2006年06月13日

ワーナーズホテルにて

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2ヶ月ほど前の話だ。

 

出張でクライストチャーチのワーナーズホテルに泊まっていた僕を、全く、えらい迷惑なのだが、真夜中にトム・クルーズが突然神の使いとしてやってきて、僕をあの世に連れて行こうとしたのだ。

 

僕の宿泊した部屋は、大聖堂を真横に眺める位置にある。リビングルームのゆったりした椅子に深く腰掛けると、正面の窓から大聖堂が手に届くように見える。クライストチャーチのスタッフと夕食、それから飲みに繰り出して、おいしい酒を楽しんでからホテルに戻ったのが真夜中前後。

 

近くのショップで買った赤ワインを部屋に持ち込み、ライトアップされた大聖堂を見ながら、静かな空気をつまみに、ワインを楽しんでいた夜の事である。

 

1863年に建築された当時はコ−カーズコマーシャルルームズと呼ばれたそのホテルは、その後何度か名前を変えながら1874年にワーナーズホテルに変更、イングランドやスコットランド、アイルランドからの移民を受け入れてきた。

 

随分な歴史のあるホテルだ。南極探検家のスコットや、南極から奇蹟の生還を遂げたシャクルトンもこのホテルを利用していた。現在の部屋数は23室と少ないが、実に歴史の重みを感じさせる作りで、あまりに重すぎてロビーの石作りの床がへこんでるくらいだ。

 

インターネットもなければファックスもない。当然電話もない。通信手段が手紙だけという時代に、殆ど何の情報もないまま、まだ見ぬ未来の国、ニュージーランドへと、英国から集団で移民がやってきた。

 

当時は帆船で約100日かけて、大西洋からインド洋、そしてタスマン海を渡って来た移民たち。行った事も見た事もない国へ、夢を託して移住を決意して家族でやって来た人々が、クライストチャーチと言う街を作った。

 

彼らが最初に作ったのは教会。教会を中心に街を放射線状に発展させて、クライストチャーチは発展していった。その発展をつぶさに眺めていたのが、このホテルだ。

 

ある人はこの街に来て失望を抱き、ある人は家族を亡くし、ある人は夢を叶えたのだろう。そんな、思い出や苦しみや喜びを抱きかかえたこのホテルは、良い気も悪い気も含めて、実にたくさんの気が集まっている。まだ自分が死んだ事に気付かずにふらふらしている気もあるのだろう。

 

140年前に出来たホテルは、何回も改築されているが、今も往時の雰囲気を残しているロビー、エレベーター、部屋の調度は、実に風格を感じる。特に夜になると、大聖堂とその広場をオレンジ色の照明が淡く照らして、その照り返しが部屋の中まで入って来る。

 

そんな時に赤ワインを飲み終わってベッドに入ると、夢の中で過去の旅人たちが話し掛けてくる。旅人の思い出の詰まったホテルは、道路の向かい側にある新興ホテル「ミレニアムホテル」等では味わえないものがある。

 

その家族が、霧深い、じめついた気候のイギリスから着いた時は、クライストチャーチの夏は抜けるような青空だった。桟橋に上がったばかりの家族が、帆船が浮かぶ埠頭で一休みしている。二人の育ち盛りの子供たちの体調はすこぶる良いようで走り回っているが、お母さんは埠頭に置いた大きな皮製のカバンに座り込んで、これからどうしようと不安気に下を向いて、旅の疲れだけではないため息をついている。

 

お父さんは「遂に来たぞ、ここでガンバラなくちゃ」という顔つきで、同じ場所をぐるぐると歩き回りながら、少し緊張して自分の髭をこすりつつ山高帽の位置をいたずらに直している。

 

まもなく迎えの馬車が来る。お母さんは無邪気に走り回る子供たちを集めて馬車に乗せ、そして家族は乗り込む。馬の尻を見ながらホテルまでの未舗装の道を揺られ、子供は目を輝かせ、お母さんは不安に満ちた顔で、お父さんは興奮に包まれて、それぞれの顔には南半球の、肌を貫く抜けるような強い日差しがあたっている。

 

イギリスでは一生味わえなかっただろう、すべすべしてきらきらする空気と、太陽から直接降り注ぐ光だ!これだよ、これを夢見てたんだ!

