2018年02月

2018年02月28日

Simon Bridges


ニュージーランド国民党党首であるBill Englishが辞任後に党首についたサイモン・ブリッジスの出自について国民の中で様々な議論が行われている。

 

それは彼がマオリ出身だからだ。

 

NZの先住民族がマオリ族である。今から1000年くらい前にタヒチの近くのソシエテ諸島から部族毎に海を渡ってきた彼らは中央集権国家を持たずそれぞれの部族が山城を築き山では狩猟、城の中では農業、海では魚釣り、そして時間があれば他部族と戦争をして首刈りをやってた。

 

1800年代になり英国貿易商がNZに出入りしてマオリから動物の毛皮を買い毛布や銃で支払いをして、1840年になるとNZは英国植民地となった。

 

マオリからすれば白人は後から来た人々であり我々マオリとは違う、彼らはパケハ(白人の意味)だと位置づけた。

 

その後マオリ戦争でマオリ族は負けたがプライドだけは負けて無くてその後も「俺たちが先住民だぞ」だった。

 

これは良くも悪くも現在まで引き継がれており政治においてはNZファースト党がマオリの意見を代表する時は必ず「我々マオリは〜」とやるし社会面ではひったくりや乞食、喧嘩、恫喝等を行う際に必ず「俺達は先住民だから何をやってもいいんだ!」と考える。

 

しかし二大政党制であるNZでは労働党にも国民党にもマオリが党首になることは今までなかった。それが今回マオリが党首になったものだから2つの意見が出て来た。

 

一つはマオリ族の意見で「彼は十分にマオリなのか?」である。この意味は彼の血液にマオリの血は流れているがモノの考え方や行動は完全にパケハ(白人)であるから十分なマオリではない、だから彼にマオリを語る資格はないという声である。

 

もう一つはパケハからの意見で「彼はマオリだ」である。つまり伝統的政党である国民党党首はずっと白人が就いていた、そこにマオリを選ぶことで政策に歪みが出るのではないかである。

 

もちろん国民党にも労働党にもマオリ議員はいる。しかし党首はNZの人口の多数を占める白人が就くべきだという考え方である。

 

この議論は白人とマオリの間で行われている。

 

アジア人である僕としてはこの議論からは敬遠してた方がいいなって感じであるが議論の行く末は観ておきたい、そしてその議論を通じて現在のNZにおけるマオリとパケハの本音を理解してアジア人としてどう対応すべきかの参考にしたいと考えている。

写真右がサイモンさん。それにしても画像の貼り付け、まだ要領が分からん。上手くいかんな。 




Siom Bridges

tom_eastwind at 18:58|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月27日

裁量労働制

今週はずっと雨模様のオークランド。けどシティ中心部はどこもビルからヒサシが出ているので移動に傘が絶対必要と言うわけではない。

 

実際にキーウィビジネスマンなど高級そうなスーツ姿で雨の中を普通に歩いてたりする。彼らからすればスーツをきれいな水で洗って汚れを落としている感覚なのかもしれない。

 

こういうシティで働く上級ビジネスパーソンの場合、大体は時給ベースではなくJob Description と呼ばれる業務内容を定めた雇用契約で年収ベースで働くので、仕事が終わらなかったらオフィスで夜まで働いたり自宅に持ち帰って処理したりする。

 

つまり勤務時間は存在せず業務内容のみ存在する。業務内容のわりに給与が低ければ働かない。給与が業務内容と一致していれば働く。勤務時間制限はない、それだけだ。

 

だから普段は昼間しかメールしない取引先から夜にメールが来ると「あ、やってるな」ってのが分かる。

 

つまり処理能力が高ければ95時で帰れるけど、そうでなければ残業か自宅持ち帰り処理。けどそれに対しての残業代や持ち帰り代は発生しない。何故なら与えられた業務を処理するのに時間がかかるのは本人の問題だからだ。

 

そしてJob Descriptionが満足にこなせなければ次の年は契約解除である。それほどにビジネスとは費用対効果を求める。

 

そんな時に日本のニュースを観ていたら「裁量労働制」ってのが今回の国会で論戦になるとのこと。

 

読んでてあれ?と思ったのが、この議論どっちも根本的にずれてるって事だ。

 

何故なら裁量労働制で勤務時間が長くなるかとかどうなるかって議論しているけど、裁量労働制には勤務時間の議論は関係ない。あくまでもJob Descriptionで与えら得た仕事をこなせるかどうかであり、裁量労働だから勤務時間が長くなるとか短くなるの話ではないのだ。

 

世の中には様々な業種がある。例えばワイン作りはNZでは4月が一年で最も忙しくこの期間に勤務時間なんて語るワインメーカーはいない。

 

年収で採用されている人には勤務時間はない。ポケットに入れてある電話が鳴ればそれが仕事時間である。

 

けど自動車工場で車作ってる人たちは集団で動いているから勤務時間を設定してないと仕事にならない。

 

業種ごとに様々な違いがあり、日本では戦後第2次産業が発達して共同作業の金太郎が労働者に要求され経営者は勤務時間を設定した。

 

これはこれで良い仕組みであったが21世紀になり金融など時間に縛られず個人で動くビジネスが成長すると裁量労働という考え方が日本にも出て来た。

 

だから裁量労働を考える時に勤務時間を考えて議論してはいけない。

 

議論すべきはJob Descriptionを明確にしないまま裁量労働制を導入して、上司が帰らないから自分も帰れない、けどオフィスにいても残業代がつかないとか、Job Descriptionが明確でないから何でもやらされて結果的に毎日残業、けど残業代なしと言う問題である。



tom_eastwind at 13:29|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月26日

電話にでんわ

以前も書いた記事だけど、携帯電話に出ないだけで怒る人が日本には時々いる。電話をかけたら必ず取るのがその人にとっては常識なのだろう。だから電話を取らない他人を電話を取らない事だけを理由に怒ることになる。

 

しかし受け取る方にも受け取る方の常識があり、受け取る方からすれば他にやることが山ほどあるのにいちいち電話でたった一人に縛られることの無駄な時間の使い方は耐えられない。

 

これがメールやチャットであれば一度に何人ともやり取り出来る。また後で処理するのも可能である。しかし電話はその場で一人しか対応出来ない。

 

また電話の大事な問題点が「言った言わん」になることだ。ベルが電話を発明した時代なら偉大な進化であるが21世紀のインターネット時代に時差連絡が出来て文字で記録が残っていれば言った言わんの議論は不要である。

 

けれど日本ではまだ電話が一般的なようで特にビジネスパーソン同士の場合、電話をよく使っている。東京や大阪の街中を歩いてても「歩き電話」をする人は目立つしそれはそれで理由があるのだろうが、いやー、日本は付き合いが大変だなと思う。

 

ニュージーランドでは日本の本州くらいの規模の国土に450万人しか住んでないわけで人口密度が低い。

 

1980年代の人口300万人のNZはテレビとラジオと新聞が情報網だった。特に地方の農家などは幹線道路から奥まっているので郵便箱は幹線道路沿いに置いておく。

 

すると田舎の郵便配達員がやって来て郵便を郵便箱に入れてくれる。もし自分が郵便を出したい時は郵便箱に現金または小切手と封筒を入れておいて自分は農場に働きに出かける。

 

では詳細情報のある新聞はどう受け取るか?これがなかなか豪快である。

 

当時は例えばクライストチャーチからクイーンズタウンを走る長距離路線大型バスの運転手が時速100kmくらいの高速で走りながら目的の農場に近づいたら運転手の足元に置いてある新聞を棍棒風に巻いて右側の窓からバスの屋根に向かって思い切りぶん投げる。すると新聞がバスの上を飛び越して反対側の農場の郵便箱の近くに落ちるという方法だ。

 

毎日配達先は分かっているので運転手が新聞配達しているようなものだ。バスをいちいち止めるなんてやらない。だから雨の日の新聞なんてびしょ濡れだけど読む方は全然急いでない。暖炉のそばにおいて乾かしてしわくちゃの新聞を紅茶を飲みながらゆっくり読むのである。

 

田舎に住んでいるとクライストチャーチやウェリントンに出かける時間がない。なので当時は通販雑誌を取り寄せて気に入った品物を見つけたら封筒に小切手を入れて洋服やコーヒーセット等を購入したものだ。

 

そんな田舎にインターネットがやって来た!これはある意味日本でインターネットが普及するよりもその衝撃は大きく人々は一気にインターネットにシフトした。

 

今まで通りテレビやラジオは見聞きするけどインターネットの情報が新たな情報収集手段となり通販で何かを買うにしてもインターネットで実物を確認出来るTrade meが大流行となり遠距離にいる人々と連絡を取るのはスカイプやメールが中心となった。

 

そんな社会では60過ぎの人々でも普通にタイプをしている。そりゃそうだ、インターネット技術は元々英語をベースにしているしキーウィは英文タイプライターを打っているので文字入力にも抵抗がない。

