2013年07月

2013年07月31日

旅バッタ

昨日は台北に泊まる予定が結局キャセイ航空のオークランド出発が3時間遅れてしまい香港発台北行きの最終便に間に合わず香港で一泊となった。オークランド空港側の滑走路のトラブルらしく何でもカンタス航空が着陸した際にブレーキの不調で暫く空港閉鎖になったとか。



理由は何でもよい、要するに香港に泊まった事は幸運だった。何が幸運かって言うと丁度同じ便でうちの奥さんも香港に向かっており、本来は僕がそのまま台北に行き彼女は香港の空港ホテルで一泊する予定だったので運良くその部屋に泊めてもらい(泊まるの?高いよ(笑)と言われたが・笑)久しぶりに子供のいない二人だけの時間が楽しめたって事だ。



昨日の11時間のフライト、機内ではゆっくりと映画を3本続けて観る。至福の時間である。



一本目は韓国映画で北朝鮮スパイがベルリンで陰謀に巻き込まれる話。なかなかの活劇でありまさに金大中元大統領バンザイです。彼の時代に韓国は映画に国費をつぎ込みそれまでの二束三文映画を一気に向上させて今の韓流映画ブームを作ったのだ。ただちょっと笑ったのがプログラム紹介の時の英訳が最初のはBerlin Fire (ベルリンの砲火、ベルリンの火) だったのに映画の中の英訳では Berlin File (ベルリン書類)になってた。英語も一文字違うと全然意味が違う。でもって正確なのはFileでした。



その次の「プラチナデータ」豊川悦司と嵐の二宮和也という組み合わせが面白い。二宮くんなんて呼ばれてるベビーフェイスだけど演技もなかなかのものだ。豊悦という超ベテランの上で実にバランスよく跳ねまわってるって感じ。



しかし筋書きは優性思想がテーマで、下手に触れられないネタでありながらきちんと正面から捉えた上で作者は自分なりの主張をしている。結果的にその主張は世間の大部分の建前の部分を代表するものではあるが、それ以外の結論は出せんでしょ。



ぼくが東野圭吾をどうしても好きになれないのはこの部分かもしれない。途中まで楽しく読ませてくれるのに最後でガーンと落とされて、そりゃないよ、になるのだ。だから東野圭吾は小説ではなく最初から映画だけを楽しば良いのだとこの作品を見ながら気づいた。



そういえば機内のもう一本の日本映画は「藁の楯」だって。おー、キャセイ航空の映画選び担当者、いい筋してますね。これなら外人に観られても恥ずかしくない映画です。そういえばこの映画では大沢たかおと藤原竜也の演技も良くて、これからは大人好みの演技派の土台の上で若年層に受けるキャーキャー系に派手な演技させて客層を増やしていく作戦なのかなと思ったり。



ジャッキー・チェン主演のアクション映画”Chinese Zodiac”も安心してジャッキー映画を楽しめた。日本名は「ライジング・ドラゴン」で英語名や中国名とは全く違うが「燃えよドラゴン」の印象が強い日本人には分かりやすくて良いですね。



往年のアクションに更に今回は磨きをかけて実に良い。何かインディアナ・ジョーンズを土台にしたのかジャック・スパローなのか両方を掛けあわせたのか、どこかで見たような既視感を持たせながら脇役に韓国のクオン・サンウがいたり。



とくにびっくりしたのは中国の俳優ヤオ・シントン(姚星彤/Yao Xingtong)で、若き日のマギー・チャンにそっくり!思わず奥さんに(他人の奥さんではない)「この人マギー・チャンかな?」って聞いてしまった。奥さんは「さすがにそれはないでしょ、マギー・チャンは今はもう48歳だし、ここ10年映画から離れてるもん。けど、うん、似てるね」



僕は個人的に香港女優で彼女が一番好き。今も香港ではトップ女優として扱われており、素肌美人で個人生活は奔放で演技派でまさに人生を楽しんでいる女性だ。

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この人がマギー・チャン












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この人がヤオ・シントン

何?似てないって?









昨日は11時間の長距離フライト。今日は香港から台北が1時間40分で飛び上がったと思ったらもう降下開始だ。機内食もあったけど面倒くさいので香港式紅茶(紅茶とコーヒーを半分づつにしてミルクたっぷり)だけもらって香港空港のコンビニで買ったパンで済ませた。



台北空港に到着してロビーのカフェでお客様と個人面談を2時間ちょい行う。ニュージーランドを選ぶ基準は人それぞれだろうが、やはりあの日本人によく合う大自然とその自然を守ろうとする人々が古い日本を思わせるのかな。



台北の面談を終わらせるとそのまま荷物を持って関空行きにチェックイン、その後はパソコンにしがみついてメールであちこちに様々なネタを振り、ひと通り振り終わったところで時計を見るともうそろそろ出発だ。16:00発の台北発関空行きは飛行時間が2時間19分、機体は古いやつだがちゃんと空を飛んでたので問題なし。



機内では自宅から持ってきた未読の本を早速開く。この本の感想はまた別の日にするとして、機内の周りを見るといつもの景色がある。



つまり妙に日に焼けて周りをきょろきょろと気にしつつド派手な格好が全然似合わないこの手の人間って「お、おれってイケてるよね、かっこ良いよね、みんなおれの事、見てるよね!」といつも不安を抱えている哀れな人種である。



こういうどう見てもサラリーマンに見えない連中がそのくせ乗務員が新聞持ってくるとありがととも言わずにすぐトロリーの上のエロ新聞をかっさらって堂々と広げてビール飲みつつすけべページを開いてる。女性乗務員はふーって「いつもの事」って顔で次の座席に向かっている。



かたや日本人サラリーマンといえば何か出発寸前まで電話であーだこーだ大声出してて、地上スタッフに英語で何か話そうとしているのだが全然伝わらない。「だーから、ビー、B9,ビーキューつってんだよ!何で英語出来ないのあんた!」って、君は日本語喋ってるし(笑)。



着てるものは立派なのに一生懸命にやってることがとても滑稽に見えるのが平均的な日本人サラリーマンなのかと笑えるが、そんな連中が機内に乗り込むとふてくされたように椅子に座って乗務員のサービスにありがとうの一言もない。



乗り合わせた西洋人はいつもにこにこ普通に「おお、ありがとー!」と英語で話している。自分が苦しい状況にいるかもしれないけど他人に毒を振りまくことはしないしThanks!というだけの心の余裕がある。



ぼくはこのフライトがキャセイ航空なので最初から最後まで広東語で通して通路の反対側のおしゃべり好きそうな大阪の日本人老人夫婦に「あんた日本人?」と旅のつまみにされないように煙幕張ってた。



関空に着いたのが夜の8時。台北とは1時間の時差がある。それから大阪駅にある面談場所のホテルに移動してチェックインしたのが夜の10時。



ふいー、今日も香港から台北、そして関空とバッタのように飛びました。


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この人がマギー・チャンです。
 


 


 


 


 


 


 




tom_eastwind at 02:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月30日

今日から出張だ。

現在のニュージーランド経済は基礎収支ではプラスであるがリーマン・ショック時に全てのファイナンス会社を救済した。そのおかげで投資家は守られたが政府が負債を抱えることになった。その後2011年のクライストチャーチの地震で更に政府の負債が増えて復興予算を確保する為に国営企業の株を民間に売却するなど特別措置を行なっている。


何で自己責任の徹底している国がファイナンス会社の救済とか地震被害を国家で賄うのか?


金融に関しては普段は銀行やファイナンス会社の保証はしませんと言いつつ実際には国民に金融不安を与えないための現実主義の発想が十分ある。


その代わりにリーマン・ショック以降は金融法案を厳格化してFSPR(適格金融サービス提供者登録、当社も取得済)がすでに導入され今年6月からはAML法(資金洗浄取締法)も導入された。


地震に関してはニュージーランドは日本と同様の地震国家でありEQCという国家直属の組織が地震の際に国民負担を極力最小化するために作られており、地震以外にも例えば崖の上にある家が暴風雨などで地すべりを起こした場合にもEQCの支払いが行われている。これはニュージーランドが社会主義だった時代に導入された法律であるが現在も継続している。


しかしその結果として現在のNZ国債の発行残高はGDPの約20%を占めており、これがジョン・キー首相からしたら気に食わないところであり、次の総選挙を有利に勝ち抜くためにも何とかこの赤字国債を解消したい。来年の財政年度では黒字化を目指しており実行可能だというのも国民党の訴えてるところだ。


だからこそ国家が実質保有する企業の株を放出したり投資移民を世界中から呼び寄せて復興予算を確保しようとしているのだ。


例えばニュージーランド航空が売りに出ているが、笑えるのがこれに対して労働党や一般市民が「国家の資産を外資に売るのか!売国奴だ!」などとほざいている事だ。


何故ならニュージーランド航空は元々国営だったがあまりにお役人仕事で効率が悪く1984年に政権を取った労働党が自ら民営化したからだ。自分たちが民営化しておいてニュージーランド航空が経営不振に陥った時に再度国営化したのも労働党政権時代だった。それが今になって民営化反対など、まるで日本民主党のような物忘れのひどさだ。


そんな中、ニュージーランドにとって大きな資金源であった中国に対してウィンストン・ピーターズ元副首相などが「外国人に地元企業や土地を売るな!」と訴えてる。分かりやすく言えば最近までの中国人の土地や企業の高値買収に対しての政治的怒りだ。


これが何故今出てきたかというと、今までは黙っていても中国から金が流れ込んで来たが中国の成長減退、外国への資金持ち出し規制強化、つまり共産党幹部が賄賂で作った金を海外に持ち出せないようにしたからだ。


どうせ中国マネーが減退するのだから、ならばこの機会を利用してチャイナバッシングをやってしまえって事だろう。政治的には良い時期の判断である。


しかしそうは言っても政府としてはどこかからの資金が欲しい。そこで最近急に目をつけている国の一つが実は日本である。日本のお金はきれいだと知っているキーウィからすれば、今日本から脱出しようとしている投資移民やビジネス移民に対して呼び込みを行いたいのだ。


その結果として移民局から当社の取引先の弁護士事務所経由で当社に連絡があり、ビジネス移民部門のプロモーションマネージャーと合同で日本で説明会をしないかって話が来たのが昨日だ。


そこで弁護士事務所が主催して移民局が後援する形で当社が10月後半にビジネス移民及び投資移民向けセミナーを開催することになった。ただ日本国内の法的問題もあるので詳細を詰める必要はある。開催方法などによっては財務省からダメ出しをくらう可能性もあるからだ。


ちなみにこのあたり、全く日本の法律を無視して平気で堂々とやってた会社群が2011年から2012年にかけて関東財務局に摘発されて業態転換したり撤退したりした。


当社からすれば以前から移民局とは弁護士事務所を通じてやり取りをしてきたから実質的に何が変わるわけではないが、移民局が表立って動き始めてくれればこちらも顧客の信頼を得られるのは事実だ。


今まで中国市場は主にBNZ銀行が中国各地でセミナーを開催していたが投資移民を受け入れるにしても中国の投資家の資産はその源泉が明確でない、てか普通に賄賂でしょって事で問い合わせがあっても半分以上は却下されていた。


それが更に厳しくなるなら人口は10分の1でもきれいな資金を持っていて地元民にも人気のある日本人の方が良いってなるのは当然の判断だろう。


この点、ニュージーランド人が記事に書く「悪いアジア人」とは中国人であり「きれいなお金を持ってきてくれるのは日本人」という印象が出来上がっているのは幸運である。


しかし、だからと言ってニュージーランドがいつまでも門を開けっ放しにしているわけではない。一定の数が集まれば当然門を閉めてしまう。日本人はこのあたりの時間感覚が随分と遅いから、決断した時はすで他の人の申し込みで満席になってしまい門が閉じられた後になってしまう。


さ、今日から気温差30度の日本出張開始だ。あ、ところで週末のスキー場に関するジョーク漫画を見つけたので貼っておきます。タイトルは「南島メディアは状況をいかに見ているか?」です。

1995年に噴火したルアペフ山はぼくらの行ったワカパパスキー場とトロアスキー場がありNZ最大の規模である。その山が噴火したものだから「煙のない南島にスキーに来ませんか?」と皮肉っている。

もっと面白いのは、その「南島の新聞社」のクライストチャーチにある本社ビルが2・22の大地震で崩壊したって事実だ、ばーか(笑)。


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tom_eastwind at 11:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月29日

オークランドに戻って。

日本で仕事をしていると、都内の40代前後の嬉しそうな顔をしたビジネスマンが夕方7時過ぎに取引先との酒が入った食事を終えてそれから横浜に向かい夜の11時から経営会議に参加して、時には明け方まで議論するという。


僕も日本滞在中はそのような場面に何度も遭ったので分かるが、それって何が楽しいのか?「ぼくはこの組織に依存してます!ぼくは子供の顔を何日も見ないことが社内における出世ルールなんです!」なんて無邪気に思っている人はいないだろう。


結局彼らは所属する組織で昇進するために必要な手続きを先輩から学び先輩の背中を追って生きているのだろう。


それが銀行であれば景気に応じて雨の降らない日に傘をさす押し付け融資をしてちょっと問題があればすぐに貸し剥がしをする、顧客の利益無視、社内向けの実績作りだけに目を向ける企業体質を作った。


それが大手企業であれば上司が退社するまでオフィスに残ることが「ぼく、頑張ってます」の意思表明であった。会社員の能力に大して違いがない場合は上司に対して媚びることが生き残りの技術であり、馬鹿な上司にとっても自分より優秀な後輩が突っ張って定時に退社するのを見るよりも遅くまで残って媚を売る能なしの方が自分には有利である。


生き残る事それ自体は誰もが考えることでありその手段に他人が文句を言う事も必要もないし要らん世話である。だから彼らは自分の人生観で生きてけばいいって思う。


ただ思うのは、彼らは社内の仲間同士で夜遅くまでつるんでお互いに頑張ってるなって意識を共有して「今日も子供の顔は見れんなー」とにやっと笑ってる。その笑顔は仲間に向けたものだろうが、少なくとも家族に向けたものではなく、家族よりも自分の出世を優先させるだけであろう。


それでも奥さんや子供の前では「お前たちの為にこんなに頑張っているんだ」とはいうが、自分でも気づかない本心はどうなのか?


なんて事を思いながら今日から、てか今日だけの仕事を開始。


うちの会社は基本的に残業がない。この意味は2つあり、社員は年収制度なので万が一残業しても残業手当がないし第一基本的に誰も残業をしない。よほど緊急事態があって残業したら他の日にその分だけ休みを取るだけだ。


パートタイムスタッフの場合は時給で計算するから残業手当もあるが殆どの社員は年収制度なので与えられた仕事と給与に納得して契約すれば、与えられた仕事をこなせないのは自己責任、いくら時間がかかっても仕事を終了させてくださいって事だ。


ただ現状を見ると殆どの写真は定刻で退社しており、だって社長のぼくでさえ午後3時に退社するしお子さんのいるスタッフは三々五々子供の学校の終了時間に合わせて適当に退社する。


その分朝早く出社して仕事するスタッフもいれば定時に出社して早く帰るけど自宅に仕事を持ち帰って子供が寝てた後、夜の9時頃からゆっくりと仕事を片付けるスタッフもいる。


誰もが自分のやるべき守備範囲を理解しており、その業務内容をいかに効率的にこなしつつ家庭を大事にするかって区別がきちんとついている大人たちの集まりなのだ。


皆の特徴は、まず個人の生活や家庭を最初に持ってきて、それに合わせて仕事を調整している。日本でも最近はフレックス勤務が導入されているが当社は1996年の創業以来ずっとこの形でやっている。


だから社員が楽しく働いてくれるし、彼らも勤務時間内は思いっきりテンション上げて仕事してくれるが職場を離れたらぱーっと家庭モードに切り替わる。仕事をして生活の手段としての賃金を稼ぎそのお金で家族との楽しい生活を築く。


手段と目的の区別が明確である。から手段である仕事は給料を得るという大事な手段ではあるが目的は幸せな生活の構築であり優先順位が明確だから意味のないダラダラ残業はしない。


日本のような「毎晩残業」とかがあり得ないこの国ではそのような働き方が通用する。だって取引相手も全部夕方6時前には終わってしまうから残業しようと思っても相手がいない。まあニュージーランドだから通用する働き方と言ってしまえばそれまでだが、逆に言えばニュージーランドに来ればそのような働き方も可能という事だ。


ここで言いたいのはうちの会社がニュージーランドで特別というのではなく、ニュージランドではごく普通の企業であるって事だ。普通にやってればこの国では家族が常に生活の重要度の一番上に来るのだ。


今日はワカパパから戻って最初の出社日であり日本出張前の最後の出社日でもある。案の定たくさんの打ち合わせ必要な案件が並んでおり、出社してすぐに近くのカフェの冷たいオープンテーブルで喫煙弁護士と1時間打ち合わせ(NZのビル内はすべて禁煙)。


その後にオフィスに戻り社内打ち合わせをささっと終わらせて5分で卵かけご飯を食べてからオフィスに戻りお客様とちょっと世間話して、その時の社内の雰囲気がこの写真だ。


この時は3組のご家族がお客様用オフィスにお見えになってスタッフがそれぞれ対応している。このオフィスは北向きなので冬とは言いながら陽が当たりヒーター入れてなくても十分暖かい。スタッフは皆軽装でパソコン開いたりお話したりしながら様々な問題をどんどん解決している。


うちの仕事はビザ屋ではない。不動産屋でもない。旅行屋である。ビザ屋はビザを取ることだけを目的としており何故そのビザがその人に必要かは考えない。だからビザを取った後になってお客様が「あれ?このビザって俺が目的としてたビザじゃないよね」と気づいても「けど、あなたの言う通りにしましたよ」で終わりだ。不動産屋も同様であり「あなたの言う家をご用意しましたが、それが気に入るかどうかは知りません」なのだ。それはバスが目的地に行くことが出来れば運転手が愛想なくても良いのと同様だ。


それに対して旅行屋の仕事とは旅に付き添うお客様の目に見えない幸せを用意することであり、その為にはお客様に言われた事を流れ作業でこなすのではなくお客様が口に出さないけど言いたい事を無言で聞き取り彼らの希望する人生を創り上げる事が肝要となる。


その意味でぼくの仕事はお客様の長い旅の添乗員である。これが楽しいから、お客様が満足してくれた顔を見られるからこの仕事をやっていられる。


うちのオフィスは同じフロアにここ以外にもスタッフ用ランチルームやバックオフィスや会議室があるので、それぞれの場所で皆が自分の職務内容(ジョブ・ディスクリプション/Job Description) をこなしている。


つまりランチルームでは皆で食事しながら大声で笑い、バックオフィスでは書類仕事で静まり返り、会議室では喧々囂々、お客様用オフィスではみなさんしとやかで、あはは、人間っていくつ顔があるんだって思う瞬間である(笑)。


うちの場合は年収契約であり職務内容さえこなせば勤務時間をどうするかは本人次第である。皆が大人であり能力があるからこそやっていける職場でもある。


日本の感覚で言えば県大会で一位になるレベルでは到底通用しない高い能力が要求され、まさに全国大会で一位になれるかどうかのレベルでないとやっていけない。


だってうちが取引する相手は日本人ではなく世界からやって来た連中であり、それぞれその業界のトップクラスの連中でありこっちが少しでも能力不足を見せたらすぐにツッコミが来るような連中だ。


それでも職場に常に笑いがあって緊張があってお客様の反応を敏感に読み取り相手の言ってることではなく言いたいことを聞き取る能力が高いので、全体的に仕事をしていて楽しい。


日本で毎晩夜遅くまで仕事をしている人々は仕事が楽しいというよりも周囲が真夜中まで働いているのに自分だけ先に退社することは出来ない環境があるのだろう。


ニュージーランドはその正反対、定刻になれば誰もが真っ先に退社しようとする国である。それが良いかどうかを判断する時には、自分の国だけが正しいという視点で見ることだけは止めてほしい。健全な疑問を持って一体どっちが人間らしいかって考えてみればもっと違う世界が見えるのではないかと思う。

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tom_eastwind at 08:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月28日

ワカパパ

今日もホテルの部屋で関西風カツオ昆布だしのカップ生うどんを食った。2日連続だ。ほんとに僕は麺類だと思う瞬間。それもカップ麺や袋麺を限りなく愛しており、これを数日食わないと体調がおかしくなるくらいの僕にとってのソウルフードだ。

