2017年12月

2017年12月31日

なごり雪

今年も終わり。

 

「なごり雪」は伊勢正三の作った歌で彼は大分県出身バンド「かぐや姫」の一員であった。

 

とは言っても3人組が1970年代に大分から東京に出て神田のボロ宿で生活しながら歌を作ってたら当時の風騒に合ったのか、「神田川」とか「赤ちょうちん」が大ヒットして人気グループになり人気を集めただけだ。

 

この3人の中で歌を作る実力で言えばやはり伊勢正三だったろう。グループ解散後も「海岸通り」など次々とヒット曲を作った。

 

しかしまあ、歌は世につれ世は歌につれと言う言葉どおり、時代と歌は何時も同じような流れをしている。

 

今年も紅白歌合戦が繰り広げられるが、実はぼくは日本で大人になった頃からこの番組は殆ど観ていない。

 

と言うのも毎年末は仕事で海外に出ており元々人がベタベタするのも嫌いで録画装置もない時代だったから見ずに過ごしていた。

 

インターネットが発達すると海外でもいろんな記事が配信されるようになり、今年は安室奈美恵が出るのかとか桑田はどうするのかとかで賑わっているが、好きな人達がやっていればよい。

 

今年は久しぶりに一人だけの大晦日と正月である。そんな時に思い出すのが「なごり雪」と言う歌だ。

 

30年前、志賀高原で雪の中を走るバスの最後尾に座って、離れていくスキー場を観ながら「ああ、こんな事もあるんだな、歌そのものじゃないか」と思った。

 

気温23度、青空の広がるオークランドで年末を迎える。年末は誰が作ったルールであるか知らないのでそれほどめでたい気持ちにもならず単なる時間の区切りと理解しているが、それでも暦が変わるのだから音楽を聴く理由にしよう。

 

ビートルズとバッハと伊勢正三、さあ誰が一番か?分かるわけがない。今年も終わり。



tom_eastwind at 07:40|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月30日

オリンピックの身代金

今日は年末年始の食料の買い込み。まずは近くのショッピングモールの韓国商店に行き日本製冷凍うどんと納豆とキムチと韓国カップ麺を買い込む。All Aboutの「暑い夏にはピリ辛キムチとネバネバ納豆入りの冷製うどんが旨い!」と書いてたからだ。

 

暫くひとり暮らしなので簡単に作れる料理を探して何故かクックパッドでなくAll Aboutにたどり着いたがこれはAllAboutの方がニッチ市場に特化しているという事だろうと何時ものようにどうでもよいことを考えつつ食料を買い込む。

 

キムチは発酵食品であり健康に良い。納豆も同様。ではチーズは健康によいのか?等と何時ものようにしょうもないことを考えながら商店の中を回ると冷凍ケースの中にはタラやサンマ等もある。S&Bのカレーも売ってるし寿司用のガリも置いてる。

 

何だ、日本で食いたいものが大体ここにあるな、オークランド暮らしも20年前と違って今は欲しいと思ったものがだいたい手に入るようになった。

 

もちろん流行りものとかは別であるがオークランドもそれなりの市場に育ってきたのだろう、北半球から品物が入ってくるようになった。

 

クイーンストリートを歩けばヴィトン、グッチなど高級店が並び地元スーパーではカップヌードルが売ってあり(中国製だけど安くて美味しい)、地元の人が歩く浜辺や公園には北半球のアイスクリームが売られるようになった。

 

日本では戦時中「贅沢は敵だ!」と言う標語が街角に貼られていて、そこにいたずらっ子がいて漢字を一文字書き加える。「贅沢は“素”敵だ!」。

 

良いセンスである。

 

贅沢は素敵だ。そう、豊かになるとは贅を沢山積み上げることなのだ。日本でも昭和の昔に「消費は美徳である!」と言われた。人々は毎日夜遅くまで働き週末に家族で炊飯器を買い冷蔵庫を買いカラーテレビを買い求めたものだ。

 

全く戦前とは180度違った話であるがその時の政府が要求するものなのだから日本国民としては羊のように従順に言われたとおりのことをするだけである。

 

「この国のプロレタリアートは歴史上ずっと支配層に楯突くということをしてこなかった。我慢することに慣れきっているので、人権という観念すら持っていない。無理をしてでも先進国を装いたい国側にとっては、願ってもない羊だろう」

「オリンピックの身代金」奥田英明

 

今読んでる本は昭和39年に東京で開かれたオリンピックを舞台に東大院生が社会の矛盾を追及する容だが、簡略化すれば格差に対する反対である。

 

日本の場合民主主義と言おうが社会主義と言おうが要するに一握りの支配層がそれ以外の人間を下に向けた平等で押さえつけることである。金持ちは潰してそのカネは政府が盗る。誰もが貧しいまま。彼ら支配層は人々を上に向けた平等にしようとしない。

 

そして子供には子供の頃からの基礎教育で国家に従うことを徹底要求して肌に塗りつけ染み込ませお上に逆らうことなどあり得ないと理屈ではなく肌感覚で理解させるから、政府が「カネを遣え」と言えば遣う。どうしてって聴けば「だってお隣さんも持っているんだもん」で終わりだ。

 

個人の個性がない場所に民主主義が存在するわけがない。何故なら民主主義とは個人ごとの意見の違いを調整する仕組みであり個人ごとの意見が違わない国では民主主義は不要である。

 

つまり日本では元々個性を持たない人々が一部の支配層に支配されて彼らの言われるがままに動きその動きを自分の個性と思っているが、そんなもんやくざやテキ屋、サラリーマンから社長まで含めてすべて政府支配層の手のひらの上で動いているだけだ。

 

すべては社会の中の歯車でしか無い。チャップリンが100年前に悲喜劇とした歯車社会を現実化したものがまさに今の日本なのだ。

 

「オリンピックの身代金」を読みつつ当時の東京を考える。

 

日本橋の上を被さるようにして作られた高速道路。天空を飾るレストランを持つニューオータニ。銀座、東京タワー、「なんて言うか、東京は祝福を独り占めしでいるようなとごろがありますね」

 

秋田から出稼ぎの旦那が東京で死に、その葬式のために来た妻が一生に一度の東京見物をしたいという。東大院生が東京見物を案内する中で妻がぼそっと言った言葉。

 

贅沢は敵だ。けど贅沢さえ出来ない田舎は敵にさえなれない。

 

今のようにどんな地方都市でもコンビニがあり東京で買えるものは通販で買えるようになった。ましてや日本から1万キロ近く離れたオークランドでバーモントカレーが買える時代になった。

 

これは豊かと言えるだろう。ニュージーランドの場合は基本的な部分は社会主義だが上に向けた平等と言う仕組みがある。誰もが頑張れば上に行ける、そういう仕組みがある。

 

人々は良い意味での平等を信じて良い意味での努力をして頑張って上に行こうとする。一つの会社で一生過ごす日本人と違いキーウィは転職を重ねて成長する。

 

ふー、この本まだ上巻の終わりで下巻まだなんだけど、今既に重いな。



tom_eastwind at 09:38|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月29日

海の京都

京都では年間約320万人の観光客が訪れるがその三分の一が中國からのお客。ところが彼らは京都市内に宿泊するだけで天橋立など北京都を訪問することがない。

 

そこで京都として日本海側に面する北京都、つまり海の京都を紹介するために中国人有名ブロガー達を招いて実際の「海の京都」を知ってもらうように企画した。

 

ここまではごく普通の筋書きであり良い話である。観光が栄えるのは元手のかからないビジネスである。昔からある迷惑者なドカ雪や地吹雪が売り物になる。

 

お寺や神社に外国人が来てくれて、追加投資といえば英語や中国語の掲示板と公衆トイレを増やすくらいだろう。

 

しかし観光産業につきものなのが「文化の違い」である。中国人はトイレを流さないとか出てくる。

 

でも1970年代に農協が首からカメラぶら下げてパリに団体旅行に行った時にフランス人が文句言ったか?

 

西洋式の風呂の入り方が分からずバスルームを水浸しにした日本人。下の部屋までびしょ濡れだ。次の日の予約していたお客に部屋が使えない。洋式トイレに足の裏で座り込んで便座を壊す日本人。そりゃ当時はひどかった。

 

それに比べれば今の中国人がやっているのは、モノを壊さないだけましである。朝食のビュッフェ会場からゆで卵を持って帰るとか買い物場所で大声で騒ぐとか。

 

日本は外国人が何度も訪れてくれる観光立国になれるだけで立派である。今、誰が韓国に何度も行くか?

