2014年08月

2014年08月31日

「下へ参ります。」

ちょっと笑えた話。あるお客様の自宅マンションを訪問した時の話だ。ぼくが地理に疎い、てか普通の人に普通に見えるものが見えないってのはいつも書くことだが、今回も以前訪れた事があるマンションなのにここはオフィス部分とマンション部分が一つのビルになっているから住所を書いた紙を渡して降ろされたのがオフィス部分の入り口。

 

タクシーを降りて「ここ、違うな・・・」と思ってると玄関外側の受付女性が丁寧に「どうされましたか?」とまるでバカを見るような笑顔で話しかけてきた。紙に書いた住所を渡して「ここ、行きたいんですけど」というとますます変な顔になって「少々お待ちください」とドアの内側で手荷物検査をやってるごつい守衛さんのところに行って僕を指さしつつ何かこそこそ言ってる。

 

イラクのテロリストが自爆攻撃に来たと思われたか、なんて思ってると守衛さんの方が慣れてるようで紙を見せて何か説明してた。彼女はすぐに戻ってきて僕に「左手に行って頂き最初のところを左に曲がってもらえばマンション側の入り口で御座います」との事。

 

言われた通りに左に曲がってまっすぐ歩き次の三叉路を左に曲がり、あれあれ、坂道下ってるぞ、お客様のマンションが高層だったのだけは覚えているが目の前に見えるのは低層階のビルの一群でありどう見ても高層マンションは、ない。

 

ではと坂を上がって戻って左に曲がり更に歩く。目の前に高層マンションはあるがここでないことだけは記憶にあるので更に歩くとまたも低層ビル群である。うーむおかしいってんで最初のビルに戻る。ビルをぐるっと一周する。遠くにビルの外でタバコを吸うビジネスマンのたむろが見える。あそこが入り口か?

 

けむいところに行く。やはり守衛がいてガードしている。うむむ、マンションで手荷物検査はせんだろう?じゃ他だ。戻って次のドアを見るとここも守衛さんがいる。何て堅牢なビルだこりゃ、そう思いつつたっぷりの笑顔で「テロリストじゃないですよ、味方ですよ^」って手を広げるサインを見せつつ入り口に近づくと案の定変な顔をされたが、にこにこしつつ「すみませんーん、この住所を探しているんですけどー!」と声をかけると、何とその守衛さん、さっき正面玄関で受付女性に案内してた人だった、奇遇!

 

「ああ、あなたですかー、ほら、すぐそこが入り口ですよ」って言われて「どこが?」って感じで見ると、確かに角っこに入り口があるではないか!

 

何じゃこの入口、2回くらい前を通ったぞ、けど全然気づかなかったぞ、一体俺の目って存在理由を明確にしてもらいたいぞって思いつつ中に入ったところでやっと今日のネタ、お笑いがあった(笑)。

 

入り口でまず鍵が必要な自動ドアがありピンポンして応答があって初めて中に入れる。立派な入り口の大理石フロアを抜ける。するとまたドアがあって鍵が必要だ。え、何これ?って思っておたおたしてたらとっても賢そうないかにも偉そうな若い女性が受付にいてこっちをじっと変な顔で見ている。

 

まあいいや、今日は徹底的に田舎者路線でいこう、諦め目線で「すいませーん、ここ、開かないんですけど」と聴くと「あの、ここにどうやって入ってきました?」だって。俺はネズミではないと思いつつ入ってきたドアを指さして「あそこです」

 

すると受付嬢、猫がネズミを見つけたように大きな笑顔で「そこのパネルで同じボタンを押して下さい」。開きました。てか飽きました、舐められることに(苦笑)。

 

ほんっと高級マンションだな、すごい人たちが一杯住んでるんだろうな、どんな人だろうな、ガイジンの駐在員とかだろうな、なんて思いつつエレベーターホールに何とかたどり着くと丁度着いたエレベーターから一人でてきた。

 

そこで乗り込もうとすると中にいたガタイの良い中年白人、籠の中からものすごいまじーめな顔をしてじっとこっちを見つめつつ言葉を発した。

 

「下へ参ります」

 

君はエレベーターガールか(笑)!どこのデパートでその日本語を覚えたかしらないが、この一言で今日一日の田舎者の疲れが全部吹っ飛ぶほど笑えました!



tom_eastwind at 17:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月28日

昼時の吉野家

昼時に恵比寿駅近くの銀行に行く。ちょいとした手続をしてその後久しぶりに吉野家の肉を食おうとすぐ近くの店に行き牛皿特盛りを注文する。コメ無しである。特盛り470円?だったかな、生卵50円追加であんまり明確ではないが520円を払った記憶がある。

 

Horse!やっぱり美味い!けどカウンターの作り方、馬蹄形になって外側にずらっとおっさんが並んで、まるで馬小屋だ。ぎゅっと詰めて効率狙ってるのだろうが、何だか馬小屋?おれも馬か?みたいな印象で、餌を与えられた感じでもぐもぐ牛肉を食う(笑)。

 

1980年代の吉野家、ぼくが始めて彼らの存在を知ったのは、福岡の中洲で酒を飲んだ後夜遅くまで開いてる吉野家に飛び込み「ラーメンちょうだい!」って言った時だった。店員さんが慣れた様子で「すみません、うちはラーメン置いてないんですよー」って言われた。

 

ほー、牛丼って食い物が24時間サービスで存在するんだ、結構びっくりした瞬間(笑)今でも覚えている。

 

吉野家は元々は明治時代に日本橋で創業しその後築地に移転、個人経営のちっちゃなお店だったのが安い旨い早いを売り物に急展開した。昭和の勢いに乗りフランチャイズ化して米国進出もした。しかし牛丼という文化を米国に根付かせる前に本体があまりのイケイケで傾いた。

 

その理由は味だと言われている。急増したフランチャイズに配送するタレを粉末にしたり牛肉の質が低下したりと様々な理由はあるものの、やはりお客の口に合わなくなった。そして倒産。

 

その後ミュージシャンを目指して上京し吉野家のアルバイトだった安部という人が吉野家を再建させて、その間も何度も危機をくぐり抜けながら成長を続けた。

 

ぼくが個人的に吉野家を好きで「すき家のゼンショー」を好きになれないのは、やはり吉野家の根本を貫く人間本位の姿勢だろう。倒産の経験を踏まえて絶対にお客様に満足させる味作りの大事さを理解した、そして今でも食券機を使わず従業員がきちんと現金を受け取る、そういう姿勢だ。

 

米国産牛肉の問題が起こった時に多くの牛丼店はすぐさま他国の牛肉を仕入れて対応したが吉野家は店を閉鎖してでも味を守った。まずいものは出さないという方針だが、決して豪州産の牛肉もまずいわけではない。しかしお客の舌は「吉野家の牛丼」の味を覚えており、違うものを出されると騙された気持ちになる。やはり倒産の経験を経て学んだ顧客第一主義である。

 

そして食券機は会話をしない。黙ってボタンを押してお金を入れると紙切れが出て来る味気ないものだ。しかし食堂というのは味があるべきだ。やはりテーブルやカウンターに座って注文を伝えて「有難うございます!」と返されるのが人間らしい味気だろう。

 

更に言えば食券機は店員を信用していない意味である。現金だと店員が使い込むのではないか、そのような経営者の不安が食券機に現れる。ぼくはここに根本的な経営者の弱さを感じる。

 

すき家ゼンショーの経営者は大学生の時代に安保闘争などに関わり結果的に負けた暗い過去があり、吉野家の安部氏は音楽を目指していた明るさがある。なんてかこの二つの企業を見比べると日本らしい二つの面を感じる。

 

他人を信じることが出来るか?顧客を第一に出来るか?結局安保闘争に加わった人々は頭は良いのだろうがどこか他人を信用出来ない、そして顧客第一思考が理解出来ない人が見かけられる。

 

ぼくは吉野家の牛肉の味が好きだし、たぶんそれ以上にBSE問題の対応やスタッフを信用して任せる、そして店員がそれに応えて一杯たった300円の食い物でもきちんとしたサービスをお客に提供する、そういう雰囲気が好きだ。

 

ぼくはニュージーランドに住んでいてもやはり日本人である。スタッフを信用して顧客第一を追求していきたい、その意味で吉野家ファンである。



tom_eastwind at 10:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月27日

東京1977

ブログ3日書けてない。東京ってのは本当に忙しい街だ。オークランドで仕事をしていると周囲がゆっくり落ち着いてて個人生活を優先して人々が時間に余裕があるから残業する事もなく毎日定時に自宅に帰り家族で毎日食事が出来る。

 

そういう社会精神インフラ自体が国民共有の考えだから一人だけ夜中まで働いてもばかみたいな気持ちになるだけで仕事は進まない。

 

これが東京だと街全体が24時間寝てない街のようだからすべての予定が平気で「じゃあ夜8時から会議しませんか」とか「じゃあ明日食事しましょう、仕事が終わるのは多分9時なのでその頃にどこかで会いませんか」となる。

 

東京のレストランでも昭和の昔は夜の8時からなんて予約はなかったような記憶がある。それとも僕だけがいつも規則正しく6時から屋台で飯食ってたのかな(苦笑)。

 

それでも東京のほうが確かにがんばった分だけ成果が出る街だからやる気があってどんどん上昇したい人には最高の街だろう。24時間働ける街であるからそりゃ楽しい。けどもし幸せの価値を自分の社会的地位やお金に求めない人にとっては24時間ベースで仕事をする街はちょっと苦しいだろうな。

 

こんなにバタバタしていると時々今ぼくがどこにいるのか不明になる事がある(苦笑)。

 

あは、ぼくは今オークランドでしょうか東京でしょうか?みたいな感じ。東京のホテルのベッドの中で朝4時頃からその日の仕事の進め方とか考え始めて始めて朝7時にご飯食べに部屋のドアを開けたらホテルの廊下が見えて「あれ、景色違う、俺って今オークランドじゃなかったっけ?」なんて感じ(笑)。

 

ただまあ幸運なのはぼくの脳みそは常に現地時間に馴染み時差がないので到着したその日から全開で仕事ができる事だ。

 

今日は朝9時からホテル内で弁護士を入れた会議を行いこれから約5日間の予定を全部確認。ただここでも飛び込みの約束が次々と入ってくる。オークランドベースのキーウィビジネスマンから突然連絡が来て「おい、おれ今東京なんだ、今晩会わないか」みたいのから、逆に会議の最中に「あ、そう言えばこの案件の担当者、今東京に来てるはずだ、連絡してみよう」とその場でメールを送りその場で返事が来て「よっしゃ、明日の夜に予定をいれよう」ってな感じで、キーウィなのに東京にいる時は突然働き虫になる(苦笑)。

 

キーウィからすれば折角の出張なのでこの期間中は土日週末夜中に関係なくまとめて仕事を詰め込んで実績作ろうって事なのかな、日頃の働きぶり?を知っている僕からすれば興味深い(苦笑)。

 

ただキーウィに限らず英国連邦系からしても出来るだけ週末は自宅で家族と過ごしたいわけで彼らは平日はホテルに泊まるが週末は自宅に帰る。だからNZでも週末のホテルはビジネスマンが泊まらないのでいろいろとキャンペーンをやる。

 

ところが僕の東京の定宿は平日は朝食レストランではパワーブレックファーストで賑やかだが彼らは土曜日の午後にはいなくなり土曜日の午後から日本人の家族やカップルが急増するので回転率が良い。

 

日本人からすれば週末くらいはホテルで少しリラックスしたいって気持ち、週末は自宅に帰りたい西欧人、上手くバランスが取れて稼働率が高い。今の稼働率は90%を超しているのではないかと思う。

 

そんな事を思いつつ今日もまた東京ベースで一日を過ごす。東京にいると、とにかくすべてがでっかいなー、出張で行くには良いけど、住むにはきついかなー、なんて思いつつ今日が始まる。



tom_eastwind at 18:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年08月26日

6時からのレストラン

昨日の夜8時過ぎに羽田に着きトヨタコンフォート(タクシー専用車)でホテルに移動。移動の手段であればテスラもトヨタもタイヤ4つ付いてるから変わらないけどやはりトヨタはトヨタ、昔からの大衆車である。何か日本でレスサスと言ってもぱっとしないのはやはり僕らはレクサスはトヨタの延長と感じるからだろう。

 

その点でテスラは最初から高級車って位置づけだから有利だ。それにしても21世紀だ、車を作るという本来なら最高の技術とすり合わせが要求される業界で車のことを全く知らない会社が部品調達して車を作るわけだから次に何が出てきてもおかしくない。

 

一昨日オークランドから香港に11時間かけて移動、昨日の昼に香港で会議して午後の飛行機で羽田へ。昨晩の恵比寿のホテル到着が夜10時前でそのままバタンと寝て今朝は西新橋の会計士事務所と近くの銀行の各種手続でバタバタする。

 

ほんと、日本とNZの法律実務や銀行業務は随分違ってて「何じゃこりゃ!と思うこともあれば「え?それでいいの?」って拍子抜けな部分もある。

 

「何じゃこりゃ!」という点では、ぼくは東京に住んでるわけではなく山手線に乗ればほぼ確実に反対側の路線に乗ったり地下鉄の銀座駅に行くと出口が分からずパニックになりオークランドのスタッフに電話して地上に誘導してもらったりするほど地理に弱い。

 

今朝も紙に書いた住所をタクシーの運転手に渡してナビで調べてもらって降ろされた場所。

 

ん〜景色違うな、同じ地域なんだろうけど前回の景色と違うぞ、そう思いつつ目的地の事務所に電話すると明るい声で「だったら新橋方面に歩いて下さい」と言われても、どっちが新橋か分からない。

 

今ナニが見えますか?と聞かれて銀行名をいくつも挙げるけど彼らも理解出来ない。何度も電話を保留にしつつどうやら受付スタッフ同士で「この田舎もん、どうするよ?」ってのが見え見えの対応。そうだよね、東京で生活していれば電車の乗降口まで頭に入ってるわけで、そういう人からすればまるで類人猿が大手町に出てきた感覚であろう(苦笑)。

 

15分ほど歩いてやっと目的地を見つけ会議室に入った時にはほっとしたものだが、そこから一時間程会議をして今回の目的を果たす。僕の仕事は日本とNZの最新の情報を脳に詰め込むことでありアップデートは常に必要である。色々と新しいネタをもらい、よっしゃこれ使えるなってのが学びになった。

 

その後銀行に行き所々の手続をするのだけど、NZだったらまず駄目だろうなって手続が意外と簡単に行き、ちょっとびっくり。

 

でもって今晩の夕食の予約をしておこうと、とある恵比寿の大箱レストランに電話する。(レストランの名前が大箱ではなく、たくさん客席を持ってるって意味です、はは)

 

ぼくは食事時間は夕方の6時と決めてるので普通に6時から予約をお願いしたら今日は混み合ってて8時までなら取れるとのこと。そっか、2時間ですね、ぎりぎりだけどいいや、今日行かないと他の日は忙しいからと思ってそれでお願いした。その時電話対応してくれた女性に「早めに行くのは問題ないですか?」と聴くと問題ないとのこと。

 

その後レストランのウェブサイトを見ると夕方5時から開店となっている。ステーキハウスで5時から一時間だけで食事終わる人もいないだろう、こっちは予定を早くすることは問題ない。だったらと思って再度レストランに電話して5時からの予約に変更をお願いした。ここまでは普通の話だと思ってた。

 

ところが電話に出た女性オペレーター「ああそうですか、はー、ちょっとお待ちください」と言って電話保留にされた。うむむ、どうして?時間を一時間早めるだけでしょ、それともぼくが予約したテーブルって5時から予約入ってるのか?

