2009年03月05日

萎縮する人々 3

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彼女は、

「いえ、貴方一人を認めると他の全員も認めるようになるでしょ、そしたら今日貸したお客さん全員払い戻ししなくちゃいけないんですか」と、だんだん愚痴のようになってくる。

 

 

なるほど、この人、昔は素朴に商売やってたのが、何時の頃からか都会から来るモンスタークレーマーに悩まされて、たぶんお店も被害を受けたんだろうな。それでこんな契約書作ったんだなと再認識。

 

「いやいや大丈夫、この話のポイントは予見出来るかどうかです。貸した時点で山が開いてればあなたに返金義務はない。借りるほうも山の天気が不安定と言うのはお互いに共有する常識ですからね」

 

「午前中借りたけど雨で使わなかった、午後使おうと思って山に行ったら閉鎖だったので払い戻しをしろってのは通りません。だって借りた時点ですでにリスクは店から客に移動しているのですから」

 

「けど、もし今お客が来て山が閉鎖していることを伝えずに貸してしまえば、あなたは相手が希望することをかなえることが不可能なことを予見できたのに告知しなかったと言うことで問題になりますよ」

 

こんな風に順々と説明をしていった。

 

それでも彼女はやはり他のお客にこんな話が広がってしまえば、それがモンスタークレーマーの耳に入ればどうなるかと不安な様子。

 

一体誰が、何が彼女をここまで不安にさせているのか。それが現代の「オレだけ良けりゃいい」、つまり日本的なお互い様社会が崩壊し始めている証拠なのだ。

 

次に彼女は少し緊張した顔でこっちをじっと見ながら親からもらった大事なものを守るように、

 

「けど、お金の払い戻しはしませんと書いてるのはOKですよね。だからもし明日もリフトが停止したら、あなたはお金を払い戻ししろって言うんですか?」

 

こうなると彼女はもう僕をリピーターにしようなんて考える雰囲気は全くなく、とにかく今のお店の立場を守るのに一生懸命だ。

 

昭和の時代は、みんなもっとおおらかではなかったんかな。

 

しょうもない文句を言う奴には、お店ではなく同じお店にいる客が「お前、ばっかじゃないの」と、社会のバランスを取ってた気がする。電車の車内で騒いでる子供を他人が叱るようなものだ。

 

けど今の時代にはそれは通用しないようだ、悪い意味での「お前には関係ねーよ」と言う個人主義と「お前が悪いんだよ」って顧客神様主義がはびこっている今の日本。

 

「あいつがOKなのになんでオレがだめなんだ!」彼らなりの独自理論である横並び平等、一人に認めたら他の人にも同じようにしないといけない、だから払い戻ししないのは自分を守る最後の砦、そんな感じの雰囲気がびんびんと伝わってくる。

 

一体この田舎の地域社会に何が起こったのだろう。

 

僕は出来るだけ分かりやすく説明した。

「あのですね、他の人と僕を区別する場合は、最初に言ったように貸し出し時間を基準にするんです。」

「貸し出し時点でリフトが開いてれば、その時点でリスクは相手側に渡ったと解釈しても問題ありません」

「あなたが抱えてる束のような伝票の人がもし僕のケースを、僕は他の人にいう事はありえないけど、もし問題になったら、僕が全員に向かって説明しますよ」

とにかく今は彼女の不安を取り除くこと。

 

けど正直言えば、その時点で僕としては家族4人分14240円のレンタル費用よりも、彼女を通して感じる「今の日本」の方に完全に興味が移っていた。

 

色々と説明するうちに彼女は少しは不安を解消したみたいで、それからは少し話が前に進み始めた。

 

「けどね、あなたが明日もスキーを使って、それでもし明日も山が閉鎖だったらお金を返せって言うんですか?」

 

すこし上目使いに聞く彼女の話をすこし寂しく聞きながら

「それは要求しません」と言うと、何故か最後の力なのか彼女が反論した。

 

「ほら、最終日に返金を求めないなら、最初から返金なんてあるわけないでしょ!」

「あのですね、僕は本来この場で板を返して返金を求めても良いんです。けどそれでお互いの間に何が残りますか?」

「これが僕にとってはあなたとの妥協です。明日山が閉鎖されて滑れなくても払い戻しは要求しません。これが僕からあなたに対する気持ちです。明日も山が閉鎖されるかもしれませんが、そこは私がリスクを取ります」

 

それで結局彼女は次第に目を伏せながら、「そうですよね、そうですよね、はい、じゃあこの貸し出し伝票に私がこのこと書きます・・・」と、自分で自分を納得させるように太字のマジックをポケットから取り出して、延長料金は無料と言うことを小奇麗な字で書き始めた。

 

あの太いマジックでよく書けるなと思ったくらい素直な文字で、それが更にこっちの心を痛めた。

 

あああ、日本は何を失ったんだろう?

