2015年12月

2015年12月31日

5万人社会に向けて

「何故5万人なのか?」と聴かれた。

 

実は21世紀初頭、つまり今から15年くらい前に世界各地の日本人社会をネットや紙ベース情報誌で繋げられないかと考えたことがあった。

 

各地の地元日本人向け情報誌がお互いに情報交換しつつ、海外の日本人社会が単独ではなく世界中にある日本人社会とお互いに繋がり情報交換をしつつ学ぶことやビジネスに繋げることが出来ないものか。

 

そんなことを目的に海外各地の日本人社会に住む日本人メディアビジネスマンたちを訪問した事があった。バンクーバー、ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、香港、彼らからしてもビジネスに繋がる可能性があるだろうと思った。

 

ところが実際に会ってみると話にもならん。「なんですかそりゃ?」である。結局この企画は全滅、誰にも相手にされなかった。

 

良い話と思うんだけど、たぶんこれって情報誌を発行して広告を取るというビジネスモデルの人から見ると、世界がくっつくという概念そのものが理解出来なかったのだと思う。

 

ただ世界の日本人社会を回りつつ肌で感じたのは、日本人が5万人いれば日本人がお互いに必要とするモノを持ちあって自己完結する社会が出来るんだなって実感だ。

 

簡単に言えば例えばラーメン屋から始まり日本食、理容室、日本食材、自動車工場、大工、設計士、医者、看護婦、衣料品店などだ。

 

5万人いると内部需要で上記のようなビジネスが自然と成立する。そうなると上記のようなビジネス従事者が必要となるビジネスが出てくる。例えばネール、マッサージ、その他にもその土地に合ったビジネスが出てくる。

 

こうなると5万人社会は日本人品質で商品提供をするしサービスを受ける側も日本人感覚で接する事ができる。

 

するとそこには海外でありながら日本人が合法的に住み日本と同じ生活が出来るようになる。じゃあちょっと住んでみようかという気持ちにもなる。これが日本人が海外生活をするきっかけである。

 

気に入れば永住権を申請すれば良いし、または退職者ビザでのんびりと行き来してもよい。そしてそれはニュージーランドにとっても人口増加が経済発展に繋がるわけであり、地元の法律をまじめに守ってきちんと納税する日本人はNZにとって大変相性の良い国民である。

 

僕は10年ほど前かな、ニュージーランド政府観光局に行って「これからはツアーじゃない、移住だ」と日本人移住者向けの企画を提案した事がある。

 

当時はまだツアー客が毎年7万人くらい来てて、一番多かった時の15万人に比べれば半減だけどまだ日本人客が相手にされてた時だ。

 

一家族の移住者が平均4人としてそれぞれの友達が5人いれば20人と繋がる。20人が「そっか、あいつがいるなら行ってみようか」となり、その友達3人とNZに来る。4人かける20で80人の渡航客が出来上がる。

 

もし1万人の移住者がいて毎年5人の友達を呼べば5人がそれぞれ友達3人と一緒に来て20人かける1万人で年間20万人の観光客を呼べる。

 

ツアーの旅行客よりも圧倒的に安定した市場であり値引きも割引も強引なお土産販売もなくリピートが目指せる。

 

更にNZはリピーターを得意とする国である。彼らは航空券が安いから来るのではない、最初は友だちに会いに来て、それからこの国の自然に触れてリピーターとなるのだ。この時点でバーゲンハンターとは全く違った行動である。

 

などと話をしたが全く相手にされず、彼らはあいも変わらず旅行会社とNZへのツアーを狙うのみであった。

 

しかし10年後の今、何故ニュージーランド航空はビジネスクラスから先に売れているのか、誰か考えているのだろうか?答は明快であり投資家移民が増えてその友達がやってくるし、移住した本人だって年中日本とNZを行き来しているからなのだ。

 

現在ニュージーランドに在住する日本人はおそらく17千人くらいだと思う。そのうち14千人はAuckland在住であろう。

 

僕が出来ることは年間数百人の移住である。けれど市場はどんどん広がっている。5万に達するまで後5年だろう。

 

その時日本はAucklandという飛び地に経済的日本人社会を持つことが出来るし日本人の良さを地元の人々に伝えることが出来る。

 

ただしこれから注視すべき点は、日本からの技能移民労働者だけでは日本の良さを伝えることに時間がかかるということだ。

 

どんな社会も同様であるが、社会はお金を出す資本家、労働力を提供する労働者、両者を結んでビジネスに繋げる経営者が必要となる。労働者だけでは現地で安価でこき使われるだけになる。

 

現在のNZのビザルールでは、投資家ビザ、起業家ビザ、技能移民とあるわけで、このすべての枠で日本人が申し込み、同時に日本人投資家が提供した資金を日本人起業家がビジネスに結びつけ日本人労働者を集めて日本品質の商品やサービスを作り上げる。

 

こうすることでニュージーランドでキーウィに日本人らしさを理解してもらいお互いが行き来する機会が増えればと思っている。



tom_eastwind at 16:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月30日

今年一年をまとめて

今年も良い年であった。ジェットコースターのような一年であるのは毎年同様だが今年はバランスが良かったようだ、ジェットコースターが途中であちこちごちんごちんとぶつからずに天と地の間を超高速でぐるぐると回りながら今日まで来られた。

 

今年は会社の5年単位での流れの変化の年なので日本でしっかり市場を見てきた。日本とNZの社会の変化が予測出来たのでそれに対応出来る自信はある。

 

だが、いつも一番困ることは、果たして僕は先に行き過ぎてるのか遅れているのかが分からないことだ。レース場で自分のレースカーが周りを走っている車より周回遅れなのか一番なのかわからなくなる。

 

そこで今年はぐるぐる時計を頭のなかに導入した。

 

一個の事象を企画してすぐに結果が出なくても今までのようにすぐ何故だと考えずそこに時間軸を入れておく。定期的に思い出しては現状に適応出来るか考える。無理そうならまた引っ込めて次の時を待つ。

 

無理が通れば道理が引っ込む、川に棹させば流される、天の時と地の利と人の和を待つしかない。「世の中とはそんなもんだ時計」である。

 

今年はまず2月にお客様と日本でスキー。晴天。日本出張にスキーブーツを持っていくビジネスマンは少ないだろう。スキー場で直滑降している時だけ仕事を忘れられる至極の時間である。

 

3月には今後の僕らの重要事項となるAucklandの日本人向けリタイアメントハウス(10床程度)についてハウスを日本で積極展開している企業の訪問を受ける。

 

4月は日本出張で東京から名古屋、福岡と回る。話は古くなるがこのコースは2011年東北大震災当日の325分に名古屋駅の新幹線ホームで突然足元がぐらついた思い出のコースである。

 

飲んでもないのにおかしいなと思ってたらすぐに駅員から地震の通知、その後続けて「ホームにいる西へ行く乗客は切符があろうがなかろうがとにかく乗車して下さい、これが最後の列車です」。

 

最後の列車に乗って博多駅に着いて地震の被害の大きさを知ることになる。

 

5月の出張では東京のオーナー経営者にやっと思ったような時代の変化が見えてきた。同時に海外相続のインバウンドが増えたのは思いもよらない事だった。

 

6月は企業買収や株式売買で地元日本人ビジネスマンとのやりとりで何とかうまく着地点を見つけて終了。

 

8月にクイーンズタウンでお客様とヘリスキー。当日は晴天なれど風強し。ここは標高1600mくらいで風邪を遮る樹林もないから半端じゃない強風だぞ。ふかふかの雪を皆さん楽しんでもらい僕も楽しみクイーンズタウンのスキーを楽しんだ。

 

今年は日本に7回出張。個人面談、説明会、企業訪問、一回あたり2週間程度なので一年で約100日日本出張をこなしている計算になる。

 

今年は良いことが多かったと言えるのは、今年起こった嫌なことは全部忘れたからだ。年ってわけではない、要するにそんなもんどうでもよいのだ。

 

今年の良かったことを思い出に来年に向かう。まだまだ目標に達してない、ニュージーランド日本人移住者5万人計画だ。



tom_eastwind at 12:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月29日

あいつを罰して!

日本では法の運用が政府により大きく歪められて、ホリエモンは一発刑務所なのに東芝で刑務所送りはまだ出てない。新日本監査法人も「わかっててやった」のであるからもっと重い罪が出ないと「法の公正」が保たれない。

 

それでもこの国には法の公正以前の「未成文常識法?」がある。長いものには巻かれろお上には逆らうなでありこの未成文常識法に逆らって、けど法的にはギリギリでいけたかもしれないホリエモンは厳罰であり東芝のように法律を完全に無視しても政府側に巻かれて逆らわない東芝は「愛い奴」だから「適正な過料」ですむことになる。

 

面白いことにそういう国の国民はお上のやり方に慣れてしまい何の疑問も持たない。法律のことをそんなに知らなくても自分が真面目にやってればそれで良いとなる。

 

しかし問題はその選良が海外生活を始めた場合だ。「あいつを罰して!」いつもの話であるがレストランで最低時給以下で働かされたとか経営者が雇用契約を作ってくれないとかである。

 

働いている時は黙って給料もらっているのに辞めることが決まると急に労働者の権利を思い出したように「契約書がない!」とか「私は最低時給以下で働かされた」と言い出す場合だ。

 

けどそれなら最初から「働かない」という選択肢もあったわけだ。給料がいくらかも分からずに働き始めて、後になって誰かに最低時給を教えられてそれから「搾取!」と言われても少し説得力がない。海外で生活するには「甘い」としか言いようがない。

 

雇用契約を作ってくれない雇用主がいればそれでも働くか働かないかもあなたの自由である。雇用契約の存在を知らずに働いていたなら誰かに教えられて初めて「契約がない‐!」と言うのも如何なものか。

 

要するに学ぶべき時に学ばず社会に出て社会でも仕組みの歯車としてしか自分を認識せず支払っている税金の中身も分からず外国に出たらとりあえず働く所があって働いて、誰かに吹きこまれて辞める時になって時給とか契約書とか言うのが、なんか自分だけの良い所取りにしか見えないのである。

 

タダ働きだったわけではないし契約書がなくてもシフトや仕事内容は分かってたわけだしニュージーランドに来て最初の仕事で労働法とか契約の重要性を理解したことを「学び」と考えてみればどうだろう。

 

勿論経営者にとって最低時給や契約書は最低限守るべきビジネス・ルールであり、これが分からないならビジネスをやる資格はないし健全な社会を作る一員とも言えないのは事実である。そしてアジア系のレストランにそういう店が多いのも事実である。

 

そしてここからであるが日本からやって来た選良は自分が騙されたと思い当局に訴える。すると情報を得た当局(主に労働局)は雇用主と事実関係を確認しながら未払い賃金の支払いを命令する。ところがこれには時間がかかる。

 

そのうちしびれを切らした方は「何言ってるのよ!あたしは金なんて欲しいわけじゃない、あいつを罰してと言ってるだけよ!」

 

なんだか言ってる方からすれば筋が通ってるようだが、聴いてる当局からすれば{???}である。当局は裁判所ではない。誰が倫理的に正しいかを判断する場所でもない。

 

賃金や契約書など法的な間違いがあれば是正するのが彼らの仕事であり「罰する」のは彼らの仕事ではない。

 

もし「騙された事」をネタに罰を要求するなら行く先は裁判所であるが裁判費用が安くなる少額裁判所ではこういう案件は扱っていない。

 

地方裁判所に行くなら弁護士を雇って当時の雇用状況と論点を明確にして説明することになるが、おそらく10人のうち1人がこの仕事を受けてくれれば良いほうである。何故なら勝ち目がないからだ。

 

この国では裁判所は決して正義を追求する場所ではなく双方の意見を聴いて調停する場所なのだ。日本のように「最高裁がある!」なんて正義は通らない。

 

世界中から様々な人種がやって来ており皆それぞれに自分の正義がある。そんなところで裁判所が正義を追求しだしたら答は100万通り出てくるぞ。

 

倫理の問題は信じる神様によって違うわけであり、それは個人個人によって違うのが当然である。だからこの国では裁判所でも倫理の問題を扱うことはほぼない。

 

正義はあなた一人のものではないのだ。「騙した側より騙された側が悪い」と考える人種にとってみれば「正義は我にある」のだ。きつい書き方かもしれないが現実を知る上で参考にしてもらえばと思う。

 

僕自身すでにこの国で何度も、いろんな「正義」と喧嘩してきたので個人的な正義感が何も役立たないどころか問題を複雑かつ不毛なものにしてしまうのがよく分かる。

 

ホテルインターンシップ事件ではクライストチャーチの労働組合に嵌められて当日と翌日の全国紙とTVONEを賑やかせた。

 

勿論即時色んな「当局」に抗議をしてインタビューに来たテレビ局のクルーにも「何でだ!」と言うと「お前は、悪い時に悪い場所にいただけだよ」と言われた。後日それが事実なのが発覚するのだけど、その時にはもう誰もが何もかも忘れたような顔になる。

 

労働組合にとっては既得権益を守れたのでホクホクである。何故なら彼らにとっての「正義」が実現されたからだ。

 

去年は総選挙の年で国民党圧勝のはずが労働党によりスキャンダルが持ちだされて国民党議員3名が皆「移民局と永住権」でボロクソに叩かれた。この国家的スキャンダル騒動の最中に僕は巻き込まれた。

 

取れるはずのビザが取れず動くはずの物事が動かずどうしてなんだとあちこち手を回して分かったのは、今回僕が巻き込まれたのは移民局を舞台にした移民弁護士同士の戦いであり、総選挙が終わるまで移民局は「死んだふり」をしてたってことだ。

 

結局総選挙が国民党勝利で終了するとビザが次々と発給されていつの間にか事件は有耶無耶なまま終わったが、誰もが自分が正義と思うところに落とし所はない。

 

自分の正義を振りかざしてぶつかってもそこからは何も生まれない。「何故この人はこう考えるのだろう?」と考えて様々な価値観が多様に存在する国で生きて多様な価値観を学ぶほうが、得るものがおおい。



tom_eastwind at 14:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月28日

「最終的かつ不可逆的な解決」

日韓政府による慰安婦問題の最終的な解決との事だが、文書を読む限り全然解決してないって感じるのは僕だけではない。詳しくは佐藤優氏のブログにある。

http://blogos.com/article/152117/

 

多分米国による日韓問題解決の「お手伝い」であろうが、合意内容を見る限り「だったら米国さん、もちっと“お手伝い”してくれよ」って感じである。最終的かつ不可逆的な解決なんてまさに英語で書かれたような表現方法であるのだからもっと具体的な日程も入れるべきだった。

 

それに在ソウル日本大使館前の慰安婦像の問題も残っている。さらに日韓では解決しようのない米国に広がった慰安婦問題がある。

 

米国に作られた慰安婦像で「慰安婦問題で日本を叩き選挙で票を取りたい連中」と「掴み金が欲しい連中」はどうするのだ?米国政府が“手伝う”ならFBIを遣って米国内の「掃除」をしてくれるのか?慰安婦像を撤去してくれるのか?

