2013年10月

2013年10月31日

孤高,,,誰にとっての?

東ドイツと西ドイツが統合した時、一番運が良かったものは配管工や大工や料理人、散髪屋など手に職を持っていた人々だ。では一番運が悪かったものは?東ドイツは科学が遅れており法体系も全く違った為、医者や科学者や弁護士が露頭に迷いタクシーの運転手をすることになった。

 

これはニュージーランド移住の際も同様であり、一番使えない職歴が中学や高校の先生だ。履歴書に書けたとしてもニュージーランドで教職員の免許が取得出来るだけの英語力や専門特化した能力があるわけでもなく、ただひたすらに日本でしか通用しない方法で毎日を過ごしているだけだから学歴や職歴は点数になっても実社会では通用しない。

 

またそういう人に限って眼をキラキラさせて「わたし、日本とニュージーランドの橋渡しをしたいんです、日本語教師になって〜」などと言うが、日本語教師で金が貰えるのは本の一握りである。

 

第一日本人の存在はニュージーランドでは薄いわけで、キーウィだって趣味で日本語を勉強するかもしれないがお金のことを考えたら中国語を勉強するほうがずっと良いって分かってる。

 

医者も困り免許で、日本国内ではドクターとか先生と呼ばれて名誉職であるがニュージーランドで免許書き換えするための英語力は殆どのお医者さんには不可能に近いレベルである。従って能力はありながら医師として働くことが出来ず技能移民では就職先がないからポイント不足となり起業家としても医師として開業することは出来ない。

 

弁護士。これは少しはビジネスになるかもしれないが、相当の才覚がないと難しい。ニュージーランドの弁護士と組んで日本=ニュージーランド間の法律案件を対応することは出来るが、日本の一般的士業で免許取り上げられたら困るんだよねー、折角苦労して勉強したのにさ、なんて思ってるレベルでは無理だ。

 

その点大工や鉛管工や庭師、シェフなどは言葉が違っても関係ないし法律が違ったからと言って鉛管工事のやり方が変わるわけではない。

 

以前も紹介した例だが、4年前にある若いご夫婦が移住相談に来られた。彼らはとても素直で人に好かれる典型的な「良い日本人」であったが、仕事は普通の会社の普通の営業。これでは永住権に繋がらないしもし永住権が取得できたとしても仕事がない。この国では日本のような営業職は日本人には殆ど合わない。

 

そりゃ光通信みたいな事が出来ればそれなりに売上は達成出来るだろうがニュージーランドではそういう営業は非常に嫌われるし時にはあからさまに「出てけ、薄汚いアジア人メール」と罵られる。

 

そこで僕が提案したのは、旦那さんが今の仕事を辞めて寿司屋とか和食レストランで12年料理の勉強、特に寿司刺し身天ぷらを覚えて魚を下ろせるようになれば和食のシェフは常に仕事があるからワークビザが取得出来る、ワークビザを取得して2年程度働き現地でしっかり納税して犯罪も起こさずにきちんと生活をしていれば永住権申請が可能になる。

 

シェフであれば永住権取得後も仕事はあるし、永住権さえ取得出来ればまだ若いのだから転職しても独立してもいけると話をした。

 

するとその3年後、彼らはオークランドにやって来た、ご主人は地元のレストランでシェフとしてワークビザを取得して奥さんはオープンワークパーミットというどこでも働けるビザを取得して、今は永住権申請の最中である。

 

若くして折角得た仕事を辞めてシェフに転職するってのは随分と勇気のある話である。周囲が理解出来ない話であろうしもしかしたら両親も止めるかもしれない。それでも突っ切って転職すれば友達は減るだろうしもしかしたら両親に勘当されるかもしれない。

 

まさに「孤高」である。しかし次の孤高は転職して2年後に残して来た友達に移る。最初は皆が「あいつバカじゃねーの?」と見下していたのがいつの間にか本当にシェフになった。

 

それだけならまだしも現地のレストランから仕事のオファーを受けてワークビザを取ってくれるという話になれば周囲の友達が感じるのは「え?おれって取り残されたの?残存するほうが少なくともましだと思って社畜やってる間にあいつは自分の夢を叶えてニュージーランドに渡る?おれって、取り残されたの?おれ、あいつが転職する時はバカにしてたけど、ほんとにバカだったのは俺なのか?」と思い出す。

 

そして実際にニュージーランドに渡航した友達に対して異常なまでに嫉妬を感じるようになる。くそ、あのヤロー!、そして古い友だちはますます遠ざかっていく、近かった程に遠ざかっていく。

 

しかし渡航してみて現地で同様な日本人夫婦と知り合い友達になり、一緒に仕事をしながら週末はバーベキューを楽しみ、バーベキュー会場で更に新しい友達が増えていく。一緒に働いている連中は次第に永住権取得者が増えていき、付き合いは更に長くなる。お互いに冒険に踏み出して何とかここまで生き残れた連中が集まれば仲間である。

 

そして数年もすれば完全に現地生活に溶け込み地元キーウィの友だちも増えていつかは親を旅行に呼べるようになる。両親からすればまさか子供がここまで来れて現地で楽しく仕事をして残業もなく土日にしっかり休んで日本人やキーウィの友達も出来て英語を話しているってのを見るだけでびっくりやら嬉しいやら、自分の子供を誇らしく感じるだろう。そして孤高は消えていき新しい仲間と世界が目の前に大きく広がっていく。

 

そうなると最後の「孤高」が出てくる。それは日本に残された古い友だち達である。古い友だちも最初は夢として仲間内で「そうだよなー、海外かー、いいよなー」と言ってたが自分は結局踏み切る勇気もなく取り残された。

 

旅立つ時機を失ってしまい、今更移住も出来ない。残された職場では毎日夜遅くまで残業、土日もろくに休めず年休も取れず、給料は下がるし年を取れば取るほどいつ首になるかもしれない恐れを毎日感じながら黙って働くしか無い。まさに孤独であり、一人で高い山に取り残されたようなものだ。

 

孤高を感じるのは移住を希望した時のインテリゲンチャ層も同様であろう。自分は長い間一生懸命勉強して倍率の高い資格を取った。日本ではそれなりの社会的地位にもなった。ところがいざ国際労働市場に自分を労働者として提出してみると、実はそれって日本国内だけでしか通用しないって事が分かり、ニュージーランドに移住出来ても働ける場所はタクシーの運転手だけって事になりかねない。

 

実際に数年前オークランドで社会問題になったのは東ヨーロッパから移住してきた優秀な医師が永住権は取れたものの英語力や医師試験に合格するためにかかる期間を考えれば到底生活費を稼げず、仕方なく日銭の入るタクシーの運転手として働き家族を養っていたと言う話だ。

 

ニュージーランドは常に医師不足でありながら地元の医療村は新しい医師が入れないような仕組みを作り自分たちの既得権益を守っていた、その状況に4時間待ち5分診察の公共医療にいい加減業を煮やした一般市民によって突き上げを食らったのだ。

 

最近になって少しづつ医療分野に外国人が入れるようになったが、まだまだ障壁は高い、特に日本語で医療を学んだ人にはきつい状態が続いている。

 

これから移住を考える人は、人生が80年あると計算したほうが良い。今が30歳なら残りの人生は50年ある。ならば最初の3年くらいは移住した先でも世界中どこでも食える仕事を英語で勉強して資格を取り直した方が良い。

 

22歳で就職してその仕事で働けるのはどれだけ運が良くても40年程度だ。その後20年近い人生を蓄えも少なく年金も期待出来ない中で苦しい思いをして生活をすることの惨めさを考えて欲しい。

 

「孤高」。

 

それは「ぼくは孤独だけど高い山の天辺にいるんだ」本来ならそう誇れる言葉である。しかし今の時代、孤高は孤独である。自分で山のてっぺんに誰よりも早く登り詰めたと思ったらその山には誰もいなかった。誰も登って来ない。食べ物もなく友達もなく高い山の天辺に取り残され、今更降りても次の、他の仲間がいる山に行くだけの体力もなく次第に年老いていくのみである。

 

人生、しっかり足元を見つつ同時に遠くにある正しい山に向かって真っ直ぐ歩くこと。それは一時の孤高を招くことになるが正しい山に辿り着けばそこには新しい人生と仲間がいる。

 

リスクを避けて努力せず足元のぬかるみだけを気にして生きて、人生の最期に「あの時にトライしてみれば良かった」と後悔しつつ一生の孤高を悲哀と共に噛みしめるくらい悲しい話はない。

 

10月末、今月最後のブログである。何度も書くことだが、残された期間は後2年しかない。2015年が最後である。



tom_eastwind at 17:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月30日

第三次天安門事件 その2

「自爆テロによりその時事件現場にいた多くの中国人は傷ついた人々を残し蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。残った外国人観光客は傷ついた人々を助けるためにその場に残った」

 

昨晩奥さんに自爆テロの話をすると知らなかったようですぐに検索をかけたら香港の広東語版の記事で上記のような文章が出てきて、奥さん一気にくしゅんとして「一体もう、今の時代この世界、どうなってるのかねー?」と半分嘆いてた。(この記事は日本語版ではまだ見てない)

 

それは自爆テロが起こった事だけでなく地元民である中国人が同胞である中国人を助けずに逃げて、現場に残った外国人が中国人や外国人を助けたという今の中国の現実にもだ。

 

今回の成功をもとに新疆ウイグル自治区の学生がこれから中国の各地で暴動を起こすだろう。漢民族とは明らかに顔つきが違うからハード・ターゲットと呼ばれる軍施設などは無理だが民間施設などのソフト・ターゲットなら群衆に紛れ込むことが出来る。特にウイグル自治区内やチベット自治区内であれば顔も目立たない。

 

地方都市、3階建てくらいの商業ビルやアパートの屋上に秘密裏に軍隊から入手した機関銃を五星旗の掲揚に見せかけて備え付けて目の前の大通りを行進する団体を狙っているのはウイグル族の学生団体だ。

 

行進は北京政府の企画したもので人々の融和を図るためのものだが、選ばれた地元の学生も行進を応援するように沿道に集まったり催しの準備をしている。その準備の真っ最中、隣のビルの内部では一部の学生が行進用衣装に着替えているがそれぞれが武器を手にしている。

 

彼らは武器を服の下に隠して行進する学生の中に紛れ込みテロを仕掛ける予定だ。最初に行進の先頭にいる北京政府から派遣された漢民族高官に銃で襲いかかり仕留めた後に周囲を警備する軍隊へ屋根に仕掛けた機関銃が1600発の銃弾をばら撒いていく・・・。

 

逃げ惑う群衆、敵を探すが見つける前に撃ち殺される兵隊たち、混乱はますます拍車をかけていき、勢いを得たウイグル学生部隊はモンゴル自治区やチベット自治区の仲間をツイッターで呼び集めて西域軍を作り中国軍管区の部隊を相手にゲリラ戦争を始めたのだ・・・。

 

モンゴル自治区軍は独立モンゴルとロシア側モンゴルの秘密援助を得て武器を入手した。チベット自治区はインドからの武器供与である。彼らの目的、モンゴルは中国に奪われた土地の奪還、ロシアは中国の弱体化、チベットはもちろんダライ・ラマを呼び返すための戦いでありインドは長年国境紛争を起こしてきた北東の中国に攻め込む滅多にない機会である、この際一気に武器供与をして同時に中印国境を北に向けて推し進める。こうして北京中央政府率いる中国はそれまでの農村の暴動どころではなく西域の北西部と南西部の宿敵周辺国を相手にした本格的な戦争に突入するのである・・・。

 

と、ここまではいつもの「夢」である。前半は昨晩に見た夢、後半の西域戦争はある事象が起こった後に理論的に発生し得る確率の一部である、それはかなり高い確率で起こりうる、ここで1989年の第二次天安門事件当時の指導者が動けば、であるが。

 

今中国は一触即発である。長い間の経済成長で何とか抑えこんでいた民衆の不満が最近の経済減速と共産党幹部の益々の泥棒ぶりに耐えられなくなり、地方ではついに自分の命を捨ててでも抗議するようになった。

 

鬼城と呼ばれる誰も入居者のいない高層マンション群、ほとんど来店者もおらず店もシャッター状態の超大型モール、特にリーマン・ショック後に北京政府が地方政府に指示して行った一大投資計画は地方政府が濡れ手に粟の誰も使わない橋や空港や道路建設に使い、更に地方都市に投資用の高層マンションを建てまくった、しかしその殆どの資金は平台と呼ばれる銀行の子会社が高金利で個人から資金を集めて建てられた、全く実需の存在しないバブル投資であった。

 

そして中央政府が今年中旬になって銀行間短期資金市場で「もうカネを出さないよ」と資金引き締めを図ると一気に翌日物銀行間金利が跳ね上がり、まさにバブル崩壊後やリーマン・ショック直後のようなパニックが起きた。その後中銀が「ちゃんとやってるところには資金を出すよ」と表明してこのパニックは収まったが、これこそまさに今の中国を表している。

 

意外と知られてないが中国人は貯金が好きである。てか政府の老齢年金や健康保険制度など最初から信じておらず、金がすべてだと手持ちの金を常に銀行に預けて堅実にやろうとしているのだが、物価上昇が毎年6-7%、給料の増加が望めない場合は確実に毎年自分の銀行に置いてある財産は目減りする。

 

簡単な話だ、例えば銀行金利が3%で物価上昇が6%だった場合、預金者の資産は毎年3%減少する。こんな事で将来に備えることは出来ない、従って彼らは銀行の子会社(平台)が保証する「年利30%」とか「30日短期で元金の5%の金利」と、つまり年利で換算すれば60%という超高金利で資金を集める平台の投資話に乗ったのだ。

 

これ、元々は中国南部の温州商人が得意とする分野であり、2005年頃から香港のビジネス資金が一時期大量に温州に流れた事がある。この時香港人はそれまでやってたビジネスを売り飛ばして現金に換えて温州商人に渡して荒稼ぎしたものだ。

 

当時の香港人の感覚からすれば自分が朝早くから一生懸命パンを焼いて一年かけて稼げる金が、パン屋を売って現金にして温州商人に渡しておけば朝ゆっくり起きて毎日のんびりお茶を飲んでる間に金が勝手に働いてくれる、だから投資の時期は今だ!とばかりに投資をして大成功した。

 

しかし去年辺りからその潮目が変わり始め、香港人は投資をしていた資金を引き始めた。温州商人もそろそろ手仕舞いを始めた頃だった、感の鋭い彼らは「今が引け時」と感じたのだ。ところがまだ建設中の物件を抱える地方政府や地方銀行は資金が必要であり、地方の一般人を相手に平台を使った募集を行った。

 

その結果として多くの一般人が大量の不動産を抱えることになったがこれが塩漬け、全く売れない。中には個人的にお金を借りて投資をした者もいて彼らは借金を返す当てもなく政府を恨みながら自殺した。そしてすべての地方一般市民はついに地方政府に対して反旗を翻すようになった・・・。

 

このように中国の抱える病巣は巨大であり同時に毎日肥大化しておりいつ破裂するか分からない静脈瘤のようなものである。これが破裂すれば、最悪中国の分裂もあり得る。

 

それを知っている地方共産党幹部は、だからこそ何としてでも今のうちに妻子を海外に送り出してその国に送金して自分と家族を守ろうとしているのだ。海外の土地を買い永住権を取得していずれ父親も立場がやばくなった時に逃げ出す先を作ろうとしているのだ。そのような事情を知った一般市民が抗議をして最近中央政府がその妻子を中国に呼び戻せと言い出したのもまさに国民のガス抜きをするための目先の手段であった。

 

中央政府が国民制御能力を失った時に起こるのは1800年代後半に清朝政府が実質的に崩壊した時と同様無政府状態になり地域ごとにある軍管区が地方軍閥となり政治と経済を実質的にすべて支配して、中国全体を制御する組織はなくなり6-7群くらい出来るであろう軍閥同士が群雄割拠する状態になるだろう。

 

21世紀の現在、中国に積極的に手助けをするお人好しな国は存在しない。民主主義を標榜している国、例えば米国は自分の領土拡大に動き中国南部あたりの軍管区に協力して傀儡政権を作るだろう。

 

ロシアは中国東北部及び北朝鮮まで「治安維持」の名目で部隊を展開させて地元軍管区の元帥だか大将だか名前は何でもいいや、要するに独裁者と組み軍事力を提供してTea ForTwo(ロシアと独裁者)を楽しむことが出来るのだ。

 

米国は中国に対する100年単位の長期戦略を持っているがそれはあくまで米国の利益をどうやって確保するか、つまり米国の商品の輸出先または中国に工場を作ってそこから世界に輸出して利益を得ることである。

 

ところが中国が分裂してしまえばそのような利益を得ることは出来ない。遠く太平洋をまたいだ反対側にある国が利益にならなければ、それ以上どう関係をもつ必要があるか?

 

100年前の米中関係と現在の米中関係は全く異なっている。今回の事件で当面米国は中国の主張する「テロとの戦い」に賛同するだろう、しかしそれは潮目が変わるまでだ。中国の将来を見抜いてその危険性の高さを理解すれば、米国でさえ日本と同様にアセアンにシフトする可能性は十分にある。

 

今回の第三次天安門事件が今後どのように展開するかは現時点では不明であるが、これは間違いなく中国の大きな転換点となるだろう。同じような転換点事件は、例えば第一次世界大戦が欧州の国家の皇太子が撃たれた事から始まったり、ポーランドの造船所でワレサが連帯を作った時とかほんのちょっとした事から始まった。

 

中国人はその遺伝子の中に一人だけ独立するって意志力が強いのかもしれない。だから群雄割拠が行われる。合計してみれば同じ民族が一つの国家を作った方が同じ価値観で大きな国力を持てるから諸外国との戦いの際に有利なのだが、中国は元々言語の違う様々な民族の集まりである。だからわけの分からん別部族の下に付くくらいなら小なりともボスがリーダーシップを発揮して独立して近隣諸国と戦いつつ遠方の国と仲良くする戦略を取る。

 

日本はこれに対して正反対であり一つの島国としてまとまる事が出来る反面個人の独立心が薄い。共同作業は得意であるがリーダーシップを取るのは苦手である。

 

西域戦争が勃発すれば半日など言ってられない、土地繋がりの近隣諸国という近い敵と戦うためには海を挟んで遠距離にある日本と仲良くする方が余程北京の利益になることはすぐに気づくだろう。その時に日本が調停者として誰にも公平に接すれば東北アジア人民における日本への認識は1900年代初頭の魯迅や孫文の認識に近くなるだろう。

 

いずれにしても今回の事件でぼくが感じるのは、これって今までの中国発展ストーリーとは全く違った1ページを開いた事ではないかって事だ。この事件、今後も引き続き注視していきたい。



tom_eastwind at 19:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月29日

第三次天安門事件か?

この事件、まだ詳細は報道されていないが天安門広場に車が突入、死傷者を出したとの事。それも毛沢東の肖像画のかかっているほぼ真下で壁に激突して炎上したのだからバカッター炎上どころの騒ぎではない。

 

ぼくはクイーンズタウンに住んでいた時に第二次天安門広場事件をテレビと新聞で知った。最初は北京の春などと英語新聞で書かれて天安門広場で男女学生が手を取り合ってダンスを踊ってる写真が出たのだが、その時僕は「やばい!こいつら殺されるぞ」と感じた。案の定その数日後に小平の指示を受けた軍隊が広場になだれ込み多くの学生が殺された。

 

当時は欧米メディアが改革開放を行う中国を報道するために北京市内のホテルに泊まっており世界が観る中での劇場型大弾圧であった。未だもって正確な死者数も分からないし多くの若者は中国を離れて逃げ回りつつ中国改革活動を続けている。

 

ぼくがこの時直感的に「こいつら、殺されるぞ」と思ったのは、状況があまりに1968年に起こった「プラハの春」と酷似していたからだ。あの時も自由を求める人々が広場に集まりソ連は周辺国に「プラハの春」が拡大するのを恐れてワルシャワ条約軍を送り込んで一般市民を虐殺して徹底的に弾圧した。

 

そして中国でも同様に共産党一党独裁、民衆を力で押さえ付けておりその力を緩めてしまうと国家の支配体制そのものが崩壊し、中国そのものが分裂してしまう、それを恐れた小平は広場に集まった学生を数千人殺すことで10億人の中国の安定を求めたのだ。

 

今回の事件はまだ背景の全容が見えていないが新疆ウイグル族の漢民族に対するテロだと言われている。おそらくその線で間違いないと推測出来る。

 

ウイグル族がどれだけ地元で戦っても武装警察に潰されて反乱情報は握りつぶされるだけだ、それならば北京に忍び込んで天安門広場で自爆テロで世界に訴えた方が良い、そう考えるのが自然であろう。

 

明日以降ニュースが出てくるであろうが、ウイグル族が強硬な姿勢を取れば取るほど中南海は弾圧を強める。それが中国式支配方法なのだ。中国は自分たちの国家が単一民族国家ではなく様々な民族の寄せ集めであることを誰よりもよく理解している。

 

だから多民族を侵略してその土地を奪えば次はその土地に住んでいる民族を漢民族に同化させる方法を取る、例え50-100年かかっても。そうやって中国を侵略支配したはずの清をいつのまにか中国人にしてしまった。新疆ウイグル自治区やチベット自治区も同様で漢民族を続々と自治区に送り込み地元民を減少させる方法を取った。

 

同化までの間もし地元民がデモを起こせば武装警察がすぐに弾圧をした。何せ竹のカーテンの向こうだから外国から見えることはない。

 

ところがここで計算間違いが起こった。中国は文化大革命時も数百万人の虐殺が行われて政府トップクラスの政治家や長征に参加した著名な軍人まで紅衛兵に吊るしあげて殺されたが竹のカーテンに包まれてその実態は殆ど海外に知られることなく、日本の一部のバカ社会党あたりは「中国は素晴らしい!」と絶賛するほどだった。

 

しかし既に近代化して門戸を解放した中国は今更異端分子の公開処刑も少数民族弾圧も外国の眼があるからそう簡単には出来ない。そこで逆にチベット自治区などを発展させるために青蔵鉄道などを建設して経済的発展を促しているが、それでも毎年焼身自殺をするチベット僧の抗議など後が絶えない。

 

中国政府も外国の眼を気にするからむやみに強硬弾圧をすることも出来ないので経済発展を目指しているが、ウイグル自治区もチベット自治区もそんなものは必要としていない。欲しいのは昔彼らが中国が攻めこむ前に持っていた自由であり民族自決の権利であるから、いくら経済発展をさせても本来要求しているものと違うのだから話が噛み合うわけがない。

 

そこで今回のテロ事件となったのであろう。しかしなー、この事件をテロと呼ぶにはウイグルの人々には可哀想な気がする。だってウイグルの人々にとっては奪われた祖国を取り戻す独立戦争なのだ。

 

例えば日本の大戦末期のカミカゼをテロ行為と呼ばれて納得する日本人は少ないだろう。あれは戦時中だったからテロでないと言うならウイグル人にとっても今は独立戦争中なのだからテロではないと訴えるだろう。

 

けれど国家意志ではない行動はどうしてもテロと呼ばざるを得ず、そうなるとイスラム過激派と戦う米国やチェチェンを弾圧したロシアも「テロですか、なら弾圧もありですね」と言うしか無い。下手に手を出して「中国政府は会話をすべきだ」と言えば「オマエモナー」と言い返されて終わりだ。

 

中国漢民族のDNAに仕込まれた膨張政策という彼ら独自の戦略は確かに国家を拡大することには繋がるが現代はすでに暴力で他国を支配する時代ではなくなった。世界はどんどん変化して1800年代のような植民地とか紀元前の中国の春秋戦国とか、もう通用しなくなったのだ。

 

世界がひとつに集約され始めた今、中国が行うべきは鎖国国家に戻すか、共産党一党支配を弱めて中央集権政治を止めて地域ごとに思いっきり自治権を提供してなだらかな連邦国家にするかである。

 

それは習近平もよく理解しているだろう。しかしその舵取りは実に難しい。ある意味今まで力任せに周囲の国家を切り取ってきたツケが回ってきているのだから、リバランスは大変だと思う。

 

しかしそれなら経済発展を諦めて鎖国にするしかない。けど当然そんな事は出来ない。せいぜい国内支配層のガス抜きとして北朝鮮を併合して漢民族の軍隊を送り込みカジノ国家にして利権を軍部に与えるとかするくらいだろう。

 

いずれにしてもこの事件、これから大きな流れを作ると思う。天安門に突っ込んで毛沢東の足元で爆発させたのだ、これから同じようなソフトターゲットを狙ったテロが活発になるだろう。

 

習近平も大変な時期に主席になったものだが、そうは言っても歴代指導者は任期の10年間に様々な苦しい舵取りを要求されてきた。

 

民主主義を導入すれば中国人の独立思考で国家が崩壊する。一党独裁にすれば国民の反発が強くなる。力で抑えるとテロに走る。国民が世界の事を知れば知るほど不満は増える。その不満を解消するのは唯一経済繁栄である。

 

その経済運営に影が差している現在、このようなテロ事件が毛沢東の肖像画の真下で発生した事は、これから数ヶ月は中国渡航を控える方が良いだろう。今後の追加情報があればまた追加で書き込みをしていきたい。



tom_eastwind at 11:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月28日

七索(ちゃっそう)

これも夢のなかの話であるが、ぼくは大勢に囲まれて麻雀打ってた。たくさんの観客が後ろで見ている中、最後の一枚の七索(ちゃっそう)を引き上げた。

 

「ほら!チーケイ(自己)ツモ!だ!」そう大声で叫んで立ち上がったその瞬間、観客の誰もがこちらを向いていなかった。一体どうしたんだ、そう思いつつ彼らの視線の先を見ると、そこに緊急ニュースの表示があった「天皇崩御!」。

 

人はいつか死ぬわけで例え日本国籍のない天皇でもいつか年を取れば死ぬわけで、これは世の常である。明治天皇、昭和天皇と長期にわたり日本の象徴として生きてきて何度も戦争に巻き込まれて来た天皇と比較すれば現在の平成天皇そのお人柄ゆえか日本国が直接関わる戦争に巻き込まれた事はなく平和な時代を過ごされたと思う。

 

もちろん、だからそんなに平和ならぼくも天皇やりたいってわけではない(笑)。生まれた時から道が敷かれてて言いたい事も満足に言えずあれだけ自由を縛り付けられていて、それで得られる代償が天皇用に農薬なしで作ったお米がお金払わなくても食えるとか老齢年金が貰えるとか(実際どうなんだろ?)羽田空港から出発出来る専用便だけってなら、今の時代あまり価値はない。

 

農薬なしのお米や野菜はニュージーランドでも手に入るし羽田は国際空港化された。年金??どうかな、けどほとんどの場面では一般人もすでに天皇並みの待遇ではないか!(笑・冗談ですよ)。ところでここ数年成田を使っていないが、成田空港到着ターミナル1階では今も地元の野菜を売っているのだろうか?

