2008年03月04日

何だこれ?

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これ、何だ?

 

最近、うちの会社のエレベーターの階数表示ボタンの上に貼ってあるシール。

 

外国(つまりに本)に住んでるの人が見てもよく分からないと思いますが、1は大きなRubbishBin(つまり大型のゴミ箱)を押して、下りエレベーターに乗ってる女性の姿です。

 

でもって、2はそのゴミ箱の先っぽがエレベーターの縁に引っ掛かってそのまま上にずり上がり、籠の後ろでゴミ箱を持ってた女性は、逃げる場所もないままエレベーターの籠とゴミ箱に挟まれて首吊り状態になってるとこです。

 

FAIL

 

そりゃあ、失敗だわな。でも、このイラスト、実に生々しい。

 

ニュージーランドでは、公共広告でもこういうのが多い。交通事故防止の為の宣伝が、例えば後部座席に乗ってるいたいけな女の子が、運転してるお母さんが急ブレーキをかけた衝撃で前に吹っ飛ばされて、全部ガラス窓を突き破って車の前方に放り出されてアスファルトの道路の上で血だらけになるとか。

 

田舎の農家でパーティやってて、ビールを飲み終わったおやじが車で帰る。翌日の朝になっても家に辿り着かず、家族が探し始める。次の場面では、崖から落ちた車が映されて、その車から放り出されて、これまた血だらけになって死んでいるおやじの死体。

 

広告の影響は、その国民性に影響される。公共広告はキーウィの間では、さすがに過激だと言う悪評もあったが、アレを日本でやったら、歌劇どころかミュージカル、じゃなくて、即日放送停止だろうな。それほどに生々しい。

 

その点面白いのが、香港で作られる広告だ。これは、日本人の性格にぴったり合って、柔らかい。

 

例えば昔の日本の生命保険、「何である?愛である」とか最近は小田和正の「言葉にならない」を使った広告が良かったが、あれと同じような家族愛を語る広告が、香港ではうまい。

 

香港電話広告情緒的ってのかな、例えば携帯電話の広告では、中国の山奥で一生懸命ダム建設とかの現場で働くお父さんが、夜、仕事が終わって宿舎に戻る。すると、香港にいる子供たち家族からの電話がかかってくる。ふっと緩む父親の顔。

 

 

キーウィの場合、広告にあまり情緒を感じないのは、彼らは広告は商売の一貫であり、広告自体がデザインとして独立することはない。売れればよい、だから同じ商品を連呼してカメラの前で大声で飛び回る、商品のマイナスなんて絶対に感じさせない、そんなイメージだ。

 

話は変わるが、そういえば最近は日本の保険会社でも、外資系でけっこう西洋的な広告を見かける。

 

特に「何歳でも入れる!」とか「まだ知らないの?」とか「お金がこれだけ返ってくるよ!」とか、目先の事ばかり俳優がしゃべりまくってるが、あれはどうかな?

 

純粋(単純)な日本人のおじさん連中、あんなのをみると、ころりと引っ掛かるのではないか?しかし、どう計算しても、あの保険の仕組みでそんなにたくさんの保障があるわけない。

 

つまり、入り口では商品が良いように見せかけておいて、いざおカネを払う段階になって、あの手この手でけちをつけて保険金を支払わないって方法だ。

 

米国でもこの手の保険が大問題になった事がある。ジョン・グリシャムも、弁護士モノの小説で同じテーマで描いている。

 

それでも、米国のように自己責任が徹底している国ならばまだしも、日本のような自己責任が明確でない国でこのような保険を売ってしまえば、これから先一体どうなるのだろう?

 

製造物責任の一つとして、広告制作会社も、そのうち告訴されるのではないか?

 

話は逸れたが、僕が日頃利用しているこのエレベーターがシンドラー製であり、籠とドアがぴったりと一致することはまずないし、大きいときは20cmくらいの段差が出たりするし、また世界のどこかでエレベーターに挟まれて誰かが死んだ事件が起こったのかもしれないね。

 

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tom_eastwind at 10:47│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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