2013年01月

2013年01月30日

映画ネタ続く〜ランボー4

「天国の門」を見終わった後に夕食まで少し時間があったのでもう一本映画を観ようと思った。けど奥さんと子どもたちが帰ってきて夕食の支度が始まったので「何を観るか」という話になる。

 

「天国の門」は何とか全部見終わったのであとは妥協でもいいかと思いながらお気軽に日本の映画「ハイキックガール」をプレイヤーに入れようとすると娘が「あんたさ、見なくていいよ、あたしが蹴ってあげるから」って事で拒否(笑)。

 

だもんで次に「ダンテズ・ピーク」でもと思ったらこれまた自然災害のネタは嫌って断られて結局「ランボー4」に落ち着く。これは人災の話なんだけどと思いながら。

 

そんな時に娘が「そう言えばお父さんね、あなたが運転してる車ってもう15年だよね、そろそろ新しいのに買い換えないの?修理とか塗装とかお金かかるでしょ」と何気なく聞かれた。

 

ぼくは娘に「そう言えばうちの奥さんはもう25年一緒だけど、まだ可愛いし修理も塗装も要らないよ、買い物でお金遣うだけだよね、それも君のために御殿場でね♪」と言うと彼女はカラカラと笑って「お父さん、ゆっくり映画を観てね、あたしが貴方を蹴っ飛ばしたくなる前にね」だって。

 

何故か知らないがぼくは奥さんが大好きだ。生まれ変わっても結婚したいと思ってる(もちろん彼女は拒絶しているが;苦笑)。

 

人間の人生なんてわからないものだ。東北大地震の時でも、誰もまさか今死ぬと思わなかった人々がいる。世界のどこに行っても同じだ。こうやって見ると長く生きるってことにどんな意味があるのかと思う。

 

生きている間は一生懸命生きる、人生を充実させる、けど寿命が来ればそれを素直に受け入れる。体をチューブで繋がれて生きるのではなく、チューブに繋がれるまでの人生をどれだけ充実して生きていくかだと思ってる。

 

ランボー4はわかりやすい映画だ。シルベスター・スタローンがわかりやすいって意味ではなく、ハリウッドは常に時代の最先端を走っている、それは政治世論の誘導という意味で。

 

日本が戦後アメリカという国を理解するために使われた一番の手段が「テレビ」であった。「奥様は魔女」とかサンダース軍曹が活躍するテレビドラマとか、とにかくアメリカ一番な番組だ。他国の人々を洗脳するには様々な方法があるが、メディアはその中で一番効果のある手段だ。平和的に他国の人々の脳みそを洗脳するのだから費用対効果が最高値である。

 

映画一本作るのに数十億円というが実際に他国に戦争を仕掛けたらゼロの桁が違うほどに金がかかるし決して勝てるということは言えない。

 

去年の前半からミャンマーが民主化されて米国の意向を受けた軍事政権がアウン・サン・スーチー女史を軟禁生活から解き放ち中国に対する防壁の一つとしてアセアン及び米国の味方に引き寄せた。

 

ランボー4は米国が中国包囲網を作るための一部であるミャンマー政策のさきがけ(魁)である。中国に片手で銃を突き付けて「やるかい?」と聞き、片手で飴を見せて「おい、手を組まないかい」と選択を求めて「さあどうする?」とやっているのだ。

 

正解な戦い方である。米国は民主主義と言いながら実際は外交戦略においてはパックス・アメリカーナという100年単位で考える組織があり、彼らは民主主義で選ばれた大統領よりも長期的に強固な立場にいる。彼らからすれば映画一本分の費用など安いものだ。

 

実際に去年はミャンマーが軍事政権から民間政権に移行した。これなどミャンマー軍事政権のトップがかなり賢い判断をしたと思う。その結果としてアウン・サン・スーチー女史は広告塔のような存在になっている。それでもミャンマーが民主化、てか中国と一線を画すようになればアジアの真珠のネックレスの完成である。

 

たかが映画一つでどうこう言うなって思うかもしれないが、実際に世の中にはあまり「偶然」という事はない。大体の事件は必ず何かと繋がっている。とくに政治絡みではほぼ間違いなく「偶然」など存在しない。

 

ランボーは最初の作品ではベトナム帰国兵の福音問題を描いた。その後はベトナム、そしてアフガニスタン問題を提起した。とくにアフガンではソビエトの侵攻に戦うアルカイーダを支援する役目としてスティンガーミサイルを提供してソ連のミル24、通称ハインドを撃墜する役目を果たした

 

しかしその後アフガンが解放された後のケアが至らずアルカイーダ戦士がイスラムの教えのもとに反米に向かい大喧嘩になった為にランボーは表に出られなくなった。

 

ミャンマーの民主化の目的は明確であり対中国戦略である。その意味で実際の戦争をせずに誰も殺さないランボー映画でミャンマーが民主化してくれれば安いものだ。

 

そんな事を考えながらオークランドアニバーサリーの自宅でゆっくりと映画を観る。窓を通り過ぎる適度に乾いた風は肌を冷やしてひんやりと気持ちよく、冷房の必要なし。今日の温度は20度くらいかな、Tシャツでソファに転んでちょうど気持ちよく眠れる。

 

昨日は心地良い天気の下移住会員の皆さんのノースショアでの潮干狩りがあったと報告を貰う。11家族40人以上集まって楽しんで頂いたようだ。午後5時になっても会員の皆さんの会話は終わらず、それぞれに友達の輪を広げてもらったようだ。その後は皆さん浜辺で採った貝を自宅に持ち帰りバター醤油で炒めたり酒蒸しにしたりして

 

うちの会社は移住して1年くらいで会員にとっては不要になる。何故なら彼らはその1年で十分な人間関係を地元で作るからあえて高い会員費を払って継続する必要がないからだ。

 

ぼくは自分の5年後のビジネスモデルはすでに頭のなかにある、そしてそこには移住ビジネスはない。すでにニュージーランドに移住した人々と提携して日本の品質を売る仕事をする。日本の最大の強みは納入時の品質の高さとメインテナンスである。

 

この事に最近やっと日本人も気づき始めたようだが、日本人は品質管理が世界最高だ。これはどこの国も追いつけない。安物は中国製を買えば良い、安物買いの銭失いって意味が分かる。すぐ壊れるから。本当に良い物は日本にしかない、そういう実績を日本は持ってる。知らないのは日本人だけだ。

 

ランボー、プロパガンダ宣伝として実に上手くやってる、品質管理もコストカットも本当の意味で理解出来てない米国人にしては大したもんだ、やはり外交政策面では相当に優秀な連中が集まっているのだろう。

 

しかし根っこからにじみ出る普通の日本人の強さは生まれついてのものだ。米国のように学んで身に付けたものではなく、だから負けるわけがない。ここで対米従属反対と唱えても意味はない、米中のはざまで日本がどう生きるか、それだけが今の日本に一番求められているものだ。



tom_eastwind at 17:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近観た映画

2013年01月29日

「天国の門」 マイケル・チミノ監督作品

三連休の最終日の映画。219分の長大作品でこれも普段の生活ではなかなか観ることが出来ないのでオークランドアニバーサリーの午後早くからたっぷりと楽しむ。

 

観ることが出来ない一番の理由は平日だと映画が長すぎて夜9時に就寝出来ないって事。次にこの映画は途中でかなりえっちい場面が10分ほどあり、これが奥さんが絶対ダメって言う理由、最後にはこの映画を観る時は腰を据えて見ないと、とりあえず画面見ましたってだけでは意味がないからだ。

 

最初のショットは5時間以上という長長編だった事を考えれば相当にカットしたわけで、それでも219分、休日の午後早くから観るに十分な長さです。クリス・クリストファーソン、クリストファー・ウォーケン、ミッキー・ロークなど当時の優秀な役者が素晴らしい演技を見せてくれるのは、やはりマイケル・チミノの腕の良さというべきか。

 

1980年公開のこの映画は当初米国で様々な問題を引き起こした。制作費を使い過ぎて映画制作会社が倒産したとか評論家からボロクソにけなされたとか今になってもネタに不自由しない。

 

結論から言えば自由の国である筈のアメリカが実は自由の国ではなく先にアメリカを侵略して先住民(アメリカン・インディアン)を虐殺した者(英国系米国人)が後からやってきた東欧の移民を差別して遂にはワイオミングの大平原で125名のデスリストを作り50名の殺し屋を雇って後からやってきた移民相手に殺人を開始、それに対して新移民が団結して彼ら殺し屋に戦争を仕掛けたという酷い実話である。

 

芥川龍之介の蜘蛛の糸を彷彿させる作品だ。自分が何とかしがみついた蜘蛛の糸、そこを後から登ってこようとする人々を蹴落とす物語だ。結論から言えばこれは当時の米国の移民政策の無策ぶりをよく表している。とりあえず移民を受け入れておいて、ダメとなったら殺してしまえという話だ。

 

そんなら最初から移民受け入れすんなよって話だが、アメリカ・インディアンという先住民を皆殺しにした経験を持つ英国系移民からすれば「125名程度の殺し」は「大した事はない」のであろう。

 

東欧からの移民は戦火を逃れなけなしの金で土地を買ってワイオミングの大平野にやってきた。しかしそこでは法律よりも先住者たちの既得権だけが認められ彼らの既得権は更にアメリカ政府による法律で守られ、土地を買ってやってきた人々は詐欺にあったようなものだった。それでも彼ら移住民は大平原に森林から切り出した木を組んであばら小屋を作り生活を始めたがそれでも苦しい。

 

そのために彼ら移住民は時に牛を捕まえて食料としたが、これが既得権益者のかんに触った。当時の法律では自由な土地で生きているバッファローや鹿などの動物を捕まえる事は合法であった、それは牛でさえも同様であった。

 

しかし土地をすべて自分の所有と解釈している先住者は自分の牛が自由に他人の土地に出入りすることが当然の権利と考え、他人の土地に入った「おれの牛」を殺した人々を殺すことになった。そして事態は18924月にワイオミング州ジョンソン郡での移民同士の戦争に拡大した。

 

肝心の米国では己の恥を晒すことに極度の怯えを持つ米国人精神的下流社会の実態をよく表している。映画そのものよりも映画に極端な拒絶反応をした米国人がいまだ自己反省をしようとせず差別意識から抜け出していないのだろう。

 

過去をしっかりと見なおして反省して未来に教訓として残すことが今の僕らに求められる事だとすれば、アメリカでこの映画が未だ評価されていないのはアメリカ人が未だ差別の輪から抜けだせずに現実から目を背けて「砂に頭を突っ込み何もなかったふりをする」人種であることを示す事実だ。

 

東欧から戦火を逃れてやってきた移民はアメリカが自由の国だと思っていた。しかし現実は厳しい自然の中で無法地帯のような西部で新先住民が旧先住民(アメリカインディアン)を皆殺しにしたように新たにやってきた住民を牛泥棒として撃ち殺した。

 

それでも彼ら東欧移民はアメリカにしがみついて生き残ろうとした。1853年に発生したクリミア戦争、1866年のプロイセンオーストリア戦争、1870年のプロイセン=フランス戦争など、東欧では常に戦争があり農民は自分たちの農地の上で争われる戦いで畑を潰され農作物を取られ子どもを兵役に取られ、とにかく彼らには新世界であるアメリカに逃げるしかなかった。

 

もちろんこの時期、ニュージーランドも東欧の人々にビラを配って「ニュージーランドに来ませんか」と宣伝を行った。NZに渡ってきた英国人もその多くは知識階級であり東欧の農民のような「黒い森を農場に変える」だけの地道な力強さはなかった。

 

また彼ら東欧の人々が送り込まれた「地上の楽園」も実は湿地帯であったり巨大なカウリの森林であったりして故郷の友に手紙を送り「おれは騙された、ここは寝るための地面もなければ生きるための食物を作る土もない」と嘆いてた。

 

しかしそれでも東欧の人々からすれば戦争の被害のない国、アメリカやニュージーランドに渡ってきたのだ。どれだけ差別をされても英語が出来ないとバカにされてもそれでも何とか生きていければ良い、そう思った彼ら移民第一世は耐えに耐えて移住した先の土地に馴染もうとした。

 

1899年に発生したボーア戦争では多くのキーウィの若者が参戦した。第一次世界大戦では当時100万人の人口だったニュージーランドから10万人あまりの若者が戦争に出征し1万人以上が戦死した。この戦争に参加してニュージーランドに忠誠を誓い戦った東欧の息子たち移民第二世代は、これでやっと正々堂々とキーウィとなれた。

 

今でもオークランドの戦争記念博物館の三階に行けば、当時の戦争で命を落とした若者の名前を見ることが出来る。アイリッシュ独特の名前である”Mac, O’harahan”などに混じってジョノヴィッチ、ミューラー、ゴドフスキー、〜ハウスなどの名前を見つけることが出来る。

 

彼らの両親は戦火の東欧を逃れて新世界に未来を探した人々だ。そして彼らの子どもはボーア戦争や第1次世界大戦を通じてキーウィとなった。

 

アメリカではこのジョンソン郡戦争で移民同士の大きな傷跡を残した。天国の門の最後の場面である戦闘場面は凄まじいものがある。牛泥棒を殺すために送り込まれた50名の殺し屋を逆に東欧からの移民が軍隊となって相手を囲みインディアンのような襲撃や古代ローマのような戦い方を見せる。

 

最後は大統領が送り込んだ騎兵隊によって戦争は調停されて新移民は自分の新しい家に戻る。第一次世界大戦、第二次世界大戦を通じてアメリカでも二世や三世が戦い実質的な市民権を勝ち取った。今の時代、苗字がイタリア系でも東欧系でもアメリカでは殆ど誰も気にしない。オバマでさえ首相になれる国だ、その意味で本当に開かれた国だと思う。けれど同時に過去の暗さを引きずりそれを認めようとしない歴史もある。

 

以前市場調査の為にニューヨークに行ったとき、911の1年くらい後だったかな、この国は強いなって感じた。それはどんな事があっても前に進むって気持ちを、道を歩くすべての人々から感じたからだ。誰もが能動的に活動している。のんびりしたキーウィでは一ヶ月で潰されるだろう。ここで生き残れるのは本当に強い人間だけだなとも思った。

 

それにしても天国の門、アメリカの移住史に興味を持つ人ならば一度は観ておいた方が良い作品である。



tom_eastwind at 09:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月28日

人権を守る国

★抜粋開始

首相「私が拉致問題を解決」 拉致対策本部で意欲示す

2013/1/25 11:16

 政府の拉致問題対策本部(本部長・安倍晋三首相)は25日午前、第2次安倍内閣発足後初めての会合を開いた。首相は冒頭のあいさつで「拉致は未曽有の国家的犯罪だ。私が最高責任者であるうちにきちんと問題を解決したいと決意している」と解決に意欲を示した。

 

 政府は対策本部の組織強化のため、同日に全閣僚を本部員とする態勢を決めた。民主党政権下の対策本部の参加閣僚は首相と外相、官房長官、拉致問題相だけだった。新体制の副本部長には岸田文雄外相、菅義偉官房長官、古屋圭司拉致問題担当相が就任。現在は拉致担当相が兼務している事務局長も専任職とし、三谷秀史事務局長代理を充てる方針だ。

 

 会合では第1次安倍内閣の際に決めた(1)全ての拉致被害者の帰国(2)問題の真相究明(3)実行犯の身柄引き渡し――とする基本方針の復活を決める。

 

 政府は問題解決に向けて日本全体で取り組む姿勢を内外に示すため、与党だけではなく野党とも連携する方針。古屋拉致問題相の主催で、超党派の議員による会合や有識者との意見交換会の開催を検討している。古屋拉致問題相は同日午後、自民党の拉致問題対策本部に出席し、政府方針を説明する予定だ。

★抜粋終了

 

ちょっと古い記事だけど、やっと安倍さんがやってくれたなって感じの記事だ。ぼくは拉致問題については民主党が政権持ってる限りどうしようもないと思ってた。

 

だって自分たちが拉致グループの片棒を担いでいるような連中であり、社会党、民社党、社民党、民主党、名前を何度変えても売国主義者であり尚且つ自分の個人的な金儲けしか考えないサヨク連中が政権中枢に潜んで自分の出身団体である日教組あたりから金貰って教員が出来るだけサボれて退職金カッパラッテ日本の子どもたちをバカ化させようとしているような団体だ。

 

金を出していた大本は中国や以前のソビエトであり中国の属国である北朝鮮が日本人を拉致しようと「北朝鮮様はそんなことするわけありません!」とヒステリックに騒ぐ政治家の集団が拉致問題に真剣に取り組むことなど有り得ない。

 

しかし拉致は現実に起こった問題である。以前も米海兵隊の話を書いたが、米国の良い点は国民を大事にする、徹底的に守るってところだ。日本のように国民を下々の領民として使い捨てにするのではなくきちんと守るって点だ。日本では拉致問題に真剣に取り組んでいるのは誰だろう?と考えたら、政治家で言えば安倍さんだろう。票目当てといわれるかもしれないが、それでも現実的に行動を起こして政治的影響を与えているのは安倍さんだ。

 

ぼくは国民を守るという点においては米国のやり方に賛成であり日本のやり方の一番キライな点である。もちろん政治の問題では100%正解は有り得ない。米国でも人権を無視して政治を進める点があるのは百も承知だ。

 

それでも日頃英語の記事を直接読み日本メディアのバイアスのかかっていない世界の論調を見る限り、米国は国民一人一人を大事にしますよってメッセージをしっかり感じることが出来る。

 

これはぼくの以前からの持論であるが、今の日本を一気に変革させる一番てっとり早い方法はクーデターだと思っている。日本の一部の有意な政治家と一部の自衛隊幕僚が手を組んで国会議事堂とNHKを占拠して「民意の代表」として国会解散を宣言する。

 

そして米軍が「治安維持」の名目でクーデター鎮圧に乗り出す前にNHKを使って総選挙を行う旨の声明発表を行う。

 

こうして日本が構造的に抱える問題を一気に解決する。まずは霞ヶ関の官僚が自然と国民の為に働くことで自分たちの矜持を守り高い賃金を得られるようにする。

 

次に教育改革である。日教組を解体して教師には今後いかなる労働活動も認めなくする。その代わりに教師として誇りを持てるような賃金体系と「聖職」である社会的地位を提供する。当然しっかりとプロとしての教育を受けてもらい能力として教育を実践出来るだけの知識を身につけてもらう。

 

それから自衛隊を実情に合った軍隊に格上げさせて海外活動を行えるように法改正を行う。そして北朝鮮に政治的圧力をかけて拉致被害者全員及び「楽園」と騙されて北朝鮮に渡った朝鮮民族のうち日本で生まれ育った人々で希望者全員は無条件で日本に戻すようにする。

 

こんな事書いたら朝鮮嫌いの反論を受けるかもしれないがぼくの考えは出生地主義である。先祖がどこであろうが日本で生まれ育ったなら日本人だ。日本人と香港人の子どもがニュージーランド人であるのと同様だ。

 

こうやって世界に対して「日本は生まれ変わりました、人権を認める普通の国家になりました」とメッセージを発信する。その上で北朝鮮が日本の要求に応じなければ一戦あるのみだ。理は日本にある。もし米国人が日本人と同様に北朝鮮に拉致されたらどうするか?やはり一戦あるのみだろう、それは今までの米国の姿勢と同様だ。

 

具体的な戦い方は検討の余地があるだろう。全面戦争ではなく一部限定の奇襲攻撃になるだろう。北朝鮮の軍事兵器を破壊して平壌の一部を占拠しても良い。今の日本自衛隊にはそれだけの実力がある。

 

例を挙げれば1976年に発生したハイジャック事件でアフリカのエンテベ空港で行われたイスラエル国防軍による越境攻撃である。同胞であるイスラエル民間人を救うために他国に乗り込んでも仲間を守った、そのメッセージが国民を団結させるし愛国心を生むのだ。

 

本気で戦えば北朝鮮の古い戦闘機など30分で全滅させることが出来る。陸上軍は数において負けても制空権と制海権を押さえて補給を継続すれば占拠地域を数日は確保出来る。その間に北朝鮮の政治トップにクーデターを起こさせて現体制を転覆させれば良い。

 

もちろんその為には中国との交渉も必要だ。予め中国に「日本は人権国家になり拉致問題には明確な姿勢で対応する」と伝えればクーデターが起こった国のいうことを結構真剣に受け止めて北東アジア安定の為に北朝鮮に「拉致被害者を送り返せ」と伝えるだろう。

 

拉致されて北朝鮮組織の中に組み入れられて洗脳された人もいるだろう。彼らはそのまま北朝鮮に残るかもしれない。それでも日本としてメッセージを発信すること、それが今の日本人に日本国家を信用させることにも繋がる。

 

以上、かなりざっくばらんな書き方になったが、国家が威信を持つとは国民を直接守ることである。今の政治家の中で安倍さんがその適役であると思う。

 

クーデターとか北朝鮮への奇襲だとか妄想の世界とおもわれるかもしれない。しかしイラン革命はその半年前まで誰も予想しなかった。イスラエルとその周辺国家の戦争は確実にイスラエルが負けると言われてた。アラブの春も同様である。

 

今の日本はとかく長く生きた方がいい、体中にチューブくっつけてゾンビ状態でも少しでも長く生きた方が良いと言われている。しかし世の中とはいつも予想のつかないことだらけだ。大事なのはどれだけ長く生きたかではなくどれだけ自分のやりたいことを実現したかである。

 

その意味で今回の拉致問題解決には是非とも実力行使を伴う行動を期待したい。なお佐賀県で開催された日教組教研集会では安倍さんの動きを、「教育における民意とは異なるもの」と言ってるそうだが、お前らばっかじゃないか、どっちが民意と異なっているか、佐賀県の便所の水で顔洗って考えてみろっつうの。これじゃ教研集会じゃなく狂犬集会だぞ。



tom_eastwind at 11:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月27日

九州の山猿は弘前に行きシシリアンはアメリカに渡る

九州の山猿が東北に行った事あるのか?と聞かれたので、2008年の家族旅行で桜を追っかけて弘前城に行った時のブログ↓

http://tom.livedoor.biz/archives/51136901.html

 

そう言えばあの頃はまだ写真を添付してた。ライブドアブログの仕組みが替わって写真添付のやり方が分からなくなったので面倒だからそのままにしておいた。

 

こうして見ると写真ありってのもいいな。ちょっと写真添付のやり方を勉強してみよう。んなもん勉強しなくても分かるだろってところだろうが、ぼくは機械があまり得意ではない。

 

今日はュージーランドの三連休の真ん中の日曜日。明日はオークランドアニバーサリーというオークランドだけのお休みだ。ニュージーランドは地域ごとの休日があり明日はクイーンズタウンもウェリントンも普通にビジネスデイだがオークランドだけお休みという、中央集権国家である日本では有り得ないようなお休みだ。

 

ニュージーランドは英国の植民地として1840年にその歴史を歩み始めたが当初は地域ごとの州がありそれぞれに議会を持っていた。ジョージ・グレイが総領事になりオークランドによる中央集権が進んだが、ダニーデンでゴールドラッシュが起こった1860年代にオークランドでは先住民族であるマオリ族との戦争が始まり人口が逆転、南島の方が多くなったのでダニーデンを含む南島オタゴ地域では「首都を南島に移せ」という意見が出始めた。

 

片手に戦争、片手にゴールドラッシュという状況でニュージーランドが出した判断が「じゃあ北島の一番南のウェリントンに首都を置くよ、それでいいでしょ」という、今日から見れば実に奇妙な妥協が成されたわけだ。それから消費だけの街ウェリントンがこの国の首都となる。

 

ニュージーランドが英国の植民地として歴史を始めたその頃日本はまだ江戸時代だった。その後日本は明治維新を迎え軍艦を作る。ニュージーランドはマオリ戦争を約20年近く続けその後は1899年に英国が始めた南アフリカ侵略の第二次ボーア戦争に参戦したりして忙しい時に日本は日露戦争で当時の大国ロシアを破っていた。

 

昨日からゴッドファーザーを3本続けて観ている。この作品は180分の大作で日頃ゆっくり観ることが出来ないのでこういう機会が唯一だ。澄んだ空気と青い空に白い雲のたなびくオークランドの自宅で久しぶりにくつろぐ。

 

アル・パチーノの演技は本当に好きだな。若い時も年を取った時もいつも最高の演技を見せてくれる。靴能个討るアンディ・ガルシア、奥さんからすればあまり好きではないって。男である僕から見れば随分色男だと思うんだけどね。

 

何よりロバート・デ・ニーロがこの作品から急成長したのがうれしい。彼は本当の役者の一人だ。自分がまず絵を描いてその絵に自分を合わせる、その根性がすごい。まるで靴に合わせて自分の足を作り変える、人間の体なんてどうでも制御出来るのだ、それよりも信念を持て、そう訴えてるような気がする。

 

昨日の東海道山陽新幹線の話で「伊吹山もありますよ」って言われた。知らなかったなー、ほんとに日本は広い。てか、深い。そうか、いつも関が原では雪の降る景色しか見れなかったから、伊吹山に気づいてないんだな。2月の出張では名古屋までしか行かないので、3月の出張の時に予定入れて伊吹山、見てみます。

 

それにしてもイタリアのシシリーから渡ってきた移民、本当に苦労したんだよね。シシリーマフィアから逃げて米国に渡りエリス島で移民の許可を貰い丁稚奉公でニューヨークで働き、一生懸命自分の場所を作った。これがフィクションだと分かっていても、いろんなイタリア移民の話を合わせて見るとこうなるのだろうと思う。

 

一切の親類も友達もいない新世界のニューヨークにカバン一個で飛び込む度胸。それが良いかどうかって議論ではない。古いものを守り大義に死ぬのもひとつの選択である。しかしイタリア移民は何もないところから新世界に飛び出してそれまで米国を支配していた英国系の人々と肩を並べて国造りに貢献した。

 

すっごいよなー。ほんとにあきれるくらいの根性の持ち主だ。ぼくも彼らの爪の垢でも飲みたい気持ちだ。そう考えれば今の時代に日本人が移住する時に「今と同じ給料で、今と同じポジションで、今と同じプライドを維持して」なんて、どれだけ甘えているのかと思う。

 

日本は広い。けれど世界はもっと広い。当たり前の事だけど世界が変われば価値観も変わる。米国に渡って独自のイタリア社会を築き上げたイタリア人移民は米国の価値観を理解しつつ自分たちの先祖であるイタリア文化も守り続けてきた。

 

そ三連休の真ん中、ゴッドファーザーをマフィアものとしてではなくイタリア人移民の物語として観ています。



tom_eastwind at 11:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月26日

渡良瀬橋

今日は歌と旅ネタです。結論も何もないので期待しないでくださいね。

 

森高千里が2012年11月に久しぶりのライブを公演、最近の女性は40歳過ぎても若い頃よりずっと磨きがかかったのでは?って美容商品の進化をひしひしと感じさせる。いつも思うのだが20代の頃の若い気持ちと40代までに磨かれた智慧や知識があれば、女性として生きるには今の時代は最高に楽しいのではないだろうかと思う。森高千里の個性ある歌いかたはあいも変わらず、てか良い歌をたくさん持っている。個人的に「雨」なんて大好き。

 

ただぼくは彼女が日本で人気が出始めた頃はニュージーランドで生活を始めていたので彼女が歌手として人気を博していた事は知らなかった。クイーンズタウンに住み始めて数年して素敵な歌がカラオケで流れるようになって「良い歌だな」と思っていたら森高千里だったという話だ。

 

彼女の歌の「渡良瀬橋」を初めて聴いたのは去年の後半、最近の日本の音楽が聴きたくなり出張の合間に渋谷に行きCD売り場を適当に物色していたら「歌姫 BEST女性ヴォーカリスト」というCDがあり古いけど名曲ってのがあったのでとりあえず買ってみて家に持ち帰って聴いてみたら他の歌手と違う個性のある声、誰だ?と思いつつ見たら森高千里だった。

 

♪だれのせいでもない あなたがこの街で

暮らせないことわかってたの

なんども悩んだわ だけど私ここを

離れて暮らすこと出来ない♪

 

そうか、国内移住が出来ないって話なのかと勝手に思い込んでるが、合ってるのかな?「あなた」は他の街から「私」が住むこの街に来て、二人は恋に落ちた。だけど私はこの街を離れて暮らすなんて出来ない。あなたはこの街で暮らせない、結局愛し合ったまま別れるって筋書きで合ってるのか?

