2017年10月

2017年10月31日

親子丼

10月も今日で終わり、青空が広がるオークランドはそろそろ三つ揃いだと昼間は汗ばむ陽気である。

 

今日も朝から外部でM&A会議を行う。今回のM&Aコンサルティング会社は北半球で本格的なM&Aをやってたコンサルタントが集まって作った会社で少数精鋭である。

 

様々な分野に精通しており、てかM&Aの基本と現場を良く理解しているから話の持って生き方が上手だ。僕が今回の全体図と背景を説明するとすぐに状況を把握してくれて話のまとまりが早い。

 

一般的なキーウィのような思い込みや自分の南半球の常識で判断していない。彼等は北半球、それもアジア地域で長く仕事をしており北半球の仕事の進め方を理解して北半球の方法で話を展開させていくから波長が合って仕事しやすい。

 

1時間、お互いに意見交換をしてこのビジネスのプレイヤーの立ち位置を明確にしてお互いに持ち帰る内容と次の会合までに用意する書類を確認して内容は濃かったけどすっきりした気持ちオフィスに戻る。

 

お昼ごはんは脳内で不足した糖分を補給するため親子丼にする。

 

会社近くのお店のメニューにはカツ丼で肉を鶏肉にすると表現されてるけれど、鶏肉を卵で溶かし込んでご飯に乗せれば親子丼である。唯一の違いは鶏肉がチキンカツになっていることで、この点を取ってカツ丼の鶏肉版と表現しているのか。

 

朝からM&Aの話をして色々と思考回路を広げつつお昼ごはんはカツ丼と親子丼の違いを考えつつ、この両方は僕の頭の中で同じ思考規模になっている。

 

これが普通の人からすればおかしく思えるようだが僕にとっては眼前の対象が規模の問題ではなく論理の問題として展開していくから普通の人が「そんな事どうでもいいでしょ」と思うことが思えない。

 

なのでこれはカツ丼の鶏肉版か親子丼かな、けど出汁が効いてて美味しいな、チキンカツの衣に卵が柔らかくかぶさってチキンカツ丼か?

 

親子丼って言ってしまうと外国人に説明するのがきついな、親も子もまとめ食い。よくもまあこんな残酷な名前つけたな、誰だ命名したのは?

 

てか正確に考えればこの料理は親子丼ではない。何故ならこの丼にある卵を生んだのがこの丼の鶏肉である可能性は限りなく低いからだ。DNA鑑定してみるか。

 

つまり同じ種類ではありながら血縁関係がないのだから親子と呼ぶのは違うだろう。これは他人丼と呼ぶのが正解ではないか。せいぜい同族丼か。何だかどっちも響きが良くないな。第一血縁関係がなくても養子縁組すれば法的には親子だ。

 

けど養子縁組した鳥の親子ってのも聴いたことないな。等と実にしようもない事を考えつつ鶏肉を箸に掴んでパクパクと食べているとあっという間に午前中の会議の事を忘れてしまう。

 

さあ午後はまた頭を切り替えて親子丼の事は忘れて本業の仕事に集中だ。顧客に提出する企画書もあるし投資ポートフォリオの組み立てもしなくちゃいけない。他にも期限のある仕事が詰まっている。この一ヶ月は徹底的に走るしかない。



tom_eastwind at 21:12|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月30日

何事も先達のあらまほしき事なり

あれ?英語の表題が2日続いた。けどFARROは焼き肉レストランの固有名詞だしKADENは元々日本語だもんな、まあ仕方ないな。

 

月曜日の出社は実はやること多くて、先週あちこちにメールを送っててその回答が来てて、それに対しての返答を送る手筈だったけど、全部で10件ほど送る筈が5件しかメール出来ていない。

 

M&A案件、フィンテック、会計事務所、自分年金、NZ国籍取得案件、どれもメールを書き出したら長くなり自分なりに再度整理していたら何時の間にか午後3時、退社時間である。

 

だったら午後3時に退社するの止めろって話だけどパソコン持ち帰れば自宅で仕事出来るのでまあいいやと思って交通渋滞に引っかかる前に会社を出る。

 

ここで交通渋滞を普通に喋っていると“Rush Hour”になってしまう。話し言葉なのでどうしても簡単な言葉を選んでしまう。これが自分に甘くなる理由だ。日本人として生まれたのだから意識して日本語を使わないとすぐ「水は低きに流れる」事になる。

 

つまり英語は使いやすくて便利な言語だけど、だからと言って英語ばかり使っていると肝心の日本語を忘れるし日本語の言い回しを間違ったりする。便利だからと言って英語を使うのは、足を守るために靴を履いて結局足の裏を弱くすることと同意義である。ん?変な言い回し?

それからパソコンを使うのは仕事だけど会社では常にレポート用紙を机に置いて出来るだけ日本語で文字を書くようにしている。ボールペンではなく万年筆を使って少し太文字を書くようにして漢字の記憶も保持するようにしている。

 

そうやって漢字を書いていると自分の精神状態を把握することも出来る。別に呑んだら字がヨタ狂って話ではなく、漢字の平衡状態とか止めとかハネとかが変化する。

 

なので心を落ち着けてゆっくり書いて綺麗ではないけど納得出来る文字になると、ちょっとうれしい。

 

サブの字がおかしいけど面白い。相田みつおの字は下手なのか?そんな事を思いつつ日本語と漢字を書きそれをじっと眺める。

「結束」は日本語では「まとまる」と言う意味になるけど中国語だと「終わり」の意味になったりする。偽中国語ってのがあって、日本語のひらがなやカタカナを除いて漢字だけにして中国人に送ると意外と通じたりする。

 

「我今日飲日本茶」とか「何故?彼氏仕事多忙?」とか。

 

元々漢字は中國発祥だけど清朝の後半では明治維新を経験した日本が西洋に渡り民主主義とか操船技術とかを英語で学んだ。その英語を日本語に訳す際に漢字を使い、その漢字が中國でも使われるようになった。

 

例えば「中華人民共和国」の中で中国人が作った漢字は「中華」だけである。人民とか共和国ってのは日本人が欧州で英語から学んだ言葉である。そして下の二文字熟語も日本発祥である・

 

服務、組織、紀律、政治、革命、政府、方針、政策、申請、解決、理論、哲学、原則、経済、科学、商業、健康、社会、資本、主義、法律、封建、共和、美学、文学、美術、抽象。

 

こう考えてみれば日本人にとって漢字とは確かに中國から来た文化であり尊敬すべきだけど、日本人が独自に作り上げた文化もある。

 

明治初期には多くの中国人留学生が日本にやってきた。そこには魯迅、孫文、周恩来等、中国の歴史に名を刻む人々がいた。明治の右翼指導者頭山満は玄洋社を起ち上げ多くの中国人留学生の面倒をみた。

 

その頭山満の弟子の一人が中村天風である。

 

日本人は中國から多くの文化を学びその伝達方法としての漢字もその漢字の持つ意味も学んだ。明治時代の乃木将軍は漢詩が書けたそうだ。風飄々とかお洒落ではないか。

 

中國では共産党が政権を取り国民の識字率を上げるために簡体字を創り出した。これが一般的となると漢字本来の表意文字の文化が壊れた。文字がただ単純に意思疎通の手段となり漢字に「旨味」がなくなった。

 

香港と台湾では古くからの中国語「繁体字」を使っているが、あれは普通の中国人には読めない。例えばフォークギターしか弾けない人はクラシックギターを出来ないけど、クラシックギターをデキる人はフォークギターを弾ける。ん?変な言い回し?

 

日本語は繁体字と簡体字の中間みたいなものか。「学」は繁体字では「學」となる。業は日本語と繁体字は同じだけど簡体字では草かんむり=上に4つの縦線があり下に横文字一本。ここまでバラされたら原語が不明である。

 

何千年も前の中國には紙がなくて竹に文字を記した。日本はその中國から漢字を受け入れてそのままでは難しいのでひらがなを作った。そして中国語では存在しない漢字と漢字の間にひらがなをいれて文章を作ると言う日本独自の文化を作った。

 

日本に生まれて漢字を学ぶ機会がありそれが中国語読解の役に立つ。英語書くより漢字書いている方が学びになる。徒然草の「何事にも先達のあらまほしきなり」である。



tom_eastwind at 00:21|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月29日

KADEN

週刊日経ビジネス2冊を週末にまとめ読みする。先週半ばには届いてたのだけど誉田哲也の「インビジブルレイン」を読んでたのでこれを読了してからってやってたら週末になった。

 

毎週色んなテーマで記事が掲載されるんだけど日本から定期的に送られてきてもちょっと間が空くと旧聞になってたりする。

 

今週読んだのも衆院選前の記事だったので小池さんの記事もあまり突っ込めてない。何せ選挙結果が分からないのだから難しいところだろう。

 

ただそれにしても原発問題など日経ビジネスとして踏み込めないネタも多いようで、時事ネタや「敗軍の将」等面白い記事もあるけど、段々踏み込めない領域が増えてきたような気がする。

 

日本経済新聞と言う以上経済ネタが中心であるが、環境問題や政治問題であまり偏った書き方は出来ないし経産省を完全に敵に回したら自分が干される。なのでそのあたりはなかなか明確な意思表示、てか日経の内部でも意見はまとまってないのかもしれない。

 

その点20171009日号ではKADENを新成長産業と位置づけて日経らしい「書きたいこと」をそのまま書いている特集では筆の乗りが良い。

 

ソニー、パナソニック、東芝、シャープなど家電メーカーはどこもきつい思いをした時代があったけど、子会社化、M&A、合理化等を経て強くなった家電メーカーの特集だから記者も「勝手知ったる他人の家」みたいなものである。

 

中でも面白い家電として自宅のカーペットにこぼしたコーヒーのシミを吸い取る「すいとる」を発明したシリウスは社員わずか8人のちっちゃな世帯であり工場もないながら三洋電機出身のスタッフが開発したヒット商品である。

 

ドン・キホーテが売る「安かろう良かろう」の504Kテレビが何と54800円!

