2008年09月24日

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毎朝通うノースショアの道路沿いに、少しづつだけど桜の花が咲き始めた。

 

冬だけど青空の出てる時にそんな道を車で通ると、何となく気持ちよい。

 

勿論それで仕事が実際にうまく進むわけじゃあないし、今目の前にある仕事の量がへるわけではない。

 

それでも気持ちが良くなるんだから、人間ってのはよくよく計算だけで動いているんじゃないなと思う。

 

どれだけ計算高くても人には心があるし、人の心がある限り人間なんてどこかで不合理な行動に出てしまう。

 

朝、急いで会社に行こうと思ってるけど、思わず車を道端に止めて写真を撮ってしまう。

 

全然合理的ではないよね、これって。てか、不合理の塊。

 

一生懸命稼いだお金を意味のないことに使ってみたりして。これも不合理。

 

でも、もっと違った視点で見れば、お金や時間は楽しむ為にあるんだから、会社に遅刻したって桜の花の写真を撮るほうが正解でしょ、とも言える。

 

つまり、当然のことなんだけど、経済の合理性を人間に求めてもその通りに行動するわけではないと言う点。

 

ところが最近の池田信夫ブログによると、経済学と言う学者の世界では、人は合理的に活動する事を前提に様々な予測を立てるのが主流らしかった。

 

その中で唯一「人は合理的に行動なんかしない。だから合理的に動くことを前提に予測したって正しい答が出るわけはない」と主張していた経済学者がいた。

 

彼はつい最近亡くなったのだが、おいおいちょと待て。経済学者と呼ばれる人々が国家の経済政策を決めてそれを実行しているのだが、その大前提となる基本的考え方が間違ってたら、そりゃあどんなにうまく舵取りをやっても失敗するじゃんか。

 

経済学を学びました!なんて言われると、ナンだかとても偉い人のように思えるが、視点を変えると4年間も間違ったことを教え込まれてそれが正しいと思い込んだ頭でっかちなんだから、こりゃあとんでもない話ではないかい?

 

それがまた社会に出て経済学者なんて言って政策を決めるようになったら、そりゃ世の中うまく回るわけがない。

 

そして、そのような学者の肩書きを使って投資銀行は様々な商品を組成しては販売していた。

 

学者の学歴が信用出来ないなら何を信用すればよいのだということになるが、人の話を少し勉強した後で普通の常識を持って聞けば、間違ったことは大体分かる。話している人の顔を見つめて、自分の心の中の声に素直に従えばよいのだから。

 

銀行預金のみとか自分の頭で理解出来る商品だけを扱っている会社や個人にとっては、今回は何もなかったに等しい。むしろ安い案件が出てくるので利益に繋げやすい。

 

皆さん、今は円とNZドルが洗濯機の中のドラムや遊園地のジェットコースターみたいに物凄い勢いで回ってます。こんな時は黙って利率の良い銀行にお金を預けて、それから後は一切為替を見ないでじっとして本業で働くことです。一年後には絶対にほっとしてますから。

 

本業が株投資(笑)?それだったら僕より詳しいですよね。

 

ただ僕なら、肩書きも合理性も人間の感性を上回るわけじゃないなと思ってるので、株は買いません。どんなに正しい株を買ってもM&Aや上場廃止であっと言う間に他人に振り回されて紙切れになる時代です。

 

それよりも、普通に毎日朝から晩まで働きます。そのほうが楽しいし。

 

もしどうしても一つ株を、と言われれば、アロエの株を買って畑に植えて、それを毎日家族で食べて体を大事に健康第一にします。

 

 写真は今年4月、弘前で見た桜です。いずれ余裕が出来たら、100本単位で桜の植樹をしてみたいですね。



tom_eastwind at 00:12│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | NZの不動産および起業

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