2008年06月10日

「豪商伝」 南原幹雄

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鹿児島県の指宿と言えば、昔からの温泉地として有名である。近くには鹿屋と言う旧日本空軍基地があり、特別攻撃隊=つまり神風特攻隊が片道切符で南の海に飛び散った場所でもある。

 

 

この指宿に江戸時代末期に生まれた豪商「浜崎太平次」の後半生を描くのがこの本だ。ちなみにこの「たへいじ」は代々名主が継ぐ名前であり、本人は八代目で、別に本名?を持っており、本文中に書かれている。

 

日本は鎖国時代でも実際は少しだけ外国と取引をしていた。その窓口が長崎だったってのは多くの人が知っているが、実はそれ以外にも鹿児島から沖縄ルート、函館からロシア、北中国ルートなんてのもあり、「上に政策あれば下に対策あり」の商人は、四方を海に囲まれた鎖国日本で、実は長い間「抜け荷」=密輸をやっていたのだ。

 

その密輸も言葉は悪いが、幕府がやれば貿易と呼び、たまたまその下にいる藩がやるから政府から見たら密輸となるだけで、藩からすれば一番の納税者、立役者である。やっていることは全く同じだ。

 

だから幕府としても、強い藩を相手にあからさまに喧嘩する事は出来ず、薩摩藩の抜け荷などは公然の事実ではあったが、江戸時代を通じて幕府はあまり口出しをしてこなかった。

 

抜け荷の事実を調べようとして幕府は多くの忍者を薩摩に送り込んだのだが、誰一人として戻ってこずに、このような片道切符の使命をいつしか「薩摩飛脚」と呼ぶようになった。

 

そう言えば数ヶ月前には「沖縄密貿易の女王」も読んだけど、島国日本とは言っても、海の道さえ知ってれば中国本土にいつでも行けるし、実際に日本人は本来それだけ外に出る民族なのだ。

 

平清盛の時代は「海国誌」で海の道を押さえて唐「中国」との貿易をこなして莫大な利益を上げて遂には政府を掌握した。薩摩の豪商は更にそこから沖縄、北方まで営業基盤を広げてビジネスを拡大して薩摩藩を大いに潤わせた。沖縄密貿易の女王は米国などとの取引をやって戦後の沖縄で島民の生活の一部を支えた。

 

ところが、儲かると分かった政府は、すぐに個人の貿易を邪魔して法律を変えてしまい、政府のみが利益を得ようとした。

 

でも、政府が国民の税金を貰ってやるべき仕事は貿易か?どう考えても違うよね。貿易は民間に任せて、政府は国民全体の利害関係の調整と治安、国防でしょ。

 

それも、国が国益を考えるとなった非常時に強権発動で一時的に貿易を一手に押さえる事はあっても、それが常態化してしまえば社会主義であり、政府のみが利益を得て国民は餓えるのみという事になる。

 

いつの時代も、政府の腹のど真ん中に穴を開けていく奴がいた、そんなさわやかな気持ちにさせてくれる一冊だ。

 

ちなみにこの作者、他にも歴史小説やノンフィクションをたくさん手掛けている。

 

 

豪商伝―薩摩・指宿の太平次 (角川文庫 な 10-33)



tom_eastwind at 15:03│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

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