 

30秒ほどでオペレーターが出てきて「本日は混み合っておりまして午後7時には退席お願いします」うむむ?だって予約は6時から8時まで入ってる、それを一時間早くするだけの事で僕は3時間の食事時間が取れる。そこで「あの、5時から予約が入ってる席なのですか?」と聴くと、いやそういうわけではないが混み合ってる。

 

うむむ、だって例え8時以降混んでいても(てか日本でそんな遅くから夕食食べる人いるんだとびっくり)5時から6時は席が空いてるのではないか?ちょっと疑問に思ってそう聴くと突然相手は切れたようになり「そうですか、あーそうですか、そんなに言うならどうぞ5時から来て下さい!」みたいなきつい口調になる。

 

俺、何か悪いこと言ったのかなー、そう思いつつ午後5時にレストランに行くとちょうど入り口の閉店のサインが開店になり、受付で予約名を告げるととっても爽やかな笑顔のスタッフが「どうぞこちらへー!」と席まで案内頂く。

 

電話の対応とフロアの対応に随分差があるなーと思いつつ飲み物と料理を注文しつつ周囲を見渡すと、おお、どんどんお客が入ってくるではないか。

 

その時点ではじめて気づいたのは「あ、そっか、この店は繁盛店だからとにかく客を2時間で回せって事か」である。いやこりゃ勿論推測ではあるが、要するに6時に来る客が5時に変わったのではなく、6時の予約が取り消しされて5時に新たに入った、なら7時からの客を取れるように2時間で退席してもらう作戦なのだろう。

 

そう考えると「2時間戦略」も理解出来る。たぶん東京の人はそういう事を知ってて、ぼくが3時間座りたいためにまず6時に予約を入れてすぐに5時に変更して「3時間戦略」を取ったと考えて、だから電話のオペレーターも少しむかっときたのかもしれない。

 

すべては推測であるがもしこの推測が当たってるとすると、こりゃオークランドじゃ思いもつかない発想である。東京ってのはやはり南半球の類人猿では勝ち目ないな、なんて思いつつ美味しいステーキを頂きました。

 



tom_eastwind at 10:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月25日

テスラ

昨日の夜遅く香港に入り、時間が遅いので空港からホテルまで手配してもらった車が何とテスラ!初めて乗りました電気自動車ですが、後部座席によくあるもっこりした仕切りがない。シャーシーがないんでこうなるんだけど、今までも後輪駆動の車ばかり見てきたので電気自動車でもっこりがなくスムーズな走りってのが気に入りました。

 

聴けばホテルは先月までAUDIの会社と契約してたのだけど今月から全部テスラを運行している会社との契約に切り替わったとの事。

 

香港は本当に生き馬の目を射抜く市場でありホテルの送迎でさえあっという間にひっくり返されるから怖い。これじゃAUDI運行してた会社、大変だぞ。

 

今朝は九龍半島のコンテナ船を眺めつつホテルの朝食だが、回りは殆ど大陸中国人で、このホテルは人気あるんだねー。ただ朝ごはん食べるのに女性がジャージやスリッパでおまけに膝立てしてるのはどうなん(苦笑)?服装コードはまだまだですな。

 

1100にホテルの喫茶店で香港人弁護士と会い今回の香港企画及び新規顧客の案件を打ち合わせる。長い付き合いの相手なのでお互いに手の内を知っており話が早いのが気持ち良い。彼と仕事の話をする時はお互い誤解がないように英語だけど世間話になれば気軽に広東語で馬鹿話をする仲だ。

 

ここで約2時間打ち合わせをして、香港在住の日本人ビジネスマンが中国関連のビジネスで作った資産が果たしてニュージーランドの投資家ビザの資産証明に使えるかどうか、あーでもないこーでもないと弄りまくる。

 

結果、相当な作業量になるけど全体像を見ればどうやらいけそうだ。確実ではないけれど可能性は高い事が分かった。こういう時のお互いの思考回路は出来るか出来ないかではなく、どうやったら出来るかって視点であり出来ないなんて絶対に考えない。

 

香港で納税してないことがNZ移民局から見てどう問題になるのか?合法に納税してないのにそれを問題視されると面倒だな、じゃあどう説明するか?それにしても香港と深センをまたぐ地帯のビジネスはややこしいくて薄暗い(苦笑)。

 

僕にとっても1990年代の6年を過ごした古巣であり日本人がどんなビジネスを展開しているかはよく分かっている。成功するのはほんの一握り、多くは目が出ないまま日本に帰ったりいつの間にか保険会社の営業マンか駐在員向け不動産紹介ビジネスの販売員になったりで、それは今も変わらない。

 

香港で生き残れる日本人はほんの僅かで、成功する人は更にほんの一握りもいない。

 

2時間の打ち合わせ後、9月上旬に再度香港でミーティングの予定を確認して空港に向かう。けど熱い!暑いじゃなくて熱い!(笑)。昨日は夜遅くだったのでまだ良かったのだがホテルから空港に行くときはお昼のど真ん中で、まさにフライパンの上の目玉焼き状態。あじじ!みたいな感じですぐにターミナルに入ったのだけど、ほんとに北半球の夏はきつい。

 

次の企画は香港とシンガポール在住の日本人ビジネスマンに向けた投資移住説明会だ。ビザ取得の弁護士、資金管理のための銀行、投資管理の会計士、生活サポートの当社が組めばワンストップでお客様の必要なサービスがすべて提供出来る。

 

今から東京に飛び明日は朝から銀行や会計士事務所訪問、アッツイんだろうな、東京。今は冬だけどそれでも10度程度のオークランドが、今から懐かしくなる(苦笑)。 



tom_eastwind at 23:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月24日

ビザ

僕の脳みそは「駐車場」と聴くと「病院」と認識してしまったり、じゃあ英語で「パーキング」と聴こえると「バカの王様」と認識してしまったり、とにかく僕の頭には困った事に相当へんてこな変換ソフトが組み込まれている(笑)。

 

今週はいったい何回弁護士事務所に行ったか数えてないけど、これなら事務所内に机一個置いてもらったほうがましだなって思ったくらいだった。

 

机が欲しい原因=今まで約一年近く滞っていたビザがやっと動き始めたのだ。

 

永住権取得、起業家ビザ取得、投資家のApproved In Principal という事前許可も続々と出てきはじめた。なんだこりゃ、この一年の長さはほんとに針のむしろだったけど、まったくもうイナゴめーって思うが、人生はほんとに万事塞翁が馬の如しである。

 

内情を聴いてみると移民局、たった二人で200件の申請を抱えてる部門もあるようで、そりゃ少し同情もするけど、だからと言ってこちらはお客様からお金を頂いて仕事しているのだ、情けをかけるわけにはいかない。

 

プロ同士の喧嘩を仕掛けるしかないから時々相手を可哀想にはなるが法律に則って粛々と進めていくのみだ。それでも時間かかったなー、ふー。

 

とくにキーウィと仕事やってると北半球の厳しさ、約束の大事さが伝わらないから困る。かと言って押し付けても彼らは何故押し付けられるか理解出来ず単純に反発するのでこれまた困る。かと言って約束の大事さを伝えるしかないから彼らを困らせる。

 

何せ彼らの感覚は、約束はしたけど約束を守るって約束はしてない、彼らなりに(=NO残業、土日完全休日、年休一ヶ月、)頑張って出来なければ仕方ないじゃんという感覚である(苦笑)。

 

この2週間、弁護士とは一回の会議で34件の案件を続けて話すので時間もかかるし時にはテーマが全然関係ないところに飛んだりするのだが、不思議なことに普段の生活やオフィスでは出てこないような「知らない英単語」が何故か僕の口からすらすらと出て来るようになった。

 

これ一体どんな言語返還ソフトがぼくの頭のなかで動いてるのだろう?すんげえ腹が立って言葉が出てこないってのはあるが僕の場合すんげえ腹が立ってくるとそれが何故かそのまま俗っぽい英語になる。

 

但し今まで英語ネイティブが絶対に思いつかなかったような言い回しであるから彼らが最初に聴くとポカーンとするのだけどすぐに意味が分かるって感じだ。「エンジンブルブルno−go−go」みたいな(苦笑)。

 

これは50過ぎても未だ英語の成長期という、喜んでいいのかいかに学生時代に学んだ英語が貧弱で語学のスタートラインが低いかを物語るわけだが(苦笑)、「このくそったれ!」とか「いっぺん死んでおけ!」とかの感情表現の広がりから始まり「あなたは行きたければ行けばよい、何も止めるものはないです」という“お勧めしません”という間接表現を使ったり「ニュージーランド移民法において定義されている起業家ビザの手続は厳正に行わねばならず弁護士と顧客が直接契約を行いエージェントが中間に入ることはない」なーんて難しい法的な言い回しもあるわけで、そうなると弁護士も学校で習ったけど普段法律の素人である顧客には使わない言い回しや単語を引っ張り出してくる。

 

ただこんな事やってると段々分かってくることが法律の解釈が弁護士によって随分違うってだけでなく、おそらくだが僕の方が今目の前にいる彼らよりも人生経験が長くおまけに生き馬の目を射抜く日本や香港で誰の助けもなくビジネスやって、法律使って法律ぎりぎりでバリバリ仕事したわけで(苦笑)彼らよりも解釈の幅が広い。

 

絶対に違法行為はしなかったが紙一重で常に塀の外側で過ごしていたわけで、つまり道の真中だけでなく両端もそれなりに解釈して走ってた。法の解釈をする際は法の精神が彼らと違った視点で理解、説明出来る。

 

だから彼らの使ってる単語が今まで聴いた事がなくても前後の文章で大体分かりそのままその単語を使って返すことが出来る。そうやって50過ぎた今も英単語の勉強をしているのだ(笑)。

 

つまり単語を知っているかどうかよりもどれだけ人生体験をしたかの方がぼくらの仕事においては実践的な会話が出来る。極端な話、キーウィの法学部の大学生は英語が完璧であっても僕の視点を持つことは出来ずどれだけ彼らが議論を仕掛けてもぼくに勝つことはない、それは英語の単語をどれだけ知ってるかとか文法を知っているかではなくまさに生き残る力だからなのだ。

 

ぼくは今までいろんな国で修羅場をくぐってきた。この修羅場はほんと、どれ一つを取ってもいつ死んでもおかしくないような状況だった。実際に当時のぼくの回りで死んだ日本人を何人も知っている。

 

幸運な事にぼくは今まで一度も致命的なミスをせずに何とか北半球の戦場から帰還できてオークランドに戻った。この街はほんとに平和である。が、今でも何か起これば即時に脳内でリスクマネージメントとダメージコントロール機能が起動して最悪の状況を認識しつつ最善の状況に持っていくための具体的な対策を即時に立ち上げてすべての状況を乗り切れる状態にある。これがたぶん、生き残る力、なんだろうな、はは、だけど常に好事魔多し、注意は怠らないぞ。

 

何せ行く国行く街すべてに様々な利害関係者がいるわけで(苦笑)それが場合によっては敵になり、場合によっては味方になる。敵になった人、ごめんなさい(苦笑)、味方になった人、良かったね、である。

 

今日のブログは香港に行く機内で書いている。なんか今回は周囲が白人ばかりで、それも独特の「殺し屋ビジネスマン」的な雰囲気の男性が多い。たぶん石油とか穀物とかメジャー市場の連中なんだろう、香港の入国カードを不要と言ってるからおそらくこのままロンドンまで乗り継ぎなんだろう。

 

こーいうロンドンのビジネスマンの笑わない暗さは、ほんとありゃ何じゃって感じであるが暗い機内で周囲を殺し屋に囲まれてる雰囲気でブログ書いてたら、何だか楽しいビザの話が急に重くなりました、どーん(笑)!

 



tom_eastwind at 12:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年08月23日

Horse !

僕はふじきんなどシティの気軽な居酒屋に行くと楽しいもんでついつい冗談を飛ばしまくるくせがある。

 

例えば美味しい豚モツ鍋が出て来ると“ホース!”という。その意味は「美味(うま)!」である(苦笑)。予想以上に美味いと“Stupid Horse!(スチューピッドホース)”という。意味は馬鹿美味(ばかうま)だ(笑笑)。

 

ところが世の中には美味く返す人がいるもので、冷静な顔で「これは死んだ豚の内蔵ですからDead Pork organが良いのでは?」などと言われると、あはは、こっから先は落語の世界、いやいや豚も死んで「うま!」と言われちゃ報われまい、なんて感じか(笑)。

 

それにしても人間は罪なもので生きていく限りは何かを食わねばならず、それが人の定めであれば、なんて事を思うのは、やはり輪廻転生を信じて更にすべての生き物に魂があり人が死ぬと動物や鳥や魚にでも生まれ変わるという考え方を信じているからか?

 

キリスト教の場合は人は死んだら天国行きの片道切符という認識が多く、もちろん輪廻転生論もあるがそれでも生まれ変わったらまた人間って感覚なようだ。このあたりで人間以外の生き物に対する感覚が根本的に変わってくるのだろう。

 

今の日本は本当にペットブームでありペットは家族同様というが、法的には間違いなく物であり戸籍に入れることも出来ない。動物を怪我させても器物破損罪だ。飛行機に載せる時も「死んでも文句言うなよ」って一筆書かされたりする。

 

それでも飼い主からすれば家族同様と成るのだから、うーむ、これは愛人みたいなものか(笑)?