 

まだまだ問題は解決していない。



tom_eastwind at 14:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年12月27日

北方少林館

ドミニオンロードの大通りと路地の角っこにある2階建ての刀削麺の美味しい店である。今日は家族で2年ぶりか?ガラガラに空いている高速道路を車で約30分のドライブで訪問する。

 

1130分に開店するがすぐに満席になるので5分ほど早めに行くとすでに3組のお客が椅子に座って注文してた。

 

店はあいもかわらず賑やかで繁盛してて北京語が飛び交う世界である。回族の経営する店と書いて壁の少林寺の張り紙と違和感があっても、何でもOKなのが中国らしい。

 

店に入って4人と伝えると入ってスグの4人がけの「留座(予約済)」と書いたテーブルに案内された。「あれ?予約してないけど」というと「いいんだ、置いてただけだ」最適顧客配備手段であろう。

 

テーブルマットは分厚いビニール製でアニメの絵が描いてあり子供が喜びそうだ。そこで北方風鶏の串焼きと餃子に刀削麺を注文してから薄曇りのガラス越しに見えるキッチンでは今日も拉麺をやってる。

 

大きな板の上に粉を撒いて職人さんが自分の目の前で大きな小麦粉を何度も何度も打ちながら胸の高さに持ち上げて両方に引っ張りまた折り畳む。

 

「これって本当に芸人だよね、何ですりガラスの向こうなんだろう、勿体ない。あのパフォーマンスを皆が見えるようにすれば、更に外側の窓を行き来する通行人に見えるようにすれば効果があるのにね」と僕が言うと奥さんが「彼らにとっては仕事であり出来て当たり前の話、芸じゃない」

 

東北の人が地吹雪をエンターテイメントと感じないのと同じ程度であろうか。

 

待つほどに2人の中東系の若いカップルが来た。4人がけのテーブルに座ると店員がすぐに来て隣にある2人がけに座れと言う。お客が「どうして?」と言うと店員が中国の常識をうまく説明出来ない。

 

すると店員のボスに当たるようなガタイの良い兄ちゃんがカウンターから大声で“Reserved !”と怒鳴ると二人は納得したように2人がけに座る。あまり納得した雰囲気なし。

 

最初に出てきた串焼きは一本の長さが30cmくらいあるステンレス?串で真っ赤な唐辛子が振り撒かれてありながらそれほど辛くもない。どれも程よい味付けだ。

 

刀削麺だって打ちたての麺を素早く刻んで大鍋で煮てすぐに出すから麺は表面がつるつるで中はもちもち、これは実に旨い。

 

同時に出てきた餃子は、見かけはぱっとしないのに食べてみると皮と餡が実にバランスが良くて肉汁一杯で、これまた旨い。

 

こんなに美味しいのに長年やってて繁盛しているのに、店の規模は相変わらずで元気の良さそうな若い店員さんも決して愛想が良いわけではなくレジの前に固まって客が入店するとすかさずメニューを持って人数を聴いてテーブルに誘導して、まずはそれで終わり。

 

料理の注文が決まった頃にまた戻って来てささっと注文取るとそれで終わり。水が欲しければレジ前の冷蔵庫から自分で取り出す。コーラなども自分で取ってテーブルで飲む形式だ。

 

お湯だけは注文出来る。ポットに入ったお湯とプラスチック製のざっけないコップがいかにも中国の雰囲気に合ってる。

 

料理が出来ると店員さんがすかさず運んでいき、全体的にキビキビした雰囲気があって気持ち良い。料理も旨い。味、雰囲気、サービス、今日も快晴。

 

世はなべて事も無し。

 

何だかこの古い店で無愛想な若い店員の顔を見つつ麺を食いながら1980年代の真夜中の長浜ラーメンを思い出していた。

 

あの頃は中洲で飲んだ後にタクシーで約1200円で長浜に行き空き地に建てられたボロっちい元祖長浜ラーメン店で350円?くらいのラーメンを食ってたものだ。

 

きちんと整地してない床は油で滑りやすくテーブルもラーメンを置いたらそのままツツーって床に落ちそうになるのでラーメンが運ばれてきたらまず手で押さえるところから始まる。

 

ラーメンを注文する。固め葱なしがいつもの僕のメニューで時々ビールが入る。決して長居は出来ない。ここは喫茶店でも酒屋でもなくラーメン屋なのだ。そんな不文律が明確に生きていてお客と店がそれを共有していた時代だった。

 

兄ちゃんたちはいつも入り口から一番奥の料理場のあたりで固まってて客が入ると元気よく注文を取りに来る。愛想もなければ笑顔もないが、やることは分かっている。

 

注文が入ると調理台にずらっと並んだ丼に続けてタレとスープが入り麺が出来るのを待つ。早いものは1分で出来上がりテーブルに運ばれてくる。

 

獣油臭がんがんの店で油っぽい箸立てに入ってる使い古した箸を取り口紅の少し残った丼に少し胡椒をかけて食う。当時の事でスプーンはないのでスープを飲むときは口紅の位置に注意する。はは、当時の東京の一部の人にとっては地獄だったろう。

 

ここでは10人がけくらいの大きなテーブルに水の代わりにぬるいお湯が入った10リットル入りか?デカイヤカンがあり皆が適宜自分の湯のみに注いで飲む。テーブルに胡麻も紅しょうがもあるので店員要らずだ。

 

味付けも薄いと思えばテーブルのタレを追加する。これは嫌味でもなんでもなく2杯めはどうしても味が薄くなる替え玉対策である。

 

出てきたラーメンは実に旨い。特に飲んだ後のシメのラーメンは旨い。タクシーの運転手さんは酔ってない僕に「どちらまでお帰りですか?」と聴く。「筥崎です」というと「じゃあ俺もここで食べてますよ、帰りに声かけて下さい」となる。

 

長浜から筥崎までのタクシー代は約3,000円だった記憶がある。バブル当時なので夜間割引もない、タクシーが見つかるだけで有り難かった時代である。

 

350円のラーメンを食うためにタクシー代4,200円遣って無駄な愛想はないけど元気な店員さんの作るラーメンを真夜中に食って満足してた時代である。

 

あれから約30年、今は空が抜けたような青空のAucklandで家族と昼食だ。独身の頃にあった無茶な自由はないけど温かい家族がある。

 

楽しい昼食は4人で60ドルちょい。一人約1,200円。よくあることでクレジットカードは使えない。僕のANZカードはエフトポスとクレジットカードの合体している奴なので店員さんによく「カードは使えないよ」と言われてすぐに「エフトポス」と言えばOKだ。

 

楽しい家族の30分の昼食を済ませて店を出る12時過ぎにはすでにテーブルが埋まっており僕達が出て行くのを元気な店員さんと順番待ちをしているお客さんに嬉しそうに見送られた。



tom_eastwind at 19:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月26日

ボクシングデー

ニュージーランドの今日はクリスマスに送られたプレゼントを開ける日というのでボックス→開く→デーをセットしてボクシングデーと呼んでいるようだ。

 

実際には多くの子供がクリスマスイブの当日にフライングして箱を開いて楽しんでいるのだろうが(笑)。

 

1225日はスーパーも普通のお店も閉まってて、家族はクリスチャンオーナーでない中国飲茶レストランに久しぶりの飲茶を楽しみに行った。

 

「あっらー、久しぶりー」この中華レストランではとにかく宗教に関係なく食べることを第一義としているので気軽に好きなモノが食える。

 

けど飲茶って考えると相当に豚肉やエキス使っているからイスラム教徒は食べることが出来ない。だからと言ってイスラム教向けのハラル飲茶をAucklandでやって需要はあるのか?

 

日本だったら市場が大きいからハラル飲茶もありかも。最近の日本の食料品業界であれば様々な調味料使って美味しく作れますよね、第一中国はベジタリアン向け精進料理の本場でもあるのだから。

 

僕は家族のいない間に日本から送ってきてもらった易経関連の本を読む。易経を学ぶ時間がなかったので年末年始で読み込んで見る。

 

休暇前に日本から6冊ほど送ってもらい、旧版の岩波文庫なのだろう文字がちっちゃくて太陽光の下で読まないとルビが読めない(苦笑)やつから東洋医学を簡単に説明したものまである。

 

これも年末だから出来る贅沢である。明るい空の下、ソファに座ってゆっくりと読むのは贅沢である。どこまで理解出来るかな、やれるとこまでやってみよう、この休暇中に。

 

その間にも日本では慰安婦問題が解決するか?とか尖閣諸島でまたも中国艦船が領海侵入。けど中国側からすれば「日本が領海侵犯しているから出て行け」と、全く会話が噛まない。

 

「約束はしたけど守るとは言ってない」という思想に染まっている人々と会話って可能なのか?だって西洋社会で普通に共有している「約束したことは守る」という価値観が通じないのだ。

 

生活をする上ではこの国って日本の価値観と近い。

 

仕事や生活で色々あって苦労している人もいるだろうから「そうでない」って人もいるだろうが、そこは自分の価値観だけではなく何故相手がそう考えるかを踏み込んで考えてみればどうだろう。

 

永住して何時まで経っても日本の価値観と常識だけで生きて地元に迷惑をかけるのもどうかと思う。

 

僕はこの社会でずっと生き続けてきて少しは見えてきた、彼らキーウィの何故彼らがこう判断するのかが分かったから今は納得出来る。

 

ここで大事なのは地域や国家ごとに習慣や価値観がありそこに外人が入り込んで自分の価値観を押し付けることは出来ないってことだ。彼らの行動は彼らなりに至って合理的で現実的なのだ。

 

少なくとも今日シティやノースショアのショッピングモールに家族で買い物に来ている人々は「今宵会う人な美しき」な、少なくとも約束した事は守るってのを理解している人々であった。



tom_eastwind at 23:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)NZの不動産および起業 

2015年12月25日

沈黙

クリスマス・イブから一夜明けて今日はまぶしい薄曇りで涼しい天気。夏なのに22度なのでAucklandは冷房不要の街である。

 

この国ではクリスマスは宗教的な祭事であり本来は家族が教会にお祈りに行き自宅に帰ってご馳走を食べて過ごす日である。

 

こんなおめでたい日に「キリストの生まれた日にはまだ西洋式カレンダーなかったよね」とか、「当時の中東で生まれたのにキリストの肌が白人ってどういうこと?」なんて野暮な質問はしちゃいけない。

 

信じるものは救われる、疑う者は異教徒だ、だからキリスト教もユダヤ教もイスラム教も同じ神を信じてる兄弟宗教なのにキリストを信じる者だけが救われてイスラム教とドンパチやっても許されるのだ(笑)。

 

日本人は宗教に関しては明るい雑種というか、どんな祭事でもお祭りになれば取り入れるのが特徴だろう。

 

日本は古代八百万の神で神道だったのが6世紀頃から中国から朝鮮半島経由で仏教が攻め入り犬族が反撃する中白村江の戦いで負けた武将が日本に流れ着き、、、やば、手塚治虫が入った。

 

もとい、要するに神道や教会で結婚式して死ぬときはお寺で墓に入り毎年クリスマスを祝いお正月は神社に行き最近はハロウィーンまで流行させるなど、外国の面白そうな催事を取り入れてきた。

 

バレンタインデーなどはチョコレート業界の仕掛けた大ホームランだったがその後のホワイトデーは「伸び」がないな、どこの広告代理店を使ったんだろう?

 

これからも外国DAISUKIの日本人が外国の面白そうな催事を取り入れて、あ、そうだ、例えばセントパトリックデーなどはどうだろう。

 

今は毎年原宿でパレードやってるけどせっかくなら「タイタニック物語」を作ってパトリックデーは二人で春に向かうカップルが過ごす素敵な夜、都内の高級ホテルでパトリックディナーを楽しみその夜に男性が女性に渡す指輪はデ・ビアスが仕掛けると面白くなりそうだ。

 

ただ、せっかくの一年に一回のクリスマスなのでもしよければAmazonで遠藤周作の「沈黙」を購入してみればどうだろう。

 

江戸時代初期のキリシタン弾圧当時、イエズス会から派遣された高名な神学者であるクリストヴァン・フェレイラが幕府の弾圧に屈して棄教したとの報告がローマに届いた。

 

その事実を確認するために派遣されたセバスチャン・ドロリゴとフランシス・ガルペはマカオ経由で日本に入るが、そこで見た究極のキリスト教とは?

 

日本人作家が書いたキリスト教をテーマにした作品であるが、むしろ日本以外のキリスト教世界での人気の方が高いのではないか。

 

1966年の作品であるがそのテーマは深く重く江戸時代のキリスト教徒の迫害を舞台にしつつ現代のキリスト教信者に対しても真っ向から逃げようのない「対話」を突きつけてくる。

 

クリスマスは楽しい。幸せは大事である。キリストを信じて幸せになることも大事である。けれどその教えを突き詰めて考えてみたら?

 

遠藤周作の「沈黙」は長い時をかけて今年米国で映画製作されている。来年放映だが日本での放映は未定とのこと。日本からは浅野忠信、窪塚洋介が参加している。



tom_eastwind at 14:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月24日

クリスマス・イブ

日本では今年も山下達郎の“クリスマス・イブ”が人気だ。30年も前の歌なのに今も現役、時代は変わってもクリスマスが戦後日本人、特に若者にとっては一年に一回の大事な出来事なのは変わらない。

 

僕が最初に聴いたのはクイーンズタウンでビデオカラオケに流れていた時だ。当時のクイーンズタウンでカラオケがあるってのはびっくりものだがその店の店長を僕がやってたので好きなだけ歌えた(笑)。

 

何とそのビデオの背景に流れるのは夕暮れのAucklandのハーバーブリッジのノースショアからシティに向かう景色であったのを覚えている。

 

今日の午前中はどこもかしこも人と車だらけで大渋滞、奥さんとロードサイド店KFCに行くと、まだ午前11時なのに注文の行列。

 

注文しつつキッチンを見ると、何とグレービーソースの在庫が完全に切れててマッシュポテトとソースにそのまま熱湯かけて掻き回してた。

 

何だろうと思って注意してみると、一人で持ち帰り用バスケットを3つも4つも抱える人続出。よくもまあ一人であれだけ持てるものだ。驚嘆。

 

彼らは予め注文してクリスマスランチを取りに来たのであろうが、とにかくたった10分の間に僕の目の前を10人位のガタイの良い連中がデカイ袋を取りに来て「あーあ、これじゃ俺の食い分ないな」って思わせるくらい。

 

ドライブスルーも大混雑で、注文してから鶏肉やフライを揚げてるから、10分前に見た車が今も停まって料理を待ってる。

 

注文してから30分ほどでやっと僕らの注文した料理が出来たが、いやいや店員さんお疲れ様である。鶏肉やフライは出来立てで美味しく頂いた、グレービーは、もちょっと寝かせたら、であった。

 

24日の午前中は誰もが最後のクリスマスの買い物である。どこのお店も混み合ってるしKFCだって空港だってシティのスーパーマーケットだって忙しいのだ。

 

午後2時ころに空港から自宅に戻る時も上下線とも渋滞。おまけに突然の強い雨でぬかるみ発生、ライトを点けて走る。

 

それでも先週までのようなシティの交通渋滞、「お前か俺か」みたいな追い抜きクラクションはない。流石にイブを交通事故で潰したくないのは誰も同様だろう、混み合ってるなりにそれなりにゆっくりだ。

 

家に帰って日本からのお土産を受け取って有難う、後は夕食を待つのみ。

 

今日は僕が非常食の一番としているどん兵衛のウェブ宣伝が面白かった。どん兵衛をご存知ない方には意味不明かもしれないが僕には言語明瞭意味明瞭である。

 

http://www.donbei.jp/bocchi/

「どんばれぼっちくりすます」今日を一人で過ごす人への応援歌?。彼氏彼女と一緒に過ごすことが出来ない人に向けての言葉である。

***

過ごし方その1 

どん兵衛きつねうどんのお揚げとキスしてみるべし。熱いので少しさましてからが良い。

過ごし方その2

うどんとそばにはさまれて私を取り合わないでって言って見るべし。

過ごし方その3

隣の家の異性に「どん兵衛、作りすぎちゃって」と声をかけるべし。

***

今日は誰にとっても楽しい一晩になりますように、メリークリスマス!

