2005年07月21日

2003年5月 尾瀬は、時々訪れるから素晴らしいのだ。

尾瀬には素晴らしい自然が残されている。

 

山歩きが大好きな東京在住のビジネスマン一家が、ゴールデンウィークを利用して尾瀬を訪れた。久々に都会の喧騒を逃れたビジネスマンは、そこで尾瀬の管理をする若者に、うらやましそうにこう言った。

 

「こんな素晴らしい自然に毎日触れられて、本当にあなたは幸せでですね」

すると、腰を曲げて観光客が道路に捨てたごみを片付けながら若者が答えた。

「ほう、じゃああなた、コンビニも映画館もないこの村に住んで見ますか?たまに来るからいいんでしょ。平日は都会で便利な生活を送ってて、自分の都合のよい週末だけ、自然を見に来るんですよね、あなた達は」

 

このビジネスマン一家からすれば、たまの休みに「都会の喧騒を逃れて」自然に触れたという単純な喜びであるが、選択の自由がないまま子供の頃から田舎に住んでいる人からすれば、東京の便利さを片方で享受しながら、去り際にごみを捨てて都会の便利な生活に戻る都会人の、実に自分勝手な「プチ自然愛好家」のせりふにしか聞こえないのだ。

 

「本気でうらやましいと思うなら、いつでも代わってやるよ」それが若者の、正直な気持ちだ。

 

ニュージーランドでは毎年約5万人が海外に流出している。ほぼギズボーンの人口に匹敵する人々が毎年NZを離れて海外生活をするのだ。特に、やる気のある元気の良い人々、手に職を持った優秀な人材が流出している。

 

ニュージーランドでもオークランドの人口は毎年確実に増え続け、現在は120万人を越えているが、その多くは田舎から出てきた若者である。

 

そして今海外の都会であるシドニーに住むキーウィは、約30万人いる事をご存知だろうか。シドニーに住む人の実に一割がキーウィなのだ。

 

この事実が何を示すか?

 

実は田舎に住む若者は、都会に、それも出来るだけ大きな都会に住んでみたいのだ。仕事の選択の幅があり、夜中でも買い物が出来て、素敵なバーやクラブがあり、エレベーターのある生活をしたいのだ。頑張ったらお金がたくさん貰えて、高級マンションに住んで見たいのだ。お洒落なレストランや気の利いた映画館もないような村で、父親の牧場を引き継ぐだけの生活は嫌なのだ。

 

金曜日の夜、シティに出ると、そこには改造車に乗った若者達が、朝まで騒ぐのを見ることが出来る。平日にエネルギーが滞留している田舎の若者にとっては、週末に200キロ走ってでもオークランドに来るのが、唯一の楽しみなのである。

 

田舎に住む自由。それは都会の生活を経験したから言えることであり、田舎に生まれ育った人たちからすれば、何故そのような素晴らしい生活を捨てて田舎に来るのか、なんとも理解不能なわがままにしか聞こえないのだ。

 

ニュージーランドへの移民が最近の人気だが、ともすれば「住む事」自体が目標になっているのではないだろうか。隣の芝生の良いところばかりに目が行き、「NZは最高だ、日本より良い国だ、住んで見れば何か良い事が待っている」と思い込んでいるだけなのではないだろうか?

 

現実はしかし、そう甘くはない。住み始めれば、田舎ならではの嫌な面も沢山出てくる。人付き合いも最低必要だし、アマチュアリズムで正確な仕事をしてくれない人々と一緒に働く事もあるだろう。家を買えば、現地の法律問題にも関わってくる必要がある。「プチ移民」程度の気持ちでは、到底現実の問題は乗り越えられない。

 

都会にないものを求めて田舎に行くという事は、都会の便利さをいくらかでも犠牲にせねばならないと言う現実にしっかり目を向けているだろうか?そして都会の便利さを犠牲にしても良いだけのものが、本当にニュージーランドにあるのだろうか?

 

そして忘れて欲しくないのが、子供である。お父さんとお母さんは都会の生活を十分楽しんだ上で田舎を選んだ。しかし田舎で生まれた子供は、選択の余地がないまま田舎で生活をするのだ。いつか彼らは言うだろう。「おとうさん、僕東京に行ってみたい。東京って凄い都会なんでしょ!」

 

尾瀬は、時々訪れるから素晴らしいのだ。

 

青い鳥を探しに日本を離れる事が本当にあなたの幸せだろうか?日本を離れ米国に移り住み、肌が合わずにニュージーランドに来てもやはりしっくりせず、そしてオーストラリアに行って見てトライするのも、一つの人生かもしれない。しかし思い出して見よう、隣の芝生は青く見えるという諺を。

 

勿論移民を否定するわけではない。むしろ積極的に勧めたい。しかし、実はいつの時代も青い鳥はあなたの心の中に住んでいるのだという事は、移民の最低の心構えとして理解して欲しい。そしてあなたの青い鳥が他の人、特に家族にも青いとは限らない事も。



tom_eastwind at 19:19│Comments(0)TrackBack(0) 2003年 移民昔物語  

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