 

他にも異業種から家電に進出して来た企業などの紹介も賑やかで、台湾のホンハイのグループ入りしたシャープがコスト削減で利益を出したり、パナソニックが男性向けのボディトリマーを人気商品にしたりとかが実に楽しく描かれている。

 

その中でも特徴的なのは「日本にいるだけではゆでガエル」と言う言葉をパナソニックの家電事業トップの専務が放つようになった事だ。

 

香港時代に松下電器、今のパナソニックの社員の仕事をする機会がよくあったが、彼等は本当に大阪の王様みたいな、食物連鎖の頂上にいるような態度で人と話してたものだ。

 

社内で何かあるとすぐに社員名簿持ち出して「お、こいつは入社何年度じゃないか、何て生意気な口利きやがって」とその場で電話かけて怒鳴るとか、非常に内向きな人々であった。

 

それが時代が変わって20133月期まで15千億円の赤字を出して津賀社長がBtoBビジネスにシフトしたりしてそこからパナソニックになりPanasonic Beauty等創業者が聴いたらびっくりするだろうビジネスモデル転換を行った。

 

東芝も本体がボコボコになっている状態でも中國美的集団に身売りされた東芝家電部門「東芝ライフスタイル」は掃除機、炊飯器等成熟市場でヒット商品を送り出している。東芝本体にいたときよりも今の方が自由闊達に外向きに出て行けている状況だ、

 

他にも1690年創業の「山本山」がシリコンバレーの起業家と組んで美味しい日本茶を自動的に作ることが出来るサーバーとか「アプリを使って調理する」等、如何にもシリコンバレーらしいアイデアで味を標準化数値化しているのが面白い。

 

KADENと言いつつこれからはIoTの時代であり、ネットに繋がることが前提の家電が全く新しい家庭生活を創り出すだろう。会社にいながら携帯電話で自宅のお風呂を沸かすとかクーラーを入れておくとかである。

 

ただ実はこのような技術は1980年代に松下電器のグループ会社である松下電工では既に試作品が作られており僕が仕事で大阪のショールームに行った時に「遠隔操作で自宅の管理が出来る」技術は開発されていた。

 

なのでそれが今になって商品化されたってのは、逆に言えば今までそのような技術は持っていたのに内部事情で商品化されてなかったのか?と考えてしまう。

 

いずれにせよこうやって日本の家電業界が一時期の凋落から復活して「外向き」に動けるようになったのは日本にとって朗報である。

 

他にもドラッグストアの特集とか物流施設の最近の様子とか、日本に住んでたとしてもあまり入手しきれない情報があって面白い。

 

むしろ日本に住んでたら忙しくて週末にゆっくりと日経ビジネスを開いて読むなんて出来ないかもしれない。てか、日本出張中も考えてみればあまりゆっくりと読書も出来てない。

 

そう考えたら週末のオークランドで誉田哲也読んで日経ビジネス読んでゆっくりと読書出来て最近の日本が俯瞰出来て、贅沢かも。



tom_eastwind at 19:16|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月28日

FARRO

昨日は久しぶりに家族で焼肉を食べにシティに行く。

 

FARROはうちのオフィスの1ブロックすぐ裏にある韓国焼き肉で、これがまた美味しい。焼肉の場合はちゃんと空気吸取り機もあってビール飲みながら焼肉楽しめる。

 

りょうま君はすでにお酒が飲める年齢になり韓国ビールを楽しみ、出て来るキムチやナムルやその他美味しい前菜をパクパクと食べながら主食の肉を待つ。

 

その間にもりょうま君と話をするのだけど、彼が自閉症だった小学生の時に彼がすべて周囲の記憶があり「あの時となりに座ってた子供が一日中椅子から立ち上がらず時々金切り声を上げてて、すごかったー」等と聴くとこっちが胸が痛くなる。

 

焼肉は美味しい部位が出て来てりょうま君が次々と炭火に載せて焼いてくれてこっちの皿に乗せてくれる。大きくなったな。

 

カルビ、タン、ミノ、やはり焼肉は韓国である。日本人にはこの味は出せない。古くから肉を扱う文化を持つ韓国出身の人々だからこそ出来る芸当である。

 

本当に、隣国ってのは喧嘩になりやすい。例えばギリシアとトルコ。第二次世界大戦後にキプロスの取り合いになって本当に戦争した。

 

ロシアと中國も国境を巡って何度も抗争して何とか折り合いを付けた。中國はベトナムとはそれが上手く行かずに中越戦争。けど最近は仲が良い。

 

欧州では東欧を中心に何度も領土戦争が起こった。ヒトラーが侵攻してソ連と敵対したり、フランスを支配してダンケルクで英国軍を追い落とした。中世からの歴史を観ると東欧の国境は何時も戦争で変わっている。大変だ。

 

けど日本と韓国、てか朝鮮半島とは本格的な戦争は白村江の戦い以降で観れば元寇で朝鮮がモンゴルに協力したくらいだし、日本が李氏朝鮮の滅びに合わせて合併した以降の戦争はない。

 

勿論戦後日本では在日問題があったけど、それでも殺し合いをすることはなかった。その意味で欧州の歴史よりも幸せだ。

 

東北アジアの危機と言うけど日本と韓国は表面的にいがみ合ってるかもしれないけど現場では仲良くやっている。例えばNZに移住した韓国人は、自国民よりも日本人と付き合うほうが気が楽だって話もあるくらいで、国家と個人の違いを思い切り感じる。

 

香港生まれの奥さんとオークランド生まれのりょうまくんと日本生まれの僕がシティで韓国人の経営する焼肉を食べて満足して楽しむ。もちろんサービスしてくれるのは韓国人フロアスタッフ。

 

これが21世紀かな、国境ないし。

 

彼等独特のサービスである肩肘に片腕を添えてるのも、彼等が子供の頃から親に教えてもらった礼儀であるのが分かる。

 

そうそう、付き合いのあるキーウィ系韓国人弁護士も英語は鞭撻ながら時々上記の仕草をする。やはり親の教育なんだな。

 

日本と韓国、そして北朝鮮。FARROで焼肉食べながら、東欧よりましだな、現場ではこんなに仲良くやってるのにな、2つ離れた席では日本人グループが焼肉楽しそうに食ってて、何か出来ないのかな、そんな金曜日の夜だった。



tom_eastwind at 11:03|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月27日

自分年金

今日は朝から会計士事務所で約2時間の会議。この事務所はアセットマネージメントをやっており何時も打ち合わせしている。

 

何か最近外部会議が多いが、日本からネタを仕入れてきて地元でさばくのにはやはり地元のプロと最新情報を元にワイワイと脳みそ嵐をやる必要がある。

 

日本で話をするとどうしても日本人の視点で考えてしまうが地元オークランドのシティに戻ると地元キーウィが地元視点で提案してくれるので助かる。

 

ネタは3つ。投資家がNZの銀行が発行する社債の税務処理の扱い、日本人がどうやって老後の生活を守るための自分年金を作るか、そしてM&A案件である。

 

日本とNZは租税協定があるので一方の国で払った税金は他方の国で税務申告をする際に相殺される。社債のクーポンを毎年配当として受け取った場合は日本での税務申告が必要だけど、じゃあ毎年受取をせずに4年後に一括受取にした場合の税務申告はどうなるのか?

 

自分年金では、日本の低金利の状況で日本円建てでNZの銀行の社債を購入して年利4%前後で運用して受取を20年後にすれば複利運用でそれなりの年金になる。

 

投資先であるNZの銀行はAA+であり実質的に倒産することはあり得ない。何故ならNZのようなちっちゃい国で銀行を潰すと言う事は国民の血液を止める事と同様だからだ。

 

リーマンショックの時も政府はその義務がないにも関わらず国債を発行して金融機関を守った。いくら自由経済とは言えど銀行の役目は血液であるから国家として国民を守った。

 

その銀行が発行する社債はある意味国家が守っていると言えて国債と同様の重みがある債券だ。

 

そこで今回はこの債券を利用して自分年金を作ろうと言う話である。

 

それからM&A案件は昨日の会議でも出て来た内容であり具体的にどこにどのような提案をするのかの話し合い。

 

幸いにも日本人投資家はキーウィに好まれる傾向にあるのでこの話は上手くまとまりそうだ。

 

こんな会議を2時間もやってしまうと脳みその糖分が不足してしまうのだろう、お昼ごはんはしっかり砂糖の入ったレモンティーを飲む。

 

自分年金の案件は日本とNZの法律をどう解決するかもありこれからも更に研究が必要な案件であるが、まとまれば100億円程度の年金になる。ここは来年を目処にして実現していく必要がある。

 

もちろん不動産開発も同時にやっているわけなのであちこちに眼を見晴らせてないといけないが、幸運と言うか僕は「忘れる機能」がある。10分前に話した事でも忘れる事が出来る。

 

紙やパソコンに残したら脳みそトップから消えるので、10分後にスタッフに「あの件どうなった?」と聴くと不思議そうな顔で「それってあなたが10分前に指示しましたよね、その通りに動いてます」となる。

 

結局自分の頭はパソコンと同じような行動をしているのかな。デスクトップのファイルを処理してどっかのフォルダーに入れてしまえばそれで他の人が処理するからこっちは終わり。

 

常にデスクトップのファイルを処理することに集中してここが空っぽになれば少しほっとしてまた次のデータをデスクトップに上げる、その繰り返しである。

 

自分年金。さあ、やってみよう。



tom_eastwind at 11:01|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月26日

M&A

昨日は外部の会議2件。今ちょうどM&A案件をやっておりその関連での会議が一つ。

 

ニュージーランドは最近諸外国から「食べ物資源の豊富な国で安全な食料」と言う位置づけを受けているようで中國からのM&Aがよくお声がかかっている。

 

けどNZの農家からすれば相手が中國だと安心して売れない。相手がフランスならあっちも農業大国で自然と安全を理解しているから安心して売れるけど中國の場合は焼畑農業なので売却には二の足を踏む。

 

その点日本からのM&A案件はNZでは好印象であり「何欲しいの?」と聴いてくる。

 

けどそうは言っても買う方からすれば損する案件を買うわけにはいかないので様々な指標を使って費用計算をする。内部収益還元法とか費用対効果をしっかりと計算した上で自社が買収した場合にどのような付加価値を付けることが出来るか、そういった事をしっかりと下調べすることになる。

 

しかし日本から進出しようとする企業はNZの実情がわからないので表面の数字だけでなく国の政治の方向性、今後の農業の在り方、国民性などを検討する必要がある。そこで当社のような地元日系企業にM&A案件の依頼が来ることになる。

 

こちらとしても評判が大事なのでそこはしっかりと地元情報を裏ネタから取り寄せて調査する。

 

青空の広がるニュージーランド、人々は大らかで他人に優しく、食べ物は美味しくて老人の顔が心豊かで、そんな国で裏ネタ?