 

彼らがネット生活に慣れていくと次第に電話を使うよりもメールにシフトしていく。その方が時間が自由になるからだ。こうやってベル以来の電話文化はインターネット通信文化に大きく変化した。

 

テレビだってラジオだって以前は「その時間にそこにいなければ観られないし聞かれない」道具だった。その意味でテレビやラジオが個人や家族を独り占めしていた。

 

しかし現在では録画もあればオンデマンドもあるわけでインターネット技術で人々は時間的自由を得ることが出来るようになった。

 

そしてその先にくるのが携帯電話の普及である。電波さえ届けばNZ中どこにいてもメールもチャットも出来る。

 

1980年代だと一度農場に出ると夕方自宅に戻るまで一切の連絡手段はなかった。現在はケータイ一つ持っていれば農場で仕事してても連絡が取れる。畑でトラクター動かしている時にテキストが入れば後で返事出来る。

 

iPhone等スマートフォンの出現で通話機能も持つ携帯パソコンが出現した。農場で働きつつ天気チェックが出来る。畑に霜が降りるような時期は畑に設置したセンサーが作動して自宅にいるオーナーの携帯電話に連絡が入る。

 

機械とやり取りするのに会話は不要でありボタン操作のみで畑の霜取り装置を起動させることが出来る。

 

実はインターネットやスマートフォンの恩恵を受けているのは都会に住む日本人より田舎な国であるキーウィの方でありそのままビジネスにつながっているので恩恵度は大きいのではないかと思っている。



tom_eastwind at 14:47|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月25日

暦の上では

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今朝のオークランドの気温は16度。暦の上では真夏なのに夜寝る時は毛布を引っ張り出すほどにひんやりとしている。

 

それでも太陽が上ると気温が24度まで上がるので、本当に一日の中に四季がある感じだ。

 

週末の昼過ぎのオークランドシティは本当に幸せそうな顔をした地元キーウィがニコニコと街を歩き海辺のcafeでビールやワインを楽しみ、人生を楽しんでいる。

 

ウインヤード地区から吊橋を渡りシティに向かう人々は、ヨットが横切る間吊橋が上がるのを並んで待ちながら足元では海辺に足を突っ込むちっちゃな子供たち、目を反対側に向ければちっちゃなディンギーをお父さんと一緒に操る6歳位の子供達。

 

キーウィってこうやって自然とスポーツに親しむんだろうな、世界の頂点であるアメリカズ・カップで南半球の島国であるNZやキーウィが率いる世界チームが勝つのもこのあたりにあるんだろうな。

 

やはりスポーツは素質も大事だけど3歳位までに覚えたスポーツは体に染み込んでいる。

 

1990年代の赤ん坊の頃からお父さんと一緒にショーン・フィッツパトリック率いるオールブラックスが世界を相手に手に汗握る試合を観ていた。

 

アメリカズカップでラッセル・クーツ率いるNZヨットチームが世界を相手に戦い2度の優勝を勝ち取った場面を観ていた。

 

そうやって覚えたスポーツはやはり基礎から違う。その上に3歳頃からお父さんといっしょにラグビーボールを持って遊び回り6歳になってお父さんといっしょに波の少ないワイテマタ湾内でディンギーに乗り、理屈ではなく肌感覚で覚えていく。

 

世界で初めてエベレスト登頂に成功したのも英国登山隊に参加したキーウィであるエドモンド・ヒラリーで現在のNZ5ドル札になっている。

 

現在のニュージーランドは南半球の小島ではあるがスポーツ大国と言える。

 

今年の平昌オリンピックでも人気種目であるフリースキーのハーフパイプで銅メダル、スノーボードの女子ビッグエアで銅メダルと快挙を重ねた。田舎の小島でほんとに好きな事をやってて何時の間にか世界に行くのがキーウィだ。

 

暦の上ではまだ夏だけど朝晩が冷え込み始めたオークランド。スキーシーズンにはまだ4ヶ月ほどあるけど今年のリマーカブルはジャンプ台が更に大きくなるような気がする。



tom_eastwind at 12:51|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月24日

今のニュージーランドの景気

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NZ経済は10年にわたり成長しているが第二次世界大戦後のブームと比較してどうなのか?

 

過去数年ホームオーナーと株式投資家にとっては素晴らしい日々であったが給与生活をする人々にとっては生活維持が大変だった。

 

現在の経済成長は戦後3度目である。しかしその力強さだけで言えば戦後5番目である。20179月のGDP34四半期続けて上昇しておりこの間GDP25.7%上昇した。

 

しかしその成長は1950年代から1960年代のNZの黄金時代の成長には遥かに及ばない。あの当時の成長は郷愁以上の懐かしさがある。

 

1952年から58四半期続いた経済成長は合計で86.7%の経済成長を生みだした。1967年に羊毛市場が崩壊するまで。

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最近のNZ経済に関してNZヘラルド記事である。

 

この10年間でNZ経済は急激に成長した。

 

2008年のリーマンショックを国家が銀行や金融機関を100%保証する形で乗り切りその後は民間企業が成長して、

・地政学的に仮想敵国がいない。

・水力と石炭火力で電気を賄い原子力発電所を持たない。

・国策として核爆弾を持たない。

・宗教戦争がない。

・食料自給率が約300%ある。

・美しい青空と澄んだ空気がある。

・美味しいワインがある。

等の理由で北半球の人々の旅行先になり移住先になり21世紀の人気国の一つになった。

 

けれど20世紀のニュージーランドを覚えているキーウィからすれば現在の好景気も1950年代の繁栄から比較すればまだまだと言いたいところだろう。

 

現在のNZでは農業、観光、教育が国家収入を三分割している。

 

農業ではMade in NZがブランドとなり中國向けに高級農産品や酪農製品を輸出している。

 

観光ではロード・オブ・ザ・リングが大当たりして米国人の観光客を引き寄せることになり、実際にNZの景色を観て映画がCGではなく本当の景色であることに驚きそれが口伝てに広まりNZ21世紀の観光地として世界の人々を集めている。

 

教育産業は主に外国からの留学生受け入れだ。留学といえば米国や英国が主流だったが、英語を学ぶとかだけなら治安が良くて学費の安いNZとなる。

 

しかし1929年の世界大恐慌を社会主義国家として国家統制経済で切り抜けたNZはリーマンショック時と同様に北半球の大失敗の影響を大きく受けず、逆に農業大国としての地位を固めた。だからこそ人々はノスタルジアを感じるのだ。

 

1939年から1945年まで続いた第二次世界大戦で英国は大きく疲弊した。しかしNZは戦争の被害を受けず英国の食料庫として成長した、1967年に羊毛市場が崩壊するまで。

 

羊毛市場の崩壊は様々な意見があるだろうが、僕は個人的には第二次世界大戦でボロ負けしたドイツの優秀な連中が親ドイツの南米に移住して、それまでのデタラメな南米経済をドイツ式に鍛え上げて大草原で羊を飼い羊毛を北半球に売ると言うビジネスモデルを成立させた事にあると思う。

 

その後も南米はその広い大地を利用して放牧や農業で成功した。それに対してNZは南半球の小さな島国なので、それまでの公社経営では立ち行かなくなった。

 

公社経営は競合相手がいなければやっていける。しかし品質管理と言う面では話にならない。公社は腐ったキーウィーもきれいなキーウィも同じ値段で買う。だから生産者は品質管理を考えない。

 

北半球の人々からすれば同じ品質のキーウィフルーツや羊毛なら安い場所から買う。だからアルゼンチンの羊毛が売れるようになりそれまでの売り手相場が崩壊する。

 

羊毛景気が崩壊した後は食料の輸出先である英国がECに加盟してしまい食料の輸出先を失ったNZは太平洋に売る先を探してそれまでのポンド通貨をドル通貨に切り替えた。

 

しかしそれでも公社経営は変わらず悪い品質の商品を海外で売ることは出来なかった。

 

更にThink Big Projectで戦後日本のような加工貿易国家に変化しようとしたがこれも失敗。その結果として1980年には国家デフォルトを起こした。

 

そして1984年にデイビッド・ロンギ率いる労働党が政権を取りそれまでの国家統制経済から自由市場経済に舵を取り替えて現在に至る。

 

現在のNZは自分たちの国家が持つ特色が何なのかを理解している。

 

豊かな自然が育む有機栽培農業で作られた食品や酪農製品。

100PUREな自然による観光。

安全安心安価な教育。

 

21世紀のNZは先進国世界で最も遅れた国であり国防能力としては世界で最も弱い軍隊であるだろうが、世界の中では比較的住みやすく過ごしやすい国として存在する。

 

