2013年02月

2013年02月27日

外泊渡橋 僕と中国の30年

今日は大した事ない中国の昔話です、たまたま見かけたニュースから。

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 「遼寧」は旧ソ連製空母「ワリャーグ」を改修したもので、昨年9月に就役した。研究・訓練用と位置づけられ、同11月には艦載機の発着訓練の様子も伝えられた。改修作業が続けられていた遼寧省大連を今月26日に出港し、青島に向かっていた。青島は海軍北海艦隊の拠点だが、海軍総司令部の直属になるとみられている。

 

 配備先が海南島三亜にならなかったことについて、法制晩報は「空母が南シナ海に常駐しても利益にならないばかりか、対立が激化する可能性がある」との分析を伝えた。中国はフィリピンやベトナムなどと争う領有権問題に国際社会が介入することを警戒しており、空母配備で南シナ海の緊張を高めるのは得策ではないと判断した模様だ。

***

 

北の大連、南の三亜、懐かしいな。

 

最近北京のレストランで「犬と日本人とフィリピン人とXX人は入店お断り」という看板が出たそうだ。FBあたりでは随分反応があるようで、つりなのか本気なのか?と思うが、つりなら大したもので本気ならよほどの低能である。何せ米国在住の中国人達が「これこそいかに中国政府が一般国民に本当の情報を出していないかが分かるな」などとコメントするくらいだ。

 

この言い回しの語源は上海にある外泊渡橋の事だと思う。「犬と中国人は渡るべからず」1900年代初頭から上海を支配していた外国人が橋の袂に付けた。

 

どうも中国人は「犬」という言葉に侮蔑の意味を付けるのが好きなようで、その割に犬を食うのだからどうなのかとも思うが、ぼくが初めてこの橋を渡ったのは1970年代の終わりか1980年代初頭、まだ人民服を着た人々がほっぺたを真っ赤にしながら自転車を漕いでバンドを走ってた正月明けだった。

 

前日の北京と比べて上海はわりかし暖かくて、空港からホテルに向かう途中で「同じ国なのに全然気候が違うなー」と単純に思ったものだ。

 

投宿したホテルは橋のすぐ向かいにある「上海マンション」と呼ばれている高級ホテル、てかニューヨークのウォルドーフ・アストリアホテルの上海版ですかって思わせるくらい天井が高く豪華な作りだった。

 

戦前は一流ホテルであり戦中は日本軍の司令部として使われ戦後は共産党の宿としてその姿を何度も変えながら1980年代前後は文革終了後の外貨を稼ぐホテルとして活躍した。

 

このホテルの困る点は香港のペニンシュラホテルと同様でマスターベッドルームがででーんとでかく作られててその隣はネズミ小屋ですか?って思うくらいの狭くてちっちゃい、シャワーしか付いてないような作りになっていることだ。これは1930年代に建築された豪華ホテルの特徴で、当時はまだ船旅が主流で欧州からやってくるお金持ちは必ず荷物持ちの女中を同行させて身の回りの世話をさせていた。ご主人ご夫婦が泊まるのがマスターベッドルームでその横の部屋はまさに女中部屋。

 

ちなみに言うとBaggageDown,バゲージダウンという荷物を部屋からロビーまで運んでくれるサービスは元々このような欧州の金持ちが山ほど荷物を持ってきてた時代の名残です。今の時代に一泊の旅行でちっちゃいスーツケース一つしかないのにバゲージダウンを頼むのは「あるもんは何でも使わんかい!」とか「あたくし、特別で御座いますのよ、おほほ」くらいのものだ。

 

本題に戻って、今の時代に女中を連れて船旅をする人は殆どいないわけでツアー団体なんかで行くと一組は豪華な部屋に泊まり次の一組は女中部屋となる。同じ費用を払っているのにどういうことだ!と添乗員が怒鳴られる。

 

「すみませんすみません、明日は良い部屋をご用意しますから」ともみ手をしてお詫びするしかない。さすがに最近は豪華ホテルも大改装をする際にはすべての部屋を同じサイズにするか女中部屋二つをひっつけて一個の部屋に作りなおしたりしている。

 

ぼくの5年ほど前の記憶では香港のペニンシュラホテル本館のマスターベッドルームはあいも変わらず豪華でありながら全てボタンひとつで操作できるようになっていた。タワー館は最初から同一サイズで建設した。

 

10年ほど前のニューヨークではウォルドーフアストリアホテルが主人部屋と小部屋だった。値段は5千円くらいしか違わないのに片方はジュニアスイート、石造りに嵌めこまれた窓から足元に大通りを眺めつつワインを飲むのか、狭苦しい裏部屋で薄汚い隣のビルの煉瓦の壁を見ながらビールでも飲むか、の違いだ。

 

上海マンションも大改装をしてからは部屋の企画を統一したようである。しかしその建物の、天を貫き街を睥睨する様子は全く変わっていない。

 

話を表題に戻すと、中国のホテルで思い出があるのが大連の大和(やまと)ホテルだ。戦前の日本の、確か満州鉄道が主導して作ったホテルで僕が香港で仕事をしてて大連に出張する時に泊まったホテルだ。古いがどっしりした作りだが1990年代前半はまだ公務員のような労働者がフロントで働き各階の廊下の角には守衛なのかスパイなのか常に誰かが椅子に座って行き来する人を見てた。

 

建物の一階部分は戦時中は日本軍のお偉いさんの会議室に使われたのであろう大きな部屋がたくさんあったが、ぼくがその横を通る時にちらっと見ると殆ど荷物置き場、それも古い椅子や机が放置されていた。

 

でもってその先にあったのは当時珍しいカラオケバー、ねーちゃん付きのお店である。たぶん大連で初めての、それも日本人専門のお店だったのを覚えている。興味半分で入って、高い天井の部屋で低い椅子に座って、身だしなみという言葉が全く理解出来ない、ただ若いだけのねーちゃんたちとバカ話しながら天井に向かってしらけた歌を歌ってた記憶がある。

 

ところがホテルを一歩出てみるとそれはまさに百花繚乱の美しさ、ちょうど5月頃だったかな、風は柔らかく花は咲き、中山広場では人々が楽しそうに歩いていた。こんな綺麗な街があるのかーと思ったものだ。

 

ところが更にびっくりしたのは中山広場を過ぎて大連駅に着いた時だ。だだっぴろい駅前広場をびっしりと埋め尽くすような群衆はみな薄汚れたシャツとズボンにスリッパという服装で、手に手に鍬や金槌などたった一つだけ工具を持ってぼやーっとした顔で誰も来ない広場の前で座り込んでいた風景だった。あれは異様というか、これがほんとうに中国なんだなって実感した。

 

それと海南島の三亜。文化大革命が終了したばかりの1980年頃に海南島を一周した事がある。地図は殆ど存在せず、たまに見つけても殆どが空白。この空白ってのは軍事基地があることを意味しており、つまり当時の海南島は殆どが軍事基地だったという事だ。

 

海南島は戦前の日本軍属が橋やビルやダムや道路を作っていた。彼らは戦後引き上げたが戦争が終わって40年近くも経つのに当時日本軍属が作ったインフラがそのまますべて残されて利用されていた。いかに日本人の技術がすごいかを目の当たりにしたものだ。

 

海南島に行くためには最初に香港から広州に列車で入り(九広鉄道)そこから飛行機で雷洲に移動、さらにそこから海南島の海口に移動するのだが、香港から広州は日本語の出来る広東人ガイド、広州から雷州へは雷州語と広東語が出来るガイド、雷州から海口までは海口語と雷州語が出来るガイド、海口から三亜へは海口語と三亜方言が話せるガイドと、4人のガイドがまるで伝言ゲームみたいに話をするのだが、こりゃ本当に広いわ中国と思ったものだ。

 

三亜は常夏の島で現在では中国のハワイとか呼ばれたり賢人会議が開かれたりしているが、ぼくが訪れた頃は毛沢東死去後に四人組が失脚した頃で彼らが別荘として使っていた建物がホテルに改装されていた。

 

びっくりしたのは僕らが投宿してたのをどこで聞きつけたのか、この島に派遣されてた日系自動車メーカーの駐在員が一升瓶を抱えて突然訪れてきた事だ。当時の中国では日本車を修理する技術がなく三亜で走る日本車の修理を一手に引き受けてたのだが、地元の工員に修理を教える駐在員といってもたった一人の為話し相手がおらず毎日退屈していたと言う。まるでロビンソン・クルーソーだぞ、こりゃ。

 

天涯海角という名所も訪れたが当時はほんとに岩が一個しかなかった。そこが今は海軍基地になっているのだー、あそこはベトナムに近いわけで現在は南シナ海でフィリピンやベトナムと国境紛争をやているんだなー、記事を読みながらそんな事を思い出してた。

 

そんなこんなで中国とは20歳以来もう30年以上の付き合いであり常に現場で歩きまわって現場の中国を見てきた。北京の人民大会堂でヤオハンのプロバレーボールチームと北京の政府関係者とで大宴会をやったこともある。上海の元ヤオハンは鍬入れ式にも参加した。当時はただ単にだだっ広いだけの茫漠とした土地だったな。

 

最近は多くの人が中国を語る。しかしどれだけの人が実際に中国を知っているのだろうか?中国人民と中国政府は全く別物であり同列に語ること自体が夢見ちゃんの勘違い君でしかない。ましてや解放軍と上海ビジネスマンは全く別の人種である。更に言えば中国自体が多国籍国家である。

 

彼らの4千年の歴史と文化は日本の生みの親でありながら時には子どもが親を凌ぐこともあった。親が子どもに戦争(元寇)を仕掛けたこともあったがその度に日本は中国を破ってきた。そして子どもも親の土地に何度も攻め入った(倭寇、日清戦争、盧溝橋事件、満州国)。

 

日中の歴史は本当に長く明治時代までは日本人が漢詩を書けたし今でも多くの日本人がハングル文字よりも中国語(繁体字)のほうが何となく理解出来る。

 

僕が中国の事を書くと「お前は中国嫌いか!」と怒る人もいれば「お前は親中派だ!」と怒る人もいる。あはは、両方の人同士でぼくに対する評価を一致させてもらいたいものだ。

 

ぼくは嫌中でもなければ親中でもない。但し中国という相手のことを知りもせずに日本の常識だけでギャーギャー騒ぎ国益第一など自分自身さえ本当の意味がわかってない言葉を吐く自称愛国者という平和を乱すバカ連中よりもほんのすこしだけ自分の肌で中国を1980年代から30年以上にわたって知っている、ただそれだけの元日本人だ。



tom_eastwind at 18:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月26日

リサーチ、幸福はお金で買えるか

 オークランド大学のある調査で、2,746人の女性と2,451人の男性を対象にした電話によるアンケートの結果、収入が大きければ幸福になれると考えている人が多いことが分かった。

 

 調査を指導したNikhil Sengupta氏は、「低収入者は、購入できる日用生活品も限られている。欲しいものが買えないということがストレスを引き起こし、高いクオリティの生活という経験ができない。これはこの調査結果を簡単に説明している」

 

 また金額は、幸福度とはあまり関係がない。収入が1万ドルから2万ドルに増えた人が感じる幸福と、10万ドルから20万ドルに増えた人が感じる幸福はほぼ同じだという。

 しかしこれに反対する意見として、家計についての相談サポートをしているある団体の責任者は、幸せとお金の関係は明確に断言できるものではないと説く。

 

 「お金が不足していると不幸にはなりますが、お金を持つことで幸せになり、その人が抱えている問題が解決するとは思いません。金額よりもお金を管理する能力が大切だと思います」

 

NZ大好き地元記事より転載  生活   2013127

http://nzdaisuki.com/

 

時代についていけない人は誰の責任だろうか?それが自分の子供であれば責任はあると思うがたまたま同じ社会で同じ時代に生きているからと言って僕個人が他人に直接責任を取る必要は、ちょっと考えつかない論理だ。

 

ニュージーランドの郵便局が取り扱う郵便がここ10年くらいで25%減少した。今後5年くらいで更に25%くらいは減少すると予測されている。これは誰もがご存知の通りネットの発達によりクリスマスカードや日本の年賀状までメールで対応出来るようになったからだ。

 

そのために郵便局はコストカットとして郵便配達のしない日を作ろうとしている。郵便局の配達員として自転車を漕いで配達して週40時間労働をしていたオジサンの仕事が週30時間とか25時間に縮小されてしまう。

 

テレビでは「かわいそうなおじさん」という切り口で書いているが、彼らの仕事を奪ったのはネットを使って仕事をするぼくの責任であると言えるだろうか?てかメディアだってネット使ってるよね?

 

これは日本でも昔からあった話だ。江戸時代あたりの話だが田舎の村で旦那をなくした後家(ごけ)さんが付く作業に脱穀があったが、千歯こきが出現してから作業効率が三倍になりそのために仕事を失った後家がたくさん出てきた、つまり機械の出現で人間の仕事が奪われたのだ。

 

20世紀にこのような事はいくらでもあった。蒸気機関車が電車やディーゼル機関車になるとそれまでの釜炊き職人が不要になった。ところが第二次世界大戦後の英国では労働組合の力が強く、仕事のない釜炊き職人を電車に乗せて他の仕事をさせなかった。その結果鉄道は次々と赤字になって国家経済を苦しめる事になった。

 

何でこんな事を今頃書くかって言うと、どうもまだ移住をするのにアタマが20世紀のままってのが目立つからだ。何でかな、自分の住んでる国の村のルールがニュージーランドで通用しないからって、そりゃ機関車の釜炊き職人がディーゼル時代になって「どうしておれの仕事がないんだ!」と吠えるのと同じ事である。

 

時代は変わったのだ。時代の変化に合わせて必要とされる職業も変わっていく。なのに昔と同じ職業が通用しないからと言ってニュージーランドが悪い!と言われても「それで?」である。

 

最近は永住権を取得するためにオークランドの専門学校に入って資格を取ってワークビザから永住権に繋げる道ができている。しかしこれも永住権には繋がるかもしれないがその後の就職に繋がり、その職種の給料で家族を食わせていけるのか?という点を忘れてはダメだ。

 

ぼくは説明会でも個人面談でも口を酸っぱくして言う点は「永住権は手段です、目的は幸せな生活を構築することです。幸せな生活にお金は不可欠です、ではあなたはどのように経済生活を構築する予定ですか?」と聞いている。

 

殆どの人は就職してサラリーマンとして永住権を取得することを考えているだろうが、ニュージーランドの給料は支出の割に安い。今のオークランドで賃貸住宅を借りて家族4人で生活をする場合、東京で生活をするのと同じくらいの生活費がかかる。

 

これから世の中はますます変化していく速度が早くなる。その時に先を読む力がなければ何時まで経っても生活は安定しない。これだけは保証する、仕事はどんどん変化していく。



tom_eastwind at 18:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月25日

「大学は出たけれど」 迷惑な親たち

ご存じの方も多いと思うが1929年発表の小津作品の一つである。日本で当時の大卒は勿論高嶺の花でありながら実際には就職率が30%と、今の日本でさえ想像できない時代だった。米国の大恐慌が日本にも影響をもたらし相当なエリートでも就職出来ない状況が発生した。

 

そしてそれは今のオークランドでも同様である。

 

*抜粋開始*NZDaisukiより★ANZインドに業務アウトソース

 国内の主要銀行の一つであるANZは、オークランドの支店から23の業務を削減し、それらをインドにアウトソースすると決定した。対象となるのは貸付部門で、これらはバンガロールに移転する。

 効率化を最優先した結果で、ある特定の業務に特に優れている国々が存在する、とANZ側は発表。前線の業務は現状のまま維持されるとのこと。

 またオーストラリアでも、ANZ70の業務を削減する。ファイナンス・ワーカー組合は、この動きが銀行にもたらす利益を鑑みて、不必要であると述べている。

 当行のニュージーランド部門は、2011年には12億ドルの利益を生んでおり、仕事を国内に維持し、利益を還元すべきであると、不満を示している。

社会   2013224

*抜粋終了*NZDaisukiより

 

これだけ利益を出していても更に株主のために利益追求をするのが欧米的な発想である。雇用の責任は政府にあり民間企業は利益を追求して納税するのが責任と考える。雇用されなければ当社が納税したお金から失業手当を払えば良いという発想だ。

 

日本は企業が社会の一員として雇用も含めて社会の安定と平和を追求する。企業は必要に応じて自己負担で雇用を守り賃金を払う。その結果として企業は利益を出せず納税出来ず株主も配当を得られない。さらにヤバイのは欧米企業と競争になった時に社内失業者対策で金を使った分だけ競争力が落ちる。

 

どちらが絶対善ではない、それぞれの社会の価値観の違いだ。

 

しかし実態として民間企業は欧亜に関係なく印度やフィリピンあたりに外注をするようになった。それは元社会主義国家ニュージーランドでさえ同様だ。幸いなことにニュージーランドは社会保障が手厚いので仕事がなくても飯が食えるし病院も無料だし学校に行き直しても良い。

 

しかしせっかくニュージーランドの名門オークランド大学卒業者でさえも業種によっては就職出来ない状況が発生している。何度も書いている事だが21世紀に起こっているのはボーダーレス化なのだ。日本国内で隣に座っている人よりどれだけ優秀でも関係無い、これから社会に出る人が見る環境は世界の若者との戦いなのだ。

 

そしてその戦いは印度の若者よりも貴方の方が優秀で高い給料を払ってでも雇いたいと思うかどうかだ。現実には印度の若者の方が賃金はあなたの数分の一であり英語が出来てあなたにほとんど勝ち目はない。

 

これこそまさに21世紀における一般民衆の最大的影響であろう。20世紀なら考えられなかった事が今まさに目の前で起こっている。僕の雇用の可否が印度の若者と比較されているのだ!

 

これはインド対キーウィーとか印度対日本だけではなく世界中で発生している現象だ。そのことを現場の学生はどれだけ理解しているだろうか?とりあえず大学さえ出れば仕事があると甘く考えている人はどれだけいるのだろうか?

 

21世紀に要求される能力は個人能力である。個人能力がない人や少ない人は間違いなく世の中で通用しない。つまり自分がどうにかなると思いながら高校や大学を何も学ばずに過ごして来た人々に残された未来は決して楽しくはないって事だ。

 

ぼくは現実の世界で外国で生きて来てもう20数年になるのでこのあたりはよく分かる。これは年齢ではない、能力だ。今自分が置かれた状況を瞬時に理解して今自分が取るべき対応が出来るか?

