2013年04月

2013年04月28日

池井戸潤、買い。

池井戸潤の面白さ

 

「俺達バブル入社組」と「鉄の骨」を続けて読む。ぼくは速読派ではないが、その気になると500ページ程度の文庫本は一晩で読める。途中で仕事もしながらなので2冊を3晩で読了。こりゃいいぞ,初期の、まだあまり売れてない頃の堂場瞬一の鳴沢了シリーズに巡りあったような感覚だ。

 

池井戸潤という作家が出ていたのは知っていたが企業小説なのかミステリーなのかな、などと思いつつまあそのうちと思ってた。

 

今回たまたまタイトルに興味がありちらっとレビューを見てみるとわりかし良い。

 

バブル時代を学生として過ごし「アッシー君」や「貢ぐ君」と呼ばれて、一生懸命アルバイトしながらBMW3シリーズを買って彼女の大学まで迎えに行き、クリスマスイブは高級フレンチレストランの食事の最中に高級ホテルの鍵をテーブルの上に置いて彼女に差し出すとか、そんな時代を生きてきた若者たち。

 

彼らが社会に出て「よっしゃ!これで一生安泰!」と思ってたら、あっという間に日経は4万円を目の前に撃ち落とされバブルは崩壊してそこから先は作者の描くとおりまるでセーフティバーのないジェットコースターのような運命に翻弄されつつ、ジェットコースターが一回スピンする度に何人もの同期が振り落とされてしまい、仲間を救うことも出来ずに何とか自分だけは振り落とされないようにしがみつくだけが精一杯の人生。

 

「生まれた時が悪いのか、それともオレが悪いのか?」これは決してバブル後の歌ではなく、実は昭和初期の歌である。1930年代当時も「大学は出たけれど」という映画が出来るくらい不況が酷くて、大学さえ出れば確実に仕事を見つけることが出来た時代はあっという間に過ぎてしまい、先輩の背中を見ながら大学を卒業したけれど仕事はなくて毎日職探しに走る学生の姿が時代を象徴していた。

 

昭和後半の不況時代に歌われた泉谷しげるの「春のからっ風」という歌がある。“春だというのに北風に煽られ、街の声にせきたてられ”から始まり“なんでもやります、贅沢は言いません、頭を下げ詫びを入れ、すがる気持ちで仕事をもらい、今度こそまじめにやるんだ”という悲しい歌詞が続く。

 

それでも泉谷の時代はまだ良かった、世の中は確実に成長していった。

 

ところが池井戸潤の時代はバブルの中で大学を過ごし社会に出てみれば急速に世の中が縮小していく中で終身雇用制は崩壊し今日より明日のほうが仕事が厳しくなり今年より来年の方が賃金が下がりボーナス6ヶ月と言われてそれを前提に住宅ローンを組んでマンションを購入した世代はとんでもない借金を一生背負う事になり、会社に残るためには“頭を下げ詫びを入れ、すがる気持ちで仕事をもらう”しかなくなったのだ。

 

そんな状況なのに、そんな時代なのになぜ池井戸潤が売れるのか?それは彼が「どんな苦しい時でも仲間はいるものだ、一緒に戦おうよ」と主張しているからだ。どんなにひどい環境でも信じられる仲間がいれば一緒に戦える、こんな時代だからこそ同期を出しぬいて自分だけ出世しようとするんじゃなくて同期が皆で手を組んで苦しい人生に立ち向かおうよ、そう訴えているような気がする。

 

「俺達バブル入社組」はポストバブル世代にとって元気の出る本である。勿論個人個人に戦闘能力を要求されるが、それでも個人的戦闘能力さえあればまだ戦える。

 

団塊世代であるバブル世代は個人個人に能力がなくても時代という波に乗ったまま世の中を絨毯爆撃して自分たちだけはしっかりボーナス年間6ヶ月もらい定年で退職金をがっぽりもらい企業年金をもらいその後はゆうゆうって事で、その後片付けをしているのがポストバブル組であるという池井戸潤の怒りも分かる。

 

実際に企業の現場で働いているバブル後世代の、今の40代なかばのビジネスマンも、言葉は悪いが貧乏くじを引いたと言えるだろう。けど更にその後の世代、今の30代なんてのはもっと大変だ。バブルさえ知らずに育って、夜中まで勉強してやっと社会に出れば常に右肩下がりの時代である。お先真っ暗の世代でもある。

 

けどさ、それを言い出したらきりがないぜ、第二次世界大戦に巻き込まれた日本の若者に比べれば命があるだけ幸せではないか、少なくともその気になって個人的戦闘能力さえ身につければ今の時代だって何とか生き残れる。やる気さえあれば運命の神様も微笑んでくれるさ、なんてか、そんな言葉が聞こえてくるようだ。

 

その次に読んだ「鉄の骨」はまさにバブルを知らない世代の若者が都内の中堅建設会社で社会の現実と立ち向かいつつ成長する物語である。「やばいぜ会社、やばいぜ彼女」そんな軽いノリの始まりから物語は一気にシリアスな社会の現実という、まるでジェットコースターのように激しく先の読めないコースに突っ込んで、最後の停止まで一気に進んでいく。

 

池井戸潤、気に入った。まとめ買いだ。



tom_eastwind at 12:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2013年04月27日

資源大国ニュージーランド

21世紀に国家として必要なもの。様々なものがあるが、よく言われるのが水と食料とエネルギーだ。

 

ニュージーランドの水は豊富であり綺麗だ。大気汚染がなく大地がミネラルを含んだ豊かな土壌で海が綺麗だから、海から蒸発した水が透き通った大気に上昇して雲となりそれが大地に雨を降らせる。大地に染み込んだ雨水は豊かな土壌からミネラルを得ながら川となり地下水となり下流の土地を豊かにしながら海に流れ込む。

 

食料。この国は日本と同様に四方を海に囲まれており排他的経済水域は日本並に広い。なにせ西隣りの豪州までは2000km離れており東隣りの南米までは約1万キロ、南に行けば4000kmで南極にたどり着く。その広さを想像してもらい、その海域から日本と同様の魚が獲れる、そしてニュージーランドの人口はたった400万人と言う状況を考えれば魚だけでも自給率が600%という事実が理解出来るだろう。

 

他にも乳製品、果物、野菜など、どれも自給率が200%から300%の農産物が並ぶ。簡単に言えばキーウィフルーツ10個作れば国内で3個食べて残りの7個はすべて海外に輸出しているのが現状だ。

 

そして豊かな水を使って作られるエネルギーが水力発電所でありこの国全体の6割近くのエネルギーを賄っている。南島のクイーンズタウンの近くにあるマナポウリ地下発電所などは黒部ダムを想像してもらえば良いような一大発電所である。

 

他にも自前で掘れる石炭、そして地熱エネルギー(約6%)が豊富である。皮肉な話だが地熱エネルギーは1970年代に九州大学の教授がニュージーランドに輸出した技術で成り立っている。誰だ?地熱はビジネスに並んなどと嘘をついてたのは!って感じだ。

 

水、食料、エネルギーがすべて揃ったこの国では極端な話、明日から鎖国しても生活するに不自由はない。ガソリンがなければ石炭車にすれば良いし電気自動車が発明されているのでこれを利用しても良い。

 

そんなニュージーランドに今熱い視線を注いでいるのが中国だ。ニュージーランドと中国はFTAを締結しており去年から今年にかけて中国向け農産物(乳製品、食肉など)の輸出が50%近く激増した。

 

元々のパイが小さいと言えばそれまでだが、では何故日本がニュージーランドの輸出先とならないのか?それには理由がある。

 

日本の場合は輸入規制が非常に厳しい。それは政府の輸入基準だけでなく民間の事業者が、例えば魚であればすべて同じサイズで同じ品質の魚しか受け付けない。曲がったきゅうりはダメであり色違いのかぼちゃもダメなのだ。

 

おまけに支払いとなるとすぐに数ヶ月後の支払いとか平気で言い出すし、商品を出荷後も何かあればすぐ輸出側の責任にして代金を払わないなど「もういいや、そんなところと取引なんてしちゃいられないよ」って事になる。

 

中国が相手なら値段はいい値だし品質だって少々色違いのかぼちゃでも問題ない。ましてや乳製品、粉ミルクなどは値段に関係なく飛ぶように売れる。中国では自国の農産品を全く信用しておらず、ニュージーランド製品だというブランドがすでに価値を生んでいるのだ。

 

日本という国はどうしても内弁慶であり世界の常識や現状を理解しようとしない。だから日本では大企業と言うだけで誰もがアタマを下げると思い込み、それが海外の企業と取引をする時も同じような感覚でいるから、できもしない無意味な要求を平気で行なってしまう。

 

個人であれば恥ずかしくて言い出せないような事でも「会社」という看板が背中に乗っかった瞬間に人が変わったようになる。

 

キーウィからしても普段の個人としての日本人と会社の看板を背負った日本人がここまで変化してしまうのはどうしても理解不能のようである。

 

だから国民性としては決して好きではない中国人であってもビジネス面からすればよほど西洋化されている中国企業との取引は苦にならないのだ。

 

キーウィは今でも個人的に日本を好きである。しかし現実問題としてビジネス面から見れば日本はますます遠く離れた縁のない国家になり始めている。

 

20世紀はアジアといえば日本であった。1980年代にスキー場に行けばそこでスキーをしているアジア人と言えば日本人であった。

 

しかし今、ニュージーランドを訪れる観光客は中国人が約18万人、日本人は約7万人、圧倒的な差を付けられており、日本とニュージーランド間の直行便は次々と減便され機体はジャンボから777,そして767と小型化されている。

 

あるお客様が「なんだ、東京からオークランドはいつも混み合って良いですねー」と言ってたが、ありゃ混み合っているのではなくて機体を小型化して減便したから一便あたりの搭乗率が高くなっただけだ。

 

21世紀にアジアの中で日本の位置づけが不安定になる中では外交の原則である「隣国とは常に競争状態にあり遠国とは常に仲良くなる」ことも意識に置いておいた方が良い。その意味でせっかく日本に対して好印象を持っているニュージーランドをみすみす中国に渡してしまうような商習慣は少し考えなおした方が良いと思う今日このごろだ。



tom_eastwind at 12:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月26日

納豆食べますか?

こういう会話は成り立つだろうか?

「納豆食べますか?」

「いえ、九州なもので」

 

納豆を食べない理由が「九州」という事は九州人は納豆を食わない事が一般的でありそれを他の地域の人も知っている場合にのみ成立する。

 

だからお互いをよく知らない状態で会話をする際は相手が何か知っているという前提を忘れて、相手が何も知らない状態で会話をしないと、いつまで経っても会話が噛まない。とくに外国人と話をする時は顕著に現れる。

 

東京を出発する日の朝、行きつけの恵比寿の散髪屋さんで髪を切ってもらう。その時にぼくが耳の前の髪を指さして「びんは切り揃えるだけでいいです」というと床屋さん、にこっと笑って「関西ですか?」と聞かれた。何で?ぼくは九州出身ですけどと答えると床屋さんは「いえね、関東ではもみあげって言うんですよ」という返事。

 

そういやもみあげって言葉も普通にあるな、何でオレ今「びん」って使ったんだろう、無意識だと九州の話し方になるのかな。

 

説明会でよくする話に英語と米語がある。日本人は一般的に米語を話す。ところがキーウィは英語を話す。それも純粋培養されたシェークスピア英語だ。だからニュージーランドを旅行した日本人は「英語が通じなくて困ったよ」という話をよくする。

 

けどこれも、英語に標準語がない現状から言えば仕方のない事である。例えば使う単語そのものが違う。空港でレンタカーを借りてGasolineガソリンスタンドを探して人に聞くのだが、ガソリンスタンドはNZには存在しない。NZではPetrolペトロールステーションである。

 

またレンタカーでホテルに着いて「Trunkトランクの荷物を部屋まで運んで下さい」と言っても通じない。一般的には車の後部にある荷物入れは英語ではBootブーツという。

 

事このように、言葉は自分にとっては自分が標準であると思い込んでいるがその言葉を使っている人たち全員集合してみると実にその違いに驚くだろう。

 

ただ現状では「アメリカ式英語=米語」と「イギリス式英語=英語」が並立しており、どっちも自分が本家と主張しているので面倒くさい。それでもシングイッッシュに比べればずっとましだ、あれは英語を母体として全く違う方向に発展した一つの独立した言語である。問題はタクシーを運転するシンガポール人が「おれイングリッシュ喋ってる、わからないお前はイングリッシュが出来ないのだ!」と本気で思っているところだ。あの確信はどこから来るのだろうか(笑)。

 

うちの会社は日本全国から集まっており全国の方言を聞くことが出来るので面白い。

 

だからそのうち皆は「ああ、日本語って言っても地域によって全然違うんだね」という共通認識が出来る。同じ日本人でも注意して話さないと意味が通じない。「なおす」が片付けるを意味する地方と「修理する」の意味になる地方がある。もっと言えば「ほかしといて〜」と言われてどうして良いか分からずに固まってしまい、隣に座ってる同僚に「ねえ、彼今何て言ったの?」と確認が必要になる。

 

なので皆は普段はNHK的標準語で会話をするようになるのだが、それでも時々同郷のお客様が来ると一気に方言になり周りを驚かせる。「おもしろーい!今何て言ったのー?あたしも使ってみていい〜?」と、まるで希少動物を発見した喜びのようである。

 

これは国会議員も同様で、参院会議を見ていたら文部科学省副大臣が民主党の質問に対して「そこがですよ、ぴしゃっとせんといかんのですよ」などとモロに方言だ。

 

言葉にかぎらず食べるものも地域によって随分違う。ソースカツ丼の分布や味噌うどんと関西うどんのせんびきはどこかとか恵方巻きは元々大阪を含む関西及び一部西日本にしかなかったとか。

 

仕事柄日本をあちこち旅して北は北海道から南はクイーンズタウンやスチュワート島まで旅しているとまさにコミュニケーションの重要さと難しさが実感として分かる。

 

日本では多くの人びとが自分の住む地域から外に出るという機会が少なくなっていると思う。毎日同じ生活をしているからいつの間にか自分が「言わなくても分かるで病」に罹患していることを忘れてしまう。

 

しかし度に出れば「言わなくては分からない」ことばかりだ。かと言って言い過ぎると角が立つ。相手に応じて言葉を使い分ける、面倒なことであるが旅をする人には是非とも学んで貰いたい技術である。

 



tom_eastwind at 12:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月25日

アンザックデー ANZAC DAY

今日はこの国の戦争記念日、アンザックデーだ。昨日までの土砂降りが嘘のように青空が広がり、天にいる神様も今日アンザックデーくらいは晴れにしてやろうというご加護か。

 

アンザックデーは欧州のような戦勝記念日ではない。むしろこの日は1914年から始まった第一次世界大戦でニュージーランドから欧州戦線に出征してトルコのガリポリ岬で多くの戦傷者を出して撤退した戦いの記念日である。

 

今でもオークランドのドメイン公園内にある戦争記念博物館の三階に行けば当時のガリポリの戦いの様子が分かる。

 

当時のニュージーランドの人口は約100万人。欧州戦線に出征したキーウィの若者が10万人。そのうち8千人近くがこのガリポリ岬で戦傷者となった。その後もキーウィ部隊は西部戦線に派遣され多くの若者が命を落とし、1918年に戦争が終了した時点で10万人のうち無傷で本国に戻れた若者は5万人以下だった。

 

キーウィの戦争観は、正しいものは命を捨ててでも守るという事だ。これは今でも変わらない。彼らは人の自由を認める。価値観の多様性を許容する。ただし他人に何かを押し付けるとか強要するとなった場合は例え他人の芝生でも足を踏み入れて国際正義を武力で実行する。

 

何故なら彼らキーウィの精神には、もし今この場で他人が他人の芝生で悪いことをすることを容認すれば、それはいずれ自分の芝生に相手が侵入してくると分かっているからだ。

 

このあたりイエーリングの「権利の闘争」の精神を非常によく理解しているから、一般生活の中でも彼らは結構他人の芝生に入り込み公共の精神を説く、それはまるで昭和の世代に隣家のおじいちゃんが他人の子どもに道徳を教えていたようなものだ。

 

ニュージーランドは1899年のボーア戦争から始まり、たいがいの国際紛争には兵を送り出して戦ってきた。それはすべて領主国である英国の指示かまたは国連の要請に応じての事であり、国連が容認したアフガニスタンには派兵したが米国の勝手なイラク戦争には派兵しなかった。

 

今もキーウィソルジャーは最近アフガニスタンから戻ってきた兵士もいるし東ティモール国連軍では毎年数名の死亡者を出しているが、戦争を恐れない気質がある。

 

手元の記録を見ると面白いのが、大きな戦争でいけば朝鮮戦争が最後の大きな戦いであり、その後のベトナム戦争では一応派兵したものの、よく見るとこれはアメリカのエゴではないかと気づいて派兵後半年くらいで撤退した。

 

その後もこの国は戦いに対して明確な基準を持っている。国連が容認した戦いには常に兵を出す。その為に命を落とすことをと尊いとする、命を失った兵士に対しては最高の祈りと墓と厚い手当を供具する。しかし間違った戦争には絶対に兵を派遣しない。

 

兵隊とは戦地に赴き敵を殺すことであるという考えは絶対に変わらないし、そしていつ自分が殺されるかもわからないという事も十分承知な上で戦に出る。

 

戦い。それは市民の義務である。誰かが戦わなければ城市は守れない。他人の権利が迫害されている時に傍観していれば、それはいずれ自分の身に振りかかる、だから積極的に他人の庭に踏み込んでも「自由」を守る。

 

