2008年10月24日

田中清玄自伝

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「おお!田中清玄じゃないですか!これ、ここからはまったんですよ、共産主義!」

 

読み終わって整理するつもりで会社の机の上に他の本と一緒に置いてたら、ちょいと立ち話に来たお隣の会社の社長さんの目に留まった。

 

お隣の方も随分と本が好きで、実は昨日のブログで借用した文章も、僕が彼から借りてきた本の抜粋だ。ちなみに作者はお隣の方の同級生である。

 

さて田中清玄。

 

明治に生まれ大正に育ち昭和を駆け抜けた一大旋風児とでも呼ぶか。それにしては明るさのない雰囲気なのだが、やったことは(もしこれがすべて本当だとすれば)すごい。

 

戦前の共産党は武装集団だった時期があり、彼はその頃高校生でありながら共産党に参加して革命運動に尽力?した。

 

その頃は旅券不要だった上海に渡り、周恩来クラスの人々と会ったりして、これが1980年の小平との歴史的会見にも繋がる。

 

戦前に転向し天皇擁護派となり、戦後は一貫して国士として右翼左翼を問わず、日本と天皇制守護の為に自分の人生を尽くした人である。

 

高齢でありながら歯切れの良い話し方は、後で校正したのか最初からそうなのか、いずれにしても彼の功績が戦後日本に大きな影響を与えたことは間違いない。

 

岸勇、田中角栄、佐藤栄作、中曽根などなど、戦前から戦後の表舞台に立った政治家や、児玉誉士夫のようなフィクサーと呼ばれる利権集団や山口組などの闇社会との付き合い、かと言えば興銀の中興の祖中山素平との付き合いなど、その交友範囲は実に幅広い。

 

少なくとも戦前戦後の歴史の裏側を理解する為のキーワードとして知るべき人の一人である。

 

ただね、なんだか読中読後、ちょいと、うーん、なんと言うか、暗いっつか、ずるいっつかな、言葉に出せないけど、この本を読んでてずっと、何か引っ掛かるものがあった。

 

頭山満は福岡出身で日本初の右翼であり、福岡に玄洋社と言う日本で初めての右翼結社を作った人である。その配下には中村天風などもおり、やったことは勿論すごいけど、それ以前に、なんてか、カラっとしているのだ。明るいのだ。

 

歴史を振り返ればいつもそういう役回りの人がいる。坂本竜馬の明るさに対して桂小五郎の暗さとか、西郷隆盛と大久保正通なんてのも比較される。

 

いずれにしても「虎は死して皮を残す人は死して名を残す」、その意味では田中清玄はひとかどの人物であったと言える。

 

彼の提唱するアジア連合、世界平和の発想は非常に現実的だし、その意味で日本がアジアの一員となり中国やインドネシアと組んでアジアを一つにまとめて、欧州と米大陸とアジア、世界三極体制を作ろうと言う考えは、まさに21世紀の今、現実になりつつある。



tom_eastwind at 00:26│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 最近読んだ本 

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