 

今の多くの日本の学生は幼稚園から始まりとにかく教育教育と熱心になっているが、その方向は大手日系企業で就職出来るようにとお祈りが基本である。しかし問題は21世紀になってもその方向性が合っているのかどうかだ。

 

現在のソニー、パナソニックなどは1980年代には高嶺の花の就職先であり一度就職すれば日本の価値観として60歳まで生活は確保されて60歳以降は企業年金と国民年金に守られて一生安泰という人生が存在した。(だからパナソニックの連中は態度でかかったな、ソニーは当時はまだ風通りの良い会社でざっくばらんで気軽だったな、これ僕が見た実話)

 

1980年代で一番記憶があるのが自動車業界では日産が「銀座に本社がある格好良い会社」でありトヨタは「田舎大名で乾いたタオルを絞るような面白くもない会社」であった。しかしどちらに就職しても一生安泰は変わらなかった。(当時の日産は何か議論をする時はまず入社年次から始まった、トヨタは何かあれば現場に役員が降りてきてその場で皆が平等に議論してた、これも実話)

 

ところが今、その価値観は大きく変わった。日系企業でさえも解雇部屋を作り役立たずの中年の首切りにかかった。大手に入ったからと言って何の保証もなくなった。更に日本政府も年金削減と医療保障削減に走り、結果として「就職出来ればとりあえず一丁上がり」の世界は完全に崩壊した。

 

それであれば最初から欧米式の「企業は役立つものだけを雇う、人民の生活を守るのは政府の仕事」と割りきってるニュージーランドで勉強した方がよほどマシだったという事になる。

 

この国であれば人民向けの社会保障はしっかりしているから好きな事を勉強してそれで仕事がなければ失業手当を65歳まで貰える、一度も失業保険を払わなくても、だ。そして65歳になれば誰でも老齢年金も貰える、生まれて一度も掛け金を払わなくても、だ。

 

世の中はこれほど変わったのに全く変化していないのは日本の一般的な教育ママだろう。あいも変わらず大企業志向で幼稚園からところてん式に子どもの個性を親の手で潰して実生活に全く役に立たないくそ知識だけ暗記させてそれで社会に放り込もうとしている、誰も守ってくれない社会に。

 

ここまで行けば、馬鹿の極みである。子どもを愛するのだが愛し方を知らず結果的に子どもを地獄の戦場に放り出す事になる。所詮バカが子どもを産めば子どももバカになる。親は子どもの心配をするが心配すべきは未来のある子どもではなくすでに道を踏み外して周囲に洗脳された親の方なのだ。

 

21世紀において必要とされている能力は例えニュージーランドでさえも個人能力である。医者は食える。看護婦も食える。英語世界ならどこでも働ける。教師は?ちょっときつい、その国の仕組みでしか通用しないからだ。

 

建築家、IT技術者、このあたりもいける。では逆に高学歴なのに通用しないのは?それは会計士だ。能力があっても職の絶対数が少ないし既存の会計事務所がIT化されれば走り使いは不要である。

 

間違いないのは、「大学さえ出ればどうにかなる」という事は有り得ないということだ。僕の住む国では「どこの大学を出たか?」も大事だが更に大事なのは「何を学んだか?専攻は何でその専攻を何年どんな企業で能力を発揮したか?」である。

 

キーウィにとって一番意味不明なのは法学部を卒業して営業職に付いてるという履歴書だ。それって何の為の大学なのだ?



tom_eastwind at 17:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月24日

クイーンズタウンから戻る。

そういえば木曜日から金曜日と一泊二日でクイーンズタウン出張に出てた事を土曜日にすっかり忘れており全然関係ないブログを書いていた。1月末に起業家ビザが取得出来たお客様(長かったー、一年近くかかったかな)の現地でのビジネスモデルの最終確認とその他今後クイーンズタウンでビザ申請をする可能性や環境を市場調査。

 

短時間であったが街を回ると益々景気が良くなっている。この街は観光で成り立っておりホテル、レストラン、オプショナルツアーなどがどんどん発展している。この街の人口は約15千人、そのうち5千人程度は一年以内にこの街を離れていく世界から来るワーキングホリデーである。

 

最近はクイーンズタウンにQRCというホスピタリティ学校が出来てここで1年程度寮に住んでホテルやレストランやマネージメントを学び次の一年はあちこちのホテルやレストランで研修を受けて卒業、即効戦力として観光業を盛んにさせる効果がある。学費も高いのだがこのコースを終了すればほぼ確実に就職が出来るとあってアジア人の若者が多い。

 

移住というとどうしてもオークランドのイメージが強いが業種によってはクイーンズタウンも「有り」だ。このコースはマネージメントも現場も両方を教えてくれるので将来的にも自分の従うチームのボスが例えばバリ島で採用されることになれば部下を引っ張っていくのはよくあることだ。

 

外資系のホテルの場合はマネージャーが中心となり気心の知れたメンバーが傭兵団のように世界中を動きまわる。日本では「その」ホテルに就職するのであり一生同じホテルってイメージが強いが彼ら傭兵団はその実力で世界を回る。

 

今のクイーンズタウンは勿論観光シーズンのど真ん中であり中国の春節も重なっているので街は中国人が多い。ぼくが超個人的に二十数年の付き合いがある広東省出身の友人が経営する高級中国レストランはクイーンズタウンでは人気だが、この店の水槽に入れてある生きたクレイフィッシュ(一匹150ドル)や生きたアワビ(一個150ドル)が毎晩飛ぶように売れているとの事だった。

 

にやっとしてた(笑)、普段他人の前では見せないような笑顔だ。中国人は中国人を好きではないのが一般的だが中国という大地は大好きである。その土地が次第に世界から認知されるようになっている。

 

文化大革命の頃に子供時代を迎え持ち前の頭脳一つで大学を出て海外に飛び出してここまでやってきたが、自分の生まれ故郷には今でも思い入れがあるようだ。

 

共産党支配下の広州に生まれ大学を出てから若くしてクイーンズタウンに移住して英語を学びながら、それから5年程度で日本に移住して日本語を学び、それから7年くらいかな、またクイーンズタウンに戻ってきてその頃は四カ国を自由に使いこなし今はレストランを経営するそいつ。世の中にはすごい奴がいるものだ。

 

確かに大きな水槽を見ると生きの良いたぶん今日入荷したようなクレイフィッシュやアワビが見える。売れているんだろうね。

 

中国からの観光客が大幅に増えどこのホテルも中国人スタッフを採用して中国人向けの部屋を用意している。中国人のツアー団体は価格が安いのだが確実に部屋を埋めてくれる。日本の場合は年間を通して部屋を押さえて値段も叩くが結局催行率は30%程度と客は来ない。

 

それに比べて中国の場合は客が集まってからホテルと交渉するので100%確実に来る。来るか来ないか分からない日本人ツアーに部屋を用意してキャンセル出されるよりは中国人の方がマシだという理屈になる。

 

そして中国人ツアーの場合は着ている服は最悪のセンスだが財布の中身は分厚い。最近は聯銀カードがあるので買い物も不自由しない。彼らはツアーから離れるとツアーガイドからぼったくられる危険性がなくなり突然金回りが良くなり伊勢海老やアワビをバンバン食うのだ。

 

中国人の場合は初日の晩に食った中華は団体メニューなので安いが、これが美味しければ翌日は団体の多くが友達同士で食べに来る。これがお金をどんどん落としていくのだからお土産屋もレストランも中国シフトしていくのは当然だろう。

 

日本人は対前年で20%くらい伸びたとのことでこれはうれしいが相対的に言えば中国人の落とすお金の方が圧倒的に多いのは人々の顔を見ていてわかる。

 

しかしこの街の中心となる客層はお金持ちの米国人と欧州人である。彼らの落とす金は半端ではない。

 

欧州人はソフィテルなどの一泊4万円のホテルに大家族で泊まり毎日のんびりと日光浴を楽しみカフェで過ごし夜は少しお洒落(日本では一般的に正装という)して地元の小洒落たレストランで一人2万円くらいの食事を楽しむ。

 

米国人の場合はオークランドに来る時は豪華客船であるがクイーンズタウンに来る場合は自家用ジェットを使うこともある。気心の知れた仲間とまっすぐクイーンズタウン空港に飛んで来て「これさ、格納庫に入れておいてね、何?このジェットが入る格納庫がない?だったらオレが米国に戻るまでに一個作っておいてね」って勢いだ(苦笑)。

 

いずれにしてもこの街、伸びてます。

 

僕が今ニュージーランで描いているイメージは、クイーンズタウンにおいては日本の様々なホスピタリティ業種のプロ職人を送り込み異色の技能者集団として一つのステイタスを作り、その流れの中でQRCのような西洋的なプロとは一味違った現場でお客様を楽しませる事が出来ないかって事だ。

 

日本人が持つホスピタリティ能力の高さを一番知らないのが日本人である。ぼくはクイーンズタウンに最初に降り立ったのは1970年代の終わりである。移住したの画1980年代終わり、その頃は何も望むべくことはなかったが人々の優しさだけは北半球では有り得ないものだった。

 

大事なのはこの優しさをプロのホスピタリティに高めることだと思ったものだ。ただその当時ぼくはそういう立場にいなかった。けれど今は移住という切り口から日本の優秀な人材を送り込むという発想が出来る。

 

そうだ!今思いついた、優秀でありながら移住資金のない日本の若者に学費貸付をして2年後に卒業してから給料から貸付を返済してもらうエンジェル投資家スキームとか出来ないだろうか?日曜の昼過ぎの、セミがみんみんなくオークランドの自宅で雲ひとつない真っ青な空とランギトト島を遠くに見ながら思いついた。これ、投資家ビザと絡めて企画になるのではないか???

 

さてっと、明日から月曜日だ。この一週間が終われば次の週はまた日本。今回は大阪から入り東京に出てかなり凝縮した10日間になる予定。

 

最近よく「うちの地方では移住投資起業説明会しないのか?」と問い合わせを頂くが、8年ほど前は開催していた。ただその当時は東京以外は殆ど集まらず費用対効果が合わず結局東京説明会だけに限定していた。

 

最近では各地に会員様が広がっており個人面談の形で南は沖縄から北は東京まで受け付けている。毎月の出張で東京説明会の予定を立てて(土曜日の午後)、その前後に予定を入れている。もし皆様がひとつの組織で、その集まりで話を聞きたいというご意向であれば(説明会は2時間、費用はお一人12千円)ご進講に上がることも可能なのでいつでも声をかけてください。



tom_eastwind at 15:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)移住相談 | 諸行無常のビジネス日誌

2013年02月23日

アベノミクス 経済編

「選択」2月号記事より

 

デフレ克服に向けてアベノミクスは進軍ラッパを鳴らし人々はハメールンの笛吹きに呼び寄せられて海に向かって行進して次々と崖から落ちていく、そんな場面が頭のなかを横切るような記事だった。

 

以前も書いたがアベノミクスは企業の業績回復に転ぼうとハイパーインフレーションになろうと政府にとっては困らない政策という事で「鉄火場の胴元政府」と呼んで良いと思う。この博打、唯一生き残るのは賭場を仕切る人々のみであり鉄火場に参加した、というか知らずに参加していた人々の9割に地獄を見せることになる。

 

最近は円安を喜ぶ傾向が強いが、本当にその意味を分かっているのだろうか?と疑問に思う。いやもちろん輸出型企業にとっては喜んで良いことだ。輸出力が強くなる上に投資家の期待により株価が上昇して自由になる金が増える。

 

ところが円高で困る企業、例えば去年から石化燃料を輸入している電力会社は年間4~5兆円の支払いを余儀なくされているがこの円安で更に1兆円の為替差損を支払うはめになっている。電力会社はまだましかもしれない、何故なら電気代の値上がりを一方的に庶民に押し付ける事が出来るからだ。

 

円安で増加したコストを顧客に転嫁出来ない企業は逆に社員数を減らすか給与を下げて会社の給与総額の削減に走る。つまりここで発生するのが失業者の増加または給料が下がる中での物価上昇である。

 

では輸出型企業の得られる利益と輸入型企業の損失を比較すると、現在の日本は貿易赤字でありその赤字が約5兆円(これは大雑把な数字)なので赤字分の円安効果でマイナス1兆円くらいの損失が増える。(このあたり思いっきり端折っているのでその積りでお読み下さい、けど基礎的な考え方はif輸出利益<輸入損失then=円安(差損)です。

 

更に問題なのは、輸出型企業が利益が増えたからと言ってそれが利益増大従業員の給料増加に繋がるか?ってとこだ。これは絶対につながらない、何故ならそれは労働者の自発的効率化による利益ではないからだ。

 

例えば考えて欲しい、企業の入居するビルの清掃員が入居する企業の利益が増えたからと言って「私の給料も増やして下さい」と言えるか?って事だ。

 

企業にとっては一部の上級幹部の努力により得られた円安利益を、何故関係のない社員に分配せねばいけないかって理屈だ。この点安倍さんが企業に向かって「給料上げてくれー」なんて言ってもお互いに分かった上でのダボラでしかない。

 

つまりこの賭場で勝つのは輸出企業で働く労働者でもなく輸入企業で働く労働者でもなく、更に昼間は労働者でも夜は一般消費者になる庶民ではなく胴元に所属しているほんの一握りの支配層だけなのだ。このことだけは最初に理解しておくべき問題だ。

 

いつも言うことだがぼくはアベノミクスそのものはそれほど批判していない。これは失われた20年の日本が復活するための一つの方法である。それはかなり過激であり死人も増えるだろう、それでも座して死するを待つよりもましなのは間違いないからだ。問題はそれを国民がわかっているのかどうかだ。

 

平べったく言えば「後になってガタガタ言うなよ、これがお前らが選んだ政府がやることだ」って事だ。

 

ニュージーランドドルで外貨預金をしている人から相談があった。「今は円安で為替益が20%くらい出たのですが、満期の際には円転して利益確定をさせたいのですが」

 

ぼくはどのような運用を本人が望むかは自分の判断だと思っているが、定期預金を円転?ちょっと疑問に感じたので聞いた。「あなたはその資金を元手にFXをするのですか?」それなら有りだ。何故ならFXは短期間の為替差益を狙って運用する手法であり売り先から入ることが出来る。つまり円安傾向であれば利益を確定させて次のゲーム、つまり今のうちに円を空売りすれば良い。

 

しかし定期預金というのは利息収入で確定した利益を得る方法であるが、これは買い持ち(Buy&Hold)から入るのが前提で自分が何もしなくても金に働かせる手法なので売り先が出来ない。

 

だから定期預金をやって利益が出たらこれは予想可能な安定した利益だが、為替差益が「偶然」発生したからと言って通貨を持ち替えて為替益を得るのであればそれは賭博、つまりFX手法である。

 

だからここで僕が思ったのは、この人がこの利益で次に何を買うのかという点だ。もし手元に持っておくだけならはっきり言って失敗である。何故なら円安は物価上昇を招くから為替差益分だけ円安で輸入品価格が上昇し最終的にはそれが国内製品にも影響を及ぼして全面的な物価高になり為替益がそれで吹っ飛んでしまうからだ。

 

ではこれでFXをやるか?しかし御存知の通りFXの失敗率は高い。では円建て定期?あまりに利率が悪すぎる。ではもう一度ドル建て定期預金か?それなら最初から解約をせずにNZドル建てで持ち続けていた方が有利だとなる。

 

簡単な計算なのだが、人はどうしても目先の利益が気になり長期運用という視点が持てない場合が多い。だから証券会社は儲かるのだが。

 

「選択」の記事では地域金融を取り上げていた。今回の円安が起こす反動は誰もが制御出来るものではないってのは一般の人々は理解していないだろう。誰かがボタンを押したのだから手を離せば元に戻るだろうくらいに思っているのだろうが、インフレというやつはそうはいかない。

 

バブルは世界の中で1990年の日本に初めて発生したものではない。古くはオランダのチューリップバブルから始まり英国の南海バブルなど、常に歴史の中で発生してきてそれは誰もが制御出来ないパニック状態の中で4~5年、長いものは10年くらい経済に影響を与えた。

 

「影響」という言い方は英国式であり米国式に言えば「高速で回る扇風機に糞がぶちまけられてそいつが周囲にいる全員に糞を飛び散らしまくった」となる。

 

今回の「選択」2月号記事では地域金融を取り上げている。これはまさに1990年バブル崩壊の第二弾の様相を見せ始めている。

 

最初はまず円安から始まる。次に起こるのは輸出産業の利益増加と株価増大だ。ここまでは良い。しかし次に来るのはそれまで1%程度の利子に収まっていた国債価格の利子の上昇である。つまり実質的に国債価格の下落。

 

利子が1%上がれば約5兆円の国際の暴落が起きる。ほとんどすべてのメガバンクも赤字になるが彼らは短期債なのでまだまし、問題は長期債を抱える地方銀行である。彼らは地方債も抱えており国際のたった1%の利上げで利益は吹っ飛び2%で債務超過に陥る。

 

今のアベノミクスが要求しているのは物価上昇率2%でありこれが実現した瞬間に国債利上げが起こり地方銀行は全滅する。それが分かっていても地銀には優良な貸出先がないから国債を買って何とか黒字を保持する。

 

彼ら地銀の言い分が「みんながやっているから」である。生き残りのための自分の頭で判断した答がない。財務省の言うことを聞いて国債を買えば良いのだろう、国債を買うったってそれは預金者のお金であり赤字になればペイオフを発動すれば自分だけは逃げられる。国債が暴落して手元に置いてあった円預金が吹っ飛ぶのは一般市民なのだ。

 

つまり円安を喜んでいる年金生活者も目先の利益を確保しながらびくびくしている地銀経営者も自分がやってることが将来どうなるかなんてわかってないって意味で大した違いはないという事だ。

 

ぼくはアベノミクスが悪いとは言ってない。これこそガラガラポンである。短期間で効果の出る劇薬である。ただ問題は、その劇薬を飲まされた方はまだその意識を持っていないという事だ。これが劇薬でありバブルであり最初に逃げた者の勝ちとなることを知っておいたほうが良い。 



tom_eastwind at 18:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月22日

普通の国へ

安倍さん、やるつもりだ。

 

経済政策は円安誘導によるインフレ狙い。これは参院選に向けて景気浮揚。ところがこの風船、紐がついていないから一度空に登ったら降りてこない、高空で空気を失くして地上に墜落するまで。

 

目的は明確で見かけは円安で世の中が良くなったように見せるが実際は年金生活者の実質手当を削減する方法である。現在の円安に喜ぶ人々は、年金生活者が自分の手取りの収入が減って喜ぶような反応である。

 

ただこれは現実に人々が喜んでおり参院選までは喜び続けるだろうから参院選は自民党が勝利する。輸出型の大企業は大儲けするしその傘下のケイレツはすべて自民党に投票することになる。農協、医師会も票田だ。その結果として衆参両院で圧倒的多数を得る。その後経済が吹っ飛んだとしても政権は吹っ飛ばない。後4年間は安泰だ。

 

そこで安倍さんが本来やりたかった憲法改正作業に入る。「独立した普通の国家」を作る。それは日本軍の再編であり、その目的は中国との戦争だ。21世紀は中国が米国のお墨付きを貰ってアジアの盟主となろうとしているが日本はそれに屈せずアセアンの協力を得ながら中国と戦っていくだろう。

 

米国はいずれ海の向こうに去っていく。黒船はいなくなり貿易の中心が日本海になり領土を巡って日本が自己主張をする中では必ず暴発が起こる。その時に負けるくらいなら今から憲法改正をして普通の軍隊を作りいつでも中国と戦えるようにする。

 

てか、そうならざるを得ない、軍隊があろうとなかろうと中国は黒船が去れば日本を挑発にかかるのだから今から準備しておくのは当然だ。挑発だけならまだよい、今の中国はすでに不動産バブルが発生しており何時弾けるか分からない。そうなれば武器を持ったまま中国が大人しく一人で沈んでくれるだろうか?