 

ソウルフードを食べてバスに乗り込みワカパパスキー場に行くと、今日もまた素晴らしいまでのピーカン青空。

 

午前中しか時間がないので一人でTバーをがんがん遊んでいると、毎回「Are you single?」 と聞かれてキーウィと合いTバーになる。ガタイのでかいのと乗り合わせるとTバーの腰の位置が違うのでこっちがよたついて大変だ。

 

ところでTバーに乗る度におしゃべり好きなキーウィは必ず「今日の雪はいいよねー」とか「どこから来たんだい?」と聞いてくる。こちらも慣れたもので適当に「元々は日本からで今はオークランドで仕事しているんだ、今日はワカパパ2日目、良いスキー場だね」と返す。

 

すると10人中10人が「おー、日本かー、いいよな、あそこって雪が最高なんだろ!」とか「あたしの親戚の子が日本でスキーしたのよー」とか話が止まらなくなる。

 

いつも書くことだがキーウィは基本的に日本人を好きだ。嘘をつかず礼儀正しく清潔で勤勉な日本人はキーウィと同質である。え?キーウィが勤勉なの?と思うかもしれないが、真面目なキーウィは勤勉である。

 

山に来ているキーウィは一日97ドル(約8,000円)のリフト券を買ってレンタルは一日60ドル(約5,000円)を払って、更に昼食は平均で19ドル(約1,600円)を払ってスキーを楽しんでいるのだ、それだけの金は決してだらだらしてて稼げる金ではない。だから山の上では圧倒的に中年白人と彼らに連れられた子どもたちが多い。

 

一般的にワーホリで来る日本人が会うキーウィはどうしてもナイトクラブでアジア女性を物色している自国人に相手にされない若者だったりするからあまり良い印象を持たないが、真面目なキーウィは全然そんな事はない。

 

日曜日という事もあってリフトに乗り合わせたキーウィは皆ローカルで、そしてよく日本の事を知っている。「ねえ最近日本人のスキーヤーを見かけないけど、どうしたの?やっぱりリセッション(不況)?」とか聞いてくる。

 

1980年代はたくさん来てたけど今の若い人たちは寒いスキーよりも暖かい部屋でスマートフォンをカチャカチャさせてるのが趣味なんだよね、でもって1980年当時の若者は今はすでに中年でスキーなんてやってる時間はない、まさにリセッションに巻き込まれて大変なんだ」というと彼女は大変そうな顔をして「まあ、それは困ったわねー、けど日本はどうにかなるでしょ、いつも強いからね」とお褒めの言葉を頂いたり。

 

感謝、そして南半球の小島でも日本の事を気にかけてくれる人がいるのは有難い。金ずくでゴリ押しでやってくる中国人とは差別化されているのは地元の事実だ。

 

中に時々話しかけるタイミングが遅いキーウィがいる。そんな時は「あ、こいつオークランダーだな」と思ってこっちから話しかける。「ハイ!オークランドからかい?おれは日本人なんだ」というとそのおじさん、突然にこっと笑って「おお、そうかい、遠い所からようこそ!」と喜んでくれる。

 

彼らオークランダーは中国人も最近スキーをするようになったと知っているからアジア人とリフトに乗っても気を使って話しかけない、てか相手が中国人だったらめんどいから話さないのだ。そこで突然「おれ、日本人!」て言われるとすっぱー喜びで、そこから先はTバーから手を放す瞬間まで話し続ける。

 

こういう感覚を楽しむと言うと語弊があるが、やっぱり日本人ってまだまだニュージーランドでは存在感のある国民だと思えてうれしくなる。日本人はすぐに自己反省して自分の悪い部分ばかりに光を当てて更に反省する、それはそれで良い点なのだが、時には自己反省ばかりでネガティブになるのではなく、日本人だってまだまだ捨てたもんじゃない、そう思って鼓舞を振るう時があっても良いのではないかと思う。

 

実は今回の参院選の結果を踏まえたコメントをたくさん頂いている。

「ニュージーランドと同じように、日本も一度破綻させないと何も変えられないような気がします…」「選挙は行きましたが、白紙にするしか選択肢がなかったです。」

とかは典型的な意見だろう。

 

ぼくは幸いニュージーランドで生活をしており、それほど日本の参院選やこれから起こる自民党による大増税の影響を受けることはない。それは僕と一緒にスキーをしている皆さんからしても同様であろう。

 

結局人は何かを捨てないと何かを拾うことが出来ないのだ。

 

何かを捨てて来た人はそれが何かを決して語ることはないが、その結果得られたニュージーランドでの生活を考えれば、捨てたものよりも拾えたものの方が大きい、そう感じているのだと思う。

 

二日間の夕食は全員でテーブルを囲みスキーの話や日本での話に花が咲く。それぞれ皆さん本当に十人十色であるが、テーブルに座っている人々の顔は皆明るい。間違いなく明日を見ている。

 

もちろんまだ来て数年であるから「遠い明日しか見えない僕と足元のぬかるみを気にする君と」夫婦それぞれに思いは少しのずれがあるだろうが、それでも明日が少しづつ見えてきている。

 

「私をスキーに連れてって」世代の方も結構いらっしゃって、十年ぶりくらいにスキーをするのがニュージーランドで今は子供を連れてスキーしてて、その感覚の違いを肌で感じて、それが違和感ではなくなんとなく心地良い心の同期ってのかな、あ、おれ、今ニュージーランドにいるんだなーって感じ。楽しいスキーも全員事故なく終了、5時間のドライブでオークランドに戻る。

 

途中立ち寄った田舎町ではスクールホリデイ最後の日曜日をガランとした数百メートルのメインストリートのシャッターの閉まった店の前でやることもなくたむろする子どもたちや、駅のホームに腰掛けて日がな足をぶらぶらさせてる中年グループとかがいた。

 

何となく浜田省吾の歌「MONEY」を思い出した。

「この街のメインストリート、わずか数百メーター、さびれた映画館とバーが5,6軒〜」、この街ではさびれた映画館さえなくバーではなくバーガー5、6軒だ。どこのバーガー屋も店は広いが客は一組くらいしかいなくて、それもやることなさげな若者がフライドチキンとポテトをぼそぼそとかじってるくらいだ。

 

同じニュージーランドでも、どこで生まれたかですでに違いが出てる。駅前にはこの街出身の有名な白人ラガーマンの写真を大きく飾っている。1960年代の選手の写真が今でも街の駅前に飾られてるのはそれほど有名だったのかそれ以降誰も有名なラガーマンになれなかったのか・・・。

 

どの街で生まれようとどの街で生きるかは本人の選択だ。田舎の街で生まれても自分の可能性を信じて都会に出てくれば、少なくとも田舎の街の週末をやることもなくだらだらと過ごすよりはよほど良いのではないか?

 

その意味で今のオークランドは丁度昭和30年代の東京に似ている。誰もが東京を目指して東京で生活をして何とか食って行けて、頑張ってそのうち自宅をローンで買えるようになって、その後も1990年まで土地は値上がりを続けて、その時に土地を売却した人は幸せになった。

 

ところが地方に残った人たちは意識の高い人々が出て行った為にあまり活発でない人々が地元の市議会や村議会で議員になり何かを自分から作り出すのではなく、自分が持っている一票を有効に使い政治にたかって金を集める「ぶら下がり」になっていった。

 

田舎で楽しみもなくやることもなく学ぶこともないけど、とりあえず公共事業だけは東京にいる議員から回ってくるし学校や市役所などの公務員で食っていける。だから何も考えずに「おらが村」の議員に清くない一票を入れて政治家にさせてそいつらにぶら下がって飯を食う方法を選んだ。

 

そんなイメージが日本の田舎から8千キロ離れた同じような田舎町から感じられるのは偶然ではないだろう。この田舎町の子どもたちの親も政治家が作り出す補助金やなんちゃら手当で食っているだけでスキーに行くなんて考えもしない。

 

太陽が沈み街のオレンジの灯りがやけに綺麗に見えてきた頃オークランド市内に到着。お客様の自宅でバスを降りてそれぞれ自分の車に戻って自宅に帰る。

 

ある人はパンパンに腫れた足でぎこちなく歩き、ある人は今晩楽しい夢を見られそうだとにこにこして、ある子供は「おとうさん、今晩何食べるのー?」と早速お腹が空いたみたいだし、そして僕は明日一日しか仕事する時間がないので今から明日の予定を一時間単位で計算している。

 

明後日から出張開始だ。今回は最初に寄るのが台北で真夜中過ぎに到着して同日午前中にミーティング、午後の飛行機で関空に飛び真夜中前にホテルにチェックイン、でもって翌朝から続けて5件の面談、それが終わり次第新幹線で東京に移動、どこで何を話して何を持っていくか、一つ一つ潰しながら今晩は真夜中まで準備の真っ最中。

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tom_eastwind at 23:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月27日

ワカパパ 1

今日は会員の皆さんと朝一番にワカパパスキー場に行き夕方までガンガンとスキー。

この山、広いなー。けど地元の人に言わせればまだ雪の付き方が不足と言ってる。確かに岩があちこち出てるのでそんな感じはするが、けれどすんごい楽しい!



透き通った空気の上に乗っかってる空は完璧に真っ青で、神様が空気に色を付けたのかって思うくらい青い。遠くに見える富士山のような山はどこまでも白く、富士山ほどではないが素晴らしい景観である。



この山はリフトパスの値段は一日97ドルとクイーンズタウンと同額だが、まだリフトチケットをクリップで止める方式でクイーンズタウンのようなICチップ内蔵カードではない。コロネットピークの山小屋に比較すればまだちっちゃいが、スノースタッフは皆元気で楽しそうに働いている。



この山も本格的に開発すればもっとお洒落に出来るのだろうが、いかんせん国立公園の山の中にあるのであまり手を付けられないしスキー場があるルアペフ山そのものが活火山でありいつ爆発するか分からないから恒久的施設を作るって事には二の足を踏むのだろう。



しかし僕らスキーチームは二の足など踏まず最初から山の最高地点目指して2人乗りリフト、4人乗りリフト、Tバーを乗り継いで上がる上がる、標高2千メートル地点まで行き、そこからだだーって下る。



かなり締まったアイスバーンの連続で、ちょっとでもエッジを立てすぎると蒼氷に突っ込むような細い斜面を駆け下るのだが、これがもう楽しい!



メンバーの中にお子様をたくさん連れてきたお父さんがいて午前中はビギナーコースで子供にスキーを教えていたのだが、昼食の時に「上に行きましょうよ」と誘って2時間近く滑る。



この方も「私をスキーに連れてって」世代でありスキー大好き。なのでビギナーコースで滑ってる方にお子様をお願いしたのだが、これってやっぱり数家族で来てるから出来る事だ。一家族だけで来てたらこうはいかないもんな。これって互助組織の基本だなって思った。



Tバーで山頂に向かいながら世間話。

「ニュージーランドに来たのは家族を大事にしたいからでしょ、だったら来年から必ずNZの冬休みを一週間取りましょうよ、そして子どもたちを連れてスキーってどうっすか?」と聞くと、

「やりたいっすねー!」という返事。後は実行あるのみですね。



勿論移住したばかりで遠い明日よりも足元のぬかるみが気になるだろうが、いつまで気にして何にもしなくては移住した意味がない。



まず自分の足腰を固める。仕事をする。その成功ラインを来年の5月にすれば来年の7月の家族スキー旅行は出来る。



ここはニュージーランド、今日を楽しもうよ、この国にいると本当にそう感じる、だって最後は政府が助けてくれるんだもん。こういうと日本人の感覚からすればちょっと無責任かもしれないけど、よく考えてほしい。お金を払ってくれるのは同じ国民であり、将来彼らの子供が困ればそのお金を払うのはあなたの子供であるかもしれないが、少なくとも政府が自分の懐から金を出すわけではないのだ。

この点政府の補助ってのをどうも日本人は勘違いさせられているが、お金を払うのは政府ではなく隣に住んで今働いている仲間なのだ・

日本人の「道徳感覚」は世界最高であり、日本人の感覚はこの国の人々からすれば素晴らしく礼儀正しい。それは良い、けどもうちょっと社会の仕組みを理解して少し肩の力を抜いても良いのではないかと思う。



今日は皆さんスキーを満喫されたようで、ホテルでの夕食は大人たちはスキー話に興じ子どもたちはどこに体力があるのかくらいにテーブルの下に潜り込んで遊びまわり、そして8時前にはとっとと部屋に戻りお休み。



何のために生きるのか?人は食うためだけに生きるのか?家畜と人間の違い、それはあると思う。目先の金を稼いでも税金で半分持っていかれ、死んだら更に半分持っていかれる国がそれほど楽しいのか?



人は食うためだけに生きるのではない。



快晴のワカパパ、夕方にホテルのバーで夕食前の一杯を飲みながら景色を楽しみました。

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2013年07月25日

今回の参院選について

ご質問を頂いた。

アントニオ猪木さんと山本太郎さんとワタミ社長が当選しましたね自民党の改憲についてはどうお考えですか?

山本太郎さんは下記のブログが一番明確ではないかと思う。
http://agora-web.jp/archives/1549142.html

アントニオ猪木?これって普通にタレント票でしょう。人の顔をひっぱたいて
喜んでるのが政治家として大成することは絶対にあり得ない。だから無視。

そこで面白かったのがワタミの社長だ。素晴らし経営者だけど、
彼ってどっかおかしい。何なんだろう?
自分の直感が「彼、政治的にやばい」と言ってる。


彼を知ってる人から話を聞いたら「綺麗過ぎる」って意見もある。
けれど言ってることはまとも。一体彼は何をしたいのか?

彼に対してぼくが直感として言えるのは、ちょっとやばいって事だ。

山本太郎のような馬鹿であれば時代が削除するよって思ってたが、
ワタミが選挙で勝つってのは分かる、けど彼を当選させてよいのか?

正直、笑顔の裏にある本音が、純粋に日本の事を考えた結果だと
思うけど、それって日本人に本当に合っているのか?

直接会った事がないのでこれ以上言えないですが、もし僕が選挙権があるなら
絶対にアントニオ猪木と山本太郎とワタミには票は入れないですね。

結局今回の参院選は低い投票率もあり自民党の圧勝。ええでっせ、
どうごぞご自由にって感じだ。勝手にやれ・・・・くそ、俺の大好きな日本を
ブッ壊すバカどもめ・・・。

逃げろ。もうどうしようもないぞ。

tom_eastwind at 23:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月24日

政府統計の嘘を見抜く事

日経ビジネス715日号では海外支局リポートとして米国の雇用統計が好調だとか住宅が売れ始めていると書いている。

ところがこの記者が高級品が並ぶニューヨーク5番街の宝飾品店の経営者と雑談をしたら「本当にメディアが言うほど景気が良くなってきているんでしょうかね。私の実感としては疑問なんですが・・・」という回答が返ってきて筆者は肩透かしを食らったとも書いている。

では米国政府が発表する統計上での景気の回復と現場の経営者の意識のずれはどこにあるのだろうか?記者は足で稼ぐのが本来の仕事であるが政府の統計と公式発表だけ聞いて机上で記事を書いてしまって現場に行って肩透かしを食ったのだろう。



では実際はどうなのか?米国経済は一部富裕層のみが利益を享受出来るが多くの「それ以外の人々」の実際の生活はとても苦しい方向に動き始めている。


例えば6月の雇用統計は19.5万人増加したと発表されたが内訳を見ればパートタイムが322千人増えたとなっている。てーことは全体数にはパートタイムとフルタイムの合計だから、

パートタイム増加 322千人

全体数増加    195千人

フルタイム減少  127千人


てーことはフルタイムの雇用者が127千人減ったという事だ。元ネタはフォーブスの記事。パートタイムが増えてフルタイムが減れば雇用数は増えるが一人あたりの収入は減るわけで、米国民が今までフルタイムで給料を貰えていたのがパートの給料しかもらえなくなる人が急増したのだから、そりゃ景気が良いなんて言ってられない。


WSJでは米国が2015年から新しく導入する強制健康保険の対象となるフルタイム社員を減らす事で自社が強制参加させられるのを避けようとしているって書いている。つーことは健康保険にも入れずにフルタイムだったのがパートタイムになるのだから、そりゃ苦しいっしょ。


雇用統計にはこんなからくりがある。では何故このようなからくりを政府発表とするのか?それは米国が雇用回復しているように見せて政府の政策が正しいと強調したいのだ。


日経ビジネスの記事では更に「消費も上向きだ」と書いているがそれは「主に住宅市場だ」と書いている。ただここでも面白いことに記者は一抹の真実をちらっと見ている。文中に「住宅市場の裾野は広がっていない。それは初めてマイホームを買う人は全体の28%にすぎず去年同月より6ポイントも低下している。一般的に初めて家を買う人は4045%くらいいるはずだ〜富裕層や投資家が購入している」と書いている。


そう、この「初めて家を買う人ではなく投資家が購入している」という部分に隠された事実がある。これはQE3(量的緩和)で連銀が放出した資金が銀行に入り銀行が住宅をまとめ買いしているのだ。同時に本来は住宅を買うべきファーストホームバイヤー40%の層が28%しかいないってのはそれだけ本来住宅を買うべき人が買えなくなったって事実だ。


では何故銀行や投資家が住宅を買うのか?それはファニー・メイあたりの政府の住宅供給公社が実質政府保証を付けており銀行や投資家にとって「取り漏れ」がないから買っているのだ。そして銀行や投資家が購入した住宅群を「束にして債権化したもの」をQE3資金で買い取っているのだ。


つまり何のことはない、リーマン・ショック前の不動産を束ねた金融商品が今も売られてその買主は政府、その原資はQE3という事なのだ。だから連銀のバーナンキがQE3の縮小をすると言及したら急に市場は反応して米10年もの国債利回りは2.7%に急上昇した。


利回りの上昇は国債価格の下落である。では何故国債の信用が落ちたか?それは金融界は誰もが米国はQE3という金をばら撒く生命維持装置があるからこそ景気が支えられており、維持装置を外すよなんてバーナンキが発表すれば雇用も住宅市場もぼろぼろになっている実体経済が暴露されてしまうからだ。


そりゃそうだ、雇用統計が増加と言いながら実態はフルタイムからパートタイムに切り替えられ米国の若者(10歳代)の失業率は24%と高いし黒人に至っては43%にもなっている。


国債金利上昇に合わせて実は30年もの住宅ローン金利も上昇して現在は4%である。2%台で借り始めた人々にとっては支払不能となり当然住宅を取り上げられる。


2008年のリーマンショック前に販売されていた住宅ローンの多くは低所得層に「最初の10年は金利据え置き!」とうたってバンバン売りまくっていた。購入する方も10年以内に住宅が値上がりするだろうと期待して家を買ったのだがリーマン・ショックで計画は吹っ飛び値段を下げても売れない状態になった。


そのうち据え置き金利も10年経過して本来の固定金利よりも大幅に高い6%などの金利に跳ね上がるとローン支払いが2倍になる。これで自宅を手放した人々はアパートに住む金もなく道路生活者となってしまい、その後は一生そこから抜けられない生活に陥ってしまう。


これが米国の現状であるが一般紙では米国の景気回復などと言っている。けれど実態は現場の経営者の肌感覚が正しいのだ。


ただ今日のネタのツボは米国ではない。米国と同様の異次元的緩和をやっている日銀の話である。黒田日銀総裁の経済成長率2%を目指した異次元緩和は簡単に言えば米国連銀が行った金融緩和のコピーにしか過ぎない。


一度始めれば少しづつ景気が上向きになったように表面的には見える。ところが地方では全然景気が良くなった気持ちがしないという。そりゃそうだ、だって日本の雇用は次々と海外外注されて事務仕事はコンピューターに置き換えられて給与が下がるか非正規社員が増えるかだけしかない。


産業界は円安と喜んでいるがいずれこれはガソリン代や輸入品の値上がりであっという間に物価が高騰する。しかし給料は上がらない、それどころかいつリストラされてもおかしくない状況では、不景気の中の物価高騰という最悪の状況、スタグフレーションが起こる。


そうなるとこれからの経済はまさに今まで見たこともないような異次元的激動の時代に入る。参院選が終了すればこれから3年間は何でもあり得るのだ。統計の嘘に騙され大本営発表を鵜呑みにして何も準備せずにこの大津波にのほほんと構えていては確実にあなたの人生は破壊される。