このあたり、日本では「自衛隊が戦争に行けば兵隊が死ぬではないか!」などと叫ぶ白痴連中はどうしようもない亡国主義者だ。兵隊とは人を殺すのが仕事であり対等の立場にいる相手はこちらを殺すことがある。それが戦いだ。

 

なのに確信犯的社民党などはおためごかしの戦争反対とか、頭の中に蝶々が飛んでる喜び組だとか、もうどうしようもない状態が続いている。これはぼくの個人的な意見だが、今の社民党に票を入れる人は自己責任を理解して貰いたいと思う。その投票の結果としてもし僕の家族に個人的にトラブルを生むような結果が出てくれば、ぼくは個人的に社民党に票を入れた人間を、自己責任を取ってもらう為に、殺す。

 

アンザックデーについては日本人は誇りを持って良いと思っている。何故なら1914年当時、NZには海軍が存在しておらず商船で兵士を欧州まで約100日かけて送るしかなかったのだが、途中にドイツの軍艦などがあり発見、撃沈される危険があった。

 

そのキーウィ兵士を守ったのが実は日本海軍であった。第一次世界線では日本とNZは同じ側に立っており日本の護衛艦が(当時は駆逐艦)8千キロ離れたオークランドにやってきてキーウィ兵士を守って16千キロ離れた欧州戦線まで守った。

 

キーウィからすれば同じ1800年代後半に独立したちっちゃな島国国家なのに日本はあっと言う間に海軍を作りキーウィを助けてくれた。この記録は今でもニュージーランド・ヘラルドの記事に残っておりいつでも戦争記念博物館で検索することが出来る。

 

ぼくが個人的に「いいね!」と思うのはこのような歴史である。戦争においてははらわたが飛び出る戦いもするわけだが、それが現場だ。ひとの生き死にを理解して、それでも自分の自由や平和を守るために戦う、それが積極的に自由を獲得しようとする人間の姿勢だ。

 

ぼくがこういう事を書くとすぐに「外国かぶれ!」とか「私はNZに住んでたけれど、キーウィって単なる怠け者よ!」という意見が出る。

 

ぼくが外国かぶれ?あはは、笑うしかない。どこが?と聞きたい。だって世界で一番良い国が日本だと思ってるぼくが?って感じだ。ただし、ぼくの大好きな日本は今の日本ではない。安倍さんが一生懸命頑張って良い国を作ろうとしているし、その姿勢は大好きだ、方向性も間違っていないと思う。

 

それと、多くの若者がニュージーランドにやってくるが、彼らは所詮オークランドの夜中のバーで酔いだくれている連中しか見てない。そのような機会しかない。まともな、シティのど真ん中で働いている弁護士連中や建設現場で一生懸命アタマを使って仕事をしているキーウィを知らない。要するに、象の鼻だけ触って「この動物は長い芋虫だ!」と叫んでいるような低能でしかない。

 

アンザックデー、この国はまだ幸せだ。北半球のややこしい政治に巻き込まれずに、単純に正しいことを正しく実行出来る、数少ない珍しい国だ。

 

鳥のさえずりや隣家の芝刈り機の音を聴きながら、今日は日本のamazonで買ってきたからぐちかいじの「太陽の黙示録」を観る。



tom_eastwind at 14:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月23日

もう花はいらない

羽田を夕方に出て香港経由でオークランドまで約16時間。北半球から南半球までの長い旅を終えたら、街は雨季に突入していた。

 

雨季とは言っても日本と違い、南太平洋のスコールのような真っ黒な雲がもくもくと湧き上がり天が抜けたような土砂降りが数十分振ると黒の向こうに天まで届くような真っ青な空が広がる景色の繰り返し。

 

地元の言葉ではこれをパッチワークのような空景色なのでパッチーレインと呼ぶ。抜けるような青空の上に大きな真っ黒なパッチを貼ったような景色は成層圏から見ればどのような景色なのだろう。まるでニュージーランドでよく育てられている牛のホルスタインみたいなものか。

 

そういえばこんなジョークがある。牧場をガイドする案内が都会からやって来たアメリカ人観光客にこう語る。

「えー、あそこにいる白地に黒の牛がホルスタインですねー、お、でもって隣にいる黒地に白の牛がジャージーですねー」

見てる観光客はどっちがどっちが分からずに思わず

「どう見分けるの?」

と聞くとガイドは楽しそうに

「ホルスタインは白地に黒の牛、ジャージーは黒地に白の牛、この牛達の本名はホルスタイン、あだ名がジャージーです!」

何故か都会から来たアメリカ人観光客、それでどっと笑う。

 

空港に着いて荷物を台車に積んで屋根付きの長期駐車場へ移動しながら「屋根付きの高級駐車場という触れ込みだが、ターミナルの目の前の道路を一本渡ったところにあるひさしのある時間貸しの駐車場に屋根付きの駐車場を作らずにどうして空港ターミナルから一番離れてて移動に5分以上かかり途中に屋根のない水浸しの小道を移動せんといかんのか?」と、ニュージーランドではあまり意味のないことを考える。

 

4月終わりの空気がぼくの青っぽい白のジャケットの袖の隙間にひんやりした風を吹き込みはじめると、そろそろ二週間程度のあってないような短い秋で5月に入って本格的に冬が始まるんだなと毎年思い出す季節が始まる。

 

秋になると想い出すのがオフコースの「秋の気配」だ。“あれがあなたの好きな場所、港が見下ろせる〜”ですねー。冬だとユーミン!“ブリザード!”スキーが盛んだった時代にブリザードを歌ってましたね。夏はチューブとサザン、かなー。じゃあ春は?佐野元春のSomeDayとか、かな。

 

何だかそんな話をしていると、自分の体が球体の中にはいり、四方八方の景色が、自分のそれぞれの時代を切り取ってぐるぐると回っているような気がする。てか、回ってるのは僕の球体で周りの時代はその時代に貼り付けられたまま、まるで万華鏡のようにぐるぐるとしているのかもしれない。

 

日本は1991年を頂点として、その前は津波のように日経が4万円に向かって一気に駆け上がり結局後一歩のところでそこから後は津波が勢い良く引くように一気に下がってしまい2万円になり、津波が完全に引いてしまいすべてが破壊された1997年には日経が一万円を切るようになり、そこから復興の目処も立たないままに8千円を切るような時代が続き、やっと安倍政権になって12千円を超すようになった。

 

オフコースの歌に「もう、花は咲かない」がある。バブル崩壊後の日本では一時、官僚支配が弱くなり雇用が乱れその間隙を突くようにフリーターが格好良いなんて言葉が出回った。それで一生生きていけるように考えていた。

 

自由に働き自由に遊び、サラリーマンのように会社に縛られることなく、好きな時間に仕事をして年に数週間も休んでスノーボードを担いで海外に行く自分が格好良いと思い込んでた。

 

彼らは道端に座り込みそれが格好良いと思い込んでた。1980年代なら警察に取り締まられてたような乱暴行為も警察が威信を失い何も言えなくなり、それがますます子どもたちのワガママを増長させた。

 

苦虫を噛むような顔でボーダーを眺めていたスキーヤーも、コースのど真ん中で横一列にうんこ座りしている糞どもをスキー板で切るだけの根性もなく結局ボーダー禁止の山が増えた。ところがそれから数年してスキーヤーがボーダーの顔を見るのに嫌気がさし、仕事も忙しくなりいつの間にか次々とスキーから引退し始めると山はボーダーでも良いからとボーダーに入れるようにした。

 

そうなると最後まで残っていたスキーをコアとしてした人々までもが山を離れてしまった。2000年代に入り官僚が力を取り戻し世間の秩序が整ってくると道端のウンコ座りが取り締まられるようになりフリーターが単なる雇用調整の手段となり最低賃金しかもらえなくなった。

 

白痴どもは、ついに一生結婚できない安月給で不安定な地位に追い落とされて40代になりニコヨン(一日2540円で働く人々の総称)日雇い人夫状態になり、その頃にはスノーボードを楽しむ金も時間もなくなり、スキー場は時代の波に振り回されて次々と廃業していき地域の雇用は失われた、バカな山の経営者と力を取り戻した官僚たちの為に。

 

もう僕には花は咲かない

もう戻れない道を振り返っても

人ごみに落としてきた

いくつかの愛は見えない

 

緑の髪に胸をおどらせ

歩いた学生時代は

そのときに落としてきた

かげりのない心も見えない

 

花なんて大人に

似合いはしない

 

15年落ちのポンコツ車を引っ張りだして空港を出て、明るい太陽に車内温度が上がり思わず23度に設定したクーラーを入れてそのまま手の弾みでCDのボタンを押した。

“もう僕には花はいらない”

 

さあ、これから一ヶ月、またオークランドで戦闘開始だ。



tom_eastwind at 17:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月22日

外野が口出すな 〜説明会の番外編として〜

今回の説明会及び福岡での個人面談でも感じたことだが、家族を守るためにリスクを取って積極的に行動することが日本では「国をバカにしているんじゃないか逃げやがって」とか「非国民」扱いされたりするためにあまり大きな声では言えないという空気があることだ。

 

実に奇妙な話である。こういう時によく出てくる言葉が「愛国心がない」だが愛国心の意味をよく理解していないし愛国心について一度も本気で考えた事がない連中が愛国心について語るから奇妙なのだ。

 

最初に結論を述べておくと現在の日本で使われている「愛国心」とは実は「愛政府心」である。

 

故郷を愛する気持ちは国家という概念が出来上がる前から存在していた。だから存在しないものを愛する気持ちなどあるわけがない。

 

例えば明治時代になって日本国中央政府が成立する以前から、一番小さな単位の愛は家族に対してであり次に自分の住む家や畑、そして山や川であり家族の集合体という事で村が存在した。愛はここまでで隣の村を同じ国民とする考え方は存在しなかった。

 

愛国心とは欧州では1600年代のウエストファリア条約あたりで近代国家政府と国境という概念が出来上がり国家が軍隊を持つようになってナポレオンが国民軍を創設した頃から創作された隣の国家と戦争をする時の概念でありまた兵隊を鼓舞するための政府により政府のために創作されたナショナリズムにしか過ぎない。

 

日本政府も1800年代後半の明治中央集権政府確立の際に藩ごとに独立国家であった日本を一つの国家にするために使ったのが愛国心である。

 

日本政府に「君たちは国を愛するのか?」と聞かれれば殆どの人は自分の家族や故郷の山河や村を想像して「はい、愛してます」というが、政府の質問は巧妙であり政府というべきところを国と言い換えているだけなのだ。そして次に出てくる言葉が「そうか、国家を愛しているなら武器を取って他国と戦え、戦わない奴は非国民である」という理屈を並べてくる。

 

話を米国で見てみよう。第二次世界大戦で米国本土やハワイに移住した日本人の子供達、つまり二世部隊の若者は愛する祖国アメリカと自分の両親の生まれた母国日本の両方に忠誠を誓うために武器を持って欧州戦線で戦った。

 

彼らは自分の祖国が米国でも自分たちの両親が生まれ育った日本を母国と思い米国の収容所に入れられた日本人である両親を助け日本人としての名誉を持って戦い戦争中を通じて最も脱走兵の少ない、最もたくさんの勲章をもらった部隊として米国大統領から最大の賛辞を勝ち取った。

 

彼らの両親は貧しい日本から夢の国ハワイに移住して厳しい現実の中で朝から晩まで一生懸命畑で働き、ない金を工面して子どもたちを学校に行かせて子どもたちを立派に育て上げた。つまり日本にいては飯も食えないし日本政府は国民の生命と財産を守る義務があるのにその義務を果たさなかった日本からある意味追い出されたようなものだ、お前ら次男に土地はないとばかりに。

 

しかしその子どもたちは例えば米国上院議員重鎮にまでなった故ダニエル・イノウエ議員などはそれでも米国と日本政府の間で橋渡しをした。そんな彼らを「日本を見捨てた日本人」と罵れる日本人がどれだけいるだろうか?見捨てたのはどっちだ?

 

非国民とか愛国心がないなんてのは、自分が海外に出られないから僻みの代わりに汚い言葉を使っているだけだ。もっと悪いのは彼ら罵る連中はいつの間にか政府のサポーターとなり外国に出て行く者を避難することで自分は立派な国民なんだ!って一人で偉ぶるようになり、ナチ時代の狂信的ヒトラー信者のようになるってことだ。

 

ふざけんな!ぼくは生まれ育った故郷は好きだが日本政府のようなお上なんて全く好きじゃない。そしてぼくは自分の家族を守る義務がある。このまま日本にいても日本政府は個人の自由を奪い個人を型に嵌めこんで働いた金は税金という名目で没収して自分たち支配者の都合のよいように洗脳して自分たちの捨て駒として使い捨てるだけじゃないか。

 

だからぼくは日本政府の利益だけのために日本に残るという選択肢はない。国民の多くが現在の日本を納得して生活している以上多数決で彼らが彼らの望む国家を作れば良いと思う。国民の多数が結果はどうであれ望んでいるなら少数派の僕の考えている事が彼らと合わないのだから、我慢して合わせるかそれとも出て行くかだけだ。ただ、出て行く僕らに偉そうに愛国心なんてノータリンな話をぶつけるなよってだけだ。

 

しかし日本から出て行くってことは、それは決して愛国心がないという事ではない。戦時中にナチ党に逆らって殺された白バラグループだって愛国心はあったが、当時の大多数のドイツ人はナチ党が正しいと信じていた。その状態で少数派が実力行為をすれば体制側から見ればテロリストである。

 

圧倒的少数派にも言論の自由はあるが戦時下の危急時に戦争遂行に反対する発言を政府として認めてしまえば戦争など出来はしない。それは組織論としては正しいのである、理想論が正しいかどうかはまた別の問題、別の次元の問題なのだ。

 

日本においても第二次世界大戦の時だって実際に戦争に行ったのは殆どが一般庶民、農家の次男三男だが例えば悲惨な負け戦になったインパール作戦では支配側にいて作戦を立案した高級将校たちは皆シンガポール(当時の昭南島)あたりの安全な日本人将校専用料亭で芸者をあげて毎晩どんちゃん騒ぎをしていた。

 

その頃兵隊たちは食料もないままにビルマの山中を雨季の土砂降りの雨に打たれながら次々と立ちふさがる山脈の道無き道を何とか越えてコヒマに到着するも、戦うに鉄砲玉なく銃火器の援護もなく糧食もなくついには撤退することになると高級将校は料亭で美味しいものを食いながら偉そうに「何を撤退などするか日本軍の恥晒しめ!非国民め!」と現地の兵隊を罵り無駄死に追いやった。

 

このあたり「抗命」などインパール三部作を書いた高木俊朗氏の本に詳しい。勝ち目のないインパール作戦に更に補給物資も送らずに兵を見殺しにした支配層高級将校とそれでも皇国の為に無駄死した兵隊と一体どっちが非国民であろうか?どっちが本当に日本の為に働いていたのだろうか?

 

日本人はその体に流れる血と郷土を思う気持ちにおいて日本人であり日本政府が発行した旅券や国籍で区別するものではない。その意味で愛国心とは日本政府に頼ってしがみついてこき使われ最後は無駄死させられるだろう人々が言葉として発しても全く無意味どころか実に有害である。

 

例えば僕自身すでに日本国籍を捨ててニュージーランド人になっているが、今でも生まれ育った故郷が大好きである。これは殆どの海外居住日本人が共有する思いだろう。故郷が大好きだし日本に生まれた事を誇りに思っているからこそ海外の視点から日本に対して意見を述べるものだ。

 

逆のことを考えれば分かる、日本在住15年のキーウィだっていつもニュージーランドのニュースに気を使い何かあれば日本から在外キーウィとしてニュージーランドの英語サイトに自分の意見を「在外キーウィ」として発言する。それは彼らも僕と同じように自分の生まれた国に誇りを持っているからだ。

 

愛国心とは日本に住むことではなく日本人として誇りを持って生きることだ。海外に住んでても日本人としての自覚を忘れずに、バスの行列に割り込まず道端で唾を吐かず釣り銭をごまかさず嘘をつかず控えめで正直であることだ。

 

何の身よりもない海外では自分の身は自分で守るしか無い。自分の人生は自分で切り開いていくしか無い、リスクは高い。しかし動かなければもっとリスクは高い。そう考える人は今の日本はあまりに危険が多すぎて住むことは出来ないと判断する。そう考えれば自然と海外に目が向くのが当然である。

 

そして自分でリスクを取って海外に飛び出せば誰も助けてくれないがそれでも他人任せの人生よりは幸せだ、そう考えて海外生活を始めるのだ、海外在住日本人として。

 

彼ら移住者は自分が自分の人生の決定者として行動している。つまり野球で言えば厳しい練習をして努力を積み重ねてグランドに立ち攻撃と防御を繰り返す野球選手のようなものだ。

 

しかしそれを批判する連中はグランドで一生懸命プレーしている選手に外野席から酒飲みながら勝手に言いたいことを無責任に批判しているだけだ。

 

ぼくは10年ほど前に「曇天の空」というコラムを当時自社で発行していた月間無料情報誌で掲載した事がある。北の国からやってきた一匹の猿がある豊穣の土地にのんびりと住んでいる猿の群れにこう言った。「これから天地が激変する、このあたりもそのうち灼熱の大地になり雨は降らず乾ききった土地では食べるものもなくなる。食べ物を保存しておけ。そして少しでも気候がおかしくなったらすぐに南へ移動しろ、そうすれば君等家族も命だけは助かる」

 

しかし北から来た猿の言うことは誰も信じず、誰もその北の土地がどうなったか調べようともしなかった。「そんな事あるわけないじゃん!」そうせせら笑って食べ物の保存もしなかった。

