2013年11月

2013年11月30日

日本人とか戸籍とか

下記ブログがちょっと面白かったので国籍と戸籍について書いてみる。

http://agora-web.jp/archives/1569356.html

 

ぼくはすでにニュージーランド国籍を取得しているがその前は日本国籍であった。日本の住民票さえあった時期もある。

 

しかし日本国籍を持って何か良いことがあったのか?そりゃナイジェリア国籍よりはましかもしれないが、だからと言って日本国籍が食えるか?寝れるか?売れるか?って話である。

 

日本人は国籍を捨てるなんて言うとドキッとしたような顔をするが、中国人からすれば背広を着替えるようなものであり、むしろ暑苦しくてきつい人民服など早く捨てたいくらいだ。

 

実際に彼らがニュージーランドに渡航してくるとすぐに国籍取得をしようとする。でもってそのままオーストラリアに出国してしまう。だからニュージーランド政府も中国人対策として永住権取得後の国籍申請はそれまでの3年から5年に引き上げた経緯がある。

 

話は逸れるが、一体何のために中国人に振り回されてルールを変えるんじゃ、だったら最初から永住権出すなって言いたいがそれは別の話だ。

 

中国人が中国国籍を捨てることに全く抵抗がないのは、元々彼らの頭のなかでは世界が自分の庭って感覚なのだろうと思う。これは奥さんと話しててもよく感じる。クイーンズタウン時代にお世話になった中華料理レストランのオーナー一族も世界に広がってて、数年前かな、それこそ欧米全土からクイーンズタウンに集まって大パーティを開いてたものだ。

 

彼らからすればどこの国の旅券かどこの国籍かなんて関係ない、「世界のどこにいても私は中国人よ」って事だろう。

 

今の日本人に欲しいのはこの感覚ではないかなーって思う。世界のどこで生きてても国籍が何であっても日本人の誇りと自信を持って生きる。

 

今日読んだ日経ビジネスの特集の一つに日米交流=日系人との交流というのがあった。ハワイ出身のダニエル・イノウエ元上院議員は形式的ではあるが米国大統領継承3位にあった。在米アジア人としては最高の地位である。

 

第二次世界対戦で442部隊の一員として欧州戦線で戦い腕を一本失いながらも米国の為に戦いどこの部隊よりも多くの勲章を得た。てゆーか、勲章の数よりもそれ以降日本人が得た米国での社会的地位の方が大きかったと言える。

 

ダニエル・イノウエが88歳で死ぬ間際に言った言葉が「ハワイと国家のために力の限り誠実に勤めた。まあまあ、できたと思う」と述べ、最後の言葉は「アロハ(さようなら)」だった」(ウィキペディア)。

 

こんな格好良い人生が送れたら国籍なんてどうでも良いではないか?

 

祖父は福岡の大川出身、ダニエル自身はハワイ生まれのハワイ育ち。当時差別のきつかった米国で自分たちの名誉を守るために日系米国人だけの欧州遠征部隊を作り母国である米国のために戦い家族の祖国である日本の名誉の為に血を流した。米国軍隊の歴史上最も勇敢に戦い最も多くの勲章を授与された部隊が442部隊である。

 

ここまで書いて、それでも国籍にこだわるか?

 

国籍とかなんて所詮身にまとうジャケットのようなものだ。その時に合った服を着ればよいのだ。

 

金曜日は忙しく結局夜遅くまで仕事の話になってしまったが、それでもオークランドの日本人が一人でも増えてくれることを考えれば楽しい。

 

政府の作った規則に縛られるな!自由でいろ!そして同じ志を持つ仲間と自分たちが納得出来る社会を作れ!

 

格好良いってのは、国籍とか住民票じゃない、本人の生き方だ。



tom_eastwind at 16:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月29日

人生は糾(あざな)える縄(なわ)の如(ごと)し

ニュージーランドにも税務署がある。でもってきちんと税金を請求してくる。ただ日本のようにダニ役人がまじめに働く企業に寄生して生き血を吸うって感じではない。きちんと話が出来る。彼らは頑張っている会社をダニが食いついて潰したら元も子もないと分かっているから、企業が太ってから余裕が出てきてからゆっくりとやって来る(苦笑)。

 

もちろん彼らの最終目的は徴税であるが僕からすればうちの家族を守ってくれるニュージーランド政府であるから喜んで納税する。ルールが誰にも公平で透明性が高いので問題はない。

 

昨日は午前中全部使って外部で会社経理会議。うちの会社のやってるサポートサービスは「何でも自分でやるキーウィ」にとっては少し意味不明である。そこに需要はあるのか?って。

 

しかし国税局から見ればビジネス・モデルは明確でありすべての売上に対して馬鹿みたいにきちんと納税しているし(これには当社スタッフからもやり過ぎじゃないかって言われる“苦笑”)ニュージーランドの税法から見て問題はないかであり、この点どこから見てもすべてクリアーしている。

 

会社全体の像を紙にしたものを提供して一つ一つのビジネス・モデルを説明していくうちに段々彼らの顔が緩んでくるのも分かり、最後はお互いの生まれ育った環境で英語の違いを話しだして「あたしスコットランドなんだけどさー」とか方言自慢(笑)?ぼくの拙い英語でも皆を笑わせるネタ程度までには通じているようだ(大笑)。

 

では何故ぼくがビジネス・モデルを構築する時に利益を追求しつつ、同時に馬鹿みたいにまじめに納税をしているか?片方でビジネスで利益を追求しようって言ってるのに片方で利益を吐き出す納税するなんて矛盾してない?なんて思われたりする。

 

けどそれは、僕が学校時代に簿記を学び税金の概念を学び国の基礎とは税金であることを学んだからである。

 

誰かが働き誰かが納税をしなければ国家という社会共同体は崩壊する。社会が崩壊してしまえば僕は家族を直接守る必要が出てくるし直接外敵と戦う武器を帯同する必要が出てくるし都市国家の分業という仕組みが破壊されて文明は成長を止めて衰退する。だから同じ仲間である国民同士のために納税するのだ。

 

会議の中である担当者がぼくの経歴を聞いてきた。ぼくの最終学歴は高卒だが高校時代に商業簿記2級を取得して同時に当時としては珍しくコンピューターを学びコボルとフォートランが使えた事を話すと「へー、日本ってその頃から進んでたんだねー」みたいな顔された。

 

そうだろう、ぼくの悪い人相(苦笑)と年齢を考えれば「俺が苦労して大学で会計学んでやっと政府の仕事を見つけたってのに、民間企業の山猿がこんな経理知識まで知ってるんかい?!」って気持ちになるのはよく分かるよ、若いお兄ちゃん、がんがれ!

 

ニュージーランドの会計はIFRS(アイファーズ)と呼ばれる国際基準を導入している。仕分け伝票とか勘定科目に関してかなり効率的であり日本の会計に比較すると簡素化されているのが僕の感じたところだ。

 

世間の一般論としては学校で学んだものは通用しないって話があるが、ぼくの場合は学校で学んだものがそのまま生かされている。経理の概念を理解して税法を理解する、これが会社を長期的に運営出来ている大事な要素の一つだと思っている。はっきり言えば経理の理解出来ない社長は絶対に成長しないし長続きしない。

 

そして1970年代にコンピューターを日本政府の学校予算で学ばせてもらったのも良かった。コンピューターとは自動計算機であり、入力、演算、記憶、出力が基本である。演算の際に使用する関数も数式であり、合理的に物事を考える力もこの時にずいぶんと身についた。

 

九州という土地柄「血が燃える!」とか「男意気に感ず!」ってのが大事にされて合理性とか理論構成が全く無視される中、ぼくはかなりの少数派ではあったが合理性を大事にしてこれたのもコンピューターの勉強が出来たからだろう。

 

もちろん僕も九州人なので熱くなることはよくある。家族には瞬間湯沸し器とよく言われる(苦笑)が、そうは言っても湯沸し器の上には常に「合理性」という鍋蓋が乗っかっているので仕事をしている時には絶対に?湯が沸かない作りになっている??時々沸く?かな。ま、ちょっと覚悟しておけ(さだまさしの関白宣言みたいなものか)。

 

こうやって1996年から17年間経営してきたが、その間に本当に色んなことがあった。例えば2004年にクライストチャーチのインターンシップ事件がテレビで放映された時は「EW破綻か!」なんて匿名ネットで書き込みされたりもしたが、その後労働署や移民局と掛け合ってこれはすべてクライストチャーチの田舎新聞社の捏造である事も証明してもらい、当時新聞に掲載された記事がすべてウソであることも当事者である「被害者」からも証言してもらった。

 

あの時も本当に一寸先が読めなかったが、結果的に思ったのは「この国ってそれなりに公正だよね」って事。外国人に対してもきちんと民主主義を適用してくれるし人の話をきちんと聞いてくれるって事だった。

 

糾える縄のごとく、良いこともあればわるい事もある、けどまじめにやってればこの国では結果的に生きていける、そう感じたインターンシップ事件であった。

 

会議が終了してオフィスに戻ったらすぐとんでもない次の仕事が出てきた。これ、なんつーか、かなり地域性の強いネタであり、これは俺しか処理出来ないなって事で対応する。縄の負の部分ですなー。

 

良い時もあれば悪い時もある。ただ僕の場合それが一日の中で何度も繰り返されて、まるで月と地球の間をジェットエレベーターで10分毎に昇り降りしている感覚だ。

 

いやまー、本当に人生はあざなえるなわのごとしである。今日の唯一の救いは「とりあえずあなたはどこで誰と戦っても負けないっすねー」と慰められた事だ、はは。

 

さってと、今日も現場に出て戦うぞ!



tom_eastwind at 15:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月28日

2013 -続き-

「2013」にコメントがありました。

http://tom.livedoor.biz/archives/52146841.html#comments--

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天風さんが生きてたらなんて言ったでしょうね・・・

※このメールには返信できませんのでご注意ください。

 

「天風さんが生きてたら?」

 

天風さんが生きてたら今の日本の状況を見ても絶対に諦めないと思う。だって日本の領土だけが日本人の棲息限界ではない。世界に広がっていける。息苦しくて狭い日本にゃ住みあきた、まさにやる気があれば世界に日本人の良さを広げていけるではないか。

 

彼が日露戦争の時にどこに探偵に行ったか?その後もどのような活動をした?彼の指導者である頭山満が鎖国終了後からすぐに東南アジアをまとめていこうとしたのは何故だ?

 

あのさー、今の日本人って1945年の敗戦によって作られた現在の国境の中でしか生きられないのかい?その国境って1945年以前と現在で違うって知ってる?日本を良くするなんて、日本で頑張るなら、それはそれで良い。けれど自分が望む「良い日本人」の血を残すために外国に行くって選択がどうして間違いなのか?

 

世界は広い。昔、小日本人はアジアに広がり領土を拡大した。それが良いかどうかは天風さんが一番知ってるのではないか?世界は西欧だけでなく民主主義以外の発想もあるって知ってた。

 

ぼくには夢がある。優秀な日本人をこのオークランドに集めたい、そして新しい価値観を持つ日本人バーチャル社会を作り上げて、日本本土の空気に合わない人に集まって欲しいと思ってる。

 

日本の中で「空気を読めない」なんて若者が言うような時代になればもうヤバイぜよ。

 

ここ数日、2015年てキーワードを使ってる記事が増えている。英国に本拠を置くトップクラスファンドの創業者で日本人があるインタビューに答えてた。彼も「これから2年は日本は買いだ、アベノミクスの効果がそこまであるからだ」。これは逆説的に言えば2015年からやばくなるよって事だ。僕も全く同意見だ。アベノミクスは黒川路線に支えられてインパール作戦の牟田口のような根性精神論で進む、国債を直接購入して2年だけは生きるだろう。

 

もし神のご加護があれば、もし黒川バズーカが敵をやっつけてる間に革命的発明が出来れば日本は成長するだろう。しかし日本人は変わり者を排除するし官僚は省益を望み国益に背を向ける仕組みになっているから革命的発明をするような人間は生まれない仕組みになっている。

 

何も官僚が悪いと言ってるのではない、彼らは素晴らしく賢い。ただ明治時代に作った時代遅れの仕組みを自分で変える事ができない仕組みになっているから動けないだけだ。

 

だから国民の本来やるべきは選挙に参加して官僚制度を変化させる政党を応援して彼らに政権を取らせるべきだ。それが自民党でもOKだ。問題は官僚自身が自縄自縛になっている状態を解決してあげることなのだ。

 

「天風さんが生きてたら?」

 

勿論ぼくは彼の代弁者ではないから自分の意見しか言えないが、天風さんだったら「日本人よ、世界に広がれ!」って言うだろうね。その問題を「日本を捨てるのか!」と問題をゴッチャ煮にする連中は、ほんとにバカであるので議論の価値なし。相手にする必要なし。「日本を捨てるのか!」と言われれば、こう言い返せば良い「お前は日本をダメにするのか!」



tom_eastwind at 09:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月27日

異文化に触れるとか

風呂ネタは年に一回くらい書くことにしているのでもしご存じの方は無視して下さい。

 

「ねえ、ちゃんとオフロに入った?」奥さんが聞くと旦那がちょっと気まずそうに

「う、うん、ちゃんと入ったよ」と答える。奥さんすかさず聞き返す

「いつ?」

「き、きのう・・・」

 

これ、ニュージーランドでは結構日常会話である。お風呂大好きの僕には信じられないのだが本当にお風呂を嫌いなキーウィ男性がいるのも事実だ。

 

ワーキングホリデイでニュージーランドにやって来てホームステイする日本人、特に女性が一番文句をいうのはシャワーである。例えばシャワーヘッドが固定式のシャワーは実に使いにくいが、何より多いのは利用時間制限である。刑務所じゃあるまいしだけど、15分なんてルールがあったりする。

 

でもってちょっときたない話だがキーウィの中にはトイレを使っても流さない人が結構いる。

 

だもんで清潔好きの日本人からしたら「あり得ん!」という話になる。けれどこれにはきちんとした理由、てか原因があるのだ。上記2つに共通する要素、それは水である。

 

ニュージーランドは今でも田舎に行けば雨水で生活をしている家庭が存在する。信じられないかもしれないが、本当の田舎ってのは幹線道路から更に数百メートル奥にあったりして配水管が来てないのだ。

 

そんな家では自宅の横に高さ3メートルくらいの大きな桶を置いておき雨水を溜め込み、その水で掃除洗濯煮炊きからシャワーやトイレの水まで使う。

 

トイレの場合一回で36リットル使うわけだしシャワーだともっと使う。だからそういう家で生まれ育ったキーウィは子供の頃から水の利用について厳しく言われるのだ。

 

水と安全が無料(今はずいぶん違うけど)と言われた日本から来た日本人はそんな現実を知らないからトイレを流さない、シャワーが時間制限の経験をして同じ日本人の学校仲間に「ねー、あり得なくないー??」と語り合うのだ。

 

もちろん僕は日本人だからその気持は分かるが、では何故君はワーキングホリデイでニュージーランドにやって来たのか?君は海外に出て折角他国の文化を学ぶ機会があるのに彼らの無意識の行動の中の原因を考えようともせずに自分の生まれた国の常識をもって相手国の常識を判断しようとするのだろうか?

 

せっかくの機会なのだ、彼らが風呂に入らずトイレを流さない、その結果だけを見て自分の常識で綺麗汚いを決めるのではなく、何故彼らにそういう習慣が付いたのかを考えてみればどうだろう?

 

ぼくは情報産業という仕事柄、また個人的にも人間観察が好きなのでいろんな街に行っては定点観測をやっている。その街の人々が意識して取る行動ではなく無意識に取る行動の中にその街の特徴があり、その原因を見つけることが出来れば人間の中にある永遠普遍的な要素と地域的要素や時間軸の要素などが分かる。

 

例えば東京で最近目立つのは道行く人々のマナーの悪さ、ちょっとした事ですぐ口論になる様子。昭和の時代にはなかったなー、あの頃は皆心に余裕があって譲り合ってた。いつの時代からひとは余裕を無くしたのだろうか?

 

シドニーではスーツを着た白人の顔が猿に見えるのは20世紀も21世紀も同じだ。田舎の無学な農民が気づいてみれば鉱石の上に乗っかってただけのにわか成金である。先住民族であるアボリジニに対しては子供だけ奪って田舎に追いやった。そしてアボリジニの居住地に希少資源が見つかればすぐアボリジニを追い出してその資源を中国に売ってにわか成金になったオージーは、ジョーク一つもずいぶん下品である。

 

しかしどちらの街にも根底に流れるのは地元の人々の他人に対する思いやりである。良く言えば隣組、悪く言えばお人好しか(苦笑)。

 

これから海外に出る人には是非とも「違う文化」を批判するのではなく「何故違うのか?」を考えてほしい。そうすれば自分の世界観が広がるし「許せる範囲」が広がる。こうなると心が豊かになって大概の事は笑って過ごせるようになるし何かの対応が必要であれば選択肢が広がる。これほんと。



tom_eastwind at 18:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月26日

2013

TPP交渉に向けて農業改革が進んでいる。安部首相の危機感の現れだろう、今、政府が強いうちに一気にコメ改革を行い反対派を退け2015年春の統一戦に影響を出せないようにするためだろう。

 

年金は20154月までに三段階で2.5%引き下げる。生活保護についても20154月までに平均で6.5%引き下げることになりそうだ。

 

この一見何の繋がりもない記事だが、どちらにも共通しているのは弱者切り捨てである。農家が約600万から約200万に小さくなった票田の意見は正当か間違いかなんて関係なくもっと大きな票田、つまり一般大衆の為に切り捨てられるし、年金受給者は生活保護者よりも多く選挙に参加するのだ、どちらを切り捨てるかと言えば生活保護者だ。

 

そこに共通するのは自民党が今後も勝ち続けるためのきめの細かい戦術である。自民党からすれば誰が一票入れてくれても良い、それが票なら。官僚からすれば下々のどこを切ろうと関係ない、合計歳出が削減できれば良いのだから。そうやって常に少数民族(票田)にしわ寄せがいくのはいずこの国家も同様である。

 

消費前税も2015年にめでたく10%をお迎えするわけだから2015年は今よりも正社員の生活は苦しくなっている。だって税金はどんどん上がるけど給料はその速度に追いついてないのだから。

 

もちろん構造的な問題は多くの日本人がいまだ認識していないが、これからの日本では正社員でない人々の賃金は更に中国に向けて下がっていき中国や印度の賃金が上昇し続ける間、多くの日本人の賃金は下がり続けるという事だ。

 

これに追い打ちをかけるのが物価高である。賃金上昇を伴わない物価高が発生し始めている。これは原発停止に伴うエネルギー問題であるが、安倍政権としては一時的に稼働させて良い物価上昇を進めたいところと思うのが普通だけど、それにしては政府の動きが鈍いのは、何か原発に関する政府の基本方針がまだ固まってないからじゃないかって気がする。

 

政府はその気になればコメ改革のように何でも一気呵成に押し切るし、そうなると新聞は黙り下々の民は長いものに巻かれていつの間にか政府の思うようになっている。なのに今そうなってないってのは、おそらく原油やガスの輸入価格にトリックがあって母屋に済む国民は電気代値上げとか物価高に直撃されるけど離れの人々はすき焼きをぱくついているのではないかな(笑)。

 

今日ぼくが書きたかったのはいつもの肌感覚であり書き殴りだが、これから2015年に向けては少数票田による社会不安がバブル崩壊後以上に発生するだろうって事だ。例えば秋葉原無差別事件みたいな、何の理由もない殺人事件が連続的に発生して、それから今度は目標を明確にした、例えば官庁や学校、政府系役人、資産家、空港やショッピングモールなどのソフトターゲットを狙った犯罪の増加である。

 

今までの日本の犯罪が少なかったのは何も日本人が世界で最も道徳心が高いからだけではない。それは社会格差や経済格差が少なく一億総中流だったからだ。総中流の意味は、ぼくもカローラを持ってるし君もカローラを持っている、同じようなサラリーマンで終身雇用、だから君の車を盗む必要もない、一緒にドライブに行こうぜ!って理屈だ。

 

犯罪の多くは経済犯罪であり、自分の家にカローラもないのに隣の家にベントレーが2台並んでいたら、そして自分がどう頑張っても買えないと分かれば最後は相手を殺してでも盗むという事が経済格差だ。

 

自分の方がずっと頭が良いのに就職時期が悪くて非正規社員、ところが10歳年上の先輩はサークル活動にアッシー君ばかりしてそれでも一流商社就職・・・どういう事だよ、そんな奴と付き合いたくもない、その結果として社会の中で細かく階級分けが行われて階級を越えた助け合いが薄れてしまうって社会が萎縮してしまう。

 

その結果として自分の将来に何の希望もなく結婚するだけの金もなく従ってケータイで観てるテレビの向こうに見える幸せそうな家族なんて自分には作れない、そう理解した時、人はどうするだろうか?

 

多くの人はそのまま自分を忘れて酒に溺れたり逃げたりするだろう。一部の人は突然社会に対して怒りを感じつつ発奮して勉学して起業家のような大逆転コースを狙うだろう。しかしそのうち、たった100人に1人でもふつふつ煮えたぎる暗い怒りと絶望のどん底を見た若者が目の前の包丁を見ればどうするだろうか?

