2008年07月17日

戦争論、とまではいかないけどね

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今年になってうちの会社で扱うビジネスの売買が急増している。一件あたり20~50万ドルの売買だ。

 

ビジネスの売買において一番の問題は資産評価(デューデリジェンス)だろう。

 

その会社の本当の価値はいくらなのか?そのビジネスは正解なのか?

 

最近は優秀な若者が優秀な大学の優秀な学部で優秀な成績を残して優秀な会社に入って優秀な仕事をするというパターンが目立つようになった。主に外資系。

 

昔の日本だと、「若い奴らは10年雑巾がけじゃ〜!」みたいな風潮があり、どれだけ能力があっても責任のある立場につけないシステムがあった。

 

それが今では、若くても能力さえあればかなりのところまで一気に伸びていけるのも事実である。

 

特に東京に出張して仕事をしていると、実に優秀な人間をたくさん見る。その中には様々な計算式を作って、「これがこうだからこれがこうで、だからこれはこうで〜」とやる20代後半の人も見かける。

 

ただ、ビジネスとは何か?その点をどうも大学の先生はきちんと教えていないようだ。

 

ビジネスとは基本的に戦争である。戦争とは相手のいる喧嘩である。相手が馬鹿であれば、こっちがちょろくても負けない。相手が利口であれば、こっちがかなり仕組みを作った上で準備をして戦わねば勝ち目はない。

 

(そして一番うまい戦争とは、戦争をせずに目的とした利益を得ることである。その為に、誰もが不満が出ないように、三方一両得というビジネスモデルを創り出すのが最高の戦い方だ)

 

そういう意味でのデューデリジェンスとは、市場の一般的な現時点での動向や企業の置かれた地位、現在のバランスシートだけでは計れず、市場の未来、企業の将来、経営者の姿勢が大きく影響する。

 

だから「人の気持ちを読んだり市場の先読みをしたり自分の立ち位置を理解する為」に、はるか昔の孫子の本がビジネスマンの間で読まれているのだ。

 

戦争の基本は、冷静に相手を見極めて、戦って勝てるかどうか、勝ったとしてこちらの損失はどれくらいか、損失が大きいなら戦争はやめとけという基本的な判断がある。

 

でも、そのもっと大前提として、政治がある。ビジネスは戦争であり、戦争をするかどうかを決めるのは政治である。

 

だから、数字を並べて議論するのではなく、自分が政治家として守るべきものは何か、その哲学をぶつけ合う必要が最初にある。政治において民衆とは数字でなく、息をする生きた人間とその愛し合う家族をどう守るか、なのだ。

 

簡単に言えば人間哲学のない政治等存在しないし、だから哲学のないビジネスは最初から無意味であり矛盾を内包しているという事だ。(今の日本が問題なのは、哲学のない官僚が政治家に代わって政治を運営しているから、民衆を数字でしか捉えられないという点だ)

 

その上で、政治的に必要なら戦いを起こすかどうかを判断して、天の時、地の利、人の和が整っているかどうかを確認した上で、それで利益と損害を比較して初めて戦うのだ。

 

でもって、ここまで来たら、これはもう数字で図れる部分を越えてしまう。てか、今の数学や経済学では計算不能である。

 

天の時って、いつわかる?地の利って、どこが良いかって何の本にも書いてない、人の和なんて、人間学がないと理解出来ない。

 

そういうビジネスにおける「本質的には計算不能」な部分を「本質的に計量的に計算可能」と思ってるのが、実は今流行の机上のデューデリジェンスなのだ。

 

そういう哲学を、今の学校は教えているか?暗記ではなく生き残る為の技術を教えているのか?

 

僕自身が幸運なことにニュージーランド、カナダ、香港でビジネスをする機会があり、西洋人社会の戦い方やデューデリジェンスを学ぶ機会があったので、その基本はある程度理解出来ているが、どれだけ勉強しても絶対に答が出ないのが、「未来の予知は不可能」と言う点だ。

 

だから僕がデューデリジェンスをするときは、基本は「出来るだけ計測するけど、不可知な要素は常にある、うまくいけばおお化けするし、失敗すれば大コケする」と言う視線であり、完全に失敗した際の被害評価をどう計測するかが大事だ。

 

だから古代の戦争では、必ず占い師を連れて戦ってた。最後は結局、運なのだと理解している戦略家は、運をどうやって自分の味方につけるかが最も重要だと知っていたのだ。

 

実は人生もこれと同じで、どれだけ準備をしても絶対という答は存在しない。最後は博打である。

 

博打になった時に強いのが、個人力である。他人やルールに頼らずに、その場でどんどん決断をして、最後には勝利に導く力である。

 

ちょうど1年前かな、あるとても優秀な金融関連の30代前半のビジネスマンと移住について話す機会があったが、彼はあくまでもリスク回避の為の様々な方策を考えながら、こちらにいろんな逆提案をしてきた。

 

僕の答えは、すべてNOだった。人生とは常にリスクと隣りあわせだ。そのリスクを取って、万が一状況が急変しても、その場で臨機応変に戦うだけの能力がなければ、自分らしい人生なんて生きていけない。リスクを絶対的に許容出来ない彼に言えることは、NOしかないのだ。

 

だから、状況に合わせて戦える戦闘力を身に付ければよいのだが、どうも彼は大学でそのような勉強は学ばなかったようだ。

 

1足す1が2になる世界で、机上の空論を学んでしまった彼は、これからどう生きていくんだろう?

 

算数だけで生きていけるほど、人生は甘くない。リスクのない人生はあり得ない。

 

あれ?k表は何となく散漫な文章になった。自分でも、一個の文章の中に色んな未処理のネタを放り込んだ感じ。

 

けど、中国人、白人、色んな連中と取引をする中で、ビジネスにおける大事な部分ってのは、今の日本の大学ではあまり教えてないんだろうなってのだけは、または、学ぶほうに何か大きな欠陥があって理解出来ないんだろうなってのだけは、事実として感じる。

 

 

 



tom_eastwind at 00:37│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 移住相談

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