 

これは、ある。個人的には皆人の良いキーウィだけど、いざ仕事となると全く変わる。俺かお前か生き残るのは一人だ、そんな感覚で、けど契約観念だけはしっかりしてて、そんなビジネスの殺し合いが毎日狭いシティの中で起こっている。

 

けど狭いシティなので誰もが誰をもを知っている。狭いシティで限られた生き残ったプレーヤー達はお互いに「こまめ」に情報を交換することでカネに代えられないネタを仕入れることになる。

 

この街では限られたプレーヤーが相手の力量を見つつ「ここだけの話だけどな、」って感じで情報交換をしつつ、ここで相手に貸し借りを作り次の裏ネタの交換につなげる。ここで交わす情報はフォンテラの最新情報からNZ中央銀行の今後の動向、インフラ系企業の今後、不動産市況、為替の動き、何でもありだ。

 

最初の会議では日本のバイヤーが欲しいものが明確なのでその裏ネタを求める。相手はその筋を知っている。日頃はどちらかと言えばこちらが貸しているものがあるのでその分を返してもらう。有り難い。

 

これでバイヤーに情報を提供出来るので感謝して「今度飲む時は俺がビール代払うよ」と言うと苦笑いされて「まだ借金払い、終わってないし」と言われる。

 

シティではそんな会話が交わされる。

 

2件目は香港脱出作戦である。5年ほど前かな、海外口座開設ってのが流行って香港に口座を作る日本人が増えてた。

 

あの時は「止めときゃいいのに」と思ってたが案の定今になって香港口座にもマイナンバーが必要になり口座閉鎖が続出。けど問題は閉鎖した後のお金をどこに送るのか?

当時は日本から現金で持ち出して香港口座に入金したけどそのお金を日本の自分の口座に戻せば確実に「お尋ね」が来る。「このお金は何ですか?」

 

無申告なのか過少申告なのか、利息に対する日本での申告は?様々な角度から突っ込まれるので「やんなきゃ良かった」と思っても、そりゃもう遅い。やってしまった事をどうするか、いかに問題なく処理するか、その後の問題を最小化して税務署にも納得してもらうか、そういう筋書きを作る話である。

 

朝からそんなこんなの会議を2件続けて頭を絞る。唯一うれしいのは常にそばで助言してくれるスタッフがいることだ。こっちが話をしていると「それ、常識からずれてます」とか「それ、日本人には理解出来ません」とか指摘してくれる。

 

数日前にも書いたが僕のブレーンストーミングは常に法律を外れたところから開始する。その時に地に足がついた助言は学びの里である。

 

裏ネタ情報の交換、香港、そういうとんでも話の最後に「日本の常識」でまとめてくれるのは有り難い。

 

そうやって今日の一日を過ごす。



tom_eastwind at 10:58|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月25日

応対言語

日経ビジネスを読んでたら書籍のご案内があり「ずるゆる最強の仕事術」と言う題目で華僑の大富豪に学んだ日本人が書いているとのこと。

 

本はまだ読んでないのだが吹き出しに面白い事を幾つか書いてて「お、なるほど」と思ったので今日はこれをネタにする。

 

その吹き出しがタイトルの「本番前は予習より基礎確認」である。実際に文中でどのように書かれているか分からないが僕なりにこの文章を中国風に考えてみた。

 

僕のビジネスマン生活の中で一番勉強になったのは香港時代だった。あの土地では本当に色んな事を学んだ。その一つがまさにこの「基礎確認」である。

 

この文節だけでは何を言ってるのか分かりにくいと思うがこれは中国語の根幹を成す部分であり日本人学者の安岡正篤が「中国語とは応対言語である」と喝破した部分である。

 

日本教育を受けた人にはネタ言葉も「応対言語」もそのままでは分かりにくいと思うけど、これって要するにどんな形で攻撃されても必ず打ち返せる技術の事である。

 

日本人は当然だが会議があれば必ずその為の資料を作る。それも、もしAならばこう、もしBならばこうと、いちいち文言をチェックしながらサービス残業して書類を作るが、もし全く違う角度から質問が来たらどうする?

 

その時に要求されるのが、どのような角度や立場から打ち込まれても必ず打ち返せる能力であり、それが江戸時代の日本人や武士が学んだ四書五経なのである。

 

明治維新後に優秀な政治家が現れたが彼等の学問の基礎は中國の古典であった。古典で人間としてのあるべき基礎を学び、言葉の型より入り型を出て即興術を学ぶ中で自分なりの対応を作り上げていった。それはまるで空手等と同じで相手がどれだけ強いか分からないがどんな蹴りが来ても跳ね返す力の言葉版である。

 

相手と正面向かって何を話すか。言葉は言霊である事は中国人はよく分かっている。西洋で言う弁論術に近い技術である。一つのテーマを元に賛成と反対に分かれて議論をして次に攻守を変えて議論する。

 

そうやって本来のテーマのどうあるべきかを理解しつつ議論の持って行き方を、まるで空手の試合のように攻守変えつつ戦うのだ。

 

そこで相手がどんな新しい技を繰り出してくるか分からない。けれど「基礎、学んでません」では負けるしかない。だから基礎を徹底的に繰り返し学ぶ事で強い相手とでも戦えるようになる。

 

大事なのは基礎であり上っ面の数字合わせではない。だからこそ戦前の日本陸軍大学校などでは優秀な生徒は十分な時間を与えられて四書五経から古今東西の歴史書を読み、人はどうあるべきか、組織はどうあるべきか、自分は今どうあるべきかを考えて自分の基礎を作り上げた。

 

ところが戦後日本の受験勉強制度ではそのような哲学や道徳の部分をふっ飛ばして学校の教科書で決められた時間毎にページをこなし記憶力テストとなるとまさに時間との勝負、だから速成術として答を出すことに意識を集中するが、それでは物事の基本を全く学ぶことは出来ない。

 

だから受験技術にいくら優れても学問の基本ができてないから社会に出てもすぐに現実に流されて失敗してしまう、そう、それが現実社会である。

 

山本周五郎の作品に江戸時代を背景とした「さぶ」と言うのがある。さぶはとろくさい男で、けど彼の友達でとても頭の切れる栄二がいつもさぶを助けながら二人で店を持とうなって励ます。

 

けどある日栄二が奉公先の仕事で濡れ衣を被せられて人足寄場に送られてしまう。この場所は池波正太郎の描く「長谷川平蔵」が立案して作られた矯正施設である。自分の理不尽な扱いに栄二は怒りぐれてしまう。けれどさぶが彼を何とか助けようとする。

 

「おれ、ばかだけどさ、お前に何かしたいよ、だって仲間なんだもんさ」

 

そして実はさぶが書く文字が独創的で素晴らしいと言うことに気付いた栄二がもう一度二人で頑張ろうと立ち上がる。

 

どっちがバカなんだ?さぶは日常生活ではバカと呼ばれ栄二は賢いと言われたが結局さぶの方が最初から自分をバカと認めているから許容範囲が広い、つまり強い。

 

それにたいして小利口な栄二はただ単純にその場にある事を器用にこなす、つまり現代で言えばテストに強いだけどの弱いやつだったのだ。

 

これは西洋の賢人ソクラテスも言ってるが、無知の知と言うのが実は人間にとって一番大事な成長の糧である。自分がバカであることを知る、これが実は本当の人生の学問の入り口なのである。

 

この、東西に共通する基礎を学べば会議の度にいちいち書類を用意する必要などない。どんな質問にもその場で即興で返せる。何故なら基礎を知っていれば原理原則を理解しているから相手のどんな質問に対して余裕を持って応えられるからだ。

 

想定外の質問でも対応出来る基礎を作る、これこそ今の日本人が学ぶべきことである。その為にこそ必要なのが温故知新、つまり中國の古典を読み当時の王やリーダーが危機に対してどう対応したか、日頃において部下とどう会話したか、そういう事をしっかりと学べば、自分が今どう対応すべきか問答集が無くてもすぐ分かる。いちいち「もしAなら」とかその場限りの問答集を作る必要はないのだ。

 

日本人の悪い癖は自分の想定内で起こりうる事に対して準備することで満足して想定外の事態が起こった場合に基礎ができてないから対応が出来ずおろおろするしかないって事だ。

 

それはまさに原発難民と同様であり社会的地位がどうであろうが関係ない、パニックに陥って自らを壊す行動に動く。

 

まず、死ぬことを恐れる理由は何なのだ?人はいずれ死ぬ、早いか遅いかだけだ。あなたの子供は原発の被害がなければ200歳まで生きるのか?そうではないだろう?

 

大人だろうが子供だろうが何時か死ぬ。それを前提にしてそれでより良い地域で子供を生活させたいなら分かる。では何故原発が吹っ飛ぶまで原発の勉強をして避難地を作っておかなかったんだ。そういう想定外は考えず日本政府が「安全です〜」って言うバカごとを真に受けて、まさにテストバカである。

 

泥縄のまさに見本のような話であるが、自分がテストバカになった挙句に子供を巻き込んで周囲を巻き込んで結局誰をも不幸せにしているのだ。

 

まあしかし彼等は親や学校からそういう教育しか受けていないから仕方ないと言えば仕方ない。犬の子供は犬にしかならない。

 

話がそれたが、自分の子供を人間らしく育てようと思ったら、まずは子供の頃から古典を学ばせる事である。そしてその前またはそれと同時に親も古典を学び教育とは何かを理解して自分つくりをすることである。そうやって初めてトンビが鷹を産む事が出来るのだ。



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2017年10月24日

移住とは長い旅である。

日本で初面談をする時に僕がいつも言うのが「移住は片道切符ではありません。長い旅です」である。と言うのも日本居住者が海外に行くとなると石川達三の「蒼氓」が印象にあるのだろう、ブラジルに片道キップの船の長旅で送り込まれて故郷を懐かしみながらその後の一生を移民先で過ごす。

 

しかしこれだけ飛行機が大型化高速化してインターネットが発達した現代においては世界中どこでも30時間もあれば移動可能である。出発地から2日あれば世界一周さえ出来るのだ。また最近では機内でのインターネット可能な機種も増えてきているのでその気になれば世界中ネットで繋がる場所にいる人とは24時間会話可能である。

 

旅の本質とは何か?一つは本やテレビで観たものを追体験したいと言う人間が持つ欲求である。もう一つは旅=トラベルの語源とも言われているトラブルである。この場合のトラブルとは困難というより思いがけないびっくりする異体験だ。

 

例えばNZでは街を歩くのに靴を履かない人がいる、中國のトイレの汚さは半端ないがインドに行くとトイレさえないって現実。日本の旅先で財布を落としたら2時間後にホテルに財布が戻ってきてたとか、バスや電車にきちんと行列をするとか。良いことも嫌な事も含めて世界には色んな価値観があることに気付き、それが自分を成長させて学びになる。

 

このように人が旅をする原因は自分の知識を再確認する追体験と知識を追加するびっくり異体験だ。だから再確認と異体験を学べば心も知識欲も満足して故郷に帰る事になり、これで旅は終了である。

 

勿論時代によっては他の要素も追加されるだろう。それが国際戦争であれば戦地への派遣も一種の旅である。ビジネス社会では出張と言う名目になるが、どちらにしても派遣や出張の合間を縫って旅を楽しんでいる。現地のレストランやバー、観光名所。

 

第二次世界大戦で欧州に派遣された米軍も休暇中はイタリアの保養地で旅を楽しんだ。そして自分の派遣が終了すれば故郷である米国に帰る。日本に派遣された米国兵士も同様に駐留しつつ休暇時は富士や箱根を楽しみ時には日本人妻を戦争花嫁として米国に連れ帰りもした。勿論戦死したら話は別であるが。