 

今日、特定秘密法案が衆院を通過する予定。次に起こるのは日本国民による自発的検閲であり今の時代を戦前の日本に投影すれば1938年頃であろうか。予防犯罪という名目の下に人々を監視して、監視している事実を公表する必要はなく、いつの間にか本人も知らないままに犯罪事実が構成されて脱税や犯罪教唆、犯罪幇助などの罪名を付けられて警察に逮捕されることになる。

 

ぼくはこの法案と社会不安がどうしても頭のなかで結びついてしまう。社会不安が始まり格差が是正出来なくなると最後に政府がやることは治安維持法の導入であり最終的にはけ口を外に求める戦争である。

 

これこそまさに日本が何度も歴史で繰り返してきたことだ。つい最近、とは言ってもまだ100年も経ってない過去に日本人は全く同じ経験をした。その時も多くの日本人は「いやさ、やっだねー、何言ってんだよ、お上がさ、そんな事するわけねーじゃねーのよー、だってさー、あははー!」

 

しかし歴史は繰り返す。てか、繰り返してきた。今回も流れが全く同じなのは呆れるくらいだ。

 

特定秘密法案が成立すると何が起こるか?それは多くの場合国家による検閲ではなく、下々の自発的な「忖度(そんたく)」であり、お上の気持ちを事前に察して相手の嫌がることを書かないという、まさに政府からすれば最も有難い状況になるのだ。そしてメディアのほとんどは大本営発表公報となる。

 

このような事は何度も起こった。戦前の日本で朝日新聞がどれだけデタラメで戦後に見事宗旨替えして左翼になったかはあの当時の歴史を少しでも学んでいれば御存知の通りである。日清日露戦争時でも同様だった。

 

無理が通れば道理が引っ込む、情に棹させば流される。2013年が最後のメルヘン的な年になると思う。2014年以降は無理が通り道理が引っ込むし、他人を助けようと情をかければ他人に巻き込まれて自分まで流される。

 

ドイツに於けるクリスタルナハト(水晶の夜)は1938年に起こったドイツ人によるユダヤ人襲撃事件である。この年からドイツは急激に変化してホロコースト、そしてアウシュビッツと続いた・・・。

 

日本に住む日本人だからと言って自由に発言出来る時代は今年で終わりだ。

 

来年からはお上を忖度して言葉を選び「産業報国、欲しがりません勝つまでは!」の現代版である「アジアに日本の最先端工場を送り込みアセアンの人々と共栄し中国包囲網を構築していこうではないか!」となりそうだ・・・。

 

もちろんそれは良い。国家繁栄報国滅私、それはそれでよい全体社会主義になり、悪いと思ってない。ただそのような重石を載せられた生活が苦手な人には、実に生きづらい時代になるだろう。

 

今回オーストラリアはどうやら少なくとも敵にはならなさそうだ、よし、中国が負けるまでは、欲しがりません勝つまでは、中国製の100円製品なんてベトナムでもっと安いんを作るぞー!」これが経済戦争だけで収まるのか、それとも限定戦争に広がるのか?

 

少なくとも砲弾と集団テロだけは人を選ばない。自分だけは安全と思う、それを安全神話と言う。



tom_eastwind at 18:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月25日

法外風雲 その2

香港のテレビ番組はとにかく速度が早い。一つのシリーズが週一ではなく毎晩やってるので30回番組でも約2ヶ月で終了する。

 

香港を舞台として繰り広げられる法廷物語だけど、香港サイズだからまさに「法外」な話ばかりだ。メインテーマは弁護士家族と大富豪家族の確執や若く良心のある弁護士たちの友情だったりするが、これが実に人の気持ちを豊かに描いて更に俳優たちがしっかり演技しており、このあたりの脚本は生半可な日本のドラマでは滅多に見られないほど面白い。

 

香港は1980年代後半に人口の約10%にあたる60万人が海外移住した。この移住者家族は香港の中間管理職層が大半であり英国、米国、カナダ、オーストラリアなどに移住して移住先の国で子どもたちは成長して殆どがバイリンガルになった。中には3ヶ国語を読み書き出来る若者も多い。

 

そして最近見かける中国共産党の師弟たちのようなバカがいない。親がしっかりとその能力で仕事をしてきて子どもたちにきちんとした教育を与えたからだ。

 

彼ら若者は移住した先の大学を卒業して様々な職種で働きつつ、そのうち世界各地の中国人ビューティ・コンテストなどが開催されそのうち何割かの若者は香港に戻り俳優として出演するようになった。

 

彼らは香港人でありつつ育った地の独特の雰囲気を持つことで今までの俳優とは一味違う演技をまとうようになり、ここにバイリンガル俳優が香港映画やテレビ界で大活躍するようになった。

 

このドラマで出てくる若い弁護士たちは英国の優秀な大学で法律を学び英国と香港の弁護士資格を取り国際的な仕事に取り組む。そのうちの一つが大富豪の相続である。

 

話は非常に複雑に絡み合っているのでここでは省略するが、とにかく法廷の駆け引きを見ているだけで興味深い。両方の弁護士の論理の構成や香港生まれの老練な弁護士の非常なまでの策略、英国で法律を学び英国のルールで戦う少壮弁護士たちの良心と駆け引き。

 

勿論現実にはすべての若い弁護士に良心があるわけでもないだろうしすべての香港生まれの老練な弁護士が非常なまでの策略をかけることもない。

 

しかし少なくとも香港の裁判官が裁判の最中にまるで一部の日本の裁判官のように昼寝をするような事もない。ついでに言うと一部のニュージーランドの裁判官のように全く法廷でのやり取りを聞かず勝手に自分の心象だけで違法な判決を下すことはない。この違法な判決、ぼくが自分で体験した事なのでよく覚えているが、こいつ本当に法律知ってるのか?って本気で思った。

 

話を戻すと香港では効率が要求される。賢さが要求される。更に法廷での戦闘能力、つまりいかに頭を柔らかく様々な視点から同時に見つめてどのように事実を作り上げていくかが要求される。

 

事実を作り上げるとは、世の中にはたったひとつの事実なんて存在しないからだ。事実は見てる人の数だけある。このことを一番よく知っているのが弁護士である。だから弁護士は法廷で戦う方法を考えることが出来るのだ。事実がひとつしかなければ弁護士なんて不要だ。

 

日本でもたくさんの冤罪が発生している。政府によって決まった事が国策捜査として無罪の人間を有罪にしている。法律には様々な解釈があるのだ。大事なのは自分がいかにたくさんの選択肢を持てるかである。

 

そして一番大事なのは細部にこだわり徹底的に考えぬくことだ。ルービックキューブのように一面だけクリアーしても相手は反対側を見ている。蟻の一穴という言葉があるが、多くの人は自分の面だけを見て行動するが、相手は反対側のほんのちょっとした蟻の一穴から切り崩してこちらの理論構成のすべてをぶっ壊してしまう。

 

理論構成をする時はまず思い切った発想が出来ないとダメだ。最初の絵を描く時に今の時代の今の国の発想だけでは絶対に大きな絵はかけない。歴史の中の同じような状況を探りその時代その場所の人々はどのように考えていたかを探し出す。

 

次にこれは該当国、だから僕の場合では言えば中心となるのはニュージーランドと日本、そして時々香港とシンガポールで弁護士や会計士と会議を持ち僕の描いた絵を見せて現時点での関係各国の法令や税務面での問題がないかを徹底的に調べる。

 

この際のアラ探し、てか穴探しも非常に重要だ。会議の最中に会計士が何気なく放った一つの法律解釈がそれまでのプランすべてを壊してしまうこともある。こうなると誰もがその穴に気づかないうちに素知らぬふりをしてささっと修復してしまい何もなかったふりをするのだけど、あーいう時は本当にひやっとする。

 

法外風雲もまさにそのような法廷内での言論戦や法廷外での駆け引きや、とにかく丁々発止の内容でありある一瞬の言葉を聞き逃したら見てるこっちが意味不明になったり脚本家に出し抜かれてしまう。

 

週末に様々なプランを練りながら夕食の時間に家族でこの番組を観ていたが、ぼくより数倍賢くて目先の利く奥さんでさえ、てかドラマはずっと広東語でやっているのに時々見逃す事がある。

 

ドラマの中には現実には勿論あり得ない演出も出てくるが、それはご愛嬌(笑)。特に最終回の一番最後の場面などはまさにコメディですか(笑)?って感じだが、それでもとにかく楽しませてくれた番組でした。

 

香港のテレビドラマの良い点は泣き笑いのポイントが日本人と非常によく似ているって点だ。その点ニュージーランドや英国のテレビ番組はちょっと笑いのポイントがずれることがある。

 

香港の映画も質が高くて面白いのが増えたが、テレビ番組も十分楽しい。オークランドなら英語字幕の番組もあるのではないかな、興味のある方是非とも御覧ください、楽しめますよ(にこ)。



tom_eastwind at 20:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月24日

いちごの美味しい季節になった。夏の始まりだ。

今日は未明からベッドの中で布団にくるまりながらお客様の海外長期プランの絵を描いている。僕の頭が一番働くのは未明のベッドの中であり、身体のすべての筋肉を弛緩させて脳味噌だけ動かしてまぶたを閉じた眼をぐるぐると動かして脳味噌のエクセルで計算をしてワードで文章化してあーでもないこーでもないと全体図を作る。これが出来あがれば、後はベッドを出て朝食を食べてから紙に落としこむ作業だ。

 

今回のプランはまず木曜日に大手会計士事務所で1時間ちょいの会議を持ちこちらのプラン概要を説明、税務税法上の問題点をチェック、そして全体図を作成、翌日の金曜日に投資移住のプロの弁護士と法的側面について1時間半の会議、その後に地元の小回りのきく会計士事務所で細部を詰めて作り上げたものだ。

 

どこの連中も賢い。こっちの質問にきちっと答えてくれる。おかげで今週末は3件の企画が出来上がった。すべて10年単位の企画であり完全に手作りで個人向け仕立てだ。

 

この仕事は結局創造性が勝負であり、勉強して学ぶ部分は少ない。ぼくは時々りょうまくんに聞かれる「お父さん、ぼくが大きくなったらお父さんの仕事するの?」って。ぼくはいつも「りょうまくんは自分の好きな事をしなさい、この仕事はお父さんだけで終わりだよ」って言ってる。

 

だって誰かが学ぼうとして学べるものではないからだ。

 

まずは世界や日本の歴史を学び該当国家の法律の肝を理解した上で推測を立ててそれを検証する。検証の時点で最も大切なのは創造性である。出来るか出来ないかではない、どうすれば出来るかを考えることが肝要であるが、これは生まれ持った性質の問題であり、最初から自分を箱に入れて考える人には不可能な思考法である。推測と検証の繰り返しを未明のベッドの中で行うのだ。

 

更に現実的な問題がある。それは実行する際の度胸だ。これはストリートファイトとほぼ同様であり殴り合いになっても絶対に引かないし状況が変化したらすぐに戦術を変化させる必要があるし戦闘能力、つまり一つ一つの言葉選びの際には最善の言語選択能力が要求される。

 

だからこの時は日頃どれだけ読書をして単語の意味をどれほどしっかり理解して援用出来るかが勝負である。自分が何を言いたいかではなく、相手がどの言葉にどう反応するかを理解して最善の単語を選んで発する。

 

これによって目の前の敵をぶん殴り、次にもっと上位の連中が出てくるから次は戦術レベルで相手を徹底的に論破する。こういうのって結局は攻撃側が強い。相手の三倍の力があれば絶対に勝てる。この時は正直言って手に汗握るって表現がピッタリであるが、ぼくは今まで様々な当局と戦っていつも勝ってきた。それは全体戦略が常に安定しているからだ。

 

ではこの戦略とは何だろう?それは実は民主主義と憲法である。僕の現在の戦略は中国では通用しない。これ大事、何故ならあの国では民主主義も憲法も存在しないからだ。だから香港と中国で仕事をしてた時は違う戦略を取ってきたが、日本とニュージーランドは民主主義を採用しており憲法も法律もそれを前提にして作られている。だから今の僕の戦略がある。

 

今の戦略、それは日本とニュージーランドの憲法や法律を自分の味方に付ける事で自分の寄って立つ位置を明確にして人々の賛同を得るという事だ。

 

具体的に言おう。日本国憲法は何を規定しているか?それは、政府がその統治する力(つまり軍隊と警察と強制調査権を持つ国税局である)を持って国民に非道で無茶な事を命令出来ない為の縛りである。憲法とは政府を縛るものであり国民を縛るものではない。

 

そして憲法では政府が国民の私有財産と生命を守る義務を持つと明確に書かれている。では何故政府が一方的に法律を作り所得税を55%にして相続税を55%にして合計すれば所得の75%を政府が奪う事が出来るのか?

 

このような法律こそまさに憲法違反であり本来ならすべての国民が反対すべきだが、現在の日本ではなぜかこのような法律が通ってしまう。その理由はあるのだが一日のブログで書くには長すぎるので割愛する。

 

僕は日本とニュージーランドで弁護士と会計士を使い様々なアイデアを作る。この時はまさに創造性のみの勝負だ。しかしその目的は日本国憲法が規定する「私有財産の保護」である。だからこそ誰に対しても強く訴求出来る。

 

これが銀行強盗やこそ泥であれば誰も助けてくれない。けどこれが善良な人々の生命と財産を守るための行動であれば、法律の条項ではなく法の精神として絶対にこちらが正しい。だからこそ戦える。

 

そうやって僕はお客様の財産を守る為に様々なアイデアで企画を作ってきた。戦略の基本とは戦いを略する事である。戦いを作ることは最悪の選択だ。しかし時には最悪の選択で戦う必要も出てくる。その時に「平和が大事なんです〜武器なんて持ってはダメなんです〜」というようなバカを言ってたらこっちが滅ぼされるだけだ。だから戦いの武器は常に持っておくが、これは使うためにではなく相手を牽制するための武器だ。つまり戦わなくても済む為の道具が武器である。

 

オークランドは今日も晴天だ。お昼ごはんは家族でドミニオンロードにある回族の経営する料理屋を再訪した。あいも変わらず美味しい刀削麺や肉汁の豊富な餃子を頂く。んーん、美味い!

 

オーナーさん、最近はレストランのリカーアクトを理解したようで「ビール頂戴!」って言ったら、「うちは売ってないから隣で買ってきな」と言われた。大将、それで正解だ、けど次の質問、君はBYO免許持ってるのか?

 

中国では激しい弾圧を受けているウイグル族ではあるが、この地では漢民族とも仲良くして美味しい食事を提供している。そう言えば娘に「ウイグル族はイスラムだよ」って言ったらびっくりしてた。香港で初等教育を受けたからと言って中国大陸内の人種問題まで学ぶ事はないんだろうな。

 

ニュージーランドって、本当に世界中の難民を受け入れているよね。ナイジェリア、スタン地域、本当に理想を持つ良い国家だと思う。こうやってウイグル族と漢民族が仲良くご飯を食べているのもいいなーって思う。

 

ぼくはこの国で納税している。消費税、源泉徴収、その他の税金など、一般的なキーウィに比べればかなり納税していると思う。そして僕はその事実を自分で嬉しく思う。だってそのお金で子どもたちの教育が提供されて万が一の病気の際の費用も払ってもらって、安全で楽しい生活を青空の下で迎えることが出来るからだ。

 

この国に相続税はない。親が頑張って稼いだお金を家族信託に入れれば子供が全額を無税で受け取れる

 

同時にこの国では仕事を見つけることが出来ない人や働けない人に対してや老人に対して手厚い保護がある。生まれて一度も老齢年金を払わなくても老齢年金を受け取ることが出来る仕組みがあるのだ。

 

その気になれば日本だって出来る。けど今の日本は全体社会主義を選択して個人の財産を奪いすべてを国家財産にしようとしている。おまけに医療費や老齢年金は削減しようとしている。つまり弱者は去れと言ってるのだ。

 

ではそうやって政府が自分のポケットに入れた「税金」はどこに行くのか?それは官僚の渡り資金になり政治家の賄賂になり、要するに支配者側に付いている人間だけで分け合う、単なる分捕り合いにしか過ぎず、そこに善良な市民は存在しない。

 

日本よ、勝手にやってくれ。またその仕組みが好きな人はそこでどうぞ。ただ僕は自分の意志でニュージーランドを選びこの国で楽しく納税をして子どもたちが大学を卒業出来る環境まで作った。

 

青空が広がるオークランド、素敵な日曜日、美味しい刀削麺や餃子、ふー、今日も無事に一日が終わりそうだ。



tom_eastwind at 16:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月23日

「スリルのない人生など、ないほうがマシだ。そう思わんか、若いの!」

 

マスター・キートンの中から抜き書き。こういう言葉が書けるようになったのも、起業して緊張と一緒に寝起きするようになって3年くらい過ぎてからだ。

 

会社を設立した最初の1年くらいは本当に怖かった。最初はあまりの緊張に髪の毛が真っ白になるかと思ったが結果的には抜けてしまった(笑)。けど緊張と長く付き合ってみると確かに緊張は人間を成長させる。謙虚にさせる。抜け目なくさせる。

 

外国人を相手に長年切ったはったをやってきたからよく分かるが、外国人との喧嘩を通じて自分が日本人であり日本人の特質とは何かを日本にいる時よりもしっかりと具体的に理解出来るようになった事がひとつの成長かと思う。

 

嘘を言わない、相手に誠実である、常に他人と利害を共有する、こういった日本では当たり前の事が外国では通じない。例えば中国では騙された方が負けであり相手に誠実であるってのは自分だけが損をするって事でありニュージーランドでの利益は「俺かお前か」である。

 

そういう環境の中で自分が日本人であることを守るのは非常に大変であり実践的な技術を要求される。多くの日本人はこの戦闘技術がなく結果的に自分が日本人であることを精神的に止めてしまい「ガイジンかぶれ」になる。

 

外見がアジア人でありながらアイデンティティは白人って言う日系二世は俗称で「バナナ(外は黄色いが中身は白い)」と呼ばれるが、日本で生まれ育ちながら外国生活でガイジンに負けてかぶれてしまえばそりゃ単なる役立たずか無能か、最悪の場合は公害である。

 

言っておけば中国における「騙されたほうが負け」と言うのは広い大地で一生に一回しか会わないような社会であれば悪い意味の一期一会で騙された方が負けという短期的な利益の理屈が成立する。しかし日本のような一生同じ村の人と顔を付きあわせて生きていく社会の場合は騙した事による長期的な不利益が大きいから騙さないだけである。

 

ニュージーランドの場合に人を騙さないのは二つの理由がある。ひとつはもちろん皆が一生顔を突き合わせる村社会であるって事ともひとつはやはり基督教社会であるために、人を騙せても神は騙せないという思想があるからだ。

 

それじゃあなぜ利害関係は「俺かお前か」となれば、これは彼らのビジネスに関する概念が日本と全く異なるからだ。彼らはビジネスにおいては最小限の力で最大限の利益を生み出す事が正解と考えている。企業と個人が同居して一緒に世の中を良くしていくという発想が根本的にない。それは西洋の株式会社がインド貿易の際の貿易船の沈没リスクを分散して貿易に成功した際に最初に投資をした人が儲かる仕組みから始まっているからだ。

 

当時の株式会社はまず船を持つ船主の一航海に対してその準備のお金を皆が投資して二年程度の期間を経て貿易が成功すれば多額の配当、船が沈めば無配当、株券は紙切れになるって事だったから、株式会社には何の社会的義務も存在しなかった。株主が最大の利益を得ることが目的だったから、俺とお前が利益を折半するって考えが元々存在しなかった。考えてみればよい、日本人株主は同じ村の隣に住んでる株を持たない人と株主配当を折半するか?

 

西洋では社会を良くするのは株主ではなく市民であるって考えで社会で成功したものはNobleOblige、貴族の義務として寄付や社会貢献が求められた。

 

日本では個人が寄付や社会貢献をするのではなく会社がその肩代わりをする、だから企業は常に株主の利益だけではなく地域の雇用とか社員の社会人教育とかを請け負った。日本の企業が欧米企業に比べて全般的に利益率が低いのも、企業が社会費用を負担しているからだ。何故大卒に半年も時間をかけて社会人教育をするのか。何故日本の企業が株主の利益だけを追求せずに無駄な中年の終身雇用を守るのか?

 

それこそが社会形態の違いであり、そこには「日本だけ絶対的に正しくて外国だけが間違っている」という理屈は「絶対に」存在しない。その違いを理解出来ればガイジンとも堂々と渡り合える。

 

逆にその違いを理解出来ずに日本的理屈だけで自分が論破されれば、そのうち彼らの理屈の良い所取りだけして「騙されたほうが負け」とか「利益は俺一人のもの!」なんて言い出してしまい、逆に日本人の悪い部分、つまり他人の足を引っ張るだとかネタむだけで自分は何の努力もしないとかが残って、結果的に出来上がった人格は役立たずで無能である。

 

それだけならまだしも、新しくやって来た日本人に対しては大変に有害である。何故なら上記のような社会的構造の理解をせず長期的な取引を理解出来ずに目先だけで新日本人を騙そうとするからだ。

 

その結果として起きたトラブルを僕は山ほど見てきたので肌感覚でも理屈でもよく分かるが、結局人をだますってのは社会構造とか文化の違いを理解出来ないだけだからだ。理屈を理解してオークランドのような狭い社会で日本人として生きようとすれば絶対に人は騙せない。

 

誰にも失敗はあるだろう、しかし結果としての失敗と最初から騙すのは全く違う。だから成功するための努力は無茶苦茶緊張を要求される。仕事を受けたからには絶対に失敗は出来ない。じゃあどうすれば成功するか?それを考え続ける毎日が西洋社会で日本人として生きていくって事だ。

 

この緊張を長く続けるうちに「スリルのない人生など、ないほうがマシだ。そう思わんか、若いの!」と言えるようになれば、やっと少しは心に余裕が出てきた証拠だと言える。言いかえれば「日本人でない人生など、ないほうがましだ!」って!