現在のNZ景気が何時まで続くか誰も分からないが、少なくともテロや犯罪の多い街で家族と一緒に生活するよりは、仕事だけは北半球で、けど家族生活は南半球でって家族が増えていくのは何となく理解出来る。



tom_eastwind at 05:59|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月23日

清潔度指数

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【ベルリン=共同】世界の汚職を監視する非政府組織(NGO)トランスペアレンシー・インターナショナル(本部ベルリン)は21日、2017年版「汚職指数」を発表した。日本の「清潔度」は180カ国・地域中20位で、前年(176カ国・地域)から横ばい。ニュージーランドが2年連続で首位、最下位は11年連続でソマリアだった。

 汚職指数は国際機関やシンクタンクのデータを基に清潔度を100点満点で数値化したもの。ニュージーランドが指数89となる一方、前年まで5年連続1位のデンマークは88で2位に後退した。日本は73で、前年の72から上昇した。

 180カ国・地域のうち、3分の2以上が50未満。北朝鮮は17、シリアは14、最下位のソマリアは9だった。

 同団体は「世界中で汚職撲滅に向けた試みが行われているにもかかわらず、動きの鈍い国が多い」と指摘した。

 アジアではシンガポールが6位、香港が13位で、日本よりも上位にランクインした。台湾は29位、韓国51位、中国は77位だった。トランプ政権が発足した米国は前年の18位から16位に浮上し、ロシアは135位で前年より4つ順位を下げた。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27199010R20C18A2FF2000/

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NZで汚職が少ないのは国民性の問題である。国民が賄賂好きなら政治家も賄賂好きになる。先日のKIMDOTCOMでも書いたがこの国の人々は基本的に不賄賂や不正を嫌う。

 

それは1800年代に集団移民としてやって来たイギリス人が真面目なキリスト教徒であり世界と隔絶された南太平洋の小島でそれが更に純化されたからだ。

 

英国の古い伝統である民主主義とキリスト教がちょうど良い感じに結びついてNZの国民性を作り上げた。

 

じゃあ日本人が不真面目か?

 

勿論そんな事はない。日本人は同じ島国であるNZと同様、他に逃げられないだけ人々の長期的信頼関係を大事にしている。米国や中國やロシアのような広い大陸を持ちどっかで犯罪やっても他の街に行けばいいって発想が出てこない。

 

でも今の日本なら田舎で悪さしても東京に出てパチンコ屋で働けば寂しいけど生活出来るってのは言えるだろう。

 

でもそれがNZでは可能か?不可能である。田舎で悪さしてオークランドに出てきても、オークランドの人口は150万人である。NZ全体でも450万人しかいないわけでインターネット時代でもありすぐ面割れして逃げようがない。

 

じゃあ田舎で悪さしてお隣の豪州に行くか?それとも英国に飛ぶか?ビザの問題もありそこまで無理して悪さをするよりも自分の生まれ育った街で悪させずに育つのが結局一番良いとなる。ここは日本と同じだ。

 

そして民主主義。NZでは国民一人ひとりが自分の主権を理解しているから自分がお上であり自分への付け届けをする必要がないと知っている。

 

日本でははるか昔からお中元やお歳暮等賄賂が横行していた。「付け届け」と言う名目で。その意味で日本人で最初に賄賂を払ったのは天皇陛下と言う話もある。これはつまり毎年の作物が無事に収穫出来た事を祝いそれを神様に初穂として献上するという「お上(神)に対する賄賂」であったからだ。

 

日本では戦国時代を除き常にお上と下々で社会が構成されていた。そこに民衆はいても国民が主権を持つ民主主義は存在しない。だから自分の上司や国政を司る政治家への賄賂を「お中元やお歳暮」と言う名目で柔らかくして渡す習慣が出来たのだ。

 

これは島国のむら社会で一生離れられない人々が思いついた生活の知恵でもある。だからお中元を送る方に犯罪意識はない、たとえそれが賄賂であっても社会に染み付いているから違法という認識がない。

 

しかしNZでは国家成立時点から英国式の民主主義が存在したからお上はいない。社会組織にはあくまでも公僕としての役人とボランティアとしての政治家がいるだけで彼らを選ぶのは選挙民である自分であり、だから自分が一番偉い。一番偉い自分が何で役人や政治家にお金を渡す必要があるか?

 

もちろん宗教行為として教会にいる神様に献金はしても自分の利害関係に直接影響は出ない。良い事したら良いことが返ってくるよって子供話は信じてないけど神様への献金は今無事に生きていることへの感謝の気持ちであるから額面がいくらでも構わない。

 

日本のように「この政治家への依頼はいくら」などと決まっていないのだ。日本では5%男なんてのがいる。政治家が口利きすれば必ず5%の手数料を民間企業が払う仕組みだ。

 

日本人もキーウィと同様真面目な人種である。生活様式も似ている。違うのはそこに民主主義があるのか、だけである。そして民主主義が根付くためには人々が自立した生活を送る勇気と根性があるかどうかである。



tom_eastwind at 08:00|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月22日

CTVビル・クライストチャーチ大地震

「誰も悪くない」。214日朝のニュースで首相が語った2011222日のクライストチャーチ大地震で起こったビル崩壊による大勢の死者を出した問題についてのコメントだ。

 

事故後長い間設計者の責任問題について検討されてきたが、やはり当初の予測通り「誰も悪くない」である。これは四角四面ですぐに責任責任と騒ぐ真面目な日本人には理解出来ない考え方だが、この国では「誰でも失敗をして成長をする。失敗を叩けば皆が萎縮して成功の機会がなくなる」と考える。

 

だからこのビルを数十年前に設計した設計者は数十年前の技術で設計図を描いたわけでその当時のやるべきことはきちんとやってた、けど地震の方が強すぎた、となる。

 

もし問題にするなら設計者ではなくこの地震の5ヶ月前に起こった地震の際に耐震性が弱ったと判断してビルの立入禁止をすべき市役所だったろう。

 

地震が起こることは予測出来る地域でありましてや沼地を埋め立てた地盤の弱い場所と言っても、それは現在の技術から逆算して考えた話である。

 

NZでは古くから地震被害は政府が保証するというEQCという組織があるくらい地震には注意を払っている。それでも当時の技術では十分な強度を持っていると判断されたのだ。

 

NZの小学校では子供に自由な発想を持たせる教育をする。そこでは失敗させて学ばせる。例えば教師は木登りをする子供を止めはしない。子供は木から落ちて痛みを感じて初めて木登りの危険性を肌で理解する。

 

そういう国民性だから子供が怪我をして教師が悪いと言うことはあまりない。また人は誰でも失敗するものだ、そこから学べば良いと考える。だから銀行の窓口で入金額を間違っても、バスが走行ルートを間違っても、皆文句を言わない。

 

これはもう良い悪いではなく文化の違いである。ニュージーランドに住んでいるのだからその文化の違いは理解して相手の文化を尊重することはNZで生きていく上で大事な要素である。

 

ちなみにこの地震で当社のクライストチャーチオフィスの入居するビルもレッドゾーン、立入禁止地域になった。立入禁止地域に夜中に泥棒が入り当社の金庫から現金が盗まれた。このあたりNZはいい加減である。



tom_eastwind at 18:21|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月21日

国外追放

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NZ移民局は米国FBIにインターネット上の違法コピー事件で訴追されているNZ居住者キム・ドットコム(NZ永住権保持者)が永住権申請時に危険運転で逮捕された事実を申告しなかった事で調査を行い本日その調査は終了した。

 

しかしその結果はまだ直属上司のリーズ=ギャロウェイ移民大臣にも報告されておらず移民局は口を閉じたままである。

 

例え移民局が結果報告の中で国外追放を申請した場合でも移民大臣はその結果を拒否することが出来る。

http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=11998870

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この事件は4年前の総選挙時のスキャンダルから続いている案件だ。

 

キム・ドットコムは元々ドイツ系移民でインターネットのオンラインソフト開発で大成功したのだがそのダウンロードソフトが米国FBIにとっては違法ダウンロードの温床となった為にFBIにより訴追されている。

 

当初はニュージーランド政府としても米国の言うことなど「知ったことか!」であったが国民党議員との癒着により永住権を取得しその後も議員の面倒を観ておりこれがスキャンダルの基になった。

 

元々総選挙の年で6年続く国民党政権を何とか追い落としたい労働党がスキャンダルを探しまくって移民局を叩きホコリを引っ張り出したのだ。結果的に総選挙では労働党があまりのスキャンダル騒ぎに嫌気をさした国民に嫌われて国民党が圧勝したと言う皮肉な総選挙であった。

 

しかし国民感情として米国嫌いなキーウィであっても自国の議員に賄賂を送り嘘をついて永住権を取ったのは、それはよろしくないとなる。

 

そこで今回NZ移民局が調査に入りその調査が終了したのが本日であり、結果的にキム・ドットコムが国外追放になればおそらくそのまま米国送りになりFBIの牙の下にキム・ドットコムを放り込むことになる。

 