 



tom_eastwind at 18:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月23日

人吉で生まれた女

インバウンドという言葉は今年大流行である。日本もやっとここまで来たか感もある。

 

何故なら僕自身が旅行業でインバウンドやってた1990年代に「旅行業です」というと「安い航空券ありますか?」であり、ましてや「いえ、インバウンドなんです」というと多くの人にきょとんとされたものだ。

 

それほどにインバウンドという呼び方は業界用語であり続けた。

 

ところがここ数年の円安で中国から多くの観光客がやって来るようになり更に台湾や香港からはリピーターも増えて日本の田舎を旅するようになった。そこでインバウンドという言葉が一気に広まった。

 

日本で生まれ育った僕らからすれば何でもない山と谷と高原が観光資源になっているのだ。

 

九州の由布院は今でこそ国内海外観光客に大人気であるが、1970年代はまさに「何もない田舎の高原」であり「別府から1時間かけて何しにいくの?」であった。

 

それを由布院の旅館の社長が同じ景色を違う角度で捉えて「何もない良さ」を日本中に売りに出したらこれが当たった。

 

福岡の人に言うとびっくりするだろうが、現在の香港の観光客の人気スポットの1つが「門司港」である。ここの回転寿司が安くて旨いと評判になりガイドブックにも掲載されSNSで情報発信されている。

 

インバウンドの仕事をする時はとにかく自分の常識を捨てる事である。

 

東北の冬場の地吹雪など本当に「人が死ぬ」恐怖の自然現象だったが逆にこれを活かして雪を見たことがないアジア人観光客に地吹雪を(勿論安全な状態で)体験させるツアーもある。これなど原価率ゼロでっせ(笑)。

 

他にも九州はアジアからの観光客が多くJRを利用したツアーが盛んだ。JR九州は元々は赤字路線ばかりで国鉄時代はお荷物路線であった。それが民営化されて鉄道を利用した様々なビジネスを展開して成功している。

 

鉄道では「ななつ星」で全国に名前を売り(実はこれ自体は大して儲からない)熊本からはSLひとよしから始まり観光列車を走らせている。

 

そしてここに着目したのが人吉温泉の温泉観光協会である。

 

元々人吉は「大いなる田舎」の九州の中でも更に田舎であり九州の中心地の山奥にある。福岡から人吉に行くとなると「何しに?」と言われるほどだった。

 

平家の落人伝説で有名な五家荘も近くにある山里だが、人々は人情味がありおもてなしの心と豊かな自然を持っていた。

 

僕は1980年代に仕事で数回訪問したが仕事が終わると福岡に戻る終電はなく近くの旅館に泊まるしかない。

 

全く見知らぬ街(村?)の夜の道路は暗く、イノシシが何時出てきてもおかしくない。旅館で夕食を食べたらとっとと和室の布団にくるまって寝るだけであった。

 

それが今では外国人観光客をもてなす仕組みが出来上がっている。

 

SLで人吉を訪れた外国の人々に人吉の自然を利用したラフティングなどの川下り、夜は球磨焼酎に地元の新鮮な食材を使った料理で楽しんでもらい、何もない田舎を楽しんでもらう趣向である。

 

実はこの発想、日経ビジネスによると県外出身者の若女将が考えたとのこと。福岡県出身で海外留学を経験してホテル勤務をしてた時にこの旅館「清流山水花あゆの里」の若女将に就任、観光協会でもインバウンド担当を務める。視点を変えるという事だろうと思う。

 

日本では長い間プロとして外国人をお出迎えしておもてなしをするという発想がなかった。日本交通公社(現在のJTB)は政府系機関として外国人受け入れを担当していた時期がある。

 

外国から日本に来るインバウンドは市場も小さく要望は細かく一般的な旅行会社が請け負うには無理があった。

 

例えば破天荒ローリングストーンズがやって来たら変更だらけのホテルや食事や移動の手配を旅行会社が出来るか?ウィーン・フィルハーモニーならまだましだが今度は予算がないから儲からない。楽器の輸送や通関の知識も必要となる。

 

また1980年代は国内旅行需要が分厚くてそれだけで十分に食っていけた。

 

けど時代は変わり海外から日本にツアーが来るようになった。

 

円安が何時まで続くかは不明であるがいまのうちに日本の良さを知ってもらい田舎を旅して日本がいかに「平和を愛する国家」であり「他人と喧嘩しない人々」であることを理解してもらい自分たちの国に帰った時に「日本は戦争好きな国じゃないよ」と言ってもらえばこれこそ観光大使である。

 

人吉で生まれた人々や人吉に移り住んだ人々は地域活性化に向けて一生懸命である。彼らは数百年と続く家族の歴史を持っている。自分たちの街は自分たちで守る、その気持ちを持っているからインバウンドを取り込みにかかっているのだ。

 

人吉で生まれた女が人吉を守り子供たちに継承していく。・・・この街では僕の仕事は不要ですね(笑)。けど、是非とも頑張って欲しい。

 



tom_eastwind at 16:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月22日

失敗は成功のもと?限度あるよね。

以前ロトルアの銀行が香港系移民夫婦の経営するガソリンスタンドに10万ドルの貸付をすることにした。ところが実際に振り込まれた金額は1,000万ドル!

 

すごいのは香港系移民夫婦で翌日その金を殆どすべて香港や中国の銀行に送金して残りは現金で引き出して一番最初の飛行機でAucklandから海外へ立ち去っていった。

 

結局3年後かな、この夫婦は香港で逮捕されてニュージーランドで裁判を受けることになった。

 

けどここで問題なのは、振り込んだ銀行側もゼロの数をこれだけ簡単に間違えるのか?である。これだけの、商業ビルが一棟買える程の送金を担当者だけのチェックで済ませたのか?である。

 

けどけど、それが通るのがこの国の特徴だ。この国では銀行がミスをすることは当然であり多く受け取れば返して下さい、少なく払ってれば追加で払いますって感覚で、自分たちが公共機関であると認識しつつも仕事はキーウィスタイル、つまり「失敗は当然」である。

 

これは銀行に限らず公共機関もだがこの国の根底には「失敗するからこそ学べる」がある。子供の頃にいろんな事に挑戦させる時に「失敗するなよ!」なんて言ったら子供が萎縮して何もしなくなる。

 

だから失敗を恐れずに頑張ってみろなんだけど、それを大人になって銀行勤めをしていても「失敗するからこそ学べる」を実践しているのが困り者キーウィである(苦笑)。

 

1984年のデイビッド・ロンギ率いる労働党政権による自由化政策が成功して国営企業が次々と民営化されてその過程で自然と競争原理が働き「失敗する奴は使えない」となっていった。

 

大人になって民間企業で働くようになればそんな失敗は許されない、てか自由市場なのでそんな社員は解雇、会社であれば市場から退出するしかなくなり、その意味で純民間に近いほど競争原理が働いている。

 

ところが困ったことに公共機関、市役所やバスや銀行など競争原理の少ない職場では今でも「失敗は許される」とばかりに市役所の公共書類はミスが多く「あら、じゃあまた作りなおすわ」バスの運転手は行先を間違えてバックしているし銀行に至っては「誤入金」と「誤出金」が「許される」のである。

 

そして更なる問題は日本で「ニュージーランドは良い国ですよー」と案内する時に、良いことは言うけど現実に居住するとなった場合の「失敗は許される」問題点を説明せずにいる輩である。

 

日本人にとって最も嫌がるミスがニュージーランドにおいては頻繁に起こる、それも金融機関でも発生する、その現実を説明しないままに「良い国」など伝えて何の意味があるのだろうか?

 

投資移住に関する手続き開始してあちこちで書類不備が起こり時間ばかり取られ挙句の果てに申請したら「書類不備」で却下されたなんてケースもあるが、その場合問題の殆どはNZ側にある。なのにそれを誰も認めようともせず「何を外国人がおっしゃってるの?」くらいの感覚である。

 

この国が自然が豊かで人々が優しくて子供の教育に良い国であるのは間違いないが、それは僕のブログの冒頭に書いてあるように「ニュージーランドは天国ではない、かと言って地獄でもない」だけだ。

 

これは比較論とであり尚且つビジネスの最前線で生きたい人にはモノ足らない国である。

 

この国は良い。けれど誰にとっても良いわけではないのだ。

 

例えば技能移民テーマで「仕事ありますか?能力ありますか?」は僕が10年以上前に書いたブログだがその状況は現在も全く変わっていない。

 

この国で中国人やインド人移民と張り合って地元の仕事を奪うだけの能力ありますか?というごく当然の話である。

 

ニュージーランドのことを自分の事のように個人的に「良い国」と褒めるのは良いが、少なくともそれを業として行う場合には許されない。

 

旅行と生活とでは全く別物、その最初のボタンの掛け違いで移住希望者がハシゴを外されたような気持ちになり移住が嫌になる。「こんな事も出来んレベルなのか!」と腹も立つ。結果的に「おれ、帰るわ」になる。

 

全く移住の現場を知らんバカが口を出すな、である。仕事は失敗するためにあるのではないという世界の常識くらい知っておけ。



tom_eastwind at 16:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月21日

パチンコ。

元経産省官僚の宇佐美典也氏がパチンコ不正事件について記事を書いている。

http://blogos.com/article/150925/forum/#top

 

僕自身の立場を書いておくと、僕は日本に住んでた頃からパチンコには一切興味がなく競馬競艇などにも興味がなかった。

 

だって普通に考えれば分かるわけで相手が場所と台を用意して遊ばせてそれで全員が毎回勝って帰れるはずがない。でないとパチンコ屋は倒産する。

 

確率的に必ず負け組が出てくるわけでそれがあまりパチンコの練習をする機会のない一般のサラリーマンに狙い撃ちは当然であり、ゴト師のように常勝する連中が出てくると警察が出てきてお縄。

 

要するに「じゃあ今からコイントスをやる。表が出れば俺の勝ち、裏が出ればお前の負け」であり常にパチンコ屋が勝つようになっている。

 

統計的に絶対負けると分かっていてジャンジャン音楽パチンコじゃらじゃら音、おまけに狭苦しい椅子に座ってパチンコに参加するって、反対側(パチンコ屋)から見れば嬉しい状態だろう、四角い箱に顔を突っ込んだ参加者は皆ブロイラーに見えるであろう(笑)。

 

Aucklandのスカイシティカジノは健全に発展しているように見えるが基本的にギャンブルであり参加者の一部はすでに“やめられない止まらない”カルビーのかっぱえびせん状態になっている。

 

さてここから先面白いのは宇佐美氏の記事に対するコメントである。宇佐美氏、せっかくフォルクスワーゲン問題引っ張りだして「メーカーが悪い!」とか言ってるけどパチンコの世界は昔から警察とメーカーとパチンコ屋のどろどろの世界である。

 

何を警察が被害者みたいな書き方が出来るかと思ってたらコメント欄でも「赤面します」と書いてあった(笑)。

 

パチンコ問題を考えるならまずこれが民間に認可されていない賭博であることを明確に理解すべきだ。

 

お客はまず金払って玉買ってホールで遊んでうまく玉が増えれば受付で「現棒」みたいなのをもらって景品引換所に持ってって現金に換えるわけで、グレイゾーンなどと言ってるが実態は日本国民が普通に理解しているように政府認可の民間博打だ。

 

戦前は旦那衆がヤクザの開帳する賭場に行き「細かいことはいいからさ、ちょっと遊ばせてよ」とやってた。ヤクザが壺振って「入ります!」戦前の農民は現金がないので賭場で賭けなんてあり得ない、あくまでごく一部の人々を対象としたビジネスだったので取り締まりも厳しくなかった。

 

戦後は農民が都会に出てきてサラリーマンになり毎月現金を受け取るようになった。こうなると元農民も博打をしたくなる、そんな人々に安いお金で賑やかに楽しめて、勝ったらお金が返ってくる!仕組みを作ったのがパチンコや麻雀

である。

 

政府としては博打はすべて自分の利益としたい。だから笹川良一が出てきて競艇とか公営博打を設営して「政府管理の博打はOK,民間は駄目よ」とやった。

 

パチンコ屋はその後が上手だ。警察や政府や税務署に取り込み政府黙認民間賭博を開業、ところがマージャン屋は上部団体がないためにいつも取り締まりの対象となった。

 

誰もが賭博と認識していながらもそこに動く利権がデカイ。だから警察もヤクザもパチンコ屋も皆が裏で繋がって「楽しいこと」をしているわけだ。

 

大手のパチンコ屋であれば税務署上がりの税理士を「お抱え」するのは当然であり防犯対策で警察OBも雇う。警察からしたら県警の中堅ノンキャリアOBの送り込み先としても有難い。こうやって時代に乗ったパチンコ屋は日本中の津津浦浦に広がった。

 

しかし時代は変わりパチンコ人口は減少、大手は資金力があるので次々と新台を投入して客を集めるが地方の小さなパチンコ屋はやっていけない。

 

その結果としてパチンコ業界も寡占化が進み、大手はますます元気になり警察の保護のもと「健全化」を図り同時に税務署にも「青色申告」で黙認してもらい三方一両得である(苦笑)。

 

そんな中で出てきた今回の釘問題。お互いになあなあでやって来たのに下手をすれば東芝並みの問題になるかもしれない。一体誰がちくったんだ、やばい、もみ消せというので様々な組織がメディアや関連団体調節に動いているのだろう。

 