統計の嘘に騙されるな、それは日本政府発表の統計も同様だ。政府発表は大本営発表、自分に都合の良い事しか絶対に書かない。ぼくら一般市民が危機に備えるためには、まず統計を読み抜く能力を持つこと、日常の肌感覚を大事にすること、そして今自分が出来る行動を起こすことだ。



tom_eastwind at 12:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月23日

租税回避地の日本人顧客リストがネットで公開されている。

今年前半に裏ネタ噂として広がってた租税回避地の顧客ファイルが表に出てる、つまりネット上で誰でもキーワードさえ知ってれば検索出来る状況になっている。

 

このファイルでは英領バージン諸島(BVI)やケイマン島など、租税回避地(タックスヘイブン)に住所をおいている企業や富裕層の個人住所が公開されている。

 

でもってそのサイトにアクセスして「JAPAN」というキーワードを入れれば日系企業らしい会社の名前とか個人の住所が完全に出てきて、僕も試しに個人の住所をグーグルマップで検索してみたら東京渋谷にある大正時代から経営されている企業名が出てきた。

 

個人名で福岡市xx区x-x-xという具体的に場所を特定するデータまで出ている。これ、個人の自宅住所だよな、完全バレバレ、OUTじゃんか。

 

わお!相当やばいネタですぜこれって。相当数の個人情報があり、これでも一部だっていうけど、タックスヘイブンに資産移して安心してた資産家にとっては青天の霹靂であろう。

 

さてこの個人名が確定出来る約400人、どうするんだ?住所押さえられたから完璧OUTですね、おまけにご丁寧に郵便番号まで付いてたりする。まさにネット社会の怖さです。すでに日本の税務署も行動を起こしてますからこれから「逃げ切った!」と思ってた各個人に「お尋ね」が順々に届くことになるだろう。


すでにオーストラリア政府は自国の富裕層を対象にした調査を開始しているし日本もこれだけ分かりやすく捕捉しやすいデータがあれば他のは後回しにしてここを徹底的にやるようだ。日本税務署の基本方針は一罰百戒だからここを叩いて日本国民に変な気持ちを起こさせなければ良いのだからすべてを捕捉剃る必要はない。
 

多分リストに載っている顧客は日本の大手証券会社とか外資投資銀行を通じて口座を作ったのだろうが、これがすべて陽の下に曝け出された。OUTだ。なんだか資産家の方にはかわいそうな気がする話であるが、BVIに入れてればどんな金でも大丈夫という思いがあったのだろう。

 

それに当時はインターネットがハッキングされるなんて思いもよらなかったのだろう、それは普通のネット常識だと思うがネット技術は日進月歩で進んでいる。すでにネット上で個人の行動パターンや購入パターンを把握して個人個人に的確な広告を表示する技術が確立しているのはまさに個人がデータによって把握されたって事だ。

 

いよいよ今までのネット常識は通用しなくなった。だから大事なのは、データが公開されていつ誰に見られても問題ないスキームを作ることだ。「はい、私のデータはこれですよ、どうぞ御覧ください、けど今の日本の法律では課税対象ではないですよね」と言える環境を作ることだ。

 

スキームを作る時は将来のことも考えて法律家のリーガルオピニオン(RegalOpinion)を取り、いつどこから誰に聞かれても「So What?それが何か?」と言える環境を作ることだ。

 

単純に海外に口座を作って隠すとかではなく、日本及び現地の法律を順守しつつそれぞれの国の弁護士、会計士などの専門家にしっかりと法解釈をしてもらい直接税務署に連絡を取ってもらい自分のスキームを確認した上で、法律で規制されてない部分で対策を作る、これが出来るかどうかがこれからの節税である。

 

 

 

 



tom_eastwind at 21:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月22日

てか、揺れてないしー

クック海峡でM6.5の地震=首都で負傷者、停電も−ニュージーランド 21日、ウェリントンの酒屋で、地震の揺れにより陳列棚から崩れ落ちた商品(EPA=時事) 【シドニー時事】ニュージーランド政府研究機関GNSサイエンスによると、北島と南島の間に位置するクック海峡で21日午後5時9分(日本時間同2時9分)、マグニチュード(M)6.5の地震があった。海峡に面する北島の首都ウェリントンで1人が負傷したとの情報があるが、死者や深刻な被害は伝えられていない。 震源は、南島セドンの東20キロで、深さ17キロ。この付近では19日にM5.7、21日朝にはM5.8の地震が発生していた。現地の報道によると、ウェリントンの一部で停電。エレベーター内に人が閉じこめられるなどした。建物の窓ガラスが割れて落ち、国会議事堂にもひびが入った。 ウェリントンにある日本大使館によると、日本人の被害は確認されていない。(2013/07/21-18:10)


日本の皆さん、オークランドは全く揺れ無しです。てか、その時間夕焼けの写真撮ってたし。

確かにニュージーランドは地震帯の上にあり、ウェリントンとクライストチャーチは間違いなくその真上。だから揺れて当然。

これはグーグルマップで航空写真にしてもらい、東京に集中している太平洋プレートからずっと南に下っていけばニュージーランドの東側にプレートの帯が見えますが、この帯が太平洋の東側からウェリントンの真下を通りそれからクライストチャーチの下を抜けて南極に向かって降りていくのがわかります。
https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja

けどオークランドって地震帯から西に500km離れているんですよね。そいでもって地震が発生したウェリントンってのはオークランドから直線距離で900kmくらい離れているんです。例えば北海道でM6.5地震が起こって東京のコンビニの商品が落ちるのかって話です。

日本人の地震被害好きは良いけど、出来れば現実の距離とかにも演算能力を働かせてもらえば。そんな事より今回の参院選で自民党が圧勝して何が起こるか、その方がよほどみなさんの生活を直撃するかと思います。



tom_eastwind at 23:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月21日

東京には空がないという  八重の桜

オークランドに戻ると青空が広がっていた。それにしても青いなー、本当に空だって感じがする。土曜日の午後の空港から自宅までは車も少なくて、青空の下を無料高速道路で30分走らせて家族のドライブを楽しんだ。

 

一週間ぶりの自宅でみんなでわいわいスキー道具を片付けてたらさすがに料理をする気持ちも失せてニューマーケットの中華料理屋「新世界」で持ち帰りを頼んでテーブルに料理を広げて久しぶりに家庭的中華料理を楽しむ。ちなみにこの店は飲茶が美味い。週末の行列を見ればよく分かる。

 

でもって日曜日の昼過ぎ、家族は新世界の飲茶に出かけ、ぼくはゆっくりと「八重の桜・決戦の時」を観る。

 

そうそう、うちの会社では社員及び会員様用に毎月日本からテレビ番組のDVDを購入しており皆さんに楽しんでもらっている。日本から遠く離れたニュージーランドでも日本の番組を観られるのだからますます距離感がなくなり、日曜日に自宅にいて全く英語を話さずに日本のDVDを観ていると、今自分がどこにいるのか分からなくなる(笑)。ちなみに他にもリアルタイムで観られる有料番組サービスもあり本当に便利になったものだと感じる。

 

今回の「八重の桜」では官軍の攻撃で二本松の少年兵が破れ会津に流れ込んだ官軍から会津藩を守る為に銃を持ち戦いに出る八重が主人公だ。よく作りこんでる人間ドラマでもあり歴史ドラマでもあり、勝てば官軍であった暴力的な時代に逆らって最後まで決して自分を曲げなかった会津武士と会津女性がよく描かれている。あの時代は坂本龍馬だけが英雄ではなかった、日本武士階級の男と女が英雄であったことがよく伝わってくる。

 

それにしてもこの戦いにガトリングガン(機関銃)が数丁あれば全く結果は違ってただろう。八重が持っていたスペンサー銃が唯一の近代兵器だ。武士という名前のメンツに300年乗っかり刀から銃への変化を否定した武士階級が、武士というメンツを無視して近代化した武士集団に敗れたのだ。

 

それにしても銃に対して薙刀で戦うのは後日のB29に対して竹槍で落とそうとするのと同じ感覚を受けるのはぼくだけであろうか?滅びる道を選ぶことはそれほど素晴らしい事なのだろうか?

 

会津の武家の女性の身の処し方、白虎隊など見事な散り際である。ただし滅びることだけが正しい生き方か?それは自己満足だけではないか?その前に主君を持続するためにやれることはなかったのか?組織を生き残らせて自分たちの主張をもっと天下に広める外交・政治的活動は出来なかったのか?

 

冷徹に判断すればこれが結局会津藩主が政治的に最初から最悪な結果を想定せずにその場その場しのぎをした結果でもあるとぼくは思っている。ぼくは同じ経営者としてどうしようもない怒りを感じる。

 

「滅びる」とは会津武士の場合はこどもの頃から「ならぬものはならぬ」と教えられた結果の事で、もう理屈を超えた世界であろう。西郷頼母がどれだけ現実的な提案をしてもそれを受け入れる組織は存在しなかった。「生きて会津を守る、強くなれ、そうしなければ一歩も前に行けないぞ」その現実的な解を求めようとせずに「滅び」を選んだ。

 

ただぼくは絶対にこのような散り際を選ばない。絶対に戦い続ける。どのような状況に陥っても最後の最後まで諦めずに戦う。「お城を守る、諦めねい」というなら、何故その前から準備をしなかったのか?ぼくなら10年先を考えて今を行動するぞ。そんな気持ちで思わずのめり込んで四回分を一気に観てしまった。

 

はは、それにしても綾瀬はるかってきりっとした日本的な美人だなー、ははは、テレビ観て単純に喜んでるおれって、馬鹿かもー(笑)。今年の大河は日本ではあまり人気がないと言いつつもやはり質が高い。NHKの不祥事が続き経営陣が一新されてからは現場の人々もやる気が出ているのではないか。

 

ところで、この番組で福島の空の青さを見ながら、そういえばふと智恵子抄を思い出した。

 

***

智恵子抄 「あどけない話」

 

智恵子は東京に空が無いという

ほんとの空が見たいという

 

私は驚いて空を見る

桜若葉の間に在るのは

切っても切れない

むかしなじみのきれいな空だ

 

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ

 

智恵子は遠くを見ながら言う

阿多多羅山の山の上に

毎日出ている青い空が

智恵子のほんとの空だという

 

あどけない空の話である。

***

 

ほんと、どんよりけむる東京には空がないなー、これは出張する度にいつも感じることである。

 

東京で生まれ育って生活をするってのは、例えば魚はスーパーで切り身になっているものであり海で泳いでる時から切り身のままだと思っている子供とか牛肉ってのは薄切りになった肉のことでありそれは決して牧場で草を食べている牛ではないとか(さすがにそれはないか〜笑?)。

 

ニュージーランドの自然環境が良いのは間違いない。普通に世界の大気を観てみれば分かる。最近は住宅に使われているプラスターが問題になっている。プラスターってのは壁に吹き付ける石膏の事だが、これが体に良くないって事で、プラスターの家は値段を安めに判断される。

 

けれどそれは全体の自然環境を日本から見れば、たぶん取るに足らない問題だと思う。そんなもん、じゃあじゃあ杢目の外壁材を使えば良いだけだもん。

 

ところが日本は1970年代の公害を経験して今は中国の黄砂が越境公害となり、これで果たして「東京に青い空がある」と言えるのだろうか?

 

写真はオフィスのぼくの机からスカイタワー向けに撮ったものだ。空が青いでしょ。これがシティのど真ん中から見える普通の景色です。

 

智恵子は東京に空がないという。ぼくはオークランドに空があると思う。ましてやクイーンズタウンの空なんて、なんとも言いようがない天国のような青空だ。

 

1868年の福島会津藩の八重が見た福島の青空から昭和の智恵子の見てた東京のどんよりした空、そして一週間を過ごしたクイーンズタウンの圧倒的な青空、戻ったオークランドの青空。

 

政治家は賢いにこした事はないですね、そして空は青いにこした事はない。


Aucklandphoto



tom_eastwind at 16:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月19日

幸運とか特別とか。クイーンズタウンで暖炉を眺めながら

クイーンズタウンのGANTLEYというレストランで家族と食事をして暖炉を眺めポートを飲みながら昔のことを思い出してた。


ぼくが最初にこの街に降り立ったのは1979年頃で、当時は約20人乗りのセスナ機でクライストチャーチからマウントクック経由(てか給油)でクイーンズタウンまで約2時間かかってた。みんなスーツケース等大きな荷物を持ってきており、それらの荷物は乗客の乗るセスナに載せられないので後続する2機目のセスナに荷物だけ積んでいたものだ。


クイーンズタウン空港に到着すると荷物を積んだセスナが降りてくるまで掘っ立て小屋の中で待つしかないのだが、ところがふと周りを見ると真夏の12月の息を呑むような素晴らしい光景が広がっていた。


まさに足元からそそり立つような赤茶色の断崖絶壁のリマーカブル山脈、2000メートルの頂上にそびえ立つダブルコーンロック、目を下に向ければ目の前に広がる透き通った真っ青なワカティプ湖のフランクトン入江、遠くには夏でも雪をかぶったサザンアルプス山脈、空は一点の曇りもない深い青で染められており、「一体なんだこの美しさは!」と感動したものだ。


当時の日本の空と言えば戦後の急成長の象徴であるコンビナートが真っ黒な煙を吐き海は工場排水で汚れ海岸線は埋め立てられまさに日本列島が強制的に改造されてしまった時代だった。


だから地球の裏側にこんな美しい、大自然の空、山、森、湖、そのすべてが完璧に調和している景色があるなんて信じられなかった。同じ島国なのに日本とこんなに違うなんて、本当にびっくりしたものだ。


街に着くとさらにびっくりしたのは、地元の人々の優しさである。行く先々どこでも見知らぬ人が通り過ぎるたびに「おはよう!」と挨拶してくれる。パン屋に行けば店主が親切そうな顔で「日本から来たのかい?お腹空いてるかい?」と声をかけてくれる。


地図を見ながら道を歩いているとほぼ全員が通り過ぎるたびに声をかけてくれて「どこに行きたいんだい?あ、そこなら途中まで一緒に行くよ」と、日本だったら「知らない人について行くな」であるがこの町の人々はまさにその正反対の行動を取ってくれて、目的地に着いたらにこっと笑って「楽しんでいきな!じゃね!」と名前も言わずに去っていく。


レンタカーでやって来たツーリストが車の調子が悪くて道路沿いに車を止めてボンネットを開けて困った顔をしていると、セーターを着たおじさんがすぐにやってきて「おう、任せときな」と言いつついきなり車の下にもぐり込み手早く修理してくれる。そう、この街では車の修理を含めてすべてがDoItYourselfなのだからサザンマン(南島に住む男たち)はなんでも出来るのだ。


おじさんは修理が終わった車を見て満足そうにツーリストに「じゃあ気をつけてな」と手を振って去っていく、セーターの背中に付いた土を適当に後ろ手ではたきながら。


もちろん当時の事であるからプロとしてのサービスなど存在しない。ホテルでも要領が悪くフロントで「部屋にポットがないよ」と言えば「大至急持ってくよ」と言ったままいつまで経っても戻ってこない。


どうしたんだろうと思ってフロントに降りるとその担当者はおらず他の人に聞いたら「ああ、あいつもう当番が終わって家に帰ったよ。何か用事だったら電話して聞いてあげるよ」だって・・・。


とにかく徹底的に人が良くて性善説の国家ってこんなのを言うんだなと思いつつ、しかし組織とかプロ意識ってのは全くなくて、そんな人々が大自然に囲まれてなんのストレスもなく生きていける世界があるなんて、本当に信じられない思いだった。


当時の日本では週休1日制で日曜も出社して夜も残業手当などなく朝から晩まで働きクーラーの効かない真夏の夜などはバケツに水を入れてそこに足を突っ込んで仕事をしてたものだ。


企業戦士という言葉が当然のように社会を飛び回り出張前に体調を崩せば「気合が入ってない!」と叱られたものだ。


ある時部下が上司に

「すいません、ちょっと午前中だけ用事があるのでちょっとだけお休みさせてください」と言うと上司が

「いったい何があるんだ?仕事より大事なことがあるのか!」と怒られ、部下が

「すみません、実は結婚式に行かなくちゃいけないんです」というと上司が

「一体誰の結婚式なんだ!そんなに大事なのか!」

「はい、実は私の結婚式なんです」

というような、今の時代からすれば漫画のような話が実在した時代だ。


同じ時代なのに北半球と南半球というだけでこんなにもすべてが違うのか・・・もう呆れるしかないが現実に存在しているわけであり受け入れるしかない。


それから約10年後、バブルで浮かれていた日本を出て僕は再度クイーンズタウンを訪れていた。その時は丁度成田からオークランドまでジャンボ機が就航し始めた時だから日本からハネムーナーが大挙してやってきて、クイーンズタウン空港はあいも変わらず飛行場であったが観光客はクライストチャーチから無給油のプロペラ機で荷物と一緒にやって来てた。


その時ぼくは働くつもりもなくとにかくのんびり本を読むつもりだったのが、何のはずみかその街に着いて一週間もせずにワークビザをもらって働くことになりその二ヶ月後には何の審査もなく、つまり英語テスト不要、健康診断不要、無犯罪証明不要、学歴不要、職歴不要、とにかく旅券に300ドルの小切手を挟んで移民局に送ったらその2週間後に永住権のシールを貼られた旅券が普通郵便で送り返されてきた。


そこから僕のニュージーランド生活が始まった。クイーンズタウンで知り合った香港から移住してきたばかりの奥さんと出会って結婚して子供が生まれ、それから一度も住んだことのない、ましてや広東語が全く出来ない状態で香港へ移住、6年間を過ごした。


1997年の香港の中国返還を迎えて家族で香港を飛び出して次に渡ったのがこれまたほとんど知り合いのいないオークランド、ここでもゼロからのスタートだ。


考えてみれば人生で3回落下傘降下で誰も知り合いのない街への移住をした事になる。控えめに見ても普通の日本人にはあまりいないと思う。


どこの場所でも言葉で困り生活習慣で困り仕事で困り毎日が悩みの連続だったはずだが・・・振り返ってみるとぼくはあまり悩みを感じてなかったのかもしれない、いつの時代も徒手空拳ではあったが「絶対に解決策はある、絶対に答はある」と信じることだけは出来たからだ。


結果的にどこの落下傘降下でも何とか無事に基盤を作りそこに一定の場所を残すことが出来た。だから今でもこうやってクイーンズタウンに行けば古い仲間と酒を酌み交わし現場の裏話に耳を傾け、香港に行けばやはり古い知り合いと酒を飲みながら現地に住む日本人には絶対に聞き取れないナマの香港情報を耳にする。


いつも他人に言われるのが「あなたは特別ですからそんな事が出来たんですよ」と言われるが、では一体何が特別なのか?ぼくの身長が進撃の巨人みたいに50メートルもあるってのか?体重が500kgもあるのか?心臓が3つも4つもあるのか?