まるでスパイ映画のような政治物語であるが、僕らにとって問題はここではない。問題は永住権だけだと国外追放される可能性があるよって事実だ。

 

NZを目指す日本人が何時も言うことは「永住権取得が目標だ!」であるが永住権はあくまでも幸せになるための手段でありここを勘違いして永住権取得のみに意識を集中して、実際に永住権を取得すると取得疲れで暫くは何も出来なくなる。

 

更に問題は永住権取得に意識が集中しすぎてその先の生活構築を忘れてしまい、いざ生活を始めてみるとNZの物価高、子供の学校で教師や同級生との揉め事、英語での生活の苦労、そんな中で憧れの移住生活に疲れてしまう。それでも永住権取れたんだからNZに一生住めると思い込む。

 

しかし現実的に永住権は「NZ政府によって法的に剥奪出来る滞在の権利」である。

 

真面目な日本人は自分が永住権を申請して取得する際には「何も嘘は言ってない」と思っているし本人が思い込むのは自由であるが、それは日本の法律や道徳から観た場合の思い込みである。

 

現実には永住権申請の際に提出した書類にはNZ移民局からすればいくらでも「ケチ」を付けることが出来る。

 

例えば大学学歴申請時に「私はこの学位、この単位、この資格を取りました」とやるが実際にはNZで存在する学歴と合致しない場合がある。

 

2年位前までならNZ移民局はそのまま受け入れたが現在の調査では否定される可能性がある。何故なら様々な国の様々な人々が正式な大学の卒業証書を購入して正式な書類として申請してえれー問題になったからだ。

 

だから申請時に提出した書類が現在のルールで過去に遡及して調査された場合、OUTになることもあるのだ。ここで普通の日本人なら「なんでだよ!申請した時点で調査してそれで合格ならそれで終了だろ!」となるがNZ移民局はそういう考え方はしない。

 

だから今回のKIMDOTCOMでも「過去に遡って」調査しているのだ。

 

永住権とは居住して働く権利であり市民としての権利ではない。市民権は一旦発給すると二重国籍でない限り剥奪は難しい。何故なら国外追放しようにも追放先の永住権や国籍がない限り相手国が受け入れないからだ。

 

しかし永住権とは滞在の権利であり国籍は他の国にあるから追放が可能になるのだ。

 

真面目な日本人の一番悪い癖は「僕は何も悪い事はやってません」であるが、そんな純無垢がまかり通るほど世界は甘くないのだ。



tom_eastwind at 17:13|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月20日

営業車の品質管理

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羽田空港などで白タク行為か、中国籍の男逮捕

 観光客を相手に東京・羽田空港などで白タク行為を繰り返していたとみられる中国籍の男が、警視庁に逮捕されました。

 逮捕されたのは東京・大田区に住む職業不詳・ゴ雪峰容疑者(36)で、18日、港区内のホテルで中国から観光に来ていた家族を無許可で自家用車に乗せ、およそ6000円の報酬を得る白タク行為をした疑いが持たれています。

 ゴ容疑者は、この家族を羽田空港に送りに行った際、取り締まりをしていた警視庁の捜査員に職務質問され、白タク行為を認めたということです。家族は「中国の旅行会社に頼んだプランに含まれていた」と話していて、報酬は旅行会社からゴ容疑者の中国にある口座に振り込まれていたということです。

 取り調べに対し、ゴ容疑者は「週末や休みのときに小遣い稼ぎでやっていた」と容疑を認めているということで、警視庁は、常習的に「白タク」行為を繰り返していたとみて詳しく調べています。

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港区から羽田までならタクシーで8,000円程度の距離である。6,000円にあまり割安感がないのは今が中國の旧正月で春節は多くの中國からの旅行客が日本に来るわけで繁忙期だからであろう。予約取れるだけまし、なのかな。

 

ウーバー、AirB&Bが世界で流行しているがそれぞれの国にはそれぞれの法律がある。例えば日本では人を乗せてお金をもらって常用的にどこかに連れて行く行為は運送法で整備されており、それは搭乗者の安全を守るためにある。

 

日本では人を乗せて走る場合は運転手に二種免許が要求され車も通常の車検ではなく整備も常に必要である。

 

これはNZも同様で人を乗せて移動させる場合はPライセンスが要求される。顔写真とニックネーム入りの名刺サイズの免許である。また車自体にもWOFではなくCOFと言う車検が要求される。

 

つまり日本でもNZでも白タク行為は違法なのである。友達と言って誤魔化すことで合法化されるものではない。

 

ではこのウーバーとは?日本でもNZでも違法である。

 

ただそれだけの事を世界で流行っているからと如何にも格好良いように真似をしているが、自分がやっている行為が違法と思わないのだろうか?

 

白タク行為が合法的な国でやるなら問題はない。または日本やNZの法律が実は間違っているなら法律を改正するか又は法の適用の一時停止をすべきだろう。

 

しかし白タクやってて交通事故起こしたら誰が責任取るのか?手配した旅行会社?運転手?お客の自己責任?この点明確でなく最終的な被害は乗客が被ることになる。消費者の自己責任が明確でない今の日本で果たして白タク行為が許容されるだろうか?

 

むしろ現在の日本はCV(Consumer Violence)が強すぎてタクシーの中で暴れたりする乗客もいるくらいでそっちを取り締まる法律を整備しようよって感じだ。

 

また営業車には車自体の整備不良の問題もある。空港までの移動途中で車が故障して予定の飛行機に間に合わない場合誰が費用負担するのか?緊急の代車はあるのか?

 

要するに道交法とは乗客の安全を守るために作られた珍しくまともな法律であり、これにより外国から来た観光客も安全に移動出来るのだ。

 

また当然の話であるが車の整備や二種免許取得等運送会社は個人と違い安全にお金をかけている。だからこそ規定の運賃がある。つまり安全のための原価なのだ。

 

ウーバーが格好良いとか流行と思うのは自由だが現実的に自分が白タクで交通事故に遭って運転手が十分な保険に入ってなかったら、また背後にしっかりした会社がなかったら泣き寝入りである。

 

この安全と言う要素を無視して安いからってだけで白タク使うのなら事故が起こっても自己責任と言う事でよろしくだ。



tom_eastwind at 16:38|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月19日

賃上げ2018

ニュージーランドでは今年も政府による最低賃金賃上げで201841日より現在の15.75ドルから16.50ドルになる。約5%の賃上げだがオークランドの物価上昇率は肌感覚で5%、NZ全体でも約3%なのでこの賃上げは正当と言える。NZ政府としては2021年までに最低時給を20ドルにする方針である。

 

と、ここまでは至ってまともな話なのだがNZでは民間企業は社会の公器ではなくあくまでも株主のための組織であり最低賃金の上昇はそのまま安売りスーパー等賃金の低い企業ではレジやバックヤードの機械化やAI化で人を減らすことに繋がる。

 

つまり政府の発想として理想は良いのだけど現実問題として人件費を投資ではなく費用として考える企業が人員削減を行う事で結果的に雇用が減ると言う矛盾が起こる。

 

既に優秀な労働力となっている中間層は元々最低賃金は関係ないわけでこのような賃上げはそれまで中産階級だった人々を下層階級に追いやり中間層を相対的に上に持っていくことで二極化が生まれる。

 

北半球で起こっている二極化がこのオークランドでも既に始まっている。スーパーのレジでは既に機械スキャナーで読み取る自動レジが広まりそのうち電子タグが導入されるだろう。電子タグは導入費用は高いが一旦導入されれば人間のような文句を言わず24時間黙って正確に働いてくれる。

 

そのうち棚の商品の補充もロボットがセンサーを使って自動的に行うことになるだろう。そしてスーパーから店員がいなくなる時代になる。

 

もちろんNZでも高級食材を扱っている店では人間による案内で販売対応するだろうが汎用品を扱う店では人間という失敗しやすく怠けやすく要求ばかりする道具ではなく機械と言う正確な道具を使うようになるだろう。

 

そうなると日本で精密機械を扱う森精機やファナック等の市場が広がるので日本の精密機械工場としては売上増加に繋がる。こりゃ彼らにとっては有り難いことである。

 

しかしNZでは出生率2.04でありこの国では人口が増加しているのに学校を出たばかりの社会知識のない若者を受け入れる場所がますます減少していく。

 

日本では企業は社会の公器と言う渋沢栄一の考えが定着しているが、それでも雇用を創出するかどうかは企業の決めることである。

 

安倍政権としてはここ数年官製春闘で政府が賃上げを要求している。これは最低賃金の上昇ではないのでコンビニの合理化が進むわけではないからNZの政策に比較すればまだましだ。

 

しかし高齢者対策で雇用の長期化を行いつつ彼ら高齢者の賃金を60歳以降は次第に切り下げていく事で低賃金に抑え込み、同時に新入社員を採用しない事で企業における年代の歪を生み出す可能性は高い。

 

世界の歴史の中で普遍的な正解はない。常にその時代の民衆が求める答を提供するのが政治家の仕事である。

 

今回の賃上げは前政権である国民党も同様の事を行っただろう。但し国民党は雇用の創出を熟考して外国企業の参入を受け入れた。現政権である労働党は賃上げと共に外国企業の参入をどこまで受け入れるのか?

