2015年06月

2015年06月30日

福岡へ

おととい大阪のホテルにチェックインする時、隣のちっちゃなビルに白髪染めとか日焼けとかの看板があった。そっか、僕の髪も最近は白髪も出始めたから白髪染めもありか、あ、けど染める毛自体が減ってるわけであんまり意味ないか(苦笑)などとしょーもない事を思ったのはやはり大阪で二晩過ごしたからか?(笑)。

 

テレビではカラーペイントイベントという、一体何をしたいのかガキの遊びなのか、他人にペイントぶつけて騒いでる。何も生まない無意味で非生産的な時間。ところがそれには更に子供らしい無知が付きまとう。粉じん爆発。そんな簡単なことも知らないのか今の企業?子供が会社作るな。九州では昭和後期に炭鉱がたくさんあり鉱内で爆発がよく起こったものだ。

 

昨日の夜は錦織圭のテニスの試合を偶然観る。テニスのルールは全く分からないが選手たちの動きの素晴らしさはラグビーのオールブラックスの試合と同様で、とにかく目が離せない。ついに最後まで見終わったら午前さまだ。スポーツというよりもオリジナリティ、芸術レベルの高さの問題。絵画、映画、漫画、スポーツ、これはどのような表現にも適用される。

 

沖縄新聞問題に関してマスコミのバカさ加減 百田発言の趣旨は他にもありテレビの電波利権にきちんと課税しろとも言ってるがそのことには一言も触れてない。要するにマスコミは自分の利益になる時は「報道の自由」を主張して自分の不利益になる時は「報道しない自由」を適用して、しかし取材対象に対してはそのような選択肢を一切与えない。

 

今日は仕事を終わらせて午後4時にタクシーで伊丹空港に向かう。タクシーに乗り込み「伊丹空港まで」とお願いすると「おーお客さんラッキーだねー、いま新幹線が大変なことになってるよ」

 

70歳の老人が新幹線車内で焼身自殺。これから背景が調査されるんだろうけど、以前も書いたようにこれは個別単独の犯罪ではない。社会の二極化と固定化による将来の絶望が人々を死に追いやる。人はそんなに強くない、明るい未来もなく家族もなく仕事もなくカネもなければ他人を巻き込んで死ぬのが最後の仕返しだろう。これからますます増えるぞ、無差別殺人。

 

さて、たった30分で伊丹空港に着く。近いな‐、ますます実感。1時間のフライトで福岡空港に着きそこから中洲のホテルまでこれも30分。近いなー、ほっともっと実感(笑)。

 

チェックインして今日は雨なので同じ建物内のラーメンミュージーアムで久しぶりのとんこつラーメン食う。相変わらず旨い、てか深化している。今日で出張9日目。明日があるのでとっとと部屋に帰って寝る。



tom_eastwind at 22:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月29日

大阪

昨日の昼伊丹空港に到着、1230分にホテル到着。やはり伊丹は近いなー、関空って一体何なんだって感じ。

 

今回はお会いする件数も多く詳細な話などもあるのでいつものカフェではなく会議室付きのコネクティングルームになっている部屋をとっていた。

 

でもってこの部屋のチェックインはいつもの1階ではなく26階エグゼクティブフロアでのチェックインとのこと。だもんでクロークで荷物を預かってもらいいつものエレベーターに乗り込んで26階のボタンを押す・・・押す。あれ?ランプがつかない。

 

おっかしいなと思いクロークに聴くと平然とした顔で「あ、あのフロアーは部屋のカードキーがないと行けないんです」おいおい、ぼくはその部屋にチェックインするために26階に行こうとするのに26階に行くために部屋のカードキーがないと行けないってどういう事だ?

 

ところがクロークのスタッフ女性、にこっと笑って「大丈夫、私達が鍵を持ってご案内しますから」だったらそれを先に言おうよ(笑うしかない)。てか何でわざわざそんなめんどくさい事しているんだろう?このラウンジってそんなに偉いのか??

 

部屋の準備も出来てお客様をお連れして個人面談開始。昨日は国外財産調書に関する問題、NZで結果的にオーバーステイになった状態の記録をどうきれいにするか、今日は父親の相続に関してのご相談、その後初永住権のお話だ。

 

僕の仕事は基本的に旅行業であるがそれはその人の旅行している間の生活のすべてを対応するわけだからそこには様々な問題が出てきてそれを解決するのが僕の仕事になる。

 

大阪でこんなニュースを見た。「政府はマイナンバー導入について監視強化」おお、国民への監視を強化するのだなと思って見てたら、何と年金機構の個人情報流出に関してネットセキュリティの話であった。

 

あの事件はセキュリティなんて立派な話ではなくインターネットリテラシーが全くないあんぽんたんが開いちゃいけないファイルを開いただけであり、セキュリティチームを作ったからと言ってどうにかなるわけではない。

 

そんな事は政府が一番分かってるだろうに何でこんなチーム???ここでふと思った。これは最初のタイトル通り「マイナンバーを導入して国民を監視する仕組みの実務研究に入った」という意味ではないか。

 

明日の午後まで大阪で仕事して伊丹に行き夕方の飛行機で福岡へ移動。今回も都市間バッタ飛びだなー、明日も早い、さあ早く寝よっと。



tom_eastwind at 21:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月28日

羽田空港国内線

国内線を使うのは2年ぶりくらいか。日本に住んでた時は東京との往復でしょっちゅう使ってたが飛行機はそれほど好きではなく、もし時間が許せば新幹線に乗りたいくらいだった。

 

当時の新幹線には食堂車が付いており「おフランス料理」や酒のつまみ料理もあり楽しめた。けど現実問題として当時は8時間以上かかってたので現実的な選択肢として東京=福岡の往復に新幹線はない。

 

しかし今なら5時間。新幹線の座席にゆっくり座って途中の景色を楽しみながら弁当食って本を読んでと楽しむことが可能だ。

 

1970年代の多くの福岡の人々にとって東京は「ちょっと行ってくる」街ではなくテレビで銀ブラやホコテンを見てびっくりするくらいだった。長谷川法世の漫画で主人公の高校生がある時偶然東京に行く機会があった。

 

母親に内緒で東京に行ったのだが福岡に戻ってきて母親と一緒にテレビを見ている時「ねえお母さん、東京のタクシーは全部中型なんよ」と言ったら母親が「あんた何バカ言いいよっと?そんな事あるわけなかろーが」と軽くいなされた(苦笑)。

 

そして時代は変わった。福岡から東京に日帰り出来る時代になった。羽田から地方行きの便が数分ごとに飛び立っていく。見ていると本当にいろんな人がいて面白い。東京駅から地方に向けて出発する人々よりも総じて身なりが良い。

 

そしてそっくり返ってる連中も多い。定年後会社から自由になり政府に頭下げなくても年金貰えて若いころの安保闘争を思い出したような人々が空港内で何だか子供のような顔をしてわいわいやってる。

 

世の中が大きく変化している。昔であれば年寄りは知識人であり知恵者としてどっしり構えて若者に助言をしていた。ところが今の年寄りは20代に戻ったようなワガママ子供になっているのだと感じた。

 

羽田空港では東京のお菓子をたくさん売っている。東京に遊びに来た人々が帰りに自宅の周りの友達にお菓子を配るのでよく売れるのだろう。それにしても美味しそうなお菓子がずらっと並んでる。

 

そっくり返ってる連中はとにかく自分勝手な理屈ばかり並べているが今後彼らに強制力を持つ組織が少なくなると彼らの「自由行動」はますます増えるだろう、警察が本気で対応するまで。

 

それは安保の時も同様だった。本当に命を賭けて安保をやった人々は少ない、多くの若者は元首相の菅さんのように、でも団体の一歩後ろでわーわー言ってた連中だ。ほんとに警察が取り締まりをやったら蜘蛛の子を散らすように逃げた。

 

彼らの理屈はこんな感じだ。

 

日本では自転車が車道を走ることが原則になった。実際問題として自転車を運転する人々の中には規則を守らない人が目立つ。今までは歩道で運転しなががら目をつぶり(ケータイでテキスト)耳を塞ぎ(イヤフォン音楽)人々をはねて怪我をさせてそれで危険運転と思わないのか?

 

だから自転車とは車であるという認識で車は車の道、つまり車道を走るのが当然であるとなった。どうしても自転車乗りたかったら車道を運転してね、である。すると今度は理屈ばかり並べる連中が「じゃあ輪や車が付いてたら車道を走るんだな、じゃあ乳母車も車道を走るんだな!」みたいな議論になる。

 

全く法の精神を理解せず自分のワガママだけを押し通したい年寄りがこれから増えそうだ。羽田空港国内線で人々の顔を観ながら感じたことでした。



tom_eastwind at 22:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月27日

家族への説明

東京の仕事が今日で終了、明朝の飛行機で大阪に移動する。今回は何故か大阪の方が個人面談数が多い。日本では毎回20名程度とお会いして話すのだが、大阪で面談する方は一般的にオーナー企業の社長でありその分今の日本のきな臭さに危険を感じているのかもしれない。

 

安保、実質徴兵、原発、増税、報道圧力、「まさにいつか来た道」である。こういう問題は以前からわかっていた事であり目の前にあったのだが多くの日本人は「そ、そんな事あるわけないじゃーん!」と言ってた。

 

戦争放棄(無防備都市)を訴えるけど自衛隊を認め、原発神話を信じてるふりをしながら自分の土地に作らせず、増税にはひたすらNOだけで対案もなく政府の選択肢を狭め、報道圧力に至っては「おれに関係あるの?」である。平和ボケで無責任とはこういう状態を言うのだろう、少なくとも国家運営を直に担っている官僚の方がよほど責任感がある。

 

9条だって原発だっていつの時代も学ぶ機会はあった。機会があったのに学ばずいざ目の前に来てわーわー脳みそ停止で騒いでるだけではどうしようもない。

 

何だか最近ニュージーランドの話が巷に出回っているようだ。今までは南太平洋の「コジマ!」で終わりだったのが立て続けのテレビ特集やその国家観が取り上げられるようになって皆が興味を見せるようになった。

 

徴兵はないけど国民が国家を守る意識は明確で国連軍として参加するNZ陸軍は毎年外国で戦死者を出しているが国民はそれを当然の義務として理解して盛大な葬式をやってくれる、原発の危険さをよくわかってるから原発は作らず使わず持ち込まず非核三原則を徹底的に貫いている。

 

増税は大嫌いだが理論的に説明されれば受け入れる。消費税は15%である。マスコミは強い。政治と常に距離を置いて政治家を呼び出したインタビュー番組がよくあるけど、司会者がジョン・キーと同等のレベルで議論をしている。日本の国会のような猿の引掻きあいではない(笑)。ジャーナリストとしての勉強の素地が全く違う。要するにすべてが現実的なのだ。

 

僕の奥さんは香港で生まれ育ち奥さんの母親は中国の戦乱から逃げてきた「難民」であるから国家に対する危機感が全然違う。奥さんはぺこちゃん人形のような可愛らしい顔なんだけどその脳みそは僕の100倍以上の危機管理能力を持っている。

 

ちなみに奥さんの母親が亡くなるまで約10年同居したが彼女は僕には必要最低限の話を苦虫を噛み潰したような顔ででしか話さなかった。日本軍による被害を直接体験したからだ。孫(つまり僕の子供)にはベタベタと甘く笑顔で接してるのを比較すると疎外感あったけど「何だかなー、ま、いっか」であった。人は憎しみを覚えると一生忘れないのだろう。

 

子どもたちはニュージーランドで生まれて学校で自己責任を徹底的に叩き込まれ自分で判断する能力を身につけた。

 

彼らからすれば安保は国民の義務であり原発はその地域の主体的判断であり無意味な増税は「払わん!」であり(苦笑)マスコミ弾圧は(特に奥さんは)中国政府の暴力的圧力を理解しているから「逃げる!」となる。実際に彼女は1980年代後半にすでに中国大陸政府を意識しており「こりゃ勝ち目ないな」とNZ移住を決意した。20代前半、女性一人であった。

 

彼女は永住権取得後に母親を呼び寄せて(勿論生活は僕が支える)母親の言うことをよく聴き(そのとばっちりは僕に来る)子供を育て(ぼくは彼らの教育方針には一切関与出来ない)常に頭のアンテナを立てて1991年にはいきなり「ね、香港に行くよ」と宣言された。僕に拒否権はない(苦笑)。

 

知り合いもおらず住んだこともなく言葉も出来ない街にいきなり落下傘降下である。せっかくクイーンズタウンで割の良い仕事を得て自宅も買ったのにこれかいって感じだ(笑うしかない)。

 

香港ではゼロから生活を立ち上げた。言葉も出来ず友達もいない街ではとにかく仕事を探してあちこちに飛び込んで履歴書を出すしかない。それでも何とか仕事を見つけて約6年間家族の生活を支えることが出来たのだが、香港で得た仕事も結果的には僕にとっては割の良い仕事だった。

 

日通の旅行部では広東語が出来る(何とか半年で職場で学んだ)日本人スタッフが僕しかおらずオーシャンやエアの仕事にも駆り出された分、自由度が高かった。

 

日本から来た駐在員からしても僕は「日本語が出来る使いやすい現地人」であり僕が日本の日通に戻る事はないから日本国内での人事を考える必要はないので結構現場での仕事を任された(苦笑)。

 

例えば中国で突然死した出張者の死体処理。ありゃ大変だ。中国と香港(当時はまだ英国領)と日本と3つの国の法律と保険手続きをクリアーしないといけない。まず死因証明書を中国の医師に作らせるがこのフォームが当時の中国ではいい加減。後日の保険手続きに問題ないように書類作らせた。

 

中国で死んだ場合香港に送る棺は木製は使えなかった。燻蒸問題があったからだ。なので急遽ジュラルミンの棺を作ってもらい香港まで送ったが今度はご遺体を香港で焼いて骨壷にして日本に運ぶか座席3つ潰して棺を乗せるかである。

 

ご遺族が香港に来るとこの会社のオーナー社長は最高の敬意を払って受け入れた。当時のRegent Hotelと呼ばれた高級ホテルのスイートルームを貸しきって英語も中国語も出来ないご遺族の為にぼくらが張り付いたのだ。

 

当時の雰囲気では企業戦士がほんとに戦闘の場で戦死(客死)したわけで最高の礼を持って迎え入れるのは当然だったが、あの会社の社長さん、ぼくから見てもそこがものすごくきちっとしてたな。これがオーナー社長なんだろうな。

 

後日現地法人の一番偉い人に慰労会を開いてもらったが、考えてみればあの頃から「現場仕事」をやってたなー。

 

最近では子どもたちも大きくなりお父さんが何やってるのか次第に興味を持つようになってる。「いつの時代も現場仕事だよ」と言うと変な顔をされるが実際にそうなのだから他に説明のしようがない。家族が集ってレストランで夕食食べながらゆっくり話出来る機会を使って僕がどんな仕事をして来たか、今どんな仕事をしているかを説明する。

 

けどこれって彼らからすれば何故そんな仕事が存在するのか意味が分からない。だって肝心の日本の深部を知らないのだから、二つの国をまたいだビジネスとか現場の細部に染み込んだビジネス習慣は理解出来ない。だからゆっくりと話が出来る時に話すしかない。

 

「お父さん、それって合法?」などと聴かれるから笑うしかないが、まず国をまたいだ合法の認識、主体、結節点、実行者、様々な立場から観る必要がある。ましてや国がまたぐわけだから幾何学的に難しくなる(僕は幾何学は知らないが言い回しとして使ってみる・笑)。

 

その結果として両国ともに依頼人にとって合法であると僕が判断した場合にのみそういう仕事を受けることもある。

 

世の中ってそれほど複雑ではない。ほとんどの人は真面目に生きている。僕の仕事は、そうやって真面目に生きてる人のお手伝いをすることだろうな、東京の面談を終わった感じたこと。けど、家族に分からせるのはまだまだ時間がかかりそうだ(苦笑)。



tom_eastwind at 22:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月26日

事件の真相

今朝のNHKニュースをBGMにしながら仕事してたら「今日はニュージーランドから来たお客様を紹介しまーす!」とばかっぽい声が聴こえたので画面を観るとサモア出身のオペラ3人組が出てた。

 

サモア人らしい、陽気で賑やかで楽しそうな3人組は初来日との事で「美味しいもの食べた?」と聴かれると「おー、すしー、テンプーラ、ラーメン!」などと賑やかに答えてた。

 

その後に「オー・ソレ・ミオ」を歌うのだがこれまたサモア人らしくメンバーの一人がギターを弾きソロやハーモニーで聴く人を楽しませてくれる。途中演技の1つとしてメンバーが他のメンバーの口を手で塞いでその手をジャケットの肩でぬぐってたが、あれは日本人には受けないなー。

 

同じ番組に岸恵子が出演していた。82歳。いつまでも美しいその秘訣は?と聴かれて「何度も死ぬような経験をしたからいつも緊張感がありますよね、皆さんは平和で羨ましい」と笑わせてくれる。これ、分かるなー。

 

その後すぐに続いた国会中継、安全保障問題やってたが、質問する方も答える方もいつもの紋切りで、議論じゃなくて単なる言いっぱなしのテレビに向かった格好付けに終始している。これ、駄さいなー。国会議員と言えど所詮その程度、カネと組織をバックに付けた勘違い凡人である。

 

今日は現金が必要になったので近くのみずほ銀行に行くとクレジットカードが使えない。海外発行のBNZビザカードは契約していないんだな、仕方ないからアメックスカードにしたらこれもダメ。はあ?どこまでドメスティックなのだ?