 

ぼくのやってる移住の仕事には地域的な特徴がある。それは東北と北海道のお客様が圧倒的に少ないという事だ。栃木県が関東か東北かどうか僕のような九州人からすればどっちにしろ東京よりあっちで一括りだ。東京の人は関東圏と言うが、ぼくはワーホリを扱っていた時代も含めて栃木出身者は一人しか知らない。

 

それが福島になるともっと少ないし、それより北に行くと東北三県、殆ど見かけない。それは移住も同様で、当社のお客様の7割は東京・神奈川・千葉・埼玉までである。残りの3割も殆どが名古屋、福岡、大阪である。

 

その為ぼくの出張は自然と東海道・山陽新幹線を利用した旅になるのだが、僕は飛行機よりも車内で歩きまわれて上下の揺れがない新幹線が大好きだ。とくに駅弁買って食べながら車窓から眺める日本の景色が好きだ。

 

品川を出て新横浜を過ぎて右手に富士山が見えるかなーと思いつつ、あ、新横浜では偶然友達と飯を食いに行ったお店の料理人さんが以前オークランドの日本食レストランで働いてたシェフさんで、その後彼はうちの山水に来てワークビザ取って働いてもらってるな、とか思い出す。

 

次は浜名湖あたりで海の景色を楽しむ。名古屋に近づくとビル街が次々と現れる。名古屋の定宿のマリオットアソシアが見えると何故か思い出すのは、名古屋はいつも部屋飯。アソシアの入居しているビルにはレストラン街もあり充実してるのだが、何故か名古屋では部屋飯をしたい気持ちになる。

 

それもルームサービスではなくエキナカにある高島屋地下階の800円くらいの彩り弁当を買い(夕方なので安くなってる)それから駅横のスーパー成城石井でウイスキーの小瓶を一本買って部屋に持ち帰り、弁当が冷えないようにテレビのスイッチを入れてその上に置く。

 

それからシャワーを浴びて廊下に備え付けの製氷機で氷を取って、その日の気分でオンデマンド映画を観るか画面を消して音楽を聴きながらゆっくり暖かいお弁当とよく冷えたウイスキーの水割りを飲みながら本を読むのが大好きだ。名古屋の夜景は実に広々としてて気持ち良い。遠くに日本アルプスが見える景色って贅沢だよね。

 

仕事が終わって名古屋を出るとそこから先は車窓から見える京都の古いお寺、関ヶ原あたりでは冬はしょっちゅう雪が降ってる。なんじゃ北より西の方が雪が降るってこの違いと想うばかり。新大阪に近づくと「おお、このあたりが電車内強姦事件が頻発しているところだな、この地域には何かの痴漢霊気でも流れているのか、それとも地域性か?」と勝手に想像してみる。

 

新大阪を抜けると後はトンネル新幹線、小倉に行くまで外は見ない事にしている、もっぱら本に集中する。そのかわり小倉あたりから右手に見える北九州の玄界灘が海の色が濃くて好きだ。「ここが麻生の発祥地か」と感慨に浸ったりする。あ、同じ首相経験者でも山口あたりの景色はいつもトンネルの中なので印象が薄いな。

 

そんなこんなで博多駅に着くと新しく生まれ変わった駅前のイルミネーションの綺麗さを見て「ほんと、ここも変わったなー」と、またまた感慨に浸る。てな感じで、東海道山陽新幹線の旅は楽しい、そして日本はほんとに綺麗な国だと実感出来る。

 

ぼくが東海道山陽新幹線の旅だけでこれだけ感慨に浸れるわけで、そうなると東北の人々は自分たちの生まれ育った美しい景色と優しい人柄と美味しい食べ物と子供の頃からの親友が住む街から離れられるわけがない。

 

時に元気の良い女の子が自分が住む街を離れると言ってもせいぜい「あたし、この街で結婚することは決まってるけど、相手が誰になるか知らないけれど、結婚する前に一度だけ東京の大学に行きたいな」程度が移住の決断である。

 

新日本紀行というNHKの有名な番組がある。昭和当時の東北の田舎の農家の姿、出稼ぎが終わり子どもたちへのお土産をたっぷり持って故郷に帰り半年ぶりに見る子どもたちを抱きしめ奥さんに東京で買った珍しいお土産を渡す姿が映像に流れていたものだ。

 

冬の雪深い東北から東京の霞ヶ関ビルの建設現場に出稼ぎに行くおっちゃんたちも、寂しい時は新橋辺りの郷土居酒屋に同郷同士が集まって東北民謡歌って酒のんで故郷のお岩木山を想いつつ時には涙を流しながら「帰ってこいよ」を歌ってたのだろう。

 

何度も書いて申し訳ないが、栃木は関東に入ってると思うが、渡航者数から見ると東北の人々のマインドに近いのではないかと思う。森高千里の歌を聴いててますますその印象が強くなった。

 

誰にとっても故郷は唯一無二の場所であり取り替えることの出来ない故郷である。そう考えると福島原発事故が東北の人々に与えた甚大な影響は、それはお金を払って済ませられる問題ではないとひしひしと感じる。子どもの放射線の問題がありながらも東北に住み続ける人にも、やはり故郷への思い入れがあるのだろう。

 

♪渡良瀬橋で見る夕日を

あなたはとても好きだったわ

きれいなとこで育ったね

ここに住みたいと言った♪

 

石川啄木は今では教科書に乗るほどの有名な詩人だが生きている間はずっと苦労をし続けた。

*故郷の訛り懐かし停車場の人混みの中にそを聞きに行く

東北出身の啄木は東北出身者の東京の出入り口である上野駅の人混みの中で東北の言葉を聴き少しでも心を慰めたのだろう、彼が聞く方言が岩手の生粋の言葉でなくても東北弁ならいいや、そんな感じだったのかな。

 

♪あなたが好きだと言ったこの街並みが

今日も暮れてゆきます

広い空と遠くの山々 二人で歩いた街

夕日がきれいな街♪

 

だからと言って決して東京から西の人々が自分の生まれ育った故郷を嫌いでもないしどうでも良いとも思っているわけではない。それは西日本が朝鮮半島経由で中国に繋がり沖縄経由で南方と繋がり貿易が発達してきたという歴史的な流れがあり、とくに福岡から見れば東京に行くより上海の方が近いわけで、外国という認識が薄いのではないかと思う。とにかく九州人には外に出たがる人間が多いってのはひしひしと感じる。

 

日露戦争の時に九州出身の兵隊は突撃に無茶苦茶強かった。ロシア軍に攻められて塹壕にしばらく座っていると我慢出来なくなって「フザくんなー!」と歩兵銃1丁を持って飛び出していく。とにかく短気、待つという事ができない風土である。だから攻めには強いが忍耐力がないから守りには弱い。

 

ところが東北の兵隊は日頃は朴訥でありながら、黒溝台の戦いではロシア軍の激しい攻撃に山谷の形さえ変わるほどの攻撃を受けたのにひたすら塹壕に篭って、敵が徒歩で迫れば小銃で撃ち返して陣地を守ったものだ。

 

これなどは同じ日本国に住みながら全く違う人種と言うしかない。東北の人々は自然との戦いで共生することを覚え、厳しい冬を耐えるようにロシア軍の砲撃にも一切動ぜずに塹壕に篭もり、いざ敵の歩兵が来たらきっちりと小銃で撃ち倒した。九州は攻めに強く東北は守りに強い、日露戦争でそれが見事に証明されたと言ってよい。

 

なんか渡良瀬橋一つで長々と書いてしまったが、久々に気持ち良い歌を聴いて幸せなきもちです。



tom_eastwind at 13:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月25日

駆け込み退職、というかそれを通じて見える教育行政について

駆け込み退職が問題になっている。特に学校の先生が生徒を見捨てて学期途中で退職するという問題が取り上げられている。

 

NHKでも取り上げられニュースの趣旨は「制度が悪い」との事。それはぼくも理解出来る。下っ端官僚に仕事を任せたのかな?とも邪推したりする。

 

高級官僚であれば自己保身術も熟知しているしどのボタンを押せばどんな答が出るか、下級役人とは一生首にならない仕事を選ぶ「金のために自分の人生の時間を売る」人種だと熟知しているからこのような制度設計をすれば生徒を捨てて金に走るなど分かりきった事だからこんな制度を作るわけがない。

 

この文章ではガッコのせんせーに限って書く。警察とか違うネタをごっちゃにすると話がそれてしまうから中でもクラスを持ってるせんせー限定の話とする。

 

ぼくは以前も何度か書いたが一番キライなのはずるい連中である。生徒の前では「おれはセンセーだ!」と年を取ってることだけを頼り(先生とは先に生まれただけって意味だ)に自分を自慢して威張って生徒に暴力をふるって無理を強制しておきながら、何かあれば「おれは労働者だー、金よこせー休みをよこせ、労働運動でズル休みさせろ、ストに参加する時は生徒たちは自習しておけ」と態度を変える、まるでコウモリのようなずるい連中が嫌いだ。

 

あなた方は聖職なのか労働者なのか?聖職と扱って欲しければカネカネと言うな。労働者であればもっとプロフェッショナルに仕事をしろ。

 

生徒をぶん殴って自殺させるしか教育方法を知らないヴォケがせんせーだと!モンスターペアレンツが駆け込んで来たからと鬱になったり、お前はガキか!ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。まるで金になるからと戦争に行って目の前に敵が出た瞬間にびびり上がってたこつぼに頭を突っ込む根性なしの弱虫である、自分のやってる仕事くらい最初から理解しておけ。

 

ニュージーランドでは先生が手を上げることは絶対にない。何故ならこの国では教師は労働者であると国民全体で共通した認識があるから先生も教育労働の熟練労働者として子どもたちを褒めて成長させる教育方法を学んでいるから子どもを叩く必要がない。

 

例えば精密機械を扱う職人が機械の調子が悪いからと蹴っ飛ばすだろうか?(中にはほんとにそうした方が良い機械もあるようだが一般論では、蹴れば壊れる(笑)。

 

ニュージーランドでは教師は殴って教えるのではなく褒めて教えることを知っている。その方が子どもの夢を育てる上で有効だと学んでいる。精神論ではない、教育理論なのだ。(この国ではモンテッソリやシュタイナーが盛んである)

 

そして同時に教師という仕事は教育のプロフェッショナルとして子どもを預ける親からしても一目置く一種の特別労働者という認識もある。つまり労働者としての権利を要求することは当然であるが、素人親には出来ない、子どもに教育を与える特別な職務という認識がある(何度も書くが僕が日本で嫌なことのトップに来るのが、子どもは親の所有物という考え方だ)。

 

だから親は先生に対して礼儀を持って接するが教師がストライキを打つ時は一定の理解を示すしそれは政治にも反映されて教師の給料は決して悪くない。

 

モンスターペアレンツ(NZで言えば中国人か、あはは)がいないとは言わないが日本のような大きな問題になることはない。何故なら教師はそのようなバカに対して対応出来るように十分に訓練を受けているからだ。日本の素人教師のようにおたつく事もないし神経やられましたと給料をもらいながら「なんちゃら鬱」で長期休暇を取る弱虫などいないのだ。

 

ぼくらの子供時代、教師は聖職だと言われていた。けれど昭和30年代後半から50年代あたりで日本の教師は日教組のご立派な指導のもとに完全に金稼ぎの労働者となった。外向けには「私だって労働者です、権利が必要なのです!」と言いながら親が見ることが出来ない教室の中で「オレは性職者だー!」と独裁者として振る舞い好き勝手にやってきた。

 

そういう連中がいざ退職となれば生徒を取るよりも金を取るのは当然の事である。だから彼らの行動は当然予測出来たはずだ。その意味で最初に書いたように制度設計の失敗であると言っている。

 

そこでぼくはこの場を借りて訴えたい。日本の親ごさん、まず先生を先に生まれたからと言うだけで尊敬するな。先生を徹底的に攻撃しろ。それで先生が辞めるなら辞めてもらえ。金のために働いているのだから教育の理想なんて考えてないような連中はすぐに辞めるだろう。辞めた分だけ補充するわけで、その時に「教師にでもなろうか、教師しかないな」というデモシカ先生が来ればまた親の集団攻撃で追い出せば良い。

 

けれど日教組に入らず教育に情熱を持っている先生なら必ず親の声を聞いて自分の信念を説明してお互いに良い結果が出るはずだ。今の制度はモンスターペアレンツが熱心に教育に取り組む教師を潰して日教組あたりでとぐろを巻いてる連中が生き残る仕組みだ。

 

だから返す刀でモンスターペアレンツを切る。親が教師を選ぶその過程でクラスの親が全員同時は無理としても少なくとも交代でペアレンツ会議をもち、モンスターペアレンツがいれば教師に任せるのではなく親同士の議論の中で無理を言う連中を潰すのだ。

 

先生が立場上モンスターを潰せなくても同じ立場にある親なら潰せる、何故ならその親とは直接利害関係がない関係でありながら同じ環境にいるからだ。

 

親がもっと子どもの教育に熱心になるべきだ。ただしここで言う教育とは有名な大学に入る教育ではなく、社会にでて給料を稼ぎながら社会の一員として秩序と法律を守りながら自分のやりたい事をやれる能力を身に付けさせる教育という意味である。

 

日本の教師はすでに聖職ではない、単なる労働者である。ところが労働者としての能力が低い。何故なら彼ら教師と呼ばれる連中は多くの場合「一度採用されれば食いっぱぐれのないガキ相手の楽な仕事」と捉えているから効率とか要領とか全く理解出来てない。

 

自分が厳しい現実という人生から逃げているような連中が子どもに何を教えられるか?常に手抜きを考えて生産性を問われない職場で労働運動やってるような連中が子どもに夢を与えられるか?考えてみれば分かることだ。

 

文科省はこの状況を変化させることをあまり考えていない。何故なら本当に優秀な教師が教鞭を取れば優秀で自立した子どもが作り出される。そうすると彼ら自立した子どもたちは大人になって日本政府にとって一番困る「既存権力や既存権益者」に対して反抗するからだ。

 

だから子どもたちにはほどほどに馬鹿になってもらいたい、単純労働者として使える存在にしておきたい文科省からすれば日教組を手のひらで踊らせて彼らに責任を被せて子どもを奴隷制度の歯車として日本社会に放出してもらうのが良い政策なのだ。

 

ぼくらが考えるべきはまさにここである。日教組の馬鹿連中が馬鹿な事をやるのは当然叱責すべきだしそいつらをとっとと教育界から親同士が手を組んで追放すべきである。えー?そんな事が出来るんですか、そんな事やったらうちの子どもがイジメられるんじゃないですか?そう不安に思う親もいるだろう。

 

けれどそこは自分を信じて自分の子供を信じて同じクラスの親で信じられる人間を数名だけ見つけて残りの連中を巻き込めば、フランス革命のように何百年も続いた独裁政治を崩壊させることが出来る。

 

フランス革命だって1788年には誰も想像もしなかった。ところがその翌年、飢饉によってパンが食えなくなって人々は自然と集まり旗を掲げたのだ。子どもが一生バカのままで良いのか?そう考える親が一クラスで数名いれば、後は自然に付いて来る。世の中の8割はその時の波に乗るのだ。

 

しかし真の敵は日教組ではなく馬鹿を作り出したい文科省であるという事を忘れてはならない。日本の政策は江戸時代から続く「民は依らしむべし知らしむべからず」なのだ。自分の子どもをバカのまま一生過ごさせて良いなら今のまま黙って子どもを学校に送ればよい、見事なバカが出来上がる。

 

何故自分が大学に行くのか、なぜ自分が就職するのか、この仕事が好きなのか、何故生きているのかさえ分からずに世界の常識からすれば訳の分からん人生を送る、つまり奴隷として政府の生産装置という歯車として働く人間の一丁出来上がりだ。

 

僕自身が子どもだった頃はそれなりに僕一人でせんせーと戦った記憶がある。決して勝てなかった、何故なら同じクラスの子どもを巻き込むという政治活動が苦手だったからだ。理屈さえ合っていれば負けるはずがない、そう思ってた。だからセンセーをかなり言い負かした。

 

ところが現実は違う。いくら言い負かしても結局は多数派が勝つのだ、理屈ではないのだ、そういう現実をやっと理解したのは高校の最後の頃だった。が、それでも常に一匹狼の個人としてせんせー相手に主張はした。おかげで危険な生徒と烙印を押された。

 

ニュージーランドに移住してこの国で可愛い二人の子どもを作ってからは教育は奥さんにまかせている。

 

何故ならぼくがどれだけ逆立ちしても奥さんの教育能力の足元にも及ばないという現実を、子どもが出来て幼稚園に入る頃から理解したからだ。それ以降ぼくはもっぱら教育費及び子育て費用を稼ぐ担当になった(苦笑)。

 

餅は餅屋である。うちは奥さんとぼくとお互いにいつも色んな話をしながらお互いが得意とする分野を担当することにしている。二人で一つだ、どちらかがすべての分野においてエライなんて発想はない。

 

そこに子どもたちが親の意向を理解して行動してくれるから、その意味では三本の矢と感じたりする。日本を遥か遠く離れたニュージーランドでお母さんは子育てをしてお父さんは仕事をして互いにBacktoBackで戦う。

 

けどそれもニュージーランドという国と社会構造があるから今のような自由でのびのびとした子育てが出来る。個人がどれだけ戦っても組織には敵わない。自分が望む環境つくりの方法は二つしかない。自分の望むように今住んでる社会をひっくり返すか、自分の望んでることが実現されている社会に移住するかだ。

 

今回の駆け込み退職騒動は、今の日本の公立教育界がどういう現実なのかを知る良い機会である。もしあなたが適齢期の子どもを持つ親であれば、いつまでも世間に流されるのではなっく、そろそろ自分で本気で自分の子どもの教育改革を考える時代に入ってきたと思う。

 



tom_eastwind at 07:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月24日

ボールスクリーニング

ニュージーランドでは基本的に予防医療をしないが一部のガンでは国費で検査をやってるってのは先日書いた通り。今までは男性の前立腺がん検査と女性の乳がん及び子宮がんが対象だった。でもって先日自宅にワイテマタ地区保健局(公衆衛生部?)(Waitemata District Health Board)から手紙が来た。

 

話はそれるがワイテマタとはオークランド・シティとノースショアの間に横長に横たわる湾の名前である。南太平洋の外洋から一千人以上を乗せた大型旅客船が直接乗り入れられてぼくのオフィスから歩いて5分のオークランド港にそのまま横付けしてデッキに直結した建物で入国手続用の税関とパスポートコントロール設備もある。

 

これから3月くらいにかけて世界中から大型客船がやってきては短パンにポロシャツ姿の中年から老夫婦カップルがぞろぞろとクイーンストリート散策をする。彼らカップルの姿を最近また見かけるようになり「ああ、オークランドに観光シーズンが来たなー、平和だなー」って実感する時期でもある。

 

さて話は戻るが手紙の内容は「あなたはBowel Screening programmeに参加出来ますよ。参加対象者は男女とも50歳から74歳まで、国費で賄います」との事。「参加するかどうかは自分の選択ですよ、もし受けないのなら無料電話で連絡を下さい」とも書いてある。選択の自由は認められているがNOの場合は理由を述べよって事だろう。

 

でもってぼくは最初の単語“Bowel”を素直に「タマ(失礼・・・)」と思い、そうか前立腺がん検査の事だなと思ってうちのメディケアチームが来た時に手紙を見せて「ほら、前立腺検査が来たよ」と話した。

 

するとメディケアスタッフ(日本人看護婦さん)がそれを見て「あー、腸癌ですね」とさらっと言われた。あれれ?タマでしょ、前立腺でしょと思い込んでたが、そこで辞書を調べると確かに腸癌・・・。だいたい綴りを見れば分かるだろってレベルだが、頭のなかでは発音が先に来て「タマでしょ」って先入観念があって綴りまで目が届かなかった。

 

ぼくの英語は所詮この程度(苦笑)です。ニュージーランドに住んで合計して20年も経つのに、医療英語は殆どわかってない、あはは。

 

ぼくが医療通訳会社「イーストウィンドメディケア」を立ち上げたのはもう12年くらい前だ。当時は本職の医療通訳はオークランドにおらず、各病院が個人的な日本人の知り合いに頼んで国費又は保険会社請求で通訳を依頼していた。

 

しかしこの通訳というのが名前だけのろくでもない連中ばかり。ぼくはその頃ガイド派遣会社をしていたので、ツアーで旅行中のお客が時々オークランドで病気や怪我になり、夜中でもガイドに連絡が入り緊急出動となる。

 

しかしガイドとは言っても観光英語は出来るが医療英語は分からない。おまけに旅行会社は当時の習慣でどれだけ夜中に仕事をしても追加料金は請求出来ない。

 

そしてオークランド病院に患者を連れて行くとそこに日本人の中年女性が通訳をするのだが、これがどうしようもない。当時だからだが、待合室の椅子にデーンと座り込んで平気でタバコスパスパ吸ってて近くの医者とバカ話をしている。

 

そこに日本人患者がやってくると見下すような視線で「あー、あなたね、で、どうしたの?」と初対面の病人相手にタバコを指で挟んだまま聞いてくる。まるで英語が出来ない奴は下等であり、下等な人間と対等の口を聞く必要はない、あたしゃ英語が出来るんだ、ほーら、お医者さんともこんな馬鹿話だって出来るんだって態度が見え見え。

 

当時オークランドで生活をしていた日本人女性と言えば戦争花嫁みたいなのが多くてパンパンイングリッシュしか出来ないくせに自分が白人社会に所属して日本人よりエライと本気で思い込んでいたのだ。

 

バカの考えることは所詮この程度であるのだが、周囲の日本人も同様のレベルで誰もがお互いに表面では褒め合い裏では相手の悪口を言うという典型的な日本人社会を構築していた。

 

でもってろくに通訳もせずにおしゃべり専門で患者さんが「どうでしょうか、わたし?」と話しかけようものなら突然怒りだして「あたしゃ今この白人のお医者さんと英語でしゃべってるんだよ、見えないの!」みたいな勢いで「ちょっと待ってて!」だ。

 

それでいて彼らは病院に費用請求する時は1時間で400ドル(2万8千円)くらいもらってた。あり得んし。最低時給13ドル50セント、一年で2千時間働いて普通のキーウィが得られる年収は当時で約4万ドル以下、時給で計算すれば20ドルである。その20倍の時給をもらってて、それでいてろくに通訳もせずに金を請求していた。

 

更に旅行者の場合は医療通訳費用は保険会社が支払うことになるが、その費用は病院からアジャスターという中間会社を介して保険会社に請求がいくので医療費、通訳費用、薬代を合計したら結構な金額になる。

 

ぼくは観光ガイドが医療通訳は無理でしょと思ってたし緊急出動の費用が出ないのもおかしいと思ってた。しかし何より医療通訳会社を作ろうと思ったのは戦争花嫁のやりたい放題に頭に来たからだ。

 