 

北から来た猿は寂しそうに「もし少しでも様子がおかしくなれば南へ逃げろよ、手遅れにならないうちに」と言って南に去って行った。それから暫くしてだ、急に豊穣の土地に変化が訪れた。雨が降らなくなり大地は乾燥して干からびて川を流れる水は途絶えて草も果物も死に絶えた。

 

その時にはすでに周囲一体が干からびてしまい、移動するにも保存食も水もなく、豊穣の大地は死を迎えた、残されたサルたちと共に。

 

そして物語は終わった。

 

ぼくは10年以上前からコラムを書いてきたがそれはこのブログの初期の頃に保存している。なので興味のある方は読んで貰えれば有難い。そしてそこに書いている事が今どれだけ現実になっているか検証していただきたい。

 

他にも国境の長いトンネルを抜けるとそこは別世界だったという時代の大きな変化を書いたコラムもある。一切訂正を加えていないので当時の言葉でそのまま書かれている。

 

今の日本から出ようが残ろうが、これから本格的に大変な世の中になる。出るリスクとを取るか残るリスクを取るか、それは本人次第だ。ただ、何も考えずに今日と同じ明日が来ると思って家族を守る準備さえしなければ将来何があってもそれは自己責任である。

 

だから出て行く決断をしたプレイヤーに対して何のリスク計算もせず何も考えずに今日と同じ明日が来ると思ってる外野がいちいち無責任に愛国心とか持ちだして批判するんじゃねーよと言いたい。

 

 



tom_eastwind at 15:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月21日

Home, sweet Home

木曜日に福岡を出て東京羽田空港に到着、その後ホテルへ移動。それにしても東京は人々の顔があんまり明るくないなー。何だかみんながびびってる感じ。お金があればあったで不安になり、なければないで絶望的になり、道を歩いてるとおかしな人がぶつぶつ言いながらすれ違ったり。

 

東京ではいつもと同じ工程で、金曜日午後に主にビジネス顧客向けの個人面談やって土曜日に説明会と個人面談、日曜日に家族移住向けの面談やって、合計3日間の仕事だ。

 

最近の問い合わせで急増しているのが資産防衛、とくに相続問題である。なぜ血を分けた兄弟が喧嘩をするのか?挙句の果てに「あいつとは一生口をきかん」という事になる。まさに「争族」だ。

 

親は子どもたちを喧嘩させるために資産を残したのではない、子どもたち皆が幸せになれるように一生懸命作ったお金である。けれどそれが争いのもとになる。

 

それは結局親が自分の財産をどのように分与するか生前にきちんと意思表明をしていないからだ。「縁起でもない」などと言うのは親のエゴ、エゴのために子どもたちが争うのであれば意味がないどころか害毒だ。

 

今回の面談ではある地方の一家を束ねる方と話をした。この方は先祖代々の家族の土地や資産を残すためにニュージーランドに家族信託を作りそこに資産を移そうとしている。ただこの方が面白いほどに明確なのは、財産はすべて長男に譲るという戦前の形式を固持している事だ。

 

考えてみれば財産を分与するという戦後の民法が相続問題を作っているような気がする。財産はすべて長男へ。そして長男は家族全体の事を常に考える義務を持つ。

 

法律的な問題を別にすればこういう考え方も良いなって思う。これから相続は益々大きな問題になっていくだろう。ちなみにニュージーランドの家族信託には日本の法律で言う遺留分はない。つまり家族信託を作った人(設立人)の意思が100%反映されて、誰にいくら残すかを決めることが出来る。

 

財産はすべて信託に入れてしまうので相続そのものが発生しない。何故なら資産は家族信託会社が持っており会社は死なないからだ。その会社の資産を使う事が出来るのは設立人が指定した受益者のみ。

 

設立者の決定に反対することは出来ない。極端に言えば自分の飼っている犬を受益者にすることも可能だ。これは本人が死んだ後に犬の面倒を看てくれる人に毎月一定のお金を支払う事で残された犬の生活を守るという発想である。

 

戦後の日本では馴染みのない考え方だが、家族を一つの単位としてその家族が社会を構成していると考えると無駄な争いも避ける事が出来るのではないか。

 

しかしまあ、家族同士の争いはリア王の時代からあることで、人は目先の他人の金にこれほど振り回されるのかと思うと、社会主義大国日本のように、死んだら財産すべて国家が没収というのもありかもしれないな。

 

あすの飛行機でオークランドに戻る。やっと、ホーム・スイートホームへ戻れる。自分のベッドでゆっくりと眠ることが出来る。



tom_eastwind at 19:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月19日

久々に中村天風の話

 

私淑という言葉がある。ぼくは今現在この世にご存命している方で数名私淑している人がいる。ああいう生き方をしたなっていつも思うが、やっぱりまだ出来ない。おもいきリ距離はあるし一生追いつくことは出来ないだろうが、方向性だけは一致しているので、かろうじて自分を許せる。

 

ぼくは私淑の正反対である宗教としてキリストやイスラム教が嫌いだ。ぼくはキリストもマホメッドもはっきり否定する。人間の文化の進歩に大きな障害を与えたのはキリスト教、そしてイスラム教だとして否定する。ああいう一神教に染まったら、はっきり言えば一生子どものままで生きているようなものだ。

 

いくら一つ一つの教えが良くてそれは役にたっても全体を見てみると単なる「俺だけ正しい、俺だけエライ!」という傲慢でしかない。他人の価値観を認めない一神教は人類が持つ多様な価値観に対する冒涜でしかない。

 

ぼくが生きている大原則に自己責任と価値観の共有がある。何があっても他人に責任を押し付けない、他人の価値観を認めて、お互いに「和すれど同ぜず」として楽しく仲よくするって感じかな。

 

その意味ですでにこの世から去ってしまった人で私淑している人の一人が中村天風だ。彼は宗教家でもなければ世間一般で言われる哲学家でもない。実学家、というのが一番近いかな。

 

世間的にはそれほど有名ではないしご本人も有名になりたいなんてそんなさもしい気持ちを全くお持ちではないが、少しでも彼の事を人に知って貰いたいミーハー的なぼくとしては、この御仁が松下電器の松下さんが学び、京都セラミックを創立して最近では日航を再建させた稲森さんが学んだ哲学の師である事で天風を少しでも感じてもらえればと望む。

 

実学の人である。九州の生まれであり福岡の頭山満に師事した後に自分の人生を生きてその生き方を人に伝えて世界を幸せにしようとした、現実の人生を生きつつ決してバカな宗教を作らず染まらず、奇跡もなくあの世もなく、哲学として自然と人間の共生を訴えて実学として生きて人間として普通に死んだ人である。

 

ぼくが彼の思想に触れたのは本当に偶然で、最初は頭山満の勉強をしている時に名前を知った。明示から大正昭和と駆け抜けた偉人である頭山満は、思いっきり簡単に言えば国士である。国を思う武士である。

 

頭山満を書くとまた長くなるので後日として、その中で中村天風という若者の話が出てきた。誰だこりゃと思った。少し興味があって調べた。それが天風と知り合った最初の機会である。もちろん彼はその時点で死んでいるので直接会話が出来るわけがない。

 

本読み人種の中には「まだ見ぬ世の人と話をする」事が出来る人種がいる。ぼくはその一人だと思う。まだ見ぬ世の人が書いた本を読み作者と会話をする。相手はすでに数百年も前に死んでいるのだが、彼の著作を通じて会話が出来るのだ。これはちっちゃい頃から本を読みあさって習慣として身につけたのものだと思う。

 

彼の思考回路に入りその思考回路で導き出される回答を理解して、では今の世に生きるぼくはどうすれば良いかを考える事が出来る。その流れの中ですでにこの世にいない彼と議論をしている自分を見つける。

 

そういう訓練をしてきた中村天風関連の本をお客様から頂いた。

 

★恩師中村天風に学ぶ「一階限りの人生」PHP出版。

 

こんな事ってあるんだな、九州の田舎者が東京の人に頂いた一冊の本だ。天風自身が書いたものではなく天風が語った事をまとめた本であり、学ぶことが多い。

 

人は言葉の上っ面だけで「人生は一度限り」とかは言えるが、実人生で実感としてやってる人は本当に少ない。言葉の意味を分かっている人が日々どんどん少なくなる日本においては傾聴すべき中村天風の話である。

 

言霊。人は愚痴を言う度に人間性が貧乏になると思った方が良い。口から出た悪い言葉の一つ一つが自分の人生を貶めていくことを理解したほうが良い、だってそれは真実だからだ。

 

雨の降る日に「今日は全く雨が振ってうざいですね」という人は自分の人生を楽しくすることは出来ない。雨の降る日に「今日は慈雨ですね、これで農家も稲も喜びますね」という人は自分の人生を前向きに豊かに出来る。

 

病気の知り合いに「どうしたのですか、今日は顔色が悪いですよ」と言って相手の気持を削がして自分の人生を貧しくするのではない。「おお、今日も元気ですね!」と一声かけることで相手も「よし!」という気持ちになれるし自分も健康になれる。

 

言葉ひとつですべてが変わる。積極的に生きる、一回限りの人生を最大限に楽しむ、幸せを目指す、その第一歩は言霊を積極的に生かすことだ。



tom_eastwind at 16:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月17日

Night in 博多

日航ホテル福岡

 

福岡では普段はグランドハイアットホテルを予約するのだが、最近はいつも混み合っているようで予約が取れずに博多駅前の日航ホテルを予約して個人面談はホテル内カフェで行う。結果的にこのホテルを選んで正解。これからは定宿はこっちにしよう。

 

というのがこのホテルと博多駅は地下道で繋がっており地上からでも歩いて2分だ。博多駅は最近全面改装したのだが、最初は関西系の阪急デパートって言うから「何でー?」と思っていたが、博多駅を回ってみるとこれがすんごい良い。

 

例えばレストラン街は天ぷらの天一やすき焼きの今半など東京の一流店が入店しておりデパートの各フロアには個性的で先進的なデザインの商品が東京より二割程度安く販売されている。

 

もちろんこのビルも家賃は高いのだろうが東京の一流店が入店するビルに比べればまだ安い。そして福岡は少子高齢化が進む日本でも数少なく人口が増加している街である。ストロー効果というらしいが、九州の他の街からこの福岡へ労働人口、とくに若い働き者が移動してアパートを借りて昼も夜も働いて美味しいものを食べて楽しもうとしている。

 

阪急デパートで綺麗な服を着て働いている売り子さんといえど月給は20万円に届かない。だから夜は週に数日中洲でアルバイトをしたりして生活費を賄っているが、それがまた明るい。昼も夜も働くことにきついと思わず、むしろ働くことを楽しんでいる。流されたという感じがなく、自分が波に乗って楽しんでいる感じだ。

 

要するに街全体が明るいのだ。今日より明日はよくなる、そういう雰囲気が街全体を包んでいるのだ。日本が全体として少子高齢化で沈んでいると言っても、博多駅や名古屋、東京の西側である新宿、渋谷、品川などを回ってみると「どこが少子化?」という気がする。

 

老齢化が進んでいるのは福岡でも感じるが、その老人が元気良い。今回も博多駅を歩いていると颯爽としてスーツを着こなしてスカーフをお洒落に首に巻いた老人がかくしゃくと歩いている。

 

1980年代の福岡のバブルを経験してそれから暫くは苦しい時代もあって大人しくしてたが定年退職してお金に余裕があり、そこで自分が現役時代にできなかったちょいお洒落を楽しみ美味しい食事を楽しみ、会社から開放された自由を享受している雰囲気だ。だから若者も老人も皆明るい。

 

九州は福岡が中心地である。しかし明治時代は実は熊本が九州の中心地であった。それが博多商人達がタッグを組んで九州の中心を福岡になるように仕向けてきて、それが成功して世界に開かれた九州の窓口が福岡となった。これはちょうど、日本全体の商業の中心地が大坂だったのが、昭和後半に東京に移ったのと同様である。

 

ホテルは福岡では高級に入るのだろう、平日だがカフェはいつも混み合っており、ネクタイした男どもが集団となりタバコをパカパカ吸いながら意味のないバカ話をするバカのバカな大声話を聞いて下品な大声で「ぎゃははは!」と相槌を打ち仲間意識を高めている。一般的に自慰行為と呼ばれる、あれだ。平日の昼間から恥ずかしくもなく出来るのだから大した神経である。

 

かと思えば隣のテーブルでは5人が座れるソファに7人くらいが仲間意識を高めるためにぎゅーぎゅー詰めになって北朝鮮に旅行に行って統一なんとか展望台がどうのこうのと、朝鮮半島都の近さを感じさせる会話。

 

かと思えば、リクルートスーツを身にまとった若い女性が先輩格の女性に色々と仕事の説明を受けている。大学を出たばかりで社会の事なんて何もわからないのだろう、ふんふんと頷きながら自分も何とかこんな美人で場慣れした先輩になりたいなって雰囲気が伝わってくる。頑張れ若者、あなたが望めば、強く望めば絶対に実現するよって思わず声を掛けたくなる、いやさ、目的純粋ですぜ(笑)

 

かと思えば隣で馬鹿笑いをしていた連中の半分が出て行った後に大声で喋っていたチンピラがケータイを取り出して「おやじ、こいつら引っかからなったすよ、次のやつすぐ見つけて連絡します、失礼します!」とやってる。何のことはない、ホテルのカフェを利用したネットワーク勧誘ビジネスである。

 

ホテルは様々な人種が出入りする場所である。博多駅は九州と本島の窓口であり九州の集積地である。去年まではそのような位置づけが天神であった。ぼくは1980年代に福岡で生活をしてて、当時は天神が「伸びゆく街」であり博多駅は東京で言えば上野のような位置づけ、つまり九州銃の田舎者が集まり東京に行くための窓口であった。

 

だが、これからは福岡の中心が博多駅に戻ってくるのではないか、街を歩いてそんな気持ちがした。人口が増えてターミナルとして博多駅が生まれ変わり宿泊施設が充実して東京の一流レストランが進出してきて、何だか力技でここを福岡再開発の中心地としようという雰囲気を感じる。

 

脳タリンサラリーマン、ハングレのチンピラ、細いタバコをくゆらせる美人の先輩、リクルートスーツの若い子、年は取っても人生を楽しんでいる老人、彼らにサービスを提供するホテルスタッフ、様々な人間模様が凝縮して楽しめる福岡の街。

 

面白い。今年は福岡の動きが面白くなりそうだ。今年は福岡の訪問回数を増やそう、そう思ったNight in 福岡でした。

 



tom_eastwind at 16:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月16日

ヒトラーの予言とか中国映画「1942」とか

オークランドから香港に向かう機内では最新作の映画や名作を含めて4本くらい観た。痛いのはやはり中国大陸映画だ。「1942」という大陸中国で作られた大作という触れ込みだったが、要するに日本軍が悪者で蒋介石が悪者で、どちらも中国人民を攻撃している、けど共産党は良い人よってこと。

 

映画はプロパガンダに使うってのは米国の常識として始まり世界に伝わっているが、日本だけはどうもそれが出来ない。日本で映画を作る人々自体が日教組教育に洗脳されて、何だかよくわからないけど戦前の日本人は極悪人だったと思っているのではないか?