 

そこで同じフロアにある田舎の代表みたいなゆうちょ銀行に行くとここは英語表示で”Need Cash ?”と書いてあるではないか。カードを入れると普通に表示が出て暗証番号入れたら普通に現金出てきた。これが世界標準ではないか?

 

 

すげーゆうちょ銀行!

 

「答を解明することは出来る。けどそれは他の人に話して誰かが幸せになるのか?果たしてそれは他人が知る必要があるのか?」

 

そういえば「容疑者Xの献身」を先週末に観た。東野圭吾は全然好きになれないのは文体ではなくて人生観の違いかなって思ってたが、同じ物語でも映画になると全然違う。

 

面白い。

 

じゃあ一体東野圭吾の何が嫌いなのか?未だもって分からないが文体としてあわないのかなー。

 

それにしても福山の「容疑者X」の価値は変わらない。てーことは東野圭吾の文章力が低いんだ。・・・mmmmmmm。来週もう一回読んでみるかな、東野圭吾、なんて考えた週末。

 

僕の仕事の一つに事件処理がある。事件はいくらでもある。真相もいくつもある。10人いれば10個の正義があるのだから世の中に喧嘩案件はいくらでも起こりえるが喧嘩は出来る限りやんない方が良い。一旦感情論になるとこれはおもう理屈ではない。だから僕がいつも言うことは「仲良いうちに別れよう」である。これは僕がAuckland20年近く喧嘩をしまくって分かった結論である(苦笑)。

 

人間関係は高級なお皿と同じで一度壊れてしまうと修復しようがない。修復したように見えて全然直ってない、特に家族間ではかさぶたに隠れていた傷口が開いて血だらけになる。今までたくさんの血だらけ案件を処理して来たので相談に来た人が次に何をするか、その人でさえ知らない行動が予測出来る。そしてそれは確実に当たる。

 

僕の所に相談に来る人は大体皆さん問題を抱えて誰に聴いていいか分からずのお問い合わせが多い。なので最初にお話をお伺いする際はその人にとっての真相と正義を聴くことになるがそれは「真に受ける」という意味ではない。

 

同時に彼らは最初は僕を値踏みして最低必要な話だけしかしないが僕は彼らの「言わない部分」が見えている。僕も余分な話は聴きたくない、知らなくて良いことの多いほうが人生は楽なのだ。他人の人生を知ってしまうと重くてどうしようもなくなる。

 

だからあえてその「言わない部分」は聴かない。常に問題解決に必要な事だけを聴いて必要のない事は聴かないようにしている。人の人生を全部知ることの意味はないしこちらが重くなるだけだ。けれどご本人が言わなくても自然と見えてくる景色がある。その人の持つ絵、というかジグソーパズルのようなものだ。欠落した部分が見える。

 

僕からすれば結局はご本人がどこまで喧嘩したいかである。最小の摩擦で片付けたいならそれも出来る。本気で大喧嘩したいなら、例えば「容疑者X」のようにやって欲しければそれも出来る。

 

要するに解決したいのかどうかである。ほんとにやりたいならやりますぜ、けど覆水盆に返らず、出来るだけ穏便に片付けることをお勧めします(苦笑)。笑って別れられる時に別れましょ(苦笑)。



tom_eastwind at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月25日

国籍離脱

国という字を分解すると玉を四方の壁が守っている形になる。国とは元々王様を守る為の組織だったのかもしれない。

 

ニュージーランド国籍を取りたいという日本人が最近増えている。一般論としてこの場合NZ国籍を取得してもNZの法律では重国籍を認めているので問題はないが日本の法律では重国籍を認めていないので、日本国籍を離脱することを要求される。

 

但し現時点では罰則はないのでカナダあたりでは明治から大正時代に両親がカナダに移住して永住権を取得した日本人の子どもがカナダに生まれた場合二重国籍になり21歳過ぎても日本国籍を離脱していない子もたくさん見かけた。

 

彼らはカナダを出国する時はカナダ旅券、日本に入国する時は日本旅券、日本を出る時は日本旅券、カナダに入国する時はカナダ旅券を使う。

 

こうやるとパスポートの入出国記録を見れば二重国籍であるのが分かるのだが現時点では日本の空港の担当官はとくに問題としていない。

 

しかし現在ニュージーランドの国籍=市民権を取得したいというのはこういう子どもたちの話ではなくNZの国籍を取得して日本国籍から離脱するという話である。

 

では日本国籍離脱とは一体何だろうか?それは日本国籍保持者が日本国憲法第22条によって保障された権利の行使である。「何人も外国に移住し、又は自由に国籍を離脱する自由を冒されない」。離脱するぞと主張する人を止めるものは何もない。

 

ただしここには1つの例外がある。それは「唯一権利の行使によってその者が無国籍者になることを除いてである」という憲法解釈だ。

 

ところが若手憲法学者の中には無国籍を捉えて「それはおかしい、無国籍者になることを止める条項は存在しないしここは素直に憲法の条文を重視すべきでは」という認識がある。

 

確かに憲法の条文だけを見れば若手学者の言うことが正しいような気もするが、ここに民主主義の時代の変遷がある。

 

ソクラテスが「悪法でも法は法なり」と言って毒を飲んで死んだ事件がある。この時ソクラテスの擁護者は檻に来て「こんな法律はおかしい、逃げましょう」と訴えた。

 

するとソクラテスは「私は今までこの国の法律で生命と財産を守られてきた。都合の良い時だけこの国の法律の権利を行使しておいて裁かれる時になると逃げるというのでは法律のつまみ食いである。法律はすべてを1つとして運用せねばならず私が今都合が悪いからと逃げるのはまさにつまみ食いである」と言って毒を飲んで死んだ。(何の毒なのかほんとに毒だったのかもしかしたら言いたいこと言って実は逃げてたのかもしれないが、この議論の場合そこは枝葉末節どうでもよい)。

 

実は当時ソクラテスが所属していた国家アテネでも現在の日本国憲法と同様に「お前が嫌なら何時でも出て行け」という決まりがあった。つまり国籍離脱の自由である。そして無国籍者になろうとどうしようと関係なかった。

 

何故なら当時の欧州はまだ多くの地域が未開でありバルカン半島の山の中で猟師やってもハンガリー平原で農業やっても良い、要するに国家に所属しない土地がたくさんあった。だから無国籍者であることは単純に「自分の命は自分で守る、その代わり誰の指示にも従わない」だけである。

 

ところが21世紀の現代になって現実問題として日本居住者が日本国籍を離脱したらその者は不法滞在となる。当然出て行ってもらうのだが、どこへ?いまどきの世界はすべてどこかの国に所属しており他国が受け入れる際はビザを発行するのだが本人に国籍がない以上ビザの発行が出来ない。入国の際に旅券もない。

 

では難民として受け入れるか?現実その人間は難民ではない。第一一旦受け入れてしまうと他の国に追い出すことが出来ない。なので現実としてはどの国も受け入れないという結果になることが十分に予想される。

 

かと言って日本が不法滞在者を容認するわけにはいかない。短期滞在ビザなら発行出来ても永住権は国籍捨てた人間に発行するには論理的矛盾が出てくる。従って国籍離脱も完全に自由ではないのであるという理屈だ。

 

現実の問題としてNZで何らかの長期滞在資格を得ている人々はいつでも国籍離脱は可能である。

 

但し、人によってはとっとと離脱したほうが良いケースもある。これは日本の税法の問題である。今の日本の税法は毎年変わる。今年まではOKだった案件でも来年になると「日本国籍保持者は世界中どこにいても」なーんてルールに変わってしまえばもう遅い。なのでこの場合は常に一年後の法改正を見据えつつ離脱の時期を図ることになる。

 

国籍離脱に関してよくある質問が「一度離脱したらもう日本の国籍は取れないのか?」である。これは外国人が日本に帰化して日本国籍を取得するのと同様の手続きであり、取得要件を満たしていれば取得出来る。

 

例えば親が国籍離脱をしてNZ人になってNZで子供が生まれた場合子供に日本の国籍はない。しかしその子はキーウィとして日本の帰化申請は出来る。通るかどうかは日本国の判断であるが。

ちなみに言っておくと日本人であるって事と日本国籍があるってのは別問題である。ぼくはすでに日本国籍を離脱しておりジャパニーズキーウィであるが心は今も日本人であり子供に要求する道徳も日本人としてのレベルを要求している。 



tom_eastwind at 17:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月24日

中華香港

昨晩香港に到着。予報では大雨ってことだったが夜には晴れになり定点観測実施(笑)。やっぱり香港は景気が戻ってる。去年はパラソル革命とか学生運動が盛んだったがそれなりに効果があったのだろう、一応一国二制度が継続されている感じだ。

 

今日はホテルのラウンジバーの昼食でいつもの通り定点観測第二弾。ちょっとお洒落なホテルってせいもあるんだろうがバフェットランチに来るお客のほぼ全員が女性。高そうな靴(値段もヒールも)と上等そうな布で作られた服でしゃなりしゃなりと料理を取る。まだハイヒールに慣れてないのか、お更に載せたオリーブが転がり落ちてるのが笑える。

 

この街は1800年代後半に英国支配が始まりその頃から独特の雰囲気が醸成されたわけであるが1949年毛沢東による共産党政権樹立から大躍進という殺人的な飢餓、続いて1960年代からの文化大革命で徹底的に中国の伝統をぶっ壊した中国大陸共産党から政治的にも文化的にも離れていたので古くからの中国の伝統を維持することが出来た。

 

ここ肝心な点であるので「中国」と一括りにする事禁止。だって文字でさえ違うのだ、そういえばこのホテルには毛沢東がWって本を掲げている絵がある(笑)。

 

中国の文化を考える時に文化大革命以前と以後を1つにしてはいけない。それは2千年前に大陸から帰化した天皇と今の北朝鮮の首領様を同程度で比較するようなものだ。

 

毛沢東はそれまでの中国文化を徹底的にぶっ壊したがそれはたった50年前の話である。中国は強い。100年単位で物事が動く国でありその本質は変わらない。4千年前から何十回も王朝が代わりその度に過去の文化を全否定したがそれでも100年するといつの間にか「中国」はまた元の「中国」に戻っていた。結局民族を作るのはその土地の水と空気と大地なんだなって思った。

 

清朝は中原に栄えた国ではなく漢民族を支配しようとしたが北京という土地で何代も生活をする中でいつの間にか「中華文明」に取り込まれたしまった。

 

現在の中国大陸とその政権だけを見て「中華文明」や「中国」を判断することは止めたほうが良い。

 

それにしても歴史の偶然というか、香港は本当に独特な存在である。例えば以前も何度か書いたがル・カレの「スクールボーイ閣下」で表された「政治が抱けるか?政治が食えるか?」の香港、そしてブライアン・フリーマントルの「チャーリーマフィン」で当時の香港の政治的動向と中国国境の雰囲気、マンダリンホテル、ペニンシュラホテル、表面的には観光旅行であるが実態は政治的人殺しや実質的人殺しが行われていた場所である。

 

21世紀になった今でも香港はその独特な位置を保持しつつ中国大陸と西洋の間の窓口として活躍している。どうやらこの街は核爆弾で攻撃されない限り中華文明を維持し続けるだろう。そして核爆弾を落とされた後でも50年すればまた元の中華文明に戻っているのだろう。

 



tom_eastwind at 13:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月23日

ガンダム、切り替え!

安寿と厨子王丸の話は学校で学ぶ機会があるだろうがそれをネタにした笑いがある。彼らの物語を絵本にして更に吹き込みの部分の言葉を変える遊びだ。

 

厨子王「おねーちゃんクラスのブスからチョコもらった・・・どうしよう」

 

安寿「『おねえちゃん、クラスの』なのか『おねえちゃん級の』なのかハッキリ聞かせてもらおうか。」

 

笑った!A

 

今日から日本だ。そろそろ季節の逆転が始まる。現時点で東京は25度くらいAucklandは15度くらいなので10度の違いだけどこれから東京はどんどん蒸し暑くなり30度を超す。Aucklandは10度前後になるので20度の気温差だ。

 

これが更に8月にクイーンズタウンに行くともっと寒くなり温度差30度。毎年この時期はこれ繰り返してる。体に良いかどうかは人によるのだろうがこういう生活を繰り返し始めて約15年で健康診断の結果も至って良好なので僕には問題ないのだろう。

 

一昨日TVONEニュースを見ていたらしきりにランドバンキングという言葉が出て来た。えー!去年まで全く使われることのなかった言葉ですぜ。元はカナダあたりで使われてた言葉でありニュージーランドで使われることは全くなかった。ところがここで急に出て来たのはやっとAucklandでもその意味が浸透するようになったからだろう。遅いなー。

 

昨日は出張前の最後のランドバンキングの打ち合わせで弁護士と幾つか詰めを行う。ランドバンキングの基本はシンジケートビジネスだ。いくつもの専門企業が集まり得意分野を出し合って一社では出来ないビジネスモデルを構築する。

 

それがリミテッド・パートナーシップと呼ばれる大きな船になりそこから小舟(特別目的会社)が作られてそれぞれが得意分野で居住用不動産の開発になったり商業用物件の一棟購入で家賃収益をとりに行く方法になったりする。期間も4年からもっと長期まで幅広くあり、必要であれば需要に応じてシンジケートでオーダーメイドで作ることも出来る。

 

3年前に商品企画を始めてランドバンキングが投資家ビザに適用されると決まった2年前から販売を開始、現在はバリエーションを広げている最中だ。

 

そんなことを思いつつ最近のネット広告では急に日本在住の日本人に対して「家族信託を作りませんか!」という宣伝が広がり始めた。何で今年になって突然?NZの「ランドバンキング」、日本の「家族信託」が広がってるんだろ、面白いな。

 

家族信託は日本人にはまだ馴染みがないから、これから広がっていくのだろう。良いことだ、生前贈与や遺言証書よりも使いやすい制度である。ただ日本の場合いつも問題になるのは最初にきちんとお客様に説明せずに押し込みで売ってしまい後になって「話が違う!」となることだ。こっちにトバッチリ来るなよって感じである(笑)。

 

NZの家族信託NZでは長年に渡って利用されており普通の市民が普通に使っているから慣れている。日本人が水洗トイレに抵抗がないのと同様だ(苦笑)。

 

日本人は家族信託を理解出来ずキーウィは日本の水洗トイレを理解出来ない、そういうへんてこな状態が続いているがいずれ両方共馴染むだろう。

 

僕がNZの家族信託を提案するようになってもう5年以上になるがなかなか皆さん理解出来ない、そして必ず最後に言うことが「誰かやってるんですか?」である。日本人の場合どうしても先にやった者勝ちという考えが馴染まない。

 

その代わり一人がやってうまく行ったら皆がなだれ込み、今度はそれで政府が規制をかけて結局初期の頃の利益がなくなってしまう。これもやはり自分の頭で考える訓練を日頃からやってないからだろう。

 

さあこれから10日間のロードショーが始まる。両方の手のひらで頭を包み込むようにして目を瞑り自分に言い聞かせる。「いいか、今日からAucklandのオフィス頭を日本の現場頭に切り替えだ!よし、切り替え開始!」