 

2020年オリンピックに向けて成田空港に到着した外国人に千葉の野菜を五輪マークに仕立てて売るのだろうか?それとも空港職員向けにあいも変わらず地味に売るのだろうか?いずれにしても世界の主要国際空港で場所を取って地元野菜を売る一欠片の合理性もない生産性もない発想が出来るのは、さすが日本人である。

 

成田に到着したばかりの外国人は鍋もガスコンロもないわけで、野菜を買うわけではなく、どうせ場所を取って何か売るならもっと利益の高い商品、到着した外国人がびっくりしてまず一個買ってみようと思わせる日本的な手のひらに乗る工業製品を置くとかを考えれば良いのに。

 

千葉出身の自民党政治家が利権にまみれた挙句何の合理性もない成田に空港を作ろうとした。百姓が田畑を耕していた私有地を無理やり法律で奪い取った挙句に成田闘争となり警官隊と百姓及び学生がゲバ棒や警棒を振り回しての大立会となった。

 

その戦いに何か合理性はあったのか?自民党が一政治家の利権のために地元民を踏みつけて作ったが、あまりの使い勝手の悪さに天皇陛下も首相も外国に行くときは羽田を使い、一般国民には不便な成田空港を使わせるという実に非合理な結果となっただけだ。

 

おまけに地元対策として24時間空港にも出来ないし国土交通省もアジアのハブ空港にしようなんて考えは全然ないから香港やシンガポールにどんどん客を奪われている。まさに何の戦略もなく自分の先輩が始めたから今更それを否定するなんて出来ないから無理の上に不合理を重ねてわけの分からん状態に陥っている。

 

けどいいや、ぼくは今は羽田を使えるし無農薬野菜も食えるし何より日本国民ではないのだから日本のヘンテコで不合理な道理に従う必要もない。

 

ニュージーランドは人口400万人という小国家でありながら合理性と選択の自由と機会の平等が守られている国で食料自給率300%、澄み切った青空と豊富な水と原発のない電気で生活出来るのだから、これ以上何が要るか?って話だ。

 

でもって今朝の日本。

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従来の発想から脱却を〜首相、観閲式で訓示

 安倍首相は27日、埼玉県の陸上自衛隊・朝霞訓練場で行われた自衛隊の観閲式で訓示し、集団的自衛権の行使容認など法的基盤の整備を進めていく考えを強調した。

 「我が国の主権に対する挑発、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している、これが現実です。防衛力はその存在だけで抑止力となるといった従来の発想は、この際完全に捨て去ってもらわねばなりません。諸君の先頭に立って、現実を直視した安全保障政策のたて直しを進めて参ります」−安倍首相はこのように、中国の海洋進出など、日本を取り巻く安全保障環境の厳しさをあげ、国家安全保障会議の創設や集団的自衛権の行使容認など、法的基盤の整備に改めて意欲を示した。

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やっぱり安倍さん、やってくれますね。本音丸出しですが嫌いではないですよ、彼は自分の考える美しくて強い日本を作ろうとしているのだから、それなりに筋は通っている。

 

しかし日本の場合明治維新後や第二次世界大戦敗戦後にすべてが崩壊してそれから最初に作った時の法の精神がどうであれその担当者がいなくなれば必ず後から来たものが自分に都合よく解釈をしていつの時代も同様に「空気の構造」が台頭して日本を非合理に運営して失敗の歴史を繰り返して泥沼に入り込む。

 

山本七平が日本の「空気の構造」に触れていたが、日本の場合は本当に非合理に先の見えてる泥沼に入り込む性質がある。そして誰もが最初に言うのは「とにかく先輩が作ったものだから、まず続けてみよう」と非合理な行動を起こして失敗した挙句、最後には「やるだけやったからいいじゃないか」と全く非合理な理屈を持ちだして誰も責任を取らないままに国民に苦難を押し付ける。

 

安倍首相が描く日本は強くて優しい国だろうと思う。彼の思想にも一点の曇りもないと思う。しかし自衛隊の昇格による防衛省の創設、秘密保護法案、日本版NSA、集団自衛権、最後には近隣諸国の争いとなれば安倍さんの後に来る日和見主義者が有事の際にどのような決断を下すだろうか?目の前におもちゃをずらっと並べられた子供が火遊びするのは自然の道理ではないか?

 

そんな中、平和を大事にしてきた天皇崩御、関東大震災と続けばその次に来るのは山上たつひこの「光る風」であろう。肉体的に弱いものを排除し同質性を好まない人々に非国民のラベルを貼り国家が一丸となってオリンピックの大成功だー!

 

一旦こうなると日本人は見事に思考停止する。下記文章は文責我にありで読んで頂きたい。

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「やるだけのことをやったという状況でしょう。どうみても・・・」

これらの言葉の中には「あらゆる方法を探究し、可能な方法論をすべてを試みた」という意味はない。ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するために投じつづけた量と、それを投ずるため払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化しているということだけであろう。

「やるだけのことをやった」とはあくまでも主観であり客観的な要素は皆無である。その言葉を聞くと日本人は思考停止状態になる(笑)挙句の果てには「お前がやってみろ!!」という訳の分からない言葉をはかれてしまう。人の感情がクローズアップされ、自己正当化する感情が大切にされる。敗因の分析をしたとき必ずこういう「みなは良くやっていたのにそれはひどい」「あれしか方法がなかったんです」そういう感情が分析を妨げる。そこにあるのはあくまでも自己の正当化と自己満足のみだ

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これ、今の日本で分かりやすく言えば残業の論理だろう。長く会社にいることが良いことであり、他に合理的に業務をこなす方法を考えることは社長や先輩に対して失礼であり、何も考えずに他の社員と同様に出来るだけ長く会社にいること、そこに合理性はなくひたすら同質性のみを要求する。それも上司が部下に強要したり何らかの規定によって縛るのではなく相互監視という空気の構造なのだ。

 

だから合理的に考える事自体が不合理であると捉えられて、半沢でもそうだろう、合理的に行動して正しい結果を導き出しても組織全体が持つ「同質性」を守らなかった事がすでに組織内においては「罪」なのだ。

 

間違いを正すことが罪、そういう組織では唯一浄化する方法はトップが変化して合理的な組織に作りなおすしかない。しかし組織のトップに付けるのは常に上司に従い空気を読んで非合理を納得して理解して実行した者のみなのだから、所詮組織が浄化されるわけはない。だから日本が変わるのは外圧しか無いという理屈になるのだ。

 

ほんと、ここ数週間は変な夢ばかり観てる。2015年の日本、天皇崩御、そして大地震、これは具体的な数字が出てた。

24319、143192014319・・・・・

津波 海辺の城 右手にくぼみ 馬蹄形 遠浅・・・夢のなかでぼくはその場所にいた。

 

合理的な選択が出来ない国民性が上は高級官僚の国会対策で無意味な残業から下は一般企業の無意味な残業まで個人を苦しめている。挙句の果てにそのようなバカな大人の不合理な行動を敏感に理解した女子中学生あたりから「あんた、空気読めないね、KY!」と言われている。

 

情けないと思わないか?自分の娘がこれから日本の非合理な社会に自分から染まり、染まらない人々にKYと烙印を押すことで生き残ろうとするその未熟でありながらも力強さは言い換えれば情けない非合理に身を委ねた大人への非難なのだ。

 

「分かったよオヤジ、あたしもあんたみたいにこの社会に染まってみせるよ、あんたが表面だけ格好付けて自分だけ別みたいな顔しながら所詮はこの社会に染まってるその態度を、あんたの前であたしがもっと赤裸々に見せてあげるよ。良かったねオヤジ、それでもあたしはグレて不良になったりしてないんだからさ・・・。」

 

そうやって日常のちょっとした事から次第に「空気の構造」に身体が馴染み、最後には安倍さんが敷いた道の上を組織が走りだす。2015年日本は強固な国としての法律整備を終了して次の実行段階に向かう。国民は均質化を更に進めて一切の異分子を認めなくなる。

 

2020年のオリンピックで日本は世界に冠たる文明国家であることを証明する。その間に近隣諸国の様々な問題や世界経済の問題は抱えつつもいかに日本が強い国であるかを証明するように、2018年に失敗する韓国冬季オリンピック(今回はもう手助けするなよ、日本政府・)を横目に夏季オリンピックを大成功に導く・・・。

 

日本は今2020年オリンピックという具体的目標を持った。坂の上の雲が見えた。こうなると日本は強い。人々が一丸となってオリンピックに向けて突っ走る。そう、あと7年間は日本国家に与えられた至福のときとなるだろう。

 

問題はその後だ。目標を達成した時、日本は必ず滅びた。2020年に至るまでに官僚が日本の非合理的思考をぶち破り完全同質性を少し修正して一定の「おかしな奴」を受け入れる素地を作れるか?それだけ出来れば日本はいつでも世界の一等国になれる。出来なければ???2020年以降、第三回目の敗戦を甘受するのみだ。



tom_eastwind at 13:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月27日

レモン哀歌

土曜日は昼過ぎから映画観たり本読んだりしてたら段々頭が疲れてきて、夕方6時から夕食も食べずにベッドに入った。だもんで真夜中12時過ぎに目が覚めたらお腹が空いてたけど、今更飯を食うためにベッドを出て上の階にあるキッチンに行くのも面倒、だもんでそのまま寝続けた。

 

そしたらまあ、見ること見ること、次々と夢のロードショーですぜ。あちこちの時代に飛んでいくのだが、どれもリアル。鉄を触った時のザラザラ感とか飛行機が落ちて行く時のGショックとか、これならいちいちDVD買わなくてもいいじゃん、寝た方がよほど楽しいぜと思いつつ朝7時にベッドを出て居間でパソコンを開く。

 

結局合計で13時間ベッドの中にいたのか、などとサンビームのケトルの熱いお湯で作った鉄観音茶を飲みつつ夢を振り返る。ほんと、これだけで筋書きなんて考えなくても作家になれるぞって思うくらい一つ一つが面白い。これも時間のある時に短編小説にしよっと。

 

そうやってお茶を飲みつつ日曜の朝のメールチェックをやっていると、9時過ぎに床をギシギシ鳴らしながらりょうまくんが上がってきた。あ、家の作りは変則的で、坂の途中に作っているので玄関とキッチンと居間が2階にあり1階がベッドルームなので、朝起きたら「キッチンに上がる」という事になる。

 

今日は日曜という事もありメールは少なく50通程度だ。平日は100通以上目を通すので週末のありがたさを感じる。

 

りょうまくんは今日ちょいとゲームセンターに用事があるようで「ね、お父さん、今日は車のペトロール入れるんだよね?、あ、ガソリンだね」と言ってきた。

 

何だ、ちょっと遊びに出たいんだ「じゃ、10時出発だよ」と言って時間通りに家を出て、ゲームセンターにちょっと立ち寄り高速に入ってニューマーケットで降りてガソリンと洗車、その後りょうまくんに車を拭かせている間に隣のジャパンマートでラーメンとお菓子を少し仕入れてから自宅に戻る。

 

今日も空はピーカンで、全くなんだこの青空は!って思うくらい何も考えてないような青空がどこまでも広がっている。

 

そう言えばガソリンを入れたニューマーケットのスタンドでは警察の車が一台とバイクが4台留ってて、ガラスの窓越しに警察官が数名カフェでコーヒーとドーナツ食べてるのが見えた。何で警官って米国でもニュージーランドでもドーナツなのか、そのうち検証しようと思った。

 

けど、検証するも何も自分のお腹が空いている事にそろそろ身体がぎしぎしと文句を言い始めた。考えてみれば土曜日は朝飯食ってない。お昼もちっちゃなゼリー2個食ったくらいで、ほぼ24時間絶食状態であるってのに気づいたのが自宅に到着する寸前。りょうまくんに「おい、KFCどうよ!」って言うと彼もニコッと笑ってレッツゴーとなった。

 

時計の針はそろそろ12時だが行列もなくわりかしさくさくと5分程度で持ち帰りが入手できて、ぼくはと言えばさっとシャワーしてオリジナルレシピにかぶりつきチップスをグレービーに突っ込んで左手一本でバクバクと食い始める。

 

世の中には健康オタクがたくさんおり、彼らは放射線ガイガーカウンターのように料理のカロリーだとか「KFCの油はー」だとか「インスタントラーメンはー」とか言うが、食わなければ人は死ぬという大原則をどこまで理解しているのだろうか?

 

ぼくの場合は、食うか食わないかのレベルで食事をしており、毎日3食出されたものを全部食べてろくに運動もせずにそれでいてカロリー計算をしている人々とは根本的に違う生活をしている。

 

なのに健康オタクは自分の物差しでしか他人を見ず、他人の生活の全体像を理解せず、今注文したKFCにのみ文句を言う、やれ油が多い、健康に悪いだの。

 

ぼくはほぼ毎日運動をして筋肉を使い食事を見た瞬間に脳が「これは食うな」と指示が出たら食べずに残し脳にブドウ糖を送り込み絞り込んでいるから、今も27歳の時に買ったスリーピースを着ている。

 

ちなみに定期健診の一環で先週木曜日に専門医のとこに行って一時間みっちりとチェックをしてもらったら、内臓系すべて触診でOK、腹筋あるよねと驚かれて、その後骨及び筋、関節すべてOK。この時はまっすぐ立ったまま手が床に着くかどうかであったが何の準備もせずにいきなり両手を床に付けたもんだからお医者さんまたもびっくり「運動やってるのか?柔らかいね」と言われた。やってるし。

 

健康オタクの中にはステーキ一枚食べる度に「これで明日は余分に2キロ走らなきゃ」と思う人もいるようだが、動物の中で運動をするのは人間だけであるって考えた事があるだろうか?

 

例えばゴリラが毎日20回腕立て伏せをしてチンパンジーが鉄棒で懸垂してチーターがスクワッドしているだろうか?やってたら是非ともYoutubeUPしてもらいたいものだ。

 

日本の食い物で工業製品に近いインスタントラーメンなどは身体に悪いというしKFCなんて油の塊だしコーラだって炭水化物の化物でコンクリートも溶かすほど悪いってのは知ってる。けど、それでも身体に悪い物一切食わなかったら死ぬって知っているか?

 

健康オタクはKFCと聞いただけでまるで鉄道オタクのように「ポテトのカロリーがどうでチキンの油がどうでー」というが、肝心の本人は何のために生きているのだろうか?肉体を長生きさせる為に智恵を使ってはいるが、肝心の「人は何故生きているのだろうか?」という疑問は無視してるのではないだろうか?江口あんちゃんではないが「そこに精神はあるのか?!」と聞きたい。

 

人はパンのみにて生きるにあらずだ。警察官はドーナツとコーヒーにて生きるようだが、ぼくはラーメンとKFCで幸せだ。もちろんこればかり食べてれば、単なるバカである。自宅できちんと奥さんと娘の手作り料理も食べる。バランスは常に考えている。

 

いいか、健康であることはとっても大事だが、健康でありさえすればよいって事ではない。脳味噌空っぽの健康くらい無駄な人生はないのだ。他人が書いた数字を真に受けてガイガーカウンターを振り回してみたり健康オタクになり栄養がどうのこうのあれがどうのこれがどうの、、、だったら君は仏陀の教えはどこまで学んだの?キリストの主張にどこまで賛成出来るの?生気溌剌とした人生はどうやったら送れるの?

 

随分昔、健康になるために食事量を減らして時には半日断食ってグループの訪問を受けた事がある。話を聞いててそれは当然だし納得したが、だから?てかぼくは普通にやってるので特にそんな気張る話でもないなって思ってたら、あとで彼らは日本でも有名な健康促進団体だって分かった。

 

ほー、今の日本では普通に生きるのがそんなに難しいのか、素直にそう思った。正直、こういう健康オタクが重箱の隅を突き回しているが人間って食う為だけに存在しているのか?って聞きたい。魂に良い食べ物ありますか?って聞きたい。いやさ、健康は大事でありだからいつも気をつけているが、まるで100点か0点しかない、二択しかないような判断はどうなのか?

 

精神、愛情、そういう食い物エネルギーの中には決して存在しないものがどれだけ人を美しくするか、高村光太郎に語ってもらおう。

 

「レモン哀歌」 高村光太郎

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた

かなしく白くあかるい死の床で

私の手からとつた一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱつとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが

かういふ命の瀬戸ぎはに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時

昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関ははそれなり止まつた

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置かう

 *********


この写真はバルカンレーンの一場面です。
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tom_eastwind at 16:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月26日

ソチから700キロ

***記事開始***

ソチから700キロ、ロシア南部で自爆テロ 五輪に向け警戒強化へ

2013.10.22 15:11

 ロシア南部ボルゴグラードで21日に起きた路線バスの自爆テロ事件を受け、地元のボジェノフ州知事は同日、今後15日間にわたりテロ発生の危険性が高いとの決定に署名し、治安機関による交通機関などの安全対策が強化された。ロシア主要メディアが報じた。ボルゴグラードから南西に約700キロ離れたソチでは来年2月に冬季五輪の開催が予定されており、今回の事件を機にソチなどロシア各地の対テロ警戒態勢が一段と強化されるとみられる。

 

 事件を受けロシア内務省の報道官は21日、特に公共の場での警戒を強めるよう国民に呼び掛けた。連邦捜査委員会によると、自爆犯はロシア南部北カフカス地域のダゲスタン共和国出身の女(30)。女のほか乗客6人が死亡、約40人が負傷した。

 

 ソチに隣接する北カフカス地域の独立派武装勢力「カフカス首長国」のウマロフ司令官は今年7月、ソチ五輪阻止のためのテロも辞さないと宣言したが、今回の自爆テロとの関連は不明。(共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/131022/erp13102215140006-n1.htm

******

 

最近気になっているのがソチオリンピックである。どうもこれ、相当に高い確率でテロが成功するんじゃないかって予測している。

 

ロシアのプーチン体制以前からロシア南西部は火薬庫になっていた。イスラム教信者が多くロシア人を嫌っておりチェチェンの独立戦争ではロシアのスペツナズ相手によく戦ったが結局負けてしまい、その恨みは今も根深い。

 

テロが起こるには常にそれなりの原因がある。その原因を無視して、てか問題解決せずに表面上だけ抑えこむからある日突然火山の噴火のようにドーン!といくのである。

 

資本主義であるか共産主義であるかに関係なく大国は戦争で問題を解決しようとする。とくに米国とロシアはその傾向が強い。その結果として負けた方はずっと恨みに思い家族を殺された者は同じ数以上の敵国人民を殺そうとするのである。

 

最初から話し合いをして無理はしない、決して戦争にしないという姿勢を貫けばお互いに恨みも残らない。ところがロシアではそのような発想はなく戦いはどんどんエスカレートしていき、遂に負けた方はテロリストとなりソフトターゲットを狙うようになる。

 

ソフトターゲットとは敵国の支配下にある民間施設や民間人を狙ったテロである。ハード・ターゲットと呼ばれる軍施設は強固に守られているがショッピングモールや駅などはだれでも容易く入れて武器のチェックもない。最近もアフリカでモールを襲撃する事件があったが、あれなどスティーブン・ハンターの「ソフトターゲット」そのままの話である。

 

そして大国はソフトターゲットテロに弱い。何故なら国民が良質のサービスを受けるためにはどうしても規制を緩めて自由を認めざるを得ない。例えば国民を一切飛行機に乗せなければハイジャックも起こらない。列車に乗るにも靴下も含めて丸裸にしてその上でX線検査をやって体内に爆薬を仕込んでないか確認してから乗せればよいが、そんな手間かけてたら誰ものらんしってなる。

 

外国人は一切自国に入国させないようにすればテロの可能性も低下する。しかしそれじゃ外国からの投資も入ってこない。経済を活性化させて人々に自由を与えるってこととテロを防ぐってのは正反対の方向性であり、ここにテロ対策の難しさがある。

 

しかしテロを根本的に解決する方法は、ある。それは他人の自由を奪わない、他人の権利を尊重する、自分がやられて嫌な事は他人に押し付けない、ただそれだけだ。他人の土地に侵入して他人の家をぶち壊しておいて「怒るな、理性的になれ」と言っても無理なことだ。

 

アフガニスタンという国はシルクロードの時代から続く古い国だ。貿易でビジネスを成立させシルクロードから得る利益で国は潤っていたが古代の歴史を見れば戦争だらけで「あんた飽きないの?」と聞いたら「商いよ」と言い返されそうだ。

 

その国に1800年代に英国が攻め込んだ。1回めはアフガンが勝ち2回めは英国が勝ち3回めの戦いでやっとアフガンが英国を追い出した。ところが次は1970年代にロシアがアフガンに侵攻して約10年間制圧したが結果的に米国の後ろ盾を受けたムジャヒディーンが勝利を得てロシアは撤退した。

 

その後米国は何故かアフガンに興味を失い放置していたらそのうちタリバン原理主義運動が始まり米国と戦いを開始した。そして2001911が起こる。

 

つまりアフガニスタンは英国、ロシア、そして米国と世界の大国を相手に何度も戦争をしてすべての国を敵に回して今も喧嘩している民族なのだ。何度叩かれて負けても最後には侵略してきた敵を追い出して来た。

 

大体においてロシア南西部からスタンと名前の付く国あたりは理屈や理論ではなく純粋に血の気の多い人々が目立つ。礼儀を重んじ家族を大事にするのだが同時にしきたりにうるさく家族を強制的に従わせようとする。リュック・ベンソンの映画「96時間」ではアルバニア人ギャングが出てきてギャングだった息子の敵討をするのだが、それってどうなのよ?と思ってしまうが、彼らからすれば息子が何をして殺されたかよりも「家族が殺された」ことが問題であるって発想だ。

 

チェチェン戦争はその意味でロシアが何度も攻め込みその度にチェチェンは表面的に負けたように見えて実際には地下ギャング化してロシア経済を足元から揺るがしている。プーチンも元々は体制側ギャング(KGB)上がりなのでチェチェンギャング相手に今はどっこいで戦い続けているが、次に出てくるロシアの支配者も相当な豪腕でなければチェチェンギャングとは戦えない。

 

ロシアを足元から揺さぶるギャングだって元々は普通の生活をしてた人々でありロシアがきちんと付き合いをしてればここまで過激になることもなかった。結局彼らを追い詰めて凶悪にしたのはロシア自身であり、その意味では自業自得である。

 

ここらでチェチェンを懐柔する策として独立と自治を大幅に認めて経済活性化のために地域振興予算を付けてスキー場でも保養地でもトレッキングでも温泉でも良いから、周辺から人が集まる仕組みを作れば自然と人々もテロをせずにビジネスに精を出すようになるだろう・・・どうかな、遅すぎるかな。

 

ロシアとチェチェン、アフガニスタンの関係を見ていると日中韓の間の争いなんてまだ可愛いものだと感じる。

 

ソチオリンピックはチェチェンやイスラム諸派が自分たちの存在を主張して正当性を主張して世界に抗議する最高の舞台である。自分たちの主張の方法が正しいかどうか、世界に理解してもらえるかどうかは彼らの頭のなかにはないだろう。

 

だって他に手段はないのだ、訴えなくてもいずれロシアに殺されるのなら世界がどう感じるかは関係なく暴力に訴えてでも主張するしかない、いつか世界の誰かが気づいてくれるまで。

 

オリンピックは世界中から多くの人々が集まり、あまり警戒を厳重にしても観客から反発を喰らうだろうし、かと言って警戒を緩めれば確実にテロが起こる。

 

ソチオリンピックではすでに何度も聖火が消えてしまう「ハプニング」が続いている。次に起きる最大のハプニングはオリンピックにおけるテロリズムであろう。ソチはテレビで観ることをお勧めする。



tom_eastwind at 16:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月25日

勤労感謝の日

さっきぼくの来週の日程を見てたら、来週の月曜日に何故かLABOUR DAYと書いている・・・何じゃこりゃ???あ、そうか、来週の月曜日はニュージーランドの祝日じゃんか!