ぼくは普通のサイズの普通の肉体の人間だ。唯一違うと言われればどのような状況に追い込まれようと決して他人に頼らず例えライオンの檻に放り込まれようとも絶対に最後の最後まで諦めずに答を探して即決して行動に移す事が子供の頃からの訓練を通じて出来るようになっただけだ。


では子供の頃に何をやってたか?それはひたすら過去の本を読みまだ会ったこともない過去の人々と本を通じて会話を重ねて彼らが見てきた歴史を自分が追体験してそれを自分の血と肉として肌に叩きこみ、自分が実社会に出た時に出会って来た人間的な様々な状況に「吉田兼好ならどう思うかな」とか戦いの状況になった時に「孫子ならどう判断するかな」と彼らの視点から見て判断して決断して実行してきた繰り返しだった。


6歳から18歳まで全く塾に通わす小学校では先生相手に学校の存在意義や自由の定義やクラス内における平等とかで議論を挑み、中学校では算数の授業になると最初の5分で「先生、腹痛です」とクラスを出てぶらぶらして勉強もせず本を読んだり水泳をして過ごし高校選びでも一番勉強しなくてすむところに決めその高校では殆どの場合先生の授業を無視して図書館で本ばかり読みこれまた三年間水泳と冬場のサーキットトレーニングばかりしてた。


大学にも行かずに社会人の一員となったが、今でも何か特別な事をしたと言う記憶はない。とにかくやりたい事だけをしてきた。好きな事だけをしてきた。直感で生きてきた。その結果としてこういう生き方になった、ただそれだけだ。


これが「特別」なら、誰でも出来る「特別」ではないか?自分が特別になろうと思えば誰でも出来る事ではないか?唯一の違いは、出来ると信じられる自分がいるかそれとも最初から「出来るわけないじゃん」と努力を拒否したかだけである。


ぼくの海外人生はクイーンズタウンから始まった。言葉も通じず習慣も違い、ましてや日本人もほとんどいない中での生活が始まった。その当時と現在のクイーンズタウンは街の空気からして人口からして人々が洗練されて高級リゾートとなって世界中から観光客が一年中来て楽しめる街になった。


けれど決して変わらないのは、いつも空港に降り立つ度にリマーカブルを見て感じる大自然の美しさと街にいる時の人々の優しさである。


さ、明日の夜から仕事開始だ。そして来週一週間仕事をしたらまた灼熱の日本出張だ。

誰にもいつか特別な機会はある。けど世の中に特別な人間なんていない。大事なのは特別な機会が来た時にそれを掴み取れるだけの努力を日頃からやっているかどうかだ。


そう、幸運と言う神様は、いつも努力と偶然の曲がり角にいるのだ。



FIREphoto

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 18:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月18日

クイーンズタウンの風景

添付の写真はクイーンズタウンのゴンドラから眺めたクイーンズタウンの街の中心部とワカティプ湖と遠くに見えるリマーカブル山脈。ほんと、まるで絵葉書のような美しさだが、使用カメラはIphoneのカメラにしか過ぎず、これはカメラのせいで綺麗なのではなく景色が本当に綺麗だって証拠ですね。



世界の3大がっかりの一つがシンガポールのマーライオンだってのは有名だがニュージーランドの観光地はどこへ行っても写真そのものの感激がある。今回のスキーツアーに参加されたお客様もこの景色には相当に感激されたようで、ご案内冥利につきる。



ニュージーランドの良い点は何も誇張せず何も騙さず何も隠さずに堂々と正面から正論で来る点でもある。ビジネスをする時も同様で、常に公平を大事にしており取引の際も殆どの場合は嘘がない。公明正大で誠実を尊ぶ国民性がそのまま法律にも反映されているのがこの国で仕事をしていてよく感じる点である。



取引をする時はきちんと礼儀を持って相手の話を聞くしNOならすぐに返事をする、何故なら自分の専門分野については常に勉強しているから判断も早いのだ。興味がなければ最初からはっきりそう言う。無駄な時間は使わない。だってニュージーランドの仕事は完璧に夕方5時に終わるのだ、残業なんてしている暇はないから就業時間中は思いっきり集中して仕事をする。



だから日本でビジネスをしていていつも違和感があるのが、取引相手と話をしても、その内容に全く興味を示さずフンフンと聞くけどすぐに無視するような場合だ。興味がないなら最初から聞かなければ良いのに聞くだけ聞いて「それでは後ほど社内で検討してー」のどうのこうのと、でもって翌週様子を聞くとまだ検討もしてないとか。



ビジネスライクってのを日本人はちょいと勘違いしているんじゃないかと思う瞬間だ。ビジネスは時間との勝負だ。なのに最初から「やらない」と決めているのに会って聞くのは、それで相手のメンツを立てるためとか社内で仕事をしているふりを見せるとか、全然本来のビジネスと関係のない話である。



それと多いのが相手の話を聞いたら必ず「何か裏があるんじゃないか?」と疑心暗鬼モードになって何も一切信用しなくなる場合だ。これなど、その話が本当かどうかなど普通のビジネス知識があればすぐ分かるわけであり疑心暗鬼になる事自体が本人に調査確認能力がないことを示している。



健全な疑問を持つことは基本である。ただ、常に社会の様々な現象に対して健全な疑問を持っていればどのような案件が来ようが判断がつくはずなのに、社会人でありながら日頃の社会の動向に全く興味も好奇心も示さずひたすら自分の利害や社内人事ばかり考えているのが見え見えである。



日頃何も勉強せずに調査能力や判断能力がないからいざ何かあった時に全く対応出来ずにすべてのものに疑心暗鬼になって結局時機を逃しているのだが本人はそれがわからない。



今日のコロネットピークで一緒に滑ったお客様は東京でビジネスを経営しており、趣味も多才であり常に社会に目を向けて自分で勉強しているからどのような話題でもついていける。その彼がニュージーランド移住を考えたのが4年ほど前。



東京という街に生きて現実のビジネスを運営していれば様々な情報が入ってくる。そして先々の事を考えれば、こりゃ今の日本は避難するのが正解と判断されてニュージーランドにやってきた。



他にも当社のお客様は現役の経営者で勘の優れた方が多く、皆さんが口裏を合わせたわけでもないのに移住の理由を聞くと全員がほぼ同じ答えだ。



日本の教育、治安、経済、政治の方向性などを考えると、これはやばいぞという勘が働くのだ。そして自分で企業を経営しているから判断も早い。



そういう判断力も決断力も実行力もある経営者からすれば、目の前に目に見えぬ巨大な時代の変化、パラダイムシフトが起ころうとしているのに何もせずにただひたすら目先のちっちゃい事にこだわり何も勉強せずただ毎日をだらだらと生きている連中を見ると焦燥感を通り越して諦めになってしまい「ああ、そうかそうか、どうぞご自由に」という気持ちになるのだろう。



みなさんは今日がスキーの最終日、夕方の飛行機でオークランドに戻るので午前中思いっきり飛ばして足をパンパンにしながら街に戻ってきた。



スキー場の一日リフト券は97ドル、約8,000円である。レンタルスキーで一日5,000円くらいだし山の往復のバス代も2,500円くらいかかるので、一日遊べばそれだけで一人一万円が飛んでいく。それでもスキー場には地元民、オーストラリアから来た若者や家族、欧米から夏休みを利用して来た家族などで大賑わいだ。



一個1,000円くらいする(標準サイズ、特製ではありません)ファーグバーガーはあいも変わらず店に入ることさえ出来ない混み具合だし街はスキー客で大賑わいだ。ほんと、この街にいると日本の安売りとか賃下げとかまさに地球の裏側の話である。



日本で今のニュージーランドの景気の話をすると必ず「そんな事あるわけないじゃないですか」と鼻で笑われる。毎年土地の値段が上がって物価も給料も毎年5%くらい上昇してますって言うと「何嘘言ってるんですか、土地の値段が上がったりするわけ、ないじゃないですかー、ははは」と笑われる。



クイーンズタウンの写真を見て「そんな綺麗な場所があるわけねーじゃねーか、カメラがいいんだよ」と、自分の目で確認もせずに半分嫉妬と半分疑心暗鬼で勝手に決めつける人々。



ははは、笑うのはこっちだ。日本の常識が世界の常識と思い込んでるバカが自分の馬鹿を晒す瞬間でもあるからだ。



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2013年07月17日

Pier 19

今日も1日スキーで、コロネットピークの奥の普通の観光スキーヤーが行かない所を何本か滑る。幅が1メートルもない岩の間に突っ込んでジャンプしたり斜度40度くらいのコブ溝斜面に突っ込んでみたり、相当に遊んだ。同行のお客様はインストラクターレベルなのでバンバン突っ込んで楽しんで頂く!


今日のリフト待ちも10分程度で、リフトに乗っている間にメールチェックをして返答を入れる。でもってオークランドに戻って来週からのアポイントがどんどん埋まっていく。来週が終わればもう日本出張で7月末から台北、大阪、東京と回るロードショーの始まりだ。


そんな先のことを考えても仕方ないやって事で今晩もうちの家族とお客様とスタッフ家族でクイーンズタウンでも高い評価を受けているPier19で夕食。


これが「んまい!」


同席のお客様は15年くらい前からクイーンズタウンをご存知であり「昔はこんな店なかったですねー」、そうそう、本当にクイーンズタウンだけでなくオークランドも素晴らしい料理を出す店が爆発的に増えた。


結局キーウィ料理というものがなかったから拘らずに世界の良い物を導入することが出来たのだろう、和食、洋食、それぞれの特徴を取り入れながら素晴らしい料理が出てくる。


この国、観光業に対する考え方が日本と全く違う。とにかく少人数のお客に素晴らしいサービスを提供して高いお金を頂くという精神だ。


元々人口の少ない国であり大量生産という発想がない。だから価格は常に高く設定して納得して頂くコアなお客にのみ値段に拘らず買って頂くという発想が徹底している。


そして以前は素材はよく値段は高くサービスはダメって店が多かったのが、クイーンズタウンリゾートカレッジ(QRC)など優秀なホスピタリティ学校が出来てサービスが格段に上昇した。


ちなみにQRCはスイスのホテル学校と提携をしておりサービスのレベルの高さが分かるというものだ。


写真はPier19のヴェニソン(鹿肉)ステーキです。んーまい!今日の夕食にご参加の皆さん、大満足でした♪

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tom_eastwind at 19:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月16日

コロネットピークとミンの店にて

今日はうちの家族とお客様との合流でコロネットピークでスキー。でもって夜は本当に偶然だが今日は移住会員の方が数名クイーンズタウンを訪問しておりすでにクイーンズタウン滞在を開始しているお客様も含めてミンの店「メモリーズオブ香港」で特製鍋の大夕食会。



こうやって見ると本当に会員が増えたのを実感する。会員同士はお互いを直接知らないのでこのようなパーティを開催しては同じような価値観を持っている方を巡り会わせているのだが、うちのお客様は日本では絶対少数であり日本では同じ街に住んでいる人と本音の話が出来ない。



ところがニュージーランドに来てみると、何と自分と近い考えの方がたくさんいらっしゃりびっくりされる。



楽しい会話であっという間に3時間が過ぎる。ニュージーランドで会話が弾むと食事だけなのにあっという間に6時からの夕食が9時過ぎまで続いてる。



視察に来られたお客様もクイーンズタウンの近況をご理解されてどのようなビジネスモデルを構築するか検討中。



明日もコロネットピークだ、さあ、早く寝なくては。つーか思い切り眠いしzzzzzzz今日はこれで終わりでした。









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もう眠くて、、書けないぞーzzzzzzz 


 


 


 


 


 



tom_eastwind at 22:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月15日

社会が子供を作り子供が社会を作る

今日はちょいベタ記事だが、子供の教育費について。

 

***記事開始***

子どもの教育費 母親に負担感 715 1130

高校生までの子どもを持つ母親の4人に1人が、塾や習い事といった教育費を減らすなど、景気回復への動きが出るなかでも、家計にとって教育費が大きな負担になっている実態が民間のシンクタンクの調査で分かりました。

「ベネッセ教育総合研究所」は、ことし3月、3歳から18歳までの子どもを持つ母親1万6000人余りを対象に、塾や習い事、スポーツなどの教育費について、インターネットを通じて調査しました。   それによりますと、子ども1人当たりの1か月の費用は平均で1万5000円で、リーマンショック後で景気が悪化した前回、4年前の調査よりも1700円少なくなりました。

また、3人に2人が「教育にお金がかかりすぎる」としており、景気には回復に向けた動きが出ているものの、4人に1人が「教育費を減らした」と答えています。

「ベネッセ教育総合研究所」の木村治生主任研究員は「収入が伸びない中で教育費も削れるところは削るという状況が出ている。全体のなかでもスポーツや芸術の教育費を抑制する傾向にあり保護者がより効果の上がるものを厳しく選択する傾向が強まっているようだ」と話しています。

. http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130715/k10013046251000.html

***記事終了***

 

一体いつから塾や習い事が日本の常識になったのか、僕自身が生まれて一度も学校授業の補習として塾に行ったことがなく(金がないってもの理由だが、はは)何故学校授業だけで追いつかないのかよくわからない。

 

多分学校受験って一定の成績さえあれば誰でも入れるって仕組みじゃなくて、優秀なのを上から何人まで選ぶってシステムだから他人を押しのけて自分が上に行くためには塾に通ってより優秀な知識を身に付けることで他人を押しのける手法として使われているからなのだろうか?

 

けどそれが、一人が塾に行き始めたら他の子も負けない為に塾に行く、その結果として誰もが塾に行くようになり、塾に行かない子供の親は周囲に「あの親は子供を塾にさえ行かせない、子供の教育に熱心じゃないダメ親!」とか陰口を叩かれたのだろうか?

 

子供の時から学校のテストの時に隣の頭の良い子が風邪を引いたら喜びなさい、子どもたちはちっちゃな頃からそんな教育を受けてきたんだろうか?

 

何だかいかにも日本らしい横並びの仕組みだが、そうやってちっちゃい頃から学校が終わるとすぐに塾通いをさせて夜遅くに子供が帰ってくる生活を15歳まで続けてその時点での子供の学力が、子供のほとんどが全く塾に行かず夜の9時には寝てしまうような島国国家ニュージーランドの子供の学力とほぼ同等という国際調査機関の調査結果を見たらどう感じるだろう?

 

ぼくは移住説明会で使う資料の最初のページに子供の学力に関する世界調査データを掲載しているが、これを見たら日本で子供を一生懸命塾に通わせている親はどう感じるだろうか?

 

ニュージーランドは今週からスクールホリデイで2週間のお休みに入る。冬休みである。僕は今日はコロネットピークと言うスキー場で過ごしたのだけど、とにかく人が多い。リフトに乗るのに10分かかる。そしてリフト乗り場はまるで幼稚園か小学校ってな感じなくらい子供だらけである。

 

キャーキャーと走り回る子どもたちはそりゃ無邪気なものだが見ている親からすればハラハラ・ドキドキものである。ゲレンデに出ても前後左右を無視して滑りまくる子どもたちの後ろを親が追っかけながら他のスキーヤーにぶつかって怪我しないかとか他のスキーヤーが子供にぶつからないかとか、まさに親鳥が雛鳥を守っているような感じだ。

 

こちらの国では本当に子供が伸び伸びと生活をしている。家族と社会に守られながら自分の大好きなことをして学校で勉強して朝ごはんも夕ごはんも家族全員で一緒に食べて今日あった事を皆それぞれに話しながら夜の9時になるとベッドに入ってすやすや眠る。

 

そんなのんびりした生活でも子どもたちの学力が日本の子どもと同じってんであれば、日本の親からしたら毎月高い月謝を払いつつ夜中まで勉強させて他人を追い抜く競争させてる自分たちって、もしかしたら間違った事をやってるんじゃないの?って思うのではないだろうか?

 

ニュージーランドでは教育費は基本的に無料である。小学校と中学校と高校では学費はすべて政府が負担している。だから子供がお金がなくて学校に行けないということはあり得ない。学校に持っていくのはリンゴやバナナとクラッカーくらいの簡素なお弁当とノートに鉛筆くらいだ。

 

一年が四学期制であり学期の始まりに寄付をお願いされるが勿論生活に余裕がなければ支払う必要はない。その代わりボールダンスには参加出来ないって学校もあるにはあるが多数ではない。

 

これはニュージーランド政府の基本方針である「子どもたちの機会の平等」を徹底させているからだ。どんな貧乏な家庭の子供でも学校に行けるようにすることで子どもたちがこの社会に出る際の機会の均等を提供している。医療についても同様だ。

 

この社会福祉制度は1800年代の英国のあまりにひどい階級差別と労働者階級の子供がまともに小学校にも通えない現実を見たイギリス貴族が新しい植民地ニュージーランドでは人々が皆平等に生活出来て手に汗して働く人々が馬鹿を見ることがないような制度を導入したから実現した。

 

中学校や高校は自分の住む地域の学校に自動的に入学する。大学に入学するのも試験があるわけではなく希望する学部が要求する単位さえあれば誰でも入れる。つまり学校のテストの時に隣の子供が何点取ろうが自分には関係ないのだ。

 

あえて親がやるべきと言えば子供を大学までやりたい時にはノースショアの有名進学高校がある地区に家を買って子供をその高校に入学させるくらいである。うちの移住のお客様の場合、学齢期の子供がいればほぼ全員がノースショアに住居を見つけている。

 

子供がすべきことは自分の夢へ挑戦するために一生懸命勉強することだ。その代わり大学に入れば毎日が勉強漬けになり大変である。オークランド大学医学部や法学部では一年目の終わりの試験で半数以上が振り落とされるほどに厳しい。

 

それでも子どもたちは皆、自分が望む夢に向かって進んでいく。「出来ない事なんてない!」子どもたちは皆そう信じている。そして本当にいろんな人生を楽しそうに歩いている。この国ではどのような階級にいるかは誰も聞かないし気にもしない。

 

会社の肩書きとか社会の階級なんて存在しないこの国ではどれだけ自分の好きな事をやっているかが大事だ。皆が他人と自分を比較することなく生きている。

 

給料は、勿論高ければそれに越した事はないが、だからと言って個人生活の質を下げる、つまり会社勤めで残業したり土日に働いたりするなんて大嫌いだ。自分のビジネスであれば頑張りもするし家族も認めてくれるだろうが会社勤めでそれはあり得ない。

 

第一当面やりたい仕事がなかった場合は政府が生活費を支給してくれるんだから我慢して働く必要はないよ。政府が支給ったって政府からもらう訳じゃない、それは社会を支える他の労働者が納税した金をぼくが一時的に受け取るだけだし僕が働き始めたら納税して、今度は僕が働いてない人を支える立場になるんだから平等じゃないか。

 

子どもたちが塾に行かずに家族と伸び伸びと生活できてたっぷりと睡眠を取ってたくさんの夢を見て大人になった時に自分のやりたい事が分かってて、目先の給料や社会的地位ばかり気にして自分の生活を壊してしまうような社会で生きていく必要がないってのはとても幸せなことだと思う。

 

ぼくはこの国で生活を始めて結婚して子供が二人出来てきちんと育ってくれて、その間教育や医療は政府が助けてくれた。そのかわり僕はずっと納税し続けた。それが僕の義務であり自分が外国で生まれた人間でありながらもニュージーランド社会を支える一員になれたのは嬉しく思う。それほどこの国は平等であり子供に優しい国だからだ。



tom_eastwind at 20:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月14日

シルクロードの先にある税務署

***記事開始***

平山郁夫氏の遺産隠す、妻が2億円除外し申告

  シルクロードを描き続けた日本画家で文化勲章受章者の故平山郁夫氏の妻、美知子氏(87)が、相続財産から現金約2億円を除外して申告したとして、東京国税局から遺産隠しを指摘されていたことが、関係者の話でわかった 重加算税などを含めた相続税の追徴税額は約1億5000万円。既に修正申告し、納付を済ませたという。


 ほかに、平山氏の作品の著作権についても、評価額が過少だったとして約1億円の申告漏れを指摘されたが、美知子氏側はこの処分を不服として国税不服審判所に審査請求したとみられる。美知子氏は取材に対し、文書で「体調不良で回答できない」とコメントした。


 平山氏の関係者の話などによると、2009年12月、脳梗塞のため79歳で死去した平山氏の遺産のうち、絵画など約9億円相当の美術品や、アトリエなどに使われていた約2億3000万円相当の土地・建物など計約11億4000万円分は、公益財団法人「平山郁夫シルクロード美術館」(神奈川県鎌倉市)に寄付され、非課税となった。同財団代表理事の美知子氏は、鎌倉市の自宅を長男と2分の1ずつ相続したなどとして、翌10年に税務申告したという。


 しかし、12年に行われた税務調査で、平山氏の死後、自宅の洋服ダンスにあった紙袋の中から現金が見つかるなどしていたにもかかわらず、美知子氏がこうした現金計約2億円を申告から除外していたことが発覚したという。現金は平山氏が絵画などを売却した際に得た収入だったとみられる。

20137130800  読売新聞)

***記事終了***


結局こうだよね。平山画伯はお金儲けなんて何も考えずに一生懸命日本文化の掘り起こしと発展の為に尽くした。その結果として国家は平山画伯の親族に対して「金払え!」である。


これでまともな文化が育つのか?いやそりゃ税務署の言うことも分かるよ、法的にはあんたの勝ちだ。だってあんたが法律作ってるんだからね。


けどその結果としてもし日本文化が潰れたらどうするの?20世紀ではトップを走ってた日本でも21世紀後半になるとだれもが相手にしない日の沈んだ国、スペインやポルトガルのようになるよ。


それでもいいんなら何もいうことはないが、皆さんこれ以上日本の創作者を期待していないんですね、自分の人生の危険を理解しつつ絵画やシルクロードに打ち込み日本を高い地位に維持する努力をした人たちの家族を、その相続ってお金だけで裁くんですね。


ふん、まあやったらって感じ。鈍すれば貧すというべきか貧すれば窮すというか分からんが、税務署のやってることは本当に自分の小さな立場だけでものを判断して全体を理解しようとしない人々の集まりとしか言いようがない。


個々の無謬が全体の誤謬に繋がる、つまり税制を厳しくすることで結果的に税金を払わない起業しない絵も描かない人々が社会保障に群がって金を貪る、そんなくにを作るってことを考えようともしない税制だ。


結局はくだらん脳みそで目先の生き残りだけを狙った連中が国家の御旗をぶら下げて騒ぐだけで本当に国家のことを考えていない。バカ糞の集まりだ。


日本で司法といえば警察という印象があるが実際には税務署にも調査権があり、実質的に警察と税務署は同様の立場にある。


そこで税務署が目をつけたらどんな人間でも税務調査の対象となりどれだけまじめに納税してても「俺の目に止まった」というだけで犯罪者扱いである。これを司法の公正と呼ぶかどうかはご本人次第であるが僕からしたら決して納得出来ない噺である。


平山画伯の偉業を認めつつそのリスクテイキングな姿勢を全く評価せず、目先の金だけを自分がなんのリスクも取らずに掠め取ろうとする税務署って正しいのか?