 

外国に生きるってのはまさに緊張の連続であるが、それを「日本人であり続ける」と言い替えれば「恐怖にほとんど胸高まるような興奮」である。

 

ただひとつ、保険みたいな事を言えばニュージーランドで外国生活を始めて香港での6年間の落下傘投下生活も含めて25年になる今言えることは、このニュージーランドでは「胸高まる興奮」はあっても死に晒されるような「恐怖」はなく、ここが中国などと絶対的に違うなーって思う。

 

だから思うんだけど、皆この国に来て永住権を取得したんだったら、是非とも日本人の良さを持って生活してほしいと思う。その緊張をスリルと感じて「胸高まる興奮」を楽しんで結果的にガイジンに「おー、やっぱり日本人って凄いよねー、ほんとに信頼出来る、良い奴だなー!」って感動させてほしいと思う。

 

そんなことを思いながら土曜日の透明な青色の空に浮かぶぽかっとした白い浮浪雲を眼にしつつ、英国人の母親を持ち離婚歴ありのマスター・キートンのド派手で最高にスリルな外国生活日誌を楽しんで読んでます(にこ)。



tom_eastwind at 14:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月22日

ブルーオーシャン戦略

僕の主な仕事はまず世の中全体の流れを俯瞰して自社の10年単位の戦略を作り毎年1年ごとの戦術としてのマーケティング、そしてそれをベースにしたビジネス・モデルの構築と検証をしつつ、戦闘としてを具体的に紙ベースのビジネス・モデルに書き込み誰にでも分かるようにプレゼン出来るまで落としこむ事だ。

 

僕の性格なのだろうが、僕は先を読みすぎるくせがある。本来ならマーケティングは半歩先でないといけないのに僕はいつも一歩先になってしまい、だから僕がリキ入れて作ったビジネス・モデルって大体最初の1年は相手にされない。あれ?外したー?とか思ってるといつも1年目過ぎる頃から急に成長する。

 

昔、携帯電話レンタルをやってた時代の話である。当時ニュージーランドではプリペイドがなく後払い契約式ケータイ電話を買えなかった20世紀の終わり、多くのワーホリは「ケータイなんて不要だしー」と言ってたが、いつも旅をして定住してない彼らは仕事を得るにも連絡を取るにも固定電話が使えなくて困る自分の潜在需要を知らずにいた。

 

この潜在市場を見つけた時にぼくがやったのが(もう10数年前であるが)テレコムとボーダフォンという競争している2社を競争させつつそれぞれ最低通話料と2年契約で本体無料通話料後払いの契約を引っ張ってきて携帯電話を貸し出ししたモデルだ。

 

これが当たった。ワーホリからすれば無料で自分のケータイ番号を持てる。お金はクレジットカードで払えば良い。電話会社からすれば信用のないワーホリには貸せないが間に日本の会社(当社)が支払保証をしているので取り漏れがない。間に入った当社はタダでケータイを電話会社から仕入れてそれを無料でワーホリに貸しだして通話料で利益を出すビジネス・モデルが出来た。

 

当時は仲間に通話料ソフトを作ってもらい課金システムをほぼ自動化したので最低人数の担当者で当時のワーホリの独占市場になった。

 

そしてワーホリ市場に輪をかけて伸びたレンタル電話の市場が修学旅行市場とイベント市場である。彼らは異国で連絡を取り合うのに無線機が使えないものだからケータイ電話を借りてくれた。圧巻だったのは1999年にAPECが開催されて小渕元首相がオークランドに来られた時に、警備にあたる人々と更にその外周にいる人々(具体名は今も書けない)が一人2台づつ借りてAPECの前後と開催中に相当量使ってくれた事だ。

 

けど電話技術と課金システムの発達を観ていた僕は「あ、これから大波が来るぞ。うちは勝てるか?いや、企業規模で無理だ、物量作戦で来られたら負ける、なら負ける前に契約期間満了の携帯電話をどんどん返却してしてまえ」と考えた。

 

2年経過した電話はどんどん返却して一時期は新しく出回ったプリペイドを売ったりしつつ終了しつつある市場を静かに沈下させて無事に切り抜けた。

 

どんなビジネスにも生まれる前のひらめきと勃興期と安定期と減少期と終わりがある。この波さえ理解出来ればどんなちっちゃな会社でも戦える。最初はニッチの市場に大手は手を出さない。しかし市場サイズを理解して大手が市場参入してくれば中小は資金力で絶対に勝たない。

 

だから中小の生き残る道は常に大手の戦うレッドオーシャンに参入することではなく、常にニッチ市場で戦いつつ体力を付けて独自技術を持ち次第に大手が手を出せない市場を創り上げることだ。これが戦略である。相手を潰すことは今は出来ない、けれど少なくとも相手に潰されないだけの市場を自分が確保する。

 

日本人は戦略って言葉を連発するが、その意味するところは殆どが精神論の特攻論でしかない。そんなものは戦略とは言わないし戦略は毎日変化するものではない。毎日変化するもの、それは戦闘と呼ぶ。状況を見てすぐに撤退する能力、これこそが経営者に求められる判断だ。

 

戦略とは戦闘のように日々変化するものではない。戦略という言葉の意味は如何に無駄な戦を略するかである。無駄な戦を略することではじめて有効な戦いが展開出来る。

 

オークランドで17年間ビジネスをしている間に多くの日本人が独立してはビギナーズ・ラックで成功して調子に乗って威張り始めてそのうち失敗するが、結局撤退の判断が出来ずに潰れていったケースを山ほど見てきた。今現在もそのような会社をたくさん見ている。生き残るとはそれほどに大変な作業である。

 

今オークランドで頑張っている日本人の皆さんには、是非とも自分の戦略を持って欲しい、そして必ず10年の時間軸でいまの自分が何をすべきなのか、中国の古い本を読んで学んで欲しいと思う。



tom_eastwind at 16:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月21日

東側のジョーク

ある時経営者がろくに働かない従業員に向かって言った

「さあ、君は働くふりをしたまえ、ぼくは給料を払ったふりをするから」

 

東ドイツは元々ドイツ連邦の一部でありながらソ連側に分割されて40年も経つと完璧に違う人種になってしまった。西ドイツは西側陣営で工業を活性化させて復活したが東ドイツは共産主義体制と秘密警察と国民同士の密告体制により誰も働かず国営工場の操業率は落ち品質は下がり1989年にベルリンの壁が壊れた時に両国が合併したが、その結果として西ドイツに重い負担を背負わせることになった。

 

それは現在に至るまでもその残滓を残しており東ドイツの人間はまじめに働かないと言われるし昼間から政府の福祉で酒を飲む、トルコ人移民労働者を差別してぶん殴って時には連続殺人などで殺し暇になるとネオナチの格好をして昼間から人々を恐怖に陥れている。

 

一体これって何だろう?人は環境によってここまで変化するのか?東ドイツも西ドイツも同じゲルマン民族なのに。

 

結局考えられることは40年間の共産主義支配の間に人々は完全に労働意欲をなくし働くふりをするだけになり毎日生きるためだけに出来るだけ手を抜いて体力を温存し今日のパンを政府から受け取る事だけが人生の目的になったのではないか?

 

その間西ドイツでは自由社会の競争の中で品質向上を図り工業製品を作り出し個々の人々が脳味噌を磨いてきた。その結果として40年後に同じ民族でありながらここまで差がついてしまった。

 

ぼくは民族を造るのはその民族の発祥の地の空気と水と土地だと考えている。日本がこんなちっちゃい国なのに、何度も国難があったのにいつも復活してきたのは、それは日本の国土にあると考えている。

 

だからそれはドイツも同様であろうと思ってたが、最近東欧州の本を読むことが増えて、じゃああの地域って何か西欧と違うものが存在したのかと考えるようになった。

 

しかし人間はどんなに大地が良くても40年も奴隷状態に追い込まれれば奴隷根性が身につくのかもしれない。東西ドイツの壁が崩壊しても「努力せず、どこへ行っても不平不満ばかり」な新しい民族を創りだしたのかもしれない。たぶんこれはきちんとした次の世代、つまり西側の良い意味での競争社会で教育を受けた子どもたちが旧東ドイツを発展させれば後20年くらいで本当の意味でゲルマン民族の東西合併が出来上がるのではないかと思ってる。

 

その意味で東ドイツ出身者の先駆者はアンゲラ・メルケルドイツ首相であろう。彼女は東ドイツ出身の政治家であるが凡庸な西ドイツ政治家を追い抜いて統一ドイツの首相となった。

 

このような、なんつか、本来は良い気の大地の上に住む民族が戦後すぐに共産主義と呼ばれる独裁に晒されて更にスターリン死後も東欧諸国で権力を握った一部の特権階級による暴力的支配に犯されてその脳味噌は洗脳されて、洗脳されなかった人間は命を賭けて西側に亡命するかベルリンの壁の東側で壁にぶら下がったまま撃ち殺されるしかなかった。

 

そうやって洗脳されなかった戦った人々は次々と東ドイツから消えて最後に残ったのは努力もせずに文句ばかり言って政府の金に頼って昼間からビールを飲んでネオナチス頭になる人間ばかりだった・・・。

 

これを今の日本に当てはめてみればどうだろう?日本はドイツと同様の工業国である。しかし起業をしても政府に潰されるか大手に乗っ取られる。どれだけ稼いでも税金で持っていかれる。おまけに成功して言いたい事言ったら別件逮捕や国益捜査でたいーほである。

 

そんなばかみたいな社会に誰が住みたいか?そう思う人が増えれば彼らは日本ではなく外国に自由を求めることになる。年功序列ではなく実力が評価される外国で起業をしようと考えるのが当然だろう。

 

そうなれば日本国内に残るのは必然的に大企業にぶら下がったり田舎の下級役人が毎日昼間の休憩にすぐ近くの自宅に帰って昼飯食ってちょっと昼寝して午後遅くから仕事をするようになるだろう。

 

そしてその国の国力は衰える。だって誰も新しい技術革新をしないのだから、今あるものの延長線上でしかモノを作らない。先輩に教えられて先輩の許す範囲内でモノを作った結果たとして欧米のような画期的技術革新が出来ず戦後一番の得意技であった工業技術で完璧に他国に後を取ってしまい、産業自体が消滅してしまう。

 

これはすでに家電産業で起こっている訳で、大手企業は手元資金を工場や技術開発ではなく外国企業を買収してその配当収入で利益を出す「成熟国家モデル」に転換しようとしている。

 

けれど日本の持ち味は技術である。だから最先端技術、すり合わせ技術、これをどうするのかが喫緊の課題になっている。どこまで技術を国内に残すのか?ところが優秀な科学者が日本の大学で満足に研究することが出来ず海外に出て、海外の大学でノーベル賞を取る状況が続いているのは、これこそまさに危険の兆候である。

 

日本が東ドイツのようになる可能性「さあ、君は働くふりをしたまえ、ぼくは給料を払ったふりをするから」ってあるんかな????って思ってたら―あれ?今の日本の多くのサラリーマンがそうじゃんかって気づいた。

 

働くふりをして昼間からタバコばかり吸いに外に出て人事の話ばかりして仕事の量と質を薄めて無駄な残業して夜は仲間内で上司の文句ばかり言って、結局白人のホワイトカラーよりも低い生産性でしかないじゃん、なんて思った今日でした。



tom_eastwind at 16:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月20日

サンタが街にやって来る!

オフィスに戻ると道路を挟んだ向かいの本屋に巨大サンタが今年もまた出現!このサンタ、この場所でもう14年見ている。てーことは龍馬くんの生まれる前からこのサンタを見ている事になるな。

 

1996年の業務開始時点では旅行会社だったのがそのうち留学会社になり現在は移住会社と変化しているが、やってることは日本からの訪問者の生活サポートであり、これだけはどこの会社にもない17年のノウハウの蓄積だと思っている。

 

オークランドに戻り地元の暇ネタを聞いてると、1990年代に移住した連中はあいも変わらず他人のうわさ話ばかりして後ろから足を引っ張って自分は何もしてないって状況だ。

 

長くは住んでいるのだがまともに仕事をした事がないため知識も中途半端、てか自分勝手の思い込みと「こうあって欲しい」ワナビー思考で行動しているからしょっちゅう失敗しては他人を妬む。会社の社長と言いながら決算書の作り方も知らず「え?そんなもの、いるの?」なんて事を平気で言う。

 

今目の前にある人には調子良い事言うがいざその本人がいなくなれば悪口の言いまくり・・・。違った意味でリトルジャパンですかねー。

 

けどこれはオークランドに限った事ではなく、ニューヨークでもロサンジェルスでもシドニーでも同様である。「海外に住んでますー!」とか言うけど、言葉を換えて言えば「海外でしか住めませーん!」、日本で使い物にならずに親から「海外留学」に出されたり日本のビジネス社会に付いてけずワーホリでニュージーランドに来てそのまま住み着いている連中とか、人様々であるが行動様式は全く同じという様相である。

 

なのでそんなのにいちいち付き合ってる暇はない、昨日は出社して朝ミーティング終わってからすぐ2時間ほど出張報告と今後の担当、方向性の決定を行い、その足ですぐ次のランチミーティングに顔を出す。そこでも約2時間、ざるそば片手に次第にしゃべりすぎてぼやーっとする頭と戦いつつ現状報告と年末に向けての方向性を決めてすぐオフィスに戻る。

 

オフィスでは翌日の重要な会議の準備と論点整理を行う。これをやっておかないと会議で無駄な時間を使うだけでなくとんちんかんな質問をしたり質問を忘れて会議後にすっとんきょうな声で「あー!」とか言ったりしてみっともない。特に僕は会議終了後に出入口近くでごそごそやるのが嫌なので。

 

それでもオフィスの仕事は午後3時で終わらせて車に乗って帰宅する。このあたりが日本とニュージーランドの忙しさの違いだろう。ぼくはニュージーランドのビジネスマンの中では早めに帰っている方だが時間で見れば朝930分から午後3時まで殆ど休憩なしで約5時間働き夜は自宅で最低2時間程度仕事して週末も3〜4時間づつ仕事しているので週40時間働いているので合計すれば平均的なビジネスマンといえる。

 

集中度を考えると結構よく働いてる方だと思うが(笑)、こんなの日本のビジネスパーソンが聞いたら怒るだろうね。

 

「キラキラ20時女子」なんて言葉を聞いたことがある。すると「20時で終わるなんてまともに働いてない!」なんて怒る女性がいる。大体20時で終わるなんて責任感のない証拠!どうせ合コン狙いの残業でしょ!なんてひどい言葉が飛び回る。

 

こーいう女性たちの近くにおれがいると危険だなー、おそらく頭ぶん殴られるだろうなって苦笑してしまうが、そう言えばぼくが日本で食事のお誘いを受けるといつもの癖で「じゃあ6時から!」って言うと苦笑いされる。「そんな時間に仕事が終わるわけねーだろ、バカ」って顔される。

 

どんな社会にもその街のライフスタイルがある。どうして同じビジネスマンなのに日本人は夜8時過ぎまで普通に働きキーウィは6時前には皆自宅に帰れるのだろう?

 

では日本人は夜8時以前に自宅に帰りたいのか?これを聞くと「勿論、もし出来ればね、けど仕事が多くてさ」というが、けど本人が怪我をしたり風邪を引いて仕事が出来なくなっても誰かが仕事をやって回ってる。

 

じゃあ人員を増やしたらそれで残業減るかって言えばそういうこともない。結局誰もが出世競争や仲間はずれになりたくないから自分だけ先に帰れない、そういう雰囲気があるのかなー?

 

それに対しキーウィの場合は「キラキラ20時女子」なんて言ったら、そりゃ仕事が終わってコスプレしてバーで遊んでる女性のことになるだろう。女性が仕事でオフィスに20時までいることがまず想像出来ないのだから。

 

面白い事に日本ではばりばり働いてた人でもオークランドに来るとこちらのペースになるが、唯一ならないビジネス人種がいる。それは日本と繋がっている日系企業の支店とかである。彼らは常に東京の方向を眺めつつ残業を行い本社の営業時間に合わせて働き仲間同士で「俺たち忙しいよね、よく働いてるよね」と慰めあうが、あれは慰めというよりもお互いに仲間意識の確認ではないかって思ったりする。

 

ある時こんな事を聞かれた。「同じ社会人ビジネスマンなのに住む場所が違うだけで労働時間が変わるのか?」

 

確かに違うよね。ニュージーランドでは社会全体が仕事よりも個人生活を優先する思想が徹底しており、余程の事がなければ残業などしない。その代わり災害や事故が起これば誰も個人生活を後回しにしてボランティアとして駆けつけてくるので決して怠け者ではない。ただ人生の価値観、優先順位が違うだけだ。

 

所詮仕事でしょ、個人生活のほうが大事じゃん、けど仲間の命は個人生活より大事だから当然とるものもとりあえずボランティアとして助けに来るし、浜辺にクジラが打ち上げられたら近辺の人が集まって動物を助けにやってくる。

 

何か、社会における重要度、優先順位、価値観の違い、それを日本とニュージーランドを行ったり来たりしていると肌で感じる。どちらかの国でしか生活してなければ、この肌感覚は理解出来ないだろう。

 

ぼくは幸い日本で仕事をしていても日本の時間に巻き込まれることはない。それは何よりもまず僕が「外国から来た」という事を意識してもらってるからだろう。またニュージーランドにいれば日本人であってもキーウィタイムで仕事が出来てそれが問題とはならない。

 

ぼくがオークランドで会社を興した1996年から3年位は毎日の睡眠時間が34時間だった。あの頃はほんとによく働いた。朝の4時に起きて空港に向かう仕事をしてそれから市内で仕事をして夕方からはツアー客をレストランに送りホテルに戻って頂くのが夜の9時過ぎ、それから自宅に戻り企画書を書き翌日取引先に提案して、とにかく頭をフル回転させ続けた。

 

当時のキーウィからすれば僕がバカに見えたのでは(苦笑)?と思うが、だれでもいいや、海外で誰の助けもなく自分の会社を設立して毎月の売上を確保して銀行から一ドルの借金も出来ないガイジンが家族を抱えて食っていくのがどれだけ大変だったか。

 

あれから17年経って現在がある。この間社長を続けながらずいぶん経営の現場を学ぶことが出来た。お客様からの信頼の大切さが身にしみた。一緒に働く仲間の大事さが身にしみた。金と経理知識の大切が身にしみた。

 

今はキーウィタイムで週40時間しか働いてないが、中身の濃さを大事にしてこれからも仕事をしていきたいと思う。オークランドで薄っぺらい愚痴ばかりこぼすバカに混じらず、日本で優秀ではあるが真夜中過ぎまで働くビジネスパーソンにはその働きに敬意を表しつつ自分は少し遠慮して時間内に帰り、仕事の濃さで勝負しようと思う。

 

サンタが街にやってくる!さあ2013年もいよいよ後一ヶ月のラストスパートだ、だって来月の今日からは3週間のクリスマス休暇だもんね!