そこでぼくはシドニーの日系大手損保会社を訪問してぼくらの会社の背景や今後のプランを説明した。すると偶然だがその時の責任者が非常に理解力のある方で、ぼくの話を聞いて「是非ともやってください、医療通訳費用のバカ高さにいらいらしていたところでした」と言われた。

 

そう、保険会社からしても「ぼったくり価格」だったのだ。ぼくは1時間あたり60ドル程度で請求しますと言ったらとても喜んでくれた。

 

医療通訳として採用するのは日本で看護婦経験があり英語力があることが前提だったが、幸運なことに当時のニュージーランドは現役看護婦がワーキングホリデイで渡航してくるケースが多く、優秀な看護婦が揃った。

 

彼らは当時の最低時給10ドルくらいで働いてもらったかな、それでも外国で医療現場の経験が積めるという事でお金をもらって勉強出来るって喜んで働いてもらった。実働時間ではなく月給制度で採用したので彼らは一ヶ月の収入計算も出来るし看護婦の仕事にノルマはない。

 

笑い話だが当時は「患者をクリエートする」という言葉がシドニーやゴールドコーストで多発して保険会社が頭を悩ませてた。毎日夕方になるとどっかの会社がバンを仕立てて日本人が泊まってるホテルに出向いてツアー客に向かって「体調の悪い人はいませんか?とくに体調が悪くなくてもいいですよ、こちらの病院で無料で診てあげますから」と「営業」するのだ。

 

そうすると食べ過ぎの旅行客までやってくるがそれは旅行傷害保険の現地医療の対象となるため、金儲けを狙った通訳詐欺みたいな会社が次々と出てきていたのだ。

 

ぼくがやったのはその正反対で、ノルマは作らない、患者はクリエートしない、薬は乱発させないなどでまっとうなビジネスを続けていった。おかげでそれから1年くらいで日本の損保会社32社と契約を結ぶことが出来てそれ以来10年以上の長い付き合いをしている。

 

最近では日本から来る修学旅行生の現地での医療スタッフとして数日同行してみたり透析患者向けのお手伝いとかもやっている。すでに当時の戦争花嫁はぼくらのビジネスモデルの前に殆ど消え去り残るは当社に対する恨みのみとなる。

 

まあ、ああいう連中は「褒めればのぼせるけなしゃー腐る、殺してしまえば化けて出る」タイプでありオークランド浄化政策を実行する中ではいずれ当社が恨まれても仕方ない。何故なら彼らは自分が悪いという事を絶対に認めようとも理解しようともなぜ当社に仕事が来るようになったかも全く考えようとせずに、とにかく「あいつが悪い!」なのだ。

 

そうやって苦労しながら作り上げたメディケア医療通訳ビジネスだが、それが今ぼく自身や社員全員の健康を守りぼくの貧弱な英語を助けてくれてる。運命とは面白いものだ。

 

今はかなりピンピンしてて特に内臓系は遺伝なので無茶苦茶に強い。中学と高校の合計6年間水泳部だったので、体は細くはあるが痩せてはいない。28歳の時に買ったスリーピーススーツが今でも普通に着ることが出来る。

 

それでも人は50歳過ぎれば健康に注意する必要がある。これからオークランドに作る日本人社会、その中心の一つとなるのが医療であると考えている。今年の仕事の一つに医療ビジネスの充実を考えている。地元の法律があるので日本人ドクターがすぐにNZで同じ業務に従事するのは難しいが、何か方策はないものかと考えている。

 

ちょうど12年前頃に医療通訳を立ち上げた時と同じだ。何もないところから何かを作り出す。ぼくの一番得意とする分野である。ニュージーランドに移住してよかった、医療も安心して受けることが出来る、そういう仕組を今年いっぱいかけて考えてみたいと思っている。

 

ところで今日のオチ。ぼくがオフィスの自分の机でメディケアの看護婦さんと「これって前立腺じゃなかったの?」と聞いてて、たまたま他のスタッフ(僕以外のこの場の参加者は全員女性である)がぜんぜん別の話で東京出身の人間が「田園調布線がー」としゃべってたら、さらにその隣の席のスタッフが突然真面目な声で「え?前立腺?!」だって。違うし・・・。



tom_eastwind at 21:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月23日

移住の小話

2月の説明会はすでに満席、個人面談も満席になってしまい申し訳ありません、この次は3月上旬の説明会を予定しております。ただし個人面談だけなら説明会前後に少し枠が残っております。

 

当社の説明会が少人数を基本としているのは、ひとりひとりの声をしっかり把握したいからでもあります。これが50人もいるような5年くらい前の説明会では参加者の声をゆっくり聞くことが出来ない。

 

説明会を始めた頃、つまり今から9年くらいまえは、このような説明会は海のものとも山のものともつかない状態だった。だって日本で十分楽しいもん、何で海外に行くの?

 

問題は、当時の日本は治安、物価、環境、教育、医療、すべてにおいて全く問題のない状態であったという事だ(笑)。誰しも自分の生活のレベルを落としたくない、何故日本を離れる必要があるのかって話だ。

 

そんな時代にぼくは説明会を開いて10年後の日本を説明して今のうちに準備した方がいいですよ、ノアの箱舟は何隻もありません、出られるうちに出た方がいいですよと説明した。

 

当時その話を聞いてニュージーランドにやってきた人々は説明会参加者のうち10%以下だった。それも渡航までに2年以上かけてだ。

 

それが今は説明会参加者のうち50%以上が1年以内の移住を目指している。時代は変わるものだ。

 

説明会に参加されてオークランドに早い時期に移住してきたご家族はもう7年くらいオークランドで生活をしている。お子さんたちは6歳とか3歳とかだったから今では中学生だ。永住権も取得して自宅を買ってこれからの生活を安定させようとしている。

 

日本から年の近い子どもを持つお母さんが遊びに来てこんな子どもに必ず聞くことは「ねえ?学校では全部英語でしょ?全部分かるの??」すると子どもはちょっとはにかみながら「ええ、英語は分かるんですけど、日本語がちょっとやばいですー!」と明るく笑って答える。

 

この瞬間に日本から遊びに来たお母さん、けっこうガーン!となる。「何で?うちの子どもと同じ頃に生まれたのに、この子は何もしなくてもバイリンガル、うちの子どもは塾や英語教師に高いお金払ってるのに殆ど英語出来てないし〜!」

 

スタートラインの違いだ。決断の違いとも言うべきかな。競争のない青い海は森林の奥の真っ暗闇の向こうに光っている。しかし自分の信念を信じられない人はいつまで経っても今いる赤い海で他人との競争に明け暮れて肝心の人生を楽しむ事が出来ない。

 

英語は小さな問題だ、とくに子どもにとって。

 

ニュージーランドでは英語が出来ないと子どもたちの社会生活は成り立たないし、英語は習うより慣れろである、一番アタマの柔らかい時に英語に触れていつの間にか兄妹が子供同士で話す時は英語で話すのだから出来て当然だ。

 

それに対して日本の社会でどれだけ英語を使う機会があるだろうか?日頃使わない言葉を覚えてもすぐ忘れるし、いくら英語の本を読んでも英語の映画を観ても頭に入るわけがない。

 

英語は海外で生きるには必要だが絶対ではない。大事な場面なら通訳を雇えば良い。ぼくだって医療用語なんか全くちんぷんかんぷんで、病院に定期健診に行く時などはいつも社内のメディケア通訳チームに依頼しているくらいだ。

 

英語が出来ると言っても誰にも得意な守備範囲と苦手な部分があるわけで英語が出来るとは英語で書かれた言葉や発音がすべて分かるという意味ではない。

 

例えば“TO HOLD UP THE BANK”と書けば、少し英語に慣れててアクション映画とか観ている人は“HOLDUP”が「手を上げろ」で“BANK”が銀行だから自然と「銀行方法のやり方」と想像するかもしれない。けどこの文は正確には「(川などの」土手を補強する方法」である。

 

他にも英語と米語では綴りさえ違うケースがある。中心を意味する英語はCENTREで米語だとCENTERだ。英語のさらにキーウィ訛りで“GOOD AS GOLD”なんて言い回しもある。

 

米国人はキーウィ英語を田舎英語とバカにして英国人は米国の粗野な米語を正面から軽蔑して南半球の元植民地全体に対して優越感を持っている。これらすべての英語圏の英語を使い分けが出来るのは言語学者くらいのものだ。

 

だから日本人はすぐ英語は「出来るか出来ないか?」と考えるが、そうではなくどこ琉の英語は得意ですがどこ琉の英語は苦手ですと言ったり、普通の英語はわかるけど医療英語やコンピュータ英語はわかりませんとなる。

 

映画でもよく出てくる場面はブルースウィリスあたりが若いSE技術者の首根っこを捕まえて「こら、英語で喋らんかい!」というのがよくある。あれ、ほんとです。

 

ただ、ニュージーランドで生活をしていて日本から移住してこようとする人たちに3つ助言をするならば、

1・子どもちっちゃければちっちゃいほど移住と英語教育に適している。出来るうちに早くすべきだ。

2・6歳以下の子どもの英語は心配するな、むしろ自分の英語を心配しろ。

3・日本語を教えるのは親の仕事。子どもがぐれるのは親に教養がないからだと思え。

だからまず親は自分を磨くこと。

 

「鳶が鷹を生む」ということわざは、そういう事実が少ないから諺になるわけで実際にはめったに起こらない。つまり親がだらしなければ子どもも自然とそうなるしこれはニュージーランドに移住しようがしまいが同じ事である。

 

移住を考える時に大事なのはどうやってビザを取るか、どうやって生計を立てるか、両親がどうやって行きていけるかだ。子どもは親の背中を見て育つ。

 

その時に赤い海での厳しい競争ばかり頭に置いてニュージーランドもそうだろうなんて思いながらやって来れば日本の良い面ばかり思い出してニュージーランドの社会がどれだけ退屈かを実感するようになる。

 

するとそれが子どもにも移転して子どもたちも「ねえお父さん、日本はコンビニがあるしカラオケがあるし映画館があるし駅前商店街があるし、日本に帰ろうよ」という話にしかならない、だって両親が腰が引けてるのだから。

 

移住にはたくさんの阻害要因がある。英語力、コンビニ、カラオケ、受動的遊びに慣れた人には住みづらい国である。だから僕は思う、赤い海で戦いたいならばそうすれば良い。コンビニとカラオケが好きで他人と競争するのが好きなら引き続き日本で生活をすべきだ。

 

ぼくの仕事はある意味移住する気持ちのある人を断る事だ。出来ない人が無理してやっても何も楽しいことはない。

 

英語だけで無茶苦茶苦労する。キーウィのルーズな働き方に怒りを感じる。社会システムのデタラメさに怒りを感じる。そのすべてに価値観の相違と歴史的理由があるとも考えずに、とにかく怒りを感じて怒りまくっている、日本の常識ベースで。

 

つまり最初から十人十色という考え方が理解出来ず他人の価値観を認めるだけの度量もない人が来るからトラブルになる。

 

今からニュージーランド移住を検討している人たちに是非とも伝えたいことがある。

「あなたは他人の価値観を認めるだけの理解力と度量がありますか?」



tom_eastwind at 16:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月22日

麻生氏尊厳死

★記事開始

麻生氏「さっさと死ねるように」 高齢者医療で

 麻生太郎副総理は21日の社会保障制度改革国民会議で、高齢者など終末期の高額医療費に関し「死にたいと思っても生きられる。政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないとかなわない」と述べた。

 同時に「高額医療を下げて、そのあと残存生命期間が何カ月か。それにかける金が月に何千万円か、現実を厚生労働省も知っている」とも述べ、財政負担が重い現実を指摘した。

2013/01/21 13:51   【共同通信

★記事終了

 

ごく当然の事である。ニュージーランドで生活をしていてそれを益々感じるようになった。この国では延命治療は行わない。例え10歳の可愛らしい子どもが交通事故で意識不明になり自立呼吸困難になった場合48時間程度は救命措置を取るがそれ以降は親が医者に対して「この子はもう十分頑張った。早く天国で幸せになって貰いたいから呼吸装置を外して下さい」という。

 

これはキリスト教文化だけが原因ではない。医療経済学とでも言うのか、社会の有限資産である国家予算をどこに振り向けるのが社会全体にとって最も良いことかと全体最適を考える習慣が身に付いている。

 

だから延命の為だけに多大な費用をいつかは死ぬひとの為に遣うよりもこれから小学校に通学する子どもたちの教育を充実すべきだと考える。遅かれ早かれ人は死ぬのだ。ならば家族や親戚や周囲のメンツだけで政府の金を死にゆく人のために遣うよりも子どもたちの教育を充実させて早いうちから高い道徳性を身に付けさせる方が将来のためだと考える。

 

予防医療についても同様で、人間50歳になれば何らかの病気の元は持ってる。そこで定期健診すれば当然誰もかれも予防医療を受けることになる。それよりも具体的に病気になった人だけの治療費を負担する方が安く収まると考える。

 

薬も同様で、病院に行っても医者はあまり薬をくれない。日本から観光旅行で来て体調を壊した患者さんがすぐに文句を言うのはこの点だ。「この医者は不親切だ、薬もくれない」というが、それがお金がかかっていることは認識しているのか?病院はあなたの自己満足的な安心を与える場所ではなくあなたの病気を治して安全な生活を守る場所だ。

 

今の日本の根源的な問題は、国民自体が自己満足である安心と安全の区別をするための勉強をしていないことだ。そして自分の親戚や周囲に気を使い「親の最後を看取ることが子どもの義務」として面倒を見ることが結果的に誰にも文句を言われない、自分の代だけは何とか問題から目をそらして政府の金で両親の体にチューブを付けておけばとりあえず周りから文句を言われないからという逃げの理由で、日本が抱える延命医療問題の根本的解決を先送りしているってことだ。

 

本当は誰もが延命治療の無駄を感じている。ここまでして生かして置く必要があるのか?会話も出来ず老衰して意思表示も出来ず苦しみの中で生かされているのが正常なのか?けれど国民全体が日本政府と同様に問題を先送りしているから麻生さんがはっきりと「おれならとっとと死ぬね」と発言したのだ。

 

もちろんこの背景には急激に膨れ上がる医療費問題があり厚労省あたりから「副総理、一発よろしく!」というお願いもあったのだろう。その辺は政治的要素を考慮する必要がある。しかし言ってる事は間違い無く正論である。

 

またも話はニュージーランドに戻るが、この国では定期健診という考え方はないと言ったが、実は

予防医療、前立腺がんと子宮がんは国費で賄われるようになった。何故ならこの二つのガンに罹る人が増えたからだ。

 

がん治療にかかる費用と予防医療に必要な費用を比較したら、こりゃ一定の年齢になったら定期健診をやろうという事になった。個人的な話だがぼくの自宅にも先週保険証から手紙が届いた。「近いうちに前立腺がんの定期健診やるから準備しといてね」だって。

 

ここで単純明快に分かるのは、ニュージーランドでは医療は国家財政の一部であり全体最適を考えれば医療でさえ聖域ではなく制度としては医療経済学で計算された「医は算術である」という考え方が合理的であると見做されている事だ。

 

しかし付け加えておけばこの国では救急車は無料だし緊急医療はすべて無料だし怪我に至っては旅行にやってきた外国人でもNZ政府の保険機関であるACCが全額負担するという、徹底的な社会保障制度が根底にあるという事実だ。

 

つまり制度としては全体最適を考えつつ目の前で本当に医療を必要とする人には政府が全額負担で助ける相互扶助の考え方があるという点だ。両方セットになっているから国民も安心して生活出来る。

 

このACCが提供する医療保険であるが、ニュージーランドの永住権、市民権を持ってさえいれば一度も医療保険費用を払わなくても良い。仕事をした時だけACCLevyという名目で雇用者と被雇用者が負担するがそれさえ給与の0.5%程度(当社は労災が殆ど発生しないオフィスワークと見做されているから低い、レストランだと少し高い)だ。ちなみに期間限定で働く「労働ビザ」保持者も医療についてはかなりの部分がACC適用となり無料だ。

 

うちの会社では毎年会社経費で全員に健康診断を受けてもらい早期治療が出来るようにしている。いくらニュージーランドの会社とは言え働いているのは日本人が圧倒的多数なのでやはり健康診断は受けたいだろうと考えて、5年くらい前からやっている。

 

日本人はいつも「政府がどうのこうの、先送りがどうのこうの〜」と言うが、自分たちだって問題を先送りして学ばないまま子どもの世代につけ回しをしているという現実をしっかり理解すべきだろう。他人を批判するよりもまず自分はどうあるべきか、親の顔を見ながら真剣に考えて欲しい。



tom_eastwind at 18:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月21日

キム・ドットコム

今日はオークランド地元ネタ。ネットの発達がよく分かる記事です。

 

★抜粋開始

121 AFP】米司法当局に違法として閉鎖されたファイル共有サイト「メガアップロード(Megaupload)」の創設者、キム・ドットコム(Kim Dotcom)被告(38)は、世界最大規模の著作権侵害事件で逮捕されてからちょうど1年後の20日早朝、メガアップロードの後継となる新たなファイル共有サイト「メガ(Mega.co.nz)」のサービスを開始した。

 

 キム・シュミッツ(Kim Schmitz)という名前から改名した同被告はこの新サービス「メガ」で、1日に5000万アクセスを誇ったメガアップロードの成功を再現することを望んでおり、「開始14時間で100万人がアクセスし、50万人以上がユーザー登録した」と述べている。新サービス開始直後は新規ユーザーの殺到によるサーバーへの過負荷で、サイトにアクセスしにくくなるなどの混乱が生じた。

 

 ニュージーランドのオークランド(Auckland)を拠点とし、ドイツ国籍を持つドットコム被告は現在保釈中の身だが、米司法当局はマネーロンダリング、犯罪収益、著作権侵害などの罪で起訴された同被告の身柄の引渡しを要求している。

 

 最先端の暗号化技術を備えたクラウド型ストレージサービスを提供する「メガ」では、アップロードするファイルの内容はユーザーしか把握できず、サイトの管理者は一切関知しない。これにより、司法当局がインターネット上の著作権侵害行為を故意にほう助したとしてサイト管理者を告発することは、理論上は不可能になるだろう。著作権侵害ほう助は、メガアップロード事件でドットコム被告にかけられた中心的な罪状となっている。

 

 米司法当局は、メガアップロードが映画・テレビ番組・音楽などのコンテンツの違法コピーを提供して17500万ドル(約157億円)の犯罪収益を獲得し、著作権保有者に5億ドル(約450億円)以上の損害を与えたと主張しているが、ドットコム被告はこれらの罪状を否認している。

 

 ドットコム被告の身柄引き渡しの審理は今年8月に開かれる予定。(c)AFP/Michael

★抜粋終了

 

この人、去年後半に一番テレビと政府を賑わせた人物だ。米国FBIに起訴されて、さて身柄を引き渡すかどうかとなった時にNZ政府としては後ろ向き。何故なら彼は一昨年のスカイシティのカウントダウンにかかった費用を寄付したり豪邸を購入したり政治家の政治資金の寄付など、要するに大金持ちがニュージーランドの経済に貢献しているのだ。

 

相当の資産家でありながらひょうきんで自宅でしょっちゅうパーティも開いてて人気者だったがFBIに告訴された時に一時期テレビでは「悪者扱い」していたが、よく起訴内容を見るとファイル交換ソフトを作って世間に公開しただけの事である。

 

日本ではウィニー事件で逮捕された金子氏(無罪確定)が有名であるが、警察のネットに対するリテラシーのなさで日本の技術は大幅に遅れたと言われている。

 

しかしニュージーランドはインターネット技術が日本並に発達しておりインターネットリテラシーは日本以上に高い。新しいものに挑戦すれば副作用もあるだろうが、社会への貢献と副作用を比較して考える事が出来る。だからネット技術の発展に尽くしている彼のどこが悪いのか?という印象に変わった。

 

その後保釈されてしばらくするとあるテレビ局がすっぱ抜きのスクープ!何とNZ当局が秘密裏に彼の自宅を隠しカメラで調べていたのだ。この国ではおとり捜査や隠しカメラは道徳的に嫌われている。

 

高速道路などでスピードカメラやってるけど、あれでさえ「警察は最高の投資をしたね、安いカメラ一台で金儲けかい!」と皮肉られているくらいだ。

 

なので本題のファイル交換ソフトではなく隠しカメラの方が大問題になり毎日メディアに取り上げられて彼はすっかり時の人となった。

 

今後米国に引き渡すかどうかは検討中であるが、罪状とキーウィ気質(米国嫌い)を考えればこれ以上問題が他に広がらない限りぼくはキムドットコムを引き渡す可能性は低いと推測している。



tom_eastwind at 13:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月20日

体罰について

大阪の高校で高校2年生の自殺事件が起こった。本来なら悲しい話であり取り上げるつもりはなかったが「ニュージーランドはスポーツの強い国ですが体罰はあるのですか?」と質問されたので、折角の機会なので体罰を徹底定期に取り締まる国からの私的意見を述べておきたい。これが日本しか知らない人々にいくらかでも助言になればと思う。

 

まず僕の住む国ニュージーランドは暴力に対して恐ろしいまでに警察が関与するし社会全体で相互監視を行なっている。こう書くとまるで独裁社会のような感じがするが実態は全く正反対である。

 

この国では子どもは社会全体の宝と考えており日本のような個人の所有物とは考えない。日本では炎天下の車の中に赤ん坊を放り込んで両親はパチンコに行き子どもを脱水死させる。その根拠は子どもが「自分の所有物」と思い込んでいるからだ。

 

日本も昔は地域社会が子どもの命を守ってきた。しかしここ20年でそのような地域社会は崩壊してイカレポンチの親がどんどん出てきてモンスターペアレンツになり子どもを出汁に権利ばかり主張して挙句の果てにパチンコに行って子どもを殺したり出来ちゃった子どもを次の彼氏に殺させているような異常な状況である。

 

それもすべて勘違いの無責任個人主義から来ており、それを指摘出来ない社会に問題があるのだ。社会に参加する人々がきちんと論理を勉強する時間がないから間違った両親に対して適切な助言や議論が出来る人間がいなくなった。

 

また社会全体が「うぜーよ、あっち行けよ」という危機的状態でありそのような社会崩壊に繋がる問題を解決しようとすべき組織が現在はない為に日本の伝統的な助け合い社会が持続できなくなっている。

 

ではニュージーランドではどのように社会が構築されているのだろうか?

 

まず第一は学校及び家庭での体罰の絶対的な禁止が徹底している事である。学校では教師はプロである。教師は言葉で生徒を指導する。その指導の基礎となるのはプロの教師としての基礎学力だ。

 

ある時小学生低学年でこんな事があった。子どもたちが歌を歌う時間、先生の歌についてこずに一人だけ違う歌を歌い出した。すると先生は他の全員の歌を止めてその子に「上手だよね、もっと歌って」と言って褒めて他の子供達に「ねえ、何君はとても歌が上手だね、皆で歌おうよ!」と励ました。

 

一人の変わった子どもが歌う歌を認めてあげて褒めてあげて歌い終わってからその変わった子どもに「じゃあ次は何を歌おうか?」と聞く。そのうち皆が同じ歌を歌い出す。おそらくこれで他の子が「こんな歌嫌だ」と言い出せばまた次の技術を繰り出すのだろうが、大事なことは先生が子どもの個性を認めて全体をまとめて最終的に一緒に歌う楽しさを教える。

 

これが日本であれば先生は「君の歌は違うよ、皆と同じ歌を歌いなさい」となり、それでも子どもが歌わなければ先生は「ちゃんと先生のいうことを聞きなさい!」となるだろう。これの行き過ぎが体罰である。子どもの背中を叩き「どうして分からないの!」と自分の意見を押し付ける。

 

要するに社会の全体主義に合わせろ、個性なんて発揮するな、社会は個性を発揮する場所ではなく個性を擂り潰して大きなものに巻かれる仕組みなのだという事を小学生低学年から教える、そのための体罰なのだ。

 

では何故体罰か?それは子どもに理解出来る理由では説明不可能な「長いものに巻かれろ、それは理屈じゃない」という全く理屈にならない事を子どもに教えようとして、子どもは素直だから普通に「それ、おかしくない?」と聞き返して理論的に答えようがないから手を出すという感情論、暴力で人を支配しようとする感情でしかない。

 

「どうして分からないの!」と言って子どもを叩く親は、まさに自分がバカで子どもに家庭内教育を教える事が出来ない素人両親が実行する最後の暴力手段でしかない。

 

ニュージーランドの自宅でお父さんが冗談がてらに男の子のアタマをアタマをパチってやって、それを隣のうちの人が見てたら速攻で警察に通報されてお父さんはその場で一切の言い訳なしに逮捕される。

 

それから最低でも翌週の月曜日の朝まで刑務所か留置場で臭い飯を食うしかない。「あの、あれは何でもなかったんです」とか「子供とじゃれてました」とか「明日は大事な仕事があるんですけど」と言っても「ああ、そうですか、来週の月曜日がドメスティックバイオレンスに関する裁判ですからその時に好きなだけ話して下さい」で終わり。全く木に鼻をくくったような警官の回答しか返ってこない。

 

うちの会社にはメディケアチームがあり常時3〜4名の日本人看護婦がオークランドのGP総合病院QuayMed(キーメッド病院)内にオフィスを持って日本人の怪我や病気に対応している。このチームは実に精神的に強く日常で僕らが感じる酷い怪我などをけろっとした顔で対応している。

 

このチームに以前「階段から落ちました」という主婦がやってきた。メディケアチームは傷を見た瞬間に「あ、これ、DV(家庭内暴力)だな」と分かった。ドクターの治療後の診断も「これ、警察に届出する必要があるよ」と言われた。だが本人はどうしても階段から落ちた怪我で終わらせたかったらしく「すみません、これ、本当に怪我なんです」と言い張って病院を出て行った。

 

これは日本人独特の感覚なのかな「彼は私を愛してる、だからいつか私が必要になる、だから今は私が我慢するんだ」と思ってるのか?