 

オスプレイがうるさいとか言うけど、オスプレイがあれば中国本土までひとっ飛びである。すでに日本は実質的な空母である日向がある。後は日本が自国を守るための憲法及び法律改正をして具体的な自衛行動の際の法律整備をすれば良い。

 

自分が武装してないので相手も攻めてこないよね、武装しないよねなんて中国に向かって言ってみろ、彼らはにやっと笑って「よく教えてくれたね」と、すぐに日本本土上陸の勢いで攻めこんでくるから。

 

ぼくはこの方針について特に意見はない。国家を支える首相はそれくらいの気概がないといけない、その意味で安倍さんはよく頑張っていると思う。日本は日清日露戦争で多くの若者を死地に追い込んだが結果的に国威発揚となった。

 

時代においては常に犠牲者が要求される。その意味で安倍さんのやってることは、もし僕が彼の立場なら同じ事をやってるだろうなと思う。だって現実的な選択肢は少ないのだから。

 

どんな立派なことを言っても隣国との領土問題は世界中どこでも発生しており日中韓だけがキレイ事で通るわけなどないという世界の現実を知るべきであろう。むしろきちんとした武装が戦争抑止に役立つのは歴史が何度も証明している。

 

今までは米国の核の傘の下にいたので中国も手を出さなかった。しかし中国が大国になり米国が去っていけば残るのは真正面から向き合う日本と中国になる。

 

戦争は思わぬ時に発生する。第二次世界大戦後の朝鮮半島は米国が管理する韓国と中ロが管理する北朝鮮に分かれた。韓国ソウルに住んでいた人々は日本のくびきから逃れてやっと自由を楽しんでいた。それがある朝北朝鮮が突然攻めこんできて朝鮮戦争が始まったのだ。

 

ハワイのパールハーバーも同様である。ある朝空を見上げたら日本海軍の戦闘機が突然爆撃を始めた。国民が知るヒマもないうちに戦争は始まる。レーダー照射事件もすでに起こっている。すでに現在でさえ一触即発の状態だ。早急に「普通の国家」にならねば大変な騒ぎである。

 

敵兵が銃を向けているのに撃てない軍隊など軍隊ではない。敵が海から上陸しようとしている時に戦車を海岸に走らせる事が出来ない戦車など鉄の塊にしか過ぎない。

 

だから今の時点ではまだ友好国でも尖閣を巡ってのドンパチは十分有り得る。宋文洲がテレビで「隕石が尖閣に落ちてくれたら問題は解決するのにね」と言ったがまさにそうだ。あそこが吹っ飛べば揉め事は少なくとも当面はなくなる。

 

領土問題ではなく大陸棚や権利開発の話であれば駆け引きの問題だから共同開発も可能だ。なので現実的な選択肢であると思う。戦争を避けるためには平和平和、無装備都市なんてバカな夢を語る政治家は中朝から金もらってるんじゃねーかと思って間違いない。

 

安倍さんが目指す方向性は現実的な判断だと思う。それは結果的に現在の韓国のような徴兵制度までいくかどうかは不明だが、状況に応じてあり得るだろう。米国が海の向こうに去って行き東南アジアが誰のものなのかとなった時に日中海戦が起こる可能性はゼロではない。平和的に話し合いがつけば良いがこればかりは誰も読めない。

 

ただま、それを隣に敵国のいないニュージーランドから言っても何だかなー、「お前ずるいぞ、自分だけ隣はペンギンだけなんてのんびりした環境にいながら!」と怒られそうだが、ぼくが移住したのはもう20数年前で、中国は経済小国であった。

 

今、中国では住宅バブルがやばい事になっている。いずれどこかで連鎖的にバブルが崩壊する。そうなると中国国民が政府に向かって暴動を起こす。その時に政府はいつものようにガス抜きとして日本を叩きに来る。

 

色んな要素が偶発的に絡みながら発生していくだろうが、いずれにしても日本を普通に戦える国にしておかないとダメなのは間違いない。戦えるからこそ相手は攻めてこないのだ。



tom_eastwind at 17:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月21日

昨日観た夢、名古屋のホテル?

ぼくは毎月日本の都市巡りもやっている(ロードショー)が主な目的はお客様会員との個人面談である。東京以外の街では説明会をするほどの集まりがないために東海道・山陽新幹線を順々と移動しながら個人面談で対応している。

 

昨日も夜9時過ぎにベッドに入りすぐに眠れたのだが最初に観た夢が「正夢?」みたいな内容だった。ぼくはいつもの通りどこかの街、名古屋か大阪のホテルのような気がするがチェックイン後部屋に荷物を置いてスーツでロビーに降りていった。

 

そこで待っていたのは二人のガタイの良いビジネスマン。一応スーツを着こなしているがどことなく雰囲気やばし。でもっていきなり「おい、永住権よこさんかい、なんぼじゃ!」みたいな恫喝的セリフ。

 

あーあとか思いながら「いえいえ、そうは言っても手続きがあります、まずは無料診断を書いて頂きあなた方の希望するビザが申請可能かどうかを調べる必要がー」と言い出すと「めんどくさいことを言わんと、やり方だけ教えろ!」とすごい喧嘩腰。

 

今朝自宅を出る時に奥さんと喧嘩したのかなと思いながら、そんな事こっちは知らんと想いつつ「あのですね、そのような態度では移住しても幸せになれませんよ」というと「何じゃ貴様!こっちは急いどるんじゃ!」と胸ぐら掴まれて数発殴られた。

 

ふざけんなーって思う気持ちよりも、めんどいからこの場から早く離れようと思って隣の行列に紛れ込むと、そこは移住の個人面談ブース。あらま、このホテル、今日はすべて移住説明会ですか。

 

先ほど読了した本の中に「2012年から7年間、様々な災厄が襲ってくる」って話があった。キリスト教関連の話だ。これがまた地震であれば有り得る。火山爆発?いずれにしてもすでに地震と津波と原発被害が出ており、ここでもう一発どれか、特に原発関連で何かあればパニックが起こり成田や羽田から緊急避難ってことで多くの人が海外に脱出するだろうな。

 

ぼくは子どもの頃からSF小説が好きで、小松左京の「日本沈没」も中学生の頃に読んだ。映画では日本は救われたようになっているが小説の方は日本人が失われた民族として世界を放浪する話だった。

 

政府は大型船を仕立てて日本人を次々と送り出しオーストラリア政府などに受け入れ依頼を出すのだがあまりに大量の移民のためにどこの国も受け入れを拒否して交渉が難航する。移民を受け入れる時は移民局は相当な資料を提出させて時間をかけて審査する。当然だ、もしその人が犯罪者だった場合どうするのか?

 

外国で働く能力がないものは国の社会保障にしがみつくことになる。英語も出来ないのではどんな仕事があるのか?そのような審査ですごく時間がかかるのに、ましてや大型船で一回に1000人が移住したいと言っても手続きが進まない。

 

日本でこれ以上地震が起こらないという保証はない。ましてそれが原発の真下で起こらないという可能性もない。いざ地震が来て原発が吹っ飛ぶことがあればパニック状態で皆外国に逃げるだろう。しかしそうなってからでは皆が移民局に殺到するからビザはほぼ取れない。

 

今は中国から資産家が次々と海外に逃亡している。共産党関連や軍関連でしこたま賄賂を貯めこんでその金で子どもと妻だけを先に送り込み本人は子どもと妻が永住権が取れたら夜中にこそっと地元の家を抜けだしてそのまま車で隣の州まで逃げてそこから国際線に乗り込んで高飛びだ。

 

中国人は政権交代の度に多くの幹部が刑務所に放り込まれたり死刑判決を受けることを知っている。次はオレの番だ、そう感じているから逃げ足が早い。

 

昨日観た夢、誰もが手にコートを持ってなかったから、そういう季節なんだろうな。



tom_eastwind at 17:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月20日

国勢調査始まる

何年ぶりかで国勢調査が届いた。今回は何を笑わせてくれるか?というのも質問項目は世界からニュージーランドに移住してきた移民やこの国で生まれ育ったマオリやパケハ(白人)が対象になるのでぼくらの常識では思いつかなかったり笑わせる質問があるからだ。

 

今回最初に笑ったのは個人の収入内容を問う項目で、給与、利子、年金などがあり更に失業手当も含んでいるが、回答を書き込む欄の一番上に注意書きで「ローンは計算しないで下さい、ローンは収入ではありません」。

 

あはは、どういう教育を受ければそういう発想が出るのだろうと思うが笑わせる。

 

国勢調査なのであなたの民族は?という質問がある。ニュージーランドヨーロピアン、マオリ、サモアンなど常連に続いてChineseIndianがあるのはいかにこの2国からの移民が多いかが分かる。日本人は印刷されておらず「その他」の欄に書き込むようになる。

 

家庭で同居している人が誰かを書く欄では

”Same- sex legally registerd civil union partner” というのがある。これが「同性合法的ユニオンパートナー」と呼ばれていて労働組合の男性役員同士の、、、じゃなかった、ニュージーランドが合法化している同性愛カップルの意味になる。

 

今回の国勢調査ではニュージーランドがますますアジアの一員になりつつ、しかしやはり英連邦の一員としても英国からの移民が同様に増えている事が分かるだろう。つまり人口増が年間約5万人の移民と特殊出生率が2.02と自然増が重なって2050年までには500万人の国家になるだろう事を意味している。

 

とくにオークランドは人口増加が著しく2050年までには200万都市になると人口動態調査の結果が出ている。

 

人口が増えれば何が起こるか?当然不動産価格が上がる。もともとオークランドはつい前世紀までは100万人都市と言われてて古いガイドブックにもそう書かれているが現在すでに140万人である。

 

だからオークランドの不動産は毎年価格が上がるんですよと説明すると、とくに40代前後の人々は鼻で笑って「ふ、そんな事あるわけないでしょ、家は買ったらその日から値段が下がるんです」といかにも物知りのように言うが、まさにブラック・スワン状態ですな。

 

日本の土地が毎年下がっているのだから「土地が値上がりするわけがない」という状態を他国にも適用しようとしている。

 

ついでに言えばこの国は毎年ゆるやかに物価が上昇している。その分賃金も一年後を追いかけるように上昇している。物価は2%程度であるが生活者の感覚からすれば毎年5%程度、物の値段が上昇している気がする。当社の場合はベア表があり毎年大体8%程度賃上げするように設定している。

 

おまけに現在のような円安が続けば日本からの年金だけで生活するのは次第にきつくなっていく。これがタイやフィリピンやマレーシアならまだ年金でやっていけるだろうが更に円安が続けば地元の人々と同じようなちっちゃい家に住み和食店にも出かけられなくなる日が来るかもしれない。

 

ニュージーランドは1950年代は世界で最も幸福な国ベスト3に入っていた。当時の日本は戦争が終わったばかりでまだ焼け野原が広がっていた。ところが1970年代に入り国際化が進み南米の農業が台頭して羊毛の国際価格が劇的に下がり元宗主国の英国がEC加盟の為にNZから食料を買わなくなり打撃を受けた。

 

更に追い打ちをかけるように当時は社会主義であった為に食料品価格が公社によって固定化されて新しい品種を作る努力も忘れた社会主義者たちは結果的に1980年代に入りデフォルトを起こした。国家破産である。

 

そして1984年、この窮状に終わりを打つために労働党を率いるデイヴィッド・ロンギ首相が経済改革を導入して市場主義を導入すると共にそれまで約8万人いた国家公務員を3万人程度に削減して自由化の道を歩き出した。

 

その結果が現在のニュージーランドであり、この国も何度も興亡を経験しているのだ。ただし国の人々の良い点は常に現実を見て現実から議論を始めて、間違っていることに気づけばすぐに軌道修正する勇気があるという事だ。

 

日本がいつまで経っても自分の間違いを素直に認めず軌道修正せず結果的に船頭多くして船山に登り、そういう状態が20年以上続いている。

 

たしかに日本は大国だ。今もでかい国である。しかし確実に沈み始めており、そろそろ船体がボキッと音を立てて折れるだろう。

 

ニュージーランドは小船である。しかしそのエンジンは国民の働く意欲と納税意欲によって支えられ原動力となるエネルギーは豊かな水力発電や地熱、風力、自国で取れる石炭で自然エネルギーで供給されて南太平洋の大海を堂々と進んでいる、国民の幸せを望むアマチュア政治家によって。

 

国民にとっては国の大きさよりも自分の小さな幸福を守ってくれるかどうかが大事であるという視点に立てば、ニュージーランドのほうが今は幸せだなってセンサスを書き込みながら思った。



tom_eastwind at 07:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月19日

そうだ、起業家になろう その2

起業家ビザと言っても具体的にどのような手続きになるの?てか、具体的にどんな起業のケースがあるのかとご質問を頂いた。だもんで今日は今目の前にある具体的案件で説明してみる。貴方がもし起業に興味があるなら今日の話は具体的で面白いと思う。

 

但し一つご注意頂きたい点がある。ニュージーランドのビジネス売買は非常に速度が早い。住宅も50万ドル前後の手頃な値段なら一ヶ月かからずに売れる。これがビジネスであれば話が合えば一週間程度で決まる。

 

なのでこの案件に限らずニュージーランドではビジネス売買は即決する能力がなければ必ず中国人やキーウィに追いぬかれるので、この点は十分留意してもらいたい。

 

オークランドにある自動車修理工場。日本人経営で10年以上続いており安定して顧客も付いてるがこのビジネスモデルは集約化による合理化が出来ずつまり一人が一回に扱える修理は一台のみとなる。

 

この場合顧客が支払った修理費から人件費を差し引いた額が客単価の利益である。従って工場ではたらく人員がある程度いなければ十分な利益が確保出来ず工場設備の買い替え費用が確保出来ない。また関連の新規事業をするにも一定の費用が必要である。

 

ニュージーランドの銀行は基本的に質屋である。

「金貸せ」

「担保は?」

 

外国から来たガイジンはニュージーランドでクレジットカードを作るのも容易ではない。不動産を買う時も永住権があって最低数年は地元企業で働いてなければローンも組めない。ましてやリスクの高いアクティブビジネスの場合、まず銀行から借りる事は難しい。

 

こういう場合、企業側は資金があれば前進できる、ビザが欲しい人はこの企業が信頼出来ると判断した場合に投資をして取締役として入社して新規事業を追加で立ち上げて起業家ビザを取得する。これで3年分のビザが確保出来る(正確には9ヶ月+27ヶ月)。

 

ここに起業家ビザでニュージーランドに移住することが可能になるポイントがある。起業家ビザはビジネスモデルに必要な適正額という考え方があり、具体的にいくらとは出ていないが大体の内規がある。

 

これはビザの手続を開始して起業家ビザが発行されるまで今は約9ヶ月かかるが、逆に言えば9ヶ月間はインターリムビザが発行されるので合法的に滞在出来る。子どもの学校の費用や医療費はかかるのでその分の資金は必要だ。

 

そして約9ヶ月後に起業家ビザが発行されればその時から合法的に働くことが出来て同時に申請したパートナーにはオープンワークパーミットが発行されて子どもは国内学生扱い、つまり学校の費用や医療費が政府によって補助されることになる。

 

ここに至る時系列は例えば今日からこのビザを考え始めた場合、今東京にいると仮定して、

20132月 投資先企業の選定(と言うか市場に出てないので自分で探す必要がある)。

20133月 起業家ビザ申請手続きを弁護士事務所で開始。

201312月 起業家ビザ発行される(但しクリスマスにぶつかると1ヶ月半ほど長引く)。

20141月 実際に労働を開始する。

20143月 最初の決算

20153月 2回めの決算

20162月 合計2年滞在、決算が2回あるので永住権申請が可能となる。

 

渡航は2013年のいつでも問題はない。手続きは現地で開始して渡航を後ろにずらしても良い。

 

ポイントはニュージーランドに2年以上滞在してビジネスは3年のうち2年間の決算で黒字を確保して地元従業員(日本人でも永住権を保持していれば良い)を採用していれば(他にもいくつか条件があるが細かいので省略)基本的に永住権が発行される。

 

この時点で発行されるのは制限付き永住権、最初の2年はそれぞれ183日以上ニュージーランドに居住する必要がある。しかし2年経過した時点で無制限永住権に切り替わりそこから後は1年ニュージーランドを離れても永住権は失効しない。これが他国の永住権と大きく違う点である。

 

現在は移民局ビジネスマイグラント部門が相当に多忙で担当者さえ決まってないってのは以前も書いた通りだが滞在は出来る。時間はかかるが、今ならまだ起業家ビザの申請は出来る。

 

起業家ビザの一番怖い点は、今日は枠があっても明日になれば締め切りになる可能性が高いという事だ。そして適当なビジネス案件がなければビザ申請が出来ない。またどれが適当なビジネス案件か、この判断がかなり難しいのは事実だ。

 

ビザには起業家、投資家、技能移民とあるが、ビザは取れるうちに取る、これが基本だと理解して欲しい。



tom_eastwind at 18:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月18日

そうだ、起業家になろう。

ニュージーランドはちっちゃな国であるが起業家精神に富んでいて、若者よ大志を抱けって教育が徹底している。

 

日本ではとにかくリスクを取るな、リスクを取る奴はバカだ、みたいな空気がある。しかしこれは日本政府が醸成した空気であり子供の頃から箱詰めにされてところてんになった没個性でリスクを取らない生き方が良いと教えられる。

 