 

平和主義とは平和ボケの話である。これだけは間違いない。現実世界では平和は戦って勝ち取るものであり中国は4千年の昔からそうやって周囲の国を滅ぼして虐殺してその土地に漢民族を送り込み自国の領土とした。

 

中国は元寇で日本に2回攻めこんできた。その歴史は殆どの中国人は知らない。1890年代に中国は実質的に中央国家が崩壊して無政府分裂状態に陥り地方の軍閥が割拠していた戦国時代であった。その時に日本は孫文から始まり袁世凱、溥儀などの実力者と手を組んで彼らの背中を押して中国統一を目指した。

 

何のことはない、清朝が崩壊して戦国時代になり孫文が新しい中国を建設しようとしたのは、中国が4千年前からやっていた歴史の繰り返しだ。

 

手法の細部についてはどうこう言っても仕方ない、戦争なのだ、様々な例外はある。けれどそれでも日本軍の行為は中国軍に比べれば天と地の差があった。中国軍に慰安婦は不要、何故なら地方の農民の娘を誘拐して軍と行動を共にさせるからだ。

 

三光という言葉がある。奪い尽くす、焼きつくす、殺し尽くすという意味で言語は中国から来ている。つまり中国が戦争で負けた相手に仕掛ける、ごく普通の行為だ。

 

ところが戦後、三光は日本語だとプロパガンダされて多くの外国人はそれを信じるようになった。南京事件と同じだ、当時の人口よりも多くの人々を殺し尽くしたという計算上有り得ないダボラが、それでも計算の出来ない中国人の間ではまかり通っている。

 

それもすべて宣伝工作であり中国の得意とする分野である。1942なんて映画も、子供の頃にこれを観たら日本軍と蒋介石は悪者と一生思い込むだろう。けど面白いことに肝心の中国人は政府が嘘ついてると知っている。それを逆に利用して自分が金儲けをするために戦争で米国に負けた日本軍と蒋介石を叩いているのだ。

 

その辺りの駆け引きは中国政府も上手だが国民も大したものである。その宣伝工作に振り回されて本気でパトカーみたいに赤くなったり青くなったりして大声で騒いでるのが日本人である。

 

1890年代の広東省佛山にウォン・フェイ・フォン(黄飛氵鴻)という歴史的に有名な少林寺拳法家がいた。彼は広東十虎の一人であり日本では大岡越前とかの庶民版かな。

 

1890年代の広東は英国に統治されておりそれも中国が軍備の強化を怠ったからだ。軍と政府が汚職にばかり忙しくて結果的に国を奪われた。その時に孫文が出てきて中国の近代化を図った。

 

その孫文とウォン・フェイ・フォンが広東で仲間となって新しい中国を作るために戦う孫文を影で助ける筋書きだが、この映画は1992年に香港で制作された。だから共産党の指示が入ってないためにすなおにその当時の香港人の認識で書いている。つまりすべての政府は腐る、腐った政府はどのような主義主張をしようが一般人民を苦しめるものだと主張している。

 

つまり同じ中国人でありながら時代と場所が変わるだけで全く歴史観が変わるわけであり、それほどに歴史とは戦いに勝利したものが作る体制側の戯言であるというのがよく分かる。

 

世界が汚れている、嘘ばかりだーと叫んでもどうしようもない。日本人がすべき事は「歴史は商社の戯言だ」と理解して免疫をつけて他人の話を聞く時は自分の知識の範囲を広げて健全な疑問を持ちながら耳を傾けるべきだという事だ。

 

話は長くなったが、ヒトラーの予言という小話があった。

2039年以降の予言

 20391月、人類は地球からいなくなっている。

 そして、1月以降、人類は、神のほうに進化し「神人」になる者があらわれる。彼らは数次元以上の知能と能力をもつ、あらゆる危機や問題は『神人』が解決してくれる。残りはただ操られ、働いたり楽しんだりする完全に受動的な「ロボット人間」と化している。「ロボット人間」は「神人」の言いなりになって気楽に生きていける。

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ふん、予言でも何もない、江戸時代からの日本を解説しているだけじゃねーかよ(笑)。神はお上と呼ばれロボット人間は下々と呼ばれ下々はお上の言いなりになって気軽に生きていける、その通り、下々の人間は難しい事は自分の頭で考えずにお上に言われた通りの事をするだけで気楽に生きていけるのだ。

 

確かにお上は平均知能指数が120の大学を出てるから下々から比較すれば数次元以上の知能と言える。あらゆる問題はお上が解決してくれる、想定外の問題が起るまでは。けど原発安全神話の崩壊などのような想定外の問題が起こっても早いうちに国民の目をそらしていけるだけの能力を持っているから下々は心配することはない。

 

そう、お上はまた忘れさせてくれるのだ、昨日起こった嫌な事をAKBや吉本芸人やサッカーとか野球とかで目をそらさせてくれるし毎日の仕事をサビ残だらけにして昨日起こった事件を忘れさせるのが得意なのだ。

 

お上は政策担当であり実行するのは新聞やテレビで踊らされるのはやっと仕事を貰って喜んでる芸人やダンサーだ。踊る阿呆に見る阿呆というから踊ってる芸人やダンサーのほうがちょいと幸せなのかもしれないな。

 

それでも芸人やダンサーの仕事は基本的にプロデューサー次第であり一般的な仕事寿命の短さを考えれば下々の大手企業の方がリストラ食らわない限り長期にわたって気軽に生きていけるし何かあれば労基署や会社の健康保険に守られているから、少しは安定していると言えるだろう。

 

ヒトラーは他にもたくさんの予言をしているそうだが、どこまで史実でどこから後付の話なのかわからない。

 

人類の発展は100年単位の人類の進歩に合わせて起こるべきことと自然災害を繰り返していると思う。だから過去に学びそれを現在に置き換えてみれば未来がある程度予測出来る。

 

ヒトラーの予言も中国映画も、そのどこに本当の話がありどこから先が眉唾ものかを理解しておかないと振り回される。



tom_eastwind at 15:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月15日

W香港という非日常的空間にて

昨晩、正確には今朝1時過ぎにやっとホテルのベッドに入ることが出来た。

 

昨日の夜9時過ぎに香港空港に着いてタクシーでホテルに直行し、さっとシャワーを浴びてから11時間分の溜まったメールをホテルのバーカウンターで少しがたがた揺れる硬い椅子に座って(カウンターバーのバランスの悪い高い椅子ってのは酔ったら帰れって意味か?)100通近く目を通しながら夜食代わりに鱈を使ったぷちサイズのフィッシュ&チップスを食った。(夜9時以降に食べ物を口にする罪悪感はあるが食わない実害の方が大きいので苦渋の選択・・)

 

付け合せでウイスキーの水割り飲んでそれで気づいた時には時計の針はエリック・クラプトンの「アフター・ミッドナイト」。早く帰れって顔のバーテンダー、さっきまでは僕の一つとなりに座ってた香港の女の子と楽しそうに会話してたのに、全く男というやつは・・・。

 

目覚ましは朝630分にセットしたが結局6時には目が覚めた。途中タップリとレム睡眠で夢を見たので実睡眠時間は3時間程度か、けどアタマはスッキリしている。鍵とバーをかけたはずのドアが突然開いて数人がどやどやと入り込もうとしているのを聞くやガバっと起き上がりドアを内側から押さえつけて、なんて変な夢を見た。これって仕事拒否(笑)?

 

今回泊まったW香港ホテルはサービスも良いが顧客管理もしっかりしている。なじみ客の好みリストを独自に作っているようでグループ元締めであるスターウッドでさえ知らない「あなたは広東語上手なんですね、今から広東語で話しても良いですか、にこ?」って感じで「あなたの事を気遣ってますよ」というメッセージを発信している。

 

サービス業においては本来顧客を個客にすることが大事なのだがうちのレストランでさえきちんと出来てない。こういう点は反省すべきところだ。

 

朝飯、本当は吉野家かハノイロードの麺屋で牛筋麺を食いたかったがあいにくW香港様の入居されているエレメント様はエレガンスでハイソで洗練されているので朝早い時間ではいくら探してもぼくの食いたいB級朝飯を用意しているお店はなく、仕方ないのでホテルのキッチンで食うことにした。エレメントも昼前になるとラーメン屋も開くのになとか思い、やっぱり次回はネイザン通りのシェラトンにしようかと再考をはじめる。

 

ホテルの6階(ロビー階)にある「キッチン」というレストランは朝食から夕食までカバーしており窓から香港の海や高層ビルや遠くに山が見えて綺麗なのだが今朝は黄砂のせいで空が黄色い真砂色だった。ほんと、今回は黄砂がひどい。

 

「キッチン」で超速を食っているうち三分の二は白人で3分の1は白人と組んでるアジア人で白人のうち3分の1はこのホテルを特別に好む男たちで殆どの白人が人の顔を睨めつけるような顔をしたアメリカ人だ。威圧する雰囲気ってのはアメリカ的なのか、とにかく敵地で行動をしているような常に周囲に気を配っている。そしてテーブルに座るときも仲間で固まるし一人の時でも出来るだけ白人の近くの席を選んでいたのが印象的。

 

これは今後本格的に米国が中国に乗り出すからとりあえず北京にとって治外法権である香港に拠点を作っておこう、けど香港でも十分に注意してハニー・トラップに引っかからないようにって感じなのかな。

 

でかい図体をピチピチの高級スーツで固めてネクタイをギュッと締めて朝飯を食ってるのだが、飯の味は感じるのだろうか?

 

そういえば昨晩のバーでも図体のでかいアメリカ人が「ここならまだ安全だな」って雰囲気でくつろいで飲んでた。W香港の内部なら大使館みたいなものだからいきなり襲われたりすることもないだろうって事かな。

 

米中はこれから歴史的転回を行う。世界でトップクラスの消費地は危険な未開発の地域ではあるが一旦市場が取れればでかい。誰もが闘争本能を燃やして他人の領土に手を出して根こそぎ奪いとってやろうという雰囲気が見え見えである。

 

朝食会場でも隣の席に座ったガタイの良い5人組が「ホントは今頃トウキョーにいるはずだったのに急遽チャイナだぜ、それもグワンチャオとかだからなー」と愚痴ってた。

 

彼らから見ればレストランで英語で喋っているぼくは少なくとも中国人じゃねえなとは気づいたはず。韓国人?うまく行けば日本人かな?そんな雰囲気でちらちとこちらを見ていた。ぼくがレストランを出る時にウエイトレスに「ありがと、美味しかったよ」と広東語で話しかけると、彼ら苦虫を潰したような顔になったのが面白い。

 

今日は朝からチェンワンという香港北部の工場地帯に行く。広東省のトンクン工場で作っている商品のサンプルのピックアップだ。1970年代は軽工業製品は香港の工業地帯で作っていたのだが中国が小平によって改革解放されて華南に特区が出来上がり香港の工場は次々と華南に進出して、それまでの香港の工場は西側に向けた営業・販売拠点となったのだ。

 

この会社の入居しているビルも、その頃を知っているぼくは全然気にならないしむしろ懐かしいくらいだが、21世紀の今、日本人がいきなり訪問するには二の足を踏むような異様な雰囲気がある。

 

各階は元々工場が入っていたため天井が高く壁はすす汚れて各階の端っこにあるトイレは掃除など面倒くさい事をしなくて良いように、バケツの水を天井から床までぶっかけて終わりって作りになっている。

 

エレベーターはガタガタと揺れていつ落ちるかわからないようだし床にはむき出しの鉄の板が錆びた状態で横たわっており、そこにはいつもボルトや油で汚れたほこりや死んだゴキブリが転がっている。薄暗いエレベーターの中で目的の階に到着するまではまるでホラー映画の舞台にいるようだ。

 

さてそのビルの目的階に到着すると、あれ?会社がない。ウェブサイトで確認してきたのだが、ない。仕方ないので電話すると「ああ、あなたは間違った場所にいるよ、古い資料しか観てないでしょ」だって。おいおい、君の会社のウェブサイトを見たんだよって言いたくなったが、初対面の香港人を怒らせて相手のプライドを傷つけると話が進まないのは経験上覚えているので「とにかく新しい住所を教えてくれ」と「お願い」した。

 

それから道路の向かいの引越し先のビルに行きオフィスに入ると、そこもまさに昔の香港だ。実用一点張りで色気も何もない受付と英語のえの字も話せない若い無愛想な女の子が「なんの用だ?」という顔で「何しに来たんだ?」と広東語で話しかけてくる。

 

ふむふむ、これも想定内の対応であり雰囲気で「お前のボスに会いに来たんだよ、ガキ」って伝えるとさらりと態度を変えて「お飲み物はどうされますか?」だと。これも想定内。

 

そんなこんなで初対面の香港人を相手に一時間ほどあーでもないこーでもないとサンプルについいて話をしてから受け取り、でもってホテルに戻る。

 

ホテルで荷物をまとめて香港空港に向かい台北経由で福岡へ向かう。



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2013年04月14日

「日教組」森口朗 〜書評〜

最近まとめて買った本の中にここ数年で発行された「日教組」「創価学会」「日本共産党」などがある。それぞれ歴史的背景や社会的背景を丁寧に書き込み客観的な事実とデータを基にしているので大変勉強になった。

 

森口朗氏のこの本は日本教職員組合に関する歴史的、文化的な背景説明とその後の社会党系と共産党系の確執、1970年代の労働組合運動における日教組の位置づけ、その後の日教組の活動の変化や地域ごとの労働運動のバラツキ、現在における日教組の存在価値、今後の動きなどを、非常にわかりやすくまとめて説明している現在本。

 

決して日教組憎しで書いているわけではないので先入観念なしに読めば勉強になります。自分で日教組について考えることも出来るお勧めの一冊です。

 

現在本って意味は今の時期に通じる旬の本って意味だ。この本は民主党政権時代に書かれておりその後の自民党の新しい日教組対策が出てくると内容に齟齬が出てくる可能性がある。つまり本書内で取り上げた内容が自民党時代の日教組対策ではあまり意味がなくなったりするからだ。なので興味がある人は旬のうち、今年のうちに読むべきだろう。

 

日教組は一般社会から批判の強い組織であり嫌われ度は一般社会人がその組織とどれだけ直接の繋がりがあるかによる。

 

例えば子どもを持つ親からすれば日教組が直接嫌いになるだろうが、それも各県ごとに日教組の組織度は随分差があるのですべての市町村で総スカンというわけではない。

 

文中では日教組と言えどもピンきりで本当に共産主義を信じて(というか学生の頃からそればかり信じて主張してきてジジイになった今更自己否定をするほど勇気もないから言い続けてたら定年になってこれでますます言いたい放題になった)隠れ共産党として行動する狂信的コア連中とそれに振り回されて今更やめられない弱虫がいると説明している。

 

どっちも酷いが例えば闇専従で革新的に共産党やってる連中に払ってる税金は公金横領で金銭犯罪だが弱虫として寄生して時々集会や組合活動をして子どもにまともな事を教えないのも教師としては最低であり、彼らに払っている給料の方が合計金額としてケタ違いに大きい。

 

なにせ日教組は親の見てない授業時間に共産党の歌「インターナショナル」を歌わせたり彼らの主張する「正しい歴史認識(中国とソビエトが自分たちのやった事を棚に上げて日本がすべて悪かったとするいいがかり)」を子どもたちに教えていたりする。

 

共産党にとっては世界は一つでありその中心にいるのはソビエトでありそれ以外の国は存在そのものが間違っている、だから日本の「国歌」なんて存在自体が悪であるものの歌を歌うなんて、シラフで両親の前でエッチな替え歌を歌うようなもので、有り得ないのだ。

 

それは国旗も同様であり国旗とは世界に一つだけしかなくソビエトの国旗以外はすべて間違い、だから日本の国旗なんて振り落として当然、なのである。

 

皆さん、入学式や卒業式で国歌を歌ったり国旗掲揚をしてました?これは年代や県別で随分と違ってます。先生がストライキに行き授業放棄された経験はありますか?これも年代と県別で全然違います。

 

日教組が出来た当時は校長先生も教頭先生も日教組に加入していたとか歴史的事実も沢山出てくる。日教組が今までやってきた事、今やっている事、これからやりそうな事を客観的に描いているのだが、今まで日教組を嫌いだけどその存在がどうやって創りだされたか、から始まって何故学校の先生が生徒を放り出してストライキをしてきたのかがどうしても理解出来ない人、是非お読み下さい。



tom_eastwind at 12:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

2013年04月13日

敬して遠ざける

付き合いは大事であるが、僕の場合その意味は「バカと付き合わない」である。時間の無駄を喜ぶ奇特な性格の人間ならそれでも良いのだろうが、ぼくは自分が一回限りの人生を生きていると思っているので自分の人生を大事にしたい。

 

これは実は松下幸之助が同じ事を言ってるのだが、付き合う人は選べ、文句ばかり言ってたりこっちがやる気なくすような話ばかりするネガティブな人とはその人に金を握らせて「これでそのへんで飯でも食っておけ、とにかく近寄るな」とでも良いから積極的に距離を置け。

 

松下幸之助は中村天風を師としている。稲盛和夫氏は京セラを立ち上げ電話会社auを立ち上げ最近では日航を再建した人であるが、彼もまた中村天風の弟子である。中村天風は常に「人生は一回限り、後悔のない生き方をしよう」と訴えていた。

 

人生は一度しかない。限りある人生をどう生きるか?金だけではないだろう、嫌な思いをしながら毎日働かされてば仕事の終わった後にどこかで鬱憤を発散させるようになって幸せか?その鬱憤はぶつけられた方が嫌な気持ちになり、ぶつけられた方が仕事を終わって飲みに行った先でまた誰かに鬱憤をぶつける。

 

そうやって嫌な思いがぐるぐると今の日本中を巡り巡って黄砂のように覆っているような感じだ。なんてか悪い気持ちの循環現象である。これがまわりまわってモンスターなんちゃらを生んでるのだから、それでいいのかって感じだ。誰もが責任を取ることを恐れて責任を被せられることにビビって何も新しいことが出来ずにいる。

 

それもこれも鬱憤の悪循環があるからだ。何かあれば他人に怒りをぶつけてそれで気晴らしをしようとするが、それはまわりまわって自分が労働者になった時点で顧客からぶつけられるのだ。

 

こういう悪循環を断ち切るためにはどうするか?それは、仕事も含めて嫌ならするな付き合うな、である。それも、積極的に、だ。

 

バカと付き合って楽しいことは何もない。バカが移るだけだ。バカと喋ってる時間があればその時間を読書に使い思考に使い自分のために使うべきだ。馬鹿同士が集まってダラダラと傷の舐め合いとかお互いに褒めて喜んでやっと自分の位置を確認出来る馬鹿同士の付き合いなど時間の無駄である。

 

学ぶべきものはたくさんある。バカとくだらん飯食ったりくだらんお茶したりくだらん付き合いしたりすることで何も得ることはない。

 

ではバカの定義とは何か?それは、何も作り出さずに愚痴ばかりこぼして他人をけなしながらも他人に頼って生きている人間である。

 

そんな連中はほっとけ。切れ。それがPTAにいるなら敬して遠ざけろ。それが客なら断れ。人生は一回、バカを相手に無駄な時間を過ごしている暇はないのだ。

 

自分を大事にしつつ世間でバランスを取るなら、敬して遠ざけるのが一番良い方法である。ちなみに僕はそれが苦手で敬せずに喧嘩して相手を敵に回すのだが(笑)、これはやめておいた方が良い、あまり善いことはないから(あはははは、体験論です)

 

これからニュージーランドに移住をする予定の方は、現地にいるかってだけで日本人を信用せずにちゃんと常識を持って相手を観て、最初の半年くらいは付き合いは出来る限り控えておくことをお勧めする。バカや粘着に捕まったら大変な騒ぎになるよ。

 

中村天風の話についてはまた時間のある時に書きますが、もし自分の心が揺れ動いているのならすぐに読んで下さい。自分の心が安定しない人には中村天風は効果があると思ってます。

 