 

たしかに中國の観光もすごい。1980年代に万里の長城を訪れ八達嶺でバスが止まった時、お土産屋の横には無料トイレと有料トイレがあった。

 

明の十三陵を回った時にはあまりに広さに自分のバスを見失った米国のご婦人が眼を釣り上げてギャーギャーと走り回り僕らの乗ってるバスが日本人と知った途端に飛び込んで汗を拭いていた。

 

観光とはそんなものであろう。お互いの文化の違いを知る、そして自分をより深い存在にしていく。違いを理解して許容度を高めて何が普遍的文化で何が時限的文化であるかを理解する。

 

日本が戦後海外旅行を自由化された等と言うと今の20代からしたら「え?」って感じだろうが実際に戦後日本人は自由な海外旅行を許されてなかった。

 

自由な海外旅行が許されて日本人は首にカメラぶら下げてパリに行きアロハシャツでハワイに行き現地では随分と笑いものになった。

 

けど今は日本人も海外文化を理解して旅先できちんと過ごすことが出来るようになった。

 

中国人は日本人よりも長い歴史を持った人々である。彼らは文化大革命で長年の文化を破壊されたが、見る限りそろそろ次の世代が育っている。若い世代は昔の香港人のように、洋の東西の使い分けを理解しだしている。

 

西洋人向けにはこう、中国人向けにはこう、そうやって文化の中継ぎをしている。

 

日本はこれから中國からの観光客を取り入れるためにも各地の観光局に日本の大学に留学している中国人留学生をパートで採用して、彼らの視点で自分たちの街をどう観光地にしていけばいいかを考えればよい。

 

今の中国人の若者は実に賢い。12億人の中で揉まれ鍛えられた若者は実に有用である。彼らを日本に取り込み中國からの観光客呼び込みに使い、そして共産主義ではない中国人と仲良くなれば日本は必ず良くなる。

 

昨日は暗い日本の将来を書いたが観光においては別の話である。パリの恋人達ではないが、金沢では桜の季節にまさに桜花の下を和服を着た若いカップルが歩く。彼らは中國から来た若者だ。

 

日本と中國は本来的に仲良くなれるはずだ。お互いの鎧を下ろしていけば、今なら平等に付き合えるはずだ。相手はすでに中國であり共産党ではない。むしろ日本の方が共産党である。

 

そろそろ対米従属官僚と言う仕組みを壊して素直な日本人を全面に出して中国人と付き合い、日本海ビジネスを再開する事が日本にとっては国益ではないか。



tom_eastwind at 09:37|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月28日

日米を動かす中國

米国サンフランシスコの中国系現役市長が急死した。まさか日本の大阪市長が慰安婦問題で「姉妹都市止めた!」と言ったから心臓麻痺を起こしたわけでもなかろうが、米国としては日韓の背景とその事実を裏では理解しつつも日本を非難するような像を受け入れたのは何故だろう?

 

これを考える時に思い出すのは、数年前に海外に住む中国人がそれぞれの国で日本に対して英語で歴史攻撃をかけてきた事件である。

 

尖閣諸島問題で日中が揉めた時に中国政府が取った外交手段であるが、独裁国家である中國では政治が一番上にありその下にある経済も外交も個人生活も政治に左右される。

 

そしてその政治は当然ながら政治局、突き詰めれば習近平に集中する。

 

つまり彼が作りたい国家を建設するためには海外に住む中国人まで利用して中國の影響力を与え見せつけ、時には米国の市長も自分の影響下に入れて頂点から末端まで同じ方向で動かすことが出来ると言う事実である。そして個人である中国人はたとえ現在米国籍を取得していても逆らえない。それが中国文化だ。

 

こうなると上から下までバラバラの「民主国家」である日本が戦ってどう勝つだろうか?民主国家の弱い点は個人の発言を認めて尊重するという点である。それから多数決。

 

中國の個人発言は限界があり多数決は存在しない。たったひとりの独裁者が全てを決定する。それは中国国民が肌で理解しており、どこまで言って良いかをきちんと理解して発言する。言い過ぎるとコーズウェイベイのように中國に強制送還されるのだ。

 

そしてこの独裁者は民主主義と呼ばれている国家には巧みな情報工作と政治家への接触を行っている。

 

米国では上記サンフランシスコのように既に中國の意見が通るような環境が作られている。経済も娯楽も映画もすべては中國主導になる。

 

これは全世界で起こっている事実でありその結果として中國の覇権が世界に広まっている。自由主義の米国でさえ歴史的事実と全く違った慰安婦像を中國の日本に対する覇権力を強めるために利用されているのだ。

 

この事実が良いかどうかなど議論の意味はない。中國で秦の始皇帝が国家統一をした際にも様々な意見が出たが結局始皇帝が全ての支配を行い結果的に戦争を減らした。

 

日本人はすぐに空理空論としての理屈を並べたがるが中國では自分の正しいと思ったことを通すために理屈を並べる。

 

米国において中國が直接自分の意見を通すためではなく韓国を利用してとりあえず日本に一枚カードを切っておこうという政策である。如何にも中國らしい手段だ。

 

これに対して本来日本がやるべき手段はまず大阪市長のやった「姉妹都市止めた!」であるし、次は韓国との取引停止であろう。丁度韓国が日韓条約である慰安婦問題を反故にしようとしている。

 

え?何で中国問題が韓国に?この2つの国は実質的に一つの国である。歴史を観れば分かるが中國は状況に応じて韓国を手先に使う。

 

良い機会である。日本外務省もこれを狙って慰安婦問題でカネを出したのではないか。今こそ韓国と明確に縁を切る。韓国にある工場を中國か日本かベトナムに移すことで中国に対して「今度は本気だよ」って姿勢を見せることであろう。

 

サンフランシスコで起きた事件はそこだけで終わりではない。中國にとって世界は自分の内庭なのだ。ここで日本が明確な姿勢をみせなければ中國は更に踏み込んでくる。

 

中國が日本と仲良くしようとする、その時には必ず裏の仕掛けも混ざっている。そのことを良く理解した上であえて中國ではなく韓国を叩く。これを奇貨として慰安婦問題の日本から観た事実を世界に伝える良い機会である。

 

サンフランシスコ事件は日本が被害者になるのではなくこれを機会に米国及び欧州に訴えるのだ。それが長い目で見て日本と中國の地位問題で大きな影響が出る。

 

それにしても日本は政治家も官僚も弱い。50年単位で物事を観ることの出来る人物が育たない仕組みになっている。これで日本が中國と喧嘩して勝てるのか?



tom_eastwind at 13:00|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月27日

日中米 その3

戦後米国は長い間日本に飛行機を作らせず空母を持たせなかった。しかしこれから日本が自前で武装するからには空母も当然必要である。そして日本には空母を建設する能力もある。米国は最新型のステルス戦闘機を売ることが出来る。

 

米国の世界からの撤退は豪州やインドも既に感じており今後中國とどう対峙していくのかを考えていく必要がある。

 

しかし日本は戦後から今まで官僚が政治家を押さえつけるために政治交渉の最後には「これは米国様のご要望です。忖度しなければなりません」と、官僚の意思を通すために使っていた忖度犬である。その犬が「おれ、もう止めた、帰る」と言い出せば官僚は権限を失うので何とか米国従属を続けたい。

 

現実派である自衛隊は米国と仲良くするけど防衛は独自でやりましょうって事で米海軍からの承認を得て空母を作り米海軍が使用する垂直離発着機を購入して日本領内の島を守るために強襲揚陸出来る軍備を調えた。

 

中國は今すぐ日本と戦うよりも、米国が太平洋の彼方に帰るのなら当面、そう10年くらい、つまり中國が十分な海戦力を持つまでは日本と仲良くしておこう、その方が中國の被害も少ないし世界から文句を言われることもない。

 

つまり現在日本が立たされているのは、米国がいなくなった後の中國とどのような距離関係で付き合っていくのか、である。

 

2020年にはオリンピックが来るからって東京は賑わっているけど問題はほんとにその後である。2020年も習近平は中國の皇帝である。その時日本が安倍首相なのか他の人になるかは分からないが、日本が中國とどう付き合っていくのか、日本が一枚岩にならないとあっという間に中國の戦略で分断攻撃されることになる。

 

特に日本は戦後多くの親中派が出て来て、おそらく戦争になる前にまず議論で厭戦気分を盛り上げ実際に戦争が始まったらすぐ休戦して中國に譲歩するだろう。

 

中國は今まで戦争と言う限定で観れば近代以来日本との直接戦争に勝った事がない。

 

二千年前はそりゃ中國が皇帝で日本が倭国で中國が緩やかな支配をしていたし白村江の戦いなんてのもあったが、明治維新で開国した日本はまず日清戦争で清朝を破り土地割譲、1900年の義和団の乱、その後も1945年に第二次世界大戦が終了するまで蒋介石率いる中国軍も八路軍を率いる毛沢東も、日本との戦闘では常に敗勢であった。

 

戦後も中國が大躍進、文化大革命をやって内乱状態に陥っている間、日本は奇跡的な経済発展をして新幹線が走り鉄を作り化学製品を作り最新の家電を作った。

 

文革後に小平が日本を訪問して何よりも危機感を感じたのは戦後の日本の発展とモノづくりの凄さである。

 

そこで小平は松下幸之助に中國に進出してもらい新日鉄にも中國に製鉄所を作ってもらい、まずはその技術を身に付けようとした。技術を身につけるまではじっとしてろ、一切偉そうな態度に出るな。

 

中國の21世紀の海洋進出がまさに1980年代の小平の状況である。

 

一応空母は一隻あるけどボロ中古船。船を作る技術はあっても実戦配備出来るような空母を作る技術はまだない。イージス艦にしても日本製と戦って勝てるか?

