2015年01月

2015年01月31日

何でも屋

こうなったらもう、何でも屋だなって思った今日。朝一番は日本のシステム開発会社社長との会議で日本の優秀なSE、特に上流工程が出来るSENZに送りワークビザ取得、永住権につながるようにしておいて人間らしい仕事が出来る環境つくりの話。

 

日本のSEは世界でも特殊でありとにかく忙しい。おまけに35歳定年論みたいなのもある。しかし世界を見ればSEは本来もっと人間らしい仕事が出来るはずだ。そこで長く、35歳過ぎても60歳過ぎても楽しく仕事が出来る環境つくりを考えて具体的にどのようなビジネスモデルがあるかを検討。

 

日本にいるNZ移住希望のSENZに移住してSE業務を探している人にどうやってアプローチするかの方向性を決めて月曜日以降のお互いの作業確認。

 

次の仕事は独立系で25年前にAucklandに宝を埋めた人の話。宝探しの方法について踏み込んでお伺いすると色々出てくる。やれるかな、サルベージ。やれそうだ、サルベージ(笑)。具体的な手法を検討してまずは第一歩、船を作るところから話を始めて海底にクレーンを下ろして宝に引っ掛けて引っ張り上げる作業を検討。うん、何とかいけそう。よっしゃ、これは月曜日から作業開始。

 

3つ目の仕事は起業家ビザ希望者だ。去年問い合わせがあり回答を入れてたら急に「明日会えますか?」と飛び込みで入ってきたご夫婦だ。面白いビジネスモデルになりそうで、能力もやる気もある。だったらこれはちょっとやってみるか、早速月曜日にAucklandの弁護士にアポイント入れさせて確認してみる。

 

そうこうしている間にも明日、日曜日のアポイントが飛び込みで入る。マレーシア在住の方でうちのスタッフがAucklandで以前面談をしており、今回は具体的に投資家ビザを詰めたいとの事。

 

その合間にも香港在住の日本人ビジネスマンの方からも問い合わせを頂き次回の面談で話をする予定を作る。

 

SE、宝探し、ユニークな起業、マレーシアの投資家、香港のビジネスマン、ほんとに色々とある。

 

こうなるともう「ニュージーランド」という枕詞がついてれば何でも受けますよって感じである(笑)。

 

思い起こしてみれば実にたくさんの事をやって来た。サルベージなんて10年くらい前にサービサー関連の仕事から入って年に数件は手がけてる。1件あたり数千万円から数億円と幅広いが、どれも過去の歴史を感じるので学ぶものがある。親の気持ちって言うかな、ひしひしと感じる。

 

レストランや観光地でのビジネス展開は楽しい。しかしこれがビジネスモデルとして利益を取るためには実に注入する時間が多い。好きな人であれば良いが普通に夢見る夢子ちゃんでは厳しい。とくに「あったっしー、ニュージーランドとー、日本のー、かっけはしになりたいんだー」なんて事で起業するときつい。そこは諌めるのが僕の仕事である。

 

しかし現実に日本とNZの間の貿易も大事だ。そう言えば今回最初の訪問場所では魚を売り物にしてみたり、あるお客様はNZの土を日本に売ろうとしている。

 

そういう、まさに枕詞にニュージーランドと付けば何でも手がける。まさにうちは何でも屋としか言いようがない。ま、それもありか(苦笑)。少なくともNZに関係があることなら今うちの組織を窓口として使い企画すればほぼ100%何でも出来るな、そう思った。

 

そして全部の仕事が終わって夕方4時、ふと気づいた、あ、今日も昼飯抜きだ、腹減ったー(苦笑)



tom_eastwind at 22:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月29日

トイレでゴン!

6時飛行機機内で起床。ちょうど東側から太陽が登る時間帯でぼくの座席が機体右側なのですんげー太陽、ものが見えないくらい眩しい。

 

機内のハンガーからガーメントバッグを取り出してもらい機内の狭いトイレで髭をそって歯を磨き、部屋着からスーツに着替えてシャツ着てネクタイしてバタバタとする。途中で手足がトイレの壁あっちこっちにゴン!ゴン!ってうるさかったが何とか身だしなみを整えて出てくると自分なりにいきなり仕事モードになる。

 

スーツって結局見た目も大事だけどきちんと着ることで自分の気持ちを高める効果もあるんだな、つまりバカの高昇りってやつだな、一人で納得する(苦笑)。

 

1015分にこの街でビジネスをしているこちら側の仲間と合流して二人して市役所のエレベーターを上る。1030分自治体訪問。担当者にお会いする。提案したのはまずこの街の知名度を上げること、そしてこの街を訪問してくれること、それも単発企画ではなく持続する企画。

 

地元にいると地元の良さが分からない。札幌の雪まつりは明治時代には粗大ゴミでしかなかった雪を集客ビジネスにした。地吹雪ツアーも同様だ。一つ間違えば死ぬような雪ネタを、雪が降らない台湾や香港やシンガポールに売り込んで成功した。

 

自治体には自治体にしか出来ない仕事があるし民間も同様。けどそれが壁を越えて手を組めばお互いに儲かるビジネスになる。市役所からすれば雇用と税収が生まれ民間は利益が出せる。

 

今回の提案は元々手元にあった企画書なのでここ向けの手直しは1日で出来た。勿論僕がじぶんでやったわけではない。(担当者様、あふぉなボスで申し訳ない、苦笑)。

 

今回の企画がどのように三方一両得であるか相手も十分に理解しているようで頷いてくれた。まずはキャンペーンとメディア戦略、続いて持続するための仕掛けを説明する。

 

さあここから後は彼ら次第だ。彼らが生き残りたくてニュージーランドに興味を持つなら良し、そうでなければ終わり。けど何だか興味持ちそうだ。会合の半ばでこちら側の人間がぼそっと、しかしはっきりと「おたくは大名商売ですからねー」と皮肉って相手も苦笑いしてた。

 

こちら側の人間は地元でリスクを取ってたくさんのビジネスをやって納税しているわけだから言いたいことが言える。僕も苦笑いするしかない。会議の最後にこっち側の人間が「うちも近いうちにこっちに本社移しますよ」って言ったら市役所の人間、深々と腰を下げて「ありがとうございまーす!」もう十分に民間ですなこの部門(笑)。

 

東大法学部卒の中央官庁は日本全体を観て民間企業をこき使うが地方自治体はそうはいかない。下手な事して本社機能を他の自治体に移されたら税収ガタ落ちである。実はそれと同じことが今の日本で起きている。つまり民間が日本脱出しようとしているが中央官庁はまだまだなめてかかってる「ふざけんな、やれるならやってみろ」出られないと思っているのだ、なめるな!

 

確かに中央官庁は様々な技術(直接課税いじめ、周囲に反面調査etcetc)があるが地方自治体はそうはいかない。なので必然的に民間発想を大事にする必要がある。ここは今年3月に南アジア訪問団を送り込み現地ビジネス進出を協力しようとしている。

 

しかしまあ、昔はお金の意識がなかった役所が自己改造しようとしている努力は感じた、大したもんである。結果的に今回の訪問がどうなるにせよ、こっちとしては気持ちの良い有意義な会議となった。

 

会議終了後空港に戻り14時ちょうどの便で羽田へ。Aucklandを出て22時間の移動、6時間の滞在で次の街東京に向かうわけで、さすがに夜はよく眠れました、ははは。



tom_eastwind at 19:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月28日

出発

今日はいつもより遠回りの長旅。出発5日前に急に一つ自治体訪問の新しい仕事が入った。明朝一番の会議である。


これからの自治体は書類仕事だけの単なるお役所ではなく公の立場から自分たちの街をどう発展させていくかを考える立場に変わったようだ。沈みゆく国内市場ではなくアジアに出よう、もっと観光客を呼び込もう、自分の街を知ってもらおうということになる。

 

しかし民間活用と言っても具体的なアイデアがない。第一海外にどう進出してどうそれを具体化するのか?そこでたまたま僕がAucklandでやっている仕事を聴いて「何やってんだ?」となったのだ。

 

ぼくは旅行屋でアウトバウンドもインバウンドもMICEも取り扱いの経験があるので旅行の事は分る。その上に今Aucklandでやっている仕事は日本の物産を売ることが含まれている。だから観光客の呼び込みも物産によって街を知ってもらうって切り口も分る。

 

勿論ぼくの仕事はボランティアではないが自治体が自発的に動こうとするなら喜んで協力したい。目先の利益にはならないし出張費用は手出しだが、こういう動きが広がってくれば日本に活気が出る。

 

なので普段より少し遠回りして日本に入ることにした。しかし問題は日本到着08:201030分からの会議なのに空港で着替える場所もないし第一今回は荷物がいつもの2倍ある。そこで機内にスーツを持込み飛行機が到着する2時間くらい前に狭いトイレでスーツに着替える事にした(笑)。

 

空港に到着したら荷物を日本国内のあちこちに宅急便で送る手筈をして身軽になって会議に参加する。会議終了後空港に戻り国内線で羽田に飛んでホテルに入る。明日からバタバタだぞ(苦笑)。

 

とは言ってもそれは明朝の話である。今日はとりあえず機内で池井戸潤の新作読んだり映画観たりして久しぶりにゆっくりする予定。

 

ところで昨日イスラエルの事ちょっとだけ書いたが、中東に関するこんな読みはどうだろう?

 

イスラム過激派ISISの資金の出処は米ペンタゴンとイスラエルである。イスラエルは欧州からここ数年「パレスチナへの侵略」を非難されていた。国家そのものが否定され周辺のイスラム国により消滅させられる危機があった。

 

そこでイスラエルが国家防衛の為に始めたのが十字軍戦争である。イスラム過激派にカネを出してISISという組織を作らせ欧州の若者を呼び寄せてテロリストにして首切り処刑を始めた。首切りと戦いを経験した欧州の若者は自国に戻りテロに走るようになった。

 

その結果として欧州の人々はイスラエルへの非難を引っ込めてイスラムへの非難を始めた。最近の新聞を見てみればよい、一昨年から去年のようなイスラエル非難記事が消えて、その代わりに「イスラム教とどう向き合うか?」という宗教議論に巻き込まれている。

 

そしてペンタゴンにとってもいつまでも戦いが続くことで武器が売れるし軍備増強ができる、政府内で力を維持出来るという事は時には大統領よりも強い力を長い期間選挙の禊を受けずに自分の好きな事が出来るって意味だ。日本の官僚を想像してもらえば良い。

 

オバマがやりたがっている中東からの撤退を実質的に押し留めているのがISIS等の中東過激派である。米国人の首を切り米国内に反イスラムの流れを作る。こうしてイスラムとの戦争を固定化させて対ロシア時代の冷戦のように軍備増強である。もちろん武器を買うカネは米国政府が保障、つまり米国人の税金から出ている。

 

勿論これが事実かどうかなんて誰にもわからない。けどまず考えてみよう、ISISっていつ出て来た組織だ?911以来米国の標的はアルカイーダだったのにあの組織はどこに行ったのだ?彼らは聖戦を遂行しているのだ、トップが死んだだけで消え去るような組織ではない。

 

そして米国はどこと戦っているのだ。米国はインターネットを駆使して戦後長い間大きな問題もなく続いてきた中東の政権を次々とひっくり返して今度はシリアを転覆させようと去年は空爆まで検討された(オバマが止めさせた)くらいだ。そしてシリア反政府戦闘部隊の一部がISISであり今まで米国が彼らに武器を供給して軍事訓練を施してシリアに送り込んだのは事実である。

 

そのISISがシリアと戦っているのだが今度はISISが米国の捕虜を殺して米国の敵になった。普通に考えれば飼い犬に手を噛まれたみたいな発想だろうが、米国からすれば誰と戦っているのか分からない状況である。

 

けどちょっと発想を変えて米国のシリア政策にイスラエルが乗っかってISISを組織化してシリアにも米国にもフランスにも英国にもテロを仕掛けてイスラム憎悪思想を世界にバラ撒いたとしたら?これは見事な戦略である。

 

テロリスト集団は宗教のように最初にリーダーが言葉と宗教を持って人を集めるビジネスではない。現世に恨みや憎しみや不公平を感じる人々に「憂さ晴らし」の場所を与えるビジネスであるから誰がリーダーでも構わない。

 

そして米国による中東への攻撃が続く限りテロリストは自然と生まれてくるのだ。これを続けていけば世界中に確実にイスラムテロが拡大する。そうなればイスラム対キリスト教の戦争にすり替わり、兄弟宗教であるユダヤ教のことは皆忘れてしまうのだ。

 

ISISが「世界で十字軍叩け!」なんて言ってるスローガンなどまさに宗教戦争に巻きこむ言葉である。これは別に陰謀論でもなく極普通の考察である。パレスチナ問題をパレスチナ側から見る訓練、つまり年代にイスラエルとパレスチナ及び周辺国

 

今回の件は中東全体の動きと米イスラエルの動きを全部ひっくるめて考えないと答はでないと思う。自分なりに「これで誰が利益を得たか?」を、事実を目の前に並べて去年の国際ニュースを並べて組み合わせれば上記の推測もそれほど外れてないかもしれない。



tom_eastwind at 12:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月27日

The Day After Tomorrow

今日も当然ではあるが忙しい。三連休開けで明日から日本行き、皆と仕事をする時間は今日しかない。

 

溜まっている問い合わせを朝ミーティングで次々と捌き担当と方針を決め10時ちょうどから弁護士事務所でビザミーティング。今日中に方針を決めておかないと明日から僕はいないのだ。

 

これを終わらせて事務所に戻り次から次へと入ってくるメールを処理しつつ11時には会計事務所でのミーティング。上場企業の株式ポートフォリオ作成に関して今年投資家ビザを申請する方向けの必要条件の確認。つまり投資家ビザは単純に投資をするだけではOKではなく必ず移民局が認める「適格投資先」でないといけない。

 

しかし、だからと言って全部国債を買ってしまうと安全性は高いが利回りは低い。Aucklandの生活物価上昇率は肌感覚で毎年5%であるから平均2%程度の利回りの国債では毎年確実に3%損をするのだ。減ることはあっても増えることのない国債である。

 

そこで出てくるのがポートフォリオだ。相手はニュージーランドでも指折りの国際税法にも詳しい税務弁護士。どちらの国でいくら納税して最終的な手取りがいくらになるのか、もう一人の担当者は顧客管理をしているのでこの二人に僕が入ってそれぞれの視点から議論をする。

 

今すでに個人で投資をしている方が直接投資ではなく途中にNZで会社を設立して投資をした場合、経費計上や居住地認定の問題でかなりの節税が可能になる。

 

会議を一時間で終わらせてオフィスに戻り今回の日本出張で面談する方への資料、方向性などを最終確認する為に移住チームに集まってもらい1時間程度のミーティング。

 

そのまま今度は日本の自治体に提出する企画書の準備、東京で企業向けプレゼン資料の確認、等などであっと言う間に僕の終了時間が近づく。やば、午前中見た時の倍くらいメールが積み上がっているのでどんどん回答作成するんだけど、え?このメールは何だ?というくらい多岐にわたっている。

 

個人税務、企業税務、企業法務、海外取引、取得すべきビザ、通うべき学校、投資すべき不動産、売却した不動産資金の運用、日本で会う予定の方との時間調整、前回日本のホテルにスーツとシャツを置いてきたのでホテルの方にお願いして予めクリーニングに出してもらう、クイーンズタウン出張の連絡、うーん、これはすごい量だな。殆ど考えている暇がない。とにかく指先に神経集中して返信する。

 

1日が終わる頃には頭の中にメールの文字が文章として入らなくなる事がある。象形文字になってしまう。例えば疲れている時に本を読んでも何を書いているのか全然分からなくなる、それと同じ感覚である。

 

日本ではISIS問題が自己責任論と合わせて盛り上がり同時にISISの動画や静止画をからかうアイコラが西洋諸国で評価されたり当面ニュースネタには困らない日本ではある。お客様との話題も尽きないだろう。

 

ただしここまで書いた事はあくまでも目先のことばかりである。僕らが本当に考えるべきは5年後の自分の立ち位置である。今日明日が良くてもそれで将来を予め見越して手を打たなければOUTである。

 

最近いろんな人が2020年を一つの「境」と書くようになった。これからの5年で日本はイスラムとの良い関係をどう維持するのか?北朝鮮や中国に何が起こるのか?そして日本国内でこれから何が起こるのか?そしてそれが自分にどう影響するのか?