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2015年06月22日

スイートメモリーズ

明日から日本出張である。Auckland→香港→羽田→伊丹→福岡→香港→Aucklandとなる。今回はほんと久しぶりに国内移動で飛行機を使う。羽田から伊丹、伊丹から福岡と国内線移動だ、なつかしいな。

 

伊丹空港は大阪の住宅街にあり使いやすい空港である。20代からこの空港を仕事で利用していた。なので21世紀になってまた伊丹を使うようになると更になつかしいのだ。

 

スイートメモリーズは松田聖子の持ち歌だが僕の頭ではこうなる。

“なつかしい 伊丹だわ ずっと前に 忘れていた”

 

何故なら伊丹空港は関空開設によって縮小廃止される予定だった。そりゃそうだ、バブルの勢いだけで土建屋儲けさせるために海の中に沈む空港作ったんだからお役立ちの伊丹空港の存在は困ったちゃんである。

 

戦前から使われてきた伊丹空港は定時発着でも実績がある。戦前から日本陸軍航空隊が作った空港は風の流れが良い。これは福岡板付飛行場も同様である。戦後に政治工作と票集めの為に作られた空港はぼろが多い。

 

伊丹は空港が先に作られて戦後人々が空港の周囲に住み着くようになった。そして飛行機の音がうるさいからカネよこせと言い出した。どういう理屈であるかって感じだがおそらく道徳観念が違うとしか言いようがない。でもって飛行機の発着時間制限がかけられた。

 

そうなると国際化が進む中で使いにくいので新しく空港を作るって事になって実際に稼働し始めて、じゃあ伊丹発着を関空に移しますね、いずれ廃港って事でよろしくって言うと今まで「騒音がうるさい!」と言ってた連中が手のひら返して「何でこんな便利な空港を廃止するんだよ、おかしいぞ、関空の回し者か!」って話になったがこういうのを話にならないという。

 

僕が日本を出てから関空開設の話を聴き「そうか、伊丹を使うことはもうないんだな」ってさびしい気持ちがあった。

 

それが21世紀になってまた使うようになったんだからそりゃうれしいよ、ただ今は設備がどうなのか?潰す予定だったから建物なんて昔のぼろっちい昭和のままじゃないのか?そんなこんな思いで一昨年伊丹空港を使ったら案の定ぼろなままでおまけにプロペラ機ではないか。

 

今どきこんな小型機、どっから見つけて来たのかって感じである。新幹線が発達した今、福岡から大阪は2時間30分で移動出来る。移動ピンポイントを考えれば飛行機よりも新幹線の方が早くなる。

 

ところが新幹線の場合は致命的な問題がある。今回のように各地を2日づつ宿泊移動する場合荷物を全部持っていく必要があるが新幹線には荷物置き場がない。

 

これは昭和の昔に新幹線を作った時の概念が「田舎の役人や議員連中がタバコを吹かしながら風呂敷に書類と少しの着替えを入れて東京一泊二日で陳情に来る」であったからだ。風呂敷に荷物置き場は不要である。「手荷物は手に持つ」だ。

 

なので改築前の東京駅地下にはそういう陳情おじさんたち向けの昭和のママの「喫茶店」や「食堂」が存在し仕事帰りの新幹線の時間待ちに食堂に入り靴を脱いで「小上がり」で「いやー、今回の陳情はうまくいきましたなー、あ、議長、どーぞどーぞまずは冷たいところをきゅっといってくださいよ〜」となる。ちなみにニュージーランドは田舎であるが長距離列車には荷物車が付いている。

 

時代はすでに変わって海外からの旅行客が大きな荷物を持って旅行しているのに東海道山陽新幹線の座席配置は昭和のままである。新幹線に大きな荷物を持って旅行しない人が今だもって時代の主流である現状、外国人がジャパンレイルパスを持って客車に乗り込んだ時に困ったような顔で自分のキャスター付きトランクと座席を交互に見つめている姿は主流の人々には見えてないのだろう。これで観光立国かよって思うがほんとに他人の痛みに気が利かない奴らだ。

 

でもって一応国内線ドットコムで東京→伊丹→福岡を調べてみると、何と東京から伊丹はジェット機、伊丹から福岡も一日1機はジェット機が飛んでるではないか。

 

どういう事か調べてみると国交省の伊丹つぶしのために「伊丹は騒音問題があるので一日のジェット機の就航数を限定させて多くをプロペラ機にしなさい」という行政通達が出ていたのだ。

 

全くもう新幹線行政も航空行政も利用者の視点が徹底的に欠けているな、馬鹿かこいつらと思いつつ今回は懐かしい「伊丹」にします。



tom_eastwind at 19:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月21日

社畜

こんな話がある。ある時イギリスの貴族の若者の集まりで「そうだ、週末にピクニックに行こう」という話になった。そこで一人の若者がこんな提案をした。

 

「よし、それでは君はよく冷えたシャンパンを持ってきてくれたまえ、僕はジャガーを買っておくから」

 

***

スノッブsnob)は一般に俗物、またスノビズム(snobbism)は俗物根性と訳される。 多くの場合「知識・教養をひけらかす見栄張りの気取り屋」「上位の者に取り入り、下の者を見下す嫌味な人物」といった意味で使われる。元々イギリスの学生の間で使われていた隠語であった。

***

 

***

サラリーマンのメッカ新橋駅に掲出されているメッセージコピーにはこんなのがある。

 

『大至急じゃない時ってあるの?』

『行こうぜ、日付変更線の向こう側』

『俺が切る領収書は日本経済を動かしている』

『折り返します、何度でも』

『俺たちが定時帰宅したら日本の夜が暗くなるだろ』

 

などがあり、ハードワーカーズ(社畜)ならば誰もが共感し、奮い立つメッセージだ。写メールを撮って携帯電話の待受画面にするサラリーマンもいるとかいないとか。

***

 

僕は英国貴族の子供も日本の新橋駅のメッセージも見た事ないけど、どっちも肌感覚で何となく分かる。

 

特に日本の社畜については自分が日本で生きていた時期があるからよく分かる。1970年代から80年代は社員が上司に「すみません、今日の午後だけどうしても外せない用事がありまして、午後半休頂けませんか?」とお伺いをたてると上司が何だとーって顔でじろっとにらむ。「ほんとにすみません、一生に一回だけのことだと思うんですが、私の結婚式なんです」なんて話があった。

 

「燃ゆる時」という1980年代の米国を舞台にした東洋水産の映画がある。ラーメンを売るためにすべてを賭けた男たちの物語である。その一場面で米国駐在する主人公が日本からの電話を受ける。日本に残してきた妻が子供の急病を伝える。すると旦那「何やってんだよ!お前の仕事だろうが!」おいおい病気になったのが奥さんの責任かい(苦笑)。しかしそんな時代であったのは間違いない。「課長島耕作」が女性に人気がないことが良いか悪いかは別にして、あれも時代を表している。

 

学生が終わり一旦どこかの会社に入れば皆60歳まで同じ船に乗って突き進んでいく株式会社日本であったからその団結心は強く外から観てるとキチガイかと思うがやってる本人たちはそれでサラリーマンごっこを楽しめるのだから言うことない、まさに植木等の「無責任サラリーマン」そのものなのだが、新橋駅にこのようなメッセージコピーが貼られるって事は昔も今も基本は変わってないって事なのだろう。

 

勿論バブル崩壊後世の中は大きく変わったけどそれは表層の部分のみに影響を与えたが日本のコアなサラリーマン層を変化させるものではなかったという事だろう。

 

サラリーマン首切り制度については「いよいよ来たか」である。今まで最高裁判例で提示された解雇に関する原則ルールで正社員を解雇する場合には非常に厳しい条件を越える必要があった。それが今まで大企業の社内失業を招き企業体力に影響を与えていたが今後は退職パックの提案をすることで首を切れることになる。

 

こんな事を書いても対象となる本人は理解出来ないだろうし理解できる人々は「今更」って話で、なんか「ぶつぎり」であるが、イギリス人が多く住むニュージーランドでスノッブを観る機会があり同時に社畜のような日本人を観て、うーん、なんだろなって思う週末だ。

 

一つだけ言えることは、社会から何も期待するな、世の中は所詮不平等だ、学べ、戦え、自己戦闘能力を高めろ、これからは会社も誰もあなたを守らない、自分で自分を強くするしかないってことだ。



tom_eastwind at 14:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月20日

徴兵

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横畠裕介内閣法制局長官は19日の衆院平和安全法制特別委員会で徴兵制について「単なる環境の変化で法的評価が変わるはずもない。今後も違憲という判断に変更はあり得ない」と述べた。憲法解釈の変更で徴兵制を認めることはないとの考えを示したものだ。菅義偉官房長官も「徴兵制は憲法上、許されるものではない」と強調した。

 質問した民主党の辻元清美氏は、政府が安全保障環境の変化を理由に集団的自衛権を行使できるよう憲法解釈を見直したことを批判。「同じ手法で時代環境が変われば徴兵制も認めかねない」と追及した。

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衆院平和安全法制特別委員会の19日の審議で、公明党の浜地雅一氏が、徴兵制に関する質問をしていた民主党の辻元清美氏に「ばかか」とやじ。その後お詫びをしたそうだ。

 

浜地さん、そりゃダメでしょ、あなた、知的障害者に対して「馬鹿か!」って言いますか?言いませんよね。公明党でしょ?バカに向かってバカって言う事は名誉毀損ですぜ(笑)、だから辻本さんに次回何か言いたかったら「おい、中国からいくらもらってんだー!」とか「辻本が北京向きゃ尻は皇居!間違ってもクソすんなよ!」くらいにしておかないとダメでしょ(笑)。

 

まあこの質問をした民主党議員に興味はないが質問の内容が「いよいよ来たか」である。てかもしかして裏で政府と組んで「きよみちゃん、今度はこれ質問してねー」とやってたのかもしれない。

 

それくらい時期の良い質問である。現行憲法を変えずに解釈変更で安保を変化させるなら徴兵制度も同じように解釈変更でいけるのは分かりきっている。

 

ただ政府はバカではないからいきなり一足飛びにこんな事はしない。まずは外堀を埋めてゆっくりと社会全体を「だってお国を守るのは若者の仕事だろ」って風潮を広げて外国で戦闘して命を落とした自衛隊員の英雄話でも作り上げて(戦前のなんちゃら三銃士みたいなの)国民に「戦いに行かないのはヒコクミーン!」とやる。

 

そうれば同調気分が大好きな日本は「自分は、自ら志願するであります!」となる。これで実質徴兵制度の出来上がりだ。実際に日本の周りを見渡せば殆どが徴兵制度があり中国が徴兵制度はないけどそんなもんあってもなくても関係ない独裁国家だから徴兵制度あるかないかなんてあまり関係ない。

 

徴兵制度の下で第二次世界大戦に突入したのが日本であり当時の日本人も今の日本人も精神面では全く変わっていない。だから当時戦争に突入したなら今回も戦争、徴兵制度と続くことが十分にあり得る。

 

石破さんも「石破氏は「政府見解に私も従うのは当然だ」と明言。現代戦では兵員に高度な技能が必要なため「今日的な軍隊では徴兵制を採る意味はない。これから先、徴兵制があり得るか。必要性がない以上、そういうことはない」と解説した。」との事。

 

「現代戦では高度な技能が必要」であるのは間違いないが国家間の戦争は最終的に土地の分捕り合戦である。IS国に志願した若者は半年で武器の使い方と戦闘の方法を学び現場に出て行ってる。

 

「高度な技能」が必要とされる電子戦や戦闘機操縦、操艦、戦闘車の集団運用などの分野はほんちゃんの自衛官が今まで通りやればよいが、弾除けや地雷掃除としての兵隊にはそれほど多くの能力は要求されない、だから半年も訓練すれば現場に出せる。

 

つまり石破さんの言ってることは強烈な裏ワザで「高度な技能が不要であれば徴兵制もあり得る」なのだ。ここ、試験に出ますよ(苦笑)。

 

すでに土台は出来上がっている。後は「いつやるか」だけなのだ。僕は2020年以降だと考えている。2020年までに日本のフレームをがちっと固めておいて海外派兵の実績を作りつつオリンピックを成功させてその後本格的に自衛隊を国連軍の戦闘群に組み込みアジアで随一の「実用的な兵器装備と運用部隊を持つ」軍隊を作り上げる。

 

兵員総数で中国に負けても個々の戦闘能力は高く近接戦や限定戦争であれば中国と互角に戦える。日本はとにかく中国の海岸部までしか攻撃や進出の対象としない。つまり大連、天津、上海だけを攻撃拠点として北京や重慶や広州には手を出さない。

 

そうやって第二次世界大戦の失敗を注意しつつ21世紀の中国を除いたアジアの中心的国家となっていく。これが日本のグランドデザインではないかと思っている。




tom_eastwind at 16:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月19日

ビザ連発発給

 

この半年、申告したビザが立て続けに取れてる。去年の総選挙スキャンダルや弁護士同士のトラブルに巻き込まれた時は大変な騒ぎになったが、信じてついて来てくれた皆さんには全員ビザが発給された。トラブルになった案件でもすぐに力技でひっくり返してビザ取得(笑)。

 

今日も本来なら9ヶ月かかると推測していたビザ申請があっという間に発給された。担当者の名前もないままにってのは本当にびっくり。

 

けどこれは移民局の要望?でもあった。要するに実績作り。日本人は移民としての質が高く資産内容も中国などと比べて綺麗である、だったら日本人を優先しようよって事だ。

 

それ正解なんですよ、世界中で一番真面目な人種が日本人なんだからもっと日本人取りましょうぜ!申請の数で言えば中国人が圧倒的に多いが申請の質で言えば日本人が圧倒的に良い、これが現実化している。

 

最近は起業家ビザでもさくさくいってる。ほんとに移民局の対応ってのは本来の顧客である移民ではなく自分たちの保身用にNZ国民の反発を喰らわないようにって姿勢が見え見えだ(苦笑)が、当面は総選挙もないのでこっちも助かる(笑)。毎日忙しいけどビザが取れる忙しさならいくらでもどうぞって感じだ。

 

今日は来週からの日本出張に向けて準備、各担当者が個人面談顧客ごとにファイルをまとめて月曜日に一本化して、それを持ってぼくは火曜日にAucklandを出発、この日は香港で定点調査(笑)、水曜日の夜に東京へ移動して木曜日から個人面談開始である。

 

今後のテーマは移住に加えて海外相続と高齢化が入ってくる。実際に今扱っている案件に両テーマが増えている。

 

相続も高齢化もお客様からすれば一生に一回の大変大きな問題だが僕はそれを毎日何件も同時進行でやってるので世の中の流れを感じる。そっかー、日本ってどんどん変化しているんだなー。よっしゃ、頭痛くなったんで今日はもう寝ようっと(笑)。



tom_eastwind at 17:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月18日

さあ、物語を書こう 2

皆さんが東京でよく見かける浮浪者の多くはバブル崩壊の時代から始まっている。バブル期にローンで住宅を購入したが物件価格は下がり銀行は追証を要求し泣く泣く不動産を手放すがそれでも銀行への借金は残っている。賃貸アパートに引っ越すが満足に家賃も払えない。

 

そして勤める会社は突然の株価値下げでリストラを余儀なくされ、今まで普通にサラリーマンしてたのにあっという間に家庭崩壊、妻は子どもと実家へ、夫はついにアパートを追い出され住む所もなくなりビニール製のテント暮らしが始まった。

 

被害はそれだけでは収まらない。当時銀行幹部が誰かによって射殺された事件、銀行行員がフィリピンに行ったまま行方不明になったままの案件、この時に一番暴れたのがバブル当時現場で地上げ作業をしていた暴力団である。

 

彼らはバブル崩壊で弱り目の銀行幹部に「お前のやった情実融資バラすぞ、クラブのねーちゃんとの2ショット、自宅に送りつけるぞ」そうやって更に銀行からカネを引き出した。この事実のために更に多くの銀行員が自分の命を絶った。

 

こうやってバブルは崩壊して1997年の三洋証券、拓殖銀行、長期信用銀行の倒産に繋がる。1990年がバブル崩壊なのか、人によっては1997年という意見もある。ただ間違いなく日本は1990年代にそれまでの勢いを失っていた。

 