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2013年11月19日

移住は旅ですぜ。

***記事引用開始***

先日、日刊ゲンダイで、都内の会計士事務所には「日本に帰りたい」という資産家からの相談が多く寄せられている、との報道があった。つまり、税金対策やカントリーリスクのためにシンガポールなどに移住した人たちが、日本に帰りたいとこぼすようになったというのである。潜在的な日本に帰りたいと考える層が、表に出てきたと見られる。

 

 2011年の東日本大震災が大きなきっかけになったことは間違いないが、それを機に移住した人の中には、「本当は日本に帰りたいが、飛び出した手前、今更帰りたいとは言えないという人もいる」(あるパーマネントトラベラー経験者)と指摘されていた面もある。

 

 海外移住をした人や、またこれから考える人に主な理由を聞くと、相続税逃れと、原発事故による放射能の影響を危惧したものの二つに大別される傾向にある。相続税逃れは、日本の相続税は最高税率が55%にアップされるという税制改正によるものが大きく、親と子供がともに5年以上海外居住すれば支払いから逃れることができる。だが、ほぼ国税庁に資産は見透かされていたり、原発にしても、シンガポールでは昨年、導入を見送ったが将来はまだ白紙だ。

 

 いずれの理由にしても、日常生活のことは後回し。行けば何とかなるだろうという発想で行くと、日々の生活に何の目的もないことは明らかだ。ごく少数派に属すると思われるが「スカイプで日本にいる知人と話すのが日課」という人もいるそうだ。

 

 また、「インターネットで世界中、どこでもつながっているので特に、海外のひとところで移住する必要性は感じない」という海外居住経験者(30代)もいる。さらに続けて「ビジネスのための移住だったり、日々の目的がある人にとっては海外移住も『あり』あのでしょうけど…」という。さらにシンガポールでは外国人が不動産取得の際の税率を10%から15%に引き上げるなど、コスト環境もどんどん変わりつつある。

 

 ここでは海外移住を決して否定するものではないが、相続や原発だけが目的の移住では、今後も「日本に帰りたい」潜在層が表に出てくるかもしれない。

http://media.yucasee.jp/posts/index/13767?oa=ymm5332

 

オークランドに到着、駐車場から車を引っ張りだして晴天のオークランドを自宅まで運転して帰る。途中ハンドル回しすぎないようにしてないとって注意しつつ運転してたのは、頭の中がまるで未来からタイムマシンでやって来た感覚があるからだ。この感覚は時々出てくるが、やばいっす。

 

やはり今回は移動が多くて最後には説明会と個人面談がぎっしりと詰まってて、羽田から香港経由オークランドまで約16時間、何も食べずに寝てた。翌日からは仕事でありとにかく自宅に戻って風呂に入って体の中身を入れ替えなくちゃ。

 

そんな事を思いつつたまたま開いたゆかしーの記事が上記である。ゆかしーからすれば「移住したけど日本に帰りたい」というのが趣旨であるが、そんなもん普通の日本人なら無理して海外移住なんてするわけないじゃんって思ってる僕からすれば「あのー、何か記事にするほど特別な事っすか?」って感じだ。

 

移住が容易いって誰かが言ってるのかな?また移住は一生行きっぱなしで二度と日本に戻って来ない作業とでも思っているのか?ぼくが常に言ってる事だが移住とは長い旅である。10年単位の旅が終了すれば日本という母国に戻るのだ。

 

実際にニュージーランドに移住して来た人々でもこの国に骨を埋めるなんて考えている人は殆どいない。毎年日本に里帰りもするし友達や親戚も遊びに来る。

 

移住するのにしっかりとした確認もせず思いつきでポーンって飛んできて現地でどう滞在するのかなんて計画のない人だと、確かに「あれ?おれって何でここにいるんだろう?」って話になるのは当然である。

 

だからこそ僕は常にお客様が海外で生活出来る能力があるか、海外生活はどういうものかって事を良いこともわるい事も含めて説明した上で「何故移住したいのか?」という目的をお伺いすることにしている。それが旅をビジネスとして旅を楽しんでもらうために最低必要な話だからだ。

 

そこにきちんとした目的がない場合や、例えば相続対策など海外に移住しなくても対応出来るなら移住する必要はないし、逆に移住してもすぐ日本に帰りたくなるだけなのでお勧めしていない。

 

以前も書いたけど、移住って「ビザを取るだけ」って思ってる人は特に帰国するケースが目立つ。特に優秀な大学卒業して大手企業に就職して課長クラスなんてのは自分が今まで失敗した経験もなく取引先や周囲に「よ!課長!」とかちやほやされてるから移住の現実が見えてない。

 

彼らは会社の肩書がなくなっても自分が移住先の社会でも課長と呼ばれると思ってる。取引先や周囲がちやほやするのは肩書であり本人ではないと言う現実に気づかないから渡航してみて誰にもちやほやされず日本で働いてた会社名を言ってもすげなく「あ、そ、そんな事より君自身はどうなのさ?」と聞かれて躊躇するってのが目立つ。

 

日本では初対面の挨拶の順序はまず名刺を出しつつ自分の会社名と現在の部署と地位、それに時々年齢、かな。

 

しかしニュージーランドを含む白人社会では、まず握手して自分の名前を言って会社名は必要がなければ言わず年齢なんて全く関係ないから言わないし、ましてやこれがビジネスの面談でも最後の最後に必要であれば名刺を出して「今はこの会社だから連絡はここによろしく」くらいで終わり。ましてや個人として会った場合は名刺交換もなしなんてごく普通だ。

 

つまり日本と全く正反対の仕組みであり、それほど「どこの会社に所属しているか」ではなく自分の個性がどうなのかが大事にされる。初対面でも話題の豊富さがポイントだし礼儀をわきまえているか、社会常識はあるかとかが観察されて、その結果として次回も会えるかどうかが分かる。

 

日本では年齢や企業名で相手の社会的一を確認してから敬語にするかタメ口にするかを考えるしそれはオークランド日本人社会でも企業から派遣された人々は同様であるが、ニュージーランドでは年齢も職業も関係ない。だから何年付き合っても相手の年齢を知らないってのはごく普通だ。

 

ところがそういう社会であることを理解せず行けばどうにかなるって思いこんでただひたすら「どこでビザを取っても同じ、なら安いところで」とビザだけを頭に入れて他人に「おい、大丈夫?」って言われても自分が失敗した経験がないから「え?何が?ビザ取れればいいんでしょ?」となりひたすら突っ走る。

 

そしてそのうちビザ取得だけが目的になってしまい渡航後の生活をどう構築するかって言う一番大事な点をすっかり置き忘れて渡航して、現地に着いてしまうとどうも話が違う。あれ?どうして?って言うことになる。

 

そういう現実知らずだから「日本で優秀だったしとにかく行って履歴書出せばどこでも採用してくれる」くらいの気持ちで就職活動するが「あなたは当社には優秀過ぎます」と、どこにも断られてしまう。あれ?何でそうなるの?

 

こうやって半年くらいすると現実と夢の違いが次第に明確になっていく。さあそうなると今度は夫婦で喧嘩になる。奥さんは「ねえあなた、話が違うわよね」と愚痴を言い出し「何でだよ、お前だって行きたいって言ったじゃないか!」と言い合いになる。でもってオークランド離婚か全員で日本帰国という話になる。

 

移住は旅であり一生住み続けるわけではない。ビザは滞在のための手段であり取得することが目的には絶対になり得ない。

 

このような現実を理解した上で、自分は本当に旅をしたいのかどうか、実行する前にしっかり考えてもらいたいと思う。



tom_eastwind at 19:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月18日

差別とか在特会とか。

羽田からオークランドに戻る機中で考えた事。

最近はヘイトスピーチの在特会があちこちで問題になっているが、最初に感じた違和感は「ヘイトスピーチ」という語感だ。一匹の猿が隣の猿を「お前って猿だからダメ!」って言えるのかってこと。このネタ、切り口は山ほどあるけど、今日は猿議論からやってみる。

 

猿が猿を差別に関しての発言という事になるが、日本の場合表現の自由は認められている。同時に人々の人権を守ることも法で認められた権利である。

 

だからこの場合は表現の自由を主張する人々と人権を守ることのどちらが優先されるのかという点だ。日本が民主主義国家と思った事はあまりないが、一応建前上は民主主義国家だって事を前提に書いてみると、実は自由の主張の権利が人権よりも上位に来てるのではないかって事だ。

 

余程ひどい暴力的な発言でなければ自由に発言出来る、だから今のヘイトスピーチが存在するわけだ。

 

しかしその発言内容って、どう考えても許しがたいよね。一体何を基準にして在日特権とか言ってるのか?ニホンジンであれば差別的特権があってもOKなのか?ニホンジンでなければまじめに働いてもNOなのか?

 

例えば議員の息子が地盤看板カバンを相続税払わずに受け取って地元の名士になるのが税法上どう観ても違法なのにOKなのか?

 

ガイジンが一生懸命日本で働き金を稼げばそれは悪いことなのか?ではガイジンの基準とは何だ?元を正せば在特会の多くだって朝鮮人の血筋である。自分たちの500年前から1000年前の先祖は朝鮮や中国から来たわけである。ばっかじゃない?そんなに在日が嫌いなら自分たちがまず航空券買って朝鮮や中国に帰れっちゅうに。猿が猿を差別する?ばか?

 

要するに目先の感情でガチャガチャ言ってるが、ほんと、理屈揃えてから出てこいっつーの。彼らが何かの犯罪をおこせばそれは逮捕すればよい、バカ二世議員が犯罪を起こして逮捕するのと同様に。法治国家で国籍や血筋だけで人を差別するのであれば、それはすでに普通の先進国ではない。

 

しかしこの問題をもう少し上位から見てみれば違う景色が見える。

 

多くの日本人にはこの感覚は理解出来ないだろうな、けど自分がガイジン、在日であるって事を意識せず何世代も過ごすうちにいつの間にかニホンジンになったと思い込んでる「多くの中の一人」がどれだけいるだろうか?

 

だって今の日本人の多くは千年以上前に大陸からやってきたわけである、だったら1920年代にやって来た中国人や朝鮮人をどうやって今の自分と差別するのだろうか?もしかして「100年経ったらニホンジンー!」とか時効とか作ってるのか(苦笑)。

 

では本当の日本人って何だろう?そう考えてみれば多くの似非ニホンジンが自分の存在を考えなおす機会になるかもしれない。日本人と思い込んでる同士が同質性がない人間の存在は結局「あいつ外人だからさー」で片付けられるが、自分自身がガイジンであった場合は?じゃあ何がニホンジンの定義?

 

てかさー、書きながらふと思ったけど、どっちが本当のニホンジンだ?日本で生まれて育っただけでやってることが政府の奴隷であれば、そんなもんがニホンジンか?だったらおれ、日本人でいなくっていいし。

 

豊臣秀吉が出る前のニホンジンはアジアに飛び出してた。倭寇って海賊もやったし山田長政のように日本人街を作った人もいる。

 

「世界に飛び出る!」そんな人間をニホンジンじゃねーとか東大出たボケの言ってることにほいほい従う日本株式会社の中で出世競争を競ってるような連中に批判されてもねーって感じだ。

 

文句があるなら世界に出てみろ!世界は広いぞ、狭い日本に住んでちゃ思いもつかない世界があるよ、世界で戦ってみろ!本当にそう思う。そう考えてみると、ぼくからすれば山田長政や倭寇のように島国から飛び出て裸一貫で世界で勝負出来る、そういう人間が心の中の日本人ではないかと思ってる。

 

勿論別に日本から物理的に出る必要はない。しかし志は世界のどこに行っても礼儀作法をわきまえ他人を敬い非礼に対しては刀を抜き人を平常心で斬り殺す心を持った者、そういうのが日本人だと思う。具体的に言えば、維新時の会津藩士とか薩摩藩士であろう。

 

そういうレベルにおいて考えてみれば、国籍がどことか生まれがどことか血筋が何とか、何の意味があるのだろうか?在特会のやってることがノミのぴょんぴょん程度にちっちゃく見えてきはしないか?

 

武士であるかないか。

 

ただそれだけが日本人としての基準として考えれば、それ以上あまり難しく考える事は不要だと思う。

 

目先の話に戻れば、在特会が在日問題でどーのこーの言うなら、まず二世議員が相続税払わないことに文句言え。天下りとか渡りとかに文句言え。お前らほんとに先進国の理論的な人間か?もしかして染色体が少し不足してねーか?たりねーんだったらさ、その辺の服屋に行って生地買って繊維抜き出して継ぎ足してみたほうがいいんでねーか?

 

言っておくが、ぼくはこのような差別問題については一歩も妥協する事はない。これだけは絶対にあり得ない。なのでこのあたりの議論をしたいのであればいつでもどうぞ、けどやるなら僕を殺すつもりで来て欲しい、何故なら僕は絶対に引かないからだ。

 

すべての人々に機会は平等であるべきだ。機会を使って成功した人を妬むような人々が出てくれば、それは腐ったりんごが他のりんごを腐らせるように社会を壊す。ぼくはそのような社会に住みたくはない。

 

 



tom_eastwind at 18:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月17日

旅行屋

今日は個人面談の最終日だ。毎時に面談を開始して45分で終了、次のお客様においで頂き、13時から始まり最後は18時30分までぎっちりと話し込む。

 

お客様からすれば生まれて初めて移住を考えるわけであり「何を聞いていいか分からない」状態の方からもう決め打ちで「永住権取る」方まで様々だ。

 

この仕事、移住と言う旅の添乗員としてぼくには合ってるなと思う瞬間が、お客様が思いもつかない発想で旅の提案をすることだ。何故お客様が思いもつかない事をぼくが思いつくか?それは移住が旅でありぼくが18歳から旅のプロとして生きてきたからだからだ。

 

旅先で何が出来るか?そんなもんインターネットで調べればすぐ分かると言われるしまさにそのとおり。けれど移住という「旅」だけは通常の観光旅行と異なり完璧に情報が非対称でありどれだけネットで調べても分からない。

 

それは社会生活すべてのノウハウを専門的に持ち更にそれを組み合わせてその人の価値観に合ったものに構築して初めて正解が出るからだ。

 

言葉を変えて言えば僕の仕事はルービックキューブ作りだ。すべての面でぴったりと色が合わなければいけない。ところが多くの人はキューブの一面だけを捉えてどーだこーだとくっちゃべってるから他の面はどーなんすかねって言うと彼ら、顔が青ざめる。

 

いろんな人がいろんな嘘をネットで書く。ところが本人は嘘と思ってないから怖い。何故ならその人が経験した「その時その場所」では事実であってもすでに時が経ち場所が変わればその経験は全く過去のものになり無意味となり結果として嘘となる。

 

ところがネットで読む時に時期や場所関係を理解しなければそういう事は分からない。何となく今も同じって思ってしまう、違う場所で違う時間なのに。

 

本来なら健全に疑問を持てばおかしいと思うはずだ。けどネットリテラシーが低いとどうしてもきっちょむさん話ではないが糞が味噌と同じに見えてしまう。それは日本の学校教育の問題ではあるのだが、だからと言って本人の間違った判断が許されるわけではない。誰かが許さないと言ってるのではない、単純に本人が移住に失敗するってだけだ。

 

この仕事を始めて本当に色んな案件を扱ってきた。もう8年近く前か、ビザが取れることが前提で家族全員でオークランドにやって来て到着して始めてビザが取れない事に気づいた案件。その方は当社の説明会に参加してその後は自分で道を切り開いていた積りだったが、頼った先がDQNだった為にOUTとなった。

 

その方から突然連絡を頂いて話を聞くと、これはひどい。どうにかならないかなとグルグル頭を振り回して「そっか、これならいける」と答を出したのは30分くらいしてからかな。自分の経験とその方の経歴を元にその場で移住プランを作り上げた。

 

幸いな事にそのご家族はプランを実行されてニュージーランドに移住することが出来た。あの頃のちっちゃな子どもたちはもうそろそろ中学生ではないかな。

 

ほんとにこの仕事やってるとお客様の信頼とそれに答える能力が要求される。その為にも常に最新で正確な情報を得る必要がある。その為にオークランドにいる時は街を歩き空気を感じて、出張に行けば定点観測を行い今この街で何が起こっているかを読み取る必要がある。

 

一番怖いのは、街を歩いて情報を目前にしていていてもその意味が把握出来ない連中の存在だ。ぼくのように同じような情報収集してても全然違う答を出す連中がいる。

 

これは何故か?これは彼らがまず自分の利益や自分の業種の視点から観ているからだ。これは絶対ダメ。マーケティングの基本は目に見える事実の中から普遍的要素と時間的要素と地域的要素を取り出してそれを自分の立場を抜きにして冷静に評価することだ。

 

これが出来ない人がマーケティングをすれば必ず失敗する。目先の自分の利益、自分の仕事にしがみつこうとする気持ち、それが現実の眼を曇らせるのだ。

 

旅行屋というのは本来自由な業界である。何をやってもよい代わりに特許や免許で守られてないから参入障壁が非常に低い。いつでも誰でも入ってこれる業界である。ぼくからすればそれは18歳の時から理解している話であるが、多くの連中はまだこの点を理解していない。

 

「わお!誰でも出来るんだ、僕も出来るんだ!」〜まあどうぞ、玄関の敷居は低いからあなたも入れますよ、けど敷居の高い奥の間に入る事は出来ませんよ(笑)。情報産業は本当に生き馬の目を射抜くビジネスなのです。

 

別に旅行業を世界で最高のビジネスって言うつもりはないが、間違いなく平和なビジネスだ。

 

今年最後の個人面談もこれで終了。あとはオークランドに帰って家族と一緒に過ごそう。南半球の田舎であるが、家族と楽しく過ごせれば良い。僕は僕だ、自分の道をこれからも歩いていく。



tom_eastwind at 18:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月16日

移住説明会無事終了

今日で今年最後の説明会終了。もう69回もやってるんだなーって実感する。最初の頃は貸し会議室で大人数を集めてやってたが、ここ7年くらいはずっとウエスティンホテルの17階ラウンジにある小会議室を利用している。ここの方が少人数で気持ちが集中出来てよい。

 

まずは2時間立ちっぱなしで話してその後も個人面談を3件やるので結局5時間喋りっぱなしだ。

 

毎月こんな事やってるわけで、今回は香港、福岡、久留米、沖縄を回ってからなので長距離を短距離の速度で走っているようなものだ。だから仕事が終わった夜はふくれた足を引きずってゼーゼー言ってアルコール消毒している(苦笑)。

 

僕の仕事は旅行屋だ。これは説明会の最初にご案内しているが、旅行屋とは移住という長い旅をするお客様の添乗員である。常にお客様の側に立ちお客様の利益のために行動してお客様から費用を頂く。

 

従って常に最新で正確な情報を中立的な立場で提供して更に選択肢がいくつあるかを提案して最終的にどうするかはお客様に決定して頂く。不動産屋とか銀行が自社の商品を売るために無料で説明会やってるのとは全く違った世界である。

 

今日の説明会では少しニュージーランドの政治の仕組みをお話した。

 

この国は政治のクリーン度が世界一である。日本は先進国にしては相当下だ。付け届け文化があるのだから仕方ないと言うべきか?しかしながら二世政治家が存在するってのは日本にとって良いことなのか?

 

ニュージーランドの大きな特徴は二世政治家もいなければ地盤看板もないという点だ。政治家は基本的に素人である。政治家は民間でバリバリ働いるビジネスマンとか弁護士とか小学校の先生とか田舎の牛飼いとか、とにかく政治に全く関係ない「普通の人々」が決められた一定期間だけ貴族の義務として政治に携わる。

 

彼らは国民の代表として政治家になり行政のプロである官僚組織から一つの社会政策、例えばオークランドの交通網整備についていくつかの提案をもらい、それを国民に伝えて意見を聞き、最終的に政治家として判断する。

 

官僚はあくまでプロとして提案をするだけであり日本のように官僚が政治を支配することはない。官僚でも局長級はすべて民間から募集しておりその年収は約4千万円である。これはNZ国内だけではなく米国や英国からも募集が来て採用され5年ほど働いたらまた民間に戻る。つまり官僚と民間が普通に交流しているのだ。

 

日本の場合官民交流がないと問題になっているが、NZのように官民交流が当然の国では政治が利権になることがない。天下りもなければ渡りもなく、官僚は任期中に高い給料をもらい政治家に提案をするが、政治家が官僚の人事権を持つことはなく官僚が政治家に何か働きかけることもない。お互いに与えられた仕事を淡々とこなすだけである。

 

つまり、政治と行政と民間が見事に分立しておりお互いが干渉しない仕組みがあるから政治に利権が発生せず従ってクリーン度が世界一となるのだ。

 

これはもう国家の仕組みの問題である。日本も政治の構造改革って言うが、仕組みそのものを根本から訂正しなければちっちゃいところをどういじっても何も変わらない。それだけに大仕事であるが、ただ僕は日本の文化的構造から考えてほんとうの意味の民主主義を日本に導入するのは無理ではないかと考えている。

 

それは結局突き詰めて考えれば日本国民が持つ性質に行き着く。村社会があり村長がいて誰が何を決めてるかよく分からず結局誰もが責任を取らず何となく時代が過ぎていく。そんなところで正論や民主主義など語っても、表面的にはそうだよねそうだよねと言いながら実際には全く浮いている存在にしかならず、いずれ煙たがれる。適当に妥協する人間でなければ村八分になるのだ。

 

ぼくは日本という社会は大好きだが、どうしてもこの理屈の存在しない空気に支配された世の中で生きるのは辛い。観光客としてこの国に住み日本語で会話できるのを楽しむのが関の山だ。

 

この点ぼくにはニュージーランドは住みやすい。少なくとも理屈が通用するからだ。それにしても英国人ってさすがに素晴らしい民主主義を持ってるなー、さすがに権利の請願からクロムウェルの時代まで国民が自治と自由と法のために戦って来た政治一流国家である、そしてニュージーランドはそのまま血統を引き継ぎ更にミルやルソーで社会思想を深めた貴族が労働者の為の国家を作り上げた。

 

だからニュージーランドってのは実は1890年代に世界で最初に社会主義を作り上げた国家でもある。これってロシアとか中国とかの革命よりもずっと早い時期なのだ。全ての国民に機会と結果の平等を提供する仕組みはニュージーランドが世界で最初に作り上げた。

 

そんな話をしつつけれどニュージーランドは1984年に市場主義に大変換して社会主義は何の革命もなく平和的に資本主義に移動した。しかし法律的な制度は社会主義がベースであり続け、これは今も同様である。だからこそ治安も安定している。人々も余裕があって他人に優しくなれる。。

 

今年の説明会はこれで終わり。



tom_eastwind at 15:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月15日

東京到着

東京羽田空港に到着、そのままホテルに向かう。しかし羽田って都心ですねー、北関東地方専用国際空港(別名→地元産野菜直売成田市場)なんて使ってられない便利さ!