 

21世紀の中東の国境はどう変わるか?今はISISに目が行っててもイスラエル問題は片付いてない。イスラムの各宗派事の諍いも絶えない。何せ自分だけ正しいってんだからどうしようもないが、それにしても英国が引いた国境は部族ごとに引き直されるだろう。

 

戦争の発端なら歴史を振り返れば良い。誰もやる気がなかった筈なのに起こった第一次世界大戦。セルビア内戦、一般国民は戦争が起こるその日まで戦争が起こるとは思ってもなかった。しかしよく見れば火種はあったのだ。

 

バブル崩壊も多くの人々は最初信じなかった、ここまで大きな影響が出るとは想像もしていなかった。けれどバブルは古くは南海バブル、チューリップバブルと何度も起こっており日本のバブルが世界で初めてではないのだ。最後にババを引くのは誰か?

 

特にこれから少子高齢化がやって来るが政府は基本的に「家族が面倒みろ」と言ってる。おそらく介護問題や高齢化は日本がまた一つ脱皮する結果を招くだろう。日本は昭和の前期は三世代家族が多かった。両親は働きに出ておじいちゃんおばあちゃんが孫の面倒をみていずれおじいちゃんおばあちゃんが弱れば家族に介護されつつ自宅で息を引き取った。

 

それが都市化現象が始まり若者は都会に出て働くようになり当時流行った言葉が「核家族」である。それが日本社会の当然な形態になりスーパーの食料品もすべて核家族を対象としてサイズを決めて用意するようになった。

 

これが都会では更に進行して一人暮らしが増えてきた。そうなるとコンビニが発展して来た。ではこの次は?日本ではスマートシティ構想が一つの鍵になるのではないか。同じスマートシティ内に住んでるがおじいちゃんおばあちゃんはリタイアメントハウス。子供家族は幼稚園付きの家族エリア。病院や各種施設が併設されて三世代が味噌汁の冷めない距離で生活をする。要するに再度住民が結束して村を再構築して村全体で皆を助けあう社会が出てくるのだろう。こういうのは5年から10年かけて変化するから気をつけないとサインを見逃して動くタイミングを見誤る。

 

もっとも大きく個人的な問題は雇用の減少である。これはすでに発生しているが文明の進化によってパソコンとインターネットが世界中に広がった結果として事務作業や経理作業やバックオフィスと呼ばれる仕事はどんどんパソコンに置き換えられたり地球の反対側の国に仕事を発注したりする。

 

その結果として今まで大学を卒業したらどっかの企業に就職して先輩の仕事を手伝いながらというその仕事がなくなっていくのだ。

 

勉強熱心な子供が教育熱心な母親と勉強して優秀な高校、大学と行くのは良いのだがその先の就職は具体的にどのような職業を想定しているのだろう?とにかく大会社?おそらくその選択肢はこれからの子供にとっては人生から何も得ることのない生活の連続の挙句になる可能性が高いし第一そのような「総合職」みたいな仕事のくくりがなくなる可能性が高い。

 

であれば今のうちから子供には何かの専門性を持たせてパソコンやネットに置き換えられない仕事を覚えさせるべきであろう。考える力、独創性、こどもにはいろんな要素があると思うが、それを見抜いて子供が好きそうで将来も食える仕事を一つくらい教えておくのも大事だと思う。

 

5年先を見つつ逆算して今何をすべきかを考える。さあ明日から日本だ。



tom_eastwind at 23:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月26日

三連休終了

今日は朝11:00から14:30までフジキンが位置するスタンフォードホテルでミーティング2件。月曜は本来仕事であり普通に仕事をしているのだが、シティは何かの賑やかなイベントをやっており駐車場が見つからないから仕方ない会社の駐車場に駐めて3ブロック歩く。

 

それくらい歩けって距離だが(苦笑)車社会に慣れてしまうとダメですね(笑)。今回は日本の自治体向けの提案を組み立てて明後日からの日本出張の準備。

 

日本の自治体ってほんとにバラバラだ。役人みたいな自治体もあれば商人みたいな自治体もある。このAucklandをどう使うか?相手次第である。

 

久しぶりにマウント・イーデンにも行き街の発展を確認。すごいなAuckland。東京ほどではないが、ちっちゃいけど一個一個が元気いい。

 

今考えていることは日本の衣食住を持ち込むこと。その為の今回の自治体訪問である。クールジャパン、言葉は何でも良い、やる気あるんか?それだけだ。

 

さ、明日からオフィス再開。



tom_eastwind at 21:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月25日

キャロル・キングを聴きながら人質問題を思う。

贅沢な1日。気温は23度くらいで木陰は涼しい。空は、これが本当の空だって思うくらい透明な青に透き通っている。今日はAucklandの三連休である。

 

そんな時にイスラム国の日本人人質問題が出てくると、何だかあっけらかーんとした気持ちになる。日本人と英国人、どう違うのだ?英国人の首が切られた時、日本人はどう反応した?

 

今から10年くらい前かな、僕のお客様があの地域で首を切られた。文字通り殺された。日本のテレビ局が取材に来た。なぜあそこに行ったのか?

 

けどなー、人間には移動の自由がある。一旦日本国家の法律が届かない場所に行った人をどうすることも出来ないのは事実である。

 

国家が個人を守る。それは個人がその為に税金を払う、つまり国家とは皆がお金を出し合って自分の価値観を守るための保険会社である。その保険会社が加入者を守るために軍隊を持ち自治体を持ち官僚を持つのだ。

 

その、自分の住んでいる「同様な価値観」を持っている地域を離れて他の地域に行くのは本人の自由。けれど国内保険の適用が出来ない場所に行った時点でその人の生命の確保は自己責任である。

 

僕は26年海外生活をしている。思いっきり無茶苦茶もしているが常に自己責任で生きている。何かあっても誰にも頼らない、日本政府にもNZ政府にも香港行政局にも。

 

だから今回ISに捕まった人たちの目的は分からないが、少なくとも日本国内で捕まった訳ではなく渡航自粛の出てる国に行く自由は保証するが日本国内と同様の保護責任を求められても、そりゃ違うでしょって話だ。

 

自己責任、怖いですよ(笑)。今回の件で自己責任論を語ってる人たち、その本質分かってますか(笑笑)。

 

外国に出て冗談半分にバカやって本気で逮捕されて青ざめて親や政府に泣きつくなんてのは是非ともやめて欲しい。

 

じゃあこれがフジテレビがカメラマンをISISに送り込み人質になったらどうする?仕事でしょ、誰が責任取るのだ?もしくは政府交渉グループが拉致されたら日本はカネを払うのか?全体の議論が整理されないままに目先を通り過ぎるとすぐ忘れる。10年前の日本人学生が首を切られた時もその場しのぎの議論にしかならなかった。

 

さらにその自分の住んでる日本って国の中で危機が発生した場合でも政府という保険会社が命を守れなかった場合どうするのか?国民は保険金は払う、けど自分の命の保障なしって事ですがそれはどうなのよって話だ。

 

この、本来予防である保険料を支払っていながらその対価を受け取れない、つまり日本国内に居住しながら犯罪に巻き込まれた場合は本来は政府による保険金詐欺とも言える。保険料を払っているのだから俺の命守れよって話だ。

 

閑話休題:

ここから話は変わるけど、ただもっと自己責任について語るなら、殆どの日本人が政府官僚による「消費者無責任論」に甘えている現状を理解すべきであろう。消費者が大声を出せば企業がびびってすぐ謝罪する、消費者の無知を棚に上げて。

 

大体、猫を電子レンジに入れれば焼け死ぬ。なのに「体を乾かそうと思ったんです、まさか猫が死ぬなんて説明書に書いてませんでした」なんてバカな話がまかり通る国は米国と日本くらいか。

 

しかし日本政府は国民をバカのままにしておきたい。そうすれば統治が簡単だから。けどその半面、バカな国民は猫を電子レンジに入れるようなバカをする。さて、統治の簡素化と猫の焼死を比較すれば猫を殺した方がましであるって結論になる。

 

つまり国家を管理するって意味では自己責任論よりも見せかけの国家によるバカ国民保護論の方が通りが良いのである。バカ国民と無責任擁護論の政府がひっついて今回の事件がある。外国でも消費者無責任論が通ると思ったのだろうか。

 

自己責任と無責任、ほんとに分かって議論してるのかって感じです。Aucklandの見事なまでの午後の晴れを見つつ。



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2015年01月22日

リタイアメントハウス

今年一番のネタになるのがぼくの中ではリタイアメントハウスである。Aucklandで老後を過ごしませんか?体が動くうちに子供と一緒に移住して今までがむしゃらに働いてきた自分を少しゆっくりさせる。食事と簡単な介護と自分の部屋を持ち好きなだけ本を読んだり友達とスポーツを楽しんだり。

 

明るい太陽と笑顔の絶えない街で言葉の不自由もなく病気の時のケアもあり子供が近くに住み週末は孫と過ごせる生活。日本とAucklandを気ままに行き来しつつ季節に合わせて生活を楽しむ。

 

今まで何年もこのアイデアを持っていたのだが去年くらいからやっと「流れが変わった」のを感じたので実行に移すことになった。すでに去年から日本の医療法人とも話を進めており、現地でのマネージメントは当社、ハウス内でのケアは医療法人と分けて運営出来るのではないか、その感触がある。

 

おそらく最初は10部屋程度の独立した個室を持つリタイアメントハウスで昼間だけ利用しても良いし投資も含めて自分の部屋を買っても良い。子供はAucklandで生活をしつつ仕事は日本が中心だ。

 

孫は地元の公立学校に通いネイティブの英語を身に付けて西洋感覚を学ばせて国際人に育てる。いずれ日本で働くにしても日本以外で働くにしても二カ国の言葉とビジネス論理が理解出来るのは強力な武器である。

 

今の時代、日本に住むだけが日本人ではない。どこの国に住もうが日本人魂があれば日本人だ。むしろ日本の変な部分を学んでしまい、他人任せで自分で判断出来ない孫になるくらいならドライだけどキーウィの方がずっとましだ。

 

一昨年まではNZで永住権が取得出来ても結局親の介護で日本に帰るというケースが殆どだったが、これからはむしろ親を呼び寄せてAucklandで一緒に生活するって選択肢がある。

 

むろん大人数ではない。10組程度でリタイアメントハウスを作り、子供にあまり迷惑をかけずけれど何かあればすぐに連絡が取れるし週末は三世代で一緒に過ごす。こういうのがいよいよ視野に入り始めた。



tom_eastwind at 19:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月21日

クイーンズタウン2日目

今朝はクイーンズタウンをベースとして仕事をする日本人ビジネスマンとパワーブレックファースト。お、すごいな、こんな短い文章なのにカタカナ英語が4つも並んだぞ、さすがクイーンズタウン(笑)なんてどうでも良い事を思いつつホテルで待ち合わせて近くのカフェに行く。

 

ほんとにこのクイーンズタウンってのは気の良い場所である。仕事をするにしても全然暗い気分にならない。出来る事をする。出来るだけする。正しくする。仕事を楽しむ、なんかそんなのがセットになったような街である。

 

街がこれだけ小さいとビジネスプレイヤーも限られており皆が顔見知りである。だから日本の都会のように出し抜くとか騙すってのがない。騙すことで得られる短期利益よりも真面目にお互いの利益を考えて働くほうが長期的な利益が多いがからだ。

 

なので長期プレイヤーが多いのも特長の一つだろう。1020年この街で仕事をしていると、最後は「何をしているか?」ではなく「誰がやってるのか?」で判断される部分が増える。あいつがやってるなら大丈夫だな、よっしゃ、じゃ俺も付きあおうって事だ。

 

日本も昭和の昔はそういうビジネスがあった。けどバブル時代に突入してからすべてが変わった。騙すほうが勝ちで騙される奴がバカだ、そんな米国風の変な空気が流れ込んで日本は変化した。

 

クイーンズタウンといえど白人社会だから冷徹なビジネス論理は明確であるが長期的利益という視点が加わっているのが特長だ。ちなみにAucklandは東京とクイーンズタウンの真ん中あたり、昭和後期の、ちょうど1980年代の東京くらいかな。一旦チームを作れば裏切ることはない。チームを外れる損の方が常に裏切る短期利益を上回るからだ。

 

今日は朝食会議で話のネタが3つあり特に一つは重い、結局3時間ほどの長い会議になったがカフェがとても気持ちよく落ち着くので荒れること無く(苦笑)話が進んだ。Aucklandに戻ったらすぐ処理しなきゃ、そう思いつつもうランチタイム。空港に向かうまで1時間ほどあったのでいつも行く湖沿いのカフェで軽く昼食。

 

湖は透明な水をたたえカモメが羽根を広げて空を飛び、子供たちは母親に連れられて走り回り、世はなべて事もなし。唯一、1時間ほどオープンテーブルに座ってて燦燦と輝く太陽で思いっきり日焼けしたことを除いて(苦笑)。

 

夏とはいえども緯度から言えば日本の旭川と同じ何い45度であるから風が冷たい。なので日焼け特有のジリジリ感がないままに焼けてしまった。月曜日に出社してスタッフから指摘されて初めて気づいた。

 

そうそう、今朝の会議でも感じたのだが、クイーンズタウンは南半球の観光地としてすごい勢いで伸びており設備もどんどん進化している。ところがその根っこのところ、つまり昔から住んでいる権力キーウィはどうしてもイギリスチックに資本主義を展開している。出来るだけ手を抜いて出来るだけ働かずにカネに働かせる感覚のままだ。

 

今回の議題の一つがミルフォードサウンドに行くツアーの組み立てに関する意見交換だったが、日本人ビジネスマンは僕の指摘している問題点を理解しつつもそれが権力者キーウィにいくら言っても声が届かないのは理解している。だったらレップなんてするなって話だけど、それでも他にパイプがないんだからと思い出来るだけ建設的に「ねー、どうにかならないかなー」と話を進める。

 

「よっしゃ、これを日本に持って行けばどうにかなるかな」ある程度の解決策を見出してまとめてミルフォードサウンドの話は終わらせて、そこから去年クイーンズタウンで開催されたマラソン大会の話にもなる。

 

何か世界中、マラソンをネタにしてツアー作るってのが日本の旅行会社のネタの常連になり始めてますね。クイーンズタウンマラソン参加者の話を聴くと「どこが平坦じゃー!ありゃもうトライアスロンか登山マラソンだー!」と怒り笑いしてた、ははは。

 

昼過ぎに空港に向かう車の中でちょっとした笑い話。実はぼくは昔から「人間に出来ないことはない」と信じている。たまたま話の流れでぼくがスウェーデンボルグや古代文明の話をしつつ「人間は空を飛べる。ぼくも空をとぶことが出来るよ、飛行機に乗るとかじゃなくて生身のまま空を飛べる」と語った。

 

するとその話を聴いた人が「じゃあ何であなたは空を飛ばないの?」と聴いてきた。ぼくは普通に「だって去年は仕事が忙しくてそれどころじゃなかったもん」と答えた(笑)。



tom_eastwind at 19:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月20日

クイーンズタウン初日

7時に自宅を出てAuckland空港に向かう。この時間帯だと空港まで1時間以上かかる。10時過ぎなら空港まで40分もあれば行けるがAucklandの朝は皆早く7時から8時が一番の混雑時である。

 

今日はクイーンズタウン出張。距離で言えば東京から福岡に出張する感覚、かな。人口2万人程度の街だけどNZの軽井沢、世界中の金持ちが別荘を買う場所でもある。

 

おかげで住宅価格もAuckland以上に高いし食料品も高い。それでも世界のお金持ちからすれば全然気にならないのだろう、物価はいつも高い。

 

この街には古くからのお客様や20年来の仲間がいて、いつ来ても楽しい街だ。

 

空港に着いて早速仕事開始してから、次に予約した銀行に行くと案の定担当者不在。はは、ほんとにキーウィって時の流れが違うんでしょうね、彼らに合わせなきゃ(笑)。

 

その後は古い仲間の新しいレストランに顔を出していつものように大騒ぎ!しかしまあ、ここは情報の宝庫ですぜ。中国や日本の生情報が手に入る。話している本人からすればごく普通の事でもAucklandにいる僕からすれば「そっか、そこが動いてるんだ」とすごくよく分かる。

 

習近平が何やってるのか、アベノミクスが何したいのか、そういうのを話す。古い仲間は中国人で日本語と英語を話す。僕は日本人で広東語と英語を話す。だからその気になれば一気に三ヶ国語で会話可能だ。

 

だから周りにいる人間の言語読解能力を考えつつこの瞬間はこの言葉って感じで使い分ける。仲間も、僕が使い分けた瞬間に何故そうしたかを即理解してこっちに合わせる。27年の付き合い、それもカネの付き合いじゃないから出来る芸当かな。

 

お互い色々あるよねー、けど何か落ち着いたよね、そんな感じで会話は続く。家庭、仕事、街の環境、いろんな話の合間にしょっちゅう彼の知り合いが声をかけてくる、全部地元の白人キーウィだ。その度に彼は僕を紹介してくれる。