すなわち政府の言うことに黙って従って学校では自分箱詰めの訓練をして社会では下を向いて下請けやお店の店員や駅員など文句が言える相手に文句を言って弱いものを叩き、強い政府に何か言われたら「ははー、御無理御尤も!」とアタマを無条件に下げる生き方が最も正しいとされているだけであり、世界で一般的な考え方ではない。

 

リスクのない人生なんて存在しない、誰もが常にリスクと立ち向かいながら前進しているのだ。

 

ここから先は国家によって違うが、多くの国ではリスクを取って失敗しても再トライ出来る環境がある。例えばニュージーランドでも多くの若者がリスクを取って起業して8割以上の人々は1年以内に失敗するが、それでも復活は出来る。中国の場合はちょっと違うかな、トライ出来るけど失敗した場合のリスクは死刑だかんね。

 

日本では様々な規制や資金面で銀行に頼ったりで実質的に起業のハードルは高い。それは「失敗を許さない環境=挑戦をさせない環境つくり」があるからだ。その環境を作ったのは日本政府でありその理由は明確で「おれが経営するんだよ、お前ら三流大学出身のバカが経営するんじゃねーよ、黙って東大法学部卒の俺らに付いてくればいいんだよ、おれが日の丸背負った日本株式会社、民間はすべて部門の下っ端なのさ」という意思表示である。

 

表面的には日本は資本主義であり誰でも自由にビジネスが出来る環境がありながら多くの人間は組織の中で縮こまって生きておりその組織から捨てられたら一人では生きていけない環境になっている、てかそれを納得しているのが正しい日本社会での生き方である。何せ子供の頃から「空気読む」のが当然とされている、子ども自身がそう発言することの恐ろしさに気づかないのが怖い。

 

しかしニュージーランドでは「誰でも何でも出来る!」という環境があるし誰でも実際に何にでもトライする、自分の心の赴くままに好きなことをして、うまく行かなくてもまたゼロからトライする環境がある。つまり国家として「誰もがトライしなよ!」と勧めているのだ。

 

ニュージーランドに移住を考えている人は多い。しかし永住権を得るのに起業家ビザなんて、無理の無理でしょーと思っている人も多い。だから皆が技能移民を考えるのだが、実はこれが一番良くない。

 

技能移民は相手任せの部分が多すぎる。自分に点数があれば永住権を取れるって思っている人は多いしそれは間違いではないのだが、これってはっきり言えば他人任せだし労働市場任せの選択である。

 

起業家であれば地元に雇用も生まれるからNZ政府としても歓迎だが技能移民はそれほどでもない。ましてや日本でリスクを取らずに生きてきた並の人間をNZ政府が欲しいと思うか?世界にはもっと積極的にリスクを取って生きてきた人がいる、そうなれば当然就職競争で競り負ける。

 

起業家部門で申請して約3年間経営をして業績を黒字化しつつ雇用を生み出せば永住権を取得出来るのが起業家ビザである。ここには当然ながらリスクは存在する。しかしぼくが見る限りそれは取れるリスクだ。

 

今は日本でも脱サラしてコンビニの店長になるって話をよく聞きが、それだけリスクを取る覚悟があるなら最初からニュージーランドで起業をした方が良い。何故なら地政学的に考えて日本の方が圧倒的に危険度(北朝鮮、中国、大地震、原発、津波、米国の撤退、少子高齢化etcetc)が高い。

 

それよりは爆弾持った拉致北朝鮮がなくて隣国は豪州という友好国でクライストチャーチとウェリントンは地震の可能性があるが他の地域、例えばオークランドは地震帯から西に500km以上離れており、原発は今までもなくこれからも99%有り得ない、電気を自前の水力と石炭火力で賄えて食料自給率300%で豊富で美しい水を持ち人口が毎年増えて高齢者は死ぬその前の日までピンピンして当日ころりという環境の方がよほどリスクが少ない。

 

人生は金だけか?豊かな人生が金だけか?ちょっと違うよね、ニュージーランドに来ればそれが実感出来る。

 

ある老婦人が初めてニュージーランドに旅行に来た時、行きたいレストランの場所がよく分からない。そこで仕方なく近くの他のレストランに入って聞くと、わざわざネクタイをしたマネージャーが出てきてその店まで案内してくれた、それも笑顔で。彼女がニュージーランドを好きになるきっかけだった。

 

けれどこのような話は枚挙に暇がないくらいこの国ではごく普通の事である。ならばお金ではなく少し視点を変えて人生全体の幸せを考えてみてはどうだろうか?

 

そこで話は起業家ビザに戻るのだが、実はニュージーランドにはフランチャイズビジネスが沢山ある。フランチャイズはかなり確立されたビジネスでありそれなりに大変だがモデルがしっかりしているので大儲けをすることはないが大損をすることはないしある程度の利益は期待出来る。

 

だから最初から「出来上がったビジネスに乗る」ってのもありだ。だいたいこういう起業家ビジネスの場合は2千万円程度の開業資金でいける(但しこれは1ドル60円の時の話、今の円安では・・・・)。

 

職種は様々だ。コンビニ、100円ショップ、カフェ、ドーナツショップなどから始まり特殊能力があれば翻訳、通訳、IT、医療コンサルタントなどの手に職系、次には日本での経験を生かした貿易ビジネス、NZの産品(農産物やハーブ、マヌーカなど)を日本に通販・輸出販売するのもありだ。

 

ぼくが説明会後の個人面談でお客様の話を聞いていると何故だか不思議にその人の人生が見えてくる。「あ、この人ならこれ、いけるじゃんか」っていう、絵が見えてくるのだ。

 

絵が見えてくればあとはそれを現実化するだけであり、これは割合簡単だ。何より大事なのはまだ誰にも見えていない未来の絵をぼくが頭のなかで描けるかどうかがすべてだ。なんだから新宿の怪しい手相師みたいな感じだろうがぼくの頭のなかでは最初からそろばん付きのキャンバスに絵を描くのでエクセルとワードが一つのファイルになっている感じだ。

 

これはぼくがベッドに入りながら全く体を動かさずに描く絵と同様で、アタマが勝手に動き出す。正面に座ったお客様の顔を見ながら自然とアタマが勝手に回り始めてじわーっと絵になっていく。これは精神を集中させるので相当に疲れる。だから説明会と個人面談を終了した後は食い物が喉を通らない状態になる。ひたすらアルコール分解するしかない(苦笑)。

 

あの感覚はなんとも説明しようがないが、その後に実際に起業家ビザで移住されたお客様からすれば「あの時は冗談半分だと思ってましたよ、けどダメ元で付き合ってみたら本当に永住権取れたんですね」と感謝される。

 

起業家になろう!なんて事言うと「お前数日前に無責任な事は言うなってブログ書いたばかりだろーが!」と突っ込まれそうだが、ぼくは少なくとも絵描きの勘についてだけは外した事はない。何でこの人がこんな方法で永住権取れるの?と思われる事がよくあるが、出来るものは出来るとしか言いようがない。

 

ぼくが見えてるのはもしかしたら未来かもしれないと半分本気で思ってる。だって人は望めば叶う。強く望めば必ず叶う。お客様が望みぼくが強く望めば、それは必ず未来の現実となるのだから。

 

ニュージーランドに移住したいけど、出来るかな?誰もが自然と持つ疑問だ。そういう時は自分でいくら考えても仕方ない、うちは永住権取得可能かどうかは無料で診断を受け付けているのでダメ元で問い合わせを頂ければと思う。

 

起業家ビザはそれほど敷居は高くない、本人が幸せな人生を送りたいと強い気持ちを持っているなら。



tom_eastwind at 19:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月17日

EOI

「去年の7月にEOIを通過したけど、その後進捗がない、移民局に問い合わせたらまだ審査中とのこと、内情がさっぱりわからない」という問い合わせを頂いた。

 

内容が分からないのでどのようなEOIで通過したのか分からないが、

1・EOIで移民局が140点まで届いてないと判断した。その為プールに入ってて出る機会がない。

2・EOI140点を超しているが今は失業率が高い為に地元キーウィの雇用を優先しておりあえて放置する。

3・実際に移民局の技能移民部門の人員削減をしており誰もオーバーワークな為、書類が店晒しにされている。(これは起業家部門も同様だがこの部門は雇用を生むので近いうちに人員増の予定)

 

専門用語が入ってるが技能移民部門で提出した方からご理解頂けるだろう。ご存知のように永住権とは一生住める権利であり諸外国では通常なかなか発行してくれないビザである。

 

日本でも企業や生産者が短期的な労働力不足の場合に発行するのは労働ビザであり一定期間を働けば後は自分の国に帰って下さいというビザである。

 

なのでニュージーランド政府が外国人に永住権を発行するってのは白人西洋社会では「相当に優秀」と見做されているって事である。最近のニュースでは

New Zealand becoming more popular than Australiaというのがある。「ニュージーランドはオーストラリアよりも移住先として人気が出ている」というブログ記事だ。

 

・ニュージーランド人は友好的である。誰もがすぐ困った人に手を差し伸べてくれる。

・ニュージーランドはちっちゃくて良い。どこに行くのも時間がかからず15分で街の景色が変わる。

・その他生活費が安いとか食い物が旨いとかetcetc。英語が好きな人は下記原文を読めば良い。

Over recent years, the number of people migrating to Australia has been on the decline as figures show that New Zealand is becoming the favoured choice. New migrants are finding New Zealand to be a more appealing place to live and renowned blogger Colin Espiner gives a few reasons why:

 

l        New Zealanders are friendlier. Foreigners are constantly commenting on New Zealand’s friendly nature; the way we smile to strangers in the street and the way that we are very approachable and are always willing to lend a hand.

 

l        Small is beautiful. To travel to any other city around New Zealand will take you a minimum time of 1 hour. Between towns it can only take up to 15 minutes! A change of scenery is only just around the corner in NZ.

 

l        The cost of living is less. On average New Zealand’s consumer, restaurants, groceries and power prices are 16.7% cheaper than in Australia. Rental property prices in Australia are 38.26% higher than in NZ.

 

l        New Zealand’s cuisine is more appetising. New Zealand cuisine is largely driven by local ingredients and seasonal variations.New Zealand is a major producer of pasture-fed meats and is well-known for having abundant fruit and vegetables at affordable prices.

 

l        New Zealanders have a relaxed outlook on life. New Zealanders are known to be very easy going carefree people. New Zealanders like to live in the moment and be adventurous.

 

l        New Zealand’s indigenous culture. The Maori heritage is an immense asset to New Zealand. As a nation, New Zealand embraces the Maori element of its culture and in recent times there has been a resurgence of Maori language and culture. Maori culture has thrived because in many ways Maori have succeeded in uniting traditional culture with contemporary interpretation.

 

なのでお問い合わせのようにいくらEOIが通っても技能移民では地元民の仕事を奪うわけであり現在のような失業率であり世界からもっと優秀な人々がやってくればそのような人々を優先するのは政策として当然である。

 

例えば有名どころで言えばファイル交換ソフトで有名なドイツ移民のキム・ドットコムだ。彼はFBIに起訴されているが未だもってNZ国内で楽しそうに新しいファイル交換ソフトを作っている。そして彼はお屋敷を買いしこたま金を落としてくれてる。花火大会でも大金を寄付してくれた。

 

いつも書くことだが、この国にとってビザは売り物である。国民を増やして強い国にしていきたいが同時に金も欲しい、だから金を落としてくれて雇用を生んでくれる人々に優先的に「販売」するのだ。一般的な日本人には「政府がビザを売る」という感覚が理解しづらいかもしれないが、それは「ピザーラがピザを売る」のと同様の営業行為なのだ、ただそれが国益なのか企業の利益なのかの違いである。

 

頂いた内容で気になるのは「現地のジョブオファーがないけど仕事内容では確実に永住権が習得出来る」とは、もしかしてIT分野とか長期不足職種リストで更に英語力が相当にある技術職かなと推測するが、ぼくはビザコンサルタントではなく移住コンサルタントであり総合的に移住を成功させるのが仕事なのでビザだけを切り出して回答するには弁護士のアドバイスが必要だ。

 

そこでもしビザを早く取得したいのであればやはり地元のビザコンサルタント又は弁護士にファイルを渡して見てもらいその上で彼らの専門的助言をもらいながら彼ら経由で移民局に催促をすることだろう。

 

じゃあ催促すれば早くなるのか?僕の経験では早くなる。しかしそれは正しいボタンを正しく押した場合のみだ。

まず催促に効果があるかというとぼくの今までの経験ではまずコンサルタント又は弁護士の能力に相当に影響されるし更にそのEOI次第と言った部分が多い。ぼくらは様々な弁護士事務所とさらにその事務所でも多くの弁護士と直接毎日やり取りをしているので誰が何に強いかってのはすぐ分かる。

 

そしてオークランドは狭いからどの弁護士やコンサルタントがどういう事をやっているかはお互いに分かっている。だからどの事務所からどのような問い合わせがいけばどのような結果になるかも大体想像出来る。弁護士という肩書きだけでどこに頼んでも同じなどと思ってはいけない。これが正しいボタンを正しく押すという意味だ。

 

催促であるが、これは法律的に保証されており何故この申請が通らないのかを聞くことは出来るし移民局は催促に対してきちんと文書で回答しなければいけないし更に却下された場合も弁護士にアピールされれば文書でその決定に至った経緯を提出する必要がある。これ、結構生々しい手書きの分厚い書類が出てくる。

 

却下に至った経緯を見れば移民局が何を問題としていたのかはすぐ分かる。なのですぐに弁護士と対策を作り文書で反撃に出る。

 

ここで面白いのが移民局の担当者だ。ほんとに担当者によって全く戦術が変わる。最初から却下しようと確信犯的に来る担当者もいれば「私だって通したいわよ、だからそっちで上手いこと理屈を考えてよ」と流し目をくれる担当者もいる。

 

このあたりはっきり言えば情報戦である。探り針を入れながらどこを押したら何が動くかを見ぬいて作戦を練るしかない。

 

そしてそれは日本にいる限り現地の事情は分からないから日本でやきもきする事になる。そのお気持ちは良く分かる。たぶん感覚的に日本の政府に書類を出したのに返事がない、どういう事だって気持ちだろう。

 

しかしニュージーランドにおいてビザとは金儲けの手段であり国家を強くするための手段なのだ。また移民局にとっては弁護士や税理士の仕事を作るのも大事な仕事なのだ。このあたり日本在住の感覚で言うならば「就職活動をしている、履歴書を出したけどまだ返事が来ない」くらいの感覚で構える方が良いと思う。



tom_eastwind at 18:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月16日

無責任な事は言えないという逃げ

ある記事を読んでてたまたま見つけた言葉だが、これは正鵠を射ている。今の日本、殆どの人がこれではないだろうか?

 

誰もが毎日判断を必要とされる生活をしている。その判断は朝ごはん何食べるか?から始まって仕事の判断、自宅に帰ったら子どもの学校どうしようか、塾はどこがいいか、夜遅くなれば今度は考え事でオレの仕事ってあと何年続くのかなとか奥さんと最近うまくいってないけど、あいつは何故おれの事をわかってくれないのかなとか。

 

そして彼は会社に戻り部下から相談を受ける。けど答が出ない。「だって無責任な事は言えないもんね」という逃げだ。その立場にある人間がその判断を出来ないのは無責任な事は言えないではなく無責任な人生を送ってきたからだという事に気付こうとしない。

 

人は行きている限り学ぶ機会がある。しかしその機会を利用せず、その時間を他のどーしよーもない事に無駄遣いしている。

 

ぼくが日本で生活してた頃に一番意味不明だったのは、サラリーマンが12時になると仲間と御飯を食べながら愚痴をこぼし12時30分になるとコーヒーを飲みながらえろスポーツ新聞をにやにやして読み午後1時になると会社に戻って真面目な顔をして仕事をしているふりをする姿だった。

 

ぼくは当時英語の必要性を感じていたので仕事が終わってから個人的に英語を教えてもらってた。だから今もいくらか英語が出来る。当時英語を勉強するなんて「かっこつけ」としか思われていなかった。コンピューターが世の中に広がり始めた時も真っ先に勉強した。今ではインターネットも出来る(笑)。

 

でもぼくの日本時代の同級生はもちろん英語なんて全然出来ずインターネットも殆ど使えず老人用のメガネをかけて紙に書いた文字を満足気に読んでいる、普通は新聞という。

 

当時は「おまえさー、勉強しろよ!」と言いたかったが他人の人生なので口出しは出来ない。けれど結局彼らって逃げてるんだよね、現実から。目の前にある現実ってのはそんな簡単なものじゃないし逃げることなんか出来ないって分かるはずなのに逃げようとしている。

 

いやいや、にげきれませんよ、逃げてばかりいると最後に大きなツケが回ってきて嫁さんに逃げられるとか子どもに無視されるとか挙げ句の果てには濡れ落ち葉扱いですよ、そんな人生でいいんですか?って感じだ。

 

無責任な事は言えないってのは、それまで無責任な人生を歩んできた証拠である。それまでの人生で学ぶ機会はいくらでもあったはずなのにそこで手抜きをして学ばなかった、だから責任ある立場に着いても責任を持って発言する能力を持たない、だから「無責任な事は言えない」と言って逃げてるのだ。

 

しかしその人達にとっても幸運な事に、今はまだ生きている。ならば今からでも遅くはない。学べば良い。いつまでもずるずると逃げるのではなく、学ぶ。勉強とは学校でするものではなく生きている限り続けるものだ。時代が変化すれば学ぶものも変わる、だから常に、生きてい限り学び続けることが出来るのだ。

 

学ぶことを放棄して言い訳ばかり続けてみろ、人生の最期にすごーく寂しい思いをするぞ。それこと取り返しの出来ない、人生の最後、後になって感じる悔しい思いだ。それを後悔という。



tom_eastwind at 12:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月15日

天動説の日本人が北朝鮮や尖閣問題を語るとこうなる。

北朝鮮と東アジア情勢を見る中で日本人は北には「拉致日本人の返還」を求め自らには「発想の変換」を求めることが必要である。

 

「あなたー、また北朝鮮が爆弾試験したんですって〜」

「そっかー、怖いねー、さ、もう一杯飲もうか?」

 

殆どの日本人にとって北朝鮮核実験ニュースは上記のように他人ごとであろう。ましてやマスコミも「卑怯だ!」とか「国際ルールを守れ!」とかキレイ事ばかりで誰も自分の事と考えている人は少ないだろう。

 

しかし外交とはもっと現実的でもっと複雑だ。日頃外交を世界の視点から見る訓練をしておかないと目の前で起こっているのが何かわからないのも当然である。

 

