとそれがいつの間にか習慣になり、何があってもすぐ他人のせいにする。いつの間にかそれが生活として染み付いてしまい奥さんに見透かされて愛想を尽かされているけど本人は気づかない。

 

そういう人が定年で退職となったらどうなるのだろう?

 

今週の日経ビジネスで早期退職や「アーリーリタイア」の話が出ていた。やはり普通に企業に就職して50歳まで来た人はなかなか次の人生を見つけるのは難しいようだ。

 

彼らの基本的な問題は、子供の頃から個性をすりつぶして生きる事を覚え他人と競争して追いぬくことを覚え有名大学から大企業に入るが、そのあたりから大企業ルールを身につけるようになり、使う言葉は大企業の上から目線、それが行動になると中国に駐在して地元レストランの田舎出身の若い女の子を土下座させるようになる。

 

それが習慣になると日本に帰っても飲みに行ったキャバクラで「お前さ〜、親がどう思ってるのかわかってるのか?」などと言いながら肩を抱いてる。そのうち性格になり社内でも新卒の女の子社員に向かって説教を垂れるようになり「おれのように一流大学を出て一流企業に入った連中だけが正解なんだよ、この世界で生きてる奴だけが勝ち組で、それ以外の90%は負け組なんだよ」と言うようになる。

 

そしていつの間にか空威張り、虎の威を借りる狐が生まれる。

 

しかし世の中は変わった。就業する人々約4900万人のうち、特に大手企業で社内失業と呼ばれるサラリーマンは460万人くらいいる。そしてこの層に対して現在リストラが進行中である。パナソニックやソニーが国内雇用に手を付け始めたのだ。

 

リストラの嵐の中では空威張りはまっさきにリストラの対象となる。残るにはプライドが許さない、けど能力はすでに堕落して性格は大企業病に陥り今更どうしようもなく早期退職を受け入れるが、そこから先の未来を描けない。何故ならそのような能力は大企業にいる間に失ったからだ。そして残ったものは歪んだ性格だけ。

 

日経ビジネスでも紹介するように、手に職系技術職は大丈夫だ。英語が出来るとか海外でMBA取ったとかなら生きてける。しかしそうではなくてマザーテレサの指摘するような堕落の道を歩いてきた自称エリートサラリーマンは、もう先がないのではないか?

 

「辞めたものを待つ未来」 今更過去を反省しろと言ってもどうしようもないが、彼らは組織を離れて一人で生きていくとなると、これからどんな人生を送るのだろうか。50歳を過ぎた人に「今からでも遅くない」という勇気は、ぼくにはないな。



tom_eastwind at 13:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月19日

ウィンストン・ピータース

最近お電話での問い合わせが増えている。日本から03でかかるので気軽に感じるのだろう。ただお電話での問い合わせは説明する内容が多岐にわたるため一件あたり30分くらいかかる。

 

このサービスは最近日本の企業が在海外企業向けに導入されたもので、メールを得意としない人からすると使いやすいし僕ら海外企業からしても便利なのだが、一本が話し中の際の転送とかがまだきちんと出来てない、てか、ぼくらがあまり理解出来てない(御免なさい、苦笑)。

 

なのでもし日本からお電話を頂いて「何だ、話し中か」という事もあるかもしれないのでご迷惑をおかけしますが、近日中にラインを整理しますので暫時お時間を下さい。

 

さて今日の話題はニュージーランド現地ニュース。

 

「ニュージーランドに何の貢献もしていない中国人に何故ニュージーランドが老齢年金を払う必要があるか!」

昨日のニュースでNZファースト党首のウィンストン・ピータースが演説先で主張していた

 

まさにそのとおり。ぼくのブログに刺激的な意見を寄せてくれる方がいるが、彼が聞けば泣いて喜びそうな内容である。中国人は世界レベルでトラブルを生んでいる。金になるなら何でもする、まさにこのイメージが中国人だろう。

 

ぼくが親中親韓と思ってる人からすれば「何でこいつがこんな事書くのか?」と思うかもしれないが、僕は親中でも親韓でもない、ただ国籍で人を差別するなと考えているだけだ。

 

国籍は個人の責任ではない、たまたまその国に生まれただけだ。だから中国人=悪人という方程式はぼくの頭の中にはない。ただ、肌の色や宗教観が近い東アジアの人々が一つになれば21世紀の荒波を生き残れる、そう考えているだけだ。

 

けれどニュージーランドに貢献していない中国人に年金支給はおかしいって、これはまさに正論だ。ぼくは日中韓を一つとして見ているので中国の悪い部分はしっかり批判する。ただ、日本在住の人間で中国を嫌いだから中国が何をやっても批判するって事とは一線を引きたいと思ってる。

 

中国人だからなんでもダメだなんて話だと自民党が民主党のやることを何でも反対するようなものだ。是々非々で議論すべきだと思う。実際にうちの奥様は香港人だが、中国人と呼ばれることにすごい抵抗を感じて常に「わたしは香港人です」と言い返してる。可愛らしいペコちゃん人形のような彼女だけどプライドは間違いなく香港人だ。このあたり、ずっと日本で生きてきて日本人の奥さんを貰った旦那さんには理解しづらいかもしれない。むしろ日本人の旦那さんをもらった日本人の奥さんの方が理解力あるかも。

 

しかしまあ年金問題の不正取得をウィンストン・ピータースに言われたくないなって感じ(笑)。地元でビジネスをしている人間であれば彼とその友達たちがなにしてるか、何度刑務所に入ってるかは業界では有名な話だ。僕も個人的に数人知っている、はは。ウィンストンの演説を聞いて、何だか連続強盗犯が連続詐欺師を訴えているようなものだ(笑)。

 

さてこの中国だが最近また中国系企業がニュージーランドの農場を買う件で盛り上がっている。一度はダメ出し食らったのだが巻き返しを図り何とか土地を買おうとしている。

 

この点ニュージーランドは日本と同じで外国人や外国企業が不動産を購入することが出来る。国益という観点から見れば外国人に土地を売るのはいかがなものかとなるが現時点ではニュージーランドはもっと外国からの投資を受け入れたいので外国人優遇政策を取っている。

 

けれどこれもいずれ、ある程度土地が売れてしまえばもう国益優先という事で優遇策は減少するだろうし不動産開発をして永住権を取得しましょうって道も閉ざされるだろう。

 

それはいくらニュージーランドと言えど中国人を追い出すからには同じ外国人である日本人を優遇したままってことにはさすがに明白な人種差別だからやれない。

 

実務上は日本人はビザ面でも不動産投資でもかなり優遇されている。しかし中国人は常に動きが早い。穴があると見れば音を立てて大量の中国人がやってくる。びっくりしたニュージーランド政府はすぐにその穴を塞ぐ。

 

のんびりとした日本人が「あ〜そうですか、そんなルールがあるんですね、じゃあ2年後にやりましょう」なんて言ってもその時はもう遅い、道は塞がれている。

 

今日も朝から濃いミーティングを2件こなした。どちらも今すぐ動く移住案件である。中国のことわざに「幸運は後ろ頭ハゲである」みたいなのがある。目の前にやってきた幸運を今すぐ掴まねば、幸運が通りすぎようとしている時に手を伸ばしてもつかむべき髪の毛はない。

 

英語では “Now OR Never” とも言うが、日本では何につけてもスピードが遅い。ゆっくり考えてそれから〜となるが、国際標準速度は日本速度よりもおもいっきり早い。国際標準速度が時速120kmとすれば日本は50kmだろう。中国人は常に時速250kmでキチガイみたいに飛ばす。

 

だから日本人が思いついてそろそろやってみようかと思った時、市場は荒らされてそこにはすでに商品はない。

 

ウィンストン・ピーターズのお友達はぼくも個人的に何人か知っている、皇家飯(広東語です)食った連中を含めて(笑)。しかし彼らも1000年前の移民である。先に来たからって偉そうに威張るんじゃないよって気持ちは腹の中に収めながら、しかし中国の年金受給にはクレームする、毎日しっかり働いて納税する、そんな今日だった。



tom_eastwind at 21:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月18日

道徳を強制する集団

安藤美冬氏、アムウェイ関与疑惑に「事実認める」

http://lite.blogos.com/article/41296/

 

BLOGOSで上記の記事あり。

★抜粋開始

実名のソーシャルメディアとなったことで「特定の人物」が犯罪では無いが、道徳的にどうなんだろうと思うことに関与していたり、もしくは道徳的におかしいと感じることがあったとしても、周囲の友人達は「諌める」ことをはばかれる空気を感じたことだった。

★抜粋終了

 

安藤という人も知らないしノマドワーカーとフリーランスの区別もつかない。インターネットの時代になって本当は何もない空っぽなのにいかにもなにかやってますって吹かす連中が増えたが、踊る阿呆に見る阿呆だからご勝手にと思ってた。

 

が、この記事で気になったのは「特定の人物が道徳的にどうなんだろう、おかしい」という部分だ。諌めるかどうかってのは、この場合記事を書いた人は最初から安藤という人がおかしな事をしている、道徳的に問題のあることをしていると決めつけているわけだ。

 

何を「道徳的におかしい」のかと思って見てみるとマルチ商法を問題にしているわけでアムウェイ商法は良くない、安藤はアムウェイをやった、安藤はその事実を隠していた、だから安藤は道徳的におかしい、こんな論理構成だろうか。

 

僕自身はいつも言うことだが自分に興味のないことは全く眼中にない。マルチビジネスをやりたい人がいてやってる。ほう、どうぞ、で終わりだ。ぼくは、物理的にやれるけどやらない、ただそれだけだ。友達に情を頼りにモノを売りまくる自分が想像できないだけだ。

 

ただマルチがどうのというのなら生命保険の外交員、例えば日生のおばさんが最初に生命保険を売るのは友達である。それを付き合いで買うのが友達って構図だからマルチでしょ。

 

アムウェイは旅行会社にとっては大きなビジネスであり毎年世界中で開催される大会を獲得するために営業マンは必死である。以前バンクーバーに出張した時に、ダウンタウンのおみやげ屋さんやレストランが店頭に「アムウェイ様いらっしゃい!」と張り紙してたのを覚えている。

 

そうなるとこの記事を書いた人からすればバンクーバー中のおみやげ屋やレストランは道徳心欠如のカネに目が眩んだ銭ゲバ連中という事になるのだろう。もっと言えば渋谷や新宿で性を売って働いている人間などはもう人間でさえないとか言うのだろう。素晴らしい道徳心をお持ちの方は下々の生活実態など関係ないのだろう。

 

しかし僕はこの「一方的な道徳」に対しては絶対に反対だ。法律で決まった事でさえないのにまず自分に都合の良い「道徳」を作り相手を「不道徳」に押し込めてしまうやり方は言論暴力である。

 

多数がその場の感情で少数を無責任に叩き、すっきりしたところで「よっしゃ、帰ろっか」ってのは糞ガキの浮浪者刈りと全く同じ構図だ。

 

昔、ジョージ秋山の社会風刺漫画に対してくそばかPTAが「青少年保護なんたら条例違反だ〜!」とか言って発禁にさせられた。ところが同じジョージ秋山がそれから十数年後に出した「浮浪雲」は大学の教材に使われるほどだった。

 

典型的な「読書力のないバカPTAのその場限りの感情論」が道徳と摩り替わって自分正義を振りかざし、片方で叩き片方で大学の教材である。

 

ぼくは自分の自由を守るためにも常に気をつけている事がある。それは「僕は君の言ってることには絶対反対だ。しかし君の発言する権利だけは絶対に守る」である。

 

言論の自由、行動の自由、法律を犯さない限り自由は認められるべきだ。どのような道徳を持ってきたとしてもそれは一方的な個人評価に過ぎない。他人の自由に踏み入る権利はどのような道徳にも存在しない。

 

最近の記事で人肉食パーティが東京で開催された。本当に人間の体の一部を本人の同意のもとに医師が手術で切り取り冷凍保存したものを公開パーティ会場で調理して参加者が参加費を払って食べたという話だ。

 

最初に聞いた時はひたすら気持ち悪いだけだった。しかしパーティ主催者はかなり真面目であり哲学的な発想で法的な問題をすべてクリアーした上で行ったので現行の法律では全く合法であるとの事。おそらく弁護士もきちんと助言した上での事だろうと推測される。

 

ヒラリー・スワンクがアカデミーを取った「Boys Don’t cry」という映画がある。性同一障害の女性を主人公にした映画だ。彼女はある時バーで周囲の男性に「この変態野郎」みたいな迫害を受ける。トラブルの現場に現れた他の男性が止めに入りトラブルは収まる。

 

彼女は彼の座ってる席に行き「ありがと・・」って言うと彼は「いいって事よ、けどさ、俺だって個人的には好きになれないよ」と言い放った。

 

まさにこの部分だ。相手の自由を絶対的に守る。それは自分の自由を守ることでもある。しかしだからと言って相手のやってることを認めるってわけではないし、ましてや自分がやるかって言ったら絶対に有り得ない。

 

自分のあそこを切り取って食うだと?同性に触られるだと?あり得んし気持ち悪いし。しかし、それでも彼らの自由(な部分)を積極的に守る事が結果的に自分の自由を守ることに繋がるのであり、道徳よりも上位にあるのが自由だと人々に認めさせる唯一の手段となるのだ。

 

ひとつ気になったのは、このような道徳論が出始めるとどのような事でも道徳論で扱われ、法律や個人の発言の権利は無視され規制され排除される、そんな時代が日本にあったという事だ。

 

昭和10年代の日本は大正デモクラシーから遠くなり言論統制が始まった。そこから後は坂道を転がり落ちるように軍部礼賛、ついに原爆を二発も食らって戦争に負けた。その最初のきっかけはまさにこのような国民側からの道徳論であり言論統制であった。

 

そこにマスコミが悪乗りしてそれを利用する政治家や軍部が一気に力を付けて日本を戦争に持っていった。変化に至るその期間わずか10年足らず。ぼくらはすでに小泉退陣あたりから始まってきた世の中の変化のど真ん中にいる。

 



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2012年06月17日

どっちが大事なのだろう?