ただ、何よりもパチンコは政府公認の民間賭博であるという明確な事実から話を進めないと小手先の「調整」では何も変わらない。

 

政府もいい加減に民営賭博を認めて、公営賭博が次々と破綻している現状を見直す時期に来ていると思う。



tom_eastwind at 16:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月20日

ジャパンマート

日曜日は天気も良く久しぶりにニューマーケットのジャパンマートへ買い出しに行く。主な目的は非常食であるカップ麺の購入と今回は冷凍でもいいから日本の干物を食べたくなったから。

 

僕は糖質制限を始めて2年くらいになる。消化器系の調子が良くて、何より昼食で言えば食後の眠気がないし夕食で言えばご飯を食べないぶん主食を多く食べるようになった。

 

糖質制限を始めて面白いのは僕の場合体重が4kg減った事ではなく消化器の調子が良い事だ。だから今までよりも多く食べるようになりそれが栄養になりなおかつ太らないという点である。

 

けれど、だからと言って僕は糖質制限信者でもなければ「ベーガンにあらずんば人にあらず」のような事も思うわけもない。人は好きなモノを食べればよい、そこにほんの少しの知識というスパイスをかけていさえすれば。

 

なので糖質制限信者ではない僕は今日もカップ麺を買う。

日清焼きそばUFO明太子   2.40(特価、普段は3.50

日清焼きそば塩カルビ     3.50(特価、普段は5.00

日清どん兵衛きつねうどん   4.80

マルちゃん焼きラーメン    4.80

マルちゃんにぎわい亭ちゃんぽん2.90(特価、普段は4.20

その他諸々。

 

月に一度の買い出しで特に今回はお正月があるので余分に買い込んでおいた。

 

今の為替なら1ドルが85円だからUFOが約300円である。どん兵衛に至っては一個400円。日本国内でホームセンターなどで買えば180円とかだろうから、どん兵衛さん、はるばる海を渡ってご苦労様である。

 

Aucklandの日本食材は高いわ‐」と言ってもそれには理由がある。ただ単純に日本と比べて「高い!」というのは我田引水脳内酸素危機ではないか。

 

こういう日本食の値段が日本に比べて高いのもいろんな理由がある。

1・輸送費が高くつく。当然である。

2・賞味期限が6ヶ月などで出荷して船で約一ヶ月輸送して通関して店に並べるまでにすでに2ヶ月近く期間的損失がある。なので売り切れ品の在庫を計算に入れる必要がある。実際は1年近く持つのだろうから僕は気にせず賞味期限切れのカップ麺でも日本製なら買う。

 

3・為替リスク。今のように日本円が安ければ良いが日本円が高くなった時は長期間にわたって一個800円のどん兵衛を売ることになる。その結果誰も買わずに店は潰れる。

 

店はいつも日本から届いたばかりの箱に入った食材が床に乱雑に置かれているが、それならいっそパック&セーブのように箱そのものを積み上げておけばどうだろう。

 

この店は2ドルショップ(日本で言う百均)も店内にあり、奥さんが2ドルコーナーで見つけたネクタイハンガーを持ってきて「ね、これ要る?」はは、ありがと。

 

買い物を済ませてハイウェイに乗り15分程度で自宅に戻る。車が少なくなったなー、皆さんお休みに入ってますね。

 

今晩は魚の干物(今日はあじ、後日ほっけや鯛を食う予定)と地元野菜だ。やっぱり日本人には魚や干物、これが一番合うのではないか(笑)。

 

日本から飛行機で11時間、距離にして約9km。東京から山猿の住む九州の福岡までが飛行機で2時間だから遠さの見当も付くか(笑)。

 

今の南半球は真夏、けどAucklandの気温は22度前後で空気が思いっきり清浄だから冷房不要、窓を開けて風を入れればダイソンの羽なし扇風機も不要である。

 

この青空の下で日本の干物やカップ麺を食える幸せは、まさに文明の進歩に感謝である。

 

マルちゃんの東洋水産と日清食品と干物作ってる水産加工会社とそれらのものを港まで輸送する運送会社と通関する人たちとコンテナを載せて赤道を越えて南太平洋の小島にやって来る輸送船の人たちとニュージーランドでリスクを取って商品を売る人たち。

 

こうやってリスクを取るビジネスマンがいるから今日僕は干物が食える。

 

それに比べて僕が取っているリスクと言えば賞味期限切れのカップ麺を食うことくらいだろう、頂きます(笑)。



tom_eastwind at 16:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月19日

B52が南シナ海を飛ぶ

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【ワシントン時事】米軍の戦略爆撃機B52が先週、訓練中に南シナ海・南沙(英語名・スプラトリー)諸島に中国が造成した人工島から12カイリ(約22キロ)内を飛行していたことが18日、分かった。米国防当局者は「意図的ではなかった」と説明しているが、南沙諸島で領有権を主張する中国政府は2カイリ(約3.7キロ)内の飛行だったと指摘し、米側に抗議を申し入れた。

 

 米中が南シナ海で偶発的に衝突する危険がある現実を浮き彫りにした形。南シナ海問題をめぐる米中の対立が一段と高まる恐れもある。中国政府は16日、米政府が台湾にフリゲート艦などの武器を売却すると決めたことに抗議したばかり。

 

 米当局者やウォール・ストリート・ジャーナル紙(電子版)によると、B52は10日、中国が今年に入り灯台を設置するなどしたクアテロン(中国名・華陽)礁から12カイリ内に入った。米高官は同紙に、悪天候のため航路を外れ、予定より同礁に近い地点を飛んだと指摘した。

 

 米軍は10月、行き過ぎた領有・管轄権の主張を認めない方針を示すために行う「航行の自由作戦」の一環として、中国が人工島を築いた南沙諸島のスービ(渚碧)礁から12カイリ内に駆逐艦を送り込んだ。国防当局者はB52の飛行については「12カイリ内を飛ぶつもりはなかった。航行の自由作戦ではない」と強調している。

 

 ただ、クアテロン礁は、満潮時も海面に姿を現す「岩」と位置付けられ、国連海洋法条約で定める12カイリの領海を伴う。一方、スービ礁は、満潮時に水没するため領海を主張できない。(2015/12/19-10:57

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2015121900041

 

B521950年代から米空軍の作戦に使用されている4発エンジンの長距離大型爆撃機である。実にデカイ機体でもある。核爆弾搭載機でもある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/B-52_(航空機)#/media/File:B-52H_static_display_arms_06.jpg

 

元々は米ソ冷戦当時に万が一米国がソ連から核爆弾攻撃を受けた時にすかさず反撃するためにソ連の空の上を順繰りに24時間体制で核爆弾を搭載して飛ぶ任務だった。

 

ベトナム戦争当時には通常爆弾を満載して沖縄の嘉手納基地から飛び立ち北ベトナムのハノイやその他の補給線などを徹底的に絨毯爆撃をして街や村を崩壊させた。

 

そこにいるのが民間人だろうが関係ない。感覚としては東京大空襲を思い出してもらえば良いだろう。米国の発想はいざとなったら昔も今も変わらない、でっかい爆撃機飛ばして相手国の首都にぼこぼこに爆弾を叩き込んでほぼ崩壊させてから「おい、どうする?」である。

 

以前日本人留学生がハロウィーンの時に米国人家庭の庭に入って射殺された事件があるが、これなど分かりやすい例である。バンバン!相手を殺してから「お前は誰だ?」である。

 

B52はある意味米軍の真剣さを象徴している。60年以上も運用して十分に整備も出来ている機体を「天候による航路外れ」など、さすがにジョークに得意な米国人である(笑)。

 

だが、B52は米空軍にとっては分かりやすく「でっかくてマッチョで爆弾山ほど抱えている」爆撃機なのだ。今でもその気になれば中国の基地など一発でふっ飛ばすよという意思表明である。

 

B52を飛ばした事でここから先南シナ海は米中関係で大きな焦点となるだろうし、同時に日本が確実に巻き込まれていくことになる。2020年になって2015年を振り返り「あ、」と思うことが多い今年である。

 

話は変わるが東京大空襲など第二次世界大戦で使われた長距離大型爆撃機はB29である。高高度を飛び1万メートルの上空から爆弾をばらまく。日本の迎撃戦闘機は1万メートルで戦う能力がなく(上昇することが出来ず)次々と撃墜された。

 

そこで大本営が思いついたのが「竹槍でB29を落とす!必勝の精神があればB29も落ちる!」だ。

 

要するにB29が落ちないのは国民に必勝の精神がないからだ、悪いのは国民だ、と理屈をすり替えることで自分たちの作った飛行機の性能が駄目なのを誤魔化そうとでもするのだろうか。

 

何も爆撃機の機体を見分ける知識が必要なわけではないが、B29が世界で初めての核搭載爆撃機であり広島と長崎に原爆を落とした。

 

そして後継機であるB52は戦後冷戦時代に常に世界中の空の上を何時でも核爆弾落とせるように哨戒していた。B52事故で検索するといろいろ出てくるが戦後も結構世界のあちこちで「事故」で核爆弾落としてたのが分かる。その派生で出来た「魚が出てきた日」という映画は実によく出来たブラックコメディでもある。

 

B52が南シナ海を飛ぶ。「あ、間違って中国軍基地に爆弾落としちゃった、あ、ごめんごめん、けどここ公海だよねー」そんなブラックジョークが出てきそうな時代にもなった。

 



tom_eastwind at 10:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月18日

病気自慢

「おい、先週の健康診断どうだった?俺なんかやばいぜ、病気の巣窟みたいだぜ、あっはっは」

 

「あ、咳しましたね、今咳しましたね、あなた風邪引いてる可能性あるからスグ医者に行った方が良いですよ」

 

「え、めまいがする、それは大変すぐMRIしましょう。それでも問題なしと診断されたらそれはやぶ医者です、あなたを病人にさせるまで医者巡りをしましょう」

 

何だか最近団塊世代が退職して暇なもんだから病院通いを楽しんでる。そして他人を巻き込んで自分の医療知識を持ちだしてどうこう言う。

 

他にすることはないのか?あなたの人生はもう終わったのか?

 

何で皆自分や他人を病気にしたがるんだろう?病気になる不安から病気が発見されて安心するのだろうか?本末転倒ではないか?

 

死生観。一体何のために生きているのか?病気になるために生きてるのか?生きるとは自分の目標の実現である。その目標が病気か?違うでしょ。

 

勿論医療知識を持って予防することは大切だ。適度の運動をする、タバコを止める、酒は適量、睡眠時間をしっかり取る、こういった基本的なところは押さえておくべきだ。

 

けどそれはあくまで死ぬその時までピンピンと健康でいられる為の「手段」であり、ただ単に毎日何のために生きているのか分からないような生活で、病気や病院に行くことがいつの間にか「目的化」してしまえば国民の医療費の無駄遣いである。

 

定年退職してせっかく得られた自由な時間である。今まで学ぶ時間がなかったことをしっかり勉強してみよう。



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2015年12月17日

兵士と背嚢

数年前にAucklandで日本から来たスーツ姿のビジネスマンがリュックサックを背負って移動しているのを見てびっくりした記憶がある。あり得んだろ?!

 

それが何と日本政府から派遣された20代の職員というのは後で分かった事だが、最近日本本土でも時々リュック背負って歩くスーツ姿が増えて「何じゃこりゃ?」である。

 

スーツは本来平時に着るビジネス戦闘服であり西洋で流行してから世界に広がり、様々な作りが発明?されて、その次代や場所を感じさせる服になっている。

 

そして現在のビジネス社会ではスーツはTPOで使い分けている。 Time, Place, Occasion 時・所・機会。これはスーツを着て相手に会うことでスーツを通して「私は分かってますよ」とこちらの気持ちを伝えるためである。

 

スーツは自分が着飾るものではなくこれから会う相手に失礼がないようにするための戦闘服である。

 

そのスーツにシワを寄せるようなリュックを背負ってるビジネスマンとの取引はちょっと想像がつかない。

 

だから両手が使えてリュックが便利というなら最初からスーツを脱いでポケットの一杯付いた作業着を着てリュックを背負えば良いわけで、スーツを着ながらリュックを背負うというのは吉野家に行ってとんこつラーメンを注文するようなもので、ビジネス社会ではあり得ない選択であったのだ。

 

ところが現在の日本。これからの社会ではスーツにリュックが「あり」になるのだろうか?

 

リュックザックは元々ドイツ語で背嚢という意味だ。背中の物入れ、欧州の戦場ではすべてのドイツ兵隊が頑丈な戦闘服の上にこの背嚢を背負って戦った。

 

背嚢の中には食料、毛布、スコップ、水、薬、着替えなど屋外戦闘に必要な道具が積み込まれており、時には重さ30kgにもなる。戦闘状態であるから両手を空けて小銃を支える必要もある。その意味で背嚢は必須の道具であった。

 

そっか、もうそこまで行きますか、相手にどう思われようと構わない、自分が戦闘で生き残るのが大事なのだとなれば、だったらスーツの本来の意味なんてどうでも良いわけでスーツ本来の議論は無意味だ。

 

日本の企業戦士はこれからスーツの肩に重い書類を入れた背嚢を担いでおいっちにーおいっちにーとシティという戦場を走り回るようになるのだろうか。



tom_eastwind at 16:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月16日

新聞が軽減税率か?

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自民、公明両党は15日、週2回以上発行する新聞を定期購読する場合は軽減税率の対象とすることを了承した。書籍や雑誌に適用するかどうかは「引き続き検討する」としている。活字文化に携わる関係者からは「文化に対するビジョンなき線引きだ」と反発する声が上がった。

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「文化に対するビジョンなき線引云々」というが、要するに自分たちは渡辺さんから仲間はずれにされたから文句言ってるだけだろって感じるのは僕だけではないだろう。

 

軽減税率という筋の悪い政策を持ってくるのも政府が自分に楯突く輩を減らすため飴を与えた、つまり最初から新聞大手は言論の自由を放棄する代わりに軽減税率を適用してもらうっていう出来レースである。

 

政府は様々な許認可権限を持っており相手が徹底的に逆らう場合は潰すが、これはムチである。

 

現在の大手新聞は増税になった場合、経営が立ち行かなくなる会社が出てくる可能性が高い。

 

本来なら「世間の紙活字離れが進み新聞を読む文化がなくなり若者世代がネットにシフトしていく中、長期的に紙を使う新聞が生き残る道はあるのか?」そういう議論を真剣にすべきなのに、新聞社上層部のやってることは「あ、増税、やだな。じゃ渡辺さんにお願いしよう」だけで終始している。

 

新聞の販売数が減少している事実は何も変わらない。しかし人々はどこかから情報を仕入れて行動している。そこに目を向けるべきだろう。何故ならネットが発達して個人が情報を得るようになってもその一次情報をどれだけ正しく理解出来るか?