 

そして21世紀の現在ニュージーランドは北半球の人々にとって「移住」と言う「長い旅」の目的地の一つとして関心を得ている。

 

それが「移住」と言う言葉で呼ばれているのが現在であるが、それは長い旅である事に変わりはない。何故なら例えば日本人で年を取ってNZで骨を埋めようと考える人は非常に少ないからだ。

 

彼等は自分たちの知識欲を満たしつつ子供の教育を考えより人間らしい生活を求めてNZにやってくるが、いずれ子供が大学に行くようになればそこから先は日本に戻る選択肢が増えてくる。

 

例えば日本人のブラジル移民、戦火に荒れる1800年代後半にドイツや東欧から仕事と土地を求めてNZに移住した人々に祖国に帰ると言う選択肢は殆どなかった。何故なら交通手段も費用も連絡方法も限られていたからである。

 

移動が自由化した21世紀の現在だからこそ僕は日本で初面談をする際に「移住は長い旅です」と説明するのだ。

 

さてこの長い旅であるが一箇所に長期滞在しようとしたら資格が必要になり、これがビザと呼ばれている。最長期間にわたるビザが永住権である。一生住む権利だ。

 

去年後半からNZ移民局のルールが厳しくなりそれは今年に入っても同様で更に今回の総選挙で労働党が政権を取ったから世界からの移住希望者からすれば「きつくなっている」のは間違いない。

 

ただ労働党も移民を一切入れるなと言ってるわけではない。いつ移民したかではなくどれだけNZに貢献出来るかが勝負の分かれ目なのである。

 

世界中の若者がNZを目指してやって来ても何をどこまでNZに貢献出来るのだろうか?あなたが長い旅をしたいならそれなりに現地知識も教養も英語力も、そして地元民並かそれ以上に特殊能力を持って給料を稼ぐ必要がある。

 

今回労働党が主張しているのはKiwiFirst、つまりまず地元で生まれ育った若者の雇用を第一にしろである。そして地元で適合する人材がいない時のみ旅人を受け入れろって内容である。

 

何のことはない、今までのワークビザ基準と同じ基準を永住権に持ち込んだだけである。だから今回の労働党の主張は永住権取って働きもせずにすぐ無料の英語学校に通い失業保険をもらい納税も殆どしない人に永住権は発給しないって事なのだ。

 

だから自分にこの国で生き残る力さえあればこれからも受け入れるよって話なのである。但し技能移民などビザ枠毎に募集人数に年間上限を設定しているが、今まではどちらかと言えば点数さえ足りていれば永住権を発行していたけど今後は日本の大学受験のように上から順番に優秀な人を取っていきますって話になる。

 

だから技能移民で永住権を取ろうとする人々にとってこれからの問題は160点あるかどうかではなく右隣りに座って申請しているインド人より英語力があり左隣りに座っている中国人よりも雇用保障を取る能力が高いかである。

 

今まではそういう発想がないままNZに来さえすればそこに幸せが待っていると思ってた人もいるだろうが現実的にワークビザが取れても永住権に繋がらず特殊な能力がない状態で永住権を取得しても今度は現地の生活費に追いつかない給与水準であり結局自宅も買えないまま日本に帰国することになる。

 

だから移民局ではワークビザも永住権も給与所得証明が必要となった。これも当然の措置である。給料が安くて持ち家がない場合統計では治安が悪くなる。移民を受けれてもそれが欧州のどっかのようにスラム街を作ってしまえば意味がない。

 

日本人がそんな事するなんて!と言わないで欲しい。NZ移民局は日本人だけを相手にビザ発給の仕事をしているのではない。世界中、インドや中國の山奥から送られてくる申請書にも対応する必要があるのだ。オークランドの現状でさえも夜は独り歩き出来ない地域が存在するのだ、何故日本人だけ特別扱い出来るか。

 

誰しも旅をする権利がある。知識欲を充足する権利もある。しかしそれは該当地域での義務を果たした場合の話である。

 

だから自分の夢だからとか空が青いからって理由だけでなく、長い旅をする時は海外とか自然とか外見は良くてもそこに自分が適合出来るのか?英語、給料、住宅、人間関係、気候、その要素を長期的にクリアー出来るのかを考える必要がある。

 

長い旅と言っても何時かは日本に帰るのだ。日本の墓に入るのだ。ならば観光旅行でも9ヶ月は滞在できるのだし学生ビザで過ごしたり65歳以上なら退職者ビザもあるのだから19世紀後半の欧州のお金持ちが船で米国やNZに来たように長い旅である2ヶ月とか半年旅行を愉しめば良いと思う。



tom_eastwind at 20:30|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月23日

新しいような、いつか通って来た時代

今日は朝から体が温まる食材を買うためにリンクドライブの韓国食料品店に行く。ここで大根、ゴボウ等の根菜や日本のコメに韓国産冷凍サバ等を仕入れて自宅に帰り昼飯を食ったら仕事開始である。ちなみにサバは透明なパッケージの上に焼いたサバの写真があるので韓国語を読める必要はない。

 

今回の総選挙で3分の2の議席を取った与党は強力であり日本側の状況は安倍一強。これにトランプ大統領が喜んでおり日米の連携は現時点で非常に強化されていると言って良い。

 

これで2020年までは何でも出来る安倍政権なので、北朝鮮との戦争の可能性がいよいよ本格化して来た。日本は後備だが実質的に日米連合対北朝鮮の図式であるから万が一の事態になれば野党の意見を聴かず与党だけで採決して戦争法案を法制化出来る。

 

韓国ではすでに在韓米軍とその家族が逃げ支度をしており実質的に米軍も韓国を見放したと言う事だろう。後は北朝鮮と合併するなりどうぞ、朝鮮半島のゴタゴタには付き合っておられんという雰囲気が出てる。

 

日本国内を観れば今は株価上昇しているが給料が増えたとか生活が楽になったと感じる一般人は殆どおらずほんの一部の大手企業とその会社の株を持っている人が豊かになって日経ビジネスには高い時計の宣伝があいも変わらず掲載と言う、まさに二極化が進んでいる。

 

ただこの二極化って今に始まった話ではない。戦前も映画「大学は出たけれど」のように東京でも一部の若者が銀座で遊ぶ中、郊外の農村では大学を出た子供に就職先がないって時代があった。

 

いつの時代も二極化している。けれど日本の場合はそれでも何とか東大卒業すれば上に行ける余裕があるのが社会主義的で良い。後は本人のやる気しかない。

 

日本国内を観れば2020年まではオリンピック特需であるが、その後は確実に経済は落ちる。これは東京で現実に稼いでいる現役社長が明言している。

 

1991年のバブル崩壊のときも気付いていた経営者はいた。僕もそのような経営者の一人と香港でお会いした際に彼は苦虫を噛み潰したような顔で「今10兆円で片を付けないと100兆円になるぞ」と言ってたら案の定そうなった。

 

今回も2020年で景気が落ちるが問題はその先である。

 

2025年には2200万人が後期高齢者となり現在の118兆円の社会保障費は 149兆円になり年金は60兆円になる。オリンピックが終わった後、たったの5年で日本の社会保障は破綻する。

 

その時点で今のような誰でも病院に行ける仕組みは作り変えられ誰でも簡単にはいけない仕組みになり、年金は老人の生活を賄えずかと言ってその支払を支える若者の収入は増えず、現役世代は消費増税、医療保険の高騰、年金受給額の激減と言う三重苦に苦しむことになる。

 

この苦しみの一番の問題は、それが2025年以降団塊世代が全員昇天するまで続くこと、そして次の波が団塊ジュニアであり2050年くらいまでは現役世代は苦労するという事だ。

 

外国との戦争、増税、福利厚生の減少、そんな中で普通の人々は生きていく必要がある。

 

「どうせーっちゅんじゃ?」って話と思うだろうが、実は同じような話は明治時代にも存在していた。あの頃に比べれば現代の方が本人の自助努力で戦える分だけ社会主義化してて恵まれているとは思うが、気の持ち方次第であろう。

 

どちらにしても自暴自棄になればそれは戦わずして社会や体制に負けたと言うことだから決して誇らしいとはいえない。

 

やれるところまで自分の努力でやるしかない。坂の上の雲を観て前に進むしかない。いよいよそんな時代が本格的に到来したのだ。

じゃあどうすればよいのか?答は歴史の中にある。過去の本を読み過去の人がどう対処したかを読み、その中で自分に合う生き方がどれなのかを考えればよい。 

 

けど僕もそんなことばかり言ってられない。この世界の変化の中で日本の変化が起こりそれがどうニュージーランドに影響をあたえるのか?そしてそれは僕がどう対応すべきなのか?守るべきは何か?

 

今日は一日そんな事を考えつつこれからの具体的な戦略作りを行い、必要なところにメールを送り明日以降の面談予定を作る。



tom_eastwind at 23:21|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月22日

土曜の作業はIntake

土曜日はタカプナでランチミーティングを行い午後から自宅で作業に入る。

 

日本上陸中の台風のニュースを観つつ選挙戦はどうせまだ結果わからないので適当に読み飛ばしながら仕事をしつつ時々ニュースに目をやる。

 

他に東名高速での車の煽り走行記事を読んでて亡くなったご夫婦とその子供が健気だった件とか他にも最近の日本で煽りがあるって記事を読んでたら何と今度は高速道路に落ちていたタイヤに後続車が衝突、降車して避難してたらそこにトラックが突っ込んできてまたも死者が出た。

 

昔三菱自動車が「空飛ぶタイヤ」事件でリコール隠しと事件の無責任さを追求されて社会問題になったが、今回は「落ちるタイヤ」事件とでもなるのだろうか。

 

どちらの事件でも追突した後続トラックも罪になる。米国の銃社会の話をすると「銃は人を殺さない、人が人を殺すのだ」と言う議論が出てくるが、日本のように高速で車間距離取らずに前の車が急停車しない事を前提に走っていたら車がすでに凶器であるのではないか。

 

僕は日本では車の運転はしない。なので移動時にタクシーを利用するのだけど、大阪も東京も高速道路で皆さん飛ばす。てか車間距離空けたら割り込まれるし長距離運転トラックは時間との勝負だから飛ばしていくしかない。

 

つまり日本の場合は社会そのものが車を凶器に仕立て上げており後続トラックもある意味社会の被害者なのかもしれない。

 

ただ車を使って煽るようなやつは人間が狂気である。車に罪はない。かと言って煽ってきた車が前に急停車したらそのまま横をこすって逃げて警察を呼ぶって方法もあるが、それをやると今度は道交法とかで被害者が加害者になってしまうだろう。

 