★引用開始

https://twitter.com/h_ototake/status/213611056705183744

[引用]マスコミの方々へ。高橋容疑者の逮捕は、たしかに視聴率が取れるのでしょう。部数が伸びるのでしょう。でも、それがいま本当に伝えるべきトップニュースでしょうか。いまなされようとしている政治的決断は、我々の生活に大きな影響を与えようとしています。報道の使命、いま一度考えてみてください。

★引用終了

 

ツイッターで乙武さんがつぶやいた事だ。日本で生活をしていないのでどの程度ニュースで報道されているのかよく分からない。

 

オウムのニュースと言っても事件があった時は僕は日本にいなかった。事件の当事者からすれば死ぬまで忘れられない事件だが、日本全体から見たらどうだろうか?やっぱり大きな問題だ。当時のニュースを見ても外国から見てもたしかに全体的なニュースだった。

 

では今回逃亡犯が捕まったというのもその流れでいけば大きなニュースか?中くらいか?よく分からんな。人によって認識が随分違うのだろうと思う。

 

ニュージーランドで日本の情報を読むときに良いのは、不要無用な情報がかなり削除されているという点だ。

 

日本で普通に生活をしていると情報の渦というか嵐というか、とにかく何をしなくても情報が耳や目から入ってくるけれどニュージーランドだと、こちらから積極的に取りに行かない限り情報が入ってくることはない。

 

なのでキーワードだけ決めておいてそれ以外のムダな情報や自分に関係ない情報を削除出来るのは良い。だからみのもんたにそそのかされることもない。嘘でも100回言えば本当になるってのは有名な話だが、みのもんたがそれらしく100回言えば本気で信じる人も多いから彼が高い収入を得てテレビで仕事も出来るのだろう。

 

ただ、逃亡犯の話と現国会で決定された原子力規制委員会設置のどちらが記事として重要かと言えば、これは規制委員会の方だろう。終わった事件の最後の一人の話とこれからの日本の原発運営を比較すればどう見ても原発のほうが重い。

 

それも今回の規制委員会は、見せかけは三条委員会と言いながら抜け穴だらけである。ノーリターンルールには5年間の例外措置を入れており本人が戻りたいと言えば戻れるようにしている。更にこの5年間で規制委員会の労働条件整備を行うが、それが整わなければ延長の繰り返しだ。つまりノーリターンルールは実質的に適用されない。

 

また40年廃炉はしっかりと例外措置を作りすでに例外措置を実行して20年追加している。つまり経産省はこれからも原発推進でいくと宣言したようなもので、それを国会が後から認可したわけであり国民議論は全く放置されたままである、どうみてもこのニュースのほうが国民に対する影響という点では明らかに大きい。

 

原発を今後どうするのか?エネルギー政策をどうするのか?国民全体が考える問題だ。感情論だけで反対と言っても無意味だし経済効果だけ考えて推進するのもどうかと言える。

 

ただ一つだけ今回のような法案を通したいのなら、経産省が自分たちの権益のために原発を継続したいなら、原発は霞が関に作ってくれってことだ。

 

マスコミは様々な情報を流して情報操作をすることは多くの国民がわかったと思う。ただ今回のような法律の抜け穴を報道するマスコミはいないので、自分から情報を取りに行かないとこういう事実も分からない。

 

オウムの事件を隠れ蓑にして重大な法案が知らぬ間に国会を通過した。



tom_eastwind at 16:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月16日

日本の開業医がNZで起業出来るか?

古賀茂明氏のブログに下記の文章があった。

★抜粋開始

(野田首相は)原発再稼働のメリットを思いつく限り並べた一方で、逆に原発事故が起きた時のリスクとの比較には一切言及せず、徹底的にこの議論からは逃げた。「国民生活を守る」と大見えを切ったが、橋下大阪市長が一言で言いあてたとおり、要するに守るのは国民ではなく、関電の経営だ、ということが見え見えになる会見であった。

★抜粋終了

 

そうそう、関電の経営、原子力村の維持、これが日本政府の守るべき対象なのは明白である。それを一番よく知っているのは経産省出身キャリアである古賀茂明氏自身である。一つの原発が吹っ飛んだとしてもせいぜい田舎の村の数万人が被害を被るだけでありそれは霞が関から見れば遥か遠くの山の彼方の話である。

 

大事なのは国体を守ることでありその為に必要な国民の数さえ用意出来ていれば少数の国民がどうなろうと構わない、これが政府の基本政策であることを国民はよく理解すべきだろう。自分の身は自分で守る。

 

さて今日は日本で医師免許を持っている人がニュージーランドに移住するケースを考えてみよう。この場合お医者さんがIELTS7.5の英語力を持っていれば問題ない、自分で技能移民を申請すれば良い。もちろん技能移民を取得するための条件をクリアーした上でだ。

 

英語能力だけでなく学歴、職歴、健康であること、無犯罪であることなど条件は予め移民局のウェブサイトに掲載されている。

 

永住権取得に必要なのは6.5だが医師免許書き換えの際に要求される英語力は更に高い。人の命を預かる仕事だから当然と言えば当然だがきついのも事実。現実的には帰国子女でもない限りIELTS7.5のハードルは非常に高い。医学知識はあっても英語能力がなければこの国で医療に従事することは出来ない。

 

けれど少し視点を変えてみればどうだろうか?医療と言っても注射を打ったり触診をするだけが仕事ではない。例えば以前ぼくが扱ったケースでは、医療行為ではなくその周辺、例えば健康コンサルティングをするとかで起業して永住権を取得することが可能だ。

 

日本で開業医として働いていれば経営経験がありなので後は英語力IELTS4.0(英検3級程度)があれば現地の医療関連企業と提携して起業家ビザを申請することが出来る。2年間その企業が移住のための条件をクリアーしていれば3年後に永住権取得が可能となる。

 

このあたり年数計算は少し複雑なので割愛するが起業家ビザを申請すれば約半年でLTBVというビザが取得できてニュージーランドに住むことが出来る。医療費及び子供の学費は永住権取得者とほぼ同様に受けられる。

 

3年後に永住権を申請すれば、その時点で移民局が要求する条件をクリアーしていれば永住権は取得できる。

 

と、まあ文章で書けばとても簡単なことに見えるが実務面ではかなり複雑であり3年間の継続はかなり大変だ。このノウハウは日系では今のところ当社しか持っていない。

 

LTBVの状態でも医療行為は出来ないし永住権が取得できても医療行為は行なえない。この点は英語力にすべてがかかっている。鍼治療もダメだ。けれど、例えば肥満や高血圧、老人病などにかかっている人に対して「話」をすることは出来る。

 

もちろんこれは医師時代のような高給は期待できないのも当然だ。けれども英語力がある程度身につけば日本から移住してきた人が病院に行く際の付き添いとして通訳をすることは出来る。それも通訳費用が期待出来る。

 

ビザを取得することと経済的生活を確保することを切り離す。これが理解出来れば医師の移住も可能性は高まる。もちろんこの2つをクリアーすることは決して簡単ではない。そのことをよく理解した上で冷静に計算をしていけば自然と答えは出る、いけるかどうか。



tom_eastwind at 18:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月15日

Town Hall

水曜日の夜はりょうまくんのチームも参加した学生コーラス大会がオークランドタウンホールで開催された。全部で60チームくらいがオークランド全体から参加してて最終日の水曜日は3日目にあたり20チームほどがコーラスを披露した。

 

父兄は夕方の18:30から入場してビール買ったりお茶飲んだりしながら三々五々過ごす。このホールは1909年に建築されており外から見るよりずいぶん広く感じる。壁には「マオリ戦争の英雄に捧げる」なんてパネルも入ってるが、へー、これ、マオリが文句を言わんのかなとちょい不思議。

 

マオリ戦争は1845年から1872年まで繰り返し行われたパケハ(白人)とマオリ諸部族との戦いで土地戦争(Land War)とも呼ばれている。 英国からやってきた土地の個人所有制度を信じる白人とすべての土地は共有物と考えるマオリ諸部族との戦争は断続的に続いた。

 

その理由は白人がチームイギリスとして一つの部隊であるのに対しマオリは諸部族が独立しており一つのマオリ族と戦って彼らを追い払って勝ったと思ったら次の部族が戦争を仕掛けてきたからだ。

 

マオリはオールブラックスのハカ・ダンスで知られるように勇猛な戦士であるが同時に漁師でも猟師でも農民でもある。各部族は独立しており自給自足生活のかたわらしょっちゅう部族間抗争をしていた。

 

英国がやってきてその戦いの相手が白人になっただけで英国人の考えるような「外交政策としての戦争」ではないから始末に困る。戦って負けそうになれば山に逃げ込み白人がいなくなればまた村に戻る、そんな戦争生活を約30年も続けたわけだ。

 

オークランドからハミルトンに下る戦いの道は途中でボンベイヒルズという丘を越えてワイカト平野からタラナキ平野につながっていく。

 

ボンベイヒルズという名前は、当時のイギリス兵は本国のイギリスからではなく主に植民地であったインドから派遣されており、この丘を越えて南に戦いに下る部隊と、作戦が終了してオークランドに戻る部隊がこの丘ですれ違う際に「ボンベイから来たのかい?」と声をかけたことに発するという話を聞いた事がある。

 

結局戦争は戦い疲れたマオリの負けとなり土地の個人所有制度がニュージーランドに定着した。土地の共有というのは漁をする村の集団漁業権みたいなもので誰でも必要なときに使えばよいではないかという極めて共産主義的な発想である。

 

それに対して英国発祥の資本主義で個人の所有という考え方を持つ白人は戦後に土地をマオリから次々と「購入」して白人社会を作り上げた。

 

しかし1970年代になってマオリ運動が始まった。これは非常に優秀なマオリ女性が率いたマオリ権利奪還運動である。彼女は1840年に白人とマオリ諸部族との間に結ばれたワイタンギ条約の土地所有権利契約に関してしっかりと調べてみてそこに瑕疵があるのを発見した。

 

それはワイタンギ条約では土地(Land)に関しては白人の望むように個人所有権がマオリにありそれを後日白人が買い取る仕組みで実際に買い取って白人のものにしたのだが所有権(Property)に関しては何も規定がなく、漁業権、木材伐採権等に関しては今もマオリの所有であることを見つけたのだ。

 

当時の白人の発想の中に漁業権や伐採権に関する意識がなかったのも当然であるが、条約締結の際にPropertyとしてさえおけばよかったのに、誠に失態(笑)。その後マオリ族は裁判に訴えて自分たちの権利確認闘争を行い勝訴した。

 

時代もマオリの味方をした。ベトナム戦争で米国が負けて世界がフラワーチルドレン状態になり左翼が力を付けてマオリ=マイノリティ=失われた正義、みたいな事になり、その後はマオリ案件を専門に裁くマオリ裁判所、マオリ対策省、マオリ国会議員座席など次々と権利を要求して勝ち取っていった。

 

その結果として何の労働もせずに政府から金をもらう事で生活をすることになったマオリ族は高級車を乗り回し何かあればすぐ政府に「おい、払っとけよ」になったとさ、どっかの団体とかぶるな(笑)。

 

タウンホールのコーラスは時間通りに始まり、エライ人の挨拶は殆どないまま参加者全員の起立による国歌斉唱。起立はするけど斉唱の間「くちパク」さえしない僕に、隣に座ってたパケハがちょっと不思議そうな顔をした。日教組でさえ「くちパク」くらいはするのにね(笑)。

 

国家斉唱はちょっと待ってね、実は国民になったばかりでまだ国家を覚えてないので(笑)。権利は要求するけど橋下さんに本気で喧嘩売られたらごまかしでくちパクする日教組のような真似はしたくなかっただけです(大笑)。

 

その後すぐにコーラスが始まった。白人だけのグループ、マオリだけのグループ、ハカを取り入れてコーラスに踊りを入れるマオリ学生、女性ばかりで揃いの衣装で歌うグループ、決して上手とはいえないが一生懸命楽しそうに歌って踊ってた。

 