 

ぼくの予定表はA4サイズの月間予定表でこれをいつも机の上に置いている。各部門のスタッフはお客様と打ち合わせしながら必要であればぼくのアナログな手描きの予定表を見て、予定が空いていれば自由に書き込む。

 

First come, First Gain,最初に書いた者が勝ちであり、だからぼくも予定が出来たらすぐに書き込むようにしている。そうでないと他のスタッフにすぐ予定を埋められてしまうからだ。

 

ほんとアナログな仕組みではあるがヘタにこういうのを共有ファイルに入れると「あ、入力ミスですー」とかなる可能性も高いので今もアナログにしている。

 

先週と今週は珍しく予定が少なかったので来年度の企業方針を各部門とそれぞれ会議を持ち皆の意見を聞きつつ来年どのような組織にして来年の顧客の受け皿を作るか=戦略を作成して、来週にはいつどこまで進むかの全体図=戦術が出来るな、そしたら後は、てか来年はその方向性に向かって進む=戦闘だけで良い。

 

細かな調整は別として、来年の日本とニュージーランドの動向予測はすでに出来上がっているのであとはうちの受け皿をどうするかだけで、その為の来年の戦略は明日で出来上がりである。

 

戦いには戦略と戦術と戦闘がある。そしてビジネスとはまさに血を流さないだけの「戦い」である。戦いはまず相手を知ること。これは日本の状況を理解することだ。政治、法律、経済、社会、様々な要素を掛け合わせて来年日本がどの方向に進むかを読む。それに対して人々がどう反応するかを読む。

 

次に自分を知ること。ニュージーランドの政治、法律、経済、社会がどのような方向に動いていくのかを理解する必要がある。この二つを予測出来れば自分の方向性は決まる。では来年の365日でどこまで進むか、自分が歩ける距離を測る。

 

つまり、方向性を決める、来年歩く距離を決める、そうすれば年間計画は出来る。その中で歩く距離をもっと伸ばすならば人員を増強するが、うちの仕事は普通の事務能力では到底やっていけない。誰でも出来る仕事ではない。脳みそ筋肉の営業チームではないのだ。

 

だから少なくとも国体に出て決勝に出られるクラスでなければ無理だ。英語はネイティブ相手に電話一本かけて法律論議が出来る能力が必要であるし突然かかって来た電話がセールスなのか間違い電話なのか大事な電話なのかを即座に聞き取る能力が必要である。これは「わたし、英語が話せます」のレベルではなく「わたし、英語を使って仕事が出来ます」のレベルである。

 

車の運転も必要だ。お客様を連れての下見ツアーでは車は必須。それも単純に運転をすれば良いって話ではない。お客様は運転をする担当者の道路判断を見て「ここに頼んでも大丈夫そうだな、運転担当まできちんと会社の考え方を理解しているな」と考えるのだ。

 

そういう、状況を読んで自分で判断するだけの能力を常に持ち会社の方向性を理解して答をだしていく。これ、県体で3位以内ではちょっと無理だ。

 

日本では組織の中で素晴らしい能力を発揮する人がたくさんいる。しかし海外に出て自分の力だけで成長していくのは半端な苦労ではない。何より会社の肩書や看板がないのだ、自分の能力を周囲に見せて信じてもらうしか無いのだ。

 

明日から三連休、日本風に言えば勤労感謝の日である。自宅に帰って奥さんに「ねえ、来週は労働者の日でさ、すっかり忘れてたってか、知らなかったなー」って言うと奥さんに軽く返された。「あ、それって労働者の日でしょ、お父さんの日じゃないよね、だってあなたは経営者なんだもん」。

 

という事で三連休もファイルを自宅に持ち帰り来年の計画作りです(笑)。



tom_eastwind at 16:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月24日

盲信

ガンとガンモドキ、DNA研究者の医者、両者がガチで癌治療に関する医療哲学を語っている。どっちも面白い。

 

ガンには良性のガンと悪性の癌があり、良性のガンは体内に存在するものの宿主を殺して自らも死ぬようなガンではないので身体にメスを入れたり悪い影響を与える投薬などで治療する必要はない、かえって体を壊すだけだという。

 

そして悪性の癌であればどれだけ治療しようと確実に死ぬのだから無理に放射線治療をして身体を壊してぼろぼろになった挙句に死ぬよりは痛み止めだけもらって寿命が来るまで普通の生活をしていれば良いというのである。

 

反対に治療派閥のいうことは医者は「ヒポクレテスの誓い」から始まり医療は人を治すことであると主張して人の病気を治すことをせずに自然死を認めるようであれば医者は自分の存在を自己否定しているようなものだと主張する。

 

自然派はガンというテーマに区切っての話であり、怪我や結核などの治療可能な病気まで放置しろって言ってるわけではない、あくまでもガンが不治の病であるからだ。

 

これ、結構大きな問題である。人生の根幹の部分だ。

 

ぼくの行き着いた答は自然死派である。人はいつか死ぬ、ならば治療の副作用で苦しんだ挙句に身体をぼろぼろにしてから死ぬくらいなら尊厳死を選びたいものだ。

 

それでも、だからと言って医学の進歩を否定するものではない。常に医学は進歩すべきであり戦前であれば死の病と言われた結核も医学の進歩で咳の延長くらいになった。

 

遺伝子治療が進めばガンもいずれ痛みもないままに治療出来て人間はピンピンしたまま90歳まで普通に歩きまわって生活出来て、肉体が完全にガタが来る90歳過ぎにある日突然コロリと眠るように死ねれば、それが一番良いと思っている。

 

うちの奥さんの母親は亡くなるまでうちの家族と同居してくれてた。オークランドで孫の面倒を見ながら70歳過ぎだったかな、それまでピンピンとして料理も洗濯も掃除も全部やってくれてたのだが、ある日突然「何だか指先がチクチクするね」と言って奥さんと一緒に近くの病院に行ったらそのまま緊急入院。

 

特に悪いところもなさそうなのに医者は「この体はもう寿命です」みたいな事を言った。その時はなんだろう?って思ったが、普通にベッドに座って食事をしながらその4日後に一言何か言ってふと息を引き取ってあの世へ旅立った。

 

中国南部で生まれて戦時中は日本軍の支配下に置かれ戦後はすぐに共産党がやって来て、その為に中国から命からがら逃げ出して香港にたどり着いた難民なので旅券もなく「避難民証明書」だけを持って生活をしてた。晩年は娘と孫に囲まれてオークランドの日当たりの良い部屋で暮らしていたので、終わりよければすべて良し、、かな。

 

中村天風も死ぬまで生きてた???じゃなくて、息を引き取るまで周囲に気を使い92歳の長寿を全うした。

 

話は逸れるが現代の人間の体の肉体的寿命、いわゆるガタが来るのがこれくらいの年齢なのだろう。以前見た夢の中でぼくは2044年のチベットで元気に銃を振り回しつつ私立探偵やってた。85歳である。その頃は多分医学がますます進歩して100歳くらいまで元気で生きているのかもしれない。

 

いずれにしても医療は医者の問題というよりも本人の死生観の問題である。元気な時は何も考えずに健康に悪いことばかりやっていざ病気になったら急にびびって死ぬことが怖くなって、周囲の他人にすぐに口出しして「あのな、病気ってな、大変なんだぞ」なんて、みっともないぞ。そんなこと言われなくても知ってるって。君と僕の死生観が違うだけだから。

 

そう言えば医療保険に関するお問い合わせをずっと以前に頂いてたがなかなか書く機会がなかったのでこの場でぼくの事をお話しておくと、うちの家族は誰も民間の医療保険に加入していない。政府の医療が手厚いニュージーランドで健康なんだし、病気になったらその時に実費を払った方が良いと考えている。

 

その理由として一番には費用対効果がある。民間の保険会社はビジネスとして保険を販売している。つまりお客が支払った保険料から保険会社の社員の給料やオフィスの家賃や株主への配当があるわけで、例えばぼくが100ドル払えばそのうちの30%くらいは間接経費である。残って残留資金が保険金として支払いされているわけである。

 

ならば自分が稼いだお金を銀行に貯金しておき利息を稼いでおいていざ病気になったらその中から取り崩せば良いと思ってる。それに大病の場合は政府が費用を負担してくれるので、わざわざ民間の保険会社の会ったこともない人の給料を払う必要は感じてない。

 

ついでに言えばこの国では定期健康診断という考え方がない。人間50歳を過ぎたら大体どこかにガタが来るものだ。それを健康診断でいちいち見つけ出しては修理なんてしてたら国民の税金で賄われている医療費が増大するわけで、不要不急の病気であれば放置しておけって考え方である。予防にお金を使うよりは治療にお金を使った方が安いという医療経済学である。

 

もちろん男性の前立腺がん、女性の子宮がんや乳がんなど病気になる確率が高く医療費が高くつく病気は無料で健康診断をやってくれる、そのほうが費用対効果が合うからだ。

 

日本は税金を払う時は文句ばかり言うくせに自分が病気になった時は大した事なくてもすぐ病院に行き保険を使いまくって、それ税金だよって言う意識がない。中にはタクシー代わりに救急車を使うバカもいる。病院をデイケアか老人ホームか何かと勘違いして病気でもないのにしょっちゅう病院に通う人もいる。

 

いずれにしても、健康な間に自分の死生観を持つ。その結果として治療を受けるもよし拒否するも良し。一番みっともないのはその時になってオタオタすることだ。



tom_eastwind at 14:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月23日

大学 究極の資格ビジネス

今日は長文になるので最初に結論を書いておく。大学のレベルにもよるが日本では大卒というのは多くの場合就職の際のシグナリングであり、言い換えれば資格であり、多くの大学は資格を販売して成立しているビジネスであるということだ。問題はお金と時間を投資してこの資格を活かして希望する就職先を見つける事が出来る若者がどれだけいるのかという事だ。


***元記事知らず***

彼女たちはなぜ、雑誌に惹かれないのか。

今の20代は、バブル崩壊とともに生まれ、もの心ついた頃からずっと不況の「不況ネイティブ世代」です。「〽バブル崩壊生まれ 失われた20年育ち(注:ラップ調)」というわけで、一流レストランやオペラなんて行ったことないし、メッシー君アッシー君、あと何でしたっけ?みたいなスタンスが基本です。

 

GOLD』が言うように「頑張れば何事も叶う!」なんて、思えないですし。ゆるく楽しく、ジモトで生きられればそれでいいかな、という「デフレカルチャー」*2の中で生きているのです。

そんな「不況ネイティブ世代」である私たちは、アラフォー向けファッション誌にあふれる価値観=「誇示的消費(見栄のためにおカネを使うこと)」*3に対して、正直、それほど共感できません。

 

>頑張れば何事も叶う!できないことはない!

>本物の輝き

第一印象はただ一言「うぜえ」でした。

安くてカワイイ服で「自分らしさ」が出せればそれでいい、のです。

***元記事知らず抜粋終了***

 

時々面白い記事を切り取っておくのだが元ネタのコピーを忘れてしまうことがある。上記の記事もまさにその例なので切り取り方に問題があれば文責当方ということで予めご理解ください。

 

なんかさ、今の日本の地方をそのまま切り取ったような空気に、思わずゆるっとした共感と、そんな世の中を作った夢のない大人たちに対するいらっ!とした怒りを感じて切り取った事だけは覚えている。ただこれはもう社会のシステムの問題であり日本が抱える様々な構造問題の一つにしか過ぎないのも事実である。

 

多分彼らは高校時代をそれなりに楽しく過ごしたんだと思う。授業中は友達とバカ話をして夜は塾とアルバイトで過ごして夜遅く家に帰ったら「お母さん、お腹すいた^―、なんか作ってー」地元の町で高校を卒業して縁があれば地元の「肩書短大」に入学し何も学ばず合コンとアルバイトだけで2年間を過ごす。

 

学費が無駄と思えばそのまま地元の中小企業に就職して、世界が何なのかも知らずに結婚して子供を産んでその街ですべてが幸せなまま過ごして行くのだろう。

 

そう、何も知らず何も考えず同じ町内に住む小学校時代から良く知ってる同級生と結婚して半農半サラリーマンの家庭に入り、姑にいろいろ言われつつも子供の頃から良く知ってるおばちゃんなのでそれなりに優しくしてもらい、正月には実家に顔を出して久しぶりに田舎の広い実家で手足を広げてごろーんとして母に甘える生活。

 

子供が生まれる頃になれば周りの友達が次々と駆けつけて何かと手伝ってくれて無事出産、それからは子育てに励みキャラ弁作るのに喜びやドキドキを感じて、君は賢い子だ、私達よりもっと勉強して大学行くんだぞって口癖のように言う。ご主人も仕事帰りに子供のほっぺを触りながら「この子は賢いよ、な、この子にはちゃんと教育を与えて地元の大学に入れさせようよ、その為におれ、もっと働くよ」

 

今からでも見えるような、きちんと型にはまったちゃんと先の見える安定した人生。本物とか輝きとか願えば叶うとか、どーでも良い。アラフォーなんて自己顕示欲の強いおばさんなんてどーでもいい、あたしはあたしの、それなりに生きていければいいんだ。けど、子供は大学に入れたいかなー、赤城山の見える地元の大学にね。

 

片意地張って一流大学に入って努力して「頑張れば夢は叶う」なんて、そんなの宝くじじゃん、出来る人何人いるの?頑張ったって上に行けたり夢が叶う人なんてほんとにトップクラスの一握りでしょ。あたし知ってるんだから。

 

だって現実、バブル崩壊後に生まれた私達に夢が叶うくらいなら、お父さんたち頑張り世代の夢は何でハジけたの?自分でヘタこいといて私達に夢なんて言わないでよね・・・。

 

僕の今までの日本出張で地方都市を回った時の感触では、彼らと話していると彼らのほぼ99%がぼくを異星人として見ていることだ。日本人が外国で生きてる〜?おまけに日本の国籍持ってない〜??もうダブルで意味不明―!。そして最後の1%の彼らはぼくが最後まで冗談を言ってるのだと信じきっていた・・・。

 

「昔地球に住んでた事がある異星人が私の街にやってきたけど、何か日本語らしきものを話してるようだけど、どうしても意味が理解出来ない・・・コクサイカ?蚊の一種?・・・ニュージーランド?あ、それなら知ってる、ニュージャージー州の隣でしょ、学校で習ったもん・・・相続時精算課税制度?中国語?・・・」

まさにスティングの”English man in New York” である。”I’m a alien, I’m a legal Alien” だ。

***閑話休題*******

 

今週の日経ビジネスでは「世界のトップ大学」特集が行われていた。海外の大学では「ものすごく勉強した」学生が約55%、「ほどほどに勉強した」学生が約25%、どちらとも言えない〜あまり勉強しなかった〜全く勉強しなかったの合計が20%であるのに対し、日本の大学ではものすごく勉強したのが約5%、ほどほどに勉強したが約45%、残りの50%がどちらとも〜全くに入るわけで、いかに日本の学生が勉強しなかったかよく分かる。

 

大学に入るのは高校卒業までの成績であり大企業が要求する大学の学部に入りさえすればそれがシグナルとなり自動的に就職活動に入る。

 

一部の経済団体は青田刈りの禁止をうたっているが実態はどこの企業も優秀な学生には早いうちから手を付けておきたいから内々定など法律のどこにも書かれてない「約束」をする。経済団体に入ってない企業などは大学一年生からインターンで囲い込みをする実態が描かれている。それに対して諸外国の大学生からは「そんなに頑張って入学試験の勉強したのに大学という専門特化した学び舎で就職活動するってどういうこと?」という疑問が上がっている。

 

そりゃそうだ、世界の若者は知らないが日本ではそれだけ他国と比べて特殊なシステムで社会に労働者を送り込んでいるのだ。日本は小学校あたりからトコロテンで成人になる道が作られており、入り口は幼稚園か小学校、そこから競争を駆け上がりどんどん振り落とされてほんの一部の東大に行けるエリートだけが東大法学部に行く。彼らが考えて社会を動かす。大学で学んだことを本当に社会全体に活かすのは東大法学部の仕事である。

 

それ以外の若者は3月末を持って大学を卒業して日本株式会社の例えば銀行局(金融産業)の銀行1部(大手都銀)か銀行2部(地銀)に4月01日を持って配置され(これを世間では就職と呼ぶ)、これが例えば工業局(重厚長大製造産業)であれば鉄鋼部とか化学製品部とかに振り分けられてその部門の研修を徹底的に受けて社会の中の歯車として活動を始める。

 

歯車が随時やって来たら教育も面倒だし第一歯車のくせに大学で学んだ、何か自主性とか社会全般の知識とか、不要なんだよね。そういうの、東大法学部だけが知ってれば良い事で、あまりまじめに大学で勉強されて大学院とかを卒業されてもかえって使いにくいんだよね。

 

適度に高卒程度で教育の止まった大卒と呼ばれるくらいが企業としては戦士として使いやすいのよ(黒崎)、だからあんたさー、何か勘違いしてない?いい?大学ってのはね、東大しか、な、い、の、よ!

 

一般的な国家であれば大学に進学するのは学びたい学生であり若い内に思いっきり知識を詰め込み、社会にでてから自立してその知識を活かそうとする若者である。

 

貴方も記憶にあるだろう、最近覚えた事はすぐ名前や単語が出てこなくても、学生の頃に覚えた事は「沙羅双樹の花の色〜盛者必衰の理をあらはす〜」とか「徒然なるままに日暮しモニタに向かいて」、じゃなかった、硯ですな(笑)。くらいはすぐに想い出すだろう。アース・ウィンド・アンド・ファイアーと言えば当時を学生として過ごした人ならすぐに「チャーラ!チャーラ!チャーチャラッチャッチャ!」とすぐに「あの時」と共に思い出すだろう。同じ言葉を中国人に言えば冷静に「土と風と火、ですな」と古代中国の陰陽の話をされるだろう。

 

それほどに若いころに吸収した知識はずっと鮮明に残る。ならば学生の本分は学ぶことにあるわけで大学4年間みっちりと勉強すべきなのに、現実はと言えば冒頭に書いた若者よりも更に貧しい精神構造であり奨学金貰って就職活動して残りの時間はアルバイトと部活。

 

「だって、勉強なんてしても就職の際の評価にならないし、大学に入ったのも安定した生活が欲しかっただけでー。べつにこれって学びたいものがあったわけじゃないしー、え、奨学金?そりゃ欲しいっすよ、金、貰えるんでしょ、少しは親を楽にさせたいですよね」

そう、これが大学教育の現実。

 

うちの娘が高校を卒業して学びたい科目がありすぐ東京の専門学校に留学に行った時の第一声が「お父さん!何で日本の学生は勉強しないの!みんなに聞くと“親にどこか行っとけ”とか“履歴書に穴が空かないようにしておけって言われたからー”って、一体どういうこと?!」と怒られた・・俺の責任か(苦笑)?

 

結局日本の地方大学を卒業しても特別な就職先があるわけでないしヘタすればコンビニバイトである。よく周りを見渡せば同級生は高校を卒業してすぐに地元の中小企業に正規社員として就職、もちろん仕事は社長のお茶くみであるが社内男性の結婚候補者として可愛がられて25歳ころにはハッピー結婚して幸せな生活を送ってる友達の方がよっぽど良かったじゃん、あたしなんて下手に大学出たから生意気って思われて正規採用さえされないわよ、よほどオールドミスで会社に残られたら困るってのが見え見えじゃん、じゃ大卒って何?という話になる。

 

もちろん大学ってのは就職活動をするための場所ではない。本来は学び舎であり自分が学びたくなければ高校を卒業して可愛らしく花嫁候補で地元の信用金庫に非正規社員で入れば良いわけで、下手に地方の4年生大学など出ているとかえって敬遠されるって現状はわかりきった事だ。それでも四大卒の肩書が欲しくて大学に入るなら出た時の状況までしっかり把握してから行動を起こすべきだろう。

 

今回の日経ビジネスでは日本全体で大学の学歴と就職のミスマッチ、外国の大学と比較されて意義が問われていると特集されているのだが、ぼくはここにからくりがあると思っている。

*****************

 

今度はいきなり大所高所からこの問題を見てみよう。社会でこれだけ就職問題が広がっているのに、大学の存在価値が問題になっているのに、何故文科省はこの問題を基本的に解決しようとしないのか?

1・文科省の官僚に解決能力がない。

2・現状こそが文科相の政策に合致した現状である。

答は2である。実は文化省に限らず日本で本当に大卒の能力を要求されるのは東大法学部卒だけで良いのだ。それ以外の大卒とは、文化省が補助金を出している地方大学の経営のために入学試験でお金を払い年間授業料でお金を払い大学内で商品を購入する、つまり消費者なのである。

 

地方の大学ブームでどんどん大学が出来た。それで地方の建設会社は儲けて地方出身の議員は賄賂が貰えて文化省は天下り先がどんどん確保出来るから有難い話だったのだ。実需とか教育効果なんてどうでもよい、だって大学は肩書というサービスを売ってるお店なんだもん。

 

せっかく大学というお店に消費者が来てどんどん消費してくれるのだ、その消費者に「実はあなたの買ってるもの、高卒よりましって企業に対するシグナルである肩書だけですよ」なんて本音を言ってしまえば駅弁大学は成立しないのだ。

 

あなたが旧帝大に入れる能力があり一生懸命勉強する日本の大学生の5%に入り東大法学部に入れば、それこそ大卒の意味はある。理系ならば技官として京大、東工大、東北大、九大などがあるだろう。

 

けど本当に日本社会に肩書として出て本来の意味での大卒として通用するのはそこまで。だから今の大学経営はまさに文科相の望んだ方向で進んでおり、他国の大学との比較など無意味。だって日本人は日本から出ないんだから、他国と学歴を比較しても意味は無い。

 

日経ビジネスで特集を組み問題提起をすること自体、ある意味日本政府の考えを見せようとしない、読者に美しき誤解を与えているのでは?と思うが、大学に通う時間と費用で得られる学歴と高卒で地元で就職先を見つけて給料をもらいちっちゃな街であるが高望みをせず毎日をゆっくり過ごす生き方、親としてどのように助言するか、それは親の視野の広さであろう。



tom_eastwind at 18:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月22日

春の夜の夢


昨日見た夢は2015年問題の一つだった。夢のなか、家族で山登りに出かけて夜通し歩き山から降りてきて朝一番でニューマーケットの高層ビルにある民宿?に朝早くチェックインして半日だけ使用してシャワーしたり山道具の片付けをやってる。部屋番号20号。ぼくは疲れたので長さ2メートルだけど幅が30cmもないようなベランダに身体を棒のように横たえて落ちそうな状態で眠ってた。

 

目が覚めるともう午後で家族はすでにチェックアウトしており「目が覚めたら家に戻ってきてね」というメッセージが残されていた。

 

すでに部屋の中には他の客のだろう、バックパックが数個置かれていたので、ぼくはベランダ沿いに隣の部屋に行くとそこも先客がいて、その部屋の窓から数十メートル離れた場所にあるビルが見えた。ニューマーケットがいつから登山口になったのか??

 

真っ青な看板がかかっておりそこには英語で“dealt”と書かれており、直感で「民主党が潰されたな」と思った。

 

ところがその横には更に“Rialto”という単語が書かれており、その意味は公明党排除か公明党潰しだと感じた。

 

思ったとか感じたのはまさに理屈ではない夢のお告げであるが、その直感が正しいとしてまず両党が潰される合理的な理由を考えてみた。

 

一つには2015年まで安定している自民党が2015年で終わりたくないのは当然であり自分たちこそが日本をよく出来ると信じているわけで、だから2015年以降更に50年の長期政権を確保するために民主党を潰しに行く。この理由は20世紀後半までの50年は元々社会党と表裏一体となって国会運営してたのに小沢一郎にすっかりひっくり返されて政権まで取られてしまった事がある。

 

まず小沢は排除した。次はこれから50年、二度と政権が奪取されるような事がないように左派系労組を叩き潰して民主党左派の支持母体を崩壊させて右寄りの労働組合を発展させ、中ロからの悪い影響を排除する。

 

これにはJR労組、自治労、日教組など働きもせずに中ロの手先として政治活動ばかりしている連中を潰すことが最大の目的だ。日本の労働組合を潰すのは簡単だ、彼らがやっている事=中国に忠誠を誓い組合員の金でヨットを買って葉山で週末を楽しむ労働貴族の実態をそのまま国民に教えれば良いのだ。

 

何のことはない、労働貴族とは組合員の給料から組合費を取り尚且つ対立政党であるはずの自民党や時の政府や官房長官から金を貰って生活をしていた、勿論アルバイトで中ロから金をもらってたのは言うまでもない。

 

社会党時代は労組のトップと自民党と財界は上手いことやってたから黙認してきたのだがその関係を先にぶっ壊したのは社会党の方である、だから今回は容赦なく叩くという事だろう。

 

自民党は国鉄民営化の際に鬼の動労を寝返らせさせ国労を崩壊させたが、組織の中に残っていた「しつこい連中」が民主党時代にまた復活して来たので、これを徹底的に叩き潰す。今はまずJR北海道が狙い撃ちになっている。

 

民主党は元々が政権奪取のために自民党よりの右派と社会党から来た左派が野合しているので、そこに楔を打ち込めば今の民主党なら解体する。右派は独立して自民党を支えるも良し自民党に復党するもよし。左派は同じ穴のムジナである社民党も解体寸前なので民主党左派と社民党が再度統合すればよいだけだ。

 

民主党の興石幹事長は山梨県教祖出身であり社民党の又市幹事長は富山県自治労出身であるから二人仲良く議席を減らして野党としての体をなさずにそのうち自滅してくれるだろう。

 

こうやって社会から民主党を消し去り労働組合を消し去るのが第一段階である。ここまでは公明党とも表面的に上手くやっていくために憲法改正、集団自衛権などは少しトーンを落としておき、とにかく今は経済対策を徹底的に行い、国民に「豊かになった」と錯覚させるのだ。

 

その為には良い物価上昇でなくても構わない、アベノミクスがあったから物価が上昇したと偽薬を国民に飲ませて信じこませて景気が良くなったと思わせて企業には賃上げを要求することでいつの間にか労働組合の役割まで官邸が引き受けることで労働組合の存在感を落としまくる。

 

「何だ、組合費払ってる組合が春闘やっても全然給料上がらなかったのに、安倍さんが政権取ったら景気は良くなり物価は上昇し、企業に対して安倍さんが賃上げ要求してくれる、じゃあなんで組合費払う必要があるものか!」となる。

 

そりゃそうだ、組合を脱退すればそれだけで5%程度の実質賃上げが出来る!消費税増税も怖くないって話だ。そこに気づけば組合員は次々と脱退するだろうし、自然と労組の組織率は下がる。おまけに労組の中心である団塊世代はあと数年で完全に会社から出ていき残るは組合嫌いの若者や中年層になる。これで労組も長い歴史を終えて民主党左派+社民党と共に退場という事になる。

 

2015年まで景気が成長しているように偽薬を飲ませ続ければ国民が信じ続け(嘘でも100回言えば本当になる)、2015年に統一地方選挙と衆議院選挙が行われる時に圧勝できる。国民からの絶対的信頼を取り付けて衆議院の三分の二以上を自民党単独で取り地方選挙でも半数以上を自民党が押さえる。もし票が不足する場合でも民主党右派や維新やみんなと組めれば三分の二いけるような選挙運営をする。

 

これが出来れば絶対的権力を持った自民党はいよいよ「独立武装したNOと言える日本」となり長い間続いた米国の桎梏から逃れられる。そして長い間連立して来た自称平和性党実態は池田党である公明党とも離れることが出来る。

 

そうすれば安倍さんが最終的に描く「戦争の出来る国、日本」に戻ることが出来る。その時に公明党が憲法擁護とか集団自衛権反対と言うなら下野して別離してもらう。どうせその頃には池田大作氏は年齢的にすでに亡くなっているだろうから公明党も組織力を失っている。

 

世界を三極化して世界の警察から降りたい米国には日本国内の米軍を適宜グアムなどに撤退してもらい日本は独自運用の敵国上陸用の海兵隊や侵入してくる敵艦船に対して圧倒的な速度を持つ機動的海軍を北海道から沖縄まで並べて海上保安庁と共同作戦を行ない日本海および日本海側海岸線を守る。

 

国境防護及び制空権確保の為に必要ならば迎撃戦闘機や地上攻撃用ヘリを国内開発する。富士重工あたりが乗ってきそうだ。勿論部隊運用のために道路交通法など関連法案整備も待ったなしだ。

 

そして本格的な空母艦隊を持ち遠洋での集団的自衛権を実行出来るようにして日本的専守防衛国家の出来上がりである。

 

こうすれば国内向けには「強くてNOと言える日本が帰ってきた!」と主張出来る。このような主張を嫌がる日本人は少ないから戦前のヒトラーのように熱狂的ファンが増えるだろうし、青年国防協会みたいなのが出来て国民に「自民党を支えて安倍を崇拝しよ!」と主張するだろう。

 

この政策の実利としての良い点は工業技術を維持発達出来るし国家予算で防衛予算を賄うから雇用も生まれる。これで一大防衛産業の出来上がりである。

 

青年国防協会は政府が直接国民に何かを強制させるわけではないので国民対国民の闘争になるが協会側には常に政府が付いているからどちらが勝つかヤる前から答は分かっている。

 

日本人は本当に熱くなりやすく、また自分が何故熱くなったのか考えもせずに行動を起こす。一度行動を起こすと走りだしたのだからと言う意味のない理由で走り続ける。

 

さて財務省がこれからやるのはインフレだ。物価上昇とはまさにインフレであり、このインフレが急激に進んでも財務省に痛みがないどころか逆に国債の借金がどんどん減少して最後には1945年の日本の経済のように借金が帳消しになりその負債はすべて国債を購入した銀行や国民に押し付けられる。

 

財務省の最終的な狙いは赤字国家財政を黒字化することである。意外に思うかもしれないが、日本のエリートの中のエリートは一般大衆が感じるほどに国家財政に対して無責任ではなく、むしろ赤字財政を恥ずかしいと思い、だから早いとこ消費税を上げると共にインフレを起こしたいのだ。

 

国民の多くは国債を持っていないから国債価格が下落しても損しない。損するのは一部のお金持ちだけであるから、ある意味国民が平等になる徳政令のようなものだ。

 

今安倍首相が訴えている物価上昇も最終的な狙いはインフレを起こして国債の借金を減らすことだってのは過去も何度も書いた。こうやって国民全体が高揚し財務省は借金が減って喜び自民党は一人勝ちの状況でどのような政策でも自分で決定出来るようになる。これで安倍さんの狙った自民党50年安定政権の実現と鳴る。

 

そしてこれ、実は安倍さんが一番念頭にあるのがおじいちゃんの事だろうが、戦前は指導者不在の中で天皇の力を傘にした軍隊が政府官僚を支配してしまい、遂にはおじいちゃんのような優秀な官僚でさえ軍部に逆らえなくなった。

 

だからやっとの思いで作った人口国家である満州国も日本官僚の努力も虚しく軍部の戦争への突入と無益な戦いと無能な作戦立案と実行により日本国そのものを滅ぼす事になってしまった。

 

おじいちゃんは思っただろう、戦前のあの時に何故もっと軍民統制が出来なかったか?