 

そんなことを考えれば日本とは仲良くしておき中國の属領ではあるけど高い地位に付けて技術将校とでもなってもらい、今度は海軍技術を学ぼうって事になるのは自明の理である。

 

これから起こることを予測すると、習近平が後5年続けば日本を味方に付けようとするだろう。その為に日本マスコミを使い、中國と組むことの良さ、戦争は悪いこと、同じアジア人じゃないか、文化も同じだし漢字使ってる、等など。

 

それから日本の政治家をハニートラップ等で籠絡させて日本全体を戦争の出来ない国にしてしまう。次には日本と中國で合同海軍演習を行い、ロシア辺りか南シナ海の自由な航行を守るために共同警備しようなんて話も出てくるだろう。

 

その間にも多くの中国人が日本の各都市に渡ってきて彼らの街を作り文化を張り巡らしていく。そして今から20年もすれば日本人は古代のように中國を朝廷として仰ぎ日本人は毎日勤勉に働いて最新技術を中國に渡すようになる。

 

日本の天皇はますます国事に励み年に一回北京を訪問して朝貢する。そしてそれを日本人全体が天皇に望むような状況になっている、中國の非常に優秀な国家操作技術によって。

 

第二次世界大戦敗戦後70年間、日本は対米従属であり政府外務省はそれを望んだ。次の70年間は対中従属であり外務省ではチャイナスクールが力を持つようになるだろう。

 

何時まで経っても独立の気概がない人々にとって一番気持ち良いのは、長いものには巻かれろ、である。



tom_eastwind at 11:50|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月26日

日中米その2

欧州は全体を合わせても約7億人の人口しかない。工業力は優れているが市場は小さい。それに対して中國はたった一国で12億人である。ならばフォルクスワーゲンがクルマを売り込むには最高の市場ではないか。

 

僕が初めて中國に出張したのは1980年頃のクリスマスから正月にかけてだったが、文化大革命が終了した街に走るクルマは殆どがフォルクスワーゲン・サンタナであった。中国製の紅旗などは限られた数しかなかった。

 

欧米にとって中國は昔から巨大市場だった。だからこそ英国は中國にアヘンを売りつけて清朝から土地を割譲させてそこに香港上海銀行を作りアヘンを売るためにジャーディン・マセソン商会を作り英国の繁栄を作った。

 

はた迷惑な清朝の西太后が中國を眠れる獅子から眠ったままの獅子にしてしまった。

 

外国勢の英国には1840年からのアヘン戦争で負けて香港を割譲され中國国内では1851年から洪秀全による太平天国の乱を起こされ挙句に外国勢を追い払おうとした1900年の北京の義和団の乱では柴五郎中佐率いる日本軍を中心とする八カ国連合軍で55日間の北京外国人街籠城を戦い抜き主に日露から派遣された約2万人の軍団により北京を制覇されて更なる権利の割譲を認めざるを得なかった。

 

そこで清朝は正式に滅びて中國は中央政府のないまま1949年までさまよえる国家になった。

 

毛沢東による共産党政権も基本的には独裁主義である。たったひとりのリーダーがすべてを決める、まるで皇帝のように。そして今その地位にいるのが子供の頃に下放で苦労した習近平であり彼は自分が中國を制御していけると信じており実際に今までは上手くやっている。

 

実際に中国国内では虎狩りをやる習近平は国民の多くから支持を得ており去年の調査では98.1%だったと言う数字が出ている。もちろん中國であるから数字はいくらでも作れるが、中国語のサイトを観ても習近平の政策が評価されているのは分かる。

 

つまり習近平は今なら強い。今のうちに反日止めて日本を仲間に取り込もう、そして当面は日中共同で色んな事やっていこうぜと言う考えだろう。

 

これに対して米国が目指すもの、それはアジアからの撤退である。20世紀は世界の警察として元英国連邦5カ国で世界中の通信を傍受出来るシステム“エシュロン”で世界を支配して来たが21世紀になると警察にかかる費用やそれが戦争に繋がった場合の費用があまりに高い。

 

米国は何も世界的正義を追求して海外派兵しているわけではない、その方が自国が儲かるからだ。しかし21世紀になり費用対効果を考えれば、どう考えても赤字である。それなら今世紀は警察から手を引いて各地域はそれぞれ自立して各地域内で話し合って決めてくれ、もう米国に頼るなよと言う政策になった。

 

これは豪州も既に了解しており政権内では既に米国不在の中で豪州が自立した防衛をするために核爆弾搭載型潜水艦を配置するなど考えている。

 

米国が日本に対して中國包囲策を作ろうとインド、豪州と共同会議を開いたが肝心の米国は日本にバトンを渡して「どうぞ自前でご自由に」とやっている。

 

こうなると日本は戦後ずっと米国の核の傘で活動してきたから自前で防衛するとなると大変な騒ぎである。そこで核武装と言う話が出る中、海上自衛隊の「いずも」を改装して垂直離発着が可能なステルス戦闘機を導入しようとしている。

 

元々どんな理屈を付けても「いずも」や「加賀」は護衛艦ではなく空母、最近で言う強襲揚陸艦である。


長くなったので、また明日に続く。
 



tom_eastwind at 07:27|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月25日

2018年の日中米

今日の気温は25度位、南半球の太陽の直射日光と窓を開けるだけ涼しい風が入って来て冷房不要なオークランドだ。  連休なのでゆっくり本を読む時間があり北半球の2018年を考えてみる。

 

日中米。面白いな、何十年ぶりの大変化が起こるだろう。1970年のニクソン、田中角栄の訪中、小平の経済合理化あたりから計算して50年ぶりの変化だ。

 

すべての変化は中國の巨大な人口から来た。1980年代から「中國は最初は世界の工場になりその次は世界の市場になる」と言われてて松下電器が小平に招待されて中國に工場を作った。

 

1990年代には僕は香港をベースにして北は空気の爽やかな古くからの大都市である大連から南はホコリまみれの広州まで出張したけど、本当にあの時の中國の工場の勢いは凄かった。

 

広州や深センの工場ではホコリにまみれた田舎から来た16歳位の子供達数千人が昔の日本の夜行列車の三段式寝台のような場所に寝泊まりしてご飯は配給制でアルミのお椀に入った料理を嬉しそうに立って食べてたものだ。だって彼らは自分の田舎では食えない肉や米が入った料理を食えたのだから。

 

ところが21世紀の今では12億人の胃袋を狙って日本の大手スーパーが中國市場を狙ってモールを展開する現状になっている。

 

ここまでは経済の話であるが、政治は別である。

 

どう観ても習近平は政治を上手く制御している。最初習近平が出てきたとき僕はあまりピンと来なかったが、彼が何度も暗殺の危機に晒されながらも虎狩りをやり国民の意思を汲み取る姿勢を見せると、彼はもしかしたら小平以来の優秀なリーダーなのかと考えるようになった。

 

何故なら彼は今まで生き残ってきたからだ。小平も3度失脚したがその度に復活した。

 

習近平の父親は毛沢東時代の高級官僚であったが文革で下放され習近平は子供の頃に十分辛い思いをした。ここがまず現在の北朝鮮の金正恩と違う点である。

 

文革後に小平が復活して習近平の父親も政治に戻られたがそれでも習近平は共産主義の怖さを子供の頃に身にしみて理解していたと十分に推測出来る。

 

けれど習近平が中國各都市の現場で仕事をしてみると、独裁主義とは上手く使えば民主主義よりも効果的であることに気づいたかもしれない。

 

例えばシンガポールは「明るい北朝鮮」と言われるほど建国の父である故リー・クワンユー首相が独裁国家で経済発展を遂げたようなものだ。

 

ならば自分が小平のような新しい中國建設をやってもよいのではないか、そう考えているのではないだろうか。

 

小平後の共産党は小平の路線を踏襲した。しかし江沢民の反日教育は現在では中國にとってマイナスになっている。

 

習近平の目指す中國は1300年代まで世界を支配した中國である。現在のような世界の工場だったり世界の市場である中國ではなく、14世紀に世界を政治的に支配した中國なのである。

 

少なくともアジア全般では朝貢政治で従わせ、そして西洋諸国については当面は平等、いずれ欧州は中國の経済力で巻き込み、最終的には米国と太平洋を挟んで世界の2大国家になる。

 

そしてそれが実現可能になるのは習近平だけだ、彼自身がそう信じていると考えても何の不思議もない。中國に西洋の形の民主主義は不要である。優秀な皇帝が独裁する政治が一番効果的である。

 

優秀な皇帝は国民の声を直接聴きそれをすぐに政策に反映させて国民を安堵させる。継承制のない皇帝選びの民主主義選挙は中國に合わない。日本も天皇陛下の継承を大事にするではないか。天皇陛下を選挙で決めるか?

 

実務を行う政治家をポピュリズムしか理解出来ない無知な国民に選挙と言う形で任せるのか?それよりも科挙制度で実務に優秀な人物を登用する方が余程合理的である。

 

第一日本だって政治の実務は選挙で選ばれた政治家ではなく東大法学部卒で国家一種試験合格と言う科挙試験を通った人々が運営しているではないか、日本こそ中國より徹底した共産主義独裁国家だ。観てみろ今の日本の政治家を。不倫、密会、選挙の賄賂、それでいて政治に無知。アフォばかりだ。

 

中國には中國に合った中國式民主主義があるのだ。

 

長くなったので明日に続く。



tom_eastwind at 14:05|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月24日

クリスマス・イブ

日本で生活していた1970年代頃のクリスマスイブとは、やはり山下達郎の“雨は夜更け過ぎに”で始まる「クリスマス・イブ」であった。

 

当時は僕のクリスマス・イブは毎年街中の喧騒を避けて行きつけの中洲北側の屋台や中洲3丁目のバーで一人で過ごすものであって、これが冬の年中行事と思ってたがニュージーランドに来ると真夏がクリスマスである。

 

実は1988年当時コロンビアレコードのカラオケマシンに入ってた山下達郎の「クリスマスイブ」の背景にオークランドのハーバーブリッジが映ってた事があって、友達たちと観ながら「えー!」ってびっくりしたものだ。

 

日本のお祭り好きは良い事で、お正月には神社、お盆にはお寺、クリスマスは教会、バレンタインもあり最近ではハロウィーンもあり、そのうちイースターも誰か仕掛けて来るのではないかと思う。

 

ただ僕が昔から祝わないのが他人から決められた祝日である。具体的にはクリスマス、お正月、自分の誕生日、どれも自分が決めたお祝いの日ではない。自分が努力してない日々がお祝いと言われてもピンと来ない。

 

一年365日あるうちの自分にとっての偶然の一日を祝えと言うが、そんな事言いだしたら僕には毎日が祝日である。

 

何故ならキリスト教で言えば夕食の時に家族が揃って「神様、今日も無事健康で一日過ごせました、有難うございます」と言うように、自分が努力して今日も生きた、それは神様のご加護ですって言った方が、まだ分かりやすい。だから毎日がお祝いである。