 

新聞社がプロ組織として持つ一次取材力、その分析や評価は個人とは圧倒的に違う次元であるからそこに本来なら勝機を見つけるべきである。

 

新聞社の持つ他の大きな問題もある。紙から開放されてすべてをネット配信にすれば印刷所を持つ必要もなく新聞配達の必要もない。

 

これだけで新聞社からすれば相当な合理化になる。ところが長年の付き合いの印刷所や配達所を今更切るわけにもいかん、そういう考えもあるのだろう。しかし、今切らなければお互いに野垂れ死にするだけだ。

 

印刷所、配達所、それぞれにネットワークがあるわけで生きている今のうちにそれを再活用すべきだろう。

 

長期的なことはよく分からんが自分が社長でいる間は増税されたら困るから渡辺さんにお願いして軽減税率に加えてもらおう、他の出版社などはどうでもよいのだ。

 

間違いなく言えることは政府による飴と鞭政策でこれから新聞もテレビも政府に忖度(そんたく)して政府に都合の悪い記事は書かない、記者が勝手に書いたら政府に忖度して懲戒。

 

今回の軽減税率はマスメディアが明確に政府の広報機関になったことを示している。今後僕らがすべきは「新聞に書いてたから」とか「テレビニュースでやってたから」と盲目的に信じない事だ。

 

大本営発表はミッドウェイで自軍の「沈められた空母」を沈んだと言わず米軍の「沈められなかった空母」を沈めたと言い、米軍がガダルカナルに上陸して数万人の被害を出しても「撤退」とは言わず「転進」と言った。

 

インパール作戦はその状況さえも一般紙には一切発表しなかった。一般国民がインパール作戦の大失敗を知ったのは戦後暫くしてからである。

 

今後すべてにおいて政府に都合の悪い情報は操作される。確実に。自分の目を開いて自分の頭で考えないと2020年に向けた最初の餌食になるぞ。

 

それにしても軽減税率の議論が始まった時、食品ばかりに目を行かせて一定の議論をわいわいさせた所で最後に公表するときにするっと新聞を軽減税率に入れるという役人の裏ワザ、さすがですな。民主党もギャーギャー騒ぐだけでなくもっと実質的な政策論争やらないと国会二強の万年三位だぞ。



tom_eastwind at 14:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月15日

小平が目指した上向きの平等

僕は不平等が嫌いである。けれどそれ以上に嫌いなのが「下向きの平等」だ。

 

東北大震災が起こった時にSMAPがゲーム機を持って行ったら「子供の数と合わないので不平等だから不要」となったらしい。

 

この話を聴いた時に思わず「だから何時まで経っても駄目なんだよ!」と腹がたった。

 

子供が100人いるとしよう。そこにゲーム機が10台送られた。一人一台ではない。けれど使い回しすればいいじゃないか。子供一人につき30分として、その時間は子どもたちは津波の恐ろしさを忘れることが出来る。

 

ゲームをしている子供の周りには子供が集まり「あー、それ違うー!」とか騒げる。こうやって子どもたちは次第に津波を忘れる時間を持つことが出来る。

 

けれど東北の人々が選んだのは「下向きの平等」、つまり全員に平等に行き渡らねば不要という考え方である。田舎の街で誰かが成功すれば「あの家はねー」と僻み嫉み「何だか不平等」だから足を引っ張ることになる。

 

一人でも優秀な人間が来て例えば村おこしなどでいずれ田舎の村全体を引張りあげ盛り上げようとする、その第一歩のその人の成功を見て村人は足を引っ掛けるようなことを平気でする。何故なら彼や彼女の中ではそれが「正義」だからだ。

 

田舎では全員平等、一人でも飛び出したら村全体で引きずり下ろす。けどこれって絶対に間違いな考え方、下向きの不平等である。

 

少しのものでも皆が知恵を持ち寄り例え少しでも量的分割ではなく時間的分割という発想があっても良いのではないか。何故柔らかい発想でより多くの実利を得ようとしないのか??

 

中国に小平という政治家がいた。子供の頃は豊かな生活をして資本主義を十分に理解していた。フランスに留学中に共産党に加入して中国の共産化を図った。毛沢東と共に戦い後に蒋介石率いる国民党を破り1949年に中華人民共和国を建立した。

 

彼はその後何度も下放(追放)されたがその度に生き残り1970年代の毛沢東死後四人組を追放して政権を奪取して中国の近代化を図った政治家である。

 

その彼が経済政策で中国沿岸の経済特区が先に豊かになりその利益が西部山間部に伝われば良いと指示した。

 

その後小平の指示通り中国沿岸部は発展した、そして西の労働者は東の湾岸地区に集まった。特に深セン経済特区はそれまで農家ばかりで、豚肉や野菜を香港に送り生活をしていた。

 

それが経済特区で今は大都市である。中国西部から来た若者も次第に自分たちの生まれた場所が開発を始めて地元で生活出来るようになった。

 

こうやって中国は成長の度合いは違うとは言えどこも豊かになった。もし小平が「豊かになれる街から豊かになれ」という政策を取らず相変わらずの共産思想だったら中国の発展はなかった。

 

日本の田舎の方が小平の目指した中国よりもよほど共産主義である。

 

***

ちなみに本題からそれるが小平は中国の覇権に反対であった。何故なら中国のような「民主主義でまとめる事が出来ない大国」は共産党の一党支配による開発独裁が唯一の解決手段であり、中途半端に海外に覇権を求める場合必ずそれらの国の政治体制と比較される。

 

その時外国勢力が政治的に直接中国国民に対して「民主化」や「自由」を要求すればどうなるだろう?外国の価値観を押し付けられたらどうなるだろう?

 

中途半端に覇権を求めて外国と戦争状態になればせっかく中国が曲がりなりにも勝ち取った国家統一中国が外国勢力からの切り崩しで内部から崩壊する可能性がある。中国が十分強くなるまでじっとしておけ、これが小平の内部向けの言葉であった。

 

小平は現場の政治を一番よく分かっていた人物である。彼は資本主義を知りフランスで民主主義を理解して共産主義を選び毛沢東と共に戦い蒋介石を打ち破って中華人民共和国を成立させた。だからこそ世界に向けて下記のような言葉を発したわけだ。

 

***

「中国は、将来巨大になっても第三世界に属し、覇権は求めない。もし中国が覇権を求めるなら、世界の人民は中国人民とともに中国に反対すべきであり、近代化を実現したときには、社会主義を維持するか否かの問題が確実に出てこよう。他国を侵略、圧迫、搾取などすれば、中国は変質であり、社会主義ではなく打倒すべきだ」と述べたという[9]

https://ja.wikipedia.org/wiki/トウ小平#.E9.80.B8.E8.A9.B1

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tom_eastwind at 13:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月14日

積極人生

年末にも関わらず移住のお問い合わせを頂く。多くの場合「私に移住の可能性はあるのでしょうか?」だ。

 

ただ僕は個人的には「どうすれば移住出来るでしょうか?」と聴いて来た方がより積極的だと感じる。

 

出来るか出来ないかではない、どうやれば出来るかを積極的に考える。あなたの人生は他人が判断するものではない、あなた自身が判断するものだ。その為に移住という大きな決断で何を得て何を失うのかをよく考える必要がある。

 

断られる為にメールしてくるのなら「あるのでしょうか?」でも良いが、少しでも本気で考えて失うもののリスクを十分に考えてそれでも移住したいなら積極人生で考えるべきだ。

 

積極人生とは中村天風の言葉だ。話はビザからそれるが天風は明治時代の元武家の息子であり喧嘩に強く昼間の試合で倒した相手が包丁を持ってやってくると逆にその包丁で相手を刺殺した。

 

その後頭山満(日本初の右翼政治家)の玄洋社に書生として放り込まれ勉学を重ねる。日露戦争では日本軍スパイとして活躍するが、途中逮捕されて処刑台に上がったところで仲間に救助されたり、多くの仲間が殺される中無事に日本に戻る事が出来てまさに人生ギリギリのところを生きていた。

 

日露戦争終了後は政府関連の仕事をしていたが死の恐れがある肺結核があることが判明。天風はこの病気を治癒してくれる医者を探して地球を一周したが結局誰も見つからず、欧州からの帰国船便で偶然出会ったインドの聖人に自分の病気を指摘されてそのまま弟子入りしてインドで2年半の修行を積む。

 

日本に戻った天風は様々な実業を手がけたが、ある日思う所あり「統一哲医学会」を創設、その後は日本で心身統一法を広めることになる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/中村天風

 

積極人生とは突き詰めれば自分を徹底的に無条件に信じて未来を信じて今出来る最大の努力をすることである。病気など、気にするから病になるのだ。健康診断オタクがいちいち自分の数値をああでもないこうでもないと言っても何も変わらない。

 

体は遺伝子を運ぶ道具であり心は望むことの自己実現のためにある。心と体、両方のバランスが取れれば病気など気にならなくなるし、いずれどっかに行ってしまう。

 

これくらい積極的に生きていれば人間大体のことは出来る。

 

それなのに「あたし、出来るかしら?」では、出来るものも出来なくなる。ニュージーランドは小国と言いながら400万人が住んで生活しているのだ。そこで一人増えたからといって大した事象ではない。

 

それよりも自分がその国で何が出来るのか、どう貢献できるのか「あたしに出来ること」を積極的に考えてみる方が良い。そして常に積極的な言葉を選ぶことも大事である。

 

なに心配ない、この国の日本人人口は約15千人であるが実に様々な人が様々な経緯で生活をしている。中には「こんなのでも永住権取れて生活出来るの?」というのもいる。

 

英語テストなし、健康診断なし、無犯罪証明なし、学歴証明なし、まともに英語も話せない日本人の若者でも永住権を取得出来た。事実である。それは僕自身の経験だからだ(笑)。

 

1988年という時代背景があったのも事実である。「だからじゃん!」と言っても何か意味があるのか?1988年はそういう時代だった。あなたの時代がそうじゃないって誰が言える?

 

21世紀に入っても短大卒で英語も出来ずワークビザで働いてたらある時移民局から手紙が来て「永住権の招待状」が届いたケースもある。学歴、英語力は問わない。今までワークビザできちんと納税してNZで犯罪を犯してないから届いた招待状である。これはまさにタイミングである。そしてそれは自分で引き寄せた運である。

 

では今という時代はどうだろうか?そして5年後の日本はどうであろうか? 誰も分からない。だからこそ今出来る最高のことをすべきだろう。

 

江戸時代に生まれたか?明治か?人は時代を選べないし生まれた時から人生時計は開始して絶対に後戻りもやり直しも出来ない。大きな川の源流から海に向って流れていくエンジンのない筏のようなものだ。

 

ならば少なくともその川の右側に行くか左側に行くかは自分で決めることが出来るわけだ。自分の人生は「もう決まってるもん」と諦めて舵を投げるのではなく、自分の舵を精一杯使って自分にとっても最も幸せな流れに筏を乗せることである。



tom_eastwind at 12:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年12月13日

2015年クリスマス

今週末の1218日で今年の当社の業務は終了、18日の夜にクリスマスパーティやって終了だ。111日再開まで23日間の休暇に入る。

 

日本のお客様にこの事をお伝えするとまず最初の反応は「唖然」である。そして「え?」と、思わず聞き間違いかと確認を取りにかかる。

 

間違いなくうちは23日間休む。

 

けどこれは何も当社だけではなく昨日は残業のことを書いたがこの国ではクリスマス時期にはどこもうちと同じように1月中旬まで休む。

 

残業と同様でうちだけ会社を開けてても取引先が全部閉まってるので仕事にならない。なのでクリスマス休暇となるのだが、当社は2002年から導入している。

 

勿論公共機関などは開いてるけど、この時期の道路はどこもガラガラで正月の霞が関みたいなものだ。皆さん家族で南太平洋やゴールドコースト、またはタウポあたりの別荘でのんびりした時間を家族や友達と過ごすのだ。

 

何せこの国のジョン・キー首相も率先して12月中旬から1月中旬までハワイの別荘で過ごすのが例年行事になっているくらいだ。

 

ニュージーランド社会は人や家族の為にいろんな仕組みがありそのうちの1つが「仕事」である。仕事が先ではないし仕事と家庭のどちらを優先するかなんて選択肢もない。

 

社会の真ん中に人と家族がありそれを囲むように電気、道路、水などのインフラが整備されその次くらいに仕事が来て皆で働いて付加価値付けてビジネスをする。

 

全ては家庭を中心に回ってて、金曜日の夕方に会社のシステムが故障しても「じゃあ月曜日朝一番でやるよ」が通る国だ。

 

日本ではあり得ない話である。しかしこのニュージーランドでは普通の話である。

 

日本では伝統的に個人が働き納税してまず国家が強くなりそれが大企業経由下請け孫請けそして個人に降りていくトリクルダウン方式が社会構造のど真ん中にあるから「無理」して「残業」して作った国家の利益がいつか個人に配分されるのを待つ。

 

これに対しニュージーランドはまず個人が優先され国家は個人を助け個人の成長の機会(医療、教育、福祉)を提供する。その上で頑張る個人が社会を引っ張っていく。結果的に個人が支払う税金でキーウィの社会保障が賄われる。これがぐるぐると回っている。

 

どちらが良いかはそれぞれの価値観で決めることだろう。どちらもそれなりにきちんとした国家である。



tom_eastwind at 14:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月12日

東京の深夜のラーメン店

まずは下記掲示板を御覧ください、これがどの程度びっくりなのか普通と思うのか、あなたの日本人度が分かります(笑)。

***

http://labaq.com/archives/51859882.html

 

全員ダウン!

サラリーマンらしき男性客が、みんなそろってぐったり爆睡してます。

東京の深夜なら、そこまで珍しくない光景ではあるのですが、外国人の目にはかなり奇異に映ったようです。

***

 

最初は「釣りかな?」と思ったけど続く文章を読んでびっくり。「東京の深夜ならそこまで珍しくない」?????

 

僕がびっくりしたのは外国人がこの写真を見てどう思うかよりも20151115日現在でも日本ではこんな遅くまでサラリーマンが飲み歩きラーメン屋で寝ているという事実だ。

 

その後の外国人の書き込みにも「深夜の駅で寝ているサラリーマンがいたよ」とか普通に書かれている。うーん、それってどうなんだ?

 

1・東京は治安が良いから寝てても泥棒に遭わない。

2・酒臭い息で出社しても「接待お疲れ!」で通る。

3・取引先でも「昨晩は仕事でー」と言うと、通る。

4・夜遅くまで仕事をしてそれから「夕食」だから、会社の為で、通る。

5・会社のためなら何でも、通る。

 

僕はMacBook Airのカレンダーを使っているがニューイベントの中に夕食という言葉を入れると時間設定が自動的に20:00になる。なんじゃこりゃ?と思いつつ、あ、これ日本で買ったんだもんな、日本では夕食は20:00が当然なんだなと気づいた記憶がある。

 

えー?東京の夕飯は20:00なんだ?!

