2009年05月20日

天国のスプーン

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スウェーデンボルグの本だったか、天国の会食場面と地獄の会食場面の比較がある。

 

天国でも地獄でも食事をする人々の手に縛り付けられているスプーンはすごく長い。

 

 

だからそのままでは絶対に自分の口に料理を入れることは出来ない。

 

地獄ではテーブルに坐った地獄に落ちた連中が、お互いに出来るだけ自分のスプーンにたくさん料理を入れながら隣の人間を押しのけて何とか自分の口に料理を入れようとしているがどうしても届かない。

 

その挙句に皆で怒鳴りあい罵りあいながら誰もが何も食えないままに料理はぼとぼと床に落ちるのである。

 

ところが天国のテーブルでは椅子に座った全員が、スプーンが一番良く届く位置に坐っている人に料理を食べさせているのだ。自分では届かない料理でも他人の口に入れることは出来る。そうして皆がスプーンから料理を取り落とすことなく、皆が笑顔のまま楽しそうに食事をしているのだ。

 

この寓話の意味するところが、他人に奉仕する人は自分も救われるという意味で捉えて良いと思うのだけど、それが現実の世界で起こっているとしたら・・・・???

 

最近の2週間は奥さんがいないので、僕が毎日りょうまくんの学校の送り迎え、地元用語で言えば”I doing Mum“である。

 

朝の8時30分のタカプナからシティへの道と言えば、最近は思い切り改善されたがそれでもまだ交通渋滞の酷いところである。

 

そしてりょうまくんの通う学校はLakeRoad沿いにあるので地元の人はお分かりかと思うが、ここまた一日中混雑している一本道である。他に抜け道がないからどうしようもない。

 

けど何故か香港や東京のような、車が交差点に突っ込んで信号が変わって、対向車線の車が動けないなんてことがない。

 

それとか、右折車があって後続車が止まる時等は対向車がすぐに止まって右折車を通してくれる。

 

このあたり、結果的に交通渋滞が最小レベルで済むので皆が気持ちよく運転出来る。

 

道を譲る人も笑顔で「どうぞ!」とやって、譲られたほうも「ありがと!」とちょっと手を振って笑顔。

 

お互いに気持ちよいままに通り過ぎるのだけど、そんな時の運転手の心が気持ちよいのは誰でも知っていることだ。

 

他にも割り込みに対してもわりかし寛容である。とくにノースショアからハーバーブリッジを渡って左側車線の車がサウスに行く右側車線の車の間に入るときも、誰もクラクションをならさないし、急ブレーキもない。

 

日本なら、自分が橋向こうからきちんと正しい車線で来たのに、橋を渡ってからずるしてこっちの車線に来るなんて許せない!私は正義の味方よ平等が大事よ!みたいな感じで、前の車と車間距離をぎりぎりにしてわざと入れさせない。

 

けどニュージーランドでは、ああ、その人道を間違ったんだろうとか、まあいいじゃん、こっちがこれで何時間も遅刻するわけじゃないしと言う、社会全体がそういう事に対する許容範囲が広いのだ。

 

これは勿論ビジネス社会の仕組み(遅刻もOK、月曜日の釣り休暇もあり)とNZ国民性の「キーウィ、嘘つかない」がうまく組み合わさって出来上がった習慣だけど、これは住んでみると実に気持ちよいものである。

 

日本で皆が先を争い相手が割り込むのを無理やり理屈をつけて押しのけようとしたり、信号のアカになる寸前に交差点に突っ込み他の人に迷惑をかける東京。その結果として逆に交通渋滞がひどくなる。かと言ってそんな割り込みを許すと皆が真似をする東京。

 

少なくとも車の運転と言う面では、NZは人に優しい仕組みとは言える。 



tom_eastwind at 21:07│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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