 

夕刻ホテルに入ると、お父さんは泥で汚れた靴を放り出して、100日ぶりに揺れのない小さなベッドで横になり、一息ついてタバコを吸っている。作りは古くても、シーツだけは綺麗だ。お母さんはホテルのキッチンでお湯をもらい、早速洗濯の準備をしている。シンクにお湯を入れて、子供たちに着替えをするように言ってる。母はこうなると強い。いつもの生活が始まったのだ。

 

ホテル一階のレストランで、同じ船で来た移民家族と机を並べながら、コンソメスープとパンとソーセージの夕食が終わると部屋に戻る。キャンドルに火を点けて、家族は一塊になって苦しかった今までのイギリスの生活、長かった船の旅を思い出し、これからの日々を思いながら、長い夜、ニュージーランドで初の夜を過ごす。

 

大丈夫。家族が一緒なら、どんな不安でも何とか我慢出来る。頑張ろうね。

 

まあ、夢を観るためにホテルを選ぶ人もいないだろうから、このホテル、それほど忙しくなさそうだ。

 

で、トムクルーズ。何で彼が来たのかよく分らないが、「おい、もう行くよ。時間だよ、夢も見たし、これ以上この世にいても、あんまり面白くないでしょ。いい事ないよ。早くこっちに来なよ」と、声をかけてきた。

 

う〜ん、でもね〜。この世はまだまだ楽しい。苦しい事もあるけど、自分はもう少しこの世に生きて、やれる事をやってみたいな。

 

そして明け方の窓から差し込む光で目が覚めた。朝6時過ぎだ。交通事故で死にかけた人が、お迎えに来た人を断るとこの世に戻ったって話があるな。う〜ん、これって、もし僕がトムクルーズについていってたら、翌朝はベッドでポックリ死して、急性アルコール中毒とか診断されたのかな?? そりゃやだな。

 

あ、誤解のないように言っておくと、僕自身は既存の宗教を持っていないし、いたこのいたろう、じゃなかった、いたこみたいに霊が見えるわけではない。

 

宗教という概念は理解出来るし、それを信じる人も理解出来る。でも、僕は僕自身を信じていて、僕の中ではいつも、所謂世間で言う「神様」と直接対話をしているので、既存のシステムに則った「他人と一緒に教会や洗礼やお墓や礼拝に行って、それに対して毎回支払い=御布施等を要求する宗教」が必要ないというだけだ。

 

さて時は経ち、2006年の現在でも、ニュージーランドの新しい土地を目指してやってくる人たちは毎年5万人である。しかし人々の移住に対する気持ちは150年前から何も変わっていない。

 

帆船から飛行機へと移動手段は変化し、ホテルにも電気が点くようになり、お湯も部屋で沸かせるようになっても、母親の不安と子供の屈託のない元気さと、お父さんの空威張りと腹の底にある不安は変わらない。

 

僕は夢の最後にトムクルーズに言った。「悪いけど、やっぱここにいるわ。この世でこれから何が起こるか分らないけどね、やっぱり自分で選んだ道だから、どれくらい大変か分らないけど、何とかいけると思う。だから、今日のところは帰ってよ」

 

 トムクルーズは、「そうかい・・・、君がそうなら僕は言う事はないよ。じゃあ頑張ってね」そう言ってあちらの世界に戻っていった。

 

 あのやろう、一体何しに来たのかな?同じTomでも、あいつの方が随分格好いいな。てゆ〜か、写真処理を学ばなくちゃね。

 

 

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tom_eastwind at 08:44│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

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