 

「持つべきものは友なり」であれば、じゃあ逆説として「持つべきでないものは?」と考えれば、何なんだ?(笑)信じるってなんだろな?ほんと、生きていく上で誰かを信じるって事の大事さを感じる旬ん感だ。

 

彼が経営しているレストラン2軒を回ってホテルに戻ったのは夜の10時過ぎ。明日の仕事があるのでいつものように痛飲というわけにはいかない(苦笑)。

 

やばやば、空気が思いっきり乾燥しているから「かいかい」があってちょっとでも爪を立てるとすぐに擦り傷になって、まったく南緯45度、旭川と同じ緯度のクイーンズタウン、大変だなーと思いつつベッドにはいる。



tom_eastwind at 19:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月19日

企業が国家を超え、集団が国家になる日

僕はニュージーランドという田舎に住んでいるからだろう、この国から観える北半球は岡目八目というか、適度に離れているのでよく見える。どこか一つの国への偏りがなく、アジア、欧州、米国などを同じ距離感で観ることができる。

 

ぼくがいつも書くことの一つが「地球は狭くなりました」だ。21世紀になり金融経済や様々な個人が政府、国家の領域を飛び越えて活動するようになった。

 

20世紀であれば国家が金融経済を自国内に物理的に押し込めることが出来た。しかし21世紀になりインターネットと移動手段の発達が金融経済に手足と羽根を与え世界を自由に飛び回るようになった。企業が国家のくびきを逃れたのだ。

 

こうなると政府としては外国に出て行った人々や企業に課税することは出来ないから国内に残った(残るしかない)サービス産業やその労働者に余分に課税することになる。これも世の中の二極化を進める原因の一つである。富を得るが納税が不要な人々と得た収入の殆どを税金で持っていかれる人々だ。

 

そうなると個人が出来るのは自分が努力して羽根を身に付けて自分が最も有利な位置に飛び立って少なくとも二極化の中の上くらいの生活を守る努力をする必要がある。人間は動けなくても資産だけは海外に出しておく、でないと生まれた土地にピン止めされたまま政府にやりたい放題課税される。

 

どこの国にも法律があり自国民でなく自国領土内に住んでない個人に課税のしようがない。これが国境の限界である。富裕層からすれば米国のパスポートを保持する必要もない(だから米国は国籍離脱後も課税するなんて話になっている)から米国離脱、その時一番都合の良いパスポートを取れば良いだけだって話になる。

 

今だ多くの日本人は日本国内に居住することだけが日本人だと考えているしある程度資産もあるから大丈夫だと思っている。しかし日本国内に居住して日本国内に財産を置いていれば確実に捕捉される。21世紀の現在、血統として日本人であることと日本国籍を保持する日本人であることは同じ意味ではなくなった。

 

ぼくの母方の父親、つまり爺さんは戦前戦中に釜山で造船所を経営してしっかり稼いで敗戦前に日本に戻って来たがさすがに日本政府の戦後の「バンクホリデー」やハイパーインフレ政策までは読めず現金を相当減らした。

 

これからの日本で起こるのは、まさにまず日本という土地にピンで留められた動けない資産家への課税である。最近経済界で話題のピケティなどは資本主義の悪影響を語り「資産には資産税を」と主張しているからこれを根拠として来年辺りは累進資産税が法律化される可能性が高い。

 

累進所得税、累進相続税、そして累進資産税と3つをセットで使えばほぼすべての資産を政府が吸い上げることが出来る。これが21世紀の世界の政府の合意事項なのだ。個人の財産を再配分という名目で政府が吸い上げる、実際にどう使うかはピケティのような善人には思いつかないだろうが「離れですき焼き」である。

 

時代は変わった。政府はそれを分かっているからG20などで政府同士が手を組んでグローバル企業にピンを打とうとしているのだ。

 

だが現実的にそれは不可能である。国家は国境を越えることは出来ないが企業は出来る。だから最終的に国家はグローバル企業には勝てない、国家が勝てるのは唯一暴力を行使出来る時だけだがそれは自国領土内に相手がいない限り不可能である。

 

ところで暴力と国境という事で少し捕捉すると最近のイスラム国が象徴するのが暴力も国境がなくなってきたという事である。

 

国家が国民より圧倒的に強いのは警察や軍隊などの暴力装置を持っているからだ。ところが個人が簡単に銃やグレネードランチャーなどの武器を購入出来るようになれば国家と対等の力を持つことができる。今の「イスラム国」がまさにそうである。彼らはすでに国境を越えて戦っている。これも「地球は狭くなりました」の現象の一つなのである。

 

彼らは世界中から集った「個人」であるがそこに資金があり暴力を使用する兵士がいれば一つの集団が現れ、それは実態として国家と同様の活動を行える。そしてこの集団はひとつの意思を持つアメーバのように移動して欧州のどこかの都市に染み込みそこに「自分たちの国家」を作ることが出来て欧米の都市に直接戦争を仕掛けることが出来る。これが個人対国家の闘いとなる。

 

この戦争は何も相手の領土を奪うことを目的としていない。カネは世界の何処かで金融ビジネスなどで儲ければ良い、他国の領土で農産物を作るわけではなく労働力としての異教徒である他国民など不要なのだ。

 

ただ必要なのは自分たちの主張を異教徒に明確に伝えることなのだ。その伝え方が「お前を殺す」だけなら相手の都市で今回のフランステロのようにいくらでもゲリラ戦争を仕掛けられる。死ぬことを恐れないテロリストに対して都市はどう対応出来るのか?合法的な旅券を持ち飛行機でやって来て街の地下で武器を受け取りテロを行う。

 

こうやって戦いを仕掛けてくるイスラム国ゲリラ(テロリスト)に対しては圧倒的に強力な暴力装置を持つ米軍でさえ正面戦争が出来ないから終わりのない戦いになる。政府は土地と建物とインフラと国民など、守るものが多すぎる。それに対してテロリストが失うものは自分の命だけで、それはいつでも捨てる覚悟ができている。ヤクザと素人が喧嘩して何故ヤクザが勝つか?たとえ素人が空手の段位を持ってても失うものが多すぎるからだ。

 

彼らテロリスト集団はイスラム国という名前の元、法律を作り料理を作り子供を作り自分の住みたい場所を占拠して住み続けることが出来る。世界の国境の概念はこうやって少しづつ変化していくだろう。皮肉なのは彼らは国境を越えてカネを作りそのカネで武器を買うのだがテロリストに武器を売るのが米国やフランスの武器商人って事だ。

 

それでも多くの日本人からすればまだ20世紀の常識で生活をしているから今こうやって国境が消えかけているのに21世紀半ばには完全に国境の概念が変化すると言われてるのに今だ国家と国境は永遠であり政府は国民を守るものと何となく思い込んでいるだろう。

 

ちなみにイスラム国って、ありゃテロリストってだけか?国境や一定の領土を持たない国家と言えないか?少なくとも自律的に活動して暴力装置を持っており法律も持っているのだから、よく見れば砂漠の中に突然出来上がった「国家」であるとも言える。この「国家」は地理的な国境を持たない。

 

いつでも自分の好きな時に好きな場所に移動出来て好きなことが出来る、それがテロと呼ばれようがやってる本人からすれば戦争である。そして戦争はどこの国家でもそれなりにやってきた事だ、イスラム国だけ「やっちゃいかん」とは言えない。

 

異教徒のクビを切ってネットで流すのも彼らなりの戦争プロパガンダである。イラクの人々が殺されるのは正義で白人がクビを切り落とされるのがテロだなんて理屈は通らない。

 

21世紀は様々な変化が訪れるが、1648年のウエストファリア条約によって初めて導入された領土と国家の尊重という近代国家誕生を終わらせる世紀になりそうだ。



tom_eastwind at 19:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月18日

巨大監査法人を監督?

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51カ国・地域で新機関 情報共有

2015/1/16 14:00日本経済新聞

 

欧米、アジア、中東など51カ国・地域の金融当局は、2017年をメドに監査法人を監督する新たな国際機関をつくる。世界展開する巨大な監査法人の監視には、国際的な連携が欠かせないと判断したためだ。01年に破綻した米エンロンの不正会計事件などをきっかけに監査法人への不信がくすぶっており、監督の強化を通じて信頼の確保につなげる。

 日本からは金融庁傘下の公認会計士・監査審査会が新機関の設立メンバーに加わる。…

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笑える記事だ。監査法人を監督する国際機関って、そこで働く人が巨大監査法人出身とかなんでしょ(笑)。リーマン・ショック当時もFRBのスタッフがリーマン出身だとか、要するに金融畑の連中ってのは攻守を入れ替えつつ野球をやってるような、自分たちだけ楽しくよろしくやってるだけではないか。

 

監査法人とは企業を監査するわけだ。その、監査する法人が信用出来ないならじゃあ監査法人が監査対象としている民間企業なんてもっと信用ならんって話ではないか(苦笑)。

 

実際に米国では企業は性悪説として捉えられている。日本の一般的な企業とは社会の見方が違う。日本では殆どの経営者は真面目に社会のために働いている。経営者として優秀かどうかは別として真面目という意味では本当に真面目である。

 

だから日本では企業の社長は福岡の中洲あたりでは「あーら!しゃっちょー!」と呼ばれて税理士は「まー、先生!」と呼ばれ会計士も先生で更にその会計士をたくさん抱え込む監査法人は大先生でありながらそれでも政府による監督が必要で、じゃあ政府を監督するのは誰だ(笑)?

 

これだけ疑惑の層が積み重なれば最上階にいる政府でさえ信じられないわけだが、そこは誰が監督するのだ?

 

特に政府ってのは自分で勝手に法律を作ることが出来る。既存の法律では違法ならまず法改正をやってから違法行為を合法にするのが政府のやり口だ。

 

今回の監査法人の監督ってのは偉そうな倫理や法律なんて話ではなく、ここ数年のG20 あたりでやってる各国国家の権力強化の一環でしかない。政府の枠を飛び越えて活動するグローバルな監査法人はそれまで国境で縛られた政府には手が出せなかった。けど世界各国で手を結べば怖くない、監査法人だって叩けるって発想だ。

 

けどこれ、元々が政府と民間って世界的には交流しているわけで今たまたま政府側にいるプレイヤーが政府の意向を汲んで民間を叩くわけだがそのプレイヤーが民間に行けば政府の手口は解ってるわけだからいかようにも対策をうてる。

 

つまり権力を強化したい各国政府(名を取る)とそれを利用して自分たちの活動領域を更に広げようと(実を取る)する金融マフィアの騙し合いで、けど彼らのお金は僕ら一般国民の税金から出るわけだから一番バカをみるのは納税者だ。

 

今回のようないたちごっこ的新組織ってのは金融畑の連中が自分たちの職場を増やすための活動であり倫理がどうのとか監督がどうとかではない、自分たちの金儲けの場所を一つ増やしただけである。



tom_eastwind at 20:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月17日

マインドリッチ

何だか欧州がすごい事になっているぞ。フランスでイスラムテロが起こったと思ったら今度はベルギーでテロリストとの銃撃戦、週末はスイスでスイスフランの急激な上昇でFXやってる人は大変な騒ぎのようでおかげで日本円まで一気に上昇。大変だなー。

 

そんな週末だが北半球の事件に関係なく南半球のAucklandでぼくは青空の下で太陽を浴びて緑の芝生を眺めながら紅茶を飲みつつオープンカフェでパソコンを開いて仕事。それなりに気持ち良いものだ。いつもはスーツだけど週末なのでカジュアルウェア。

 

まずはアルバニーでお客様と面談。これから本格的に移住を開始するので色々と具体的な日数調整などの確認をする。永住権が取れてもその後の滞在日数要件をクリアーする必要があるし更にその先に国籍取得を考えているなら滞在日数要件が変わる。

 

その後は当社スタッフが付き添って家具探しだ。初めての国での生活だからどんな家具がいくらするのか、それは適正価格なのか、壊れやすいのか、修理は普通にやってくれるのか、分からない事だらけなので不動産を担当するスタッフがご案内するのが一番早い。

 

そう言えば最近の日本からの問い合わせが少し変わり始めている。今までは移住をゆっくりと考えて当社の存在を知りウェブサイトを読みこんだ上で「この会社が何をやる会社なのか」を理解してから問い合わせをしてくる。ところが数日前に頂いた問い合わせは「おたくはビザ申請でいくら費用がかかるか?」である。うーん、ビザ単体ですか。

 

当社の仕事は「移住生活ツアー」の運営であり旅行会社として移住=ツアーのすべてを請け負う。旅行会社ってのは元々自前では何も持たずお客様の希望を読み取ってバス、飛行機、新幹線、ホテル、夕食、弁当、観光地等など「あごあしまくら」を組み合わせるのが仕事だ。

 

移住も同様でありお客様の言うことでなく言いたい事を読み取って相手に何が可能かどこに価値観を置いてるのかを事前に読み取ってその人や家族が希望するコースを作る。

 

Aucklandでは地元で各種免許を持った企業、つまりカネを扱う銀行、法律を扱う弁護士事務所、税法と納税を扱う税理士事務所、住む場所を選ぶ不動産会社、健康を守る病院などの民間から移民局、労働局、財務省などの公的機関までを巻き込んでチーム(公的機関はチームとは言わんな)を作りお客様の移住準備開始から定住までを手掛けている。

 

ビザ取得はその為のひとつの「手段」であり目的ではない。それはまるでバス会社の目的は安全運転であるが僕らがバス会社を使う目的は「旅を楽しむ」為の手段であるのと同じようにお互いの目的がずれている。

 

僕らはビザ申請の際は弁護士と組んでやるが、地元弁護士の目的はビザを取得することであり日本人の習慣や思考回路や説明方法など全く考えずに自分のペースで仕事をするから直接やると大体噛み合わずトラブルになる。

 

僕らが弁護士事務所にお客様同行で行くのは「通訳」ではなく「意訳」である。どうすれば一番円滑に手間なくビザが取れるか?それを知っているのは弁護士ではなく僕らなのだ。僕らが予めお客様の話を聴き込んだ上で担当の弁護士に理解させて初めて仕事はうまく回る。

 

このあたり普通の日本人感覚だと思った事を話せば良いと考えるがそれは実は全然違う。何故なら日本人が感じる感覚はキーウィには体験したこともなく価値観も違うから思ってる事が伝わらず、移住において「具体的に正確に伝える事」が出来ない。

 

何故ならキーウィからすれば日本人が何故移住したいのか、そこを全く考えないからだ。キーウィ弁護士の目的はビザを取ること、日本人の目的は幸せな生活を構築すること、ここがすでにずれてる。

 

その背景を理解しないままにとにかく四角四面に法律の箱に押し込んで出来るだけ弁護士の手間がかからないようにするのが彼らの仕事だ。だから移住したい気持ちの原因に泥を塗るような事をして相手を怒らせる。「こいつ、わかっちゃいない!」

 

その通り、弁護士はあなたの気持ちを分かってないのだ。そりゃそうだ、人口たった400万人で牛や羊のほうが人間より圧倒的に多い国でのんびりと生活をして教育、医療は整備されており社会保障もしっかりしており農業が盛んで仮想敵国は存在せず南半球の小島で希少地下資源があるわけでもないから他国が攻めこんでも戦利品はラム肉のBBQくらいしかない。

 

何だか話がそれたが、なのでビザだけを単体で取り出していくら?と聞かれてもちょっと答えようがない。

 

さてアルバニーのカフェを出てシティに行く。1月はまだ本格的に仕事が再開されてないのでハイウェイを走る車の数がいつもより少ない。普段のアルバニーあたりだといつも自然渋滞で週末も混み合っているのだが今日は全然止まらずにシティまで行けた。

 

シティでの打合せは日曜日でも良かったのだが今週の日曜日はキーウィ大好きのスポーツイベントがあり終日あちこちで道路封鎖、ハーバーブリッジも道路制限、なので日曜は家にこもって仕事することにしたので土曜日にシティで打合せしてその後シティのジャパンマートとニューワールドで食料品を買い込み自宅に戻るって予定にしたのだ。

 

シティの会社の駐車場に車を駐めてオープンカフェで太陽の光を浴びつつ打合せ開始。

 

日本じゃ考えられないようなのんびりした雰囲気。特に最近のシティは車と人が同じ道を歩くような場所が増えている。イメージ分るかな、シティの道路を石畳みたいにして歩道と車道を一つにしてしまい車は人間と同じくらいの速度で移動する。

 

このオープンカフェでも目の前を車がゆっくり走り去るのを見ながらお茶を飲むって感じだ。このミーティングではレストラン事業の今後の展開についてだ。シティで売りに出てるリカーライセンス付きのカフェなんだけどまだ表に出てない物件である。決算書2期分とフロアプランを見つつ、このロケーションで何が出来るのかを検討する。

 

1時間程度の打合せをして、じゃ損益分岐点と適正メニューを考えてもらう事にして解散。それから買い物をしてノースショアの自宅に戻る。

 

それにしても南半球のAucklandでは僕はよく働いてる方だと思うが(はは!)東京にいる時の緊張感とは全然違う。良く言えば街全体がのんびりしてて、決して日本のような物質的豊かさはないけど、何てか、楽しい。仕事をしてても楽しい。マネーリッチではないけどマインドリッチだ。

 

日本は多分世界一安全で物質の豊かな国なんだろう、旅行先としては楽しいかもしれない。けれどそこで日本人として働き子育てをして生活をするとなるときついよなって感じる。安全だけど楽しくないのだ。

 

昔の、昭和の頃の日本ってまだまだ異端を受け入れる余裕があったしあの頃はフォーク歌手が「海外旅行に行きたいかい?だったら日本海の浜辺で立ってな」みたいなのが歌われて、批判されたものの今回のサザンのような問題にはならなかった。桑田が勲章をもらってたのは知らなかったが、じゃあ何だ、勲章を床の間に飾っとけってか。それくらいの事でグチャグチャ言うか?