 

日本航空が丁寧過ぎるほどのサービスで助かるが、あの昼食のお弁当って国内線で提供するには豪華過ぎやしないか?

 

そんな事を思いつつ今朝は都内のアパート訪問。娘が来年から住み始めるアパート(日本で言えばマンション)探しだ。これ、海外生活をしている人間からすれば本当に不便だ。

 

とにかく日本で収入があり日本に住民票がないと借りられないって条件で、家賃2年分前払いとかいろんな提案をしたが結局はオーナーの判断がとても硬くて難しい。

 

このあたり、戦時中の借家法が残ってる理由がいまだ持って理解できない僕からすると「おめーら!」という気持ちになるが、怒ってこっちが何かを得ることはないので、にこにこと黙って話を聞くしか無い、だって頑張っていろいろと提案してくれる仲介不動産屋さんの責任ではないんだもん。

 

いろんな選択肢を提案して話が終わったのが12:00過ぎ、そろそろ街のレストランにサラリーパーソンの行列が出来る時間である。じゃんがらラーメンにはすでに店の前に列が出来てて、ああ日本だな〜って感じた。

 

不動産を担当してくれた方は頭の切り替えの良い方で、話をしてほっとするタイプだ。とりあえずこちらの条件を伝えて検討してくれるようにお願いした。

 

でもってホテルに戻りバタバタとメールを確認して、「まだ世界はここにある」って事が分かった時点で少し安心して部屋でゆっくりする。

 

でもって何気なしに部屋に放り込まれてた新聞をちらって見ると、オセアニアの銀行が「資産家向け投資セミナー無料招待!」とかやってる。

 

あーあ、君んとこだよね、約8千万円の現金を他人の口座に誤送金やって御免のヒトコトもない銀行だよね。一体どんな面下げてオーストラリアの不動産がどうのこうのとか言ってるんだか。あーあ、君んとこだよね、顧客と担当者が目の前でお札を数えて確認した上で裏に行って戻ってきたら「100ドル、足りないよ」って言ったのは(あり得んし、あんたと一緒に目の前で確認したよね??)。

 

看板だけで商売が出来るなら誰も苦労しない。看板だけを信じて騙されたいならそれはお客様の自由だ。看板だけで自分が偉いって思うなら勝手にやれ。

 

投資家に対して自分の持ってる商品の説明も出来ない、国債と社債の違いも説明出来ない、表面利回りと手取りの違も説明出来ない、それでいて「うちは大手だ!」だけが営業発言のアジア担当責任者、ばっかじゃない?日本の銀行のレベル、分かってんの?

 

お前、プロならもっとしっかり提案しようよ、少なくとも8億円と88千万円の区別くらいしようよって低能なレベルである。

 

しかしまあ、信じるのはお客様の自由だ。僕の仕事はあくまでもうちを信じてくれたお客様と付き合うだけだ。看板が大好きな人はそっちに行ってもらえば良い。


一応言っておくと僕は個人的にはこの銀行で20数年取引をしており現場担当者は皆良い人である。親切だしネットサービスもきっちりしていて困った事はない。ただ問題は投資家など大口の窓口に座っている責任者レベルにバカが座っているという事だ。

 

来年はすでに東京の上場企業からセミナーのお話を頂いており、まあ8千万円の誤送金する銀行と取引するつもりもない。バカは基本放置だ。あいつら経営層が投資家営業現場をアジア人に任せて自分の間違いに気づくのはいつか?ってだけが個人的な興味なだけだ。

 

さてっと、明日は説明会。働かなければってことで、今日は早いとこお休みですzzzz。



tom_eastwind at 11:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月14日

沖縄の夜は朝に向かう

松山の夜は楽しく、ついつい痛飲してしまった、翌朝の飛行機が10時発であることも忘れて。痛飲の結果として眼が覚めたのが11時・・・アフォですなー、またやったよって感じだ(苦笑)。これ、初めてではないんですよね、結構あります(あはは!)。

 

言い訳をすればここ数日睡眠時間が平均2時間だったので、今日は移動日で夜の会食だけって事で甘えたのか、ホテルのスタッフに電話されてバター!と目が覚めた。

 

でもって荷物をそそくさとまとめていざ出発!となったら、何と財布がない!これは正直生まれて初めてだ。日頃どれだけ酔っても財布と携帯電話だけは肌身離さずだったのに、何故かこの朝だけは携帯電話と電話の裏に張り付いたクレジットカードだけはあったのだが、何故か財布がない。

 

おっかしーな、どこに落としたんだ?そう思いつつベッドの下を探したり冷蔵庫の中を観たり(ぼくは結構おかしい、財布を冷蔵庫に入れたりすることもある)、それでも見つからない。

 

やっべーなー、現金は諦めもつくがクレジットカードの再発行が面倒なんだよなーとか思いつつ、けどもう考えても仕方ねーか、よっしゃ取り敢えずチェックアウトして空港に向かおうって思ってロビーに向かう。

 

そこで何気ない顔で「はーい!おはよ、チェックアウトお願いします」と、生き残ってたカードを見せると、フロントの若い子が少し遠慮げに「あの、もしかして財布落としてません?」と聞かれた。

 

びっくりして「ええ、そうですけど、何で知ってるんですか?」と聞き返すと「あの、財布が8階に落ちてたんです、見回りのスタッフが見つけまして」

 

あ、そうか、おれ、昨日泊まった福岡のホテルの部屋番号に戻ったんだ。でもって財布を出して鍵を出して、使えないからもういっぺん見たら部屋番号が9階になってるのに気づいて上の階に行ったんだー。

 

でもって財布の中にクレジットカードが入ってて、彼らが調べて宿泊者名簿にあるのを気づいて連絡してもらったんだ。

 

いやまー、良いよね日本。沖縄が実質的に日本でないとしてもサービスのレベルは完璧日本です。

 

ホテルで若干のお礼を渡して(仕事ですからってのを無理して受け取ってもらいました)タクシーで空港に向かう。当然ドタキャンであり次のフライトが取れるかな、けど今朝のフライトは100%取消手数料だよなって思いつつカウンターに向かうと、何と幸運、同日の変更は無料との事。これはぼくが予約の際に変更可能な航空券で手配してたからだっての、普段は一番安い変更不能な航空券を買うのに、何故かこの日に限って変更可能にしてたからだ。おれってまさか、酔っ払う事も計算に入れて予約したのかー?(笑)って思うくらいの偶然!

 

でもって新しい航空券を受取り出発ターミナルへ。ロイヤルホストが経営しているレストランでソーキそばとオリオンビールを貰って朝食と昼食を賄う。

 

カウンターがなくて一人でテーブルに座って飯食ってたらどやどやとやって来た関西圏のガキが3匹。キタネー言葉で馬鹿話してて、まるで関東圏に存在するクソオヤジのような古さと知能指数の低さを露呈してた。

 

バカはどこの世界でも何時の時代でも存在するよなー、けど今日は俺の方が飛行機に遅刻して財布なくしただけもっとバカだよなー、なんて思いつつソーキそばを食べる僕でした(苦笑!)。



tom_eastwind at 19:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月13日

沖縄の夜は続く

久留米では超元気な経営者の皆さんとけっきょく仕事そっちのけで大笑いしながら真夜中過ぎまで飲み最後は僕だけタクシーで福岡に戻り今日になって部屋に着いたら朝の2時。それから朝のフライトで沖縄に移動するため荷物を片付けて2時間ほど寝る。

 

6時に起きてさすがに睡眠不足かもとか思いつつ荷物を引っ張りだして空港に向かいチェックイン後に搭乗口のカウンター横の自称「喫茶店?」昭和なカウンターだけでメニューはカレーからうどんから丼ものに、一番受けたのがソーダフロート!昭和です。結局ここでも肉入り海老天うどん(この時点では生卵の提供は禁止でした)を食ってさあ、沖縄へ移動だ。

 

沖縄に着く頃は軽い雨が降っており、傘をさすかどうか微妙なところだが結局傘なしで移動。空港でオークランドから来たスタッフと合流して近くのホテルに荷物を置きあまりお腹も空いてなかったのでおもろにあるお客様のオフィスにそのまま訪問。

 

今回の案件は来年の商品の仕込みの最終打ち合わせで、これが全部終了すれば来年の商品のラインナップが出来上がるので3時間ほどの会議になった。

 

会議終了後夜の予定まで少し時間があった。考えてみれば昨晩の飲み会でもほとんど何も食っておらず昨日と今日はそれぞれうどん一杯で生活したのか〜と感慨に浸ってる暇はない、こりゃちょっとやばいと思いホテル近くのコンビニに飛び込んでおにぎりとパンと水を買って、化学調味料とかなんとかは今日だけは無視してとにかく腹に詰め込む。死ぬよりましだ。

 

お客様のオフィスを訪問する時はその隣にある大型モールを見て回るのだが、いくらお昼時とは言えどこのレストランも混雑して商店街の通路もたくさんの人がいて、間違いなく従業員よりお客のほうが多い。ああ、やっぱり沖縄って発展してるんだなって感じた。

 

日本においては沖縄と北海道は戦後それぞれ開発庁管下になった時期がある。つまり政府に由る様々な補助があった。戦後の北海道は一時期は単行で賑わったが政府のエネルギー政策の変更による炭鉱閉鎖を受けてそれまでの石炭輸出に寄って得ていた収益を箱物ビジネスに変更してしまい、今では誰も使わないスキー場や観光施設がそれほど山のように出来た。

 

しかし箱物ビジネスは所詮限界がある。バブル崩壊以降北海道の景気は急に悪化した。それはひたすら「お上のお恵み」にぶら下がってきたからだ。人に飯を食わせてもらう動物は自分が野に放された時に自活を知らず生きていけない。

 

岩見沢で仕事をした時に夜の街に出てみると、まるで昭和な飲み屋街で店の数のほうが街を歩いてる客より多いでしょって感じだった。その時に「なんでこんなにお店が多いんですか?」と聞くと、昭和の時代は炭鉱夫がたくさん働いて皆がよく飲みに来てたとの事。炭鉱が閉鎖された後も店が減ることはなくそのまま今の時代までずっと続いてる、つまり転職もせずにだらだらと残って来たというわけだ。

 

北海道と沖縄の違いかな、北海道に先住民族として生活していたアイヌが和人によって殆ど絶滅されたのに対して沖縄では琉球民族が形として生き残ってこれた違いがあるのではないかと思う。

 

アイヌがほぼ絶滅した後に植民した和人は、もちろん最初はすんごい頑張った。北の大地で牧場を作り東京から離れた場所で自由に伸び伸びと生きた。そして鰊御殿が出来たり炭鉱景気がやってきて儲かるようになると次第に世の中が贅沢になった。次第に智恵を使って明日のために今日何かするのではなく、明日も今日と同じだろうと思うようになった。

 

その結果としてバブル崩壊以降も何か新しい事をするわけではなく、いつかはまた景気が戻ってくるだろうと思い込み、何の変化もしないままに時間だけが去っていき拓殖銀行が倒産して夕張が破産して行き詰まったのが現在の北海道である。

 

ところが同じように苦しい時代を経験してきた沖縄では同じ時間を全く違う対応をしてきた。ぼくは沖縄には1970年代後半からずっと付き合いがあった。年に10回くらい出張しており那覇空港がまだ古かった時代にターミナル内に入れないお土産屋さんがパイナップルとウイスキーの入った袋を持って立ってたものだ。

 

主要な産業がなかった(てか日本政府と米国政府によって制限されてた)沖縄では観光産業が唯一の収入源であり当時から日本で一番貧しい自治体と言われていた。

 

日本返還後も核爆弾は嘉手納に置かれ米兵による事件も本土では考えられないほど発生した。当然であろう、米兵と言いつつも実態は兵役に行くしかない貧しくて知識の低い若者の集まりである。海外にいれば不満も溜まるしおまけに日本で犯罪を犯しても逮捕されないことだけは知っているから、そりゃ暴れるわな。

 

そんな中、日本返還という米国政府という犬が出て行った後に日本政府という豚がやって来た。自由を求めてフリーバードを歌っていた沖縄の人々は日本返還とは言っても肌の色の違う外人がやって来ただけであった事に気づいた。

 

沖縄は元々貿易民族であり北前船の停泊する港でもあり過去から日本や中国と貿易を行ってきた。彼らは考えた、資源のない沖縄をどうやって活かしていくか?その為に使えるものは何でも材料にした。その材料の一つが観光資源であり、もう一つが米軍である。

 

今だから書けることだが1980年代に沖縄に旅行した観光客の多くは北部にあるパイン園を訪問して赤土に埋まってるパインをお土産として買って帰ったものだ、それが実は台湾産だとも知らず(苦笑)。

 

観光は沖縄の資源となり那覇ショッピングセンターは当時の一大ショッピングセンターとして繁盛して、僕も目をつぶっても歩けるほどお邪魔した、そこに置かれたおみやげの殆どが実は台湾産であったとも知らず(苦苦笑)。当時は原産地呼称制度が曖昧だったから出来た話でもあるが、沖縄の人はそれなりに頑張っていたのだ。

 

その後沖縄の軸足は「米軍」へと拡大した。つまり在日米軍という餌を使って日本政府から様々な形でお金を奪うことを考え始めたのだ。当時ぼくは嘉手納基地を包囲する仕事をやっていてまさに間接的に沖縄県民の為に働いていたわけだが、このビジネスは今も大当たりである。

 

ある意味在日米軍問題はあふぉな本土のヤマトンチューの自分勝手で身勝手な思いやりで成功したのだ。自分の街に米軍が来るのは嫌だけど沖縄ならいいわ、ちゃんとお金は払うわよ、ああ、あたしって何ておもいやりがあるんだろう!by社民党である。

 

それでも沖縄が受けてきた苦労に比べればまだ本土のほうが恵まれているから、まだ取り立て不足と言えるだろう。沖縄戦で多くの民間人が殺され、1980年代初頭でさえ奥地の洞窟に行くと骸骨が転がっていたものだ。

 

当時の国際通りではマクドナルドハンバーガーの店の前を焼夷弾を浴びて泥のようになった顔で歩きまわる人々がいたのは今でも脳裏に焼き付いている。

 

所詮はヤマトンチューのやること、ご無理ごもっとも、あんたらにうちなーの気持ちは分からんさ、そういう空気が漂っていて、それに気づかないヤマトンチューが浮いてたのは今でも思い出す。

 

海洋博ではまたも日本政府に苦渋を飲まされた。当時、本土の企業がやってきて現地の仕事を奪い、海洋博終了後は仮屋作りのホテルやレストランが廃墟となって58号線に並んでいたものだ。

 

その後も沖縄は自活の努力を行い、近年では日本の中で人口増加が望める都市の一つとなった。人口増加が望める都市は東京と福岡と沖縄くらいだろう。

 

この夜は松山に飲みに出た。僕が知ってた頃の松山と言えばコンクリートの無機質な固まりである無機質なビルに入ってる暗いバーがあっただけで、賑やかと言えば波の上のジャッキーステーキハウスのあたりだった。当時は置屋があり米軍から入手したブルーフィルムを見せるバーが繁盛していた。

 

ところが今の松山!すんごいですなー、しっかりと繁盛している。二次会で飲みに行ったクラブで(踊る場所ではない、飲む場所です)そこの美人ママと昔の話をしていると、隣に座ってた若い女の子がびっくりしてた。そうだろうな、彼女が生まれた頃はすでに戦後が終わってたんだもんなー。

 

そんなこんなで那覇の夜を過ごして翌朝。ありゃまーって事件が起きた。



tom_eastwind at 19:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月12日

出張の中の日帰り出張

今日は朝からウエストの肉卵海老天入りうどんと牛すじおでんを食べる。ほんと、福岡に来ると朝飯はいつもウエストのうどんだ。勿論福岡の名物といえば豚骨ラーメンでありそれに何の代わりもないのだが、しかしうどんも実に美味い。

 

福岡に住んでた頃は牧のうどんが大好きで車で移動する時はしょっちょう牧のうどんでお昼ごはんを食べてた。ここのうどんはご存じの方も多いと思うが、うどんを食っても食っても丼の底から沸き上がるようにうどんが増えてくる現象だ。

 

勿論どんぶりの下に自動製麺機が付いてるわけではない。加水率ってのが関係しているのだが、麺がつゆを吸ってどんどん膨らんでいくのでまるで麺が湧き出てくる感じがするのだ。

 

ウエストは1980年代の味は近くに他のどんな店が開いてなくても絶対に入らず家でラーメン作った方がよいくらいだったが2000年代に入ってすんごい美味しくなった。付け合せのおでんやかしわ飯も美味い。うちの家族も大好きで福岡に来ると必ず家族で食べている。美味しいものに国境なしとでも言うべきか。

 

今日の訪問地は久留米市である。福岡の南部にある人口約33万人の地方都市であり福岡から新幹線で20分、西鉄電車特急で30分のところにある。昼までメール整理をやって昼過ぎには仕事用の道具をカバンに入れて出張の中の日帰り出張だ。

 

町の歴史は長く米の産地としても知られている。「久しく留まる米」が久留米の語源とも言われている。特に有名人を輩出している街としても有名で、JR久留米駅では駅内放送でいつもチェッカーズや松田聖子の歌がかかっている。

 

この街は何か一種独特な「気」が流れており人々が普通に大きな事を考えて自分を100%信じて苦労するふりもなく何かを成し遂げるという性質がある。それは久留米内にいると周囲が同様なのであまり感じないが、例えば東京や海外などに出るとその性質の違いは明らかである。

 

同じ日本でも東北や北陸地方は非常に保守的であり生まれた村から出てくなんて考えもしないし、あえて出るとしても行く先は東京であり、東京が移住先であり海外なのだ。

 

ところが福岡県ってのは京都政権が始まる前からすでに朝鮮半島や沖縄経由中国の貿易文化を持っており、福岡から東京に行くよりもソウルや上海の方が近いという距離感である。第一1500年には江戸城なんて存在してなかった。だから東京に目を向けることもなかった。

 

早い時期から仏教が伝来して街にはたくさんのお寺がありどこも軽く数百年の歴史を持っている。だから海外に出ることに何の抵抗もなく、むしろ東北にある東京よりも南西にあるアジアや世界に向けて広がっていったのだ。

 

福岡の方言で「出虫(でむし)ですけんねー」というのがある。体の中にある何かの虫が海の外に出たがるという意味で、現代においては遺伝子として知られている要素が九州人にはあるようだ。

 

今回の久留米、実はとんこつラーメン発祥の地でもある。日本全国から見れば豚骨は博多ラーメンとか福岡発祥と思ってるかもしれないが、本家本元は久留米の豚骨ラーメンである。福岡のとんこつラーメンの場合、特に長浜ラーメンなどは豚骨でもあっさり系で魚介類も使っているが久留米の豚骨はほんとに豚骨だけが中心で、これはもう日本で一番美味い。

 

東京で豚骨スープを使ったなんちゃら系とか家系とかあるが、その原点は久留米である。さらに東京でとんこつラーメン店「なんでんかんでん」を大流行させたのは福岡出身の河原さんだ。

 

ということで本日は新幹線に乗りJR久留米駅に到着したのだが、これが寒い!丁度日本中を寒波が覆っておりコートを持つ習慣のないぼくは駅から出ていきなりふきっさらしの中、お客様の経営するレストランに向かう事になった。

 

今回の目的は来年の計画のリトル福岡の第一回説明会である。説明会と言っても硬苦しくなく、まずお客様の経営する居酒屋でわいわいがやがや酒を飲みながらヨモヤマ話をしましょうって趣旨だ。

 

お客様といくつか打ち合わせをしてからちょっと時間があったので西鉄久留米駅をぶらぶらするが、ここって昭和がそのまま残っているよねってお店ばかりで、受けたなー!駅内にあるレストラン街も何故か甘味屋なのにちゃんぽんや焼きそばがメニューにある。

 

座ってみると椅子も昭和の時代の設計なのだろう、まるで大人が小学校1年生の椅子に腰掛けたような感じで、ソーダフロートを注文したらまさに昭和のソーダフロートが出てきた。

 

久留米にはマンションと言う名前のアパートがたくさんあるなーとか思いつつ商店街は昼間からシャッター閉まったところが多いのだが、ちょっと表通りに出てみるとお洒落な居酒屋、焼き鳥屋、とんこつラーメン店が軒を連ねている。

 

地元の人の話では人口比率で焼き鳥屋が最も多いのが久留米だそうだ。そう言えば以前は久留米でB級グルメ大会やってたのに最近はどうしたんですかって聞くと「ああ、あれですね、何か元々は久留米で始まったんっですけど今は久留米が外れてるんですよ、何か方針が合わんかったみたいですねー」と言われてた。

 

その人曰くは「久留米人は独立心が強い分他人と組むのがあまり得意じゃないんでしょうね」。てーことは久留米は中国人と同様のビジネスマインドなのかな?とか思ったり。

 

久留米はブリジストン発祥の地でもある。他にもお菓子の銀のスプーンも久留米が本社、ほっかほっか亭を凌駕したホットモットも久留米が本社だ。街はちっちゃいのだが世界に通用するビジネスをやっているのも事実。感覚的に世界と日本の区別がつかないのだろう(苦笑)。

 