ぼくが上記に書いた発想の変換とは東アジアと地球全体の動きを日本国内の視点から見ていては次に起こるであろう事象、つまり未来は見えないということだ。

 

ぼくが以前未来が見えると書いた事があるが、この意味は「歴史は繰り返す」と「突発的事象」の二つを理解して現状起こっていることを過去の歴史のどの期間と一致するかを見つけ出せば大体将来の動きは過去と同様の動きを繰り返すという事だ。

 

未来が見える事の詳細はまたいずれ書くとして、今回の事象も含めて日本人は日本の周りを世界が動いていると思ってる。だから日本人は日本の義理人情や道徳観念で「おかしい」とか「気持ち悪い」とか「卑怯だ」とか国際社会で通用しない無意味な表現を使って自分の気持ちを語る、外国人も同じ気持を持ってるだろうし持つべきだと日本の周りを世界が回ってると考えるような天動説なのだ。

 

しかしそんな理屈は世界では全く通用しない、大事なのは日本が世界の周りを回っている地動説を理解すべきだという事だ。

 

21世紀の世界の一番大きな動きはパックスアメリカーナという一極から欧米亜三極に変わり始めている点だ。これは20世紀初頭の英国(パックス・ブリタニカ)の没落とアメリカ(パックス・アメリカーナ)の台頭が起こったのと同様に、21世紀は米・欧・アジアの三極体制になる。

 

アジアは中国を中心とした極となる。米国はグアムと日本の間の第二境界線まで引く。米軍は中東から軍隊を引き上げNATOを縮小する。欧州は独仏を中心としたゆるやかな連帯国家に変わっていく。欧州の通貨危機で目先の為替や南欧国債の暴落などを気にしている人々はその更に大きな動き、つまりこの通貨危機を利用して南欧あたりの外交権などを欧州政府に移管させようとしている動きを見ていない。これはユーロ参加国家の一体化である。

 

それは21世紀を三極の時代にするという地球的方向性と目先の米国の財政赤字による軍備削減が同時進行しており、更にオバマは二期目に入って次はないから彼の持論である核廃絶を進めたい。

 

つまり日本の領土の狭い土地から空を見るのではなく自分の視点を日本から宇宙に向けて飛ばして成層圏あたりを回っている衛星になった積りで冷静に「世界がどうなっているか」を分析する。その際に「日本だけは神の国だ」という私情は捨てること、でなければ判断を間違う。

 

北朝鮮は中国の属国であるうちは良いが中国の意思を無視して独自に核爆弾を製造して米国を狙うような事になれば米国国防の問題に直結する。米国はアジアからグアムの第二国境まで撤退するから北朝鮮の宗主国である中国と直接戦争をするつもりは全くないので中国に対して「キチガイ北朝鮮を押さえてくれ」と訴えた。

 

中国は朝鮮戦争時代を通じて自国の属国であり従順であった北朝鮮に飴を渡して「あなたの土地の中で何をやっても良い、良きに計らえ」という朝貢政治を行なってきた。

 

しかし金正恩が出てきてから彼は危険な賭けに出た、自分のオヤジが米国に対して行ったように。子どもはオヤジが成功したのを真似をして「おれも一発」と脅し外交を狙っているが、環境が変わったことをどこまで理解しているのか?

 

米国の依頼で北朝鮮を抑えようとした中国は何度も諌めたが金正恩はそれを聞かずに実行した。

 

米国はアジアから撤退して北東アジアの安定を中国に要求した。それは同時に中国が三極の中心になることを認めた。ところがその中国が北朝鮮を抑えきれてない。だもんで米国は尖閣諸島を持ち出してきた。

 

去年前半まで米国は尖閣諸島に対する姿勢を明確にしなかった。戦争になった時に日本側と一緒に戦ってくれるのか?それが去年の終わり頃から急に姿勢を変えて「米国は日本を支援する」姿勢を打ち出してきた。そして更に日米共同で離島奪還訓練までやった。

 

これは中国に対する恫喝である。もし中国が北朝鮮を抑えきれないなら米国は尖閣諸島で中国を追い返すよって事だ。これは逆をかえせばもし中国が北朝鮮を押さえ込めば米国は尖閣諸島を手放すので、あとは中国と日本で好きにやって下さいって事だ。

 

勇ましい日本人はあちこちのブログで「中国追い返せ!」とか「日本固有の領土だ!」とか言ってるが、その背景には米軍が助けてくれるって思いがあるのだろう。けど米軍が正式に「知らん、日中で勝手にやってくれ」と宣言されたら、それでも勇ましい連中は「戦争してでも島を守れ!」と言うだけの度胸があるのか?

 

米軍のいない南の小島に自衛隊を出動させて中国解放軍とどん八やるだけの度胸があるのか?自衛隊がイラクに行っても法律で仲間を助けるための銃も撃てないし自衛隊に死者が出れば「人命が!てったーい!」とギャースカ騒ぐ連中がいるような国で本気で戦争出来るのか?

 

領土争いは殺し合いなのだ。英国でも南の小島を守るために軍隊を派遣してフォークランド戦争を行い多くの死者を出したがさすがに政治一流の国家と国民である、見事に死者を軍隊墓地に葬り彼らの栄誉を讃えた。

 

尖閣諸島で戦闘が起こり日本国自衛隊の死者が出たら靖国神社に首相自ら英霊を讃えるだけの勇気があるのか?その死者はあなたの子どもかもしれないし子どもの時からの知り合いかもしれない。それでも貴方は匿名で「尖閣はー!」と言えるのか?

 

ぼくが想定する最悪のケースはかなり現実性が高いと思うが、中国はそろそろ本気で北朝鮮に解放軍を送り込むのではないか。最初は国境の治安維持という名目で川の北朝鮮側から解放軍を送り込み、一気に平壌まで北朝鮮軍を蹴散らして進む。そして金正恩を逮捕して代わりに中国が身柄を確保している金正男を政権のトップに据える。

 

そして米国に対して「北朝鮮は押さえた」と発表して中国の完全な支配となった後は攻め込んだ解放軍が支配してすべての権益に自分の息のかかった会社を作り利益を吸い取る。ご存知の通り中国の軍隊は歴史的に軍閥が自前で兵士を養っている傭兵で軍区の中にある権益は軍が作った会社が合法的に利益を得てそれで傭兵を食わせている。

 

中国中央が軍に対して決定的な強みを持てないのは中国の軍閥制度にあり、今回のように北朝鮮の土地をもらえるのであれば軍からすればありがたい権益拡大だ。さらに中国中央からすれば軍に利権を渡すわけで軍が中央に対して友好的になるのは当然の理屈だ。

 

つまり北朝鮮侵攻は中国中央が米国に対して「おれ、アジアの盟主になれるよね?」と言えて、軍は権益を確保出来るという、両方にとっての利益なのだ。これで米国も安心して北朝鮮を中国に任せて自分たちはグアムに撤退出来る。

 

これは副次的な問題を生み出す。それは万が一金正恩がパキスタンあたりに逃亡して亡命政府を宣言した場合、北朝鮮は内戦が発生して多くの難民が小型船で日本海を渡って日本にやってくる。日本政府は難民を受け入れることが出来るか?それとも国際社会の非難を受けながらもう一度海に追い出すか?

 

さらに問題なのは総連が動き出して対中国ゲリラ戦争の本拠として事務所を利用して北朝鮮にゲリラを送り込むようになれば総連事務所が中国により攻撃される可能性があるという事だ。つまり日本国内で中朝戦争が勃発するのだ、それがゲリラ戦であっても当然一般市民が巻き込まれる事になる。

 

そして米国に捨てられた日本は尖閣諸島に上陸しようとする中国海軍と自分の力だけで戦うしかない、今の好戦派連中が煽れば。日露戦争の時も一般民衆が現場の軍隊が大ロシアを相手にぎりぎり必死の戦いの苦労も知らず旗を振って「もっとやれー!」と言ってたのだ。ふざけるな、後一歩で日本海に叩き込まれるほど苦戦していたのは日本陸軍なのに自分事と思ってない連中は後ろでわーわー言うだけだった。

 

当時のメディアが戦争を煽って軍部に対して「何でもって攻めこまないのだ!」と聞くと軍幹部はこう答えた「わしは大砲の数で話しておるんじゃ!」と切り返したという。まさに軍隊の方が現場をよほどよく分かっていたのだ。

 

しかし「あらま、こわいわ、じゃあもう一杯」と他人ごとの大衆は言いたい放題で更にメディアがわをかけて戦争を煽る。その結果は自分たちが背負う事になるということさえ気づかず、新聞は売れれば良いだけ、テレビは視聴率が取れれば良いだけで煽り記事を描く。

 

つまり北朝鮮問題が暴力で解決すれば中国は領土拡大の為に尖閣諸島を占領するだろうしその時に日本はどうするのかという事だ。

 

とにかく今の日本は原発放射能、大地震、黄砂の公害、多くの自然災害を抱えつつ尖閣問題、世界の三極化、実に多くの危険な要素を持っているのだ、その上に米軍が撤退してすべて自前で国を守らねばならない時に、無責任にわーわー言ってるだけで良いのかって事だ。

 

今回行われた核実験は中国のメンツを見事に潰した。このような状態では中国は何でもする。中国人のメンツに対する考え方は天動説の日本人には理解し難い。日本人は早いとこ地動説を理解して世界で通用する常識を持つことである。



tom_eastwind at 17:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月14日

動物農場

 

りょうまくんが学校から帰って来て授業の様子を聴いてたら突然「おとうさん、AnimalFarmって知ってる?今クラスで勉強しているんだ」と、笑って聞く。

 

ほお、さすが元社会主義国家だ、教えるモノが大したもんだと思いながら「ジョージ・オーウェルだね、良い本を勉強しているね、てことは1984も一緒に勉強しているんじゃないか?」と答えるとりょうまくんかなりビックリしながら「え?何で知ってるの?」

 

奥さんはまたいつもの事が起こったねとびっくりもせずにぼくの言葉を聞いていたが、りょうまくんからすれば東洋の島国の人間がジョージ・オーウェルどころかオルダス・ハクスリーまで速攻で返されるのがかなり驚きだったようだ。

 

りょうまくんはいつも使う言葉「バナナ」であるがそれなりに父親と母親の出自であるアジアにも関心を持っている。けれどそれらアジア諸国の政治体制を知っているわけではない。

 

「お父さん、お父さんは世の中の何を知らないの?」と聞かれるとぼくがいつも答えるのは「奥さんの気持ち」。奥さんはそれを聴きながら納得したように頷く。

 

はは、どうしようもない旦那です、今日だってバレンタインデイなのに花の一本も買って帰らず、学校から帰ってきた龍馬くんが赤いバラの花を手に持って「ねえ、お父さん、お母さんどこ?」と聞いて初めてバレンタインデーだったのを思い出す始末。

 

それにしても日本では動物農場を教科に取り入れている学校はあるのだろうか?うーん、教師が個人的に教えているのはあるかもしれないが、国家として教えるにはやばいテーマである。

 

共産主義や独裁国家を描いたこのお話は、もしアタマの良い子であれば「あれ?これって日本の話?」と気づくであろうから、ヤバ過ぎるって話になる。

 

ニュージーランドの良い点は、悪いものは悪いと素直に反省してすぐに新しい制度を取り入れることだ。基本的にアタマの硬い人々であり、国家の問題点としては大学を出たAクラスの人間は皆海外に出て、残ったBクラスの連中が保守的な企業運営をして、経営者になる能力のないCクラスの人間が100年も前に作られた法律を何も考えずに守り通して自己矛盾さえ理解出来ない状態である。

 

けれど時々Aクラスが故郷に戻って来て政治を運営すると一気にぐーっと伸びて、法律を作り変えることになる。そしてCクラスは新しい法律を100年前から遵法してたような顔をして法律の順守に努めるって事になる。

 

まあどこの国でもCクラスってのはそういうもので、自分の脳みそがないから自分で考えようとしない。動物農場はいつの時代でもどこでも存在する、働いている本人は何の矛盾も感じないまま。

けれどニュージーランドの良い点は、政治は腐る、長ければ長いほどたくさん腐るという原理を理解して
いることだ。そこで常に一定期間ごとに世の中をガラガラポンするアマチュア政治家が出てきて世直しを
しては彼らはまた自分の元の職場に戻る、それを受け入れる社会がある。

1984年のデイヴィッド・ロンギの世直しがそうであり最近ではジョン・キーがその位置にあると言える。
動物農場は英国出身の作家が書いた本だが時代を越えて読み継がれる名書である。世の中がどう
あるべきかという普遍的な答は存在しない、それは時代によって変化する、けれど、「どうあるべきでは
ないか」という答は時代を越えて普遍的に存在する。

幸運な事にニュージーランドは何時の時代も西洋諸国の最後を歩いているが、おかげで先進諸国の
こけた政策を見ながら「うちは気をつけよう」と対応する事が出来る。リーマン・ショック時の被害が最も
少なかったのはまさにこれが理由だ。

北半球ではCDS商品がバンバン売られて誰もがジェット機に乗って空に飛び上がった。その頃NZは
田舎のゴトゴトバスに揺られて頭の上を飛んでいくジェット機をぼけーっと見ていた。商業銀行は
金を貸さず投資銀行は存在せずガタガタと田舎道をのんびり走っていたら、ある日ジェット機が墜落した、
それがリーマン・ショックだ。

ジェット機に乗り遅れてオンボロバスでのんびり走ってる、それがニュージーランドだ。















 

 



tom_eastwind at 16:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月13日

ビザ審査期間延期の方向性大

昨日オークランドに戻って弁護士とミーティングしている最中に言われた。「去年後半から移民局のケースオフィサーは完全にオーバーワークで一人が山ほどのファイルを渡されて全然処理が進まない」どころか、彼が別件で申請している起業家ビザ部門でも3ヶ月以上担当者(ケースオフィサー)が決まらず放置されている状態との事。

 

そう言えば去年末、うちが出していたケースはかなり普段より時間がかかって尚且つ審査の内容が「何でそんな事きくの?別件と間違えてない?」と言い返したくなるほどだった。結果的に殆どのケースで年内にビザが発給され社員の永住権も続けて所得出来たのだが、移民局の最近の多忙ぶりによる業務の停滞と糸の切れたタコ状態には困ったものである。

 

僕らと弁護士だけで話が済むなら問題ないが、そこにお役人が入って審査をするのだから時間が読めなくなる。今までなら弁護士との打ち合わせから契約、書類準備を始めて移民局に申請書類を入れるまでが3ヶ月、審査に3ヶ月というのが当社の速度で、早いケースは申請して1ヶ月で起業家ビザが発給されたケースもある。

 

ぼくらの仕事で一番気を使うのが起業家ビザのビジネスモデルだ。これが一番複雑なスキームであり3年間こちらが考えているビジネス環境が変化しないか、変化しても対応出来るか、まさに現実のビジネスを一つ一つ知らなければやっていけない部分である。

 

最初にお客様から問い合わせを頂きモデルを簡単にお伺いして弁護士と相談するのだが、どのような角度から見せるかが難しい。弁護士が納得してくれて彼らが絵を描けそうとなり何とかいけそうならその返事と弁護士からの追加質問を持ち帰りもう一度顧客と打ち合わせ。

 

この時点でぼくと弁護士は共通認識を持っておりお客様のビジネスモデルのニュージーランドでの実現可能性を検討して大体いけそうだと思ったら今度は数字に落としこみお客様と一緒に弁護士事務所に行き詳細を確認する。このような事の繰り返しになるがこの時点でお互いに了解すれば弁護士とお客様、当社とお客様がそれぞれ契約を交わして仕事の開始となる。

 

一番難しいのは実はこの時点である。ビジネスモデルの実現可能性を考えつつそれを同弁護士にプレゼンテーションするがそこには具体的な市場調査、ライバルはどこか、自分の長所は何か、短所は何か、ビジネスの将来的な危険度はどこにあるか、これら全てを網羅して具体的な数字に落としこみ、このプランによって取れるはずのビザが取れなかったり取れそうにないビザが取れたりする。

 

このあたり、さじ加減としか言いようがないが、同じ書類でも角度を変えて出す事で赤いものが青く見えたりする。味付けをするにしてもそのまま出してしまうとスパイス好きの移民局からすれば「まずくて食えん!」と突き返されるが彼ら好みのスパイスを振れば喜んで食ってくれる。

 

ここで言ってるのはありもしない書類を出すって意味ではない。すべて事実を基礎とする。しかし南半球の小島の田舎の村で生まれた子どもは東京やロンドンやニューヨークや香港の大きさが全く肌感覚で理解出来ず、なぜそのようなビジネスが北半球で成立するかが理解出来ない。

 

結果的にそのまま北半球感覚で提出しても彼らの理解を得られず「?」印が彼らの頭のなかを飛び回って意味不明の方向に話が流れてしまう、だからそうならないように彼らにも分かるように最初に砕くのだが初回のプレゼン提出だ。

 

こうやってビジネスモデルを作ったら、今度はそれに沿った各種書類を提出するようになるが、これが二番目に大事な要素だ。例えば出生証明書を出せと言われても日本には戸籍しか存在しない。

 

ところが世界でも戸籍制度を持っているのは数カ国しかなくそのまま出してもキーウィには意味不明だ。当然であろう、彼らは世界中の移民を相手にしている、日本人だけを専門にやっているのではない。

 

だから出生証明書を出せと言われれば戸籍謄本を出して「これが出生証明だ」と言い切る。しかし謄本だと余計な名前が出てきて説明が大変になりそうな時は戸籍抄本にしたりする。

 

日本には相続対策としての養子制度があって、おじいさんが自分の孫を養子にするケースがあるがこれなど相続税のない国の移民局からすれば全く意味不明な行為でありもしかして何かの犯罪?とか移民する時の枠を広げる作戦か?なんて勝手に誤解されてしまう。

 

なので移民局の担当者が誰なのかも見極めた上で担当者が理解出来そうな書類作りをするのも大事な点だ。

 

3ヶ月程度で書類が揃って弁護士がそれをすべて所定の形式に作り変えて申請をするのだがここから先は移民局の仕事である。担当者を決定して弁護士経由で申請者に連絡を取り「私がケースオフィサーです」といわれる。

 

ここから約3ヶ月の審査が今までの標準期間だった。ところがここが現在ボトルネックになっているのだ。あまりに申請が多くそこに最近の移民局全体の人員削減にぶつかったために一番儲かるはずのBMBBusiness Migrant Branch)部門で担当者が決まらずにいたずらに時間だけが流れている状態なのだ。

 

これは去年も何度か書いたがもう一つの原因として移民局のマネージャーが交代して新マネージャーはすべて手探り状態から行動を起こしており、それが地元弁護士協会から猛反発を食らっているのだが、すべてにおいて方向違いの質問が発せられ時間がかかっている。