途中で15分の休憩を入れながら約3時間のショーは終了。コーラス大会の主催者は「みんなよく頑張ったね、どれも皆素晴らしかったよ」と言いつつ、「その中でも特に優れたパフォーマンス」という事で順々に賞を渡していく。皆よく頑張った、けれど決勝戦に行けるのは1組だけだ。機会は平等だけど結果は不平等だ。

 

歌のうまい人もいれば下手な人もいる。サッカー、ラグビー、バイオリン、ピアノ、算数、歴史、化学、それぞれに誰もが何か1つくらい得意なものがあるだろう。そしてその得意なものさえその人よりも上手い人がいるだろう。

 

機会は誰にも平等に与えられているけれど現実の世界では最終的に誰か一人が勝者となる。それでも機会を与えられて参加して友達を作りコンサート帰りにお父さんお母さんと「今日は楽しかった〜」と話せるだけで十分に幸せだ。

 

頑張った子供たちとそれを見守るお父さんお母さんたち。タウンホールを出る家族の顔は皆幸せそうだった。今宵会う人皆美しき、ですね。



tom_eastwind at 18:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月14日

民法第730条

直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない。

http://www.houko.com/00/01/M31/009.HTM

他にもいくつか同様の法律があるようだが明治時代に出来た民法が21世紀の今も生き残ってて、すでに核家族化した時代と全く整合性がないまま現状に至っている日本。

 

親を介護するために子供が仕事を辞めて生活保護を受けながら介護をするが、結局介護疲れで親を殺すとか、そんな悲惨な事件が起こるのは法律が現実に追いついていないからだ。

 

おいおい、三世代がずっと一つ屋根の下で生活をしていた時代であれば介護も分かる、おじいちゃんはちっちゃな孫の面倒を見ながらおとうちゃんは外に働きにでることが出来た。

 

が、現代では実際には三世代すべてが違う街で生活をするなんてのも当たり前になった平成の日本で今更明治時代の法律を引っ張りだしてきて「法律がこうだから〜」と噺の最初に持って来るからおかしくなる。

 

法律があるんだから法律を守らなくちゃっていう前にその法律の立法精神やその当時の立法背景を理解した上でその法律を適用するかどうかを考えるのが当然ではないだろうか?間違った法律の適用が介護疲れとか親殺しとかが起こるわけだ。

 

ニュージーランドでそのような現象が発生しない理由は社会が直接個人を扶養する考え方とリタイアメントビレッジという制度上の受け皿があるからだ。もともと社会主義国であるニュージーランドは世界で初めて老齢年金を導入した国でもある。国家が直接個人の生命と財産を保護するという考え方だ。

 

少し話はそれるが、1890年代のニュージーランドは,

・婦人参政権の確立(1893

・労使調停仲裁法(1894)

・老齢年金法(1898

とか、日本がまだ「からゆきさん」とか「野麦峠」とか「日清戦争」とか言ってた労働者搾取の時代にすでにこれだけの近代的なシステムを導入した国だ。当時は北半球のあちこちの国の議会が視察にやってきたほどだ。

 

しかもこれが何故かうまくいく。食べるものが豊富であり優秀な官僚と思想豊かな政治家がちょうど良いバランスだったのだろう。老齢年金法を通すときなどは当時の首相は議会の反対に何度もぶち当たったがそれでも貫き通して法案成立した。

 

このおかげで首相の信用は一気に上昇、国民が「大丈夫、あいつは俺達の事を考えてやってくれる、良い奴だ」となり、国家と国民が助け合いをするようになった。政府が赤字で苦しければ俺達から税金とっていいよ、お互い様じゃんか、そんな感じだろう。

 

この空気は今も残っている。去年の消費税増税法案でも問題なく通過した。最近NZで政治コメントとして良く言われる「老齢年金の支給開始年齢を現在の65歳から時間をかけて67歳にすればいいじゃないか」って意見に対してジョン・キー首相は「やらない。絶対やらない。国民との約束は破らない」と、テレビで何度も繰り返して言ってる。助け合いだ。

 

ただこのような国家であるためには国民と国家が同じ情報と価値観を共有する必要がある。それは「同じ現実を見ようよ」ってところだ。時代が変わればルールを変える勇気を共有するためには同じ情報を持たねばならない。

 

ところが日本では政府が一方的に情報を支配し国民に教えない「知らしむべからず政策」だからいつまで経っても政府と国民の意見が合致しないのだ。当然だ、違う絵を見ているのだから。

 

話をリタイアメントビレッジに戻すが、NZの政策は老老介護である。子供が親を介護するという仕組みでない。老人夫婦は仕事をしている間は普通の一軒家に住んでいるが退職したり体が弱くなったなと思えば老人村に入居する。入居費用は様々だが老齢年金が担保になる。村は独立しており、老人同士が楽しく生活をする。

 

ぼくが以前視察したセルウィンビレッジでは教会と病院を中心にしてその横にコンビニと郵便局や銀行があり放射線状にバリアフリーの老人夫婦用住宅が並んでいた。土曜日の朝は子供夫婦が迎えに来て週末を三世代で過ごす。月曜日の朝、子供は親をリタイアメントビレッジに送り会社に出勤する。

 

老人村には教会系のボランティア団体がいろんなイベントを持ってきて楽しませてくれる。同じような年齢の人々が昔話をしながら編み物をしたりする。人生の最後は体にチューブを付けて強制的に生かすのではなくホスピスで尊厳死を選ぶ。

 

この仕組があるから介護が存在せず介護疲れという発想が出てこない。老いた両親はリタイアメントビレッジで引退生活を楽しみ働き盛りの子供は一生懸命働いて納税する。納税したお金が老齢年金となって老人世代に再配分される。好循環ではないか。

 

考えても見て欲しい、働き盛りの労働力を介護に取られてしまえば彼らは仕事に身が入らず時計の針を見ながら「あ、親父を迎えにいかなきゃ」とか、まして介護のために会社を辞めてしまえば納税も出来ない上に生活保護を申請するわけだから社会的損失が大きいではないか。

 

「扶養義務」は本来国家の責任である。 その責任を一方的に明治の民法を持ってきて国民に押し付けておいてそれで親殺しや介護自殺が出てしまえば、それが誰の責任かは明確ではないか。

 

日本国民は憲法をしっかり読んで国家の義務を明確にさせた上で扶養義務を国家に戻すべきだ。そして国家は責任をもって民間企業にリタイアメントビレッジを作らせて運営にあたらせるべきだ、長く日本の為に働いてきた日本国民が幸せな老後と尊厳ある死を迎えるその日まで。



tom_eastwind at 16:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月13日

セーフティネットは治安対策だ

無差別(通り魔)殺人事件を巡っていくつかご意見を頂いた。この犯罪は本人が悪いのであって社会の責任ではないと。

 

それはよく分かる。ただしそれを語るならば殺人の細分化が必要だと思う。つまり人を殺すことに喜びを感じる人々と人を殺すことに何の感情も抱かない人々にだ。

 

例えば児童ポルノを観たり幼児に手を出すような連中は、これはもう生まれつきの病気であるからどうしようもない。彼らは何度も同じ犯罪を繰り返す。これはもうはっきり言って病気だから社会から隔離するしかない。どこかの小島で小さな村を作り農作業をして一生そこで過ごしてもらうしか、普通のこどもを守る方法はない。

 

殺人も同じで、人を殺すことに喜びを感じるのであれば隔離するか社会から排除するしかない。

 

しかし秋葉原事件でも今回の事件でも、彼らは自分の人生に失望して「やけっぱち」になったわけでありその解決方法として殺人を選んだだけであり、これが昭和の時代であれば同じ職場の仲間と愚痴をこぼしながら酒を飲んで慰め慰められ社会的に認知されて生きている感触を得ることが出来た。

 

会社で慰安旅行に行けば加賀温泉にでも行って古い言い方ではトルコ風呂にでも行って鬱憤を晴らすことができたし60歳まで一緒に働く仲間が何かと助けてくれた。そういえば引越しなど昔は職場の仲間が手伝って行うものであり専門の引越し会社に頼む習慣はなかった。

 

そのような仲間意識が安全な社会を作り共通の価値観を持っているからルールを紙に書かなくても「言わなくても分かる文化」が存在した。ところがそのような安定した社会が1990年以降崩壊して現在に至るわけである。

 

職場という助けあう社会が崩壊した現在、人々を支えるのは本来は家族であろう。しかし家族さえも崩壊した場合、彼らを救う精神的なセーフティネットがない。

 

そういう状態で金もなく住む場所もなく仕事もなければやけになって殺人に走る、それが良い悪いではなくやけっぱちになった人間には人を殺す選択肢も現実にありえるのは今回の事件でも分かる。

 

少なくとも寝る所、食い物、生活費があればもう少し考えることも出来ただろう。もちろんこれを個人が弱いからだと主張する人の気持ちはよく分かる。けれどそれでこのような通り魔殺人問題は解決するのか?

 

ぼくがセーフティネットの構築を主張するのは、たぶん普通の人からすれば随分ドライだなと思うかもしれないが、実はセーフティネットを構築することで犯罪防止にも繋がると考えているからだ。人間、飯と寝る所と着るものがあればそんなにやけっぱちになることもない。

 

言葉は悪いが「金で一般市民の安全を買う」のだ。犯罪に対峙するのに道徳心を持ってきても解決はしない。警察官を増やしても予防にはならない。ならば金を渡して大人しくしてもらうという選択肢はありではないか。

 

国家の予算をどのように使うか?もちろん国民の安全を守るためである。現在世の中の潮流は福祉切り捨てに向いているが、それが犯罪を助長することになり、日本人の個人的な道徳心にばかり頼って「金がないなら自殺しろ」では通用しない時代になったと思っている。

 

ニュージーランドの犯罪が少ないのはもちろんキーウィの道徳の高さもあるが、同時に「金やるからあっち行け、お前らの地域の中だけで喧嘩してろ、こっち来るな」政策がそれなりに効果を出しているのだと感じる。



tom_eastwind at 16:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月12日

交錯?事実と小説が交錯した日

週末に堂場瞬一の「交錯」を読了する。頭の中が堂場世界になって一気読みできたのですごく楽しめた。小説の舞台の始まりが新宿西口の電器店から京王プラザホテルに向かうあたりの繁華街、このコースはよくりょうまくんと買い物に行くので覚えているから更に感情移入できる。

 

「今回はやられたなー、堂場物はすでに10冊以上読んでおり、多分こうくるな、じゃこう構えようって感じで読んでいるのだが、今回の「交錯」はゆっくりと引きこまれてしまい、結末は分かっているのについつい作者の意図に巻き込まれてしまい、負けました!」

 

「鳴沢了シリーズが好きで一作目からずっと読んでて、ある意味鳴沢の成長物語を楽しんでいた時はこっちのほうが「あったか視線」だったのが、今回はやられた。堂場瞬一のデビューは2000年でそれからもう12年も経ってるのだから当然だが、成長しているなーって思う」ってブログを書きながらちらっと日曜日の午後の日本のニュースを見ていると、なに〜?!「大阪の通り魔殺人〜?!」

 

白昼の大阪の繁華街で刃物を持った男が二人の人間を刺し殺す事件が発生〜??それって、今ぼくがたった今読み終わった「交錯」と全く同じ構図ではないか。

 

「交錯」ではずっと引きこもりだった若者が突然包丁を買って新宿西口の電器店や飲食店のある道でいきなり二人を刺して三人目の子供を押し倒して刺し殺そうとした瞬間に神降臨!名無しが自分の持っていたナイフで逆に通り魔を刺して子供を助ける。危機一髪で助かった子供、名無しはそのまま逃走するところから物語は始まる。

 

大阪の犯人は「誰でも良かった」と言ってるそうだ。「交錯」の引きこもりの犯人もネットに「今から殺します」的な書き込みをして、「誰でも良いから殺す」である。あまりに似過ぎてないか?

 

秋葉原の通り魔事件でもそうだが、彼ら殺人犯には全員共通した歪みがある。誰でもよい、近くにいる人間を殺したい、それで人生を終わらせたい、死刑になるにしても一生刑務所に入るにしても、この社会の「生き地獄」よりはよほどましだ、そう思わせるのだろう。

 

今回の事件では犯罪者の経歴が書かれているが幼い頃に母親が病死、父親の経営していた材木店が倒産、中学校からぐれ始めて暴走族に入り何度も犯罪を犯しては逮捕されて、今回の犯行も刑務所を出てたった数週間の犯行であったそうだ。つまり犯人は特別であり事件は特殊であり一般的ではないと言いたいのだろう。

 

何が悪いのか?本人が悪いとしか言いようがない。犯罪を起こした人間は弱い、もっと苦労して頑張ってる人間もいるのに、何を自分勝手な理屈でやったのか、そう思う。そう、自分でも自分の理屈は分かる。

 

殺してはいけない。けど何故?

 

以前読んだ本で「何故人を殺してはいけないか?」を討論形式で書いてた。興味深いテーマである。人が人を殺してしまえば社会が持続出来ないから社会は人を殺す権利を個人に認めない。けど自分がいつのまにか無意識に参加してしまった社会が自分にとって何の役にも立たず守ってもくれないなら、何故社会に参加してルールを守る必要があるか?