僕は1980年代には久留米によく飲みに行ってた。最初は中洲で飲むのだが久留米から痛勤してる仲間もいたので夜の11時ころからタクシーに乗って約1時間かけて久留米に行き、屋台で飲んだり文化街で飲んだりして朝まで遊んだものだ。

 

この日も夕方になると皆さんそれぞれの仕事を終わらせて三々五々お集まり頂き、集まった人から適当に飲み始めてずーっと馬鹿話をしたり最近の情報交換とかやりつつ最後のお一人が揃ったところで今回の企画趣旨を簡単に説明、また飲み始める。

 

これもなー、九州文化が中国文化と近い行動パターンである。「まずは飲みましょ!」が基本にあり、酔っ払っても皆あまり気にしない。どんどん次の店に行く。全員が何かのビジネスの経営者であり片手で忙しそうにケータイかちゃかちゃやりつつ仲間と大騒ぎして、まあとにかく元気が良い。

 

こうやって初対面同士の、まるで異業種交流会のような久留米の飲み会は真夜中過ぎまで続く。



tom_eastwind at 21:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月11日

TIme Line

これは映画の話。

何故かこの映画が大好きで、心をすっきりさせたい週末に観ている。これってすべてのSF的要素を組み込んだロマンチックアクションとでも言うのかな、とにかく僕の欲しい「心をスッキリさせたい週末」に丁度良い。

タイムマシン、1300年代の英仏関係、キリスト教の発展など観てて楽しい。未来と過去が一つに繋がっている。けど今の時代TimeLineとかラインって言うと何だかSNSの世界に入ってしまいそうだ。

21世紀になって流行ったネット文化はそれなりに面白いが、バカッターとかフェイスブックとかラインとか、さて誰が生き残るのか?というのはあまり積極的な興味がない。社内ではずっとMSNのチャットを利用していたが最近はなんちゃらというとことサービスが合体したとかでなんちゃら使いづらくなった。だもんで今は他のシステムに乗り換えを検討中。

無料のサービスも有料のサービスもあるが、有料と言っても年間数万円なので使い勝手の良いほうが良い。

ぼくはあくまでもこういう媒体を使って仲間と情報交換をするだけの利用者でありそのビジネスで直接の利益をえるわけではないからどこが生き残るかってのは関係ない、その時代に最も合ったサービスであればそれで良い。生き残るものは偶然の結果として生き残るだろうし滅ぶものは必然として滅ぶだろう。それを決めるのは時代であり努力ではないからだ。


人間は常に他人とのコミュニケーションを必要としている。その基盤が言語である。話し言葉、書き言葉、それが人と人をつないでいる。これによってお互いの意思疎通が出来る。コンピューターは結局単体の計算機でありネットとは全く関係のない機械だ。けれどある時この二つを引っ付けた奴がいる、こいつらが本当に時代を変えてしまったのだ。まさにTimeLineの世界である。


IBMという会社は世界で最初にコンピューターを社会に広めた会社であるがこの社名はInternationll Business Machineというスーパーマーケットのレジで使ってた機械のメーカーだ。それが自動計算機を作り更にコンピューターに進化してインターネットと接続することによりコミュニケーションツールへと変化している。


そして現在ではコンピューターさえ中国のレノボに売却、自らはソリューションビジネスに転化しようとしている。大巨人企業でさえ変化を続けなければいつかはちっちゃなガレージ起業家に追い抜かれる。


僕は幸運なことに高校の授業でコンピューターを学ぶ機会があった。高校生の頃からコンピューターを扱いコボルやフォートラン言語でプログラムを書いてたので、現在のネット社会の進化の方向に何となく肌で感じる「違和感」がある。これって必要なのか?って事だ。


バカッターは5年くらいで潰れるから今回の上場で株を買った人は早めに売ることをおすすめする。それはMixiがドボンしたのと同じ理由である。もっと良いサービスが出れば全員でそこに引っ越しをして残ったのは死骸となったスレばかりのmixiみたいになる。


むしろ土管屋に徹したNTTとかの方が余程堅実である。どのようなソフトも土管なしには通信出来ないからだ。


じゃフェイスブックは?となれば、これも同様でありもっと良いサービスが出れば客はそっちに行く。課金システムが広告代理店システムであればすぐによそに食われる。だからこそグーグルなどはどんどん実業の世界に入り込んでいる。これは正解。


ニュージーランドではTradeMeと言うシステムが好調である。ただ僕はまだ使った事がない。これはネット系というよりインフラ系である。Amazonが絶好調なのも結局は人々が必要とするサービスであり今までは存在しなかったから最初に飛び出したものが先行者利益を獲得して、でもって大体こういうビジネスって「一強九弱」であるからどっか一つにすべてが集約される。


これ、僕が1990年代にやってたビジネスモデルと同じで誰もがやってない時に新しいサービスを提供するとストロー現象が起こり似たような他業種は全滅する。また新サービスを提供しても更に時代の最先端の技術で進化してかなければあっと言う間に新興企業に淘汰される。


これは企業から見た視点であるが、最初に書いたように利用者からすれば社名は何でも良い、使い勝手が良いかどうかだけである。


だからmixiが出来るとすぐアカウントを作りツイッターが出るとすぐフォローし挙句にフェイスブックに入ったら「いいねボタン」を押す苦痛に「何じゃ、ネットなのに実社会のねちゃねちゃがあるじゃん!」と思ってもすでに繋がりを持った人々と縁が切れないので結局ずるずると続けていってますます泥沼にはまるという事になる。


コミュニケーションの取り方、情報収集、どのような方法を取るにしてもそれぞれの媒体が一体何者なのか十分注意してから手を出す必要がある。自分に合った媒体は何なのかを考えずに新しいだけで飛びつくと、苦労するのは結局本人である。


とか言いつつ福岡へ移動。機内ではあいも変わらずでっかいインクの付いたガサガサ紙を広げているビジネスマンがいるが、今の時代にすでに新聞は凋落のさなかでありテレビでさえもネットに凌駕され始めている。


ある調査によれば新聞やテレビ媒体を利用するのは年を取れば取るほど増加して若くなればなるほど利用率が大きく減少していく。中には自分のアパートにテレビもないし新聞も取ってない若者が増加している。


いつの時代も変わらぬ学ぶ心が絶対に必要だが、それは今までの自分を否定して自分を変化させる事でしか成立しない。テレビを観ているだけで世の中の真実は分からない。わからないままで良いのだったらそれでも良いが、もし時間を越えて変化をしたいなら今手に持っている媒体が本当に今の時代に対応しているか、少し考えてみたほうが良いと思った福岡行きの機内でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 13:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZの不動産および起業 

2013年11月10日

法外風雲

今日から日本出張だ。最初の目的地は香港。10年の付き合いがある弁護士が香港の弁護士事務所に移って今後は香港と日本とニュージーランドを結びつけるビジネスが拡大出来る機会なので、夜の1030分とオークランドではあり得ない時間帯にホテルのバーでミーティングをする。

 

そう、僕の住んでる業界では一番遅いミーティングでも16:00がせいぜいでありそれ以降の時間帯にアポイントを入れるのは余程緊急時しかない。僕自身仕事は15:00で終わりなのでアポイントは14:00が最終だ。

 

だからだろう、香港から来たメールで彼が「おい、次はいつ香港だよ?会おうぜ」ってメールが来た時に「いやさ、香港に着くのが夜の9時で翌朝8時にはホテルを出るから会うのは夜の1030分しかないぜ、ちょっと非常識な時間だよね」と思いつつ、けどこいつ香港生まれの香港人だし今は香港にいるんだから、よっしゃちょっと聞いてみようと思って「あのさ、夜の1030分なんだけど大丈夫?」ってメールしたら即答で「無問題!」。

 

さすが香港人だな、やっぱり蛙の子は蛙とでも言うかな、何かオークランドにいる時と顔つきさえ違っている。

 

「どうだい香港は?」って聞くとすかさずに「ゼロの数が二桁違うね」と返事。そうなんだよねー、これがキーウィには理解できなっくて僕も仕事をしてて一番困る部分だが、北半球、特に東京とか香港とかシンガポールでは回ってるお金の桁が二桁違う。

 

その現実を知らないままにキーウィ常識でどうこう言ってくるから疲れる。目の見えない人に色を説明するようなもので、こればっかりはどうしようもない。

 

でもって今はまって見てる「法外風雲」って香港のテレビ番組は香港の相続弁護士たちの法廷物語である。相続税がない香港であるものの、様々な法定相続の権利関係者が出てきて自分の権利を主張する。その内容はほんとに面白くて、まるで日本の相続と全然変わらんじゃんかって感じ。

 

違うのは扱っている桁だけだ。香港の場合は日本のようなサラリーマン社長は少なく殆どがオーナー企業であり相続ともなれば莫大な金が動く。相続税はないけど隠し子とか海外資産とか出てきて本家の子供でも様々な権利を要求して大喧嘩である。

 

裸一貫で死ぬほど頑張って財産を作ったオヤジが亡くなると同時に馬鹿息子が自分の遺留分を主張するが遺言書により馬鹿息子がきちんと企画を作り成功させなければ遺留分を受け取れない仕組みを父親が予め作っておいた。父親は自分の息子の馬鹿さ加減を分かっており、だからこそ相続の際の条件としたのだ。

 

他には例えば相続対象となった北京ダックが有名なレストランの権利をめぐり、ダックの味付けを巡って裁判で二つの北京ダックの食べ比べをしながら「ほら、こっちの方が脂が乗ってる」とか弁護士同士が論戦するのがいかにも食在香港らしい。

 

香港は丁度東京のような感じであり、一つ一つの街がきちんと独立していながらいつでもとなり町に行けるだけの交通機関が発達している。ホテルに着いて彼に電話したら「あ、今は北角にいるよ、30分でそっちに行くからね」ってごく普通の会話。東京で言えば「今世田谷で恵比寿なら電車で30分」という感覚だ。

 

今後彼とのビジネスの中心に来るのは海外相続である。日本では相続税がかかるが香港もニュージーランドも相続税はない。ならば資産を香港やニュージーランドに移せば良い。しかし答はそう簡単ではなく、今年の税制大綱で「お前が日本国籍持ってて現在日本の居住者なら海外資産も課税!」ってルールになったからだ。

 

去年までは資産を海外に移すだけで対応出来たが今はもうダメ。けどそこは方法がある。非常に単純であるが手続きさえきちっとしていれば対応出来る。まさに「法外」な方法であるがこれが合法なのだ。今年と来年は海外移住ビジネスでいく。2015年以降のビジネスモデルもすでに完成している。後は実行あるのみだ。

 

勿論日本政府も協力な課税手段を次々と出してくるだろう。ここから先は時間との勝負である。日本では相続税が増税になるのも2015年であるが、東京都内に住居を持つ人はこれから頭が痛くなるだろう。しかし頭を抱えているだけでは問題は去っていってくれない。



tom_eastwind at 13:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月09日

人と車と飛行機のお噺

シティでは現在エリオットストリートとフォートストリートの一部が人車道になっている。どういう事かと言うと道路全体を石畳のようにして歩道と車道の境目になるような縁石を無くして、車は低速で歩行者に注意しながら走り人は低速でやってくる車に注意しながら歩くってやつだ。

 

最初にエリオットストリートに出来た時は「こりゃ何じゃ?」と思ったが実際に使ってみると、これが使い心地が良い。通りの真ん中を堂々と歩くことがこんなに気持ち良い事とは思わなかった新鮮な気持ちになれる。

 

エリオットストリート全体が石畳になりまるで昔の欧州のような雰囲気で特にエリオットステーブルズというお洒落なフードコート(ワインショップやウイスキー専門店もある)が出来たので会社から徒歩5分の散歩と昼食とウイスキーを買うのを楽しんでいる。

 

こういうセンスって日本人にはないよなー、だって日本人だと「これは車道、これは歩道!」と白黒はっきりさせないと納得出来ない部分があって、じゃあ車と人間どっちが優先なんだ?みたいな議論になって平等論とか「べき論」が議論を白熱化させていよいよ議論ではなく感情論になって最後は車道を人が歩いてたらクラクション鳴らすし歩道に車が乗り上げてたらボンネットをバンバン叩くような状況になって「やーめた、こんな仕組み作っても日本人には合わないね」となったりするんだろう。

 

それでも北京や上海でこれやるよりましだろう、大都会でこれやったら確実に車は人を撥ねて人は運転者を車から引きずり出してぶん殴るだろう。

 

やはりこういう仕組みってオークランドくらいの中サイズの街で国民性に譲り合いがあってせかせかしていないから出来るんだろう。

 

でもってもひとつ面白い記事があった。ニュージーランド航空が来年10月頃からボーイング787をオークランド-パース間に就航させるとのこと。それから路線を上海線や東京線に拡大する・かも?

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/131108/prl13110813180042-n1.htm

 

ぼくは去年偶然ニュージーランド航空の「内覧会?」に参加した事がある。この時はまだ試験飛行の最中で機体の後ろ半分は様々な計器が積まれておりまるで貨物飛行機。前方は座席が付いててついでに機長席まで座らせてくれるサービスまであったので大体のイメージは分かる。

 

面白いって意味は787は中型機であり例えば747は国際線で330席くらいあるけど787は最大でも222席である。もともと日本からオークランドって日本航空とニュージーランド航空が別々に飛んでたし空港だって多い時は成田、中部、関空、福岡から就航していた。ところがバブル崩壊以降次第に観光客は減少し、最も多かった頃の年間17万人が現在では7万人を切りそうである。

 

だから日本航空がまず手を引きニュージーランド航空と共同運航便になった。エアライン連合としてはニュージーランド航空はスターアライアンス、日本航空はワンワールドで別の組なんだけど、この路線だけは背に腹は代えられない状況だったのだろう。

 

そしてニュージーランド航空も年々減少する日本人客に対して赤字路線を飛ばし続けるわけにはいかない、必然的に福岡が切られ中部が切られ関空も切られて今は成田便しかない。その成田便だって日によってクライストチャーチ経由とかだったりで成田−オークランドの直行便だけではなくなった。

 

更に今までは747が飛んでたのが777767に小型化されてしまった。時々ニュージーランド航空に乗ったお客様が「いやー、満席でしたね」というと何も言えない。だって「いや、それは間引きされて小型化されたから結果的に満席になったんですよ」が答だからだ。

 

じゃあ今まで日本の空を飛んでた飛行機はどこに行ったのかって言うと、これが中国である。1990年代の中国からの旅行者なんて数えるほどだったのが現在では中国からの観光客が急増して年間20万人を超している統計があるくらいだ。

 

そういう状況をあまり理解していない人は「最近ニュージーランド航空って不便になったわー」とつぶやくのだけど、そう、その通り。不便になったのです。何故なら日本人がニュージーランドに行かなくなったからです。

 

今回の決定も787を飛ばすのが来年の10月でありこれがもし日本に来るとしても2015年の噺である。その頃には既に日本から海外に出国するのに規制がかかってるから日本からの旅行者は更に減少するって事だ。

 

その頃になれば222名が搭乗出来る787だけど週に2便のみとか行きは成田→関空→オークランド→クライストチャーチ、帰りはオークランド→成田→関空とかになるのだろう。そうなってしまえば直行便というよりも経由便というのが実態に近い表現になる。

 

すでに西日本など地方在住者の場合は成田を使う利点はますます減少しておりインチョン乗り継ぎや香港、台北乗り継ぎの方が時間の都合が良かったりする。1980年代のような直行便信仰はもうないのだ。

 

それでも直行便を利用する人は乗り継ぎの際の英語が面倒くさいとかの理由で存在するだろうが、日本全体の流れとしては観光客が減少していくのは止められないだろう。

 

ある意味ニュージーランド航空にとって日本は「終わったマーケット」であり、付き合いがあるし悪いやつじゃないから新しい機体は持ってくる、けど「良かろう安かろう」はないからお代金だけはしっかり頂きますぜって話だ。

 

今日もよもやま話で取り留めのない内容になったけど、人と車と飛行機の話でした。



tom_eastwind at 13:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月08日

横断歩道を走るバカ

「人間は眼が二つあるのにどうして前にしか付いてないのか?」

「それは常に前を見て歩け、後ろを振り向くなって事だ。」

 

最近何気なしに思いついた言葉。どこかで読んだ記憶はないのでもしかしたら世界で最初にぼくが思いついたのかも知れない(笑)、よし、知的著作権登録でもしておくか(あはは!)と朝からバカな事を考えながら会社の前にある横断歩道で信号待ちをしてた。

 

そしたらシティで一番交通量の多いクイーンストリートとビクトリアストリートの交差点であるにも関わらず堂々と信号無視するもっとバカを発見!

 

信号読めんのか、お前の国では信号ないんか?と聞きたくなるほど下品である。もちろん僕だってうちの可愛い奥さんだって状況によっては赤信号を渡る。だから問題は「赤信号を渡ること」ではなくどのような状況でその行為がどれだけ自分のバカッターレベルを周囲に発信しているかってことだ。

 

何故なら信号がチカチカし始めてからピンポンダッシュ並みに勢い良く車のすれすれを走るのだが、笑ってる。全然急いでない証拠に信号を渡り終わったらまたテレテレのんびりと歩いてる。運転者を舐めている行動である。自由と無責任を完全に履き違えているバカであり、お前らみたいなバカがいるから社会に規制と法律が出来るんだって事を全く理解していない、あるべき社会を破壊している者である。

 

じゃあ何で急いで渡るの?危ないし運転者に迷惑でしょうが。要するに

1・目立ちたい?

2・自分の無価値を知ってるから誰かに認められたい?

3・俺様を轢くような勇気のある奴がいるわけない!

4・脊髄反射で今渡らないと損した気持ちになる?

 

1と2は似たように見えるが少し違う。1は他人がどうこうではなく自分がまず存在している自信があって常に外を見てる。2の場合は自分が存在してない不安がある。

 

もし1ならもっと効果的な方法がある。時速100km以上で走ってる高速道路の車列に飛び込んで見れば良い。これなら歩行者と運転者は撥ねられて死ぬかどうかの五分五分の勝負、勝てばそれなりに新聞や警察が評価してくれる、もちろんその後に逮捕されること覚悟であるが。

 

もし2なら寂しいだけだ。ああ悲しい、そんな下らんことでしか自分の存在を社会に主張出来ないなんて。何でもっと他の努力が出来ないのかなー。まさにバカッター。

 

もし3なら親がバカなのか子供が後天的なバカなのか分からないが。まさか自分が車に轢かれない、おれさまはオヤジが地元の名士なんだ、誰も俺様に逆らえないし俺様がルールなんだ!と言って大学に車で突っ込み女学生を撥ねてこれじゃまずいってんで戻って轢き殺して挙句の果てに学生たちに囲まれると「お、おれのオヤジは地元の警察の副署長だ!何が悪いんだ!」と叫ぶアフォ。こういうのは最近のオークランドでも時々見かける。この前は一人ぶん殴ってやったが。

 

もし4なら余程に数学の弱い人間であろう。リスクを取って信号を渡りけどその行為によって得られるものが何もない、これって言葉を換えて言えば「バカ」である。相当に知能指数が低いとしか言いようがない。リスクを取ってバカをして得るものが無いわけであり、動物で言えば光によびよせられる蛾みたいなものだ。早いとこ人間を止めて動物社会に引っ越しすべきでは?と思う。

 

勿論僕だって時々急ぎの時はこの交差点が「後15秒ですよ」ってサインが出たら早足になることがある。それは交差点の向こうのビルにある弁護士事務所に行くのに待ち合わせ時間を過ぎてた時とかだ。

 

けどそれ以外の時であれば特に時間制限はないので普通に歩き、信号がチカチカしたら止まり、青信号が点くまでの約30秒で仕事の手順とかを考える。この方が余程効率的だ、仕事ができる。バカして走って息切らして何も考えられなくなって、それってまさに何も産まないよね?

 

たった30秒、その時間をどう有効に使うかはそのまま自分の人生の一年をどう使うかってのと同じだ。バカッター並みに赤信号渡ってバカ面で笑うのか、信号でとまって30秒でひとつのビジネスアイデアを作るのか、それは本人次第である。

 

まあ、バカに見られたいならどうぞって話でしかない。とか言うことをクイーンストリートとビクトリアストリートの交差点で考えた一瞬のバカ話でした(笑)。



tom_eastwind at 13:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月07日

また一組、うれしい永住権が取れました!