しかしそんな中でも一部の人々は少しほっとした顔で家族で海外旅行を楽しんでいた。丁度その頃僕は香港にいて旅行会社で働いていたから彼らの顔を見ていた。当時は香港発の航空券が日本発より安かったので需要があった。

 

「今年はアフリカのサバンナを観たいので手配して頂戴。」かしこまりました奥様、って事で木の上にあるホテルとかとにかくこのご家族にはいろんな手配をした。

 

随分仲良くなってから「あ、そうそう、うちの娘の結婚相手が決まったのよ、お相手はね」と言って今でも雑誌や日刊紙に広告を掲載している塗料会社の二代目。現物と一度香港パシフィックプレースのバーでお会いしたが、好青年。この人ならいけるなって思ってたが案の定今も調子良さそうだ。新しい塗料の開発も続けている。彼らはバブルの波を逃げ切った人々だ。

 

香港には1991年から1996年までいたから、まさにバブル崩壊後の日本を真横で見つつ日本から出て来たお金や人や口座開設などいろんなお手伝いをしたものだ。

 

当時僕が見た中で一番すごかったのが香港側のビクトリアホテルのオーナーだった日本人が自殺をしたことだろう。東京と香港を往復する時は絶対に日本航空で1Aにしか座らない人だった。知らない担当者が「お客様、満席で御座います」なんて言った瞬間にクビが飛ぶ。香港から東京に戻る時、1Aからは富士山が綺麗に見える。彼は毎回富士山を観ながら何を考えていたんだろうな。

 

政治経済では「NOといえる日本」など本も発行されてたが実際には戦後経済であり米国からの各種要求が毎年積み上げられていた。とくに当時の欧米が要求していたのは金融自由化、つまり金融ビッグバンである。

 

1970年代のベトナム戦争撤退などで自信をなくした米国であったが1980年代に債券などの金融商品の自由化とこれに対応するように自動計算システム、つまり今のパソコンの発明で金融市場が爆発的に成長してITと金融を武器に欧米を一気に好景気に持っていった。

 

当時の日本は外国為替及び外国貿易法により個人が海外に銀行口座を持つとか資産運用するとか保険を買うとかは基本的に禁止されていた。送金出来る銀行は限られ送金先に自分の口座はない、なので実質的に送金が出来なかった。

 

そこで欧米が日本に仕掛けたのが、日本のカネを欧米の金融市場に流しこむことである。そのために邪魔なのが日本の外為法(外国為替管理法)だった。

 

そこで金融ビッグバンの勇名の元、1998年に新しい外為法が日本の法律として制定されて個人が海外送金したり現地で口座を作ったり出来るようになった。

 

当時の大蔵省はこんな法律作られたら日本の財産が海外に流出する、ところが表立っては欧米に逆らえない。そこで法律だけは導入してもいつものように骨抜きにしようとした。

 

そんな時に大事件が起こった。大蔵省官僚の銀行側からの違法接待「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」である。

 

ガラス張りの床にパンツを履いてないウエイトレスを立たせてサービスをするという実に下卑て下品で想像力の欠片も自己羞恥心の欠片もない店で高級官僚が女の子のスカートの中を覗きながら接待を受けていた。

 

当然これは大醜聞になり次々と続報が暴露されて大蔵省は外為法改正案の骨抜きどころではなくなった。自分たちの乗っていた不沈艦が沈み始めたのだ!救命具はどこだ、船のどっち側が生き残るんだ?誰もが保身の為に動き、その間に粛々と外為法は原文のまま国会を通過した。

 

そして米国の要求は通った・・・。

 

***

外為法(「外国為替及び外国貿易法」)は、わが国と外国との間の資金やモノ・サービスの移動などの対外取引や、居住者間の外貨建て取引に適用される法律です。外為法の目的は、対外取引に対し必要最小限の管理・調整を行い、対外取引の正常な発展やわが国または国際社会の安全の維持等を促すことにより、国際収支の均衡と通貨の安定を図り、さらにはわが国経済の健全な発展に寄与することです(同法第1条)。

***

日本銀行のウェブサイトより抜粋。文責作者。

 

こうやって日本の金融市場は世界に開かれた。多くの日本人にとって英語も出来ない海の向こうなどよく分からない、そんな中で勇敢な人々は外国に出て行き資産を海外に移した。

 

政治は乱れ官僚たちは行くべき道を失い、様々な規制が次第に緩くなっていく中で現れたのが若者起業家である。ホリエモン、村上ファンド、楽天、ソフトバンク、多くの若者が大人によって支配されていた社会に穴を開けたのだ。

 

彼らはネクタイをせず自由奔放に振る舞い「大人なら分かるだろうが!」と怒る野球球団のオーナーに喧嘩を売りメディアを買収にかかり「わかんねーよ!」と答えた。

 

しかし最後には虎の尾を踏んでしまいホリエモンと村上ファンドは潰され、うまく政府と立ち回った楽天とソフトバンクは生き残った。

 

そして官僚はまた力を付け始めた、小泉政権の下で。但しその後の政権が長続きせず、行くべき道は見えていたが支えるはずの政治が弱く実行出来なかった。そして民主党政権。こうなったらいいや、いっぺん政治を乱してやれ、俺達が実務やらないとどうなるか、政権にも国民にも理解してもらおうじゃないか、彼ら官僚はここでふて寝を決め込んだ。

 

そしてその後の安倍政権誕生。これには官僚がどこまで関与したか分からない。米国は強い石破より弱い安倍の方が操縦しやすいと思ってたのかもしれない。このあたりの事実は20年後にしか分からないだろう。

 

ただ結果的に選ばれて首相になった安倍は強かった、それもとてつもなく。安倍首相は官僚と組みお互いの利益調整をしつつある時は消費増税延期、強運の持ち主なのか2020年オリンピックを引っ張ってきてある時は農協改革、そして安保と立て続けのホームランを打ち地方選の負けを隠すほどの実績を作った。

 

そして物語は今に至る。

 

さて皆さんはこの25年を振り返ってどう考えるだろうか?今の時点から過去を見れば「あれがダメだったよね」とか「これが間違いだよね」といくらでも言える。けれどその時その場所に生きてた人は明日がどうなるか分からないまま行動してたのだ。あなたならどうした?生き残れたか?

 

では振り返ってこれから10年の日本を皆さんは予想出来るだろうか?予想出来ても対応して行動を起こせるだろうか?

 

今から25年前、日本では誰もが「明日は今日より良くなる!」と思っていたがそれは単なる読み違いの勘違いであり25年の間に多くの日本人の生命を奪いブルーシートに追いやり日本を二極化させて一握りの成功者と多くの下層階級を創りだした。

 

今から振り返ってみればすべての現象には予兆があった。その予兆を読み取って行動した人たちは生き残ってアフリカのサバンナ旅行を楽しんだ。けれど多くの人は読み取れなかった。何故だろう?

 

自分がこれから日本で50年も生きていくのだとするとあなたの子どもの未来はあなたにかかっている。

 

未来は、実は見える。考えれば見える。何故ならそれは国民全体の意思と地球人の意志の集合体であるからだ。1997年に倒産廃業した山一、拓殖銀行、日本長期信用銀行などは当時は入社出来れば定年退職まで左うちわであったが、それが潰れたのが偶然だとしても大樹が倒れた時にどうすれば個人として生き残れるか、それを考えてなかった人々には不幸だったろう。大樹に寄りかかってた人々の衝撃は計り知れないが、けどそれが現実なのだ。

 

物語を書いた。今日までの日本の25年という話を。

 

ぜひとも知ってもらいたい、あなたの人生は一回しかないってことを。



tom_eastwind at 07:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月17日

さあ、物語を書こう 1

今日は30歳前後の方向けの話である。

 

ここに1千冊の本がある。そのうち5冊の本を読めば君は賢くなる。少なくとも今の日本で何が起こってて次の5年で何が起こるか分かる。問題はその5冊をどの本にするかだ。多分君には面倒な一冊かもしれないけど、これから起こるであろう君の人生には役立つ。

 

そんな時、ぼくが君に出来る助言は「1千冊全部読め」だ。

 

物語は約25年前に始まった。このブログを読む読者の中でもまだ生まれてなかった人もいらっしゃるだろう。

 

1990年、日本の土地バブルの崩壊が始まった。

 

1980年代日本全体が景気が良く社会では「私をスキーに連れてって」で苗場スキーが一大ブーム、リフト待ちは1時間、昼食場所では食事をしている人の後ろに料理を持って終わるまで黙って立ってるような混み方だった。

 

この当時東京都内で不動産を持ってれば誰でもお金持ちになれた。そうしてバブル紳士と呼ばれる人々が銀座の街を徘徊して大手建設会社部長や大手銀行の支店長クラスを集めて夜な夜な飲み会を行いその席で賄賂が渡された。

 

バブルを引き起こしたのは誰か?議論の尽きない点であるがバブルの現場で東京の一般民の自宅にトラクターを突っ込ませて汚物をばら撒いたのは組織暴力団であり彼らにカネを渡したのはバブル紳士でありバブル紳士に仕事を発注したのは大手建設会社であり大手建設会社に資金提供したのは大手銀行の支店である。

 

当時の言葉で一千万円を束ねた札束のことを「レンガ」と呼んでいた。サイズが良く似ていたからだ。ああなるともう札束ではなくごろっとした塊である。こういうのが銀座に来る高級車のトランクにゴロゴロしていた時代だ。

 

土地は値上がりし株価は上昇しその内実はスカスカ、つまり実需のない土地の値上がり、会社の株価は解散価格を大幅に上回っていた。そんな時大蔵省が突然銀行に対して貸付総量規制を通達した。つまり銀行がカネを貸すのに制限をかけたわけだ。

 

この時にバブルを理解していた紳士どもは次に起こるバブル崩壊を予測してすぐに手仕舞って土地や株を現金に替えた。ところが崩壊の足音を聴く力がなかった人々は「まだいける!」とばかりに株や土地や郊外の一軒家をローンで買った。そして1990年、株価は下がり始めた。暴落し始めた、という表現の方があっているだろう。

 

そして失われた20年が始まる。

 

***続く***



tom_eastwind at 17:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月16日

あなたの大事なお客様

最近の夜は寒いのでもっぱらホットウイスキーである。週末に地元の酒屋に行くと何とサントリーウイスキー角瓶を置いてありハイボールの作り方のパンフレットまで付いてた。やるねサントリー、こんな地球の裏側まで来てる。

 

「モスのライバルはマックではない」という内容の本がある。モスの会長が自社の沿革を語りつつビジネスの視点を常に正しい場所に据えろ、みたいな。

 

こういう本ってのは形を変え業種を変えて出てくるけど、どの本でも共通する点がある。そしてそれは啓発本やビジネス本として世の中で売れているのだが日本で仕事をしていると「あれ?あれだけ本が売れたのに全然変わってないよ日本」となる。

 

これは結局多くの人は本を読むが読むだけで満足して実行しない、自分を変えようとしないからなのだろう。自分の今の立ち位置がどこなのか、これからどっちに向けて進んでいくのか、こういうのは本に書いてあることを実行してみないと分からない。

 

「俺さー、ピケティの考え方がさー」なんていう人もいるが中身読んで理解したのか?「兵法」を読んでも実行出来なければ意味がない、読まなかったのと同じかそれ以下だ、だって無駄な時間を使ったのだから。

 

若いうちから自分のスタイルを作ってしまいそれで突っ走るか又は体育会系の脳みそ筋肉で何も考えないか。どちらにも共通するのは他人は自分と違うことが理解出来ない、例えば10人いれば10個の正義があるってことだ。

 

10個の正義なんて民放番組でもテーマになってて皆が解ってるはずなのにいざ自分の番になると「何で皆分からないの?私の言ってることが正しいのよ!」となってしまう。テレビ観ておせんべい食ってる時は「そうだよねー」と言いつついざ自分がその立場に立つとテレビで言ってた事をすっかり忘れて「自分だけ正しい」となる。

 

つまりテレビを観ても本を読んでも自分がそこにいない、当事者意識を持たず理解出来ない状態から言ってることとやってることが違う。お前さっき何て言ってた?である。とかく人は自分が当事者意識を持って考える事ができない。

 

例えば新入りの「あなたの顧客は誰だ」。新入社員や新しいバイト先などでは仕事を教えてくれる先輩がいるわけで実はあなたの会社生活にとって最も重要な顧客は先輩なのだ。

 

こんな事言うと「えー?社内に顧客がいるわけないじゃないですかー?」と笑うだろう。しかし仕事は一人でやるものではない。必ずチームを内部外部に作りそこで効率的に仕事をすることで利益も増加する。

 

だから外部の顧客に行く前に内部を固める、つまり周囲に好かれる人間になることが肝要なのだ。先輩に本来業務を教えてもらい+もう一言助言をもらえる。それで仕事を早く深く覚えることが出来る。

 

なのに何を勘違いするのか折角先輩が何か教えようとしたら「それって僕の仕事ですかー?」。教える気持ち、一発で失くす。自分が知りたい事は聴くが先輩が言うことは聴かない。自分のやりたいことだけする。そのうち周囲からも浮いてしまい結果的に能力低い社員となる。けれどそれはあなたが自分で選んだ道なのだ。

 

自分の周りを固めて外に仕事に出るようになれば今度は直属の上司から色々と指示が出るだろう。この時の上司はあなたの顧客か?これは答が難しい、上司の話についていけない自分がいるのか、上司が決定的に間違っているのか。

 

会社の規模によっても答えが変わる。社員数3千人以上で23年で上司が変わる会社ならまずは上司の言うことを健全な疑問を持ちつつ実行すれば良い。それで上司の能力が判断出来るしあなたが上司の指示で動いている限りクビになることはない。

 

もし小さな会社で社長が直接何か言ってくるのであれば自分が積極的であることを説明した上で相手の言うことを理解出来るまで聴く、その時の姿勢は学びである。社長は多分もう少し説明してくれるだろう、けど会社は学校ではない、聴けるのもある程度までだ。

 

社長の時間を奪うことは出来ない。そして社長の言うことを実行しつつ上手く行かなかった時に素直に社長に報告しよう、「ぼく、どうも上手く出来ません、どうすればいいんでしょう」それで社長が話を聴いて助言してくれるならそれはまともな社長だ。しかしそんな助言も23回までである。同じことを何度聴いても分からない=無能である。

 

ちょっと話はそれたがまずどのような外部の顧客よりも内部を固めること。仲間を作り仲間が救ってくれる状態を自分で作り出すこと。それから外に打って出れば良い。

 

そういうふつうのコトが書かれたビジネス本を見かける。どうしようもない自慢本や一発屋などもあるが出版元を見ればある程度見当が付く。どれだけ時代が変わっても基本となるビジネス本もある。孫氏の兵法、中村天風クラスになるとそのまま仕事に直結する。

 

良い本を読み脳みそを鍛えて今自分が置かれている立場はどこなのか次の一手をどうすべきなのか、視点を明確にしよう。そうすれば誰が貴方が味方にすべき人か顧客サービスの方法も含めて見えてくる。



tom_eastwind at 21:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月15日

442nd

日曜日にまた「442部隊」二世部隊物語を観た。何度観ても日本人である事に誇りを感じて同じ移住者として元気が出る映画だ。やはり日本人ってすごい。

 

米国西部(主にハワイ、ロサンゼルス、サンフランシスコ)に移住した日系移民は一生懸命働き貧しい中でも子どもを学校に送り良き市民として生活をしていた。

 

ところが第二次世界大戦である日突然敵性国家の人々となり収容所に放り込まれた。日本人たちは収容所の中で考えた、俺達の何が悪いんだ、俺達に何が出来るんだ。

 

その頃米軍としても欧州戦線で多くの負傷者を出していたためどこかから兵隊を調達する必要があった。そんな時に日本人の若者を欧州戦線に送り出す計画が決まり日系二世の若者は親と母国のために銃をとった。

 

米国陸軍で最もたくさんの勲章を得ることになった二世部隊の誕生である。これは戦争映画ではなくドキュメンタリーである。当時まだ生き残っていた二世兵士にインタビューを行い彼らの声で当時の現地がどうであったかを語ってくれる。

 

モンテ・カッシーノの戦い、ボージュの森、ダッハウの解放、当時の戦闘の映像を映しながら二世部隊は進んでいく。

 

彼らは母国アメリカの為、収容所にいる家族の為、そして祖国日本の「恥」にならない為に勇敢に戦った。欧州戦線でドイツ軍と戦い同じ米国人兵士からはJAPと呼ばれ人種差別とも戦った。

 

そして多くの若者が命を落とした。テキサス部隊救出の際は約220名のテキサス出身米国兵を救うために220名以上の442部隊の兵士が死傷した。

 

米国陸軍史上最も多くの死傷者を出した部隊でもある442部隊の生き残りは戦後戦争のことを話すことはなかった。あまりに苦しく言葉に出してしまった瞬間に狂ってしまうんじゃないか、多くの若者はPTSDになった。

 

戦争が終わった時大統領であるトルーマンが特別に442部隊を直接表彰することになった。周囲は止めた「米国人ならまだしも」トルーマンは言った「彼らこそ本当の米国人だよ」

 

戦後その勇気を称える声は続いたが彼らはその度に死んだ仲間を思い出して涙を流して「本当の英雄は、欧州戦線で死んだ仲間だよ、俺じゃない」

 

ドイツ軍と戦っている時、仲間たちの目の前にドイツ軍の手榴弾が飛び込んできた。発火まですぐだ、投げ返す時間はない、その時何のためらいもなく一人の兵士が手榴弾の上に身を投げだした、皆を助けるために。

 

 

その後若者は米国社会に戻り働き日系移民の優秀さを米国中に知らしめた。故ダニエル・イノウエは米国で大統領継承第3位であった。彼は戦争が終わりかけた時の戦いで右腕をふっ飛ばされた。それでも左手に武器を持ち替えてドイツ軍の塹壕に向けて突撃した。

 

このドキュメンタリーの何よりも良い点はその最後にある。ダニエル・イノウエがアメリカについて語る部分だ。親たちが収容所に入れられた事は当然人権侵害で訴えて勝利を勝ち取ったが彼はそれでも言う。

 

「アメリカはチャンスの国だから、何でも一生懸命やれ!俺達は未来へ向かって歩いてる。過去から学ぶがそれは良い部分だけだ」



tom_eastwind at 18:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月14日

弱い性

僕が他人と話をする時にもっともうざいのは議論の基本を知らずに議論をされることだ。

 

例えば「反対のための反対」。何かを生み出すのが議論の目的なのに議論の相手のちょっとした部分が気に入らないから相手の言うことすべてに反対する。とにかくひたすら感情論だ。「あの人が言ったから気に食わない」である。議論の中身はどうでもよいのだから議論に参加する必要ないんでないの?