 

いずれにしても、もし彼女がその場で医者に「DVです」と伝えればご主人はそのまま留置場行きだ。これは奥さんに対してだけでなく子どものアタマに軽く触れた程度でも暴力と見做される。それは最初に書いたようにこの国では子どもは社会の宝であり家族は最も大事にすべき繋がりであり社会の宝を預かる学校はプロの先生によってきちんとした論理と倫理によって言葉で教えるべきだという意識が徹底しているからだ。

 

ぼくも日本に生まれ育ったので体罰に感覚的に理解出来る部分もある。けどそれは、土人が昔人肉を食ってたから今も人肉を食うことを認めるくらいの感覚に変わっている。日本人は理屈に通らない事を無理に教えようとするから言葉ではなく暴力で支配することを感情的に実行する。相手が殴り返さない事を前提として。

 

僕はこの際訴えたい。日本で教師による暴力を認めるなら生徒による教師への暴力も認めろと。でなければ不公平である。学校は何を教える場所か?バスケットボールを学びたい子どもがいる。彼は教師によって殴られた。我慢するかクラブを辞めるかの選択肢しかないのか?先生を殴り返す平等な権利はないのか?

 

ぼくは子育てという視点から見てニュージーランドがどれほど良い国かを感じている。実際にこの国で二人の子どもを育ててくれた先生たちには感謝の気持ちこそあれ教育の内容に関しては数学が弱いとかよりも、プロの視点から無事に理屈で子どもに「人を叩いちゃダメよ」と教えてくれた先生に感謝する。

 

数学の実務部分なんてコンピュータがあればどうにかなる。それよりも社会で生きていくためのルールをしっかり教えてくれた先生に感謝している。だから当然であるが寄付は怠らないようにしている。

 

日本の教育に対する疑問は、まず根源的な部分に「子どもは親の所有物」という間違った馬鹿親の認識があり、次に中国とソビエトの指導の下に労働運動で日本の教育を潰したバカ日教組があり、最後の仕上げに地域社会における子どもを地域で守るという互助会的な組織をバブル時期からぶっ壊した経済政策である。

 

その結果として子どもは親に強制されて何かをやらされる、子どもの気持ちや個性は全く無視されて親が出来なかった虚像を作らせようとする、まるで人間が犬をペットとして扱い可愛らしい格好をさせて自分のブスさ加減をごまかすように。

 

そうやって高校に入ると今度は栄誉を望む先生の教育対象となりビンタの連続で個性を潰されて「間違っているが正しいのだ!」という意味不明の根性のみを押し付けられる。それに納得出来ない子どもは、自分のやりたかったスポーツを辞めるか自殺するしかない。

 

ニュージーランドはスポーツが盛んな国である。ヨット、自転車、ボートではメダルを取っているし、もちろんラグビーも強い。すべては科学的に分析した結果により様々な手段を追求していくし、指導者はスポーツ心理学も学ぶ。しかし体罰という発想は全く出てこない。



tom_eastwind at 10:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月19日

移住の歴史

移民局の内部資料によると去年度(正確に言えば一昨年9月から去年8月末まで)投資家プラス枠で永住権を取得した人は全世界で13名。トップ3は米国から5名、英国から2名、中国から2名である。当社の扱いは去年は1名だったので日本人はトップ3には入らず。今年はおそらく当社から5名以上申請・取得するからトップ3に入るのではないかと思う。

 

当社では投資家プラスでいける資産があっても起業家部門で申請するケースの方が多い。それは投資総額を考えれば起業家の方が安いし実際に身柄をニュージーランドに移すのであえて投資家ではなく起業家でいくという考え方だ。

 

でもって去年トップは米国だが、何故彼らは投資家プラスでいくのか?それは滞在日数の問題だ。起業家の場合は実際にニュージーランドに居住する必要があるが投資家プラスの場合は滞在日数が毎年一ヶ月ちょっとで良いし初年度は滞在する必要がない。

 

つまり米国から申し込みをする人は居住目的というより居住資格、いざと言う時の避難場所が欲しいのだ。普段は米国で仕事や生活をしていたいのだが、万が一米本土でテロが広がりを見せて危険になったり米国政府が金持ち増税をやることになれば居住資格のあるNZに移住して市民権を取り米国籍を捨てるのだ。

 

この動きはすでにシンガポール人に出ている。シンガポール生まれだが米国で大学を卒業しそのまま米国籍を取得していたシンガポール人が最近米国籍を捨ててシンガポールに戻る流行がある。

 

その理由は米国の高額所得者への増税。米国の場合は米国籍を保有していれば世界中どこに住んでいようと米国の税金の課税対象となる点が理由だ。つまりシンガポール生まれのシンガポール人がシンガポールに帰国してシンガポールで仕事をしても米国で課税されるのだから馬鹿らしいって事で米国籍を捨てるのだ。

 

米国はブッシュ政権時代に中東へ侵略して大赤字を作ったが、その目的は石油利権と軍産複合体(ペンタゴン)を儲けさせるためだった。クリントン政権時代は大幅な軍事予算の削減を行い米国家財政は好転したがブッシュ政権時代にペンタゴン主導でイラクが大量破壊兵器を持っていないと知りながらイラクに侵略して莫大な軍事予算を獲得した。

 

それが今の米国の大赤字の原因だがオバマ政権になり大赤字を減らすために軍事費削減に乗り出した。それが現在の中東からの撤退に繋がっており近い将来に沖縄の海兵隊はその殆どをグアム、一部をオーストラリア等に移転させる計画も進んでいる。言っておくが辺野古なんて今では単に日本の防衛族が予算が欲しいからわーわーやってるだけで本気でやる気はない。何故なら肝心の米国が去年から軍縮の方向に方針返還したからだ。

 

問題はここからで、ブッシュがお友達向けに金持ち減税をやったがこれが期間限定(時限立法)だった為にオバマはその延長を拒否してこれからはお金持ち増税に踏み切る。同時に米国籍がある者は例え海外に出ても課税出来るようにした。

 

一般的な世界常識では税は居住地で支払うものだし、国籍と納税は別問題として考える。一年のうちに183日以上滞在した国に課税権があるとされている。しかしジャイアン米国は何でもおらは特別だからと国籍ベースで課税することになったのだ。

 

だから米国で生まれてリスクを取って失敗の恐怖に怯えながらも何とか踏みとどまり頑張ってアメリカンドリームを達成した人々はペンタゴンの金儲けの為にイスラムと戦争を勝手に始めて米国がテロの対象となり教育が二元化されて落ちこぼれが不良化してちまたで暴力が広がりその上高い医療費を負担させられ、更に「国に金がないから税金を上げる」って言われたら「お前ら自己責任ってわかってるのか!ふざけんな!」って話になるのだ。

 

だから彼ら怒れる米国民は他国へ移住してその国の国籍を取得、米国籍を捨てるのだ。これは世界的な動きである。フランスでも話題になった映画俳優の国籍離脱、ルイヴィトン・モエシャドングループのオーナーもベルギーに国籍を移す。

 

彼ら居住者の背中を押した要因はたくさんあるが、まずは言語だ。ベルギーのフランス語圏であるフランドル地方に行けば言葉に困らないし英国圏の人々はニュージーランドでも豪州でも英語で繋がっている。しかし決定的な要素はやはり21世紀のインターネットの普及である。今の時代ネットに繋がってさえいれば何でも出来る。

 

米国で生まれてもニュージーランドの国籍を取得して住み、普段はネットを使って仕事をして月に一回くらい米国に出張すれば十分やっていける。

 

現在の投資家枠(投資家プラスではない)では全世界で359名が永住権を取得している。ニュージーランド移民局の資料では13名の投資家プラス獲得でで今年は1億3千万ドルの投資が入ってきたと価値を具体的に書きだしている、それはこの国が永住権を売り物にしている証拠である。

 

この国はちっちゃっく、まだG7にも入れない小国である。人口を増やして経済成長させる為には「お客」を世界から呼び込むしかない。そう、この国にとって国民とは税金を払ってくれる大事なお客様なのだ。

 

世界の旅行客を呼び寄せて外貨を得るためにミルフォードサウンドなど観光地の自然を徹底して守るように、この国に住もうと考えるお客様に対してこの国で居住する国民の医療、教育、治安をしっかり守り透明性の高い行政と予算執行で国民に納得安心感を提供して、その代価としてこの国の法律を守ってもらい税金を払ってもらうのだ。

 

1789年のフランス革命の原因はたくさんあるが、少なくともルソーの社会契約論によって農民が理論的に反乱を起こしたというよりも飢饉により食えなくなった人々が命がけで起こした反乱だったと言える。その反乱の結果ルイ16世とその家族は首切り処刑された。これはすべてにおいて国民を奴隷として扱ってきた結果である。

 

1800年代のアイルランドではやはり飢饉により数万人が死亡して2万人以上がアイルランドの港から米国に向けて移住した。人は食える場所に移動するのだ。

 

ニュージーランドに移住してきた人々はイングランドの中でも比較的裕福な階層だった。それは他の国と違いニュージーランドでは「土地がありますよ、買いませんか?」とロンドンの新聞にニュージーランド移住会社が掲載して、金がある人がその土地を買い集団移住したからだ。これについては一悶着どころか相当の裏話があるが、それはまた別の日にします。

 

どこの国の政府も国民は一生どこにも行けない領民や奴隷と考えることを止めて、バカな社会主義的平等という不平等政策を止めて目先の選挙対策で結果的に経済を疲弊させる事を止めて、早いとこ21世紀の現実の社会に合った社会を作るべきだが、現実には未だ奴隷制度を信じた支配層が日本を支配している。ならば上に政策あれば下に対策ありでしかない。



tom_eastwind at 15:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月18日

魔女狩り

藤沢数希氏のブログに対するコメントが平均的日本人の感情論であるのがよく分かる。日頃きちんと論理立てて物事を考える訓練をしていないし、そのために自分の推論が正しいかどうか調査も全く出来てなく、複数の視点から物事を捉えて色んな試金石にぶつけてみて自分の意見に整合性があるのかどうかを全く考えていない感情論丸出しのバカである。

 

その代表的な、おそらくバカから見ればごく普通に思える意見が実は思い切り馬鹿げている事を、文意を一つ一つ切りながら「これはこう読む」とやってみよう。

 

★コメント開始

税率を少しでも上げれば富裕層は海外へ出ていくといいますが、一体富裕層をどういった像としてとらえればいいんですかね。

私は所得が多くても、その他の日本人とたいして変わらないだろうと思いますが。

消費税が5%から10%へ上がったところで日本人が次々と移住する事態が起こらないように、最高税率を引き上げたところで次々と移住していくとは思わない。

それとも、税金が少しでも上がれば日本を出ていく人たちを想定するべきなのか。

彼らは震災によって電気代が上がったり、石油危機によってエネルギー価格が上昇しても出ていくだろう。

日本が危機に陥ったときに、あっさりと祖国を捨てる人間を信用することはできない。

どちらがより正しい像なんですかね。できれば前者だと信じたいですが。

★コメント終了

元ネタ  http://blogos.com/article/54150/

 

Q:税率を少しでも上げれば富裕層は海外へ出ていくといいますが、一体富裕層をどういった像としてとらえればいいんですかね。

A:富裕層とは海外旅行に行くお金を持っているという像ではありません。このブログの意味する富裕層とは年間5千万円くらい納税しててそのお金で役人が公務で無駄使いをしても役人が私益の為に自分の懐に天下りの名目で退職金をカッパラッていっても文句を言わず、働けるのに働かない人を養っている心優しい人と捉えて下さい(半分皮肉です、もっと自分の事考えようよ)。

 

Q:私は所得が多くても、その他の日本人とたいして変わらないだろうと思いますが。

A:変わらないですよ、だから今まではおかしなシステムでも黙って納税していたのです。

 

Q:消費税が5%から10%へ上がったところで日本人が次々と移住する事態が起こらないように、最高税率を引き上げたところで次々と移住していくとは思わない。

A:君は馬鹿か?一ヶ月に10万円使って5千円の消費税が1万円になったからって言っても移住費用のほうがもっとかかる。けれど最高税率を引き上げればそれは数千万円単位の負担になる。率ではなく総額の問題。それが区別出来ないところでバカを晒している。こういう書き込みはおそらく脊髄反射で書いただけで後になって文章という形で残るという事さえ考えなかったのだろう。

 

Q:それとも、税金が少しでも上がれば日本を出ていく人たちを想定するべきなのか。彼らは震災によって電気代が上がったり、石油危機によってエネルギー価格が上昇しても出ていくだろう。

A:このあたりから実は大事な問題で大きな誤解があるのだが、普通のお金持ちの日本人は震災で電気代が上がろうが石油危機でエネルギー価格が上昇しようが日本に住み続ける。

 

生まれ育った日本が大好きだし出来れば言葉も文化も同様な日本に住んでいたいし自分にお金があればそれをきちんと寄付や税金として払っていこうと考えている。実際に納税も、他国ならデモが起こるんじゃないかってくらい高くても今まできちんと払ってきた。江戸時代並みの五公五民でも我慢してきた。

 

しかし今の政府の無駄使いの為に自分でリスクを背負って一生懸命作ったお金をお上に上納金として取られるのが正しいのか?オレは今まで自分の人生の主人として生きてきた、リスクを背負って資産を作ったのに、何のリスクも取らない「お上」が勝手に利率を設定してかっぱらうのが許せるか?こりゃもう、リスクを背負って自己責任で生きることが正しいと思ってきた自分の今までの生き方を否定されたようなものだ。

 

日本を出るのは自分なりの抗議行動である。お金の使い道を透明にしろ。役人を減らして民間に委譲しろ、国会議員の数を減らせ、俺達の金を役人や政治家の懐に入れるんじゃなくて一般国民の為に再配分をしろ。

 

Q:日本が危機に陥ったときに、あっさりと祖国を捨てる人間を信用することはできない。

どちらがより正しい像なんですかね。できれば前者だと信じたいですが。

A:日本が危機って何を言ってるの?誰か餓死したの?アフリカのマリとかのように戦争が起こって民間人が死んでるの?GDP世界三位の国の、コンビニがあって24時間生鮮食品が安く買えて

 

今の日本は政府が舵取りを失敗して大損こいてそれでも無駄使いして役人だけが儲かりその上国民が働かなくなり、働いても意味のない事をしたり一部既得権益者だけが儲かるような仕組みは、危機とは言わずに腐敗という。正しい日本語を学びましょう。

 

あっさりと捨てるのは祖国ではなく今の腐敗した政府だ。国破れて山河あり、愛するのは山河であり故郷であり国=政府ではない。あんたのアタマの中では政府と山河をごっちゃにしてないか??もちっとたくさんの試金石を持って勉強してみようよ。

 

もし故郷が貧しくなれば自費で寄付して学校を作るだけの気持ちはある。しかしいくら寄付をしようとしてもそれに対して課税される日本の仕組みをおかしいと思わないか?個人の寄付を実質的に出来ないようにしているのは政府の「お金は俺のもの、どう遣うかはオレの決めること、下々の連中が勝手にどこかに寄付するなんてのは所得の再配分機能を独占したい政府にとっては最も嫌な行為なのだ」という事だ。

 

この書き込み、あっさりと「祖国」という美名に隠れた「政府」に騙されている人間の方がよほど信用出来ない。他人の意見を鵜呑みにして目先の事でしか話が出来ず議論に深みがなく書き込む前の自己分析さえない、そんな人間をどうやって信用していけるか?

 

バカが集まり感情論が燃え上がりまともな理論が通じなくなった国で一つ間違えば魔女狩りでもしそうな連中と軒を並べて一緒に生きろと言うのか?

 

あり得んし。



tom_eastwind at 18:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月17日

未来予想図

探しものがありyuutubeを検索してたら久しぶりにドリカムが引っかかった。歌も素晴らしいけどそこのコメントもすごい生の声。著作権の問題があるのかどうか分からないが、これって「あの時代」を生きてきた皆が共有する気持ちじゃないかなと思うのでちょっとコピーしてみた。

 

★コメント抜粋開始

泣ける。ひたすら涙が出る。予想図と違うところや共通点を探すことは,やめておきましょうよ。
予想図を思い描いて生きた瞬間の価値と,今を生きている自分の強さを,共にたたえましょうよ。
ただ-,この歌は,泣ける。訳もなく泣けます。


 

若い頃、この世で一番愛してた彼女が大好きだった曲です。

亡くなってから20年以上経った今でもこの曲聞くと涙が出ます。

あの頃に戻りたい・・・。

 

私もドリカムで一番好きな歌です。そう、平成の初め頃にヒットし-ていましたから20年も経つのですね。
彼女もあなたのバイクの後ろの乗っていたのでしょうか。

私は、高校時代、男女二人乗りで補導されたことを思い出します。-その彼女と結婚しましたが、
25年後に自分のやりたいことがある-と、2人の子供を置いて家を出ました。

私も、悲しい過去を思い出してしまいます

 

20年の歳月がすぎるのはあっという間ですね。私もいつの間にか-40代に突入しました。
これからも年を重ねる度だんだん早く感じるのですね。

私は、彼女をバイクの後ろに乗せてよくドライブや旅行してました-。

お互いに未来予想しながら結婚の約束までしてたのですが、
不慮の-事故で還らぬ人に・・・(泣)今でも思い出すと辛くて辛くて・・-・。

2人のお子さんとまた再会できるといいですね。きっとお子さんも-お父さんの事、
心のどこかで会いたがってると思います。その時、笑顔で会えるといいですね。


 

皆さん、ブレーキランプを5回押しましたか?僕はしてましたよ、-帰り際にかみさんに・・・

そんな時代からもう20年数年過ぎました。今は子ども達も大きくなり、もう中学生。
いつしかこの曲が子ども達が聞くような年代、-良い時代が来ることを祈っています

 

若い頃、未来予想図を描き間違えて後悔しているオヤジです。誰か-、あの頃に戻して・・・・

 

http://www.youtube.com/watch?v=8Tfu6viQEr4

 

1989年に発表されたこの歌は、まさにバブルのど真ん中で地球の中心東京で愛を歌った。プラザ合意による急激な円高、製造業は耐え切れずに次々と中国華南地方に工場を移し始めた。しかし円高と日銀の利下げでどこの銀行も金余りになりその金は企業の設備費に回らず不動産業界に流れ込んだ。

 

考えてみればそうだ、企業は資金が入ったからと言って本業を極端に拡張する事は市場が拡張しない限りやらない。けど銀行が低利で貸しつけてくれるならその金を運用して利益を出せば良い。それが株式市場に流れ込み株価の上昇で企業財務部は利益を出した。この頃よく言われたのが「稼ぐ財務」である。

 

本業の営業のような面倒な手間も苦労も要らずに椅子に座って証券会社に指示を出すだけで利益が出てきた。

 

そして不動産業界も金余りの恩恵を受けて新規工事、大型商業ビル建設や海外の土地買収が始まった。ニューヨークのロックフェラーセンターが日本の不動産屋に買われた。グアム・サイパンに日系ホテルが次々と進出して若者は日本語の通じる外国で海外旅行を楽しんだ、

 

誰もがそれがバブルだとは思わなかった。東京は世界一の大都市だ、おれたちは皆金持ちなんだ、アメリカ人にNOと言えるんだ!けど自分の住んでるアパートの狭さはうさぎ小屋なのに金がないハズのアメリカ人がプール付きの豪邸に住んでいる矛盾は誰も気づかなかった。

 

そして誰もが景気はますます良くなると思い込んでいたその足元が突然崩れ始めたのは不動産総量規制に始まる株価の激落であった。誰もが日経平均が4万円いくと思ってたそのほんの少し手前から音を立てて崩れ落ち始めた。

 

そして土地が売れなくなった。一番最後に不動産を買い込んだ人々は次々と破綻に追いやられた。その破綻が貸付元の住専や銀行を直撃した。それまで「稼ぐ財務」だった大手企業の部門が次々と大幅な負債を抱えることになり、それは企業体力を直撃して「簿外債務」を作り銀行に至っては「飛ばし」で問題を先送りし続けた。

 

一般市民の眼にバブル崩壊が現実のものとなるのは1997年の大手銀行、大手証券会社の倒産である。ここらから人々は気づき始めた。もう給料は上がらない。もうボーナスは年に6回も出ない、バブル時に高値で買ったマンションは給与とボーナスの上昇を前提としていたのに針は正反対の方向に回り始めて間もなく普通のサラリーマンがローン破綻するようになった。

 

そこから先は20代の人々でも知っている最近の失われた20年である。

 

未来予想図は誰にでも描ける。しかし「こうなって欲しい」という夢と「こうなるだろう」という予測は全く別物である。振り返ってみて、ずいぶん遠くに来たものだと思うか、随分外れたところに来たと嘆くのか、思う道を歩いてきたと思えるのか。

 

久しぶりに聴いたドリカムと、そこに書かれたあったコメント。まるでタイムカプセルを開いたような気分になった夜でした。

 

 



tom_eastwind at 14:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月16日

浮気携帯

今日はしようもないネタ記事です。シリアスな話を期待している方はすっ飛ばしてください。

 

ウォールストリート・ジャーナルで面白い記事を発見した。へー、さすが日本はセキュリティが進んでますね。嫁にバレない携帯電話、思わず読みいってしまいました。

 

★抜粋開始

日本ではある特定の携帯電話をかたくなに持ち続けている恋多き人たちがいる。その機種とは、魅力的な、ひそかなプライバシー機能が装備された富士通の端末「Fシリーズ」だ。

 

 この発売から長年たつ従来型の開閉式携帯電話は、「浮気携帯」とも呼ばれている。この端末の人気を長年支えているのが、近年のスマホではF端末ほどたくみに浮気を隠すことができないと考える人たちの存在だ。

http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323942504578235061549926932.html?mod=WSJ_hp_mostpop_read

★抜粋終了

 

けどさ、この記事の言いたい事って携帯電話機能についてはよく分かるんだけど、まるで浮気しているのが当然で、それをどうやって隠すかという主題で書かれているから作者は浮気肯定派なのだろうか?フランス人か(笑)?

 

それはさておき、たしかにIphoneには浮気アプリはない。検索をかけてみるとセキュリティソフトとしてケータイに登録してある本名を消して芸名で表示させたりは出来るけど通知記録も消すとかの富士通ほどの「セキュリティ」ではない。

 

そこで記事を読んでみるとこの浮気携帯、最初に考えたのはNTTドコモで働いてた夏野剛氏である。現在は慶應義塾(KO)大学政策・メディア研究科の特別招聘(しょうへい)教授を務めているが当時の危機感は相当なものだったのだろう、何気なしに置いてあったケータイで離婚騒動になれば大騒ぎである。てゆーか、自分がそういうケータイを切実に必要としていたのだろう(>゜))彡)。

 

考えてみればケータイは男女共に危険な両刃の剣であることが分かる。例えばIBMの受付で働く脳カラ綺麗な女性が同じIBMで働くパソコンに詳しい彼氏に自分のパソコンの不具合をお願いした。「いいよやっとくよ、でパスワードは?」何気なしに教えたそれが命取りなんて事もある。

 

まあこれで女性がタバコの紫煙を右上空に向けてぷかーっとかしながら「で、何?あんた勝手に読んだの?人の私信を勝手に開いて読んだの?あんた、ほんとに信用出来ないわよね」なんて言い返せるなら良いのだが(苦笑)。

 

その点ぼくは気軽なものだ。うちの奥さんは絶対にぼくのケータイを覗き見しない。ぼくも絶対にケータイに記録は残さない?。お互いにプライベートを大事にしているのでお互いに必要のない過去の話はしない(笑)。

 

以前ロンブーでもレストランでデート中のカップルで男性が席を立った時にケータイを覗き見する女性を盗撮するコーナーがあったけど、結局あいてのケータイを見るってのは自分に自身がないのか相手を信用してないのか単純に何でも覗き見するという「プライベート」という事を全く考えようともしない一段階頭脳なのだろう。

 

1・自分に自信がない→なら自信が付くように内側から磨きをかければよい、お付き合いを始める前に。

2・相手を信用してない→そんな相手とよく付き合えるよね?

3・一段階頭脳→自分のプライベートを相手が興信所使って調べてたらどう思う?