 

そう、まさに社会そのものの存在価値が問われているのではないか。ルソーが語ったように人は森から出てきて社会(城塞)を作り狼の襲撃から自分たちの身を守る術を身に付けた。社会は最初からそこに存在するものではなく自由参加であるべきだ、だから参加したくない人は出ていっていいよ、その代わり残るのならルールを守ってね、だから第一のルール、人を殺しちゃいけないよ、そういう仕組みだって事を親や学校が教えてない。

 

教えられてない子供が親の大変な生活を見て誰も助けてくれず、社会から離脱するという方法さえ思いつきもせずに自分なりの解決策を探す。それが今回の殺人である。人を殺せば自分は死刑か終身刑であるがそれで良い。

 

死刑になれば明日のことを考えなくても済む。終身刑であれば飯が食える。寝る場所もある。守ってくれる看守もいる。病気になったら治療もしてくれる。塀の外で地獄のような苦しみの生活をするくらいなら塀の中の方が良い、そう考えるのも一つの理屈になるか。

 

60歳を過ぎた老人がコンビニで食べ物を万引きした挙句に店長に包丁を突きつけて「泥棒です、警察を呼んで下さい」と同じ心理構造ではないか。ただ若いだけに極端に走る。

 

ぐーっと考えこんで彼ら犯罪者の思考回路に飛び込んでみると分かるものがある。それは、この事件って決して単発でもなければ偶然でもない、世の中の一つの流れになり始めているって事だ。

 

恐ろしいことであるのは、これは経済犯ではない点だ。泥棒と違って費用対効果、経済合理性が通用しないのだ。最初から社会のルールを無視して自分のやりたいことをやるという一つの目標のもとでは、誰が死のうがどうなろうがどうでもいいという意思が明確に見える。

 

彼らは精神的に問題があったわけではない。自分で普通に判断して人を殺したのだ。これは特別でもなければ隔離された事件でもない、その点でまるで伝染病のように爆発的に流行していくのではないか?

 

この病気の原因は明快である。社会の閉塞感、仕事が無い、金がない、結婚できない、将来がないという諦め、なら塀の外で生きてても仕方ないという伝染だから誰にでもいつでも首切りやローン破産をきっかけに襲ってくる可能性がある。一度社会から振り落とされてしまうと二度と戻ってこれない「格差の固定化」である。

 

他人ごとと思わず自分の生活に当てはめて見て欲しい。親の時代にはバブルとかあったと聞いてるけど自分は子供の頃から一度も景気の良い話を聞いた事がないし回りの知り合いは住宅ローンとか大量解雇とかで家庭崩壊しているし自分は大学を出てもまともな職にも付けずに結婚も出来そうにない。そのうち派遣先からも切られて家賃が払えずいよいよアパートにも住めなくなる・・・。

 

東京の銀座の週末の午後の歩行者天国でショッピングを楽しむ金持ちを狙い撃ちにしてナイフを振り回すって言う「社会離脱」の方法も出てくるだろう。

 

犯行が事前に全く読めないという点では北朝鮮の福井上陸襲撃(宣戦布告)より恐い。たまたま新宿駅西口を歩いてたら刺し殺された。心斎橋を歩いてたら刺し殺された。秋葉原で買い物をしてたら刺し殺された。一般市民はこのような状況でどうやって自分の身を守れば良いのだろうか?はっきり言えば個人レベルでは守りようがない。

 

この病気はすでに米国で蔓延している。格差の固定化は人々のやる気を奪い真面目に働く気持ちを挫き犯罪に走らせる。これは特別でも隔離された個別案件でもない。どこの国でも何時の時代でも格差が固定化された瞬間に治安が悪化する。

 

それはコイズミの責任だーとか今だ吠えてる人もいるが、小泉政権の責任ではないってのは経済の数値を見ればすぐに分かることで、今ここにいない他人に責任を押し付けてるだけだ。問題解決には繋がらない。

 

では問題解決方法はあるのか?ある。それは格差の流動化とセーフティネットの構築である。実際にニュージーランドでは貧しい家庭の子供が首相にもなれるし移民の子供が重要閣僚にもなれる。つまりやる気と才能さえあればどこまでも成長出来る仕組みがある。更にもし失敗してもセーフティネットが個人を守ってくれる。

 

このような社会では日本と比較して「人生に失望する」事がない。皆が底抜けに陽気に生きていけるのは仕組みがあるからだ。だから犯罪が少ないし人々がおおらかなのだ。

 

それにしても日本では、当面は大都市の繁華街を歩く時は近くに目付きのおかしい連中がいないか、ジャケットの内側が妙に膨らんでいないかを気にしよう。道路を歩く時は真ん中ではなく建物の左側(利き腕を使えるし片方からしか襲ってこれない)を歩く。常に背後の物音を気にしよう、何か大きな声が聞こえたらすぐに建物内に避難出来るような道を歩こう。お金はあなたを救ってくれない。
 

 




tom_eastwind at 17:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月11日

永住権付き政府保証物件不動産投資!

まるで不動産屋の宣伝みたいだが(笑)、先週出てきた案件だ。以前も書いたがニュージーランドはリーマンショックとクライストチャーチ地震復興財源確保の為に海外からの投資を必要としている。

 

ジョン・キー首相は今朝のニュースでも教育費削減については断行すると言い切っており消費税も12.5%から15%に増税しており、GDP20%になる財政赤字を黒字化する為に国民全体に負担をお願いしている。

 

当然返す刀で銀行やファイナンス会社に「もっと外国に営業いかんかい!」とけしかけて、ANZなどはチームを作って海外ロードショーをやっている。去年の投資家プラス(1千万ドル投資)で移住してきた世界からの合計家族数は27家族。これで2億7千万ドル(162億円)の売上達成!他にも投資家(150万ドル・約1億円)枠で221家族、3億7千4百万ドル(261億8千万円)もある。

 

移民局が弁護士向けに作成したプレゼン資料の中には投資家ビザを発給することでNZ国内向けにxxM(ミリオン)ドルのお金が入ってきたと記されている。つまりビザは国家が人々を集めるための「手段」であり、目的は国内投資及び国内消費の活性化である。

 

それにしても日本の国家サイズから見れば小銭のようなお金だけどニュージーランドでは大金である。なにせ横浜市のサイズしかない国家なのだから。

 

21世紀の現在、世界の趨勢としては「これからは国境はない。優秀な人材と資金を集めるために国家として良い環境を提供する事が肝要だ」となっている。

 

シンガポールしかり英国しかり、20世紀においては人々の移動はないことを前提に国家が国民を収奪の対象と出来たが21世紀になると国境が消滅してしまい、人々の移動が自由になった。すると国家は会社のような存在になった。嫌ならやめます、である。つまりブラック企業には就職しません、ブラック国家に生まれ育ってもおとなになったらまともな企業に転職しますって事だ。

 

このような世界の情勢で自国の労働条件が悪ければ優秀な人間は当然転職してもっと労働条件の良い国家に移動する。この場合の国家の労働条件には色々ある。治安、税制、法整備、教育、医療、自然、環境、などなど。

 

もちろんその為には本人に一定の移動能力が求められる。世界で通用するために必要な英語能力、健康診断、無犯罪証明、資金、そして生き残る能力。それがなければ移住も出来ないし相手先国もビザを発行してくれない。この点、今まで自分を世界で通用する人間として鍛えてきたか?学校で何を学んだか?自分に投資をしてきたか?生き残る能力を身に付けたかとなる。まさに自己責任だ。

 

話を最初に戻すと「永住権付き政府保証物件不動産投資」というのは2つの部分に分かれる。一つはニュージーランドに投資をしてください、そしたら永住権を発行しますよって部分と政府が家賃保証する利回りの良い不動産に投資しませんかという部分だ。

 

永住権(Returning Resident Visa)は投資をすればすぐに発行されるが条件付きであり投資家プラスの場合は1千万ドル(約7億円)を3年間継続してNZに投資をすること、後半2年間は毎年44日以上滞在すること、投資家の場合は150万ドルを4年間継続してNZに投資をして2年目から毎年146日以上滞在すること、その後居住制限なしのIRRV(Indefinitely Returning Resident Visa )に切り替わる。(他にも細かい条件があるが書きだすときりがないので大きな点だけ書いた)

 

これは諸外国では珍しい。通常は永住権を取得しても一定の滞在日数がなければビザは期限切れになる。NZではIRRVになれば例え10年日本に戻ってても永住権は期限が切れない、Indefinitely(無期限)となるのだ。

 

もう一つの部分が投資先としての魅力だ。ニュージーランドは居住用物件を政府が投資家から借り上げて家賃保証をして低所得者に提供するプログラムがあり、これは一般的に知られている。しかしそれ以外にも政府が保証をする物件がある。

 

今手元にある物件は20年の定期借地権付きの大型住宅で政府評価額は200万ドル。年収益が19万ドル。つまり20年間は政府によって借り上げられており家賃は政府が保証しているのでまず取り漏れはない。管理は専任の管理者がいるので自分で管理する必要はない。

 

これなら政府の国債(年利2%)に比べて利回りが良い。NZドル建てになるので為替差益が出るか差損が出るかはその時にならないと分からないがNZドル建てで見れば確実に利益が出る。投資終了後に売却して売却益が出ればニュージーランドではキャピタルゲイン課税がないので無税で全額が手元に入ってくる。

 

良い話ばかりに見えるが投資なので100%安全とは言えない。けれどニュージーランド政府がデフォルトを起こすことは当面あり得ないだろうし、オークランド地域で地震が発生することもあまり考えられないので悪くない話とは言える。いずれにして100%安全な話なんてのは世界に存在しないのだからリスク管理は自己責任だ。

 

この案件に限らずだが、弁護士経由で先週からどどっと政府関連の案件が舞い込んできた。この弁護士は政府閣僚と直接ファーストネームで繋がっているような立場で政府も彼が外国人投資に強いのを知っているから直接に案件が送られてくるようだ。

 

今日はまさにニュージーランド政府のエージェントとして宣伝をしているようなものだが(笑)投資家ビザは現在政府が力を入れている分野である。他国と比較してよりよい条件でありながら国内の人々に納得してもらえるような条件にする、そのすり合わせが世界の情勢や国内情勢も加えて色々と変化していく。

 

今はニュージーランド政府として外国人受け入れを行なっているが、これは政策でありいつ変更になるかは誰も分からない。どの国も優秀な人物は欲しがっているがいつまでも同じ条件でずっと募集し続けるという事は考えないほうが良いと思う。



tom_eastwind at 12:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月10日

プロメテウス

今日は久しぶりの映画ネタなので興味のない方は無視して下さい。

 

土曜日にりょうまくんを連れてStLukesのゲームショップへ。久しぶりにゆっくりと映画でも見ようと思い2階の映画館フロアへ移動。何があるかなと思って端っこから見てたら「プロメテウス」、リドリー・スコット監督だ〜、よっしゃ見よう。話の筋を全く知らないままに1230分からのショーにコーラとドーナツを持って入る。

 

この映画館では2Dと3D上映がありぼくが見たのは2Dだ。入場料大人一人16.80セント、自由席だが高さがあるので前の人の頭が気にならないしいすはふかふかで肘掛けの先に飲み物ホルダーもあるので不自由しない。

 

このショーでは半分くらい席が埋まってた。一番後ろの座席に座ってコーラを飲んでたら右隣りに中国人らしい若いカップルが来た。彼女は食べなれない手つきでポップコーンを口に放り込んでたのだが、何だか食べてるというより米国人を真似したいって雰囲気ばりばり(笑)。足上げるなよ〜。

 

でもってこの映画。最初の場面で出てくる巨大宇宙船、最後の場面、あれれ〜、これってエイリアンの続編じゃないかと思いながらずっと見てた。途中の場面でも既視感バリバリで、あはは、楽しい。

 

リドリー・スコット監督はdaisukiで色んな作品を見たが今回の作品も飛び込みで観たにしては充分楽しめた。けど何だこのエイリアン色?と思いながら映画終了後に自宅に帰って検索すると〜、何と本当にエイリアンゼロ作品だった事にびっくり!