 

日本のクリスマスはお祭りだがNZではあくまでも宗教的儀式でありクリスマスイブに家族で食事をして教会に行き1225日から一気に街から人がいなくなる。

 

今日は近くのショッピングモールでじゃがいもと人参と鶏肉買ってS&Bのクリームチキンシチューを作った。これ食べて古い映画を観ながらクリスマスイブを過ごす。明日からまた仕事だ。

 

何だ、何時もの一日だ。



tom_eastwind at 20:00|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月23日

来年の計画

これは僕の計画という意味ではなく、もし皆さんが来年ニュージーランドと直接関わりを持つことがあれば知っておいた方が良い基礎知識一覧と言う意味である。

 

この国で長いこと住んでいると感じるのは、この国の基礎活動を決定しているのはどうも時の政府ではなくもっと後ろにいて50年とか長期で自国社会を観ている人々ではないかという印象である。

 

英国にも米国にも長期外交を考える組織があり時の政権はあくまでも「今起こっている事件」に対応するが、自国の50年後を考えるときは短期政権には難しい。

 

この国に長く住んで毎日現場で仕事をして来た人間からの視点で見ると、これは知ってる人は知ってるごく常識的な事だけど日本にいるとなかなか理解しづらいと思うからだ。

 

まずNZは地政学的に観て南太平洋の鉱物資源のない周囲をタスマン海と南太平洋に囲まれた小島であり仮想敵国もいない治安の安定した国家である。

 

19世紀の植民地化から始り1960年代までは英国の食料基地として鉄道と冷凍線を使いせっせと英国に食料を送っていた。

 

ところがその後英国のEC加盟等によりNZ経済は急激に悪化することになり新経済を模索した。その後社会主義体制の崩壊と共に市場原理主義が取られて多くの公営企業が民営化して農業も解放された。

 

そして国民は自分の身の丈を知り次にすべき事を考えた。

 

1・人口増加。

隣国豪州と4倍の人口差と二国間自由貿易協定により第二次産業がNZ国内では通用せず豪州からの輸入を中心としている。この状況を改善するため移民と自然増で適正に人口を増やす。

 

2・安心かつ安全な農業・酪農の推進と輸出。

NZは人口が少ないので国内消費が少ない。平均食料生産率で観れば約300%である。ならば世界に売れる競争力のあるものは質の高い農業製品と酪農製品であるのだから輸出しようと積極策を取り入れている。

 

3・豊かな自然を維持しつつ観光産業を取り入れる。

世界的に観ても豊かな自然と受け入れる人々のフレンドリーさは観光産業に合っている。青空を見上げれば本当に平和と自然を感じる。こりゃ伸ばすべきだ。

 

4・治安の良さを利用した海外留学生と教育産業の強化

既存の仕組みをそのまま利用して外貨を稼ぎ大学昨日を強化して世界に飛び立てるキーウィの若者を生み出す。彼らはいずれ世界からNZに戻って来て国家の役に立つ。

 

5・NZ起業家を生み出す。

 

上記の基礎戦略を実行するために政府は様々な政策を実行する。ただ最終目的はあくまでもNZに住む多くの人々を幸せにすることであり外国人を喜ばせる為だけではない。そこで出てきたのが、

 

1・習近平の狐狩りの受け入れ。

2年前までは永住権を取得した移民への調査は実質的に殆ど行われなかった。しかし現在は永住権どころかNZ市民権を取得した人々にも取得時の違法性がなかったか調査が入ったりする。中国人が火付け役であるが現在は移民局内部で多人種に広がっている。

 

2・投資家ビザへのシフト。

以前は北半球に知られた国でなかったので一般技能移民で人口増加を政策としたが21世紀に入り知名度が高まったので今後は世界で戦える優秀な特殊技能移民か投資家を移民させる方法に切り替わった。これは最低3年は続くだろう。

 

3・農業、酪農製品の世界向け輸出

過去は国営公社だった企業をフォンテラ、ゼスプリ等民間企業にして世界中にNZブランドを売る。日本向けにはキーウィフルーツだけでなくNZ産の牛肉、赤肉の旨味を知ってもらうために東京にパイロットレストランを設置した。他にも中國向け高級食料品の販売にも成功している。

 

4・観光産業の強化。

今後観光産業などから資金を調達して全国の観光地の整備や道路開発などを行い、自然を守りつつ観光産業を成長させていく。その課程では今後は観光者数のみを追うのではなく質の高いリピーターを増加させることも検討する。

 

5・教育産業。

留学産業には法整備などで力を入れてきたけど街を歩くアジアの若者の横柄さや最終的に永住権狙いでありながら労働価値は高くなく、そのような人間を受け入れるべきか。これは十数年前にも全く同じ議論がありその結果留学生が減少した。

 

留学生にしても「大体この国で勉強しても世界で通用するか?それなら米国に留学した方が将来的に有利である。」と考える若者はいる。つまり優秀な留学生が集まらないのにこのままやってていいのか?と言う疑問である。

 

国家としては現在のニュージーランドは非常に勢いがある。今年度からは10年前までと同様にプライマリーバランスが黒字化する。これは今後も続く。2007年から去年まで赤字財政だったのはリーマンショックとクライストチャーチ大地震の影響であった。

 

では今後NZはどちらの方向に進むだろうか。まず明確なのは軍備強化に進むことはない。

 

次にNZがいくら領土を広げようとしても周囲は海である。だから限られた国内資産である観光と農業を強化して利益をエつつ小さな国でも出来る起業家育成を行う。最近ではスタートアップと呼ばれているがNZ政府が力を入れている部分だ。

 

ITを使ったスタートアップであれば広い土地も不要である。大事なのは若者が自由に考える環境であるが、その環境はNZには十分になるほどある。

 

だからもしNZで貴方がこれから何かやるなら上記の基本的方針に乗っかった流れで行動すべきだろう。

 

例えばNZの永住権を欲しい若者がいればまず革新的ITビジネスモデルを構築して資金をクラウドファンディングで集めてNZで起業家ビザを申請してNZから世界に発信するビジネスを成功させる。

 

農業も良い。この国の風土に合った輸出用食料を作って日本に輸出する。農業はやる気があれば誰でも参加出来るビジネスだし輸出は国策である。

 

そして観光。これからはNZインバウンドで新しい商品を開発していけば良い。例えば今テカポで星を見るツアーが人気であるが、昔は地元の人はそんなものが商品になると思ってもいなかった。他にもこの国には観光要素が十分に詰まってる。これから世界に発信していけばいい、何せバンジージャンプ発祥の国でもあるのだから。

 

いつも思うことだが人生は大河の上流で生まれて筏に乗り込み大海に向かって一方方向にしか進まないものだ。絶対に遡れないし途中で他の河に乗り換えることも出来ない。

 

出来ることは河の右に寄ってみたり左に寄ってみたりすることでも、川の流れは決して逆転しない。

 

そんな時に大事なのは自分の流れている方法を理解して出来るだけ流れに上手く乗ることである。その為には今自分がいる場所の環境を理解してその環境の中でどうやれば流れに逆らわずに最大効果で動けるかを考えることだ。

 

来年の計画を作る時、この街や国はどうなっていくんだろう、それを真剣に考えることがまず第一である。

 

来年の計画。多くの人がこれから考えるんだろうな。



tom_eastwind at 11:17|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月22日

来年スーツを着る君へ

今日の話は来年学校を卒業して社会に出ていく君たちへの話。実務のみである。

 

朝起きて今日着るスーツを選ぶ。ワイシャツを決めてネクタイを当てて、さあどの色がこのシャツに合うのか、その後のスーツに合うのかを考える。もしくは最初にネクタイを決めてシャツを合わせてそれにスーツを合わせると言う時もある。

 

これは一般的な話に聴こえるが今まで人目を気にすることがなかった君でも社会人になればそうはいかない。

 

スーツ、ワイシャツ、ネクタイ、靴、ベルト、バッグ、君は今日誰に会って何をしたいのか。時、場所、理由、それによって社会人は着るものを使い分ける必要がある。

 

例えばトヨタ自動車の名古屋の工場で着る作業着と丸の内の銀行街で着る作業着は基本的に違う。それは労働の容が違うからだ。どちらが上下ではない、どちらも作業着。ただどの作業着が合っているのか、だから英語のスーツには「suit to= 似合う」と言う意味もあるのだ。

 

今まで学生であった君はまだ社会での労働価値が確定していない。つまり売値も買値も決まっていない。けど社会にでれば君は労働力でありそれを誰が幾らで買うのかとなれば見た目を気にする必要があるのだ。

 

「人は見た目が9割」なんて事も言われて、僕はそんな事を何十年も無視して海外で生きて来たけど、年を取るに連れて「なるほど、これも一理ありだな」と思うようになった。

 

ここ数年で20代のビジネスマンがスーツにバッグパックを背中に担いだり吉田カバンみたいのをたすきがけに担ぐのを見かけるようになったが、あれは止めた方が良い。学生の延長でついつい担ぐのだろうが、スーツの体型が確実に壊れてスーツに悪いだけでなく見掛けが悪いので評価が下がる。

 

最近ではアタッシュケースも復活しているしビジネスバッグでもスーツに合うものは手頃な値段でたくさん出回っている。一度買えば3年程度は使える。スーツを着て両手を自由にしたいなら肩紐付きのビジネスバッグを選べば良い。

 

それから靴。ビジネスではまず足元を観られる。きちんとした靴を履いているか?なぜ軍隊では常に軍靴をピカピカに磨くのか?なぜ普通のビジネスマンは家を出る前に靴をさっとひと拭きするのか?靴は丁寧に使えば3年程度は普通に使える。数足を使いまわしすることで更に長持ちする。