 

だから相手のケータイを覗き見するなんてのはどう考えてもおろかな行為でありまともな知性があればするはずもない行為である。人にされて嫌なことは人にするな、である。

 

考えてみればぼくが高校生の頃は黒電話しかなく一度外に出てしまえば捕まえることは出来なかった。あの頃は一週間が7日あってほんとに良かったと今も思い出す(笑)。

 

ケータイが普及し始めたことは音声通話だけであっても相手を捕まえることが出来た。更にケータイが発展してI-Modeが出始めてからはテキストやメールやその他様々な機能が発展してきた。記録に残せるようになった。

 

けど結局それが命取りになる。文明の進歩は怖いものだ。昔であれば手紙の束が証拠だった。本当なら読んだらすぐに捨てるしかないけど捨てるに捨てられない未練がある。今の時代も同じだね、やってること考えればすぐに捨てるべきなのに残してしまう。

 

ぼくはスパイ映画や小説も大好きで以前書いたブライアン・フリーマントルのチャーリーマフィンシリーズとかジョン・ル・カレのスマイリーシリーズとかよく読んだ。スパイは情報の大事さと危険さをよく知っているからどんなにケータイやPCが発達しても大事な情報は絶対にそういう器具を使っては話さない。

 

時代が発達した今でも情報は直接会って話すしドロップボックスを使ったりするし紙にメモを書くときも必ず筆圧を少なくして紙の下にはガラスや固いプラスチックの下敷きを挟み下の紙に文字が残らないようにする。そういうレベルからすれば民間人の浮気の隠し方などお粗末に過ぎるだろう。

 

けどそうは言っても男ってのは抱いた女の記録を残して後で男友達に自慢したがるようなところがある。女は殆どの場合データを消す。その意味で女のほうがスパイに向いている(あはは)。

 

最近僕がIphoneアプリで買ったのは写真をアルバムに綴じ込むのだがその裏側に普通では見られないパスワードのかかったフォルダーがある。これなどは他人に見せたくないけど自分で時々見たい写真を入れておくことが出来る。

 

これは誓って男子のメンツにかけて言うがぼくは決してそこに彼女の写真など何枚も入れてない(キッパリ、あはは)。写真アルバムが200枚くらいあるので整理のためのアプリを探してたらたまたま日経ビジネスで紹介されててアプリを買ってみたらそんな能力もあることに「後から」気づいたのだ(あはは)。

 

まあ対奥さん作戦としてかくれんぼをするのは良いが、浮気相手から乗り込まれるようねヘマをするのは、こりゃ作戦負けだ。そういうのに限って「うちはさ、奥さんとうまくいってなくてー」なんて言うから素人女は「いつ奥さんと別れてくれるの?」って話になってしゅらしゅらしゅらばになるのだ。

 

最初から自分の状況を堂々と説明して「こんな状況で、君は奥さんから数えて3番目だけど、それでもいい?」と聞くべきが長期互恵戦略であろう。安倍首相だって中国に対して長期互恵戦略を主張しているのだ。

 

そうすれば彼女から連絡があっても常に仕事のふりしてくれるしちゃんと自分の序列を知っているからこちらから食事に誘っても「でも、なになにさんと奥さんは大丈夫?」と聞いてくれる(>゜))彡)。

 

尖閣諸島を巡っても浮気と同じで本来は「おれたちすぐ感情的になるバカだからさ、離婚とか何とかちょっとこの問題は見えない事にしようよ」と言ってみたり北方四島みたいに「じゃあさ、本妻と二号さんは時間を半分こしよ」とか言う長期互恵戦略が作れる(>゜))>))彡)。

 

それにしても、いつの時代になっても男と女の化かし合いは続くがとくに戦後米国式民主主義なんて導入するから一夫一婦制になるので問題がややこしくなる。明治の元勲のようは同じ屋敷の中に本妻と二号さんが違う住居に住んでた。

 

もしかして一夫一婦制は日本人同士を喧嘩させるために米国が持ち込んだ高等戦術か(笑)。何せ米国では浮気した男性を石もてぶってしまえば米国男性の半分が大怪我をするような国で、彼ら自身が見に染みてわかってるから日本人の男どもも同じ目に遭わせてやろうってことなのだろう(苦笑)

 

長いことブログやってますがたぶん(>))彡)と(笑)と(苦笑)と(あはは)を最も多用した本日のバカネタでした、あはは。

 

最後に一言、良い子は浮気などしないように(>゜))彡)!



tom_eastwind at 18:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月15日

元コカ・コーラ社長が成功するために教えてくれる! ビジネスで失敗する人の11の法則



日本の労働者の殆どは給料を貰って働く人だろう。社長と呼ばれる人は少ない。更に自分が社長であっても自分がオーナーであるケースは更に更に少ない。

 

しかし日本の労働者の殆どは自分の人生においては社長でありオーナーである。つまり自分の所属する企業ではビジネスで失敗する人の法則を適用する必要はなくても自分の人生というビジネスにおいて「こんな事やったら絶対失敗する人生になるよ」って教えだ。

 

この本は元コカ・コーラ社長が書いた本であり米国の常識は日本の非常識だから検討の余地なしとはねのける必要はない、何故なら人生は洋の東西を問わず真実に大きな違いはないからだ。

 

元記事になったのはこのブログから↓とりあえず長くなるので1から4まで取り上げました。

http://blogos.com/article/53971/?axis=g:0

星★の上の部分がブログ原文、下が僕の意見です。

 

1.     リスクをとるのを止める

資本主義の墓場に、「リスクをとることなく死亡した企業ここに眠る」と書かれた墓碑がたくさんあります。会社の現在の資産を賭けて賢明にリスクをとり、将来に生き残れるようにすることこそ、経営陣の大きな仕事です。

日本ではとかくリスクを取ることを嫌う。リスクゼロなんてあり得ないのに学校では教師が生徒に失敗とはとんでもない罪であり失敗することを恐れさせ絶対にリスクを取らないように教えるが、その一番の理由は国家に対して従順にさせる為に「タマを抜く」教育方針であるからだ。

 

女性が男性よりも比較的にリスクを取って自分の人生をつかみとろうとするのも教師は女性は結婚して家庭に入るものと思い込みついつい失敗恐怖教育を教え忘れてしまう。何より女性には不要で余計な事をしでかすタマがないからだ(冗談です)。

 

リスクは管理するものであり忌諱したり「リスクなんて存在しない」と思い込んでアタマを抱え込むものでもない。むしろ自分から少しづつリスクを取って前に進みリスクを理解し肌感覚で感じるようになればそれだけで人生に強くなれる。他人に押し付けるつもりはないが(と、片手の親指を立てて)ぼくはこれで強くなりました(笑)。

 

2. 柔軟性をなくす

「これが人間の悲劇だ。状況は変わリ、人間は変わらない」:マキアヴェリ

「意見を決して変えない人は、たまリ水のようなものだ。心が腐ってくる」:ウィリアム・ブレイク

 

僕の知り合いにこういう連中が多いのは悲しいながら事実だ。彼らは自分が旅行屋であり旅行屋というのは航空券やホテルやバスの手配をすることだと自分で勝手に定義付けてそれ以外の旅行業を旅行業と認めず「それさー、おれ、よく分からないんだよね^」と逃げる。けど移住は10年単位の旅行なんだよね、そこをわかろうとしない。知らない事に手を出して失敗したくないからだ。要するに「柔軟性がない」のである。

 

企業はどれだけ大きくても変化出来なければ潰れる。変化出来る者だけが生き残れる。この真実は洋の東西に関わらず真実である。今からでも遅くない、自分がひとつの意見にしがみつき思考停止に陥っていないか、考えてみよう。

 

そのための試金石がある。あなたは朝令暮改をおかしいと思うか?もしおかしいと思ったらその瞬間にあなたは思考停止に陥っている。なぜこの人は朝令暮改をするのだろう、そしてその意味するところは何だろうか、そう考えてこそ初めて自分の意見が持てる。

 

3. 部下を遠ざける

少数の味方だけでは、目標の達成には不十分です。偉そうにすれば、従業員は遠ざかっていきます。さらに、噂が噂をよび、反乱すら起こります。もっと部下を遠ざけて偉そうな態度をとりたいのであれば、ゴマすりや太鼓持ちで周囲を固めるべきでしょう。自社の経営者がいかに素晴らしいかだけを考えるスタッフや助言者を雇うべきです。これだけすれば、失敗しないはずはありません。

 

組織の進歩は、問題解決の努力から生まれるものであり、問題があることを知らなければ、問題の根源を見極めることはできません。人生で何をするにしても、自分の意見に反対して議論してくれる優秀な人物を周囲に集めるべきなのです。「経営は個人ではなくチームで行うべき」課題であるので、経営者ひとりだけがスポット・ライトを浴びるべきではありません。周囲の人たちを目立たないようにしている経営者には、警戒しましょう。

家族に置き直してみると、これは旦那が一家の中で無意味に一番偉いと思い込んでるという理解で良いだろう。多くの日本人男性は未だもって世の中は男が支えているのだと思い込んで夜遅くまで残業して家庭の為に頑張ってると思い込んでいる。

 

けどあれは社会の中で唯一自分が座ってられる、正社員であれば何とか解雇されることなく安心出来る場所だからこそ少しでも長く座っていたいだけ。本当に必要な仕事があるわけではない。

 

日本の男性は「おれは働いてるんだー!」と自分の手抜きを言い訳するが、英語のLabourは労働だけでなく出産も意味する。神は男に労働を、女に出産の義務を与えたもうだ。つまり男女は平等に苦労する義務があるしどちらかだけが苦しいわけではない。

 

そんな自分が家庭に帰ると濡れ落ち葉みたいな扱いを受ける。こどもは口を聞いてくれない。だもんでついつい飲みに出る。するとキャバ嬢は「まあかわいそー!あ・た・し・が慰めてあげる〜」と大金をせしめて一時のゴマすりと太鼓持ちをしてあげる。腐る。確実に腐る。離婚してから初めて分かる、本当は家族の厳しい態度こそ耳を傾けるべき言葉であったと。けれどもう遅い・・家族は去ってしまった・・・。

 

4. 自分は無謬だと考える

失敗する人は、何よりもまず、自分の間違いを認めません。何かが悪い方向に向かっていることが分かった場合、隠すか、それよりいいのは、完全な危機になるまで待って、外部要因によるものだと主張するか、誰か他人に責任を押し付けるのです。自分が間違えるはずがないと考えることが失敗する条件の一つです。

これは間違いなく企業の社長に多い。自分が失敗しないと思い込んでるから世の中の流れが逆になってもそれが自分の判断ミスだと思わない。世の中がおかしい、いつか元に戻ると思ってる。そして間違った世の中や勝利しつつある強豪相手が間違っていると様々な原因を分析して相手を社会的に非難するし個人的なあら探しをして非難をする。

 

けれど答は「顧客がすべて」である。顧客はより良いサービスを適正な値段で買いたいのだ。同じ内容なら安く買いたいのだ。今まで貴方が付けてた値段はもう通用しないしビジネスモデルは通用しないのだ。

 

それを自分の読み違いと思わずに毎日苦い思いをして仲間と酒を飲んで「あのやろー」とぐだを巻いてだんだん体力消耗して最後は市場から退出する。それでも自分が悪かったと認めず「あの時あいつが出てきたから」と他人のせいにする。無駄だ、ぐだを巻いても何も解決しない。

 

反省しない人間は絶対に進歩しない。

 

ぼくも会社を立ち上げた当初は随分と失敗をしたものだ。やっちゃいけない事をやってみたり、やらなくちゃいけない事をやらなかったり。けど幸運な事に、常に周囲にぼくに忠告してくれる人々がいたし言葉で言わなくても眼で訴える人もいた。だからぼくは反省することを覚えた、もちろんまだぜんぜん足りないが、それでもないよりマシだ(苦笑)。

 

この4の命題は3の命題「部下を遠ざける」とも通じるものがあるが、もしあなたが自分が無謬であり他人の忠告を耳に入れずに自分は間違ってないと言い訳ばかり考えているなら(北斗の拳)・・・あなたはもう失敗している。

 



tom_eastwind at 17:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月14日

国土強靭化計画は成功する、どのような形になろうとも・・・

週末にいろんな情報誌やネット情報をいろいろと繋ぎ合わせた。自民党政治で安倍さんの目指す200兆円を遣う国土強靭化計画の事だ。経済学者はこの政策では問題があるとかバブルが起こるとか書いてる。けど政府は最初からすべてのパターンを折込済みで結果も理解している。

 

今後の経済関連で起こることは政府主導によるバブルだ。様々な情報を集約すると、これから株価は上がる。何故なら麻生さんが経済閣僚として画策しているからだ。

 

何故麻生さんなのか?彼の家系は元々筑豊の炭鉱ヤクザ(地元では川筋と呼ばれる)の親玉でありそれは今も変わらず彼の体には筑豊炭鉱ヤクザの親玉の血が流れており、ヤクザと言えば一発勝負の鉄火場、賭場での博打を専門とする。火急の決断と長期の判断のバランスを取らせれば生来のプロである。博打=バブルの事を一番よく分かっている麻生さんがやるのだから「その先」もしっかり理解している。つまりバブルが崩壊した後の事だ。

 

今回の土建屋への毎年20兆円x10年のバラマキは麻生さんの一番得意とするとこで、それは同郷の古賀誠(通称まこちゃん)も大好きな土建屋強靭化計画だ。麻生さんは麻生セメントの元社長であり土建のプロだ。古賀誠も九州新幹線開設の際に「おれんとこにも新幹線停まる駅作らんかい!」と言って福岡県南部の久留米の更に田舎の田んぼのど真ん中に自分の村の為に新幹線駅を作らせたくらいの土建のプロであり今は遠く離れた福島の除染でもしっかり金儲けしている。

 

今回安倍さんが主導している国土強靭化計画は麻生さんが開いた賭場の上で丁半博打をやるようなものだ。

 

200兆円を原資に毎年20兆円をばらまいて10年間で実体経済が復活すれば丁と出て自民党経済政策の勝ちになる、この場合景気が良くなり税収が上がるので政府の借金を返す原資になる。

 

もし政策が失敗して実体経済が復活せずに骰子の眼が半と出てハイパーインフレになっても政府は困らない。

 

何故なら国家が抱える1000兆円の借金はインフレによって相対的に減少される。例えば10%のインフレ(通貨の価値の減少)が起きれば1000兆円の実質価格は900兆円になる。ハイパーインフレが起これば政府の借金は実態として消えてしまう。詳しいことを知りたい人はいろんな検索をかけてみれば分かる。

 

麻生の賭場においては丁と出ても半と出ても政府の借金は減るのだ。じゃあ丁に張るにしても半に張るにしても、賭場に参加するのは誰だ?という話になるが、それは国民だ。国民の持つ個人資産は銀行に預金と言う形で保管されている。銀行にある金は日本政府国債を買って保管している。つまり銀行は国民から預かったお金を原資として国債を買い、国はその金を丁半博打の賭場に突っ込むという状況なのだ。

 

政府関係者は誰ひとりとして自分の腹は痛まない。最終的に国債の引き受けは銀行を通じて銀行に口座を持つ個人が責任を持つことになる。つまりコインの表が出ればオレの勝ち、コインの裏が出たら君の負け、どっちにしても政府の勝ちである。

 

最悪のケースは銀行倒産と1千万円までしか保障しないペイオフの適用か銀行を救って更なるハイパーインフレに突き進むかだが、それにしても困るのは「何も考えずに銀行に金を預けた人々」だけであり官僚ではない。

 

政府からすれば「国民の皆さん、悪い時に悪い場所にいたもんだね」てなもんだ。

 

明治維新においては多くの武士階級の若者の血を要求し、日露戦争では農民出身の若者を中国東北部の原野に散らせ、大東亜戦争においては約三百万人の命を奪った。彼らも悪いときに悪い場所にいただけなのだ。

 

今回の自民党の再生は岸元首相の孫である安倍さんと高祖父に明治の元勲である大久保利通を持つ麻生さんが日本再生の博打を始めたと思った方が良い。

 

日本が50年単位で繰り返してきた転換点である。経済学者がどうこう言うレベルを完全に超えた、まさに政治判断である。ぼくは麻生さんと安倍さんの判断を日本国家の再生としては正解だと思う。国家の最も重要な仕事は国家を継続する事である。ただしそこで今生きる人からすれば強烈な決断を求められる時代に入って来たのも事実である。



tom_eastwind at 14:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月13日

権利のための闘争

★記事抜粋開始

政府当局によれば、最高所得層に対する所得税率は現在の40%から45%に引き上げられる公算が大きい。日本では、主要政党には公然たる増税反対論議はあまりなく、経済刺激策は主として減税よりも政府支出増加が中心だ。

 

 ある政府当局者は、自民党が最富裕層に対する増税を受け入れた動機について「自民党は、普通の人々の痛みを理解する同情的な保守政党とみられたいのだ」と述べた。しかし同時に「自民党は日本に必要なのはダイナミックなビジネスマンであることも承知している。大きな所得格差は望ましくないが、われわれはあらゆる人を平等に貧しくしようとは思っていない」と語った。

 

 与党の増税案は、反増税の小政党から批判を受けている。みんなの党の渡辺喜美代表はインタビューで、金儲けはルールに従っている限り、全く悪いことではないと述べた。

 

 富裕層への増税案は控えめなものだ。2015年から増税が実施されれば、年間2000億円(約23億ドル)の税収が生まれるが、これは40兆円を優に上回る日本の年間赤字規模からみれば大海の一滴にすぎない。しかし政府は、こうした増税は消費増税に対する国民の反感を和らげる効果があると期待している。

★記事抜粋終了

 

この記事はこう読む。

 

政府は消費税を上げて国民全体から平等にお金を取ろうとすれば5%のお金持ちから先にもっと税金を取っておかねばガス抜きにならないと判断した。減税による景気回復ではなく政府支出増加で政府がもっと色んなことに口を出して権力を増大して国家社会主義を強化するためだ。

 

ある政府当局者は、自民党が最富裕層に対する増税を受け入れた動機について「自民党は、選挙で圧倒的多数の貧しい人たちの票を次の参院選で奪うために考えた案だ。同時に自民党は日本に必要なのは東大法学部卒のダイナミックな支配者層の強化であることも承知している。民間は俺たち支配者の手足となればよいのだ、ははは!大きな所得格差は望ましくないが、われわれだけが儲かるのは問題ない。あらゆる人を平等に貧しくしようとは思っていない、我々だけが貧しくなられなければ良いのだ」と語った。

 

 与党の増税案は、反増税の小政党から批判を受けている。みんなの党の渡辺喜美代表はインタビューで、金儲けはルールに従っている限り、全く悪いことではないと述べたがそんなのは少数派閥の遠吠えにしか過ぎない。

 

 富裕層への増税案は控えめなものだ。これをやっても2千億円しか税収は出ない。これからバンバン国債を発行して200兆円で国土強靭化計画をやることを考えればぜんぜん意味がない。しかし目的は消費税を上げることでありこのままだと国民が消費増税に反対するのでまずはガス抜き=「血祭り」とか「生け贄」という意味では正解だ。

 

もちろん政府もバカではないから同時に海外に資産が逃げても課税出来るような仕組みを去年から作っている。まず海外送金規制強化、次に海外資産のあぶりだし、更に違法口座開設業者の摘発など関東財務局主導の荒業合わせ技の連発である。

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フランスではドパルデュー氏とフランス政府首相の口論が大きく取り上げられている。

ジャン=マルク・エロー首相はドパルデューに対し「税金逃れ」「国民の連帯から逃れようとする者」と非難を浴びせ、これに反発したドパルデューは1216日、フランスの日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュ(フランス語版)上で「フランスのパスポートと社会保障を返還する」とするエロー首相宛の公開文書を発表した。この書簡でドパルデューは、「2012年には収入の85%を、過去45年間には合計14500万ユーロ(約1624000万円)を納税している」と述べ、国民の義務を果たしているとエロー首相に反論。富裕層に対して重税を課そうと計画する政府に対し「首相は成功や創造力、才能で抜きんでた人を罰するべきだと考えており、だから私は移住する」と強く非難;;後略

 

ドパルデュー氏が移住する先がロシアってどうなんかと思うが、まあそれは何か理由があるのだろう。

 

世の中でリスクを取って起業する人がいるから新たな雇用やビジネスが生まれる。そのリスクに対する報酬として収入増がある。「その収入に対してきちんと納税した。それでもまだ払え?だったら出てくよ」

そういう人間に対してフランス首相は「あわれだ」とか「税金逃れ」とか言うが、では税金を真面目に国民に再配分しているのか?法律で決まったというがその法律自体が間違っていればどうするのだ?

 

法律は無謬ではない。どのような法律も時代背景からの必要性だけでなく政治利用、官僚の金稼ぎや権益拡大などがしょっちゅう行われている日本で無茶苦茶な法律を作って今度は土建屋バラマキ体質むき出しにしてその原資として裏付けのない国債を発行してその使用先はすべて役人や官僚の息のかかったところにだけばらまくというのはどう考えてもおかしい。

 

除染問題が出てきているがあれだって最初から無理筋の費用だった。10兆円なのか100兆円なのか知らないがその結果は誰がお金を払うのだ?第一効果があるのか?効果はあるだろう、東電を救いたい経産省や土建屋からすれば儲かる話だ。しかし一般国民にとっては全く無意味どころか放射能を日本中にばら撒くだけの話ではないか。

 

そんな馬鹿な国が「法律で決めたから金払え」ってのは世間一般ではボッタクリという。更に金を取って何もやらないから「ヤラズボッタクリ」となる。

 

ぼくは安倍さんの外交姿勢は好きだし国家社会主義という考え方もある程度は理解出来る。そのような政治形態が「今の」日本には合っていると思う。しかしそれをいつまで続けるのかという疑問はある。

 

歴史を振り返ってみれば英国では国王の権利を規制するために民主政治が発生した。米国では「権利なき納税は違法である」として英国と独立戦争を戦った。フランス革命はルソーの社会契約論に理論的に支えられ人は生まれつき平等であり自由であると考えた戦いである。

 

そしてイエーリングは「自己の権利が蹂躙されるならば、その権利の目的物が侵されるだけではなく己れの人格までも脅かされるのである。権利のために闘うことは自身のみならず国家・社会に対する義務であり、ひいては法の生成・発展に貢献するのだ」と主張した。

日本人は自分の権利をどこまで理解しているのだろうか?今は一時的に金持ちを叩くその刃がいずれ増税やその他の手段ですべての国民に降り掛かってくるという事が。それは結局支配者による分断統治にしか過ぎないといつになれば理解するのだろうか? 

 

今の政府がやろうとしていることは自己の権利を理解しない国民を蹂躙して目先の土建屋金バラマキで騙して次の選挙で勝利しようとすることだ。確かに一時的にカンフル剤としては効果的だろう。しかし一番大事な国民の自発的なやる気を奪う政策であることは事実だ。

 

これで日本はますます起業精神が失われ政府一辺倒の世の中になっていくだろう、それは自己の権利を理解しない、学ばない国民が作り上げていくのだ。



tom_eastwind at 14:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月12日

朝鮮学校無償化と北朝鮮スパイと準備しておくべきこと

★抜粋開始

朝鮮学校無償化でも内偵、逮捕の北工作員が反対団体に

2013.1.12 08:38産経

 北朝鮮の指示で諜報活動をしていた工作員と大阪府警が断定した兵庫県尼崎市の運送会社社長、吉田誠一容疑者(42)=著作権法違反容疑で再逮捕=が、朝鮮学校への高校授業料無償化適用や補助金支出に反対している民間団体の動向を探る調査活動をしていたことが11日、捜査関係者らへの取材で分かった。

 

 朝鮮学校が北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の政治的影響下にあることなどから安倍晋三政権は無償化を適用しない方針を示したが、朝鮮学校をめぐる問題が北朝鮮工作員の活動対象にまでなっていた実態が浮かび上がった。

 

 対象となっていたのは、大阪を拠点に北朝鮮の人権問題に取り組む団体「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」(守る会)。同会は朝鮮学校が金日成(キムイルソン)主席、金正日(ジョンイル)総書記父子を礼賛したり、拉致問題を歪曲(わいきょく)したりする思想教育の児童・生徒への強要を問題視し、機関誌などを通じて無償化適用や補助金支出に反対する運動を続けている。

 

 関係者らによると、吉田容疑者は無償化や補助金問題が議論になり出した平成22年ごろから昨年6月に逮捕されるまで、守る会の中心人物の一人で作家の萩原遼さん(75)らの活動内容や写真を入手し、朝鮮総連関係者らに伝えていたという。

 

 吉田容疑者は北朝鮮工作機関の指示で北朝鮮情報を扱う別の民間団体に潜入するなどし、北朝鮮に批判的な団体や人物の情報を収集していたことが判明しており、守る会の動向調査も工作機関の指示で行っていた可能性がある。

 

 萩原さんは「メンバーが写真を撮られるなど、動向を探られている気配はあった。朝鮮学校問題が教育議論を超え、北朝鮮の政治的工作の対象になっていたと改めて感じた」と話した。

★記事終了

 

最初の部分はざっと流して読んでいたのだが萩原遼氏の名前が出てきたところで少しシリアスになった。

 

この人の作品は会社のtom文庫に5冊くらい揃えている。1950年代の北朝鮮の金日成による政治クーデターが当時の日本にどれほどの影響を与えていたか?多くの在日北朝鮮が金日成によって殺された。1960年代の北朝鮮帰国運動は金日成による在日資産の巻き上げであったという衝撃的な事実、1970年代の北朝鮮が楽園と信じられていた時代の、実は飢饉が繰り返され政治は独裁化して日本から北朝鮮に帰還した人々が次々と山中の工事現場や炭鉱に追いやられて餓死していた事実。

 

彼は当時共産党員であり新聞赤旗記者として平壌に駐在していた事もあり共産党員という北朝鮮の味方でありながらあまりにも実態を知ってしまったという理由で殺される危険性を感じたという。

 

その後彼は赤旗を実質的に首になりその後は作家活動で北朝鮮の恐ろしい実態を公に晒してきた。最近は情報がないなと思ってたら「守る会」を作って北朝鮮の弾圧されている人々を守る仕事をしていたのか。

 

日本にはスパイ防止法がない。人権擁護法案が民主党政権下で法律化されようとしていた。人権擁護法はいかにも人権を擁護するようなネーミングだがその実態は時の実力者が個人情報を集めたり北朝鮮や中国の活動家が動きやすくするための法案である。

 

運良く自民党に政権が戻りそこに安倍さんがいたからこの法律は立ち消えになるだろうが、そうでなければ恐ろしい事になっていただろう。民主党サヨク+日教組+中国北朝鮮活動家=まさに日本の奴隷化である。

 

官僚は何故止めなかったか?それほど気にしていなかったのかもしれない、彼らは血筋の良い選良であり自分たちにトラブルになる法律とは思ってなかったのだろう、それに本当にやばくなれば日本最大の暴力団である公安警察を使えば法律などどうでもなる。

 

しかし一般市民はそうはいかない。北朝鮮学校の無料化なんてバカな話が通るようになったら世界の笑いものだ。日本人を拉致しておいてその主犯である金正日を拝むような学校に金を出すなどアメリカ人が聞いたらひっくり返るぞ。

 

オークランドの日本人補習校だって地元政府の補助を受けているわけでもなくすべて日本人団体からの寄付で成り立っている。当然だ、ニュージーランドの教育方針をとっているわけでもなくニュージーランドの価値観を教えるわけでもない私立塾に金を出すわけがない。

 

何故独裁国家を拝むような学校が日本の国益に叶うと思いついたのか?それは民主党内部にいる北朝鮮崇拝者=金を貰って北朝鮮のために働く政治家がいるからだ。拉致があった時も「そんなこと、北朝鮮様がやるわけありませんわー」と言ってた連中だ。日本を骨抜きにして自分たちの食い物にしようとする近隣諸国から金を貰って日本を売ってたまさに売国奴のようなものだ。

 

今日ぼくが書きたかった事は数日前に書いた原発記事と同様で、国民が知る時間のある時に「北朝鮮?あーら、怖いわねー」と他人ごとみたいにニュースをななめ読みして放り出し友達とお茶して「あらま、今日の洋服おきれいね!」なんて言っておらずに、今起こっている現実をしっかりと勉強して来る日のために少しでも心の準備をしておくべきだって事だ。

 

特に北朝鮮の実態を知りたければ萩原遼の本は勉強になる。相当暗い内容だが、あの本を読んだ後は北朝鮮の恐ろしさが肌で感じられることだろう。そして自分が今何をすべきか、またもし北朝鮮が攻めてきたらどうするのか?自分がその時の被害者にならないようにするためにはどうするべきか?