孫は思ってるだろう「おじいちゃん大丈夫、今度は日本国防衛隊はすべて私服組が指揮系統を押さえてるし防衛隊の最高の長は総理大臣であるぼくだ、だから今回ぼくは軍隊に勝手な事はやらせないよ」って。

 

これからの予測。2015年以降の繁栄と周辺国家との軋轢、そして最後には軋轢が高まり一気に志願制の形を取った実質徴兵制が敷かれて戦争突入となるが、この戦争は限定的なものになるだろう。敵が攻めこむ祖国防衛戦争だけなら日本は絶対に負けない。ただしこちらが曳き釣りこまれて半島や大陸に進出してしまえば確実に負ける。

 

この時の相手がどこなのかは未定であるが、いずれ問題はこれが石原莞爾の言ってたアジア版「最終戦争」になってくれるかどうかだ。もしこの戦争を機会にアジアがひとつになりアジア共同体政府が出来れば違った大東亜共栄圏が出来上がるだろう。

 

中国はこれを機会に自国の領土問題を平和的に解決する機会が持てる。南北朝鮮は中国と日本の経済援助でソフトランディング出来るだろう。日本は東南アジア全体の技術先進国として研究開発を行い外交についてはある程度中国の交渉力にも期待出来る。韓国は?良いお父さんと弟さんを持てて幸運だったねとなる。

 

ぼくは1990年代後半に2005年ころの起業家ブームの盛り上がりを予測をした。ITバブル崩壊などの経済現象は情報が少なく予測は苦手だが社会現象は読める。2003年頃には2010年頃の官僚の台頭を予測した。

 

現在の世の中がほんの1万人程度、一握りの支配者と自分の頭で考えて変化出来る5%の人とそれ以外の95%の貧しい奴隷状態に置かれるだろうとも2005年頃に予測して、これも現状そうなっている。

 

安倍さんが目指す2015年は、消費税増税、統一地方選挙、衆議院選挙、国民総背番号制実施、海外資産の把握、海外資産持ち出し規制、海外移住規制、出国税導入などが待ち構えている。

 

その後は上に書いたように自民党完全一党支配が始まる。安倍さんの望む社会全体主義、お金持ちは海外に出られなくした上で国内では最高70%くらいの累進課税と80%近い相続税によりすべて一般庶民になっていく。

 

未来の日本には金持ちも貧乏人もおらずほんの一握りの支配層による国民総中流の時代が来るのだ。日本株式会社が完全復活しすべての人々は直接間接的に政府に雇用されるのだ。

 

そう、歴史は繰り返す、だから社会現象は予測出来るのだ。

 

朝の3時過ぎに観た、春の夜の夢でした。



tom_eastwind at 18:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月21日

プロでも無ければ責任感もないプライベートバンク


今日は健康ネタでいこうと思ってたのだが急遽ニュース差し替え!

 

この国は本当に政治から教育まで失敗をしながら覚えていこうという思想があるが、それがプライベートバンクにまで染み付いてしまえばこれは冗談では済まされない。

 

あえて武士の情けで具体的銀行名は出さないが、オセアニアでトップクラスのプライベートバンクと威張り、僕も何度もお客様同行の場でその威張り話を聞いて「そんなの北半球では通用しないよ、逆にあなたがそんな事を言うとお客が本気にするからあとで失敗した時の事を考えて、あまり余計に威張らない方がいいよ」って何度も忠告したのだが、聞かない。「うちは最大手です、ミスなんてしません!」

 

そして今回もこの銀行、大失敗。投資家顧客の指示書に算用数字で明確に金額が書かれていたにも関わらず100万ドルも余分に顧客の口座から出金して他社に送金していたのだ!

 

100万ドルと言えば約8千万円である。あまり詳細は書けないが、こちらの銀行はそういう事の連発である。プライベートバンク?数字読めんのか?って感じだ。偉そうにプライベートバンクってんなら、まず算用数字を読めるやつを連れて来いって話だ。

 

普通の窓口でも1,000ドルの現金を入金して後でネットバンキングで確認したら100ドルしか入ってないとかよくある。それで銀行の窓口に行ってクレームすると「あ、そ、じゃあ訂正しておくわ、じゃ今日も良い日をねー!」で終わり。おいおい、一体誰のミスだよ、そんなんで委員会!となるが、この国ではそれが通る。

 

何故ならこの国ではトライ&エラー、失敗から学ぶ文化であり、逆に言えば失敗に寛容でないと何にでもトライする精神、起業家精神が育たないと考えるからだ。

 

そりゃさ、それは素晴らしいことだ。バスの運転手が道を間違えてお客と一緒にバックしたり電車が止まるべき駅で止まらないなんてくらいならいいけど、銀行が手続き間違ったって、それが送金先が海外だったらどうなるの?って話だ。

 

ところが銀行の言い分は「その分保証すればいいんでしょ、けどあなたの書き方も悪いから保証は半分だけね」なんてバカな話になる。一体どこが間違ってる?数字はきちんとニュージーランド式に正確に書き込み、見落としが起こるわけがないのに自分たちのミスを認めようとしない。

 

そりゃさ、銀行の窓口で100ドル間違ったって話なら「またいつものバカ話かー」と思うが、今回は何度も確認してメールもやり取りして指示書にも明確に書き込んだにも関わらず、もろに送金額を100万ドルも間違ってるしー。

 

うちの会社ではプライベートバンクが「うちで書類書いときます」なんて言われても無視して顧客の代理で振り込み指示書を作成して顧客と確認の上数字も突き合わせをして再確認してから署名を頂き指示書を銀行に渡す。でないと口頭だとどんなミスをするか分からないからだ。

 

ところがそこまで徹底的に確認をしても銀行側で100万ドルの送金ミス!お前らプライベートバンクがやることか!正確な作業とか丁寧なサービスとか、全部嘘じゃんか!

 

それだけの大チョンボやったのに、プライベートバンクの担当者は顧客に電話一本して「あ、ごめんね、お金、口座に戻そうか?」だって。まさに「逝ってよし」である。

 

ぼくはキーウィ文化の「失敗から学ぶ」という姿勢は好きである。そうでなければ誰も挑戦しないからだ。しかし物事には限界がある。人を刺し殺しておいて「あ、ほんとに死んだ・・ごめんね」なんて言われて「ああ、いいんだよ」なんて言えるわけがない。

 

失敗出来ない職種は常に存在するし、その一つがプライベートバンクである。もしこれでビザに支障が出たら責任取れるのか?たぶんプライベートバンクはそんな事をなかった事にして、また次に来る客には「うちはオセアニアで一番のプライベートバンクでー」と威張るんだろうな。

 

今回の件は、僕自身も直接何度も銀行と膝詰めで話し合い顧客も同行し何度も確認した上で、その上でもろにストライクゾーンで皆の観てる前でやった大チョンボ話であり、だから言っただろうって話であり、こっちもさすがに腹が立つ。お前らがやってるプライベートバンクって、北半球で言う子供銀行か!

 

とにかくこのようなプライベートバンクのミスは枚挙に暇がない。彼らの言うことを真に受けて失敗しても彼らは一切責任を取らないし謝りもしない。日本のメガバンクも半沢もびっくりな世界である。

 

投資家ビザの取得では送金ルートは非常に大事である。ここで間違えば移民局が「これ、おかしいよね?」と聞いてくる。「あ、それは銀行が間違ったんだ」というと、それだけで疑惑の眼を向けられる。「それ本当?何か裏があるんじゃないの?」みたいに思われてしまい、一度疑惑のレッテルを貼られたらそこから先が大変な話になる。

 

幸い今回は誤送金に気づいた資金の受け手がすぐに連絡をして来て事なきを得たが、これがもし相手側が何も言って来なかったらOUTですぜ。

 

とにかくキーウィはお人好しで真面目な顔で話をするが、その話の半分は夢物語である。責任感においては日本人の職業意識の100分の1くらいに考えておいた方が良い。それはプライベートバンクと呼ばれる連中でも同様だ。

 

真面目にやって正確な仕事をする銀行家もたくさん知っている。バカなことばかり繰り返している銀行家もたくさん見てきた。懲りない連中である。だから常に正しい人と付き合う必要がある。

 

これを機会に皆さんに警鐘を鳴らしておきたい、銀行、とくにプライベートバンクって看板を出していても、それだけで全面的に信用することは絶対にやめてもらいたいという事だ。

 

相手がプライベートバンクだからって言っても常に相手に健全な疑問を持ち確認を行い、そして何かあった時に自分に責任を追っ被されることのないように文書またはメールで自分を防御することだ。



tom_eastwind at 19:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月20日

再度、廃国置球

戦いのあまりに残酷な話はいつの時代もどこの場所でも起こっている。戊辰戦争で自分の父親を八重に殺されたりつの気持ちはいかなるべくか。しかし戦争によって会津の土地を暴力で勝った方が後付の法律を作り「合法的に」取り上げられた八重もその悔しさはいかなるべくかである。

 

人類の歴史を振り返ればいつも戦っていた。平和とは戦争と戦争の間の休止期間であるという意見もある。

 

イエーリングの権利の闘争に従うならば人は自分の権利を守るために武器を持って戦うことが許されるようになる。自分の権利を守るのは当然だと思うかもしれない。けどそれと自分の利益を増やすために他人の権利を奪い取るための戦いはどう違うのか?

 

他人の権利を奪うための戦いは大義がないので、人は何とか「大義」という理屈をつけて「イスラエルの土地は3千年くらい前にユダヤの土地だった!」と言ってパレスチナ人から暴力で奪い取る。普通の人々は何かおかしいと思うはずだけどそこはマスコミや政府にタブらかされて、そーだそーだ、イスラエルの土地ではないかと思い込み、それがおかしいと思わない。

 

今の尖閣諸島や竹島もまさにこの分野であり過去の歴史の一部だけ取り出して「あの時は俺のもんだった!」と言ってるだけだ。

 

しかし現実的にどれだけ歴史を振り返っても尖閣諸島が中国領土であった事は一度もなく沖縄が日本と中国両方に朝貢をしていた時代でも中国の誰も尖閣諸島の話はしなかった。核心的利益ではなかったのがここで海底油田があると分かった途端に「俺のものだ!」と言い出したのはつい最近である。

 

竹島も同様でありすでに彼ら二国の社会的地位は相当に低下しているから後は自滅するのを待つか、それとも世界に対して堂々と国際法を主張するか、いずれにしても良い機会だから徹底的に法的議論を行い彼らが先進国に入りたければ国際ルールを守れと主張すべきだろう。

 

けどそんな大過去の地図を引っ張りだしたら実は一番困るのはまさに韓国と中国である。彼らの理論に従えば朝鮮半島はすべて中国の領土になるだろう。だって自分たちが言い出した理論に従っていけば韓国は太古、中国の属国であったのだから中国に併合されて理論的に正解と言ってるわけだ。

 

さらに次にモンゴルが出てきて中国は俺のもんだ!と言い出すだろう。そうなれば中国共産党はモンゴル政権に中国を引き渡さねばならない。

 

すると今度はアレクサンダーの末裔だとか言う連中がギリシアからトルコ、エジプトからインドまで俺のものだと言い出すetcetc・・・・・。

 

だからこそ現在の世界ではそのような問題を整理するために、「主張しない権利は認めない」し権利に時効を設けているのだ。近代社会の正常な発展を促すためには時効が必要でありつまり何か自分の権利を請求したければ常に主張をして時効を延長しなさいというイエーリングの理論がここに出てくるのだ。

 

日本を例に取ってみよう。例えば新宿駅西口改札の5メートル四方くらいの土地をある日練馬辺りに住む老人が古文書を持ってきて「こ、ここはワシのご先祖様が徳川家康公から拝領した土地である!ここに家康公直筆の証文がある!今すぐワシに返せ!」と言ったらJT東日本はどう対応するか?

 

所有権が永代続くとすれば老人の祖先と家康の契約は有効であると認めねっばならねー。もちろん相続税の問題とかはあるがそれは法律論とは別なのでさておく。

 

しかし現実的にそんな証文を一旦認めてしまえば次に「こ、ここはワシのご先祖様が太閤秀吉様から拝領した土地でー」なんて言うのが出てきて一体誰のものか分からなくなるし次にどんな証文が出てくるかも分からない。じゃあそんな面倒な土地は権利不明って事で放置すると新宿駅が作れなくなり都市計画が進まず社会が発展しない。

 

そこでいくつかの基準を日本国内向けに作った、その一つが時効である。社会全体の発展の為に一定期間中に自分の権利を申請しなければその権利は失われるという考え方だ。土地占有であればx十年とかxxとかなら何年とか期限がある。

 

だから土地問題についても本来は冷静に国際調停をすれば良いわけだが、世界的な通例によればどちらも日本が勝つわけでそんな負ける戦をしたくない中韓両国は世界の常識を無視して何とか力づくで政治問題にしてしまい、賠償金を取るとか要するに金を盗ろうとしているわけである。

 

ちょっと話は逸れるが法律とは時に一般人の解釈よりも原則に対する例外が多い。一般人は原則があればすべてそれに当てはめて考えようとするが法律は現実問題を扱っており下記のような例があるのだ。

 

例えば飲み屋でねーちゃんに酔っ払って「おう、明日プレゲの時計買ってやんぞー!」と言った約束は民事として有効かというのがある。通常、口約束でも契約として認められるという考え方がある。証明出来るかどうかは別として「一部の例外」を除き、契約成立に必要な法律上の要件は「当事者の合意」があれば良いとする考え方だ。例えばあなたが酒屋でビールを6本買って6ドル払った場合、相手が代金を受け取れば契約成立、あなたはビールを持って店を出ることが出来るし酒屋が「おい、金返すからビール返せ」と言われても断れる。既に契約は成立して所有権はあなたに移ったのだから。

 

しかしここで出てくる「一部の例外」が実はたくさんの例外を含むのである。その一つが「飲んだ時の契約は有効な契約ではない」という例外である。多分裁判官や法律家のじいさんたちは飲み屋街で随分痛い目に遭わされたのだろう。

 

たぶん下心出し過ぎのスケベオヤジが飲み屋でバカな約束して後日時計屋から請求書が届いたりねーちゃんが「何よ、あれ嘘なのー?やっだー、裁判官が嘘ついてもいいの?だって当事者の合意があれば契約は成立するんでしょー」なんて言われて何も言い返せずに裁判所に戻って法律の例外の部分にちょこちょこっと書き込んだのではないか(はは、大笑)。

 

なのでねーちゃんがどうしてもプレゲ欲しければ同伴で飲む前にブランドショップに連れだして買わせれば、これはまだ戦う余地がある。最初から「だってあの時、おじさんまだ飲んでなかったしもちろん酔ってなかったよ、お店に戻ってから飲み始めたんだよ、だから契約有効じゃん」と言える。

 

プレゲ時計の代金約1千万円に対して贈与税を払うかどうかは知らんが、これなら勝ち目がある。1千万円の時計の対価が何であったかは知らんが少なくとも法廷で争うほどではなく、店の中で「おい、この前時計買ってやったの、あれ返せ!」とおじさんが叫び「このエロおやじ!ばっか言うんじゃねーよ!」と女の子がハンドバッグを振り回すくらいだろう(笑)。

 

もとい!

 

本筋に戻ると、りつは結核であり八重の自宅で休養するが、八重の料理を食べようとしない。そんなりつに「何にも食わんで栄養が付くわけがない、あたしを殺したければ体力が必要でしょ!」と怒る。八重も戊辰戦争で父と兄弟を亡くしている。

 

お互いの憎しみの根源は同じであるが、そんな事を言ってたら何も進まない・・・現実の世界は常に前に向かって動いているのだ、いつまでも時を止めるのは不可能、ならば前に進もうではないか、八重が言いたかった事はまさに「前進しよう!」って事ではないか。

 

とにかく誰もが自分の意見が正しいと思い込む。時代は変われど場所は変われど、とにかく自分の理屈を押しこむためにあの手この手を考えてしまう。けれどそれでは社会は成長も進歩もしない。

 

近代法に合わせてみれば、ましてや国をまたぐ法律となると、これはもうどれだけ自論を語ろうと無意味である。どうしても価値観の違うもの同士が同じ地球で生きる限りどこかで共通の基礎部分を持たないと話が進まないのだ。

 

共通軸、というか共通言語というか、とにかくお互いが価値観を一致させることが出来る場所を見つけて、そこから話を進めて行こうとする姿勢がなければお互いに喧嘩ばかりしていつまで経っても成長しない。

 

本来それが近代社会における国際法であり国際司法裁判所であり海事裁判所であり最終的には国連に辿り着くのだ。しかし現実の世界はまだそこまで発達しておらず、国連が独自予算(徴税権)と常備軍隊を持つことが出来ない現状はまだまだ世界が未発達であることの証拠である。

 

いずれにせよ僕らはこの世の中に生きている。世界は未発達であるが、それでも100年前に比べれば進化している。時々は国同士が戦争ではなく話し合いで解決する事が出来るようになった。

 

いつまでも持論(自論)や感情論で騒ぐのではなく、お互いに価値観の違うもの同士がどうやって同じ地球の中で共存出来るかを考えることが出来る時代はやって来ている。時代は来ている、問題はその時代に乗ろうとする勇気があるかどうかだ。

 

東北アジアで3つの国が国境を挟んで一緒に生活をしているが、お互いに自己主張をしてしまえば何も前に進まず、逆に西洋にいいようにやられるだけだ。

 

幸いにして日本は鎖国廃止後西洋文化を受け入れて一気に国際社会に出ていき脱亜入欧で世界の一流国家とアジア唯一の国家として肩を並べることが出来た。1945年の敗戦後も工業化に成功して世界で第二位の経済大国になった。

 

その後のバブル崩壊と中国の台頭で日本は第三位になったが基礎体力、国際化、民度の高さ、どれを取ってもまだ一流である。他人のコピーと低価格だけで勝負を仕掛けてきた基礎体力のない国がどれだけ長続きするかは時代が判断する。

 

これからやってくる社会は、一つ一つの安い部品や機械を製造することではなく、そのような部分をどのように維持しつつ社会のインフラ整備をするかである。簡単に言えば新幹線を作ることは中国にも出来るが新幹線を事故なく定時に走らせる技術を持つことは一朝一夕、てか、おそらくこれだけは彼らがどんなに頑張っても出来ない。出来るのは世界で唯二、日本とドイツだけである。

 

これはもうその民族性にあるのでいくら中国が日本から技術を移入させたところで無理である。

 

そんな時代が来ているってのに、いつまで経っても国内対策のガス抜きで領土問題とか日本憎しなんてやってたら時代に取り残されてしまうよ、両国さん。

 

ぼくは以前廃藩置県ではなく「廃国置球」と書いたことがある。江戸時代の終わりに藩がなくなると言えば誰もがお先真っ暗国家崩壊くらいの感じになっただろうが、平成の現在「お国はどこですか?」なんて挨拶も時代遅れになって、すでに国家は統一された。

 

では廃藩置県の時に人々が感じた喪失感とは一体何だったのか?言葉は悪いが過去への感傷にしか過ぎない。変化出来ない人々がちょんまげをつけ続け西郷を巻き込み西南戦争を起こしたのだ。

 

時代はすでに国境を低くさせている。東北アジア三カ国は政治的にはきつい状態にあるが経済的にはすでに国境がなくなりつつあり人の交流も盛んである。もう戦争をする時代は過ぎた。それとも中国や韓国は本気で西南戦争をやりたいのか?

 

オークランドの日常生活では、子供を学校に通わせてる中国人や韓国人の親が、子供の友達に日本人が加わったというと喜ぶ。お休みの日は自宅に招いてご飯をごちそうしたりする。彼らの本音からすれば、自国民を騙すような民族よりも嘘を言わずに人を騙さない日本人と付き合いたいのだ。

 

そろそろ国家同士でも現場で起きている交流を見て、手遅れにならないうちに国家同士の交流を再開すればどうだろうかと思う。



tom_eastwind at 22:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月19日

見果てぬ夢

うちのグループ会社で製造販売している商品でニュージーランドハーブの中でも特にマオリハーブを原材料としたホリスティックニュージーランドというブランドがある。

 

ニュージーランドハーブの中でも特に薬用効果の高いマオリハーブを使用しており、実際にニュージーランドでは薬用効果が認められているのだが西洋医療では使われていない。また日本では薬事法が厳しくて薬用製品としては輸出できない。そこで現在日本向けには一切薬用効果をうたわずにサプリメントとして個人向け輸出をしている。

 

元々マオリハーブとはニュージーランドの先住民族であるマオリ族が先祖代々引き継いで来た伝承医学であり、マオリは文字を持たないからすべて口頭で子々孫々へ伝えられてそれが現在でも薬用製品として使われている。

 

例えば第一次世界大戦で欧州戦線に参戦した時、ニュージーランドマオリ部隊は戦いの際にマオリハーブを乾燥させた葉っぱを鎮静剤として口に挟んで戦ったものだった。

 

怪我をした際はこのハーブを傷口に塗るとか冷え性の女性には身体が温まるハーブだとか、中には興奮剤でも入ってるのかと思うくらい、一滴喉に垂らすだけですっ飛ぶようなのもある。

 

日本でも最近売られているブルって飲料があるが、あれはニュージーランドのものよりも吹っ飛び材料を10分の1に落としてやっと日本当局の許可が出たというくらいぶっ飛ぶ。実際にニュージーランド産のブルとかVをまとめて飲むと、ついでに一緒にビールを飲んだりすると完璧に「逝ってよし」になる。

 

ちなみにニュージーランド産のプロポリスなどは火傷に劇的効果があり包帯になっている。ある時米国で大やけどをしてこのままでは足の切断もあるくらいにひどい怪我をした人がこの包帯を使ったところ、足の切断も不要で火傷が治り、その御礼にとわざわざニュージーランドにやって来たという話もあるくらいだ。まさに自然バンザイ!である。

 

でもって商品の中の一つに「さよならセシウム君」というのがある。これは解毒効果が非常に高いハーブを使っている。デトックスという言葉が出来る前の太古の時代から使われてきたハーブは二種類の解毒作用があり、ひとつは外部から毒素が侵入しようとするのを防ぐ塗り薬的な作用、もうひとつはすでに体内に吸収してしまった毒素を捕まえて体外に排出してしまう作用である。

 

これもニュージーランドでは解毒剤として使用されているが、同様に日本で販売することは出来ない。薬事法の問題である。

 

このように効果のあるハーブであるが、ではこのハーブ、元々の原産地はどこだったかと言うと、此処から先はマオリの口承伝説でしかないが、むかしむかしマオリは太平洋にある大きな島に住んでいたという。ところがその大きな島が今から約12千年ほど前に火山の噴火と地震によって海中に沈んでしまった。

 

その時にマオリは一族で海に脱出して南へ南へと大海原を渡り現在のタヒチ近くの島に辿り着き生活を開始する。マオリハーブは島を脱出する際に船に積み込んでおいて新しい島に定着するとそこに種をまき育てたそうだ。

 

そして1200年頃、日本では鎌倉幕府が成立していた頃にマオリ族は勇敢な若者が南に向けて船を漕ぎだしてやって来たのがアオテアロア、つまり今のニュージーランドである。

 

話は本題から逸れるが、ここで一つ面白い事実がある。それはマオリの若者を送り出した長老が若者に伝えた話である。「良いか、星がこの位置にある時にこちらの方向に向けて漕ぎ出せば大きな島に辿り着く」と言ったことだ。

 

当時のマオリは鉄を持たず当然コンパスもない。だから星を使って航行するのは分かる。しかし誰も行ったことがない島であれば、何故長老は「そこに島があること」を知っていたのだろうか?