ぼくは本当に疑問に思う。今の日本って過去の財産を食いつぶして生きているだけではないかって。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 18:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月13日

泳げたいやきくん

一時期大人気だったお笑い歌である。「毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれていやになっちゃうよ」という言葉が僕の頭の中を繰り返しかかっている。

 

やってる仕事はいやじゃないし楽しくて人の為になるから良いのだが、とにかく忙しい。まさに毎日毎日鉄板の上でじりじりと焼かれている感じだ。この鉄板の上で僕がやっている事は今まで僕自身が積み上げた知識と地元弁護士や会計士から更に専門的な知識を共有して今までになかった全く新しいビジネスモデルを創り上げることだ。

 

お客様の為に出来るだけ早く作り上げようとすると背中がチリチリする。ここはニュージーランド、急ぐ必要もないのにと思いつつも、やはり人生を逆算してこの国で5万人の日本人社会を作ろうと思うとあまり時間がない。だもんでどうして鉄板の上で踊るしかない。

 

現在の僕の担当業務は投資家向けの様々な移住企画作りである。

 

一人ひとりに背景があり、どのようなビザで移住するのが良いのか、どの時期に移住するのが家族にとって最適なのか、すべての要素を組み合わせて振り回したりこねくり回したりして最適の解を幾つか生み出す。

 

最適の解がひとつではない理由は、どの角度から見るかで答が違うからだ。相手が望むものが何なのかを理解するためにも様々な提案が必要となり、お客様の立場がどこかを理解する為に何本かの矢を投げる。

 

そして僕はお客様の話を聴きこんで自分なりの案を作り、話し合った事の議事録を作って相手に確認を取り、じゃあ次は何をすべきかを決める。もしこの議事録に問題があればその時点で指摘が入るので訂正すれば正しい道に戻れる。

 

こういう議事録を繰り返して作成しているうちに次第に相手の望むものが見えてくる。「話している事」ではなく「話したい事」が分かり、そしてやっと「正しい方向性」が見えるのだ。

 

移住の作業で一番大変なのがこの「鯛焼き作り」である。チリチリと鯛焼きを焼きながら、決して焦がさずに決して生焼にせずに丁度良い火加減で焼く。だから火を入れている間は休むことなく見続ける事が必要である。

 

だもんで毎年恒例のクイーンズタウン家族旅行でも半分はクイーンズタウンに移住したお客様やこれからクイーンズタウンに移住するお客様の為に時間を使うことになる。

 

ぼくはやりたい事がたくさんある。オークランドという街にオフィスを構えているのもやりたい事、つまり5万人の日本人社会を作るためであるが、ではニュージーランドのどこで住みたいかといえばやっぱりクイーンズタウンだ。

 

だから後10年くらいして引退すれば奥さんと二人でちっちゃなカフェを開き、昼間は奥さんが美味しい紅茶と軽食、夜は僕がギターを弾きながらお酒を飲めるお店をしたいと思ってる。

 

鯛焼き君はまさに今鉄板の上で焼かれつつ、今日はクイーンズタウンで古い友だちと飲み交わしている。

 

これから約一週間オークランドを離れて家族旅行とクイーンズタウンにいらっしゃるお客様と仕事の話をしながら過ごす。少なくともオークランドよりは気持ちが良い、この感覚をお客様に理解してもらえばと考え中。



tom_eastwind at 17:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月12日

高度人材

21世紀の現代、世界中の国家が国境の壁を越えて優秀な人材を探す時代になった。日経ビジネスの特集で扱っていたのが「人材流出」だ。

 

特集の舞台はシンガポール。このちっちゃくて資源のない国では明るい独裁国家として次々と新しい政策を打ち出して国家の繁栄を築いた。この国に多くの若い日本人が移住して、日本に向けた商品ではなく世界に向けた商品開発を行い成長する東南アジアで様々なサービスを提供している。

 

21世紀はコンピューターとインターネットの発達により世界で通用する高度人材か地元でしか雇用のない地元密着の世界同一賃金仕事の2つに分かれる。高度人材とは世界を飛び回る英語力と人種を超えた理論構成と交渉力を持つ人材であり、そうでなければ地元密着で成立する肉や魚や野菜を製造・販売する仕事である。または髪を切るとかコンビニのレジをするとかのサービス産業である。

 

中間の仕事はすべてなくなった。これはいつも僕が書くことだが、本当に自分の子供がいて今が5歳くらいだったら何を教えて将来の生活を維持していくのか真剣に考えないと、子どもたちが21世紀の半ばに社会に放り出されて誰の助けも得ずに今と同様の生活が出来ると思うか?

 

各国政府は口では調子良い事を言いながら実のところ国民を昔のように国境の中に閉じ込められない事に気づいたものだから国境を越えて優秀な人材を集めている。

 

これは日本も同様であり安倍首相の指示下で世界の優秀な人材を集めようとしている。オーストラリアやカナダでも同様の政策を取っており、世界で通用する優秀な人材はある意味自分のライフスタイルに合った国を選び放題になる。

 

しかしこの高度人材とは日本で普通に考えられている「優秀」とは全く意味が違う。日本は暗記教育であり試験用の回答が現実と違ったことでも「これが試験用教育」として学ばされ、結果的に試験に通るが実社会では通用しない人材となる。

 

おまけに大手企業に入ろうものならそこではその企業でしか通用しない稟議書の書き方や根回しばかり覚えて、銀行員でありながら国際融資を知らないとかメーカーでありながらモノづくりの現場を知らないとかで、他社では全く通用せず、更に言えば国際企業では絶対に通用しない事ばかり覚えて年を取り、40歳過ぎる頃には全く使えない「廃材」となっているのが現実だ。

 

しかし今の時代に要求されている高度人材とは企業奴隷ではなく自分の頭で何かを想像して何かを創造出来る人間だ。

 

日常の何もないことから何かを思いつきそれを現実の形として創造して商品化して売れる技術を持った人間が高度人材と呼ばれるのだ。

 

では今の日本の普通の教育を受けてそのような能力が身につくだろうか?すべての子供を同質化させることで金太郎飴のような教育システムの中で従順に生きていく人間に創造性を要求するのは無理な話である。

 

やれば出来るとか望めば叶うってのは現実であっても、決してそのような道を選ぶな、失敗したら一生終わりだくらいのことを学校でも自宅でも教えられた子供のやることは猿真似にしか過ぎない。

 

もちろん子供を猿にしたいなら何も言うことはない。親子二代にわたってバカが続くだけだ。他人に迷惑をかけなければそれで良い、自分で選んだ道なのだから。

 

しかしどんなに自分の考えを持っていても時代はどんどん先に進む。21世紀が高度人材の時代になってあなたの子供が高い教育費を使って優秀な大学を卒業して得た仕事が時給900円のコンビニで割が合うのか?

 

日経ビジネス特集ではカナダに渡った映画業界人が半年で永住権が取れたなんて話もでてる。それはこのニュージーランドも同様で、タレント性=特殊な能力を持っていると判断されると失業率に関係なく永住権が取得出来る。

 

どこの国も優秀な人材が欲しいのだ。ただ単にこの国に生まれたというだけで特権が得られた20世紀はもう終わった。これからはどこの国で生まれたかではなく何が出来るかが人生の分かれ目になる。

 

子供を持つ親に聞きたい。あなたが子供に与えている教育は、それは20世紀の発想ではないか?日本でしか通用しない試験に合格して世界的には非常識と思われることを正しいと信じて社会で通用する為に一生懸命勉強してやっと入った大学では実務の勉強をせずに社会に出て全く使い物にならない人材が21世紀の後半を22歳から80歳までただメシを食うためだけの人生を送ることをあなたは奨めているのか?



tom_eastwind at 17:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月11日

私を買って!安いわよー!

今日はちょっと切ないお笑いネタです。まじめな話を期待している人は無視してください(笑)。


今日のタイトルはオークランドのビデオレンタルショップでDVDなんかの安売りの時によく見かけるシールの話だ。ケースの表にペタっと貼ってて笑わせる、「DVDよ、お前は女か?」ってやつだが、あれって女性はどう見てるのだろうか?


ニュージーランド社会ではみなさんジョークが大好きだからこれは明らかに笑いを取れる。たぶん女性がこのDVDをカウンターに持って行って冷静な顔で「ねえ、このビッチ(売女=ばいた)頂戴」とでも言うのかもしれない。


カウンターの内側にいるのが男性だった場合はちょいと気まずく下を向いて「はい、15ドルでございます」と目を合わせないようにするか(笑)?


これが女性だった場合は「男ってほんとにどうしようもない動物だわね〜」と笑いながらレジを打つのだろうか(苦笑)?


最近の日本でよく聞く話が電車内の痴漢とか道を歩いてて酔っぱらいにからまれたとかあるが、そういう時に男の掲示板で必ず出てくる書き込みが「スカートを短くする女の方が悪い」とか「まるで触ってくれって格好している女が悪い」とかだ。


僕も一応男性として生まれ育ったので男性の気持ちは分かるが、同時に「場を読めてない馬鹿だなー」とも思う。


世の男性に言いたいが、女性のミニスカート姿は美人オークションだと思って欲しい。


女性は世の中にいるまだ巡り会えてないたったひとりの最高の男のために最高の自分を見せようとしているわけで、街に出るときには常に最高の自分を見せようとする。


だからオークションで競りにかかっている住宅のように世の中の男誰もがオークションに参加してその住宅を見ることはできるが中に入って触れるのは最高の価格を付けた最高の一人だけという暗黙の契約がある。


それに気づかない男がドジを踏む。「なんだよ、そんな短いスカート履きやがってよー」とか言い訳したいのだろうが、実は男は美人オークションに参加していることに気づいてほしい。


そして男は今の自分の価値がいくらなのか分かっているのだろうか?最高の価格を提示出来るのか?自分が相手にとってマッチングするって思っているのだろうか?

電車で隣り合わせた女性に痴漢するなどオークションで金額もオファーせずに奪っていこうとする最低の行為だとよく理解してほしい。痴漢なんかする前にもっと働いて脳みそを磨いて外見も清潔にしてキャバクラに行ってキャバ嬢に自分の出来上がり具合をチェックしてほしい。


そうすれば夕方過ぎにコンビニで一人でお弁当を買っている女性を見つけて自分のハンカチを落として「あ、ハンカチ落ちましたよ(古いか)」と声をかけて仲良くなれるぞ、ははは。


強姦事件でもよくあるのが男は「同意の上」と言い女は「強姦されたー」という。これほどにお互いの認識が違うのは一夜を過ごした後によくよく女性が男性をチェックしてみると、酔ってた時には気づかなかったアラがたくさん出てきた、つまり大体において男の価値が女性の期待を下回ってるからだ。というか下回ってると女性に思われたのが原因である。


もしその男がフェラーリに乗ってIT起業家で身長高くてイケメンで高学歴であれば、間違いなく裁判は起こらない。素敵な結婚式とその後の美しき誤解が原因で起こる離婚裁判くらいなものだ。


先週から今週にかけて不動産のオークションの案件が立て続けにあり頭のなかに「オークション」という言葉が頭にこびりついていた。僕の頭は時々持ち主の意思を無視して勝手に文字変換とか連想ゲームをする。今日はついつい「オークション」という言葉と香港の連ドラテレビ番組に出てた可愛らしいミニスカートの女の子が結びついてこんなブログになってしまいました。


世の男性の皆さん、夜を楽しむためにも、余を磨きましょうぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 21:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月10日

21世紀の現在、企業に対する法人税は間違った税制である。

スターバックスなど世界に展開する大企業が法人税の高い国家で利益計上せず法人税の安い国で合法的に納税しているのが世界の税務署?いわゆるGなんちゃらか先進国なんちゃらか知らんが要するに世界大手の国家の財務省会議の議題になっている。

 

ネタ自体は検索すればすぐ出てくるが、これは結局国境を越えることが出来ない税務署の限界と国境を越えることが出来る国際企業の21世紀の立場の違いを浮き出している。

 

つまり企業は21世紀の現在、企業本来の持つ本能に戻り企業本来の視点、つまり利益の最大化、もっと具体的に言えば猫が逃げるネズミを追っかけて苦労して走り回って餌にするよりも動かなくて手間のかからない鰹節を狙うように企業は利益の最大化を図り始めたのだ。

 

20世紀の西側社会では民間企業が簡単に国境を越えて本社を税制の有利な国家に移すことが出来ずアメリカの会社はアメリカ政府から逃げることが出来なかった。東側社会では最初から企業のオーナーが政府であるために逃げるなんて企業本性はなかった。

 

だから20世紀の西側社会では次善の合理的な行動としては政府の言うことに従い更に政権政党に寄付をすることで自社に有利な法律を作ってもらうことだった。

 

しかし21世紀になり民間企業はどこの国に本社を置くかがかなり自由になった。だから彼らは政府に無駄な寄付をするよりも最善の合理的行動として一番税制が有利な国で納税をするようになったのだ。

 

ここでぼくらがしっかりと理解すべき事は、企業に向かって感情的に「非国民!」とか叫んでみることで「叫ぶ本人」自体が実は自分の住んでいる社会の仕組みを理解していないし自分が所属している国家が資本主義制度を取っている事をよく理解していないって事を晒しているって事だ。

 

社会の中で個人と法人はどちらも「人」として認識されているが、その本質は全く違う。個人は自分の属する社会に尽くし法人は自分の飼い主=資本家に尽くすのがその行動原理だからだ。その行動原理という流れに棹さすような税制度にするから法人が逃げるのだ。

 

個人は時に自分の属する社会や組織の為に自分を犠牲にしてでも社会や組織を守る。それが近代都市国家であり皆が砦の中で助け合い、時には誰かが外からの敵と戦う必要があるのだ。だからこそ自分が困ったときに周囲が助けてくれるし自分が死んだ後も社会で自分の家族を守ってくれるという助け合いの仕組みがある。

 

その代わり国家のために死んだ兵士は最大限に祀られて英雄とされて代々語り続けられる事になる。それこそが国家を持続するために必要な個人の合理的な行動なのだ。もし敵が攻めて来た時に守るべき兵士が逃げてしまえばその社会は未来永劫持続出来ない集合体となり益々弱体化して最後には強力な敵に滅ぼされてしまう。

 

そしてその社会や組織を日頃に持続して運営するために必要な経費、つまり城壁を常に修理して未亡人の生活を守るのが個人からの拠出金でありこれを税金と呼ぶ。もし社会を統一する組織がなければ互いに相互不信になり個人の価値観がぶつかり合い道路の一つも橋の一本も病院の一つも建設できないだろう。だから利益調整機関として組織=政府が必要となるのだ。

 

本来国民の民度が高く価値観が同様なら政府など必要はなく、皆が話し合って議論をして決定して最適な解を出して皆がそれに必要なお金を出しあって道路や橋や病院を作れば良いが、社会の人員が増えていくに従って価値観が多様化して最適な解を得る作業は国民同士では難しくなるから調整機関として政府が出てくるのだ。

 

そして彼ら調整機関の経費や再配分のための原子は誰かが負担せねば社会そのものが崩壊するから皆は税金を出す側に立つ事を組織維持のために合理的な行動と判断する。それがひいては自分を守ることになるからだ。だからこそ納税そのものに反対する人は少なくとも表面的にはいないのだ。

 

ところが企業はそのような行動原理を持っていない。何故なら企業とは個人のような肉体がなく法的に最大限に滅びたとしても法人格を失うだけで誰も命を失うことはない。妻も子供もいないのだ。また企業は個人のように津波に遭ったからと言って山の上に避難することもないし救助隊がボートで助けに来ることもない。

 

社会から生命を守られる個人でもないし社会を守る直接的立場にいないのが企業であり企業に主体的に社会を守るために納税をするという意識はない。それは配当を受け取った株主=資本家が考えることであり企業はあくまでも最大利益を生産するための道具にしか過ぎない。

 

そう、納税は投資家が判断すべき問題であり企業そのものに判断を求めるものではないのだ。

 

その道具に対して「道徳!」とか「社会貢献!」とかを望むのは、猫に対して「鰹節ばかり食べてないでもっとネズミを獲ってよ!」というようなものだ。猫にとっては動かないし美味しい鰹節が費用対効果で最も効率的なのだからネズミを捕る行動は無駄が多すぎてあまりオススメではないのだ。

 

自分の爪を磨くためには床の間の柱でも削るが飛ぶ鳥を抑え込むために爪を使うには危険が多すぎる、そう判断する猫は鳥よりも鰹節を選ぶ。

 

資本主義社会の中で民間企業は法人としての権利も認められている。しかしその存在は元来自分の飼い主である資本家=株主が自然人=個人としての利益を得るために資本金を拠出して作った利益を得るための手段である。

 

だから企業の最大目的は最大限の配当を支払う事で最も避けるべき事は株主の損失になる行動である。これこそが企業の本性は企業活動で得た現金を出来るだけ納税をしないで飼い主に渡すことなのだ。

 

つまり企業における行動原理はいかに税金を払わないかでありこの時点で国家が企業に対して納税を要求すればするほど企業は逃げようとする原因を国家はしっかり理解すべきだ。

 

だから21世紀の税制度は今までの国家単位での税金という考え方を変化させる必要がある。逃げる相手を追いかけて金をかけて税金を追求すべきか、それとも彼らが払いたくなるような仕組みを作り、黙ってても納税したくなるような仕組み作りが本来頭の良い役人のすべき事なのだ。

 

これが法人においては手厚い企業活動の保護であり個人においては社会保障と将来の夢の提供である。法人は規制緩和されれば少しくらい税金が高くても機会の増加があるのでその国家に本社を置くだろう。個人としての国民は自分が所属する社会では納税をする。おそらく殆どの日本人は言語や環境の問題や友だちの事もあり少々不自由でも日本から出ようとはしないだろう。

 

けれど所属する社会がどうしても自分に合わないと思えば企業も個人も出て行くだろうが、それでも出て行った先で納税をする。つまりどうせ納税するなら自分が納得出来る制度の国で納税しようと思うだろう。

 

そこで出てくるのは費用対効果である。払った分に見合う社会保障はあるのか?ぼくの払った税金は適正に使われているか、である。ここさえ明確であればお金は払う。

 

今の日本を離れようとする個人は今の日本社会の持続システムに疑問を持ち税制度に不満を持っている。これも個人としての行動の原理であろう。人は危険を感じれば避けるのだ。

 

そして日本企業が本社を海外に移転させることをもって「なんという卑怯な、日本人なのに」なんて理屈はこれからはもう通らない。

 

だって東証を作って外国人の投資を認めさせて外資を呼び込むってのは日本人が選択した道であり国際企業では日本人以外の人種もたくさんいるわけだし外人株主も多いし例えばソニーが本社を米国の税金の安い州に移しても世界的に見れば不思議と思わないだろう。

 

それをもって非国民というならば東証は日本国籍保持者以外株購入できないようにすれば良い。片方では外人から金を欲しがり片方では日本のルールを押し付けるというのは世界的に見てまさに不公平で非論理的である。

 

個人が経営する企業が認められている以上、企業はその利益の最大化を計るのが当然である。そこに無理に課税しようとするから逃げるわけで、逃げることさえ許さなければそのような企業は廃業するだろう。そして誰も税金が取れなくなる。

 