 

何につけ文句を言われて「皆と右揃え右!」みたいのがあって少しでも外れると「非常識!」となる。いずれこれが「非国民!」になるのも時間の問題だ。幼稚園の運動会ではゴールがなくてだれでも一番とかやってるし。

 

何だか今Aucklandで生活をしている日本人の方が余程日本人らしく自由闊達に楽しく生きてるぞ。土曜日に仕事をしながらそんなことを思った。



tom_eastwind at 17:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月16日

ミーティングデイ

仕事再開後最初の一週間がやっと終わった。一年の始まりでもあり各部門の今年の方向性の話をまとめていく一週間の最後は必要な部門との個別ミーティングデイだった。

 

各部門は方向性さえ理解出来れば後は猟犬のようにどんどん走って行くので問題ないが、中には思い込みの強いのもいて最初の最初に余程釘を打っておかないとあさっての方向に飛んで行くやら、鉄砲玉みたいに撃ったらそのまま戻ってこないのもいたりして、適材適所がほんとに難しい(苦笑)。

 

何せうちの仕事は医療通訳から小型企業買収、国際税務、投資助言、永住権取得、レストラン、マグロの販売まで多岐にわたっている(苦笑)

 

例えば今日は、

930分から1010分 移住チームミーティング

  この時間では年明けに来た問い合わせに対してメールごとに皆で読み込み意味の取り違えがないか相互確認しつつ(何せ思い込みが強い)方向性を決めてお客様への返信作成を担当者を決めて走らせる。今年どんなビザを中心に据えるのか?顧客のトレンドは?方向性の一つとして三世代移住がテーマになった。Aucklandに日本人向けリタイアメントビレッジを作り三世代が安心して住める、その為に何が必要か?議論は尽きない。

ここでは移住ビザ取得に関して専門的に議論をするので普通の日本人が聴いたら英語が英語に聴こえず日本語が日本語に聴こえない。分る言葉で話してくれって話だ(苦笑)。

 

1010分から11時 生活サポート担当者会議

  この時間では昨日までに外部及び内部で決定したことを伝えて今年一年の具体的な方針を説明して同時に各担当者ごとにやることを再確認。

ここでは猫のノミを取る自然健康製品、学校紹介、会員生活サポート、IT、等など全く脈絡のない仕事を6個くらい抱えているので、猫のノミ取りの次に英語学校の評価をして地元スーパーの顧客動線をIT化したらどうなるかって話して最後にあそこの家に最近入ったフラットメイトがー、なんて話になったりする。ほんとに訳分からん(苦笑)。

 

11時から12時 税務コンサルティング。

  前の会議が終わり次第紅茶を入れなおして今度はNZに渡航して来た人たち向け税務コンサルティングをどう進めるか、また日本から出ることが出来ないけど相続の簡素化を考えている人向けに何を提案すれば最適かの話し合い。

 

これは今年一回目の実務会議なので実際の顧客ファイルを開いて数字を突き合わせてPLBS、今後の売上予測を作り今年3月末の決算時点でどのような節税が可能かを考える。

 

12時から13時 お魚ネット。

  いかに福岡の魚をAucklandで売るか?去年末にトライアルをやってみて今年第一回目の実務会議は今年の方向性だ。これはもうブレインストーミングで様々な可能性を検討する。去年の市場調査の積み重ねがあるので机上の空論にはならず、皆で同じ市場を見つつ、けれどそれぞれ角度が違うから答が違う。30分で終わらせる予定が結局1時間かかったが一定の方向性が視えてきた。よしよし、今年は面白くなりそうだ。

 

結局3時間30分ほぼ椅子に座りっぱなしだったが、年初のこれをやっておくから後は僕が日本出張に行っても後顧の憂いはない。みな猟犬であるから一気に走りだす。

 

明日はお客様とNZでの納税に関する打合せだ。お互いの都合で結局ノースショアのゆったりとしたカフェで紅茶を飲みながらって事になった。明るい太陽のもと、2時間くらいみっちりとやる予定。

 

そして来週はクイーンズタウン出張、その後は1月末から日本出張が入ってる。今年も1月から12月末までノンストップな一年になるぞ。



tom_eastwind at 19:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月15日

田中角栄語録 佐藤栄作の記事とご一緒にご賞味下さい(笑)

***

さて、私にとっては大師匠でもある田中角栄先生の羊羹を例えにした資本主義。

ご存じない方のために…

 

「子供が十人いるから羊かんを均等に切る、ってのは共産主義。 自由主義は別だよ。羊かんをチョンチョンと切ってね、一番年少の奴にね、一番でっかい羊かんをやる。

そこが違う。 分配のやり方が違うんだ。大きな奴には、『少し我慢してくれ』といえるけどね。 生まれて34才のはおさまらんよ、そうでしょう。それが自由経済だ」と言う語録です。

***

 

1965年当時の佐藤栄作首相(当時)の沖縄返還問題の舞台裏外交文書が50年経過して発表された。

 

そしてその後1972年の本土復帰当時ぼくは12歳で英語は全然分からなかった。だが米国側代表が話している発表の雰囲気とそれに対応する日本語翻訳文というのが新聞に掲載された時にすごい違和感があった。違う、米国側はこんな事言ってない・・・。

 

英語は分からない。けれど米国の理想とする民主主義や実際に支配地の基地でやっている施政権を基にした統治がこのような玉虫色の日本語になるわけがない。この記事、嘘書いてる・・・。

 

これが僕が生まれて初めて英語に興味を持った時である。やべえ、このまま日本語の新聞読んでたらダマされるぞ、本気でそう思ったものだ。そしてその時の感覚は40年以上経った今も変わらない。てか、更に強くなったかも(苦笑)。

 

僕は佐藤栄作が沖縄返還の為に様々な裏技を使ったのも当然だろうと思う。だって相手は戦勝国、永久に租借されてもおかしくはなくまたアジアの不沈空母として沖縄を使う事も出来た。敗戦国である日本が「返せ返せ」って言っても無視出来る立場にいた。

 

返して欲しければそれなりの条件を受け入れてくれ、これは米国も商売であるから当然であろう。核持ち込み、思いやり予算、警察不可侵、様々な特権条項を残したままではあったが、とにかく本土への返還は行われたのだ、日本と沖縄国民の合意によって。

 

ぼくは沖縄返還に密約があったのは当然だろうと思っている。その密約を表面化出来ない政府とマスコミの名の下暴露しようとした記者もいたが、もし僕が当時日本政府関係者であれば暴露を防ぐためにあらゆる手を打っただろう。その点僕は当時の政府の判断は正しいと思っている。

 

けれど無責任なマスコミと社会党が言いたい放題に権利ばかり主張して「紐付き返還はダメだー!」じゃあどうすりゃよかったの?沖縄を右側運転のまま米軍統治に放置しておけばよかったと?

 

今また辺野古問題が取り上げられているが、何度も書くことだが辺野古はすでに軍事的には不要である。米国も大戦略としてはグアムへの転進を考えている、辺野古は旧社会党、自民党防衛族、沖縄地権者、米国ペンタゴンなど直接利害関係者が辺野古をネタにして出来るだけ長く出来るだけ多く日本政府から自分の取り分を増やそうとしているだけだ。

 

こんな茶番劇に乗せられて真面目に「おっかしーと思いますー!」なんて書くのは自由だが1970年代の昔と違って今の時代、一旦ブログなどに書けば速攻で魚拓されて50年後も残る。

 

50年後にあなたの孫が辺野古の外交文書を読んで裏舞台を知ってじいちゃんのブログ読んで「じいちゃん、猿芝居の猿だったんだねー・・・」と言われるのが嫌なら今目の前で起こっている辺野古問題をもう一度見なおして、歴史とはどう動いてるのかを50年前の外交文書を紐解いてゆっくり考えた方が良いと思う、ブログ書く前に。

 

何にしても沖縄返還。民主主義とは民衆主義ではない。時には一部の地域の人のために他の多くの人びとに我慢してもらう事も必要だ。常に多数決ばかりやってたら少人数の地域にはいつまで経っても羊羹は回ってこない。

 

ところで閑話休題。ここで話は少しずれるが、冒頭の語録では資本主義、自由主義、自由経済の意味合いが本来の意味合いと少しずれているが、三つの言葉の接頭詞に「日本的」と入れればぴたっと納まる。

 

日本的資本主義とは全体社会主義。日本的自由主義とは家父長の家訓の中だけでの自由主義、日本的自由経済とは政府によって認められた範囲内での、飼いならされた牧場や畑の中での自由である。だからホリエモンや村上はダメなのだ。

 

分かりやすく言えば養鶏舎でゲージに押し込まれて身動きも出来ないブロイラー(満員電車に揺られるサラリーパーソン)に比べれば少なくとも自分でリスクを取って起業して成功してレンジフリー鶏(放し飼いで高級車で走り回る)になったとしても、いずれは生産者(政府)によって税金によって潰されて市場に出される運命なのだ。だからここまでは許す(三木谷、孫)。

 

けどほんとの自由を求めて養鶏場の柵をぶっ壊そうとする鶏、そこから脱獄するような鶏(ホリエモン、村上)は許されないのだ。

 

飼いならされた自由など存在しない。自由とはある意味本当に全ての制限から解放された状態でいつ食い殺されても絶対に文句を言わない、例えば日本の戦国時代の状態を言う。

 

ケージに入ってる国民には一定程度の喋られるワガママ(言論の自由)をあたえてそれを自由と思わせ、頑張った人間には一定範囲の歩き回れる自由(移動の自由)を与えてそれでガス抜きしておいて、最後は納税でがさ−っと網をかけて政府はこれからも生き続ける。

 

正直、飼いならされた自由も人によってはしっくり来るのではないかと思う。完全な自由など成立しないなら後は程度の問題だ。日本のように自由の裁量は低いがそれなりに国家が守ってくれるとこと、米国や香港のように二極化、食うか食われるか、又はそれこそアフリカの山の中で命賭けて戦うか。選択肢としての日本は悪くない国である。

 

日本人として50年生きてきて感じるのは、殆どの日本人は政府の「生かさず殺さず」の範囲内で生かされて政府と仲良くやっていくのが良いのではないかと思うことだ。小学校の頃から受けてきた教育で学んだ考え方を今更変えろなんて酷である、それよりはテレビを見て笑い、仕事で苦労してこれからの老後を大人しく迎えるほうが正解であろう。

 

ただ、それではやっていけない、窒息する人も世の中には1%くらいいるだろう。完全なる自由が存在しない中、どこで折り合いをつけるか。

 

1960年代、ガロと言う漫画雑誌にカムイ伝が掲載された。江戸時代の非人が自由を得るための戦い。白土三平(作者)も悩んだ事はそれから50年経った今も、何も変わっていない。



tom_eastwind at 20:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月14日

3日目

今朝930分に会社の椅子に座って1030分から1時間お客様との会議を終わらせて15時の時点ですでに39通のメールを送った。これから発信する予定のメールはあと30通くらいか。読み終わってないメールは約70通。新年で会社再開してまだ3日目だぞ、何じゃこりゃって感じの忙しさだ。

 

んーと、今朝のお客様の案件はNZでの確定申告を提出するのだけど、直接NZの税理士と話をしてもNZの税理士は日本の税法は知らないからNZの税法の視点でしか見ない。けどうちのお客様は日本での申告もあるので両国の租税協定を理解した上で両国の税理士にうまく説明するための下打ち合わせ。

 

1時間、具体的な決算書や確定申告の内容を確認しつつ問題点を整理して来週の税理士との会議に向けて内容を詰めていく。

 

この会議が終われば後は自分の椅子に戻り座りっぱなしでパソコンに向かいメール作成、その間にもスタッフチャットでの打合せとか入るから僕の視線はパソコンに釘付けである

 

昼飯も当然抜きでトイレに行く時間も惜しいくらいに画面に集中してそこで脳みその中の三次元宇宙を作りどこになにがあるかを見つつ配置を動かしてどうなるかを見て更に配置を戻してみたりしながらメールを書き戦術を練る。

 

ぼくが電話をあまり使わない理由の一つが、電話だと同時に二つ以上の事が出来ないからだ。すべてをパソコンの画面でやればチャットでの社内打合せ、同時にメールを書きつつチャットの相手からの返信に30秒手が空けば送られてきたメールや添付された表を読みつつ考え事が出来る。ところが電話だと音声に集中しないといけないので無駄が多いし挙句何を言ったか後で誤解を生むこともある。

 

仕事の窓口をすべてパソコンに集中させればとにかく画面を見てキーボードを叩きさえすればその先が何箇所あろうが関係ない。仕事は効率化出来る、ただし目が回る忙しさになる(笑)。

 

こういうの、1990年代の香港生活でも経験した事がある。あの時は日通旅行香港のアウトバウンド部門で机に座っている時はひたすら航空端末(アバカス)を叩きまくり朝から仕事終わりまで鳴り止まない電話をひたすら取り上げて左肩にはさみ端末の空席状況を見つつ両手でキーボードを叩きお客様の席を取りまくってた。

 

当時はぼくのポジションは営業マネージャーとは言え実質的には現場の仕切りを全部やってた。下手な広東語ではあるが現地スタッフとやり取りをしつつキャセイ航空の営業担当にも直接広東語で電話したり、とにかく出来る出来ないではなくやるしかない状況だった。

 

やりがいもあった。やればやるだけ仕事が取れる、そんな時代だった。ただほんとに忙しかったのでトイレに行く時間もない。周囲のスタッフもぼくだけに仕事が集中するのを見て「大丈夫ですか、何かすることないですか?」と聴かれると「じゃあ代わりにトイレに行ってくれ」と冗談言うくらいだった(笑)。

 

会社再開まだ3日目ではあるが初日や2日目に送ったメールの返信が重なったのだろう、今日の忙しさはほんとに椅子に座ったまま動きが取れないような状態だった。

 

昨日の夜は腹も減ってたが黒田如水のクライマックス見ながらフルーツ食べてたらそのうち空腹感もなくなって就寝、朝起きて水だけ飲んで会社に来たものだから段々お腹が空いてくる。居酒屋「富士の金太郎」に行く予定にしてたがちょっと予定がずれてしまい、だったらもういいや、このまま仕事に突入してしまえ、となった。

 

だもんでもしこの時に誰かに「何かやることありますか?」と聴かれれば「代わりに飯食ってくれ」って話になっただろうな(苦笑)。全く何のためのAuckland生活かって感じだが、今日も1日が無事に過ぎました(笑)。



tom_eastwind at 17:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月13日

往復きっぷ

移住と言う言葉の響きって、つい「片道切符」と思ってる人が今の時代になっても多いが実際は「住む場所を増やす」だけである。

 

例えば昭和の昔、名古屋や京都など夏になるとうだるような暑さになる地域では鈴蘭高原とかに別荘を持って涼むのが当たり前だった時代がある。東京で言えば、、、えっと、どこだろう、今このブログ自宅で書いてるから周りに声かけられる東京者がいないので分からん(苦笑)。

 

でもまあ東京の人だって暑い時には避暑、寒い時は、、、、なんてんだっけ、悲観?(九州の山猿にはよく分からん)違うな、まあいいや、要するに気候に合わせて離れた場所に家を二つ持つってのは不思議な事ではなかったか。

 