 

それにしても宗教はほんとにややこしい。今読んでる本は島田裕巳の「世界の宗教がざっくりわかる」という紹介本だ。文体は軽いが中身は重い。それぞれの宗教をすべての主観を抜きにして客観的基準で分析して、決して感情でなく好き嫌いもなく紹介している。

 

こういう本を読んでいると腹が立つのがニュージーランドのグリーンピースである。毎日クイーンストリートを歩いてるとどうしてもグリーンピースの寄付金募集にぶつかる。決して彼らを個人的に嫌いではないのだが、そのべじっぷりがどうも鼻につく。自分だけが真実だ、お前は何も分かってないて顔が。

 

ふざけんな、お前らこそ米国の会社から金を貰って踊らされてる、まさにチンピラ宗教団体じゃねーかって感じであるが、島田氏からすれば僕の気持ちも「主観的」となるのだろう(苦笑)。

 

けど現実問題として多くの人は何かの判断をする時に価値基準を持っている。その基準が子供の頃に身に付いた周囲の環境の影響であるかもしれない。例えばそれがイスラム原理主義の人々であれば、子供の頃に「殉教すれば天国に行けて酒も女も抱き放題!」みたい教えをそのまま信じるのであれば自分の命を捨てることに抵抗がないのかもしれない。

 

だって今の現世なんて所詮80年くらいしか生きてけない。天国に行けば永遠の命だ、時間的に観てもとっとと天国行ったほうがましじゃん、なんて価値判断が出て来るのかもしれない。

 

さて、今の国際ネタで一番気になってるのがこのイスラム、特にISISIS)であり、どうも英国が19世紀に作った国境そのものを作り変えようとしているとしか思えない。

 

ISISなんて可愛らしい名前であるがイラクとシリアだけでなく中東全体を一つの「イスラム国」として国連承認を求めるのではないかって勢いの集団であるが、政治力もあり統率力もあり背後に誰がいるのかまだ明確ではない。

 

だけどこのイスラムの教えって非常な伝染力があるのだろう、だってこの集団には相当数の英米豪国籍の人々が参加しており、彼らの本家である国の宗教や法律や常識を完全に捨てて飛行機に乗って中東にやって来るのだから、余程ごりやくがあるのだろう。

 

話によれば最初は全くイスラムと関係ない生活を送ってた若者がある日偶然知り合った品の良さそうな人に何かのサークルに誘われて行ったところ、更に品の良さそうな人々が沢山いていろんな楽しそうな話をしてて、次第に自分も楽しくなってきて話を聴いてるうちに相手の言うことを真に受けていつの間にかそっちの世界に引っ張られ、次第にいつの間にか洗脳されていく・・・気づいたら飛行機に乗って到着地で武器を持って邪教を相手に戦争してた・・・。

 

あはは、こうなるとオカルトだけど、現実にオウム真理教なんてまさにそのパターンであり普通の大学生がサークルに誘われていつの間にか信者になって、親が連れだそうとしても本人が抵抗して出家しただとかの事件があった。

 

昨日もこのISISが誘拐した西側の人間の首を切ってそれをネットで中継しててまたこれかよって感じだ。とくにビデオに出てたナイフを持った男はどう見ても英国人、少なくとも英国育ちであることはその英語から聞き取れる。

 

おいおい同胞を殺すのかよって気持ちだけど、殺人者の気持ちはすでにイスラムにひっくり返っているのだから同胞なんて気持ちはないのだろう、だから殺人の観念さえないのだろう。

 

日本人が以前同様な事件に巻き込まれたがあの時もすんごい嫌な気持ちになった。何故ならぼくがやってた仕事の関連だったからだ。

 

今のところニュージーランド国籍の人間が中東に飛んでったという情報はないが、今の北半球の情勢だといくらNZが平和で人種差別がないとは言え、今後何かの影響が出て来るのかもしれない。

 

NZは英国連邦の中では最も人種差別が少なく宗教にも寛容であるが、もし今後NZ国籍を持つ人々が中東で欧米人を公開処刑するようになれば、NZ国民もイスラムに対して悪い印象を持つようになるのではないか。

 

何だかまくらはお笑いだけど落ちは随分とシリアスになった今日のブログでした(苦笑)。 

PS,昨日はアクセスが普段の二倍になってます。誰かがどこかのサイトで紹介してくれたのでしょうが、有難うございますって言いたいけど相手が誰か分からず状態です。もしここを紹介してくれたサイトを知ってる方がいればコメントで教えてもらえればと思います。


 



tom_eastwind at 08:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月22日

今週は4日昼飯なし

火曜日だけご飯なしカレーを食う事が出来た。カツカレーって注文してるわけで、カツカレーライスって言ってないから出て来るものはカツとカレーだけの筈だけど新規の店では時々注文に関わらずライスが付いてくる。思わず「原価計算的にもったいないな」って思う。

 

けどそれも昼飯食ってる時に携帯電話が鳴り、すぐ帰社せよとのこと、下らん事を考えているヒマはない。スプーンを置いて「貴社の記者が帰社するのに汽車に乗る」なんて古いネタを思い出しつつオフィスに戻る。結局その後本日まで昼飯抜きだ。

 

でもって週末のフライトで出張開始、香港→東京→大阪→東京→香港と延べ5都市で会議や説明会や個人面談が続いている。日本人は日本にだけ住んでるわけではなく僕の得意なエリアだけでも香港、シンガポールに在住の日本人ビジネスマンが住んでおり彼らも熱い国から涼しいニュージーランドへの移住も視野に入れている。

 

香港やシンガポールに住んでる日本人はお金の桁が違う。世界を相手にビジネスを展開して数百億円を動かし日本に行く時は普通にビジネスクラスだ。

 

これはオークランドに来る時も同様で、彼らはビジネスクラスでやってきて立派なカバンに金を詰め込み市内観光をしつつ気に入った家があれば「あ、あれ頂戴」である。彼ら新移住者は戦士だ。

 

このような現象は前世紀、20世紀にはあり得なかった。基本的に1990年代に移住して来た日本人は日本の生活に合わず日本の競争に勝てず競争がなくのんびり過ごせるNZを目指したわけで、彼らは今では随分年寄りになってるから更に保守的になり、上記のような「新移住者」に対しては好感を持っていない。

 

しかし新移住者からすれば「日本人皆で切磋琢磨してオークランドで日本人社会を作ろうよ」という積極的な発想だから、「旧移住者」からすれば「何で今まで静かに生活してたのに突然うるさい事言う奴がやって来てー」となるのだろう。何故なら自分の利益にならないし彼らの(小鳩の巣のような)既得権益が脅かされるからだ(笑)。

 

ところが面白い事に、旧移住者が新移住者と知り合いになって「ねえ、あそこの家いくらですかね?」となると、旧居住者はいきなり不動産業者になる(ははは!)。

 

つまり競争は出来ないし喧嘩も弱いし何もやりたくないけど棚から落ちてくるぼたもちは全部オレのもんだもんねと思って新移住者から取れるだけのものをぼったくった後は「知らん、おれには弁護士が付いてるぞ!」ってなるのだ。

 

僕の仕事の一番痛いところはここである。優秀である日本人をこの街に送り込めば送り込むほど僕は旧移住者から憎まれ、新移住者は僕の知らない間に突然不動産業者になった旧移住者に騙されたりして、後になってこっちに「何だこりゃ!」と苦言してくる。だから昼飯まともに食う時間もないって話になる(苦笑)。

 

棚から牡丹餅さんも、日本人の言うことをすぐ間に受ける新移住者の皆さんも、両方共ご注意を(笑)。

 



tom_eastwind at 15:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月21日

Need to Know Basis

知る必要のあることだけ伝えるって意味の英語が上記。情報管理が進んでいる英連邦系国家であるニュージーランドでもこの意識は浸透している。

 

日本が個人情報保護などと言ってるが、あれって本気か?なんて思うのが、個人住宅の表札や電話帳である。あれえ?殆どの個人情報晒してるじゃん。かたっぽでは個人情報さらけ出しながらかたっぽでは個人情報保護なんて、うーん、どうなんだろうと思う。

 

ニュージーランドでは殆どの自宅に表札はない。たまに見かけると「ほ^、珍しいな」って感じだ。

 

またも選挙ネタだけど、今日はSISと呼ばれるNZの情報部、つまり非常に省略して正確にはちょっとちがうけど日本の人に分かりやすく言えば007の勤務先もやり玉に上げられてて、前回の総選挙の際に首相公務室でSmokeGunという暗号を使って敵陣の個人情報を探れと指示があったって!

 

まさしく007の国内版、人が死なないだけでやってることは相当にド派手である。ところがこの件をインタビューされたジョン・キーは「ぼくは君らマスコミに付き合ってたらいつまでも話し続けるしかなく君らはそれで本望だろうが僕は首相としての仕事があるんだ!」と怒りつつ、「ふざけんな、その時期僕は休暇でハワイにいたんだ、僕が何か直接に指示出来るわけない!」

 

それは事実であるが同時にSISの幹部は「首相公務室で指示を受けたので当然これは首相の指示だと思った」との話。もちろんこれはスキャンダル本の内容の一部である。

 

TVONEが緊急アンケートを取ったところ、この本を読んで「納得した!」と回答したのが10%以下、ネガティブと捉えたのがやはり10%以下、残りの80%は「くそったれ」、つまり無視である。

 

日本だとこんなスキャンダル本が選挙の5週間前に合わせて発刊されても「ええー、あの方がこんな事をー!」ってなるのだろうが、NZでは国民が「マスコミやネガティブ出版の嘘」をよく理解しているからいちいち真面目に捉えない。

 

てか政治や選挙って誹謗中傷の嵐だし本国の英国でもSunなど皇室スキャンダルネタをしょっちょうやってて、だからある程度の立場にいる人はゴシップの対象になるってのが国民の認識であり、けどそれには限度がある、信頼性は少ないってのも共有の認識である。

 

元々ジョン・キーが2008年の総選挙で初めて党首として戦った時が丁度リーマン・ショックのど真ん中だった。当時労働党のヘレン・クラーク首相は「リーマンショックを起こしたのは米国の金融機関、当時その最大手投資銀行で副社長までやってたのがジョン・キー、こいつは諸悪の根源だ!」と訴えた。

 

ところが選挙ではジョン・キーが勝った。何故か?それはジョン・キーが「そうだ、リーマンショックを引き起こしたのは米国の金融機関であり僕はそこで幹部として働いていた、だからこそこのリーマン・ショック危機を乗り越えるやり方を知っている」と主張したのだ。

 

この点キーウィが賢いのは政治センスが高い事であり「政治なんて所詮汚れ仕事、だったら高潔で無能なヘレン・クラークよりも悪い手口も知って汚れ仕事も出来るジョン・キーの方が経済再生出来るじゃん」と判断して国民党が勝利、そして実際に経済を復活させて今日の成長があるのだ。

 

現在もニュージーランド、特にオークランドの経済成長は先進国と比較してはるかに伸びており、毎年5万人がオークランドに移住しており毎年の物価上昇は肌感覚で約5%、土地の値上がりも510%、最低賃金も毎年35%上昇、普通のビジネスマンの賃金も同様に上昇している。

 

たしかに二極化が激しくなっているがこれはNZ固有の問題ではなく世界で同時に発生している現象であり日本でも米国でも同様に問題視されているが「大学は出たけれど」就職先がなくてマクドナルドでアルバイトするしかないなんてのは日本だけの現象ではなくNZでも同様だ。

 

だから二極化は進むものの、これはもう上側の波に乗れるか、その為にはどうすべきか、国家の構成員である国民の出来るだけ多くの人々を波の上に乗せられるか、その為にTPPであろうが何であろうが使える手段は全部使う、そういうハングリー精神を持った政治家を国民は選ぶ。

 

言葉は悪いが政治の場合に限定すれば「目的は手段を正当化する」である。そして国民はジョン・キーを選んだ。

 

ぼくら日本人の目からすれば「ここまでやるか?」と思う時もあるが、これは話は飛ぶが本国である英国では現在街角のあちこちにカメラを設置した「監視社会」になっている事実がある。

 

政治一流と呼ばれている英国とその元植民地であるニュージーランドも常に現実に目を向けている。どんなキレイ事を並べても世の中の現実問題は解決しない。監視をする、情報管理をする、知る必要のある人に知る必要のあるだけの情報を提供する、そういう文化が世界で初めてスパイを養成して19世紀の英国の繁栄を築いた。

 

例えばアラビアのロレンスって映画ではカッコ良さそうだが、あれは単なる軍事スパイである。またアフガニスタンとの戦争に負けて中東の土地を去る際も出来るだけ地域紛争が起こるように国境線をわざと作ったのも英国である。

 

その意味で英国は確実に政治一流なのだ。

 

今回の選挙はまだまだ何が起こるか分からない状況が続いているが、日本のような選挙カーで怒鳴ってみたり騒いでみたり挙句の果てに奥さんが「主人を男にしてやってください!」なんて泣くような選挙よりもずっと現実性を感じる。



tom_eastwind at 07:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月20日

大きな黒い雲

今日のTVONEも総選挙ネタ一色である。ジョン・キー首相もさすがに切れた様子でマスコミの取材に「僕は君らに会いたくない、君らがいつでも好きな時間にインタビューできる事は分かっているが!」と、普段の笑顔は全く消え去り相当な怒りを感じる。こりゃほんと、選挙後にどれだけ首が飛ぶのかって感じだ。

 

けど、何だかその風がもろに移民局にも吹き付けている。移民局はキム・ドットコム事件や中国人投資家事件でマスコミから「誰が彼らに永住権を発行したのだ!」「いくら貰ってるんだ!」などと激しい突き上げを喰らっている。

 

ウィンストンピーターズ元副首相も「投資家ビザなんて廃止しろ!」と主張しているし、やっべーな、これ来週の説明会にも影響出るんじゃないか?かなり不安。こういうのってスコールのようにさっきまで快晴だったのに突然ドーン!って激雨が襲ってくるようなもので見当もつかないが、何となく嫌な気がする。

 

ほんと、こんな時は首をすくめてじっとしておくしかないけど、それは他のたこつぼで首をすくめている移民局やらも同様であろう。

 

それにしても政治の世界でここまで激しい戦いになるのは今まで観た事ない。こちらの総選挙でも日本と同様に空き地に立て看板と立候補者の写真が貼られるのだけど、今回は国民党のジョン・キーの写真だけに次々といたずら書きや目を潰されたり汚いシールを貼られたりしてて最悪である。

 

品がないというか、どうもどっかの広告代理店が絡んでるなってのが見え見えな選挙戦だ。まともに戦ったら勝てない労働党が広告代理店にカネ払って様々な作戦を時系列で打ち込んでる。

 

国民党としてはまさかの足をすくわれたような状況だろうが、ジョン・キーは政治家である前に長年民間金融企業で修羅場をくぐってきたのですぐに対処策を打つだろう。

 

まず最初はダメージコントロール、現在受けている被害はどれだけか、最大どこまで被害が広がるか、それを抑えるにはどのような手段が有効か?