 



tom_eastwind at 09:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月12日

中国脱出

★記事開始★

2013.4.11 07:46 1/3ページ)[石平のChina Watch]

上海市内にある移民相談センター。第3次移民ブームが起きている (長谷川周人撮影)

 

 今月4日、中国の各メディアは海外移民に関する一つのニュースを報じた。2012年の1年間、中国からカナダへ移民した人の数が3万2900人にのぼり、中国は、カナダへの最大の「移民輸出国家」となった。

 

 実は今、中国で大規模な移民ブームが起きている。今年1月に発表された「中国国際移民報告(2012)」によると、中国現代史上3回目の「移民潮(ブーム)」が起きているという。過去2回の移民ブームと比べれば、今回は富裕層と企業家が主力である。報告によれば、1千万人民元(約1億6千万円)以上の資産を持つ中国国民の6割はすでに海外へ移民してしまったり、あるいは移民を検討している。さらに、個人資産1億元以上の富豪企業家では27%が移民済みで、47%が検討中であるという。

 

 中国の経済と社会を支えていくはずの経営者と富裕層による雪崩式の移民ブームは当然、国内で大きな問題となっている。先月5日に開幕した全国人民代表大会では、代表の一人である企業家の王挺革氏が、「移民による人材と富の流出は甚大で、国家がこうむる損失はあまりにも大きい」と指摘し、「一刻の猶予もなくそれを食い止めなければならない」と提案した。

★記事終了★

 

さすが中国人民、逃げ足の速さは天下一品だ。8年ほど前にバンクーバーに現地法人を二つ持ってた時のことだが、バンクーバーの日本食レストラン、行くとこ行くとこ殆どすべて香港人経営だった。香港人オーナーの下手な英語でこき使われているのが日本人ウエイトレス達だった。

 

それでも香港人はまだ世界の常識を理解しているが、これで大陸中国人がレストランなんてやり始めたらとんでもない光景が目に浮かぶようだ。賃金未払いなんてざら、働くんなら先に保証金払えって言い出すかもしれない。

 

保証金、これ1960年代の香港では業種によって本当に存在した。例えばレストランで働いてて更を割ってしまって給料全部つぎ込んでも払えないような場合、皿洗いはトンズラするかもしれない。

 

普通の会社でも仕事で失敗して逃げるかもしれない。ましてや宝石店などは社員が宝石くすねるかもしれないってんで、入社する時に一定金額を保証金として払わされてた時代がある。

 

もちろん今ではそういう事はないが、大陸中国人あたりだったらそんな事もあるかもしれない。それほどに同じ中国人でも大陸と香港や台湾中国人の格差は激しい。

 

それと問題は大陸中国人の金の作り方だ。最近は多くの国家政府がカネの出所を聞かずに投資家ビザを発給している。

 

シンガポールでは急増した大陸中国人を今後は受け入れない方針を明確にしたが国別差別をするとまずいので投資家ビザそのものを廃止した。

 

ニュージーランドは資金の出所を非常に厳しく調査する。少しでも怪しい、つまり賄賂とかで稼いだ金は認めないので結果的にニュージーランドは中国人にとってビザ取得の難しい国になっておりこれが大陸中国人の入国を防いでいる。言葉を変えて言えば中国大陸で作られる多くの金は何らかの利権絡みであるという事だ。

 

なので永住権を取りやすいカナダや米国などへの移住者が増えており、中国人は中国内で共産党員として庶民からかき集めた金で北米大陸に移住して共産党政府から逃げようとしている。皮肉な話であるがそれが現実だ。

 

投資家ビザの要件が厳しい(資金の出所証明)為に子どもを学生ビザでオークランドに送り込み永住権を取得させて後で親が呼び寄せでやってくるって方法が盛んである。

 

クイーンストリートを歩いていると傍若無人な小デブの中国人がタバコを馬鹿馬鹿とふかしながら大声で歩き回っているのをよく見るし、若い学生が可愛い女連れて高級車で走り回っているのもよくある話だ。

 

彼ら学生は自分の住んでいる街では自分の父親が権力者なので法律など無視して一般市民に迷惑をかけている。迷惑どころか、ある街では大学構内を歩いていた女子学生を車で撥ねた学生がまだ生きていた彼女を戻ってきてもう一回挽いて殺したところ、校門を出る前に学生に囲まれた。

 

その時彼は「俺の父親はエライんだぞ!そこどけ!」と怒鳴った事件があって中国内でも大きな問題になった。

 

他にも真夜中のクラブに飲みに行った若者グループが周囲のみている前でお店の女の子を強姦したり乗合路線バスに座っていた女の子を若者集団が強姦したり、もう完璧に無法地帯である。

 

そのような街で育った糞ガキ連中はオークランドに来ても礼儀を知らないからいつも周囲の顰蹙をかっている。さすがにオークランドで女性を強姦したら逮捕されるから金で買えと親に言われているのだろう、そこまでバカな事はしていないが心のなかは自分の生まれた街と同じ感覚である。

 

思うのだが、オークランド南部に刑務所の塀で囲まれたチャイナタウンを作り中国人が150万ドルの投資をすればその中に入ることが出来てそこでキーウィ生活の常識を5年程度学んで、それではじめて一般社会に出られるようにする。それまではチャイナタウンから出る時はニュージーランド一時入国許可証が必要なようにすればどうか。

 

この入国許可証に条件を付ける。塀は朝の8時から夜の8時までしか開かないようにしておりオークランド市内で宿泊することは認められない。塀から出る時は胸と背中に大きなC印のバッジを付ける事を義務付ける。チャイナタウンの中には食料品店、衣料品、お寺、コンビニなど生活に必要な物はすべて揃っておりチャイナタウンの中でビジネスをするのはOK、けれどチャイナタウン以外での生活やビジネスは認めないってする。

 

こうすれば一般キーウィの眼に入ることは少なく一般キーウィに不愉快な思いをさせたり迷惑はかからないし、ビザ発給の際の資金の出所は問わないとすればニュージーランド経済にも貢献になる。

 

クイーンストリートを歩いていても中国人の中年のおばさんがちっちゃな子どもの手を引きながら地面に向かってガーガーと痰を吐いたりする姿やバスで割り込みをしたり歩道を臭いタバコの煙で埋めることもない。

 

中国では文化大革命時に下放された連中が現在の50代後半になっている。彼らの殆どは学問もなく智慧もなく薄汚いという言葉の意味が理解出来ず殆ど動物状態で生きている。ただ金を見た時だけは恥も外聞もなく泥棒でも何でもする。それほどに文化大革命は当時の中国人に超深刻な影響を与えてしまった。

 

そのような家に生まれた子どもは親のやることをそのまま真似しているから結果的に中国人を受け入れた場合、その街は汚れることになる。汚いのは自分の街でやってくれって事で彼らを一箇所に集めてしまえば問題は解決する。

 

実際に香港は中国領土であるが大陸からビザなしに入国は出来ない。一国二制度になっている。そのやり方を見習って、ニュージーランドも同様に中国人特区を作れば良いのだ、名前は、そうだな、チャットーとか再教育キャンプとかどうだ。誇り高い中国人が入るかどうかは別として(笑)。

 



tom_eastwind at 18:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月11日

他人の価値観を認めよう。

ここ数週間、価値観の違うお客様からの問合せが増えている。原発事故以来「避難地」としてニュージーランドを選んでいるのだがそれはニュージーランドの地元ルールを守った上でないと絶対に軋轢が発生する。ところが彼らの一部はそういう他人に対する気遣いや他人の価値観を認めるという余裕がない。

 

これは沖縄での話だが数年前に仕事で沖縄に転勤した東京人家族、偶然今も東京に住む友達に頼まれて原発避難をした家族の住居探しなどお手伝いをした。

 

ところが最初のうちこそ色々と話を聴いていたその避難家族、そのうち「あなたのご両親とか何故避難させないの?」としつこく聞くようになった。あんまり面倒くさいので「いやあ、親は親の生活や人生がありますから」というと「あなたは何でそんな親不孝なの!親に育ててもらったんでしょ!何を考えているの!」と怒りだして周囲の人々に悪口を言いふらすようになったという話である。

 

ニュージーランドの話に戻るが、日本のルールに慣れた人々は「お客様は神様」として扱って貰えると思ったり「札束で引っ叩けば何でも通る」と考えがちだ。しかしニュージーランドでは「お客様は同じ社会で生活する友達」でありお互いに何かあれば無償で助け合う文化が根付いている。お金があるから助けるなんて発想はない。

 

例えばこの国で一人でタクシーに乗る時、キーウィは大体の場合助手席に座る。同じ白人でも後部シートに座るのは米国人とかオージーだ。アジア人はもちろん後部に座る。では何故キーウィは助手席に座るか?

 

これは自分が友達の車に乗ることを考えてもらえば良い。あなたは友達の車に乗る時に後部座席に座るか?座らない。当然の如く助手席に座っておしゃべりをする。何故か?運転手の彼(女)が友達だからだ。

 

そう、NZにおいては運転手と乗客も金のやり取りをする以前に友達なのだ。同じ社会を構成する一員なのだ。

 

だもんで札束を見せて無理を押し込むような、お金だけの付き合いしかしない人は「札束」を見せればその有効期間しか通用せず期間が切れたら契約停止、その後も札束のない付き合いは一切せず、バーベキューに呼ばれても理由を付けて参加せず、Mr札束に不利な事が発生しても何もしない。

 

このあたりの機微を全く理解せずに自分の日本のルールで何かを押し通そうとする。その結果として本人が望んでいた目的は叶えられずとなる。

 

例えば不動産投資などであれば価格とリターンのみを日本式に考えて自分が考えてるビジネスモデルは口に出さずに一番自分に得そうな投資を選ぶ。ところが実際に自分が考えていた投資をニュージーランド側の法的側面や日本とのDTAを検討した上で説明出来る不動産屋などいない。

 

もしあなたが不動産屋の能力を調べたければ「ちなみに今回の購入でわたしは両国の税法的な扱いはどうなりますか?」と聞いてみれば良い。正確な答を返すことはまず不可能だ。

 

彼らは地元ルールも地元の法律も説明せずにとにかく「うらんかな」の発想で「何でもOK!」というが、一旦売ってしまえば後は知らぬふりである。購買前に確認した事さえ知らぬ存ぜぬであり結果的に欠陥物件を掴まされたり約束していた税務対策もやってくれず放り出して終わりだ。その為本人が考えていたビジネスモデルは崩壊して逆に大赤字になってしまう。

 

これなど本来はきちっと購入前のデューデリジェンスをかけなければならないのだが、不動産業者としては相手がその気のうちにすぐ売りたいし調べられたら時間がかかってボロが出てくるから「そんなもん不要!こんな良い話はすぐに他人が買いますぜ」と買い手を焦らせる。

 

ぼくはこのような不動産投資案件の失敗で当社に駆け込んできた人々を沢山対応しており、その方達とは問題処理以降10年以上の付き合いをしている方もたくさんいらっしゃる。逆に言えば不動産に関するトラブルは最近の話ではなく10年以上前から続くトラブルだと言うことだ。

 

ぼくらは不動産購入が後々どのように問題を抱合しているかが事前に分かっているから様々な角度から購入目的や運用、エグジットまで考えてプランを作るが「うらんかな組」はそのような事は一切考えないので結果的に地元で購入した不動産はきちんとした法律チェック、不動評価、デューデリジェンスなどにかかる保険費用(小銭)をけちって結局は大きな元手を失う事になる。

 

移住も同様だ。地元オークランドでは今でも「じゃあうちで一年後にワークビザを取ってあげるからそれまではワーホリで最低賃金で働いてね」という日本人経営者が存在する。そしてお約束のごとく1年後には「そんな事約束してないよ」で終わりだ。

 

それでも給料を貰えばまだましだ。中には賃金未払いのまま数ヶ月働かせておいてワーホリが文句を言えばそのまま首にすることもある。

 

移住の話にはぼくが聞いてて「あ、そりゃ嘘ですよ」ってのがたくさん転がっている。とくに地元キーウィビジネスマンが「俺と組まないか?俺がやってる仕事は儲かるぜ。俺が経営するお前が金を出す、これでうまくいけるじゃねーか」と言い出す時はやばい。

 

彼らは個人的には良い奴だがビジネスとなれば「お前か俺か」でしかない。儲かる話なら見も知らない日本人になんか回さない。儲からないからこそ後腐れのない日本人に話を持ちかけて泣き寝入りにするのがいつものパターンなのだ。

 

けれどそういう事は騙されるまでお客は気付かない。ぼくがいくら「それっておかしいですよ、通常オークランドではそういう話の流れにはなりません」と説明しても相手の耳は塞がっており正しい言葉を聞き入れる心の余裕がなくなっている。そして騙されて初めて自分の馬鹿さ加減に腹が立ち最後には「ニュージーランドが悪い!」と言い出す。そういう事態に陥って「はい。移住失敗」となる。

 

ぼくは永住権を申請したり不動産投資をするお客様を失望させたくないし10年単位の長い付き合いをしてきたい。だからこそ最初の入り口でこの国をコアとして考えてもらえるかどうかをまず見させて頂く。この国に合った考え方を理解して頂けるか?そこを大事にしたい。金があるか、ではない、心が通じるか、言ってることを理解してもらえるか?が大事なのだ。

 

自分の情報さえ出さずに相手に聞きたいことだけを聞いて後は別の会社を自分で探して安く治めるなんてのはこの国で最も嫌われるやり口である。この国では普段のビジネスでも随意契約が普通であり相見積もりを取ると次からあまり相手にされなくなる社会だ。

 

頼めば全部任せる。その代わり任された方も彼らなりに頑張る、そういう仕組、古い日本のしくみが残っている。なにせキーウィ社会ってのは古い日本社会と同じで、同じ街で一生付き合っていくのだから自己中心の人間は嫌われる。

 

このあたり本当に説明が難しいが、ぼくはこの社会に落下傘降下して今の会社をたったひとりで立ち上げてきた経験上、オークランドのビジネス社会が肌で分かる。この国のスタンスで仕事をしているからうちの取引先はいつでも最優先でうちの話を聞いてくれるのだし裏情報を流してくれるし市場や政治がどう動いているかを教えてくれる。

 

肌の色は黄色と白だし使ってる言葉は日本語と英語であるが、同じ価値観の人間同士が日本とニュージーランドの架け橋になることが出来る。

 

そして橋の北半球側と南半球側、両端にいる人達がそれぞれに利益を得て良い人間関係を構築出来ていずれは毎回架け橋を使わずともホットライン一本で直接話が出来るようになれば、それこそ日本とニュージーランドの文化が近まっていく日である。そのためにも価値観を大事にしていきたいと思う。



tom_eastwind at 14:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月10日

起業家ビザが次第に難しくなっている件について

毎年4月の日本出張はオークランドと東京の季節がピッタリになる時だ。最高気温20度、最低気温10度くらいでオークランドはこれからスコールのような雨が降り始めて冬に突入、東京はこれから雨季を迎えてぎんぎらぎんの夏が来る季節だ。

 

ぼくの洋服棚は夏服と冬服を一緒に置いておりいつでもすぐに出せるようにしている。その代わり服の数は少なく組み合わせ勝負と言ったところか。

 

ここ一年でビザ取得に時間がかかるようになった。去年前半までは件数も少なく起業家申請して早いケースでは一ヶ月で取得出来た。平均でも3ヶ月以下であった。それが去年中旬くらいから審査にかかる時間が伸び始めて最近は9ヶ月から1年である。

 

でもって以前なら一発で通ってた企業のビジネスモデルも去年後半からは審査基準がどんどん厳しくなってきた。その理由の一端が中国人の起業家申請に無理があるケースが急増してきて既存のビジネスモデルの合理的証明を要求するようになったからだ。

 

そしてここでいつもの問題が発生。南太平洋の小島であるニュージーランドに生まれニュージーランドで育ちキーウィ式のビジネスしか知らない担当者が北半球の生き馬の目を射抜くビジネスなど理解も出来ず、いくら普通の英語で喋っても彼らはその意味がわからないから間抜けな質問をしてくる。

 

世界の通貨は一日で500兆円くらい流動しているがそのうちの殆どが米ドル、日本円、ユーロである。キーウィドルなんて太平洋に浮かぶ木っ端みたいなものである。その市場では一日で大金持ちになる人もいれば一日で資産を失う人もいる。その資産は数億円単位だ。

 

トリリオンというのは兆円という意味だ。Trillionとなる。キーウィに日本の市場サイズを説明する時に「例えば日本の個人資産は1400兆円(20Trillion KiwiDollars)と説明すると誰もが目を丸くするか最初から「ふん、そんなんあるわけないじゃん」とバカにした顔をするくらい彼らは田舎者であり経済音痴なのだ。

 

なんせ2012年のニュージーランドの名目GDP2,090億ドルだけしかない。日本人の個人資産の合計はキーウィが一年間に作り出すお金(GDP) の100年分であるのだからそのサイズは到底理解不能であろう。

 

投資家や起業家の場合は関係者にはまず日本市場の大きさを説明した上で北半球で行われている(南半球では殆どの人が知らない)ビジネスモデルを説明して、それが何故利益が出るかを説明して、それが何故ニュージーランドで実施可能なのかを説明して、最後に資金の源泉を説明するのだが、これが本当に大変だ。写真でさえ北極を見たとこのないキーウィに北極を説明するようなものだ。

 

ビジネスを作るお金をどうやって作ったのかって、それが例えば投資家プラスの10億円なら少しは説明も必要だろうが、数百万円から可能な起業家ビザでさえ資金証明を求めてもいちいちやれるもんじゃない。

 