 

もしかして過去に住んでいた大きな島ではすでにニュージーランドの存在が確認されており、それが口頭伝承で長老の知識として覚えていたのだろうか?

 

もちろん1万年以上の過去の事であり誰も事実は分からないが、少なくとも長老が「アオテアロア」の存在を知っていたことだけは間違いない、でなければ南太平洋上に針のように南北に伸びる島を北から来て見つけられるわけがないからだ。ニュージーランドは東西の最も細い場所は幅が13kmくらいしかなく、ちょっと右に逸れればタスマン海に突っ込むし左に逸れれば南太平洋、でもってほっとけば南極まで流されて終わりである。

 

話をもとに戻すと、こうやって新しく大きな島を見つけたマオリ族は新天地で部族ごとに生活を始め半農半猟の中で自家用の薬としてハーブを育てた。これが現在まで続くマオリハーブの歴史である。

 

「さよならセシウム君」も最初は身体に入った毒素を排出して肌を綺麗にする美容ハーブとしてイメージをしていたのだが、これは同時にセシウムを体外に排出する効果がある。そこでこの名前でいくことにした。

 

ただし冒頭に書いたように日本では薬事法の問題があるし実際にセシウムに対する具体的なデータがあるわけでもない。うちの本業は旅行屋なのであくまでも美容に役立つサプリメントという立ち位置である。

 

ホリスティックはまさに民間伝承であり日本でも江戸時代に伝わった漢方のようなものである。人によって全然効き目が違う。ぼくも自分で色んなハーブを試してみたが、ぼくには興奮剤も鎮静剤もあまり効き目がなかった。ところがぼくの知り合いが興奮剤を試しに飲んでみるとすぐ鼻血が出た。その程度の当たり外れのあるものである。

 

話は最後にまた逸れるが、マオリが大昔に住んでいた島、ムー大陸だったようで、当時は現代の技術では理解出来ない文明が存在しており多分当時の人々は空をも飛べたのではないか、世界各地に残る古代遺跡を見ると、どうしてもそうとしか思えない遺跡がある。

 

ところがある日突然の大地震と津波でムー大陸は海中に沈没してユーラシアプレートに引きずりこまれた。その大陸の上にあった神殿が今も沖縄東海岸などで発見されている事実を考えると、そして太平洋上に遠く離れた台湾の先住民族とマオリのDNAが一致している事を考えると、ムー大陸が沈んだ時に世界中にムー大陸の人々が散らばったと考えると、夢があってよいのではないか?

http://www.youtube.com/watch?v=5swzfKJJl5c

 

そして海中神殿のある沖縄に昔から住む琉球民族と北海道を中心に住むアイヌ民族。ぼくは日本で旅行屋をしていた時、1970年代後半の北海道の白老アイヌ部落を訪問した事がある。高床式の食料保存庫、木と草だけで作る家、集会所、書き言葉を持たない文化などを興味深く眺めたものだ。

http://www.ainu-museum.or.jp/nyumon/rekishibunka/2_4sumai.html

 

その後沖縄にも頻繁に渡り山の中に作られたでっかい亀甲墓や先祖に対する尊敬の念などを勉強する機会があった。

 

そしてそれから20年後、北島で生活をしてロトルアにツアーで行くようになりびっくりした。それはマオリの生活様式とアイヌの生活様式の近さ、そしてマオリのお墓が亀甲墓に近いことであった。

 

まず高床式の食料庫はマオリとアイヌは全く同じである。部族の食料を一箇所に入れて部族の食料とする、個人所有はない。また集会所はその作りが全く同じでありアイヌと同様草と木だけで作り上げている。

 

部族ごとに生活して書き言葉を持たず原資共産主義で個人所有をせずすべてのものに神や魂が宿ると考えていた点も共通している。

 

いずれにしても歴史は「彼のストーリー」であり実際に何が起こったのか、今となっては知る由もないが、たまには太古の地球を思い浮かべて、もしかして縄文日本人の一部にはマオリ、そしてムー大陸と続くDNAが流れているなんて考えてみるのも良いのではないだろうか。


写真はクイーンズタウンのコロネットピークから見たリマーカブル山脈です。まさに天空に浮かんだ大陸です。
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tom_eastwind at 20:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月18日

崩し懐石

金曜日の夜はまたも山水で崩し懐石を楽しむ。今のニュージーランドでこれだけきちんとした正統派の和食を出せる店はない。しかし山水は今までどうしても敷居が高いと言われて来たので心機一転で高級居酒屋路線に変更する。

 

他店では絶対に味わえない懐石料理も出せるしビジネスマンの仕事帰りの気軽な一杯にも利用出来るようにする。お店の看板をもっと気軽な名前にして居酒屋メニューも導入して、それでいながら今まで通り隣のテーブルとは敷居を入れてお互い気にならないような半個室的な雰囲気も残す。

 

魚は日本から直接仕入れて今までオークランドでは食べられなかった魚も出せるようにした。金曜日の夜も日本から空輸で到着したヒラメの縁側を楽しんだ。

 

それにしても最近の日本食の動向は面白い。最近のオークランドは居酒屋ブームであるが殆どの店は白人が経営して白人がサービスを提供する、つまり「彼らの日本食」であり、それは決して「我々の伝統的な和食」ではない。

 

話は逸れるが最近覚えた言葉で歴史HISTORYとは“HIS STORY”であるって言い回し。勝者によって作られた公式のお話が歴史であるって意味だ。その伝でいけば日本食もHIS JAPANESE FOODでありMY JAPANESE CUISINEではない。

 

確かにオークランドの居酒屋で出されるたこ焼きとか枝豆とかは中国の工場で作られた冷凍物をチンするだけで出来上がるのでそれほど味の違いは出ない。キーウィでも日本で働いた経験があり居酒屋チェーンなどで日本人とワイワイやりながら日本食を経験した人なら作れるレベルだ。

 

そう言えば前回日本出張した時に品川の港南口に行くと夕方から駅前広場に屋台が出ておりびっくりしたものだ。夜市の屋台のようにテントを張って焼き台を広げてイカ焼きとか焼き鳥とか焼きそば、お好み焼きなどが匂いをそそり、飲み物店では生ビールなども用意されており新型のビアガーデンみたいなものだった。

 

このあたりは白人ビジネスマンも多く働いており駅前広場の向かいにあるパブではお客の半分くらいが白人で、白人同士や日本人ビジネスマンと一緒にワイワイやっていた。こういう駅前広場で本当の伝統的な和食を出しても意味がないわけで、これはこれでやっぱり居酒屋が受けるノリであり、居酒屋料理を食べて自国に帰って「日本食」を広めるわけである。

 

食べ物の歴史を考えてみれば世界を旅した人が旅先で見つけた新しい「食べもん」を自国に持ち帰って自国で広めるわけで、伊のスパゲッティは元々中国の麺にありマルコポーロが持ち帰ったなんて噂話もある。

 

日本だってスパゲティナポリタンなんてイタリア料理を出していたわけであり、スパゲティを炒めてケチャップを付けて食べるなんて本場イタリア人からしたら邪道であろう。ただしこれには諸説あり、下記のサイトが興味深い。東京や横浜の人ならレトロな喫茶店でスパゲティナポリタンを食べながら読んで見ると楽しいのではないだろうか。

http://www.alpha-net.ne.jp/users2/n412493/kit/napoli.html

 

いずれにしてもイタリア人からすれば日本でイタリア料理は「ピザとパスタ!」なんて思われてるって事を知った日には、日本食は照り焼きソースと鉄板焼きしかないと思われるのと同様な感覚であろう。ほんとに線引の難しい話である。

 

ただ、やっぱり料理ってのは食べるほうが好き嫌いで選択するわけであり、作ってる方が「こっちの方が絶対美味しい」とか「和食はこうでなくっちゃ」と言い出しても通じる話ではない。どんなに自分が好きでも正しいと思っていても、これは物理学的議論ではない。あくまでも趣向の問題なのである。

 

だから英国で生まれたwagamamaは絶対に日本食ではないがそれでも多くの英国人はあれが日本食だと思っている。味千は日本発のラーメン屋で中国や東南アジアで成長しているが、あれだって日本のラーメン屋ではない、あくまでも中国人が日本食と思っているだけだ。

 

日本のラーメンでないラーメン、それは麺がどろどろと煮こまれており熱くもないスープに放り込まれその上に餃子や唐揚げや豚カツが乗っているラーメンである。

 

問題はそれでも売れているという事だ。つまり彼らの日本食なのである。それはイタリア人が日本の喫茶店でイタリア料理と名前の付く料理を見て嘆くようなものであり、それでも日本ではそれがひとつの食べ物として認められているのだ。

 

勿論日本でも東京辺りのきちんとした店に行けばイタリア料理を出してくれるところはたくさんある。ただやはりイタリア人が好むイタリア料理と日本人が好むイタリア料理は違う。だから日本人の好むイタリア料理がどうしても一定量流行るようになるのだ。

 

それは上にも書いたが個人や民族の嗜好の問題であり、個人は更に「子供の頃に母親から食べさせてもらった味」=ソウルフードが大元にある。美味しい料理を外国から輸入してもそのオリジナルの味ではなく自分たちの舌が慣れたソウルフードの味に近づけることでビジネスとして成功するのである。

 

日本から持ち込んだインスタントラーメンがいつのまにかラーメンを作る製法を利用して袋麺のミ・ゴレンになった。出前一丁を香港で売ってたらいつの間にか本家日本にない「出前一丁ソテー麺」とか「出前一丁東京ノリ醤油ラーメン」とか出てる。

 

日本で食べるカレーはインド人もびっくり、こんなのカリじゃないって言うだろうが、カレー粉というインドに存在しない粉を使ってカレーを作って日本人のソウルフードである米の飯にかける、挙句の果てにはカレーの上に豚カツを乗せたり牛肉を入れたり、牛を神様の代理と考え豚を不浄の動物と考えるインド人からしたら「あり得ん」食い方をしているのだ。

 

例えばいつも飲んだ帰りに送ってもらう運転手のキースは70歳を過ぎており彼の食べるものは子供の頃から食べていた乾いた食パンに薄っぺらいハムとバターを塗ったサンドイッチが唯一のごちそうであり、いくら時代が中華料理や日本食や寿司をオークランドで提供している現在になってもサンドイッチが彼のソウルフードなのだ。

 

日本では政治家の個人的な趣味なのか、外国における日本食を日本政府として認定しようなんて話があったが結局立ち消えになった。それはそうであろう、民間企業がビジネスとして手がける飲食業界を何のリスクも取らない政治家が上から偉そうに「わしの認定を受けたら日本食と認めてやる」なんてのが世界に通用するわけがない。名前なんてどうでもよい、美味ければ良いのだ。

 

これが原産地呼称制度のようにフランスのシャンパーニュ地方で作ったワインしかシャンパンと呼んではいけないってのならまだ分かる。例えば日本国内で作った日本酒でないとJAPANESE SAKEと呼んではいけないとかならまだ分かる。

 

今ではオーストラリアでも日本酒が作られているが、あれは豪酒と呼ぶべきだ・・・、あ、そうか、あのお酒の名前はすでに豪酒だ(笑)。

 

料理に国境はなく故郷もない。常に旅をしてあちこちで色んな料理や材料と巡りあって新しい料理に昇華する。そうやって様々な価値観がぶつかり合ってどんどん料理としての幅が広がり、そこに文化が生まれる。

 

形に拘るな、常に変化をし続けろ、価値観を広げて先入観念を持たずに受け入れろ、そう考えると料理も人間も同様である。国が口を出すような料理、ではないか、話ではない、そんな事を考えながら伝統的な懐石料理を崩した「崩し懐石」を楽しんだ夜でした。



tom_eastwind at 18:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月17日

起業家ビザ及び投資家ビザの現状

昨日は当社が契約をしている弁護士事務所の所長と担当者がウェリントンに日帰り出張、移民局マネージャーと今後の移民方針に関して相当に腹を割った会議を持った。

 

政府機関は自分たちだけで何かを最終決定することはなく事前に必ず関係各方面、つまり移民であれば移民弁護士協会と会議を持ち意見交換をする。

 

今日は所長からその結果報告を受けて皆で今後の方向性を検討した。ぼくの会社はこの弁護士事務所と包括守秘義務契約を結んでいるのでかなり個別具体的な方向性の話が出来る。

 

投資家ビザについては現在の申請及び発給状況が国別に出されて今後どの国のどのような申請をどう受理するかとか、起業家ビザについては申請、延長、永住権の際の具体的調査項目とか、要するに「傾向と対策」の話である。

 

何せ昨日話し合われた内容であるからほとんど誰も知らない。こういう時には腕の良い弁護士が味方に付いてくれるのは有難い。どこの国もそうだが弁護士と言ってもピンきりであり弁護士なら誰でも良いってわけではない。移民局が本音で話を聞くのはあくまでもほんの一部の弁護士だけである。

 

移民局の本音の基本方針の変更はまだ最終決定されておらず今後も公式に発表されることもない。今回の弁護士の話は非常に興味深く「ほー、そう来たか」という感じである。

 

今後近いうちに移民局の発表として公式に発表されるのはあくまでも表面的な分かりやすい具体的な条件の変更だけであり移民局の運用内規が公表されることはないし、ましてや本音の部分が出てくることは、絶対にない。

 

何度も書くことだが、ビザを取得するってのは例えば起業家ビザであれ永住権であれ表面だけ読んで「あ、出来ますよ」なんてのはあり得ない。あくまでもその裏を取り個別具体的に案件を検討しなければいけない。

 

だから本人はビザが取れたと思ってても実は必要なビザが取れてなかったという事が起こる。実際にビザが取れたと言いつつ後になって「あ、あれ、取り消しになりました」という事態が起こるのだ。

 

ひと通り基本方針の話を終わらせた後は具体的な案件で、まずは東京での合同説明会の話だ。時期は伸びたがニュージーランド政府が後援する投資家向けの説明会を東京で開催する件についての打ち合わせ。

 

現時点で日本人の投資家プラスの申請および発給は当社の扱いが全体の約三分の二を占めており、政府及び移民局がどのように日本国内で告知を行いどのようなセミナーをすれば良いかの助言を行う。

 

開催時期の話になると弁護士が

「おいtom、この時期って東京は雪が降るのかい?」と聞いてきた。

「そうだよ、なにか問題あるの?」と聞くと

「だって、雪が降ったら説明会に参加出来なくなるだろ?」だって。

そりゃ東京は雪には弱いがニュージーランドの南島ほどではない、東京在住の方が渋谷駅前に集まるのに問題あるわけないっしょ。彼はまだ日本に来たことがないから日本の交通網の多様さが理解出来ないのだ。

 

でもってもひとつおかしかったのが

「な、この時期に開催しても投資家って集まるかな?」だって。ニュージーランドじゃあるまいし12月末から1月末まで一ヶ月もお休み取る習慣はないですって(笑)。

 

その次は投資家ビザ申請に関する個別具体的な打ち合わせ。これ大事。どんなにお金があっても正しく作られたお金を正しく送金しなければその資金は認めてくれない。多くの中国からの申請が投資家プラスで来るけどその7割はここで振り落とされている。

 

そして大事なのが投資先だ。投資された資金がどのようにニュージーランドに貢献するのか評価されるのだ。適格投資案件は英国のコモンロー式で具体的に「これ以外はダメ」というのがないから大陸法に慣れた日本人には分かりにくい。だから間違った投資先に投資をしてしまうとビザが発給されない。このあたりはほんとに分かりにくい部分である。

 

AIPが取得出来たからって安心は出来ないのだ。ここで落とされる中国人は約2割。つまり中国人で投資家プラスビザで申請しても無事永住権までいけるのは1割以下である。実際に送金及び投資先を無事にクリアーして永住権が発給されたケースは一桁の下の方である。

 

今日は弁護士との会議の前に社内会議が一つ、弁護士の会議の後に次の社外会議が入っており弁護士と密度の濃い会議を1時間で終わらせて次の会議に参加しようと思ったが、結局15分オーバーしてしまった。

 

次のミーティングも結局後ろが伸びてしまい1時間で終わらずオフィスに戻って移住担当者向けに会議の報告をしてたら今日の業務終了。結局今日も忙しい一日だったけど、昨日と同様青空が広がり爽やかな風が吹き抜ける一日でした。

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tom_eastwind at 10:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月16日

成長するオークランド

****記事開始***

[ウェリントン 15日 ロイター] - ニュージーランド準備銀行(RBNZ、中央銀行)のグラント・スペンサー副総裁は15日、ローン資産価値比率(LVR)の高い住宅ローンに対する新規制により、利上げの必要性が減り、通貨の上昇圧力が収まる可能性があるとの見方を示した。

 

RBNZは同国最大の都市、オークランドとクライストチャーチにおける住宅価格の記録的な上昇を沈静化させるため、10月1日から銀行に対するLVR規制を開始。銀行は、抵当が不動産価値の20%以下にとどまる、LVRの高い住宅ローンを融資全体の10%以下に制限することが義務付けられた。

 

中銀は住宅市場の過熱がインフレ率を上昇させ、2014年半ばという予想よりも早期に金利を積極的に引き上げなくてはならない状況になることを懸念している。

 

副総裁はオークランドでの講演で「LVR規制はわが国のシステマティックなリスクが増えることを抑える目的がある」と説明。「潜在的に利上げ幅を減らすとともに、今後必要になる為替レートの圧力を減らすことになる。さらに、銀行のバランスシートのリスクを減らすことも見込める」と述べた。

 

ニュージーランド不動産協会(REINZ)の調べによると、9月までの1年間で同国の住宅価格は9.8%上昇した。オークランドでは17.5%、2011年の地震により打撃を受け復興の進むクライストチャーチでは11.4%の上昇となっている。

 

2001―07年の前回の住宅ブーム時には住宅平均価格は2倍に急上昇し、RBNZは政策金利であるキャッシュレートを計350ベーシスポイント(bp)引き上げ8.25%とした。

http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYE99E04C20131015

***記事終了***

 

住宅価格の上昇が続いている。日本では不動産が値上がりするなんてあり得ない、不動産は購入した時点から価格が下がるものと思ってる人が多い。そしてそれが諸外国であろうとすべて不動産は下がると思い込んでる人も多い。

 

しかし現実はニュージーランド、特にオークランドでは上記記事のように不動産価格は上昇している。実際にオークランドに住んでいると毎年街が拡大しているのが肌で感じる。

 

オークランドは南北に細長い街であり最近のグレーターオークランド市の場合、南の端っこのマヌカウから北の端っこのアルバニーあたりまで約50kmある。幸いこの区間の高速道路は無料だが、オークランド・シティからは東西に伸びる高速道路もあり、毎朝の交通渋滞が激しくなっている。

 

ぼくが住むノースショアのグレンフィールドは幸いシティに近く15km程度しか離れてないので昼間だと自宅併設の駐車場から車を出してシティの駐車場に車を置き1ブロック隣のうちのオフィスのドアまでが約15分である。

 

これが朝830分に自宅を出ると会社に到着するのは910分前後なので約40分。朝8時に出ると渋滞がきつく1時間くらいかかるので、あまり早く自宅を出ても到着時間は同じという事になる。

 

当社の営業開始時間を朝930分からと決めたのは交通渋滞から少しずらして出社出来るようにしたからだ。しかしそれでもアルバニーのあたりからだと朝は1時間くらいかかる。特にここ半年でアルバニー付近に数千人単位の住宅が建設中で今後はさらに渋滞がきつくなり、1時間以上かかるようになるかもしれない。下記は現在開発中の地域のイメージ。

http://longbay.co.nz/explore/#

 

それでも東京の渋滞に比較すれば楽な方だろうが、のんびりしたニュージーランドの生活に慣れている立場からするとこの渋滞はきつい。

 

オークランドは毎年3万人以上の人口が増加しており南北に長い地形なものだから北に向かって

街が発展している。下記サイトは今後の建設工事の予定表。

http://longbay.co.nz/explore/#!development-timeline

 

 

現時点では北の端っこがアルバニーで、ここは元々何もなかった丘陵地帯だったので開発しやすく、まさにゴルフ場のような地形のところに商業ビル地域、住宅地域、ショッピング地域と綺麗に区画整理されていて日本の東京の世田谷のような細い道は存在しない。

 

ちなみにオークランドは番地が明確で道路の片側が奇数、反対側が偶数になっているので、住所を見れば大体見当はつく。日本のように入り組んでいないのが便利。唯一困るのは、ナビや地図の修正に時間がかかり、新しく出来た街の住所を貰って地図を見てもナビを見ても「そんな街はありません」となる。こうなるともうOUTなので、近くの既存のスーパーマーケットまで迎えに来てもらうしか無い。

 

冒頭の記事は住宅ローンの話で日本の総量規制みたいなイメージがあるかもしれないが、実際には移住してきたばかりでビザがないとか定職に数年勤めていなければダメだとか規制があり、担保が20%で住宅ローンを組むのは至難の業であり、特にこの国の銀行はある意味質屋みたいにガチガチに固い。なのでこの規制はニュージーランド生まれでまじめに働いてて銀行に働く友達がいて本人の担保はなくても両親が持ち家があるとかの話だ。

 

日本では不動産バブルを経験して苦労した人が多いため不動産といえばどうもイメージが悪いがニュージーランド、特にオークランドでは実需が激増しており今後20年は確実に街が発展していく。ちょうど昭和30年代からの東京の発展のようなものだ。

 

当社もまもなく商業用ビルディングの案件に取り掛かることになる。これは不動産に強い地元弁護士事務所、不動産会社、建設会社、建設コンサルティング会社などと組んで行う不動産開発となる予定だ。

 

それにしても面白い。賑やかな街で生活をするってのは大きく強い川の流れに乗っているようなもので、あまり無理をしなくても仕事が出来る。

 

以前も書いたがぼくは1980年代後半まで日本に住んでいた。強かった、NOといえる日本の時代を経験した。その後日本を出てクイーンズタウンで生活を始めるとここもまた日本からのハネムーンツアービジネスで大賑わい。1991年から香港で6年間生活をしてた時は返還前ブームでハンセン指数が2倍以上に伸びた。そして1996年の返還前にオークランドに来るとここがまた景気が良くなり始めた時期で現在に至るまで景気が成長している。

 

不思議なことは、日本を出た3年後にバブルが崩壊してクイーンズタウンを出た翌年には日本からの観光客がバブル崩壊の影響を受けて失速し、香港は1997年の中国返還後に一気に不景気に突入したことだろう。

 

もちろん未来のことは分からない。けれど街の空気だけは感じる。この空気は成長する空気だ。今日もシティのオフィスで晴れ渡ったオークランドの青空を見上げている。

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tom_eastwind at 17:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月15日

希少価値はあるけど存在価値のない君へ

ぼくは何かを考える時に一切の先入観念や常識とか自分の政治的意見とかその時点での道徳的視点からものを考えることをしない。あくまでも今眼の前にある事実から入ることにしている。

 

だからぼくとブレインストーミングをする社内スタッフはいつも呆れ返ったように「どうしてそんな事思いつくの?あなたって人間?」とよく言われる。

 

以前にも書いたと思うがあるときの社内ブレインストーミングにおいては「NZで生活をするのにペットを連れて行きたい、ところが飛行機代がすんごい高い」という話になった時にぼくは「じゃあ・・・・・」と提案したら、スタッフ全員がドン引きしてた。

 

勿論僕にも脊髄はあるからあまりの現場の事実のひどさに時には脊髄が自動的に反射もする時はあるが、それはすぐに押さえ込んで「現場」と「歴史」と「違う視点」から見るようにしている。

 

こだわりや思い入れは時には大事だが物事を分析する時にこだわりや思い入れを持つことはサングラスをしたまま空の色を判断するようなものだ。まずはサングラスを外して正確に評価して、それからこだわりや思い入れを加えるのが経営判断だ。

 

例えば消費税とか原発、TPPとか尖閣、靖国、慰安婦などだとかは、大上段に構えた政治的立場から見てしまうとまず最初に答ありきになってしまい、答に導くためだけの理論構成しかしなくなる。

 

そしてそのような理論は現実から乖離する。政治的意識が強ければ強いほど乖離する。ちなみにこの「乖離」とは昔シドニーのダウンタウンの地下にあったカラオケバー「歌伊里」ではない、、、どーでもいいか・・・。

 

お雇い学者であれば事実の分析なんてどうでもよい、政府から金を貰って働くわけだから政府によって最初に与えれた結論に向けて理論構成すれば良い、彼らにとって事実とはどうでもよく、自分が象牙の塔でずっと飯を食えるかどうかだけが問題なのだから。

 

ひとつの例として福島原発。東電が資産として持つ原子炉が爆発して周辺にセシウムをばら撒いた。福島県のゴルフ場にもセシウムがばら撒かれた。それに対して当初東電が提示した「除染費用」は13万円だったという話がある。

 

ゴルフ場すべての除染が十億円くらいかかるのは普通の常識で考えれば分かるのに、学者はこんな理論を導き出した。「確かにセシウムは東電の原発から飛び出した。しかし飛び出した時点で「無主物」であり、所有者の存在しないものであるから東電に賠償責任は無い」という、とっても愉快で思わずポルカダンスを踊りたくなるような理屈である。これを裁判所も認めたのだからたいしたものだ。

 

こんな理屈が通るなら「確かにその精子は僕の身体から飛び出したが、飛び出した時点で「無主物」であり、所有者の存在しないものであるからその子は僕の子供ではない」と言うようなものだ。学者はそんな事の為に金をもらっているんだなーって、その金玉の小ささに笑えて悲しくなった、これが学者かって。

 

現実。事実。それをどれだけ見据えることが出来るか?人は甘い言葉に弱い。褒められたら豚でも木に登る。自分を豚でなく人間であることに理性で抑圧するのはとても大変な事であるが、それが出来なければいつの日かぼくも豚カツとなって誰かに食われるだけだ。

 

昨日は社民党の代表を選ぶ選挙があって吉田 忠智氏(よしだ・ただとも)九州大農卒。大分県議、党参院国対委員長、党政審会長。参院比例代表、当選1回。57歳が選ばれたとのこと。

 

ぼくは他人に食われるだけまだネタがあってましだと思ってたら、カツ丼の材料にさえならない政党が何かやってる。冷静に考えればすでに存在価値のない政党になってる。冷えただけでなく既に腐って食えなくなったオムライスである事に気づかないのだろうか?