 

人口450万人で内需の乏しい国が生き残る方法はそんなに沢山ない。そのことを労働党がどこまで政策として実現出来るかがこれからの見どころだ。



tom_eastwind at 16:52|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月18日

ドミノ・ピザ

シティ中心部に5店舗を持つドミノ・ピザのフランチャイジーがNZ税務署(IRD)によって会社清算させられた。

http://www.nzherald.co.nz/business/news/article.cfm?c_id=3&objectid=11996147

 

その理由はフランチャイジーオーナーがきちんと納税をせずに放置をしていたためにこれ以上の営業は認めないとしたのだ。

 

ドミノ・ピザは市民に定着したサービスでありうちの会社の1ブロック隣にもある繁盛店である。まあ税金はちゃんと払おうぜって当たり前の話である。

 

この国ではきちんと納税していればかなり自由に仕事をさせてくれる。自分自身の経験でもある。この国では税金をきちんと払えば主張出来ることは主張出来る。日本の税務署のようにこっちが悪くなくても税務署の職員への手土産として追加納税って発想はない。この点は英国式民主主義が徹底されていて分かりやすい。

 

キーウィはこういう点は真面目でありインド系や中国系の誤魔化しを嫌う。シティの人々からすればドミノ・ピザは大事な食料庫であり誰が経営してても構わないが昼食基盤の一つとしてシティの人々に組み込まれているのだからこんな事で閉店されては困るだろう。

 

ドミノ・ピザ本体はこの件に関わっておらずフランチャイジーが清算された後も本体が店舗営業を継続するようだが、本体からすればえれー迷惑である。今後はインド系には貸さないぞくらいの勢いではないかな。



tom_eastwind at 13:59|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月17日

高齢者対策

今日のオークランドは天気が穏やかだ。出張に出てた間のオークランドは天気が悪かったようで昨日や今日は「久々にいい天気だね」と周りで言ってた。

 

しかしなー、南島の青空をずっと観てきたので今日のオークランドが晴れだよと言われても何か違和感がある。

 

良くないなー、日焼けした上腕を引っ掻きつつ頭をオークランドに戻す努力をする。頭を切り替えるためにまずは近くのプールに行き水の中で身体を引っ張り戻す。水泳は子供の頃から真面目にやってたので良かった、これで少しは頭の中が切り替わる。

 

考えてみれば僕のパスポート年齢が60歳に近くなっているが頭と身体の感覚は未だ28歳である。28歳当時のスーツを今も時々着ている。頭は禿げたが身体は軽く動いている。

 

30年前だと60歳定年って言葉があったが今の時代は60歳過ぎても現役だよなと思う。

 

ニュージーランドでも年齢に関係なくよく働く人がいる。以前いつもお願いしたタクシー運転手のキースは75歳で現役運転手で、自分の好きな時間に運転して人生を楽しんでた。

 

仕事を早くに引退する人でも常に社会との関わりを持ちボランティアとして社会に貢献している人も多い。

 

そう考えると日本の定年制度ってのは人間として現実的なのかなと思うが、日本では労働者はあくまでも機械の歯車であり一定期間が過ぎたら廃棄(定年)して新しい機械(新入社員)を入れるのだから場所の広さの問題もあるし日本株式会社である以上入れ替えは当然な仕組みなのかなと思ったりもする。

 

ただこの個人的な問題と年金を絡めて来るのは、やはり「日本政府キタネーぞ」と思う。

 

元々政府が日本人個人を社会の歯車にするために小学校からところてん教育を行い自由な思考を奪い精密機械の歯車に作り上げて社会に放り込み何も考えさせず働かせておいて60歳になったら「定年」と言う名目でポイ捨てして退職者が自分で自由に考えることも出来ないまま「濡れ落ち葉」となる状態を作ってきた。

 

それが自分の懐具合がおかしくなると国民に向かって「まだ元気!65歳まで働け!」とやる。これも後10年もすれば「70歳まで現役!」とか言い出して自分の借金である国民の年金支払いをせず代わりに民間企業に長期雇用で「給与」と言う形で転嫁させる。

 

もちろん生涯現役ってのはありだ。政府が決めるのではなく個人と企業が話し合って適正な労働条件で60歳過ぎても働ける仕組みがあれば良いと思う。

 

しかしそれを政府が自分勝手な理由で民間に付け回しておいて偉そうに理屈ばかり付けているのはどうも納得出来ない。

 

とは言っても僕は日本で年金もらう立場ではないし直接には関係ないのだけど、何で日本国民って怒らないのかな。

 

長いものには巻かれろなのか無思考状態なのか、けど自分の懐に直接政府が手を突っ込んで引っ掻き回しているのに黙ってニコニコしているだけなのか?

 

民間企業のサービス対応には消費者として鬼の首を取ったように怒鳴り上げるのに政府が手を突っ込んできても何も言わないってのは、どうも理解出来ない。

 

今回の高齢者対策は単純に政府が約束したカネを払わないってだけのことだ。



tom_eastwind at 16:59|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月16日

国内出張終了

南島の出張から6日ぶりにオークランドに戻る。シティの人混みに入ると南島の良いところばかり思い出してしまう。

 

青い空に透き通った空気、人々は人間らしい顔で生活しており誰もが笑顔で接してくれて誰もが笑顔を期待していて誰もがそれを裏切らない。

 

やはりニュージーランドは南島だな、そう思わせる今回の出張だった。

 

ビジネスだけを考えれば今のNZではオークランド、それもシティが一番である。行政、金融、法律、必要とされるすべての素材がシティに集中しているので何をするにも5分も歩けば片付く便利さは、これは南島にはない。

 

けれど人間なんて仕事だけで生きているわけではない。人間らしい生活ってのは一日の三分の二以上を占めるわけで更に土日や祝日を考えれば、本来は人間らしい街で生活をすべきである。

 

僕のニュージーランド生活は30年前のクイーンズタウンから始まった。当時のクイーンズタウンは人口4500人、日本人が10人もいない田舎町だった。

 

自宅の玄関に鍵をかけず誰もが誰をも知っていて人々はのんびりとした生活を過ごし、夏場はトレッキング冬場はスキーに来る北半球からの観光客を相手に街が成り立っていた。

 

今はすっかり世界的観光地になったクイーンズタウンは当時とはすっかり姿を変えているが今回訪れた南島の街は今も往時の雰囲気があり、それでいながら街にいればインターネットが整備されて世界とつながっている。

 

主要産業である農業も北半球の最新の仕組みを取り入れて環境保護と自動化を同時に進めている。

 

オークランドに戻りオフィスに戻り机に座り日焼けした腕を伸ばしてシティの交差点を眺めて人々が寒々とした顔で行き過ぎるのを観ていると、一体ここはどこなんだろうと感じてしまう今回の南島出張だった。



tom_eastwind at 12:56|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月15日

バカの使う英語

日本の記事を読んだりニュースを観たりしていると、とにかく略式英語が多い。

 

スマートフォンがスマホになったりスケートボードがスケボーになったりするのはまだ日常生活の範囲内としても、ビジネスマンが平気で「コミットメント」とか何とかカタカナ英語を並べてそれでまるで自分が偉くなったように話すのを聴いているとこっちの耳が痛くなってくる。

 

英語でなければうまく表現出来ない場合はまだしも、昔からきちんとした日本語があるのにカタカナ英語にしてしまい、こっちが聴いてると何を言っているか分からないから聴き直す。

 

すると相手はまるで鬼の首を取ったように嬉しそうにまるで「何だそんな事も知らないのか、おれは知ってるぞ」って顔をするのだが、こっちは原語である英語の意味で考えるから相手が何を意味しているのか悩んでしまう。

 

本来のCommitmentは様々な意味がある。関わる、約束する、誓う、枠、業界によっても使い方が異なる。

 

なのにご本人は自分の業界だけで使われている、それも和製英語であると理解せずに単純に「イケてる」と思って他人と差別化するために使っているのだろうが、実にアフォーである。この場合のアフォーはカタカナ英語ではなく阿呆を日本語的に俗語化したものである。

 

英語を公用語にする日本企業もあるしそれはそれで悪いと思わない。但し英語を学び使うなら原語の本来の意味を理解していないと英語を母国語とする連中からみたらみっともないだけである。

 

むしろ正しい適切な日本語をまず学びこれからは自動翻訳も進むわけで適切な言葉を日本語が話せない人々に伝える際には通訳を使えば良いだけだ。

 