 

僕の住んでるAucklandという街は、社会全体がまず「残業すると」いう考え方がない。なのでシティのビルはすべて18:00になるとドアは施錠され、訪問者は入れなくなる。

 

それでも残業したければオフィスに残れば良いのだが取引先も全員18:00前にはオフィスを離れているので連絡が取れないから自分だけロビンソン・クルーソーである。

 

なので打合せが必要な仕事は18時までに集中して詰めて行い、18時以降は必要があれば自宅に持ち帰って夕食後に子供が寝た後にやるほうが合理的である。

 

土日はシティのオフィスはすべて閉鎖されており夏場の日当たりの良いオフィスはガンガンと室温が上がり空調は当然停止しているから「蒸し風呂」であるから仕事が出来る環境ではない。

 

かと言って自宅だと奥さんや子供に嫌な顔をされる。なのでどうしてもやりたければモールのアウトドアカフェでコーヒー飲みながらパソコンを開くってくらいだ。

 

それより夕食は毎日6時に家族と一緒、ちっちゃい子供は夜8時にベッドに入り、土日は友達家族とBBQ、釣りに行くのも良い、要するにワークライフバランスがあるのだ。

 

それにしても日本の残業は社会の中に浸透していて組織の中にいる限り自分を通すことは難しいのだろう。

 

上司が残ってれば部下は帰れないとか、多分一緒に残業する社内一体感と言う喜びとか自分だけ先に帰ると干される恐怖感とか様々な要素が含まれているのだろう。

 

自分の場所を守るため一生懸命働く、取引先からかかって来た電話をいつでも取れるように夜8時までは会社にいる、等など。

 

民間企業で言えばトヨタ自動車や三菱重工など民間トップクラス企業の担当者が残業してて、そこの担当者が夜7時に一次下請けに電話して相手が出ないと「ほ〜、いい身分ですねー」みたいな嫌らしいメッセージを残す。

 

それだけで下請けからしたら大変な騒ぎである、翌日以降は元請け待機だ。そうやって残業の仕組みが日本社会に組み込まれていく。

 

ただこの残業、実は最もブラック産業は官僚だろう。一ヶ月の残業時間が100時間を越える事もざらであり1990年代の大蔵省の官僚などはまさに徹夜で仕事をこなして仮眠室のことを皮肉って「ホテル大蔵」と言ってみたり、これが東大法学部卒業の実態である。

 

しかし先輩も同じような状況で予算編成や国会待機などの時期は部署から出ることが出来ないから誰もおかしいと思わない。「だって昔からやってるんだろ、何が問題?」

 

実際に官僚ともなれば国家を背負ってという勢いもあるのだろうし個人的にどれだけ残業をするのかは本人の価値観の問題である以前に官僚の文化に組み込まれているわけで、残業を否定するなら官僚辞めろって事になる。

 

でもって官僚辞めるって選択肢の前にあるのが「自殺」である。

https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/1803/1/seikeironso_68_2-3_141.pdf

 

日本でもワタミのブラック事件が裁判になったが官僚も結構自殺しているのだ。大蔵省、現在の財務省のトイレで首吊りをしたって事実は、その後そこのトイレはよほど急性の下痢で他の個室がすべて埋まっていても使いたくないよなって話である。

 

日本の残業文化はもしかして官僚から始まり民間トップ企業に伝染し下請け企業にもそのまま文化として連綿として繋がっているのかもしれない。



tom_eastwind at 07:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月11日

Aucklandの物価

ニュージーランドに旅行に来ると必ず出るのがAucklandやクイーンズタウンなどの物価の話である。高い!誰もが口を揃えて言うが、それは為替が大きく関わっている。

 

NZドル=80円の時代と40円の時代では物価が2倍変わる。例えばスターバックスのコーヒーが一杯4ドルだと320円と160円の違いである。

 

NZドル40円の時代にNZに旅行に来てまだまだ安かった不動産を見て50万ドル=2千万円。よしこれなら買おう。ところがそこから日本の為替が変化して不動産価格も上昇して要するにダブルパンチだ。

 

当時50万ドルの不動産はすでに80万ドルに値上がりして為替が80円だから今だと64百万円。

 

ただし為替だけでなくここ10年以上の物価が上昇しているのも間違いない。今のAucklandで家族4人で生活するためには家賃含めて一ヶ月40万円かかると思った方が良い。

 

そしてニュージーランドに移住を考えている方は、NZの不動産は終の棲家ではなく家族構成に合わせて買い換える車、くらいの感覚でいて欲しい。そうでないと「どれにしようかな〜」なんて考えてる内にあっという間に他の人に買われてしまう。車のオークションのようなものだ。

 

Aucklandでも物価は上昇を続けている。NZ全体では平均3%、Aucklandだけを見ると肌感覚で5%上昇している。

 

そんな物価上昇していたら地元民の生活は大変でしょと思うだろうが、この国は最低賃金制度を導入しており1時間あたり今年は14.75ドル?かな、覚えきれないくらいに毎年上昇している。

 

そして平均上昇率が5%である。つまり物価上昇率を上回っているのだ。なので働いている限りなんとか食っていける。

 

スターバックスで最低賃金で1年間働くと年間労働時間が2千時間なので29,500ドルx80円で2,360,000円である。ここから税金が15%引かれて手取りが2,006,000円である。

 

つまり今あなたが320円払って「たっけーなー」と思ってるコーヒーを作っている人の手取り年収は約2百万円である。

 

勿論誰もがスターバックスで働いているわけではなく、Aucklandの人々の平均年収はぼくの肌感覚で4万ドルだろう。これはスタバで週30時間しか働かない人も年収数十万ドルの人も「のべたん」にしての数字である。



tom_eastwind at 11:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月10日

軽減税率

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日本でも安倍政権は、公明党の要求に屈して1兆円以上の大幅な軽減税率を導入する方針を決めました。これで税制が大混乱になることは確実ですが、低所得者の負担が軽くなる効果はほとんどありません。経済学者はみんな反対していますが、来年の参議院選挙で創価学会婦人部の集票パワーのほしい安倍首相は、ポピュリズム路線をとったわけです。

 

ポピュリズムとデモクラシーは、どこが違うのでしょうか? 実はデモクラシーということばは、正確に訳すと大衆による支配だから、その意味はポピュリズムとほとんど違いません。歴史上は「デモクラシー」がいい意味で使われたことは少なく、「衆愚政治」と訳されることも多かったのです。

 

その意味で世界の政治は、マスコミによって多くの大衆が「政治参加」するようになり、本来の意味でのデモクラシー=ポピュリズムに近づいてきたのかもしれません。それは必ずしも悪いことともいえません。その結果、テロが激化しても財政が破綻しても「われわれの選択の結果だ」とあきらめることができるからです。

http://agora-web.jp/archives/1663402.html

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池田信夫ブログは過激なので毀誉褒貶が多いけど僕はいつも興味深く読んでいる。結局政治家の程度は国民の程度と一致するという話だ。

 

今回の軽減税率は様々なブログで批判が出ているがこれが一番整理出来ている。

http://blogos.com/outline/149191/

 

ニュージーランドの消費税は15%、そして軽減税率は、ない。小さな国なので政治的駆け引きが少ないし第一手間のかかる余計な制度を導入して誰がその手間賃、金払うんだ?俺達の税金だろ?ふざけんなって話、簡単が一番である。

 

消費税と軽減税率は相性が悪い、てか悪いやつを生み出す温床になる、読売新聞とかが「おれっちも文化的に軽減よろしくー」などと消費税の風呂の底ふたを抜かす話である。

 

ニュージーランドは軽減税率がない代わりに社会保障が充実してて、少なくともこの国に生まれたキーウィで金がないから自殺したってのは僕の記憶する限り歴史上一人もいないと思う。

 

生まれる前10ヶ月から出産費用、その後の医療保障、小中高学費免除、大学は学生ローン、社会人になって仕事がなければ65歳まで生活保護、65歳以降は自動的に国民年金を受け取り老人ホームに入り、死後の葬式補助まで面倒を見る生活保護システムが出来上がっているから消費税導入時に軽減税率の話をする必要もない。

 

日本の軽減税率は政治的匂いがするしそれで肝心の社会保障財源が削減されたら意味がない。けどタバコ増税という話は、これは良い匂いである(笑)。

 

ニュージーランドのタバコは一箱1400円くらいであるが吐き出す煙の殆どは税金だ。日本のタバコは課税余地がある。一箱1,000円にすれば良い。

 

いずれにしても社会保障の為と言いながら軽減税率を導入してみたり、けどその社会保障がお粗末で今も年中山手線ダイブが行われている日本っておかしくないか?高齢者が孤独死っておかしくないか?結局一般市民ってのは使い捨ての道具にしか過ぎないのだろう。



tom_eastwind at 11:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月09日

男の鮮度

僕は嫌いなものがいくつかある。葱、玉ねぎ、ピーマン、そして最も嫌いなのが差別である。自分に責任のない事をネタにして差別される時などは本当に腹が立つ。そして僕が腹が立つと半端なく攻撃的になる。

 

今日はこのブログを読む男性全員に是非とも読んで頂きたいブログを紹介する。ハフィントンポストから引用。

 

***

男性はただ知らないのです。

 

性差別に直面しても、事態をおおごとにしないため女性がそれを黙認していることを。

それはあまりにも日常的で時には気付かずにやっていることもありますが、女性全員が経験しています。

 

直感的に、もしくは経験を通して、不快な状況を最小限に留める方法を女性は知っています。男性を怒らせて、身を危険にさらさない方法を知っています。攻撃的なコメントを、様々な場所で無視しています。嫌なデートの誘いを笑ってごまかします。女性だからといって軽く見られたり見下されたりした時、怒りを飲み込んでいるのです。

 

本当に腹が立つし、残念です。でもそうしなければ、危険な目に遭ったり、クビになったり、ビッチ呼ばわりされたりする。だから大抵の場合、危険が最も少ない方法を選ぶのです。

続く↓

http://www.huffingtonpost.jp/gretchen-kelly/thing-all-women-do-that-you-dont-know_b_8735974.html

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ぼくは自戒を込めて自分が差別する側に立ってないか?を常に考える。それが男である責任だと思っている。



tom_eastwind at 20:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月08日

喘息

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北京の大気汚染、初の「赤色」警報 幼稚園や小中学校に休校を勧告

 

 北京市当局は7日、重度の大気汚染が72時間以上続く時に発令する最も深刻な警報「赤色」を発令した。2013年10月に4段階の警報を設定して以降、赤色警報が出されるのは初めて。

 

 北京では11月以降、深刻な大気汚染が発生。米大使館のウェブサイトによると、7日正午の「PM2・5」を含む汚染指数は「健康に極めて悪い」レベルの242を記録した。

 

 当局は幼稚園や小中学校に休校を勧告。市民に公共交通機関の利用を奨励して7日から3日間はバスを毎日約3600便増やし、8日朝から車のナンバーを奇数と偶数に分けて行う日替わりの通行制限を実施する。

http://www.sanspo.com/geino/news/20151208/sot15120805010004-n1.html

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中国政府が公認するほど健康に極めて悪いレベル?つまり普通に外を歩くと健康が悪くなる?人によって時期や症状は違うのだろうがこれから様々な病気が発生するだろう。

 

しかしその汚れた空気を大陸からそのまま送り込まれてる日本列島も位置的に困ったものだ。大きな扇風機を作って送り返せないものか。

 

日本の説明会では世界の空気の汚染度を表すカラー図を使っている。一番汚いのは黒で一番綺麗なのが濃青だ。

 

季節によって4枚に分かれているがこの地図を見ると世界の中で唯一日本を含む東アジアだけ、つまり中国がほぼ黒い赤で日本も季節によって黒い赤になっているのが分かる。

 

これ、完全に大気汚染による公害ですぜ、中国では北京で国慶節パレード等外国の要人が集まる場合は近くの工場を強制的に休業させたりしているが、日本では何で誰も手を打とうとしないんだろう。

 

PM2.5 とか名前だけ知って偉くなった気分でマスクしているけど、あなた今1960年代の四日市にいるようなものですよ。それとも誰も訴えないから僕も訴えないって言う横並び大好き症候群なのか?

 

けど自分の子供がぜんそくになってからではもう遅い。発作が起こると息ができない程苦しくて場合によっては死に至る病気である。なのにマスクだけで良いのか?

 

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四日市ぜんそく(よっかいちぜんそく)は、三重県四日市市(塩浜地区を中心とする四日市市南部地域・四日市市中部地域)[1]と、南側に隣接する三重郡楠町(現:四日市市)[2]で、高度経済成長期の1960(昭和35年)から1972(昭和47年)にかけて政治問題化した四日市コンビナートから発生した大気汚染による集団喘息障害である

https://ja.wikipedia.org/wiki/四日市ぜんそく

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症状[編集]

気管支炎や気管支ぜんそくや咽喉頭炎など呼吸器疾患になる。大気汚染による慢性閉塞性肺疾患であり、息苦しくて、喉が痛み、激しい喘息の発作が起こる。症状がひどいと呼吸困難から死に至る。心臓発作肺気腫肺がん)を併発する場合もある。

 

塩浜中学校3年の女子生徒の公害病死

19671026日には、七ツ屋町〔三菱油化に隣接〕に住んでいる公害病認定患者の塩浜中学校3年生の女子生徒が、紙片に「家に帰りたい」と最後の言葉を残して四日市公害の影響で病死した。

 

東京都への修学旅行に行く事で「塩浜よりきれいな空気が吸える」と楽しみにしていた修学旅行の直前の1026日午前1時に喘息による心臓発作で呼吸困難となって15才の若さで病死した。その事で、19671031日の吉田茂元総理大臣の国葬の同日に1500人の四日市市民によって大規模な追悼集会が開かれて「彼女が死んだなんて言うな殺されたのだ」のプラカードが掲げられた[76]

 

海蔵小学校1年生の男子児童の公害病死

さらに公害死者の最年少記録を更新した事と、塩浜地区以外の地区の死亡児童となった四日市市立海蔵小学校1年生(7歳)の男子が1970115日に入院と通院を繰り返しながら酸素テントに入りきりの状態で呼吸が困難となって死亡した[77]。気管支ぜんそくによる「急性呼吸不全」だった。

 

乳児死亡率統計[編集]

     年間の平均乳児死亡率の統計

     1000人に対して何人かの割合(昭和42年度の統計)

1                     塩浜地区 の乳児死亡率: 36.1

2                     四日市市全体の乳児死亡率: 25.6

3                     全国平均の乳児死亡率: 18.1

昭和35年までの乳児死亡率は全国平均以下だった[92][93]

***


1960年代といえば日本では55年も前のことだからもう忘れたとでもなるんだろうか?それとも今日が忙しいから仕方ないのか。それとも誰も何も言わないからいいのか(笑)?