今朝一番の電話である日本人ご夫婦から電話があり永住権取得の連絡を頂いた。


これ、よかったなー、ほんとにこの仕事をして最高に一番うれしい瞬間である。


8月の終わりに技能移民を申請して連絡を待ってたら昨日永住権を発給する連絡があったとのこと。これ、最近の例では最速ではないかって思うくらいのたった2ヶ月だ。すごいなー。


もちろん普段もしょっちゅう各種ビザは取れているのだが、この件は特に個人的に思い入れが強いのでうれしかった。


4年前に説明会に参加されてその後ご自分で移住計画を作り日本で勉強しつつ日本にいながら現地企業からワークビザオファーをもらい渡航。


ご夫婦で働きつつ雇用、納税実績を作り永住権申請までの期間に何の問題も起こさず2年程度の労働実績を作って技能移民で申請して取得したという、実にスムーズに進んだケースである。


特にこのケースで嬉しかったのは、実はぼくが携わったのは東京での説明会と個人面談だけって事だ。


説明会及び1時間の個人面談の時に話した事を彼らは正確に聞き取り方向性と時系列を理解して全て自分たちで計画を作り自分たちで実行し自分たちで仕事を見つけ自分たちで渡航して働き永住権に繋げたという事だ。


渡航前にやるべき準備と資金調達、そして就職活動。渡航後に就職して給与を得つつ生活を構築して周囲に良い友だちをつくる。(実はこれが結構難しい、1990年代に移住した質の悪い日本人永住者に掻き回されたりビザの事で虐められたりあることないことを周囲に噂としてばら撒かれたりする、僕も今まさにそういうトラブルを一件抱えている)


結果論であるが永住権を円滑に取得出来る人は大体似通っている。

1・まず素直に人の話を聞くことが出来る。

2・人の話に健全な疑問を感じることが出来る。

3・疑問を自分が学んで得た試金石で測ることが出来るから嘘は見抜ける。

4・自分で方向性を理解して距離感をつかんで現実的な計画を立案出来る。

5・実行する際にリスクを最小化するけどリスクを恐れない。

6・いざ実行すれば貫くが決して片意地を張らない。自然体だ。

7・周囲への感謝を常に忘れない。

8・申請すれば悩まずに毎日を過ごす。


永住権を取得するってのはとっても難しいけど、ある意味とっても簡単でもある。両極端が存在するのは、永住権取得とは結局最後はその人個人に帰する問題であるからだ。


金があっても投資家ビザで永住権取得できない人もいれば今回のように技能移民でささっと永住権取れる人もいる。僕の経験からすればそれが結局その人の個性であるって事だ。


説明会前後では個人面談を行うのだが、ソファに座って話し始めて5分もすればその人が移住可能かどうか分かる。それは結局その個性が外国でも通じる柔軟さがあるかどうかから始まる。


初めて会う見も知らぬ他人(つまり僕)に言われたことを感情的に怒ったり笑ったり洗脳されたりするのではなく素直な心で相手の話を飲み込んで(話を聞く気持ち)咀嚼して(自分の試金石で測る)自分が出来るかどうかを判断する(実現可能性を夢子ちゃんではなく理性的に計算する)事ができてるかどうかって、5分で十分だ。


こんな事書くと「お前は占い師か!」と言われるかもしれないが、僕は占い師でもないし風水師でもない、ごく普通の「おやじ日系キーウィ」である。


オフィスでは真面目な顔して仕事しているが心のなかでは「今日の昼飯は会社のランチルームの炊き込みご飯か(会社に炊飯器を置いてる)近くのアーケードの中の6ドルカレーかちょっと豪華に山水ランチかな、それともどんべーもありかな、ランチルームの冷蔵庫に生卵残ってたっけ?」なんて考える普通のおっさんである。


ただ何故か、仕事になるとぜんぜん変わる。どういう脳味噌をしているのか自分でも本当に不思議だが、自分の昼飯さえ決めることが出来ずに思考がぐるぐるしているのに、人の話はよく分かる。


ところがである!このご夫婦の場合、4年前のぼくは見抜けなかった。今更安定したサラリーマンの仕事を辞めるなんて現実的じゃないよな、なんてかそんな先入観が入ってた。


だから彼らがオークランドに渡航してきて「tomさんですよね、以前個人面談してもらったんですよー」なんて言われると、もうこっちは恥ずかしい限りである。精進しなきゃな、本当にそう思った瞬間でもある。


皆さん、永住権に異常にビビる必要はない、けれど異常に楽天的になっても困る。ある意味現在のニュージーランド永住権は、本人のキャラクターを見ているのです。


それにしてもお二人おめでとう!これからもよろしく!ほんっと、今日は幸せな一日です♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



tom_eastwind at 20:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月06日

夏空 幸せは食えるか?

幸せは食えるか?幸せは抱けるか?

そういう切実な質問に対してぼくはいつも「幸せは食えないから夜はひもじい思いをするよね、寒い駅で始発を待つ時の気持ちって辛いよね・・・。幸せは抱けないから一人で寝るベッドは心が半分ぽっかり空いたみたいで、ほんと冷たくて嫌だよね」と言う。

 

そして言う。「けれど幸せは人の心を温かくしてくれる。そしてこの幸せって、誰かを助けた時にふっと心のなかに浮かぶ炎であり、これって弱々しくていつ消えるか分からない炎だけど、それでも灯っている限りその人の心を温めてくれる。それだけでもうちょっとこの世の中に生きてもいいかな、そんな気持ちになるのが“思いやり”だと思う。誰かに何かを与えた時に受け取る笑顔とか感謝の言葉とか、それって食べることは出来ないけど心を温かくすることは出来る」って。

 

世の中に幸せって山ほどある。北向きの部屋で生まれ育った大人がある時南向きの部屋に住んで「うわ!世の中ってこんなに明るくて暖かかったんだ!」というようなものもある。

 

気づけば実は多くの日本人は幸せに守られているのだ。幸せそのものは食えないし抱けない、けど人の生命を温めてくれる。それは日本人が個人として発するエネルギーを受け取った他の個人が感じる温かさである。

 

例えば帝国ホテルが東北大地震の際に帰宅難民となった東京の人々に一晩の宿と毛布とスープを提供した。避難所の人々が食料を分け合って皆が出来る限り平等でいられるようにした。ボランティアが次々とやってきて被災者を助けた。それは政府の命令ではないのだ、あくまでも個人が出来る範囲内で同じ日本人を助けたのだ。

 

帝国ホテルにはその後感謝の手紙が届き「ぼくの結婚式は帝国ホテルでします」というのがあったと聞いている。この時の帰宅難民の一人からの手紙だが、これはホテルとして指示した業務ではなく現場が自然に行ったボランティア活動である。

 

助けた人は経済合理性で考えれば赤字である。得るものは何もなく損益計算表上で見れば確実な損失だ。しかしそこから得られる温かいものは間違いなく人々の心の中で灯りとなり自分が何をすべきかを明確に照らし出してくれる。

 

相手の返事を期待しない挨拶は寂しいけど、それでも寂しそうな顔をした人には「おはよ!」って言いたい。

 

戦時中から戦後にかけて極寒のシベリアでも灼熱のニューギニアでも結局多くの大日本帝国軍人が、例えばニューギニアでは95%の兵隊が死んでシベリアの抑留では何十万人の日本軍兵士が国際法違反の状態で苦役の結果として死んだ。

 

生き残ったほんの一握りの人は生き残った事の幸せと戦いの中で亡くした戦友の悔しさを心の中に留めて戦後の日本を作り上げた。もちろん日本の自民党政府もよく頑張った、けどその背骨にあるのは戦いを切り抜けてきた旧日本帝国軍人の滅私奉公にあるのだ。

 

幸せは食えない。幸せは抱けない。けれど幸せは人を心の底から温めてくれる。本当に幸福にしてくれる。

 

ぼくは20歳前半の時に先輩に教えられた事がある。それは中洲のバーで飲んでいた時の事だ。当時の僕は世の中の仕組みも分からないままに先輩と一緒に飲んでいたのだが、ある時「そう言えばおれ、金払ってないな」って気づいた。

 

そこで先輩に聞いた。

「いつもおごってくれて、ぼく、どうすればいいんでしょうか?」

すると先輩は事も無げに

「簡単なことだ、俺に何かする必要はない、お前の後輩におごれ、飲ませてやれ。そして最後に後輩に伝えろ、お前にいつか後輩が出来た時にそいつにおごれって。第一おれの酒は俺の先輩がいつも飲ませてくれた、だから俺はお前に飲ませるんだ」と言った。

 

温かい話である。下らないと思う人も多いだろうが、ぼくはそういう時代に社会人になれて良かったと思ってる。

 

東京では割り勘文化が当然のごとく根付いているし日本中から人が集まってるのだから一期一会の割り勘文化もありかなと思うが、ぼくは自分が受けた教育?薫陶?田舎の習慣?名前は何にしろ、このオークランドでも自分が受け継いだ文化を後輩に引き継いでいきたいと思っている。

 

じつは僕は20代前半の時に今でも忘れられない思い出がある。千鶴さんという女性がいた。ぼくはその日お金がなくて昼ご飯を食べることが出来ず、仕方ないから近くの農家が屋台で引いてきたトマトを一個だけ買って食べてた。

 

そんな僕を見た千鶴さんはにこっと笑って「ね、これ食べて」と、自分の弁当を渡してくれた・・・。そんな優しさに触れた事なかったし戸惑ってしまいどうしていいか分からなかったし、当時のぼくは今の柔らかさ(苦笑)からは想像もつかない程に思い切り尖っていたから何か一つでも侮辱のような見下すような偉そうな事を言われれば間違いなく空腹の腹を抱えながら弁当を突き返していただろう。

 

けれど千鶴さんの笑顔はどこまでも優しく、こんなちっちゃな僕のエゴさえ認めて決してプライドを傷つけない言い方で優しくお弁当を渡してくれたのだ・・・。

 

幸せは食えない。けれど人の優しさはたった一度の事でも一生心に残り心を暖かくしてくれる。その時の事を思い出さえば今でも心が温かくなる。だからこそ僕は自分が出来る範囲内で先輩や千鶴さんからもらった「温かさ」を後輩に伝えていければと思っている。

 

もちろん日本から遠く離れた国で生きてくのはそんなに甘くない。だからどこまで出来るか分からない、だって温かさのあまりに自分が潰れては意味がないからだ。第一この国でも日本人社会は足の引っ張り合いと嫉妬の社会である。いちいち他人に甘くしてはこちらが食い物にされるだけだ。

 

けど、「人」として「人」に対して出来る事はしたいと今も思っている。それが先輩たちから渡されたバトンであり、ぼくはそのバトンを後輩に渡す仕事を先輩から受け継いだのだから。

 

幸せは食えない、抱けない、けど人を優しくしてくれる。少しくらいお腹が空いても我慢できる力を与えてくれる。「人」の隣にいるのは「人」だ、そういう気持ちにさせてくれるオークランドの青い空です。

夏空スカイタワー 



tom_eastwind at 18:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月05日

サンタが街にやってきた!


今年もまた万引きオヤジ、じゃなかった、サンタクロースがやって来た。ぼくの座ってる椅子のすぐ下に見える向かいの古いビルにもうすぐ巨大なサンタクロースがやって来てその隣にはトナカイがやってきて、オークランドのクリスマスが始まる。

 

ほんと、このビル古いんだよね、すでに史跡に指定されているはずだ。これは冗談じゃなくて、例えばシティ免税品店が入ってるビルも史跡指定されてて外見を変更することが認められてない。内部を改築してハイテクにするのはOKだが外壁は一切変更させないから見かけすんごい古い。

 

あ、万引きオヤジってのは日本人の間の通称で、以前この親父はお腹の辺りから突き出した右手の人差し指が万引き小僧のようにグイグイと前後に動いてたから付けた名前(笑)。

 

一年のうちに一番買い物で賑わうのがこの時期であり、雪もないのにサンタクロースとか、サーフィンボードに乗ったサンタクロースとか、とにかく北半球の深々とした白い雪の中で繰り広げられるクリスマスとは随分違う。

 

思えばこの巨大サンタクロースはもう14年見ている計算だ。2000年にそれまではHISとオフィスをシェアしていたのがオフィス拡大でシティの真ん中にオフィスを移し、当初はガラーンとしてたがあっという間に「分厚いコンクリート製の床が抜けるんじゃないか?」と思うくらい学生だらけになり、同時に経営していた同じビルの4階と行来する学生のあまりの多さにビル管理事務所からクレームが来たほどだ、「このビルはオタクだけのものじゃありませんよ」。

 

今はすっかり学生も少なくなり逆に移住者が増えて、このビルも当時の入居企業が殆どキーウィ企業だったのに、現在はこのロケーションの良さのせいか随分中韓エージェントが増えた。

 

お陰で昔ではあり得なかった「廊下にゴミ」とか「ビル入口で食べ物のゴミ」とかが散見されるようになり管理事務所は違った意味で大変になっている。ビルオーナーとも14年の付き合いであり彼からすれば「いかに日本人がきれい好きか」というのを今実感しているだろう。

 

サンタパレードは受動的娯楽(立てばパチンコ座れば麻雀、歩く姿は千鳥足)の少ないニュージーランドでは一大お祭りであり、そんな事言うと日本人が期待してやってきて絶望で肩を落として帰るくらいのサイズであるが、それでもやはり地元の子供からすれば山車が動きダンスチームが飛び回り日本のヨサコイとかも出てるしとにかく楽しくて仕方ない。

 

当日はクイーンストリートをすべて閉鎖して道路に黄色と青の線を描いて「この線からはいっちゃいけないよ」ってやって警察が規制をするんだけど、それでも朝の9時頃から道路沿いにはまるで日本のお花見のように人々が場所取りを始める。

 

もちろんかぶりつきは一番人気でありどんどん埋まっていき、昼前には完全に歩道が人間によって封鎖された状態になる。そんな、期待に満ちたパレードが午後に始まると群衆はキャーキャーと大喜びして子どもたちはフェイスペイントしてお菓子を食べて、とにかく盛り上がる。

 

僕からすればこの景色は「ああ、今年も無事に一年終わったなー」ってサインでもある。

 

毎年毎年誰かと戦って来た。日本政府相手には常に先を読みニュージーランド国内では移民局の動きを常にチェックして社内では毎年変わる顧客流動に合わせて組織を柔軟に作り替え、そしてオークランド日本人社会では常に出てくる当社に対する嫉みと戦って来た。

 

ところで男の嫉妬くらいうざいものはない、それを身に染みた14年でもある。けどこれは僕が生きている限り続くんだろうな。とにかくあること無いこといいふらかして、それであなたは何のメリットが有るの?誰のためにやってるの?結局自分のちっちゃさをごまかしたいから他人の足を引っ張るだけでしょ、お金や時間の無駄だし、だいいちあなた自信が惨めでしょ、だからやめようよと言いたい。

 

けどまあいいや、そんなのを振りきってぼくが働いて日本人5万人の街が出来るならって割り切ってる。

 

来年はシティ中心部に作るリトル福岡レストランプロジェクトがあるし郊外に作るジャパンビレッジプロジェクトもある。やること山積みであり、背後ばかり見て気にしたって前には進めない。

 

元々人間の眼が後ろについてないのは「振り返るな!前を見ろ」って意味だと思ってる。

 

自分より後から来た人間が自分を追い抜いていく。悔しいだろうし恥ずかしいだろう。けど、そりゃそうだろう、こっちからすれば努力もせずに毎日仲間内で日本語でツルンでバカやってるお前らと一緒にするんじゃねーよって気持ちだ。

 

だからそんな馬鹿な地元日本人でも折角こうやって日本人人口が増えているんだから働く機会は増えただろ、だったら他人の嫉妬なんかせずに働こうよまじめに!やる気だそうよ!と言うのだが、誰もが言う事は「トムちゃんさー、何でそんなにガツガツ働くのよー?楽しくいこうよー」とか言われて終わりだし・・・。お前、ほんとに日本人かー!って言いたい。

 

まあいいや、それでも今年もサンタクロースは来たし、あと一ヶ月でオークランドはクリスマス休暇シーズンに突入、それから約一ヶ月、来年1月下旬までは取引先の殆どがお休みになり当社も1221日から112日まで23日間のクリスマス休暇に入る。

 

日本の一般的な企業で年末年始に23日間も休むところなんてないだろうが、オークランドではそれでも「あれ?一週間少なくない?」みたいに思われてる。

 

けれどこの国では家族が社会の中心にあり家族のためなら仕事なんて二の次三の次が当然である。予めきちんと社会的合意が出来ているから12月中旬から1月中旬までは家族のために思いっきり尽くす、これがニュージーランド社会の良い所である。

 

年末に向かってやること山積みであるがビザがどんどん取れて来てるので流れは良い。引っかかるのもあるが全然問題なく移民局と喧嘩出来るレベルだ。必要なら大臣直訴も出来る国だしやってるし、だから年末に向けて今年はどうやら去年ほどにはゴテゴテにはならなさそうだ。

 

さ、後一ヶ月だ、来週は日本出張だ。福岡でレストランオーナー向けリトル福岡企画説明会、沖縄ではジャパンビレッジプロジェクト、それから東京に飛んで移住説明会と個人面談。

 

それとこれは宣伝です*

「今回の説明会は1116日を予定しています。説明会講師は私tom本人です。もしお時間があり移住に興味がある方、是非ともご参加下さい。学べるものがあると思いますよ」

 

写真はこれから組み立てを始めるところです。ほんと、古いビルでしょ(笑い)  では!

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tom_eastwind at 19:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月04日

消費税・NSC・情報保護法〜2015年問題最後のくくり〜


今週の日経ビジネスは消費税増税のお話。一般的家庭(4人家族)の負担が平均的に増える、特に例えば年収550万円以上600万円未満の家庭では消費税が3%増えて8%になれば年間で支払う額が今までより72,908円増加する。


「これに対して年収1千万円以上1250万円未満の場合は114,118円で支払額は増えるものの年収に対する税負担の割合が高くなる「逆進性」がある」とのこと。


これが2015年に10%になれば更に税額負担がきつくなるわけであり、一般国民は人口の5%以下にしか過ぎない一握りの資産家を政府が相続税増税で叩くのを見てやんややんやと言ってるが、それだって資産家は資産を売却すれば払える。


しかし一般市民は資産がない状態で給与から確実に税金が取られて挙句に何かを買う時はまたも8%の税金を取られて、結果的に子供に文化的生活を提供出来るのかって話である。


有名な小話がある。独裁者が一部の人々に課税をしたら自分に関係ない人たちは「そうだそうだ!もっとやれ!あいつらしょせんー!」とか言ってた。ところがそうやって一部の小さな層を一つづつ潰しながら独裁者が自分の地域に来て税金を払えと言うと「何でだ!不公平じゃないか!おれは今までもちゃんと税金払ってきた、おい周りのみんな、そう思わないか!」と訴えた。それは最初の一部の人々の訴えと全く同じであった。


ぼくが以前から何度も指摘している通り、政府にとって最も都合が良いのが分断統治である。民衆同士を憎み合わせ彼らが実は同士であることを忘れさせて戦わせた挙句に政府がやってきて一つ一つを潰していくのである。


今の日本政府がやろうとしていることは今の中国政府がやろうとしている事と全く同様である。中央政府ではNSC法案や情報保護法が議題に乗っかっているが、あれこそ確実な時限爆弾だ。法令が施行されれば誰がいつどのような理由で監視されるか分からず情報公開もされないままある日誰かが突然連行されても新聞記事にもならない。


現実今の中国では習近平体制になって政治的逮捕者が数倍になっているが殆どニュースにならない。日本の大学で教鞭を取っていた中国人知日教授が上海に里帰りした際に逮捕されたのもつい数カ月前の話である。


このような逮捕など日本ではあり得ないと思うだろう。ところが今回通りそうな法案は、まさにあり得ないような逮捕を合法にするための法律である。


いつの時代もどこの社会でも政府のやることは同じだ。自分たちの家族治世(北朝鮮の金ちゃんとこと同じですな)を長期化させるためには国民を分断し情報を遮断し自分で判断する能力を無くさせ国民を分断する。こうする事で人数的には圧倒的に少ない警察や公安や官僚が自分たちの闇の力を保全するのだ。


こんな事は世界で初めてではなく今までも何千年も起こってきた事でありこれから何千年後、世界が滅びるまで続く人間の性である。人は権力にしがみつく限り人と権力は腐る。しがみつくのが長くなればなるほど人と権力は腐るのだ。


だからこそ政治は風通しを良くしておく必要がある。常に議員を入れ替えて官僚と民間の交流を行い二代目政治家など作らず政治家は常に民衆から代弁者として選ばれ官僚は政策立案のプロとして提案するが政策決定に参加せず政治家は官僚の人事に一切口を出さない。


こうすることで綺麗な政治が出来て民主主義が作られる。幸運な事にニュージーランドは北欧と同様な国家サイズでありちっちゃな民主国家が出来上がっている。しかしそれは絶え間ない国民の「教育」と「主体的に選挙などを通じて政治に参加する努力」の上に成立している。


政治に参加しない国民が民主主義??は、まさに笑い話である。日本の選挙の投票率は何%か?理由はどうであれ民主主義は日本には合わないのだ。やる気のない愚民が政治家と官僚に勝手にやらせて自分の手抜きを棚に上げてみのもんたに代弁させてテレビの前でゲタゲタ笑ってるだけの「民衆国家」であり決して「民主国家」ではないのだ。


日経ビジネスの編集部の言葉が面白かった。電子商取引が消費税の対象にならない事を理由にこれから増えていくだろうと予測した後に

「水が高いところから低いところに流れるのと同じように、お金にも税率の高いところから低いところに集まる性質があるようです」と書いてた。


そう。世の中の自然の摂理に従わず税の高い場所に金を留めようとしたり税の安い場所に移住しようとする国民を止めるのは理不尽なのである。そんなイタチごっこやれば、最終的に能動的に動く日本人は日本旅券を捨てて外国国籍を取得するよ。


そうなったら日本政府は完璧に課税根拠を失い、国家内に残った人々は起業知力も労働力もなく政府にすがるだけの食税者になってしまうのだ。そんな事を想像出来ない官僚たちの頭の固さは、実は自分が次官の時の2年だけ穏便に過ごせれば良いと思ってるのだろう。


