2008年04月11日

決断するペシミスト

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「わが上司後藤田正晴」

 

危機管理ってのは、多くの日本人が戦後の繁栄の中で忘れた言葉だ。でも実は、日常の個人生活の中でも皆さんの生活は常に危機に晒されている。ただ気づかないだけ。

 

 

 

 

 

植木鉢例えば道を歩いていると、アパートのベランダに置いてる植木鉢が落ちてきて頭にぶつかるかもしれない。

 

こっちが緑の信号を渡ってても、車が突っ込んでくるかもしれない。事故が怖くて家の中にいれば、暴走したトラックが突っ込んでくるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

おれんじスーパーで買った米国産オレンジは農薬まみれ(NZのオレンジは米国からの輸入)、中国製のカップラーメンは毒薬入り、割り箸さえも中国産がほとんどで、黒いくず木を無理やり漂白させて白くして割り箸にしているが、これは漂白剤まみれで、割り箸を口に入れるたびに漂白剤を舐めているようなものだ。

 

 

 

東京に住んでいれば地震の危険は常にあるし、南の島に住んでいれば津波の恐れがある。

 

 

要するに、どこで生活をしていても、生きている限り常にある程度の危機に晒されているのだ。その意味で危機管理とは生活の安全を守る基本中の基本である。

 

それが国家レベルとなれば国民生活を守るわけなのだから、最も重要な項目である。

 

ところが驚くべき事だが、1970年代の安保闘争で多くの死傷者を出し、赤軍による浅間山荘立てこもり事件、ハイジャック事件などが立て続けに起こった、そして大韓航空撃墜事件、ミグ25亡命事件などの国際事件が次々と発生していた当時、日本には国家として安全保障を担保する組織がなかった。

 

ハイジャックは外務省、浅間山荘は警察、大韓航空事件は自衛隊などなど、行政の縦割りの中で処理されていたから、いつもちぐはぐな対応となる。

 

ハイジャック

 

例えばあるハイジャック事件では、犯人の要求に従って数百万ドルの身代金を渡し、おまけに政治犯の釈放までやってしまった。これはその後、世界中の治安組織からごうごうたる批難を受ける事になる。

 

 

 

このような日本国家の危機の際に自ら陣頭指揮を執って戦ってきたのが後藤田正晴であり、彼の懐刀として活躍したのがこの作者の佐々淳行だ。

 

そして彼は縦割り組織を横断して国防と言う観点から見る横繋がりの組織、「内閣安全保障室」を創設して、その初代室長となったのが佐々淳行。

 

「わが上司 後藤田正晴」は、そんな二人の「特別権力関係」を中心に、いかに当時(現在もだが)の日本に危機意識がなかったかを描いている。全く平和ボケした奴だけはどうしようもない。

 

危機管理は、常に悲観主義者であり最悪の事態を予想して対処しておくが、いざ事が起これば焦らずばたばたせず、心を楽観的にして対応するのが基本。

 

だから後藤田正晴は決断するペシミストと言う名前を、その部下から献上されたのだろう。

 

危機管理という意味で佐々淳行の本は、実に参考になる。

 

わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト

 

トップの写真は、新危機管理マニュアル2008年度版。ふざけた表紙だけど、中身は思いっきり現実的、、、らしい。まだ読んでない。



tom_eastwind at 11:03│Comments(0)TrackBack(0) 最近読んだ本  

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