つまり企業にやる気を出させてしっかりと利益を出させて雇用を生み高給でスタッフを採用して沢山の配当を株主に配るために一番良い選択肢は?それは法人税をゼロにすることである。

 

さあ、では誰が企業に代わって納税するのか?それがその企業で働く人々の所得税であり企業から配当を受ける株主であり労働者や資本家が得た金は消費税という形で国庫に入り活動資金となる。

 

つまり21世紀における納税制度は自国に所属して居住する人々に他国にない最高のサービスを提供して直接納税をしてもらい、働いている人からは所得税を、働かない人からでも消費税を取ることで賄うのだ。高給をもらった労働者は大きな車を買うだろうし配当を受け取った資本家は大きな家を買うだろう、その消費過程において雇用も納税も発生する。

 

そういう時代の変化を理解すれば国境を越える国際企業の動きをどう制限するかなんて考えるのではなく自分の政府が住みやすいですよ、能力のある人、是非ともうちの社会に参加して下さい、こっちの水はあ〜まいよって呼びかけることなのだ。

 

近代社会が成立して約400年というべきか、けれどいつの時代も貴族や政府が一般市民の上に君臨していたのは歴史的事実である。しかしそれはもう終わりだ。

 

企業は住みやすい国を探して国家を移動する。個人も住む国を選ぶ時代になる。21世紀になればいよいよ本来の民主主義である「居住と移動の自由」を得た人々が自分にとって最も住みやすい国を選ぶようになる。地球上どこで生まれようが自分が住む国は自分が決める。

 

ぼくは今の時代がおそらく歴史上初めて民衆が本当に国家の主人となれるシステムが近づいて来たのではないかと思っている。



tom_eastwind at 17:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月09日

アシアナ航空機事故、東アジアの安定の重要性

サンフランシスコでアシアナ航空が着陸に失敗して炎上、当初は事実が錯綜していたが結果的に中国人学生二人が亡くなった。この事件に関して中国メディアの記事を紹介する

 

***記事開始***

中国メディア・中国網は8日、米サンフランシスコの空港で現地時間6日に発生し、中国人学生2人が死亡したアシアナ航空旅客機炎上事故について、各国メディアの反応を紹介した。その中で、韓国の一部メディアが「死者が中国人で幸いだった」と発言し、同国内で批判を浴びたことを報じた。

 

 記事はまず、米CNNが「機体が激しく燃え盛る画面を見て、多くの人が『死者が少なかったのは不幸中の幸い』と感じたかもしれない」とし、その背景には乗組員の訓練が行き届いていたこと、乗客の避難の心得があったと伝えたことを紹介した。

 

 さらに、ドイツの経済系メディアが、経済危機により世界的に低価格な航空運航の波が起こる中、一部航空会社では交換時期に入った旅客機を依然として使用しており「長期的にみると、空の安全は大きな問題になりうる」と論じたことも紹介した。

 

 そして「これらに対して、明らかに感覚がマヒした発言によって大きな争議を引き起こした」ものとして、韓国・東亜日報系メディアの番組司会者が「韓国人ではなく中国人2人が死亡したことは、われわれから見れば実に幸運なことだ」と発言したことを伝えた。そのうえで、この発言に対して韓国のネット上で「人でなし」などの非難が噴出したとした。(編集担当:今関忠馬)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130708-00000013-scn-cn

***記事終了***

 

韓国メディアってふだんは日本の発言に目を尖らせている割りには自分の脇が甘いなって感じだ。エンタメ系のニュースだったし国内放送だから海外に流出しないなんて思ってたのかな?

 

「中国」と「中国からの海外留学生」というキーワードが米国や周辺諸国に素晴らしく良い印象を与える事があるかないかは別にしても、今回の事件は個人として未来のある少女が死亡したという悲しい話でありこれを組織としての中国と混同して語ることはやってはならない、それが人道である。

 

組織と個人は全く別物である。組織として中国に対応する時と一個人として中国人に対応するのとは全く別物である事は明確であり。組織として対立関係にあっても故人の死に尊厳を示すのが本来の人間の姿である。

 

当然だ、同じ地球の上で生きていて、ましてやお隣さんなのだ。礼儀を持って接するのが本来の仲間であろう。どんなことを言っても日中韓は西洋人は外見からでは区別がつかないし元来漢字文化であり仏教文化も共有していた隣同士である。

 

その隣同士が喧嘩し合って一番喜ぶのは欧米である。これは東北アジア政策としてもまずい。米国と英国はお互いにバカにしたりからかったりしているが何かあった時には必ず団結して外敵と戦う習性を持っているから、こっちが分裂すれば各個撃破で必ず欧米に負ける。

 

1800年代に何故中国が敗れ日本が生き残ったか、それは唯一日本人が団結の強さを知っていたからだ。欧米相手の戦争には負けたものの、その後日本中央政府が出来上がった。21世紀の現在要求されるのは東北アジアの共同体である。僕らは組織を理解しつつ西洋の遠い策謀士の白人ではなく同じ肌と言語を持った人々と組んで欧米と一線を画すべきだ。

 

その「画すべき一点」としては東洋的持続社会の構築であると思っている。4千年続く文化を持っている僕らのご先祖は素晴らしく賢かったと思う。それを完全に繰り返すことは出来ないにしても変化しつつ持続できると思っている

 

唐山大地震の際に救助に向かった日本救助隊が中国人の遺体を発見するたびに丁寧に包み全員で胸に手を当て頭を下げて使者への礼を尽くした。当時の日本救助隊の行動に多くの中国人は日本人を「(政府宣伝で」聞く日本人と(救助現場で)見る日本人とでは大違い」と知ってびっくりして感謝もしたものだった。

 

明治初年度の脱亜入欧はもう終わった話だ。今は中国も韓国も力を付けて以前の日本と同様に世界でテレビやビデオを売りまくっている。昔のように脱亜の時代ではなく統亜の時代だ。

 

今ぼくたちがするべき事は、心のなかでは「オレの友だちじゃなくてよかった」と感じても、少なくとも国際線飛行機事故が起きた際に「他国の人間が死んで幸運」なんて言葉を絶対に口に出さないことだと思う。

 

すべての個人に親がいる。どんな事情であれ今この場にいる人を救う気持ち、死んでしまった人に手を合わせる気持ち、それが東北アジア社会を守る第一歩だと思う。



tom_eastwind at 11:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月08日

正しいのは題字と日付だけ

「正しいのは題字と日付だけ」というのは現在の日本の紙新聞に対する皮肉である。確かに今日が平成何年何月何日かは正確に教えてくれるし「原発」とか「アベノミクス効果」とか題字は正確である。

 

しかしその原発政策に対して日本の大手新聞は2010年まで電力会社から金をもらって原発安全神話の垂れ流しばかりやって2011年の東北大地震と津波による原発の水素爆発が起こるや原発反対の視点で読者に阿り(おもねり)、ほとぼりが冷めるのを見計らって今度はこそーっと「どこそこ原発再開だってさー」とか白々しく記事を他人ごとのように垂れ流している。

 

アベノミクス効果にしても多くの経済学者は在野で「これ、息切れしたら終わりだぜ、本来行うべき経済成長ではなく財政出動でやっても米国のQE2のように抜けられない蟻地獄になるぜ」と指摘しているが、それは大手新聞は掲載しない。

 

そして選挙に参加する大衆の大部分が新聞とテレビしか見ない層であれば選挙をやっても隠された問題点は見えずどこが勝つかだけ見えている。

 

戦時中の新聞はあくまでも大本営発表の垂れ流しで「大日本帝国海軍は全戦全勝!」と毎日記事にしながらミッドウェー海戦以来日本軍の防御範囲が狭まってきた事など一切書かずに、それどころか「鬼畜米英たる敵を引き寄せて一気に殲滅(せんめつ)するが大勝の必須!」などと真っ赤なウソをかいて無知蒙昧(むちもうまい)の国民をその気にさせていくのが「日付と題字だけ正しい」新聞記事である。

 

毎日嘘を書くのが毎日新聞、朝から日が出るまで嘘を書くのが朝日新聞、読者を売るのが読売新聞、なーんつって。

 

しかし未だ持って新聞記事のすべてが正しいと信じる人々は電車の中でも折りたたんだ新聞を器用に読み新聞の社説を自分が以前から訴えていた意見のように周囲に話し、聞いてる方も同じ程度だから「ふむふむ」と言いながら意見を持たない連中が無責任に他人の伝聞にアタマをかしげて分かったふりをするが、実はお互いに何もわかっていない。

 

ちょっと話はそれるが「個人的に賢い国民」は新聞が書いていることは「題字と日付だけ正しい」と知っている国民がいる。

 

実はそれが中国人民である。今日のブログのタイトルは1975年当時の中国発のネタから頂戴した。当時の中国人は人民日報など野菜を包む紙くらいにしか考えていなかった。これほどに現実を理解しているのが、礼儀知らずで横暴で軒を貸したら母屋を乗っ取るような、皆さんが大嫌いな中華人民共和国の人民なのだ。

 

日本人と中国人の比較で必ず出てくるのは組織体組織で戦えば絶対に日本人が強いというのがある。これは組織が一体化するから方向性が一本化しているし相乗効果が出るのだ。

 

一方個人戦、一対一で戦ったら中国人が強い。個人戦では「題字と日付だけ正しい」と現実を理解している中国人の方が戦い方を理解しており「紙に書いてることは何でも本当」と思い込んで現実を理解しようとしない日本人は現実に則した戦いの準備もルールも現実を知らないのだから。

 

これも話がそれて古い話だけどキーウィ白人、キーウィ系中国人などが集まったある夕食のテーブルでその話が出て僕が「そうだよ、日本人は組織になると強いけど個人は弱いんだよね、特に相手が中国人だと一対一では絶対敵わない、それはうちの家庭でぼくが一番最初に勉強したことだよ」と言ったらみんな大笑いしてくれた、ははは。

 

それにしても中国であろうが日本であろうが所詮独裁された政府のやることは同じである。今自民党は参院選挙があるから大人しくしているが、選挙で自民党がねじれを解消すれば確実に日本が変わる。普通の大国を目指して自衛隊を国防軍に昇格させて国民の資産を国家管理にして国家社会主義という東大法学部卒の一握りのエリートがすべてを制御する事態になる。

 

その時には国民経済なんて無視してひたすら政治的に正しい行動を取る。その結果として今の老齢年金が大幅に削減されて年金だけじゃ生活できなくなって路上に落ちているダンボールや改築中の工事現場で落ちてる電線を拾い集めてリサイクル工場に持って行くようになる。

 

かたや年収1千万円の一般サラリーマンが増税の狙い撃ちに遭い夫婦共働きじゃないと食えないなんて話も出てきてる。外交では中国と限定的にドンパチ出来る準備を始めて北朝鮮とは本当に局地戦闘が起こる可能性が高まっている。

 

日本が明治維新後、江戸時代よりも税金が高くなったのは有名な話である。その後も日清日露戦争と国家の勝利は続いたが国民の生活はますます逼迫していた。今回の選挙で自民党が勝利してこれからの日本が「政治的に正しい」行動を取ることが国民の豊かさにつながるのか?

 

歴史的に国民の豊かさにつながったのは戦争もなく軍備も不要だった江戸時代中期から後期と第二次世界大戦に負けて軽軍備で経済強化を計った時である。

 

ところがどの新聞を見ても政権奪取後の安倍自民党が守ろうとしているのは雇用と経済と規制緩和と書いている。

 

しかし安倍さんが守りたいのは「美しい日本」であり「勤勉な日本人」ではない。所詮政府にとって日本人とは毎年毎年生まれてくる使い捨ての道具に過ぎず美しい日本を守ることはあくまでも江戸城と霞ヶ関に住む人たちのものなのだ。

 

選挙後に自民党政府が本格的に「政治的に正しい行動」を取る場合、政治的に正しいかどうかを判断するのは「国民の信託を得た自民党」であると主張するだろう。しかし問題は、今回の選挙では自民党が選挙後に行うであろう憲法改定や各種社会保障の切り捨て、軍備強化などは一切公約として掲げてないことだ。せいぜいが原発くらいでありその原発も世の中のムードは再開ありきにしようと選挙の争点にならないようにぼかしている。

 

国民もあえてそこにツッコミを入れない、てか、ツッコミは本来メディアを通じて意見表明されるわけだがメディアが反対意見を表明しないから一部国民の意見が全体に反映されないから「紙に書いてないんだから多分みなも原発再開に賛成なんだろ、じゃあおれ一人が反対なんておかしいよな」ってマスメディアの見せる大衆に迎合してお上に忖度して黙るよなとなる。

 

選挙後には一般市民の生活などあっという間に政府というに飲み込まれてしまうのだが、多くの人びとは「自分だけは大丈夫」と思っている。だって新聞に「皆さんは大丈夫って書いている」から・・・。

 

けど支配層にいない人々は例外なく潰されるし逆らったら本人だけではなく家族や親戚や取引先まですべて潰される事は歴史が証明している。江戸時代の五人組、大東亜戦争時の隣組制度と同じで、一人の反乱を決して許さない仕組みを導入するのだ。

 

勿論日本人の個人生活がこのまま100年も沈み続けることはない。2025年頃までに日本を焼きつくすような戦争か再災害でもない限り経済は復活して国民総中流になるだろう。問題はそれまで僕ら個人はどうやって対策を立てるか、だ。

 

 「四人組」が党の宣伝部門を握っていた1975年前後、庶民は「人民日報」について、「正しいのは題字と日付だけ」とひそかに酷評した。事実を尊重した信頼できる記事はひとつもない、という意味である。

 



tom_eastwind at 09:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月07日

起業家ってどんな人が何をするんでしょうか?

「がごめ昆布がニュージーランドで収穫出来るか?」というご質問を頂いたが、そうそうオークランドは海辺でありながら全く潮の香りのしない街なのです。今はどうか知らないが昔は沖縄の車は錆びやすいと言われてた。潮の香りが強く海風に含まれた塩分が車を錆びさせるという話だった。

 

ところがオークランドは全くと言って良いほど潮の香りがなく、海に出ても昆布を見かけることが少ない。てかぼくは個人的には潮干狩りにも行かないのでよく知らないが、うちのお客様同士の定期イベントでは潮干狩りをやったりして貝がたくさん採れるのは知っているし体長30cmの大きな鯛が岸壁から釣れるのもよく見かける光景だが、そういえば日本のような昆布を売ってる店はないし昆布が海中にあるってのは??どうなのか?

 

オークランド以外の海では2年ほど前に国内最大手のサンフォード社が持っている鮭の養殖場見学でスチュワート島にフェリーで渡った時に島の港の海中に立派な昆布が沢山あるのを見て、また潮の匂いの強さにびっくりした記憶がある。

 

なのでニュージーランドだからって昆布がないわけではない。考えてみればスチュワート島は日本の利尻や礼文島と同じくらいの緯度だし海も南極の海水が直接入り込むから相当に冷たい。

 

あそこあたりでどんな昆布が採れるのか、一度誰かに聞いてみよう。けどもし昆布でビジネスが成立するなら面白いだろうな、地元の人は昆布がくいものだとは絶対に理解していないから相当に安い原価で買うことが出来る。あ、けど昆布はマオリが所有権を主張するからめんどくせー駆け引きになりそうだ。

 

けどこれで起業すればニュージーランドの為にもなるし面白いと言える。

 

ということで今日は会社のウェブサイトにも掲載したのだが、具体的な起業プランについてご説明。起業家って具体的にどんなイメージですか?という質問がよくあるが、では実際にどのようなビジネスがあるか例を出してみましょう。

 

美容院

日本で美容院を経営している方がオークランドにある売りに出てる美容院を買い取って自分で日本の技術を導入して日本人及びアジア人のヘアサロンにする。この場合お店の買取費用と最低必要な改装費用、それから日本から送るシャンプーとかで開店出来ます。

 

顧客層はもちろんまず日本人ですが、それから中国、韓国などの顧客も日本人的デザインは受けます。大事なのは価格設定で、高級路線でいくのか安く数をこなすかで随分顧客層が変わります。

 

起業家ビザは現在やっている仕事とこれからやる仕事の関連性が要求されますが自分が現在美容院を経営している人なら全く問題なく開業出来ます。また自分が美容師として働いている場合でも同様ですね。

 

レストラン

日本人ならまずは日本食でしょ!って感じですが、オークランドでは現在約250店舗ほどの「日本食レストラン」がありますが、そのうち150店舗以上は韓国人または中国人経営で寿司テイクアウェイが流行ってます。

 

日本人オーナーできちんと椅子や掘りごたつに座ってきちんとした日本食が出せるお店は50軒程度です。なので人口150万人のオークランドで日本食レストランを経営するビジネスは日本人には馴染みやすいですね。

 

レストランを買収する際は最初から酒類販売免許を持っているお店を居抜きで購入するのが一般的です。基本的に営業権だけの買取なので自分の営業できる期間に利益を出すために設備投資は出来るだけ控えるのが正攻法ですね。これも美容室と同じで、日本での経営経験またはシェフとして働いていた経験が大事です。

 

中古車販売

ニュージーランドを走る車の80%が日本の中古車です。右ハンドルで交通ルールも日本とほぼ同じで、壊れにくくて修理しやすい日本車は人気があります。地元のディーラーはお客の注文を受けて日本のオークションで車を買って車専用輸送船でオークランド港に送りナンバープレートを付け替えて車検を通してお客様に渡すだけです。勿論事前に仕入れておいて展示場で売る場合もあります。既存ビジネスの買取が可能で日本人の強みが生かせるビジネスですね。

 

モーテル、バックパッカー

これも日本人が好むビジネスですね。最近では田舎の街でも日本人経営のB&Bが人気です。日本からやって来る個人旅行客が言葉の不自由なしに格安な値段で泊まれるので需要もあります。何より日本人独特の「清潔さ」が心地良いです。6ベッドルームが一般的で投資額も高くなりますが移民局から見ても外国のお金の呼び込みなので受けが良いです。

 

日本食材や日本の商品小売

日本の100円ショップはこちらでは2ドルショップとか3ドルショップとか呼ばれています。日本の高品質の百均商品を毎回20万点くらいコンテナで輸入してお店に並べたら後はアルバイトの店員さんに管理してもらうだけなのでかなり楽ちんなビジネスですね。すでに日系百均が数店進出していますが需要の高さにびっくりしますよ。他に日本食材輸入販売も人気があります。

 

上記以外にも日本人向けフリーペーパーやウェブサイト運営で頑張っている日本人もいます。日本メディアの取材代行、CMや映画制作のロケハンを中心とするフィルムコーディネーターも意外と知られてませんがニュージーランドでは盛んで日本人の感性でしか出来ない仕事もあります。

 

変わり種として日本の最新技術をニュージーランドで輸入販売する代理店ビジネスも面白いですね。太陽光エネルギー、車関連のパーツや技術導入、建設資材の輸入販売などはBtoBビジネスと呼ばれますが大量ロットを扱う事で当たれば大きなビジネスですね。これもたくさんの日本人先駆者がいます。

 

反対に日本人が「これなんていいのでは?」と思ってて全然ビジネスにならないのが「日本語教師」や「日本人向け塾」とかです。これ、日本で個人面談をしているとよく「わたし、海外の人々に日本語を教えて橋渡しを〜」と言われて、気持ちは分かるのですが、はっきり言えば止めた方が良いし起業家ビザにつながることは非常に難しいです。

 

この国では学校で普通に外国語として日本語を教えていますしアニメを好きな子供はほっといても日本語を独学します。キーウィの若者は世界中に飛び回ってますから日本在住何年で日本語問題なしってのはたくさんいます。公立学校で日本語を教える教員補助の日本人もいますが基本的に言葉を教えるのはボランティアのようなものです。

 

日本で考えると当たりそうでも地元では全く需要がないって意味では赤道地帯で暖房装置を売ったり南極でクーラーを売るようなものです。

 

建設関連ビジネスはオークランドの水漏れ住宅問題やこれからクライストチャーチの復興も始まるので潜在需要の高いビジネスです。もし日本で建設関連のコネクションがあればオススメです。

 

旅行会社、留学会社

移民局は経済活性化の為に移民を受け入れています。一番直接的で分かりやすいのが旅行客と留学生です。実はニュージーランドの外貨収入の多くは海外からの旅行客や留学生で占められております。酪農や農業よりも多くの外貨を稼いでいます。自分が日本で旅行産業にパイプを持っている場合、人脈を生かしてNZで日本人旅行客、留学生の受け入れをするビジネスはビザ取得の際にも有利になります。

 

自分に何が出来るか?それが日本で何かをしようとすれば自分である程度想像もつきますがニュージーランドで何がやれるか?なかなか想像が付かないのが実際でしょう。ただ僕自身が長いことこの仕事をしている経験からすると、考えすぎる人、一切のリスクを絶対に背負い込まない人、絶対に他人の価値観を受け入れようとせず自分だけの殻に閉じこもって考える人、これはまず起業家は無理です。

 

海外移住とは行く先の国でどれだけ相手の考え方を理解して受け入れることが出来るかどうかが大事です。どうしても自分の考え方を変えたくない人は日本でやれることを頑張ることをお勧めします。



tom_eastwind at 15:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZの不動産および起業 

2013年07月06日

プライベート・バンクとプライベート・バンキングの違い

意外と知られていないのが表題の二つの違いである。日本から来られたお客様と話をしていると「ええ、私ここでプライベート・バンクの人と会う予定なんですよ」と言われたりする。それがシンガポールや香港なら分かるが何故オークランドで?