 

自衛隊反対!と叫びながら中国が海軍を増強することには何の批判もない。尖閣諸島に侵入して来た中国海軍をどうやって追っ払うのだ?北朝鮮のスパイ船が領海侵犯をしたら一体誰が止めるのか?相手はRPG(ロールプレイングゲームではない、無反動式対戦車砲だ)で武装した連中だぞ。

 

原発反対と言いながら中国から流れこむ公害に対しては何も言わない。健康被害という意味では中国の公害の方が圧倒的に日本人を危険に晒しているってのに。

 

北朝鮮による拉致事件でも「そんなこと、北朝鮮がやるわけがない!」と言ってたのは誰だ?この、社会民主党の語る社会って一体どこの国の社会だ?

 

事実は、社民党は社会党時代から表面では自民党に対する反対勢力みたいな顔をしてわーわー言いつつ裏では自民党から国会対策費をもらって一般市民にはその事実を告げずいかにも市民の味方みたいな顔をして市民の不満のガス抜きだけやってた組織である。つまり市民の為ではなく自分の安住する組織や社会の為だけの金儲けをやってただけだ。

 

さらに北朝鮮や中国から金をもらい日本人が日本国内で誘拐された拉致事件を「あり得ない」と言い今でも労働組合という組織票だけで飯を食い、弱者に優しく労働者を大事にとか言いながら自分とこの事務局で働く連中の労働条件最悪、おまけに職員を指名解雇して逆に裁判で訴えられたりその後は有期雇用契約だとか派遣だとか、要するに言ってることとやってることがまるで違う。

 

社民党のような中途半端な「だってー、弱者に寄り添いたいんです^」とか「労働者の為に働きたいんです^」とか甘いことは言って、自分はその弱者である労働者を指名解雇してて、そりゃどうなの?

 

こんな事言うと「え?」と思うかもしれないが、資本主義と共産主義は円の天辺の端っこに存在している。つまり円の天辺から右に行けば資本主義、左に行けば共産主義、けど最終的に円の下縁では合流するのだ。

 

その、円の天辺から左に半分くらい降りたところにあるのが社民党であり彼らの主張の半分は共産党が訴えており残りの半分は民主党が主張して日本中で殆ど支持を集めてない内容である。だからOnlyOneとしての存在価値がないのだ。

 

それなのに社会に存在しようとするから問題なのだ。自分を科学的に分析してみればよい、今社民党に何が残っているのか?何故存在する必要があるのか?寿命が来たのだから色眼鏡で自分を見つめて「何て私は美しいのー!」なんて勘違いせずに素直に解党すれば良いだけだ。

 

もちろん人に言う限りは僕も常に自分の会社に存在意義があるかどうかを考えている。1年毎に業務内容を見なおして常に世の中に必要とされるサービスを創り出している。それは他社がすでにやっているビジネスを価格破壊で追従するモデルではなく、今までのノウハウを元にして今そこにないものを創りだすモデルだ。

 

ぼくは何かを考える時に一切の先入観念や常識とか自分の政治的意見とかその時点での道徳的視点からものを考えることをしない。あくまでも今眼の前にある事実から入ることにしている。

 

社民党も今まで生きてたからこれからも生きるなんて先入観念や常識やあっちこっちからまだ金貰えそうだからズルズル引っ張るとかそんな事は忘れて、自分たちはすでに存在価値を失った社会的クズだという現実を見るべきだ。

 

日本にも政府や税金によって支えられてるゾンビー企業が多いが、少なくとも彼らはモノを作っている。社民党が作っているのは雑音とゴミと税金の無駄使いだけだ。

 

確かに今の時代、これだけ希少価値のある政党は珍しい。パンダでさえ人々に笑顔を与えるのに社民党は笑いさえ取れない、外に向かっては労働者大事と言いつつ身内では指名解雇をするような組織である。金正恩と並んでオバマの前でポルカでも踊ってみれば笑いも取れて漫才師としては少しは存在価値も出るだろうに、時給は13ドル75セントだが。

 

ほんとに国民の為を思うのなら今が良い時期だ、今回選ばれた党首が腹をくくって解散して組織は共産党か民主党と合流すべきだろう、勇気があるなら。



tom_eastwind at 18:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月14日

1945

1945年の敗戦後、日本は東北と南西に分割された。東京を含む南関東から西が米国、北関東から東北、北海道がソ連と中国の共同統治となった。



その後冷戦、中ソの反発などで北日本はその度に政争の場となり本来は人民が主体であるはずの共産東北日本ではいつの間にか中国派とソ連派が分裂して人民同士の争いとなった。



当然重厚長大産業は育たず人々は何時まで経っても三陸や北海道で採れる漁獲資源と山間地で採れるきのこや椎茸などで自営するのが精一杯であった。



しかし北日本そのものは中ソがお互いのプロパガンダの為に西側に対して「すごいだろ!東はこんなに発展しているんだ、東京なんて問題じゃない、仙台は大都会だし札幌は天国だ!」とぶちあげた。



事実は、札幌はソ連による完全な支配下にありKGBGRU、ソ連極東軍本部が置かれ人々は常にヒラメのように上を見つつ息を潜めて生き、小樽と函館には冬でも凍らない不凍港として新バルチック艦隊が配備されていた。



そして仙台は中国が喉から手が出るほど欲しい西側、特に米国へ直接繋がる太平洋側の攻撃的軍事港として、または米国が攻めこんで来た時の不沈空母として利用すべく防衛網を張り巡らせていた。



当然そのような支配下では北日本住民が自発的に何かを出来る事もなく起業家も自発的産業も育たず政府の補助金と軍事産業のみで生活をしていたから誰もが黙りこみ下を向いて政府に逆らわず誰が特高警察のスパイかも分からないから家族の中でも迂闊な事も言えずに40年間過ごしてきた。



本当にやる気のある人々、自由を求める人々は東北日本が作った「日光の関所」を真夜中に乗り越え南西日本に逃れた。残った人々は逃げる勇気もなくやる気もなく毎日ヒラメ状態で政府に与えられる職場とパンだけで生活をしていた。



ところが1970年代後半に中国で文化大革命が終了、小平が改革開放を唱えて南巡講話を世界に向けて発表し1980年代後半にソ連が崩壊すると遂に日本でも「日光の関所」が崩壊して南北日本は再統一した。



問題はそれからだった。西側社会で工業的に発展した南西日本は経済的に疲弊した北日本を救うために毎年10兆円単位の補助金を投入した。



ところが戦後40年にわたる共産国家支配により人々は起業家精神を失い話をすることを恐れ常に誰かに見張られていると思い一切の積極的経済活動を行わず南日本からの補助金だけで日々の生活を送っていた。



だから今更起業しろと言われてもどうやって良いか分からない。かと言って発展している南西日本に移住するにしても知り合いもおらず飛び出す勇気も能力も自信もない。てか、勇気や能力のある人間は早い時期に南西日本に飛び込み自力で生活を構築した。新しいビジネスを起こして一生懸命遅くまで働いて家族を養ってきた。



それまで東北日本で運営されていた国営企業や工場は効率が悪くあっという間に南西日本の企業が東北日本でビジネスを展開して南西日本の工場で作られたものを効率的に販売したものだから殆どの国営企業は倒産してしまった。



南西日本からの支援による東北日本にいる限り取り敢えず飯は食える。けど自由になって南西日本のニュースを見る度にその豊かさに腹が立つものの、だからと言ってどうこう出来るものではない。



そこで失業した若者たちは毎日街に繰り出して日本酒でうさを晴らし、共産主義時代に北朝鮮から移住して来た人々を日常的に攻撃し、たまに地元で野球の試合があれば暴徒となり球場で暴れまくり逃げ惑う人々を見て喜んでいた。



本来なら警察が取り締まるべきだが共産国家時代は共産主義に反対する組織が現れれば若者を組織して暴徒として攻撃させ警察は知らんふりをするのが今までの風潮だった為、今更若者を押さえつける事も出来ない。



東北日本では国営企業が倒産した後に新しい産業は育たず若者は仕事がなくて暴れまくり治安は悪化して人々は遂に本当は嫌いだったはずの共産主義時代の方が良かったなど言い出して手元に与えられた「何でも出来る自由」を使いこなせない自分の責任は棚上げにして政府にもっと金を払えと言い出した・・・。

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これは現在の東ドイツの状況を日本に置き換えて描いてみた「もし日本が分割されてたら?」というフィクションである。「北朝鮮から移住して来た人々」は今のドイツにおけるトルコ人差別問題である。つい最近もネオナチによるトルコ人連続殺人事件裁判が始まった。



だからこのようなフィクションも1945年当時においては「十分にあり得る筋書き」であった。



日本人は染まりやすい。だから共産党が日本を分割していたらその地域はソ連や中国以上に狂信的な共産党員が輩出されただろう、もともと日本人と共産主義は相性が良いのだ。



「日本人と共産主義の相性が良い」という意味は、日本は元々が農村や漁村であり例えば漁業権などは誰か個人が持つわけではなく全体の財産であった。田畑もお互いが協力して灌漑水を引きこみ皆で共同利用した、つまり原始共産制度が元々から存在したのだ。



ついでに言うとニュージーランドもマオリが原始共産制度であり個人の財産ではなく村全体で管理する財産という概念だった。だから日本の古代社会に近い。



長い冷戦が終わりベルリンの壁は崩壊した。そこから約20年、現在は旧東ドイツ出身のアンゲラ・メルケルが首相を務めて今年のドイツ総選挙でも勝利し欧州大合同に向けて政治経済の合流を図っている。



歴史を振り返ってみれば20世紀はドイツの時代だと言えるかもしれない。ドイツ統一後2度の世界大戦を起こして2度の敗戦、そして1945年以降はまたも工業国として実力を付けて現在の欧州大合同を牽引してきた。



それでもドイツ国内にある旧東ドイツを成長させる手立てはなくトルコ人への差別は止まず、戦争と共産主義の傷跡は今でも残っている。



歴史に“もし?”という選択肢はないと言う。けどもし本当に、戦後の日本が分割されてたらと思うと、ぞっとすると共に今までの日本がどれだけ恵まれていたかを実感することが出来る。



tom_eastwind at 14:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月13日

大風の中で

金曜日の夜は家族で久しぶりに山水で食事をする。この店では先月日本から来た日本食の職人が本格的な懐石料理を提供出来るようになったので今のニュージーランドではまずお目にかかることの出来ない懐石料理を家族に食べてもらう。

 

この店で懐石料理はまだ通常のメニューには入れておらず予約のみである。手間暇を考えれば予約なしに飛び込みで注文されてもすぐに用意出来るようなものではない。

 

金曜日の夜は6時の時点ですでに半分近く座席が埋まっており7時には満席になっていたが、そのうちの一組のカップルは座敷個室を利用して懐石料理を頂いていた。料理長に聞くと、一週間ほど前に予約がありアレルギーとか好き嫌いなど食事内容を打ち合わせている内に「では日本式懐石をお出しします」という事になったようだ。

 

キーウィ男性と日系ではないアジア人女性だったが、何だかお二人にとっては特別な日だったらしい。2時間ほど食事を楽しみ最後のデザートはちょっと洋風に仕上げていたが、どれも口に合ったようで全12品すべてをきれいに頂いたとの事。お二人に幸せあれ!

 

うちの席でも同じ12品の料理だったが、テーブルには予めお品書きが置かれており、大体日本語の読めるむすめが何となく理解して奥さんは

「えーっと、これはうなぎにきゅー・・?」

「うなぎにキュウリ」

「この魚の卵、クリスピーだね」

「いくら・・・」

みたいな感じで、りょうまくんに至ってはなんとか平仮名を読める程度なので

「す、すきやきー!」と喜んでいた。

 

オークランドは最近和牛が入手出来るようになり、この日も普通のすき焼きよりも厚めに切った和牛がお皿に乗って来た。これくらい新鮮だと小鍋でさっと湯がくだけで半生でも十分に食える。オークランドバンザイである。

 

料理長に「今日の材料はどれが日本から送ってきた分ですか?」と聞くと「いえいえ、全部地元で揃いましたよ、いやー、驚きましたね、オークランドって良い食材がいっぱいあるじゃないですか」ですって。ますますオークランドバンザイ!

 

そうだよなー、この国は肉も魚も野菜も素材は良い。ただ今までは英国から来た味音痴連中が素材をぶち壊してテーブルに並べてたから「ニュージーランドの食い物は不味い!」と言われてただけだ。

 

ワイトモ鍾乳洞見学に行く際の昼食レストランではステーキランチだが、せっかくの美味しい牛肉をガチガチになるまで焼いて出すものだから、ぼくらはそれを「草履ステーキ」と呼んだものだ。

 

これなら良い。味も雰囲気も向上した。オークランドの地元に住むキーウィにもアジア系にも堂々と提供出来る。キーウィに味は分からないというのは彼らが「なんちゃって和食」を日本食と思って食べてたからだが、それは結局提供する側が甘えと逃げで使ってた言葉だなって、昨日久しぶりに日本酒の熱燗を飲みながらしみじみ思った。

 

やっぱり美味しいものに国境はないと言うのは事実だ。

 

なんちゃって中華料理を食べてる日本人を見て腹が立つ中国人はいるだろう「本物を知らねー!」と怒るだろうが、では日本で本格的な中華料理はどこまで普及しているのか?美味しいと思うのなら本物を持ってくるしか無い、そして日本で流行ってるラーメン・餃子は中華料理ではないと日本人に伝えることだろう。

 

中華といえばラーメン炒飯餃子くらいに思ってる日本人の意識を作ったのは、実は中国人ではなく戦後に日本に増えた「なんちゃって」中華料理屋を経営する日本人である。大体中国の餃子にニンニクが入ってるのか?ぼくも1970年代の終わりに北京と上海と広州を回った時にラーメンが存在しない事を知ってびっくりした経験で、今でも鮮烈に覚えている。

 

イタリア料理も同様である。昭和の時代からイタリア料理の代表と言えばイタリアに存在しなかったナポリタンスパゲティである。諸説あるが横浜のホテルニューグランドが発祥であると言うよりもフランス料理のサイドディッシュとしてパスタが存在したという話があるが、いずれにしても本場イタリア人からしたら迷惑この上ない話だ。

http://www.alpha-net.ne.jp/users2/n412493/kit/napoli.html

 

そんな事を思いつつ今日初めてオークランドで地元の材料を使った懐石料理12品を堪能した。いや、格が違うな、他の有名な日本食レストランも大体知っている(オーナーも含めて)が、これは美味い。

懐石photo

 

中国人は世界に誇る中華料理を作り世界の高級ホテルに入ることが出来た、三番手として。イタリア人が世界に美味しいものを発表したが高級ホテルに入れる本格的イタリアンになるまでは1990年代までかかったし、今でも「美味しくて個性的で最高!」と言われてもやはりフレンチの地位には未達だ。

 

その点日本食は面白いことに世界中で受け入れられているし高級ホテルにも入っている。ただあまりに味が繊細だし職人のこだわりが強すぎるから世界に広げていくには難しい。その間隙をついて出てきたのが中国人や韓国人の経営する「ジャパニーズレストラン」である。

 

山水での食事後に外に出るとそこはすんごい大風。丁度この店の前の道路が西側から東側に沿っておりまさに風の通り場になっている。その時にネットで調べると風速40kmであった。りょうまくんに「今なら大きなタオルケット着ければ飛べるよ」と言うとびっくりしてた。

 

ウィンドサーフィンでは風力の読みが大事であり白波が立てば20ノット、つまり風速32キロだ。例えばぼくの体重は60kgなのでこの時点で4.4m2の帆を張ると大波が来てもコントロールしながらほぼ楽しく5メートルほど飛べる。

 

初春のオークランドの週末、山水の懐石に日本を味わい大風に吹かれて散るであろうコーンウォールパークの桜を思いつつ、「いいな、オークランド」って金曜日の夜を過ごしました。

 



tom_eastwind at 11:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月12日

ママ

文月メイの歌を偶然聴いた。泣けた・・・。くそ、やられた。もうちょっと前振りしておいてくれよって思った。

 

いつの時代も家族間の殺し合いはよくある話だ。例えば高瀬舟は兄弟二人だけで生きてきてお互いがお互いを思いつつ起こった事件であった。当時の法律では重罪であった。楢山節考では年老いた親を山中に放置する話である。それにジョージ秋山の「阿修羅」では空腹に耐えかねた母親が子供を殺しそうになる場面があった。

 

小説や漫画ばかり話すんじゃねえって言うなら、間引きという生まれたばかりの子供を殺すことも行われていたと言えばどうだろうか。

 

戦後も暫くは尊属殺人という通常の殺人より重い刑罰があり、これは子供が親を殺した場合に適用されるものであった。親が子供を殺しても傷害致死罪が一般的であった。

 

しかし今の時代のように馬鹿親が自分の無責任で子供を産んでおいてその子供をうるさいからと殴りつけ蹴りつけ飯も食わせずに挙句の果ては殺してしまうのは過去の日本史において存在しただろうか?

 

そう思って戦前の子殺しの記事を探したのだが、もちろん事件そのものは時々あったが、今の時代のようなまるで親と子供の輪が切れた、まるでミッシングリングのような時代を見つけることが出来なかった。

 

もし僕の検索が下手くそであればご指摘してもらうと有難い。

 

ただ1つだけ記憶が蘇ってきた。ある日突然街に異変が起こった。大人が子供をまるで虫をつぶすように殺し始めたのだ。学校では先生が生徒を殴り殺し電車に乗った子供を周囲の大人がニコニコしながら線路に突き落として轢き殺した。そんな場面を何とか逃れた小学生の子供が自宅に帰り母親に「ねえ、今そとが大変な事になってるよ!」と訴えると、それまで台所で料理をしていた母親がにこっと笑って手元の包丁で子供の喉を掻き切ったのだ。

 

もちろんこれはフィクションである。永井豪が随分昔に描いた恐怖短篇集の一つである。

 

しかし今の時代に起こっている子殺しは、まさに親と子供の間のリングが完全に外れた事を意味するのではないだろうか?


***

文月メイ

”どうして、ねぇママ

どうして、ねぇママ

神様が決めたの?

ぼくは生きちゃダメって”


http://www.youtube.com/watch?v=He3kXT3Y31Q

***





tom_eastwind at 14:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月11日

奨学金720万円を返済する方法

 

***ブログ記事抜粋***

奨学金720万円を返済する方法

日本学生支援機構の調べによると奨学金を受給している大学生の割合はうなぎのぼりで増える一方だ。1996年には212%だったのが2010年には507%となった。2人に1人以上が奨学金を受けていることになる。

 

 ところが日本の奨学金は、前途ある若者の学業を援助するためのお金ではない。前途ある若者に多大な借金を負わせる、とんでもない制度なのだ。

byイケダハヤト

***記事抜粋終了***

上記ブログに対するコメントは下記↓

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これさ、結局の所イケダ師の問題認識がズレてるんだと思うよ。

奨学金とは言え「就学」という「投資目的の借金」には違いが無い訳で、いくら社会情勢の変化は本人には責任が無いって言っても、それを理由に借金を免責してたら、一般借金の殆どは免責の理由ができちゃう。なので、返せない学生の存在を制度が狂ってるとか言ってるより、その辺のプランナーを充実させるほうがよっぽど現実的だと思うけどね。そっちの方はもう提言済み?

:::

大学なんて全員行く必要はありません。専門学校で十分仕事は出来ますし、むしろ大学生が全く専門分野について素人なので使い物になりません。総合学習なんて中学校までで結構、高校以上であれば専門性を磨いた方がはるかにましです。

その代り中学校まではきちんと基礎を教え込む、そして倫理観など生きていくに必用なものを育む場にしてほしいところです。中学校までに自分がどのようになりたいかを考えそして高校生で適性を考え、大学に行くなり専門を取るなりすればいい話です。

社会に出ればどこの大学を出ていても関係ありません。人脈は社会に出てからでも作れますし、学力は自学自習でなんとでもなります。大学の優位性は専門性の高い機材や下地があってこそ作られるもので今の一般の大学生レベルの学習であれば自学自習で問題ありませんね。

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***抜粋及びコメント一部紹介終了***

 

イケダハヤトは毎回ずれたコメントを書くがウケ狙いじゃないかと言われつつも100を超すコメントが入り、そのコメントを読むほうが面白い。一般人の発想がよくわかるからだ。

 

ニュージーランドでは大学の授業料を負担する仕組みは「奨学金」とは呼ばれておらず「学生ローン」つまり明確に借入金と呼ばれている。これとは別に生活費として「学生手当」(Student Allowance)という生活費補助が払われている。これは返済不要だ。

 

機会の均等はニュージーランドの国家の基本である。だからどんなに貧しい家の子供でも健康かつ賢く育てられるように医療と教育は無料という考え方だ。同時にこの国は感情論ではなく数字に基いて論理を構成する。

 

ニュージーランドでは去年までは大学院までが学生ローンの対象だったし大学を留学しても学生ローンが受けられた。しかし今年から5年目の大学生活は自腹でどうぞ、大学院に至ってはすべて自腹でどうぞとなった。

 

これでは機会均等ではないではないかと学生がシティ警察前でデモをしたが全部ゴボウ抜きにされてデモは解散された。それに対する一般市民の反応は「甘えてんじゃないよ」である。

 

何故機会均等であるはずのニュージーランドでこのような事態が起こったのか?そこに数学的統計が出てくる。

 

大学の機会を提供して子どもたちが優秀な頭脳を持って、その為に政府が払った費用が社会全体の成長に繋がっているのか?実は繋がっていないという研究結果が出たのだ。これは英国でも同様だ。

 

つまり多くの人々が大学に行っても行かなくても社会の成長は変わらない。しかし大学を卒業した場合本人の給料は確実に高卒より高い。つまり高卒の払った税金で大学生が大学に通い結果的に賃金格差が発生するのはおかしな話、不公平ではないか。

 

つまり大学に行くのは社会全体を成長させる事ではなく大学を卒業した個人が個人的に豊かになるだけで、つまり大学は個人が収入を増やすための投資でしかないのだ。個人への投資ならば個人で負担してもらうのが当然である、政府のお金を貸す理由など無い。

 

彼ら学生に学生ローンを認めてしまうと、これでは単に個人の投資に対して政府がお金を貸すようなものではないか?だから政府は取り敢えず大学院はローンの対象外にして留年した場合は自己責任で払わせるように変更したのだ。

 

そしてニュージーランドでも大学を卒業した後に学生ローンを返済せずに「ローンなんておかしい!何で返済するんだ!」とアジア人の彼女相手に「おれっさ、政府、おかしいと思うんだよ、だから政府に抵抗して金払ってないんだよ!」とかっこつけて目の前にいない政府相手に威張り散らして「持論」を展開する白人の若者がいる。まさにガキである。

 

しかしそれは「持論」であっても「正論」ではない。何故なら学生ローンはローンという名前の通り借金なのだ。借りた金は返すのが当然である。大学を無料にしろというならその根拠は何なのだ?