 

紐靴にするかスリッポンタイプにするかは、仕事でお客様の自宅に上がる機会が多いかどうかも判断基準である。相手先の玄関でもたもたするのは見掛けがよくない。

 

もちろん運動靴のようなビジネス靴が歩きやすいのは事実である。そういう状況が許される場所もたくさんある。けどあなたは今その場所にいるのか?もしそこが「その場所」でなければ少々めんどくさい事になる。

 

他にもネクタイやベルト、靴下の色合い等あるが、もしできれば服の目利きが出来る人と一緒に一軒で全部が揃うような店でまとめ買いした方が良い。パーツごとに違う店で買っても全体の不均衡が出てくる。

 

もちろんこれをデパートで全部買ってたら財布が吹っ飛んでしまうから紳士服専門店で少し無理をしてでもまとめ買いする。

 

そして使い回しの頻度を、例えばスーツは毎日変えて一週間持つようにする、シャツは毎日変えるけどあまり柄を変えない、そうすれば生地の休憩時間が十分にあるので長持ちするから結果的に時間で割れば安くなる。

 

スーツもカバンも最初に買うときは高くても結局耐用年数で割れば割安になるし品質自体が良いのでお客様から見ても「労働価値」が高く見積もられる。もちろんその後で仕事で失敗したら別の話であるが。

 

つまり古くからの言葉であるが、新入社員だからと言って安物買いの銭失いをする必要は無いという事である。

 

社会人にとって着るものは鎧である。鎧として自分の身を守る効果の高い方法を精神的ではなく数字ではじき出して選べば、そこには最適な解がある。

 

大事なのは、目先の品物が高いかではなく何年使えるか、また同じものをもう一つ買っておくことで更に耐用年数が長くなるかで一年あたりの費用は安くなると言う計算である。



tom_eastwind at 11:10|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月21日

デバイド・貴方と私の分水嶺。

昨日で今年の会社の営業も終了。昨日は近くの寿司屋で出前を取ってスタッフが揃って昼頃から寿司を楽しむ。そして午後から各自仕事が終わり次第退社。

 

退社と言っても各自の仕事が残っていれば自宅で対応することになる。当社の仕事はネットに繋がったパソコンがあれば世界のどこでも仕事は出来る。

 

なので用事があれば早めに退社して自宅で子供を寝かしつけた後にでもパソコンを開いて仕事をするフレックス勤務が可能である。

 

それにしてもインターネットとパーソナルコンピューターは世界を変えた。まさにベルの電話の発明以上である。

 

1970年代の旅行業では、英語不要、コンピューター不要であった。最先端であるべき業界が実に田舎暮らしをしていたものだ。

 

とにかく豪腕営業がすべてであり、高校の先生の自宅に夜討ち朝駆けして修学旅行取ったら偉いとか、市役所に取り入り酒飲み営業が普通だった。

 

そんな所に英語やワープロを持ち込む若者が出て来た。そして彼らは新しい時代を作っていった。

 

ところが東京にいる上層部、つまりタバコを吹かし酒を飲み、データを読まず現場を見ずに下っ端に指令する連中は「英語など不要!」とか「パソコンなど不要!」とか、要するに自分が若い頃にやって来た「精神力と体力勝負」が全てであり自分が使いこなせない道具を排除しようとしたのだ。

 

英語に至っては「そんなの現地日本語ガイドを雇えばいい!」となる。

 

オフィスワークデバイド(職場労働の二極化)はいつ始まったのか。少なくとも1970年代後半だと思う。何故ならその時に僕が高校生でコンピューターを扱い社会人になって英語の勉強を始めた記憶があるからだ。

 

1980年頃には職場にワープロが持ち込まれるようになった。当時は1行しか観えないモニターで1文字ずつ打ち込む方式だ。

 

古株の連中は相も変わらず手書きで工程表と見積もりを作り少し賢い連中は和文タイプライターを使っていた。

 

そんな現場に若者がパソコンを持ち込みパチパチしだしたもんだから英文キーを叩けないおやじ達は固まるか珍しがるかしかなかった。

 

その頃になると英語が使える若者が旅行会社に就職するようになった。少しづつ旅行業が世間に認められるようになりJTB等大手は優秀な人材を大量に確保出来るようになった。

 

その結果としてオフィスでの働き方が完全に変化した。新しい働き方に付いて行けた者が生き残り古いままの人々で出世が出来なければ1991年のバブル崩壊以降次第に子会社に出向することになった。

 

そして次に来た職場の変化が1990年以降の旅行業界のデジタルデバイドである。本格的なパソコンの導入とインターネットを利用した旅行サービス提供。元々旅行業では1970年代からコンピューターが導入されていた。

 

当時の国鉄と呼ばれた現在のJRでは日立が作った「マルス」と言う座席予約装置があった。僕も何度か扱った事があるが、あれはもう芸人技である。

 

全国全ての駅の名前が路線ごとに書かれたA5サイズ鉄型ノートページになっており、担当者はこのページを読みもせずにめくって当日発売の東京から新大阪までの新幹線の座席を予約する。それはまるで座頭市の抜き打ちみたいである。

 

他にも国内航空3社はすでにコンピューター化されていたからそこでは毎朝一定の時間になると担当者が機械の前に座り予め営業担当から受けていた注文用紙を観て取れやすい順番を一瞬で考えて発売時間の2秒程度前からフライングモードで打ち込み始める。当時は名前入力が不要ですべては日付、区間、座席数だけであった。入力が成功すれば予約番号だけが出てくる。

 

余談であるが顧客の名前が出てないのでとある旅行会社ではどうしてもその飛行機に乗りたい乗客に正式な予約番号から推測した番号を渡して早めに空港に行かせて座席に座らせた。後から来た正式な乗客は自分が正式だと主張する方法もなく航空会社もぎりぎりまで待たせて政治家用の座席を提供することになる。40年前の話だ。

 

このようにすでに旅行会社は予約システムとして外部端末を扱っていたのに一般向けのデジタルデバイドでは既存の旅行会社が遅れを取り新規参入のネット企業がホテル予約システムを先に構築した。1996年に創業された「旅の窓口(創業時はホテルの窓口)」である。

 

これが大当たりした。その後楽天が買収して方向性が変化するが、元々は旅の窓口はシステムエンジニアが作った「利用者(宿泊客)と供給者(ホテル)の間のプラットフォーム」であり、今までの旅行業界のような「情報格差を利用して旅行業側に都合の良い商品を売る仕組み」ではなかった。

 

だからその後大手旅行会社が遅ればせながらネット手配に参入するがどこも既存の旅行業の発想でビジネス構築するからデジタルデバイドのこちら側にいる人々には敵わない。てか、デジタルデバイドに取り残された人々が旅行会社の商品構築決定権を持っているのだからどうしようもない。

 

旅の窓口は楽天トラベルと合併し方向性は変化したが日本の大手に成長した。日本の旅行業は自立する能力があったのに自立できなかった。それは東京の経営陣に理解力がなかったからである。

 

以前も書いたがHISが誕生して成長した時にJTB首脳は「あんなの旅行会社じゃない!」と言ったが、消費者から観てどう思うだろう。

 

旅行業は何の在庫も持たない産業である。だからこそ時代の変化に敏感である事が肝要だ。ところが各社のトップが社内や業界内にしか眼が行かず時代の変化に同期出来てない。

 

JRでは北海道と四国を除く各社が危機感を持って業態変換を行い時代に同期しているが、その子会社である旅行会社が親会社の庇護の元でのほほんとやっているのは実に不思議な感覚である。

 

オフィスワークデバイド、デジタルデバイド、何時も時代に取り残されているのは古くからの旅行業大手なのだろう。



tom_eastwind at 11:07|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月20日

後輩との飲み方

***

「ただ、ふと思うことがあります。派閥の若い人から応援を頼まれて日程の調整がつかない時に、オレが若いとき、あの人は骨を折って世話してくれた。ずいぶん忙しかったはずなのに、無理して時間をつくってくれたんだろうなと。その感謝を忘れずに、次の世代に伝えていくことが大事だなと思っています」

***

現自民党幹事長の言葉である。

 

僕が1970年代後半の福岡で仕事をしていた時、夜の酒代は先輩達が払ってくれたものだ。

 

申し訳ないので幾らかでもお金を払おうとすると先輩達が何時も言うことは

“俺は先輩に払ってもらった時に先輩に言われた。”

「これからお前の後輩が出来た時、そいつの収入は少ないだろう。だから俺が払ったカネをお前がお前の後輩の酒代に使ってくれ」

 

そうやって先輩が払った飲み代は後輩に伝わり、20代前半でお金がない僕でも中洲に通う事が出来た。

 

この飲み方は当時から今まで続いている。

 

自分の後輩に金を払わせない。

 

オークランドのような狭い街であるが飲みに行っても必ず同席した人の分は僕が払う。こういう非合理な仕組みはおそらく1990年以降はなくなったかもしれない。

 

けれど自分が18歳の時に先輩から教えられた決まりは守りたい。僕は後輩の飲み代を払う。後輩は、その後輩の飲み代を払う。払うカネがなければ飲みに行くな、である。

 

これが道徳的にどうかとか現在のビジネス社会で合致した考え方か、そんな事は考えない。何故ならこれは1970年代に僕が先輩と交わした契約だからである。

 

他の人がどうしようが関係ない、先輩から飲み代払ってもらった時はっきりと「後輩におごれよ、そして育てろよ」と言われたのだから。

 

現在の東京の30歳くらいのビジネスパーソンに理解出来るかどうかは分からないが、僕はそういう環境で生きてきたので、この考え方があると言うことを次の世代に伝えていきたい。



tom_eastwind at 06:39|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月19日

不在通知

今週に入り一気に周囲が休暇に入りだしメール連絡を入れると即刻「不在通知」が戻ってくる。

 