 

けどあまりエイリアンが頻繁に出るわけではなく、むしろ人類の誕生を宇宙の彼方の星に求める本筋の方が目立つが、ちょっと最後の部分の筋が無理筋かもって思わせたり。

 

けど、どうなんだろう、日本では評判良いのかなと思って検索すると、日本では824日からの放映ということでまだコメントは出ていない。ネタバラシになるので具体的な話もあまり書けないので中途半端な書き込みでスマソです。

 

まあとにかく巨大な娯楽大作と思って観れば十分に楽しめる。日頃はいつも仕事が頭の中にあるけど映画観てる時だけは忘れられる。大スクリーンに大音響を久しぶりに楽しみました。



tom_eastwind at 13:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近観た映画 

2012年06月09日

東京新聞社説に思う

今日は「起業家及び投資家」のビザ枠のネタでいこうと思ってたが、東京新聞のあまりの恥知らずな記事に腹がたってしまったので原発の記事を書く。

 

★東京新聞社説より抜粋開始

「大飯」再稼働会見 国民を守るつもりなら

国民の生活を守るため、野田佳彦首相は関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させるというのだろうか。国民は知っている。その手順が間違っていることを。このままでは安心などできないことを。 これは原発再稼働への手続きではなく、儀式である。

 西川一誠福井県知事の強い要請を受け、従来の発言をなぞっただけ、西川知事にボールを投げ返しただけではないか。誰のための記者会見だったのか。いくら「国民の生活を守るために」と繰り返しても、国民は見抜いている。そして儀式には、もううんざりだ。

★抜粋終了

東京新聞6月9日社説

 

ぼくは去年の311までは原発の危険性について何度もブログで書いてきた。とくに浜岡原発の危険性は緊急の課題であるとも指摘してきた。当時は周囲に「ばかじゃん?」と思われていたし実際に「原発が危ないわけないじゃん、だって政府が安全と言ってるんだよ」と言われることもあった。

 

けれど実際に原発事故が起ってからは出来るだけ原発に触れないようにしていた。「ほーらやっぱりだろうが!」なんて言えるほど笑い事の事件ではなくなったからだ。多くの方が地震と津波で亡くなり更に原発事故で自分の生まれ育った町から疎開させられた人々の事を考えれば気軽に扱える話ではないからだ。

 

なので少し控えていたのだが、東京新聞のこのような無責任で恥知らずな社説を見ると、これがまともな新聞人の書く内容かと2つの意味で腹がたった。

 

一つ目は東京新聞がやってるのはガス抜きであるって事だ。原発の再稼働が政府決定していることを知った上で「再稼働ハンタイ!」と書いても再稼働を止めることは出来ないって事実をよく理解した上で社民党など野党の無責任な言いっぱなしと同じく「ほーら、都民の皆様、私たちは原発再稼働にハンターイ!って言いましたよ」と責任逃れをしているだけだ。

 

もう一つ、もっと頭に来たのは、少なくとも新聞人なら知っているはずの基本的な知識「国家は国を守るが国民は守らない」という事実をねじまげている点だ。「国民の生活を守るため、野田佳彦首相は関西電力大飯原発3、4号機を再稼働させるというのだろうか。国民は知っている」って、一体何を言ってるのだ?

 

大東亜戦争で300万人の死者の多くが餓死であったという歴史的事実一つをとっても、日本国家にとって日本人とは使い捨ての駒にしか過ぎないのは分かりきった事だ。

 

戦況が日本軍に不利になる中、大本営の格好つけだけの為に始めたインパール作戦では兵隊に飯を食わせるための兵站線を全く無視して戦いを開始して3万人を超す将兵が蛇や樹の皮をかじりつつ、遂に戦うこともなく山の中で餓死した。「飯が食えないと戦えないのか!そんなのは日本皇軍兵ではな〜い!」と将兵の前で怒り狂ったのはインパール作戦当時の牟田口廉也中将である。

 

インパール作戦で多くの餓死者を出した本人は戦後も生き残り「自分の判断は間違ってなかった〜」としきりにマスコミで訴えた。「あれは私のせいではなく、部下の無能さのせいで失敗した」などとも恥知らずに主張していた。

 

ところがそんな恥知らずでも国家の支配層側にいたから政府によって命を保証されて戦後は軍人恩給を受け取り1966年まで東京で生活をしていたのだ。生き残った兵士に殺されなかっただけ幸せと思え、バカめ。

 

戦時だけではない、戦後1950年代に日本全国各地で起こった公害、特に熊本県水俣で発生した水俣病事件では認定された死亡者だけで314名もいた事実を国民はもう忘れたのだろうか?

 

国家にとっては「チッソ」という戦前から続く名門化学企業を守り戦争に負けた日本国の産業を再興発展させるために化学工場の操業を守りは、その為には田舎の漁師が何百人死のうが関係なかったのだ。

 

だから当時の役人が事件発生と原因を知った後も「今はお国のために操業を続けねばならない」と水俣病の原因が分かっていながら操業を続けさせて被害を拡大させた事は有名な事実である。

 

あいつら支配層のやってる事は基本的に「人殺し」である。国民を馬車馬のように死ぬまでこき使って自分たちが日本国家の代表として一番美味い汁を吸い、残ったほんの少しの吸いカスが国民に平等に行き渡るシステム。支配層にとって自分は日本国を支配する「神」であり「人」が死のうと病気になろうとどうでも良いのだ。

 

「だって1億人もいるんだよ、前の戦争で300万人が死んだって所詮3%、たいした事ないじゃん、ましてや水俣病で死んだのは所詮数百人、それより国家運営ですよ、わっはっは〜!あ、もちろん僕らは安全な東京で命を保証されてますからね、戦争に行くのは所詮田舎の農民だし公害で死ぬのは田舎の漁民ですから〜、え?原発?あれは本当は危ないから東京に作らないってのは当然じゃないですか〜、もう、冗談言わないで下さいよ、安全なら皇居の中に作れとか〜」と高笑いする声が聞こえる。

 

かと言ってもちろん国民全部がいなくなってしまえば困るのは支配層だ。使うべき奴隷がいないから自分でコメを作り野菜を育てなければいけない、だから常に国民を小分けにして、今回はこの層を潰してしまえ、この産業は50万人くらいだからいいや、日本にはまだ1億人いるんだからとなる。けど1億人全部が一発で滅びるような事はできねえな、こっちは今更手に豆を作って鍬を振るなんて事はやってらんねーもんな。

 

こうやって常にアフリカ大陸の草食動物の群れのように、ライオンが襲ってきて最後尾の一頭が生きながら食われている間に他の足の早い動物が逃げ切って、いつの日か自分が食われる日まで何とか生きてける、そんな状況が今の日本だ。

 

このような事実はいくらでも転がっている。「国家は国民個人を守らないのだ、守るのは国家を保持するのに必要な人数だけだ」という根本的な事実を忘れてはいけない、だから自分の命は自分で守るしか無いのだ。

 

何故今回頭にきたか、それは東京新聞はその現実を忘れたようなふりをして「国民を守るのが当然である」と書くことで国民に「あ、そーか、国家ってぼくら国民個人を守ってくれるんだ〜」と人々に思い込ませる高等技術を使っているが、分かってやってる、それが頭にくる一番の理由だ。言葉を使った騙しである。

 

お前ら自分の生活が大事なだけの新聞屋のやってる事が実は国民騙しであり根本的な問題から目を逸らさせる「国民の敵」なのだ!

一般的日本人はそろそろ新聞宅配を止めたほうがいいと思う、ほんとにバカが移るから。



tom_eastwind at 18:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月08日

投資家ビザ その1

今日弁護士と話してて、去年起業家ビザ部門で発行されたビザ件数の話になった。どうやら取り扱い件数ではうちはかなり上の方にいるな、って感じで、もう少し詳しい数字を教えてもらうように伝えた。

 

移民局が行ったプレゼンテーションの資料をもらう。なるほどな、やっぱり投資ではトップが英国、2番手が米国で3番目が中国だ。「おい、日本人にも少し優遇措置出せよ」って言うと「おいおい、日本人は今でも最恵国待遇だぜ、中国が3番目と言っても却下されたケースを見ればいかに日本が優遇されてるか分かるよ。あのさ、申し込んで半年以内にややこしい審査もなく永住権が修得出来るのは日本人くらいだぜ」と笑いながら言い返された。

 

そっか〜、たしかにな、こうやって資料見せられるとよく分かる。アジア人の中では一番優遇されてるわな。

 

今日のミーティングでは投資家部門でのビザ申請について話をした。一つ面白いネタが出てきた。150万ドルの投資資金及び100万ドルの資産を見せることで取得出来るビザだが、字面で見えない部分がいっぱいある。

 

150万ドルの投資は基本的に自分の資金でないとダメ、借金は認められない。けれど方法によっては借金ではなくいける。つまり周囲の人が協力して資金を供出してくれれば可能である。例えば申請者本人は150万ドルなくても、家族の協力が得られれば可能である。

 

これはまだ誰もニュージーランドで実行していないが、先月から弁護士数名と詰めてたネタであり、よくよく調べてみたら法的にすべて合法で対応出来る事が分かった。これは週末に自分の頭を整理して来週にでも文章にしてみるつもりだ。




tom_eastwind at 15:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月07日

政府予算案に学生抗議、43人逮捕

 先月24日、発表された2012/13年度予算案で、学生ローン利率の10%〜12%への引き上げと、学生手当て金を最初4年間の就学のみの適応になる事が発表され、激怒した学生等約200人が1日オークランド大学近くのSymonds ストリートから警察の警戒線を破りQueens StVictoria Stの交差点に座り込み抗議、43人が逮捕される騒ぎとなった。

 この時の警察対応が抗議者達に対して衣服を引きちぎり引きずり出したり、コンクリートに頭を押さえつけるなど残酷な態度だったため、非難が集まっている。

社会   201268

NZdaisukiより

http://nzdaisuki.com/news/news.php?id=5235

 

ビザネタではないがこのニュース、オークランド大学に通っている娘が一言「ばっかじゃない」と叩ききってた。切った相手は当の大学生で、「そうだ警察〜やっちまえ!」みたいな雰囲気。

 

何で?って聞くと「だってさ、学生ローンをまともに返そうともしない連中の発想だよこんなの。無担保で政府から金借りてるんだか市中金利、例えばクレジットカードだと20%くらいの金利払ってるんだから文句言うなって感じ。第一お父さん、知ってる?医学部は1年目の終わりで半分くらい脱落するし法学部だと無事に卒業出来るのは半分、脱落した彼らは学部を変えて大学に残るんだけどそうなると卒業までに5年かかる、その最後の1年くらいは当然自分で払えってことでしょ、自己責任なんだから」ということらしい。

 

うちは子供の社会勉強って意味もあり日本で約1年専門学校に留学させてそれからクイーンズタウンのホスピタリティ学校で1年、でもってオークランド工科大学で1年、去年からはオークランド大学でコンピューターサイエンスを学んでいる。

 

痛い出費であるが(笑)学費はすべて親が払い生活費も親が負担している、学生手当も学生ローンも申請していない。それは親が一生懸命働いて子供の学費を直接負担出来るならすべきだという考え方だからだ。親が学費を払わずローンを受けるってことはニュージーランド全体の納税者からお金を借りることであり、そんな気分的負担を感じるよりは直接負担の方がいいやって事だ。

 

もちろん頑張ってもお金の余裕がない子供が申請するのは何の問題もないしそれが社会の助け合いでありぼくがその為に税金を払うのもためらいはしない。しかし、そうでない部分にお金が流れている現実がある。

 

テレビでは抗議をする学生をごぼう抜きにする警察官の姿が捉えられており、ぼくから見ても効率的にごぼう抜きやってるなって感じでごく普通に逮捕術使ってるだけ、残酷?どっからそんな言葉出てくるんじゃって感じだ。あれが残酷ってなら一度刑務所に入ってみろ、あんなの随分おさえて幼稚園レベルだって分かるから(笑)。

 

確かにニュージーランドの学校のシステムは安上がりに出来ている。小学校から高校まではほぼ無料だし大学も学生ローンと学生手当があるので貧しい家の子供でもやる気さえあれば高等教育を身につけることが出来る。

 

うちの会社で永住権を取得した後に大学に通ってる人もいる。彼らは更に高い知識を身に付けて世の中の役に立つよう、より自分の選択肢を広げられるように頑張っている。

 

しかし中には、制度だけ利用して世の中の役に立たない事ばかりしてそれで失業手当と学生手当と学生ローンをもらって立派な一軒家に住んでる中国人がいる。こいつらこそ一番頭にくる連中だ。

 

本来ニュージーランドの為に何かを生み出すべき立場の移民が、やってきたらいきなり失業手当を申請したり40過ぎて大学に行く目的は学生手当をもらうことだったり、彼らの「盗れるものなら何でも盗る」という姿勢は、本当に恥知らずだと思う。

 

今回のニュースを見て「え?ニュージーランドも教育予算を削るの?」って思うかもしれない。けど今ジョン・キー首相は結構まじめに社会保障制度の見直しにかかっている。

 

この流れは実は英国から来ている。財政緊縮を行なっている英国でも同じように学生に対する手当を減額したり全体的な社会保障のあり方を変えようとしている。

 

それは社会保障が本来必要とされる人に渡るようにする仕組みだ。日本では芸人の母親の生活保護でわーわーと出来もしない理屈ばかり並べたあふぉがいるが、英国の場合は理論的に高等教育を変化させようとしている。

 

それは大学や大学生に金使っても大した効果はなく、使えない学歴を持った連中を社会に送り出すだけ、それよりは幼児教育や初等教育に金をかけた方が効果あるって調査結果から来ている。

 

大学に行くのはいいけどさ、それって単なる「他に行く所ないから」とか「就職するのに有利だから」って自分勝手な理由ですよね、その為に社会の財産をどれだけ注ぎこむべきか?

