2008年08月05日

光る風

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週末は溜まった仕事を半分片付けながら、やっつけでどんどん未読の本や雑誌、漫画(山上たつひこの1960年代の初期SF作品集)を読む。

 

(ちなみに彼の「光る風」を知ってる人が何人いるか?)を片付けたおかげで、月曜日は昼飯抜きで仕事となる。

 

 

全く、こんな読書が何の役に立つのか。役に立つんだろうなんて考えたことはない。ましてや、今の時代の普通の人に山上たつひこの「光る風」なんてありえんだろう。ちなみに今回は「光る風」よりも更に初期の作品ばかりで、「光る風」は読んでない。しかし、ありゃあ昭和後期の代表的傑作の一つだ。

 

ただ、こまわりくんとかどらえもんとかおそまつくんとは全く違う世界で、ガロとかの世界の住人で、隣にはカムイ伝があって、その先にはアシュラがあってという世界での代表的傑作。

 

だから普通の人が読んだら絶対に消化不良を起こす事間違いなし。

 

人間はお腹が空いたらご飯を食べるし、喉が渇いたら水を飲む、その延長で、頭(演算装置)が空っぽになったら(つまり記憶装置に入ってしまえば)、自動的に次の本(入力データ)を入力したくなる、そういう感じで本を読んでる。

 

そんなふうに入力されて演算されて記憶装置に入ったデータは、様々な場面で自分の思考に大きな影響を与える。「人間の条件」とか「社会契約論」とか、モノによってはとんでもないことになるのだが、まあそれはどうでもいい。

 

今日は比較的天気も良くて(勿論1時間に1度は土砂降りのスコールが来る程度)ジャケットにスラックス、それに珍しく最近自分の中で流行な「ネクタイ」をしていったので、うどんの汁をネクタイに飛ばして後悔するよりも上品に紅茶飲みながら仕事をしているほうが良い。

 

朝からメールの処理しながら、あれ?と思う。おやや、やばし、感覚が雑になってるぞ。

 

つまり、がさつになっているのだ。本来僕の仕事は100%以上の気遣いでお客様の満足を得るのが仕事なのだが、いくつかのメールで、本来使うべき言葉が出てこない。

 

ああ、もう、指先まで来ているのだけど、最後の第一関節のところで止まってる感じ。

 

なんじゃこりゃ?週末に本を読みすぎたせいか?

 

それとも、日本出張から戻ってその反動で頭がいう事聞かなくなったか?

 

どうもな〜。こりゃなんだろな〜。

 

そのうちに気づく。

 

「あ!優しさと気遣いが吹っ飛んでる!」

 

何でじゃこりゃ???????

 

ニュージーランドに興味をお持ちの方や旅行に来られた方はご存知かと思うが、この国で仕事をしていると、あまりストレスがたまらない。ところが日本で仕事をしていると、色んなストレスが溜まる。

 

普段はこれも、ニュージーランドに戻れば抜けてしまうはずなのに、先週は溜まってた仕事に追っかけられて、読みたい本が僕の心に押し込み強盗してきて「ほら読め、早く読め」って来るもんだから、日本から離れた筈なのに、まるで日本にいるようなストレスを感じてしまったようだ。

 

おまけに会社でも自宅でも、心にヤスリをかけるような、ちっちゃな問題がちょこまかとあり。あ〜あ、やっちゃった。

 

自分がストレスを感じるときの基準は明快で、怒りっぽくなってしまうとき。

 

朝起きて、あ、暫くアパートでも借りて一人暮らしするかな〜なんて思うときは、大体ストレスが溜まっている証拠。

 

これは全く他人の問題ではなく、全く僕の問題であるから、周囲からすれば随分な迷惑である。

 

この親父、いい加減好き勝手なことやった挙句に、一人暮らしだと!ふざけんじゃね〜よ!って感じであろう。

 

ただまあ幸運なことに、何とかこちらの気持ちを理解してくれてるので、出てけ!って話にならないだけ良い。運の良いうちに性格直せって言われそう。

 

しかし本来、仕事は追っかけるもの、追っかけられるものではない。焦ると、どうしても視野が狭くなる。どうも、いろんな仕事に対して準備不足なのかもしれない。やばし。

 

今日は早くベッドに入って、中国古典を読もう。

 

表題の写真は上巻。

 

 

光る風 (下) (ちくま文庫)

 

 



tom_eastwind at 00:03│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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