先週末まではいよいよ今年も終わりなのだけど移民局と最後の交渉をしている弁護士やその弁護士とやり取りしている人々は大変な騒ぎであった。

 

本当に選挙の年は大変である。弁護士たちが前政権の方針で作った筋書きが新政権で否定されるわけだからまた筋書きをゼロから作り直す必要がある。

 

年末のクリスマス休暇に向けて時間はない、予定されているビザが発給されない、誰も仕事を抱えて時間がない、そんな、ぎりぎりな状況が先週まで続いた。

 

けど先週後半に入り移民局も観念したようでまだバタバタしているところもあるけど、つっかえてたビザが出始めた。今週に入っても昨日今日とビザが発給されている。ほんとにニュージーランド政府の政策と移民局の現場対応は政治次第である。

 

周囲のオフィスは次々とクリスマス休暇に入りレストランは24日までが稼ぎ時だから一生懸命予約取っている。

 

夜と言っても太陽が沈むのは夜8時過ぎである。つまりキーウィ系企業は午後3時頃からオフィスでビールを飲み始めて午後5時頃から会社のパーティやって明るい太陽の下でどんちゃん騒ぎとなる。

 

んー、今年も残すこと後一日のみ。必要なビザは取れたからここで一時休戦、明日のオフィス最終日に最後の仕事を終わらせて1221日からは完璧に自分の仕事に自宅で取り組む。まだ、僕にとっての今年は終わってないな。



tom_eastwind at 20:21|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月18日

人は何時の日か死ぬ。それは100年後かもしれないし明日かもしれない。昭和半ばなら交通事故とか公害。最近なら空飛ぶタイヤとか外国でテロに巻き込まれるとか、人は常に死と隣り合わせである。

 

***

死は、等しく誰の上にも訪れる。だが全ての人間が自分らしい死に方を選べるわけではない。生と死、こちら側とあちら側、勝者と敗者。この世界には厳然としたルールがある。注意深く行動したものだけが、他者を出し抜き、自分の生を全う出来る。

「水葬の迷宮」麻見和史著

***

 

多くの日本人は癌等の病気だけを異常に恐れている。癌になったらどうしよう?定期検診しなくちゃ。けど恐れるのは癌だけではなく「生を全う出来ない死」そのものであったり人間らしくなくなった時ではないだろうか。

 

上記の文章の「他者を出し抜く」とは、少し意味を変えればそれこそすべての「死と言う名前の他者」を出し抜いて生を全うすると理解して危険に注意して行動するという事だ。

 

例えば目を閉じ耳をふさいで自転車を運転すれば事故起こすのは当たり前だ。高速道路を逆走すれば事故をおこすのは当然だ。タバコが肺がんを引き起こすのは医学的にも証明されている。JTだけが何とか否定しようとしているだけだ。

 

なのに一部の日本人は日頃注意深く行動せず自転車漕いでケータイカチャカチャやって耳栓して他人を轢き殺してみたり高速道路を逆走したりかっこいいと思ってタバコを吸ってみたりして肺がんになる。

 

もちろん長生きする事だけが人生じゃない。生き残るだけのストイックな人生じゃなくて、例えばスキーを楽しんで山で転倒して死ぬこともある。サーフィンを楽しみサメに食われることもある。冬山で凍死することもある。けどそれは人生の質を向上させることに繋がるから、単に長く生きるのではなくよりよい人生を過ごせるのだ。

 

自分だけ死なないとか、死にたい時に死ねるけど何時まで経っても死にたくないから結局長生きして心臓も血管も脳もしっかりしているから最後の病気であるガンを発病して人生の最後に苦しい闘病生活を送り痛みと苦しみの中で身体をボロボロにして死んでしまう。

 

けど、ガンであってもピンピンコロリと言う生き方もある。それこそ僕の近隣では老齢で骨髄ガンを発症したけど何の治療もせずにガンの進行もなくそのまま12年くらい普通に生活をして、ある日急に体調が悪くなり病院に入ってその3日後くらいに亡くなった人もいる。こりゃ立派なピンピンコロリである。

 

数日前も延命治療で書いたけど、体中にチューブ付けて脳死状態で何年も生きることが良いのだろうか?

 

癌を恐れ定期検診を受けて毎回どきはらして癌じゃないと分かってタバコ吸ってまた半年後にどきはらするよりは、なんか他にすることないのかなって思う。

 

これから老人が急増する。其の時に個人としての心構えが出来てないと、随分とみっともない死に方をする事になる。死に恥になるのだけは避けた方が良い。



tom_eastwind at 16:13|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月17日

年末年始の始りだ。

今年の移民局のクリスマス休暇は1222日に開始、再開は2018104日である。

 

このクリスマス休暇が長いのは日本ではなかなか理解されづらい。

「移民局が休むって、その間の空港の入国管理局も休むのか?」と聴かれるが、もちろん空港の入国管理局が休むことはない。

 

この国の長い習慣でクリスマス期間は例えば首相が約一ヶ月の休暇を取る。首相が休むと、決定権を持つ首相がおらず閣僚も仕事が出来ないので休む。閣僚が休むとその下部機関である政府や組織も丈夫決定権者がいないので休む。

 

政府や組織が休むとその機関と連携を取る必要のある企業の上層部は相手がいないので自分たちも休む。

 

こうやって上の方からどんどん休んでいくのでクリスマス休暇機関中は実質的な判断が出来る人間がお休みでおらず下の方までお休みが広がっていく。

 

だからこの期間は弁護士も税理士もお休みして海外旅行したり国内の別荘でのんびり魚釣りしたりすることになる。

 

こうやってオークランドのシティのレストランの常連がオークランドからいなくなるのでレストランもクリスマスまで営業したら1月上旬までお休みになる店が多い。

 

それは移民局も同様で上部の人々は上記のようにお休みに入るのでこの時期は大事なビザの可否の判断が出来なくなる。

 

なので弁護士は自分のクリスマス休暇の前に手元に抱えてる案件を何とか処理するために激しい勢いでパソコンの前に座ってひたすら移民局にメールを送り続ける。

 

特に今年のように労働党とNZファーストが連立政権になると、この9年間の国民党に対する恨みはらさでおくべきか的な流れになり、移民局が中國からの申請を「落とすための審査」をやってみたり既にビザを発給した分についても遡って探偵を雇って落とそうとしてみたりするようになる。移民局は正義をさばく場所ではなく上部団体である政府の意向を実行するのみだからだ。

 

だもんで中国人顧客を持つ弁護士事務所は今年の終わりがパニック状態である。こっちが面談の約束してても平気でドタキャン、調査依頼をしてもなかなか進まずだ。今年彼等はクリスマス休暇中も携帯電話とパソコンは手放せないだろうな。仕事仲間であるからご愁傷様である。

 

ついでに言えば彼等弁護士と移民局とのやり取りは基本すべてメールである。直接担当者と会って話をするのは稀である。お互いに忙しいのに一件の案件の為に1時間も時間を取られてはたまらないってんでメール対応。

 

けれど空港で働く人々や公共バスや銀行の窓口など日常業務が必要な場所はカレンダー通りに営業している。

 

この、上から下ってのがどこまで下になるのかが明確でないので、ふだん日本で生活していると分かりにくいと思う。

 

オークランドのシティは1224日のクリスマスイブをシティの教会で迎えたりするので人通りは多いが、1225日になると一気に激減する。これはお正月の霞が関みたいなものでクイーンストリートを歩く人がほんとに減る。

 

今年は地下鉄工事であちこちで道路が穴掘りされているがこの工事は正月は休むのだろうか?

 

ハーバーブリッジはこの時期交通量が大幅に減るのでこの機会に毎年補修をする。1959年に作られた橋でそろそろ耐久限度に近づくので小まめな手入れが必要なのだ。

 

新しい交通手段として橋をもう一本かけるとか地下鉄をノースショアに走らせると言う案も出ているが当面は橋の道路の張替えと補強作業である。なのでクリスマス期間はハーバーブリッジを渡るのにも規制がある。でもまあ走っている車の数が激減するので交通渋滞が起こる事はないだろう。

 

さあ、年末年始の始りである。



tom_eastwind at 06:33|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月16日

延命治療

「医療の8割は無駄である」と言う話がある。これは延命治療と喫茶室の話であろう。

 

喫茶室とは老人が昼間になると病院に集まりおしゃべりをして時間を過ごしておしゃべりの合間に不要な診断や治療をすることである。

 

ある笑い話。ある病院の待合室で。

「おい、あの人今日はいないな、どうしたんだろうね?」

「具合がわるいんだってさ」

 

笑い話で済まないのが延命治療である。現在の日本の医療制度では一旦チューブを付けるとその後に外せば殺人罪である。かと言って意識不明になったばかりの親を観ながら「延命不要」と言い出せるか。

 

ニュージーランドでは延命治療という発想はあまりない。10歳の女の子が交通事故で意識不明になって延命装置を付けるが、3日位で親は「もうこの子は十分頑張った。早く天国に行かせてあげたい」と言うことがよくある。

 

これは宗教観とか社会構成の問題なんだろうけど、日本でも昔は姥捨て山があったし三世代同居で介護は自宅で行っていた。

 

社会構成が変化を始めたのは戦後の高度経済成長期である。当時の田舎の若者は東京や大阪に働きに出てそのまま都会人になり結婚して子供を作り家を買い、都会に根を張った。

 

両親は田舎の自宅で過ごすけど近くに家族がいないので体が弱ったら病院通い、それから老人ホーム、こういう流れが当然の時代になってきて、サービス付き高齢者住宅が日本中あちこちに作られている。

 