それが時代が変わり国際線航空機が空を飛ぶようになると(当然かな、海面を潜る飛行機はない)オフコースも歌ってるように「地球は小さくなりました」ってんでハワイの別荘を持つことも不思議ではなくなった。

 

自宅は日本、別荘はハワイ、紅白歌合戦に出場してその足で成田発ホノルル行きの飛行機でワイヘキ、じゃなかったワイキキの豪華マンションで数日を過ごす、英気を養いまた東京に戻って働く、そういう時代もあった。

 

ハワイに行ったついでにハワイで銀行口座を開き子供のためにお金を残す、そういうのもあった。1980年代に米国駐在経験のある日本人は子供のために米国で口座開設をしてそこに子供のための資産を残した。

 

だから日本に生まれ育ってもニュージーランドで生活をするってのは何の不思議もない。てゆーか実際に日本とAucklandを季節の良い場所で住み分けて生活している人も多い。4月から10月まで日本で過ごし11月から3月までAucklandで過ごせば一年中コート不要の生活が出来る。

 

例えば今日のAucklandの気温は21度、太陽の当たる場所にいれば暑いが日陰に入ればすっと涼しくなる。空気は適度に乾燥していて過ごしやすい

 

「移住」という仕事がぼくの日常になってしまってもう14年以上、お客様を旅に連れて行く「旅」って仕事を始めて40年近く経った。ぼくにとっては移住も旅でありその意味で40年近く同じような仕事をしている。

 

Auckland生活を開始して慣れてくれば分る事なのだが、移住と言っても事故死でない限りニュージーランドで骨を埋める日本人はいない。99%の人々は体が元気なうちにNZで旅を楽しみ80歳過ぎてそろそろ体がきついかなって思えば日本に戻ればよい。もっと言えば一年で日本とNZを年に数回往復するわけで、その意味でNZ移住とはマゼラン大航海みたいなものだ。

 

世界中あちこち行って人生を楽しむ、そして行った先々で子供のためにも何かを残しておく。けど骨を埋める故郷は生まれた場所、クックのように冒険家として旅先で死ぬ人もたまにはいるが、やっぱり生まれ故郷のお墓でしょ。

 

そう言えば去年は面白い仕事があった。20年前のお宝探しである。あの時Aucklandにやって来た人はなにを考えていたんだろうな。

 

いずれにしても移住という名前が実はすでに時代遅れなのかもしれない。二つの国で生活するのだから、移住ではなく二住か(笑)。

 

ただ、今年の流行からすればもしかすると移住がほんとの意味での移住になるかもしれない。

 

今日お見えになったお客様もニュージーランド国籍取得を視野に入れ始めている。ニュージーランドの永住権を取得して2年も経つと「実際現在の状況で日本国籍を持っている事の意味があるのか?」と考え始める。

 

ニュージーランドを主な居住地として日本に年に数回「行く」だけなら日本は毎回「上陸許可」を3ヶ月取れば良いだけだ。上陸許可を1年で2回取れるから最長6ヶ月滞在出来る。

 

NZ国籍を取得してしまえば永住権保持よりも社会的地位が高くなるってことはない。具体的に何かが違うってのは、例えばAuckland空港で入国する時はX線検査を要求されることは少なく(実際に僕はNZ国籍取得以降X線検査を受けたのは1回くらいだ)、50歳以上になると国の費用で前立腺がん等の予防検査が出来るくらいか(笑)。

 

けど日本国籍を持たない事で得られる利益は、人によっては結構ある。そして日本は重国籍を認めてない。ならばいっその事永住権取得後5年でNZ国籍を取得しようか、そう考える人も増えている。まさに「狭い日本は住み飽きた」である。



tom_eastwind at 14:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月12日

ワーホリ回帰

それにしても今日のニュース一面。介護報酬を削減と防衛費増加の記事を並べるのは止めようぜ(苦笑)。それともわざとか(笑笑)。

***

社会保障、初の31兆円台 防衛厚遇、15年度予算案全容

 政府は11日、2015年度予算案の重要政策を閣僚間で折衝し、歳出の全容を固めた。社会保障費が初の31兆円台に膨らむ。防衛費は3年連続の増額を認める厚遇ぶりで安倍政権のカラーが鮮明になった。消費税率10%への再増税延期で財源論議は棚上げされ、歳出の4割程度を借金に頼るいびつな財政運営が続く。

 焦点の介護報酬は、麻生財務相と塩崎厚労相の折衝で2・27%引き下げることが決定。12日に地方交付税交付金の金額を確定させた上で、14日に予算案を閣議決定する。歳出総額は過去最大の96兆3千億円前後とする方向だ。社会保障費は過去最大の31兆5千億円前後。

***

 

さあ今年が始まった、今年はまたどんどん新しい企画を作らなくては。国民にとってはますます住みにくくなる日本。彼らに付き合って一緒に沈んではいよいよ家庭が壊れるぞ、家族が家族でなくなるぞ、そう考えている人たちから問い合わせが来ている。

 

投資家と共に目立つのが最近は30代前半とか20代後半、特にワーホリ夫婦で来ますなんて案件だ。

 

そうだろう、彼らにはこれから50年以上の人生がある。

 

その50年の人生すべてを毎晩残業してうつ病になるまで働き、これから急増する介護や老人を支えつつ税金を払いつつ、自分たちの医療費は削減され定年になる頃の自分たちの老齢年金がいくらもらえるか分からない状態で貯金も出来ず子供との時間も満足に取れず夫婦の会話も楽しめず、それで年を取っていくのか?

 

そう考えたらいてもたってもいられない、出来るだけ早い内に日本を出なきゃ。今までのキャリアって言っても世界から見たら大したものではない。ならばここで奥さんを連れてNZに渡航して学校に行き新しいキャリアを作って人間らしい安定した生活が出来るNZで過ごす為のプランを作らなきゃって事になる。

 

「あの、親が調べたところ以前御社が取り扱った家族で、片方がワークビザ取得に失敗して片方がワーホリに切り替えてシェフとして地元ホテルで職を得てワークビザに切り替えた方、その後永住権は取れましたか?」

 

はい、その方は永住権取れました、但し永住権取得に関しては当社は直接関わっておらずご本人が自分の実力で取得されましたよ(にこ)。

 

あの頃は永住権、ワークビザ、殆どの場合が技能移民だった。時期によってビザが取れやすかったり難しかったり、ワークが取れないのに永住権が取れるとか実に波の激しい時代だった。

 

このご家族の場合、当社は駆け込み寺であった。ある日突然当社オフィスに親子4人がやって来た、特にご両親は真っ青な顔をされていた。どうしたのかと思って会議室に入ってもらい話を聴くと。

 

当時ご主人と奥様が移住を考えたのはその2年ほど前。当時の1年程前にこのご夫婦はぼくが開催していた移住説明会に参加していたらしい。ぼくは記憶がなかったが後でうちのスタッフが言ってた。

 

説明会に参加した後に彼らは考えた。ふたりともまだ若くワーホリビザが取れる。子供二人はまだ3歳くらい。子供を連れてのワーホリは認められてない。そこで旦那は今までどおりの料理関連の仕事をしつつ奥さんだけがAucklandにやって来た。

 

そこで地元日本食レストランがキッチンハンド兼フロアスタッフを募集しててワーホリビザで採用された。採用される際の条件は「一生懸命働きますのでワークビザサポートをお願いします」だった。オーナーはその条件で彼女を一年間働かせた。勿論給与は最低時給だ。

 

そして1年後、旦那は仕事を辞めて子供二人を連れてAucklandにやって来た、将来の夢を持って。ところがオーナーに挨拶に行った夫婦はそこで意外な言葉を聴く。「ビザ、出さないよ」

 

この言葉にはもう「信じられない」の一言だったろう、けどだからと言って一年前の雇用時点ではお互い日本人同士という事で何の契約書も交わしていない。そしてこの国では契約書がなければなにを言っても通らない、そのリアルキーウィな現実を浴びせられた瞬間であった。

 

その場でうちに来ることを思いついたのはうちの説明会に参加してたからなのか、誰かに紹介されたのか、そこはよく覚えてない。ただ会議室で真っ青な顔のご両親と何にも知らずに植木鉢を倒したりして遊んでる子供たちの元気そうな顔。ある意味今でも印象に残る光景だった。

 

話をひと通り聴いた後に今度はぼくから質問した。日本に一時帰国出来るか(現在のビザと残存期間等)?子供の年は(就学年齢と学費の問題)?カネはいくらあるのか?それを使い切ったらどうなるのか?両親にはどう話したのか?

 

カネはない、今更日本に戻っても仕事はない、子供を学校にやることも出来ない、この案件は本当に八方塞がりだった。第一突然の話である。今から何をどう準備しても時間がかかるしビザの期限は迫っている。

 

そこで僕は当時の人脈を思い出して「あ、あそこにあいつがいるな」とか「よし、この方法なら子供の就学年齢までにワークビザ取れるぞ」とか「よし、ここで旦那と奥さんのビザをスワップさせよう」と時系列でやることをまとめて穴がないかを探す。

 

まとめてみて再度俯瞰して見て、よっしゃこのプランなら何とかいけそうだ、そう判断してプランを説明した。これならかかる費用は最低であり今の手元資金でも何とかいける、そしてすぐにでも収入を得ることが出来るし(NZの地元企業にブラックは存在しない)将来の永住権にもつなげることが可能だ。

 

彼らには殆ど選択の余地もなくぼくの提案したプランを実行してくれた、それも一生懸命に。だって家族の生活がかかっているのだ、子供はまだちっちゃい、とにかくがむしゃらに働くしかない。そして、それが良かった。

 

頑張って短期間でワークビザを取得してその後はビザの延長を繰り返しつつ遂に永住権につなげた。今では家族で楽しく生活をしていると思う(その後お会いしてないが風の噂に聴いた)。

 

今まで多くの「ビザで騙された人々」を見てきた。世の中はうちの事を悪く言う奴がいるが(苦笑)うちはそれなりに愚直にお客様のために働いて来た。ところが実際にぼくがAucklandでこの18年間見てきたのはビザの事をなにも知らない連中がビザをネタに人の人生をぶっ壊していくケースだった。

 

今年も多くの若い世代がニュージーランドにやって来るだろう、未来を求めて。勿論それは素晴らしい事だし夢に向かって進んで欲しい。しかし現実は甘くない。余程世間を見抜く力がない限り食い物にされやすいのも事実である。

 

渡る世間は鬼ばかり、けれど鬼を見抜く力がなければ味方を見ぬくことも出来ない。このあたりのバランス、難しいけどほんとうに大事である。



tom_eastwind at 17:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月11日

北半球の狭間にて 明日から仕事再開だ。

年末年始を日本で過ごし日本の空気を読み今年の流れは見えた。日本では「イケイケ東京波に乗れ」である。政府民間共に誰もがこれから5年以内に仕掛けて刈り取りになる、ちょうど太陽光電気買取制度の始まりの時のように早い者勝ちとばかりだ。

 

同時にこれから5年先も見えた。2020年オリンピック終了までに日本は武器と軍隊を持つアジアの大国になるが同時に周囲との本格的な軋轢が発生する。それはまるで昨日まで東から上って来た太陽が突然西から上ってくるように国民にとっては青天霹靂だろう。

 

引き金が北朝鮮なのか中国なのか東南アジア諸国と中国との戦争に巻き込まれるのかは未来の話なので分からないが国同士の力関係はどこかが押せばどこかが引くわけで押したり引いたりしているうちにある日偶発的に力点がずれてお互いにぐらっとなって、それが戦いの始まりとなる。

 

日本人は今まで平和な時代を過ごしてきたと思っているが長い歴史を見れば江戸時代を除けば平和とは戦争と戦争の間に過ぎないとも言える。

 

明治維新で戊辰戦争が勃発して綾瀬が銃を持ちその後の日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日華事変、第二次世界大戦と1868年から1945年までの77年間で4回も「ド派手な戦争」をやってる。最後の戦争では日本人300万人が死んだ。

1868年−戊辰戦争

1894年−1895年 日清戦争

1904年−1905年 日露戦争

1914年−1918年 第一次世界大戦

1937年−1945年 日華事変(日中戦争)及び第二次世界大戦

 

百姓はコメや作物を作るときには常に天候を考えていた。これだけは百姓には制御出来ない。状況に合わせて戦うしかない。ぼくも同様で世界の流れを見た上でそれが日本人、日本国、ニュージーランド、そのような因子にどう影響を与えるかを考え自分の対策を作る。どこで生きるか、どこで働くか、どこで学ぶか、地球の文明の発展に応じて自分の家族が生活すべき最適値を探す、命がけで。

 

去年後半のように突発事項で大変な騒ぎもあるが5年単位で見れば世の中の流れはそう違わない。2020年までは様子が分かったので後はこちらがどう備えるかだけだ。

 

世界はこれから間違いなく三極化する。日本を含むアジア、米大陸、欧州である。日本はアジアでの一定の地位を維持出来るのか?その時に自分とその家族がどこにいるのか?これはまさに家族の運命を分ける判断になる。

 

20世紀の日本には擬似社会として「会社」というのが存在した。しかしこれからはそれがなくなり、家族の次の上位がいきなり国家になる。断衝材としての「会社」がなくなり家族は国家の変化に直面するしかない。

 

「知らない分からない総務に聞いてみる」では済まない時代になった。自分が何でも出来て家族を支える立場になったのだ、スペシャリストとして何かだけ専門的に知っていれば良い、そんな時代は終わったのだ。

 

2015年、まさに平和な時代は終わったな。さあ、明日から仕事だ。



tom_eastwind at 19:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月10日

「人生における4つのステージ」

1.サンタクロースを信じている。

2.サンタクロースを信じない。

3.サンタクロースは自分。

4.サンタクロースに似てくる。

 

少子化問題に対しての提言本を2冊読了。てかこれ一つの学問であり小説でもノンフィクションでもない。これからの日本が迎える大きな問題だ。

 

特に高齢化についてはやはり政府がいつものように自分たちのご意向を加えているようで逆に政府のやりたい方向性が見えてくるようだ。「そっかー、政府はここ隠してるな、ここで世間の危機感煽って予算取るって腹だな」って感じ。

 

少子高齢化はその響きがまるで高齢化がいつまでも続くように聴こえるが冗談じゃない、年を取れば人は死ぬのだから少子高齢化ではなく人口減少である。近い将来地方が消滅するってことは普通に考えれば分るわけで政府がそこを強調しないのは、狙いが労働人口と老齢人口を中核都市に集めて人工的なスマートシティにするってプランだと感じる。

 

今までの公共サービスではやってけないから皆さんスマートシティに入ってくださいね、老人のわがままばかりは聴いていられねー。生まれた所で死にたいのなら国民権利放棄契約書に署名して後は自己資金と自己資金で生活してくださいね。もちろん郵便も公共バスも電気も水もないからね。

 

上記のような書き方をしたが、ぼくはスマートシティ構想には賛成である。そろそろ国民も自己責任を理解して欲しい。国家が何をしてくれるかではなく国家のために何が出来るかを考えるべきステージに来ていると思う。

 

国家運営にはカネがかかるのだからいかに効率的に使うかは大事である。田舎の山の中のさらに分け入った道の奥に住む一人暮らしのおばあちゃんだって日本国民なんだから郵便や電気や水を届ける義務はある。

 

けれど世の中が皆年寄りになってそれが日本の山奥に薄く広く住むようになったら公共サービスのコストは誰が負担するのだ?国破れて民家ありってか?

 

自分が国家から何かをして欲しい、してくれ、ここから出てくる言葉が周りが何もして「くれない」と文句ばかり言う「くれない族」の誕生である。国家は大きな意味での互助組織である。自分だけが「あたしゃじいさんの死んだこの家で死にたい」ならどうぞ自分でやってくれ、その代わりその費用は自己負担だよ。

 

日本は間違いなく老人社会に入っていく。こうなると労働者世代がいかに効率的に富を生み出して効率的に社会全体が「食っていける」状態を維持する必要がある。そうなれば当然に老人世代もその維持に対する努力をして貰う必要がある。

 

今ぼくらは人生における第三のステージに立っている。そして自分たちが白髪になる第四ステージは目前である。ここでひと頑張りすれば新しい世代がぐるっと回って第一のステージに立つことが出来る。その為にやるべきことが政府の合理化であり国民の合理化である。

 

少子高齢化に関しては政府がやることも多いが国民がやれることの方が多い。次世代の為に医療を控えろ。救急車は救急のためだ。「救・急」のどっちの漢字があなたは読めずに大した事もないのにいちいち救急車を呼ぶのだ?第一、病院は老人ホームではない。「病・院」のどっちの漢字があなたには読めないのか?

