2006年09月11日

生活先進国

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「格差社会の行き着く果て」

 

武田徹・東京大学先端科学技術開発センター特任教授が日経ビジネスに寄稿したタイトルが上記である。

 

 

  

 

東大で先端技術を研究している人が、その先端技術の行く先に社会的弱者切捨てを感じているのは恐ろしい話だった。だってもともと技術者だよ、社会科学を勉強している訳でもないのに、技術者のような理性的な目から判断しても、今の日本の状況がやばくなってるって事でしょ。

 

 

コラムからの抜粋:

「2004年に東京都の都営住宅で309人が孤独死した。そのうち17人は一ヶ月以上放置されていた。京都では38歳男性が失業で収入が途絶え、栄養失調で入院、一度は退院したが、結局は餓死した。死後一ヶ月経って発見されたミイラ化した遺体は、頭を布団にこすりつけ、(まるで聖堂の床にぬかずく拝礼のように)痩せた体を海老のように丸めて、死んでいた」

 

今時の日本で飢え死にをする人が出るなんて信じられない!そう思う人は、日本の福祉切り捨て政策が、弱い者から切り捨てていくという現実を知っているだろか?生活保護を打ち切られて収入を全く無くしたシングルマザーが、子供の見ている前で餓死したという記事をご存知だろうか?

 

1987122日ガスも電話も料金未払いでとめられ、暖房も使えず、母子家庭の母親が3人の子どもを残して餓死した。札幌市白石区でのことである。・・・・すでにガスもとめられ、市営住宅の家賃も滞納している本人が、体が悪い、といって生活保護の申請をしているのに、診療もすすめず、生活調査もせず、「若いから働けるでしょう」とか、9年前に別れた夫(ギャンブル癖のために別れた)から「扶養についての書類をもらってくるように」と言って、申請さえも受け付けなかったのである』

 

1987年と言えば、日本中がバブルで浮かれていた時代である。つまり弱者切捨ては不況など関係ないのだ。事例を挙げればまだたくさんあるが、社会的弱者が擂り潰される国、それが日本である事は間違いない。役人がお手盛りで税金を給料にしてしまい、暴力団からの生活保護にはNOと言えず、でも力の弱い女には強く出る。典型的な卑怯者である。

 

先進国かどうかを兵器や総合経済力で判断するなら、そりゃ日本や米国は先進国だろう。でも、その基準を「すべての国民を幸せに出来る国」とか「少なくとも飢え死や経済的理由で自殺をしなくても良い国」としたら、どこの国が本当に国民にとって生活しやすいか、分る筈だ。

 

社会の弱者に手を差し伸べて、お互い助け合いながら生きていこうとする社会、それこそが本来の社会ではないのか?だって、今日は金があっても明日はないかもしれないし、今日は元気でも明日は病気になるかもしれない。自分の代は裕福でも、子供の代になると失業して社会弱者になるかもしれない。

 

何故人は保険に加入するか?それは、万が一を考えるからだ。万が一社会の弱者になっても生活に困らないように、今のうちに個人の収入の範囲内でお金を払うのだ。

 

それなら、いつ自分が社会的弱者になるのか分らないのだから、社会福祉を国家政策として構築する方が、個人で守るよりも余程良いではないのか。だって、個人の努力には限界があるし、不幸はいつ自分の身に降りかかるか分らないのだから。

 

この話になると「じゃあ働かなくても生活出来るとなれば、誰も働かなくなるではないか?」という議論になるが、社会福祉はセーフティネットである。憲法で保障された最低限の生活を送る権利を行使するだけの話であり、税金を金持ちからたくさん取れと言っているのではない。

 

今度首相になる安倍晋三も、セーフティネットと、再挑戦出来る国造りを目指して、政策としても(実現可能性は別にして)その点を強調しているのだ。

 

金持ちは、例えば豪邸を建てる。そのおかげで設計家、建設業者、下請け、部品メーカー、さらには彼らの家族が潤い、そして現場の大工のお兄ちゃん達は、夜の街に繰り出す。夜の街でしっかり稼ぐお姉ちゃん達は、翌日にその金で化粧品を買い、おいしいものを食べに出る。そうやって儲かった化粧品会社の社長やレストランのオーナーが豪邸を建てる。そのおかげで〜という風に、社会の中をお金と言う血液が循環する事で、社会は発展していくのだ。

 

だから、金を生み出す打ち出の小槌=金持ちを重税で潰すのではなく、稼げる奴には稼がせて、そして使われせれば良いのだ。良いか悪いかは別にして、企業の経営などは誰でも出来るモノではないし、経営とは、宮大工やデザイナーと同じ、特殊な技能であるから、出来る奴にやらせればよい。そういうのが苦手な人は、経営者の下でサラリーマンとして腕を振るえば良い。それが適材適所だ。

 

そして消費税という形で全体から薄く広く税金を取り、その金でセーフティネットを作り、今はお金がなくて生活保護を受けている学生でも、「よし、俺もいずれ金持ちになってやる!!」という、やる気が出る社会。

 

それこそが活力ある社会ではないだろうか。そして、そのような社会を構築する事が出来る国家、それが本当に住みやすい国家と言うべきではないだろうか。

 

東大の特任教授が指摘する格差社会の問題は、最終的にセーフティネットに行き着く。これからの日本が外形的には成長していくだろうが、競争から落ちた人を救う為のネット作りが出来ない限り、年間3万人の自殺は更に増加するし、凶悪で異常な犯罪も増加するし、何よりも人心が崩壊して、人の顔からは笑顔がなくなるだろう。

 

彼が最後に言う。

『先進国ですら人生の歯車がわずかに狂っただけで餓死にまで至ってしまう状況で、社会的セーフティネットの構築は「他人のため」ではなく「自分のため」に必要になっている。だが、それに気付いている人はあまり多くないようだ』

 

餓死だけではない、人生の歯車がわずかに狂っただけで失業して収入を無くして電車に飛び込む中年、残された子供は一生社会を恨むかもしれない。もしかするとそれがきっかけで悪に手を染める事になるかもしれない。そんな人が犯罪者になり、あなたの子供に麻薬を売りつけるかもしれないし、麻薬で正常な判断が出来なくなった子供が他人を刺し殺すかもしれないのだ。社会の悪循環の始まりである。

 

生活先進国:

今NZを旅する人やNZで生活している日本人がよく言う言葉は「キーウィって、ほんとに幸せそうな顔をして、いつも笑顔で楽しそうに生活しているね」ってこと。国家の政策が国民の笑顔に直結すると言う事を知っている国こそ、生活先進国と呼ぶべきだろう。

 

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tom_eastwind at 00:27│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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