ほんと、日本の法律ってのは個人同士が戦えない作りになっている。それでも自分と家族の命を守るためなら相手を殺すことも厭わないのが本来の姿であるが、日本ではそれはやっちゃいけないと教え込まれているからどうしようもない。

 

そんな事を考えつつ今日の仕事の「本の読み込み」をする。僕の場合はどちらかと言えば乱読に近く、日本で10冊程度まとめ買いしたら面白そうなのを34冊近くに広げておき、気分次第で通読したり持ち替えたりしている。

 

その中の一冊が「体の冷えをとる特攻法101」と言う漢方のお医者さんの監修した本である。曰く人間の病気の多くは「冷え」から来ており、体の不調や首が痛いとか内部の問題は殆どが免疫疾患。

 

免疫疾患が起こるのは免疫って36.5度以上で活性化するけどそれ以下だったら免疫が働けないので内臓の各部門が活動できず体内の不調に繋がる。

 

気・血・水が大事だそうで気分を高めるのは気をよくする必要があり血は循環しやすいように血管をきちんと確保して血液自体も流れやすくすること。

 

当たり前のような話だけど現代社会では女性は細いジーンズを履いて身体の筋肉の7割がある下半身を締め付ける。筋肉の中には血管が通っておりその血管が締め付けられるから血流が悪くなりこれが体全体を冷やして免疫疾患を起こす。

 

また冬の寒い日にスカートで外出すると足を冷やすわけでこれも血管が収縮しておまけに寒さもあって体調を壊す原因になる。

 

他にも身体を温める大事な要素は食事であり、食材には陰陽があって寒い地域で作られたものは陽、暖かい地方で作られたものは陰などがあって勉強になる。

 

うちでは奥さんが香港から買ってきた本で漢方の勉強や易経などを基本にしてうちの中をまとめているから「何故こうなるのか?」と基本を勉強しておけば次の機会に自分で考えることが出来るし次の機会に失敗することが少なくなる。

 

今日は他にも2冊読む。次の一冊は相続税に関する今後の具体的な流れについてである。これは冷えるとか温かいのレベルではなく底冷えのする話である。

 

僕は主にニュージーランドを利用して両国の現行法でどのように合法的に資産を圧縮出来るか、税務調査は国外財産調書、出国税、海外資産に対する課税根拠等を毎年変化させるから今年のトレンドが何かも読んでおく必要がある。

 

ただ、どこの国で相続対策をするにしても基本は「出来る時に、出来るだけ早く」である。子供が親に遠慮して言い出せない気持ちは分かるけど、その結果として子供は相続税を払う現金がなくて自分の住んでいる家を売る羽目になることもある。

 

なので本来は親が自己責任で子供の相続を考えるべきなのである。誰にいくらどうやって合法的に資産移転をするのか。

 

とにかく親が生きているうちに生前贈与すれば子供たちは親の手前文句は言わない。その利点を活かすのが親の義務である。

 

他にも最近売れてる文庫本もざっと目を通す。これで最近の世間一般の流行を読み取る。雑誌もテレビも自分たちの視聴者読者層をプロとして読み取り「これならF3層に受けるぞ」と考えながら企画を作る。そのメジャーな流れを理解した上でこちらも今後の企画を検討する材料にする必要がある。

 

つまり今日のような一日は主に日本で得たざっくりとした情報を具体的に分離してそれぞれの分野に落とし込んで自分自身の知識として吸収(intake)しておく事が主な仕事となる。

 

空飛ぶタイヤから落ちたタイヤ、あ、ところで煽りについてだが日本はまだまだ可愛いものである。ロシアの煽りをyoutubeで観てみれば良い、ありゃ公道上のナスカーである。ぶつけ合い突っ込みあい車を降りたら大喧嘩、銃やナイフが飛び出したりするのにびっくりするから。



tom_eastwind at 20:36|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月21日

ブレーンストーミング

金曜日の午後オークランドに到着。考えてみれば予定を後2日後ろにしてたらもろに台風に突っ込んでたな。今の強風だと飛行機飛ばない可能性が高い。

 

オークランドは気温15度で東京と似たような空と天気である。南半球と北半球の1万キロ離れた街なのに一年に二回だけ季節が交錯する。

 

空港から自宅まで昼間だと30分くらい、高速トンネルを使うと途中に信号がないぶん通行が円滑な感じがする。自宅に戻りふと気づくと来週月曜日はNZの休日で土曜日から三連休になっている。

 

まずはスーツケースの着替えを出して洗濯物と洋服棚に戻すものを決めて東京で買ってきた本を本棚に並べて(この時間は本に集中出来てうれしい)スーツケースの中身をからにすると次は会社に持っていく資料の整理だ。

 

これも一通り整理が終わったらまずお風呂に入り身体をリラックスさせて湯船で日本から持って帰った本を読む。仕事と全く関係ないジャズの歴史本を読み脳みそをほぐして風呂上がりに部屋着に着替えて明日からの作戦を考える。

 

今回の労働党政権に関する意見を聴かれたりフィンテックの全体像の作り上げをやったりして少しまとめてみる事にする。

 

日本出張中の10日だけでもオークランドでは色んな事が起こっており土曜日と日曜日と月曜日にやる作業を振り分ける。TO DO LISTと言う英語があるが僕はこれを「戦闘=今日やること、明日やること」、「戦術=主に時間軸」、「戦略=主に方向性」の3つに分けて整理するようにしている。

 

そう言えば1970年代にまだコンピュータが社会に出回ってなかった頃はシステムボックスと言う机に置く箱にB5サイズの硬い紙を入れてそれをインデックスで5つくらいの仕切りをつくってインデックスの飛び出した部分にテーマを書いておき、思いついたら紙に書き込んでテーマ別に分けていたが、紙箱と紙だけなのに非常によく整理出来てた。

 

ノートに書くよりも使いやすくテーマごとにまとめて置いてるので机に広げて俯瞰することも出来た。パソコンがなかった時代のスグレモノである。

 

あの頃から物事を整理するのはずっとやってた。紙を並べて自分一人の脳内ブレーントレーニングをする。この時に大事なのは絶対に法律や常識や価値観にこだわらない事だ。

 

何か考えて「あ、これって確かあの法律があるからダメ」とか「こんなの思いつくと非常識だよな」なんて自分で結論を出してしまうと紙に落とし込む事さえ出来ず選択肢が非常に狭くなり他人と同じような結論しか出せない。

 

法律や常識や価値観は普遍的なものと時間によって変化するものがある。

 

例えば「人を殺してはいけない」と言う法律があるけど政府は合法的に実行しても罪にならない。江戸時代は仇討ちが認められていた。

 

明治時代になって「人を殺す事は政府の独占事項」とすることで国民の安全を確保すると共に政府に暴力実行部隊を集中させる事で国民に精神的な「刀狩り」をやったのと同様の政策である。

 

個人が集団で安全に生きることが目的で作られた社会なのに、何時背中から刺されるかってなれば安全が守れない。同時に銃も刀も持たせない事で政府に対する攻撃力を劣化させた。

 

現代でもインドから中東あたりでは地域によっては「人を殺しても良い」と言う名誉殺人などの文化も残っている。個人的には嫌いだけどその地域では一定の条件を満たせば殺して良いと言う法律があるのに、日本の法律だけが正しいと主張するのには無理がある。

 

常識も同様である。人によって地域によって常識が違うのはよくあることだ。例えばあなたはクリームシチューをご飯にかけますか?とか。くだらん例かもしれないが常識とはその程度のものなのだ。白ご飯にマヨネーズと醤油かけても美味しいけど、やった事がない人にとっては非常識=気持ち悪い、であろう。

 

価値観に至っては世界の宗教を観れば良い。俺の神様だけが正しいとして異教徒を殺すことが聖戦と信じている人々もいる。キリスト教とイスラム教は同じ神様を持ちながら戦争している。そのくせ誰もが「俺は平和を訴求しているのだ」と言う。こんな価値観が独り歩きされてそれに縛られてしまえば話にならん。

 

だから何か新しいことを考えようとか今までの常識に囚われないように考えようとする時は、まず一切の先入観念を取り除くことが何よりも大事なのだ。

 

普通の人が普通に昨日と同じ今日を生きて今日と同じ明日が来るなら考えることなど不要である。周囲と同じ行動をしていればよいのだ。しかしそれでは絶対に変化出来ないし、生きていくってのは何よりも変化をすることだのだ。

 

その為には今までの常識や価値観を一旦横において法律もちょっとあっちに置いといて自由な発想をすることが肝要なのだ。

 

特に世界が技術的政治的にこれだけ変化する時代に過去の延長で考えても何も良い知恵は出てこず結局新聞やテレビの開設を如何にも自分の意見のように他人に吹聴するしかないがその意見は自分で構築したものではないから「何故?」とか「じゃあこの事実はどう観るの?」と聴かれると答えられない。

 

社会の変化を自分の頭で技術、政治、経済、自然等の面から総合的に考えないと次の5年や10年は予測出来ないし、予測できなければ対応策も打てない。だから自由な発想が必要なのである。

 

そうそう、今日読んだニュースだけど地方の役所の人員は今後人工知能に置き換えられる可能性が高い。何故ならあれはすべてルーティンワークだからだ。自分で考える余地のない手続きだけなのだからAIに入れ替えることで人件費の大きな削減になるし何より手続きが早くなる。

 

何でもある自治体で幼稚園児をどこの幼稚園に通学させるかと言う作業は40人が50時間かけてやってたそうだけど、AIにやらせたら1台で1時間もかからなかったそうだ。

 

そんな時代にルーティンワークしかせずに自分の頭でものを考えない人は近いうちに確実に職場を失くすだろう。けど地方の役場で自分の頭で考えないから何故自分の職場がなくなったのか、自分は次に何をするべきなのか、さえも考えないんだろうな。「だって年金もあるし役人は首にならないから」ってか。

 

これはオークランドも同様で3週間前に手続きの関係である銀行の支店に行くと以前は一つの島で5名のスタッフで仕事を回してたのに今はATMが4〜5台並んでいるだけでスタッフはゼロである。かろうじて受付女性が一人だけフロアに立って来店客に説明をしているだけで作業はすべてATMがやっている。

 

スーパーマーケットに行けばレジの支払いは自分でスキャンして自分で払うだけだからレジ打ち係が不要になっている。

 

その時になって気づく、「あ、俺の仕事って実は単なる事務作業だったんだな」って。

 

さあ、今週末は毎日やることがあるぞ、社会の進歩と変化にきっちりと追いついていかないと。



tom_eastwind at 11:19|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月20日

労働党政権誕生

今回のNZ総選挙では接戦だったが国民党が単独過半数を取れず1019日の発表で労働党とNZファースト党の連立政権が出来上がった。

 

二大政党制であるニュージーランドでは国民党と労働党が10年程度で政権交代をしている。もしかしてジョン・キーは予めこの事態を予測して去年首相を引退したのか。

 