 

だってオークランドっつうかニュージーランドには厳格な定義でも本来的な意味でのプライベート・バンクは存在しないからだ。

 

例えば一般論として日本でもよく海外口座開設ツアーなどで何十万円も払って香港でプライベート・バンクで口座開設!とか宣伝しているが、よく見ると何じゃHSBCの話ではないか。香港のHSBCなんてプライベート・バンクじゃないし・・・。

 

そこで何でこんな言葉の詐欺に引っ掛かるのかなと思ってると、どうやら宣伝している人たちはプライベート・バンクとプライベート・バンキングの違いをあえて説明せずにいかにもスイスにあるプライベート・バンクのようなイメージを持たせて口座開設に金を取るようだ。

 

勿論当社でも口座開設のお手伝いで手数料を取ってやっているが、それはあくまでも普通の商業銀行でありプライベート・バンクではない。てかオークランドにはプライベート・バンクは存在しないし・・・。

 

本来プライベート・バンクとはスイスにある超大金持ちを相手にした完璧な秘密取引銀行であり代々続く欧州の貴族やアフリカの独裁者などが顧客であり、そのような立場のお客同士が顔を合わせることなど政治的リスクが高すぎて有り得ない。

 

なのにプライベート・バンク口座開設説明会なんてあんた、全員が顔合わせてるじゃんか。ましてや同じ飛行機で香港に飛び同じHSBCにツアーで入るんだからその時点で「プライベート(私用)」じゃなくて「パブリック(公衆)」でしょ、トイレを考えれば違いが分かる。

 

HSBCがやってるサービスはプライベート・バンキングであり商業銀行の内部にある富裕層部門の窓口であるってだけでそこには何のプライバシーもない。

 

そして香港はすでに日本の税務署(財務省)から常駐スタッフが派遣されており両国の金融情報の交換をせっせとやっている。

 

つまり日本で堂々と開催される説明会から始まり2011年から12年に財務省から次々と摘発された口座開設業者は手持ちの顧客データを提出することで何とかお縄を逃れて、そのデータを元に財務省から派遣された常駐スタッフは香港のHSBCに照会をかけて口座取引の内容をすべて把握するって流れだ。

 

これがスイスの本当のプライベート・バンクならば顧客情報を絶対に表に出すことはない。最近問題になった「UBSが顧客情報を米国財務省に提出した事件」だが、あそこはプライベート・バンクではなくプライベート・バンキング部門を持つ商業銀行である。つまりHSBCと同じなのだ。

 

HSBCだって商業銀行だし日本から撤退したとは言え香港で銀行免許を持っており日本の税務署に痛くもない腹を探られたりしたくないから税務署から正当な手続きで照会があれば顧客情報などすぐに提出する。銀行からすれば自分の生き残りが大事であり山ほどいる顧客の一人や二人を売ったところで代わりの客はいくらでもいるのだ。

 

むしろ英語もできない日本人がツアーで銀行に乗り付けて口座開設をしたところで運用の仕方も分からず下手に安い口座を増やされても迷惑であるから最近では口座開設お断りとか通訳同行は出来ませんとかやってるようだ。

 

さて話はオークランドに戻るが、どうやらここでプライベート・バンクと思われてるのはHSBCANZが運営しているプライベート・バンキング部門の事であるのが分かった。両行とも確かにその部門はあるし、てか年中ぼくが顔を出している場所だ。

 

この部門はあくまでも富裕層向けに上質なサービスを提供しているってだけでプライベート・バンクではない。ちょうど日本の税理士の方が両者の違いをわかりやすく整理しているブログがあったのでコピーしておく。

http://www.family-office.co.jp/private_bank.html#18

 

上記のブログを読んで頂ければお分かりの通り、プライベート・バンキングとは銀行にとって利益率の高い商品を顧客に売り自社(銀行)の株主に対して高い配当を払う事を目的としており、決して顧客のための資産管理をする会社(銀行=プライベート・バンク)ではないという事だ。

 

おそらくこれから2015年にかけて将来の資産運用を考える人が増えてくると思うが、口座開設さえすればどうにかなるってことは有り得ない。それはひとつの要素であり決して全体を解決してくれる方策ではない。

 

だから自分が何をしたいのか、誰に資産を残したいのか、どのような形で残したいのか、そういう様々な問題を一度全部棚卸して整理した上で絵図を描くことをお勧めしたい。



tom_eastwind at 14:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月05日

青空の下、クイーンストリートを上がったり下がったり

オークランドではぼくは毎日決まった作業、いわゆるルーティンワークは持っていない。月のうち半分はオークランドにいないぼくに日常作業を与えてもどうせ出来ないじゃんと周囲に理解?されている。

 

そんなぼくの主な仕事の一つは日本から視察に来たお客様との面談や同行だ。うちの移住チームはAチーム(投資家ビザ)とBチーム(起業家ビザ)の2班に分けていてそれぞれ4名程度のカウンセラー、それと別に調査班、現地サポート班がある。ぼくはAチームに所属している。

 

同行して訪問するのは主に大手銀行や弁護士事務所、地元の歴史ある会計事務所などで、彼らから投資先(NZ国債、地方債、社債、株式、不動産ファンド等)の提案を受けるのだが既にポートフォリオになったものや単品もある。

 

話はそれるが、何で弁護士事務所や会計事務所?と疑問に思うかもしれないがこの国では弁護士が普通に不動産デベロッパーと組んで100億円程度のファンドを組んでオークランド市内の大型商業物件を買収してテナント賃料(フローキャッシュ・課税)及び5年程度で売り抜けて得る売却益(キャピタルゲイン・無税)でビジネスモデルを構築している。一般的な不動産ファンドの配当利益は約9%程度と考えてもらえばよい。

 

もちろん主体はデベロッパーであるがこの国で大きな不動産関連の仕事をする時には常に弁護士と二人三脚で仕事をするのが基本であり同時に移民や海外からの投資に強い弁護士事務所は顧客を持っているので自然と不動産ファンドの販売窓口として弁護士が表に出ることになる。これは会計士も同様でありお客様の資産管理(アセットマネージメント)を行なっている。

 

もひとつ本筋から話がそれるが、さてオークランドの場合今後15年程度で200万人(現在は約140万人)になるという人口動態が発表されておりニュージーランドの中でも一極集中が始まっている。ちょうど昭和30年代の東京のようなものだ。土地さえ持っていれば確実に値上がりするという、今の日本では誰もが「嘘でしょ」と思うような現象が起こっている。

 

「嘘でしょ」と思う日本人の面白いことは全く歴史を学ばないことだ。だって日本も1945年から1990年までの45年間は誰もが東京の土地は値上がりすると信じていて1989年当時「東京の土地は下がるよ」なんて言ったら「あんたキチガイ?」と言われたものだ。

 

ところがその後のバブル崩壊で土地は値下がりしたら今度は「土地が値上がりする?嘘でしょ」となる。全く歴史に学ばない人に付ける薬はないとよく言ったものだ。

 

どの都市でも成長期と衰退期がある。その10年単位の流れをどう掴み取るかだけの問題であり何もこれから100年もオークランドが成長するなんて誰も言ってない。ただ北半球を中心とした世界の動きと安全な空気と水や豊富な食べ物と安心を感じられる街に移りたいという世界的な欲求がある間はニュージーランド、それもオークランドに移住者が集まってくるのは歴史的必然であり、少なくともこれから10年は土地の値上がりに期待出来るというだけの事だ。

 

さて話は本筋に戻り、僕の仕事は彼ら銀行、弁護士事務所、会計事務所などから提案のあった商品毎に特性やメリット・デメリットをお客様の立場に立って説明することだ。相手からしたら売りたい商品でも投資家ビザを取得するには適格でない商品もあるしお客様の生き方方針に合わないものもある。けどこれはいくら相手に感情で説明しても理解できないのでお客様の代わりに適当なところで「いらん。ダメ!」バシッと叩ききる事にしている。

 

でもってお客様の希望や移民局の適格に合致した投資先を調査することになる。NZ国債(約2%)や地方債(約4%)、AA格の社債(約5%)から始まり上場会社の株式(約9%)、不動産ファンド(情状ファンドも非上場ファンドもある)等を銀行や会計事務所から提案を受けるのだ。

 

日本でも最近よく使われるデュー・デリジェンス(DueDeligence)のかなり簡単な作業で渡された資料を発行体や満期日、現在の利率等を調べていく。投資家ビザの場合は満期まで同じ銘柄を持ち続ける場合と34年の期間中に商品を入れ替えて利回りを増やす方法もある。

 

ぼくはお客様の立場でお客様から手数料を頂いているのでカウンターパートになる銀行や弁護士事務所からは手数料を取らない。例えば普通日本の不動産取引などでは両方から手数料を取る両建てがあるがニュージーランドでは利益相反行為として認められていない。どちらかのエージェントであることを明確にしないといけないのだ。

 

だから銀行などからすると僕の存在は「うざったい」ものになる。相手が外国人(日本人)でNZの事を何も知らなければ「うちは大手銀行だー!」とか言って相手を巻き込んで自分の売りたい商品を売れるのだが、そこに僕がいるとお客に下手な事を言ったら全部ぼくに「あれは嘘ですよ」とひっくり返されるからすんごい慎重になる。

 

彼らも初めてぼくと会う時は結構なめてかかる。こっちがバカっぽい顔をしているからだと確信しているが(笑)、会議を始めてからまず最初は相手に言いたいことを全部言わせる。つまり会社を自慢してそこで働いている自分を自慢して商品を褒めまくってこれを買わない君はバカだくらいに威張って話すことを聞き流す。

 

それからゆっくりと正確に相手の提案を一つ一つ問題点を指摘していくのだが、その度に相手の顔色がだんだん青くなっていくのが毎回の楽しみである(悪趣味〜苦笑)。

 

長いことこちらの国で生きて毎日ニュースを見つつ地元の様々な情報源から裏ネタが入ってくるので彼ら提案者の下手な嘘などすぐ分かる。だからひっくり返すのも簡単だ。逆に言えば控えめできちんとした提案をするところは信頼感が高まるから、お客様に薦めやすい。

 

一番良いところは顧客のリスクをきちんと説明してくれるところだ。彼らは自分の提案する商品でさえも手放しで褒めないし問題点をきちんと説明してくれる。そして決して他社をけなしたりしないが静かに頭を振って「私ならその商品は買いません」と明確に意見を出してくれる。

 

その後も何かあれば「あなたのお客で“これ”を買ってる人はいますか?もしいればまずこのニュースを見て下さい」って感じで助言を出してくれる。実はこういう「真面目筋」の連中がぼくの裏ネタになっている。だから何かあった時も彼らに電話一本すれば「あれかい?ありゃ良いよ、けどあれってNZ国民しか買えないぜ」とか「あれかい?止めといた方がいいぜ、もうすぐ裁判沙汰になるぜ」とか教えてくれる。

 

やはりこういうネタってのは地元で「その筋」の業界にいないと分からない噺である。

 

昨日のブログでも触れたが、ぼくは未だもってこの街やこの業界ではバンブーシーリングの下にいる「外人」ではあるものの、常に彼らにお客様を紹介しておりぼくのポリシーも明確で「お客様の立場に立った助言」をしていることを地元キーウィにも理解してもらってる。だからこそ「こいつには下手な商品を提案出来ないな」って分かってくれるから良い物を出してくれる。

 

結局ニュージーランドであろうが日本であろうが一番大事なのは信頼である。そしてそれは真面目にやっていればキーウィにもきちんと伝わって共感を得ることが出来てお互い普通の仕事を少し越えて助け合う人間関係が構築される。

 

そして彼らが日本の情報を知りたい時は会議の最後になって「ところでさ、こんな話知ってるか?」と聞いてくる。日本の増税、アベノミクスの見込み、そんな時は出来るだけぼくの分かる範囲内で説明することにしている。彼らからしても公式ルートで流されるダボラよりは直接日本を知っているぼくから裏ネタを聞いた方がましだと理解している。

 

てな感じで今週もクイーンズトリート沿いのオフィスを出てクイーンストリート沿いのオフィスをあちこち訪問して回る一日でした。



tom_eastwind at 13:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月04日

バンブー・シーリングを越えて

「アジア人が上に行こうとする時に出会う、見えない壁がある。これを米国では米語でバンブー・シーリングと呼ぶそうだ。ジェイン・ヒュンというアジア系人物が名付け親とのこと。勤勉で能力もあるし言葉も学歴も決して白人に負けないのに、何故か米国組織の中で一定以上にはなれない。」というコラムを読んだ。

 

このバンブーシーリングという表現は面白いな。

 

ぼくはニュージーランドという国でアジア人として生活をしていて日本人としてクイーンストリート沿いにあるオフィスで仕事をして毎日ネクタイをした白人と様々な仕事に取り組んでいるが、この天井を感じることはよくある。

 

たまたまぼくが日本人(嘘をつかない礼儀正しい人種という意味)であり何とか英語も話せて(この人の日本語上手ね、まるで英語みたいと言われる・・・)一応専門分野の知識も付いていけるから
(国債は金利が上昇すれば債券価格が下がるという理屈)

(家族信託の最終受益者はペットでもOK

(タックスクレジットという単語を知ってる)

(子供の歯の矯正にいくらお金がかかる)

(どこそこのマンションは水漏れマンションだ)

(隣のオフィスのどいつは生意気だとか)

(住宅の瓦屋根には防水シートを敷かないとか)

要するに生きていくのにあまり必要のない知識だ(苦笑)。

だから彼らもぼくの話を聞いてくれるが、普通の日本の知識だけで日本の話しをしても相手にもされないだろう。

 

ただぼくはいつも思うことだが、どこの国でも移民一世ってのは家族のために一生懸命働いて見えない天井の出来るだけ上に行くことで二世の代になって子どもたちが地元の小学校から中学高校と通い大学を卒業して社会に出て初めてバンブーシーリングから抜けだして「天井の向こう」に行けるのだと考えているのであまり気にしない。

 

太平洋を挟んだ北米のアメリカという国ではスパニッシュの子孫がもしかしたら将来の大統領候補かもと言われてタイムズなんかでも特集が組まれたりしているが、そんなもんだろうと思う。

 

一世なのにバンブーシーリングの事を文句言うべきではない。だって実際に人間の評価は専門能力だけではなく様々な要素を合計して判断されるわけであり、天井の上にいる人からすれば自分に役立つ人や話しやすい人や一緒にいて学べる人とビジネスをしたいわけだ。

 

そんなの日本社会でも同じで、どんなに賢いブラジル人でもやはり日本人は何かあれば日本人の雇用を優先する。(勿論例外があるがいつも言うように一般論を語っている時に例外を持ちだしてどうこう言うのはなしね)

 

なのにニュージーランドでも在住日本人が時々掲示板などで文句を言うことがある。「この国の人は私より程度が低いのに高い給料をもらってる」とかですな。

 

しかしよく考えて欲しい、もしこの文句が女性だったとして、まずキーウィは一緒に働きやすい人を優先するから、彼らは口のうまい日本人女性を優先するし日本人が感じる美的感覚と違ったセンスを持っているから何故か白人男の腕にぶら下がってキャッキャと喜んでいる平安美人とか人類に近い顔をした女性を選ぶ。

 

その結果として日本では優秀で美人ですらっとして脳みそもあって能力もあって男に媚びなくても生きていける女性は意外と相手にされない。これは本人の専門能力の問題ではなく全体的要素の合計点の問題なのだ。

 

これは男性の場合でも同じで同僚よりも優秀であれば足を引っ張られて落とされるだろうし能力がとんがっていればチームから追い出されるだろうし調和できるなんて言えば個性がないと言われ、理由は何でもよい、要するにそこには常に「ちょっと違うなこいつ」というバンブーシーリングがあるのだ。

 

これはぼくがりょうまくんを週末のゲームセンター(日本で言うゲームセンターではなく、近い概念で言えば日本の囲碁クラブとかフリー雀荘かな、WarHammerという集まった人が三々五々戦うゲームだ)に連れて行くと感じる事だ。

 

下は8歳から上は25歳くらいの白人キーウィの子供が三々五々「おお、りょうま、キタか!今日はお前の負ける日だぞ!」とか「おいりょうま、ペイント用のスプレー持ってる?おれ忘れたんだ」とか、まるで子どもたちの遊び場にもう一人子供が増えた、たまたまその子はアジア系であるというだけの感覚だ。

 

しかし子どもたちの感覚は鋭く「あ、今日はこいつ親父と来てるな」と気づくとこっちに絶対目を向けずにゲームにハマっているような顔をする。ところがぼくがりょうまくんに「じゃあ行くよ」と声をかけようとするとりょうまがゲームに夢中でぼくに背中を向けている。

 

そんな時に隣の子供がぼくに気づくとりょうまの肘を突っついてこっそりと「おい、親父が呼んでるぞ」と声をかけてくれる。そっか、この子は僕がりょうまの父親であるって認識しているけどまだまだ異邦人でありよそ者であるから直接口を聞かないが存在は理解しているって事だ。

 

だからぼくがりょうまくんに英語で話しかけるとその子供はまるで雷に打たれたようなびっくりした顔で僕を見上げる、たぶんアジア人のおっさんが英語をしゃべるなんて彼の脳みその中ではあり得なかったのだろう(笑)。

 

でもりょうまはすでに彼らの仲間に入ってて「こいつはOKだ」となっているのだ。

 

親にはバンブーシーリングがあるけど子供の世代になれば天井の上に行ける。それこそ移民一世が理解すべき点だろう。日本人移住者は軒を借りる認識があるが他のアジア人の場合は軒を借りて母屋を奪う的なところがあって積極的で良いのだがその結果として現在のような中国人排斥運動につながるのだ。

 

だからぼくらの立つべき位置は、ぼくらの子供が大きくなった時に白人の彼らがバンブーシーリングを彼らの自由意思で取り外して「おい、こっち来いよ、お前はOKだよ」と言われるまでじっと真面目にニュージーランドの利益の為に働き周囲に面白い冗談を言いバスにのるときに決して割り込みをせず法律を守り礼儀正しく生きてくべきだと思ってる。

 

もちろんそれでも一世の時点では個人的にバンブーシーリングが外されることはあっても全く知らないキーウィにとっては面白く無い話になるだろうから、外してくれた仲間の内輪では同等に話が出来るとしても仲間外のキーウィが入ってきた時には注意すべきだろう。

 

そんなの嫌だ、何で平等じゃないんだ?なんて感じるのだったら日本に帰った方が良い。日本なら日本人はどんな馬鹿でも一応は一級市民である。日本に来た優秀な外国人を、俺様は日本人、お前は外国人であるというだけで二級市民として扱う事が出来る。

 

けどこれって、まさにニュージーランドの少し知性の弱いキーウィがやってる外国人差別と同じなんだけどね。

 

まあいいや、とにかく移民一世というのは決して楽ではない。バンブーシーリングがあるのは間違いない。そしてそれは理論的に間違ってるとかおかしいとか言ってもどうしようもない問題なのだ。そのことをしっかり頭に刻みバンブーシーリングがあることを受け入れた上で外国での生活をすることが海外移住というのだ。



tom_eastwind at 16:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月03日

蛙の子は蛙

今日はテーマがお医者さんに限定なので興味がない人は飛ばして下さい。

 

当社へ問い合わせ頂く案件でお医者さんからの問い合わせ内容で最も多いのが「ニュージーランドで医療行為は出来ないか?」という相談だ。

 