 

それとか「一般論に対して例外を持ち出す」。これなんてうざくてうざくてどうしようもない。例えばどこかに旅行に行く時に「米国のハワイは一般的に熱帯地方であり暖かい」というと「けどハワイ島のマウナケアには雪が降るよ」

 

そんなもん知ってるっちゅうに。今の話は平地のビーチで過ごす場合の話であり誰も標高4205mの山登りをしようと言ってるんじゃない。話の腰を折られるとほんとに子供相手の疲れを感じる。

 

そして一番嫌なのが会議の際には何の発言もせず決定事項をやるぞってなった時に全然内容を理解せず何も実行出来ない連中である。自分に関係ないと思ってるから全然聴いてない。今までの人生、どうやって生きてきたんか?

 

あ〜あ、何の為に時間使って会議したのか?無力感がどかーんと乗っかる瞬間である。こいつとは二度と会議しないぞって思う瞬間でもある。

 

こういうのは社内会議の話ではない。うちの場合社員が全体的にリテラシー(識字率:何か表現されたものを理解、解釈、分析、再表現)が高いのであまり齟齬が出ることはない。しかし他社の人々と議論していると全く議論が噛み合わない事がよくある。

 

ここ3年ほど日本人が関連する外部との提携案件を扱ったが、ほんとにネクタイしているしていないに関係なくバカと会話すると疲れる。だもんで最近はすっかりシティのキーウィビジネスマンとのビジネスばかりだ。彼らの場合それなりに議論の意味を理解していて英国の伝統である契約概念があるので話が早いし決まった事はすぐに実行してくれる。

 

***

今年は1995年に北京で開かれた第4回世界女性会議で女性の平等を目指した北京宣言から、ちょうど20年の節目の年。当時は10年後の2005年までに男女平等を実現させるという目標を掲げた。

 

私たちは社会全体の最大幸福を目標に掲げるべきだ。遠回りのように見えて、それが日本経済を復活させる道につながっている。

 

  1843年の創刊以来、初の女性編集長としてザニー・ミントン・ベドーズさんに率いられる英誌エコノミストは「弱い性。仕事もなく、家庭も持てず、見通しが立たない性はオトコだ」という特集記事を掲載した。

  いまだに職場で若い女性にお茶汲みをさせ、ふんぞり返っている男性は英和辞書と首っ引きで読んでおいた方が良い。

  教育の機会均等やICT(情報通信技術)の発達で男女格差は急激に解消されている。コミュニケーション能力にたけ、周囲と良好な関係を築ける女性より、将来、行き場を失うのは男性の単純労働者だと警鐘を鳴らしている。

http://blogos.com/article/116642/

***

 

そう、上記のブログを読んで頂ければわかると思うが日本人の場合読解力は女性が圧倒的に「上」なのである。そして今の時代、まさに僕の職場では当然のように「相手が何を言っているか」を理解する能力が必要とされてて、だから男女平等で求人したとしても「男」はほぼ使い物にならず数ヶ月で辞めてしまう。

 

結果的に何が起こるか?社員の殆どが女性となる。ちなみに当社社員数は約20名だが男性は現在3名である。これは何も僕が男性を嫌いだからこういう比率になったわけではなくダーウィンの「自然淘汰」である(苦笑)。

 

当社は基本的に随時入社である。優秀なら取る。ただ今までの経験値で言えば男性から送られてきた履歴書は殆どが「痛い勘違い」である。自分が「出来る!」と信じてるから怖い。そして女性から送られる履歴書で最も「痛い」のは「あったしー、NZと日本の為にー、架け橋になりたいんでーす」的な内容である。あふぉか。戦略って言葉、知ってるか?である。

 

去年末は大阪で10名程度の当社OB飲み会をやって久闊を楽しんだが、あのチームは男性が多かったな。あの頃は男性も優秀だったって事かな。

 

男性と女性の違いは、男性は高いところの書類を取れて重いものを運べるだけだ。けど21世紀になって書類はデータ化されパソコンはノート中心になり高いところのものも重いものもどんどんなくなっていく。

 

男女平等社会の誕生とは男性が弱くなりビジネス社会から放逐される事だ。男性に残ったオフィス関連の仕事は女性が働く職場に20リットル入りの水ボトルを手押し車で配達とか女性が働く職場の天井の電球を交換するとかだ。しかしそれも水運びロボットや電球交換ロボットが出来るまでの間である。

 

これからビジネスの現場で求められるのは会話能力であり「弱い性。仕事もなく、家庭も持てず、見通しが立たない性はオトコだ」という現実が来る。

 

もしこのブログを読む貴方が普通の男性でこれから社会に出ようとしているなら割り切れ、今のうちから建設業を学び現場で鉄筋を運びコンクリを流し込み若くても一流の現場労働者になれ。少なくともこれで5年は食える。

 

次の5年は介護産業もありだし意外と農業も良い。決してネクタイを付ける仕事はせずに徹底的に割りきって現場に張り付くのだ。そうれば少なくとも「弱い性。仕事もなく、家庭も持てず、見通しが立たない性はオトコだ」なんて事は言われない。



tom_eastwind at 17:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月13日

新たな日米関係

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米国の新冷戦はロシアだけでなく、中国とイランを同時に敵視し、米国に敵視された露中イランが結束を進めて強くなる事態を招いている。安倍首相が 4月末に訪米し、その前後から日本政府が急に軍事拡大できるを法体系を整備 し始めたが、この日本の動きは、米国が露中イランとの新冷戦体制を構築して いることと同期している。日本政府は米国から新冷戦への参加を誘われ、呼応 している。安倍首相は6月6日、日本の首相として初めてウクライナを訪問する など、米国のロシア敵視策につき合っている。安倍と前後して、同じく対米従 属のカナダの首相もウクライナを訪問している。

田中宇

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サミット直前に安倍首相がウクライナを訪問したと聴いて違和感があったが、なるほどこれか。

 

日本の戦後政治の基本は対米従属である。これは戦後70年全くぶれていない。冷戦時期は米国の核の傘に入り軽武装+安保条約で70年間自前の戦争をせずに来た。

 

しかし米国が世界の警察を止めることになりアジアは日中でやって下さいって流れの中で日本はどうするんかなと思ってたらどうやら完全に対米従属に戻るって事ですね。一時期は中国との距離感が気になったがこれで日本の立ち位置は明確になった。

 

中国が外に出始めた当初は新米中関係などと言われて来たが米国としてはこれまで軍備費用を負担してくれて今後は軍隊まで派遣してくれる日本に対して最恵国待遇を与えて「これからもよろしく」って事に決まったようだ。

 

今までオバマ大統領を含む多くの米国政治家は安倍首相が先祖返りして米国に逆らいアジア侵略をするのではないかとずっと疑惑を持っていたが、今回の米国訪問でその点は払拭されたのだろう。つまり外国への侵略はしない、米国にはどこまでも付いて行く、自前の軍隊と武器を持ち国境を守る。勿論米国も甘ちゃんではないからきちんと「証文」を取っているはずだ。

 

何が起こるか分からん中国や朝鮮半島相手に話し合いする時間の無駄を考えれば、ユーラシア大陸の東端から「人民」が飛び出してこないように南北に長い日本列島及び沖縄まで「不沈空母」にしようって事だろう。岸さんではなく中曽根さん方式ですね。

 

21世紀の米国が考える太平洋国境議論には中国の海洋支配をどこまで認めるかの中でグアムあたりを第二国境線としてそこから東は米国、西は中国だった。この理屈でいけば日本は中国領になってしまう。しかしこれはどうやら撤回して日本とフィリピンを使った中国包囲網に持って行こうという事になったのだろう。

 

日本をハリネズミで武装してついでに核武装させれば中国に対する抑止策になる。戦争は日本に任せておけばよい。これで日本も理屈の通じる米国と良い関係を維持出来るわけでお互いに悪い話ではない(笑)。

 

これから日本は武器開発を始める。潜水艦はすでに世界最高クラスの実力を誇る。今まで米国によって禁止されていた自前の戦闘機開発も始まるだろう。空母はすでに二隻あり今後も中国封じの為に東シナ海へ派遣するために建設されるだろう。三菱重工、造船業は「買い」ですね(苦笑)。

 

さて不沈空母。今の中国情勢を考えればこれから日本人は本気で限定戦争の覚悟を持つ必要がある。



tom_eastwind at 11:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月12日

教養・素養・品性

たまたま調べ事をしていたらこんな記事を見つけた。2014年の記事だが今でもそのまま普通に納得して読める。まずはお読み下さい。

http://www.recordchina.co.jp/a84948.html

 

日本で生活をする中国人はそこが日本だと理解しているからそれなりに態度を改めるし長く住めば日本の品性が気持ち良いものだと分かり実践する。けど中国本土で生活をする中国人は「そのまんま」である。

 

そして「そのまんま」の感覚でオークランドに留学して来た中国人学生は中国にいる時のまんまの態度で生活をする。一言で言えば品性が下劣なのだが、これは彼らは自分で感じることは出来ない。何故ならバカは自分をバカと認識していないからだ。

 

まず車の運転。とにかく交通ルールを守らない。右折専用レーンにいるのに自分がまっすぐ行きたいから青になっても動かない。後ろからガンガンクラクション鳴らされても知らん振り。

 

クイーンストリートの交通の激しい大通りで路上駐車の場所を探すため思いっきりのろのろ運転。後ろの車はガンガン怒るが知らん振り。他人の月極専用駐車場に平気で駐車する。周囲に迷惑をかけても気にしない。まさにカエルのツラにションベンレベルの厚かましさである。厚顔無恥とも言う。

 

歩きタバコで他人に迷惑をかけても気にしない。他人がいるエレベーターのリフトの中で大声でしゃべる。NZではビルの中は禁煙であるがビルを出たすぐの所で23人でタバコを吹かすから入口が煙草臭くなるのに気にしない。

 

そしてトイレの使い方がひどい。中ぶたを足で蹴上げる、流さない、トイレットペーパーが床に落ちても無視そのまま。だから中国人の使ってるトイレはまともな品性のある日本人には利用不能となる。

 

うちの会社の入居している階は幸い中国系企業がいないので運がよい。女性トイレはウォシュレットを導入している。これは女性用の福利厚生のためだがこの階に中国系企業が来たら大変な騒ぎだ。幸いこのフロアは5オフィスのうち当社が3オフィス借りており日系企業が1オフィス、キーウィ企業が1オフィス借りているので今のところ問題はないが(苦笑)。

 

そういう彼ら中国人学生の顔を見つめて相手がわざとやっているのか見ているとそうではない、全く悪気がないのだ、彼らはただ単純に自分の国でやってたことを「そのまんま」こちらでやってるだけなのだ。

 

だから彼ら学生、中国人以外に怒られると「えへへー」みたいな顔でばつの悪さを何とか誤魔化そうとする。要するに今まで怒られた事もなければルールを守った事もないから自分の何が問題か分かってない。ルールを守らなかった事よりも他国にいてその国の人に怒られた、だからとりあえず謝っておこう、みたいな感じだ。

 

だからもし貴方がオークランドに住んでいてバスに乗り込む際に中国人が割り込みをしたら誰にも聴こえるような大声で“NO!”と言おう。

 

しかしまあ、もうこうなると余程の無教養のバカ親が馬鹿息子を可愛がりバカを再生産する仕組みとしか言いようがないが、無教養であるのも中国の歴史を振り返ってみれば理解出来る。それは紅衛兵問題である。

 

バカ息子の親たちは1960年代後半に始まった中国文化大革命のど真ん中で生きた。子どもの頃から共産主義のエリートとして紅衛兵と名乗り教科書の代わりに棍棒を持ち学校の先生に学ぶのではなく彼らをリンチにかけて学校の校庭で晒し者にした挙句棍棒で殴り殺し学校や図書館にあった本を「焚書」にしてしまい遂には当時の政治指導者であった人々や学者、文字を書ける知識人などを拷問にかけて街中を引き釣り回して最後は絞首刑、殴り殺しという実に見るも無残な青春時代を過ごした。

 

ちなみにこの文化大革命では当時の現役国家主席である劉少奇がリンチの挙句に監禁されて死んだ。小平は運良く西部の農村に下放されるだけで済んで一命を取り留めた。

 

文革終了後、小平による改革開放が成功して中国が経済成長すると今度はその紅衛兵だった連中が当時の地方共産党で幹部になっていたから農民から土地を取り上げ工業団地にして外国企業に売ってそのカネは自分たちで山分けして今に至る。

 

皆さんが日本で見かける中国人観光客でも小柄で真っ黒に日焼けしていかにも教養なさそうな顔でいつも周囲をジロジロと見つめて時々地面に痰を吐いてるのは大体あの時代の生き残りだと思えば良い。

 

つまりまともに文字も書けず中国4千年の歴史も知らず子供の頃から人の脳天に釘を打ち込んでたような連中が金持ちになってガキを作ったらそのガキがどうなるか、教育学者でなくても分かるだろう。これが今世界中が中国人に対して嫌中感を持つ原因である。

 

***

中国の子どもの多くは、家では一切家事をしない。大声で家政婦を呼び、やってもらう子も多い。多くの親たちはお金を惜しまず子どもにいろいろなことを学ばせる。音楽、囲碁、書道、絵画など何でもできる子もいる。しかし、自立や親孝行、家事などは知らない。日本の小学校で食べたこの昼食は、感慨深いものとなった。

***

日本に行ってみなければ、何が素養教育なのかわからない。日本の子どもといっしょに食事をしなければ、「初めから負けている」ということの意味が理解できない。中国の生徒たちを連れて日本の小学校を訪れた経験は、生涯忘れがたいものとなった。

***

 

昔日本は古代中国から多くのものを学んだ。素養、人徳、品格、どれも四書五経など様々な形で学んだ。それはこの中国の先生が見たように今も「良い素養、教養、品性の文化」として続いている。だから日本人は世界中どこに行ってもその国の人に好感を持たれる。

 