20年くらい後になって日本が落ちぶれてどっかの外国メディアのインタビューに「いや、こうなるのは2015年の税制大綱で分かってたのさ、けどあの時は政府も含めた周囲がそれを想像することも理解することも出来なくてね、僕は分かっていたさ、けど結局ぼく一人がどんなに頑張っても状況は変わらなかったんだよ、ぼくは分かっていたんだけどねー」って言うんだろうな。


確かに日本は強い国である。まさに神に恵まれた国である、政府と官僚が邪魔しなければ、民間に自由にやらせれば起立ある行動と共に成長戦略を描くことが出来る。今の日本で一番ネックになっているのは、実は官僚である。


しかし、そういう事を一般人は誰も認識せずに危機感も持たずに家に帰れば白痴芸人のお笑いを見て朝の満員電車では女性に痴漢を働きニヤニヤ笑い、会社に行けば薄っぺらい仕事を更に引き伸ばして意味もない資料を作って働いた気になり夕方になれば「おお、今週は子供の顔を見てないぜー、さって残業だー!」と仲間内で格好付けるだけの毎日。


「天下最も多きは人なり、最も少なきも人なり」という日本のことわざがある。これは中国では「人は高きに流れ水は低きに流れる」という。


「あなたが人であろう、家族の親であろうとする時どう行動するかはあなたが人であるかどうかの境目だと思ってもらいたい。悩むことも失敗することもあるだろう、しかし決定的な瞬間に判断を間違えば、それはあなたが人間の条件を失った事になるのだ」

五味川純平「人間の条件」より。


・・・明日からはもちっと明るい話題でいきたいと思います。



tom_eastwind at 19:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月03日

2015年問題再び

「今回のブログで、2015年が最後だというフレーズが気になりコメントさせて頂きました。これはどういう意味でしょうか?移民の門が2015年移行狭くなるだろうという事でしょうか?」というお問い合わせを頂いた。

 

毎年この時期になるとオークランドと東京の気温が一致する。今日のオークランドと東京はどちらも18度だ。朝は少し冷え込み布団にくるまってるが9時頃から気温が上昇し18度くらいになり、歩きまわっているシャツがすこしじんわりしてくるが、これが夜になるとどんどん冷え込み同じ自宅でも部屋によっては10度近くまで下がって半纏が欲しくなることもある。一日の中に四季があると言われるオークランド特有の空気である。

 

これからオークランドは本格的な夏に入り青空はますます青くなり清浄な空気は一切の汚れがなく、綺麗過ぎてオゾン層がぶっ壊れて紫外線ガンガン状態になる。実際に紫外線の強さは白人にはやばいので小学校でも帽子は必須である。

 

ただ日焼けで死ぬのは白人くらいではないのか、だって黒人は真っ黒だけど彼ら全員が皮膚がんに罹っているなんて話は聞いた事がない。それはアジア人も同様であり僕は殆ど日焼けを気にしてない。香港で生活をしてた頃は毎週末にスタンレーの海でウインドサーフィンをしてたのでいつも真っ黒けであった。

 

ニュージーランドの空が青いのはまずは空に舞い上がる水蒸気が出てくる海の水が綺麗であり、空から雨として降ってくる水の出処である空の空気が綺麗であり、雨が降って落ちる大地が汚染されてなく、大地のミネラルを吸って海に流れだす水がきれいだからである。海→空→大地→海という循環がよく出来る証拠だ。

 

世界の空気汚染度とか見ればすぐに分かるが、日本は中国並みに空気が汚染されており、汚染された空気に水蒸気が立ち上れば汚染物質を吸い込みそれが雨となって日本中に散布される。散布された大地と人々は汚染物質に塗れることになる。そして汚れた水を吸い込んだ大地は豊富なミネラルもないままに汚染物質を海に垂れ流す。そして汚れた海水は魚を汚染して・・・。

 

中国から韓国を経由して日本までの汚染範囲をまず見てみればよい、誰がこの大気の中で住みたいと思うだろう?

 

米国は無人爆撃機でイラク、パキスタンなどイスラム国家を次々と攻撃しており、これは必ず反撃としてのテロを呼ぶ。そのテロはソフトターゲットと呼ばれる民間施設が対象となる。バスターミナルかもしれないし鉄道駅かも知れないしショッピングモールかもしれない。そこにいる人が誰であっても構わない、金持ちであろうが貧乏人であろうがテロに巻き込まれれば終わりだ。

 

テロの対象は特に大都市を狙った場合に効果があるから、ニューヨークやロンドンなどはテロの対象となりやすい。どれだけ頑張ってお金を稼いで大都会のアパートを買って生活したとしても、その地域がテロに狙われれば終わりだ。

 

そして勿論原発がある。原子力発電所は節電には良いかもしれないが破壊した時の損害は甚大であり、破壊されないことを前提としたり破壊されても所詮放射能だけじゃないか、俺達大人には影響なんてない!って言い切れる人々であれば原発を皇居に作れば良いと思うのは僕だけだろうか?

 

上記のように世界は様々な危険に覆われており、普通の人間であれば危険から出来るだけ遠ざかる場所に自分を置きたくなるだろう。それは日本人が何かと言えばリスク回避をするのと全く同じである。

 

ところが日本人は細かいところのリスクはお金を使ってでも回避しようとするが大きなリスクは理解しようともせずにリスクに対して全く無抵抗な状態で生活している。

 

日本が抱えるリスクは中国からの毒煙だけではない。経済面でも生きられるか死ぬかのぎりぎりに設定された給料は、多くの日本人にとってとにかく毎日働かないと食っていけない状況を作っている。一度失業すれば次の仕事を見つけることは難しくひどいケースでは家庭崩壊、離散、そして父親はホームレスとして河川敷にブルーシートを並べることになる。

 

このような状況を喜んで継続させたいと思う人は少ないだろう。では人々はどうすればよいのか?

 

その答が移住である。

 

自分と家族が安心して住める場所、大気汚染がなくて魚が安全で大地が豊かで緑が豊富で人が人らしく生きていける環境で住もうと思うのが自然の摂理であろう。

 

最近では米国からの移住希望者が急増している。今までは年間500名程度だったのが、ここ1年で既に年間1千人を超している。投資家プラスという移住枠ではすでに英国を抜いて米国が一番多い。ちなみに日本人で投資家プラスで申請して永住権が発行されたのは11名、そのうちの5名は当社の扱いである。

 

ここで最初の質問の答に戻るが、2015年というのは二つの意味がある。

 

ひとつは日本政府が資産家の海外移住を防ぐために法的規制をかける事である。すでに海外送金規制は厳しくなりよほどの理由がない限りまとまったお金を海外に送金することは出来ない。嘘だと思ったら銀行の窓口に行けば良い。

 

同時に海外に送ったお金の行く先を徹底的に追求して徴税して更に相続税で財産のほとんどを国が持って行き、海外移住をしても意味がなくなるような税制を構築してそれが完全に出来上がるのが2015年だ。

 

勿論これは富裕層向けだけではない。2015年は消費税が10%になる年でありその金の使い道は財務省が自分たちの都合の良いように決める。そして国民総背番号制度を完成させて一切のお金の流れを納税に結びつける。

 

国民は誰もが平等に生まれてその殆どが生まれた時から政府によって管理されまさに箸の上げ下ろしまで監視されて、毎日一生懸命働き結婚して子供を産んで死ぬその時まで政府によって管理される。

 

上記のような事をしようとすればまず法整備が必要になる。今日作って明日から開始ってのは出来ない。だから次の大きな選挙が来るまでにすべての法律を「整備」して、2015年にせーの、どん!って形で始めるのだ。

 

いざこれが始まれば日本国民が何かしようとすればそれはすべて違法になるので抵抗出来ない。中国で新疆ウイグル族が自分の土地と国を奪われて抵抗すればそれをテロ扱いにされるのと全く同じだ。

 

そして次に中国。この国では誰もが、特に上層組織に行けば行くほどいかに今の中国が危険な常態かが分かる。だからとにかく何としてでも金が出来れば中国から脱出しようとしているのだ。脱出先はとりあえずどこでも良い、ビザさえ取れればよい、そこからまた次の国に脱出すればよいのだから。

 

そうなると中国人が安心出来てビザが取得しやすい国って事でニュージーランドに視線が集まる。てか、すでに多くの視線が集中しているのは移民弁護士に聞くまでもなく街の中に次々とビザショップが開店するのを見ればよく分かる。ビザショップは食べ物のピザではない、永住権を取得するための査証の話だ。

 

そして冒頭に書いたが米国などの大都市からの移住組である。彼らはお金はある。自家用ジェット機も持っている。けれど治安を持っていない。そこで自家用ジェット機でオークランドに飛んできて移民弁護士の元を訪れて「で、なんぼやねん?」と言って投資家ビザを申請してそのままオークランドに滞在する。

 

今の時代、ニューヨークやロンドンに滞在しなければ出来ない仕事などない。とくに経営者であれば世界中どこにいようがネットとチャットで仕事は出来る。そうやって彼らは治安を手に入れる。

 

世界の中で今までは全く存在感のなかったニュージーランドであるが、安全な環境、綺麗な空気、豊富な水と電力、自給率300%の食料、非原発依存などを考えればまさに21世紀に最も必要とされるものが揃った国であることに気づく。

 

そうなれば世界中の資産家が治安と平和を求めてやってくるのは当然であろう。そして来年から再来年、つまり2015年にかけて世界中からの移住者が急増してニュージーランドも国策を変更せざるを得なくなる。

 

つまりニュージーランドにとって有益な人材を優先して永住権を与える政策に変更される。

 

有益な人材とは大学を出てますとか僕お人好しですとか僕頑張って働きますとかではない。投資家として資産を持ってこれるか起業家として地元でビジネスを起こして雇用と納税をしてくれるか、である。

 

日本人が一番勘違いするのは「がんばろう!」なんて弱々しく右手をのろのろと上に上げてれば周囲に「あなた良い人ね」と言われると思い込んでる事だ。国際労働市場ではそんなものは糞の役にも立たない。国際市場において一般的な日本人サラリーパーソンとはスーパーマーケットで特売されているトイレットペーパーの束でさえないのだ。

 

あなたは同年代の中国人ビジネスパーソンと比較して国際市場で勝てる、生き残れる自信はあるだろうか?普通に3ヶ国語くらい使いこなし超一流の大学で寝る時間を削り寸暇を惜しんで勉強したエリートと戦って勝てるだろうか?

 

2015年とは、北半球がニュージーランドの潜在的優位性に気づいて準備を初めて手続きを開始する年であり、一旦大移動が始まれば生半可な日本人ではワークビザでの入国さえおぼつかないという事だ。

写真はノースショアの高速道路から眺めたシティの景色。ぼくが運転してりょうまくんに写真を撮ってもらいました。
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2013年11月02日

リトル福岡プロジェクト

「和食」が無形文化遺産に ユネスコの事前審査通る

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 [PR] 【藤井裕介】文化庁は22日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に推薦していた「和食」について、事前審査をするユネスコの補助機関が「登録」を勧告したと発表した。同庁によると補助機関が「登録」を勧告して覆った例はなく、12月にアゼルバイジャンで開かれる政府間委員会で正式に登録が決まる見通しだ。

 

なぜ和食を無形文化遺産に?

 政府は昨年、「『自然の尊重』という精神を表現している『社会的慣習』」として「和食」を推薦した。多様な食材を新鮮なまま使用▽コメを中心に栄養バランスに優れた構成▽自然の美しさや季節感を表現▽正月や田植えなどの年中行事と密接に関連、といった特徴を挙げ、食材や料理法だけではなく、家族や地域の結びつきを強める「日本食文化」として登録を目指した。東京電力福島第一原発の事故による放射能汚染で打撃を受けた国産食材のイメージ回復も狙っている。

 

 健康や環境に配慮し、外国の食文化も取り入れて変化してきた「和食」の無形文化遺産登録で、政府は、日本の食文化への理解が広まることや、文化の多様性や人類の創造性を示すことにつながると期待する。

 

 「無形文化遺産」は、芸能や祭り、伝統工芸技術などを対象とする。遺跡や自然が対象の「世界遺産」、文書や絵画などが対象の「世界記憶遺産」とともにユネスコの「三大遺産事業」と言われている。国内からは2012年までに歌舞伎など21件が登録されている。食関係では、フランスの料理や食文化、地中海周辺の料理、メキシコの伝統料理、トルコの麦かゆ食など4件が登録されている。いずれも単に料理だけではなく、各地の伝統や儀式などとの関わりが評価されている。

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山水は間もなく店名を変更して業態変換するが、それに先立ってメニューの変更を少しづつ進めている。今後の新しい業態は「高級居酒屋」である。オークランドは最近和食が人気であり、キーウィからすれば初めての体験なのでなるたけ敷居が低いほうが良い。

 

現在の山水ではちょっと敷居が高すぎて来れないって感じてる若いビジネスマンが気軽に利用出来るような価格帯を作り、夜遅くまでゆっくりと寛げて飲める店にしようって発想だ。

 

移住人口が増えていけば、そこには段々と日本的文化が持ち込まれる。呑みニュケーションなどその最たるものだ。以前はニュージーランドに移住する人と言えば家族を大事にして残業もせずに毎晩夕食を家族で囲み夜の9時には眠るのが一般的だったが、日本人が増えて仕事が増えて、やはり日本的な交信機能として呑みニュケーションが再開された。

 

ならばその受け皿として安くて日本基準で考えても美味しい料理を提供して尚且つお店の雰囲気が半個室であればお客も安心して酒を飲み飯を食いバカ話も出来るのではないか、そう考えての今回の方針転換である。

 

すでに福岡から現場で超一流の腕を発揮するシェフを二人招いて経営全般を見てもらいつつ福岡で人気のあるメニューを導入してもらってる。

 

第一弾がとんこつラーメン。まだ試食段階で麺をどうするかが未定だが、スープの旨さは、あれは自己満足ではなくどこに出してもプロの味である。素人がなんちゃってのレベルでは全然なく、レストラン激戦区の福岡で生き残ってきた店の「本当の味」である。

 

何かさ、よく褒めるよね、自分の店だからでしょって思うかもしれないが、では今まで約8年間この店を見てきたぼくが一度でもこの店の紹介をしたことがあるかどうか、ブログを振り返って読んで頂ければ、ぼくが全く紹介していなかった事がわかる筈だ。

 

個人的に美味しいと思ってもプロの料理としてプロの接客を提供出来るレベルに達してなければぼくは評価しない。それは自分が所有する店であっても全く同じだ。

 

今やっと自分の考える料理が出てきた。食べたいものが作れるようになった。とんこつラーメンも少しづつ形を整えてきた。懐石は全く問題なし、日本からの来訪客の接待に全く問題なく使える。むしろニュージーランドを昔からよく知人には「え?オークランドのような田舎でもここまで出来るんですか?!」とびっくりさせる自信がある。

 

来年はこの店を中心に「リトル福岡プロジェクト」を計画中。来年1年で福岡からオークランドシティ内に集中させて10店舗の飲食店に進出してもらう計画だ。11月中旬には福岡でレストラン経営者向けの出店説明会を開催する予定だ。(もしご興味のある方がいらっしゃればご参加下さい。11月11日〜12日です)

 

一人ではちょっとびびって出店出来なくても、皆が同時にやって来れば怖くない。博多弁しか出来なくても海外出店が出来る、そういう環境をこのオークランドに作っていきたいと思ってる。

 

オークランドに和食と那の津区店は200軒近くあるがその殆どが中韓ショップであり酢飯を使わない寿司とか握りの上にチーズが乗っかったりする食い物である。しかし白人はそんな違いを全く知らないから粉の付いたビニール手袋を使って3時間くらい前に作り置きして更にラップで巻いてる寿司を見て「おー!」とか言って喜んでる。

 

日本文化を広めるって意味で寿司が人気なのは嬉しいが、寿司ではないものをスシと思われるのは決して愉快ではない。日本政府の手先になって「日本食認定」なんてシールを作るのもみっともなくていやだが、民間レベルでも日本文化を広める事は出来ると思ってる。





tom_eastwind at 14:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2013年11月01日

羊頭狗肉

「投資対象としての魅力を探る」

「みなさんこんにちは。ニュージーランドにある投資銀行のプライベートバンキング部門で〜」

 

最近見た記事で「富裕層に人気のニュージーランドへの移住について」を「投資銀行のプレイベートバンキング部門」で勤務している人がご案内って話だが、勿論書いている本人は現実を知らないんだろうが、よく言うわ。

 

プライベートバンキング部門ってのは顧客の依頼を受けて約8億円の送金をしたら何故か8億8千万円を誤送金してしまい、資金の受け取り先から「これ?8千万円多すぎやしねえ?」と銀行ではなく顧客のエージェントに連絡が来て発覚するまで自分たち実行犯は全く気づかねいヘマをやらかす部門の事でしょ?

 

挙句の果てに「え?それってお客が書き込む金額を間違ったんじゃないの?」くらいの勢いで返信があり、ジョーダンじゃねえぞ、こっちが書き込み内容まで全部チェックしたちゅうのに!もいっぺん調べて来い!と言ったらこそこそと顧客に直接電話して「大丈夫、あなたの必要とされるお金はちゃんと相手に届いたから安心して下さい、ところで余分なお金はどうしますか?あなたの口座に戻しておきましょうか?」などと平気で言うような部門の事だよね。

 

富裕層がニュージーランドに移住するってのはあなた方のような部門にお金を預けて勝手に他人の口座に誤送金させるためじゃないっつうに。

 

先日もあるお客と話をしていたら、どうも日本在住に日本人には「ニュージーランドでは銀行が普通に送金ミスをする、両替したら金額間違える、お客の目の前で一緒にお金を数えて裏に行って戻ってきたら“100ドル不足していますね”なんてのは日常です」って言う現実が信じられないようだ。

 

ロトルアの中国人ビジネスマンが銀行に10万ドルの融資を依頼したところ1千万ドル!が振り込まれ、翌日そのビジネスマンは金を即刻香港に送金して本人も中国に逃げたという有名な話がある。ビジネスマンはその後逮捕されたが送金した側が何かの刑事罰を受けたという話は聞いてない。

 

こりゃまあ、失敗することは当然であり失敗した事が問題ではなくて他人の失敗を利用して金儲けを図った方が悪いのだって理屈なんだろうが、要するに1千万ドルだって他人の金だし俺の知った事かって話である。

 

これだけしょっちゅうミスしてるのに新しいお客にはプライベートバンク部門アジア担当のトップが平然と「当行はオセアニアで最も大きな銀行で預かり資産がこれだけあって、だから安心でしょ!」なんて平気で言うんだから、全く空いた口が塞がらんってのはこの事だ。

 

だったらまず誤送金止めて両替間違いを止めて窓口入金の記載ミスを止めて、少なくとも自分がやったミスくらい素直に認めて謝って誠実に対応してから言えっちゅうに。

 

日本の皆さんが誤解のないように正確に申し上げておくと、まずニュージーランドには投資銀行は存在しない。投資銀行とは米国に存在する(した)証券などに投資をする証券会社的な銀行の事であり、ニュージーランドに17行存在する「銀行」と名前の付いているのは商業銀行であり両替とか預かりとか送金をする機関の事である。そしてその実態は両替金額も間違うし預かりも記載ミスするし送金させれば誤送金する機関のことである。

 

続けて言えばプライベートバンキング部門というのは一般的に理解されているスイスにあるようなプライベートバンクではない、全く違う。あれは単なるパーソナルバンキング、つまり大口顧客対応窓口であり、普段は立派なオフィスに座って立派な事は言ってるがやっているミスの内容は通常の受付窓口でやっていることと変わらない、ただ桁が3つくらい大きいって事だけだ。

 

それがばれないように自分勝手に「プライベートバンキング部門」なんて名前を付けているが、それはマトン肉を出して「これはラム肉だ、だってどちらも羊肉ではないか、名前なんて年が変われば変わるんだ」などと訳の分からん、それこそ阪急阪神ホテルの言い訳のようなものだ。

 

最初から自分の正体をはっきりさせておけばまだ良い。例えば「ぼくはしょっちょうミスをする弱い人間です、けどミスは認めたくないので誤魔化してます、こんな僕でよかったら使って下さい」と言われればまだ可愛いものを、いちいち「投資銀行」とか「プライベートバンキング部門」などと白々しい嘘をいうから勘違いをさせることになるのだ。

 

ことは銀行のみに関わらず、大体においてこの国はミスが多い。路線バスが道を間違えたり(時間間違いは年中無休で起こっている)するのはこの街の日常風景の一つである。

 

それには原因があり、子供の頃から褒めて育てるし何かをトライさせて失敗しても決して失敗した事を問題とせず必ず「次はね、こうするんだよ」と教える文化にある。その文化自体は大変良いことだと思うが、けどそれを大人になっても繰り返されては一体何のために子供の頃に失敗したのか、である。

 

キッザニアみたいにこども銀行でも作ってきっちりと数を数える訓練からしてこいっちゅう話である。

写真は向かいのビルで窓拭きをしている人々です。山登りの趣味と高層ビルの窓拭きを兼用しています。
あ、ちなみに自転車で郵便配達をしているかっこいい人たちはトライアスロンの練習がてら郵便配達をしてます。
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