 

日本から戻ってきてその状況を聞くと「またかよ、あーあ」って感じである。しかし現実に移民局が停滞してしまえば僕らに出来ることは常に彼らをプッシュすることだけだ。けど相手は役人だしここは中国でもフィリピンでもない(苦笑)から物事は正論で押すしかない。

 

今後、ビザ申請の際には準備で3ヶ月、審査で6ヶ月という言い方に統一しておかないとやばいなと思った昨日のミーティングでした。



tom_eastwind at 19:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月12日

生まれは違えど、、、所詮地球。

旧正月症候群に苦しむのは主婦だけでない。「旧正月の時、どういう言葉が最も傷つきますか? いくら親せきとはいえ、言ってはいけないことがあります。

 

どうか『どうしてまだ結婚しないのか』『どうしてまだ子どもがいないのか』 『どうして就職できないのか』『どうして浪人するのか』などの言葉は控えてください」。 『やめれば初めて見えるもの』の著者ヘミン僧侶が8日、ツイッターに載せた言葉だ。

旧正月ストレスに苦しむ韓国の国民:201302091214

[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

 

韓国で旧正月を祝うってのは韓国文化の中に中国文化が歴史的に組み入れられてるからであり、日本人が漢字を使うのと同じようなものか。

 

うちの奥さんはダニーデンの親戚の家に旧正月を祝うために遊びに行ってる。歴史的に見ると中国人にとっての初ニュージーランドは実はダニーデン、1850年代のゴールドラッシュまで遡る。当時は清朝末期の中国で人は生活に困窮し若者は家族を中国に残して船に乗ってダニーデンにやってきた、一攫千金を狙い。

 

ところがやってきた中国人はびっくりした。当時ダニーデンに住んでいた欧州白人は満足な家を建てる技術も知らずに掘っ立て小屋で生活をしていたのだ。薬もなく食堂もない街で中国人は金掘りではなく街作りをした。

 

木造の家を建てて人に貸し薬屋を開いて漢方薬を売り食堂を開いて料理を提供した。当時のダニーデンは人口25万人でニュージーランド第一の街であった。古い話であるが当時ニュージーランドは州議会があった。

 

当時の首都はオークランドだったが人口が増えて大きな街になった南島議会が、ワイカト平野で繰り広げられるマオリ戦争で疲弊するオークランドから首都を移管する計画を提案した。

 

首都を手放したくないオークランドと首都を奪いたい南島議会とがせめぎ合いになり最終的な妥協策として北島の一番南であるウェリントンに首都を置くことで話がまとまった。いかにも子どもっぽい妥協の産物的平和な話である。

 

その後マオリ戦争が終結してダニーデンのゴールドラッシュも終了したが中国人はそのまま残りダニーデンに彼らの街を作った。しかし1800年代終わりから1900年代初頭まで首相を務めたリチャード・セドンの時代に黄禍(Yellow Peril)と呼ばれる中国人排斥運動が起こり首相もこれを支持したことで中国からの移民は立ち消えになりダニーデンに移住した中国人はチャイニーズキーウィとして英語を話す人々になりいつの間にかダニーデンに同化して第一次世界大戦ではキーウィ兵として欧州戦線に参戦した。

 

それから80年後、今度は香港の中国返還が大きな問題になる中、1984年にそれまでの社会主義を捨てて市場原理主義を選択したオークランド南部出身の弁護士であるデイビッド・ロンギが首相となり移民政策を進めて多くの香港人が南半球の小島にやってきた。

 

彼らを迎えたのはダニーデンに住む、またはダニーデン出身のチャイニーズキーウィ、所謂バナナである。外は黄色いが中身は真っ白、彼らが経営する中国レストランは当時やってきた香港人マフィアが「みかじめ料」を取る対象となった。

 

ある日香港出身のマフィアがちっちゃな中国レストランで「おい、守ってやるからみかじめ料を払え」と中国人店主を脅かした。中国人店主は「今は金がないから店が終わる夜に来てくれ」と言って、夜のこのことやってきた香港人マフィアはその場で警察に逮捕された。香港では考えられない事だった。

 

この事件はぼくがオークランドに住み始めてから起こった事件であり地元中国社会の広東語新聞でしか報道されなかったので一般の日本人には馴染みの薄い話だと思う。

 

この事件はニュージーランドでは中国人マフィアよりも警察のほうが信頼度が高いという事を知らなかった、つまりローカルルールに馴染みのなかった香港マフィアの負けである。ちなみにこの店、今はオーナーも変わり名前を変えてるがぼくの働くオフィスのすぐ裏のハイ・ストリートという通りにある。

 

その後も香港マフィアはあの手この手で何とか地元社会に食い込もうとしたがその行動はすべて警察によって排除された。香港マフィアの一番の失敗はニュージーランドにおける警察官は信用度も抜群に高いが同時に一旦相手が悪人とわかると法規制を乗り越えて、つまり法律を無視してでも取締をする人々であることを理解していなかった事である。

 

同じ頃オーストラリアでは香港マフィアが食込みに成功して地元中国人社会だけではなく結構白人社会にも入り込んで現在はそれなりに市民権を得て活動している。両国を分けたのは、ニュージーランドは法律を破ってでも秩序を守ろうとした警察とそれを支持する国民がいた事であり、オーストラリアでは元々流人の島であり(ここから先は冗談だが)香港から昔の懐かしい仲間が来たくらいに捉えていたのではないかって事(冗談ですよ、笑)。

 

香港マフィアは遂にオークランド侵略を諦めて多くはシドニーに居を移し、残りはオークランドに最近移住した香港人と大陸中国人だけを相手に細々とビジネスを続けることになった。「おい、ニュージーランドじゃあバナナに気を付けろよ、あいつらは中国人の顔をしているがやってることはキーウィだ、手を出したらこっちが国外追放だぜ」

 

今でも一定数の香港マフィアや大陸マフィアがオークランドにもいるが、彼らは決して地元の社会に手を出さない。警察による秩序維持という名前の仕返しが怖いからだし、彼ら警察と喧嘩しても得るものはないと分かっているからだ。

 

旧正月を祝う中国人、オークランドでは毎年ドメイン公園で盛大なランタンフェスティバルが開催される。香港人と大陸中国人は全く別人種と言ってよい、そして台湾人は更に別の島に住む民族でありシンガポール中国人はナイフとフォークで飯を食うような人種だ・・・・とそれぞれが思っているが、ランタンフェスティバルの時は皆この公園で屋台の中華料理を食べランタン見物を楽しみそれぞれ思い思いの中国語でおしゃべりを楽しんでいる。

 

白人から見たらどれも同じだ、道端につばを吐かない中国人とバスの行列に並ばない中国人とカジノで毎日遊ぶ中国人と。

 

随分昔のシドニー・ポワチエ主演の映画にこんなのがあった。刑事が犯人グループを追っかけて最後は白人も黒人も炎の中で真っ黒焦げになるのだが、シドニー・ポワチエの顔はこう物語っていた。白人も黒人も焼け焦げてしまえば同じさ。映画の言いたかった事はそれだというのを聴いた事がある。

生まれは違えど所詮地球だ。同じ船に乗り合わせた人間という種が老いも若きも集まり異文化の祭りを楽しむのがランタンフェスティバルだ。今年はしょっぱなから超多忙、ぼくは参加できるかどうか、分からんな。

 



tom_eastwind at 14:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月11日

ノマド〜本当の遊牧民と話す。

今日のオークランドは夏の青空が広がり清々しい。朝11:00に弁護士事務所に出向き新規案件2件をまとめて打ち合わせ。両方共起業家ビザで同時に打ち合わせやってるのは実はこの二組のお客様が古くからの友人だからだ。

 

彼らは十数年前にモンゴルから日本にやってきてそれぞれ全く違うビジネスを手がけながら厳しい日本のビジネス環境を生き残ってきた。日本語ネイティブでもないのに大したものだと感心しながら彼らと東京で面談したのだが、その中でお客様の一言が面白かった、「ぼくらは遊牧民族ですからね」。

 

最近ノマドという言葉がネット社会で流行っているが、僕から見ればそれは単なるフリーターとしか思えない。しょせんは一人で日本国内でカフェで仕事をするってだけであり、ノマドが持つ本質的な意味を履き違えているような気がする。

 

一人でお茶飲みながら仕事するってんのがノマドであれば僕だって立派なノマドである。ただし僕が仕事をするのは日本国内に限定されずそれが香港やシンガポールや東京やオークランドのホテルのバーで、扱っているのはパソコンで飲むのはお酒でだが・・・はは。

 

てか、ぼくの眼の前にいる人こそ遊牧民であり彼らは次の目的地としてニュージーランドを視野に入れている、英語が殆ど出来ないというのに。大した度胸だと思う。

 

日本に来る時だって色んなリスクがあったと思うのに、10数年ビジネスを行いそれなりに成功させて更に次の国、それも行ったこともなく言葉も出来ない国でビジネスをやろうとしているのだから大したものだ。

 

この仕事、最初はどうしようかと考えた。受けるものか他を紹介してうちは手を引くか。というのも最初に問い合わせが来た時にぼくが真っ先に考えるのは「この仕事は成功出来るか?」である。

 

ぼくは仕事を受ける時は少なくとも成功確率100%が予測出来るケースのみにしている。これは僕が付き合う弁護士連中も同様であり、彼らも成功する自信がなければ受けない。

 

中には最初に手数料だけ取ってビザが取れるかどうかなんて知らんという対応のオフィスもあるが僕らはお客様が移住してきた後も毎日顔を付き合わせる事はないにしても同じオークランドで生活をするわけだから下手な事は出来ない。

 

だから必然的に弁護士を選ぶにしても成功率100%の人間から仕事を回していく。ぼくが弁護士を選ぶ基準は様々だが今回は香港系キーウィにお願いする事にした。何故ならお客様の母国語が中国語(標準語)であり現在は英語が殆ど出来ない状況では万が一コミュニケーションミスが起こった場合に対応が出来ないからだ。

 

同時に今回の顧客窓口は当社で働く可愛らしい中国系キーウィの女の子にお願いする。これも言語の問題である。彼女はネイティブ標準語で日本語もネイティブで英語もネイティブ、つまりマルチリンガルなのでこういう時にありがたい。まだ若いが当社では5年以上働いているベテランである。

 

実務は僕らが弁護士と打ち合わせしながら筋書きを作っていくのだが窓口に標準語を話す人間を入れておくとお客様としても万が一の際に安心出来る。見える仕事、てのかな、お客様が一番不安になるのはこちらが何をしているか分からない時だ。

 

これは何も言葉だけの問題ではない。ぼくも人に仕事をお願いする時は相手の信頼度によって進捗状況の確認を常に行うようにしている。ましてそれが初めての相手であれば慎重になる。例え日本語であっても信頼出来ない相手はいるもので、言葉だけが大事ではない。

 

しかしやはり言葉は連絡手段として大事であり、どれだけ日本語が上手になっても法律用語は全く違う世界の話だ。ぼくも少しは英語は話せるがそれだってほんの少しの法律用語やビジネス英語に限定されており、医療英語など全く分からん。

 

歯医者と言えば「でんてぃすと」としか知らん。実際にはピリオドンティストとかオーソドンテストとか恐竜のような正式名称があるそうだが、ぼくにはすべて「どんてぃすと」だ、あはは。

 

その代わり得意な分野だってある。軍事用語はわりかし分かる方だ。戦争映画を観る時は使われている用語にあまり不自由はしない、あはは、何の自慢にもならん。

 

そんなこんなで人間には向き不向きというのがある。竹に木を接ぐような事をしてもうまくいくわけがないのは当然だ。

 

だもんで今回のコンビは標準語が出来る弁護士と担当者ってー事になったのだ。話はさくさくと進みどうやらこの2件に関しては問題なし、英語を除いて。今から英語を勉強するとして起業家ビザで要求されるIELTSテストに合格するには半年程度かかるだろう。

 

これは弁護士も慣れたもので、中国系でいつも問題になるのが英語テストであるから、さらさらと計算してくれた。そう考えると日本人はまだいくらか幸せだ。一応ある程度の読み書きであれば何とかこなせる。街の広告でも英語がそのまま使われていることも多い。

 

午前中の仕事を終わらせると今日はとっととずらかる。昨日自宅に戻ってまだ荷物の整理もしていないのでちょい片づけ。

 

ぼくがオークランドにいる間は基本的に午前中のみに面談を集中させて午後は自由にしている。午後3時頃には鞄にパソコンを詰め込んで自宅に帰り風呂に入ってからまたパソコンを開いて自宅で仕事を再開して9時過ぎには寝るようにしている。

 

来月の説明会もありがたい事にほぼ満席である。日本出張は短期間であちこち跳びまわるし色んな人の話を聞く、何せ体力勝負なのでオークランドではストレッチングしっかりやって体力作りだ。

 

幸いに中学高校と合わせて6年間水泳部に所属して夏は毎日プールでどぼん、冬はサーキットトレーニングをやってたので今も体は細いが痩せてはいない水泳筋肉だ。定期的に医者に通い検診を受けて、年齢の割にはかなり健康な方である。昔からタバコは吸わないし高校卒業してからもストレッチングは20代から欠かさずに続けているので今でも手のひらが床に着く。

 

さてっとノマド、これはまさに体力勝負で遊牧するわけで、今日からユーラシア大陸を縦横無尽に走り回る遊牧民の馬から落ちないようにしながら駆けまわっていこう。



tom_eastwind at 16:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月10日

Homeward Bound

間もなくオークランド空港に着く。キーウィとして帰国手続を終わらせて駐車場に駐めてあるポンコツ車を引っ張りだして1時間も走れば大好きな我が家だ。そう言えば出張前に奥さんににこっと笑って聞かれた「ねえ、なんでそんなに私を好きなの?」聞かれても困る、好きなものは好きなのだ。

 

奥さんも子どもも大好きで、だからこそ命がけで日本ってビジネス戦場に出掛けていってあっちこっちで弾丸ぶっ放して(これは世間一般ではセミナーと呼ばれる)、相手(世間一般では政府とか財務省とか税務署とか呼ばれる)の撃った弾が耳スレスレのことろを抜けていくけど何とか生き残ろうとする気持ちでいつも無傷で戻ってこれてまた家族の顔を見られる。ボブ・リー・スワガーならどんなふうに表現するんだろうな、この気持ち。

 

家に帰って出張の荷物を広げて整理して、これはクリーニングに出すもの、これは捨てるもの、これは家族へのお土産、これは会社に持っていくものと分けてから、後は何も考えずにゆっくりと風呂にはいる。

 

風呂!これこそが一番の快適である。体を伸ばして芯から温めてくれて脳みそに詰まっている出張時のいろんなものを全部汗にして流して明日から新しい気持ちにさせてくれる。

 

出張は人々によって感じ方が違うだろう、ある人はそれが家庭から出ていける理由になるだろうしある人はそれが日常生活から逸脱した歓びになるだろうが、今のぼくにとっては正直苦痛でしかない。

 

しかし出て行くしかない。それがぼくに定められた運命だと思うしかない。この世の中には様々な人間がいてそれぞれ与えられた役割があり、それがぼくにおいては日本に行き人と話をすることなのだ。「渡良瀬橋」で生きる人間もいれば「天国の門」で何とか蜘蛛の糸を登っていこうとする人間もいる。

 

あと5年くらいこの仕事をしたら次は政治家になろうと思っている。国会議員だ。ニュージーランドの国会議員はボランティアのようなものであり、ぼくは英語は大して上手じゃないがこの国で子どもが生まれて無事に大きくなってくれた、そんなこの国にボランティアとして義務を果たしたいと思ってる。

 

もちろんぼくの子どもを国会議員にするつもりはない、これはどう言って良いか分からないが、ボブ・リー・スワガーではないが、生まれ持ってのセンスの問題だ。ぼくは多分どんな社会でも生き残れるしやれるだろうと思うが、それは守るものがあるからだ。もし守るものがなければ若いころのようにバカばっかりやってるだろう。

 

うちの子供達はこの国で生まれた田舎のお人好しでありルールのない殴り合いの国際ビジネス社会で生き残るのはかなり難しいと思ってる。りょうまくんは学校の1泊2日のハイキングでランギトト島に行って今日帰って来たが、お人好しの代表みたいな顔をしている。こいつの将来は警察か軍隊しかないな。うちの二人の子は技術系だな、殴り合いの社会では大変だと思う。

 

まして政治の世界に入って様々な利益団体を相手に公正で公平な立場で再配分をするには相当に不公正で不公平で狡猾な能力が必要とされる。その能力はボブ・リー・スワガーのようなものである意味生まれつきのものではないかと思う。

 

やることがあるだけ幸せと思おう、そうでなければあまりに理不尽である。なぜあいつらはオークランドの真夏の太陽を楽しんでいるのにぼくは真冬の東京でふーふー言いながら仕事しているんだろう?今回の出張で唯一の助かりは、お客様と同行した木曽福島のスキーとその前後にご馳走頂いた名古屋のお蕎麦だ。そば、かき揚げが美味かった。きつい中での一服の清涼剤だ。

 

嫌なことはオークランド空港に到着して荷物を受け取り車の運転を始める頃にはすっかり忘れて、楽しかった事は脳みその中で何度も反復してお蕎麦の味を繰り返して楽しんでいる。

オレってもしかして幸運?毎月日本に出張出来てホテルなんかに泊まったりして美味しい御飯食べて、振り返ってみればいい事ばかりじゃんか。

 

サイモンとガーファンクルの歌に“Homeward Bound”というのがある。“ぼくは鉄道の駅に座って次の電車が来るのを待っている、目的地に向けた切符を手に持ち”

 

「蘇るスナイパー」はボブ・リー・スワガーが60歳過ぎても未だ戦う筋書きだ。スティーブン・ハンター作品は軽くて読みやすくて楽しくてかなりすっきりさせてくれる。あまり難しく考えることが嫌なときにはとっても寛がせてくれる清涼剤だ。

 

羽田を出発して香港経由でオークランドに向かう飛行機の中では、今日は映画があまり出来が良いのがないもんでずっと本を読んでいる。本を読み夜中になったらぐっすりと眠り翌朝には「あと2時間でオークランドですよ」ってサインと共に天井の明かりが付く。

 

HomewardBound、やっとこれで約2週間の出張も終了。さあ、家に帰って家族との週末を楽しもう。



tom_eastwind at 17:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月07日

角を矯めて牛を殺す

出国税

 

ついに来たかなって感じの東洋経済の今週の記事。移住海外投資を特集しているのだが、最後の部分に今後税務署がどのように政策展開をするか予測している。

 