全く皮肉な話である、中国人から素養や教養や品性を学んだ日本人が諸外国で好感を持たれ、素養や教養を生み出した国が今一番世界で嫌われているのだから。



tom_eastwind at 18:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月11日

利益相反行為

「今日は一日喧嘩上等モードでしたねー」スタッフに言われて「あ、ほんとだ」と思った。午前中から午後にかけて2時間かけてランドバンキングの4半期ボードミーティングやったんだけど、ほんとに一昨年から仕込んで開始しておいて良かった、今からゼロから作っても全然追いつかん。

 

けどキーウィってのはすぐ調子に乗って「俺は何でも出来る!」と騒ぎ出して当初の筋書きと全然違うことを言い出すから止めるのが大変だ。

 

ボードメンバーの一人はキーウィだが80年代から日本と米国で投資ビジネス会社で仕事をしており特に80年代後半バブル期の日本企業がハワイやグアム、ロサンジェルスやニューヨークへの投資をする際のアドバイザーやったり投資スキームの組み立てをやってるからどんなに調子良い時でも冷静で常に先を観ているからこいつは大丈夫。

 

だが、オークランドの目先の不動産上昇だけでビギナーズラックで上手くいったキーウィは本気で「俺は何でも出来る!」と思い込んでるから困る。そいつらには「おい、あぶく銭って知ってるか?」って言う事にしている。

 

2時間たっぷりと投資先物件14軒を建築過程、現在までの建設コスト、完成、引渡し時期、予想売却価格と割り出しているのでその数字の現実性チェックをやる。

 

ランドバンキングと言っても難しい投資ではない。地元キーウィのコネで安い土地を見つけて地上げして市役所の建設許可をコネで早く取り通常よりも短い期間で安い建設コストで住宅を作り予め準備しておいた不動産会社がそれをオークションで売る。売れた金でまた次の土地を買い同じ作業の繰り返しだ。

 

投資家ビザの場合4年間の投資が必要なのでランドバンキングも4年で設定しているが期間についてはもっと長期間でもいける。4年間投資を続けて初期の投資資金が何度も回ってランドバンキングの総資産が増えて、これが最終的に投資家の収入となる。

 

この仕組みではランドバンキング自体は法人としての利益には課税されずすべての利益が直接投資家に配当されて投資家はそれぞれ個人の収入としてIRDに納税するようになる。今回は特にこの「納税」の部分をクリアーにした。

 

当社のお客様はある人は現在は日本在住、来年NZに来る。この場合居住非居住の認定をきちっとしておいて今年は租税協定で日本納税、来年はNZPAYEに応じて納税となるが来年申告する際はもし日本で労動収入があった場合はこれも申告対象となるが租税協定によって日本で払った納税分は相殺される。

 

昼飯抜きでオフィスに戻ると今度はとんでもない話が持ち上がっていた。

 

うちの移住チーム(現場)は4人づつ二つの島に分かれているが、戻ると右の島はでは全員が歓喜に湧いてて「なんじゃい?」と言う前に「tomさん、聴いて下さい!!!」一人の担当者が担当していたお客様のビザに大きな進展があった。

 

それも当初プランではこれOUTだったなー途中で戦略変更して大正解、お客様のご決断を頂いたので現れた結果だ。まさに「戦力の一時投入」で大成功!

 

かと思うと隣の島は何だか「あれ?」って感じ。どうしたんだと聴くとあり得ん話になっていた。ある取引に関してうちで契約を担当することになったがどうもそれまでの法的手続きがきちんと行われてないようだ。ところがその点をお客様に聴いてみると「そんなの聴いてないぞ!」である。

 

うーん、そっか、、、これ、最初の連中が何も説明していないな。ゼロベースで全部掘り返すしかないな。早速タカプナの相手側の弁護士に質問状を作成して送る。返答は明日の2:30pmまでだ。それまでに自発的に返事がなければこの取引の全貌をこっちが解剖する。ただその時はこっちの手間かけさせたんだから弁護士にかかる罰則きついぞ。最悪利益相反行為と認定されるぞ。今のうちに大人しく自白しろよって話だ。

 

そんなこんなでまた一日が終了。腹減ったー(笑)。



tom_eastwind at 20:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月10日

マイナンバー制度 2

韓国のMERSがすごい事になっている。今日の午後は香港でも一件の感染が確認された。香港の地元ニュースによると5月下旬にソウルに旅行に行った22歳の香港人女性が発熱、MERSと診断された。混み合ってる街だしSAAS騒動の時は僕が以前良く吉野家牛丼を食べに行ってたビルが封鎖された事も覚えている。

 

やっべーな、日本も水際作戦で大変だろうがアジアで一番公衆衛生が整っている日本だから何とか患者を出さずにいければと思う。必要であれば国際線とフェリーを一時入港禁止にするくらいの措置が必要だろう。

 

さてMERSより長期的にはもっと怖いマイナンバーだ。

 

***

参院内閣委員会は9日午前の理事懇談会で、共通番号(マイナンバー)制度の利用範囲を預貯金の口座などに広げる共通番号制度関連法改正案の採決を当面先送りすることを決めた。

 日本年金機構の個人情報流出問題を受け、10月から始まるマイナンバー制度への懸念が広がっているとして、今後、厚生労働省の調査状況を見ながら、改めて採決時期を協議する。

 同委の大島九州男委員長(民主党)は懇談会後、記者団に「年金問題を精査して原因究明をしないと、マイナンバーが導入されることに対する国民の不安は払拭されない」と述べた。民主党は衆院で同改正案に賛成したが、今回の問題を受け、枝野幹事長が反対に転じる可能性を示唆している。

 

***

 

マイナンバーは年金業務にも活用するため、今回の年金機構の失態は皮肉にもマイナンバーを広く世間に周知する形になったことで、政府内ではこんな声が漏れた。

   マイナンバーの周知不足は深刻だ。帝国データバンクが全国2万超の企業を対象に20154月に実施した調査では、制度への対応を「完了した」企業はわずか0.4%にとどまった。

   マイナンバーの理解が広がらない背景には、その効果が不透明なうえに、企業に様々な負担を求めていることがある。源泉徴収票や厚生年金の被保険者資格取得届などの法定調書には全てマイナンバーの記載が必要になるため、企業は従業員や家族の番号を正確に集めなければならない。本人確認や適切な番号管理の義務も課され、事務コストやデータの保護対策などの費用負担は避けられない。

   煩雑な行政手続きの簡素化も怪しい。年金の受給開始時や所得税の確定申告時などは、これまで添付が必要だった住民票が不要になる。ただ、民間がマイナンバーを利用するのは禁じられているため、引っ越し時にはこれまで通り電力・ガス会社など複数の機関で手続きをしなければならず、政府が目指す「引っ越しワンストップ」は実現しない。

銀行口座への紐付けは「任意」

   マイナンバーの経済効果を約2.7兆円とはじく試算もあるが、これは民間への利用範囲の拡大が前提。政府は銀行口座とマイナンバーの紐付けを可能にする改正法を今国会に提出しているが、口座への紐付けは「任意」。大手行幹部は「10億件もある口座と番号を任意で紐付けることなど不可能だ」と嘆く。

   少子高齢化が進む中、行政サービスの見直しを通じた行政費用の抑制は不可欠。そこにマイナンバーを活用しようというのがそもそもの狙いだったはず。銀行口座の紐付けができなければ、資産の正確な把握は困難なままで、税や年金保険料の徴収漏れを防ぐ効果も疑わしくなる。

   マイナンバーの導入費用は約3000億円。一方で、どれだけの財政メリットがあるかの費用対効果を政府は出せていない。

IT投資自体が自己目的化した無駄遣い」

「費用対効果が設定されていないのは行政効率化という本来の目的に鑑みればあり得ない」

   財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が61日にまとめた建議には、マイナンバーを含むIT予算について、財務省の本音ともとれる厳しい文言が並んだ。

   政府は、マイナンバー制度自体は予定通り20161月に開始する方針だが、年金分野での利用については開始時期を送らせざるをえないとの判断に傾いている。参院で審議中のマイナンバーの利用範囲を広げる改正法案は今国会で成立するとの見方が支配的だが、野党側はマイナンバーの管理体制を追及していく構えで、審議の遅れは避けられそうにない。

http://www.j-cast.com/2015/06/09237198.html?p=all

***

 

マイナンバー制度については何度か書いたが、やっぱり遅れるな。事務手続き的にも時間のかかる作業であり第一政府広報用のサイトでも銀行口座の名寄せなんて一言も書いてない。「給付金などの不正受給の防止」とだけ書いているのに政府内ではすでに銀行の名寄せを前提にして議論が進んでいる。

 

けど案の定であるが銀行側だって「10億口座の紐付けは不可能だ」と言い出している。実際の作業を大手システム開発会社が請け負ったにしても3年程度はかかるだろう。

 

どうやら今回、時は民に味方したようだ(笑)。しかしいずれ紐付けされるわけであり残された時間で何をしておくかを考えておく必要がある。



tom_eastwind at 20:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月09日

街の景色

クイーンストリートを歩いてたら「素敵なネクタイだね」と声をかけられました。振り返ると宗教の勧誘でした(笑)。

 

統計の数字は政府のデータを見れば分かるが現場ではやはり肌感覚を大事にしたいので僕は週に一回くらいは時間を作って昼飯がてら1時間ほどシティを歩くことにしている。

 

ハイストリートは古い建物が並ぶちょっとぼろっちいけどお洒落な通りである。ここは5年前は紳士洋品店が一軒しかなかったが現在はシックな作りのお店が5軒になった。英国風のカフスやシャツや靴までを揃えており、店に入ればワンストップですべて揃って紳士の出来上がりである。

 

これもまさに街が繁栄を始めている証左の1つであろう。今までのキーウィといえばボロ靴にジーンズ、シティのビジネスマンでもハッシュパピーにウェアハウスのトロージャンだった。

 

しかし昨今街を歩くとあら不思議、いつの間にかネクタイとスーツのビジネスマンが増えてきた。特に若い世代である。40代は以前と変わらずそこそこであるが靴はハッシュパピー、だけどわかいビジネスマンは北半球出張の機会も増えたのだろう、次第にスーツやネクタイや靴に意識が行くようになった。

 

頑張って働いて毎年5%以上上がる自分の給料を見て「俺だってもっと上に行くぞ!」って雰囲気がバリバリ感の20代ビジネスマンは見ていて気持ちが良い。そんな彼らがハイストリートですれ違う僕が上着の胸ポケットに入れてるチーフを見て「お、次の給料であれ買おう、どこで売ってるんだ、後で検索しよ」って気持ちになる。

 

がんがれ!上向きに平等になろうぜ!

 

しかしそれに比べて勢いのないのが現地在住日本人である。一体何の為にこの街に住んでいるの?なぜ生きてるの?

 

何も学ばず努力もせず仲間内で傷の舐め合いの文句だけを言って時に日本から来た新しい移住者を食い物にして日銭を稼ぐだけ。

 

ましてや中国や韓国からの移住者に対しては英語もまともに出来ないから何か言われてもヘラヘラと笑うだけ。政治の基本くらい知っておこうよ。

 

おいおい、折角の元気で景気が良くて若いキーウィ連中が伸びようとしているんだから日本人みんな頑張ろうぜ。

 

日本でMen’s伊勢丹に行けば素晴らしい紳士用品が手頃な価格で揃う。ここは人気である。それの1千分の1の、けどセンスは悪くない紳士用ブティックができつつあるこのオークランド。

 

この街も成長している。



tom_eastwind at 19:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月08日

月曜日の仕事

月曜日からの仕事予定が朝から立て込んでいるのが分かってたので日曜は夕方6時にはベッドに入った。そして月曜日の朝6時、目が覚めてベッド脇に置いてあるパソコンを開くと、笑えるくらいに先週一週間分の仕事が入ってた(笑)。

 

とは言ってもこれはこちらが提出提案投げ込んだ案件の回答が全部揃ったという意味でその意味では仕事が進むから良いのだが、これで月曜日の作業は2倍になった(苦笑)。

 

何で日曜の夜なんだろうって考えると、やはり僕が今担当する仕事は皆さんが家族で話し合って決めたり普段は忙しくて週末にまとめて考えて答を出すから週末の日曜日の日本時間の夜なのだろうなって思った。

 

「あなたの仕事って何ですか?」聴かれて困るのがこの質問だ。僕の事を全く知らない人が日本国内で僕を日本国籍と思って何気なく質問をしてくるのだけど、最初の一つ目の答が相手の脳内に定着するのでここで外せない。まさか誰も片付けないゴミ拾いとか誰も掃除出来ないものの清掃とかは言えない(笑)。

 

日系キーウィビジネスマンではある、ネクタイしている、頭禿げてる(笑)。ここまでは事実(笑笑)。

 

けどじゃあ弁護士?税理士?会計士?建設会社?不動産デベロッパー?不動産会社?ビザアドバイザー?医療通訳会社?医療保険アジャスター?留学会社?旅行会社?ファイナンスアドバイザー?銀行?全部違う。

 

けど実質的にやってることは彼ら様々な業態のプロとチームを組んでの仕事だから似たようなものだ。

 

弁護士と組み税理士と組みデベロッパーと組み銀行と組み、それぞれNZで免許を持った連中を周囲に揃えてお客様の問題解決を図っている。問題が何であれNZと日本がそこに関連すれば大体において解決可能である。だからやっぱり何でも屋である。

 

僕がお客様の希望や要望や夢を聴きこの家族の為にはどんなチームを集めればよいかを考えてその時のベストメンバーを組み立てる。

 

このメンバーに誰を入れるかどうかは前回の彼らの仕事の出来次第である。お客様の性格を考えてメンバーを決めたりもする。

 

そしてこのチームがお客様の希望する事を叶えるために作業に入るのだが、これって殆ど近接遭遇戦であり何が出てくるか分からない。だから毎日が緊張の連続である。

 

移民局的にクリアーしたと思ったら今度はIRDの問題が出て来たとか建築許可、家族の健康診断、ほんとに何が出てくるか分からない。体中いつもハリネズミにしておかねばならない(苦笑)。

 

1つの作業は半年程度で終わるが、移住が絡むと引っ越しから永住権取得まで更に時間がかかり実質的に3年程度の作業になる。

 

その間にお客様の家庭事情も変化する。「あの時はこう思ってたけど今はこうなんです」ってのはよくあることで、その度に軌道修正しつつ進めるのだけど、中には家庭事情で当初計画では無理ってのがありその時はビザ取り直しである。

 

僕はどのような形でも受けて必ず永住権までつなげる。しかし次の行程は当初用意しておいたソフトランディングではなく落下傘なしの着地みたいな事になったりする。それでもご本人の希望であるから、後は何とか怪我の程度をやわらげていくしかない。

 

今朝のメールはどちらかというとビザよりも不動産売却や購入、その為の資金移動などだったのでNZ側の納税、日本での納税、相続、贈与などの法的処理を念頭にいれつつ行う。さあ月曜が始まったぞ。



tom_eastwind at 19:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年06月07日

分割統治

***

2.5%引き下げられた年金減額の措置を違憲だとして、全国の年金受給者が国の決定取り消しを求めた訴訟に波紋が広がっている。

   原告によると、生活の苦しい受給者から「年寄りは死ねと言うのか」という声が届いているというが、今の高齢者よりも負担率がはるかに高い現役世代からは「若者に死ねっていうんだな」と反発は大きい。

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分割統治は英国の得意とする政略だ。それは日本も同様で江戸時代から国民を藩制度を作り国境で横分割して士農工商穢多非人として縦分割した。こうやることで国民を細かく分断して人口数では圧倒的に少ないほんの一握りである武士の支配制度を維持した。

 

分割統治は「小を持って大を制す」である。国民という巨大な「大」を分解させてちっちゃくして支配層である少人数の武器を持つ武士が農民を支配し続けた。

 

それは現代でも引き継がれており国民の分断統治は日本政府と官僚のDNAの中に浸透している。何かあれば各県ごとに争わせる。沖縄の基地問題を沖縄だけに押し付けて原発は過疎地に作り電気だけは都会が頂く事で都会と田舎の差別。

 

米国には守ってもらいたいけど自分の街に基地は嫌だ、電気は必要だけど自分の街に原発は要らない、フクシマの放射線瓦礫は俺たちの町には不要である、政府は地域のそういうワガママを許すことでそれぞれの地域が「自分たちは国家の主権者である」ことを忘れさせて本来なら国民的に議論すべき事を「地域は都合の良い時は口を拭って知らん振りする」に落としこむ。

