2008年04月08日

This is the Future !

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チャールトンヘストンが死んだ。

 

ああ、何か時代が変わった気がする。大きな一つの時代が終わり、これからは細かい時代になるんかな〜、でも仕方ないかもな〜、そんな感じ。

 

 

僕は元々SF少年で、映画大好きで、その中でもチャールトンヘストンの演技が大好きだった。力強くて逞しくて、それでいて誰をも受け入れる笑顔と優しさ、とにかく小学校時代から彼のファンだった。

 

猿の惑星なんて当然だけど、ソイレントグリーン、地球最後の男あたりのチャールトンヘストンは、本当にすんごい演技だった。

 

勿論普通にベンハーも大好きで十戒も大好きで、何十回も観た映画だし、今も時に観てるほど。

 

でもやっぱりSF少年だったから、どうしても彼の死亡記事で「ソイレントグリーン」に触れた記事が少ないのが、どうもねーと思ったりする。

 

ミクロの決死圏そんなこんなとか思いながら昨日家族で観た映画が「ミクロの決死圏」。古典的なSF映画。

 

1966年にアカデミーを受賞した作品だが、そこに出てくる様々な小道具は、当時の人々の希望を描いている。

 

あの頃のSFは、世の中がこうあればいいな、ああなればいいな、そういう人々の夢が、映画の中ではそのままに表現されている。IDカードを差し込むと、読取装置の下に本人の写真が映し出される。

 

自分の体をちいちゃくして他人の体に入り込んで外科手術をする。他にもSFの世界では、次々と新しいアイデアが出てきてた。

 

結局、人類の進歩を知りたければ、SFを読むのが一番ではないか。何故なら、人は望むものになれる可能性を持っているのだからと本気で思う。

 

ただもし、SFで「渚にて」が流行ったら?その時こそ、人類の終りかも。

 

面白いのは、映画の中で皆タバコを吸っていることだ。この当時は、タバコに対する危険性は認識されてなかったのが、良く分かる。

 

それと、すべての計器がアナログ表示。デジタルじゃない。当時はデジタル制御って発想はなかったのか、それとも本格技術者ではないSF作家には、少し理解不能だったのか。

 

数値制御って、その効果は専門家にしか理解出来ないし、おそらく専門家はSFをバカにしてたから作家にも言わず、だから本に出なかったのだろう。イメージで言えば、ケータイを大ブームにしたドコモでさえ、まさかストラップ文化は読取れなかったという感じか。

 

当時、早川書房のSFマガジンを毎月読んでたので思い出すが、この頃のSFにはユビキタスという概念がなかった気がするな。何か妙に、科学を前提にしたSFでないと駄目よみたいな雰囲気があった気がする。

 

だから小松左京の作品が無茶苦茶面白いのに、何故か光瀬龍の方が通には受ける、みたいな。SFは自由な発想のはずなのに、どこか「科学に基づく」みたいな束縛があって、ユビキタスではないな。

 

その意味で、この映画も、かなり真面目。アシモフが後で小説化したのも、よく分かる。彼の「Foundation Series」を詠めば、彼独特の、自閉症的な「端っこをきちっと詰める」キモチを、紙面を通じて感じる。

 

それに対して、誰が一番ユビキタス、つまり自由発想だったかな?サルの惑星?筒井康隆?

 

う〜ん、それでいけばハインラインかな。夏への扉。あれこそ、すべてのものから自由な発想。「月を売った男」なんてのも最高な作品。

 

映画を観ながら竜馬君が、しきりに大声で「This is the feature !」 と喜んでたのが印象的だった。

 



tom_eastwind at 09:43│Comments(1)TrackBack(0) 最近観た映画 

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この記事へのコメント

1. Posted by May   2008年04月08日 20:38
筒井康隆、懐かしいな。男の人って何でSFが好きなの?パートナーが、女の人は何でSFが好きじゃないの?って言ってます。男性の脳味噌は物事を理論的に追求するようにできてるんだ・・。

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