 

1・社会全体の成長?すでに統計によって否定されている。

2・学習する機会の均等?それは高等教育である高校生まで無料で保障している。

 

ニュージーランドでは約50%が中卒で高卒が25%、大学に行くのは残りの25%でありその25%は自分たちの収入が増えているだけでそれは機会均等とは全く別問題である。

 

本当に賢ければ学生ローンを受けて社会人になって返済すれば良いだろう。けれど実際は学生を卒業しても頭のなかは子供のママで仕事もなく失業手当を貰って学生ローンを返済せずに「持論」を展開する輩がいるのが実態である。

 

ちなみにうちの娘も大学に通っており今年卒業するが学生ローンも学生手当も受けていない。親から出してもらえば親子間の借金で済むし親に対して責任もあるからその分一生懸命勉強もする。

 

これが政府のローンで返済不要って認識を持ってみろ、誰が返済するか、毎日バーで遊びまわってるほうがよほど楽しいぜ!という事でそれを実行している。

 

だから高校生卒業までに単位が取れて大学に入学しても国のお金であるから真剣さもなく、一年目の終わりに医学部や法学部では半分以上の学生が振り落とされる。

 

家族で夕ご飯食べながらテレビで学生デモを見た時に娘が「ふざけんな、大学に行ってもろくに勉強してないくせに、金が貰えるから行くなんて駄目じゃん!」と怒ってた。

 

大学が何故存在するのか?大学の社会に対する役目とは何なのか?単純に大卒じゃないと就職出来ないからって理由で政府から金を借りるってのはどう見てもおかしい。

 

ニュージーランドでは大学に行きたい若者にはきちんと道を提供している。けど、その為の費用はローンなんだから、卒業したらちゃんと返せよ、ただそれだけの当然の理屈を言ってるだけだ。

 

他にもニュージーランドは日本と違う仕組みを取っている。論理面ではイケダハヤトに付いてるコメントを読めばよく分かるが、日本国内でわいわいやっても所詮皆が同じ視点から反対方向を向いて議論しているからなんにも進まない。

 

そういう時は北欧やオセアニアなど、日頃日本人が見る機会のない仕組みを調べてみたら良い。一つの問題を様々な視点から勉強してみれば、自分たちの発想がいかに「池の中の蛙」なのかよく分かる。

 

日本でもそうだが、とにかく自分に都合の良い時は奨学金頂戴、返済する時は「社会とはー!」などと屁理屈を並べる。そんなのが大人になると給料が安いと文句を言うが自分の頭のポンコツさは給料と見合っているのかを考えてみようともしない。

 

国民の税金を遣って医療を受ける時は「医療とはこうあるべきだー」とか言っておいて自分が税金を払う立場になれば「税金高すぎ!」と文句をいう。

 

奨学金の話に戻れば、奨学金を受け取る事が出来たために優秀な若者が社会に出て社会に貢献したという実績がある。僕自身はとにかく勉強嫌いで大学なんて考えただけでぞっとしたから奨学金なんて考えもしなかったが、世の中にはどんなに優秀でも貧乏だと自費で大学に入ることは出来ない。

 

イケダハヤト氏の言うような理屈を並べて逆に「じゃあいいよ、奨学金制度なんて止めるよ、今後は大学に行きたければ自分で銀行に行って金を借りて来な」なんて話になったら、本当に奨学金にお世話になり奨学金のおかげで社会に出ることが出来た若者を、まさに本人の責任でないにも関わらず貧乏のために彼の未来を潰すのと同様である。

 

自由な議論は絶対に必要である、たとえそれが間違っていても。しかし自由な議論が正論かと言えばそれは違う事もある。持論と正論は決して常にイコールではないのだ。借りた金は返さねばならないのだ。どうしても理解出来なければサラ金のおじさんに聞いてみればよい「ねえおじさん、お金借りる時はありがとって言ったんだから返さなくていいよね?」って。

 



tom_eastwind at 14:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月10日

花見

先週末は移住会員向けのお花見大会で12家族約48名にご参加頂き春のコーンウォールパークで桜を楽しんで頂いた。

 

こちらも桜の時の花見の習慣があり当日は公園中皆でビニールシートを敷いてあちこちで大宴会。会場は大入りの賑わいでうちも午前中からビニールシート敷いて場所取りをしていたほどだ。

 

その上会場にはボランティアで子供の顔にペインティングをしてくれたりバンドが賑やかに演奏したりジャグリングとかもあって子どもたちは大賑わいである。

 

ニュージーランドに来て日本の桜を見て日本人同士が集まって花見をやっていて、周囲にも様々な人種が集まって楽しくやっており地元の役所も協力してくれるわけで、こりゃ楽しい。

 

日本で始まった桜の花見の習慣がいつの間にか日本から来た桜の木と共にオークランドにやって来て、皆が人種にこだわらずにそれぞれ楽しくパーティやって。これならアジア人でもキーウィでも誰も反対しない素晴らしい文化交流だ。

 

それならどうだろう、いっそのこと日本発の文化交流として日本から世界に桜の木を送り、その街の公園で花見をやればどうだろう。地元の人は最初はどう楽しんでよいのか要領分からないだろうが、

 

コーンウォール・パークはひとつの丘全体が公園になってて、すんごく広い。中にはひつじや牛を放牧している場所もあるほどだ。

 

会員のお子さんたちはどこまでも駆けっこ出来る広い芝生の上を走り回りお母さんたちはそれぞれ自宅で作って持ち寄ってきた素敵な料理を広げておしゃべりに興じて、日ごろの時間から切り離されたようにのんびりとどこまでもおしゃべりを楽しんでいた。

 

皆さんはいつものように終わりの時間になっても話し終わらず、解散後もそれぞれどこかに遊びに行ったりしてた。

 

花見、良いものです。日本で花見を経験した方は日本の事を思い出したでしょうし日本の花見があまり記憶にない子どもたちはそれなりに新鮮な経験だったと思います。

 

そう言えば2004年がぼくが桜に関して書いた最初の記事だった。当時はまだ紙ベースの新聞を発行しており新聞に寄稿していたものだ。

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シンプルライフ 桜の花の咲く頃 1

昔、春になると日本人は輪になって桜の下で踊った。知らない者同士でも安心して酒を酌み交わし、お互いに無条件に助け合い、仲間を信じあった。

 

いつの頃から僕らは他人に無関心になったのだろう?いつの頃から僕らは、隣にいる日本人を疑うようになったのだろう?いつの頃から僕らは、電車で注意して反対に殴られる人を無視出来るようになったのだろう?桜の花の咲く頃に、もう一度考えてみたい。

http://tom.livedoor.biz/archives/2004-05.html

***

書き出しが上記からで、それからいろんな事書いてるが、当時は小泉首相の時代だったのに人々がどんどん他人に無関心になり始めた。

 

2008年に家族旅行で弘前城の公園内に花見に行った時の記事がある。特に日本のお城を見る機会がなかった子供が言ってた事が面白い。

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最初、誰も坐ってないのに青いビニールシートがあるのを見て娘が「お父さん、東京の人達は公園とか駅だったのに、ここの人たちはお城の中に住んでいるんだね」

違います。あれは路上生活者で、こちらは花見です。

http://tom.livedoor.biz/archives/51136901.html

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人々が仕事を失い家族と離散して東京の駅内でビニールシートを敷いて寝てたり渋谷の繁華街のすぐ裏の電車道の狭い土地にビニール小屋がずらっと並んでいたものだ。

 

そう言えば2020年にオリンピックが来る。1964年に東京オリンピックを開催した時は首都高速を作り同時に当時たくさんいた浮浪者を次々と逮捕して東京の街を浄化した事件があったな。

 

今回もオリンピックに向けて首都高速道路の整備が行われるだろう。同時に浮浪者も取り締まりの対象となるのだろうか?汚いものに覆いをかぶせてどこかの地方の工事現場に送り込むのか?あ、そうか、原発事故の後片付けとか定期点検に入った原発炉の掃除だな。

 

オークランドは人口150万人、ニュージーランド全体でも400万人のちっちゃな国ではあるが、こうやってのんびりと花見が楽しめる。来年は今年より良くなるだろう、誰もがそう信じている。

 

花見の写真はフェイスブックでUPしてます。これからも現地生活がより一層楽しめますように。



tom_eastwind at 18:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月09日

起業家ビザ申請の現状

ちょうど僕と同じ時期に2週間の海外出張をしていた弁護士が戻って来て、今までの案件を全項目出して洗いなおし(BrushUP)会議を持った。

 

最近の傾向として移民局が無茶苦茶忙しいのは以前も書いた通り。つい一年前までは起業家ビザ申請のお客様側書類準備と移民局への申請に3ヶ月かかり審査が開始されて早い案件では一ヶ月後に起業家ビザが発給されてたが、今は審査開始までの待機期間だけで半年近くかかり審査も3ヶ月以上で結果的に9ヶ月以上かかってる。

 

これはすべてここ1年でものすごい量の中国人から起業家ビザ申請が送られて来ているからだ。その数移民局担当官一人に対して10冊以上のファイルが山積みである。

 

でもって中国人が金をケチって中国人ビザコンサルタントを使って申請するのだが、コンサルタント自身がつい最近の移民ブームに乗っかって転職しただけのドシロウトなので書類がいい加減。移民局審査の意味も分からず顧客には着手金だけ取っていい加減な、てか絶対に通らんでしょって書類を作成する。

 

お客は何も知らないからビザコンサルタントの言うことを真に受けて審査待ちをするのだが一年も待たされた挙句に審査で却下、そうなるとコンサルタントは更に引っ張るために「今回は却下されたけどアピールをすればまだどうにかなるよ、だから追加費用払ってくれればアピールしますよ」などと適当なことを言う。

 

お客はすでに観光ビザでニュージーランドに入国してインターリムビザを貰っているから「じゃあもう一回」という事で金を払うのだが、そんなもん却下された理由を見ればアピールが出来るかどうかなんて一目瞭然、案の定却下の判断は変わらずに中国へ帰国という事になる。

 

問題はその為に他の多くの書類審査がアピール期間中は停止してしまうって事だ。アピールの場合は再審査に期間の縛りがありその為に移民局担当官はその案件に集中する必要があるのだ。

 

こちらの移民局は理論的で合理的であるし公僕だから「ダメはダメ」とは言わない。きちんと合理的な理由を並べて「こうだからダメなんです。もしアピールがあるなら3週間以内に回答を下さい」と言ってくる。そしてアピールがあれば更にそれを拒否する合理的な理由を提示してくる。

 

その意味では中国よりよほどまともな仕組みであるが、だからと言って中国式のでたらめな申請など通すわけはないだけの理論構成は出来る。

 

だから申請する中国人だって「一生もの」のビザの話をしているのだから値段だけで決めなくても腕の良い弁護士に依頼すれば良いと思うのだが、健全な疑問を持って自己判断する事が出来ないのか、どこに頼んでもどうせデタラメ、この国を中国並と理解しているのか分からないがまったく勿体無い話だし、第一他のまともな申請者の大迷惑である。

 

でもってここが問題なのだが、ビザを取得してもその先どうするのか?という点である。いつもいうことだがビザはあくまでもこの国に合法的に滞在するための「手段」であり、目的は「家族の幸せな生活の構築」なのだ。

 

例えば第二次世界大戦のマーケット・ガーデン作戦でも英軍第一空挺団が目的地とは違った場所に着地した為に壊滅状態に陥ったように、移住だってその着地点も考えないままに目先の金だけをけちって間違った場所に落下傘降下してしまえばその後がとんでもない騒ぎになる。

 

最近は移住ビジネスで「うちはビザのプロです!」とか言ってる人がいるけど、一体いつ作った会社なのか?じゃあ今まで何件ビザ取ってきたのか?成功率は?と聞いてみれば良い。

 

そして担当者には自分が申請しているビザが自分にとって正しいビザなのかをどう判断したのか聞いてみれば良い。そして実際にその会社を通じてビザを取得した顧客に直接話を聞いてみれば良い。何度も書くが、ビザは手段であり目的ではないからだ。

 

今日も弁護士と雑談になった時にある中国人の案件の話を聞いた。そこは他の中国人エージェントを通じて起業家ビザを申請したのだが申請の内容が実際に計画をしているビジネスとずれておりバリュエーションをかけた時点と違う内容になってしまい結果的に落とされた。

 

それでその中国人が今度は今日の弁護士のところに駆け込んで来て「どうにかしてくれ」という話になった。そこで彼は戦術を考えて移民局にアピールをした。

 

ところが今度は移民局から全然違う指摘をされて「何じゃそりゃ?」って事でその中国人に聞き返すと「黙ってたけど実はそうなんです」という話。おいおい、最初から全部本当の事を話してくれよって聞き出して、こりゃアピールダメだわと判断してゼロからもう一度作りなおしてこれから出すそうだ。まったくーって話だ。

 

これから年末にかけて忙しくなる、去年と同じように。というのも移民局も弁護士事務所も当社も12月15日頃までに仕事をやっておかないと、12月中旬から1月中旬まではすべての活動が停止してしまうからだ。

 

その忙しさに輪をかけて中国ビザエージェントがトラブルを持ち込んでくるわけだから移民局もすべての書類に猜疑心を持ってくるのだから困ったものだ。

 

ある時中国人がビザ用の写真を撮ることになってビザエージェント同行で地元の「パスポート用ビザ撮影してます!」という中国人経営の写真屋に行った。そこで椅子に座ってちょっと化粧の具合を見たり髪の毛を綺麗にしているとカメラマンがめんどくさそうに言った「別に整えなくてもいいよ、あとでコンピュータで写真修正(トリミング)するから!」エージェントも何もなさそうな顔をしてうんうんと頷いてた。

 

これは本当の話である。



tom_eastwind at 18:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月08日

野菜の魂

今日のお昼ごはんは会社近くにある玄瑞で「かつ丼」9ドル50セントを食った。日本円で約800円だから味噌汁とかお漬物があるのかと言えば、ない。丼がどーんと出てきて終わり。けど美味い。僕好みのちょっと濃いダシで、豚肉がしっかり歯ごたえがあってこれまた美味い。どうせ味噌汁や漬物が出てもあまり食わないので気にならない。

 

でもって注文する時に「ネギ玉ねぎなしでお願いします」というとお店の人、にこっと笑って「はい、わかりましたー」。ニュージーランドではアレルギーとか体質を理解しているのでメニューにもグルテンフリーとかこの材料にはアーモンドを使ってますとか書いている。だからねぎ玉ネギ抜きなどは簡単な方である。

 

しかし日本では未だ持って定着していない。出されたものを全部食べるのが礼儀だって文化が残っているからだろう。では出されたものが毒でも食うのか?量が多すぎてバカ食いして糖尿病になったら誰が責任とるんだ?だから食べられる食材を食べられる量だけ注文して何が悪いのか?食べられないものを目の前に並べられてクエと言われて、おれは豚じゃないってのに。

 

和食の時だって何でもかんでもネギを乗せるお店があるが、何でお好み焼きの上にもカツとじにもネギかけるのか?だからぼくは初めての店が苦手だ。だっていつなんどき何にネギや玉ねぎが乗っかるか読めないからだ。だもんでいつも馴染みの店に顔を出すことにしている。

 

ぼくはネギ玉ねぎの、あの匂いがダメだ。嫌いなものは嫌いなのだ。子供の頃からネギと玉ねぎは大嫌いでピーマンなんて全く食えない。口に入れた瞬間に吐き気がして全部吐き出すのだからどうしようもない嫌いである。料理の横に据え置かれてもその匂いが移ってるだけでOUT!

 

インスタントラーメンの粉スープに入ってる乾燥ネギでさえも茶こしを使って取り除いている。福岡に住んでた頃はしょっちゅう元祖長浜でラーメンを食ってて店に入るなり「硬め!葱なし!」と大声で注文していた。

 

話はそれるが間違ってネギが入ってきた時は店員さんに「悪いけどネギ食えないし、さっき葱なしって言ったし、お金払うからもう一杯作ってください」と言ってたものだ。もちろん「払う必要はない」って意見もあるだろうが僕としてはあまりカドを立てて次に「面倒くさ、もう来んでいいけん」と言われたら困る。それほどにシメのとんこつラーメンは美味いのだ。

 

それくらいに大嫌いなネギと玉ねぎであるが、インスタントラーメンの乾燥ネギを「あんなもん匂いも味もしないじゃないですか」と言われると「じゃあ何でメーカーは匂いも味もしないものを入れてるんですか?」と聞くことにしている。

 

ある人は不思議そうに「こんな美味しいものがどうして食べられないか、不思議ですねー」と言われたりする。ぼくはその人の味覚が世界中どこでも共通だと思えるその神経の鈍感さが理解できない。

 

そりゃさ、あなたにとっては美味しいでしょうね。ではあなたは飲茶で出てくる茶色でぶくぶくと膨らんだ鶏の足を食えますか?アルマジロの姿煮はどうですかね?赤犬の鍋を美味しいと言って食いますか?犬の姿焼き、すごいですよ〜。

 

ぼくは広州の食肉市場で犬を丸焼きにして唇が全部焼け落ちて牙が剥きだした状態でS字フックに引っ掛けられてバラ売りされたのを見た事があるけど、あれなどは広州の人々からすればごちそうですよ。

 

そう。好き嫌いは個人の嗜好であり他人がどう思うかは関係ないのだって根本的なことを理解していない人に限って「だってー美味しいのにー」などと言う。自分と他人を同質化しないと気が済まない日本人特性とでも言うべきか。

 

もっと言えばベジタリアンが肉を食べる人を見て蔑んだような目で見たりするのも同様。自分だけが偉くて神様に近いとでも思っているのだろうか?そりゃさ、あんたが野菜食いたければ食えばいい、けどそれを他人に押し付けるのはやめようよ。

 

野菜だって太陽に向かって伸びようとしているんだよ、あなたが食べているものすべてに命があるんだ、だから自分は動物の命を殺さないなんていばるなよ。

 

てな事いえばベジタリアンは「野菜には命がない」というだろう。けどそりゃ単なる宗教観でありあなたが偉いなんて思い込むことそのものが偏った宗教観を理性や知性と勘違いする、あんたがバカだって事にしかならない。

 

僕らは仏教の輪廻転生思想や八百万の神をいつの間にか信仰しているわけであり、草をくおうが肉を食おうがそれは誰かを口に入れる事で生かされていると考えるから西洋のキリスト教思想=人間とそれ以外の生き物は全く別と考える部分で相容れず最後は神学論にしかならない。

 

しかし日本では仏教においても神道に於いても他人の信じるものを許容して同居することが出来るから仏教とキリスト教が喧嘩に繋がることはない。この点多神教の良い面でありとくに仏教になればこれは宗教と言うよりも求道哲学みたいな部分が強い。

 

ただ言える事は食べ物の好き嫌いやアレルギーから宗教的忌避までそれぞれに個人の自由があるわけで他人にどうこう言われる分野ではないという事だ。

 

どんな立派な理屈を並べても社会の基本である「個人の自由」と「価値観の多様性」が理解出来なければ単なる「ガラクタでひとりよがりな御託」でしかない。

 

けどそれをネギの好き嫌いに無理やりこじつける僕もどうかなと言ったところで当然・・・反省(笑)。



tom_eastwind at 15:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月07日

徒歩暴走族? 老走族?

東京にて。

 

ホテルの和食屋でお昼ごはんを食べてたら、隣の大きなテーブルに8人くらいの団体がやって来た。定年後のお年寄りであるが、まあ傍若無人というか礼儀知らずというか。身なりはまともなのでそれなりに安定した退職後生活を楽しんでいるのだろうが、まあとにかく威張り散らしている。

 

曰く「ねえxxちゃんさ、あたしが頼んだメニュー、ちゃんと分かってるわよね!」と支配人を呼びつけにする。でもって和服をきちんと身に纏ったウエイトレスが「お客様、本日の食材はこのようになっておりますが、どなたかアレルギーなど問題はございませんでしょうか?」と確認すると、これまたそのおばさんが「あなたねー、何言ってんのよ、そんなのちゃんと予め伝えてるでしょ!ちょっと支配人呼んで!」である。

 

この時にすんごい肌で実感したのだが、これからの日本、傍若無人な老人暴走族(老走族)が増えて顧客対応クレーム対応ビジネスってのが成立するぞって事。

 

というのが、彼ら団塊世代は同級生同士の学業競争から始まり安保で暴れた挙句に世知に長けた自民党政権に完敗、結局学生時代の事を忘れて自分の青い信念を捨てて体制側の住人となった。

 

だったら最初から安保なんかすんな。やるなら他人の尻馬に乗らずに自分一人で徹底的に社会改造の為に戦えっつーの。その為には毛沢東がどう戦ったか、レーニンがどれだけ命がけで戦ったかを考えろと思うのだが、現実的には一人で戦っていくのは難しかっただろう。だから現実に合わせて長い髪を切ったのだ。

 

日本の安保は共産党革命に比較すればまるで爆竹で遊ぶ子供レベルだった。所詮は木材とか鉄パイプとか振り回して終わりだ。やるなら自衛隊一部幹部と組んで自民党議員が自宅にいる間にNHKと国会議事堂襲って横田空軍基地の米軍が来る前に新政府樹立宣言あげろっつーの。

 

あ、そう言えばぼくは10年くらい前にはそういう日本改革を考えていた事もある。ただ当時の日本でそんな事やっても誰もついて来ないな、それよりはニュージーランドにぼくと同じような価値観を持つ日本人が集まってくれたほうが良いと思い、5万人移住計画を思いついた次第である。

 

彼ら安保世代は頭が良い。なので会社内でもどんどん業績を上げていくが常に出世競争に晒されており自分の本音や不満をぶつける先がなかった。だって社内で公に逆らったらそれ以上の出世はないのだから。

 

ところがこれで円満退職、国の年金と企業年金と医療保険で生活は守られている、こうなると怖いものなしだ。だって目の上のたんこぶである社長はもういないし政府から金もらうにしても堂々ともらえる。政府が金払わない?そうなったら第二の安保である、言いたい放題やりたい放題、丁度反原発デモと同様で騒ぎまくる、自分勝手で無責任な理屈ばかり並べて。

 

そう言えば反原発デモの際にも何か元社会党崩れのようなプロがあちこちで写真に撮られていたが、まさにあのような「黄昏老走族」がこれから先自分だけの勝手な理屈で世の中をかき回すのだろうと思うと、やはり日本で仕事をするのは大変だぞって感じる。

 

そこで思いついたのが黄昏対策ビジネスである。つまりこのような安保崩れに対して、まずは「お客様、本当に素晴らしいご指摘、有難うございますー」と手なづけて黙らせる、または同世代のまともな常識を持った人々に正論を語らせて「お前!同世代としてお前らに告ぐ、恥を知れ!」と言わせるか。そういうのを企業から請け負って処理する仕事だ。

 

今やコールセンターはクレーム処理の現場として大変な騒ぎになっているが、これは今後ますます拡大していくだろう。何せ今のクレームは仕事でストレスの溜まった現役ビジネスマンあたりからのクレームが一番うざいのだが、今後は世間で40年も仕事をしてきた老連が相手である、クレームの仕方も半端ではない。

 

彼らは最初は丁寧にまるで部下に教え聞かすように優しく話しかけるのだが、そのうち自分の言い分が通らないとわかると突如態度を変えて部下の恫喝に出る。このあたりの見計らいのうまさは、そりゃあんた日本の戦後の復興とその後の急成長を支えてきた安保崩れなんだから半端じゃない、生半可な30代のビジネスマンが喧嘩しても勝てるものではない。

 

世の中で一番怖いのは捨てるものがない人々である。「金も要らず勲章も要らず名誉も要らない、そんな人間が一番始末に負えない」とはことわざであるが、彼ら黄昏老走族は金もあり社会歴もありそれなりに名誉もあるが、どれも誰かが剥奪をすることが出来ないものばかりである。だって年金減らすとか言ったら選挙で落とされるんだもん。

 

だって政府や企業の払う年金は当然に受け取る権利であり頭下げる必要がない。社会歴だって実際に勤めて来たんだから詐欺じゃない。実際にこの世の中で納税もして一定の社会貢献もしたのだから恥ずかしい事は何一つ無い。

 

だから冒頭に書いたが、こういう黄昏老走族を対処するビジネスが成立するのだ。

 

僕は仕事柄様々な職業の方を見てきたが、幸運にもこの仕事を通じて本当に頭の下がる人をたくさん知る事が出来た。「実るほど頭の垂れる稲穂かな」の見本のような人々である。

 

常に笑顔でジョークを絶やさず、年令に関係なく若い人と付き合い、しかしきちんと頭の中の論理は明晰であり何かおかしいと思えば遠慮なく堂々と聞いてくる、そして納得すれば「あ、そうですね、有難うございます、またひとつこのバカな頭に知恵が増えました」ときちんと学ぼうとする姿勢がある人々は、見ていて本当にすがすがしい。まさにこちらこそ頭の下がる思いである。

 

しかし残念ながら「世に最も多きは人なり、最も少きものも人なり」のことわざ通り、実り頭を垂れる人のあまりに少ないことか。

 

東京にて、これからの日本の新しいビジネスネタを考えると共に、徒歩暴走族について考えた次第だ。



tom_eastwind at 14:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月06日

アルバニー^にて 駄文

アルバニーにて

 

日曜日の朝久しぶりにアルバニーモールに行く。ここはいいな、気持ちが落ち着く。というのも人々の顔が良いからだ。落ち着いた家族がゆっくりと買い物を楽しみ子どもたちがキャッキャと笑いつつも常識の範囲内でおとなしい。

 

これが南に行けば行くほどモールごとに民族性が出てきて、例えばセントルークスではインド系が目立つしマヌカウに行けばマオリやアイランダー、ハンターあたりだとハンドバッグをたすき掛けにしたあまり身なりのよろしくない中国人とかだ。

 

今日の目的は色んなお店巡り。いつも来るモールだがぼくは興味がないものには全くと言って良いほど目が届かない。視界の中にあるのに見えてないって感じ。

 

1980年代日本にいる時に夏場になると中洲の屋台で皆がラジオの野球ニュースにかじりついて焼酎を飲みながら熱く語っていたその隣で、僕はポツーンと文庫本を広げて読んでたものだ。だから未だ持って野球に関してはどっちがセ・リーグでどっちがパ・リーグなのかもよく分かってないし今でも興味ないので知る必要がないと思っているのでいくら聞いても頭に入らない。

 

それと同様にどこのモールにどんな店があるかなんて全く考えずに、アルバニーに行けばDVD店とニューワールドスーパーマーケットと屋外カフェであるコロンブスに行くだけだった。

 

ところが今回東京と香港を回って仕事をしていると、やはり多くの方がオークランドの小売ビジネスに興味を示す。しかしどの程度ブランドショップがあるかなんて考えた事もなかったから今回はほぼ初めて小売のお店を実際に入店してところどころで買い物をすることにした。

 

最初は地元大手スーパーであるファーマーズに行く。すると普段はお客より店員よりが多い店だがさすが週末、そこそこ人が入ってて、店員と同じくらい客がいた。

 

そこで最初にグッチの香水を探す。たまたま日本で買った雑誌「ゲーテ」で男性用オー・デ・コロンの記事がありそこにグッチが紹介されてたからだ。

 

ところがこのお店では各会社の商品を並べているのだが、グッチの幅30cm程の棚には商品が全部で10個くらいしかなく、もちろんすべて女性用。まあいいや、じゃあ奥さん用にって一個買いつつ他の棚も観たのだが、あんまり聞いた事のない化粧水とかが並んでて、何だけ駅のホームのキオスクを想起させてくれて悲しい笑いが広がってしまった。

 

次のお店は宝石屋だが日本のようなブランド物はほぼ存在しておらず「うちは自社製で作っててー」と嬉しそうにほほえむ店員さんに「ネックレスありますか?」と聞くと「あるよ!これなんていいよ!」と普通そうなのを見せてくれた。

 

見かけそんなに高そうではなかったので「じゃあこれください」と言って嬉しそうな店員さんにクレジットカードを渡すと、彼はますますニコニコしながら「じゃあここにサインを!」と言われて見ると、ゼロ一個大杉ない?