 

次に反撃策。相手の戦い方をコピーする方法がまず一般的ではある。誹謗中傷告訴デマ、ついでにチンピラ雇ってポスターへの落書き、スキャンダル本の発行(時間的に無理か)、ブロガーを使った宣伝。

 

ただこういった低レベルの反応は逆に質の良い選挙民には嫌われる。相手がどんな汚い手を使おうともやはりきちんとした対応をするとなれば、ジョン・キーにとっては両手を縛られたようなものでもやはり経済成長や海外との取引増加やTPP推進を話し「みなさんがこれだけ豊かになるのです」と主張するのが筋だろう。

 

それにしても今回の黒い雲、嫌な感じだ。



tom_eastwind at 06:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月19日

総選挙:中国に近づきすぎた政治家たち

ニュージーランドの総選挙まで約5週間だ。毎日何が起こるか分からないものすげー状況で誰もが自分にだけは泥がかぶらないように、そして国民党としては絶対に選挙に負けられない状況。

 

今年初めには国民党圧勝だった予測が、ここ3ヶ月の移民政策のスキャンダル、次々と発覚してすでに大臣級が2名首を飛ばされて今日も元移民大臣がスキャンダルを喰らってる。こりゃでかくなるな、時期が悪すぎだ、3名目の首か。

 

マスコミなんて記事を取る時はどこも似たようなもので最初に筋書きを作りそれに合った記事だけを「編集」して一般大衆に見せる。マスコミ対策で国民党は完全に甘く見てたのは?ってな感じである。

 

今叩かれているのはJudith Collins、まさに中国人に近づきすぎた政治家である。おまけにフリージャーナリストが2011年の総選挙で国民党がやった選挙活動を暴露する「Dirty Politics」という本をつい3日前、まさに総選挙に合わせて出版させて国民党叩きを始めた。完全に広告代理店の入った選挙ですね。

 

「選挙」はメディアとしては最高のネタで選挙民としては自分に何の影響も出ない「派手な映画」を観ているようなものであり、肝心の政治家にとっては一分一秒が背中に入れた氷柱がグルグルと動きまわり次に何が起こるか誰にも分からず、誰もが一番ピリピリとしている5週間だ。特に今は中国ビザネタが一番売れる。Judithがどう動くか、毎日ニュースから目が離せない。

 

こういう時は法律的に合法か民主的か、推定無罪かなんて関係ない。つまり選挙時期には民主主義が働かないのだ。メディアが書いたその日のニュースがすべての事実であり、後日検証される事実なんてどうでもよいのだ。選挙民にとってはメディアを無視するか信じるか、しかない。

 

そこで誰に投票するのも本人の自由なのだが、野党の中には勘違いしてこの時期に国民党にとって不利な、それも選挙民にとって本当かどうかを判定出来ないような情報を発する場合がある。

 

すでに上記本を上梓した作家はNZ国家情報部によって捜査が開始されており報告書が内閣に上がっているようだ。特に今年は移民が重視されており、移民局も相当ピリピリしている。要するに訴える方も裏で捜査されているのだ。

 

だから移民局に持ち込まれる情報も「何で?選挙?」という視点から見られる。こいつ、俺たち(移民局)を巻き込む連中かと疑われる。

 

中国人はある意味覚悟してNZの政治家に賄賂を渡してビザを取る。その結果として滞在許可が剥奪されてもある意味「まあそんなもんか、じゃ次行こう」くらいの感覚だ。それにくっついた政治家、今は本当に大変だ。

 

ところで日本人が一番勘違いしやすいのは「まだ最高裁がある!」的な、政治や法廷は常に正義を貫こうとしていると思い込む事だ。しかしニュージーランドの現実はそうではない。正義とはすべての人にとって違う顔を見せるのだ、特に選挙期間は(苦笑)。だから彼らは訴える人々の背景も洗うのだ。そして移民局にとって都合の良い結論を作るのだ。

 

自分の正義だけが社会唯一の正義であり絶対に間違ってないと思うのは自由だが現実の社会はそうではなく、むしろ100人いれば100個の自由があり、それを時系列に合わせて調整するのがニュージーランドの政治や法廷である。是か非かではなく秩序が優先される。

 

これから5週間、上記に挙げた政治家だけでなく多くの突発的事項が起こるだろう。その意味では日本の選挙とあまり変わらない。ただ言えることは多分今回国民党は勝つだろう、そうなれば政権取得後の国民党はまさにジョン・キーのアダ名ではないが「笑顔の暗殺者」になって今回の選挙で敵に回った連中を次々に殺しまくるだろうって事だ、確実に。

 

この選挙、接戦になるだろうがなぜ最後は国民党が勝つか?それは一般的国民が外国人投資の現実を知っているからだ。国民党の政策でなければ経済発展はなく、経済発展がなければこの国は1984年の再来になる。そうならないように国民党は戦っている。移民政策も同様だ。

 

だから移民政策に手を出すような野党、移民局で問題作るような案件は選挙後に確実に排除される。今あなたがもし有りもしない夢物語とか「あなただけの正義」を語るのであれば、選挙後に苦しくなりますよーって感じかな(笑)。

 

それにしても3年に一回のお祭りとでも言うか、もう20年以上この国に住んでいるが総選挙の時だけはキーウィがキーウィでなくなるようだ、怖い怖い(苦笑)。 



tom_eastwind at 20:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月18日

物価2014

最近オークランドを訪れる方が一斉に同じことを言うのが「物価が高いっすねー」である。はい、その通り。オークランドは現在物価が高いです。だって為替が安い時は1NZドルが40円なのに今は1NZドルが90円、二倍ですからね。

 

更にこの国は経済情勢が良く物価が毎年5%づつ上昇している。これに合わせて不動産価格も毎年5%上昇しており、デフレ時代を20年も経験した日本人からすれば「土地の値上がり」なんて意味不明だろうが、それが現実である。

 

けれど今日はそんな天下国家の噺ではなく、ぼくがりょうまくんと一緒に週末に買い物した噺をしよう。

 

まずKFC。ケンタッキーフライドチキンはキーウィの大好きな食事であるが、ここのオリジナルレシピのチキンが4個で10ドル。つまり900円なので、一個225円くらいか。これが日本だと一個で240円であるから同額。

 

次にガソリン・スタンドの洗車機で車を洗ったら松竹梅の松で16ドル。とは言っても乾燥の最中でも水はぼたぼたであるが、16ドルだから1400円か。日本だと1000円くらいか。

 

最後にfarroっていうスーパーに行くが、ここは成城石井みたいと思って下さい。まず最初に換算を1ドル90円にしましょう。

茹でて冷やしたブロッコリ500g2.99

小さいたまのキャベツの半分で1.99

冷凍ビーフラザーニア(独身男性用夕食)が一個16.50

冷凍ラムシャンク(独身男性用夕食)が一個19.50

NZビーフストックが500Ml6.00

NZアンガスビーフ500g17.92

鶏手羽が500g6.78

芋が295gで0.59

NZトラストマトが670g9.37

 

さあ家庭の主婦さん、価格を比べてみてください。ぼくは昭和の男なので値段を見てものを買う習慣がないですが、それでも日本に行くと何でも「安いなー」って感じますよ。

 

安いしものは豊富だしサービスは良いし、これなら日本から出ることないじゃんって噺ですが、じゃあ何で日本から出るの?

 

やはり、人はパンのみにて生くるにあらずなんだろうな、何だかそんな事を思った一日でした。



tom_eastwind at 19:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月17日

教養としての読書 

ある食通が「その人が食べてるものを見ればその人が分かる」と言ったそうだが、ぼくにとっては本が同様の感覚だ。その人が読んでるものを見ればその人の性格が分かる。

 

日本に住んで仕事してた頃は個人の資産家のお客様の自宅を訪問する機会が多く、だからお客様の自宅を初めて訪問してその方の本棚をちら見するだけでそこから話の組み立てがすぐ出来たものだ。

 

読書は長い時間をかけて学ぶのだがいつまでも終わりがなく、けれど確実に一冊づつが教養として身に付いていく。読書は作者の追体験である。そしていつか本は自分にとっての試金石となる。自分の人生で新しい場面に出会った時にどう対応するのが王道かを教えてくれる。

 

そして本に「はずれ」はない。どんな下らない本でも、世の中にはそういう人間もいるものだって意味で最初の一回だけは勉強になるからだ。「こーいう人間にはならないようにしよう、近づかない方がよい」って意味で(苦笑)。二回読んだら馬鹿だ(笑)。

 

試金石にならない例として僕の場合は東野圭吾がある。良質の作品であり良いのだけど、どうも彼の創りだす「解」が僕には納得出来ない。

 

福山の映画を観てるぶんにはOKなのだ、そこには東野圭吾の良質の筋書きの上に違うスパイスがかかって、それで僕にはOKなのだ、そうか、その切り口ならOK、ってなる。けど原作の東野圭吾の「解」は合わないのだ。

 

つまり僕が感覚的にこの社会にもつ認識と彼の認識が違う、つまり見えてるものが違うことが分かる。どっちが良いではなく僕の基準ではないってことだけだ。頑張ってね東野さん。

 

絶対に嫌、こいつとだけは飯食いたくないってなるのは、まるでぬるぬるした毒蛇かトカゲのようなイメージを感じる内田樹だ。大体フランス文学なんてやったのにろくな奴はいない(笑)。

 

野坂昭如などは最高の売文家であるがあまりに彼の切れすぎるほどの文章は心に痛すぎて読み返すことが出来ない。「火垂るの墓」がその好例であり、奥さんや子どもたちは「ねえお父さん、素晴らしい作品だよね、すごいよね日本人!」って言われるけど、こっちはその度に涙が出て来るので話題にしたくない。

 

なので上記のような本は試金石にはならない。

 

ところで、世の中には地頭の良い人がいる。けれどそんな人でも本を読んでないとすぐに間違った判断をする。何故なら正解を知らないからだ。彼の今までの人生ではすべての場面で予め正解が用意されてて学校で正解を探す訓練を受けてるからすべてが合理的に整った状況では素早く判断出来る。

 

しかし人生なんて何も合理性はなく更に正しい答えなんて存在しない、答は自分で作っていくしかない。日頃本を読んでればそういう事が分かる。だから答のない世界でも強い。自分で答を作る力を持っているからだ。

 

ところが地頭が良く本を読まない人間の判断はどうなるか?昔ある自動車会社の幹部がこう考えた。

 

この車の設計上ガソリンタンクを後輪の上に置けば製造費用がxxドル安くなるが危険性が高まる。トランクの横に置けば安全性が高まるが製造費用がxxドル高くなる、このような状況で数学に強い彼の頭はこう考えた。

 

よし、後輪の上に置いて高速道路上で事故が起こり家族4人が焼け死んで告訴されて満額保証した場合の費用、想定では年間xx人死ぬだろう、その賠償費用とトランクの上に置いた場合にかかる費用と生産台数を計算してみよう。

 

その結果として幹部は「よっしゃ、賠償費用よりも製造費用の方が高い、じゃあガソリンタンクを後輪の上に置こう」となった。その結果として当然多くの家族が車の構造上の欠陥で事故死した。

 

当初裁判所はまさか自動車会社がそのような発想で車を作ってると思わず普通に裁判してたが、急増する事故に疑問を持ち自動車会社の幹部に設計資料の提出を要求したところ、人の命を利益と秤にかけてた実態が分かり裁判所は賠償費用だけでなく懲罰的支払いを命令した。

 

それ以降米国では企業は性悪説であり悪いことをするものだと言う前提でタバコ裁判でも懲罰が下った。それは今も続いている。タバコについては危険性が指摘された1990年代以降にタバコを吸ってる人々に告訴する権利はないだろうが1970年代の人々には権利がある。

 

他にも米国では「ベスト・アンド・ブライテスト」という小説があるが、これも地頭が良いけれど何が世間の下町の普通の人々の常識かを理解出来ない人々が作り上げた妄想の世界である。そこに一冊の本があって誰もが共有出来る道徳があればあのような間違った判断はなかっただろう。

 

逆に、地頭が良くてしっかり本を読んで正しいことを正しい、間違いを間違いといえる人がM大会社に就職したら出世しないだろう、だって目の前で行われる不正を糺す事でいつまで経っても出世出来ないのだから。

 

「空飛ぶタイヤ」って作品がある。まさに日本のビジネスマンの試金石と言える一冊である。ところがそういうM会社で出世出来るのはヒラメの様に常に上だけ見続けて社内常識でのみ生きてそこに疑問を持たず、すでに心に「会社命!」って鉄壁が出来上がり、今自分がやっている不正が一般社会から見てどうなのかを理解しない人々だ。

 

だからいくら「空飛ぶタイヤ」を読んでも、どれだけ地頭が良くてもそれが自分の今やってることと関連があると理解できないのだ。どうしてもつながらないのだ。何故なら自分が始めた行為の後に本が出てきてるから最初に刷り込まれた内容との矛盾が理解できないのだ。本は本、現場は現場、剥離してしまうのだ。

 

本は、若いうちから読むことをお勧めする、今日のブログでした。



tom_eastwind at 15:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月16日

お魚ネット

今僕の手元に寝てる企画がある。てか人材を探している。これは日本の漁港で仕入れた魚をオークランドでレストランや家庭の主婦に直接販売するビジネスで、必要とされる能力は下記である。

 

1・地元キーウィシェフと英語で魚に関する会話が出来る。例えば魚の捌き方、選び方、魚種、料理方法など。

2・業務用バンの運転。(日本の免許はNZで書き換えが出来る)

3・お魚ネットのウェブサイトの構築と運用をの指示を程度知識があること。

4・地元日本人とコミュニケーションが円滑に取れること。

5・地元主婦などに対して営業センスがあること。

 

これはうまく行けば起業家ビザに繋がる内容であるが、少なくともワークビザにはいけるのではないかと考えている。けどビザ関連は移民局の判断なので絶対とは言えない。

 

ご興味のある方、問い合わせ下さい。非常に厳しくて道は細くて両側が断崖絶壁ですが。



tom_eastwind at 15:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月15日

お盆というのに

今週は結局一度も昼飯食えなかった。日本ではお盆で皆さん里帰り、よろしゅう御座いますねー、なんて落語じゃないけど、こっちはお盆って習慣がなくてずっと走り続けである。

朝飯はここ半年食ってないので、つまり今週は一日一食である。仕事を終わらせ自宅に帰り夜6時過ぎにTVONEニュース見つつ食事して「おーそうか、今日のネタはこれか」なんて思ってブログネタにして9時にはベッドルームに移動して、そのままぐーぐー。脳みその休憩です。

 

でも予定表を振り返ってみるとそれも仕方ないかもってくらい詰まってる。それも濃い。どれも投資家プラスとか投資家2とか起業家とか、誰にとっても人生の一大決断、うーん、感覚的に言えば彼らの「終の棲家」の計画作りであるからこちらが役所仕事をするわけにはいかない。

 

この仕事の一番むずかしい点は、絶対に相手に過剰な期待を持たせてはいけないって事で、普通のビジネスなら自分の商品の良い点だけを説明して買ってもらえばそれで終わり。

 

ところがこっちは移住してきたお客様と長くお付き合いをするわけで1990年代に移住した人々とはすでに20年近いお付き合い、だから絶対に嘘は言えないし無理は出来ない。

 

けど時には当落線ぎりぎりで、いつの間にか担当チームの中でも「この人が永住権取れないのってNZの国益じゃないしこの人の為じゃないよね、おかしいよね移民局!」って議論になり、そうなると仕事の枠を越えて動き出すのがうちの移住チームの特徴だ。

 

その気持がお客様にも伝わるのだろう、やはり過大な期待を持たせてしまうことになる。ここはもっとドライにやるべきなのか、けどそれならこの仕事をやっている意義って何だ?考えてしまう。

 

今日は日本以外の地域でビジネスをしている方との面談。この地域、ほんと特殊なんだよねー、現場で何やってるかも分かるのではいはいと聴いてると面談してる方が「あの?ほんとに分かってるんですか、ずいぶんすいすいと話は進みますけど」。

 

「はい、分かります。税務処理も含めて」そう答えた。ただしその税務処理でNZに移住となると無理が出ますぜ、と思いつつ1時間30分の聴きこみをした。

 

実はこの打ち合わせの前に別件で会計士事務所で日本とNZの租税協約に関する税務チェックやってた。とにかく弁護士って言ってもNZで得られる経験は少ない。北半球のビジネス経験がなければ対応出来ない。

 

僕の仕事の一つには弁護士の方向性を定めてあげる事も入ってる。彼らは北半球のビジネスが理解出来ない。だからそれを彼らに分かるように説明して実際に資料も用意して「いいかい、北半球ってのはこうなんだよ」って見せる。

 

だから毎日そんな事をやってると、あっという間に一日が経過してしまい、ぼくは午後3時には仕事を終わらせるので「ま、いいか、家に帰って何か食べよう」ってことになり、これが最近の一日一食の原因になってるのだ(苦笑)。

 

栄養学の先生から言えば「ばかやろー!」だろうが、ご心配なく、私は現代の栄養学もカロリーも医療基準もあまり信用してなく、常に自分で自分の体に聴いてます「おい、どうよ?」

 

するとこの体、日本生まれなのに28歳で海外に飛び出してどこの国でもコテンパンに戦ってきた耐性があるのか、元々強いのか、もしかして現代の栄養学や医療の間違いを理解して無駄な事をやってないのか、今週の一日一食でも全く問題なく生活が出来ている。

 