 

つまり社会の役に立つような勉強を落第せずにきっちりとやるなら4年間は政府がお金を出しましょう、金利についてはあなた達が卒業して得られる資格なら年収が最低は6万ドルくらい保証されているのだから数%の負担は大きなものではないでしょって理屈だ。

 

ジョン・キー首相は今月の女王陛下のセレモニーのためにロンドンに渡りキャメロン首相とも時間を取って意見交換をしている。この二人、出自は違うけど(ジョン・キーは超庶民、キャメロンは良家の坊ちゃん)考え方はかなり近いのではないかと思う。

 

これからも世界経済が緊迫する中で安定した経済を確保するために様々な社会保障の改定が行われる予定だ。NZ政府は今年は予算を一切増やさずの方針でいくので既得権益者には「伊丹のある改革」となるだろう。

 

あは、漢字変換間違った、伊丹は空港のあるところに引っ越してきた連中が騒音ウルサイから金よこせ出てけと言った挙句、本当に空港閉鎖しようとしたら「出てくな、地域活性だ」と言いながらやっぱり金よこせ、けどジェット機の飛行や夜間飛行制限をしている自分勝手な既得権益者集団の住む地域である。伊丹=痛み、本当に痛い連中だ。

 

話はそれたけどよく考えてみよう、社会保障のお金ってのはすべて税金から賄われている。国民全体で出しあったお金が「今までもらってたらか」という理由だけで「これからもずっともらい続ける」って事にはならない。

 

時代の変化に応じて社会に一番有効な場所に資金を集中させるのは会社経営でも同じ事だ。世の中がみな「クレナイ病」にかかってしまえば社会が継続できるわけもない。今回のデモ学生にも自助努力を考えて欲しいし政府が要求しているのがそれほど無理なことなのか、高等教育を受けているのだから自分の頭で考えて欲しい。



tom_eastwind at 15:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月06日

百姓は、生かさず殺さず?

若者80%が収入に不安 子ども・若者白書

 政府は5日午前の閣議で2012年版「子ども・若者白書」を決定した。白書では、就労に関する意識を調査し、収入や老後の年金に不安を抱く若者が80%を超えることが分かった。厳しい雇用情勢や低賃金が続き、若者が明るい展望を持てない実態が浮き彫りとなった。

 

 調査は昨年12月から今年1月まで、インターネットを通じ全国の15〜29歳の男女3千人に対し実施。就労に関するさまざまな種類の不安を聞いたところ、「十分な収入が得られるか」に対し「とても不安」「どちらかといえば不安」との回答が合わせて82・9%と最も多かった。

2012/06/05 09:01   【共同通信】

 

「若者よ心配するな、仕事はある、日本政府が提供してあげる、それが貴方の好きな仕事かどうかは別として。これから増加する老人介護などサービス産業では人材を必要としている。それでも仕事がなければ公共事業の道路工事で採用しよう。そう、食って寝るだけの金は渡されるのだ。それで十分だろう。時には居酒屋で発泡酒も飲めるし共働きなら結婚出来る、かもしれない、良かったよかった北朝鮮ほどひどくはなくて」

 

「百姓は生かさず殺さず」は江戸時代から続く日本の伝統的な政策である。同時に「民は由らしむべし知らしむべからず」も有効な政策だ。

 

だから一般市民はぎりぎりの可処分所得と情報無知の状態に放置しておいて毎日自宅と会社を往復させて何も考えさせずみのもんた脳を身に付けさせる。これを一生繰り返させる、まるでブロイラーのように。これが日本本来の政策であり偶然のように現れた1970年代から続いた市民の自由と繁栄はもう認めないのだ。

 

そして彼ら一般ブロイラーを管理するのは「政党の人気取りでバカ市民から一時的に票を集めて次の選挙で落ちるようなバカチルドレンよりも、小学校から長い期間をかけて何度も試験を受けて本当に実力のある上級公務員が国家を管理するほうが正解であ〜る!」となる。

 

「文句を言うなら何故最初から上級公務員を目指さなかったか?何故毎日遊んで暮らして大学でも成績が低くて、今になって生活不安なんて、そんなん自己責任じゃんか、あんたが今そこで結婚も出来ずに毎日かつかつの生活を強いられているのは自分の責任でしょ」これも事実。

 

だから僕は彼ら高級官僚の価値観を認めている。この点理解して欲しいのは、ぼくは彼ら官僚が素晴らしく優秀であるってのは理解しているし彼らの価値観も分かる。大したものだとも立派なものだとも思う。こんな東洋の小国がここまで成長したのも彼らの努力に負うところが多大である。

 

ただその政策の方針が僕の個人的な政策と相容れなくてぼくはニュージーランドという国に住んでいるだけだ。

 

申し訳ないが普通に大学を出たからってだけではこれからの日本に「十分な収入が得られる仕事」はどんどんなくなっていくのだ。米国でもついに中国との逆人件費競争が起こり1990年代に中国に進出した製造業が米国に戻り始めている。失業率が高くて仕事がなくて賃金が大幅に下がった米国に戻り、米国製造業は20世紀中頃のような、地域生産地域消費となっている。

 

「日本も同じように中国の高騰する賃金が追いつくまで人件費は下がり続けるだろうが、同時に物価も下がるので若者よ心配するな、飢え死にすることはない」と政府は言うだろう。

 

そして中国並みの人件費になった時、日本国内向けの製造業は日本に戻る。工場が日本に戻るのだ、パンパカパーン!良かったねと言いたい。ただ、そこに至る道程の十数年の長さと中国並みになった給料で食っていく厳しさは可処分所得の減少を伴い、まるでブロイラーが生まれた時からケージに入れられて卵を生むだけの生活を強いられてそれ以外の事は何も出来ずに人生を過ごすことになる。

 

いつも言うことだが、それはそれで楽しいかもしれない。自分で何も考えずに政府の敷いた道を真っ直ぐに歩くのだ。それは奴隷的で楽しいかもしれない。その価値観を好きな人はそれで良いと思う。

 

しかしブロイラーの道を自分の子供に選択肢なしで与えるのか?僕は自分の子供にそんな選択肢のない人生を与えたくない。出来るだけたくさんの選択肢を持たせるためにも、色んな事を教えたい。世界は広いと教えたい。

 

りょうまくんの為に地球儀を買おうと思って会社の隣の大きな本屋に行ったら売ってない。ならば地図でもと思ったら、これも売ってない。やっぱり田舎のニュージーランドだ(笑)、どういうこっちゃ、自分で行ってみてこいってことか(笑)、次回の日本出張で買わなきゃな。

 

りょうまくんは12歳まで自分の殻の中に閉じこもっていた。ある日、本当にある日突然目が覚めたようにぼくに話しかけた。「お父さん、ぼく、ずっと夢のなかにいたみたい、なんかまだ少し眠いけど、昔のことも少しづつ思い出してるよ、これからよろしくね」みたいな感じだった。

 

そんな子供に「いやいや、君の歩道はこうなんだよ、他に道はないんだよ、目を開かずに黙って政府の言うことだけに従っててね」と言えるか?こんな可愛い子供にそんな生活を強いてみたいか?

 

価値観の問題である。けれど僕は絶対に嫌だ。

 

親として出来るだけたくさんの選択肢を与えて、それで彼が警察官でも軍人にでもなるもよし、会社勤めもよし、ぶらぶらと生きるも良し。親の働く背中を見せて両親が仲良いところを見せて、そこから先は彼に考えさせたら良いと思ってる。

 

りょうまくんは今回の高校のテストでB級の一番上までいけた。彼はA級に上がることを狙っていたようだが、ゲーム遊び癖がちょっと過ぎたかな(笑)。それでも前回のテストではB級の一番下だったので4ランクUPだそうだ、大したものだ。

 

「良かったねりょうまくん、次はA級だよ:」って言うとちょっとにこっとして「うん、もういっぺんやってみようかな」だって。うれしいな。

 

ぼくらは生かさず殺さずの百姓ではない!知らしむべからざる民でもない!奴隷じゃないんだ、ふざけるのもいい加減にしろ、ぼくらは自分の人生を選択できる人間なのだ!

 

自分の人生は自分で責任を取る、だから政府は余計な口を出すな。



tom_eastwind at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月05日

戦う場所を選ぶワークビザ

旦那を残して奥さんと子供だけニュージーランドに引っ越すのもひとつの手段と書いた。ガーディアンビザだ。料理が出来ればワークビザからってことも書いた。でもって今日は本当は投資家ビザの要件を書こうかと思ったが、ここ数日続けてブログにいろんなお問い合わせを頂いたので少し追加で書いておく。

 

ニュージーランドの移民局は地域によって大きく対応が違う。日本感覚では理解出来ないだろうが本当に違う。オークランドの移民局で働いてるパキスタン難民のオフィサーとか中国の山の中から出てきたオフィサーは、日本人が容易にビザを取る状況にイライラしている。

 

ふざけんじゃねえや、俺たちゃ命賭けて何とか出国して必死の思いでこの国のビザを取ったってのに、日本人だきゃあまるでピクニック感覚でビザ取りやがって帰る国さえあるじゃあねえか、ちぇ、おれの担当の日本人には厳しくしてやれって気持ちになる。

 

ところが白人比率の高い南島では「おお、日本人かい、おいでおいで、ワークビザ出すよ」って環境がある。地域と時期と職種によって必要とされる異なるため、オークランドでワークビザを取得出来ない場合でも南島のある地域では取得出来たりするのだ。

 

じゃあ今のニュージーランドではどこの地域でどんなワークビザなら取れやすいか?絶対とは言わないが今日問い合わせを頂いた方のケースならご主人の経歴がしっかりしている。お金的に無理をせず、まずはご主人がワークビザを取得する為に行動を起こす方が良いと感じた。

 

ここで難しいのは、ニュージーランドの場合は「ほう、それが出来るなら雇うよ、来週からシフトに入れるから来てくれ、え?何、一旦日本に帰って一ヶ月後に来る?だったら面接も一ヶ月後に来てくれ、その時に職があるかどうかわからないがな」である。

 

Now OR Never” この社会では明日から来れない人は採用対象ではない。随時採用とはそういう事だ。NOW,速攻で戦力になるのならすぐ採用する。でなければNEVER

 

アメリカ製の映画でも時々そんな場面を見ないだろか?

少年が町工場を歩き回り「ぼく、何でも出来ます、使って下さい」

経営者は「ほう、健康そうだし、じゃ今からあそこにあるタイヤを隣の工場に運んでくれるか?」

少年は嬉しそうにやっと筋肉の付き始めた細い腕のシャツをまくり「YesSir!」と言ってその場でタイヤを担いで運ぶ。

 

こんな場面で「分かりました、じゃあ今から自宅に帰って準備をしてお母さんたちに話をして皆の許可を得てから来週ご連絡をさし上げてお伺いすることになるかと思います」なんて言ったらボスは「は〜?一昨日来い」で終わりだ。

 

ここで難しいのが、では日本を引き払ってニュージーランドで本当に仕事があるのか、仕事が決まったとしてすぐに働き始めた場合、日本の片づけはどうするのかという問題がある。数日前に書いた「両手に紐は持てない」だ。

 

こんな時は料理の腕のある方が先に渡航する。残った仕事は相方が子供を学校にやりながら何とか頑張る。たぶん3ヶ月で結論が出るだろう、出来るか出来ないか。

 

先乗りした方が「やっぱダメだったよ」となれば一旦元々の仕事に戻り次の方法を検討する。もしかして先乗りした方が雇用者から「おお、いいね、ビザ出すよ」と言ってくれればしめたもの、ではない(笑)。

 

ここがコツ、常に退路を確保しながら戦う方法を展開する必要がある。その店で本当にビザ発行の書類にサインをしてくれるのか、現在のこの地域でのショーテージリストにあるのか、できる限り確認をしてビザ申請をする。その間撤退先の日本の店は継続する。

 

おそらく最初の数週間はドキドキだろう。そして、ある日突然パスポートが普通郵便で移民局から送り返された時は、まさに地獄から天国に舞い上がった気分になる(これは何百件と見てきた)。

 

それから日本の住居などは相方に整理させて出来るだけたくさんの金をカバンにつめ込んで、じゃなかった(笑)、そんな事やったら法律に引っかかるので、きちんと先乗りの口座に銀行送金する。その時の名目には堂々と「生活費」と書く。ビザコピーを見せれば問題ない。

 

もちろんこれもブログ上なのでかなり大雑把に書いているので注意していただきたい。職種、年数、性格、病歴、犯罪歴、英語力、就職する地域の現況、将来性、事前調査すべき点はたくさんある。

 

本当に移住ってのはカンボジアの田舎の元戦場の闇夜の地雷原を歩くようなものだ。金があれば誰かを雇って先に歩かせて、そいつが吹っ飛んだら「お、ここは歩けるな」となる。けれど人を雇えない場合は自分で地雷原に入っていくしかない。

 

ただ、移住とは、「深くて暗い森を抜けた向こうに大海原があると信じられる人が辿り着く道だ」(これは僕の古い友だちの詩集の中の言葉だ)。

 