日本の居住者が海外に居住地を移す場合は出国税をかけるって話だが、そんなん10年くらい前から読んでたし〜って感じ。けれど一般の人々からすれば「えー!そんなのあるのー!」てな感じだろう。

 

ぼくは海外送金税を予想している。海外金融商品を購入するために送金した場合は、送金の時点で数%の税金をかける方式だ。

 

これ、実はニュージーランドでも似たような法律がありニュージーランド居住者が海外に送金して投資をする場合は一定額をNZで課税する制度がある。

 

ところが更に度を越して課税の法律が出来そうだ。これはお客様からご指摘頂いた有料メルマガからの転載だ。

 

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平成25年自民党税制改正大綱では、それにさらにアミを張った。つまり、日本国籍を持っていなくても(つまり外国人)日本人から日本国外にある財産を贈与や相続で取得した者は、すべて日本に納税義務があるとしたのである。狂気の沙汰である。諸外国はどのような思いで日本の改正税法を見ているのであろうか。これにより、外国との相続税に関して二重課税になるのは必至であり、ここまで日本の富裕層を追い詰める必要があるのだろうか。甚だ考えさせられる平成25年度税制である。

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そんなん出来んし!てか、そんなんいくらでも対策打てるぜベイビー♪

 

上に政策あれば下に対策ありってのはぼくの常套句だが、実際に自民党の案は現実的ではない。詳しくはぼくの有料ブログ、あ、やってないわ、だから個人面談で説明するが、対策はすぐに思いつくし負けない自信がある。

 

日本政府がやりたいのは本当は消費税の増加であるが、その前に水戸黄門みたいに金持ち叩きをやって返す刀で消費税増税である。今回の富裕層増税が成功したら世の中の95%は「いよ!水戸黄門!とか言うだろうが、返す刀で消費税増税が来る。ぼくの見立てでは15%までいくと思う。

 

時期は今年の参議院選挙だ。ここで自民党が絶対多数を取ればそこから4年間はどんな法律でも作れる。やりたい放題だ。財務省の連中は資産を海外に逃しておいてその後に法律を作って一般国民から税金徴収するって筋書きだ。

 

こうやってブログを書いてるぼくも日本の税務署の狙撃対象だと思うが、こちらはすでに防弾チョッキを用意している。喧嘩は、負けたと思った瞬間に負ける。勝つまで戦うと腹をくくれば負けることはない。精神論ではない、法的理論だ。日本はどうこう言っても法律的に明確であれば勝てる。

 

租税法律主義という考え方があるから武富士事件でも中央出版事件でも原告(税務署)が負けた。課税の根拠がないのに課税は出来ない。当然の理論だ。

 

今回の例で言えば、じゃあ日本に一生行く予定のないキーウィが財産贈与を受けた場合、どう強制徴収するのか?不可能である。では贈与した側に税金を払わせる事が可能だが、ではその人間が日本の国籍を捨てたら?

 

まさにタコ足理論である。日本でリスクを取って一生懸命働いてきた人間を足蹴にして金をむしり取ろうとするのは良いが、では次に誰がリスクを取って起業するのか?今の財務省の政策は東大卒の頭の良い人が作ってると思うが、それは結果として亡国論である。

 

国家がすべてを管理出来ると考えている北一輝の思想は学ぶべきものがあるが、それをそのまま現在の社会に当て嵌めるのは無理がある。時代は大きく変化したのだ。ネットが発達して情報が世界を飛び回るようになれば北一輝思想には手直しが必要なのだ。

 

それを理解せずして先輩の言うことを「ご無理ごもっとも」と聞く財務省の人々は、小さい視点ではとても賢いと思うが大きな視点ではずれている。それは第二次世界大戦で日本が完璧に大敗して300万人の国民を殺したのと同様である。

 

これは仕組みの問題である。仕組みに最初から無理があるから国が潰れる。しかし、国敗れて山河ありだ、日本の美しい自然は財務省が潰れようが政府が潰れようが、残る。そこに外国に移住した人が寄付をして学校を作り病院を建てて人々の生活を支えればよい。

 

ぼくが言ってることはアフリカなどの制御不可能な無政府主義ではない。政府が極力小さくて運営される仕組み、リバタリアンである。そして今の日本はまさにリバタリアンが必須であると思っている。

 

角を矯めて牛を殺す、その諺を是非とも財務省の人々に理解してもらいたいものだ。北一輝の時代はもう終わったのだ。



tom_eastwind at 17:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月06日

戦うって言うこと

「耳あたりの良い言葉は聞き飽きた。何を言われても信用出来ない。自らの権利と財産は自らの実力で守るしかない」

近年、所得の向上や高学歴化、ITツールによる情報通信手段の普及などで人々の発言力は多いに増した。国内の情報を海外に伝えることも容易になった。こうした変化に乗じて人々は積年の恨みを晴らすかのように暴力的な手段に出るようになっている。そこにあるのは「社会の仕組み」に対する深い不信感である。

週刊東洋経済2月09日号より

 

一見日本の若者の反乱の話のように見えるが、実はこれ中国人民の話である。翻って日本ではサビ残しても所得は減少し学歴はあっても実社会では役に立たずITツールは出会い系では活発に利用されるがそのツール使って政治や社会を語る人々は少なくさらに発言能力はますます低能下し匿名の書き込みで怒鳴りあうしか脳がない。そこにあるのは「社会の仕組み」に対する深い諦めである。

 

一体どっちが社会主義でどっちが資本主義かと言うところだ。

 

ぼくが初めて中国大陸に足を踏み込んだのは1979年の冬だったと記憶している、人民服で溢れかえる北京の天安門広場を歩き(余談だが1990年代に家族で訪れた天安門広場には銃弾の跡が残っていた)万里の長城に登り上海では自転車の大群が街を縦横無尽に走り回り、海外からの旅行客の落し物は絶対になくならずにホテルまで届けられた。

 

当時の中国では一番喜ばれるのが日本のボールペンとカレンダーだった。途中でインキが切れないペンは中国では奇跡でありフルカラーのカレンダーは裕福の象徴であった。当時の日本人からすれば無料でも欲しくないようなものが中国では貴重なおみやげだった。

 

では現金は?それを受け取ると死刑である。当時の中国では日本語通訳でさえ大卒で政府の指定する職業に就きすべてが国家によって管理されていた。当然だろう、その数年前まで文化大革命で数百万人が殺された国だ。

 

小平が復活して経済成長を目指したが、ぼくが北京に行った1979年は文革が終わってまだ3年程度であり人々はまだ文革の恐怖から抜けてなかった。

 

当時の中国ツアーは団体ビザを取得して入らねばならず国際線の北京到着と国際線の広州発の便だけしか分からず、自分がどこにいつ泊まるのかその日にならないと分からない。そりゃそうだ、当時飛行機に乗る人と言えば高級軍人か中共の政治家しかいない時代に日本人が「観光旅行」でやってきたのだ。そんなもんを日程作り出来る組織なんてない。一応中国国際旅行社があったが、あれは共産圏から来る政府使節団のお世話係でしかなかった。

 

ぼくらは空港に着くと日本語通訳に連れられてオンボロバスで北京郊外の燕京ホテルに投宿したのを覚えている。建物は立派であるが、当時は6階くらいにあった大食堂の窓から裏を除くと、泥沼のような地べたの上に直接鶏を抑えこんで首を叩ききってた。

 

上海の第一百貨店に「買い物」に行くと、なんとトイレすべてにドアがない。ヒソヒソ話をさせない為にドアを外したと言われて唖然としたものだ。更に南に下り石林に行くと、もう個別のトイレさえない。

 

文革をかろうじて生き残った寺院でさえそこにあるのは軽いスロープの上に乗っかった一本の半円形のどかん。前の人の背中が見える状態で自分の股の間を前の人の排泄物が滑り落ちてくるのが見える状態だ。(それでも印度よりはましだった、印度にはトイレという概念さえなかった)

 

それでも人々は平等に貧しかった。皆が自転車を持ち皆が仕事を持ち一応失業者はおらず、時々訪れる外国人観光客がどれだけ奇妙なことをしようと(例えばお互いにドアのないトイレで用を済ませた人が大きめのハンカチを広げて次の人のために目隠しをする)それが何故かさえ理解しようとしなかった。

 

時代は変わり一党独裁下での資本主義という仕組みを導入したら人々は次第に豊かになった。小平が沿岸部を豊かにしてそれが今では内陸部にも広がって中国が全体的に豊かになってきた。先富論である。

 

今でも中国では道端で座り込んで用を済ますし電車内で小さな女の子が床に座り込むとその場面を観た大人が「ちゃんと新聞紙を敷け」と注意をうながすくらいだ(苦笑)。

 

礼儀的にはその程度なのだが金銭的には人々に格差が出てきても上向きの平等、つまりあいつが金持ちになったならオレも金持ちになってやると社会主義体制下での上方平等を目指す拝金主義が発生した。人々は平等に豊かになる機会を得たのである。

 

中国人と日本人を比較した場合に最も違う点は、日本人は下向きの平等、つまり一部の金持ちの足を引っ張って貧乏人にする、けど中国では一部のお金持ちを見て自分もそうなろうとする上向きの平等である。

 

個人対個人の戦いでは日本人は絶対的に弱いが、団体戦になると一気に日本側が強くなる。てか、なってた。ところが最近ではIT技術の進化とすべての製品のデジタル化で中国の個人が一人で日本の団体を破る時代になった。

 

アナログですり合わせの時代では考えられないパラダイムシフト、大きな変化が発生したのである。たったひとりでも団体と同様の競争力を持つ時代になれば、判断力があり決断が早い中国人に対して判断力がなく決断も出来ず過去と同じ事を繰り返すだけの日本人が勝つわけがない。

 

巨大な組織だから生き残るのではなく変化が出来るから生き残るというのは歴史的事実であり一つの真実だ。

 

中国は1949年の共産党政府成立により歴史的な「ひでー話」になった。ぼくの奥さんのお母さんは広東省の山の中から共産党政権の暴力に耐えかねて小舟で海を渡って逃げてきた「中国難民」であった。だから香港の旅券がなく、ずっと難民ビザで香港に居住していた。

 

それでも義母は苦労しながら結婚して子供を育てて難民キャンプから六畳一間の政府住宅公社の部屋に政府の援助で何とか入れた。その部屋は台所が畳半畳もなく直ぐ横が蛇腹式ドアで区切られたトイレ兼シャワー。つまり便座の上にシャワーがあり便座に座って便座をびしょびしょにしながら体を洗うってことだ。

 

ぼくも香港に移住した当初はその部屋に住んでいたが、当時の日本人の常識からすれば有り得ない事でも難民である義母からすれば「寝るところがあってトイレがあってシャワーがあって、何って極楽!」だ。

 

香港の古いアパートには7階ごとに止まるエレベーターがある。つまり8階に住む人は7階で降りて上に一階分歩いて上がるということだ。それが香港の常識だった。4階の住人には4階分歩いて上るか7階まで行って歩いて降りるかって選択肢しかない。

 

もちろん公共住宅だから好きな部屋を希望出来ない。そんな環境でも与えられた中で出来る限りの努力をして少しでも生活を住みやすくしていた。

 

香港人=中国人の逞しさってのは、そういう世の中の最低の逆境にいる時でも現実を見据えて文句を言わずにどうすれば自分が少しでも生活を豊かに出来るか、出来れば金持ちになれるかを考えてきた。

 

香港の長者番付常連のレイ・カーセンなどは白手起家と呼ばれる無一文から成功した人である。だから香港人は変化に強い。世の中が変わればすぐに方針を変更する。

 

朝令暮改が当たり前の世界で生きている彼らからすれば、変化しない日本人がバカに見えるしだから日本人がカモになり、1990年代初頭に多くの 日系証券会社が本社の指示待ちの間に大損をこいたものだ、判断の遅さがすべてである。

 

今、香港ではなく中国大陸の人々が変化を開始している。朝令暮改を実行して労働者の自己努力を要求している。

 

ところが隣国である日本では未だもって「朝令暮改」を悪いことの例えとして使っている。まさにバカの極みである。時代は変わったのだ。自分の脳味噌で考えずに誰かが本で書いてた古いネタを金科玉条のように振り回して結局自分が潰れてしまう。

 

自殺したいならどうぞって感じだ。変化出来ない奴は死ぬしかない。中国人は汚い習慣は残っていても生き残る根性は半端ではない。日本人として綺麗な習慣を持ちながら世界で戦うってのは半端ではないが、それでも実行可能だ。変化を恐れなければ。



tom_eastwind at 17:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月05日

木曽路は全て山の中である

今日の木曽福島は見事なまでにピーカン、スキーヤー専用のスキー場でお客様と滑りまくり。朝からバンバン飛ばして腿パンパン、冬場の日本出張ではスキーブーツを持って行くのがここ数年のパターンである。昔はゴルフ道具持って出張ってビジネスマンがいたけど、それのスキー版ですね。

 

木曽御嶽山を正面に見て左側に南アルプス、右側に白山、そして乗鞍岳と続く素晴らしく雄大でありながら繊細に山々が並び白い雪が見事なまでのバランスを取っている。

 

クイーンズタウンも綺麗だけどあれは単体の山が綺麗であり、けれど日本の山は全部で一枚の画になっており、まさにこれが日本だなと感激する。

 

またスキー場からホテルに戻る途中では木曽川沿いの古い民家通りでランドセルを背負った子どもたちが下校しているのを見る。周囲は田んぼと畑ばかりだ。

 

ふと思う、このうちの殆どの子は多分生まれた村で学校に行き地元で仕事を見つけて小学生時代からの知り合いと結婚して村祭りして消防団に入りまた子どもを作り、自分が生まれた村で一生過ごすんだろうなって。

 

日本ってすごいなー、素晴らしい自然と美味しい食べ物と心豊かな人々。けれど彼らは自分たちがどれだけ恵まれた環境にいるかって実感はないだろうと思う。何故ならそれは何百年も続きこれからも続くであろう「普通の生活」だからだ。

 

今、日本の普通の生活が壊れ始めていることをだんだん普通の日本人が気づきだしている。けれど木曽の山奥に住む人たちからすればそんなもん大した事はないのだろう。

 

江戸時代の300年間、木曽の山でひのきを切り出して木曽川に流して下流の名古屋城まで運びお城を作った彼らからすれば、その後の明治時代に廃藩置県が起ころうが日清日露戦争に出征しようが第二次世界大戦で敗戦を迎えて預金封鎖やハイパーインフレーションが起ころうが自給自足の生活が可能な彼らの生活をシステマチックに脅かすものではない。

 

問題は自給自足が可能ではない地域に住んでいる人々である。第二次世界大戦中に都会の子どもは田舎に疎開した。戦後すぐは都会の人々は食料がなく、立派な身なりの奥様がタンスの中の衣服を引っ張りだして田舎に行き米などと交換した。

 

国道から細い道をホテルに向かって車が登っていく。道路は大型車の離合はまず不可能なくらいに細く、さらに雪が道路の両端を遮っている。日影にはつるつるの氷が道路を覆っておりスタッドレスタイヤでもかなり滑りながら山の上に登っていく。

 

ホテルはもともとゴルフ客向けに作られており冬場であり更に平日である今はぼくらのグループ以外は泊り客がいない。「何だか申し訳ないね、うちのグループだけの為にホテルの設備を全部使わせてもらうのはねー」と皆さん異口同音。

 

大浴場も貸切で、皆さんスキーでくたくたになった体を温泉でほっとして癒す。お風呂の後は休憩室に置かれているマッサージ機で筋肉をほぐしている。

 

木曽御嶽山の素晴らしい風景を見ながら地元の農産物を使った新鮮な夕食を頂く。胡麻和えから始まりサーモン刺身、信州そば、和牛しゃぶしゃぶ、どれも素晴らしい出来である。

 

ふー、東京だけが日本じゃないよね、東京の仕事でパンパンになったボロ脳みそが少しづつ修理されて復元されていくのを感じる。

 

それにしても、木曽路は全て山の中である。



tom_eastwind at 20:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月04日

PhD 哲学しようよ

今日は電波の届かない木曽の山中に行く。毎年恒例のお客様同伴のスキーツアーだ。昨晩遅く名古屋に入り名古屋城を正面に見るホテルに泊まり今朝一番で犬山城の見学。今年1月には沖縄で首里城を見学したのでこれで今年になって3つのお城を見たことになる。

 

ホテルは山頂にあるので電波が届かずケータイもバチバチ切れる。すごいよな、日本にもまだこんな場所があるんだと実感する。

 

ホテルはオフシーズンでおまけに平日なものだから殆ど泊り客がおらずぼくらの為だけに温泉があると申し訳ないような気になる。

 

信州の美味しい食事を頂きながらオスプレイ、原発、普天間等の話をする。100人いれば100の考え方があるだろうが、反対にしても賛成にしても同じ事実を基礎にして話をしなければ結論が出るものではない。そりゃそうだ、ぼくが「オスプレー」の話をしているのに相手の頭にあるのが「コスプレー」では話が噛み合わない。

 

特に原発は反対派と推進派の事実認識が違うからどこまでいっても議論が成立しない。推進派は現実を見て常識で考えようとするが反対派も現実を見て常識で話をしようと言う。でもかみ合わない。それはお互いの見ている現実が違うし常識が違うからだ。

 

だから必要なのはまず現実を具体的な箇条書きでお互いに書きだしてそこにずれがあれば科学者も含めて議論をして認識を一致させることが必要だ。例えば放射能は誰にどこまでどれだけ影響があるのか?を話し合う。例えばオスプレイであれば危険度がどのように算出されたのか事実を確認する。

 

ところが実態はお互いに自分の信じるものだけを信じてそれ以外の意見を聞こうとしない。最初から感覚だけで「お前は間違っている」としか言わない。これはどう見ても最初から科学的分析を無視した状況である。

 

何故こんな事が起こるか?それは例えば原発問題では福島原発が吹っ飛ぶまで日本政府の「原発は安全です、絶対に爆発しませーん」という宣伝を真に受けて自分の頭で何も考えずに六ケ所村がゴミ処理出来ず単なるゴミ捨て場にしかならないという事実を考えようともしなかった。

 

そしていざ原発が吹っ飛ぶと核爆弾が吹っ飛んだ!くらいの勢いでアタマがパニックに陥ってしまい、これまた何も自分のアタマで考えずにテレビでコメンテーターの言うことを鵜呑みにする。

 

つまり常に他人のアタマに頼り自分が思い込んだ事に賛成してくれるコメンテーターの意見を自分の意見としてそれ以外の意見を受け入れようとしない。

 