冒頭にも書いたが医療の8割は無駄であるという意見が出始めているのは厚労省もいよいよ延命治療と言う今の考え方を見直すことで医療費抑制を図りたいのだろう。

 

医療費が国家予算の多くを占めておまけにこれは死にゆく人への費用であり回収出来ない。

 

けれどもし延命治療という考え方を変えて人はピンピンコロリでありいよいよ死期を迎えればホスピスで生活をして余命を楽しみある日命を失えばそのまま葬式を行う。

 

お医者さんの法律も変えて家族の依頼があれば延命治療を何時でも停止出来るようにして自由度を高める。だって実際に昭和の頃の看護婦やお医者さんに聴いてみればよい、「あの、人工呼吸器止めた事がありますか?」って。

 

現在の杓子定規な規制と親戚や周囲の眼を気にしすぎる人々も、そろそろ意識を変えていけば良いと思う。第一呼吸器付けられた親はそれで満足なのだろうか。

 

社会全体の意識を変えていき医療費抑制を行いそのお金を健全な社会投資である幼児向け教育に使うべきだろう。幼児に社会予算を投資すればその効果は治安維持、新しい社会作り、健全な国家作りに繋がる。投資効果は十分にあるのだ。



tom_eastwind at 06:27|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月15日

殺気

昨日今日とどこに行っても殺気だらけである。弁護士事務所、税理士事務所、銀行、いよいよどこも仕事を終わらせないといけないのでバタバタしつつも、昼食のレストランに行くと良い店はどこも満席。今年最後のスタッフランチを楽しんでいるのだろう。

 

いつも行く店が大箱なのに満席で行列が出来てたから近くの昔からやってる店に行くと、ここでは何とか最後の一席に座れたがその後に来た人はもう行列。

 

オークランドで行列なんて変な感じであるがクリスマス休暇前は仕方ない、毎年の行事である。

 

けどその行列が毎年どんどん長くなっているのは、やはり人口急増の結果であろう。

 

今のこの街は本当に人が増えて人口ボーナスと言う表現がよく分かる。なにせ毎日のように新しいサービスが生まれているのだ。特にIT関連では日進月歩と言うしかない。

 

今日も朝のうちに電話会社Vodafoneに行き光ファイバーの手続きをするが、その時にも「あなた、海外出張する?」と聴かれて「するよ、シドニー、シンガポール、香港、日本」と言うと「なら海外でもあなたが持ってる電話で15ドルで話し放題があるよ」とか。

 

元々携帯電話レンタルの仕事もして多いときはNZに来るワーホリに1500台くらい貸し出して当時のちっちゃな通話機能しかない電話を観てきたが、今ではスマートフォンである。こんなちっちゃな街でもどんどん発展していくんだな。

 

電話会社の次に地元銀行を訪問する。投資家プラス顧客の投資先の調査であるが、ファイナンシャルアドバイザーが二人出て来てがっつりと国債等について説明を受ける。けどここも忙しそうで1時間で話をまとめて「けど、ここにお願いするかどうかは私の顧客次第ですからね」と言って席を立った。

 

その後オフィスに戻り10分後にオフィスから出ようとするとさっきまでミーティングしてた人がそこにいるではないか。

 

にこにことキーウィらしい笑顔で「ハロー!」と言いつつすれ違ったが彼もランチに行くんだろうな、いそいそと歩いてた。

 

今日は本当に何もかも大詰めである。



tom_eastwind at 06:26|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月14日

死にゆく旅行代理店

今日読んだ記事で「死にゆく旅行代理店」と言うのがあった。

http://blogos.com/outline/264939/

 

海外旅行に行く日本人数が減っているからもっと増やそうねってのを国策でやっていると言うが、旅行業は元々運輸省の管轄下であり国策としてインバウンドが増えているけどアウトバウンドが増えないよね、じゃあどうしようか、JTBあたりで頑張ってもらおうかと言う元ネタ。

 

この記事を書いた木曽さんは日本でカジノをやろうぜ!と盛り上がっている人物であり、その意味では旅行業に近い。カジノはすでに単なる博打場ではなく大型エンターテイメント市場になり、MICE(会議、招待旅行、学会、展示会)の開催会場として利用されている。

 

つまり木曽さんはインバウンド旅行業の立場から記事を書いている。

 

彼の視点からすれば日本のアウトバウンド旅行はもう「お前は既に死んでいる」なんだろうな。

 

ただ自分がこの業界でアウトバウンドとインバウンドの両方をやって40年間飯を食ってきて現場を観ていると、彼の意見の半分は納得出来て半分は納得出来ない。

 

1970年代から旅行業で働いていたので業界の変化は毎日のように観てきた。1970年代当時は九州の旅行ツアーが北海道に行くのにホテル予約を往復はがきで手配していたものだ。

 

日程表も手書きだしコピー機は青コピーである。もう今観ることはないだろうが、厳重に包装された青色のコピー専用紙を陽の光でダメになる前にささっとコピー機に入れて青写真を撮る。

 

1980年代に白い紙にコピー出来る機械がやって来て、それは今までと違うと言う意味でコピー機ではなくゼロックスと呼んでいた。

 

そしてFAXの登場。これはまさに時代の革命的変化であった。それまで遠隔地とのやり取りは国内なら往復はがき、海外ならテレックスだったのが、FAXで片付くようになったのだ。

 

そして1980年代にはHISが誕生、個人旅行が激増した。けどJALZEROは失敗した。当時のJTBHISを「旅行会社じゃない!」と言ってた。

 

旅行業の一番の肝は、旅行客と旅行会社の情報格差である。この格差を使って既存の旅行会社は生存していた。ところがインターネットの発達で情報格差がなくなった。

 

更にホテルや飛行機の予約がインターネットで申し込み出来るようになった。こうなれば誰が旅行会社を使って手数料払うか?

 

この意味において著者の意見には同意である。

 

日本の旅行業が狂ったのは総客数勝負に入った1980年代後半である。大型飛行機をチャーターして香港やハワイに飛ばす。激安価格なので赤字発進だから現地でのオプショナルツアーを高く設定したりお土産屋からの手数料で何とか黒字化させる。しかしお客様に寄り添ってない。顧客無視である。

 

そんなツアーに誰が行くものか。最初は安いと思って参加したけど香港のお土産屋に入ったら外から鍵かけられ山の上に登ると写真屋が無理やり写真撮って売りつける。ちなみに彼等はすべて香港マフィアである。何で言い切るか?だって現場で観ていたからだ。

 

当時ある日系旅行会社で日本から赴任して来た部長が自分の正義感でお土産とか写真とかの仕組みを変えようとしたらある夜に彼は腕を切られてオフィスはナタでぶち壊された。気づかないだけで、どこでも暴力とはそれほど身近にあるのだ。

 

そして多くのお客様はボッタクリ団体旅行に嫌気をさして個人旅行に移った。

 

但し旅行にはすり合わせと言う要素がある。パックツアー一つとっても旅行とは顎足枕、つまり食事と移動と宿泊を的確に組み合わせる必要がある。更にその費用を安くするために団体ツアーにする必要がある。

 

単体で飛行機やホテルを予約するのなら旅行会社は不要である。

 

しかし、個人で手配するより安く効率的に回るとなれば、現時点ではやはり旅行会社の団体ツアーの方が有利であるのは事実だ。つまりこれからの旅行会社が生き残るのは如何に良い団体ツアーを作るかである。

 

個人ツアーでは、僕が1980年代に旅行屋だった頃、お客様のご自宅に夜の7時過ぎにお伺いして「去年と今年はあそことここに旅行しましたよね、奥様は長期滞在型がお好きですから次はこちらはどうですか?」などと話をしていたものだ。

 

つまり旅行業とは本来お客様の懐に入ってお客様の家族事情も理解した中で、どうやって楽しい非日常の旅を組み立てるか、またはその集客力を生かして個人で手配するより安くて高品質なツアーを組み立てるかである。そのどちらも選ばずに旧態然とした個人手配や激安団体ツアーをやっていれば、そりゃ未来はない。

 

現時点の旅行業は確かに頭打ちである。伸びてるインバウンドは外国の会社に取られ情報格差がない為に日本の旅行会社が利益の取れるビジネスになってない。

 

ただそれでもひとりひとりのお客様を大事にして彼等の歴史を理解して今何が彼等にとって最も大事なものかを理解すれば、旅行業は伸びる。

 

これは日本で働く歯医者さんも同様だ。歯医者さんの世界も優勝劣敗である。

 

ある歯医者さんは無保険で実費を払う患者さんを相手にきちんとした個室で対応してじっくり時間をかけて話を聴きどのような歯にしたいのかを理解して最新の技術でしっかりと施術する。こうやってお客様は満足して友達を紹介してくれる。

 

「あそこさ、保険効かないけど綺麗にやってくれるよ」

 

そうなれば美を意識する人は旅行や食事の回数を減らしてでも歯の美と健康を意識するだろう。

 

これと同様で、旅行屋も本来の役目を理解して思い出してやり方を変えれば生まれ変わる。実際に顧客視点に立った近畿日本ツーリストのクラブツーリズムは成功している。JTBも出発地視点から到着地点、つまり自分の住む地域の旅の要素を全国に向けて発信するという方向性を模索している。但しそれは低賃金と長時間労働で成立しているという皮肉もあるが。

 

旅行産業の中の旅行業で働く人の数は減っているし既存のままでは生きていけない、けれど旅行屋の本来の役目を思い出せばインバウンドもアウトバウンドも、これからも続く仕事である。

 

本来の役目とは、個人においては寄り添う気持ちでありグループであれば企画力と価格である。そして現場を支える添乗員とは寄り添う人である。



tom_eastwind at 09:19|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月13日

コモンローと大陸法

今日は朝一番から弁護士と打ち合わせ。M&A案件等の法的助言で日本の法律とニュージーランドの法律の違いがあるので、その細部のすり合わせ。

 