ましてやこの大海原、渡ってきたからと言ってそれだけで幸せになれるわけではない。古いお客様が美味しいケーキ屋さんを成功させているが、そこに至る苦労は生半可ではなかったし、今でも材料の仕入から店頭販売まで納得できるものを提供するために朝から頑張っている。

 

世の中、楽な場所などひとつもない。人は生きている限り苦労するに決まったものだ。けど、どうせ苦労するなら自分の得意な分野とか自分の好きな場所で苦労したい、その為に戦う場所を選ぶ。それが移住だ。 



tom_eastwind at 18:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月04日

職住切り離し その2

昨日の説明が少し大雑把過ぎたのでもう少し具体的に書いてみる。

 

美味しんぼの原作者がシドニーで子育てをしながら東京の出版社とファックスや電話でやり取りをしてたのは有名な話だ。数カ月に一度日本に行き取材をしてはシドニーに戻り原作を書く。

 

日本で不動産を持っている人も移住可能だ。不動産管理は管理会社を設立して親戚に任せるか不動産会社と契約をしてテナント及び物件管理をしてもらう。家賃収入がニュージーランドでの生活費をカバー出来るようなら(4人家族で年間6万ドル)移住して起業家ビザを申請する。

 

初期投資に2千万円くらいかかるが一旦起業家ビザが取得出来ればそれから3年は合法的に永住権保持者とほぼ同様の権利(医療、教育)を認められて生活が出来る。

 

子供と母親だけをニュージーランドに住まわせる「ガーディアンビザ」もあるがこの場合学費が国際留学生扱いになるし学生保険にも加入する必要がある。学費は公立で年間100万円程度かかる。

 

それに子供の学生ビザが終了したら日本に戻らねばならない。もし5年計画だとすると相当な出資になるし5年後以降も住めるという権利は確保出来ない。それなら初期投資はかかるが起業家ビザを申請した方が結果的に安上がりだし永住権も付いてくる。

 

では日本で現在社長をしてて仕事はうまく回っている場合はどうするか?企業のサイズにもよるがまず自分が社長を退任して会長なりの地位に移動する。そして日本の会社と関連のあるビジネスをニュージーランドで立ちあげて起業家ビザを申請する。

 

これなら日本の本社と売上調整をしながら経営出来るので黒字化は比較的容易だ。このあたり経営者の方であれば僕の言ってる意味は分かるだろう。

 

では開業医や弁護士など法的に日本でしかビジネスが出来ない職種の場合は?この場合も起業家ビザを取得することは可能であるが実際の、例えば医師であれば医療は行えない。カウンセリングはOkだが直接患者の体に触ることは出来ない。

 

この分野はまだNZ側で法整備されていないがセカンドオピニオンサービスはありかもしれない。これから増えていくNZ在住日本人向けに、例えば子供向けであれば葉の磨き方からプラントとは何か、やるならどちらの国でやったほうが良いのか、そのメリットデメリットの説明だ。レイシックも同様だろう。

 

要するに法律が想定していない分野で新たにビジネスを構築するわけでそれがNZの利益になるのであればOKだし、そうでなければNOだ。これを判断するのは移民局である。移民局がOKと判断すれば起業家ビザを取得できるし2年間経営が順調であれば永住権取得も出来る。

 

その後に法改正がありオピニオンサービスが免許制になったらその時点で免許を取得すれば良い。ニュージーランドではこのようなケースでは免許制になる前からサービスを提供していれば免許の取得はかなり容易である。

 

いずれにしても起業家ビザは初期投資が2千万円程度かかるのでこの費用をどう調達するかはその人の環境によって異なる。(資金的に難しいという人はシェフなどワークビザから入る道もある)

 

僕の見えている近未来とは殆どの日本人の給料が下がり社会負担が増税し可処分所得がなくなり、毎日自宅と会社の往復をして何とか生活は出来るがそれ以上は何も出来ない状態である。

 

転職しようにも一度失敗すれば二度と元に戻れないから現在の会社にしがみつく。会社はそれを利用して厳しい労働条件を突きつけて更に会社への忠誠を誓わせるからストレスが溜まり時々行く新橋ガード下の居酒屋が唯一の息抜き場所となる。

 

今でもそうじゃないかと思うかもしれないが、今以上にシステム的に可処分所得が減少していき、気づいた時は何の選択肢もなく国家の敷いた路線を歩くしかなくなる。右向け右!と言われたら何故と聞いてはいけない、すぐに右を向くのだ。跳べと言われれば何故?ではなくどれだけ高く跳びましょうかと聞くのが正解になる。

 

いくらなんでもそんな事〜と思うかもしれないが、1910年代からの大正デモクラシーで言論の機会を得た多くの日本人も同じように「まさかそこまで〜」と思っていた。ところがいつの間にか時代が変わった。国民が空に向かって手を広げていた時代、政府は彼らの足を縛る改革に出たのだ。

 

最初に起こったのは1923年の関東大震災である。これを偶然の契機として政府が次々と新法を導入した。その内の一つが1925年に制定された治安維持法である。その後1928年に改定され実質的に日本は独裁国家と変貌した。

 

その間国民は何が起こったかも分からずに政府の言われるままに行動し若者は徴兵されてシベリアや中国戦線に送り込まれ働き手を失った農村は疲弊した。残された者は他に出来ることもなくひたすらコメを作り続けた。そして日本は戦争に突入した。

 

今回の動きはどうも戦前の日本と同じような動きであり、戦前より賢くなった政府は真綿で首を絞めるように少しづつ法律改正を行い最後には日本から脱出できない状態にした上で国民を「平等化」させる。相続法改正、海外送金実質規制、所得税最高税率増税、預金課税、資産課税、様々な方法で人々を平等化させる。

 

政府が狙っているのは1400兆円と言われる個人資産でありこれを取り上げれればハイパーインフレーションを起こす必要はない。その為の法整備は着々と進んでいる。

 

元々日本政府(官僚)の基本的な考え方は一部の特別に優秀な東大法学部卒業の人間だけが支配層となりそれ以外の99%の愚かな国民を指導していくのであるから、政府が認めない形での独立起業なんてすぐに潰すしいやしくも正しい政府を本気で批判するような人物は危険人物と見做されて国策逮捕である。

 

愚かな国民が個人資産を無駄使いするよりも賢い政府がすべて取り上げて全国民に平等に再配分するのが正義なのだと考えている、ある意味戦前の北一輝などが主張した共産主義に近いのである。

 

考えてみれば1990年までの日本は明治の日清日露戦争に勝利したイケイケドンドン時代と重なるし大正デモクラシーで人々が発言するようになったのを2001年から2006年までの小泉政権時代に起業家ブームが盛り上がった。

 

ところがその後急激に官僚が力を取り戻して政治の乱れを利用して自分たちの望む国造りを始めた。起業家は叩かれ逮捕され公務員になるのが若者の「なりたい職業」の上位に来るようになった。

 

そりゃそうだ、国家と喧嘩しても勝ち目がないのはよくわかった、ならば官僚の下請けである地方公務員にでもなって岡っ引きの立場になった方がましだ。国家統制が強くなる時代、こう重ねてみれば次に来るのも自ずと見えてくる。

 

時代は繰り返すという。本当にそう思う。過去の歴史を学びそのどの地域のどの時代の歴史がこれからの日本の歴史と重なるかを自分なりに検証していけば、自ずと答えは出ると思う。



tom_eastwind at 12:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月03日

職住を切り離す

インターネットと航空機の発達でニュージーランドも随分近い国になった。成田からシンガポールだと7時間でオークランドまでだと10時間ちょっと。なので3時間しか変わらない。おまけに夜移動なので寝ている間にオークランドに着く。

 

日本航空がオークランド直行便を飛ばし始めた1980年代初頭、福岡で生活しながらオークランドのポスターを見て「一生行くことはないだろうな」って思ったのを覚えている。

 

それが今はこの国に住んで生活して毎月オークランドと日本を往復している。当時からすれば時代が進んだと言うことだが、20年先から今を振り返ったら「へ〜、昔は飛行機で空中移動してたんだね、今のように成層圏移動じゃないからすごい時間かかってたんだね、今は世界中どこでも3時間もあれば行けるよね」なんて言ってるだろう。

 

現在でも業種によっては生活場所と働く場所を「大きく切り離す」事が可能である。その「切り離し」がジョホールバルからシンガポールの1時間なのかオークランドから東京の11時間なのか、人によって業種によって違いは出てくるだろう。

 

これが自動車工場で働いていれば毎日工場に出勤する必要があるが翻訳の仕事であれば世界中どこにいても仕事は出来る。出版社との打ち合わせは月に一回日本に出張すれば良い。ハリーポッターの日本語翻訳者がスイス在住だったのもよく知られた話だ。投資家の仕事も似たようなものであり、ネット関連の仕事も同様だ。

 

2017年に向けて日本は一気に下り坂を転げ落ちることになる。その間は人々が殺気立ち現在行われている芸人吊し上げのような事件が次々と起こるだろう。近いうちに必ずやってくるのが「金持ち叩き」だ。

 

日本にいる資産家は米国に比較すれば大した資産とは言えないが、それでも日本全体でたった5%しかいないわけで彼らは少数派であり多数派である年収300万円層からすれば「許せない、社会正義を実現するべきだ!」と本気で妬んでいるわけで、社会主義を実現したい政府官僚とすれば「やっちゃえ!お前らの後押しがあればあいつらから税金がっぽり取っちゃうよ〜!」と法改正する事になる。

 

社会正義の実現なんて格好いいコト言ってるが本音は嫉妬であるような連中を使って、本当に社会主義を実現させようとする政府官僚がこれから出てくる。

 

ある程度貯蓄がありローン済みの自宅があり年収1500万円なんて言う1980年代ならごく普通の日本人だったようなような人々が狙い撃ちの対象になるかもしれない。人は貧すれば何をするかある程度読める。

 

ある日突然父親がマスコミで叩かれ子供が学校でイジメを受けて奥さんが近所つきあい出来なくなりそれまでの平和だった生活があっという間に崩壊する。

 

そうなると最初に書いた「職住切り離し」という話になってくる。もし可能ならばお父さんだけ日本に残り家族はNZに移住してお父さんは毎月日本に出張して仕事をする、子供はNZの学校に通いお母さんは子供の面倒を見る専業主婦となる。

 

そして同じような環境で日本を脱出した人々のサークルは同じ価値観を共有しているからお母さんも子供も安心して付き合いが出来る。

 

しかしそれにしてもビザが必要だ。ではどんなビザがあるのか?現状では技能移民は絞られている。失業率が高止まりしているから外国人労働者に永住権を与えるのは得策ではない。

 

その代わり起業家ビザであれば優遇してくれる。起業家ビザの場合は今ならIELTS4(英検準2級程度)がありビジネスプランの実現性があれば最初の弁護士との相談から始まって半年程度でLTBVLong term Business Visa)が取得できて3年滞在出来る。

 

この要件は2年間ビジネスを黒字にすること、従業員を2名程度フルタイム(週30時間以上)雇用することが大雑把なな基本である。もちろん3年経過して条件に満たない場合は延長することが出来る。現時点では移民局の公式判断は出てないが、3年間を2回くらいは延長してくれると弁護士からは聞いているので、最初の3年と合わせて9年滞在出来る。

 

もしお父さんが日本の仕事をうまくこちらに持ってくることが出来れば可能である。

 

これで2022年までは何とか時間を稼げる。その頃には子供は英語も上達しているから状況を見て日本に戻るかそのままオークランドの大学に行くかを判断すれば良い。この期間子供の学校は国内扱い、つまりほぼ無料になるし医療も永住権保持者と同じような扱いになる。

 

(このあたり繰り返すけど、ぼくはブログなので簡略して書いているが「学費はほぼ無料」とか「医療は永住権保持者と同じような扱い」とあえて書くのは、このブログだけ読んで信じこんで行動を起こしてほしくないからだ。一般論がそのまま貴方のケースに繋がるとは限らない。本当に色んなケースがあるのでそれはきちんと専門家と打ち合わせをしながら進めていく必要がある)。

 

このあたりお父さんの仕事が日本出張ベースで対応出来るかどうかは人によって違う。子供の年齢によってはお母さんが起業家ビザを取得するって方法もある。

 

けど、どんなビジネスで起業するのか?普通に日本で起業と言えば簡単なことではないし、それを海外でやれるとは到底思えないって話になるが、そこはやり方がある。例えば100円ショップをフランチャイズでオープンさせて日本から商品を送ってもらい棚に並べて店員さんは地元のお姉さんを二人雇えば、あのビジネスは大体において利益が出る仕組みになっている。

 

但し最初にかかるフランチャイズ契約、仕入れ費用、店舗契約などで2千万円程度は最低必要だ。それとは別に生活費3年分として移民局に提出する銀行残高証明書が一人一年一万ドルx家族の人数分という事になるので初期投資にお金がかかる。

 

他にはテイクアウェイビジネスもある。料理に自信があるならフランチャイズチェーンを作るって方法もある。逆に誰かがやってるフランチャイズに乗っかる方法もある。カフェで美味しいコーヒーと料理って事だ。

 

いずれも初期投資が必要でありその資金が自己資金で有ることも証明する必要がある。だから親兄弟を含めた家族の協力も必要となる。このあたりはどれだけ自分で考えても結論の出ることではないので、ここは自社の宣伝になって申し訳ないけど当社の説明会に参加してもらいさらに個人面談をしてくれれば実現可能性と方向性は提案できる。

 

他にも起業家ビザを取得する方法はある。現地企業に経営参加して黒字化させていく方法だ。これは当社が年間で10件以上手がけているので、実現可能性も個人面談ですぐに回答は出せる。

 

現在進行中の計画で建設関係のビジネスがある。クライストチャーチの復興でこれから住宅需要が発生するしオークランドでも新築やリフォーム、店舗を中心としてビジネスが広がっていく。もしあなたが手に職系であり建設関係のビジネスであれば可能性はかなり広がる。

 

20世紀であれば職場と住宅は接近が基本であった。しかしこれからは職住切り離しという選択肢も出てくる。案ずるより産むが易し、もし移住する気持ちがあるならぜひとも問い合わせをして欲しい、それはぼくのビジネスというよりも貴方たちの子供の将来のためなのだ。



tom_eastwind at 16:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月02日

移住のリスク

「ニュージーランドで仕事ありますか?見つかったら日本の仕事を辞めてそちらに移住します」

 

この文章、どこから持ってきたのか忘れたぞ。アゴラだっけな?それとも古賀メルマガ?