 

「そんな事言い出したらきりがないよ、北朝鮮、中国、ロシア、韓国だって決して味方と言えないよ」そりゃそうだろう、世の中すべての事に物理的に対処することは不可能だ。地震から逃げることは出来ない。けれど地震が来た時の為に非常用セットを持ってる家庭は多いだろう、特に東京では。

 

それと同じで北朝鮮で何かあった時にどう対処すればよいか、北朝鮮の実態を知っているだけで少しは対処方法を思いつける。学んでも結局生かし切れないかもしれない。けれどこういう話がある。

 

第二次世界大戦時、満州北部でロシアが攻めてきた時、日本兵は塹壕を掘ってたこつぼ作戦に出た。その時にも同じような話があった。「どうせ直撃弾が来たらどれだけ塹壕を深く掘っても無意味でしょう」しかし実際に戦車が攻めてきた時、誰もが少しでも自分の塹壕を深く掘り始めた。

 

北朝鮮も同様の脅威である。敵が攻めてきてからでは遅い。何かあった時の為に、その時にパニックにならない為にも今の日本が置かれている危機的状況を少しは理解しておくべきだ。では何から始めるか?まずは萩原遼の本を読むことをお勧めする。



tom_eastwind at 14:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月11日

選択 正しい道の見つけ方

日本からオークランドに戻ると机の上に「日経ビジネス」と「選択」とその他多くの書類が積まれている。週末はこれらの時事ものを机上でまとめ読みすることになる。ぼくの仕事は情報の収集と整理だ。そして常に机上の空論ではなく現場の空気を読むことを大事にしている。

 

現場を知らずに自分の想像した理屈だけで判断をする経営者は、闇夜の地雷原を地図なしで目隠しして背中に爆弾を背負って歩くようなものだ。一回目はうまく渡れたとしてもそれはビギナーズラックでしかなく二回目で必ず吹っ飛ばされる。

 

かと言って現場だけ見てる経営者は調子に乗って自分がエライ、スゲーと思い込んで歴史の教訓を学ぼうとしないからこれまたいつかコケる。どんなに忙しくても現場で起こっている現実と机上で歴史の教訓を見比べて現場と理論の整合性を見ながら判断していかないと持続するビジネスは出来ない。

 

東京に住んでいる多くの人は海外旅行に行く時間などないから東京から見た世界しか見てない。だから雑誌に書かれた記事に振り回される。中国の田舎に住んでる文盲の人が他人に「大変だ!安倍が首相になった、日本が攻めてくる!」と言われて恐れるのと同じレベルだ。

 

東南アジアを回ってみて中国と常に触れてみて東京と東京以外の日本を見てみると、情報誌に書かれている事がまだまだ一面的であることに気づく。景気、政治、これから日本は成長するのか沈むのか?等など。

 

沖縄の基地問題、本土の人がいろんな事言うがどれだけたくさんの人が実際に沖縄の一般的な人々と話をしているのだろうか?

 

尖閣問題と言うが国策として中国政府が金払ってゴツいダンサーを並べてデモをやっているけど中国人はそれほど気にしてない、そんな事より自分が買った投資用不動産が転売出来ずに困っているという現実をどれくらい理解しているだろうか?シンガポールやバンコクなど東南アジアが成長しているその速度がどれほど早いか現場を観ているだろうか?

 

去年もいろんな国を駆けまわったがその現場で見た体験があるからこそ紙に書いた理論と実際の現場のズレが何故発生するのかもよく分かる。逆に言えば現場を見ずして判断出来ることなど殆ど何もないって事に気づく。

 

「2013年がどうなるか?」を日経ビジネス1月7日号で読む。掲載された記事を読む限り起業家系のオーナー社長は2013年をとてもやばい年と位置づけている。しかしそれは世界の終わりではなく日本の終わりである。しかし終わりと言ってもまた1億人の人口があるから彼らを対象としたビジネスは継続出来る。また、特集記事には出ていないが政府系の大手企業も生き残れる。外務省及び経産省御用達の大手商社は問題ないだろう。同じ経産省でも家電系はやばい。業態がすでに競争力を無くしているのに誰も変化しようとしない。

 

企業のサイズではなく変化が出来るかどうかがすべてだ。将来を読み一番悲観的なシナリオになってもシナリオに合わせて変化をする、そういう選択と準備をした企業は生き残れる。問題は体質変化しようとしない企業だ。これは確実に吹っ飛ばされる。生き残れない。

 

ぼくの仕事は情報の販売である。顧客に最も正確で最も最新の情報を販売することだ。そして今までの経験では、物事を理解するときには大きなところから入れと学んだ。

 

ぼくは10年単位で考える時はまず地球の環境から考えるようにしている。気候変動は実は大きな問題だがそれは人類が排ガスを出すことでこの100年で温暖化しているわけではないという事実は知っている。温暖化と寒冷化は一定の周期でグルグルと回っている。人間ごときが出てきたくらいではそう簡単には変わらない。温暖化は結局欧州が思いついたビジネスであり自然の現象とは別問題である。

 

次に世界情勢、特に東南アジアと米国の情勢を理解しておく必要がある。日本は世界から切り離されて活動しているわけではない。それどころか世界がデジタル化してインターネットが普及してくれば外国の活動が直接日本に影響を与えてきてその対応として日本の対策が考えられるようになる。

 

中国の台頭と東南アジアの対抗策を理解すれば今の日本官僚がやってるアセアン寄りの外交政策は正しい方向を向いているがそれは既存企業の今後進むべき道に多大な影響を与える。国内だけ見ててもビジネスは継続できないのだ。

 

そして次のレベルで出てくるのが政府の動向である。政府はどっちの方向を向いて進んでいるのか?その大波に逆らうようなビジネスをやっても潰されるか何時まで経ってもうまくいかないかのどっちかだ。

 

このように世界の上の大きな部分から入って少しづつ下に降りて来て最後に自分を取り巻く小さな周囲を考えるようにすれば、自分が進むべき方向性が少しづつ見えてくる。そして選択とはすべての要素に順位を付けて上位の大事な要素が進むべき計画を作る。その際には感情的には大事でも下位の要素は捨てていくしかない。それがビジネスだ。

 

この週末はしっかりと各種データを読み込んで情報に磨きをかけていこう。

 



tom_eastwind at 14:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月10日

2013業務再開

1月10日に業務再開。分かりきった事だけど約三週間ぶりの問い合わせで午前中はてんてこまい。チームを3つに分けてそれぞれ仕事を仕分けて今日中に返事を送れるようにする。「だったらもっと早くオフィス開けろ」って言われそうだが、当社だけが開けても取引先がすべて閉まってるので意味が無い。

 

例えば技能部門で英語学校や専門学校を検討したいと質問されても、こちらでは学校は1月中旬にならないと再開しない。公立学校になると2月からだ。起業家や投資家の問い合わせは相手が弁護士や会計士になるのだが、彼らも1月中旬まではクリスマス休暇で誰もオフィスに出てこない。

 

なのでまず無料診断フォームをお送りしたり説明会の申し込みをまとめてみたり、なんだかんだで3チームはあっという間に午後2時まで食事も取らずに仕事をこなしていった。その結果として説明会はすでに満席、今日から明日にかけて返信を送り来週は戻って来た無料診断フォームを弁護士たちと打ち合わせしながら永住権取得のためにどのような方法があるのか、道探しだ。

 

今の日本では一週間も休むなら机無くす気持ちでねって言われるが、ぼくの住むニュージーランドでは一ヶ月の年休が法律で決まっておりそれでも足りなくてブルーマンディ(要するにサボる月曜)まで取得する連中がいるような社会だ。

 

こんな社会では個人の生活が真っ先に尊重されて休みが重視されて残業しないのが当然で、それが社会全体の合意として成立している。つまり社会全体がゆっくりとしているから一人だけ先走りしても成果を得ることは出来ないのだ。

 

日本はその反対極にあり、誰もが誰もを出し抜こうとして個人の時間を殺してまで仕事に没頭するから休みを取ること=負けること、になる。

 

1980年代にコンピューターが一般社会に導入された時、多くの人は思った「これで他社を出し抜ける、短い時間でたくさんの処理が出来る、だから残業しなくても良くなる」。けれど他社も同じようにコンピューターを導入すれば結局競争がきつくなるだけとは誰も思いつかなかった。敵の事を知らずに戦っていたわけだ。

 

結局日本では誰もが最新技術を導入してお互いに極限まで個人の時間をすり減らしてその結果として企業は利益を増大出来るがその利益は半分近くが株主(ガイジン)に配分されて労働者に残ることはなく、結局サービス残業をする労働者のみが損をすることになった。

 

ところがニュージーランドでは社会的合意としてコンピューターが職場に入り込んでも絶対に残業や休日出勤をしない事を前提に競争が出来上がったから、会社の中に余裕がある。

 

どこの会社もスタッフが毎年一ヶ月休むことを前提にシフトを組んでいる。だから人員が適性的に配置されている。てか、日本で言えば余分に配置されている。けどそれが社会全体の仕組みだから誰もそれを余剰人員とは呼ばない。

 

もし日本を右の端っこにいるとすればニュージーランドは左の端っこにいると思って良いだろう。競争のバーをレベル1に合わせるかレベル10に合わせるかだけの違いだ。

 

結局個人と家族の生活を大事にする社会だから個人が会社の犠牲にならずに家庭を守る事が出来て、それが明日の仕事へのエネルギーとなる好循環を生んでいるのだ。

 

こうやって見るとやっぱり日本って組織が優先される仕組みでありその為に個人が苦しい思いをするって構造は明治時代から何も変わってないなってことだ。民主主義と言いながら全体を成長させるために個人に理不尽を強いる、それは民主主義とは言わない。

 

約3週間の休みが終わり朝9時30分に出社した皆は、まだ半分くらい休みボケ、はは。それでも午後から少しづつネジを巻き始めたかな、さあ今年も始まりです♪



tom_eastwind at 20:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月09日

原子力発電所がまだ増える 知らねえ内に漏れていた

★記事開始

原発を多く抱える福井県の西川一誠知事は8日、経済産業省で茂木敏充経産相と会談し、「2030年代に原発稼働ゼロ」を掲げた民主党政権のエネルギー政策を見直し、早期に新たな方向性を打ち出すよう要望した。西川知事によると、茂木経産相は「専門家に議論を放り投げることは決してしない。政治が責任を持ち、腹をくくってやる」と応じた。

 西川知事は「前政権は『30年代にゼロ』という観念的な方向性を打ち出し、(そこに至るための)具体的な解決策を示さなかった。新政権は現実に即した議論を行ってほしい」と語った。 

 知事はまた、日本原子力発電敦賀原発(福井県敦賀市)の敷地内に活断層がある可能性が指摘されている問題に関して、活断層の活動の影響を予測するための調査研究を求めた。(2013/01/08-18:46)時事通信

★記事終了

 

どうやら原発は自民党政権下で推進決定のようだ。今後原発は自民党が政権を取り官僚主導の下次々と原発を再開していくだろう。官僚からすればこれが一番儲かる話であり石油で発電すれば毎年何兆円というコストがかかって高いと主張出来る。

 

1960年代から原発の危険性は誰も理解しており、けれど経産省と政治家が打ち出の小槌になるからと推進していつの間にか既定路線になってしまった。そして時間が経てば立つほど誰もが止められない仕組みが出来上がり原発推進以外のすべての発電技術(選択肢)が「費用がかかりすぎる」という理由で実質的に停止されていた。

 

何故なら実際に原発は一度作り上げれば運転コストがどの発電方法よりも安いからだ、そして作ってしまった費用はサンクコストと呼ばれてどうせ作ったのだから今更取り戻せないって考え方だから計上しない。最後にかかる費用は原発が吹っ飛んだ時の後片付け費用か核ゴミの最終処理費用だが、これはいくらかかろうとやるしかないから最初に費用として見積りも計上もしない。

 

日本では戦後当初は石炭が利用されていた。しかし米国の指示に従って石炭を止めて石油に切り替え、それから原子力発電に切り替わった。国産電力という意味ではその流れは理解出来る。しかし当初から技術的に無理がある事は分かっていたし、それが近未来にもんじゅや六ケ所で解決するだろうという希望が崩れ去った後も原子力にしがみついたのはその時点で利権が既得権益になっていたからだ。

 

経産省からエネ庁に出向したエリートは誰もが「オレの2年間だけ過ぎれば後は知った事か」という気持ちだった。その結果として原発は推進された。良い面を見れば米国がスリーマイル島原発事故で原発停止に陥った時に日本はその技術を磨き上げフランスと競争しながら開発途上国に売り込む官民一体の日の丸技術輸出が出来た事だろう。

 

だから日本では凍結されている原発再開も、東南アジアではまだ必要とされている技術であり地震のない国では東芝が技術を売ることが出来る。

 

しかし、今の日本では本当に必要な技術なのか?冷静に考えてみてこれから国民が減少して電力使用量が減り技術革新で新しいエネルギー源が発見されている現在、原発は必要なのか?また他国では原発防衛に武装したガードマンや軍隊を使っているが日本では非武装警備員だが脅威の隣国から攻めこまれたらどうするのか?そして一番の問題が核のゴミの捨て場所だ。

 

日本国民も本来はそういう事を3・11の前にじっくりと勉強するべきだったのが結局自分の腹が痛まない限り何も考えずに電気を使い放題にして政府のやってることを何の疑問もなく受け入れ、原発技術に関する政府の戯言を本気で信じて、そしてある日ボカーン!となってから初めてパニック状態で考え始める。それってどうなのか?

 

終わった事を言っても仕方ない、しかし世の中には原発以外にも様々な危険な要素がある。それは常に政府によって隠蔽されてきた。そのことを知ろうともせずに原発だけを批判して、けれど次第に時間が経つに連れてその痛みは喉元を通りすぎていつの間にか目先の利益のために景気回復のために原発が再開されるようになる。

 

ぼくは原発再開にYESNOも言わない。それはその国に住む人々が決めれば良いことだ。外国人の意見に振り回される必要はない。しかしその結果は自分たちで責任を取るしかない。原発を無意識に受け入れて国家を失い子どもたちにつらい思いをさせた両親たちがどのような顔で子どもに言い訳をするのか、それだけはしっかり見ておきたい。

 

原発が吹っ飛んで初めて原発の危険性を目の当たりに見て原発パニックになった。それまで十分に時間があったのに危険性を考える勉強をせずにいきなり原子炉が水素爆発を起こして原発と原爆の区別もつかずにパニックに陥った。そして一般市民もマスコミも狂信的に原発廃止を訴えた。

 

ぼくは何もパニックに陥ることが悪いとは思わない。人生では時に思いがけない事態に巻き込まれることがあるものだ。しかし原発の場合は予め予測出来た問題だった。自分の時間の余裕のある時に数年前に外国人ジャーナリストが公表した原発掃除の実態を勉強するなり、浜岡原発が活断層の真上にあることが原発を作った人々によって公表されたデータを読むなり六ケ所村の破綻した計画を調べるなりすれば原子炉爆発事故が起こってもどうすればよいかはすぐ分かるはずで、パニックになる必要はなかった。

 

政府の言うことを真に受けて自分で調べようともせずに原発が吹っ飛んだその日まで何の努力もせずに手抜きな生活をしていた人々は、ある意味日本政府と同様である。自分の人生を他人任せの運任せにしていただけだ。

 

だから今回のような原発再開の話になっても反対の盛り上がりに欠けるのは、結局熱くなりやすく冷めやすく、感情とその場の勢いでしか物事を考えずに自分で自分の人生どうあるべきかを考えず、とりあえず毎日の飯さえ食えればいいってだけのデモシカ族でしかない。日本人サラリーパーソンでもやっとくかー、てか、日本人サラリーマンシカ出来ないもんな、今日も仕事は辛かった、“後は焼酎あおるだけ、同じ山谷のドヤ住まい”と日々を過ごすだけなのだ。

 

学ばない国民と自分の蓄財しか考えない政府官僚、どっちもどっちだ。

 

*抜粋開始

80年代には、忌野清志郎(故人)らが所属したRCサクセションの替え歌アルバム『COVERS』(1988年発売)が物議をかもした。反核・反原発ソングとして作られた『ラブ・ミー・テンダー』の「放射能はいらねえ、牛乳を飲みてぇ」といった歌詞や、『サマータイム・ブルース』の「原子力発電所がまだ増える 知らねえ内に漏れていた」などという歌詞がレコード会社に問題視され発売中止が決定。レコード会社を変えてリリースするという強硬手段で話題になった。これらの曲も長らくメディアではほとんど流れなかったが、一昨年の福島第一原発事故によって注目度が急上昇。ラジオのリクエストが急増し、通販サイト「Amazon」のランキングで上位に入るなど、20年以上前のアルバムとしては異例の売上を記録した。

*抜粋終了

 

そう、結局また原発は再開していつの日か活断層の上に乗っかっている原発が吹っ飛んで訳の分からん避難を強いられて除染などというバカな事をしてそれを受け入れるのどうので自治体同士が揉めて結局政府だけが美味しい思いの焼け太り。

 

一体いつになったら日本人は賢くなるのか学ぶのか?ぼくは今のうちに子どもたちに沢山日本を見せておきたい。誰も住めない国になって「昔日本って国があったんだよ」と思い出話をするよりも、実際に彼らの眼で見てもらい感じてもらいたいからだ。



tom_eastwind at 18:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月08日

442 日系二世の物語

年末日本に行った時にまとめて日系二世部隊に関するものをamazonで買いあさった。ニュージーランドではまず入手出来ないものばかりだ。その意味でamazonは有難い。読む分だけお金を払う図書館のようなものだ。

 

本が4冊とDVDが4本。今年はダニエル・イノウエ元ハワイ州出身の上院議員が亡くなった年でもあり、このあたりで自分の中で二世部隊物語に関するひと通りの理解と整理をしておきたいと思ったからだ。

 

オークランドの自宅に帰って1月9日、つまり会社が再開する前日までにひと通り全部目を通しておこうとしているのでここ数日ぜんぜん自宅から外に出ていない。

 

まだ半分くらいしか終わらないが明日は洗車とガス交換とか(うちは都市ガスが来てなくて9リットリボンベを使っている)しなくちゃいけない。でもって一旦仕事が始まると年末年始から溜まった問い合わせが山積みで届いた雑誌も山積みだろうし、次の日本出張が1月終わりからなので、この機会を逃したら次にゆっくり読めるのはいつか分からないので、普段は夜の9時に寝るのだが自分的に「まだ旅は終わっていない」扱いにして真夜中近くまで家族がテレビを使わない合間を利用して読み込んでいる。

 

今日はDVDだ。ドキュメンタリーになっており第二次大戦当時の映像や写真と現在80歳過ぎでもまだ現役で行きている元442部隊の英雄たちのコメントが入る。

 

ぼくが何故これほど二世部隊に惹かれるのか、子供の頃は本当に分からなかった。初めて彼らの存在を知ったのは望月三起也の漫画を通じてであるがその時の衝撃は忘れられない。へー、あの時代のアメリカに日本人移民がいて、彼らが祖国と母国の間に挟まれながら自分が信じるものの為に命を捨てて戦っていたんだな。何てかいまの自分がすごく小さく感じる、ぼくは信念や主義や名誉の為に死ねるかな、そんな読後感だった。

 

それから数十年後、まさか自分がいつの間にかニュージーランドに移住して家族を持ち生活をしているとは思わなかった。日本人ってのは日本で生まれて日本で死ぬものだと思っていた。ところが実際にはこうやってニュージーランドに住んでいる。

 

ドキュメンタリー形式で元442部隊の生き残りの生の話をインタビューしているが、彼らの住むハワイやカリフォルニアの青い空の下と話の内容の凄惨さのあまりの違いにまるで語り部の映画を観ているようだ。まだうまくまとめきれてないが日本人として是非とも知っておきたいインタビューの様子をいくつか書きだしておく。

***

4日間にわたる激しい戦闘が終わったばかりの411部隊に突然指令が下った。ボージュの森でドイツ軍に包囲されたテキサス部隊211名を救う指令だ。すでに何度も他の米軍部隊によって試みられたが全て阻止された。

 

多くの兵が「ビールでも飲ませろよ」と文句を言う中、故ダニエル・イノウエ(米上院議員)はそのような強行突撃を「これは機会だ!おれたち日系部隊が米国への忠誠を証明するのだ!我々の価値を証明するのだ!」と周囲を励ました。

 

ひどい天気でぬかるみの森の中を進み、突然すぐ近くから撃たれたが弾は外れ近すぎるから白兵戦で相手の首を掴んで殺すこともあった。味方も多くがやられた。隣にいた誰かが突然吹き飛ばされるが前進あるのみだ。ブービートラップにかかっても運の良い兵は湿った爆薬のおかげで怪我をせずに済んだ。


深い森では敵軍の砲弾が木を吹き飛ばしてその破片が背中を切り裂いた。目の前の仲間の脳が一瞬のうちに切り取られてそのまま崩れ落ちた。背中に砲弾の破片を食らった兵はその破片が体をぐるりと回り、さらにそれが熱いものだから痛さと熱さでのた打ち回った。

 

二世は最後にはバンザイ攻撃で丘を駆け上がり手榴弾が届く距離まで近づく為に決死の突撃をした。しかし何人の仲間が倒れても決して逃げなかった二世部隊。最後には一人の英雄が仲間を失った怒りで機関銃を握りしめてその場で12人を撃ち倒し34人をたった一人で捕虜にした。彼はその後米軍兵士に与えられる最高の勲章メダルオブオナーを授与される。

 

442部隊はまさに自分たちの血で忠誠を証明したのである。そしてこの戦いが転回点となり二世部隊、日系米国人の忠誠心を米国人が認め出すようになったのである。

 

戦闘後に兵士を激励しようとスピーチ台に立った白人の将軍は集まった兵士の数を見て「皆どこへ行った!」と怒った。

 

「戦死か入院です」ダニエル・イノウエは不敵な笑顔で突き飛ばすような声でその場の雰囲気を説明した。例えば193名いたI中隊は最後には8名、それ以外は死ぬか怪我をして後方に送られていた。それを聞いた将軍はショックのあまりスピーチさえ出来なかった。

 

ドイツ軍によりユダヤ人虐殺のために作られたダッハウ収容所が日系二世部隊が半数を占める砲兵部隊によりユダヤ人を解放した戦いがある。リトアニア系ユダヤ人はなぜここに日本人がいるかを知らず二世も何故ここにユダヤ人がいるのかが分からなかった。

 

戦時中の米国の雰囲気もあったのだろう、ユダヤ人を日系二世部隊が解放したことはは最近まで公表することは禁止されていた。それはローマを解放したのが442部隊であるにも関わらず二世はローマ市内に入ることも出来ず市内を遠回りして次の戦いの場所に送られた事と同様である。

 

次に442部隊が送り込まれたのがまたイタリア戦線である。ピサ郊外の山頂でドイツ軍がゴシックライン陣地を作って白人米兵ではどうしても攻撃出来ずにいた膠着状態だった時に問題解決部隊として戦闘のエースとして期待されたのだ。

 

ゴシックラインの北側にドイツ軍が陣地を作り南側から二世部隊は攻めて行った。胸突き八丁の山を互いの手を握りながら1千メートルも登って夜明けを待ち攻撃した。2万人の白人部隊が半年かかっても攻め落とせなかった陣地を、二世部隊はたったの2500人で一日でも半日でもなくたった32分で攻め落とした。

 

ダニエル・イノウエ議員は自分の右腕を失った時のこの戦闘の時の事をこう語る。「肘を撃たれた時、うでが吹き飛ばされた事はすぐにわかりました。泣き叫ばず、残った左手で右手が握っていた手榴弾をひろい、投げました。幸い敵に命中しました。私の任務は攻撃を続けることです。そういう時は痛みを感じないものです」

 

軍人は武士道に従って行動する。武士は君主と城の為に戦う。武士の君主が米国であれば米国に忠誠を誓うべきだ。家族が不名誉になるようなことはしたくない。戦闘に行くのは怖かった。それは人として当たり前、けれど名誉はもっと大事なものだったのです。

 

二世が生き残れたのは日本の価値観を教えられたからです。

 