 

まあいいや、買ったんだから今更どうこう言うのもみっともない、次はなめてかからず必ず値札を観ようと思った次第である。

 

それからもあちこち覗いたけど、いわゆるブランドとして認識された小売店はスワロフスキのみで、ほかはカントリー・ドーロ、じゃない、カントリー・ロードみたいなオーストラリアのブランドだったり。

 

やっぱなー、キーウィからすればアルバニーなんて素晴らしいモールなんだろうけど、東京や香港を観たあとではやはりどうしても落差だなーなんて思いつつ、最後によく立ち寄るコロンブスカフェで紅茶とエッグトーストを注文する。両方で15ドル。出てきた紅茶とトーストをかじりつつ正面に開ける草原を見る。

 

空は晴れて青空、空気は澄み渡り風は柔らかく、緑はどこまでも光り鮮やか。

 

ふーむ、贅沢。やっぱりこの国はブランドの国じゃないな、自然、それも大自然とか荒っぽいイメージじゃなくて綺麗に整備された害獣のいない国が売りなんだなって、またも感じた次第。単なる日曜日の駄文でした。



tom_eastwind at 14:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月05日

夏の扉

金曜日は早めに自宅に帰り日本出張で身体に残ってた最後の疲れをお風呂で洗い流してやっと頭が出張から抜けた。

 

夜は奥さんの実家に昔から伝わる特製お粥だ。干した貝柱などの自然出汁を使ったお粥に新鮮な豚肉のスペアリブがたっぷり入ったお粥、美味かったー、ほっとする。奥さんの気持ち(勿論それは僕相手ではなく子どもたちに向けた愛情であるが、あはは)と滋養のある料理に身体も落ち着いて眠くなり、夜の10時過ぎにはベッドに入った。

 

でもって昨晩は殆どお酒も飲まずにベッドに入ったものでまたも身体がタイムスリップ(笑)!2044年のラサに飛んでいきました。これはまた後日書きますが、こんなのが続くならぼくは未来小説書けますな、まさに夢物語、ははは(笑)。

 

話はぼくが80歳過ぎてても現役の私立探偵やってて、ラサに住む若い姉妹の依頼を受けて結婚相手の身元を調べていく内にとんでもない事実にぶち当たり、最後にはラサのシティで警察らと激しい銃撃戦になるって話だ。

 

銃撃戦で使ってた様々なショットガンに迫力あり、多分未来にはもっと新しい携帯武器も作られてると思うが、ショットガンってのは手軽な価格でどんな化物でも一発で吹っ飛ばす、すんげえ効果があるからなーって思った。

 

話は逸れるが1861年に機関銃の始まりであるガトリング機関銃が発明され、1900年代に入って戦闘機の機関銃に使われるようになり、第一次世界大戦で発明されたトンプソン機関銃と同様に長く使われた。

 

銃には名作とか長い歴史がある。

 

ショットガンも同様に5メートル以内の近距離戦では強力なストッピングパワーを持っている。近づいてきた相手の頭に向けて発射すれば成人で約5kgの重さを持つ頭部がすべて吹っ飛ぶ。

 

戦闘中の銃における目的は相手の戦闘能力を奪うのか相手の生命を奪うのかで全く異なる。通常戦闘に使う銃は戦闘能力を奪うことが目的なので銃弾が相手の身体を突き抜けて他の臓器などを痛めずに戦闘能力を奪う目的だった。

 

しかし相手が一発や二発撃たれても立ち上がる連中にはそんなもん効き目はない。その時に強力なストッピングパワーとしてショットガンが使われた。米国がフィリピンを植民地化しようとした時にそれまで使用していた38口径の拳銃では彼らを止められずにそれ以降45口径の大型拳銃を開発したのは有名な話である。

 

この夢想話の中で興味深かったのは、これから20年先は医療がますます進んでおり僕は80歳過ぎても現役の探偵として健康に働き脳味噌は動き何より警察相手に銃撃戦さえやる体力があったって事で、そんなもん夢だろって言われればそれまでだけど、けどそんな夢が新しい世界を作るんじゃないかって思ったり。

 

それともう一点は、その時点ですでに世界の共用語が英語になっており、中国では英語が公用語で地元は中国語を使い、それから少数民族は自分たち独自の言葉を持つ三重構造になっていたって事だ。

 

その時点でぼくが中国で人と話してたのは英語であり必要に応じて中国語をしゃべり、ぼくを依頼主に紹介した日本人とは普通に日本語で喋ってた。あなたの子供が20年後に世界の中で比較優位で生き残るとしたら英語は必須ですぜ。

 

結構映画仕立ての未来SF小説であったが、記憶の薄れないうちにシノープスにまとめてみる予定(ははは)。

 

ところで今日はもっと現実的な大学の話。

 

***ブログ記事抜粋開始***

英教育専門誌、タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)は2日、今年の「世界大学ランキング」を発表、東京大が23位(昨年27位)と昨年から四つ順位を上げてアジア首位の座を守った。上位200校に入った日本の大学は5校で昨年と同数だった。同誌は、ランクインした日本の5校のうち4校が昨年より順位を上げていることに触れ「日本の大学の国際的地位を高めようとする政府の取り組みの成果が上がっていることを示している」と分析した。

 

しかしながら、トップ10は全て英米の大学に独占されている事実から目を背けてはならないと思います。今年のランキングから日本の大学のみを抽出してみました。括弧書きは昨年度の順位です。去年の結果はこちらからどうぞ。*5また、こちらのブログも参考になります。*6

 

23位 東京大学(昨年27位)

52位 京都大学(昨年54位)

125位 東京工業大学(昨年128位)

144位 大阪大学(昨年147位)

150位 東北大学(昨年137位)

201225位圏内 名古屋大学(昨年同)、首都大学東京(昨年251275位圏内)

276300位圏内 東京医科歯科大学(昨年同)

301350位圏内 北海道大学、九州大学、筑波大学(昨年同)

200位以内では、東北大学以外の大学は全てランクを上げる結果になりました。また、400位圏内から慶應義塾大学、早稲田大学が外れてしまったことも見逃せないと思います。全体的にはランクが上昇していますが、大学の国際化を示すinternational outlook100が最高値)では、東京大学が29.6、京都大学が27.5、東京工業大学が32.1、大阪大学が27.6、東北大学が29.3と、依然、諸外国の大学と比較すると低い値に留まっています。この指標を上げるには、留学生比率、外国人教員比率、国際ジャーナルへの投稿論文数などを増やすことが必要です。*7それができないと、安倍首相が語る今後10年でトップ10010校という目標を実現することは困難と言わざるを得ません。

http://blogos.com/article/71123/

***ブログ抜粋終了***

 

世界上位200校のうち5校が日本製!すごいすごい・・・あれ?でも日本は人口1億2千万人でGDP世界で3番目じゃなかったっけ?

 

まあいいや、人口が400万人のニュージーランドで最もレベルが高いと言われている国立オークランド大学が今年は164位なのだから、それよりも優秀な大学が日本に5校もあるって事で、国別に比較すれば圧倒的に日本優性ですね。

 

これなら日本で成長して日本の5大学に行った方が日本国内で就職するには良いかもです。けど慶応早稲田が200位・・・痛いですね。

 

インターナショナルアウトルックっていう国際性ではオークランド大学は88なので世界に出ていこうとするならオークランド大学もありかもって感じかな。

 

ただひとつだけ言えることは、親が子供を日本の大学に入れて日本の企業に入れてって道を選ぶなら日本の大学で日本語だけで勉強してれば良いけど、欧米的論理思考を学ぼうとするならやはり英語圏で学んだほうが得るものは多いという点だ。

 

ぼくは子供の頃から勉強が大嫌いでとにかく中学高校と全く勉強せずに、特に算数の授業になると授業開始後何分で「先生、トイレ」と言って授業拒否するか、それがいつも悩む点だった。

 

だから大学がどんなところかなんて想像も付かないし何で大学に行くと入学してすぐの学生が酒を飲まされて殺されたり4年制の学生ってのに勉強は3年しかせずに就職活動するのかよく分からないし何故オークランド大学のように1年目最後の試験で例えば医学部なら70%近く、法学部でも60%くらいが振り落とされるのに日本では留年や学部変更が殆どないのかもよく分からない。

 

ぼくは数字でものを見る癖がある。表面的にどーこーとか情熱がどうこうとか、そんなもんビジネスの根幹である数字には関係ない。ただ言えることは、大学って入ったら終わりと思ってる若者はこれから20年後に来る社会ではきついですよ。

 

大学がこれからますます国際化して僕が私立探偵やってる2044年がたった30年先の近い将来であり、これって今10歳の子供が40歳になった時の話であり、その時に実質的な国境が低くなり国際的に見て優秀な人々は親の職業に関係なく国際的に優秀な仕事を得るが、慶応ボーイズが卒業したら働く先はおやじの経営する大阪の酒屋とか東京の不動産屋とかどっかの百貨店とか地元の映画館とか、とにかく地元に根付いて日本語と昔からの付き合いで飯が食える商売しかなくなる。

 

人がどのような人生を歩くかはその人次第。ぼくもりょうまくんに特別な期待はしていない。ただ、30年後に見えた将来に対して無防備なままに子供を社会に送り出すような無責任だけはしたくない。

 

日本の国立を目指して将来官僚になるのも良し、親の仕事を継ぐも良し、それはすべてその子供の生まれた環境によって選択肢があるだろう。

 

たださ、子供の選択肢を最初から跡継ぎしか無いとか、江戸時代のように親が百姓で教育がないから子供が教育なくても良い百姓継げとかさ、それは親の責任として止めようよと言いたい。精神的貧しさの先送りですよ、そんなもん。

 

あなたが金持ちでも貧乏人でもよい、けど少なくとも貴方は子供の未来に責任がある。選択肢がない、家族の決めた道、そんな気持ちで子供を生んだのなら、あなたは単に時代に流されているロボット的無能者でありそんな人生は最後に子供に反逆されて落ちぶれて終わりだし、世間ではそれは一般的に無責任というし、何よりも子供が親の呪縛に囚われてかわいそうだ。

 

いたずらに大学に行けと言ってるのではない。ぼくは高卒だが飯を食えてる。ただ親として子供の教育をどう考えるか、それは親の責任だと言いたいだけだ。

 

オークランド大学に入るのは正直かなりの難関であるが、それ以上に学業を留年せずにこなすのは更に大変である。ちっちゃな子供は夢を見ることは出来るが実現の方法は分からない。ましてや勉強よりゲームが大好きである。

 

そんな子供を制御して正しい道に向かわせるのが親の仕事であり、更に言えば最初から決まった道を歩かせるのではなくある程度まで育ったなら子供を独り立ちさせる勇気も必要である。

 

2044年の未来(ははは、、、)から今の親御さんへのメッセージでした。



tom_eastwind at 14:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月04日

「人は知らないもの、わからないものを攻撃する。」

「八重の桜」で熊本洋学校から同志社に転校して熊本バンドと呼ばれた人々のうちの一人、徳富蘇峰が八重に対して伝えた言葉だ。熊本バンドは明治初期にキリスト教に入信した為に古い習慣の残る熊本で差別され攻撃を受けた、キリスト教を知ろうともしない人々によって。

 

八重の桜も後半になって八重が表に出てくるようになってずっと面白くなった。明治維新を会津藩の視点から描く前半も面白かったが、戊辰戦争という舞台がどうしても男性中心でそれも明治の元勲を描くのだから腕の良い俳優で固めたのが逆に裏目に出たと感じていた。

 

後半、新島襄と結婚して同志社大学を立ち上げる話は戊辰戦争よりよほど面白い物語である。近代日本がどのように変化して来たか、それを国家の視点からではなく一国民の視点から描いており、ちょうど司馬遼太郎が描く明治が国家の「坂の上の雲」から見下ろしていたのに対して山本周五郎が市井の一庶民の立場から描く「あかひげ」や「裏の木戸は開いている」の違いのような感じを受ける。

 

「人は知らないもの、わからないものを攻撃する。」ってのは確かにそうだ。馬鹿に限って感情論だけで怒り、相手の話や考えを理論的に考えてみたり立場を置き換えてみたりせず理解しようとせず頭から全否定で来る。

 

彼ら学ばない人々は他人の話を聞かず新しいものを受け入れずとにかく既存の状態を現状維持するだけが全てと考えているからその人生は全然進歩しないのだが本人はその事に気づこうとも思わず自分がやっている事を正しいと思い思考停止に陥り健全な疑問を持とうとしない。

 

それに対して八重は自分の江戸時代の会津を思い出しつつ「ならぬものはならぬ」と学んだが明治の今「良いものは良い」と認める気持ちを持った。

 

これは自分を変える勇気だ。変えた先がどうなるか分からないから不安であろうが、それでも世の中は変化していく。その変化に取り残されてしまえば終わりである。何もせずに緩慢とした死を迎えるのか、八重のように自分を信じて勇気を持ってキリスト教を受け入れ、新しい生活を受け入れるか。

 

来週はいよいよ「西南戦争」である。時代に取り残された武士が明治政府に反発して戦う。それなりにどちらにも言い分がある。見どころがあるんだろうな。今から期待してしまう。それにしても八重、日本的なきりっとした美人だなー。



tom_eastwind at 22:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月03日

サマータイムブルース

オークランドに到着したら1時間早くなってた。そう、サマータイムが開始されたのだ。この国は残業をしないので時計の針を1時間早くすれば太陽に当たる時間が1時間長くなる。そう、つまりこれから仕事帰りにシティの正面に広がるワイテマタ湾に近くの停船場に係留しているヨットで1時間ほど遊んでから自宅に帰るようになるのだ。

 

これが日本だと「そんなのあるわけないじゃん・・・」で終わりだろう。普通のサラリーマンが夜の8時まで仕事してたらサマータイムも何もあったものではない。けれどオークランドでは普通のサラリーマンが仕事帰りにヨットで遊べるのだから社会構造の違いとしか言いようがない。

 

今回は香港からオークランドに飛んで帰ったので時差が5時間だ。機内では映画も見ずに夕食も食わずそのままぐーぐーと寝て翌朝の朝食も食わずひたすら寝てた。とにかく眠れる時に眠る、これがきつい出張で一番体力を温存する方法だ、飛行機の中で眠れない人が多いが僕は全くと言って良いほどよく眠れる。

 

今回の出張でも日本がますます忙しくなっていてますます一般の人々が世知辛くなっていく感じを受けた。ほんと、余裕がなくなっているんだな。

 

まさに今退職を迎える団塊世代の人々はこれから悠々としたリタイアメント生活を楽しむわけだが、その分現在の30代の人々はぎちぎちに労務管理されて残業だらけでいながら年金はほぼOUTとなれば、一体何のために働いてるんだって思うだろうな。

 

更に20代の人々ともなれば現実はもっときつい。普通の大学を出たくらいでは派遣や非正規社員になる可能性はある。親からすれば大学まで通わせたのに一体どういうことよって話である。

 

日本人は当然日本の常識でものを考えるわけで、こちらに送られて来る履歴書を見ると派遣とか正規社員とか書いてるがニュージーランドには派遣も正規社員もない、同一労働同一賃金、随時採用随時退職、社会の仕組みが長期雇用に有利になってない反面短期労働に不利になっておらず仕事をしていない間は社会保障が受けられる。

 

でもって年休は一ヶ月あるし残業なくてサマータイムはヨットで遊べるし12月中旬から1月中旬までは上級管理職は皆お休みを取って国内の別荘でずっと魚釣りとかして楽しんだり家族でハワイに3週間とかお休みを取る。

 

ぼくは忙しい日本からのんびりしたオークランドに戻ってきたのだが、オークランドにずっと住んでる人からすれば日本人の忙しさは想像もつかないだろう、てか「何で辞めて転職しないの?」と普通に疑問を持たれるだろう。人間がそんな忙しく働いて、ワークライフバランス無茶苦茶でしょ、である。

 

日本では色んなお客様とお会いして宿題を頂き来週月曜日から早速弁護士とのミーティングを次々に予定に組み込み始める。その結果としてどのようなお客様がどのようなビザを取得出来るか可能性を調査しつつ日本側に返答を送ることになる。

 

10月と11月の予定がまだ出来ておらず、両方共相手のある出張なのでこれも来週詰めていかねば。金曜日に出社していつも整理された机に置いてあった日経ビジネスと選択を封筒から抜き出して週末に読まなければ。

 

日本で購入した雑誌ではまた移住特集が組まれてて、アジアやオセアニアの記事が出ている。親子留学とかも特集でシンガポールあたりに行かせようとか。これについてはまた別の日に整理してブログにあげておこう。

 

等など考えていると、あれ?おれ今どこにいるんだっけ?と本気で考えてしまう。夏の澄み切った青空、ほんとに空気が綺麗で道路が広々と整理されてて日本のようにクルマだらけじゃなくて、シティに着くとワイテマタ湾の綺麗な海が目の前に広がって、オフィスの机からは海もスカイタワーも見えて、、、あれ?おれ今、日本にいる時のように働いてない?ふと自分が浮いてる気がして来た。

 

けどま、いいや、週末は色んな事整理して来週月曜日からフル稼働です。


あ、サマータイムブルースって言っても暗い音楽ではないですよ。
WHOが歌ってるかなり派手目のロックです。WHOと言っても世界保健機構の応援歌ではないのでご注意を(笑)

http://www.youtube.com/watch?v=kC4S13jcki4



tom_eastwind at 22:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月02日

譲りあう文化と奪い合う文化

東京の街、ちょっと下町で道ですれ違った時にふと声をかけあう「あ、済みません、」「あ、ごめんなさい」そういうのが日本の一番良い習慣かなと思う。

 

羽田空港国際線ターミナルでチェックイン後にちょいとレストラン街を歩いた。江戸小路というのかな、おしゃれなお店が並んでいる。どこのお店もきちんと品がある。江戸風のおしゃれな雑貨屋とかTシャツとか赤い毛氈に和傘がそことなく置いてあるとか醤油味のすっきりしたラーメン屋とか。

 

成田空港のような到着口の野菜売りもないし湯気の出る下品なラーメン屋もない。やっぱり思うのが日本人として品を持つって事だろう。

 

そういうところを歩いて人とすれ違うと、皆がきちんと「あ、すみません」とか「あ、ごめんなさいね」と声を掛けあっている。

 

ニュージーランドに住んでもう25年になるしニュージーランドが日本と同様に人に優しい国であり思いやりのある国であることを十分に理解した上であえて言えば、この国の基本はやはりイギリス海賊の末裔だと感じる。

 

ニュージーランドは本当に人に優しい。しかしその根っこには、最終的には「俺かお前か、どっちかしか生き残らない」という基礎がある。これは英国社会の持つ伝統であり、それが良いかどうかは僕の判断するところではない。少なくとも今この国は人に優しい国である。

 

但しその優しさは社会に譲りあう余裕があり助け合えば次は自分が助けて貰える仕組みがあるからだ。この仕組は1840年代に英国から集団で移住してきた人々が創りあげた。

 

当時の英国はテームズ川があまりに汚染されて国会さえ開かれない程の汚れやソーホー地区で起こったコレラ、欧州から移住してきた労働者の劣悪な環境、ロンドンはまさに「汚れて」いた。人々は己の生活を守るために人を押しのけて生きるしかなかった。

 

当時のニュージーランドにやって来た英国人と言えば、オーストラリアあたりで山師みたいな事をやってた詐欺師が多かった。例えば数という概念がないマオリと取引をする時に一つの毛皮を取り上げて「初め」と言い、二つ目から「一つ」と数を数えるって、まるで日本人とアイヌの交渉のようなものだった。

 

土地の奪い合いもひどく、原始共産制のマオリに対して私有制を押し付けて契約書に適当な署名をさせて土地を奪い、奪われたマオリが反撃すると「私有制」を元にマオリを殺した。

 

そんな土地にワイタンギ条約を引っさげてやってきたのがホブソン総督であり、彼がニュージーランドの初代総督となり白人とマオリの融和を計った。しかし実質的にニュージーランドの基礎を築いたのは三代目総督であるジョージ・グレイだ。

 

彼の時代にマオリと白人が共同社会を作りお互いに助け合えるシステムを導入し両方の言葉を公用語とした。その後何代も優秀な首相が輩出されたが、とくに1900年代初頭前後に首相を務めたチャード・セドンが世界でも画期的な社会保障を導入した事で人々に余裕が出てきた。

 

誰かを殺さなくても自分の食い物はある。他人を助ける余裕のある社会を、政治的に作り上げたのだ。これは当時の西洋社会では画期的な事であった。

 

人を押しのけなくても飯が食える!順番を守って並んでいればバスに乗れる!だからこそ他人に優しく出来る。人間が本来持つ優しさを表面化させる仕組みがこの国にはある。

 

人間って面白いものだ。生き残るための戦いもすれば、人を助けるための援助もする。譲りあう文化も奪いあう文化も、結局はその社会の仕組みを作った人の能力ではないだろうか?

 

その意味で日本やニュージーランドは良く出来てると思う。譲りあう文化、それが実行出来る社会。良いものだと思う。羽田空港を歩きながらふと思ったことである。雑談、かな。



tom_eastwind at 20:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年10月01日

原発・騙された方の負けだ。

美味しんぼは大好きでほぼ全巻会社に置いてある。バブル時代に贅沢に走らず食の基本を考えその後も美味しいものってお金じゃないよねと訴えたその姿勢は大好きだったし今でもその姿勢は大好きだ。

 

ただ福島原発被害に関しての特集はどうかと思った。雁屋哲氏の主張することは分かるが、それは弱者を弱者のままで放置する考えではないかと感じた。彼のやってることは、言葉を替えて言えば、バカをバカのまま放置するって事だ。(あー、やっぱりおれ、言葉選びがダメだよなー、けど本音です)

 

「誰が福島をこんなにしたんだー!」と無人の街で叫ぶのは、気持ちは分かる。

 

しかしそんな福島に原発を誘致したのは間違いなく福島市民なのだ。彼らが選挙で選んだ人々が地元発展の為に原発を誘致して原発の危険性を指摘した人々を村八分にしていた事実は、それこそ日本人が自己責任を理解すべき点である。

 

原発がなければエネルギー政策がどうのこうのとか、原発が出来れば雇用がどうのこうのとか原発は絶対に壊れませんとか東京の政府に騙された地元民。けど一発吹っ飛べば人が住めなくなり野菜も魚も肉も食えなくなる現実を地元民はどこまで理解していたのであろうか?

 

だって原発が本当に安全なら皇居に作れば良いではないか。そんな簡単な理屈さえなぜ分からなかったのか?

 

結局これは新潟の原発でも同様だし福井の原発でも同様だ。自分が働かず考えず楽をして今日の自分の飯を食うために子どもたちの未来を売ったのが福島の現実だ。

 

福島原発は地元民の反対を受けつつも国家が強制的に作ったものではない。地元民が自発的に受け入れたのだ。

 

成田空港のように百姓から土地を強制に奪ったわけでもなく誰かが三里塚で機動隊相手に「戦争デモ」をしたわけでもなく、雇用対策とか景気対策とか、名前は何でもいいけど要するに目先の金に飛びついたのは地元民なのだ。

 

原子力発電は1960年代には復興する日本にとって大事な設備であったしオイルショックの後はさらに重要となった。背に腹は替えられない、その時期には必要な設備だった。それは十分に理解しているし、もし僕が当時の首相ならリスクを取ってでも原発を作ったかもしれない、日本を発展させるために。もしくは他のエネルギーを探したかもしれない、今のニュージーランドの地熱エネルギーのように。ちなみにニュージーランドの地熱エネルギーは九州大学の教授が1980年代に導入したものである。何故ぼくがそれを知っているかって言うと、その教授の航空券を手配したのが僕だったからだ。

 

原発の危険性は誰もが認識すべきであった。包丁は魚を切る時には有用であるが酔っ払ったオヤジが振り回せば凶器になる。そしてオヤジが包丁で子供を刺せばどちらにも一生残る傷になる。

 

そういう覚悟で原発を導入したのか?

 

「原発は安全ですよー、絶対事故りませーん!」という政府の言い分をそのまま信用して、自分で考える努力を怠り他人の税金で飯を食おうとした人々の甘えの結果が福島ではないか??

 

ぼくは外国に住んで長いが、未だ持って誰かに守られていると感じた事は一度もない。常に自分の判断がすべてであり自分の判断が間違えばそれだけの損害を受けてきたが誰にも文句を言った事はない、だって自己責任だもん。

 

だから少なくとも失敗しても我慢とか納得出来るだけの準備も判断もした。必要であればリスクも取るが過剰なリスク、例えば原発の隣に住むリスクは取らなかった。今住んでいる国にも原発はないしこれからもこの国で原発を作る予定はない。だって豊富な水力があるんだから。

 

大体において政府の金で飯を食ってきた連中は、最後には必ず落ちぶれたものだ。北海道が何故今衰退しているのか?何故福岡が日本の中でも景気が良いのか?うまくやってるのは沖縄だ。政府の金をかっぱらいつつ自立の道を目指しているからたいしたものだと思う。

 

結局自分が自己責任で家族の生活を守り、危険を背負って未来を切り拓く気持ち、それがなければダメだ。

 

政府に食わせてもらおう、政府が何か立派な設備を作るから受け入れよう、おらたちゃ何もしなくてもお上が飯を用意してくれんだ、んだんだ、これでええっさ、反対するやつは村八分だ、その結果が今の福島ではないか???

 

原発が水素爆発を起こした後に地元民が助け合うとか日本各地から援助の手が届く、それ自体は素晴らしい話だと思う。けれどそれは失敗の原因を覆い隠す、つまり本当の意味で問題を先送りする国民性の問題ではないのか???誰か福島の無責任を指摘したか?

 

世の中には常にリスクがある。リスクゼロの世界なんて存在しない。その意味で原発をリスクと捉えつつ、けどそれなりのリターンがあると思って誘致したなら今更文句言うな、である。

 

リスクを理解せずに原発を誘致したなら、それは単なる白痴である。

 

ここまで書くと相当な批判が来るとは覚悟しているが、正直、ぼくは日本人として外国で誰の助けもなく20数年生きてきた。死ぬような思いも何度もした。それでも戦ってきた。

 

だからこそあえて言いたい、原発を認めたのは皆さんですよねと。

 

今になって福島の魚が食えないとか牛肉が食えないとか野菜が食えないとか、問題から逃げるんじゃないと言いたい。自分が選んだ、少なくとも自分が選ぶことが出来た問題から逃げて、今になって東電とかの他人に責任を押し付けるんじゃないと言いたい。

 

最後に追加で言っておくがぼくは東電を好きではないが彼らはきちんとやることをやっていると思う。ニュージーランドのようなしょっちゅう停電したり電圧が上下してコンピューターが壊れたりする国で生きていると、東電のようなサービスが受けられる東京って良い場所だと思う。東電は、よく頑張って日本のインフラを守っているのだ。

 

これから日本が原発をどう扱うのか、すでに日本から離れたぼくは当事者ではないが、僕がもし首相であれば原発は今すぐすべて止める。日本では費用対効果がすでに合わない。残ったウランは日本海溝に沈める。それで終わりにしたい。

 

おい、日本人ってさ、世界でトップクラスで頭がいいんだよ、だから原発なんて下らん古い技術はもう止めてさ、何かさ、水からエネルギー作るとか、もっといいこと考えようよ、おれたちゃバカじゃないんだからさ。・・・・羽田から香港に向かう飛行機の中でこれ書きながら、、、悲しくなった・・・。



tom_eastwind at 20:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