 

彼女が最後の余白に自分の名前を記入するのを見ると、僕は「ペンを貸してください」と言った。

 

怪訝そうな顔の彼女の前で、彼女が書き込んだ名前の下に僕もサインをした。

 

不思議そうな顔の彼女の前で僕は彼女に言った。

「契約書をもらうんだったら、ここまでした方がいいですよ。だってあなたの書いたことを僕があとで認めないでカネ返せ!って言うかもしれませんからね」

 

木曽路の終わりの白馬八方では古き長き昭和が終わり、ある人々は生き残ろうとし頑張り、ある人は古きよき昔を守ろうとして・・・。

 

彼女は雇われかもしれないし(ちっちゃい子供を遊ばせてるからそうは思えないが)、彼女の親父の時代には心に余裕のある人々が板を借りていたんだろう。

 

その時代には、借りるほうは「お借りしてよいですか?」だし、貸す方は「良ければご利用下さい」のはずだったのではないかと思う。

 

誰だ、こんな古きよき時代を吹っ飛ばしたのは!

 

こんな田舎にまで日本の悪影響が出ている。そんな事を感じたある日の出来事でした。

 

僕が考えすぎなのかもしれないけど、今までの経験で言えば社会が変わるときは末端の無意識の中に変化が出てくる。それを感じたのだ。

 

翌日は晴天で、朝一番にスキーショップに行くと昨日の彼女はまるで何もなかったのように明るい声で「おはよう御座います!」。たぶんこれが彼女の普段の顔なんだろう。

 

子供はお店を走り回り、ショップの店員のお兄ちゃんは子供と遊んだりお客のレンタルスキーのチューンアップをしたり。

 

僕はこの日思いっきり一日滑りまくった。リフトを乗り継ぎ頂上まで行き、そこから一気にダウンヒルやってみたり、昼飯抜きにして他のコースに入ってみたり。とにかくくたくたに疲れた足を引きずって家族4人でレンタルショップに戻ったのは4時過ぎだった。

 

お店に戻り道具を返すときは昨日板をチューニングしてくれた、お店の写真に出てた人だった。

 

それから少し店の中を見て回る。お、スキーパンツがバーゲンになっているぞ。普段なら4万円くらいするのが9800円。今の時期にパンツ買う人もいないだろうし、来期では型落ちなんだろう。それなら今のうちに現金に変えてしまえってことだな。

 

こちらも田舎に来てまで理屈を振り回してお店の人を不快にさせたって気持ちもあるので、だったらいいや、ここでついでに買っていこうと、僕と奥さんのパンツを購入。それから竜馬のサングラスとその他小物。全部で2万5千円くらい。

 

レジがまた偶然に昨日の彼女。今回もにこっと笑って足元にまとわり付く子供を「ほら、お母さん仕事だからね」と言いながらレジを叩く。

 

「袋は一つでよろしいですか〜?」

「はい、大丈夫ですよ」

「どうもありがとうございました」

 

そうやって僕ら家族はホテルに戻った。

 

みゆきとお母さんは昨日僕が話をしていたことをずっと横で聞きながら、彼らなりにいろいろと考えてたようだ。その晩の食事のネタは「貸す責任と借りる責任」についてで話がはずむ。

 

奥さんは香港、てか中国感覚で考えるし、みゆきはNZと香港の感覚で考える。竜馬?むしゃむしゃとステーキにかぶりつくだけ。

 

家族でいろんな経験をする。同じ体験をしてその中で親の考えを子供に伝えて行くってあるよね。萎縮する日本。これからも日本人はますますモンスターになっていくのだろうか。

 

片方では権利ばかり振り回す非常識なバカ連中。

 

その反対側ではマスコミや大衆に振り回されて行き場に迷う企業。

 

実は10年前から地元の日本人向けパッケージツアーではそういう非常識が広がっていた。

 

大手旅行会社のパックツアーでオークランドの市内観光をするとき、当日の道の混み具合で見学地の順番を変更したり、雨が降れば行っても無意味な場所があったりするが、その会社は何があっても校庭変更を許さない。

 

「どうしてですか?お客様の都合を考えれば変更する事が最善だと地元の僕らからすれば分かりきったことではないですか。お客に許可を貰うのもこちらですから、貴方たち机に坐っている人には関係ないでしょう」

 

「いえ、お客に渡した日程表が契約書ですから、それ以外の余計なことは一切しないでください」

 

「それがお客様のためにならなくてもですか?」

 

「そうです、それが契約なんです。嫌ならこの仕事から下りてもらって結構ですよ」

 

世界中で同じようなことが起こり、あいも変わらずお土産屋の手数料で赤字を黒字にする体制だった為にお客様離れを起こしてしまい、結局大手旅行会社はどこも今危機に陥っている。

 

自分で自分の首を絞めるバカが増えてくれば、本当に住みにくい、誰もリスクを取らない衰退する国になっていくぞ。

 

 



tom_eastwind at 00:39│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

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