英語圏で大学の資格を取るときによく使われるのがPhDである。Phはフィロソフィー“Philosophies”の略で日本語では「哲学」となる。つまり科学の基礎に哲学があり哲学とはアタマを使って自分で考える事から始まる。

 

現実を見ながら健康的な疑問を持ち、自分の頭の中で反論を準備して自分の頭の中で議論を戦わせて自分なりに考える。そうやって自分の言葉で自分なりの結論を持つ。それが哲学だ。ところが日本人がいつもやってるのは宗教だ。何かを信じて騙されて今度は正反対に針が振れるだけで、あつものに懲りてなますを吹く状態だ。

 

科学とは哲学、哲学とは自分の頭で考えること。しかし今の日本で現実に起こっているのは「思い込み」の宗教でしかない。自分の言葉で語れないなら黙っておけである。

 

日本のような恵まれた環境の中で雑誌に書いてた他人の意見を自分の意見のように大声で叫ぶけど、いざそれが間違ってるとか誤解だと分かったら突然逃げに走り「それ、ぼくの意見じゃありません・・・」と言い訳する。

 

それってかっこよくないぞ。哲学しようよ。



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2013年02月03日

グリーンマイルな気持ち

トム・ハンクス主演の映画「グリーンマイル」を観た方は多いだろう。あの映画で黒人の大男が他人の気を吸い込み、それを綺麗な気に替えて吹き出す場面がある。

 

説明会及び個人面談が無事終了、と言いたいところだが担当した僕らはあまり無事ではなく、まさに「グリーンマイル」状態。土曜日の説明会が終了するとすぐに個人面談に移動してそれから4組続けて行うのだが、この時が一番きつい。

 

朝飯食って午前11時頃から面談や説明会の準備を始めて13時から説明会開催して15時に終了してすぐに個人面談に入りぼくは4件連続で夜7時頃まで話をするので途中はせいぜい水を飲むくらいだ。

 

そして移住を希望するお客様は突き詰めて言えば現在の状態または日本に対して何らかの不満がある。

 

面談では彼らの話と話し方を聞きつつその場で相手が何を希望してて何が可能で何が不可能かを読み取り、ぼくの頭のなかにある山ほどの引き出しの中からどれが一番よい選択肢かを考えつつ提案し相手の反応を見て提案に調整を加えてみたり削ってみたりする。

 

その過程では彼らの話に入り込み彼らが今まで感じてきたことを感じ共鳴するわけだが、これがまさにグリーンマイル状態になる。様々な話を飲み込み様々な提案を行う過程では脳みそを全開させて神経を使いつつ相手の気持に同化して対応するわけで、終わった頃にはこちらがクタクタになっている。

 

今回も二人で個人面談を分担して行ったが、全部終わって夜7時頃になると二人とも「何も食えません!!」状態になる。もう胸が一杯で脳みそがくたくたで、とにかく何か飲み少しのツマミを口の中に入れて頭のなかを空っぽ状態にして完全に抜けるまで体に吸い込んだ気が抜けるまで飲みを続けるしかない。

 

体に入った気が完全に抜けた頃はもう夜も遅くなっておりめしを食う気も完全になくして部屋に戻ってベッドに飛び込んで速攻で寝る。

 

今回は土曜の説明会と個人面談、さらに日曜の個人面談をすべて満席で終了すると、その足で新幹線に飛び込み名古屋に向かう。名古屋に着くともうクタクタだなのでまたもバタンキュー。

 

グリーンマイルな終末の2日間でした。



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2013年02月02日

床屋談義

床屋談義

 

木曜日の夜中に東京の宿に到着。金曜日の午後から面談が入ってるので朝一番で散髪に行く。この時間普通のビジネスマンは勤務中であるが床屋が結構混んでる。見ると現役を引退したけどまだまだ元気そうなオジサン達が髪の毛を切ってもらいながらまさに床屋談義をしている。

 

席が4つあって両端に60過ぎのオジサンがそれぞれ座り込んで、ぼくはあいだの席に座ってたのだが両方のオジサンとも今までの人生で言いたい放題言ってたのだろう、今朝も歯に衣着せぬ言い方でわーわーやってるのがよく聞こえてくる。

 

床屋のおじさんたちも慣れたもので、適当に「ほー!」とか「まったくそうですよねー!」とか相槌を打ちながら手際よく髪の毛を切りそろえている。

 

オジサンふたりとも胡麻塩頭の元気さなんだけど、右側のオジサンが体罰の話を始める。「俺らの時代さ、体罰なんて言葉さえなかったよな、普通にしごいてたから、今の時代何が何だかわかんねーよ」と嘆いてる。すると担当の髪結いさんは「はいはい、そうですよね、修行をなめちゃいけませんよね」

 

ところがそれから5分もすると左側のおじさんが「全く今の時代さ、叩いて教えるなんてそんなの体罰じゃねーかよ、なあおやっさん」と嘆いている。「あたしゃあんたより年下ですよ、え?今いくつかって?まだ60ちょいですよ、あはは。年寄りに見られちゃいましたね」とカラカラと笑っている。

 

どうやらぼくの左隣りのオジサンは67歳、右隣りのオジサンは70歳くらいとの事。金曜日の朝から散髪しているのだから現役は引退しているのだろうが、両方共それなりに言いたい事を言ってる。

 

しかしこれが床屋の礼儀なのか、おじさんたちが直接面と向かって「体罰に関する考え方」の討論をする様子は見られない。片方がしゃべってる間、反対側の人は黙って髪を切られてるだけ。面白いな、日本って。

 

よく言えば品があるというのか、悪く言えば空気読んでるって言うのか、お互いに言いたいことは言うが直接議論をしようとしない。まさに床屋談義である。

 

そりゃあさ、この世の中いろんな事があって、百が百すべての政策に関して同意するなんて事はあり得ないだろう。けれど国民同士がしっかりと議論して答えを出していくって姿勢があってもいいのでは?と思ったりする。

 

が、まあぜんぜん知らない同士がそんな事やったら日本ではまず「あなた、どこの会社ですか?」「で、最終のポジションは?」などとお互いの社会的地位を確認するところから入るようになるのだろう。

 

そしてお互いの社会的地位を確認し終わって年齢を確認してからどちらか低いほうが「あなたの言うとおりでございまするー」となるのだろう。

 

つまり日本人の議論は本来の意味で自分の意見を主張するのではなく、言いたい事は思いつきでどーこーいうけど意見そのものに本気で主張があるわけではなく、更にその場の空気を読んでお互いの地位確認をしたら後は地位の上の人間の言うことが「御無理御尤も」となるのだ。

 

日本人は自分たちで気づいているのだろうか、自分の意見ではなく相対的な立場でものを考えているってのを。小異を捨て大同に走るってのが悪い意味で使われる習慣なのかな。自分の頭で理論を作って考えた意見があるわけでなく、とにかく「和して同ぜず」ではなく「同じて和せず」がかっこいいと思っているけど決して直接議論をしようとしない。それが一般的日本人の根っこのところにあるのかもしれない。

 

それにしても今回の東京、空気が変わっているのが分かる。床屋談義のおじさんたちはいいよな、もう逃げ切ってるし自分の時代でやることはきちんとやってその配当として退職金を貰い年金を貰い言いたい事が言える。

けれど現役世代はそうないかない。どーんと暗いのだ。中国のスモッグのせいではなく北朝鮮のミサイルでもなく、国民全体に流れる底の重い疲弊感である。様々な理由があるのだろう、企業においては過剰なまでのコンプライアンスが無駄な書類を作る作業となり家庭においては父親は夜の10時にならないと帰ってこない。

 

商売をしている人びとにとっては異常なまでのクレームの受付と価格がどんどん下がっていく苦しみ、取引先から無理難題を押し付けられてそれが自分の下請けにそのまま押し付けて社会全体が本の一握りの支配層のみが潤いそれ以外のすべての人々に不条理を押し付けている。

 

ぼくは常にいろんな国を回り定点観測をしているが、今の日本ほどモノが安くて楽しめるのに、肝心の日本人だけが疲弊している、まるでディズニーランドの従業員が笑顔も出せないほど疲れているような感じだ。

 
生まれた時が悪いのかそれともオレが悪いのかー♪なんて歌が昔流行ったが、今と比べてどっちが良かったのか?これはもう感覚なので具体的に説明は難しいのだが、床屋で逃げ切り世代の人々が言いたい事言ってる時に現役世代はまさに苦労の連続であり「先が見えない」ではなく「先がない」という事に気づき始めた、そのような感じである。

 

今日は説明会、明日から名古屋方面で3日過ごしてから東京に戻る。その頃にはもうちょっと具体的に文章化出来ると思うのだが、とにかくこのどよーんとした空気、もしかしたらアレか?いよいよか?って気持ちがする。さてっと、午後から説明会開始。今回も満員御礼で個人面談もぎっしり満席、気合いれなくちゃ。



tom_eastwind at 16:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年02月01日

これから売れるもの

これから売れるもの

 

セコムの最新住宅警備技術、パニックルーム、ボディガード。そして戸籍とニセ口座。

 

ぼくは以前から書こうと思ってたネタがある。それは「格差社会」が小泉さんのせいだとかそんな他人ごとの遠い世界の話ではなく、格差社会が生み出す今皆さん自身の目の前にある現実だ。

 

たまたま日本に帰ってきていたスイスに住む日本人ご夫婦が埼玉で殺された事件を見た。何が理由かまだ分からない。金銭か恨みかヤクザの金の運用に失敗した見せしめか?

 

日本は世界に誇る安全な国だ、犯罪が少ないと言われてきたその理由は日本人の道徳心の高さだけでなく現実的に「一億総中流」だったからなのが大きな要因の一つである。

 

例を取れば隣の家にカローラが一台ある、うちにもカローラが一台ある。この状態では隣の家のカローラを積極的に泥棒をする必要はない。しかし隣の家にベンツが2台あってうちには車がなく今の給料ではどうも一生カローラも買えないとなれば経済格差を実力で埋めていく、つまり泥棒をするという理論が成立する。

 

経済格差があっても機会の平等と結果の平等がある程度誰にでも保証されていれば犯罪は起きにくい。何故なら機会の平等とは貧しい家庭の子どもでも無料で学校に通えて国費医療が受けられる状態でありこれなら子どもが頑張れば大学まで行けるので実力次第と言える、平等だからだ。

 

結果の平等は給与の平等ではないが医療、教育、福祉手当、老齢年金などの社会保障がきちんと整備されていれば所得の再配分が行われているので犯罪に走る理由も少ない。その結果として社会の治安は保たれる。所得の再配分とは実は社会の安定にも繋がるのだ。

 

では格差が固定化して更に広がれば何が起こるか?ぼくは1990年代の景気の良かった香港で香港人ビジネスマンがシンセンや広東省に仕事に行って次々と誘拐されて手足をバラバラにされて殺される事件を目の当たりにしてきた。

 

当時は小平の特区政策が特に沿岸部に広がりシンセンや広州は香港からやってきたビジネスオーナーが次々と安い人件費の大陸中国人を雇って工場を作り人々から搾取した。

 

大陸中国人は香港人がシンセンなどに進出して工場経営をして大儲けしているのに自分たちの給料はとても安くたまたま生まれた場所がほんのちょっと違っただけで何でこの格差だ!という事になった。

 

さあそこで起こったのが大陸中国人による実力行使での格差是正である。最初はまず美人局から始まった。香港は狭いので浮気はバレやすい。けれど国境を越えたシンセンであればばれないとあってあっという間に二号さん村が出来てその村では出生率は2.0を軽く超して婀二村と呼ばれたりした。

 

しかし女性の欲は止まらない。香港の金持ちからお情けを貰うのではなく自分で稼ごうと考えて地元ヤクザと組んで香港人相手に美人局を仕掛けたのである。これは儲かった。写真を撮られたオヤジたちは嫁に対するメンツのために金を払った。

 

これに味をしめた大陸中国人が次に始めたのはシンセンやその地域に工場を持つ香港人オーナーがいつ工場に来るかをオーナー秘書を使って(時には騙し時には金を渡し仲間にする)予定を確認して、どこの国境から入るかを確認して(当時の中国国境は乗り物によって決まっており電車なら落馬洲、ダブルナンバーの車だとどこそことあって、乗り物と時間さえあればかなり高い確率でどこの国境を使うか分かる)中国側で追跡用の車を用意して香港人オーナーを誘拐するのだ。

*ダブルナンバーとは特別のコネを使って広州と香港の両方のナンバープレートを付けた車の事、金持ちの代名詞。

 

飢えた中国人からすれば香港人の誘拐など文革で生き残ることに比べれば可愛いものだ、一回に数人しか殺さないのだから。まずオーナーの車を襲って車からひきずりだして香港にい妻か秘書に電話させる。そして翌日現金を持ってきた妻か秘書も誘拐して街を離れたところで全員殺す。

 

殺した後には彼らのトランクに死体を詰め込み四川までの約4千キロの間に数時間ごとに死体の手足を切り落として、そこが川であればアタマを流し豚小屋であればまるまると太った死体の胴体と内臓とを放り込む。手足は当時は指紋採取の方法がなかったのでそのまま道端に捨てて、これで死体処理終わり。

 

それまで大陸中国人同士は共産主義の下貧乏人も金持ちもいないという建前になっており隣も貧乏うちも貧乏だから格差を感じることもなく比較的治安の良い共産国家であった。

 

それがシンセンに行くようになると同じ中国語を話すのにとんでもない金持ちがいる。なんだこの差別は!しかし現実として格差は固定しており彼らは儲けておれたちはこき使われて格差は更に広がっていく。

 

その格差是正に国が動かないなら自分で是正するのみだ。自分は間違った場所に間違った時代に生まれたきただけだ、そうだオレは悪くない、悪いのは時代であり場所でありそこで贅沢をするれんちゅうだー!

 

彼らのような被抑圧者はいつの時代もいる。日本では彼らは最初は自分の鬱憤をハラスために秋葉原とかで最初は無差別殺人などをする。しかし少し賢い人間は金持ち殺しを始める。だってそうしなければ自分たちの追い込まれた、不幸な時代に不幸な親の下に生まれた子どもは、自分の能力がないってわけではないのに、あの家の馬鹿息子より自分の方がよほど頭が良いのに差別され続けるからだ。

 

「そういや中学校の時の同級生で金持ちがいたな、あいつらでも狙うか・・・」中卒のまま就職せざるを得ず道路工事のしごとで地べたに這いつくばってコンクリを擦り込んでいる時に目の前で大型ベンツに乗った素敵なスーツの同級生が可愛い嫁さんと子どもを連れて夕食に行くようだ・・・。おっかしくないか、この世の中は>!その晩、道路工事に慣れた連中がその豪邸の電線を切って自宅に忍び込もうとする。

 

そんな時に効果的なのがセコムなどの警備装置だ。電線が切られればすぐに警察とセコムに連絡が行く。セコムはさすがに銃で武装は出来ないが警棒程度は持てる。家そのものが大音量で花火のような光をあげるシステムであれば周囲の住民もすぐ気づく。

 

次にもっと効果的なのがパニックルームだ。ぼくはシンガポールで現物を見たことがあるが畳一畳くらいの狭い場所だが核シェルターのように長期滞在を目的としていないので家族が入り込むには十分。

 

寝室で寝ていた家族が騒音で目が覚めてまずはとにかくパニックルームに駆け込む。内側から鍵を掛ければ鋼鉄とコンクリートに固められた壁を破ることは出来ない。内側は独自の発電機を持っており外側の動きをテレビでモニターできて警察や警備会社に直接繋がる電話線も確保されてる。

 

日本のような都会ではパニックルームに10分だけでも逃げ込めれば警察や警備会社が飛んでくるので犯人は逃げるしかない。

 

パニックルームは数百万円で作れる。家族が自宅の隣り合った寝室に寝るようにしておけば何かあった時でも皆で逃げ込める。もし逃げこむのが遅れればその子は人質に獲られる。警察が急襲するとしても人質がいては手を出せない。パニックルームの中にいる親はパニックルームを出ない限り子どもを助ける事は出来ない。

 

まさに映画「パニックルーム」の再現だが、それが自分の身に降りかからないと誰が言えるだろうか?シンセンで殺された香港人ビジネスマンは「まさかオレが」と思っていた。大丈夫だろう、そう思って嫁の眼を盗んで女と遊んだ、その結果として美人局に遭い誘拐して妻や秘書まで全部殺されてバラバラにされた。

 

このような現象は世界中で常に起こっている。日本でさえ江戸時代の焼き討ちや一揆などが良い例だ。人々は一定以上のストレスを受けてそこから先の将来がないと気づいた瞬間に気が狂い被害者意識にさいなまれる。

 

そしてある若者はダガーナイフを持ちだして無差別殺人をする。そしてある若者は、犯罪を成就させて大金持ちになるために偽交差と戸籍を50万円程度で買って本物の旅券を作り本物の口座を作り忍び込んだ家の主人にネットで自分の口座に送金させる。

 

真夜中でもネットは動いている。キャッシュカードの暗証番号なんて時代遅れだ。第一引き出せる金額に限度がある。ネットで一回あたりの送金額を増やして一晩で何回かに分けて送金すれば良い。

 

そうやってネット送金された金はその場で国際送金会社に送られる。送金会社は銀行と違い、本人確認と送金目的が明確なら何も言わずに手続きをしてくれる。そうやって海外に送られた金は現地で現金で受け取ってもよい、又はバンクチェックでもいける。

 

金がすべて海外に送られるまで誘拐された家族は解放されない。その金で現地の喜平ゴールドリングを買う。それから貸し金庫を借りて現物を入れておいて必要に応じて取り出して現金化する。現金化するのは香港やシンガポールのほうがレートが良い。そこで現金に替えて同じく貸し金庫、または本人が興味あるなら高級腕時計という方法もある。

 

日本では戦後ずっと一億総中流を目指してきたが、核家族化で3世代の繋がりが失われエコノミックアニマルと呼ばれた頃は企業戦士と呼ばれて政府のための戦士と化した。

 

1990年以降日本は更に変わり戦士を守らなくなった。その結果として多くの落ちこぼれが過去の栄光を捨てて家族を捨てて薄汚い青いシートの中で燃える火を見つめながら残りの人生を生きることになった。

 

イタリアでは誘拐がビジネスとして成立している。そのために資産家の子どもたちは皆ボディガードを雇い頑丈な車で子どもを学校に送っている。日本の安全神話はもう終わりと思ったほうが良い。

 

これから売れるもの。それは自分の家族のための危機管理設備と強盗に必要な道具だ。



tom_eastwind at 19:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