元兵士は戦争の頃の事を殆ど語らない。しかしその記憶は心の奥底に深いキズを残してどうにかそれとバランスをとりながら残りの人生を過ごしてきた。

 

メダルオブオナーを授与されたある二世兵士はインタビューで涙を流しながらこう話した。「私は英雄じゃない。メダルを付けているのは生きて故郷へ帰る事の出来なかった本当の英雄たちの為だ。それは俺たち米兵だけじゃない、負けたドイツ兵の若者の為でもある。おれは彼らが歴史の中で忘れされられないようにメダルを付けているんだ」

 

日本人は本当に強い。世界中どこの国に移住しても日本人は生真面目に働き法律を守り子どもに教育を受けさせて次世代に良い物を残す。そして戦闘にはとことん強い。例え米国に移住してもバンザイ精神は忘れず日本人の誇りを捨てずに移住先の国に忠誠を誓い時にはクワを下ろして銃を持って戦いに出る。

 

442部隊のような話を次の世代にきちんと語り継ぐこと。それこそが父親たちの義務ではないだろうか?そしてハワイやカリフォルニアでは今も日系二世父親たちが忠誠を誓った星条旗が日系の子どもたちの護りとなっている。

 

二世兵士の生き残りはすでに80歳を過ぎた高齢であるが今も元気だ。彼がインタビューで語った言葉が忘れられない。
 

「アメリカは世界で最も良い国です!誰にでも機会があります!アメリカはチャンスの国だから、それをものに出来るかどうかは自分次第なのです。私は学校の講演会に呼ばれたら子どもたちに必ず言います。当たって砕けろ、勉強の遊びも一生懸命しろ、そうすれば必ず成功するよ、もしかしたら大統領にだってなれるかもしれない!」



tom_eastwind at 14:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月07日

消えていくサヨク〜教育再生会議

日本の大きな流れを考えていく中で「団塊世代」は常に意識しておかねばならない。この世代が戦後の安保闘争を生み戦いに負けた人々は長い髪を切って帝国主義の塊のブルジョワ層の仲間入りをして企業戦士として70年代以降の日本経済成長を支えて来た。

 

安保闘争の闘士になるくらいだからそれなりに志もあり弁も立つわけで、それを使って学生時代は仲間をアジっていた。その技術を仕事に生かせば勿論優秀なサラリーマンが出来上がるわけだ。

 

彼らはサラリーマンを享受して円満退職、後は国家の年金や企業年金を受け取り、田舎暮らし、海外クルーズ、ガーデニングなどなどのんびりとした生活が待っているのだが、人ってのはどうやら21歳の頃に身についた思考能力がずっと続くようである。

 

それが原発反対デモあたりからあちこちに出現し始めている。円満退職後に自分を縛る上司や起業がなくなり21歳の頃に身についた何でも反対の癖がまたも頭をもたげてきたのかどうか分からないが、縛るものがいなくなった彼らは60歳過ぎても元気に毎日「やりがい」を探して何でも反対していくのだろうなと思うとそれなりにウンザリする。

 

しかし安倍自民党政権の下で教育再生会議が始まれば安倍首相にとって常に仮想敵国である似非サヨクである日教組などは最も最初に叩かれる組織となるだろう。民主党政権時代に随分と日教組はやりたい放題だった。教育再生会議とは日教組潰しのためである。

 

敗戦時に中国戦線や北満州で戦っていた日本陸軍兵士が中国やソビエト軍に何年も抑留されてキャンプで過酷な労働に耐えつつ同時に共産主義を教えこまれた。

 

そしてキャンプの中では次第に伝統的な日本を守ろうとする守旧派と洗脳サヨクが分裂するようになり背後に中ソを味方につけたサヨクが全面勝利、負けた守旧派は激しい労働と寒さの中で死んでいき特別待遇を受けた彼らサヨクは十分に洗脳された後に帰還船で舞鶴港に送り込まれた、中ソの指示を受けて。

 

それから彼らは日本解体計画にかかった。ストライキや警官殺しなどは主に共産党が受け持ち社会党は教育再生にかかり日教組を設立して日本人を子供の時に洗脳させてバカな奴隷にしようとした、中ソの命令に基づいて。

 

日本が古来から持つ文化をすべて否定させて戦前教育の「間違い」をあげつらい、日本が間違った戦争をしたから「反省」させてこれからはすべて中国やロシアの言うことを聞いて行動するように仕込んだ。

 

これは現実の話だが、1960年代に文化人とか評論家とかサヨクとか呼ばれた連中は殆どが中国大使館やソビエト大使館にフリーパスで出入りしていた。彼らの雇用主の元へ。

 

中国の国民党軍などは戦争の時は逃げまわり民間人の服を着て民間人を盾にして安心していた日本兵を射撃しびっくりして撃ち返した日本兵が誤射して民間人を殺すと「日本軍の虐殺〜」とほざいた。便衣兵だ。ロシアは戦争が終わる寸前に河に墜ちた犬を叩くように満州に進出して略奪と強姦を繰り返した。

 

米国はもちろん自国のために日本を復興させたのだし感謝する云われはないもののそれでも中国やソビエトに比べれば十分に公正であった。米国発の技術を日本に提供してそれが結果的に日本の工業を発展させることになった。まだ著作権がうるさくなかった時代の話である。

 

その意味でも日本が中ロよりも米国贔屓になるのは理解出来る。その最先端にいたのが岸首相であろう。安倍さんのお爺ちゃんだ。戦争に負けたのに日本の経済成長を助けて法治主義を導入してくれた。彼がCIAの手先であったとしても日本の国益から見れば悪くない選択だと思う。もしあの時共産党や社会党が革命に成功していたら、今頃日本は北朝鮮のような国家になっていたのだ。どっちが良いか?

 

岸首相の時代は徹底的に共産党を弾圧した。公安警察は共産党潰しのための警察であった。お爺ちゃんの意向を引き継ぐ安倍総裁も同じ意向なので、まず刀は労働組合を切り裂くだろう。

 

岸及び安倍首相の思想の基本は国家社会主義である。北一輝の薫陶を受けたお爺ちゃんが戦後日本で官僚と共に実行した政治制度は戦後の日本の状態にちょうど合っていた。一部支配者が日本全体を仕切る社会民主主義だ。

 

彼らの考えでは「政府は常に正しい、例え一時の間違いがあっても国民に主権を渡して国家そのものが崩壊するようなことがあってはならない。国民はビギナーズラックで一回は成功するかもしれないが、それは継続しない。政府は時々間違いをするけど継続した間違いはしない、何故なら彼ら支配層は選ばれた中でもさらにトップエリートなのだから」という思想だ。

 

ただ問題はこの「一時の間違い」のバブル以降の無政府状態の長さだった。サヨクを追い出す時には独裁的にまで力を高めて追い出しを量り1960年代から70年代初頭にかけて後藤田正晴が主導して出来るだけ日本人を殺さずに左翼思想だけを追い出した。悪魔祓いの様なものだ。

 

けれどその力が行きすぎて己の力を過信した。敗戦体験のある官僚が危機感を持って運営してきた自民党と官僚も定年退職して次の世代は敗戦という失敗経験のないおぼっちゃん官僚が日本を支配するにつれバブル崩壊を目の前にして自分の保身に走り「先送り」を始めて失われた20年を作る原因となった。あの時支配層の中に本当に危機意識を持つリーダー的官僚がいればバブルの被害はここまで広がらなかっただろう。

 

1992年の香港時代、ぼくは名古屋から来たオーナー企業の社長から話を聞く機会があった。当時の日本はすでにバブルは崩壊していたがまだ多くの人に実感がなく、日経はまた上がるだろうと思っていた。

 

しかしこの社長は「tomさん、すでに土地バブルは崩壊したよ。今ならまだ10兆円程度の損失で収まるかもしれないが、ここで打つ手を間違えれば被害は更に拡大する、そして今の政府に腹を括って問題を処理する連中はおらず誰もが自分の任期の2年だけ先送り出来れば良いとだけ考えている、だから被害はもっと拡大するよ」

 

そしてその後、この社長の言ったように日本経済は崩壊した。そして米国型報酬制度の導入が結局は賃金カットでしかなくローンで住宅を買った家庭は崩壊しかろうじて残っていた人同士のきづなもなくなり他人を顧みない日本は失われた20年に突入することになる。

 

そんなところにうまく潜り込んで既得権益を主張したのが一時期下火になっていた組合である。民間がどれだけ苦労していようが市役所や県庁や学校の先生に一旦なればそこから先の生活は一生保障されていた彼らはデモやストライキではなく各職場の管理職との交渉で次々と権利を獲得していった。

 

そして中国やソビエトに教えられたように日本を「悪者」に仕立て上げて子どもたちに悪者日本の歴史を刷り込みありもしなかった事件をいかにもあったかのように教えてなおかつ自分たちはそんな悪い日本を変えようとする良い人々だと教えこんだ。

 

その結果として壊れた教育と使い物にならない若者だけが残り、まさに教育は崩壊した。その集大成が民主党左派による民主党乗っ取りと組合活動の強化である。日教組のアタマの中には自分たちの利益しかない。組合員を増やして権利を強化して既得権益を更に膨らませるためにあの手この手で民主党を利用してきた。

 

しかし彼らにはこれから社会に出ていこうとする若者たちの労働条件や権利などは何も考えていない。今組合員でいる世代だけを救えば良いのだから。

 

ぼくは民主的な共産主義は共感は得られる。しかし中国的な独裁主義は共産主義ではない。世界の中で共産主義に近いものを作り上げたのは実は日本であり金持ちも貧乏人もいない格差の少ない社会を作ってきた。

 

ところが中国やソビエトでは民主主義の名のもとに一部権力者だけが法を超えた権力を持ち一般の民間人は公安警察やスパイを恐れて本音の発言など出来なかった。日本だってどうのこうのと言うが、そんなのは赤ちゃんの泣き言に等しい。本当の恐怖政治を経験してみれば日本だって良い国じゃないかと思える。

 

今回の教育再生会議では是非とも健闘してもらいたいものだ。もちろんどんな形に出来上がるのか分からないが、今の日教組を潰す方向であるならどんな事でも歓迎だ。

 



tom_eastwind at 14:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月06日

地球は狭くなりました

沖縄最後の観光地、首里城を後にして一旦ホテルに戻って荷物を取り那覇空港へ。国内線はびっくりするほど綺麗になっている。ぼくが沖縄に着ていた1980年代はまだちっちゃな空港で空港ターミナルの入り口には免税店の営業担当者が真夏の暑い炎天下で首にタオルを巻いて入り口手前にウイスキーやパイナップルの袋を並べて出発する観光客に渡してたものだ。

 

当時の景色を知っている人からすれば隔世の感がある現在の那覇空港国内線であるが、国際線に行くとまさに往時を偲ばせるボロさ。空港ターミナルというよりは飛行場の待合室って感じで、狭いし手続きはダサいしこれが国際線かと思わせる。

 

何だか国際線を利用する米兵を素知らぬふりをしていじめているのかと思わせるほど何のサービスもなくまるで豚を行列に押しこむ感じであるが、肝心の米兵だって極東に追いやられて安いチケットで里帰りするような田舎の連中なんだろう、気にしているふりはない。

 

それは中国行きや香港、台湾行きのお客も同様でターミナルの汚さなんて全然気にしていない。そりゃまあ中国国内の空港に比べればずっとましかもしれないし少なくともこの空港では公安警察もいないし言いたい事は言えるから文句もないのだろう。

 

面倒くさい登場手続きをしてからターミナルの左端にある搭乗手続き口から右端っこ(とは言っても歩いて1分もかからない)にあるセルフサービスの軽食店に行く。そこで子どもたちにソーキそばを初めて食べさせたのだが、これがわりかし受けたようで奥さんは「これって台湾の麺みたいね」とか言って喜んでた。

 

那覇から香港までドラゴン航空で約2時間の旅。いかに沖縄が中国と近いかよく分かる。香港名物のフカヒレスープやあわびは日本の三陸海岸で穫れた干物を使っている。今から何百年も前にはぼくらが飛んでいる空の下を船で那覇から台湾、香港、福州に送っていたのだろうな。

 

ドラゴン航空機内で出る簡単な食事は今回も日本式カレーライス。味はちょっと甘目で悪くない。香港に着いて現代的なターミナルの百楽レストランで中華料理を注文してここで家族はやっと一息。とくに奥さんからすれば久しぶりのまともな中華でありほっとしている。

 

東京のホテルでもミシュランで星を取るような中華料理店があるのだが、奥さんから言わせれば所詮偽物の日式中華であり、そこを突っ込まれるとどうしようもないので今回の日程では日本国内では一切中華なし。

 

たしかに日本人はイタリア料理もフレンチも日本式に作り替えて器用に料理をする。アメリカのステーキなどは日本の方が余程繊細に作り上げられている。しかし中華だけは味の深さにおいてどうしても本場の香港には叶わない。

 

ちなみに中華と言えば香港が世界で一番美味しい。それは台湾でも上海でも北京でもなく香港だ。これは歴史的な経緯があるのだけど書きだしたらきりがないのでとりあえずぼく主観的事実だけ書いておくと、香港が北京、潮州、福建、湖南、上海、四川などのすべての中華料理が食えることが大きな特徴だ。

 

百楽で食事後に炒飯と炒麺を持ち帰りで注文する。これは機内で食べるためだ。出来合いの機内食を食べるよりは少し冷たくてもこの店の炒飯の方がよほど美味い。

 

今回の旅では沖縄から香港までが2時間、乗り継ぎ時間が3時間あって香港からオークランドが10時間ちょっとで、オークランドには13時に到着した。

 

今は成田からオークランド直行で11時間かかる。香港からオークランドも約10時間なのでほとんど変わらない。世界地図を見ると成田の方が遠く見えるが、地球儀で見ればオークランドから東南アジアはすべて同距離である。

 

オークランドに帰って航空関係の記事を読んだ。2020年頃にはニューヨークからロンドンまで1時間で飛ぶ旅客機が出来るだろうとか。マッハの時代になればオークランドまで3時間程度のたびになる。

 

初めてニュージーランドに来た時はクライストチャーチからクイーンズタウンの国内線などセスナが飛んでた時代だった。荷物が入らないからと10人の搭乗客に対して2機のセスナが飛ぶ。一機は荷物用だ。

 

それから時代は変わった。今ではクイーンズタウンにもジェット機が就航している。時代はどんどん変化していく。変化の先にあるのはボーダーレス時代だ。ひとつの国を生活の拠点として他の国を仕事の拠点とする時代が来る。

 

そうなれば国家が人を惹きつけるための魅力を持たねば人は集まらなくなる。日本に生まれたという理由だけでいつまでも日本人が日本に残ると思うなよ。優秀な人間は彼らにとって魅力的な国に移る。

 

中国人は世界中どこにでもいる。それでいながら彼らは数世代前の自分の故郷を今でも故郷としており愛しており金が出来れば故郷の村に自分の名前を付けた学校を作り病院を作り、その村出身の若者が自分の町に来れば面倒を見る。

 

まさに世界をまたにかけた互助会である。長期的な信頼関係が互助会を支えて地域社会で一定の発言力を持つことが出来る。

 

日本人はまだまだ日本国内でどうにかしようと考えている。けれど旅客機がどんどん進化してネットがますます発達した先にあるのはボーダーレス社会だ。愛国と愛政府は違う。それは中国人が一番良く分かっている。彼らは愛郷愛国だが政府を愛していないどころか憎んでさえいる。自分たちの故郷から金を巻き上げるだけの共産党政府のどこが愛せると言うのだ?

 

日本政府は中国共産党政府と比較すれば「まだまし」である。しかし国民を騙して金を巻き上げるという世界中の政府が持つ根本的な意味での「不合理な存在」としては中国共産党と全く同じである。

 

日本人が愛しているのは政府ではなく故郷であり生まれた街の山や川や海の景色であり同じ村の仲間だ。政府は社会全体の安定を支えるだけのしもべでしかない。そのしもべがいつの間にか腐って権力を乱用するから世の中がおかしくなっていく。

 

しかし21世紀は確実にそのような国家は滅亡していく。これから国家は自分の国を発展させるために一番大事なお客様が国民になるのだ。国民は政府のやることが気に入らねば他の国に行く。転職と同じ感覚である。

 

日本政府に残された時間は少ない。優秀な人々を引き止めるためには魅力的な税制や平等な社会、法律が守られる社会を作らねばならない。それが出来なければ優秀な人々は出ていき失業保険で政府にぶら下がる人間だけが残る。

 

その時になって「お願いです。日本人の皆さん、日本に戻ってきて下さい」と言ってもそりゃ無理だ。バカをやったのはあんたの方だ、今更戻ってこいと言ってもねーって話である。

 

繰り返すが21世紀はボーダーレスになる。確実になる。その時になるまでに努力をして自分を磨いて移動の自由を行使出来る人間は自由を勝ち取りダラけた生活で努力をしない人間に自由は残されていない。

今日のタイトルの「地球は狭くなりました」はオフコースの歌だ。「翼があれば鳥のように飛べる、そんな夢を見てる頃はみんな幸せ」1973年に作られた歌。いつの時代も人は自由を求めている。しかしそれを実現出来る人は一握りしかいない。一握りに入るために努力するか、最初から諦めるか?

 



tom_eastwind at 17:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月05日

首里城 その2 民族自立の原則について

沖縄は元々が独立国家であった。中国から見れば歴史的に朝貢を受け取る国であり中国に従属しながらも独立した国家であった。日本は貿易先の一つであり北方から送られてきた商材を台湾や福州経由で陸路天津、北京、広州に送り貿易で大儲けした。

 

しかしその後中国は次第に鎖国政策を取っていく。次第に沖縄に対する興味を無くし沖縄も中国との貿易が減少するに連れて日本との取引機会が増えてきた。そして1600年、江戸時代が始まると薩摩藩が沖縄を自領として密貿易の場所にして多量の利益を得るようになった。

 

当時の沖縄は平和な民族であり武器は殆ど持たなかった。しかしその為に薩摩が侵略してきた時に薩摩の武器に対抗する手段を持たずに結局は従属領となった経緯がある。

 

では沖縄は一体誰のものだ?ここで最近国際間で語られるのが「民族自決の原則」である。つまり今その土地に住んでいる人々に自分で所属する組織=国家を決める権利を認めるという事だ。

 

21世紀に入りEUではこの原則が入り込み、スペインのバスク党や東欧の地域住民団体が自分の所属する国家ではなくEUに直接参加する自治体として活動を再開し始めたのだ。彼らからすればEUに直接加盟する機会があるのに、何故そこにスペインとか中間搾取組織を含める必要があるのかって事だ。

 

これはまさに理屈に叶っている。国家の最低組織人員なんて国際法に決まりはなく、まして領土の広い狭いなんて関係ない。ならばバスク党からすればスペインから独立して直接EUに加盟した方が利益がある。

 

では沖縄はどうであろうか?これから日本政府は日米関係と日中関係を両睨みしながら考えていくだろう。しかしその両国のエサとなるか、または両国のキーパーソンとして自主性を発揮して独立国として生きていくかは琉球民族の判断の自由である

 

ここに民族自決の原則が出てくる。沖縄は歴史的に日本民族ではない。差別されてきた琉球民族である。その彼らが一箇所に住んでいるのだ、ならば過去の歴史を問わずに独立国家として日本から離れることも当然選択しの一つとしてあるのだ。

 

一つの国家とはその中で利害関係があるわけで、もし自分の得る利益が少なく払うものが多ければ例えその国家の中で合法といえど個人的には納得出来ないわけだ。何故おれが失業保険という働けるけど働こうとしない連中の生活を賄えばいけないのだ?おれは十分税金を払っているのに、手抜きの人間を支えるのがオレの義務か?

 

そんな疑問を一つの地域が感じればそれは自然と今まで所属していた国家からの独立という話になる。それは沖縄が日本から離脱して新しい国家を作り、日本と中国の間に加えて米国とも協力して三カ国の中で魅力的な国作りをして三カ国の中から直接投資を引き出し移民を呼び込み、小さいけど力強い国家を作るという事だ。

 

これが民族自決という原則を取る世界的な合意の中で今なら実現出来る。1600年以降日本政府に支配されてきた沖縄であるが、21世紀の今なら独立が主張出来る。もしこの主張に日本政府が異議を唱えるなら、もし日本政府が「沖縄は日本固有の領土であり〜」なんて言うなら世界は「そりゃ中国がチベットに対して領土権を主張しているのと全く同じだよね」と一刀両断されるだろう。

 

それほどに領土問題は政府にとって大きな問題だ。だから日本政府は沖縄の日本返還後も彼らの自立した産業を持たせずにあくまでも弱い立場に追い込んで労働力や納税の部分で日本の食い物にした。そして今、食い物にされてきた沖縄が逆にその立場を利用して日本政府を食い物してモノレールを作り高速道路を広げ政府支援事業を取り込んで国家予算を取って独立に向かって進んでいる。

 

もちろん2013年の今、このような独立話をしても夢物語である。しかし方向性としては沖縄は民族自立の原則に基づいて動いている。一般的日本人が沖縄を観光地として捉えている時に沖縄の人々は自立を考えている。

 

沖縄には琉球民族が古来から生活をしている。これはぼくの推測だが彼らの歴史は1万2千5百年ほど前から始まっていると思う。つまりムー大陸が沈んだ時に逃げて来た古代ムー大陸の民族がその始まりだと思っている。

 

これはニュージーランドマオリの歴史とも一致しており、太平洋のど真ん中にあった大陸が沈んだ時に太平洋周辺にムー文化が広がった。それは戦闘的ではなく家族のつながりを大事にする文化だ。

 

これに対してキリスト誕生後の暦で言う西暦500年ちょい過ぎからユーラシア大陸から渡来した古代中国・朝鮮民族は何度も日本を攻めてきて仏教を持込み八百万の神を持つ日本を仏教国家にしようとした。結果的に神仏習合の文化にはなったものの、それでもそれは日本本土の話である。

 

沖縄は色濃い独自文化を持ち続けてきた。彼らは悠久の歴史を理解して今はたまたま日本国が自分の国の支配者であるが、いずれ時が満ちてくれば自然に自分たちの国家を作ろうとすると思う。

 

さてそうなった時に日本政府は反論する根拠があるだろうか?今まで500年近く搾取の対象としてきた二級国民が沖縄という場所で民族自決権利を要求した場合、日本のような民主主義ではNOという権利はない。

 

沖縄を特区としたと沖縄民が要求すれば断ることは出来ない。何故なら断れば「ああそうですか、じゃあこの話は米国か中国に持っていきますよ、あ、もちろんその時は沖縄の琉球国家再来って事で日本から離脱しますよ」と脅しをかけることが出来る。

 

ぼくが元日本人として望むのは日本政府がいつまでも 日本に所属する人々を舐めるなって事だ。どんな村民でも食えてれば文句は言わない。けれど差別が厳しく更にそれが固定化されれば人々は怒りを感じる。

 

そしてそれは様々な事象を通じて民族独立の決意を強くする。

 

その時に上記のブログで書き込まれたような「日本人として自国領を守りたいという素朴な国民感情の表れであり」なんて発言がどうやって出てくるのかって言う疑問だ。

 

大和民族はいつから琉球民族が満足するような生活条件を与えてきたのか?薩摩による領土侵略後には常に「ぼったくる」対象であった沖縄を、今になって「自国領を守る」だろ?ふざけるのもいい加減にしろ、日本の特権階級のくそなワガママを聞く必要がどこにあるのだ?

 

もうこうなれば民族自決権で良いではないか。日本は関係ない話なのだ。もちろん現在の状況では沖縄の人々は「まだ」日本を選んでくれるだろう。しかし米軍がグアムに撤退する3年後は分からない。

 

米軍がいなくなった後に思いやり予算は組めないし沖縄が基地を移したら地元対策費も使えない。金を出さない日本政府に付き合う必要もない。そうなれば自国を貿易国家として独立させてシンガポールのような金融と貿易特区国家にすることもあり得る。

 

沖縄の地理的有利さを利用すれば良い。東京よりも台湾や福岡や福州が近くビジネスの中継地点として十分な競争力を持つ沖縄が何故独立しないのだ?なぜ何時まで経っても日本政府の食い物にされなければいけないのだ???

