2008年05月10日
君たちに明日はない
君たちに明日はない 「垣根涼介」
僕の机の上に置いてたら、お客様が何気に「最初から暗くなるようなタイトルですね」と言われた。そりゃそうだ、実にうまい名前付けだもん。
だけど、作者の持つ独特の文体「諦念(ていねん)を基本にした底知れなく明るい力強さ」が、文章全体に天から光を当てて、とても苦しい話を書いてるんだけど、とても明るいものを感じさせる。彼にしか書けない文章だ。
「人生は不公平だけどそれが人生だ。だからその中で自分の生きてく場所を戦って勝ち取っていくしかない」
そうやって誰の手も借りずに生きていると、自然と強くなる。そのうち、人生に対して皮肉っぽくもなる。そんな主人公が繰り広げる大リストラストーリー。
作者は冒険小説作家みたいな事も言われるが、実は彼の真骨頂は今回の作品の方によく現れているのではないかと思う。
ある日突然それまでの常識がすべてぶち壊される。今までの会社生活で築いて来た道徳観、上下関係、思考方法、社会的地位、名誉、そういったもの全てが破壊される。
それが現代における「奈落の底に落ちる」と言う奴だ。何も別に、その舞台がブラジルやamazonでなくても、普通の日本の社会にも同じような状態は存在するのだ。
ただ戦後50年間終身雇用制と年功序列制度の中で生きてきた人々からすれば、それはそれは信じられないことなのだ。
首になる。
墜ちていく、墜ちていく、どこまでも堕ちて行く。
自分の心の中にこんな深い、まるでマリアナ海溝のような、光も当たらなくて暗くて深い穴があったのかと、その時に初めて気づく。
恐怖で身がすくむ。これからの生活をどうするか?子供の教育、住宅ローン、友人へのプライド、とにかく、ありとあらゆるものが音を立てて崩れていく。そんな事、俺に起こるはずないのに、、、堕ちて行く、自分の心の深い穴に。
そんな首切り宣言をする主人公は、自分がやってる事の社会的正義の怒りを感じながらも、でもやるしかないと分かっているから、淡々とやるべき事をやる。
その中で出てくる様々な人間物語。まさに「山本周五郎賞受賞作」である。
余談だが、僕の中で日本人作家の3本指は、山本周五郎「裏の木戸は開いている」、司馬遼太郎「竜馬が行く」、五味川純平「人間の条件」である。
人の生き死になんて、なっちまわねえとわからねえ。楽しく生きるもよし、悩みながら生きるもよし、どっちにしても、おてんとさまの下じゃみんな同じよ。
愛する死体を抱えて生きた人、どこまでも人を信じて無償奉仕に生きた人、人生に対する怒りの塊を持って生きた人、とにかく周五郎の世界は、人を徹底的に突き詰める世界だった。それに反して、司馬遼太郎は、そんな人の集まった「日本」を描いた。
どちらも凄い。でも、現代において周五郎の片鱗を感じさせてくれた作者の存在も凄い。彼の本を読むのが益々好きになった。