日本出張まで後一週間。「Hi,Their!」の“Bentto”(tが二つある!)カレー屋さんにも行きたいが時間取れるかな。予定を見る限り水曜日以降に一回くらいはいけそうだ。体は超健康で調子良いが時間がない毎日だ。



tom_eastwind at 15:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月14日

8月末日本出張

いよいよ来週末から日本出張だ。今回はニュージーランド移民局、商務局、オークランドに本拠を置く弁護士事務所、会計事務所、大手銀行などを合わせたシンジケート団である。東京で2回、大阪で2回行う。東京のうち1回はニュージーランド大使館を使わせて頂く。

 

東京はすでに満席を頂き大阪もほぼ満席となった。有難い事である、しかしそれは同時に今の日本はそれだけ逼迫しているという事なのだろう。セミナー参加者合計が73名で個人面談を入れれば80名を超すが、数年前にお問い合わせを頂きまた今回のセミナーにご参加される方も目立つ。

 

数年前、民主党が与党で最初の頃は「もしかしたら」という期待が国民にあったのだろうが、結局八ッ場ダムは事業継続、官僚に振り回された挙句に失策の連続、最後は原発処理で息を止められてこりゃやばいぞ日本って空気が流れたがその後の安倍さんによる株価上昇などがあり、こりゃもしかして?だった。

 

しかしやはりアベノミクスが偽薬であったことが次第に分かるようになり、やべ、こりゃ泥舟だぞ、沈む前に降りなきゃって事で動き始めたのだろう。

 

僕の仕事はニュージーランドにとっては国益である。日本人は移民としても優秀な事はブラジルやハワイなど、どこの国に移民しても真面目に働き嘘を付かず周囲と仲良しになれて子どもの教育に力を注ぎいつの間にか移民先の国で優を頂いた歴史がある。

 

いつも書くことだが、ハワイに移住したダニエル・イノウエ、エリック・シンゼキなどの日系二世が命を賭けて米国に貢献した役割は、日本人の存在感を示した。それは同時に彼らの祖国である日本への貢献が“大きい”などという言葉では言い表せないほどである。

 

それは時代を超えたニュージーランドも同様で、これは日本人の特性なのだろうか必ず行った先で喜ばれる。“軒を借りる”精神が日本人にはある。常に相手に気を使うその姿勢は言葉ではなく気持ちとして相手にきちんと伝わるのだろう。

 

ところがぼくのやってる仕事は日本政府の視点に変えればずいぶん頭に来る話であろう、だって優秀な労働者や投資家を海外に移住させるのだから(苦笑)。

 

まるで過去は一流企業だった大会社が時流に乗れず経営に失敗してリストラ募集したら優秀な人間から辞めていき残ったのは使えない人材ばかりで更に経営悪化みたいな話である。

 

こういう話をするとある種の人々は「お前は日本人であることを捨てるのか!」というが、おいおい、日本で生活をすることだけが日本人なのかい?

 

おかしいね、じゃあ祖国と家族の名誉のために母国ハワイから苦しい戦いになっていた欧州戦線に出征した日系人がテキサス出身の白人で構成された部隊を救出に行き多くの死傷者を出し、その後も各地の激戦で片腕を無くし、戦後には頑張って弁護士資格を取りその後ハワイから上院に選出され、日本と米国の架け橋として活動して米国と日本の誇りとなった人は、日本に貢献していないのか?

 

日本人であるってのは一体何だ?日本に住んでるだけなのか?それだったら脳みそ薄弱で代議士である親に追い出されて留学名目で豪州で麻薬漬けになりもどっておやじの選挙区で後援会に支えられて議員になってもあいも変わらず麻薬をやり挙句に中毒死に関連し遂には朝早く酔っ払った状態で自分が運転するバンをコンビニに突っ込ませた挙句に“病死”をした人間だって日本人だよね。

 

「人生至る処に青山あり」って言葉は僕が1990年代に香港で生活をしてた頃、香港島の競馬場の隣にある共同墓地の日本人墓に参拝に行った時に心に浮かんだ言葉だ。

 

明治時代になり鎖国が解けて多くの若者が香港経由で欧州に留学した。彼らは誰もが明るい将来を夢見て日本を出た。留学先で多くの事を学び日本に持ち帰った。もちろん時には旅先で客死する若者もいた。また香港に留まり商売を始める人もいた。

 

けど、誰もが可能性に賭けて前向きに生きた、礼節を知る日本人として。

 

世界のどこで生活をするかが日本人であるかどうかの基準ではない。日本人としての礼節を知っているか?これが日本人であるかどうかの基準ではないだろうか?

 

たとえ日本に住んでいようが、電車で老人に席を譲らず歩道で自転車飛ばしてケータイ見つつイアホン付けて歩行者をはねるようなのが日本人なのか?

 

地球上どこに住んでいようが、日本人って事が誇れるのは、先達のおかげである。その無形資産を守り続けるのが僕の仕事だと思っている。

 

さあ、来週末からは涼しいオークランドを出て真夏の東京だ、次の仕事が待っている。



tom_eastwind at 18:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月13日

移民局と選挙事情

今まで死んだふりをしてた移民局であるが、やっとここで少し、ほんのちょびっとだけ動きが出てきた。先週まではとにかく審査さえせずに「来た書類はとにかく却下しておけ、欲しければまた後で申請するだろうからその時に考えよう」みたいな雰囲気だったのが、やっと「あの書類持ってこい」って言うようになった。審査が少しづつ水面下で再開である。9月総選挙後のビザ発給を見据えての作業再開だろう。

 

それにしてもほんとにもー、針の筵はいい加減にしてくれって感じだ。やっとこれからお客様に少しづつ良い話が出来そうである。

 

それにしてもそれにしても香港人が大陸中国人を「イナゴ」と呼ぶのはよく分かる。ここ1年、突然やってきたイナゴの大群の為にそれまで安定していた移民申請がグチャグチャになったのだからやってられない。

 

こいつら、カナダから飛んで来たのだろうが、もうちょっと品よくすればOKなのに、あまりに外国での態度が悪い。1970年代の日本人も西洋マナーはなかったが人間の品格としてはまともであった。

 

さて移民局。質問はあいも変わらずで例えば投資家の資金の出所(源泉)を「これはどうやって作ったのか?合法的なのか?」と聴いてくる。

 

例えば若い時から一生懸命働き貯金をしたり運用したり、でもってそこそこの会社の社長になれば年収が数千万円なんてのはおかしくないしそれ以外にも株式投資など様々な雑所得はある。

 

なのにその資金を全部明確にしろって、おいおい22歳で大学卒業して以来のサラリーマン収入なんて当然残ってないし投資運用だって1980年代の記録なんて残ってない。なのに証明しろ?馬鹿かお前って感じである。まさに「自分の基準で相手を計るな」である。

 

しかしそれは僕ら日本人から見た言い分であり、やはり彼らは世界中から送られてくる申請を受け付けるわけだから仕方ない面もある。特に大陸中国からの申請がいなごのようにやって来れば相当乱暴に処理しないと仕事が追いつかないのも事実である。

 

大陸から逃げてくる中国人の事情も分かるが、賄賂と汚職で作った金と日本のビジネスマンが作ったお金を同じ視点で扱うなって事だけは常に主張している。

 

さてそのような理不尽な要求をされてどう跳ね返すかが僕らの仕事の一番きつい点ではあるが、やればやるほど「ほー、こんな質問が来るほど世界は広いのかー」と実感させられる。

 

生前贈与、死後の相続、誰が合法的に受け取るのか、その際の納税は?おいおい、日本はすべて記録があるから良いけど、インド北西部からアフガニスタンに至る地域は国家が規定した法律が通用せず慣習法で運営されており、その場合部族の酋長が子供に酋長を移譲した場合、相続税ってあるのか(笑)?

 

日本でもこういう「慣習法」が残っている世界がある。それは政治家の代替わりである。政治家である父親の地盤看板カバンを引き継ぐのは、衆議院であれば数億円、更に大物議員であれば数十億円なんてのはざらであるが、さてその息子議員、生前贈与で受け取った地盤看板カバンについて納税したの?(苦笑)。

 

移民局としても最近の中国投資家移民ビザの不正発給疑惑についてつい数日前に移民局幹部がテレビインタビューで吊るしあげられており当然それは組織全体に影響を与えている。

 

昨日は総選挙に向けて労働党のシンパが国民党の2011年選挙スキャンダル?を暴露した本を発行して何とか票を取り戻そうとしている。けど、最初から労働党左翼が発行した本でありいくらニュースで取り上げられても結果的に2011年から今まで毎年物価も給与も上昇しており、何が悪いの?ってのが国民の印象であろう。



tom_eastwind at 18:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月12日

求人増えても給与上がらない

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 失業率が過去5年間で最低になったにもかかわらず、6月締めの1年間で給与の上昇率は1.7パーセントに留まっている。

 雇用者と製造業組合のチーフ・エクゼキティブ、キム・キャンベル氏は、ビジネスの成長は自動化と移民の影響を受けていると語る。



 

 キャンベル氏は、給与の低い労働者たちが、住宅の支払いに苦労していることを考えれば、給与が高くならないのは残念だ、と見ている。



 

 給与が伸びないのは、会社がそれを払えないのでもなければ、設備投資に資金を回すためでもない、という意見もある。


 


 「出業率が下がり、給与は据え置かれているというのが現実です。この理由は、政府が雇用の安全を取り去っているからです。労働組合に関わる権利を奪っているのです」というのが、Council of Trade Unionsの組合長ヘレン・ケリー氏の見方。

 ニュージーランド統計局の数値では、6月四半期の失業率は5.6パーセント。

社会   2014812

http://www.nzdaisuki.com/news/news.php?id=5795

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労働組合の立場からすれば組合員から組合費取ってるから何らかの理屈をつけて組合の存在価値を説明する必要があるが、21世紀はもうそんな時代ではない。

 

日本でも若い未熟労働者の仕事はますます減ってそれはコンピューター化され海外に外注され、それは何も日本だけでなく世界中で起こっているのだ。世界で今まで高い給料を貰ってた普通のサラリーマンや工場労働者はインドや中国の優秀な労働者と賃金が平均化するまで下がり続けていく。

 

オークランドでもシティのクイーンストリート沿いにあったファーマーズというデパートが出て行ったがこれも家賃の高騰であり従業員の給料を払ったらやっていけないビジネスモデルになったからだ。

 

NZ大好きはニュージーランドの日本人が一番アクセスするウェブサイトであるがそこで書き込まれる内容を見ると時々疑問に思う事がある。

 

何でもかんでも「相手が悪い!」とか「何もやってくれない」とか「私は悪くない」とかの書き込みを見ると、何故この人は自分の立場ではなく他にも見方があるよって事を考えないのだろうかってことだ。何故ニュージーランドにいるのに「日本ではー」というのだろうか?

 

生き残るってのはそんなに生易しいものではない。日本に生まれた日本人でさえ普通に大学を卒業しただけでは初就職先がコンビニなんてのもあり得る。

 

ましてや日本人がニュージーランドにやって来て日本政府による社会保障などの直接サポートがなく言葉もうまく伝わらない中でNZで生まれ育った人々と同じだけの権利を主張しようとするのか?

 

ましてやニュージーランドでさえも単純労働は次々と海外に発注されている。昔の丁稚レベルではもう仕事が存在しないのだ。大学を卒業した時点で相当の専門知識と社会人として先輩とビジネス会話が出来るレベルでないとこの国で昇給は期待出来ないのだ。

 

だからニュージーランドから外にでることが出来ないサービス産業、コンビニやレストランやホテルで働く未熟若年労働者は同じようなスタートラインに立っているから経営者からすれば最低賃金以上に払う理由がない。

 

これは時代の流れでありNZの労働組合が文句を言おうが日本人がウェブサイトで文句を言おうが何も変わらない。少なくとも雇用を守るのは当然と言う前に「仕事ありますか?能力ありますか?」を考えて欲しい。

 

例えば日本政府はあなたの生命と財産を守る義務がある。その対価としてあなたは健康で教育を受けている限り労働の義務がある。その労働に価値がなければ?他人の給料が上がったからって自分の給料が自動的に上がるなんて事はない。これからの時代は個人、自己責任の時代になる。20世紀には思いもつかなかった世界になるのだ。



tom_eastwind at 19:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月11日

9月がニュージーランドの総選挙です。

マオリ族を票田に持つマオリ人であり元副首相でもある政治家ウィンストン・ピーターズが9月の総選挙を前にまたも派手にやってくれた。

 

今回は中国人に関する伝統的なきつい“冗談”である。結局今日のうちに選挙の講演の際に笑いながら「お詫び」をしたが、そのお詫びさえも冗談としか聴こえないくらい今回は国民がシリアスに捉えている。

 

人権擁護を担当する役所のトップ女性がインタビューに対して「これは冗談を超えている。シリアスな人種差別である」というとピーターズは「彼女には新しい仕事があるよ」だって(笑)。ホントこの人、昔のハマコウのような口の悪さである。

 

そして現実に今回は選挙を前に中国の横暴にいらいらしている選挙民が「ピーターズの発言はシリアスな人種差別でありそれを国民は好ましく」捉えており、これでピーターズが票を伸ばしたのは間違いない。

 

前回のキャンペーンでは一応「アジア人はー!」と主張していたのがだが今回は明確に「中国人はー!」と限定している。

 

これに対して中国出身のNZ国会議員は当然反論するんだけど、何だかそれが頼りないってか語尾が曖昧になってる。インタビューでは選挙前という事もあり中国人の何が悪いか!なんて言うと落選だ、今は中国に肩入れせずに死んだふりするしかないってところだろうか(苦笑)。

 

中国人は優秀な連中を世界中に送り込みその国の政治、経済を常に支配、少なくとも相手国の内部から中国の利益になる政策を作ろうとしている。つまり世界支配が中国の基本である。これは何千年も変わらない中国人の地球観である。中国がすべての地域の支配者、世界の皇帝なのだ、朝貢政治が中国の基本でありニュージーランドもそのうちの一つにしか過ぎない。

 

1970年代までは共産党の大躍進の失敗、文化大革命という国を挙げた権力闘争による経済力の激減で中国の国力は弱まったが、小平による経済解放で力を付け1980年代の日本からの経済支援、民間企業の積極的支援により中国は世界の工場と成ることが出来た。松下幸之助が小平を見込んで浪花節を発揮したって感じである。

 

それから30年かけて中国は世界に迷惑をかけずに少しづつ成長してきた、それも天安門事件の時でさえ欧米が強硬に反対する中、日本だけは中国を支えてきた。

 

ところがここ3年程の中国は一体何が起こったのかという程コントロールを失っている。尖閣諸島、東南シナ海、ウイグル、上海機構、仲露接近、米中交渉、とにかく突然世界中に向かって危険なアクセルを踏み込み始めた。

 

今までであれば中国は内部統制の為に天安門事件で学生を殺したがその後は長い間死んだふりをして西欧の批判に頭を下げていた。当時の中国は小平などの優秀な第一世代指導者がいた。第一世代は抗日戦争を戦った人々である。

 

しかし最近の指導者は太子党と呼ばれる、抗日戦争を戦った英雄たちの子供であり親の七光りで育った、要するにぼっちゃんである。中国が最近乱れてるのは中国が飛び抜けて優秀な「皇帝」を持てていないことによる。つまり習近平の資質の問題である。

 

ちなみに習近平の子供の頃からの仲間が軍部を牛耳っており北部の軍閥は抑えている。今は江沢民との戦いがすごい事になっており、これが反腐敗運動にも繋がっている。

 

中国の皇帝が弱れば必ず地域が実態として覇権を主張して実質的独立って事になる。共産党支配が始まった1949年から中国はそれなりに大変であったが今は相当ヤバイぜって感じだ。

