2009年03月09日

明日への讃歌

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28年ぶりにアリスが還暦ツアーをやったそうだ。全くこの世代、強い。

 

かぐや姫はいくつになっても「おっちゃんパワー」で頑張り、さだまさしは映画で作った借金を何十年も抱えながら歌い、ついには借金を返し終わって今も歌っている。

 

長淵剛、中島みゆき、松山千春、チューリップ、このあたりの年代を上げれば生き残った連中には、皆共通した因子があると思う。ゆーみんなどは苗場で何十年ライブをやっているだろう。

 

そしてなんと言っても小田和正。60歳にもなってコンサートで自転車で走り回るか。

 

ありゃ各ミュージシャン自身の個性であり彼らの音楽の独創性である。

 

70年代の音楽はニューミュージックと呼ばれて、演歌や外国の歌を日本風にアレンジする歌手たちとも一線を引いていた。

 

彼らの当時の生活や音楽に賭ける個性はかぐや姫の「神田川」の生活や甲斐バンドの「最後の夜汽車」にある意味集約されているだろう。

 

どんなに貧しくても自分の好きな歌を歌い続ける。歌の為にはその生活がどん底になってでも歌い続けるその強靭な意志とその意志の結果としての大ヒット。

 

しかし泥沼を知っている彼らは決してアメリカンロックのような華美な生活に走るわけではなく、一生懸命音楽を追求し続けた。

 

ここが70年代のアメリカロックと大きく違うところだろう。アメリカでは多くの優秀な歌手が麻薬と金に流されてしまった。

 

状況が変化しておちゃらけな歌が世の中に80年代に入ると次第に浮かれた歌が流行るようになる。コンピュータを駆使した作曲が「素晴らしい!」と言われ、雑音が社会に広がり始めると、彼らはギターをケースにしまって表舞台から去っていった。

 

しかし21世紀。世の中にどんどん活力がなくなるとまた次第に復活をし始めた。

 

小田和正は今の時代と同世代に憤りを感じる還暦として。

 

さだまさしは苦労をした大人の視点から優しい歌を作り人々に語り掛ける。優しくあろうよって。

 

中島みゆきはあの力強い歌声で活気の無い社会に向かって大きく歌い上げる。仕事人よ、自分を信じようって。

 

長渕は長渕教信者の前で一晩中歌いまくる。(ちなみに長渕だけは他の人たちと一線を越えている気がするのは僕だけか)

 

そしてこのアリスは「明日への讃歌」を引っさげて、また表舞台に現れた。

 

谷村しんじをリーダーとするフォークグループだが、あの当時の若者に与えた影響は大きく、後年には谷村しんじの「昴」がアジア中で大ヒットになり、遂には谷村は中国の大学に招聘されるまでになった。

 

そんな彼らがまた久しぶりにバンドを組んで歌うのだから古くからのファンには嬉しいものだろう。

 

商売としての仕掛けもあると思う。70年代に彼らの音楽を生で聴いていた人々は、今あの歌を聴きながらあの頃の自分を思い出して、古い記憶の中に浸れるのだ。

 

この際に頭から発せられる悦びはセロトニンから来ているのではないかと思うくらい。けど、何よりも特徴的なのは彼らニューミュージック世代の連中の強さだ。

 

60歳になっても歌い続けることが出来るのは、世間に対して何ら恥ずかしくも無くおもねることもないからだ。

 

「おじいさん、もう止めなさいよ」そんな事を身内に言われても「ふざけんな、お前は黙っておけ、オレはいつもまっすぐ生きてきた、他人にどうこう言われるような恥ずかしいことはしてないぞ!」というようなものである。

 

世の中に流されずに生きてきて、自分の立ち居地が中心であれば武道館で歌い、端っこにそれればちっちゃなライブハウスで歌い、それでも彼らは好きなことをやり続けて、周りになんと言われようと自分の道を貫いた。

 

おそらく音楽を始めた当初はそんな難しいことを考えてはいなかっただろう。けど成功するまでの苦しい生活や下積みの苦労が彼らに世間を理解させ、そして生き残る術を身に付けた。

 

けどそれでも嫌なことやおべっかを使って我慢するんじゃなくて、自分の好きな音楽をやりぬいて60歳を迎えたと言う今、彼らの人生は自信で漲って(みなぎって)いるのだと思う。

 

がんばれSixty!



tom_eastwind at 15:06│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 日本ニュース

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