だから最近のうちの仕事はまるで新人政治家がいきなり担当大臣になったので毎日一生懸命実務を説明している官僚の政務担当官みたいなものである。

 

起業家のビジネスモデルはそのアイデアと実現可能性、地元社会への貢献度で評価される。もちろん未来の話なので成功するかどうかは時の運って部分があり、もし予定どおりに進まなかった場合は一定の条件下で起業家ビザの延長もしてくれる。

 

しかしもちろん起業家ビザが全く申請出来なくなったわけではなく、うちも申請したケースはすべて起業家ビザを取得している。ただ以前よりも時間がかかるようになったというだけだ。通す方法はいくらでもある。

 

そこでどんな起業家があるか、具体的な話をしてみましょう。これは実際には申請者の背景やビジネス分野と密接に関連するのでそのままストレートに誰にでも適用出来るものではないという事は予めご理解ください。

 

それと最低条件として起業後2年間は起業家ビザ申請の際に作成する年間売上予測に合った黒字にする事と現地の雇用を1~2名確保すること(永住権保持日本人でも良い)が前提となります。

 

例1:

わかりやすいところでキャンパーバンを改造したラーメン屋台。オークランドには最近ナイトマーケットが流行っており世界からやってきた人々がオークランド市内の大きなモールで営業終了後の駐車場を使って盛大なマーケットを開いている。

 

他にも日曜日のヒルのサンデーマーケット、などなどがあり、別途平日や終末の昼間にアジア系のスーパーや市場が集合しているあたりに駐車して地元のアジア人に日本式ラーメンと唐揚げに餃子、巻きずしなどを売ることが出来る。

 

これは仕込み、運転、販売、厨房、新規開拓営業などで人員が必要になる。黒字化するにはきちんと市場調査をする必要があるがかなり具体的でわかりやすいビジネスだ。

 

例2:

インターネットを使って日本でニュージーランドの各種産品を販売する。これは日本で輸入しやすい商品を選ぶ必要があるのと、日本のどの層に向けてどのように売り込むかのセグメントをかなりうまく調査する必要があるが、販売開始時点でそこさえうまくいけば後は注文が自動的に入るようになる。

 

例3:

建築設計関連ビジネス。これは今ニュージーランドが必要としている職種である。住居を新築したり改築したりレストランの改装とかの設計と施工が出来ると良い。釘打ちやのこぎりを使うのは現地の人を雇うので雇用は生まれる。一級建築士とか有利な仕事である。

 

他にも色んな例がある。ぼくの仕事は「俺なんか何もない・・」と思ってる人の性格と業務実績から答えを導き出すことだ。

 

結局ポイントは、今までならどんなビジネスでも良かったがこれからは他のキーウィの雇用を奪って自分の雇用に結びつけるような「キーウィでも出来る既存ビジネスの後から参入」ではダメよというサインである。

 

そしてもう一つ。ビジネス立ち上げの準備期間を理解してもらいた。よくある話で、移住は2年後なのでそれから考えますというが、それは時間軸がずれている。

 

実はビジネスモデル作成と申請は2年後に渡航をすることを前提に今から始めても早すぎはしないのだ。というのが、まずビジネスモデルが本当にいけそうなのかの市場調査から始まり法的側面の問題点を確認してある程度いくつかのビジネスを計画するまでに最低でも半年はかかる。

 

そこから弁護士と面談をして正式に申し込み。その後申請書類作成にかかるのが約3ヶ月~5ヶ月。一応5ヶ月としよう。申請してから審査に入るまで現在は約3ヶ月待ち。審査にかかる時間が約半年。この間にクリスマスホリデーが一ヶ月ほど入りすべての審査は保留、誰もがホリデーに出かけてしまう。

 

そうなるとビザが発給されるまでの期間は約21ヶ月。その時点で日本でビザを受領してから入国して実際にビジネスを開始するまで9ヶ月間の余裕がある。というかビザは最初の時点では9ヶ月しか発給されない。

 

実際にビジネスを開始してから必要書類と共に移民局に延長申請をすると残りの27ヶ月が発給される。二つを合計して36ヶ月。つまり3年のビザが取得出来る。

 

なのでもし移住まで2年後なのでそれから計画を立てようとすれば実は今から計画をたてるほうが効率的なのだ。

 

こういうのは実際に現場で仕事をしていないと分からない内容である。もちろん移民局相手の仕事なので時間フレームは絶対に正しいとは言えない、あくまでも平均的な流れである。けれどこれからビザ申請を考えている人には「こう考えるのか」と勉強する機会になればと思う。

 

4月20日午後13:00から東京恵比寿で説明会。その前後には個人面談を行なっている。もし興味のある方は、自分で考えてもグルグルとトグロを巻くだけで全然先に行かないので説明会や個人面談に参加されることをお勧めします。

 



tom_eastwind at 18:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月09日

今、そこにある危機

2013.4.8 12:48 [北朝鮮]

 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞(電子版)は8日の論評で、日本が北朝鮮に対する独自制裁の2年間延長を決めたことを「悪辣だ」と非難し、「日本当局は在日米軍などもわがミサイルの射程内にあることを知るべきだ」と重ねて威嚇した。

 論評は、日本が「朝鮮半島情勢を悪化させた張本人が米国だと知りながら、それに追随しているのは卑劣だ」と主張。また、別の記事では、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効した28日に日本政府が開く「主権回復の日」式典を「軍国主義の再生」を狙ったものだと非難した。

(共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130408/kor13040812490002-n1.htm

★記事終了

 

そうだろーな、昨日書いたブログを今朝UPしてから上記の記事を読んだが「日本も射程内にある」今度は可能性があると思った方が良い。陰謀論というわけではないが、日本政府としても来る参院選で大勝をするためには出来る限りたくさんの手札を持っていたい。そのうちの一つが北朝鮮との確執カードだ。

 

不安定な国内をまとめるのに外敵を作るのは基本である。国内で現時点では成功している安倍政権でも経済運営を一つでも間違えば沈没してしまう。そのことを誰よりもよく分かっているのが安倍首相である。

 

今のうちに総連ビルを購入して「追い出す選択肢」と「継続貸付する選択肢」を持ち同時に北朝鮮の威嚇に対しては明確にNOを突き付けて暴力的脅しには一切妥協しない「強い首相」を国民に見せる。元々北朝鮮による拉致事件を通じて北朝鮮と対決姿勢を見せていた安倍首相であれば国民は付け焼刃とは思わない。

 

結果的に金正恩がおたついてミサイル数本を撃ち込んできたら大義はこちらにあるから米軍とともに北朝鮮に戦争を仕掛けられる。そして北朝鮮をここまで図に乗らせたのは前政権である民主党となすりつけが可能だ。

 

ミサイルで死ぬのは数千人、それで日本国家12千万人全体が「おれたち元気じゃん!」とか気持ち的に復活してくれれば安いものだ。これは伝統的に米国の戦いの始め方である。

 

第二次世界大戦当時に他国との戦争を嫌っていたモンロー主義のアメリカ人を太平洋戦争に駆り出したのは「宣戦布告なき不意打ち」であった。

 

朝鮮戦争では北に誤った情報を提供する事で米軍は攻めてこないと踏んで越境攻撃を加えた北朝鮮を思い切り叩き、本来行われるべきであった南北統一選挙での敗北を予め避ける事が出来、その後の60年を朝鮮半島に橋頭堡を作ることに成功した。

 

ベトナム戦争に公式に参戦することになった時もまずトンキン湾事件をベトナムのせいにして先制攻撃を受けたから戦争に参加するという形式を取った。

 

今の安倍首相にとっては長い雌伏の時に十分考える時間があった。今一つ一つのコマは彼が計算したように動いている。それは対北朝鮮問題も同様だ。新しい首領様がどう動くか十分な情報を仕入れて硬軟両方で首領様を揺さぶり「撃つなら撃ってみろ!」という対決姿勢を明確にしている。

 

米国の北朝鮮情報は韓国側から受け取ったものが多いが、これは実に不正確である。北朝鮮による砲撃の意味、韓国の艦船が撃沈された時の不審な対応、ここ数年の米国は中近東に意識を集中させていた為に東北アジアの情報収集能力が劣化していた事は間違いない。

 

このあたり、日本は現時点ではかなり先を行っている。悪くない。ミサイルの撃ち込まれた場所にいる人は運が悪かったとしか言いようがないが、それが現実の政治である。小を捨てて大を救うのが政治であり政策である。

 

では人民はどう対応すべきか?上に政策あれば下に対策あり、ここ一週間程度は米軍基地のある地域に近づかないことだろう。打ち合わせの仕事があれば理由を付けて安全な地区に打ち合わせ場所を移す、やむを得ずそこに行く場合はできるかぎり短い時間で終わらせる。などなど、台風の吹き荒れる時は「君子危うきに近寄らず」である。

 

人の命は地球より重いなんて平和ボケなセリフが政治家の口から出た時こそ何かの駆け引きが裏で行われていると思ったほうが良い、むしろ安倍首相のように堂々とやってくれる方が余程わかりやすい。

 

いずれにしてもここ数日で何が起こるか分からない状況が続く。何故わからないか?それは金正恩でさえこれからどうしていいかが分かってないからだ。日米中の次の動きはある程度予測出来る。水面下の駆け引きは続くが、今回の騒動では日本は政治面では国家としては良い位置に付けていると思う。

 

それにしてもミサイルの射程内である日本の記事よりも世界を飛び回っている英語記事の方が危機感が高いのが興味のある点だ。自分だけは絶対安全という政府の安全神話がよほど脳髄の奥に洗脳されて染みこまされているのだろう。

 

危機は常に存在する。潜在か顕在は別として、常に存在している。それに対し100%安全という手段はないがリスクを減らすことは出来る。危機を認め危機に対応する社会のほうが僕としては余程現実的であると思ってる。



tom_eastwind at 07:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月08日

アメリカ人のバカ話

★記事抜粋開始★

国同士の行き来がたやすくなると同時に、移住するケースも増えてきました。どこの国にも海外出身者がいますが、その出身国のことを理解してもらえないことも多いようです。

 

「外国からアメリカに移住してきた人々が、アメリカ人から尋ねられたクレイジーな質問」というテーマで盛り上がっていた、海外掲示板の内容をご紹介します。

 

●じゃあ僕から。フランス人だけど、近所の20歳くらいの女性に聞かれたこと。「フランスの子供って、いったい何年生くらいからフランス語を勉強しはじめるの?」実話だ。

 

●外国人が現地で、バカな質問をされるのはどこでもあることだよアメリカだけの専売特許というわけでもない。僕はチェコ人だけどチェコ共和国には地ビールはあるのかと尋ねられた。今はボスニアに住んでいるが、自分の母親でさえ、周りはムスリムばかりで危険じゃないのかとか、ハイキングへ行くときは地雷地帯を歩き回らなくちゃいけないんじゃないのかと聞いてくる。

 

●アメリカに5年住んでいる。「あなたの国ではどんな言語を学んでいるの?」とか、「英語をちゃんと学んでいてとても良い移民ね」とか言われる。ちなみに私はイギリス人。あと、かなり大勢のアメリカ人が、なぜイギリスでは74日の独立記念日を祝わないかと不思議に思っているようだ。

 

●アメリカでしばらく仕事をしていたことがある。誰かがどこの出身かを聞いてきたので、アイルランドだよと答えたら、彼女は「ははは」と笑って、本当はどこなのよ?と聞いてきた。当惑してアイルランドだよと答えた。このやりとりが繰り返され、最終的に彼女は「みんなアイルランドが実在の場所じゃないって知ってるわ、小さな妖精が暮らすおとぎ話に出て来る場所よ。からかうのもたいがいにして、私はバカじゃないのよ」と言った。最後のセリフが引き立っていた。

 

●ニュージーランドのマオリ族は泥の家に住んで、草のスカートを履いているのかと尋ねられた。

 

●僕がアメリカにいたときは、学校に登校するときカンガルーに乗っていくのかを聞かれた。

 

●僕はアジア人でニュージーランドのアクセントだけど、これが混乱させるらしく、何度か「英語をしゃべってるのか?」と聞かれた。

 

●「アイルランドには車はあるの?」これウソじゃないんだぜ。しかも5回くらいあるんだ。

 

●私は「フランスではペットはいるの?」と聞かれたわ。もう返事は「いない」と答えてる。ついでに「フランス人は動物を何でも食べるので数が減ってしまい、かたつむり(エスカルゴ)まで食べるようになったのよ」と答えてる。

 

●マレーシア人だが、大学の面接で審査委員の1人が「今でも木の中に住んでいるのか」と聞いてきた。もしそうならどうやってネットで大学に応募出来たんだよ。

 

●外国に対してばかげた予測をするのはアメリカだけじゃないぞ。僕はイギリス人でタイに2年ほど住んだが、イギリスにトラはいないと言うと、信じられないという顔をされた。

 

おおアメリカ人たち……。もちろん外国のことは知らないことの方が多いものですが、さすがにイギリスあたりさえ良く知らないというのは驚きです。

 

日本もよく誤解されることがありますが、失礼のないよう最低限の海外知識は持っていたいものですよね。

http://labaq.com/archives/51741083.html

★記事抜粋終了★

 

この手のバカ話は僕も経験がある。ニュージーランドに住み始めた時に昭和天皇が崩御された。その時周囲のキーウィが全員深刻そうな顔をして「日本人はこれから1年はニュージーランドに来ないわね」と言われた。どうやら日本人全員が喪に服して一年間は海外旅行に行かないと思ってたようだ。実話である。

 

香港でホテルを予約した時の事だ。フロントで僕の目の前で「日本人夫婦が部屋を予約する時は必ずツインでないといけないんだよ、ダブルはダメなんだよ」と新人フロントスタッフにしたり顔で教えるベテラン香港人スタッフ。そりゃ30年前の話でしょと心のなかで笑ったものだ。

 

世界的に他国に対する知識が乏しいのは米国だってのは何となく分かる。自分がジャイアンだから周囲の小国のことが頭に入らないのだろう。世界は英語で出来上がってて世界にはアメリカしかなくてニュージャージーの横にニュージーランドがあるって本気で思うくらいの脳みそが多いのも分かる。戦争やってるのにどこがイラクかアフガニスタンか指差すことも出来ない。

 

けどそんなバカばかりでは米国の運営は不可能であり、少数であるが優秀な人々は多い。その、ごく少数の本当に頭の良い米国人は上記のジョークのようなバカな事を聞かないし自分で答がわからない質問はしない。

 

その少数の賢い米国人が今一番答が分からなくて困っているのが北朝鮮だろう。答えがわからないから質問も出来ない、「おい、撃つなよ」としか言いようがない。

 

以前も書いたが北朝鮮情勢はますます困惑の度を高めており中国の立場がますます難しくなっている。金日成も亡くなり朝鮮戦争の記憶も薄れてくれば現実的な面でこれ以上北朝鮮のワガママを許す必要もなくなる。

 

金正日が首領様の時も随分と危ない橋を渡って駆け引きしたが、正直中国は「もういいかな」と思っているだろう。金正恩が若く何をするか分からないが中国にミサイルを向けることは有り得ない。

 

だがこれで米国から「なんだあいつ、飼い犬の面倒も見れないのか」と思われるとプライドが許さない。そうなれば中国が先に手を打って鴨緑江を渡り金正男を傀儡首領様に立てることもあり得る。

 

しかしこれは米国の要請で行うわけではないと言わねばならないしし米国の要請を聞く必要もないという姿勢を貫かねばならないので米国に中途半端な情報を提供するわけにはいかない。やるとなれば一気に北朝鮮に乗り込むしかないがその情報は危機管理を行なっている米国に伝わるのはギリギリまで伏せておくしかない。

 

日本では一応トップ記事になっているものの読む限りあまり日本の一般大衆が危機感を持っている印象がない。じぶんのところにミサイルが撃ち込まれないと思ってるのだろうか。

 

それに対してニュージーランドの日曜日の夜のニュースではトップ記事でオバマの動きを伝えつつ「一触即発、かなり危険な状態にある」と伝えている。

 

ニュージーランドにミサイルが撃ち込まれるわけではないので気軽に危機を訴えられるのだろうがこの国も北朝鮮と国交がありオークランドには北朝鮮領事館もある。

 

聞いたところによると北朝鮮情報はオーストラリアやニュージーランドの在北朝鮮アタッシェ(外務省役人)あたりが仕入れて米国や日本などに流しているとの事。

 

北朝鮮は中国や米国や英国アタッシェに対しては注意をして情報提供をしているが南半球のカンガルーやコアラやキーウィの歩きまわる国の事はあまり来にしてないというか、わざとオセアニアの小国を使って情報提供をしているようだ。

 

北朝鮮は米国本土に直接撃ちこむだろうか?自分が北朝鮮の首領様の立場になれば、おそらく最初に撃ちこむなら日本だ。米国本土に撃ちこめば米国との交渉は完璧に断ち切られて後は米国との戦争しかなくなり中国が救援に来なければ敗けるのは目に見えてるし今の中国は救援をしたくない状況にある。

 

米国を脅して武力衝突をしながら全面戦争を避けるなら?在日米軍が駐留する横須賀、沖縄の嘉手納あたりを狙うことは十分に考えられる。日本を直接攻撃するには言い訳がなさ過ぎるし韓国を攻めるには近すぎて一気に在韓米軍との正面衝突になるからだ。

 

難しい舵取りの中で米国人が北朝鮮出身の人間に米国式ジョークを言うとなればどうなるだろう。

●「ねえ、オタクのミサイルって空に飛ぶんだっけ?」

笑えないジョークになりそうだ。

 