★抜粋開始

維新の会が国会議員を引き抜くという話もあるが、当然のことながらそれは政策本位のものになるだろう。私自身は維新の会の政治マターにはまったく関与していないが、国会議員を維新の会に迎えるに当たっては、その議員に自らの政策を公に発表させ、さらに、まず先に離党することを条件としたらどうだろうか。政策が自分の所属する政党のものとは違うのであればその党にはいられないはずである。まず、維新の会に入れてもらうことを確認してから離党するというような政治家には本当にリスクを取れる人はいないだろう。

★抜粋終了 文責小生

 

これからの政治に必要なのはリスクを取れる政治家だという文意は分かる。移住も実はこれと同じである。自分の人生で大きなリスクを取って移住する覚悟がなければ移住は出来ない。

 

右手に握ったロープを手放さなければ次のロープは掴めない。掴みそこなったら落ちる。恐い。だから準備をするけど、どれだけ準備してもいつかは右手のロープを手放さなければいけない。一瞬空中に浮かぶ、次のロープを本当に掴めるのか?けどそのリスクを恐れていては移住は出来ない。

 

移住したいんです、けど英語とか職歴とかNZで必要な能力ないんですって言われてもどうしようもない。悪いけどそのような人にはニュージーランドが隣の青い芝生に見えてるだけだ。

 

この国で生きていくのは決して楽ではない。とくに移民一世としてやってくれば実に多くのリスクがあるし苦労がある。いつまで経っても増えない貯金、上がらない給料、人種差別、買えない住宅、そのようなリスクを一世はすべて抱えて生きていく必要がある。

 

その覚悟がなければ家族で移住しても結局うまく行かずオークランド離婚とかになってしまう。多分父親にとっては相当なストレスである、それに耐えられるか?

 

けどさ、英語にしたってキーウィだって生まれた時から英語を話せる人間などいない。移住したいなら勉強するしかない。また職歴能力がないなら今から身につけるしかない。

 

英語の勉強など出来ません、今更職歴変更なんて出来ません、けれど移住だけはしたいですと言っても移住先で英語も職歴もなければどうやって雇用を見つけるのか?逆のパターンを考えて欲しい、日本語ができない中国人家族がいきなり日本にやってきて仕事もビザも下さいと言って手に入るか?

 

人生で楽をしたいから移住したいと考えるのならお断りである。ニュージーランドが必要としている人材は若くて健康でやる気があって実務能力のある人々だ。この国に来て「居候」でいられては困る。

 

但し、ただしである。もう一回言うけど但し付きで言えば、実はその気になれば移住する方法はある。極端な方法だけど、出来る方法がある。最低限必要なのは健康であることと犯罪歴がないことだ。本気で移住を考えてて、移住が人生の重大事項優先事項のかなり上にあれば、であるが。

 

ほんとはもっと細かい規定がある(なのでこのブログを読んで鵜呑みにしていきなり行動に起こす事は良い子はやめましょう、にこ)のだがブログなので大づかみで書くと、その時代時代に応じた移民局の方針があるのでそこをよく理解した上で対応すればミラクルは起こせる。

 

ぼくのような仕事をしていると本当に色んな人の人生を見ることになる。その中で「こりゃひどい、ほんとにどうにかしなきゃ」と思わせるケースが年に数件ある。ひどいには色々ある、オークランドの日本人経営者に騙されたとかキーウィと組んでたら騙されたとか、とにかくこれじゃニュージーランドの評判が落ちるし日本人が皆悪者に思われてしまうとなるようなケースだ。

 

うちは元々無料情報センターを運営していたから現地で困った事があるワーホリの駆け込み寺であったし最近の10年は移住や不動産投資に関連するトラブルの駆け込み寺になっている。だもんで色んなケースを聞くのだがトラブルに遭ったご本人が物事を冷静にきちんと優先順位を付けて考えることの出来る人なら僕は時々ミラクルを起こすことにしている(笑)。

 

うちのスタッフからすれば「そんなこと、何でそこまで一生懸命やるんすか〜?」と言われるが、価値観とか視点の違いだろうな。もし僕がこの仕事をお金だけのためにやってるならトラブル処理などやらない。けどな〜、なんてか今まで生かしてくれたこの国の為には時々無償奉仕があってもいいじゃんかって思うのだ。

 

ミラクルは色んな方法がある。本当に色んな方法がある。普通の常識ある人間では思いつかないような、何てか感覚的に言うと米国のテレビ番組「プリズンブレイク」(PrisonBreak)の主人公が時々がーって頭を押さえてとんでもない解決方法を思いつく、あれに近い。

 

自閉症ってのはこういうものなのだろう、一つのことをがーっと思いつめているといつの間にか頭の中に解決策が出てくる。そこには一般常識も社会的羞恥心もない(笑)が移民局のポリシーとちゃんと合致してるし違法でないし、紙一重でこっち側で収まっているプランだ。

 

「そんな事、どうやったら思いつくんですか?」とスタッフに聞かれることもよくあるが、脳みそがそういう仕組になっているのだから回答のしようもない。

 

けれど神様はよくバランスを考えたもので、変わった脳みその代わりに自宅の階段で「何故右足の次に左足を出さないといけないか」と考えて足を踏み間違えて転ぶしオーブンは使えないし、普通の人が普通に出来ることがとても苦手だ。はは、これ本当です、うちの奥様や娘や仕事仲間に聞いてもらえば僕の馬鹿話は山ほど出てきます(笑)。

 

とりあえずミラクルではないけど移住を実現させる具体的な方法をひとつ書いておきます。それはまずあなたの年齢にもよりますがもし30代で健康で犯罪歴がなければ料理を覚えることです。日本で魚を三枚におろして寿司刺身を作る技術+天ぷらを覚えれば他の料理は見よう見まねでいけます。

 

出来れば調理師免許を取る、ダメならどこかの寿司屋か和食屋で一年程度働いて基礎を学ぶ、それからニュージーランドの日本食レストランにワークビザを取ってもらう。もちろんサポートしてくれるお店を選び間違えると悲惨ですが、ちゃんとした店ならワークビザは取れます(ちなみにうちでやってる日本食レストラン山水は100%ビザが取れてます)から、まずはワークビザで入国する。この時点では英語能力は現在は要求されない。

 

レストランでシェフとして働きながら頑張って英語の勉強をする。2年も勉強すれば永住権申請に必要なIELTS6.5はクリアーします。またうまく行けば2年も働いているから大丈夫でしょと移民局が判断すれば英語テストが免除になるケースもあります。

 

これで2年後に永住権取得は可能です。日本で収入を得ながら料理の技術を覚えてNZの和食屋さんでワークビザサポートをしてもらい2年間真面目に犯罪起こさずに納税していればこんな方法もありなんですね。

 

この方法はミラクルではない、表に出せる正攻法です。金なし英語力なし実務能力なしで本当に永住権狙うなら、ありです。但し実務的にはかなり細かく移民局向け「傾向と対策」を作り上げていく必要があるので十分な準備と計画を作ることは絶対に必要です。

 

仕事を辞めていきなり渡航するような事だけはやめてください。それはもう、トイレに入って椅子に座って用を足した後に紙がないのに気づくようなものです、とても危険です(苦笑)。



tom_eastwind at 17:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2012年06月01日

生活保護について

僕は昔からよしもと芸人と呼ばれている連中を好きではなかったし、薄汚いパンチパーマで舞台で相方の頭を殴る芸人が芸人って呼ばれてそれで客が笑うような文化が理解出来なかった。

 

生活に笑いは必要だがそこには品性や知性が必要だ。品性もなく人の頭を叩く連中は猿と同様であり知性もなく政治を批判する輩はもはや単なる九官鳥にしか過ぎない。

 

だから今回のよしもと芸人の母親らが生活保護を貰ってた事件は無視していたのだが、ニュージーランドではどうなのか?と聞かれたので国内視点とは少し違った考え方があることも知ってもらえばと思って書く。

 

まずニュージーランドでは建国以来お金がなくて自殺した人はいないという事実を理解してもらいたい。(正確に言えば数年前に日本人家族と韓国人家族が自殺したがこれをキーウィと捉えるには無理があるので省略する)

 

次にこの国では生活保護は当然の権利と考えられており、仕事を見つけられない若者がいればそれは政府が悪い、だから罰金として生活保護を払うと言う考え方がある。これは建国以来の社会主義政策の一環であり非常に恵まれたセーフティネットも1900年代初頭から提供されている。

 

ウインズ・WINZWork and Income New Zealand)という組織は日本のハローワークのような位置づけでこの組織が申請者に対してカウンセリングをして生活保護を行い次の仕事を見つけるための手伝いをする。

 

学校を出たけど手に職がない若者はどこも雇ってくれない。そこでWINZは民間企業に対して「うちで給料を三分の二負担するからこの若者を雇って仕事を教えてくれない?」と依頼する。こうして仕事を学ぶことで独り立ちする機会を与えるのが政府の仕事だ。

 

もちろんそれでも必要があれば生活保護は支給されるが受取る方もそれなりに堂々としている。何故ならそれはお上から恵んでもらうのではなくこの国で働き納税をしている仲間から間接的に助けてもらうだけだから、何故役人に頭を下げる必要があるのかって考え方だ。

 

だからといって誰もが生活保護をもらうわけではないし失業率も欧米に比較すれば低く6%程度であり、つまり「もらえるけどもらわない」という常識も兼ね備えた人々が多いという事だ。一応追加で書いておくとこの国は生まれる10ヶ月前から死んだ後の葬式まで国が面倒を見る仕組みがある。利用するかどうかは別問題として生まれてから一度も働かなくても生活出来る利用出来る仕組みがある。

 

毎年3万人が自殺をして過労死とか残業とかが普通になってる国からすれば信じられないだろうが、それでも国家が運営できるのだからニュージーランドが何かおかしいとか言う前に自分の国がおかしいことに気付こうよって思う。

 

こういうシステムが構築できて持続出来るのはもちろん理由があるしこの国も苦しい時代があった。けれどまずは地理的な要因でこの国が偶然にも南半球にあり北半球の冬(端境期)に野菜などの食料を送る食料基地として生計を立てる事が出来たってのが大きい。

 

食料自給率300%、南島の田舎では浄水場さえ不要なくらいの綺麗な水、水を利用した水力発電によるエネルギー自給で原発不要と、まさに神様にお祈りしてて良かったな(笑)ってくらい恵まれた環境にあるので現在のようなシステムが運営出来ている。

 

芸人の母親が生活保護を貰ってた事件では多くの人が「本当に必要な人に渡るように」というがそれは無責任な言いっぱなしでしかない。当事者として制度を作ってみろ、本当に必要な人とそうでない人の壁がどれだけ曖昧かがよく分かる。

 

だからほんとうに必要な人に渡るためには少しくらい必要でない人に渡ったとしても仕方ない制度が現実的なのだ。これが納得出来ないなら厚労省に自分の考えを提案してみればどうだろうか、誰かを弱い者いじめする前に。

 

生活保護制度と芸人とは峻別して語るべきである。そのような知性も品性もない連中がたまたま叩き返されない芸人相手だから叩こうと考える心の卑しさの方がよほどみっともない。

 

だいいち今回の件でもしその母親が自殺したら誰が責任を取るのだ?自殺は本人が決めた事だから僕知りませんと言うのか?日本という国はそこまで優しさのないギスギスした国に成り下がったのか?ネットであれリアルであれ自分の発言にはしっかり責任を持ってもらいたいし社会人として品性と理性を持ってもらいたいと思う。

 



tom_eastwind at 13:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