それに発音が痛い。例えばりんごを英語で言うと「アップル」と思い浮かべるだろうが、実際の発音問題としてはカタカナでは書きづらいが「えっぽー」が近い。「あ」と「え」の間の発音と語尾のLEがその前に来る音によって変化する。

 

僕が未だ持って正確な発音ができない単語に”Fern”がある。他にも沢山ある。山ほどある。だから僕は発音の難しい単語の場合は他の発音しやすい言葉に使い分けることにしている。

 

更に同じ英語であっても英国語とキーウィ英語は微妙に違うし米語とも発音が異なる。

 

オーストラリア人が米国に旅行に行った時に「何時来たんだい?」と聴かれて「死に来たんだ」と返す冗句はよく使われる。

“I came here today” をオージー英語で発音すると “I came here to die”になる。

 

昔松田聖子が米国で英語で歌を歌った時、それを聴いた米国人が拍手しながら「君の日本語は素敵だよね、何だか英語のようだよ」と言われた話がある。

 

このように英語と言っても様々な使い方や発音があるわけで、分からずに乱用して他人より偉いもんねと思うのは止めた方が良い。むしろ日本語しか出来なくても「粗にして野だが卑ではない」姿勢で堂々といるほうが余程かっこよい。



tom_eastwind at 12:54|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月14日

融通無碍

ウェリントンはcafeの街としても知られている。Cafeと言っても現在はコーヒーが中心である。フラットホワイト、カフェラテを中心として様々なメニューが開発されてそれが更に広がりをみせている。

 

NZは元々英国文化の国であり紅茶が当然であったが20年位前にスターバックスが進出して、それまで普通のお店ではお湯タンクに入って飲み放題1ドルだったコーヒーがスターバックスで一杯3ドルで売り出され、それまでNZになかった美味しさで一気にNZのコーヒー文化が始まった。

 

そして20年経った現在では本家のスターバックスを凌駕する勢いで地元コーヒーショップが展開されている。美味しいコーヒーを作るバリスターと言う職種も人気で多くの若者が自分独自のコーヒーを作りお客に振る舞い、15ドルでも売れている。

 

5ドルあればビールが3本買えるぞなんて思っているのは長い間コーヒーを飲んでない人間の発想でしかなく多くの人々はコーヒー文化を楽しんでいる。

 

そしてNZのコーヒー文化はどうもコーヒー文化の本家とも言える米国コーヒー文化を、味と雰囲気と言う点ではもしかしたら上回っているのではと言う事がある。

 

数年前にニューヨークから来たレストランコンサルタントと話す機会があったのだが、その彼がいみじくもNZのコーヒー文化を評価してて「こりゃ面白いぞ」と言ってた事にある。

 

実はこれは料理にも言える。今のニュージーランドのレストランで出される料理は旨いのだ。変な表現かもしれないが、NZでは30年前まで食べ物が極度に不味かった。

 

これはNZの元々の文化に原因がある。1800年代に移民としてやって来た英国人は集団移民が中心で、英国の中産階級、つまり真面目なキリスト教徒がその教えと共にやって来た。

 

彼らは労働を神との契約と考えよく働き禁欲主義者として美味しいものを作ることを望まなかった。

 

美味しいものを追求するのは欲望であるから駄目って事だが、じゃあお隣のフランスは不信心者って事で何度も戦争仕掛けたのか?

 

まあいい、要するに栄養さえあればそれでよい、芋と肉を焼いて塩コショウだけで食べればよい、それこそ神との契約だ、そんな考え方だった。

 

だから僕が1970年代後半に初めてニュージーランドを訪れてあちこちの街を回り素敵なホテルに泊まったのだが、どこのホテルのレストランも食べ物には閉口したものだ。

 

ステーキは焼け過ぎで僕は一人で「こりゃ草履ステーキだな、履けるくらいだぞ」と思ってた。料理の素材は良いのに敢えて料理をすることで不味く作り上げる、ある意味芸術的であった。

 

それが1980年代にNZがアジアに対して開国するようになりまず香港人がやって来た。彼らの作る中華料理はびっくりするほど美味しくてキーウィはその中華鍋を「魔法の鍋=Magic Wok」と呼んでいたほどだ。

 

1990年代には日本料理が紹介されるようになり健康的で美味しいってんで寿司や天ぷら、そして決定的な「テリヤキソース」が導入されてNZの食文化が大きく変化した。

 

そして21世紀に入ると多くの外国人がやって来てそれぞれの郷土料理を持ち込んできてNZの食文化が完全に変化した。

 

この時に運が良かったと言うかコーヒーと同様でNZには元々NZ料理やNZの飲み物と言う「原型」がなかったので、どのような食べ物も飲み物も融通無碍に受け入れることが出来たのだ。

 

例えば日本には日本料理があるし中國には中華料理という原型がある。だから米国式のマックやKFCが来ても米国の味ではなくそれぞれの国の味に微妙に変わってしまう。

 

ところがNZではその原型がない。だから他国の料理をそのまま受け入れることが出来たし、更にそれを脳天気なキーウィが独創性を持って組み合わせるからステーキハウスの前菜に味噌味のカルパッチョが出てきたりする。

 

要するに味噌の使い方はキーウィにとっては融通無碍、日本人のように「味噌はこう使う!」なんて原型がないのだ。

 

NZでは料理学校やホスピタリティ学校が次々と出来てそこで働く講師は世界を渡り歩いたプロであり彼らがキーウィの空っぽな脳みそに次々と新しい技を教えていく。

 

それは勿論コーヒーも同様でバリスタ学校で学ぶ若者はコーヒー作りに独自の創造性を生みだしてファンを作り文化を昇華させている。

 

良くも悪くも原型を持たず禁欲的な文化だったNZ21世紀の北半球の美味しいものが一気に流れ込んできた。良くも悪くも世界の中で最も遅れた田舎の国だったから北半球の出来上がり進んだ文化をそのまま受け入れることができた。

 

この国の食文化がこれからどのように発展するにせよ、一度覚えた美味しい料理は今更19世紀の禁欲的文化に戻ることはない。

 

南島の古い街を回りながら40年前の事を思い出しつつ現在の素晴らしく美味しい料理を楽しむ。NZは良くも悪くも幸運な国である。



tom_eastwind at 12:51|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月13日

紳士

「俺は、他の正義漢とは違う。敵のレベルまで落ちるのを恐れないからだ」

マーク・グルーニーの小説「暗殺者の鎮魂」に出てくる言葉であるが、これよく分かる。

 

僕自身が海外で30年生活をする中で覚えたのは、それがビジネス取引であれ直截な喧嘩であれ個人的な付き合いであれ、とにかくカウンターパートナー(味方)なりカウンターパート(敵)があれば彼らと同じレベルに自分を置くことである。

 

紳士に対してはこちらも紳士として接して紳士でない人に対してはこちらも紳士でない態度で接する。

 

一般的な日本人の場合はどうしても自分のスタイルと言うものを確定してしまい、相手がどうであれ自分の流儀でいくということになる。その方が面倒臭くないってのが大半の理由だろうが。

 

しかし世界には様々な考え方の人間が60億人いる。そしてそのうち少なくとも20億人は飢えている。

 

そして彼らは自分が生き残るためなら相手が死んでも気にしない連中である。

 

彼らの手の中にあるAK47自動小銃の引き金を引いて雇い主から金をもらう。殺した相手が誰なのかどうでもいい。

 

香港時代は随分いろんな事を観てきたしやって来た。何故なら相手がいろんな事をやるからだ。1990年代当時は重慶大厦も健在で偽造パスポート、密輸入、麻薬、何でもありだった。

 

中国本土から中国公安警察の支援を得たギャング団が高速ボートで香港にやってきてAK47を振り回して狙いをつけた麻雀荘を襲撃してそこにいる客から金目の物を全て奪い撃ち殺す、そういうのが日常茶飯事だった。深センでは香港のビジネスマンが建てた工場を狙ってビジネスマンを誘拐して身代金を持ってきた秘書を殺し奪ったカネを車に積み込み、同時にビジネスマンの身体をバラバラに刻み四川省まで行く道すがら10km毎に捨てていく。

 

当時の欧州人からすれば香港は東洋の真珠でありながらそこで働くと言うのは東京都中央区で生まれ育った若者がいきなり九州の福岡に転勤と言う感覚であり「箱根の山を越える様なお話であれば退職致します」であった。

 

このあたり元外交官でありMI6であったジョン・ル・カレの小説スマイリー三部作の「スクールボーイ閣下」の冒頭の場面によく描かれている。

 

そんな本を香港で読みつつ目の前にいる欧州人や香港人や大陸中国人の行動や考え方を学びつつ、あ、こりゃ状況に合わせて自分を変えないと世界では生きていけないぞと思うようになった。

 

だから今のんびりしたオークランドで生活をしながら「紳士」の定義を書くアメリカ人を興味深く読んでいる。

 