 



tom_eastwind at 10:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月07日

断食

今日は断食の話。うちの会社に数年前に断食を定期的にやっている団体(本も発行している)が来てニュージーランドの日常生活の様子を視察していた。彼らはとても慎重な顔で深刻そうで誤解されたら困るけどって顔で「・・・体に本当に良いのは断食です、断食なんです」と言われた。

 

思わずメガテン、だってその断食、ぼくがいつも日常的にやっていることだもん。半日断食なんてしょっちゅうだし一日気づいてみれば全く何も食ってないなんて日もよくある。なので秘密を打ち明けられたような話し方をされたがこちらからすれば「それで本を書けるんですか?じゃあ僕も!」と思うくらい正直びっくりした。

 

けれど考えてみれば世間一般では一日三食が常識であり昼飯抜きなんて言うと「何て不健康な!」と言われてしまうから、断食を普通に語るのは難しいのだろうと推測できる。

 

断食ってかぼくの場合は子供の頃から口に入れた食べ物が美味しいか不味いかは舌で判断してた。当時の野菜はしびれる苦味がありどうやっても食えない。だから食わなかった。すると大人は「出されたものはちゃんと食べなさい、野菜は体に良いのよ」と言われたものだ。

 

けどインスタントラーメンは殆ど毎日食ってた。即席麺なんて体に悪い!という人は多いが、農薬まみれの野菜食ってる人に言われても説得力ないよなって思ったものだ。

 

一番良いのは「やば筋のものは一切食べない事」だがそれはさすがに無理な昭和の日本、それなら要するにどっちが長期的に食って危険が大きいかの比較論で考えるしかなかった。

 

当時小学生だったぼくは12時になったから昼食を食うという習慣がなかった。腹が減ったから食う、腹が減らないのに食っても体に良くない、かえって体が自然に対して免疫がなくなると考えていた。だからそのうち目の前に出された食事を見るだけでそれが自分に合うかどうか分かるようになった。

 

確かに即席麺は油を使った揚げ麺だしスープには化学調味料が入ってる。けど一日に100個も食うわけではない、あくまでも腹が減った時に一日一個食うくらいだ。基本は子供の頃からあまり食わない。農薬まみれの野菜よりまし、そう思っただけだ。

 

おとなになってもその習慣は変わらず少しづつ朝ごはんを食べるようになったのはつい最近の数年だ。朝昼抜きで走り回って仕事なんてしょっちゅうだったし、その時は自分の体がどんどん気持よく脂肪を燃焼しているのを肌で感じてた。夜は軽く酒のツマミだけで白ご飯を食うことはまずなく、だから当時から細くはあっても痩せてはいなかった。

 

そこで本題。最近ある人のブログでこんな文章を見つけた。

***抜粋開始***

さて、わたしが病気で死に淵にさまよった時、はたしてだれかが手助けしてくれるだろうか?まあ、そんなことはまずないはずである。むしろ、「早く死ね」と言われかねないかもしれない。

そんなわけで、私がガンを宣告された時、私のこれまでのリサーチで最も有効だと考えていることを行うことにしているのである。何か? この際だから、メモしておこう。それは、断食である。

すると、断食によって、身体の中で兵糧攻めになった普通の細胞たちが、余分なガン細胞を餌と間違えて全部食い尽くすのである。この現象をオートファジー(自食)という。

断食せずにすむことを祈るのみですナ。

***抜粋終了***

 

断食にこのような効果があるとは面白い。けど確かに自分の脂肪を自分の体の細胞が食ってた感触の記憶があるので「あー、このコトか」と結構納得出来る。

 

食べ過ぎにしても体に悪いものを食べるにしても体にわるい環境で生活をするにしても、要するに自己責任である。自分が納得してそういう生活を送っているのだからそれで良いと思う。

 

たくさん食べることが体に良いと思い込んでいる人はその生活をすれば良い。少なくともタバコのように他人に迷惑はかからない。しかしそれを絶対の共有価値として他人、特に子どもに押し付けてしまえばタバコより迷惑だ。

 

何故ならタバコは少なくとも吸ってる本人が子どもに「こいつはいいぜー!お前も絶対吸え!」なんて言わないからだ。(けど現実は日本ではくわえタバコをした父親が子どもを肩車したりする光景をよく見かける。よほど脳みそが空っぽなのだろう)

 

断食とは問題がそれるが農薬のことは先日も書いたが、最近の日本の子どもの精神性疾患にはネオニコチノイド系農薬の影響があると一部の学者や医者が指摘しているところだ。これはニコチンと同様に中毒になる神経毒性物質であり昔の農薬は有機リン系だったが、これが10年ほど前からネオニコチノイド系に切り替わって以来病気のこどもが一気に増えた。

 

2012年の文部科学省の調査では子どもの15人に1人は発達障害の可能性があるとのこと。ミツバチ大量死との関連性も科学誌で発表されている。そして日本は世界でトップクラスの農薬使用量である。その農薬を作っているのは住友化学などでありその農薬を農家に売りまくっているのはJA全農でありその傘下の企業に天下りしているのは農林水産省の役人である。

 

大人たちの醜い利権争いが子どもたちの病気を招いてる。そのことに気付かない自分の頭で考えようとしない親たちがタバコの煙を子どもたちに吹きかけ農薬まみれの野菜を口から押しこんでいる。

これはまさに神様がバカな大人に対して「子どもが大事ですか?お金が大事ですか?」と問いかけているようなものだ。

 

ぼくは人間の体ってのは健康になるように作られていると思ってる。素直に自分の心に従って生きていれば自然と健康に幸せになれると思っている。「出されたものは全部食べる」って言ってもそれが自分の健康な生活維持に必要以上であれば肥満の原因になるだけだ。

 

断食が必要だと思ったり断食をして体の調子が良くなるようなら、それはやるべきだろう。

 

昔のことわざで「桜を切るバカ梅切らぬバカ」というのがある。桜は放置するのが一番、梅は枝をこまめに切ることを示しているが実は桜は切った方が成長するって事が分かっている。

 

「出されたものは全部食べる」とか「食べ物は残さない」とかを信じこむのは個人の自由であるが他人に押し付けることだけは考えて欲しいし、古いことわざに振り回されず自分で考えるくせを持ち、食べないという選択肢もあることを理解しよう。

 



tom_eastwind at 17:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月03日

「ママ、もうマスクしなくていいんだよね!」

ここ一週間、春休みを利用した下見渡航や3月末で退職しての本渡航などでオフィスは大忙しだ。下見渡航で6組、本渡航で3組を一週間でこなすので担当カウンセラーはオフィスを出たり入ったりして全員が一日揃う日がない。担当カウンセラーは毎日北はアルバニーから南はタカニニまで南北50km以上離れてる広いオークランドをまさに北奔南走である。

 

彼らはお客様のアテンドして小学校や住居探しなどを見て回るのだが、学校によっては校長先生が直接出てくれて話をしてくれるので時間調整が大変だ、先生の仕事はしゃべることだとわかってはいるが、先生、次の面談があるんですよねー(笑)。

 

この一週間で一番びっくりした話は親と一緒にやってきた小学生低学年くらいのちっちゃい子が大きな笑顔で「ママ、ここはマスクしなくていいんだよね!!」って嬉しそうに話す顔だった。そう、ニュージーランドはマスク不要なのです。てか、マスク付け銀行に入ったら強盗と思われる(苦笑)。

 

そして実際に渡航して生活を始めたお客様から一番良く聞く言葉が「長年苦しんでた花粉症がこちらでは全く発症しません」とか「子どものアトピーが治りました!」だ。

 

★2日付の中国紙、21世紀経済報道によると、中国で2010年に大気汚染が原因で健康を損ない死亡した人は123万4千人で、中国全体の死者の約15%を占めた。清華大で先月31日に開催された研究会で明らかにされた。専門家によると、呼吸するたびに微小粒子状物質「PM2・5」などの汚染物質が血液に流入するため、呼吸器系にとどまらず、脳や心臓の疾患も増加するという。★

 

今の日本の、黄砂、環境の日本から来た人にとってこの国の空気は彼らの故郷の空気よりも安全であり澄み切っており従って大気から雨となって降ってくる水も透明で汚れを含まずきれいだ。そしてその雨が大地のミネラルを吸って海に流れでるから海の資源も豊かになる。海辺の桟橋で30cmの鯛が普通に釣れる国も珍しいだろう。

 

つまり、空気、水、山の資源、河に汚染がない、海に流れ出る、それが蒸発して雲になり空気と一緒に大地に降るという循環が非常によい感じで行われているのだ。

 

だからこの国に来るとアトピーや花粉症が収まる人が殆どであり、逆に言えば他国から今の日本に来て道を歩く人が背中を丸めてマスクをしている光景は外人から見れば相当不思議な異国の風景である。

 

そしてけどここまで国民的に影響が出ているのは日本だけってのも特徴的だ。同じ空気を吸っても中国人の方が免疫が出来てるのか、それとも数年後に決定的な影響が出るんかなと思ったりする。

 

アトピーなどは食材の農薬、化学調味料から始まって大気汚染、アレルギーがあるしその他いろいろアトピーな事がある。アトピーの根治は食べ物、飲み物、空気の3つ全てを同時に対処しなければ完治しない。

 

花粉症の激増は杉の花粉だけではなく中国の黄砂も大きく影響が出ていると推測出来る。空中や食べ物や水から毒性物質が体内に入りそれが腸まで達して体内に摂取されいつの間にか体にアレルゲンを作り出し、そこに鼻や口から花粉が舞い込んで来た時に激しいアレルギー反応を起こす。

 

ならば花粉症の対処もきれいな空気、安全な食べ物、きれいな水を得られる環境に自分の身を置くしかない。どれか一つだけを薬で対処しても根治はしない。

 

なにせ黄砂にはセシウムも混在していることが調査で分かっているわけで元々の化学汚染物質に核の灰まで束になってやってくるのだからこりゃもう環境の絨毯爆撃のようなものだ。

 

日本人はただでさえ戦前から比べると運動しなくなり野菜の栄養素はガタ落ちしてそこに農薬たっぷり降りかかった状態の食い物を母親は子どもに「体に良いのだから食べなさい!」なんて言う。

 

が、じゃあ例えばほうれん草の鉄分が戦前と戦後でどれだか劇的に低下したか、化学肥料会社と農協が儲かる為だけに戦後どれだけの農薬が使われるようになったか、それを考えれば親の自己満足で子どもに毒を食わせているようなものだ。

 

こんなのまるで原発爆発以前に親が子どもに「原発は絶対安全で安いエネルギーなんです!」と言ってたようなのと同様だ。

 

ぼくは1980年代には福岡で米農家などを直接訪問して旅行の営業をしていた。その時お客様の田んぼや畑を見ると農家の表側にある広々とした農地の隅っこに竹竿で仕切ったちっちゃな場所がある。「これ、何ですか?」って聞くと60歳くらいのおじいちゃんが「おお、これは家で食う野菜や米だよ」と何気なしに答える。

 

「じゃあこっちの広々とした田んぼや畑は?」僕が聞く。

「ああ、そりゃ農協に出荷する分だ、俺達にゃ農薬だらけで不味くてとても食えたもんじゃないよ。第一農協は安全基準はクリアーしているって言うけど畔にいなくなった小魚や虫を見たら何が起こってるかよく分かるよ。俺たち百姓は農協には逆らえないけど自分が食べるものくらいは安全なものを食べたいからね・・・」と言葉を選びながら話してくれた。

 

人間にとって食は必要不可欠の物である。空気と水の次に必要な物だ。ところがその空気が汚染されて直接人々に健康被害をもたらし更にその汚染された大気が雨となって乱獲で禿山になった大地に降り落ち川となって海に降る途中に今度は工場で汚染された水が混ざりそれを何とか日本の技術で浄水して家庭に送水しているわけだが、どうなんだろう、アトピーや花粉症のような現代病が子どもが遺伝で自然に発症したとはどうも思えない。

 

原発事故以降多くの人がパニックになったが、これからは原発の基礎知識だけではなく日常を覆い尽くす様々な危険を理解して、人は危険と隣り合わせに生きていることを理解した上で最低限の環境知識を身につけておかないとまたも政府に騙されて、それこそテレビの特番あたりで「だいおきしーん!」とか「きょーぎゅーびょー!」などと振り回され意味のない不安と心配でそれこそ親の方が先に精神的に参ってしまう。

 

科学的に考えろ。本を読め。そして自分の頭で考えろ。そうしなければ必ずパニックになり何が本当かわからなくなり結果的に親の馬鹿さ加減が子どもを不幸にしてしまうぞとは思うが、そうは言ってもやはりマスクは付けさせておきたい親心であろう。

 

それにしても子どもが「ねえお母さん、ここマスクしなくていいんだよね」と嬉しそうに言うのを聞くと「僕らだけこっちに住んでて申し訳ないです」みたいな、何とも言えない気持ちになる。



tom_eastwind at 16:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月02日

在日特権を許さない市民の会だと??

在日特権を許さない市民の会が331日に在日韓国人の住む地域でデモ隊を組んで「お前ら出てけ!」とか「竹島は日本の領土だー!」とか大騒ぎして更に在特デモ隊に対してカウンター集会が開かれて警察を挟んでにらみ合い状態でお互いにかなり激論?中指立ち?になったそうだ。

 

このデモは僕から見るに日本社会の貧困層(特に無教育層、貧困でも教育や教養や知識があればこのような団体には参加するはずもない、親や本人の馬鹿さ加減を晒すようなものだ)に対する政府のガス抜き及び韓国政府がどう反応するか観測気球のような感じがする。

 

というのも当日デモに参加していたのは日本人らしい30歳前後の人々が中心でありデモの後のインタビューで参加者の一人の30歳くらいの男性が「何か、すっきりしたっていうか〜」というコメントがあったからだ。勿論そのコメントだけではないが一番わかり易い例なので使ってみる。

 

最近の中韓は危険な国内政治環境を背景にした「自国民が内政から目をそらす為の」反日運動が盛んである(それにうかうか乗っかるのも教育の程度が低いって証拠だが)。特に韓国では京畿道の議政府市議会は320日の臨時会議内で対馬の韓国領有を主張しており、これ自体は日本からすれば「はあ?!」って、口に入れた飯を吹き出す噴飯物だ。

 

君等元寇の時に中国の尻馬に乗って対馬を攻めて当時の領主を自害に追い込んだこと、もう忘れたのかと聞きたいくらいだが、ああ言えば上祐なんだろうな・・・。

 

しかしそのような韓国独自の内政問題での軋轢と「生まれた時から日本に住み特別永住許可を保持している在日韓国人」とは別物であるのは自明の理である。(北朝鮮を含めるとまたややこしくなるので論点は同様だがこの文中では韓国人と言う呼称で統一する)

 

こういう、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い的な何でも一括りでしか考えることの出来ない程度の脳みそだからこんなデモやって憂さ晴らししているんだろうなって思った。

 

例えばここで在特会の人々に聞いてみたい。彼らにとって「釜山港あたりに帰れ!」と言ってる韓国人の定義とは?チョーヨンピルか(笑)?例えば戦後済州島や釜山港あたりから戦災を逃れて日本に辿り着いた人々は韓国籍であり日本生まれではないから在特会の主張の中心となるところだろう。

 

けどその子どもたちは日本で生まれ日本で育ち韓国籍ではありながら種々の事情で今更韓国に戻れず日本の在留許可を持っているし日本で納税もしている。

 

良い子はここで「ふざけんなパチンコ屋はどこもまともに納税なんてしてないぜ!」なんて主張してぼくの語る一般論を一部の特例を引っ張りだす事で反論しようなんてのは弁論術の弁さえわきまえてないって事を証明するだけでバカ晒すからやめておきましょうね(笑)。

 

彼ら日本で生まれて再入国許可も保持しており韓国語が出来ない子どももたくさんいる。このような子どもたちも在特からすれば強制帰国の対象なのかと聞きたい?自分の意志で日本で生まれ育ったわけでもないのに日本で合法的に住む権利もあるのに帰れというのか?

 

それとも日本国籍を取得していれば「ささ、どーぞどーぞ、生活保護は国民の権利ですからねー、楽しんで下さい♪」とでも言うのだろうか?