 

今晩の(毎日夜7時のニュース)「7シャープ」の特集ではピーターズの悪口がトップニュースで取り上げられており仏頂面が得意な男性アナウンサーが「何だいこりゃー」というと気の強そうな女性アナウンサーが「これが日本人だと、こんな話なんて出ないよね」とすかさず軽い突っ込みを入れている。

 

このメッセージは、キーウィは日本人と中国人の区別はついてるよって内容である。もちろんアナウンサーが勝手に話すわけではなくプロデューサーが局ボスの承認を取っているのだから日本人にとっては有難い事であるが。

 

その後このアナウンサーに対する世間の批判は出てない。

 



tom_eastwind at 18:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月10日

馬泥棒は首吊りだ。

***

アニメのフィギュアや古本漫画などを販売する古物商「まんだらけ」(東京都中野区)が、25万円のおもちゃを万引されたとして、ホームページ(HP)上に、防犯カメラに写った万引犯とみられる男性の写真を載せた。顔部分はモザイクで隠したが、“12日までに返さなければ顔を公開する”と警告。

 

法曹界からは批判の声も上がっているが、まんだらけ側は「顔公開」への強い姿勢を見せている。

 盗難事件は4日午後5時ごろ、中野区の複合施設「中野ブロードウェイ」にある「まんだらけ中野店」の4階店舗「変や」で発生。店のショーケースから、横山光輝原作の漫画「鉄人28号」のブリキ製のおもちゃが盗まれた。25万円相当だという。

 



 まんだらけは翌5日、盗まれたおもちゃと、万引犯とみられる男性の写真をHPに載せ、店頭にも張り出した。警告と銘打ち「1週間(8月12日)以内に返しに来ない場合は(顔部分の)モザイクを外して公開する」としている。



 

 警告文はインターネット上でも話題になり、賛否の声が上がっている。事件5日目を迎えた8日、まんだらけは「現時点で通常業務に支障が出るほど取材依頼をいただいている状況」とし、報道各社に文書で対応。古川益蔵社長が「警告文は出しましたので、あとは盗んだ方がどのようになさるかです」とコメント。「商品を返してくださることを願っております。犯人画像に関しましては、警告画像にあるものだけではなく、犯行に及ぶ動画も確保しております」とした上で「期日までに返還なき場合は画像公開、犯人の特定という処置を行う予定です」と当初からの姿勢は崩していない。



 

 これに対して、法律の専門家は「犯罪行為を不特定多数に公開することになる。プライバシーや名誉の侵害の恐れがあり、やりすぎだ」と指摘。日弁連情報問題対策委員会の吉沢宏治弁護士は「万引被害が多い店側の気持ちも分かるが、私的な刑罰になりかねない。警察の捜査を待ち、民事手続きで返還を求めるのが正しい在り方ではないか」と疑義を呈した。



 

 まんだらけは犯行状況を写したビデオとともに被害届を警視庁中野署に提出。12日までに商品は返還されるのか、今後の行方に注目が集まっている。


***

 

インターネットが世の中を変えたのが間違いないとしても「どのように変えた」のか全貌を理解することは難しい。

 

今回の事件はネットの一面をよく表しているが簡単に言えば「馬泥棒はその場で首吊り」米国西部劇の時代に戻ったって感じだ。西部開拓時代にはまともな司法組織もなく個人や集団が独自の判断で他人を殺していた。

 

有名な例で言えば「ジョンソン郡戦争」がある。マイケル・チミノの「天国の門」の元ネタだ。

 

今回は泥棒個人を相手に企業が吊るしあげを行うのだが、その手法がインターネットである。

 

インターネットは現在までは個人が企業を吊るし上げるための場所として利用されていた部分もある。けれどこれからは企業と個人が対等になり、もし企業が被害を受ければ企業がネットを使って特定した個人を社会的に糾弾するようになるだろう。

 

例えば餃子の王将で起こった「裸で飯を食った」事件などは個人を対象に訴訟を検討しているわけであり今回の万引きは個人を対象に「お前を晒す」とやるわけだ。

 

こうなると当然企業の方が資金力も人力もあるのでネット上で圧倒的に個人を攻撃出来る。攻撃された個人はどうするか?ほぼ、社会的信用はゼロになるよね。就職も買い物も出来ず家族にも影響が出る。

 

今までは企業も「そこまでやらなくても」という礼儀があったが、相手に礼儀がなくなればこちらが守ることでかえって不利になるわけで、ここで引き下がったらまた万引きされるよってなる。ある意味、インターネットの出現で企業と個人が対等になったのだ。個人が企業を告訴するならば企業が個人を告発して何が悪い?当然の理屈であろう。

 

実はこの「被害者側が加害者をネットで晒す」ってのは僕もあるブレインストーミングで提案したことがある。オークランドでは実にこそ泥が多く、加害者は時分が遊びをやってる延長であり警察も全然取り締まりしないしもし運悪く捕まっても多くは「ご注意」のみで終わるので被害が止まらない。

 

そこで非営利団体が誰でも書き込み出来るウェブサイトを立ち上げてこそ泥の顔写真をUPしたり動画をUP出来るようにする。被害はあくまでも泥棒、空き巣、オフィス泥棒など確実に犯罪が誰の目でも確認出来る内容に限定する。

 

被害の範囲を被害者と加害者が誰でも確認出来るようにしておかないと必ず冤罪が発生するのでこの点は重要である。

 

“日弁連情報問題対策委員会の吉沢宏治弁護士は「万引被害が多い店側の気持ちも分かるが、私的な刑罰になりかねない。警察の捜査を待ち、民事手続きで返還を求めるのが正しい在り方ではないか」と疑義を呈した。
”とあるが、その警察は何のために存在するのか?

 

そもそも世の中では誰もが自衛する権利を持つ。その権利を「ある社会」に参加する際に、例えばダッジシティに入る時は誰もが拳銃ベルトを警察に預けて警察が治安を予防するって仕組みがあればいい、けどその予防が出来なければ警察が存在する意味がない。

 

「この仕組みはとても良いです、治安が良くなりました」なんて言われても自分がギャングに撃ち殺されたら統計がどうであれ警察と自分個人の契約は守られなかったわけだ。統計の問題ではなく個別契約の問題である。

 

ましてやオークランドのようにこそ泥が多くそれを警察が犯罪として認識しないならば市民が自己防衛権を行使するのは当然ではないか?

 

そのような考えで泥棒ネットを立ち上げるのがブレインストーミングであったが、最近オフィスビルや小売店では実際にビデオカメラで映った泥棒を紙に印刷して店内に貼りだしている。

 

これがもう一歩前に進めば泥棒ネットに行き着くだろう。その時に社会の治安の責任者である警察はどう対応するのか興味がある。

 

間違いなく言える事は、一般的企業はこれから強くなる。今までのように個人からネットで中傷誹謗されても黙って引き下がって謝罪するだけってのはなくなる。相手がネットで攻撃するならこちらも相手を特定してネットで反撃する。

 

それも個人では出来ないような、弁護士を雇って法的側面を検討しつつ個人に対して個人の資産では反撃出来ないような訴訟を起こして相手個人を潰しにいくだろう。二度と就職できないように、二度と結婚出来ないように、二度と社会生活が出来ないように。勿論それは本来のお客様の印象を悪くすることなくであるのが基本である。下手な反撃をして本来のお客を失えば意味がない。

 

しかし、店で泥棒がいる。ビデオで捉えた、そいつを晒す、馬泥棒はその場で首吊り、政府や警察の手間は不要、これは我々が政府に手渡した自衛権を取り戻すことにほかならない。これがネット社会の一面なんだなって思った。



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2014年08月09日

信仰と理解の矛盾2

朝日新聞が慰安婦問題で今までの記事を「取材不足」で「誤解があった」などと言い訳をしつついよいよ自分たちが記事を捏造した事を認め始めた。要領よくまとまったブログは池田信夫氏のこれが分かりやすい。

http://blogos.com/article/92069/

 

日本軍の強制連行などという事実は存在しない。慰安所はあった。しかしそれはどこの軍隊でも存在する。ただそれだけだ。

 

やっとこれで慰安婦問題が一歩前に進むだろう。てかこれ、官房長官の仕掛けか?日韓問題を長く悩ませて来たネタがこれでやっとなくなるなー、そう思ってたら翌日には“さんずいの番さん”率いる国連が「日本は事実を認めろ反省が足らん」などと言い出した。

 

おいおいいい加減にしてくれ、やってもない事を民間新聞が勝手に捏造してそれをネタにした挙句今回捏造した新聞が自分の非を認めたのだからこのへんで収めようぜって感じであるが、ここまで来ると慰安婦問題は事実を理解するとかじゃなくて「こうあって欲しい」って信仰の世界ではないかと思ってしまう。

 

何が事実かではなく何であって欲しいって発想になってしまうと、こりゃもう宗教だ(笑)。

 

慰安婦と原発の類似点は、問題が発生するまでは政府や大新聞の言うことを真に受けて何も考えず、いざ問題が発生したら何を信じて良いか分からずにパニックになり、ありもしない結論にたどり着くという点だろう。そこに宗教が入り込むとこりゃもうどうしようもない。他人の話を理論的に受け入れる事が出来なくなるのだから。

 

ぼくは子供には本を読むように薦めている。おかげで毎月のAmazonの支払いは決してすくなくないが(苦笑)それでも本には出会いがある。慰安婦や原発など何かが起こる前に慰安婦や原発問題を違った角度から捉えてるので何か事件が起きた時でも直観や表層だけではなく健全な疑問、「あれ?こう書いてるけど、これおかしくない?事実関係の一部しか捉えてないよね」って分かる。少なくとも宗教の勧誘はない(笑笑)。

 

昨日読了した迷子の王様でも面白いくだりがある。「やっぱり本は良い。ページを開けれない限り、本は何も話しかけてこない。テレビや音楽とは違って、こちらが必要としなければ自己主張をしない。誰かを攻撃することも、うるさくがなりたてることもない」

「本は、自分の理解力に合わせて読み進めることが出来る。映画や音楽のように聴き逃がすとか見逃すってのがない。引っかかる箇所やぐっとくる記述がある部分は、何度でもしつこく、時分の気持ちが納得するまで読み返すことが出来る」

 

誰かを攻撃するとかうるさくがなりたてるとか、まさに宗教だ。本はその正反対の場所にいる。このあたり、宗教に染まる人を観ているとよく分かる。彼らは頭が良かったり悪かったりするが共通するのは「他の考え方もあるよ」ってのが理解出来ない点だ。

 

本来の宗教とは自分の心と神様の間の直接的会話であり他人がどうとか何を信じているとか関係ない。ところが古代から宗教を利用して政治活動をしたり農民を掌握したりするのが政治家のお得意とするところで、政治的に不都合があれば誰かを「邪宗だ!」とかで阻害したりする。

 

本は作者の主体験を追体験出来て、同じ本を何度も読み返して10代の頃に楽しく読んで、20代では違った角度から更に読めて、30代になるとまた違った形として見えてきて、40代になるといつの間にか「あれ?おれ、これ、もう卒業したかも・・・」って、何か昔は凄いって思ってたのがいつの間にか時分の中ですべて消化されて、何てか、ほら、子供の頃に入った地元のデパートがすんごい大きく見えたのに、都会に出てから十年以上経って田舎に帰って地元のデパートに行くと何だか相手の背丈が縮んだ感じで、あれ、おじいちゃん、ちっちゃくなったね、みたいな感じ。

 

僕にとってのそういう一冊が五味川純平の「人間の条件」だ。10代の頃にこの本を読み軍隊組織の非道を知り満州を理解して(した積り)20代の頃に世界の軍隊はそういう仕組みでないと動かないって現実を知り、けどもっと要領よく動かせる組織作りも可能って分かり、30代になると満州に関する他の本を読み込むことで満鉄って組織が少しづつ分かり始めて40代になって旧日本軍や石原莞爾やアヘン取引、児玉誉士夫、岸信介があの土地で何をやったかが分かり始めると、やっとそろそろあの時代の満州の入り口に立ったかなって感じ、つまり「人間の条件」がやっと実物大で見えてきた。

 

慰安婦問題は「人間の条件」を通じて何十年も読み返し理解してきた「枝葉」の部分であり、枝葉として「日本軍による強制連行??はあ?あるわけないじゃん、現実になかったし理論的に成立しないよ」って理解していた。そして慰安婦問題が出てきた時も戦争で負けた日本人が何を文句言っても仕方ないってのは理解していた。所詮は負けたのだ。しかし、ここまで引きずるか?途中から諦念が怒りに変化したのも事実である。

 

なので僕のブログでも慰安婦問題は何度も取り上げた。こりゃ違う、味噌とクソをごっちゃにしたような話がまかり通るようであれば末代までの日本の恥である、これだけはきっちりと決着付けようぜ、そういう気持ちであったところに今回の朝日の捏造記事謝罪が出てきた。

 

宗教も信条も哲学も自分が生きるための支えであり試金石であり現実にぶつかった時に判断する大事な要素だと思う。ただその前提にあるのが学びであり読書だ。社会に関する基本的な知識を何かが起こる前に身に付けて事に動ぜず理性で判断して自分の価値観で答を出す、ただそれは自分が判断するための要素であり他人に押し付けるものではない。

 

後は慰安婦問題が信仰の域に達しない事を望むだけだ。 



tom_eastwind at 15:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月08日

なります


 言葉は日が経つにつれ変化するものだとは言えども、今の僕の耳に痛く響く言葉がある。それが「なります」だ。板橋の成増ではなく、そのまま「なります」。

 

例えばレストランでカツカレーを注文すると店員さんが料理を持ってきて、「お待たせしましたー、カツカレーになります!」と元気よく言われるのだが、その度に

「なるほど、カツカレーになる前は何だったんですか?ご飯とカレーと揚げた豚肉だったんですか?で、その前は?」と聞きたくなる。または「え?もうなってるじゃん」。

 

この「なります」という言葉が非常に不愉快に聴こえるのは僕が年を取ったのか世間がそのような対応に無関心になっていってるからなのか分からないが、昔は「ラ抜き言葉」が横行していた時代に同様の議論があった。話している本人が何を間違っているかが分かってない。

 

言葉は何かの弾みで変化する。例えば「想定内」なんてのはホリエモンが世間に広めた言葉であるが、いざ実際に使ってみると応用範囲が広くて使いやすい。誰かが使った言葉がたまたま適時だったってのはよくあることだ。

 

それから時代の要請ってのもあるだろう。言葉はコミュニケーション、つまりお互いの意思疎通の手段と認識した場合出来るだけ簡素化した方が良いと考える人々は最終的に絵文字とかに行き着く。そしたら難しい文字を覚える必要もない。

 

日本人がいたずらにピースをするのもそれが平和と友好の印と認識しているからだし日本に住む外国人が「おれ、長く日本に住みすぎたかも」と感じるのがカメラを向けられると反射的にピースをするようになった時だと言ってる(笑)。

 

しかし元々言葉には「言の葉」とか「言霊(ことだま)」ってのが存在しており自分が何かを考えるときの道具として使う要素と、もうひとつは言葉そのものが持つ自己の意志の達成能力がある。

 

言の葉は例えば他人と会話するのではなく自分自身と会話する時に一つの概念を作るためにすべての言葉に定義を付けて自分の中で言葉同士をぶつけあいつつ昇華させて概念という形にする作業だ。

 

その概念も言葉であるが更に昇華した場合は言葉が言霊になる。言霊は自分を動かし他人を動かす。古いSF小説で「砂の惑星」ってのがあるけど、そこではVoice(声)と言われる他人を動かす技術が出て来る。声で他人を支配するのだ。

 

江戸落語の名人の噺が面白いのは長い修業で現場を学びそこで学んだ言葉を言霊レベルまで成り上がらせ、つまり昇華させてるから聴く人一人ひとりの教育環境や制震状態が全く違うのに言霊で一律にどっと笑わせる。群衆の心にじっくりと入り込んで面白いのだ。

 

ところが上方落語のように手足を動かす落語はその仕草の「おかしさ」を見た目で笑わせてくれるが、それが過ぎるとどっかのチンピラ芸人が他人の頭を叩いて人を笑わせるという、実に人間の差別意識を利用した下らないものに成り下がらせる。

 

よく「言葉が軽いよねー」って言われるのは、あれは言葉に言霊が入ってないからだ。日本語が話せても中身はからっぽってのはよく見かけるが、ありゃ仏作って魂入れずである。

 

人間は思考とかってのは言葉なしには組み立てが出来ない。何語でも良いのだけど、例えば数学や物理の研究をするのに数字がなくてどうする?って話だ。ところがその数字が人によって使われ方が違ったら困るよね。例えばこっちが指一本上げて相手が「2」なんて答えたら議論が成立しやしない。

 

言葉も同様でこちらが定義付けた概念が相手の認識する概念と食い違った場合、会話が成立しない。どうする?って話だ。こちらは十分に考えて使ったつもりが相手には違って聴こえるんだから、こりゃもう日本語で話しかけたら英語で答が返ってきたようなもんだ。

 

このような「けったい」な状況が僕にとっての「なります」なのだ。「なる」とは成立するの成る、例えば土から成るのが城である。成功は功が成るだ。何かが変化または昇華して「成る」のに、カツカレーを注文してそのままカツカレーが出てきてそれで「カツカレーに成ります!」って、今既にカツカレーなのにこれから目の前でもう一回変化して違うカツカレーになるのか?違っちゃいねーか(苦笑)?