 

厚生労働省の発表によると、2014年の日本人の死亡数は出生数を268000人上回り、記録史上(1899年以降)最大幅の自然減となったことが明らかになりました。また、出生数もかろうじて100万人台をキープしたものの、同じく過去最少を記録しています。この日本の出生数の減少は海外メディアでも報じられ、驚きの声が上っていました。

ただここで留意すべきは今の日本の人口を維持すべきかという移民問題である。現在の人口が適正なのかどうかである。産業界は消費人口として現在の人口を減らすなという。しかし戦後すぐの日本人はどれだけだったか?約7千万人である。日露戦争を戦った時は?約5千万人である。けれどいつの時代も日本人は世界の一流として生き残ってきた。

 

そう考えれば数は大事だけど絶対ではないってのが分る。ではなにが絶対かと言えば二つある。一つは日本の国土、一つは日本人文化である。この二つを失ってしまえば日本は日本足り得ない。ぼくは海外に住む日本人として様々な日本人と付き合いその家族を見てきた。

 

ぼくが日本で生まれ育った日本人として最終的に辿り着いた「日本人であり日本を守る」って結局は国土と文化でありそれを受け継ぐのは日本の国土を他国に売らず日本の伝統的な言葉を守っていくことだ。

 

その意味でぼくは消費人口を維持するための移住促進政策には反対である。急激に移民を入れれば彼らは必ず自分たちの街を作る。それは自己防衛のためにも当然だ。そしてその街では日本人文化は育たない。

 

それは残留孤児が作ったギャング団も同様であり移民政策は日本の場合本当に注意深くやる必要がある。煮えたぎった油の中にいきなり冷たい水を注げばどうなるか?移民政策は少しづつゆっくりやるべきものである。目先のカネに流されてはいけない。

 

移民推進派は実際に諸外国を見て回ったのだろうか?各国の移民政策がどうなっているのか知っているのだろうか?

 

理想と現実、移民政策は国策の根幹である。今の日本がどれだけ純血主義で無事を得ているか、それは外国に出てみれば分る。日本のような高等な純血主義とは今の時代に世界で観ることが出来ない数少ない文化である。これを目先のカネの為に売ってはいけない。純血というと何か乙女のような印象だがそうではなく日本文化維持主義なのだ。

 

1・サンタクロースを信じている。 1960年から1980年迄の日本。

 

2・サンタクロースを信じない。1991年バブル崩壊後の日本。

 

3・サンタクロースは自分。 2010年代の、やっと落ち着いてきた日本。

 

4・サンタクロースに似てくる。2030年代の日本。

 

日本は少子高齢化に突入するが、だからと言って目先の移民政策を推進するのは間違いである。移民を入れるなら少人数、世界中から少しづつ、そして彼らを日本文化になじませる、彼らの文化を植え付けるのではなく。

 

移民して26年、国際結婚も経験している僕は現場が見えている。将来の日本が見えている。子供に向かってハローとしか言えない数合わせとしてのサンタクロースは不要である。



tom_eastwind at 18:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月09日

国際結婚2015

昨日あるちょっとした事で奥さんに話をした。僕の考えはある程度固まっていたけど何事にせよまず話すのが夫婦、特に国際結婚した夫婦がお互いに理解しあうためには重要なのは今までの経験で肌身にしみて分かっている。

 

話の内容自体は全然大した事ではないのだが少額だがお金も関係するので「ね、どう思う?」って聴いてみると「いいんじゃない」とあっさり。

 

どうして?って聴くと即座に答が返ってくるがそれはいつもと同じようにぼくが考えてたのと全く同じ答だった。

 

1988年、生まれも育ちも文化も言葉も全く違う場所からクイーンズタウンにやって来た二人。クイーンズタウンで異国人同士として知り合い最初はたどたどしい英語で日本人対中国人グループ同士として一緒に遊び交際して1年過ぎて結婚することになった。

 

1年の付き合いがあったとはいえ英語という障壁がありお互い漢字文化とは言いつつ習慣が違う中でお互いに相手を理解しようとした。相手の言語と文化を学ぼうとした(客観的に見れば奥さんの努力が8割で私が2割だろう、苦笑)。

 

けど何故か知り合った最初の頃から一つだけ変わらない事があった。それは二人の目の前で何か起こればぼくの感じることと奥さんの感じる事が全く同じだった事だ。

 

彼女たち中国人グループの標準的回答と彼女の答は違ってたし僕ら日本人グループの標準的回答と僕の答も違っていたが、ぼくら二人の視点はいつも同じだった。だからいつも一緒にいて楽しかった。だって何も言わなくてもお互いに分かり合えるのだから。

 

言葉も文化も違うのに何故か必ず同じ答が出たからその分だけ言葉が不要であった。これもぼくらの結婚が今まで26年も(そしてこれからも希望!笑)続いた理由の一つだろう。

 

奥さんの母親、つまり僕らの娘のおばあちゃんが香港からやって来て一緒に生活を始めた時もいろいろと大変だった。おばあちゃんは全く英語が出来ない。その時は奥さんがぼくと義母の間に入っていろいろと細工しつつ苦労したが、ただ結局言えることは家族全員がそれぞれ意見はあるものの誰か一人のわがままだけで家族全部を壊してはいけない、それだけは全員の合意事項であり明確だった事だろう。

 

その後香港に移り住み始める。僕からすれば誰も知らない国への落下傘降下であるが、けどこれが奥さんの望みなら叶えてあげたい、そんな気持ちがあったから二つ返事で積極的に受け入れた。

 

振り返って見れば1988年のクイーンズタウンへの移住だってほんとにカバンひとつだけの大冒険であった。結果的に最初の月に仕事も取れてそれから約3ヶ月で永住権が取れて結婚するときには一文なしだったけどその一年後にはローン付きだけどちっちゃな一軒家もファーンヒルに買えて子供も出来て仕事も順調だった。

 

なのにそのすべてを捨てて4年過ごしたクイーンズタウンから香港に移住したのだ。奥さんからもらえたのは香港IDカードと(多分少しばかりの)愛情。一緒に香港に移住してくれたって感謝の気持ちですね(笑)。

 

香港では今度は僕が広東語を覚えて仕事と生活をする番だった。おばあちゃんからすれば孫娘の面倒を見つつ周囲の友達に娘の旦那が言葉もできず習慣も知らず、全くもうって文句を言いっぱなしだった(苦笑)。彼女からすればホームに帰って来たのだって気持ちだったろう。

 

ぼくからすれば香港という見知らぬ土地で妻の実家に家族と一緒に生活をして親戚付き合いをして英語よりはるかに難しい広東語で親戚と会話をしなければならないのだからこりゃ大変だ(笑)。

 

けど何より良かったのはどんな時でも常に奥さんが僕の行動を見守ってくれて何かにつけて助けてくれた事だ。夫婦って互いに主張することじゃなくて互いに理解しあって助けあうことじゃないかな。

 

香港時代は住む原因を作ったのは奥さんだけど住みやすい環境を作ってくれたのも奥さんだったし、何よりそれで僕は普通の日本人には経験できない「地元香港人」としての生活を楽しむことができた。

 

幸い親戚は皆善い人で、外人であり日本人である僕を受け入れてくれた。僕も下手な広東語と身振り手振りで自分の気持ちを表現して彼らの仲間に出来るだけ積極的に入り込むようにした。その結果一年くらいすると親戚の寄り合いにも奥さんの友達のホームパーティにも積極的に呼ばれるようになった。

 

1993年頃かな、奥さんの同級生がカナダの留学先から旦那となる香港系弁護士(イケメン)を連れて帰ったホームパーティがあった。未来の旦那はバイリンガルだったので英語で会話をしたのだがその時生まれて初めて聴いた「僕は知的著作権の仕事をしているのさ」という話。

 

それまで東南アジアでは知的著作権は消極的権利でありこのようにカナダ帰りの弁護士が著作権をビジネスのネタにするのは何故だろうと疑問だった。それは数年後に米国の世界戦略の一つとして理解するのだが。

 

ただ、そのような内輪の立食式パーティに僕のような日本人を呼んでくれて日本や南太平洋の小島のちっちゃな街ではまず聴くことの出来ない北半球の最新ビジネスを話してくれたのは、今でも彼らの新居のアパートから見える美しい香港の夜景と雰囲気と共に覚えている。

 

その後香港での仕事もうまく行き調子良かったが1996年にまたも奥さんから重大な決定事項通知。「ニュージーランドに行くよ」はあ?聴くと1997年の香港の中国返還で何が起こるか分からん、だからとにかくおばあちゃん連れて行くって事らしい。

 

その時もあまり会話はなかったなー。あ、そ、いいよ、二つ返事。じゃあ準備始めるかって感じでぼくはAucklandで何が出来るかを考え始めた。

 

その時に僕に一つだけ自信があったとすれば、移住などの大きな判断は奥さんに任せる、行く先の現場では僕が指揮を取る、そして互いに助けあう、そして二人が信じあって戦えば誰にも絶対に負けないって気持ちだった。

 

それはすでにクイーンズタウンでも香港でも実証されたわけで、だったらAucklandで移住がうまく着陸出来るかどうかなんて悩む必要はない。Go for Break ! 僕の考え方は「そこに人は住んでいるのか?」ただそれだけだ。誰か人が住んでるなら僕に住めないわけがない。そういう、根拠の無い自信だったがその代わり常に勉強と言う武装だけは常に磨きをかけていた。

 

Aucklandに着いてからも最初の一年は山ほどの苦労があったが、その度に奥さんが助けてくれた。二年目にも問題がありこの時も奥さんが助けてくれた。三年目にはオフィスでの仕事も生まれたばかりの子供をあやしつつ助けてくれた。この時の苦労を知る人は今では数少ない。

 

誰もが生まれた時から銀のスプーンをくわえてるわけではないし、ましてや僕のように落下傘降下、国際結婚、移住3回なんてケースは珍しいと思う。

 

ただ、なにを決断するにしても夫婦ってとても大切だ。ここがしっかりしてなければ何も出来ない。僕の場合は何をするにしてもいつも奥さんが一緒にいれくれたからやってこれた。「きゃー、白人の彼氏とハーフの子供!」なんて程度で国際結婚してみろ、高い確率で失敗するぞ(笑)。

 

国際結婚ってのはほんとに大変だ。だって離婚を勧める親戚はいても継続を勧める親戚は圧倒的に少ないからだ。別れる理由は多くて続ける理由は少ないのだから。

そんな時、あなたの相手は本当にあなたを信じているのか?あなたは本当に相手を信じているのか?お互いに
100%分かり合えてる必要はないけど、分かり合おうとする気持ちはあるのか?

 

あなたの相手はあなたの母国語を覚えようとしているか?あなたは相手の言葉を話せているか?相手の家庭に入れてるか?

 

結婚は二人だけではない。ましてや両親からすれば正直{え?国際結婚?}という気持ちがある。出来れば言葉の通じる同じ肌の色の人と結婚して欲しいのだ。そこを乗り越えていくってのは半端ない苦労ですぜ。国際結婚の場合、離婚に賛成する親戚は多いが結婚を継続しろと勧める親戚は少ない。

 

そういう事も全部分かった上で、それでも相手を信用して結婚して子供を作り二人で苦労して働き住宅ローンの計算をしつつ子供をあやして将来の事を二人で考える、そういう生活が出来るか?

 

ぼくも道途中ではある。ただ26年間の結婚生活を続けてくることが出来て今言えることは、ただ奥さんに感謝である。彼女でなければこの奇跡は起こらなかった。

 

あなたが移住を考える時、自分がこれから移住先で一生生きていこうとする時、自分の心構えはできてるか?そのパートナー選びは間違ってないか?



tom_eastwind at 12:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月08日

クイーンストリート歩き初め

1月5日にAucklandに戻って以来3日間殆ど誰とも話をしなかった。声を放ったのはガソリンスタンドでお金を払う時とスーパーのレジでお金を払う時だけ。おかげで喉が錆びついたようで8日のお客様との打ち合わせの際にはあまり声が出なくて「あれ?」って思った。

 

けど今日はシティで散髪の予約がありお店の人と普通に話せたので「おー、リハビリ!」などと一人で喜んでいる。約3週間ぶりのシティなのでクイーンストリートを歩いてみると例年との違いを感じたのはまず通りを歩く人の多さである。

 

いつもの正月であれば人通りはガラガラであり車も少ないのに、いくら平日とは言え普段の金曜日の3分の2以上の人がいた。あれ?おかしいな、ジョン・キー首相だって取引先のキーウィだって皆来週半ばまで休みなのに何だこりゃ?と思わず定点観測開始。

 

するとそのうちに推測が立ってきた。まず人種。中流白人が多く彼らは礼儀を知っているからアメリカ人観光客ではない。人を観る時に「肩で歩く、腰で歩く、足で歩く」というのがある。今日街にいるのは腰で歩く人々だ。

 

中東からの学生も目立つが彼らは安全の為に親から「今年は帰国するな」と言われたのだろうか。

 

アジア人がそれほど目立たない理由の二つが、まず一つ目は学生が実家に戻っていることともう一つはAucklandの現在の景気が次第に中国人からキーウィにシフトしているのではないかという事だ。

 

これはあくまで去年一年キーウィ連中とガチで仕事してきて数字として感じた事と今日の直感なのだが、中国のカネは投資家ビザなどで株や不動産を通じてキーウィに渡りキーウィはそれを運用して年利10%程度の利益を得るようになった。

 

中国人が得たのは4年間塩漬けの紙切れと土地である。もちろんどちらも一定の利益は出るが元金の自由な運用は出来ない。中国から流れ込んできたカネを運用したキーウィは中国人の元金そのものを運用出来る。

 

結果的に中国から入ってきたカネは今ぼくの目の前を走り抜けたピンクのベントレーに乗っているサングラスかけた洒落た銀髪の目先の利くキーウィのポケットの懐に入ったのだろう。

 

こういう現象はニュージーランドでは時々見られる。いつも地面ばかりつついて下ばかり見ている人の良さそうなキーウィが近寄ってきた山猫をいつの間にか突き回して引き倒している光景だ。

 

1980年代のクイーンズタウンでもこういうのがあったな。地元キーウィがシンガポールの華僑に原野商法で使えない土地を売りつけた話である。

 

今年のAucklandは忙しくなりそうだ。明るい太陽が降り注ぐクイーンストリートを歩きながら思った。



tom_eastwind at 12:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月07日

国家と個人の綱引きが始まった。

去年のG20財務省会議を受け多くの国家が自国の利益のために国境の壁を高くし始めた。日本ではこれが今年の「出国税」である。

 

特に怒っているのが米国である。珈琲屋、グーグル屋、化粧品日用品屋等など米国生まれの会社が21世紀になり欧州のどこに本社を置こうとあまり事業に影響を与えることはなくなった。インターネットと高速移動飛行機の発達、つまり世界の変化である。

 

国家からすれば政府の税金の為に留め置きたい企業が米国外に本社を移すのだから頭に来る、米国で作ったコーヒーの利益は米国で納税しろ!である。

 

しかしちょと待て。国民の移動の自由は保障されているわけでありどこの国で納税するかは国民や企業の判断である。今まで払うべきものは払ってた、ところがおまえんちのサービスがよくない割に値段が高いから、もっとサービスが良くて値段が安い場所で仕事をすることにしたのである。文句があるならもっと国家努力をしろって事だ。

 

政治が行うべきは「今そこに居住している国民」に対して公的サービスを提供することである。その原資として外国に居住する外国企業の懐を狙うというのは頂けたものではないよ(笑)。

 

国際企業は勿論各国での納税はちゃんと行っている。本社をどこにするか?それは企業からすれば株主配当を最も多く出来る国に本社を置くのが当然の行動でありそうでなければ株主代表訴訟で訴えられる(苦笑)。

 

だから政府がオランダやアイルランドにある民間企業から金を欲しければその会社の株を買えば良い。自国民の税金を原資として株を買って配当を受け取りそれを原資に公共サービスを提供すれば良い。

 

今年は各国政府が国境の壁を高くしようとしている。しかしこれは絶対にうまくいかない。最初の2年程度は稼働するだろうが、世界経済を作っているのはリスクを背負って働くビジネスマンと企業である。今のうちは世界中の政府が集まって「おい、みんな、あいつら民間からもっと税金取ろうぜ」なんて言ってるがこういう駆け引きにおいては政府より民間の方が圧倒的に上だ。

 

今後の政府の「国民囲い込み政策」に対しては確実に「国民解放対策」が出てくる。これは歴史の必然であり、誰がするかの問題ではない。

 

そしてもう一つの問題は、この「囲い込み政策」をやるのに絶対に必要なのはG20+世界すべての国の「同調」であるが、一旦民間企業が対策を取り始めれば必ず「同調」から離反する国家が出てくる。当然だ、誰もが自国政府が一番可愛いのだから。