今回は労働党政権であり国民党よりも移民政策には厳しい姿勢で対応するだろう。NZファーストも移民制限を要求している。今年9月までの1年間で約7万人の移民が世界からやって来た。労働党は5万人前後を落とし所とするだろう、NZファーストは1万人くらいと主張している。

 

僕はヘレン・クラークが首相だった労働党政権の時代を観てきたがあの時は経済が冷え込んだ。労働者に甘い政策を次々と出すのは結果的に経済を冷やすことになる。労働組合の権利が強化されたり海外からの留学生のビザ取得を強化したりしてNZの大事な産業である海外留学性の受け入れが落ち込んだ。

 

今回もNZの留学業界が狙い撃ちになるだろう。

 

移住を目指してその第一歩として学生ビザを取得して専門資格を取りワークビザから永住権というのが一般的であったが、英語学校に通って専門学校に行きとなっても高い技能や専門知識を得らないと永住権には繋がらなくなる。

 

じゃあ無理して2年も3年も学校に通ってもワークビザから永住権って道は遠くなるのか?だったら最初からNZ留学は止めておこうって話になる。

 

NZの主要産業は、農業、観光、教育=留学産業である。その一つに大きな影響を与えるのだから雇用や納税に影響が出ることになる。これから来年にかけて彼等は撤退戦を戦うことになるだろう。

 

ところであるビザコンサルタントが今回の労働党の移民政策について色々とコメントしている。「優秀な移民」。しかし「お前が言うか!」である。

 

元々彼が北京に乗り込み移民を募集して帰りの飛行機はカバンにぎっしり札束を詰めて中国人を移民にした張本人ではないか。

 

その後この事件がスキャンダルになり裁判でも証拠が揃っていたが政治的配慮で無罪になり今もビザコンサルタントをしている。現移民局が最も嫌う人物である。

 

そういう人物に優秀な移民など語られたくもない。第一マオリだって先住民ではあるがもともとは南太平洋から1千年前に移住して来た人々だ。1800年代に英国系白人が移住して来た。だからNZには地元民族は本来存在しないのだ。

 

だからいつ移民してきたかは重要ではなく移民としてどれだけこの国に貢献出来るかが大事である。納税はしたのか?雇用は生んだのか?法律を守って生活しているのか?



tom_eastwind at 18:24|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月19日

文化税?贅沢税?

日本出発当日の朝は浅草今半の牛肉弁当である。これ、本当に旨いな。東京2日目に初めてデパートで弁当買ってホテルの部屋で食べた時、牛肉の柔らかさや旨味、付け合せの漬物など、どれを食べても美味しいのにびっくりした。

 

翌朝その事を同行スタッフに話すと「ふーん」で終わり。東京で生活する人なら誰だって知っているよって顔された。その日の午後会った人もけろっとした顔で「そんなの当然じゃん、何を今頃言ってるの?」と、かなりバカにされた。

 

けど九州の田舎にこんな美味しいものはない。そりゃ豚骨ラーメンとか屋台はあるけど所詮田舎料理。

 

今半のような牛肉屋だってこの旨さなのに東京に進出して来た日本の料亭が元は加賀料理でも京都料理でも大阪料理でもそれは見事に東京の風土に馴染んでいる。

 

昔、1980年代初頭の話だが日本全国に支店を持つ会社の地域代表が集まって会議をすることがあった。

 

北海道の代表が「北海道の冬は雪が厳しい、だから薪代を地方手当として支給して欲しい」というと沖縄の代表が「沖縄の夏は暑さと台風で厳しい。だから冷房手当と台風修理手当を支給して下さい」

 

そうやって各地方の代表がそれぞれ自分の地方の大変さを訴えるわけだが、その時東京の代表が「東京は物価が高い。大都市手当を支給して欲しい」と主張すると一気に周囲から大反発。

 

「ふざけるな、お前らは歌舞伎も落語も観劇も何でも手の届く場所にあるじゃないか、物価が高いと言うなら北海道や九州に引っ越してみろ。物価は安いけど何にもないから。」

 

「てかそんな事言ってる東京代表、お前らは文化のど真ん中にいるんだ、それなのに俺たちは冬は凍えて夏は暑く周囲には何の文化もない、そんなお前らは物価高と言う前に贅沢税を払え!」となった。

 

今ではちょっと思いつかないだろうけど1970年代から1980年代って日本は成長してたけどインターネットも携帯電話もない。地方で生まれた人々は地方で成長して地方で結婚して地方で子育てをして年を取っていく。テレビの向こうで贅沢を楽しむ人々をテレビで観るしかなかった。

 

「ところがお前ら地方から東京に出た奴らは同い年の同じ街生まれなのに一番楽しい街で遊んでるじゃないか。銀座?新宿?渋谷、原宿?俺はそんなもんテレビでしか観たことないぞ。」

 

「第一東京じゃ恋愛の機会も半端なく多いだろ。美人との合コンだってあるし最新の若者恋愛ドラマだって楽しめる。けどさ、「東京ラブストーリー」なんて東京でしか成立しないんだよ。田舎じゃ地方の青年団の集まりで盆踊りやって初めて女の子に会えるんだ。盆踊りの恋愛番組作ってみるか?お前ら笑うから、絶対笑うから」

 

実際に1976年から1983年まで連載されて大ヒットした「博多っ子純情」と言う学生漫画があって、ある時主人公の学生が突然の理由で親にも言えずに弾丸旅行で東京に行く事になった。

 

東京から帰ってきた子供が母親に「ねえ母ちゃん、東京のタクシーは全部中型やて知っとる?」と思わず聴くと母親はけらけらと笑って「そんな事があるわけなかろー、はよご飯食べリー」で終わり。

 

日本の田舎とはこんなものなのだ。さあ、今日の飛行機でもっと南の田舎に帰ろう。



tom_eastwind at 14:23|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月18日

フィンテック

東京にいる時に日本財務省や金融庁が動いて本格的にフィンテックに対応する法改正を行う記事が出ていた。

 

すでに大手銀行もフィンテックの動きを研究しており21世紀のネット社会に対応出来るように銀行法の改正、ネット企業との提携、等などいつもなら後ろ向きの対応なのに今回は随分と前向きだ。

 

今までは各種規制がありネット企業が金融の世界に入ることは出来ず逆に銀行がネットを活用したビジネスモデルを構築することも銀行法等で制限されていた。

 

それが銀行業とIT業界の提携とかやれば、今までにない大きな動きが起こるだろう。そのこともあり今回の東京では一般企業向けにフィンテックに関する具体的な提案を行ってきた。

 

誰に取っても未知の世界であるし現在は仮想通貨ビットコインなど投機に近いビジネスは危険であるがフィンテック自体は仮想通貨ではなくもっと大きな取り組みの話である。

 

日本では様々な規制がある生命保険や各国の発行する政府国債や銀行が発行する社債、政府系上場企業でインフラを手がける大手企業などは、今までは日本にいながらお気軽に買いましょうなんて言えなかったがこれからの時代は日本人が個人としてそういう商品を気軽に購入することが出来るようになる。

 

日本の年金が当てにならない現在でも海外生命保険を利用することで自分年金を作ることが出来る。為替リスクも円建てにすることでゼロに出来る。

 

同時に日本での今一番のニュースは神戸製鋼でのデータ改ざん事件である。三菱自動車の「空飛ぶタイヤ」事件でのリコール隠し、TAKADAのエアバッグ事件、その後も日本を代表する企業が不祥事を起こす時代だ、これからの時代は大企業や力の強い人ではなく小さくても変化の出来る人が生き残る時代だ。



tom_eastwind at 14:19|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月17日

風が吹けば官僚が儲かる その2

文部科学省が自分の利権確保のために弁護士業界を振り回し、正義の味方だと日頃威張ってる弁護士もその勢いに乗って自分の利権を振り回して、それで潰されたのが消費者金融業界である。

 

消費者金融は稼ぎに稼いでその割に財務省の命令を聴かず自分勝手にやってたから役人からすれば面白くない。

 

文部科学省は天下り利権を確保したい、財務省は苦しむ銀行に餌を与えたい、ならば弁護士増やして法務省を使ってサラ金業界OUTの判決を出させてサラ金業界を銀行に乗っ取らせる。

 

これで財務省はサラ金が貸出総額規制を受けるのに対し銀行はサラ金ではないので規制対象外として消費者金融会社を買収してカードローンを始めて実質サラ金業界を引き継いだ。

 

日本のマイナス金利状況でもサラ金やれば利益はでかい。財務省、法務省、文部科学省、皆さん美味しい思いをしているし弁護士も銀行も救われた。唯一潰されたのはサラ金業界であるが、その代表格である武富士は相続裁判で勝ち、戦後初めて税務署を赤字にさせた「憎いやつ」である。

 

けれど弁護士が生まれてサラ金業界相手に飯を食えててもそれは今だけだ。何故ならサラ金業界はすでに潰されておりこれからさきの長期的な飯の種にはならない。

 

では次は何か?個人相手の弁護士が狙う次の目標は医療過誤である。ここは確実に儲かる。医療は医者が努力をすればするほど患者に有利になる仕組みがある。つまり真面目であればあるほど弁護士の食い物にされる可能性が高いのだ。

 

「医は仁術」と思う医者ほど苦労をする時代が来る。頑張って医師免許を取って開業して患者のために一生懸命頑張ってもある日のちょっとした過誤のために一生を奪われる。

 

これに対して霞が関はどう動くか?これもまさに「風が吹けば官僚が儲かる」である。日本医師会が業界として弁護士とどう戦っていくか?医者と弁護士の姿勢次第で医者を守りもするしもしくは医者を潰しもする、どちらにしても官僚の利益次第である。

 

官僚は国家天下を考えているのはごく一部であり多くの官僚は自分の保身のみを考えている。東大法学部を卒業した人々は天下国家の為ではなく自己保身の為に医者も弁護士もサラ金も食い物にする。

 

日本では「真面目に働いていれば良い」と言う考え方があるが、それは官僚には通用しない。官僚は文鎮の上に乗っかる頭でありその下は完璧に横一列、誰も逆らってはいけない。

 

「真面目に働いていればよい」のではなく「お上の言うことを聴いていれば良い」のが日本では正しい判断なのだ。その判断に従わなかったサラ金業界は弁護士と法務省によって潰され財務省主導で銀行に乗っ取られそして腹をすかせた弁護士は次の目標として医療過誤を狙う。

 

これから若い弁護士が病院に通う事が増えるだろう。救急車で運ばれた患者のベッドに殊勝な顔をして弁護士の名刺を渡して「どうですか?何かお手伝い出来ることはありませんか?相談無料ですよ」とやる。

 