 

たぶん、他の文法間違いがきにならなくて、けど「なります」だけいらって来るのはこの「なります」は変化を意味するのに使ってる人間は何も変化せず変化しようともせずにいるからだろうと思う。

 

此処から先は推測だが、この語源はコンビニやマック言葉ではないかと思う。高校生とかがお客の注文を受けレジを打ってて「500円、130円、200円、150円、合計で980円になります」という。

 

たしか昔そろばんやってた時は「なります」を使ってた記憶がある。数字を足していって変化するから歩が金になって成り金みたいなもので変化と認識していたような気がする。

 

この「なります」がそのままコンビニの店員が商品を取り上げて「こちら、カップヌードルになります」になったのか(苦笑)?どうも語源はこのあたりにありそうな気がする。

 

今やどこのレストランでも日本人店員がいる場合は「なります」と言われるが、その度に「じゃ、前は何だったの?」と真剣に考えて聞き返す時がある。

 

「刺し身になります!」「刺し身の前は何だったの?魚肉?」

それとも、

「よっしゃ分かった!、さあこの状態から刺し身にしてみろ!」

 

嫌な客ですね(苦笑)。

 

「なります」が市民権を得るのかそれとも一定知識層までしか広がらないバカ発見語となるのか分からないけど、もしこのブログを読んで頂いてる方で少なくとも仕事中に「なります」言葉を知らずに使ってたらご注意を(笑)。



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2014年08月07日

順番待ち

 

ニュージーランドは9月の総選挙を前に移民局がパニックになってる。

 

投資家ビザ申請審査と延長審査、起業家ビザ申請審査と延長審査を担当するBMB部門では去年から継続で100件以上の審査をしているが、例えば投資家部門申請が今年だけで一気に200件も追加申請が来たのにスタッフの数はたった6人である。審査官一人が新規のファイルを30件以上追加で抱えている。

 

たった6人で世界中から送られてくる様々な申請書とその内容の事実確認が出来るか?申請者が本人であることの確認、一緒に申請する家族が本当に家族か?なーんて事を書くと「そんなん当然じゃん」と思うのが日本人。

 

けれどBMBが相手にしているのは世界中からの申請である。真面目な話、移民局のチェックリストには「奥さんは一人までしか認めません」はい、アラブからの申請者向けですね(苦笑)。

 

中国からの申請では申請者が本当にその名前であるかの確認も重要だ。何故なら中国語で書かれた漢字の英語表記はいい加減でよくスペルが間違ったりしている。そーいうのを利用して申請者が自分と似たような顔と年齢の戸籍を使って虚偽申請をするのだ。何故って?元ニュージーランド犯罪者だからです。または現役か(笑)。

 

ビザ申請する際には本人の無犯罪証明も必要なわけで日本なら普通に県庁か県警か公安委員会で普通にもらえるものだが(普通と言っても何故必要かの説明が必要)中国に行けばそんなわけがない。犯罪のもみ消しから始まって捏造、旅券まで政府が発行した本物の偽物が作られる!(ややこしーなー)し、替え玉受験が極普通で、ニュージーランドで運転下手な中国人見たら、まず替え玉受験と推測出来る(笑)。

 

アフリカからの申請も来る。この場合、申請者はまずどこの国の国民であるかを見抜く必要がある。サハラ砂漠で生れてリビアとナイジェリアの交易部族で生活をしてたらどこの国民だ?

 

ちなみにナイジェリアからは毎年一定数の難民がやって来る。彼らはマウントロスキル付近に定住を開始して先に来てるナイジェリア移民団体からの助けを借りてニュージーランド社会に溶け込もうとしている。

 

ほんとに移民局から世界に目を向ければ様々なケースがありすぎで、一体どれを基準にすれば良いのかなんて存在しない。だって法律も道徳も宗教も違う中で一つの価値観を要求することは出来ない。

 

だから価値観ではなくあみだくじのようなマニュアルが出来上がっており、そのマニュアルによってすべての作業が行われる。このマニュアル、ぼくも現物を見たことがあるけど、ほんとに信じられないような質問が大行列している。コー言うのを見るとつくづく日本に生まれて良かったと思う(苦笑)。

 

例えば自分が申請する時に奥さんに連れ子がいた場合、結婚証明書や母親である証明にプラスしてハーグ条約上での「子供の国際誘拐」ではない事の証明も必要だ。場合によっては別れた旦那から手紙を取り寄せろとか、日本だとDVなどで別れた旦那に連絡取りたいような奥さんがいるわけない。

 

けれどヨーロッパでは子供の人身売買がごく普通に行われているわけで、先週のテレビ特集ではゲイのキーウィカップルが生まれたばかりの男の子を養子にして3歳位になるとヨーロッパで幼児性愛者向けにレンタルして、逆にヨーロッパでも同じように養子になった子供を借りたとか、想像もつかない世界が存在する。

 

ちなみに子供に対する虐待などは中国も同様で子供の誘拐連れ去りは当たり前で、例えば四川省で誘拐された3歳の子供が片手片足切られて深セン駅前で外国人相手の乞食をするなんてのがある。

 

子どもたちは薄汚い格好で一日中駅前で乞食をやらされそのカネは誘拐団の親玉が取り上げて更に上の公安警察にみかじめ料を払う。子供が病気になったらそのまま深セン川に放り込まれて終わりである。

 

そういう連中を相手に移民局は申請の真贋を見ぬかねばならないのだから大変な騒ぎである。日本人とて安全な国民とは思われててもやはり決まりは決まり、別れた旦那の承認書を持ってこいって話になるのだ。

 

それとか日本で普通に結婚して15年位経ってて子供が8歳なんてのが普通なのに結婚証明書(戸籍謄本)だけでなく結婚した当時の写真を持ってこいとか普通に言われる。

 

おいおい、15年も前に偽装結婚かよって思うが、移民局としては日本人だけを特別扱いには出来ないのだ。(そうは言っても実際には日本人の書類審査は他国に比べて緩いのは事実でありその点まだ救われているところはある)

 

おまけにここ数ヶ月で移民局絡みの政治家汚職事件が2件も続き(キム・ドットコムと中国人投資家による贈賄)テレビでは毎日一面で中継が報道され国民はガリガリに怒り一体誰がこいつらの永住権を発行したんだ!って大騒ぎになり移民局の幹部はテレビ中継で「針の筵」である。

 

人は全然足りないしスタッフ雇用するにもこんな状態では追加予算が取れない。でもって9月の総選挙を前に国民から移民規制の意見が出ており、この時期に何をやっても世間の目が厳しく死んだふりするしかないってんで本当にこりゃ大変な仕事である。ビザもよほどきちんと審査しないとまた後で叩かれる。

 

そうなったら取り敢えず却下しとけって話になるのも有る意味理解出来る。却下してもまた申請出来るのだから9月の総選挙終わったらまたおいでって感覚だろう。ところがこれが真面目な日本人には理解出来ない。どうして俺が落ちるんだ???

 

日本人からすればビザってのは一発勝負だって感じがあり普通の役所の手続きだろって思うだろうし何でこんなに時間がかかるのかとか何でワークビザの延長が通らないのかとか疑問に思うだろうけど、移民局が働いているのはまさに川の向こう、全く違う世界なのである。



tom_eastwind at 12:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月06日

「迷子の王様」 垣根涼介

自分で選択した道。選んで実行したのは自分なんだから、途中で不安になっても不安を打ち消して自分で選んだ道を歩き続けるのが正解。

 

誰だって不安になる時があるけど、その不安が何かプラス材料になるの?何にもならない不安って虫の為に自分が選択した事を不安にさせられて、何が楽しい?不安ってのは神様があなたの人生試験にひっつけた悪い虫だよ、そんなのにまんまと引っかかって楽しいの?

 

「1年頑張った、それでもまだうまくいってなかったら?」

「それは、その時に改めて考えればいいことよ」

 

不安になるのは分かるがそれが何かのプラスになるのか?一旦決めたら、悩むな!まずは出来るだけの最善を尽くせ!

 

バブル崩壊後も頑張って働き、大学の後輩に「俺の会社に来い!」と言えていたがいつの間にか「今の会社」としか言えなくなってしまった時代になった、そして今、リストラ対象となった40代前半国立大学卒大手メーカーで働く技術者の旦那と奥さんの、ちょっとした会話。

 

夫婦っていいな、一人で生きてるより2倍強くなる。けどそれは自分の喜びは自分のパートナーが幸せになってくれる、喜んでくれることってなった時だけだ。

 

またもややこしい書き方だけど、世の中には二つの夫婦があると思う。

 

一つはお互いが本当に相手を尊敬して、日頃は口喧嘩もするだろうが何よりも同じ価値観を持ち相手の望む事を理解出来て、二人で同じ場面を見て言葉じゃなくて同じ気持になり、何とかお互いが望む事を叶えてやろうと精一杯努力する夫婦。

 

もう一つは相手の価値観に関係なく(てか無視)自分の価値観を変えずに生き、自分が恋に恋していたい、結婚と言うものをしてみたい、子供が欲しい等など破滅要素たっぷりの夫婦だろう。それはそれで本になる。

 

移住を考えるお客様の場合殆ど全部が前者である。人間らしく生きたい、いつも家族で一緒にいたい、せめて夕御飯は家族で食卓を囲んでたい、けどそんな生活は日本の社会構造上無理だ。

 

ならば早いうちに海外に移住しよう、けど今の自分の英語力や社会で生き残る力はまだない、だからまず英語学校に通い実力を付けて専門学校に入り、造園、料理、IT、介護、等などで資格を取り新しい生活を見つけてみよう、そう考える30代の方が急増しているのも事実だ。

 

不安。ほんとにこれは困ったものだ。人間は生きている限り悩むものだがその度に出て来るのが不安である。不安ってのは漢語で読めば「安ではない」ってのかな。

 

この「安」が安全なのか安心なのか、ここ分けて考えてみると面白いと思う。

 

安全ってのは世の中に完璧には存在しないものでありJISとかJASとか言っても完璧ではない。だから絶対の安全を求めることは所詮不可能である。なのに消費者団体とかなんちゃらしょうを作ってすぐに生産者を叩き彼らをいじけさせてやる気を無くさせて挙句に真面目な老人夫婦の首吊りなんて、まさにバカな話を作るのが安全神話である。

 

けど絶対の安心を求めることは出来る。それは自分を信じることだ。自分が今生きている環境で最善の努力をして「よし、これならいける!」と信じてとにかく最善になるように頑張る。

 

もしかして環境が悪くなるかもしれない、けれどそれは自分が乗ってた飛行機が落ちるようなもので、そこまで考えても仕方ない、今やれる最善を尽くせば心は落ち着く。落ちていく飛行機の中でも「よっしゃ」と思えるのが安心だ。

 

突き詰めて言えば安心とは自分の心の問題、持ち方である。安全とは他人に与えられるもので期待する方が馬鹿だ、けど安心とは自分で掴むものだ。

 

この作者、旅行業で働いてた経験があるんですよね。昼間は営業して夜になると本を書きって生活を送りその時の本が賞を取り本格的に作家活動に入ったって事です。

 

旅を仕事にするといろんな世界やいろんな業種の方と知り合えるから楽しい。普通の人は自分の業界しか付き合いがないから良くも悪くもその業界の常識で生きる。けど旅行屋ってのはそういう常識が存在しない。だからもしその気になればいろんな事を学べる機会がある。

 

世の中って安全じゃない。第一安全から何を求めるの?長生き?それより自分が安心でいた方がよっぽど気持ちよくない?