 

中国からの移民が増えるのも、こうなると理由の1つが分かるような気がした。政府によるきつね狩りを逃れたとしても子供が大気汚染の被害者になるのだから。



tom_eastwind at 14:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月07日

イスラム義勇団

昨日もまた英国ロンドンで単独テロが勃発。こうなると平和を愛するイスラム主義者の若者は国籍に関係なく1つの国際義勇団地上軍としてシリアに遠征してISに対してイスラム本来の教えを再教育=戦闘して相手の土地を奪い相手兵士すべてを宗派替えするか殺すまで戦うべきだろう。

 

「いやいやあたしのイスラムはスンニ派でしてな、シリアのアサドとは敵なんですぜ」なんてことを言い出したら各宗派ごとの戦争になる。そして世界によって「イスラムってのはいつまで経っても戦争の終わらない他人迷惑な人殺し宗教」と位置付けされるだけだ。それでいいのか?

 

今は「イスラム」が問題になっているのだ。アサドのイスラムとサウジのイスラムがどう違うったってよそから見てりゃ同じですぜ。

 

だから今はまず大同小異、イスラムの若者自身が地上戦闘を目的として戦いに行くべきだろう。

 

宗派の違いを議論するのは止めて、まず世界に対して正しいイスラムを理解してもらう、その為に自らの命を犠牲にして地上戦に突入する、それくらいの行動を示さないと世界から「自浄能力のないイスラムって何よ?」という話になり歴史的汚点を作る。

 

ただしこれがもし宗教抜きで「シリアの政治体制の問題」とするならシリアを最初に攻撃した米国が責任取って原状復帰させるべきだ。シリアが使った毒ガス??誰が使ったか分からない毒ガス??それってイラクに攻め込んだ時の錦の御旗である「大量兵器〜!」と同じだよね。

 

証拠を適当にでっち上げて相手国に侵略して中途半端にぐちゃぐちゃにして撤退する。残されたのは無政府地帯である。これが米国軍産複合体の武器販売戦略であり安定した政権が出来上がるまで武器は売れる。

 

そして今度はイスラムそのものを敵に回して中東のあちこちで中途半端な政権ひっくり返しで更に売上を伸ばそうとしている。普通の日本人には信じられないだろうがキリスト教系米国ビジネスマンは今までもこういうことを世界中でやって来た。

 

何も武器だけではない、中南米では昔カーギルが送り込んだエージェントが農産物の権利を奪い取るために各国政府を脅し、言うことを聴かなければCIAをバックに無理やりクーデーターを起こして政権を倒して現地の農地を奪い低賃金の労働者と作付地を確保していた。カーギル社の役員にはパパブッシュなどが入っていた。

 

こういうのは日本人の常識で考えると理解出来ないので国際情勢については日本人の常識は捨てないと理解不能になる。

 

冷戦終了以降軍産複合体の予算は削られて来て2001年には30兆円程度に下がった。ところが911でどかーんと予算が付いて毎年右肩上がりで2010年には70兆円(戦費含む)まで上昇する。

 

ここまでは戦争大好きの子ブッシュによる増加で軍産複合体には良かったのだがオバマ政権になってオバマ自身が軍産複合体を敵に回して予算を削り始めた。

 

オバマ米国政府は軍関連予算を毎年削減して現在は55兆円程度。これに対して自分の利権を奪われた軍産複合体は中東を火薬庫にしてそいつを爆発させて軍事予算及び外国が武器を購入するように仕向けているのだ。

 

よっしゃ、あと15兆円分、武器売ろうぜ!という事でシリアをぐちゃぐちゃにして現在に至る。

 

本来は軍産複合体をどうにかして崩壊させて武器のない社会を作るしかないのだが現実的は時間がかかる。何故なら軍産複合体は米国のインフラにまで浸透したシステムであり誰か一人が何かやってるわけではないからだ。

 

いずれにしてもシリアの問題は米国が作った問題なので米国で処理すべきだろう。いっそ米国に住むイスラム教徒を集めて義勇軍を作り地上部隊として送り込めば良い。



tom_eastwind at 11:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月06日

ソフトターゲット

今日もニュースで米国のテロ事件をやってた。今度のはホームグロウンテロのようだ。こうなるともうエボラ出血熱のようなもので米国中どこに飛散するか分からない。何せ昨日まで普通に振る舞ってた職場の仲間が翌日自動小銃を持って仲間を撃ちまくるのだ。

 

今回犯人が使用した武器は自動小銃アーマライト15(AR15)が二丁とハンドガン二丁。こりゃもう立派な軍隊武装である。

 

弾薬が6千発保管というがヘビーユーザーであれば珍しくない。アメリカであればバーゲンの時にまとめ買いすることもよくある。幾つかの銃を持って射撃場に行ってその気になって撃ちまくれば一回あたり数百発使う。

 

弾薬をいちいち射撃場で小売価格で買ってたら、コンビニで大量のカップヌードルを一回で買うようなものだ。

 

今回のように犯人が米国人である場合、米国で合法的に武器を購入出来る(実は米国人でなくても購入出来る方法があるようだがそれは今回無関係)。

 

その武器もアメリカ軍がベトナム戦争時代から制式銃として採用されているアーマライト15(AR15)という高速弾が弾幕を描くような強力な武器まで合法的に買える。この銃についてはメル・ギブソン主演の映画”Once we were soldiers”を見ればよく分かる。

 

この銃の平均価格は10万円程度、銀座で一回飲むより安い値段で買えて自宅で保管出来るのだ。そして犯人は実際にこの銃を保管していた。ハンドガンは一丁約5万円だ。

 

カリフォルニア州の法律では弾倉の着脱がしにくいように敢えて二重ロックにしているがそんなもん自宅に持ち帰って改造すれば米軍が使っているのと同様にトリガーの右親指を前に出して弾倉後ろのリリースボタンを押せばストンと落ちるようになる。

 

弾倉を落とした後すぐに次の弾倉を入れて左手でガチャンと引けば射撃再開である。弾倉入れ替えに必要な時間は10秒もあれば十分だ。こうなるともうほぼ撃ちっぱなしの状態である。まさに戦争だ。

 

こうして米国人は個人が武装して隣人と接する。

 

最近米国でよく売れる銃の1つがスミス&ウェッソンのボディーガード380モデルで6+1装弾。女性用に作られておりホルスターにガーター、ブラを使ったりバッグ自体にホルスターを装着したりする。銃購入者の3割が女性という時代である。

 

米国の銃規制は、ぼくはやるべきだと思う。あまりに多くのド素人が銃を持って街を歩き回り自宅に来たハロウィーンの子供を撃ち殺しているのだ。

 

けどそれは今回のイスラムテロには直接的影響は出ない。もう遅いのだ。

 

それはこの事件で中東でテロリストがよく使うAK47(オートカラシニコフ)ではなく米軍制式自動小銃であるAR15(アーマライト15)が使われたという事実だ。

 

テロリストは既に合法的に自動小銃を入手している。今更規制しても今回のテロや次回のテロに効果はない。すでに武器はテロリストに十分に出回っているのだ。

 

S・ハンターの「ソフトターゲット」という小説がある(ちなみに僕は彼の読者でありほぼ全作会社文庫にある)。米国のメガモールにテロリストが侵入して多くの買い物客を人質にしてテロを開始するという筋書きだ。

 

この本は筋書きも面白いし万が一テロに遭遇したらと考えるだけで臨場感がある。もしららぽーとにテロリストが来たら?? 手抜きマンションより怖いぞ(笑)

 

ソフトターゲットとは軍事施設のような警備のされたハードターゲットではなく誰でも入れてすぐに相手の内臓を打ち破れる場所のことである。

 

まさにメガモールなどは人に来てもらいたいから入りやすくしているわけでテロリストご一行も「いらっしゃーい」となるのだ。

 

このような世界的状況に一番アタマを悩ませているのはイスラム教徒であろう。何せ彼らの多くは「ISはテロリストだ、イスラム教徒じゃない!」と主張しても、同じような顔つきで同じような宗教を信じていれば「けど、どう違うんですか?」となる。

 

多くのイスラム教徒は人を殺しませんと言っても横にそれらしき人物が来たら僕らはどう分別出来るだろうか。彼らが日曜日の昼下がりのららぽーとのど真ん中に歩いてきて突然自分のコートを脱いで「神は偉大なり!」とか言って爆破装置押したら?

 

勿論一番悪いのはキリスト教を信じる白人グループだからやっつけるんならそいつらに個人的にテロを仕掛けろって思う。

 

けどこっちからすれば目前にいるのはイスラム教を信じるテロリストであり彼らがある日突然それまでの生活を捨てて無差別テロをやるってんならこっちも戦うしかない。つまり第二次大戦中に米国が日本人移民を居留地に押し込めたように、だ。

 

「すべてのイスラム教徒はx月x日をもってカバン一個だけの荷物を持って駅に集合すること。各自が持つ銃を含む家屋財産は一旦政府によって没収」。イスラム教徒はそこからアリゾナあたりに作る居住区に移動させて砂漠の生活に戻ることになる。

 

これなどまさにデンゼル・ワシントンとブルース・ウィリスの共演映画“Sirge”の世界だが、米国ではもしかしたら現実になるかもしれない。

そして健全なイスラム教徒が自分や家族を守りたいなら、まさに今こそ彼らが武器を持ってISと戦うべきだろう、日系二世部隊が自分たちの家族の為に戦ったように。



tom_eastwind at 16:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月05日

蒼氓

石川達三の作品に「蒼氓(そうぼう)」がある。昭和10年、第一回芥川賞受賞作だ。当時日本の国策であったブラジル移民の物語である。下記のレビューが簡潔でわかりやすいので引用する。引用責任当方。

 

***

冒頭の、雨の神戸の描写に、暗い小説かと思いながら読み始めました。

1930年の、ブラジルへ渡る移民たちを描いた三部作です。

 

田畑や家財一切合財を手放して出てきたのに、病気で渡航を許されない家族、思う人と別れて船に乗る娘、煙管を握りしめて、周りに心を開かない婆さん……酒を飲んで景気よく踊ったり歌ったりしている男たちでさえ、どこか暗く見えてくる。

 

それなのに、一気に読みきってしまいました。日が経つにつれ、幸も不幸もひっくるめ

て現実を受け入れていく登場人物たちの姿の、そのエネルギッシュなこと。

 

そして、第三部のラストの、ブラジルの日差しをあびる移民たちの姿。階級社会、人間のもつずるい一面など、考えさせられる部分も多くありましたが、なによりも、生きていくエネルギーをもらえる、そんな小説でした。

http://www.amazon.co.jp/蒼氓-新潮文庫-石川-達三/dp/4101015058

***

 

石川達三は戦前から戦中にかけて多くの小説を書き「生きている兵隊」は戦中記である。戦後は「青春の蹉跌」など経済一辺倒になる社会に問題提起する小説も書いた。

 

毀誉褒貶の多い作家でもある。戦時中には日本軍に味方したではないか等。ただしテーマの捉え方、描写、単語の選び方、すべてにおいて一流の作家であることは論をまたない。

 

僕が初めて「蒼氓」を読んだのは高校の図書館だった。

 

移民・・・・。重いテーマだよな、日本人が日本を離れるってほんとに大変だし第一現地で受け入れてくれるのか?法的に受け入れてくれたとしてもその土地で食っていけるのか?

 

そんなことを考えながら石川達三の作品を読んでいたのだが、まさかその10数年後に自分が「移民」することになるとは思いもよらず(笑)。

 

ただ1930年代の移民と今の移住は全く違う。インターネットの発達で日本にいなくてもいつでも繋がってて個人的にはフェイスタイム、会社はテレビ会議が出来てウェブで情報が入手出来るから物理的に東京にいる必要がない。

 

空を飛ぶ飛行機はますます長距離化、高速化して来て世界は狭くなった。今は成田からAucklandまで11時間だが10年以内に6時間程度になるだろう。今のシンガポールに行くより近くなる。

 

現代の移住とは力量のある個人が単純に2カ国に住む権利を持ち、その時代に応じて住みやすい場所を選ぶという事だけだ。根本的に前向きで積極で明るい話なのだ。

 

生活をするのは自然が豊かで空気が綺麗なニュージーランド、ビジネスは日本で、という現実的な選択肢があるのだ。

 

例えば投資家プラスだと1千万ドル(約9億円)の3年間投資と2年間44日づつ滞在の規定があるのみだ。勿論書類審査は面倒だしここで却下される日本人も3割くらいいるが、審査が通過すれば永住権が取れる。

 

ただ日本ではテレビ番組でNZ特集が組まれたりして「良いとこですよー」と言うが、それは旅行客にとってだけだ。

 

実際に現地で生きていくのは簡単ではない。これは石川達三の「蒼氓」でも語る通りである。言葉の問題、ビジネス習慣の問題、常識の問題、すべてが違う。

 

昨日までと全く違う世界にいきなり放り込まれてポカーンとしている暇はない、家族を食わせなければいけない、まさにお父さんにとっては「毎日が戦い」である。

 

しかしそれでも現在のニュージーランドは頑張れば食っていけるし日本への直行便もある。毎晩子供と日本にいるお婆ちゃんがインターネットでおしゃべり出来る。

 

用事があれば朝9時の飛行機に乗れば夕方5時頃には成田に着いているから時差もなく移動が簡単である。

 

こうやって考えてみると、現代における移住とは単なる国際引越である。引越し先のビザだけ取って後は引っ越し会社に手配を依頼すればすべて完了。

 

仕事は今まで通りパソコンでやればよい。今の東京からAucklandに移住する苦労は、言葉を変えれば昭和50年代に東京生まれのサラリーパーソンが大阪に転勤を命じられたようなものだ。

 

石川達三の「蒼氓」、昭和は遠くなりにけり、である。懐かしてくて早速Amazonで注文した。



tom_eastwind at 11:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月04日

トニーズ・ローンストリート

今週は2Aucklandの超老舗ステーキハウス「トニーズ・ローンストリート」で昼食。この店はニュージーランドが世界幸せ度3位に入ってた1960年代からあるお店で、輸出用の高級牛肉を出すことで知られてて、建物の古風さとざっけないサービスで人気の店だ。

 

このお店はオフィスから歩いて5分だ。僕は基本的に昼食はお一人様で、仕事でない限り誰かと一緒に昼食はしないし、昼飯食いながら仕事をするくらいなら飯を喰わないので結果的にビジネスランチはほぼない。

 

そしてこのステーキハウス業態店の面白い点は「お一人様」が多いことだ。これはバンクーバーで仕事をしている時にも、夜どこに行こうかって考えると、デートスポットで一人は嫌だしなーって考えて一人で周りを気にせずにがつってなるとステーキハウス。

 

そこでホテルから歩いて10分ほどのところにある地元のステーキハウスに夜の7時ころに行くと、まあいるわいるわ、スーツのズボンをジーンズに履き替えてネクタイ外してる出張ビジネスマンだろう、皆もぐもぐとステーキを食っている。

 