次は医療過誤で悩んでいる人々をネットで見つけては「相談無料ですよ、どんなお医者さんにかかったのですか?」と突っ込み「セカンドオピニオンを取りませんか?」とやる。

 

この市場は飯の食えない弁護士にとってはでかい。訴えて着手金は確実に取れるし訴訟で勝てば成功報酬として40%くらいは取れる。

 

しかし官僚からすればそんなのはどうでも良い話である。下々はそれなりにやれ、で終わりだ。

 

医療業界は本当に医師会を中心に自分の身を守る方法を作っておかないと各個撃破される。何せ飯が食えない弁護士というのは思いもつかない刀で切りつけてくるのだから。人を性善説で考えても意味はない。



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2017年10月16日

信頼と品質の終わり

21世紀に入り日本は大きく変化した。その一番はビジネスの西洋化である。バブル崩壊後の日本では米国から導入された成果主義や短期の実績重視等がある。

 

それまでの日本では年功序列と終身雇用であり労働者が真面目にやっている限り定年まで働き年金が支給された。この制度は国際化の中で疲弊化していったがこれを新しくする際に良いものもまとめて捨ててしまった。

 

日本社会の特徴は皆が同じ動きをすることでありチームを作れば強い。しかし一対一の戦いになると多くの日本人は弱い。中國、米国、韓国、どこと比べても個人のビジネス戦闘能力は低い。自分でものを考える能力がないからだ。

 

それでも3本の矢である。一人ひとりは弱くてもチームを作って組めばそれぞれに特技を出し合って強くなる。チームを作る際に最も大事なのはお互いの信頼関係。

 

これは終身雇用制度によりお互いに他人を騙して目先の利益を得るよりもお互いに信頼して長期の利益を得るほうが有利であり逆に目先の利益を追う事で長期的にはチームから外されて損をする事がある「村の論理」が働くからだ。

 

ところが終身雇用制度がなくなり仲間と長期の信頼関係を築くよりも今、目先の仕事上の利益を得て自分だけがボーナスをたくさん貰って次の会社に移る事が出来るようになった。

 

終身雇用をなくして成果主義を導入することで米国的な「如何にも格好良い」企業に生まれ変わったように観えて実は日本人の体質に合わない仕組みを導入した事で戦後長い間日本が世界に対して誇りにしていた品質が低下していった。

 

神戸製鋼。アルミや同製品、鉄粉、特殊鋼のデータ改ざん。出荷先は500社。MRJ,新幹線、これからエアバッグのタカタのような大騒ぎになるのは確実であり訴訟金額によっては神戸製鋼が倒産して他の企業に合併されるだろう。

 

これは東芝も同様であるが目先の利益のみ必達するために品質に手を付けて粉飾を行った結果として企業そのものが危機に追い込まれてしまった例である。

 

同時に商工中金の不正貸付も発覚したがこれも目先のノルマに追われた社員が組織的に行った犯罪である。

 

1970年代までの日本企業では品質が第一であり品質を守ることが長期的な顧客との信頼に繋がりそれが日本企業全体の品質を底上げしていた。目先の利益を無視してでも品質を守る、そういう企業文化があった。

 

それが21世紀になり三菱自動車のリコール隠し等大手企業の問題が続発するようになった。その背景にあるのが長期の信頼よりも目先の利益のみを追う「性悪説」としての企業文化を創り上げるようになった。

 

米国では企業は投資家等私人の所有するものであり社会貢献や地域の雇用と言う考えはない。何故なら最初から企業とは性悪なものであり悪いものでも高く売りつけて投資家に配当することが良い企業と考えられているからだ。

 

だから米国では企業が悪い事をするって前提で厳しい法律を作り罰則を作り故意か過失かはあまり議論にならないまま企業に厳しい制裁課徴金をかける。

 

しかし日本ではそもそも企業とは社会の公器であった。投資家ではなく社会のっ成長や発展の為に商品を創り地域の雇用を創り社員の家族を含めて守ることで社会的使命を果たしてきた経緯がある。

 

だから社員は企業を守るために自己を犠牲にするし「家族のために」夜遅くまで残業して来た。それはそれで弊害もあったが社会全体の安定と言う意味ではそれなりに効果的な運用がされてきた。

 

それが成果主義が導入されて会社主催の運動会がなくなり慰安旅行も止めてしまい社員は自分のボーナスの為だけに働くようになった。

 

ところが日本人は小学校時代から徹底して自己責任で行動して自分の頭でものを考える習慣を捨て去っている為一個人となると多くの場合非常に弱い。殆どのビジネスマンは米中で働くビジネスマンとは全く勝負にならない。

 

何故なら彼等米中のビジネスマンは自分で失敗のリスクを取って判断して自己責任を理解して行動するからだ。

 

ところが日本人ビジネスマンは失敗を極度に恐れて自己責任で判断せず行動を起こさない。それなのに目先の数字必達と言う「出来ないこと」を押し付けられた結果として違法行為に手を染めることになる。

 

良いものを捨てて悪いものを受け入れてしまった日本企業は今後どうなっていくのか?信頼を得るのは10年かかるが失うのはたったの1日である。



tom_eastwind at 15:44|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月15日

大阪で生まれた女

大阪に到着した頃から日本では急に気温が下がり16度くらいだからもう秋だ。何か寒くなるかなと思ってオレンジ色のセーター持ってきてちょうど良かった。

 

土曜日は大阪で2件の面談。日本って面白いのが危機感を理論的に感じるのが東京、肌感覚で「熱い!」って思うのが大阪である。そして何も感じないまま政府を信じて政府に食われるのが田舎者である。

 

大阪では二日間で4件の面談を行ったが、熱い。既にNZ永住権を取得した方もいればこれから取得の手続きを進める方、これから永住権取得を検討する方、色々あるけど皆さん熱心である。

 

やはり興味深いのは皆さん自分の身元隠しに一生懸命な点である。大阪ではおそらくお金持ちが狙われることが多いのか、普通の格好で普通のカバンを持ち普通以下の雰囲気を醸し出している。

 

阪神マークやヒョウ柄ってのはある意味普通の大阪でありながら本当の意味での大阪ではないなー、なんて感じる。

 

東洋のマンチェスターと呼ばれた工業都市であった大阪が新幹線開業と共に東京に人を奪われていったがコアの人々は未だ大阪に残っている。

 

勉強は京都、働くのは大阪、住むのは神戸、そんな言葉もあるようだ。

 

1970年代に多くの人々が大阪から東京に移住した。21世紀の今、大阪からニュージーランドに移住しようとする人が増えている。

 

ボロが歌った「大阪で生まれた女」が上田正樹の「悲しい色やね」になり、そして人々は今、大阪からニュージーランドへの移住を考えるようになっている。



tom_eastwind at 15:40|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月14日

風が吹けば官僚が儲かる。

アディーレ弁護士事務所が2ヶ月の営業停止になった。過払い金訴訟で成長した弁護士事務所で185人の弁護士を抱えるがそのうち10年以上の経験があるのは石丸弁護士を含む5名のみ。7割は経験5年未満である。

 

大手弁護士事務所の顧客は企業であるのに対しアディーレは個人で消費者金融過払い訴訟が殆どであった。

 

元々弁護士事務所は派手な広告はしないのが普通だったがここ数年様々な電車の吊り広告に弁護士事務所が広告を掲載している。

 

この背景にあるのは増えすぎた弁護士である。ここ数年法科大学院などが乱立して弁護士の数が急増した。けれど弁護士の数が増えても訴訟の数が増えるわけではない。

 

戦後法学部を卒業して弁護士登録した数は例えば1975年は10,115人。1995年は15,108人。20年で約5,000人増えたがこの時期は総人口も1,400万人増えていた。ところがその20年後の弁護士登録は201536,415人。何と2倍以上21,307人も増えているのにこの間の人口は150万人しか増えてない。そして2015年は人口減少が始まった年でもある。これでは街に弁護士が溢れても当然である。

 

そして弁護士の仕事量に変化がなければ確実に仕事の取り合いになる。そこで仕事のない弁護士たちが飯を食うために思いついたのが仕事量を増やす、つまり消費者金融相手の訴訟である。

 

ところがサラ金過払い訴訟と言っても本来の問題は日本政府が法律で定めた2つの規定の間のグレーゾーンの話であり法的に「過払いで違法である」と言うには論理的に無理がある。

 

違法としたいならばまず整備すべきは法律間の矛盾であり法律の整合性を調えてから「今後は違法です」とやるべきだ。過去の行為を遡って裁くことは出来ない。

 

法律は大原則として「法の不遡及」がある。つまり何かの行為を行った後に作られた法律は過去の行為を裁くことは出来ないと言う決まりである。そりゃそうだ、国民は法律に従って行動しているのに後出しジャンケンのように法律を変更して過去の行為を裁くようでは法治国家ではない。

 

つまり過払い訴訟を合法であり過払い金を返済しろと判決を出した裁判所こそ違法行為を行ったのである。

 

ところが司法界では誰もこの違法行為を問題とせずむしろこの違法行為を基に仕事を創り出すと言う司法のマッチポンプをやったのが今回の事件の背景である。

 

これは例えば「あなたの家の床下にシロアリがいるかどうか無料で調査します」と言って床下にシロアリを持ち込んだシロアリ駆除会社が家主に高い費用を請求して居もしないシロアリ駆除をするようなものだ。

 

しかしそれでは何故こんな事件が起こったのか?何故弁護士が急激に増えたのか?その背景にいるのが文部科学省である。

 

文部科学省が多くの天下り役人を大学に送り込んだのは前川事務次官の時代に暴露されたが古くからの事実である。

 

しかし大学に入学する学生の減少、つまり少子化で文科省の天下り先が減少したためにある役人の思いつきで法科学院が出来た。

 

これで天下りの場所確保と思いつつ世間でその結果は当然のように弁護士余りを生み出し、弁護士で飯が食えると思ってた人々が困窮に至った。そして起こったのが過払い訴訟である。

 

結果として消費者金融はどこも潰されたがその引取先は銀行。マイナス金利の中で利益が取れるビジネスを銀行が奪い取ったのである。まったく良く出来たビジネスモデルだ。



tom_eastwind at 15:09|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月13日

大阪面談

大阪で面談を行う。今日は2件の面談で1件が2時間かかるので面談時間は合計で4時間だけど面談の準備に時間がかかるので実質8時間労働だ。

 

面談では様々な話になるがテニスと同じでこちらのコートに打ち込まれた質問にはその場で回答をする必要がある。そうすることでお互いのリズムが掴めて会話が進むのだ。

 

移住は100人いれば100の理由があり全く同じ理由と言う事はない。だからその人の背景をよく聴き込んで選択肢を出来るだけたくさん作る必要がある。この背景聴き込みが不十分だとその後に選ぶ方向性がずれてしまう。

 

話を聴きつつ選択肢を考えながらいろんな例を出してその方の優先順位が何かを聴き込む。これはかなり大事である。移住を考える人は色んな理由がある。けどその優先順位が自分で意識していない事が多い。

 

けど優先順位を明確にしないと何を捨てて何を取るかってとこが明確にならない。自分にとって何が一番大事なのか?どれも最優先なんて言ってたら移住しても幸せになれない。

 

移住はその工程表を作る中で次第にご本人の移住する気持ちや理由が明確になる。

最初はとにかく移住を意識するけど何故かってのはあまり明確ではない。そこで面談で話をする中で「あ、そっか、自分が本当にしたかったのはこれか」と分かるようになる。そこで具体的な選択肢が明確になるのだ。

 

ここが明確になれば僕も移住工程表を作ることができる。

 

移住したいと言っても移住しない方が良い人も多い。今の気持ちが移住したいとなってても将来を考えれば親の介護もあるし永住権取れても結局日本に帰るしかない人もいる。そして移住先でも家族を食わせる生活費が稼げるのか?家賃は高いし生活費はオークランドだと東京並みである。

 

一番困るのは原発問題等で脊髄反射でニュージーランドに来たけど現実問題として永住権は取れず「私達原発難民なんですよ、NZは私達を救う義務があるでしょ!」と本気で思い込んでる人々である。じゃあ原発から逃れて自己破産するのか?