日本で使われている法律は大陸法と呼ばれて主に欧州大陸で使われている。事細かに書かれてて条文が明確でそれをクリアーすれば問題ない。

 

けれどニュージーランドはコモンローと呼ばれる英米法で先例や慣例を重視する。なので明文化された条項が大陸法に比較して少なく、それが良い面でも悪い面でもある。

 

中国人が初めてニュージーランドに来るとそのルールのゆるさにびっくりすると共に穴ぬけ探しをするのだけど、この国って穴を空けているわけではなく後出しジャンケンで穴抜けした人を叩く仕組みがあるのだ。

 

これは法律を表面的に読んだだけでは理解し難く、どこに穴抜けした人を叩く仕組みがあるか視えない。特に大陸法で育った日本人にとってもそれは同様である。

 

だから日本とNZ両国をまたいだ作業をする時は両国の法律、税法、文化習慣の違いを理解しておかないと木に竹を接ぐ作業になってしまい失敗する。

 

弁護士事務所も年末の忙しさであろう、日頃見慣れたのんびりした弁護士たちが今日は本当にドアから出たり入ったりばたついてるのがよく分かる。

 

弁護士と言うのもピンきりで、キーウィは個人的にはお人好しで懐っこくて良い人々なのだが仕事となるとガラリと変わる面がある。それは「俺かお前か、死ぬのは奴らだ」的な態度である。

 

契約観念は英国の末裔であるからきちっとしている。但し多くの弁護士にとって目の前にいる新しい顧客が一回こっきりなのか継続して利用してくれるのかで全然態度が違う。

 

つまり一回こっきりの顧客は単なる食い物、出来るだけたくさん顧客のために手紙を書くけど最初から「この案件、無理だなー」と腹の中では思っている。

 

僕も仕事柄色んな案件で色んな弁護士から問い合わせが来るけど、中には「こりゃねーな」と言うような文章もある。最初からやる気ねーな、けどこれ一枚書いて送れば400ドル入るからいいや的な文章である。

 

中には最初からNZの法律チェックもせずに書いてくる弁護士もいて「あーあ」である。何せ文中に「あなたが旅行業と言うビジネスを行っているのならTAANZと言う資格を取っている筈なのに取って無いではないか!」と訴えるが、あのですね、それは資格不要なのです。TAANZが必要なのは航空券を発行する会社のみです。そういう基本的な事実を調べもせずに手紙を送りつけるのだから「あ〜あ」である。

 

NZではNZの法律がある。弁護士、会計士、不動産、医者、看護婦、など免許の必要な業種がある。しかし料理、インバウンド旅行、庭掃除、クルマ洗いなど免許の不要な業種もたくさんある。そういう現場の仕事を知らないままにラグビー脳みそで突っかかってくるのだろう。

 

他にも日本とNZの法律の感覚的な違いで言えば、日本の法律とは正義や真実を追求するものだと考えている人が多いが現実は違う。法律はあくまでも法に基づいた判断をするのみであり正義や真実は追求しない。

 

そしてNZになれば更に徹底している。何せ僕がこの国の法律を勉強するために初心者用に買った本の一番最初のページに書かれていたGolden Rule(黄金律)が「法は真実を追求するものではなく、人々を仲裁するものだ」と明確に書かれているのである。

 

つまり何が真実であるかは法律には関係ない。敵対する当事者の間に立ち仲裁するのが法廷の仕事なのだ。そしてその仕事を手伝うのが双方の弁護士。

 

双方の弁護士がお互いに言い分を並べてメールや手紙でやりとりをしてすべての記録を残す。そしてお互いの言い分が出尽くしたところで和解するか、それとも裁判にするかという判断になる。

 

しかしそれでもNZの裁判所が行うのは過去の慣例に従った仲裁であり正義の追求はしない。

 

もちろん日本にもNZにも名誉毀損、業務妨害等の法律がある。名誉毀損とは事実かどうかは関係なく他人の情報を第三者に公然と事実を提供した事をもって名誉毀損罪が成立する。業務妨害も同様に犯罪である。

 

インターネットが流行る時代であるからいろんな書き込みがあるが、観てると何時訴えられても仕方がないような書き込みで「おいおい、大丈夫か?」と観ているこっちが心配するような容もある。

 

日本人は事実であれば公表すれば良いと思ってる人が多いけど実際は事実であっても公表すれば罪に問われるのだ。

 

名誉毀損、業務妨害、どちらも3年以下の懲役である。

 

NZでビジネスをするのはアジアの国に比べてやりやすい。法制度が出来上がっておりその仕組みさえ理解していれば背中を撃たれる事はない。

 

アジア、例えばカンボジアとかベトナムだと賄賂が前提。笑い話だがフィリピンの話でこんなのがある。

交通違反で逮捕された運転手が刑務所に入れられた。同じ房の奴に聴かれた。

「おい、何でお前刑務所に入ったんだ?」

「カネがなかったからさ」

 

こう考えるとニュージーランドは良い国、平和な国といえる。しかし法律の適用は日本とはやり方が異なる。この国で住む限り文化習慣に加えて法律の違いはしっかり理解しておいた方がよい。



tom_eastwind at 20:57|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月12日

原水協と原水禁

今年ICANと言う団体がノーベル平和賞を受賞した。日本は世界で唯一の被爆国である。ICANと原爆が結びついて原子爆弾問題に取り組んでいる。

 

同時に、元々は戦後の日本で総評、社会党系列のグループと共産党系列が原水協と言う組織を作り核の廃絶を世界に唱えていたが、共産党側がロシア(当時のソ連)の原爆実験は平和のためだから問題ないと主張した。

 

総評社会党は当然であるがすべての原爆実験を反対しており、ソ連であろうと原爆実験は認めない。そこで共産党と袂を分かって作られた組織が原水禁である。

 

以来原水協と原水禁は対立状態にあり今に続く。社会党は何でも反対だし当時の共産党はソ連や中國と仲良くしていた時代もあった。ところが社会党でも1970年代には東京のソ連大使館に出入りして現金もらってスパイしてた事もある。

 

戦後の日本にスパイ法案がなく東西冷戦時は各国のスパイが出入りし放題だった。テレビに出る文化人がソ連からカネをもらい、民間企業の社長がCIAのスパイだったり、もう何でもありだった。

 

その時代から続く原水協と原水禁の戦いは、見掛けだけは「平和!」とか「ピース!」とかであるが裏では勢力の奪い合いを行い平和の祭典を別々に開きそれぞれ動員数を競い今に至る。

 

日本では今回ノーベル平和賞を取ったと各地で喜んでいて、それはそれで平和で良いのだけど、内部では政治闘争が行われており原爆をネタにした両者の駆け引きが続いているのだ。

 

表面的な部分を観て単純に喜ぶだけではなく、ソ連共産党が原爆実験をすれば平和利用なのでOK、でも米国が原爆実験をしたら駄目と言う理屈の通る団体をどう考えるのか?

 

また現実的に原爆がなくなると「核の傘」がなくなり、更に言えば北朝鮮が核開発を行っている現状で、それでも核を否定するのか?

 

更に言えば今回のICANがどちらの組織と繋がっているのか。

 

そういう、世界の全体図を観て、その上でどうやって核を廃棄するかを考えないと、「ノーベル賞取った!やった!じゃあ明日も会社で働こう!」ってだけでは意味がない。



tom_eastwind at 18:53|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月11日

髪染めと教育

大阪の高校の女子生徒が生まれつき髪が茶色くて学校から強要されて髪染めして頭皮が傷んだからと損害賠償請求。

 

がっこの教師は「多少理不尽な事があっても規則に従うことを教えるのが教育機関の大事な役割なのだから、学生は従うべきだ」との考え。

 

はい、その通り。日本の学校教育とは子供をところてん機械にはめ込んでにゅるにゅると同じような子供を作る組織なのだから黒髪の日本人社会に茶髪がいては間違いである、だから間違いを訂正するために生まれつき茶髪の子供にも黒髪にするように命令する。

 

そう、子供は社会の歯車であるべきで、歯車の形が一個一個違っていては社会は運営出来ないのだから子供の個性などあってはいけない、すべてはがっこの教師が決めた通りに「型にはまらないといけない」のだ。

 

立派な社会主義である。中國以上によく出来た共産主義である。そして子供は途方に暮れる。

 

これならそのうち「子供は社会に合うように教育する必要がある。生まれたばかりの赤ちゃんを子育ての経験がない素人母親が育児するなど間違いである。今後は教育省が生まれた子供すべてを引き取り正しい教育を身につけさせる、親などに任せてはおられん!」とでもなるだろう。

 

ヒトラーの時代にも人種差別があったが今の日本でも普通にこうやって外見のみで人種差別をする。

 

やってるバカ連中は自分たちが正しいと思いこんでいる。日本の学校は黒髪。どこで折っても金太郎飴のような若者を作るのが正しい教育。

 

そして一人ひとりが自由な発想を持つ米国で生まれたマイクロソフト、グーグル、アマゾン等に全ての商売の主導権を奪われ、更に中國で生まれたアリババの派生であるアリペイ、ウィポーが決済や連絡手段になり日本は世界の自由な発想で作られた仕組みの奴隷になる。

 

教師と言うバカが子供を馬鹿に仕立て上げて子供が世界中から食い物にされて、生まれてから死ぬまで奴隷状態になる。

 

日本の将来に対する脅威は長期的に観れば北朝鮮ではなく日本人教師だ。



tom_eastwind at 10:44|PermalinkComments(0)諸行無常のビジネス日誌 

2017年12月10日

誰がために電気はある?