 

今回の旅の最後に沖縄を家族と訪問した。彼らも歴史と現実とメディアの嘘といろいろ学ぶことがあったと思う。子どもに対する日頃の道徳を教える能力を奥さんにすべて任せている僕としては家庭内で何も言える立場にいない。

 

しかし家族に歴史を教えるのは僕の仕事かなと思って今回沖縄を選んだ。ソーキそば、豚足のとろとろ煮込み、沖縄では随分美味しい物を食わせてもらった。中国文化も堪能した。日本文化も楽しめた。その二カ国の間で学ぶものも多かった。

 

変化を嫌う日本人と大和民族、時期を観て変化をしようとする沖縄人、琉球民族、その間で生活をする九州の民族。21世紀は大きな変化がある。その中であなたはどうやって生きていくのだろうか?



tom_eastwind at 20:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月04日

首里城にて 1

長くなったので昨日は少し観光地の事を省いたが嘉手納基地の事も書いておきたい。嘉手納にある道の駅で4階建ての建物の屋上に上がると備え付けの100円望遠鏡があり米軍の航空機を眺めることが出来る。この時はお正月だったので戦闘機の練習はやっておらず輸送機が少し飛んでたくらいだ。

 

ぼくの時代は道の駅はなく道路の反対側、つまり嘉手納基地の柵のすぐ外側にある小高い丘から眺めていたものだ。足元では猫の額のような土地で野菜が作られていた。野菜作りは今も同じだが道の駅で嘉手納を見る機会が来るとは思いもしなかった。

 

沖縄は今、本土で語られているような基地と普天間とオスプレイがどうのこうのと言った悲劇の被害者ではなく、見事に本土民を騙し通して恫喝と交渉で多額の支援を日本政府から勝ち取り自助自立に向けて急激に成長していることが分かる。

 

去年だか、米国政府の高官が「沖縄はたかりの名人」と言ったがあれは嘘でも誇張でもなく、見事に交渉上手な貿易民族として日本政府から次々と予算を取り付けてきた実績を示しているだけだ。

 

このあたりは本土の理屈と新聞を読むだけでは絶対に分からない世界である。そしてそれは恥ずかしいことでも何でもなく、自分たちの土地と日米の歴史を逆用して沖縄に最大の利益が落ちるように仕向けた沖縄政府の勝利である。

 

日本中の地方都市が疲弊してシャッター街と行くあてのない年寄りを抱えた現況と比較してみると、元気の良い老人と統計の上では最も失業率が高くて生活が大変なはずの沖縄の若者が地元で実に生き生きと賑やかに生活を楽しみ家族を守っている様子がよく分かる。

 

間違いない、日本政府は沖縄政府に「たかられて」いるのだ(笑)。正直、笑いを堪えられない。誰でも映画とか観てて、最初は社会の一番下にいた人が努力して周囲の人間を追い抜いていつの間にか自分が最も強い立場に成長していくのは、実に胸がすっきりするものだ。

 

これは愛国とかのごまかした日本語ではない感情だ。愛国とは愛政府であり郷土を愛するのとは全く別次元の感情である。この違いを出来るだけ見せないようにしているのが日本政府でありそれに見事に騙されているのが日本の一般的な国民である。

 

昨日も書いたが人間の歴史が差別の連鎖であるなら自分が置かれた場所をどう利用して一番賢く生きていくかは、貧乏人に残された唯一の差別解消策である。そしてぼくは沖縄が今実に狡猾に本土から離れていくのを感じている、独立に向けて。

 

さて沖縄の歴史。

「何だ、尖閣ってここにあるんだ。でもって沖縄がここで台湾がここで〜」首里城の歴史資料館で1200年代頃からの沖縄の貿易国家としての流れを日中夫婦とハイブリッドチルドレンが見ていく。

 

1989年、ある日本人男性が自分の事を決して中国人として見られたくないと心底から考えている香港人女性とニュージーランドで知り合って結婚した。ニュージーランドで生まれた子どもは学校ではキーウィ式の教育を英語で受けて家庭では香港式の価値観を広東語で学び、日本のアニメやテレビで日本文化を学び(美少女戦士セーラームーンは最初は広東語、次に日本語、そして英語版でも見ていた)3カ国の文化と歴史を学ぶハイブリッドな子どもたちになった。

 

ある意味今の沖縄に近いものがある。沖縄は日本と中国の歴史を取り入れながら独自の文化を持ち最近の60年は米国の西洋文化も学んでいったハイブリッド民族である。

 

それに対して日本政府及び本土の日本人は日本の事しか知らず日本の文化を通してしかものを観ようとせず日本の文化のみが正しいと信じて挙句の果てに沖縄は日本であり外国に対して愛国心を持ちだして沖縄を自国領土として主張するが、その本土がどれだけ歴史的に沖縄文化を否定して破壊して日本化しようとしたか、そしてつい最近までは二流民族としてバカにしながら外国に対してエサとして使われたそのような歴史をどう思うのだろうか?

 

このような本土的発想はまるで共産中国がチベットに対して行なっている弾圧と何一つ変わりはしないという事実とどう向かい合っていくのだろうか?それとも本土と沖縄の間には何の差別もなく沖縄の人々は日本人であり法律のもとに平等に扱われているとでも、まるで共産中国がチベットについて外国に説明するのと同じような理屈を並べるのだろうか?

★抜粋開始:朝日新聞元編集委員早野氏の寄稿に対するブロゴスの意見

ましてや、おそらく早野がタカ派と見るのであろう、尖閣諸島や竹島をめぐる強硬論は、自国領を守りたいという素朴な国民感情の表れであり、別に中国や韓国に攻め入ろうといった主張が展開されているわけではない。

★抜粋終了

 

このように「尖閣諸島を自国領として守る」という発想は中国が沖縄を自国領と主張するようになったら更に激しさを増すであろうことは語るに待たない。

 

ぼくは尖閣諸島が日本の領土であり沖縄が日本国に従属する領土である事には全く否定はしないし今の中国の主張を一切認めるものではない。しかしそれは愛国でも愛政府でもない、単純に近代の国際法の解釈によるものである。

 

法律には常に幾つかの原則がある。その原則を基に法律が成立して効果を発揮する。それは条約においては国内法よりも上位に位置するし国際条約は現代国家間で何かの外交や交渉をする際のルールとなる。

 

そのルールによれば国際条約上の領土は直近の両国の戦争によって作られた関係を最大に尊重する事にある。つまり中国が1969年までは尖閣諸島も沖縄も日本固有の領土であると認めていた事にある。逆に言えば竹島は韓国に強制的に乗っ取られたが当時の日本が反撃する手段がなく、また反撃するほどの価値もなかったから放置してきた結果でもある。

 

例えば新宿駅の駅舎の一部の土地をある日突然地主と称する人間が出てきてその場所を「江戸幕府により与えられた私有地であり証文もある、だからこの土地は私のものでありJRは直ちに出て行け」と主張したら法的にどう判断するだろうか?

 

この場合はまずは占有の原則が考えられるはずだ。つまり権利があっても一定の期間その権利を主張しなければ権利は失効するという原則である。これは土地の社会的有効利用をするのに大過去の権利をいちいち認めていては社会の発展が阻害されるという考え方だ。

 

共産党中国政権は1949年に設立された。彼らはこの地域に海底油田が存在する可能性が発見される1969年まで20年間も領有権を一切主張せずに彼らの公式文書でも尖閣諸島が日本領であることに触れている。

 

それが海底油田があると分かった瞬間に過去の証文を持ちだして権利を主張するのは筋が通らない。

 

これはパレスチナ問題でも随分議論された。第一次世界対戦の際に国家を持たないユダヤ人と英国の間で締結されたバルフォア条約(宣言?それに関連してサイクスピコ協定がある)によりそれまでその土地に2千年近く住んでいた外来民族?であるパレスチナ人は追い出された。それは2千年以上前にユダヤ人がこの土地に住んでおりこの地域はユダヤ人の所有地であると旧約聖書で書かれたというのが主因だ。

 

これなどまさに新宿駅の所有権を徳川幕府に証文もらったってのと同じ理屈で、そんな事言い出したら誰もが世界中の土地を自分勝手に要求出来ることになる。だから国際条約で様々な原則を作っているのだ。

 

しかし言葉を変えて言えばそれは現代の日本が歴史的経緯を持ちだして「だからここは日本だ」という権利を認めない事になる。あくまでも国際法に基づいて主張することを国際法は要求する。

 

だからぼくは日本が尖閣諸島を自国領土とする主張を直近の国際間のやり取りにおいて認めるものであるが、もし日本が歴史的なんて言葉を持ちだしたらそれは日本にとって致命的な逆説になることを理解すべきである。

長くなるので明日に続く。

 



tom_eastwind at 19:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月03日

差別の連鎖

沖縄ツーリストという旅行業界において珍しい旅行会社がある。従業員600名程度の企業であるが東京や沖縄に大きな支店を持っている。この支店の主な目的は沖縄から集団就職でやってきた沖縄人の為のアウトバウンド業務を取り扱っている事だ。

 

当時の沖縄では村毎の団結心が本土に比べて圧倒的に強く就職先でも彼らは互助会を作り助け合いながら生きてきた。だから沖縄人のための旅行会社が出来たのも自然な流れであった。

 

特に本土で生きるというのは日本人が海外で生活をするのと同義語であり少しアクセントのずれた標準語を話す沖縄人は本土人にとって二級市民でしかなかった。まともに言葉も話せず現地事情も知らない若者は差別の対象でしかなかった。

 

結局日本が行なってきたのは東京を中心とした日本の成長であり地方はその為の労働力提供の場所でしかなかった。これは九州や東北からも集団就職で東京大阪に働きに出た若者と同様である。

 

普天間基地にはオスプレイが配備されている。タクシーの運転手さんは「私の祖先は300年くらい前に福建省からやって来てるんですね、以前故郷を見たくて中国に渡ったのですが、どこがご先祖様か分からなかったですね」と語ってくれた。

 

沖縄にとっては日本も中国も隣国である。今はたまたま歴史的偶然で日本の統治下にあり米軍が駐留しているだけだ。

 

その後、沖縄の古城である勝連城址を見てから沖縄の古代の歴史を少し資料館で見学する。沖縄も1200年代から1600年代までは貿易の盛んな独立国家であり、その中でも勝連城は力のある王様の住居だった事が分かる。

 

ここで公正を期すために付け加えておくと、沖縄でさえその内部では差別があった。本土の沖縄人が一番上で先島と呼ばれる離島の人々は沖縄本土の収奪のエサでしかなかった。宮古島や久米島の人々は程度の差はあれ沖縄本土への貢物を要求されていた。

 

つまり何時の時代も大きな者は小さな者を虐げて搾取の対象としてきた。それは現代も変わりはない。人はそうやって搾取の連鎖を作っていく。連鎖が歴史的に失われないものであるならば出来るだけ搾取の差を縮めて皆が平等に近い状態になるようにするのが民主主義であり共産主義である。そして搾取を広げるのが資本主義であり自由主義である。

 

ぼくはどちらかと言うと共産主義の考えに近いが決して共産主義の理想が人間によって成功するとは思っていない。搾取はどうしても能力の違いによって発生する。能力の無い物が能力のある者と同等の権利を主張することには社会の発展という意味から無理がある。

 

わかりきった事だが能力があってもなくても同等の権利があるのなら能力のある者はその能力を使わずに楽をして能力のない者と同等の権利を主張するだろう。それが人間の本質なのだ。

 

だから社会成長のためには能力のあるものに少し多めの食い物(権利)や自由を与えなくては起業も成長も農業の発展もない。しかし最終的に受け取るもの(食い物や権利)にあまり差が広がり固定化すればこれは社会の安定という意味から良くない。どれだけ一生懸命に働いても貧乏人の子どもが貧乏と固定化されればそれは安定した社会の中で暴動を生む可能性が出てくるからだ。

 

能力のある者は社会のほんのひとにぎりである。数的に少ないから多数者を法律や警察の力で抑えこもうとする。それが社会福祉であり恐怖政治なのだ。

 

社会に常にある程度の差別が存在するのであるならば早いうちに自分の能力の発揮出来る場所に移動してその中で成長すべきだ。成長した上で権力を握ってから社会を出来るだけ平等に、つまり自分の受け取る権利を少なくして全体を成長させる政策を取るしかない。

 

つまり自分の望む社会を構築するためにはまず自分が強くなければいけないのだ。口ばかり達者でも社会は変わらない。宮古島の離島の子どもが強くなるためには差別があっても那覇に渡りそこで成功して発言権を得るしかない。そうすれば自分の代は苦労しても子供の代で差別の連鎖の一番下から少しは上にいける。そうやって社会での発言権を得るのだ。

 

時代はずっと後になるが福岡からハワイに渡り二世として欧州戦線で活躍して片腕を失くして帰還後弁護士となりその後上院議員として素晴らしい成果を残したダニエル・イノウエはまさに何もないところから自分の望む平等な社会や日米の平和に貢献した。

 

いつの時代も同じだ。時代を選んで生まれることは出来ないが生きる場所を変えることは可能だ。東郷という名門が東京にある。彼らの祖先は朝鮮から薩摩に連れて来られた陶工である。しかし運良く明治時代の勝ち馬である薩摩に取り入れられその能力で出世して朝鮮名を捨てて東郷という姓を得て東京で日本人の名門となった。鈴木宗男事件で名前が出た外務省の東郷氏はその血統である。

 

歴史が繋がっており差別の連鎖があるならば自分の家族のために何が出来るかを差別が固定化する前に考えて行動することだ。自分の代では出来なくても自分の子供の代では出来るだけ社会の上に登っていけるようにすべきだ。

 

普天間と沖縄の歴史を見ながら、そんな事を少しづつ砕いてりょうまくんに話してみる。まだまだ早いと思うし理解は難しいと思う。けれど歴史の現実を見せながら彼の興味のある戦争をテーマにして家族がどうあればもっと幸せになれるかを話す機会があるだけでぼくは幸運だと思った二日目の沖縄でした。



tom_eastwind at 16:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月02日

米軍基地と沖縄での差別の歴史 1

沖縄二日目、今日は龍馬くんと米軍の勉強だ。

予約したタクシーの運転手さんと世間話をしながらまずは普天間基地に向かう。那覇市から58号線で北へ約1時間程度で普天間に到着。ここには小高い丘になった戦跡公園がある。沖縄戦当時、本土から多くの日本兵がやってきた。各県から戦跡記念の石が持ち込まれ戦争に散った若き兵隊の為の詩を刻み込んでいる。

 

丘にはトーチカ跡もあり、龍馬くんにとっては日本の戦跡初体験である。そして丘をテッペンまで登りつめると遠く眼下に普天間基地が見える。


「ほら、基地のすぐ横に住宅地があるだろ、住宅の人が危険に晒されているから基地に出ていってくれと言ってるんだ」

「ふーん、どっちが先に出来たの?基地?住宅地?」

「基地」

「じゃあ住宅地が出ていけばいいじゃないかな?」

 

誰もが持つ素朴な疑問である。伊丹空港と同様なしくみだ。空港は昔からあった。その近くの土地が騒音が理由で安いから自宅を作った。そして空港に「騒音がひどいから窓ガラスを二重にしろ」と言い「夜は飛行機を飛ばすな」と言い挙句の果てに「空港は出て行け」と言って関空を作ったら今度は「伊丹は地域の大事な商売だ、廃止するな」と言い出した。

 

伊丹関連の支出(ツケ)は日本政府が負担した、つまり国民の税金で伊丹周辺の人々のワガママを支払ったのだ。

 

伊丹に比べれば普天間の場合はもう少し言い分がある。基地を作った時点で地主は不在か戦死しており焼け野原になった地域に住人はおらず結果的に米軍が接収したという歴史がある。だから地主が明確な場合は土地使用料を払っている。

 

戦争が終わり地域住民は少しづつ戻って来て生活のために基地周辺の空いた狭い場所を利用して野菜を植えた。そのうち近くに掘っ立て小屋を建てて住めるようにした。川の水も手に入る。何より当時世界で最も強かった米軍基地の横であれば治安も良い。

 

そのうち沖縄の基地では将校用の住宅の掃除や兵舎の料理や草刈りなどの作業が出てきて、これを地元民にやらせることになった。というか仕事のない沖縄の人々からすれば米国人の労働条件で働いてドルで給料が貰えるのだから文句はないどころか有難い仕事である。

 

戦前は沖縄語の言葉狩りを行い日本人化させつつ同時に二級国民の刻印を打ち、戦時は沖縄の人々を血の盾に使って本土を守り戦後は沖縄に基地を押し付け本土は知らんふりをして米国の侵略を続けさせた。

 

そうやって奇妙な関係で戦後の沖縄は少しづつ成長していった。沖縄の日本返還の際は佐藤栄作当時首相が厳しい交渉を行なってそれなりの妥協案を提示しつつ返還が認められた。この時は核爆弾持ち込みの容認、米軍への特別支出など裏条件もたくさんあったがそれらは外交機密として隠されたまま返還が行われた。

 

当時の沖縄では日本返還されれば沖縄も本土並みになると思ってたくさんの若者が行動した。しかし日本に返還された後も基地はそのまま残り沖縄は鬼っ子として扱われた。地元産業は育てずに本土の仕送りで最低の生活のみを保障して本土からの観光客の訪問先としても地元の独立は認められず。

 

海洋博記念公園を訪れた人は多いだろう。しかし海洋博の工事は殆どが東京の建設会社が仕切り利益は殆ど東京に還元され海洋博後の58号線には安普請の宿屋や食堂が廃墟のようにずらっと並んでいたものだ。

 

そういう原風景を見てきた人間からすれば沖縄は何時まで経っても本土の利益搾取の対象でしかなかった事を肌で感じる。沖縄は常に日本の下に置かれて搾取の対象とはなるが決して沖縄人、琉球民族に力を持たせない様にして独立は認めずに利用し続けてきた。

 

米軍としても日本政府がエサとして提供してきた沖縄を利用しない手はない。とくに1960年代に起こったベトナム戦争は米国の世界警察としての地位を危ういものにした。無敵パックス・アメリカーナがアジアの小国ベトナムとの戦いに負けたのだ。

 

米国としても軍事費の削減や日本の自衛隊の米軍補助戦力化の為に沖縄の返還を認めたが同時に米国の自由に使える財布として日本政府から「思いやり予算」を受け取り東北アジアで何かあれば沖縄を不沈空母として戦闘機や海兵隊を送り込みアジアの安定化を図った。

 

結局沖縄は常に日本本土に政治利用され米国への献上品として利用されてきた。本土返還後も地元産業を育成せず、地元に仕事のない若者は集団就職船で大阪や東京に向かい工場労働者として低賃金の労働を提供することになった。 
続く 



tom_eastwind at 16:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年01月01日

私を那覇に連れてって♪

元旦の朝の飛行機で沖縄に向かう。去年は数えてみると1987年の最後の出張以来二十数年ぶりに訪問する沖縄に続けて3回も行ったものだから家族も少し興味を持ったようだ。

 

龍馬くんには米軍基地が日本の領土内にあるって事実を嘉手納基地や普天間基地を見せることで理解してもらい、奥さんと娘には尖閣諸島がどれだけ台湾に近くて沖縄ってのが歴史的に日中の間でどのような位置づけにあるのかを知ってもらえればと思って那覇に連れて行くことにした。

 

元旦初日の朝だというのに飛行機は満席。2ヶ月ほど前に予約をしたので通常運賃の3分の1で取れたのだがその際5席押さえてた。その後予定していた親戚の子が香港で実家に帰ることになり日本に来なくなったのだが割引運賃で取り消しをしても予約の都合上一旦全部予約を落として取り直しなのでかえって高くなる、なので席はそのまま押さえて荷物置きにしようと思ってた。

 

ところが当日は満席でキャンセル待ちが出るほどで、ぼくの家族4人なのに5席分使おうとすると「そんなのだめ!本人しか来てないし」とか「約款によりますとー」とか言い出した。けどこの娘、横浜の子ではないかな、羽田から田舎もんがジェット機に乗って初めての沖縄旅行なんて、だっさとか思ってたのではないか、最初からかなり高飛車発言。

 

なのでぼくは懇切丁寧に航空約款の中に席を余分に取って一人が使う例があることを説明して約款では一人が何席使うかに制限がない事、現実的に払い戻しをすれば追加で費用が発生するわけだからこれは予約システムの問題でしょとも、受付の可愛い女の子に丁寧に説明した。

 

すると最初は「はまっ子の一撃で田舎もんはぐ〜のねも出ないでしょ」戦略で来てたのが尽く論旨を潰されてしまったのでちょっとびっくりした顔で「しばらくお待ちください・・・」そこから先の浜っ子は判断も行動も素早い、すぐに女ボスを呼んで事情を説明、女ボスはなるほどと言った顔で話をこちらに振って、まさにこちらの言語能力を図るように少し「担当からお話をお伺いしました、実際に乗るのは4名様なんですね」と笑顔で聞いてくる、こっちが特割で乗ってるなんて自分で墓穴を掘るような話は絶対にしない。

 

でもってにこっと笑って「そうですか、実はキャンセル待ちのお客様もいらっしゃいまして、それなら規定の通常航空券の払い戻し手数料のみで扱わせてもらいますがいかがでしょうか?」と来た。アタマが切れますねさすが羽田空港だ。

 

「この客の言い分も分かるしどうもこいつ同業か似たような業種のようだ、こっちは規定を盾に突っぱねても理論のぶつけ合い喧嘩になるし混み合ってる今ここで喧嘩するよりもこいつから座席買い戻して他の客に正規料金で売れば大儲け、よっしゃそれで決まり」という心のなかが見え見えだから楽しい。

 

顔はニコニコしながら「本来は^」とか言ってるが腹の中が見えるのがとても楽しい。ぼくとしても無理やり5席欲しい訳でもなく払い戻しが「常識の範囲内」で行われるならお互いに儲け物だと思ったので、てゆーか不平等な扱いではないので何も気にせずに商談成立。

 

その間約5分だが娘はいつものようにずっと聞き耳を立ててお父さんの交渉のどこがポイントで相手の主張のどこにぶつけて交渉しているのかを聞き取ろうとしている。お母さんは日本人同士の価値観の共有する部分が、つまり交渉の際に「ここはお互いに一致しているよね」という点が何かを理解しようとしている。

 

日本人同士が交渉する場合、その内容の50%以上はお互いに事前の暗黙の契約が存在している。それは同じ民族であり同じ価値観を持っているから成立することだ。これが民族や価値観や宗教観が違った場合、まずお互いが使う言葉の定義から整理していかねばならない。

 

例えば僕が何の気なしに「じゃあまた明日この会議室で朝10時に会いましょう」と言ったら相手に「もしアッラーの思し召しがありましたら(会えるでしょう)」などと返されると、お前は自分の意思がないのか、もしアッラーがダメと言ったら会わないのか?そんなんじゃお互いの信頼関係出来ないでしょ」と思ってしまう。

 

しかし彼らからすればアッラーの神が会わせたくないと思えばそいつを病気にするかもしれないし家族に不幸があって会議に参加出来ないかもしれない。もちろん仮定の特別な事情があれば僕らでも会議が流会することもやむをえないと思ってる。その点でお互いの言ってることにそれほど違いはないのだが言い回しが違うと悩ましくもなる実例だ。

 

オークランドのシティのうちの会社のある「クイーンストリートとビクトリアストリートの交差点」と言えば確かに広いが渋谷のハチ公前ほどではない。ある時ユダヤ人ビジネスマンと「じゃあ交差点で会いましょう」と言ったら真面目な顔で「交差点は4箇所あります、どこのポイントを指していますか?」と言い返された。これなどまさに理論的には彼の方に分がある。

 

もっとびっくりしたのは1980年代初頭に印度に出張した時の事だ。今日の予定が終わりガイドは明日の朝9時にホテルに迎えに来ることになっていた。ところが9時30分になっても来ない。バスも来ない。おっかしいなと思ってたら10時になってやってきた。

 

「遅刻・・・だよね」

遠慮がちに聞く僕(そりゃそうだ、印度で日本語ガイドなんてそんなたくさんいやしない時代だ、もし相手に逃げられたらその方が痛い)に対して彼は澄ました顔で

「え?ぼくは遅れてないよ、予定通りに10時に来たよ」というではないか。

びっくりして

「おれ、時間間違えたかい?」と聞くと

「いや、君も間違っていない。ぼくは自宅に帰った後に行程を見なおしたら10時に出発したほうがよいと分かった。だから10時にした。けど僕の自宅に電話がないから君に伝えることが出来なかっただけだ、気にしなくていいよ」だって・・・。

 

世界に出れば一事が万事こんな感じである。日本国内での話し合いとか交渉とかがいかに暗黙の了解の上で成り立っているかが分かれば日本国内の揉め事の5割以上は笑って終わるのではないかと思ってしまう。

 

いつもの如く話は大きくそれたが、ぼくらを乗せた飛行機は満席の機体を抱えて約3時間で沖縄到着。奥さんからしてみれば未だに一つの国家で富士急アイランドのように関東なのに雪が降って気温2度とかあるのに飛行機で南に行けばそこはまだ日本なのに気温21度、東京で着てた皮のジャンパーやコートが不要ってのがなかなか理解しづらいようだ。

 

日本人もそういうところがある。ニュージーランドから来たというと「え?じゃあ今の季節は逆だから夏ですよね?」と質問されるが、同じニュージーランドでもオークランドは現在20度前後、郊外の家なら窓を開ければ心地良い風が吹き抜けてくれてクーラー不要である。クイーンズタウンに行けば日影に入るとひやっとするくらいだ。

 

ひどいのになると「え?ニュージーランドですか?英語圏ですよね?て〜事は新聞も英語で書かれてるんですか〜?子供も英語をしゃべるんですか〜?」って本気で聞いて来る人がいる。

 

沖縄の問題として在日米軍問題、オスプレイなどが本土マスコミによってよく取り上げられるが、ぼくは30年前から現場で関わってきた経験から言えるが、日本人は沖縄を植民地から支配地にして挙句の果てに本土の常識を押し付けて、それでいて本土の常識を分からない沖縄のひとが間違っていると言い出す傾向がある。

 

これは右翼もサヨクも全く同じだ。沖縄は元々独立国家であった。琉球王国を無理やり支配下に入れたのは1600年代の薩摩でありそれは貿易(抜け荷)で江戸幕府に内緒で儲かろうとしたからだ。その後明治政府が出来ると琉球の独立そのものを否定して沖縄を日本に併合した。

 

これは今の時代にも続いている。沖縄を日本領土と外国に説明しながら沖縄を差別して沖縄は所詮別民族と割り切ってより東京に近い民族だけを守ろうとしている。これは支配層が普遍的に持つ特権意識の裏返しでしかないのだが、右翼もサヨクも特権意識の都合の良い部分だけを誇張してアジ宣伝をやる、肝心の沖縄のひとの声を聞きもせずに。だからこそ今は右翼もサヨクも沖縄の目に見えない攻撃を受けているのだ。

 

正月3がにちは沖縄を見て回り家族に話をして沖縄料理を食ってたらブログUPの時間取れずでゴメンナサイ。今日からまた復活します。さて、沖縄の旅は続きます。



tom_eastwind at 13:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