 

うまい技だ。本来なら主権者である国民が議論すべき事を都道府県民に分割させている。

 

そして所得層による分断。これはすでに何度も取り上げた話だが現在富裕層と呼ばれる人たちは圧倒的少人数であり現在の選挙制度では誰でも一票であるから多くの人びとが富裕層に対する増税をすれば一般民は溜飲がおりて選挙でも自民党が勝てる。

 

富裕層はそれに対して抵抗する手段がない。納税額に応じた投票数であれば話は違うのだろうが現在の民主主義制度は誰にも一票を与えている。納税してなくても一票ある、仕事してなくても一票ある、多くの主権者にとってこの民主主義はタダ乗りな要素が多いから心地よい。

 

それはバカを拡大させて何も考えさせずバカの子は親を見て成長するから更にバカになり結果的に民主主義の根幹を空っぽにして官僚支配を永続させるってことだ。バカは自分たちが分断されていることさえ気づかない。

 

現在の日本政府はまず手厚い年金などを老人世代に与えるから票をもらって自民党を勝利させる。若者は選挙に行かない。しかし若者だってバカじゃないから自分たちこの先未来ないじゃんって事に気づく。そこで今度は若者を焚き付けて「若者に死ねって言うのか!」と反論させる。

 

両方を裏で操っているのは政府=官僚である。当面大きな選挙はないのだから今度は若者の意見をメディアで取り上げるようにして「確かに不公平だよね」と世論を作る。そこで年金賦課方式を見直して老人世代の年金の減額である。

 

今回の措置は実際に年金はスライド制度で本来デフレ期に減額すべきだったのをしなかったので本来老人が文句を言えない話なのにそれを「老人は死ねというのか!」などと論点をすり替えて主張するから「自分勝手なバカ老人」と言い返されるのだ。

 

挙句に若者がその論点を逆手に取って「若者に死ねと言うのか!」と反論されれば、これ以上老人が言えることはない。妥協点はお互いに少しづつ我慢しようよって事になる。つまり老人の年金減額と若者はサービス残業に勤しむ。

 

しかし本来あるべきは老人世代と若者世代が共通の敵に対して合同して戦うことだ。共通の敵とは政府である。年金やサービス残業以前に、今現在いくらの税金を取られてどれだけのサービスを受けてるのか?国家財政は破綻していると言いつつ役人は自分の使いたいカネは使うのである。国民が母屋でおかゆ食べてる時に彼らは離れですき焼き食っているのである。

 

年金大変と言いながら公務員共済は民間に負担させようとしたり大地震が来た後に薄汚い堤防作りにカネを遣い、まさに泥縄式国家予算利用方法である。

 

だから今若者世代と老人世代というふうに対立構図を作られるのはある意味支配層にとって最も都合の良いことなのだ。では都合の悪いことは?

 

それは若者世代と老人世代が団結して年代別互助組合を作りそれぞれが代表を立てて各世代ごとに自分たちの主張をしつつ数を背景に政府に対して本当の国民の要求をぶつけることだ。

 

20代や30代は結婚や出産、自宅購入などがある。老齢世代は体力が落ちる、外にでる機会がなくなる、墓場にカネはもってけないが今はまだ手放したくないなどがある。双方がお互いに欲しいものを伝えてお互いが持っているものを伝えて交換してみればどうだろうか?

 

そうやって世代別互助組合が地域や収入に関係なく意見を言うようになればどんな世代でも馬鹿ばかりではないので同世代の賢い奴に自分の意見を託して代表者が東京日比谷あたりで話し合いを持ちそれを誰もが見られるように「ニコ動」あたりで中継するのだ。

 

これは日本で今まで行われてきた選挙とは全く別の活動である。しかし本当の意味での民主化である。公職選挙法などと警察や官僚が使いやすい逮捕しやすい法律ではなく世代別に話し合って代表を決定してその代表が東京で全国集会を行うのだから行政の関与するところではない。

 

原発、沖縄、県単位を超えた世代別互助組合であれば地域別エゴなんて通らない。何故なら同世代が日本中に散らばって住んでいるからだ。年齢別であればお金があるかないかなんて関係ない。日本中の同世代の賢い奴らが評議員に立候補して2年に1回くらいの総選挙やって世代別代表を決めて16歳から90歳まで74世代の代表が集まって議論をすれば良い。正規社員と非正規社員、アルバイト、フルタイム。そんなのも関係ない。

 

これ、実はクーデターである(笑)。但し暴力は一切ないので平和クーデターである。フランス語では「政府に対する一撃」で一般的に暴力行為があるが、それやると警察の法律が出て来てすぐに逮捕されるので一切の暴力行為はなしにする。しかし強烈な一撃にはなる(笑)。

 

何故なら既存の法律すべてを無視して既存の政府組織を無視して自己管理するのだから、政府からすれば今まで屋根の上で皆を支配してたのにその家に住んでた人々がぞろぞろと出て行って他の所で自己管理する家を作るわけだから強烈な一撃である。

 

現実論としてどこまで出来るか分からない、けれど既存の政治の流れや官僚の支配から逃れるにはひとつの方法である。



tom_eastwind at 17:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月06日

Airbnb

「トイレのほうがお前に小便するのか?」

 

水洗トイレに関してキーウィに説明するとピント外れの返答が来る。日本出張した事があるキーウィがそこにいると僕以上に水洗トイレの話を興奮したように話す。全く日本文化の発展は興味深い(笑)。

 

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“中国人ホテル”化する都心タワーマンション 資産価値の大いなる危機

Airbnbで稼働率を上げれば、都心のタワーマンションの利回りは10%近くに達するはず。ただ、厳密な意味では旅館業法違反になる。

この儲かるシステムを中国人オーナーたちが、ただ指をくわえてみているだろうか。少々違法性があっても、儲かる手法を選ぶのが彼らの習性。だから、都心のタワーマンションが中国人利用率の高い「ホテル化」する日は近い。これは資産価値にとって大きな危惧だ。

zakzak夕刊フジ 2015/5/31

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なるほどな、最初から投資用マンションとして買っておき自分が住むわけではなく他人に有料で貸すことを目的とする、これならホテル商売成立だ。

 

最初はこれ、実際問題として日本で定着するサービスだろうかと思った。見知らぬ他人を自分の家に泊まらせたり自分が他人の家に泊まったりするのが一般的になるとは思えない。いくらネットで相手の情報が事前に取れたとしてもそれがどこまで本当か分からないと思ってた。

 

子どもが海外研修に行ったのでその代わりに日本でホームステイファミリーとして海外の子どもを受け入れることはあるだろう。また日本で知り合った外国人を短期間受け入れすることもあるだろう。

 

けどそれをビジネスとして?なるほど投資用不動産で他人を泊まらせるという発想か。

 

この記事の問題を羅列してみよう。

 

1・中国人がbnbを手掛ける可能性がある。旅館業法違反であるのは明確だし日本人並のサービス品質をどうやって維持出来るのか。外国人が日本に来てbnbを経験してがっかりされては困る。

 

2・日本人がbnbを手がけている。旅館業法違反である。旅館経営者からすれば火災報知機から始まって防災設備の多額の費用をかけている。それがbnbでは全く対応していない。万が一の火事、避難誘導、どうすんだ。

 

最近はタクシー配車サービスのウーバーが外国で白タクをやっている。日本では違法である。どうなんかなー。理解は出来るが了解は出来ない。何故なら僕は旅行屋だからだ。万が一の時にお客を守れるのか?

 

旅行って言うのは大きく分けて3つの要素がある。それは「あご・あし・まくら」だ。あごとは食事、あしは移動手段(バスや飛行機)、まくらは寝るところ、宿泊施設だ。

 

僕自身が旅屋としてこの業界で約40年飯を食ってきた。なのでホテルやバスにはプロとしてのサービスを要求して来た。常にお客様の安全を第一に考えてきた。だから今回のようなAirbnbやウーバーはどうしても納得出来ないのだ。

 

日本人が持つ品質管理技術、これは世界で最高である。それを自分の手でぶち壊す必要はないだろう。今は事件が起こってないから「あー格好いい!外国で流行ってるんだって〜」でお気軽に参加する人もいるだろうけど、いずれ事件が起こってからでは遅い。

 

目先の利益、皆がすぐに飛びつく如何にも手軽に儲かりそうなビジネスは大体において数年後に破綻するが、ビジネスにおいて一番大事なのは継続性である。そのビジネスは10年続くのか?20年続くのか?お客様と信頼関係を構築出来るのか?法律を守っているのか?

 

日本のトイレは「お前」に小便するはするが「お前」を殺しはしない。けど知らない個人の家に泊まって安達ケ原の鬼婆になったり知らない人の車に乗って殺されたりしたらどうする?
眠れないよね。

 

この、Airbnbとかウーバーはどれだけ人気が出ようと僕は利用しようと思わない、僕が旅行屋である限り。



tom_eastwind at 14:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月05日

天気予報

今週のオークランドはずっと雨続きで毎年冬の入り口に差し掛かった天気だ。天気予報がよく外れる時期でもある。だからと言って普段から天気予報が当たるわけではない。普段でも成功確率40%いかないのではないか(苦笑)。

 

第一ふざけた開き直ったような天気予報がよくある。それはお天気おじさんが満面の笑顔で「明日は晴と曇、そうでなければ雨でしょう」だ。そりゃどれか当たるわな。この3つ以外にどんな天気があるのだ。

 

今日は晴のち曇だったけど昼ごろから強い雨でさすがのキーウィも傘さすかってくらいだけど、やはり傘なしで歩いてるキーウィの方が多いな(笑)。

 

この国の良い点の1つは空気が徹底的に澄んでおり雨ってのは単に蒸留水をかけられてるようなものだから日本のように「あら大変!洗濯物取り込まなきゃ!」がない。雨が降っても干しっぱなし、自然のリンスである(笑)。これは大気と水の循環=海→雲→雨→大地→森→川→海の循環の中でどこにも公害や汚い要素がないからだ。

 

日本にいるとよく聴かれる変な質問が「ニュージーランドの天気はどうですか?」である。逆に聴きたい「日本の天気はどうですか?」

 

何せNZと言っても北端から最南端まで約2千キロあり、僕の住むオークランドは南緯37度で長野、群馬、新潟あたりだ。けれど雪は降らない。南太平洋の暖流とタスマン海の暖流に挟まれたサンドイッチ状態にあるからだ。

 

南島の下の方にあるクイーンズタウンは南緯45度で旭川よりも寒い位置にある。夏でも日陰に入ると涼しくて6月後半から9月後半までスキー場がオープンする。

 

これだけ南北に長くおまけに南島にはサザンアルプスという日本アルプスのような山脈を抱えておりこの山の東と西では全く天候が違う。

 

だから日本の天候はどうですか?と聴かれて「それって沖縄の事ですか旭川の事ですか?」と聞き返すようなものだ。2月の沖縄は海開きさえ可能なのにその時期の北海道はスキーシーズンだからだ。

 

なので質問をする時は自分が何を聴いているのかよく理解する必要がある。逆に言えば「知らないことは聴くな」である。日本の事を何も知らないキーウィに「2月の群馬や新潟は暖かくて花が咲いてますよ」と騙されても分からないようなものだ(苦笑)。

 

天気予報とは関係ないが今日はニュージーランドの有限責任組合(Limited Partnership)に関する勉強会。移住チームスタッフ8名は情報のファイル共有をしているがどんな情報でも常に変化しているし中には「あ、あったしー、そっれー、聴いてないし〜!」というのが出てくる。

 

ましてや通常の株式会社と違う有限責任組合への投資形式はLook Through Companyの扱いになるので個人の税務処理が異なる。なので全員で認識を共有するための勉強会だ。Tax Creditの利用方法とかは節税対策にもなる。

 

他にも日本に存在しない家族信託制度がある。ニュージーランドでは相続税がかからないと言うのは少し正確ではない。元々贈与税(Gift Duty)は存在したがそれが3年前?かな廃止されたが、それまでは贈与した場合は税金があった。この贈与税を発生させないのが家族信託会社の設立であった。

 

今では贈与税が廃止されたがそれでも家族信託が役立つのは直系家族にのみ無税でお金を遺せる制度だからだ。例えばあなたが子どもに100万円を贈与して子どもがそれを貯金してその後結婚して離婚したら50万円を相手に持っていかれる。

 

日本では離婚は有責主義であるがNZでは破綻主義、つまり愛がなくなれば離婚出来てその際の財産は半分こにされる。誰が財産作ったかなんてあまり関係ないのだ。

 

でもって親からすれば自分の子どもにあげた積りなのにバカパートナーが離婚して半分持って行かれたら腹が立つ。そこで資産を家族信託という壺に入れておいて娘が離婚しようがこの壺の中の資産はあたしのものでもあるから血のつながってない他人には持って行かせないという効果が出るのだ。

 

こういう、日本とNZの法律の違いはほんとに現場でやってないと分からない。日本人弁護士がどれだけ英語が出来て概念が理解出来てもそれがどう構築されてどう運用されて最終的に誰が決定権持つのかなんて細部の現場の事は分からない。

 

そしてこういうのって「命は細部に宿る」であり実際の案件をどれだけこなしたかでその人の実務知識が決定される。簡単に言えば射撃場で銃を構えて引き金を引けば誰でも銃は撃てるが、弾が命中するかどうかは別問題という事だ。

 

だもんで僕らは定期的に勉強会やって最新で正確な情報を共有して自分が担当する案件ならこうなるだろうと「明日の天気」を予測する。空の代わりに問い合わせ案件を「この案件の場合、雨が降るな」ってのがこういう勉強会と情報共有と経験で分かる、それも土砂降りなのか小雨なのか。

 

なので案件の行く先を見据えた上で山岳ガイドのように転ばぬ先の杖でお客様に助言を行う。これが僕らの天気予報、信じて最後まで付いて来てくれた人は必ず全員目的地まで安全にご案内しています(笑)。



tom_eastwind at 21:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月04日

生活困窮者自立支援制度

「将来のない未来」の続編である。続編書く予定ではなかったが下記ニュースを見ての感想。

 

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柏市の連続通り魔事件で、強盗殺人などの罪に問われた住居不定、無職、竹井聖寿(せいじゅ)被告(25)の裁判員裁判の第5回公判が3日、千葉地裁(小森田恵樹裁判長)で開かれた。竹井被告は被告人質問で、犯行動機について、「人をナイフで脅して部屋に監禁し、首を切り落とすテロを行い、理不尽な社会に復讐(ふくしゅう)しようと思っていた」と説明した。

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政府が今回作った「生活困窮者自立支援制度」って名前はかっこよさそうだけど、目的は2つあり、1つは生活困窮者に生活保護に行かせないための政府の自己防衛用セーフティネットであり2つ目がメインで困窮者や貧困の固定化と彼らにとって未来のない社会になることで人を殺したくなる上記のような重大犯罪の予防だ。

 

つまり住所と仕事を与えて大人しくさせておこう、その方がやばい犯罪起こされて社会不安になるより「まし」という事だ。付け加えておけばこの「社会不安」で政府が一番恐れるのは民衆が暴動を起こして政府職員を殺したりすることだ。だから要するに自分の命を守るため民衆の税金を使っているのだ。

 

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厚生労働省は3日、20153月分の被保護者調査の結果を発表した。それによると、3月時点の生活保護受給者数は前月比5,166人増の2174,331人となり、過去最多を更新した。増加は2カ月ぶり。前年同月比では0.2%増加した。

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まあ大変、生活保護は益々増加しているではないか。アベノミクスの恩恵はどこへ?