 

じゃあ北朝鮮や中國から「難民」がやってきたら日本は全部受け入れるのか?彼等の生活費をまかない日本語を教えて住宅を提供するのか?

 

とにかく自分の立場でからしかものを見ないから絶対に自分が正しいって思い込んでて「それって日本で状況を置き換えたらどうなんですか?」とは絶対にならない。

 

そして永住権取れずに撤退するのだけど、それって道を外れた時点で無理筋なのは分かっている。けどそういう人に限って「NZ移民局が悪い」とか「私は悪くない」って言うけど、悪いのはあなた、子供に迷惑をかけているのはあなたなのだ。なのにそういう人に限って自分の間違いを認めようとしない。だから日本に帰っても心情的に何も進まない。

 

だからそのような人は最初からNZで無駄な時間を使わずに日本で何が出来るかを考えるべきでありそれが現実的な選択肢なのだ。

今日は大阪で面談を行い明日も2件の面談がある。明日の面談終了後は伊丹空港に移動して羽田に飛ぶ。日曜からまた面談だ。

 

こんな事を年に10回くらいやってるわけで特に僕はキャセイ航空を使うのでオークランドから日本への片道移動時間は待ち合わせを含むと約20時間。若い頃から旅行屋で仕事してて移動が苦にならないし時差ボケがない体質なのが有り難い。

 

さあ、明日もやるぞ。



tom_eastwind at 02:35|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月12日

関西空港

昨日の昼にオークランド空港を出発して香港経由で関西空港に到着する。この関西空港も開設当時は海に沈むとか大赤字とか山ほど問題を抱えていたが最近では格安航空会社の発着拠点にもなり旅行客で賑わっている。

 

ほんと、関空が出来た頃は海の上に作った空港であり埋め立てた土がどんどん海水で溶け出して沈むとか、発着料の高さにどこの航空会社も「関空、やーめた」となり苦労していた。

 

ところが今ではすっかり息を吹き返して元気になっている。良いことだ。本来は関西の行政の問題である。

 

あんな狭い場所に空港を3つも持って、伊丹では周辺住民に賠償金払いつつ、じゃあ伊丹閉鎖して関空作りますとなると賠償金もらえない連中が「伊丹も継続せいやー」って話になり、おまけに神戸空港まで作った。

 

全く行政は何をやっているんだかって話であるが視点を変えて観れば地元住民が金儲けの出来る仕組みであり、そのカネは税金で賄っているので役所も自分の給料が減るわけではないので困らない。

 

間接的に困っているのは高い税金を払っている国民であるが伊丹空港を餌に飯を食ってる人たちからすればそんなのどーでもいい。自分が食えればいいのだから。

 

成田も自民党の代議士が地元利権のために作った空港であり本当に北関東国際空港であるが、関西空港と比較すればどっちがひどいか、うーむ、東西横綱って感じである。

 

ただ関空は格安航空会社を引き込むことで活路を見出しそうとしている。そして成田空港も羽田の国際化を観て「やばい!」と思っている。このままでは地理的優位性から成田便が羽田便に変わる。

 

すでにキャセイ航空は成田から羽田に移動し始めているしニュージーランド航空も今年から羽田便を用意し始めている。他の航空会社も右に倣えで羽田シフトが始まっている。

 

関空は開始時点では相当きつくて危機感があったから今のようにLCCを受け入れるって発想が出来たけど成田は政治の成功による利権獲得だったので関空のような危機感がない。

 

何せ国際線空港の到着口で地元の野菜を売ってるなんて世界を見渡しても少ない。これも地元農家向けの利権なのだろうか。

 

関空に朝6時に到着、ホテルに移動して書類準備など一日を過ごす。大阪駅前の景色をホテルから観ながら「この街、これからどう変化するんだろうな」て考えてしまう。

 

「大阪で生まれた女」や「悲しい色やね」だった大阪。大阪から優秀な人々が東京に移動した時代。

 

それでも大阪に残り大阪を愛しながら「勉強は京都、仕事は大阪、生活は神戸」、そんな話を聴くとついつい納得してしまう。



tom_eastwind at 03:01|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月11日

一方通行

世の中には自分が規則を守っていれば他の人も規則を守ることを期待するどころか強制する人もいる。自分だけの真実が他人には決して真実ではない場合もあるって事は考えない。

 

そういう真面目な人に限って規則通りに生きようとするし他人も規則通りに生きてるはずだと期待する。

 

だから一方通行の道を車で走っていると正面から車がやって来るなんて考えない。更に正面から車が来ない事を前提の行動を取る。つまり正面から車が来ない事を前提として正面に注意を払わない。その結果として正面から来た車にぶつかる。

 

最近のニュースでも高速道路を走っている前の車を車線割り込みで急停車させて運転手を車から引きずり出そうとしたバカがいて、追い越し車線で前の車を止めさせたら前の車のすぐ後ろから来たトラックに追突されて前の車の運転手が亡くなった。

 

世の中には良い悪いは別にしてこういう事件も起こるのだ。一方通行の道を逆走する人はいないなんて常識や思い込みは、そろそろ忘れたほうが良い。その方が生命の安全性が高まるからだ。



tom_eastwind at 02:32|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月10日

現金入金

明日から日本出張だ。スーツのズボンが蛇腹になるなと思ってたら古いお客様から助言あり。今のスーツは復元性が高いのでクリップハンガーでズボンを逆さに釣っておけばシワが伸びるそうだ。

 

他にもいくつか教えてもらったが、有り難い。移住のことは分かるけどズボンのシワの伸ばし方は分からない。そこで本職の方に教えてもらえば本当に助かる。こっちに来て本職やれば僕らオークランド在住の日本人も随分助かるのだけど。

 

そう言えば前回の日本出張で汚れたジャケットをクリーニングに出すと5日くらいして返ってきたが「あなたのジャケットの汚れは現在の技術では落とすことは出来ない」と但書付きが付いてた。そんなもんなんだよね、まだまだオークランドはサービスレベルが低いのが現実である。

 

でもって今日は銀行の話。今日は銀行に新しい規則が導入されて色々と署名が必要で、その関係でシティの銀行を3つ回って3時間位過ごした。そこで観てきた事。

 

「銀行窓口で現金を入金すると現金取扱手数料を頂きます」なんて言うと「そりゃそうだ、振込とかでしょ」と思うかもしれないが、NZでは自分の口座に現金を入金する時も一定額を超すと手数料がかかる。

 

NZでは日本の本州の広さに約450万人が住んでて人口密度が低い。ネットバンキングが主流であり銀行窓口が次々とATMに変わって銀行の人員はどんどん削減されている。

 

そんなところに大量の現金を持ち込まれていちいち数えるのだって人件費がかかる。おまけに現金を与れば金庫に入れる必要がある。金額の再確認をする必要もある。そんな手間をかけるビジネスなら手数料をもらわないと合わないって発想である。

 

特に最近はCRS(共通報告基準)が各国で始まりNZでも銀行窓口でのマネーロンダリングチェックが厳しくなった。

 

1101日からは更に新しい規則が導入される。今までは1万ドル(約80万円)以上の現金入金については身分証明書の提示が求められたがこの日以降はすべての現金入金に身分証明が要求される。

 

自分の口座にお金を入れるのに多額だと手数料が取られおまけに自分の身分証明を見せる必要がある。全く一昔前じゃ思いもつかなかったような規則変更である。

 

しかし今はOECD加盟国を筆頭としてマネーロンダリングを名目とした個人預金把握から海外送金規制強化、過去の送金記録を引っ張り出して「これ、何だ?」と言ってくる。

 

多くの方は例えば1年前に送金した時に何も言われなければOKと思っているが、税金は忘れた頃にやって来るであり1年前の記録を基に「お尋ね」が来るのである。

 

そして銀行窓口でも現在利用中の口座でも何か手続き変更をしようとしたら今まで聴かれた事もなかった国籍が聴かれるようになった。相手を観て純粋なキーウィじゃなさそうだと思ったら窓口で「あなたの国籍はどこですか?」と聞かれる。

 

そこで「日本です」と言うとすかさず申告書類が出て来て「あなたの納税国はどこですか?虚偽申告は違法です」に署名する必要が出てくる。まあ実に手際よく一気にガチガチにやってきたもんだ。

 

世界の政府が一致団結して自国の資金の封じ込めに走っているのがよく分かる。けど僕が一つだけ安心しているのは、これは今だけの話って事だ。

 

つまり今までは世界中の政府、特に欧米で大企業が節税を行いスターバックスが米国企業なのに米国で殆ど納税してないとかアルカイーダが資金調達にトンネル企業を使って海外送金をするとかで政府が後手に回ってたので、世界がテロリストへの反撃と同時に自国企業への締め付けを開始して各国が手を組むようになった。

 

けれどいずれどこの国も気づく。「あれ?スターバックスがこっちで納税してくれればこっちが儲かるじゃんか、米国の言いなりになる必要もないじゃんか」と「こっちの政府」は自国に有利な税制を導入する。

 

すると国際企業はその税制を利用して合法的に節税する。米国は怒るけど北朝鮮相手のような軍事行動を起こすわけにはいかない。

 

そうなると今までOECDで仲良くやって来たと思ってた政府同士が実は根本的に競争相手であるという事に気づくのだ。そこでOECDの仕組みは必ず崩れる。

 

今は一時的に政府グループが民間を上回っているがいずれ政府間で競争が起こる。その時を待って今は雌伏の構えに入っておくべきだろう。



tom_eastwind at 23:24|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年10月09日

体育の日