 

今は米国の圧力にどこの国も押されているが、いずれ米国の(経済軍事)影響を受けない国が出てくれば、つまりロシアや中国が台頭してくれば後20年後のマイクロソフトの本社は中国になっているかもしれない(笑)。

 

そこまでいかないにしても世界には多くの小さな国が生き残りのための政策を作っている。G20に黙って従って国を滅ぼすか珈琲屋を受け入れて税金を貰うか。いずれにしても21世紀になり力のある人民はその自由を政府から取り戻す時代になる。

 

今回の日本での出国税問題は表面上は政府の高等戦術のように見えるが実は違う。これは世界単位での国家と個人の綱引きの始まりなのである。そして21世紀の現在、勝つのは個人だ。

 

何故なら個人にとって戦う武器は揃った。個人は今までリスクを取って利益を得てきた。その段階で実に多くの幸運と仲間と知恵に支えられて生き残ってきた。その間政府はリスクを取らずに税金を上げることだけを考えてきた。

 

こういう戦いでは大体においてリスクを取って戦ってきた方に勝ち目がある。もちろん一個人対政府では勝ち目がないが今回は多くの力強い個人に民間企業が加わった戦いになる。

 

おそらく今年はどこの国でも政府が次々に手を繰り出してくるだろう、その全貌はまだ明らかではない。しかしこれが明らかになった時、世界中の力のある人々は自己判断で動き出す、そしてその動きは期せずして世界同時発信となるだろう。

 

だから今、各国政府が本来やるべきは国境の壁を下げて自国民が出て行くのを恐れるのではなく、下げた国境の向こうから多くの優秀な個人や企業を取り入れることなのだ。その為の減税であり生活サービスの向上なのだ。高い税金のまま日本人を囲い込もうとするその視点では経営は絶対に成功しない。

 

国家政府はこれからますます株式会社化していく。良い国家でなければ誰も就職してくれないし良いサービスでなければ誰もそこでサービスは買わないのだ。



tom_eastwind at 17:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月06日

東北庄内駅の一つ手前の駅にて

東北に秋も近づき空気が冷たくなった頃、ぼくは東北庄内駅の一つ手前の駅で降りた。今回は寒いのでスリーピースにして手にはいつものアタッシェケース一つで降りたホームにあるオープンスペースのおでん屋に行く。

 

ぼくはおでんの筋が好きで筋を中心に頼む。ここの筋はJR大阪駅の阪急の線路下の薄暗い昭和の匂いがする立ち飲み街で食った「関東炊き」の筋とよく似てるな。

 

線路下の店には去年後半にキーウィ弁護士を連れていったのだが彼も初めて見る日本の現実にびっくりしつつ、美味しい関東炊きをバクバクと食べてビールで流し込んですんごい喜んでた。

 

皆さんもキーウィビジネスマンを大阪で接待するなら高級料理よりも下町のバーで美味しいもん食わせた方がいいですよ(笑)。

 

注文したおでんが素朴そうなお姉さんの手で運ばれてくるが、何で東北の女性ってほっぺたがりんごみたいで可愛いのか(笑)?この時はまだ仕事もあるので酒は飲まずおでんのみ楽しむ。

 

ベンチに座り一人で食ってると途中で辛子をつけそこなってYシャツの手首にかけてしまい汚す。あーあ、明日の仕事に使えるかな?お姉さんにおしぼりをもらって拭き取りそんな事考えつつ軽く水洗いしても汚れは残ってるが仕方ない、自己責任である。今晩のホテルのクリーニングに期待しよう。

 

そしたらおでん屋でセーター着てる小柄な中年セカンドシェフに「何だこのやろう都会から来たってだけで偉そうな顔しやがってよー」なんて言われた。何で辛子が落ちてあなたに文句言われるのか?

 

よく分からんなこの街。そんな事を思いつつお勘定を現金で払いホームを歩いてると「この先庄内」という印と現地の温泉案内が出てた。そこで今度は小柄なオヤジが目の前に立ち、いかにも中年のドブネズミ色スーツで「お前さ、床にモノ落としちゃだめだろ」とにやにやしながわ言われる。ホームに落ちてる500円玉。何か変な気持ちになりつつ「俺んじゃないよ」とかわしてその先に行く。

 

次の列車に乗る前にトイレに行っておこうと駅ホームのサインを見つつ進んでいくと止まったばかりの列車から降りてくるおっさん団体。皆コートを着ている。医学学会の帰りだろう、「中国人の馬鹿野郎め、金ばかりせびりやがって」って怒ってる。付き添いの奥様たちは楽しそうに旅の思い出を話している。

 

団体が通りすぎた頃に「よし、トイレに行こう」と思ったら目が覚めた。よしトイレに行こう。

***

後で調べたら東北に庄内地方はあっても庄内駅は存在しないようだ。あのパラレルワールドでは庄内駅があったわけだから、庄内県が廃止されてない世界だろうな。

 

翌日僕はクライストチャーチ発ウェリントン行きの直行列車に乗った。今まではピクトンから船に乗り換えたのだがネルソンあたりからものすごく長い橋が出来て南北がつながりぼくはその列車の一番前の座席を予約したのだ。

 

クライストチャーチを出て大陸弾道弾のような勢いで北に向かって走る列車。最初は楽しいがそのうちあまりの勢いに「おいおい、今の丘、この列車、ジャンプしたよね、やめようぜこんなの!」と思うが自分は運転手ではないのでどうしようもない。

 

一番前の座席の更に前方がすべてガラスの展望室になっているが椅子はない。まるでB29の操縦室のようなものだ。前方半円すべてガラスになっておりまるでゲーム感覚だが、こっちはぶつかれば死ぬわけでやってらんない。

 

止めろ止めろ!なんて思ってるうちに列車は遂に南島の最北端まで来てとても長い橋を渡り始める。これは長い、何せ足元に支えるなにもない状態で枕木とレールだけが空中に浮いているのだ。

 

しっかり作っているとは言えこれだけ長いと、てか北島、見えないんですけどってくらい長い橋は、途中で風に揺れたりしなったりするわけで「こりゃ列車じゃなくてジェットコースターでしょ、足元しっかり固めてる?ひっくり返らない?」と思いつつ客室に戻る。

 

それからしばらくすると列車は無事に北島に到着するが最初の停車駅、てか本来の停車駅の数百メートル前に止まる。ここは日本で言えば東尋坊のような断崖絶壁が売りの観光地。小道を歩くと足元に広がる断崖絶壁であるがここは根性出せばかなり壁の端っこまでいける。

 

尖った石を支えにしつつ小道から数メートル踏み出して足元を固めて左手の岩に手をかけて下を見ると、まさにこれって100メートル以上だよねってすごい高さで、ほんとに下の方に海が見える。

 

怖くて今支えてる岩も壊れるんじゃないかって感じだけど、こうやってみるとヒマラヤとかアイガーとか登ってる人はすごい、でもどんなに朝焼けが綺麗でも夕日が素晴らしくてもそこに山があるからって言われても「い、いえ、結構です」だな。

 

僕はビクビクしつつ小道に戻ろうとすると次の見学者たちが順番作って並んでて、こわごわ戻ってくる僕に「お前さ、何歳だよー?」ってからかわれたが、怖いものは怖い、あえて選ぶ必要もないだろ、そう思いつつ小道に戻り列車の停車場がある街に行く。

 

家族は先に昼ごはん食べてるって言ってた。この街の日本食ってのはたしか5軒くらいだからと適当に当たりを付けて最初の店に入ったらカウンターに座って鉄板焼きランチ食ってる家族の顔が見えた。

 

こっち向いてるからあっちに座ってるのかと思ったら僕が見てたのは鏡で実際にはこっち側に座ってた。近寄って「どう、美味しい?」と聴くとニコニコして「美味しい!」、よし、じゃあ僕も何か注文しようと思ったら、空腹で目が覚めた。

 

1月5日に自宅で映画見終わって大体夜の21:00頃に寝た。次に目がさめたのが1月6日の16:00なので約19時間眠ってた事になる。腹も減るだろう(苦笑)。実はこれが僕にとって大好きな「夢の床」、今日は2本連続。とにかく次々とが出て来て、内アカデミ映画です、はは。



tom_eastwind at 19:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月05日

Aucklandに無事到着

1月4日から5日にかけて
 

***

ご飯食べないの?って可愛らしい笑顔で困ったような顔をされてもこっちが困る。君は僕の奥さんではないんだから料理を強制することは出来ない(苦笑)。

 

飛行機の中で目を覚まして紅茶を飲んでるとスチュワーデスが「お食事ですよ」。ぼくはケージに入った鶏ではない、自分の好きなモノを自分の好きな時間に食べる。今は14日間の日本での仕事モードから切替中、体をNZに軟着陸させようとしているのだから紅茶で十分。たださえ日本ではパーティ続きで食べ過ぎたのだ、これ以上余分に入れると消化不良を起こす。

 

それにしても口を開けば食べろ食べろと言う人はそれで僕が毎日三食きっちり食べて糖尿病にでもなってせっかく今の年でも裸眼で生活が出来てるのをメガネ生活に切り替えたいと無責任に望んでいるのか?

 

とにかく権威者が紙に書いたことを正しいと思いこみそれを実行している自分の生活スタイルが正しいとばかりに他人にそのまま無思考で押し付けるのはやめて欲しい、お医者さんの言うことは統計であってもすべての個人に完璧に合致はしない。指が六本ある人も心臓が右にある人もいるし消化器官だって同様、その個体の生き方があるのだ。

 

ぼくの場合で言えば生きていくに十分なエネルギーがあればそれ以上は必要ない。カロリー計算で太ったとかあれだってどこまで本当の医学的証拠があるのか?人によって食物の消化率は違うしぼくのエネルギー消化率は非常に高い(と思う、何故なら医者が証明出来ないからだ、笑)。

 

だから普通の人の半分くらいの食料で十分だし身長165cm体重59kg18歳の頃から維持しており今でも20代後半に買ったスーツを着ることが出来る。それでいて糖尿病もないし血管も丈夫だし肝臓心臓ともに強い。何よりも毎月日本出張して全国飛び回りそれでいて病気にもならないし血液検査で注射針から吹き出る血の勢いもその結果も常に良い。

 

ぼくは何か食べたいと思った時に医者に相談はしない、自分の胃袋に相談する。その時にカロリー計算などしない。だって自分の体の事は自分がいちばんよく解ってるからだ。

 

カロリー計算など人間を自動車エンジンに置き換えたようなものであまりまともに考える必要のない計算である。人間の体ってのは機械ではないのだ、子供の頃から自分の体の声を聴く訓練をしていれば今何が必要か自然と分る。小学校の頃から自分の体の声を聞かずに先生の言うバカごとを真面目に聴いてそれで中年になって体を壊してりゃ世話ない。

 

僕は飲み物と言えば水かストレートの紅茶である。20年位前はコーヒーも飲んでたが今は不要。コーラなどの清涼飲料水も殆ど飲まないな。体に糖分が不足しててとりあえず目の間にコーラとかしかなければもちろん飲むがそれは一年に数回だ。

 

僕の場合はそうやって健康管理をしている。更に3ヶ月に1度の血液検査によって科学的にも数値管理をしている。その結果として僕の尿酸値はお医者さんに{え?}と思われるくらい低い。適度な運動と食事療法である。しかし彼らの作った科学的ルール(血液検査など)でも僕の健康管理法が証明されているのだから、これ以上グダグダ言わないでほしいって感じだ。

 

てか「せっかく作ったんだからー」ってのは原因と結果が逆転している。作ったのはあなたの問題であり私がお願いしたわけではない。機内で一食余っても食べる人はいくらでもいるわけだ。失礼ではあるが、じゃあ状況を変えてみれば分る理屈である。けどまあこんな事ばかり言ってるから人に嫌われるんだろうな(苦笑)、、、、ぐだぐだ、ぐだぐだ(笑笑)。

  **

 

朝早く飛行機の中で起こされながら上記のような事を考える。飛行機ってすんごい私的な時間でありつつも大衆的公的場面である。だって自分が寝てるすぐ隣に見も知らぬ男が寝てるのだから(笑)。

 

などとぐだぐだ、まるで落語の枕みたいなもんをだらだらと続けているが(苦笑)おそらく機内でこんな事考えてる人って超少数派だろうな(笑)。

 

そう言えば朝早く羽田を出て香港のトランジットで順番待ちしてたら僕の目の前にいきなり中国人オヤジが一人で割り込んできた。その場で英語で「並べ」って親指を後ろに向けたのだが並ぶ気配なし。

 

かちっと来たのでまず最初に英語で警告。「おい、並べ」まったく聴く気配なくこっちの事を無視したので立て続けに英語で怒鳴り上げる。「ぼけー、並ばんかい!おめーは後ろなんだよばかやろー!」続けて広東語に切り替えて怒鳴り上げる「このくそったれがー、死人頭野郎、並ばんかい!うぜえんだよ、あっちいけってんだよー!」海外で言語の勉強しておいて良かったな、そう思った頃になるとトランジットラウンジ全体が一気に静まり返り警備員が5名くらい飛び出てくる。

 

警備員たちは僕と中国人を囲みつつどうしようかと考えている。その間にぼくは日本語で「このばかやろー、並べって言ってんだよ!」と最後に怒鳴り上げる。さすがに警備員もどちらに非があるのか分かったようで中国人を促して押しかえす。

 

この中国人、余程大物なのか?けど僕にとっては関係ない、順番を守らん奴は抗議する、これは世界先進国での共有意識でありそうでなければ外国人同士が一緒に生活出来るわけがない。お互いに違う宗教や価値観を持ちつつも都市で生きるって事は「早いもの勝ち、交通ルールを守る、人を殴らない」等など宗教や価値観とは違った「都市のルールを守る」という事である。それが理解できないなら都市生活を止めて田舎に帰るか自分の気に入った街でだけ生活するってことだ。

 

香港と言う社会が世界に開かれて平等や公平というのを少なくとも表面的にでも守ろう、民主主義でいこうとするならこのような割り込みを認めることは自分から世界社会を否定するようなものだ。ここできちんと言わないから勘違い中国人が増えるのだ。

 

唯一気持ちよかったのは、警備員が引き返して僕がトランジット手続を終えてゲートをくぐったすぐ後に地元香港人の30代の男性が僕に向かって広東語で「ありがとよ!」と言ってくれた事だ。彼らは立場上言いづらいんだろうな、分る、辛いよな、けど言おうよ。

 

いろんな事があった14日発5日到着のキャセイ航空、早朝の起床、香港でのトランジットでの中国人との怒鳴り合い、ドロのように眠って翌朝は紅茶で過ごし、ははは、結果、気持ち良く過ごせました(笑)。

 

Aucklandの空はあいも変わらず底抜けに明るく人々は陽気で何も変わってない。おれってこの14日間、どこに行ってたんだろう?駐車場で車に荷物を積んでから車を引き出して高速道路を自宅に戻る。道が空いてたせいか、約30分で自宅に到着。

 

風呂に入って旅の垢を落とし作りおきのクリームシチューを冷凍庫から出してガツガツと食いながら東京で買っておいたロシア映画「遙かなる勝利へ」を楽しむ。

 

NZじゃ絶対に入手できない作品だな、ポーランドのアンジェイ・ワイダも大好きだけど、この作品の懐の深さにも感激する。これはちょっと「言葉に出来ない」。

 

ロシアの大地に染み込んだロシア人の感覚は、支配層が共産主義であろうがロマノフであろうが関係ない、すべては母なるロシアなのだなー、こりゃ理屈を越えた世界だ、そんな素晴らしい絵柄だった。良かった、年明け一本目がこれだけ素晴らしい映画で始まった。ニキータミハルコフ監督兼主演。

 



tom_eastwind at 18:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月04日

2015お正月三が日

正月三が日最終日である為だろう、道行く人々は楽しそうで和服姿の女性も目立つ。ホテル正面玄関に着飾った和服女性が車から降りてくる光景はガイジンでも写真に撮りたくなるのではないかと思うくらい艶やかだ。

 

今日の今同じ頃、地球の反対側の欧州のイタリアの南東の海岸部にはアフリカや中東からの百数十人の難民を載せたポンコツ船が何とか沈まずに警備艇に発見されて難を逃れている。発見されないままに沈んだ船と亡くなった人々はどれだけいるのだろうか?