 

しかしまずまず何で貧困か?を考えてみよう。今渋谷や新宿のブルーシートで生活する人たちだって生まれた時から貧困ってわけではなかった。彼らだって昭和30年代に学校を卒業して普通に就職出来た時代だった。

 

しかし問題は彼らの時代の「60歳まで一つの会社で働ける」「60歳になれば年金がもらえる」「給料は毎年上がる」という社会システムが1990年代の社会の変化と共に消え去ってしまった事だ。

 

彼らはひとつの会社でずっと働くわけだからその会社でしか通用しないルールを学びその会社でしか通用しない能力しか身に付けなかった。だって当然、転職なんてあり得ないから社会全体で通用する普遍的な能力なんて不要と考えていたからだ。

 

(それは彼らの努力不足であり先読みが出来なかった自己責任であるが今それを言っても仕方ない。だって彼らは今ナイフを手に持ち刺し殺す相手を探しているのだから。)

 

そして年金だって政府保証で支給されるわけで自分たちの先輩が年金生活に入って幸せに暮らしているのを見てきたから自分も60歳になれば自動的に「普通に生活出来るだけの金額」が貰えると思ってきた。(それを将来の読みが甘いと言っても仕方ない、だって多くの人が同じように考えていた、てか何も考えてなかったのだから)

 

そして給料は毎年上昇してボーナスが年2回支給されるから1990年の時点でマイホームの不動産を20年ローンで買っても支払い可能で退職時には支払い終わっている筈だった。まさかバブル崩壊で不動産価格が下落、自分の給料も下落、ボーナス払いも出来なくなるなんて・・・。(金融計算が出来ないって、だってサラリーパーソンで自分が何故いくら税金を取られているのかも分からなかったんだもん)

 

まさか1990年代にその仕組みがすべて変わるなんて。社会で通用する汎用知識を持たない40すぎのおやじが首を切られたら次の正規就職先なんてあるわけない。コンビニのアルバイトか警備員でもやるしかないけど、それでも住宅ローンは払えず泣く泣く自宅を手放し銀行には借金を残してアパート暮らしになり給料は減って生活も貧しくなり次第にお金もなくなり妻と子どもは実家に戻すしかなくなった。

 

そのうちアパート代さえも払えなくなり家賃滞納で追い出されて結局浮浪者生活に入るしかなかった。

 

このような人たちの場合、今までは生活保護を申請してたわけだが冒頭にも書いたように生活保護受給世帯が増加しており政府厚労省としては水際作戦で生活保護申請を受け付けなくなるようになった。このため生活保護を受けることが出来ず餓死する人が出て来るようになった。

 

これが現在の社会不安、誰でも殺してやる、犯罪起こして刑務所でタダ飯を食うってのに繋がるのである。

 

つまり政府は「1980年代の生活様式(神話)がずっと続く」と信じていた人々をどうにかしないと今後社会不安が起こることがわかったからこういう制度を導入したのだ。

 

ではどのような住居と仕事を与えるのか?住居は集団で住むシェアハウス、仕事はこれから需要が増える介護ビジネスだ。仕事のない人達が一箇所に集まって生活費を共同購入などで安く済ませ安い給料で介護現場で働くのだ。

 

政府からすればどうせ土地などいずれ地方ではただになるし介護は政府の保険費用で払うわけだから失業保険を払ってだらだらと自由にさせとくよりは住居を与えて介護の仕事を与えるってのは理にかなった行動である。

 

ただ、いつまで経っても政府のやり方に振り回されて結局何のために生きているんだろうって根源的な疑問を持ち始める人がこれから増えるだろう。問題はその疑問を持つ時点で自分がこの「奴隷農場の環」から逃れるだけの知識や行動力や能力をもっているか、である。



tom_eastwind at 10:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月03日

里芋

最近は家族が日本とニュージーランドを行き来しているため時に僕がオークランド単身になる期間もある。そこで僕がオークランド一人暮らしの時には冷蔵庫や冷凍庫に料理を作り置きしてもらってる。

 

今日も連休明け二日目だが一体何十通メール送受信してるのか、投資家ビザ向け1300億円の商業不動産物件ファンドの話から個人資産10億円の将来相続プラン、レストラン買収の話からサルベージプラン作り、税務署や税理士の無理難題処理、月刊情報誌の広告取り営業(笑)や個人貸付資金の回収案件、マイナンバー制度の適用対象確認(これ大事、相続に大きな影響あります)まで様々なメールが来てる(笑)。

 

ほんとに何でも屋である。実に幅広いがどれもお客さまにとっては大事な話であり誰に聴けばよいか分からないしどう聴いて良いかも分からない。だからこちらは何を聴かれているのか、相手が話している事ではなく話したい事を読み取る必要があるので一切気が抜けない。

 

ただメールなのですべて記録に残り後で確認出来るのでこれは良い。世間では電話会議が一般的になりつつあるが僕の仕事は3年単位の継続性のある仕事なので記録に残らない仕事は出来ない。

 

途中で社内会議を3本ほど入れながら一気に午後3時まで仕事して家に帰る頃には外はすんげー大雨。一気に気温が下がったので風呂に入ってからさて仕事再開だ。

 

そうは言っても今日もなにか食わなくちゃいけない、そこで冷蔵庫から作り置きしてもらってた里芋を取り出し別口で作り置きしてもらってた豚肉と一緒にレンジでチンすると、これが合う。豚肉なのにうまーである(自己笑)。

 

今日はメール返す量が半端ないので毎日6時に観ているTVONEニュースのスイッチは入れずにソファに座ってパソコンに意識集中、時々里芋豚肉食いながら屋根を叩く雨音、パソコンから流れる「ダンスはうまく踊れない」を聴いてると、何だか1970年代にタイムスリップしている自分に気づく。

 

ははあ、これは里芋が入口だな。1970年代の日本だー。わお!そしてそのまま意識が飛んでいった。

 

佐藤春夫  秋刀魚の歌 

 

あはれ

秋風よ

情〔こころ〕あらば伝へてよ

――男ありて

今日の夕餉〔ゆふげ〕に ひとり

さんまを食〔くら〕ひて

思ひにふける と。

 

さんま、さんま

そが上に青き蜜柑の酸〔す〕をしたたらせて

さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。

そのならひをあやしみてなつかしみて女は

いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。

あはれ、人に捨てられんとする人妻と

妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、

愛うすき父を持ちし女の児〔こ〕は

小さき箸〔はし〕をあやつりなやみつつ

父ならぬ男にさんまの腸〔はら〕をくれむと言ふにあらずや。

 

あはれ

秋風よ

汝〔なれ〕こそは見つらめ

世のつねならぬかの団欒〔まどゐ〕を。

いかに

秋風よ

いとせめて

証〔あかし〕せよ かの一ときの団欒ゆめに非〔あら〕ずと。

 

あはれ

秋風よ

情あらば伝へてよ、

夫を失はざりし妻と

父を失はざりし幼児〔おさなご〕とに伝へてよ

――男ありて

今日の夕餉に ひとり

さんまを食ひて

涙をながす と。

 

さんま、さんま

さんま苦いか塩つぱいか。

そが上に熱き涙をしたたらせて

さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。

あはれ

げにそは問はまほしくをかし。

 

佐藤春夫の詩は勿論1970年代ではなくもっと古い。ただ、福岡で一人暮らししてた頃にアパートの部屋で向かいの酒屋で買ったビールとおつまみ食いながら佐藤春夫とか高村光太郎とか読んでた時代を思い出した。

 

世の中はまだ酒屋が街角にたくさんあり、けど掛け売りも次第になくなり初代のおやじも死に子どもが一生懸命「店」を残すためにセブン-イレブンなどのコンビニに業態変換をしていた時代だった。

 

当時のコンビニは酒屋の延長だったので酒は売っていたがおでんはなかった。一般的な生活用品ばかりでお弁当もない、つまり現在のコンビニの売れ筋の殆どは当時存在しなかった。

 

酒屋の兄ちゃんは気の善い人でコンビニになって嬉しそうだったけど3年位で店を畳んでしまった、やはりお人好しの二代目で全く新しい業態であるコンビニは難しかったのだろう。

 

佐藤春夫の「秋刀魚の歌」は僕の大好きな詩の1つである。室生犀星(故郷は遠くにありて想うもの)や藤村(私は穢多である!)のような重みはない、けど身近な生活実感という意味では啄木と同様だ。佐藤春夫と啄木はどちらも同じ流れでありながら比較のしようがない部分がある。

 

これをどう表現すればよいのか?佐藤春夫の方が生活が楽だった?啄木の方が要領悪かった?

 

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はたらけど

はたらけど猶わが生活楽にならざり

ぢっと手を見る

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いつの時代も生き残るって大変な事なんだなー。メールを送りつつ里芋と豚肉を食いながら古い音楽を聴きつつ1970年代の福岡を思い出した。



tom_eastwind at 12:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月02日

将来のない未来

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28日午後5時ごろ、大阪・門真市幸福町の耳鼻咽喉科の栗山診療所で、受付にいた58歳の女性職員が、男に包丁のような刃物で首などを刺されて大けがをしました。

警察は、診療所に通院していた無職の冨村大輔容疑者(45)が女性を刺した疑いが強まったとして行方を捜査し、28日午後11時前、現場近くの府営住宅の自宅にいたところを見つけ、殺人未遂の疑いで逮捕しました。

警察が自宅を捜索したところ、血のついた包丁が見つかったということです。

調べに対し容疑を認め、「腹が立って殺そうと思った」などと供述する一方、意味の分からないことも話しているということで、警察が事件のいきさつや責任能力について調べています。

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【函館】函館中央署は28日、強盗殺人未遂の疑いで函館市東山町、無職佐紺留美子容疑者(58)を逮捕した。

 逮捕容疑は、同日午前10時半ごろ、同市美原3のスーパー店内で、メロンなどの食料品(約1600円相当)を袋に入れて盗み、駐車場に止めていた乗用車で逃げようとした際、呼び止めた男性警備員(62)の制止を振り切って車を発進させ、ドアノブに手をかけていた警備員を約110メートル引きずって殺害しようとした疑い。同署の調べに対し、佐紺容疑者は車を発進させた際、「(警備員が)どうなってもいいと思った」と供述しているという。

 警備員は腰の骨を折るなどして同市内の病院に搬送され、意識不明の重体になっている。

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それにしても日本の上記のような犯罪は「相手が誰でも良い、相手が死んでもよい」であり枚挙にいとまがないが、これは何も今の犯罪者だけが特別なのではなく世の中の構造変化によるものであり現在の社会が生み出した自然現象である。なのでこれから確実に増加してくるし減ることはなく刑務所の増設が必要になるだろう。

 

考えてみて欲しい。もしあなたが子供の頃から真面目に勉強してて「大人になったらいいことあるよ」と言われて来たのに、いざ大人になったらそこから先は死ぬまで社会の最下層で過ごすしかなく貯金も結婚も出来ず就職だってたまたま生まれた年が悪かっただけで非正規である。

 

「そんな不公平な世の中、面白いはずもない。えい!やってやれ、どうせ自分に将来はないんだから刑務所でタダ飯食ってるほうがよほどマシだ。」

 

ただそれは正しい答ではない。元々世の中は公平ではないのだ。

 

戦後の日本の教育で一番の間違いだったのは「世の中は平等で公平でまじめに努力さえすれば報われる」と教えたことかもしれない。だから人は自分の置かれた立場に怒りを感じて事件を起こす。

 

けどそんなもん、香港で言ってみろ、子どもでさえ鼻で笑って「お前バカ?」って言うだろう。

 

僕が住んでた1990年代の香港ではヤウマテイあたりの廟街では夜12時頃まで10歳位の子どもが道行く人に安物の翡翠やガラクタを売ってお金を受け取ると頑丈な紐で首からぶら下げた袋の中から釣り銭を取り出す。一旦釣り銭を渡すとそこから買主への興味は完全に失せて次の客に目を泳がせる。

 

学校に行くにもある地域では子どもの数分の席が用意出来ず午前授業部と午後授業部などがあった。

 

そんな地域のどこに平等や公平があるかっつーの。香港には平等も公平もない、ただひたすら生き抜くか、それとも最初からレースを降りて近くのおっちゃんのやってるラーメン屋、喫茶店、露天散髪屋で若い頃から手伝いをして生計を立てるかである。

 

日本だってそうだ、平等も公平も自分で勝ち取るしかないのに何の努力もせずに何かと言うと「え〜、それって不公平です〜」とか「全然平等じゃないー」っていう人の多くは公平も平等も「何もしない自分にとっての」が前提であるってのをすぐに忘れる。

 

間違いない事を言えば日本だって十分に不公平である。生まれた場所や時代によって受けられる恩恵は違う。もし第二次世界大戦時の東京で大空襲に巻き込まれて命を失った人々が戦後の平和ボケした日本人に対して「えー、おっかしー、不平等だ、あんたも死んでよ」」と言われたらどうする?

 

社会に平等はなく人は世の中で生き残ろうとすれば努力して戦うしかない、そしてその結果がどうであれ冷静に受け取るしかない。

 

しかし今の日本社会にこの理解は通用せず「こんな筈じゃなかった」と思いつつ犯罪は増えていく。



tom_eastwind at 19:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年06月01日

女なんてものに

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筆者が女性からのタレコミを分析したところによると、「彼氏面男子」を批判する意見にはいくつかの共通点がある。「クソバイス(糞アドバイス)」「お前じゃない感」「無駄な当事者意識」の3つである。

 

一方、女性が毅然とした態度を示しても、「口で言っているだけで、本心は違う」「こんなにズケズケ言うからには、俺に気を許している」と“前向き”な勘違いをする男性もいる。こうなってくると、もうお手上げだ。女性は大きなトラブルになる前に、周囲の友人に相談して、説得してもらうしかないだろう。どうしても聞かない場合は、すぐさま縁を切ったほうがいい。

 

 世間にはびこる「彼氏面男子」たち。男性諸君、あなたが「彼女」と思っているその女性は、本当に彼女だろうか。そして、女性諸君はくれぐれも注意してほしい。もしかしたら知らない間に、あなたは誰かの「彼女」になっているかもしれないのだ。

 

逆に、男性にはこう言いたい。「女性が笑っているからといって、勘違いしないほうがいい」と。男性だって、上司や取引先に愛想笑いすることくらいあるはずだ。なぜ、自分のことになると、「相手は本心で笑っている」と思い込んでしまうのか。

 

「彼氏ができたので、共通の友人たちに報告しました。すると、1人の男性が私の近くに寄ってきて、『付き合ったんだってね。俺の立場はわかると思うけど、俺はお前に幸せになってもらわなきゃ困るんだ』って。その友人とはなにも恋愛沙汰がなかったはずなので、『俺の立場』っていうのがまったく理解できなかったし、『別にあなたに言われなくても普通に幸せだよ!』と思いました」(20代/女性)

 

 実際には、相思相愛の男女がつき合っただけなのにもかかわらず、三角関係の一角を担おうと無理やり自分をねじ込んでくる。筆者は、それを「無駄な当事者意識」と呼んでいる。

 

ただし、積極的になってほしいのは「お前じゃない」のである。彼らの勇気は評価するが、人はそれを勇気と呼ばない。ただの蛮勇である。何度も言うが、女性からしてみれば圧倒的に「お前じゃない」のだ。

http://diamond.jp/articles/-/72165

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是非とも読んで欲しい記事である(笑)。男として50数年生きてきたが、この記事まさにツボにはまった(笑)。そういやー20代前半は無茶苦茶やってきた。1970年代から1980年代という、日本が一番おもしろい頃だった。

 

天神の屋台で飲みそこで知り合った人たちと中洲に飲みに行き太陽が登るのを見ながら朝まで飲み歌ったものだ。

 

ただこの、「外す」って事はなかったなー。「彼氏面男子」なんてのがいたら、周りの男がボコってた。

 

あの頃は皆で飲みに行く時男子必ず女の子を送る順番を作ってた。「あの娘の家はこの娘の手前だから」って感じで、同時に女の子を自宅に送る時は必ず男性二人以上がタクシーで自宅まで送り届け、ご両親に挨拶してからタクシーに戻ったものだ。当然だ、女ってのは宝だもん。

 

勿論可愛い女の子を取り合いになることもある。けど「彼氏面男子」はなかったなー、皆自分の実力分かってたもんな。本命?その時は一対一でちょっと豪華なお店に誘ったものだ。当時のクリスマスの「中洲花の木」は今でも覚えている。

 

三連休終了。さあ明日から仕事だ。

 

相続、いろいろと考えた。「節税ではなく納税で」これが1つの基本方針かな。今納税しても20年後に財産が増えていればよいわけで今の5歳の子どもには大きな問題じゃない。孫が20年後におじいちゃんが遺してくれたお金があった事に気づく。

 

ならば生前贈与で納税してその後に資産を増やすって方法がある。少しづつ頭の中で広がっている。なんとなくいけそうだ。

 

さあ、今日から6月、もう後半に入り始めた。戦うぞ。



tom_eastwind at 17:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