そこに僕も入ってもぐもぐするわけだが、どうもステーキハウスってのは白人にとってのカウンター居酒屋、一人で安心して食えるという印象があるようだ。

 

そして昨日早い時間(ここは1130分から開店)にトニーズに行きウィンナーシュニッツェル(この店ではビーフシュニッツェルと書いてた)と炭酸水のサンペルグリーノを注文してたらお一人様中年女性、お一人様観光客風の男性、続いて中国系学生、立て続けに3人入ってきた。

 

面白かったのは中国系学生でちょうど僕の隣のテーブルに座ったのだがメニューを見つつウエイトレスの注文取りに「うー、」とメニューを指差す。リブアイステーキだ。「ソースはどうしますか?」に対してはやはり指で「これ」とやる。

 

ところが最後のウエイトレスの質問「焼き加減はどうしますか?」は何せメニューに書いてない。彼はうーうーと言いつつ”What do you mean ?”と言いたかったのだろうが、愛嬌の良いウエイトレスは“mean ?”をミディアムと捉えてしまい「あなたはミディアムですねー、」とにこっとして注文を取って立ち去った。

 

学生の彼はその後よく分からないまま中国語の本を開いて読んでたが、この店のミディアムなら大丈夫、美味しいぜ。

 

トニーズでは標準サイズのリブアイステーキが250グラムなのでかなりの量だけど、いかにも「肉!」って感じで、フードコートのファストフードとは一線を引くものがある。

 

注文したウインナーシュニッツェルはオーストリア料理として有名であるが日本風に言えば牛肉のカツレツである。この店の焼き方が上手でパン粉とうまく絡んで実に旨い「お一人様」向け料理だ。

 

現在はオーストリアの名物料理であるが原型はイタリアミラノのカツレツとの事。あるサイトでは「いつも遠征戦争に負けてたこの国が遠征先で唯一得たものが料理のレシピなのだ」と皮肉ってた(笑)。

 

周りを見ることもなく気にすることもなく目の前の肉をガツガツと食う、お一人様は他に神経を集中する相手もいないので肉の味に神経を集中する。これで不味かったら二度と来ないぞであるが、大体においてステーキハウスは肉を焼くのが商売であり客の好みを外さない。

 

その後12時過ぎに24名が続々とやって来て店の席は埋まり彼らは注文してから楽しそうにおしゃべりしているが僕ら4人は黙々と肉を喰うのみ。

 

お一人様でも肉が食えるステーキハウスは有難い存在だ、これからも100年続いて欲しいお店である。



tom_eastwind at 18:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月03日

キーウィカーテン

今日はランドバンキングのボードミーティング。10時ちょうどに弁護士事務所に行くと会議室が満室で(ここも忙しい事務所だ)ウェリントンから来たメンバーを入れて合計4人で近くのカフェに行く。

 

このカフェは弁護士事務所の事務所外会議室でもあり弁護士のサイン1つで何でも注文出来る。請求はすべて後日事務所が払う。そこで僕が「お、そっか、じゃこの店で一番高いもの下さい!」と冗談をいうことから会議は始まった。

 

最初に現場のプロジェクトマネージャー担当である投資会社の取締役より各案件の現状進行報告がある。

 

グレンフィールド案件約13件はほぼ終了、半分くらいの案件は早ければクリスマス前には市場に出して来年1月から2月を目処に売却する。残りも来年前半で処理してこの案件は会計監査法人のデロイツが最終的に6月までに会計報告書を作成して終了。

 

政府案件は現在はAuckland南部のマクレナン開発に取り掛かっている。マクレナンは政府開発物件の1つであり最終的には600戸の住宅がAuckland市民に適正価格で提供される。第一期のオークションで50戸が出されて当社が8戸を押さえることが出来た。

 

この開発はキーウィによるキーウィの為の案件でありデベロッパーは土地勘のある地元民に限り日頃から政府ハウジングNZと強い繋がりを持っている組織しか入れない。

 

ここに例えば中国人デベロッパーが大金もって来て「俺にもやらせろ」と言っても何だかんだと理由を付けて無視するのがキーウィのやり方だ。

 

このあたりキーウィは自分の利権には他所者には手を出させないところがある。中国人がデベロッパーに参加することを禁止する法律はないが実態として立ち入らせないのである。

 

ちょっと話はそれるが、昨日書いたが僕が漁業関連のビジネスでいろいろやったけど、最初は皆興味を持ってくれるけど時間だけ経っていつの間にか無視されて、結局撤退したのもまさに「これ」である。

 

「キーウィカーテン」とでも言うか、とにかく彼らは最初から撃墜モードでは対応せずに、あくまでも「話聴いてるよ、あ、そうなの、じゃあ3ヶ月後に担当者が旅行から帰ってくるからその時に話を聴くよ」となる。他に担当者いないのか、というと「居ない」である。

 

そして3ヶ月経過して連絡を取ると「あ、その担当者ね、もう辞めたよ」となる。また最初から説明をすると「そーかそーか、ならばうちの担当ではないね、どこそこに連絡をして下さい」そしてどこそこに連絡をするとまた同じことの繰り返しである。どこそこやってるうちに時間だけが過ぎて相手が諦めるのを待つ(笑)。

 

とにかく美味しい話は身内だけで回すのだ。このような案件は最初から公開市場に出て来ない。そして他所者が入ってこようとするとソフトにお断りするのがキーウィカーテンなのだろう。

 

僕が今回の案件に最初に関わったのは2年半くらい前で、その時は弁護士の紹介でこの取締役を紹介されたのだが、彼は最初は口調は柔らかいけど何一つ具体的な話をしてこない。非常に慎重なのだ。

 

それでも間に弁護士を入れて「ねえキーウィさん、僕が害獣に見えますか?善い人ですよ」と言いつつうちが出来ることを説明して彼らのスキームを確認してビザに繋げる適格投資であることを弁護士と確認して投資先も現場を見て間違いないことを確認して話を繋ぐことで今日に繋ぐことが出来た。

 

要するに地元キーウィ主導でやってもらう、これが地元でうまくいく秘訣だ。うちはバックサポートするよ、だけどこっちの条件は最初にきちっと伝える、これだけは守ってね。

 

ここが出来ていれば彼らは約束は守る。この点英国系ビジネスマンである”My Word is my Bond”(私の言葉が私の保証)がよく守られている。

 

彼らは何よりもNZの法律をよく理解しており財務省登録や金融サービス登録などはさくっと通る。

 

何故ならそこはさすがに地元キーウィビジネスマンである、子供の頃から両親に「やって良いこと悪いいこと」を教えこまれており社会に出ればコンプライアンス遵守は当然のように守るからだ。ここが彼らと仕事をしていて一番気持ちの良い部分である。


なのでそれは政府側も同様で書類提出や審査でも地元キーウィの方が圧倒的に強い。どんな書類でも「あ、これはキーウィ仲間が書いたな」と分かればするりと通る。嘘がないと分かっているからだ。

 

これが外国からやって来たわけの分からん書類であればキーウィカーテンにそっと包まれくるまれいつの間にかドブ川に流されている。

 

そして今回政府住宅供給公社から「来年もオークションやるので参加よろしく」と連絡があったとの事。

 

これから5年間は政府物件を安定して開発することが出来る。この国は法治国家でありながら地元の利権については非常に敏感であり随意契約の部分がある。まるで昭和の日本(笑)?

 

カフェで約2時間、相手側取締役二人と弁護士と僕とで細部を詰めて、よっしゃ今年はランドバンキング案件は大体終了だ。後は年明けにしよう。

 

面白かったのは、今回初めて参加したすんごい頭の良い初老の取締役、左利きなのだが皆がA4便箋を広げてそれぞれに文字でメモする中、彼は自分の便箋に数字を細かく揃えて書き込んでからその横にちっちゃな絵を描いている。

 

左利きの彼の頭の中では絵と数字がぐるぐると回ってるんだろうな、思わず個人的に彼の便箋を見つめてしまった(笑)

tom_eastwind at 11:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月02日

大道芸人

夏に近づくとクイーンストリートを舞台に大道芸人が増えてくる。

 

この街の大道芸人は3種類ある。

 

1つ目はずっと地元でほぼ同じ時間帯に同じ場所でギターを弾いたり(CD出してるくらいうまい)バンジョー弾いたり(下手ではないが、見ててちょっと胸が痛い)パントマイムしたりする人々だがいつも同じ芸なのでそのうち飽きる。

 

2つ目はAucklandが夏場になると北半球からやって来る大道芸人で、これはかなり楽しい。欧州で鍛えた芸である。あまり見ないので飽きない。

 

3つ目は昨日に引き続きであるが、汚い服装にもじゃもじゃひげで壊れたギターを音を外してじゃんじゃんやってる連中とか大音響で下手なダンス踊っているのとか、これはもう限りなく目に痛い、どうしようもない。

 

これ以外に寄付行為としてガン患者への支援とかこども病院への支援とかがある。ただこの整然とした寄付行為とマクドナルドの入り口の道端で横たわって空き缶をふる乞食はどちらも寄付行為であると言える。

 

大道芸人と寄付金、どちらも今ではクイーンストリートを賑やかにしている。

 

そしてこれからの季節は毎年同様北半球から豪華客船のやって来る時期でもある。クイーンストリートを60代のカップル、男性が短パンにポロシャツ、女性が夏向けの爽やかなドレスを着てれば、ほぼ客船が到着したと分かる。

 

20年もこの街を見ているとその変化する部分と変化しない部分を観ることが出来る。変化している部分、それは人口が増加して旅行業が成長している事だ。

 

特に今年はホテルの業績も良く旅行業全体が盛り上がりを見せている。現在のニュージーランドの主な収入は農業、観光、教育であるが、観光と教育は1980年代以降に発展したものであり教育とは外国からの留学生受け入れである。

 

この国の農業は1900年代初頭から伝統的に強く食料自給率は食品によって違うが平均すれば300%だ。つまり10個のキーウィフルーツを作れば3個を国内で食べて7個を外国に送って外貨収入を得ていたのだ。

 

しかし1970年代の国際情勢の変化で農業は大きな被害を受けた。外国に売れなくなったのだ。その挙句日本のような加工貿易ビジネスにシフトしようとしたがこれが大失敗。Think Big Projectである。

 

そこでNZは新たに留学と旅行を取り入れて成功した。ニュージーランドの景気、特にプライマリーバランスが1994年から経常黒字を出すようになった。

 

特に旅行業は本格的に外国人受け入れを開始した1980年代は立ち上がりは大変であった。すべては手探り、特に日本の旅行客の行動が理解出来ない。

 

何故バスタブ(浴槽)の横のトイレ部分がびしょ濡れなのか?何故一つ一つ特徴のあるお土産が売れないのか?何故何故の連続だった頃、僕はクイーンズタウンにいた。そこで様々な問題解決をして来た。

 

4年間をクイーンズタウンで過ごし香港でも旅行業で働きAucklandでも旅行業や留学ビジネス(英語学校を数年経営していたり日本の留学会社の現地オフィスを運営したり)なので、ニュージーランドの主要産業二つの動きはよく分かる。

 

僕が唯一駄目なのが農業である。これは何度もトライしたが全滅。魚、羊肉、日本の魚の個人輸入販売、すべてダメ。どうも僕は農業に縁がないようだ(苦笑)。

 

変化するニュージーランドであるが観光資源が大事と分かっているから観光の資源は変化させない。しかし受け入れ体制は積極的に変化させる。おかげでAucklandは発展した。

 

変化すべき部分と変化してはいけない部分、キーウィのキーパーソンはこのあたりを良く理解していると思う。

 

大道芸人は街で賑やかに騒ぐ。客船は到着する。農業は成長する。旅行業も留学産業も成長する。この街は北半球の騒動から逃れて平和である。考えてみれば、平和だからこそ大道芸人も客船も農業も旅行業も留学産業も食っていけるのだ。



tom_eastwind at 22:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌 

2015年12月01日

水掛け論

Aucklandのシティの大きな交差点では雨が降れば乞食、晴れればペットボトルに薄めた洗剤水を入れて赤信号で止まる車にびしゃっと引っ掛けていきなりワイパーブラシでごしごし始める人々がいる。

 

窓の端っこは汚れるし第一目を真っ赤に腫らしてゴミのようなものをまとい両手を挙げて物凄い汚い格好で突然現れるから運転手からすれば「ウオーキングデッドのゾンビーか?」びっくりである。ところが運転手の中には彼らに小銭を渡す人がいる。

 

ぼくは自分の車に水を引っ掛けるような奴は相手にしたくない。彼らがクイーンストリートに出没し始めた当時は無視していたがあんまり毎回来るものだから腹が立った。

 

そこで信号待ちの最中に乞食の姿を見て引っ掛けそうになった時に思いっきりバツマーク出してまだ何かやりそうな感じだったのでフロントガラスのドアを叩いて追い返した。

 

彼らが乞食であるのは、雨の日のクイーンストリートを歩いてると彼らが薄汚い服装で道端に寝転んで目の前に空き缶を置いてたから判明した。彼は生息範囲が非常に限られている。雨の日は乞食、晴れの日は窓拭き、なかなか多角経営である(笑)。

 

こういうウインドウォッシャーは最初は米国か?Aucklandでも随分前からいたけど特に最近はシティに限らず大通りの交差点で目立つようになった。

 

しかし彼らは窓拭きのプロではないし実際に端っこ汚しているし他人の車に触るだけで個人所有物への侵入と見なされる。更に交差点で道路に出る行為は危険行為である。第一洗剤ぶっかけてリンスはなしなのだ。

 

更に彼らは一年ほど前は、窓拭きをしても金を払わない車のワイパーを曲げたりとかもう一回水ぶっかけたまま拭かないとか平気でやっていた。それで流石に警察が出てきて取り締まりを行ったのだが、ここ半年でまた次第に湧いてくるようになった。

 

今はさすがに犯罪行為はやらないが、それでも信号待ちの時にバシャっとやられるのは気持ち悪いし嫌だし道徳的にどうなのか?

 

そこでこのような行為をキーウィはどう判断するのか?ネットで検索すると何と「あれはビジネスでしょ」とか平気でコメントがある。また「事前にOKもらった時だけ拭けば良いのでは」とかある。

 

そこには誰もあの「気持ち悪さ」を指摘する人がいない。「勝手に拭いたら他人の所有物の侵入になるよね」というコメントもあるけど、この「気持ちの悪さ」には誰も触れてないのだ。

 

そう、もともとキーウィは日本人だけが持つこの「気持ちの悪さ」がどうしても理解出来ない。なので窓拭きから気持ち悪さを抜けばそこは「商売じゃん?」という発想が出てくる。

 

感情の違いなので、ここは日本人とキーウィ、どこまで行っても水掛け論であるが、クイーンストリートを運転する機会のある方は突然出現するゾンビーがいるって事だけ事前に知っておいたほうがよい。



tom_eastwind at 21:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)諸行無常のビジネス日誌