 

東京のホテルのカフェやバーは昼過ぎからほぼ満席で同窓会なのかここでも正月用に綺麗に化粧して着飾った男女が昼過ぎのお茶とおしゃべりを楽しんでいる。

 

同じ頃アフリカ中部ではイスラム過激派「ポコ・ハラム」が通信設備の整ってない田舎の村を襲い泥だらけの畑の上を逃げまわる女子供を100人単位で捕まえて虐殺している。

 

「日本では最近誘拐が増えてるんでしょ?ああ怖いわー」そんな大雑把な質問をされても、一体そのデータはどこから持ってきたのかと聴きたい。増える減るとは何かに比較する必要があるのに比較計算もないままキャーキャーではだめっしょ(笑)。今の日本がどれだけ平和な国であるのかは、お正月を見ればよく分る。

 

誘拐データ、過去50年の日本国内の誘拐データと比較してか?海外と比較してか?また誘拐の定義とは?捜索願と犯罪である誘拐は全く別である。調査をする際の定義にも注意をする必要がある。

 

日本では今だ「目やにと爪垢」を比較してどっちが多いの少ないのと言ってるし異常な事件も多いがそれでも世界全体で見れば日本は今だ十分に平和な国家でありそれを維持しているのは間違いなく警察、医療関係者、司法、そして市役所の現場であるのも間違いない。

 

今この瞬間も多くの東欧の女性がアルバニア・ギャングによって誘拐され麻薬漬けにされイタリア、ドイツ、フランスで娼婦として働いている。母親を失った彼女らの子供は孤児院に入りギャングは彼らとコネを付けて子供を買い取り今度は「幼児性愛者」に売り飛ばす・・・。

 

僕はこの点で日本政府の努力と日本人自身が持つ「遵法精神」は素晴らしいものだと思ってる。僕は何も一方的に官僚支配を感情批判しているわけではない。彼らの日頃の頑張りがこの素晴らしい三が日を作っているのだからそこは絶対に評価すべきだ。

 

僕にはこのようなキメの細かい仕事は出来ないなって思い、その点では彼ら官僚の国造りや現場の人々の努力はすごいと思って感謝している。

 

ただ彼らと唯一食い違う点、それが「自己責任」と「上向きの平等」この2点のみなのだ。そしてこれがぼくと彼らの唯一異なる点なのだ。ぼくはこれこそが日本を維持向上させる大事な点なのだと理解しているが官僚は絶対にこれを認めようとしない。

 

あるブログで元キャリア官僚が「元官僚の知り合いがですね、何で日の丸ケータイが世界で負けたのか分からないと言ってました。僕も分かりません」と書いている。たぶん本気なんだろうな、目の前にこれだけ明確な答があるのにそれが見えないまま突き進み大玉砕。いつもの、犬も倒れるワンパターンである。

 

日本の場合はその仕組そのものに間違いがあるが、それは絶対に認めようとしない。何故ならそれを認めたら自分たちの仕事の多くの権限が民間にわたってしまうからだ。ならば腹をくくって現役時代に年収3千万円くらいもらってれば良いのにそれは言い出せない。前例がないからだ(苦笑)。

 

何度も書く。官僚には本当に感謝、良い国を作ってくれた。けれどこの辺りで仕組み変えようよ、でないともっぺん大ゴケするよ、確実に。

 

そんな事を思いつつ羽田空港に到着。朝1040分の香港行きのフライトは僕にとって早起きを要求する一種の拷問であるが、それでも成田を使うよりは精神的に楽なので部屋の目覚ましとホテルのモーニングコールで頭を枕から引き剥がす。普段は朝3時に起きても気にならないのだがそれはあくまでも自発的な判断だ。飛行機の時間に合わせて調節するのが嫌なんだけど、ガキじゃあるまいし起きろよヴぉけ!って感じだ(笑)。

 

さ、正月三が日、楽しゅうございました(笑)。これからAucklandに戻り戦闘再開です。

 



tom_eastwind at 19:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月03日

出国税に対して。自由って何だろう?

***

券等を有する者が国外移した合には、国外出のに有券の渡等をしたとみなして税する。

 

象となる者は、有券等の金が1億円以上である者で国外出の前10年以内に国内の住所等を有していた期の合5年超である者

 

担保を提供し、税管理人を指定した合には、5(最10税が予され、国外出後5年(最10年)以内に国した合には税を取り消すことができる。

 

平成2771日以後に国外出をする合等に用される。

***

上記概要は日本の税理士にお願いして現状分かっている事を取りまとめてもらった。

 

いよいよ出国税が本格的に法律化される。この法的根拠は「みなし利益に対する課税」のようである。まだ全体像が発表されていない段階では正確なことは言えないが、とにかく裁判になっても負けない程度の課税をするよって脅かしで日本の金を海外に持ちださせないようにしようというのが今回の財務省の発想であろう。

 

日本国民の移動の自由は日本国憲法で保障された国民の権利である。政府は本来憲法に縛られており憲法を守る立場であるにも関わらず「出国するなら課税する」なんて理屈がどう成立するのだろう?税法においての投資は利益が確定しない段階で課税することを禁止している。出国の自由への縛りと未確定利益への課税、これをどのように法的にクリアーするのか、次の国会論議に興味がある。

 

しかし何よりも問題は、これが政府による国民の分断統治と各個撃破であることだ。まずは2%程度の圧倒的少数である富裕層を叩く。もちろんこの富裕層には政府支配層は含まれない。麻生さんや鳩山さんは税務署の所長さんが自ら節税対策を講じてくれるのだ。

 

多くの国民は喜ぶ、自分の仲間の一部が各個撃破されることで胸がすっとするのだろう。

 

次に叩かれるのは相続税対象となる人々だ。最高税率55%となり課税人口が5%程度になる。リスクを取って働く人々に対してその得た対価に何度も課税をする二重課税、それが許されることなのか?

 

国家は誰のために存在するのか?この根本を誰もが認識すべきである。しかしこれも90%の国民は喜ぶだろう、自分がもたざる者だからだ、それが仲間を切ることに繋がるとも気づかず。

 

そして最後が本丸である消費税増税と社会保障減額である。これでサラリーパーソン世代の多くは生きていくのが「ただ働くだけの歯車」になってしまう。こうやって社会は分断されてそれぞれ統治されていつの間にか政府が決めた道を歩かされる。あの時反対しておけば、、、なんて後悔しても遅い。時代が一旦変化してしまえば誰も元に戻せない。分断された方がバカなのである。

 

そして夫婦は誰にも何も残せない、子供を育てるのも政府の計画の一つとなり計画出産時代に入ったりしてね(笑)。生まれた子供はすべて政府が管理する。バカな親に教育など任せられない、政府が幼児に対して専門教育を提供するのだ、洗脳という名前の(笑)。

 

政府が一人の女性に対して最低二人の子供を出産するよう強要する。もし二人産めない場合はその子供が将来社会に提供出来たであろう逸失利益の罰則だ。交通事故で子供が亡くなった場合の査定と同じように億単位の罰金になるだろう。逆に三人目を産めば総額数千万円のボーナスである。

 

このような事が起こらないと誰が言えるだろうか?これはビッグブラザーで仮説として提案され1970年代以降の社会主義国家では実験もされたことである。

 

そして今まで政府の責任だった介護や医療も国民に逆還元される(苦笑)。これはすでに始まっている、真綿で首を絞めるように。

 

「親の介護?それは子供の責任でしょ、何を政府に頼ってるの?」。政府の義務が国民の身体と財産を守るって決まってるのに義務放棄である。

 

確かに国民側にも問題はある。「病気?健康管理が出来てない証拠。酒にタバコに夜更かし、暴食暴飲、体も壊れるでしょ」けどそのストレスを作ったのが体制側でストレスそのものをビジネスとして酒税とたばこ税でまた稼ぐやり口ってのはグリコ、一粒で二度美味しいビジネスである。何か民間でもそんなビジネスあったよな。詐欺に遭った人の名簿が出まわりもう一回騙すってやつだ。

 

世界は1990年頃からグローバル化という大きな実験が行われそれは既得権益側からすれば、特に各国政府からすればまずは受け入れた。しかしこれは経済が国境を破壊する、つまり力のある個人が政府の権益を奪うことだと気づいた。

 

リーマン・ショック以降各国政府は特に金融に力を入れて国境の壁を高くしようとしている。国民を閉じ込めて政府の方の適用範囲内に押し込めておいて課税しようとしている。これはG20の度に強烈になっており、特にこの1年はNZでもすごいものがあった。日本や米国も同様である。

 

銀行の口座開設規制、資金の国際移動規制、スターバックスやGoogleなどの国境をまたいだ節税行為に対する課税措置など、経済グローバリズムに対して各国政府が手を組んで攻撃にかかっている。

 

これは、はっきり言って国家対個人の経済戦争である。そしてこの戦争は2015年以降更に厳しくなる。世界が管理国家になるのか自由国家になるのか。人々が自由を手に入れるのか自発的に放棄して管理国家の中で飼われることを喜ぶのか?

 

1984年にサラエボでオリンピックが行われた時、この会場が10年後に民族戦争の結末として廃墟になるなど誰が想像しただろうか?それと現在が全く同じである。分断統治をされる側から見れば「何いってんのー」だろうが、分断統治をしたい側からすれば世界各国の政府がお互いの「既得権益」に合意出来た今こそが政府の既得権益確保のまたとない機会なのである。



tom_eastwind at 19:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月02日

銀座の風景

12日は昼間銀座に出る。日本海側がすんごい寒波になって大雪で、東京もマイナス1度位ですんごい寒いけど今日は冬特有の青空で昼間に時間が取れたので銀座の街の様子見をしてみた。前回は銀座でも7丁目ユニクロあたり、大きな空のスーツケースを持って買い物する中国人見物だったので今回は4丁目から1丁目あたりだ。

 

しかし4丁目に出たあたりから急激に人口が増加してみたいに人だらけ!12日の銀座は初売りをしている店が多いのだろう、昭和の昔から続く新年名物の福袋がデパートの入り口に並んでるが人の波が半端ではない。広い歩道が人で溢れてついに道路にはみ出て歩く人も多く、まあ大変な人並みである。

 

そして行き交うカップルが皆華やかで美しく女性の腕にはいくつもの高級店の紙袋が戦利品としてぶら下がっている。老若男女が皆寒空の下をとても楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。

 

すごいな銀座、これで一体どこが不況だ?って思わせる。「一般国民には母屋で麦飯食わせといて自分たちは離れですき焼き」この離れがもしかして銀座か?などと思ったりするくらいだ。これ、テレビニュースにならないんだろうな。テレビでは大雪や各地の初詣なんだろうな。

 

4丁目から有楽町に向かう途中今日はお休みしているモールがあった。何となく看板を見るとそこには“GINZA I NZ”。銀座Iニュージーランド?なんの意味だ?銀座対ニュージーランドか?あり得んな。もう一回よく見たら“GINZA   INZ”銀座インズだった。変な英語使うな、一人でぶつぶつ言いながら有楽町のあたりを歩く。

 

てかこのあたりどれも高級車ばかりだ。レクサス、ベンツ、BMWは勿論どれも磨きあげた上級車だが大通りにはベントレーやロールスロイスも行き交う。それが普通に路上駐車しているんだからすごいね。

 

このあたりは明治以降発達してきたが当時はまだ大阪の方が圧倒的に上だった。関東大震災が発生して東京が焼け野原になった。その後復興に入るが第二次世界大戦でまたも焼け野原になった。

 

その後道路も拡張されて1960年代にはこの大通りを車で(横に女性乗せて)かっ飛ばすのが誰にとっても「最高の夢」であった。それから60年経った今、普通の日本人が高級車を乗り回している。東京って一体どんな回復能力を持っているのか?

 

ただこのあたりを歩きまわっていると段々目立ち始めたのが60歳過ぎのご夫婦だ。両方共それなりにきちんとした格好しててご主人はビジネスマン時代は随分大きな企業で沢山の部下を持って働いてたのだろう。

 

しかし今、組織から離れて一人になってみると自分の代わりに動いてくれる部下もおらず道を歩く若者はわしの顔も知らずどういう事だ!何だかそんな不満気な空気を感じた。奥さんは分かってはいるものの今まで夫唱婦随、黙って付いて来ただけなので今更そんな事注意するのも気がひける。

 

途中寒いのでタクシーに乗ってホテルに戻ったのだが、これはもう江戸時代からの話であるがお寺が多い。諸国大名に付いて来たのだろうが、大都市で住宅事情が悪いってのに結構緑が多い事に気づく。

 

ホテルに戻りいつものバーに行くと夜8時には新年会の二次会のお客で一杯だ。少し酔った客が311の時に枝野などの政治家が自分たちの家族を外国に逃した事を怒っている。「こんな奴ら絶対に信じられるか!おれは政治家と心中なんて絶対にしないぞ!」

 

その隣のテーブルでは体育会系の若い男性たちが大声で楽しそうに飲んでいる。カウンターではしみじみ系の新年会か、おじさんたち二人組が目立つ。

 

今日最後のネタ。銀座から戻ってたまたまニュースを付けたまま仕事してたら「天皇家の佳子さまがICUに入る」とのこと。えー?!ICUって緊急集中医療室でしょ、彼女大怪我したの?年明けそうそう大変だな。そう思ってよく見てたら皆にこにこしているから、どうも違うようだ。

 

よく話を聞いていると日本基督教大学の略称がICUだそうで、佳子さまが行くのは大学の方だってこと。

 

けど僕の頭の中のThreeLetterCodeではICUと言えば緊急病院で緊急の大怪我した急患を専門に見る「インテンシブケアユニット(集中治療室)」だ。変な略語英語使うな、ホテルの部屋の中で一人でブツブツ独り言。



tom_eastwind at 21:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年01月01日

2015 年頭所感

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安倍晋三首相は一日付で年頭所感を発表した。衆院選で自民、公明両党が三分の二以上の議席を維持したことを踏まえ「信任という大きな力を得て、今年はさらに大胆にスピード感を持って改革を推し進める。日本の将来を見据えた改革断行の一年にしたい」と決意を示した。

 二〇一五年を戦後七十年の節目と位置付け「私たちが目指す国の姿を世界に向けて発信し、新たな国づくりへの力強いスタートを切る一年にしたい」と表明。「日本は先の大戦の深い反省のもとに、平和国家としての道を歩み、世界の平和と繁栄に貢献してきた」とも強調した。

 経済政策「アベノミクス」を「さらに進化させる」と宣言した。昨年末にまとめた経済対策について「早期に実施し、成長戦略を果断に実行する。今年も経済最優先で政権運営に当たり、景気回復の温かい風を全国津々浦々に届ける」とした。

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防衛省が、日本の防衛関連企業から武器を購入した開発途上国などを対象とした援助制度の創設を検討していることが分かった。武器購入資金を低金利で貸し出すほか、政府自ら武器を買い取り、相手国に贈与する案も出ている。政府開発援助(ODA)とは別の枠組みとする方針だ。

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去年末の総選挙は見事なタイミングで安部首相の大成功であったが、だからと言ってアベノミクスが成功しているわけではない。てか元々経済面から見ればアベノミクスは偽薬であり偽薬効果が長続きしなかっただけである。

 

ただアベノミクスでも今までの民主党のように何も出来ず何も決められずよりはずっと“まし”だ。とにかくある方向に向かって政治が動き出したのだからそこは評価する。政治に100%なんて存在しないわけであり期待するものでもない。

 

誰かが得をすれば誰かが損をする、そこに不公平感は残る。それを何とかバランスを取るのが政治であり偽薬であっても何もないよりは良かった。

 

ただ安部首相の長期政権がほぼ確定した状態で経済を正面に持ちだしているが彼にとっての「本丸」は米国従属から離れた中立国の状態で自前で戦争が出来る普通の大国になることである。

 

そのアベノミクス、というより他に選択肢がないから安倍自民党に一票を入れた多くの人々はこれから5年で日本の急激な変化を見ることになる。それが良いことか悪い事かはその人の立場や見方によって変わる。

 

第二次世界大戦での敗北後に起こった日本のすさまじいまでの変化をうまく好機とした人から見ればよかっただろうし土地や現金や財産を奪われた人からすれば「この恨み一生忘れん、もう絶対に政府は信用せん」だろう。

 

2020年から振り返ってみれば「ああそうか、あそこが時代の転機だったんだな」って思いだすのが第二次(第三次ではない)安部首相の誕生とアベノミクス、そして2014年の武器輸出三原則から防衛装備移転三原則への変更だろう。強い官僚と強い政治家が日本の国益に向けて走りだした、それは1930年代後半の日本と見事なまでに一致している。

 

国家の行く先は国民が決めるべきであり安部首相の言うように「民意」が安倍首相を選んだのだからその意味で今の日本が向いている方向は民意である。

 

民主主義は自己責任を要求する。2015年。新しい年が始まる。あなたは後になって悔いが残らない選択をしているか?



tom_eastwind at 14:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