表面的にはのんびり観えても常に相手に合わせて自分を変えていくことは忘れていない。のんびりしたってのはあくまでも仕事をしてない時であり、仕事をする時はカメレオンのように状況に応じて自分の身体の色を変える必要がある。

 

もちっと休めば?と言われそうだが、休むのは死んだ後にいくらでも出来る。まずは今を生きることだ。その為に自分自身を変化させる。その事を絶対に忘れない。



tom_eastwind at 05:47|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月12日

国内出張

今日から国内出張だ。

 

僕は長いことNZに住んでいるが、NZ国内で回ってない場所も多い。例えばノースランドと呼ばれる北島の一番上の方の観光地もとても人気があるのだけど

まだ行ったことがない。

 

観光で行くには日々の時間がないし出張で行く場所でもないので必然的に行く機会がなくなる。

 

今回のウェリントン訪問は数年ぶり以上かもしれない。この街は政治とカフェバーが中心なので、賑やかでお洒落で良い街であるのだけど長い間訪問する機会がなかった。

 

ほんとはこれも変な話である。せっかくNZに住んでいるんだからもっとNZ生活を楽しめよって言われそうだが現実問題として毎日の仕事をこなすのが精一杯で日本出張も年に10回はあるわけで数日観光する時間があるなら数日自宅で寝ていたいとなる。

 

それにしてもウェリントンはきれいな街である。この国の首都として人口は30万人前後であるが、人口150万人のオークランドが東京の新宿の下品な東口とすればウェリントンは東京恵比寿の上品な街である。

 

空港と街は山一つ越す形容だがトンネルがあるのでシティまで20分。近くて良い。

 

そしてレストランやcafeがどこも良い。お洒落でいながら気取ってなくてサービスの質は高いのに友達のように接してくれる。

 

そうは言っても今回はあくまでも出張なので旅を楽しむ余裕はない。さあ仕事だ。



tom_eastwind at 05:31|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月11日

夏の風物詩

毎年この時期になると出て来る風物詩が「納税」である。日本だと1231日、NZだと331日が締め日で毎年この時期に書類整理作業が始まる。

 

両方の国の納税を経験した立場から観ればNZの方が「ちゃんと客の言い分を聴いてくれる」と感じている。

 

もちろん個人的にはNZの税務署に叩かれて怒っている人もいるだろうが僕は主観ではなく仕事としてやっているので両国を客観的に観て感じている事である。

 

日本の場合税務署に限らず検察も同様であるが、とにかく見込み捜査が大好きである。最初に「こいつは絶対こうだ」と見立ててその筋書き通りに物事を進めていく。

 

まさに観たいものだけを観て見立てに合わない証拠は「なかったことにする」のである。このあたりまるで中韓のようであるがそれが現実だ。

 

特に税務署の場合はこちらが何を主張しても「否認」の一言で終わりである。一つ一つの証拠と法的理論を列挙しても「一つ一つが正しくても全体的に観て認められない」とやる。

 

こんなの完全な無法地帯である。それでも叩かれた事がない一般人は日本が法治国家だと信じている。そして言う「正義は勝つ!」と。

 

これに対してNZでは民主主義が根付いており納税が大事と言うことを国家も国民も大体理解しており税収を増やすために上手い仕組みを作っている。

 

例えばNZは個人や企業が利益を得た際にゴソっ!と取るのではなく、個人や企業には潤ってもらいそしてお金を使うように仕向けて消費を拡大させて企業を更に潤し消費税15%で稼ぐのである。

 

それから国民に「実質的抗弁権」があるのが良い。IRDも日本と同様に最初に見立てをして調査が入るが、こちらが一つ一つきちんと筋を立てて説明すれば話を聴いてくれる。

 

その結果としてこちらの意見が通れば最後はにこっと笑って「そうなんだ、じゃあいいよ」で終わってくれる。

 

これは僕個人の経験でもあるし付き合いのある個人や企業の税務対応をした時も同様だった。

 

もちろんどうしようも無い場合もある。例えばNZでは移住後最初の4年間は海外での不労所得には課税しないと言う決まりがある。逆に言えば5年目からは海外での不労所得に課税するよって事である。

 

ところがNZに移住したけどNZの税法をきちんと税理士から聴かず「海外所得は申告不要」と思い込み、移住後8年経過してIRDの調査が入り3年分の海外不労所得が無申告だったと言うことで追徴課税されたケースがあった。

 

これはどうしようもない。どこの国でも自分を護るのは自分である。居住国の法律は居住開始する際には弁護士や税理士から移住者が陥りやすい法律の勘違いを聴いておく必要がある。

 

それでも比較論で言えばNZの方が経験上「話を聴いてくれる」だけ良いとは、この季節になるたびに感じることである。



tom_eastwind at 08:50|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月10日

誰もが幸せになるわけではない人口増加

最近のオークランドは人が増えたな、そう思うのが週末のショッピングセンターを回る時である。

 

自宅近くのショッピングセンターはブリスコが新しく出来て盛況である。また元々は幅10メートルくらいの広々とした通路だったところの真ん中に次々とcafeが作られて歩く部分が半分くらいになった。

 

今日の土曜日にショッピングセンターに行くと雨のせいもあり駐車場を見つけるのが大変だった。

 

但し、だからと言ってどんな店も繁盛しているってわけではない。例えばブリスコが進出すると同じショッピングセンター内にある家庭用品を売ってるちっちゃなお店は価格の違いで客足が落ちている。

 

フードコートではKFCやマクドナルドは何時も行列だけどあまり特徴のないケーキやマフィンを売ってる店はいつも暇そうである。

 

僕がよく行くcafeは地元キーウィが多く田舎の社交場として繁盛している。チップスやオープントースト、サンドウイッチなど昔からの食べ物を出す店だ。

 

けれどその隣にある怪しげ持ち帰り寿司屋は店主が忙しそうにしているが店頭に置かれている訳のわからん寿司が乾いており、あまり売れている様子はない。

 

人口が増加したからって何もかもが上手くいくわけではないってのがよく分かる。この街は急激に膨れ上がったがその速度に追いつけない人々にはきつい。

 

その中で唯一安定しているのが不動産市場である。それも今このcafeでコーヒーを飲んでいる白髪のおじいちゃんやおばあちゃん世代はオークランドの住宅が20万ドルだった頃に買いそれが現在は100万ドルになっている。

 

日本でも言われている「逃げ切り世代」とも言える彼らは週末のコーヒーを家族と共に楽しんでいる。

 

この世代の人々からしても「最近は人が増えたわねー」と思っているだろうが、それが街の活性化に繋がりcafeのメニューが増えて料理の質が上がりコーヒーが美味しくなっている原因であることは分かっている。

 

週末の土曜日、多忙なショッピングセンターのcafeでたくさんのキーウィ家族の賑やかな会話に囲まれて僕は一人パソコンを叩く午後であった。

 

When was the last time you connected with an old friend?

(あなたが古い友人と最後につながったのは何時ですか?この店で)

 

Cafeのナプキンに太字で印刷された文字。このやろー、こっちは人口増加で忙しいんじゃ。



tom_eastwind at 17:49|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月09日

産経ブーメラン

「報道機関を名乗る資格ない!」と騒いでた産経が直球ブーメランで自分こそ「報道機関を名乗る資格ない!」事を証明した事件。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26668440Y8A200C1CR0000/

 

沖縄で起きた交通事故で米兵が事故者を救助した際に後続車にはねられたと言うネタを産経が記事にしたが沖縄タイムスと琉球新報は掲載せず。

 

それに対して産経は「お前らは米兵の勇敢な行動は記事にせず悪いことばかり書くし左翼的な捏造記事ばかり書く」という意味で作られた記事である。

 

しかしその後自分こそガセネタをネットで掴み現場にも行かずクロスチェックもせず記者の思い込みで記事にして他紙を強烈に批判したが、自分こそ捏造記事を書いてたって直球ブーメランである。

 

民進党もしょっちゅうブーメランやった挙句に自分の頭にブーメランが当たって脳みそカチ割り、政党助成金どうするのよ〜って言いながら脳みそばらばらになって分党したが、最近のマスコミは民進党並である。

 

一体記者とは何なのか?

 

記者とは本来社会の木鐸である。学校でしっかり歴史や社会や地理や理科を学び新聞社などマスコミ就職後は先輩の後を付いてしっかり現場を回り夜討ち朝駆けで働くが、その基本となるものは社会を良くしようとする姿勢である。

 

不偏不党、自民党にも共産党にも偏らず、あくまでも自分が学んだ哲学を基礎として自分なりに社会に警鐘を鳴らしていく、それが社会の木鐸である。

 

ところが現在の上記のような記者は一体どのような取材をしたのか?