 

言わないだろうね、在特会が気に入らないのは誰であろうと自分が持てない特権で生活保護を貰っている人々だから。その金って本来俺が貰えるはずだったんだよねって恨みで騒いでいるだけだろうから。

 

同じ特権でも農協が既得権益を主張して税金ぶんどっても文句言えない。古臭い文化団体が既得権益で予算つけてもらっても文句言えない。ましてや役人が特権で天下りしようが警察が特権で白バイ事故もみ潰そうが一切文句言えない、なぜならそのような既得権益者は自分たちより社会的落ちこぼれよりも上位に位置すると知っているからだ。

 

在特会は要するにデモで騒いでも社会的に言い返すことの出来ない、文句の言えない自分より下の階層(と本人が思い込んでる)を、叩きやすいから叩いているだけの集団である。印度でカースト制度を理由にキチガイ男共が何の罪もない女性をレイプして殺すようなものだ。

 

在特会が単なる弱い者いじめをして気分を晴らすだけの団体であれば(おそらく確実だと思うが)これはもう法律的な既得権とかの話でさえなくカースト制度のような差別の話でもなく、単なる個人的な恨みである。

 

話は少しそれるがこれを利用して様子見をしているのが警察だろうと僕は思ってる。警察の一番大事な仕事は法律を守ることではなく治安維持である。治安維持のために法律を無視することは何も問題はない。

 

一部の頭の悪そうな団体に公安警察を接触させていくらか寄付金を渡してデモの場所とやり方を説明して街に出て騒がせる。それを一般市民が同調するかどうかで治安維持度を確認しようとするのは、公安警察が元々共産党の活動阻止のために出来上がった部署でありその後は過激派内に公安警察の若者を送り込みスパイとして内部情報を取っていたのと全く同じである。

 

その結果として一般国民が「やっだー、何あの人たちー」と反応するなら日本の治安はまだ大丈夫と判断出来る。もし一般国民が「きゃー、私もやりたーい!」なんて言い出したら、そのデモの列は何時国会議事堂に向かうかもわからない。悪夢の70年代安保の再開である。

 

話は戻るが韓国人の祖先を持ちながら自分は日本で生まれて日本で育ち日本語しか出来ず日本の国籍を持っていた場合は「元韓国人」なのか「韓国系日本人」なのか「韓国人帰れ!」の対象になるのか?このあたりぜひとも知りたいとおもって在特会のサイトを見た。

 

すると在特会のサイトではその目的を:「当会は在日韓国人・朝鮮人(以下、在日)問題を 広く一般に提起し、在日を特権的に扱う、 いわゆる在日特権を無くすことを目的とする」とあるわけだから日本に帰化した元韓国人はその範疇に入らないはずだ。

 

だが実際にやっている行動は新大久保や鶴橋に住んでいる既に日本に帰化した元韓国人も含めてひとまとめにして、つまり韓国系日本人もたくさんいるのだが今回のデモに限らずだが在特会が実際に行なっているデモは新大久保や鶴橋に住んでる韓国人連中は皆帰れ!と叫んですっきりしているわけだ。

 

それがネットになれば更に陰湿に「あいつんとこ、元韓国人だぜ」とどうしようもなく嫌らしい匿名の書き込みで一人ドキドキと反応を見て暗い溜飲を下げているのが目に見えるようだ。

 

日本国内に住む一部の日本国籍保持者が不埒にも受け取る生活保護が「特権」というなら大阪の日本人でもバカくだらん芸人やって金儲けしながらその親が生活保護を貰って問題になった場合は在特会には関係ないのか?

 

関係ないのだろう、だってそいつらを訴えるだけの理由がないから。彼らはきちんとルールに従って請求したわけで本来なら市役所の段階で水際で食い止めるべきが担当者の手抜きか芸人に媚を売ったのか支給を開始したのは市役所の側なのだしそれを受け取るくだらん芸人の道徳心の欠如でさえも在特会メンバーよりも社会的地位が上でありデモに参加したフリーターや非正規労働者やひきこもりや無職の手に負える部分ではないからだ。

 

つまり在特会は自分たちより弱い人間しか叩けない連中の集まりなのだ。

 

ただなー、差別社会の中で既得権益制度批判をする時に人種差別を持ってきて暴れることが国際社会では大きな火種になるって事を韓国でも中国でも見てきたろうに、やはり彼ら在特にはわからないのか?それとも「丸山真男をぶっ飛ばしたい」感じで「もういいや、こんな世の中生きてても仕方ない、北朝鮮や中国相手に一戦仕掛けてガラガラポンよ!」と本気で思ってるのかもしれない。その方がもっと怖いけど。

 

在特会のサイトを見るとこのような文章があった。

***

そう。日本で生まれ日本で育ち、母国語も出来ない幽霊みたいな外国人が日本の国を恨み、文句をたれ、日本の善意に感謝もしない。こういった連中が日本人の影に隠れ、日本の制度に助けられて生きることを、日本の政府が認めているんだ!

***


はあ?一体何時誰が日本を恨んだって言ってるんだ?日本が在留許可を出してくれた善意には当然感謝もしている。もしそうでなければ自分たちの父親や母親は豪州に流れ着いたインドネシア難民のようにまた公海に押し返されたんだから。その結果おれは今生まれてなかったかもしれない。


そりゃ学校を良い成績で出て就職で差別を受けた事に文句は言いたい。職場もあれば働きたかった。けれど当時彼ら二世を最初に差別したのは部落民と在日地区の住所地図を買い込んだ大手企業の総務やそういう地図を作って差別助長した連中ではないか。二世にはこれっぽちも、何の責任もないのに二世に生まれたってだけで就職試験さえ受けられずに差別されたら、そりゃ部落民だって誰だって怒るよ。


だから昭和後期の成功の果実に貪り永久就職を保障された日本で生まれただけって生まれっぱなしのバカでも銀のスプーンを咥えて生きていけた甘い社会から隔離された彼らの働く場所はパチンコ屋のホール係か居酒屋か芸能界か飯場か、とにかくいつ仕事を失うかわからない環境で働くしかなかった。けれど殆どの真面目な若者は放り込まれた環境の中で精一杯日本社会の助けなしに裸一貫で頑張った。だから彼らは精神的に無茶苦茶強い。
 

第一彼らの母国語というが今の時代、母国語である日本語が出来ない日系人はハワイにもブラジルにもたくさんいるぞ。お前らザイトクは彼らを皆日本人の幽霊と言うのか?
 

そして挙句の果てに日本の制度に助けられてだと?!それもふざけんなである。常に制度の外に爪弾きされていた彼らはそれでも団結してこの日本で生き残るしか選択肢はなかった。だから日本人のやることを完璧に真似して「圧力団体」を作ったのだ。


お前らの農協や日教組のようにおれたちが作った圧力団体を使って何とか人間らしい生活が出来るように制度設計を要求して勝ち取ったのだ、お前らの農協や日教組のように。


人権天賦論なんて最近偉そうに議論している政治家連中が韓国人二世に対してあの頃どのような差別をして今頃人権は天賦であるなんて偉そうな事言ってんだと一言くらいは文句も言いたくなるだろう。お前ら大蔵省とその出先だろうがよ、俺達を真っ先に差別して何の財源も付けなかったのが、こっちが圧力団体になった瞬間にひよよーって腰抜けになって財源付けたのは。

 

もういい、書き出したらきりがない。こういう事件くらい腹がたって仕方ないものはない。在特会からすれば日本国籍を持たない僕が何を言おうと関係ないだろう。ただ言っておくが、彼ら在日が本気で喧嘩を売ってきた時ってのは本気で怖いぞ。

彼らは生きるか死ぬかって怖さを知っているから喧嘩をする時はチームを作って戦う。子どもでもやる時は今の日本の子どもが上体を出来るだけ後ろに倒して猫が爪たてるような喧嘩ではない、狙ったらチームで動き確実に相手の棲家を確認して家庭環境を確認して一番弱い場所から攻めてくる。

 

日本人のように社会に守られていないのだ、戦う時は絶対に負けられない、それを知っているから強い。

 

君等はバイト先から自宅の家族の住む家まで徹底的に組織的に付け回されてすべての人間関係を把握され、そこから先はバイト先から自転車で家に帰る時、歩道ですれ違った見知らぬ誰かがすれ違う瞬間に「おいおい、一人で暗闇歩くなよ」とか「ガスはプロパンかよ、やばいぜ爆発するぜ」とか「妹、可愛いなー、あそこの学校に通ってるんだってー?」とか「親父さんのローン相当残ってるぞ、返せるのか?」とか言われだしたらどうする積りだ?

 

公安警察は利用し終わったお前らを助けることはないのだ。ちょっとしたはずみでやった事で一生後悔するのが分かっているのか?家族まで巻き込んでしまい、良くて家庭崩壊、下手をすれば死人の出るような話をお前が覚悟して腹をくくって在特って人種差別をやっているのか?

 

ぼくは君等腰抜けのザイトク連中がそのような状態に陥った時にどのような顔をするか興味もない。ニュースを観て「あ、また一つ事件が起こったな」で終わりだ。

 

ただひとつだけ言えるのは「お前ら、喧嘩を売った相手が俺でなくて良かったな」という事くらい、かな。

 

ちなみにニュージーランドでは永住権があればたとえ日本国籍でも失業手当が受けられる、それも18歳から65歳まで最長47年受けられる。その後も老齢年金の支払対象になり平均給与の65%は保障されて楽しい老後の生活をおくることが出来る。

 

肌の色も宗教も関係なくニュージーランドでは誰もが楽しい老後を過ごす事が出来る。この国に来れば分かるがお年寄りの顔が実に良い。本当に幸せそうで活き活きとして今まで満足して充実した人生を生きてきたんだなって分かる、差別とか手抜きとか卑怯とかそういう蛇蝎すべき言葉から完全に離れて生きてこられた幸せな顔だ。

 

欧州で始まった思想である天賦人権論は権利を主張せずに持続できるなんて実は一言も言ってない、むしろ誰にも神から与えられた「戦って勝ち取る天賦の権利があるが、戦わずに放置すればその権利は他人によって奪われる」からこそイエーリングが「権力の闘争」の中で常に「自分の権利の為に戦え、それでこそ初めて天から与えられた権利が復活するのだ」と主張している。

 

戦うことを忘れて内部で足の引っ張り合いばかりしている間に世界は変わっていく。てか、すでにものすごい勢いで動いている。コップの中の仲間内のイジメあいで時間を無駄に過ごしている間も世界はものすごい勢いで激動しているのだ。貴重な時間を無意味なイジメで過ごしている暇があるような「学ばない」連中は確実にこれからの5年ですり潰されて今以上に酷い状況に追い込まれるだろう。それも自己責任だ。



tom_eastwind at 18:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年04月01日

衆と解

「衆」と「解」

 

堂本光一、じゃなかった堂場瞬一の最近の作品。イースターのお休みを利用して一気読みするために前回の日本出張の際にamazonから東京のホテルに送ってもらいそのまま自宅に「積ん読」しておいた2冊だ。

 

お正月とかクリスマスとかは体が慣れているがイースターホリデイは今も慣れない。クリスチャンではないってだけでなく何だか忙しい仕事の合間に突然急ブレーキをかけられて谷間に落ち込んだようなお休みなので休みって感じがしない。

 

なのでどっかに旅行に行こうかなんて気持ちも全然ないし、第一結婚するまでは個人で旅行するなんて殆どなかったし、旅行に行くときは金をもらう時、つまり旅行屋として本来の仕事をしている時ってイメージだから休みの時くらい自宅でゆっくりしていたいと思ってた。

 

旅が好きで旅行屋になった人間は大体役に立たないと昔から言われている。添乗員として顧客と一緒にグランドキャニオンを観て顧客と一緒に「おお、素晴らしい!」なんて言ってたら商売にならない。

 

バスから降りたらすかさずお客の写真を何枚か撮ってすぐにトイレの場所や帰路の時間確認、ホテルでの夕食の内容確認など「お客を喜ばすため」に旅をしているわけでありそれで金をもらっているのに客と一緒に喜んでいては話にならない。

 

昔の添乗員と言えばニューヨークに行くのに変圧器付き炊飯器を持って行き、お客の為にホテルの朝食会場で米の飯と味噌汁を準備した強者もいる。そういった連中は日本に戻ったら自宅でのびっとするか近くの海にいってごろっとなる程度が一番楽しいのだ。

 

結婚してからは子どもも生まれたし旅行屋ではない奥さんをもらったのでお正月とクリスマスは自分のお金で家族旅行をするようになったが未だ持って職業として色んな観光地を見てしまう。

 

元々土日などの休みにもあまり興味がなく終末の土日のお休みってのは出張中の飛行機の中みたいなもので周囲に気を使わずにリラックス出来る場所と時間だと考えており、会社に行かずに機内または自宅で本を読んだり映画を観たりして色んな知識を身に付ける時間と認識している。

 

そのため、イースターホリデイはひたすら読書と映画に朝から晩まで浸る。映画は「七人の侍」や「プロメテウス」、カーク・ダグラスの古い映画を含め8本くらい。本は堂場の2冊を含めて5冊くらい読んだ。中には宗教学者による創価学会の歴史的生い立ち(批判書ではない)とか世界の宗教訪問とかの入門書や日教組の生い立ちを書いた本とかドキュメンタリーノンフィクションとでも言うか、興味深い内容で自分の既存の知識の更新や追加に役立った。

 

ベッドルームで時々本を読み疲れたら居間に上がって子どもたちの顔を見ながらテレビ観たりしてて昨日の夕食は海南鶏飯だった。結局昨日日曜日は一歩も外に出なかったな。食い物は金曜日(グッドフライデー・Good Friday)にニューマーケットの日本食料品屋に買い出しに行ったので食い物に不自由はしない。

 

そういえば家族の4日分の食料品買い出しに行った時合計で150ドルくらい買い物したんだけど、するとレジのお姉さんがぼくの好きな銘柄クレアおばさんのクリームシチューの素を「賞味期限が切れてるんですけど、よかったらどうぞ」と無料で頂いた。全く日本の賞味期限の短さには呆れる、お店がかわいそうなくらいだ。

 

食料品は重さがあるので船でコンテナに積んで送るのだが食料品の賞味期限が3ヶ月とかだとコンテナが到着して棚に並べる頃にはすでに出荷してから半分以上の期間を無駄に過ごしている。インスタントラーメンの出前一丁など全く同じ品質なのに日本製は賞味期限6ヶ月、香港製は1年である。

 

だから賞味期限前に売り切るしかないし期限が切れたら廃棄処分するしかないから廃棄コストを含んで高めの値段設定になる。中国の食料品店で99セントで売られている出前一丁が日本のお店では4ドル以上なんだから必然的に消費者は誰も中国のお店で買う。自分で作ったルールに過剰に縛られて世界の市場で負けている商品が日本発の即席麺だろう。

 

クリームシチューにしたって、普通に考えればあと3ヶ月くらいはぜんぜん問題なく売れるのに日本で刻印された賞味期限に縛られて、遠い日本からわざわざ船積みしてやってきて僕のショッピング袋にタダで入れてくれるわけだから壮大な無駄である。

 

賞味期限は本当に矛盾している。例えばコンビニの弁当。賞味期限を1時間でもオーバーしたら「何て無責任な店だ!客に賞味期限切れの食い物売りやがって!」と正義の怒りの対象となる。

 

ところが自宅で3日前くらいに作った料理が残ってたら防腐剤を使っているわけでもないのに「きちんと全部食べなさい」と正義の食材道徳が出てくる。

 

一体どっちが正解なのだ?自分の利益に関係ない時は他人には厳格な対応を要求し自分の利益にもろ影響が出る自宅の冷蔵庫の食料は「残さず食べなさい」と違う対応をする、本音とタテマエの話なのかな。

 

その中間、もう少し賞味期限を見なおしてこまめに対応すれば廃棄処分も随分減って社会のためになるのではないか。またコンビニ弁当はまとめて回収してホームレスに無料で配達するとかさ。オークランドでは教会のボランティアがホームレスに炊き出しを行なっている。そんな時の食材はスーパーの出口にある寄付用のかごから来る。

 

またスーパーでも廃棄食材はサルベーションアーミーや教会経由で貧しい人にまわるようにしている。

 

けどこれやりだすと政府の管理業務が増える。おまけに賞味期限を考えることで国民は自分で考えてきちんと管理しようって自己責任という気持ちが生まれてくるから、そんなもんが生まれて国民が自立されたら困る政府としてはますます賞味期限を強化する、その結果として海外の日本食材は高価になり一般調味料などは中国や韓国製に負けてしまい、いつまで経っても日本食材は海外で普及しないって事になる。

 

ちなみに僕は醤油、マヨネーズ、塩など毎日使う調味料は日本製を買うようにしている。それは少々高くてもスーパーで有機放し飼い卵を買うのと同じだ。卵の場合は普通のブロイラーが一個50セントくらいなのに有機だと一個1ドル以上するから二倍違う。それでもオークランドのニューワールドやカウントダウンなどのスーパーでは有機商品の棚が次々と増えている。

 

本の話からすっかりそれたが「衆」は今現在60歳代の全共闘時代を生きてきた人々には少し関心があるかもしれない。あの時代の若者のずるさを描いているような感じだ。

 

大学闘争なんてしょせんは無責任にゲバ棒振り回せたからやっただけでいざ卒業となると長い髪を切って自分たちがあれほど唾棄した帝国主義の象徴である大企業や日本政府官僚という体制側の支持者となった。

 

解は現在45歳から50くらいの、バブル世代の一番最後から日本の変化を見続けて来た人には関心があるかもしれない。バブル、そして崩壊、夢を追い求めながら激しく変わる現実に、何とか波に乗って成功する若者もいれば何時まで経ってもなかなか次に行けない元若者もいる。

 

これらの時代の世代ではない人や彼らの時代に興味のない人には読んでて楽しくない本だろう。ぼくは解の時代をずっと海外で過ごしてたので頭のなかであの頃の日本の歴史を整理するって意味で読んだ。解の主人公の一人は作者自身の事だろうと思う。正直、単行本で買うには高すぎた、かな。

 

あ、それから吉田繁治氏の本、ぼくも最初に書評を読む前にタイトルだけ見たら引いたのだが、ある書評で評価されていたので買ってみたら確かに有益で実務的な本だった。自分に合った本は自分の趣味や考え方に近い人の書評を読むのが一番だ。

 

その昔街の本屋と言えば忙しいぼくらの代わりに良書を取り入れてくれたものだ。それが一時期は大量に本を置くだけで「売りたい本」ばかり平積みされて「読みたい本」がなくなった。日頃忙しい僕らにとって本屋とは僕らの代わりに本を選んでくれる場所だった。

 

その後は読者大賞とか店員のお勧めとかが出てきて良くなったが最近はまた店員のお勧めが「売るため」の押し付けになっているように感じるのも、ぼくが益々本屋から足を遠ざける理由の一つだ。本屋はどこも街から消え去り既存の媒体を通じて本を読み買う人々が減ったのは統計的事実である。

 

さあイースター最終日、エネルギーも知識も補充した。明日からの仕事に向けて準備開始だ。



tom_eastwind at 13:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本