 

垣根涼介、好きな作家の一人です。



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2014年08月05日

習近平2014

 

【北京時事】中国外務省国境・海洋事務局の易先良副局長は4日、ミャンマーで10日に開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)など一連のASEAN会議の場で米国などが南シナ海での挑発行為の「凍結」を中国側に求めた場合、拒否する考えを強調した。北京で記者団の質問に答えた。 易副局長は、南シナ海問題をめぐっては中国とASEAN各国が「行動規範」策定に向けた協議を進めていると訴えた上で、「凍結案」について「極めて非現実的で全く必要ない」と一蹴。「アジア人はアジア人のやり方と知恵で自身の問題を解決する」と主張し、米国の介入に不快感を表明した。(2014/08/04-21:19

 

別にさ、アジア人はアジア人のやり方って、言うのは無料ですけど本音は違いますよねって話である。

 

以前も書いたがオークランドで中国人排斥運動が起こった時にテレビ局が中国人団体事務所(表面的にはアジア団体事務所と書いているが実際に在籍しているのは中国人)に取材に行くと「われわれアジア人はー!」という。おいおい、嫌われてるのは中国人だけですよ。他のアジア人はそれなりに普通ですよ、あんたらがいるからこっちまでうざくなるだけですよ。

 

なのに自分の都合が悪くなると「われわれアジア人はー!」なんて全くおいおい、それってずるくないか?君ら普段は「おれたち中国人!」と威張ってるよね。他のアジア人を格下に観てるよね。

 

あまりに卑怯ではないかい?節度やプライドってのは知らないのかい?日本人はあんたらの祖先から学び今世界でそれなりの地位にいてるのに、発祥の国ですっかり忘れ去られてるのかねー。

 

お店でもでっかい声で喋って周囲に配慮せず弱い奴にはひたすら強く強い奴にはひたすら弱く、道路でつばを吐き行列に割り込みそれでアジアの盟主とでも思ってるのだろうが、そんなバカは許されないってのをそろそろ肌で理解するべき時期なのに、まさに今大事な転換期なのにこんなノーテンキな事言ってたら、ほんとに戦争になるよ。

 

海軍力で弱いベトナムやフィリピンを格下として扱って、格下に扱えない海上自衛隊を持っている日本には中国政府が洗脳して「反日」ってやってるよね。

 

元々中国は覇道と王道があった。その歴史を誰よりもよく知っているはずの中国がいつの間にか卑しい部分の本音が出たのか、王道であるべきところを覇道でやってるからアジアの嫌われ者、更に世界の嫌われ者担っていることを気づこうとしないのか、そんなもんどうでもいいって本気で思ってんのか。

 

歴史に学ばない民族、てかやっぱり共産党という名前の一部のバカ独裁者が仕切るならず者政府が文化大革命って名前でそれまでの中国をぶっ壊してしまったから今の国家になったんだろうな。この国、もとに戻るまで100年以上かかるかも。

 

けどまあ冒頭の言葉に戻れば、てーことは、アジアのことはアジアで解決するってのは、俺たち中国人がアジアを仕切るんだってことかい?てか、それが本音ですよね。要するにアジアの中では話し合いはしない、殴り合いしかしないって事だ。

 

まだ中国経済が整ってなかった頃に松下幸之助は小平を全面的に信用して助けた、そのような過去の事実など現在の国民には教えずに中国を「礼も義もない暴力団」にしてしまったのは小平が亡くなってからである。

 

最近の中国は習近平の周辺に生臭い空気が漂っている。汚職最高幹部の逮捕、ウイグル族の反政府運動とそれに対する取り締まり、軍部の台頭、北朝鮮との冷え込み等など、こういう問題に比べれば北京の公害などかわいいものである。

 

何だか習近平、今年のうちに弾けてしまいそうな気がするのは僕だけではないだろう。そうなると一気に限定戦争くらい起こってもおかしくない状況である。

 

実はここ数ヶ月、20代の頃に持っていたテレパシー的な直観が戻ってきている。20代の頃、ぼくはたくさんの取引先があり電話番号を100個くらいは普通に暗記していた。そして何故か「あ、この人に連絡しなきゃ」と思って電話をするといつも「ああ、こっちから電話しようと思ってたんですよ」というのが殆どだった。

 

何故か分からないが、今その感覚が戻ってきているのは「気をつけろよー、何か来るぞ」って予兆だろう。嫌な気持ちがする。



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2014年08月04日

トーキョーイーストサイド 垣根涼介

今読んでるのが垣根涼介の「君たちに明日はない」シリーズ第5冊目「迷子の王様」である。

 

感情、知性、教養、読書。本にはそれぞれの重みというのがあるが、例えば司馬遼太郎や周五郎の文庫本の紙質と垣根涼介の紙質の違いはあるのだろうけど、文字そのものの持つ重みが圧倒的に違うのをいつも感じる。

 

例えば山本周五郎の文学が描くどっしりと重い一つの明確な世界観(例えば裏の木戸はあいている)を読むと、彼の作った世界に完璧に入り込んでしまい本を読んでいる自分が今江戸時代に生きて裏の木戸を眺めつつそこに出いりする人の表情まで見えているような気になる。

 

同じく周五郎でも「樅の木は残った」のように重い決断を下さないといけない、そういう立場にいる人をまるで同じ座敷に座って目の前で観ているような重い気持ちになる。だから重い。

 

ところが垣根涼介の言葉は軽い。軽いってのは違うな、分かりやすい、だな。現代の言葉でぼくが普段使う言葉で「ね、そーだろ」って、そのまま語りかけてくる。まるで居酒屋かスナックで同級生と飲みながらのお喋りとか、そんな感じである。

 

まずはトーキョーイーストサイド:

 

今回も大企業のリストラ請負人である真介が主人公で、首切り面接の場面で様々な人生を持った人たちと出会うところから話が始まる。

 

今まで順調だった人生、周囲に褒められて良い学校を卒業して有名な大学の法学部に入学出来て、就職には少し時間がかかったけど結果的に皆に喜ばれて褒められる企業に就職出来て、けどその化粧品会社が有る日突然身売りされて、そして自分はリストラ対象。そこで彼女はふと考えた、一体あたしって、誰の為に生きてきたんだろう。

 

彼女は自分を「まりえ」と呼ぶ。あたしとか私って言わない。だって彼女が生まれた東京の東側の昔からの商店街が並ぶ街ではどこの子供でもそうだったからだ。どこの子供も分け隔てなく大人に可愛がられ、だからこそ時には他人の親に怒られもした。だって同じ価値観だもん、誰に怒られたって同じでしょ。

 

そんな彼女が大学に入って次第に「あれ?まりえって川向うの人と違う?」と気づき始める。同じ東京でも川向うの西側に住んでる人たちは何の自慢気もなくBMWとかミュンヘンとか音楽の話をする。まりえは全くついていけない、まりえが知ってるのは祭りのお囃子や子供の神輿や夏の花火である。知的背景の違いとでも言うのだろうか、何か異質なものを感じて少し引け目を感じて会話に入れないのだ。

 

えー、ぜんぜん違うんだ、川向うとこっち。

 

まりえは自分の首切り担当に偶然なった面接担当者真介に聴く。

「あの、知的背景って分かりますか?」

真介はびっくりしたように考えつつ、答えていく。この場面が丁度良い速度でぼくの頭のなかを流れていく。これもまた、まるで自分がその面接の席に同席している感覚である。

 

彼女にとっては周囲の新しい同級生があまりに知的背景が違いすぎるために自分の生い立ちに疑問を感じたのだが、そんな時に北海道の何もない超ド田舎に生まれ育った真介がすーっと答える。

 

「何故、引け目を感じるのですか?」

 

「世の中、いろんな人間がいるから楽しいんじゃないか、人間が誰も同じような考えや画一的な生き方してたら、そのほうが息苦しいでしょ」

 

まりえは子供の頃からの仲良しのひで坊と地元の居酒屋で久しぶりにいっぱい飲む。そして何となくだけど真介の言葉を思い出しつつ考える。するとひで坊がぐいっと冷えたビールを飲みながら

「もちろんまりえは多くの人に支えてもらって今まで生きてきたよな。皆に感謝しているし、生かされて来たって気持ちだって十分にある。けど、やっぱり最後に、誰が私の生き方の良し悪しとか好き嫌いを決めるかって言ったら、やっぱり自分しかいない、よね。だってまりえの人生なんだから。_」

 

やっぱり、読書って良いですね。多様な考え方を身に付けることが出来ます。

 

人間は多様であるべきだ、そう考える米国ではあえてDiversity(多様性)を作るために国別にグリーンカードの抽選をしている。



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2014年08月03日

海外相続ブログ話 1

これ、シリーズで書くことになりそうだ。というのが海外相続に関してお問い合わせ頂くのは日本全国各地からなのだけど相談のパターンが殆ど同じだからだ。

 

その1

年老いた両親の面倒を誰が観るのか?兄弟の中で決めるわけだが子供は親に対して生前に相続の話は切り出しにくい。親は親で自分の寿命を切るような話は縁起でもないのでしたくない。

 

仕方ないからほっとくとそのうち親がぽっくりいくのだが、さあそれからが大変だ。兄弟同士で争族が始まる。特に直系の兄弟よりも結婚した相手からいろんな事を吹きこまれて争いになってしまう。

 

解決策はある。税理士などプロの第三者に任せて口を出さず自分の仕事をすることだ。けどなー、現実問題としてそうはいかない現実がある。

 

特にこれからの問題は非常に単純だ。日本における個人資産が1400兆円とか言われてる中でこの資産は多くが不動産、銀行預金及び現金だ。その現金を誰がいくらもらうかとなれば、2億円以下の資産分割が一番の問題である。

 

親の金を巡って子供どうしが争い、一番いやなパターンであろう。

 

擦り切れた脳みそではあるが、まだ何か思いつくのではないかと考えている。今日はあるお客様の件で擦り切れた脳みそを使い、今考えてる最中。それにしてもカウンター側にいる日本側、結論遅いなーって感じでいらいらしている。特に居住者の定義が最高裁でさえ整理されてない。これじゃこっちも動きようがなくて沢山の手札を作らなきゃ。んーむ、まあいいや、相手の事を考えても時間の無駄、こっちが今できる事を最大限やるのみ。



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2014年08月02日

節税移住?

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最後に、富裕層はなぜ節税のために海外移住するのでしょうか?

 一財を築いた人にとって家も車もあれば後はそれほど使えるものではありません。そこまでするのは「国家(=国税)に取られたくない」という財を築いた人なりの抵抗ではないでしょうか?

 そして財を築くのと同様、節税に於ける勝者になりたいと考えているようにみえます。もう一つ、金持ちは金持ちの世界が好き。そこには努力したものだけが報われるという別世界が存在します。私の知る限り彼らのセレブライフの充足感が結果としてシンガポール移住を引き立たせるのではないかと思います。

 

 

 

うーん、ぼくのやってる移住とは違うな^って感じる。ニュージーランドを選択する人は節税ではなく生活スタイルそのものを家族中心にしたいって考えている人が多いからだ。

 

先週もあるお客様と会食の機会があったが、その時もやはりその方の希望するニュージーランド生活は健康に過ごせて環境が良くて、が先に来て、一番最後に「もし合法的であるなら節税もしたい」であった。節税は大きな要素ではない。

 

言葉をかえせば「日本にいるような金持ちと付き合うってのはそれほど考えてない」のである。蓄財、節税、勝者、あまりそのような言葉に興味がない方が集まっているのがニュージーランドではないかと思う。

 

日本政府に納税した後の金をこどもに残す、社会的に見て常識だ。なのに更に55%の相続税って何だ?もちろん誰も納税しなければ国家は成立しない、けれど所得税55%払ったよね?まだ欲しいの?

 

そういうきちんとした常識を持っている人がNZに移住している。今の日本政府の金の使い方が納得出来ないから払いたくないだけであり納得出来れば寄付でもする人たちだ。

 

節税移住、ではないな、少なくともニュージーランドは。自分らしく生きたいし、それだけの仕事をして来た、だからゆっくりさせてくれ、そんな感じだろうか。



tom_eastwind at 18:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2014年08月01日

「タックスヘイブン」 橘玲

読了。この人、ほんとに現場分かってるなって内容である。シンガポールでの節税って、言葉では分かっても実務が出来る人は殆どいない。

 

いくら法的な面を整理しても実務の部分では「いつ、どこで、何を、誰に」言うかってのが一番大事であり、言ってはいけない事を言ってはいけない人に話をして「こける」人のいかに多いことか。

 

税金の高い国には住まない。または税金の高い国では仕事をしない。それは個人の選択の権利である。日本の場合は移動の自由は保証されているのだから後は国家間を移動できる能力(資金や体力)または権利(ビザ)があるかどうかだけだ。

 

移動できる能力がなければ政府の言われたままに納税するしかない。それを逃れるためには2つの方法がある。

 

一つめは選挙に参加して自分の意見を反映してくれる政治家を選ぶことだ。勝てるかどうかは時の運。2つ目は住民票を抜いて山の中か無人島に住み誰にも会わずに自給自足で生活することだ(笑)。どっちも現実的に難しければ、やはり言われたままに黙って納税するしかない。

 

給与生活者の場合は源泉徴収っていう魔法の納税マシンがあって本人の知らない間に税金取られてるから良いが自営業の場合は腹立たしくて仕方ない「確定申告」が必要となる。

 

銀行は自分の利益のためにしか働かない。美味しい話は必ず裏がある。なのに多くの市民がバブル期に銀行の規模に目がくらまされてアパート建てたりして借金作り、気がついたら財布ごとすってんてんにされている。今のNISAなどその典型的な例である。日本政府が株式市場を活性化させるために個人の金を掃除機で吸い上げてるのがNISAだ。

 

バブル時代、どれだけの一般市民が泣かされたか?地上げ、バブル、賃貸マンション、銀行借入、どれ一つをとっても今でも銀行を恨んでいる人は多いだろう。

 

銀行は政府の現金出し入れ窓口であり「大きすぎて潰せない」代わりに政府が守っている半官半民企業である。今の政府は銀行を使い個人の資金を吸い上げて銀行が国債を購入したり個人に国債を売ったり株式市場ではNISAを推薦して、とにかく個人資産が銀行預金から国債や株式市場に移動するようにあらゆる仕組みを作っている。

 

「マネーロンダリング」では国税局担当者が釜山に調査に行く。税務当局と協力を得ているのだろう。シンガポールでは金融管理局が日本の税務当局に対して徹底的に交戦姿勢。自分の餌を誰がよそに渡すもんか。

 

またも韓国、漁船で現金を持ち出す場面では出入国管理法違反は1年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金。マネーロンダリングは組織犯罪処罰法で5年以下の懲役。

 

そこで出て来る究極の節税は国籍放棄。まず子供に海外の国籍を取得させる。そして海外に5年以上滞在させる。この際も日本の最高裁の「非居住者」の定義をしっかり現実のケースに当てはめて理解しておく必要がある。

 

しかし現実的には日本のほとんどの税理士は非居住者の定義を理解しようとしない、何故ならそれは古巣の税務署に楯突くことになるからだし、在野の税理士が理解してスキームを作れば逮捕される可能性が高いから結局「客を売る」ことになる。

 

しかしこれを海外から見てみればぜんぜん違う景色が見えてくる。

 

日本に住んでる外国人なんていくらでもいる。非課税で資産贈与をした後に日本に戻れば良い。現在の国籍はどこだって元日本人なんだから日本滞在ビザは取れる。そして外国人になりっぱなしが嫌なら日本国籍を再取得すれば良い。

 

小説中に出て来る「金持ちのどら息子をガイジンにするなんてのは現場のノウハウを知っていれば出来る」ってのは、まさにその通りだ。

 

ラッフルズホテル、MTR

「僕は今でも君を信じていいのか?」

「このゲームでは、お前には俺以外に信用出来る人間はいないんだよ」

 

20142月、日米欧など20カ国が課税対象者が海外に保有する銀行口座の情報を自動交換することに合意し、タックスヘイブンは含まれないが、スイスや香港、シンガポールにまで拡張されればオフショアビジネスは大打撃を受けるだろう。

 

「カネは自由に出来るがあんたの名前は絶対に出ない口座だ。口座名は他人だがインターネットバンキングは自由に出来る。本人でなくてもいける」 生々しい話だが困ってる人には有難い話である。

 

2013年から国外財産調書制度が導入されたことにより、預金や株式・債権、不動産など日本国外に時価で5000万円を超える財産がある個人は、所轄の税務署に国外財産調書を提出する必要がある。罰則は一年以下の懲役又は50万円の罰金。

 

「マネーロンダリング」。まさにニュージーランドもマネーロンダリング対策法を去年から導入し(AML)当社も常にこの件では資金の流れを監視しつつ活動しているから、海外の現場にいる人間として非常に読み応えのある一冊だった。

 

ただ最後に一つだけ言っておきたいのは、一知半解でこのようなビジネスには絶対に手を出すなって事だ。オークランドも最近は勘違い連中が増えているが、基礎知識のないままに表面的な事だけ分かったような顔で話をするから分かってない日本人が釣り上がって半年後に夫婦心中ってケースのあまりに多いこと、情けなくなる。

 

それにしても橘玲、香港についでシンガポール、よく現場を観てるなーって一冊でした。



tom_eastwind at 18:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本