出来ないことはない。この国への免許の書き換えは可能である。書き換えを行い自分の居住する地域のDHBDistrict Health Board地域健康組織とでも訳すか?)に登録して指定された医療機関の医師の元で数年働けば開業することも出来る。

 

しかし現実的にはニュージーランドで医者として開業出来た日本人は少ない。それは言葉の壁があまりにも高いからだ。医師の資格を取るには「アカデミックIELTS7.5以上」という厳しい言葉の壁があり、これ、キーウィでも簡単に取れる点数ではない。

 

もちろん日本の開業医であれば実力的にニュージーランドで医療行為は出来るが英語が出来ないと看護婦とも会話出来ないしチームで行う手術は無理だから結果医者になることは出来ない。ということで結局「医者として開業」の問い合わせは英語がネイティブ並でない限りお断りするしかないのだ。

 

そんな中でも無理やっこひねり出した起業家プランで医療コンサルタントという選択肢はある。医療行為さえ行わなければ医療知識を生かしてビジネスを構築することは出来る。ただこれは開業医の望む道ではないので「それならいいや」となってしまう。

 

医師免許と民間医療の境界線にあるのがマッサージ、按摩、アロマセラピーなどのレメディと呼ばれる分野である。そうは言っても按摩とカイロプラクティックの違いは?とか骨接ぎ+整骨医とフィジオセラフィーの違いは紙一重、ぎりぎりでビザは取れるが危険性が高い。一つでも間違った英単語を使って申請したら即OUTである。

 

ではお父さんの世代では駄目だとしても病院を引き継ぐであろう子供がニュージーランド等の英語圏で医療行為を出来る可能性はあるのか?それはある。かなり長期視点になるが子供の20年後の将来を考えるならもしかしてかなり現実的な選択肢なのかもしれない。

 

それは子供が子供のうちからネイティブ英語を教えて白人思考を理解出来る環境に置き中等教育から白人の子どもと机を並べてニュージーランドの国立大学の医学部、わかり易い例で言えばオークランド大学医学部に入学させるのだ。

 

これはまず日本では幼稚園のうちからネイティブ英語クラスに参加させて小学校はインターナショナルスクールに入れてまずは英語に慣らせる。そして中学校になる時期にニュージーランドに留学する。

 

ニュージーランドでは中学に入った頃から子どもたちはそろそろ自分の方向性を決めてNCEAに従って自分の学びたい方面の大学の学部に入るため単位取得にかかる。この時期までなら英語力さえついていければ学力的に負けることはない。親が子供にきちんとした教育を提供していればついていける。

 

中学校から外国に留学させるとは親からすれば少し心痛かもしれないが21世紀の医療を考えてみればあり得る選択肢ではないか。これからの世界は狭くなるが英語が出来ない医者は働ける場所がますます狭くなり保険医であれば厚労省の締め付けが厳しくなり、じゃあ外国でこの医療手腕を活かそうと思っても英語力で振り落とされるという現実がある。

 

それならば最初から子供を英語圏社会で育てて英語圏で医者の免許を取得させておけばよい。20代後半にはニュージーランドで立派なネイティブドクターとして成長している。それから日本に戻り今度は日本の医師免許に2年程度かけて書き換えをする。英国連邦の医師免許であれば書き換えもかなり自由度が高い。

 

ぼくがいつもこのブログで書くことだが、移住で一番きつい思いをするのは第一世代である。二世は移住先の生活に子供の頃から馴染んでおり言葉の不自由もなく地元白人の友達も作れる。そうやって大学に行き大人になって地域に貢献も出来るし日本で医療行為も出来るのだ。

 

ならば第一世代は割りきって子供を海外に出して自分は一生懸命朝から晩まで働いて仕送りをする、母親はガーディアンビザを取得して日本とニュージーランドを行き来する生活を中学から高校までの5年間程度続ける。だから両親は大変であるが同時に彼らは医者、開業医であることのメリットも十分理解しているわけであり、それならニ世代に渡った人生計画があっても良いのではないか?

 

その場所をニュージーランドにするのか米国にするのか豪州にするのかはご両親の判断である。ただぼくはニュージーランドで2000年から医療通訳子会社を設立してオークランドに移住してきたご家族や日本人ツーリストへサービスを提供しているのでその中で理解してる具体的な方法として考えてみたので他国では免許書き換えが出来ないとかルールが違うかもしれない。

 

ちなみに病院内に開設したちっちゃいメディケアオフィスで現在働いているスタッフは全員日本で十分な看護師の経験があり医療に詳しく英語にも強いので患者さんからすれば安心出来るのが売りだ。なのでぼくは一般の日本人移住者よりも医療に関しては知識があると思うが勿論今でも医療英語を聞くと「済みません、英語で話して下さい!」となる“苦笑”。

 

いずれにしてもアジア人は、蛙の子は蛙、医者の子は医者という気持ちを持つ人は多いと思う。棟梁の親父は子供に大工を継いでもらいたいものだし、日本で仕事は西洋のような「稼ぐ業」ではなく「家の業」である。もしお医者さんで数世代先も考えているのなら、今から日本のしがらみのない場所でも働ける環境つくりをしてみればいかがだろうか。



tom_eastwind at 14:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月02日

メディア・リテラシー

毎月1日に発行されるニュージーランド在住日本人向け無料情報誌「月刊ニュージーランド」は「情報誌」と呼ぶだけあって僕らオークランド在住者は重宝している。

 

例えば日本大使館(オークランド領事館)が掲載する広告「移転しますよ」とか「ニュージーランド在住日本人向け在外選挙に関する手続き」を掲載してくれれば役立つ情報だし新しく出来たレストランや美容室、自動車修理工場、日本食販売店の「今月のバーゲン商品」なんてサービスも役立つ。

 

こういう社会全体の情報が一箇所に集まってくれればこちらから能動的に探しに行かなくてもあっちから紙面になって毎月送られてくるので便利だ。地元の記事とか旬のネタとか新レストラン紹介とかも写真付きで楽しく読める。

 

ただ困った面もある。それはこの情報誌は無料で発行されているがその経営は広告で成り立っているので掲載されている広告を見ると地元の実態を知っている立場からすれば「おいおい、ちょっと待てよー、そりゃ書き過ぎでしょー」ってのが結構満載だ。

 

今月号も今日会社に届けられてパラパラと読んでいたのだが「え?あの店のこのメニューをこう紹介するのか?これ本気で信じて食べたら月刊NZにクレーム来るぞ」ってレベルだ。

 

もちろん地元に住んでてその店に実際に行ったことがあれば「ばっかじゃね?」で片付くが、ニュージーランドに来た事がない人がそれを信じてお店に行ってしまったらどうするの?って感じだ。

 

もちろんレストランであれば好き嫌いの問題があるだろう。この前のカワゴエシェフの話ではないが日頃コンビニ飯しか食わない人が中華料理レストランに行って春雨に味を付けただけのスープを「フカヒレスープで御座います」と言われて「絶品―、これ、最高にうめえし値段も安いし何て素晴らしい店だ!」と食べログ評価するようなものだから個人的な好みで片付けられる。

 

ただこれが具体的な目に見えるサービスの違いが出てくるとまずい。とくに最近は移住者も増えて新しいビジネスを立ち上げて広告を掲載したり、以前はぜんぜん違うビジネスをしてて最近新しいビジネスに宗旨変えしただけなのに「〜のプロ、オークランド在住〜年の経験でー」と書けばこれは誇大広告になる可能性が高い。

 

とくに注意すべきは著作権法に触れる広告の場合である。ニュージーランドでNHKニュースを観ている人はご存知のようにスポーツ番組のかなりの部分放映権の問題で映像なしに流されたりするが、これで日本のNHKが観られます!とやると「おいおい見えないじゃん」と誤解を生みかねない。他にもインターネットテレビは今までの裁判経緯をきちんと公開した上でお客様に判断してもらうべきものだが「観られます」だけでは不親切ではないかと思ったりする。

 

今回もそのような広告が目立つ。日本人が経営しているビジネスばかりではないのでその内容もかなり「誇大でしょ」というのがある。

 

フカヒレスープも本来の原価を考えれば有り得ない値段で設定されてればおかしいと気づくだけのリテラシーが必要である。

 

また医療行為は国家が決めた公定価格があるわけで「うちは安い!」と言われて喜ぶのはどうなのか?

 

これがウォシュレットの広告なら現物が見られるし商品が安くてもそれは中国製だったり台湾製だったりするわけで安くなるのも理解出来る。後は費用対安全性を考えて決めれば良いことで、すぐ壊れるようなら次からは他の会社のものを買えば良い。

 

うちの会社も女性用トイレットは自前でウォシュレット(正確には洗浄器付きトイレと一般名詞で言うべきだろうがどうもついつい商品名で書いてしまう)を付けているがここ2年間全く故障していないので日本製でなくても悪くないなって感じ。

 

地元ビールの宣伝でも好き嫌いがあるがおしなべてどれでも美味しいので「ビールが旨い」という宣伝は納得出来る。KFCの新登場のバーボンソースを使った新メニューも「ザ・ケンタッキー」という名前で旨いよと宣伝しているが、KFCなら大外しすることもない。

 

ただ大きな取引や一生に何回も依頼することのないような広告で誇大広告は、これはまずい。車屋さんなら担当者の性格が少々気むずかしくても車さえ良いものを紹介してくれれば困ることはない。車屋なんてぶっきらぼうなものと思えば良い。

 

しかしそれが弁護士の宣伝となると、これは余程正確に伝えないとお客からすれば一生に一回程度の話でありながらなおかつ重大な事件に巻き込まれたり重大な案件をやるときに広告では「信頼」とか「お任せ!」とか書いているが実際は日本人パートタイムを通訳として雇用しているだけとか自分が日本語が出来るだけで法律知識は乏しく扱った案件も少ないなんてのじゃまずい。

 

でもってこれは地元で法律に関連する仕事をしていればどのような弁護士がどのような業務をやっているか分かるが、日本から問い合わせをする場合や地元に住んでいても日頃弁護士と付き合うことのない人にはわからない。

 

だから言われたままに任せてお願いするしかないのだが、実際に業務を開始してみると弁護士の書類の作成ミスとか案件の進め方でも「そりゃダメっしょ」というのがよくある。ところがそういう時に限って弁護士は「オレ知らないもんね」とか突然電話を取らなくなったりメールしても返事がなかったりとか、ひどいのになると「それは君の間違いだ」なんて平気で言ったりする。

 

とくにこれが刑事事件である場合は相当にやばい。何故なら刑事事件の場合はひとつ対応を間違えると刑務所の塀の中に放り込まれる。言葉も通じない犯罪人の群れに放り込まれていつ出られるかわからない状況に入りたいか?

 

それなのに頼む方は知識がないから広告を見てそのまま信用してしまい、気づいた時には裁判所の壁の向こう、つまり有罪となり刑務所の塀の中に送り込む護送車が来るまで留置場に放り込まれるのだ。

 

このような経験は誰もしたくないだろうが、はっきり言って外国で生きるという事はある程度のリテラシー、この場合で言えば広告宣伝を読み取ってどこまで信用出来るか判断する能力を持つことが大事となる。

 

だから逆に日本人同士で弁護士比較ドットコムでも作れば良いのだろうが、まだそこまで日本人が多いわけではないし日本人が犯罪に巻き込まれる件数も少ないので統計も取るのが難しい。だから後は弁護士を必要とした人が「自分が何を知らないか?」を常に考えつつお金はかかるが常にセカンドオピニオンを取りつつ手探りでいくしかない。

 

なまじ上滑りの法律知識で「何かアレばシチズンアドバイスビューローに行けば無料で相談に乗ってくれて」というのがあるが、これは決して安全ではない。というのがあれは弁護士が持ち回りで義務として机に詰めてるだけで本来はめんどくさいからやりたくない。だからさっさと片付けて件数だけこなすことになり相談者の言うことをあまりまともに聞いてない。

 

ついでに言えば裁判所に行けば公選弁護人がいて裁判に付き添ってくれるが、彼らの仕事は実は裁判をとっとと早く進めるための警察の回し者と思った方が良い。彼らは表面はにこにこしているがそれは被告があまり余計な事を言わずにとっとと判決を出すためなのだ。

 

うちがオークランドのあちこちの弁護士事務所にそれぞれ案件ごとに払っている費用は年間で約50万ドル、4千万円を下らない。様々なケースを取り扱っている。だからよく分かるのだが、弁護士にとって一見客で二度と仕事にならないような案件はあまり大事ではないのだ。

 

だからリップサービスで良いことは言うし広告でも立派な事は書くが、書くことと実行する事は別問題なのである。外国で生活をするってのは自己責任で生きていくって事で、そのためのメディア・リテラシーが要求されることはしっかり理解して欲しい。でもって掲載する側もせっかく日本の雑誌に広告を掲載するのだから「長い取引」や「信頼第一」という意味を学んで貰いたいと思う。

 

ところで先週日本食材を売っているジャパンマートに行って棚を見てたら普通の日清のカップヌードルが6ドルだった。同様の商品が香港で作られておりそれは2ドルもしない。勝ち目ないよな日本製と思ってたら今日の月刊ニュージーランドの広告で日清のスープヌードルが2ドル90セントと激安セール。こういう広告は有難いな、明日はシティのジャパンマートで何か買ってこよっと。

 

 



tom_eastwind at 11:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年07月01日

忙しい7月が始まった。

この一週間は個人的な事で忙しかった。仕事をしつつ、つまり午前6時にベッドを出てりょうまくんの朝ごはんを作って慌ただしく車を出してラッシュアワーの最後の列に乗って社会主義者の残存である区役所が運営する駐車場(月極で借りていながら他の車が平気で駐車してても“いいじゃないか、お前は他の場所に停めれば”とほざく原始共産制の連中の巣)の会社用の駐車場に車を停めて朝9時に会社に到着して100通以上のメールに目を通しつつ9時半過ぎから移住チーム約10人で定例の朝会議をやって前日までに来たメールの問い合わせをそれぞれ回答の方向性を決めて担当を決めてそれから各自作業に入りぼくは毎日最低2件の一件一時間の面談や外部会議をこなして、っていう普段やっている作業をしつつ非常に重要な個人的案件をずっと確認し続けていた。

 

今回の個人的案件は自分の時間を使えなかったので個人的にプロの担当者をつけて対応したが、これがうまくいって結果的にすべて無事終了。「便りのないのが良い便り」の典型みたいなもので作業がうまく進んでいる時は全く連絡がない。実にプロフェッショナルな無駄のない対応であり久しぶりにすっきりした。やはりプロ同士の仕事は気持ち良い。

 

来週、7月に入ってからはほぼ毎日仕事の予定や個人的な予定やらが入っておりそれが729日まで続き730日からは気温差30度以上の日本出張、次の説明会は83日でオークランドに戻るのは86日以降であるので今月はよほど体力管理をしないとなって状況だ。

 

ぼくは日本からニュージーランドに移住するという民族移動は2015年ひとつの区切りだと考えている。それはぼくの体力や気力の問題ではなく日本政府の法整備の問題だ。

 

2015年に向けて日本人が外国に出られなくするような法律が次々と投網のように作られていく。

マイナンバー制度の導入による個人資産管理、海外資産の申告、相続税改定、今検討されている海外移住者向け出国税、所得税増税等などが次々と法制化されて、これじゃあ海外に移住したくてもお金的に出来ないとか出たらがっぽり税金取られるから意味ないじゃんとか、とにかく海外移住のメリットを出来る限り削減して、更にメンタル面でメディアを使って「今日本を捨てるのは非国民だ」などのキャンペーンも行われるだろう。

 

世の中が国際化して国境の壁が低くなるのを一番よく理解しているのが日本政府であり日本の資産が海外に逃げ出さないように、言葉を変えれば政府が自分の金と思い込んでる国民の個人資産をいかに国内に留めてその後に国家資産に振り替えるかを考えているのが日本政府のやっていることだ。

 

新しい法律ができる度に政府が言うことは「法律ですからね^、皆さんきちんと守りましょうねー」であるが、これは言葉を変えれば「あなた達は家畜なんですから私達が病気にならないように管理しますよ、でもって十分に太ったらきちんと支配者に食われましょうね、」という事と同じだ。それが法律である。馬鹿らしくて付き合っていられないが相手に法律制定の権利がある限りどうしようもない。

 

そしてテレビと新聞しか見ないしそれが世の中のすべてと思っている人々は自分たちが勝ち組と思い込み政府に味方して弱い世代を叩くが、それはいずれ自分たちの資産が奪われる事に気付こうともしない「そんな事、政府様がするわけないじゃないか」と思い込んでる平和な人々である。

 

政府のやり方はいつも同じで声を出せない弱いところから叩く方法だ。まず資産家を狙い撃ちにして大衆のガス抜きをして次に一般大衆向けに消費税を増税して個人資産を国庫に移動させる。やられた方は最初は自分の事じゃないと思っているが、そりゃ甘い。今までも日本政府によって行われて来た作業を今回に限ってやりませんなんてわけがない。

 

今回の参院選で自民公明が参議院で過半数を取ればねじれ状態が解決してこれから2016年の総選挙まで財務省はやりたい放題だ。どんな法律でも通すことが出来る。

 

2015年は日本人にとって「水晶の夜」になるのではないかと思っている。ドイツ語で「クリスタルナハト」と呼ばれる「水晶の夜」は、それまで平和に過ごしていたドイツ系ユダヤ人がナチスによって自宅から拉致されてそのまま収容所に放り込まれガス室で集団で殺されるまでの始まりの日だった。このあたり「夜と霧」という名作があるので是非とも読んで欲しい。

 

当時ドイツ国内に残っていたユダヤ人の多くは危機感を持たずに何もする術がないまま殺された。ほんの一握りのユダヤ人は危険を感じて米国や日本に逃げてきた。彼らだけがドイツからの唯一の生き残りであった。

 

残されたユダヤ人は財産を強制的に奪われ収容所に送り込まれその財産はすべてナチスの財産としてスイスの銀行に預け入れられ、ユダヤ人がスイス銀行に預けていた資産はそのまま身元不明の資産としていつの間にかスイスの銀行の資産となってしまった。

 

その後彼らユダヤ人は自分たちの国家を作り次からは自分の財産と命を守ることを怠らないという知識を身に付けた。

 

ぼくは個人的に安倍首相の政策は認めている。左巻き民主党政権時代にわーわー言いながら結局何も出来なかった幹部公務員の人事権を内閣に移すというすごい事をこそっとやった。これはまさに公務員改革の本丸である。それがこそっとした記事にしかならないのが上手いところだ。

 

しかしそれはあくまでも政策方針であり経済方針としては実にきつすぎる。彼のやりたい事は岸おじいちゃんのやりたかった国家社会主義である。この方針とはすべての民間企業を政府が直接管理して日本株式会社を再開させて東大法学部卒のみが支配層となれる、ある意味平等なシステムである。

 

何故ならどれだけ貧しい家の子供でも東大法学部に入れるだけの能力があれば世の中の支配層に入れるわけであり出自は問われない。鹿児島出身の東郷さん(東郷平八郎ではない)は有名な血筋であり最近は外務省のムネオ事件でも有名になったが過去をたどれば朝鮮から拉致された焼き物職人である。

 

その意味で日本は誰にとっても開かれた平等な国家だと思う。しかしこの「誰にでも」に当てはまるのは世の中の数百万人の一人にしか過ぎない。能力のある者のみが選ばれてそれ以外のシステムに当てはまらない人々には奴隷になることを要求されるシステムなのだ。

 

つまり過去に間違いがあってもそれを踏襲する者のみが支配層に認められて彼らの仲間入りをするが、そのシステム自体が崩壊していることを中にいる人間は理解しようとしないしそれを指摘するものは中に入れない仕組みなのだ。自分の世代まで何とか助かれば後はどうでもよいという「先送り」体質なのだ、

 

野に生きる野生動物に向かって「規則に従え!」と言っても無理である。彼らは自己責任で生きているのだ。だから自分が病気や怪我で死ぬことになっても後悔はしない、だって自分で選んだ人生なのだから。

 

けれど家畜として生きている動物は子供の頃からきっちりと管理されて健康に生きていけるがその目的は自分の肉を食われることである。最後は自分の肉を食われて終わりだ。家畜となって太らされて食われたいか?それとも自己責任で野に生きるか?選ぶのは自

 

分だ。



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