 

本土の新聞記者って事で那覇の松山あたりで浮き名を流して偉そうにして地元のネーチャンが話すのを小耳に挟んで、クロスチェックもせずに二日酔いで記事書いて挙句の果てに自分の会社のライバルである左翼新聞を叩くと言う暴挙に出たのだろう。

 

けれど言いたい、おいおい記者なんだからもちっと社会の木鐸やってくれよと。

 

しかし現実は既にマスコミは形骸化されており、記事を発表する政府の下っ端もバカならそれを真に受ける記者もバカになり、社会の木鐸が本来行うべき仕事をまったく行っていない。

 

戦後、1970年代くらいまではそれなりにマスコミが良い記事を報道していた。人々はそれを信じて第四の権力として評価した。

 

ところが21世紀になりマスコミの力は急に低下した。

 

これはおそらくだが日本政府に記者クラブで守られ経費使い放題でどんな会社にも足を踏み込め言いたい放題、誤報を出しても自分は何の責任を取らなくても良いと言う雰囲気が醸成されたからだろうな。

 

どんな事を言ってもマスコミは民間企業でありそれをそのまま信じるのは情報弱者であるからそのマスコミ、つまり新聞代払ったりNHK受信料払ったり民放観たりするのはご本人のご勝手。

 

ただマスゴミが流している記事は既に昔と違う。今は本当にゴミになっている。読む方は十分に注意して「これ、ゴミじゃねえか?」と健全な疑問を持つことが必要な時代になった。



tom_eastwind at 14:13|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月08日

名護市長戦 祭りのあと

昨日のニュースで名護市に追加配分される交付金に関する菅官房長官のコメントが出ていた。

 

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菅義偉官房長官は7日午前の記者会見で、政府が沖縄県名護市への支給再開を検討している米軍再編交付金について、過去に米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設に反対していた現職市長が受け取りを拒否していた期間の分を上乗せすることで調整に入ったとする一部報道を否定した。菅氏は「過去にさかのぼって交付する制度にはなっていない。法の規定にのっとって、適切に対応する」と述べた。

http://www.sankei.com/politics/news/180207/plt1802070016-n1.html

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ここから先は推測である。

 

いやいや、菅官房長官は本当に役者である。頭で考えている事と人に話すことを全く変えてもそれが一切分からないから役者である。

 

交付金を遡って払わないと公表する時は本気で払わない気持ちになっているからそうやって言い切れる。誰に聴かれても堂々と「何言ってんだ、そんな制度じゃないのに、払えるわけないだろ!」と言い切れる。

 

しかし自分の執務室に戻った瞬間沖縄出身の議員や防衛省の役人を集めて、どうやって名護にカネを落とすかマスコミにバレずにやるのはどういう方法が良いのかの議論を始める。

 

名護の公共事業に政府のカネをまぎれこませ東京と那覇の建設会社の間で上手い事やって帳簿上は一切お金が動いていないけど、実際は政府からの資金援助が入る。

 

その事実を知っているのは菅官房長官と一部の利害関係者だけでありその事が他所に漏れることはない。

 

しかし今日本政府がやろうとしていることは明確だ。東京と沖縄と米軍とがそれぞれ三方一両得を狙いつつ利権を狙う。しかしその中で一番立場が強いのが江戸時代から現代まで無理を強いられ差別を受けてきた沖縄である。

 

日本からすれば琉球の併合から始り沖縄の人々に標準語を学ばせ名前の呼び方を本土風に変えさせて挙句の果てに第二次世界大戦の戦局が悪化すると沖縄を捨て石にした。

 

米軍からすれば飛び石作戦で沖縄を攻めたわけで沖縄の人々に個人的な恨みがあるわけではない。

 

むしろ第二次世界大戦以前に米国に移住した沖縄の人々が米軍属として塹壕に篭った沖縄民間人を助けようと、昔の同級生に声をかけて「おい、俺だよ、お前の隣の机に座ってたんだよ」と行動した。

 

それでも実際の戦闘では多くの沖縄の人々が戦争で死んだ。その事実は変わらない。

 

そういう立場で考えれば現在米軍基地を受け入れている沖縄が一番強い立場と言える。

 

そしてその沖縄は現実問題として琉球を強くするために日本政府からカネを取る。日本政府はカネを渡す際に自分たちも稼げる仕組みを作る。米軍は自分たちがネタにされているのは知っているが日本政府が沖縄駐留費用を払ってくれるので問題はない。

 

その原資は?もちろん日本国民の税金である。

 

ここまでは推測である。しかし世の中がこうやって動いていくのは現実だ。



tom_eastwind at 16:32|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2018年02月07日

ワイタンギ・デー

昨日はワイタンギ・デーと呼ばれる国家の祝日。正確には英国がアオテアロアと呼ばれていたニュージーランドを植民地にした日であるから当時のNZからすれば独立記念日でもなければ建国記念日でもない、乗っ取られ日である。

 

そう言えば425日の国家の祝日であるANZACDAY(アンザック・デー)も実は第一次世界大戦の派手な負け戦の記念日だから、この国は余程自虐心が強いのかと思ってしまうが、ユーモアのセンスが違うのだろう。

 

ワイタンギ・デーは元々あるビジネスマンが英国で仕掛けた原野商法みたいなのを英国政府が逆利用して当時不満の溜まっていた英国中間層をガス抜きのためにニュージーランドに送り込んだ仕組みの総称である。

 

1800年代の英国は産業革命が進んだが労働者の生命財産は虫けら並であり15歳の子供が一日12時間働かされて寝るところは不潔、トイレも整備されず病気になれば首になり病院に行くカネもなかった。

 

このような無法者による資本主義の労働者への強奪が英国を二極化させた、そういう社会の現実を経てその後共産主義が生まれる原因の一つにもなった

 

また1800年代当時のロンドンでは例えば1854年衛生設備の不備でソーホーからコレラが大流行したりテームズ川があまりに臭くて国会を開催出来ない程になったりと、衛生環境も酷かった。

 

そんな国に住む普通の中産階級、医者や教師や自作農家等の人々は「こんな国には住めない!」と憤っており、そんな時に現れたのがウェイクフィールドと言う男だった。

 

彼は「こんな英国を出て南太平洋の太陽が燦々と輝く島に行こう!そこで自分の土地を所有して農業をやろう!」と新聞で記事広告を載せたのだ。それが当時のニュージーランドの事である。

 

NZの存在は英国の間でも少しは知られていた。豪州に送り込まれた囚人たちの末裔がNZのマオリと交易をしたりする中で「南太平洋に一年中青い空の島がある」と知られるようになり、1837年頃に刑務所を出たウェイクフィールドはこの小島の土地を売りに出したのだ。

 

勿論当時のNZの土地は誰のものでもない。マオリは中央集権国家を持たず土地の個人所有と言う概念もなく何時も隣の部族と戦争をして農業や漁業や狩りで生活をたてていた。

 

そんな土地に1800年代になって白人がやって来るようになり、マオリとの交易で銃と弾丸を渡したものだからマオリ同士の戦争は更に激しさを増すことになるが土地の個人所有はない。

 

そんな場所に目をつけたウェイクフィールドは「誰のものでもないなら俺のもの」とばかりに売り始め、英国の暗い天気と生活環境の悪さと政府の無能さに憤っていた中間階級の人々は次々とこの土地購入に手を出して土地は次々と売れた。

 

そこでウェイクフィールドは土地を仕入れようと自分の弟をNZに送り込んだがマオリに相手にされずに結果的に仕入れができない状態に陥った。

 

それを観ていた英国政府は最初は詐欺事件として見立てていたが、ちょっと待てよ、これで政府に楯突く中間層をNZに送り込めばガス抜き出来るしNZは実質的に英国の植民地に出来るし英国政府が動けばマオリだって考えるだろうと思い、ホブソンと言う役人を英国政府代表としてNZに送り込んだ。

 

ホブソンは移民団の最初の船が出る1840年までには土地買収をまとめねばならず各地のマオリ部族を忙しく駆け回った。

 

通訳を入れながらマオリに要求したのは、土地の個人所有と言う概念を導入して欲しい、そしてその土地を英国政府に売って欲しい、代価はきちんと払うからと言う条件であった。(実際はもっと細かい交渉だけど大雑把な部分だけ書いてます)

 

そこで各地のマオリは「うむ、悪い話ではないな、白人の持っている銃や毛布が手に入るなら」と言う事で英国と契約を結んだ。最終的に部族の代表が集まったのがワイタンギと言う場所で、そこで各部族の酋長が出された書類に署名をした。

 

そうは言っても当時のマオリは書き言葉を持たず署名と言っても丸を書いたりするくらいだった。また部族代表と言っても全ての部族が集まったわけではなく、中には契約を拒否する部族もあった。これが1860年代のマオリ戦争につながる要因の一つになる。

 

だけど大雑把なところでホブソンが契約をまとめたのが26日、その年の終わりに英国から集団移民が約80日の船旅で当時のウェリントン近くに集団移民として入ることになった。